日本国召喚 皇帝暗殺計画 (文月之筆)
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プロローグ
第1話


この作品を読んで下さり、ありがとうございます。
作者の文月之筆です。

今作の「日本国召喚 皇帝暗殺計画」に関してですが、
本作の展開は2つのルートに分岐するようになります。
(その際には章で分けることにしますので、それぞれのルートをお楽しみください)

拙い部分もありますですが、大目に見てくだされば幸いです。
それでは、どうぞご覧ください。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ グラルークスの邸宅

 

グラ・バルカス帝国の首都にある大きな邸宅。それは同国の皇帝であるグラルークスが住まう住居であり、その中では御前会議が行われていた。

地下に作られた戦時会議室内には多くの重鎮たちが集まっている。そして、重鎮たち全員の顔色は良くない状態であった。

「まず最初に重要な報告があります。いずれも悪い報告です……」

暗くしなびた声で司会役の男が話出す。彼もまた顔色が悪い。

「最初に、日本を中心とした連合軍がムー大陸レイフォル地区とイルネティア島に攻撃を行い、両方とも陥落しました」

司会役の男は一旦、言葉を区切る。会議室では息を飲む声のみが聞こえる。

日本を中心に神聖ミリシアル帝国とムーの3ヵ国で構成された連合軍は、一気にレイフォル地区を攻め落とすと続いて、イルネティア島を奪還したのだ。

結果としてグラ・バルカス帝国は、経済を支える植民地の大部分を失ってしまった。これらのことは大きく帝国を崖の淵へと追いつめる事となったのだ

「続いてですが昨日、哨戒に出動していた帝都防衛隊所属の第54地方艦隊8隻と近くに居た民間船6隻が、潜水艦からの攻撃を受けて撃沈されたことが判明しました」

先ほどとはうって変わり、会議室内は一気にどよめく。

第54地方艦隊は帝都ラグナの近辺に展開している。その艦隊が予想よりも早く攻撃を受けたという事は、本国とその帝都の位置が判明している可能性が高い。

いつ帝都が攻撃を受けてもおかしくない事に、彼らは恐怖を感じていた。これほど短期間で2つの要所が陥落したという事は、本土の防衛が不十分な可能性が高い。

騒然となる会場を帝王府長官のカーツが鎮める。

「静かにしろ!皇帝の前なのだぞ!」

一気に会議室が静まり返る。辺りが完全に静まり返ったのを確認して皇帝グラルークスは話しだす。

「そうか。……それで敵の動向はどうなっているのだ、ジークスよ?」

グラ・バルカス帝国において「帝国の三将」と呼ばれている帝都防衛隊のジークスは、青い顔をしながら席を立つ。

「はい。敵の動向に関してですが、現時点で確認できた限りではイルネティア島に前線基地を作っており、このままだとパガンダ島が落とされるのも時間の問題になります」

いつもと比べて、終始小さな声であったものの、静まり返った会議室ではきちんと聞こえていた。

「馬鹿な……、そんな馬鹿な……」

頭を抱えた軍本部長のサンド・パスタルが壊れたラジオの様に繰り返す。本来ならば咎められるものだが、誰も咎める事はしなかった。

皆は理解していた。恐らく内心では彼と同じことを思っていたに違いない。

海軍の全戦力を用いた日本への懲罰艦隊の派遣は大失敗に終わった。同国の切り札である特殊殲滅作戦部のグティマウン型戦略爆撃機と一緒に、大部分が撃破されてしまった。

この大敗北に続き、レイフォルとイルネティアが陥落した時には自殺者すら発生した。この戦いで陸軍にも無視できない程の被害が出てしまい、グラ・バルカス帝国はどうする事も出来ない状態になってしまったのだ。

彼らは改めて強大な相手を敵にした事を後悔をする。この世界に移転してから連戦連勝で負け無しだったことが、慢心と言う致命的な間違いに繋がった事をようやく理解したのだ。

良かった事として一応、バルクルス基地にて捕らえられたグラ・ガバル皇太子は無事に帰還したのだが、彼らにとっては何の慰めにもならなかった。

「サンド・パスタルよ、其方は少し落着きたまえ」

妙な雰囲気を作り出していたサンド・パスタルをグラルークスは優しな声色で宥しめる。このままでは埒が明かないと考えたからである。

少し時間が経ち、サンド・パスタルは落ち着きを取り戻す。

「申し訳ございません、陛下」

「いや大丈夫だ。それよりも、会議を続けてくれ」

本題の会議が再開される。

「現在、本土防衛の為に陸軍が42個師団と海軍が8個艦隊80隻が本土に待機しています。ですが本土防衛を行うには不十分と判断されたため戦力増強策として以下の事をしたいと思います。お手元の資料をご覧ください」

サンド・パスタルに代わり、ジークスが説明を始める。

各自の手元に資料が配られていく。その資料を読んだ者たちが次々と驚愕の声をあげていく。

「これは……」

グラルークスも驚きを隠せず、大きく目を見開く。

「大変遺憾ではありますが、パガンダ島などの植民地から軍を引き上げて、その部隊を本土防衛に回したいと思います」

ジークスは質問は無いかと尋ねた。当然、強烈な抗議が入る。

「どういうことですか!これでは植民地の警備が出来なくなってしまい、我が国の貴重な財源が無くなってしまいますよ!」

ひときわ大きな声があがる。その声の主は、征統府長官のガネフだった。

「落ち着いてくださいガネフ長官。確かに軍を引き上げるとは言いましたが、全部を引き上げるわけではありません」

ジークスは冷静に反論する。その冷静な声色にガネフの怒りの炎は一気に弱まる。

「資料の次のページを見ていただきたいのですが、植民地の中で一番大きなパガンダ島に対外防衛の為に3個師団を配置し、その他の小規模な植民地には最大1個連隊規模の部隊を反乱防止の為に各地区ごとに配置していきたいと思います」

ガネフらは手元の資料をめくる。そこにはジークスの言っていた事が、そのまま載っていた。

「もし、小規模な植民地で反乱が起きて対応できない場合については、パガンダ島から部隊を派遣します。そうすれば本土防衛の兵力を動かさくても対応できます」

本土の部隊を動かさないで済み、なおかつ植民地の反乱防止が可能なジークスの案は、現状においては最善の案とも言えるだろう。

だが犠牲となるものも当然ある。

「確かに植民地の反乱は防げるでしょう。しかしながら、もし相手が攻めてくるのには対応できないのではないでしょうか?」

ガネフは質問をする。彼は軍人では無かったが、敵の攻撃に耐えられるだけの戦力ではない事は薄々感じていた。

「相手の規模にもよりますが、日本やミリシアルの軍が来ればほぼ間違いなく負けてしまうでしょう。ですが本土の方が重要である以上は、このような案でも行わなければなりません」

ジークスははっきりと断言する。慢心が招いた悲劇を繰り返さぬように、楽観的な希望は完璧に排除するのだ。

一応誰もが分かっていたが、現実は苦汁よりも更に苦いものだった。

「分かりました。征統府からは異論はありません」

「ありがとうございます。続いての事ですが……」

会議はまだまだ続く。時には怒号が飛び交う程に紛糾し、時には一言も発せぬ程の沈黙が支配し、感情の激流が会議室を駆け巡る。

一方の内容の方に関しては、殆どがジークスを中心とした軍人が微調整を行いながらも、通していくという状況になっていた。

「……それでは一旦、休憩時間に入りましたので休憩を行いたいと思います」

4時間も続いた会議は一旦休憩に入り、やつれた顔つきをした重鎮たちは部屋から次々と出ていく。

「はあ……」

ジークスは深くため息をつく。大勢の重鎮たちの質問に答え、時には反対をねじ伏せる事を4時間も続けたからである。

彼は椅子に深く座り込むと、ポケットの中から煙草とライターと取り出す。

「どうすればいいんだ……」

周りに聞こえない位の小声で嘆く。煙草に火をつけると口に持っていき、それを深く吸う。

勢いよく口と鼻から紫煙を吐くと、再び深く吸いこみ吐く。煙が空気中に溶けていく中、ジークスは周りを見回した後、ふと思う。

「(……皇帝陛下はどう思っているのだろうか。現状、我が国は戦局を覆す程の戦力も何もかもが無い以上、このままでは詰んでしまう)」

煙草を灰皿に置いた後、彼は頭を悩ませる。そんな中、一つの単語が頭によぎる。

「(やはり降伏しかないのか)」

降伏するという選択肢が最も現実味を帯びてきたことに、彼は嫌気がさす。全世界に宣戦布告を行った以上、降伏すれば自国はタダでは済まないだろう。

だが、このまま戦争を続ければどうなるだろうか?

恐らく、帝都を含めた全土は焼け野原になり自国民にも多大な犠牲が生まれるだろう。もしそうなればグラ・バルカス帝国は文字通り、この世界から滅亡することとなるだろう。

「(屈辱的な降伏であっても、国体の維持の方が大切だろう。しかし、皇帝陛下はその選択を選ぶだろうか……)」

あくまでもジークス個人の考え方だが、最も良いと思っている「降伏」という選択を皇帝グラルークスが選んでくれるかどうか不安になっていた。

もし選ばれなければと彼は考えた。彼は顔を横に振る。

「(いや、今は自分のやるべきことに集中するべきだ!)」

ジークスは邪な考えを頭の中からどける。その頃、灰皿においてあった煙草は真っ白な灰だけになっていた。

 

・・・・・・・・・・

 

御前会議が終わり、来ていた人物は次々と帰っていく。ジークスは邸宅の表門に止まっていた自動車に向かう。

「ジークス殿、こちらです」

「ああ」

ドアの開けた部下に対して帽子を預けると、車の中に乗る。

「陸軍省に向かってくれ」

「分かりました」

運転手に行き先を告げると、自動車は陸軍省に向かっていく。

自動車の窓からは栄えた帝都ラグナの様子が広がっている。流れゆくその風景を背後にジークスは考えていた。

「(次回の御前会議は1週間後か……)」

1週間後に再び開かれる事となった御前会議の事を想う。その会議では帝国の方針が完璧に決まる時なのだ。

敵の攻撃から愛する帝国を守るためにも、それまでに少しでも良い方針をとらねばならない重荷が彼の肩には重くのしかかっていた。

「(カイザルとミレケネスはもう居ない。せめて二人でも居れば……)」

先の懲罰艦隊派遣で戦死した二人の事を想う。特にカイザルは個人的な交友も深かっただけあり、戦死した事が判明した時は一晩中、涙が止まらなかった。

考え事にふけて涙が出そうになる中、運転手の声がジークスを現実へと引き戻した。

「陸軍省に到着いたしました」

ジークスは考えるのを一旦中断し、降車の準備を始める。

「それでは、失礼します」

運転手と別れを告げると、ジークスは陸軍省の建物へと足を動かしていく。

ふと建物の入り口近くになった所で、ジークスはある人物に気づく。

「グラ・ガバル様ですか!?でも、なぜ此処に!?」

ジークスは驚愕する。一方のグラ・ガバルは気にせず話し出す。

「ジークス将軍、話があるのだが良いだろうか?」

「すみません。現在仕事がありまして、その……」

少し戸惑った口調でジークスは返事する。

「もし都合が合わないのであれば、後で話そうと思うのだが良いだろうか?」

「分かりました。1時間ほどで仕事が終わりますので、それまで待っていただけるでしょうか?」

「ああ大丈夫だ。それまではここで待っておこう」

「ありがとうございます。もしよろしければ、陸軍省の応接室にお越しになられたらどうでしょうか?」

流石に、自国の皇太子を外に待たせるわけにはいかないため、ジークスは応接室へ案内する。

「それではそうしよう。案内を頼む」

「はい、ついてきてください」

会話を終えた二人の男は、陸軍省の建物へと歩き出す。

本来、来る予定だったジークスの他に皇太子のグラ・ガバルのいきなり現れたため、陸軍省内はちょっとした騒ぎになったのは言うまでもなかった。

 




いかがでしたでしょうか?

今後に関しての話ですが、
ストックが無い為、投稿については不定期になると思いますがご了承ください。
(投稿頻度に関しては、あまり期待しないでください)

これからも頑張っていきますので、どうかよろしくお願いします。


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講和派皇帝暗殺計画
第2話


読者の皆様、作者の文月之筆です。

今回から、本格的に物語が進んでいきます。
ぜひ楽しみにしてください。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ グラルークスの邸宅

 

地下の会議室には多くの重鎮たちが不安そうな顔つきで待機していた。

前回の御前会議から次の御前会議まで、本来ならば1週間後に行われるはずだったのだがその日の内に、3日後に開かれる事が通知されたのだ。

いきなりの予定変更に多くの者たちは不安に駆られる。理由も分からないまま、ただ「重要な案件がある」とだけ伝えられたのだから無理もないだろう。

突然呼ばれる事となったジークスも少なからず不安を感じていた。

「(グラ・カバル殿の言う事が確かならば、恐らくこれは……)」

その時、会議室の扉が開く。

「皇帝グラルークス様が入場されます!」

扉を開けた一人の男が大声で宣言する。それと同時に、会議室にいた全員が席を立つ。

ゆっくりと足音が近づいてくる。緊張がピークに達した時、一人の男が姿を現した。

「皇帝陛下万歳!」

全員が叫ぶ。その男こそグラ・バルカス帝国の皇帝グラルークスだったのだ。

グラルークスは一礼した後、自分の席に座る。

「座りたまえ」

静かな会議室にグラルークスの声が響く。それに合わせて出席者たちは次々と席に腰を下ろす。

全員が席を座り終えると、グラルークスはゆっくりと話し出す。

「まず最初に、急遽開催することとなった会議に、一人も欠けることなく参加してくれたことに感謝する」

全員が息を飲む。その声にはとても重みがあり、強大な帝国を統治する者の声であった。

全員の注目がグラルークスに集まる。彼は周りを見渡した後、話を始めた。

「それでは御前会議を開始しよう」

グラルークスは手元にあった資料を手に取ると、再び話し出した、

「これから重要な事を話そうと思う。心して聞いてほしい」

再び周りを見渡す。ほんの僅かな間ではあったが、出席した者たちにとっては非常に長く感じられた。

「私、皇帝グラルークスはここに宣言したいと思う」

深く息を吸った後、大きな声で宣言する。

「本日をもってグラ・バルカス帝国は、日本国を含めた世界連合に降伏することを決定する」

一瞬の静粛の内、会議室内では驚愕の声が爆発した。カーツが鎮めようとするものの、当然ながらいつもの様にすぐに収まった訳では無かった。

グラルークスは大声で叫んでいたカーツを手で制する。こうなる事を見通して少しの間ながらも、時間を置くことにしたのだ。

「(やはりか……)」

騒然となる会議室内でジークスは3日前のある事を想い出した。

 

・・・・・・・・・・

 

陸軍省の建物は、雄大な外見に反し内部は質素であると有名であった。だが、一室だけ異なる場所がある。

非常に華美な装飾がされている陸軍省の応接室にて、ジークスはグラ・ガバル皇太子と二人きりになっていた。

「単刀直入に話そう。心して聞いてくれ」

ジークスは息を飲む。カバルの口から出て来た言葉は予想外の物であった。

「父上に日本国を中心とした世界連合に降伏するように説得する事に成功したのだ」

「なっ!?」

思わず大きな声が出る。カバルは構わず続ける。

「其方も理解しているだろうが、日本国には絶対に勝てない!どうやっても我が帝国の軍事力では勝算は無いのだ!」

思わず話す言葉に力が入る。その様子を見たジークスは決意する。

「ええ、その通りです。このままでは我が国は滅ぼされてしまうでしょう。それだけは何としてでも避けねばなりません」

「そうだ、そのためにも君に協力して欲しいのだ!」

カバルはゆっくりと息を吐く。

「3日後に御前会議が開かれる事になる。その時、日本国と軍事的に勝てない事を説明して欲しいのだ。他にも外交や経済的にも勝てない事を説明してくれる協力者も何人かいる。私は彼らと協力して戦争を終結させていきたいと思っているのだが、どうだろうか?」

「終戦工作ですか」

「そうだ」

ジークスの口元に笑みが浮かぶ。彼はカバルの提案に乗る事にする。

「任せてください。必ずや成功させてみます」

「ありがとう。感謝する!」

カバルはジークスに深く頭を下げると、ジークスも同じように深く頭を下げたのだった。

 

・・・・・・・・・・

 

少し時間が経ち、会議室内のざわめきが弱くなる。その時を見計らうかのように、カーツの声が響く。

「静粛に!静粛に!」

騒然としていた会議室内に沈黙が訪れる。さっきまで無我夢中に騒いでいた者も一言もしゃべらなくなっていた。

回想の世界にいたジークスも一気に現実へと引き戻される。そして、これからやって来るであろう一世一代の大仕事に、心臓の鼓動がどんどんと高まっていく。

「話を続けたいと思う」

グラルークスは続ける。

「今の帝国の現状は決して良くない。海軍戦力の大半を失い、陸軍にも少なからず被害が出ている。だが、それ以上に一番の脅威である日本国に対して何も被害を与えられなかった以上、このまま戦っても勝算はないだろう」

皆が息を飲む。彼が、かつて皇太子時代に軍を指揮していた事があるのは周知の事実である。ある程度は軍事知識を持っている為に、説得力が増していたのだ。

ふとジークスはグラルークスの視線を感じた。顔を上げて、グラルークスの方をうかがうと確かにこちらの方を見ていた。

「ジークスよ。今の帝国軍が戦っても勝てるだろうか説明したまえ」

「はっ!」

弾かれたように席を立つ。手元にある資料を手に取るとジークスは話し出す。

「陛下のご指摘の通り、我が国が日本国を倒すことは事実上不可能と私は判断しています。今から資料を配りますので、そちらをご覧ください」

出席者の元に資料が配られていく。

「この資料はナグアノレポートと言うものです。これは情報局のナグアノと言う人物がまとめたレポートです。今までは欺瞞情報として処理されていましたが、すべて事実である事が判明しています」

息を飲む声が聞こえる。全員の注目が一つのレポートに集まる。

「まず最初にですが、日本は我々よりも大幅に進んだ技術を有しています。その一例として次のページをご覧ください」

全員がナグアノレポートのページをめくる。そこには衝撃的な内容が載っていた。

 

日本が有する兵器に関する情報

 

1.日本の兵器にはとても強力で先進的な物が多く、その一例としてこのようなものがある。(細かな詳細は後述する)

 

・誘導弾(ミサイルとも称される)

自ら目標を追尾する事のできる兵器があり、多くの場合で高確率で目標に命中する。また、対空、対艦、対戦車など様々な種類の兵器がある。

 

・ジェット機

我が国で開発中のジェットエンジンを搭載した航空機が存在する。だが性能そのものは、我が方のジェット機よりも遥かに優秀であり音速を超える事も可能である。加えて、機銃の他に高性能なレーダーとミサイルで武装している。

 

・戦車などの兵器

戦車そのものは我が国にもあるが、性能は蟻と象を比べるようなものである。

例として、日本の戦車の主砲は2km先から400mm以上の鉄板をも貫徹可能である。

他にも我が国の重戦車でも装甲は35mmしかないのに対して、日本の戦車は鉄以外の高性能な素材を使った複合装甲と言われる装甲を有している為に、先述の砲弾に耐えられるだけの防御力を有している。

 

・イージス艦

これは日本の前の世界の同盟国であったアメリカと言われる国の装備であるが、ミサイルを主武装とし、200個の目標の同時追尾及びに12個の目標に対する同時攻撃が可能である最強の防空艦である。

 

・潜水艦

日本の潜水艦は数日間もの連続潜航が可能である他にも、非常に静粛性が高いことから我が国のソナーでは探知不可能であることが判明した。

そのため日本の潜水艦は探知不能な存在なために、我が国の軍艦は一方的に沈められる存在にしかならないだろう。

 

・・・・・・・

・・・・・

・・・

 

もはや夢物語にしか見えないほど文字の羅列に全員が驚愕する。普段であれば間違いなく欺瞞情報と扱われるのは確実であり、懲罰艦隊の敗北まで軍部が欺瞞情報と判断するのも無理はないだろう。

だが、悲しい事にこれらは現実であったのだ。少なくとも現実から目を背けるほど彼らの多くは馬鹿では無かった。

ジークスは周りを見回し、ナグアノレポートの効果がどれ程大きいかを身をもって実感する。これで多くの者たちが日本に対して徹底抗戦しようとする主張を取り下げさせられるだろう。

「この様に、我々の兵器を圧倒的に上回る兵器を有しており、今の戦力では戦って勝てる望みはありません。このまま戦ったとしても、我が国は無駄な犠牲を出し国力を減退させることにしかならないでしょう」

やや唸るような声が所々から聞こえる。非情な現実を突き付けられた彼らは、すぐには受け入れられる事ができなかった。

「そうか……」

グラルークスはジークスに座る様に促す。ジークスが椅子に座った後に、別の人物を指名する。

「内務省次官のナイウです。まず最初に継戦能力などに関してですが、我が国の資源事情は慢性的に良くない状態でしたが、レイフォルの陥落からより一層厳しくなっています」

そう言うと再び資料が配られる。そこに書かれていた文字も先ほどの様に良くないものであった。

「まず最初にですが原油の備蓄が残り5か月ほどしか残っていません。本来は2年分の貯蔵があったのですが、懲罰艦隊の派遣時に使用した事と貯蔵施設の大半がレイフォル地区を中心とした植民地に作っていた事が原因です」

室内がざわめく。その時、グラルークスも手を挙げて質問をした。

「ナイウよ、なぜ貯蔵施設の大半がレイフォルなどの植民地に建造したのだ?」

「それに関しては艦隊などを運用するにあたって、貯蔵施設が大きな橋頭保であるレイフォル地区にあった方が良いと判断されたことが原因です」

グラルークスの顔が歪む。まさか世界征服の為に行ったことが、自国の首を絞める結果になるとは思わなかったからである。

「続けてくれ」

「はい。続いてですが、国内において国民の不満や不安が高まっています。懲罰艦隊の派遣やレイフォルの戦いが原因と思われています」

全員が頭を抱える。いずれの情報に関しても情報統制を行って外部に漏れないようにしていたのだが、余りにも被害が大きすぎた為に統制しきれていなかったのだ。

「現在、適当な理由をつけてごまかしているのですが、ごまかしが効かなくなるのは時間の問題です」

全員が最悪の事態を想像する。国民達は大パニックを起こし、暴動や略奪が起きて国内の治安は大きく乱れるだろう。

ナイウの口から赤裸々にされていく情報たち。それらはグラ・バルカス帝国が、数多くの時限爆弾をあちこちに仕掛けられている事を示していた。

その時、多くの者たちはグラ・バルカス帝国が到底戦える状態ではない事に気づいた。もはやグラルークスが決めた降伏の選択肢以外、彼らには残されていなかった。

「それでは会議を終了します。なおこの会議の決定は2週間後に公式に発表しますので、それまでは皆様は口外しないようにしてください」

御前会議が終了する。全員が暗い表情の中、ジークスは会議が予定通りに成功した事に内心は喜んでいた。

「(これで良し。後はその時を待つだけだ!)」

多くの者たちが重い足取りで会議室を出ていく中、一人だけやや軽い足取りのジークスであった。

 

・・・・・・・・・・

 

一方で、この決定を良く思わない者たちも居た。

「(まずい。このままでは、このままでは我々の不正がバレてしまう!)」

その男はグラルークスの邸宅から自動車で自宅に戻ると電話を取る。

「もしもし。何かあったのですか?」

「ああ、とても大変な事が起きた。今すぐいつもの場所に来てくれ」

その男は電話である者と連絡を取る。電話の向こうから聞こえる声は少し驚いている様子だった。

「分かりました。それではいつもの場所でお会いしましょう」

「ああ、それでは」

電話を切った後、男は急いで服を着替える。

「何としてでも、阻止しなくては……」

頭をフルに活用し思考を巡らせる。あと2週間しか時間がない中、降伏を中止させなければならない。

彼は服装を綺麗に整えたのち、自動車に乗って待ち合わせの場所に向かったのだった。

 




いかがでしたでしょうか?

本作に関してですが、
なるべく早く更新できるように頑張りますが、更新が遅れてしまうかもしれません。
その点に関しては、予めご了承ください。

これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします。


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第3話

読者の皆様、作者の文月之筆です。

なんとか書き上げる事に成功しましたが、ひどい難産だったために所々おかしな部分があるかもしれません。

その点に関しては、予めご了承ください。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 高級料亭ミルトコウモ

 

帝都ラグナの一等地にある高級料亭ミルトコウモは、政府要人たちにとって御用達な場として知られてる。

そのミルトコウモのある一室にてオルダイカはエルチルゴを待っていた。いきなり呼び出しただけあって、エルチルゴは到着までは時間がかかりそうだ。

「ううむ……」

オルタイガは頭を悩ませていた。もしも自分たちが今までやって来た不正がバレる事になれば、間違いなく死刑に処される事になるだろう。

彼はカルスライン社との癒着や皇太子の視察中止を妨害した事などの他にも、様々な不正をしていた。それらが暴かれるのを防ぐためにも、2週間後に行われる講和だけは何としてでも防がなければならない。

オルダイカが頭を抱えている時、ふと足音が近づいてくる。

「遅れてすみません、オルダイカ様」

そこには息を切らしたエルチルゴが立っていた。予想よりも早く来たことにオルダイカは驚きつつも、エルチルゴに座るように勧める。

「いや大丈夫だ。それよりも重要な話があるから、一旦そこにでも座りたまえ」

「はい」

エルチルゴは近くの椅子に深く腰掛ける。額には大量の汗が流れており、ここまでくるのにかかった疲労が良く伝わった。

彼はハンカチを使って額を拭いた後、近くにあったコップの水を一口ほど飲みながらオルダイカに尋ねる。

「オルダイカ様、何か重要な要件でもあるのでしょうか?」

「ああ、お主にも関わる重大なことだ。よく聞いてほしい」

オルダイカは深く息を吸い込んだ後、小さな声で切り出した。

「実は今日の御前会議で陛下が世界連合に対して降伏すると宣言したのだ」

「なっ!?」

エルチルゴは驚愕する。思わず大きな声が出た上に、口をぽかんと大きく開けていた。

オルダイカは静かにするようにジェスチャーをする。外には漏れる事は無いだろうが、もしもの時に備えてできる限り声は小さくしたいものだ。

エルチルゴは、はっとなり口元を手で覆う。

「すみません、オルダイカ様」

「いや、大丈夫だ。話を続けるぞ」

エルチルゴは大きく頷く。オルダイカは続ける。

「この降伏が始まるのは2週間後だ。それまでに何とかしなくてはならないから、少しでも早く何かしらの行動を起こさなくてはならんのだ」

「2週間後に降伏が行われるのですか?」

「そうだ。……それまでに何とかならないか?」

エルチルゴに尋ねる。

「無理です。2週間程度の時間では今までの証拠を全部消すことはできません」

「そうか……」

オルダイカは頭を抱える。

「このままでは我々の不正がバレてしまうだろう。お主と共に極刑に処されかねん」

エルチルゴの表情が暗くなる。それを見たオルダイカは大きく切り出す。

「……それで一つ頼みたいことがあるのだ。俺に計画がある」

オルダイカの顔が歪む。それは悪魔の様に恐ろしいものであった。

「私は有志を募ってクーデターを起こしたいと思っている。そのクーデターに協力して欲しいのだ」

「ッ!?」

オルダイカの口からクーデターという言葉が出た事にエルチルゴは驚愕する。当のオルダイカは気にした様子も見せずに続ける。

「現在、我が帝国には降伏する事に納得の行かない者たちが多数いるだろう。そいつらを焚き付けて皇帝グラルークスを暗殺して政権を掌握すれば、降伏を中止させる事ができる」

「さようでございますが、果たして可能なのでしょうか?」

エルチルゴは恐る恐る尋ねる。実際、このクーデター計画が失敗してしまえば確実に身を滅ぼしかねないのだ。

一方のオルダイカは自信満々な様子だった。

「ああ、俺と親しい関係を持っている高級将校が何名かいる。そいつらに頼み込んでクーデターを起こしてもらおうと思っているのだ」

オルダイカと親しい関係を持つ高級将校たちの多くは、この異世界に住む住民たちを野蛮な人間と見下しており、自国を唯一にして絶対的な文明国と考えている人間たちであった。

そのため、誇りあるグラ・バルカス帝国が降伏することなど絶対に受け入れたりはしないだろう。それ故に、焚き付ければ間違いなくクーデター計画に参加してくれるという自信を持っていたのだ。

その事を聞いたエルチルゴはクーデター計画には納得はしたものの、ある一つの疑問を持っていた。

「クーデターの計画については分かりました。ですが、一つ聞きたい事があります」

「何だ?」

エルチルゴは深く息を吸い込む。

「そのクーデター計画に協力するというのは、どういう事なのですか?」

腹の奥底から不安がこみ上げてくる。あいにくエルチルゴは唯の社員であるため運動能力などは無く、戦えるような男ではなかったのだ。

「お主のカルスライン社の主力製品は航空機だが、銃火器や大砲なども限定的ながらも製造しているだろう?それを我々に譲ってほしいのだ」

「なるほど……」

エルチルゴは安心する。少なくともクーデターの直接的な実行役になる可能性は低いだろう。

オルダイカは話を続ける。

「事前に武器を流せるのであれば流してもらいたいのだが、難しいのであれば会社の兵器の保管庫の場所を教えてくれれば十分だ。クーデター当日か前日に襲撃や事故に見せかけて掻っ攫っていくつもりだ」

「分かりました。兵器保管庫の詳細などについては後日、そちらの方に伝えたいと思います」

オルダイカは満足そうな表情を浮かべる。彼は懐から1枚の紙を取り出した。

「交渉成立だ、エルチルゴ。必要ならばここに連絡を入れてくれ。もし人員や情報などが必要な時は協力する」

「ありがとうございます。今日はこの辺で失礼します」

エルチルゴはそう伝えると席を立とうとする。

「エルチルゴ、ちょっと待て」

オルダイガが呼び止める。エルチルゴが振り返ると、机の上に大きな鞄が置かれてあった。

「これは?」

「賄賂だ。もしお主が、会社の内部で必要になる時があれば使うが良い」

エルチルゴは鞄を開ける。中には大量の札束が入っていた。

「ありがとうございますオルダイカ様。幸運を祈ります」

「ああ。気をつけてな」

互いに別れを言うと、エルチルゴは急いでミルトコウモから出ていったのだった。

 

・・・・・・・・・・

 

帝都ラグナの郊外から1台の自動車が入って来る。所々渋滞している車道を避けながら、その車はある場所を目指していた。

「ミルトコウモは確かこの辺りだったか?」

しばらく走らせた後に男は呟く。彼は急にオルダイカから呼ばれたために、はるばるラグナ郊外から高級料亭ミルトコウモまでやって来る事になったのだ。

彼はオルダイカと癒着を行っている仲であった。戦争を行う事になった際に現地にて略奪によって蓄えた財で私腹を肥やしたり、その一部をオルダイカや軍内部に送る事によって、自らの部隊に装備を優先的に支給させてもらえる様にしたり、軍内部での発言力の強化などを行っていた卑劣な人物である。

「ここか」

その男は待ち合わせの場所を見つけた。彼は駐車場に車を止めると、料亭の中に入っていく。受付に自らの名を告げると部屋を案内される。

「こちらの部屋になります。それでは私の方は失礼いたします」

女将が離れていくのを確認した後、彼は部屋の中に入る。

「失礼します、オルダイカ様」

「アクニ将軍か、久しいな。とりあえず近くに座りたまえ」

アクニ将軍と言われたその男は軽く一礼をすると、近くの椅子に座る。

「アクニ将軍よ、早速だが重要な話がある。心して聞いてほしい」

そう言うとオルダイカは、エルチルゴの時と同じように2週間後に降伏が行われる事とクーデター計画について話す。

それを静かに聞いていたアクニは気難しい顔をする。

「なるほど……。2週間後までにクーデターを起こす必要がありますね」

「ああそうだ。その為にお主に協力して欲しいのだが良いだろうか?」

「喜んで協力します」

アクニはあっさりと協力する事を伝える。続いて彼は話す。

「クーデターの実行にあたっては味方が多く必要ですね。他にも協力者はいるのですか?」

「ああ、カルスライン社のエルチルゴという者に会社の兵器保管庫の場所を探してもらうように頼んである。クーデター時の武器供給の為にな。他にも、お主と知り合いのバガン大佐やイビル少佐などにもこれから協力を頼みこもうと思っていた所だ」

オルダイカの口から出て来た、バガン大佐やイビル少佐という者もアクニと同じく不正などを行っていた。

「なるほど、分かりました。バガン大佐とイビル少佐の方には私の方から伝えておきます」

「ああ、頼んだぞ」

オルダイカは傍に置いてあった鞄を手に取ると、中から紙と鉛筆をとりだして机の上に置く。

「それでクーデター計画についてだが、お主の作戦を聞かせてほしい」

アクニは鉛筆を手に取ると紙の上に帝都の大まかな地図を書いた後、少しの間考える。鉛筆が紙をなぞる音だけが聞こえていた。

短時間の沈黙の後、アクニが切り出す。

「まず最初に、私の第11師団とバガン大佐の第55連隊で帝都の主要施設を制圧したいと思います。この際にニブルズ城に居る近衛師団が抵抗すると思いますが、我が第11師団ならば近衛師団など簡単に撃破できます」

アクニは続ける。

「近衛師団を撃破した後、ニブルズ城に居る皇帝と国会議事堂にいる講和派議員らを殺害します。また、参謀本部に居る軍本部長なども殺害することによって我々は政府中枢全体に加えて、軍の中枢も掌握したいと思います」

紙の上では殺害目標として以下の人物が挙げられていた。

 

皇帝グラルークス

皇太子グラ・ガバル

軍本部長サンド・パスタル

帝王府長官カーツ

総理大臣ダム・サンドラス

国務大臣の全員

講和派議員の全員

その他、脅威となりえる者

 

「ほう……」

オルダイカはその文字を深く見つめる。いずれもクーデターを起こす際、邪魔になる人物たちであった。

「イビル少佐に関しては、帝都に居る海軍部隊を動かすために陽動として働いてもらう予定ですが、場合によっては変わるかもしれません」

イビルは海軍で潜水艦の艦長を行っており、アクニは日本軍が来たとの偽の報告で海軍部隊を全力出撃させる事を考えていたのだった。

「現在、考え付いた限りではこのようになりますが何か質問はありますでしょうか?」

アクニはオルダイカに尋ねる。

「成功する確率はどうなのだ?」

「予定通りに進めば、ほぼ確実に成功するでしょう」

アクニは断言する。オルダイカにとってそれは、とても力強く感じた。

「なるほどな。それでは、クーデター計画についてはお主に任せたぞ」

「ありがとうございます。必ず成功させます」

オルダイカとアクニの二人は不気味に笑い続けるのであった。

 




いかがでしたでしょうか?

書いている途中で感じたのですが、所々おかしな所や変な所があるように感じます。
再び読み返して修正していく予定ですが、予めご了承ください。

更新に関してですが、今回の様な難産が今後も続くかもしれません。
その時は、どうか暖かい目で見守ってください。


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第4話

読者の皆様、作者の文月之筆です。

投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。
出来るだけ早く投稿できるように尽くしますが、これからも遅れるかもしれません。

その点に関しては、予めご了承ください。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 陸軍省

 

「ジークス将軍、報告があります」

ノックの音と共にドア越しに男の声が聞こえる。執務机に向かって書類仕事をしていたジークスは顔を上げて、その声の元に返答をする。

「入れ」

「失礼します」

一人の男が入って来る。その男は最近、ジークスの部下になったランボールであった。

「ランボールか。御前会議の時は大変世話になったな」

「いえ、当然の事をしたまでです」

御前会議の時にジークスがナグアノレポートという資料を提出したが、それはランボールがジークスから相談を受けて情報局に出張し、そこで局員の一人であったナグアノと上司のバミダルから貰ったものだったのだ。

つまり、御前会議にてそれを発表できたのはランボールのお陰であった。彼無しには早期の講和はできなかったであろう事から、ジークスは彼にとても感謝していた。

「それで報告とは何があったのだ?」

ジークスは尋ねる。

「はい。ギーニ議員があなたと面会を希望しています」

「あのギーニ議員が私にだと?」

ジークスは驚くと同時に不安を感じる。ギーニ議員と言えば、帝国内でも最も過激であると有名な人物であったからだ。ただ一方で、日本に関しては和平政策をするべきと主張しているために陸軍内では不審に思っていたのだ。

当のジークスもギーニ議員に対して不安感を抱いていた一方で、強い期待もあった。日本への態度が弱い事から日本の事を正確に理解している可能性が高い。

議会において過激な派閥のトップである彼を味方にできれば、講和を邪魔するであろう勢力の勢いを削ぐことが可能かも知れない。

「ギーニ議員を今すぐ接待室に呼んでくれ。接待室の周囲には誰も近づけないでくれ」

「わかりました。……本当に大丈夫なのですか?」

流石のランボールでもこの状況を怪しく感じてはいた。彼も同じように不安と期待の両方を感じていたが、どちらかといえば不安を感じていた。

「わからない。だが、良い方向になるようには頑張ってみよう」

両手を顔の高さに挙げて、若干おどけた様子でジークスは答える。一方のランボールは呆れた表情を浮かべていた。

「そうですか……。それでは今から呼んできますので、将軍は接待室で待機してください」

「わかった。それではギーニ議員の案内は頼んだぞ」

「わかりました。それでは」

ランボールはドアを開けて足早に去っていく。足早に去っていく彼の姿はすぐに見えなくなった。

「ん、正午か」

丁度、部屋の傍にある振り子時計が正午を知らせる音を鳴らす。時計の針も正午をしっかりと指していた。ジークスは書いている途中の書類を綺麗に並べると、接待室へと向かって歩いていった。

 

・・・・・・・・・・

 

応接室にたどり着いたジークスは壁に掛かった時計の針を見る。もうすぐでギーニ議員との面会が始まる。

「(さて、吉と出るか凶と出るか……)」

ジークスの座る椅子の右側には1つの鞄が置いてあった。その中にはナグアノレポートから始まり、グラ・バルカス帝国の抱える多くの問題が書かれている資料たちが大量に入っていた。もしもギーニ議員を説得しなければならなくなった時、使う予定で置いてあったのだ。

ふとノックの音が聞こえる。

「どうぞ、お入りください」

ジークスは大きな声で答える。それに答えるように、応接室のドアを開けてギーニが入って来た。

「ジークス将軍。お忙しい中、面会頂き感謝します」

「こちらこそよろしくお願いします。どうぞ、こちらの椅子にお掛けください」

ジークスは正面の椅子に座るように促す。ギーニもそれに従って椅子に座る。

「それでは面会を始めましょう」

ジークスが宣言する。ギーニの方も小さく頷いた。

「まず最初にですが、なぜ私に面会を希望したのでしょうか?理由をお聞かせください」

ジークスが尋ねる。彼の質問にギーニは、まるで事前に想定していたかのように答える。

「世界連合に対する降伏の件に関して、私の方から協力するために来ました」

「なんと!」

ジークスは驚きと喜びの両方の両方に満ちた声をあげる。椅子の傍に置いていた資料は必要なさそうだ。

ギーニは少し間を空けてから話し出す。

「私は帝国議会でタカ派のトップを務めていることはご存じでしょう。その私が他のタカ派議員を説得するなりすれば、12日後に行われる降伏の準備もスムーズに行われるでしょう」

ギーニは一旦区切ると、黒いスーツの懐から何枚かの紙を取り出し、その内の1枚をジークスに見せる。

「これは?」

ジークスは眉を顰める。そこには人の名前が多数書かれていた。

「タカ派議員とその取り巻き達の名簿です。現時点で半数ほどを説得することに成功しましたが、残りの半数が難航している状態です」

ギーニはペンを取り出すと、半分ほどの名前の部分に二重線を引いた。

「今ペンで二重線を引いたのが説得できた者たちです。残りが説得が難航している人物です」

ジークスは二重線が引かれていない名前をまじまじと見つめる。

「なるほど。この者たちが一番の懸念材料となりえますね」

素直な感想を話す。その感想にギーニは頷く。

「そうなります。一応、全力を尽くして説得を行いますので最終的にはタカ派議員の数自体は減るでしょう」

ですが、と一言断りを入れてからギーニは低い声で話し出す。

「もしも、この中に怪しい行動を行う人物が出てくる可能性があります。そのため以下の人物で怪しい行動を行う者が出た場合は、貴方やしかるべき機関に報告したいと思います」

「ご協力、感謝します」

ジークスは深く頭を下げる。一方のギーニは彼が顔を上げた時に1枚の紙を出して彼に渡す。

「いえ、こちらこそ。この国の未来の為には貴方たちの協力が不可欠です。ですので、こちらからもどうかよろしくお願い致します」

その紙にはギーニの電話番号と住所が載っていた。ジークスはその紙を受け取ると自分の懐にしまう。

「私に連絡があれば、その紙を参考にしてください」

「わかりました」

「それでは、今日はこの辺で失礼します」

ギーニは席を立つ。ジークスも席を立ち、応接室のドアを開ける。

「ありがとうございます」

そう言うとギーニは応接室から去っていく。彼は曲がり角の辺りで待機していたランボールに連れられて陸軍省を後にする。

「思わぬ幸運が舞い降りて来たな……」

ジークスは小さな声でつぶやく。議会においてタカ派議員のトップであったギーニ議員がこちら側についてくれるとは実に運が良かった。

嬉しさに心が満たされる一方で、少しばかり心に引っかかる部分があった。

「(ギーニ議員の言っていた残りの半数が問題か……)」

懐からタカ派議員らの名前が書かれた紙を取り出す。その引っかかる点とは説得が難航しているタカ派議員の事であった。

恐らく彼らは帝国が降伏する事に反対するだろう。彼らの一部が降伏を妨害する事に対して何かしらの妨害工作をとることも容易に想像できた。

「(それを防ぐためにも、この紙は重要だな)」

その妨害工作を行いそうな人物のリストが手元にある。彼はこのリストを注意深く懐にしまうと、ジークスはある場所に向かった。

 

・・・・・・・・・・

 

グラ・バルカス帝国 帝都郊外 オルダイカの別荘

 

帝都から北に大きく離れた場所にある山岳部にて一軒の別荘が建っていた。その別荘はそこそこ大きいものの、雄大な緑のお陰でそこまでは目立ってはいなかった。

その別荘の所有者はオルダイカであった。カルスライン社からの賄賂によって建てられたこの別荘は、オルダイカの気分転換や特別な時によく使われているのだった。

オルダイカの別荘へと続く道に2台の自動車が走る。人気のない未舗装の道路を走るその車は別荘の敷地で停車した後、中から2人づつの計4人が降りて来た。

「ここがオルダイカ様の別荘か。とても広いな」

男達の内の一人が呟き、残りの三人も全員が同意する。その時、一人の男が別荘の傍から現れた。

「皆、よく来てくれたな」

その男はオルダイカであった。4人は彼の方へ向かって歩いていく。

「オルダイカ様、お招きいただき光栄です」

先頭に立っていた一人が深く頭を下げる

「エヴィン議員よ、私の方からも感謝する。それでは他の者たちも一緒に上がりたまえ」

そう言うとオルダイカは彼らと共に別荘へと上がっていく。

「(すばらしい別荘だな……)」

招かれた4人の内の一人である外交官のゲスタがふと思う。タカ派議員のエヴィンの誘いを聞き、オルダイカのクーデター計画に協力する為にやって来たのだ。

他にも同じくタカ派議員であったベームとソムの二人がいた。彼らもエヴィンの誘いによりクーデター計画に参加する事にしたのだ。

エヴィンを中心とした4人はオルダイカの案内を経て応接室と言える様な部屋に到着する。高級そうな机と幅広なソファーが置かれた部屋に到着した彼らは、オルダイカと共に近くのソファーに座った。

「それでは始めよう」

そういうとオルダイカは姿勢を崩して4人に向かって話す。

「エヴィン議員から聞いたとは思うが、あと12日ほどで我が帝国は降伏する事となる。それを防ぐために私はクーデターの計画を立てる事にした」

全員が頷く。これらの事はエヴィンから事前に聞かされていた。

「現在、クーデターの協力者として高級将校3人が参加してくれている。主に彼らが主役になるだろうが、少しでも協力者は多い方が良いし彼らの支援の為に君たちにも手を貸してほしいのだ」

オルダイカがそう言うと、ゲスタが手を挙げる。

「その支援として私たちは何をすれば良いのでしょうか?」

「うむ、それは各自の役職などで決める。お主の場合は外務省に努めているから、降伏の準備が進められるはずだ。それを可能な限り妨害してくれ」

「わかりました」

次にオルダイカは3人のタカ派議員の方に向く。

「お主らには議会内の様子の報告と妨害をしてほしい。クーデターの時期を見極める為にも、お主らの協力が必要だからな」

「なるほど。……実は私たちから、それ以外にも協力できる事があります」

「それはどういう事だ?」

エヴィンの発言にオルダイカは尋ねる。

「実は私の元に退役軍人を中心とした退役軍人会があります。その退役軍人会に頼み込めば、おそらく協力してくれるでしょう」

選挙の際にエヴィンの元には組織票を入れてくれる退役軍人会がいた。その退役軍人会に頼み込む事により、即席の私兵部隊になるという事であった。

「ふむ。エヴィンよ、その退役軍人会は信用できるか?」

「はい。その退役軍人会の人間は私たちと同じように過激な考えの人間らが多いですから、恐らくは大丈夫でしょう」

実際に例の退役軍人会は過激であると現地では評判であった。極端な民族主義的な思想を有する者たちを中心に構成されており、パガンダ島でのハイラス特別顧問の処刑以降は、この世界の他国と人々に対して民族浄化を主張する事もしばしば見受けられた事もあった。

そのためエヴィンは例の退役軍人会を信頼できると考え、その事をオルダイカに伝える。

「なるほどな。それではその退役軍人会をこちら側に取り込んでくれ」

「わかりました」

オルダイカは口元に不気味な笑みを浮かべる。その表情はまるで悪魔と形容できる様相であった。

グラ・バルカス帝国を覆すクーデター計画の会議はその後も続いたのであった。




いかがでしたでしょうか?

今後の更新に関してですが、
作者の事情により、投稿頻度が大きく落ちるかもしれません。
(その点に関しては、予めご了承ください)

投稿頻度は落ちるかもしれませんが
完結できるように頑張りますますので、どうか暖かい目で見守っていてください。

もしよろしければ評価やコメントの方もよろしくお願いします。


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第5話

読者の皆様、作者の文月之筆です。

投稿が遅れてしまい申し訳ございません。
これからも投稿は続けますので、どうかよろしくお願いします。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 帝王府

 

帝王府長官であるカーツと皇太子のグラ・カバルは応接室にてある人物たちの訪問を待っていた。二人は華美な装飾が施された応接室の壁に掛かっている振り子時計を見て時間を確認する。

「もうすぐだな……」

グラ・カバルはふと独り言を放つ。二人は約束の時間まで5分を切ったあたりから落着きの無い様子で、しきりに時計の針を見て時間を確認していた。

「(ジークスとカイブの二人が用とは何かあったのか……)」

グラ・カバルはふと思い返す。

御前会議にて降伏する事を決めてから凡そ4日経った今日、ジークスから非常に重要な話があると連絡が入ったため急遽、面会が行われる事になったのだ。

その面会に関してカバルは嫌な予感を感じていた。と言うのもジークスの他に内務省の諜報機関に所属しているカイブ長官も面会に参加する事となっており、何かしらの事態が起きると予想していたからであった。

「カーツ様、グラ・カバル様。ジークス将軍とカイブ長官が到着しました」

応接室の外から職員の声が聞こえた事でカバルは現実の世界に戻される。その職員に対してカーツは大声で指示を出す。

「わかった。ここに案内しろ」

「了解、案内します」

職員の足音が遠ざかっていくのが聞こえる。これから訪れるであろう会議に向けて、カバルは心を落ち着かせるように意識する。

「(来たか……)」

複数の足音が近づいてくるのが分かった。その足音が止まるとドアをノックする音が聞こえる。

「失礼します。ジークス将軍とカイブ長官の両名を連れてきました」

「うむ、入りたまえ」

カーツがそう指示を出すと、外に居た職員はドアを開けて二人に入室するように勧める。

「失礼します」

二人はそう答えるとカーツとカバルに対して一礼を行う。

「ニブルズ城までご苦労だった。そこに座りたまえ」

カーツがそう言うと二人は近くに置いてあった椅子に腰掛ける。ちょうど二人が椅子に腰を掛けて一息着いた時を見計らい、カバルは二人に尋ねる。

「ジークス将軍とカイブ長官よ、単刀直入に聞こう。本日の重要な話とは何なのかを説明してくれたまえ」

単刀直入な質問にカイブは息を飲む。一方のジークスは動じた様子もなく答えた。

「はい。実は内務省の諜報局から入ってきた情報で降伏を阻止しようとする勢力が動き出している事が判明しました」

「何だと!」

カーツは思わず大きな声で叫ぶ。一方のグラ・カバルの方も大きな声こそ出なかったものの、顔に驚きの表情が浮かんでいるのが見えた。

続いてカイブの方が話を切り出す。

「情報局の元に入って来た情報を元に調査を開始しました。その結果、降伏を阻止するための行動を行おうとした者がいる事が判明しました」

二人の視線がカイブの方に集まる。カイブは続けて話す。

「現在判明した限りでは、帝国議会のタカ派議員の三人とそれと個人的なつながりのある人物たち二人の計五名だけです。現在、調査を進めています」

ふと疑問に思った事をカバルは尋ねる。

「具体的にどのような行動で阻止しようとしているのだ?」

「現時点で判明した限りでは議会の進行妨害程度の代物です。ただ恐らくは他にも何か計画を立てている可能性が高いです」

「ううむ。そうか……」

カバルは頭を垂れる。変わってカーツが質問をした。

「そいつらはどうするのだ?諜報局の方ではどんな対策をしているのだ?」

「現在の時点では調査の為に泳がせています。一応もしもの事態に備えて周囲に諜報員を配置しておりますので、必要に応じてその場で確保することが出来ます」

「なるほど、諜報局の方はもうすでに手を打っているという事か」

カーツは内心、不安に思いながらも納得する。本当はすぐに逮捕して欲しかったが、調査の為に泳がす事によって得られる情報を優先する事には理解を示した。

今度はカイブに代わりジークスが話し出す。

「陸軍の方からも武力を用いた行動に出た場合の対策として、帝都防衛の戦力の増強を行っています。表向きの理由としては世界連合軍からの攻撃に対処するためとしています」

ちょうどギーニ議員が陸軍省に訪れた時から帝都防衛の名目で軍を集結させていた。武力を用いたクーデターなどに対応するためだが、怪しまれないようにするために表向きは世界連合軍対策としていた。

「現在、帝都防衛の為に4個師団をこちらに向けていますが、到着までにはもう少し時間がかかります」

4個師団もの戦力を帝都に待機させていれば、いくらクーデター側が戦力を集めたとしても勝てないだろう。他にも大戦力を整えておくことにより、敵の戦意を挫く目的もあった。

「うむ、そうか。軍の方も対策をおこなっておるのだな」

「はい。必要に応じてこれからも更なる対策を取る予定です」

ただ、これらはあくまでいざという時の備えである。実際に武力を用いたクーデターが起きる可能性が高くなった時は、更なる戦力増強も視野に入れていた。

ジークスはカバルの方に向く。

「カバル様に進言いたしたいことがあります」

「何だ?」

カバルは真剣な表情で尋ねる。その表情には若干の不安も浮いていた、

「もしもの時に備えて陸軍省の方から退避用の別荘を用意しています。もし貴方の身に危険が迫った時、そこに移動していただきたいと思っています」

カバルはカーツと顔を合わす。

「う、うむ。そうか……」

若干とまどっているカバルに対してカーツは真剣な表情で頷く。もしもの時が来た場合は陸軍省の用意した別荘に避難する事に理解を示すのだった。

「カバル様、もしもの時には移動していただきますが良いでしょうか?」

ジークスは確認を取る。カバルはカーツに助言を求めた。

「カーツよ、個人的には皇族である以上、いかなる時にも留まる責務があると思うがどうだろうか?」

「いえカバル様、貴方は帝国の未来を担う重要な存在です。もしも貴方の身に何か起きては取り返しがつきません。例え帝都から避難する事となったとしても、決して恥ではありません!」

もしもの時に身を守るために避難する事は恥ではないとカーツは力説する。

「その通りです、カバル様。必要な時には逃げる事も大切なのです!」

ジークスも同じように力説する。カイブに関しては特には言わなかったものの、首を縦に振っている事から、同意見である事には変わりは無かった。

「……わかった。もし、その時が来たならば避難しようと思う」

カバルは三人の意見に応じた。以前ならば絶対に自身の信念を曲げずに帝都に留まると言って譲らなかっただろう。

しかし現在は違った。必ずしも自分の考えが正しいとは限らないし、日本にて周りや他人の意見を聞く事への大切さを教わった事が主な要因だった。

「ご決断、ありがとうございます」

ジークスとカーツは頭を下げる。彼らはカバルが助言を受け入れてくれた事に、心底安心したのだった。

その後も面会は続く。彼らが面会を終えた頃には昼が過ぎていた。

 

・・・・・・・・・・

 

グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 国会議事堂前

 

「ジェント先輩、ターゲットが動き出しました」

国会議事堂前に停車していた一台の車の中に一人の男が話す。車内には二人の男が乗っており、ジェントと言われたもう一人の男が答える。

「よし。パイス、追跡するぞ」

その男は煙草を灰皿に押し付けて消すと、ハンドルを握り車のアクセルを踏む。

「ジェント先輩、あの黒い車です」

「了解、しっかり見張っていろよ」

ターゲットの乗った車を確認したジェントは例の車を追跡し始めた。灰色の車はゆっくりと気づかれない様に動く。

「パイスよ、奴らは何をするつもりだと思う?」

黒い車を追いながらジェントは尋ねる。パイスは少し考えた後に答えた。

「良からぬことをするのではないでしょうか?我々の想像を超えた何かをすると思います」

余りにも抽象的で具体性の欠片もない答えにジェントは吹き出しそうになる。

「そらそうだろうよ。そうでなければ俺たちが出動する事なんてないのだからな」

ターゲットの乗った黒い車は右に曲がる。それに合わせて灰色の車も右へと曲がっていく。

車は右へ左へと曲がり続け、信号が赤になるに合わせて停車し、青になるたびに発進するを繰り返す。相手に気づかれない様に何台もの車を間に挟んだり、時には別の道を通って再び尾行を再開するなどの方法で巧妙に追跡を続ける。

「ターゲットの車、こちらに気づいた様子はありません」

「間違いないな。俺の運転技術の高さの賜物さ」

ジェントは自画自賛をする。相手の車はこちらに気づいてはいないようであった。

15分ほど運転を続けて、二台は帝都の外に出ようとしていた。

「先輩、もうすぐ帝都を出ます」

「ああ、わかっている。それよりもパイスよ、奴らの本拠地は帝都郊外ではなかったよな?」

ジェントはここに来て本格的に警戒を深めていく。ターゲットとなる国会議員の政党の本拠地は帝都内にしか存在しなかったはずであり、郊外に出ていくことに対して違和感を感じていたのだ。

「ええ、奴らの本拠地は帝都内にしかありませんね」

ターゲットとなる議員についてのファイルを読みながらパイスは答える。ジェントは自身の持っている違和感が確信に変わった。

「パイスよ、ここから先は一切気を抜くなよ。それと念の為に道具の準備も進めておけよ」

「了解」

そういうとパイスは懐から拳銃を取り出し、マガジンを引き抜き残弾を確認する。残弾の確認を終えると幾つかの動作確認を行い問題が無い事を確かめた後、その拳銃を再び懐の中に入れた。

「道具に異常ありません」

「そうか。俺の道具も確認してくれ」

ジェントも同じように拳銃を取り出すとパイスに渡して、残弾確認と動作確認をしてもらう。

「異常ありませんでした。問題なく使えます」

「どうも」

本人には自覚は無いのだろうが若干嫌味っぽく聞こえる。彼は自身の所有する年季の入った拳銃を返してもらうと、懐にしまい運転に集中する。

二人の乗った車はついに帝都から出た。ターゲットの乗った黒い車は相変わらず進み続けるのであった。

 

・・・・・・・・・・

 

「先輩、もうすぐで10分経ちます」

パイスは腕時計を眺める。郊外に出てから10分ほど経ったことを伝えると、ジェントは顔を歪める。

「長いな……。一体奴らはどこまで行くつもりなんだ」

彼は率直に愚痴をつぶやく。ターゲットの車は右へ曲がると、ジェントはハンドルを右に切った。

車が溢れて渋滞を時々起こす帝都と違い、帝都郊外では渋滞は余り起きてはいなかった。その為、二台はスムーズに車を走らせることが出来た。

しばらく愚痴と共に車を走らせていると、ターゲットの車は別荘と思われる建物の中に入り、停車したのが見えた。

「先輩、ターゲットが停車しました」

「ああ」

相手から気づかれない位置にジェント達は車を停車させる。停車した後、二人は窓からターゲットたちを観察を始める。

「先輩、あのあたりは要人たちの別荘がよくある事で有名な場所ですね」

「ああ、そうだな」

ちょうどあのあたりは、各種要人たちが別荘を建てている事で有名な場所であった。その事は二人も知っていたのだ。

そんな会話を行っていると、黒い車の中から三人の男が降りてくるのが見えた。その三人こそ、ジェントとパイスが追跡を命じられたターゲットなのであった。

その三人の姿を見るや否や、パイスはカメラを取り出して彼らを撮影した。

「パイス、あれを見ろ」

ジェントは別荘に近づいてくるもう一台の黒い車を指さす。その車は別荘の庭に駐車すると、中から一人の男が降りて来た。

「あの男も撮影しろ」

「はい」

パイスはその男の顔も撮影する。その男は特に気づいた様子もなく、建物の中に入っていった。

「先輩、あの男について何か知っていますか?」

「いや、わからないな。だが服装から察するに軍の人間だろう」

男が誰であるかは判らなかった。しかしその男は軍服を着ており、装飾などから階級の高い人物であることは判った。

「先輩、思わぬ収穫が得られましたね」

「ああ、そうだな」

二人は車の中でそう呟いたのであった。

 




いかがでしたでしょうか?

以前から相変わらず、投稿は遅れるかもしれませんがご了承ください。
もうしばらく投稿は続きますので、ぜひ最終話までご付き合いください。

誤字報告を行ってくださりました
ぴょんすけうさぎ 様
この場を借りてお礼申し上げます。


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第6話

読者の皆様、作者の文月之筆です。

ここ最近、色々と大変な事があり更新が遅れそうになったりしましたが、今後も更新は続けていきたいと思います。


「パイス、準備はできたか?」

「はい、大丈夫です。先輩」

ターゲット三人と軍人らしき人物一人が入った別荘らしき建物に対して、ジェントとパイスの二人は偵察する事を決意した。

「よし、それでは行くぞ」

近場に駐車した灰色の車から二人は降りる。彼らは最初に周りに人目が無い事を確認した後、足音を立てることなく例の建物に向かって歩き始める。

ターゲットたちのいる建物は典型的なレンガ造りの家と言える外観をしていた。全体的には質素な外観ではあるものの、その建物の外側全体を覆う緑の庭とのコントラストによって美しさが醸し出されていた。

二人はレンガ造りの建物へとゆっくりと近づく。

「庭の辺りには見張りや番犬などはいないな」

ジェントは庭の周囲を見渡して、番犬や見張りとなる人物がいない事を確認する。一方のパイスは庭への正門以外の侵入口を確認していた。

「パイス、どこか入れそうか?」

「いえ、見当たりませんね」

庭全体を覆う柵を眺めながら答える。入り口の部分以外は黒色の柵に囲まれているようだった。

「先輩、正面以外からは入れそうにないですね」

パイスは首を横に振る。正面以外からは入れそうには無かった。

「少し待て。……あそこからならば入れるのでは無いか?」

ジェントはある場所を指さす。そこは柵の近くにゴミ箱が設置されていおり、柵を超えた反対側には低木が生えていた。

「なるほど。これは好都合ですね」

「ああ、実に運がいいな」

ゴミ箱を踏み台にした後、低木をクッションにすれば柵を簡単に乗り越えられるだろう。そう考えた二人は早速その場所にまで移動する。

「周辺に人影無し」

ゴミ箱の傍に着いた後、パイスは建物の窓や周辺に人影が無い事を確認する。

「よし、行くぞ」

ジェントはまず最初に自分がゴミ箱の上に登ると、そそくさと低木をクッションにして地面におりる。続いてパイスが同じようにゴミ箱の上に登った後に、低木をクッションにして地面に着地した。

「パイス、来い」

ジェントは小さな声でパイスを呼ぶと、足早に近くの木の生えた花壇の元にまで移動すると、二人はその木の元にしゃがみ込んで身を隠す。

「人影は見えません。こちらには気づいていないようです」

「ああ、そのようだな」

パイスは建物の窓を注意深く観察して報告する。ジェントもパイスと同じように窓の方を見ていたが、確認していたのは窓の配置であった。

「パイス、お前は人影が無いか監視しろ。俺はどこか遮蔽物を探す」

「了解」

ジェントは建物の窓から見えない位置にある遮蔽物を探す。左右に顔を向けて、辺り一面を見渡した。

「(若干遠回りになるが、右の方に行くか……)」

自分たちがいる場所から左側は遮蔽物が少ないものの、建物までの道のりは短い。一方の右側には倉庫らしき小さな小屋があり、その先には多くの遮蔽物となりえる花壇などが見えた。

「いいか?左は建物までは近いが遮蔽物が少ない。右は少し遠回りだが小屋などの遮蔽物が多くあるから、そちらに回る」

「了解、何処まで移動しますか?」

「小屋の所まで移動する。人影は見えないな?」

「はい、人影は見えません」

二人は建物の窓と周囲に人影が無い事を確認する。ジェントは人影が無い事を確認した後、パイスの肩を叩いて立ち上がった。

「行け、行け」

小屋に向かうジェントの後にパイスが続く。少し走った後、小屋に到着した二人は小屋の壁に背をつける。

「先輩、どうしますか?」

パイスが尋ねる。ジェントの方は周囲を確認しようとした時、ある事に気づく。

「パイス、あそこを見ろ」

パイスはジェントが指さす方向を見る。そこには窓があり、カーテンがかかっているものの下の方からは人の足が見えていた。

「四人分の足が見えるから全員があの部屋にいるのは確実だ。あの近くにまで行くぞ」

「了解しました。行きましょう」

ジェントはゆっくりと窓の傍を目指して歩き出す。気づかれる可能性は低いが一応、途中にあった花壇の傍に身を隠しながら少しづつ近づいていく。

ぞろぞろと近づいていった彼ら二人はついに建物の壁にまでたどり着いた。

「足音を立てない様に気をつけろよ」

かすかな風の音でかき消される程の小さな声で話す。ジェントはゆっくりとカーテンのかかっている窓の元へ近づいていく。

「(気づかれていない様だな)」

足元が同じ場所から動いていない事を確認したジェントは安心する。続いて振り返り、パイスの方に向く。

「奴らはこっちには気づいていないようだ」

そう言うと彼は手で来いと合図する。その合図に従い、パイスはゆっくりと窓の傍にまで近づいた。

そろりそろりと足音を立てないように二人は近づいていく。窓の傍に着いた二人はしゃがみこんで中の様子をうかがってみた。

「うむ……」

隣にいたパイスにも聞こえないほど小さな声で唸る。四人は丸いテーブルを囲うように座っており、何か話しているようであった。

「先輩、あれが例の軍人ですね」

パイスが四人の中で唯一異なる足元を指さして話す。二人であれば、その服装が軍服であることが容易に判断できた。

ジェントは返事をせずに頷く。彼はパイスに動かない様にとハンドサインを出した後、窓に耳を当ててみる。

「(何か聞こえるな)」

窓の向こうから小さいながらも声が聞こえて来た。彼は深く集中してそれを聞き取ろうとする。

「……それではクーデター計画について話し合いましょうか」

「ッ!?」

雷に打たれたような強い衝撃に襲われる。ジェントはパイスの方に向かうと、手招きして聞くように促した。

「パイス、絶対に聞き逃すなよ」

ジェントの小さいながらも力強い口調にパイスは会話の内容の重大さを直感的に予想した。彼は一呼吸をし、気を引き締めてからカーテンのかかった窓に耳を強く当てた。

 

・・・・・・・・・・

 

帝都郊外にあるアクニの邸宅の中には四人の男たちが居た。広い居間の中で彼らは丸い机を囲う様に集まり、皆で話し合いをしていた。

「エヴィン議員殿、そちらの方は上手く行っていますかな?」

「ええ、ささやかながらも会議進行の妨害はできていますよ」

アクニは薄気味悪い表情をしながらエヴィンの話を聞いている。他の二人の議員はアクニが淹れたコーヒーを飲んでいた。

「予定ではあと五日で計画を実行することになる。それまでの間、君たちには頑張ってもらおう」

彼らはクーデターの実行を御前会議の九日後としていた。その御前会議から四日過ぎた今、五日後にはクーデターを引き起こされる事となっていた。

時間としては非常に短い期間でこそあったが、現時点で多くの準備が整っていた。これ程の短い期間でここまで準備が整えられたのは、計画を主導したアクニ将軍と多数の協力者のお陰であるのは言うまでもない。

「わかりました。それまで我々の方でも頑張っていきます」

降伏まで二週間ほど時間があるものの、予定よりも早く降伏する事が無いようにするため、彼らは国会における降伏会議の妨害を行っていた。

なぜならばタカ派議員の約半数がトップのギーニ議員に同調しているため、会議の進行は普段以上にスムーズに進んでしまっていたのだ。そのため、その会議の妨害役として彼らの存在はクーデターを成功させる上でとても重要だったのだ。

「しかし、五日後は長く感じられますな」

コーヒーを啜っていたベームが話す。その発言にソムは頷き、エヴィンは苦笑する。ただ単に時間的な長さの事ではない事に気づいたアクニは尋ねる。

「どういう事かね、それは?」

「私たちの妨害活動に賛同してくれるタカ派議員がいるのです。しかし、ギーニ議員の説得活動が激しくて、その数を減らしつつあるのですよ」

他にもクーデター計画には参加していないものの、エヴィン達の妨害活動である降伏反対に賛同してくれるタカ派議員も彼らには重要な存在であった。しかし彼らはギーニの説得によって勢力を減らしつつあった。

その事を聞いたアクニは納得した表情を浮かべる。

「なるほど。それは大変ですね」

その後も四人の話は続くのであった。

 

・・・・・・・・・・

 

「パイス、帰るぞ」

窓から耳を離したジェントがパイスの頭を軽く叩く。ターゲットの話している内容を聞くことに集中していたパイスは、はっと我に返る。

「行くぞ」

そう言うとジェントは立ち上がり音を立てない様に歩き出す。二人のスパイは再びこの邸宅内から脱出するために移動を開始した。

まず最初に自身の足音と周囲に気をつけながら低木の元へと走り出す。移動中は身を隠す必要性が無かったことから、侵入する時よりも早く移動できた。

「(危険を冒してでも侵入した甲斐があったな)」

移動中にジェントはふと思った。このチャンスを逃したら五日後に行われるクーデターの情報を掴めなかったかもしれない。

そんな事を考えている内に二人は低木の元までたどり着いた。

「行くぞ」

パイスがついてきている事を確認した後、ジェントは低木を登ったあと柵を超えて、ゴミ箱の上に移り地面におりた。パイスも遅れて同じようにゴミ箱の上から地面におりる。

「来い」

「わかりました」

二人は再び周囲を確認すると車を駐車している場所まで急いで走る。しばらく走ると車の元にまでたどり着いた。

「周囲に人影はありません」

「わかった。それじゃあ、出すぞ」

発進前の確認を行った後、二人の乗った灰色の車は急いでその場から離れていく。例の建物の姿が見えなくなった後、パイスは話し出した。

「予想以上に重大な事が起きていましたね」

くたびれた様子のパイスが話す。一方のジェントはまだまだ元気がある様子だった。

「ああ、すぐに上に報告しないとな」

ジェントは車のハンドルを握りながら話す。これ程の重大な情報を握れたことに彼はとても満足していた。

「パイス、お前は今の内にメモをまとめておいてくれ。忘れる事は無いだろうが念の為にな」

「わかりました」

パイスはメモ帳と鉛筆を取り出すと、今日の出来事を記載し始めた。彼は簡潔で分かりやすい様に箇条書きで書いていく。

次々と書き上げていくその様子をジェントは横目で見ながら今日の事をふと振り返る。

「(今回の偵察でクーデター計画が凡そ判明したが、今回の四人以外にもまだまだいるはずだ)」

ジェントは他にも協力者が存在すると考えていた。少なくともこれ程の大物たちが集まって計画を立てている以上、この程度で済むとは考えていなかった。だがしかし残念ながらも、これらは憶測の域を出ない話である。彼らの会話の中には協力者の存在を暗示する発言は聞こえなかったからだ。

「(まあ、捕まえて吐かせれば良いだろうな)」

彼は結論を下す。存在のはっきりとしない物を一人で考えるよりも、直接捕まえて尋問した方が確実であり、なおかつ手っ取り早いと判断したからである。

しかしながらも不確定要素である協力者の存在は気になるものであった。気にしない様にしたかったものの、それが頭から離れなかったことから彼はパイスに尋ねた。

「なあパイスよ。あいつらに協力者はいると思うか?」

「証拠はありませんが、個人的には存在すると思いますよ」

特に気にした様子を見せずにパイスは答える。

「ああ、そうだな。俺も存在すると思うが、気にはならないのか?」

「そんなに気になりません。直接捕まえて吐かせれば、すぐに判明するでしょうから」

メモを書き終えたのかパイスはメモ帳を服のポケットの中に収める。やはり彼も自分と同じことを考えているようであった。

「それもそうだよな。よし、上に捕まえてもらう様に提案しよう」

ジェントはそう呟くと車のアクセルを強く踏み込む。

真っ赤になった夕焼けを背景に、二人の乗った灰色の車は無事に内務省情報局の建物の元にまで着いたのであった。

 




いかがでしたでしょうか?

ジェントとパイス達がクーデター計画を察知したため、本格的にクーデター計画の崩壊がこれから始まっていくと思います。
これから先、物語が本格的に動き出す予定です。
ぜひともご期待ください。

誤字報告を行ってくださりました、
ぴょんすけうさぎ 様
アドミラル1907 様
にしなさとる 様
この場を借りてお礼申し上げます。


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第7話

読者の皆様、作者の文月之筆です。

これから私事情によって更新が遅れるかもしれません。
可能な限り更新頻度を安定させれるように努力しますが、その点に関しては予めご了承ください。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 内務省情報局

 

情報局内はいつも以上に忙しくなっていた。パイスとジェントから監視目標がクーデター計画を立てているという報告が入ったからであった。

そんな情報局内の会議室では多数の人間が出席していた。その中には情報局の長官であるカイブなどの身内以外にも外部の人間であったジークスも会議に出席していた。

「それは本当なのですか?」

ジークスは驚いた表情を浮かべながら質問する。クーデター計画に三人の議員以外にも陸軍のアクニ将軍も加担している事が発覚したからである。

「ええ、間違いありません。間違いなくアクニ将軍です」

ジェントは二枚の写真を取り出してジークスの元に渡した。一枚は現場で撮られたアクニの姿であり、もう一枚は軍の方で保管されていたアクニ将軍の顔写真であった。

渡された二枚の写真を見比べてジークスは唸る。やや画質が荒いものの、現場で撮られた写真の人物はアクニで間違いなかった。

「(やはり陸軍の中にも居たか……)」

ジークスはクーデター計画の存在に対しては強い危機感を感じてはいた。ただしそのクーデター計画に陸軍内にもクーデターに加担する人間がいた事にジークスはそれほど驚かなかった。

「なるほどな……。それで、情報局の方はどういう対応を行う予定でしょうか?」

ジークスはカイブの方を見て尋ねる。

「対応として本日、奴らを逮捕する予定です。そして逮捕した四人を尋問して、他に計画に加担している人物がいないかどうか調べたいと思います」

そう説明すると資料を取り出してジークスに渡した。

「これが現時点で判明した情報です」

その資料にはクーデター計画までの期間や今まで調査した三人以外のタカ派議員の全員が無関係であった事などが書かれていた。

「恐らく他にも共謀者がいると思います。しかしクーデター実行までわずか数日では、普通の調査ではとても間に合いません。よって、その四人を捕まえて吐かせたいと思います」

「なるほど、それはいい考えだな」

ジークスは頷いた。共謀者を特定するために四人を逮捕して吐かせる案に彼は賛同する。会議に出席した人物たちの意見は一致したのであった。

「今度は、情報局の方からジークス殿に協力を求めたいことがあります」

「うむ、内通者の特定の協力か?」

「はい。帝都防衛の部隊に中にクーデター計画に加担していないかの確認の為に部隊員の資料などの提供を求めます」

カイブの部下であるエスピオがジークスに資料の提出を求める。

「わかった。一応、信頼できる者たちを選んだつもりなのだが、念の為にもそちらに調査してもらおう」

「ご協力ありがとうございます。それと帝都防衛の為の部隊はいつ到着するのでしょうか?」

「おおよそ二日後に二個師団が鉄道を使って到着します。そして三日後には残りの二個師団が到着する予定となっています」

部隊の移動を行うにあたってジークスは陸路での移動では時間がかかるため、

大量輸送ができる鉄道を使った方法で部隊を移動させる事を選んだことを告げた。

「わかりました。それまでに調査を終わらせておきますので、部隊展開に関してはそのまま進めてください」

「はい、ありがとうございます」

ジークスが一礼した後、エスピオはジェントとパイスの二人の方に向いた。

「ジェント君とパイス君の二人はターゲット逮捕の準備にかかってくれ」

「えっ、会議の方は大丈夫なのですか?」

二人の内、パイスの方がエスピオに尋ねる。

「大丈夫だ。ここからは私たちだけの話になるからな」

「わかりました。それでは失礼します」

パイスはジェントと共に部屋を後にした。

「それでは、会議を続けましょうか」

ジークス、カイブ、エスピオの三人はクーデター対策の会議を続ける。

一方のジェントとパイスはターゲット逮捕の為の準備に追われるのであった。

 

・・・・・・・・・・

 

グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ アクニの邸宅

 

「先輩、もうすぐです」

「ああ、そうだな」

二人の乗った車内は重苦しい空気に包まれていた。彼らはもうすぐでターゲットたちのいる場所に到着するところであった。

ジェントが運転する灰色の車の後ろを三台の車が続いていた。いずれも情報局の職員が乗った車であり、ターゲットの四人を逮捕するために彼らも派遣されたのだ。

「この辺りに駐車するか」

四台の自動車はアクニの邸宅から少し離れた適当な場所に駐車すると、作戦に参加する職員の全員が車の中から降りて来た。

「よく聞けよ。事前の打ち合わせ通り、B班とC班は建物の傍で待機だ。D班は俺たちA班と共に行動し、ターゲットを逮捕するぞ。いいな?」

ジェントは事前に打ち合わせていた作戦を話し、全員に再確認させる。その再確認に全員は威勢の良い返事で答えた。

「よし、それでは作戦開始だ」

ジェントの作戦開始の声に従い、B班とC班の八人が動き出した。

「お前たち、準備はいいな?」

ジェントがパイスとD班の二人に問う。B班とC班の八人は邸宅の周囲に到着すると近くの遮蔽物に身を隠した。

「よし、行くぞ」

手順通りに四人は走り出す。ジェントは走っている間に門前にターゲットたちの乗っている車を見つけた。

「(報告通り、ターゲットたちは中にいるようだな……)」

少し距離があったものの、あっと言う間に邸宅の門前までたどり着いた。四人は息を整えてから、邸宅のドアの傍まで近づく。

「(異常なし)」

ジェントが近くに隠れていた諜報員の方を見てハンドサインを送る。少し遅れてから、その諜報員からハンドサインが送られてきた。

「(異常なし、突入せよ)」

そのハンドサインを見たジェントは三人の方を見渡した。

「いいか?これから突入する。三を数えたらドアを蹴破るぞ」

全員が息を飲む。当のジェントは深く深呼吸をしてから、三を数え始める。

「3……」

全員の心臓が高鳴る。全員が深く息を吸う。

「2……」

口の中が乾く。緊張により頭がおかしくなりそうだ。

「1……」

もう後には引けない。全員が覚悟を決めて次の瞬間を待った。

「0!」

ジェントは叫ぶと同時に、目の前のドアを目一杯に蹴りを入れる。ジェントの力強い蹴りにドアは蝶番から外れた。

「突入!」

パイスが叫ぶ。最初にD班の二人が外れたドアを乗り越えて、部屋の中に迅速に滑り込んでいく。その二人に続いてジェントが室内に入っていく。

「動くな!」

D班の一人が居間の中に居る四人に向かって叫ぶ。四人は驚愕の表情を浮かべていた。

「この野郎!」

一人の諜報員がエヴィンを羽交い絞めにして取り押さえる。取り押さえられたエヴィンは唸り声をあげて振り払おうとするが、諜報員の圧倒的な力には勝てなかった。

「くそっ!」

三人の議員の内、ベームが手元にあったコップを別の諜報員に投げつける。投げつけたコップは中に入ってあったコーヒーをまき散らしながら空を舞う。

弧を描いて飛んできたコップを諜報員は頭を下げて回避した。だがしかし、その一瞬の間にアクニ将軍は拳銃を取り出して諜報員に照準を合わせていた。

「くらえっ!」

叫ぶと同時に銃声が部屋に轟く。放たれた銃弾は諜報員の右の脇腹を貫いた。

「っ!?」

ジェントは驚愕する。その一瞬でアクニはエヴィンを羽交い絞めにしていた諜報員に対して発砲し、諜報員を打ち倒した。

慌ててジェントは拳銃を取り出そうと懐に手を差し込む。その瞬間、アクニの拳銃の銃口と目が合った。

「(しまった!)」

次の瞬間、アクニの左胸に風穴があいて血飛沫が舞う。よろけたアクニは椅子の傍に転倒した。

「先輩!」

後ろからパイスの叫び声が聞こえる。パイスの手元には拳銃が握られており、その銃口からは煙がたなびいていた。

「くっ、くそっ!」

左手で左胸を押さえて口から血を吐きながらも、アクニは銃口をパイスの方に向けようとする。その銃口がパイスに向く前にパイスの持っていた拳銃が火を吹いた。

部屋一面に銃声の音が響いた。パイスの放った銃弾はアクニの心臓を正確に貫き、彼の命を刈り取った。

「っ!?」

その様子を見ていた三人の議員は驚愕する。アクニは死に、部屋は一面が血液によって赤黒く汚れていた。

「にっ、逃げるぞ!」

ベームは体当たりで窓をぶち破って外へと逃げ出した。その後をエヴィンとソムが後に続く。

「先輩、追いますよ!」

パイスがジェントを追い抜いて走り出す。ジェントは撃たれた諜報員を置いていくことに戸惑いがあったものの、今は任務が優先であるために置いていくことにした。

「すまない」

一言そう言った後、ジェントは割れた窓から外へと飛び出した。

「痛てっ!」

足を貫くような鋭い痛みに襲われる。ジェントはすぐに原因を察した。恐らくは割れたガラスが靴を貫いて足に刺さったのだろう。

だがジェントは走り出した。運悪く足にガラスの破片が刺さってしまったものの、彼はその痛みを我慢して、逃げようとしているターゲットの方へと向かっていく。

「待て、この野郎!」

パイスと他の諜報員たちが、逃げようとしている三人に対して叫んでいる。だが、三人はそれを気にすることなく車の中に乗りこんだ。

「パイス、撃て!撃つんだ!」

三人に逃げられると思ってたジェントが叫ぶ。あくまでも逮捕が目的だったのだが、逃げられる場合は射殺する事も許可されていたゆえの判断であった。

車のエンジンがかかった時、パイスは片手に持っていた拳銃を向けた。彼の拳銃の照準は運転席にいる男に向いていた。

三度ほど銃声が響く。車は動き出し、方向転換して道路の方向へ向く。

「くっ!」

パイスは再度、拳銃の照準を合わせる。今度は窓の向こうに居る運転手では無く、タイヤを狙う事にした。

二度銃声が響く。車のタイヤは二発の銃弾を受けて轟音と共に破裂した。だが同時に、拳銃のスライドが後退した状態で停止し、弾倉の中に入っていた銃弾が底を尽きた事を告げる。

「逃げられるぞ!」

四人の諜報員が車へと飛びかかり、一人がボンネットへとしがみつくことに成功した。だが彼は、車の急な動きによって簡単に振り払われてしまった。

パイスは彼が稼いだ僅かな時間を使って弾倉の交換を済ませる。車はそのまま立ち去ろうと速度を上げて道路に出た。

「させないっ!」

パイスは走り去る車に対して全弾を撃ち込んだ。七発の銃弾はもう一つの車のタイヤを破裂させ、サイドガラス越しの運転手にも一発の命中弾を叩きだした。

エンジンの唸る音と破裂したタイヤが地面に引きずる音とが混ざり、断末魔のような不気味な音を立てる。その音は車が速度を上げるにつれて更に大きくなった。

車はふらふらと尻を振りながら、道路を走っていく。逃げ切れたかと思った次の瞬間、彼らの運は尽きる事となった。

「あっ!」

車は勢いよく曲がり角にあった大木へ激突する。その衝突音は静かな町一面に轟き、鳥たちはその音に驚いて飛び立っていった。

衝突音の後には短時間の静粛が訪れた。全員があっけに取られる中、ジェントが真っ先にその静粛を破った。

「パイス!追うぞ!」

「はっ、はい!」

他の諜報員たちも我に返る。

「C班は俺とパイスについてこい!B班は建物の中で負傷したD班の二人を助けに行くんだ!いいな!?」

「了解!」

ジェントは負傷した足を引きずりながらも、大木に衝突し大破した車の元へと駆け寄る。同時にB班の四人は建物の中へ向かって、撃たれた二人の諜報員を助けに向かっていった。

ジェントは足の痛みに耐えながらも何とか大破した車の元へたどり着いた。その車は窓ガラスが全て割れ、ボンネットが大木と衝突した所から大きく二つに割れていたものの、居住空間は辛うじて原型をとどめていたのが見えた。

「先輩……」

パイスが首を横に振った。ジェントは割れた窓ガラスから中を覗いてみた。

「あぁ……。死んでいるな」

中には三人の遺体が見つかった。いずれも頭から大量の血を流しており、衝突時の衝撃で頭を打って死亡しているのが一目でわかった。

ジェントはパイスの肩を叩いた。

「よくやったぞパイス。別に気にするな」

パイスはただただ俯いていた。仕方のない事であったものの、ターゲット四人を誰も逮捕できなかった事に強い責任感を感じていた。

「大丈夫だ。責任は俺が取るから安心しろよ」

悲しい表情を浮かべるパイスをジェントは必死に励ます。もし彼が撃たなければターゲットを逃がしてしまうところであった。良くはないものの、最悪の状況は避けられた以上、ジェントは彼を責めたりはしなかった。

昼にもかかわらず、太陽の光を遮るほどの厚い雲が空を覆っていた。諜報局はクーデター計画について知っている貴重な情報源を失う事となったのであった。

 




いかがでしたでしょうか?

前書きに書いたように、私事情によって更新が遅れるかもしれません。
その際、作品のクオリティも下がるかもしれませんが、なるべく維持できるように努力していきたいと思います。

誤字報告を行ってくださりました
ぴょんすけうさぎ 様
この場を借りてお礼申し上げます。


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第8話

読者の皆様、作者の文月之筆です。

色々な私事情とスランプの二つにより大幅に更新が遅れました。
誠に申し訳ございません。

次回はできるだけ早く更新できるように頑張ります。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 内務省情報局

 

容疑者四人の逮捕作戦が行われてから少しばかり経った昼の終わり頃、会議室では再び重大な会議が開かれる事となった。

「まず最初に報告です」

会議室にいたジークス、カイブ、エスピオの三人らの前でパイスが話す。全員の表情は暗く、パイスの声色はさらに暗かった。

「逮捕作戦の結果としてターゲットの四人の死亡と諜報員四人が負傷しました。また他にも、共犯者の存在が確認できる証拠品などは見つかりませんでした」

全員が頭を抱える。共犯者が存在しなかった可能性も十分あるのだが、共犯者の存在を証明できるターゲット四人が死亡したために証明が出来なくなってしまった。

「四人も負傷者を出した挙句、ターゲットを一人も確保できず誠に申し訳ございません」

パイスは深く頭を下げる。その様子を見たカイブは首を横に振る。

「気にするな。こればかりはこっちの落ち度による失敗だ。君たちの失敗ではない」

カイブはアクニの経歴を思い返す。逮捕作戦後に手に入った資料の中でアクニ将軍は過去に射撃などの大会に参加した事があるなどの経歴があった。

その実力は明らかであった。彼らを拘束しようとした諜報員二名が撃たれて負傷し、ターゲット四人に危うく逃げられるところであった事からもそれを証明できるだろう。

それ故にアクニを倒し、三人の議員の逃亡を阻止する事に成功したパイスを怒ったりする者は居なかった。良い結果では無かったものの、もしも彼がいなければクーデターの中心人物たちを逃がすという最悪の結果で終わる事となっていただろう。

カイブが思考の世界に入っている間に、ジークスはパイスに尋ねる。

「ところで君に一つ聞きたいことがある」

「何でしょうか?」

パイスは顔を上げる。

「君の相棒はどうしたのかね?」

「ジェント先輩は逃走した議員を追う過程で足に割れたガラスが刺さった為に、現在は病院で治療を受けています」

「そうか……」

ジークスの質問が終わったころを見計らい、エスピオは止まっていた会議を元に戻そうと話を切り出した。

「最初の話はここまでとして、次の話をしましょう」

「うむ、それもそうですね。それでこれから情報局の方では、どのような事をするのでしょうか?」

二人が新しく話を切り出した所でカイブは思考の世界から元に戻る。

「はい。情報局の今後の方針について話していきたいと思います」

カイブは気を取り直して話を始めた。

「まず最初に、現場の徹底検証と怪しいと考えられる全ての組織と人物の調査を行っていきたいと思います」

ジークスは首を縦に振る。効率は悪いだろうが、証拠がない中で敵を見つけ出すためにはこうするしかない。

「なるほど。それで怪しいとされる組織や人物に関する詳細はありますでしょうか?」

「はい、少しばかりお待ちください」

そう言うとカイブは資料を取り出してジークスの元に渡す。

「これらが怪しいと考えられる組織や人物です」

「多いですね……。果たして協力者は何人いることやら」

ある程度は整理されて見やすくはなっているものの、圧倒的な数にジークスは頭を抱える。その様子を見たカイブは苦笑しながらも話を続けた。

「恐らく大部分は無関係でしょうね。その中から見つけ出すのは至難の業でしょうが、最大限努力したいと思います」

カイブは何とも言えない表情を浮かべる。そして、エスピオとパイスはその資料を見て思わず天を仰ぐのであった。

 

・・・・・・・・・・

 

グラ・バルカス帝国 帝都郊外 オルダイカの邸宅

 

帝都郊外にあるオルダイカの邸宅では五人の男たちが集まっていた。そしてその五人の表情はいずれも暗く、焦りの表情を浮かべても居た。

「アクニ将軍とエヴィン、ベム、ソーム議員の四人がやられたのか……」

五人の内の一人であるオルダイカは険しい表情を浮かべる。

「はい。恐らくはクーデター計画の件に関してでしょう」

同席していたバガン大佐も同じように、険しい表情を浮かべながら話す。同時に彼の声色には焦りが感じられた。

その理由として、内務省情報局にクーデター計画がバレたのが大きな要因であるだろう。四人がアクニの邸宅に居る時に情報局がガサ入れを行おうとした事からも、それは明らかであった。

「バガン殿、イビル殿。クーデター計画は成功するのでしょうか?」

不安そうな顔でエルチルゴが尋ねる。

「何とも言えませんね。情報局の連中がどれだけクーデター計画と参加者について把握しているかによります」

イビルは顎を手でさすりながら答える。彼の懸念はクーデター計画と参加者がどれほど把握されたかであった。

「もしも情報局が全員の参加者を把握しているとした場合、間違いなく失敗するでしょう。しかしながらも情報局の行動を見るに恐らくは誰一人把握できていない可能性が高いです」

全員が驚いた表情でイビルの方に向く。

「それは本当なのか!?」

オルダイカは興奮した様子で尋ねる。イビルはそれを手で制しながら話し出す。

「恐らく本当だと思います。確認の為に独自にスパイを放ったのですが、相手は怪しいと思った組織や人物をしらみつぶしに調べているそうです」

イビルは用意されたコーヒーを一口ほど口に運んだ後、話を再開する。

「それに、ちょうど情報局によるガサ入れが行われる前日にアクニ将軍の邸宅から、クーデターの詳細な計画書や参加者名簿などを回収していました。ですので現場から私たちの情報やクーデターの作戦が洩れる事は無いでしょう」

イビルは窓から外を見る。

「これらの行動からも相手は私たちには気づいていないでしょう。それに仮に私たちを把握しているならば、何故私たちの方にもガサ入れが行われないのでしょうか?」

イビルは全員に問う。その問いにバガンは気づいた。

「もしも私たちがクーデター計画に参加している事に気づいているのであれば、今頃は私たち全員が死んでいるか、取り調べを受けているでしょう。わざと泳がせる理由などありませんからね」

全員が納得する。もしも同時にガサ入れをしなければ、相手に気づかれて逃亡されるだろう。そのために自分たちの方にガサ入れが入らなかったという事は情報局は自分たちがクーデターに参加していると気づいていないという事の証明であった。

全員が安息する。しかしイビルは険しい表情を変えなかった。

「なるほどな……。我々がクーデター計画に参加している事には気づかれていないのだな」

「そうです。ですが喜ばしい事ではありません」

イビルの言葉に再び全員が表情を硬くする。

「クーデター計画の存在自体は判明した以上、相手の警備が大幅に強化されるでしょう。そうなれば四日後のクーデター計画が成功する可能性は低くなります」

イビルはバガンの方を見る。

「バガン大佐、貴方の第55連隊で帝都にある近衛師団を排除する事は可能でしょうか?」

「なかなか難しいだろうが、恐らくは可能だろう。幸いにも近衛師団は各地に分散しているから数が少ないし、我々の連隊は良い装備も多数備えた精鋭ぞろいだから負ける事は無いだろう」

「ええ、そうでしょうね。しかし四個師団が相手ならばどうでしょう?」

「なにっ!?」

バガンは大きな声をあげ、周りを驚かせる。

「スパイの報告によれば二、三日後に帝都に四個師団が到着するそうです。これではバガン大佐が率いる第55連隊をもってしても勝ち目が無いのは明らかです」

全員が息を飲む。本来のクーデター開始は九日目である。しかしそれよりも先に四個師団が到着すると知り、全員がクーデター失敗の恐怖に慄いた。

「どっ、どうすればいいんだ!?四個師団が相手ならばアクニ将軍の第11師団でも厳しいのだぞ!ましてや一個連隊と民兵程度では歯が立たないじゃないか!」

オルダイカはまくしたてるように話す。イビルとバガンの二人は慌てて彼を落ち着かせようとする。

「落ち着いてくださいオルダイカ様!クーデター計画を先倒しにすればいいのです!」

オルダイカの声を遮るほどの大声でイビルは叫ぶ。その声を聞いたオルダイカは一瞬、息を止めたのち落ち着いて息を吐いた。

「すまないな。……それで、その計画を先倒しにするというのはどういう事だ?」

今度はイビルに変わりバガンが話し出す。

「簡単です。クーデターの実行日を二日後にするのです。幸いにも準備は大体整っているので二日後に前倒ししても問題はありません」

本来のクーデター計画が四日後になった理由は、主力を務めるアクニ将軍の第11師団の準備に時間がかかった為だ。すなわちアクニ将軍の亡き今、クーデター計画を実行するまでに、そこまでの時間は不要になったのだ。

「うむ、それでいくつか聞きたいことがあるがいいか?」

「何でしょうか?」

オルダイカはエルチルゴともう一人の男の方を向いた。

「武器調達のエルチルゴと退役軍人会のレジオはどうするのだ?」

例の退役軍人会のメンバーの一員であるレジオが、本来出席する予定のネイア会長に代わって出席していた。その彼は少しばかり緊張した表情で周りを見渡した。

イビルが話始める。

「退役軍人会の方は二日後に行われるクーデター計画の際に、帝都攻略と後方かく乱を行ってもらいたいと思います」

「後方かく乱とは、何をするのですか?」

「具体的に言えば、帝都に向かう増援師団の乗った列車を脱線させたり爆破するなどの方法で帝都に到着するのを食い止めてもらいたいです。それならば可能でしょう」

レジオは頷いた。

「その程度ならば可能でしょう。この事はネイア会長に伝えておきたいと思います」

イビルはエルチルゴの方を見て話した。

「エルチルゴ殿、退役軍人会の武器調達の準備はできていますね?」

「はい。ちょうどカルスライン社から武器の一部と武器の保管場所を特定しました。退役軍人会の方から申し入れがあればいつでも大丈夫です」

エルチルゴは自信のある表情で答える。その様子を見たレジオは満足そうな表情を浮かべていた。

「ありがとうございます、エルチルゴ殿。そしてイビル少佐、必ず後方かく乱作戦を成功させます」

「任せましたよ」

そう言うとイビルはオルダイカの方に向く。

「オルダイカ様、クーデター計画を成功させるためにも作戦の前倒しと作戦の一部変更を認めて貰いたいと思いますがよろしいでしょうか?」

オルダイカは頷く。このままアクニ将軍の立案したクーデター作戦を行ったとしても成功しないのは明らかであった。そのため軍事について素人の彼でも、成功するためには作戦の変更が必要である事は理解していた。

「わかった。バガン大佐とイビル少佐の二人に作戦変更をまかせるとしよう。皆はそれで良いか?」

オルダイカが周りを見回すと全員が首を縦に振っていた。

「よし、それではバガン大佐とイビル少佐の両名にはクーデター計画の再編と準備を任せる事にする」

「わかりました。成功させるためにも頑張ります」

バガンとイビルの両名がオルダイカに深く頭を下げる。その二人の姿を見たオルダイカは口元に笑みが浮かぶ。

その後も夜が来るまでの間、五人の男達のクーデター計画の会議は続いていくのであった。




いかがでしたでしょうか?

更新が遅れてしまい誠に申し訳ありません。次回はより早く投稿できるように頑張っていきます。
これからも完結できるように更新を続けますので、これからもよろしくお願いします。

誤字報告を行ってくださりました
ぴょんすけうさぎ 様
にしなさとる 様
この場を借りてお礼申し上げます。


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第9話

読者の皆様、作者の文月之筆です。

少しばかり投稿が遅れてしまい、誠に申し訳ございません。
もうすぐで物語はクライマックスを迎えますので、どうか気長にお待ちください。


グラ・バルカス帝国 帝都郊外 兵器保管庫

 

グラ・バルカス帝国の航空業界において最も優れているとされるカルスライン社。その同社が有する帝都郊外にある兵器保管庫の近くには多数の男とトラックが集結していた。

兵器保管庫が存在している場所は山岳部の近くであり、帝都郊外の中でも最も地価が低く人気のない土地であった。

近くには住宅が存在せず、ただただ兵器が保管されている倉庫が存在するだけである。そんな場所で今、ある事が起きようとしていた。

「エルチルゴ殿、あれが例の兵器保管庫ですか?」

「はい、そうですね。あそこが弊社が有する兵器保管庫です」

トラックの車内ではエルチルゴとネイアの二人が話し合っていた。

「今更ですが、本当に大丈夫なのですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。周囲は人気が無い上に警備は手薄です。これ程の人数が存在すれば、すぐに制圧できるでしょう」

若干不安そうな表情を浮かべるネイアに対して、エルチルゴは自信のある表情で答える。二人の乗ったトラックの近くには多数の銃を持った男達が待機していた。

現在、彼らはカルスライン社の兵器保管庫を襲撃する準備をしていた。クーデター作戦を実行するにあたって、帝都を襲撃する第55連隊の支援を行うための部隊を編成するにあたって武器を必要としていたのだ。

「ネイア様、準備は完了しました。いつでも作戦を開始できます」

「うむ、それでは作戦開始だ。やってくれ」

「わかりました。それでは作戦を開始します」

ネイアに尋ねた男は二人の乗ったトラックを後にして、多数の男と共に兵器保管庫のある方向へと歩き出す。ネイアは彼らの背中を見送りながら、作戦の事を想い出す。

ネイアとエルチルゴが立てた作戦では、外で立っている警備員と保管庫の近くにある小さな社宅を同時に襲撃して短時間で制圧する計画を立てていた。社内でも一部の人間にしか知られていない例の兵器保管庫の警備は緩く、50人ほどの退役軍人でも制圧するくとは容易いとエルチルゴは話していた。

「エルチルゴ殿、やはり私は不安で仕方ありません。どうすればよいのでしょうかね……」

「それでは一服どうでしょうか?」

そう言うとエルチルゴは煙草を一本をネイアに差し出す。ネイアは感謝の言葉を口にした後、それを手に取り一服するのであった。

 

・・・・・・・・・・

 

「レジオ隊長、やりますか?」

襲撃部隊の隊長となったレジオの元に部下の男が尋ねる。レジオはその男の方に向いて話した。

「まだだ。社宅組の連中が遅れている」

彼は社宅を襲撃する部隊の方に目を向ける。彼らの部隊は凹凸の激しい地面に悪戦苦闘しながら進んでいた。

大きな岩から顔を出しているレジオは兵器保管庫の方を見ていた。外には木箱に座っている警備員が二人いるのが見える。銃は二人の後ろの壁に立てられて置かれていた。

「(油断しているな……。これならばすぐに仕留められそうだな)」

彼は、任せられた任務が予想以上に簡単に終わりそうだと感じた。事前の情報では合計で八人が警備しているとの事であった。入り口付近に二名がいるという事は、社宅には六名がいるのだろう。

彼がそう考えている内に、社宅を襲撃する部隊はついに社宅の前まで来ていた。

「よし、全員準備はいいな?」

社宅を襲撃する部隊の一人がこちらに手を振っているのが見えた。レジオは全員が準備を済ませている事を確認すると、事前に打ち合わせた通りに銃を構えた。

レジオは小銃の安全装置を解除して薬室に弾薬を装填すると、最初に欠伸をしている男に照準を合わせる。

「(照準よし……)」

男の胸に照準を合わせると、小銃の引き金を強く引いた。

ズドン!

彼が放った7.7mmの小銃弾は照準に捉えた男の胸に命中し、男はのけ反るように倒れる。男の胸から飛び散った赤い血液が建物の壁に付着した。

「撃てぇ!」

レジオ以外の誰かが叫ぶと同時に、三人が一斉に残りの警備員に対して発砲する。撃たれた男は、横に転ぶように倒れこんだ。

「やったぞ!」

レジオが叫ぶと同時に社宅の方から多数の銃声が聞こえた。それと同時に複数の叫び声が聞こえる。

「お前ら、行くぞ!」

レジオは先陣を切って走り出し、彼の後ろを三人が続く。彼らが兵器保管庫前に到着する頃には銃声は止んでいた。

「レジオ隊長、こいつまだ生きていますよ」

撃たれた警備員の一人が呻き声をあげていた。彼は赤黒く染まった腹を手で押さえて、わなわなと震えていた。

「殺れ」

レジオが命じると同時に、近くに居た一人が倒れていた警備員に対して小銃を撃つ。頭を撃たれた警備員は絶命し動かなくなる。

「社宅組も制圧した頃か……」

社宅の方から多数の男達が現れる。その男達は銃を高く掲げると、レジオ達がいる兵器保管庫の方に向かってくる。

「レジオ隊長、社宅の方の制圧が終わりました。こちらに被害はありません」

「わかった。それでは誰か一人をネイア会長の方に送って作戦成功を伝えよ」

「わかりました。それでは失礼します」

一人が立ち去るのを見送った後、レジオは警備員の一人が持っていた鍵を使って保管庫の鍵を開ける。

「入るぞ」

レジオを先頭にして彼らは兵器保管庫の中に足早に入っていく。

「これはすごい……」

「大漁だな」

誰かが呟く。小さな兵器保管庫の中には、彼らが予想していた以上の量の小銃や機関銃などの武器が保管されていた。

全員が中を見回す。上以外はすべて武器で満ちており、これだけの数があれば大隊クラスの部隊を構成することができるだろう。

「よし。全員、中にある武器を外に持ち出すぞ」

「了解」

「それでは最初に小銃を運び出すぞ。一列に並べ」

レジオたちは近くに置いてある小銃を手に取ると、バケツリレーの要領で外へと運び出す。最後尾にいた人間は到着したトラックに小銃を載せてゆく。

「よし、次は機関銃だ。今度は三人で運び出すぞ」

小銃を運び終えると、次は機関銃を運び出すことにした。彼らは三人組を作ると中に置いてあった機関銃を手に取り、ゆっくりと運び出す。

使える機関銃を運び出した彼らは、他にも弾薬や銃剣などの武器も彼らは運び出す。おおよそ一時間ほどした後、兵器保管庫の中にあった武器はすべてなくなっていた。

「レジオ隊長、撤収しましょう」

「ああ、そうだな」

置かれていた武器が無くなり広々とした兵器保管庫の中をレジオは見回す。彼は満足したような表情を浮かべると、兵器保管庫を後にした。

 

・・・・・・・・・・

 

グラ・バルカス帝国 東部海域

 

帝都ラグナから東方向の海域に一隻の潜水艦が航行していた。澄んだ青い海の上を航行するその潜水艦の特徴として、潜水艦としては大きな主砲を搭載し、飛行機を収納するための格納庫が司令塔の隣に存在していた。

その潜水艦の名はイビル少佐が乗るシーダス級潜水艦のバテン・カイトスである。

グラ・バスカス帝国が誇るその潜水艦の司令塔には五人の男が双眼鏡を使い周囲を確認していた。

「イビル艦長、周囲に艦船などは見えません」

「それはいい事ですね」

部下からの報告に対して、艦長であるイビルは素っ気ない様子で答える。だが彼は内心では深くため息をついていた。

「(なんとか間に合いましたね。このまま予定の時刻まで船が見えなければなおのこと良いのですがね……)」

彼は帝都防衛艦隊を帝都から引きはがすための陽動任務を任されていた。その任務を達成するにあたって、急いで予定の海域に急行して辛うじて到着したのであった。

「(あと10分程ですね……)」

イビルは左腕の腕時計で時間を確認する。予定の時刻までは残り10分を切っていた。

「イビル艦長、一つよろしいでしょうか?」

「何ですか?」

後ろにいた副長が尋ねてくる。

「予定では偽の無線を発信した後、本艦は反転して帝都に向かうこととなっていますがクーデター決行日までに間に合うのでしょうか?」

「問題ありませんよ。海域A地点ならば一日で帝都まで引き返すことができますから翌日の決行日までには必ず間に合いますよ」

彼は自信満々の表情で答える。実際にバテン・カイトスの居る海域から帝都までは、一日足らずで引き返せる距離である。そのためイビルの回答は正しかった。

ふとイビルは腕時計を見てみる。ちょうど予定時刻の一分前になっていた。

「よし、予定時刻一分前だ。見張り員、艦船は見当たらないな?」

「はい、大丈夫です」

見張り員の報告に口元に笑みを浮かべたイビルは伝声管に向かって叫ぶ。

「無線手、準備通り偽無線を入れろ」

「了解。偽無線を入電します」

イビルの命令を受けた無線手が無線機を起動させて無線を入れた。

「帝都防衛艦隊司令部へ。こちら潜水艦バテン・カイトスです。聞こえますか?」

少し間が空いた後、無線機の方から音声が伝わる。

「こちら帝都防衛艦隊司令部。潜水艦バテン・カイトス、何があったのだ?」

「緊急報告です。艦載機によって本艦からおよそ600kmほど北東の方角に艦隊を発見しました。詳細な数などは不明ですが、神聖ミリシアル帝国や日本国の軍艦と思われる船が多数確認されています」

「なんだとっ!?」

無線機の向こう側から驚愕と息を飲む声が聞こえる。無線手は続けて話す。

「これより本艦は敵艦隊を捕捉し攻撃を行いたいと思います」

短時間の沈黙の後、無線が入る。

「わかった。それと貴艦のいる海域は何処なのだ?」

「海域B地点です」

無線手は事前に打ち合わせた嘘の位置情報を伝える。

「了解。貴艦の武運を祈る」

「はい、それでは」

そういうと無線機は沈黙する。無線手は電源を切った事を確認した後、伝声管を使って司令塔上のイビルに報告を入れた。

「イビル艦長。偽無線作戦、成功しました」

「よくやりました」

顔は見えないものの伝声管から入って来るイビルの声は嬉しそうであり、全員が彼が喜んでいるのが目に浮かんだ。

無線手からの報告を受けたイビルは口元に笑みを浮かべていた。作戦が上手く行って上機嫌な中、副長が話し出す。

「艦長、そろそろ帝都に戻りましょう」

ふとイビルは我に返る。副長の言う通り、早く帝都へと引き返さなければならない。

「うむ、それもそうですね」

イビルは再び伝声管に向かって叫ぶ。

「面舵一杯、速度そのままで帝都に向かいますよ!」

「了解、面舵一杯、速度そのままで帝都に向かいます」

復唱が返ってきた後、バテン・カイトスはゆっくりと旋回を始める。ゆっくりと旋回する潜水艦の上でイビルは帝都のある方角を眺めていた。

「(これで恐らくは海軍の全ての艦艇が帝都を離れるはず。その隙に近衛師団を撃退できればクーデターは成功する……)」

彼は頭の中でクーデター作戦を思い返していた。僅かながら残っている帝都防衛艦隊はクーデター作戦を行うにあたって一つの懸念材料であった。

というのも、乗組員たちが臨時の陸戦隊として戦闘に加わる可能性がある。アクニ将軍の第11師団であればまとめて粉砕できるだろうが、あいにく彼は死亡している。

そのために、代わりとしてバガン大佐の第55連隊が戦闘を行う事となるのだが、彼らは近衛師団との戦闘で手一杯である。それ故に即席の陸戦隊が加われば失敗する可能性が高まることから艦隊を帝都から離すのが重要であった。

他にも艦砲射撃による支援も考えてはいたが、イビルは可能性は低いと思っている。理由としては帝都に存在する多くの国民に多大な犠牲が出るだろうからだ。そのため艦砲射撃だけはしないと彼は考えていた。

「(まあとりあえずは帝都から艦隊を引きはがせたので、これ以上は考える必要はないですね)」

そう考えた彼は、もう既に達成したクーデター計画について考えるのをやめる。そしてこれから行うべき事について考えるのであった。

 




いかがでしたでしょうか?

最近、執筆が思う様に行かず作者のモチベーションが下がり気味です。
そのため、評価やコメントなどを行ってくださりましたらとても励みになりますので、そちらの方もよろしくお願いします。

誤字報告を行ってくださりました、
ぴょんすけうさぎ 様
この場を借りてお礼申し上げます。


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第10話

読者の皆様、作者の文月之筆です。

1か月以上も更新が遅れてしまい、誠に申し訳ございません。
恐らくはこれからも更新が遅れてしまうでしょうが、どうか暖かい目で見守っていただければ幸いです。

それではどうぞご覧ください。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 陸軍省

 

帝都にある陸軍省の中では大きな騒動が起きていた。

「それは本当なのか!?」

ただでさえ騒がしい状態の陸軍省の中、全員の注目を集めるほどの大声でジークスは叫ぶ。その理由として帝都防衛艦隊司令部の元に敵艦隊を発見したとの情報が届いた為であった。

「はい。帝都防衛艦隊司令部に確認しましたが間違いありません」

一方のランボールは落ち着いた様子で答える。その彼の様子を見たジークスは深く深呼吸した後、落着きを取り戻す。

「そうか……。それで詳細について教えて欲しいが良いか?」

入れたてのコーヒーを一口ほど口にした後、ジークスはランボールに尋ねる。

「はい。まず最初にですが、ここから200海里ほど東の海域で哨戒活動を行っていた潜水艦が更に北東へ600km程の地点で敵の艦隊を発見したとの事です」

ランボールは本土とその周囲が乗った地図を机の上に広げると、ペンを取り出して幾つかの線を引く。その後、ある海域をペンで丸く囲んだ。

「なるほど。それで敵の規模や艦種などの情報に関しては分かるか?」

ランボールは首を横に振る。

「あいにくですが詳細な数などは不明との事です。ただし艦隊は日本国と神聖ミリシアル帝国で構成されている事と、多数確認されている事からある程度の規模を有しているものと思われます」

「そうか。ううむ……」

再びコーヒーを一口すすった後、ジークスは考える。相手の規模は分からないがそこそこの規模を有している事から、敵は我が本土に対して侵攻作戦を立てていると考えるのが普通である。

「帝都防衛艦隊は出撃したのか?」

「はい。現在、出撃できる全ての艦艇が出撃をしています。また他にも帝都以外の地方隊も動員させて当該海域に向かわせています」

ランボールは出撃した地方隊に丸を付けていく。その数は現存する地方隊の半分近くにも上っていた。

「うむ。これ程の戦力が迎撃に回ったか……」

これ程の戦力があれば、この世界の文明国程度ならば簡単に倒すことができるだろう。だがしかし、相手は前回の懲罰艦隊を無傷で撃破した事のある日本の艦艇がいる以上は無力と言えるだろう。

ジークスは頭を抱える。懲罰艦隊を撃破できるほどの戦闘能力を有している相手の侵攻を止める術がない事を心の中で嘆いていた。

「ジークス将軍。それに関してですが、大きな問題が二つほどあります」

ランボールの問いにジークスは二つの問題が頭に浮かぶ。

「帝都の防衛戦力不足と住民の説明か?」

「はい、そうです」

ジークスは思わず舌打ちをする。第一に帝都を防衛する戦力が足りない事である。これに関しては敵が必ず帝都に来るとは限らないものの、もしも帝都に対してきた場合は対処できずに占領されることが予想できた。

それだけでも十分致命傷ではあるが、同時に今まで敗北し続けた事を隠した事実を暴露する必要が出てきたことも大きな問題となっていた。

もしも今までの敗北についての情報を開示した場合、国民は大きく混乱する事になるだろう。それに加えて軍部や政府に対して強い不信感が降伏計画や会議に対して大きな悪影響を与える事も容易に想像できた。

「はぁ……。どうすればいいんだ……」

ジークスは自身のこめかみを押さえて黙り込む。このまま非常事態宣言を出さずにいれば最悪の場合、多くの国民が戦火に巻き込まれ死亡する恐れがある。だが一方で非常事態宣言を出した場合、今までの敗北を隠していた事実が判明して政府や軍部に対する信頼が大きく落ちる事が予想できた。

下手な事をすれば国が滅亡しかねない状況にジークスは頭を悩ませる。彼は唸ったり首を捻ったりして何とか良い方法は無いかと考え続けた。

「(ここはやはり非常事態宣言を出し、敗北の事も正直に話した方が良いな)」

入れたてのコーヒーがすっかり冷めきった頃、ジークスは結論を出す。その様子に気づいたランボールは彼に尋ねた。

「ジークス将軍、どうしますか?」

「うむ、ここは非常事態宣言を出して国民には今までの件を正直に発表する事としよう。ランボールよ、君はどう思うかね?」

ジークスは意を決したように話す。ある程度は社会が混乱し、政府や軍部に対して不信感が残る結果となる事は承知の上での決断であった。

「異議はありません。今ここで発表しなくとも、いずれは国民たちは敗北続きであることを知るでしょう。そうなれば余計に信頼を落とすことになるでしょう」

ランボールもジークスの意見に賛同する。後々発覚する形で知られるよりも、予め発表しておいた方が社会や政府などに加わるダメージを最小に出来ると判断したからである。

他にもこれ以上、国民に事実を隠し犠牲を強いる事を彼は良しとしなかったのも大きな要因である。

「うむ、決定だな。それでこの事はいつ発表するべきだと思うかね?」

ジークスは次に懸念していた事を考える。これらの情報を開示する時期についてであった。

「そうですね……。私としては二日か三日後ほどが良いと思いますね」

ランボールは顎に手を当てて考える。彼の考えでは、発表を受け入れられない国民が何かしらの行動を起こすとなった事も考慮して、四個師団が到着して準備を整える二日か三日ごろが良いと考えたのだ。

一方のジークスも彼の考えを察した様子であった。

「なるほどな。……まあ、とりあえずは二日後に発表するとしよう。それまでは非常事態宣言を出して、国民には動かないでもらう事にしよう」

すぐに発表をすれば社会に大きな混乱をもたらし、様々な面で大きな悪影響を及ぼす。そう考えたジークスは準備が整えられる時まで発表を遅らすことにした。

もちろんリスクはある。何の前触れもなく非常事態宣言を出せば違和感を持つ人間も出るだろう。中には帝国が危険な状況である事を察する者もいる可能性だってある。

「(ううむ……)」

ジークスは冷めきったコーヒーを喉の奥へと流し込む。自身が下した判断が果たして正しいのかどうかで頭を悩ませていた。

「ジークス将軍、話が変わるのですがよろしいですか?」

頭を抱えているジークスにランボールは話しかける。

「何かね?」

「グラ・カバル皇太子の避難計画に関する話です」

ジークスの表情が一気に変わる。苦悩している表情から一変し、真剣な顔つきになった。

「もう準備は整ったのだな?」

「はい。カーツ長官の方からも準備が整ったとの連絡がありました。あとはジークス将軍の許可だけです」

ランボールは自身の隣に置いてあった鞄から一枚の書類を取り出してジークスに渡す。ジークスはペンを取り出すと、その書類にサインを書いた。

「ありがとうございます。それでは皇太子の避難計画を実行いたします」

ランボールは書類を鞄の中にしまい込む。

「ああ、しっかり頼んだぞ」

ランボールはジークスに一礼した後、執務室から歩いて出ていく。執務室の中にはジークスだけが残されていた。

「何という奇跡だ……」

彼は小さく呟く。この危機的状況から皇太子だけと言えども、攻撃を受ける可能性の高い帝都から脱出させられるのだ。

日本の事を良く知り、今後の帝国の運命を握るであろうグラ・カバル皇太子の生存は一大事項である。もし講和まで行きついたとしても、彼がいなければグラ・バルカス帝国の未来は暗いものになるだろう。

「(カバル様、必ず生きてください。そしてこの国の未来を託します)」

ジークスは書類の山の状態になっている机から離れて窓際に寄る。空高く輝いている太陽は普段よりも、より明るく見えるのであった。

 

・・・・・・・・・・

 

ニヴルズ城の駐車場では四人の男が車に乗車しようとしていた。

「こちらへ」

ランボールは車のドアを開けて一人を助手席に招く。その男の顔は多くの国民がしる顔であった。

「ああ。失礼する」

黒のスーツを着たグラ・カバルはランボールの案内に従って助手席に座る。彼が座った後、ランボールたち三人も車に乗り込み走り出した。

「これよりカバル様には陸軍省が用意した隠れ家に住んでもらいます。そこには後ろの二人が護衛に付きますので安全に過ごせるでしょうが、くれぐれも危険な行動はしないでください」

車の運転を行っているランボールが話す。グラ・カバルは彼の言葉を真面目な表情で聞いていた。

「わかった、危険なマネはしないようにしよう」

グラ・カバルはランボールに対して答える。周りの反対を押し切って強行したバルクルス視察の頃の自分の姿を想いながら彼は考える。

「(あの時の様な愚行は絶対にダメだ。私には未来のグラ・バルカス帝国を守り発展させていく義務があるのだ!)」

彼は自身が背負っている大きな責任を感じていた。それは戦後のグラ・バルカス帝国の未来という常人にはとても背負いきれない程の重大な物であった。

先のバルクルス基地攻撃作戦で日本に捕まった後、彼は日本で色々な事を教わった。そして自分たちの置かれた現状を理解し、そう遠くない未来に訪れるであろう滅亡から国を救う数少ない存在になるのであった。

「(少なくとも私には戦争が終わり、講和を結び終えるその時までは生き延びなければならないのだ!)」

現在の時点でグラ・バルカス帝国の政治中枢を担う人物の中で、日本と太いパイプを有する者はグラ・カバルのみである。そのため、現時点において彼の存在価値は現皇帝であるグラルークスを上回っていると言っても過言でなかった。

自身の責任の大きさを再確認したグラ・カバルは息を吐く。そんな中、車は人通りの少ない路地裏で停車するとランボールはドアを開けた。

「降りてください」

グラ・カバルは驚いた表情で尋ねた。

「なぜここで降りるのだ?目的地に向かわないのか?」

「このまま目的地に向かえば相手に気づかれる可能性があります。ですので途中で降りた後、服を着替えて別の車に乗ってから目的地に向かいます」

ランボールは答える。グラ・カバルは小さく頷いた後、車を降りてランボールの後に続いた。

ランボールたちは少しばかり歩いた後、人気(ひとけ)の無い建物の中に入った。

「(帝都にも人気の無い所があるのだな)」

前世界において最も栄えていた帝都ラグナにも人気の無い場所が存在する事に驚きながら、ランボールが示した部屋の中に入る。

「カバル様、こちらに着替えてください」

グラ・カバルは予め用意されていた服を手に取ると、その服へと着替え始めた。

「(うむ。思ったよりも悪くはないな)」

用意されていた服は少しばかり古くボロいものではあったものの、不潔さというものは一切ない代物であった。サイズに関しても少しだけ大きかったが、そこまで違和感を感じるものではなかった。

「お待たせしました。それでは行きましょう」

ランボールら三人も着替え終えると、彼らは完全に帝都でよく見かける一般市民たちと対して変わらない姿に変身していた。四人は先ほど入った扉とは別の扉から部屋を出ると、人気の少ない場所に置いてあった別の車に乗った。

「それでは別荘の所に行きますよ」

「ああ」

前ほどの黒の高級車から、どこにでも見かける灰色の一般車に乗り換えた彼らは一息つく。これで相手に追跡されていたとしても、追跡を振り切る事ができたであろう。

彼らの乗った車は再び帝都の外にある別荘を目指して走り出していくのであった。




いかがでしたでしょうか?

これからも何とか最後まで頑張って投稿していきたいと思います。
投稿頻度に関しても以前よりは遅れるでしょうが、どうか長い目で見ていただければとても幸いです。


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