if~カルダミネ・リラタの婚約者~ (桃色レンコン)
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if~カルダミネ・リラタの婚約者~

ロータスレイク水上城。

女王ヒツジグサが治める水上都市の政治の中枢が集約し、同時に騎士団本部といった防衛機能の大本も存在する水上都市における最重要地点である。

当然この国の騎士団長達の執務室もこの城内に存在しており、机に向かって書類と格闘している自分がいるのもその一室である。

 

「相変わらず忙しそうにしていますね。客にお茶の一つも出せないほどなんですか?」

 

そう言ってソファで寛ぎながら優雅に茶を飲む女が冗談混じりに嫌みを言ってくる。

もちろんそんな事はない。客が来れば中断して茶を出す余裕くらいは当然存在する。

ただ、この女が勝手にいつの間にか戸棚に置いていたティーセットで、これまた勝手に置いた茶葉を用いて自分で淹れて飲んでいるだけである。

 

「勝手に、とは失礼な。婚約者の仕事場に『この男は自分のモノだ』と主張するために私物を置くことに何の問題があるというのです?もっとも、私の職場には勝手に足を踏み入れていただくわけにはいかないのであなたの私物は置けませんが」

 

そう好き放題に言い終えると、この話はもう終わりと言わんばかりに再び私物のティーカップに口をつけた。

腹立たしいことに、実際彼女の職場には気軽に足を踏み入れることが許されていないためその通りなのである。

何よりその所作の一つ一つが美しく、またセンスのいいデザインのカップが彼女自身の美しさを引き立てるのに一役買っており、それを眺めることが出来るという役得を自分のみが味わえているとこに優越感を持ってしまっていることが悔しい。

 

「……何いやらしい目付きでジロジロ見ているんですか。それが許されるのは半ズボンが似合う日向の匂いのする少年だけですよ、ジジイ」

 

中身はとんでもないド変態ショタコンだと分かっているのに……。

 

そう考えながら、幼馴染みにして親同士が決めた我が愛しの婚約者、カルダミネ・リラタから目線を外して天井を仰いだ。

 

 

 

カルダミネ・リラタと初めて会ったのは、互いに齢一桁だった頃だ。

お互いロータスレイクの名門の生まれであり、同時に親同士に親交があった。そして顔を会わさぬままその歳で婚約が決まり、彼女の家に婚約者同士の顔合わせのために訪れたのが初対面だった。

 

その時見た彼女は年相応の可愛さと同時に既に美しさも身に付けており、天使のような容姿に緊張してしまい自己紹介で噛んでしまったことは未だに親からからかわれている。

 

…まあ家の教育の影響で歪みに歪んで成長し、どこに出しても恥ずかしい立派なショタコンに育った今でも一応見た目だけなら100点満点で120点の美貌を持っているので、免疫が無かった頃は仕方がなかったのだ。

 

時は流れて両者とも大人になり、ロータスレイク騎士団長とネライダ局長兼花騎士となった今でも特に解消する理由もないため婚約は継続されている。当然その性癖は解消の理由にならない。

そして彼女はこうして婚約者という立場を使って、たびたび執務室に訪れ時間を潰しているのだ。

逢瀬と言えば聞こえはいいが、どちらかと言えば話し相手を求めてやってくる彼女の愚痴をこちらが一方的に聞いてやるだけなのだが。

 

 

 

仕事に区切りを付け、自分用のカップを手に取り彼女の横に座る。

彼女が無言でティーポットを差し出してきたので、ありがたくカップに中身を頂戴し口に含む。

いつもと変わらぬ味だ。確か聖典に載っている、ある日眠り姫が飲んだという銘柄の茶の味。彼女が幼いころから飲み続けている、もはやカルダミネ・リラタという個人の嗜好で飲んでいるのかも分からないいつもと同じ味。

そうして茶の味と香りを楽しみながら、彼女と他愛もないことを語り合う時間が始まった。

 

「はぁ……。聞きました?近々ハス様の結婚式の日程が発表されるそうですよ。これでとうとう彼もロータスレイクの王族入り。ゆくゆくは今の王様の仕事を引き継いで彼が水中都市の王になるんですねぇ…」

 

そうだろうな。一度会ったことがあるが二人は本当に仲が良さそうだった。

これで水中都市は次世代の心配をすることなく当分安泰だろう。

 

「どうせ王になるなら眠り姫様と共に水中水上で再統一して、眠り姫様の返り咲きを目指せばいいものを……上昇志向が足りていませんね」

 

頼むからお前それ絶っっっ対に人前で言うなよ。

ただでさえ普段の素行で憲兵に目を付けられているのに、王立機関のトップが不敬罪で捕まるなどシャレにならない。

 

「あなたは私を何だと思ってるんですか?人前で言うわけないでしょうこんな事。あなたの前だからこんな軽口を叩くんであって、父や母の前でだって言いませんよ」

 

心底呆れたように言うが、彼女が受けてきた教育と組織の理念を考えるとどこまでが本気なのか分かりづらいからやめてほしいものである。

だが、生真面目な彼女が自分にだけそんな軽口を言ってくれるというのは正直少し嬉しかった。我ながらチョロいものだという自覚はあるが、惚れた弱みなのだから仕方がない。

そう、婚約という義務だけではなく、自分はこのカルダミネ・リラタを心底愛してしまっているのだ。

 

「まあ、私がそんなことして捕まったら貴方にも迷惑がかかってしまうから心配してしまうのは当然ですよね。失言でした、忘れてください」

 

そう言って彼女は少し申し訳なさそうにする。

だが、その考えは的外れだ。そこは訂正しなければならない。

 

心配しているのはカルダミネ・リラタ自身のことだ。自分の迷惑のことなどどうでもいい。

カルダミネ・リラタの眠り姫……ネムノキ様への期待は知っているし、目覚めた彼女が女王への復帰を拒否している現実と何とか折り合いを付けようとしていることも理解している。

だからそんな馬鹿なことをしないと分かってるとも。万が一に目を付けられたとしても一緒に弁明だってするし、それでも駄目ならこの地位を捨てて一緒にどこへだって行ってみせる。

 

 

 

そう言い終わると、彼女は少し目を見開いてこちらをじっと見ていた。そこには驚きの感情が見え隠れしており、しばしの静寂の後、ゆっくりと口を開いた。

 

「……貴方は本当に…なんでジジイになってしてしまったんですかねぇ…」

 

そう言ってカルダミネ・リラタが心底残念そうにこちらを見つめる。

ようやく口を開いたと思えばそんな失礼極まりないことを考えていたのかこいつは。

 

「昔は私より背が低くて可愛かったというのに…。会うたびに伸びてあっという間に追い抜くし、声は低くなるし、体だってこんなにゴツゴツして……。何なんですか?この太ももの硬さ。公園で走り回る半ズボンの少年達がちらちら魅せるぷにぷにの太ももを見習いなさい。男性は幼く日向の匂いを漂わせたままなのが生物として正しい姿なんですよ?反省してください」

 

こいつは何さらっと生命の神秘に喧嘩を売ってるんだ。全世界の男性と子育てに勤しむ親御さんに謝ってほしい。

 

「はぁ~……貴方が日向の匂いの思春期前の少年だったらどんなに良かったことか。私が15年、いえせめて10年早く生まれていれば…っ!」

 

そんな内容で本気で悔しがる人間を始めてみた。

何だかこちらが悪者になった気分だ。お詫びに今度半ズボンでも履いてやるべきだろうか。

 

「…はっ。寝言は寝てるときに言ってください。貴方のようなすね毛ボーボーのジジイが眠り姫様に通ずる彼らの神聖さにあやかろうなど烏滸がましいにも程があります。全身の体毛の永久脱毛をしてから出直してきなさい」

 

こいつは本当に……!

 

 

 

「失礼します。お疲れ様です団長さん。我が主、やっぱりここに来ていましたね。さ、もういい時間ですしそろそろ戻りましょう。明日までに確認していただかなければいけないことが山ほどあるのに姿を消したから皆探してましたよ」

 

二人で下らないやりとりを重ねて時間を潰していると、カルダミネ・リラタの部下であるクローブが主を探して執務室までやってきた。

はて、てっきり彼女は暇だからこうして来たのかと思っていたが違ったのか…?

 

「クローブさん!……んっんん!わかりました、すぐに戻ります。わざわざ探しに来てくれてありがとうございます。では、そろそろお暇しますね」

 

わかった。ここは片付けておくから気にせず戻るといい。また話したいことがあればいつでも来てくれ。

 

「ありがとうございます。ではまた……あ、そうそう。貴方に一つ言わなければいけないことがあります」

 

部屋から出る直前、カルダミネ・リラタはこちらに振り返りそう告げる。

何だろうか。嫌な予感しかしない。

永久脱毛して半ズボンを履いてくれなどと言われたら、尊厳のためにも全力で拒否しなければ。

 

「勘違いしてるようなのでこの際だから言っておきますがね。私は貴方が半ズボンが似合う歳じゃないことに不満はありますが、貴方が婚約者であること自体には不満を持っていませんよ?]

 

いやでも髭くらいなら妥協は………ん?

 

「私の理想に変わりはありません。ですが、現実に妥協した場合どんな殿方を伴侶にしたいかとを考えたら、私はその相手は貴方がいいです。…ではまた」

 

そう言って扉を閉め、カルダミネ・リラタは今度こそ部屋から出ていった。

彼女の口からそのような言葉を聞けるとは思わず、不意打ち気味の告白に呆然としてしまう。

ようやく動けるようになったのは、部下の花騎士が報告書を提出するため部屋に訪れた時だった。



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