日ノ本の魔導師 (セニョール 文矢)
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墜ちし聖者の贖罪
Prologue


 新年、明けましておめでとうございます。
 初めまして、セニョール・文矢と言います。
 初めて投稿する作品になりますので、読みづらい、誤字がある、文章がおかしい、といった点があると思いますが温かく見守っていただけたらと思います。
 もしよろしければ、最後までご覧いただくようお願いします。


 

『お前には…魔術の才能はない』

 

 吐き捨てるようにそう言われたのは、一体いつだっただろうか…。

 もうそれが分からないほど、昔から俺は周りに蔑まされていた。

 

 唯一、まともに扱えたのは基礎中の基礎である第一魔術のDランク相当の術式であり、そこから上の術式を展開するも、行使する前に魔素へと散り散りに砕け、無残にも消えていった。

 

 その様子と周囲の反応に、心身共に疲弊していた俺は魔導師になるという目標を捨てるように続けてきた勉強を、修行を投げ出した。

 だが、

 

『目標を失いそうだからと、歩くのをやめるのか?叶わないからと、今までの努力を嘲笑うように目を背けるのか?己を見据え、よく考えな。お前は何のために魔術を欲した?何のために魔導師を志した?』

 

 諭すような言葉を述べると、答えを待つように荒んだ俺の目を真っ直ぐっと師匠は見据える。

 考えるように俺はそっと瞼を閉じると、存外早く結論へと至り数分と立たないうちに瞼を開いてゆっくりとしながらも堂々と口を開いた。

 

『家族を…友達を失わないように、一緒に過ごせる明日が続くように…力が欲しかったんだ』

 

 大切な人たちが消える夢をみた。今の日々が崩れて無くなっていく夢を見た。

 現実に起こるとは考えにくいかもしれないが、それでも拭い去ることなどできなかった。

 だから、その夢を否定するために、俺は魔導師を目指したんだ、それが一番の近道だと信じて…。

 師匠の目を臆することなく見詰めてそう返すと、最後まで聞き届けた師匠は更に質問を続けた。

 

『…その願いは、魔導師にならなければ手に入らないのか?魔術が使えなければ実現できない物なのか?』

 

 それに対し、ばつが悪くなった俺は首を横に振って答える。魔導師になることが一番早く夢に近づけるというだけだったはずなのに、いつの間にか魔導師になること自体が夢になってしまっていた。

 自分の想いを再確認した俺に、師匠は『いい夢じゃないか』とカラッとした晴れやかな笑みを浮かべ、優しく頭を撫でる。

 

『ならば下を向くな、目を逸らすな。思考をやめず、常に己を高めることを忘れなければ、お前の願いは潰える事は無い。だが、残念なことに人は〝夢〟だけでは前に進めない。だからこそ、師である儂自らがお前の進みべき〝目標〟を立てやろう』

 

 そう言い終え、師匠は近くに置かれた木刀を取り出すと低く構える。突然の行動に一体何を?と固まってしまう俺を横目に、師匠は意地悪い笑み浮かべていた。

 

『ほれ、そこで見ていなさい。今からお前に面白いものを見せてやろう。それを物にするも、しないも…お前次第だ』

 

 不敵な笑みを浮かべ、全身を覆う程の魔力を纏った師匠は今までにない覇気を醸し出していた。

 それ以降、師匠がそれを使うことは無かったが、今でも鮮明に覚えている。

 

 その姿と、あの時感じた憧れを思い出すように、俺はゆっくりと目を見開きながら全身を魔力で覆った。勿論、自分が抱いた夢のために……。

 

「貴様は…貴様は一体何者なんだ!?」

 

 剣を振り上げた墜ちた聖者は、答えを求めるように絶叫を上げる。

 それに、正面から見据えた俺は臆することなく、こう名乗る…

 

 

「唯の…魔導師だ」

 

…と。

 



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未完成達の邂逅 壱

「やめろ!離せ!?」

 

 地面に強く押さえつけられながらも、俺を拘束した学者にそう叫ぶ。

 彼女を連れていかれないように必死だった。

 その様子に拘束した奴は勿論、彼女を連れて行こうとする連中も辟易した表情を浮かべる。

 

「大丈夫だよ、--。必ず戻ってくるから」

 

 暴れる俺を諭すように彼女は笑顔を浮かべていた。

 だが、それは恐怖に取りつかれながらも悟られないようにと心を押し込めた、痩せ我慢の微笑だった。

 彼女の瞳には…僅かながら涙で滲んでいた。

 

 

 何が…、大丈夫だ!

 

 

 

 

「君が…、死ぬかもしれないんだぞ!」

 

 

 

 

 拘束を緩めようと必死にもがくが、緩むどころか更に強く締め付けられた。

 時間の無駄と言わんばかりにため息をついた学者は、部屋から移動するように背を押した。

 それに促され、彼女は部屋の外へと出る。

 

「ー!!」

 

 右手を伸ばし、彼女の名前を強く叫んだ。が、ドスっという鈍い音と共に、強い衝撃が首へ走ると視界が急速にぼやけていく。

 これで動けまいと判断したのか、今まで押さえつけていた学者も拘束を解くと部屋の外へと移動していく。

 遠のいていく意識の中、最後に見たのは…。

 ごめんねと涙を流す彼女の姿だった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 暗い夜が明け、日の光が降り注ぐ緋色に包まれた住宅地。

 鳥のさえずりと共に街全体がゆっくりと動き始めた、忙しくものどかな早朝。

 

「……っ!?」

 

 そんな緩やかな早朝とは裏腹に、あらい息を吐きながら右手を宙に彷徨わせた状態で、俺は目を覚ました。

 

「また……か…」

 

 ぼふっと伸ばした右手をベットに沈ませながら、ため息と共に頭に走る激痛に顔を顰めるもゆっくりと体を起こす。

 そこには、参考書などが乱雑に置かれた机に、本棚。

 机とは裏腹に整頓が行き届いたタンスと簡易クローゼット等、見慣れた自室の風景が目に入り思わずホッと息を吐いた。

 

『随分と早起きじゃないか、ミカ。今日は雪でも降るんじゃないか?』

 

 ケラケラとした笑い声のような電子音が部屋の中で木霊する。

 俺…鹿島ミカ(かしまみか)は溜息を吐きながら声のする方向に意識を向け、重い足取りで机へと向かった。

 机上には散乱した教材と電子機器。

 そして、

 

 

 カバーが取り付けられた刃渡り5cm程の黒いナイフが転がっていた。

 

 

 ナイフを手に取りながら再び溜息を吐くと、カバーから刀身を引き出す。

 柄の部分同様に刀身も鮮やかな漆黒である。

 

「それを言うなら明日は…だろ。というか、朝から弱ってる主人に対して最初にかける言葉が皮肉って酷くない?泣くよ?」

 

 俺の弱々しい苦言に反応するように、刀身に彫られた魔術文字が薄く光る。

 

『いや~、すいません。生憎と私は無知な魔装ですので、与えられた情報を覚えることでしか成長出来ないですし、貴方の心情が解るなんてとても…とても』

 

「常日頃、俺の思考と〝同調(リンク)〟して情報を集めている奴が何を言っているんでしょうかね…」

 

 心情など嫌というほどに流れ込んでくる癖に…大体、俺以上に生きているお前が無知であって堪るか。

 毒づくような言葉に、今度はやれやれという溜息を吐いてくる。

 

『全く…この重苦しい空気を払拭してやろうという神通様の粋な計らいが解らないとは、これだからド三流は……』

 

「うるせぇ!誰がド三流だ!!」

 

『お前だ!!!』

 

「…っ!、こんっのなまくらぁぁ!!」

 

 売り言葉に買い言葉という事もあって、しばらく言い合いが続く。

 何とも訳が分からない組み合わせである。

 謝罪の言葉を述べるも反省が見えず、果てには主人に暴言を吐くこのなまくら…もとい、こいつの名前は神通と称された魔術兵装である。

 魔術兵装、正式名称は魔術発動補助兵装。略称で魔装と呼ばれることが多い。

 名前の由来通り、魔術に欠かせない術式の展開と魔力操作を半自動的に行うよう生み出された代物。

 だが、一般的な魔装には、神通のように自我などは存在しないし、言葉だって発する訳では無い。

 傍から見れば無駄にさえ思えてくる機能に違いないだろう。

 

「はぁ~、なんで朝からこれ程までに疲れなきゃいけないのか…」

 

『そんなの俺の気遣いをバカにするのが悪いに決まってるだろう?詰り、自業自得ってことだ』

 

「…知り合いに頼んでマシな魔装がないか確認してみよう」

 

『お、いいぞ。その一般的な魔装でお前が真面に魔術を使えるならな』

 

「…」

 

 …此奴をそこの窓からブーメランみたいにぶん投げれたらどれだけ気分が晴れるだろうか。

 正論をぶつけられた腹いせと苛立ちから凶器を投げるというぶっ飛んだ考えが過る。

 一旦深呼吸をする事で平静を取り戻し、着替えに取り掛かった。

 だが、そうは問屋が卸さなかった。

 

『あら~?無視ですか?都合が悪くなった途端に会話を辞めるとか子供ですねー』

 

「子供じゃないです~。その証拠に一人暮らしが許されてます」

 

『お、そうだな。二週間に一回様子を見に来る、っていう条件が付いた一人暮らしが一人前なんですね。いや~、流石ご主人様ですね。頭が下がる思いです~』

 

「…止めて、俺が悪かったから。その現実突きつけてくるの止めて」

 

 言葉で神通に勝てるはずもなく、早々に白旗を上げた。

 いつの日か、こいつを口で言い負かせる日が来て欲しいのだが…。一向に勝てる未来が見えない。

 

『…少しは持ち直したか?』

 

「……ああ、あんがと」

 

『全く…素直じゃねぇな。もう少し感謝の念を送る努力をしやがれください』

 

 不器用な奴には、これくらいで丁度良いだろ?と身支度を整えた俺は、刀身部分をカバーの中に納めると、腰に差して朝食をとるためにリビングへと移動した。

 

「朝から作るのも面倒だし…。昨日の残りでいいや」

 

『朝から稽古だっつうのに…。全力出したら直ぐにへっばっちまうぞ』

 

「まぁ、何とかなるさ」

 

 昨日の晩飯をレンジに突っ込んで温めを開始すると、リビングに戻ってテレビの電源を入れる。

 

『次のニュースです。昨夜未明、魔導特区北側にて魔術による火災が発生いたしました。死者は幸いにも0ということですが、怪我人が多数確認されました。事故を起こしたのは…』

 

「…朝一から物騒な情報を目にしてしまったな。というか、最近こんな事故を多く見かけるよな」

 

 魔術による事件・事故などは少なくはないが、それにしては異常なほどの多さだ。

 俺が知る限りでもここ一か月余りで十件程だ。流石に異常ではなかろうか?

 

「何も起こらないといいがな…」

 

『いや、ここ最近のお前の行動を見る限り巻き込まれる可能性の方が高いな』

 

「待てぃ、不吉なことを言うんじゃあない。大体、今年一年は静かに過ごしたぞ」

 

 明後日から通うことになった国立淡海魔導学園に向けて、ここ一年は騒ぎなどは起こさずにしっかりと受験に向けて学業に取り組んできたのだ。

 罰が当たるような行動をとった覚えもないし、しようものなら俺の保護者である師匠や兄姉弟子達が黙っていない。

 

『確かに!この一年は静かに過ごしてきただろう』

 

「だろ?だから…」

 

『そう!だからこれは、嵐の前の静けさだ!この一年は平穏だったからこそ、この先の3年間では波乱万丈の日々を送ることに…』

 

「その理論はおかしい」

 

 何故、静かに過ごしたからと言ってこの先が波乱万丈になるのでしょうか。しかも三倍いて…。この理論が正しかったら師匠のところの境内でお前をぶっ刺して、理不尽!って叫んでやる。

 軽口をたたきながらも温まった朝食を終え、外へと出る。

 

「うわっ!?寒っっ!!」

 

 終わりかけとは言え、まだ三月の終盤。

 流石の朝7時の早朝はやはり寒く、半袖のTシャツの上にジャージという薄着では誤魔化せなかった。

 反射的に体を擦ってしまうくらいに寒い。

 

『〝もうちょっと何か羽織れば良いものを…〟』

 

 呆れたような一言が〝同調(リンク)〟を通して脳内に流れ込む。

 〝同調(リンク)〟とは、人それぞれが発する魔力の電磁波の周波数を合わせることで情報や思考を共有できるという魔術である。

 言葉では簡単に思えるかもしれないが、中々に高度な魔術である。

 まぁ、言葉を発さなくても伝わるっていうのは楽ではあるんだが…。難点は隠し事が出来ないんだよなぁ。

 

「〝走ってればすぐに温まるさ〟」

 

 通行人の邪魔にならないように体を解すと、師匠の邸宅までランニングを開始する。

 距離で言うなら約10k弱、1時間ぐらいを目処にしたとして十二分に間に合うな。

 ふぁ~と小さく欠伸を漏らしながら交差点に近づてきた辺りで、前方から車のクラクションが響いた。

 

「〝あれは…〟」

 

 赤信号であるのに交差点内にトラックが突っ込もうとする光景が目に入る。通行人たちはすかさず交差点の外へと非難するが、一人の子供がその場で転んでしまう。

 

「〝…!?神通!〟」

 

『〝噂をすればってな!接続(コネクト)〟』

 

 子供を救うべく、魔術を通して神通と俺の全身の魔術回路を繋いだ。

 術を行使するために神通が俺の魔術回路を掌握する必要があるが、それより先に交差点内では動きがあった。

 トラックと子供の間を割って入るように、一人の少女の姿が目に映る。

 その光景に周囲はわずかながらに安堵する。今の一瞬で割って入ることができたのだ、逃げだす事も容易だろうと考えたのだ。

 だが、

 

「っ!!」

 

 迫りくるトラックを前に尻込みをしてしまったのか、身動きが取れなくなるようにその場で固まってしまう。

 

 

『〝全回路掌握完了。許容上限解放(リミットバースト)発動〟』

 

 

 術式の使用により脳内に課せられた拘束が解放されると同時に、ゾクりと波打つような感覚が全身に這いよる。

 その感覚が消えないように、全員に魔力を通す。体の内から青白い光が漏れだす。

 俺が使おうとしている(ちから)は、魔術とは原理の違う術式を必要としない極めて危険かつ困難な魔力を使う禁じ手。

 踏力的にも、倫理的にも、人前で使うのは憚れる(ちから)ではあったが、人命の方が何より大切だ。

 仕方がない。

 

 

 

   鳴神神威(なるかみかむい) 闘身ノ弐(とうしんのに) 迅雷ノ韋駄天(じんらいのいだてん)

 

 

 

 

 右足を強く踏み込んで術を使用した瞬間、目的地点まで凄まじい速度で体が引っ張られる。

 距離は300m程だが有した時間は一秒にも満たなかった。

 衝突するまで残り数十センチと間一髪のタイミングではあったが、子供を強く抱き上げて、背を向ける形で衝撃に耐えよう目をきつく閉じた少女とトラックの間に潜り込めた。

 すかさず、俺は子供ごと少女を抱き上げ、交差点を渡り切った人のいない場所まで再び術を使用して体を引っ張った。

 結果、

 

キキィィィ~!!

 

 ブレーキ音と人の悲鳴を背に五体満足で救出に成功する。

 念のため二人とも外傷がないか確認を行ったが、怪我らしい怪我も見当たることもなく「良かった…」と安堵するが、落ち着いても居られなかった。

 後ろからどよめきの声が上がる。

 

『〝どうやらそこの子供と嬢ちゃんが居ないことに気付いたようだ。早く去った方がいいぞ〟』

 

 それもそうだと思ったが、地面に寝かせるのも…と迷ってしまう。

 

「んっ…」

 

 いつまでも来ない衝撃に耐えかねたのか、少女が瞼を動かし始める。

 流石に不味いと感じ、仕方ないとゆっくりとした動作で歩道に寝かしつけ、その場を後にする。

 去っていく俺の背には、先ほどの悲鳴が小さく聞こえるほどの歓声が響いていた。

 どうやら無事な二人を発見できたらしい。

 その歓声に、口角が上がっていくのを感じながら師の元へと向かった。



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※閲覧いただきありがとうございます。
 些か、prologueと第一話を改稿しておりますので、宜しければ閲覧をしてみてください。


「〝ア"ァ~、ツカレタ~〟」

 

 時刻は11時とちょっと。師匠との激しい打ち合いを終え、強張った体を解しながら自宅近くのショッピングモールまで移動していた。

 目的はちょっと遅めの昼食を取るためだ。

 

『〝…疲れてんならわざわざ移動せずに食っていけばよかっただろうに。飯くらい用意してくれてたと思うぞ〟』

 

「〝それでも良かったんだが…〟」

 

 別に師匠のところで飯を取るのが嫌だったわけではない。寧ろ、今の住んでいるマンションより師匠宅(あっち)の方が断然ゆっくりできただろう。

 それでも、今日は師匠たち(••)と飯を取るわけにはいかなかった。

 

『〝神威(あれ)を使用したのがばれるから…か?〟』

 

「〝ああ、そうだ〟」

 

『〝師匠…総一は見破っていたと思うが?だから稽古内容も時間も変更したんだと思うぞ。いつもなら問答無用で夕方まで行うはずが、こうして昼で終わっているからな〟』

 

「〝……〟」

 

 まぁ、師匠には確実にバレてますよね。

 道場の中に入った途端に、「…今日は打ち合いから素振りに変更するぞ~。時間は…昼までくらいが限度か」と俺の様子を見るや否や少し呆れたような半笑いで内容が変えたのだ。

 バレていないと考える方がおかしい。

 だが、別に師匠にばれるのは問題なかった。いや、バレるとか以前に隠し事自体、余りよろしくは無いが…、実際問題なかった。

 じゃあ、何が?と疑問に思うだろう。

 

『〝月夜や珠代にバレて説教が嫌だったのか?〟』

 

「〝…正解〟」

 

 俺の所の兄姉弟子達は魔導師の中でも超一流と言っても過言ではないほど、周りから頭一つ抜きに出ていた。実際、国の方から表彰状を貰ったこともあるようだ。

 そして、中でも神通が今口にした二人の姉弟子たちは感が冴えており、俺の魔力の流れが乱れていることが分かるはずだ。神威を使用したのが確実にばれる。

 原理はわからないとは思うが、人前で使うなと言われているのに使ってしまったのだ。

 バレれば確実に説教の雨が待ち受けるだろう。そんなのは御免被る。

 

『〝…子供かよ〟』

 

「〝あ~、聞~こ~え~ま~せ~ん〟」

 

『〝はぁ~、全く。こんなのが主人(マスター)なのかと思うと頭が痛くなるぜ〟』

 

 呆れたようにやれやれと息をつく神通をスルーして、目的地であるショッピングモールまで向かうのであった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 師匠宅を出て凡そ30分ほどで目的の場所までたどり着き、早速食事を済まそうとフードコートを目指し中まで入ってきたのだが…

 

「人が多い…」

 

 うへぇ~と人の多さに思わず顔顰めてしまう。

 休日いうこともあり多いだろうなと思っていたが、予想以上の人だかりであった。流石休日のお昼時。

 家族連れやカップル、学生などでフードコートはごった返している状態。

 店頭に置かれたメニュー表を見ることを早々に諦め、案内掲示板の方を確認することにした。

 

「〝久々にラーメンにでもしてみるかな〟」

 

『〝疲れてんのにそんな重たい物が入んのかよ?〟』

 

「〝疲れてるからこそあえて重たい物を取った方がいいかもしれないだろ?それに醤油ベースにすればそこそこいけるだろ〟」

 

『〝嫌々、そこは塩じゃねぇ?〟』

 

とくだらない論争?を広げていると

 

「あの…、すいません」

 

 後ろから申し訳なさそうに声をかけられた。察するに、

 俺と同じように人の多さに逃れて此方にやってきたのかもしれない。

 邪魔になってしまったことを謝罪すべく顔を上げて後ろへと振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 少しあどけなさを感じる奇麗な顔立ちに、肩に少し触れる程度でそろえられた艶やかな黒髪は店内のライトに照らされ光沢を帯びていた。

 明らかに常人離れした容姿に、周囲の何人かは息を飲んで彼女を見つめていた。

 それに倣うように俺も動きを止めるが、違う意味で頭が真っ白になった。

 それもその筈、彼女は…

 

『〝あれ?この子…今朝の嬢ちゃんじゃねぇか?〟』

 

 神通の言葉に脳が理解を示すや否や、今度は大量の冷や汗が俺の背中に流れ始める。多分、頬も引き攣っているだろう。

 見ず知らずの相手を凝視するのは失礼かもしれないが、もっとも会いたくない相手に会ってしまったのだ、仕方がない。

 

「えっと、大丈夫ですか?心なしか顔色が優れないような気がしますが…」

 

 心配そうに此方を気遣った少女の言葉にハッと我に返る。

 俺の顔を見て、この反応ということは多分顔バレはしていない。

 一瞬の出来事だったため、顔までは見られなかったのだろう。

 とりあえず、早くこの場を後にしてしまおう。

 バレでもしたら騒ぎが知れ渡って姉弟子たちの耳に入ってしまうかもしれない。

 

「あ、だ…大丈夫です。すいません、今退きますので…」

 

 愛想笑いを浮かべながら無駄のない動きで案内板から離れると、頭を下げると直ちにここから離れるようとした…したかったのだが。

 

「ま、待ってください!」

 

 (くだん)の少女に右手を強く握られ、動くに動けない状態に陥る。

 相手が相手なだけに無理やり解くような真似はできないだろう。

 出来るだけ震えない様に声をかけた。

 

「ど、どうかしましたか!?」

 

 訂正。やっぱり抑えることができませんでした…すいません。

 しかも、ちょっと上ずってしまったんですが!…っておい、神通。こそこそ笑ってんじゃねぇぞ。同調(リンク)のお陰で丸わかりだからな。

 そんな挙動不審な態度が返って不味かったようだ。

 

「…何処かでお会いしませんでしたか?」

 

 目を細めながら、こちらを凝視しだす。

 たちまち俺の背中には止まっていた冷や汗が再び流れ出す。

 え~い!こうなりゃ強硬手段だ!

 

「イヤ~、多分人違イダト思イマス!…それでは~!!」

 

「あっ…」

 

 人違い言い切って彼女の手から逃れるようにそっと手首を捻って拘束を解くと、頭を下げて即座にフードコートエリアへと向かった。

 

『〝女性に乱暴を働くとは…最低だな〟』

 

 

「〝少々強引だったけど、許してください。緊急事態だったんです〟」

 

 というか言葉で殴るのを辞めてくれ、心にぶっ刺さるから。

 ここに着いた時よりもややげっそりとしながらも昼食を取るために中へと入るが、数分後俺は再び入り口付近へと舞い戻ってしまう。

 理由はいたってシンプル…

 

「座席が無かった」

 

 コート内の座席はほぼ埋まっており、空いているといっても横との間隔が狭いためとてもじゃないが食事をゆっくり出来そうにないため戻ってきた。

 この調子だと外の飲食街も満席のような気がしてならない。

 …総菜でも買って家で食べるしかないか。

 今日は厄日か何かだろうかと愚痴を零しながら移動を開始しようとしたする。

 

「…退いて頂けませんか?」

 

「いや、だから。さっき優男に振られてただろ?可哀そうだから俺たちが相手してあげるよ」

 

 だが、先の少女が二人の男性に絡まれている姿に足を止める。

 一人は見るからに小物っぽい奴と、もう一人はピシッとした貫禄のある男性の二人にだった。

 買い物客が迷惑している中、俺は違うところでダメージを受けていた。

 

「〝優男ってなんだよ〟」

 

 頼りないって言いたいのか?そりゃ、怒られるのが怖くて姉弟子達から逃亡したんだから頼りないんだろうけどさぁ!

 『〝どうでもいいから目の前に集中してくれる〟』という突っ込みで視線を少女たちの方に戻す。

 言い合いが続いているのを見るにまだ解決に至っていないようだ。

 …この人らは周りが迷惑していることに気が付いているんだろうか?

 

「もういいだろ。やめろ、真守」

 

「いいんだよ、風切。ほら、奢ってあげるからさぁ」

 

 横で黙っていた風切と呼ばれる男性が真守と呼ばれたチャラ男を制止するが、どうやら聞く耳がないようだ。

 というより、心なしかイライラしているような印象を受けた。

 もしかしたら、ここから少女を連れて立ち去りたいのかもしれない。

 ここは介入すべきなんだろうか…

 

「結構です」

 

「そんなこと言わずに、さぁ!」

 

 業を煮やしたようで、強引に連れて行こうと少女に向かって手を伸ばしていた。

 その光景に悩みが吹き飛ぶと、間に割って入るように男性の腕を握りしめ、行く手を阻んだ。

 

「…すいませんが、そこまでにして頂けますでしょうか?」

 

「て、てめぇはさっきの!?」

 

 俺の突然の介入にその場に居合わせていた人たちは思わずギョッとする。

 うん。チラッと視線を向けたけど少女も固まってしまってるな。

 まぁ、当然の反応だよな。余計に場が混沌と化すんだから。

 

「お前には関係ないだろ!離しやがれ!」

 

 介入が気に食わなかったのか、噛みつくように怒鳴り散らす。

 だが、そんな威嚇じみた行為に目もくれず、二人が纏っている制服に注目する。

 その制服は見知った物だったからだ。

 

「…あんたら、魔導学園の生徒か?」

 

「だったら何だってんだ!ああん!?」

 

 直も噛みついてくる様子に苛立ちを覚える。

 冷静になるって事ができないのだろうか。これじゃあ、姉弟子の名前を出しても仲裁できそうにないな。

 若干諦めの境地に立っていると

 

「…やめろ」

 

 突っかかってくる男性に向かって、今まで沈黙を保っていた相方がもう一度諫めるが効果をなさない。

 突っかかるのを一向に止めない様子に堪忍袋の緒が切れ、殺気を放つ。

 

「か、風切…」

 

「俺はやめろと言ったんだが?」

 

「わ、悪い」

 

 怒り心頭と言わんばかりの真っ赤だった表情が急激に青ざめる。

 とりあえずは大丈夫だな。と俺は手を離す。

 予想通り、すんなりと男は後ろへと下がった。

 溜息を吐きながら殺気を収めると、風切と呼ばれた相方は俺たちに頭を下げた。

 

「不快な思いをさせてすまなかった、どうか許してほしい」

 

 突然の行動に俺も後ろにいた彼女も目を見開いた。

 関係者とは言え失礼な話、諫めた彼がこちらに謝罪するとは思わなかった。

 

「ほら、真守」

 

「……」

 

「謝んないなら、後でぶちのめすぞ」

 

「…わ、悪かった。申し訳ない」

 

 反省していない態度に、再び脅しを加えて謝るように迫るとあっさりと頭を下げた。

 そして、少女の返答を聞く前にその場から早歩きで立ち去っていった。

 

「全く…。俺の方から言い聞かせておく、すまなかった」

 

「いえ、俺は別に…。貴女(きみ)もそれで大丈夫?」

 

「…はい、問題ありません」

 

 彼女は頭を左右に振ると、柔らかい微笑を浮かべて彼らの謝罪を受け入れた。

 一件落着とこの場から去ろうとしていると、男性が俺の肩を掴んだ。

 一体何をと思っていると、彼は俺の耳元に顔を寄せた。

 

「君は八朔日(ほずみ)月夜(つきよ)と同門だな?」

 

「…何故、そう思ったんですか?」

 

「君の歩き方や身のこなしを見ていたら…ね。何処となく月夜を思い出したよ」

 

 特に否定することなく質問を返すと、ニヤッとした笑みを浮かべた。

 例えるなら…そう。子供が面白そうな玩具を見つけたような笑みだった。

 「入学式前に面白い子に会えて嬉しい限りだ。今年も退屈しそうにない」と期待で心が躍っているような呟きを放つと、あっという間に去っていった。

 姉弟子が名前呼びを許す相手…、気を付けた方がいいな。

 入学前から頭が痛くなるのを感じながら、移動しようと少女と向き直た直後、彼女から「キュルキュル~」という音が聞こえた。

 

「…」

 

「…」

 

 彼女はお腹を抑えながら顔が見えない様に俯いたが、羞恥からか耳は真っ赤に染まり、体が僅かに震えていた。

 気まずい空気が場を支配する中、思わず額に手を置いた俺は空を仰いでしまう。

 

 こんなの、どうしろって言うんでしょうかね…



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 ショッピングモールに隣接する飲食街。

 数分かけてフードコートから移動したわけだが、席をつくなり俺は頭を抱えたい衝動に襲われる。

 

「ご注文の際は、そちらのボタンでお呼びください。それでは、失礼します」

 

 メニュー表とお冷を二人分(・・・)出すと、店員は一礼にて奥の方へと下がっていった。

 そう、二人分である。つまり、俺は一人でこの店に入ってはいないのだ。

 じゃあ、誰とこの店に入ったのかって?ははっ!そんなの決まっているじゃないか…

 

「…どうしました?もしかして和食はお嫌でしたか?」

 

「いや…そういう訳じゃないんだけど」

 

「なら早く決めて、注文を済ませちゃいましょう。どうぞ、メニュー表です」

 

「ドウモ、アリガトウ」

 

 礼を述べ、受け取ったメニューに目を通すふりをしながら、チラッと目の前に座る同席者に視線を向けた。

 そこには、少し浮かれているような雰囲気でメニューを見つめる先の美少女の顔が映る。

 どういう訳か…と言えば、お腹を抑えてる彼女と周囲の視線に居た堪れなくなり思わず誘ってしまったのが原因だ。

 

「あの、そろそろ注文しようと思ってますが…大丈夫でしょうか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 それなら良かったですと柔らかく微笑むと、彼女はボタンで店員を呼び出して注文を開始した。

 その横顔を見ながら、最初の印象通り幼さが残る顔立ちから年下なのだろうかという疑問と同時に感嘆の念を抱く。

 

 俺よりは年が上であろう二人組に流されず、真っ向から断わりを言えたのだ。見た目にそぐわず肝が据わっていそうだ。

 そんな事を考えている間に、畏まりましたと店員がメニュー表を下げながら再び奥へと帰っていく。

 どうやら俺の注文も済ませてくれたらしい。

 

「自分の注文まで頼んでもらってありがとうございます」

 

「いえ、まとめて注文した方が良いと思っただけです」

 

 気にしなくても大丈夫ですよと出された水を飲みほして、彼女は喉を潤すと、緊張した面持ちでこちらを見つめた。

 

「でも、少し恩を感じているなら質問に答えてくださいませんか?」

 

「…いいですよ。何が聞きたいですか?」

 

「今朝、車に引かれそうになった私と小学生の男の子を救ってくれたのは…貴方…ですか?」

 

 逃がさないという意思が言葉に出ずとも伝わるような強い視線に、たまらず苦笑いを浮かべる。

 ここじゃあ逃げ場所が無いし、あの様子なら誤魔化しも通用しなそうだ。

 まぁ、この状況を作り出したのは俺なわけだし、何より彼女に嘘をつくのも気が引けた。

 

「ええ、そうです。自分がやりました」

 

「…やはり。そう…なんですね」

 

 肯定の言葉に、彼女は何かを噛み締めるように喜んだ。思わぬ反応に俺は呆けた顔を浮かべてしまうと、彼女はハッとした表所で、しどろもどろになりながら言い訳を行う。

 だが、俺が気にしているのはそのことでは無かった。だから、この期に聞いてみる事にしてみた。そうしなければ、俺の気が晴れない。

 

「怒ってはいないのかな?さっきから避けるようにしてきたのに」

 

「…怒りとかはありませんでした。何故?とは思いましたが、隠さなければいけない理由があるのかもしれない…と考えるのを止めました」

 

 それに、今優先すべきは隠した理由を知る事ではありませんので…と、改まって背筋を伸ばした彼女は、俺を正面見据えると深々と頭を下げた。

 

「順序が逆になってしまいましたが、私たちを救ってくださりありがとうございます。貴方の勇気ある行動のお陰で男の子も私もこうして無事に過ごすことができています」

 

 だから、貴方が卑屈に思う必要なんてありませんと、彼女はゆっくりと顔を上げる。そこには、混じりけのない、何処かスッキリしたような笑顔を浮かべていた。

 

「そっか…良かった」

 

 今まで避けるような態度で接していたのだ。罵倒とまではいかなくても、何かしらの小言を言われると思っていただけに礼を言われるとは思ってもいなかった。

 だから自然と口についたのは、安堵の一言だった。

 俺も、知らず知らずのうちに気を張ってしまっていたようだ。

 

「私も良かったです。これで肩の荷が一つおりました…」

 

「肩の荷?」

 

「ええ。助けていただいたのに感謝の礼を伝えられないのは…何だか嫌でしたので」

 

 そう照れ臭そうに笑う彼女に、自身が日の光のような温かく優しいものに包まれる錯覚を感じた。

 要は、照れ臭かったのだ。面と向かってお礼を言われるのは、慣れなていなかったから。いつも、親しい友人や家族ぐらいにしか言われてこなかった弊害だろう。

 微妙な雰囲気が場を支配してしまうが、彼女がわざとらしい咳ばらいを行い空気を入れ替える。

 

「遅くなりましたが、私は(みなと)秋凪(あきは)と言います。明後日から淡海魔導学園の中等部に入学するために引っ越してきました。…宜しければ、名前を伺ってもいいですか?」

 

 名前を聞くなら、まずは自分から。という事なのだろう。良くできた少女である。

 容姿も整っていて、尚且つ性格がよい…今年の中等部は荒れそうだな。と内心苦笑いを浮かべる。

 

「自分は鹿島ミカと言います。湊さんと同様に、明後日から魔導学園の高等部に入学します。学園でもよろしくお願いします」

 

「…ため口で構いませんよ。鹿島さんの方が年上なんですから気を使わなくて大丈夫です」

 

「いやいや、相手が年下だからって、ため口っていうのはちょっと…」

 

 年が違うとはいえ、それだけで口調を変えるのは違うと伝えると、唸るように考え出した。どうしても俺の敬語を止めさせたいみたいだ。

 …何で?と疑問が浮かぶが、妙案を思いついたような表情でこちらに顔を向ける湊さんを前に、疑問を消去する。

 

「それでは、これから鹿島さんを〝先輩〟とお呼びするっていうのはどうでしょうか?それなら敬語で話す必要はないですよね」

 

「いやぁ、う~ん」

 

「…じゃあ、率直に言います。私は学園のことが知っているであろう先輩と仲良くしたいんです。なのに敬語で話されると壁を感じるようで嫌な訳です」

 

 絶えず煮え切らない様子に、彼女は少しむっとした表所でそう言い切る。

 笑いで誤魔化そうにもそれが通用しない相手なのだ、なんだか選択権が無くて笑えてくる。

 自分の方が、年が上なはずなのに言い負かされている。果たして、先輩の威厳なんてものはあるのだろうかと言いたいが、ジトーとした視線を前にあっさりと白旗を揚げる。

 

「…わかった。よろしく、湊。……本当にこれでいいの?」

 

「はい!」

 

 満足げな湊とは対照的に、自分は苦笑いを浮かべながら出された水に口をつける。年下の女性と付き合いがないため、少しだけ緊張し喉が渇いてしまった。だが、これで問題なく食事を楽しめそう…

 

「では先輩。早速ですが、今日使用した(あれ)は何ですか?見た所、術式の痕跡がありませんでしたので」

 

「っ!?…ゴホッ、ゴホッ!?」

 

「先輩!大丈夫ですか!?」

 

 前言撤回、そんな期待は無かったんです。

 彼女の爆弾発言により、思わず咽てしまう。彼女は心配そうに自身のハンカチを手渡してくるが、それを手で制して袖で口元を拭う。

 魔術を使用した場合、必ず術式の痕跡と使用した魔力残滓が必ず発生する。

 

 自分を認識していなかったと思っていたが、盲点だった。…待てよ、という事は俺が今朝(あれ)を使用したのが警察にバレたんじゃ。道理で、毎回俺って分かるはずだよね!?

 今更気が付いた真実(からくり)に、俺は頭を抱える。

 

 今朝以外にも術を使用したことがあったが、毎回俺だと即座にバレたのは感がいいからではなく、警察から情報が回っていたからであって、単に姉弟子たちが感が問題ではなかった…と。

 まぁ、痕跡と残滓は時間が経てば元の魔素へと戻るが、変化する前に警察は現場にはついていた筈。

 という事は怒られるのは確定なんだろうな…、隠そうとした俺の労力を返して。

 

「それが隠そうとした理由…なんですね」

 

 地雷を踏んでしまったと顔を青くして、「すいません。今のは無かったことに…」と湊は頭を下げる。若干、目に涙が浮かんでいる。どうやら勘違いさせてしまっているらしい。

 まぁ、彼女なら説明しても大丈夫だろう。黙っておくようお願いすれば良いだけだ。

 

「湊。この世界において、魔術とはどういうものか説明して貰っていいか?簡潔で構わないから」

 

「…教えていただいても大丈夫なのですか?」

 

「ああ、君なら信用出来る」

 

 まぁ、説明するにあたってどうして魔術の法則を説明して貰うかと言えば、単に比べる事で簡潔に理解できるだろうという考えだ。

 

「簡単に言いますと、その場にはない自然現象、物体を人為的に生成出来る力…です」

 

 完璧に近い答えではあるが、後一つ重要なものを忘れてる。ワザと…いや、無いか。多分忘れているだけだろうな。

 

「ああ、それで概ね合ってる。そして俺が使った術も同様に自然現象、物体を出しているに変わりない」

 

「?それならあれは魔術では…」

 

「まぁ、待ってくれ。(これ)には魔術で必要不可欠な条件が一つだけ要らないんだ」

 

 既に口にしているよとヒントを出す。賢い彼女ならすぐに答えへと行き着くだろう。

 その証拠に、ものの数分もしないうちに答えに行きついたようだ。驚いた顔を浮かべていた。

 

「まさか、術式が…必要ないの……ですか?」

 

 驚きを隠せない様子に、肯定の意を込めてニヤリとした笑顔を浮かべると説明を再開する。

 

「魔力を使用するが、術式を使用しない。師匠はこれを神威って呼んでる」

 

 魔術の術式にはどのような役割があるか…と言えば、行使しやすく、且つ安全に使用できるという部分にある。

 術式はその一つの現象…例えば相手に向かって炎の塊を飛ばすという内容が組まれた術式に魔力を通し発動させると、文字通りに対象に向かって火の玉が放たれる。

 難点言えば、咄嗟の判断で火力の調整や方向などを自由に変えることができないのと、永続して使用できないというものだ。

 

 

 その点、神威に関しては術式を必要としない分、火力の調整や方向などを自在に操れる、魔力が続く限り半永続的に使用できるというものだ。

 

 

 今朝の状況プラス、使用者が俺だと仮定して説明した場合。彼女らを助けるために二つの術式を行使する必要があった。

 一つ目は目標地点に到達、もう一つはその場から脱出するための術式だ。だが、術式を連続で使用するとなると、並大抵の魔導師ではタイムラグが発生し直ぐには行使できない。その点、神威ならその都度の操作が要らないためスムーズに事を成せる。

 

「要は、魔術は一つしか答えが出せないが、神威は複数の答えを出せるという風に解釈してくれたんで大丈夫…なはず」

 

「ですが、デメリットも大きい…ですよね?」

 

 神妙な面持ちで彼女口にした問いかけに、俺は相槌を打つ。

 一見、魔術よりも得られる効果が高いため使えるように鍛錬すればと思うだろうが、誰にでも扱えるわけでもないしデメも大きい。

 

 一つ目は、経験値。

 どのくらいの魔力量を必要とするか。対象に届かせるにはどの程度の距離が必要なのか。すべてを体で覚えなければならず、教わったからと言って直ぐには使用できないし、操作能力にも比例する。 

 そして二つ目、これが一番のデメリットだろう。

 使用中に魔力操作を誤ると回路が暴走し、最悪は途切れて大怪我に繋がるというものだ。

 術式に比べ、絶えず魔力操作を行っている状態である。もし、攻撃などで気がそれてしまえば体内の魔力回路が暴走を起こすのだ。致命的なデメリットだろう。

 

「待ってください。この術は…」

 

「ああ、政府から禁呪指定を受けた危険な代物だ」

 

 その説明に、驚きを振り切ったのか。目を見開いたまま彼女は動きを止めてしまった。

 その後、復活した彼女から怒涛の勢いで体の心配をされたのは言うまでもない話である。



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「ご来店ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 店を出ていく俺たちを見送りながら頭を下げる店員を後目に苦笑いを浮かべた。

 横に並んで歩く御方がむぅ〜と不服そうなふくれっ面で俺を睨んでいたのが原因である。会計時の店員まで苦笑いを浮かべていたのは忘れないだろう。

 

「湊さんや。いい加減機嫌を治しちゃくれないか?」

 

 少し茶化すように笑いかけたが、怒らせてしまったのだろうか…、視線がだんだんと鋭い物へと変化してしまう。

 悪友のモノマネをしたが、俺がやっても場を収束することはできないらしい。

「食事代はこちらが持つと言ったはずですが…」

 

 凍てつくような冷たい視線でそう抗議する彼女に対して、バツが悪くなった俺は視線を外すように顔を背ける。

 確かに、代金はこちらが持ちますね。とは言われたけど…

 

「親しくなった後輩に出してもらうのは気が引けたし、お礼が目的で助けた訳じゃないから気にしないで欲しいな~…なんて」

 

「…でも、私の分まで払う必要はありませんでした。これでは私の気が晴れません」

 

 沈むようにしゅんとした顔で彼女は体を縮こませる。その行動に頭を掻きながら罪悪感を抱く。

 俺は気持ちよく解決したと思ったが、彼女にはしこりを残してしまった。

 負い目を感じて欲しくないと試行を巡らせた結果、

 

「食事が楽しかったからそのお礼。って事で……ここは一つ」

 

 少し強引かもしれないが俺からのお礼という事にした。

 事実、彼女との昼食は楽しかったし、沈んだ気分が回復したのも確かだ。そのお礼って事なら受け入れてくれるんじゃないかな。

 

「私のは受け取らず、自分のは押し付けるなんて…。先輩はずるい人です」

 

「うっ!否定できない…」

 

 鋭いツッコミが心にグサリと刺さったように胸を抑える。だが、不思議と罪悪感は無くなっていった。

 それはきっと、彼女がクスクスと笑いを零しているお陰なのだろう。

 空気を入れ替えるように咳払いを行い、改めて彼女に向き直った。

 

「…さて、ここらでお開きにしようか」

 

 大事が無かったとはいえ事件巻き込まれたのだ、疲れが残っていないわけが無い。

 明日に響いても困るし、この辺りが頃合だろう。

 

「そうですね。少し名残惜しいですが、また会えますよね」

 

「ああ。同じ学園に通うんだ、嫌でもいつかは顔を合わせると思うぞ」

 

 別に嫌だなんて思ってませんよとむっとした表情を浮かべながら、彼女はショートデニムから携帯端末を取り出した。

 

「今の言葉を聞いて不安になりましたので連絡先を教えてください」

 

「不用意に番号を聞くのは良くないんじゃ…」

 

「安心してください。こんな事をするのは先輩が初めてです。それに、こちらに来たばかりで右も左も分かりません」

 

 ですから案内をお願いしたいため、連絡先が欲しい。と彼女は俺を説得するためなのか打算で行動していますと提示する。

 問題も無いし、別にいいかと携帯を取り出そうとズボンのポケットに手を忍ばせた瞬間。

 

ドゴォッンン!!?

 

 背後から耳を(つんざ)くような爆音が周囲に放たれる。とても大きな爆発だったのだろうか、余波によって身体が僅かに震えていた。

 

『〝ご歓談中申し訳ないが…不味いことになったぞ〟』

 

 発生源と思しきモールから黒い煙が出ているのを確認していると、いつもの口調がなりを潜めるような警告が脳内に響いた。

 

「〝何があった…神通〟」

 

『〝中で瘴気が発生してる。このままだと周りに溢れて大量の死傷者が出るぞ〟』

 

 今考えうる中で最も最悪な自体に思わず舌打ちをする。

 瘴気…魔術を使用した後に発生する魔力残滓が魔素に変化することなく残留し、周囲の魔素と結合して発生する副産物である。

 もし、これを大量に吸い込んでしまったなら体の魔力バランスが崩壊し、最悪死に至る。

 だが、魔導師一個人がどんな強力な魔術を使用した所で、処理が追いつかない程の残滓が発生する事は無い。

 となると、可能性としては…

 

「〝集団テロ…か?〟」

 

『〝複数の魔力残滓を感知したが、何とも言えない。魔力の暴走…という可能性だってある訳だしな〟』

 

 対策を考案するために頭を巡らせるが、現場を見ていないため立てるに立てれない。やはり現場に乗り込むのが一番手っ取り早いだろう。

 だが、その前に。

 

 この状況……どう納める。

 

 先の爆発によって固まってしまった人々が徐々に我に返り始め、我先にと避難を始める。

 統率が取れていない今の状態では二次災害に繋がりかねないと行動を起こそうとするが、光の粒のようなものが周りに漂っているのに気が付き、思わず足を止める。周囲の人々も同様にだ。

 

 視線を足元に向けると、白い光を放つ術式がここら一帯を覆うように広がる。

 見たことのない術に、危険な物なのかの判断がつかないが多分杞憂なのだろう。何せ、その使用者が俺の横にいる彼女なのだから。

 

「わが身に宿りし、根源の御霊よ。彼の者たちに安念と秩序をもたらしたまえ、全ては…災いを祓わんがために」

 

 彼女が行った詠唱が終わると同時に、周囲に満ちていた光の玉が強烈な光を放ち弾ける。

 つっかえていたものがなくなるようにスーッと冷たい感覚が脳を満たした。

 

「〝神通、これは…〟」

 

『〝お前は初めて見るか。霊術…と呼ばれているものだ〟』

 

 嬢ちゃんが使い手だったとはな、とまさかの展開に神通も驚きを隠せない様子だった。

 霊術…魔術とは違い〝霊力〟と呼ばれる細胞から発せられる電波により、精神干渉や現存する物体を変容・強化等を主とした人為的現象。

 稀有な能力故に使い手も少ないと聞いていたが、まさか入学前に目にするとは思いもしなかった。

 魔術に比べて利が少ないと思えなくもないが、重要なのは霊術には退魔の効果が備わっている。魔導師にとって天敵と呼べる存在なのだ。

 

「…皆様方。今しがた起きた爆発に大変混乱していると思いますが、どうか落ち着いて避難くしてください。お願いします」

 

 彼女の懇願が霊術を通じて人々の精神に呼びかける。その効果は絶大のようで、先の怒号が嘘のように粛々と行動を始めた。安堵した息を吐くと彼女はこちらへ視線を移した。

 それは険しくも、何処か寂しいようなものだった。

 

「黙っていてごめんなさい。…先輩のことを狡いなんて言えませんね」

 

「湊…」

 

「避難…してください。隠していたことは、後で必ず説明させていただきますから」

 

 協力を求めることもなく避難を促すと、返答を待たずに現場に向かおうとする。

 後を追うために「俺も」と足を踏み出したのだが、「やめてください!!」との強い叱責に足を止める。

 

「今朝とは訳が違います!魔術の事案は何が起こるかわからない。だから、学生である貴方を巻き込む訳にはいかないんです!!…先輩だって解っているはずですよ」

 

 肩を上下させるほどに彼女は強く拒絶する様子に、掌を強く握り押し黙った。

 あれを見るに規模が大きいことだって彼女は解っているはず。それでも助けを求めないことに、自分が酷くちっぽけに思えた。

 学生という守られる立場の自分が…

 

「湊を置いて逃げられるわけないだろうが…」

 

「…大丈夫ですよ。こう見えて頑丈ですから」

 

 絞り出すように放たれた言葉に彼女は哀愁漂う笑顔を浮かべると、こちらに背を向けて現場まで走り出す。

 その背は、瞬く間にみるみると小さくなっていった。

 

『〝いいのか…ミカ〟』

 

「〝良い訳があるかよ…〟」

 

 自分でも諦めが悪いとは思うが、彼女一人に任せて逃げることに嫌悪を覚えた。

 これでは、何のために魔術を、神威を習得したのかわからない。

 だが、彼女の言い分も正しいからこそ踏ん切りがつかない。

 

『〝行けよ。後一時間程度ならもたせられる〟』

 

「〝いい…のか?〟」

 

『〝但し、俺の指示に従う。明日は必ず安静にするように…ok?〟』

 

「〝ああ、恩に着る〟」

 

 煮え切らない様子から神通に背中を押され、追いかけることを決意する。湊から怒られるだろうが、彼女を一人するよりはマシだ。

 神通の後押しに感謝しながら全身に魔力を通す。

 体に異変は…無しっと。

 

「〝神通、このまま湊の後を追ったので大丈夫か?〟」

 

『〝…心配かもしれないが、合流はしない。回り込んで対象を挟み込むぞ〟』

 

----------

 

 あの爆発から数分と経たないうちに、飲食街からモールの緊急脱出用出口の前へと移動していた。

 脱出出口は隔壁で硬く閉ざされており、とても仲の様子など確認できなかった。

 

「これ…どうやって侵入するんだ?」

 

接続(コネクト)を使ってシャッター内部の電子回路を操作する。悪いが隔壁に触れてもらえるか』

 

言われた通りに左手でシャッターに触れると、触れた個所から無数に青白い線が広がっていく。

 接続(コネクト)は神通だけが使用できる専用魔術であり、所有者の魔術回路を保護する役割を主としていると聞いていたが…こんな使い方ができるのか。

 

『…こう言っちゃなんだが、心配じゃないのか?』

 

 彼女と合流しないという提案を素直に受け入れたことが不信に感じたようだ。

 確かに、不安ではある。ここに向かう道中に感じた魔力の流れや、何かが弾ける音に戦闘が起こっているのは解っている。

 

「提案をするってことは、実力があるって事なんだろ?」

 

『あの術の規模を見る限りは問題ないな』

 

「それならいい」

 

 力量を把握する面で言えば、俺より遥かに神通が上だった。そのお墨付きがあるからこそ、事態を収束するために二手に分かれが方が良いと考えただけだ。

 

『…全回路、掌握完了。今から扉を開けるから下がってろ』

 

 存外早く終わったな、とゆっくりと上へと昇っていく隔壁を眺めながら余分な力を抜くために深呼吸を行う。

 魔術の戦闘は何が起こるかわからない、気を散らさないためにも瞑想を行って集中力を高める。

 

「中に…入るぞ」

 

『あぁ、感知したらその都度連絡してやる』

 

 心強いなと腰から神通を引き抜き、中へと入っていった。

 あれだけの爆発があったはずなのだが、思ったよりは散乱してはいなかった。

 だが、瘴気の影響なのか景色が淀み、思ったよりも薄暗く周りが見えにくい。

 

「〝どうだ?〟」

 

『〝人の気配は感じない〟』

 

 襲撃に合わない様にゆっくりとした足取りで奥へと進んでいく。

 たいして時間が経っていないため取り残された人がいないか周りを確認していると、

 

「やぁー!?やめて…来ないで!!」

 

 舌足らずな幼い悲鳴が上がり、考える間もなく悲鳴の元へと駆けだした。

 

「〝神通!〟」

 

『〝二つ目の角を左に曲がった先だ。子供一人と魔素の塊が三つ〟』

 

 塊?と疑問が残ったが、止まるという選択肢はなかった。

 言いつけ通りに通路を左へと曲がると、そこには悲痛な表情で目を瞑りながら屈みこむ幼子の姿。

 そして、狐のような姿をした魔素の塊が牙をむき出しにして、今にも襲い掛かろうとする光景が目に入る。

 

 

 鳴神神威 闘身ノ弐 迅雷ノ韋駄天

 

 

 子供を庇うように隙間へと入り込んだ。それに合わせるように魔獣たちが若干後ろへと下がる。

 ふぅ~と脱力するように息を吐くと魔獣たちの動きを読むために、全神経を注いだ。後ろに子供が居る以上、後手に回るのは不味い。

 

 「……!!」

 

 張り詰めた緊張が途切れた瞬間。一瞬にして体全体に魔力を通すと、先頭の目の前に移動した。

 だが、魔獣たちはピクリとも動かない。いや、処理が追いつかないといった方が正しいのかもしれない。

 

 

 鳴神神威 刃身ノ弐(じんしんのに) 雷奔乱舞(らいほんらんぶ)

 

 

 隙をついた俺は、規則性のない動きで跡形もなく切り刻み、後方へと着地する。その間わずか二秒弱、まずまずといった成果だろう。

 再びふぅ~と体の力を抜くと、形を保っていた魔素が分散し跡形もなく消滅していった。

 

 刀身の魔術文字が青く光る神通を手に、俺は達成感など無いまま淡々とそれを見詰めていた。



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 倒した感想で言えば、呆気ないの一言だった。

 

「念には念を押した訳だが…」

 

 魔素の塊という事は実態が無いのと同じ。

 幾ら刃物で切ろうがダメージは与えられない、与えたところで再生すると考えていたのだが、〝事象干渉〟の式を持つ神通ならば形が保てなくなるまでダメージを与えれば消滅するようだ。

 まぁ、〝事象干渉〟にはある欠点があるのだが…

 

「…ん?」

 

 新手が来ないか目を光らせていると、先の妖狐が立っていた場所に紙くずが落ちていた。

 恐る恐るではあったが、俺はそれを拾って確認を行う。

 そこには、魔術文字とは異なる言語が記されていた。

 

『〝っ!!これは…〟』

 

「〝どうした、神つ…〟」

 

 ただ事ではない様子に声をかけるや否や、右足に何かがぶつかる衝撃を受ける。

 だが、右足には痛みは無く、カタカタと震える振動だけが伝わってきた。

 視線を向けると、先の幼子が強くしがみついていた。

 

『〝詳細は後でしてやる。今はそっちに集中しろ〟』

 

「〝わかった〟」

 

 緊急を有する事態には変わりない…が、先にこの子を落ち着かせるのが優先だと判断する。

 右足にしがみついていた幼女を優しく引きはがすと、目線の高さが同じになるくらいまでしゃがみ込んだ。

 見た所、怪我をした様子はない。が、

 

「怪我は無い?」

 

「……」

 

 心配になり一応聞いてみた。彼女は俯いたままだがこくりと相槌を打つ。良かったと安堵しながら頭をそっと撫でた。

 薄暗い中、一人でここまで来るのに相当怖かっただろうに…。待て、保護者はいない…のか?

 

「…お父さんとお母さんとははぐれたのかな?」

 

「っ!」

 

 俺の質問に対して、彼女は己の服を握りしめてこちらを見つめてきた。目には、今にも零れ落ちそうな程の涙を抱えていた。

 その反応に、ひしひしと嫌な予感を感じていた。

 

「た、助…けて……パパを…皆を、助け…て」

 

 嗚咽を漏らしながらも、強く救いを求めた。

 やはり取り残されいたのかと唇を噛む。あの爆発から間もない時間しか経過していない。

 それなのに、人の気配がしないのは一か所に退避しているからであって全員が脱出できていないというわけだ。

 瘴気を外に溢れ出さないためとは言え、隔壁を降ろすのはやりすぎだろ…

 

「場所は…」

 

 とりあえず、場所の把握だけでも済ませようとした矢先、再び爆発音が響いた。

 薄っすらと焦げ臭いにおいも漂ってくる。というか、しゃべり終わる前に遮んなよ、腹立つな。

 余りの出来事の多さにイライラが込み上げてくる。

 

「〝神通…今のは?〟」

 

『〝どデカいのが発現したっぽいな。急いだほうがいい〟』

 

 急行しろとの催促にどうしたものかと頭を悩ませる。

 この子をどうするか、である。この場に置いていくのは有り得ないし、かと言って連れて行く訳にもいかない。

 避難させたいが、ひとりでこの道を歩かせるのも論外…積んでないか、これ。

 

「い、一緒に行く!」

 

 俺の葛藤に気が付いたのか、幼女は強く手を握った。

 それに段々と思考するのが面倒になっていく。

 

「〝なぁ、神通…〟」

 

『〝いや、しかしな…うん?〟』

 

 二人して頭を抱える中、神通が何かに気が付いたような声を上げた。

 連られて視線を幼女の後方に向けると、ふよふよと浮遊感漂う翠色の球体が目に入る。

 それは魔力の塊のようで、違う何かを感じさせる不思議な物体であった。

 

風の精霊(シルフ)だと…。何故、こんな所に四大精霊(エレメント)が?』

 

 霊術に、精霊……ね。初めて目にすることだらけで頭の処理が追いつかねぇ…。

 ため息を吐く俺を他所に、それはふよふよと漂いながら観察するように渦を巻く。

 精霊とは、霊魂(スピリット)から派生した霊的存在であると同時に魔力を宿している人のようで人ではない存在。

 端的に言えば意思を持った霊力と魔力の塊で、火の精霊(サラマンダー)水の精霊(ウンディーネ)土の精霊(ノーム)・風の精霊《シルフ》の四対を指す。

 滅多なことでは人に姿を見せない。見つけたとしても瞬く間に消えてしまう。と聞いていたのだが、

 

[…~♪]

 

 観察を終えたのか、顔の高さくらいで漂うと発光を強める。

 おっかしいな…、俺が習った知識と全然違うんだけど。いや、敵愾心みたいなものがないだけマシなんだろうけどさ。

 

『〝良かったな、気に入られたっぽいぞ〟』

 

「〝言葉が分かんの?〟」

 

『〝いんや、雰囲気〟』

 

 なんだそりゃ…と肩透かしを食らっていると、これで少女の事は解決したなと神通が安堵する。

 どうしてだ?と疑問を強める俺に、事の顛末を説明される。

 神通曰く。推測ではあるが、俺にしがみつく幼女をここまで守ってきたのはシルフらしい。

 この子の護衛中に先の妖狐に遭遇し迎撃をしていたが、俺を警戒して姿を隠していたようだ。

 

「〝それじゃあ、精霊と一緒に避難してもらうほうがいいな〟」

 

『〝…それはダメみたいだ〟』

 

「〝……何で?〟」

 

『〝先に願ったおチビの願いが優先されるみたいだ〟』

 

 苦笑い気味に説明を受けると、石になったようにピシッと動かなくなる。

 この子が願ったのは、一緒に行くというものだった。

 それを了承するようにシルフが姿を現したってことは…何があってもその願いを実現させるためなのだろう。

 つまり、俺の願いを聞き届けてもらえる訳もなく。少女の願いを妨げた場合には、敵対される…と。

 思考を止めるように溜息を吐くと、幼女と向き直る。

 

「なら約束。君は俺が連れていく、俺がいいって言うまで目を開けない。この二つ…守れる?」

 

「…っ!うん!!」

 

 涙で濡らした目元を拭いながら、威勢良く返事を返した。

 弱弱しく涙を流していた瞳には、強い光がともっていた。

 意気込み充分な彼女を抱き上げながら精霊の方に視線を向ける。

 

「案内…頼むぞ」

 

[~!!]

 

 返答を期待したものではなかったが、精霊は了承したと言わんばかりに発光を強める。

 ふぅ~と体全体を脱力させてから、幼女ごと全身を覆うように再び魔力を纏う。

 

「それじゃあ、目を閉じて。後、しっかりと摑まっているように」

 

 こくりと頷きながら目を閉じると、俺の服を握りしめる。

 準備を終えたのを確認してから精霊に呼びかけると、先導するように移動を開始する。

 

[…!]

 

「早い…」

 

 風の精霊と呼ばれるだけあってか、さっきの浮遊感が嘘のように高速で俺たちの先頭を走っていた。

 姿を見失わないように要所要所で動きを止めているが、とても追いつけそうにない。

 焦っているようなにも見えるが、一体…何が生まれたっていうのかと、まだ見ぬ敵を前に表情を歪める。

 

『〝…ミカ。前方に先の魔獣だ〟』

 

「ちっ!!」

 

 厄介なことに、進行方向から4,5体程が迫ってきていた。

 このまま突破するしかないと足を強く踏み、神威を行使しようとする。

 だが、

 

[!!!]

 

 邪魔するなと言わんばかりに、精霊が旋風(つむじかぜ)を放つ。

 抵抗する間もなく、彼らはバラバラに切り裂かれ跡形もなく消滅した。

 消滅する様子を後目に、精霊だけで解決できるんじゃないのかと疑問が湧いてくるが足を止めない。

 段々と目標地点に近づいて行っているのか、戦闘音らしき轟音がより鮮明に聞こえてくる。

 

『〝あ~、ミカ。ちょっといいか〟』

 

「〝ん?どうした〟」

 

『〝お前たちが走ってるここは二階なんだわ〟』

 

「〝おう、そうだな〟」

 

 入り口に行きつく前に階段を上がったんだからここが二階って言うのは解っている。

 今更それを確認する必要があるのかという疑問とそこはかとなく嫌な予感が頭の中を占める。

 

『〝実は…な。魔力反応が下から来ているんだ〟』

 

「〝まぁ、そんな予感はしていたが…〟」

 

『〝因みに、精霊が進んでいる先には…階段が無い〟』

 

「〝……〟」

 

 嫌な予感が的中したと、頬が引き攣る。

 そして、俺の目線先には目的地に着いたと言わんばかりに光を強めるシルフの姿見えた。

 神通の言っていた通り、その場所は階段ではなくエントランスホールだった。

 精霊は、俺が付いてきているのを確認すると下へと落下するように姿が消える。

 

「〝…神通。相対距離合わせられるか?〟」

 

『〝無理だ…と思ったが、落下地点付近で戦闘を行っているな。シルフが根回しをしてくれたみたいだな〟』

 

 一撃で決めてくれと言わんばかりの御膳立てに思わず苦笑いを浮かべる。

 これで別の方法で下の階に移動という選択肢もなくなった訳だ。ひどい話である。

 諦めに近い心境で神通を逆手に持ち替える。

 

「〝…頼む。ペースを今より早くでいい〟」

 

『〝了解、カウントダウン開始。5…〟』

 

 カウントダウンに合わせて走る速度を上げる。

 幼女を振り落とさないようにしっかりと抱き上げた。それにつられるように俺の体に強く抱き着く。

 準備は滞りなく済ませた。後は、全力をぶつけるのみ!!

 

『〝…1。今!〟』

 

 その声に合わせて俺はエントランスホールに向かって飛び降りる。落下地点には妖狐の群れと、それを束ねる九尾の姿が確認できた。

 

 

 鳴神神威 刃身ノ肆(じんしんのよん) 雷轟摧破(らいごうさいは)

 

 

 柄の部分が当たるように、九尾の体目掛けて神威を放つ。だが、勘づかれてしまったようで間一髪の所で体を捻らせて避けられてしまう。

 その結果、膨大な量の電撃が周囲に放たれ、土煙を上げる。直撃を受けた大半は消し飛び、残った群れと九尾は後方へと押し出された。

 まぁ、群れを消し飛ばしたのは良いが…

 

『〝おい!〟』

 

「〝違うんです。一撃で決めようとした結果なんです…〟」

 

『〝避けられたら世話ねぇじねぇか!〟』

 

 避けられたものは仕方がない…うん。切り替えていこう。

 ドスの利いた声で怒鳴り散らす神通を他所に、周囲へと視線を巡らせる。

 雷撃により体の一部に深手を負った九尾は、こちらに威嚇しながらも近づいては来ない。妖狐も警戒をしているが同じように動かなかった。

 今のうちに少女を降ろしてやりたいが、避難させる場所はないのかと視線を巡らせると、

 

「…?」

 

 先の雷撃を防ぐためか、ドーム状の強大な水の膜が形成されていた。

 中には同年代と思しき術者の少女が2人、それと逃げ遅れたでおろう買い物客の姿を確認する。

 術者の少女達の周りには翠色と碧色の光が漂っていた。シルフと…もう一対は多分水の精霊(ウンディーネ)なんだろう。

 

「…パパ!」

 

 この子を匿ってもらおうかと悩んでいると、呼びかけるより早くに目を開けて九尾の方向に向かって叫んだ。

 少女の視線を辿っていくと、苦しそうに顔をゆがめて座り込む男性と取り囲むように妖狐たちが傍らに控えていた。

 襲われてもおかしくない状況なはずだが、一向にその様子が見られない。

 それに(いぶか)る中、件の九尾を筆頭に犬と猫が入り混じったような甲高い声が周囲に反響する。

 

「ぐぅ、がぁあああ!!」

 

 咆哮に反応するように男性が胸を抑えて悶えだすと、体からは魔力が溢れ出した。

 それが渦のように広がっていき、九尾を覆い被さるように辺り一帯を飲み込んだ。

 

「〝神通…改めて問うがあれはなんだ?〟」

 

 衝撃の光景に震える幼女を抱きしめながら、妖狐や九尾について説明を求めた。

 魔術に関していろいろと知識を身についていたが、俺が教わった中で魔力だけで構成された獣など見たことが無い。

 妖狐が消え去った時に落ちていた紙切れ。

 そして、俺が負わせた傷が魔力によって癒えていく様子に確信へと至ったのか、神通が口を開いた。

 

『〝あれは霊術師が扱う霊装…式神の一種だ〟』



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 霊装…正式名所は霊力流転円環兵装(れいりょくるてんえんかんへいそう)と呼ばれ、霊力を通すことで刀・弓・槍など多種多様な武装へと変化する退魔用兵装。

 中でも式神と呼ばれる霊装は、ごく稀に生物の亡骸から生成される霊石に言霊(マナ)を施すことで、生前と同じ姿で出現して術者の支援を行う霊的生命体。

 もちろん、体も霊力だけで構成されている筈だが…

 

「〝彼奴らの体は魔素で出来ていた。式神とは…〟」

 

『〝さっきの紙に施された式の中に言霊も含まれていた。恐らく、何らかの裏技で魔素から形を成すように改造されたんだ〟』

 

 人の肉体を母体にして強制的に魔力を奪いさる…ふざけた代物だと憤慨するような声が木霊する。

 本来、霊術とは魔から人々を護るために編み出された術。その理念を愚弄する兵装に同じ兵装(もの)として怒りを感じているようだった。

 

「〝九尾を倒せれば…この子の父親は救えるか?〟」

 

『〝何とも言えない…。父親と九尾には一方的な魔力のパスが繋がっている〟』

 

 下手な手を打てば、命は無いかもしれないと無慈悲に告げる。

 消し去るだけの傷を与えた所で、先のように魔力を奪い再生するのでは意味が無い。

 ただ父親の体に負担を強いるだけだ。

 

「…解析(アナライズ)で位置の特定はできるか?」

 

『言っておくが、今までの相手と訳が違うぞ』

 

「解ってるよ。でも…見捨てたくない」

 

 みるみると体が元に戻る九尾を前に覚悟を決めると、腕の中で泣きじゃくる少女を降ろした。

 彼女たちの元まで向かってもらうためだったが、不安を感じたのか服を掴んで離さない。

 襲ってこないことをいい事に、目線の高さまでしゃがみ込んだ。

 

「…あのお姉さん達の所まで走れる?」

 

「っ!?ど…どうして!?助けて…くれないの?」

 

「違うよ、君のパパを助けるために避難して欲しいんだ。大丈夫。必ず助けるよ…約束」

 

 そう言うと小指を少女の前に突き出した。

 涙を拭った少女も小指を突き出して指切りを行う。

 そうこうしていると九尾たちの咆哮が響く。どうやら完全に復活を果たしたようだ。

 さぁ、早くと少女の背中を押した。

 

「危ない!!早くこっちに!」

 

 術者の女性がこちらに向かってそう叫んだ。

 視線を外した隙に、何頭かこちらに突撃しにきたようだ。自分たちから近寄ってくれるとは好都合だ。

 先頭に立った妖狐を避けるように真上に飛んで首を切断し、体を叩きつけて雷撃を浴びせる。

 だが、彼らは止まることなく連なってこちらに向かってくる。柄を両手に持ち替え、左足を開き構える。

 

 

 鳴神神威 刃身ノ参(じんしんのさん) 光芒ノ稲妻(こうぼうのいなずま)

 

 

 溜め込んだ魔力を一直線に放つように、左足を強く踏み込んで突きを放つ。

 雷撃は襲いかかった妖狐を貫いたのみならず、後方の九尾をスレスレで通過した。

 

「その子をお願いします」

 

 後ろでいるであろう彼女たちに改めて少女の事お願いし、視線を九尾たちに固定する。

 どうやら挑発が効いたようだ。後方にいる人たちには目もくれず、真っ直ぐに殺気を送ってくる。

 

「行くぞ…化け狐共」

 

 刀身を九尾に向けて、お礼とばかりに殺気を送り返した。

 単に、今からお前を斬るという更なる挑発を行ったのだ。

 反応するように顔を歪ませて遠吠えを行い、周りの妖狐たちが俺を取り囲もうと一斉に走り出す。

 狙い通りの動きにニヤリとした笑みを浮かべた。

 

 鳴神神威 闘身ノ弐 迅雷ノ韋駄天

 

 襲ってくる妖狐の間を縫うように進む。

 解析が終わるまで極力倒さないようにした結果だ。

 すべての攻撃をやり過ごしながら九尾の前まで接近できた。

 不快と言わんばかりに眉を細めて、咆哮を放ちながら九つの尻尾を不規則に振り下ろす。

 

『〝解析(アナライズ)〟』

 

 思った以上に一撃一撃が重いものではあったが、師匠との打ち合いに比べれば造作も無い。

 神通で攻撃を往なしながら体の構造を把握すべく、ダメージを与えないように刀身で触れていく。

 解析(アナライズ)は触れた対処を解析し術式は勿論のこと、弱点といった特性も読み取ることができる。その分、読み取る情報量が多きほどに対象に長く触れなければならない。こういった局面では一苦労と言えた。

 だが、何より苦労するのは妖狐の相手だった。受け流す途中で背後から襲われ、回避を余儀なくされる。

 

「チッ!」

 

 舌打ちを行いながらも倒すわけにはいかず拳で殴り、足で蹴り飛ばした。

 父親の命という制限時間がある以上、悠長にはしていられない。

 若干焦り始めている中、

 

 炎之監獄(バインドブレア)

 

 周りにいた妖狐たちが炎の渦に飲み込まれる。だが、消滅したときに発生する黒い霧が見えない。

 飲み込まれたが、倒されず動きだけを拘束しているようだ。

 

「援護する!」

 

「動きを封じます。ですから、この子のお父さんをお願いします!」

 

「了解、任せてください!!」

 

 背後の二人から援護を受け、九尾に集中できる環境が整う。

 それに感謝を覚えながら九尾に突っかけを行う。

 しかし、思うように事は進んでくれなかった。

 

「~~!!!!」

 

 九つの尻尾を地面に突き刺して九尾は咆哮を放つ。

 次の瞬間、空中に漂っていた瘴気が九尾の周りに集結し、膨大な量が爆発するように拡散していく。

 間近にいた俺はそれを避けることができず、神威が剥がされてしまう。

 

『〝ミカ!避けろ!〟』

 

 隙をつくように距離を詰めた九尾が、尻尾を束ねこちらを押し潰そうと振り下ろした。

 不味いと認識した瞬間、もう目の前に迫っていた。

 ゆっくりと迫ってくる尻尾に何も出来ないでいると合間に入るように槍が突き刺さると、壁が展開され尻尾を弾き返した。

 

「お久びりですね…先輩?」

 

 思わない出来事に腰が抜けたと尻餅をついていると、頭上から懐かしい声が聞こえた。

 壊れた玩具のようにゆっくりと顔を上げた。

 先の槍を右手に握り、冷たい視線を向ける一人の少女が立っていた。

 

「…み、湊」

 

「逃げてくださいと…言った筈ですが?」

 

「いや…そのですね」

 

「…後でお説教(はなし)しましょうね?」

 

 ニッコリという効果音が付くような綺麗な笑顔を向けられるが、九尾と対峙した時に感じなかった死の予感に冷や汗が流れ始める。

 

「…お前を置いて行けなかったんだよ」

 

 言い訳がましくなるが、せずには要られなかった。

 その言葉にグッと堪えるような仕草をみせると、そっぽを向いた。

 顔を見られたくないんだろうが…真っ赤に染った耳から凡その心情を把握してしまい、気恥ずかしくなって頬を掻いた。

 

「そ…そんな事を言ってもお説教は変わりませんからね!!」

 

「…はい。……分かってます」

 

 全くといった様子で彼女は視線を九尾に戻し、険しい表情を浮かべる。

 そこには怒りと歯がゆさ、そして僅かな戸惑いを滲ませていた。

 

「…先輩があれを倒すのを躊躇った理由が解りました」

 

「見えるのか?パスが」

 

「ええ、といってもほんの一部だけです」

 

 対策が施されているのか霊視でも全部を把握できていない様子に、厄介にもほどがありますと悪態をつく。

 霊導師である湊が来たことにより事態は即解決…何て上手くできてないよな、この世界は。

 

「策はある。手伝ってもらえるか?」

 

「解りました。お供します」

 

「…いいのか?」

 

「ダメと言っても先輩は突撃しそうですから。それに私では一か八かの賭けに出なければなりませんので」

 

 仕方がありませんと彼女は中段で槍を構え、いつでも大丈夫ですと目で訴えかけられる。

 不服そうにしながらも協力に答えてくれたことに感謝しながら神通に呼びかけた。

 

「〝後、どれくらいだ?〟」

 

『〝六割といったところだ…いけそうか?〟』

 

「〝何とか…な〟」

 

 限界が近いのか、それとも瘴気をもろに受けたのが原因か、手首がカタカタと震える。

 それを押して剥がされた神威を再度纏うと改めて戦況を確認する。

 瘴気は俺の神威だけでなく炎の渦を消し去り、それに飲まれていた妖狐たちを全滅させていた。

 だが、それでもまだ足りないと瘴気は九尾の周りを漂っていた。

 

「瘴気は俺が何とかする。湊は奴を俺に誘導するよう頼めるか?」

 

「はい、任せてください」

 

「良し…行くぞ!」

 

 

 鳴神神威 刃身ノ伍(じんしんのご) 渦雷裂空(からいれっくう)

 

 

 刀身に雷の雷球を出現させると、合図とともに体を捻らせて放った。

 雷球は周囲の風を巻き上げて巨大な嵐となって集まった瘴気と衝突し、対消滅といった形で跡形もなくなる。

 

「はぁぁあ!!」

 

 神威を放つと同時に行動していた湊は、九尾の頭上に飛び込んで槍を振るった。

 触れるのは不味いと思ったのか、俺の時とは違い体を捻らせ、反撃を行うが霊装を持つ彼女を前に意味はなさない。

 その状況を良いことに背後に回り込んで俺は、九尾の体を斬りつける。

 

「~~!?」

 

 初めて受けるダメージに雄叫びを上げながら、のたうち回る。

 暴走する九尾を避けるよう懐に滑り込み、胴体に傷を与えていった。

 再び俺に注目し攻撃を行うも、カバーに入った湊に防がれ届かない。

 

『〝解析完了、情報を送り込むぞ〟』

 

「〝了解!〟」

 

 視界に映っていた九尾の体が瞬く間に透明になり、魔術回路のような線が無数に浮き上がる。

 その中から繋がった魔力のパスを探すと、男性の体に根を張るようにへばり付いた五本の線が見えた。

 

 鳴神神威 刃身ノ弐 雷奔乱舞

 

 九尾が捉えられないように出力を上げた神威で五本の線を寸分違わず切り離し、男性の元まで移動した。

 地面へと倒れきる前に男性を支え、体の様子を確認する

 体にへばりついていた式もパスも消えはしたが、魔術回路自体がボロボロに劣化している。

 早く応急措置だけでも済ませたいが、まだ問題は解決していない。

 

「!!!!」

 

 目を血走らせた九尾が怒涛の勢いでこちらへと向かってくる。

 母体を失った以上、再生することはもう無いだろうが…こいつを消し去らない限り、充満した瘴気は晴れない。

 

 紅ノ大蛇(クリムナーガ) 

 

「動きを止めた。結」

 

「お願い…シルフ!ウンディーネ!」

 

 炎によって形成された大蛇が九尾の動きを封じ、生み出された大量の水が風に煽られ飲み込んだ瞬間。

 膨大な熱量を帯びた水蒸気と共に爆発音が周囲に反響する。

 凄まじい威力を前に尻尾の半数を失い、四肢の所々が原形を留めにくらいまで消滅した見るも無残な姿へと変貌する。

 

「~~~!!!!」

 

 それでも歩みを止めず、咆哮を放ちながら残りの尻尾を振るう。

 彼らに残された唯一つの存在意義…人を害するという目的のために。

 だが、彼らの願いは…もう叶うことは無い。

 何せ、ここには…彼らの存在意義を悉く否定する天敵がいるのだから。

 

『偉大なる我らが祖に畏み畏み申す…我は魔を否定し、虚無へと誘う者なり…』

 

 件の霊導師は瞑想するように瞳を閉じ、石鎚を地面へと打ち付けた。

 式は彼女を起点として顕現し、放たれた尻尾は捻じ曲がるようにして消滅する。

 

『三叉の矛持ちて…架空の(えにし)を断ち、有るべき形へと帰復(きふく)せん…

 彷徨えし魂よ、我が導きに光を灯せ…(くら)き魂よ、破魔の威光にすべからく無に()せ…』

 

 式は槍へと収束し、原形が定まらないほどの光を帯びる。

 もう一度強く石鎚を打ち付けるとゆっくりと目を開く。

 その眼光は虚空のように何も映さないでいて、全てを見透かしているようだった。

 

神技顕現(じんぎけんげん)

 

 彼女は光り輝く一筋の閃光を九尾の真上へ投擲する。

 投擲された槍は九尾を飲み込むように巨大な魔方陣へと姿を変える。

 人に仇なす最悪の獣に、霊導師は静かに裁定を下す。

 

天魔反(あまのまがえし)

 

 瞬間、天から地へと膨大な光の柱が降り注ぐ。

 それは、刹那の時間。

 悲鳴を上げる事さえ許されないまま、九尾は静かに崩れ去った。



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 周りを覆っていた瘴気が晴れ、事態は終わりを見せたように思えた。

 だが、

 

「パパ!」

 

 まだ終わってはいないのだと、叫び声が容赦なく胸に突き刺さる。

 彼女に続くように俺と湊は男性に駆け寄り、状態を確認した。

 顔が白く染まり、体の所々が内出血を起こしたように赤黒くなっている。先程より明らかに悪化していた。

 

「血管の損傷も激しいですが、魔力の低下が著しいです。恐らく…魔力欠乏症だと思います」

 

 想定以上に体のダメージが深刻過ぎると顔を歪める。

 魔力欠乏症…体内にある魔力が許容量を超えて失われた際に発症する病。

 体の機能が低下して呼吸困難を起こし、最悪の場合…死に至る。

 治療方法は失われた魔力を取り戻すことだが…魔術回路がズタズタになっている今、魔力が全身に回らない可能性がある。

 

「ねぇ、パパは大丈夫…だよね?」

 

 苦しそうに呻く父を前に、不安から俺の足元に縋り付いた。

 助けたいのは山々だが、俺には医療(第三)魔術は使用できない。

 どのように処置を施していいか手をこまねいていると

 

「お姉ちゃん達で必ず直すから安心して、ねぇ?」

 

「お父さんはきっと大丈夫…一緒に見守ろ?」

 

 避難客を守護していた女学生2人は此方へとやってくると安心させるように少女の頭を撫でる。

 おずおずではあるが、それを信じるように少し離れた。

 いい子…と一人は少女と一緒に離れ、もう一人は俺たちの傍まで駆けつける。

 

「厳しいですか?」

 

「…魔術回路が千切れかけていますね。先に此方の処置を済ませなければなりません」

 

「何か手伝うことは…」

 

「医療魔術を使用するに当たって回路自体も癒したいのですが…固定する方法はお在りですか?」

 

「大丈夫です。そちらは俺が何とかします」

 

 何とか出来る、任せてくれと自ら買って出る。

 回路の固定なら接続(コネクト)で大丈夫な筈。

 問題があるとすれば、治療が終わるまでに俺が持つかどうかだ。

 

『〝…許容限界が近い以上、無理してして欲しくないんだが?〟』

 

「〝人の命がかかってる。仕方ない〟」

 

『〝自らの命が危険になるのにか?〟』

 

「〝それでも…だ〟」

 

 意地でも手伝うという言葉に、やれやれと諦めに近いため息を吐いた。

 こんな時だけ頑固だと自分で判っているが、性分なので治しようが無い。

 

「では、お願いします」

 

「はい」

 

 合図と共に男性の手首を握り、接続(コネクト)を使用した。手首から全体に青い線が広がっていく。

 疲れからくる震えを押さえつけ、俺は結と呼ばれていた少女に視線を向ける。

 初めて見る魔術に驚きの表所を浮かべていたが、視線に気が付いて我に返ると術式を広げて治療を開始する。

 術式からは淡い緑や青色の光が溢れ輝く。

 

「奇麗…」

 

 思わず口からこぼれたように、愚図っていた少女は治療風景に目を輝かせていた。

 見る見ると男性の顔色が良くなる中、それとは裏腹に俺は荒い息を吐く。

 集中が乱れないように唇を噛み、痛みで震えを紛らわした。

 

「…先輩?」

 

 心配したような声色で湊に呼びかけられるが、返事を返す余裕もないため手で制す。

 ここで失敗すればご破算だ、頼むから持ってくれ。

 複数の願いが交差して早数分…ようやくその時が訪れた。

 

「こ…ここは?」

 

「パパ!」

 

 顔色が元の健康体に戻りゆっくりと瞼が開くと、飛びつくように涙ながらすり寄った。

 負傷しながらも親子団らんとした空気に、やっと終わったのだと達成感と安堵が場を満たした。

 ある一人を残して…

 

「っ!!~~!」

 

「先輩!?」

 

 不味いと思った瞬間、やはり持たなかった。

 今まで操作していた魔力が操作不能となって焼き切れそうな痛みが体を襲う。

 只ならぬ様子を感じ取った湊が、倒れかけた俺を支える。

 何とか制御しようにも体が言うことを聞かず、徐々に魔力が漏れだす。

 このままでは第二波になりかねない。

 

「〝…神通。頼む〟」

 

『〝…強制停止(ブラックアウト)〟』

 

 やはりこうなったという呟きが響いたと同時に、雷に打たれように全身が一瞬にして脱力した。

 座り込んだ状態すら保てないほどに力が入らず、湊の支えに寄りかかってしまう。

 だが、それに釣られて魔力の流れも止まり安堵すると、急激に視界が歪みだす。

 意識を保つことさえ出来なくなっていた。

 

「せ…輩、聞こ……すか!?…事をし…て……!」

 

 倒れた俺を強く呼びかける湊の声が遠く感じる。

 白黒に映った世界を前に、俺は気絶するように意識を手放した。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 海の底を仰向けのまま漂うような不思議な浮遊感の中、真っ暗の視界とは裏腹に何処からともなく喧騒が聞こえる。

 それを拒むように寝返りを打つ。

 枕のような程よい柔らかさと、それにはない心地よい温かさが広がる。

 

 ……先輩?

 

 何処かで俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 呼び声に反応したように浮遊感がなくなり、現実に戻されるように体の接地面から冷たく固い感触が伝わってきた。

 激しい痛みと倦怠感が全身を支配されるが、視界を開く。

 

「眩し…ぃ」

 

「…っ!先輩!?」

 

 強烈な光に襲われ思わず目を閉じそうになるが、視界の隅からこちらを覗き込む人影によって徐々に鮮明になっていく。

 

「良かった!…目を覚ましたんですね」

 

 目の端に浮かんでいた涙を拭いながら、安堵するように笑顔を浮かべるが、俺はそれに反応することなく固まる。

 普段なら心配をかけた事に謝罪しているが、視界いっぱいに広がる笑顔にどんな体制で寝かされているのか気が付いてしまった。

 

「…先輩?」

 

「いや…悪い。何でもないんだ…少し驚いただけだ」

 

 驚きのあまり思わず固まってしまったが、気にしないことにして我に返る。

 通りで頭が気持ちいい訳ですね、膝枕されてたんだから…。

 

「俺が寝ている間に…どうなった?あの子は…父親は無事か?」

 

 親子の姿が確認できないことに不安を覚えると、大丈夫ですよと返答が返ってきた。

 俺が倒れた直後、警察と対魔導殲滅部隊(アンチマジック)の隊員が駆け付けたらしい。

 女学生の活躍によって怪我等は癒されたが、何があるか分からないため一足先に病院の方に搬送されたらしい。

 搬送されるまでの間、意識もあったようだ。

 目覚めたら礼を言って欲しいと頼まれたとそう語る彼女の顔には、何故か影が差していた。

 

「湊?」

 

「…今回の事件を解決したのは偏に先輩達の協力のお陰です。ですが、政府非公認である先輩方には今回の事で報酬などは発生しません」

 

「まぁ…そうだろうな」

 

 別に気落ちなどは無かった。

 現代における魔導師の定義は、政府が公認した技術者…言わば国家公務員に近いものとなっている。

 魔導師になるには、魔導学園の課程を修了した後の魔導試験に合格し、魔導免許を取得する必要がある。

 それが無ければ魔導師とは言えない。俺なんか半人前もいいところだろ。

 

「先輩がした事は功績として残らないんですよ。悔しくは…無いのですか?」

 

「あぁ、全く無い。それが目的だった訳じゃないからな」

 

 報酬なんて要らないし、感謝状でも貰えれば充分だ。

 むしろ、罰則などがないか冷や冷やしていたところだ。

 表情を曇らせる彼女に、気にするなと笑う。

 

「お前が無事なんだ…それだけで充分だ」

 

「…変わっていますね…先輩は」

 

「応、周りからよく言われるよ」

 

 特に変わったことはしてないつもりなんだがなと思い返すように呟くと、彼女はクスクスと笑い声をあげた。

 肩の力が抜けた彼女とは真逆に、強い緊張感で体が強ばる。

 彼女に謝罪とお礼を伝えてないのだ。

 伝えたいと思う一方、どのように伝えるべきか迷ってしまう。

 

「…湊」

 

「…はい」

 

「無茶をして…迷惑をかけて悪かった…ごめん」

 

 結局、それらしい言葉は思い付かず、ありのままの気持ちを伝えた。

 どんな反応が返ってくるのか顔色を窺うと、不服そうにむっとした表情を浮かべる。

 だが、襲ったのは説教ではなくて頬を抓り上げる痛みだった。

 

「…湊しゃん?」

 

「これはお仕置きです。私は…謝罪を聞きたかった訳ではありません」

 

 確かに迷惑をかけられましたし、心配もしましたけどねとジトーとした目を向けられ言葉に詰まる。

 当然の反応に、頬から伝わってくる痛みを甘んじて受け入れていると彼女は言葉を続けた。

 

「先輩が居たからこそ状況は最悪の方向まで向かわずに済みました。あの子も…あの子のお父さんも、そして避難客の方たちも先輩のお陰で大事に至らなかったんです」

 

「それは買いかぶり過ぎじゃ…」

 

「買い被りではありません。先輩が先陣を切って魔獣達を引き付けてくれたことで私が間に合ったんです」

 

 だから…謝罪なんてしなくていいんですと少し怒るように言葉を投げながら彼女は両頬から手を離すと、額に手を置いてゆっくりと撫でた。

 呆気に取られる俺を他所に「これは…お礼と労いです」と優しい瞳を向ける。

 

「口ではお説教なんて言っていましたが…本当は嬉しかったんです。私のために駆けて付けてくれたことが」

 

「…」

 

「ありがとうございます。出会ったばかりの私を心配してくれて…皆さんを助ける事に協力してくれて」

 

「こっちこそ、魔導師ですらない俺を信用してくれたから男性を救うことができた…ありがとう」

 

「はい!」

 

 聞きたい言葉を聞き出せたことに満足したのか、満面の笑みを浮かべながら頭を撫で続ける。

 されるがままの状態に不思議と羞恥心は湧き上がってこず、心地よい感覚に浸りながら再び眠気に誘われる。

 朝からの忙しない日常に、蓄積されていた疲れが体を襲ったのだ。

 このまま寝てしまいたいという気分が渦巻くが、

 

「ほぅー、…忙しそうに動き回る義姉を放って、随分とまぁ仲睦まじい姿を見せつけてくれる」

 

 パン…パンと何かを叩きつける音と共に高圧的な言葉がこちらへと飛んできた。

 急速に眠気が覚め、冷たい緊張が背中に走り段々と脈が速くなる。

 恐る恐る声の主へ視線を向けると、今最も会いたくない相手の姿に頬が引き攣った。

 

「暇なら手伝って欲しいんだが…ミカ?」

 

「…八朔日(ほずみ)…先輩」

 

 凍てつくような視線でこちらを蔑むように見つめているは、八朔日月夜。

 魔導学園の高等部二年生にして姉弟子の一人だ。

 年齢とは不釣り合いなグラマラスな体系と高圧的な言葉遣い、背中まで伸びた紫がかった黒髪によって妙な色香を醸し出す。

 その見た目と言動から淡海の女帝、月姫などと称されている人物である。

 

「ま…待ってください!先輩は」

 

「大丈夫だ、湊。ここに来たのは…要請があったからですか?」

 

 上からの物言いに反発する湊を手で制しながら体を起こした。

 起き上がっただけだが、ピリピリとした痛みが全身を襲う。

 それに顔を歪めながらも姉弟子の視線を真っ直ぐ受け止める。

 

「なんだ…それは?」

 

 先ほどより視線を険しくさせる。

 明らかに不機嫌なご様子に、脂汗をダラダラと流しながら理由が分からずと聞き返す。

 

「月姉…だろ?後、その気色悪い敬語を止めろ。聞いていて腹が立つ」

 

 全くと言った溜息を吐きながら手に持った扇子を開く。

 というか…腹が立つとは酷くない?普通に敬語で接しただけなのに…

 

「いや、明後日から後輩になるので言葉遣いを改めた方が…と考えた訳で」

 

「そのままでいい、直せ」

 

「だから…」

 

「直せ」

 

「…どうしてここに居るんだよ。つ…月姉」

 

 意地でも止めさせたいようで頑なに話を進めない様子に、やけくそ気味に口調を元に戻した。

 周りの視線がグサグサと刺さる中、月姉は満足げな表情を浮かべる。

 

「珠代姉さんからミカはここに向かったと聞いてな。丁度、午後からも予定は無いし、買い物にでも付き合って貰おうと考えたんだが」

 

「…」

 

「着いたら着いたで事件が起こっていて、連絡を取っても応答がない。心配で辺りを探したが姿も見当たらなかった」

 

「…」

 

「まさかと思い、中に突入するとお前がぶっ倒れていたわけだが…」

 

 お前は何をしているんだ?と再び冷たい視線でこちらを睨む。

 明らかに激怒している様子とこれから起こるであろう説教に、勘弁してくれと弱弱しく呟いた。



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