セブルス=スネイプの啓蒙的生活 (亜希羅)
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【プレリュード】逃げた先でロクな目に遭わない。セブルス=スネイプは知っている。

USBメモリの中で発見した昔の書きかけ小説を、適当にさらします。
啓蒙が高まったら続きができるかもしれません。


 ヤケクソになっていた。投げ遣りともいう。

 

 とにもかくにも、セブルス=スネイプは思っていた。

 

 

 

 

 

 

 自業自得は多分にあったのだろう。

 

 あの胸糞悪い4人組に辱められ、とっさに出た言葉で最愛の人を心にもない言葉で罵倒し、挽回しようと秘密を暴こうとしたら危うく殺されかけて、彼らに助けられる始末。

 

 プライドはズタボロ、周囲の大人は口止めを強要しただけで、労いや慰めもなく、退校の意を伝えようと引き止められはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 もう、どうでもいい。

 

 どこか遠くへ行きたい。

 

 行き当たりばったりの逃避行だった。

 

 ロンドン、キングスクロス駅着の9と4分の3番線を降りたセブルスが、フラフラと適当に乗ったバスは、ロンドン市街から郊外を抜け、田舎の山道へさしかかっても、心折れてボロボロのセブルスは半ば放心しており、興味を示さなかった。

 

 だから、そのバスが到着したのが、まるで時代遅れの――まるで19世紀ごろを思わせる古風な街並みで、高く聳える時計塔と、湖の傍らに立つ古城を備えた、妙な街であろうと気にも留めなかった。

 

 そこが、ヤーナムと呼ばれる街で、本日は獣狩りの夜と言われる災禍の真っ只中であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 行かなきゃよかったと心底後悔したのは、最初の数時間ほどで、すぐさまそれどころではなくなり、魔法がほとんど役に立たないと知るや、受け取ったノコギリ鉈と獣狩りの短銃、死体からはぎ取った狩装束をまとって奮闘する羽目になる。

 

 そこで起こった悲喜こもごもの、腐臭と血臭、啓蒙と冒涜溢るる事象の数々は、語るに及ばずだが、少なくともセブルスは二度とこんなところ来るかと思ったのは確かだ。

 

 結果だけ述べるなら、彼を操り人形に仕立て上げようとした上位者、月の魔物と、その傀儡とさせられていたゲールマンは、ベールの向こうへ導いてやった。

 

 どうやって街を脱出したか、セブルス自身もよく覚えてないのだが、とにかく彼はヤーナムを後にできた。

 

 

 

 

 

 

 セブルス自身は、自分では百年以上いたような気がしたのだが、どうもヤーナムの中で時間はループしようと、外の時間とは時間の流れが異なるらしく、気が付けば1年近くあの町にいたらしい。

 

 スピナーズ・エンドに戻ろうかと思ったが、失踪扱いになっている己が今更戻るのもどうかと思い悩んだ挙句、結局彼はヤーナムで手に入れたいくつかの、外に出しても問題ない品(と言っても、輝く金貨程度しかなかったが、使い道がなく大量に溜まっていたので問題なかった)を売り払い、資金を得て、その足で世界を旅してみたのだ。

 

 はるか以前は成人した魔法使いは世界一周(グランドツアー)に出て、見聞を広めるという風習があり、それに則ったと言えば聞こえはいいが、他にすることもなかったのも事実だ。金も作った。故郷でウジウジ引きこもるのも面倒だったのだ。

 

 ・・・最初に向かったのが、アメリカにあるサイレントヒルという田舎町という時点でどうかしていたとしか言えなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 死ぬかと思った。

 

 というよりも、すでに何度か死んでいて、夢としてやり直したような気もする。

 

 ヤーナムでも悲惨な目に遭ったし、何度もメンタルを削られたが、負けず劣らずここもひどかった。

 

 獣ではないにしろ、悪夢や妄想の産物のような化け物が、ヤーナムばりに徘徊しているのだ。魔法もロクに通じず、結局、ヤーナム以来の仕掛け武器と銃器でズタズタにする羽目になった。

 

 狩人どころか、上位者となっていなければ、確実に死んでいただろう。

 

 3本の3本目のへその緒をその身に取り込み、月の魔物の返り血を大量にリゲインしたその身は、見た目こそ人間のそれだが、中身は大きく変質してしまっている。

 

 肉体的な死は意味をなさず、夢として片づけられる辺りが、その証左だろう。

 

 

 

 

 

 

 とある少女を憑代として生誕しようとしていた神と称された化物(悪魔だか上位者だかは定かではないが)を、少女の父親と一緒に退け、這う這うの体で町から逃げだした。

 

 少女が転生した赤子を連れた父親とは、適当なところで別れ、セブルスは再び適当な一人旅に戻った。

 

 今度こそ、心身を休める場所でゆっくり療養するのだ。

 

 サイレントヒルの街並みで拾った適当な旅行パンフレットを広げ、どこに行こうかと思案する。

 

 なぜこんな行く先々でロクでもない目に遭うのか。

 

 自分はこんなにかわいそう、と悲劇ぶるつもりはないが、いくらなんでもあんまりなのではないか。

 

 いや、欧米圏なのが問題なのかもしれない。ならばいっそアジア圏にでも行ってみてはどうだろうか。

 

 田舎でゆっくりのんびりしてみよう。

 

 啓蒙も、腐臭と冒涜も、錆と血臭も、一生分味わった。別にそれが嫌というわけではないが(このあたりヤーナムで過ごした影響が凄まじい)、そろそろ一区切り入れてもいいだろう。

 

 次の目的地はここにしよう、と軽い気持ちで選んだのは羽生蛇村という日本の片田舎にある村落だった。

 

 

 

 

 

 

 例にもれずひどい目に遭い、屍人の群れから仕掛け武器を駆使して、どうにか逃げ切り、這う這うの体で村から脱出した。

 

 他にも何人か来訪者がいたようだが、あいにくセブルスは上位者であっても万能ではない。冷たいようだが、自分で何とかしてくれ、と積極的に助けることはできなかった。

 

 サイレントヒルの時とは何もかもが違ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 何故行く先々でこんな目に遭うのだ。

 

 あれか。自分が上位者だから、無意識に腐臭と血臭、啓蒙と冒涜の集う地へ向かってしまうのか。

 

 ・・・そして、それが表面では嫌だと思いつつも、思い返してみればさほど嫌ではないと思っている自分がいるのも嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 逃げてもどこに行っても、結局一緒。

 

 行く先には腐臭と血臭、啓蒙と冒涜が待ち構えており、魔法の杖は役立たず、仕掛け武器と、銃火器を駆使して切り抜ける羽目になる。

 

 加えて、ホグワーツでの辱めなど、ヤーナムでの地獄の1年を始めとした、数々の修羅場と比べたら、数段マシ。

 

 

 

 

 

 

 そう結論が出てからは、早かった。

 

 フラリと出国したセブルスは、行きと同じくフラリと帰国し、田舎の適当な土地を買い上げて(旅のさなか、いろいろ面倒なものを手に入れ、処分ついでに金がたまったのだ)、そこに狩工房のような一軒家を構えることにした。

 

 セブルスが出国している間に両親は亡くなったらしい。荷物を取りにスピナーズ・エンドを訪れた際にそれを聞いた。家はあばら家同然となっており、相続人たるセブルスが行方不明となっていたため放置されていたのだ。

 

 少し悲しくなったが、その程度だ。

 

 両親の遺産の整理をしながら、セブルスは自分の冷たさに内心驚いた。

 

 あるいは、そういった人間らしさはヤーナムの路地裏に置き去りにしたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ふと、この町で出会った、最愛の女性を思い出した。

 

 シクリッと胸の奥がいたんだが、すぐに首を振って振り払う。彼女は今頃、彼女なりに幸せになっていることだろう。

 

 そうして、今の今まで彼女のことをチラとも思いださなかった自分に、今度こそ愕然とした。

 

 いくら修羅場の連続であったとはいえ、己の人生を捧げて愛そうと思った女性のことを、こうも簡単に忘れていたなんて。

 

 ショックを受ける一方で、心の片隅で納得もした。

 

 ああやはり、己はもう、人ではないのだ。

 

 狂気と啓蒙に、ほんの一欠けらの人間性を残しただけの、上位者でしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 遺産の整理と、あばら家の始末を終え、セブルスは新しく家とする場所に戻った。

 

 庭には真白の葬送花を植え、墓石のような石碑と十字架をまばらに置いた、わびしくもどこか荘厳な雰囲気に。あの、ヤーナムの“狩人の夢”のように。

 

 狩工房には、“狩人の夢”で用いていた狩道具と、その手入れ道具を。地下には魔法薬の調合道具を、そうして、最後に己の世話役として“狩人の夢”から呼び寄せた人形を置くことにした。

 

 時計塔のマリアをモデルとした人形は、血の遺志を糧に狩人の力を強める力を持っているが、それとはまた別にハウスエルフばりの家事能力の持ち主だった。

 

 魔法を使うことはできないため、マグル式の家事だが、それでも凄まじい能力を見せつけてくれた。

 

 おかげで、家は衛生的で、快適な食生活を保障されている。

 

 ただし、周囲にはマグル避けと偽装結界を張り巡らせ、単なる襤褸屋にしか見えないようにした。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、セブルスは帰国してから放置気味だった魔法薬学の勉強に独学で打ちこみ、マグルの方からも専門書を取り寄せて勉強している。

 

 ホグワーツから出奔して2年後の現在は、ケンブリッジ大学の魔法界側キャンパスにて、魔法薬学部に入り、あれこれと勉強を続けている。

 

 

 

 

 

 

 ・・・この年、ジェームズ=ポッターとリリー=エバンズが結婚したというのを、のちにセブルスは耳にした。

 




【セブルス=スネイプの杖】

 セブルス=スネイプが学生時代から愛用している長さ35センチの杖。

 菩提樹に、セストラルの尾の毛を使っている。

 異国の天の御使いたる男がその下で悟りを開いたといういわれある木材と、死を目の当たりにしたものにしか見えない不吉なる天馬の尾の毛を、なぜ組み合わせようと思ったか。

 杖職人の老オリバンダーはいまだにわからない。



 ブラボ風テキスト。ちなみに、本当の杖の素材は不明。長さは某テーマパーク販売のものが、そうらしいです。


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【第0楽章】予言の子が生まれるまで
【1】セブルス=スネイプは、先輩と再会する


とりあえず2話分だけ。
ハリポタ原作を読んだのが大分昔なので、矛盾もだいぶあるかもしれませんが、笑ってお見逃しください。


 大学の勉強に必要な、材料や学用品の関係でダイアゴン横丁に出入りしていたら、見知らぬ輩に絡まれた、とスネイプは当初思ったのものだ。

 

 「セブルス=スネイプ!元気そうだな!」

 

 肩を掴まれ、呼びとめられ、振り返ったスネイプは眉を寄せた。

 

 はて?こんなプラチナブロンドを撫でつけた美丈夫、知り合いにいただろうか?

 

 記憶を辿ってみるが、如何せんヤーナムでの日々が濃すぎて、ホグワーツの思い出がその分摩耗してしまっている。

 

 魔法薬学に関しても、得意分野であったにもかかわらず、忘れている部分がかなりあり、自分で驚嘆したのだ。何でこんな簡単なことまで忘れているのだ!と。

 

 もっとも、少し復習すれば簡単に思い出せたのだが。

 

 「? どうした?」

 

 「・・・あの」

 

 怪訝そうにする美丈夫に、あなたは誰かと問い返そうとして、はたとセブルスは思い出す。あの苦労を一身に詰め込んだような広い額は、確かに見覚えがある。

 

 「ルシウス先輩?」

 

 やっと出てきたその名前に、相手――ルシウス=マルフォイは安堵したように笑みを浮かべる。

 

 「久しいな。ホグワーツを退学してから、その後の足取りが全くつかめなかったから、心配していたんだぞ」

 

 「その節は、ご心配をおかけしました」

 

 ルシウスの言葉に、セブルスは頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 ルシウス=マルフォイは、セブルスをかわいがってくれたし、グリフィンドールから虐められていた彼を、それとなくかばってくれた、同じスリザリンの先輩である。

 

 純血の名門であるマルフォイ家の次期当主であるため、頼りすぎるわけにはいかないが、利害関係が一致すれば力を借りるのもやぶさかではない。それがセブルスから見たルシウス=マルフォイである。

 

 

 

 

 

 

 「今まで何をしていたのだ?」

 

 「・・・退学してからは、少々早目ではありましたが、世界一周(グランドツアー)にいってまして。数か月ほど前に帰国して、身辺を整理してからは、ケンブリッジの魔法薬学部に籍を置いています」

 

 ルシウスの問いかけに、セブルスはざっくりと、ここまでの経緯を語った。

 

 嘘は言ってない。事実全てでもないが。

 

 

 

 

 

 

 もっとも、ヤーナムやらサイレントヒルやら上位者やら神やらのことを話したところで、どこまで受け入れてもらえるか。

 

 人間は自分の常識の埒外の世界は基本的に受け入れないのだ。

 

 それは例え、魔法族であろうと。魔法でもあり得ないものは、受け入れない。

 

 あんな土地の話、闇の魔術のことを調べまわっていた自分さえ、聞いたことがなかったのだから。

 

 ゆえに、セブルスは詳しく語らなかった。聞かせるようなことでもないだろう。今のセブルスならばうんざりしてまたかと流せるが、常人からしてみれば、どこまで行っても腐臭と冒涜しかない、悍ましい悪夢なのだから。

 

 

 

 

 

 

 「世界一周(グランドツアー)・・・!

 

 どうりで、雰囲気が変わったわけだな・・・」

 

 ルシウスの眼差しが、しげしげとセブルスに注がれる。

 

 

 

 

 

 

 実際、セブルスの容姿は、ホグワーツに在学していた頃とは大きく異なった。

 

 服装はマグルのもの、というより、ヤーナムで手に入れた狩装束を、消臭呪文で匂い消しし(何しろ獣や化物の返り血をたっぷり吸っていた)、枯れ羽帽子と防疫マスクの頭装備を除いた格好だ。

 

 黒いインバネスコートは、魔法族のものというには近代的すぎ、マグルのものというには古めかしかった。

 

 銀色の手甲のついたグローブと同じ色の脚甲のついたブーツもいささか浮いているが、闇の陣営が暗躍しまくるこの時世だ。多少毛色の変わった格好をしていようと問題はあるまい。

 

 ついでに、上位者になった影響か、髪はベトついた油気が抜けてサラサラになっており、背中の中ほどまで伸びているそれを首の後ろでゆるくくくっている。

 

 ・・・これはルシウスは気が付かなかったのだが、セブルスの瞳もまた、かつてと異なっていた。

 

 卑屈に歪みながらも英知を宿すオブシディアンをしていた瞳は、今は底知れない深淵と光加減次第では群青や瑠璃色にも見える、まるで宇宙のような色に変わっていた。

 

 もっとも、一見すると黒のままなので、誰も気が付いたことはなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 「いろいろ、あって、学びましたので・・・」

 

 セブルスはやんわりと言葉を濁すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 何しろ、あの悍ましい悪夢の旅のさなかで習得できたものは、マグルの武器であるはずの銃と仕掛け武器の扱いと、化物の殺し方、修羅場の潜り抜け方、あとは化け物の種類に関する知識くらいである。

 

 魔法界についての知識など、まったくもって無習得である。

 

 

 

 

 

 

 「立ち話もなんだな。この後、空いているかね?」

 

 ルシウスの言葉に、セブルスは少し視線を伏せる。

 

 家には人形――モデルにちなんでメアリーと名付けた忠実なる家人がいるが、彼女には“使者”を通じて遅くなる連絡を入れ、久しくルシウスと話すことにした。

 

 いくらセブルスが魔法界の片隅で生き、死など夢からの目覚め程度にしか意味を成さない上位者といえど、友人付き合いは大切だろう。

 

 魔法界の近況を知る良い機会にもなる。

 

 

 

 

 

 

 ルシウスに続いて、パブ『漏れ鍋』の特等席に腰かけながら、ふと、セブルスは思った。

 

 ・・・そういえば、彼の闇の帝王は、死を超越することを謳い文句にしていなかったか?己の中身、うちに流れる蒼褪めた血のことを、彼が知ればどうなる?

 

 取り立てて誰かに話すつもりはなかったが、これは伏せておくに越したことはない。

 

 元々閉心術は得意であったが、さらに磨きがかかりそうだとセブルスは思った。

 

 ・・・もっとも、今のセブルスを誰かが“開心”しようものなら、あまりの冒涜ぶりと啓蒙の高い記憶の数々に、発狂待ったなしであろうが。

 

 

 

 

 

 

 軽い食事をとりながら、二人は近況について話した。

 

 ルシウスは実家の事業を継いでおり、荘園の管理やらで忙しくしている。

 

 加えて、“死喰い人”の活動にも従事しているらしい。もっとも、表立って戦闘や破壊はせず、資金提供や裏工作を買って出ているらしい。

 

 ・・・なお、これらのことはセブルスが、ルシウスの言葉の端々から察したことであり、ルシウスがはっきりと説明したわけではない。

 

 壁に耳あり、障子に目あり。東洋の故人は、うまいことを言ったものである。

 

 どこに“死喰い人”や闇の陣営、あるいはその逆――不死鳥の騎士団や光の陣営のスパイが潜んでいるか、わかったものではない。

 

 セブルスはといえば、大学での課題や研究についてぽつぽつと語り、例の冒涜的な世界一周(グランドツアー)については、合間合間の移動中に見かけた、珍しいこと――けして冒涜的でない、マグルの風習やアジア圏の魔法界の人々について語った。

 

 そうして、話が一段落ついたところでお開きとなり、二人は別れた。

 

 周囲には分からないように、連絡先を交換して。

 

 近いうちに、ルシウスのフクロウは、セブルスの家――“葬送の工房”を見つけることだろう。

 

 もっとも、セブルスはフクロウを持ってないので、返信はできない。

 

 加えて、今の時世では、フクロウ便は、第3者に捕まえて中身を見られても構わない通信だと大声で宣言するようなものである。

 

 ・・・実は、セブルスは、次元を超越できる(つまりどこにでも現れられる)夢の使者の使役ができるので、彼らに手紙を届けてもらうこともできるのだが、ルシウスにどう説明したものか。

 

 馴れるとあれらもなかなかかわいいのだが、パッと見た限り不気味でしかない。言葉はわからないし。実際、最初セブルスも話しかけるのに勇気が要った。

 

 下手をすれば、新手の闇側の魔法生物と判断されて駆除されそうで怖い。

 

 まあ、ルシウスから手紙が来たら、またその時に考えよう。

 

 

 

 

 

 

 “姿現し”で“葬送の工房”から程よく離れた場所に現れ、セブルスは歩き出す。

 

 黒いインバネスコートと長い黒髪を翻して背筋を伸ばして闊歩するさまは、実に堂々としていた。猫背は、狩人になった際に、矯正した。正しい姿勢で武器を構えないとうまく力が入らないからだ。ちなみに、彼は一見すると手ぶらである。

 

 おそらく店側からは、縮呪文で買ってきたものをしまっているように見えているのだろうが、実際のところは血の遺志に変換して収納しているだけだ。

 

 大量のアイテムやら武器やら狩装束やらを、必要や趣味に応じてヤーナムでは使い分けていたものだ。

 

 上位者になった今も、それらはセブルスが呼吸同然にできる技能となっている。

 

 ・・・なお、今も仕掛け武器と銃火器は持ち歩いている。今装備しているのは最初からのパートナーであるノコギリ鉈と、威力が素晴らしい爆発金槌。銃火器の方は、獣狩りの短銃と、カインハースト謹製のエヴェリンである。

 

 

 

 

 

 

 「今戻った」

 

 「お帰りなさいませ。セブルス様」

 

 スカートをつまんで恭しく一礼する人形、メアリーにうなずいて、セブルスは買ってきたものをインバネスコートの懐から取り出す――ように見せながら、血の遺志から実体に再転換する。

 

 ぶっちゃけると周囲に人がいない今、コートから取り出したように見せかける必要はないのだが、もはや癖になっているので、仕方がない。

 

 取り出されたそれを、メアリーは丁寧に持ち上げ、片づけていく。

 

 薬品の材料は、地下の保管庫へ。

 

 食品は、台所へ。(彼は上位者であるので食事の必要もないのだが、味覚は感じる。今は食事は娯楽に近い)

 

 他のものは、主であるセブルスに確認を取りながら、片づけて行った。

 

 セブルス本人はといえば、インバネスコートをコート掛けに掛けるや、お気に入りの一人掛けのソファにかけて、新しく出たばかりの魔法薬学の論文に目を通し始めた。

 

 でなければ、理論の実践、あるいは新しく組み立てるために、地下の魔法薬の工房に立てこもるか、狩道具の手入れをする、でなければ聖杯ダンジョンに潜るというのが、大学に通う以外のここ最近の彼のルーチンワークである。

 

 如何にイギリスに戻ってまともな生活を試みようと、一度狩りと血に酔い、その愉悦を知ってしまった身の上である。

 

 定期的に狩りに出て、腕前を錆びつかせないようにしているのだ。その方が、自衛にもなるし何かといい。

 

 ついでに血晶石も手に入る。親の顔よりも3デブを見た記憶の方が強い、というのは言い過ぎか。

 

 9kv8xiyi・・・聖杯を受領したまえよ・・・。

 

 

 

 

 

 

 数日後、セブルスはまたしても、知り合いと係わることになる。

 

 ・・・ただし、彼は例のごとく、とっさに彼のこと――親愛なるレギュラス=ブラックのことを思い出せなかったのは、言うまでもない。

 




【魔法界の通貨】

 イギリス魔法界を流通する通貨。

 銅貨がクヌート、銀貨がシックル、金貨がガリオン。

 明けぬ夜も、暮れぬ日もない魔法界では、金銀は普通に価値あるものである。

 先立つものは、いかなる時も必要なのだ。



 ブラボ風テキスト。無理くり絞り出しました。


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【2】セブルス=スネイプは、ハウスエルフに泣かれる

啓蒙が高まったので、ちょっぴり続きをば。

くどいようですが、原作読んだがの大分昔なので、時系列がかなりおぼろげです。

許してクレアボヤンス。


 ルシウスとの再会から数日後。

 

 “葬送の工房”の結界に何かがぶつかった。

 

 前述したが、“葬送の工房”にはマグル避けと偽装結界が施してあり、傍目には襤褸屋にしか見えない。

 

 加えて、最近上位者としての力の使い方というのもわかってきたセブルスが、ちょくちょく実験がてらいじくっているので、力ある魔法使いといえど、この工房の結界を解くことは実質不可能である。原理からして違うのだ。

 

 力任せに強引に破ることも不可能ではないのだが、その場合結界の主であるセブルスが容易に察知できる。

 

 

 

 

 

 思えば、ヤーナムは上位者によって作られた箱庭であり、巨大な胎盤でもあったのだろう。上位者の赤子を孕み、それを育て上げるための。赤子には栄養がいかねばならず、肥え太らせるために外部とのつながりが必要だった。

 

 ゆえにこそ、狩人は夢を通じて、ヤーナムの内部であれば自由に行き来できたのだろう。アメンドーズやメンシスのように独自の領域を持てど、決して侵入が不可能というわけではなかったのは、そういうことなのだ。

 

 セブルスを始めとした外部から来たものは、赤子に行き渡る養分であり、細菌でもあった。まさか取って代わられるとは、月の魔物も思ってもいなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 閑話休題(話を戻す)

 

 セブルスの場合、そういった外部からの異物の混入が不要なので、結界の主が望まぬ場合、結界は何人も通さないのだ。

 

 例えそれが、闇の帝王であろうと、人間の魔法使いよりよほど器用に魔法を使うハウスエルフであろうと。

 

 どうも、外から結界を破ろうとしているらしく、地震のように定期的な振動がわずかに工房を揺らす。

 

 「何事でしょうか?」

 

 ティーサーバーを片手に静かに尋ねてきたメアリーに、セブルスは「さてな」と言いつつ、インバネスコートを着込み、防疫マスクと枯れ羽の帽子を身につける。

 

 ちょうど今は、大学は休み、研究の合間の息抜きのお茶の時間だった。メアリーはクッキーを焼くのが上手い。老ゲールマンも食べていたのだろうか?もっとも、ヤーナムでは食事は不要であったのだが。

 

 工房道具の脇に立てかけておいたノコギリ鉈と獣狩りの短銃を持ち、「行って来る」と言って、彼は踵を返す。

 

 「お茶と菓子は残しておいてくれ。帰ってきてから続きを食べる」

 

 「わかりました。行ってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、よきものでありますよう」

 

 礼儀正しく一礼して見送るメアリーにうなずいて、セブルスは踵を返した。

 

 

 

 

 

 ちょうど結界の外に出た直後、泣きそうな顔をしたハウスエルフが、結界の外をうろついているのを目撃し、セブルスは脱力する。

 

 もし闇の陣営の魔法使いであれば、ズタズタにして、血を抜き取ってから、聖杯ダンジョンに獣のエサとして放り込んでやろうと思っていたのに。

 

 ・・・大分思考が猟奇的になってしまっているが、ヤーナムに毒されてこの程度で済んでいるのは御の字であろう。その気になればもっと冒涜的なこともできるのだから。

 

 もちろん、そんな思考は閉心術でキッチリと覆い隠し、セブルスはハウスエルフに声をかけた。

 

 「我が家に何用かな?小さな隣人よ」

 

 はたと振り返ったハウスエルフは、セブルスを見上げて一瞬ギョッとした顔をするが、それはマスクと帽子のせいで顔が見えなかったからだろう。セブルスが頭装備を取ったことで彼が誰かわかるや、すぐにほっとしたような顔をした。

 

 ・・・余談だが、セブルスは普段、上位者としての気配は基本的に押し隠している。以前、羽生蛇村で気配を全開にしたら屍人の群れが泣いて回れ右したので、以降は押し隠すようにしている。

 

 ひょっとしたらハウスエルフには悟られるかもしれないとチラと思ったが、この分なら大丈夫だろう。

 

 「ああ!セブルス=スネイプ様!どうか!どうかレギュラス坊ちゃまを助けてください!」

 

 ハウスエルフ特有のキーキー声で喚かれて、セブルスは眉根を寄せた。

 

 というよりも、例のごとく、記憶が摩耗しているので、名前を聞いても誰だっけ?状態だったりする。

 

 数拍の沈黙の後、ようやく思い出す。

 

 ああ、ブラックの弟!純血貴族にしては、ハウスエルフをかわいがっていた、あの奇特な!・・・ついでに、兄の非礼をことあるごとに平謝りに謝ってきて、兄に代わって家を継がなければならないというプレッシャーに苛まれていたように見えた。

 

 あの、啓蒙低い愚か者が兄では、要らぬ苦労も背負い込まざるを得ないだろう。

 

 「レギュラスがどうかしたのか?いや、待て」

 

 周囲を見回し――人通りの少ない田舎であるが、壁に耳ありである。目耳はないだろうが、用心するに越したことはない。

 

 「立ち話もなんだ。むさくるしい我が家であるが、あがりたまえ」

 

 くるりと踵を返し、無言呪文で結界を緩め、ブラック家のハウスエルフが通れるようにしてやる。

 

 ついでに言うなら、セブルスはヤーナムを出てから、杖は狩衣装の右の手甲に仕込むようにしたので、一見すると杖なしで魔法を使っているように見えるのだ。

 

 家に通し、床に座ろうとするハウスエルフにソファを勧めるや、「坊ちゃまの学友まで、クリーチャーに優しい!」と号泣される始末だった。(もっとも、混血だと知られれば、また違った反応をされただろうが)

 

 

 

 

 

 セブルスは知らないことだが、同じ事をレギュラスが、クリーチャーというハウスエルフにして、それをきっかけに二人は種族を越えた友となり、終生変わらぬ親愛と忠誠を捧げられることになるのは、全くの余談である。

 

 

 

 

 

 メアリーが新しく紅茶を用意して、クリーチャーの前に置くや、またしても感極まって号泣された。(「クリーチャーめにお茶まで出してくれるなんて!」)話が進まない。

 

 なだめすかして、本題を聞き出す。

 

 聞き出して、セブルスは天井を仰ぎたくなった。

 

 お茶をしているどころではなかった。

 

 後輩に呼ばれたようで、“姿くらまし”で消えようとして、失敗したクリーチャーがもんどりうってソファから転がり落ち、セブルスが家の外に出ないと使えないと言うや、あわてた様子で、挨拶を述べて家を飛び出していった。

 

 紅茶を飲み干し、セブルスは席を立った。

 

 一度は外しておいた、枯れ羽帽子と防疫マスクを身に着け、保管箱からは白い丸薬を、家の地下からは解毒剤とベゾアール石を取り出しておく。

 

 「騒々しくて済まないが、行ってくる。客間を整えておいてくれ」

 

 「わかりました。行ってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、よきものでありますよう」

 

 メアリーの丁寧な一礼を背に、セブルスは工房の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 ちなみに、ハウスエルフのクリーチャーが持ってきたレギュラスの話というのは、割とろくでもなかった。啓蒙高くはなかったのが救いか。

 

 ざっくり言ってしまえば、家庭の事情もあって、ホグワーツの卒業前に“死喰い人(デスイーター)”になったレギュラスが、クリーチャーを痛めつけられたため、闇の帝王に反旗を翻した。

 

 その痛めつけられた要因というのが分霊箱(ホークラックス)――端的に言うなら、魂を分割して、それを隠した器の隠し場所のために、毒薬をたらふく飲まされたというものだった。

 

 レギュラスは単騎で分霊箱を取ってくるので、それをクリーチャーに破壊しろということだが、肝心のハウスエルフはそれをやったら確実にレギュラスの命はないと思い、学生時代に彼が慕ったセブルスを、どうにか探り出し、助けを求めたのだ。

 

 

 

 

 

 何故に己なのだ。

 

 教えてもらった隠し場所の海辺の洞窟目がけて高速で駆け抜けながら、埒もあかないことを考えてみる。

 

 ・・・なお、以前は触媒として古狩人の遺骨がなければ、この高速移動はできなかったし、使用の度に水銀弾を消費しなければできなかったのだが、上位者となっているうえ、魔法も応用して、いくつかの秘儀は触媒抜きで魔法として行使できるようになった。

 

 ともあれ、セブルスは高速で駆け抜けながら、もう一度問う。なぜに己に助けが求められたのやら。

 

 

 

 

 

 まあ、無理もないかもしれない。

 

 レギュラスの兄、シリウスは成績こそ優秀だったものの、次期当主の自覚、どころかそんなものは知らんと言い放ち、放蕩三昧。代々スリザリンの家系であるというのに、ただ一人のグリフィンドールというのは、まだ微妙なラインだが、完全に魔法界の王族を自称するブラック家の責任を放棄しているあたり、ダメだろう。

 

 噂を聞く限り、どうも不死鳥の騎士団に所属しているようで、彼に助けを求めようものなら、よくて見捨てられ、悪ければダンブルドアが出てきてダブルスパイに仕立て上げられるだろう。

 

 ・・・同じ名門純血一族の次期当主のルシウスの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

 両親は両親で、勘気の強いヴァルブルガと、その尻に敷かれている節はあるが立派に当主を務めるオリオンである。加えて、二人とも闇の陣営にすっかり染まっている。

 

 おまけにハウスエルフを家畜扱いしているので、助けを求めても徒労に終わるだろう。

 

 そもそも、クリーチャーは“家族にも言ってはいけない”と口止めを食らっていたらしい。そこを“家族ではない。けれど信頼できる”人材として、セブルスを頼ることにしたらしい。

 

 認められていたのは素直に嬉しいが、だからと言って1年以上放浪して連絡不能になっていた彼を、信頼に値すると判断するとは。

 

 ・・・ハウスエルフの感性が、わからない。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 如何に人間性を摩耗した上位者であろうと、やはり知己がいなくなるのはさびしいものだ。

 

 ・・・オルゴールを思い出す。あの少女のようなことは、あってはならない。

 

 あと、豚は死ね。いっぺんの慈悲もない。

 

 ヤーナムを出てから、豚肉だけは受け付けなくなった。奴らは家畜ではなく、汚物の一種だ。

 

 決意を新たに、セブルスは足を速めた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 結論だけを言ってしまうなら、救出は間に合った。

 

 亡者に掴まれて水底に引きずり込まれそうになっていたレギュラスを、間一髪で駆け込んだセブルスは、亡者を獣狩りの散弾銃で蹴散らし、ノコギリ鉈でズタズタにして、レギュラスが気絶しているのをいいことに、上位者としての気配を全開にして威圧した。

 

 亡者は泣いて我先に水底に飛び込むように帰って行った。

 

 すでに死していようと、狂気と啓蒙は御免こうむりたいらしい。

 

 ともあれ、たらふく毒を飲んだせいでグッタリしているレギュラスに解毒剤とベゾアール石を砕いて与えるが、それらでは効果が薄く、結局ヤーナム産の白い丸薬を喉奥まで押し込んで水を飲ませて強制嚥下させた。

 

 どうにか呼吸と脈が落ち着いたところで、セブルスは彼を担いで洞窟の外で“姿くらまし”をした。行先はもちろん、“葬送の工房”である。

 

 

 

 

 

 工房の外で“姿現し”したセブルスは、そのままグッタリしたままのレギュラスを着替えさせてから、メアリーの用意した客間に放り込んだ。

 

 先ほど中途半端に暴れたので、まだ熱がくすぶっている。

 

 そろそろ時期だし、聖杯ダンジョンに潜って3デブを狩ってこよう。アメンドーズもいいかもしれない。

 

 黒髪とインバネスコートの裾を翻し、セブルスは庭先にある聖杯ダンジョンに続く石碑へと向かった。

 

 

 

 

 

 守り人の長と、残酷な守り人2人、通称3デブの返り血をたっぷりと浴びて、全身を真っ赤に染め上げたセブルスが、聖杯ダンジョンから戻ってきた。

 

 ちなみに、今回はなかなかいいレベルの呪われた濡れ血晶が手に入ったが、デメリットが全マイだったので、その場で捨てた。残念。

 

 工房に入る前に、 洗浄呪文(スコージファイ)で返り血を落とし、消臭呪文で臭い消しをする。

 

 ヤーナムにいるときは気にしなかったが、サイレントヒルや羽生蛇村をうろつくとき血塗れでいたら、会えたまともな人間たちにドン引きされたので、それ以降は人に会いそうだと判断したらその前にできるだけ血糊を落としている。魔法は便利だ。

 

 流石に亡者の軍勢に水底ボッシュートされそうになった後、全身血塗れの啓蒙ガンギマリ狩人と面会したら、気苦労を一身に背負い込んでメンタルを鍛えられたレギュラスといえど、発狂待ったなしだろう。体から槍が生えて死んでしまう。

 

 加えて、工房に血がついては、掃除をするメアリーの手間を増やしてしまう。

 

 忠実な家人は「それも私のつとめですから」としれっと言ってのけるが、やはり必要以上に彼女の手は煩わせたくない。

 

 工房の扉のノブに手をかけたところで、大声で悲鳴が聞こえた。だいぶ聞いてなかったが、おそらくレギュラスの悲鳴だ。

 

 はて?彼のいる客間には冒涜的な品々――レッドゼリー(真っ赤な胎児らしき肉片)やら生きてる紐(血濡れで時々グネグネ動く血管じみた紐)やらは置いてなかったはずだが?

 

 ふと、思い出した。メアリーは、等身大の、動いてしゃべる人形である。

 

 他の魔法使いの邸宅でも、メアリーのような人形の話は聞いたことがない。下手をすれば闇の魔法の影響を受けたアイテム扱いされているのでは?

 

 思い至るや、セブルスは猛スピードで客間に向かった。

 

 杖を取り上げておいてよかった。でなければ、メアリーは粉砕呪文(レダクト)あたりで粉々に・・・いや、彼女も夢の一部であったはず。以前、図々しく乗り込んできた他世界の狩人との戦闘に巻き込まれて胴体が泣き別れしたというのに、ちょっと目を離したすきに平然と復活していたのだから。

 

 セブルスが客間の扉を開けた時には、困っている様子のメアリーと警戒を露わにできるだけ距離を取っている――ようにベッドの端に寄っているレギュラスに、セブルスは安堵の息を吐く。

 

 「彼女のことなら心配はいらない。気が付いてよかった、レギュラス」

 

 「えっと・・・?!」

 

 「ああ、これではわからないか」

 

 困惑と警戒を宿した目で見てきたレギュラスに、セブルスは枯れ羽帽子と防疫マスクを脱いでみせる。

 

 「あ・・・スネイプ先輩?!」

 

 「久しぶりだな」

 

 目を白黒させるレギュラスに、スネイプはわずかに笑みを浮かべて見せた。

 

 それは、かつて格子窓越しに父母を必ず見つけ出すと少女に約束した時の顔と同じであった。

 

 

 

 

 

 その後、どうにか落ち着かせたレギュラスに、メアリーを大陸から持ち帰った由緒正しい魔法の品であると納得させるのに腐心した。

 

 もっとも、本来は魔法どころか上位者の力が使われている、数倍わけのわからない代物なのだが。

 

 しかしまあ、メアリーは本来は啓蒙を得ていなければ、彼女が動いていることは認識できないはずなのだが。このあたり、セブルスが上位者となって、彼女を“狩人の夢”の外に連れ出した影響が出ているのかもしれない。

 

 ともあれ、その後、回復したレギュラスは行き場がないため(闇の陣営からは裏切り者、光の陣営には逆スパイにされかねない)、大学をスキップで卒業したセブルスのもとで、容姿を誤魔化して居候させてもらうことになった。

 

 ・・・余談になるが、レギュラスは当初は警戒していたくせに、間もなくメアリーの作るアイリッシュシチューに陥落することになる。

 

 

 

 

 

 なお、クリーチャーが持っているスリザリンのロケット(つまり分霊箱)だが、言葉巧みに手元に置くことに成功したセブルスが、ノコギリ鉈(+10、呪われ濡れ血晶でギリギリまで強化済み)を一撃当てただけで、黒い靄のようなものを吐き出しながら簡単に砕けた。

 

 ・・・強化しきった仕掛け武器(獣、狩人、上位者を殺害済みでその血に塗れている)は、バジリスクの牙、悪霊の炎、ゴブリン製の武器以上の凶器である。

 

 

 

 

 

 その年のハロウィンに、運命が動き出す。

 

 幼年期の終わりを迎え、人類の新たな門出を迎えたセブルス=スネイプとて、それを知る由はなかった。

 

 

 

 




【家宝のペンダント】

 魔法界の王族ともいわれる純血貴族、ブラック家に代々伝わる家宝のペンダント。

 精緻な細工には、古の魔力と伝統が込められている。

 代々の当主が持つべきそれは、冷たい毒の底に沈められた。

 彼の小さな友を苦しめた、闇の帝王に対する、たった一つの反逆の証として。



 ブラボ風テキストに初挑戦。めっちゃむずいです。



 2021.01.10.追記

 1月9日はスネイプ先生のお誕生日でした!投稿後に知ったのですが。

 先生、誕生日おめでとうございます!


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【3】邂逅、闇の帝王①

 啓蒙が高まってきたので、モリモリ続きを書いています。

 「邪神様~」の続きやpixivの連載もあるんですが。まあ、そちらもおいおいやってきますので。

 今更ですが、1月9日はセブルス=スネイプ先生のお誕生日でした。前話投稿してから気が付いたのですが。

 意識したつもりはなかったんですが、タイムリーなことになりました。びっくりびっくり。

 お誕生日記念ということで、続きです。


 その日、セブルス=スネイプは大学のホールを貸し切って行われた魔法薬学学会を終え、帰途についていた。

 

 自宅に匿うレギュラス=ブラックは、セブルスが繋ぎを取ったことでうまいこと実家に連絡をつなげられたらしい。

 

 さしもの闇の帝王派閥に所属する彼の両親も、実の息子を痛めつけられれば、事情は変わってくると、ひそかに息子を匿うことにしたらしい。すぐにヴォルデモートと手を切るというわけにいかずと、面従腹背という姿勢に変えることにしたようだ。

 

 ブラック邸であるグリモールドプレイス12番地に招かれたセブルスに、息子を頼むと丁寧に頭を下げてきたほどだ。

 

 かくして、“葬送の工房”に居候が一人増えた。

 

 ・・・なお、レギュラスは狩人ではないので、セブルスが扱う保管箱や狩工房の器具は一切扱えず、その存在に首をひねっていた。

 

 また、ときどきセブルスが裏庭にある水盆を覗き込んで、何やらゴソゴソやっているのにも首をひねっていた。何か魔法の道具か(憂いの篩(ペンシーヴ)などか?)と尋ねてきたが、セブルスは言葉を濁して話題を変えただけだった。

 

 まさか、“使者”と血の遺志や啓蒙を使った取引をしていたなどとは言えない。

 

 

 

 

 

 ちなみに、セブルスはいわゆる憂いの篩(ペンシーヴ)は持ってない。

 

 以前使ってみようとしたのだが、抜き出した記憶は銀色どころか赤黒かった上、入れるなり水盆が壊れてしまったのだ。そこそこいいお値段がしただけに、なかなかショックだった。

 

 上位者といえど、俗世の金銭には縛られているのだ。世の中まずはお金である。世知辛い。

 

 あと、魔法の品は啓蒙を受け入れられるようにはできてないのだろう。まあ、冒涜的な記憶でもあるので、うっかり他者が見ようものなら発狂しかねない。

 

 壊れてよかったのだ、ということにしておこう。

 

 ・・・なお、壊れた憂いの篩(ペンシーヴ)の破片を用いて、自分専用の憂いの篩(ペンシーヴ)を作り直そうとしているのは余談である。

 

 あるいは、啓蒙や血の遺志を代価に、いっそ“使者”に改修を依頼した方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 ともあれ、その日はハロウィーンということで、数少ない同居人が退屈しないように、メアリーがささやかながらハロウィーンのごちそうを作ることとなった。

 

 メアリーは家事の腕前はハウスエルフばりだが、如何せんその容貌から基本的に家の外に出られない。ゆえに、食材を始めとした各種買い出しはセブルスの仕事となる。(レギュラスは変装が必要になるため、基本的に魔法界には出入りしておらず、マグル界での買い物を中心に動き回っていた)

 

 ゆえに、セブルスはキャンパスを出たその足で、メアリーに渡されたメモを片手に、色々と食品を買って回っていた。

 

 「これと・・・この材料の数々・・・スターゲイジーパイか・・・」

 

 メモを片手に、セブルスは天を仰ぐ。別段嫌いというほどではない。

 

 そもそも幼年の経験(いわずもがな虐待である。食事などありつけるだけマシだった)から食の好き嫌いが薄い上、上位者となってからは食事の必要さえなくなった今では、食事は娯楽に近かった。

 

 しかしながら、豪快な見た目のため初見ではひるむこと請け合いのスターゲイジーパイは、どうにも食指が動かない。

 

 スターゲイジー〈星見〉というロマンあふれるネーミングとは裏腹に、その料理は、パイ生地の端から突き出たサケの頭と尾が不気味ですらある。食材のサケが天を仰ぎ見るようだから、スターゲイジーと呼ばれているのだろう。

 

 セブルスはこれなので、おそらくリクエストしたのは。

 

 「・・・そういえば、あいつはいつも妙なものを食ってたな」

 

 ハギス(羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でたスコットランドの伝統料理)を朝っぱらからむさぼって平然としていた(それどころか嬉しげにしてた)のは、世の中広しといえどレギュラス=ブラックくらいであろう。

 

 「さすがにカボチャジュースは出ないだろう・・・」

 

 甘いのは嫌いではないが、ホグワーツのハロウィーンは甘ったるすぎた。大を通り越した極甘党のダンブルドアが悪い。

 

 ポツリと独り言をこぼして、セブルスは漆黒のインバネスコートを翻した。

 

 

 

 

 

 ちなみに、このしばらく前にちょっとした事情でイギリスで唯一の魔法使いのみの村ホグズミードの、ホッグズヘッドというパブを訪れたセブルスは、そこで聞きたくもない話を小耳にはさんでしまい、うんざりしたものだ。

 

 多少の冒涜と啓蒙には耐性があるが(多少どころではないというのは本人に自覚はない)、面倒でしかない出来事にはかかわりたくない。

 

 切実に、そう思う。

 

 

 

 

 

 その夜――つまりはハロウィーンの真夜中、ささやかなディナーを済ませ、デザートにメアリーの作ったパンプキンタルトを突きながら、雑談を弾ませていた。

 

 丁寧に裏ごしされたかぼちゃの滑らかさと、蕩けるような甘みに舌鼓を打ちながら、セブルスとレギュラスは他愛ない会話を弾ませていた。

 

 しかしながら、唐突にセブルスは言葉を途切れさせた。

 

 リンッと澄んだ鐘の音が、書斎に響き渡ったからだ。

 

 間髪入れずに、定位置の一人掛けのソファからセブルスが勢い良く立ち上がり、自分のデスクを見やった。

 

 品のいい黒檀のデスクの上に置かれているのは、鈍色の小さな鐘だ。手のひらにのるほどの大きさだろう。

 

 レギュラスの知識にはないが、やはり何らかの魔法道具なのだろう、手も触れてないにもかかわらず、それはリンリンと涼やかな音色を立てている。

 

 ・・・彼に啓蒙があれば、あるいは知覚できたかもしれない。その鐘が、青味を帯びたオーラを放っていたことに。

 

 「先輩?」

 

 何事かと、デスクの上の鐘とセブルスを見比べるレギュラスなど歯牙にもかけず、セブルスは動いた。

 

 こんな時に、とでも言いたげに舌打ち交じりにパンプキンタルトの入った皿をテーブルの上に置いて、コート掛けから漆黒のインバネスコートをまとい、どこにしまっていたのか、見慣れない枯れ羽帽子と防疫マスクで目元を除いた顔のほとんどを覆い隠し、そのままデスクの上の鐘を手に取った。

 

 途端に、その姿が青いオーラに包まれ、ゆらゆらと陽炎のように心許なくなる。

 

 「先輩?!」

 

 「少し出る。帰りはいつになるかわからないから、先に休んでいて構わない」

 

 陽炎のようにその姿を揺らめかせ、徐々に透けて行きながらセブルスは言った。

 

 「こんな夜に“協力要請”とは・・・どこの狩人だ?」

 

 帽子とマスクで表情はわからなかったが、セブルスの声音は不機嫌のそれだった。

 

 やがて、セブルスの姿は完全に空気に溶けるように消えてしまった。

 

 呆然と固まったままのレギュラスをよそに、ティーサーバーを持ったままのメアリーは淡々と言った。

 

 「行ってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、よきものでありますように」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、セブルスが手にしていた鈍色の鐘であるが、あれはヤーナムで手に入れた所縁の品である。

 

 名を、“共鳴する小さな鐘”という。それは、時間と次元を超えて、他の狩人からの狩りへの助力要請を受け入れるものである。

 

 同様に、時間と次元を超えて他の狩人たちに干渉する道具もあり、一つは啓蒙を消費して、他の狩人への助力を要請する“狩人呼びの鐘”、もう一つが他狩人を狩りの標的として狩り取りに行く“共鳴する不吉な鐘”である。

 

 そして、これらの効果を打ち消す道具も存在しており、“共鳴破りの空砲”という銃口の先に鐘を備えた小さな拳銃を使うことで、他の時間軸・次元にまで響き渡る鐘の音を打ち消せるのだ。

 

 正直に言うならば、レギュラスの前で“協力要請”の受諾をするべきではなかった。

 

 だが、どうにもセブルスは胸騒ぎを覚えていたのだ。

 

 わざわざハロウィーンの夜での、“協力要請”。嫌な、予感がしたのだ。

 

 あるいは、彼の脳に宿している“瞳”が、囁いてきたのかもしれない。お前は行くべきだ、と。

 

 

 

 

 

 鐘の音に導かれたセブルスが、蒼褪めた霧を身に纏って姿を現した。

 

 すでにここは、彼に協力を要請した狩人の領域だ。そういった場所に招かれている狩人は、例外なく蒼褪めた霧を纏っている。ゆえに、“青霊”などと呼ばれている。

 

 ――妙だな?

 

 枯れ羽帽子の下で、セブルスは眉を寄せる。

 

 呼ばれるならば、ヤーナムや聖杯ダンジョンと思い込んでいたのだが、呼ばれたのはどうにもそういった修羅の巷からは縁遠い場所らしい。

 

 というより。

 

 ――ごく普通の、家に見える。

 

 ヤーナムの古めかしい邸宅ではなく、魔法族では当たり前にも見える、普通の家に見える。

 

 加えて、こういった協力要請の受諾が行われれば、“青霊”は“要請者(ホスト)”のすぐそばに出現することが多いのだが、それらしい人物がいない。

 

 感覚を周囲に張り巡らせるセブルスは、すぐに眉間のしわを深くする。

 

 家の奥が騒がしいというのと、セブルスの足元に一つ、死体が転がっているのに気が付いたのだ。

 

 セブルスが立っているのは、家の玄関で、開け放たれたその扉の内側で、ドアを開けたらしいその人物は、無防備な格好であおむけに倒れている。

 

 外傷は一切なく、硝子玉のように無機質な目玉には、魂の輝きはない。セブルスは知っている。それは、最悪の呪文、死の呪文(アバダケダブラ)によるものだと。

 

 おそらくは、来客に対応すべく扉を開け、ほぼ同時に呪文を受け、即死した。そばにないことから、杖も持たない、完璧な手ぶらであったことは自明の理だった。

 

 何をやっているのだ、この男は。

 

 セブルスは、短く嘆息する。

 

 かつて彼を、散々苦しめ、弄び、いたぶった男の末路は、こうもあっけなかった。

 

 そうして、セブルスは、もはやジェームズ=ポッターと呼ばれた男の亡骸には、目もくれず、懐から取り出した青い秘薬を呷る。

 

 

 

 

 

 それは、医療協会の上位医療者が用いる、脳を麻痺させる精神麻酔の一種だ。しかし、狩人であれば、遺志によって意識を保ち、副作用だけを利用することが可能だ。すなわち、動きを止め、己の存在を薄めさせる。

 

 つまり、これを飲めば、一定時間、周囲に己の存在を知覚させずにいられるのだ。

 

 

 

 

 

 舌の根を刺激する何とも言えないピリピリした味は、骨生え薬と比べればだいぶマシだ。

 

 すぐさまセブルスは身をひるがえし、大きな音をたてないように家の奥――騒がしさの元凶だろう場所へ向かう。

 

 

 

 

 

 『その子を渡せ・・・!』

 

 声だけで真っ当な人間ならば震えあがるか平伏したくなる恐怖を醸し出すその男は、真っ黒なローブで全身を覆い隠し、右手には魔法使いの例にもれず杖を携えていた。

 

 呼吸するだけで、あふれ出る魔力の多さに圧倒される。

 

 セブルスが何も知らない学生の時分であれば、ひざまずいてそのローブの端にキスでも送っていたかもしれない。自らはかなわない、それでいて惹かれてやまない、力の象徴として。もっとも、狂気と啓蒙と血によって変質してしまった今のセブルスには、全く興味が持てないのだが。

 

 そして、セブルスは直感した。これは、巷で“例のあの人”“死の飛翔”“闇の帝王”と号される、あの魔法使い――ヴォルデモート卿だ。

 

 そして、ヴォルデモートと対峙するのは。

 

 ハッとセブルスは、息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 「この子だけは!ハリーだけは!」

 

 燃えるような赤毛。深緑のような双眸は、かつて至宝に位置づけ、それでいて今なお、セブルスの摩耗しきった人間性を揺らすものだ。

 

 その名を、セブルスは大分長いこと、舌に乗せてはいなかった。

 

 リリー=エバンズ。否、それは旧姓か。今は結婚したから、ポッター姓になるのか。

 

 最後に会った時分よりも垢抜け、大人の落ち着きを身につけたようにも見えた。もっとも、その表情は恐怖と緊張で硬くなっていた。あの頃見せてくれた、大輪のバラを思わせる、あどけなく美しい笑みは、どこにも見えない。

 

 彼女がセブルスに愛を教えてくれたから、セブルスはまだ、“人”を失わずにいられる。

 

 そして、リリーが背にして必死に守ろうとしているのは、彼女とジェームズ=ポッターの愛息子か。ベビーベッドの柵が、ちらっと見えた。

 

 そして、彼女のすぐそばの床には、見覚えのある鈍色の鐘が転がっていた。

 

 つまりは、彼女――リリーこそが、要請者(ホスト)ということになるのだ。

 

 

 

 

 

 逡巡は一瞬にも満たなかった。結論と同時にセブルスは動く。

 

 たとえ彼女が、敵対者としてセブルスを呼んだことになったとしても。鐘を鳴らしたのは、偶然にすぎなかったのだろうとしても。

 

 これは、償いにも満たない、自己満足だ。

 

 音もなく、血の遺志から取り出したノコギリ鉈による強烈な叩きつけを、こちらに背を向けているヴォルデモートの無防備な背中に、叩き込んだ。いわゆるバックスタブだ。

 

 悲鳴を上げて片膝をついて座り込みながら、何事かと“闇の帝王”が振り向いてくるが、その時にはすべてが遅かった。

 

 肉の裂ける生々しい音を立てて、セブルスはヴォルデモートの背後から、ノコギリ鉈を消した右手を、帝王の腹に突き入れていた。

 

 狩人の必殺にして得意技であり、基本技。内臓攻撃である。もちろん、セブルスも使える。その辺の雑魚から、ゴースの遺子まで、引き抜ける内臓の持ち主がいれば、片っ端から引き抜いて行った。懐かしい話である。

 

 ヒッとリリーが喉の奥で悲鳴を上げる。無理もないだろう。彼女からしてみれば、突然目の前の人間が悲鳴と一緒に片膝をついたと思ったら、その腹から血濡れの右手が生えてきたように見えたのだから。

 

 グチャリッと湿った粘着音を立てて、その右手はすぐさま引っこ抜かれた。ヴォルデモートの血濡れでピンク色をした腸管を道連れにしながら。

 

 ゴボリっとヴォルデモートは血を吐いてうずくまる。

 

 

 

 

 

 リリーは訳が分からなかった。先ほどまで、伴侶を殺され、次は我が身と愛する我が子のはずだった。目の前に迫る死と恐怖の化身が、そう宣告して迫っていたのだから。

 

 にもかかわらず、気が付けばその魔法使いは腹から右手を生やしてうずくまり、彼の後ろにもう一人いた。

 

 全身黒ずくめ。だが、魔法使いらしいローブではない。ミニマントを肩に羽織る独特のコート――インバネスコートと呼ばれる外套をまとい、銀色の手甲と同じ色の脚甲付きのブーツを身につけている。深々とかぶった枯れ羽帽と、鼻まで覆う防疫マスク。徹底して、肌の露出がないスタイルだ。

 

 枯れ羽帽子の隙間から見える長い黒髪を、纏った蒼褪めた霧になびかせて、彼は姿勢を正す。血濡れの右手をそのままに。

 

 「早く逃げろ。赤子を連れて、遠くへ」

 

 うずくまってもがくヴォルデモートから目を離さぬままに、男が口を開いた。どこかねっとりした、低く艶めいた声だ。

 

 どこかで聞いたような、とリリーは思った。

 

 だが、すぐさまそれどころではなく、ガクガク震える足腰で、縋るように背後のベビーベッドにドンッとぶつかった。

 

 その拍子に、不穏な空気にぐずっていた赤子が、火がついたように大声を上げて泣き出した。

 

 だが、誰も一顧だにしなかった。母親であるリリーでさえも。

 

 

 

 

 

 赤子の泣き声を皮切りに、セブルスは動いた。

 

 右手に再出現させたノコギリ鉈。その取っ手にある引き金を引くや、ノコギリ鉈はガシャンっと変形し、ノコギリ形態から鉈形態となる。

 

 大ぶりな鉈を、セブルスは大きく振りかぶり、ヴォルデモート目がけて振り下ろそうとした。

 

 だが、流石は“闇の帝王”と呼ばれるだけのことはあった。腹に穴をあけて臓物の一部を引き抜かれたと言えど、その程度で彼は終わらなかった。正確には、終われはしなかったのだ。

 

 無言呪文の治癒呪文(エピスキー)辺りで止血と痛み止めを行ったのか、セブルスの一撃を、盾の呪文(プロテゴ)ではじき、そのまま彼に、光弾を打ちこもうとした。

 

 狭い室内といえど、セブルスは流麗な狩人のステップでそれを避け、ノコギリ鉈を消した右手――手甲に杖を仕込んだそれをヴォルデモートにかざす。

 

 見えない衝撃波に盾の呪文(プロテゴ)ごと吹き飛ばされ、ヴォルデモートは壁を貫いて、家の外に叩き出される。

 

 「逃げろ!早く!」

 

 再度リリーに向かって叫び、セブルスは駆け抜ける。

 

 古狩人ならば触媒なしで使える秘儀、高速移動の呪文版を無言呪文で発動し、ヴォルデモートの後を追って外に出た。

 

 

 

 

 

続く




【呼び鐘】

 ポッター家に伝わる貴重な魔法道具の一つ。

 持ち主が危機に陥った時にだけ鳴らすことができ、鳴らせばあらゆる難敵をも仕留めるだろう狩人のような助っ人を呼び出せる。

 その謂れは古く、ポッター家の古い祖先が、はるか昔に山間の都より持ち帰ったのだという。



 ブラボ風テキスト。ジェームズは死ぬ。慈悲はない。


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【4】邂逅、闇の帝王②

 今書いてるところで、サイレントヒルに再訪する羽目になっているので、多重クロスオーバータグをつけた方がいいかもしれません。

 その部分に差し掛かったら、多重クロスオーバータグをつけておきます。

 この主人公、啓蒙高すぎる・・・。

 そしてさらっと、原作ブレイク。狩人様だもの。


 10月末の真夜中は、かなりの寒さとなっており、息が白くなるほどだ。

 

 セブルスは自分の現在位置を知らなかったが、そこはゴドリックの谷、と呼ばれる数少ない魔法使いの隠れ里で、街灯などほとんどなく、真っ暗がりに等しかった。

 

 ただ、曇天が裂けて、月光が差し込み、彼らを不気味に、そして穏やかに、照らし出した。

 

 

 

 

 

 ポッター家の外は、黒ずくめの影たちに、幾重にも包囲されていた。

 

 探知呪文を無言で使い、周囲を囲んでいる敵対存在を割り出す。

 

 これは、セブルスオリジナルの呪文だ。元は、ヤーナムで死角からの獣の奇襲を警戒し、そのカバーのために編み出した。

 

 一度呪文を使えば、一定距離を360度、超感覚呪文を使うよりもごく簡単ながら、敵対存在の位置と距離を把握することができる。本当に、ごく簡単にしかわからないのだが。

 

 マグルでいうところの、レーダーのような魔法と言えばいいだろう。

 

 感覚はそのように360度余すところなくめぐらせていたが、視線は目の前に向けていた。

 

 いまだにダメージから回復しきれない様子の“闇の帝王”がうずくまって腹を押さえ、数人の黒い影――配下の“死喰い人”が集まり、ああでもないこうでもないと手当てを試みているらしい。

 

 そうして、後を追うように家から飛び出してきたセブルスに、いまだにうずくまるヴォルデモートが真っ先に気が付いた。

 

 血走った血のように赤い目を向けてくるや、地割れのような怒声を張り上げた。

 

 『殺せ!あの男を!殺せ!殺してしまえ!』

 

 一斉に視線がセブルスに向けられる。同時に、いくつもの杖が向けられ、不揃いな呪文が放たれた。ある者は不気味な緑の光弾を。ある者は動きを止めようとでも言うのか、多種多様な呪いを。とにかく、セブルス目がけて放っていた。

 

 セブルスは動く。先ほど同様の高速移動の呪文版を使い、それらを軽々と避ける。

 

 とはいえ、全てを避けきるのは難しく、致命となる緑の光弾(死の呪文(アバダケダブラ))を優先して避け、避けきれない呪いは盾の呪文(プロテゴ)を併用して弾く。

 

 防疫マスクの下で、セブルスは舌打ちした。

 

 

 

 

 

 古今東西、狩人が苦手としているもの。それは発狂でも冒涜でもない。多対一の混戦だ。囲んで棒でたたかれれば、いかに力量(レベル)を上げていようと、ひとたまりもない。

 

 まだセブルスがヤーナムに迷い込んで間もなかった頃、その辺を徘徊していた雑魚獣に取り囲まれてフルボッコにされた。場合によっては、犬も加わって、腸を食いちぎられた。

 

 獣狩りの群集は、単体で意味はなさず、本当に“群衆”であってこそ、真価を発揮するのだと、思い知らされた。

 

 

 

 

 

 混戦の場合は、できるだけ、1対1の状態に持ち込む。各個撃破で、効率よく、順序良く片づける。

 

 セブルスは、ヤーナムでそう学んだ。

 

 そして、それにうってつけの武器も、手元にある。

 

 右手に、血の遺志から武器を顕現させる。ヴォルデモートを傷つけたノコギリ鉈ではない。

 

 あの武器の利便性はかなりのものだが、多対一の混戦には不向きだ。

 

 大勢の獣を蹴散らすには、もっともってこいの武器がある。

 

 出現と同時に変形したそれは、セブルスの踏込と同時に、勢いよく振り抜かれ、離れた場所にいるはずの“死喰い人”を数人まとめて吹き飛ばした。

 

 金属の軋むギチギチとも鎖を鳴らすジャラジャラともつかない、奇怪な音を立てながら、その武器は月光をわずかに照り返してぎらついた。

 

 “獣肉断ち”。古狩人が用いた、古い仕掛け武器だ。

 

 

 

 

 今でこそ、獣狩りの基本的な仕掛け武器は、獣狩りの斧、ノコギリ鉈、仕込み杖の3種類に分かれている。

 

 それは、“獣肉断ち”の余りの扱いづらさに、その武器の持つ特性を3つの武器にそれぞれ分配したからだ。

 

 太い刃と押しつぶすような重量性は、獣狩りの斧へ。

 

 ノコギリの刃による出血、それによるリゲインのしやすさは、ノコギリ鉈へ。

 

 変形によるリーチの増大、複数標的を巻き込んだ攻撃性能は、仕込み杖へ。

 

 それぞれ継承され、オミットされた機能は、その分扱いやすさを追求された。

 

 古い仕掛け武器は、そういった形に加工される前の、原始的な――扱いづらく癖のある、その分強力な仕掛け武器だ。

 

 その代わり、使いこなせたら、それこそ一騎当千の能力を発揮するだろう。

 

 

 

 

 無論、セブルスもこの武器を十二分に扱い切れるとは言い難かった。

 

 扱うこと自体は可能だが、それで標的をうまく攻撃できるかはまた別問題なのだ。

 

 そもそも、普段は振り慣れているノコギリ鉈を始め、もっと扱いやすい武器を使っている。

 

 しかしながら、広範囲をカバーできる武器で、そこそこ強力となれば、これが一番なのだ。仕込み杖もあるにはあるが、あいにく血石強化をろくに行ってないため、威力が心許ないのだ。

 

 ゆえに、聖杯で得た血石に加え、血晶石までつけて散々強化しまくった、獣肉断ちに白羽の矢が立ったのだ。

 

 どうせ味方などいないのだから巻き添えを心配する必要はなく、ヤーナムの町中とは違い、開けた場所だ。気兼ねなく、この極太ワイヤーにつなげられた金属塊の連なりのような、凶器を振り回せる。

 

 「匂い立つなぁ・・・えずくではないか・・・」

 

 地下墓地で言い放った、狩人神父のような言葉が、セブルスの唇を震わせる。

 

 魔法の匂い、闇の匂い、死の臭い。

 

 悪くはないが、お行儀よすぎて、狩人にとってはいささか物足りない。

 

 だが、それ以上に、惹かれてやまない臭いがある。

 

 

 

 

 

 もはや、セブルスは、以前の彼ではない。

 

 闇の魔法に魅入られ、力に魅入られ、“闇の帝王”に惹かれていた頃の彼ではない。

 

 狂気と啓蒙に魅入られ、深淵に触れ、血と冒涜に焦がれる、狩人なのだ。

 

 

 

 

 

 「たまらぬ血の臭いで誘うではないか!」

 

 咆哮とともに、高ぶる獣性のまま、セブルスは踏み込む。

 

 振り上げられた獣肉断ちが、金属の咆哮を上げながら、死喰い人たちに襲いかかる。

 

 鞭よりも不規則で、重量感あふれる攻撃に、生半な盾の呪文(プロテゴ)はあっさり砕かれる。

 

 一抱えはある金属の塊が、幾重にも連なり極太ワイヤーで接続された、凶悪極まる攻撃は、鞭で叩くというより、棘のついた金属塊で切り殴っているという表現の方が似合うだろう。

 

 もちろん、盾の呪文(プロテゴ)である程度は威力が減殺されているのだろうが、それでも当たり所が悪ければ、肉と骨をまとめてミンチにできるほどの凶悪さを誇った。

 

 実際、胸から上をそのようにされた死喰い人がおり、隣にいた黒ローブが腰を抜かして失禁したが、実行犯であるセブルスは歯牙にもかけなかった。

 

 

 

 

 

 魔法使いなら、杖を使うはずなのに。

 

 呪文を唱え、呪いを使うはずなのに。

 

 その男は、杖の代わりに奇妙な武器を構えた。

 

 呪文は唱えず、その武器で肉を引き裂くことを選んだ。

 

 そんな悍ましい戦い方、真っ当な魔法使いなら、あり得ない。

 

 

 

 

 

 極太ワイヤーにつながれた13もの金属塊は、セブルスの腕の一振りに応えるように、蛇のようにのたうっては、次々死喰い人に襲いかかる。

 

 無論、死喰い人たちも、ただやられていたわけではない。

 

 懸命に、彼に呪いを当てようと試みていたのだ。

 

 いくつもの光弾が、呪いの詠唱が、セブルスに浴びせられるが、彼はそれを無言呪文による盾の呪文(プロテゴ)、あるいは流麗な狩人のステップであっさりと躱してしまうのだ。

 

 

 

 

 

 これはセブルスの主観になるが、彼を仕留めるには、呪文の速度が遅すぎた。

 

 彼の時計塔のマリアや、ゴースの遺子、あるいは最初の狩人ゲールマンの高速攻撃の数々を体験してしまえば、目で見て避けられる攻撃など、へでもなくなってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 ジャラジャラともガチャガチャともつかない金属の咆哮を上げる獣肉断ちは、死喰い人の群れを次々と食い破る。

 

 そのたびにボタボタと血しぶきが、肉片が、骨片が、無差別に飛び散る。

 

 地面を、そして獣肉断ちそのものと、それを握るセブルスを、深紅の飛沫は容赦なく染め上げるが、セブルスはそれを歯牙にもかけず、むしろ浴びる前以上に生き生きした様子で、武器を揮う。

 

 リゲインと呼ばれる狩人の特性の一つだ。血の歓びを力に変えるそれは、自身の負った手傷さえ、返り血を力に変え、即座に癒すことができる。ゆえに、多少の負傷も、ある程度ならばゴリ推すことができる。

 

 「何だ?!何なんだお前はああああ?!」

 

 ついに耐え切れなくなったのか、死喰い人のうちの誰かが叫んだ。

 

 そのみっともない有様に、セブルスは防疫マスクの下で薄く笑う。

 

 “死喰い人(デスイーター)”と言う割に、この程度で恐怖するか。笑わせる。

 

 「狩人だよ。貴公らを狩り取る、な」

 

 しれっとセブルスが答えると同時に、獣肉断ちは、折りたたまれた大剣形態となって、その分厚いギザギザのついた刃が、たっぷりと血液を撒き散らしながら、死喰い人の喉笛を引き裂いていた。

 

 ガチンッという硬い音は、獣肉断ちの鈍色の刃が、地面を穿った音だ。

 

 死屍累々。阿鼻叫喚。血で汚れて、赤黒い軌跡が描かれた地面の中、ポツンとセブルスが一人立っている。

 

 漆黒のはずのインバネスコートはたっぷりと血を浴びて、パタパタと吸い切れなかった赤黒い点を地面に落としている。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、セブルスは動く。グルンッとあらぬ方向を振り向くや、高速移動の無言呪文を発動して、姿を消すように移動し始める。

 

 この期に及んで、“闇の帝王”は諦めていなかったらしい。

 

 もはや、家など無意味と、身一つで赤子を抱いたリリーが、這う這うの体で必死に駆けている前に立ちはだかり、なおも赤子の引き渡しを要求している。

 

 腹に穴が開いてたというのに、元気なものだ。ならば、もう一度腸管を引きずり出しても問題あるまい。

 

 右手の獣肉断ちを血の遺志に変換してしまい、再びノコギリ鉈を手に持つ。やはりこれが、一番取り回しがよく、使いやすい。単体を相手にするなら、これに限る。

 

 リリーの背中越しに、接近するセブルスの姿を認めたのだろう、ヴォルデモートはぎくりと肩を震わせ、杖を振り上げた。

 

 「アバダ」

 

 死の呪文を使おうとしたのだろう。悲しいかな、その呪文はもはや、セブルスには意味が見いだせない。

 

 加えて、闇の帝王であれど、詠唱をせねば使えないという、予備動作の大きさ。つまるところそれは。

 

 詠唱が完了するより早く、セブルスは左手で引き抜いた獣狩りの短銃による水銀弾を、ヴォルデモートに撃ちこんでいた。

 

 

 

 

 

 狩人の使う銃は、単なる遠隔武器ではない。敵の攻撃をかわし、いなし、迎撃する、能動的な盾として使うのだ。

 

 俗に、ガンパリィと呼ばれる、大ぶりな攻撃をキャンセルさせ、そのままカウンターで必殺の内臓攻撃につなげる、狩人の必須技能の一つである。

 

 

 

 

 

 ヴォルデモートら闇の魔法使いが得意とする、禁じられた呪文は、それらガンパリィにつなげる絶好のチャンスでしかない。

 

 激痛に叫んで片膝をつくヴォルデモートに、立ちすくんでいたリリーの脇をすり抜けるように駆け抜けたセブルスは、瞬時に間合いを詰めて、再びヴォルデモートの腹腔に、今度は正面から、貫手を突き入れていた。

 

 ヴォルデモートは、その蝋のように白い顔をさらに蒼褪めさせて、ゴボリっと血を吐いていた。

 

 ブツリっと、セブルスは右手を腸管ごと引き抜いていた。

 

 聞くに堪えない断末魔をあげて、ヴォルデモートが倒れ込む。

 

 同時に、その姿が黒い靄のようにかすみ、やがて姿を消す。

 

 ふと、セブルスは眉を寄せた。先ほどの死喰い人の戦闘でも、散々血の遺志を稼いだからわかった事でもあった。

 

 ヤーナムの外であろうと、血の遺志は存在する。しかし、それを知覚して扱えるのは、狩人――ヤーナムの血を持った存在でなければ、できないのだろう。

 

 だが、先ほど、ヴォルデモートを倒したにもかかわらず、遺志の獲得を感じられなかった。

 

 考えられるのは。

 

 ――倒し切れなかった?

 

 加えて、常人ならば遺体の一つ残るはずなのに、それすらも消えるとは。まさかとは思うが、あの魔法使いは、自らに邪法の類を仕掛けていたとでも言うのか。

 

 だが、そう逡巡できたのは、一瞬のことだった。

 

 セブルスの身を包む蒼褪めた霧が色濃くなり、やがて彼の姿が空気に溶けるように薄れていく。

 

 時間切れだ。正確には要請者(ホスト)の希望がかなったから、本来あるべき次元に引き戻されるのだ。

 

 泣きわめいている様子の赤子(沈黙呪文(シレンシオ)で強制的に静かにさせているらしい)を抱きかかえたまま、こちらを呆然と見つめるリリーを静かに見つめる。

 

 彼女に、怪我らしい怪我はない。赤子も無事だ。

 

 ・・・せめて彼女のこれからに、幸あらんことを。

 

 胸に手を当てて一礼する、“狩人の一礼”をセブルスが取った直後、彼の姿は完全に消えた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 次にセブルスが目を開けた時には、自宅の書斎、そのデスクのそばにたたずんでいた。

 

 協力者や敵対者として他次元へ出向いていた時の例にもれず、あれほど血に濡れた狩装束は、綺麗になっている。もっともまとった血の臭いは落とせていないだろうが。

 

 袖を持ち上げてすんと鼻を鳴らすが、如何せん防疫マスク越しの上、先ほどまでたっぷりと血を浴びていた自身の鼻は血の臭いに慣れ過ぎていて、当てにならないだろうと、セブルスは開き直る。

 

 「あ、先輩!お帰りなさい!」

 

 「お帰りなさい、狩人様」

 

 書斎のソファセットの近くでウロウロしていたレギュラスが安堵の息を漏らすように、そしてメアリーが普段と変わらぬ淡々とした様子で、それぞれ出迎えてくれる。

 

 それを見ながら、セブルスは枯れ羽帽子と防疫マスクを外しながら、「今戻った」とぶっきらぼうに言って、そのまま一人掛けのソファにどさりと身を沈めた。

 

 

 

 

 

 先ほどは戦闘中だった故に冷静でいられた――というより、冷静であろうとして余計な感傷などは思考から切り離していたが、落ち着けば先の状況が嫌というほど脳内をリフレインする。

 

 ガスコインとの戦い、ルドウイークとの死闘を制した後のように。

 

 

 

 

 

 さすがに少しばかり疲れた。

 

 肉体的には無傷を維持できていても、精神的に疲れたのだ。魔力もかなり擦り減ってしまっている。

 

 “協力要請”が来て、それを受諾したのは自分でやったことだ。理解も納得もしている。

 

 だが、その先が納得できない。呼び出してきたのが、まさかのリリーで、対戦相手が“闇の帝王”とその配下の“死喰い人”とは。

 

 いや、待て。

 

 確かに、セブルスは彼らを殺したが、“協力要請”によって招かれた世界は、あくまでセブルスがいるのとは異なる別の次元、だったはず。

 

 つまりは、セブルスが闇の帝王を殺したというのは、あくまで別の次元で起こった事であり、この次元ではどういった状態かはわからないというわけで。

 

 

 

 

 

 肘かけに右肘をついた頬杖で考え込むセブルスをよそに、メアリーは手際よく新しい茶葉で満たしたティーサーバーで紅茶を淹れ直してくれる。

 

 「それで、どこに行ってたんです?先輩。

 

 それから・・・その・・・大変、言いづらいんですが、お茶の前にその臭いをどうにかされた方がいいと思いますよ?」

 

 「ん?ああ、済まない」

 

 レギュラスの言葉に、セブルスは右手を一振りして、消臭呪文を使い、血の臭いをスッパリと取り去る。

 

 そのままチラッとレギュラスの方を見やると、王子然とした美貌に、不審の色がチラチラしているのが認められ、セブルスは小さく息を吐く。

 

 潮時であり、頃合いなのだろう。

 

 「まあ、まずは座りたまえ。

 

 メアリー。すまないが、レギュラスの分も紅茶を淹れてくれ。茶菓子も頼む」

 

 「わかりました」

 

 メアリーがうなずいたところで、レギュラスもまた3~4人は余裕でかけられるカウチの隅という定位置についた。

 

 長い話になる。そう前置きをしたが、セブルスは続く言葉を言いあぐねていた。

 

 「・・・どこから話したものかな」

 

 ポツリとこぼしたセブルスをよそに、メアリーは淡々とテーブルにティーセットを広げ、紅茶を淹れていく。

 

 ダージリンのスッキリした香りが、ふわりと漂う。

 

 元々セブルスは多弁な方ではない。どちらかといえば、口数の少ない、物静かな方である。とはいえ、物事を順序立てて話すのは苦手ではない。むしろ得意な部類に入ると言っていいだろう。

 

 その彼が口ごもって言いあぐねているというのは、かなり複雑な話になるのかもしれない、とレギュラスは思う。

 

 とはいえ、これでは話が進まない。

 

 しかしながら、セブルスはまずはここから話すべきだろうと口を開いた。

 

 「・・・そうだな。まずは先ほど行っていた場所での出来事から話すとするか」

 

 口づけていた紅茶のカップをソーサーに戻しながら、セブルスは口を開いた。

 

 

 

 

 

続く




【ヴォルデモート卿の杖】

 ヴォルデモート卿が学生の頃から使っていた34センチの杖。

 イチイの木に、不死鳥の羽が使われている。

 その杖は、闇の帝王とともに数多の人間の命を奪い、絶望を振りまいた。

 杖職人の老オリバンダーは嘆いた。ちっぽけで、希望に目を輝かせていたトム=マールヴォロ=リドルは、もはやどこにもいない。


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【5】セブルス=スネイプ、原点〈オリジン〉

 かなり昔、2~3年ぐらい前に書いたのが、とりあえずここまででした。

 評価やお気に入り登録のおかげで、やる気がモリモリ上がってきたので、続きを鋭意執筆中です。

 本当にありがとうございます。

 とりあえず第0楽章を載せ終えたら、チラ裏から出してみましょうか。なんてね。


 

 「・・・そうだな。まずは先ほど行っていた場所での出来事から話すとするか」

 

 口づけていた紅茶のカップをソーサーに戻しながら、セブルスは口を開いた。

 

 

 

 

 

 ヤーナムで手に入れた“狩人呼びの鐘”によって、他世界の狩人からの助力要請が入り、それに応えたため、別の次元に転送、そこでの戦闘をこなす羽目になったこと。

 

 そこでわかったのは、どうもリリー=ポッターが自分に助力要請をした“要請者(ホスト)”であり、その希望が彼女とその赤子の命を狙ってきた“闇の帝王”とその配下である“死喰い人”の排除であったということ。

 

 希望に沿って、彼らを蹴散らし、“闇の帝王”を仕留めて、こちらに戻ってきたということ。

 

 

 

 

 

 それらを話し終えたときには、レギュラスは青ざめた顔でこちらを見ていた。

 

 「待ってください。ええっと?つまり?先輩はヤーナムとかってところで手に入れた魔導具の力で、“闇の帝王”のところに行って直接対決してたんですか?!」

 

 「ざっくりいえばそうなるな」

 

 しれっとセブルスは答える。ついでに内臓攻撃で腸管を引っこ抜いてやった。

 

 「何でそんなにあっけらかんとしてるんですか!」

 

 「厳密にはこの世界の“闇の帝王”本人ではない。平行世界の“闇の帝王”のはずだ。こちらで起こったことではない」

 

 「え・・・」

 

 セブルスの言葉に、レギュラスは顔をこわばらせる。

 

 彼もまた、言葉の意味を察したのだ。

 

 

 

 

 

 “狩人呼びの鐘”“共鳴する小さな鐘”“共鳴する不吉な鐘”、これらのアイテムはあくまで他の時間軸・次元――いわゆる平行世界の狩人に干渉する。

 

 “狩人呼びの鐘”は、この世界に平行世界の狩人を呼びだすというものだが、他二つはこちらが平行世界に赴いて(係わる形がどうであれ)干渉するというものだ。

 

 先の出来事は、あくまで似て非なる世界で起こった出来事であり、この世界そのもので起こった出来事ではない――はずだ。

 

 ただ、ヤーナムや聖杯ダンジョンは、この世界とは紙一枚異なる次元に存在している可能性もあり、あの場所そのものが、どういった場所であるのか、上位者となった今でさえ、セブルスは把握しきれていないのだ。

 

 

 

 

 

 ――リリー・・・。

 

 静かに、セブルスは目を伏せた。

 

 あの場所が何処であったのか、セブルスには知るすべはない。ただ、“共鳴する小さな鐘”の音が、彼を導いたにすぎないのだ。

 

 第一、あの場所の時間が、ハロウィーンの真夜中――セブルスの存在している時間と一致しているかも怪しい。

 

 つまりは、『“闇の帝王”がポッター家を襲撃する』という事象はわかっても、セブルスがそれを防げたのは平行世界の出来事でしかなく、この世界でそれがいつどこで発生するのかわからないということだ。

 

 

 

 

 

 『闇の帝王を打ち破る力を持ったものが近づいている

 

 7つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる』

 

 

 

 

 

 セブルスの脳裏をよぎるのは、ホッグスヘッドで聞いてしまった、あの予言である。“不死鳥の騎士団”の活動は、ルシウスなどを通じてセブルスの耳にも届いている。

 

 聞こえてしまった時は、うんざりしたし、まさかと思いはした。

 

 思いはしたが、どうせダンブルドアが守るだろうと特に手出しせずに放置することにしたのだ。

 

 何より、血と狂気と冒涜に塗れた自分が彼女に係わるなど、なんて恐れ多い。

 

 

 

 

 

 「先輩・・・その・・・」

 

 そんなセブルスを見て、レギュラスはモゴモゴと口ごもった。

 

 ホグワーツでの、セブルス=スネイプに関することは、それなりに有名だった。特に、スリザリン生であれば。

 

 「先輩は、まだ、リリー=ポッターを好きなんですか?」

 

 「・・・わからん」

 

 ポツリッとセブルスは言った。

 

 「わからなくなってしまった。こう見えて、私の人間性は、ひどく摩耗されてしまっているのだ」

 

 そう言って、スッとセブルスの目が、レギュラスを捉える。

 

 宇宙の深淵のような。新星のきらめきのような。不思議な宇宙色の双眸をしていた。黒であることに変わりはないはずなのに、彼の瞳はこのような色はしてなかったはず、とここに来て初めてレギュラスは気が付いた。

 

 同時に、彼は確信した。

 

 ここからが、セブルスの“秘密”だ。多分、聞いてしまったら、二度と後戻りはできない。

 

 「長い長い、話だ」

 

 そう言って、セブルスは話し出した。

 

 長い長い、獣狩りの夜を。彼の、第2の始まりを。

 

 

 

 

 

 退校して突発的な逃避行先であった、古都ヤーナム。そこに訪れた、獣狩りの夜。

 

 徘徊する蕩けた瞳の、もとは人であった、人食いの獣たち。

 

 断絶した記憶の中、ヤーナムの血を入れられて、狩人として古都を駆け抜け、獣を狩ることとなったセブルス。

 

 杖を振り呪文を唱えようと魔法はほとんど役に立たず、凶悪な仕掛け武器と銃火器は、いつしか杖よりも手に馴染むようになった。

 

 狩りに酔い、血に酔い、戦いに酔い、獣を狩り、狂った狩人を狩り、上位者を狩った。

 

 そして同じくらい、失敗して殺され続けた。獣の爪牙に喉を食いちぎられ、腸を貪られた。狩人の仕掛け武器に八つ裂きにされ、臓物を引きちぎられた。上位者に縊られちぎられ、押しつぶされ、焼き殺されもした。

 

 何度も何度も。しかし、セブルスは死ななかった。“死んだ”としても、次の瞬間には“狩人の夢”で目を覚ましてしまうのだから。

 

 それはまるで、悪い夢のように。

 

 だが、獣の病蔓延の原因であるメンシスの儀式を潰したというのに、助言者の介錯を受け入れ、悪夢から目覚めた・・・かのように思われたが、すぐに一番最初の診療所の治療台の上で目を覚ましてしまうのだ。

 

 何度も何度も、繰り返した。

 

 挙句には、いっそお前が悪いのかと助言者であるゲールマンさえも斬った。

 

 だが、その後現れた月の魔物に絞め殺され、気が付けば再び診療所の治療台の上だった。

 

 どうすれば終わる。夢は、いつか覚めるものだ。

 

 だが、悪夢は終わらず、巡ってしまう。

 

 かつて、狂った学徒が言い放った、その言葉の通りに。彼は狂っているがゆえに、正しかった。

 

 月の魔物が元凶だと気が付いてからは、セブルスはそれと対等に渡り合うことを考え始めた。

 

 月の魔物は上位者である。それ以外にも上位者はいるが、彼らはわざわざヤーナムや悪夢という、人間の住まう領域に下りてきていた。こちらから干渉しようと思えば干渉できる状態だったのだ。

 

 対し、月の魔物はそれができない。彼はこちらの手の届かない高次元に棲んでいるのだ。ヤーナムや悪夢は絵本、人間はそこに描かれている挿絵で、月の魔物はそれを描く存在、と言えば分るだろうか。

 

 高次元に棲まう上位者を狩るには、同じ領域に行くしかない。

 

 だから。

 

 

 

 

 

 セブルスは、上位者になった。

 

 脳のうちに瞳を得て、啓蒙を高め、血の遺志を力に変え、何者の血もその身に取り込んだ。

 

 ヤーナムを離れた今となっても、彼にとっては死すらも夢からの目覚めに過ぎないのだ。

 

 だが、それ以上に。

 

 

 

 

 

 「私は、狩人だ」

 

 セブルスは、告げた。

 

 もはや魔法使いである前に、そうであるようになってしまった。

 

 「獣を狩り、狂った狩人を狩り、上位者を狩り。狩りに酔い、血に酔い・・・。

 

 もはや何のために狩りをしていたかわからなくなるほどに。

 

 何一つ、誰ひとり、守れなかった分際で」

 

 言葉に直し、セブルスは宇宙色の目を閉じて静かにうなだれた。

 

 そこにたどり着くまでの、悲劇と狂気の堂々巡りを、瞼の裏で回想する。体感時間に直し、100年ほどだろうか。あの町での出来事は、セブルスを大きく変えてしまった。

 

 

 

 

 

 月の魔物を倒し、真の意味で獣狩りの夜を終わらせ、やっとのことでヤーナムの外に出られたとき、確かにセブルスはほっとしたのだ。

 

 もう、終わったのだ。

 

 穢れた獣も、気色悪いナメクジも、頭のイカれた医療者どもも、みんなうんざりだった。あの熱狂的な連盟の長の言うとおりに。

 

 その後、世界一周しても、結局自身に染みついた狂気と啓蒙と血に導かれてか、行く先行く先、頭のおかしくなりそうな事件に出くわし、もういい、もうたくさんだと帰国した。

 

 だが。今こうして、イギリスの片隅で平穏に耽溺してみれば、あの頃のことが恋しくなる。狩りが恋しい。夜が恋しい。血が、恋しい。

 

 右手には杖ではなく仕掛け武器、左手には銃火器、纏うはローブではなく狩装束。

 

 呼び出した聖杯ダンジョンで獣を仕留め、しとどに血に濡れ、狩りと血に酔いながら、セブルスは悟った。

 

 ああ、自分はもう、かつてのセブルス=スネイプではないのだ、と。

 

 

 

 

 

 セブルスは苦笑する。

 

 愛する人を失い逃避の果てに、狩人となり上位者となった。

 

 そのさなか、人間性は啓蒙と狂気に蝕まれ、ほとんどなくなったと思っていた。

 

 だというのに、いまだに女々しく、自分は失ったはずの人間性にすがりついている。

 

 それは、リリーの姿かたちを取って、セブルスを正気につなぎとめている。あるいはレギュラスの形をとって、良識を説いて見せている。

 

 わかっているのだ。本当は自分が、優しい彼らのそばにいる資格などないということなど。

 

 オルゴールを思い出せ。少女の血塗れのリボンを思い出せ。

 

 何一つ守れない自分が、誰かのそばにいるなど、笑わせる。

 

 

 

 

 

 うつむいたまま自嘲の笑みを密かに浮かべ、ソファの肘掛けにゆるく頬杖をついたセブルスに対し、レギュラスはしばし黙していた。

 

 ややあって。

 

 「ボクには・・・わかりません」

 

 ポツリと、レギュラスが言った。

 

 「先輩が、ヤーナムというところでどれほどの苦労をなさったのか。

 

 上位者とか、血の医療とか、よく、わかりません。

 

 すみません・・・けど!」

 

 ぐっと顔を上げ、勢いよくカウチから立ち上がるや、レギュラスはセブルスのソファの前に仁王立ちし、彼を見下す。

 

 「先輩は、変わってしまったかもしれませんが、変わってないところもあります!

 

 ボクを助けてくれたじゃないですか!

 

 平行世界だろうと、ポッター夫人を助けたじゃないですか!

 

 先輩は、先輩です!ひねくれてるけど、優しいままですよ!

 

 だから、大丈夫です!」

 

 ビクッと体を震わせて、顔を上げたセブルスに、レギュラスはにっこりとほほ笑み、その手を握った。

 

 「この手が、ボクを助けてくれたんです。

 

 もう一度言いますが、助けてくれてありがとうございます。先輩。

 

 それから、そんな大事なことを話してくださったことも」

 

 「・・・ああ」

 

 ぶっきらぼうに、セブルスは答えた。

 

 その薄い唇が、安堵の息をこぼしていたのを、レギュラスは聞き逃さなかったが、何も言わなかった。

 

 セブルスは、無意識のうちに体に入っていた力を抜いていた。

 

 情けない。脳に瞳を得て思考の次元を引き上げたとて、結局のところセブルスは、幼いまま変わってないのかもしれない。

 

 否。幼くて当然なのだ。なぜなら彼は、まだ赤子なのだから。上位者の、赤子なのだから。

 

 

 

 

 

 安心したと同時に、ぐらりとセブルスの視界が揺れた。焦点が合わなくなってぶれて、物が二重に見える。

 

 「?!」

 

 とっさに額を押さえて首を振るが、全く視界が安定しない。こんな体調を崩すなど、上位者となってから――どころか、ヤーナムに足を踏み入れてから、一度もあったことがないというのに。

 

 レギュラスの見ているセブルスの姿も、一瞬黒い靄のようなものがかかり、すぐさま晴れる。

 

 「先輩?!」

 

 ギョッとしたらしいレギュラスに、セブルスは直感する。

 

 なぜかはわからない。いや、わかるかもしれないが、考えている余地がない。ただ、これだけはわかった。

 

 今の自分は、“セブルス=スネイプという人間”の姿を取っている上位者だ。それが、できなくなりかけている。理由はわからないが、上位者の赤子本来の姿に戻りかけている。

 

 「すまないが、先に休む。さすがにくたびれた」

 

 残りの紅茶を飲み干して、ふらりとセブルスが立ち上がる。

 

 「あ・・・すみません」

 

 申し訳なさそうな顔をするレギュラスに、セブルスは苦笑する。

 

 「明日はおそらく、起きるのが遅くなるだろうが、寝室に入らないでくれ。頼むぞ」

 

 そう言い残して、彼は踵を返して、自室に引きあげる。

 

 服を着替えるのもおっくうのまま、ベッドに倒れ込む。直後、その姿がゆらりと黒霞のように揺らめいて。

 

 セブルス=スネイプの姿は完全になくなり、出来損ないのイカのようにもナメクジのようにも見える、不気味な黒い軟体生物が、ポツンとそこに横たわっていた。

 

 「お休みなさい、狩人様。あなた様の夢が、よきものでありますように」

 

 ティーセットを片付けながら、寝室の方を振り返ったメアリーがポツリと、そうつぶやいた。

 

 

 

 

 

 セブルスは知らない。

 

 彼が偶然耳にして、さらにそれをはっきりと聞いたとある人物によって、魔法省地下神秘部に収められた、予言の水晶玉がパンッと音を立てて独りでに粉々に砕け散ったことなど。

 

 世界の強制力の具現、あるいは予定調和の固定に近い、予言の破壊を行ったことにより、セブルスは無意識に、世界の因果律に干渉するという、上位者としての力を使ってしまい、そのため人間としての姿さえ保てないほど消耗してしまったということに。

 

 この時点の彼に、知る由もなかった。

 

 

 

 

続く

 

 





【砕けた水晶玉】

 魔法省神秘部に収められた、予言の入っていた水晶玉。今は砕け、単なる水晶片となっている。

 その持ち出しには、本来は収められた予言に関わる人物でなければかなわない。

 予言は外れ、水晶は砕かれた。闇の帝王は、比肩する者に刻印することなく、力を失うことになるだろう。




 かくして、ハリー=ポッターは主人公じゃなくなりましたとさ。
 ダーズリー一家による虐待ルートも消滅するよ!やったね!


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【6】セブルス=スネイプと、日刊預言者新聞

 ちょっと質問をもらったので、お答えをば。

 セブルスさんの狩人としてのステータスってどんなのってことですが、具体的数字は置いといて、最優先で体力、次点で筋力と技術を伸ばした、いわゆる上質ビルドです。

 いろんな武器を可もなく不可もなく扱えますが、秘儀は完全に捨て置かれています。魔法あるからいーや、と触媒持ってるだけ状態でした。魔法は獣相手には役立たずだったのですが。

 なお、過去は、悲惨な幼年期、過酷な運命、生まれるべきではなかった、のいずれかです。

 あんまり深く考えてなかったんですよ。

 現在は上位者になったことでオール99のカンストという、ありえないステータスをしています。

 プレイヤーとしてはありえなくても、上位者ですのでね。笑ってスルーしてください。どうせならいろんな武器を扱わせてみたいですし。


 翌日となる11月1日は、特に騒がしかった。

 

 郊外にある“葬送の工房”でさえ、その騒々しさが伝わったほどだ。

 

 何しろ朝っぱらから空を大挙してフクロウが飛び回っていたのだから。

 

 庭で洗濯物を干し終えたメアリーが、「本日の天気は晴れ時々フクロウです。夢の外の天気は変わっているのですね」と至極真面目に切り出してきたときは、セブルスとレギュラスは二人そろって頭を抱えたものだ。

 

 いい大人たちが何をしているのやら。

 

 しかしながら、間もなく疑問は氷解する。

 

 魔法使い向けの雑貨屋で購入した日刊預言者の号外に、デカデカと載っていたのだから。

 

 例のあの人、倒れる!と。

 

 細かく読んでみれば、彼の闇の帝王が、何を思ったかゴドリックの谷のポッター家を襲撃。

 

 当代当主となるジェイムズ=ポッター氏を殺害後、7月に生まれたハリー=ポッターを夫人であるリリー=ポッターともども手にかけようとしたが、失敗。その後失踪、行方不明になったと書かれている。

 

 唯一生き残ったポッター夫人の証言によれば、黒ずくめの奇妙な男が、マグルの野蛮な武器でその場に現れた死喰い人(デスイーター)たちともども殺して回ったという。

 

 ポッター母子は、現在は不死鳥の騎士団率いるダンブルドアに保護されているという。

 

 続報は入り次第ということだが、これにはセブルスとレギュラスは顔を見合わせてしまった。

 

 

 

 

 

 先日、セブルスは言った。

 

 彼が闇の帝王を殺したのは、あくまで並行世界での出来事である、と。

 

 だが、現実には、闇の帝王は行方をくらませ、ポッター母子は生き残り、その証言によれば、黒ずくめの奇妙な男が、マグルの野蛮な武器で殺して回ったという。

 

 「野蛮な武器・・・?」

 

 レギュラスは怪訝そうな顔をしているが、それはおそらく仕掛け武器の類を見せていないからだろう。

 

 彼の中では、いくら言葉で聞かされようと、セブルスは魔法の杖を振り回す、魔法使いらしいイメージが固着されたままに違いない。

 

 

 

 

 

 マグル出身のリリーをして、野蛮な武器とは言いえて妙である。

 

 狩人の用いる仕掛け武器は、変形機構によって、一つで二通りの扱いができる。だが、それ以上に、膂力ある獣へ対抗すべく、やたら大きかったり、重かったり、リゲインをしやすくするために、鋭利で殺傷力あふれる形状をしているのだ。

 

 それは、ごく一般的なマグルでさえ、見たことがないような。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 あるいは、とセブルスは思考を巡らせる。

 

 “共鳴する小さな鐘”を始めとした一部の道具は、ヤーナムと聖杯ダンジョンでは並行世界間をつなげ、干渉を可能としていたが、あるいはそれは閉ざされたヤーナムであったから、その効果に落ち着いていたのかもしれない。

 

 すなわち。

 

 同一世界であろうと、鐘の音が届くようになった。

 

 否。

 

 “共鳴する小さな鐘”は、元々は閉ざされたヤーナム由来のアイテムだ。その鐘の音は、狩人だからこそ知覚できる。狩人の身の内に流れる、流し込まれたヤーナムの血こそが、鐘の音を送り届け、鼓膜を震えさせ、狩人を別次元に送り込むことが叶うのだ。

 

 狩人は、ヤーナムにしかいなかった。

 

 だから、外の世界では意味をなさなかった。

 

 だが、ここに例外がいた。ヤーナム帰りの、おそらく世界でただ一人の狩人である男、セブルス=スネイプという例外が。

 

 ここにきて、意味を持ってしまったのだ。

 

 ポッター家にあった、あの鐘が、どういう由来のものかは、定かではないが。

 

 そもそも、あの類の道具は発動の代価として啓蒙を消費するのだ。ヤーナムの外の住人にそれがあったとは思えない。

 

 かなうならば、あの鐘は回収するなり、処分しておくべきだった。

 

 まあ、セブルスにはそれを無効化するアイテムもあるので、どうしてもというほどではないのだが。

 

 

 

 

 

 そんな思考も瞳を宿す脳の片隅でしながら、新聞を眺めるセブルスは眉をしかめる。

 

 ポッター母子はまるで英雄のような書かれ方をしている。

 

 闇の帝王を実際に殺したのはセブルスだが、どうも新聞側はポッター夫人の証言を錯乱による妄言扱いしているらしい。

 

 ・・・日刊預言者新聞(魔法省の傘下にある)のいい加減さは、今に始まった話ではない。

 

 マグルのマスメディアが見れば目を剥きそうないい加減さで、縷言と妄言と実際の話と証言が、調合鍋に放り込まれて、色眼鏡と偏見虚飾で編成・加工され、飾り立てられているのだ。なお、場合によっては純血貴族や政治屋どもの圧力も加わって、さらにカオスなことになる。

 

 ヤーナムの勢力が、医療教会の源流たるビルゲンワース、医療教会上位組織の聖歌隊とメンシス学派、汚れた血族を擁するカインハーストと、その打倒を目論む処刑隊のように、複雑怪奇に入り乱れていたように。

 

 つまるところ、この新聞の情報は鵜呑みにすべきではない。

 

 大衆向けの情報供給源(しかも大手)が、情報精査が必要な当てにならなさがあるとは、これ如何に。

 

 「妙だな」

 

 ポツリとセブルスはつぶやいた。

 

 「何がですか?」

 

 「残党に狙われる可能性があるから、ポッター母子の居場所を隠すのは妥当だろう。

 

 だが、この下世話な新聞屋どもは、憶測推測でも構わず書き立てるところがあるはず。それがない」

 

 「ダンブルドアの圧力では?」

 

 「あの髭狸にそんなセンスがあったのか。

 

 妄言や下種の憶測を相手にしないといえば聞こえはいいだろうが、奴は単に自分よりも劣等な輩には興味がない、だから無視している、そんなところだろうさ。

 

 マスメディアは囀るだけの低脳と思っているのだ。

 

 問題は囀りを真に受けた有象無象だ。有象無象も束になれば波になる。

 

 奴はそれがわかっていない。だから愚かなのだ」

 

 言葉にして、セブルスは納得した。

 

 ダンブルドアは、そういう節がある。そして、何より。

 

 ――どうも私は、自分で思っていた以上に、狸を好いていないようだな。今更だが。

 

 

 

 

 

 ヤーナムで散々な目に遭ったせいか、セブルスは敵意を敵意としてむき出しにしてくる輩は特段何とも思っていない。

 

 よそ者だの消えろだの罵倒されたり、死ねと武器を振り上げられたりと。後者に対しては負けじと武器を振り上げ返してやったので、問題はない。

 

 そうとも。正面からぶつけられるものに対しては、どうとも思わないのだ。

 

 問題は、周囲をあおったり、他人の意思に方向付けをして、操ってくるような、陰湿な手口を用いてくる輩だ。

 

 己の手も汚さず、綺麗ごとを囀っていればいい輩など、軽蔑の対象でしかない。そこに至るべく、手を汚し、血反吐を吐いて必死になっている者に対する、最上級の侮辱だ。銃口を向けたくなってくる。

 

 ミコラーシュでさえ、狩人でもないのに、秘儀と拳で立ち向かってきたというのに。

 

 

 

 

 

 「単純に言っても、学生時代の時分から特大のグリフィンドールびいきの奴だぞ。

 

 奴がもみ消したグリフィンドール絡みの事件がいくつあると思っている?被害者がスリザリン生ならば、さらに増えるだろう。

 

 この英雄視するような言い回しの記事は、狸をご満悦にすることはあっても、気に障ることはないだろうさ。

 

 あるいは、後で発表するからと、餌でもぶら下げてマスメディアをおとなしくさせているのかもしれんな。狸らしくな」

 

 あまりのいいように、レギュラスは言葉を失うが、その一方で確かに、と頷かざるを得なかったのだ。

 

 

 

 

 

 目の前のセブルス=スネイプが学校を辞めたのは、グリフィンドール4人組(通称:いたずら仕掛け人(マローダーズ))のいじめに耐え切れなくなったから。有名な話だ。

 

 本人の前では断固として言わないが――むしろ、あの苛烈ないじめに6年も、たった一人で耐え続けたことを尊敬さえ覚える。好き好んで言いふらそうなんて、ありえない。

 

 4人組のいじめの標的は基本的にセブルスに絞られていたが、セブルスが図書館や寮塔などの安全地帯に逃げ込んでいた場合、他のスリザリン生に矛先が向かったのだ。

 

 レギュラス自身も、シリウスの見てないところで、ポッターに爆発呪文(コンフリンゴ)を仕掛けられ、階段から落ちそうになったことがあるのだ。その時は、別の寮生に浮遊呪文で助けられたが、一歩間違えれば大惨事になっていた。

 

 校長であるはずのダンブルドアや、グリフィンドールの寮監であるマクゴナガルに訴え、スリザリン寮監であるスラグホーンにも助けを求めた。

 

 だが。

 

 ダンブルドアがもみ消した。なあなあで済ませようとした。

 

 生徒にも輝かしい未来があるから、結果的に見れば無事に済んだんだし、ポッターだって殺意があってやったわけじゃないから、そもそもポッターがやったってちゃんと見てないわけだよね?罰則も与えるから、大事にはせずに済ませよう?

 

 要約して、こんな感じのことをまくしたてられ、もみ消された。

 

 レギュラスは実家にもフクロウ便で連絡を入れようとしたが、どういうわけだか手紙は途中紛失し、結局時効…騒ぎ立てようと今更なぐらいに時間が経ってしまったのだ。

 

 レギュラスが、闇の陣営への本格的な参画を決意したのは、この事件がきっかけだ。

 

 こんな、差別主義のえこひいき野郎(本人がどう言い訳しようが、そうとしか見えない)が、英国魔法界きっての名門校たるホグワーツの校長などやっていたら、純血貴族に未来はない。多少過激であろうと、闇の帝王に力を貸すべきだ、と。

 

 きっと、死喰い人の中には、自分と同様の目に遭ってアンチダンブルドア・アンチグリフィンドールの利害から加わったものもいるに違いない、とレギュラスは確信していた。

 

 

 

 

 

 「・・・先輩、ポッター夫人が心配ですか?」

 

 「・・・無論だ」

 

 レギュラスの問いに、セブルスはしばし目を伏せてから静かにうなずいた。

 

 やはり、この人は何も、変わっていない。

 

 「大丈夫ですよ」

 

 レギュラスは努めて明るく声をかけた。

 

 「兄がいます。あんなでも、一応ブラックの教育を受けて、ジェームズ=ポッターとも親交を続けているようでしたし、息子さんの名付け親になったくらいです。ポッター亡きあとでも、そのご婦人と忘れ形見くらいは守ろうとするはずです。

 

 絶縁されていても、一応手切れ金ぐらいは渡されていたでしょうし」

 

 なお、レギュラスの言う手切れ金を嘗めてはいけない。一般の真っ当な魔法使いなら、おそらく働かずともまともに生きていけるぐらいの額はあるだろう。

 

 ブラックは、魔法界の王族ともいわれる、超が付くほどの上流階級である。その金銭感覚は、桁違いなんて言葉では片付かないほど壊れ切っている。

 

 兄、と言われてセブルスは、すぐさま思い出す。あの、馬鹿犬。シリウス=ブラック。

 

 「絶縁されていたのか」

 

 さもありなん、とセブルスは内心でつぶやく。

 

 同居こそしていたが、家主たるセブルスはシリウスを嫌っていると思い、レギュラスはめったに兄のことを話題にあげなかった。ゆえに、今までセブルスはそれを知らなかったのだ。

 

 「ええ。先輩が行方不明になった後、他の純血貴族が、ホグワーツを介さずに実家経由で、直接ブラックとポッターに苦情を入れたらしいんです。

 

 僕の方にも、母から連絡があったので、学校での様子を教えたら、激怒して。

 

 それまでも、たびたび喧嘩してましたけど、あれはレベルが違いました。グリモールドプレイス12番地が、何度吹き飛びそうになったことか」

 

 遠い目をするレギュラスは、当時の苦労を思い出しているのだろう。

 

 遅くに生まれた息子を溺愛していたポッター家ならば、相手が悪い!そんなの知らん!と、まともに相手にもしなかっただろうが、ブラックは違う。

 

 おそらく、それによって完全にシリウスは切り捨てられた。同情はしない。自業自得である。セブルスは完全にそう思っていた。もっとも、それでも兄を慕っていたであろう、レギュラスの前で口にするほど、無分別ではない。

 

 彼は啓蒙高い上位者であり、薄汚く、誇りも分別もない獣ではないのだ。

 

 「先輩への仕打ちを、みんなして怒ってましたし・・・後悔していました。もっと、他に助けようがあったんじゃないか、と」

 

 今更だ。

 

 だが、それでも。

 

 「・・・そうか」

 

 セブルスは、静かに目を伏せた。

 

 もう少し早く、それが知れていたならば、何か変わっただろうか?否、何も変わらなかった。いずれにせよ、セブルスはヤーナムの地を踏み、狩人となり、上位者となったのだから。

 

 「すみません、今更ですよね」

 

 と、レギュラスは眉を下げて、誤魔化すかのように笑う。

 

 「メアリー。紅茶のおかわりを頼む」

 

 「わかりました」

 

 釣られたように苦笑して、セブルスは忠実なる人形に、お茶のおかわりを頼んだ。

 

 そして、この話はここで終わり・・・かと思われた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ところで、魔法薬というのは非常に奥深い。

 

 セブルスはヤーナムで受けた血の医療のおかげで、血液こそが薬よりもその身を癒すことになるので、いくつかの薬品はお役御免ではあるが、稼ぐならば手っ取り早い。

 

 と言っても、ホグワーツの教育カリキュラムに魔法薬学が必須科目となっていることから察する通り、いくつかの魔法薬は手前味噌よろしく道具と材料さえあれば簡単に自家調合することができる。

 

 魔法薬で身を立てるならば、そう簡単にはいかないのだ。

 

 1級魔法薬学者を始めとしたいくつかの資格の取得には、かなり複雑な手順を踏む魔法薬の調合を難なくこなせなければならない。

 

 魔法界で薬屋を営む場合、こういった専門資格が必須なのだ。

 

 加えて、魔法薬はその便利な効果と対照的に、調合に失敗した場合のリスクが大きい。例えば、初歩中の初歩となるおできを治す薬であっても、失敗すれば大鍋を溶かし、逆におできを作る劇薬に変貌するのだ。

 

 他にも、手順一つ間違えただけで、まったく違う効果の薬に早変わりしてしまうのだ。

 

 魔法薬を一から作り上げ、その効力を安定させる調合法を発見した偉大なる先人たちに、セブルスは頭が下がる思いを抱いている。

 

 彼らの数多の失敗が、今日の魔法薬学の発展の礎となっているのだから。

 

 

 

 

 

 つまり何が言いたいかと言えば、魔法薬の調合には数日かかるものもあるし、下手をすれば徹夜で挑まなければならないものもある。

 

 セブルスは上位者なので、よほどのことがない限り睡眠もいらないのだが、やはり人間だった頃の習慣からか、休むときは休んだ方がいい。体を休め、目を閉じるだけで、だいぶ楽になりはする。

 

 徹夜はやはりしんどいもので、地下室からセブルスがのっそり出てきたときには、普段よりも幾分か不機嫌そうに見えるのも自明の理というものだ。

 

 それも、上から聞こえてきた発狂したような悲鳴に、ようやく完成した薬をボトルに移していたのを邪魔され、数滴こぼしてしまったのだ。

 

 たかが数滴、されど数滴。とっても貴重で、材料も馬鹿高いというのに。

 

 基本的にセブルスが地下の調合工房にこもっていると、静かにしてくれているレギュラスが、今回に限っては、あの悲鳴である。一体何があったのか。

 

 悪夢から大量に目の付いた豚でも迷い込んできたのだろうか。あの豚は、セブルスも最初見た時に悲鳴を上げたものだ。豚であるというだけで許しがたいというのに。やはり豚は許されない。豚殺すべし。慈悲はない。

 

 「おい、レギュラス、どうした?」

 

 声をかけたセブルスを一顧だにせず、レギュラスは叫びの形のままの口で、わなわな震えながら日刊預言者新聞の号外を睨みつけていた。

 

 そこには、シリウス=ブラックが“不死鳥の騎士団”を裏切り、ポッター夫妻の隠れ家を闇の帝王(例のあの人)に密告したという旨の記事と、彼を追い詰めたピーター=ペティグリューが、周囲にいた人間を巻き込んで返り討ちにあって亡くなり、駆け付けた闇払いによって拘束されたという記事が掲載されていた。

 

 学生時代には魂の双子を自称するほどの友情を称していたくせに、成人してみた結果はこのザマか。

 

 やはり啓蒙低いガキの末路など、所詮この程度か。

 

 セブルスは、レギュラスの手前過剰反応はしなかったが、内心で軽く鼻で笑った。

 

 それだけで、終わらせた。

 

 かつて殺意に近い憎悪すら抱いた相手に向けた感想にしては、ひどく軽いものだったというのは、本人もいわずもがな、自覚していた。

 

 ・・・やはり、彼は人間というより上位者であるのだ。

 

 これが人類の新たな夜明けの姿というには、いささか歪なものであるかもしれないが。

 

 ウィレーム先生は、正しくはあったが、間違ってもいたのだろう。

 

 

 

 

 

 「あんな事態になったなら、兄が絶対に二人の保護者として名乗り出ると思ってたのに、まさかこんなことになってるなんて・・・。

 

 すみません、先輩!僕、ちょっと実家に戻ります!クリ、あ、ここには来れないんでした。と、とにかく、少しの間失礼します!」

 

 親愛なるハウスエルフを呼ぼうとして、ここには呼び込めなかったと思いだしたレギュラスは、号外をテーブルの上に放り出し、バタバタと慌ただしく出て行った。が、間もなく自室の方に引き返していった。変装用の鬘や眼鏡を取りに行ったらしい。

 

 セブルスはちらっとテーブルの上に放り出されているそれを見た。

 

 魔法界の写真は、撮影人物が中でチラチラと動き回り、非常にうっとうしい。こちらも例外ではなく、拘束された様子のシリウスを、闇払いたちが引っ立てている様子が映っている。

 

 グリフィンドールびいきのダンブルドアが、どうせどうとでもするだろう。

 

 学生時代はあれだけ、事件をもみ消してやったのだ。どうせ今回もそうするだろう。

 

 いや、闇の魔法使いの一派と通じていたと知ったなら、潔癖症できれいごと大好きのダンブルドアならば、さっさと切り捨てるかもしれない。

 

 いずれにせよ、セブルスとは関係ない。

 

 レギュラスに何か頼まれれば、彼へのよしみで協力はするだろうが、それだけだ。

 

 シリウスならば、悪夢の中をうろついていたパッチの方がまだマシだ。奴は蜘蛛だったし、背後から蹴落としてきたが、奴のくれた扁桃石のおかげで行けた悪夢の辺境では、いろいろ有用なものが手に入ったので、まだ相殺できる。

 

 ・・・思い出したら腹が立ってきたので、アメンドーズのはらわたを引き抜いてこようと、セブルスは身支度を整え始めた。

 

 

 

 

 

 シリウス=ブラックの有罪が確定し、アズカバンへの収容が決定したのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 

 

 

続く




【日刊預言者新聞の号外】

 魔法界の大手新聞紙、日刊預言者新聞の号外記事。11月1日の日付がなされている。

 闇の帝王〈例のあの人〉が倒れ、その現場に居合わせたリリー=ポッターとハリー=ポッターの母子についてのことが載せられている。

 民衆は好奇の強いものだが、情報の供給源がその先を決めつければ、衆愚の極みとなる。まこと、情報とはもろ刃の刃である。




 第0楽章はここでいったん切ります。
 次回からは、新章突入です。

 ダンブルドアと元祖マローダーズ好きな方、本当にごめんなさい。


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【第1楽章】リリーとセブルス、それからグレイバック
【1】セブルス=スネイプは、再会を果たす①


 誤字修正、ありがとうございました。

 気が付いたら直すようにはしているのですが、勢いで書いているので、気が付かないことが多々あります。

 おまけに、ルビを使うようになったら単語が丸々抜けていることがあるようです。気が付いたら自分でも直すようにはしていますので、ひらにご容赦を。

 というわけで、新章スタートです。


 

 シリウス=ブラックの、アズカバンへの投獄が報道された。

 

 冷静になって考えてみれば、あの後先考えない馬鹿犬の、ジェームズ狂いを、封殺するにはアズカバンはうってつけだろう、とセブルスは静かに思案する。

 

 ヤーナムでの濃すぎる日々に記憶と人間性が摩耗され、挙句上位者となったといえど、セブルスの優秀な部類に入る脳みそ(瞳付き)には、シリウスの所業はしかと刻み込まれている。

 

 特に、目障りなセブルスが、いくら仕返しのために周囲を嗅ぎまわっていたとはいえ、人狼であるルーピンのいる『叫びの屋敷』に満月の晩に行くよう唆すのは、どうかと思う。

 

 それは、ルーピンを友人ではなく、便利な凶器だと遠回しに宣言したようなものだ。人狼化しているルーピンに理性などなく、目についた生き物を殺しにかかる習性があると知っているならば、なおのこと。自分の手を汚さずに、理性のないルーピンにやらせようとするあたりも、気に入らない。

 

 結局のところ、あの男は対象が違うだけで、性根の部分はまごうことなき差別主義(スリザリンに対する)の、優位主義者でしかないのだ。あくまで、セブルスの観点から見た話だが、さほど間違ってないだろう。

 

 能力は優秀だが、思い込みも激しく、暴走癖もある。

 

 それが、闇の帝王に大の親友が殺されたら、どういった行動に出る?脳の中に瞳どころか、自動爆発呪文発生器でも搭載してそうな男が、である。

 

 決まっている。仇討、だ。それも、周囲への被害など、まったく顧みず、自らの感情赴くままに動き回って。

 

 力量差や他の優先順位など、丸無視だ。否、あの男の中で最優先は、死した親友なのだ。生きて、苦境に立たされそうな親友の妻とその息子など、どうでもいいに違いない。(おそらく、本人が聞こうものなら否定するだろうが、信用できない)

 

 闇の帝王本人が死んでいるならば、ポッター夫妻の隠れ家を密告した輩がいるだろうから、そちらを狙ったか。

 

 そこまで考えたセブルスは、ふと思いつく。

 

 あのジェームズ偏執狂の、スリザリンと闇の魔法使い差別主義者が、闇の帝王に首を垂れるか?ジェームズ=ポッターが結婚して、相手にしてくれなくなったことからの嫉妬とやっかみが動機としてなくはないだろうが、(実際、レギュラスでさえ、そう思っているようだった)いささかおかしくないか。

 

 あの男ならば、嫉妬したとしても当てつけに闇の陣営に走るどころか、逆にうざいくらいジェームズ=ポッターに絡んでいくに違いない。

 

 当てつけを行うという、高度な駆け引きもしない、ひたすら直情型の馬鹿なのだ。よく言えば、犬のように忠実である。なまじ、能力が伴うから面倒くさいことになる。

 

 

 

 

 

 ふむ。ここで、少し発想を逆転させてみようと、セブルスは思いつく。

 

 発想の逆転というのは、よくやる。魔法薬の調合がうまくいかなかったりした時とか。

 

 実は、ポッター夫妻の居所を密告したのはピーター=ペティグリューの方で、それに気が付いたシリウスが追い詰めるが、ペティグリューはシリウスを裏切り者呼ばわりした後、爆発呪文でマグルを虐殺して、何らかの偽装で逃げおおせた。

 

 案外筋は通るかもしれない。

 

 例の馬鹿ども4人組の中では、ジェームズ=ポッターとシリウス=ブラックが飛びぬけていたが、それについていけるだけあって、他二人も地頭は悪くなかったのだ。

 

 セブルスとしては、ペティグリューに対しては、同情と確執と軽蔑が3分の1ずつ入り混じった、何とも言い難い感じを持っていた。関わってこないならば、別にどうでもいいのだが。

 

 何というか、あの気弱さは、まかり間違えば自身がいじめられっ子になりかねない感じだった。寄らば大樹の下、である。その大樹が、ポッターとシリウスだった。そんなところだろう。

 

 わからんでもないのだが、セブルスは知っている。連中に絡まれ、セブルスが甚振られている時を見る、ペティグリューの目だ。

 

 あれは、弱者を侮る目だ。猫になぶられ、必死に逃げようとするネズミを、馬鹿な奴と嘲る目だ。セブルスの被害妄想と言えばそうかもしれないが、とにかく、セブルスにはそう感じられたものだ。

 

 コイツとも相いれない。コイツは、何かあってポッターとシリウスが失脚する羽目になったら、自分は被害者ぶって平気な顔をして二人を切り捨てるに違いない。

 

 まあ、セブルスからしてみれば、ペティグリューがどうなろうが、それこそ知ったことではないのだが。

 

 

 

 

 

 いずれにせよ、シリウスはアズカバンへ。

 

 (推測が正しいなら)ペティグリューも満足には動き回れないだろう。

 

 まあ、関わり合いになるのは御免被る、とセブルスは思考を打ち切った。

 

 

 

 

 

 真偽を確かめに実家へ行ったレギュラスは、まだ戻ってきていない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、シリウス投獄の凶報から数日後。

 

 狩道具の手入れをしていたセブルスは、リンッと書斎に響き渡った鐘の音色に、眉を跳ね上げた。

 

 またか、と言わんばかりに。

 

 この日は、聖杯に潜って、久方ぶりに白痴の蜘蛛ロマをズタズタにしていた。

 

 あの蜘蛛は、聖杯ダンジョンの狭さも相まって、面倒なのだ。しかし、得られた血晶石はスタマイとデメリットもそこそこで、苦労には見合った代価ではあった。

 

 面倒くさい、とセブルスは机の引き出しから、銃口に鐘の付いた小さな拳銃を取り出した。“共鳴破りの空砲”である。

 

 その鐘のついた銃口を天に向け、引き金を引く。途端に耳障りな轟音が轟き、涼やかな音色は打ち消された。

 

 フンッと一つ鼻を鳴らし、セブルスは銃口を下ろす。

 

 が、直後にドシンッと工房に張り巡らせている結界が揺れた。

 

 この揺れ方には覚えがある。以前、レギュラスの危機を知らせに来たハウスエルフ、クリーチャーが、結界を力任せに破ろうとした時と同じなのだ。

 

 まさか、と“共鳴破りの空砲”を置いて工房の外に出てみれば、大きな目玉を怒りの形相に釣り上げたクリーチャーが、ブツブツ言いながら結界を破ろうとしている。

 

 「何をしているのだね?」

 

 「セブルス=スネイプ様!あの無礼な小娘を何とかしていただけないでしょうか!」

 

 セブルスが問いかけるなり、前置きも減ったくれもなく、ハウスエルフ特有のキンキン声でクリーチャーが喚いた。

 

 「あの小娘め!マグルの汚らわしい血筋の持ち主のくせに、よりにもよって坊ちゃまに!!」

 

 「は?」

 

 怒り心頭というクリーチャーはブツブツ言うや、セブルスにパッと飛びついてパチンッと指を鳴らす。

 

 とっさのことで、さしもの百戦錬磨の狩人たるセブルスも、反応が遅れてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 バチンっと、ゴムがはじけるような音を立てて、セブルスはとっさにたたらを踏む。

 

 “姿くらまし”で強制的に連れてこられたらしい。

 

 事情説明もなしにこれである。何があったかよほど腹に据えかねていたのだろうが、やられたセブルスとしてはたまったものではない。

 

 主人であるレギュラスに、一言文句をつけねばと思っていたのだが、次の瞬間、状況を認識するや、絶句した。

 

 そこは、薄汚い宿の一室らしい。魔法界の物件らしく、例によって古めかしい。(魔法界のものは基本的にかなり長く使われる。修復呪文(レパロ)洗浄呪文(スコージファイ)のおかげで)窓のカーテンは閉め切られ、ドアもきっちり施錠されているらしい。

 

 そして、途方に暮れた様子のレギュラスがベッドに座り、その正面に持ってきた椅子に赤ん坊を抱いて座るのは。

 

 リリー、と呼びそうになって、セブルスは唇をかんだ。

 

 啓蒙と冒涜に身を浸し、殺戮に明け暮れ、暴言で彼女を貶した己に、彼女の名を呼ぶ資格など、ありはしない。

 

 見まごうものか。あの見事な赤毛と、エメラルドのような緑の双眸。恋い焦がれた、美貌の女性だ。以前会った(というより、見かけたというべきか)時より、くたびれたようにも見えた。ついでに言うと、こわばった顔をしていて、ピリピリと周囲を警戒するように、絶えず窓とドアに視線をやっている。

 

 「坊ちゃま!お連れしました!」

 

 「ご苦労様、クリーチャー。突然ですみません、先輩」

 

 「・・・どういうことだ。説明しろ。私は突然連れてこられただけだ」

 

 セブルスが腕組みして不機嫌に言い放つと、途端にレギュラスは「クリーチャー!」と怒鳴った。

 

 ピョンッと、クリーチャーがびくつくように飛び跳ねる。

 

 「静かに!」

 

 途端にリリーがそれを叱責した。できる限り小声で、気配どころか呼吸すら殺そうとしているような彼女に、セブルスは眉をしかめる。

 

 腕の中の赤子はと言えば、母親の神経質さを感じ取ってか、今にも大泣きしそうにぐずっていた。

 

 どういう状況なのか、よくわからない。確実なのは…リリーは、誰かに追われているらしい。

 

 右腕の手甲に仕込む杖を使い、無言呪文で耳塞ぎ(マフリアート)を発動させる。

 

 これは、セブルスが学生の時分に作り上げたオリジナルの呪文だ。周囲に雑音を聞こえさせ、盗み聞きを防止する――いわゆる盗聴防止呪文だ。

 

 セブルスには敵がいた。彼らから身を守るために、否応なしに研鑽する必要があったのだ。ゆえに、いくつかオリジナルの呪文も作り上げた。もっとも、その敵も優秀だったので、すぐさま真似されてオリジナルの優位性を失ってしまったのだが。

 

 ついでに、周辺察知呪文も使い、周囲に敵意を持った存在がいないかも確かめる。

 

 「ひとまずこれで、盗み聞きは防止できるだろう。それで?なぜ私はここに?」

 

 再び腕組みし、宿の壁に背を預ける。

 

 頭装備――枯れ羽帽子と防疫マスク、仕掛け武器と銃、それらは血の遺志として収納してあるので、万が一の事態が起こっても、セブルスは問題ない。

 

 問題なのは、目の前の男女だろう。

 

 “死喰い人(デスイーター)”から足抜けしたレギュラスと、闇の帝王の死を間近で目撃し、その抹殺対象にされていたポッター母子。

 

 間違っても、昼日中の町中を無防備に歩き回っていい取り合わせではない。

 

 「・・・実は、実家に戻って、兄のことをいろいろ調べて回っていた時に、押しかけられたんです。

 

 兄が、ジェームズ=ポッターと一緒に、実家に遊びに来させていたみたいで」

 

 言いながら、レギュラスは横目でポッター母子を見やる。冷たい目だった。

 

 彼からしてみれば、彼女は尊敬する先輩を切り捨てて、スリザリン差別主義者のポッターに走った、尻軽のマグル出身の女でしかないのだ。

 

 セブルスが気にかけているから、貶さないだけだ。

 

 おまけにこんな面倒にレギュラスを巻き込んだ。冷たい目で見ない方がどうかしている。

 

 「グリモールドプレイス12番地の方には入れられませんよ。

 

 兄もいなく、駄眼鏡もいない、何の後ろ盾もないマグル女を入れようものなら、ただでさえも弱っている母に、どんな負担を強いることになるか・・・」

 

 ため息交じりにそう言ったレギュラスに、セブルスは察してしまった。

 

 「・・・ご母堂のお加減は、あまりよろしくないようだな」

 

 「ええ。先日の報道で、さらに負担がかかったようで。

 

 父が亡くなってから、僕のこともあって、気力だけで踏ん張っていたところに、今回の騒動です。倒れなかっただけで、十分ですよ」

 

 そう言って、レギュラスはじろりっと、ポッター母子を睨みつける。よくも弱った病人のいるところに、無遠慮に押しかけてくれたな、と言わんばかりにだ。

 

 「・・・ご、御免なさい。シリウスなら、手を貸してくれると思って」

 

 「兄はブラックから勘当されています。お伺いになってないんですか?」

 

 「グリフィンドール出身で、マグルを擁護して、“不死鳥の騎士団”に所属しているから?ひどいわ!」

 

 「ちがいます。兄が在学中、どれだけ他の純血貴族に迷惑をかけて回ったかご存じないんですか?

 

 低学年の頃ならまだしも、時期になろうと就活もせずに、やることは闇の魔法使いというレッテルを張りつけて、スリザリン生をいびることだけ。

 

 ブラックの名を嫌っているくせにその脛をかじってくると、権利だけ享受して義務を放棄していました。

 

 ノブレス・オブリージュってご存じですか?

 

 あなたにはわからないかもしれませんがね、お嬢さん。僕たち、ブラックの者は!魔法界の純血貴族は!聖28家は!富める者として、下々にその手を差し伸べ、守り、導く責務があるんです。兄もその教育は受けたはずというのに」

 

 「だからって、マグルを迫害していいなんて!」

 

 「違います。それを言っているのは、闇の帝王と一部の過激派だけです。

 

 彼が現れる前の、純血貴族のスタンスは、マグルと魔法族の住みわけです。

 

 実際、今も穏健派の連中は、そうあるべきだと言ってますよ。

 

 あんたたちのように、口先ではマグル擁護だの、グリフィンドール優位のダンブルドア万歳なんておためごかしを言ってる連中が気に入らない・・・いいえ、連中こそ魔法界の害になると判断したものが、闇の帝王に手を貸しているだけです」

 

 「そんなこと!」

 

 話題がずれてきている。

 

 二人の言い合いに、セブルスは若干うんざりした。

 

 啓蒙高い上位者としては、マグルがどうの、魔法界がこうの、闇の帝王だの、はっきり言ってどうでもいいのだが。

 

 どうせ挽肉にしてしまえば、みんな同じだ。闇の帝王にしろ、ダンブルドアにしろ、脳に瞳もなければ、血肉と糞尿が詰まった革袋で、武器を当てれば間違いなく殺せるというのだ。何も問題はない。

 

 かなり猟奇的な思考回路だが、これでもかなり大人しい方である。その気になればもっと冒涜的なことも思案できるし、何より。

 

 

 

 

 

 何より、すぐそばにいる二人に向けて、武器を振り上げようという思考には、至ってないのだから。

 

 

 

 

 

 狩人としては、かなり大人しく真面な部類に入るだろうと、セブルスは自分ではそう思っている。

 

 他世界の狩人をちらほら見たからわかる。

 

 連中は、フレンドリーファイア一つで中指を立てて、下手をすれば闇霊として入り直して、襲撃をかけてくる。これはセブルスもそうするから、わからんでもない。

 

 問題はもっと別で、深刻な部類だ。

 

 ファッションセンスが奇抜過ぎて、理解不能である。装備品が神父の狩装束に枯れ羽帽子とかのちゃんぽん取り合わせとかならまだマシ。

 

 全裸に金のアルデオとか、厳つい男性なのに人形ちゃんの服とか、全裸にメンシスの檻とか。(そしてそんな珍妙な格好をしている奴ほど、レベルも高くて仕掛け武器の扱いもたけている)

 

 いくらセブルスが脳に瞳を宿していても、理解したくないものはある。多分、理解できてしまったら、全身から槍が生えて、死ぬ。

 

 

 

 

 

 話がそれた。

 

 「・・・それで?なぜ、二人してここに?私はなぜここに呼ばれたのだ?」

 

 うんざりしているのを隠しもせずに改めて尋ねたセブルスに、気を取り直したらしいレギュラスが答える。

 

 「彼女が訪ねてきたとき、ちょうど僕が実家から出ようとした時で、正体を見抜かれました。僕のことを言いふらされても困ると思いまして。

 

 ・・・彼女は、とにかく『追われている、助けてくれ』しか言いませんし。

 

 先輩を呼んだのは、彼女をそちらの家にお連れしていいかという確認のためです。

 

 例の鐘を持っていたそうなので、それを使ってお呼びしようと思ったら、今回に限って不発に終わってしまったそうですし」

 

 「あれは、貴公の仕業か・・・」

 

 先ほどの、“共鳴する小さな鐘”を鳴らした犯人が判明し、セブルスは溜息をつく。

 

 レギュラスには、あれらの品の効用について説明していた。で、リリーの持っていたそれを使って、セブルスを呼ぼうとしたというところだろう。

 

 そうして、セブルスは改めてリリーを見やった。

 

 確かに、いつまでもこのノクターンと思しき安宿の一室にこもるのはよくない。

 

 いつ奇襲を受けるか、誰がやってくるか、冷や冷やする。レギュラスも、リリーも、セブルスは失いたくないのだから。

 

 そんなリリーは、どこか戸惑ったようにセブルスを、チラチラと見ている。

 

 「・・・ええっと、もしかして・・・セ・・・スネイプ?」

 

 おずおずと尋ねてきたリリーに、スネイプは視線を外して静かにうなずいた。

 

 ルシウス=マルフォイや、レギュラスは一目でそうだとわかってくれたというのに、彼女は分からなかったらしい。セブルスとレギュラスの会話から、やっとわかったというところだろうか。

 

 

 

 

 

 ヤーナムの終わらない獣狩りの夜を延々ループし続け、狩人として延々闘い続け、その過程で血の遺志やら啓蒙やら輸血液やら三本目のへその緒やらを取り込みまくったセブルスが、かつてとはほとんど容姿が異なっていることを、彼は自覚してなかった。

 

 服装でさえ、魔法界のものとも、マグルのものとも、微妙にずれているのだ。ヤーナムファッションは機能性重視である。たまに返り血で真っ赤になるが、動き回ってたらそのうちとれる。魔法だってある。

 ヤーナムで手に入った服装も、いくつかは魔法界よりの服もあるが、セブルスはこのインバネスコートタイプの狩装束が一番気に入っているので、これを愛用しているのだ。繰り返しのせいで、予備もたんまりとある。

 

 本来ならば、陰気な育ち過ぎたコウモリとすら揶揄されてもおかしくない男も、地獄のヤーナムを経れば、脳に瞳を抱えて一流のモツ抜き技能を持つ、上位者狩人にクラスチェンジできるのだ。

 

 それがいいか悪いかはまた別として。

 

 

 

 

 

続く




【ハウスエルフの服】

 ハウスエルフたちが身にまとう衣服。枕カバーやタオルなどを体に合わせている。魔法で洗浄・修繕をしているので継ぎ目はなく、清潔である。

 ハウスエルフは衣服をまとわない。衣服をあてがわれるのは、無能と嘲られ、解雇を意味する侮辱である。

 館と主人たちの生活の安寧維持に矜持を持つハウスエルフにとって、主たちからの労いと感謝の言葉こそ、金銀にも勝る何よりの褒章である。


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【2】セブルス=スネイプは、再会を果たす②

 8話目投稿時点の私「連載続きそうだし、チラ裏から出してみよっと」

 同日お昼頃の私「・・・まあ、受け付けない人は多いだろうな」

 しばらく仕事でアクセスできなくて感想返信のためにアクセスした私「評価バー真っ赤?!しかも日間ランキング入り?!何のドッキリ?!」




 感想・評価・しおり・お気に入り・ここ好きなどなど、お付き合いありがとうございます!

 ご期待に添えられるかわかりませんが、気ままにやっていきますので、どうかこれからもよろしくお願いします!


 誤字報告、ありがとうございました。

 あと、人名表記の「=」は別に間違いじゃありませんので、訂正はされなくて大丈夫です。ご親切にありがとうございました。


 「・・・ひとまず、我が家に案内しよう。

 

 子連れならば、“姿現し”より、ポートキーの方がいいだろう」

 

 “姿現し”は、未熟な魔法使いがやれば、ばらけることがあるので免許制になっている。いくら魔法使いの子供と言えど、負担がかかる可能性を考慮すれば、ポートキーの方が確実に安全だろう。

 

 「ま、待って!スネイプ!あなたも“死喰い人”じゃないの?!」

 

 叫んだリリーに、セブルスは軽く頭痛を覚える。

 

 こんなに彼女は頭が悪かっただろうか?いや、セブルスが勝手に彼女を聡明に評価していただけか。

 

 はたまた。

 

 「Mrs.ポッター」

 

 セブルスは呼んだ。思っていたより、平坦な心地で、その名を口にした。かつて殺したいほど憎んだ男のファミリーネームを名乗ることになった、最愛の女性を。

 

 「君は、いつまでホグワーツに在校しているのだね?」

 

 「え?」

 

 「いい加減卒業したまえ。私はとっくに、そこから抜け出したぞ。

 

 そこにいるレギュラスもな」

 

 言いながらセブルスは、左手の手甲を外し、グローブを取る。

 

 あらわになったのは、男らしく骨ばった手だ。魔法薬の調合のために少々かさついて、爪は短く整えられている。

 

 傷跡の類はない。幼少のものは服に隠れるところにしかなかったし、ホグワーツ入学後は、優秀な校医のおかげで残らなかったのだ。

 

 だが、それだけだ。“死喰い人(デスイーター)”の証である、死の刻印(デスマーク)――どくろと蛇を組み合わせたそれは、そこにはない。

 

 死の刻印(デスマーク)は、マグルの刺青のようにそう簡単に消すことはできない。実際、レギュラスの左手にはくっきりとそれが刻み込まれたままだ。

 

 彼が闇の帝王から離反した今でさえ。

 

 要するに、左手を見せることが、手っ取り早い証明になるということだ。

 

 セブルスが、“死喰い人”ではない、という証の。

 

 

 

 

 

 つまるところ、リリー=ポッターは、見た目と環境はともかく、中身――精神状態は、学生の頃から何一つ変わってない。

 

 彼女の中では、セブルスは情けなく小汚いいじめられっ子で、闇の魔法に夢中で闇の帝王に魅了されている、スリザリン生のままなのだろう。

 

 いくらセブルスが見た目がかなり変わっているといえど、レギュラスとの会話でやっと気づくなど、あんまりではないだろうか。

 

 そして、見た目が変わっているなら、中身も相応に変わっていると、なぜ思わないか、セブルスには不思議でならない。

 

 子育てと、追われていることによる精神疲労で、気が付かなかったのだろう、というのは、セブルスの願望が多々入った希望的観測だろう。

 

 朱に交われば赤くなる、という言葉の通り、愚か者と交わったことで、彼女もまた愚かになったのかもしれない。

 

 だが。それがどうした。

 

 それでも、彼女がセブルスの人間性を支えてくれたのは事実だ。

 

 幼少の白黒の日々を、リリーの赤毛とエメラルドの双眸が、笑みと無償の優しさにあふれる言葉が、美しく色づかせてくれた。

 

 地獄のヤーナムを、彼女への思いを糧に、駆け抜けきることができた。

 

 それだけで、十分なのだ。

 

 今の彼女がどうあろうと、それは今のセブルスには、まったくもって、関係ないのだ。

 

 

 

 

 

 「あ・・・」

 

 小さくつぶやいて、セブルスの左手を凝視するリリーに、適当なところでセブルスは手袋を戻し、懐をごそごそと漁る・・・ふりをして、血の遺志に変換収納しているものの中に、ポートキーに変化させるのにちょうどいいものはないか検索をかける。

 

 ポートキーは、簡単に言えば、接触することで、対象を設定した地点に転送する、魔法式の転送装置だ。見た目は、マグルが興味を持たないように、がらくたにかけられることが多いが、ポートキー作成呪文(ポータス)をかければ何でも(すでに魔力を帯びている魔道具の類を除く)変化させることができる。

 

 神秘を帯びていたり、冒涜的なものを除外し、取り出したのは。

 

 「何ですか?それ」

 

 「栄養ドリンクだ。マグルの健康食品だな」

 

 レギュラスの問いかけに、しれっとセブルスは答えた。

 

 サイレントヒルで手に入れ、そのままうっかりしまいっぱなしにしていたものだった。サイレントヒルでのそれは、傷を癒し体力を回復させるぶっ飛んだ効果があった。あの町の特異性を考えれば、不思議でも何でもないのだが。

 

 だが、セブルスには無用の長物に近かった。

 

 何しろ、セブルスは狩人だ。栄養ドリンクなどグビグビせずとも、輸血液を太腿にブスッとすれば、傷は治る。あるいはリゲインしてもいい。呪文を唱えるよりも、こっちの方がお手軽で、戦闘の片手間にできる。

 

 輝く硬貨があれば、それが一番よかったのだろう(聖杯ダンジョンに潜っていると、自然と貯まる)が、あれは換金しやすいので、ある程度貯まったらマグル側の質屋に持っていくことにしており、今は手元にないのだ。

 

 マグル側の質屋が一番アシが付きにくい。

 

 魔法界側の質屋は、解析系の魔法もあるし、金品が絡むとがめつさで有名なゴブリンが出てくるので、面倒なのだ。

 

 とにかく、これでいいだろうとセブルスは部屋の片隅にあった流し台に中身を捨て、空き瓶にするとそれにポートキー作成呪文(ポータス)をかける。

 

 行先は、“葬送の工房”の少し前にしておく。結界の中に直通にするのは、結界そのものをいじる必要があって、面倒だからだ。

 

 「すみません、先輩、先に戻っていてください。僕は宿のチェックアウトをしてから行きますので」

 

 「大丈夫かね?」

 

 「ええ。家で会いましょう」

 

 ニコリと穏やかに微笑むレギュラスは、次の瞬間冷たい目でポッター母子を睨みつける(先輩に何かしたらただじゃ置かない、という恫喝の目だった)と、外しておいた変装の品を身につけ始めた。無言で控えていたクリーチャーも彼に追随するつもりらしい。

 

 「では、行くとしよう。あと30秒で起動する。触りたまえ。」

 

 多くのポートキーはタイマー式になっており、既定の時間に起動することになっている。

 

 急ぎ、リリーはサイドテーブルに置いていたショルダーバッグを肩にかけて、腕の中でぐずるハリーを抱きなおすと、セブルスが持っている小瓶に指先を当てた。

 

 ずいぶんと小さな荷物だ。ほとんど着の身着のまま逃げた、というかのような。

 

 日刊預言者新聞の号外では、リリーはダンブルドア率いる“不死鳥の騎士団”に保護されているはずだ。

 

 それがなぜ、単独の様相でいるのか。追われている、とも言っていたらしい。誰から?いや、何から?

 

 不審に思いながらも、セブルスは手の中のポートキーとなった薬瓶に目を落とした。

 

 最悪、あの男の元に逃がすか。帰国してからだが、手紙のやり取りをしていて、まだ親交はある。お人よしの部分もあるので、事情を知れば受け入れてくれるかもしれない。イギリス国内よりは、しがらみは少ないだろう。

 

 などと考えているうちに、ポートキーが起動した。臍が内側に引っ張られるような独特の感覚とともに、視界がぐにゃりとゆがむ。

 

 ヤーナムの隠し街ヤハグルにあった、転移水盆を思い出す。あれは自分が地面に沈み込むような感覚はするくせに、胃の腑には奇妙な浮遊感があって、好きになれない。

 

 視界が整い、平衡感覚が正常化する。

 

 どうやら、ポートキーによる転送は無事成功したらしく、“葬送の工房”の門前に来ていた。

 

 早速セブルスは、無言呪文を使う。まだ手に持ったままだった栄養ドリンクの空き瓶に解除魔法をかけて、ポートキーを解除する。それから、工房にかけられている結界を緩める。

 

 「あがりたまえ。・・・その子は離乳済みかね?」

 

 「え? ええ」

 

 「離乳食はメアリーは用意できないが、必要なら台所くらいなら貸そう」

 

 「メアリー?」

 

 「・・・同居人だ」

 

 どう答えたものか一瞬悩むが、とりあえずセブルスはそう答えた。

 

 

 

 

 

 かつて、メアリーと名付けられる前の人形は言った。

 

 『造物主は、被造物を愛するものでしょうか?

 

 私は、あなた方、人に作られた人形です。

 

 でも、あなた方は、私を愛しはしないでしょう?

 

 逆であれば分かります。

 

 私は、あなたを愛しています。

 

 造物主は、被造物をそう作るものでしょう・・・』

 

 彼女を作ったのは、おそらくは老ゲールマンだろう。モデルを考えれば、彼が本当は誰を愛したかは自明の理だ。

 

 だが、老ゲールマンはセブルスに、人形の存在は伝えようと、頑なにそれのいる方には行こうとしなかった。それが、彼の答えだ。

 

 たとえ、人形そのものが、彼に対してどのような感情を抱いていようと、真に欲した相手の愛が得られぬならば、無意味であるとしたのだろう。

 

 セブルスが、人形に対する見方を変えたきっかけとなったのは、彼女のこぼした涙だった。自我のないようにも見える、淡々とした人形であろうと、涙を流したのだ。

 

 ゲールマンが残していたであろう、小さな髪飾りを胸に、血晶石を秘めた真珠色の石として、こぼした。

 

 その涙を見たセブルスは、思ったのだ。

 

 彼女は人形ではあれど、心まで無機質ではないのだ、と。

 

 地獄のようなヤーナムの中で、彼女の柔らかな声音が数少ない癒しの一つとなっていたので、それもあったのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 セブルスの、人形(メアリー)に対する感情は複雑で重厚だ。

 

 あるいは母のように慕い、あるいは娘のように守りたい、あるいは妹のように導きたい、あるいは恋人のように伴いたい、あるいは妻のように添い遂げたい。

 

 だが同時に、どこまでも人形でしかなく、被造物でしかいられない彼女を、哀しく思い、憐れんだ。

 

 だから、メアリーという彼女だけの名前を付けて、夢の外にまで連れだしたのだ。

 

 そして、わずかな保身もあった。彼女は、彼女だけは、何があってもセブルスを裏切らず、慕い続けてくれるのだ、と。

 

 

 

 

 

 「家政婦をしてもらっている。少々変わった見た目だが、悪いものではない」

 

 端的にそう言って、セブルスは工房の扉を開けた。

 

 「おかえりなさいませ、狩人様」

 

 「今戻った」

 

 恭しく頭を下げるメアリーにうなずいて、セブルスは彼女にお茶の用意(直に帰ってくるレギュラスの分も含めて)を言いつけ、インバネスコートを脱いでコート掛けにかける。

 

 物珍しそうに周囲を見回していたリリーは、現れたメアリーをまじまじと見た。

 

 

 

 

 

 そう言えば、彼女はマグル出身で、動いてしゃべる自立人形がまともな魔道具でないという前提知識がないのだったか。

 

 まあ、それを言うならば、ホグワーツの組み分け帽子も、動きはしないが歌ってしゃべって考えられるのだ。あれを知っていれば、そういうものか、と魔法界の道具に対する認識が大分違ってくる。

 

 とある魔法省の窓際職員は「どこに脳みそがあるかわからないのに一人で考えられる道具は危険だ、信用してはならない」と言った。それは、闇の魔道具に分類される、危険な魔道具を見分ける一つの基準である。

 

 まこと、無知は危険である。

 

 

 

 

 

 「彼女がメアリーだ。ホグワーツ中退後に、大陸で手に入れた由緒ある品だ。元は別人の所有物だったが、譲り受けて今はここにいてもらっている」

 

 メアリーの背を目で追うリリーに言ってセブルスは定位置にしているお気に入りの一人掛けのソファに座った。

 

 「座りたまえ。そして、何があったか、何に追われているか、話したまえ。

 

 少なくとも、巻き込まれた私には、聞く権利があると思うがね?」

 

 言ったセブルスに、おずおずとショルダーバッグを下ろしてから、カウチに腰かけたリリーは、ついに大声で泣き出したハリーをよしよしとあやしだした。

 

 「ごめんなさい、スネイプ。その・・・ちょっと、ハリーのおむつを交換していいかしら?」

 

 「・・・客間に案内しよう。掃除してないからいささか埃っぽいだろうが、そちらで頼む。ここは食事もするのでな」

 

 言って、セブルスは立ち上がる。

 

 ちなみに、最初に担ぎ込まれたレギュラスも客間を使っていたが、居候が決まってから、彼は適当な空き部屋を自室に改装してそこを使っている。

 

 ゆえに、客間はまた空いているのだ。

 

 

 

 

 

 余談となるが、魔法界のおむつは総布製である。マグル製のそれのように吸水ポリマーが組み込まれた使い捨てのものなど、存在しない。

 

 大体、魔法で何とかなってしまうので。

 

 

 

 

 

 セブルスが案内した客間にリリーが入ったところで、玄関の扉が開いた。

 

 「ただいま戻りました。メアリー、お菓子を買ってきたから、お皿を出してくれるかい?」

 

 「お帰りなさい、レギュラス様。ちょうどお茶を淹れたところです」

 

 ティーサーバーとティーカップをテーブルに並べ、メアリーは答えた。

 

 そうして、彼女はお茶を淹れてから、レギュラスの買ってきたターキッシュデライトを、キッチンからとってきた皿の上に広げる。

 

 世界的にも有名になった某ファンタジーでも取り上げられたこの菓子は、まるで宝石のような光沢をしている。

 

 「綺麗だろ?小さいころ、どの色のを食べるって、兄さんと取り合いになったな。結局、兄さんの方がお気に入りの色の奴を多く食べてたけど。

 

 先輩は、どの色が好き、とかありますか?」

 

 「・・・特段こだわりはない」

 

 話を振られたセブルスは、定位置の一人掛けのソファにつきながら答えた。

 

 そもそも、幼少の彼にとって、菓子などそう簡単に食べられるものではなかった。リリー=エバンズがたまに分けてくれただけだ。ターキッシュデライトなど、そこにはなかった。粉糖をまぶされた、宝石のように美しい、口に入れればほどけるような甘味を、小汚い幼馴染の少年に分けるのも、もったいなかったことだろう。

 

 そうしているうちに、リリーが戻ってきた。

 

 おとなしくなってまどろんでいるハリーを抱っこしながら、再び書斎を兼ねたリビングに現れた彼女は、レギュラスが戻ってきているのに気が付いていたのか、彼から距離を取るようにカウチの反対側に恐る恐る腰を下ろした。

 

 ここで、レギュラスは立ち上がると、呼び寄せ呪文(アクシオ)でダイニングのいすを引き寄せると、自分はそちらに座り直した。

 

 「抱っこしたままって大変でしょう?よかったらハリーはそこに」

 

 「・・・ありがとう」

 

 お礼を言って、リリーはレギュラスが座っていたところに、そっとハリーを下ろした。

 

 ベビーベッドのように柵がないので、寝返りで落ちないように注意しなければならないが、ハリーはだいぶおとなしそうなので、まず大丈夫だろう。

 

 そうして、やっと落ち着いたところで、切り出したのはレギュラスだった。

 

 「それで?何で逃げ回っているんです?そんなに困っているなら、大好きなダンブルドアにでも泣きつけばいいじゃないですか。

 

 偉大なる魔法使い、光の象徴たるダンブルドア御大でしたら、いかようにでも助けてくれるでしょう?

 

 よりにもよって、僕はともかく、スネイプ先輩にも一言もなく、あっさりと頼ることにするなんて。不遜で偉大な“不死鳥の騎士団”員は、恥ってものがないんですか?」

 

 「レギュラス」

 

 あまりの毒舌と嫌味に、セブルスは窘めた。

 

 別段、セブルスは怒ってない。むしろ、あの頃よりも無様になった自分を、彼女に見せなければならない現状の方が、申し訳ないほどだ。

 

 「・・・君が気にすることは何もない。君が怒るのは当然のことだ。失言した私がいけないのだから。あれは、どのような時であれ、言うべきではなかった」

 

 ここでセブルスは言葉を切ると、ひたとリリーを見つめながら続けた。

 

 「君も、許せなかったから、私の謝罪を受け取らなかったのだろう?」

 

 無言でリリーはスッと目をそらした。

 

 「あなたは!」

 

 「レギュラス。

 

 ・・・構わない。本題に戻そう。どういう事情だね?」

 

 本人よりもむしろいきり立ったレギュラスを再度窘め、セブルスは本題に戻した。

 

 我が事のように怒ってくれるのは嬉しいが、セブルスの事情は、今は関係ないだろう。

 

 「・・・」

 

 おずおずと、リリーは口を開いた。

 

 

 

 

 

 “例のあの人”、“闇の帝王”、“死の飛翔”など、拗らせた自己特別視を極限まで高めたような異名の数々を持つ闇の魔法使いヴォルデモート卿からの襲撃を辛くも逃れたポッター母子は、夜明けごろにようやくやってきたダンブルドア率いる“不死鳥の騎士団”に保護された。

 

 そこまでは報道されていた通りだ。

 

 問題はここから、母子の今後の行く末を決めようとなった時、ダンブルドアが言い出したのだ。

 

 二人にはすまないが、別々になってもらおう。ハリーはマグル界の、リリーの姉のマグルの元へ預けよう。リリーは赤毛だから、ウィーズリーあたりに親族として匿ってもらえばいい、と。

 

 リリーはもちろん猛反対した。

 

 ハリーは、純血貴族の当主たるジェームズ=ポッターと、ホグワーツでも上位成績のリリーの子供で、当然魔力がある。今までも、泣きわめいてポルターガイストじみた魔力暴走を何度も引き起こしていたのだ。

 

 それを、ただのマグルである姉のペチュニアに預ける?ただでさえ、自分が“不死鳥の騎士団”に参加ということで、距離を取らざるを得ず、両親の面倒を一身に見てもらっているというのに、この上さらなる労苦を強いるというのか?

 

 いくらリリーでも、そこまで恥知らずにはなれない。何よりも、大事な一人息子を、父親亡き後に引き離されねばならないのか。

 

 “死喰い人(デスイーター)”たちの報復があるかもしれないから、身を隠すというのは分からないでもない。

 

 だが、わざわざハリーをマグル界の、マグルとしての力量しか持たないペチュニアに預けるなど!

 

 リリーは、訴えた。自分は絶対ハリーを手放さない。ハリーをマグル界へやるというなら、自分も一緒に隠れ住む、と。

 

 だが、そんなリリーにダンブルドアが行ったのは、杖を向けることだった。

 

 忘却術(オブリビエイト)は、術者の技量次第で忘れさせる範囲を指定できるが、下手をすれば、あらゆることを丸ごと忘れさせることができる。

 

 リリーが無事だったのは、彼女を溺愛するジェームズが、彼女に家宝である防御アイテムの指輪を預けており、リリーはそれを鎖に通して首にかけていたからだ。

 

 その指輪は、禁じられた呪文以外なら、大体の呪いは無効化する特性を持っている。忘却術も例外ではなく、リリーは無事だった。

 

 忘却術にかかったふりをし、閉心術でもって必死にとぼけ、隙を見て彼女はハリーを奪い返し、逃避行に出たのだ。

 

 そして、彼女は現状で唯一自分を助けてくれる可能性があるだろう、シリウスを訪ねようとしたところで、レギュラスと会ってしまった、というわけだ。

 

 なお、彼女は“不死鳥の騎士団”によって保護という名の軟禁状態に置かれていたため、シリウスがアズカバン行きになったスキャンダルは知らないままである。

 

 そして、ゴドリックの谷の家にかけられていた忠誠の術の事情――セブルスの懸念通りの事態(ピーターこそが“秘密の守り人”であり、裏切り者であるということ)も、ダンブルドアにしか話していないらしい。

 

 

 

 

 

 聞き終えて、セブルスは額を押さえた。

 

 世間一般では偉大な魔法使いと呼ばれているし、マーリン勲章勲一等やら、ウィゼンガモット主席魔法戦士やら、たいそうな称号が目白押しだが、実はダンブルドアも、啓蒙が低かったのだろうか。否、在学時代のあれこれを加味すれば、啓蒙低くて当然かもしれない。

 

 「何考えてるんですか、ダンブルドア・・・」

 

 呆れかえった様子でレギュラスも呟いていた。

 

 

 

 

 

続く

 




【栄養ドリンク】

 サイレントヒルに落ちていた栄養ドリンクの小瓶。

 その中身は、服用者の傷を癒し、体力を回復させる。

 悪夢の主たるアレッサにとって、生は苦痛でしかない。

 だが、悪夢の中を切り抜け、終わらせる希望を持つものを導くことも、彼女にしかできない。




 リリーは赤ん坊のハリーを連れて“不死鳥の騎士団”から逃げるので精いっぱいで、忠誠の術関連のこと(要はペティグリューの裏切り)は、最初に顔合わせたダンブルドアにしか話せてないよ!

 他にも裏切り者がいるかもしれないと思ったのも原因かもね!

 ルーピンさんは、人狼コミュニティに潜入中で、連絡できなかったよ!仮にできたとしても、ダンブルドアにチクられるとリリーさんは警戒してやらなかったよ!


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【3】セブルス=スネイプは、再会を果たす③[2.17.加筆]

 Q.闇の魔術に手を出してて、同級生と呪いをかけて回っていたらしい、陰気で小汚い幼馴染(差別発言経験ありの、差別思想持ち。数年前に退学して失踪)が、怪しい恰好でいきなり家にやって来て、同じくいきなり家にやってきた闇の帝王の内臓を素手でぶち抜きました。どうしますか?


 A.ドン引いて警戒MAXになる。誰だってそーする。俺だってそーする。


 ↑を念頭に置いておきましょうね。


 誤字報告、ありがとうございました。

 修正しましたが、多分他にもあると思います。読みづらかったなら、すみません。


 2021.02.17.追記

 ちょっと指摘を受けたので、ラストシーンを追記しました。


 一つだけ、セブルスにはダンブルドアがそうしようとした理由に、心当たりがあった。

 

 「予言、が原因かもしれないな」

 

 「え?」

 

 「?! スネイプ、どうして知ってるの!」

 

 「落ち着け、ハリーが起きるぞ。

 

 たまたま耳にしただけだ。私は“闇の帝王”に義理立てする必要はない」

 

 立ち上がって険しい視線を向けてくるリリーに言って、セブルスは紅茶に口づける。

 

 ややあって、リリーは座り直す。左手のことを思い出したのだろう。

 

 「あれがなされたのは、ホグズミード村のホッグズヘッドだ。当然、防音防諜の対策などされていない。

 

 たまたまそこにいた私にも聞こえてしまった、それだけだ」

 

 「先輩、予言って何ですか?」

 

 「そもそも、“闇の帝王”がなぜ、ポッター家を襲撃したか。不思議ではなかったかね?

 

 ポッター夫妻は確かに“不死鳥の騎士団”に所属する、力ある魔法使いの一員だ。

 

 だが、当主はろくに職に就きもせずに、魔法省にも縁がない。そんなところを、なぜ直々に襲ったのだ」

 

 「その理由が予言ですか」

 

 「そうだ」

 

 うなずいて、セブルスは小耳にはさんだ予言を諳んじて見せた。

 

 「『闇の帝王を打ち破る力を持ったものが近づいている

 

 7つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる

 

 そして“闇の帝王”は、その者に自分に比肩する者として印すであろう。

 

 一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。

 

 何となれば、一方が生きうる限り、他方は生きられぬ。

 

 闇の帝王を打ち破る力を持った者が、7つ目の月が死ぬときに生まれるであろう』」

 

 余談となるが、正史であれば“闇の帝王”へ奏上するべく中座して、後半を聞き逃しているセブルスは、この世界ではすべて一通り聞いてしまっている。

 

 

 

 

 

 この上位者は、記憶に疎くないか?何度となくそういう描写が登場したと思われるだろうが、セブルスは地頭は悪くない――どころか、むしろいい方だ。魔法薬学だけを見れば、ホグワーツでもトップの成績を収めていたのだから。オリジナルの魔法もいくつか開発していることもあって。

 

 今回の予言はすんなり覚えていたのは、割と直近にあったことだからだ。

 

 まあ、上位者となっただけでなく、ヤーナムでの濃すぎる日々に、啓蒙と冒涜で記憶と人間性が摩耗されたのが、長期記憶に疎い大きな要因かもしれないが。

 

 くどいようだが、この予言に関しては、セブルスはダンブルドアが何とかするだろうし、リリーとその息子が対象になるとは思ってなかったのだ。まさかダンブルドアが見過ごすとは思わなかったが。

 

 

 

 

 

 「それがハリーだと?」

 

 「さて?少なくとも、“闇の帝王”はそう判断したからこそ、あの襲撃を起こしたのだと思うがね」

 

 胡散臭そうに眉をひそめるレギュラスに言って、セブルスはターキッシュデライトを一つつまむ。

 

 なるほど。これは取り合いが起こってもおかしくない・・・端的に言ってしまえば、美味しいというものだ。

 

 「じゃあ、ハリーは・・・?」

 

 「どうだろうな?結局闇の帝王を殺したのは、ハリーではない。

 

 生まれて間もない赤子にそんなことができるなど、どうかしている。魔法でもできないことはある。そうだろう?」

 

 上位者ならまだしも。

 

 「どうしてそれを・・・新聞記者も、ダンブルドアも、まるでそれを信じてないようだったのに・・・」

 

 唖然とするリリーはまじまじとセブルスを見やってから、ハッとその服装を見つめ、続けてコート掛けにかかっている漆黒のインバネスコートを振り返った。

 

 「まさか・・・?」

 

 「・・・貴公が無事で何よりだ。あの鐘を鳴らしたのは、賢明だったな。

 

 まさかあんな形で会うことになろうとは、私でさえも思ってなかった」

 

 「・・・っ、スネイプ、あなたは・・・?」

 

 「ホグワーツを出てから、いろいろあったということだ。

 

 少なくとも、“死喰い人(デスイーター)”になろうとは、もう思わんよ」

 

 身を震わせるリリーは、セブルスをしばし見つめた後、大きく息を吐いて目を伏せ、ややあってから顔をそらした。

 

 「・・・助けてくれたことにはお礼を言うわ。

 

 でも、それだけよ。勘違いしないで」

 

 リリーはどこか憮然とした様子でそう言った。

 

 身体の震えを無理やり抑えつけているようにも見えた。

 

 セブルスは少し怪訝に思った。あの反応には覚えがある。

 

 そうだ、サイレントヒルでノコギリ鉈で化け物を血祭りにあげた直後の、女性警官の反応と同じだ。

 

 拳銃向けてこようとしたけど、話が通じるとわかるや、嫌悪感でドン引きしそうなのを無理やり押し殺している、という感じの反応だ。

 

 そんなにおかしいだろうか?とヤーナムから脱出したばかりの当時は思ったものだ。大分感覚がマヒしていたのだ。

 

 

 

 

 

 一方のリリーはリリーで、ソファに悠然と足を組んで座る変わり果てた幼馴染・・・であった男をちらっと見たが、すぐに視線をそらした。

 

 『君は、いつまでホグワーツに在校しているのだね?』

 

 『いい加減卒業したまえ。私はとっくに、そこから抜け出したぞ。

 

 そこにいるレギュラスもな』

 

 などと偉そうに言ってのけていたが、闇の帝王の腹に貫き手を差し込んで平然とするような、残酷極まりない殺人犯にだけは言われたくない。

 

 自分は大人になりました、君はいつまでも子供でちゅね~とでも言うつもりかしら!たとえ命を救われたのだとしても、謝罪なんて受け入れてやるもんですか!

 

 死喰い人でなくても、どうせまた、闇の魔法にどっぷりはまっているんでしょう?変な格好までして!

 

 そんな悪態を胸に、リリーはセブルスとはけして目を合わすまいと固く決意した。

 

 今の彼女には、ハリーしかいないのだ。ハリーだけは、何があっても守り切ってみせる。

 

 特に、目の前の残酷極まる殺人犯からは!謝ったら許されると?だったら、警察も、魔法省も、不死鳥の騎士団も、いらないじゃない!

 

 

 

 

 

 セブルスは、目の前のリリーが一段と分厚く心を閉ざしたことを察し嘆息した。

 

 そんなに自分が嫌なら出て行けばいい、と言いたくなるのをぐっとこらえる。

 

 ダンブルドアならば、命を奪うようなことはないだろう。彼の元へ戻ればいい。逃げだして助けを求めてきたのは自分だろうに。

 

 とはいえ、彼女を必要以上に怒らせ、傷つけるのは本意ではない。

 

 何度も言うようだが、セブルスはリリーに感謝しているのだ。

 

 セブルスの摩耗しきってわずかにしか残ってない人間性の、根幹を形作ってくれるのは、リリーとの思い出の日々なのだから。

 

 目の前の彼女には、その恩がある。だから、それを返す。それだけだ。

 

 「あの・・・それで、どうしてその予言が、ハリーとポッター夫人を引き裂くことにつながるんです?」

 

 ムッとしたらしいレギュラスが、それでも平静を保とうとしながら話題を引き戻す。

 

 「いえ・・・その予言が前提にあるのなら、ダンブルドアはハリーが“闇の帝王”を倒したと本気で思い込んでる?

 

 それでその・・・自分に比肩する者として印された、一方が他方の手にかかって死なねばならない、一方が生きうる限り、他方は生きられない、とかいうのを、本気で信じてる?

 

 だから、ハリーをポッター夫人から引き離そうとしている?

 

 万が一、“闇の帝王”が生きていた時に、切り札にするために?

 

 ポッター夫人がいると、その邪魔になるから?」

 

 「馬鹿を言わないで!ハリーはまだ赤ん坊なのよ?!“例のあの人”と戦わせるですって?!

 

 冗談じゃないわ!」

 

 ダンっとテーブルに手をついて、身を乗り出して怒鳴るリリーに、ふぇっと声が上がる。

 

 ハリーが起きてしまったらしい。

 

 「ああ、大丈夫よ、ゴメンね、ハリー」

 

 慌てて、抱き上げてあやすリリーに、セブルスは変わってないな、と少し目元を緩めた。

 

 ああして短気で怒っても、すぐに誰かを気遣えた。

 

 基本的に、身内には優しい女性なのだ、リリーは。

 

 「推測の域を出ませんが・・・ダンブルドアは正気ですか?」

 

 「あの老人の特定人種に対する人間性が低いのは、今に始まったことではない。

 

 人間、耄碌すると頑迷になる」

 

 「ああ・・・お年ですもんね」

 

 辛辣なセブルスの言葉に、さもありなんとレギュラスはうなずいた。

 

 とはいえ。

 

 「君は、これからどうするんだね?酷なことを言うようだが、このままイギリス国内にいては、ダンブルドアからも“死喰い人”の残党からも逃げ切れるとは到底思えないが」

 

 セブルスの問いに、リリーはハリーを抱っこしたまま、視線を伏せた。

 

 行き当たりばったりの逃避行に出てしまったリリーは、文字通りの身一つだ。金も持ち物もナイナイ尽くしで、おそらく頼れる連絡先も見張られていることだろう。

 

 ブラック邸がノーマークであったのは、現在の館の主たるヴァルブルガがマグル嫌い(マグル出身者含む)であることに加え、シリウスが勘当されてアズカバンに投獄されているからに他ならない。

 

 ならばリリーがシリウスの無実を叫べばいいかもしれないが、新聞で大々的に錯乱が報じられた彼女がやったところで、気の毒がられて聖マンゴでの療養を強要されることになるだけだろう。今度こそ、ハリーと完全に引き離されて。

 

 証拠にして証人となる、ペティグリュー本人の行方が分かっていないのも、痛い。

 

 「ああ、今更ですけど、僕はある事情からヴォルデモート卿に逆らって闇の陣営から離反していますので、あなたのことを誰かに漏らすつもりは毛頭ありませんので、ご心配なく」

 

 肩をすくめるレギュラスに、リリーはどうだか、とでもいうかのようにちらっと視線をよこしただけだ。

 

 まるで信用していません、という彼女の態度に、レギュラスは必死に唇をかんだ。

 

 そんなにいやなら出て行け!と言いたげにしているようだ。おそらく、家主であるセブルスが何も言わないので、必死に我慢しているのだろう。

 

 「・・・国内が無理なら、国外に逃げるわ。アメリカとかなら、どうかしら?

 

 さすがに海外なら、ダンブルドアも“例のあの人”も追ってこれないと思うわ」

 

 「あなたも正気ですか?身一つの赤ん坊連れの女性が、いきなり海外に行くなんて。働き先もろくに見つからずに、路頭に迷うことになりますよ。

 

 まあ、長く匿えば匿うほど面倒ですし、渡米の手配くらいなら考えないでもないですけど」

 

 と、レギュラスが言った。彼は本当に、リリーとハリーの二人がどうなろうが、基本的に興味がないのだろう。

 

 ただ、自分たちが面倒を抱え込む方がごめんなのだ。

 

 「それなら」

 

 ここで、セブルスが口を開いた。

 

 「数日待ってほしい、Mrs.ポッター。

 

 その間は、我が家に滞在してもらっても構わない」

 

 「何か当てがあるんですか?先輩」

 

 「アメリカに、友人がいるのだ」

 

 しれっと言ったセブルスに、リリーとレギュラスは二人してギョッとする。

 

 その反応に、セブルスは軽く眉をひそめた。そんなに自分はおかしなことを口走っただろうか?

 

 

 

 

 

 相変わらず、自分が第3者にどう思われているかなど、興味の範疇外に置いている男である。

 

 セブルスは確かに、ホグワーツ時代から友人と呼べる存在は数少なかった。

 

 どこかの馬鹿ども4人組のせいで、近寄ろうものなら巻き添えを食らうと、恐れられていたのもあったし、セブルス本人もリリーへの執着が凄まじすぎて、他に興味を持たなかったというのもある。

 

 ホグワーツ時代のセブルスの印象が大きい二人からしてみれば、そんな彼に海外の友人がいるというのは、かなりの衝撃だったに違いない。

 

 

 

 

 

 「彼に、Mrs.ポッターとハリーの身元引受人になってもらえないか、相談してみよう。

 

 手紙のやり取りがいるからな。少し待ってほしいのだ」

 

 「アメリカって・・・その、何でまた?」

 

 「ホグワーツを退学してから、世界一周(グランドツアー)に出ていて、その途中で知り合ったのだ。

 

 彼はマグルだが、私のこともあって、魔法族へはそれなりに理解があるはずだ」

 

 「世界一周(グランドツアー)?」

 

 「昔の魔法使いの風習の一つですよ。

 

 魔法学校を卒業して成人した魔法使いは、見聞を広めるために世界一周をする、と。

 

 先輩、ヤーナムとかいうところに行ってただけじゃなくて、そんなこともしてたんですか」

 

 「いろいろあったんだ」

 

 興味深そうに目をキラキラさせるレギュラスに、セブルスは静かに目をそらした。

 

 いくらレギュラスにヤーナムのことを話したといっても、それ以降の世界一周(グランドツアー)もかなり啓蒙と冒涜に満ち満ちていたので、やはり必要以上に話したくはない。

 

 大きな出来事はサイレントヒルや羽生蛇村のことだが、他にも偶然迷い込んだ雪山が悪霊あふれる危険地帯だったり、通りかかった森が発狂済みの魔女の怨霊の支配するヤベエ領域だったり、うっかり足を踏み入れた閉鎖されたアニメスタジオではインクでできた不死の化け物が徘徊してたりと、洒落にならない出来事が頻発したものだ。

 

 あんな事連続で体験したら、まともな人間は発狂してしまうだろう。

 

 セブルスは、ヤーナムで上位者になってたから、問題なかっただけで。

 

 「彼はシングルファーザーだからな。面倒見もよくて、生半な魔法使いよりも、よほど度胸がある」

 

 「・・・よほど、そのマグルのことを気に入ってるんですね、先輩」

 

 「まあ、そうだな。もう少し彼と早めに会うことができれば、マグルに対する見方も違っていたことだろうな」

 

 若干面白くなさそうなレギュラスに、セブルスは苦笑気味にうなずく。

 

 「・・・本当に、只のマグルなのね?」

 

 「マグルではある。いろいろ規格外だがね」

 

 疑わしげなリリーにしれっと答えて、セブルスは黒檀のデスクに座り直すと、引き出しの中から羊皮紙製の便箋と封筒を取り出した。

 

 ・・・ただし、リリーはセブルスに手紙の内容を見せろとせがみ、隅々まで確認したうえで、透明インクの出現呪文やら、他隠蔽暴露や鑑別魔法の類を散々かけまくったことを記しておく。

 

 

 

 

 

 さて、セブルスの言う、アメリカにいるシングルファーザーの友人とは、言わずもがな、サイレントヒルで出会った、ハリー=メイソンである。

 

 行方不明になった娘を探して、サイレントヒルを走り回ったこの男、ごく普通の小説家を自称していたが、どこの世界に化け物を鉄パイプで殴り倒し、銃殺した挙句、右足の死体蹴りでとどめを刺す小説家がいるのだろうか。

 

 そこにいたのだが。

 

 加えて、メイソンは魔法に対しても、大変寛容で、セブルスが明かりの魔法や開錠魔法を使った時、便利なものだと感心するだけで終わらせた。小説家だからこそ、あっさり受け入れられたのかもしれない。

 

 はぐれることもあったが、時折行動を共にしたセブルスとメイソンは、最終的に神を称する化け物を二人がかりで殺す羽目になった。

 

 正直、セブルスはあれは、直前に浴びせられた霊薬と母体となった少女の抵抗が大きかったのが、容易に勝てた要因だと見ている。

 

 霊薬の存在と母体の抵抗がなければ、あれはもっと面倒な相手であったに違いない。

 

 セブルスが、帰国してから間もなく、サイレントヒルから来たというハワード=ブラックウッドと名乗る黒人系の郵便配達員がメイソンからの手紙を届けてきたのだ。

 

 まさかまたあの町で面倒に巻き込まれたのか、と戦々恐々としていたが、内容は暢気なもので、ポートランドという町に住むことになった、引き取った娘はシェリルと名付けた、今はここまで大きくなった、新作を書いたから、目にする機会があれば感想を聞かせてほしい、などの近況報告だった。

 

 そして、これまた律義なセブルスも、ぎこちなくはあれど近況報告の手紙を書いた。イギリスの片隅に家を構えたこと、大学をスキップ卒業して、魔法薬学の研究職をしていること、もし、娘の周囲で奇怪なことが起こって困っているなら連絡しろ、多少ならば自分も手を貸す、とも。

 

 そんな感じに、セブルスとメイソンは手紙をやり取りする、いわゆるペンフレンドとなったのだ。

 

 ・・・なお、その送り届けは、メイソンからのものは、例のブラックウッドという郵便配達員が届けて、セブルスからのは“使者”を通じて届けるようにしていた。

 

 

 

 

 

 巻き込むようで、メイソンには申し訳ないが、背に腹は代えられない。

 

 それに何より、セブルスはメイソンに関してはいくつか、気がかりがあり、すでに本人には手紙で忠告していた。

 

 それは、メイソンが連れて一緒に逃げだした、神の母体となった少女の転生体の赤子のことだ。

 

 セブルスとメイソンは、確かに“神”を殺した。だがそれは、病気で言うところの対症療法に近く、根本的な解決にはなっていない可能性がある。少女の身体が熟達すれば、その中に巣食う“神”の因子が再び活性化する可能性があるのだ。

 

 加えて、“神”の降臨をなそうとした、サイレントヒルの“教団”もいる。元凶となった、少女の母は死んだが、他の狂信者が、転生体の赤子を利用しようとしないわけがない。

 

 十分気を付けるように、忠告はしておいた。

 

 もっとも、化け物を蹴散らし、神すら殺したあの男が、そこらのマグルに押し負けるなど、到底あり得ない。

 

 あの男なら、娘への思いさえあれば、ヤーナムでも十分やっていけるのでは?とセブルスはひそかに思っていたほどだ。

 

 リリーの件は、メイソンにとっても助力となりうるかもしれない、リリーは魔法使いとしても優秀なので、いざという時はメイソンの力になるだろうという下心もあり、セブルスは手紙で相談することにしたのだ。

 

 

 

 

 

 存外、メイソンからの返事は早かった。

 

 例のごとく、ふらりとやってきた、いつもの郵便配達員が、「速達で届けてくれと念を押されてね。いやはや、国を越えるのも大変なんだがね」とおどけるのをよそに、セブルスはさっそく受け取ったそれに目を通した。

 

 メイソンからの返事は、快諾だった。

 

 セブルスは、行き違いがあっては困るからと、断ってもいいと念押しした上で、“闇の帝王”と予言についてのことまで、把握できている限りのことをきちんと説明したのだが、あのお人よしと度胸の塊のような小説家にとっては、些事であったらしい。

 

 夫を亡くした上、子供まで奪われそうになるなんて、自分でよければ力になるとむしろリリーを気遣うようなことまで書かれていた。自分だって子育てで大変だろうに。

 

 これで、リリーは大丈夫だろう。

 

 早速、セブルスは、子育ての片手間にメアリーの手伝いをしているリリーの元へ、返事の内容を伝えるべく、足を向けた。

 

 あとは、ダンブルドアの目を誤魔化すだけだ。

 

 何しろ、ダンブルドアは若いころにアメリカにも伝手を作っているらしいと、セブルスでも聞いたことがあるのだ。

 

 いくらメイソン家がマグル界にあるとはいえ、念には念を入れておくべきだ。

 

 実に、古典的(クラシカル)な二番煎じだが、策がないわけでもないのだ。

 

 

 

 

 

 それからしばらく後、日刊預言者新聞がまたしても号外を出した。

 

 錯乱して、我が子を連れて行方不明になっていたリリー=ポッターとその息子となるハリー=ポッターがロンドンの一角で発見される。

 

 不死鳥の騎士団のメンバーに保護されそうになるが、これを拒否。

 

 このままダンブルドアに息子ともども利用されるくらいなら!と言い放ち、彼女は大爆破呪文(エクスパルソ)で子息ともども自爆。

 

 遺体は原型の全くない、無残なもの――焼け焦げた挽肉のようだったという。

 

 

 

 

 

 この直前、セブルスがリリーの髪の毛入りポリジュース薬を飲んだことも、赤ん坊ほどの大きさの布の塊に幻覚魔法をかけたことも、聖杯ダンジョンから爆発金槌で焼き挽肉にした獣の死体をいくつか引きずり出したことも、普段は保管箱の肥やしにしている“使者の贈り物”をコートの懐にしまったことも、けして無関係ではないだろう。

 

 

 

 

 

 その同日に、レギュラスの根回しもあり、ポッター家の金庫から持てるだけの金を引き出しておいたリリーがハリーを連れて偽装のためにマグル側の空港からイギリスを離れ、アメリカに旅立ったことなど、闇の帝王の魔手から生き延びた英雄的母子を失って悲しみに暮れるイギリス魔法界に伝わることはないだろう。

 

 

 

 

 

 さらにそれからしばらく後、セブルスのもとに例の郵便配達員が、一通の手紙を届けてきた。

 

 リリーとハリーの身元偽装ともろもろの身辺整理のために結婚しました、というメイソンからの手紙である。

 

 ・・・彼は、亡き妻だけを愛している。これは、お互いの子供たちのための、白い結婚である、と。

 

 どんな形であってもいい。

 

 どうか、今度こそ、リリーが彼女なりに幸せに暮らせますように。

 

 そんなことを思いながら、セブルスはその手紙を、他の手紙をしまっているレターボックスに、そっとしまい込んだ。

 

 「レギュラス」

 

 顔を上げて、セブルスはカウチにいたレギュラスを呼んだ。

 

 「何ですか?」

 

 「Mrs.ポッターを助けるのに協力してくれて、感謝する。彼女に代わって、礼を言わせてくれ」

 

 「・・・別に、彼女のためじゃないですよ。先輩には、借りがありますから。彼女のためじゃなくて、先輩のために、協力したんです」

 

 「それでも、だ」

 

 苦笑気味に言ったセブルスに、レギュラスはふんと一つ鼻を鳴らした。

 

 「彼女、本当に図々しかったですね。僕が言うのもなんですけど、礼の一つも言わずに、出て行きましたよ?

 

 いくら何でもあんまりじゃありませんか?」

 

 「・・・私が相手だからな。あれで甘えていたんだろう」

 

 「あれで?!」

 

 ぎょっとするレギュラスに、セブルスは緩く頷いた。

 

 「いやなら出て行けばいい。警戒こそすれど、普通に食事をして、部屋に滞在していた。

 

 ・・・私が、彼女に危害を加えないと、確信していなければ、しないことだ。

 

 本人に自覚があったかは、定かではないがね」

 

 「いや、先輩、それポジティブに受け止めすぎです」

 

 しょうがないな、と言うかのようにレギュラスはため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 それからしばらくは、安寧に時間は流れた。

 

 3年後、リリーがサイレントヒルに行くと言い残して、失踪したとメイソンから連絡が入るまでは。

 

 

 

 

 

続く




【ハリー=メイソン】

 無印SILENT HILL主人公。大体は文中で語っている通り。

 黄金の右足を持ってて、神殺しまでやってのけた最強のパパ。

 SILENT HILL3でお亡くなりになってしまうが、無印~3までの間に、襲ってきた教団員を返り討ちにしているなど、小説家(正確には作家らしいですが)という割にポテンシャルは高め。

 セブルスさんのおかげで、魔法族のことも知ってしまったけど、さっくり受け入れる。寛容さは菩薩級。




【ハワード=ブラックウッド】

 海外製SILENT HILLでは常連キャラらしいです。本作では、8作目に当たるDOWN POURに登場した彼をモデルにしています。

 大体主人公に手紙を届けて回る、アドバイザーキャラらしいですが、本作では次元だろうが国境だろうが、さっくり超えられるチートキャラとして登場。

 あの町に関わった人間の前には、チラチラ姿をお見せになるらしいです。

 ・・・なお、彼には上位者であるはずのセブルスさんが工房に施している偽装結界とマグル除けが通用しない様子。





 次回、サイレントヒル2編、スタート!


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【カプリッチオ1】役人Aはかく語りき

 こっそりアンケートにご協力いただき、ありがとうございました。

 結果は、「もちろん!すぐに!」がトップとなりましたので、サイレントヒル2編の前に、こちらを投稿しておきます。

 まあ、啓蒙低い亜希羅の脳髄の、妄想の産物ですのでね。鼻で笑いながら見てくださいな。



 あ、ちょっとご指摘を受けたので、前話のラストシーンを加筆しました。

 よかったら、そちらもどうぞ。


 ※第1楽章3、ポッター母子がアメリカに旅立ったくらい。

 

 

 

 

 

 彼は魔法省勤務の木っ端役人である。名前は・・・紹介するまでもないだろう。

 

 とりあえず役人Aとしておく。それで済むほど、彼はこの物語の本筋とは何の関係もない。

 

 脳に瞳もなければ、獣狩りの経験もないし、啓蒙も知らず、ホグワーツをそこそこの成績で卒業後、無難に入局して、書類にガリガリ羽ペンで書きつけて、紙飛行機にして飛ばしまくっているだけなのだから。

 

 そんな彼でも、その年は激動の日々であったといえる。

 

 魔法省は、日に日に活発化しつつある闇の勢力と、対抗しているといえば聞こえはいいが、荒らすだけ荒らして後片付けを押し付けるだけの光の陣営の板挟みであった。

 

 

 

 

 

 確かに闇の陣営はいけないだろう。マグルを駆逐なんてできるわけがない。そのために虐殺なんて、もっての外だ。ホロコーストなんてやろうものなら、マグルが魔法界に感づいて、大量虐殺兵器を叩きこんできかねない。

 

 役人Aは四半純血(クォーターブラッド)で、母方はマグル、父方は半純血だ。そして妹は魔法を使えず、マグルとして生活している。なので、役人Aはホグワーツ卒業を機に、独立して一人暮らしをしている。

 

 妹は、魔法を自慢する父や自分に対し、あんまり調子に乗らないことね、と負け惜しみのように言っていた。その気になったら、マグルは魔法族を万人単位で虐殺できるんだからね、と。

 

 当時は負け惜しみだと思ったが、後で調べてみれば、妹の言ってたことはあながち間違いではないとわかった。

 

 マグルには魔法はないが、科学がある。杖がなくても、明かりをつけて、電話で遠くと話し、爆弾やミサイルで吹き飛ばして、毒ガスで指一本触れずに殺すことができる。

 

 まして、イギリス魔法界は、かろうじて自治はできているが、人口――マンパワーという点では、マグル界とは大きく差ができてしまっている。

 

 ここで、マグル界に侵攻などしようものなら、怒り狂ったマグルたちが潰しにかかり、イギリス魔法界はその独立性を失って一自治区のようになり果ててしまうだろう。

 

 だが、だからと言って、“不死鳥の騎士団”を始めとした光の陣営もいかがなものかと思ってしまうのは、彼が役人であるためだろうか。

 

 彼らは確かに、闇の魔法使いには対抗してくれるが、我々役人を後片付け係、あるいは無能としか見ていないようなのだ。

 

 確かに、魔法省が無能な部分はあるだろう。だが、だったら、彼らも入局して、体制を変革しようと活動をシフトしてくれればいいのに。

 

 闇の魔法使いたちは、方向性はいびつであれ、彼らは一応目標と、未来の魔法界像というものを掲げ、そのための活動を行っている。(過激で血生臭くあれど)

 

 対し、光の陣営は、とにかく闇は反対というだけなのだ。だったらお前らの主張とか、未来の魔法界像は何よ?と、役人Aは言ってやりたい。

 

 反対する割に、具体的なこと――法案の意見とか、その成立のための活動とかはやらないよな、と思う。

 

 口だけ出すのは楽だよな。だから、ごく一部の熱烈なシンパを除いた魔法省役人は、光の陣営に対しても冷ややかなのだ。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 最近、魔法省内のうわさでひそかに持ちきりなのは、ホグワーツ校長も務める輝かしきD氏が持ち込んできた、予言についてである。

 

 

 

 

 

 役人Aは、妹の影響もあって予言なんて胡散臭い、と思っているが、魔法界でのそれは、特別らしい。

 

 何でも、アカシックレコードから直接情報を抽出し、固定化するとか何とか。

 

 要するに、予言されたことは、絶対、確実に、間違いなく、実現するらしい。

 

 ただ、この予言、予言者自身にも時場所、情報内容を問わずに、降ってくるらしい。そして、予言者はその間アカシックレコードと直接リンクするため、記憶が飛ぶ。その予言を聞いた他者によって、予言されたと認識されるのだ。読まれたのが確実なものだけ、魔法省に届け出が出されて保管されており、実際はもっと他にあるのかもしれない。

 

 極端な例えをしてしまえば、一触即発の外交問題に魔法省は頭を悩ませているというのに、突如防音の利いた個室トイレの中で10年後のゴキブリゴソゴソ豆板の単価を予言する予言者がいても、おかしくないわけなのだ。

 

 いたらヤダなあ、と役人Aは自分の想像に脳内ツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 だが、その予言は都合がいいのか悪いのか、現在魔法界を真っ二つにしている“闇の帝王”“例のあの人”こと、ヴォルデモート卿に関することらしい。

 

 くどいようだが、役人Aは木っ端役人なので、そういう予言が読まれたということを知っている程度で、詳細内容は知らないのだ。

 

 けど、“例のあの人”がいなくなるなら、光の陣営もおとなしくなるだろうし、役人Aとしては仕事も減って願ったりかなったりだ。

 

 案の定、それからしばらく後――ハロウィーンの翌日に、“例のあの人”がいなくなった、という知らせが届いて、みんなして万歳三唱した。

 

 いつどこで殺されるか、何か後ろ暗いことを強要されるか、冷や冷やしなければならないのと同じくらい、仕事が減る!という希望に満ちたものだった。

 

 特に魔法執行部や闇払いは大張り切りだ。“例のあの人”が戻ってくる前に、その手足をもぎ取る!と張り切って、死喰い人たちを捕まえにかかっている。

 

 

 

 

 

 一方で、“例のあの人”が最後に訪れたというゴドリックの谷の現場検証から帰ってきたメンバーがげっそりしているのが、魔法省内でひそかな話題になった。

 

 何でも、ポッター家の周囲が血の海で、死体が挽肉とバラバラ混在のヤベエ殺し方をされていたらしい。被害者が、左手の死の印(デスマーク)から死喰い人ばかりだったのが、唯一の救いか。

 

 それ誰がやったよ?と当然それなりの騒ぎになった。が、このありさまにはすぐに箝口令が敷かれた。異常すぎる。新聞屋には嗅ぎつけられたかもしれないが、さすがにあの口さがない連中でも、年齢規制ものの光景は掲載しないだろう。

 

 唯一このありさまの原因を知るだろう、P夫人(ゴドリックの谷在住。例のあの人から生き延びた親子の片割れ)をD氏の立会いの下、事情聴取したらしい。

 

 が、どうもP夫人は錯乱しているそうで、話にならなかったらしい。

 

 何でも、P夫人が言うには、あの有様はいきなり家にやってきた黒ずくめの男が、マグルの野蛮な武器(ノコギリ?鉈?銃?一貫性がない)でやらかした結果らしい。

 

 あ。それは錯乱しているな。

 

 役人Aはそう思う。

 

 マグルの野蛮な武器を使った?死喰い人が、おとなしくそれに殺されたと?そんなことありえない。

 

 死喰い人なら、武器で切りかかられるより早く、呪いを当ててはいおしまい、だ。連中お得意の死の呪いを始めとした禁じられた呪文だけじゃなく、他にも呪いはあるし、何なら盾の呪文だってあるというのに。

 

 魔法使いが、只のマグル(杖じゃなくて野蛮な武器ならきっとそう)に負けるなんて、ありえない。最新の軍の武器・・・ミサイルとかじゃなくて、ノコギリ?斧?銃?何か、一人で扱えそうなのなら、なおさらありえそうにない。

 

 実際、事情聴取した職員もそう思っているらしく、辻褄が合うように報告を上げるつもりらしい。

 

 曰く、あの大惨事をやらかしたのは、“例のあの人”である、正気で粛清か、錯乱での虐殺かは定かではないが、犯人は“例のあの人”である。

 

 P夫人は、“例のあの人”のやらかしを見て錯乱し、魔力暴走を起こし、そのどさくさで“例のあの人”が吹っ飛んだ。

 

 ・・・P夫人の錯乱証言よりも、筋は通るかもしれない。

 

 だが、実際の現場検証に立ち会ったものからは、ありえない!という意見が強いそうだ。

 

 魔力反応が出ないから、魔法によるものじゃない!らしい。大体、この惨状を作り上げる魔法が、どこにあるのだ!ということだそうだ。

 

 ちなみに、全員もれなくげっそりしていた。吐いたものや卒倒したものもそれなりにいたらしい。どれだけひどい現場だったのだろうか?

 

 役人Aは、今ほど自分がデスクワークでよかったと思ったことはなかった。

 

 “例のあの人”のオリジナルでしょ?と、上層部は切って捨てた。

 

 すでに、あの惨状をやらかしたのは“例のあの人”で、彼を吹き飛ばしたのは錯乱P夫人の魔力暴走、という意見を採用する――というか、事実確定する気満々らしい。

 

 いいのかなあ?

 

 役人Aは思ったが、彼は木っ端役人なので、上司の決定は絶対というのも脳髄に刻み込まれていた。給料は誰だって、惜しいのだ。

 

 

 

 

 

 何にしたって、“例のあの人”がいなくなったってのが、喜ばしいというのに、変わりはない。

 

 だが、その輝かしいニュースを打ち壊す、奇妙な一報が、神秘部から届けられた。

 

 

 

 

 

 神秘部に収められていた、D氏が届け出た予言玉が、壊れている。粉々に粉砕されている。誰にも動かしたり干渉できたりすることはできないはずなのに。

 

 干渉できるのは、予言の渦中の人物、“例のあの人”くらいだが、彼はいなくなった。じゃあ、誰が?どうしてどうやって?

 

 一同は顔を見合わせたが、誰が言い出したか、こういう結論に落ち着いた。

 

 隠蔽しよう。

 

 どうせ、神秘部は危険部署の一つとして、めったに人の出入りはないし、あの場所はヴェールも近いから、誰も近寄りたがらない。

 

 予言を動かせる人物もいないし、ばれることはないだろう、と。

 

 役人Aは、素直にそれに賛同した。反対してもいいことなど一つもないし、D氏がねちねち絡んできてその対応のために仕事が増える方が大変なのだ。

 

 せっかく、“例のあの人”がいなくなったのだ。やるべきことが大量にできたというのに、この上、部外者に仕事を増やされるのは勘弁してもらいたい。

 

 

 

 

 

 後日、P親子の自爆記事が新聞掲載された直後(気の毒に、と役人Aは思う)、顔色を変えたD氏が神秘部に押し掛けてきた。

 

 あ。やっべ。

 

 役人Aが思い至った時には、魔法省は上を下への大パニックに陥った。

 

 取り乱したD氏による追及を受けて、気乗りしなさげな魔法省職員は重い腰を上げた。

 

 が、やはり予言の水晶玉はひとりでに壊れたとしかわからず、(誰かが何らかの手段で壊したとしても、逆転時計も使えないほど時間が経っているので、結局わからない)迷宮入りとなった。

 

 そんな結果を聞いた後、D氏が一気に10年ほど老け込んだようになったのは、なぜだろうか。

 

 予言はすでに成就しているようだし、問題ないのでは?役人Aには不思議でならない。

 

 

 

 

 

 こうして、予言の破壊が判明したわけだが、魔法省の隠蔽体質がそう直るはずもなく、やはり世間一般には、予言のことやその破壊については秘匿されたままだった。・・・つまり、今なおこっそり存在し続けている“例のあの人”は知らないままである。

 

 

 

 

 

 D氏といえば。

 

 あの人、変な人だよな、と昼食を食堂でとっていた別部署の同僚Bが言った。

 

 押しかけD氏からの予言騒動の数日後であった。

 

 はあ?あの人が変なのは今更じゃん。在学時代から変な人だったろ、あの人。

 

 役人Aが思わずそう言うと、シィっと同僚Bが声を潜めるように叱責してきた。

 

 ああ、そうだよな、いくら大人しくなったと言っても、不死鳥の騎士団シンパがどこにいるかわからないし。うかつに変なこと言って、闇の魔法使いの仲間扱いされても困るし、と役人Aは自分のうかつさを反省する。

 

 同僚Bが改めて変な人だって言ってきたのには、もちろん理由があった。

 

 なんと、D氏が無罪の主張をしてきたのだ。

 

 マグルを虐殺して、P一家の居所を“例のあの人”に密告した、SB氏の。

 

 D氏正気か。何で今更。

 

 詳しく訊いてみれば、P夫人が騎士団の庇護下から出奔する前に、SB氏の無実を主張していたらしい。

 

 でも、P夫人錯乱してたじゃん。みんなで聖マンゴに行った方がいいってお勧めしたのに、連れてってなかったのか。

 

 役人Aは呆れた。

 

 あれかな?P夫人が息子さんと心中自爆したのを気に病んで、本当のこと調べてほしいとか?

 

 何か、P夫人、自爆前にD氏に利用される~!とか言ってたらしいし。

 

 罪悪感でも湧いてしまったのだろうか?錯乱した人間の妄言を真に受けるなんて、D氏もいよいよお年なのかもしれない。あの人、ひいきがひどかったけど、優しいときはゲロ甘だったし。

 

 確かに、P親子のことは気の毒に思うが。

 

 でも、あのスピード裁判の時(他にも死喰い人が目白押しだったから、悠長に時間をかける方が危険と判断されたのだ)、D氏もアズカバン行きに一票(正確には秘密の守り人だった云々)、みたいな証言してなかったっけ?と同僚Bが首をかしげている。

 

 で、今更錯乱してる人間(故人)の証言を真に受けて、調べ直せって?無理じゃん。

 

 証拠があるならともかく。無理でしょ。

 

 他の純血貴族からも、裁判のやり直し要請がすごいのだ。

 

 それを受けるなら、他のアズカバン行きになったケースのスピード裁判のやり直しもせねばならず、べらぼうに仕事が増える。

 

 うん。無理だね。

 

 ・・・個人的にも、SB氏のことは好きじゃない。陰気なスリザリン生をいじめ倒して学校辞めさせたのはともかく、そのあと平然と死んだと噂して、万歳三唱ザマァッと高笑いしてるのを見たら、人間性を疑う。ありゃ死喰い人でもおかしくないな、ってみんなで思った。

 

 よくあれと友達出来るな、とつるんでた他3人を珍妙な生き物を見る目で眺めてしまったものだ。(正確には、そのうち1名が珍妙な生き物で、他2人は巻き込まれてるみたいな感じだったが)

 

 ぶっちゃけ、いじめられてたスリザリン生には気の毒だが、あいついなくなったら次誰よ、とみんな戦々恐々としてたし(特にスリザリン生)。幸い、P氏が恋の成就で大人しくなったから、まだマシだったけど。

 

 あいつ、アズカバンから出してみろ。何かイチャモンつけてきて、変に陰湿に絡んできそうだし。上司も乗り気じゃないっぽい。ホグワーツOB間の連絡網を嘗めてはいけない。SB氏のうわさは、年長者の間まで轟いているのだ。・・・悪い方面でも。

 

 役人Aは今の仕事が大事なのだ。妹はマグル界で働き先を持っているものの、役人Aの仕事収入も家計を支える重要な収入源なのだ。

 

 それに、役人Aは、近いうちに結婚する。それを台無しにされてたまるか。

 

 逆さ吊りにされて、パンツ丸見えにされるのだけは御免被る。

 

 D氏も学校の校長なら、おとなしく生徒の面倒見といてくれないかな?

 

 役人Aは切に願う。

 

 

 

 

 

続く

 




【今回は外伝なのでブラボ風テキストはお休み】

 あの惨殺現場、どう処理されたのって話。

 やっぱり魔法族って、無意識にマグルを見下してる風潮、あると思うんです。

 ・・・まあ、狩人セブルスさんは、魔法を併用してるんですけどね。

 それに、魔法族って良くも悪くも杖一本、みたいなところがあるので、他の武器使うのは野蛮!マグルじゃな?ってところあるでしょうし。





 あとは予言のこと。

 予言のことは一部の人しか知らないけど、砕けたのはさらに別の一部の人しか知らない、D氏は本編第1楽章3直後に砕けたのを知ってショックで放心、“例のあの人”は砕けたのを知らないので、予言通りに全部進んでいると思い込んでて、それに沿う、というかその前提で周囲は動くと予想して動いています。

 D氏は最初、HP君の額の傷はないけど、まさか赤ん坊をひん剥いて全身確認したわけでもないだろうから、見えないところに傷があるんじゃね?とか思われていたのかと。

 だから、P親子はD氏によって引き離されそうになりました。

 そして、魔法省は予言玉が砕けた前例ないことが発覚するのを恐れ、隠ぺいに乗り出そうとしました。どうせ動かせるのは、死人だけ!バレへんバレへん!と。

 まあ、それから十分に隠ぺいできる前にD氏が押しかけてきて破壊がばれましたが。ただし、例のあの人はしぶとくHP君を探し回るよ!(ただし自爆記事が出るまで)

 なまじ魔法絶対主義だから、予言をかたくなに絶対と信じ込んでる、D氏も“例のあの人”もどうするんだろうね、という話。

 セブルスさんは、この時点でもまだ自分が予言に干渉したとは、自覚していません。





 補足で、SB氏のアズカバン裁判。他にも死喰い人いたから、スピードでぶち込まれたってのがあるんじゃないかな。(某逆裁のごとく)

 SB氏の人間性あれこれは、完全捏造ですけど。原作では、ここまでいかずと、他に味方する人いなかったんですかね?いなかったんでしょうねえ。

 無罪をいまさら訴えてきたD氏。多分、P親子が亡くなって、罪悪感凄くて、罪滅ぼしのつもりかと。

 でも、これでSB氏がアズカバンから出ること出来たら、息子君を助けてくれなかった!って速攻D氏を殴りに行きそうです。

 出れないんですけどね。





 何で主要人物がイニシャル表示?役人A視点だからです。彼的には、さして親しくもないうえ、恐れ多いので、イニシャル表示なんですよ。




 この話はあくまで役人A視点ですので、あしからず。他、あれどうなってるのって疑問は、またおいおいやってきます。

 原作者様は、設定の甘さに突っ込まれてますけど、布石の置き方とか、人物描写とかは、やっぱりすげえですよね。

 これだけで、結構ひぃこら言いました。




 今日は豪華二本立て!本編は同日投稿予定だよ!


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【4】再びサイレントヒルへ①

メイソン夫妻コソコソ話

 「おおっ!本当に杖で魔法を使うんだな!ちゃんと魔法使いだ!」

 「あたりまえでしょう?魔法使いなんですもの」

 「いや、セブルスは杖を持ってないように見えたからね」

 「・・・あれと一緒にしないでほしいわ。それに、どうせどっかに隠し持ってると思うし」

 「そうなのかい?ところで、君はどんな武器を使うんだい?」

 「武器?」

 「セブルスは使ってたんだよ。鉈にも変形するノコギリと、古い感じの銃を」

 「使わないわよ!あれと一緒にしないで!」



 ハリー=メイソンさんは、魔法使いの第一印象がセブルスさんだから、リリーさんに対して、最初色々誤解してたよ!



 運命的なハロウィーンの夜から、月日は流れた。

 

 セブルスは、時々魔法薬を調合したり、論文を書いたりする引きこもり研究者のような生活をしていた。

 

 一応20代の青年(戸籍上)の割に、陰気と言うなかれ。

 

 調剤薬局の経営も考えないでもなかったのだが、啓蒙高く血生臭い、加えて無愛想で偏屈なセブルスに客商売ができるのかという至極真っ当な問題が立ちはだかったので、無理もないだろう。

 

 さて、セブルス自身はそんな状態ではあるが、こっそり生存を知らせた実家から、無事に事業を引き継いだレギュラス経由で、引きこもり研究者の片手間ながらモグリの闇払いのようなこともするようになった。

 

 具体的には、不動産を不法占拠をしている闇の魔法生物や有害なゴーストの類を駆除する業務である。

 

 血が出るなら、悪霊だろうが上位者だろうが殺せるという、狩人の技量は伊達ではない。廃城カインハーストでは、悪霊を仕掛け武器の錆にしてやったものだ。

 

 一方で、ルシウスとの付き合いも続いていた。と言っても、たまに会ったりして近況について愚痴る程度なのだが。・・・なお、この数年で、失脚した“闇の帝王”に服従の呪文で操られていたと言い訳して、光の陣営との付き合いで綱渡りをしている彼は、額の広さが広がったようにも見えた。純血一族の当主も大変なのだな、と他人事気味にセブルスは思ったりしたものだ。

 

 大事なのは、件のハロウィーンから3年ほど経ったということだろうか。

 

 

 

 

 

 リンッと澄んだ鐘の音が、セブルスの鼓膜を揺らす。

 

 書斎で研究用のメモを見ながら羽ペンで羊皮紙に論文を書きつけていたセブルスは、眉を寄せた。

 

 珍しいこともあったものだ。

 

 確かに、モグリの闇払いもするが、腕が鈍っては困ると、聖杯ダンジョンにも定期的に潜っている。

 

 内部で、“狩人呼びの鐘”や“共鳴する小さな鐘”が鳴るのも珍しいことではない。だが、聖杯ダンジョンの外で鳴るのはまた違う。

 

 それこそ、3年前のハロウィーンの夜以来だ。(その後も一度鳴ったが、あれはセブルスが無効化したため除外扱いとする)

 

 

 

 

 

 確か、あの晩にセブルスを呼び出した、“狩人呼びの鐘”に酷似したアイテムを、リリーはちゃっかり持ち出していた。

 

 リリーが言うには、ポッター家に伝わる魔道具の一種で、“呼び鐘”と呼ばれていて、持ち主が危険な時に鳴らせば、強力な助っ人が呼び出せるが、眉唾物だとジェームズ=ポッターは笑い飛ばしていたらしい。

 

 ・・・それは、あの男に、危険な時など滅多になかったことだろう。無駄に能力だけは優秀だったのだから。

 

 加えて、セブルスがあの男に呼ばれようものなら、その場で“共鳴破りの空砲”を使って呼び出しをキャンセルし、なおかつ二度と呼ばれないように“共鳴する不吉な鐘”を使って、あの男の前に出たうえで、殺すほどはいかずと、腕の一本や二本は切り落として、脅すつもりだった。

 

 いや、ズタズタのひき肉にして、火炎放射器で焦がしミンチにした後、消失呪文(エバネスコ)をかければ、隠蔽できるかもしれない。

 考えるだけ不快なので、適当なところでその想像を打ち切る。

 

 そもそもあの啓蒙低い男に、脅しが通用するだろうか?無駄に高いプライドを発揮して、仕返しを目論まれていたかもしれない。どちらにしたって面倒なことになっていただろう。

 

 とはいえ、持ち主がリリーなら、セブルスとしては文句はない。ただし、リリー本人は嫌がってこの家に置いていこうとしていた。また前のようなことがあっても嫌だろう、自分なら盾ぐらいにはなるから持っていけ、と無理やり持っていかせたのだ。

 

 ヤーナムの外に出て、すでに何年も経つが、その間に聖杯ダンジョンの外で鐘が鳴ったのは、どれもリリーが持っているその“呼び鐘”によるものだ。

 

 実質、世界に一つしかなく、またその音色を感知できるのも世界に一人しかいないのだから、当然だろう。

 

 そのリリーの持つ鐘がまた鳴った。また何か、トラブルが起こったのか。とはいえ、アメリカにいるはずのリリーの持つ鐘の音が、はるか遠くのイギリスに届くとは、やはりあの鐘は魔法界のアイテムとしても、いろいろ規格外――どちらかと言えば、ヤーナム製のそれに近いのかもしれない。

 

 加えて、リリーはセブルスに嫌悪感を持っているというのに、素直に鳴らすのはどうにも解せない。よほどの非常事態があったのだろうか?

 

 とはいえ、考えている時間はない。今、レギュラスは変装をして外出している。亡くなった母、ヴァルブルガに代わり、ブラックの資産や荘園を管理する業務があり、今日は現地視察に出ているのだ。

 

 手早くデスクの上に、いつ戻るかわからないので、遅くなるようなら先に休むようにという旨のメモを残し、装備を整える。顔が見えないと警戒されるかもしれないが、ハロウィーンの時のような場合に備えて枯れ羽帽子と防疫マスクを身につけ、デスクの上に置いていた“共鳴する小さな鐘”を手に取る。

 

 「メアリー、少し出る。レギュラスが戻ってきたら、所用で、Mrs.メイソンのところに行ったと伝えてくれ」

 

 「わかりました。行ってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、よきものでありますように」

 

 その姿を薄れさせながら言ったセブルスに、メアリーは丁寧にお辞儀した。

 

 

 

 

 

 再び、姿を現したセブルスは、見知らぬ家の玄関先に蒼褪めた霧を纏って立っていた。

 

 以前のように足元に死体も転がってなければ、少々郊外にあるこじんまりした一戸建ての、ごく普通の家だ。

 

 念のため左手に銃をさげ、右手でインターホンを押す。

 

 しばし待てば、バタバタという足音を立てて、どこか憔悴しきった様子の男が、ドアを開けてきた。

 

 「?! セブルスか!」

 

 「久しぶりだな、ハリー」

 

 そう言って、セブルスはわずかに口元を緩めた。左手の銃は、もちろん血の遺志に変換して即座にしまった。

 

 なお、ハリーという名前の持ち主は、この家では家主のハリー=メイソンと、ジェームズ=ポッターの血を継いでいる、子供のハリー=ポッター改め、ハリー=メイソンJr.(母親の再婚に合わせて、身元隠しも兼ねて改名した)の二人がいる。セブルスがハリーと名前を呼んでいるのは前者の方で、子供の方はジュニアとだけ呼んでいる。

 

 以前、メイソンと呼んでいたのは、赤ん坊のハリーと混同して、紛らわしかったからで、今は手紙のやり取りで、そう呼称することになっているのだ。

 

 「Mrs.メイソンはいるかね?どうも、呼ばれたようなのだが?」

 

 「やはり、あの魔法の鐘は、君を呼び出せるんだな。リリーからそう聞いていたから、ダメ元で私が鳴らしたんだ」

 

 憔悴した様子ながらも、メイソンは言って、ドアを大きく開く。

 

 「とりあえず上がってくれ。ここには化け物はいないから、その怪しそうな帽子やマスクはとった方がいい」

 

 「そうさせてもらおう」

 

 メイソンの言葉に軽く眉をひそめつつ、セブルスはお言葉に甘え、中に入ると枯れ羽帽子と防疫マスクを外す。

 

 「それで、Mrs.メイソンはどうした?なぜ君が私を呼んだ?」

 

 「そうだ、そのことなんだ」

 

 憔悴しきった様子で、ハリーは話し出した。

 

 「いなくなったんだ。サイレントヒルに行く、と言い残して」

 

 

 

 

 

 ことのきっかけは、リリーとハリーのちょっとした口論だった。

 

 リリーはハリーとセブルスの文通をも快く思ってないようで、折につけやめるように促していたらしい。

 

 だが、ハリーはセブルスには世話になったし、今も世話になっているから、とやめるつもりはなかった。

 

 普段と違ったのは、リリーが珍しく食い下がってきたのだ。あんな殺人鬼なんかに!と罵倒するリリーに、ハリーは思わず言い返した。

 

 私がサイレントヒルで娘のために戦っていたときに、彼は味方をしてくれた。手段と格好はともかく、手を貸してくれた。本質的には優しい人物だ。

 

 彼が手を貸さなければ、君も危ないところだったんじゃないか?私に君を紹介してきたのも、彼の提案だったのだろう?その彼の功績を無視して、殺人だけを非難するのはどうなのか?

 

 確かに、殺人は許されないだろう。だが、誰かを守るためなら、譲れない何かのためなら、仕方ないというのはあるんじゃないか?私利私欲や、八つ当たりなどならともかく。

 

 そもそも、君だって不死鳥の騎士団とかいうところで、戦ったことがあるんだろう?自分は真っ白潔白の手をしていると、したり顔で言うつもりか?

 

 ハリーのそんな言葉を聞き終えた時、リリーは真っ青な顔になって黙り込んでいたそうだ。

 

 まるで、指摘されたくないことを、図星をつかれたかのように。

 

 それから間もなく、彼女はひどく魘されるようになった。よく眠れていない様子で、夜中に飛び起きるようになったのだ。

 

 そして、今朝、サイレントヒルに行くと言い残して、失踪してしまったのだ。

 

 散々近所中を探し回ったが、一向に見つからず、本当にサイレントヒルに向かってしまったのかもしれない、とハリーはここにいたって思った。

 

 本当は自分の足で探しに行きたかったのだが、シェリルとジュニアの面倒を見なければならない、加えてシェリルの事情が事情なので、サイレントヒルに連れて行くわけにもいかない、と身動きが取れず、やむなく事情を知り、手を貸してくれそうなセブルスに相談することにしたのだという。

 

 

 

 

 

 まずい、とセブルスは思った。脳にある瞳が囁いてきた、というべきか。

 

 サイレントヒルは、セブルスたちが訪れる遥か昔から、地元民の間では聖なる土地と呼ばれ――早い話、強い力を持った土地だったらしい。

 

 そこに、力の方向性はとにかく、“神”と呼ばれる存在が降ろされた。たとえ、それが力を失ってしまおうと、一度出てきたという事実は、取り消されない。

 

 絶対、何がしかよくない影響が出ているに違いない。

 

 だが、そんなことをハリーの前で言ったとしても、余計な不安を掻き立てるだけだ。

 

 「・・・わかった。彼女の方は私が捜しに行く。お前はこのままここで子供たちを守っていろ。

 

 あと、万が一、私と連絡が取れなくなっても、お前だけはサイレントヒルに来るな。木乃伊取りが木乃伊になるなど、洒落にならんぞ」

 

 「ああ。ありがとう、すまないな」

 

 「気にするな」

 

 セブルスはすでに十分慣れているわけで。

 

 「数日かかるだろうが、それまで待っててくれ」

 

 「ああ。十分気をつけろ」

 

 ハリーの言葉にうなずくと、セブルスは懐から引き抜いた“共鳴破りの空砲”の引き金を引く。

 

 轟音が轟くや、その姿は蒼褪めた霧に解けるように、消えた。

 

 

 

 

 

 一度“葬送の工房”に戻ったセブルスは、きちんと渡航手続きを取って、国際煙突飛行ネットワークを使ってアメリカに渡った。

 

 そうして、今度は高速移動呪文を使って、滑るように移動をし始めた。目的地はもちろん、サイレントヒルだ。

 

 

 

 

 

 何があったかを語るならば、霧深いその街は、以前以上の静寂と悍ましさ、内包した闇をもって、来訪者を出迎えるようになっていた。

 

 セブルスの予想は、見事的中していた。

 

 その街は、心に闇を持った人間を呼び寄せ、その記憶を捻じ曲げ、妄想を具現化させる、ヤーナムとは別の方向でひどい場所となっていたのだ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ジェイムス=サンダーランドは、霧深い道を歩いていた。

 

 片手にははぎ取った角材、胸にはフラッシュライト。オリーブグリーンのジャケットのポケットには拳銃、懐にあるラジオの音に耳を傾けながら、彼は進んでいた。

 

 死んだはずの妻メアリーから手紙がきた。サイレントヒルの、あの思い出の場所で待っていると。

 

 ああ、メアリー。君に逢いたい。そのためなら、なんだってできる。

 

 ジェイムスは妄信していた。この先に、絶対、メアリーがいる。彼女に逢うためなら、たとえ化け物が待ち構えている廃墟だろうと、乗り切って見せると、固く決意していた。

 

 ・・・真っ当な人間であれば、死んだ妻からの手紙という胡散臭い代物を妄信する彼を、おかしいと指摘できるのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 その重々しい音が聞こえたのは、霧に覆われた大通を通過中のときだった。

 

 何か、重々しいものを、柔らかなものにたたきつける音、だろうか?

 

 何だろう?

 

 好奇心に駆られたジェイムスは、のそのそとそちらに足を向けた。

 

 ・・・真っ当な神経の持ち主であれば、絶対よくないものがいる!とむしろ音がする方から遠ざかろうとするだろう。(例えば、ハリー=メイソンなどはそうしていた)

 

 やがてゴツッとジェイムスの足が何か蹴飛ばした。

 

 それは、下半身をくっつけあったような、マネキンもどきの怪物・・・の死体だった。ジェイムスも今まで何度か殺してきたあれだ。

 

 それが、半分ひき肉になっている。下半身の片方が引きちぎれ、グシャグシャの・・・不謹慎ながら、ジェイムスは車に轢かれた猫を思い出した、あれによく似た感じにされている。

 

 思わず呆然とそれを眺め、よせばいいものを、ジェイムスは視線を音の発生源に向けた。

 

 白い霧ににじむように、それはいた。

 

 それは、人影だった。霧よりも暗めの――元の色はグレーだったらしいローブを纏っており、高位の司祭を彷彿とさせる。精緻な刺しゅう入りのマントもまた、その高潔な雰囲気を強調する。

 

 ・・・が、それらはみんなまとめて、化け物の返り血で血まみれだった。

 

 そして何より、首から上がいただけなかった。

 

 その頭は・・・兜の一種だろうか、金色の三角がのっかっていた。三角帽ではなく、顎から上をすっぽり覆い隠すようなデザインをしているのだ。どうやって周りを見ているのだろう?(そしてそれも血まみれだった)

 

 ジェイムスは、少し前にアパートで、襲われそうになった赤い三角頭を、否応なしに思い出していた。

 

 奴は、もっと鉄っぽい感じの兜で、顎どころか肩までかかるほどの大きなやつをかぶっていたし、ずた袋のような腰布をしていた。

 

 まさか、あれの同類だろうか?

 

 加えて、持ち物も妙だった。赤い三角頭の方は、錆だらけの身の丈ほどの大鉈を引きずり歩いていたが、目の前の金色三角頭は巨大な車輪を肩に担いでいた。ゴム製のタイヤとかじゃなくて、重そうな木を金属枠で補強されたものだ。

 

 ジェイムスは知らなかった。それは、処刑隊の武器、ローゲリウスの車輪であるということを。

 

 ・・・で、目の前の金色三角頭は、それを玩具のように軽々と振り回し、ジェイムスは見たことのない・・・スクラム組んだ4人組っぽいのや、人間ムカデのような感じの、こん棒を持ったような化け物を挽肉にしていた。

 

 文字通り、轢殺していた。車輪の縁に上下についている取っ手をもって、グルングルン回転するような感じで、化け物どもにたたきつけている。

 

 これが、あの音の正体だ。

 

 ヤベエ。あいつ、赤い三角頭よりヤベエんじゃね?

 

 茫然としながら、ジェイムスは思う。

 

 あの赤い三角頭もやばかった。アパートの一室に入ったら、化け物をヤベエ感じにレイプしながら惨殺してたし、めちゃくちゃ怖かった。叫ばなかっただけ上等だ、とジェイムスは思っている。(発砲はした)

 

 ついでに言えば、金色三角頭を襲う化け物どもも、尋常な数ではないらしい。

 

 ジェイムスを襲ってくる化け物どもは、多い時で精々一度に3体程度なのだ。危なくなったら逃げればいい、とジェイムスもわかる。

 

 ・・・それでも、できれば殺しておきたいのだが。あんな化け物は、生かしておくべきではない。殺すべきだとジェイムスは真剣に思っている。

 

 だが、金色三角がやったらしい死体の数は、ゆうに10を超えていた。

 

 ヤベエ。再度ジェイムスは思う。

 

 この金色三角頭、とんでもねえ奴だ。敵に回すべきじゃない。

 

 ゴシャンッと音を立てて、化け物の最後の一体が挽肉と化しながら吹っ飛んだ。

 

 それを見届けたらしい、金色三角頭は、やがて両の拳を天に突き上げながら天を仰ぐ――いわゆる“喜び”のジェスチャーを取りながら、叫んだ。

 

 「ご覧あれ!私はやりました、やりましたぞ!

 

 この穢れた怪物どもを、潰して潰して潰して、ピンク色の肉塊に変えてやりましたぞ!

 

 どうだ、化け物が!

 

 如何に貴様らが勇猛果敢と称して数で挑んでこようとて、このままずっとあるのなら、何ものも苦しめられんだろう!

 

 すべて内側、粘膜をさらけ出したその姿こそが、いやらしい貴様らには丁度よいわ!

 

 フハ、フハッ、フハハハハハハァーッ」

 

 キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!

 

 化け物がしゃべったというのも、かなりショッキングだったが、いかんせん内容が内容であったので、ジェイムスは脳内ではそんな雄たけびを上げつつも完全に硬直していた。

 

 懐のラジオも沈黙したままで、ついでに街に満ちる不穏な気配さえその瞬間は沈黙していた。

 

 ヤベエ。三度、ジェイムスは思った。

 

 こいつは、赤い三角頭とかとは、別ベクトルにヤベエ。顔合わせたらいけない奴だ。

 

 我に返ったジェイムスは、そそくさと方向転換した。

 

 なお、ジェイムスが踵を返すや、金色三角頭も我に返ったか、金色三角・・・正式名称、金のアルデオをずらして、懐から取り出した飲み薬をグイっと飲み干した。

 

 ヤーナム製の鎮静剤は、人血製である。血の医療にもつながる、ビルゲンワース発祥の飲み薬で、効果のほどはお墨付きだ。

 

 高ぶった獣性を抑え込んだ金色三角頭は、「・・・やはりいつもの格好がよいか」とぽつりと言って、血の遺志収納を応用した瞬間衣装替えで、いつもの黒いインバネスコート姿(頭装備付き)に早変わりして、そのまま街の奥へ向かって姿を消した。

 

 

 

 

 

 なお、気分転換で処刑隊コスプレをしていたセブルスは、ジェイムス=サンダーランドに目撃されて、ヤベエ奴呼ばわりされたことは知らない。

 

 知ろうものなら、「便器に躊躇なく腕を突っ込む奴にだけは言われたくないわ」と吐き捨てること請け合いである。

 

 ・・・とある廃屋のトイレで、ジェイムスが躊躇なくそれをやらかしているのを、セブルスはうっかり目撃してしまったのである。

 

 ハリー=メイソン辺りが知れば、どっちもどっち、とため息を吐いて言ったに違いない。

 

 

 

 

 

 さて、そんなちょっとした邂逅劇の後、セブルスはようやくリリーを見つけた。

 

 この街は、誘い込んだ人間にそれぞれ別の次元の街並みを見せつける――ある意味、ヤーナムと似通った特性を持っているが、夢を司ることもできる上位者であり、夢を渡れる狩人でもあるセブルスは、ある程度それを無視して干渉することができる。

 

 それに気が付いてしまえば、後は居場所を見つけるだけで何とかなった。

 

 「あんたたちのせいよ!あんたたちのせいで!この!この化け物!」

 

 ようやく見つけた、セブルスの、かつて最愛に位置付けた女性は、憎悪に顔を歪め、血と錆にまみれた人型のような怪物に、呪いの赤い光弾を乱射していた。

 

 セブルスは、動かなくなったそれをなおも踏みにじる彼女を落ち着かせようとした。

 

 すでに、ここまでの道中で見かけたものの痕跡、再現された幻などから、彼女の身に何があったか、なぜこの街に惹かれたかは、わかりきっていた。

 

 

 

 

 

 リリーがジェームズ=ポッターと結婚したのにはわけがあった。

 

 実は、セブルスは、あれほど嫌っていたポッターとあっさりくっつくなど変だな、と少々解せなかったのだ。

 

 自分という当て馬(当時とその後を思い返せば、そういうポジションだろう)がいなくなったからだろうか、とも思っていたが、実のところ、もっと深刻な理由があったのだ。

 

 リリーのことを追い回していたジェームズ=ポッターは、好意を持った女性の存在を家族に打ち明けていたのだろう、ポッター夫妻から彼女に圧力がかかるようになっていたのだ。

 

 遅くにできた一人息子を溺愛する夫妻は、マグル生まれの何の後ろ盾も持たない女が、品行方正で成績優秀な我が息子を選ばないのはおかしいと、その行動に干渉をかけるようになっていたらしい。

 

 そればかりか、あの事件のあった当時はすでに卒業後に備えて、就職活動も始まっていたが、“死喰い人(デスイーター)”をひそかに志していたセブルスはともかく、リリーは魔法省や、魔法薬関連の企業に就職を目指していたはずだった。だが、それすらも、ポッター夫妻に邪魔された。

 

 息子の妻になるのだから、そんなことする必要はないだろう、と言わんばかりに。

 

 いくらヴォルデモート卿のせいで、後ろ盾のないマグルの女性の就職が難しいといっても(下手をすれば雇った企業もトラブルに巻き込まれかねない)、こうまでうまくいかないのはおかしいとリリー自身も思い続けていた。

 

 ジェームズ=ポッターとの交際は、これ以上彼を邪険にすれば、就職にも響くかもしれないという、打算もあってのことだった。

 

 だが、その後は転がり落ちる、否、泥沼に引きずり込まれるように、彼女の人生の方向は決定づけられた。

 

 全部、ジェームズ=ポッターに好かれ、彼の両親に目をつけられた、ただ、それだけで。

 

 彼女がすべてを知ったのは、ハリーJr.を妊娠する少し前、“不死鳥の騎士団”の活動でジェームズが家を留守にしている時だった。

 

 竜痘で病床にあったポッター夫妻が、罪悪感などまるでなく、看病するリリーに対し、こんな子が息子の嫁に来てくれるなんて、やはり自分たちは間違っていなかった、という誇らしげな物言いで、暴露してきたからだ。

 

 すべての思考が憤怒に塗りつぶされたリリーは、二人につかみかかり、怒鳴り散らした。

 

 だが、前夫妻はそんなリリーの怒りを、病床であるのをものともせずに、せせら笑って流した。

 

 『どうせもう、ジェームズがいなければ何もないだろう?寄生虫の一匹を養う程度、ポッター家にはたやすいことだ』と。

 

 とうとう我慢ならなくなったリリーは前夫妻に杖を振り下ろし、呪いを放った。死の呪いなどではない、ちょっとした悪戯レベルのものだ。ただ、謝罪させたかっただけなのだ。

 

 だが、竜痘によって弱り切っていた夫妻にとって、それは致命的であり、その拍子に亡くなってしまったのだ。そして、帰ってきたジェームズは、それを竜痘による発作によるものだと勘違いした。

 

 リリーに、すべてを打ち明けることはできなかった。ここまで来てしまえば、もはや彼女には、ジェームズしか、寄る辺はなかったのだから。・・・悔しいことに、前夫妻の言うとおりに。

 

 アズカバンには行きたくない。万が一、ジェームズが見逃してくれたとしても、就職もうまくいかなかったマグル出身の魔女一人が易々と生きていけるほど、イギリス魔法界は甘くはないのだから。

 

 そこからは、もう必死だった。ジェームズに捨てられないように、腹を痛めた息子に罪はないと、必死でリリーは自分自身に言い聞かせていたのだ。

 

 

 

 

 

続く




【角材】

 サイレントヒルの路地裏の柵から、ジェイムスがはぎ取った角材。

 適度な重さと大きさに、尖った釘が出ているので、化け物を殴打するのに適している。

 化け物は殺さなければならない。そこに連中がいる、それだけでも許せない。だからジェイムスは、奴らを見かけると殺しにかかる。

 ・・・本当に許せないのは、果たして化け物の方なのだろうか?





 ちなみに、ポッター家の鐘は、持ち主が緊急と感じているときに、魔力消費で発動しますが、啓蒙消費でも発動します。ハリー=メイソンさんがセブルスさんを呼びだしたのは、啓蒙消費によるものです。・・・そりゃ、神とか裏世界とか目の当たりにしたら、啓蒙の一つや二つ得るでしょうよ!



 あと、ハリー=ポッターのお父さんはジェーム「ズ」=ポッターです。
 そして、サイレントヒル2の主人公はジェイム「ス」=サンダーランドです。
 紛らわしいですけど、本シリーズではそのようにやっていきます。ハリーもジェームズも、ありがちなんがあかんのや!


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【5】再びサイレントヒルへ②

誤字報告、感想、評価、お気に入り、などなどありがとうございました!




 サイレントヒルコソコソ話


 「さーて、今日の来訪者は~?

 5人か!いやあ、今日は多いね!大丈夫!我が町は、みんなそれぞれの悩みに合わせて、従業員と環境をカスタマイズできるからね!

 1人対象外がいるなあ、気にしない気にしない」

 「この方は~?あー、奥さんを介護疲れでね~。うん!じゃあ、理想の奥さんと、スペシャルスタッフをつけちゃおう!

 奥さんのいる理想の世界と、罪深い自分の断罪のダブルセット!きっといいんじゃないかな?」

 「こっちの子は~?クズなお父さんをね~。ふむふむ。じゃあ、お父さんと、お母さんにも会えるようにして、と」

 「あら。こっちの豚は、課外コースをご希望かしら?じゃあ、撃ち殺しても胸の痛まない、サディスティックなスタッフたちを配置して、と」

 「で、こっちの方は~、あらぁ、進学先で見初められて、そのまま人生をね~。大丈夫よ?罪深いあなたを断罪してくれる方を用意しますとも!」

 「あらら?こっちの方・・・何かしら?情報が途中から全く読み取れないんですけど?まあ、読み取れた分でも十分っぽいから、そこだけ手配しておきましょうか。大体あってるでしょうし」

 「ふんふん。順調ですな!」

 「え?スペシャルスタッフ付きの方が、拒否?!ちょ?!勝手にしないで?!」

 「あれ?情報が途中から読めなかった方が、他の方の領域へ?!ちょ、勝手に干渉しないで?!」

 「あー!困りますー!お客さまー!困りますー!」





 大体そんな感じかと。



 鉄錆と血臭に覆われた牢獄じみたそこは、規模だけは豪邸のように広かった。おそらく、ヴォルデモートに狙われるきっかけとなる予言が出てくる前は、そのくらい大きな屋敷に住んでいたのだろう。

 

 怪物を呪いで倒したリリーは、セブルスの呼び止めも無視し、そのまま奥へ向かう。

 

 セブルスが慌てて扉を開けた時には、彼女は姿を消していた。舌打ちして、セブルスは彼女の後を追うべく、歩き出した。

 

 サイレントヒルが、セブルスとリリーを引き離したがっているのだ。

 

 この街には、そういう一種の魔力、意思のような力がある。

 

 セブルスに従う必要はないのだが、間もなくその足を止める。

 

 たどり着いた、ひときわ大きなダンスホールのような大広間に、それはいた。

 

 体格はセブルスとほぼ同等。肩から胸までを覆うほどの大きな赤い三角形の兜をかぶった、異形。特筆すべきはこん棒のような、異様な武器を持っていること。

 

 魔法の杖だとでもいうつもりだろうか?

 

 くっと、セブルスは防疫マスクの下で嘲りに薄い唇を歪める。

 

 ずいぶんとそれらしく用意したものだ。

 

 「誰も貴公を必要など、一言も言ってないのだが?そんなこともわからんのかね?

 

 貴公、私を気取るならば、もう少し啓蒙高くありたまえよ」

 

 途端にたじろぐように、三角頭が後ずさった。

 

 グイっとセブルスは血の遺志にしまっていたそれを顕現させる。

 

 ローゲリウスの車輪。処刑隊が、カインハーストの穢れた血族の粛正に用いていた仕掛け武器だ。この武器は内蔵されている回転機構を稼働させることで、その真の威力を発揮させることができる。

 

 重量のために大ぶりな攻撃が多いのが難点だが、その分一撃一撃が強力な武器だ。

 

 「わかるかね?私は急いでいるのだ。貴公ごときを相手取っている時間はない」

 

 淡々と語りながら一歩踏み出すセブルスに、三角頭はしかし、あきらめが悪かった。

 

 あるいは、狡猾であったというべきか。スリザリンらしい、と言えばそれまでかもしれないが。

 

 ・・・失言をしてしまった己自身を殺したい、罰してもらいたいと、セブルスが願わなかったと言えば、嘘にはなるのだ。だが、そんな過去の産物を引っ張り出されても、セブルスにしてみれば、今更なものだ。

 

 「いやあ!助けて!助けて!セブ!」

 

 三角頭が羽交い絞めにし、その喉元に棍棒を押し当てるのは、女だった。

 

 それは、この街で時折見かけ、そっけなくするセブルスにまとわりついてきた、奇妙な女だった。否、妄想だ。

 

 リリーに拒絶されたころのセブルスが生み出した、理想の(セブルスを拒絶せず、受け入れる)リリー。

 

 サイレントヒルの町が、人間だった頃のセブルスの思考から生み出した、妄想の数々。化け物も、目の前の三角頭も、あの女も、全部。

 

 だが、セブルスは上位者だ。それが妄想だというのは、即座に気が付いた。だからこそ、遠慮のえの字もなく、それらを虐殺にかかったのだ。

 

 過去の、妄想の分際で、私の前に立つなと言わんばかりに。

 

 「馴れ馴れしく呼ばないでもらおう。ついでに、彼女はすでに人妻だよ」

 

 左手で回転機構の稼働部を引っ張るや、ローゲリウスの車輪はガルンガルンと激しい音を立てながら、黒々とした怨念を吐き出し始めた。

 

 穢れた血族を散々轢き潰してきたこの車輪には、その怨念がたっぷりと染みついている。そして、その怨念は生者へ、理不尽な道連れを要求するのだ。

 

 そして、三角頭にも女にもかまうことなく、セブルスは車輪を振り抜いた。

 

 ゴシャァッと、轢き潰れる音がした。

 

 「セ・・・ブ・・・」

 

 「彼女は私をそう呼ばんよ。私の記憶を汚さないでもらおう。汚らわしい売女め」

 

 女の胴を挽肉にしながら、セブルスは吐き捨てた。

 

 どんっと、三角頭は役に立たない女を突き飛ばし、こん棒を構えた。

 

 「その意気や、よし」

 

 セブルスは倒れこんだ女を一顧だにせず、ローゲリウスの車輪を肩に担いで構え直した。

 

 「粘膜をさらけ出すがいい。いやらしい貴様にちょうどいいように、な」

 

 

 

 

 

 死闘が始まった。

 

 三角頭は、こん棒を振り回し、あるいはそこから呪いじみた光弾を放って、セブルスを狙い撃ってくる。

 

 対するセブルスは、高速移動呪文と狩人のステップで、それらをよけ、三角頭めがけて肉薄する。

 

 残念ながら、三角頭には左手の銃は役立たずになる。

 

 三角頭は動きが鈍く、一撃一撃が大振りなので、ガンパリィを狙って獣狩りの短銃で水銀弾を撃ち込んだのだが、三角兜に弾かれるだけに終わる。

 

 なるほど、これは面倒だ。これでは、狩人の必殺技能、内臓攻撃が封じられたも同然だからだ。

 

 だが、だから何だ。

 

 折れぬ限り、狩人は勝てる。折れるまで、何度でも戦えるからだ。勝つまで戦うのが、狩人だ。

 

 持久戦など、別に初めてではない。

 

 棍棒を振り回す三角頭に、セブルスは一度ローゲリウスの車輪の怨念放出を留め、通常形態に戻してから、振り薙いだ。

 

 車輪の怨念放出は強力だが、使い手の生命力を食らって発動しているので、常時発動は難しいのだ。

 

 途中、何度か殴られることがあったが、負傷は輸血液で癒し、反撃する。

 

 そして。

 

 とうとう、何度目かの車輪の一撃が、三角頭に命中した。もろにバランスを崩し、倒れこむ三角頭だが、セブルスがとどめを刺すまでもなかった。

 

 棍棒の先を自分に向けるや、緑色の閃光を自分に当てたのだ。死の呪文(アバダケダブラ)か。

 

 それっきり、三角頭は動かなくなった。

 

 ・・・呆気のないことだ。あるいは。

 

 ふと、セブルスは思う。あの時の自分は、退学を選んだわけだが、そうでなければ、どうしていたのだろう?自死を選んだか、それでも未練がましくホグワーツでの生活にしがみついていたか。

 

 考えても詮無いことではある。

 

 ただ、今の自分は確実になかっただろうな、とセブルスは思った。

 

 とはいえ、感慨にふけっている場合ではない。

 

 セブルスは、三角頭の死体が持っていたカギを使い、大広間を後にして、リリーの後を追うべく、再び館をさまよい始めた。

 

 

 

 

 

 ようやく、追いついた。

 

 館の最奥、寝室のような場所だ。

 

 ベッドのような柵に拘束されたような、シャム双生児めいて中途半端にくっついた皺塗れの老夫婦のような化け物――腹部から女の顔が寄生虫のように突き出ているそれに、セブルスはチッと舌打ちする。

 

 あれは、リリーの妄想だ。傷つけられるのはリリーだけ、そして、どうにかできるのも、リリーだけだ。

 

 実際、セブルスがけん制で放った獣狩りの短銃による水銀弾の一撃は、幻であるようにすり抜けてしまったのだから。

 

 『自分のことしか考えない魔女め!かわいいジェームズの次は、何も知らないマグルの男を食い物にする気か!寄生虫め!殺人鬼だと?人殺しだと?どの口が言っているのだ?』

 

 「違う!」

 

 怪物のしわがれた罵倒に、リリーは悲鳴を上げるように頭を抱えた。

 

 セブルスは、とっさに彼女の腕を引いて、怪物の押しつぶすような体当たりからかばう。

 

 「落ち着け、Mrs.メイソン」

 

 「いやよ、もういや!放してよ!

 

 わかってたわよ!私が人殺しだなんて!!あなたのことを非難して、私は違うって言い聞かせ続けて!

 

 思い出したくなかったから、ひたすらかかわりを拒否しようとして!

 

 さぞ軽蔑したでしょう?!」

 

 セブルスの腕を突き放そうともがきながら、リリーは怒声を張り上げる。

 

 「落ち着け!よく思い出し、考えるのだ、Mrs.メイソン!

 

 なぜポッター前夫妻は、あのタイミングでばらしてきたのだ?!」

 

 「え?」

 

 負けじと声を張り上げたセブルスに、リリーは目を瞬かせ、身動きを止めた。

 

 咳き込むように放たれる衝撃波を、セブルスはリリーの腕を引いてよけさせながら、なおも続けた。

 

 「落ち着いて考えたまえ。

 

 あのタイミングで、君に真実を知らせるメリットは何だ?

 

 黙っていればよかったではないか!君は知らなかったのだから!」

 

 「あ・・・!」

 

 息を飲んだリリーに、セブルスは続ける。

 

 「ポッター前夫妻は、君の愛など信じてなかったのではないかね?

 

 事情が事情だ。だからこそ、君がポッターから離れていかないように、最後に釘を刺すことにしたのだ!」

 

 あの時。ポッター前夫妻は、自分たちがもう長くないと悟っていたに違いない。だから、死後に万が一にもリリーがジェームズから離れないように、楔を打つことにしたのだ。罪悪感、という名の楔を。

 

 「・・・私を、わざと怒らせて・・・自分たちを、殺させることで・・・?」

 

 リリーの震える声に、怪物が黙れ!と言うかのように獰猛な咆哮を上げる。再び咳き込むような仕草の後、一斉に無数の虫を飛ばしてきた。

 

 舌打ちとともに、セブルスはリリーを突き飛ばした。

 

 「ああ?!」

 

 リリーが悲鳴を上げたたらを踏みながら振り返ってきた。もっとも、その不快であろう攻撃はセブルスにとっては知覚できる幻のようなものなので、歯牙にもかけず、彼は口を開いた。

 

 「あとは自分で考え、答えを出したまえ。君ならできるはずだ」

 

 「・・・っ・・・」

 

 集り、傷つけようというかのような虫の群れの中を平然と立つセブルスに、リリーは恐れおののいた様子で、後ずさった。

 

 逃げたい、と言うかのように、カチカチと歯を鳴らして震えている。

 

 「Mrs.メイソン。君は、今の家族をどう思うのだね?」

 

 「!」

 

 「君は本当は、どうしたいんだね?それこそが、あの化け物を打ち払う、本当の力になる」

 

 そして、セブルスは虫の群れをすり抜けて壁際に歩み寄り、観戦者であるように向き直った。

 

 くどいようだが、この怪物はリリーの妄想でもあるのだ。だから、セブルスにとっては、幻に近く、攻撃も効果がないものが大半なのだ。

 

 もちろん、夢に侵入出来る狩人の特性から、その気になれば攻撃を加えることはできるだろう。だが、それはセブルス自身が激しく消耗することになる上、何よりも、何の解決にもならない。

 

 これは、リリーの妄想なのだ。始めたのがリリーならば、終わらせるのもリリーでなければならない。でなければ、また繰り返すことにしかならないだろうからだ。

 

 「この街は特殊なのだよ、Mrs.メイソン。

 

 この街には神がいる。記憶を捻じ曲げ、曲解して望みをかなえるが、恐怖と憎悪を啜り、魂を貪る。

 

 その化け物は君が望んだ結果だ。打ち払うには、より強い望みがいるのだ。

 

 もう一度聞こう。君は本当は、どうしたいのだ?」

 

 「私は・・・」

 

 やっとのことで、血を吐くようにリリーが口を開いた。

 

 「ジュニアと、シェリルと、ハリー・・・私の家族のところに帰りたい。

 

 帰って何があったか、ちゃんと話して、聞いてもらいたい」

 

 ぎゅうっと、杖を握りしめ、彼女は袖で顔をぬぐって振り向くと、暴れ回る怪物に向き直った。それをセブルスは、ため息交じりに見やった。

 

 世話の焼ける幼馴染だ。

 

 

 

 

 

 リリーの放った何度目かの呪いが、化け物に命中した。

 

 「人殺しでも・・・それでも、私は帰るわ。杖のように振り回されるのなんて、もう十分だもの。

 

 自殺の手伝いは終わったはずよ。私はもう、好きにするわ」

 

 涙目でも、凛として言い放ったリリーは、確かに勇猛果敢なグリフィンドール出身の魔法使いだったのだろう。

 

 ボロボロと、風化していくように崩れ去って消えていく怪物は、『ジェームズ・・・ジェームズ・・・』とひたすらに憐れな声で呻いていたが、やがてそれ諸共、空気に解けるように姿を消した。

 

 それを見届けて、リリーはがっくりと膝をついた。

 

 その瞼の裏で、在りし日のジェームズ=ポッターが両親がすまない、と謝ってきている様子を、リリーは見た。

 

 彼は、リリーと付き合うようになってから、思うところができたのか、あるいはおりにつけリリーが叱り、反省を促したからか、だいぶおとなしくなりはした。

 

 その愛情を疑ったことなど、リリーは一度たりともありはしなかった。

 

 セブルスは、そんなリリーを静かに見つめていた。彼女がどう結論を出そうと、彼女の自由だ。極論してしまえば、彼女の心の問題であり、彼女が考えたいように考えてしまえばいいのだから。

 

 ただ、彼女が悔いのないようにあってほしいとは思う。

 

 「・・・さすがは、Mrs.メイソンだ」

 

 「・・・久しぶりに聞いたわね、あなたのそんな言葉」

 

 「お互い離れ過ぎていたのだから、当然だろう」

 

 そう言って、セブルスは膝をついているリリーに歩み寄ると、彼女に向かって右手に持っていた青白い鐘を軽く振った。

 

 リリーは知らないが、それは秘儀“聖歌の鐘”の触媒だ。自分と周囲を癒す効果があるもので、魔法による治癒呪文が至近に寄らなければ使えないのに対し、ある程度距離があっても効果がある。

 

 涼やかな音色とともに、リリーの身体についている大小さまざまな傷があっという間に癒された。先ほどの戦闘でも、何度かその身に受けたものだ。

 

 見たことのない魔道具だ、闇の魔法道具ではないらしい、とリリーは判断する。

 

 ・・・そういえば、この幼馴染は生傷が絶えなくて、そのうち治癒呪文を自己習得していた。この魔法道具を持っているのもその延長なのかもしれない、とも思った。

 

 「立てるかね?」

 

 「・・・もう、リリーとは呼んでくれないのね」

 

 “聖歌の鐘”をしまったセブルスの問いに、すっきりした顔をしたリリーは立ち上がりながら、どこか寂し気に言った。

 

 リリーは謝りたかった。血まみれの殺人鬼なんて侮蔑して蔑んでたのに、わざわざ助けに来てくれた。

 

 イギリスで追い回されていた時でも、周囲が敵だらけの中、彼とその後輩だけが、手を差し伸べてくれた。だというのに、自分とくれば礼の一つも言わなかった。

 

 今だってそうだ。背を向けて、見捨てることだってできただろうに、遠回しであれど、リリーの背を押して励ましてくれたのだ。

 

 先ほどの戦闘も少し離れたところで、リリーに無言で治癒の魔法道具を使って、アシストしてくれたのだ。

 

 「・・・人妻の名前を、軽々しく呼ぶつもりはない。君もわきまえたまえよ」

 

 「あの、以前はごめんなさい。あなたは助けてくれたのに、私・・・」

 

 静かなセブルスの言葉に、リリーはひどく悄然とした顔で言ったが、しかし彼はそれに対しては何も言わず、踵を返した。

 

 「早く戻るとしよう」

 

 短くそう言い残して。

 

 くしゃりとリリーは悲しげに顔を歪めたが、何も言わずにそのままそのあとに続いた。

 

 ・・・今更だった。今更過ぎた。きっと、彼は、あきらめてしまったのだ。自分が、あきらめさせてしまった。

 

 今更ながら思い出す。そういえば、この幼馴染は、最後にはリリーのわがままを、しょうがないなと許してくれていたな、困っていたら真っ先に助けてくれていたな、と。

 

 ・・・心のどこかで、幼馴染なら助けてくれる、許してくれると、甘ったれていたのだ。

 

 本当に今更だ。

 

 「セブ、ありがとう」

 

 その名を呼ぶ資格はもうないけれど。リリーは、小さくそう言った。

 

 背を向けたセブルスに、それが聞こえているかは定かではない。どちらでもいい、とリリーは思う。だって、これは、リリーの自己満足なのだから。

 

 

 

 

 

 さて、ようやくセブルスとリリーは二人そろったわけだが、“姿くらまし”やポートキーなどの移動系の魔法を使うには、サイレントヒルそのものから一度出る必要がある。

 

 くどいようだが、この街は異常なのだ。通常の魔法はともかく、移動系の魔法は空間に干渉するため、サイレントヒルでは使えないのだ。

 

 セブルスには高速移動呪文があるが、リリーにそれは使えず、箒もないなら、魔法使いらしくもなく、徒歩で移動するしかない。

 

 

 

 

 

 余談になるが、セブルスは箒はあまり得意ではない・・・というか、好きではない。どこぞの馬鹿者4人組のうち2人が箒が超得意で、飛行術の合同訓練の際に散々ちょっかいをかけられたせいでもある。

 

 箒から叩き落されたこと数知れず、骨折も何回かやらかし、挙句、高速で追い回されてアクロバティック飛行を強要され、呪いをかけられまくった。

 

 あれで好きになれという方がどうかしている。

 

 ザル監督で、箒から落ちたセブルスの方がどんくさい呼ばわりしたフーチは、とんだヘボ教師だとセブルスは思っている。

 

 さらなる余談であるが、正史のセブルスであれば“闇の帝王”から教わった飛行呪文で空を飛ぶこともできるのだが、こちらの彼は帝王の配下になるどころか、彼の内臓をぶちまけているので、そんなものは使えない。

 

 

 

 

 

 リリーの要請で、枯れ羽帽子と防疫マスクを外したセブルスは、ふと気配を感じて足を止めた。リリーもまた、つられるように足を止める。

 

 その直後、真っ白な霧を割るように、彼は現れた。オリーブグリーンのジャケットを羽織った、茶髪の男――ジェイムス=サンダーランドだった。

 

 「よかった!無事だったのね!」

 

 弾んだ声で話しかけるリリー(彼女もどこかで顔を合わせていたらしい)に、サンダーランドは疲れ切った様子ながら、笑みを浮かべた。

 

 セブルスが最初見かけた時のような一種の病んだ雰囲気はない。どこかすっきりしたように見えた。リリーと同じように、彼も自分の闇を振り切れたのかもしれない。

 

 「君も、無事だったらしいな。捜し人に、会えたかい?」

 

 サンダーランドの言葉に、リリーは黙ってうつむいた。

 

 

 

 

 

 なお、リリーは最初、サイレントヒルに来たのは、死んだポッター前夫妻から手紙が来て、というように記憶を捻じ曲げていたらしい。

 

 ポッター前夫妻が許せない、ジェームズを愛しているが憎んでもいる、ちゃんと彼の真意を知りたかったというリリーの感情を、サイレントヒルは悪い意味で実現しようとしたわけだ。

 

 

 

 

 

 「あの、Mr.サンダーランド、あなたの捜し人は見つかりましたか?」

 

 「・・・ああ」

 

 どこか遠慮がちに尋ねたリリーに、サンダーランドはそっと視線をそらし、遠い目をして頷いた。

 

 「君たちは、帰るのかい?」

 

 「そのつもりだ。彼女には家族がいるし、私も家に残している者がいるからな」

 

 サンダーランドの問いかけに応えたのは、セブルスだった。

 

 どちらかと言えば、その言葉は、いまだに二人に邪な誘惑を投げかけようという、サイレントヒルそのものへの言葉だったようにも思われた。

 

 「うらやましいな・・・」

 

 ぽつりと言って、サンダーランドは一歩踏み出した。

 

 セブルスとリリーの脇を通り過ぎ、歩いていく。その方向は、最初にセブルスが彼を見かけた、駐車場の方だ。(その後のトイレインパクトが凄まじすぎた)

 

 サンダーランドは、白線も無視して駐車し、ドアも開け放ったまま、サイレントヒルをうろついていたのだ。

 

 「ああ、そうだ」

 

 何事か思い出したのか、サンダーランドは足を止めて、二人を振り返ってきた。

 

 「ローラという女の子を見たら、彼女を頼む。あの子に何かあったら、メアリーが悲しむだろうから」

 

 「え?あの、あなたは?」

 

 「・・・私には、まだ、やることがあるんだ」

 

 戸惑ったように尋ねるリリーに言って、サンダーランドは今度こそ背を向け、霧の中にその姿を消した。

 

 ややあって、バタバタンと何かを開け閉めする音と、ブオンッと一等大きなエンジン音が聞こえた直後、ドボンッと何か大きなものが水に落ちる音が聞こえた。

 

 「まさか・・・?」

 

 「・・・助けるかね?」

 

 こわごわとセブルスを見上げるリリーに、セブルスは静かに視線を落とした。

 

 「・・・いいえ」

 

 ゆるりと、リリーは首を振った。

 

 「いいえ。きっと、あの人はそれを望まない。多分、あの人の奥さんは、最初からいなかった。

 

 あの人は、最初から死ぬつもりでここに来ていた。

 

 違う?」

 

 「・・・当たらずと、遠からず、であろうな。

 

 真実は、本人にしかわからんだろうさ」

 

 話しながら、駐車場に差し掛かると、二人が来たときは確かにあったセダンが、タイヤ痕だけを残して消えていた。

 

 駐車場のすぐ目の前には、大きな湖がある。トルーカ湖という、サイレントヒルに隣接する湖だ。駐車場と隔てる柵は壊れ、その水面に大きな波紋ができていて、何があったか、想像に難くない。

 

 「きっと私、運がよかったんでしょうね」

 

 ポツリ、とリリーがつぶやいた。

 

 「少し間違えれば、彼のようになっていたかもしれない」

 

 「そうか?君は、それほど柔な女性ではなかったように思うがね」

 

 「買い被りよ」

 

 苦笑して、リリーは視線を湖から引きはがし、踵を返す。

 

 「帰りましょう、スネイプ。家族が待っているもの」

 

 「ああ。そうしよう」

 

 二人とも引き返して、ローラを探そうとは言わなかった。

 

 道中で二人とも、ローラを目の当たりにしていたからだ。

 

 彼女は、この街では大丈夫だ。幼い少女である彼女には、心の闇など無縁であり、精々廃墟で迷子になった、くらいが関の山だろう。

 

 ついでに言えば、散々な目に遭ったリリーは、ローラ一人のためにこの街に取って返す勇気はなかった。

 

 セブルスは単に面倒は御免だというだけだが。

 

 

 

 

 

続く

 




【リリー=メイソンの杖】

 リリー=メイソンが、学生時代から愛用している26センチの杖。

 柳に、ユニコーンの尾の毛が用いられている。

 振りやすく、妖精の魔法に向いていると老オリバンダーは評したが、その持ち主の人生が杖のごとく振り回されたものであったと、誰が知るだろうか。





 ブラボ風テキスト。ちなみに、本当は芯材の方は不明。


 なお、ジェイムス=サンダーランドさんは、セブルスさんが衣装替えしているため、金色三角頭と同一人物とは気が付かなかったよ!

 声も、ねっとりした低音なのは変わらなくても、狂気の高笑い声と、落ち着いた淡々調子と、落差がひどかったからね!


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【6】サイレントヒルからの帰還

 評価、お気に入り、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 サイレントヒル2編はもうちょっと続きます。





 冗談でアンケートとってみたら、めちゃくちゃ食いつきがよくて、ちょっと困惑しています。

 そして、UFOよりむしろ、犬の方が気になるんですか・・・。

 まあ、そっちも書いてみたんですけどね。

 それでよかったら、あとがきの方に載せておきます。

 UFOエンディングは次回の方にしときますので。


 だが、そんな二人の元へ飛び込んできた人間がいた。

 

 「大きな音がしたから、何かと思っちゃった!」

 

 プライマリーに入学するかしないかぐらいの、幼い少女だ。金髪をポニーテールにした少女は、きょろきょろと周囲を見回している。

 

 「ジェイムスってば、どこに行っちゃったのかしら」

 

 「ローラ?」

 

 「リリー!ジェイムスを見てない?

 

 メアリーからの手紙を預かってるの!ちゃんと渡そうって思ってたけど、ジェイムスってば、いじわるばっかりだから、渡せなくて」

 

 ぷうっと頬を膨らませる少女、ローラに、リリーはどう答えたものか言いあぐねているらしい。

 

 死んだというのは簡単だろうが、そこで癇癪を起されると、セブルスとしては面倒である。

 

 ゆえに、セブルスは最も手っ取り早い行動に出た。

 

 「忘れろ(オブリビエイト)

 

 セブルスの右手から放たれた白光は、ローラの頭に命中するや、少女はその場に倒れこんだ。

 

 「スネイプ!」

 

 「いくら彼女にとってこの街が無害と言っても、子供を廃墟でうろつかせるわけにもいかん。

 

 メアリーという女もジェイムス=サンダーランドもいなくなったなら、これが一番穏当だ」

 

 リリーの非難する声をよそに、セブルスはローラの服のポケットからクシャクシャの手紙を封筒ごと抜き取り、浮遊呪文でトルーカ湖の湖面に飛ばした。

 

 そうして、セブルスはローラを背中に背負う。

 

 「町に着いたら、警察に届けるとしよう。きっと騒ぎになっていることだろう」

 

 「ハリーがね。あなたの格好じゃ、誘拐犯だと思われるわよ」

 

 「そうしてくれ。手間が省ける」

 

 「もう!」

 

 しれっと言ったセブルスに、リリーはむくれる。

 

 「ねえ、そう言えば、ヤーナムってどんなところだったの?」

 

 「・・・君に話すようなことではない。私もあまり思い出したくないのでな」

 

 「Mr.ブラックには話したのに?」

 

 「あまり愉快な話ではないのだ。闇の魔法にも劣る、悍ましい話だ。

 

 誇り高い不死鳥の騎士団員には、さぞかし不快な話だろう」

 

 と、セブルスは淡々と話す。

 

 リリーは不満そうにしているが、あきらめがついたのか、ヤーナムのことについて聞くのはやめてくれた。

 

 「そういえば、君はなぜジュニアを守ろうと?あのような経緯であれば、不思議に思えてな」

 

 ふと尋ねたセブルスに、リリーは黙り込んだ。

 

 「答えたくないなら」

 

 「笑ってくれたのよ」

 

 セブルスの言葉をさえぎって、リリーは答えた。まぶしい宝物を見るような、眼差しだった。

 

 「私は・・・あの子の祖父母を殺して父親に寄生する身勝手な女で・・・その時はそう思っていたのに。耐えきれなくて、あの子を殺して私も死のうと杖を振り上げたこともあるのに、あの子は・・・ジュニアは、そんな私を見て、笑ってくれたのよ」

 

 ジワリッと目の端に涙をにじませて、リリーは微笑みながら語った。

 

 「その時、決めたの。この子は・・・この子だけは、何があっても守ろうって」

 

 「・・・そうか」

 

 クシャクシャに顔を歪めて微笑むリリーに、セブルスは短く言うと、コートの懐からハンカチを取り出して、リリーに差し出した。

 

 「拭きたまえ。泣き顔では、ハリーが心配する」

 

 「・・・ありがとう」

 

 短く言って、リリーはハンカチを受け取った。

 

 ようやく、区切りがついたような気がした。セブルスも、リリーも。和解はしていないが、落としどころを定めあえた、というところだろうか。

 

 それがよいか悪いかは、当事者にしかわからないだろうが。

 

 湖の傍らにある、霧深い廃墟のような街。サイレントヒルを背に、話しながら二人はゆっくりと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 ある程度離れたところで、拾ったゴミにポートキー作成呪文(ポータス)をかけて、ポートキーを使用する。

 

 セブルスもリリーも“姿くらまし”は使えるのだが、ローラがいる現状でそれを使うのは、よくない。何度も記すようだが、“姿くらまし”は失敗時のリスクが大きいのだ。

 

 

 

 

 

 転移してきたのは、リリーにとっては我が家に当たるメイソン宅の前だった。

 

 ポートキーを解除するセブルスをよそに、震える手で扉を押し開け、「ただいま」と小さく言ったリリーに、どたどたと騒がしい足音が向かってきた。

 

 「リリー!」

 

 「ママァ!」

 

 「お帰りなさい!母さん!」

 

 ハリー、ジュニア、シェリルの順で抱き着かれ、リリーは戸惑ったような顔を一瞬するが、すぐに顔をくしゃくしゃにゆがめて、自由な手で、ハリーの背を、ジュニアとシェリルの頭を順々に撫でていく。

 

 「ええ。ごめんなさいね、みんな」

 

 それを、セブルスは静かに見つめていた。

 

 よかった。リリーは、すでに彼女の居場所をしかと見つけていた。

 

 早晩、彼女は秘密を打ち明けるだろう。そして、それが受け入れられたら、彼女は二度とサイレントヒルへ向かうことはなくなるに違いない。

 

 ・・・それがほんの少し、寂しかった。

 

 家が一段と恋しくなる。人形(メアリー)に逢いたいと、素直に思った。

 

 「ありがとう、セブルス。おかげで助かった」

 

 「大したことではない。ところで、ハリー。少々頼みがあるんだが」

 

 「何だい・・・その子は?」

 

 「サイレントヒルで会った」

 

 「あの町で?!」

 

 ギョッとするハリー。セブルスも気持ちは痛いほどわかる。

 

 あの町の異常性を理解している人間からしてみると、幼女があんなところを一人でうろうろなんてとんでもない!という気持ちが湧き上がってくるのだから。

 

 ・・・ヤーナムの白いリボンの少女を思い出した。豚殺すべし、慈悲はない。

 

 なお、いまだにローラはセブルスの背中である。起きられると面倒なので、無言呪文の失神呪文(スティーピファイ)で意識喪失させているのだ。

 

 幼女に対する扱いではないが、リリーはセブルスの話と家に帰ることだけに意識を向けていたので、呪文の詠唱がなかったのもあって気が付かなかったのである。

 

 ・・・この男、自分とその周囲以外は基本的にどうでもいいのだ。

 

 まして相手は幼女とはいえ、出会ったばかりの、クソ生意気な言動の持ち主である。

 

 痛めつけたり、殺しにかかってない、単に気絶させているだけである、問題はないというあたり、価値観が破綻してしまっている。

 

 なお、この辺りの異常性は、まだ周囲にはかろうじて周知されていない。(敵には容赦しないというのは、十分周知されているだろうが)

 

 ・・・ハリーは若干感づいている節があるが。

 

 「・・・わかった。この辺りで拾ったことにして、警察に届けてくるよ」

 

 「頼む」

 

 そう言ったセブルスからローラを受け取ったハリーは溜息をついた。

 

 「ママ、おなかすいた」

 

 「ジュニア、ママもつかれてるはずよ。今日はデリバリーにしましょ」

 

 「今日『も』デリバリーでしょ?ボク、ママのシチューが食べたい・・・」

 

 「ありがとう、シェリル。ごめんね、ジュニア。シチューはまた今度にしてくれないかしら?・・・大事なお話もあるから、ね?」

 

 リリーにじゃれつくジュニアとシェリルをよそに、ハリーは次の瞬間何かに気が付いたように、一歩踏み出し、3人をかばうように体当たりの要領で突き飛ばしていた。

 

 パンっという銃声の後、びしりっと背後で何かが固い音を立てる。外れた銃弾が、家の壁に当たった音だ。

 

 「ハリー?!」

 

 「子供たちを頼む!」

 

 とっさにローラをリリーに押し付けるように渡し、素早く立ち上がるや家族の盾になるように踏み出したハリーは、次の瞬間蒼褪めた。

 

 「聖女を渡せ!」

 

 「シェリル=メイソン!間違いない!アレッサの生まれ変わりだ!」

 

 「捕らえろ!」

 

 物陰から飛び出してきた男たちに、セブルスはとっさに獣狩りの短銃の銃口を向ける。

 

 獣の頑強さの前に、銃は牽制武器であり、能動的な盾にしかならないが、ごく普通の人間が相手ならば、一撃で十分な致命傷を与えられる。

 

 その一撃は、まず一人に命中し、他の面々をたじろがせる。まさか、怪しい身なりとはいえ、来客らしき男が、銃を持っているとは思わなかったに違いない。

 

 「ハリー!」

 

 セブルスがインバネスコートの袖を一振りして、投げ渡したのは仕込み杖だ。

 

 その白銀の鋭い切っ先は、レイピアとしても使えるが、変形すればワイヤーでつながった金属の節のある鞭のようにもなる。

 

 ろくに強化してないので獣相手には少々威力が心もとないが、ごく普通の人間、それもマグル相手ならこれで十分だろう。

 

 さすがに変形したら扱いは難しいだろうが、鉄パイプで化け物を滅多打ちにできるハリーには、変形前なら十分扱えるだろうと思い渡したのだ。

 

 受け取ったハリーは普段の穏やかな視線を一転させるや、鋭い目つきで男たちめがけて仕込み杖で切りかかった。黄金の右足で、蹴飛ばすのも忘れない。

 

 やはり、彼はマグルの物書きにしてはポテンシャルが異常すぎる。

 

 リリーはといえば、何が何だかと戸惑った様子ながらも、鉄火場の経験持ちは伊達ではなく、子供たちのこともあって盾の呪文(プロテゴ)をかけて、防御に徹する。

 

 セブルスはといえば、さっさと取り出したノコギリ鉈で、他の銃やらナイフやらで武装する男たちに切りかかっていた。

 

 

 

 

 

 あらかた殺し終えた二人は、平然と家に戻ってきた。死体はセブルスが浮遊呪文でとりあえず家脇のガレージに入れ、血痕は消失呪文(エバネスコ)で消した。誰かに見られれば、困ったことになるからだ。

 

 リリーはもの言いたげな目をしつつも、結局何も言わなかった。サイレントヒルでの出来事や、ハリーの様子から何か思うところがあったのだろう。

 

 「見てみろ」

 

 死体を漁っていた(ヤーナムではいつものことである)セブルスが、一人の男の懐から、分厚い本を引っ張り出した。(例によって血で汚れているが、いつものことだった)

 

 その表紙に描かれている3つの円環を囲むように、大きな二重の円環が記されている魔法陣に、ハリーもセブルスも、見覚えがあった。

 

 「まさか、“教団”の手のものか?!

 

 いや、聖女とか言ってたな・・・シェリルのことがばれたのか?!」

 

 「おそらく」

 

 セブルスは短く頷くと、怯え切った様子でリリーにしがみつくシェリルに目を向けた。

 

 「聖女?ねえ、何のことなの?

 

 スネイプ、私にハリーを紹介してくれた時、『少々訳ありだが』って言ってたわよね?どういうことなの?」

 

 困惑した様子で尋ねてくるリリーに、ハリーはぐっと息を詰めるが、間もなくあきらめたように目を伏せた。

 

 「わかった。最初から話すよ」

 

 

 

 

 

 場所を移し、メイソン宅のリビングで一通りの話を聞き終えたリリーは「そういうことだったのね・・・」うなずいた。

 

 子供たちは大人の難しい話は、よくわかってないらしく、ジュニアとシェリルは途中からそれぞれおもちゃで遊び始めていた。

 

 なお、こんな状態なので、ローラは仕方なくセブルスの手によって魔法で警官の気をそらしている間に交番の前に置き去りにされてきた。

 

 残念ながら、メイソン一家に彼女の面倒を見る余裕はないし、セブルスも面倒は御免だったのだ。

 

 五体満足ならば、後は自分で何とかしろというのが、セブルスの持論である。

 

 「シェリル、いらっしゃい」

 

 「うん」

 

 そうして、リリーは呪文で近寄ってきたシェリルの髪を赤毛に変える。

 

 「? ママ、何したの?」

 

 「ごめんね、シェリル。パパとお揃いの髪の色、魔法で変えたわ。

 

 その代わり、ママとお揃いよ」

 

 「ママと?」

 

 「そうよ」

 

 うなずいてから、リリーは顔を上げる。

 

 「ひとまずこれなら、多少は誤魔化せるはず。シェリルは黒髪の女の子ですもの。

 

 万が一、“教団”に魔法使いがいた場合も考えて、マグルのお店で毛染めも買ってきた方がいいわね。

 

 解除呪文(フィニート)を使われたら、すぐにばれてしまうから」

 

 そうして、彼女はにっこり笑う。

 

 「さあ、ご飯を食べたら引っ越しの準備よ!ハリー、ジュニア、シェリル、手伝ってちょうだい!」

 

 「・・・何も言わないのかい?」

 

 恐る恐る尋ね返すハリーに、リリーは苦笑して首を振った。

 

 「ハリー、後で話すけど、私も決していい人間じゃないの。むしろ、娘を守ろうとして、アレッサって子の願いをかなえようと頑張ったあなたの方が尊敬できるわ」

 

 「・・・ありがとう、リリー。君に出会えて、本当によかった。それから、お帰り」

 

 「ええ。ただいま、ハリー」

 

 ニコリとリリーは微笑んだ。

 

 それを見届け、セブルスは壁から背を離した。

 

 「では、そろそろ私はお暇させてもらおう。死体は私が処分しておこう。構わないかね?」

 

 「ええ。手間暇かけさせてごめんなさいね、スネイプ。

 

 一段落ついたら、忠誠の術に立ち会ってもらえないかしら?」

 

 「“秘密の守り人”ならば引き受けよう。・・・いいのかね?」

 

 セブルスは問いかけた。

 

 

 

 

 

 かつて、リリーは前夫のジェームズ=ポッターとともに、この魔法に頼った。

 

 子供の命を狙ってくるであろう、“闇の帝王”からその身を隠すために。だが、呪文は破られた。

 

 “秘密の守り人”を受けたであろう、人物が裏切ったがために。

 

 

 

 

 

 「ええ。

 

 前の時は、ピーターに頼んだって後から聞かされて。何度も大丈夫かってジェームズには尋ねたんだけど」

 

 リリーの口から出た名前に、セブルスは軽く眉をひそめる。

 

 本当に、なぜその人選にしたのやら。シリウスかリーマスでは駄目であったのだろうか。

 

 「忠誠の術?“秘密の守り人”?」

 

 「生きた人間に秘密を封じ“秘密の守人”とする魔法だ。

 

 秘密を持つ当人か、守人が漏らさない限り、封じた秘密が外部に漏れることはない。つまり、守人から秘密を教えられていない人間は、“秘密”の間近にいてもその存在に気付くことはないのだ。

 

 秘密を知るには守人から直接教えてもらう必要があり、守人でなければ秘密を知っていても他の人間に秘密を明かすことはできないのだ。

 

 この場合は、引っ越し先の家の場所を“秘密”とし、私と、君たち家族以外は立ち入れなくするということだな」

 

 怪訝そうなハリーに、セブルスは説明した。

 

 「だが、この魔法とて、万能ではない。守り人の意思一つで、秘密は秘密でなくなる。

 

 かつて、Mrs.メイソンはこの魔法で守られているはずの家に住んでいたにもかかわらず、闇の魔法使いの襲撃を受けたのでな」

 

 その言葉に、リリーは視線を落とした。

 

 「ペティグリューを恨んでいるかね?」

 

 「・・・あの当時はね。

 

 でも、考えてみれば、一生遊んで暮らせる財産を持っていたジェームズやシリウスはともかく、ピーターは働かなくちゃいけなかったと思うの。

 

 ご両親とか、扶養家族がいたと思うのに、この上ジェームズやシリウスに面倒を押し付けられて、そのくせ無報酬だったらと思うと、ね。そういう話は一切聞かなかったの。

 

 例えば、“秘密の守り人”をやってもらう代わりに、ご両親は確実に保護するとか、危なくない仕事を紹介するとか、いくらでもやりようがあったと思うのに。

 

 私のように、縁を切ってマグル界に逃がすなんてこともできなかったと思うし。

 

 もしかしたら、人質に取られて言うことを聞かされてたらと思うと・・・強くは非難できないわ。怒ってはいるけどね」

 

 ほんの少し、セブルスは瞠目した。

 

 彼が知っていたころのリリーであれば、烈火のごとく怒り、強くペティグリューを非難しただろうに、今はむしろ同情すらしているようだった。

 

 ・・・サイレントヒルに行ったことで、何事か変わったか、あるいは3年という時間で彼女も色々考えることがあったのかもしれない。

 

 「・・・そうか」

 

 ゆえに、セブルスはそこで話を打ち切った。

 

 ペティグリューとは相容れないだろうが、リリーがあまり怒ってないというなら、こちらに危害を加えてこない限り、放置しておくとしよう。

 

 そうして、セブルスはガレージの死体を縮小呪文(レデュシオ)で縮めてポケットに詰め込む・・・ように見せかけて、血の遺志に還元して収納する。

 

 「・・・どうするんだい?」

 

 「ハリー、覚えておくといい」

 

 それを不気味そうにひきつった顔で眺めていたハリーに、セブルスは言った。

 

 「イギリス魔法界の暗部に当たる、ノクターン横丁では、違法だが便利な魔法薬や魔法道具も横行している。

 

 私は作りはしないが、魔法麻薬や永続変身用の薬、延命薬、他数種類の魔法道具には、一部、人体パーツを使用するのだ。

 

 もれなく、法で禁じられているが、どこにでもルールブレイカーはいる。

 

 ゆえに、死体にもそれなりに需要はあるのだ」

 

 「・・・治安が悪いわりにノクターンに死体がないのって、そういう理由だったの?」

 

 「推測が入り混じっているがね。

 

 魔法で消すとどうしても魔力の痕跡が残ってしまうからな。聡い魔法使いは勘づくだろう。

 

 死体処理は、やはり専門家に任せるのが一番だろう」

 

 嫌悪感の強い顔をするリリーに、セブルスは肩をすくめて見せた。

 

 

 

 

 

 なお、セブルスはこの手のことをすでに学生時代に知っていた。

 

 加えて言うなら、セブルスが死体を持ち帰るのは、ノクターンに流すためではなく、自分の実験材料(魔法薬作りではなく、聖杯ダンジョンの儀式素材に流用できないか、試行錯誤のための実験)にするためである。

 

 さすがの彼も、それを馬鹿正直に口にするほど、愚かではないつもりだ。

 

 

 

 

 

 そうして、今度こそセブルスはメイソン宅を後にした。

 

 後日、引っ越しが完了したメイソン一家に招かれ、セブルスは“秘密の守り人”となった。

 

 なんと、彼らの新たな家はアメリカ国外――イギリスとなったのだ。

 

 リリーやセブルスから聞いて興味を持っていたハリーの提案だったらしい。リリー自身も、3年も経てば大丈夫と思ったらしく、採用となったのだ。

 

 念のため、リリーは娘と一緒に髪の色を金髪にし、簡単な幻覚魔法が付与された眼鏡(度の入ってない伊達眼鏡)をかけて変装して生活することにしたらしい。

 

 そして、ハリーと子供たちにはリリーお手製のお守りが持たされ、守りも万全にされたうえで、さらに金髪となったシェリルは身元を誤魔化すために、ヘザーと偽名を名乗ることになった。

 

 これでひとまず大丈夫だろう。

 

 また何かあったら、鐘で呼んでくれと言って、セブルスは帰宅し、今度こそ普段通りの生活に戻った。

 

 

 

 

 

 シェリル、改め、ヘザーが自身の運命と対峙するのは、この12年後のこととなる。

 

 

 

 

 

続く




【エンディング:犬~ヤーナムエディション~】

※かなり未来のお話で、しかもIF設定。おそらく、このシリーズでここに行きつくことはないでしょうが、大体6巻「謎のプリンス」のクライマックス辺りを想定していただければ。





 セブルスは天文台の階段を駆け上っていた。

 いやな、予感がする。とてつもない、予感が。

 そして、駆け上ったところで、足を止めた。

 倒れ伏したダンブルドア。白目をむいて、泡を吹いて、黒く干からびた片手をむき出しにしている彼の前に、それはいた。

 ふわふわの白い毛並みに、すらりとした四肢の、4つ足の獣・・・犬だった。

 頭部と足元、尻尾と胸元以外の毛は綺麗に刈られた、いわゆるスタンダードプードル姿ながら、それはたたずんでいた。

 口元には、ダンブルドアから奪ったらしい杖が咥えられている。

 ついでに、たんこぶを頭にこさえて、縛り倒されて猿轡までかまされたヴォルデモート卿も、その近くに転がされて、ムームー唸り声をあげていた。

 バカな。

 セブルスは青ざめて、唇を震わせて後ずさりながら呻いた。

 「オマエノシワザ、ダタノカ」

 バキンッと杖をかみ砕いた犬は一声、おんッと吠えると、ドヤ顔するかのように大きく胸をそらして見せた。

 がっくりと、セブルスは膝をついた。脳についた瞳が、これで終わりだとささやいてきている。嗚呼、もう、これで終わりなのだ。


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【7】セブルス=スネイプ、指輪を壊す

 評価、お気に入り、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 皆さんのおかげで!続きが!続きができたじゃあ、ないですかあ!(敵対時のアルフレート調で)

 メイソン一家については、前回で一区切り。あと3話で第1楽章を締めることとなります。

 ハリーお父さんと、ハリー息子って名前の被り、どうにかした方がええやろか?(ボソッ)




 あとがきには、そろそろみんな飽きてそうな、UFOエンドもあるよ!


 さて、帰宅後のセブルスはやはり、隠者のような生活をしていた。

 

 「本当、先輩はリリー=ポ、あ、メイソンでしたっけ?とにかく、彼女に甘いんですから!」

 

 セブルスの唐突な長期留守にプリプリと怒るレギュラスは、それでもそれ以上何か言うことはなかった。

 

 結局セブルスが決めて行動に移したということで、口を挟もうとはしないと決めたらしい。

 

 加えて、リリーから届いた謝罪とお礼の手紙に、今更か!と言いつつも、若干態度を軟化させることにしたらしい。

 

 

 

 

 

 さて、以前記述したと思うが、セブルスは魔法薬学の研究のほかに、モグリの闇払いのようなこともしている。

 

 不動産に不法に居座る、有害なゴーストや魔法生物などの駆除をしているのだ。

 

 魔法省の闇払いは、この手のことを頼むと金はかかる癖に失敗したり、そもそも難癖付けて引き受けてくれなかったりするのだ。

 

 父上の頃よりも、人材の性質低下が激しい、ダンブルドアのせいだ、とルシウスは嘆いている。

 

 

 

 

 

 ホグワーツの“闇の魔術に対する防衛術”の教授は、教員名簿にかかった呪いのせいで年変わりするため、年によって授業内容にばらつきがある上、そもそも教員の性質がよくない。

 

 なお、OWL試験(普通魔法レベル試験のこと。通称フクロウ)やNEWT試験(滅茶苦茶疲れる魔法テストのこと。通称イモリ)のある学年は、他の教授が持ち回りで対策講座を実施している。(少なくともセブルスが在学していた頃はそうしていた)

 

 その教員の抜擢をするのは、校長であるダンブルドアの役目で、教員名簿に呪いを受けたのも、ダンブルドアの代の出来事である。(元々は、教員採用に落とされたヴォルデモート卿の腹いせらしい)

 

 なぜ、さっさと解呪しないのだろうか?解呪できないならできないで、とりあえず名簿に適当に別人(死人なり、ヴォルデモート卿本人の名前なり)の名前だけ置いて、実務は別人にさせればいいと思うのだが。

 

 “闇の魔術に対する防衛術”の教授がよくなければ、それを教わる生徒もろくに知識が備わらず、結果、そちらへ進むもの(つまり闇払い)の性質低下もしていく、という悪循環に陥っているのだ。

 

 これはセブルスの持論だが、危険物に対抗するなら、それに対する知識も必要になる。にもかかわらず、それを勉強しているだけで闇の魔法使い扱いを受ければ、最初はそのつもりはなくとも、最終的には、そちらに向かってしまうこともあるだろうに。

 

 ・・・もっとも、セブルスはそれだけでは飽き足らず、もっと実践的な闇の魔術(俗に悪質な呪いともいう)を調べ回って、同じくヴォルデモート卿に魅せられていたエイブリーやマルシベールともつるんで、教師の目の届かないところで同窓の仇討も兼ねて、グリフィンドールの連中にかけていた。

 

 だからなのだろうか、ダンブルドアによって大勢の生徒の前で呼び止められ、「闇に振り回されてはいかんぞ」云々と言い放たれてしまった。彼に悪気はなかっただろう。善意があったにしては悪質であったが。

 

 ダンブルドアのお墨付きの、闇の魔法使い候補ということで、あの連中が調子に乗っても無理はなかった。

 

 あの後に例の事件が起こり、セブルスは退学を決意したのだ。

 

 ・・・自分の心を満たすものを、彼は力――闇の魔術に求めてしまった。

 

 今なら理解できるのだ。そんなものを得たところで、満たされるものなど、何一つ、ありはしない。

 

 脳に瞳を得たところで、満たされなかったように。

 

 

 

 

 

 とにかく。

 

 その日、セブルスは珍しくルシウス経由で入った依頼で、とある廃屋を訪れていた。

 

 そこは、かつてはスリザリンの子孫となるゴーント家が住んでいたとされる邸宅だそうだ。

 

 ゴーント家の最後の者――モーフィン=ゴーントがアズカバンで獄中死してからは打ち捨てられていたそうで、流れ流れてマルフォイ家がその不動産を管理することになったそうだ。

 

 問題は、その不動産に面白半分で入り込んだマグルが、発狂の挙句殺し合いをして死亡という事故物件のような様相を呈したことだった。

 

 悪質なゴーストや、魔法生物が住み着いているのかと思いきや、そのような様相もないわけで。

 

 これは取り壊すにしても、業者に危害が加えられては困ると、最近ブラック系列の不動産でモグリの闇払いをやっているセブルスのことを聞きつけたルシウスが、声をかけてきたというわけである。

 

 いつもの狩人スタイル――枯れ羽帽子に防疫マスク、漆黒のインバネスコートというスタイルで、セブルスは旧ゴーント家を見上げる。

 

 すっかりさびれ、窓は砕けて壁はボロボロ、傾いた屋根には雑草が芽吹いている部分すらある。邸宅というより、ボロ小屋、と言った方が正しいだろう。

 

 腐った床板を踏み抜かないように気を付けながら、セブルスは玄関を押し開けた。

 

 入ると同時に、シューシューという蛇のような声が聞こえた。水を通すように微妙に濁った声は、ホグワーツでも聞いたゴーストの声の特徴だ。

 

 反射的にセブルスは、獣狩りの短銃を引き抜き、声のする方に銃口を向けた。

 

 白く透き通る、壮年の男のゴーストがとびかかってくるのと、セブルスが引き金を引くのはほぼ同時だった。

 

 セブルスの持つ狩人の武器の前に、ゴーストであることなど無意味だ。

 

 廃城カインハーストをうろついていた数多の亡霊たちは、首の有無に関わらず、セブルスによって蹴散らされた。その前に散々彼をめった刺しにしたのだが。

 

 そしてそれは、ヤーナムの外でも例外ではない。

 

 襲い掛かってきた、蛇語らしき奇妙な言葉をしゃべるゴーストは、セブルスの水銀弾に、はじかれるように叩き落された。

 

 苦痛にもがきながらも、戸惑った様子のゴーストに、セブルスはそのまま素早く近寄り、その腹に右手を突き入れた。

 

 ゴーストだろうが、狩人の内臓攻撃の前では無意味である。

 

 そして、セブルスは銀色の血にまみれた臓物を引き抜いた。

 

 そのまま、ゴーストは、白っぽい煙のように霧散して、消えてしまった。

 

 右手の臓物も消えたため、セブルスは軽く右手を振ってから、建物の奥に目を向ける。

 

 廃屋は薄暗く、よく見えない。

 

 無言呪文の発光呪文(ルーモス)で、腰の携帯ランタンに明かりを灯し、セブルスは改めて廃屋の奥に向かって歩き出した。

 

 その妙な不快感を感じたのは、屋敷の一番奥、不自然にはがれた床板付近だった。ざわざわと、耳の裏で何事かささやかれるような、不快感だ。

 

 何か、ある。

 

 周囲を見れば、飛び散った血や、荒れた様子などから、この辺りでマグルが錯乱して殺し合いを始めたらしい。

 

 近寄って目を凝らせば、床板の隙間に何かがある。

 

 セブルスは、そこに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 「今戻った」

 

 「お帰りなさい、先輩」

 

 「お帰りなさい、狩人様」

 

 それからしばらく後、セブルスは依頼完了の報を持たせたフクロウをマルフォイ邸に飛ばし、そのまま“葬送の工房”に帰宅していた。

 

 インバネスコートを脱いでコート掛けにかけ、普段なら一人掛けのソファに腰かけるところを、そうはせずに黒檀のデスクについて、ポケットから取り出したものを無造作にその上にばらまいた。

 

 それは、指輪だったのだろうか。くすんだ銀色の、古びた質感のそれは、真っ二つに割れており、左右対称のアーチになって、転がっている。宝石付きの指輪だったのか、アーチの端には台座の痕跡があった。痕跡だけだ。あるべき宝石はそこにはない。

 

 フンッと一つ鼻を鳴らし、セブルスは右手を軽く振って、無言呪文による呼び寄せ呪文(アクシオ)で本を数冊手元に引き寄せた。

 

 もともとこの家は、“狩人の夢”の狩工房をモデルにしており、書斎をかねたリビングはそれが最も顕著だった。

 

 すなわち、壁一面がぎっしりと本で埋まっているのだ。本はヤーナムから持ち帰った医療教会の資料もあれば、魔法薬学関連の著書もあるし、マグルの医学書や、闇の魔術関連のものや、はたまたサイレントヒルからの呪術や、降神術関連の書籍と、多岐にわたる。

 

 ちなみに、セブルスがいま目を通しているのは、闇の魔術関連の書籍と、魔法界の歴史書である。

 

 「先輩?どうしたんです、それ。指輪、ですか?」

 

 「ああ。今日、旧ゴーントの邸宅の掃除を頼まれたんだが、そこで拾った。

 

 分霊箱(ホークラックス)になってたから、壊した」

 

 しれっと、晩飯の献立を報告するような、さも当たり前の口調で言ったセブルスに、レギュラスは一瞬呆けた顔をした。脳の処理能力が追い付いてなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 なお、セブルスは単純に壊した、と言ったが、正確には嵌めたらどうなるかな、という好奇心に突き動かされて、指輪を指にはめてしまい、呪いで呪死。夢としてやり直したのだ。

 

 指輪の台座の石は、その時に破裂するように壊れた。欠片も残らなかった。血の遺志を大量に取り込んだ狩人が、大量に背負うだろう遺志――魂と記憶を読み取ろうとした結果、さすがの“蘇りの石”も容量オーバーしてしまったらしい。

 

 復活後、落としてしまった指輪は即座に、ノコギリ鉈で真っ二つにした。

 

 使い道のなさそうな呪いのアイテムなど、アイテム欄を圧迫するだけの害悪だ。コレクション癖のある他の狩人なら、保管箱の肥やしにすることも考えたかもしれないが、同居人に被害があっては困ると早々に壊した。

 

 明らかに嵌めたらやばそうと思っても嵌めたのは、狩人あるあるだろう。

 

 どうせ死んでも、遺志を落っことすだけで、それも回収できるんだし。

 

 閉鎖されているビルゲンワースにだってズンズン踏み込むし、行っちゃダメとさんざん言われた、狩人の悪夢の奥深くにずかずか踏み込み、感心されない死体漁りで時計塔のマリアをたたき起こし、隠された秘密そのものだろうゴースの死骸から出てきた遺子を張っ倒した。

 

 『秘密は甘いものだ。だからこそ、恐ろしい死が必要になる。愚かな好奇を、忘れるようなね・・・』

 

 時計塔のマリアはそう言っていたが、探求の学び舎たるビルゲンワースにもまた源流があるであろう狩人に、好奇心を忘れろとは、とんだ無理難題である。

 

 

 

 

 

 ややあって、レギュラスは言葉にならない声でパクパクと口を開け閉めしながら、セブルスの座るデスクに駆け寄り、かぶりつくようにその身を乗り出す。

 

 「先輩?!何を当たり前のように?!」

 

 「私が分霊箱(ホークラックス)を壊せるのは、知っているだろう。まして、隠し場所が場所だ。ほぼ間違いなく、その持ち主は“闇の帝王”だろう」

 

 言って、セブルスは書籍から目を上げもせずに、舌打ち交じりに本を閉じて次の書籍に取り掛かる。

 

 「場所? ああ、ゴーント家、ですよね?スリザリンの末裔で、没落した・・・っ!」

 

 ハッとした様子で、レギュラスが息をのんだ。

 

 「“闇の帝王”は、スリザリンの末裔として名高い。

 

 加えて、すでに分霊箱(ホークラックス)を作っていたという前歴もある。

 

 奴が作っていたのが、お前が奪取したあれ一つとは限らないということだ」

 

 加えて、これは声に出さなかったが、以前のセブルスがヴォルデモートを倒した時の手ごたえのなさも、これならば説明がつくのだ。

 

 「そんな・・・いいえ、確かに、あいつなら十分考えられます。

 

 分霊箱(ホークラックス)の複数作成なんて・・・。

 

 作った数だけ人を殺し、魂を引き裂くっていうのに、そんな邪法中の邪法を、複数回行うなんて・・・やはり、奴は恐ろしい魔法使いです」

 

 ブツブツ言いながら、レギュラスはデスクの前を檻の中のクマがそうするように、うろうろ行き来しながら言った。

 

 「ブラックに伝わる歴史書の中でも、分霊箱(ホークラックス)を作成した魔法使いの記録は残っています。最大3つ、というのが記録に残っていました」

 

 「そんなに単純なものかね?あのヴォルデモートが、たかだか3つで満足するような男には、私には到底思えないがね」

 

 「もっと作ったと?」

 

 「今までの分霊箱(ホークラックス)からしてな。どうも、そんな気がしてな」

 

 「ええっと、スリザリンのロケットと、その小汚い指輪、ですよね?」

 

 「・・・これは死の秘宝の一つ、“蘇りの石”――正確には、その残骸だ。分霊箱(ホークラックス)ごと壊してしまったからな」

 

 「死の秘宝?!詩人ビートルの!実在していたんですか!」

 

 驚くレギュラスに、セブルスは軽く頷いて見せた。

 

 詩人ビートルによる、死の秘宝。魔法界のものなら、誰でも一度は聞いたことのあるおとぎ話だろう。

 

 詳しくは省くが、全部で3つ。ニワトコの杖、透明マント、そして、セブルスが持ち帰った、指輪――正確には、その台座に収まっていた、蘇りの石である。

 

 蘇り、というが、死者そのものを蘇らせることはできず、精々生前の姿を幽霊よろしく呼び出すくらいである。触れ合うことはできず、本当に姿を呼び出すだけなのだ。

 

 その前に石が砕けてしまったので(セブルスのせいで)、真偽は定かではないが。

 

 

 

 

 

 死者蘇生など、言い伝えや真偽定かでない禁呪含めて、総じて嘘っぱちの集大成、不可能の証左である。

 

 サイレントヒルにも、死者蘇生の儀式が伝わっており、セブルスも先日再訪した際にそれを調べてみたが、眉唾物だと思っている。

 

 あの、“神”を崇める“教団”の巣食う、サイレントヒルである。

 

 よしんば、儀式で死者蘇生が成功したとしても、甦ったそれは、生前とは程遠い何か(それこそ人間ですらない)になっている可能性が高いだろう。

 

 なお、セブルスはちゃっかりサイレントヒルから儀式に使う素材(黒の杯、白の液体、赤の経典など)を持ち出している。

 

 使いはしない。調べるだけだ。好奇心は、狩人の源流の一つである。

 

 

 

 

 

 大分、昔――ヤーナムの記憶のせいでかなり摩耗してしまっている昔の記憶の中に、それはあった。

 

 まだ父がセブルスに暴力をふるうこともせず、昼の工場働きで夜は酒を飲んでさっさと寝ていたころ。

 

 物心ついたばかりのセブルスに、母が寝物語として詩人ビートルの“死の秘宝”について聞かせてくれたのだ。

 

 ロマンと冒険好きな男の子の例にもれず、セブルスは寝ぼけ眼ながら恐ろしさと同じくらい、ワクワクしたものだ。

 

 そして、その話の最後に母は必ず、こう付け加えていた。

 

 『この話は、本当の話なのよ。どこかに必ず、“死の秘宝”はあるの』と。

 

 夢物語、とセブルス自身は思っていた。だが、母の言の正しさは、ホグワーツに入学した後に、よりにもよって天敵によって証明されてしまったのだ。

 

 ポッター家に伝わる透明マントは、市販品のすぐさま効力の失われる安物ではない、永続性のあるものだった。

 

 おそらくだが、あれこそが“死”すらも欺いて見せた、本物の透明マントなのだろう。

 

 

 

 

 

 なお、その正当な継承者は、そのマントを夜中の校内探検やいたずらにもっぱら用いていた。

 

 開発者を始め、ポッター家の祖先が見れば、「そんなことのために残したものじゃない!」と嘆きそうな話である。

 

 

 

 

 

 さらなる余談となるが、現在、その透明マントは、ポッター家の生き残りとなるリリー達の手元にはない。

 

 リリー=メイソンが、メイソンに名を改める前に赤子のジュニア(当時の名はハリー=ポッター)を連れて、ほぼ身一つの逃避行に出たのは、セブルスも知るところである。

 

 彼女がポッター家からかろうじて持ち出せたのは、自身の杖、グリンゴッツの金庫の鍵を一つ(ポッター家は複数金庫を持っていた)、わずかな現金といくばくかの身の回りの品、そして身につけていた呪い無効の指輪と、セブルスを呼ぶことの出来る鐘、以上である。

 

 つまり、透明マントはない。

 

 メイソン一家がイギリスに腰を据えてからも、ハリー=メイソンとの文通は続いているが、そこにリリーが手紙を交えてくることもあり、その時にセブルスはふと、あのマントがあれば隠れることもできたのでは?と尋ねてみたのだ。

 

 リリーからの返信はこうだった。

 

 ジェームズ=ポッターがダンブルドアに、勝手に貸し出していた。自分は後からそれを聞かされ、今の状態で何を考えてるのだ、すぐに返却させろと文句を言ったが、楽観視(「“忠誠の術”があるから大丈夫!」「リリーは心配性だなあ。僕が守るって!」など)されて聞き入れてもらえなかった。

 

 結論として、透明マントはダンブルドアの手元にあることになる。・・・おそらく。

 

 

 

 

 

 「・・・わかりました」

 

 グッとレギュラスが顔を上げた。何事か決意しているような表情だった。

 

 「他の分霊箱(ホークラックス)について何か手掛かりがないか、探ってみます。

 

 あいつがいる限り、僕はずっと怯えなければいけませんし、またクリーチャーのようなハウスエルフが虐待され続け、同じことの繰り返しになるでしょうから」

 

 そうして、レギュラスはニコッと笑う。

 

 「先輩も、そうしようとしてるんですよね?メイソン一家のために」

 

 「・・・わかっているなら訊くな」

 

 むっすりとセブルスは答えた。

 

 そう、セブルスは分霊箱(ホークラックス)のことを洗い直すべく、古い書籍を漁っていたのだ。

 

 「個人的には、わざわざ“死の秘宝”を分霊箱(ホークラックス)にしたのには、理由があるのではないか、あるいはあのロケットも、何がしかのこだわりの結果ではないかと思っている。

 

 自分の魂の容れ物なのだ。“闇の帝王”の性格ならば、その辺のガラクタを適当に分霊箱(ホークラックス)にするのはありえないだろう」

 

 「あのロケットは、確か、ホグワーツ創始者の一人、サラザール=スリザリンのロケットです。

 

 創始者の所縁の品は、各地でその縁者や末裔に受け継がれているはずですが・・・まさか?!」

 

 視線をさまよわせていたレギュラスは、最後のところでハッと顔をこわばらせた。

 

 セブルスは、無言で一つ頷いた。

 

 他の品も、分霊箱(ホークラックス)にされている可能性がある、ということだ。

 

 「見つけたら、手を出さずに私のところに連絡をくれ。

 

 ハウスエルフでも破壊不可の品でも、私なら壊せる」

 

 「わかりました。

 

 “闇の帝王”でしたら、配下の死喰い人や、所縁の地を当たったほうがいいかもしれませんね。何がしか魔法の罠も仕掛けられているでしょうし。

 

 レオ=ノワールの伝手をいくつか当たってみます」

 

 大きく頷いて、レギュラスはリビングを出て行った。

 

 

 

 

 

 なお、レオ=ノワールというのは、レギュラスの偽名である。

 

 彼は現在、亡き父オリオン=ブラックから事業の後継を任された、レオ=ノワールと名乗っているのだ。

 

 ノワールは、大昔のブラックの末席が国外に出て国籍を移した後にとある国において名乗りだした名前だ。つまりは、一応ブラックの血縁であるので、オリオン=ブラックが目をかけてもおかしくない、というお題目ができる、というわけだ。

 

 長男は勘当され、次男は失踪という形で後継者を失ったブラック家の後継ぎとなるべく、養子に迎えられた、という設定で通しているのだ。

 

 ブラック家の血縁者なので、容姿が似通っていても、不思議ではないという理屈も成立する。

 

 

 

 

 

 必ず、君たちを自由にする。

 

 憂いなく、この国で堂々と暮らせるようにしてみせる。

 

 強く、セブルスは誓った。

 

 そうして、彼は再び書籍に目を落とし始めた。

 

 

 

 

 

続く




【壊れた指輪】

 台座にあるべき石が砕けている古ぼけた指輪。

 内側に、C.Peverellと刻まれたその指輪は、スリザリンの末裔、ゴーント家が長きにわたり受け継いできた。

 誇りは血とともに淀み、指輪は失われ、再び持つべきものの手に収まった時、指輪は指輪でありながら、闇の帝王の魂の断片を秘める器となった。

 台座の石など、指輪の今の主にとっては、何の意味もない。





 ちょっと短いけど、今回はここまで。

 ちなみに、このシリーズの時間軸では、原作主人公ことハリー=ポッター改めハリー=メイソンJr.君は、分霊箱になってない。当然、蛇語もしゃべれない。

 お母さんの愛の魔法がかかってないし、ヴォルデモートはリリーさんに手を出す前に、セブルスさんにモツ抜きされて肉体消失しちゃったからね。しょうがないね。





 さらに蛇足。

 この頃は、無印サイレントヒルから5年後に当たります。

 つまり、こう。

-5年 無印サイレントヒル(セブルスさんはヤーナムを出た直後、啓蒙高い世界一周中)

-4年 セブルスさんが帰国。ポッター夫妻の結婚&ハリーJr.の誕生

-3年 運命のハロウィーン。ヴォルデモート卿によるポッター家襲撃事件。生き残ったポッター母子はセブルスさんの伝手を通じて、海外、メイソン家へ。

第1楽章4~6時点 サイレントヒル2、及び教団員によるシェリル襲撃。



 第1楽章4~6時点で、シェリル5歳、ハリーJr.4歳ということになります。

 サイレントヒル3は、ハリーJr.が魔法学校6年生時点でスタートかな!

 でも、その前にサイレントヒル4が来るかもね!サンダーランド夫妻行方不明から10年でサイレントヒル4が来るらしいから。





 お待たせ♡





【エンディング:UFO~ヤーナムエディション~】

 リリーは目を瞬かせた

 いくら悪戯好きのジェームズでも、こんなのありかしら?

 「やあ!リリー!迎えに来たよ!」

 ビカビカと輝く銀色の円盤状の乗り物――アンアイデンティファイ・フライング・オブジェクト、略称UFOから降りてきたジェームズが、丸眼鏡の奥で茶目っ気たっぷりにぱちんとウィンクして見せる。

 ・・・なお、リリーは夫に夢中で、夫がその周囲に銀色の頭でっかちの子供ほどの生き物――いわゆるグレイを連れているのには、気が付いていなかった。

 確かに、彼女は彼を探しに来たのだけれど。

 まあ、いいか。会えたんだし。

 混乱気味の彼女の脳みそは、たやすく思考を放棄した。

 「ジェームズ!」

 とりあえずリリーは、彼に駆け寄ろうとした。

 だが、次の瞬間、銀色の円盤に、青白いいくつもの光弾が降り注ぎ、それを穴だらけにして爆破、破壊した。

 わけのわからない悲鳴を上げながら吹っ飛ぶグレイたちと、黒髪を縮れ毛パーマにしながら吹き飛んできたジェームズに、リリーは目を点にながらも、どうにか駆け寄って抱き起す。

 「知らんのかね?宇宙は、空にある」

 ドヤ顔でわけのわからないことを言いながら出てきたのは、セブルス。彼は名状しがたい奇怪で巨大な存在の肩に立っていた。

 触手をより合わせて作ったような奇妙な翼に、ぬめるような青みがかった肌の――シルエット的に女性だろうか?そしてイソギンチャクのような頭部は4つに割れてて、宇宙色の双眸をこちらに向けてきている。

 見捨てられた上位者、星の娘エーブリエタースである。

 それを認識した瞬間、リリーも悟る。

 ああ!宇宙って、空にあったのね!

 無言のまま、セブルスはそこで右手は天に、左手を地面と水平にする――いわゆる“交信”のポーズをとる。

 リリーもそれに倣た。

 逃げ回るグレイたちと、目を回したままひっくり返っているジェームズは一顧だにせずに。

 宇宙よ!やがてこそ、舌を噛み、語り明かそう。

 明かし語ろう・・・新しい思索、超次元を!






 冗談でやってみたUFOエンド。多分、二度とやらない。

 あとはみんなで、サイレントヒルの歌を歌いましょう♪


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【8】フェンリール=グレイバック、月の香りを嗅ぐ

 評価、お気に入り、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 分霊箱はいったん棚上げ、ぶっちゃけ、外伝扱いしていいかもしれない話です。

 章タイトルのグレイバック君が満を持して登場だ!皆さん、屠殺される哀れな家畜を眺めるまなざしで彼を応援してあげてください。


 フェンリール=グレイバックは人狼である。

 

 彼とて、元はごく普通の魔法使いの子供であった。純血か、半純血か、あるいはマグル出かは定かではないが、とにかく彼はごく普通の人間であった。

 

 物心ついたころに、父母のもとからさらわれ、人狼を崇める一派によって咬まれ、人狼にされた。

 

 人狼は崇高なる人間以上の存在であり、只人をすべからく下すべし。

 

 そう教えられ、刷り込まれた。

 

 あとから連れてこられた父母を目の前で殺され、噛まれた痛みに泣き叫んだ少年は、逃避の意識もあって、その教えを必死に呑み込んだ。でなければ殺されるからだ。いつしか恐怖は忘却され、義務は快感に変わり、そして生き方そのものとなった。

 

 人狼として生きて、人狼として死ぬ。魔法使いに忌まわれ畏れられ、彼らを殺し仲間に引き入れる。

 

 そうやって生きてきた。

 

 フェンリールが自ら頭を垂れたのは、たったの一人だ。

 

 “闇の帝王”“死の飛翔”、ヴォルデモート卿、ただ一人。

 

 圧倒的な魔力とカリスマ、呼吸するかのように恐怖と威圧を撒き散らし、全てを従える魅力に、フェンリールは抗えなかった。

 

 人狼は、人が狼の優れた部分を持ち合わせる存在だ。その狼の部分が、従うべきだとしたのだ。狼は群れるものだ。群れる以上、頭目を抱くもの。そして、その頭目は、“闇の帝王”をもって、他ならない。

 

 フェンリールは、服従する快感に浸りながら、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 “闇の帝王”が消えた。

 

 否。“生き残っていた母子”の母親の方に殺されたのだ。

 

 違う。一時的に姿を隠しているだけだ。

 

 フェンリールには分かる。フェンリールの持つ獣としての直感、あるいは嗅覚が囁くのだ。

 

 あのお方は死んでいない。姿を隠し、チャンスを待っているのだ。

 

 ああ、この身が人狼で、魔法省に顔が割れてなければ、あのお方のもとに馳せ参じて見せるのに!

 

 だが、フェンリールには分かる。いつか、あのお方は帰ってくる。より強大に、より偉大になって。その時、自分は再びあのお方のもとに馳せ参じる。きっと。必ず。

 

 

 

 

 

 フェンリール=グレイバックは知らない。そんな未来は、ひっくり返っても訪れない。

 

 なぜなら、彼は絶対にチョッカイをかけてはならない人物に、真正面から喧嘩を売ってしまったからだ。

 

 その人物の名は、セブルス=スネイプという。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ふむと、セブルスは目の前に倒れ伏したそれを眺めた。

 

 たかが内臓攻撃の一発でこれとは情けない。獣ならもう少し耐久力を持つべきだ。輸血液を2つ3つほど落とす大型のやつなら、2回ほどやらなければならないというのに。

 

 引きずり出して右手にしていたままの、引きちぎれた腸管をベイッと放り捨てる。

 

 ついでに、彼は纏った狩装束のまま血塗れだった。馴染みの本屋からの帰り道で、“姿現し”にいいように人通りのない路地裏に入り込んだところで襲われたのだ。とっさのことで、頭装備をつけてなかったが、何一つ問題はなかった。仕掛け武器と銃は血の遺志に収納しているものの、肌身離さず装備しているのだから。

 

 あんな大ぶりの攻撃、ガンパリィを取ってくれというようなものだ。問答無用で銃撃をたたき込み、相手が膝をついたところで内臓攻撃をお見舞いして、腸管を引っこ抜いてやった。

 

 なお、まだ息があるようだ。

 

 チラッと見上げると、空には満月が煌々と輝いている。ヤーナムの“狩人の夢”で見た、異様に大きく目立つそれではないが、やはり満月は好きにはなれない。

 

 そうして、セブルスは再度目の前に倒れ伏しているものを見やった。毛むくじゃらの、大柄な、二足歩行の狼。

 

 いわずもがな、人狼である。

 

 白くて角が生えているならば、神々しく麗しい教区長エミーリアのようで親しみが持てるのだが、ごわごわの黒いタワシのようなおっさん狼には何の感慨も持てない。ローレンスのように溶岩を垂れ流さないだけ良しとするべきか。

 

 

 

 

 

 さて、どうしたものか。放置してもいい(どうせ出血過多で死ぬ)のだが、マグルもいるだろうところで、人狼を放置というのはよくないだろう。

 

 そういえば。

 

 ふと、セブルスは思い立つ。

 

 この間読んだ論文に、脱狼薬のレシピがあった。セブルスの私見になるが、まだ改良の余地があるように思えた。

 

 他にもいろいろ試したいこともあるわけで。ときどき聖杯ダンジョンの獣を捕まえ、身動きできないようにして実験してはいるのだが。

 

 思いついたからには、やってみたい。だが、せっかく作っても、肝心な被験者がいなければ、実験結果が分からない。

 

 被験者さえ、いれば。

 

 ふむ、とセブルスは瀕死の人狼を見下して思案する。

 

 よし、持って帰ろう。

 

 思いついたら早かった。

 

 治癒呪文(エピスキー)で最低限の止血を施し、そのままひょいっと担ぎ上げる。上位者となってカンストした筋力99は伊達ではない。爆発金槌も回転ノコも大砲も自由自在である。

 

 万が一気が付いてまた暴れられても困る。とりあえず帰ったら鎖で拘束しておこう。

 

 話が通じるようなら、薬の被験者として雇い、通じないなら、別の方法で説得しよう。

 

 最悪、四肢を切り落としてしまえばいい。

 

 ・・・ヤーナム帰りの啓蒙高い上位者狩人に、良識を期待してはいけない。口では良識的なことを語ろうと、内心ではこうも猟奇的なのだ。

 

 なお、彼にそれを直接言おうものなら、説得する分良識的だろう?と真顔で不思議そうに問い返すこと請け合いである。

 

 忘れてはいけないと、周囲に消失呪文(エバネスコ)を使って、辺りに飛び散った血しぶきを消しておく。通行人に騒がれては面倒だからだ。

 

 そうして、セブルスはバチンっと“姿くらまし”した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 “葬送の工房”のリビングでくつろいでいたレギュラス=ブラックは、家主の帰宅に顔を上げるが、その姿を認めるなり盛大に顔をひきつらせた。

 

 何しろ、家主たるセブルスは血塗れの上、同じく血塗れの毛むくじゃらをワイン樽のように肩に担ぎ上げて、ポタポタと血をしたたらせながらスタスタと入ってきたのだ。

 

 「先輩?!それどうしたんです?!」

 

 「拾った」

 

 「説明を!お願いします!簡潔すぎます!」

 

 ヤーナムのことを聞いて以降、時々だが、セブルスは説明下手になるようになった。あるいは極端に説明を省くようになった、とレギュラスは思う。

 

 

 

 

 

 まともに考えれば、セブルスが説明下手になっても無理はないのだ。何しろ、セブルスは彼の体感時間で100年もヤーナムにいた。

 

 そのヤーナムの住人もひどかった。

 

 『余所者め、消えちまいな!』『近寄らないでおくれ!』などの罵倒はかわいい方。

 

 『死ね!』と開口一番に武器を振り上げられることもしばしばである。

 

 まともな人間(ギルバートや、ガスコインの娘、鴉羽のアイリーンなど)は早々に死んでしまう。

 

 会話の機会がなくなれば、自然とそういったコミュニケーションスキルが低下するというものだろう。

 

 おかげでセブルスも敵意を向けられても、あまり動じなくなってしまったし、普通だと流せるようになってしまった。

 

 ひどいものだ。

 

 

 

 

 

 「襲われたから、返り討ちにした。

 

 ついでに、この間の論文で脱狼薬について書かれていたので、自分でレシピに挑戦して、できれば改良してみたいと思ったゆえ、被験者として連れてきた」

 

 「どうしよう・・・どこからツッコめばいいんだろう・・・」

 

 ええぇ・・・と言いたげな顔で頭を抱えるレギュラスをよそに、セブルスはいまだに気絶している人狼を、ラグの敷かれてないフローリングに放り出し、そのまま洗浄呪文(スコージファイ)で自分もまとめて血を落とす。

 

 「それ、どう見たって人狼ですよね?!しかも今夜は満月だったと思ったんですが?!」

 

 なお、ホグワーツの必須科目に天文学があることから分かる通り、魔法界で月齢の把握は常識である。カレンダーに普通に書き込んであるのだ。

 

 「止血しているとはいえ、流石に腸管引き抜かれて、すぐに動ける人狼はいないぞ?」

 

 思わず距離を取って杖を構えるレギュラスをよそに、セブルスは魔法で強化した鎖を人狼に巻きつけて拘束しながらしれっと言った。

 

 「腸管を引き抜いた?!」

 

 「内臓攻撃だ。狩人ならだれでもできる」

 

 「ええぇ・・・」

 

 そんなの知らないですとでも言いたげなレギュラスをよそに、セブルスは人狼をしっかり鎖の両端を南京錠で止めて縛り倒し、ついでにマズルにもガムテープ(実家の荷物処分の時に見つけ、その時に持って帰ったものだ)を巻き付けたのを確認し、そのままダイニングに行った。メアリーを呼ぶ声がすることから、大方夜食をとるのだろう。

 

 仕方なく、レギュラスは人狼から距離を取って、カウチに座り、彼を見張ることにした。もちろん、杖は肌身離さずに。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 次にフェンリールが目を開けた時、彼はとっさにまぶしい、と目をつむった。

 

 恐る恐る目を開けると、見たことのない奇妙な明かりが目についた。

 

 白い電球が7つ、六角の形とその中央に並べられている。

 

 マグルで言うところの無影灯だが、かなり古めかしい。使い込まれたように古びている。電球に見える部分は、電気ではなく魔法の明かりだと、ややあって分かった。

 

 それでも7か所も光って照らされればまぶしいに決まっている。

 

 どうなっている?ここはどこだ?とっさにフェンリールは体を動かそうとして――動かない。

 

 硬い診療台の上に横にされている上、鎖でがんじがらめに縛られている。口元に拘束具の類はない。

 

 また、痛みの類もない。人狼になっている間のことは切れ切れにしか思い出せないのだが、どうも自分は誰かに襲い掛かり、返り討ちに遭ったらしい。傷はないのは、手当てを受けたためか?なぜ?

 

 とっさに周囲を見回したが、診療台の真上にある無影灯に対し、周囲が暗すぎて、何が何だかさっぱりわからない。

 

 こんな時こそ、とフェンリールは自慢の鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅ぐ。

 

 

 

 

 

 人狼の鼻は、祖たるオオカミとほぼ同じだ。凡人どもでは嗅ぎ取れない、微細な臭いを嗅ぎ分けることができる。

 

 フェンリールは、人狼の一番の武器は、牙でも爪でもなく、この鼻だと思っている。

 

 敵意すら嗅ぎ分けて見せ、危ない場所には近寄らない。これだけで、うっとうしい闇払いを撒くことができたのだから。

 

 

 

 

 

 スンスンと臭いをかぎ取り、フェンリールはウゲッと吐きそうになり、とっさに顔をそむける。

 

 尋常じゃないくらい血の匂いが濃い。狼の間ならまだしも、人間姿では少々きつい。それだけでなく、磯のような生臭さ、腐敗臭もするし、錆っぽい臭いや、何かが焦げた臭い、排泄じみたアンモニア臭――早い話、悪臭の掃きだめのようだ。

 

 だが、その中でフェンリールは一つ、異様な臭いをかぎ当てた。

 

 こんな悪臭の中なら霞みそうなのに、不思議なことにその匂いは、他の臭いに紛れることなく、凛とフェンリールの嗅覚を刺激した。

 

 何とも形容しがたい、不思議な匂いだ。とっさにフェンリールは、月を連想した。

 

 虚空にぽっかりと浮かぶ、銀色の、月。

 

 「月の香り・・・?」

 

 「ほう?わかるのかね?」

 

 かけられた声の方に、フェンリールはグルンと首を動かして振り向いた。

 

 いつからいたのだろうか、いや、最初からそこにいたのだろう。匂いはずっとしていたのだから。

 

 コツリッと、床板を踏んで彼は出てきた。

 

 年のころは、20代は確実に越しているだろうが、妙に落ち着き払っている。若くも見え、老いても見える。

 

 そして、魔法族にしては奇妙で、マグルにしては古めかしい恰好をしている。

 

 残念ながら、フェンリールの浅い知識の中には、彼が纏うのはインバネスコートというものだとはなかった。

 

 だが、ミニマントを留める首元の銀鎖と、グローブと一体になった手甲が、明かりに妙にぎらついた。

 

 顔はと言えば、鉤鼻の目立つ、陰のあるものの、整った顔立ちだ。少々癖のある黒髪は長いらしく、背中で束ねているらしい。目元に少々長い前髪がかかる程度だ。

 

 「何だてめえは?!てめえか、このふざけた状況をこしらえやがったのは!」

 

 「本屋帰りの一般人を、牙をむき出しにして襲う人狼の方が、ふざけていると思うがね?」

 

 並びの悪い尖った歯を牙をそうするようにむき出しにして唸るように問いただすフェンリールに、彼は緩く腕組みをして、しれっと言った。

 

 おそらく、この会話をレギュラスが聞こうものなら、「先輩、一般人は人狼を返り討ちにして、内臓を引きずり出して、血まみれにしません」というツッコミを入れたことだろう。

 

 「ああ、わかっているとは思うが、もう満月は過ぎているぞ。ついでにその鎖は破壊不可魔法で強度を上げている。人狼でも引きちぎるのは難しいだろう」

 

 「へっ!そいつぁ結構。で?俺をフン捕まえてどうしようってんだ?魔法省にでも小遣い稼ぎに引き渡すか?いいぜ、さっさとやれよ」

 

 プイッとフェンリールはそっぽを向いた。

 

 妙な匂いをさせていようと、一皮むけばみな同じ。フェンリールは知っている。自分が人狼だと知ると、嫌悪するか、憐れむか、あるいは侮蔑するか。

 

 だが、目の前の男は、しれっとフェンリールを見下ろした。

 

 「そんなつまらん、啓蒙低いことなどせん。時に貴公、人狼ならば脱狼薬について知っているかね?」

 

 「・・・だったら何だよ」

 

 忌々しい薬の名前を出され、フェンリールは口をへの字に曲げて、男を睨みつけた。

 

 人狼たることを否定し、人間にしがみつきたがる、軟弱者の利用品だ。薬と呼ぶのもおこがましい、ゲロ以下の何かの名前の名を出されれば、フェンリールに不機嫌にならない理由はない。

 

 

 

 

 

 脱狼薬、脱狼薬。

 

 その薬の名が出回るようになってから、フェンリール旗下の人狼のコミュニティから無断で出ていこうとしたり、手を切ろうとするものが後を絶たない。

 

 連中は分かっていない。脱狼薬は所詮、一時しのぎに過ぎず、満月に変身するという性質だけは、どうあがいても逃れようがない。

 

 加えて、薬は高い。伝手も金もない、人狼がそれをどうやって定期入手するというのか。

 

 出て行ったところで、食いっ逸れ、金欲しさにコミュニティの場所を密告される方が数倍困る。

 

 

 

 

 

 フェンリール=グレイバックは、人狼コミュニティのリーダーだ。

 

 彼にはリーダーとして、他の大勢の人狼たちを守る、役目がある。

 

 

 

 

 

 「そうだ。先日の魔法薬学会の学会誌の論文でレシピが公表されていたのだが、私はあれに少々不満がある。

 

 いくつか手を加えられそうな部分が見つかったので、改良に挑戦したいのだが、効果を確認するための検体が不足していてな。

 

 貴公、治験に参加してもらえんかね?

 

 案ずることはない、私はどこぞの偽医者や頭のイカれた医療者どものように、治験と称して青くてブヨブヨした星界からの使者に改造することはせんし、上位者目指して頭部を皺塗れの肥大した状態にもせん、ましてその啓蒙低そうな頭蓋をたたき割って脳に瞳を探そうともせん。するまでもない」

 

 後半、何を言われているか、フェンリールはさっぱりわからなかった。

 

 ただ、これだけはわかった。

 

 「てめえ、正気か?」

 

 「ふむ。その質問の意図は不明だが、一応答えておくとしよう。

 

 啓蒙低い凡人的感性で見るならば、ヤーナム(あそこ)では、誰もが狂っていた」

 

 そう言って、フェンリールを見下ろす男の黒い瞳を見返し、フェンリールはクラリと眩暈を覚えた。

 

 「で?治験には参加してもらえるのかね?」

 

 「はっ!てめえは間抜けか?!するわけねえだろ!俺を誰だと思ってんだ!フェンリール=グレイバック!人狼の中の人狼とは、俺のことだ!

 

 脱狼薬の改良だと!知るか!」

 

 ガチャガチャと鎖を鳴らしながら、フェンリールは喚いた。

 

 現状、フェンリールにできることには限りがある。彼にはどうあがいても、この鎖からは逃げられそうにない。

 

 

 

 

 

 フェンリールは魔法が使えない。人狼が魔法族特有の疾病であるならば、確かに彼は魔力を持っているのだろう。

 

 だが、魔法族と言えど、魔法を使いこなすには相応の教育を受けねばならないのだ。

 

 フェンリールにはその経験はない。

 

 彼は、人狼だったから。

 

 人狼であるというのは、それだけで差別の対象になる。まともに勉学を受けることもできなくなるのだ。

 

 リーマス=ルーピンは非常に運のいい魔法使いなのだ。

 

 

 

 

 

 だからと言って、言葉巧みに鎖を解かせる、というのもフェンリールにとっては業腹だった。

 

 それは、一度でも、振りであろうと、フェンリールがこの男に屈するということだ。

 

 誰が、こんな、頭のおかしい、ただ人の、男などに。

 

 「ふむ・・・手荒な真似はあまりしたくないのだが、どうしても?」

 

 「断る(NEVER)

 

 再度、フェンリールは唸るように言った。

 

 来るなら来てみろと、フェンリールは覚悟を決めていた。

 

 これでも、今まで彼は死喰い人の一員として、闇の帝王のおそばで、常に戦ってきた。呪文などなくとも、彼には爪と牙があり、月がなくとも、鼻で獲物を逃がさない。

 

 痛めつけられたことだって、一度や二度ではない。高い治癒能力を持つ人狼だからこそ助かったような傷を負ったことだってある。

 

 「そうか」

 

 顔色一つ変えずに、男は腕を一振りした。

 

 「?!」

 

 てっきり杖を出すと思っていたフェンリールは、思わずギョッとした。

 

 「何だそりゃ」

 

 「教会の石鎚を見るのは初めてかね?」

 

 そう言って、男は右手に携えていたそれを軽く持ち上げた。

 

 分厚く重い、石の塊に、剣のような持ち手がアンバランスに取り付けられている、ように見える。石の塊には、奇妙な文字列が余すところなく彫り込まれており、見ているだけで、フェンリールを不安な気分にさせた。

 

 「爆発金槌だと、うっかり診療台ごと破砕しかねんからな。これならば、ちょうどよいだろう」

 

 「何がだ」

 

 「貴公ら死喰い人はマグル的だと忌み嫌うかもしれんがね、拷問というのは単に相手を痛めつければよいというわけではない。

 

 “磔の呪文”というのは、一見合理的だが、実の所レパートリーが非常に乏しい。加えて、痛みというのはすぐに耐性が出来上がってしまう。慣れと覚悟ができれば、耐えれてしまうのだよ」

 

 淡々と言いながら、男はその石鎚を一度床につけるように下ろし、左手に支えを変えて、右手を軽く持ち上げる。

 

 「時に貴公、右手を挽肉になるまで叩いて叩いて叩き潰され、左手をズタズタにされて指ごとに切り落とされた経験はあるかね?

 

 さすがの私も手をそうされた覚えはないが、頭蓋を叩き潰され、胸をめった刺しされたことならある。何度も、何度も。

 

 だが、私はここにいる。

 

 私でもできたのだ。きっと、貴公もよい経験になるだろう」

 

 くるりと振られた男の右手の一振りに応えるように、フェンリールを戒めていた鎖が形を変える。腹から胸辺りを寝台にしばりつけるような格好だったそれが、手首と足首を縛り付けるような形に蛇がのたうつように形を変えたのだ。

 

 つまり、腕の大部分と手はむき出しということだ。

 

 ここまで来て、フェンリールはようやく気が付いた。男の目つきは、生き物を見るそれではない、これから屠殺する家畜、あるいはすでにそうされたそれをどう解体しようか思案する目だ!

 

 「ま、待て」

 

 「却下する。貴公、改めたまえよ」

 

 慌てるフェンリールを無視して、男は改めて剣のような持ち手に右手をかけて、石鎚を振り上げた。

 

 腕を動かそうとした。無理だ。鎖はどう引っ張っても動かない。

 

 フェンリールの口から、蹴られた犬よりもみじめな断末魔が飛び出した。

 

 

 

 

 

 なお、地下室に連れ込まれた哀れな人狼の悲鳴を聞いたレギュラスは、ソファの上でぴょんと飛び跳ねたが、すぐさま聞かなかったことにして、メアリーの淹れてくれたお茶とスコーンを堪能することに全神経を注ぐことにした。

 

 

 

 

 

続く

 




【灰色人狼の服】

 フェンリール=グレイバックが着用している衣服。フケと垢にまみれ、汗臭く、色落ちして灰色に見える。

 長く着用し続けているそれは一見すると古びているが、死喰い人の魔法使いの手によって、人狼に変身しても破けず体躯に合わせて肥大するようになっている。

 人狼を崇める者たちは言った。人狼には人血を流す権利あり。奴らが我らを畜生とみなすならば、我らは奴らに痛みを刻もう。

 神殺しの狼の名を持つ男は誓った。それでも奴らが痛みを解さぬならば、その痛みは幼子たちに背負わせようと。





 次回は、明日更新だ!お楽しみに!


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【9】フェンリール=グレイバック、あきらめる

 一応、これで第1楽章はおしまいです。

 次回は新章突入で、いよいよホグワーツ・・・の前に、いくつか外伝もあるのですが、どうしましょうかね?

 アンケート次第、としておきます。よろしければ、ご協力ください。


 フェンリール=グレイバック(あの時は人狼姿で気が付かなかったが、後日セブルスから聞いた)が、尊敬する先輩によって連れ帰られ、地下室に押し込まれてから、数日。

 

 レギュラス=ブラックは時折、耳塞ぎ呪文(マフリアート)がかかっているにもかかわらず、地下から轟いてくる断末魔のような叫びを聞くようになった。

 

 一体何が起こっているのか、レギュラスとて興味がないといえば嘘になる。

 

 だが、彼は兄とは違い引き際をわきまえていた。余計な好奇心を自制できるタイプでもあった。

 

 大体、血まみれになって帰って来て、内臓を引っこ抜いた云々という発言を聞いた時点で、レギュラスはそれ以上のツッコミを放棄することにしたのだ。

 

 

 

 

 

 そもそも、魔法使いにとって、必要以上の流血は野蛮かつ下品、非効率的である。

 

 なぜなら、魔法使いには、悪事をなすときには禁じられた呪文3つがあるからだ。

 

 服従の呪文(インペリオ)磔の呪文(クルーシオ)死の呪文(アバダケダブラ)

 

 その3つさえあれば、大抵の用は片付く。

 

 聖28家に代表される純血の魔法族であればあるほど、暴力沙汰はともかく、必要以上の流血という行為そのもの自体を厭う傾向は強い。

 

 さらには、魔法ではない、必要以上に道具を使うなんてマグル的だ!と厭う風潮もある。

 

 “闇の帝王”やその配下の“死喰い人”など、その代表だろう。

 

 

 

 

 

 話を戻すが、とにかく、レギュラスもそういう事情もあって、狂犬と名高いフェンリールの身を案じるより、自身の精神衛生を優先した。

 

 彼は狡猾なスリザリンの出身である。見知らぬ何某を慮る高潔さより、わが身とその周囲を大事にする思いやりの持ち主なのだ。

 

 そもそも、フェンリールは“闇の帝王”に対しては従順だったが、死喰い人に対しては、所詮人間風情、とどこか見下している節さえあった。“闇の帝王”の命令があったから、こちらに牙を向けなかっただけだ。

 

 あんな奴がいるから、余計に人狼は差別されるのだ、とレギュラスは思う。

 

 そんなレギュラスは、今日もブラックの荘園の管理や、傘下企業の運営者と打ち合わせをすべく、レオ=ノワールの変装をして出かけようとしていた。

 

 「行ってらっしゃい、レギュラス様」

 

 「・・・うん、行ってくるよ、メアリー」

 

 思わずレギュラスが言いよどんでしまったのは、メアリーのほっそりした人形然とした両手に、抱えられているものを見てしまったからだ。

 

 それは、残飯だった。

 

 幼少から高級なものに囲まれて、贅沢に舌を慣らしてきたレギュラスは、少なくとも、それをそう判断した。

 

 鍋の中にあるのは、粥状にどろどろの何かで、野菜やら何やらが細かくされて入っている。だが、その色は不気味なヘドロのような虹色のマーブル模様をしていた。

 

 ・・・これは、セブルスが日本を訪れた時に知った雑炊という料理だが、いかんせん、残飯やら、果物スパイス、他適当に賞味期限が切れそうな素材を入れて作っているので、凄まじく不味そうに見えるのだ。

 

 そして、これを食べさせられるのは、地下室でいまだに拘束されて、無駄な抵抗に励んでいるフェンリールらしい。

 

 全身金縛りの呪い(ペトリフィカス・トタルス)で動けなくされたところに、口に漏斗を差し込まれ、強制的に流し込まれるらしい。

 

 セブルス曰く、栄養学的に問題はないはず、とのこと。

 

 最初は真面目に作っていたのを、セブルスが言うことをきかん検体にやる飯なぞ、適当でいいと言い放ったせいで、こうなった。

 

 ハンストすら許してもらえない、哀れな人狼が心折れるのも時間の問題だろう。

 

 レギュラスは、魔法使いであるくせに、らしくもなく十字を切って、アーメンと唱えたくなった。

 

 

 

 

 

 さて、それからさらに半月程後に、ようやくフェンリールは地下室を出ることの許しをもらえたらしい。

 

 地下から出てきて、リビングを兼ねた書斎に入ってきたセブルスの背に従うように、フェンリールはついてきた。

 

 だが、その首には革製らしい大きな赤い首輪がかかっている。

 

 「改めて紹介しよう、レギュラス。

 

 脱狼薬の治験に協力してくれることと相成った、フェンリール=グレイバックだ。

 

 貴公ならば、見知っていると思うがね」

 

 「あ?」

 

 ガラの悪い声で聞き返すや、フェンリールはじろりと黄色い目でレギュラスを睨む。

 

 「レギュラス・・・レギュラス=ブラック?

 

 あのお方からの大仕事の後、出奔したっていう?」

 

 「あのお方、と言ったかね?」

 

 そのすぐ隣のセブルスが、ゴトンッと、右手に出現させた教会の石鎚で軽く床をついた。

 

 「ひぃっ?!いえいえ、や、闇の帝王殿でさあ!月香の旦那!」

 

 瞬時に顔を青くしてブンブカ首を左右に振るフェンリールは、完全に縮こまっている。人間姿ならばないはずの狼耳がぺたんと下がり、尻尾も丸めているような幻視すら覚えてしまった。

 

 完全に、虐待された後の犬のようだ。狂犬フェンリール=グレイバックが、何という有様。

 

 「ふむ。何度も言うようだが、私はあの男が好かん。私の大事なものに手を出そうとしたからな。ゆえに、私の前であの男を崇めるような言動を取れば、どうなるか・・・もう一度腸管を引きずり出されたいかね?」

 

 「っっ!!!!」

 

 ズザッとフェンリールは大きく飛びのいた。

 

 同時に、首が取れんばかりに大きく左右に振っている。

 

 ああ、これは、地下でもう一度、同じことをされたんだな。可哀そうに。

 

 閉心術できっちり心を閉ざし、無表情のままレギュラスは思う。

 

 「あの、差し出がましいですが、その、彼の首輪は?」

 

 「誰がつながれた犬だ!食い殺すぞ、この野郎!」

 

 そこまで言ってません、とレギュラスはツッコミを入れようとしたが、それよりも早く。

 

 「フェンリール」

 

 「はい旦那!」

 

 静かに呼びかけたセブルスに、フェンリールは気を付け!と言わんばかりにビッと背筋を伸ばした。

 

 「私はむやみに吠えるのは、人獣問わずに嫌いだ。度が過ぎるようなら、もう一度しつけようと思うが、どうかね?」

 

 「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません」

 

 スッと目を細めて言ったセブルスに、フェンリールは平身低頭謝り倒す。

 

 フェンリールの黄色の目からハイライトが消えた(先輩曰くの蕩けた瞳というのはああいうのを言うのだろうか?)のを、レギュラスは見逃さなかった。

 

 本当に、セブルスはフェンリールに対して何をしたのだろう?

 

 だが、それは少なくとも、レギュラスは知る必要はないのだろう。ただでさえも気苦労を抱え込みがちなところに、これ以上精神的負荷を背負いたくない。

 

 「フェンリールにつけている首輪は、簡単に言えば、この家に奴を縛り付けるためのものだ」

 

 「ええっと、つまり?」

 

 「私は犬はあまり好きではないが、聞いた話では、マグルは犬を飼う際に、首輪で所有権を主張し、勝手に出歩かないように鎖でつなぐらしい」

 

 「あの首輪がそれになるんですか?」

 

 「うむ」

 

 軽く頷いて、セブルスは定位置の一人掛けのソファに座り、二人にも適当に座るように促す。

 

 定位置のカウチの隅に座るレギュラスと、その反対側に不服そうな顔をしつつもおとなしく座るフェンリール。

 

 やってきたメアリーがお茶を淹れ始めるのをよそに、セブルスは続けた。

 

 「あの首輪は、奴用に特別に誂えたものだ。

 

 あれをつけている限り、この家の敷地から外に出ることはできん。庭は敷地に含まれるから大丈夫だ。

 

 ただし、私の机と薬棚、寝室、お前の自室は除く。扉に手をかけたり机に触ったりしただけで、首輪を起点に激痛が走るようになっている。

 

 さらに、無理やり外そうとすると仕込んでおいた爆発呪文(コンフリンゴ)が発動して首が吹っ飛ぶ。

 

 解除呪文(フィニート)を受けたら、首輪が小さくなって窒息するようにもなっている」

 

 「うわぁ・・・」

 

 なんという、えげつない拘束具。装備者たるフェンリールはさぞかし気が気でないに違いない。

 

 ホグワーツ在学時から、オリジナルの呪文を作るほどセブルスは優秀だったが、その彼が優秀な方面をあれな方向に発揮すると、こうなる。

 

 ちなみに、フェンリールは字の読み書きができないので、手紙などをこっそり出されることは全く心配していない。

 

 「・・・あの」

 

 ふと、レギュラスは聞きたくなった。この優秀な先輩なら、こんな面倒なものを作らなくっても。

 

 「服従の呪文(インペリオ)を使ってしまえばいいのでは?」

 

 「ふん。あの呪文は人間相手に使うとな、多幸感のせいで現状把握ができなくなる。

 

 そんな中で、正確な脱狼薬の使用感など聞けると思うか?」

 

 しれっと吐き捨てたセブルスだが、その言葉にレギュラスは聞き捨てならない言葉が混じっているのを、聞き逃さなかった。

 

 「何で服従の呪文(インペリオ)を使われた感じをご存じなんですか?!」

 

 「貴公はやらなかったのかね?

 

 スリザリン寮内では、互いに服従の呪文(インペリオ)をかけあうという、遊びが流行っていたのだ。

 

 ・・・今思えば、なかなか悪質であったな」

 

 「知りませんよ?!そんな遊び!いくら何でも質が悪すぎます!」

 

 しれっと言ったセブルスに、レギュラスは思わずドン引きした。

 

 かつて所属していた寮と、見知った仲間と団らんしていた場所とはいえ、そんな危険な遊びが流行っていたとは思わなかった。

 

 ・・・確か、あの呪文は人に対して使えば、それだけでアズカバン行きであったはずなのだが。ばれたら退学確実の、何と危険な遊び(そもそも遊びの範疇に入るのか?)をしているのやら。

 

 これでは、グリフィンドールのことを何一つ非難できないではないか。

 

 「そうかね?私は呪文に抵抗して、ノットの歌えという命令を拒否して、呪文を破った。

 

 あれはあれで貴重な経験になったと思うがね」

 

 おかげで、あの呪文をかけられても、多少時間はかかろうと破ることができると、セブルスは自信があった。

 

 「・・・あんた、やっぱり闇の魔法使いだったのか?」

 

 ホグワーツの教員方の目を盗んで行われた当時のそれを思い返しながら言ったセブルスに、フェンリールは呆れたようにつぶやく。

 

 人間相手の使用を禁じられている呪文を、平然と人間相手にぶっ放せるということは、闇の魔法使いだと、彼も知っているのだ。

 

 「あれと同類扱いとは、実に啓蒙低いことだ。

 

 貴公、手足を叩き潰され過ぎて、ついに脳髄にまで支障をきたしたかね?」

 

 「あ゛あ゛ん?!」

 

 セブルスに侮蔑の眼差しで見られ、フェンリールはドスの利いた声でメンチを切ったが、すぐさま相手の視線の前に、さっと目をそらして背を丸める。

 

 そうして、彼はすぐさま思った。あんな危険な凶器と狂気を携えた奴が、闇の魔法使いなんて、お行儀のいい存在なわけがない、と。

 

 「さて、一段落ついたら、我が家を案内しよう。部屋は空き部屋を適当に使いたまえ」

 

 「いいんですかい?」

 

 「協力的な検体には、相応の代価は用意するものだ。

 

 魔法薬学の発展にその身を捧げるのだ。当然のことだ。

 

 何度も言うようだが、私はあの偽医者とは違う。治験と称して、貴公に一方的なことはせんよ」

 

 少し驚いた様子のフェンリールにしれっと言って、セブルスは紅茶に口づけた。

 

 

 

 

 

 それから約2年ほどをかけて、フェンリールと彼の旗下コミュニティの人狼たちの協力(という名の人身御供)を得たセブルスは、脱狼薬の改良に成功した。

 

 ダモクレス開発の脱狼薬のレシピは、トリカブトを主原料としており、満月の1週間前から毎日コップ一杯服用すれば、変身後も理性を失わない、というものだった。

 

 ただ、この薬はいろいろ制約が厳しい。

 

 まず、非常に苦い。砂糖を入れたら効力が失われるのだ。

 

 次に、毎日服用するということ。一日でも飲み忘れてしまえば、効果がないのだ。たった1回の飲み忘れで、他の6回の苦い苦労(文字通り)が水の泡となる。

 

 そこでセブルスはさまざまな改良を施した。

 

 まず、味の方は水薬形式なのがいけないのだ。丸薬、あるいは錠剤、最低でも粉薬にしてしまえばオブラートに包んで飲むことができるはず。

 

 ・・・この辺りの発想は、ヤーナムで医療協会発祥の薬品に触れたことが大きい。オブラート云々は、ペンフレンドのハリー=メイソンが手紙の中で触れてきたことに起因する。

 

 ともあれ、セブルスはそのために新規に水薬を錠剤に加工する――錠剤加工呪文まで開発した。魔法薬自体が含む魔力と干渉しあわない絶妙な塩梅が必要で、マグルで言うところの糖衣(錠剤外部を覆う薬効のない無害な素材)に当たる材料も用意しなければならない、極めて難しい魔法だ。その代わり、他の魔法薬にも応用が利く、幅広い呪文だ。

 

 人狼たちからの評判も上々である。この魔法のおかげで、薬を携行できるようになったため、飲み忘れが大幅に減ったということだ。

 

 さらに言えば、セブルスはレシピ自体もかなり手を加え、本来なら難しく複雑な手順も改良して、調合者にも優しいレシピにした。

 

 残念ながら、満月の1週間前から毎日服用、という期間については経口薬の場合はいまだに手を付けられないが、これもそのうちどうにかしていきたい、とセブルスは思っている。

 

 

 

 

 

 さて、そんなセブルスは、新規の呪文とレシピの発表に当たって、一人の専門家の知恵と後ろ盾を仰いだ。

 

 それが、ホラス=スラグホーン教授である。ホグワーツでも魔法薬学の教鞭を執るこの教授は、成績でえこひいきするものの、寮で差別をせず、セブルスのことを気にかけてくれた恩師でもある。

 

 権威に弱い一面もあるが、その分その方面での足運び――駆け引きなどについて頼れるだろうと声をかけ、改良版脱狼薬と錠剤加工呪文の発表について、新人で後ろ盾も何もない自分よりも、経験豊富な教授と共同開発という形にしたい、と話を持ち掛けたのだ。

 

 ・・・要は、後ろ盾でもあり、面倒を押し付けられる、前盾にもできるようにした。

 

 スラグホーン教授とは大学の授業の一環で参加した魔法薬学会で再会した。

 

 例にもれず、セブルスはスラグホーンの顔も忘れかけていたが、「あれからその後の音沙汰を全く聞かなくて心配した」「君に最後まで魔法薬の神髄を伝えられなかったことは、私の大きな心残りの一つだ。もっとも、君なら自力でそこまでたどり着いてしまっていただろうがね」などと、心底ほっとしたような顔で話しかけられれば、すぐさま思い出すし、悪い気はしなかった。

 

 その後、魔法薬学会や、欧州魔法薬学連盟の集いなどを通じて、交流は続けていたのだ。師と教え子ではなく、同じ魔法薬学を極める同志として。

 

 セブルスが話を持ち掛けるなり、教授は喜んで飛びついてくれた。レシピと呪文を開発したセブルスをほめちぎり、魔法薬学の歴史が変わるぞ!とまで言って、(自分もその栄誉にあずかれること含めて)大はしゃぎだった。

 

 特に、呪文の存在は大きく、今までは調合したてでないと効果のない魔法薬がいくつかあり、その保存にもなるかもしれない、となって、盛り上がりに盛り上がった。

 

 セブルスも、とりあえず脱狼薬で試しただけなので、他の魔法薬についてはまだ試していない。ひょっとしたら、その逆で、錠剤化したら効果が失われるものだってあるかもしれないのだ。

 

 要研究だ!と魔法薬学オタク同士で盛り上がりまくり、学界でも当然のように話題になった。

 

 

 

 

 

 さて、こうして、脱狼薬の改良については一段落ついたのだが、ここで検体となったフェンリールとその旗下コミュニティの人狼たちをどうするか、という問題が持ち上がった。

 

 セブルスとしては、まだ脱狼薬のレシピには改善の余地があるうえ、この薬はあくまで対症療法でしかない。そのうち完全根治させる薬も作ろうと思っている。

 

 ゆえに、検体はすぐに呼び出せるように確保しておきたい。だが、とりあえずできることはやってしまったという状態なので、当座の改善は無理、しばらく検体を遊ばせておくのも忍びない、という状態になってしまったのだ。

 

 そこで、レギュラスが言い出した。

 

 「改良版脱狼薬の支給をつけるので、僕のところの荘園に来て、農作業手伝ってください。満月の夜も大丈夫な寝床も用意しますし、脱狼薬とは別に報酬もお出ししますよ」

 

 これには、人狼たちは大喜びで飛びついた。(フェンリールは最初難色を示したが、セブルス怖さに結局首を縦に振った。首輪は敷地内から出られない、という縛りから、脱狼薬を規定時期に飲まなければならない、誰かに噛みついてはいけないという縛りに変更された)

 

 人狼であるというだけで差別の対象であり、就職にも困る彼らは、正体を隠して、こっそりコソコソと暮らすしかない。コミュニティに身を寄せるのは、少しでも危険や就職活動の情報を共有するためでもあるのだ。

 

  某魔法省役人(ピンクのガマガエル)の制定した反人狼法のせいで、人狼の社会活動、就職は絶望的なのだ。

 

 それが脱狼薬の治験に参加しただけで、その後の飯の種と寝床まで確保できるなんて!

 

 なお、コミュニティ経由で聞きつけた他の人狼たちが我も我もとやってきたため、ブラック傘下の荘園だけでは雇いきれず、セブルスはルシウスに事情を説明して、マルフォイ傘下の荘園でも同様の条件で雇い入れるよう協力を要請した。

 

 ルシウスとしても、普通の魔法使いよりも安価に雇える人材だということで、異存なく雇い入れてくれた。

 

 その代わり、今後役立つ薬の開発をしたら、マルフォイ傘下の製薬企業に優先的に卸してくれ、と言われてしまった。

 

 さすがは、純血名家当主である。しっかりしている。

 

 

 

 

 

 さて、それからほどなく、セブルスはルシウスからの定例の食事会という名の愚痴の言い合いの際、リーマス=ルーピンの名を聞くことになって眉を寄せた。

 

 こちらは割とすんなり出てきた。ここ数年ほどはレギュラスと一緒にホグワーツ時代のことや、彼の愚兄について話すことがまれにあったので、それでである。

 

 「どうも、脱狼薬の改良レシピとその開発者について聞いたらしくてな。就職活動がてら聞きに来た。謝りたいとかほざいていたが、どの面下げて、だな」

 

 何ともうかつな。セブルスは軽く眉を寄せる。

 

 確かにセブルスはルーピンが人狼だということを知っているが、退学時の口留めは律義に守っており、誰かに話したことは一度たりともない。

 

 ルシウスがそれを知る由はないはずだが?

 

 いや、彼も純血名家の当主であるのだ。耳目はあちこちに張り巡らせていることだろう。

 

 「で、どうしたのです?」

 

 「お前は、学生時代、かわいがってた後輩や、気にかけている同輩、尊敬している先輩方に悪戯という名の傷害・迷惑をかけまくった一味の一人に、好感を持てというのかね?

 

 お前自身もされたことを忘れたわけではあるまい。

 

 それで少しは申し訳なさそうにして、私に対しても『あの頃はすみませんでした、止められなかった僕も悪かったです』の一言でも言えればまだ違ったが、奴が何としたと思う?」

 

 「さて、啓蒙低い輩の考えなど、私には何とも」

 

 「まるで自分は関係ありません、というような顔をして、『お久しぶりですね。お元気そうで何よりです』と言ってのけたのだぞ?良識を疑うな」

 

 「お言葉ですが、奴もあのグリフィンドールの一員です。心のどこかで、闇の魔法使いの一人、死喰い人をやってたくせに、罪を誤魔化して逃げた卑怯者と蔑んでいるのでは?」

 

 「だから謝る必要など感じない、むしろ罵倒せずに温厚に接している自分は人格者だと勘違いしていると?

 

 フン。まさしく、啓蒙低い、輩だな」

 

 セブルスの言葉に、ルシウスは心底不愉快だと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

 「まあ、そんな輩だからな。教える価値もないし、ついでに雇い入れている人狼たちを闇の魔法使いの手先として“不死鳥の騎士団”に密告するつもりだろう、また彼に危害を加えるつもりか、と追い払ってやったがね。

 

 違う、本当にスネイプに謝りたいだけだなどと喚いていたが、どこまで本当なのやら」

 

 と、ルシウスは口元を冷笑にゆがませた。

 

 「あんな使い捨てにされているようだというのに、相も変わらずダンブルドアには従順なことだ」

 

 「使い捨て?」

 

 「ずいぶんとくたびれた格好をしていたよ。聞いた話、住所も不定だ。奴の父親は魔法省の役人だったはずだが、その家や財産などを受け取ったという話も聞かない。

 

 大方、ダンブルドアからの何らかの依頼で長期留守にし、両親の死去も知らずに、気が付けば家屋財産は司法手続き期間を過ぎて差し押さえされたというところだろう。

 

 奴がまともな職についておらず、生活できている風でないのは明らかだ」

 

 「・・・それは通常、バックアップ体制の一環として、依頼した側がフォローしておくべきでは?」

 

 「私に訊くかね?偉大なる校長殿に訊くべきだろう。ルーピンにそれを命じたのは、まず間違いなく、あの髭狸だろうさ。

 

 そして、今回も」

 

 気の毒に、とはセブルスもルシウスも言わなかった。正直、ルシウスは気分悪そうにしており、セブルスはルーピンなどどうでもよかったからだ。

 

 

 

 

 

 加害者にとっては過去のことでも、被害者にとってはそうではないのだ。

 

 セブルスは、どうでもいいと捨て置けるが、関わり合いになりたくないとはっきり言うし、ルシウスは言わずもがな。

 

 ルーピンは確かに、直接セブルスに手は出さなかった。だが、それだけだ。気の毒そうな顔で、やんわりと止めようとはするが、結局押し切られて見ているだけだ。

 

 あとで謝りにきたり、手当てをしようとしてくれたり、あるいは力づくでも止めようとしたり、切り上げさせようとしてくれたら、まだ違ったかもしれない。

 

 だが、それもせずに、ルーピンはおそらくは人狼であることを負い目にして、友情を失うことを恐れてたのだろう、傍観に徹した。(ルーピンの秘密は現状、あの4人以外ではセブルスしか知らないのだが。言いふらすつもりもない。教授陣については論外だが)

 

 被害者にとっては、傍観者も加害者と何ら変わらない。

 

 いかにセブルスにとっては、100年近く昔のことに相当するのだとしても、あれと仲良しこよしは御免である。

 

 

 

 

 

 いずれにせよ、セブルスには、関係ない。

 

 目障りなだけだ。

 

 

 

 

 

続く

 




【改良された脱狼薬】

 ダモクレスが開発したレシピを、セブルス=スネイプが改良した、錠剤状の魔法薬。

 満月の1週間前から1日1錠服用すれば、人狼化しても理性を保つことが可能。

 錠剤魔法薬の記念すべき一つ目であり、セブルス=スネイプの名を魔法薬学会、人狼コミュニティ、双方に広く知らしめることとなった。

 フェンリール=グレイバックは言った。クソ不味い脱狼薬も水で丸呑みできるなんて、人狼が侮られる要因がまた一つ増えてしまった、と。







 服従の呪文辺りの事情は捏造です。

 のちに死喰い人に名を連ねるスリザリン生なら、人間相手にかけるなら大丈夫そうな服従の呪文なら、練習がてら使っててもおかしくないかも、呪文破りの練習にもなるし、と思いまして。

 ルーピン先生、まだ出番がないっていうのに、この扱い、ひどいですか?

 3巻初登場時に、何でスネイプ先生この態度?って思ってからの、スネイプのクズがこの野郎、となって、6巻でそりゃそうなるよな!って猛烈に納得した覚えがあります。

 むしろ、あんな目に遭わされても、自分の感情は我慢して仕事上の付き合いを頑張って続けようとするあたり(ボガートの一件でコケにされてなお)、凄い人だなあ、と思います。

 ルーピン先生、一言でも謝ったんでしょうか?謝ってないとしたら、スネイプ先生の態度にものすごく得心が行くんですよね。(謝ってない理由も、やっぱり死喰い人だったから、と説明つけられそうですし)

 ちなみに、セブルスさんが服従の呪文に抵抗できた、というのも捏造です。ハリーちゃんが抵抗できたんだし、陰の主人公みたいなセブルスさんだって抵抗できたはずさ!と。

 夢見過ぎですかね?


アンケートの外伝の詳細は本日の活動報告にのせてますよ!


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【第2楽章】セブルス=スネイプ魔法薬学教授
【1】セブルス=スネイプ、ホグワーツへ行く


 評価、お気に入り、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 アンケートへのご協力もありがとうございました。

 第2楽章がトップだったので、引き続き本編をお楽しみ下さい。

 新章開始。満を持して、ホグワーツが舞台となります。

 『賢者の石』開始の1年前からとなります。


 必要なものを詰め込んだトランクのふたを閉め、セブルスは顔を上げた。

 

 このトランクは魔法界でも有名なカバンメーカーのもので、複数あるカギで開け閉めすることで、鍵に応じた収納スペースを呼び出すことができ、大量収納と整理整頓に便利、という謳い文句が付いていた。

 

 確かに、血の遺志に還元すれば好き放題持ち歩くことはできるが、ある程度は見える形で持ち歩いている格好をしていないと、不審がられるのだ。

 

 狩道具や、装束の類は、トランクの中に保管箱に直結させたスペースを設けたので、そこから出し入れする予定だ。そうそう使うことはないだろうが、手元にない方が不安になるのだ。

 

 続き、右手を振って魔法をかける。埃避けと、劣化防止の魔法だ。これらの魔法は便利だが、効果中は物を動かせなくなるので、長期留守に用いるものなのだ。

 

 特に、本棚周りには念入りにかけて、虫除けの魔法もかけおく。魔法界の書籍は、大半が羊皮紙製だ。放置しておけば、虫食いに遭いかねない。

 

 最高で11か月は留守にするのだ。その間に何かあっても困る。

 

 一足早く出発したレギュラスは、今頃はグリモールドプレイス12番地――ブラック本邸についたころだろう。

 

 さすがに10年も経てば、戻っても大丈夫だろうと、セブルスが留守にする間はブラック邸に身を寄せることにしたのだ。

 

 「狩人様」

 

 「支度はできたかね?」

 

 「はい。予備の服と、使い慣れた道具、あとは・・・ホグワーツにあるかわかりませんでしたので、お気に召されていた茶葉を」

 

 静かにうなずいたメアリーに、セブルスはうなずきを返し、その頭をボンネット越しに撫でた。

 

 しばらくは、聖杯ダンジョンさえもお預けになる。耐えられるだろうか?

 

 

 

 

 

 事の起こりは数か月前にさかのぼった。

 

 レギュラスが、探りを入れていた分霊箱の器――早い話、ホグワーツ創始者所縁の品の行方が分かったのだ。

 

 やはり、ヴォルデモート卿による強奪の憂き目に遭っていたらしい。

 

 スリザリンのロケットは破壊したので、残るはハッフルパフのカップ、レイブンクローの髪飾り、グリフィンドールの剣、である。

 

 グリフィンドールの剣については除外するべきだろう。あれは真のグリフィンドール生のみが組み分け帽子から取り出せる、とセブルスたちが在学時からひそかに噂になっていたのだ。

 

 生粋スリザリン生のヴォルデモート卿や、その配下の死喰い人に入手は無理だろう。

 

 ハッフルパフのカップだが、こちらは子孫の手に継がれていたのを、襲撃に遭い、強奪されたらしい。その際に死者も出ているので、分霊箱にされている可能性が極めて高い。その後の行方はまだわからないが、スリザリンのロケットのことを思うと、厄介なところに隠されている可能性が高い。

 

 残すは、レイブンクローの髪飾りだが。

 

 「本人に、直接尋ねる他あるまい」

 

 「ですよね」

 

 ため息交じりに、二人は意見を一致させた。

 

 レイブンクローの縁者は、二人とも面識がある。レイブンクローの寮付きゴースト、“灰色のレディ”だ。彼女は、創始者たるロウェナ=レイブンクローの娘なのだ。

 

 だが、ここで難題が持ち上がった。

 

 セブルスもレギュラスも、ホグワーツを中途退学し、そこに立ち入る術をもってないのだ。

 

 ルシウスならば、ホグワーツ理事ということで立ち入れるかもしれないが、彼は家の存続を最優先する。つまり、ヴォルデモート卿が復活したらそちらにつく可能性が高く、彼に分霊箱破壊の話を持ち掛けるのは得策ではない。

 

 手詰まりか、と二人が頭を抱えかけた時、フクロウによって届けられた二通の手紙が打開策をもたらした。

 

 片方は、Hの字を囲む、獅子、大鷲、アナグマ、蛇の封蝋をつけた、羊皮紙製の手紙。

 

 セブルスは初めてそれを見た時の心躍るような気持ちは、すでに失ってしまったが、懐かしさはかろうじて覚えていた。

 

 開けてみれば、ダンブルドアからの手紙で、ホラス=スラグホーンに代わり、魔法薬学教授にならないか、という打診だった。・・・大方、脱狼薬の改良でセブルスの名前が有名になり、スリザリン生をかばうことの多いスラグホーンよりもコントロールしやすそうだ、と目星をつけてきたのだろう。

 

 もう片方は、噂のスラグホーンその人からの手紙で、そろそろ研究一筋に打ち込みたいから、自分の後釜で魔法薬学教授になってみないかという誘い文句が書かれていた。・・・ものすごくやんわりと、ダンブルドアからそろそろ隠居どうよ?みたいなことを言われ続けているとも書かれている。

 

 そうだろうな、とセブルスは思った。

 

 

 

 

 

 純血魔法使いの家系が多く、それに同調して、闇の魔法使いになりやすいスリザリン生を警戒してか、ダンブルドアは就職にもちょっかいをかけていたらしい。(ルシウスからの愚痴で聞いたことだが)

 

 ルシウスのように家業を継げばいいものはともかく、その充てのない次男以降の子供たち、あるいは中小家庭などは就職先を探さねばならない。というのに、それを潰されては話にならない。食うに困れば、闇にも落ちる。

 

 どこかの極東の武将も言っているが、飯があれば人は生きれる、尊厳があれば人は耐えれる、だが両方なければ、もはやどうでもよくなる、何にでもすがる。そういうことなのだ。

 

 たとえ、すがる先が、闇の魔法であろうとも、今日の破滅を先延ばしにできるなら、何でもやるのだ。

 

 スラグホーンがそれを悟っていたかはともかく、彼は懸命に生徒たちにすがる先を探してくれたし、すでに死喰い人に入りそうな生徒であろうと、成績が優秀であれば、相応に目をかけてくれた。

 

 すがる先を潰す側からしてみれば、禍根を残してばらまくようなものだ。邪魔にも思うだろう。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 引継ぎや、カリキュラム把握の打ち合わせもあり、最初1年は助教授という形でスラグホーンを補佐しつつ、業務内容を把握していき、翌年から本格的に教授職を引継ぎという形になるらしい。

 

 これは渡りに船である。

 

 子供の相手はあまり得意ではないが、分霊箱探しのカムフラージュになる。

 

 謹んでお受けするという返事を、セブルスは両者に宛てて返した。

 

 

 

 

 

 ダンブルドアにヴォルデモート卿の分霊箱について打ち明けるかと、二人も話し合ったのだが、あの爺、変に鋭いからどうせお見通しだろ、と放置することにした。

 

 むしろ、話を持ち掛けたが最後、気づいておったなら話は早い!ようこそ“不死鳥の騎士団”へ!と巻き込まれてはたまらない。

 

 レギュラスはダブルスパイに仕立てられて今度こそ殺されかねないし、セブルスはセブルスで面倒は御免だった。

 

 分霊箱は、見つけ次第セブルスの仕掛け武器で壊してしまえばいいわけで、わざわざダンブルドアに協力を仰ぐ必要はないだろ、という結論が出たのだ。

 

 

 

 

 

 こうして、家中を片付け、セブルスはホグワーツへ出立することとなったのだ。

 

 なお、メアリーは自立型魔法道具の一種として、同行させることになった。魔法は使えないし、狩人たるセブルス以外にはちょっとした小間使い程度に思われるだろう。

 

 先方にも、すでにそれは伝えているのだ、問題はあるまい。

 

 

 

 

 

 さて、付き添い姿現しで一気にホグズミード村まで移動した一人と一体は、そのままホグワーツへ向かった。

 

 管理人のアーガス=フィルチは相変わらず陰険で陰湿そうな雰囲気を醸し出しており、セブルスが名乗るなり、少し驚いたように目を見開いたが、それだけで済ませ、さっさと彼らを連れて職員室まで歩き出した。

 

 今はまだ夏休み中であるが、教師は学期始めよりも1週間ほど早めに来て、カリキュラムの準備や年内行事の打ち合わせを行うのだ。

 

 さて、到着した職員室で、セブルスとメアリーは教授陣の前で改めてあいさつを行うことになっている。

 

 ほとんどは、セブルスが在学時から変わってない。魔法族は長寿なので、そうそうメンツは変わらないのだ。約一学科を除いて。

 

 セブルスが知らないのは、約2名だ。若い女の教授と、頭に紫のターバンを巻いた男だ。後者については、見覚えがあるような気もする。ひょっとしたら、同級生か、在校期間が重なっていたのかもしれない。

 

 何やら教授陣からはジロジロと見られているような気もしたが、狩り衣装が珍しいだけだろうと、セブルスは切って捨てた。

 

 彼に、在学時代からの態度と雰囲気の変化に驚愕されているという自覚はない。

 

 「あれは、セブルス=スネイプですか?」

 

 「まるで別人に見えますな・・・」

 

 「彼はもっと陰気な人物と思っておりましたが・・・」

 

 ひそひそと言葉を交わす教授陣を一顧だにせず、セブルスはそのまま一歩進み出た。足取りはしっかりしており、獣を思わせる静かながらも力強さを感じさせるものであった。

 

 「おお、セブルス。来てくれたか」

 

 「・・・お久しぶりです、ダンブルドア」

 

 いつからファーストネーム呼びされるほど親しくなった?そう言ってやろうとも思ったが、セブルスは既のところでこらえ、淡々とそう返した。

 

 そうとは悟られないように慎重に閉心術で心を読まれないように幾重にも防壁を巡らせるが、欠片も面にも表にも出すことなく。

 

 セブルスは、在学時と何ら変わらずニコニコとほほ笑む好々爺に、内心で眉をひそめる。

 

 目を合わせるなり、仕掛けられたのは開心術。いくらなんでも、あんまりではないだろうか。真っ当な人間なら、あまりの失礼振りに激怒していてもおかしくない。

 

 心のうちなど、プライバシーの塊である。下世話が過ぎるのでは?あるいは、よほど他者が信用ならないか。だとしたら哀れなものだ。

 

 とはいえ、相応に痛い目は見てもらおう。セブルスは軽く息を吸って、無言のまま閉心術を緩める。

 

 途端に、ダンブルドアの無遠慮な魔力が、侵入してきた。

 

 同時に、ダンブルドアは笑みを消し、こわばった顔になるやわなわなと震え始めた。

 

 

 

 

 

 ところで、読者諸氏は追い込み漁というものをご存じだろうか?

 

 主に、イルカやクジラなどの大型の海洋生物を採るための漁獲方である。網や船などで逃げ道を塞ぎ、入り江や浜辺に追い込み、獲物を捕獲するというものだ。

 

 今、セブルスがわざと閉心術を緩めたのは、別に彼の魔力に屈したわけではなく、この追い込み漁に沿ったようなことをしたためである。

 

 すなわち、そんなに見たいなら、勝手に見ればいいと、一部の記憶を彼にわざと見えるようにしたのだ。

 

 

 

 

 

 見えるようにした記憶は、ヤーナムでも実に啓蒙高いエリア、“狩人の悪夢”の実験棟である。

 

 廃墟になった病院のような施設、そこをうろつく顔も頭髪もない、肥大した皺だらけの頭を持つ患者たち。

 

 奇声を上げながら大挙して襲い掛かり、ある時はかがみこんでないはずの目玉を探したり、メソメソとマリア様に助けを求め、やっとのことで逃げ込んだ病室ではベッドに拘束された患者たちが、苦痛に悶えて助けを求める有様。

 

 単なる肉塊スライムと思いきや、しゃべったことからその頭部の肥大した患者たちの成れの果てと判明し、椅子にしばりつけられた血の聖女からは、脳液を要求される始末。

 

 実に、いろいろ衝撃的で、うろついているだけで啓蒙が高まりそうなエリアだった。

 

 なお、患者たちに殺された時の恐怖と苦痛もおまけでつけておいた。見たいものを見れたのだ。さぞ満足したことだろう。

 

 

 

 

 

 「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 直後、ダンブルドアは悲鳴を上げて、口から泡を吹いて、白目をむいて突っ伏した。

 

 奈落の底から響くような甲高い叫びは、ミコラーシュのそれと似ているな、とセブルスはひそかに思った。

 

 「アルバス?!どうしたのです?!」

 

 「校長?!お気を確かに?!」

 

 「マダム・ポンフリー!」

 

 慌てふためく他の教職員は、続けてセブルスに、何をした?と言いたげな視線を向けてくる。

 

 セブルスはと言えば、心配そうに少し眉を下げ、不思議そうに軽く首をかしげて見せただけだ。何があったかさっぱりわからない、と惚けて見せたのである。

 

 が、間もなくそれどころではなくなった。

 

 校医であるマダム・ポンフリーの、気付け呪文(エネルベート)で気が付いたダンブルドアだが、ものの見事に錯乱。

 

 「アアアアアッアアアアッアッアッアッアアアアアアアア!!」

 

 言語にもならない叫びをあげながら、杖を引き抜くや、呪いを周囲に乱射し始めたのだ。

 

 至近距離にいたマダム・ポンフリーと、副校長のミネルバ=マクゴナガルは回避できずに命中。それぞれクラゲ足と、全身石化で動けなくなってしまった。

 

 われ先に逃げるものと、盾の呪文(プロテゴ)でどうにか呪いを相殺するものに別れる中、セブルスは溜息をついて、動いた。

 

 こんなばかばかしい事態を回収するのに、魔法を使うまでもない。

 

 無差別乱射される魔法をよけながら高速移動呪文で瞬時に間合いを詰め、左手を振り上げる。

 

 その指の甲には、分厚い鉄塊が付けられている。ガラシャの拳という狩道具の一つだ。

 

 だが、はっきり言って、産廃以下だと、セブルスは思っている。

 

 校長を仕留めるに魔法はいらぬ。産廃以下でぶん殴ってやればいい。

 

 ・・・なお、膂力と耐久が桁違いの獣だから、よろめかせるので精いっぱいのそのメリケンサックじみた武器は、只人相手に使えば、簡単に顎が変形する。(そして装備者であるセブルスの筋力が99になっているのも忘れてはいけない)

 

 結果、哀れ、アルバス=ダンブルドアは顎が砕け、歯も何本か失い、きりもみ回転で全身に長い髭を巻きつかせながら吹っ飛ぶことになった。・・・ついでに、むち打ちにもなった。

 

 「アルバスゥゥゥゥ!!」

 

 「す、スネイプ、感謝はしているが、やり過ぎだ!」

 

 慌てふためいて、呪いを受けてしまった者たちを助けて回るものと、ダンブルドアを医務室に運ぶべく、手当てを始めるもの。

 

 すっかり挨拶どころではなくなってしまった。

 

 こうして、そんなグダグダな出来事が、セブルスの二度目のホグワーツ生活のスタートとなったのである。

 

 「か・・・セブルス様、ホグワーツとは、騒がしい場所ですね」

 

 「今回のはアクシデントだ。それに、教授方は普段はもっと静かなのだ」

 

 「わかりました」

 

 常と変わらず淡々としているメアリーだけが、癒しである。

 

 なお、彼女はホグワーツにいる間は、セブルスをちゃんと名前で呼ぶように言いつけられている。

 

 

 

 

 

 なお、半分近く、セブルスが悪いというのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 さて、グダグダではあったが、そのままセブルスとメアリーはスラグホーンとともに、城内を見て回った。

 

 懐かしさもあったし、だいぶ忘れている部分もあって、少々驚きながら見て回った。動く階段に驚いて、こけそうになった時には、スラグホーンに「一体どうしたんだい?!こんなの君なら既に慣れているだろうに!」などと呆れられてしまった。

 

 ・・・どうも一部、記憶が廃城カインハーストとごっちゃになってしまっているらしい。窓に手をかけそうになって、そっちじゃないぞ、とスラグホーンに注意されることもあった。

 

 メアリーは、夢の外を、しかもこんなに広い場所を自由に動き回るのは初めてであるため、珍しそうにあちこちを見回している。

 

 なお、スラグホーンはメアリーを紹介した際、珍しげに眺めてきたが、普通に小間使い程度に認識したらしく、スラグホーンは「よろしく頼むよ」と一声かけただけだ。

 

 

 

 

 

 さて、一応校長に詫びを入れた方がいいだろう、と頃合いを見て医務室に行った。

 

 その頃には、ダンブルドアは回復して落ち着いていたものの(どうも忘却術を自己使用したらしい)、セブルスには謝る気は皆無だった。

 

 というか、むしろダンブルドアが錯乱しなくても殴る気満々だった。

 

 「あの拳は効いたのう、ずいぶん鍛えたようじゃな、セブルス」

 

 ほっほっほと鷹揚に笑うダンブルドアに、早く謝れ、と言わんばかりに鋭い目を向けるほかの職員一同だが、セブルスは淡々と言ってのけた。

 

 「そうですか。私としては、後2~3発殴ってやろうかと思っておりましたが」

 

 「セブルス?!」

 

 隣でスラグホーンがぎょっとしているのを無視して、ダンブルドアは困ったように眉尻を下げた。

 

 「はて?儂は何か、お主の気に障るようなことをしたかのう?」

 

 とりあえず、開心術があるのだが、それだけでもない。

 

 「・・・リリー=ポッターとその息子のことを、もうお忘れですかな?」

 

 途端に誰かが息をのんだ。

 

 「“このままダンブルドアに息子ともども利用されるくらいなら!”・・・確か、新聞にはそう載っておりましたな?」

 

 「何言うちょる!スネイプ!あんときのリリーは、錯乱しちょった!正気じゃなかったんだ!!」

 

 ハグリッドが吼えるのを、セブルスは黙殺した。実際見てもいない、聞きかじっただけの分際が、何を知ったかのように偉そうに。

 

 だが、この場ではセブルスもその“実際見てもいない、聞きかじっただけの分際”としてふるまうので、何も言えないのだ。

 

 隣でスラグホーンがおろおろしているのをしり目に、ダンブルドアは笑みを消して黙り込んだ。

 

 半月眼鏡の奥の目の輝きは消え失せ、疲れたように急に老け込んで見えた。

 

 「・・・お主、まさかリリーのことを?」

 

 軽く俯いてから、静かに尋ね返すダンブルドアに、セブルスはふんッと鼻で笑う。

 

 「だとしても、あなたに答える義理も義務もありませんな」

 

 肝心なことは何も言わないダンブルドアに、セブルスとて、何か言ってやる気は微塵もない。

 

 何よりも。

 

 「これ以上のことは何もお伝えするつもりはありません。

 

 私の記憶も、魂も、思いも、私一人のもの。誰ぞに気軽に伝える気は、毛頭ありませんな。

 

 大義のために、彼女に犠牲を強いた相手には、特に」

 

 「貴様あああああ!!」

 

 「ハグリッド!」

 

 今にもセブルスにつかみかかろうとしたハグリッドは、ダンブルドアの怒声に動きを止め、不満げにそちらを振り返った。

 

 「・・・何か、他に儂に言うことはあるか?」

 

 静かに、どこかすがるようなダンブルドアに、セブルスはフンッと再び鼻を鳴らす。

 

 「これ以上の断罪が欲しいならば、よそを当たることですな。私はここに、勤務先としてきているのですから。

 

 採用を取り消すというなら、それもよいでしょう」

 

 そうして、彼は踵を返す。

 

 「本当に、あなたを殴るべきは、私ではない。そんなことは、お判りでしょう」

 

 振り向きもせずに、セブルスは吐き捨てた。ゆえに、彼にはダンブルドアがどのような顔をしているかはわかるはずもなかった。

 

 ・・・ダンブルドアは、取り消すとは言わなかった。

 

 

 

 

 

 その後、場所を魔法薬学教授室に移したセブルスは、スラグホーンと今年いっぱいのことについての打ち合わせを行った。当分、セブルスはスラグホーンの補佐として、授業の補佐や、手伝いを行っていくのだ。

 

 ちなみに、メアリーもまた、人員として手伝いに回る予定ではある。

 

 学生としては中途退学し、紆余曲折あれど(一応)教師として戻ってきたセブルスを気遣う人間はスラグホーン以外にも、意外といた。

 

 マクゴナガルは、痩せ気味で小汚い、ついで生傷の絶えなかったセブルスが、あいさつもなしに退学したことを気にしてたらしく、後で個別あいさつに行ったときに、「立派になりましたね。あの時、もう少し何か言えていれば、と後悔もしてたんです」と涙ぐみながら微笑んでくれた。

 

 意外なところでは、フィルチもだろうか?スクイブであるのに広い校内をほぼ一人で管理する彼は、嫉妬で生徒に難癖付けて回っているのだが、セブルスはいたずら仕掛け人のやらかしの片づけを、自分の手当てと片付けついでに手伝うこともあったためか、そこまで嫌われていなかったらしい。

 

 「ふん。いい思い出など一つもないだろうに、物好きなことだ」と嫌味を言っただけだが、ソフトな対応であろう。

 

 なお、他の教師は無難に挨拶を返してくる程度だ。思い入れもない、陰気な元一生徒相手なら、こんなところだろう。

 

 罵倒や殺意マシマシの戦闘突入ありの人付き合いをヤーナムで学んでしまえば、大抵のことには寛容になれるものだ。

 

 ただし、自分の手を汚さない、教唆犯除く。やるなら手前の手でやれ、と声を大にして言ってやりたい。

 

 その点、ヴォルデモートは評価できる。ただし、リリーに手を出した時点で、その名の書かれた墓碑を突き立てることは確定事項である。

 

 

 

 

 

 その後、当初の目的たるレイブンクローの髪飾りの情報を得ることには成功した。

 

 まだ学期の始まらない城内で、やっとのことでレイブンクローの寮付きゴーストである“灰色のレディ”に接触した。

 

 気位の高く不愛想なゴーストは、セブルスを見るなり話しもせずに素通りしようとし(教師となったとはいえ、新米であるうえ、元はスリザリンのいじめられっ子である)、髪飾りのことを持ち出しても、すげなくされた。

 

 中国の故事“三顧の礼”のごとく、何度か足を運んで根気よく話しかけ――途中、何度か銃とノコギリ鉈で力業に出たいという欲求が出かけたが、どうにか、“灰色のレディ”を説得することに成功した。

 

 彼女が言うには、生前固執して、アルバニアの森に隠していた母の髪飾りを、とある学生が取りに行ってくれると約束してくれたらしい。真摯な態度と、巧みな話術に魅せられた彼女は、その学生に髪飾りの在処を告げた。

 

 だが、約束は果たされなかった。その学生は、教職を求めてホグワーツを訪れた時、髪飾りについて尋ねた“灰色のレディ”に、そんなものは知らない、と惚けて見せたのだ。

 

 裏切られた、と強く失望したレディは、以降、誰にもその話は言ってないらしい。

 

 ・・・間違いなく、その学生は学生時代のヴォルデモート卿なのだろう。

 

 が、情報はそこでストップだった。

 

 肝心の髪飾りがどこにあるのか、さっぱりわからないのだ。

 

 “灰色のレディ”から髪飾りの外観について聞きだし、何かわかれば、必ず知らせると約束した。

 

 ひとまず、今のセブルスにできるのは、そこまでだった。

 

 想像していた以上の長期戦になると、セブルスは覚悟を新たにした。

 

 

 

 

 

続く




【ホグワーツからの手紙】

 羊皮紙製の封筒に、獅子、大鷲、穴熊、蛇がHの字を囲むような赤い封蝋が施されている。

 宛名はセブルス=スネイプとされており、ホグワーツで魔法薬学教授就任要請の依頼が、丁寧な字で書かれている。

 かつて、セブルスは確かに、この封筒に入った手紙を受け取った。ここではない、新たな世界に行くのだと、胸躍らせた気持ちを、セブルスはもう、思い出せない。




 学期開始1週間前から、教職員は準備開始というのは、捏造です。

 生徒と一緒に9月に来て、はい始めってわけじゃないでしょう?教師なんだから、寮監だったりしたら、もっといろいろ打ち合わせとかあるだろうし、と思いましてね。

 はい採用、今日から先生やってね!いやいや、いきなりは無理でしょ。と。

 実は、私、教員免許習得のためにあれこれ勉強してた時期があるので、あれこれ勘ぐってしまいまして。

 というわけで、捏造満載パートでした。

 3巻でホグワーツ特急に乗り合わせたルーピン先生?どうにかつじつまを合わせていきたいです。



 次回は、外伝の方を更新しましょうか。
 「メアリーさんちの今日のごはん」です。お楽しみに♪


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【カプリッチオ2】メアリーさんちの今日のごはん

 本編の方も気になるでしょうが、今回はアンケートで第2位の外伝を投下します。

 時系列としては、第0楽章と第1楽章の間です。今回は啓蒙と冒涜はお休み。ほのぼのさせます。

 実は飯テロが好きです。ご飯ものの漫画とか、料理動画とか見て、自分でも真似してみたりします。

 でも、今回は結構、致命的かもしれません。

 メシマズの国イギリスが舞台ですぜ?しかも海外文化。野菜とか、調味料とか、わっかんね、状態です。

 一応、軽くは調べましたが、おかしなところがあっても、またばかやってるぜ、と軽く笑ってお見過ごし下さい。

 人形=チャン、カワイイヤッター!


 今はメアリーと名付けられている彼女は人形である。

 

 慕っている狩人様の身の回りの世話をするべく、夢の外に出ることを許された。

 

 今日からここに住んでもらう、と見せてもらったのは、狩人の夢によく似た邸宅だった。

 

 家の掃除や、洗濯、食事の準備などの家事をするように、と狩人様から命じられれば、メアリーは忠実にそれに従うことになった。

 

 狩人様は、魔法使いだそうで、いくつか魔法のかかった道具をメアリーに渡してくれた。

 

 例えば、床磨き用のブラシや食器洗いや風呂掃除などに使うスポンジには泡が出て汚れを落とす魔法(洗浄呪文(スコージファイ)というらしい)がかかってるし、箒には埃を吸いつける魔法がかかってて、塵取りの中に入れれば、ゴミは勝手に消える。

 

 夢の外に出るのも初めてだったが、自分の仕事にこんなに気遣ってくれる狩人様も、メアリーには初めてだった。

 

 一緒についてきた使者たちも、普段の仕事以外でもメアリーを手伝ってくれた。メアリーでは手の届かない場所の掃除などをやってくれたのだ。

 

 そんなこんなで、夢の外に出た日の食事を、メアリーは初めて・・・そう、初めて、狩人様に作った。

 

 人形たる自分の、空っぽのはずの胸がどこか落ち着かない感じがしていたが、それでも任されたことはきっちりとこなした。

 

 狩人様を支えるのが、自分の務めなのだから。

 

 

 

 

 

 何がいいでしょうか、とメアリーは真剣に考えたが、特に指定がなかったのもあり、イギリス料理の一つ、シェパーズ・パイにした。

 

 

 

 

 

 イギリスというと、肉肉肉!食卓は茶色メイン!というところが多いだろう。

 

 魔法使いたちは特に興味を持ってないだろうが、これはイギリスの歴史によるところが大きい。

 

 産業革命ごろ、上流階級は環境の悪化と保存技術の未発達による食材の限定化と海外料理の方が美味しいという考えの流入によって、さらには下層階級には食事など燃料補給同然という労働者じみた考えの浸透により、イギリス料理は退廃の一途をたどった。

 

 フィッシュアンドチップスなど、その最たるものだろう。もちろん、しかるべき手順や分量を守って調理すれば、それもおいしいのだろうが、やはり栄養価としてはいかがなものか、という問題が出てくるのだ。

 

 

 

 

 

 もちろん、シェパーズ・パイ一筋というわけにもいかないだろう、とメアリーはスープとサラダなどの副菜をつけることを考えながら、調理を始めた。

 

 ショールは外して、使者たちが用意してくれた、フリルの付いたエプロンを纏い、袖をまくって、アームバンドで落ちてこないように止めておく。

 

 まずは、下ごしらえ。にんじん、玉ねぎ、セロリを粗みじんにする。

 

 マッシュポテトを作るための、ジャガイモは、ゆでてから皮を剥いて、バターを加えて潰す。あらかた潰したら、牛乳と塩少々を加えて、滑らかになるまで混ぜ合わせる。

 

 熱した大きめのフライパンに油をひいて、挽肉、粗みじんにした野菜を入れて、炒める。

 

 肉の色が変わったら、カットトマト缶、すりおろしたニンニク、ウスターソース、ナツメグ、塩コショウ、薄力粉、顆粒コンソメ、ローリエを加え、水分を飛ばすまでよく煮込む。ローリエはある程度で出す。長く入れておくと苦みが出てしまうのだ。

 

 耐熱皿に、フライパンの中身を平らになるように敷き詰め、その上にマッシュポテトを塗るように盛り付け、フォークや串でこまめな模様をつける。今回は普通に格子模様にした。

 

 そして、オーブンで焼き目が付くように焼けば、出来上がり。仕上げにミントの葉をあしらってもいい。

 

 焼きあがるまでの間に、他のものを作らなければ。

 

 てきぱき動くメアリーと、彼女にここぞとばかりに調味料の入った小筒や小袋を差し出したり、使い終わった皿などの食器を流し台に持っていくのは、使者たちである。

 

 働く美少女と、その補佐をする小人。ここだけ聞けば、どこぞの夢の国のアニメ映画のようなワンシーンかもしれないが、あいにく現実はあまり表情を動かすことのない美少女人形と、白くて不気味な小人である。ファンタジー童話アニメが、ビジュアルのせいで瞬時に啓蒙高い狂気と絶望のRPGに移行する。

 

 ・・・なお、そんな冒涜的光景を、微笑ましいと微かな笑みとともに眺めるセブルスも、どうかしていると評されるだろう。

 

 

 

 

 

 さて、ダイニングのテーブルの上に並べた食事を前に、セブルスが食べ始めた。

 

 なお、彼はスピナーズ・エンドという掃きだめのような労働者階級のたまり場で育った割に、綺麗なテーブルマナーをしている。

 

 育ちのよい母から教わったというのもあるし、その後入学したホグワーツでスリザリン生の純血貴族たちから、それとなく指導を受けたというのもある。

 

 シェパーズ・パイからまずは、一口。普段無表情であることが多いセブルスが、眉間の皺と口元を緩めながら食事するのを見ていると、メアリーも不思議な気分になる。

 

 それは、狩人様が初めて、メアリーにものをくれた時によく似ている。あの、小さな髪飾りだ。

 

 ボンネットの下、まとめた真珠色の髪にさしているそれは、ある日、狩人様が、ヤーナムで見つけた、お前になら似合うだろう、とくれたものだ。

 

 あれを渡された時の気持ちを、メアリーは昨日のことのように思い出せる。

 

 彼女は人形であるはずなのに。空っぽの胸の内側を、何とも言えない温かな、不思議なものが広がるような気がした。あれを、喜びというのだろうか?熱くなった目元から零れ落ちた石を、せめてものお礼に、と狩人様に渡したのだ。

 

 あの時と同じだ。

 

 食事をする狩人様の笑みを見ていると、メアリーの空っぽの胸の内側に、ほわほわと何か温かなものが広がる気がする。

 

 

 

 

 

 この邸宅に連れてこられる少し前、狩人様が夢から出て行ってしまい、人形は一人置いて行かれた。

 

 ゲールマン様もいなくなられ、本当の本当に一人にされてしまったのだ。

 

 その頃のことを、メアリーはあまり思い出したくない。

 

 使者たちと他愛ない話をしたり、墓石に祈りを捧げたり、転寝したりしても、狩人様は戻ってこない。

 

 空っぽの胸の奥が、さらに空になったような、冷たい石でも詰め込まれたかのように重苦しいような、とにかく不快で嫌な感じが強かった。

 

 そして、しばらく後に再び狩人様が夢に戻ってきたと思ったら、夢の外に出てもいいと許しを得て、彼女はこの邸宅に来た。

 

 血の遺志を狩人様の力に変えるのでもなく、身回りの世話をしてほしい、と言い渡された。

 

 メアリーと呼ばれるようになったのも、この頃からだ。夢の外の人々は、名前を持っているものだから、と。

 

 今度は、狩人様と一緒にいてもいいのだ、と言い渡されたようで、メアリーはまた、熱くなった目元から真珠色の石をこぼした。

 

 日ごろぶっきらぼうで、物静かな狩人様が、あの時は珍しく慌てていたように思えて、メアリーは少しおかしく思ったものだ。

 

 

 

 

 

 「・・・うまかった。滑らかなマッシュポテトと、挽肉と野菜の旨味が、よくあっていた。また頼む」

 

 食べ終わった食器を前に、顔を上げた狩人様の言葉が、ほわりとメアリーの胸の奥を一層温めてくれる。

 

 「わかりました」

 

 だから、メアリーも頷いて答えた。

 

 

 

 

 

 食事の時、狩人様はぽつぽつとご自身のことを話してくれる。

 

 かつて、狩人様はホグワーツという魔法の学校(ビルゲンワースのような場所でしょうか?)にいたこと。

 

 そこで食べた食事は、味が濃いし、肉ばっかりだったので、胃が小さくてあまり大量に食べられない自分には少々つらかったこと。

 

 でも、実家ではもっとひもじくて――そもそも食事すらなくて、残飯を漁ったことの方が多かったこと。(それを話す狩人様はいつにもまして辛そうに見えて、この話に関してはあまり聞きたくない、とメアリーは思った)

 

 あとは、ハロウィーンやクリスマスは、ごちそうが出てきたこと。ハロウィーンはともかく、クリスマスはキリスト教に基づいた行事なのに不思議に思ったこと。

 

 メアリーは、どんなことでも――辛そうな顔をされないなら、狩人様の話を聞くのは好きだった。

 

 ハロウィーンやクリスマスといった時期が来たら、ホグワーツというところほどでないにしろ、狩人様が満足なさるような、美味しいご飯を作ろう。

 

 美味しいご飯を食べたら、狩人様はまた笑ってくれる。それを見るメアリーも、ほわほわした気分になれる。

 

 それはきっと、素敵なことだ。うん。そうしよう。

 

 メアリーはひそかに、そう決めた。

 

 

 

 

 

 夢の外は、メアリーの知らないことがたくさんある。

 

 雲は移ろい、月と日は昇りと沈みを繰り返す。

 

 たまに来る青い制服を着た郵便屋さんも、メアリーに「やあ、お嬢さん!」と挨拶をくれる。

 

 狩人様が連れてきて、一緒に住むようになったレギュラスという青年も、最初こそメアリーのことを警戒していたが、食事をしたらすんなり打ち解けることになった。

 

 狩人様に食事なんて必要ないのに、と最初にメアリーが思わなかったと言えば、嘘になる。

 

 だが、メアリーは人形であり、狩人様の力になるものとして、作られたものだ。狩人様には、何か深いお考えがあるのだろう、とあえて深く尋ねはしなかった。

 

 レギュラスの一件を経て、メアリーは一つ学んだ。

 

 なるほど、食事とは、単にその日の糧を肉体に取り込むだけでなく、人の心を柔らかくして、打ち解けやすくするものでもあるのか。

 

 『食事?この夢の中でそんなもの必要かい?用がそれだけなら、あちらに行ってておくれ』

 

 いつだったか、ゲールマン様に冷たく言われ、それっきりメアリーは料理や菓子の類を作ろうとは思わなかった。

 

 けど、今の狩人様は、かつてゲールマン様に不要と言われたそれらを、必要としてくれる。

 

 それが、メアリーには嬉しい。

 

 

 

 

 

 ある日、また、この家に人が来た。

 

 狩人様の幼馴染だというその方は、リリーという赤毛の女性だ。

 

 メアリーが知っている女性といえば、アイリーン様だろうか?

 

 いつの間にか“狩人の夢”にやって来ていたアイリーン様は、いつの間にか来なくなってしまった。今の狩人様のように、いなくなられる前にゲールマン様のところに行って、それっきりだ。

 

 ヤーナムで、彼女も息災にやっていることだろう、とメアリーは思った。夢にいる人形でしかないメアリーには、彼女を案じることしかできないのだから。

 

 リリーは、赤ん坊と一緒で、世話になるだけは悪いから、とメアリーを手伝ってくれた。キッチンに立ち入るときは、おんぶひもで赤ん坊を背負っている。

 

 「今日は何を作るの?」

 

 「クロケット*1です」

 

 「いいわね!・・・ジェームズも好きだったわ」

 

 時々、リリーはジェームズなる人物の名前を悲しそうに口走る。狩人様のいるところではやらないのは、なぜだろうか。

 

 ・・・なお、メアリーはリリーがあまり好きではない。彼女の大事な狩人様に、人殺し!ときつく当たる。その時の狩人様は、どこか寂しそうにも見えるからだ。

 

 狩人様が何も言わないから、メアリーも何も言わないだけだ。

 

 赤ん坊についてはどうとも思わない。いつだったかの狩人様の方が、とても愛らしいと思うのだが。もちろん、普段のお姿だって、凛々しくて素敵だ。

 

 「中身は挽肉、コーンとツナ、サーモンとキャベツ、と作る予定です」

 

 「そんなにたくさん?ジャガイモ以外の中身もいいの?」

 

 「はい」

 

 リリーの問いかけに、メアリーはコクリと頷いた。

 

 まずはジャガイモ。よく洗って芽を取って、皮目に切れ込みを入れてから、ゆでる。

 

 ゆであがるまでの間に、具材の準備だ。

 

 みじん切りにした玉ねぎとひき肉を炒める。挽肉は肉の臭みが強く出るので、メアリーはタイムやローズマリーといったハーブを軽く入れている。

 

 みじん切りにした玉ねぎ、水気をきったコーン缶のコーン、軽く油を切ったツナを炒める。

 

 みじん切りにした玉ねぎ、粗みじんにしたキャベツ、あらかじめ焼いて骨を取り身をほぐしておいたサーモンを炒める。

 

 それぞれ別の皿やバットにあげておく。

 

 「ねえ、この家って、あなたの他にハウスエルフはいるの?」

 

 「おりません」

 

 「そうなの?でも、勝手にお皿が出てきたり、調味料が用意されたり、不思議ねえ。

 

 ポッター家ではそんなことはなかったから」

 

 淡々としたメアリーの返事に、リリーは不思議そうに、用意された皿や、塩コショウの入れ物を眺める。

 

 リリーやレギュラスといった、狩人様以外の人間に、使者たちは見えない。ヤーナムの血が入ってない人間は、そんなものだ。

 

 ゆであがったジャガイモを冷水にとり、皮を剥く。

 

 ジャガイモを粗目のさいの目に切ってから、熱いうちにそれぞれの具材に混ぜる。塩コショウで味を調えるのは、このタイミングだ。

 

 その後、冷蔵庫で冷ます。こうしておくと、揚げた時に破裂しにくいのだ。

 

 この間に、スープや付け合わせ、他副菜の準備などをしておく。

 

 冷めたところで、それぞれ8等分にしてから、円筒形に形を整える。平たい楕円形でもいいらしいが、フォークで食べやすい大きさとなった時は、こちらがいいらしい。

 

 次は衣付けだ。卵、薄力粉、水を混ぜ合わせた液(バッター液という)をくぐらせてから、パン粉をつける。

 

 この作業は、手が汚れるので、バッター液をつけるもの、パン粉をつけるもの、と複数人でやった方がいい。

 

 なお、今回はリリーがいるので、彼女に任せているが、普段は使者たちに手伝ってもらっている。

 

 170~180度に温めた油で、狐のようなきれいな色になるまで揚げれば、完成だ。

 

 「ああ、もう!美味しそうだわ!油の匂いって、なんでこんなにおなかに響くのかしら!」

 

 「? 油の匂いは油の匂いでしょう?」

 

 「そうじゃなくて!」

 

 目をキラキラさせて、皿に盛りつけられたクロケットを見るリリーに、メアリーは他の品――スープやパンの支度をしながら、首をかしげた。

 

 残念ながら、メアリーに食欲だの、味だのといったことは、よくわからないのだ。

 

 なぜなら、彼女は人形だからだ。

 

 それでも、ご飯を食べる狩人様を見るのは、好きだ。

 

 「今日もありがとうございます、メアリー。美味しいですよ、これ。

 

 このシャキシャキした食感、いいなあ。クロケットって、ジャガイモ以外のものを入れて、いいんですね」

 

 一番に感想を述べるのは、レギュラスだ。彼はキャベツとサーモンのものが気に入ったらしい。

 

 「ほら、ハリー」

 

 かいがいしく、ハリーの世話をしながらも(まだ赤ん坊の彼は、上手く食器を使えないのだ)、リリーもまた自分の分を食べる。

 

 「ん。コーンのプチプチした感じと、ツナが合うわ。衣も、凄くサクサクだわ」

 

 「メアリー」

 

 ここで、狩人様が口を開いてくれた。

 

 「今日の食事も、美味い。感謝する」

 

 微かな笑みは、メアリーにとって最高の褒章だ。

 

 「・・・はい」

 

 ささやかなものでも、狩人様に美味しいと言ってもらえるようなものを、作っていこう。

 

 メアリーは改めて、思った。

 

 

 

 

 

 それから、また時間は流れた。

 

 ある日突然いなくなったアイリーンのように、リリーもまたある日突然いなくなった。

 

 狩人様の友人の元へ行ったそうだ。

 

 狩人様が、あの寂しげな顔をされないのが、何よりも大事だ。

 

 だから、メアリーは、何も言わない。

 

 

 

 

 

 種とワタ、固い皮を取っておいたカボチャをゆでる。柔らかくなったら、お湯を切ってボウルに入れ、マッシャーでつぶす。あらかた潰したら、メープルシロップ、バター、少量の牛乳を加えて、滑らかになるまで混ぜて、ペーストにする。

 

 別のボウルに卵を落とし、泡だて器で混ぜる。ホットケーキミックス、牛乳を加え、さらに混ぜる。

 

 ここに、最初のカボチャペースト、バターを加えてさらに混ぜ、最後に適当な大きさのチョコレートの欠片を入れて、さっくり混ぜる。

 

 マフィン型に生地を入れたら、180度のオーブンで約25分焼き上げれば、出来上がる。

 

 今日は、ハロウィーンだ。

 

 いつだったかのハロウィーンでは、タルトを作ったが、今日はこっちの菓子にしてみた。

 

 先にこっそり作って味見をお願いしたレギュラスが言うには、「しっとりした生地に、カボチャの甘みのおかげで、いくらでもいけそうです!マフィンって、パサついてることが多くて。ホグワーツで出されたやつ、僕、正直好きじゃなかったんですよね」ということだ。

 

 続けて彼は、「メアリーは本当に、先輩のことが大好きなんですね」なんて、微笑ましいものを見る目で見られた。

 

 何を彼は当たり前のことを言っているのだろうか、とメアリーは不思議に思う。

 

 メアリーは人形だ。被造物が、造物主を愛するのは、当たり前のことなのだから。

 

 オーブンが焼き上がりを知らせるベルを鳴らしたのと、玄関の扉が開かれたのは同時だった。

 

 彼女の狩人様が戻ってきた。

 

 いつものように、黒いインバネスコートをなびかせて、ぶっきらぼうに「今戻った」という。

 

 だから、彼女も答える。

 

 「お帰りなさい、狩人様」と。

 

 

 

 

 

続く

 

*1
フランス発祥の円筒形、あるいは円盤形の揚げ物。日本でいうところのコロッケ。




 正直、イギリス飯がよくわかりません。

 ハリー・ポッターシリーズ以外だったら、SHERLOCKシリーズとかでも、イギリス飯はやってますが、(というか、私のわかる範囲になるのですが)正直、あれらの話の中の食事、美味しそうに見えないんですよ。それが本題じゃないからなんでしょうがね。

 というわけで、このシリーズのセブルスさんは、冒涜的世界一周中に、あちこちで食べた料理体験のおかげで、イギリス飯よりも、あちこちの料理を食べたがる感じになっています。というか、そうさせてください。でないと私がしんどいです。

 ・・・そういや、ジョジョ第1部でも、朝っぱらからステーキ食べてましたな、ジョナサン君。重機関車を維持するためなのか、それがイギリスでは当然なのか。コレガワカラナイ。





 Q.イギリス魔法界にホットケーキミックスとか、顆粒コンソメ、カットトマトやツナとかコーンの缶詰あるの?

 A.わかりません。ないなら、マグル界の方から買ってきたんだと思います。





 Q.野菜、海外特有のものとかあるでしょ?

 A.そんなものわかるわけないので、海外でもありそうなものを適当に書いてます。





 Q.オーブンにベル?

 A.セブルスさん家にあるオーブンは、マグル式のじゃなくて、時計と温度計を組み込んであるだけの魔法式オーブンです。
 魔法式なので、マグルの古式タイプ(魔女の宅急便に出てくる感じの)のように薪から燃やしてあったためて、というのじゃなくて、温度計設定してボタンを押せば目標温度まで勝手に温まる感じです。あとは時計設定すれば、設定時間でベルを鳴らして教えてくれます。
 ほとんどマグルの電子式と変わらないという。動力が違うだけ、でしょうかね?

 実は、冷凍庫&冷蔵庫もあります。もちろん、動力を魔法に依存した、魔法式で。





 ハリポタの魔法界って、文明レベルが中世だけど、下手にそこまでレベルさげると不便でしょうがないでしょ?じゃあ、引き上げるならどこまでやる?という感じになってしまいます。あんまりあれこれやると、マグル製品不正取締局に引っかかってしまいそうですし。

 でも、蒸気機関車とか、ナイトバスやバイク、フォードアングリアとかあるんですよねえ。





 多分、洗濯機はないでしょう。魔法で何とかなるので。セブルスさん家にはメアリーさんの都合で動力魔法依存の奴があるでしょうが。

 ばれなきゃ大丈夫でしょう。





 次回、つまり来週は、本編の続きを更新します!しばらくは、本編と外伝を隔週更新としますので、あしからず。


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【2】セブルス=スネイプ、怪物邸をブッ叩く

 『賢者の石』編を今回で始めると言ったな?あれは嘘だ。(CV:玄田)

 ホラゲー主人公と、児童文学主人公の姉弟ですもん。平穏無事に過ごせると?何かあると思いますやん?

 というわけで、ディズニーにしては珍しいホラー『モンスターハウス』編始動です!まあ、ほぼこの話オンリーですけどね。

 狩人セブルスさんはおまけ要素くらいです。居なくても、片づけれたかもしれません。

 『賢者の石』が始まらないんですけど?!



 

 新学期が始まった。

 

 スラグホーンとともに、大広間での入学式を終えたセブルスは、ついでスリザリンの寮監補佐としても、寮生に挨拶を行う。

 

 暴力沙汰は最終手段。実に面倒なものだ。ヤーナムとかだったら、腹が立ったらすぐに武器を振り抜けたというのに。

 

 ・・・生活の知恵袋のように、暴力沙汰に至ろうとするあたり、実に猟奇的思考をしているのだが、本人に自覚はあまりない。

 

 

 

 

 

 幾度かスラグホーンの授業の補佐をしていた彼は、とうとうある日、自身で授業を行ってみるということになった。

 

 それは別にいい。セブルス自身もいつかやらねばと思ってはいた。だからと言って、いきなりグリフィンドールとスリザリンの合同授業というのはハードル高くないか?

 

 

 

 

 

 グリフィンドールとスリザリンの仲はあまりよくない。セブルスの在学時代から変わらない不文律である。というのに、授業は一緒。

 

 学生としてのセブルスにはあまり文句はなかった。なぜなら当時は、グリフィンドールに行ってしまった幼馴染と机を共にできたのだ。できるだけ近い席を取って、ノートを写して、呪文の練習をしあえるだけで、嬉しかった。

 

 だが、それで授業終わりにポッターたちに絡まれるのだけは辟易した。

 

 セブルスたちだけではなく、そもそもそりが合わないものが多いらしく、小競り合いが頻発し、それだけで授業が中断、減点沙汰というのも珍しくなかった。

 

 だったら、別の寮との合同にするか、あるいはローテーション制にするべきなのに、それもなく、合同授業は必ずこの組み合わせなのだ。

 

 セブルスは学生時代からそこを少し不満に思っていたので、職員会議の時に提案してみたのだが、「だからこそ、じゃよ。受け入れあうのも愛じゃ」という校長の鶴の一声で却下された。

 

 それは、自分が闇の帝王とハグとチューで和解してから言うべき台詞ではないか?とセブルスは思った。

 

 なお、セブルスには和解なんて一ミリもない。切り刻んで内臓ぶちまけて遺志を強奪出来たら許せんでもない、というところだ。

 

 いっそ対立をあおっているのでは?と勘繰りたくなってくる。

 

 

 

 

 

 ともあれ。決められているならば仕方ない。この後も授業は決まっている。グズグズしている時間はない。

 

 生徒たちにも時間割が決まっているように、教師にも時間割は決まっているのだ。

 

 ハードであろうとしっかりこなさねば、とセブルスは授業に臨んだ。

 

 

 

 

 

 基礎理論のノートを取らせてから、さっそく調合に入らせる。材料の下ごしらえである。基本水薬の魔法薬なんだから、煮てしまえばみな同じ、というのは素人考えだ。

 

 必要部分だけ切り分けたり、すりつぶしたり、材料ごとに別に下茹でが必要だったりと、やることはむしろ料理に近いかもしれない。

 

 セブルスは四方に目をやりながら、今回は補佐に回ったスラグホーンやメアリーの手も借りて、生徒の手つきを眺める。

 

 おぼつかない手つきや、材料の下処理が甘いものがチラホラいる。

 

 グリフィンドールの生徒は、派手好きでどちらかといえば体を動かすのが得意な者が多く、こういう大人しく座って試行錯誤を深めるような地味作業は苦手らしい。

 

 ポッターやシリウスも悪くはなかったが、魔法薬学においてはセブルスにかなわなかったのは、そういう生来の部分が大きかったのだろう。

 

 逆に、スリザリン系のものは、得意な者が多いらしい。手つきがしっかりしているもの、あるいは実家で多少は手伝ったりした経験があったりするのだろう。

 

 そろそろ出来上がる生徒もいるかと、視線をあげて時計を確認した直後だった。

 

 ボフンッと粉の入った袋を地面に叩き落したような音を立て、とある鍋がピンク色に爆発した。

 

 あっという間に、地下牢教室は、ほぼ一面のピンクで染め上げられてしまう。

 

 ・・・用意していた元素材からこんな調合ができるはずがないので、誰かがあらかじめ材料を持ち込んで、やらかしたらしい。

 

 眉をひそめて、セブルス(彼も髪も狩り装束もピンク色にされた)が口を開くより早く、誰かが噴出した。

 

 生徒たちは寮の別なくお互いを指さしあって、くすくすと笑い、肩を震わせあっている。

 

 「はっはっは!ピンクか!こりゃまいったね!」

 

 ひときわ大きな声を上げて、スラグホーンは大笑いしてから、杖を一振りした。

 

 あっという間に、地下牢教室は元の薄暗さを取り戻す。

 

 「ゲッ!嘘だろ、こんな簡単に!」

 

 「あの花苦労して手に入れたのに!」

 

 と、不満を喚くのは二人の赤毛のグリフィンドール生。今年で2年生となる、双子だ。この二人が仕掛け人か。しかも、故意らしい。

 

 確か、ジョージ=ウィーズリーと、フレッド=ウィーズリー。どっちがどっちでもいい。どうせ死ねばみな同じだ。

 

 「いや、どうしてなかなか。なかなかユーモラスだが、教室に色付けするのはいただけないね?グリフィンドールから10点減点」

 

 にこにこ笑いながら言うスラグホーンだが、セブルスは眉をひそめたままだ。

 

 「スラグホーン教授」

 

 「セブルス、あまりなんでも怒りまくるものでもないよ。幸い今回はけが人がいないし」

 

 「今回はたまたまです。魔法薬の調合は、危険と隣り合わせだとおわかりでしょう。今回はたまたまピンクで済みました。

 

 この教室を丸ごと吹き飛ばすような結果になってたらどうするのです!」

 

 教室の面々が何やらギョッとしたような顔をしているが、歯牙にもかけずにセブルスはまくしたてる。

 

 何度も記述するようだが、魔法薬の調合は危険なのだ。そして、手順一つで全く違う薬になる。毒と薬は紙一重を文字通りで行くものなのだ。

 

 生徒たちがぎょっとしているのは、セブルスが気難しそうな見た目とは裏腹に、自分たちを気遣ってるような発言をしたからだ。

 

 存外、いい先生なのだろうか、という生徒たちのほのかな期待は、見事に叩き潰された。

 

 「では、君の気の済むように罰則を行えばいいだろう」

 

 「「げげっ?!」」

 

 「わかりました、そうしましょう。

 

 聞いていたな?ウィーズリーツインズ、本日、夕食後に地下牢に来るように。

 

 逃げたらどうなるか・・・楽しみにしていたまえ」

 

 ニタリッと、妙に尖った犬歯を見せて笑うその様は、闇の魔法使いのような見事な悪役であったと、のちに授業に出ていた学生の一人は回想する。

 

 

 

 

 

 翌日、大広間朝食をとろうとしていたマクゴナガルは、ミネストローネを吹きそうになった。

 

 入学してから間もなく、悪戯好きでその頭角を現していたウィーズリーツインズが、頭に円筒形の檻をかぶって姿を現したからだ。

 

 「ジョージ=ウィーズリー!フレッド=ウィーズリー!」

 

 「先生、違います。俺がフレッドで、こっちがジョージ」

 

 「どっちでも構いません!その頭はどうしたのです?!」

 

 「スネイプ先生からの罰則です。一週間これつけたまま過ごせって」

 

 「シャワーと着替えと寝るときは消えるんだ。便利だよな」

 

 「ちょっと邪魔だけど、それだけだよな。口と目は空いてるから、授業や食事には支障ないし」

 

 双子からの返答に、マクゴナガルは頭痛を覚えた。まさかの、相手だった。確かに、セブルスからは連絡があった。授業妨害の罰則として、双子に少々妙な格好をさせる、と。下手な言いつけ(マグル式の鍋磨きや掃除など)は堪えそうにないので、ということだったが、いくらなんでも。少々どころのレベルではない。

 

 「セブルス!!」

 

 「何ですかな?」

 

 マクゴナガルの金切り声に、自分の席で食事をとっていたセブルス(ホグワーツの食事は味が濃すぎるので、メアリーに用意してもらった)が顔を上げて聞き返す。

 

 「あれは何ですか!」

 

 「メンシスの檻ですが」

 

 「名称ではなくて!」

 

 「罰則です。ちなみに、以前あれをかぶっていた男は変態として有名でしたな」

 

 セブルスの中で。ミコラーシュは変態だった。間違いない。

 

 メンシス学派の連中は、夢の中に閉じこもって、死んだ上位者に瞳を要求し続けていた。メルゴーの乳母は、なぜあんな曲解をしてしまったのか。あの上位者がもうちょっとまともであれば、あんなことにならなかったかもしれない。

 

 結果、現実ではミイラとなって、ヤーナムが獣狩りの夜に汚染されていようと知らん顔だ。セブルスが追い回して八つ裂きにしてやったが。

 

 「他にもかぶってるやつがいるのか・・・」

 

 「この大広間の席が埋まるほど、大勢のものが被っておりましたが」

 

 呆れたらしい誰かのつぶやきに、セブルスはしれっと答え、パンをちぎった。

 

 ちゃんと人数を数えたわけではないが、隠し街ヤハグルで見かけたミイラたちは、大体そのぐらいいたように思う。

 

 きちんと学徒の正装をしていたのはミコラーシュだけで、他の面子はパンイチだったというのは、セブルスの胸中にしまっておく。

 

 あきれ果てたらしいマクゴナガルは、それ以降何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 その衝撃的な朝食以降、セブルスは教職・生徒共通でこう認識されるようになった。

 

 教師としてはまともだが、例にもれず変人。

 

 頭に檻被った変態大勢と出くわしたらしい経験がある。そして、彼自身も頭にかぶる檻を持っており、罰則ではそれをかぶって過ごすことを強要される。

 

 なお、ウィーズリーツインズは、頭に檻被って過ごすことが定番化するのは、間もなくであった。

 

 

 

 

 

 しかし、第三者からの評価などどうでもいいセブルスは、そんなことまったく相手にしていない。

 

 

 

 

 

 さて、ハロウィーンである。

 

 毎年、ささやかなごちそうでその日を過ごすセブルスは、今年は朝っぱらから甘ったるい臭いに顔をしかめ、そのまま出席せざるを得なかったパーティーのごちそうも、最低限しか口をつけなかった。

 

 甘いのは嫌いではないのだが、ホグワーツのハロウィーンは砂糖の暴虐でしかない。何事もほどほどが一番というのに。

 

 とりあえず、メアリーにしょっぱくてあっさり食べられそうなものを頼もうと思いながら、セブルスが自室に戻ったのは夜のことだ。

 

 袖を持ち上げてスンッと鼻を鳴らす。インバネスコートにまでカボチャの甘ったるい臭いが染みついているような気がする。城中にあふれる臭いのせいでよくわからない。消臭呪文をかけて、明日は別の奴を着ようと決める。

 

 その時だった。

 

 リンッと澄んだ音が鳴り響き、彼は瞬時に表情を引き締める。

 

 “共鳴する小さな鐘”が鳴っている。ずいぶん久しぶりだ。

 

 以前鳴ったのが、サイレントヒルに再訪する少し前のことで、あれ以降は完全に沈黙していたというのに。

 

 あの鐘は、メイソン一家が持っている。

 

 リリーと、ハリーに、また何かあったのかもしれない。

 

 思い至れば、速かった。

 

 すぐさまセブルスは動いた。

 

 枯れ羽帽子と防疫マスクを素早く纏い、“共鳴する小さな鐘”を手に取った。

 

 「メアリー。誰か訪ねてきたら、私は先に休んだ、用件は明日にしてほしいと伝えてくれ」

 

 「わかりました」

 

 その姿をゆらゆらと陽炎のように揺らめかせながら言ったセブルスに、メアリーは淡々と頷いた。

 

 「・・・帰ってきたときのために、何か軽く食べるものを用意しておいてくれ。

 

 塩味のある、あっさりしたものがいい」

 

 「はい。行ってらっしゃい、セブルス様。

 

 あなたの目覚めが、よきものでありますように」

 

 メアリーが頭を下げるのとほぼ同時に、セブルスは空気に溶かすようにその姿を消した。

 

 

 

 

 

 蒼褪めた霧を纏ったセブルスが姿を現したのは、ぽつりぽつりと街灯の点いている、郊外だった。

 

 夜だから視界が悪いものの、セブルスはこの風景を知っている。メイソン一家の住まう近所だ。

 

 だが、そんなものは気にもならないものが、視界の真ん中を占拠していた。

 

 「は?」

 

 思わず彼は、らしくもなくそんな声を出していた。

 

 何か黒々とした巨大なシルエットが、ものすごい勢いで走っていく。小山ほどはあろうそれは、妙に四角い胴に、セメントの土台を太い手足として持ち、四つん這いで移動していた。

 

 三角形の屋根と突き出た煙突、目と思しき四角の明かりから、それが家だろうとかろうじて分かる。

 

 張り出し屋根の上顎と、元はベランダの柵だったであろう下顎を咬み合わせてギチギチと鳴らしながら、目の前の獲物に鋭い爪を振り下ろして、つかみかかろうとしていた。今にも捕食せんばかりに。

 

 そんな怪物としか言いようのない家が向かう先には、光のドームが立ちはだかり、その中には人がいた。

 

 うずくまって胸を苦しそうに押さえる老人と、彼を必死に支えて声をかけている様子の子供たち――ヘザー、ジュニア、ドラコだ。

 

 

 

 

 

 ドラコ=マルフォイが一緒にいるというのにも事情があるのだが、その切っ掛けなどはこの場では関係ないので後回しにさせてほしい。

 

 大事なのは、ドラコとメイソン姉弟は友誼を結んでいるということだ。

 

 

 

 

 

 そして、彼らの前に立って、杖を振りかざして光のドーム――盾の呪文(プロテゴ)の維持に努めるのは、リリーとナルシッサ=マルフォイだ。

 

 なお、リリーとナルシッサは外出から戻ってきたところなのか、髪を結い上げてドレスアップしている。ただし、その形相は必死そのものだ。ナルシッサに至っては半泣きになっており、リリーに何事か叱咤されている。

 

 大体のことには動じないセブルスも、これは予想外過ぎた。

 

 何がどうなっているのか。

 

 とにかく、あの邸宅のような怪物は倒さなければなるまい、とセブルスが動くより早く、そのそばに大型のトラクター(工事用の車両だろう。黄色の塗装がされている)が急ブレーキをかけながら停車した。

 

 「すまない、セブルス!急に呼びつけてしまって!」

 

 「どういう状況だね?ハリー」

 

 その運転席から身を乗り出すように叫んできたハリー=メイソン(出版社関係のパーティーがあるとかで、彼も正装していた)に、セブルスは血の遺志収納から取り出した爆発金槌を右肩に担ぎながら尋ねた。

 

 「手紙で相談しただろう!?ジュニアが怪しい怪しいって言ってた、ネバークラッカーさんの邸宅だ!あの張り出し窓がそっくりなんだ!間違いない!

 

 我々も先ほど帰宅したばかりで、状況はよくわからないんだ!」

 

 「・・・家というのは、ああも動き回って、人間を捕食しようというものだったかね?」

 

 「そんなわけないじゃないか!とにかく、あれを何とかする!手を貸してくれ!」

 

 吹っ飛んだところのある魔法使いでさえ建てないだろう事故物件を通り越した何かに、呆れて尋ねるセブルスに、ハリーは即座に言い返した。

 

 ともあれ、確かに放置というわけにもいくまい。このままでは、彼らの子供たちが危ないのだ。

 

 ひらりと、セブルスはトラクターに飛び乗り、とりあえずよさそうな取っ手に掴まった。ほぼ同時に、ハリーはギアを入れ替えて発車する。

 

 「貴公、このようなものも運転できたのかね?!」

 

 「昔取った杵柄って奴さ!売れない時代のアルバイトがこんな形で役立とうとはね!」

 

 揺れながら猛突進するトラクターに掴まるセブルスの問いに、ハリーが叫び返した直後、その頭上を黒い影が通り過ぎた。

 

 プラチナブロンドとドレスローブをなびかせたルシウスだ。箒に頼らない飛行術で飛ぶ彼は、そのまま杖を振りかざし、爆発呪文を家に浴びせかける。

 

 怒った家(瓦礫こそ飛び散ったが、致命打にはなってないらしい)はそのまま体をそらすように見上げ、飛び回るルシウスを発見するや、咆哮を上げて彼に向かって手を伸ばす。

 

 さすがのルシウスも顔を引きつらせて、その手をよけて逃げ回るが、気が気でないに違いない。

 

 そして、そのすきに二人の乗ったトラクターは魔女二人と子供たちと老人のいる結界のすぐそばに滑り込んだ。

 

 「ヘザー!ジュニア!ドラコ君!無事かい?!」

 

 「父さん!」

 

 「父さん!コンスタンスを止めて!」

 

 「コンスタンス?!」

 

 パッと顔を明るくする子供たちだが、すぐに口々にそんなことを言い出した。

 

 「あの家のことだよ!ネバークラッカーの奥さんなんだ!」

 

 ネバークラッカーとは、すぐそばにいる老人のことらしい。心臓が悪いのか、胸を押さえて非常に顔色が悪い。すぐにでも医者に診てもらった方がいいだろう。

 

 「ボイラーが心臓になってるの!それを何とかしないと!」

 

 「ハリー、私は先に行くぞ」

 

 ルシウス一人に怪物邸の相手をさせるわけにはいかない。話を聞くのはハリーに任せた方がいいだろう。

 

 言い残して、セブルスはトラクターから飛び降りると、高速移動呪文を発動して、滑るように移動する。

 

 後足立ちして、飛び回るルシウスを叩き落とさんと手を振り回す怪物邸――まるで聞き分けのない子供のような動きをするそれに、セブルスはまっすぐに向かう。

 

 撃鉄を起こして、炉に火を入れる。凄まじい爆音を咆哮として、セブルスは怪物邸の足めがけて、爆発金鎚を振り抜いた。

 

 爆発。瓦礫を飛び散らせ、怪物邸はよろめきながら、何事かと下を見やってきた。

 

 その左目のような張り出し窓に、ルシウスの爆発呪文が炸裂する。

 

 ルシウスは、一度セブルスを見るや、ぎょっとした顔をする(そういえば、彼には枯れ羽帽子と防疫マスク姿は初めて見せることになる)が、すぐさまそれどころではないとばかりに表情を引き締めた。

 

 怪物邸は、足元のセブルスにも気が付いたのだろう、姿勢を四つん這いに戻し、叩き潰そうと腕を振り下ろしてきた。

 

 狩人のステップで、既のところでよけるが、セブルスは内心舌打ちしたい気分だった。

 

 家!獣ではなくて!上位者でもなくて!化け物・邪神の類ではなくて!血が出るなら殺せるが、動く家の解体は専門外だ。業者に行け、と言いたくなった。

 

 狩人とは血に酔うものだ。あれではリゲイン出来ず、狩人の強みが半分近く発揮されない。何と相性の悪い相手なのだ!

 

 ここで、セブルスの隣に銀色に輝く雌鹿が並んできた。リリーの守護霊(パトローナス)だ。ルシウスの方にも、銀色の鳥らしき守護霊(パトローナス)が向かっている。ナルシッサのものだろうか。

 

 『スネイプ!怪物の姿勢を崩せる?!できるなら、お願い!

 

 動きを止めたら、後はこっちで何とかするわ!』

 

 守護霊(パトローナス)から聞こえてきたリリーの伝言に、セブルスは「了解した!」と声を張り上げた。

 

 『それから、来てくれてありがとう!また迷惑をかけてごめんなさいね!』

 

 「気にするな」

 

 続けて聞こえてきた言葉に、セブルスは今度は控えめに応えるや、左手に巨大な金属の円筒を出現させる。

 

 大砲だ。一発で水銀弾を最大所持数の半分近く消費するが、その分威力はお墨付きの銃火器だ。

 

 またしても空中のルシウスに、今度は八つ裂き呪文(セクタム・センプラ)をお見舞いされ、屋根の上に大きな切り傷をこさえた怪物邸は、彼につかみかかろうと躍起になっている。どうも、知能は高くないらしい。

 

 そのまま、ルシウスは怪物を誘導するように飛び始める。おそらく、彼も守護霊から何か言われたのだろう。

 

 向かうのは、マンション建設の現場だろう、周囲に鉄筋やら作業機械が置かれ(ハリーのトラクターもおそらくここから拝借したのだろう)、その奥にある基礎作りのために大きくえぐられたくぼ地だ。

 

 くぼ地の縁で、慌てたように立ち止まる怪物邸に、セブルスは後足の片方に、大砲を叩きこみ、反対側の足にリリーが同乗し、ハリーの運転するトラクター(子供たちのことはナルシッサに任せ、ハリーのフォローにリリーも一緒に来たらしい)が体当たりした。

 

 たまらず、怪物邸は轟音を立てながらくぼ地の中に転がり落ちた。

 

 今度こそ怒り狂った様子で爪を振り上げてくぼ地の縁に前足をかけようとするが、そうは問屋が卸さない、とセブルスはそこに爆発金槌を振り下ろした。

 

 再びの爆発によって、怪物邸の爪が引きはがされ、くぼ地の中に転がり落ちていく。

 

 そこに何かが飛び出した。おそらくリリーの仕業だろう、もの飛ばしの呪文で何か飛ばしたらしい。

 

 飛ばされた小包らしきものは、怪物邸の煙突にすっぽりと入り込んだ。

 

 びくっと怪物が大きく振るえる。最後の抵抗!とばかりにハリーとリリーの乗るトラクターに、爪を伸ばそうとした。

 

 「うちの子たちに、これ以上手を出さないでもらおう」

 

 言いながら、トラクターの運転席から、いつの間にか拳銃を引き抜いていたハリーが、無事だった怪物邸の右目に銃弾を叩きこんでいた。

 

 怪物邸の右目の窓が蜘蛛の巣のようにひび割れ、怪物邸がのけぞった直後、轟音と閃光を放って、怪物邸は爆発四散した。

 

 至近距離のセブルスと、ハリーとリリーの乗るトラクターは、それぞれ盾の呪文(プロテゴ)を使い、無事だった。

 

 煙を上げるくぼ地をのぞき込めば、がれきが散乱していた。どうやら爆破解体には成功したらしい。

 

 そこに、のろのろと誰かが来た。ジュニアとヘザーに支えられた、やせぎすの老人――ネバークラッカーだ。ナルシッサに連れられたドラコも一緒にいる。

 

 「コンスタンス・・・」

 

 小さくつぶやくネバークラッカーのところに、がれきのところから何かが出てきた。

 

 銀色の輝く、ゴーストだ。やたら大きく太った、大きく横に裂けたような口が特徴的な、愛嬌ある顔立ちをしている。おそらく、これがコンスタンスという女性なのだろう。

 

 女性はニカッと大きな口で笑うと、そのまますうっと空気に解けるように姿を消してしまった。

 

 それを見届けたネバークラッカーが、わっと泣き伏すのを、ジュニアとヘザーが気の毒そうに、背中をさすっている。ドラコもまた、複雑そうに彼を見ていた。

 

 直後、セブルスの姿が薄れていく。身にまとった蒼褪めた霧に解けるように、消えていく。狩りの助力要請がかなえられ、元の世界に引き戻されるのだ。

 

 「セブルス!後で手紙を出す!今夜はありがとう!」

 

 「役に立てて何よりだ。ルシウスにもよろしく言っておいてくれ」

 

 トラクターから身を乗り出すように叫んだハリーに、セブルスは軽く答えて見せた。

 

 そうして、彼は今度こそ完全に姿を消した。

 

 それを非常に驚いた面持ちで見ていたルシウスにも、それは見えていた。

 

 

 

 

 

 次に、セブルスが姿を見せたのは、ホグワーツ城の自室だった。

 

 手に持ったままの武器を血の遺志収納にしまい、枯れ羽帽子と防疫マスクを脱いで、インバネスコートをコート掛けにかけ、ソファにかけたところで、メアリーが「お帰りなさい、セブルス様」と声をかけてきた。

 

 「ちょうど出来上がったところです。お召し上がりになられますか?」

 

 「頼む」

 

 セブルスがうなずいたところで、メアリーは奥に引っ込んだ。

 

 持ってきたのは、深めのスープカップだ。中には、ライスボールとなみなみ注がれた赤茶色のスープが入っている。

 

 最近のメアリーは日本食に挑戦し始めている。レギュラスが送ってくれたレシピブック(セブルスによる翻訳魔法をかけられたもの)を手に、ハウスエルフたちに頼み込んで入手した食材を難なく使いこなしているらしい。

 

 「これは何かね?」

 

 「おにぎり(ライスボール)の出汁茶漬けです」

 

 メアリーの淡々とした説明を聞いてから、セブルスはスプーンを手に取って食べだした。

 

 丸いライスボールは、中に炒めた挽肉が詰められ、表面をカリカリに焼き上げられている。出汁のスープを吸ってか、スプーンで簡単に割れた。

 

 スープの方は、鳥の出汁をベースに、醤油などで味付けをされているらしい。

 

 熱いスープとカリカリホクホクのごはんに、濃い味のひき肉が渾然一体となって、セブルスの疲れた体に染み渡る。

 

 食事の必要はなくても、適度に心を癒すことにはなるのだ。特に、今夜のような騒動の後だと。

 

 最後の一口まで飲み干して、セブルスは一息ついた。

 

 「うまかった。また頼む」

 

 「はい」

 

 セブルスの言葉に、メアリーが微かに微笑んだようにも見えた。

 

 

 

 

 

 さて、例の怪物邸の騒動の詳細と、その顛末について、ここで補足を入れておく。セブルスは後日、ハリーからの手紙で知らされたことだ。

 

 ジュニア、ヘザー、ドラコの三人が、メイソン宅の近所にあった、実は魂を宿して、何でも食い荒らす怪物邸の秘密を暴いてしまったことが、邸宅の暴走のきっかけであった。

 

 この怪物邸は、ネバークラッカーという老人が一人で住んでいたが、彼は少しでも敷地に入った子供のおもちゃを没収していたため、近所では嫌われ者になっていた。

 

 ジュニアは、父からもらったキャッチボールのボールを、両親がパーティーに出るため、メイソン宅に預けられていたドラコは父親にクリスマスプレゼントにする予定の小包を、事故のような形で、それぞれ怪物邸の敷地に入れてしまい、どうにか取り戻せないかとした結果、起こった事件でもあった。

 

 なお、ドラコについてシッター代わりのハウスエルフもいたのだが、このハウスエルフはポンコツ過ぎて全く役に立たなかった。

 

 3人は、怪物邸がものを食い散らかし、ネバークラッカーが心不全で救急搬送されたのを皮切りに、ついに人まで襲い始めたのを目の当たりにし、どうにか退治できないかと、囮に睡眠薬を乗せて飲ませよう、などの知恵を絞った。

 

 その過程で、ネバークラッカーの過去や、怪物邸に宿るコンスタンスという巨女(建築中の事故で亡くなったネバークラッカーの妻)のことをも知ってしまった。

 

 一度は怪物邸に追いつめられる3人を救ったのは、病院から無理やり退院する形で帰宅してきたネバークラッカーだった。

 

 ネバークラッカーのために、コンスタンス自身のために。

 

 3人は、怪物邸の破壊を提案。ネバークラッカーがうなずくや、怪物邸がとうとう家ごと動き出し、4人に襲い掛かってきた。

 

 彼らが追い詰められたところで、出版社関係のパーティーに出ていたメイソン夫妻、及び貴族間のパーティーから戻ってきて息子を迎えに来たマルフォイ夫妻、そしてメイソン夫妻から事前に相談を受けていたセブルスも、鐘を鳴らされたことで駆けつけてきた、というわけである。

 

 ハリーが投げて、リリーが魔法で怪物邸の煙突に投げ込んだ小包は、ネバークラッカーがかつての軍役の際にちょろまかしていたダイナマイトだったらしい。

 

 

 

 

 

 セブルスはあずかり知らぬことであるが、後日、子供たちは保護者たちからしこたま怒られた。子供だけで危ないことをしたのだから、当然である。

 

 ネバークラッカーは、没収したおもちゃを近所の子供たちに返した後、今度こそ心臓を治すために、入院したそうだ。

 

 怪物邸が暴走するのを抑えるために、ろくに家から離れることもできなかったので、心臓を治したら、旅に出るのだ、とすっきりした顔で笑っていた。子供たちに、ありがとう、と感謝もしていた。

 

 

 

 

 

 この騒動が一つの契機となったのだろう、ハリーJr.は母の反対を押し切って、ホグワーツに入学を決意し(結局怪物邸を自力でどうにかできなかったのが、悔しかったらしい)、一緒に入学する予定のドラコと一緒に買い物に行くという、約束をしたらしい。

 

 セブルスがホグワーツにとどまる理由がまた一つ増えてしまった。

 

 

 

 

 

続く

 




【ダイナマイトの入った小包】

 ネバークラッカーが自宅に隠し持っていた、ダイナマイト。かつて、軍で爆撃係についていた彼は、有事に備えてそれを隠し持っていた。

 愛する妻。ものを食べるのが好きな妻。誰にも嘲られずに、好きなものを好きなだけ食べられる、理想の場所たる家。その家そのものとなってしまった妻。

 愛という名の執着は、退役した青年を、老人になるまで縛り付けることとなった。

 その小包は、彼を解放するたった一つのよすがでもあったのだ。





 ドラコとメイソン姉弟の出会いと、ルシウスさんの反応は第2楽章3でやります。

 今回長いので、いったん切ります。




 来週の投稿は、外伝「衝羽根朝顔は百合と鉢を共にできるか」となります。

 アンケートでお尋ねした、リリーさんとペチュニアさんの和解話です。ペチュニアさんも色々大変だったんです。あと、リリーさんは周囲から影響を受けて染まりやすい素直な女性になりました。お楽しみに。


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【カプリッチオ3】衝羽根朝顔は百合と鉢を共にできるか

 評価、お気に入り、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 今回は、アンケートでもお聞きした、リリーさんとペチュニアさんの和解話となります。

 時系列としては、メイソン一家のイギリス移住後、第2楽章2ハロウィーンのモンスターハウス騒動以前とは決めていますが、細かな時期とかは決めてません。皆さんの好きなようにご想像なさってください。

 セブルスさんの出番はなし。

 啓蒙と冒涜が足りないですか?すみませんね、次回までお待ちください。


 

 ペチュニア=ダーズリーは、絶句していた。

 

 髪の色を金に染め、ハーフリムの眼鏡をかけて、少々印象が変わっているが、わかるものにはわかる。

 

 彼女の妹、リリーが、そこにいた。

 

 

 

 

 ペチュニアの、リリーに対する感情は複雑だ。

 

 妹が魔法の学校に行き始めて、最初の数年はまだマシだった。

 

 しがない工場夫である父の稼ぎでは、妹の学費、学用品のすべてを賄いきることはできず、ペチュニアは母とともに内職をして青春の日々を潰した。

 

 それでも妹の笑顔を思えば我慢できたのだ。

 

 おかしいと思うようになったのはいつごろだっただろうか。

 

 だんだん会話がかみ合わなくなってきた。

 

 そんなもの持って帰ってこないでというこちらの訴えを無視して、ポケット一杯のカエルの卵やら、存在意義が疑われるようなみょうちきりんな食べ物やらをお土産と称して持って帰ってくるようになった。やめてというのを無視して、コップをネズミに変え、筆記用具を羽虫に変えるようになった。

 

 ペチュニアが嫌悪感を丸出しにして怒っても――近所から奇異の目で見られたら近所づきあいに困る、生活に必要な道具だから生き物にされたら困るというのも分かってくれなくなり、妹は困惑するようになり、やがて呆れたようなため息をつくようになった。

 

 まったくチュニーは大げさなんだから。このくらいで文句を言うなんて、チュニーはおかしいわ。

 

 すっかり、あの世界の常識に染まってしまった妹は、まるでペチュニアの訴えが幼い子供のわがままであるかのようにふるまうようになってしまった。

 

 学校を卒業するや、会ったことも話に聞いたこともない男といきなり結婚するとリリーが言い出したこと、あまつさえ、その男が玄関先の植木を変な形にしても、何も咎めず、こちらにフォローさえ入れなかったことで、ペチュニアは悟った。

 

 ああ、あの子は完全に変わったのだと突きつけられた。

 

 その時には、妹の卒業と引き換えに、体を壊して寝たきりになった父と病気がちになった母の面倒を見始めていたペチュニアのことを一顧だにすることなく、リリーは独立した。

 

 魔法界の平和のために、不死鳥の騎士団で戦うのだと誇らしげに言う妹を、ペチュニアは冷ややかに見送った。

 

 ええ、そうですか。あなたは魔法の使えないただの人間の父と母の面倒を見るより、魔法界の平和とやらのために戦う方がいいっていうのね。

 

 あなたの学費を稼ぐために寝る間も惜しんで働いて、体を壊した父と病弱になった母のことなんて、考える価値もないってわけね。

 

 ならさっさと行けばいいわ。もう住む世界が違うんだから!

 

 それから数か月後、父が死に、後を追うように母が亡くなった。最後まで、リリーのことを心配し、会いたい、と言いながら。

 

 ペチュニアは一人で両親の葬儀の手配をした。当時すでに交際を始めていたバーノンがいなければ、もっと苦労したことだろう。

 

 妹に両親の死を伝えたくても、どうすれば連絡が取れるのか、彼女にはさっぱりわからなかった。

 

 いいや、どうせなんとも思っていないに違いない。彼らは“魔法界の平和のために戦う正義の戦士”なのだ。そのためなら、魔法の使えない普通の両親がどうなろうが、知ったことではないのだ。魔法が使えないというだけで!

 

 あんな風になるなら、魔法なんか使えなくていい。普通が一番なのだ。ペチュニアの可愛い妹は、魔法が使えるようになってしまったばかりに、普通がわからなくなり、普通の両親を捨てることに迷いがなくなったのだ。そんなふうにならなくてよかったのだ。

 

 ペチュニアは、両親の墓前で必死に自分に言い聞かせた。あいつらはおかしい。リリーはおかしい。ペチュニアは普通だ。普通が一番なのだと。

 

 辛い思い出しかない土地にしがみつくのも馬鹿馬鹿しくて、ペチュニアは両親が住んでいた家を完全に引き払い、改めてリトルウィンジングに移り住んだ。

 

 愛する夫、バーノンと出会って孤独が癒されたのは、あの街なのだから。

 

 

 

 

 

 もう何年前になるだろうか、やたら奇妙な日があった。確か、11月の初め頃だったように思う。

 

 空を大挙してフクロウが飛び交い、道端ではみょうちきりんな――マントのようにゆったりした格好をした人々(まるで魔法使いのように!おお、ヤダヤダ)が、コソコソと話し合い。

 

 ペチュニアは最初、それを他人事じみて認識していた。

 

 妹側の世界で何かあったのかもしれないと思ったが、所詮対岸の火事だ。ペチュニアにはどうすることもできない。

 

 ・・・妹は無事だろうか?正義のために戦うなどと言っていたが、とチラとも思わなかったと言えば、嘘になるのだが。

 

 だが、それから数日後、かわいい愛息子のダドリーの育児に懸命なペチュニアの元に、実に忌々しい騒ぎが飛び込んでくることになった。

 

 いつものように、会社に出かける夫を見送り、ベビーベッドにダドリーをおとなしく寝かせ、家事に励んでいたペチュニアの元に、来客が訪れた。

 

 それは、あのいわゆるローブを着た、忌々しい連中――妹のいる、イカれた世界の連中だった。

 

 彼らが言うには・・・ペチュニアにはよくわからない単語も多かったが、要するにテロリストに妹の一家が狙われ、息子と彼女はどうにか助かったが、その後姿を消した。早く保護しないと、残党にも狙われるかもしれない、ということだった。

 

 そうして、ペチュニアに、彼女らの居所を聞いてきたのだ。

 

 もちろん、ペチュニアは知らない、何も聞いてない、と素直に答えた。

 

 だが、連中はしつこかった。ハナからペチュニアの話はどうでもよかったのだろう、とにかく調べさせてもらうと言い放ち、文句を言おうとするペチュニアを魔法で押しのけ、動けなくさせ、泣きわめくダドリーすら黙らせ、家中を荒らしまわったのだ。

 

 ここにもいない、どこにいる、くまなく探せ!という連中に、ペチュニアは動けさえすれば、電話で夫、あるいは警察に助けを求めていたに違いない。・・・それが役に立ったかは、定かではないが。

 

 やがて、連中は舌打ち交じりに出て行った。後片付けもせず、床に転がったままのペチュニアを一顧だにせず。

 

 泣きわめいているだろうダドリーの元に行きたかった。無事を確認して、もう大丈夫よ、とあやしてやりたかった。

 

 夫に電話したかった。警察に助けを求めたかった。

 

 それすらもできず、ペチュニアは初冬の冷たい床に転がされたまま、数時間過ごす羽目になった。

 

 体調を崩さなかったことだけが、不幸中の幸いだった。

 

 

 

 

 

 夫が帰ってくる頃には、彼女は動けるようになっていた。だが、片付けが間に合わず、帰ってきた夫に仰天され、やむなく事情を話した。

 

 夫には、妹のことは話していた。幸い、妹が向こうで撮ったという、動く写真が残っていたので、証拠になった。

 

 夫は半信半疑ながら、信じてくれていた。ペチュニアが、彼女とは縁を切っている、といったのも大きかったのだろう。

 

 だが、今回のことは、さしものバーノン=ダーズリー氏にも衝撃が大きかったに違いない。

 

 引っ越しも視野に入れるべきか、と片づけを手伝いながらバーノンは言ってくれたが、ペチュニアは黙って首を横に振った。きっと、無駄だ、と。

 

 ペチュニアは、妹の結婚報告を機に、彼女とは一切連絡を取っていない。連絡先すらわからなかったし、ペチュニア本人にもその気がなかった。

 

 にもかかわらず、彼女の居所が特定されたということは、見張られている可能性が高い。そして、それはおそらく現在進行形になるに違いない。

 

 だったら、住み慣れたここに居続けた方がいい。ダドリーも赤ん坊だから、余計な負担をかけたくない、と。

 

 ・・・間違いなく、バーノン=ダーズリー氏の中で、魔法族がキ●ガイの、クソ以下認定されたのは、この事件がきっかけであったことだろう。

 

 彼は、ペチュニアの普通が一番!という言葉に大いに賛同してくれた。何があっても、これからも、自分たちは普通でいよう、あの連中とは違うのだから!が二人の合言葉となった。

 

 

 

 

 

 それからしばらく、また何度か魔法族の連中がやってきた。リリー=ポッターとその息子のハリーを探しているという連中は、知らない、いない、というペチュニアの言葉を無視して、何度か家探ししていった。

 

 そのうち何度かはバーノンが阻止してくれようとしたし、警察にも通報したのだが、すべて無駄骨に終わった。

 

 やっぱり、あの連中は頭がおかしい。同じ言語を話しているはずなのに、何でこうも話が合わない?とペチュニアとバーノンが二人して頭を抱えたのは言うまでもないだろう。

 

 そして、ある日、ぴたりと連中が来なくなった。

 

 最後まで、詫びの一言もなければ、どうして急にやめたかの説明すらなかった。

 

 なんて身勝手な連中なんだ!

 

 怒り狂うバーノンをよそに、ペチュニアはどうにも嫌な予感を覚えていた。

 

 

 

 

 

 ペチュニアは、追い詰められた妹が、息子ともども自爆したニュースなど、知らなかった。

 

 

 

 

 

 そして、それから月日は流れ、現在。

 

 息子の誕生日祝いとして、ダーズリー一家は出かけていた。

 

 リトル・ウィンジングからも近い、動物園だ。ダドリーは蛇が気に入っているらしく、バーノンと一緒に爬虫類館に行ってしまった。

 

 ペチュニアは、その外のベンチに腰かけて、一息ついている。

 

 あんなものを好むなんて、正直、ペチュニアにはよくわからない。ぬめる鱗に、縦長い瞳孔と、チョロチョロと出し入れする小さな舌先、極めつけはシュルシュルというあの動きだ。気持ち悪いとしか言いようがない。

 

 「男の子って何で蛇とかトカゲとか、好きなのかしら?」

 

 「そう?ママは子供のころ、カエルとかよく捕まえていたわよ?動かない草木より、そっちの方が面白かったわ」

 

 すぐ隣のベンチにかける、金髪の親子がそんなことを話している。

 

 青い目の下に少々クマのある金髪の少女・・・ダドリーより、若干年上だろう娘が、母親らしき女性に話しかけていた。

 

 おそらく、自分と同じように、他の家族が爬虫類館に入っているので、出てくるのを待っているのだろう。

 

 「母さんってすごいわ・・・私は、ちょっと苦手。何考えてるかわからないし、あの目がね・・・うん、私、無理」

 

 「無理に好きになることないわ。人それぞれよ。母さんの姉さんも、ああいう生き物が苦手だったの。その代わり、花を育てるのがうまかったわ。

 

 ・・・チュニー、今頃、どうしているかしら?」

 

 どこか懐かしむような、寂しがるようなその声に、思わずペチュニアはそちらを振り向いていた。

 

 母親であろう女性の顔を、そうしてまじまじと見た。

 

 パッと見は違和感を覚えた*1が、すぐに分かった。眼鏡をかけていても、あのエメラルドの瞳は同じだ。髪は(まの付く忌々しい技術)だか薬剤だかで染めているに違いない。

 

 それほど、彼女は似ていたのだ。

 

 「リリー?」

 

 思わず、ペチュニアはつぶやいていた。もう何年も口にしてなかった、妹の名を。

 

 「え?」

 

 そうして、その女性も視線を上げて、娘の頭越しに、ペチュニアと視線を合わせた。

 

 「チュニー?」

 

 やっぱり!

 

 ペチュニアは、確信した。そして、彼女の妹もまた。

 

 完全に偶然とはいえ、こうして、姉妹は再会してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 とりあえず、ペチュニアがやったのは、再会の抱擁でもなく、行方不明になっていたくせに、のんきに動物園なんかに来ている妹を張り飛ばすことだった。

 

 この子のせいで、どれだけ苦労したことか!

 

 いきなり何するのよ!と怒声を張り上げる娘を無視して、ペチュニアは金切り声で怒鳴り散らした。

 

 あんたのせいで、うちがどれだけ迷惑をこうむったかわかっているの?!

 

 頬を押さえて、茫然とペチュニアを見るリリーだが、すぐさま蒼白になって、御免なさい!お願いだから、騒がないで!などと言い出した。

 

 張られた拍子に取れた眼鏡を、急いで拾ってかけなおし、懸命にペチュニアをなだめようとしてきた。

 

 娘もいるの!お願い!と言ってきたリリーに、ペチュニアはふんと鼻を鳴らす。

 

 何が娘だ。ペチュニアが何も知らないと?あのろくでなしのポッターとの間に儲けたのは一人息子だろうに!娘?どうせ、ポッターを捨ててから駆けこんだ先で儲けたのだろう?なんて股の緩い、はしたない女なのだ!こんなのが妹なんて、なんと恥ずかしい!

 

 ペチュニアがそう怒鳴るより早く、「どうしたんだい?」と穏やかな声が割って入ってきた。

 

 「ハリー!」

 

 「すみません、家内がどうかしましたか?」

 

 そう言いながら、ハリーと呼ばれた男は、リリーをかばうようにその傍らに立ち、鋭い目でペチュニアを睨んできた。リリーの頬が赤くなっていることから、何があったか察したのだろう。

 

 随分なよっちそうな男だ、とペチュニアは思う。ついでにリリーよりもだいぶ年上らしい。寄らば大樹の下、なるほど、ポッターの次はその男というわけか、とペチュニアは一層軽蔑の念を強くした。

 

 「そのおばさん、母さんを殴ったの!いきなりよ!ひどいでしょ?!」

 

 「おば・・・?!」

 

 「あ!母さんのほっぺ!大丈夫?!」

 

 噛みつくように叫ぶ娘に、ペチュニアは鼻白むが、それよりもハリーの足元にくっついていた少年が叫んだ。

 

 少年は、パッと駆け出してすぐそばの蛇口でハンカチを濡らすと、背伸びして母親に差し出した。

 

 「はい!母さん、これ!」

 

 「ありがとう、ジュニア。でもいいの。私が悪いから・・・」

 

 かがみこんでハンカチを受け取るリリーは、それをそっと頬に当てがった。

 

 「何の騒ぎだね?ペチュニア」

 

 ここで、ダドリーを連れたバーノンがようやく戻ってきた。

 

 そこまで来て、ようやくペチュニアは自分たちが、他の客たちから注目を集めていることに気が付いた。

 

 「・・・どうやら、少し場所を変えた方がよさそうですね。

 

 二人とも、動物園はここまでにしていいかい?」

 

 「えー?!お土産は?」

 

 「またにしてもらいましょ、ジュニア。このおばさん、ママの知り合いみたいだし」

 

 「・・・うん。わかったよ」

 

 子供たちを見回すハリーに、少女と少年はそれぞれ声を上げる。

 

 不満そうにしながらも素直に従った少年に、こっそりペチュニアはうらやましいな、と思った。

 

 ペチュニアの息子、ダドリーは少々意志が強いところがあるのだ。

 

 なお、世間一般で、それはわがままという。

 

 

 

 

 

 喚いて癇癪を炸裂させるダドリーをどうにかこうにかなだめすかせ、一同は場所を移した。

 

 リトル・ウィンジングの、ダーズリー宅だ。リリーたち一家は、泊りがけで遊びに来ていたらしい。

 

 彼らを家にあげるのは、最初はどうかと思ったが、(まの付く以下略)関連を、わずかでも誰かに見聞きされ、関係者扱いされるのは御免であるので、仕方なく・・・本当に仕方なく、家にあげたのだ。

 

 もし、我が家で変なことをしたら承知しない、としっかり釘を刺して。

 

 しかし、玄関先につくや、リリーは素早くバッグの中から取り出した木の棒(魔法の杖!やっぱり持っていたのね!)を一振りした。

 

 「な、何の真似だ?!」

 

 「こちらを見ている人がいました。興味を失うように、仕向けただけです。すみません、ひらにご容赦を」

 

 のけぞるように言ったバーノンに、リリーは素早く杖をバッグの中に戻して言った。

 

 そうして、通されたリビングで、彼女はペチュニアに改まった様子で言った。

 

 「改めて久しぶりね、チュニー。さっきはどうしたの?」

 

 「どうしたのですって?!あれだけの騒ぎを起こしたくせに、動物園ですって?!どういうことなの?!」

 

 おそらく、できるだけ落ち着こうとしているらしいリリーを無視して、かまわずペチュニアは食って掛かった。

 

 「あれだけ・・・?

 

 ええっと、御免なさい。何のこと?確かに、ジェームズが起こしたことは悪かったけど、ちゃんと手紙で」

 

 「あんたはいったい何のことを言ってるの?!」

 

 ああ、まったく!この妹は!相変わらず、同じ言語をしゃべっているはずなのに、全くかみ合わないのがもどかしい。

 

 「失礼します。すみません、申し訳ありませんが、口を挟ませていただきます」

 

 ここで、たまりかねた様子で、ハリーという男が口を挟んできた。

 

 「・・・失礼ですが、あなたは?」

 

 「ハリー=メイソンと申します。彼女・・・リリーの夫です。おそらく、二人目と、ご存じなのでしょうが」

 

 付け加えられた言葉に、ペチュニアはふんと鼻を鳴らし、バーノンはあからさまに眉をひそめた。

 

 あの妹の、二人目の夫!どんなロクデナシなのやら!

 

 

 

 

 

 最初、ペチュニアはそんな風に身構えてしまったが、ハリー=メイソンは見た目相応に、穏やかに話して見せた。

 

 頭ごなしにこちらをマグルだなんだと馬鹿にしてこないし、いきなり取り出した棒きれで、奇矯な真似をしてきたりもしない。

 

 リリーと、ペチュニアの仲裁を、終始穏やかに務めて見せたのだ。

 

 それによると、リリーはテロリストから狙われ、前夫(ロクデナシのポッター)を亡くした後、恩師によってほとんど力づくで息子と引き離されそうになり、子連れの状態で必死に逃げ、アメリカに渡った先でこのハリー=メイソンという男と暮らすようになったこと。娘の方は、ハリーの連れ子のヘザーであること。

 

 その時、友人の手引きで、彼女はあちら側の世界では死んだことにされたこと。

 

 その3年ほど後、夫の仕事の都合もあって(ペチュニアはそう聞かされた)、イギリスに戻ってきたこと。

 

 生きているとわかると、また息子と・・・どころか、今の家族とも引き離されそうになるかもしれないので、身元を誤魔化したまま生活していること。

 

 そして。

 

 きわめて驚いたことに、リリーが謝ってきた。

 

 ペチュニアに、前夫の仕打ち――頭ごなしにバカにしてきて、庭木をへんな形に変えてきたことを申し訳なく思っていること、ちゃんと忠告を聞いておけばよかったことを、謝ってきたのだ。

 

 ・・・あの、思い込んだら一途、猪突猛進の、リリーが。

 

 目を瞠るペチュニアをよそに、バーノンはふんと鼻を鳴らし、今更か!とお前らのせいで、我々は!とブチブチと文句をつけだした。

 

 バーノンは、リリーが失踪したことで、あちら側の連中の捜索の矛先となり、散々家探しされたことを根に持っているのだ。・・・連中とくれば、片付けも、その後の経過報告も、一切なかったのだから。

 

 加えて。

 

 死んだことにした、とこの妹は言った。ペチュニアは何も知らなかった。

 

 あの連中は、たった一人の姉はマグルであるということだけで、知る権利はない、と判断したのだ。

 

 今日、ペチュニアがリリーに逢えたのは、単なる偶然なのだ。それがなければ、今もペチュニアは何も知らないままであったことだろう。

 

 ここで、リリーが申し訳なさそうにしながら言ってきた。

 

 あの場では、ジェームズの手前、謝ることができなかった。それに、不仲としておいた方が、都合がよかったので、わざと謝らなかった、と。

 

 わざと?

 

 ムッとしつつも詳しく尋ねたペチュニアに、リリーはうなずいて説明した。

 

 当時、彼女は反テロ組織のレジスタンス(“不死鳥の騎士団”とかいう。そういえば、そんなことを聞いた)に参加していたが、それでなくてもマグル出身ということで、テロの標的にされた可能性が高かった。

 

 家族であろうと、何の力もないマグルと関わりを持ち続ければ、テロの標的にされ、人質に取られる可能性もあったので、不仲とし、縁を切るつもりだったと。

 

 だったらそう言えばいいのに!そうすれば・・・せめて・・・。

 

 そう言ったペチュニアに、今度こそリリーは困惑した様子で言った。

 

 ちゃんと、その旨を記した手紙を、あの後に出した。そこに、謝罪なども合わせて載せていたはずだ、と。

 

 そんな手紙は届いていない。

 

 顔を見合わせる姉妹だが、ややあって、リリーは目を吊り上げ、唐突にポッター前夫妻を罵りだした。・・・どうも、彼らが彼女の手紙を差し止めていたらしい。

 

 ・・・その後、リリーとポッターの真の結婚事情が暴露された。やはり、彼女の前の結婚相手は、ろくでもない男だった(両親含めて)。

 

 今度の相手は大丈夫でしょうね?!思わずそう聞いたペチュニアに、リリーは苦笑気味にうなずいた。

 

 自分の男を見る目がないのは重々承知だけど、私たち、恋愛結婚じゃなくて、契約結婚だから。それに、ハリーは父親としては、最高の相手よ、と。

 

 それを聞いたハリーは、照れくさそうにはにかんでから、まじめな顔をしてペチュニアとバーノンに頭を下げた。

 

 彼女は母親として、最高の相手です。私の力及ぶ限り、社会的伴侶として、家族の一員として、守っていく所存です。力及ばぬ部分はあるでしょう、またあなた方のお手を煩わせてしまうこともあるかもしれません。ですが、どうか、私たちがひそかに暮らすことを許していただけないでしょうか、と。

 

 ・・・ジェームズ=ポッターと比べると、だいぶ年かさはあるものの、穏やかな物腰に、丁寧な物言いで、これだけでかなりの高得点だった。

 

 加えて、もしかしたら、リリーが考え直すきっかけを与えたのも、この男のおかげなのかもしれない。

 

 ついでに・・・というより、これが大きかったのだが、このハリー=メイソンという男は、いわゆるマグルだった。

 

 あんた、正気か?!あんな連中を伴侶にするのか?!

 

 と、思わずドン引きするバーノン(リリーの目の前なのだが)に、ハリーという男は苦笑して答えた。

 

 (まから始まる悍ましい種族名)と考えるから、いけないんですよ。私の友人にもいますが、彼は少々変わったところがありますが、いい人です。

 

 そうですね、ちょっと習慣の違う国の住人と考えればいいんです。我々、(まの付く悍ましい技術)の使えない人間でも、善人と悪人がいるように、彼らにも善人と悪人がいるんです。そして、多少話のかみ合わないところは、習慣が違うからと思えば。話しあって、お互いの納得いく部分にすり合わせていけばいいんです。

 

 さすがに、今の彼女は、ポケットにカエルの卵を入れたりはしてないそうですし。

 

 彼がそう言うと、リリーは顔を真っ赤にして、もう!いつまでその話を引っ張ってるの!忘れてよ!などと慌てている。

 

 そうして、彼女は、申し訳なさそうに、ペチュニアを見やった。

 

 ハリーにも注意され、自分でもいろいろ考えるようになって、あの頃のことを反省している。迷惑をかけて、御免なさい、と。

 

 ・・・リリーが帰ってきた。

 

 ぼんやりと、ペチュニアは思った。あの頃・・・かみ合わない話に、会話を投げ出し、“妹のリリー”じゃなくて、“魔女のリリー”になってしまった彼女。ペチュニアの、かわいい妹のリリーが、戻ってきた。

 

 思わず黙り込んだペチュニアに、リリーがおろおろする。

 

 どうしたの?何か気に障った?と。

 

 今更なんだ!チュニーが一人で、どれだけ頑張っていたと思っているんだ!!後から反省したと殊勝な顔で出てきて、許されると思うな!

 

 黙り込んだペチュニアの肩を抱き寄せながら、バーノンが怒鳴った。

 

 わけがわからない、という顔をするリリーに、何事か悟ったらしいハリーが尋ねてきた。

 

 リリーのご両親のご葬儀を、一人でされたのか、と。

 

 一人なもんか!私が手伝ったんだ!と胸を張るバーノンに、ペチュニアは当時のことを思い出し、こぼれそうになる涙をそっとハンカチで押さえた。

 

 絶句して蒼褪めるリリーは、茫然とそんな・・・と呟くが、すぐさま我に返ったように、ごめんなさい!チュニー!と頭を下げた。

 

 ペチュニアは黙っていた。何と言うのか、何を言えばいいのか、自分でもわからなかったのだ。

 

 ただ、複雑だった。

 

 そんな時、にわかに部屋の外が騒がしくなった。

 

 廊下にいたダドリーと、ヘザーが取っ組み合いの大げんかをして、ジュニアが困り果てている。

 

 どうも、ダドリーが盗み聞きを試みて、ヘザーがそれを注意しようとしたが、聞く耳を持たず、どころかヘザーの両親のことを馬鹿にしてきたので、ヘザーが逆上、つかみ合いとなったらしい。

 

 ダドリーは盛大に拗ねていた。両親が自分を放って、見知らぬ大人二人にかかりっきりになっているというのが、たいそう気に入らなかったらしい。(動物園からの早期切り上げも原因の一つだろう)

 

 大分長いこと話し込んでいた。

 

 それに気が付いたハリーは、長いことすみません、そろそろ・・・と立ち上がる。

 

 そうして、リリーもまた、バッグを肩にかけて立ち上がった。

 

 会えてよかったわ、チュニー。元気でね。そう言い残して。

 

 フンッとバーノンは一つ鼻を鳴らしただけだ。早く帰れ、と言わんばかりに。

 

 行ってしまう、とペチュニアは思った。このままだと、また。今度こそ、二度と、手の届かないところへ。

 

 やっと、妹が、まともになって、帰って来てくれたのに。

 

 「・・・次の、日曜日」

 

 ポツリっと、ペチュニアが言った。

 

 隣のバーノンがぎょっとしてるのがわかる。何を言いだすんだ、と言わんばかりだ。

 

 だが、ペチュニアは無視した。

 

 「ブレックツリー墓地に、11時に」

 

 「え?」

 

 「・・・命日なのよ。パパの。その気があるなら、来たらいいわ」

 

 振り返って目を丸くするリリーに、ペチュニアは淡々と言った。

 

 「言っておくけど、あっち側の妙な格好で来たら張り飛ばすわよ。ちゃんと、こっちの喪服で来なさい」

 

 「・・・いいの?」

 

 茫然と、信じられないとばかりに尋ねてきたリリーに、ペチュニアはムッとした。

 

 「来たくないの?それとも、普通の人間相手なんて、お墓参りも嫌なの?」

 

 「ううん!行く!行かせて!」

 

 大きく首を振ってから、リリーは泣き笑いとしか言いようのない、涙目のくせにクシャクシャの笑顔で大きく頷いた。

 

 「ありがとう!チュニー!絶対行くわ!」

 

 そうして、今度こそ、妹の一家はダーズリー宅を去っていった。

 

 バーノンには、どういうつもりだと咎められたが、ペチュニアはそれでも譲れなかった。

 

 だって、妹がようやくまともになってくれたのだ。たった一人の、大事な妹が。

 

 ・・・相手の男も、今度はまともそうだった。

 

 良くも悪くも、リリーは素直なのだ。影響を受けやすい気質、とでもいうべきか。

 

 魔法は特別と刷り込まれたのが、良くも悪くも、あの子を変えてしまった。

 

 ・・・ペチュニアが羨み、同じところに行きたいと願っても、すげなく断られた世界へ、あっさりと飛び込んでいってしまった。

 

 だが、そこがいいことばかりではないこと、とんだ人間の魔窟であったと痛い目を見て、(その後、出会ったハリー=メイソンの影響もあって)妹もようやく目を覚ましたのかもしれない。

 

 さすがにまだ、深く付き合っていこうとは思えない。だが、墓参りくらいはいいだろう。

 

 姉妹そろっての墓参りなら、きっと天国の父母だって、喜ぶはずだ。

 

 

 

 

 

 一週間後、黒い喪服に身を包んだ、黒髪と金髪の姉妹が、二つ寄り添う墓石に花束を手向けていたのは、別の話。

 

 

 

 

 

続く

 

*1
リリーの眼鏡には幻覚魔法がかけてあり、一見すると知らない人間に見えるような印象を与えるようになっている。ペチュニアのように装備者をよく知る人間には無効。





 この後、クリスマスカードぐらいのやり取りはするようになると思います。

 さすがにバーノンさんが受け付けないと思うので、必要以上に親しくするのはないです。

 ちなみに、ダーズリー一家の容姿とかダドリーに対する溺愛具合とかは原作と大差なしです。

 原作ハリー少年がいたから、ああなってたんじゃないか、っていう意見もありますが、原作ハリー少年がいなくてもああなってた可能性もあったと思いましてね。

 まあ、彼らはこのシリーズに関してはモブに近いので、多分これ以降の出番はないです。

 (そもそも、このホラースポット満載の冒涜ワールドに彼らが参加しようものなら、確実に発狂or惨殺される未来しかないですし)





 次回の投稿は、本編の更新です。ドラコ少年とメイソン一家の邂逅、ルシウスさんの反応をやってから、今度こそ原作1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』編がスタートしますよ!お楽しみに!


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【3】セブルス=スネイプ、引継ぎを終える

 ようやく『賢者の石』編がスタートです。

 長かった・・・。

 後、セブルスさん視点になるのと、原作主人公が全然違うので、話の展開もいろいろ違います。ご了承ください。




 R3.05.04.追記

 寮の出入り方法についてご指摘があったので直しました。ご指摘ありがとうございました。





 メイソン夫妻コソコソ話

 「ジュニアには、出生の事情とか、前の父親のことは内緒にしておこうと思うの」

 「どうしてだい?」

 「寮に振り分けられるにあたって“組み分け帽子”をかぶせられるんだけど、今思えば、あの帽子、開心術――ええっと、頭の中を読む魔法ね、それに類似した魔法が使えるんじゃないかしら?

 知らせてたら、ダンブルドアにジュニアのことがばれて危険な目に遭わされかねないわ」

 「なるほど。あの子は隠し事が苦手だしね。きちんと成人してから話そうか」

 「・・・戦うにしろ、せめて学校でちゃんと魔法を習ってからにしてほしいものだわ。

 去年のハロウィーンのようなことは、もうたくさん!」

 「えてしてトラブルってのは、向こうからやってくるけどね」



 

 さて、少々遅くなったが、話をドラコ=マルフォイとメイソン姉弟の関係について移そう。

 

 彼らが仲良くすることになった経緯を語るには、話の時間軸をセブルスがホグワーツにくる1か月ほど前にさかのぼる必要がある。

 

 その日、ヘザーとハリーJr.のメイソン姉弟は、近所の公園でいつものように遊んでいたのだが、突如ヘザーが何をかぎつけたか、付き添っていた父親の手をひいて「あの子が危ない」「父さん、助けてあげて」と言い出した。

 

 ヘザーは出自が出自だけに、時折このような超感覚の発揮――事故発生の予知や、天気の変化の言い当てをする。

 

 親交を続けているセブルスに相談したところ、ヘザーは特化型のスクイブ(魔法は使えないが、予知などは一部分野に秀でている)なのかもしれない、という話だった。

 

 とにかく、ヘザーのその手の言動にすっかり慣れていたハリーは、娘の導くままに、離れたところにある廃屋に縛られ囚われ、泣いて震えていた一人の少年を保護した。

 

 それが、身代金目当てで誘拐されていたドラコ=マルフォイである。

 

 ドラコを保護したものの、その言動から魔法族と判断したハリーは、ひとまずセブルスに連絡を取った。

 

 一方で、セブルスの方は息子が誘拐された!と血眼になっているルシウスの依頼で、あちこち走り回っており、ハリーの連絡を受け取って安堵した。

 

 ・・・ただし、すぐそばにルシウスがいなければ。

 

 自分が迎えに行くから、というセブルスのやんわりした反対を押しのけて、ルシウスはメイソン宅のすぐそばまで行った。さすがに忠誠の術で守られているメイソン宅にそのまま乗り込むことはできなかった。

 

 それでも、メイソン宅の近所でリリー=メイソン、ハリー=メイソンJr.の元ポッター母子と鉢合わせしてしまったのだ。

 

 リリーは簡単な変装をしているが、海千山千の貴族社会に慣らされたルシウスには通用せず、さっくり正体を見抜かれてしまった。・・・鉢合わせ時に、思わずリリーが「Mr.マルフォイ?」と呟いてしまったのも不味かった。

 

 これはどういうことだ、と詰め寄るルシウスに、セブルスはやむなく事情を説明。・・・いつでも忘却術を発動できるよう、心構えをしながら。

 

 ルシウスの中で、損得利害の素早い計算が行われたことだろう。英雄母子の生存の公表で動かせる人間につくか、英雄母子とポッター家の後継、そしてその味方であろうセブルスにつくか。

 

 結局、ルシウスの中で選ばれたのは、後者であったらしい。

 

 大人組が難しい話に興じている間、子供たちが仲良くなっていたのも、大きな理由であったのかもしれない。

 

 大事な一人息子から折角できた友達を取り上げるのもやりにくかったのだろう。

 

 ドラコは一応、クラッブ家とゴイル家の子息たちと親密にしていたが、いまいちおつむの弱い子供たちに物足りなさげにしていたため、同い年くらいで利発なメイソン姉弟が新鮮であったに違いない。

 

 加えて、一見マグルのヘザーが、予知や察知能力の特化型のスクイブというのも、利用価値があったのかもしれない。それに、ドラコを救うきっかけになったのもあっただろう。

 

 いずれにせよ、ルシウスは元ポッター母子とセブルスの後ろ盾の一つとなることを決めてくれたのだ。

 

 完全に信用は難しいにしても、これは大きな収穫だった。

 

 ルシウスの存在に、リリーは最初こそひどく複雑そうな顔をしたが、自分が逃げる手助けをしてくれたセブルスやレギュラスの存在を思い出したらしい。

 

 加えてこの9年で様々なことを考えたのか、亡き夫の学生時代の所業を謝罪した。これにはむしろ、ルシウスの方が面食らっていたほどだ。

 

 そして、怪物邸騒動の時の助力には素直に感謝を述べた。ただ、ひそかに警戒はしているようだった。

 

 

 

 

 

 一方で、クリスマス休暇に、セブルスはルシウスから呼び出された。

 

 本当はすぐにでも問い詰めたかったであろうに、ルシウスもホグワーツの理事でもあるので、学校の方に問題が生じないようにと、気を遣ってくれたらしい。

 

 呼び出されたマルフォイ邸で、難しい顔をしたルシウスにさっそく問い詰められた。

 

 「あの武器は何だね?杖はどうしたのだ?いつから魔法使いを辞めたのだね?

 

 それから、急に姿を消すなど、一体何なのだ?“姿くらまし”とは明らかに系統の違う魔法だろう?」

 

 やめようと思ってやめれるような気軽なものだろうか、魔法使いというものは。

 

 さすがにヤーナムのことすべてを白状するわけにもいかなかったので、世界一周(グランドツアー)中に手に入れたアイテムや、知り合った人々の影響だ、ハリーは断じて関係ない、とだけ伝えた。

 

 その一方で、ルシウスは気が付いていた。奇怪な武器をマグルのごとく扱う、黒ずくめ。その様子に、ルシウスとて気が付かないものがないわけではなかった。錯乱したとされたリリー=ポッターの証言は、当時、日刊預言者新聞の一面記事をにぎわせたのだから。

 

 あの騒動を目の当たりにするまでのルシウスであれば、バカバカしいと一顧だにしなかっただろう。だが、あの時のような動きをするセブルスであるならば、あるいは。

 

 ルシウスも難しそうな顔をしていたものの、やがてため息交じりに質問を止めてくれた。

 

 友人だから。先輩後輩だから。だからすべて話して分かち合うことはない。ルシウスだってセブルスに話してないことはたくさんある。その逆もまた。お互いそれがわかっていたから、話さずに済ませることにしたのだ。

 

 闇の帝王を、真に屠ったのは誰か。

 

 ルシウスは、らしくもなく、その正体を察しそうになるのをやめた。別段、わからなくても支障はない。今までそうだったのだ。これからも、そうだ。

 

 セブルスは、ルシウスの親しい後輩であり、理解者である。それで充分である、と。

 

 セブルスが、一番大事な部分は変わってないのは(リリーとその息子を保護していることからも)、ルシウスの目には明白だったからだ。

 

 ただし。

 

 まだ何か、ルシウスの目に余る異変があるようなら、ルシウスはセブルスを切り捨てる。彼には、何よりも家族が大事だからだ。

 

 もちろん、そんなことはセブルスもわかっている。

 

 純血貴族と付き合うというのは、そういうことでもあるのだ。

 

 なお、セブルスの方もヴォルデモートに内臓攻撃を仕掛けて殺害したことや、分霊箱関連のことは、ルシウスに感づかれているとわかっていてなお、まだ話していない。

 

 いくら元ポッター母子の味方に付いてくれたとはいえ、まだルシウスを巻き込んでもいいものか、踏ん切りがつかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで一年経過し、当初の予定通り、セブルスは無事スラグホーンから引継ぎを終えて、正式に魔法薬学教授兼スリザリンの寮監となった。

 

 貴族出身者が多く、純血を重んじる気風のあるスリザリンは、生半な相手では軽んじられるだろうが、そこはセブルスである。

 

 脱狼薬の改良や、欧州魔法薬学連盟の会員であることや、ケンブリッジをスキップ卒業したことを前面に押し出し、なめてかかろうとする学生たちを黙らせる予定だ。

 

 

 

 

 

 なお、当初にして最大の目的たる分霊箱はまだ見つかっていない。

 

 ホグワーツには、隠し通路が山ほどあるが、大体は管理人のフィルチが知り尽くしてしまっている。だが、きっと、他にも彼でも把握しきれない通路や隠し部屋がある可能性がある。

 

 そして、そこに分霊箱が隠されている可能性も、否定しきれない。

 

 なぜなら、ヴォルデモート卿は一度教職を求めてホグワーツに来ている。採用は見送られたらしいが、それでも彼はホグワーツに何らかの執着を抱いているとみるべきだろう。

 

 だとしたら、そこにいられない自分の代わりに、その魂の断片を収めた分霊箱を置いていったとしても、おかしくはない。

 

 それが、どこにあるかは、まったくわからないのだが。

 

 さほど急ぐことでもあるまいと、セブルスは焦らずに教職に慣れることを優先することとした。

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなの記念すべき正規教授生活一年目に入る前の夏休み、再びルシウスに呼び出されたセブルスは、近況報告を兼ねた食事会をすることとなり、そこで神妙な口調のルシウスに――彼としては、近況報告より、こちらが本題だったのだろう――息子のことを話し出された。

 

 貴族の子息らしく、気位高くあれと教育されたが、それでも繊細なところのある一人息子が心配でたまらないらしいルシウスは、セブルスに息子をくれぐれも頼む、と直々に頭を下げてきた。

 

 セブルスとしても、かわいがってくれた先輩の頼みは聞いてやりたいので、ひいきにならない程度に目をかけると約束した。

 

 えこひいきは自他のためにならない。ダンブルドアは反面教師にはなった。

 

 

 

 

 

 リリーの息子となるハリー=メイソンJr.もホグワーツ入学になるのだった、と改めて実感したのは、ブラックウッド郵便配達員から届けられた手紙を読んだときだ。

 

 最初は、入学時期になったらアメリカに再度わたって、イルヴァモーニー(アメリカの魔法学校)に入学する予定だったのだが、諸事情あって結局ホグワーツに入学となったのだ。

 

 リリーは最初こそ、どうにか逃れる手立てはないか模索しまくったらしいが、あまり露骨に嫌がるとその方が目をつけられかねない、と周囲に言われ、さらにはジュニア本人の強い希望もあって、やむなく折れることになった。

 

 校長は、自分の計画のためなら善意を盾に人の気持ちを平然と踏みにじって利用してくる無自覚エゴイストだから、絶対近寄っちゃダメ、とリリーはジュニアにコンコンと言い聞かせていた。グリフィンドールに入ったら絶対目をつけられるから、あえてスリザリンに入りなさい!友達もいることだし!とも言っていた。

 

 その後届けられたハリーとリリー二人分の手紙から、ジュニアにもホグワーツからの手紙が届き、マグルのジュニアハイに進学予定のヘザーが羨ましがっているのをなだめた、ジュニアの学用品の買い出しはリリーから場所を聞いてハリーが付き添って、ジュニアの友人もともにいくことになったと書かれている。

 

 ヘザーの方にも、進学祝いでお手製の魔法を込めたお守りを送ったが、ジュニアにも何か送らなければ、と思う。

 

 時々食事会や、誕生日やクリスマスなどの行事パーティーの際にたまに会っているから知っているのだが、ジュニアは忌々しい彼の血縁上の父親には、パッと見はあまり似ていない。

 

 黒髪はツヤツヤで少々カールしている程度だし(魔法薬学が得意なリリーが、癖毛矯正用のシャンプーを手ずから調合したためらしい)、子供らしく細身ながらもふくふくした体格は、セブルスの幼少とは比べ物にならず、親に愛されたのだと見て取れる。眼鏡はなく、緑の瞳はリリーそっくりで、セブルスはジュニアの一番のチャームポイントだと思っている。

 

 ・・・ただし、顔立ち自体はジェームズによく似ていた。おそらく、さらに成長すれば、さらに似てくるに違いない。抑え気味になったくせ毛と眼鏡がないから、パッと見は分からないだけだ。

 

 正史というべき、原作のハリー・ポッターは、額の稲妻型の傷跡、鳥の巣のようなくるくるの黒髪、丸眼鏡をかけた、鶏がらのようなやせっぽちのチビなので、それとは似ても似つかない。

 

 もっとも、セブルスは知る由もないのだが。

 

 後日、セブルスはジュニアに、初心者向けの魔法薬学の書籍――セブルスも学生時代によく読んだものを進呈した。調合のコツなども載っているので、魔法薬学が苦手なら、重宝するかもしれない。

 

 そして、そのお礼の返信にて、ハリーとリリーからジュニアのことをくれぐれもよろしく頼む、と書かれていた。言われるまでもない、とセブルスはひそかに誓った。

 

 ・・・本人はあずかり知らぬことだが、セブルスはメイソン一家からは、近所、あるいは縁戚の頼れるおじさんポジションであった。

 

 

 

 

 

 ハリー=メイソンJr.こと、旧姓ハリー=ポッターの扱いについて、ここで少し、補足しておこう。

 

 ポッター母子が、セブルスとレギュラス二人の力を借りて、アメリカ、ポートランドのメイソン宅に転がり込んだ後のことだ。

 

 以前記述したと思うが、リリー=ポッターの証言――“例のあの人”を、マグルの奇妙な武器で殺した黒ずくめについては、まったく重要視されていない。錯乱中の人間の妄言扱いされている。

 

 ダンブルドアは予言を重要視していて、そんなことあるわけがないと切って捨てていたようで、周囲はそのダンブルドアを妄信してしまっていたからだ。

 

 そしてこれが一番大きい理由だが、魔法使いの常識というのもあった。マグルが魔法族に勝てるわけねえだろ、と。野蛮な武器?はいはい、鉄砲とかね!盾の呪文使えば簡単じゃないか!という感じで、大半の魔法族はマグルとその使用道具を見下していたため、ありえないと判断した。

 

 ゆえに、“例のあの人”は何らかの理由でポッター家周辺で虐殺行為を行った後、ポッター母子を殺そうとしたが、何らかの手段で返り討ちに遭い、力を失って逃亡、それを成し遂げたリリーはその時に錯乱した、というのが世間の認識なのだ。

 

 日刊預言者新聞を始めとした各メディアもそれに沿った報道をしてしまったのが、さらに拍車をかけてしまったのだ。

 

 さらに付け加えると、のちにダンブルドアはリリーは錯乱していなかった、と訂正に動いたのだが、大部分の人間が「可哀そうに、ご自分を責められて・・・」と彼を気の毒がって、死後もリリーは錯乱していたという汚名が着せられたままである。

 

 当のリリーはこれに関しては、「しょうがないわよ。魔法界の人たちって、新聞とかのいい加減な情報を自分たちの都合のいいように解釈したがるところあるもの。ゴシップとか大好物ってところもあるし」とコメントしていた。

 

 その緑の目は、豚って飛べないのよ?飛べるって信じるなんて、馬鹿よね?というかのような冷たい眼差しをしていた。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 10年前、リリーは息子と引き離されそうになったので、隙をついて逃げたといったが、その後、当然ダンブルドア旗下の“不死鳥の騎士団”(ダンブルドアによって説得済み)は保護という名目でポッター母子を探し回った。

 

 それだけではなく、勝手に失踪届けも出して、魔法省の力も借りて、二人を探し回っていたのだ。赤子をつれた若い女、しかも後ろ盾もなしである。すぐに見つかるだろうと、当初は楽観視されていたが、時間が経過するにつれて、どんどん焦りとなっていき、焦りは絶望へと変わっていった。

 

 まさか、死喰い人の残党の手にかかったのでは?という疑惑が持ち上がってきたころだったのだ。

 

 リリーがロンドンの一角で見つかったが、保護されるのを拒否して、赤ん坊ともども自爆した。

 

 ホグワーツの入学名簿からハリー=ポッターの名前が消えたことからも、間違いなく死んでいる。

 

 実際は、この名簿はイギリス国内に住む、入学条件を満たした子供(一定以上の魔力を保有する、対象年齢者)が載るよう条件付けされているので、国外に移り住めば対象外となる。すなわち、ハリー=ポッターの名前は対象外になったにすぎない。

 

 加えて、リリーが再婚したことも相まって、もし載るとしても、ハリー=メイソンJr.に改名されることにもなる。実際、メイソン一家がイギリスに移住してきた後には、ハリー=メイソンJr.の名前は載ったのだ。ハリーという名前が凡庸で気づかれなかった上、ジュニアとついた以上、父親と同名の可能性が高く、まず別人だろうと判断されただけで。

 

 とにかく、ハリー=ポッターの消失についてはホグワーツの教職員は大騒ぎだった。ダンブルドアも、はた目には泰然としているように見えたが、内心では激しく動揺していたに違いない。

 

 加えて、自爆事件後に魔法省から戻ってきたダンブルドアが一気に10年ほど老け込んでいるようなありさまになっており、職員一同で驚愕した。

 

 きっと、みすみす二人を死なせてしまったことにショックを受けているのだろう、と職員一同の間で結論が出ていた。

 

 

 

 

 

 以上の状況は、セブルスもルシウスとの会食の際に、時々聞かされており、知っていた。

 

 この頃には、自分が予言を破壊してしまったという状況について、薄々とそうなのかもしれない、と自覚してきていた。10年以上経ってようやっと、この始末である。

 

 さて、長くなってしまったが、要するに、ダンブルドアは予言が失われ、ヴォルデモートを確実に倒す手段の喪失を憂いているようだった。

 

 だからと言って、彼があきらめるとは到底思えない。ジュニアことハリーJr.のことはばれてないにしても、何らかの手段を講じてくる可能性がある。(ハリーJr.は自分の出生について知らない)

 

 肝心のヴォルデモートは、予言が失われたことは知らないのだ。ヴォルデモートが知らないことを、ダンブルドアは逆手に取って動く可能性があるのだ。

 

 確実に、何か面倒が起きそうだと、セブルスは嫌な予感を感じずにはいられなかった。あるいは、彼の脳にある瞳がそう囁いてきたのか。

 

 案の定、入学式を1週間前に控えた、教職員の打ち合わせ期間にて、とある厄介ごとの片棒担ぎを依頼されたセブルスは、深い溜息をつくこととなった。

 

 本来の目的(分霊箱探し)がどんどん遠のいていくような気がするのは、セブルスの気のせいではあるまい。

 

 

 

 

 

 さて、入学式である。

 

 満天の星を透かす天井と、そのすぐ下に浮かぶ何千何百もの蝋燭の下、大広間にある教員席に座り、入場してきた大勢の新入生――真新しい制服をまとった一団を、セブルスは目を細めて眺めていた。

 

 全く懐かしい。自分もかつてはあそこにいたのだ。幼馴染のリリーもともに。

 

 例年通り、すでに寮ごとのテーブルに分かれている上級生に対し、別に入ってきた新入生は組み分け帽子での組み分けを受けて、選ばれた寮のテーブルへ向かう。

 

 若き日のルシウスに非常によく似ているドラコ=マルフォイ――ルシウスの息子は、即行でスリザリンに組み分けされていた。やはり血だな、とセブルスは思う。

 

 などと、彼がぼんやりと思っているうちに、組み分けは進んでいく。

 

 ハリー=メイソンJr.の番が来た。性格的には、乱暴ではあるが優しく家族思いの姉のヘザーの影響を大きく受けているようだ。負けん気の強いところはグリフィンドールだろうか?だが、手段を選ばない強かさはスリザリンらしいだろう。

 

 そうセブルスが思いながら見ていると、帽子はしばらくぼそぼそとジュニアと話し合った後、「スリザリン!」と叫んだ。

 

 なるほど。そういえば、ハリーも必要なら手を汚すのは厭わない狡猾さを持っていた。加えて、母親の方からも言われていれば、スリザリンにもなるだろう。

 

 ジュニアは満足げに帽子を脱いで、セブルスをちらりと見て小さく微笑んで見せると、そのままスリザリンの席に向かって歩いて行った。

 

 事前に、えこひいきはしないし、公私の区別はつけるので学校では先生と呼ぶように、自分もMr.メイソンと呼ぶと通達をしていたので、それでだろう。

 

 なお、ダンブルドアを始めとしたほかの教職員はジュニアには気が付いてないらしく、それよりも別の生徒に注目しているようだった。セブルスとしては、ジュニアにちょっかいを出さないなら勝手にやってくれ、というところだ。

 

 さて、そのまま順調に組み分けは進んで、無事終了した。セブルスの視点では、その他特段注目すべき事柄はなかったので、細かな描写は省かせていただく。

 

 そうして、組み分けが済んだところで、ダンブルドアが立ち上がり、新入生に祝福と歓迎の意を述べ、続いて新任教授の紹介に移る。

 

 「さて、歓迎の宴に入る前に、諸君らに新任の教授を紹介しておこう。前年まで在籍されていたスラグホーン教授が隠居されることになり、正式に教授になった、セブルス=スネイプ教授じゃ」

 

 立ち上がって優雅に胸に手を当てての一礼――“狩人の一礼”をするセブルスをよそに、ダンブルドアは彼のことを紹介する。

 

 「スネイプ教授はケンブリッジの魔法薬学部をスキップで卒業し、欧州魔法薬学連盟の名誉会員であり、脱狼薬の改良など、数々の新薬を学会に発表されておる優秀な魔法薬学者じゃ。授業では、魔法薬学を受け持つことになっておる。

 

 また、スリザリンの寮監も受け持つ。何か困ったこと、わからないことがあれば、いつでも教授を頼るように」

 

 なるほど、家柄や功績を重視するスリザリン生には有効な紹介方だ。

 

 内心感心するセブルス。ただし、注目を浴びるのは少々居心地が悪いと思った。

 

 自覚はしてなかったが、セブルスは非常に目立った。狩人として身につけた経験・貫禄、歴戦の戦士としての気迫、それらを身にまとい、生来持つ物静かな空気を融和させた彼は、もともとの端正な容姿と独特の狩装束が相まってどこか浮世離れした空気を纏うようになった。

 

 彼が座ったところで、代わって隣に用意されていた椅子に座っていたメアリーが立ち上がる。

 

 「メアリーじゃ。スネイプ教授の持ち物の人形ということじゃが、意思を持って動き、しゃべることができる。主にスネイプ教授の授業の補佐をするそうじゃから、教授同様に頼るように」

 

 「初めまして。ホグワーツの皆様。私は人形。セブルス様からはメアリーと呼ばれております。

 

 微力ながら、皆様の学業のお手伝いをさせていただきたく思います」

 

 スカートをつまんで一礼してから、淡々と、しかしゆったりと話すメアリーを、大勢が注目し、一部の新入生はひそひそと話している。やはり、メアリーのような人形は規格外なのだ。

 

 ダンブルドアにもしつこく出処を聞かれ、セブルスは大陸で手に入れた、元の工房や作り手については知らないとごり押した。

 

 まあ、精神汚染や命の危険迫る闇のアイテムではない。むしろ、とっても役に立つ、忠実な家人だ。それがわからないとは、哀れなことだ。

 

 そうして、メアリーが座ったところで、最後に頭に巻いた大きな紫のターバンがことさら目立つクィレル教授が立った。

 

 「今年度から『闇の魔術に対する防衛術』を受け持つことになったクィレル教授じゃ。教授はロンドン大学の禁忌魔術学部を優秀成績で卒業されておる、秀才じゃ」

 

 「よ、よろしく、お願いします」

 

 たどたどしく、そして奇妙な笑みを浮かべる彼(去年までマグル学の教授であったはず)に、セブルスは表情にこそ出さなかったが、懸念の視線を向けた。

 

 一つ鼻を鳴らし、セブルスは思う。この男、にんにく臭いが、ごくごくわずかに腐臭を感じる。去年にはなかったものだ。・・・確か、夏季休暇前に“闇の魔術に対する防衛術”を受け持つにあたって経験を積むべく、アルバニアに行くとか言っていたような気がする。それが原因だろうか?

 

 狩人の鼻を馬鹿にしてはいけない。血の臭いの中に、腐臭と冒涜、啓蒙を嗅ぎ取るのが、狩人なのだ。

 

 要注意人物と、脳内でリストに書き加え、セブルスは視線を前に戻した。

 

 しかしながら、クィレルは実に気の毒であった。

 

 鉤鼻ではあるが、整った顔にクールな雰囲気のセブルスと、美少女そのままの造形で動いてしゃべる人形のメアリー。

 

 インパクト抜群二人の後の変人(セブルスは見た目にはわからない)は、非常に気の毒である。

 

 案の定、大半の生徒はあいさつするクィレルを無視してセブルスとメアリーに好奇と情熱をまぜこぜにした視線を飛ばしている。

 

 「では、長々とすまなかったのう。食事にするとしよう!」

 

 ダンブルドアが大声で叫んだ。いつの間にか、目の前にある大皿が食べ物でいっぱいになっている。

 

 本日は歓迎の宴ということなので、味の濃い食事を我慢しなければ、と思いながら、セブルスは食べ物でいっぱいになった大皿に視線を落とした。

 

 上位者であれど、人間の中で暮らすならば、ある程度協調性は重んじるべきだろう。

 

 

 

 

 

 ずいぶん見られている。

 

 濃い味付けのマッシュポテトを食べながら、セブルスは思う。

 

 大方、新任教授が珍しいだけだろう。すぐに飽きるにちがいない。

 

 やはり濃い味付けは好きになれない。食事はエネルギー補給ではなく、娯楽に近いのだから、余計に好みの味を恋しく思う。

 

 とりあえず、自室に戻ったら、メアリーに紅茶と茶菓子を出してもらうとしよう。口直しがしたい。

 

 「あ、改めまして、す、スネイプ君・・・いいえ、スネイプ教授」

 

 話しかけてきたのは、クィレルである。ちなみに、彼はセブルスと在学期間が重なっていたことがある。ただし、寮も学年も違ったうえ、セブルスはスリザリンのいじめられっ子であったため、そういう人もいると一方的に見知られただけである。

 

 そして、例にもれず記憶に疎い上位者のセブルスは、クィレルを馬の骨扱いして、まったく覚えていなかった。

 

 「お、同じ教授職に就けるとは。そ、卒業する前に、学校からいなくなられたとか、どこに行ったのかとか噂に、なってたんですよ」

 

 どもりながら、おどおどと言ったクィレルに、セブルスは淡々と返した。

 

 「そうですか。どこぞで野垂れ死んでいるとでも吹聴されていたことでしょう」

 

 主にポとかシから始まるアホどもによって。

 

 「そ、そんなことは・・・」

 

 「どうでしたかな?ミネルバ」

 

 「・・・セブルス、こっちのポークチョップもおいしいですよ?」

 

 必死に話題をそらそうとしたマクゴナガルに、しかしセブルスは冷酷に事実を語る。

 

 「かまうことはありません。死ねだのよそ者だの消えろだの、よく言われて嘲笑われました。今更多少のことはへでもありませんな。

 

 さて、ホグワーツの学生諸君が、あれよりお手柔らかだとよいですな、クィレル教授」

 

 「セブルス、ここは大広間です!入学式の宴です!お願いですから、そんな新入生の希望を打ち壊すことを言わないでください!」

 

 必死にマクゴナガルが窘めようとしている。

 

 なお、マクゴナガルの懇願は全くの徒労に終わっている。なぜなら、セブルスは最初から教員席と生徒席を遮断するように耳塞ぎ呪文(マフリアート)で音の壁を作り上げていたからだ。

 

 別に生徒を気遣ったというわけではなく、その逆でスリザリン生たちに舐められる材料を与えたくないためだ。

 

 ただ、何を話しているかわからなくても、マクゴナガルが泣きそうな顔でセブルスに何か懇願しているのは、見える。

 

 「マクゴナガル様。糖蜜パイです。どうか落ち着いてください」

 

 「ああ、メアリー、あなたはいい子ですね・・・。あなたの主人はどうにかならないのですか?ホグワーツに在学していたころは、ここまでやさぐれてはなかったと思うのですが」

 

 「? どうにかとは、どういうことでしょう?

 

 私は、どのような方であっても、か・・・セブルス様を愛しております。

 

 被造物が、造物主を愛するのに、そのありようは関係ないのではないでしょうか」

 

 糖蜜パイの載った皿を受け取りながら涙ぐむマクゴナガルに、メアリーは淡々と答えた。

 

 やはり彼女は素晴らしい。手放せない、貴重な存在だ。

 

 忠実にして麗しくかわいらしい人形を内心で賛美しながら、セブルスは黙々と食事を続けた。

 

 すでに最初に話しかけてきたクィレルの存在はどうでもよくなっていた。

 

 「ふむ。メアリーや。お主には愛があるのじゃな。すばらしい。どうか、その愛でセブルスを支えてやるのじゃ」

 

 そして、メアリーの語る愛に鋭く反応した、愛語り大好きのダンブルドアによる愛の説法すら、スルーして見せた。

 

 「支える・・・?

 

 お言葉ですが、ダンブルドアさま。もとより私は、セブルス様を微力ながらお支えするための存在です。

 

 そこに、愛があろうとなかろうと、何一つ、変わりません」

 

 律義にメアリーが相手にしているのにはカチンときたが、セブルスは面にも出さずに、メアリーに糖蜜パイを取ってもらうべく、名前を呼んだ。

 

 なお、他の教職員も銘々好きなように食事したり、話し込んだりしており、涙ぐむマクゴナガルを非常に気の毒なものを見る目でチラチラ見ていた。

 

 ・・・マクゴナガルは、最近一気に白髪の数が増えてきたので、毛染めの魔法薬に手を出し始めたというのを、セブルスだけは気が付いていたが、何も言わなかった。

 

 彼女はどうして、ああも神経質なのだろうか?

 

 

 

 

 

 「エヘン。――全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、二言、三言、言いたいことがある」

 

 きれいにデザートまで食べ終えたころ、ダンブルドアが立ち上がり、広間を見回して言った。

 

 広間中が静まり返る中、ダンブルドアは話し出した。

 

 「新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。

 

 一年生に注意しておくが、校内にある森に入ってはいけません。

 

 これは上級生にも、何人かの生徒達に特に注意しておきます」

 

 ここでダンブルドアは、双子のウィーズリーを見た。

 

 「管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意がありました。

 

 今学期は二週目にクィディッチの予選があります。寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡してください。

 

 最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」

 

 『・・・』

 

 ごく少数の生徒が笑ったが、みんな大真面目に聞いていた。

 

 ギャグにしては詰まらないな、とセブルスは思う。

 

 “危険だから”ではなく、“とても痛い死に方”するからダメなどという奴があるか。

 

 その理屈だと、マゾな自殺志願者なら入ってよいという結論になる。

 

 そこにあるものを言わずにただ入るなとは、好奇心をくすぐる話でもある。

 

 他の生徒も多少は興味を示したのだろう、ひそひそという声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 これがヤーナムで、セブルスが何も知らない狩人であれば、愚かな好奇の導くままに、甘い秘密をむさぼりに行っていたところだ。

 

 ちょうど、“狩人の悪夢”を踏破して見せた時のように。

 

 あの道のりこそ、真にマゾな自殺志願者御用達だろう。セブルスも数えきれないほど遺志を落っことした。

 

 ごちゃまぜ廃墟群、死体廃棄場からの牢獄、実験棟、時計塔からの漁村。そして、各所に配置された獣と古狩人、とどめとばかりのゴースの遺子。

 

 まさか、あれ以上のハードコースをホグワーツに設置したつもりなのだろうか?(片棒担ぎをしたセブルス自身は、そうでもないつもりだが)

 

 いたいけな生徒の大勢いる学び舎に、そんなものを設置するなんて、廃校になったビルゲンワースでもなかったように思う。

 

 ダンブルドアの耄碌ぶりは、出奔してからさらに悪化したらしい。

 

 セブルスは、とうとう彼を気の毒に思い始めた。聖マンゴで認知症のリハビリを受けるべきかもしれない。

 

 

 

 

 

 「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」

 

 そんなセブルスの内心をよそに、存在意義を疑うメロディーがばらばらの校歌斉唱を終え、校長が言うや、生徒達は一斉に立ち上がった。

 

 各寮の一年生は監督生の案内で寮に向かう。寮の入り口は魔法で閉ざされており、専用の手順(グリフィンドールとスリザリンは合言葉制)で開くようになっている。

 

 スリザリンの入り口は地下だった。セブルスの在学時代から何一つ変わってない。

 

 談話室に立ったセブルスは改めて自己紹介とあいさつをし、何か質問はと尋ねた。

 

 「質問、よろしいですか?」

 

 「君は?」

 

 「6年生のフレデリック=ナウマン、監督生です。改めてお尋ねしますが、スネイプ教授は純血でいらっしゃいますか?」

 

 「質問に質問で返すのは愚かなことだが・・・それは私がスリザリンの寮監として認められていることを念頭に置いて考えての質問かね?」

 

 チロリとセブルスがナウマンを見やると、彼はビクッと肩を揺らして姿勢を正すと強張った声で答えた。

 

 「いいえ!愚問でした!大変失礼しました!」

 

 無理もない、と誰もが思った。

 

 何しろその質問を投げかけられるや、セブルスが纏う怜悧な気配が一層鋭くなったのだ。例えるなら、鞘にしまってある剣が引き抜かれるような気配であったのだ。平穏な世界しか知らない子供から見れば、そんな彼の空気の変化は十分怯えるに値するものであったのだ。

 

 もっとも、これでもセブルスにしては十分すぎるほど加減したそれだったのだが。

 

 「結構。他に質問は?」

 

 生徒たちを見回し、セブルスは挙手がないのを確認し、口を開く。

 

 「よろしい。それでは解散とする。皆疲れているだろうから、早急に休むように」

 

 そう言って、セブルスは漆黒のインバネスコートの裾を翻して談話室を後にした。

 

 とりあえず、舐められることは避けられたようだ。

 

 スリザリン寮の生徒たちは総じてプライドが高いから、一度力関係を認識させることができれば、後は掌握できるだろう。

 

 とはいえ、全てはこれからである。

 

 

 

 

 

続く

 




【ハリー=メイソンJr.の杖】

 ハリー=メイソンJr.が愛用する、長さ28センチの杖。

 不死鳥の羽に、ヤマナラシが用いられている。

 不死鳥フォークスの羽が入った柊の杖は、彼を選ばなかった。予言は破られ、生き残った男の子は失われた。

 しかしそれでも、戦いを運命づけられた彼に、ヤマナラシの木が応えたのだ。





 ハリー=メイソンJr.は、ジェームズ=ポッターとぱっと見あんまり似てなかったから、気が付かれなかったよ!他人の空似って思われたんじゃないかな!





 次回の投稿は来週!外伝「よもやま十年詰め合わせ」になります。

 実は、プリンス家とかアグラオフォティス関連の話はだいぶ短くなってしまったので、他の話も合わせて、小話集という形にします。お楽しみに!


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【インテルメッツォ1】よもやま10年詰め合わせ

 評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 それでは、外伝をやっていきます。

 ちなみに、カプリッチオと題されているのは、基本1話形式としていますが、インテルメッツォは小話集として区別をつけます。ご了承くださいませ。

 お品書きはこちら。

①[アグラオフォティスのあれこれについて]

②[プリンスの血統 ~貴族は辛いよ~]

③[貴族と作家 百合と狩人をはさんで]

以上、3本立てとなります。


 

[アグラオフォティスのあれこれについて]

 

 ※第1楽章6冒頭、メイソン宅の引っ越し終了後。

 

 

 

 

 

 その日は、セブルスはダイアゴン横丁の一角にある薬問屋を訪れていた。

 

 相も変わらず悪くなった卵と腐ったキャベツの入り混じったような悪臭のする店内を、セブルスは平然と進んでいた。

 

 この程度、血と獣臭に満ち満ちたヤーナムや、もっと風通しの悪い聖杯ダンジョン、錆による鉄臭と焦げ臭さも大量付随のサイレントヒルや、死臭の満ちた羽生蛇村の数倍、マシである。

 

 無理を言って注文していた品が届いたそうなので、取りに来たのだ。

 

 こんなもの何に使うんだい?と胡散臭そうな顔をしながら注文の品を差し出した店主に、セブルスは相場の倍額を支払い、店を後にした。

 

 この品の価値をわからないとは、哀れな男だ。あるいは、わからなくても支障はない=まともに生きて居られているということでもあるので、幸運であるのか。

 

 そう思いながら、セブルスは帰宅した。

 

 セブルスが手に入れたのは、デザートローズというアラビア砂漠でのみ自生する薬草である。無理を言って、鉢で一株丸ごと取り寄せてもらったのだ。

 

 通常、デザートローズというのはバラの花状の鉱物のことを指す。その複雑な形状から、多くのマグルの間で標本や観賞用として取引されているとのことだ。

 

 だが、魔法族の間でのデザートローズは全く違う。文字通り、砂漠に咲くバラなのだ。ただし、その存在は極めて希少であり、人工栽培に成功したものはほとんどいない。

 

 更には、これがきわめて強力な霊薬の材料となるなど、あまり知られておらず、魔法族の間でも観賞用として取引される始末である。

 

 その霊薬の名は、アグラオフォティス。

 

 邪悪を払う、神殺しの霊薬である。

 

 

 

 

 

 かつて、セブルスがハリーとともに訪れたサイレントヒルで、このアグラオフォティスを入手したカウフマンは、それを生誕したばかりの“神”に使い、大幅に弱体化させた。母体となったアレッサ自身の抵抗もあったのだろうが、この霊薬の効力も大きかった。

 

 そして、先日の騒動――教団からの襲撃があったことからもわかる通り、アレッサの転生体ともいえるシェリル――ヘザーもまた、神の因子を受け継いでしまっている可能性が高い。

 

 となれば、再び“神”が現れた時に備えてこの霊薬を手に入れておきたい、どうにかならないだろうか。そうセブルスに持ち掛けてきたのは、引っ越してから間もなくのハリーからの手紙だった。

 

 だが、ハリー=メイソンも、セブルス=スネイプも、両者ともにこの霊薬は持っていないのだ。

 

 正確には、ハリーは霊薬を一度は手に入れたが、操られたシビルという女性警官を助けるために使ってしまい、なくなってしまったのだ。辛うじてハリーが持ち歩いていた霊薬を入れていたボトルに、ほんの数滴残っているだけだった。とてもではないが、足りない。

 

 そこで、セブルスは魔法界の書籍――古い伝承や、魔法薬学の書物を漁り、どうにかアグラオフォティスの名前と、その原料、レシピを探りだした。だが、その大部分は失われ、手探り同然に作らなければならないらしい。

 

 面白い。

 

 魔法薬学者としての好奇心と探求心が疼く。邪払いの霊薬、神殺しの秘薬を、この手で再現する。

 

 それが、友人の助けにだってなる。

 

 挑戦しない理由の方がない。

 

 

 

 

 

 少々てこずりはしたが、どうにかアグラオフォティスは出来上がった。

 

 ハリーから分けてもらった、アグラオフォティス現物(数滴分)のと比べても、間違いはない。

 

 ただ、鉢植え一株のデザートローズから調合できたのは、ほんの少し――錠剤化呪文でさらに縮小したら、小ぶりなピンポン玉ほどになってしまったのだ。

 

 とはいえ、これで現状、セブルスができることはやり切った。あとはハリーの采配に託すだけだ。

 

 いつもの胡散臭い郵便配達員に、くれぐれも確実に、と念押しして、厳重に梱包したアグラオフォティス入りの小包を託す。

 

 魔法で封をしたそれは、名前を書き込む欄のところに、ハリーが直筆でサインをして、拇印を押せば開くという仕組みだ。サイレントヒルの七面倒な謎ときと比べれば、だいぶ優しいはずだ。

 

 出来れば、使う時が来なければいい。セブルスはひそかに、そう思う。

 

 

 

 

 

 それから数日後、ヘザーは父親からお守りと称されて、球状のロケットの付いたペンダントをもらい、首からさげることになる。

 

 

 

 

 

[プリンスの血統 ~貴族は辛いよ~]

 

 

 

 

 

 「無理です。どうかお引き取りを」

 

 「何を言うのだね!一体何が不満なんだ!もはやお前しかいないのだ!セブルス!」

 

 無表情で首を振るセブルスと、それに縋り付くように声を張り上げる品のいい老紳士を、二人が挟むテーブルの側面にあるソファに座る格好でいるルシウスは、己の斜め後ろに立つ男を蹴りつけてやりたい衝動をこらえながら眺めていた。

 

 まったく、余計な事をしてくれた、と。

 

 

 

 

 

 ルシウス=マルフォイは、聖28家にも名を連ねるマルフォイ家現当主であり、純血名家の大家として、他の寄り子たちをまとめる役――いわゆる寄り親も果たしている。

 

 魔法界の貴族制度は、聖28家、さらにその他純血名家各家、さらにさらにその他、という順でピラミッドを構築している。はっきりとそう階級わけされているというわけではないが、暗黙のルールという奴である。

 

 つまり、ルシウスは魔法界上層部の階級者として、下の者たちを束ねているのだ。

 

 そこには、死喰い人の活動にもともに従事したクラッブ家とゴイル家も含まれている。

 

 ちょうど息子と同い年の子息もいることだし、将来は息子を支えてくれるだろうという見通しで付き合わせているが、どうも彼らの家の子息たちはおつむの出来がよろしくないらしい。

 

 脳みそに回すべき栄養を、脂肪に回してしまった愚か者というべきだろうか。曲がりなりにも、寄り子であり、商売仲間でもあるので、あまりひどいことは言わないのだが。

 

 だが、子息はそうであろうと、親の方はもう少しまともだと、ルシウスは信じていた。・・・信じたかった。

 

 

 

 

 

 数か月前、ルシウスは懇意にしていた元死喰い人仲間のエイブリーから、ちょっとしたセブルスの醜聞を聞いてしまい、彼の名誉のために胸の内にしまい込もうと思っていたのだ。(エイブリーも実に気の毒そうにしていた)

 

 だが、それを知ってか知らずか(おそらく後者)、クラッブの当主がやらかした。

 

 プリンス家――セブルスの母の実家がセブルスを跡継ぎにすべく探し回っていると聞いた彼は、ルシウスに無断でセブルスの居場所を知らせてしまったのだ。

 

 純血名家たるプリンス家の後継ぎになれるのだ。これ以上ない名誉だろう!と鼻高々に報告してきた愚か者に、ルシウスはめまいがした。

 

 あとは大体お決まりだ。仲介のクラッブとその寄り親に当たるマルフォイ家の立会いの下、プリンス家現当主(つまりセブルスの祖父)と、セブルスの、感動の対面である。

 

 

 

 

 

 なお、ここまでの会話でプリンス家当主はホグワーツにも、セブルスの存在を探して、連絡を入れていたらしい。

 

 セブルスは聞いたことがない、知らないと一刀両断していた。

 

 誰が握りつぶしたかは、お察しである。

 

 ルシウスの中で(正確にはこの場にいた全員の中で)、髭狸爺に対する不信がまた一つ増えた瞬間でもあった。

 

 これはルシウス個人の邪推でしかないのだが、あの爺、純血貴族を撲滅したがっているに違いない。

 

 

 

 

 

 さて、孫と祖父の感動の対面が一通り終わったところで、さあ次期当主教育を受けてもらおうか!引っ越しとかいろいろ手続き要るよね!などとプリンス家当主が一人で盛り上がって話を進めようとしたところで、セブルスが言った。

 

 自分は名家の当主には不適格だから、他を当たってほしい、と。

 

 実際、ルシウスもあらかじめセブルスから依頼を受けていたこともあって、プリンスの血統を調べ、だいぶ遠縁とはなってしまうが、前当主の血筋を継ぐ子供が、マルフォイ傘下の孤児院にいると調べ上げている。

 

 そちらの子供の情報を渡し、養子縁組をそちらにしたらいい、と言ったのだが、プリンス家の当主は首を縦に振ろうとはしない。

 

 

 

 

 

 そうだろうな、とルシウスは思う。

 

 セブルスのホグワーツにおける成績はかなりのものだった。何とやらと紙一重のポッター&シリウスには今一歩及ばないが、魔法薬学のみの成績を見れば、ホグワーツでもトップクラスだ。

 

 ホグワーツは中退してしまったが、今でもケンブリッジの魔法薬学部をスキップ卒業、欧州魔法薬学連盟の一員に名を連ね、若くして一級魔法薬学者の資格を持つのだ。脱狼薬の改良、錠剤化魔法開発による技術革命の立役者でもあるのだ。

 

 その能力は十分魅力的だろう。

 

 加えて容姿である。

 

 彼は学生時代であれば、虐待のせいで痩せ気味で小汚く、髪はべとついて俯き猫背の、陰気な子供だった。

 

 だが、今はやや鉤鼻ではあるが、陰のある美丈夫で十分通用する。猫背は伸びて、サラサラの長い髪を背中でゆるくくくっている。加えて歯並びも変わっていた。矯正した割に妙に犬歯の目立つ、獣じみた歯並びだとひそかに思った。

 

 妻のナルシッサが一度今の彼を見た時に、彼女はこうこぼしていた。

 

 「驚くようなことかしら?元の素材はいいんだから、セブルスは。気づかない方がおかしいのよ」

 

 そしてこうも呟いていた。

 

 「自分のことにとことん無頓着という感じだったのに、何がきっかけでああなったのかしらね?

 

 ホグワーツで慕っていたマグル女は違うと思うけど」

 

 と。

 

 この手に事に関しては、存外女の方が鋭かったりするのだ。ルシウスは妻の貴重な意見を胸の内にとどめておいた。

 

 とにかく、中身も見た目も優秀ならば、ぜひとも後継に据えたいだろう。ルシウスが彼の立場でも、そうしていた。

 

 だが、ルシウスはマルフォイ家の当主だ。そして、純血名家の当主である。さらにさらに、セブルスの友人である。

 

 その3つの立場すべてが、それを反対すべきだとしている。

 

 何より、お互いのためにならないのだから。

 

 

 

 

 

 ひたすら沈黙せざるを得ないルシウスをよそに、セブルスを説得しようと、プリンス家の当主があれこれと話を持ち掛けている。

 

 アイリーンの忘れ形見!ずっと探していたんだ!老い先短い祖父にどうか慈悲を与えてくれ、という泣き落としもあれば、好きな人がいるなら釣り合う身分にもなるぞ!というなかなか魅力的な提案もしてくる。

 

 プリンスは魔法薬学で有名なので、専門の書籍も大量にある、それが君のものになる、という口説き文句にセブルスは少し心揺れたようだが、やはり平坦な口調で、お断りしますと答え続けている。

 

 それはそうだ。セブルスからしてみれば、一時の物欲に負けたら、後が恐ろしすぎることになるのだから。

 

 だが、セブルスの反論――半純血であることや、ホグワーツ中退であること、純粋なマグルの友人がおり、彼との交友を断つつもりがないことも、暖簾に腕押しでしかないらしい。

 

 完全に話は平行線に陥った――ように思われた。

 

 セブルスが、腹をくくったように、その言葉を口にするまでは。

 

 普段よりも眉間に激しく皺を寄せ、険しいまなざしをしながら、彼は口を開く。

 

 「わかりました。私が、プリンス家の当主を受けられない、本当の理由をお話しします」

 

 一息ついて、セブルスは、口を開いた。

 

 極東の国ジャパンでは昔、覚悟の度合いを示すために切腹――腹を切って見せたという。

 

 きっと、セブルスの言葉は、その腹を切るような覚悟が宿っていた。少なくとも、ルシウスにはそう感じられた。

 

 「私は、不能です」

 

 一拍の沈黙。

 

 プリンス家当主と背後のクラッブは言葉の意味を理解しかねたか、一瞬わけがわからないというような顔をした。

 

 ややあって、スン・・・とプリンス家当主は虚無顔になった。

 

 

 

 

 

 プリンス家当主が、遠縁にあたる子供の引き取りをマルフォイ家に申し出たのは、それから間もなくだった。

 

 セブルスのことは、なかったことにするつもりらしい。

 

 なお、クラッブは最後までわけがわかってない顔をしていた。何でこんな男が純血名家の当主をできるんだ。ルシウスは息子同士の交友をやめさせようか、一瞬本気で悩んだ。

 

 

 

 

 

 ルシウスは、知っていたのだ。

 

 道端でばったり再会したセブルスとエイブリーは、そのままお互い話し込み、男同士の社交場ということで、ノクターンの一角にあるパブもある高級娼館の門をくぐったそうだ。

 

 そこでセブルスは一等人気の娼婦に声をかけられ、うらやましがるエイブリーをよそに、嫌がる本人は娼婦に引きずられるように、部屋に向かった。

 

 ところが、それからしばらく、泣き腫らして目を真っ赤にしつつ、怒りで眉を吊り上げた娼婦が部屋から飛び出してきて、セブルスを散々に罵った。

 

 内訳は、あまりに品がないため、ソフトにさせていただくが、要はセブルスはどんなに娼婦が働きかけようと、やる気を出さなかった――出せなかったらしい。いたくプライドを傷つけられた娼婦は、散々に彼を罵った。

 

 つまるところ、中身も見た目もかなりのものであるはずのセブルスが、実は不能というとんだ欠陥が発覚したのだ。

 

 

 

 

 

 純血名家は、家の維持が第一である。すなわち、先祖代々の遺産や魔道具の保管、企業や荘園の管理なども大事だが、それ以上に血筋を残さなければならない。

 

 どんなに性格に難があろうと血が残せるならば、それだけでかなり許される部分があるのだ。要は、種馬にはなるからだ。

 

 逆を言えば、どんなに優秀でも血が残せないなら、それだけで欠陥品の烙印が押されるのだ。

 

 セブルスが不能であるというのは、男としても、純血名家当主としても、致命的だったのだ。

 

 

 

 

 

 こうなるから、プリンス家にセブルスのことを伝えなかったのだ。

 

 ルシウスはひそかにため息をついた。

 

 あと、クラッブはルシウスのお仕置き(呪い)でピョンピョン飛び跳ねながら帰宅することになった。

 

 ルシウスが、プリンスに黙秘していた理由を察しなかった馬鹿に付ける薬はない。

 

 

 

 

 

 なお、セブルスは好きで不能であるわけではない。

 

 正確には、彼にはまだ、その機能が備わっていないのだ。

 

 セブルスは、上位者である。人間の青年姿は、あくまでその姿を取っているだけに過ぎない。本性は、上位者の赤子なのだ。

 

 そう。上位者であっても、赤子なのだ。

 

 赤子に生殖機能などあるわけがない。

 

 なお、上位者が人間を孕ませられるかという疑問には、ヤーナム市民の女性たちが身をもって証明してくれた。娼婦アリアンナ、ヨセフカを名乗る偽医者、おまけで尼僧アデーラ*1

 

 ・・・当時まだ、ピュアだったセブルスの人間性に、ガリガリと鑿を突き立ててくれた女性たちでもある。

 

 オドンは、本当に節操がない。

 

 

 

 

 

 

[貴族と作家 百合と狩人をはさんで]

 

 

 

 

 

 ハリー=メイソンはガチゴチに緊張していた。

 

 ここまで緊張したのは、デビュー作を編集に見てもらった時以来だ。

 

 「まずは、礼を述べよう。Mr.メイソン。感謝する」

 

 「いいえ!こちらこそ、ご助力ありがとうございます!」

 

 ゆったりと、カウチ(メイソン宅にある安物だが、今はルシウス氏の魔法で豪奢にされている)に腰かけて足を組むルシウス=マルフォイを前に、ハリーは首を振った。

 

 リリーからの事前情報では、ガチガチの純血主義で、純マグルのハリーなど歯牙にもかけないようなお人だと思っていたのに、こうして訪ねてくるとは。

 

 先日の、怪物邸騒動の顛末についてだ。

 

 てっきり、手紙一つで済ませるかと思っていたのに、わざわざフクロウ便でアポを取ってから“姿くらまし”でこられたらしい。

 

 もちろん、ハリーはめちゃくちゃ驚いた。

 

 妻が留守だったのもあって(今日はジュニアとヘザーの授業参観だ)、ろくにお茶も出すことはできなかった(ハリーはアメリカ育ちの元アメリカ人だ。紅茶よりもコーヒー党なのだ)が、どうにかインスタントのコーヒーぐらいは出せた。

 

 もっとも、ルシウス氏は軽く眉をひそめただけで、一切カップには手を付けない。そうだろうな、とハリーも思ったので、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 ルシウス氏の話によると、あの夜は結構派手に魔法を使ったので、魔法省の役人たちが後始末に来たらしい。

 

 もっとも、その前にネバークラッカーを連れたメイソン一家も、マルフォイ一家も退散してたので、くぼ地の中の家の残骸を見つけただけで、空振りに終わったらしい。

 

 大方、質の悪い酔っ払いによる悪戯だろう、目撃もないようだし、マグル側でも事故として片づけられるだろう、と。

 

 まさかルシウス氏を始めとしたマルフォイ一家や、リリーやハリーたちメイソン一家、まして爆発する金槌を振り回すセブルスが関わっているとは思ってないだろう、と。

 

 

 

 

 

 聞き終えて、ハリーはほっとした。

 

 「わざわざのご連絡、ありがとうございます」

 

 丁寧に頭を下げたハリーに、しかしルシウスは真剣な表情を崩さなかった。

 

 というより、彼はこれが本題であったのだ。

 

 「・・・Mr.メイソン。君は何者だね?」

 

 「はい?」

 

 ハリーの問い返しに、ルシウスは改めて言った。

 

 「普通、あんなもの相手にすると魔法族でも逃げ出す。あれは、我々の常識内でも規格外だ」

 

 「え?そうなんですか?セブルスは平然としてましたから、てっきりそちらでは普通かと」

 

 「マグルではあれが普通なのかね!」

 

 「まさか。私はいろいろ毛色が違いまして。

 

 リリーとセブルスが口をそろえて言うには、私は度胸はある方らしいので」

 

 思わず顔を引きつらせるルシウスに、ハリーは苦笑して答えた。

 

 「私は、本当に怖いものを知っていますので。それに抗うためなら、多少の障害は何ということはない、ただそれだけですよ」

 

 「本当に怖いもの?」

 

 「娘・・・今はもう一人増えて、子供たちというべきですが、とにかく、あの子たちを失うこと、ですね」

 

 「血のつながりがないのに?」

 

 「それはそんなに大事なことですか?二人とも、私のかわいい子供たちです。そこに血は関係ありませんよ。

 

 すみません、あくまで私の勝手な価値観なんですが」

 

 困ったように笑うハリーに、ルシウス氏はぶぜんとした顔をしていた。

 

 魔法族全体の気風として、彼らは血を強く重んじる風潮がある。魔力は血に強く流れ、発揮されるからだ。

 

 ゆえに、血のつながらない子供を我が子として愛する、ハリーの在り方を今一つ理解できないのだ。

 

 しかし、そういうものか、とルシウス氏は流すことにした。

 

 息子の友人の父親であり、先日の騒動で助力をしてくれたからだ。

 

 ルシウス氏は、貸し借りははっきりと重んじる。商売でもそうだし、純血の誇りとしても、当然のことだと思っている。

 

 彼は自分に理解できないものは、自分にその在り方を強制してこない限り、こちらから干渉するということはしない。

 

 貴族というのは、時に鷹揚でもあらねばならないのだ。

 

 「それはそうと、ドラコ君はお元気ですか?」

 

 「・・・無論だ」

 

 「よかった。先日の騒動の後、ジュニアが少し落ち込んでいたので、彼も大丈夫かと思いまして。

 

 ジュニアが言うには・・・そうですね、貴族らしいけれど、先日の時はずいぶん助けられたと。それから、お父さんが大好きなのが同じだとも。

 

 優しいお子さんですね」

 

 にこにこと言ったハリーに、ルシウス氏は息子を褒められ、悪い気はしなかった。

 

 ゆえに、一つ忠告しておこう、と決めた。

 

 借りは返すのが、マルフォイだ。

 

 コホンっという咳払いは、断じて照れ隠しではない。

 

 「時に、ご子息の方の進学については、どのようにお考えかな?」

 

 「ジュニアですか?そうですね・・・実は、本人からの強い要望でホグワーツに行かせるということになりまして。ドラコ君と一緒がいい、と。

 

 妻からは猛反対があったのですが」

 

 「あなたは何も言わなかったのか?」

 

 「私は、正直、息子の意思を尊重してやりたい、と思いまして。

 

 確かに、妻と息子の事情は存じています。それを加味すれば、ホグワーツは危険でしょう。アメリカのイルヴァモーニーという学校への進学も考えたのですが・・・別の事情でアメリカも行きにくいので」

 

 苦笑するハリーに、ルシウス氏は眉をひそめる。

 

 彼の娘の事情だろうか?あの予知じみた直感は、いくらでも利用価値があるだろう。だが、どうも、それだけでもないような気がしないでもない。あくまで、ルシウス氏の予想でしかないのだが。

 

 とはいえ、そこが本題ではない。もっと重要な部分があるのだ。

 

 「では、ホグワーツ入学をするのであれば、ご子息の素性は隠したままでいることをお勧めしましょう」

 

 「もちろんです。闇の帝王でしたか?テロリストの頭領を倒した女性の息子が、生き残ってたなんて、不味いですよね。

 

 妻が逃げる原因を作った校長にまた目をつけられるかもしれませんし。

 

 ・・・それだけでもないのですね?」

 

 「ご子息の実父について、お伺いのようですな」

 

 「ええ。妻からは時折、聞かされております。

 

 悪戯好きで、子供のような方で・・・良くも悪くも残酷で、悪いことを悪いと認識すらできない、幼稚な人間であったと」

 

 ほう、とルシウス氏は少し感心したような声を出した。

 

 

 

 

 

 以前謝罪されたことといい、彼の妻であるリリーは、在学時よりも格段に視野が広くなったらしい。

 

 自身のかつての夫の所業を恥じ入って、客観的に見れるとは。さらには、相手は故人である。親しい相手であれば余計に悪く言いたくない、という思いが入るであろうに。

 

 ルシウス氏個人としては、ポッターの死んだドラ息子など、クソミソに貶してやって当然、というところがあるのだが。

 

 むしろ、この件についてセブルスが物静かすぎる方がおかしい、とすら思っている。

 

 セブルスは、世界一周(グランドツアー)から帰って来て、変わった。昔のことを、とっさに思い出せない時もあるようだし、何より在学時代のことを、どうでもいいと済ませるようなこともあるのだ。

 

 彼の妻である幼馴染の手前もあるのだろうから、セブルスは話してないかもしれないとうすうす思っていた。

 

 むしろ、リリーの方がそれを素直に話していたことの方が意外ですらあった。

 

 

 

 

 

 「では改めて、私の方から見た、ポッター氏の人柄と彼の在学中の所業について、いくつか話しておきましょう」

 

 出来るだけ、ルシウス氏は事実のみで話したつもりだ。

 

 ・・・なお、ルシウス氏はセブルスが退学を決意した一連の出来事については、さすがに彼の名誉を慮って、伏せた。(ホグワーツOB間の連絡網で、ルシウス氏も知っている)だが、一番の被害者はセブルスであるということだけは話した。

 

 「ご子息の素性を伏せるように、という理由はお分かりいただけてますな?」

 

 「・・・復讐を防ぐため、ですね?」

 

 難しい顔になったハリーに、ルシウス氏は頷いた。

 

 

 

 

 

 ジェームズ=ポッター、シリウス=ブラック、リーマス=ルーピン、ピーター=ペティグリュー。あの時期で、知らぬ者はいない、グリフィンドールの有名チームだ。

 

 いたずら仕掛け人(マローダーズ)と聞いて、不快にならないスリザリン生はいないだろう。

 

 確かに、スリザリン生にも悪いところはあっただろう。両親や親戚に影響されて、マグル生まれや半純血を見下していた者だっていたし、闇の魔術すれすれの危険な魔法に手を出して、生徒に実験がてらかけて回る者だっていた。

 

 だからと言って、何もしてない生徒まで、スリザリンだから、闇の魔法使いを大勢輩出した寮だから、と呪いをかけて回ったり、ひどい目に遭わせたりしていいのか。

 

 彼らにひどい目に遭わされたのは、何もセブルスだけではないのだ。しかも、まだやり返すこともあったセブルスはともかく、背後のポッターとブラック怖さに泣き寝入りした生徒もいたはずだ。

 

 正直、ルシウス氏は闇の帝王が手を下さずと、そのうち連中は誰かに復讐されていたに違いないだろう、と思っている。

 

 卒業後、騎士団に入らなければ、奴らはそろって魔法社会からつまはじきにされていた。(自覚があったかはさておいて)スリザリン生のOB・OGが、奴らの居所を許容しないのだ。奴らがこちらを闇の魔法使い呼ばわりしてつまはじきにするなら、こちらも奴らとよろしくしてやる義理も義務もないのだ。

 

 復讐は蜜より甘いのだから。

 

 

 

 

 

 実際、ルシウス氏も、もしハリー=メイソンJr.がハリー=ポッターとして育てられていたら絶対近寄るな、と息子に言い聞かせていたに違いない。ルシウス氏のみならず、スリザリン系の家庭では絶対そうしていたことだろう。

 

 とはいえ、ハリー=メイソンJr.として育てられたその少年は、温厚で礼儀もわきまえた中小家庭出身者としては好感の持てるものだった。見た目も、忌々しいジェームズ=ポッターをパッと見は想起しないのだ。セブルスが温厚に接することができるのも、納得である。

 

 ドラコの友人としては、身分的にはぎりぎりどうかというところはあるが、それは恩義とメリット・デメリット各種による補正込みで許容範囲だろう。

 

 

 

 

 

 「わかりました。大切なお話、ありがとうございます。胸に止めておきましょう」

 

 うなずいたハリーに、ルシウス氏も、そうしてくれと頷きを返した。

 

 

 

 

 

 マグルにしては珍しいこの男が、そのうち物書きであるという知識層の広さを生かして、ルシウス氏の外部アドバイザーじみたポジションに収まるのは、それから間もなくのこと。

 

 マグルのものを取り入れるとか、アーサー=ウィーズリーと一緒じゃないか?と嘲笑われたルシウス氏が、趣味と娯楽にしか生かせない無能者と一緒にするな!私は魔法界全体に利益を還元するのに使っている!と激怒するのも、それとほぼ同じころのこと。

 

 

 

 

 

続く

 

*1
尼僧アデーラはドロップアイテムのカレル文字からオドンにちょっかいを出されていたようだと判明します。




【補足解説】

 [アグラオフォティスのあれこれについて]

 アグラオフォティス自体は無印サイレントヒルに登場。大体は劇中語ったような感じです。アラビア砂漠云々はサイレントヒル3から、植物名は私の勝手な捏造です。魔法界なら、本気であるんじゃないかな、と。

 後のシリーズとの兼ね合いから、正史ではシビルさんは死んでしまい、ハリーは使われずに取っておいたアグラオフォティスをヘザーに持たせ、それがのちに彼女を救うことになります。

 つまり、シビルを助けると、ヘザーは救われないとなるので、そこのところを整合性を持たせたかったんです。

 本シリーズでヘザーの持っているお守りのアグラオフォティスは、セブルスさんお手製ですので、ご留意ください。





[プリンスの血統 ~貴族は辛いよ~]

 二次創作あるある、セブルスさんがプリンス家を継ぐ展開。

 この、後継者のセブルス=プリンスさんタイプの展開もかっこいいとは思うんですが、本シリーズの彼にはどうあがいても無理なんですよね。

 上位者で、不老不死。いくら魔法族が長寿と言えど、いつまでも若々しい姿っておかしい、と思われかねません。

 後継者を断ったのは、劇中理由よりこっちの方が圧倒的に大きいでしょうね。

 劇中理由は、もっと成長すれば解消できますんでね。(ただし、生まれてくる赤子が真っ当になるとは言ってない)

 なお、セブルスさんの不名誉はさすがに気の毒に思われたのか、エイブリーとルシウス、プリンス家当主によって秘匿されることになりました。クラッブにはルシウスがお仕置きついでに口止めしています。





[貴族と作家 百合と狩人をはさんで]

 時期としては、第2楽章2、ハロウィーンのモンスターハウス騒動の後日談となります。

 原作マルフォイ氏であったら、マグルなど、と一顧だにしないのでしょうし、本シリーズでもドラコの恩人と言えど、話し相手はもっぱらセブルスさんやリリーさんに限定されてました。

 それが、モンスターハウス騒動で、あのマグルヤベエな?ちょっとどんな奴か探り入れてみようかな?とマルフォイ氏も影響を受け、話し合いに転じた、というわけです。

 話してみたら、ちょっと魔法使い的には理解できない感じではあるけど、別に自分にそれを強要してくるわけでもないし、(それこそどこかの髭のように、愛だ愛だとか言いませんし)立場は弁えてるっぽいし、息子のこと褒められて悪い気はしませんでした。

 で、これが原因で、ハリーは魔法族側で取り入れられるマグル技術の窓口扱いされ、マルフォイ氏はそれで一儲け、という感じになります。

 マルフォイ家強化フラグと、ハリーJr.君の素性隠しのメリットについて、がこの話の本質ですかね?

 ・・・ハリー達子世代に確執残す大きな要因作ってるから、ジェームズさんは駄眼鏡呼ばわりされるんですよ。リリーさん的には改心したように見えても、学生時代に迷惑かけまくった方々に、謝罪してない時点でどうしようもないと思うんです。





 次回の投稿は・・・ゴールデンウィークで、ステイホーム中につき、明日!
 内容は、本編の続きです。スリザリン寮でのハリーJr.とドラコ、トラブルメーカーネビル君、ハロウィーンの惨劇inホグワーツ、という感じです。お楽しみに!


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【4】セブルス=スネイプの、ハロウィーン

 今年のゴールデンウィークは、ステイホーム!ということで、ここの所ほっ散らかしにしていたラノベと漫画と薄い本の整理に取り掛かりました。

 めちゃくちゃ処分したいものが見つかって、どうしましょうと頭抱えています。整理しようとしてさらに散らかす奴です。

 流石にそれだけだと気が狂うので、本編も更新しましょう、そうしましょう。

 というわけで本編の続きです。


 さて、新学期がスタートした。

 

 今まではともにいたスラグホーンがこなしていたことを、今度はセブルス一人でこなさなければならない。

 

 その一方で、セブルスはクィレルを怪しんでいた。

 

 ごくごくわずかな腐臭が、脳の奥の瞳を刺激してくるのだ。さて、彼はいったいどんな秘密を隠しているのか。秘匿は破られるものなのだ。

 

 なにしろ、ダンブルドア主催の例のあれは4階の立ち入り禁止の廊下の奥にある。あれを知っている者にとっては、喉から手が出るほど欲しいだろう。

 

 セブルスは・・・特に欲しいとは思わないが、手に入ったなら入ったで、実験に使いたいだろう。

 

 とにかく、セブルスは授業の合間を縫って、それとなくクィレルを見ていた。

 

 クィレルの方も隠しているようなのだが、時折セブルスに観察するような視線を向けてきているのだから。

 

 

 

 

 

 奴の視線は、セブルスにとってはあからさま過ぎた。

 

 隠すならもっとうまく隠せと言ってやりたい。

 

 その点、尼僧アデーラは上手く隠していた。

 

 オドン教会に避難してきた娼婦のアリアンナと話し、血を分けてもらったり、時々食事の差し入れとかもくれた・・・ところを、アデーラはじっと監視していたらしい。

 

 最初、セブルスはそれに気が付かず、ようやく気が付いた時には後の祭りだった。

 

 嫉妬に狂った彼女は、アリアンナを殺したナイフを片手に、セブルスをも殺そうと襲い掛かってきたのだ。

 

 そんなつもりは!と言い訳する機会すら与えてくれず、結局返り討ちにするしかなかった。

 

 あれ以降、彼女を教会に招いた後は、アリアンナとは距離を取るようになった。女って怖いと震撼する事件でもあった。

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 だが、クィレルにだけ意識を払っているわけにもいかない。

 

 今年のグリフィンドール生は、一段と問題児が入学してきたのだ。

 

 名前はネビル=ロングボトム。聖28家にも数えられる、純血名家の一員である。

 

 彼は、諸事情で片親がおらず、厳格な祖母の手によって教育を受けたためか(この辺りの事情をセブルスが知っているのにも理由があるが、またの機会とする)、非常に気弱な性格をしており、常にびくびくオドオドしている。

 

 で、息をするようにやらかした。

 

 最初の週の金曜日に行った初授業では、初歩中の初歩のおできを治す薬の調合中に、手順違いに気がついて声をかけたメアリーに驚いてミスを犯し、それによって彼女を溶かした。

 

 服と表面がドロドロに溶けて床に横たわるメアリーに、パニックを起こしたロングボトムはそのまま魔力暴走まで引き起こした。

 

 とっさにセブルスが盾の呪文(プロテゴ)でロングボトムを包み込むように魔力暴走を抑え込み、続いて失神呪文(スティーピファイ)で失神させ、医務室に運び込まなければ、飛び散りまくった失敗作のおできづくりの薬によって、全身おでき塗れになった生徒が、医務室の前に長蛇の列をなす羽目になっていたに違いない。

 

 下手をすれば――薬が目に入りでもすれば、魔法薬や治癒魔法でも治療不能の失明をしていた可能性だってあった。

 

 それでも、どうにか授業を終わらせた。やらかしたロングボトム以外の全員が、出来の違いはあれど、どうにか薬は提出できた。

 

 ロングボトムは後日補習を受けさせねばならない。何事も最初が肝心なのだ。これでトラウマでも持ってしまえば、これ以降の魔法薬学が大変になる。

 

 

 

 

 

 そうとも。最初が肝心だ。

 

 セブルスは、箒は苦手だ。高所自体はどうということはない。だが、初回の授業でのあれこれが完全に尾を引いてしまい、飛行訓練が終わってからは二度と箒には触らなくなった。

 

 ポッターとシリウスとフーチは、一度コントロールが完全に利かない暴走した箒に縛り付けられたまま、地面すれすれを大西洋までぶっ飛んでいけばいい。

 

 出来ない人間の気持ちがわからんから、あんなことができるのだ。

 

 

 

 

 

 話をロングボトムのことに戻す。

 

 セブルスの授業である魔法薬学以外にも、飛行術訓練では箒を暴走させ(ちょっかいをかけられたわけでもなく)、変身術ではマッチ棒を爆発させ、どうしたらそうなる、と言いたくなるほどのやらかしを見せた。

 

 そのうち落ち着いていくだろうと思いつつ、とりあえずセブルスはロングボトムを夕食後に呼び出した。

 

 いっそこちらが悪いことをしているような気分にさせられるほど、蒼褪めた顔をしたロングボトムが太っちょをカタカタ震わせながら、地下牢教室に入ってきたのを見て、「そんなにいやなら帰れ」と言いたくなったのを、セブルスはぐっとこらえた。

 

 『先輩、時々辛辣ですから、低学年相手にはせめて言わないようにしてあげてください。

 

 先輩の難しい顔で、それ言われたら泣く子がいてもおかしくないですよ』

 

 という、レギュラスのありがたい忠告が脳裏をよぎったせいでもある。

 

 今の自分は教師。加えて狩人は後輩には親切にするものだ。目の前の少年は後輩、自分の後輩、と自身に言い聞かせながら、セブルスは淡々とロングボトムに指導を行った。

 

 が、やはり震えて非常に危なっかしい手元だったので、材料の下ごしらえを始めさせる前に、セブルスは言った。

 

 「貴公、物事に挑む前には、まず深呼吸して落ち着くよう心掛けたまえ。

 

 焦りと恐怖は、手元を狂わせる最大の敵だ」

 

 「し、深こきゅ、ひ、ひーひーふー」

 

 それは別の呼吸法だとツッコミを入れたくなるのをぐっとこらえ、セブルスは一歩離れ、ロングボトムの視界に入らないようにする。

 

 そうして、時々声をかけながら――怒鳴らないように、忍耐が必要だった――マンツーマンで、おできを治す薬を再調合に挑んだのだ。震えながらも、しっかりした手つきで調合するロングボトム。今度は、山嵐の針も、ちゃんと鍋を火からおろしてから入れた。

 

 少々とろみは足りないが、なかなか上質な薬に仕上がった。

 

 やればできるではないか。

 

 「よろしい。もう帰って構わない」

 

 クリスタルビンに入ったそれを見て、セブルスは一つ頷いて言った。

 

 「え?それだけ、ですか?」

 

 「それだけだが?貴公は、ここに補習をしに来たのではないのかね?」

 

 「え?その・・・てっきり、罰則があるのかと」

 

 「・・・貴公、あのミスを故意でやったというのかね?」

 

 「いいえ!ちがいます!」

 

 首が取れんばかりにフルフルと左右に振るロングボトムに、セブルスはならばいいと頷いた。

 

 「で、でも、教授の大事なメアリーさんを、その、けが、させてしまって」

 

 「気にすることはない。

 

 ・・・貴公、この後時間はあるかね?」

 

 「え?えっと、はい」

 

 納得していない様子のロングボトムに声をかけると、彼は恐る恐るという様子で頷いた。

 

 「お茶でも飲んでいきたまえ。あれの菓子は、同居人も気に入っている」

 

 そう言って、セブルスは教授室へのドアを開けて、ロングボトムを招き入れた。

 

 「お疲れ様です。セブルス様」

 

 「メアリー。お茶の用意を頼む。菓子も何か適当に出してくれ」

 

 「はい。昨日焼き上げたバスクチーズケーキがありますので、そちらをお持ちします」

 

 「それは楽しみだ」

 

 「ホグワーツのオーブンは、家にあるものとは少々勝手が違いましたので、厨房のハウスエルフの皆様にもお手伝いいただきました。

 

 おかげでよいものができたと思います」

 

 淡々と答えるメアリーは簡易キッチンに立ち、お茶の準備を始めた。

 

 「何をしている?かけたまえ」

 

 「あ、えっと、も、もう、直したんですか?」

 

 メアリーの方を凝視しながら口をパクパクするロングボトムに、セブルスは軽く首を振って答えた。

 

 「『直した』ではない。彼女は魔法は使えないが、魔法のように元に戻る、それだけの話だ」

 

 正確には、魔法でできたものでもないし、どちらかといえば夢の一部だから元に戻っているというべきなのだろうが、セブルスはそう説明した。

 

 「よかったぁ・・・」

 

 ほっとしたような顔をするロングボトムは、切り分けたバスクチーズケーキの入った皿とフォークを持ってきたメアリーに、改めて頭を下げた。

 

 「あの!折角注意してくれたのに、失敗して怪我させてしまってごめんなさい」

 

 「気になさらないでください。私は人形。夜が明ければ夢は終わるように、私には怪我も痛みも無意味です」

 

 「でも、あなたを怪我させたことに変わりはありません!結果が大丈夫だったからって、僕のやったことが帳消しになるなんて、おかしいです!

 

 悪いことをしたらちゃんと謝らないとだめだって、ばあちゃんも言ってました。

 

 だから、本当に、ごめんなさい。

 

 スネイプ先生も、メアリーさんを怪我させてしまったことを、深くお詫びします」

 

 これにはむしろ、セブルスの方が絶句した。

 

 らしくもなく目を見開いて、まじまじとロングボトムを見やった。

 

 思っていた以上に、まともだったからだ。

 

 

 

 

 

 セブルスにとって、グリフィンドールといえばあの忌々しい4人が想起されるが、彼らは一度としてセブルスに謝ったことなどなかった。

 

 ダンブルドアでさえ、治療魔法や魔法薬で治ったから、結果オーライだよね!ともみ消しにかかってきた。

 

 つまり、セブルスは心のどこかで、連中は謝罪という高等技術を持ち合わせない、劣等種と思い込み、グリフィンドールそのものをそれと混同していたのだ。

 

 そこに所属しているもの個人には、関係ないというのに。

 

 リリーだって、グリフィンドールの出身であったというのに。いつの間にか、そのように思い込んでいた。

 

 これでは、闇の魔法使い=スリザリンという偏見をかぶせてきた、連中と何一つ大差ない。

 

 

 

 

 

 自分もまだまだ、啓蒙が低いらしい。

 

 「・・・わかった。謝罪を受け取ろう。

 

 次から気を付ければいい」

 

 「はい・・・!」

 

 ようやくほっとしたように、ロングボトムは力なく笑った。

 

 「どうぞ」

 

 メアリーが紅茶を入れ終えたところで、セブルスがチーズケーキに手を付けたのと一緒に、ロングボトムも恐る恐る切り分けたそれを口に運んだ。

 

 「! 美味しい!」

 

 「そうだろう。彼女は料理も掃除も、家事に分類されるものは尽く一級品だ」

 

 「ありがとうございます」

 

 どこか自慢げに言うセブルスに、淡々としながらも柔らかな声で言ったメアリーに、ロングボトムはようやく肩に入っていた力を完全に抜いた。

 

 頭に檻を被らされるとか、あの絶対零度の視線で、長時間嫌味を言われるとか、先輩たちに散々心配されていたが、ふたを開けてみればむしろ普通で、お茶までごちそうしてもらえた。

 

 ちょっと変わっているかもしれないけど、いい先生だ。入学してよかった。次の魔法薬学は、もう少し頑張ろう。

 

 紅茶を飲みながら、ロングボトムはこっそりとそう思った。

 

 「ロングボトム、貴公が何に怯えているか私にはわからんが、それはけして悪いことではない」

 

 ふいに、セブルスは口を開いた。

 

 気まぐれに近いが、今日は気分がいい。だから、親愛なる狩人の先人の言葉を聞かせようと思った。それだけだ。

 

 狩人狩りのアイリーンは、セブルスが尊敬する狩人の一人だ。すべてを同じまま言うわけにはいかないので、少々言い回しを拝借させてもらう。

 

 「失敗が恐ろしいかね?恐れなき者など、獣と大差ない。貴公らグリフィンドールが好む言い回しをするならば、恐れを知る者こそ、真に勇気を持てる、というところだろう。

 

 貴公、恐れを忘れず、戒めとして持ち続けたまえよ」

 

 「は、はい!」

 

 ロングボトムは大きく頷いた。

 

 臆病者の自分は、グリフィンドールにはふさわしくないと思っていた。けど、怖がってもいい。むしろ、それこそが勇気を持つことになるといわれるなんて。

 

 よくわからないが、励まされたのだろうと思い、ロングボトムはうなずいた。

 

 焦ることはない、自分なりに、頑張っていこう、と。

 

 

 

 

 

 それからしばらく後、何事もなく日々は過ぎた。

 

 相変わらずロングボトムはドジをしているようだが、最初の週のような大失敗はなく、こまごましたレベルに落ち着いてきている。

 

 セブルスからアドバイスされたとおり、何か物事に取り掛かる前には、まず深呼吸して落ち着こうとするようになったらしい。いい傾向だ。

 

 彼は、特に薬草学が得意らしく、休みの日は自主的にポモーナ=スプラウトの元に出向き、薬草畑の世話を手伝っているらしい。

 

 「本当にいい子ですよ!覚えもいいし、植物に対する思いやりもあります。この分野では、きっと大成するでしょう!」

 

 スプラウトはそうニコニコと言ってから、寂しげに視線を落とした。

 

 「・・・フランクも、薬草の世話が得意だったわ」

 

 

 

 

 

 フランク・・・フランク=ロングボトムは、ネビル=ロングボトムの父親の名前である。母親の方はアリスといい、二人とも純血魔法使いで、“不死鳥の騎士団”に所属していた。

 

 なぜ過去形で語るかと言えば、フランクが聖マンゴ治療院に入院しており、アリスはその介護のためにネビルとは別々に暮らしているからだ。

 

 実は、例の『予言』だが、条件に当てはまる子供がハリー=メイソンJr.以外にも、もう一人いた。それが、ネビル=ロングボトムだったのだ。

 

 結局、ヴォルデモートは己と同じ半純血のハリーJr.を宿敵と定め(ようとして)、純血であるネビルは選ばなかったわけだが、こちらもこちらで過酷――どころか、セブルスが助けに入ったメイソン母子とほぼ同等の、悲惨な目に遭っていた。

 

 ヴォルデモートの失踪・失脚後、彼の居場所を知っていると判断したらしい死喰い人の一派が、なぜかロングボトム夫妻を拷問しようとした。ネビルを連れたアリスを逃がすべく、フランクはその身を犠牲にした。捕らえられた彼は“磔の呪文”に加え、“開心術”の合わせ技に、他にも大小さまざまな呪いを総動員された結果・・・口に出すのもはばかられるような状態になってしまい、入院ということになってしまったらしいのだ。

 

 自分が逃げたから、と自責の念に駆られたアリスは、騎士団を脱退し、夫の介護に付き添うようになった。

 

 ロングボトムが祖母と暮らしているのは、そういう事情があるからなのだ。

 

 

 

 

 

 なお、セブルス本人はあずかり知らぬことではあるが、ロングボトムの補習後、彼のグリフィンドールに対する態度が少々軟化した――嫌味と辛らつレベルが若干下がったため、熱でもあるのかとひそかに噂になった。

 

 

 

 

 

 さて、少々遅くなったが、話をセブルスが気にかけるべき、二人の男子学生に移そう。

 

 スリザリンに所属するドラコ=マルフォイは、ハリー=メイソンJr.とよく一緒に行動している。

 

 気だるげで上から目線発言をするドラコは、普通の子供であればカチンとくるだろうが、最初に貴族の子供と分かったため、そんなものか、と納得されたのもある。父親の菩薩級寛容さは、ハリーJr.にも無事引き継がれたらしい。

 

 怪物邸の騒動の際、友誼を深めあったのも大きかった。

 

 そうして、二人の子供たちがお互いの父親自慢をきっかけに、さらには怪物邸の騒動を経てから、立場を超えた親友となるのは、それからほどなくのことだ。セブルス=スネイプという共通の知人にして頼れる大人がいたのも大きかった。

 

 スリザリンの中で、ハリーJr.はマグル出身の上マグルの片親を持つと、最初こそ冷たい目で見られたが、すぐさまその評価は撤回されることになった。

 

 彼がその細身の見た目とは裏腹に、敵に回すとヤベエマルフォイのボディーガード(実際、クラッブやゴイルの見掛け倒し以上に強い。父親から教わった体術に、黄金の右足もある)扱いされるようになったので、孤立だけはせずに済んでいた。

 

 というのも、廊下でウィーズリーの六男のロナルドが、大声でドラコの父親のことを闇の魔法使いで刑罰から逃げた卑怯者だと罵倒しているのを聞きつけたハリーJr.が怒って、彼を敵認定して言い返した。

 

 挙句、その場で取っ組み合いの大げんかをやらかし、ろくに呪文も使えない杖をロナルドが振り上げるより早く、その腕から杖を叩き落として、黄金の右足で蹴飛ばしてノックアウトした。教授陣や監督生が見咎めるよりも早い、見事な手管であった。

 

 君、ドラコのお父さんと直接話したの?よく知りもしないのに、よくもそんなこと言えたもんだね!と嫌悪感たっぷりに吐き捨てたハリーJr.は、ロナルドを敵認定したに違いない。

 

 家族大好き、父さんを尊敬する者同士の友人を馬鹿にする相手に、彼は容赦はしない。

 

 正史と言える世界線とはえらい違いである。

 

 

 

 

 

 さて、話を現在に戻す。

 

 朝早くから校内に漂う胸焼けするほどの甘ったるい香りに、セブルスは眉をひそめた。

 

 ハロウィーンである。

 

 幼少の欠食期であれば、甘いものがこんなにたくさん!と目を輝かせられたが、今は食事は娯楽同然なので、甘すぎるのは遠慮したいところである。

 

 とはいえ、郷に入りては何とやら。

 

 セブルスはスリザリンの寮監でもあるので、ハロウィーンのパーティーは参加せざるを得ない。娯楽に忍耐を要するなんて、面倒で仕方ない。

 

 いっそ、誰か適当な人間にポリジュースでも飲ませて、影武者に仕立て上げてやろうか。

 

 防犯上、無理だと即行で気が付いて舌打ちする。ついでに、セブルスは上位者で人間の姿は仮の姿同然なので、ポリジュース薬など作ろうものなら、飲んだ相手が発狂しかねない。

 

 去年は、途中からうんざりした。今回は、適当なところで切り上げさせてもらおうか。

 

 などと思いながら、セブルスは本日にもある授業をこなすべく、地下牢教室の準備を整えた。

 

 

 

 

 

 授業後の片づけを終えたセブルスは廊下を歩いていた。すでにパーティーは始まっていることだろう。

 

 あの双子が、またしてもやらかしてくれた。授業妨害こそしなかったが、悪戯グッズで廊下にどでかいカボチャと「Happy Halloween!」などと落書きしているところに出くわせば、減点・・・は、ハロウィーンにかこつけて大目に見ても、罰則は禁じ得ない。

 

 烈火のごとく怒るフィルチになだめを入れ、誰かが怪我したり不快になったわけでもないから、明日には自分たちで消すことを条件に、いつものメンシスの檻で手を打つことにした。(大体罰則期間が明ける前に次のいたずらをするので、メンシスの檻が被りっぱなしのような状態になってしまっているのだ)

 

 「ありがとうございます!教授!」

 

 「教授は話が分かりますね!」

 

 「・・・貴公ら、いたずら仕掛け人を自称するなら、その名を持った先代の所業を調べてからにしたまえ。

 

 貴公らがいたずらと称し、スリザリン生に一方的な攻撃を仕掛けようものなら容赦はせん」

 

 「そんなことしませんよ?!」

 

 「俺たちは、みんなを笑顔にする悪戯をするんですから!まあ、見といてくださいよ!

 

 行こうぜ!フレッド!」

 

 「おうよ、兄弟!」

 

 元気よく駆け出していく双子。なお、その頭にはすでに馴染んだ縦長の円筒形の檻がのっかっている。

 

 最初の頃こそ、他の教授陣も仰天していたが、最近はまたか、という感じになった(なお、その瞳は獣のごとく蕩けている)。順応性が高まってきたのだろう。いいことだ。

 

 

 

 

 

 とにかく、双子に時間を取られ、少々遅くなってしまった。

 

 急ぎ、パーティー会場の大広間に向かおうとしたところで、セブルスはふと足を止め、スンと鼻を鳴らした。

 

 ごくごくわずかだが、空気に悪臭が混じっている。何年も洗ってない、家畜じみた悪臭だ。

 

 ハロウィーンはパーティーで皆、浮足立っている。なるほど、4階の例の場所に行くにはうってつけだろう。

 

 この臭いから察して、おそらくはトロールあたりをおとりとして、校内に解き放ったか。面倒なことをしてくれる。

 

 さて、どうするか。

 

 逡巡したのは一瞬で、次の瞬間セブルスは肖像画の目の届かないところに移動してから青い秘薬を飲み干すと、高速移動呪文を発動して、矢のように4階めがけて駆け出した。

 

 魔法で空中に瞬間的に足場を設置する魔法(こちらもセブルスのオリジナルだ。ヤーナムは割と縦横に入り組んだ複雑な街構造をしていたため、少しでも移動範囲を広げようと編み出した)も使って、階段をもスキップし、あっという間に4階の立ち入り禁止の廊下前にたどり着く。

 

 本格的な進入路は、施錠魔法で閉ざされているが、こんなものは開錠呪文(アロホモーラ)一つであっさり開かれるだろう。

 

 その先に続く、トラップの内訳も・・・他の教師の分は知らないが、セブルスのは少し複雑にしてある。

 

 ダンブルドアからは万が一にも迷い込んだ生徒が傷つくといけないから、時間稼ぎレベルくらいでいいよ!と言われていた(なぜそんな難易度?)が、そんな生易しいものを用意してやる気はさらさらなく、2段構えで手厳しいもの(自分やハリー=メイソンならば大丈夫だ)を用意した。だが、かなうならばそこに到達させないのが一番だ。

 

 自分でもそうなのだから、きっと他の教授陣も同じくらいのものを用意しているに違いない。

 

 守らせている内訳を想えば、当然だろう。

 

 さて、ここに侵入させないためには。

 

 ふむ、と腕組みをほどいて、セブルスは懐に手を突っ込み、アイテムを漁りだした。

 

 

 

 

 

 用意を終えて、セブルスは続いて再び高速移動呪文で、廊下を突っ切っていく。

 

 4階の対処は終えたので、次は侵入してきたトロールをどうにかすべきだろう。

 

 というよりも、ここ最近大人しくし過ぎてて、ストレスがたまり切っていた。臨時で合法的に暴れていいなど、何と素晴らしいのだ。

 

 ニタァッとセブルスの口元が愉悦にゆがむ。

 

 もし、その笑みをフェンリール=グレイバックが見ようものなら、怯え切って背を丸めた挙句、トロールに対して憐れみさえ覚えたことだろう。

 

 こんな男のいる場所に放り込まれた、哀れで愚鈍な魔法生物に。

 

 

 

 

 

 棍棒を引きずって歩いていたトロールは、豚鼻をフゴフゴ言わせながら、いい匂いのする方向に向かっていた。

 

 頭がよくない代わりに、頑丈で三大欲求に忠実なこの魔法生物は、とにかくその時は食欲に従順で、そのいい匂いのところになら食べ物があるだろうと思ったからだ。

 

 だが、不意にトロールは足を止めた。何か硬いものが頭部に命中したからだ。

 

 何だ?

 

 誰かが攻撃して来たか。生意気な。

 

 のっそりとトロールが振り向いた。直後、その目に何かが刺さった。

 

 激痛にトロールが吼える。それは、スローイングナイフ・・・ヤーナムでは、道端にも転がっているいわゆる投げナイフだ。刺突に特化し投擲にも優れたそれは、もっぱら陽動に用いられている。

 

 だが、獣の膂力と耐久力の前に、陽動にしか使えないというだけにすぎず、当たり所が悪ければ十分な凶器となる。

 

 ちょうど、トロールの右目を潰せた、今のように。

 

 たたらを踏んで後ずさるトロールの足元に、踏み込んできた一つの影。

 

 インバネスコートと呼ばれる独特のコートに、枯れ羽帽子と長い黒髪をなびかせ、彼は両手に持っていたそれを振りかぶった。

 

 ギャインギャインという空気をひっかく凶悪な駆動音は、回転ノコギリと呼ばれる仕掛け武器のものだ。

 

 鎚鉾の先端についた、円盤状のノコギリは、狩工房の異端“火薬庫”の驚異の技術力によって、恐るべき速度で回転し続け、獣の肉と皮と刻みとっていくのだ。

 

 火花すら散らし、空気に焦げ臭さを残しながら振り抜かれたそれは、次の瞬間、トロールの右足首の皮と骨・・・どころか、神経と骨も恐るべき速度で削り、抉るように切断した。

 

 屠殺される豚のような悲鳴を上げて、トロールは倒れこんだ。

 

 棍棒は手を離れ、彼の哀れな右足首は、なおもぎゃんぎゃんと奇妙に吠えたてる回転ノコギリの持ち主が、ぐしゃりと踏みつぶし、バラバラの肉と骨片に変える。

 

 飛び散った血をしとどに浴びながら、それは笑った。

 

 笑った。笑ったのだ。おかしい。大きくて強いはずの自分を、それは変な道具で足を切って来て、笑ってきた!

 

 小さいくせに!小さくて黒い、変な奴のくせに!

 

 どうにか、トロールは抵抗しようとした。

 

 棍棒を拾って、それを杖にして立ち上がり、壁に掴まれば、こんな小さいの、すぐにつぶせる!

 

 だが、手を伸ばそうとしたトロールの右手に、激痛が走る。

 

 トロールは知らない。それは、獣狩りの散弾銃と呼ばれる銃器で、銃身に詰められた骨髄の灰が、散弾の威力を大幅に強化させたのだ。

 

 今や、トロールの右手は、肉に食い込んだ細かな散弾のせいでズタズタだった。動かすこともままならず、激痛にトロールはたまらず転げ回った。

 

 「その鼻の形を見ればわかる。豚か。豚だな?豚は死ね。許さん。絶対に。一片の慈悲もなく、死ね。さっさと死ね」

 

 小さいのが何か言っている。

 

 違う!自分は豚じゃない!

 

 トロールはそう言ってやりたかったが、それよりも早く、再び振りかぶられた回転ノコギリが、左足を、否、足元から自分をバラバラにしていく。

 

 脳天をつんざくような凄まじい激痛と恐怖に、トロールのちっぽけな脳みそはあっという間に屈した。

 

 いやだ!助けてくれ!どうしてこんなことに!

 

 必死にトロールは藻掻いて叫んで助けを求めた。

 

 黒くて小さな、悪魔のような、奈落の底のような空気を持っている何かから逃れようとした。

 

 「貴様のような汚らしい血でも、遺志は我が力となる。せめて有効活用してやろう。わかったらさっさとくたばれ」

 

 何を言われたかわからなかったが、凄まじい激痛は唐突に止んだ。ギャリギャリという耳障りな音も聞こえなくなり、トロールはやっと終わったとだけ思った。

 

 それっきり、何も考えなかった。

 

 

 

 

 

続く

 




【トロールのこん棒】

 ホグワーツ魔法魔術学校に侵入してきたトロールが持って居たこん棒。頑丈な樫の木を削りだし、持ち手に獣の皮が巻かれてすべり止めになっている。

 大きさもさることながら、重量もかなりのもので、扱うにはかなりの筋力が要求される。

 知能の低いトロールたちにとって、刃物を扱うということでもかなりの高等技術である。そこで彼らは鈍器を好んだ。叩いて潰せば、どんな相手も言うことをきくからだ。




 ちなみに、最初セブルスさんは石ころを投げてトロールの足を留めさせました。

 今更だけど、ハリーJr.はグリフィンドールじゃないから、シーカーの選出は免れてるよ!

 そもそも、飛行訓練の時の思い出し玉事件は、ドラコが拾った思い出し玉を、ハリーJr.が、「拾ってあげたんだ!ドラコ気が利くね!」と一声かけて、そのままハーマイオニーに「後で渡してあげてね!」と渡しました。

 箒でアクロバティックキャッチなんてやらかしてません。




 次回の投稿は、明日!本編を更新します!アンケートでお尋ねした外伝は全部やりましたのでね。しばらくは本編を更新していきます。

 内容は、ハーマイオニーとハリーJr.とドラコの話、クリスマスを経て、ドラゴンの卵騒動の始まりをやりますよ!お楽しみに!

 書きたいところだけやっていきますのでね。あれどうなってるの?とかはまた、おいおいやっていきます。


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【5】セブルス=スネイプと、ドラゴンの卵

 前回、ロンのフルネームを勘違いしておりました。ロナ「ウ」ドじゃなくて、ロナ「ル」ドでしたね。すみません。ご指摘ありがとうございました。



 一日近くかけて、読み物の整理と処分は終わりました。読み物系は。

 まだ衣服とか、他の収納の片づけができておりませぬ!クソが!

 で、連投ってどういう感じにしていこうかと思いましたが、どうせならキリのいいところまでやろうか、とドラゴンの卵騒動が片付くところまでやります。

 というわけで、続きです。


 2021.05.06.追記

 ハーマイオニーの敬称について意見をいただきましたので、原作に沿ってMiss表記とします。


 

 その惨状を最初に発見したのは、同級生への暴言を反省しているロナルド=ウィーズリー・・・ではなく、ハリー=メイソンJr.とドラコ=マルフォイだった。

 

 おそらくやっかみ半分があったのだろうが、女の子に向かって悪夢のような奴!なんて言うか?と呆れるハリーJr.に、これだからウィーズリーは、と軽蔑をあらわにするドラコ。二人は、それを聞いたハーマイオニーが泣いて走っていくのを横目で見ていた。

 

 確かに、押しつけがましいところがあって、あまり好ましくは思えないが、だからといってあの言い方はないだろう、と盛大に呆れた。

 

 とはいえ、寮が違うし、あまり親しくないので、さほど気にかけることもあるまい、グリフィンドールならグリフィンドールで解決すればいいと、ハーマイオニーがトイレで泣いていると聞いても、彼らは能天気にそう思っていた。

 

 そうも言ってられなくなったのは、パーティー会場に飛び込んできたクィレルの言葉のためだ。彼がトロールの侵入を告げてきたとき、真っ先にここにいないハーマイオニー=グレンジャーのことを思い浮かべたのはハリーJr.の方が先だった。

 

 避難し始めているほかのみんなならともかく、ハーマイオニーは知らないのでは?彼女の身に、何かあったら!

 

 本当は、誰かにハーマイオニーのことを言うべきだった。先生でも、誰か監督生でもいい、誰かに知らせるべきだった。

 

 それでも、ハリーJr.は動いたし、ドラコはグリフィンドールなんて放っておけばいい!と口では言いつつもそのあとに続いた。ハリーJr.は、“生き残った男の子”というわけでもないのに、お節介焼きが災いしてかトラブルメーカーだった。

 

 寮へ向かう他の同級生たちをよそに、二人はこっそり抜け出し、ハーマイオニーがいるという女子トイレに向かった。

 

 そして、そこで見つけてしまった惨状。

 

 赤、ピンク、赤、白、赤、黄色、赤、紅、緋。とにかく、赤でない部分を探すのが難しいほどの、ほぼ一面の赤い海が、廊下を彩っていた。

 

 ところどころに散らばっているのは、肉片だろうか?あるいは骨?何らかの臓器?とにかく、そのようなものもある。ほぼ原形をとどめず、ミンチよりもひでえ、というようなありさまだった。

 

 辛うじて残っている血まみれのこん棒が、その原型が何だったかを物語っている。

 

 一拍茫然とした彼らの鼻を、次の瞬間凄まじいまでの生臭さと鉄さびにも似た臭い――血の臭いが駆け巡った。

 

 たまらず、ドラコはその場にかがみこみ、嘔吐した。ハリーJr.も口元を押さえ、顔をそむけた。どうにか堪えたのは、父親による英才教育の賜物だろう。

 

 カボチャジュースや、パンプキンパイを始めとしたハロウィンのごちそうを戻したが、それでも彼らは必死に女子トイレに向かった。

 

 現実逃避があったかもしれない。

 

 それでも、まさかハーマイオニーまで何かありはしなかったかと、不安でたまらなくなったのだ。彼女の無事を確かめなくては。

 

 そんな思い一つで、這うようなドラコと、それを支えるハリーJr.は女子トイレに入り、個室の扉を開け、中でガチガチと歯を鳴らして耳を塞ぎ、滂沱の涙を流しているハーマイオニーの無事を確認した。

 

 「グレンジャー・・・大丈夫?」

 

 「うっぷ、無事だろうな・・・」

 

 「ああああああっ!メイソン!マルフォイ!こ、ころ、殺されるかと思ったわ!!」

 

 ほっとして笑うハリーJr.と、ゲロ塗れながら力なく笑って言ったドラコの二人に、ハーマイオニーは、かまわず抱き着いた。

 

 その拍子に、二人は後ろにしりもちをつくように座り込み、おそらくトロールの断末魔を聞かされたであろう、泣きじゃくる同級生を慰めようと、ぎこちなくその背を撫でた。

 

 物言いは腹立つ女の子だけど、無事でよかった。

 

 こっそり視線を交わした二人はそう思った。

 

 

 

 

 

 ハーマイオニーの泣きじゃくるような叫びに、トロールを探し回っていた教職員らが気が付いたのか、駆け付けてきた。

 

 もっとも、常軌を逸した廊下の惨状に大半が足を止め、マクゴナガルだけが、女子トイレで抱き合って座り込む三人を見つけてくれた。

 

 「これはどういうことですか!!

 

 ハリー=メイソンJr.!ドラコ=マルフォイ!ハーマイオニー=グレンジャー!何があったのです!!どうしてここにいるんです!!」

 

 「ぼ、僕らは、その」

 

 ドラコは口元をモゴつかせたが、それよりも早く、ハーマイオニーが立ち上がり、涙をぬぐってしゃくりあげながら言った。

 

 「二人は、私を探しに来てくれたんですっ。わ、私、トロールをやっつけようと思ってっ。

 

 本で読んだから、きっとできると思ってっ」

 

 「まあ・・・そうなのですか?」

 

 「違うっ!いや、違います!」

 

 呆れた顔をしたマクゴナガルに、ドラコはとっさに声を張り上げた。

 

 ハーマイオニーはかばってくれようとしたけど、ドラコは我慢ならなかった。助けに行った自分たちが、よりにもよって泣き虫の出しゃばり女にかばわれるなんて。

 

 「グレンジャーがトイレにいるというのを耳にしまして。トロールのことを、知らないだろうと思って。言い出したのはハリーですが、その・・・」

 

 「心配だったんだよね。ドラコも。素直じゃないんだからさ」

 

 「う、うるさい!」

 

 ニヤニヤ笑うハリーに、つっけんどんに言ってドラコはハーマイオニーを見やった。

 

 「おい、ウィーズリーなんか真面目に相手するな。確かに君の物言いにはどうかと思うことはあるが・・・その・・・」

 

 「グレンジャーは勉強できるからね。嫉妬だよ、嫉妬。できない奴のひがみだよ。元気出しなって!

 

 でも、物言いでドラコは人のこと言えないんじゃない?」

 

 「お前もな!まったく!」

 

 ツンとそっぽを向くドラコと、くすくす笑うハリーJr.に、ハーマイオニーはやがて頬を緩めた。

 

 「助けに来てくれてありがとう、二人とも」

 

 そんな三人のやり取りに毒気を抜かれたのか、マクゴナガルは深いため息をついた。

 

 本当の事情を察したのだ。

 

 「いいでしょう。お互いの友人思いに免じて、減点はなしにします。

 

 あなたたちに怪我がなくて本当によかった・・・」

 

 最後にほっとした様子でそう言って、マクゴナガルは無言で杖を一振りした。

 

 途端に、嘔吐物で汚れていた三人の服は新品のようにきれいになる。

 

 「酷なことをきくようですが、あなたたち、外で何があったか、わかりませんか?」

 

 「わかりません。ボクたちが来た時には、その、すでに、あんな状態で」

 

 「私、私は、ずっとトイレの中にいました。悲鳴は聞きました。トロールのだと思います。あと、何か、金属がすりあわされるような・・・変な音は聞きました。

 

 ギャリギャリというか・・・すごく耳障りな音でした。

 

 それより、トロールの悲鳴の方がずっと怖くて、動けませんでした。

 

 トロールよりも恐ろしい、怪物がいるみたいで・・・!」

 

 答えることもできずに真っ青になったドラコに対し、ハリーJr.は少し顔色を悪くしたがすぐに首を振った。そして、音声のみとはいえ惨状を聞いてしまったらしいハーマイオニーは、哀れなほど蒼褪めた。

 

 「わかりました。Mr.メイソン、Mr.マルフォイとMissグレンジャーを医務室へ。二人は少し、落ち着く必要があります」

 

 「わかりました。行こう、グレンジャー」

 

 「私、別に病気じゃ!」

 

 「意地を張るな。マダム・ポンフリーに見てもらったら、すぐに戻ればいい。

 

 僕は酔い止めの薬が欲しい」

 

 「そうですよ、Missグレンジャー。落ち着いたら、寮の談話室に戻りなさい。そこでパーティーの続きをやっているはずですから」

 

 優しく言ったマクゴナガルと、手を引いて歩きだしたハリーJr.に、ハーマイオニーは少々不満そうにしながらもおとなしく手を引かれ、いまだに気分悪そうなドラコがそのあとに続く。

 

 トイレを出て行く三人は、かたくなに血の海からは顔を背けて、見ないようにした。

 

 マグル換算でプライマリーの高学年ほどの年齢しかない三人に、R-18Gの残虐描写光景は、どぎつすぎる。

 

 ひょっとしたら、当分魘されることになるかもしれない。マクゴナガルでさえそうなのだ。あまりひどいようなら、睡眠薬の処方や忘却術の使用も視野に入れようと、彼女はひそかに思った。

 

 駆けつけた他の教授方は、現場を検分しようとしていたが、いかんせん魔法族であろうとめったに見ない残虐現場に、全員が固まってしまっていた。

 

 否、嘔吐したり失神したりして、ことごとく使い物にならない状態になっている。

 

 マクゴナガル自身も貧血で頭がふらついたが、生徒を案じる一心で平静を装っていたにすぎない。

 

 

 

 

 

 「何事ですかな?」

 

 「セブルス!どこにいたのです!」

 

 「少々気にかかることがありましてな」

 

 悠々と現れたセブルスにマクゴナガルが声を張り上げるが、セブルスの担いだものを認識するや、顔をこわばらせて絶句する。

 

 今日だけで何度こんな気分になるのだろうか。

 

 せっかくのハロウィーンが、何という有様なのだ。(元々は死者をお迎えする、ケルトの行事なのだが)

 

 セブルスが肩に担いでいたのは、あちこち焦げたクィレルだった。気絶しているらしい。

 

 「クィリナス?」

 

 「例の立ち入り禁止の廊下のすぐそばに倒れておりましてな。トロールがこのホグワーツにただで侵入できるわけがありませんから、囮か何かで本当の狙いはあの場所ではと思い行ってみれば、そこに倒れておりました」

 

 「そういえば、トロール侵入の知らせを持ってきたのも彼でしたね・・・」

 

 「もしかして、彼もそれに気が付いて?」

 

 「気を失いながらも、意識回復させるなり駆け付けようとしたのですね。何とも凄まじい・・・」

 

 「しかし、なぜこんな怪我を?」

 

 セブルスの説明に、やってきた他の教授方が口をはさむ。

 

 なるほど、とマクゴナガルはそれにうなずいた。

 

 クィレルはあちこち焦げているし、油でも被ったのか、ツンとする変な匂いもする。

 

 「きっと、侵入者を追い払うのに尽力なさったのでしょうな。私が駆け付けた時には、彼が一人であそこに倒れていたのです。わが身の力不足を恥じ入るばかりです」

 

 至極申し訳なさそうにするセブルスに、マクゴナガルは気にすることはない、と首を振った。

 

 「何を言っているのです!セブルス!我々とくれば、トロールに気を取られ、あそこへの警戒が完全に緩んでいました!

 

 それに、あなたが来たからこそ、クィリナスは助かったのかもしれません!」

 

 お人よし、かつ感動屋のマクゴナガルは、完全にセブルスの言を信じて疑っていなかった。

 

 とりあえず気絶したままのクィリナスは、フリットウィックの浮遊術で医務室に移送し、他の面々で、消失呪文(エバネスコ)をフル活用して廊下の惨状を消しにかかった。

 

 「当分お肉食べられないかも・・・」

 

 「私はワインがダメになりそうだ・・・」

 

 青ざめた顔で口々に呻く教授陣。

 

 ダンブルドアはといえば、駆け付けはしたものの意味ありげな顔で一同を見守っていただけだった。

 

 ともあれ、ひとまずこれで一件落着というところだろうか。まだ、トロールを殺して、この惨状を作り上げた犯人が判明していないが、教授陣の間では4階の立ち入り禁止の廊下への侵入をクィレルの妨害によって失敗し、脱出ついでにトロールを証拠も残さないように殺したというところだろう、と結論付けられている。

 

 そして、トロールの残虐殺害についてはかん口令が敷かれ、ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニーの三人にも強く口止めがされることになった。

 

 もちろん、そんなお粗末な結論が真実など、あるわけがない。実際はこうである。

 

 

 

 

 

 まず、セブルスは立ち入り禁止廊下前にトラップを張り巡らせた。

 

 縄付き時限式爆発瓶を粘着呪文で床に固定し、その隣にも火炎瓶をいくつか設置。縄を床から数センチほど上に引っ張り、足をひっかけたら作動するように仕掛けておく。

 

 連鎖で油壷も落ちてくるように手配して、目くらましの呪文をかければ、準備はよし、である。

 

 その後、トロールを廊下で迎撃する。

 

 肖像画たちには、カラーボールのように投げればインクが飛び散って目潰しになる専用魔法具(色は例によって赤。血に紛れてわからなくなるだろうという計算だ)で視界を潰しておき、耳塞ぎ呪文(マフリアート)でできる限りの防音も施し、遠慮なくトロールをめった切りにした。

 

 工房の異端“火薬庫”特製の回転ノコギリは手ごたえが素晴らしい。ヴァルトールが愛用したがるのもよくわかる。

 

 その後は、再び4階に取って返し、見事トラップに引っかかって(まさかこんなマグル式の古典トラップがあるとは思わなかったのだろう。ヤーナムに比べればだいぶ優しいのだが)焦げて気絶しているクィレルを担いで、教授陣に合流した。

 

 以上が、セブルスの知る本当の事情である。

 

 なお、トラップの痕跡は真っ先に隠滅した。消失呪文(エバネスコ)は素晴らしい魔法である。

 

 そして、クィレルも本当のこと(自分こそがトロールを投入して、4階に侵入を試みた犯人である)は言えないので、侵入者の迎撃をしただろうという、周囲の推測に乗るしかないのだ。

 

 

 

 

 

 なお、ドラコ、ハリーJr.、ハーマイオニーの3人は、この事件後、寮を越えて一緒に行動するようになる。

 

 ハーマイオニーは二人から注意を受けたのか物言いを反省したらしく、物腰は少し柔らかくなり、規則破りにも少し寛容になったらしい。

 

 そして、ロナルド=ウィーズリーは、そんなハーマイオニーを天敵の腰巾着!とさらに忌み嫌うようになった。

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで恐るべきハロウィーン(一部)を終え、日々は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 校庭を白一面に染めるクリスマスの朝。セブルスは眉間にしわを寄せていた。

 

 もともと気難しく、眉間にしわを寄せがちではあったが、ここまでではなかった。

 

 一つは、古城と雪の組み合わせが、廃城カインハーストを思い出させたためだ。ホグワーツはただでさえも似ているというのに、雪が降るとさらに似て見える。

 

 

 

 

 

 あの城もひどかった。門をくぐっての庭はぼってりした腹の血舐めが徘徊しまわり、城内は城内で金切り声を喚く悪霊がナイフをもって大挙して斬りかかってくる。

 

 一番最初訪れた時は、ホグワーツに似ているな、と思ったが、すぐさま似ても似つかない魔境だ!と撤回したくなった。

 

 大体、ホグワーツは廊下をちゃんと通れる。窓から壁や屋根伝いに移動しないといけないなんて、絶対おかしい。

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 「メリークリスマス!遅くなりましたが、正式な就任おめでとうございます、教授」

 

 「・・・なぜ貴公は、この城の、私の居所を正確に当てるのだ」

 

 すでに顔馴染みとなってしまったブラックウッド配達員が、青い制服の上にコートをひるがえし、肩にかけたカバンから小包を取り出すのをしり目に、セブルスは思わず呻いてしまった。

 

 この男の神出鬼没ぶりは重々承知しているつもりだったが、まさかこんなところまで現れるとは思わなかった。

 

 「それが私の務め・・・やるべきことだからね」

 

 どこか寂し気にそう苦笑する男に、セブルスは口を閉ざした。

 

 この男はこの男で、いろいろあるらしい。そして、セブルスはそれに口をはさむ権利はないのだ。

 

 小包は、メイソン一家からのクリスマスプレゼントらしい。

 

 「くれぐれも、他のものに姿を見られてくれるな。追及をかわすのが面倒なのだ」

 

 「もちろんですよ。では、よいお年を!」

 

 小包を受け取ってサインを書いたセブルスに、ブラックウッドはニッコリ笑って、教授室を出て行った。

 

 これまでの経緯を考えると、本当に誰にも姿を見せずに出て行けるに違いない。

 

 末恐ろしい男である。

 

 さて、セブルスはさっそくプレゼントを開けてみた。

 

 ハリーからはベストセラーになったという、マグルの小説だった。病院を舞台にしたサスペンスらしい。本という大人しいものなのに、それがどこか物騒な内容なのは、ハリーらしくもある。

 

 リリーからは手製のファッジらしい。ホグワーツで寮生活後、卒業してほぼすぐに資産家のポッター家に嫁いだわりに、彼女は手製の菓子を得意とした。あるいは、アメリカで生活していた間、故郷の味を懐かしく思って身につけたかは定かではない。

 

 ヘザーからは万年筆だ。学校(ホグワーツ)での正式書類は羽ペンと義務付けられているが、個人的な物書きや手紙などには喜んで使わせてもらおう。

 

 そして、ハリーJr.からは調合時に材料を切るナイフ・・・を研ぐための砥石だった。修復魔法も付与されているこの砥石は、研いだ際に、刃こぼれも直してくれるという、ありがたいものだ。

 

 ホグワーツで魔法薬学を学び、何がいいか彼なりに考えたのだろう。

 

 ルシウスからは魔法薬学の最新論文――それも、国外のものを英訳した最新版だった。

 

 ドラコからは、高級羽ペンのセットだった。こちらは正式書類を書くのによさそうだ。

 

 レギュラスからは調合時にはめる手袋らしい。ドラゴン革の、高級品だ。今使っているものはだいぶ傷んできていたので、至極ありがたい。

 

 セブルスも、前日に彼ら宛てのプレゼントは送っておいた。他にも使者を通じて、ルシウスやレギュラスにも送った。

 

 ・・・彼らは、2年近く失踪していたセブルスを、それでも友と呼んでくれる貴重な存在なのだから。

 

 

 

 

 

 セブルスも寮監として、残った学生とともにクリスマスパーティーに参加せざるを得ないのだが、ロナルド=ウィーズリーが図書室の禁書目当てにこっそり深夜徘徊していたところ、怪しい鏡を発見して、そこに映る怪しさ満点の光景に、ありえない!と慌てて寮に逃げ帰ったことまでは知る由もなかった。

 

 なお、ドラコ=マルフォイ、ハリー=メイソンJr.、ハーマイオニー=グレンジャーは、それぞれの家に帰宅してそこでクリスマスを祝う予定であり、ホグワーツにはいない。

 

 今までのセブルスは、メイソン一家のクリスマスにお邪魔させてもらっていたのだが、去年からそれができていない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、クリスマス休暇明けから、しばらく。

 

 セブルスが次の騒動の臭いを嗅ぎつけたのは、図書館でのことだった。

 

 脳足りんというか、生まれながら脳喰らいの被害に遭った可能性の高い森番、ルビウス=ハグリッドが、ドラゴンの飼育法についての本を、うきうきした足取りで借りているのを目の当たりにしてしまったのだ。

 

 司書のマダム・ピンスが、怪訝そうな顔をしつつも素直に貸し出すのを横目に、どうしてそこで深くツッコんで事情を訊かない?とセブルスが思っても無理はないだろう。

 

 ルンルンッと弾んだ足取り、調子っぱずれの鼻歌で本を抱えたハグリッドがモジャモジャの髭とボロコートを揺らして去っていくのを見ながら、セブルスは深くため息を吐く。

 

 とうとうあの森番、やらかしたか。

 

 いつかやらかす、絶対やらかす、必ずやらかすとセブルスの学生時代から、ひそかに噂になっていたのだ。

 

 何をやらかしたかと言えば、ドラゴンの飼育を、である。

 

 

 

 

 

 学校の裏手にある森、通称:禁じられた森へは立ち入ってはいけない。校則でも決められているが、スリザリン寮ではもっと恐ろしい、そして真実味を帯びた噂が流れていたからだ。

 

 ケンタウルスの縄張りがあるとか、人狼のコロニーがあるとか、迷子になるとか、そういう理由からではない。

 

 ハグリッドが危険生物を放し飼いにしてて、交配しまくって元の生物より数倍危険な合の子の新種にしている可能性がある。

 

 死にたくないなら、絶対立ち入ってはいけない。ハグリッドはダンブルドア絶対主義だから、闇の魔法使いの卵になるだろうスリザリンの学生なんて、命乞いしても助けてくれない、と。

 

 学生時代のセブルスも至極まじめな顔をしたルシウスにそう話を切り出された当初、冗談だと思ったが、この寮では一つの語り草にもなっている話を聞くなり、絶対近寄らないでおこうと決意したものだ。

 

 ハグリッドは元々ホグワーツに在学していたが、危険生物を校内で飼育しており、それがばれて退学させられている。

 

 それを暴いたのが当時のスリザリンに所属していた主席ということで武勇伝扱いになっているのだが、それがスリザリンではこっそり語り継がれているのだ。

 

 仲間想いの素晴らしい主席だ!というその主席に対する尊敬と、学生が大勢いるところで危険生物を飼ったハグリッドの愚かしさを知らしめ、森への立ち入り禁止理由に信憑性を強めさせるためだ。

 

 ・・・大勢のスリザリン生の間では、なぜそんな危険なことをやらかした奴が、森なんて格好の隠し場所を与えられて野放しにされているのか、理解に苦しむと話が出ている。

 

 魔法使いへの道を断たれたというのに、目の前でその卵たちの成長過程を見せつけられるという拷問の一環だろうか?ハグリッドがそれを理解できているかは、セブルスには疑問である。

 

 

 

 

 

 で、そんなハグリッドは、噂にも聞こえるほど危険生物大好きらしい。今でも飼いたい飼いたいと言い続けているそうだ。

 

 セブルスも調薬の素材仕入れの関係でノクターン横丁に出入りしているのだが、そこでも時折ハグリッドのうわさを聞いた。

 

 非合法の魔法生物バイヤーに、その手の生物の卵や幼生がないか、しょっちゅう聞きにやってくるらしい。

 

 なお、バイヤーはホグワーツのスリザリン寮に流れているその噂を知っているので、ハグリッドには一度たりとも売ったことはないらしい。

 

 新種の危険生物の材料にして、生態系を崩させてたまるか、マグルからその手の生物を隠すって、どんだけ苦労すると思ってんだ、ペットは住処まで丸ごとすべて面倒見て、隅々まで責任とれるようになってから飼え、俺までアズカバンにぶち込まれてたまるか、とハグリッドのいないところで吐き捨てていた。

 

 あの男は、純粋な魔法族ではなく、何らかの種族との混血が疑われるほどおつむが足りない上、短気なので目の前で言わないのは正解だとセブルスは思う。

 

 ・・・セブルスも、よく魔法薬の素材を買い上げてお世話になっているバイヤーなので、ハグリッドの拳でぺしゃんこにされるのはやめてほしいのだ。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 ところで、今の今までハグリッドのことが全く話題に上がらなかったのだが、それは当然といえば当然だろう。

 

 何しろ、セブルスはハグリッドから嫌われているのだから。

 

 ダンブルドア絶対主義のハグリッドからしてみれば、ダンブルドアが嫌っているスリザリンの出身というだけで嫌悪感があるというのに、さらに赴任早々、錯乱したダンブルドアを顎が変形するほどの勢いでぶん殴った。

 

 (セブルスも)自分と同じく行き場がなくて拾ってくれただろうダンブルドアに、何という暴挙を!あいつは悪い奴だ!ダンブルドアが許しても、俺は許さねえ!俺がダンブルドアを守るんだ!

 

 おそらく、彼の恐ろしくちっぽけで単純な脳内では、そう結論が出たのだろう。

 

 ダンブルドアが取りなさなかったら、ハグリッドとセブルスは、二日目にして大広間で大乱闘の挙句、内臓ぶちまけに至っていただろう。誰の内臓がぶちまけられるかは、お察しいただきたい。

 

 殴られたら殴り返し、撃たれたら撃ち返し、殺されたら殺し返すのが狩人である。

 

 いずれにせよ、以降はハグリッドはセブルスを見るたびに、罵声を浴びせかけるが、ダンブルドアの頼みだから、と必死に我慢するようになり、セブルスはセブルスで嫌われている相手は好き好んで関わりたくないので、近寄らなくなった。

 

 ゆえに、今の今まで接点がなかったのだ。

 

 

 

 

 

 ヤーナムの偏屈な男も大概だったが、ハグリッドと比べると、どちらがマシであろうか?

 

 セブルスも最初こそ男も助けようとしたが、悪態吐くばかりで何の役にも立たなかった(むしろ不快にさせられる一方だった)ので、最終的には放置か、わざとヨセフカ診療所行にしてやった。

 

 男の落とす匂い立つ血の酒なら、多少は役に立ったからだ。

 

 摩耗された人間性の前では、ドロップアイテム>人命がたやすく成立してしまうのだ。

 

 

 

 

 

 どうせハグリッドのことだ。あのザルを通り越して、枠のごとく隠し事など、絶対、確実に、不可能な男である。

 

 セブルス以外にも、気が付くものはいるだろう、ダンブルドアもいることだし、と思っていた。

 

 

 

 

 

 だが、結局、セブルスが何とかする羽目になった。

 

 というのも、気が付いたのが教え子たちで、セブルスにどうしたらいい?と相談を持ち掛けられてしまったからだ。

 

 いい加減、土壇場でもダンブルドアは役に立たないと学習すべきだったのだ。

 

 脳に瞳があっても、この始末である。

 

 

 

 

 

 「何とも奇矯な組み合わせだな」

 

 その組み合わせを見た時、思わずセブルスはそうつぶやいていた。

 

 「た、たまたま廊下で会いまして」

 

 「偶然です。ロングボトムとは、そこで、一緒になっただけです」

 

 「まあまあ」

 

 オドオドと隣を気にするネビル=ロングボトム(グリフィンドール1年生)と、ツンと顎をあげてそっぽを向くドラコ=マルフォイ(スリザリン1年生)と、ハリー=メイソンJr.(スリザリン1年生)に、セブルスは遠い目をした。

 

 とりあえず、教授室の中に入れて話を聞くことにする。

 

 教授室には来客用にソファセットもある。

 

 セブルスは、“葬送の工房”にもあった一人掛けソファと同じデザインのものに腰かけ、ドラコとハリーJr.は同じソファに、ネビルは一人、その対面となるソファの端にそれぞれ座る。

 

 メアリーが茶菓子を出し(本日はオレンジマーマレードのパウンドケーキ)、紅茶を入れるのをよそに、セブルスはさっそく話を促した。

 

 「さて、貴公ら、貴重な放課後に何用かな?別々に話を聞くべきなら、コイントスなりして、話す順を決めるべきと思うのだが」

 

 「では、僕たちは出直します。行くぞ、ハリー」

 

 「ま、待って。多分、同じ話だと思うから、ここにいて!」

 

 ソファから腰を浮かせかけたドラコに、ネビルが声を張り上げて身を乗り出して、制服ローブの裾を掴んで引き留めた。

 

 思わずつんのめって、ネビルを睨むドラコに、ネビルは「ごめんっ」とすぐさま手を離したが、すがるような視線を向けてから続ける。

 

 「マルフォイとメイソンも、その・・・ハグリッドのことを言いに来たんでしょ?」

 

 「お前・・・!」

 

 ネビルの言葉に、ドラコは虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐさまフンッと鼻を鳴らし、向き直る。

 

 「勇猛果敢なグリフィンドールのくせに、告げ口か?弱虫ロングボトム」

 

 「またそんなこと言って。告げ口なんていいの?相手に悪くない?って言ってるんだよ、ドラコは」

 

 「余計なこと言うな!」

 

 呆れたように口をはさむハリーJr.に、ドラコがカッと顔を赤らめて言い返した。

 

 「よ、弱虫でもいいよ!でも、これ以上放っとけない!早くしないと、誰かが怪我しちゃうかもしれないんだよ?!ううん、もう手遅れだけど・・・。

 

 メイソンとマルフォイだってそう思ったから、来たんでしょ?!」

 

 「まあね」

 

 「僕はウィーズリーをギャフンと言わせてやりたいだけだ

 

 ・・・いいのか、裏切りものって言われるぞ?」

 

 「これ以上取り返しのつかないことになるよりマシだよ!

 

 ロンも、ハグリッドも、友達なんだ!友達だから、止めなくちゃいけないんだ!」

 

 ドラコとネビルは、そのようにしばし揉めていたが、やがてため息交じりにドラコが座り直す。考えを変えたらしい。

 

 「・・・話はまとまったかね?」

 

 「うん、じゃなくて、はい。僕が話すけど、いいかな?」

 

 たまに顔を合わせていたせいか、ハリーJr.はセブルスが相手だと、時々敬語が抜ける。他二人を見やるハリーJr.に、ドラコはそっぽを向き、ネビルは苦笑交じりにうなずいた

 

 「勝手にしろ」

 

 「うん。お願い・・・メイソンも知ってるんだね?」

 

 「まあね」

 

 苦笑して、ハリーJr.は口を開いた。

 

 「すみません、おじ・・・先生。僕が、いいえ、僕たちがお伝えしたいのは、お聞きになっていた通り、ハグリッドのことについてです。

 

 あの人がドラゴンを飼いだしました」

 

 案の定。切り出したハリーJr.に、ドラコは心底軽蔑すると言いたげに、鼻を鳴らした。

 

 「何を考えてるんでしょうね、あの木偶の坊」

 

 「・・・何も考えてないのではないかね?幼子のごとく、目についたもの、興味の湧いたものに、片っ端から手を伸ばさずにいられぬのだろう。なまじ能力を伴うから質が悪い。

 

 本来、この手の自制に関しては年長者から指導を受けたりして身につけていくものなのだがな」

 

 「・・・僕はよく知らないけど、そんなに問題ある人なの?」

 

 「・・・そう、悪い人じゃあ」

 

 辛辣なドラコとセブルスのため息交じりの言葉に、困惑した様子のハリーJr.の問いに、困ったような顔をしてネビルが口をはさみかけるが、セブルスが一睨みして黙らせる。

 

 「悪い人でないなら、何をしてもいいのかね?あれは善悪以前の問題だ。ひたすら幼稚なだけだ。それゆえ、質が悪いのだ。

 

 貴公は、先ほど『誰かが怪我をしてしまうかもしれない』『もう手遅れ』と言っていただろう。

 

 どういうことだ?ウィーズリーが絡んでいるとも。詳しく説明せよ」

 

 居心地悪そうに身じろぎし、ネビルは大きく深呼吸してから、たどたどしく話し出した。

 

 

 

 

 

続く

 




【ドラゴンの卵】

 森番ハグリッドが入手した、ドラゴン・ノルウェーリッジバック種の卵。

 母竜が息を吹きかけるように火の中に置いて温め、孵ったら鶏の血とブランデーを混ぜて30分ごとに飲ませるといい。

 ハグリッドは木製の小屋にて、卵の孵化に成功した。

 己の欲のために、法すらも犯して。





 ハリーJr.は、スリザリンだからね!ハグリッドはよくない印象持っているから近寄ってこなかったよ!出自も知らないしね!

 ハリーJr.はリリーさんからハグリッドのことを聞いてたけど、他のスリザリンの先輩方の警告で、小屋に近寄ったことはないよ!





 透明マントはダンブルドアが持ったままだよ!ハリーJr.はポッターじゃない、スリザリン生だからね!似てるなあ、とは怪しまれてるかもしれないけど、ジュニアって何だ?と思われてるんじゃないかな?

 今更だけど、真夜中の決闘はドラコが言い出す前に、ハリーJr.が止めたのでそもそも起こっていません。

 多分、映画版みたいに道に迷って、うっかり4階に立ち入っちゃったんじゃないかな、ネビルとロンは。





 次回の投稿は明日!本編の続き!内容はドラゴンの卵騒動の続きです。いろいろ捏造が加わりましたが、キリよくしたらちょっと短めになりました。お楽しみに!




 


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【6】セブルス=スネイプと、森番ハグリッド、それから

 ゴールデンウィーク中のステイホーム!今日で終わりですね。明日からまた労働が始まります。・・・あと365日ゴールデンウィーク続いてくれませんかね?(亜希羅のクズがこの野郎)

 まあ、愚痴はそのくらいにして、本編の続きです。

 ハグリッド、悪い人じゃないんでしょうけど、学校に置くには不適当な人材だと思うんですよねえ。

 ハーマイオニーの敬称って、原作だと「ミス」表記だったのでMissとしていたのですが、Ms.の方がいいみたいですね。ご指摘ありがとうございました。


 ハグリッドがドラゴンの卵をふ化させることに成功した。

 

 ノルウェーリッジバック種。ハグリッドはノーバートと名付け、火を吹かれようが、甲斐甲斐しく世話をしてやっている。

 

 で、その孵化の瞬間に立ち会ってしまったのが、ロナルドとネビルの2名である。

 

 2人の困惑、反対、告白の勧めを無視し、ハグリッドは世話を続けている。

 

 だが、ドラゴンはみるみる大きくなり、ハグリッドの小さな小屋では匿いきれなくなりそうなのだ。(しかも小屋は木製である)

 

 ついでに、ハグリッドはドラゴンにほぼつきっきりなので、森の見回りや畑の世話などがおろそかになっている。

 

 

 

 

 

 「ノルウェーリッジバックだと・・・?

 

 毒持ちではないか!牙に毒腺を持っていて、咬まれると激しい炎症と激痛を起こし、下手をすれば患部が壊死、四肢切断する羽目になるのだぞ!

 

 まさかとは思うが・・・!」

 

 「ロンが、手を咬まれました・・・」

 

 「おい・・・それはさすがにやばいんじゃないか?」

 

 「医務室には?!」

 

 魔法薬の関係で、毒について知っていたセブルスがとっさに言えば、ネビルは青ざめ、ドラコも顔を引きつらせる。

 

 ハリーJr.の問いかけに、ネビルは青ざめたまま首を振った。それが答えだ。

 

 「せ、先生、咬まれたら必ず四肢切断なんですか?」

 

 「適切な処置、早急な解毒剤の投与が必要だ。解毒剤はベゾアール石で十分事足りるが、時間が経てば経つほど症状が悪化し、リスクが高くなるらしい。

 

 私は癒師(ヒーラー)ではないから、聞きかじった程度の話しか分からん。

 

 とにかく、早急にマダム・ポンフリーのところに連れて行くべきだ」

 

 「わ、わかりました」

 

 うなずいてネビルは立ち上がるが、おろおろしながらも言った。

 

 「先生、ハグリッドのドラゴンを、何とかしてください。このままだと、ハグリッドのためにも、僕の友達のためにもならないと思うんです。

 

 僕、僕は、上手く説得できなくて・・・ごめんなさい」

 

 悄然と目を伏せてから、ネビルは深々と一礼し、「失礼します」と教室を後にした。

 

 「・・・フン。弱虫ロングボトムのくせに。

 

 ウィーズリーから、裏切り者、卑怯者の告げ口野郎って蔑まれるのがオチだぞ」

 

 ポツリとドラコがつぶやいた。

 

 そういう貴公こそ、ロングボトムを心配しているのではないかね?

 

 セブルスは一瞬そう言いそうになったが、黙って紅茶で喉を潤した。

 

 「ほんっと、ドラコって素直じゃないよね。ロングボトムのこと心配してるくせに。ウィーズリーに当たられるんじゃないかってさ」

 

 「お前も一言多いんだ」

 

 この辺りの誤解をあおるような言動が、マルフォイらしいと言えばそうだろう。ルシウスもそういうところがあった。

 

 ドラコはハリーJr.という理解者に恵まれたようだが。

 

 「・・・まだ話には続きがあるのかね?」

 

 「ええ」

 

 うなずいて、ドラコは紅茶を一口飲んでから続けた。

 

 「僕たちはあの二人が、このところ森番の小屋に頻繁に出入りしているのを見かけまして。

 

 その・・・こっそりのぞいてみれば、カーテンも閉めずに火を噴く羽つきトカゲを前に、デレデレした森番と、当惑しきった様子の2人がいて。

 

 最初は、僕が一人で証拠をつかんで、告発してやろうって思ってたんです。ハリーが付いてきましたけど。

 

 でも、その、そうも言ってられなくなってしまって」

 

 「というと?」

 

 「ウィーズリーが言い出したんですよ。あいつの兄の、チャールズがドラゴン関係の仕事についてたので、そちらに何とかしてもらおう、と」

 

 「正気かね」

 

 思わずセブルスは呆れた。

 

 「そんなにまずいんですか?」

 

 「まずいなんてものではない」

 

 いまいちピンと来てないらしいハリーJr.に、セブルスは吐き捨てた。

 

 ホグワーツは世界で一番安全なところ、というのは某森番の過大評価かもしれないが、それでもイギリス中の魔法族の子供たちを預かる寄宿学校である。

 

 一見するとザル警備に思われるかもしれないが、マグル除けはもちろん、不可視結界、姿現し防止などなど、各種様々な防護魔法に守られているのだ。下手な城塞よりもよほど堅固な守りを築いているのだ。

 

 そんな中、外部からドラゴン引き取りに、専門業者を呼ぶ?

 

 しかも、おそらく教職員には秘密に?

 

 「確実に結界を破ることになる。教職員になるにあたって防護魔法の概要も頭に入れたが、接触感知の結界型全域警報魔法もかかっていたはず。

 

 人目を避けるとしたら夜中やることになるから、全校生徒がたたき起こされてパニックになるぞ」

 

 険しい顔でドラコはうなずいた。

 

 「入学するにあたって、父上から防護魔法について聞いていました。父上が理事なのもご存じですよね?

 

 ウィーズリーも多分、マグル除けや不可視結界については知っているだろうけど、全域警報魔法については知らないと思います。

 

 僕も、チラと聞かされていた程度で。関係ないと思ってたんです。まさか、こんなことになるなんて」

 

 ドラコはそう呻くように言った。

 

 ウィーズリーに悪気はないのだろう。だが、穴だらけだ。結界に引っかかったら、ドラゴンの輸送どころではなくなるし、業者の方も不法侵入の咎を受けることになる。

 

 「ロングボトムは反対しているようでした。まさか、先生のところにロングボトムが来るとは思いませんでしたが」

 

 「うむ」

 

 ドラコの言葉に、セブルスも軽く頷いた。

 

 寮監のマクゴナガルに相談してもおかしくないだろうに、わざわざ自分のところに来るとは。懐かれたものだと思う。

 

 そして、セブルス自身も、自分の間違いに気づくきっかけを作ったロングボトムを邪険にはできなかったわけで。

 

 「先生。僕は・・・ウィーズリーはともかく、ロングボトムがあの森番に振り回され、挙句、他の生徒や先輩方の迷惑になるのは、どうかと思うんです」

 

 ウィーズリーはともかくというあたりが、どうしようもない親からの確執をしっかり受け継いでいるらしい。ハリーJr.もうんうんと頷いている。どうも、彼も確執を作り上げてしまったようだ。

 

 世の中にはどうしても相容れないものはあるのだ。コーヒーと塩然り、ハブとマングース然り、穢れた血族と処刑隊然り。

 

 「わかった。早晩どうにかしておこう。ロングボトムがウィーズリーを医務室へ連行したならば、輸送も先延ばしにできるはずだ」

 

 「お願いします。・・・さっさとクビにすればいいんだ、あんな森番。

 

 大体、飼うだけ勝手に飼い出して、その尻拭いを1年生のウィーズリーがやるってのが、どうかしてるんだ」

 

 「昔僕が犬飼いたいって言ったのを思い出すなあ。ママは飼っちゃダメって頭ごなしに言ったけど、パパは飼えない理由をちゃんと説明してくれたな」

 

 「何て?」

 

 「犬小屋を置く場所と、餌代。毎日の散歩できるかとか、後はトイレのしつけと始末。

 

 子犬から飼うなら、他のしつけとかもいるし、去勢もいるだろうって。

 

 それ、全部できるのか、後は年取ってよぼよぼになった時も、面倒を見れるのかって、事細かく訊かれてね。

 

 言葉に詰まって、ならダメだねって。飼われる犬の方も可哀そうだって。

 

 何一つ言い返せなかった」

 

 吐き捨てるように言ったドラコに、茶菓子と紅茶を食べながら遠い目をしたハリーJr.が言う。

 

 「生き物飼うのって大変なんだなって、その時思って。

 

 誰かハグリッドに注意してあげなかったのかな?だとしたら、可哀そうな人だな」

 

 

 

 

 

 二人を教授室から帰したところで、ひとまずドラゴンを見に行こうとしたセブルスは、小屋に向かう校庭の道すがら、マクゴナガルと合流した。

 

 「ああ、セブルス!ちょうどよかった!」

 

 マクゴナガルはほっとしたような顔をした。聞きたくもない話を耳に入れてしまった――セブルスが、ぽろっとこぼすヤーナム談義の直後のような顔をしていたというのに。

 

 「何かあったのですか?」

 

 「ええ。あなたはどうしたのです?薬草でしたら、ポモーナに分けてもらえばよろしいのでは?」

 

 「実はですな・・・」

 

 ハリーJr.とドラコとネビルからの話をかいつまんで話したセブルスに、やはり・・・とマクゴナガルが疲れたように溜息をついた。

 

 「私の方は、先ほどMissグレンジャーから伝えられました。

 

 Missグレンジャーは、万が一ドラゴンが城の中に侵入してきた場合を危惧しており、どうにか業者に引き取れるよう打診してほしいとのことでした」

 

 どうやら、ハーマイオニーもまた、窓から覗き見してドラゴンの存在を知ってしまったらしい。

 

 「ノルウェーリッジバックは毒持ちですからな」

 

 「ノルウェーリッジバック!成体で10メートルも超す品種ではないですか!」

 

 マクゴナガルは金切り声をあげた。どうやら、品種までは聞いてなかったらしい。

 

 「とにかく、まずは真偽を確かめなければなりま」

 

 改めて小屋に向き直ろうとしたマクゴナガルだが、その言葉は最後まで言い切られなかった。

 

 ゴトンゴトンと不吉に振動していた小屋が、とうとう窓の一部が割れてそこから火を噴きだしたからだ。ドラゴンの鱗塗れのくちばしのような口元が見え、絶句したマクゴナガルと、いっそ狩道具で殺処分した方がいいかもしれない、という狩人的欲求を殺すのに、セブルスは必死になったのは言うまでもない。

 

 おまけに、訛りこてこてのハグリッドの重低音が、ノーバート!と叫んでいれば、役満であろう。

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで緊急の職員会議である。

 

 議題はもちろん、ハグリッドのドラゴンである。

 

 あくまでノーバートは悪くない!と主張し、こいつをどうすんだ!と幼子のごとく泣きわめくハグリッドを前に、職員一同は頭を抱える。

 

 とうとうやらかしやがったよ、コイツ。よく口にしてたけど、実行するか?いくらやりたいからって、大勢の子供を預かる学校でやらかすか?何年森番してんだよ。

 

 そんな軽蔑と憐みの混じった視線をものともせずに、ハグリッドはこの期に及んでノーバートと名付けたドラゴンの助命と飼育の続行を嘆願している。

 

 なお、ノーバート本竜は、魔法生物飼育学教授のケトルバーン他数名の教授が緊急でこしらえた檻(防護魔法による炎漏れ防止効果付き)に放り込まれて拘束されている。

 

 ハグリッドが何もしてねえのに可哀そうだあ!やめてくれえ!と懇願するのは、もちろん無視された。すでにウィーズリーが噛まれている。

 

 そして、そのウィーズリーはセブルスの警告を受けたネビルによって、医務室に連行された。もう少し遅かったら手を切り落とす羽目になってましたよ!と脅しながらも、マダム・ポンフリーは治療に取り掛かってくれた。

 

 人に仇なす獣など、とっとと首を落として魔法薬の材料にしてしまえ、という意見はセブルスの心の内に閉心術でみっちり蓋をしてしまっておく。

 

 別にハグリッドがどう思おうが、ノーバートがどうなろうがセブルスの知ったことではないが、それではせっかく相談しに来たネビルやドラコ、ハリーJr.の心遣いを無駄にするも同然だからだ。

 

 慕ってくれる生徒には応えてやるのが教師の務めだろう。赴任2年目の実質新米が言うのは、おこがましいかもしれないが。

 

 さて、ノーバートはひとまずウィーズリー発案のチャーリーのところへ送るとして(ただし、今度は教師公認で)、ハグリッドをどうするか、ということになった。

 

 いくらここが寄宿学校で、危険生物の飼育場じゃない、万が一怪我をさせたり、命を落とすようなことになってたらどうするんだ!と言い聞かせても、ハグリッド本人はノーバートはいい子だった!自分の前でそんなことしなかった!という始末。

 

 じゃあ、ウィーズリーは?と尋ねれば、ノーバートを脅かしたあいつが悪い、と当然のように言い放たれ、今度こそ職員一同は絶句した。

 

 ・・・しかも、セブルスがネビル越しに警告しなければ、ウィーズリーは医務室に行こうとしなかった。つまり、ハグリッドは危険性を全く認識していないということになる。

 

 どうすんだよ、この理解力幼児以下。何でこんな奴に森番任せてんだよ、と職員一同が頭を痛めた時だった。

 

 「何の騒ぎかのう?」

 

 「ああ!アルバス!聞いてください!大変なことが!」

 

 重役出勤というか、主役は遅れてやってくるというか、とにかくようやくダンブルドアが登場した。

 

 真っ先にマクゴナガルが騒動の原因を説明し、セブルスも所々で補足を入れる。

 

 「本当かのう?ルビウスや」

 

 「ヘイ、ダンブルドア先生。けんど、誓って!ノーバートは悪くねえんです!」

 

 たどたどしくドラゴンの卵入手からの孵化・飼育についての経緯を説明するハグリッド(たまたま顔合わせた人間がたまたまドラゴンの卵を持っていた?都合がよすぎるのでは?)は、ここで爆弾を落とした。

 

 なんと、グリフィンドール二人を招いたのは、消灯時間を過ぎた真夜中であったのだ。完全に罰則ものである。

 

 これには、マクゴナガルが眉を吊り上げた。自寮の生徒だと構うものか!と怒り狂う彼女は、一挙に一人50点引くと宣言した。

 

 ・・・なお、どさくさ紛れにハグリッドへの対応が捨て置かれているが、セブルス以外誰も気にしなかった。

 

 「申し訳ないが、ミネルバ。ネビル=ロングボトムへの減点と罰則の軽減を嘆願したい」

 

 ここでセブルスは口をはさんだ。

 

 「何ですか!セブルス!いくらあなたでも」

 

 「お忘れですかな?此度の騒動を私に告発したのは、ロングボトム本人だということを」

 

 「なんと!ネビルが?!内緒だっちゅうたのに!」

 

 「彼は、ドラゴンとその飼育継続の危険性を危惧し、たとえ友人を裏切ることになっても、その方が将来的にためになると、勇気を振り絞って私へ相談に来た。

 

 確かに、消灯後の寮外への外出は感心できませんが、彼の勇気と友人思いには何らかの酬いがあってしかるべきでは?」

 

 ハグリッドの非難の声を無視して、セブルスは続けた。

 

 それを聞いて激高していたマクゴナガルは少し気炎を収めた。

 

 「・・・ええ、そうですね。ロングボトムも、いずれ判明すると覚悟の上で告白してきたのでしょうね。自分の罰則を顧みず、他の生徒たちの安全を慮って」

 

 自身に相談に来た時のハーマイオニーのことも思い出したのだろう、一つ息をついて、マクゴナガルは言った。

 

 「では、Mr.ロングボトムについての減点・罰則は軽減しましょう。

 

 彼については、30点減点に軽減。罰則はおってまた通達とします」

 

 「うむ。では、各人、そのように」

 

 ダンブルドアがそのように言ったところで、セブルスはじろりとハグリッドを睨む。

 

 話はまだ終わってないが、どうせ言ったところで聞き入れない脳髄ナメクジへ向ける説法は、セブルスは持ち合わせない。時間の無駄だ。だが、嫌み程度はいいだろう。

 

 「いや、めでたいですな。貴公、お咎めなしか」

 

 「何が言いたいんだ、スネイプ!」

 

 睨み返してくるハグリッドの視線(彼からしてみれば、自分はかわいいドラゴンの子供と無理やり引き離される被害者なのだろう)を歯牙にもかけず、セブルスは続ける。

 

 「いやなに、その啓蒙低い脳髄は、どうせロングボトムやグレンジャーを、自分を売った卑劣な卑怯者と判断してそうだと思いましてな。

 

 貴公、我々が行かなければあのドラゴンをそのまま飼っていたのであろうが、森番としての仕事はどうしたのだね?このところ、業務放棄していたように思えるのですがなあ」

 

 「そんなの、ノーバートの世話があって」

 

 「違法生物の飼育で、本分の職責を放棄ですかな?すばらしい森番だ!

 

 それで、結局小屋に入りきらなくなりそうなところを、一年生が後始末しようとするんですな?

 

 貴公、とても11歳以下に見えないのだが。その頭蓋の中身には、脳髄の代わりに淀みに棲む虫でも詰まっているのかね?」

 

 立て板に水のごとくすらすらと嫌味をぶつけるセブルスは、宇宙の深淵じみた双眸の温度を完全に消し、ハグリッドを見た。

 

 「そして、後始末に奔走しようとした1年生を、感謝するばかりか罰則対象だと、教授陣に売ると。なるほど?すばらしい人間性をお持ちだ!

 

 本来、ロングボトムやウィーズリーの弁護は、私やミネルバでなく、ノーバートとやらを助けてもらおうとした貴公がすべきでは?私ならそうするところなのだが。

 

 殺処分されてもおかしくなかったというのに、せめて生かそうという提案であったということも理解できませんかな?

 

 いや、案外、私の脳髄の方こそスカスカで啓蒙が低いのやもしれませんな。大変失礼した」

 

 吐き捨てるだけ吐き捨て、セブルスは踵を返した。

 

 「お、俺は、そんなつもりじゃ」

 

 「貴公、言い訳ならもう少しうまく取り繕いたまえよ。

 

 ロングボトムと、ウィーズリーが不憫でなりませんな。こんな男のために、骨を折ろうとするとは。

 

 いやはや、グリフィンドールは高潔ですな。私にはとても真似できませんな」

 

 ようやく気が付いたらしいハグリッドが青ざめるが、セブルスは振り向きもしなかった。

 

 それを聞いていた教授陣の中で、ダンブルドアがため息を吐いた。

 

 「・・・指摘されるまで気が付かないとは、儂も何とも間の抜けたことじゃのう。

 

 ウィーズリーの減点・罰則の軽減もつけねばの。

 

 ハグリッドや。彼らの献身に、何か思うところはないのかのう?それが何より、お前に対する処分となる」

 

 つまり、実質お咎めなしのままか。セブルスは溜息をぐっとこらえる。

 

 もの言いたげな目をするマクゴナガルと、軽蔑の視線を向ける他教授たちに、ハグリッドは一瞬たじろぐが、すぐさまセブルスの背を睨みつけた。

 

 ハグリッドは自分の責任を考えるより、身近な敵に負の感情の矛先を向けることにしたらしい。

 

 そして、セブルスは、そんな啓蒙低いハグリッドのことなど、すでにどうでもよくなっていた。

 

 

 

 

 

 セブルスはあずかり知らぬことだが、この事件がきっかけになって、ケトルバーンがある決断をするのは、また別の話。

 

 

 

 

 

続く

 




【森番の外套】

 ホグワーツの鍵と領地を守る番人、ルビウス=ハグリッドの纏うコート。

 ポケットにはヤマネが何匹か、もみくちゃのフクロウ、コインや日刊預言者新聞など、雑貨が雑多に詰め込まれている。

 その大きさは、特注品であるのか、やたら大きい。

 ハグリッドは危険生物への愛ゆえに杖を折られた。その愛は大きく、今も昔も変わらない。





 ハーマイオニーはハロウィーンでロンと決裂しちゃったから、ハグリッドの小屋には一緒に行ってないよ!

 むしろ、あの子何やってるのかしら?最近様子が変だわって怪しんでたんじゃないかな?それで、ドラゴンを発見したんだね!

 ・・・あと、ケトルバーン先生は、ハグリッドのことで思うところができたみたいだね!外伝でやるからね!



 ペットは最後まで、飼いましょう。彼らは飼い主を選べません。愛情はもちろん必要ですが、責任と計画をもって飼わないとお互いのためになりません。By犬を飼ったことのある筆者




 次回の投稿は・・・通常運転に戻して、日曜日!ネビルとロンの罰則はサラッと流して、皆さんお待ちかね、4階廊下の試練の時間ですよ!お楽しみに!

 クィディッチ?ハリーJr.もドラコも参加してないのに、描写しても面白くないでしょう?というわけで飛ばします。


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【7】セブルス=スネイプと、賢者の石①

 ゴールデンウィーク中の連投にお付き合いくださり、ありがとうございました。

 それに伴う、評価、お気にいり、ここ好き、誤字報告も、ありがとうございました。



 ハグリッドの行く末について、いろいろ気になるでしょうが、彼についてはいったんここまで。

 そろそろVSヴォルデモートの第2ラウンドに行ってみましょうか。まずは前編です。

 さーて、弱り切ったゴースト以下の寄生帝王様が絶好調の狩人様に勝てるでしょうか?


 そんないざこざはあれど、再び日々は平穏に過ぎて行った。

 

 ノルウェーリッジバックの幼生体は無事、チャーリー率いるルーマニアのドラゴン研究チームに引き渡された。ハグリッドは泣いてお別れをしていたが、教授陣はそれを冷めた目で眺めていた。

 

 セブルスは思っていた。多分この男、懲りてない。

 

 

 

 

 

 ところで、そろそろ寮杯の集計も近いところで、一気に60点も減らされたグリフィンドール寮はピリピリしていた。

 

 別の時間軸では、もっと大量に減らされていたことを思えば、かなりの減刑であり、なおかつ温情あふれる処置であるともいえる。

 

 そして、それとは別に件の2人は後日マクゴナガルから呼び出しを受け、減点の原因であることと罰則を言い渡されたらしい。

 

 2人を弁護したのはセブルスであり、感謝するように、とも付け加えられたらしく、後日授業後に2人が礼を述べに来たほどだ。

 

 もっとも、素直に礼を言ったのはロングボトムだけで、ロナルド=ウィーズリーは睨みつけながらぼそぼそと、不本意感丸出しで言ったので、いやなら言いに来なくていい、自分は素直に告白したロングボトムのことだけ軽減を提案したのであり、貴公は関係ないと言った。

 

 これにはあからさまにむっとした顔をしたロナルド=ウィーズリーをよそに、ロングボトムはそれでも、かばってくれたのは本当だったんですね!ありがとうございます!と気にした様子も見せずに頭を下げた。

 

 さすがにこれには毒気を抜かれたセブルスは、感謝するなら、学生の本分を全うしたまえ、学年末テストの結果を楽しみにしている、といつもの嫌味でもって、2人を帰した。

 

 ・・・慕われ過ぎるのも問題である。

 

 「セブルス様、お顔が赤いように見えます」

 

 「・・・そういうこともある」

 

 「わかりました」

 

 淡々としたメアリーが首をかしげる程度には、セブルスは照れているように見えたらしい。

 

 

 

 

 

 ロンとネビルはといえば、マクゴナガルによる呼び出しのせいで二人が夜中抜け出したことはばれてしまい、何考えてるんだ?と冷たい目にさらされることとなった。

 

 小躍りするスリザリン生たちをよそに、とにかく今からでもいいから頑張ろう!とグリフィンドール生たちは必死にくらいついていた。

 

 そのため現在はスリザリンとグリフィンドールが拮抗状態である。(ハーマイオニーは自分が必死で稼いだ得点が!と大いに嘆いた)

 

 なお、ロナルド=ウィーズリーはマダム・ポンフリーの治療を受けて、綺麗に回復した。

 

 ロナルドはネビルの告発に、何でそんなことしたんだ!裏切り者!と食って掛かったが、それを見ていたハーマイオニーの、私もマクゴナガル先生に言ったわ!ドラゴンが誰か傷つけてからじゃ遅いのよ?!そうなった時、あなた、責任とれるの?!という言葉に、今度こそカンカンになり、絶交だ!と言い切ってそっぽを向いた。

 

 仲のいい友人からの言葉にネビルは落ち込んだが、これによって事情が知れ渡り、ネビルはそれでも友達を止めようとした、とどうにか評判を回復させた。ロナルドについては、お察しいただきたい。

 

 弟が済まない、とネビルに謝るウィーズリー家の3男にしてグリフィンドール寮の監督生でもあるパーシーが実に気の毒である。

 

 

 

 

 

 ところで、2人組の罰則はセブルスの見ていないところで行われた。

 

 とある夜中に、禁じられた森の中でユニコーンが殺されたので、ハグリッドを伴ってその原因の調査、というのが内訳である。

 

 まだろくに呪文を使いこなせない1年のすることではない、というのは後日それを聞かされたセブルスの感想である。

 

 ・・・なお、言い出したのはダンブルドアである。

 

 何を考えてやがるあの爺、というセブルスの内心はさておき、結論を述べるなら、ユニコーンを殺したのは、れっきとした人間の仕業だったらしい。

 

 なんと、殺したユニコーンの生き血をすすっていたという。

 

 目撃者はネビル=ロングボトムで、彼は襲われそうになったところを辛うじて、ケンタウルスに救われたとのことだ。

 

 ユニコーンは、確かに価値ある生き物である。角は魔法薬に、鬣と尾は杖芯に、それぞれ用いられる。だが、その血はだめだ。

 

 その血を飲めば、瀕死のものも命を取り留めるが、代わりに、生きながらの死という恐ろしい呪いを受けることになるのだ。

 

 ふと、セブルスは思った。それは、穢れた血族とどちらがやばいのだろうか?と。

 

 

 

 

 

 穢れた血族は、医療教会の裏切り者が持ち帰った遺物*1を用いて生まれた者たちだ。

 

 その血族たちは、処刑隊によって尽く粛清され、只一人女王アンナリーゼのみ、玉座の間に幽閉されていた。

 

 彼女は、アルフレートによってすべての内側の粘膜をさらけ出された、ピンク色の肉塊にされていてなお、生きていた。生きながら死んでいるのか、死にながら生きているのか。

 

 生と死、夢と現が混在するヤーナムらしいといえば、それまでなのだろうが。

 

 なお、その肉塊アンナリーゼは、セブルスがうっかり元に戻してしまったので、アルフレートは全くの徒労に終わってしまった。悪気はなかった。善意もなかった。

 

 

 

 

 

 話がそれた。

 

 セブルスは、穢れた血族の血もその身に取り込んでしまっている。血液と遺志のごった煮上位者である。

 

 今更、ユニコーンの血ごとき何ともなさそうではある。試したことはないから、定かではないが。

 

 だが、それはセブルスがヤーナムの血を受けたという、土台があるからだ。それがない常人には、十分呪わしく、悍ましく、耐えがたいことなのだろう。

 

 そう。セブルス以外に、ユニコーンの血など、もっての外であるはずなのだ。

 

 そんなものを欲するのは、きっと、ろくでもないものなのだろう。

 

 

 

 

 

 例えば、分霊箱で無理やり死に損なっている、例のあの人とか。

 

 

 

 

 

 そして、ある朝クィレルのそばを通りかかったセブルスは、彼から濃厚な血の臭いを嗅ぎつけた。

 

 ・・・後日知ったことだが、その日はちょうど、件の罰則の翌日だったのだ。

 

 常人からしてみればかすかなものだろうが、狩人として血に馴染んできたセブルスの鼻は誤魔化せない。

 

 「おや、クィレル教授。どうされたのです?」

 

 「え?な、なな、何がですか?」

 

 「血の臭いがしたような気がして。吸血鬼とでもお会いになられてたので?」

 

 「そそそ、そんなこと!ス、スネイプ教授の気のせいでは?」

 

 「ふむ。いずれにせよ、気を付けた方がよろしいかと」

 

 そう言って、セブルスはクィレルのそばをすれ違いながら、ぼそりと呟いた。

 

 「たまらぬ血の臭いで誘われているかと、誤解されますぞ?」

 

 ギクンッとクィレルは大きく肩をはねさせた。そして、セブルスをこわばった顔で見やった。

 

 セブルスは素知らぬ顔をしていたが、見逃さなかった。

 

 一瞬セブルスを振り返ったクィレルの目が、殺気を帯びた冷徹さをもってセブルスを見返したことを。

 

 それはまるで、別人のような目つきだった。

 

 だが、すぐさまクィレルは普段通りのオドオドした態度に戻り、そのまま授業の準備をすべく、広間を出て行った。

 

 

 

 

 

 さて、学年末テストを終え、学生たちは解放感に浸っているが、セブルスたち教師はそうでもない。

 

 学年末の寮杯パーティーまでに、テストの結果を出して、通知表にまとめ、ついでに夏季休暇中の課題の通達、できるなら来年次カリキュラムの下準備と、やることは山のようにある。

 

 ・・・まあ、セブルスには裏技があったりするのだが。

 

 来客用ソファセットのテーブルの上や、双子呪文で臨時に増やしたデスクの上に、何やら白くてフワフワしたものが蠢いている。

 

 よく見れば、それは少々不気味な干からびた小人の群れのように見えるだろう。夢の使者たちである。

 

 血の遺志という代価さえ支払えば、アイテムの売買を取り行ってくれる彼らは、最近はセブルスの仕事の忙しさを認識したのか、血の遺志と交換でテストやレポートの採点をやってくれるようになった。

 

 調合結果に対する評価のつけようは文句なしだった。彼らはいったいどこから魔法薬学に対する知識を得たのであろうか?

 

 まあ、彼らの謎は今に始まった話ではない。便利ならそれでいいだろう、とセブルスは思考を放棄している。

 

 ともあれ、この調子ならば、余裕で学年末パーティーに間に合うことだろう。

 

 ちなみに、寮杯はぎりぎりでスリザリンが獲得ということになる。

 

 とはいえ、学年末パーティーの前に、まだやるべきこと――というか、起こるべきことが残っている。

 

 さらに、最近セブルスが思いついたこともあった。

 

 あの森番、ドラゴンの卵をホッグズヘッドで偶然出会った男からもらったと言っていたが、飼育禁止のそれをたまたま持っているなど、ありうるわけがない。

 

 加えて、あの振ればカラカラなりそうなほど軽い頭と、油でも塗られてそうなほどよく滑る口である。酒でも飲まされたら、ドラゴンの卵と引き換えに何か余計な一言を漏らしていてもおかしくない。・・・例えば、4階の例のあれ絡みの情報とか。

 

 一応、セブルスはその旨をマクゴナガルに伝え、マクゴナガルはハグリッドに問いただしたが、当の森番は発案者がセブルスだと知るや、知らん!話すことなんぞない!ダンブルドアの信用を裏切るわけがない!と発言を拒否した。

 

 このため、マクゴナガルは一応ハグリッドを信じてその場をお開きとしたが、セブルスはその発言は充てにならないと思っている。

 

 そして今夜、ダンブルドアが留守にするのだ。今朝、職員会議で言っていたので、間違いない。

 

 で、よく利く目耳がいないとなれば、盗人は動き出す。

 

 つまりは、今夜、あの4階の立ち入り禁止の廊下の奥にある、預かり物――“賢者の石”を狙って、侵入者があるということだ。

 

 

 

 

 

 賢者の石。錬金術の最高峰であり、黄金を作り、命の水を生み出す、最高にして最上の完全物質である。

 

 その作者は、錬金術師として著名なニコラス=フラメルであり、共同研究者としてダンブルドアと開発した、とされている。が、フラメル氏は300歳を優に過ぎており、賢者の石は独力で完成させてしまっているのは自明の理である。

 

 では、なぜ共同研究者としてダンブルドアの名が挙がっているのか?

 

 ずうずうしくダンブルドアが共同研究にしたいと申し出たか?

 

 否。フラメル氏の方がダンブルドアに共同研究という形にしてくれと申し出たのだ。

 

 そもそも、ダンブルドアがその名を一躍有名にしたのは、闇の魔法使い、先代の闇の帝王、ゲラート=グリンデルバルトとの決闘を制し、彼をヌルメンガードに投獄させることに成功したからだ。

 

 それ以前の時期、フラメル氏は気が気でなかったことだろう。いつグリンデルバルトが賢者の石のことを聞きつけ、狙ってくるかもしれない、と。

 

 そこで、彼はダンブルドアに頼み込んだのだ。共同研究者という形にするから、グリンデルバルトを始めとした石を狙う輩から、守ってほしい――要は、盾になれと言ったわけだ。

 

 ダンブルドアはそれに諾と答え、結果、賢者の石は二人の共同研究という形で発表されたわけである。

 

 そして、グリンデルバルトとの戦いが終わり、新たな闇の帝王ヴォルデモート卿が台頭したのちも、そのひそやかな契約は継続されていたのである。

 

 ダンブルドアは契約に則り、賢者の石をグリンゴッツからホグワーツに移送。(この時の運搬役がハグリッドで、ネビルも居合わせていたのだが、本筋とはあまり関係ない)

 

 そして、ホグワーツの4階廊下を立ち入り禁止にして、集めた教職員陣の知恵と知識と工夫を凝らさせ、トラップを張り巡らせたわけである。

 

 なお、参加した教職員は、ダンブルドア本人以外では、マクゴナガル、フリットウィック、スプラウト、セブルス、ハグリッド、クィレルの計6名である。

 

 

 

 

 

 さて、消灯時間を過ぎた夜中。

 

 立ち入り禁止の廊下の奥、最奥部――の手前である。

 

 その侵入者は、実に悠々とそこに至っていた。

 

 第1試練の三頭犬はドラゴンの卵と引き換えに聞きだしたとおり音楽を聞かせて眠らせて通過、

 

 悪魔の罠(byスプラウト)を軽々突破し、

 

 フリットウィックの飛び回る鍵の鳥も呼び寄せ呪文(アクシオ)で易々捕まえ、

 

 トロールは元々自分ならば問題ないということで仕掛けたので容易に殺し、

 

 マクゴナガルのチェスはそもそも終了呪文(フィニート)で一発終了、

 

 残すところは、あの嫌味で陰気な、どこか不気味な魔法薬学の新米教授の仕掛けである。

 

 部屋に侵入するなり、出口と入り口がそれぞれ別の色の炎で燃えだし、出現した8つの小瓶と、メモ用紙を前にふうん、と彼はうなずいた。

 

 実に簡単な論理パズルだ。

 

 まあ、呪文だけ出来て論理はからっけつという魔法使いもいるので、確かに対応としては正しいのだろう。

 

 ひねくれているといえばそこまでなのだろうが。

 

 だが、彼は一人ではない。心強いご主人だっているのだ。ご主人と打ち合わせながら、正解の瓶を手に取った。

 

 これだ!この小瓶の中身が、奥へ向かうために必要な薬だ!

 

 だが、それを手に取った瞬間、不気味なサイレンが鳴り響いた。

 

 何だ?

 

 ぎょっとした彼が周囲を見回すより早く。

 

 瞬時に出入り口を燃やす炎は消えて、鉄格子が無情にそこを封鎖する。破壊不可魔法と盾の呪文が併用付加されているものだ。

 

 検知不能拡大呪文でも使われたか、瞬時に部屋の面積が一気に運動場ほどに広がり、メッキがはがれるように石畳と壁がはがれて不気味な錆だらけの金網と金属壁にとって代わる。

 

 空気まで変わったのか、不気味な生臭さまでしてきて、彼はウッと息をつめた。

 

 そして最後に、ずるりっとそれが地面から生えるように現れた。

 

 それは、奇妙な生き物だった。

 

 遠目から見ると、まるで普通の人間のようにも見えるのだろう。だが、それはまるで普通ではなかった。ぼろきれのようなローブは、修道士が纏っているのを彷彿とさせるが、いかんせん、青白く奇妙にぬめった肌に異常に長い腕をしている。何より特徴的なのが首から上で、髪も顔もないその頭には、眼窩を思わせるくぼみとイカタコクラゲの類を思わせる触手が口らしき部分に大量についている。

 

 だが、彼の知識に、そんな魔法生物は存在しない。脳喰らいと呼ばれていることさえ、知るわけがない。

 

 甲高い咆哮を上げるや、その不気味な生き物は異様に長い腕を伸ばして襲い掛かってきた。

 

 「あ、う、あ」

 

 とっさに、彼は応戦しようとした。

 

 何か脳の奥で増えなくていいものが増えそうになったような気もしたが、とにかく応戦しようとした。

 

 「アバダ」

 

 杖を振りかざして死の呪文を放つより早く、彼はそれに捕まった。

 

 ガッチリと長い両手に体を押さえ込まれ、振りほどけない。

 

 そして、その触手塗れの口がターバン越しとはいえ脳天に突き立てられた。

 

 「『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」』

 

 ずちゅりずちゅりと何か、粘液じみたものをすする音が頭上から聞こえるが、それどころではなく、脳天を中心に走る激痛にたまらず彼は悶絶した。彼と肉体を共にしているご主人もまた、この痛みを共有させられているのだろう。

 

 何とかしろと喚いてきているが、この激痛の中で呪文を使えるような精神力は、彼にはない。

 

 何とか振りほどきたいが、そんな力もない。

 

 激痛の中、何も考えられなくなっていく。むしろ、痛みは減ってきて、だんだん寒くなってきた。

 

 ご主人の叱咤する声すら、霞んで聞こえる。

 

 叫ぶことすらおっくうになり、そして。

 

 ペシンッと、脳喰らいは彼を放り出した。奇妙に軽い音を立てて、彼は倒れ。

 

 そして二度と、起き上がることはなかった。その頭蓋の中身が空になれば、当然ともいえた。

 

 狩人ならば啓蒙で済むところを、そんなもの持ち合わせない彼は、文字通り脳髄を徹底して啜られてしまったのだから。

 

 脳喰らいは、ひどく物足りなげに、ゆうらりゆらりとその場を徘徊し始めた。

 

 

 

 

 

 なお、セブルスはあずかり知らぬことだが、またしても無断で深夜徘徊に至ろうとしたロナルド=ウィーズリー(どうも賢者の石を狙う侵入者がいると気が付いたらしい。そしてそれはセブルスだと彼は確信していた)は、ネビルとハーマイオニーの二人に力づくの呪いづくで止められ、談話室に全身石化状態で転がされる羽目になっていた。

 

 

 

 

 

 さて、セブルスが到着した時には、すべては終わっていた。

 

 セブルスは青い秘薬の力でスキップしてきた。この秘薬は魔法による疑似生命の感知能力も誤魔化せるらしい。

 

 さて、彼は自らの仕掛け部屋で嘆息した。

 

 本当に、1年生でも突破できそうな仕掛けを作るやつがいるか。

 

 セブルスはあずかり知らぬことだが、最初、マクゴナガルやフリットウィック、スプラウトも、もっと難解な仕掛けを用意したのだが、ダンブルドアからダメだしされて、やむなくあの仕掛けに落ち着いたのだ。

 

 セブルスはと言えば、どうも2重仕掛けの方は見抜かれなかったらしく、1段階目の仕掛けでオッケーを出されたのだ。

 

 なお、彼は1段階目の仕掛けで油断させたところを、必殺の2段階目で仕留めるという、発想で仕掛けた。

 

 だまして悪いがはよくあることだ。

 

 というか、こんなことに引っかかるんじゃない。それでも闇の帝王と、その手先か。

 

 実は1段階目の論理パズルも、さらに一ひねりも二ひねりも入れようかと考えていた(サイレントヒルだったら珍しくない。ハリーなら突破できていた)のだが、さすがにそれはNGが出されそうだったので(自分で頼んできたくせにうるさい髭である)、必殺の2段階目を仕掛けたというところだ。

 

 なお、脳喰らいは本物ではなく、セブルスの記憶から幻覚魔法で疑似再現した偽物である。

 

 周囲の雰囲気が変わるのも幻覚魔法によるこけおどしに過ぎない。

 

 万が一にも脱走されて校舎内をうろつかれてはたまらない。帝王を寄生させているらしいクィレルや、いつくたばっても問題なさそうな髭爺はともかく、生徒に被害が出たらことである。

 

 ゆえに、幻覚魔法で対応したのだ。なお、幻覚でも啓蒙を吸われた時の痛みは本物だ。痛みだけだ。本当に脳髄を吸われているわけではない。

 

 セブルスも、最初に聖堂街で奴に出くわした時は、しばらくトラウマになったものだ。挙句、聖杯ダンジョンで階層主になっているのだから、全く笑えない。

 

 逆を言えば、それだけ強力な相手ということなのだ。ハンデとして逃げ回れるほどの広さも用意した。

 

 幻覚なので、仕掛け武器を使わなくても呪いで十分殺せるというのに、このざまか。

 

 なお、幻覚脳喰らいは、セブルスの入室と同時に姿を消している。幻覚なので実は終了呪文(フィニート)で一発終了でもあったのだ。なぜ気が付かなかったのか、実に不思議である。

 

 白目をむいて倒れ伏しているクィレルは、そのターバンがずれて後頭部が見えかけている。

 

 ウゴウゴと何やら蠢いており、かろうじてターバンの布が張り付いていてわからないが、凹凸具合から人の顔のようにも見えた。

 

 次の瞬間、クィレルが動いた。すっくと立ちあがったのだ。

 

 その拍子にターバンが完全に取れて、ほんの一瞬、蛇じみた奇妙な顔が見えた。

 

 『貴様ぁ、あの時の・・・!』

 

 クィレルが話したが、その声は彼のオドオドした声ではなく、氷でできたかのように冷たく、威圧感あふれるものだった。

 

 セブルスは、その声を知っている。10年前の、あの夜。リリーによって呼び出された、ポッター家で聞いたのだ。

 

 今のクィレルの身体を動かしているのはクィレル本人ではなく、寄生している闇の帝王の方なのだろう。

 

 なお、セブルスは枯れ羽帽子と防疫マスクも身につけて、久々の狩人モード全開で武装済みである。更にインバネスコートは校内でも変えずにそのままでいたのだ。おそらくヴォルデモートはそれでセブルスを最初から怪しんでいた。確信したのは今さっきというところだろうか。

 

 「憐れなものだ」

 

 端的に、セブルスは無表情で言った。

 

 分霊箱のために、ゴーストよりも惨めな霧霞のように成り果て、他者に寄生せねばならないヴォルデモートが。

 

 ホグワーツで教授職に勧誘されるだけあって優秀な魔法使いであったろうに、ヴォルデモートに寄生されてその道具にされているクィレルが。

 

 セブルスには、双方ともに憐れに見えずにはいられなかった。

 

 『やはり貴様か!セブルス=スネイプ!』

 

 「そちらは上手く隠そうとされてはいたようだ。が、ダンブルドアは見抜いていたようですな」

 

 『はっ!ダンブルドア!見抜いていたならなぜここにいない?』

 

 「私が知るか。本人に訊け」

 

 口ではそう言いつつも、セブルスには一つ、心当たりがあった。

 

 もし、ダンブルドアが予言のことをまだ信じているならば、いなくなったハリー=ポッターに替わり、ネビル=ロングボトムをその主役につけようとしたことだろう。

 

 あくまで推測の域を出ないが、ハグリッドの口の軽さで4階奥に隠されたものに勘づかせようとさせ、罰則やらにかこつけて、ネビルを帝王の元に向かわせようとした。

 

 ただし、ネビルはあくまで一学生としての領分を出ようとはしなかった。

 

 だから、ここにはいない。それが正しい。生徒を預かる寄宿学校で危険な目に遭わせるなど、本末転倒である。

 

 『ダンブルドアの代わりに相手になると?そもそも貴様、いつ気が付いた?』

 

 「答える義理があるとでも?貴公、その腐臭を何とかしたまえよ。ニンニクで紛らわそうと、わかるものにはわかるものだ。」

 

 確信に至ったのはハロウィーンであるのだが、それは言わないでおく。

 

 「それから、あれの代わりとは心外だ。私はあの老人ほど回りくどいことはせん。手短に済ませたい方なのだ」

 

 『おのれえ!』

 

 クィレルの身体を操るヴォルデモートは、苛立たしげに杖を振り上げた。

 

 間髪入れずに飛んできた呪い――流石に死の呪文は隙が大きいと学習したらしい――をセブルスが狩人のステップでよけた直後、クィレルは踵を返していた。

 

 彼はセブルスが解除した出入口――それも奥へ向かう方の通路に一目散に殺到した。

 

 それでも当初の予定通り、賢者の石を狙うつもりなのだろう。

 

 一番奥には、ダンブルドアの施した仕掛けがあるはず。そんな仕掛けがあって、どうやって解くつもりなのだろうか?

 

 興味の湧いたセブルスもまた、クィレルの後を追って部屋の中に入り込んだ。

 

 

 

 

 

続く

 

 

*1
おそらくは、星の娘エーブリエタースやメルゴーなどの上位者絡みの品




【クィレルのターバン】

 ホグワーツの“闇の魔術に対する防衛術”の担当教授、クィリナス=クィレルが頭につけている紫色のターバン。

 吸血鬼と遭遇したという彼は、その中にニンニクを詰めているとされ、極度にニンニク臭い。

 だが、真実は後頭部に出現しているヴォルデモート卿の顔から漂う腐臭を誤魔化すためのもの。

 圧倒的魔力とカリスマに、クィレルの魔法使いとしての矜持は失われた。来る復活の日のために、ターバンには魔除けの薬草たるニンニクを、闇の帝王の防護のために詰め込まれた。









 セブルスさん視点だからわかりづらいですが、ネビルとロンは、仲たがいするまではあれこれ動いて、賢者の石のことを調べ上げていました。(不仲のハーマイオニーは除外です)

 そして、またしてもロンにはセブルスさんは疑われています。原作よりも嫌味成分が控えめだし、ネビルも懐いているので、疑っているのはロンだけです。

 そして、仲たがいの結果、もういい!僕一人で石を守る!と寮を飛び出そうとしたロンを、ハーマイオニーとネビルが二人がかりで止めました。原作ではネビルにかけられた全身石化の呪いは、ロンにかけられる羽目になりました。

 そして、ロン一人じゃフラッフィーさえ突破できなかったんじゃないかな?





 よく二次創作だと、ニコラス=フラメルとダンブルドアの共同研究の件についてツッコミが入れられて、ダンブルドアが名声目当てに共同研究にしたんだー、とか解釈されてますが、フラメルさんから持ち掛けたって可能性もあるよな、と考えてみました。

 まあ、本当は原作者さんがノリと勢いで書いて、後から指摘されて、あっやべってなっただけでしょうけどね。




 次回の投稿は、来週!内容は、VSヴォルデモート後半戦。その後始末からの夏休み序盤。

 原作の2年目の夏休みといえば、ダーズリー一家による鉄格子監禁事件ですが、そのきっかけを作った子。本シリーズでも問題を起こします。

 ご主人さんがセブルスさんにモツ抜きされちゃうかもしれないのに、です。


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【8】セブルス=スネイプと、賢者の石②

 前回は、評価、感想、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 というわけで、続きです。

 第2楽章はどこまでやるの?ということですが、第3楽章のスタートをキリよくしたいので、あと1話+外伝(実質2話)で終わりということにします。





 ※寮杯の得点について

 セブルスさんが原作とは違ってえこひいきをしないので、原作とはだいぶ得点が違うと思います。

 あと、劇中で語っていますが、ハグリッドのドラゴンについての報告も、後日ハリーJr.&ドラコ、ハーマイオニー、それぞれ得点が与えられています。

 ロンも、第2楽章6ラストでダンブルドアが語った通り、(やり方はどうあれ、ハグリッドを思いやっての行動のため)減点・罰則が軽減されているので、30点減点に軽減されています。



 もう一つ。

 思うところがいろいろあるかもしれませんが、ロンはまだ11~12歳の子供です。反抗期も入ってくるでしょうし。子供は間違いを一杯やって叱られて成長していくものでもあります。1年生の時点ではこの有様ですが、まだ来年以降があります。もうちょっと彼については温かな目で見てあげてください。

 具体的には・・・ペットのネズミの件でひと悶着あるだろう3年生までは!




 

 クィレルを追って、セブルスも奥の部屋に踏み込んだ。

 

 がらんどうの室内には、一つ大きな姿見が鎮座している。

 

 そして、クィレルはそれにへばりつくようにああでもないこうでもない、と調べているらしい。

 

 「何だこの鏡は・・・?

 

 この中に石が?私が石をご主人さまに差し出しているのが見える・・・どうすれば得られる?」

 

 へばりついてブツブツ言うクィレル(どうやら気が付いた彼自身らしい)を無視し、セブルスは鏡に目を向けた。

 

 鏡の枠に、古めかしい字体で『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』と書かれているのが、薄暗さの中かろうじて読めた。

 

 そして、セブルスの視線が鏡の中の彼自身と交わった。

 

 瞬間、鏡の中の彼がニヤリッと邪悪な笑みを浮かべ、ほぼ同時にパンっ!と音を立てて、鏡が粉々に砕ける。

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!目がぁぁぁぁ!目がぁぁぁ!!

 

 ご主人さまぁぁぁぁぁっ!!」

 

 至近距離で鏡にへばりついていたクィレルはたまったものではなかったらしい。目の中に破片が入ったらしく、顔を覆ってゴロゴロと悶え転げ回っている。

 

 これが闇の帝王と、その手先の現在の姿か。

 

 セブルスは遠い目をしてため息を吐いた。

 

 ポッター家を襲撃して、数多くの死喰い人にひれ伏された、恐怖の権化の姿としては、何ともしまらないものがある。

 

 『ええい、クィレルよ、落ち着くのだ!』

 

 「ごしゅ、ご主人さまぁぁぁぁ」

 

 「気は済んだかね?」

 

 主従漫才にしか見えないやり取りをするクィレルとヴォルデモートに、セブルスは冷淡なツッコミを入れた。

 

 『スネイプ!貴様、何をした?!』

 

 「私が知るわけないだろう」

 

 ヴォルデモートの詰問を、セブルスは冷たく切り捨てた。

 

 

 

 

 

 この時点のセブルスは知らなかったが、この姿見は“みぞの鏡”という、一種の闇のアイテムで、その人の望みを映し出し、虜にして身動き取れなくさせるというものだったのだ。(こんな危険性があるのだから、十分闇のアイテムの範疇に入るだろう)

 

 ダンブルドアはそれを応用し、鏡の中に賢者の石を入れ、石を望めど使用までは望まない人間にしか、石を取り出せないようにしたのだ。

 

 その人の望みを映す――つまるところ、開心術の応用のような魔法が使われている。そして、それが上位者にして、ヤーナムで狂気と啓蒙、冒涜あふれる経験を山と積んだセブルスを映せば、キャパシティオーバーに至っても無理はなかった。

 

 憂いの篩(ペンシーヴ)や、死の秘宝である蘇りの石でさえ壊れるのだ。みぞの鏡に耐えられるわけがなかったのだ。

 

 

 

 

 

 『おのれええええ!どこまでも邪魔をぉぉぉ!』

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れたらしいヴォルデモートが、クィレルの身体を操って立ち上がってきた。杖を振りかざし、呪いを放つ。

 

 セブルスは、それを軽くよけながら、右手に出現させたノコギリ鉈で、斬り付ける。

 

 「ぎゃああああ!痛い!ご主人さまあああ!」

 

 『黙っていろ!クィレル!殺してやるぞ!セブルス=スネイプ!』

 

 「できもしないことを言わないでいただきたい。大言壮語という言葉をご存じですかな?帝王閣下」

 

 ローブの上から胴を切りつけられ、傷口を押さえながらよろけるクィレル(鏡の破片のせいで顔面血まみれ)をよそに、喚く帝王と、静かに切り返すセブルス。

 

 わずかにリゲインできたクィレルの血に、セブルスは顔をしかめた。

 

 普通の血よりも、熱い。穢れた血族のそれとよく似ている。こちらの方が若干ぬるめではあるし、より臭いのだ。これこそが、ユニコーンの血をすすったことによる呪いだろうか。

 

 『苦しめ(クルーシオ)!』

 

 再びの杖を振り上げての呪いに、セブルスは左手にさげていた獣狩りの短銃を撃つことで対応する。ガンパリィだ。

 

 ・・・懲りない男である。

 

 「がはぁっ?!」

 

 杖を取り落とし、よろめくクィレルに、瞬時に距離を詰めたセブルスは、ノコギリ鉈を消した右手を、その腹に突き入れた。

 

 必殺にして必須技能たる、内臓攻撃だ。

 

 ブチブチと腸管を引きちぎり、たっぷりと熱い返り血を浴びながら、セブルスは吐き捨てる。

 

 「二度あることは三度ある、でしたかな?」

 

 「『ごあっ・・・?!」』

 

 血を吐いて倒れこむクィレルをよそに、セブルスは右手の腸管を放り捨てようとして、ふっと眉をひそめた。

 

 いつの間にか、それは風化した石のようにボロボロに硬くなり、砂のように崩れていっている。

 

 同様に、クィレルの身体も腹の傷からボロボロと砂と化して、崩れているところだった。

 

 遺言も残さずに、クィレルの身体は砕けて崩れ去り、ローブなどの衣類を残して床に散らばった。

 

 だが、セブルスは油断せずに静かにそれを見つめていた。直後、その砂に埋もれたローブから、ジワリと黒いインクがにじみ出るように、黒い霞のようなものが現れた。

 

 どこか悔しげに黒い霞は揺らめくと、そのまま通路を飛び出すように去っていく。

 

 セブルスは止めなかった。分霊箱が健在な以上、現時点での完全滅却が難しい上、今はその前にやることがあったからだ。

 

 先も記したように、今回の一連の出来事が、ダンブルドアのネビル=ロングボトムに対する試金石であるならば、もうすぐダンブルドアは魔法省への出張と見せかけた外出を切り上げて戻ってくるだろう。

 

 そして、セブルス自身は浴びたクィレルの返り血も砂になってしまっているので、砂まみれである。この状況をどうにかこうにか誤魔化す必要があるのだ。

 

 ダンブルドアに睨まれれば、ホグワーツを辞めなければならない。そうなれば、分霊箱探しが頓挫となるのだ。

 

 そして何よりも。

 

 セブルスはいつの間にかポケットに感じる重みにため息を吐いた。

 

 手を突っ込んで取り出してみれば、小ぶりな、血のように赤い結晶のような石があった。いつ手に入ったのだろうか?

 

 ・・・手に入った物はもらっておこう。ヤーナムでは死体漁りや、拾得物の無断着服など日常茶飯事だった。盗人も入っていたことだし、火事場泥棒などばれはしないだろう。

 

 ちょっと研究させてもらったら、速やかにフラメル夫妻に返却しよう。

 

 そう思い、その赤い石――賢者の石を血の遺志に還元して、速やかにしまった。証拠隠滅、これで身体検査をされようと、ばれる心配は皆無になった。

 

 すぐさまセブルスは服に洗浄呪文(スコージファイ)をかけて身ぎれいにして、武器の類も血の遺志に還元してしまった。

 

 そうして、彼は懐から取り出した青い秘薬を飲み干した。・・・最近この薬ばかり飲んでいるような気がする。

 

 直後、老体には似つかわしくない猛スピードでダンブルドアが部屋に駆け込んできた。

 

 お早いお越しだ。

 

 床に転がるクィレルの残骸(亡骸というにはあまりに無機質だった)に視線をくぎ付けにするダンブルドアをしり目に、セブルスは悠々と廊下を抜け出して不可視のまま自室に引き上げた。

 

 部屋についたところで薬は効果切れしたが、こちらの方が都合がいい。

 

 枯れ羽帽子と防疫マスクを外し、インバネスコートを脱いでコート掛けにかけて、デスクについた。

 

 まだいくつか書かなければならない書類がある。教授陣は生徒たちの帰宅3日後からサマーバケーションとなるが、帰宅しない教授もいるし、軽くでも来学期の準備をしておかねばならないのだ。

 

 羽ペンをとって、羊皮紙に書き付け始めたところで、目の前に銀色の猫が飛び込んできた。猫の守護霊といえば、マクゴナガルのそれだ。

 

 『セブルス。夜分遅くにすみません。教職員は全員緊急の招集がかけられました。

 

 すぐに職員室に来ていただけないでしょうか』

 

 ダンブルドアの行動は想像以上に早かったらしい。

 

 短く了承の意を告げて、セブルスは脱いだばかりのインバネスコートに袖を通し直した。

 

 

 

 

 

 その後、起こったことは端的に述べるとしよう。

 

 とりあえず夜中というのに開かれた緊急の職員会議でダンブルドアが事情を説明。

 

 ハロウィーンでのクィレルの不審行動を訝しんでいたが確証がなくて言い出せなかった、ハグリッドの卵の入手経路を訝しんで独自に入手経路を調べ上げて確信したが、証拠がない。そこで、罠にはめるべくわざと出張を装った、案の定クィレルが侵入したので、後を追って止めようとした、と。

 

 そして、4階廊下で砂に埋もれたローブが発見されたらしい。サイズと、一つ前の部屋に転がっていた紫のターバンから、クィレルのものだろうと。

 

 おそらく、帝王の寄生による反動だろう、とダンブルドアは憐れむようにつぶやいた。

 

 ここでダンブルドアは、ひたとセブルスに視線を向けて(開心術ではないが、反応を見逃すまいとしてだろう)、皆、何か知っていることはないだろうか、と尋ねてきた。

 

 嘘ばかりは言ってない、事実すべてでもないだろうな、とセブルスは閉心術できっちり閉ざした頭の中で思った。

 

 ここで、マクゴナガルが賢者の石はどうしたのか、という質問を投げた。

 

 壊した、フラメル夫妻から許可はもらっている、としれっと言ったダンブルドアに、セブルスは閉心術で覆い隠した内心で、嘘つけ嘘を、とぼやく。

 

 セブルスが着服したことはばれてないだろうが、石を収めた“みぞの鏡”は割れてしまっているわけで。ヴォルデモートが持っていったと思ったのだろうか。

 

 いや、それならヴォルデモートが復活しているだろうから、それはないと思っているのだろうか。

 

 ならば、なぜわざわざ壊した宣言をするのだろうか?

 

 鏡が割れたので、中の石も失われたと判断したのかもしれない。

 

 いずれにせよ、セブルスに何か言う権利はない。手元の石は有効活用させてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、寮杯を発表する学年末パーティーの時間である。

 

 グリフィンドールの途中大幅な減点のため、スリザリンがトップ!・・・となるはずが、最後の最後で駆け込み点数――石泥棒を察知したロナルドと、彼を止めたネビルとハーマイオニーのため――が与えられてしまい、セブルスは溜息をついた。

 

 

 

 

 

 ちなみに、ドラゴン関連の減点加点について補足しておくと、

 

 グリフィンドール・・・ネビルとロナルド(ダンブルドアの宣言もあって)がそれぞれ30点ずつ減点。ドラゴンのことを報告したハーマイオニーに後日10点の加点

 

 スリザリン・・・ドラコとハリーJr.のドラゴンの報告にそれぞれ5点の加点

 

 となる。

 

 

 

 

 

 それはもっと早く与えておけ。ここでやるんじゃない。

 

 ほら見ろ、スリザリンのテーブルがめちゃくちゃしらけている。自分たちの期待返せって、しらけてる。

 

 盛り上がる他3寮のテーブル(どちらかというと、ハッフルパフとレイブンクローはつられて盛り上がっているだけだ)をよそに、セブルスは早くパーティーが終わらないだろうか、と遠い目をした。

 

 「セブルス様、この場で点数を与えるのはよいのですか?」

 

 「よいのではないか?校長殿御公認だ」

 

 「では、私の方はスリザリンに5点あげたいです。今朝、5年生のニコルソン様が、荷物運びを手伝ってくださいました。先日が締め切りと伺っていたので加点できなかったのですが、ここで加点していいなら加点とします」

 

 投げやりに言ったセブルスに対し、メアリーが淡々と言った。

 

 瞬間、寮の得点掲示用の砂時計に加点がなされ(実はメアリーにも減点加点の権利があるのだ)、それまで盛り上がっていた全員が沈黙した。

 

 またしても、ギリギリの逆転だったのに、スリザリンがトップに躍り出てしまったからだ。

 

 「・・・では、ハッフルパフにも5点追加を。今朝早く、温室の掃除をMr.コードウェルが手伝ってくれましたので」

 

 「ならば、レイブンクローも5点・・・いいえ、10点追加を!」

 

 言い出したスプラウトと、フリットウィックに、ダンブルドアが信じられないものを見るような目を向けている。空気読め!と言わんばかりだ。

 

 最初に空気読まないことやらかしたのは自分だという自覚はあるのだろうか?

 

 「いいんですよね?セブルス様」

 

 「よいのではないか?最初に許可を出したのは校長殿だ」

 

 不思議そうに首をかしげるメアリーに、セブルスは遠い目をしながらうなずいた。

 

 「駆け込みの加点が許されるなら、当然減点も許されますな」

 

 遠い目をして投げやりに言い放ったセブルス(彼にはこうなるのがわかっていた)に、ギラリと各寮の監督生が目を光らせた。減点ならば監督生にも権限がある。

 

 そこからは見るも聞くも苦しい、減点合戦が横行してグダグダとなり、せっかくのパーティーが台無しになりかけた。

 

 やむなく、マクゴナガルが駆け込みの加点減点のすべてをなかったこととし(そんな!とロナルドが一人喚いていた。ネビルとハーマイオニーは当然だろうという顔をしていた)、スリザリンが寮杯を獲得することで、学年末パーティーは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 なお、それ以降、学年末パーティーの席における寮の加点・減点は永久禁止となったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 さて、サマーバケーションだが、セブルスは積もりに積もったフラストレーション解消のために、聖杯に潜っていた。

 

 やはり、子供の相手というのは大変なことである。

 

 特に、平時ならば面倒になってすぐさま暴力に訴えられるところでも、曲がりなりにも教職であるならば我慢せねばならないのは、かなりの苦行であるともいえた。

 

 

 

 

 

 一応、前年のスラグホーンから授業の進め方の手ほどきを受けていたし、ホグワーツにも一応、授業マニュアルというものはある。

 

 魔法薬学の場合は、まずはノートに写すための基礎理論があり、それを中心に用いる例題の薬の調合法の指導法がセットで載っている感じだろうか。

 

 教師はそれに肉付けし、生徒が理解しやすく補佐する役目、と言い換えてもいいだろう。もちろん、約1000年前に成立したホグワーツの授業マニュアルだし、教科書も担当教授によって変わってきている上、年々改定されてきている。マニュアルはあくまで、目安に過ぎないのだ。

 

 そして、セブルスもそれを参考に授業を進めているが、やはりフラストレーションはたまる。

 

 

 

 

 

 投げる。斬る。斬る。斬る。投げる。斬る。斬る。斬る。

 

 本日の聖杯ダンジョンの階層ボスは、血に渇いた獣である。一見すると、赤く長い毛の4つ足の獣に見えるが、実は毛ではなくて、背中の皮が剥がれて垂れているだけと分かった時のセブルスの衝撃はすごかった。

 

 この獣の厄介なところは毒性の血液を持っており、リゲインすると毒も取り込んでしまうのだ。

 

 一番最初、旧市街でこの獣と戦った時、獣の攻撃よりも先に毒のダメージのせいで力尽きたのは言うまでもないだろう。

 

 ゆえに、本日はあらかじめカレル文字で耐性をつけておき、匂い立つ血の酒で誘導して、背後からひたすら斬りかかる戦法を取っている。

 

 この獣、垂れてきた背中の皮のせいもあるのだろう、視力があまりよくないらしく匂いで標的を探っているらしい。ゆえに、匂い立つ血の酒で容易に誘導できるのだ。

 

 発火ヤスリによる火炎属性付加も併用して、早期決着が目標である。

 

 ヤーナムの獣の持つ毒は下手な魔法薬系統の解毒剤でも中和しきれず、白い丸薬が必要不可欠だ。できれば、それも使わずに済ませたい。

 

 最後の一撃を叩きつけるや、断末魔とともに血に渇いた獣はドオッと横倒しになって倒れて消える。

 

 倒れたところにあった血晶石をセブルスはすぐさま拾い上げ、聖杯ダンジョンのあちこちに設置されている薄明かりに透かして確かめる。

 

 あまりレベルは高くないが、まだ未強化の武器もあったので、そちらにつけるとしよう。

 

 一つ頷いて、セブルスは血晶石を懐にしまう。

 

 ここでセブルスは、懐から銀鎖の付いた懐中時計を取り出した。

 

 言っておくが、魔法界製のみょうちきりんなものではない。下手をすれば文字盤の方が動くとか、そもそも時間ではなく持ち主の行動を表しているとか、針じゃなくて惑星運動で示しているとか、ややこしいものではなく、マグル製の良識的なものである。

 

 ・・・なお、その蓋には“瞳”のカレル文字が彫り込まれていたりする。

 

 セブルスはこの時計に魔法をかけており、時間の流れがわかりづらい聖杯ダンジョンでも、外の時間(年月日まで表示される)がわかるようにしているのだ。

 

 うっかり時間も忘れて、聖杯ダンジョンにのめりこんでいた。

 

 とある狩人の界隈では、聖杯にのめりこみすぎて、ヤーナムを置き去りにする狩人たちのことを地底人などと呼んでいたが、セブルスは、自分はそこまで重症ではないと信じたい。(一時、ヤーナムなんぞ知らんと聖杯ダンジョンに潜りまくっていたくせに、本人に自覚はない)

 

 いい加減出よう。三日も聖杯ダンジョンに閉じこもっているのは、さすがに精神衛生的によくないだろう。

 

 階層ボスを倒したことで出現した灯に手をかざし、セブルスは聖杯ダンジョンを脱出した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 猛スピードでセブルスは走っていた。

 

 服装はリリーに釘を刺されたので、適当な服屋で購入したマグルの黒服を着用している。

 

 ロンドンでも大手の病院(もちろん、マグル界のだ)の入り口に駆け込み、患者名を告げれば、看護師は少々怪訝そうにしつつも素直に場所を教えてくれた。

 

 赤い処置中ランプの付いた扉の前で、沈痛な表情で集う3人。

 

 涙目のリリーと、その肩を抱き寄せるハリー。そして、泣きそうなのを懸命に我慢している様子のヘザー。

 

 「・・・具合はどうだね?」

 

 歩み寄ったセブルスに、答えたのはリリーだった。

 

 「頭を、強く打ったらしくて、意識不明の、重体で・・・」

 

 ヒクッとしゃくりあげながら言ったリリーに、ハリーが沈痛な面持ちで続けた。

 

 「二人で遊びに行かせて、帰ってくる途中だったんだ。どうして、こんな・・・」

 

 「・・・おじさん、手を貸して」

 

 静かに口を開いたのは、ヘザーだった。据わりきった目つきをしている。

 

 ・・・セブルスはアルフレートを思い出した。カインハーストの招待状を渡し、歓喜に満ちた感謝の言葉を述べた直後の、彼の目つきと同じだった。

 

 「・・・どうするのだね?」

 

 「ジュニアの敵討ちよ。ドラコのところの、あの変な、チンチクリンに、復讐するのよ!」

 

 噛みつくように、ヘザーが言った。

 

 

 

 

 

 ヘザーが言うには、遊びからの帰り道、横断歩道にて、突然その真ん中でハリーJr.が転んだらしい。

 

 ヘザーは渡り終えてからそれに気がつき、慌てて引き返そうとしたが、何か見えない壁でもあるのか、横断歩道の中に踏み込めず、ハリーJr.は立ち上がろうともがくが、立つこともできず、そして。

 

 信号は変わり、走ってきた車にはねられたのだ。

 

 幸い、車の方がスピードを出してなかったのと、目撃者も大勢いて、すぐに救急車が呼ばれた。

 

 そして、そんな中、ヘザーは確かに見たのだ。

 

 ハリーJr.が轢かれた直後、変なものを見たのだ。子供ほどの大きさで、テニスボールのようなぐりぐり目玉に、枕カバーのようなみっともない服を着た、妙な生き物を。少し申し訳なさそうにしながらも小さく笑い、パチンと指を鳴らしてその場から姿を消したのを。

 

 ヘザーには、それは見覚えがあった。

 

 一昨年のハロウィーン、その日に家に遊びに来たドラコが連れていた妙な生き物――ハウスエルフの、ドビーだ。

 

 本来の役目は、ドラコのお目付け役兼世話係のはずだったが、まるでアイドルのようにハリーJr.にウキウキと接しており、あの怪物邸騒動の際は、ひたすら邪魔しかしなかった(ドビーが騒ぎ立てたせいで警官がやって来て、子供たちは一度補導されかけたのだ)、とんだ役立たずだった。

 

 あいつの仕業に違いない!ヘザーは確信していた。

 

 

 

 

 

 直前の、おそらくは多重魔法仕掛けと、指パッチンで姿くらましする子供大の、みっともない服を着た生き物。

 

 何よりも、ヘザーの証言。

 

 「マルフォイ家のハウスエルフか・・・」

 

 うなずいて、セブルスは怪訝そうにしているハリーに対し、ハウスエルフについての補足を入れる。

 

 「ハウスエルフは多くの場合、豪邸などに住む裕福で由緒正しい魔法使いの家庭に仕えている。彼らは、解放されない限りは主人の言うことに必ず従わなければいけないそうだ。

 

 また、杖を必要としない独自の魔術を備えており、小さな体にも関わらず極めて強力だ。

 

 そやつがジュニアに危害を加えたというならば、それを命じた主人がいるはずだ。

 

 だが、ルシウス=マルフォイがそれをするとは・・・」

 

 「Mr.マルフォイのところのハウスエルフ・・・? 何で、ジュニアが・・・?」

 

 涙目で見上げてくるリリーに、セブルスは首を振った。

 

 わかるわけがない。だが、幸い、セブルスはルシウスとは友好関係にある。わからないなら、直接尋ねることも十分可能だろう。

 

 その結果、好ましくないことになったとしても、仕方がない。ルシウスとは良い仲を築けていたと思っていたというのに、残念であったというほかない。

 

 「Mrs.メイソン。フクロウを貸していただけるかね?連絡を取りたい相手がいるのだ」

 

 「・・・ジュニアのだけど、それで何かわかるなら」

 

 セブルスの言葉に、リリーは涙をぬぐってコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

続く

 

 




【賢者の石】

 錬金術の深奥、完全物質。血のように赤い石で、不老不死の秘薬、命の水を生成し、黄金を作り出すことが可能。

 ニコラス=フラメルによって錬成されたこの石は、十分な命の水を生み出したのち、グリンゴッツからホグワーツに移送された。

 鏡の奥に眠らされた赤い石は、純粋に求めるものの手の中にこそ、現れるという。





 犬を飼うのは反対されたけど、手紙のやり取りができるし、何よりハリーJr.本人がちゃんと最後まで面倒見るから!(鳥かごの管理、餌はちゃんとやる!飛べなくなっても最後まで!)と宣言したことでシロフクロウのヘドウィグは、メイソン一家の一員になったよ!ハリーJr.のペットだからホグワーツに連れて行ってるし、フクロウのお世話について書かれてるハウツー本とかも読んで、原作よりも甲斐甲斐しく世話してるんじゃないかな?









夏休みコソコソ話

「ハリー=ポッター!ホグワーツに行ってはいけない!」

「ええっと、君、ドラコのところのハウスエルフだよね?ドビー・・・だっけ?

 ボク、ポッターじゃないし、他にもいろいろ疑問だけど・・・何で?」

 「それはそのう・・・ドビーは悪い子!」

 「わあ?!こんな公園で、それはやめて?!わかった、質問は取り消すから!」

 「では、行かないと約束していただけるのですね?!」

 「うーん・・・じゃあ、行かないって言ったら、君がどうにかしてくれる?」

 「え?」

 「だってホグワーツに行かないんだよ?今年の分の魔法の勉強は?君が家庭教師を派遣でもしてくれるの?そうだ!今年からクィディッチも始められるのに、それもダメになるんだから、それも何とかしてよ。ドラコと一緒にチームに入ろうって約束してるんだ。

 ホグワーツがダメなら、せめてイルヴァモーニーに編入とか、そういう手続きは?ルシウスさんがやってくれるの?」

 「(想定外すぎて固まってる)」

 「理由が言えないなら、せめてこれはこう考えて代わりにこうしたらいいように手配してるって説明してよ。でないと納得できないよ?

 あ、ヘザーが戻ってきた。ボク、もう行くね!ドラコによろしくね!」

 ドビーは決意した。言ってわかってもらえないなら、実力行使に出るしかない!と。





 次回の投稿は来週!内容は、セブルス&ハリーVSルシウス、ドビーという名の生肉サンドバッグを添えて。お楽しみに。


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【9】うっかりルシウスと、戦犯ドビー

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 というわけで、本編続きです。

 描写不足でしたが、前回クィレルさんのドロップがなかったのについては、ユニコーンの呪いと寄生帝王様に全部持っていかれたせいです。狩人セブルスさん、消化不良だったことでしょう。


 ルシウス=マルフォイは眉間にしわを寄せながら、パブ『漏れ鍋』の特等席にいた。

 

 サマーバケーション中にセブルスと二人で会って、近況報告(という名の愚痴の言い合い)をしながら、食事をするというのは珍しいことではない。

 

 だが、今回はあちらからわざわざフクロウで手紙をよこしてきた。・・・それも、息子が言うには、ハリー=メイソンJr.のシロフクロウ(ヘドウィグという名前らしい)を借りてまで。

 

 わざわざ、『漏れ鍋』で会いたい、ハウスエルフを必ず連れてくること、こちらも同行者を一人つけておく、大事な話がある、詳しくは会って話す、という旨が記されていた。

 

 

 

 

 

 正直、ルシウスは、彼の家のハウスエルフ――ドビーを連れて行くのは気が進まなかった。

 

 このドビーというハウスエルフは、祖父の代まで勤めていたハウスエルフが病気でやめてしまってからついたらしいのだが、とにかく、マルフォイ家とは合わないのだ。

 

 きっと、ドビーなりに気を利かせようとしているのだろうが、気の利かせ方が明後日の方向に向かってしまっている、というのだろうか。要領も非常に悪い。

 

 そのことで怒ろうものなら、自己折檻(「ドビーは悪い子!」など喚いて)を始めて、そのためにまた仕事を遅らせ、自分で増やすという、お前は何のために我が家にいる?と聞きたくなる有様なのだ。

 

 いっそ、魔法省のハウスエルフ相談室にでも駆け込みたくなる。・・・名門名家のマルフォイ家がそんな窓際部署に行くなど体裁が悪いため、我慢をせざるを得ないのだ。

 

 いやもう、いっそ履き古した靴下でも投げつけてやろうか。しかし、すでにこのドビーはマルフォイ家の一員として、マルフォイの機密を知られてしまっている。特に。

 

 

 

 

 

 あのお方からの預かり物と、セブルスの大事な幼馴染とその家族のことは、誰にも知られてはならない。

 

 

 

 

 

 前者はもう処分したくてたまらないし、実際もう既に実行しようと思っている。

 

 後者は、息子の恩人たちで息子同士は友人同士でもあるし、父親は商売の外部アドバイザーにしている。さらには、最近ブラックのところの荘園とローテーションで農作業に勤しむ人狼たちのリーダー、フェンリール=グレイバックからの忠告もあって、やりたくない。

 

 というか、グレイバックが実際のところ敵に回すなと言ってきたのは、あの一家の背後にいるセブルスの方だ。

 

 「おい、あんた。何やらかそうとしてるか知らねえが、何かやらかすなら月香の旦那(セブルスのことだろう)に一言声をかけときな。

 

 あんたが一人で自爆ってんなら、文句はねえよ。けど、周囲を巻き込んでんじゃねえ。俺たち人狼を巻き込むな。

 

 あの旦那を敵に回すのは御免だ・・・!」

 

 真っ青な顔で震えながら言ってきたグレイバックは、ルシウスが処分したくてたまらない例のもののことは何一つ知らないはずなのに、そう言ってきた。

 

 人狼の嗅覚で探り当てたのだろうか。

 

 ルシウスは薄汚い、人狼風情と交わす言葉は持ち合わせない上流階級ではあったが、人狼の鼻――危機感知能力は舐めてないつもりだった。

 

 というか、あの後輩はこの狂犬じみた人狼に何をやらかした?

 

 そして、この狂犬人狼が怯えるほどの何があるというのか。あの物静かな後輩は、まさか闇の魔法あたりに手を染めていたとでも言うのか?

 

 ずいぶん雰囲気は変わっていたが、そこまで危ないというようには見えなかったのだが・・・。

 

 一昨年のハロウィーンの時に、魔法も使わずマグルのように爆発する金槌で、あの化け物屋敷を相手にしていたのを見た時には、目を疑ったが。世界一周(グランドツアー)で一体何があったのだろうか?

 

 だが、危機感知能力という点では、海千山千の貴族社会と政界の綱渡りをやってのけたルシウスも負けず劣らず、優れていた。

 

 ともあれ。

 

 保身に長けている、と言えば聞こえは悪いが、とにかく、ヤベエと思ったら手を出さずに遠巻きにして、できるならその力を利用、あるいは自分たちに被害が来ないようにするマルフォイである。

 

 とにかく、フェンリール=グレイバックの警告を、ルシウスは(人狼風情が、と侮蔑しつつも)真摯に受け止めた。

 

 幸い、ルシウスとセブルスは関係良好であり、彼の見守る一家の子供たちと我が子の仲もいい。一家の家長となるハリー=メイソン氏には、商売の外部アドバイザーにもなってもらっている。敵対する理由の方がない。

 

 問題はない、はずだ。

 

 

 

 

 

 ハウスエルフに眉をひそめる店主にチップを投げて黙らせ、ルシウスはいつもの特等席で悠々と書籍を開いていた。

 

 コツコツという足音に、ルシウスはようやく来たか、とパムッと書籍を閉じて、視線を上げた。

 

 だが、そこにいたのは、セブルスだけではなかった。黒髪の、少々頼りない感じのする、細身の男を伴っていた。

 

 もちろん、ルシウスはその顔と名前を知っていた。ハリー=メイソン。マグルでありながら、ルシウスですらおののいた化け物屋敷に一歩も引けを取らずに立ち向かった男だ。加えて言えば、息子の恩人の一人でもある。

 

 少々変わった考え方をしているようだが、有事に発揮される胆力もさることながら、マグルの知識も豊富で有用な人物だとルシウスは思っている。・・・もちろん、彼の娘の特殊な力が有事の切り札になりそうだ、という下心込みである。

 

 おや、とルシウスは眉を上げた。

 

 セブルスが、彼をわざわざこの店に連れてくるのも珍しいが、彼はルシウス・・・と言うか、正確にはドビーを見るや、日ごろの穏やかな視線を一転させ、鋭い目つきでにらみつけた。

 

 ルシウスは、あのハロウィーンの夜を思い出した。マグルの黄色い大きな乗り物を乗り回した挙句、拳銃をぶっ放した時――あの時の彼の目つきと同じだったのだ。

 

 「こんにちは、Mr.マルフォイ。無礼を承知でお伺いさせていただきました」

 

 言葉尻こそ穏やかだが、目つきのせいで台無しになっているハリーが一礼するのをしり目に、セブルスが口を開いた。

 

 「重要な話があるのです。場所を変えてよろしいか?」

 

 「いいだろう」

 

 セブルスが、(いくらルシウスが許容しているといえど)マグルの友人を伴うなど、何かあったに違いない。

 

 この後輩は、ホグワーツ中退後の世界一周(グランドツアー)から戻って来てから、さほど純血だの、闇だのと滅多やたらと口にしなくなった。こだわりを捨てたのだろうか。ルシウスとしては、見込みある後輩が遠くに行ってしまったようで少し寂しかった。(もっとも、そんなこと断じて口には出せなかったが)

 

 だが、セブルスはルシウスの前では、自分の意見は述べることなく、ルシウスの主張を静かに聞き、少なくともルシウスの前でマグルやスクイブを擁護することだけはしなかった。

 

 それが、いきなりマグルを連れてきたのだ。(いくら商売仲間の一人であり、恩人であろうとも)

 

 よほどのことがあったのだろう。内容次第では聞き入れてやらんでもない。

 

 店主の猫背のトムに言って、急遽宿の部屋を一部屋借りる。少々手狭だし、ルシウスが立ち入るには小汚かったが、すぐに済むだろうと、彼はたかをくくっていた。

 

 

 

 

 

 あんなことになるなら、屋敷に招待しておけばよかった、とルシウスは後に淀んだ眼をして後悔するのだが・・・この時点の彼が、それを知るわけがなかった。

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

 最初、セブルスに同行する、ジュニアの敵討ちをすると言ってきかなかったヘザーだが、父親の説得(ルシウスさんが命令したと決めつけるのは早い。それに、また狙ってくるかもしれない。そのときに、それを察知できるのはヘザーだけだ)を前に、しぶしぶ残った。

 

 怒髪天状態のヘザーもたいがいだが、スイッチが入った時のハリーも十分恐ろしい。

 

 なんてものを敵に回すのだ、とセブルスはひそかにこの事態を引き起こしたハウスエルフに呆れた。

 

 もちろん、親愛なる友人一家の一員にして教え子の一人に手を出したハウスエルフに、彼が怒ってないわけがない。

 

 

 

 

 

 神をも恐れぬ所業であるというのは、賢明なる読者諸氏ならばお分かりいただけるであろう。

 

 

 

 

 

 さて、場所を『漏れ鍋』2階の宿の一室に移し、ルシウスは部屋にある椅子のうちの一つに杖を一振りして、座り心地のいいソファに変えると、そこに腰を下ろした。

 

 品も見目もよいルシウスがやると、完成された一枚絵のようになる。

 

 座りもせずに、セブルスは右手を振って無言呪文による耳塞ぎ呪文(マフリアート)を使うと、さっそく本題を切り出してきた。

 

 「ハリー=メイソンJr.をご存じでしょうな?彼が大けがをして、マグルの病院に入院しました」

 

 「何?」

 

 「交通事故に遭ったそうです」

 

 淡々と言ったセブルスに代わり、蒼褪めるドビーを睨みつけるハリーが口を開いた。口調こそ普段の穏やかなそれだが、低く抑えた声のせいで台無しだった。

 

 「娘が言ってたんです。あなたのところのハウスエルフがそれをやったのを見たと。

 

 Mr.マルフォイ。何かご存じですか?私やあの子が何か、あなたのお気に障ることでも?でしたら直接言っていただきたかったです」

 

 「ドビー!どういうことだ?!」

 

 ぎょっとしたルシウスは、らしくもなく優雅さをかなぐり捨てて、ドビーに詰め寄った。

 

 この異端のハウスエルフの突飛さには慣れたつもりであったが、まさか無断で他所の人間――それも、恩人の家庭の子息(さらにはポッター家の嫡子であり、現在その父親は商売も手伝わせている)に危害を加えようとは、思ってもみなかったのだ。

 

 「誤解です!ドビーは、リリー=ポッターの息子の、ハリー=ポッターを死なせないために!

 

 マグルの乗り物に、ちょっと当てさせただけヘブゥッ!」

 

 ハウスエルフも飛ぶらしい。

 

 検知不能拡大呪文でもかけてあったのだろうか、上着のポケットから取り出した鉄パイプを見事なまでのスイングで、慌てふためく(ついでに語るに落ちた)ドビーの頬に食い込ませるハリーは、恐ろしいまでの無表情だった。

 

 「亡きポッター氏には申し訳ないが、あの子は今、その名前を知らないんだ。その名前の持つ意味を知っているのかい?申し訳ないが、あの子も、リリーも、英雄にはなりたくないだろうし、そうさせるつもりもないんだ」

 

 壁に頭から突っ込んでそのままずり落ちるドビーに冷たく吐き捨てるハリー。そのまま黄金の右足で死体蹴りを食らわせかねない気迫があった。

 

 セブルスが見てないだけで、今もこの男、こっそり体を鍛えているのかもしれない。

 

 だが、スイッチの入ったハリーの狂戦士ぶりについ流しそうになったが、ドビーは聞き捨てならない言葉を口走った。

 

 「ドビーっ!!」

 

 ひきつった顔になるルシウス。すでにセブルスが耳塞ぎ呪文(マフリアート)で音の壁を築いているので、首の皮一枚でつながったようなものだ。それでも、気が気ではない。・・・やはり、連れてくるべきではなかったかもしれない。

 

 「ルシウス。一つだけお聞かせ願いたい。あなたはこれを、ご存じだったのですか?

 

 ・・・あなたとは、よき関係であったというのは、私の勘違いでしたかな?」

 

 鉄パイプを片手に冷たい目をするハリーを歯牙にもかけずに、セブルスはルシウスを睨みつけながら尋ねた。

 

 「馬鹿な!私とて今初めて知ったのだ!ドビー!なぜそんなことをしたのだ!」

 

 ルシウスの詰問に、鉄パイプにどつかれてふらついていたドビーはぐうっと喉の奥で息を詰まらせたような奇妙な音を立てると、椅子を抱きかかえるや、そこに頭を打ち付け始めた。

 

 「ドビーは悪い子!ドビーは悪い子!」

 

 「誰が折檻しろと言った!わけを話せと言ってるのだ!」

 

 いつものこととはいえ、ルシウスは盛大に舌打ちした。

 

 そして、ハリーに向き直る。

 

 「うちのハウスエルフが、大変失礼した」

 

 以前のルシウスであれば、マグルごときに頭を下げるのを腹立たしく思ったことだろう。だが、ドビーを御せなかったのはルシウスが悪いし、何よりハリーはドラコの恩人である。借りを返しきる前に、その息子を傷つけるなど、あっていいわけがない。

 

 これを知れば、息子がどんな顔をするのだろう?

 

 そして何より。

 

 何より、その隣で、黒い目を奈落の底のような、形容しがたい、寒気を掻き立てる目つきにしている、セブルス=スネイプが、恐ろしかった。

 

 彼を敵に回してはいけない。

 

 グレイバックの警告を改めて思い出した。・・・やはり、この後輩は闇の魔法に手を出しているのかもしれない。“あのお方”並み・・・否、それ以上に恐ろしい空気を醸し出している。

 

 ルシウスの生存本能が全力でそうわめきたて、保身にガン振りされた交渉能力が、ここでいかんなく発揮されることとなった。

 

 「これを、いかように料理しても構わない。私が責任を持つ」

 

 結論:ドビーを売ろう。

 

 ルシウスは立ち上がるや、椅子を抱えたまま、なおも頭を打ち付けようとするドビーをドカッと蹴りだした。ドビーは椅子を抱えたまま転がった。

 

 ハリーはといえば、ドビーのそんな様子に毒気を抜かれたか、剣呑な目をしていたものの、とりあえず鉄パイプは懐にしまう。

 

 「殴らんのかね?」

 

 「あまり効果があるように見えそうになくてね」

 

 その通り(EXACTRY)

 

 尋ねたセブルスに、嫌悪感に満ちた様子で言ったハリーに、ルシウスは内心で大いに同意した。

 

 最初、ルシウスもドビーのあまりの要領の悪さに、体でしつけようと折檻をしたのだが、そのうちそうすれば許されるとでも思っているのか、自己折檻するようになったのだ。(そして、まったく学習しないので、ルシウスはさじを投げた)

 

 「今更ながらすみません、Mr.マルフォイ。勝手にそちらの家のものに手を出してしまって」

 

 頭を下げるハリーに、ドビーは例のごとくハウスエルフらしいキーキー声で「さすが、ハリー=ポッターの父親代わりです!ドビーにまで優しい!」と叫んだ。

 

 途端に、きっとハリーはハウスエルフを睨みつけた。

 

 「君はさっきから最低に失礼だね。

 

 私の息子は、ハリー=メイソンJr.だ。それから、代わりって何だい?私は、今も、昔も、これからも。あの子の父親だ。代わりなんかじゃない!」

 

 ハリーの怒声は、耳塞ぎ呪文(マフリアート)の音の壁を突き抜けるほどではなかったが、部屋の中に響き渡った。

 

 温厚な時の彼の印象が強いルシウスは、完全に腰が引けていた。普段穏やかな人間が怒った時ほど恐ろしいものはない。

 

 加えて。

 

 「・・・ずいぶんとしつけの悪いハウスエルフだな、ルシウス」

 

 完全に敬語をかなぐり捨て、低い声で唸ったセブルスを、ルシウスは怖くて直視できない。

 

 闇の魔力もかくやと言わんばかりの、触れただけで窒息しそうな、悍ましい空気が漏れだしてきているのを、彼は自覚しているのだろうか。

 

 部屋の中が、異常で異様な異界になりかけている。

 

 ドビーが泡を吹いて白目をむいて昏倒した。

 

 ルシウスだってそうしたかった。だが、ルシウスだからこそ分かった。

 

 この後輩はまだ本気ではない。だからこそ、今、どうにか食い止めなければ!

 

 「・・・本当に、すまない」

 

 震えるのを抑え込んだのは、純血貴族当主にして、スリザリン寮生の先輩の意地だった。あとは、ここで自分が意識を失おうものなら、その咎が息子と妻に行くかもしれない、という家族を案じる気持ちもあった。

 

 

 

 

 

 あの一家と交流を持つことになった時、セブルスがぽつぽつと事情を話したのだ。

 

 闇の帝王失脚となったハロウィーン以降、ポッター母子はダンブルドアに追われていた。理由までは言わなかったが、ルシウスとて魔法省に伝手を持つのだ。うっすらと例のあの人関連の予言絡みだろうと、推測している。

 

 ・・・ダンブルドアが、目的のためには手段を選ばない、一種の非情さを持ち合わせていることも。

 

 セブルスやあの一家に対する貸しにもなると、ルシウスはそれを黙っていることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 ・・・まさか、このハウスエルフがやらかすとは思わなかった。(元ポッター夫人を英雄視して、その恩返しのつもりだろうか?)ここまで愚かとは思わなかったのだ。

 

 当のハウスエルフは、いまだに意識を彼方に飛ばしてしまっているが。

 

 ・・・何であのマグルは平然としていられるのだろうか?殺気が自分に向いてないからか?

 

 「・・・ルシウス」

 

 「何だろうか?」

 

 逆らったらだめだ。逆らったら、“あのお方”に敵対した時以上にひどいことになる、とルシウスは本能で悟っていた。

 

 「そのハウスエルフを、少し貸し出してもらえないかね?」

 

 声音こそ、普段の平坦なねっとりした声だったが、例の悍ましい空気は健在だった。

 

 だからこそ、ルシウスは思ってしまった。

 

 この後輩は、ドビーに何をする気だ?

 

 「余計な事に意識を割ける余裕があるようですからなあ。導きがあれば、きっとそのようなことはしないでしょうなあ」

 

 何で考えてることが分かったと言いかけて、ルシウスは即座に分かった。

 

 開心術だ。動揺のあまり、閉心術が緩んでいた。おそらく、表層思考を読まれただけだろうが、この後輩が自分に対してそれを使ってきたということは・・・相当怒っている。

 

 いまだに昏倒中のドビーを蹴り起こし、ルシウスは乾ききった喉奥をごくりと鳴らして、命じた。

 

 「聞こえていたな?ドビー。セブルスがよいというまで、彼の元へ行け。勝手に帰って来てみろ、生きていることを後悔したくなるようにしてやる」

 

 意訳:我らが家族のための生贄になってこい。お前のせいだろうが。

 

 気が付いて真っ青を通り越して死体のような土気色になるハウスエルフに、同情する者はいない。

 

 「セブルス、何をする気だい?」

 

 「・・・何、少々試してみたい治験があってな。ハウスエルフ相手というのが少々不満だが、まあ、何事も結果が出んことにはな」

 

 ハリーの問いかけに、先ほどまでの異様な空気をすっかり身の内に押し込めたセブルスが淡々と言った。

 

 「とりあえず、これが二度とうちの家族に近寄らないようにしてくれるかい?」

 

 「うまくいけば、それどころではなくなるだろう。形は違えど、導きには誰しも夢中になったものだ」

 

 導きって何?何する気だ?

 

 喉まででかかった質問を、ルシウスはグッと押し込めた。先ほどまでの異様で異質な後輩の様子は、しっかりルシウスの脳髄に刻み込まれている。言うべき言葉を間違えれば、ドビーに向けられた敵意が、今度は自分に向けられることになる。

 

 ドビーは再び卒倒した。愚か者め。自分の行いは、自分で何とかせんか。

 

 「再度謝罪しよう。この度は、当家のものが迷惑をかけた」

 

 とにかく、ルシウスは謝った。

 

 この後輩を敵に回してはいけない。グレイバックの警告と、自身の勘は正しかった。

 

 機嫌を損ねてはならないと、ルシウスは貴族のプライドをかなぐり捨て、謝罪することに徹した。

 

 「Mr.マルフォイはご存じなかったんでしょう?かまいませんよ。これ以上、息子が傷つけられない確信が持てましたしね」

 

 ハリーは元の穏やかな眼差しに戻り、そのままドビーを小脇に抱えるセブルスを横目で見やった。

 

 「恩に着る。また君たちには借りを作ってしまったな」

 

 「お気になさらずに。

 

 ああ、そうだ」

 

 ふと、ハリーが思い出したように言った。

 

 「息子が、学校の友人たちから手紙が来ないのを気にしてまして・・・ドラコ君からも連絡がないのはおかしいって言ってたんです。

 

 ・・・まさかとは思いますが」

 

 「・・・来い(アクシオ)

 

 ルシウスは、杖を一振りした。同時にドビーの纏う枕カバーから、ボロボロボロッと手紙の束が飛び出して、ルシウスの手元に収まる。フクロウに掴まれていたらしい爪の痕跡と、宛名のハリー=メイソンJr.の文字がそのすべてに刻まれている。

 

 

 

 

 

 ルシウスの愛息子も、ハリーJr.からの手紙が来ないと不審がっていた。

 

 『父上、ハリーからの手紙をご存じないですか?夏休みの間、遊びに来てと誘われていたのに・・・』

 

 毎朝フクロウ便を確かめながらしょんぼりするドラコに、ルシウスも次にハリー=メイソンと会うときに、話を聞こうと思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 その原因は目の前にいたのだ。

 

 ルシウスは、無言で手を差し出したマグルの男に、「重ね重ね済まない」と謝りながらそれらを手渡した。

 

 そうして、ルシウスはセブルスに向き直って言った。

 

 「・・・セブルス」

 

 「何でしょうか?」

 

 「このハウスエルフの記憶を消す薬はあるかね?忘却術は耐性が高いと聞いている」

 

 「治験段階のものが一つ」

 

 「よろしい。許可なら私が出す。ぜひそれも使ってやってくれ」

 

 今度という今度は腹に据えかねた。ルシウスは恥も外聞もかなぐり捨てて、ハウスエルフ相談室に駆け込む準備と、ドビーの顔面にたたきつける靴下――孔雀小屋の掃除に使ったとびっきり小汚い奴を用意してやろうと固く決意した。

 

 

 

 

 

 だが、世の中はルシウスの思惑通りに進むとは限らない。

 

 ルシウスは知らなかった。恐ろしくなった後輩は、脳に瞳を宿しているがためか、以前よりも目端が利くようになっており、そもそもドビーがなぜそんなことをしたのか?その原因がルシウスにあるのでは?と勘繰っており、後日改めて詰問される羽目になったのだ。

 

 ルシウスは仕方なく、事情を吐露する羽目になった。

 

 

 

 

 

 “あのお方”の失脚から優に10年。いい加減死んでいるだろうと思った(多少の願望が入っているだろうが)ルシウスは、預けられていた怪しいアイテムを手放したいと思っていた。

 

 10年だ。闇の帝王がいなくなり、ルシウス=マルフォイが“死喰い人マルフォイ”から“純血名家当主マルフォイ”を優先できるようになって、10年経った。

 

 彼としては、このまま大人しく平和を享受していたいのだ。

 

 死喰い人の仕事だって、彼の父が闇の帝王とホグワーツ在学時から懇意にしていたことの延長・継続のようなものだし、彼個人は特に思い入れなどないのだ。

 

 だから、10年も経てばいい加減、手を切ってしまいたい。手元に置いてること自体が忠誠の証みたいな闇のアイテム、とっとと処分してしまいたいのだ。もうすぐ魔法省による闇の魔法の物品検査も入る。このまま保管し続けるのは危険すぎるのだ。

 

 ゆえに、紛失させる予定にしていた。

 

 ドビーはそれを知り、騒ぎを起こしたのだろう、と。

 

 アイテムの詳細だけは、頑として言えなかった。・・・正確には、ルシウスさえも知らなかったのだが。

 

 案の定、後輩は怒ってきた。ホグワーツで教師をし始めたため、ダンブルドアの影響でも受けたか、慈悲の心でも芽生えたか。

 

 ばれたらルシウスの身も危うくなるという、ルシウスとしては痛い指摘もしてきた。

 

 確かに。息子が在学中にホグワーツの理事のいすを立つのは、正直いやだった。だが、背に腹は代えられないのだ。

 

 ということを言えば、この後輩はしれっとこんなことを提案してきた。

 

 自分が処分しようか?と。

 

 世界一周(グランドツアー)で魔法的知識を多分に身につけ、魔法薬学にも詳しい、この後輩ならば、あるいは何とかなるかもしれない。

 

 ルシウスとしても、自分で処分するというのも考えないでもなかったのだ。

 

 だが、自分で処分してしまえば、万が一・・・億が一にも生き延びていた闇の帝王が、復権した場合、恐ろしいことになる。

 

 加えて、この闇のアイテムなら、下手に処分するより、敵対勢力(あのクソ忌々しいアーサー=ウィーズリーとその家族)に送り付けてやった方が――そして、そのままホグワーツに持ち込まれてダンブルドアをひっかきまわしてくれた方が、マルフォイの利になるのでは?という打算が働いてしまったのだ。

 

 これらはもちろん、ルシウスは口には出さなかった。

 

 だが、この後輩を敵に回すのと、どちらが恐ろしいことになるか。

 

 この後輩に処分を任せれば、まだ言い訳は利く。まだ、うっかり紛失と、称することができる。

 

 ルシウスがどういう決断をしたかは、記すまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 だが、よりにもよって、その闇のアイテムを引き渡す当日、ルシウスはカモフラージュとして家族連れで立ち寄った書店で、人気作家ギルデロイ=ロックハートがサイン会をしていてもみくちゃ状態の上、さらにエンカウントした天敵、アーサー=ウィーズリー氏と殴り合いの大げんかをやらかした。

 

 そして、そのどさくさで、引き渡し予定のアイテムを、本当に紛失してしまったのだ。

 

 セブルスが、その広いデコに“エーブリエタースの先触れ”を叩きこんでやろうかと一瞬真剣に悩んだのは言うまでもない。

 

 かくして、セブルス=スネイプ魔法薬学教授、2年目のホグワーツも波乱となることが確定した。

 

 

 

 

 

 なお、スネイプ宅となる『葬送の工房』での治験を終えて帰ってきたドビーは、妙に頭を膨らませて、蕩けた瞳で「導きが聞こえるのです・・・湿った音が頭の中に聞こえるのです・・・」など茫洋と呟いていたが、無視してルシウスは当初の予定通り汚い靴下を叩きつけてやった。

 

 新しく来たハウスエルフのリジーは、てきぱき働く、凄腕のいい子である。

 

 その後、ドビーがどうなったか、ルシウスは知らない。知りたくもない。

 

 ホグワーツで、奇妙に頭を膨らませたハウスエルフが、導きがどうの、湿った音がこうのと呟いているといううわさなど、彼は断じて知りもしないのだ。

 

 

 

 

 

続く

 




【ルシウス=マルフォイの杖】

 ルシウス=マルフォイが学生時代から愛用している、長さ46センチの杖。

 ドラゴンの心臓の琴線に、楡の木が使われている。

 純血名家当主であり、闇の帝王の忠実なる配下として、その杖は主とともにあった。

 主が真に心割くのは、いつだってマルフォイの血脈であり、愛する妻と大事な息子のことである。

 彼らを守るためならば、傅いた足元で、身を翻すべく足元に力を入れるのも厭わない。





 ルシウスさん、ホグワーツの理事やってるのに、ホグワーツに混乱撒くようなものを持ち込ませるようにしたらいけないと思います。

 理事って保護者の代表的な一面もあるってのに、あんなことしたらホグワーツにいる他の生徒なんて知らんもんね!って全力宣言したようなもんですよね。多分、原作ではばれないってたかをくくってたんでしょうけど。

 “秘密の部屋”を開かせるためのものとしか聞いてなかったらしいですし、ちゃっちゃと処分したかったからと言っても、やり方がまずすぎたんですよね。

 ひたすら自分と家族の保身第一を突き詰めた結果、多少痛い目に遭おうと、原作では見事に生き残ってますからね。

 正しいから生き残るわけでもない。力があるから生き残るわけでもないって、それ現実でもよくあることですよね。

 ハリー=ポッターシリーズは児童文学のはずなのに。




 2021.05.26.追記

 次回予告忘れてたので加筆です!次回の更新は日曜日!

 内容は、いよいよ秘密の部屋編…の前に外伝!

 「ホグワーツ教職夜話」と題して小話集をやります。

 ダンブルドアのお話、ハグリッドとケトルバーン先生のお話、実はいたよ!ピーブズ君のお話、以上3本です。お楽しみに!


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【インテルメッツォ2】ホグワーツ教職夜話

 評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

唐突ですが、『ベルセルク』作者の三浦健太郎先生がお亡くなりになられたそうです。言葉にできないほど悲しいです。この場を借りて、ご冥福お祈り申し上げます。



 話を戻して、本編の方は、『賢者の石』編が終了、次回から『秘密の部屋』編に突入となりますが、その前に外伝を一つ。

 インテルメッツォということからお察しのとおり、小話集です。

 お品書きはこちら。

①[狸の腹鼓で羊は踊るか]

②[森番は教導者たり得るか]

③[悪戯騒霊と、帰ってきたいじめられっ子]

 以上、3本立てとなります。以前から予告していたケトルバーン先生のお話もあります。


[狸の腹鼓で羊は踊るか]

 

※第2楽章1中盤以降、ダンブルドアの錯乱回復直後。

 

 

 

 

 

 「皆、すまなかったの」

 

 「ダンブルドア先生!もう大丈夫なんで?!」

 

 「ほっほっほ。心配かけたの、ハグリッド」

 

 医務室のベッドの一つを囲み、和やかな空気を漂わせていた。

 

 ベッドに上半身を起こすのは、偉大なる魔法使い、ダンブルドアである。

 

 にっこり笑うダンブルドアに、ぱあっと表情を明るくするハグリッド。ハグリッドほどでないにしろ、正気を取り戻して落ち着いた様子の校長に、他の教職員たちはほっとしたような顔をした。

 

 

 

 

 

 なお、ダンブルドアは教職員たちがやってくる前に意識を取り戻し、自分自身に杖を向けて忘却術を使用した。

 

 忘却術を使ったこと自体は覚えていた彼は、その記憶を、自分の賢い脳みそにとどめておくには不要だと判断したと思っているが、実際は違う。

 

 彼の賢くお行儀のよい脳みそには、あまりに過酷で冒涜的であったためだ。放置しておけば、脳溢血を起こしてもおかしくなかった。

 

 そもそも、ダンブルドアは自分が開心術を使ったことをセブルスに察知されたとは思ってもいなかった。

 

 何しろ、彼の使う杖は最強の杖であるニワトコの杖だ。この杖を手にしてからは、無言呪文も格段に楽になり、さらに本来なら詠唱をしなければ表層意識を探るのがせいぜいの開心術も、無言呪文で軽々と深層記憶まで探れるようになった。よほどの閉心術師でない限り、開心されているとは察知するのも困難であろう。

 

 より良き善のために。

 

 白に見えようと黒であるやもしれない。白を白と証明するために、正しく魔法を使っているのだ。何も問題はない。

 

 

 

 

 

 人間は楽な方へ流れる生き物である。

 

 一度楽を覚えてしまえば、そこから抜け出すのは至難の業である。

 

 ニワトコの杖によって強化された、察知されにくい無言呪文開心術を習得してしまったダンブルドアは、最初の頃こそ使うのに慎重になっていたが、数十年も使い続けたことによってすっかり感覚がマヒしていた。

 

 ゆえにこそ、目を合わせるだけで気軽に使えるその魔法を使うことに、ためらいはなかった。

 

 特に、学校から出奔して、数年も足取りがつかめず、次に姿を現した時は学生時代の面影もないほどの変貌を遂げていた――まるで、かつてのヴォルデモートと同じような、セブルス相手に使うのには。

 

 見た目こそ小ぎれいになっていたが、油断はできない。見せかけは人を惑わす邪悪だ。

 

 しっかり内面まで覗いて問題がないか確かめなければ。それもできないのに教師として雇うなどもってのほかだ。

 

 

 

 

 

 「まったくですよ、アルバス。一体どうしたのです?」

 

 「うむ。実は、久々に魔法薬の実験をやったのじゃが、どうも調合を間違えてしまったようでの。副作用が今頃になって出てしもうたようじゃ」

 

 「おっちょこちょいですね、次から気を付けてくださいよ」

 

 「ほっほっほ。すまんの」

 

 和やかに談笑する一同。

 

 セブルスに開心術を仕掛けたら、冒涜的すぎる記憶と経験を垣間見て、耐えきれずに発狂しかけて錯乱したのが実際のところだが、ダンブルドアはその内容は忘れてしまっている。

 

 だが、開心術を仕掛けたということ自体は覚えていた。それでも、他人に開心術をいきなり仕掛けるのは、マナーというか、人道的にどうかというのは分かっていたので、口にはしなかった。

 

 「時に、セブルスはどうしたのじゃ?」

 

 「今はホラスとともに、城内を見て回っていますよ。彼が在学していたころとは、使用教室が違ったりしていますからね」

 

 ダンブルドアの問いかけに、マクゴナガルが答えた。

 

 ホグワーツ城は広い。そして、創立して数百年、どころかもうすぐ千年経とうかという超骨董物件でもある。いくら魔法で耐久性を増していると言っても、メンテナンスは必要である。人間が中で生活していれば、なおのこと負担がかかるものだ。

 

 ゆえに、周期的に教室を変更し、使ってない教室は改装したり、補強工事を行ったりしているのだ。工事といっても、古い構造を魔法で補強したり保存や耐久性増加のための魔法をかけなおしたりしているだけだが。

 

 「それにしても、少々驚きましたわ。男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉が中国にありますが、ずいぶんな変わりようでしたわね」

 

 「あの拳には驚きました・・・杖を抜く前に、まさかマグルのように殴りに行くとは」

 

 スプラウトとフリットウィックが口々に言う中、教授陣唯一のゴーストであるカスバート=ビンズ(魔法史担当)がぽつりと言った。

 

 『なにやら不思議な香りもしましたな』

 

 「不思議な香り?」

 

 『ええ。まるで月の香りのようでした』

 

 現世と幽世の狭間に在るゴーストだからこそ、その香りを嗅ぎ取ったのであろうか?ぽつりと言ったビンズに、他の教授陣は全員が怪訝そうな顔をした。彼らにはそれらしい匂いは分からなかったのだ。

 

 髭をなでながら、一人静かに思案していたダンブルドアは、やがてポツリと言った。

 

 「ルビウス。覚えておるか?」

 

 「ヘイ。何をですか?」

 

 「かつて、この学校におった、優秀な魔法使いじゃ」

 

 途端に、教授陣がしんと静まり返る。

 

 「あやつは、邪な心をもって、この学び舎を邪悪に染めようとし、儂に阻止されてからは姿を消した。

 

 そして、そのまま何年も潜伏し、再び姿を現した時、あやつは変わっておった。姿はもちろん、かつての名前すら捨てて。

 

 皆が、その名を口にすることさえ恐れるほどの、恐怖の象徴、闇の魔法使いとなって」

 

 滔々としたダンブルドアの言葉に、誰かがごくりとつばを飲み込んだ。

 

 「アルバス?

 

 まさか!いくらなんでも!」

 

 「ミネルバ。儂は、悔いておるのじゃ。あ奴を見逃してしまったことを」

 

 言って、ダンブルドアは項垂れた。

 

 「あの時は、それが最善と思っておった。じゃが、もしかすれば・・・他に選択肢があったのかもしれぬ。

 

 あるいは、トムをもっと間近に置いて、しっかりと見ておけば、とな」

 

 「アルバス・・・」

 

 「・・・我々は、教師です。教え子が間違えそうならば、正して導くのもまた、我々の務めであるべきでした。

 

 それができなかった時点で、ここにいるものはほとんど同罪でしょう、ダンブルドア」

 

 もの言いたげにするマクゴナガルと、しんみりした調子になって言ったのはフリットウィックだ。

 

 「・・・今ならば、まだ間に合う者も、おるのじゃ」

 

 「・・・彼がそうなるとは限りませんよ?信じるのもまた、教師の務めでは?」

 

 顔を上げて言ったダンブルドアに、苦言を呈する調子で口をはさんだのは、校医のマダム・ポンフリーだった。

 

 「そうして、また繰り返せというのかのう?」

 

 「・・・校長。あまりこのようなことは言いたくありませんが、これだけは言っておきましょう」

 

 マダム・ポンフリーは、嫌悪に満ちた表情を隠しもせずに、老人を睨みつけて言い放った。

 

 「ここはホグワーツで、ここにいるのは、未来のイギリス魔法界を担う、魔法使いの子供たちです。寮で分けられていようと、それだけは絶対変わらないはず。

 

 そして、我々は、彼らを教え、守り、導く立場であるはずです。

 

 それをまとめるべきあなたが、率先して敵を作り上げるのは、子供たちに見せるべき、大人の姿勢なのですか?」

 

 マダム・ポンフリーの問いかけに、ダンブルドアはかけなおした半月型の眼鏡の奥のペールブルーの瞳を、黙ってきらりと光らせただけだ。

 

 「私はあくまで、生徒の味方です。彼らの心身の安全こそ、私の最優先課題です。

 

 それだけは確かですので。

 

 ・・・言いたいのは、それだけですよ」

 

 言い捨てて、マダム・ポンフリーはくるりと踵を返した。

 

 「ほっほっほ。わかっておるとも」

 

 ダンブルドアはそう鷹揚に笑った。

 

 

 

 

 

 のちに、己を殴り飛ばしてきたことについて詰ってきたセブルスに、ダンブルドアは自分の行いを早計であったかもしれないと思った。

 

 しかし、ハロウィーンの日、血の海を前に妙に落ち着いたセブルスを前に、再び疑心が持ち上がってきたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

[森番は教導者たり得るか]

 

 ※第2楽章6以降、ドラゴンの卵が引き取られてから。

 

 

 

 

 

 バーホーテンのココアの合言葉で、シルバヌス=ケトルバーン魔法生物飼育学教授が校長室に入室した。後ろにはそわそわしているハグリッドを連れている。

 

 ハグリッドは、きっと例の話だと確信していた。

 

 去年のことだ。引退を決めたスラグホーンが、自身の後継者としてスネイプを助手として雇い、1年かけて授業進行や指導のノウハウを伝え、後継者として太鼓判が押された状態にしてから、引退をした。

 

 そして、ケトルバーンもまた、向こう見ずさと情熱の結果、手足を次々失っていき、まだ無事な手足があるうちに、と引退を視野に入れ始めた。

 

 そこで、ダンブルドアが彼に後継者として推挙したのが、ハグリッドだった。

 

 ハグリッドは、危険生物の扱いにも長けているし、子供たちとも仲良くできるし、森番としての経験もある。きっとよい教師になる、と。

 

 ケトルバーンはそれを前向きにとらえたようで、とりあえず今年はハグリッドに対する指導内容をまとめ、来年から助手として授業に同席させる予定である。

 

 何だろうか?

 

 ハグリッドは、深くは考えず、きっとドラゴンを孵化させた自分のことを認め直してくれたに違いない!と気楽に考えていた。

 

 わざわざ自分を伴って、ダンブルドアの元へ行くのも、彼の元で、もう一度ぜひ後継者に!と言ってくれるのだろうと。

 

 ・・・もし、セブルスが彼の心の内を“開心”しようものなら、その啓蒙の低さを鼻で笑ったことだろう。

 

 この期に及んで、ハグリッドはドラゴン飼育の問題を問題と認識していなかった。

 

 

 

 

 

 「さて、シルバヌスや。大事な話とは、何事かのう?」

 

 ダンブルドアのデスクを挟んで立つ、ケトルバーンは、ゆっくりと口を開いた。

 

 「ダンブルドア。率直に言いましょう。ハグリッドを私の後継に、という話ですが、なかったことにしていただきたい」

 

 「へ?!」

 

 思っても見なかった言葉に、ハグリッドは思わず聞き返していた。

 

 「・・・理由を聞いても?」

 

 「聞くまでもないでしょう。先日の騒動を、お忘れですか?」

 

 静かに訊いたダンブルドアに、ケトルバーンは淡々と言った。

 

 「私が言えた義理ではないでしょう。アッシュワインダーの件*1は、決して人様に自慢できたものではありません。むしろ非難されてしかるべきです。私としても、耳の痛い限りでした。

 

 ですが、私にも最後の一線というものはあるのです。

 

 守るべき子供たちのいるホグワーツのすぐそばでドラゴンの飼育をするなど――うらやま、エヘンッ、そう、一番の問題は噛まれたことの危険性を指摘もせずに、子供自身のせいにする男が、魔法生物飼育学の教授になる?

 

 あえて厳しく言いましょう、ダンブルドア。

 

 今のハグリッドを教授に据えてごらんなさい。魔法生物飼育学は、けが人を大量生産する、ホグワーツ一危険な授業となるでしょう」

 

 「そ、そんな・・・」

 

 真っ青になって唇をブルブル震わせるハグリッドを他所に、ダンブルドアは半月型の眼鏡の奥の瞳の輝きを消して、険しい表情となる。

 

 「じゃからこそ、お主にそうならぬよう、後継指導をさせようと思うておったのじゃが・・・」

 

 「ええ。そのつもりでした。ですが、」

 

 ここでケトルバーンは、いつになく険しい視線でハグリッドを見上げながら言った。

 

 「どこの世界に、教え導くべき子供たち――まして、世話になったのは自分だというのに、処罰対象だと売り飛ばす男を、後継に据えるものがいるのですか!

 

 教授となるはずならば、もっと他にありようがあったのではないのですか?」

 

 「お、俺はそんなつもりじゃ」

 

 「あれから数日経つ。

 

 ハグリッド、子供たちに礼と詫びは入れたのかね?」

 

 「へ?」

 

 目を白黒させるハグリッドに、ケトルバーンは盛大にため息を吐いた。

 

 「セブルスの言ったことを忘れたのかね?

 

 本来、あのドラゴンは殺処分の上、解剖して標本化、あるいは魔法薬の材料にされてもおかしくなかったのだ。もったいな、エヘンッ、至極当然だ。

 

 それを、子供たちの恩情で、ルーマニア行きにされたのだぞ。

 

 飼い主として本来ならばお前がそうやって責任を取るべきところを、代わりにやってもらおうとしたのだ。

 

 ならば、最低限、その礼と、自分のために処罰を受けることになってしまったことへの詫びを入れるべきでは?

 

 私はここ数日、お前の動向をずっと見ていた。まったく、その気配はなかった。

 

 人の上に立つ教師の姿勢として、どうかと思ったのだ」

 

 子供に言い聞かせるように、事細かに言ったケトルバーンに、ハグリッドは慌てたように言った。

 

 「そんなら、礼を言って、謝ればいいんですかい?」

 

 ハグリッドは慌てると口を滑らす悪癖がある。加えて、極めて短気で単純なので、深く考えることをしない。

 

 だが、この状況で、その一言は実に余計で、啓蒙低い一言であった。

 

 ダンブルドアが顔色を変えて慌てた時には、すべてが遅かった。

 

 「そんならとはなんだね、そんならとは!!!」

 

 ケトルバーンは激怒した。必ずや、この無知蒙昧な森番を、後継に据えてなるものか、と固く決意した。

 

 「私に指摘されたから!魔法生物飼育学教授になるためだから!

 

 だから礼を言って謝るのかね?!本当は何も考えてないのだろう?!悪いとすら思ってないのだろう?!

 

 物事の筋も理解せずに、人としての礼節さえ弁えてないものが、教師として子供たちを教え導く?!笑わせるな!!」

 

 「じゃ、じゃがのう、シルバヌスや。お主とて、魔法生物関連では、いくつか事故をしておったではないか。あまりハグリッドばかり責め立てるのは」

 

 「ええ、してました!子供たちを巻き込んでしまうこともあって、申し訳ない限りでした!

 

 ですが、後始末はやりましたよ?!自分で!きちんと!

 

 アッシュワインダーの件だって、後で関係者に謝罪して回りましたし、片付けに協力してくださった関係各所にもお礼をして回りました!

 

 こんな片付けもできない、図体ばかり大きな子供とは違いますのでね!」

 

 なだめようとするダンブルドアにさえ、ケトルバーンは激高のまま言い返した。

 

 「まったく!スラグホーンが羨ましいですよ!まともな後継者に恵まれて!

 

 こうなったら、私も魔法生物研究協会や、愛護連盟の伝手で、別に後継を推薦するとしましょう!」

 

 義足を引きずるのも荒っぽく、ケトルバーンは踵を返した。

 

 「50年も森番をして、何一つ学べてないようだな。正直、失望したよ」

 

 振り向きもせずに吐き捨てて、ケトルバーンはそのまま校長室を出て行った。

 

 がっくりと膝をついて、さめざめと泣きだしたハグリッドと、疲れた様子でため息を吐くダンブルドアなど、一顧だにせずに。

 

 

 

 

 

[悪戯騒霊と、帰ってきたいじめられっ子]

 

 ※第2楽章1以降、セブルスのホグワーツ教員生活1年目中。

 

 

 

 

 

 ホグワーツ城には、大小さまざまな仕掛けがある。

 

 絵画は描写人物がおしゃべりして生徒たちを見守っているし、道に迷っていたならば、正しい教室への案内をしてやったりする。

 

 魔法にもよらない抜け道も大量にあり、スクイブの管理人フィルチはほとんどそれらを網羅してしまっている。

 

 階段は気まぐれで動き、途中で段が消えるからジャンプしなければならない、というものもある。

 

 ・・・一部の仕掛けは、城にかかった古い防護魔法の副作用からくるのかもしれない、とセブルスは考えている。

 

 強い薬に副作用があるように、強い魔法もまた、ノーリスクではないということだ。

 

 久々に・・・彼の感覚で100年以上間隔空けてのホグワーツ城である。いろいろ地理や仕掛けを忘れている部分があるのだ。

 

 セブルスも、多少の懐かしさもあって、スラグホーンとの打ち合わせの片手間、無人に近いホグワーツ城をこうして歩き回って、感覚を取り戻しているのだ。

 

 9月になれば、生徒たちが押し寄せ、あのにぎやかなホグワーツが帰ってくる。その前に、せめて満足に動き回れるようになっておかねば。

 

 「ほっほーん?変な匂いがすると思えば!」

 

 無人の教室を通りかかったセブルスは、その不快な声に足を止め、視線を上に向けた。

 

 意地悪そうな暗い目つきに大きな口の小男が、空中で胡坐をかき、頭の後ろで腕を組みながら、セブルスをしげしげと見下ろしている。

 

 「あんたが噂の新米助教授ちゃん?本当に変な匂いだ!まるで・・・そう、月の香り!」

 

 「・・・貴公にそう呼ばれる覚えはないのだがね?ピーブズ」

 

 「あっれ?どっかで会った?」

 

 小首をかしげる小男――ポルターガイストのピーブズは、しげしげとセブルスを眺め、ややあってポンと手を打つと、ニタァッとひときわ意地悪気に笑った。

 

 「だ~れかと思えば、泣き味噌灰色パンツのスニベルスちゃんか!ひっさしぶり~!」

 

 このポルターガイストは、セブルスの在学時も当然、ホグワーツにいた。

 

 そして、当然、セブルスの在学時の様子はおろか、やめるきっかけになった騒動、当時の渾名なども知っていた。

 

 当のセブルスは、わずかに眉を動かしただけだ。

 

 「何々、その格好?ずいぶん様変わりしたね~。死んだって聞いてたけど?」

 

 ・・・誰が死んだと噂したか、セブルスにはすぐに予想はついた。

 

 「リクエストにお応えする義理はありませんな。誰ぞが死んだといううわさをご所望ならば、本人が直接首をくくればいい。きっと皆、声を上げることでしょうな」

 

 「おお~う、怖い怖い。す~っかり、グレちゃって」

 

 フヒヒッと意地悪く笑うポルターガイストは、あいさつ代わりだろうか、悪戯を仕掛けようとした。

 

 浮遊魔法で、セブルスの持ち物を引き寄せた。

 

 「ほーら、ポケットの中身をごかいちょ、ぎゃああぁぁぁぁ?!」

 

 「あ」

 

 取られたのは、血走った目玉(儀式素材)だった。

 

 うっかり血の遺志収納に入れっぱなしにしてて、そのうち保管箱に放り込もうと、ポケットに入れ直していたのだ。

 

 「何、何これぇぇぇ?!」

 

 さしものポルターガイストも、目玉をそのまま手に持つということはできなかったらしく、エンガチョ!と言わんばかりに放り捨て、うっかり握ってしまった右手をズボンで拭いている。

 

 セブルスは、放られた目玉を呼び寄せ呪文でポケットにしまい直した。

 

 ・・・狩人のポケットは、目玉や肉片から石ころまでしまい込まれている、ゴミ屋敷以上の魔窟である。

 

 「スニーちゃん、何ポケットに入れてるの?!」

 

 「(儀式)素材だが?」

 

 「え?おいらが知らないだけで、最近の魔法薬って、生き物の目玉を使うの?それで、それを直でポケットに入れるの?」

 

 「何を言ってるのだ、貴公は」

 

 セブルスは、怪訝そうにポルターガイストを見上げて言い放った。

 

 「今は亡きポッター夫人は、ポケットに直接カエルの卵を入れて持ち運んでいたと聞いたが?」

 

 「え?あの子、あんなかわいい顔して、そんな豪傑だったの?」

 

 「うむ」

 

 セブルスは遠い目をした。

 

 ・・・そうとも。リリーはかわいい見た目の割に、ミミズやら蜘蛛やらカエルやらを素手で平然と掴み、これ見て!と姉であるペチュニアに見せては、悲鳴を上げられていた。

 

 ホグワーツに入ってから、セブルスは他の女性はああいうものは嫌がるのだ、とようやく学習したものだ。

 

 なお、ヤーナムの女性たちは血まみれであろうと普通に接してくれた。おかげで感覚がマヒした。

 

 だが、ポルターガイスト・ピーブズが、やられっぱなしで黙っているわけがない。

 

 セブルスのすきを見逃さず、彼は続けて悪戯を仕掛けた。

 

 「そーれ!就任記念の挨拶だよぉぉぉ!」

 

 元々、そのつもりだったか、近くにあった道具入れを開くや、中にしまわれていた掃除用具を、セブルスめがけて飛ばしてきたのだ。

 

 不意を突かれた初撃は、バケツの一撃を頭に喰らってしまったが、モップによる薙ぎ払い、箒や塵取りの殴打連撃は、バックステップとローリングを駆使してどうにか回避した。

 

 少々ふらつくセブルスを指さして、ピーブズは空中でげらげら笑い転げている。

 

 ・・・彼の危機察知能力がもう少し高ければ、彼はこの直後さっさと逃げだす・・・どころか、そもそも、最初の悪戯さえ仕掛けようとはしなかっただろう。

 

 狩人は、敵認定した相手には、容赦しないのだ。

 

 「なるほど」

 

 シャンと背筋を伸ばして、セブルスは低くねっとりした声音で言い放った。

 

 「ならば、私も挨拶をしよう。これからよろしく頼む、ピーブズ」

 

 「うぎゃああああああああ?!」

 

 右手をのばしながら言い放ったセブルス。直後、そこから大量の青い触手の束が殺到し、ピーブズは甲高い悲鳴を上げながら、それに突き飛ばされた。

 

 言わずもがな、秘儀“エーブリエタースの先触れ”である。

 

 頭から教室斜め上の壁に激突して目を回すピーブズだが、それで狩人が容赦するわけがなかった。

 

 「なぜ悲鳴を上げるのだね?たかが挨拶だろう」

 

 「い、今の魔法は何?!」

 

 「星の娘の握手も気に食わんかね?彼女の神秘に(まみ)えたことを、むしろ(ほまれ)に思うべきだ。それもわからぬか。啓蒙低いことだ」

 

 肩をすくめてやれやれと首を振って見せるセブルス。

 

 まるでピーブズを、頭の悪い、しつけの悪い子ども扱いをしているのだが、ポルターガイストは、完全初見の魔法・・・らしき所業に、完全に混乱していた。

 

 混沌の化身にして、不老不死たるピーブズには分かった。あの触手は、この世のものではない、何か、異常な気配があったのだ。

 

 「星のむす・・・何?!どういうことなの?!」

 

 目を白黒させるピーブズに、セブルスは容赦なく追い打ちをかけた。

 

 「もう一度(まみ)えたまえよ」

 

 「うぎゃああああああああ?!

 

 いや!やめて!増えちゃう!おいらの頭の中に!何か、変なものが増えちゃうぅぅ!」

 

 ・・・それからしばらく、ピーブズはセブルスに追い回されて、“エーブリエタースの先触れ”を叩きこまれ続けた。

 

 

 

 

 

 新学期が始まってから間もなく。

 

 ピーブズが地下牢にだけは近寄らないし、セブルスの姿を見るや回れ右して逃げていく、というのを、生徒たちが知るのは、当然の結果でもあった。

 

 

 

 

 

続く

 

*1
豊かな幸運の泉をモチーフにした劇中において、イモムシが肥大させたアッシュワインダーだったため、大広間で火災が発生し、その日の余興が超満員の病棟になったという事件のこと




【解説という名の補足】

[狸の腹鼓で羊は踊るか]

 ダンブルドアって何考えてるの?という実験作のつもりでした。

 でも、結局この人、秘密主義すぎてわかんねーな、で終わってしまいました。

 セブルスやばくね?ってそれとなく周囲をあおってたダンブルドアですが、私が憑依したマダム・ポンフリーがおめえが言うなで終わってしまったともいいます。





[森番は教導者たり得るか]

 第2楽章5~6の後日談になります。

 別名、懲りないハグリッドのその後。

 原作を初読時、ハグリッドに対して凄くモヤモヤしてて。大人になってから、あれ?ハリー達、あんな苦労して、こんなひどい目に遭って、罰則まで受けることになったのに、ハグリッド、それについてノーコメント?フォローの一つもなく?と、モヤモヤが解けまして。

 描写がないだけかもしれませんが、ハグリッドの立場なら、せめてありがとうとか、すまんな俺のせいで、みたいな一言があってもよかったと思いまして。

 ハグリッド、嫌いじゃないんですが、教育現場にいさせる人材としては、どうなのかな?ってところがあると思います。

 原作では、結局ハグリッドのやらかしは表ざたになることなく、終わりました。

 でも、こちらでは狩人セブルスさんと、バタフライエフェクトの影響で、表ざたになりました。そして、それを目の当たりにして、ケトルバーン教授にも思うところができた、ということです。

 ちょっと人柄を捏造してしまいましたがね。魔法生物に熱血で、向こう見ずではあっても後始末はしっかりする、とさせていただきました。62回も謹慎って、実はハグリッド並みにヤベエお人ですが、一応この段階では落ち着いている、という設定です。問題は起こしても、自分でちゃんと後始末はできている(当たり前ですが)ということにしました。

 この世界線では、ハグリッドは魔法生物飼育学教授にはならずに、終わることになります。

 ・・・またスネイプのせいか!と逆恨まれそうですね。きっと、セブルスさん本人は気にされないんでしょうけど。





[悪戯騒霊と、帰ってきたいじめられっ子]

 ホグワーツのトリックスター、ピーブズの話。本編に入れるほどではないにしろ、カットは可哀そう、映画版じゃないんだから、と番外挿入しました。

 リリーさんのカエルの卵は実話。ペチュニアさんが、愚痴ってました。・・・さすがは、ポケットに肉片をねじ込む狩人様がほれ込んでた女やでえ。

 ジェームズさん、そんなリリーも素敵だ!とか言ってたんでしょうかねえ?割と百年の恋も冷めそうな話だと思うのですが。

 ピーブズさん、フラれて出奔したいじめられっ子がグレて帰ってきたと思ったら、ポケットに目玉入れてるわ(ついでに袖にナメクジ仕込んでるわ)、何かこの世のものじゃないヤベエ魔法使うわと、絡んで間もなくそのやばさを察知されました。

 一応、彼は不老不死の混沌の化身らしいので、その手の感覚も一等鋭かったらしいです。絡んでから察知するあたりが、どうしようもないのですがね。

 なので、彼の出番は原作ほどはないでしょう。怖がって近寄ろうとしないので。

 ダンブルドアに詰問されても、多分頑として口を閉ざすことでしょう。





 ところで、ピーブズの一人称って、おいらでよかったんでしたっけね?





 次回の投稿は、来週!

 内容は、第3楽章!ホグワーツを舞台に、『秘密の部屋』編スタート!

 ロックハート登場からの事件発生です。ハリーJr.の容体についてもさらっとやりますよ!あんまり深刻にしてもしょうがないですからね。お楽しみに!


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【第3楽章】秘密の部屋と森の蜘蛛
【1】ロックハート襲来、からの秘密の部屋の開放


 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 さて、今回から一応『秘密の部屋』編をやってきます。バジリスクとのバトルは書いてて楽しかったです♪

 原作が全7巻(呪いの子とかファンタビとかいろいろ外伝もありますけど)の大長編ですので、書きたいところだけやってくスタイルです。



 Q.2巻の時の先生方、無能すぎん?魔法生物飼育学教授辺りなら、バジリスクに気が付いてもよかったんちゃう?

 A.あの年、ロックハートさんが仕事邪魔してたし、あの分なら無能ぶりにさらによその教授の仕事増やしてたんとちゃう?
 秘密の部屋とそこにおる怪物のことなんて考えとる間がなかったんや!


 ↑という邪推のもと、第3楽章を執筆しましたので、念頭に置いといてください。


 2021.06.12.追記

 ゴーストと校長の関係当たりの記述でちょっと文章的におかしな部分があると指摘を受けたので、直しました。また何か違和感を感じたら、ご指摘いただけると幸いです。


 

 あいつ、挽肉にしていいかな?遺志はいらん。ドロップアイテムもいらん。頼むから死んでくれ。挽肉になって死んでくれ。

 

 新学期が始まってから、セブルスはたびたびそう思った。

 

 「やあMissメアリー!本日のお菓子もおいしそうだ!」

 

 「こんにちは、ロックハート様。こちらはセブルス様のお茶請けになりますので」

 

 「スネイプ先生一人じゃ食べられないだろう!それにずいぶん大きくて重そうだ!よかったらお持ちしようかな?私の浮遊呪文なら、そのバスケットも軽々さ!」

 

 「・・・先日、そのようにおっしゃられて、ブラウニーを飾り付け用のクリームとベリー類ともども粉々につぶされたと思いましたが?」

 

 変わらぬ淡々調子のはずなのにメアリーの声が一段と冷たく、硬い声に聞こえるのはセブルスの気のせいではあるまい。

 

 「今度は大丈夫さ!この間は少し調子が悪かったんだ!今度こそ大丈夫だとも!私を信じたまえ!」

 

 厨房で作った菓子の入ったバスケットを抱えるメアリーに絡むギルデロイ=ロックハートを見ながら、セブルスは今すぐ獣狩りの斧で首をちょん切ってやりたい衝動を必死に堪えていた。今殺すと後が面倒になる。

 

 斧は堪えたが、ガラシャの拳で背後から殴り倒した。

 

 ご自慢の輝くようなスマイルから床にめり込み、鼻血を床に広げて意識を虚無の国のサイン会に旅立たせたロックハートをしり目に、セブルスはどこかほっとした様子のメアリーを無言で連れて、地下牢へ向かう。顔は見られていない。目撃者もいない。誰がやったかは特定できないはずだ。

 

 ・・・あの日のメアリーは見てられなかった。

 

 申し訳ありません、セブルス様、とどこか泣きそうにも見える様子で、グシャグシャのブラウニーの残骸に汚れたバスケットを抱えていたメアリーを、気にするなと頭をなでて必死に慰めたのだ。

 

 これからしばらくは、作った菓子の運搬はハウスエルフに依頼するように言いつけようと、セブルスは思った。

 

 またロックハートの被害に遭えば、メアリーは落ち込み、セブルスも茶菓子が食べられない。泣きっ面に蜂どころのレベルではない大損害だ。

 

 メアリーを泣かせるなど、万死どころか億死にも値する。生かしてやっているだけロックハートはありがたいと思うべきだ。

 

 ちらっと角を曲がるとき、まだ鼻血の海に奴が沈んでいるのを確認し、セブルスは内心で毒づいた。

 

 何でこんな奴を正規採用した!ダンブルドア!

 

 

 

 

 

 さて、ハリー=メイソンJr.並びに、ドラコ=マルフォイ、及びセブルス=スネイプ魔法薬学正規教授2年目のホグワーツが始まった。

 

 今年はさすがに例の4階廊下の仕掛けは撤去されたらしく、それについての言及はなかった。

 

 ただし、“闇の魔術に対する防衛術”の新任教授である、ギルデロイ=ロックハートを除く。

 

 正直、セブルスは、これってどうなの?とリリー=メイソンより、ホグワーツから届けられた教科書リストを見て、めまいがした。

 

 これで何をどう教われと?セブルスも教科書として載っている書籍にはちらちらと目を通してみたが、冒険譚としては面白かった。だが、教科書としては何一つ成立していないように思う。(そのくせ人気書籍ということで馬鹿高い)

 

 セブルスたちが在学頃も、あの科目の教師はポンポン変わっていたが、ここまで金食い虫な教材指定をしてきた教授はいなかったように思う。貧困家庭などは、きっと大変なことだろう。

 

 今更ながら、ハリー=メイソンJr.は後遺症もなく無事意識を回復させ、マルフォイ家が費用を出してセブルスが作った魔法薬によって傷跡一つ残さず治癒した。

 

 この世の終わりという顔で病室にお見舞いに来たハリーJr.を轢かされた運転手(ドビーの魔法でハリーJr.を見えなくされていたのだ)を始め、他保険会社や警察などのこまごましたこともすべてルシウスを筆頭としたマルフォイ家がハリー=メイソンの要請の下、きっちり後始末をした。

 

 メイソン一家以外のマグルの人間はすべて記憶と記録を改ざんし、事故自体なかったこととしたのだ(運転手に至っては被害者でしかなかったわけで。ドビーは彼の都合は考えなかったらしい)。病院の方もジュニアが退院と同時に改ざんされた。

 

 守れなくてごめんね!と抱きしめるヘザーと、ドビーがすまないと涙目で謝るドラコに、ヘザーやドラコのせいじゃないでしょ?気にしてないよ!とにっこり笑ったハリーJr.のやり取りもあった。

 

 よかったよかった、と一同が涙ぐんだのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 なお、正史であれば、ドビーの妨害によって列車に乗り遅れたハリー=ポッターとロン=ウィーズリーの二人が、空飛ぶフォードアングリアで暴れ柳に突っ込むという大惨事をやらかすのだが、そもそもドビーはマルフォイ家をクビになって、頭の中に響く湿った導きの音に夢中になっている(ついでに、マルフォイ家で経験した記憶も綺麗に消されている)ので、そんなことは起こっていない。

 

 ハリー=メイソンJr.は、今年もドラコ=マルフォイと仲良く列車に乗れたし、コンパートメントでハーマイオニー=グレンジャーと顔を合わせ、ハーマイオニーのロックハート談議に、二人して少々げんなりした程度だ。

 

 

 

 

 

 さて、今年はまた面倒なことになったものだ。セブルスは正直、面倒でたまらなかった。

 

 完全に失念気味だった分霊箱探しもせねばならないのに、さらに探し物が追加された。

 

 ルシウスがうっかり紛失させた闇のアイテムである。

 

 ルシウスが言うには、それはホグワーツにあるサラザール=スリザリンが残した『秘密の部屋』を開けるためのアイテムなのだとか。

 

 見た目は黒い革表紙の日記帳だ、とも。

 

 ・・・見た目には何の変哲もない、というのがまた難易度を上げてくる。これが見るからに怪しそうなアイテムなら、教職員の権限で没収することができるのだが。

 

 

 

 

 

 で、そんな生徒の監督、授業の実施、分霊箱探し、というミッションに、さらに追加でミッションが加わったのが、今年である。

 

 おかしい。勤務3年目の新米に毛が生えたような教授がこんなに激務だなんて、おかしくはないか?

 

 とはいえ、仕事は仕事である。

 

 セブルスはまだマシだろう。狩人の実質底なしの体力に、メアリーや夢の使者の補助があるのだから。

 

 マクゴナガルなど、どうしているのだろう?彼女こそ真の凄腕教師であるに違いない。

 

 そして、今年はこれに加えて、ロックハートの業務妨害と彼の授業が役に立たないことによる、5年生(フクロウ対策)7年生(イモリ対策)の補習の徹底が追加された。教科書内容からして、完全に役に立たないのは明らかで、急遽去年のクィレルの用意した補習用テキストを手配する羽目になった。(つまらないだけで、クィレルの授業内容は十分ためになったためだ。授業自体は極めて真っ当だったのだ)

 

 ロックハートに業務妨害の自覚はないのだろう。自分だったらうんたらかんたら、あの薬はああでこうで、ああいうときに効く!と始業前にやって来て、自慢とすでに分かっている理論と自慢と自己愛とうっとうしさを調合鍋に放り込んで煮詰めたような大演説をかましていくのだ。

 

 ・・・おかげで、今年は入学したての一年が、授業前に泣きだして授業にならなかった。セブルスは自分の顔を鏡で確認していないからわからないが、それはそれはひどい顔をしていたらしい。

 

 授業妨害だけでも相当なものだが、廊下を歩くメアリーを呼び止めて、ああでもないこうでもないと自慢して、挙句に彼女の運んでいるもの(菓子はまだマシで授業用の教材などもあったりする)にちょっかいをかけて台無しにしていくのが、さらに癪に障る。

 

 人形というのに、本物の女性にそうするように・・・というか、あれは絶対セクハラだ。やたらいやらしい手つきでメアリーを撫でようと・・・何様のつもりだ。

 

 いっそ内臓を引きずり出して、廊下をグロ装飾してやろうかと思案するのが、すでに片手の指で数えられる範囲を超えてしまっている。

 

 手加減したガラシャの拳など、逆にフラストレーションがたまるだけだ。

 

 もう一度記そう。何でこんな奴を正規採用した!ダンブルドア!

 

 

 

 

 

 で、日記やら分霊箱やら授業の片手間に探し回っていたが、つい、セブルスはやらかした。

 

 今年はいよいよ待望の2年生、クィディッチに参加できる!と期待に胸を膨らませたドラコとハリーJr.がスリザリンのチームに応募。

 

 体格的問題もあって、ハリーJr.がシーカー、ドラコがビーターとして採用されることとなった。

 

 ルシウス=マルフォイ氏も息子とその親友のチームでの活躍を応援し、最新の箒をチームに寄付してくれた。(おそらく、ハリーJr.に対する詫びという意味合いが強い)

 

 そこまではいいだろう。

 

 二人が早くチームに馴染むように、という初の練習日に、セブルスはうっかりグリフィンドールの先約というのを忘れて、スリザリンチームに練習許可を出してしまったのだ。

 

 ブッキングを起こしてしまったのだ。

 

 「セブルス様、本日はグリフィンドールの練習日ではなかったでしょうか?」

 

 あ。

 

 首をかしげながらのメアリーの指摘に、慌ててセブルスが訓練場に駆けつけてきたときには、ひと騒動起こっていた。

 

 「誰もお前の意見なんか求めていない!『穢れた血』め!」

 

 スリザリンチームの一人が、何らかのもめごとに割っていったらしい、ハーマイオニー=グレンジャーに向かって、そう吐き捨てていた。

 

 ブチっと、セブルスの中で何かが切れた。

 

 

 

 

 

 何のこと?と首をかしげているハリーJr.とハーマイオニー自身のほか、野次馬の数名の学生が怪訝そうにしているのをよそに、ドラコは苦虫を咬んだような顔をしており(彼はメイソン一家との交流の結果、純血貴族としては穏便になっているのだ)、なんてことを!といきり立った数名の生徒たち。

 

 「口を慎むがいい。それは我らがスリザリンに、その『穢れた血』の片親を持つ者がいると認識した上での発言かね?」

 

 ねっとりした、普段よりも幾分も低い声に、全員が総毛立った。

 

 「嘆かわしいことだ。スリザリンとは、何よりも結束と仲間内への情愛にあふれていると認識していたのは、私の勘違いだったかな?」

 

 生徒の間を縫って現れたセブルスに、全員が黙り込んだ。

 

 辛うじて、セブルスは上位者としての気配は抑え込んでいたが、その怒りまでは抑え込み切れていない。

 

 特に、自身の失言とトラウマの要因となった、禁句中の禁句を聞くことになった、今は。

 

 「スリザリンから5点減点。罰則として、訓練場の使用をグリフィンドールに引き渡すよう命ずる」

 

 「で、でも先生」

 

 「二度も同じことを言わせる気かね?実に啓蒙低いことだ。さらなる減点・罰則をお望みかね?」

 

 スリザリンチームのキャプテン、マーカス=フリントが何事か言いかけたが、セブルスは頑として譲らなかった。

 

 「私はその言葉が、大嫌いだ。

 

 身から出た錆だ。覚えておくがいい。一度でも口にした言葉は取り消せないのだ。二度と。けして。何があろうとも」

 

 セブルスに冷たい目で睥睨された一同が、一斉に黙り込む。

 

 「・・・我が寮のものが失礼した。同じ寮生として、深く謝罪する」

 

 真っ先に頭を下げたのはドラコだった。

 

 「ドラコ?」

 

 「後で説明する。とにかく、今日は練習できないなら、他の教室で筋トレなど、ですよね?」

 

 不思議そうなハリーJr.(彼はあの言葉の意味を知らないのだ)に言って、ドラコはフリントを見上げた。

 

 フリントは不満そうにしていたが、教授自らの言葉に、やがて項垂れるように力なく頷くと、練習場から背を向けた。

 

 他のスリザリン生たちも、仕方なさそうに背を向けた。

 

 まったく、とセブルスも背を向ける。

 

 本来は、練習試合や、他ミニゲームなどを提案することで仲裁しようと思っていたが、まさかこんな不快な気分を味わうことになろうとは。

 

 

 

 

 

 なお、セブルスが仲裁に入ったため、ロックハートの授業によって放たれたピクシー妖精によってお古の杖を折られ、スペロテープで止めているロナルド=ウィーズリーがナメクジ嘔吐の呪いの逆噴射をせずに済んだのだが・・・それは余談である。

 

 

 

 

 

 さて、日付変わってハロウィーンである。

 

 今年も、ホグワーツでは甘ったるい香りが城内を占拠しにかかっており、いい加減慣れるべきなのだろうが、セブルスは胸焼けしそうなそれに顔をしかめていた。

 

 そんなセブルスは、珍しくとある人物に呼び止められ、空き教室で彼に向き直っていた。

 

 「何用でしょうか?ニコラス卿」

 

 『そう呼んでくれるのはあなたぐらいですよ、スネイプ教授』

 

 にこにこと笑うのは、白い半透明な人影――ゴーストである。

 

 セブルスの目の前にいるのは、“ほとんど首なしニック”の渾名のある、グリフィンドールの寮付きゴーストである。

 

 本人としては、生前同様にニコラス=ド=ミムジー=ポーピントン卿と呼んでほしいらしいが、いかんせん長すぎるうえ、“ほとんど首なしニック”の名前の響きと親しみやすさが相まって、そちらでばかり呼ばれている。

 

 なお、ほとんど首なしというのは、このニコラス卿の首は、皮一枚でつながっており、耳を掴んで引っ張ろうものなら、蝶番のようにパカパカと動くことに由来する。

 

 よほど下手くそな奴が、錆びて切れ味の悪い斧でやったのだろう、とセブルスは思っている。自分ならそんなヘマはしない。獣狩りの斧で一撃である。

 

 『実は・・・教授はご存じでしょうか?ゴーストキラーのうわさを』

 

 「ゴーストキラー・・・ですか?」

 

 物騒な名前に、セブルスは眉間にしわを寄せつつ訊き返した。

 

 彼の脳にある瞳が、ちょっと聞くのはやめた方がいいかも、と囁いてきたが、ここで中座するわけにもいかないので、セブルスは話を促した。

 

 『今、各地のゴーストたちの間で噂になっているんですよ。指定されてない不動産に不法滞在すると、黒ずくめにノコギリを持った男がやって来て、完全消滅させられると』

 

 自分のことだな、とセブルスは即座に悟った。

 

 『“首無し狩り”主催のポドモア卿も、不安にされていて。メンバーのうち何名かが永久欠番になられたのだとか』

 

 そういえば、首を投げてくる悪質な奴がいたから、教会の石鎚でそれをぺしゃんこにしたな、とも思いだす。

 

 「・・・それがどうかしましたかな?」

 

 『スネイプ教授は、確か、マルフォイ家と親交があったとお伺いしています。

 

 例のゴーストキラーが出る不動産は、ブラックやマルフォイ傘下のものらしくて。

 

 何か、ご存じないでしょうか?』

 

 「・・・知っていたとして、なぜお聞きになりたいと?」

 

 普段のセブルスなら知らぬふりをしているところであったが、ほんの気まぐれとわずかな好奇心で、思わず訊き返してしまった。

 

 『ゴーストを消滅させられるということは、それに干渉できるということです。

 

 つまり・・・私の、この』

 

 ここで、ニコラス卿は右耳をグイっと引っ張り、中途半端な蝶番状態の首を見せびらかすように言い放った。

 

 『中途半端な首も、何とかしていただけるのでは、と』

 

 やめとけ、ゴーストだというのに激痛で悶え苦しむことになるぞ。

 

 セブルスはそう言いそうになったのをぐっとこらえた。

 

 セブルスの攻撃は、ゴーストにも確かにダメージを与えられるが、同時に苦痛をも与えるのだ。

 

 何より、ゴーストの中途半端につながっている部分を完全に切り離すなど、セブルスでさえやったことがない。大体殺るからには絶対殺す、が狩人である。一度攻撃を加えたら、少なくともセブルスは絶対殺しきるようにしていたため、ゴーストのその後の経過など、わかるはずもなかった。

 

 加えて、ゴーストは歴代校長に忠実にしているのだ。たとえ反抗的であったとしても、その命令に逆らいきれることはできず(おそらく、城に滞在するにあたってそういう魔法の契約を結んでいるのだろう)、校長の目耳として、城内を巡回しているのだ。

 

 つまり、うかつに仏心を出そうものなら、セブルスの秘密がダンブルドアに筒抜けになる。

 

 そして、セブルスに彼の望みを聞いてやる義理もないわけで。

 

 「申し訳ありませんが、私にも心当たりはありませんな」

 

 『そうですか・・・残念です・・・』

 

 しらっと惚けたセブルスに、しょんぼりと首を戻したニコラス卿は項垂れながら、壁抜けして出て行った。

 

 

 

 

 

 なお、彼の絶命日パーティーに、ハリー=メイソンJr.やネビル=ロングボトム、彼らの友人が招かれるということはなかった。

 

 そして、ゆえにこそ、発見が遅れてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 それを最初に発見したのは、2年生にもなったというのに、いまだに動き回る階段に振り回されて、迷子の常習犯となっているネビル=ロングボトムだった。

 

 ハロウィーンパーティーの会場である大広間にたどり着けず、迷った挙句のことだったらしい。

 

 その光景に絶句して茫然としているネビルをよそに、パーティーから一足早く引き上げてきた学生の群れが、続けてそれを発見し、騒然となった。

 

 そこは、3階女子トイレのすぐそばの廊下だった。

 

 消灯までの城内は、大体は魔法式の照明が付けられているのだが、その日はハロウィーンということで、古式ゆかしい松明が灯されていた。

 

 その炎に照らされるのは、ペンキで書き殴ったらしい・・・一見すると血文字にも見える赤い文字だった。

 

 『秘密の部屋は開かれたり

 

 継承者の敵よ、気をつけよ』

 

 そう記された文章のすぐそばで、フィルチの飼い猫であるMrs.ノリスが松明に照らされた雑巾のごとく石化しているのが発見された。

 

 生徒の引率でそれを発見したセブルスは、遅かったか、と内心で臍をかんだ。今更であったが。

 

 

 

 

 

 飼い猫の石化に嘆き、ネビルを犯人扱いして詰め寄るフィルチを、やってきたダンブルドア他数名の教授が押さえ込み、その場は解散となった。

 

 ・・・これが、今年度を支配する、陰鬱な空気の開始の瞬間であった。

 

 

 

 

 

 その後、大雨の中で行われたクィディッチ、グリフィンドールVSスリザリンの試合で、スリザリンはラフプレーをしつつも、グリフィンドールをものの見事に打ち負かして見せた。

 

 勝てばよかろうが、クィディッチにおけるスリザリンのモットーである。

 

 もっとも、スニッチをつかみ取ったハリーJr.は、これに関しては少しモノ申したげにしていた。

 

 なお、ドビーは(以下略)なので、別にブラッジャーが狂った挙句、シーカーをつけ狙ってその腕の骨をへし折り、ロックハートが治癒魔法に失敗して骨抜きするなんてこともなかった。

 

 

 

 

 

 ・・・ただし、その夜、今度は生徒の犠牲者が出てしまったのだ。

 

 被害者は、グリフィンドールで有名なカメラ小僧の新入生、コリン=クリービー少年で、好奇心のあまり校内探検に繰り出してしまった所を被害に遭ってしまったのだろう、廊下の真ん中でカメラを構えたポーズのまま、石化しているところを発見された。

 

 発見したのは、夜間巡回の教授の一人で、医務室に運ばれたクリービー少年のカメラをダンブルドアが確認してみればフィルムが焼き切れているという、異常事態が発覚した。

 

 いよいよもって、信憑性が出てきたのだ。

 

 “スリザリンの継承者”が、“秘密の部屋”を開け、その中の怪物を解き放ったのだ、と。

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー=グレンジャーが、朝食の席でスリザリンのテーブルに突撃し、ドラコ=マルフォイに、「あなたが“スリザリンの継承者”って本当なの?」と剛速球の問いかけをしたのは、翌日のことだった。

 

 

 

 

 

続く

 




【金のスニッチ】

 魔法界のスポーツ、クィディッチに使われるボールの一つ。

 シーカーが狙うそのボールは、掴めば150点を自チームにもたらし、試合終了となる。

 元は、希少で保護された鳥、ゴールデン・スニジェットの代わりに用いられたという。

 スニッチを求めるは、クィディッチ選手の(ほまれ)であるのだ。



 Q.メアリーにMissが付くっておかしくない?

 A.一応調べたんですが、ファーストネームにMissをつけても、大丈夫なようです。(適当にざっと調べた程度ですので、ソースもあいまいなのですが)
 メアリーってファミリーネームもありませんし人形ですから、そもそもMiss表記が適当かってところが出てきます。
 違和感を覚えられても、またばかやってるぜ、くらいに見逃してくださいな。



 次回の投稿は、来週!内容は、ハリーJr.&ドラコ&ハーマイオニー始動!秘密の部屋を解き明かせ!そして決闘クラブ開催。いけません、ロックハート様!あなたはまだ、自分が詐欺師と告白しておりませぬ!
 お楽しみに!


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【2】セブルス=スネイプ、ロックハートをぶっ飛ばす

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 セブルスさんのブッキングガバは、指摘されてそういやそうだ!と気が付きました。なので、今回で一応補足を入れておきます。ご指摘ありがとうございました。

 ドビーがいない、さらにはドラコが最初から味方なら、2巻の出来事は大分はしょれますね。

 あと、サブタイトルはこんなですが、そう簡単にトドメを刺してはつまらないので、今回はおとなしく済ませました。


 「あなたが“スリザリンの継承者”って本当なの?」

 

 大広間の、朝食の席だった。腹ペコ児童でごった返し・・・というには、いささか遅い時間であった。というのも、本日は休日で授業の予定はないからだ。

 

 それでも、それなりに生徒はいた。

 

 ハーマイオニー=グレンジャーは、スリザリンのテーブルで、ゴブレットを手にしていたドラコ=マルフォイの前に立って、開口一番にそう尋ねていた。

 

 「グレンジャー。君はもっと理性的な女性だと思ってたよ」

 

 遠回しに恐怖の権化呼ばわりされたドラコは、少々顔を引きつらせながら、答えた。

 

 シンッと大広間が静まり返る。

 

 ある者は、純血貴族のマルフォイにケンカ売ってるのか?!と顔を真っ青にし、またある者は、いい見世物だと顔をニヤつかせ、またある者は鋭い目をドラコに向ける。

 

 「・・・ハーマイオニー、何かあったの?」

 

 その隣で、ベーコンエッグを突いていたハリーJr.が尋ねると、ハーマイオニーはうなずいた。

 

 「グリフィンドールでは、そう噂があって。

 ・・・私は、友達を疑うなんてしたくないの。だから、正直に訊くことにしたの」

 

 そうして、ハーマイオニーが再びドラコに視線を戻すと、ドラコはゴブレットをガツンと叩きつけるようにテーブルに戻し、立ち上がって叫んだ。

 

 「君はバカか?!そんな直球で聞かれて、はいそうですなんて答えるやつがどこの世界にいる?!それでも1年時のトップか?!」

 

 「私は!ドラコの口から聞きたいの!他の誰でもない!あなたの言葉で!」

 

 真摯な眼差しに、ウッとドラコは言葉に詰まると、座り直してそっぽを向いた。

 

 「・・・僕じゃない。確かに、秘密の部屋の話は父上から聞いたことがある。けど、僕は部屋の存在しか聞いたことがない」

 

 「そう。ありがとう、ドラコ」

 

 ほっとしたような顔でそう言ったハーマイオニーに、「あっさり信じるやつがあるか!」とドラコが悪態をつく。

 

 「まあまあ。ハーマイオニーも心配してくれたんだよ」

 

 そうなだめるハリーJr.は、少し考えこむように視線を伏せた。

 

 「・・・ねえ、ハーマイオニー。君は、“秘密の部屋”についての話、知ってる?」

 

 「ええ。思い切ってビンズ先生にお訊きしたわ。ハリーは?」

 

 「僕は全然。スリザリンじゃ、そういう話は聞かなくて。よかったら、僕にも教えてくれないかな?」

 

 「かまわないわ。ここ、いいかしら?」

 

 「好きにしろ」

 

 プイッとそっぽを向きつつも、席を立つこともなく朝食を突くドラコをよそに、そのそばに座ったハーマイオニーは、さっそくビンズから授業中に聞いたことを話す。

 

 秘密の部屋とは、ホグワーツ創始者の一人、サラザール=スリザリンがマグル生まれの入学権をめぐって他の3人と対立し、ホグワーツを去る前に作った隠し部屋のことである。

 

 やがて訪れる彼の真の後継者が、その中の恐怖を解き放ち、この学校から魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放するのだ、と。

 

 それを聞いたハリーJr.は、何事か真剣に考えこんでいる。

 

 「父上から聞いた話と大体同じだな」

 

 うんうんと頷くドラコをよそに、ハリーJr.は、ハーマイオニーに尋ねる。

 

 「部屋の場所や、開け方、恐怖の内容とかは?憶測・推測・噂でも、なんでもいいから、見当はついてる?」

 

 「全然。唯一、マルフォイが怪しい怪しい、って噂があったから、本当のことを証明したくて、聞きに来たのよ」

 

 即座にドラコは噂の出どころを把握したのだろう、馬鹿を見るような目をグリフィンドールの席に向けた。

 

 オートミールを食べる、ロン=ウィーズリーは、何だよ、とでも言いたげに、睨み返した。

 

 「あの言葉の時、それに同調もしなかったあなたがそんなこと、するわけないもの」

 

 それはきっと、先日の練習の時の、セブルスの禁句騒動の時のことだろう。

 

 余談になるが、セブルスは怒りのあまりうっかりそのまま忘れていたダブルブッキングについて、あの後双方のチームに謝罪を入れ、今後もし似たような状態になったらまずは顧問教授に確認の一報を入れるようにと言った。

 

 意外と抜けたところもあるんだな、というのが声なき双方のチームの感想である。

 

 「お人よしめ」

 

 ハーマイオニーの言葉に、ドラコは食べ終わった食器をわきによけながらぶっきらぼうに言った。その青白い頬に赤みがさしているのを、ハリーJr.とハーマイオニーは見逃さなかった。

 

 ふっと食器が消えるのをよそに、ドラコはハリーJr.に視線を移した。

 

 「いきなりどうしたんだ。関係ないだろ。スリザリンの後継者ならば、少なくとも、我らがスリザリンならば、安ぜ」

 

 「全然安全じゃないよ!」

 

 ドラコの言葉を遮って、ハリーJr.が言った。

 

 「わからないの?!ドラコらしくないよ!

 君も、下手をすれば僕どころか、スリザリン生の全員が!濡れ衣着せられそうになってるんだよ?!

 人殺しにされるかもしれないんだよ?!」

 

 ハリーJr.の言葉に、さすがにスリザリン生の全員がぎょっとしたように目をむいている。思っても見なかった、という顔だ。

 

 「真犯人がわかったら・・・でなくても、せめて何か、手掛かりで、秘密の部屋のことがわかったら、見直してもらえるかもしれないんだ。

 みんなを犯人扱いされたくないんだ」

 

 「ハリー・・・」

 

 ハーマイオニーは、キュッと唇をかんで項垂れた。深く考えずに聞きに行ったことが、逆に友人を犯人呼ばわりしていることだったと気が付いたのだ。

 

 「ごめんなさい、私・・・」

 

 「いいよ。ハーマイオニーなりに考えてくれたんでしょ?」

 

 「フン。次から気をつけろ。僕だからよかったものの。他の純血貴族なら、潰しにかかられていたからな」

 

 腕と足を組みなおし、ドラコは言った。

 

 「父上が言っていた。秘密の部屋は、以前も開かれたことがある。50年前だそうだ」

 

 「! それ、本当なの?!」

 

 「嘘なんか言ってどうするんだ」

 

 身を乗り出したハーマイオニーに、ドラコは不機嫌そうに言い放った。

 

 「犯人扱いされるならば、話は別だ。

 

 身の潔白の証明のためなら、手を貸さないこともない」

 

 「ハーマイオニー。何でもいいんだ。知ってること、気が付いたこと、教えてくれない?僕の方も言うから。

 

 といっても、あんまり大したことは知らないけど」

 

 「情報交換と、共同戦線ね!いいわ!」

 

 ハリーJr.の提案に、ハーマイオニーは嬉々として、普段使いしている手帳を広げる。

 

 

 

 

 

 寮の垣根――それも、普段いがみ合っているはずのスリザリンとグリフィンドールの3人が、秘密の部屋の開放という危機の前に、手を組んだ。

 

 加えて、それが純血貴族の嫡子マルフォイと、マグル生まれのグレンジャーであれば、注目が集まらないわけがない。・・・3人はこれまでも行動を共にしていたが、さすがに大広間などの大勢が集まるところでは自重していたのだ。

 

 ただ、これは別にホグワーツの外に目を向ければ珍しいことではない。

 

 呉越同舟という言葉があるように、敵味方に分かれていようと、共通の敵があれば人間は手を組めるというものなのだ。

 

 加えて、マルフォイとグレンジャーの緩衝材として、半純血にしてマグル育ちのハリー=メイソンJr.がいたことも大きい。

 

 貴族としての沽券や意地を優先しがちな(ついでに素直でない)マルフォイと、魔法界の常識にいまいち疎い(そして猪突猛進気味の)グレンジャー、双方のバランスを上手いこととって見せたのである。

 

 

 

 

 

 一方で、そんな3人を見やる外野もまた、多少であれど空気が変化していた。

 

 スリザリン生は、ハリーJr.の指摘で自分たちが犯人にされかねないと自覚したのだろう、差別意識の強い純血貴族出身の学生は関係ないとそっぽを向いていたが、他の学生たちは下手をすれば就職や今後に響くと、ひそひそと話し合っていた。

 

 グリフィンドール生はといえば、今更気が付いたのかと言わんばかりの呆れた視線と、そんなことしたところでお前らが犯人なんだろうが、という疑惑の視線がないまぜになった視線をスリザリンのテーブルに向けていた。

 

 レイブンクロー生は、3人の話を聞いて、自分たちなりに推理や推測を展開させようとでもしているのか、3人に視線を向けていた。

 

 ハッフルパフ生が一番の事なかれ主義で、遠巻きにスリザリンとグリフィンドールをちらちらと見やっていた。

 

 

 

 

 

 だが、3人の秘密の部屋の探求は、一時中断となる。

 

 決闘クラブ開催のお知らせという、学内掲示板に張り出された真新しい羊皮紙に、念のために参加してみようか、となったのだ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、少々時間を戻し、話の視点をセブルス=スネイプ魔法薬学教授へと移そう。

 

 長い黒髪に隠れて見えなかったが、その話を持ち込まれた時、彼の蟀谷はらしくもなくヒクヒクと引きつっていた。

 

 メアリーが夕食づくりで席を外していたのが不幸中の幸いか。もし彼女がいたら(あまつさえちょっかいを出されたら)、自分を抑えられたか、セブルスはらしくもなく自信がなかった。

 

 決闘クラブの開催につき、補助をするように。

 

 地下牢を訪れるなり居丈高にそう言い放ってきたロックハートに、とっさに水銀弾を撃ち込まなかった自分を褒めたい、とセブルスは思う。ガラシャの拳でもいい。

 

 なぜ、奴は次々面倒を引き込んできて、セブルスの殺意をあおってくるのか。そんなに殺してほしいのだろうか?自殺願望があるならば、自室の梁に縄を結べばいいものを。

 

 戦闘で獣性が高ぶったわけでもないのに、鎮静剤を服用したいと思ったのは、これが初めてである。

 

 ある意味、ロックハートは偉業を成し遂げて見せたわけだ。

 

 すでに校長の許可は取ってあります!とドヤ顔で言い放ったロックハートに、セブルスは陰のある端正な顔を歪めて舌打ちした。

 

 それはまるで、今からこいつを埋め立てる予定の墓地が急に使えなくなった、と判明した時のマフィアにもよく似た顔つきであった。

 

 コイツの授業評判を聞いているのか、ダンブルドア!

 

 セブルスがいくつ、保護者と理事会宛てに謝罪文と、嘆願書を書いたと思っている!自分でさえそうなのだ。他の寮監や、教授職も絶対やっているぞ!

 

 まるで身にならない授業(ロックハートの自己愛満載の自慢話ばかり)で、つまらなくはあっても、去年のクィレル(ただし闇の帝王付き)のほうがマシだったとまで言われているんだぞ!

 

 補習にクィレルのテキストが引っ張り出されたんだぞ!その補習のせいでほかの教授方が疲労困憊状態になっているんだぞ!

 

 決闘クラブの開催?場所の手配と、当日のプログラム、教導内容の決定は?

 

 補助という名の体のいい生贄(つまりセブルス)が行うことになるに違いない。

 

 これが、百歩譲って、例えばフリットウィック辺りならばまだわかる。彼は、若いころ決闘のチャンピオンだったと聞くからだ。つまり、その手の手順に詳しい可能性が高いのだ。

 

 だが、なぜセブルスなのだろうか?大方、地下牢の引きこもりに近く、一番ひ弱そうで、彼の引き立て役に最適だと思われたに違いない。

 

 ・・・決闘クラブのデモンストレーションにかこつけて、ロックハートをボコボコにしてやろうか。内臓を抉るのはだめでも、吹っ飛ばすくらいは許されるはず。

 

 で、深く突っ込んで訊いてみれば、案の定ロックハートは、その手の手配をしてなかった。

 

 全校生徒に告知するだけして、他の細かな手配をセブルスに丸投げしてきたのだ!

 

 奴の頭蓋を掻っ捌いて、瞳がないであろう脳みそを引きずり出しても、許されるのでは?

 

 セブルスの、これから解剖する遺体を前にしたような眼差しをものともせず、「それでは私はこれで!お願いしましたよ!」などと朗らかに笑って、パチンッとうざったいウィンクをかまして出て行ったロックハート。

 

 ・・・ロックハートの勝手な告知によって、1週間ですべてを決めなければならないらしい。通常業務とOWL試験&NEWT試験の対策講座(今年は必要とマクゴナガルが判断)の実施、ロックハートに関する苦情・嘆願の処理にプラスして、さらに業務が追加された。

 

 “秘密の部屋”の追及など、する暇があるわけがなかった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、決闘クラブ開催の当日である。

 

 受講参加を申し込んできた人数はかなりのもので、急遽手配したセブルスの無理な注文をものともせずに、大広間を貸し出してくれた。

 

 食事用の長テーブルは取り払われ、一方の壁に沿って、金色の舞台が出現していた。準備をしてくれたであろう、ハウスエルフたちに感謝をせねば、とセブルスは思う。

 

 そして。

 

 今すぐこの男を、舞台から蹴落としてやろうか、と思いながら、自己愛に満ちた前口上を述べるロックハートを、セブルスはチロリと見やる。

 

 白い歯をきらりと光らせるパッケージだけは御大層な男は、深紫のローブに身を包んでいた。

 

 なお、セブルスはいつもの漆黒のインバネスコートに、銀の手甲付きグローブ、脚甲付きブーツという、頭装備を除いた狩装束であるが、普段とは違い、右手に杖を携えていた。

 

 一応、決闘クラブという、生徒の教導の一環である。

 

 見本となりわかりやすくあるように、普段は手甲に仕込んでいる杖を右手に持つことにしたのだ。

 

 何やらジロジロと見られているが、セブルスは気にしなかった。

 

 基本的に魔法薬学の授業ばかりで、杖は手甲に仕込んでいたのもあって滅多に人目にさらすこともなく、珍しがられているのだ。

 

 

 

 

 

 セブルスの杖は、出自も経緯も特殊だ。

 

 もちろん、彼の杖もイギリス魔法界の杖の大半がそうであるように、オリバンダーの店で誂えたものだ。

 

 長さ35センチの、セストラルの尾の毛を芯とした、菩提樹の杖だ。

 

 ただ、この杖はオリバンダーが若いころに作った練習作だったそうだ。

 

 本来、オリバンダーの店で取り扱う杖芯は、不死鳥の尾羽、ドラゴンの心臓の琴線、ユニコーンのたてがみ、以上3つである。使用する木材と長さを多様化して、一つとして同じ杖は存在しないものらしい。

 

 店中の杖を試したセブルスに、藁にも縋る思いでオリバンダーが持ってきたのが、その杖だった。

 

 以降、その杖はセブルスとともにあり続けている。

 

 彼が地獄のヤーナムを駆け抜けることになった時もそうだ。

 

 セブルスが狩工房で初めて血石と血の遺志を使って仕掛け武器の強化をしようとした時、その杖は火花を散らして見せた。

 

 自分にもそれを使え、自分も強くなる、と言わんばかりに。

 

 おっかなびっくりで組み込んでみれば、魔法の威力や出の速さが上がっていった(それでも獣には通じなかったのだが)。今では直接手に持たなくとも、無言呪文を使うときに自然と力を貸してくれるほどになった。

 

 杖には魂はない。確固たる意思も、言葉も持たない。だが、主を選ぶ。選んだ主に、最後まで忠節を尽くす。その主がほかの魔法使いに下された場合、その魔法使いに手を貸すことも認めるが、それでも最初に選ばれた魔法使いこそ、杖の力を最大まで引き出せるのだ。

 

 ヤーナムで変質したのはセブルスだけではない。血の遺志と血石によって強化された彼の杖もまた、杖としては破格の魔力を有するようになったのだ。

 

 セブルスが杖の忠誠心について知ったのはヤーナムを出た後のことだが、薄々と感情のようなものがあるとは察していた。

 

 だから、彼は自分の杖はそれ一つと定め、仕込み杖は手に入れはしても、どうにも強化と使用をためらったのだ。

 

 文字通り地獄に付き合った杖を裏切るようにも思えてしまったのだ。

 

 彼の杖が、それをどう判断するかは定かではないのだが。

 

 

 

 

 

 それにしても、魔法使いらしい決闘など、かなり久しぶりだ、とセブルスは思う。

 

 魔法の杖での戦闘なんて、ヤーナムで魔法の役立たずぶりを学んでしまえば(当たらない、効かない、当てるより早くこっちが死ぬ)、やる気など毛ほども起きない。

 

 杖をもって呪文を唱えるより早く、初撃をよけるか、ガンパリィで体勢を崩させるかと、するものだ。大体は、コンマ一秒、考えるより早く、体が早く動いてしまうのだが。

 

 考えるな、殺せ。それが狩人だ。

 

 とはいえ今は、考えろ、殺すな、それが教師だろう、という状態なので、おとなしくしておく。

 

 「私が彼と手合わせした後でも、皆さんの『魔法薬』の先生は、ちゃんと存在します。ご心配めさるな!」

 

 むしろ、お前の存在をなかったことにしてやろうか、とセブルスは思案する。

 

 去年とは比べ物にならない勢いでフラストレーションが上昇しているのだ。主に、目の前のこのパッケージ詐欺のせいで。

 

 「おじさん、怖・・・」

 

 思わずハリーJr.がそう小さくつぶやいてしまうぐらいには、セブルスはストレスをため込んでいた。

 

 表情はかろうじて、無表情を保とうとしていたが、目つきが尋常ではなかった。

 

 それは、ヤーナムで下水道を徘徊している豚を前にした時の目つきだった。奴の腹を掻っ捌いたら、そこから出てきた血まみれの白いリボン。嗚呼、何があったか、どうしてなかなか避難所としているオドン教会に来ないのか、理解したくなくとも悟ってしまった。

 

 ・・・一番最初の気持ちを思い出した。最悪の気分だった。

 

 豚は許すな。豚は殺せ。一片の慈悲もない。

 

 「何で、奴はああもヘラヘラしてるんだ・・・」

 

 「さあ・・・? 危機感がマヒしてるんじゃない?

 キメラを茶漉しでこかして脱出するくらいらしいし。あのくらい何でもないんじゃない?僕だったら、泣いて謝るけどなあ」

 

 一歩後ずさって呻くように言ったドラコに、ハリーJr.は淀んだ眼でロックハートを見やった。

 

 ・・・なお、彼はロックハートの授業において、彼の自慢話の小芝居における敵役芝居を担うよう、指名されることが多い。

 

 「お前でも泣いて謝るのか・・・」

 

 「命乞いって、無駄に思われるかもしれないけど、場合によっては効果があるって、父さんも言ってたからね」

 

 基本的に怖いもの知らずと言われそうなハリーJr.である。自分よりも大柄な上級生相手に、殴りかかったこともある(主にマグルの父親の悪口を言われたことで)。そして、黄金の右足で蹴り倒した。

 

 そんなハリーJr.でも、喧嘩を売ってはいけない相手ぐらいは弁えていた。セブルス=スネイプおじさんは、その筆頭である。

 

 そんなスリザリン生二人をよそに、ロックハートとセブルスが模範演技を始めた。

 

 それぞれ、向かい合って礼をする。やたら体をくねらせ、大仰な一礼をするロックハートに対し、セブルスはグイっと適当に頭を下げただけだ。

 

 こんな奴に、“狩人の一礼”をくれてやるのももったいない、と思っているのだ。

 

 そうして、ロックハートの解説に合わせて、杖を剣(この場合はいわゆるレイピア)のように突き出しあって構える。

 

 そうして、3つ数えて術をかけあう・・・のだが、ロックハートがもたついたのか、セブルスが速かったのか。おそらく、後者だろう。実践経験バリバリの狩人の前に、生半な魔法使いは、肉人形でしかない。

 

 「武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 目もくらむような紅の閃光が特徴的な武装解除術の光弾が、ロックハートを舞台上から吹き飛ばしていた。吹っ飛んだその杖を、セブルスはあっさりとつかみ取る。

 

 吹っ飛んだロックハートはそのまま壁に激突、ずるずると壁伝いに滑り落ちて、床で無様に大の字になった。

 

 ハーマイオニーがピョンピョン飛び跳ねて、手で顔を覆い、指の間から「先生、大丈夫かしら?!」と悲痛な声を上げるのに、ドラコが「大丈夫だろう?先生なんだから」と微塵も説得力のない適当な返事を返している。

 

 あの人にしてはかなり大人しい選択をしたな、とハリーJr.は思った。

 

 2年前の怪物邸騒動の時のように、爆発する金鎚でこんがりした焼き挽肉にもできただろうに。

 

 ああ、魔法の決闘クラブだからか。だから手加減したのかな。

 

 ロックハートも、運がいいなあ。おじさんが本気になったら、あの人、今頃致命傷で虫の息になってただろうな、とハリーJr.は思った。父さんが、「セブおじさんは強いよ。神様だってやっつけられる、パパと同じくらいにね」って言ったんだ。間違いない。

 

 よれよれと立ち上がったロックハートは帽子は吹っ飛び、カールしたブロンドが逆立っていたが、それでもペチャクチャと講釈を垂れている。

 

 武装解除術か。なるほど。呪文と杖の振り方は今ので覚えた。

 

 軽く杖を振って、一つ頷くハリーJr.をよそに、ロックハートはなおも講釈を垂れている。

 

 ・・・本気じゃなかった、セブルスがやれたのはまぐれ、という感じの発言が聞こえ、一瞬セブルスは、この男に強攻撃からの内臓攻撃で、腸管を引っこ抜いてやろうか、本気で思案した。

 

 いっそ、聖杯ダンジョンに放り込んでしまおうか?ロックハートが書籍に書いているような、数々の偉業をなしたならば、あそこからでも笑顔で傷一つなく、3デブをお縄にして出てこられるに違いない。

 

 ばきっと、セブルスの左手の関節が鳴った。・・・なお、教授陣の間で、セブルスは赴任直後に、校長を殴り飛ばしたヤベエ奴というのがひそかに噂になっている。

 

 ロックハートがそれを耳にしたかは定かではないが、セブルスの目つきから、これ以上の軽口はまずいとさすがに悟ったらしく、そそくさと話題を変える。

 

 そうして、ペアを組ませて、練習試合をさせることになった。

 

 セブルスは友人同士といえど、ハリーJr.の実力的にドラコは役不足だろうと、あえて彼を別の相手と組ませることにした。

 

 ハーマイオニーは、スリザリンのミリセント=ブルストロードと組むことになり、ドラコはネビルと組むこととなった。

 

 そして、ハリーJr.は・・・折れた杖のせいで、危険視されてペアの見つからなかった、ロン=ウィーズリーと組む羽目になった。

 

 そうして、練習試合一発目だが、かなり悲惨な結果となった。呪いの掛け合いの結果、巻き起こったのは収拾不能のカオスである。クラゲ足で転倒、踊り続けるもの、笑い続けるもの、挙句の果てには杖などいらないとばかりに、キャットファイトにしゃれ込むものまでいた。

 

 しかし、大半はセブルスの解除呪文(フィニート)で、即座に収まった。

 

 ・・・一応、この茶番に参加した生徒たちも、『秘密の部屋』騒動とスリザリンの継承者を警戒し、自分たちなりに危険意識をもって、自衛しようと参加してきたのだ。

 

 ならば、相応に最低限の知識は授けるとしよう、とセブルスは口を開いた。

 

 「攻撃は最大の防御ともいうが、相手の消耗を待つのも一つの手だ。先ほどはあえて呪いや攻撃魔法に絞ったが、使う魔法を防御魔法に限定するのもよい。

 ハリー=メイソンJr.、前に出たまえ」

 

 「はい」

 

 セブルスがハリーJr.を指名したのは、他の生徒と比べて、消耗が少ないからだ。

 

 何しろ、ロナルド=ウィーズリーは、折れた杖で呪いの自爆をしていたのだから。自分の呪いをかけると同時によける気満々だったハリーJr.は正直、拍子抜けしていた。

 

 「合図をしたら何か、適当に攻撃魔法、あるいは呪いを私にかけたまえ。

 私は反撃は一切しない。

 あくまで魔法に限定する。物理攻撃はなしだ」

 

 「わかりました」

 

 うなずいて、ハリーJr.はぴしりと姿勢を正して、一礼する。ドラコからも仕込まれた、上流階級でも通じる、美しい一礼だ。

 

 対するセブルスも、今度は胸に手を当てた一礼――“狩人の一礼”を返した。

 

 まだ幼いと言えど、やる気と素養のある生徒には相応の礼儀は尽くすべきなのだから。

 

 「3、2、1!」

 

 「武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 「護れ(プロテゴ)

 

 ハリーJr.の放った赤い光弾は、セブルスの展開した光の幕の前にあっという間に霧散した。

 

 おおっと感嘆の声を上げたのは、低学年の生徒だろうか。

 

 「今のが防護魔法だ。呪文と杖の振り方は見たかね?覚えきれてないものは、自寮の上級学年のものに教えを乞うとよい。

 勝てぬものを前にしっぽを撒いて逃げることを不名誉とするならば、あるいは粘って勝ち目を狙うのも一つの戦術だ」

 

 淡々と言って、セブルスは杖を下ろした。

 

 「Mr.メイソン。今のは初めて使った魔法かね?」

 

 「はい」

 

 「杖の振りが甘く、初動が遅い。武装解除呪文は、出の速さが一番の利点となる。それを自らでつぶしてしまっている。何のための呪文だ。以後、気を付けたまえ」

 

 「・・・はい」

 

 しゅんっと肩を落とすハリーJr.に、セブルスはしまった言いすぎた、ととっさに思った。

 

 「が、はじめてにしては、上出来だろう」

 

 「! はい!」

 

 パッと顔を上げて、嬉しそうにうなずくハリーJr.に、セブルスは目をそらした。

 

 あの緑の目が悲しそうにするのは、どうにも堪えるのだ。

 

 

 

 

 

 後に、この魔法を猛特訓したハリーJr.は、自らが最も得意とする魔法にまで昇華させるのだが、それは別の話となる。

 

 

 

 

 

 「さて、そろそろ時間ですな。最後に一つ、私の方から必勝法について教授しておこう」

 

 決闘についての必勝法と聞いて、全員が耳をそばだて、セブルスを注目した。

 

 「必勝法!わかりますよ!スネイプ教授!やはり、私のように」

 

 「一対一の決闘などバカバカしい!囲んで数の暴力で袋叩きにすればいい!」

 

 何事か言おうとしたロックハートの言を遮って、セブルスは切って捨てた。

 

 ・・・それは、このクラブの存在意義を、根底から無意味と言ってのけたも同然だった。

 

 

 

 

 

 実際、ヤーナムのみならず他のいくつかの場所でそれをされようものなら、必ず死ぬ。狩人が一番苦手とするのは、今も昔も多対一の混戦なのだ。

 

 今のセブルスならば、それを切り抜けることもできなくもないが、避けれるならば避けるべきだし、自分がそれを使えるならば、手札とすべきだ。

 

 ・・・そこで卑怯だの誇りだの出てこないのが、彼がスリザリンたる所以であるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ぎょっとする全員と、ひそひそとささやかれ始めるのを無視して、セブルスは続けた。

 

 「諸君に誠に優先するべきものがあるならば、その意味が分かるはずだ。

 己の命、その延長として友や家族、そういったものがかかっているならば、名誉だ誇りだ決闘だと悠長なものにうつつを抜かすべきか、理解できるはずだ。

 何より、相手がそのお行儀良さに付き合うと思ったら、大間違いだ。

 あくまで、礼儀作法ぐらいに思っておきたまえ」

 

 そう言い残し、セブルスは踵を返した。インバネスコートの裾を翻し、そのまま大広間を出て行く。

 

 残されたロックハートは、一瞬ぽかんとしていたが、「皆さん!合理的かもしれませんが、本当に重んじるべきものが、皆さんならばわかるはずです!この決闘クラブは、必ずや、皆さんの身を守ることにつながるはずです!」などと、取り繕うように演説し始めた。

 

 「合理的だなあ・・・」

 

 「言わんとしていることは分かるが、ああも真っ向から切って捨てることはないと思うが・・・」

 

 感心したようにつぶやくハリーJr.と、呆れて言ったドラコに、ハーマイオニーはロックハートの演説が途切れた時に口をはさんだ。

 

 「スネイプ先生のお話も一理あるわね・・・今問題にしている“秘密の部屋”の怪物が、決闘のルールに従ってくれるかもわからないから、だから気をつけろってことでしょ?

 でも、人間同士ならロックハート先生のおっしゃる通り、ルールを重んじるべきだわ。きっと役に立つ時が来るに違いないわ」

 

 「・・・君は、何であれをそうもポジティヴに受け止められるんだ」

 

 「まあまあ。一理あるよね。・・・ロックハート先生に言っていい資格があるかはさておいて」

 

 ハーマイオニーにも呆れた目を向けるドラコに、ハリーJr.は苦笑してからしらけた目をロックハートに向けている。

 

 魔法で長テーブルがいつもの配置に戻っていくのをよそに、大広間の隅で、いまだに何人かの目をハートにした女子生徒相手に、ぺらぺらと自己愛の入り混じった演説をしている。

 

 ハーマイオニーも入りたそうにしているが、さすがにこの後に行う他の勉強などの兼ね合いもあるのか、やめにしているらしい。

 

 「・・・何であの人、正規採用されてるんだろうね?そして、何でこんなところで教師やろうと思ったんだろうね?」

 

 「僕にわかるわけないだろう?偉大なダンブルドアの、ご高尚な脳みそに訊けよ」

 

 「訊いたところで、僕らに理解できそうにない気がする・・・」

 

 若干げんなりしたハリーJr.に、ドラコは全くだ、という代わりに無言で静かにうなずいた。

 

 なお、そのやり取りは、大広間の喧騒に消されて、グリフィンドールの他の者たちに聞こえなかったのが、不幸中の幸いでもあった。

 

 

 

 

 

 その数日後のことだった。

 

 決闘クラブの開催は、何の慰めにもならなかったと、証明された。

 

 決闘クラブにも参加した、ハッフルパフ2年生のジャスティン=フィンチ=フレッチリーが、黒くすすけた“ほとんど首なしニック”とともに、石化して発見されたのだから。

 

 

 

 

 

続く

 




【ハーマイオニーのメモ帳】

 ハーマイオニーが愛用しているメモ帳。チェック柄の表紙の、マグルのパルプ製。

 ハーマイオニーはスケジュールや日常の気付き、新たに知った魔法界の新常識などを、事細かにメモして持ち帰って、勉強の片手間に見やすいように整理している。

 メモ帳の中には、少女の成長と秘密が、一挙に詰まっているのだ。





 次回の投稿は・・・すいません、再来週にしていいですか?来週はコロナワクチン接種の2回目があるので、投稿できる状態じゃないかもしれないのです。(2回目の副反応の方がしんどいって聞きますので)

 内容は、ハリーJr.&ドラコ&ハーマイオニーによる秘密の部屋の探求編!クリスマスは飛ばして、バレンタイン!キレた!セブルスさんがキレた!ロックハートの命運やいかに!お楽しみに!


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【3】文殊の知恵、あるいはズッコケ3人組

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 ワクチン接種も終わりましたので、また隔週投稿に戻ります!

 いやー、覚悟はしてたんですが、2日ほど身動き取れませんでした。仕事も休ませていただきましたしね。今はもう大丈夫なんですが。これから受ける方も、翌日は気を付けられた方がいいかと思います。

 お詫びと言っては何ですが、ちょっとおまけをつけておきました。

 メアリーは書いてると癒されます。また彼女視点の外伝でも書きましょうかね。


 

 さて、再び3人――ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニーの3人が大広間に集まったのは、ジャスティン&ニック石化の数日後だった。

 

 ハーマイオニーの方がお目当ての書籍が手に入らなかったことと、スリザリン生の二人に近寄らない方がいい、と周囲に止められていたらしいのでなかなか集まれなかったのだ。

 

 複雑そうな顔をする二人をよそに、当のハーマイオニーは、「ホグワーツ設立時のグリフィンドールとスリザリンは親友だったと聞いているわ。この非常事態なんですもの。気にしてなんていられないわ」としれっと言ってのけた。

 

 この数日でそれぞれ手分けして、50年前にあったことなどを調べてきた。

 

 そして、そこから判明したことは以下のとおりである。

 

 ●女子生徒が一人、事故で亡くなっている。この事故の原因を究明、犯人を発見したということで当時の監督生トム=マールヴォロ=リドルが、ホグワーツ特別功労賞を受賞している。

 

 残念ながら事故の詳細はわからなかったが、この“事故”こそが“秘密の部屋”に関係しているに違いない、と3人は推測した。

 

 続いて、ビンズが話してくれた秘密の部屋関連のことから推測できることをとにかく、片っ端から並べていこう、とハリーJr.が提案した。一通り並べてから、細かな詳細を審議して、可能性の低いものから除外していくことにした。

 

 残ったものを組み合わせれば、真実に近いところに行きつくかもしれない。

 

 

 

 

 

 テーマ1:秘密の部屋について(ある場所、開け方など)

 

 ●隠し部屋というくらいなので、絵画裏などに偽装されている。

 

 ●合言葉で開く。

 

 ●継承者にのみ伝わる魔法、魔道具でのみ開く。

 

 まず、絵画裏ということだが、これについてはすぐに否、と結論が出た。絵画裏などに隠されていたなら、描写人物たちが、何か言ってくるからだ。その手の情報がないということは、違うのだろう。

 

 次に、合言葉方式ということだが、これも怪しいだろう、と3人は見ている。たとえば、通りがかりに、学生がうっかり合言葉を口にしてしまった時に反応しないか、などだ。

 

 そうそう口にしない言葉であるのか、そもそも合言葉ではないのか。

 

 そして、魔法や魔道具で開くということだが、これも怪しいものだ。

 

 魔法ならば低学年には難しいだろうし、魔道具であれば持ち運びに不審を持たれる可能性がある。現実的ではない、と出た。

 

 

 

 

 

 テーマ2:秘密の部屋の中の“恐怖”(ビンズ曰く、何らかの怪物)とは?もしかしたら怪物ではないかもしれないので、その可能性も考える。

 

 ヒント…その被害者は、石化or死亡となる。また、最初の被害猫の現場付近で、ハリーJr.が焼け焦げをあちこちで見つける。

 

 ●部屋の中に収められている、スリザリンのオリジナル魔法。

 

 ●同じくスリザリン作製の魔道具。

 

 ●何らかの魔法生物。

 

 まずは魔法の線だが、これは技量や魔力の低い低学年には無理だろう、とすぐさま取り消された。大体、それならばわざわざ秘密の部屋に封じる意味がない。学外でも使えそうなものだからだ。

 

 魔道具にしても持ち運びが目立つし、扱い方次第では使用者が自爆しかねないのでは?という問題も想像できた。

 

 最後の魔法生物だが、ホグワーツ設立から千年経とうかというのに、それほど長寿な生き物が、果たして同じ部屋に閉じ込められ続けてくれるか、という常識的な問題があった。

 

 ただ、これにはハーマイオニーが反論を述べた。生き物には冬眠するものがいる。同じように、活動しないときは仮死状態になって生きながらえている可能性があるのかも、あるいは秘密の部屋自体に、そのような仕掛けがあるのかも、と。

 

 確かに、これが一番可能性が高いかも、と3人は秘密の部屋にいる“恐怖”を、“怪物”と改めて仮称することにした。

 

 

 

 

 

 テーマ3:スリザリンの継承者、そもそもサラザール=スリザリンについて。

 

 少し切り口を変えて、とハリーJr.の提案で、こちらも改めて検討することとなった。

 

 ●ホグワーツ創始者のひとり。ホグワーツ学生寮の名前は、創始者たちの名前からとられている。

 

 ●優秀な魔法使い。湿原から来た「俊敏狡猾なスリザリン」。

 

 ●ホグワーツにマグル生まれを招聘することを問題視。他創始者の同意を得られず、学校を去る。

 

 ●スリザリン寮のシンボルが蛇とされていることの由来は、彼がパーセルマウス(蛇語使い)であるため。

 

 パーセルマウスについてはハリーJr.は初耳であったので、本で学んだハーマイオニーと純血家系に詳しいドラコが補足解説をした。(なお、正史と違い、ハリーJr.はパーセルマウスではない)

 

 ドラコはわずかに声を震わせて、「一番有名なパーセルマウスは、“闇の帝王”だな」とぽつりと言った。

 

 つまるところ、ヴォルデモートのせいでパーセルマウスのイメージがガタ落ちした、という側面もあったりするのだ。

 

 「あのさ。すごく安直だけど、蛇の魔法生物とか、どうかな?」

 

 「「蛇?」」

 

 ハリーJr.の言葉に、他二人が聞き返した。

 

 「うん。スリザリンの継承者なら、当然パーセルマウスだろうから、蛇なら言うこと聞かせられるんじゃないかなって・・・秘密の部屋の怪物に、うってつけじゃない?」

 

 「・・・蛇なら、冬眠もするか。魔法で部屋に無人の時はそうなるように術式を組み込んでおけばいいな。

 

 だが、1000年も長生きするなど、規格外もいいところだぞ」

 

 考え込むように言ったドラコに、突如勢いよくハーマイオニーが立ち上がった。何か思いついたのだろうか?

 

 「もしかして!ごめんね、二人とも!ちょっと、図書館へ行ってくるわ!」

 

 言うや、ハーマイオニーは意見を書きだした羊皮紙の切れ端はテーブルの上に置いたまま、猛然と大広間を出て行ってしまった。

 

 「相変わらずだなあ」

 

 「これだからグリフィンドールは」

 

 苦笑するハリーJr.に、その勢いにやれやれとため息を吐くドラコ。

 

 だが、すぐにハリーJr.は何か考え込むように視線を落とした。

 

 「何が気になるんだ?」

 

 「うん。

 父さんからの受け売りなんだけどね。“物事には、必ず理由がある”んだ。

 何で今なのかな?」

 

 口元に手を当てて考え込むその姿は、作家のハリー=メイソンが、書斎のデスクで万年筆を置いて、作品構想を練っているときに、よく見せていた姿勢とそっくりだった。

 

 血のつながりがなくとも、彼もまた、ハリー=メイソンの息子であるのだ。

 

 「? どういう意味だ?」

 

 「ブランクだよ。何で50年も、前の事件から空いたんだろう?それが、キーのような気がして。

 模倣犯だったらブランクなんて関係ないかもしれないんだけどさ」

 

 首を傾げたドラコに、ハリーJr.は眉を寄せながら答えた。

 

 ここで、わきで聞いていたネビル=ロングボトムがポロッと口をはさんだ。

 

 「そういえば、ハグリッドが森番になったのも、50年前だって言ってたなぁ。

 変な偶然だね」

 

 おそらく、ネビルに悪気はなかったのだろう。

 

 「それだ!森番だ!」

 

 「え?何が?」

 

 手を打って言ったドラコに、ハリーJr.はキョトンと目を瞬かせた。

 

 「思い出せ、ハリー。

 スリザリンでの、森番のうわさを」

 

 真剣な表情で囁くように言ったドラコに、「あー・・・」とハリーは視線をさまよわせたが、次の瞬間ハッとしたような顔をして、考え込むように口元に手を当てた。

 

 「何?うわさって」

 

 「・・・ハグリッドと仲がいいなら、多分、気を悪くするから、やめといたほうがいいよ」

 

 尋ねて来たネビルに、ハリーJr.は気づかわしげに言ったが、彼は首を振った。

 

 「友達だからこそ、聞いておきたい。ドラゴンのことで嫌われちゃったけど、後悔はないから」

 

 「・・・わかった。そう言うなら」

 

 ネビルの言葉に、ハリーJr.は自分が聞いた限りの、ハグリッドに関する話――禁じられた森についてのうわさや、ハグリッドの退学理由を聞かせた。

 

 「悪い人じゃないんだろうけど・・・そう言われてたらね・・・」

 

 「どうしよう・・・何一つ、言い返せないや・・・」

 

 困ったように言ったハリーJr.に、ネビルはうめいて頭を抱えた。

 

 去年が去年である。特に、ネビルはよく一緒に行動している友人(どうやら一応、仲直りしたらしい)の腕を、下手をすれば切り落としかねない目に遭わされたわけで。

 

 「ロングボトム、50年前に森番が退学したと言ってたな?

 奴が持ち込んでいた危険生物こそが、“秘密の部屋”の怪物だったんじゃないか?

 父上にも確認を取ったが、その危険生物が何だったのか、確実に処分されたのかという話も聞けなかった。

 奴が50年前に“秘密の部屋”を開けて、まだどこかに怪物を匿っているというなら、筋が通る」

 

 「そ、そんなこと!」

 

 腕組みして言ったドラコに、ネビルは蒼白であわてた。

 

 「おい!黙って聞いてたら、ハグリッドを犯人扱いしやがって!

 証拠はあるのかよ!」

 

 ここで口をはさんだのは、ロナルド=ウィーズリーだった。カチンときた様子でいきり立った彼は、ずかずかとスリザリンのテーブルに歩み寄って来て、バンと叩いて抗議する。

 

 去年の件――ロナルドなりに助けようと計画を練っていたのに、ドラゴンに噛まれ、それを自分のせいにされたことにはしこりを感じている。

 

 だが、それ以上に犯人として有力なドラコが、赤の他人を犯人扱いしている。ロナルドにとっては、現状はそうとしか見えなかったのだ。

 

 「はっ!人のことを証拠もなしに犯人扱いしておいて、自分たちの番になったらそれか。これだからグリフィンドールは」

 

 「何だと?!」

 

 やれやれと厭味ったらしく肩をすくめるドラコに、ウィーズリーは歯をむき出しにして唸った。

 

 なお、自分たちの話に夢中で、彼らは周囲がひそひそとこれまでのハグリッドの素行について噂しまくっているのに気が付いていなかった。去年のドラゴンの件があったのが大きい。

 

 「・・・ハグリッドってのは早計かも」

 

 静かに言ったのは、ハリーJr.だった。

 

 「どういうこと?」

 

 「ロングボトム、ハグリッドって、退学してすぐに森番になったんだよね?」

 

 「うん。退学して杖も折られたけど、ダンブルドアが森番として学校にいられるようにしてくれたって聞いてるよ。

 理由までは聞けなかったけど」

 

 「じゃあ、やっぱり違うのかも」

 

 頷いて言ったネビルに、ハリーJr.はうなずいた。

 

 「どういうことだ?ハリー」

 

 「“物事には、必ず理由がある”。ハグリッドなら、50年のブランクの説明が付けられないんだ。

 だって、森番小屋と、ホグワーツ城は目と鼻の先だよ?

 ほとぼり冷めるのを待っていたにしても、50年は長すぎると思わない?」

 

 「・・・確かに。

 加えて、あの森番の性格と頭の出来を思えば、先にこっちの疑問が出てくるな。

 どうやって部屋の在処を見つけ、部屋を開けたのか。

 僕たちでさえわからないのが、あれにわかるとは思えない」

 

 何気に非常に失礼なことを言うドラコだが、とりあえず疑いは晴れたらしい、と不服そうにしつつもロナルドは口をつぐんだ。

 

 「50年前かあ・・・当時を知ってる人に話を聞けたらいいんだけど・・・」

 

 「話してくれると思うか?僕たちは一学生、それも低学年だ。

 当時を知ってそうな教授陣が相手にしてくれるとは思えない。

 ゴーストも“ほとんど首なし卿”のせいでピリピリしているからな」

 

 「他に知ってそうなのは・・・当事者であるハグリッドくらいかな?」

 

 「論外だろう。僕たちはドラゴンのことで相当恨まれているんだ。絶対何も言わないぞ」

 

 「だよねえ」

 

 うーんと、改めて考えこむドラコとハリーに、ややあって口を開いたのはロナルドだった。

 

 「・・・僕が、訊いてきてやる」

 

 「え?」

 

 「僕がハグリッドから話を聞いてきてやるって言ってるんだ!

 勘違いするな!ハグリッドの無実を証明するだけだ!お前たちが怪しいってのはそのままだからな!」

 

 言い残してロナルドは踵を返して大広間から出て行く。

 

 なお、彼は去年が去年なので、寮内では厳しく監視されており、一人で森番小屋へ行くのを禁じられている。

 

 勢いで言ったが、撤回する気は微塵もない。頑固者のパーシーはともかく、双子の方なら話が通じるかもしれない。そう考えながらロナルドは走った。

 

 「あ、ロン!ごめんね、二人とも!じゃあ、また授業で!」

 

 「うん。また今度ね」

 

 「ああ」

 

 ネビルがそう言って去っていくのに、ハリーJr.は手を振って、ドラコはぶっきらぼうに言った。

 

 「50年前じゃ、スネイプ先生もわからないかな?」

 

 「それ以前に、ロクデナシのせいで去年以上に忙しそうにされているらしいぞ」

 

 「あー・・・藪を突きに行くのはやめとこうか」

 

 「グレンジャー待ちだな」

 

 一応、話の片手間にハリーJr.はハーマイオニーが残していった議事録代わりの羊皮紙に、簡単なメモは残していた。

 

 二人で突き詰められるのはここまでだろう。あるいはハーマイオニーなら、別の視点や知恵を話してくれるかもしれない。

 

 だが、ここで分厚い本を抱えて、ハーマイオニーが慌ただしく飛び込んできた。

 

 「やっぱりそうだったわ!二人とも!やったわよ!

 私たち、怪物の正体が分かったかもしれないわ!」

 

 そうして、嬉々として彼女はスリザリンのテーブルの上に書籍を広げ、勢いよくページをまくる。

 

 「あったわ!ここ!バジリスクの項目よ!」

 

 そうして、3人は目を皿のようにして、その本をのぞき込んだ。

 

 「ね?“毒蛇の王”、“巨大に成長することがあり、何百年も生きながらえることがある”・・・!」

 

 「“毒牙による殺傷とは別に、バジリスクのひと睨みが致命的となる。その眼からの光線に捕らわれし物は即死する”。

 待て、グレンジャー。即死とあるぞ?50年前はともかく、誰も死んでないだろう」

 

 興奮気味のハーマイオニーに、ドラコが待ったをかけた。

 

 ちなみに、医務室に収容された彼らは、現在マンドレイク薬を飲ませればいいということで、原料となるマンドレイクの収穫待ちという状態である。

 

 「誰も目を直接見てないからよ!思い出して!犠牲者たちの現場を!」

 

 「! ミセス・ノリスの時は、3階トイレ付近だ!トイレからあふれた水で床が濡れてた・・・濡れた床に反射したバジリスクを見た?

 コリン=クリービーはカメラのフィルムが焼き切れていたらしいから、多分カメラ越しで、フレッチリーは、“ほとんど首なしニック”越しに見たんだ!ニックはもう死んでるから・・・!」

 

 「・・・そういえば、第一の現場付近には焦げ跡が見つかってたな・・・それも、即死光線が原因か!」

 

 ハッとしたハリーJr.に、ドラコも真剣な顔になり、もう一度文面をのぞき込んだ。

 

 「“蜘蛛が逃げ出す”・・・そういえば、ケトルバーン教授が、教材の蜘蛛が暴れ回っていけないと言ってたな。逃げたくても逃げられなかったからか!

 “弱点は雄鶏が時を作る声”・・・森番小屋の雄鶏が殺されていた!あれはそのせいか!」

 

 いつの間にか、大広間はしんと静まり返っていた。

 

 「ね?!全部ぴったり一致するでしょう?!蛇の怪物だから、パーセルタングで言うことを聞かせられるもの!」

 

 「うん!すごいよ、ハーマイオニー!」

 

 「ふん・・・やるじゃないか」

 

 踊りあがりそうなハーマイオニーとハリーJr.に、ドラコもほおを紅潮させながら言うが、すぐに視線を険しくした。

 

 「だが、一つだけ問題点がある」

 

 「問題点?」

 

 「バジリスクの巨体ね?」

 

 「そうだ。創設者の時代から生きているとすれば1000歳を超える、巨体の持ち主だ。そんな奴が城を徘徊していて、なぜ目撃者がいない?

 透明な呪文でもかかっているのか?」

 

 「いいえ!それはすでに第1の現場に答えがあるわ!」

 

 ドラコの反論に、ハーマイオニーは叫ぶように答える。

 

 「トイレ・・・パイプだね?!」

 

 「ええ!秘密の部屋って、地下にあるんじゃないかしら?

 下水道みたいに、城の地下中にパイプを巡らせているのよ!バジリスクはそのパイプを通じて、どこにでも姿を現せるんじゃないかしら!

 最悪、目を見るだけなら、穴が空いてたら、そこから外を見ればいいだけですもの!」

 

 「確か、他の二人が襲われた現場は・・・水場の近くだ!パイプが通じててもおかしくない!」

 

 うん、と3人はうなずいた。

 

 バジリスクに関する矛盾は、これで片付いた。間違いない。

 

 「そうと決まれば、行くわよ!」

 

 「うん!マクゴナガル教授の部屋だね!」

 

 「校長室がわからないからな。副校長のマクゴナガル先生が確かだな」

 

 そう言いながら、3人は勢いよく大広間を後にした。

 

 途端に堰を切ったように、ざわつきだした他の生徒たちなど、一顧だにせずに。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、3人の説明を聞いたマクゴナガルは、真っ青になりながらうなずく。さすがに実物がなく、状況証拠ばかりでしかないとはいえ、一考の余地はあるとした。

 

 この可能性に行きついた3人を褒め、それぞれの寮に50点ずつを与えることとなった。

 

 そして、直後開かれた職員会議で、マクゴナガルは即座にこの三人から聞かされた推理を話し、鵜呑みにするのは危険だが、それを基にした対策をとってみるべきだ、と提案した。

 

 それを聞いたケトルバーンが、それならといくつかの対策を提案した。

 

 ●直接目を見なければ最悪即死は免れられるので、角を曲がるときは鏡で確認する。

 

 ●雄鶏の時を告げる声は魔道具で録音しておいたものを、定期的に城内に魔法で流す。

 

 ●蜘蛛が逃げ出すのが前触れなので、ガラス瓶に入れた蜘蛛を持ち歩き、彼らがいよいよ逃げ出そうとしたら要注意する。

 

 とりあえずこんなところだろうか。

 

 どこかのロから始まる自己愛の強い新米教授が何か言いだす前に、それじゃこれで行こう!となった時だった。

 

 「バジリスクですか!いや、私の考えでは、コカトリスの線もあります!ご存じでしょうか、皆さん!鶏の卵をヒキガエルが温めることでバジリスクが生まれますが、コカトリスはその逆!ヒキガエルの卵を鶏が温め、孵化させることで生まれるのです!

 小さくとも獰猛で、奴も即死とまではいかずと、石化の光線を持っていまして!」

 

 はい、出た。また出た。

 

 ぺらぺらとしたり顔で話し出したロックハートに、全員がスン・・・と虚無顔になった。ロックハートが職員会議でも余計なのは今更だ。遅刻・早退は当たり前。時折話をさえぎって長演説をかます。この後のほか教授方の予定も考えずに、だ。

 

 毎度のこととはいえ、この長い演説を聞いている時間は多忙な教授陣にはない。特に今年はどこかの誰かさんのせいで、“闇の魔術に対する防衛術”の補講を充実させねばならないのだ。去年のクィレルはつまらないとは言われたが、それをさせなかったところは十分優秀な範囲に入ったのだ。

 

 ジロリッとセブルスは、何でこんな奴採用した、と視線だけでダンブルドアを見ると、当の老人は急に耳が遠くなったかのような顔で、髭を撫でている。

 

 セブルスは、いい加減にしてもらいたいと、右手を無言のまま振った。途端に、発動した沈黙呪文(シレンシオ)でロックハートは口をパクパク動かすだけの存在に成り下がった。

 

 はたと彼は自分が声を出せてないことに気が付いて、喉と口を押さえて慌てふためいたが、その時にはマクゴナガルが「では、そのように」という鶴の一声をもって、職員会議を終了とさせた。

 

 ・・・なお、彼は“闇の魔術に対する防衛術”担当の教授のくせに無言呪文を習得していないらしく、呪いが効果切れを起こすまで、珍しく物静かなロックハートが見られたことを、ここに記しておく。

 

 すでにセブルスのみならず大多数の教授が、書籍に書いてあることはこの男が実際にやったことではないと完全に確信していた。

 

 

 

 

 

 果たして、この取り組みがよかったのか、悪かったのか。

 

 この取り組みの知らせと、大広間での3人組のやり取りを聞いていた生徒たちも、それぞれに身を護る工夫を始めた。

 

 それまでも、生徒間で魔除けのお守りが流行していたが、この件以降、鶏の鳴き声を発する魔道具が高値で取引されるようになったのだ。

 

 さらには、手鏡を使って必ず曲がり角を確認したり、トイレなどの水場に近づくときは、念入りに周囲を確認したりするようにもなった。

 

 

 

 

 

 さて、クリスマス休暇も明けて、しばらく経ったころだろうか。

 

 今日という今日はコイツは殺す、物理的がダメなら社会的に殺す、とセブルスは固く決意していた。

 

 本日はバレンタインデーである。確かに、この日は浮足立つ生徒が多い。セブルスの在学時もそうだったし、教授に赴任してからも、廊下や教室の片隅でこっそりカードを渡していたり、フクロウに託して朝食の席に落としていたりした。

 

 授業妨害にならないなら多少のことは目をつむろうと教授陣も寛容であったし、セブルス自身もそうしていた。

 

 今年は例年にないほどピリピリしていたが、最近は教授陣と生徒間の警戒もあってか、犠牲者も出ず、沈静化しつつあるとどこか緩んだ空気が流れていた。

 

 ロックハートなどは、秘密の部屋は閉ざされた!(ドヤァッ)などと称して、今はそれよりも気分を盛り上げるべきだ!と言い張っていた。

 

 そしてこの始末である。

 

 壁という壁を覆うピンク色の花。淡いブルーの天井から舞う、ハート形の紙吹雪。

 

 一部女生徒はクスクスとのどかなものを見る目で笑っているが、他は呆気にとられたような、あるいは吐き気満載という顔をしていた。(余談だが、ハリーJr.は事態を把握すると困ったような顔をして、ドラコはうんざりした顔をしていた)

 

 セブルスを始めとした教授陣は、石のように無表情で教員席に座っていた。・・・ただし、マクゴナガルは頬がピクピク痙攣していた。

 

 セブルスはといえば、あの目をしていた。決闘クラブでも見せた、あの形容しがたい目だ。これから殺すべき、豚を眺めるまなざしというべきか。

 

 この騒動の元凶たるロックハートは、けばけばしいピンクのローブを纏って、何やらぺらぺらと演説していた。

 

 ・・・セブルスは耳に入れることすら悍ましいとシャットアウトしていたが、要は一緒にバレンタインを祝って、愛を告白しあおうぜ!ということらしい。

 

 その途中で、竪琴をもって金の羽をつけた不愛想そうな小人連中を勝手に城内に招き入れたり、フリットウィックに“魅惑の呪文”を教わろう!セブルスから“愛の妙薬”をもらおう!いい機会だから遠慮せずにみんなでMissメアリーにも気持ちを伝えてはどうだろうか!という話題が出た時に、セブルスは必死に抑え込んでいた獣性がブチッと臨界点を突破したのを感じた。

 

 ガタンっとセブルスは立ち上がった。無表情だった。ひたすらに無表情だった。そうして、仕掛け武器の錆にするのも惜しい、啓蒙低すぎる獣以下を見やった。

 

 ただでさえもクソ忙しくさせているくせに、さらにクソのようなイベントで、さらにクソ忙しくさせるつもりなのか。そんなに死にたいのか。いいだろう。お望みどおりにしてやろうじゃないか。

 

 あまりのことに顔を覆うフリットウィックとは、対照的だった。

 

 「おや、スネイプ先生!お喜びください、皆さん!先生が自ら愛の妙薬の」

 

 「期限付きの惚れ薬なんぞに頼るとは、人間性の底の浅さを露呈するも同然ですな」

 

 何事か言いかけたロックハートを遮って、セブルスが無表情を崩して笑って言った。

 

 奇妙にひきつった、安心感など微塵もない、悪意どころか狂気すら感じる笑みだった。その笑みを目の当たりにした生徒数名が失禁したり、卒倒したりした。そうしなくても、大体のものが青ざめてそっと視線をそらした。

 

 マクゴナガルは、ほおの引きつりこそ治まったが、キリキリしだした胃を押さえて、うつむいた。また白髪が増えたような気がしてならない。

 

 フリットウィックは椅子ごとひっくり返りそうになった。

 

 スプラウトと古代ルーン文字担当のバブリングが青ざめたまま異口同音に呟いた。おお、マーリン、と。

 

 なお、例によって校長は不在である。

 

 ロックハートは知らない。彼が相手にしているのは、赴任して早々に錯乱した校長(イギリスでも1、2を争う大魔法使い)を殴り倒してきりもみ回転でぶっ飛ばして医務室行きにした、時々ヤベエ教授であるのだ、と。

 

 「ロックハート教授」

 

 「何でしょうか?!スネイプ先生!この重大な発表を遮るほどなのです!一体どのようなご用事で?!」

 

 「後で私の部屋に来ていただけますかな?メアリーがぜひ、あなたにお渡ししたいものがあると言ってましてな」

 

 絶対嘘だ!毒薬渡すぞ、あれ!!

 

 おそらく、その場にいる全員の心境が重なった瞬間だった。

 

 ロックハートがいかに話しかけようと、メアリーは最初に菓子を台無しにされたのもあって、狩人たるセブルスでもない、啓蒙も心得てなさそうなロックハートには塩対応を決め込んでいたし、それは大勢のものに目撃され、共通認識されていた。

 

 「おや、Missメアリーが?わかりました!ぜひ伺いますと、彼女にお伝えください!」

 

 そしてお前はなぜそれをすんなり信じる?!

 

 全員がそうツッコミを入れそうになったが、できなかった。余計な事を言えば、次は自分の番だ、あるいは理不尽に減点されると自覚していたからだ。

 

 

 

 

 

 そして、それから間もなく、ロックハートは自室から出てこなくなった。

 

 ロックハートの雇った小人たちが、報酬出せー!と彼の部屋の前に居座り続けるのを無視して。(ちなみに、彼らは最終的にマクゴナガルに訴え、彼女によってロックハートの給料から報酬が直接支払われることになった)

 

 なお、彼らに廊下の移動を邪魔され、愛の歌を同級生の前で歌われた被害者が何人いたかは・・・はっきり数にすると、気の毒になられると思うので、この場では明記しないでおくとする。

 

 翌日マクゴナガルに問いただされたセブルスは、調合で失敗して作った脱毛薬をメアリーに処分を頼みましたな、処分するようにとは言ったが、方法までは指定してませんでしたな、としれっと答えた。

 

 ・・・その脱毛薬は、見た目こそ愛の妙薬のように好ましい香りがするのだが、服用すれば、全身の毛という毛が抜け落ちるそうだ。

 

 自身の輝かしい見た目を愛するロックハートには、致命的すぎるのは明らかであった。

 

 マクゴナガルは、吹き出すとも咽ともつかない変な音を出してから、胃薬を呼び寄せ呪文(アクシオ)で引き寄せた。

 

 そして、それを職員室で聞いたフリットウィックとマグル学のバーベッジがにやけそうになった口元を隠そうともせずに、今度は一緒に呟いた。おお、マーリン、と。

 

 スリザリン出身者を怒らせると、どのような形で報復されても、文句は言えまい。

 

 ・・・教授たちは知らない。こんなものはまだ序の口に過ぎないことを。セブルスは、徹底的になぶり殺しにすると固く決意してしまったことを。

 

 

 

 

 

 そういった些細な事故(少なくともセブルスはそう主張する)はあれど、基本的には穏やかに日々は過ぎていったのだ。

 

 その事件が起きるまでは。

 

 それが起こったのは、クィディッチの試合が行われるかという朝のことだった。

 

 レイブンクロー寮の監督生、ペネロピー=クリアウォーターが、石化した状態――早い話、新たな犠牲者として発見されたのだ。近くに割れた手鏡が落ちていたことから、おそらく、角を曲がるときに手鏡で確認しようとした時に襲われたのだろう、と想像された。

 

 バジリスクの仕業という推測が広まってなければ、下手をしたら死亡していてもおかしくなかったのだ。これでもかなり運のいい方であったというほかない。

 

 直前まで図書館で一緒に居合わせたハーマイオニーは、自分が引き留めていられたら、と強く悔やんでいたらしい。

 

 そして、この件を境に、ホグワーツは完全に厳戒体制に移行した。クィディッチなどのクラブ活動は全面中止。教室間の移動は、必ず直前の担当教授が引率し、トイレも付き添い、図書館の利用も条件付きで制限されるようになってしまったのだ。

 

 

 

 

 

続く

 




【脱毛薬】

 セブルス=スネイプが開発・調合した魔法薬の一種。

 魅惑的な匂いのするゾル状の魔法薬で、塗布によって該当部位の永久脱毛、服用によって、全身の永久脱毛が可能。

 間違っても、本来は服用するものではない。

 魔法薬の種類を確認もせずに服用する啓蒙低い愚か者が、いるはずがないのだから。





 バタフライエフェクトで、ハーマイオニーは襲われずに済んだよ!

 ロンは双子同伴でハグリッドに50年前のことを聞きに行って、やっぱり犯人じゃなかったんだ!と納得して、ハリーJr.達に無実確定宣言をしたよ!最初の犠牲者がトイレで見つかった云々の話も聞いたけど、ロンはそこまで重要視してなかったから伝えてないよ!

 今更だけど、ポリジュース薬は言い出しっぺにして、メイン調合手のハーマイオニーがドラコ&ハリーJr.とズッコケ3人組を組んじゃったから、なくなっちゃったよ!

 ハリーJr.は“生き残った男の子”じゃないからね!ミーハーなジニーちゃんの興味には引っかからずに済んだから、バレンタインの小人被害者にはならずに済んだよ!





 ちなみに。イギリスにおけるバレンタインデーというのは、恋人とディナーを共にしたり、男性が意中の女性に花やカードを贈る日、みたいです。もちろん、チョコもありみたいです。

 有名ですけど、日本におけるチョコレートを贈るっていうのは、製菓企業の戦略なんですよね。

 バレンタインもお国柄がいろいろ表れてて、以前別の二次創作の際にざっと調べてみたんですが、なかなか興味深かったです。





[おまけ~メアリーさんとロックハート~]

 「やあ、Missメアリー!お呼びと聞いて参上したよ!」

 「? そうですか」

 ロックハートが目の前に現れ、メアリーは淡々と答えた。

 メアリーはあまりロックハートのことが好きではない。せっかくセブルス様のために作ったお菓子を、いつも台無しにするからだ。べたべた馴れ馴れしく触ってくるのも嫌だ。

 セブルス様が悲しそうな顔をされるのが、何よりも嫌だ。考えただけで空っぽのはずの胸の奥がチクチクと不快な感じになる。

 早くどこかに行ってくれないだろうか?

 「ははっ!そろそろ私にも笑顔の一つも見せてくれないかい?美しい君には、笑顔こそ何よりふさわしいと思うんだ」

 なんでこの人の言うことを聞かなければならないのだろう?メアリーは不思議に思えてならない。

 髪を触らないでほしい。ボンネットがずれて、髪飾りが外れてしまう。セブルス様が初めてくれた大事なものなのに。

 セブルス様のところに早く行きたい。この間菓子のレシピブックを見てたら、日本では今日は女性がチョコレートを男性に贈る日だとされているので、これならあの方にもわからずにお祝いできるかもしれないと、チョコレート菓子を作ったのだ。

 早く持っていきたいのに。

 またこのお菓子を台無しにされたらどうしよう。最近はハウスエルフたちに運搬をお願いしてたけれど、今日ばかりはどうしても自分で持っていきたかったのに。

 と、そこでメアリーはふと思いだす。以前、セブルス様からロックハートに絡まれて、どうしようもないと思ったら、これを渡せと言われていたものがあったのだ。

 「では、ロックハート様。こちらをどうぞ」

 そう言って、メアリーはとろりとしたラベンダー色の液体の入った小ぶりなフラスコをロックハートに差し出した。メアリーはホグワーツに来た際に、セブルス様から検知不能拡大呪文のかかったポシェットを渡されており、持ち物はそこに入れるようにしているのだ。

 メアリーには無臭に感じられたが、セブルス様が言うには他人にはいい匂いに感じられるだろうから、ロックハート以外には渡さないように、と強く言われていたのだ。

 「なんと!Missメアリー・・・君の気持は、確かに伝わったとも!」

 きらりとブルーの目を輝かせたロックハートは、フラスコをひったくるように受け取った。

 「気持ち・・・?私は単に、セブルス様にそれをお渡しするように言われただけで」

 「照れ隠しかい?かわいいね、メアリー!
 おっと、これから私は授業だったんだ!それではまたあとで!」

 メアリーの言葉をさえぎった挙句、ぱちんとウィンクするとピンクのローブを翻してウキウキスキップ交じりに去っていくロックハートに、メアリーは不思議なものが湧き上がってくるのを感じた。

 空っぽのはずの胸の奥に、何かちりちりと不快なものがかすっている。焦がしてしまった鍋底を思わせるような不快さだ。

 なんだかよくわからないが、不快であることに間違いない。

 こんなこと、さっさと忘れよう。それより、セブルス様のところにお菓子をもっていこう。最近お疲れ気味だから、甘いものはきっと気分転換になるはずだ。

 このチョコレートタルトは、甘さを控えめに作ったし、きっとお気に召すはず。

 メアリーは不快なだけの出来事はさっさと忘れることにし、セブルス様のかすかな笑みを思い浮かべながら地下牢教室へ足を向けた。





 今日の菓子も美味いな、いつもすまない、と仕事の合間のお茶の時間にセブルスがかすかな笑みを浮かべたころ、“闇の魔術に対する防衛術”教授室にて悲痛な悲鳴が上がったのだが、そんなことはホワホワした胸の奥の心地よさを味わうメアリーの知ったことではない。





 次回の投稿は、来週!内容は、禁じられた森へ!狩人セブルスVSアクロマンチュラ!ハリーJr.達の学生生活を添えて。お楽しみに!


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【4】セブルス=スネイプ、闇の魔法生物認定される

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 ロックハートについてはまだ出番があります。素敵なあだ名も考えてあげました。その名前は次回公開しますので、そのときにはみんなで呼んであげましょう♪

 ・・・本来この時点では出番皆無の人物が出てきていますが、まあ、後々のフラグです。実質名前だけの出番ですし、問題はないはずです。

 公式で救済したら闇堕ちするんですよねえ、彼。


 

 さて、その夜中になる。

 

 セブルスは、珍しく城を出ていた。

 

 正直、今の状況で城を留守にするのは気が引けたのだが、“秘密の部屋”関連のことを子供たちにほとんど任せきりにしてしまったことを、大変申し訳なく思っていた。

 

 対策検討のための職員会議の翌日のことになるが、セブルスは3人組を呼び止め、よく怪物を突き止めた、と彼なりの言葉で褒めた。

 

 だからというわけでもないのだが、今日はいい加減なれたロックハート関連の処理を猛スピードで切り上げ、衣装替えをして、ついでに武器とカレル文字の付け替えもして、外出と相成った。

 

 目的地は、ハグリッドの小屋である。

 

 3人組の推理のすべてを鵜呑みにするわけにはいかない、とマクゴナガルは言ったが、筋は通る。そして、かなり可能性が高い。

 

 だが、まだ“秘密の部屋”そのものの場所と、“スリザリンの継承者”その人のことが何もわからないままなのだ。

 

 多少強行であろうと、こうなれば50年前の当事者の一人であろうハグリッドを直接問いただそうと、セブルスは思っていた。

 

 少なくとも、50年前のことについて聞くことができれば、何かわかるかもしれない。

 

 ハグリッドが拒否するなら、開心術で精神をこじ開けるのも辞さないつもりである。

 

 その場合、セブルスだとばれればかなりの問題になるが、今回はそうならないように手は打ってきているのだ。

 

 そうとも。問題はない。

 

 ふと、セブルスは足を止めた。

 

 ハグリッドのいる小屋の前が騒がしい。

 

 そして、小屋の中から出てきた人物に、彼は眉をひそめた。

 

 一人はダンブルドア。そしてもう一人は――セブルスも、たまに見る日刊預言者新聞で顔だけは知っていた、現魔法大臣のコーネリウス=ファッジだ。

 

 さらにもう一人出てきた。セブルスは知らない顔だ。ファッジの連れのようだから、魔法省の職員か?話を聞けば、魔法生物管理部のエイモス=ディゴリー氏というらしい。ディゴリー・・・そういえば、ハッフルパフの4年生にそんな名前の生徒がいたな。優秀で人気者だとも聞いている。おそらく、父親なのだろう。

 

 最後に出てきた人物に、セブルスはさらに眉をひそめる。ルシウス=マルフォイ。ホグワーツの理事である彼ならば、確かにいてもおかしくない。

 

 ・・・何を平然とここにいるのだろうか?彼は自分が流出させてしまったアイテムが原因だと、わかってここにいるのだろうか?

 

 いや、わかっていようとも、それをチャンスとしてダンブルドアを追い落とすべく、動き出したに違いない。

 

 

 

 

 

 さっさと隠居すればいいのに、あのくたばり損ないのクソ爺。

 

 たまに、飲み過ぎた酒のせいで、ルシウスが貴族の品位もかなぐり捨てて、そのようにつぶやいていたものだ。

 

 だからこそ、絶好の機会を見逃さずに、実行に移したに違いない。死者こそいないものの、3人も犠牲者を出してしまった、ダンブルドアの管理体制の甘さをこれでもかと攻撃して、校長の座から蹴落とす魂胆なのだろう。

 

 原因は棚上げとして。

 

 さすがスリザリン。テラスリザリン。その狡猾さに、セブルスはいっそ敬意を表した。

 

 ただし、現在進行形で仕事を増やしている相手でもある。昔世話になったことがなければ、ノコギリ鉈でばらして、聖杯ダンジョンに獣の餌として放り込んでいたかもしれない。

 

 仏の顔も三度までともいうかもしれないが、すでにルシウスはドビーの件でセブルスの仏の顔カウントを一つ潰している。

 

 

 

 

 

 真っ青な顔をしたハグリッドと、険しい表情のダンブルドアを連れて、彼らはホグワーツ城へ向かって歩いていく。

 

 聞こえてきた会話内容から察しても、ダンブルドアは停職、ハグリッドは50年前の事故の犯人である(とされる)がゆえに、容疑者としてアズカバンに勾留となるらしい。

 

 ・・・そして、それを言ってきたのはルシウスではなく、ディゴリー氏らしい。彼はいったいどこからハグリッドの名前を聞いたのだろうか?息子あたりからか?

 

 そして、彼らは青い秘薬を飲んで存在を隠すセブルスのそばを、何事もなく通り過ぎた。

 

 明日からはダンブルドア大好きグリフィンドール生がうるさくなるに違いない。

 

 ため息を押し殺し、セブルスは視線を走らせる。

 

 出て行った彼らは戻ってくるそぶりはないが、セブルスは灯もつけずに視線を走らせた。

 

 幸い、雲が割けて月光が差し込んだこともあって、ヤーナムで暗所の探索に十分慣れたセブルスには、小屋の陰、畑の隅にいるそれはよく見えた。

 

 蜘蛛だ。

 

 何かに怯えるように、一目散に城から離れ、禁じられた森の奥に向かっていく。

 

 ホグワーツ内部で、“姿現し”は使えない。最悪の最悪、死に戻りを覚悟して、セブルスは森に踏み込んだ。

 

 うっそうと茂った木々に、月光がさえぎられたため、セブルスはやむなく腰の携帯ランタンに発光呪文(ルーモス)で明かりを灯した。

 

 そうして、蜘蛛の後を追う。

 

 なぜそうしようと思ったか、セブルスは上手く言葉にはできなかった。しいて言うならば、脳に宿した瞳が、そうするべきだ、それをしておいた方がいい、と囁いてきたためだ。

 

 

 

 

 

 蜘蛛。セブルスは蜘蛛が嫌いだ。ヤーナムへ行く前・・・正確には、聖杯ダンジョンに潜る前であれば、魔法薬の素材としても有用な生き物だと答えていただろう。

 

 だが、聖杯ダンジョンの奴らはだめだ。特に赤いのは。少し扉を開けるのにもたついてしまえば最後、部屋中にみっしりとひしめく連中にたかられて死ぬ。

 

 鐘女は本当に面倒極まりない。

 

 ヤハグルにいるのもうっとうしかったが、蜘蛛を呼び出すというだけで万死に値する。

 

 あいつらのせいで聖杯マラソンが数段しんどい苦行と化していた部分があった。

 

 赤蜘蛛も嫌いだが、蜘蛛男のパッチも腹立たしい。しれッと突き落としてアメンドーズの生贄にしようとしてきたくせに、ノーカウントだのなんだのと命乞いしてきた。あまりの調子のよさに、かえってやる気が殺がれた。

 

 まあ、それでも腹は立ったので、去り際に一発切りつけてやった。生贄を所望するなら、自分を捧げればいいものを。(そもそもアメンドーズがその生贄を素直に受け取るか、という問題があるのだが)

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 やがて、たどり着いた開けた場所に、今度こそセブルスは絶句した。

 

 蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。

 

 馬車馬ほどはある、巨大な蜘蛛だ。厚く黒い毛におおわれ、4~5メートルほどはあろう、長い八本足と黒い八つ目に、はさみを携えたそれが、ぎっしりひしめき合っている。

 

 その数100は超えるだろうか、ドーム状の巣に、コロニーを形成しているらしい。

 

 セブルスはそれを見て、めまいを覚えた。

 

 遺憾ながら、セブルスはそれを、書籍の中の挿絵であれど、知っていたのだ。

 

 アクロマンチュラだ。東南アジアボルネオ島原産の、毒性を持つ肉食の大蜘蛛である。その毒液は希少で貴重だが、確かM.o.M.分類XXXXXXに分類される、凶悪極まりない魔法生物だったはず。

 

 なぜ、東南アジアの熱帯気候で生息するはずの毒蜘蛛が、冷涼なイギリスでこんな大コロニーを作り上げているのか。

 

 瞬時にセブルスは解答にたどり着いた。あの森番!ドラゴンの卵以上の、前科をやらかしていたのだ!校長がこれを知っていたかは定かではないが、これは森に入っていけない理由にしかならない。

 

 そして、アクロマンチュラたちは、ある程度の知性をもって、人語を操ることも可能である。

 

 だが、彼らは所詮、獣だ。現にコロニーに踏み込んだセブルスを餌とみなし、われ先に襲ってきたのだから。

 

 セブルスは、彼らを蹴散らしながら、ここまで来た。蜘蛛たちのコロニーを突き止めようとしてきたのだが、これは失敗だったかもしれない、と彼は思う。

 

 集団戦は苦手なのだが、なぜか彼らはこちらを襲うのをためらうようなそぶりを見せたため、そのすきを見逃さずに攻撃を叩きこんで、退けてここまで来たのだ。

 

 『な、何だ、お前は・・・?』

 

 コロニーの中央にいた、ひときわ大きく、目が白い個体――おそらく、このコロニーの長であろう、アクロマンチュラが口を開く。戸惑っているらしい。

 

 無理もなかった。何しろ、セブルスは、普段の彼とは似ても似つかない格好をしていたのだから。

 

 真白のローブじみた装束は、聖職者というよりどこか学者じみた雰囲気を醸し出している。聖歌隊の装束だった。

 

 だが、一番の問題は服装などではなかった。

 

 少し身動きするたびに、それこそ足を踏み出すだけでヌチャヌチャという得体のしれない粘着音を奏でる彼の皮膚は、文字通り青白かった。人間の皮膚の色と質感をしておらず、魚介を彷彿とさせる光沢とぬめりを帯びていた。

 

 首から上はといえば・・・青白いカリフラワーだろうか?あるいはクラゲやウミウシ・海綿のような海洋軟体生物を彷彿とさせる、名状しがたき形状をしていた。どこに目や口などの感覚器が付いているのだろうか?

 

 そして、手袋をしていない同色の腕にも、ぬめる触手が絡み付いていた。・・・今の彼は珍しく、杖を使うときは手に持って使うのだ。

 

 これぞ、血の聖女アデラインが残したカレル“苗床”を脳に焼き付けた、外見も上位者に近づいた姿であり、セブルスが身につけているのは、ゴースの寄生虫という、歴とした武器だった。

 

 もっとも、これが人間と言えるかは、はなはだ疑問である。

 

 

 

 

 

 一方のアクロマンチュラたちも、コロニーリーダーのアラゴグのみならず、戸惑っていた。

 

 これは何だ?人間、なのだろうか?

 

 アラゴグはハグリッドに育てられた恩がある。卵から孵され、人間に殺されそうになったところを身を張って救われ、住処を与えられ、伴侶もつれてきてもらい、ここまでの大きな群れを作ることができた。だから、アラゴグはハグリッドは襲わないし、そうするように群れの者たちにも強く言いつけている。

 

 だが、ハグリッド以外の人間は別だ。たとえ、ハグリッド以外のものが何らかの言伝を持ってきたところで、ハグリッドでないならば、何の意味もない。だから、その者は襲って、群れの糧にする。

 

 だが、目の前のこれは、そもそも人間なのだろうか?言葉は・・・自分たちという例があるので、通じるかもしれないが、そもそも同じ言語を話すのだろうか?

 

 そもそも、人間の臭いじゃない。何というのだろうか?

 

 最初は、何というか・・・ほんのりと生き物が腐ったような、アラゴグは行ったことがないが、海の臭い――ハグリッドが差し入れてくれた魚、とも似たような独特の匂いがしたと思った。

 

 だが、今は、それとは別の臭いが強く、感じられた。まるで、虚空に浮かぶ、月のような。

 

 バカな。

 

 アラゴグは、自らの思考を一蹴する。

 

 それは、天に二つと並ばないものだ。目の前のこんなわけのわからないものがそれと同一?バカバカしいにもほどがある。

 

 アクロマンチュラは生きるために無意味なことはしないのだ。あの生き物のところに近寄るどころか、話題すら避けるように。

 

 だが、アラゴグの逡巡を無視して、あるアクロマンチュラが、青白いそれに鋏を振り上げて襲い掛かった。

 

 最近は、餌が乏しく、皆飢えている。

 

 あの生き物が何であるかは定かではないが、腹の足しくらいにはなるだろう。

 

 そう判断したアラゴグは、止めないことにした。

 

 

 

 

 

 だが、その判断は間違いであったとしか言いようがなかった。

 

 

 

 

 

 ビュルッと、何か粘着質のものが素早く動くような音がした。

 

 アラゴグは、ナメクジの這った後を歩く子蜘蛛が、ぬめって転んだのを連想したが、そんなかわいらしいものではなかった。

 

 その青白い異形が、両腕から延ばした同じ色のぬめる触手の束で、アクロマンチュラたちを蹴散らしだしたのだ。

 

 不規則で、不ぞろいの触手の束に叩かれ、突かれ、あるいは掴まれて引き倒され、体勢を崩したところで、口らしきところから吐きつけられた、カーキ色の不気味な液体に容赦なく溶かされる。

 

 極めつけは、1匹では駄目だと、3匹ほどが一斉に飛びかかった時だ。青白い生き物が、自分自身を抱きしめるように己が身に触手を撒きつかせた。ようやくあきらめたか、と久しぶりの獲物に、蜘蛛たちが期待に鋏をガチャつかせた時だった。

 

 その直後のことだ。まるで満天の星空が広がるような。形容しがたい不思議な――黒とも群青とも、まばらに広がる星屑のような銀光を帯びた爆発が、青白い生き物を中心に発された。

 

 たまらず若い3匹は吹き飛ばされ、間髪入れずに踏み込んだ青白い生き物の触手に頭を叩き潰され、動かなくされる。

 

 アクロマンチュラは共食いもするので、食料が手に入ったことに変わりはないが、それでもできれば共食いなどしたくないのが本音なのだ。共食いなど、最終手段だからだ。

 

 アラゴグは戦慄した。目は見えずと音は聞こえるし、臭いもわかる。状況は手に取るように分かった。

 

 何だあの生き物は!やはり人間ではないのだ!新種の闇の魔法生物であるに違いない!

 

 他のアクロマンチュラたちは、先ほどの異様な爆発技に、完全に怖気づいたらしい。

 

 彼らの天敵たるあの生き物以上の、禍々しさと忌々しさを、その存在から感じ取ったのだ。

 

 これは、この世にあるべき存在ではない。そんな錯覚さえ覚えたほどだ。

 

 そんな風にアラゴグさえ逡巡し、他の蜘蛛たちも怖気づいていたので、さらに被害が増えてしまった。

 

 その存在は、組んだ両手を頭上に高々と振り上げた。途端に、その頭上で、いくつも瞬く、銀のきらめき。超新星爆発を思わせる美しい輝きに、アクロマンチュラたちはその頭に持つ8つの目のすべてを奪われた。

 

 盲たアラゴグの目にすらも、強烈な気配を焼き付けた。

 

 だが、その美しさは、滅びの美しさだった。

 

 その存在が両手を組んだまま振り下ろすと同時に、超新星爆発のきらめきは何重もの光の帯となって、地表に弧を描きながらばらばらと落下してきたのだ。

 

 爆光は、容赦なくアクロマンチュラたちの体躯を次々と抉り撃ち抜いた。馬車馬ほどの大蜘蛛たちは発音不明な悲鳴を上げて転がり倒れていく。

 

 秘儀“彼方への呼びかけ”。聖歌隊が誇る、特別な力の一つだ。

 

 そして、苦痛と恐怖にアクロマンチュラたちが硬直しているのをよそに、その存在が走り出した。

 

 素早く回れ右するや、白いローブを翻し、触手と青白い頭を揺らして、脱兎のごとく一目散に、コロニーから退却していく。高速移動呪文も併用していたので、ものすごい速度だった。

 

 いっそ見事なまでの逃げっぷりだった。

 

 先ほどまでの暴れっぷりはどこへやら。

 

 毒気を抜かれたアラゴグを始めとしたアクロマンチュラたちは、やや呆然としてしまった。

 

 だが、逃げられたものは仕方ない、と早々に切り替えた。とりあえず生き残ったものが当分腹を満たすには、十分な食料が手に入りはしたのだから。

 

 くどいようだが、アクロマンチュラたちにとって共食いを禁忌とする倫理観など、存在しない。たとえ同族でも、死体となってしまえば、その瞬間からそれは食料とみなされるのだ。

 

 ・・・なお、アクロマンチュラたちは、その青白い生き物が去り際に仲間の死体のいくつかに手を触れて、血の遺志に変換して体内収納して持ち去ったことについては、気が付いていたものもいたが、逃げた獲物などどうでもいいので、気にしなかった。

 

 

 

 

 

 正直に言えば、セブルスも蜘蛛狩りを続行してもよかった。

 

 アクロマンチュラの毒液は貴重なものであるし、何よりもここ最近ため込んだフラストレーションの発散になる。一石二鳥だった。

 

 だが、いかんせん場所がだめだ。禁じられた森はホグワーツの近郊にある。

 

 いつ森の蜘蛛たちが気を変えてホグワーツに侵入してきたら。それでなくても、馬鹿な生徒が薬やアイテムの自主制作のための材料採取として森に入り込んで襲われでもしたら。

 

 ・・・場所がホグワーツ近郊でさえなければ、定期的な狩場にできたものを。(さらにはロックハートのせいで最近は手が空かないというのに)

 

 非常に惜しいことだが、このコロニーはつぶすしかない。コロニー存在の証拠としてアクロマンチュラの死体もいくつか回収できたので、それでよしとしておかなければ。

 

 なお、死体からは1体を除いて薬の素材になる部位は毒含めてきっちり回収させてもらった。

 

 

 

 

 

 その翌日、セブルス=スネイプ教授が普段以上に不機嫌そうに大広間にいつも通りの姿を現したのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、それからしばらくは静かな時間が続いていた。

 

 “スリザリンの継承者”は活動に飽きたのか、あるいはどうあがいても石化がせいぜいで殺すことはできないと悟りでも啓いたか、とにかく、まったく動きを見せなくなった。

 

 とはいえ、ホグワーツ内部は相変わらず厳戒態勢のままで、夕方6時以降の寮外への外出制限、授業間移動の際の教授による引率、トイレまでの付き添い、放課後におけるクラブ活動の一切の延期などは、継続されたままだった。

 

 暗澹たる空気の中、それでも学年末テストは予定通り実施されるということで、一部学生たちは、こんな時でも?!とげんなりしていた。なお、これに対して、マクゴナガル校長代理は、こんな時だからこそです!と厳格に言い放った。

 

 さすがマクゴナガル先生ね!と、彼女をキラキラした尊敬のまなざしで見たのは、ハーマイオニーくらいであろう。

 

 だろうな、とあっさり頷いたドラコに、うわ魔法史全然やってなかった・・・と嫌そうにつぶやくハリーJr.。

 

 今更ながら、ハリーJr.のいる学年の学力レベルについては、ハーマイオニーが断然のトップ、次点がドラコだが、これもかなりのもので並の学生以上の学力は維持しており、ハリーJr.は筆記よりも実技が得意で上の下程度のレベルを維持している。(自己申告通り魔法史が壊滅的)

 

 そんな状況でもあるが、同時に喜ばしいニュースもあった。

 

 ハリーJr.達も植え替えをしたマンドレイクが収穫されるそうだ。つまり、マンドレイク薬が完成し、犠牲者たちの石化が解けるということだ。

 

 マクゴナガルは、彼らの回復はもちろんだが、彼らが何に襲われたか、何か目撃していないかということも期待しているそうだ。

 

 セブルスもマンドレイク薬調合のために、準備をしていた。といっても、刈り取ってとろ火で煮る程度だ。灰汁取りを怠らずに、という注釈が付くので、鍋から目を離すことはできないのだが。

 

 

 

 

 

 だが、その喜ばしいニュースはあっという間に吹き飛んでしまった。

 

 最初の予告のすぐ下に、ペンキで書き足されたその文章。

 

 “彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう”

 

 そして、それに呼応するように、一人の女子生徒が姿を消した。

 

 ウィーズリー家の末娘、ジネブラ=ウィーズリー――愛称ジニーが。

 

 生徒を至急寮に戻し、職員室で開かれた職員会議で、蒼白な顔のまま報告したマクゴナガルは、生徒を至急帰宅させる準備の必要を告げてから、ぽつりと言った。

 

 「ホグワーツはこれでおしまいです。ダンブルドアはいつもおっしゃっていた・・・」

 

 それを、それぞれの教職員は痛ましげに見やってから、とにかく今は一刻も早く生徒を安全な場所へ届けようと言い出す直前だった。

 

 遅刻でやってきたロから始まるとびっきりの愚か者が、重役出勤、あるいは主役は遅れて登場する!とでも言うかのようににっこり笑って見せた。

 

 ・・・なお、セブルスは、その眉は化粧、つけまつげを糊で接着し、似たような色と髪型の鬘をかぶっていると即座に見抜いた。

 

 セブルスの左手が、ガラシャの拳をはめてもいないというのに、バキッと関節音を発した。

 

 あのまま部屋に閉じこもっていればいいものを。

 

 「なんと、適任者が」

 

 ゆえに、セブルスはこれ以上、この愚か者が何事か囀る前に封殺にかかることにした。

 

 もう十分だ。もうたくさんだ。こいつのせいで、セブルスの貴重な一年は粗目のヤスリにかけられるより早く、浪費されてしまった。去年よりも格段に忙しかったのは、“秘密の部屋”騒動以上に、コイツのせいだ。

 

 否、セブルスだけではあるまい。おそらく、この場にいる当事者以外の全員が、そう思っていることだろう。

 

 この愚か者は気が付いていないのだろう。目の下にクマをつけて授業に出ている教授すらいるのだということに。マクゴナガルやフリットウィックらが栄養剤を求めてセブルスの部屋を訪ねてくるのが、去年よりも格段に多かったことに。

 

 キョトンと目を瞬かせるミスタービッグマウスこと、ロから始まる名前すら言いたくない愚か者を他の教授陣とグルになって、言いくるめた。

 

 お前、日ごろの大言壮語どうした?“秘密の部屋”の場所知ってるんだろ?冒険大好きで楽勝なんだろ?おら、ヒーローにお似合いの危機的状況だぞ、とっとと行って助けて来いや。

 

 意訳してそんなことを言われ、誰も味方がいないとわかった時の、ロから始まる(以下略)は蒼白になっていた。

 

 セブルスはそれを眺めながら、やはり日ごろの行いは大事なのだな、とぼんやり思った。なお、彼は一人で見捨てられても死ねないし、狩人としてはまっとうなので、自身の言動に問題はないと確信していた。でも、見捨てた奴を追いかけて殺すぐらいはする。

 

 だてに地獄のヤーナムを制覇して、その後もうっかり世界一周冒涜地獄めぐりしてしまったわけではないのだ。

 

 誤魔化すようにひきつった笑みを浮かべて、よろよろ出て行くロから(以下略)など一顧だにせずに、マクゴナガルの鶴の一声で、銘々動き出した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、話をセブルスから、ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニーのいつもの3人組に移そう。少々時間を戻して、順を追って話すので、お付き合いいただきたい。

 

 この3人、バジリスクのことを推測してからも、時々集まってはいた。秘密の部屋のことについて追加で話し合うこともあれば(ただし進展なし)、マクゴナガルにしっかり釘を刺された学年末テストの勉強をすることもあった。

 

 グリフィンドール寮とスリザリン寮は、元々反目しあっていたが、今年はこの3人のおかげで、目立った対立はない・・・と思いきや、“秘密の部屋”騒動のせいで、やはり反目しあっていた。例外はこの3人くらいといえばわかりやすいだろうか。

 

 加えて、来年3年次には今受講している基礎科目に加え、選択科目が始まることになるので、その話し合いや相談という部分もあった。他の上級生が言うには、将来を見据えられなくても、得意そうだったり興味があるなら受けてみるべきだということだった。

 

 全部受講するつもり満々のハーマイオニーはともかく、これにはハリーJr.も困り果ててしまった。彼はマグル育ちで、そのあたりの基礎知識がずっぽり抜け落ちていたのだ。

 

 なお、ドラコは現在、順調であればマルフォイ家を継いで領地の運営をするので、父親からアドバイス(荘園の運営や企業管理に必要な科目について)をもらい、それに沿った科目を受講するつもりらしい。

 

 ぼんやりと、ハリーJr.は思い出す。

 

 今から2年前になるだろうか、ドラコと出会って間もなく起こった、怪物邸騒動だ。

 

 ネバークラッカーに家を壊そうと啖呵を切って見せたにもかかわらず、結局後始末をしたのは、父母とセブルスおじさんを始めとした大人たちだった。

 

 あの時、父母の強さとかっこよさを改めて実感したと同時に、何もできなかった自分が情けない、悔しいと思った。

 

 強くなりたい。だから、ハリーJr.はホグワーツに行くことにした。魔法を学ぶなら、イルヴァモーニーでもいいじゃないか、と母には言われたが、せっかく仲良くなったドラコと離れるのも嫌だった。あの時は、ドラコもいてくれたから、何とかなった部分もあったからだ。ヘザーと離れるなら、せめてドラコとは一緒にいたい、と思ってしまったのだ。

 

 悩んだハリーJr.は、ドラコにダメ元で相談した。ああいう化け物に対抗するなら、どういう科目ならいいと思う?と。

 

 なお、この件に関しては、学校中退に加えて元の志望が“死喰い人”だったセブルスと、卒業後即嫁に行かざるを得なかったリリーはあまり役に立てなかったのは言うまでもないだろう。純マグルのハリー=メイソンは言わずもがな。

 

 あんなのそうそういないぞ?!あんな家建てて住み着くなんて、マグルはやっぱりおかしいって!などと言いつつも、ドラコは父親に手紙越しで丁寧に相談したらしい。

 

 息子の友人にして、息子の恩人家族の一員からの悩み、さらにはドビーの件もあって、ルシウス氏は丁寧に返信してくれた。

 

 結果、ハリーJr.は魔法生物飼育を中心とした、数科目をとることにした。ただし、占い学はスリザリン寮の先輩から、トレローニーはいまいちだから、やめておいた方がいいというアドバイスを受けて、受講はしなかった。

 

 魔法省の闇払いならば、そういったことに対応する部署なので、危険の覚悟があるならば目指してみればいい、というルシウスのアドバイスを受けたハリーJr.が何を決めたかは、本人のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 つまりは、3人は非常に学生らしく生活していた。

 

 3階にある“嘆きのマートル”がいるトイレで、別に黒い革表紙の日記帳は拾わなかった。仮に見つけても、上流階級育ちのドラコと、基本的に綺麗好きのハーマイオニーは汚い!と嫌がり、ハリーJr.も落とし物だから、とフィルチに届けておしまいにしていたことだろう。

 

 ビショビショのその日記帳を拾ったのは、ハッフルパフの優等生、セドリック=ディゴリーだった。(マートルが投げつけられた!とヒステリーを起こしているのには出くわさなかった。彼女は女子トイレにいるので、男子のセドリックが面識を持つわけがない)

 

 実は、ディゴリー氏がハグリッドの更迭現場に居合わせたのは、彼こそがハグリッドを犯人として更迭すべきだと言い出した本人だからだ。

 

 ホグワーツにいる息子が、ハグリッドが50年前の秘密の部屋騒動の時に何らかの事故を起こしている、調べた方がいいとフクロウ便を送ってきたのだ。

 

 ディゴリー氏はもちろん知らない。その息子が怪しいけれど妙に惹かれるその日記に書き込みをして、すっかりその日記の中にいる人間に魅了されたことなど。

 

 真面目でだれでも思いやれる好青年となりつつあるセドリックは、魔法が使えるというだけで孤児院にいる者たちに疎外され、それでも大事にしていた宝物をホグワーツから来た魔法使いに燃やされ、だれも信用できないと思ったこと、それでもホグワーツの学生たちはよくしてくれたから、何か残せないかと日記を残したというその身の上話にすっかり心打たれて、ほだされていた。

 

 だから、その日記の中の者の言うがままに、日記に魔力を注ぎ込んでしまった。

 

 そして。

 

 セドリックは時折記憶が途切れるようになり、おかしいなと思い始めたタイミングで日記がなくなった。

 

 セドリックは覚えていない。落とし物だといって、人目を避けて呼び出したジネブラ=ウィーズリーにその黒い日記帳を押し付けたことを。

 

 彼は強力な暗示魔術を仕込まれ、キーワード一つで即座に服従の呪文にかけられた状態になってしまうようになったことを。

 

 セドリック自身はおろか、だれも知らなかった。

 

 ただ一人、日記に操られたセドリックからの手紙を受け取った、弱りきって潜伏している闇の帝王を除いて。

 

 

 

 

 

 さて、話を現在に戻す。

 

 ジニーこと、ジネブラ=ウィーズリーがさらわれたと聞いて、顔色を変えたのは、言わずもがな、すぐ上の兄でありハリーJr.達と同学年にあたるロナルドであった。

 

 マクゴナガルと一緒に壁のメッセージを目撃し、被害者がジニーだ!と慌てた彼は、ついに動いた。

 

 恥も外聞もかなぐり捨て、いまだにスリザリンの継承者だと目星を立てているドラコ・・・の友人になるハーマイオニー(ロナルドと同じグリフィンドール生)に詰め寄ったのだ。

 

 その過程で、彼はハグリッドから聞いた50年前の最初の犠牲者がトイレで見つかったということも、問いを返すハーマイオニーに返答する形でぶちまけた。

 

 「何でそれを早く言わないのよ!!」

 

 途端に顔色を変えて怒鳴ったハーマイオニーは、猛ダッシュ(校則?こんな状況ではクソ食らえだった)で職員室に向かった。

 

 まだ話は途中だ!と喚くロナルドも、仕方なくそのあとを追った。

 

 途中で鉢合わせしたハリーJr.&ドラコ(どうにか復帰したロックハートに命じられた罰則からの帰りだった)にも、彼女は事情を話し――50年前の犠牲者は“嘆きのマートル”であろうこと、“秘密の部屋”の入り口はマートルのトイレにあるだろうことも、よく回る舌で高速で説明した。

 

 でも、出入り口の開閉には蛇語がいるんじゃないかな、今まで見つからなかったんなら、と不安がるハリーJr.をしり目に、4人はとにかく先生に会おう、秘密の部屋の入口について報告しようと職員室に駆け込むより早く、顔色を変えたロックハートがそこから出てくるのを目撃した。

 

 ふらふらと幽鬼のように心もとない足取りで歩くロックハートに、ハーマイオニーはどうしたのかしら?と不安がるが、他3名は、ついにクビにでもされたか、と内心でほくそ笑んだ。

 

 ロックハートにうんざりしていたのは、何も教職員だけではないのだ。

 

 で、ハーマイオニーが言い出した。

 

 そうだわ!ロックハート先生に頼りましょう!本の活躍通りなら、情報提供すれば、きっとバジリスクなんてやっつけて、ジニーを助けてくださるはずだわ!と。

 

 正気か、ハーマイオニー。男子3名の心情が、もろもろの事情をすっ飛ばしてシンクロした瞬間だった。

 

 普段、しっかり者で滅茶苦茶鋭くて、勉強もバリバリできるというのに、何で特定分野に至ったらポンコツ化するのか。顔がいいからなのか。

 

 バレンタインからしばらく引きこもったロックハートを純粋に心配していたのも、この4人の中では彼女くらいだった。

 

 男子組としては、不安しか感じなかったが、ロックハートが一緒にいれば先生と一緒に行動しているという大義名分が出来上がる、僕らに咎は来ないはずだというドラコの鶴の一声に、やむなくハーマイオニーの意見に従うことになった。

 

 こういうところが、ドラコがスリザリンたる所以なのだろう。

 

 なお、ハリーJr.はいざという時は盾ぐらいにはなるんじゃないかな、スネイプ先生から教わった魔法もあるし、と平然と考えていた。この辺りが彼がスリザリンたる所以である。

 

 ロナルドはロナルドで、ジニーが助かるならと藁にもすがる思いだった。もちろん、スリザリンは疑わしいままだが、ジニーが助かるなら、何でもよかったのだ。

 

 

 

 

 

続く




【アクロマンチュラの毒液】

 アクロマンチュラが牙から分泌する毒液。摂取してしまった生物は破裂して死ぬほど、きわめて強力。

 その採取には危険が伴い、希少で貴重。半リットルで100ガリオン近いという。

 毒と薬は紙一重である。強力な薬を作るには、毒の扱いもたけておらなければならず、その逆もまた然り。

 魔法薬学とは、未知なる深淵に挑み続けることでもあるのだ。





 アクロマンチュラについては判明はしましたが、その処分についてはもうちょっと後になります。先に秘密の部屋と日記を片付けなければならないので。





 次回の投稿は、来週!内容は、セブルスさんも合流して、いざ秘密の部屋へ!

 そろそろ秘密の部屋編もクライマックスですぞ!




 こそこそアンケ。よかったらご協力お願いします。


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【5】ギルデロイ=ロックハート、鬘と暴露される

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 こそこそアンケートは、一応、第3楽章7まで実施、ということにしておきます。べ、別に冗談で聞いた、「セブルスさんが日記を拾ったら」っていうのが、めちゃくちゃ食いつきがよくて、それは微塵も書けてないからなんてことはないんですからね?!

 ところで。

 正直、タイトルで出オチ感が凄まじい話です。

 みんなでロックハートの新しいお名前を呼んであげましょう♪


 

 さて、そんなこんなで4人組が駆け込んだのは、夜逃げ準備中と言わんばかりに大急ぎで荷造りするロックハートの部屋だった。

 

 ショックを受けて詰め寄るハーマイオニーに、本の話は他人の手柄、詳細を聞き出してから忘却術で本人の記憶を消してた、とあっさり白状するロックハートは、続いて彼らにも忘却術をかけようと杖を向けてきた。

 

 だが、彼は知らなかった。

 

 彼の目の前にいるのは、サイレントヒル帰りの父母を持ち、自身も当時魔法なしで怪物邸の騒動を生き延びて見せた、最上級のポテンシャルを持つ魔法使いの卵なのだ。

 

 「武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 鋭い杖の一閃と同時に弾けた赤い閃光によって、ロックハートは吹き飛んでいた。

 

 その手から飛んだ杖は、呪文を放ったハリーJr.がハシッと左手で受け止めて見せる。

 

 同時に、その足元にバサリッと何かが落ちた。それは金髪の・・・鬘だった。

 

 え?と誰かがつぶやいた。あるいはそれは全員だったのかもしれない。そして、彼らは気が付く。

 

 のろのろと顔を上げたロックハートの頭に、髪はなかった。つるんとした頭皮が、ツヤツヤと輝く見事な光沢を一同に見せつけている。

 

 たまらず吹き出したのはロナルドだった。腹を抱えてゲラゲラと笑い転げている。

 

 吹き出しそうになるのを必死にこらえながら、肩と手を震わせつつ、それでもロックハートに杖先を向けるハリーJr.に、片手で口元を押さえ、目元だけでニヤニヤしながらドラコも杖を向ける。

 

 ハーマイオニーはただ一人、信じられないものを見るまなざしで、ロックハートの頭を凝視して、青い顔をしている。

 

 「見るな!やめろ!見ないでくれええええ!」

 

 突きつけられた、ハリーJr.のヤマナラシの杖と、ドラコのサンザシの杖(二つとも笑いで小刻みに震えている)をものともせずに、ロックハートは頭を手で覆い隠そうとするが、隠そうとして隠れるものではない。

 

 「せ、先生、その頭は・・・!」

 

 「ああ!あの陰険教師のせいです!Missグレンジャー!あのヘボ教師が、卑劣にもMissメアリーのプレゼントをすり替えたのです!」

 

 「「どっちがヘボ教師だ、この詐欺師が」」

 

 ロックハートのへたくそな言い訳に、瞬時に真顔になったハリーJr.とドラコが異口同音に吐き捨てた。

 

 震えの止まった杖先が、改めてうずくまってなおも頭を隠そうとするロックハートに向けられる。

 

 ヒーヒーといまだに笑い、時折ブッと吹き出しつつも、ロナルドもスペロテープを巻いたトネリコの杖をロックハートに向けた。なお、笑いをこらえるせいで、その杖先はプルプル震えている。

 

 ロナルドはともかく、他二人はたかが2年生と侮ることは、現在のロックハートにはできなかった。

 

 ハリーJr.は武装解除呪文を習得済みである(決闘クラブから、練習したらしい)し、ドラコは自衛の一環でいくつか呪いを習得済みだ。くわえて、致命にはならなくても、危険な呪文は山ほどある。杖先は、マグルで言うところの銃口のような危険性を帯びているのだ。

 

 まして、ロックハートは杖を失って丸腰になってしまったのだから。これがハリー=メイソンであれば、まだ話は違ったかもしれないが、ロックハートにそんなポテンシャルは、微塵も存在しなかった。

 

 ロックハートは助けを求めるようにハーマイオニーを見たが、さすがの彼女も忘却術をかけようとしてきた相手を前に、弁護をしようとはしなかった。

 

 ロックハートを軽蔑の目で睨みつけるや、ハリーJr.達のそばに並び立った。

 

 やがて、自分が無力で味方などいないことを悟ったロックハートは、どうしようもない、と嘆き始めたが、ここでハーマイオニーが言った。

 

 「あれだけ大口をたたいたんですから、せめてどれか一つでも実現させようとか思わないんですか?!

 秘密の部屋の場所なら私たちが知ってます!せめて散り際だけでもヒーローらしくしてください!」

 

 とんでもねえこと言い出した!

 

 ハーマイオニーの提案に、ハリーJr.とドラコはぎょっと目を剥いた。

 

 さっき、今までの嘘って言ってたじゃん!そんな実力ないって自白したじゃん!バジリスク退治なんてできるわけが・・・散り際ってそういうこと?!

 

 だが、二人がそうツッコミを入れるより早く、ロナルドが動いた。

 

 「何でもいいだろ!ジニーが待ってるんだ!急ぐぞ!」

 

 そう言い捨て、さっさと歩けとばかりにロックハートの脛に蹴りを入れて、強引に立たせる。ついでに鬘を蹴飛ばして、ぶふふっと笑いをこらえている。

 

 「これだからグリフィンドールは・・・!」

 

 「・・・ロックハートは僕が見とくから、ドラコ、一人だけでも職員室に行ってくれる?」

 

 忌々し気に舌打ちしたのは、ドラコである。

 

 折れた杖のせいで戦力的には不安しかないロナルドと、いまだにロックハートに甘いところがあるらしいハーマイオニーだけ残すわけにもいかないので、ハリーJr.がそう提案した時だった。

 

 「その必要はありませんな」

 

 ガチャンッと扉が開いて、黒い影が入室してきた。

 

 束ねた黒髪と、インバネスコートの裾をなびかせ、セブルスは宇宙色の双眸を静かに眇めた。

 

 「貴公ら、ここで何をしているのかね?」

 

 「「「スネイプ先生!」」」

 

 「げっ」

 

 ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニーが声を上げる中、一人ロナルドはいやそうな声で顔をしかめた。

 

 聞き逃しはしなかったセブルスは軽く片眉を上げたが、何も言わずに視線をハリーJr.とドラコに向ける。

 

 「どういうことですかな?生徒は残らず、寮塔で待機とされていたはずでしたな?それとも、私の記憶違いでしたかな?」

 

 「・・・すみません」

 

 「すみません、先生。でも!僕たち、秘密の部屋の場所が分かったんです!」

 

 怒られ慣れなくてしゅんと肩を落とすドラコに対し、ハリーJr.も頭を下げるが、すぐに顔を上げて、事情を説明しだした。

 

 ・・・なお、セブルスは本来監督するスリザリンにて、生徒たちに帰宅の説明をするところなのだが、それはメアリーに任せてきている。

 

 ロックハートが逃げるかもしれない、あるいはと念のため様子を見に来てみれば、この始末である。

 

 ハリーJr.にしろ、ドラコにしろ、ハーマイオニーにしろ、ロナルドにしろ、トラブルに好かれているのだろうか?

 

 とはいえ、ハリーJr.とドラコ、ハーマイオニーの三人組が、それぞれに補足しあいながら話す事柄に、セブルスは軽く眩暈を覚えた。

 

 秘密の部屋の在処を突き止めた。これについては、よくやった、と褒めるべきだろう。やはりあの森番がヒントを知っていたのだ。というか、当時を知っていた人間をさっさと締め上げるべきだったのだ。仕事を増やして、そんな暇を無くしたロックハートを、セブルスは改めて忌々しく思う。

 

 で、それとは別に、ロックハートの実情である。(ついでに忘却術のくだりを聞いた瞬間、セブルスは完全にこの男に対する慈悲を消去した)

 

 案の定、という思いと同時に、再び湧き上がってきた。何でこんな奴を正規採用した!ダンブルドア!詐欺師の正体暴きがしたいなら、校外でやれ!子供の教育に悪いだろうが!

 

 おかしい。

 

 セブルス=スネイプは、ヤーナム帰りの、啓蒙高く血生臭い、上位者狩人である。

 

 暴力上等、敵は死ね、遺志とドロップよこせという魔境帰りの摩耗された人間性持ちのはず。

 

 それがなぜ、良識を説いているのだろうか?

 

 おかしなことばかり起こる。ホグワーツだからだろうか?ここじゃあ、誰もが、人間性がおかしくなる。(学校であるはずなのに)

 

 「よろしい」

 

 どうにか気を取り直したセブルスは口を開いた。

 

 「では、貴公らはそれぞれ自分の寮塔に」

 

 「ま、待ってください!先生!」

 

 発言を遮られ、セブルスは不機嫌に眉を寄せたが、声を張り上げたハリーJr.は真剣だった。

 

 「お願いします。僕たちも一緒に、マートルのいる3階女子トイレに行かせてください!」

 

 「?! 何を言っているのだ!」

 

 「先生、ハリーの言うことは正しいと思います。万が一、僕たちだけで行動中にバジリスクに出くわしてしまったら、どうしたらいいと思います?」

 

 ぎょっとするセブルスに、さも悪だくみしているような顔で言ってきたのはドラコだった。

 

 こういう規則の間や合理性を縫うように、口八丁で相手を口説き落とそうというあたりが、実にマルフォイらしい。

 

 「僕やウィーズリーはまだしも、ハリーは半純血、グレンジャーに至ってはマグル出身です。

 “スリザリンの継承者”が目障りに思ってきてもおかしくありません」

 

 「そう!そうだわ!“スリザリンの継承者”はジニーを人質に取ってるけど、見張るなら継承者本人がやればいいわ!

 バジリスクがまだ校内をうろついてる可能性もあるんだわ!

 ああ、もう!何で私ってば、こんな簡単なこと、思いつかないのかしら!」

 

 頭を抱えるハーマイオニーをしり目に、自分に注目が集まってないと思ったか、そろりとロックハートが体を動かした。

 

 「どこへ行かれるつもりかね?そのみっともない頭を隠す程度なら許容せんでもありませんがな」

 

 じろりと視線を動かして睨みつけながら言ったセブルスに、ハリーJr.が思わずポロリと呟いた。

 

 「ヅラデロイ=ロックハーゲ・・・」

 

 ブッフォ、とたまらずロナルドがむせた。

 

 ヒクヒクと頬を引きつらせながら、ドラコは振り向きもせずにハリーJr.を肘で突いた。余計なこと言うな、とばかりだ。

 

 ふむ、とセブルスはハリーJr.を見下ろした。

 

 「よいセンスだ。スリザリンに5点」

 

 「先生?!」

 

 ぎょっとするハーマイオニーをしり目に、ロナルドがとうとう腹を抱えて笑い転げ始めた。

 

 「ブフッ、ヅ、ヅラデ・・・ブハッ、ロクハー・・・ブクッ!ああ、ダメだ!」

 

 ゲラゲラと笑い倒すロナルドをしり目に、一人ロックハートが顔を真っ赤にしている。鬘を拾い上げてどうにか再装着し(粘着呪文を使えばいいのに、とドラコはひそかに思った)、口を開いた。

 

 「人のことを笑いものにするとは、失礼ですよ!Mr.メイソン!スリザリンから」

 

 何事か喚きかけたロックハートだが、直後に一振りされたセブルスの腕の一振りに声を出せなくなったらしく、パクパクと口を開け閉めするだけとなった。沈黙呪文(シレンシオ)をかけられたらしい。

 

 「話を戻すとしよう。確かに、Mr.マルフォイとMissグレンジャーの言うことには一理ありますな」

 

 「じゃあ・・・!」

 

 パッと表情を明るくするハリーJr.に、セブルスはため息を吐いた。

 

 確かに、この場で彼らだけを寮塔にというのは危険すぎる。面倒ではあっても、一緒に行動させるべきだ。

 

 「言っておくが、3階女子トイレ、入り口の在処を確認するだけだ。少しでも勝手な行動をすれば、一挙に50点減点するので、そのつもりでいたまえ」

 

 「! 一緒に行っていいんですか?!」

 

 意外そうに目を瞬かせたハーマイオニーの問いかけに、セブルスは鼻を鳴らした。

 

 もちろん、本来であれば、却下するべきなのだろう。だが。

 

 「入口の在処を突き止めたのは貴公らであろう。答え合わせがしたいというのは自明の理だ。貴公らにはその権利がある。嫌ならば、このまま寮の方に先に送り届けるが?」

 

 「行く!行くよ!」

 

 ようやく笑いの発作が治まったロナルドが飛び跳ねるように叫び、ハーマイオニーやドラコ、ハリーJr.も大きく頷く。

 

 コソコソとなおも無駄に立ち去ろうとするロックハートに、セブルスは右手のひらを一振りした。

 

 拘束呪文(インカーセラス)を使用して、縄を巻きつかせて瞬時に縛り上げる。足だけは自由にしてやるが、腕を動かすことを不可能にし、杖の使用はおろか、トップスピードを出すのも不可能にしたのだ。(人間は無意識に腕でバランスをとっている。腕が動かせないと、姿勢制御も困難になり、トップスピードが出せなくなるのだ)

 

 「そう、遠慮することもありませんぞ?ロックハート教授。

 古来より、一番の盾は、人肉と決まっておるのです。生きてようが、死んでようが、些細なことでしょう。

 貴公の尊い犠牲が、生徒たちを守るのですから、英雄にして教師の本懐ともいえましょう!」

 

 ニタァッと悪役面さながらに笑って言い放ったセブルスに、信じられないものを見る目を向けるロックハート。

 

 なお、ロナルドは「コイツやっぱ、闇の魔法使いじゃね?父さんが言ってた」と言わんばかりの疑わしげな表情をしてたのは、言うまでもないだろう。

 

 ハーマイオニーは、大丈夫かしら、という感じの心配そうな顔をしていた。

 

 ドラコですら若干顔を引きつらせていたが、平然を装おうとはしていた。

 

 ハリーJr.は平然としていた。敵には容赦ないなあ、と完全にロックハートを切り捨てていたし、自分たちには何もないと確信していたからだ。だから、彼はスリザリンなのだ。

 

 

 

 

 

 そういうわけで、縛り上げたロックハートを蹴り上げながら、先頭にして廊下を進み、一同は無事、3階女子トイレの前にたどり着いた。

 

 幸か不幸か、バジリスクとは遭遇せずに済んだ。

 

 3階女子トイレを根城にしているゴースト“嘆きのマートル”は、変わらずそこにいた。

 

 分厚い瓶底眼鏡をかけた、卑屈で太り気味の女生徒姿をしている。

 

 大勢で押し掛けたうえ、女子が一人しかいないという面子に、いつものごとくヒステリーを起こしかけたマートルだが、ハリーJr.の「突然押しかけてごめんね。“嘆きのマートル”だよね?君が死んだ時の様子を教えてほしいんだ」と言うなり、豹変した。

 

 誇らしげに、一言一句を味わうように、彼女は語りだした。

 

 彼女の言によると、当時いじめられていた彼女は、トイレの個室に閉じこもり一人で泣いていたそうだ。

 

 そこに、誰かがやって来て、何事か話しだした。外国語らしく、マートルには理解不能だったが、声から男子生徒と彼女は判断。ここは女子トイレだ、出て行け、と言うつもりで個室の扉を開けたところで・・・ということらしい。

 

 なお、彼女は死因を覚えてないそうだ。見たのは、黄色の目玉が二つ、ということだけ。

 

 その目玉は、個室前の手洗い台の前で見たそうだ。

 

 さっとそこから離れるロックハートをしり目に、生徒4人はそこに駆けよる。

 

 「ここ?何の変哲もなさそうだけど」

 

 ブツブツ言って手洗い台をじろじろ眺めるロナルドをよそに、ハーマイオニーは杖をもって、開錠呪文(アロホモーラ)を試している。もちろん、不発に終わった。

 

 ちなみに、蛇口を回そうとしたハリーJr.に、上機嫌になったマートルが壊れている、と教えてくれた。

 

 「・・・どうやら、ここで間違いないらしい」

 

 ポツリと言ったのは、ドラコだった。

 

 「何でそう言い切れるんだよ?」

 

 「よく見ろ。蛇口の側面だ」

 

 ロナルドの疑わし気な問いかけに、ドラコは顎で指すように、言った。

 

 「! これって!」

 

 「蛇の浮彫(レリーフ)ね。あんまりマジマジと見たことないけど、こんなところにこんな彫り物している蛇口、多分、他のトイレにはないと思うわ」

 

 ハッとしたハリーJr.に、同じようにハッとしたハーマイオニーが言う。

 

 だが、話はそこで終わりだった。

 

 「どうしよう?外国語ってことは・・・たぶん、蛇語(パーセルタング)が必要なんだろうけど・・・」

 

 「私、本で調べたけど、さすがにどうやってしゃべるか・・・発音とか文法とかは載ってなかったわ・・・」

 

 「おい、マルフォイ。スリザリン系列の純血貴族なら、しゃべれないのか?」

 

 「無茶言うな。いくらマルフォイ家が聖28家に列席する純血名家でも、できないことはあるんだ」

 

 お手上げ状態の子供たちの中で、ふとハリーJr.は女子トイレに入ってから、セブルスが何一つしゃべらないことに気が付いた。

 

 「先生?」

 

 セブルスはただ一人、石像のように硬直したまま手洗い台を凝視していた。

 

 正確には、彼はその身に流れるヤーナムの血によって感じ取れる、遺志を見ていた。

 

 まるで白く燃え盛る炎のように、その遺志は手洗い台の蛇口にしみついていた。以前、大聖堂でローレンスの頭蓋を触った時と同じように見える。何者かの強烈な遺志が、そこに焼き付けられているに違いない。

 

 怪訝に思うハリーJr.をよそに、セブルスは静かに歩み寄り、その遺志に手をかざした。

 

 

 

 

 

 彼は興奮に胸を高鳴らしていた。

 

 ようやくだ。ようやく、見つけた。サラザール=スリザリンが残した、秘密の部屋。

 

 ここがその入り口だ。ここを見つけたのだ。自分がスリザリンの末裔だと、これで誰もが疑うことなく、信じてくれる。

 

 蛇口に彫り込まれた蛇の浮彫(レリーフ)を見てから、蛇語で命じる。

 

 『開け』

 

 ガゴンッと重々しい音を立てて、手洗い台が左右に開き、黒々とした入り口が姿を現した。

 

 やった!やったぞ!よし!後は、秘密の部屋の怪物を呼び出すんだ。

 

 自分はあんな、低能で、何も知らない、無力なマグルなんかじゃない。あいつらとは違う。その証拠として、あいつらを駆逐してやる。今日は、記念すべき第一歩だ。

 

 興奮のままに、彼はその入り口に踏み出した。

 

 

 

 

 

 刹那にも満たない記憶から帰還したセブルスは、手を引っ込めた。

 

 「先生?どうしたんですか?」

 

 再度、ハリーJr.は問いかけた。彼からしてみると、突然セブルスが手洗い台に近寄って、手をかざしたようにしか見えなかったからだ。

 

 ややあって、セブルスは口を開いた。

 

 『開け』

 

 確かに紡がれたはずの言葉は、はっきりした音とはならず、シューシューと空気の抜けるような独特の音を伴って、発された。

 

 ぎょっとする子供たちをよそに、セブルスは静かに手洗い台を見つめた。

 

 やがて、記憶の中の光景と同様に、ガゴンッと重々しい音を立てて、手洗い台が左右に開き、黒々とした入り口が姿を現す。

 

 「せ、先生、蛇語使い(パーセルマウス)だったんですか?!」

 

 ドラコの素っ頓狂な問いかけに、セブルスは「違う」と短く首を振った。

 

 「たまたま、聞きかじったことがあったから真似てみた、それだけのことだ」

 

 記憶の中で。

 

 

 

 

 

 ヤーナムでも、ローレンスの頭蓋にあった遺志から読み取った記憶の中で知った、学長ウィレームの警句のおかげで、禁域の森に侵入できたのだ。

 

 あれと同じことが、まさかホグワーツでも起ころうとは思わなかった。

 

 場所が女子トイレ内部であったので、さすがのセブルスも今までわからなかったのだ。

 

 

 

 

 

 「場所の確認はできたな?では、それぞれ寮へ送るとしよう。

 あとは、我々教師の仕事だ」

 

 そう言って、セブルスが踵を返そうとした時だった。

 

 「行って来い、ロックハーゲ!」

 

 「っ!!!!!」

 

 逃げようとしたらしいロックハートの縄を掴んだロナルドが、問答無用で彼を秘密の部屋の入口内部へ蹴落とし、続いて自分も身を躍らせたのだ。

 

 「何をやってるのだ!馬鹿もの!!」

 

 「ウィーズリー!」

 

 叫んでハリーJr.もまた、パッと穴に向かって飛び込んでしまった。セブルスが止める間もなく。

 

 「「ハリー!」」

 

 「やめんか、馬鹿者!」

 

 駆け寄ろうとするドラコとハーマイオニーを遮り、セブルスは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、再び手洗い台に歩み寄った。

 

 「よいかね?彼らは私が助けに行く。

 貴公らは、すぐに寮塔に引き返すのだ。純血のMr.マルフォイが一緒であれば、無事に済む可能性が高いであろう。

 Missグレンジャー、ミネルバへの説明報告を。

 Mr.マルフォイ、至急お父上へ状況を連絡したまえ。頼みましたぞ。

 万が一、我々が戻らなかった時、貴公らこそが、最後の希望だ」

 

 早口にそう吐き捨て、セブルスは穴に身を躍らせた。ぬめる床の滑り台――マグルで言うところの長距離スライダーを滑っているような感じであった。

 

 そして、置いてけぼりにされた二人は顔を見合わせるが、すぐにお互い頷いた。

 

 「急ぐぞ!」

 

 「ええ!」

 

 そうして、大急ぎで女子トイレから離れ、一目散にかけだした。

 

 『ちょっと!来るだけ来てさっさと行くなんて、勝手すぎじゃない?!』と、ムッとした様子で喚くマートルを一顧だにせずに。

 

 

 

 

 

 ドスンっと、最下部でしりもちをついたセブルスが、真っ先にしたことは、先に降りた3人の無事の確認だった。

 

 「無事かね?!」

 

 「はい。御免なさい、先生。勝手なことをしてしまいました」

 

 真っ先に答えたハリーJr.に、セブルスはため息を吐いた。

 

 ロナルドは、「しょうがないだろ!」と不服そうに声を張り上げる。

 

 「だって、この先にジニーがいるんだぞ?!ここで任せて、指をくわえてみてろって言うのか?!」

 

 「グリフィンドール、及びスリザリンから50点減点!

 貴公らは学生であり、子供だ。子供を助け、守るのは、教師たる大人の務めだ。

 今回のことで、我々の無能ぶりに当てにならないと判断したかね?ロナルド=ウィーズリー」

 

 ロナルドの駄々をこねるような声に、セブルスは宣言通りの減点の後、嫌味を返すように答えた。

 

 グッと、ロナルドは言葉に詰まった様子で、悔しげにプイッとそっぽを向く。

 

 子供っぽいなあ、とハリーJr.がひそかに思ったかは定かではない。

 

 そうして、セブルスは周囲に視線を走らせる。ほぼ真っ暗で、光は届かない。

 

 ぬるついた壁に、湿って水の溜まった床。石がむき出しになっている辺り、天然の洞窟を改造したようにも見える。

 

 「もしかして、ここ、湖の下にあるの?」

 

 ポツリと言ったハリーJr.に、セブルスは「おそらく」と短く頷いた。

 

 とはいえ、ここまで来たからには仕方がない。

 

 セブルスは、無言呪文の発光呪文(ルーモス)を取り出した携帯ランタンに灯し、腰元に提げる。

 

 「光よ(ルーモス)!」

 

 それを見たハリーJr.も取り出した杖で発光呪文を唱えて、杖先に魔法の光を灯した。

 

 ロナルドは自分もやるべきかと迷ったようだが、スペロテープ巻きのトネリコの杖を見やってから、やらない方がいいだろうと判断したらしく、おとなしく杖をしまった。

 

 来たところを振り返って念のため確認してみるが、ぬるついたトンネルは滑り落ちることはできても、上ることは不可能に見える。

 

 箒か何かを持ってくるべきだったか。最悪、呼び寄せ呪文(アクシオ)で呼び寄せるしかないだろう。

 

 セブルスは箒は苦手であるが、四の五の言っている場合ではない。

 

 先に彼らを帰すという手もあるが、足手まとい(ロックハート)が致命的に邪魔だった。

 

 「貴公らはここで待ちたまえ、先に行くのは私だけだ」

 

 コクコク頷いたのは、いまだに縄塗れのロックハート(鬘が行方不明)だけだ。

 

 「でもジニーが!」

 

 「バジリスクに襲われた時、貴公らは自分の身を守れるのかね?2年生よ。己が力量をわきまえたまえ!」

 

 我慢しきれずに噛みつくように叫ぶロナルドに、セブルスはいら立ちを隠さずに言った。

 

 「でも、先生。この先にいるのは、ジニー=ウィーズリーとバジリスクだけじゃなくて、“スリザリンの継承者”も一緒のはずです。

 もし、“スリザリンの継承者”が人質を取ってきたら?お一人では、救出も大変だと思います」

 

 ここで、ハリーJr.が口をはさんだ。心なしか、悪戯を企む子供じみた表情だ。

 

 「決してお邪魔はしません。ジニーを助けたら、彼女を連れて速攻離脱、それができる人間がいた方が、よくないですか?」

 

 「! そうそう!決して、お邪魔しませんから!」

 

 大きく頷いて尻馬に乗ってくるロナルドに、セブルスはため息を吐いた。

 

 ・・・確かに、一理ある。

 

 そして、こういう場合、下手に放置した場合の方が数倍厄介になる。

 

 「・・・仕方ありませんな。ただし、私の指示には絶対に従うこと。破れば、さらなる減点・罰則では済まない、と思いたまえ」

 

 「「はい!」」

 

 返事だけは元気がいい学生二人をよそに、セブルスは絶望的な顔をしているロックハートを見下ろした。

 

 「聞こえておりましたな?では、栄誉ある先陣を切っていただきましょうか?英雄殿」

 

 そう言って、沈黙呪文(シレンシオ)のせいでいまだに黙り込んでいるらしいロックハートの縄の端を引っ張り上げ、セブルスはニタァッと笑う。

 

 とっても凶悪な顔をしていて、それを見たロナルドは、絶対、まず間違いなく、あれは闇の魔法使いだ、と内心で確信を深めさせた。

 

 ロナルドは父であるアーサーからセブルスの学生時代の所業を聞いている。徒党を組んでグリフィンドールの学生に呪いをかけて回り、当時の人気者だった学生たちに成敗されたのを根に持って自主退学、闇の魔術に深く魅入られたのか失踪していたのだ、(情報源は『不死鳥の騎士団』メンバーかららしい)と。

 

 授業でだってグリフィンドールへの加点は少ない(グリフィンドール生の性質的に魔法薬学が全体的にあまり得意ではないのが原因)ので、贔屓のある先生だとロナルドは思っている。

 

 駆け落ちした父母に育てられて、ホグワーツに行くまで家族以外の魔法族の子供たちとも付き合いがなかったロナルドは、狭い視野で物事を判断しがちであったのだ。

 

 「何事か動く気配がすれば、すぐに目を閉じることだ。目さえ見なければ、即死は免れられる」

 

 淡々と言ったセブルスに、他のメンバーは静かにうなずいた。

 

 そうして、暗いトンネルを彼らは進み始めた。

 

 

 

 

 

続く




【金の鬘】

 ギルデロイ=ロックハートが着用する鬘。彼の元の髪形と同じ、ブロンド。

 脱毛薬によって毛髪が抜け落ちてしまった彼に、既存の魔法薬は効果を発揮せず、やむなく抜け落ちた髪の毛を使ってこの鬘を作り上げた。

 輝くようなスマイルを誇る彼には、麗しくなびくブロンドこそふさわしい。たとえ、その内側に虚ろな自己愛しかなかろうと。





 次回の投稿は、来週!内容は、さらば、ロックハート!(え)そしてVSバジリスク、開戦!お楽しみに!

 アンケートは投稿順を聞いてると思ってください。第3楽章終了後に、トップから順に公開していきます。


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【6】セブルス=スネイプ、秘密の部屋へ①

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 みんな大好きヅラデロイ=ロックハーゲ、これにて退場となります。先生の次回作はエターナル!

 いよいよスタート!狩人セブルスさんによるリアルモンスターハンター!リドル君とセブルスさんの罵倒合戦による前座付きです。


 

 静まり返っていた暗いトンネルをしばらく進めば、やがてネズミらしき小動物の白骨死体が、いくつも散らばっているところに出くわした。

 

 うっかりロナルドが踏みつけ、バリッと音を立てたことから、かなりの年数がたっているらしい。

 

 ロナルドが、ますます蒼褪めたひどい顔をしていた。妹がどうなっているのか、気が気でないに違いない。

 

 やがてトンネルがカーブに差し掛かった時だった。

 

 無理やり先頭を歩かせていたロックハートが「ヒィィィィッ!」と情けない声を上げるや、顔を背けてブルブル震えだした。(どうやら、いつの間にか沈黙呪文(シレンシオ)が切れていたらしい)

 

 つられて一同も足を止める。

 

 セブルスはとりあえず視線を床に落とし、そこからのろのろと床を辿るようにゆっくりと上げていく。目を完全に閉じないのは、周辺環境を見るためだ。逃げるにしても、道筋を把握できなくては、どのみち死ぬしかない。

 

 気配らしいものはない。念のため、周辺察知呪文を使っても、それらしいものは察知できない。まず大丈夫だと思うが、念には念を入れる。

 

 なお、後ろの学生二人はしっかりと目を閉じていた。

 

 やがて視界に飛び込んできたのは、毒々しい緑色の、蛇の抜け殻だった。優に6メートルはある。抜け殻でこれなのだ。現在は、どのくらい長く、巨大なことか。

 

 「抜け殻のようですな」

 

 ポツリと言ったセブルスにつられたように、他三人も目を開けたらしい。

 

 「なんてこった」

 

 ロナルドが呆然と呟く。

 

 バシャンッという音は、縛られたまま水たまりにしりもちをついたロックハートだ。

 

 「立て」

 

 と、ロナルドが杖を彼に向けようとした。

 

 その直後のことだ。いつ縄を振り切ったか、自由になったロックハートがロナルドめがけてとびかかった。

 

 「ウィーズリー!」

 

 急ぎ、ハリーJr.が杖を、セブルスが右手を、それぞれ向けた時にはすべてが遅かった。

 

 ロナルドを突き飛ばしたロックハートが肩で息をしながら立ち上がる。輝かんばかりのスマイルを浮かべているが、鬘もなく、崩れたメイクのせいで眉は歪み、付け睫も片方とれているため、まったく格好がつかない。もっとも、今の本人的には些細なことなのだろう。

 

 何しろ、彼の手にはスペロテープ巻きのトネリコの杖――ロナルドの杖が納まっているのだから。

 

 「お遊びはこれでおしまいだ!」

 

 「貴公、愚かな真似はやめたまえよ。それで何ができるというかね?」

 

 セブルスがあきれ果てた口調で言った(すでにどうなるか、予想が付いていた)が、ロックハートが耳を貸すわけがなかった。

 

 「私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。君たち3人はズタズタになった無残な死骸を見て、哀れにも精神に異常をきたしたと言おう。

 さあ、記憶に別れを告げるがいい!」

 

 頭上に杖を振りかざしたロックハートが高らかに叫んだ。

 

 「忘れよ(オブリビエイト)!」

 

 同時に、その杖は小型爆弾並みに爆発した。

 

 とっさにセブルスとハリーJr.は逃げ出した。爆発の余波で、轟音を伴いながら天井からばらばらと大きな岩の塊が降り注ぐ。

 

 「ジュニア!」

 

 「うわあっ?!」

 

 ひときわ大きな塊が降り注ぎ、セブルスはとっさにハリーJr.を突き飛ばした。でなければ、彼は瓦礫の塊に潰されていたことだろう。

 

 やがて、轟音がやんだ時には、セブルスは岩の塊の前に立っていた。

 

 分断されたのだ。

 

 「おじさん!おじさん、聞こえる?!大丈夫?!」

 

 「先生と呼ばんか、馬鹿者!」

 

 岩の向こうから、ハリーJr.の声が聞こえた時には、ほっとしつつもセブルスは反射的に言い返した。

 

 「Mr.メイソン!Mr.ウィーズリー!怪我はないかね?!」

 

 「僕たちは大丈夫です!・・・って、あの詐欺師がいない?!まさか!」

 

 ハリーJr.の声の直後、セブルスは少し離れたところでひっくり返って目を回しているロックハートを見やった。

 

 至近距離で忘却術の逆噴射を浴びた・・・ように見えるが、実際はセブルスがすんでのところで防護魔法を展開して、呼び寄せ呪文で引っ張って助けてやったのだ。

 

 

 

 

 

 そうとも。

 

 このまま穏便に記憶消去で済ませるなど、セブルスの気が済むわけがない。

 

 メアリーを泣かせて、仕事を増やして、例年以上のフラストレーションを贈呈してくれたのだ。

 

 行方不明となっても問題ないシチュエーションである。何も問題はない。

 

 

 

 

 

 「こちらにもいない!念のため、警戒しておくのだ!窮鼠猫を噛むぞ!」

 

 「わかりました!」

 

 ハリーJr.の返事を聞いてから、セブルスは顔を伏せた。

 

 すでにジネブラが拉致されてから、何時間も経つ。これ以上時間をかけるのは、愚策でしかない。

 

 幸い、セブルスがいるのは、分断された側でも奥へ進む方だ。

 

 「よろしい。では、Mr.メイソン、並びにMr.ウィーズリー。一つ、仕事を申し付けよう」

 

 「仕事ですか?」

 

 「そうだ。私が戻ってこれるように、この瓦礫を多少でもよい、崩したまえ。崩しすぎて、トンネルを潰さないように。よいかね?

 私はこのまま、奥へ進む。ジネブラ=ウィーズリーの救出に向かう」

 

 「・・・わかりました!」

 

 「チックショー!あいつ!ほんっと、ろくなことしねえな!ジニーに何かあったら、承知しねえからな!」

 

 セブルスの指示に、ハリーJr.がしっかりと答えて見せたが、ロナルドがそのあとに助けに行けないことに不服をこぼしている。

 

 「おじさん!気を付けて!」

 

 「・・・貴公も気を付けたまえ。あとで会おう」

 

 ハリーJr.の声援を背に、セブルスは無言呪文の浮遊術で気絶したままのロックハートを持ち上げると、改めてトンネルの向こうへ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 セブルスは十分離れてからロックハートを地面に放り出すと、気が付いたのかうめいて身を起こそうとしたロックハートの前に懐から取り出したものをかざした。

 

 「これが何かわかるかね?」

 

 セブルスが持っているのは、しゃれこうべだった。青白い軟体生物のようにも見える光の帯がまとわりついた、奇怪なものだ。

 

 ロックハートは知らない。それは狂人の智慧といい、上位者の智慧に触れて狂った狂人の頭蓋なのだ。

 

 「最近、うっかり使い損ねていて在庫がたんまりあってな。光栄に思うがいい。本来、貴公ごときには勿体ないものだ。

 真に何を貴ぶべきか、啓蒙なき貴公にこれをもって教えて進ぜよう」

 

 そういうや、セブルスはロックハートの目の前でそれをぐしゃりと握りつぶす。

 

 ひゅくッとロックハートの喉が鳴った。その青い目の奥で、瞳孔がビキリとひび割れる。

 

 本来、それは握りつぶすことで、狩人に内に収められた啓蒙をもたらすものだ。もちろん、その大部分はセブルスが得たが、ほんのわずかな残滓がロックハートの頭蓋にも染み渡ったのだ。

 

 そして、他者の話や自身の文中以外で大きな命の危機に遭遇したことのない、ロックハートの精神に、それは致命的過ぎた。ヤーナムの血という土台もなければ、なおのこと。

 

 「あっ、ひっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 「この程度で悲鳴を上げるな、情けない。まだ序の口ですらないのだぞ」

 

 この世ならざる真理、蒙を啓かれた先に広がるほんのひとかけらを流し込まれ、ロックハートの理性は瞬時に蒸発した。大仰で自己愛に満ちた演説を垂れ流した口腔器官は、母音とよだれを垂れ流すだけの穴と化した。

 

 ガクンッとのけぞって暗黒の天井を見上げ、もはや叫ぶだけの肉人形と化したロックハートに、セブルスは容赦しなかった。

 

 「では、先を急ぐからな。貴公の処分はこれで終わりだ」

 

 そう言うや、セブルスは地面に落ちていたがれきの破片を拾ってポートキーにすると、ロックハートめがけてポンっと放り投げた。

 

 

 

 

 

 賢明なる読者諸氏はもちろん、存じていることだろう。

 

 ホグワーツには“姿現し防止”が施されているのだが、ポートキーならば使えるということを。

 

 しかも、通常のポートキーは国境を越えるような長距離移動設定は不可能なのだが、セブルスの持つ杖と上位者の力は、そんなものを軽く無効化してしまうのだ。

 

 

 

 

 

 廃人となったロックハートは、次の瞬間発動したポートキーによって姿を消した。

 

 「ブレアウィッチによろしく伝えてくれたまえ」

 

 聞こえているはずがないだろう一言を言い残して、セブルスは顔をあげて、改めて奥に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 その後、飛ばされたロックハートがどうなったかは定かではない。

 

 ただ、ブレアウィッチフォレストというその森に迷い込んだものは、上位者狩人という例外を除いて大体発狂死しているということをここに明記しておく。

 

 

 

 

 

 さて、改めて奥に向かうセブルスは、血の遺志に収納していた枯れ羽帽子と防疫マスクを着用し、左手には取り回しと威力を重視して、教会の連装銃を装備し、右手にはシモンの弓剣を持つ。

 

 普段使いのノコギリ鉈&獣狩りの短銃もいいのだろうが、今回の相手はバジリスクである。

 

 対抗するにしても、まずは目を潰すところから始めなければならない。シモンの弓剣であれば、変形すれば威力と飛距離、そして消音性に優れた弓となるので、バジリスクの目を狙撃するにはうってつけだ。

 

 目を見れば即死?結構。

 

 防疫マスクの下で、セブルスは不敵に笑う。

 

 だてにヤーナムを走り回ったわけではない。啓蒙を脳みそごと吸いだす脳喰らいに襲われてあっさり死んだことだってあるし、聖職者の獣に掴まれて地面にたたきつけられ圧死したこともあれば、ホオズキに抱擁されて全身から槍を生やしながら力尽きたこともある。

 

 即死攻撃持ちを相手にするなど、今更すぎるというものだ。

 

 使えそうな呪文も脳内でリストアップしながら、セブルスは前に進んだ。

 

 

 

 

 

 とうとう、トンネルの奥へ行きついた。

 

 行き止まりとなっているその壁に施されているのは、二匹の蛇が絡み合った複雑な彫刻で、目にはエメラルドがはめ込まれていた。

 

 セブルスには、何をすればいいか、すぐに分かった。

 

 明瞭に聞こえるように、念のために防疫マスクをずらしてから、口を開いた。

 

 『開け』

 

 再度唇を震わせた蛇語(パーセルタング)を放った途端に、壁は二つに割れ、二匹の蛇がそれぞれ分かれながら、黒黒した入り口を見せつけてきた。

 

 秘密の部屋が、開かれた。

 

 防疫マスクをつけなおしたセブルスは狩人らしく、しっかりした足取りで奥へ進んだ。

 

 

 

 

 

 蛇が絡み合う巨大な石柱の数々。怪しい緑がかった薄明かりの、だだっ広い部屋だった。天井は高く、見上げても黒々として見えないほどだ。

 

 一番奥。石柱の向こうには、大きな石像が立っていた。サラザール=スリザリン、その人を模した石像だ。

 

 こんなものを残すとは、スリザリンはずいぶんとナルシストであったらしい。

 

 内心でそう皮肉りながら、セブルスは石像の足元を見やった。倒れ伏す、黒い制服ローブと広がる燃えるような赤毛――うつぶせになっているジネブラ=ウィーズリーに、彼はとっさに踏み出しそうになる足をとどめた。

 

 罠だ。

 

 ヤーナムで散々似たようなシチュエーションに出くわしてきたからわかる。これは、罠以外の何物でもない。

 

 開けた場所に、ポツンと何か置いておけば、それに注目するあまり、周辺察知がおろそかになる。

 

 大体は、死角から獣が襲ってきてひどい目に遭い、そのくせ手に入れたものはあまり有用なものではなかったりするのだ。

 

 「・・・来い(アクシオ)

 

 セブルスは、武器を一度血の遺志に還元し、空手となった両手でもって、ジネブラを魔法で引き寄せて、抱き留めた。

 

 死人のように真っ白な顔で目は閉ざされていた。石にはされていないようだが、かなり衰弱しているらしい。

 

 意識もないらしく早急に医務室に連れていくべきか、とセブルスが思案した時だった。

 

 「誰かと思えば。陰気で嫌味、中途退学の半端教授か。

 いつにもましておかしな格好をしてらっしゃる」

 

 背の高い黒髪の青年がこちらを見ていた。整った顔立ちに赤い瞳の美男子だった。石像すぐそばの柱に身を持たせかけている。纏ったホグワーツの黒い制服ローブ。緑色のネクタイから、スリザリン生らしいとわかる。

 

 だが、セブルスの記憶にはこんな生徒はいないはずだ。

 

 そして、生きた人間ではないらしいことも。曇りガラスでもかかったようにぼやけた輪郭と、薄気味悪いぼんやりした光を纏っている。ゴーストのようにも思えるが、違うとセブルスは脳に宿した瞳で瞬時にそう判断した。

 

 「・・・貴公が、“スリザリンの継承者”かね?」

 

 「ご明察!半端教授の割には鋭い、と言っておこうか」

 

 セブルスの問いかけに、青年はニッコリ笑って、腰を折って優雅に一礼して見せる。

 

 「初めまして。ここまで来られたことに敬意を表して、名前くらいは名乗っておきましょうか。こんなみっともない名前でも、当時はそう名乗っていましたからね。

 僕はトム。トム=マールヴォロ=リドル」

 

 ピクリっとセブルスは枯れ羽帽子の下で、眉を動かした。

 

 「・・・ホグワーツ特別功労賞授与者、魔術優等賞授与者、在学時の首席生徒の一人か」

 

 トロフィー室にあった盾とメダルを思い出し、セブルスが言った。学生時代、馬鹿ども4人組のとばっちりの罰則でセブルスもあの部屋の盾磨きをやらされたことがあったから、いやでも記憶に刻み込まれていたのだ。

 

 「へえ!半端者でもさすがに知っているのか!感心感心!」

 

 とことん半端者呼ばわりしてくるリドル青年に、セブルスは内心面白くなかったが、そうも言ってられなかった。

 

 下手に何か刺激を加えれば、ジネブラに何をしてくるか、わかったものではなかったからだ

 

 「だが、在学していたのは50年前のはず・・・」

 

 言いかけて、セブルスは気が付く。先ほどまでジネブラがいたところに、一冊の黒い革表紙の日記帳が開かれて落ちていた。

 

 ルシウスが紛失させてしまった、例のアイテムだ。

 

 「記憶ですよ、先生」

 

 厭味ったらしく、リドル青年が言う。

 

 「50年前当時の記憶を、僕は残した。僕に不可能なんかないんです。

 16歳の自分を保存するなんて、わけもありませんよ」

 

 セブルスの中で、脳についた瞳がざわりと瞬いた。

 

 「・・・分霊箱か」

 

 「へえ?これは驚いた!まさか、分霊箱のことを知っているとはね!」

 

 感心したような声を上げるリドル青年に、セブルスは防疫マスクの下で舌打ちする。

 

 そうだ。ルシウスは、父親が“闇の帝王”と懇意にしていた、死喰い人の中でも側近中の側近と言える立場にいた。分霊箱を預けるならば、うってつけの存在ではないか!

 

 まさか、日記帳として残されているとは思わなかったのだ。そうされているとしたら、死の秘宝、創始者の宝という先入観があったから、完全に意識外にやってしまっていた。

 

 となれば。

 

 「・・・なるほど?TOM MARVOLO RIDDLEか。

 アナグラムで、I AM LORD VOLDEMORT。種が割れれば、簡単であるな。

 50年前であれば、あの男が在学していてもおかしくない。

 スリザリンの継承者であっても、不思議ではない」

 

 「半端者のくせに物分かりはいいね?そうさ。ヴォルデモート卿は僕の過去であり、現在であり、また未来だ。

 汚らわしい父の名、ミドルネームにしたって、役立たずの祖父からだぞ?いつまでもそんな名前をこの僕が使うとでも?

 母方にサラザール=スリザリンの血が流れ、彼女を魔女だというだけで捨てた、凡俗で汚らわしいマグルの名前を、そのまま使うとでも?

 僕は自分の名前を自分でつけた。いつか、魔法界がその名を口にすることを恐れる名前を!僕こそが、世界一偉大な魔法使いになると、わかっていたのだから!」

 

 恍惚たる様子で語るリドル青年だが、セブルスは噴飯ものだと、小さく噴き出した。

 

 「何がおかしい?」

 

 ピクリと眉を跳ね上げたリドル青年に、セブルスはクツクツと笑いながら言った。

 

 「いや、自己特別視も行き過ぎれば、御大層なものですなあ。

 子々孫々にそれが受け継がれているのを知れば、スリザリンも感涙されると思いましてな」

 

 「中途退学の、魔法使い失格の半端者風情が、何を偉そうに!」

 

 「他の創設者にも秘され、来るものなどほとんどいなかろう秘密の部屋に、あのような石像を残すスリザリンと、自分が特別と信じてやまず、自分だけの特別な名前を付ける貴公。

 ふむ。実に血のつながりを感じさせる。

 だが、気持ちはわからんでもない。若いころは得てして、特別に焦がれるものだ」

 

 激昂するリドル青年を歯牙にもかけず、セブルスは言った。

 

 特別な自分。特別な存在。自分だってその血が流れている。そうであれば、こんなことないはずなのに。

 

 かつてのセブルスも、確かにそれに焦がれたのだ。母の血筋――プリンス家の血筋だということを、よすがにしていた。

 

 もっとも、ヤーナムで地獄を味わってしまえば、そんなものはどうでもよくなってしまうのだが。悪夢の奥底では、純血だの血筋だの毛ほども役に立たないし、意味もないと否が応にも悟ってしまった。

 

 「ふん。半端者に偉大な魔法使いの何たるかは、理解できないか」

 

 「する必要もない。私は単に、教師の本分を全うしに来たにすぎん。

 ジネブラ=ウィーズリーは返してもらうぞ」

 

 「馬鹿な小娘の命がそんなに惜しいのか」

 

 リドル青年がせせら笑って言った。

 

 「知っているのかい?その小娘が何をしたか」

 

 「・・・大方、貴公に操られ、秘密の部屋を開け、メッセージを壁に書き殴り、雄鶏を絞め殺し、バジリスクを操ったというところか」

 

 「その通り(EXACTLY)。その子は、僕の日記に自分の秘密を注ぎ込み続けた。そして空っぽになったところを、僕の秘密を注ぎ込んでやったのさ。

 断言してやる。その子の命はもう長くないぞ。僕が日記を抜け出すほどになったくらいだ」

 

 「では、貴公を殺せば、ウィーズリーは助かるということか」

 

 まるで1+1=2は当たり前のことだと言うかのように言ったセブルスに、リドル青年はせせら笑うように言った。

 

 「殺す?この僕を?“生き残っていた母子”であるならばともかく、彼らは消え去ったっていうじゃないか。その子が聞かせてくれたよ。リリー=ポッターの息子のハリー=ポッターが生きてたら、一緒に入学できてたのに、とね。

 中途退学の、半端教師風情が。大言壮語も大概にしておくがいい」

 

 「おや、知らないのかね?」

 

 ジネブラを下ろして、近くの柱のそばにおいて、改めて両手に武器を取り出しながら、セブルスは言った。

 

 これは朗報だ。分霊箱は、本体と情報を共有できないらしい。

 

 「ヴォルデモート卿を殺したのは、私だ。

 ポッター母子は、見ていたにすぎんよ。

 貴公が奴の過去であり、現在であり、未来であるならば、同じように内臓を引きずり出されるのもまた、変わらぬのであろうな」

 

 ガシャンっと、手の中のシモンの弓剣を、曲剣形態からワイヤーを弦とする弓形態に変形させて、セブルスは言った。

 

 獣狩りに弓を用いるなど、と大概の狩人は嘲るが、弓は弓でいい部分もあるのだ。

 

 「はっ!あんた、教師よりもいっそ、俳優の方がいいんじゃないか?喜劇俳優など、お似合いだぞ!

 杖はどうした?魔法使い!退学ついでに折られたか?どこかの森番と一緒だな!」

 

 まるで信じてない様子のリドル青年は嘲ってそう言うと、話はこれでおしまいだというように、踵を返すと、石像の前の1対の柱に間に立ち、口を開いた。

 

 シューシューという空気の漏れるような声から、おそらく蛇語(パーセルタング)だろう。

 

 途端に、石像が動いた。石像の口が動いて、何かがそこから這い出して来る。

 

 だが。

 

 セブルスの方が速かった。

 

 かざした右手で無言呪文による目隠し呪文(オブスキューロ)を放ち、まだ頭すら出せていないバジリスクに呪いをかけ、内部でシューシャー怒っているらしいそれにさらに追い打ちをかける。

 

 頭を出したバジリスクに、続けて水銀弾から精製した矢を撃ち込んだ。シモンの弓剣の、弓形態は精密射撃に優れているのだ。2発連射して、目を潰した。これで呪文が効果切れしようと、即死は免れられる。

 

 「貴様あああああ!」

 

 リドル青年が激高している。まさかセブルスがおとなしく怪物の登場を見物していると思ったのだろうか?

 

 ここまで大人しく会話に興じてやったのだ。殺し合いのターンで大人しくしてやる義理も義務もありはしない。死力を尽くすのが狩人だろうに。

 

 シモンの弓剣を曲剣形態に戻したところで、リドル青年が何やらシューシャー蛇語で喚いている。

 

 教会の連装銃をリドル青年に向けて、引き金を引くが、予想でもされていたのか、防護呪文(プロテゴ)で防御される。リドル青年が使うのは、おそらく、ジネブラから奪った杖だ。

 

 だが、一発で水銀弾を複数消費する銃の高火力は伊達ではない。たったの一撃で盾は砕け、ぎょっとした様子のリドル青年は慌てて呪文を唱え直している。

 

 そして、セブルスにリドル青年を狙い直す余裕はなかった。彼とリドル青年を隔てるように、バジリスクがその樫の木のように太く大きな巨体を横たわらせてきたのだ。

 

 水銀の矢を目元に突き立てたまま、バジリスクは緑色の毒々しい鱗をきらめかせ、牙をむき出しにして襲い掛かってきた。目は見えずと、臭いや音で居場所がわかるに違いない。

 

 既のところで、セブルスは狩人の流麗なステップで、その一撃をよける。

 

 バジリスクは、もちろん牙にも毒がある。即死とまではいかないが、喰らえば数秒で命を落とす。避けるに越したことはない。

 

 バジリスクは幾度も、セブルスに噛みつこうと首を突き出してくる。太く長い尻尾による叩きつけも織り交ぜてきた。

 

 セブルスは、どうにかそれらをよけ、踵を返す。一度距離をとって、火炎瓶か何かで攻撃したかったのだ。

 

 シューシューというリドル青年の蛇語が聞こえる。どうやら、追って殺せと指示を出しているらしい。

 

 なるほど、やはり逃がす気はないらしい。

 

 シュルシュルという這う音から、追跡されているのは間違いない。セブルスは一度大広間から離れ、城中に張り巡らされているらしいパイプの一つに入り込んだ。

 

 バシャバシャと水を踏みながら移動するセブルスは、ふと思いついて、血の遺志収納から取り出した古びた笛を口元に当てる。

 

 そして。

 

 ピィィーッという高い音色が、パイプを通じて秘密の部屋に響き渡った。

 

 続けて、何度かそれらが聞こえてきて、スリザリンの石像の前で優雅にたたずむリドル青年が、助けでも求めているのか?と嘲笑を浮かべた時だった。

 

 パイプを一周してしまったらしいセブルスが、再びスリザリンの石像の前に駆け込んできた。

 

 その口元に当てられているのは、茶色く汚れたホイッスルだ。

 

 何だそれは?

 

 改めて、リドル青年が嘲りを口にするより早く、セブルスは口元に当てているホイッスルを吹いて、その場から離れる。

 

 直後、彼の後に続いて戻ってきたバジリスクが、再び彼に牙を突き立てようと、迫ってきた。

 

 だが、先ほどセブルスが立って笛を吹いた場所から出てきた巨大な蛇の咢が、バジリスクの太い胴に噛みついていた。

 

 「何だと?!」

 

 ぎょっとしているリドル青年はそこまで来て気が付く。

 

 苦痛にのたうつバジリスクの胴には、他にも何か所か噛みつかれたらしい牙の痕がある。

 

 

 

 

 

 セブルスが手にしているのは、秘儀“マダラスの笛”の触媒だ。

 

 少々癖の強い秘儀で、笛を吹いた場所に巨大な毒蛇の咢を召喚するというものだ。笛を吹いた場所に攻撃を加えるので、下手をすれば自爆することもある。

 

 動きの素早い狩人や獣相手には難しいうえ、アメンドーズやエーブリエタースのように高い位置に急所を持っているならば、そもそも当たらないと来た。

 

 しかし、今回のようにそもそも接地している部分が長大であれば、うってつけの秘儀であるともいえた。

 

 

 

 

 

 毒蛇の王も、悪夢に住まう腑分けされた獣を餌として育った蛇には、かなわないらしい。

 

 それでも命令に忠実にあろうと、バジリスクはセブルスめがけて尻尾を振り薙いだ。

 

 狩人のステップで軽々と避けるセブルスに、リドルはこんなはずでは、と舌打ちするが、ややあってニタリッと邪悪に笑う。

 

 次の瞬間、彼がシューシューと何事か指示を出すと、急にバジリスクは鎌首をもたげて、方向転換した。

 

 ぐったりしたままのジネブラ=ウィーズリーの方へ。

 

 「くっ!」

 

 急ぎ、セブルスは高速移動呪文を発動し、バジリスクとジネブラの間に割り込んだ。

 

 ジャクッと肉の裂ける音がした。

 

 「ぐぅっ!」

 

 とっさに突き出した右腕に、バジリスクの太い牙が突き立てられ、たまらずセブルスはうめいていた。

 

 「はっ!血を裏切るものなどかばおうとするからだ!半端者め!」

 

 リドル青年の嘲笑に応えるように、バジリスクはそのままセブルスを咥えて引きずり上げようとした。

 

 だが、狩人は転んでもただでは起きないのだ。

 

 セブルスは、自由な左手を必死に持ち上げた。毒で目がかすみ体に力が入らなくなってくるが、それでもやる。最後までくらいつくのが狩人なのだ。

 

 教会の連装銃をバジリスクの鼻先に押し当て、そのまま引き金を引く。

 

 “マダラスの笛”によって消耗していた水銀弾は、すでに緊急精製で補充していたので、銃撃自体は可能だった。

 

 一度に複数水銀弾を放つ連装銃の攻撃を至近で浴びせられたバジリスクは、悲鳴を上げてセブルスを離した。

 

 ゴロンッと地面に転がり落ちるように降り立つセブルスは、太腿に輸血液を打って、無理やり体力を補填し、意識をつなぎとめる。

 

 無理やりの、ごり押しだ。

 

 のたうつバジリスクは、よろけて立つのもやっとという状態のセブルスめがけて、牙をむき出しにして飛びかかる。

 

 それこそが、セブルスの狙いとも思わずに。

 

 大ぶりな一撃。正面に立つセブルスは、霞む目とすり減る体力をものともせずに、教会の連装銃による銃撃を撃ち込んだ。

 

 ガンパリィだ。

 

 動きを止めて、苦痛にもがくバジリスクに、セブルスは瞬時に間合いを詰め、その頭蓋に右腕を突き入れていた。

 

 アメンドーズからエーブリエタースまで、巨大な上位者の頭蓋すら掻っ捌いた狩人の右手を嘗めてはいけない。

 

 飛び散る血液でリゲインし、さらに体力を補いながらセブルスは頭蓋の奥の肉を抉りだしていた。

 

 ひときわ大きな悲鳴を上げて、バジリスクはどおッと横倒しになった。そのまま動かなくなる。“マダラスの笛”の蛇に散々甚振られ脳天を抉られれば、いかにバジリスクといえど耐え切れなかったのだ。

 

 それを見届けて、セブルスはがっくりと膝をついた。

 

 「フン・・・半端者としては、やった方か。

 だが、結末は同じだ。

 御覧の通りだ。お前の大言壮語が妄言でしかないことが証明されたぞ?

 この通り、お前は死ぬ。ヴォルデモート卿の手にかかって、誰にも知られずに。

 さようなら、可哀そうな教授殿」

 

 嘲るリドル青年の声に、セブルスはそのまま力尽きて倒れこんだ。

 

 

 

 

 

続く




【古びた日記帳】

 黒い革表紙の古びた日記帳。50年ほど昔の日付は消えかけており、かろうじてT.M.リドルの文字が見て取れる。

 数少ないお小遣いで買った日記帳に、リドルは様々なことを書き込んでいた。学校の授業であったこと、自らを見込んでくれた純血貴族の友人たちのこと、自らをはじき出して、戦争によって行き場をとことん奪おうとするマグル界のこと。

 今や、彼に日記は必要ない。魂に刻まれた憎悪は、その断片とともに、その中にあるのだから。





 次回の投稿は、来週!内容は・・・決着!そしてマクゴナガル先生のお部屋にて。秘密の部屋のあれこれ、亜希羅の捏造満載の妄想を添えて。
 こういうばらばらのパズルとか、すでにあるものを補完するようにあれこれこねくり回して考えるの、すげえ好きです。
 原作者様がすでにあれこれお答えなさってくださっておりますので、私のは蛇足とか、原作レイプに近いあれこれなんですがね!





 こそこそアンケ。ご協力お願いしまぁす!


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【7】セブルス=スネイプ、秘密の部屋へ②

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 感想欄で、誰にも心配されないセブルスさんに草。そりゃそうですよね。

 死ぬなんてヤーナムではいつものことですもの。

 まあ、まだ死んでないんですがね。

 というわけで続きです。

 一応、第3楽章は次回でおしまいということになります。


 

 嘲るリドル青年の声に、セブルスはそのまま力尽きて倒れこむ・・・ように見せかけて、防疫マスクの下で白い丸薬――ベゾアール石以上の強力な毒消しを飲み干した。

 

 ヤーナム旧市街を蝕んだ灰血病の治療薬であるこの薬は、微かな苦みがあるうえ、水なしで飲むと喉奥で引っかかったような感じもするが、緊急事態に四の五の言ってはいられない。

 

 

 

 

 

 今更だが、セブルスはリドル青年がジネブラ=ウィーズリーを攻撃対象としたことについては怒っていない。

 

 自分が相手ならそれをやるだろうし、攻撃されるような弱点をさらけ出している方が悪いからだ。

 

 ジネブラを保護した時点で、あらかじめ防護魔法の一つもかけておかなかったのは、セブルスの明らかなミスだ。

 

 ・・・ゆえに、死んだふりをするのも、当然問題はない。

 

 セブルスの出身寮はスリザリンである。狡猾を徳目とするのだ。卑怯だ正々堂々だ、そんなおためごかしはヤーナムで獣の餌にしてきてしまった。

 

 

 

 

 

 インバネスコートの下で、灼熱の痛みが引いていくのをよそに、セブルスは倒れ伏したままチャンスを待つ。

 

 目のかすみもとれ、思うように力も入るようになった。

 

 だが、動かない。狩人には忍耐も必要なのだ。

 

 最後の詰めだ。しくじればジネブラの命が失われる。

 

 倒れ伏したままのセブルスに、興味を失ったようにリドル青年はやれやれと肩をすくめ、「まさかバジリスクが倒されるとは・・・」と呟いて、巨大な亡骸を見やった。

 

 「そうだ」

 

 ふと、彼は何事か思いついたように、ニヤッと笑う。

 

 「半端者が持っていた魔道具を使わせてもらおうか。バジリスクよりも使い勝手は悪そうだが、蛇を呼び出す魔道具なんて、この僕にこそふさわしい!」

 

 そう言って、彼は呼び寄せ呪文を使うべく、杖を振り上げた。

 

 同時に、跳ね起きたセブルスが、その手に持った教会の連装銃をぶっぱなし、杖を弾き飛ばしていた。

 

 バカな?!と目を丸くするリドル青年をよそに、セブルスは動く。シモンの弓剣を弓形態にし、水銀弾から形成した矢をつがえて、放つ。

 

 リドル青年の向こう、開かれたままの日記帳めがけて。

 

 ダンっと、日記帳に水銀の矢が突き立った。

 

 世にも恐ろしい悲鳴が轟いた。

 

 日記帳の矢が突き立った部分から、インクが血のように滲み出すのに対応するかのように、悶え苦しむリドル青年の胸元に、白く光る穴が空く。

 

 すかさず、セブルスは追撃をかける。駆け抜けながら、シモンの弓剣を曲剣形態に折りたたみ、日記帳の元にたどり着くや、なおもインクを吹きだすそれめがけて、振り下ろした。

 

 リドル青年は、もがきながらも阻止しようと杖を拾い上げようとしたが、それよりもセブルスの一撃の方が速かった。

 

 突き立った優美なカーブを描く刃に、今度こそ日記は血しぶきのように勢い良くインクを噴出させた。激流のごとき黒い流れは、ページも弓剣の刃も秘密の部屋の石畳も濡らして、みるみるしみわたっていく。

 

 たまらずリドル青年は、ガクンッと体勢を崩す。体に空いた光る穴が、今度は顔面の一部にも空き、見る見るうちに広がっていく。

 

 一度刃を引き抜き、再びセブルスは日記に振り下ろした。

 

 今度こそ、リドル青年は断末魔とともに一度強く光ってその姿を消した。

 

 ふうっと一息ついて、セブルスはインク塗れの弓剣を、日記帳から引き抜いた。

 

 わざわざ特注してまで作った大事な武器を、血ではなくインク塗れにするとは、シモンには悪いことをしてしまった。

 

 あとで念入りに手入れをしなければ、とセブルスは弓剣と教会の連装銃を血の遺志に還元して収納する。

 

 続けて取り出した輸血液で、体力を補填する。実はほとんどギリギリ、一撃食らったら死ぬような状態であったのだ。

 

 日記帳はといえば、しとどにインクに濡れ、水銀の矢じりと弓剣の刃によって、穴が空いてしまっている。

 

 少し考えてから、セブルスは日記帳を持ち上げた。

 

 そうして、ジネブラの元へ改めて向かおうとしたところで、頭装備をしたままだったと思いだし、すぐさまそれらも血の遺志に還元して収納した。

 

 ジネブラは相変わらず意識がないままであったが、分霊箱に奪われた生命力を取り戻せたのだろう、幾分か顔色がよくなっている。

 

 ほっと、息をついてから、セブルスは改めて秘密の部屋を振り返った。

 

 横たわるバジリスクの亡骸をじっと見てから、ちらっとジネブラを見やる。

 

 彼女がまだ起きそうにないと判断するや、セブルスの行動は早かった。彼女のそばにインク塗れの日記帳を一旦おいて、インク塗れのシモンの弓剣に代わり、ノコギリ鉈を取り出す。

 

 バジリスクの肉片をいくつか切り取り、牙もつかんで引きちぎり・・・要は、取れそうな素材の採集に取り掛かった。

 

 飼育禁止の、貴重なバジリスクだ。毒はもちろん、血も骨も肉も、神経も、取れるものは取っておかねば!

 

 それから、日記の破壊工作もしておかなければならない。仕掛け武器のことをダンブルドアに説明するのは、面倒なのだ。

 

 終わったら洗浄呪文(スコージファイ)で身ぎれいにして、狩装束の穴を直しておくのも忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

 あらかた素材は取り終えた。バジリスクは飼育禁止指定の魔法生物なので、そこから手に入る素材も貴重なのだ。

 

 セブルスは、ホクホクと血の遺志収納に収めた素材を軽く確認していると、不意に白い炎のような揺らめきが目についた。

 

 スリザリンの石像の足元だ。つい先ほどの3階トイレの蛇口のように、何らかの遺志が染みついている。

 

 近寄ってみると、石像の足元に何か彫り込まれている。劣化防止の魔法はかけられていなかったのか、それとも解けたのか。辛うじて、人の名前らしいことは分かった。遺志はその名前の上でゆらゆらと過去の残響を主張させている。

 

 おそらく、以前のエミーリアとの戦闘の時同様、セブルスが落ち着ける状況でなかったため、今まで知覚できなかったのだろう。

 

 ふむ、とセブルスは石像を見上げた。こんなところにこんなものを残す、偉大なる創設者の一人。言い訳があるのなら、聞いてみようではないか。

 

 好奇心の導くままに、セブルスは遺志に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 「サラザール。別れのあいさつに来た」

 

 「ああ。知ってるさ。君も、裏切っていたのだからな?」

 

 荘厳なるホグワーツ城。築城されたばかりの真新しいそのエントランスで、私は彼に振り向いて吐き捨てた。

 

 勇猛果敢なゴドリック。向こう見ずで、お人好しの偽善者。何にもわかっちゃいない。

 

 「変わらず、頑なだな。君のことも、君の娘のことも、忘れはしない」

 

 「だからどうした」

 

 ゆるりと向き直って私は吐き捨てた。

 

 「お前が忘れないならば、エマが戻ってくるのか?

 卑しいマグルどもに犯され、魔女として火炙りにされたあの子が。

 お前がホグワーツに招聘しようとしたマグル生まれどもに売られたあの子が。

 私は許さない。マグルも。マグル生まれも。みんな揃って汚れた血だ!

 ブリテンの魔法界の未来のために作ったこの学校を汚し、犯す、許されざるものだ!」

 

 「そんなことを言うんじゃない!あの子たちだって今は反省して」

 

 「反省!そんなものが何になる!口先だけではないか!

 ゴドリック!偽善とおためごかしもいい加減にするがいい!

 貴様のやったことは!この学校建設のために、マグルどもに私の娘を売った!それだけだ!ロウェナとヘルガの賛同の下にな!」

 

 何だ?事実だろう?何故うなだれる?理解に苦しむな。この偽善者め。一度でも奴らに門戸を開こうとしていた私が間違っていたのだ。

 

 ああ。エマ。愛しい娘よ。この学び舎に入りたかったであろうお前の亡骸をこの地に埋めよう。お前の愛したバジリスクを墓守として。

 

 父も共にあり続けよう。石像としてしか寄り添えぬわが身を許してくれ。

 

 祈りとともに、私はこの学校を去る。さらばかつての友よ。お前の教え子たちが娘の墓を荒らした時、私の遺志を継ぐ者がその不遜さのツケを支払わせよう。

 

 

 

 

 

 セブルスは、墓碑から手を離した。

 

 秘密の部屋は、墓だったのだ。サラザール=スリザリンが、マグルによって失われた娘を思って、作り上げた。

 

 死んだ娘のために学び舎に危険生物を配置したことはともかく、石像について貶したことを、セブルスは少し申し訳なく思った。

 

 バジリスクは墓守だった。墓守だから、上の学校にはめったに出てこないだろうし、よしんば危害を加えることになったとしても、それはそれで問題なかったのだろう。

 

 サラザールの中では、娘を生贄にして作り上げた学校よりも、娘の弔いの方が大事であったのだろうから。

 

 スリザリンは純血主義の祖とも考えられるが、そのトリガーは娘の死がきっかけだったのだ。

 

 愛は人を強くするが、同時に人を狂わせもする。あたかも、呪いのように。

 

 セブルスは一度石像を見上げた。

 

 今気が付いたことだ。年月によるものか、天然の洞窟から染み出た水滴のせいか。スリザリンの像の目元は、濡れているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 ジネブラは気が付いた。

 

 ゆらゆらと、規則的な振動と感触から、誰かに背負われているらしい。

 

 「気が付いたかね?」

 

 「あ・・・」

 

 低くねっとりした声をかけられ、ジネブラはびくっと体を震わせた。

 

 魔法薬学のスネイプ先生だ。嫌味で偏屈で、罰則で頭に檻をかぶせてくる、変人。

 

 あとは、父から聞いた噂だけど、闇の魔術に魅入られて、学校を退学させられた。だから、彼は生徒を嫉妬してて、授業にかこつけて難癖付けて回っている。

 

 グリフィンドールに点を入れるのが少ないのは、そのせいだという噂もある。

 

 「す、スネイプ先生・・・」

 

 「どこか体に異常は?私がわかるならば、頭の方は大丈夫と見受けますが?」

 

 背負ったままの問いかけに、ジネブラは答えられない。

 

 

 

 

 

 思い出した記憶が、現実に追いつかない。

 

 日記の中の思い出で見せてくれたけど、姿はハンサムで、話し上手の聞き上手、なんでも答えて教えてくれた、日記の中の秘密の友達。ジネブラだけの、親友。

 

 けれど、彼と話す(正確には、彼は日記の中にいるので書き込むのだが)ようになって起こるようになった記憶の欠落。

 

 ローブに大量についた鶏の羽。

 

 真っ赤なペンキだらけの手。

 

 秘密の部屋の犠牲者が出る直前、必ずある記憶の欠落。

 

 兄の同学年たちが、広間で話し合った末にたどり着いたバジリスクの可能性、絞殺された鶏の下りを聞いた時、ジネブラは卒倒しそうになった。

 

 まさか。まさか。

 

 怖くて怖くてたまらなくなり、とうとう一度は日記を捨てたくせに、リドルが誰かに自分の秘密――苦手な科目や、先生や同級生の悪口を言いふらしたらと思うと、急に怖くなって取り戻しに行った。幸い、誰にも拾われてはいないようだったので、すぐに手元に戻ってきた・・・はずだ。このあたりのことはよく思い出せない。

 

 本当は、誰かに言おうと思った。すぐ上の兄――ロナルドであればジネブラを叱ることはめったにないし、一緒に解決策を考えてくれるかもしれない、と。

 

 だが、告白を決めたその時、よりにもよって監督生の兄・パーシーがそこにいた。

 

 恋仲になったレイブンクローの監督生が犠牲者となって、憔悴している彼の前で自分が原因かもしれない、なんて口が裂けても言えなかった。

 

 ジネブラは知っている。

 

 自分は、母が猫かわいがりしてくれるような、かわいらしくて女の子らしい女の子ではない。

 

 他人を卑しめ、わが身可愛さに大事なことは何一つ言えない、卑怯な臆病者だ。

 

 気が付いたら、湿った石造りの大広間――きっと、『秘密の部屋』その場所にいたジネブラが、ほとんど力の入らない体で逃げようとした時、リドルの日記のページに浮かんだのが、そんな文面だったから。

 

 親友だと思ってたリドルでさえ、ジネブラをそう蔑んでいたのだから。

 

 

 

 

 

 そんなジネブラを背負うのは、偏屈で不愛想な、魔法薬学教師。

 

 何があったのか、どうしてそうなっているのか、ジネブラには分からなかったが、これだけは分かった。

 

 退学だ。

 

 即座に、ジネブラは思った。

 

 だって、リドルに操られてたとはいえ、自分が『秘密の部屋』を開けて、バジリスクを操り、生徒たちを襲わせた。

 

 ジネブラは知らなかったが、起こってしまったことは取り消せない。

 

 まして、目の前のこの男が、自寮生に対してであろうと暴言で激怒するほどの苛烈さを持ち合わせているのを、ジネブラも知っている。

 

 退学させられるんだ。杖も折られて、魔法を二度と使ってはならないと言い渡されて、一人、ひっそりと9と4分の3番線の特急に乗せられて帰されるんだ。

 

 ママがなんて言うだろう?パパがどんな顔をするだろう?チャーリーやビルは?パーシーは?フレッドとジョージは?ロンは?

 

 どうしよう。どうしよう。

 

 ぼろりっとジネブラはその明るい茶色の瞳から、大粒の涙をこぼした。

 

 そのまま、しゃくりあげて、声にもならない呻きとともに、泣き続ける。

 

 先生の纏うコートの方に、涙が伝っていく。・・・水をはじきやすい素材なのだろうか。

 

 「・・・泣けるほどの元気があるようなら、ひとまず大丈夫なようですな」

 

 冷たい先生の言葉に、ジネブラの涙腺はますます馬鹿になる。なんてひどい人だ。

 

 

 

 

 

 ジネブラは知らない。

 

 本当にどん底にいる人間は、泣くという行為さえできないのだと。

 

 泣くというのは、存外エネルギーを使うのだ。それができるだけで上等な部類に入るのだと。

 

 言葉はともかく、セブルスがジネブラを背負ったまま、なおも歩き続けてくれたことの意味でさえ。

 

 

 

 

 

 泣き続けるジネブラを背負ったまま、セブルスはトンネルを歩き続け、大岩によって分断された場所にまで戻ってきた。

 

 どうやら、ハリーJr.とロナルドは、与えられた仕事をきちんとこなしたらしい。どうにか人一人通れるぐらいに、大岩がずらされ、隙間ができている。もっとも、ジネブラを背負ったまま通るのは難しく、セブルスは横歩きでどうにか通れるか、というところだ。

 

 「Missウィーズリー。一人で歩けるかね?先に行きたまえ」

 

 「・・・っ・・・っ・・・はいっ・・・」

 

 降ろされてなおしゃくりあげるジネブラの声に、大岩の向こうで息をのむ声が聞こえた。ロナルドだろうか?

 

 「ジニー!」

 

 隙間を潜り抜けたジネブラを、パッと表情を明るくしたロナルドが強く抱きしめた。

 

 大きなけががないことを確認した彼は安堵の息をつくが、ジネブラが愛らしい顔をグシャグシャにして泣いていたことに気が付くや、続いて隙間を通り抜けたセブルスに険しい表情を向けた。

 

 お前が泣かせたのか!と言わんばかりだ。

 

 「先生、大丈夫ですか?」

 

 「少々てこずったがね。バジリスク単品であれば、もう少し手短に済んでいたことであろう」

 

 ほっとした様子のハリーJr.の問いに、セブルスは静かにうなずいた。

 

 「それで、一体」

 

 「貴公はこのような場所で、長話に興じたいのかね?

 後にしたまえ」

 

 ハリーJr.の問いかけを遮り、セブルスは言った。

 

 いまだに泣きじゃくるジネブラの前で、何があったか語るのは酷であろう、という判断だった。

 

 ロナルドが懸命に「もう大丈夫だ」「全部終わったんだ」と慰めている。

 

 「・・・あの愚か者は?」

 

 周囲に視線を走らせて、ロックハートの不在に気が付いたように尋ねるセブルスの問い(確信犯)に、ハリーJr.は困ったような顔をして無言で首を振った。

 

 「・・・瓦礫の下敷きになったのかもしれんな。自業自得ですな」

 

 「まあ、無事だったところでアズカバンだろうしね。・・・一番気の毒なのは、あの人じゃなくてあの人の被害者ですよね。

 記憶を消したって言ってたけど、どの程度消したんだろう?まさか全部消し飛ばして廃人になんてしてないですよね?」

 

 そういって気の毒がるハリーJr.に、その可能性も無きにしも非ずだな、とセブルスは思う。

 

 とはいえ、今までばれなかったことを鑑みるに、ロックハートも忘却術に関しては、専門家(忘却術師)レベルの使い手であったのだろう。本人から見ても不自然ではない範囲指定で忘却させれていたのかもしれない。

 

 ならば、なぜほぼ確実にボロが出るだろうホグワーツに来たのやら。大方、調子に乗ってしまった挙句、というところか。ロックハートの性格ならば、十分ありうることだ。

 

 

 

 

 

 まあ、ブレアウィッチにはそもそも忘却術が通用しないだろう。

 

 その前にロックハートには杖もないのだったか。大体の魔法使いは杖を失うと役立たずになる。

 

 

 

 

 

 「とにかく、先生も戻ってきたし、行こう。こっちだよ」

 

 気を取り直すように首を振って、ハリーJr.が歩きだした。

 

 泣き続けるジネブラの肩に手を回したロナルドがそのあとに続き、セブルスがしんがりを務めた。

 

 やがて、一同が一番最初に滑り落ちてきた場所についた。

 

 「さて、どうやって脱出しますかな」

 

 と言って、セブルスは黒々とした配管を見上げた。ぬるついた管壁といい、滑り台のような角度といい、とてもではないが登れそうにない。

 

 「・・・仕方ありませんな」

 

 途轍もなく気が進まなかったが、セブルスは呼び寄せ呪文(アクシオ)で箒を3つ引き寄せた。

 

 クィディッチの競技場の倉庫にある練習用の箒は、だいぶボロボロだが、それでもセブルスの魔法に応えて配管から飛び込んできた。

 

 「わあ!」

 

 「呼び寄せ呪文は2年生にはまだ難しいだろうが、何かと便利だ。覚えておいた方がよいだろう」

 

 新しく見せられた魔法にハリーJr.が歓声を上げたので、セブルスはそのように言った。

 

 「では、行くとしよう。Mr.ウィーズリー、Missウィーズリーを後ろに乗せたまえ。

 Mr.メイソンは一人で大丈夫だな?

 ・・・私はあまり箒が得意でなくてな。一番最後にゆっくり行く」

 

 

 箒の二人乗りは危険なのだが、現状ではしかたがない。ジネブラは精神的摩耗のせいで箒の操作どころではないだろう。

 

 こういう時は、闇の帝王やその配下の死喰い人が使ったという、飛行術が羨ましくなる。

 

 そうして、一同は、どうにか配管を抜け出し、3階女子トイレに再び降り立った。

 

 セブルスの箒はかなりの利かん坊で、乗り手を無視してぬるついて汚れた壁にぶつかりまくろうとしたため、せっかく洗浄呪文(スコージファイ)できれいになっていたセブルスも、出てきたときにはほかの面子に負けず劣らずの、ドロドロになってしまっていた。

 

 腕やら頭やらも微妙に痛い。たんこぶや青あざができているかもしれない。

 

 「せ、先生、大丈夫ですか?」

 

 「・・・問題ない」

 

 そんなセブルスを見て、おろおろするハリーJr.に、セブルスは仏頂面で答えた。

 

 ひそかに、ロナルドがフヒヒっと笑っているのは見逃さなかった。

 

 「グリフィンドールから1点減点」

 

 「横暴だ?!」

 

 「自業自得だろ」

 

 冷たく言ったハリーJr.は、「どうされるんですか?」とセブルスを見上げた。

 

 「事の経緯と結果の説明・報告をせねばなるまい。ついて来たまえ。

 ・・・Missウィーズリー、もうしばらく、こらえてもらおう」

 

 本来は、すぐにでも後遺症などないか医務室へ連れていくべきだろうが、まずはマクゴナガルに無事を知らせるべきだろう。

 

 後で取りに来ようと、手に持った箒はとりあえずトイレ近くの壁に持たせかけ、ハリーJr.が生きていたことを残念がるマートル(どうも、彼に好意を持ったらしい)を背に、一同はトイレを離れ、マクゴナガルの教授室へ足を向けた。

 

 「そういえば、サラザール=スリザリンって男の人のはずですよね?」

 

 「それがどうかしたかね?」

 

 廊下を歩きながら不意に言い出したハリーJr.に、セブルスが視線を向けた。

 

 「ええっと、男の人なら、なんで女子トイレに“秘密の部屋”の入口を作ったのかなって。

 その・・・そういう趣味があったのかなって」

 

 「ブハッ!スリザリンが変態!何それ!」

 

 わざわざ言葉を濁したハリーJr.に、ロナルドが吹き出す。スリザリンは純血主義の提唱者ともされている。どこぞの闇の帝王が聞いたら、激怒してそれだけで死の呪いを放たれそうな話だ。

 

 「そんなわけなかろう」

 

 スパンとセブルスはそれを一刀両断した。

 

 「でも女子トイレに」

 

 「元々、あそこは単に水回りのよい場所にされていたのだろう。ホグワーツの創設は1000年前だが、その間に改装・改築がなかったわけではない。スリザリンの意図に反して、いつの間にか女子トイレにされてしまったというところだろう。蛇の浮彫(レリーフ)も、もともとは別の形であったのやもしれん。

 そもそも、1000年前の魔法界にトイレなど存在しない」

 

 「「え」」

 

 スリザリン=変態説に水を注されてむっとしたロナルドが言いかけるが、セブルスはそれをさえぎってつらつらと言ってのけ、挙句衝撃的な一言も付け加えた。

 

 固まる男子生徒二人(ジネブラはいまだにすすり泣いていて、それどころではない)に、セブルスは肩をすくめて見せた。

 

 「消失呪文(エバネスコ)は便利な魔法ですからな。水洗トイレ自体、ここ数十年のマグル文化からの輸入項目の一つですぞ?

 改装を決めた時代の校長は英断ですな」

 

 しれッと言って、セブルスは歩を進めた。

 

 

 

 

 

 たどり着いたマクゴナガルの部屋で、セブルスはノックをして、入室許可が下りたところで、扉を開けた。

 

 泥だらけの一行が姿を現せば、一瞬沈黙がその場を支配したが、すぐさま「ジニー!」と声が上がった。

 

 ふっくらした赤毛の女性――モリー=ウィーズリーが、ジニーめがけて勢い良く駆けよって飛びついた。・・・彼女は、彼らが入室するまで、暖炉の前でずっと泣き続けていた。

 

 続けて、赤毛の薄い頭の男――アーサー=ウィーズリーもまた、ジニーに駆け寄り、妻と同じく抱きしめた。

 

 ほっとした様子で、彼らを見やるハリーJr.とロナルドをしり目に、セブルスは部屋の奥を見つめていた。

 

 胸を押さえて深呼吸するマクゴナガルと、その背後。穏やかに微笑むダンブルドアがいる。

 

 遅い。

 

 一瞬、セブルスはそう言いそうになるのを、ぐっとこらえた。

 

 まあ、謹慎先からとんぼ返りしてきたのなら、こんなところだろうか。

 

 と思っていたら、ウィーズリー夫人がロナルドとハリーJr.を抱きしめ、セブルスにもぺこぺこと頭を下げてきた。

 

 「あなたたちが娘を助けてくれた!でも、どう、どうやって?!」

 

 「私たち全員がそれを知りたい、と思っていますよ?説明していただけますか?セブルス」

 

 マクゴナガルの問いに、ウィーズリー夫妻はぎょっとしたように目を見開いて、セブルスをマジマジと見やっている。

 

 噂と全然違う!とでもいうかのように。

 

 「・・・大筋は、Missグレンジャー、並びにMr.マルフォイからうかがっていることでしょう。私はあくまで、補佐をしたにすぎません」

 

 「先生、嘘はよくないと思います」

 

 「では、貴公から話したまえ、Mr.メイソン。私は今回はほとんど何もできてない故な」

 

 「・・・セブルス、あなたが何もできてないということは、ホグワーツの教師は全員無能と同列ですよ」

 

 「違いましたかな?」

 

 「いいえ・・・その通りですね」

 

 マクゴナガルは遠い目をしながら、呼び寄せ呪文で引き寄せた胃薬の薬瓶のふたを外していた。

 

 ・・・そろそろこの銘柄の胃薬も効果が薄くなってきたな、と彼女は思う。

 

 

 

 

 

 ともあれ。促されるままにハリーJr.は話し出した。

 

 後半、分断された辺りから語り手はセブルスに替わったが、すぐさま彼は言葉を途切れさせた。

 

 どう話すか、セブルスも少々迷ったが、ややあって続けた。

 

 「結論から言えば、今回の騒動においては、ジネブラ=ウィーズリーは利用されただけであり、被害者であるにすぎん。

 この日記に収められていた、記憶の者によって」

 

 言ってセブルスが取り出したのは、破壊工作によって表紙からクレーターのごとく抉られた穴の開いた日記だった。バジリスクの牙を刺し、その毒性によって溶けたのだ。ページはインクと毒によってブヨブヨになり、完全にゴミ以下状態になっている。

 

 「日記に、記憶が収められていた・・・?」

 

 「ヴォルデモート卿の仕業じゃな」

 

 戸惑った様子のハリーJr.に、すっぱりと言ったのはダンブルドアだった。

 

 息をのむ周囲をよそに、日記を眺めて「見事じゃ」と褒めるダンブルドアを、セブルスはじろりと見やった。

 

 「・・・ご存じだったので?」

 

 「50年前の事件の時、ハグリッドを犯人としたのはあ奴じゃ。儂の目は、誤魔化せなんだがの」

 

 最初にそれを言え!

 

 ハリーJr.は内心でそうぼやいた。いや、言ってしまえば、おそらくヴォルデモートの息がかかっているとみられがちなスリザリン生への疑惑が更に跳ね上がっていたことだろう。だからこそ、言わなかったのかもしれない。

 

 「“例のあの人”ですって?!ど、どうして、あの人が?!」

 

 金切り声を上げるウィーズリー夫人をよそに、セブルスは答えた。

 

 「おそらく、ホグワーツ高学年ごろの記憶であろうな。日記に残したと言っていた」

 

 「うむ」

 

 うなずいて、ダンブルドアは、己が知りうるトム=リドル――ヴォルデモート卿の経歴を述べる。

 

 ゴクリと誰かが喉を鳴らすのをしり目に、ダンブルドアはちらっと横目で平然としているセブルスを見やった。

 

 卒業後、行方知れずとなり、次に姿を現した時にはがらりと変わってしまっていた。

 

 ・・・それは、目の前の男にも当てはまるのだ。今のところおとなしくしているようだが、学生時代に彼が何をしていたか、ダンブルドアが知らないわけがない。一度黒く染まってしまったものは、何をどうしようと取り返しはつかないのだ。

 

 念のため、開心術で探りを入れたかったのだが、一度使って以降、もう一度使おうという気になれない。なぜかものすごくいやな予感がしてしまうのだ。最初の時の内容は、思い出せないので、きっと大したことはないのだろうが。

 

 「ですが、その・・・どうして、ジニーと、“例のあの人”に関係が?」

 

 しゃくりあげるジネブラが声を張り上げた。

 

 「そ、その人の日記なの!」

 

 続けて、その日記に今学期中ずっと書き込みをし、返事をもらっていたという告白するジネブラに、アーサーが「脳みそがどこにあるか見えないのに、ひとりでに考えることができるものは信用してはならないと教えただろう!」と仰天して叱っている。

 

 ・・・その基準で言うと、組み分け帽子やメアリーも信用できない範疇に入ってしまうのだが?まあ、わかりやすい基準の一つではある。

 

 知らなかったのだと再び泣き出すジネブラに、これ以上は酷であろう。

 

 ダンブルドアは、医務室でココアを飲んでゆっくり休息をとるように促した。

 

 そうして、マクゴナガルには祝宴開催の準備を命じ、ハリーJr.からロックハートが忘却術の自爆をしてから行方不明ということを聞くと、ロックハート雇用の真実も話し出した。

 

 曰く、ダンブルドアはさる筋からロックハートの詐欺行為を聞き及んでいた。しかし証拠がなく、学校に教師として応募してきたのをいいことに、教師として雇えば化けの皮がはがせるのでは?と踏んでたのだと。

 

 学校でやる必要があることか?そして、そのために他の教師たちの仕事量が例年以上に跳ね上がっていたのだが、それについてはノーコメントか?

 

 セブルスが呆れてそう言うより早く。

 

 「ふざけないでください!」

 

 思わずハリーJr.が怒鳴っていた。

 

 「まじめに勉強しようとしてた先輩たちがどんなに苦労してたと思ってるんですか!!

 ボクだってやりたくもない無意味な小芝居に付き合わされて!拒否したら減点と罰則を言いつけられたんですよ?!挙句にはあいつ、ボクたちにも忘却術をかけてこようとしたんですよ?!やってられるか!!

 それが最初から詐欺師とわかってた?!だったらよそでやってください!!

 無関係なボクたちを巻き込むな!!ボクたちはあんたの都合のいい手駒じゃない!」

 

 その怒声に、一瞬目を輝かせたロナルド(さすがダンブルドア!)ははっとしたように黙り込んだ。

 

 「母さんの言ってた通りだ!

 何が偉大な魔法使いだ!自分の計画のためなら善意を盾に人の気持ちを平然と踏みにじって利用してくる無自覚エゴイスト!

 まったくもってその通りじゃないか!」

 

 吐き捨てると、ハリーJr.はセブルスに対しては丁寧に頭を下げるが、肩を怒らせてそのまま校長室から出て行った。

 

 ロナルドはそんなハリーJr.とダンブルドアを見比べるようにおろおろしていたが、ややあって彼も一礼してから、校長室を出て行った。

 

 残されたのは、セブルスとダンブルドアである。

 

 ダンブルドアは困ったような笑みを浮かべていたが、ややあって一息ついて話題を変えた。

 

 「さて、セブルスや」

 

 「・・・何でしょう?」

 

 「この日記をどうやって破壊を?儂の知識が正しいならば、この日記には、生半な魔法は効かぬのじゃ」

 

 ・・・それはつまり、これが分霊箱であるとダンブルドアも知っている、ということだろうか?

 

 もっとも、セブルスの方も素直に話す義理はないので、あらかじめ考えておいた言い訳を口にする。

 

 「日記が奴の本体と判明してからは、バジリスクの口の中に放り込みました。

 あれの毒性の強さはご存じでしょう」

 

 「よく無事で済んだものじゃ」

 

 「バジリスクと判明しておりましたからな。目隠し呪文(オブスキューロ)を使ってから、後は目を先に潰せば、いかようにも」

 

 淡々とセブルスは答える。

 

 

 

 

 

 実際、今回は相手の事前情報があったというのは大きかった。

 

 大体ヤーナムやサイレントヒルで戦う相手には、事前情報なんて全くなかった。

 

 毒性のある血液でリゲインを逆手に取ってくる相手とか、数の暴力でこちらを押しつぶしてくる相手とか。

 

 カレル文字の装備や、必要なアイテムの準備ができているだけで、だいぶ違ってくる。

 

 もっとも、それができていても、動きが全く分からずに、さっくり殺されるというのも十分あっただろうが。

 

 それでも、目を見れば死ぬという即死光線持ちのバジリスクが相手というのが分かったというのは、最大の勝因だった。

 

 

 

 

 

続く




【バジリスクの牙】

 毒蛇の王、バジリスクの牙。

 異常なまでに強力な毒をその牙から分泌しており、わずかでも摂取してしまえば、数秒で死に至る。

 魔法界において、最初にバジリスクを生み出したのは、分霊箱の発明者でもある“腐ったハーポ”である。

 分霊箱によって死ねなくなったハーポは、バジリスクの毒によって生きながら腐り続けることとなり、腐ったハーポの異名をつけられることとなったという。





 『秘密の部屋』=お墓は完全な捏造です。絶対信じないでください。

 スリザリンは純血主義の提唱者だけど、そうなるにもきっかけとかあったのでは?
 ↓
 そういえば、一応スリザリンはゴーント家がその末裔に当たるから、子供がいたんだよな?
 ↓
 案外、差別とか主義主張って何かがきっかけで変わるもんだし、身内が殺されたからっていうなら、きっかけになるかも?
 ↓
 映画で見た秘密の部屋って、陰気だよな?地下墓っぽいかも。お墓なら石像があってもおかしくないし。
 ↓
 それなら、スリザリンにとっては下の墓が一番大事で、上のお城はおまけになったんだな。それなら、危ないバジリスクを野放しにしてるのも納得いくし。
 ↓
 秘密の部屋の伝承は、後付けとか、語り継がれるうちに変形したのかもね。あるあるだね。

 という感じで考えました。完全な捏造ですので、信じないように。ンなわけねえだろ!という文句は甘んじて受け付けます。




 秘密の部屋の入口が女子トイレ=後で改装されて、たまたま入り口が女子トイレにされた説。

 劇中でも言ってますが、水洗トイレは割と最近の発明なんですよ。世界各地のトイレ事情とか、見てみるとすごいです。で、ホグワーツ設立時の時代を考えてみると、マジでベルサイユ処理法式ではなかったんですかね?魔法があったから、消してただけで。
 で、あちこちでいちいち魔法かけて処分より、一か所にまとめて処分が一番楽ってことで、トイレを設置することになったとか?と、ついつい考えてしまいました。

 ホグワーツをあちこち改装したりしているって、第2楽章冒頭辺りでちらっと語らせてましたけど、あれはこの『秘密の部屋』の入口の事情があったから、そこからこういう事情があるのかな?と、私が妄想を膨らませたんですよ。




 次回の投稿は、来週!内容は・・・『秘密の部屋』編完結!ルシウス推参!アクロマンチュラ退治、はーじまーるよー!からのハグリッドとダンブルドアの行く末。
 アンケートの結果、トップだった「もし、セブルスさんが日記を拾ってたら」の展開をおまけでつけて。
 うっすらプロットはあったんですがね。VSバジリスクやりたいから没にしたんですよね。あれ。
 お楽しみに!




 アンケートは今話投稿をもって締め切ります。ご協力ありがとうございました!ほか外伝も票数順に、ぼちぼち投稿していきますので、気長にお待ちください♪


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【8】ルシウス「完全勝利!」セブルス「だから誤解されるんですな」

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 とんでも妄想説をぶちたてましたが、皆さん懐の広い方ばかりでほっとしました。ありがとうございます。

 一応、第3楽章はこれでおしまいです。

 それでは続きをどうぞ。

 あ、いまさらですが、7月31日はハリー=ポッター君の誕生日でしたね。おめでとう、ハリー!


 

 しばらく、ダンブルドアはセブルスを見ていたが、やがて静かに目を伏せた。

 

 「・・・すまなかったの」

 

 それは何に対しての謝罪だろうか?

 

 セブルスを招いたのは自分のくせに、彼を疑ったことに対してか?

 

 子供たちを預かる学び舎での、数々の失態か?

 

 はたまた。

 

 「ハリー=メイソンJr.か。あまり父親とは似ておらんようじゃの」

 

 唐突に話題を変えたダンブルドアに、セブルスは鋭い視線を向けた。

 

 気づかれている。

 

 おそらく、この父親というのはジェームズ=ポッターであるに違いない。

 

 

 

 

 

 それはそうだろう。

 

 ハリーJr.は、眼鏡もなく、癖毛もだいぶ治まっているが、それでもその顔立ちはポッター家よりなのだ。

 

 ホグワーツに勤めて長いダンブルドアが、気が付かないわけがないのだ。

 

 以前、ルシウスに気が付かれた時、彼はこうも指摘してきた。死者に金など不要だろう、リリー=ポッターが自爆前に金庫の金を引き出したのを不審視するものは、自分以外もいるだろう、と。

 

 ダンブルドアもまた、そうだったということだ。

 

 そして、彼がセブルスと懇意にしていることから、セブルスが彼らの生存に一枚噛んでいることも気が付いていたらしい。

 

 その割におとなしかったのは、なぜだろうか?去年といい、今年といい、もっと積極的にハリーJr.をトラブルに巻き込んでもおかしくないと、セブルスは思っていた。

 

 いや。彼は、ハリーJr.を今年になってやっと見たのだ。だから、今まで気が付かなかった。

 

 ハリーJr.が目立ってしまったのは、今年に入ってからになるからだ。

 

 「魔法界に光をもたらすには、あの子の力が必要と、あの時は思っておったのじゃ」

 

 「ずいぶんと身勝手な理屈ですな。闇の帝王を生み出したのは、本人の気質・マグル界で受けた仕打ちもあるでしょうが、当時の魔法界を率いた、魔法使いたちの傲慢でもありましょう。あなたも含めて。

 それを棚上げし、子供に押し付けるというのは、大人として情けないとは思わないのですかな?」

 

 「・・・じゃからこそ、それができるように万全のサポートをしようと思っておったのじゃがな」

 

 それが家族の一人を失ったばかりの親子を引き離すことか!

 

 カチンときたセブルスは、それでも罵倒を喉奥でかみ殺した。

 

 ダンブルドアは、いずれも過去形で語っているのに気が付いたからだ。

 

 「楽観視することはできぬ。じゃが、あの子の力に頼らずとも、魔法界に光をもたらすことも・・・あるいはできるやもしれぬな」

 

 そう語るダンブルドアは穏やかな顔をしている。

 

 ・・・もしや、セブルスがバジリスクを仕留めて、分霊箱の一つを破壊できたからだろうか?予言が失われたこともあり、いい加減こだわるのをやめようとでもいうのだろうか?

 

 ・・・それはいいが、それはホグワーツ校長の職責に入るのだろうか、とふとセブルスは思った。

 

 何やらいい話、で収めようとはしているらしいが、セブルスとしてはダンブルドアがどうしようと、ハリーJr.はじめ、教え子たちに滅茶苦茶を仕掛けてこない限り、どうでもいいので、口をつぐんでおく。

 

 それに、セブルスの予想が正しいなら、そろそろこうしていられなくなるころだ。

 

 ここで、唐突にバタンッと乱暴に扉が開かれた。

 

 ルシウス=マルフォイは、撫でつけたプラチナブロンドを振り乱し、血走った目でダンブルドアを睨みつけ、ヒクヒクと口の端を引きつらせた。

 

 「おや、ルシウス」

 

 「これは、どういうことですかな?」

 

 のほほんといったダンブルドアに、ルシウスが口を開く。地を這うような低い声だ。

 

 対照的にダンブルドアは静かに微笑んでいる。

 

 「はて、さて、ルシウスよ。今日、あなた以外の11人の理事の全員が儂に連絡をくれた。正直なところ、フクロウの土砂降りにあったかのようじゃった。アーサー=ウィーズリーの娘が殺されたと聞いて、理事たちが儂にすぐに戻ってほしいと頼んできた。

 結局この仕事に一番向いてるのは、この儂だと思ったらしいのう。

 それから奇妙な話を皆が聞かせてくれての。元々儂を停職処分にしたくはなかったが、それに同意しなければ、家族を呪ってやるとあなたに脅された、と考えておる理事が何人かいるのじゃ」

 

 「ええ!否定はしませんよ、Mr.ダンブルドア!」

 

 のけぞり、顔をひきつらせたまま言ったルシウスは、姿勢を正してから腕組みする。

 

 「魔法省の捜査チームによる調査・解決!ギルデロイ=ロックハート氏の素行調査!それらの必要性を、あなたはホグワーツの独立自治を理由に却下され続けましたからな!理事会からのたびたびの要請であるというのに!

 そればかりか!一昨年は錯乱して呪いを乱射!去年はドラゴンを飼おうとした森番を何の咎もなく野放しにする!

 生徒たちの安全に意識を向けられない無能は停職がふさわしいでしょう!

 そのために少々乱暴な手段を用いた!ええ!否定はしませんよ?

 ですが!」

 

 セブルスは初耳の話を平然と言いながら、ルシウスは笑みを浮かべた。

 

 ザマーミロ、クソ爺、と言わんばかりに、勝ち誇った笑みだった。

 

 「先ほど、すべての理事たちから、改めてあなたの停職・・・いいえ、免職の要請が決定されたところですよ!

 何しろ!」

 

 ここで、ルシウスはマントの懐から取り出したものを、べらりと掲げる。

 

 それは、紙切れだった。日刊預言者新聞の号外だ。

 

 『ホグワーツの敷地に、アクロマンチュラ大発生?!』という見出しとともに、上空から撮られたのだろう、アクロマンチュラがガサゴソと蠢いている写真(魔法界の写真だから、当然動く。虫嫌いにとっては地獄絵図である)が大きく掲載されている。

 

 「こんなものを放置するような方を、イギリスで唯一無二の名門校の校長に据え置くことなど、許容できませんからなあ!」

 

 笑みをこわばらせ、硬直するダンブルドアをしり目に、セブルスはため息を吐いた。

 

 ルシウス、調子に乗り過ぎである。そんな言動をとるから、誤解されるのだ。

 

 

 

 

 

 セブルスは、アクロマンチュラのコロニーから帰還した後、どさくさ紛れに持ち帰ったその死骸の一つを、検知不能拡大呪文のかかった小包に入れて、いつもの郵便屋に任せた。

 

 送り先はメイソン一家だが、一緒に付随した手紙で小包の方は開けずにマルフォイ邸――要はルシウスに送るようにしたのである。

 

 これ、ホグワーツの禁じられた森で見つけたんだけど、アクロマンチュラだよね?ホグワーツって基本的に侵入不可だけど、結界に引っかからない高高度の上空から拡大魔法かけたカメラとかで撮影すれば、コロニーの全景も撮影できると思う。生徒がそばにいるのにこれを放置って、ちょっと無理。

 

 要約して、そんな感じの文面の手紙も小包の中につけておいた。

 

 セブルスがコロニー発見から、今回の記事の発行までのタイムラグが付いたのは、マルフォイ氏がマスコミに働きかけて、記事発行までこぎつけるのに、時間がかかったからだ。

 

 万が一、日記の流出源がルシウスだったとばれたら問題である。スキャンダルを塗りつぶすには、スキャンダルが一番効果的である。ゆえにこそ、セブルスはわざわざアクロマンチュラのことを公にして見せたのだ。

 

 

 

 

 

 「いやはや!ゾッとしますな!かわいい息子と、その学友たちが、こんな怪物のいるすぐそばで、寝起きさせられるとは!」

 

 「何かの間違いじゃ。あり得ぬ。

 現に今まで、アクロマンチュラたちはホグワーツには来なかったではないか」

 

 勝ち誇った笑みのまま続けるルシウスに、ショックを受けてわなわな震えるダンブルドアが呻く。

 

 これに答えたのは、セブルスだった。

 

 「蜘蛛の天敵、でしたな」

 

 ポツリと言って、セブルスは顔を上げた。

 

 「秘密の部屋にいたのは、バジリスク。蜘蛛の天敵です。

 いかにエサが大量集中していようと、天敵のひざ元に、彼らが来るとは思えません。

 ・・・サラザール=スリザリンが、どのような真意で秘密の部屋を残したかは定かではありませんが、確かに彼の尊んだ純血を守ることにはつながっておりましたな」

 

 実際には、セブルスはその真意を知ってしまっているのだが、それを証明するのは現段階では難しいうえ、本題からずれるため、あえてセブルスはそう言った。

 

 「Mr.スネイプ、そのバジリスクは、今は?」

 

 一応、校長の前であり、理事としてこの場にいるルシウスの問いかけに、セブルスは淡々と答えた。嘘を言ってもしょうがない。

 

 「殺しました。襲われましてな。正当防衛の範疇に入るかと」

 

 あの時、他に選択肢はなかった。

 

 沈黙。

 

 勝ち誇っていたルシウスは凍り付き、ダンブルドアは瞳の奥の輝きを消し、セブルスもこわばっていた。

 

 

 

 

 

 つまり、バジリスクという見えない壁が消えた今のホグワーツは、アクロマンチュラたちにとっては、大量の餌が転がる絶好の狩場となってしまったということだ。

 

 

 

 

 

 宴の準備ができたとマクゴナガルが戻ってきたのはまさにこの時だった。

 

 「アルバス?マルフォイ理事?セブルス?一体どうしたのです?」

 

 「ミネルバ!至急生徒たちを各寮塔に集めていただきたい!荷造りの再開指示と、ホグワーツ特急の手配を!緊急事態だ!」

 

 「帰らせてもらう。すでに城外に闇祓いを始めとした調査・討伐チームが待機しているので、彼らに後を任せる予定だ」

 

 訳が分からないという顔をするマクゴナガルに怒鳴るセブルスをよそに、冷や汗塗れのルシウスは踵を返した。

 

 「ハグリッドや、何を考えておるんじゃ・・・」

 

 がっくりと項垂れて呻いたダンブルドア(この事態の犯人に即座に思い至ったらしい。知らなかったようだ)だが、誰にも一顧だにされなかった。

 

 やがてセブルスから事情を聞いたマクゴナガルは血相を変えるや、拡声魔法(ソノーラス)による校内放送で、即座に生徒たちを再び各寮塔に押し込めた。

 

 

 

 

 

 それから後のことを語るならば、ホグワーツは閉校の危機に陥った。

 

 学期途中であろうが、生徒の安全の方が何倍も大事と学期末テストは中止となり、生徒たちは速やかにホグワーツ特急に乗せられ、帰宅と相成った。

 

 もちろん、石化から回復した生徒たちも訳が分からないままではあっただろうが、速やかにそうされた。

 

 なお、特例中の特例として今回は学期末テストは免除、全生徒は次学年への進級を許可となった。

 

 来学期9月、学校が再開されれば。

 

 

 

 

 

 この時点のセブルスは、この“秘密の部屋”をめぐる一連の事件における残渣がセドリック=ディゴリー少年に暗い影を落とすことになろうとは、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 とにかく、アクロマンチュラをどうにかしなければならないが、次学期が始まるまでにあの大コロニーをどうにかしなければならないことに、魔法省は頭を抱えた。

 

 あんなの、イギリスでも前代未聞だ。何で熱帯産の肉食大蜘蛛が、冷涼なイギリスで大コロニーをこしらえてるんだ。

 

 何でああなるまで放置しておいた。

 

 

 

 

 

 なお、総責任者たるダンブルドアは、知らなかったとしゃあしゃあと言い放ち(ウィゼンガモットでの彼は平常運転態度に見えた)、森番を務めるハグリッドがダンブルドア先生は悪くねえ!と、かばった。

 

 その時の彼は、引き出されたウィゼンガモットにて、予想外に尋ねられたアクロマンチュラのことについて(秘密の部屋のことについてと思ってたらしい)、例のごとくうっかり口を滑らせた。ついでに、去年のドラゴン騒動について、ダンブルドア除く教授陣からの証言もあれば、もはやどうしようもなかった。

 

 かくして、彼のアズカバン投獄は、年単位に引き伸ばされた。

 

 加えて、アクロマンチュラの討伐を耳にした彼は、アラゴグ逃げろぉぉ!などと暴れ始め、取り押さえられるのに、闇祓いたちが苦労していた。

 

 ウィゼンガモットでの暴行(つまり公務執行妨害)が加わって、ハグリッドの刑期はさらに伸びた。おそらく、ハリーJr.達が在校中はアズカバンから出てこれないだろうし、このような犯罪歴を持ったものを再び森番として雇用することなど不可能である。

 

 自業自得だ、と大半の魔法使いは判断したことだろう。

 

 

 

 

 

 話をアクロマンチュラ討伐について戻す。

 

 闇の魔法使い――それこそ、“例のあの人”でもやらかさない世紀末惨劇に、ヴォルデモート失脚で腑抜けていた闇祓いと魔法警察は、総出で取り掛かろうとしたが、いかんせん相手が悪すぎた。

 

 下手をすれば、ホグワーツ城破壊はまだマシ、ホグズミードまで侵攻されて住民が餌にされかねない。

 

 一応、ホグズミード村の住民は、純血貴族たちが緊急でノクターンの一角に避難所をこしらえ、そちらに移ってもらっている。(学生時代に世話になった借りを返すとしよう、というマルフォイの鶴の一声に、ブラックが同調。他純血貴族がそれに続いた格好である)

 

 で、頭を抱えていたら、微妙な顔をしているマルフォイ氏が切り出してきた。

 

 「一応、被害を極小に抑える手が、ないこともないですが」

 

 話を聞いた、闇祓いたちは目を剥いた。

 

 確かに妙案だが、えげつなさすぎる。さすがマルフォイ、代々スリザリンの家系というべきか、やっぱりお前ら闇の魔法使いだろ?!というべきか。

 

 だが、確かにこれなら短期に終わる可能性が高い。

 

 禁じられた森に棲むケンタウロスたちに話を通しておく必要こそあるが、こちらの被害を大幅に抑えられる可能性が高い。

 

 なお、ケンタウロスたちは眉をひそめながらも、それでアクロマンチュラが駆除できるなら、と彼らなりの迂遠な表現で賛同してくれた。どうも、今まで幼い者たちが餌食になることがあったようで、ハグリッドに苦情を言ったらしいが、例のごとく迂遠な表現のせいで伝わらなかったらしい。

 

 そして、非人道的すぎる、というダンブルドアの苦言は黙殺された。この惨状を黙認してたも同然の彼に、発言権はない。

 

 吟味した結果、やむなく採用となった。

 

 なお、よくこんな作戦を思いつかれましたな、と呆れ半分感心半分に言った闇払い局長ルーファス=スクリムジョールの言葉に、マルフォイ氏は疲れたような遠い目をしながら、ただこう答えた。

 

 「私が考えたのではありません。友人が言っておりました。

 病のような獣を根絶するには、焼き捨てるのが最も効果的だ、と」

 

 

 

 

 

 一方、禁じられた森では一騒動あった。

 

 というのも、ストッパーとなりうるハグリッドがアズカバン行きとなり、さらに今回の騒動で一時的な勾留どころか、刑期が加算されてしまったからだ。

 

 アクロマンチュラたちは、リーダー・アラゴグの命令で、ハグリッドがいるのもあって、ホグワーツを襲わなかった。

 

 だが、バジリスクは死に、ハグリッドはアズカバンへ行ってしまった。

 

 さらに、アラゴグが死んだ。盲た8つの眼に、宇宙の輝きを焼き付けた彼は、『おお、アメンドーズ、アメンドーズ・・・』とわけのわからない言葉を言いながら死に、その亡骸はアクロマンチュラたちの腹を一時的には満たさせた。

 

 しかし、それは一時的なものでしかなかった。彼らは飢えてきたのだ。

 

 そうなれば、どうなるか。

 

 いやな予感しかしないだろう。

 

 

 

 

 

 その日、アクロマンチュラたちは動き出そうとしていた。このコロニーを出て、もっと広いところに行くのだ。

 

 先日の奇妙な生き物による被害――同胞の死体も、前のリーダーたるアラゴグの死体もさっさと喰らいつくしてしまい、彼らはまた飢えていた。

 

 困ったものだ。産めよ増やせよは生物の本質である。アクロマンチュラはそれに忠実に生きているにすぎない。餌に区別をつけないだけだ。

 

 だが、唐突に、そんな彼らの頭に何かが降ってきた。

 

 それは、固い陶器の入れ物に入った液体だった。ヌルついた感触と、ツンとした臭いから、油と分かる。

 

 そして、それはいくつもいくつも、降ってきた。

 

 見上げれば、箒に乗った魔法使いたちが、巾着のような入れ物から取り出して、いくつもそれを投げ入れてきているらしい。

 

 何でそんなことを?と疑問視するよりも早く、アクロマンチュラたちは動いた。

 

 獲物だ!

 

 ピョンピョン飛び上がるもの、同胞の身体を踏み台代わりにするもの、毒液を吐きつけようとするもの、とにかく獲物を何としても得ようと、皆躍起になった。

 

 だが、魔法使いたちは巧みな箒捌きでそれを乗り切り、油を一通り落としたと判断したのか、そのまま飛び去ってしまった。

 

 一体何だというのか?

 

 そうしているうちに、遠くの空が光った。

 

 あれは魔法だ。光の幕のような壁が見る見るうちに広がり、アクロマンチュラのコロニーを包み込んでいく。結界魔法だろうか。

 

 一体何の真似だろうか?

 

 アクロマンチュラたちが怪訝に思った直後、空気に焦げ臭いにおいが混じる。

 

 火だ!

 

 一体の燃え盛るアクロマンチュラが、悲鳴を上げながら、コロニーの中央に向かって駆けてきた。

 

 違う、燃えているのは一体だけではない、おそらく、結界魔法の発動と同時に、火が投げ込まれたのだろう、四方八方の周囲から、燃え盛るアクロマンチュラたちが一斉に駆け込んでくる。

 

 慌ててアクロマンチュラたちは逃げようとした。だが、余裕はあるとはいえ、周囲は光る膜じみた結界魔法に囲まれている。

 

 そして、直前に降らされたもののせいで、アクロマンチュラたちと、彼らのいる地面は油まみれだった。

 

 火は次々燃え移り、あっという間に手の施しようのない炎の渦となった。

 

 アクロマンチュラたちは察知できなかった(それどころではなかった)が、魔法使いたちは送風魔法も応用して、結界の内部に常に新鮮な空気を送り込み続けていたのだ。

 

 毒を吐きつけて、鎮火しようと試みるものもいたが、逆効果だった。

 

 アクロマンチュラたちは知らなかったが、油には石灰――水分が混ざると高熱を発する物質もまた混じっていたのだ。

 

 かくして、アクロマンチュラたちは、生きながら焼き殺された。

 

 結界のすぐ外で術式の維持をせざるを得なかった魔法使いたちは、結界の外に出ようと、火だるまでもがき苦しみながら体当たりして、壁をかきむしりはさみを叩きつけてくるアクロマンチュラたちを顔面を蒼白にしながら至近距離で見なければならなかった。

 

 すべての個体が燃え尽きるまで・・・ざっと3日、交代を繰り返しながら、彼らは結界の維持に努めた。

 

 火は、アクロマンチュラのコロニーのすべてを焼き払った。

 

 円形に焼け焦げた一帯と、転がる黒こげのアクロマンチュラの死体を前に、気化した毒を吸い込まないように、浄化剤を巻きながら、多くの職員がげっそりしていた。泣いたり吐いたりしたものもそれなりにいた。ほぼ無傷で済んだとはいえ。

 

 惨状、としか言いようのない有様だった。

 

 

 

 

 

 これには、大勢の職員がトラウマとなってしまったらしい。

 

 マグル相手でもないのに忘却術師が、アクロマンチュラ関連の記憶の削除を行うことになった。

 

 なお、言い出したのはマルフォイ氏で、彼はこの作戦の本当の発案者ともなる友人作成の胃薬と、別の純血貴族が自領で生産中の精神安定作用のあるハーブティーを大量に魔法省に差し入れてくれた。

 

 少しは責任を感じているのだろうか?

 

 「我らが母校にして、子供たちの未来を拓くためのホグワーツのために粉骨砕身で討伐に協力してくださった皆様方には、当然のことですな。

 この度の協力に、感謝を示しただけのこと」

 

 ツンッと顎を上げて言い放ったマルフォイ氏は、普段通り尊大ではあったが、例年以上にはずんでくれた寄付金とアフターフォローの丁寧さには、やり方のえげつなさを差し引いても感謝しかなかった。

 

 何にも言わない、討伐にもノータッチのどこかの校長とは大違いである。

 

 そうして、これで後は巣から逸れていた、撃ち漏らし個体を仕留めるだけなので、かなり楽であったともいえる。(職員たちのメンタル面を除いて)

 

 なお、この撃ち漏らし個体から得た毒やら素材の類は、魔法省の懐を大いに潤してくれた。

 

 独立自治を謳うホグワーツで、本来いないはずの外来生物の駆除を職員たちのメンタルを犠牲にしながらもやり遂げたのだ。このくらいは当然だ、と魔法大臣のファッジはドヤ顔で語る。

 

 

 

 

 

 また、ダンブルドアは理事会から免職を命じられたが、停職ならともかく、理事会にそんな権限はないはずじゃろ?とこれを拒否。

 

 ならば、アクロマンチュラ以外に何かまずいものはないか、ホグワーツを調査させろ、という魔法省の要請にも、彼は渋った。

 

 「ほう?それはつまり、知られたらまずいものがあるということですな?身の潔白が証明されるのですよ?なぜ拒否なさるのですかな?」

 

 と、勝ち誇った顔のマルフォイ氏の言葉に、ダンブルドア本人よりそのシンパが勝手に「そんなものあるわけないだろ!焼き討ちマルフォイが!やりたきゃ勝手にやればいいだろ!(意訳)」と了承してしまった。

 

 そうして、校長室の金庫から見つかった、透明マント。

 

 これ、魔法省に登録されてるポッター家の家宝じゃない?と判明されてからは早かった。

 

 今度は盗難容疑でダンブルドアは、ウィゼンガモットに再召喚された。

 

 彼は、透明マントを持っていた理由をこう語る。

 

 亡くなる前のジェームズ=ポッターから借り受けていた。返そうと思っていたが、その前に例の事件が起こり、挙句ポッター母子も亡くなってしまった。どうしたらいいかわからず、形見分けのつもりで持っていたのだ、と。

 

 一応、魔法省に登録されている以上、ポッター家の資産としてカウントされるので、ちゃんと申し出てくれないと困る!それ以前に、ポッター家の血筋はもう途絶えているので、当時の当主ジェームズ=ポッターの遺言に沿って、透明マントはシリウス=ブラックに渡すことになるけど、彼はアズカバンにいるから、当代ブラックの当主に渡すことになってるから!と魔法省の役人はコンコンと、ダンブルドアに言い聞かせた。

 

 いやでも、シリウス本人じゃないから。自分の手から直接渡したいし、それにポッターの跡継ぎだっていないと限ったわけでは、と渋るダンブルドアをよそに、魔法省はさっさと手続きを済ませ(思わせぶりなダンブルドアはいつものことである。話を聞くだけ時間の無駄と判断されたのだ)、当代ブラック当主、レオ=ノワール氏に透明マントを譲渡した。

 

 一応、故意ではなかった(証明できなかったともいう)ということでダンブルドアはアズカバン行きとはならなかった(罰金は命じられたらしい)が、理事会からの満場一致の要請で、永久停職(免職できないなら、ずっと停職だ!)となった。

 

 これについては、ダンブルドアは何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 透明マントを預かることとなったレオことレギュラスが、メイソン夫妻に一応許可を取って、ハリーJr.が成人してポッターを継ぐならば、その時に返すとこっそり約束することになる。

 

 

 

 

 

 ちなみに。ホグワーツの秘密の部屋に続く隠し通路の途中で消息を絶ったギルデロイ=ロックハートは、その後一切の目撃情報はイギリスではなかった。ただ、その所業については、マルフォイ家傘下の出版社がとある性悪ジャーナリストを抱き込んで授業態度も含んだ暴露本を出し、評判を地に叩き落した。

 

 ・・・遠く離れた地にある禁断の場所として名高いブレアウィッチフォレストにて、偶然迷い込んだマグルが、毛髪の一切ないボロボロのローブのような服を着た狂人に襲われたことなど、まともな人間は知ることもないだろう。(そして、その迷い込んだマグルも生きて森を出ることはなかった)

 

 

 

 

 

 そして、その夏。シリウス=ブラックがアズカバンから脱獄した。

 

 

 

 

 

続く

 




【油壷】

 投げつけた対象を油まみれにする壺。油まみれの対象は、とてもよく燃える。

 セブルス=スネイプが発案、ヤーナム製のものを改良したこれには、砕いた石灰が混ぜ込んであり、水を混ぜると高熱を発する。

 禁じられた森に巣食うアクロマンチュラの焼き討ちに用いられたが、彼らを燃やす魔法省の職員は、浄化の興奮に酔うことなく、悍ましさすら感じたという。




【ブレアウィッチフォレスト】
 詳しくは『ブレアウィッチプロジェクト』あるいは『ブレアウィッチ』を参照。元ネタは映画ですが、ゲーム版も出ています。
 はるか昔、その地にいたという魔女、通称ブレアウィッチが魔女狩りに遭って死んだ後に呪われたという森を舞台にしたホラー。
 大体バッドエンドを迎えています。
 なお、セブルスさんもこの森に迷い込んだことがありますが、上位者なのでどうにか脱出できました。





[おまけ~もし、セブルスさんが日記を拾っていたら~]

 ふむと、セブルスは自らのデスクの上に広げたそれを眺めていた。

 黒い革表紙の、古びた日記帳である。表紙の裏に書かれたT.M.リドルの文字といい、間違いない。ルシウスが回収・処分を依頼してきた闇のアイテムだ。

 あれは危うかった。

 おそらく、生徒の一人がもともと所持していたのだが、不審になったのだろう、3階女子トイレに廃棄されていたのだ。

 あのトイレに住み着くゴースト“嘆きのマートル”によって流しだされたそれを、ハッフルパフの優等生セドリック=ディゴリーが拾いそうになっていたのを、適当に難癖付けて回収した。

 あれがさらに生徒間に広まれば、どうなることやら。

 文字通り、間一髪だった。

 回収して分かったのだが、この日記はどうやら分霊箱らしい。以前破壊した指輪やロケットのような不穏な雰囲気をまとっているのだ。

 こうして向かい合っているだけで、日記に何か書き込めと言わんばかりの空気を醸し出してくるのだ。

 閉心術を総動員して抵抗しているが、これは何の耐性もない一般生徒の手に渡ろうものなら、すんなり日記に何事か書き込みをしていたことだろう。





 魔法族にとって、情報の拡散は魔力の拡散に相当する。

 声を出すこと、その声に言葉をまとわせ意味を持たせることで、拡散する魔力を収束して方向性を持たせること。それが呪文であり、発声魔法である。

 実はこれは筆記される文字にも当てはまる。とはいえ、これは筆記用具や書かれた書物などによっては(これらは大部分が魔力を帯びることがないのだ)、魔力が力を発揮する前に霧散してしまい、意味を持たなくなることが多い。





 つまり、書かれたばかりの文字には魔力がこもっている。

 そして。この日記は、その書かれた文字に込められた魔力を吸収する性質があるらしい。

 なぜなら、そこにセブルスが無意味なアルファベットの羅列を書き込むなり、それがするりと消え失せたのだ。

 代わりに文字が浮かび上がる。

 『誰ですか?きれいな字ですが、字の練習ですか?』

 ・・・なるほど、こうやって、心情方面からも書き手を絡めとるのか。小賢しいことをする。

 一つうなずいたセブルスは、こちらに対する質問や、気遣いをする文章を浮かべた日記に、黙って右手を添えた。左手に持つのは、“共鳴する不吉な鐘”だ。

 狩人の特質は、夢への侵入。

 かつて、セブルスは死したミコラーシュの支配する悪夢にも侵入した。

 夢とは、個人の支配する世界ともいえる。

 さて、この日記の先にはどんな悪夢が広がっているのか。

 左手に持った鐘を鳴らして日記の夢に侵入するセブルスは、薄紫の光をまといながら、薄暗い笑みを浮かべていた。





 「うあああああっ!」

 トム=マールヴォロ=リドルは必死に逃げていた。

 ホグワーツ城の一角・・・に似た、廊下だった。日記の外からの書き込みがないとき、彼は記憶から形成したこの疑似ホグワーツで、過ごしている。本物の城との違いは、色彩が存在しない、モノクロである点だ。

 人物、事象はリドル少年の記憶から必要に応じて再生するが、大体この城は空っぽだ。

 空っぽのはずだ。

 寂しいなんて言葉はリドルの中には存在しない。最初から独りであれば、それが当たり前なのだから。

 その空っぽの記憶の城が、主たるリドル少年の制御を外れていた。

 ホグワーツの学生ローブをまとった、どろどろの半分解けかけたスライム状の何か。

 人面蜘蛛(なぜか首から上はリドルの知る教職員たちだった)。

 それらが城のいたるところを徘徊し、リドルめがけて襲い掛かってきた。

 必死に消えろと念じても、記憶の城はまるでリドルの言うことを聞かない。

 それよりも、音だ。耳障りな鐘の音が、さっきからリドルの耳朶を打っている。この記憶の城は、リドル本人のもの以外、無音であるはずなのに。

 どういうことだ。さっきまで、新しい人間に拾われたようだから、その人間に新たに魔力を捧げさせようとしていたのに。

 杖を取り出すことも忘れ、リドルは逃げ回っていた。

 そんなリドルは、次の瞬間、歩みを止めた。

 打撲音。学生ローブのスライムが、意味不明な悲鳴を上げて煙のように消え失せるのをしり目に、それはゆるりと振り返った。

 灰色のローブをまとって・・・違う、獣の皮だ。まだ血の滴るそれを直に頭に被っている。鹿のようにも見えるネジくれて枝分かれした一対の角が頭部についている。その獣の皮の下は、血に濡れているが、ごくごく普通のシャツとズボンだ。目深にかぶった獣の皮のせいで、顔はよくわからない。

 リドルは知らない。それはかつて、狩人の悪夢の片隅で、自ら牢獄に閉じこもって、秘密を暴こうとする狩人たちの口封じを一手に担った教会の刺客、ブラドーの装束であると。

 その右手に持っているのは、短い・・・燭台のようにも見える、革ひもを巻きつけられたこん棒であるらしい。

 こんな男、リドルは知らない。

 「な、なんだお前は・・・?」

 「貴公、聞こえているな?
 ならば、鐘の音に怯えるがいい。
 他人の秘密に近づく愚か者に、終わりなき死を。
 教会の刺客はどこまでも、貴公を追っていくぞ。
 フハハハハッ」

 「な、何の話だ?!」

 ぎくりと肩を揺らしつつも、リドルは叫んだ。

 おかしい。これは自分の記憶の世界だ。こんな狂った男、妄想の産物にしても、おかしすぎる。

 鐘の音はずっと聞こえている。最初に聞こえた場所からかなり遠くにいるはずなのに、ずっと聞こえ続けている。

 逃げても無駄だというかのように。

 「鐘の音に怯えるがいい。
 刺客はどこまでも、貴公を追っていくぞ。
 フハハハハッ」

 嘲笑する角頭の男に、リドルはとっさに後ずさる。

 そうしているうちに、角頭の男が動いた。唐突に、こん棒を自らの腹に刺し入れたのだ。

 ぎょっとするリドルをよそに、こん棒が引き抜かれる。その長さはおおよそ2倍ほどに長くなり、もはや短いこん棒というより、槍などの長物といった方がいいほどだ。そして、その先端には赤黒い――血液でできたようなとげとげの先端が付いていた。モーニングスターのようにも見える、それは槍というより、槌であろうか?

 瀉血の槌。教会の刺客、ブラドーが用いる狂った狩武器だ。はらわたの、心の底に溜まった血を吸わせた時こそ、そのおぞましい本性があらわになる。

 次の瞬間、槌は降りぬかれた。リドルめがけて。

 「うああああああっ!」

 再度絶叫をあげて、リドルは逃げ出した。ガツンっという重い音は、空振りした槌がどこかに当たった音だろうか。

 いつの間にか、モノクロのホグワーツ城は夜闇に包まれ、おぞましい獣臭が彼の鼻を刺激する。

 鐘の音は鳴りやまない。

 廊下を走るリドル少年の前に、ホグワーツ城の制服を着たスライム状の何かが、教師の生首を乗せた蜘蛛たちが立ちはだかる。

 違う。違う。

 リドルは恐怖と混乱のあまり、とっさに口走っていた。

 確かに、リドルは学友を、教師を、見下していた。(本当に?)

 こんな連中、顔と名前のついてる有象無象だ。リドルが愛想をふりまけば、あっさりと騙される。(僕の実力を、認めてくれた!)

 だからって、こんな風に見えるはずが!(化け物なんかじゃ!)

 走馬灯のように、リドルの中に思い出が駆け抜ける。

 死にたくない。死にたくない。だって、死んだら何もないじゃないか。痛みも、苦しみも、悲しみさえ、そこにはない。だから、僕はそれを超越する。

 僕こそ、偉大な魔法使いなんだ!汚らわしいマグルの父、無能で愚鈍な役立たずの母、愛など無意味で無価値と教えてくれたことだけは褒めてもいい。

 僕はこんなところで終わる存在じゃない。こんな、わけのわからないまま終わるはずがない!





 記憶のホグワーツを逃げ惑うリドルは、知らない。

 もはやこの記憶の城は、リドル個人の記憶だけをもとに構築されてはいない。

 セブルスが侵入をかけてきた時点で、セブルスという観測者を得てしまい、その影響を受けてしまうようになったことに。

 ・・・狩人とは、狩るべき獣がいるからこそ、狩人たり得るのだ。

 まともに見えようと、セブルスは心底では狩るべき獲物を望んでいる。血に酔い狂ってこそいないし、比較的制御もできているのだろうが、それでも血に飢えているのに変わりはないのだ。

 それが、記憶や夢といったあいまいなものに触れれば、大なり小なり影響を与えても無理はない。

 獣がいるから狩人が出てくるのか、狩人がいるから獣が出てくるのか。もはや、鶏と卵の問題である。





 必死に走るリドルは、ようやくして足を緩めた。あのおかしな角頭は・・・追ってきてはいないようだが・・・?

 記憶の中で、そんな必要もないとはいえ、生身の時のくせで息を切らしながら、リドルは立ち止って周囲を見回した。

 ホグワーツの廊下にしつらえられた大きな窓。その窓の外に目を向けた直後、リドルは硬直した。

 漆黒の暗闇を背景に、それはいた。

 黒っぽい体躯はまるでミイラのように細く乾いていたが、長大で、何よりも何本か腕が付いているようだった。指の数もでたらめだ。ホグワーツ城よりは小さいが、それでも巨人ほどはありそうな巨大な相手が、窓からこちらをのぞき込んでいる。

 何よりその首から上。奇妙な果実じみた形の頭部は、でこぼことでたらめに穴が開いて、そこからいくつもの金色の目がぎょろぎょろと、外を睥睨していた。

 リドルは、うっかりそれと目を合わせた。

 リドルは知らない。それは、悪夢に巣食う上位者の一体、アメンドーズと呼ばれる者たちのうちの一つだということを。

 何か、頭の奥で芽生えたような気もしたが、それどころではない。

 悪夢だ。こんなの何かの間違いだ。

 思考を放棄して、リドルはヘタリッと座り込んだ。

 ・・・これが本来のヴォルデモート卿であれば、ヒステリックに喚きたてるか、あるいは虚勢を張るか。いずれにせよ、こんな無防備な姿勢だけは取らなかったことだろう。

 だが、このリドルはあくまでホグワーツ学生時代でストップしている。口先では何と言おうと、経験も知識も中途半端な子供でしかないのだ。そんな彼に、上位者とのコンタクトは刺激が強すぎた。

 そして、放心しているリドルの後ろに誰か立った。リドルは気づかない。

 ねじれた枝分かれした角が付いた皮をかぶった男は、振りかぶった瀉血の槌を、勢いよく振り下ろし、記憶の世界にモノクロの血の花を咲かせた。





 破裂音とともに、セブルスは椅子ごと吹き飛んでいた。

 顔の濡れた感じと、鼻につくインクのにおいから、どうも顔面インクまみれ・・・どころか、おそらく上半身はそうなのではないだろうか?。

 とりあえず立ち上がったところで、ガチャっと部屋のノブが回った。

 「セブルス?どうし、なんですかこの状況は?!」

 用事でやってきたマクゴナガルが、物音に思わず入ってきたらしい。金切り声をあげている。

 とりあえず目元のインクだけぬぐったセブルスは、自身の机を振り返り、絶句した。

 インク壺をひっくり返したというより、インク入水風船をぶちまけたように、デスクの上とその周辺がインクまみれだった。

 上に乗っている日記帳は、大穴が開いてぐしゃぐしゃになり、至近にいたセブルスは上半身前半分がインクまみれになっている。

 マクゴナガルにどうにかこうにか言い訳をするセブルスは、横目でちらっと日記を見やった。不穏な気配はなくなっている。どうやら、中に収められた魂を殺したことで、分霊箱を破壊したことになったらしい。

 ただ・・・破壊はよそでやるべきだったな、とセブルスは思った。

 とりあえず掃除が大変そうだ。





 さっくり決めてたこととして、日記にセブルスさんが何か書き込んだら、リドルが発狂して、日記がインク爆発を起こして、セブルスさんがインクまみれになって、それを発見したマクゴナガルの胃薬がまた増える、ぐらいだったのですが、書いていくうちに内容が増えました。よくあるやーつ。





 次回の投稿は、来週!内容は・・・アンケートで2位だった外伝に行きます。
 メアリーのホグワーツでの生活模様。人形=チャン、可愛いヤッター!書いててすごくほっこりしました。お楽しみに!


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【カプリッチオ4】人形と管理人、時々猫

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 原作大崩壊で、どうなることやらという感じですが、やれるところまではやってきます。

 で、今回は外伝です。予告通り、メアリー視点の外伝になります。

 時系列としては、前半は第2楽章1、ホグワーツにきて間もなくのころ。後半は第2楽章2、双子の罰則の後になります。

 人形ちゃん可愛いヤッター!


 

 今はメアリーと呼ばれる彼女は人形である。

 

 慕っている狩人様であるセブルス様のご要望で、ホグワーツという魔法の学校にやってきた。

 

 夢の外に出てから、こんなに広い場所に行くのも初めてだった。

 

 とはいえ、やることは普段とあまり変わらない。

 

 セブルス様は二日目にして、ホグワーツ城の厨房にメアリーを連れて行き、厨房で働くハウスエルフたちにはすでに許可を取ってあるので、ここで食事を作ってほしい、と懇願してきたのだ。

 

 やはりホグワーツでのお食事は、セブルス様には味が濃すぎるらしい。加えて、脂っぽすぎる、ともひそかに愚痴っておられた。

 

 メアリーの作る味こそが、セブルス様を満足させている。メアリーはひそかに、それを嬉しく思う。

 

 

 

 

 

 地下牢教室から、厨房へ移動する。

 

 ホグワーツ城は“狩人の夢”や“葬送の工房”よりも広い。あそこから出たことのないメアリーには、未知の広さだ。

 

 ホグワーツ城の廊下は広い。

 

 そして、階段は勝手に動いて絵画の人々はおしゃべりしている。メアリーが通りかかると、ぴたっとやめて我先に見物にやってくる。

 

 歩いてしゃべる人形がそんなに珍しいのだろうか?とメアリーは首をかしげるが、そういえば初めてセブルス様と会った時も、ひどく驚かれていたな、と思う。

 

 ・・・正確には、最初セブルス様はメアリーのことがわからなかったようで、さんざん無視されていたのだが、ある時を境に認識されるようになられたらしい。懐かしい話だ。

 

 

 

 

 

 メアリーを珍しがるのは絵画の人々に限ったわけでもない。

 

 「あなた!死神犬(グリム)を見たのではなくて?!」

 

 その日厨房で出くわしてしまったのは、大きなメガネがことさらに目立つシビル=トレローニー(占い学担当)だった。

 

 ・・・どうやら、お酒とそれに合うつまみを取りに来たらしい。息がお酒臭い、とメアリーは思った。

 

 死神犬(グリム)が何のことかわからないメアリーは首をかしげる。

 

 「それは何のことでしょう?」

 

 「不吉の象徴です!墓場にとりつく巨大な亡霊犬!死の予兆ですわ!」

 

 と、非常に気の毒なものを見る目を向けてくるトレローニーに、メアリーはなおのこと不思議に思って首をかしげる。

 

 「死? お言葉ですが、トレローニー様、私は人形です。夜が明ければ夢は終わるように、私には死も痛みも無意味です。

 なぜそのようなものが私に関係するのでしょう?」

 

 「まあまあ・・・お可哀そうに・・・」

 

 霧の奥から響くような声でそう言って、お酒のつまみとなるナッツの盛り合わせの入った皿を受け取るや、トレローニーは厨房から出て行った。

 

 

 

 

 

 後日、メアリーが魔法薬学の授業での失敗の余波で首がもげても平然と復活して見せたのを聞いて、トレローニーが何を思ったかは定かではない。

 

 

 

 

 

 意味の分からないトレローニーのことは、あとでセブルス様にお尋ねしようと思いながら、メアリーは早速厨房に立った。

 

 ショールを外し、持ってきたエプロンを着てから、袖をまくってアームバンドで止める。

 

 「お人形様、今日は何をおつくりに?」

 

 「スコーンです。調理器具をお借りします」

 

 話しかけてきたハウスエルフ(彼らはメアリーをお人形様と呼ぶ。様付けはいらないのだけれど)に答えて、メアリーは早速調理を始めた。

 

 レギュラスも気に入り、セブルス様も時々リクエストされるレシピだ。お世話になるスラグホーン様の分も作るので、少し多めに作る。

 

 バターはあらかじめ三センチ角に切って、冷やしておいた。

 

 紅茶の茶葉はティーバッグから出しておき、チョコは適当な大きさに角切り、クルミも砕いておく。

 

 薄力粉、強力粉、ベーキングパウダー、砂糖、塩を混ぜ合わせて粉ふるいでふるう。(紅茶の茶葉を入れるときは、この時に合わせておく)

 

 冷やしたバターを加えてから、そぼろ状になるまで混ぜる。メアリーは人形だからあまり心配はないが、バターが溶けないように手早くやらねばならない。

 

 ここに、牛乳とヨーグルトを加え、こねないようにヘラで切るように混ぜて、ある程度まとまったら手で生地をまとめる。クルミ、チョコはこの段階で中に入れ込みくっつけるように加える。

 

 ラップで生地を包み、冷蔵庫で30分ほど冷やす。ホグワーツの冷蔵庫は一見すると岩でできた戸棚のように見えるが、中はひんやりとしているので魔法で動くものらしい。

 

 “葬送の工房”にあるものは、セブルス様がマグル界のお店で買ってきたものを魔法で動くようにしたものだったな、とメアリーは思い出す。

 

 程よく生地が冷えたら、打ち粉をした台に寝かせておいた生地を置き、伸ばして折りたたむ、という手順を2~3回繰り返す。

 

 2センチほどの厚さにして、4~6等分に切り分ける。

 

 あとは180度に予熱しておいたオーブンで10~12分、さらに200度にして2~3分焼成。きつね色になったら出来上がりだ。

 

 ホグワーツのオーブンは、“葬送の工房”にあるものとは勝手が違ったので、申し訳ないが、この部分だけはハウスエルフたちにお願いした。

 

 文句ひとつなく、喜んで!と手伝ってくれた彼らに、メアリーはありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。

 

 メアリーに味見はできないが、見た目と匂いは完ぺきに、家にいた時と同じ出来上がりになった。

 

 粗熱を取ったらバスケットに入れて、布巾をかける。その間に使った器具などを片付けようとしたのだが、ハウスエルフたちがすでに魔法でぱっぱと片付けていた。ハウスエルフたちは気にしなくていい、こちらの方が早いと笑って言ってくれた。メアリーはまた丁寧に頭を下げた。

 

 あとは持って帰るだけだ。

 

 これもハウスエルフたちが魔法で送ろうか、と申し出てくれたのだが、メアリーはこれ以上のお仕事の邪魔をするわけにはいかない、と辞退した。

 

 それに、もう一つ、理由があった。

 

 というのも。

 

 

 

 

 

 きょろきょろとメアリーは周囲を見回した。

 

 ホグワーツ城の廊下だった。

 

 セブルス様と、スラグホーン様にもお出しするお茶菓子を作るために、厨房に行った。

 

 その茶菓子も出来上がり、あとは地下牢教室に戻るだけ。そのはずだ。

 

 ・・・気まぐれな階段が、気まぐれを発揮したらしい。

 

 メアリーはものの見事に迷子になっていた。

 

 ホグワーツ城のように広すぎる場所を出歩くのは、実はメアリーには初めてだった。そして、動く階段やら複雑な魔法の仕掛けも多数ある。迷わない方が難しかった。

 

 どうにか、迷わないように早く道を覚えなければならない。

 

 だから、魔法で送るというハウスエルフの提案を、メアリーはあえて断ったのだ。

 

 とはいえ、こうもあっさり迷っていては話にならない。

 

 「申し訳ありません。道を教えていただけないでしょうか?」

 

 『まあまあ!本当にしゃべったわ!私、話しかけられているわ!』

 

 『お嬢さん!しゃべれるというなら、歌ってみてくれないかい?“間抜けなフユーリングの書き物机の歌”を知ってるかい?』

 

 思い切って絵画の人々に話しかけてみたが、彼らはメアリーを珍しがるばかりで、こちらの話を聞いてくれない。

 

 「歌?申し訳ありません。その歌を私は存じ上げません」

 

 丁寧に答えながらも、どうしましょう、とメアリーが困り果てた時だった。

 

 ニャア、という鳴き声にメアリーは顔をそちらに向けた。

 

 あの猫だ。あの赤い目は特徴的だから覚えている。確か・・・そう、管理人のアーガス=フィルチの飼っている猫、ミセス・ノリスだ。

 

 直後のことだ。

 

 「そこで何をしている」

 

 陰湿そうなねばつく視線を放つアーガス=フィルチが、どこからともなく現れた。

 

 「申し訳ありません。道に迷ってしまいました」

 

 素直にメアリーは頭を下げた。

 

 「迷っただと?本当か?隠し立てするとためにならんぞ」

 

 「隠す?何を隠すのでしょう?セブルス様とスラグホーン様のお茶請けでしたら、こちらのバスケットの中ですが」

 

 きりきりと詰問してくるフィルチに、メアリーは首をかしげてから、淡々と答える。

 

 彼女は人形なので、大勢の狩人様たちのようにアイテムを血の遺志に変換、体内収納なんて器用なことはできないのだ。

 

 セブルス様からは検知不能拡大呪文のかかったポシェットをもらったが、あまり大量に入れたら何を入れたかわからなくなりそうだったし、すぐに食べるものだから入れるまでもないと思って、スコーンはバスケットで持ち運んでいた。

 

 そんなメアリーの一挙手一投足を見逃すまいとにらみつけるフィルチは、ややあって吐き捨てた。

 

 「・・・どこへ行くんだ」

 

 「地下牢教室です。厨房からの帰り道なのですが、階段を間違えてしまったようです」

 

 淡々としたメアリーの返答を聞くなり、フィルチはふんと鼻を鳴らした。

 

 「厨房からだと・・・あそこの階段は下から5段目を踏むと機嫌を損ねて、正反対の場所につながるぞ。スネイプから聞かなかったのか」

 

 「・・・申し訳ありません」

 

 「ふん、仕方あるまい」

 

 頭を下げるメアリー(フィルチの言うことはもっともだった)に、フィルチは再び鼻を鳴らして踵を返した。

 

 「何をしている!いつまでも突っ立っているな!貴様は廊下わきの甲冑飾りか?!わかったらさっさとついて来い!」

 

 振り向きざまに吐き捨てられ、ついて行っていいのかと迷ったメアリーはかちりと瞬いてから、他にどうしようもないというのもあってそのあとに続いた。

 

 そして、メアリーのすぐ後にミセス・ノリスが続いた。まるで人形がはぐれるのを防止するかのように。

 

 やがてフィルチは、廊下の突き当りにある胸像の前で足を止めた。『辛すぎるパンチェッタを食べたアンリエッタ像』と題された、舌を突き出して涙にくれる女性の胸像である。なぜこんなものを展示しているのか、意味不明である。

 

 「ふん。これも学期が始まったらな、クソガキどもが魔法で落書きまみれにするのだ。下手をすれば糞爆弾の的にまでしおる」

 

 ぶつぶつと言いながら、フィルチは胸像の舌を押し込み、目を閉じさせた。すると、胸像の向こうの壁が割れ、黒々とした通路が出現する。

 

 「順序を間違えるな。先に舌を押し込むのだ。先に目を閉じさせると、胸像が叫ぶことになる」

 

 淡々と言って、フィルチはさっさとその隠し通路に歩を進めた。メアリーとミセス・ノリスもそのあとに続く。

 

 窓の一つもない暗い通路と思いきや、魔法の明かりがあちこちについてて、足元は明るかった。

 

 やがて、行き止まりの扉をフィルチが押し開けた。

 

 そこは、メアリーには見覚えのある場所――地下牢教室すぐ近くの廊下の一角だった。

 

 「あとの道はわかるだろうな?」

 

 「はい。

 お手数おかけして申し訳ありませんでした、フィルチ様。ここまでお連れしていただき、ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げたメアリーに、フィルチはふんと鼻を鳴らした。

 

 「口先だけの礼なんぞいらん。貴様が何時間も廊下に突っ立っている方が何倍も邪魔だ。わかったら次から迷うな。迷惑だ」

 

 吐き捨ててフィルチはミセス・ノリスともども隠し通路の奥に姿を消した。

 

 

 

 

 

 「セブルス様、フィルチ様もお優しいのですね」

 

 少し休もうと挟んだお茶の時間で、紅茶を入れたメアリーが開口一番に言ったのは、そんなことだった。

 

 ブホッというのは、アプリコットのジャムをたっぷり付けたスコーンに舌鼓を打っていたスラグホーンが吹き出した音だ。

 

 セブルスはといえば、一瞬大きく目を見開いたが、すぐに平時の無表情になって、紅茶に砂糖を落としてティースプーンでかき混ぜた。

 

 管理人のアーガス=フィルチといえば、嫌みで陰湿で意地悪。ホグワーツ教職員と生徒の共通認識だ。言葉にこそ出さないが、好き好んで近寄る輩などいようはずもない。

 

 隙あらば、生徒の粗探しで減点・罰則の申し立てを行いまくるスクイブを好きになる輩など、そうはいないだろう。(教職員たちでさえ、やり過ぎだと窘めるほどだ)まして、それを優しいと評するなど。学生時代のセブルスであれば、それを言い出した人間の正気を疑うことだろう。

 

 とはいえ、ヤーナムで人間関係の底辺を垣間見たセブルスからしてみれば、あの程度ソフトなものだろう。

 

 それに、本当に性根がどうしようもなく腐りきっている奴には、生き物の飼育は無理だ。あのミセス・ノリスとかいう猫が付き従っているのだから、まだマシな部類なのかもしれない。

 

 「何かあったのかね?」

 

 「道に迷ったところを、こちらの近くまで連れてきていただきました。

 せっかく案内していただいたというのに覚えきれておらず、申し訳ありません」

 

 尋ねたセブルスに、メアリーは少し落ち込んだ様子(セブルスにはそう見えた。はた目には相変わらず淡々としている)で答えた。

 

 後半は、ホグワーツ城内を案内したセブルスとスラグホーンに対してだろう。

 

 気にすることはないだろうに。むしろたった数日でホグワーツの広大な地理を完璧に覚える方が異常なのだ。

 

 余談だが、セブルスはヤーナムでも最初相当迷った。禁域の森も迷子になった。最終的に目印用の魔法を編み出して、地図を覚えるまで目印を設置していたのだ。聖杯ダンジョンもひどかった。しかも、時間が経って夜になったら、暗いせいでさらによくわからなくなったりした。あの街は入り組み過ぎている。その分、ショートカットも各所にありはしたが。

 

 「優しい?アーガスがかい?生徒たちから苦情が来ることはあっても、いい評判なんて一つも聞かなかったというのに?」

 

 信じられないものを見る目で見てくるスラグホーンに、メアリーはことりと首をかしげた。

 

 「私をこちらまで連れてきてくださいました。以前いたところでは、いきなり武器を振り上げられて叩き壊されることもままありました。それらと比べれば、お優しい部類に入るのではないでしょうか」

 

 「比較対象が根本的に間違ってるだろう!セブルス!この子は前、どんな魔境にいたんだい?!」

 

 仰天するスラグホーンに、セブルスは遠い目をした。

 

 ヤーナムです。血に酔った気狂い狩人の集う地です。多分、セブルスが来る前の狩人が新しい武器の試し切りでデメリットもない彼女を斬ったと思われるが、それならゲールマンにやった方がいいのではないか、という一連の返答はセブルスの心のうちに閉心術で覆い隠しておく。

 

 というか、一時セブルスも、車いす搭乗モードのゲールマンに、ヤーナムから出られないのはお前のせいか!と虐待よろしく、通りがかりに殴ったこともある。反省はしていない。後悔はしている。

 

 「ここではない遠い場所、とだけ言っておきましょう。

 ・・・Mr.フィルチには、またあとで礼をしに行かねばなりませんな」

 

 そう言って、セブルスはサクサクのスコーンをかじった。

 

 

 

 

 

 新学期が始まってからまもなく。

 

 ミネルバ=マクゴナガルは図書館から借りた本を携えて、自室に引き上げる途中だった。楽しみにしていたクィディッチ選手の自伝だ。ようやく借りられるようになったので、遠慮なく読むことにした。

 

 休日の昼下がりだ。サクサクのラングドシャクッキーと、紅茶をともにした読書は、気苦労の多い業務のささやかな楽しみだ。

 

 ・・・その途中で、妙に目立つ頭の二人組を見かけなければ、マクゴナガルは弾んだ心地でいられたのだろう。

 

 頭に円筒形の檻をかぶった、赤毛の二人組。双子のウィーズリーだ。

 

 まさかまた何か悪だくみしているのでは?

 

 双子たちが廊下の片隅に身を潜め、何事か二人で盗み見している様子を見せていれば、そうも勘繰りたくなるだろう。

 

 「何をしているのです?」

 

 頭から人をこうだと決めつけて、疑ってかかるのはよろしくない。マクゴナガルとて、頭ではわかっている。だが、いかんせんこの双子は去年が凄まじすぎた。

 

 クィディッチやりたさのあまり、飛行術上達のために箒に魔法をかけて大暴走。魔法薬自作のために勝手にスラグホーンの材料保管庫から大量に材料をくすね、禁じられた森に生息する魔法生物たちを一時的に怒らせ、挙句作った魔法薬を事故によって大広間で散布。風船のようにポンプクリンに膨らんだ生徒が大量発生。

 

 大量減点&罰則を科しても、凝りもせずにああだこうだと・・・!

 

 ・・・思い出しただけで胃がギュンギュンと痛みを訴えてくる。

 

 マクゴナガルはこれ以上のトラブルを防ぐべく、双子たちに声をかけたのだ。

 

 セブルスの罰則の檻は、目印にはなる。・・・が、まかり間違えば体罰のようにも思えてしまう。

 

 「また何かろくでもない計画を立てているのなら、そうはいきませんよ?」

 

 「しーっ!マクゴナガル先生!」

 

 「今はちょっと静かに!先生!あれを見てくださいよ!」

 

 本を小脇に抱えてにらみを利かせるマクゴナガルに、双子は臆した様子も見せずに、むしろこちらが悪いとばかりに、檻越しに立てた人差し指を口元にあてて、静かに!と言ってきた。

 

 まさかだれかいたずらのターゲットにするつもりか?

 

 怪訝に思いつつ、マクゴナガルはそちらに目を向けると、あらと軽く目を瞠った。

 

 相変わらず陰険で陰湿な空気をまとうフィルチがモップを手に持って、何事かこんこんと言っており、バスケットを抱えるメアリーが表情を変えることなく淡々とうなずいている。

 

 メアリーはすぐに分かった。制服ローブでもない、ショールを羽織ってボンネットを付けた美女だが、その手元は人形らしい球体関節をしている。

 

 セブルス個人の持ち物ということらしいが、自立行動を行う自動人形など、なんとも規格外だ。

 

 その存在自体が規格外の人形が、さらに規格外の所業まで成し遂げた。

 

 「先日お渡ししたモップの使い心地はいかがでしょうか?セブルス様がお気になさってました。モップに洗浄魔法(スコージファイ)が出るようにしてくださったのは、あの方です」

 

 「ふん。悪くはない。今使ってたやつもだいぶ古くくたびれていたからな。使ってやらんでもないな」

 

 「もし不具合があったら、地下牢教室までお持ちいただければ、直すとおっしゃられていました」

 

 「自分で押し付けてきおったくせに、儂にわざわざ地下牢に来いと?そのうえ、迷子の常習犯の貴様の面倒まで見ろと?少しはマシになったかと思ったが、相変わらずの不遜ぶりだな!

 学生時代と何ら変わらんな!」

 

 「・・・申し訳ありません」

 

 「貴様が謝ることか。・・・仕方がないから、壊れたりしたら行ってやる。そもそも、貴様の主人は壊れるようなものを儂に押し付けるのか?」

 

 「・・・いいえ。セブルス様は、優しいお方です」

 

 「ならそれでいいだろうが。まあ、貴様の見解と儂の見解が一致するとは・・・ごくごくまれに、あるやもしれんな」

 

 誰です?あれ。

 

 はしたないとは思いつつ、会話内容を盗み聞きしたマクゴナガルは、思わずそう思ってしまった。

 

 日頃のフィルチなら、もっと辛辣なことを言ってもおかしくないはず。

 

 そもそも、生徒にしろ教師にしろ、相手にするときは目の敵にする姿勢を崩さないというのに。

 

 あれではまるで。

 

 「素直になれないおじいちゃんと、世間知らずの孫娘だよなー」

 

 「われらが管理人フィルチ氏も、あの子相手には強気に出れないと見た」

 

 うんうんと檻をかぶったまま、訳知り顔でうなずく双子のウィーズリーに、遺憾ながらもマクゴナガルは深くうなずいてしまった。

 

 そこで、ニャアという鳴き声で二人の会話が中断される。

 

 「おや、ミセス・ノリス」

 

 「こんにちは。ミセス・ノリス」

 

 いつやってきたのか、フィルチの愛猫が二人の足元に立っていた。

 

 フィルチは普段の険しい声を一瞬で猫なで声に変じさせると、表情もデレデレしたものに変えて笑いかける。

 

 「先日は、地下牢教室まで案内してくださり、ありがとうございます」

 

 そしてメアリーは、相手が猫というのに頓着もせずに、丁寧にお礼を言っている。

 

 ・・・というか、どうも彼女はまた迷子になった挙句、ミセス・ノリスに道案内をしてもらったらしい。

 

 ミセス・ノリスはといえば、ちらっと彼女を赤い目で見やってから、ツンとそっぽを向いた。

 

 別にあんたのためじゃない、と言わんばかりだ。猫らしいそっけなさ、といえばそこまでだろうが。

 

 「ふん。仕方ないからな。また迷子になったりしたときに、案内ぐらいはするよう、ミセス・ノリスにも言ってある。

 何度も言うようだが、貴様が何時間も廊下にいられる方が邪魔だからな」

 

 「申し訳ありません。重ね重ねご迷惑をおかけします」

 

 ぺこりと頭を下げるメアリーに、フィルチは「何度も頭を下げるな。貴様はオジギソウか何かか?」と嫌味をもって返す。

 

 

 「ここから地下牢教室までは、ミセス・ノリスに連れて行ってもらうがいい。

 すまないが、頼むよ、ミセス・ノリス」

 

 最後だけ猫なで声で言ったフィルチに、ミセス・ノリスは任せなさいというかのように一声、ニャアと鳴いてそのまましっぽを振って歩き出した。

 

 「ありがとうございます、フィルチ様」

 

 「アーガスでいい。貴様だけは特別だ。だが、誰にも言うな。儂が自分から呼ぶように言ったことなど、誰にも言うな!貴様の主人にもだ!」

 

 「わかりました。それでは失礼します」

 

 頷いて、メアリーは軽く頭を下げてから、ミセス・ノリスの後に続いた。

 

 ほぼ同時に、フィルチは3人が隠れる廊下の方へ、鬼のような形相を向けてきた。

 

 「盗み聞きか。寮監がそのようなありさまだから、生徒も問題児まみれなのだ」

 

 はっと我に返ったマクゴナガルが見まわしてみれば、いつの間にやら双子がいなくなっていた。つまり、盗み聞きしていたのはマクゴナガル一人という格好になったのだ。

 

 「あ、アーガス、これはその・・・す、すみませ」

 

 「貴様!儂を笑いものにする気か?!ええ?!言ってみろ?!さっき何を見た?!何を聞いた?!ふん!副校長殿はずいぶんお暇らしいな!!」

 

 マクゴナガルも気まずくなって謝ろうとするが、それよりも早く、フィルチの雷が落ちた。

 

 あれは絶対照れ隠し入ってる、本当に素直になれないおじいちゃんですね、とマクゴナガルはこっそり思ったが、もちろん口には出さなかった。

 

 代わりに平謝りに謝った。

 

 その一方で、少しばかりほっとしていた。自身の愛猫以外、目の敵にしまくっていたフィルチにも、少しばかり心を向けられる相手ができたのだ。いいことだ。

 

 後日、フィルチは人形フェチといううわさがホグワーツを席巻し、マクゴナガルはしばらくフィルチに極寒の視線攻撃と嫌味の爆撃を食らうことになる。(もちろん、彼女がしゃべったわけがない。噂の出どころはお察しである)

 

 ・・・そして、マクゴナガルは、次にあの双子がやらかしたら、それにかこつけて減点と罰則からのフィルチに引き渡しコンボを決めようと固く決めた。

 

 

 

 

 

 そんなことは露知らず、今日もバスケットを抱えた美女人形は、猫の先導でホグワーツの廊下を歩いている。

 

 

 

 

 

続く

 




 ホグワーツでメアリーって何してるん?と思って、でも、今まで『狩人の夢』とか『葬送の工房』にしかおらんかったんやで?いきなりあんな広大なお城に放り込まれたら迷子になるんちゃうん?仕掛けも満載やで?となってから、じゃあ、迷子からのフィルチとの絡みかな!となりました。

 ・・・原作中、ひたすら嫌な奴姿勢を崩さなかったフィルチにこうもなつくとは、人間を愛する人形すげえな。(そして彼女にすら嫌われるロックハートは、逆の意味ですげえな)

 フィルチさん、5巻の時一人アンブリッジ歓迎姿勢取ってたけど、あれ、無理なかったと思います。アンブリッジの一声で人事が軽く変わるんだから、コネも魔力もホグワーツ以外の行き場もないスクイブのフィルチは、後はもう媚びを売るしかない。

 世知辛いですね・・・。というか、スクイブ一人にあの城管理って、かなり無理でしょ。他に見えてないところとか描写範囲外に事務員とか管理員とかいて、フィルチがその代表とかならまだわかるんですが。





 後半からはマクゴナガル先生視点。ぶっちゃけ、前半書いてそこでちょっとストップして、(どうオチつけようかと迷って)ああなりました。

 とばっちりマクゴナガル先生。そして、安定の双子。

 ちなみに、メアリーは2巻の時にミセス・ノリスが被害に遭って、盛大に落ち込むフィルチを、どうにか慰めてあげたりしました。

 他の先生方とかも絡めてあげたいなあ、メアリー。ネタはあるんですよ。ネタは。




 いまさらですが、今話から、動物につける敬称は、カタカナ表記にしました。少しでも見分けやすくなったらいいのですが。





 次回の投稿は・・・来週!内容は本編に戻って、『アズカバンの囚人』編スタート!・・・の前に、セブルスさんとホグワーツ時代の友人の話。
 そして、脱獄したシリウスに対する反応もやります。お楽しみに!

 第4楽章では、元祖いたずら仕掛人に対する扱いが、さらにひどくなります。どうしてああなった。


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【第4楽章】分霊箱と元祖いたずら仕掛人
【1】セブルス=スネイプと、エイブリーの魔法野菜


 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 満を持して、『アズカバンの囚人』編開始です。

 他の章と違って、ちょっと盛り上がりに欠けるんですが、まあ、原作3巻自体が例のあの人復活への前座みたいな話でしたから、しょうがないです。




 改めて注意を。

 本章から改めて、元祖いたずら仕掛人が登場しますが、彼らの扱いが一貫してよくありません。今更ではありますが、さらに良くないことになります。

 ここまでお付き合いいただいた皆さんはお気になさらないでしょうが、少しでも気に入らない方はやめておいてください。

 ここでしっかり警告しておきます。かっこいい彼らが見たい方は、他の作品に行かれた方がいいですよ?いいですね?警告しましたからね?




 で、執筆にあたって疑問。

 Q.リリーさんって、旦那とその友人2名がアニメーガスで、ルーピンさんが人狼って知ってたのかな?

 A.アニメーガスの件は、知ってたなら登録に行かせたと思うから、知らなかったのでは?(優等生女子で、闇の魔術絶対許さないガールだったようだし)
 ルーピンさんの件は、卒業後にひそかに聞かされた可能性はあると思います。

 以上のような推測をもって執筆しましたので、ご了承ください。


 「ザマーミロ!ダンブルドアー!」

 

 漏れ鍋の一室で、エイブリーが祝杯を挙げていた。

 

 久しぶりに会った同窓と、つい食事に流れてしまった。時間もあったので、セブルスとしては問題ないわけで。

 

 「おら、スネイプ!飲め!こんなめでたいことを祝わずにいられるか!」

 

 「・・・貴公、はしゃぎ過ぎではないかね?昼間から酒というのはいかがかと思うがね」

 

 そのすぐそばに座るセブルスが呆れたように言うが、エイブリーは構わずエールをあおった。

 

 「細かいことは気にするな!っつーかお前、ホグワーツで教師とか、よく採用されたな!」

 

 「私の場合は、スラグホーン教授からの推薦もあったからな」

 

 「ああー、あの。隠居したんだっけか?」

 

 「うむ」

 

 視線をさまよわせたエイブリーの言葉に、セブルスはうなずいてジンジャーエールに口づけた。

 

 「しかし、ルシウスの奴、やってくれるぜ!あいつだろ、ダンブルドアに停職突き付けたの!日刊預言者新聞が盛り上がりまくってたぜ!

 噂だが、魔法大臣の覚えもめでたいし、事業も軌道に乗ってるらしいしよ。

 俺も負けてられねえな」

 

 笑ってエイブリーは、再びエールをあおる。

 

 

 「貴公の方も、商売は順調なようだな」

 

 「ああ。おかげ様でな」

 

 セブルスの言葉に、エイブリーはニヤッと笑った。

 

 「借金もなくなって、領地も買い戻せてな。もう少しかかると思ってたんだがな。

 今はマルフォイやブラックと提携して、新しい品種の野菜や果物、それを用いた製品の研究・開発中でな!

 約束通り、新しく栽培に成功した奴は、いの一番に届けてやる!」

 

 「可能ならば夏の間にしてくれ」

 

 「おいおい、野菜には旬ってもんがあるんだぞ?無茶言うなっての」

 

 などと雑談と近況報告を交えながら、二人は飲み物とつまみを食べる。

 

 やがて、ジョッキが空になったため、エイブリーは給仕を呼びつけて、お代わりを頼んだ。

 

 手を伸ばした拍子にエイブリーのローブの袖がめくれ、左腕があらわになる。そこに、蛇とどくろを組み合わせた禍々しい印は、ない。

 

 

 

 

 

 エイブリーと再会したのは、今より数年ほど前に調薬材料の関係で出入りしていたノクターンであった。そのあとにちょっとしたトラブルもあったのだが、それは本筋とは関係ないので、省かせてもらう。

 

 なお、彼もまた、一目でセブルスをそうだと見抜いてきた。スリザリン生は、懐に入れたものに対して情が厚いのだ、と再確認できる出来事でもあった。

 

 ただし、当時の彼は経済的に苦労しているようだった。

 

 ローブの裾は、頻繁に修復呪文(レパロ)をかけた痕跡があり、茶髪はくすんで、白髪が混じっていた。それでも、みっともないと見えなかったのは、貴族らしさと着こなしによるものだった。

 

 服従の呪文で操られていた、と言い訳してアズカバンを免れたとはいえ、元死喰い人に協力したがる者がいるはずもなく、両親の残した資産を食いつぶしているらしかった。

 

 闇の帝王に対する資金の献上と、魔法省に対する罰金で、代々の領地も削られ、没落も時間の問題、という状態だったらしい。

 

 かなり苦労していたのだろう。ノクターンの犯罪にも手を出しているのかもしれなかった。

 

 セブルスは、聖杯ダンジョンで稼ぐという裏技があるし、魔法薬学の研究という表向きも立派な稼ぎもあるので、現在は経済的にはさほど苦労はしていないのだ。

 

 ただ、学生時代は苦労した。工場夫である父の収入はさほど多くなく、さらにはセブルスは虐待されていたので、最低限の学用品しか買えなかったのだ。

 

 ゆえに、エイブリーの苦労が理解できてしまった。

 

 

 

 

 

 かつて、リリーはセブルスに、エイブリーやマルシベールとつるんでいることを非難してきた。

 

 だが、セブルスからしてみれば、どうであろうか?

 

 闇の帝王が幅を利かせている中、死喰い人の子供もいる、純血貴族も大勢所属する寮。それがスリザリン、セブルスの所属する寮である。

 

 そんな中、ただでさえもマグル出身のリリーと仲良くしているセブルスは異端中の異端であった。実力があって、マルフォイに目をかけてもらっていたから、まだマシだっただけだ。

 

 で、ここで彼女の言うとおり、エイブリー・マルシベールと手を切り、マグル擁護の光の陣営の主張に彼が同調していればどうなったか。

 

 完全に居場所をなくし、スリザリン寮内でもいじめられていたに違いない。

 

 セブルス本人がそこまで保身を考えていたかはさておき、そういう一面もあったというのは確かだ。

 

 

 

 

 

 そういった保身もあったとはいえ、つるんでいたエイブリーが一応、自分を気にかけていたことに、セブルスも少々驚いた。

 

 死喰い人になってるだろう、と思われていたことに最初は少しムッとしたが、あの当時の自分を思い返せば無理もないか、とセブルスも思った。

 

 実際、ヤーナムに行ってなければ、ノクターン入りして挙句死喰い人と、堕ちるところまで堕ちていったに違いない。

 

 ともあれ、そういった旧知の間柄であり同情できる部分もあり、つい、セブルスは仏心を出してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 まず、元死喰い人ということで苦心しているそうなので、治験段階の闇の印を消す処置を実施。元々これは、レギュラスのために開発中の処置で、安全確認がしきれてないものだった。セブルスとしても貴重なデータの採集にもなって、一石二鳥だった。

 

 エイブリー本人も、いろいろ迷ったようなのだが、話に乗ってきたので、利害は一致した。問題はない。

 

 治験も成功して、闇の印は消えた。後に、レオ=ノワールとレギュラス=ブラックが同一人物では?と疑われた彼が、闇の印の有無を見せつけ、別人です!と言い張るのにもつかわれた。

 

 

 

 

 

 余談だが、闇の印はかなり複雑な術式と、帝王本人の魔力識別式が組み込まれているらしい。生半なことでは消せず、エイブリー本人もかなり苦心したらしい。

 

 セブルスが開発した闇の印の除去というのは、闇の印のある場所に、特製の魔法薬を注射して、専用の呪文を唱えて、術式を強制分解するというものだった。

 

 その際に用いられたマグルの医療器具、注射器(シリンジ)を初めて見たエイブリーは、「こんなもので体の中に直接薬入れるのか?!マグル怖えよ!何でこんなもん思いついてんだ?!狂ってんじゃねえか?!」というコメントを残した。

 

 さすがに幼児のごとく泣いて暴れる、ということはしなかったが、かたくなに針先を見ようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 こうして、闇の印を消すことに成功したエイブリーだが、ただでやってもらうわけには!と、セブルスに「借りは返す。何か希望を言え」と言ってきた。

 

 そして、セブルスはしばし考えたのちに答えた。

 

 「貴公の領地の辺りでは、野菜の栽培が盛んだと聞く。美味い野菜を分けてもらえないか」

 

 「野菜だ?」

 

 「うむ」

 

 怪訝そうに聞き返したエイブリーに、セブルスは淡々と答えた。

 

 

 

 

 

 ここで、一つ、不幸にして、幸運な食い違いが起こった。

 

 昨今のセブルスは、冒涜的な世界一周中に、各地で食べた料理のおかげもあって、食事を娯楽としてとらえているのもあり、食事を作ってくれているメアリーに、いい素材を渡せたらいい、ぐらいの軽い考えであったのだ。

 

 だが、エイブリーの中のセブルスは、いまいち食の細い・・・そもそも、そんなことに興味がない男、というイメージが抜けきらなかったのだ。

 

 エイブリーの中のセブルスは、魔法薬には興味と技術がずば抜けていた。だから、野菜を用いた魔法薬でも作るのか、という斜め上の発想に行ってしまった。

 

 さらに、エイブリーは在学中、薬草学を上位成績でパスしていた。つまり、魔法系植物の栽培・交配・品種改良に関する知識があった。

 

 そうして、彼は、やらかした。

 

 魔法薬にも使えそうな、野菜の開発をしてしまったのだ。

 

 だが、この野菜が凄まじい効果を発揮した。

 

 マンドレイクのごとく叫んだり(即死や気絶効果こそないものの)、完熟したら種を散弾銃のごとくぶっ放したり、岩盤まで根を伸ばしたりするとんでもない生育過程を経る代わりに、とても美味しい、そして栄養もあって、美容と滋養によい、最高の野菜を生み出してしまったのだ。

 

 エイブリーの魔法野菜、とブランド化されたこの野菜は、純血貴族はもちろん、各地の食事処などにも高値で取引されるようになった。

 

 なお、この野菜に一番に目をつけたのは、昔のよしみで野菜を仕入れたルシウス=マルフォイの奥方、ナルシッサで、美肌効果がある!小じわが減った!とその効果に即座に食いついた。いちいち魔法薬を調合したり、購入するより、日々の食事できれいにできるなら、その方が便利である。さらに併用すれば、効果もアップする。

 

 いつの時代も、女性は美容にはうるさいものだ。ナルシッサからの口コミは、純血貴族の女性たちを中心にあっという間に広まった。

 

 何よりも、これらの野菜は通常品種よりも長く保存できるし、美味しいというのが大きかった。

 

 こうして、エイブリーは収入を確保し、マルフォイやブラックがその販売を手助けし、また自領でも購入することで、見る見るうちに販路は広がり、他所の領地でも、エイブリーのところとまではいかずと、野菜や穀物の品種改良、果てはそれらを用いた食事メニューの改善に挑戦し始め、イギリス魔法界は近年まれにみる野菜・美食ブームの到来となっていた。

 

 ・・・なお、そのきっかけ作りとなった男は、「魔法薬に野菜など用いるか。馬鹿め」と呆れた。でも野菜は美味しく食べさせてもらった。メアリーの作ったポトフは最高であった。

 

 

 

 

 

 さて、エイブリーを実験台被験者として治験に参加したことで、闇の印(デスマーク)を消す処置は実用化の目処が立った。

 

 一番最初の目標たるレギュラスはもちろん、さっさと行った。

 

 「先輩、どこでこんなものの扱い方を知ったんですか?!」

 

 注射器を不気味そうに見やるレギュラスに、セブルスは「ヤーナムだ」と淡々と答えた。

 

 なお、セブルスは使用に当たって注射器に滅菌魔法を施して、部位にもアルコール綿花で消毒を行っている。マグル界の医学書にもその必然は書かれていたのだから、当然である。

 

 

 

 

 

 余談だが、魔法族にとって血とは魔力を媒介させる強力な触媒の一つであり、本人のひな型にもなりうる、万能素材の一つである。一滴手に入れれば、気軽に持ち主を呪うことさえ可能であるのだ。

 

 ゆえに、血を他者が容易に扱えるようになったり、やり取りしたりする器具はこころよく思われないのだ。

 

 

 

 

 

 で、それがセブルスがホグワーツに向かうざっと1年ほど前の話になるわけで、今からすれば4年ほど前の話となる。

 

 死の印を消したのは、エイブリーとレギュラスの二人だけであった。

 

 もう一人、セブルスの知る持ち主としてはルシウスがいるのだが、彼は帝王が復活してしまえばそちらにつく可能性も高く、その場合ヘタに印を消していればどんな目にあわされるかわからない。消した場合のリスクが高すぎる、といった方がいいだろうか。

 

 彼自身のために、あえて死の印を消さずにおいたのだ。・・・といえば、聞こえはいいが、メイソン一家との交流もあって、セブルスも言い出せずにいたのだ。

 

 が、もうそうも言ってられなくなった。

 

 何しろ、前年度が前年度である。

 

 ルシウスも、まさか自分が放流してしまった闇のアイテムが闇の帝王の分霊箱だったなんて、知らなかったに違いない。知っていたとしたら、うかつすぎる。

 

 

 

 

 

 “禁じられた森”はアクロマンチュラのことで調査を入れたら、キメラやらスフィンクスやらの他の各種危険魔法生物の合成(しかも未知の新種まで作ろうとしていたらしい)やら飼育やらの痕跡も発見され、被害状況が把握できるまで、厳重に立ち入りが制限されることとなった。

 

 ハグリッドの刑期がまた増えた。

 

 来学期からは、魔法省が森番を派遣することにするらしい。正確には、監視になるのだろう。

 

 で、それらの調整にホグワーツ理事代表のルシウスはてんてこ舞い状態らしい。

 

 これ、来学期始まるまでに何とかなるの?

 

 そうつぶやいた魔法省職員らは、蒼白で仕事を頑張っているらしい。本当は校舎である城(校長室以外の)の方にも調査を入れたかったのだが、それはダンブルドアが校長権限で断固拒否したらしい。たとえ停職中であろうと、魔法契約で部外者を締め出そうとすれば締めだせるあたりが、実に厄介だった。

 

 ルシウスとしては、とりあえずダンブルドアに対して疑心と悪印象を植え付けて、厄介な手足の一つをもぐことに成功したから良しとする、ということらしい。

 

 

 

 

 

 とにかく、ルシウスに確認をとると、8月初めにはどうにか落ち着くので、その頃にセブルスは定例の食事会ついでに、分霊箱破壊の話を持ち掛けるつもりだ。

 

 その気がなかったにしろ、分霊箱破壊のきっかけを作り上げてしまった以上、ルシウスにはもはや、後はない。

 

 よしんば闇の帝王がルシウスを許したとしても、その代価として何がしか要求され続けるに違いない。

 

 拠点の無償での提供とか、息子を死喰い人にして、ダンブルドアを暗殺して来い、とか。無茶苦茶言われそうだ。

 

 ルシウスがしぶったら、その辺をついてみる予定だ。もっとも、分霊箱の件を聞いただけで、ルシウスは広い額を更に広くしそうな顔をすることだろう。純血名家当主というのも、大変らしい。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、エイブリーとの食事を終え、『漏れ鍋』の外からダイアゴン横丁に出てみれば、拡大呪文のかかったカバンから、新聞を取り出しながら拡声呪文(ソノーラス)による大声で叫ぶ配達員に出くわした。

 

 「号外号外!“例のあの人”の右腕!シリウス=ブラックが、アズカバンから脱獄だ!

 詳細はこちら!今なら3クヌート!」

 

 途端に、セブルスは眉間にしわを寄せ、エイブリーは折角飲んだエールが台無しだと言わんばかりの、不味そうな顔をした。

 

 ざわざわと通行人たちも顔を見合わせ、われ先に配達員に殺到していく。

 

 それをしり目に、セブルスはエイブリーと歩き出した。

 

 二人とも、この後買い物があるので、薬問屋までは一緒に行こう、となったのだ。

 

 「あのブラック兄が、闇の帝王の右腕?何だそりゃ、新手のギャグか?」

 

 「表向きは、そう見られているということだな」

 

 「は!セーギノミカタが、アクノマホウツカイの大幹部か!ざまあ、ブラックざまあ!」

 

 ケケケッと性格悪そうに笑うエイブリーに、セブルスは憮然としたまま何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 シリウス=ブラックの、アズカバン投獄の際に行われた裁判は、異様なスピード裁判であった。

 

 これは、当時では、シリウス=ブラックに限ったことではない。“闇の帝王”失脚に伴い、大勢の“死喰い人”が逮捕・起訴され、その処理を魔法省がほとんどやっつけでこなしたからだ。グズグズと時間をかければ、純血貴族の横やりが入るかもしれないし、他にもやることがたくさんあって、悠長にそこに時間をかけられなかったからだ。

 

 光も闇も荒らすだけ荒らして、その復興はうっちゃらかしにしていたのだから、後片付けの魔法省は涙目であった。

 

 魔法省はともかく、話をシリウス=ブラックのことに戻せば、なぜか彼は死喰い人だと強固に誤認されている。

 

 裁判で彼に自己弁護が許されなかったのはもちろんとして、罪状がマグル十数名をピーター=ペティグリューともども原型残さず吹き飛ばしたというのもある。

 

 闇の帝王の側近でもある、ブラックの血縁者であるというのも大きい。

 

 が、おそらく、暗黙の了解として、学生時代の行いというのもある。

 

 闇の魔法使いのたまり場であるスリザリン出身だから、闇の魔法使い候補であるスリザリン生だから。そういう主張の下、彼が在学中に、いたずらという名の悪行三昧であったのは、有名である。

 

 それで就職にかかわる大事な資格の取得を邪魔されたり、人間関係に亀裂を入れられたものも少なくなく、第1被害者のセブルス以外でも、彼はあちこちで恨みを買っているのだ。

 

 実は、これに関してはジェームズ=ポッター、リーマス=ルーピン、ピーター=ペティグリューなどのいたずら仕掛人(マローダーズ)他メンバーもそうなのだが、積極的に仕掛けていたジェームズ&シリウスへのヘイトがダントツで高い。で、その片割れが死んでしまえば、生き残っている方へそれらが向けられるのも自明の理である。(おまけに、ジェームズは反省しておとなしくはなったというが、謝罪などはしていなかった)

 

 ただでさえも、学生時代に散々な目に遭わせてきた相手である。たとえ無実の罪であろうと、アズカバン行きにされるなら、多少の留飲は下がるというものだ。

 

 ゆえに、何か知っていようと、口をつぐんだ人間は大勢いた。死喰い人に至っては、不死鳥の騎士団員(要するに敵)を弁護する理由なんてないだろ、とむしろ陥れるつもり満々で、嘘八百の証言もした。

 

 加えて、闇の魔法使いなら死んで当然だ!ザマーミロー!みたいな在学時代のシリウスの言動を耳にした者もいて、単語を換えれば、言ってることがマグル排除主義の闇の魔法使いと同じだ!と、ドン引きした結果、ああ、行きつくところに行きついたんだな、とみられるようにもなった。

 

 

 

 

 

 「ってか、マーリンはマジで不公平だよな」

 

 「何がだね?」

 

 「何で、性格とか言動で破綻してるやつに限って、金とか権力とか魔力とか持ち合わせてんだよ。おかしいだろ、どう考えても」

 

 エイブリーが言わんとしているのは、停職校長と闇の帝王、ジェームズやシリウスのことであろう。

 

 確かに、アズカバンから脱獄など、実力さえあればできるのだろう。その実力を、なぜ社会の変革に役立てようとしなかったのか。根本的に向いてなかったのだろう、ということにしておく。

 

 セブルスとしては、かかわってこなければ、シリウスなどどうでもいいのだが。

 

 「破綻しているからではないかね?まともに生きようとしているものがのた打ち回るのを、指さして笑い転げているのだろう、マーリンも」

 

 「・・・お前、本当に何があった」

 

 魔法使いの神同然のマーリンを、こうまでクソミソに貶すなど、そこらの魔法使いはまずしないことを、平然と口にしたセブルスを、エイブリーはちょっと引いてる様子で見る。

 

 そんな引くようなことだろうか?とセブルスは思う。

 

 

 

 

 

 一歩、イギリスから出てみればいい。

 

 湖近くの霧深い廃墟は邪神が巣食い、それを敬う教団の影響で化け物が徘徊しているし、

 

 極東の島国のとある村落は、来訪神の復活を目指す輩と、その血の影響で不死となった化け物の巣窟で、

 

 他にも数えだせばきりのない、啓蒙と冒涜溢れる世界であるのだ。

 

 肝心なイギリスにだって、獣の病が感染爆発して、頭のイカれた医療者どもと、それを玩具にして眺める上位者の吹き溜まる古都があったりする。

 

 本当にマーリンが万能であるならば、まずはそれらを何とかして来い、とセブルスは言いたい。

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 シリウスの脱獄で、影響がありそうなのは、セブルスには割と身近にある。それも2か所。

 

 薬問屋に行ったら、さっさと帰ろう。そう決めて、セブルスはエイブリーに「すまないが、少し急ぐ」と言って、足を速めた。

 

 

 

 

 

 薬問屋を切り上げて、念のため日刊預言者新聞の号外も買い入れてから、セブルスが“葬送の工房”に戻ってみれば、手紙が届いていた。

 

 片方はブラック家のクロワシミミズクで、メアリーが焼いたベーコンを臨時報酬としてくちばしで突いている。

 

 そして、もう片方は、「速達ですよ!」とにっこり笑うブラックウッド配達員からだった。

 

 手紙を見れば、案の定、レギュラスと、メイソン家からだった。

 

 クロワシミミズクが窓から飛び立ち、ブラックウッド配達員が「またのごひいきを!」と出て行くのをしり目に、セブルスはさっそく手紙に目を通す。

 

 まずは、レギュラスの方だが、魔法省、ウィゼンガモットに召喚されて、脱獄したシリウスに関して何か知らないか、と尋問されたらしい。

 

 一応、レギュラス≠レオということは周知させていたし、勘づいているだろうスリザリン出身者も口をつぐんでいるので、そこについての問題はない。

 

 そうではなく、ブラックの現当主として、シリウスとつながりはないか、脱獄の手引きや潜伏先の手配をされてないか、と勘繰られたのだ。

 

 レギュラスは、変装越しに絶対零度の冷笑を浮かべて、「何でそんなことしないといけないんです?過激なだけの馬鹿犬をしつける余裕、ブラックにはありませんよ?そんな手間暇かけるより、他にやることがたくさんあるんですが?」と、切って捨てた。

 

 さすがにブラック本邸のグリモールドプレイス12番地の方を家宅捜査させるわけにはいかない(余人には危険すぎるマジックアイテムが目白押しなので)が、領地や別邸の方の立ち入り調査は許可したこと、しばらく身辺に監視が付くため、分霊箱の調査はしばらくできないことなどが書かれている。

 

 最近のレギュラスは、事業が安定してきたので、ブラックの当主として次代のこと――簡単に言えば、嫁を探して迎え入れる、ということもやろうとしていたらしい。手紙越しで、そのように書かれ、冗談交じりに「ホグワーツによさそうな子、いないですか?」と書かれていたのを思い出した。

 

 この分では、それも当分延期だろう。

 

 可哀そうに。

 

 セブルスはため息交じりに、次の封筒――レギュラスのそれよりも分厚いそれに目を落とした。

 

 メイソン一家からのだ。吼えメールでない分良しとする。

 

 目を通してみれば、どうもシリウス脱獄の一件は、マグル界にまで行き届いているらしい。マグル界の方では、拳銃を所持した脱獄犯と報道されているようだ。

 

 そして。

 

 続けられた内容に、セブルスは思わず武器をもって立ち上がりそうになった。

 

 

 

 

 

 なんと、メイソン一家が動物もどき(アニメーガス)につけ狙われたというのだ。

 

 いつものように姉弟で外出したヘザーとハリーJr.に、妙に人懐っこい黒い大型犬が付きまとってきて、悪い気こそしないので、家で飼えるか聞いてみようか、と話しながら歩いていたのだが、いつまで経っても家に帰れないことにヘザーが真っ先に気が付いた。

 

 メイソン宅には“忠誠の術”でセブルス及び居住家族、そしてセブルスが知らせたことで秘密の共有者となったマルフォイ一家以外の人間は立ち入れないようになっている。

 

 フクロウ便は通じるので、動物は立ち入れる。だが、人間は無理だ。人間は。

 

 加えてこの犬、ヘザーは丸無視で、妙にハリーJr.にばかり懐いている。

 

 これはおかしい、とヘザーは電話ボックスで家族に助けを求めた。

 

 電話を受けたのはリリーであった。

 

 最近、ハリーJr.はますますジェームズに顔立ちが似てきた。髪型と眼鏡の有無で分かりにくいが、気が付く人間は気が付く。ダンブルドアがそうであったように。

 

 加えて魔法で動物に化けるなど、動物もどき(アニメーガス)であれば説明が付く。魔法省は登録を義務付けているが、あれは保険が利くようにするためだ。登録してなかったら、変身中に事故や事件に巻き込まれても、登録してない奴が悪い、でおしまいだからだ。

 

 そんなもの怖くない、あるいは自分に限ってそうはならない、という過信したバカ、あるいはやましいことに使う予定しかない犯罪者などが、登録など出してないのだ。

 

 そして、ハリーJr.が狙われるなど、理由は一つ。

 

 おそらく、闇の帝王に忠誠を誓っている死喰い人の残党が、ハリーJr.を狙っているに違いない!

 

 そう結論が出たら早かった。

 

 わざわざ動物もどき(アニメーガス)に化けるような慎重な奴なのだ。人前で騒ぎは起こしたがらないはず。

 

 一通り事情を訊いたハリーはそう判断し、一度姉弟を人通りの多いショッピングモールに向かわせた。

 

 そうして、自分たちも待ち合わせの体を装って、車でショッピングモールに向かい、とある店舗で合流してから、外で警備員から締め出しを食らっている黒犬姿の動物もどき(アニメーガス)をしり目に、そのまま車で帰宅した。

 

 こうして、どうにか“忠誠の術”で守られている自宅に逃げ込むことに成功した一家だったが、拠点にしている街自体がばれてしまったのでは?と気が気でない状態になってしまったのだ。

 

 ・・・こうなれば、引っ越すしかないわけで。

 

 いっそアメリカに再度移住しようか?ジュニアやヘザーもアメリカの学校に転入させた方が、と考えはしたのだが、ジュニアもヘザーも現在の友人たちと別れることを嫌がり、ルシウスにも現在進行形で後ろ盾やらなにやらの世話になっているため、国外に出にくい状態なのだ。

 

 そのまま離れるというわけにもいかず、とりあえずイギリス国内のマグル界で、別の町に引っ越そう、となったらしい。

 

 そこで、セブルスに大変申し訳ないが、“忠誠の術”のかけなおしを要請してきたのだ。

 

 ハリーJr.にも、出生の事情を明かし、警戒を促す予定でもあるらしい。

 

 

 

 

 

 次々と降ってくる問題に、セブルスは大きく嘆息した。

 

 とりあえず、メアリーの用意してくれた紅茶とスコーンは今日も最高で、ささくれだった上位者狩人の気分を幾分かなだめてくれたのは確かだ。

 

 今年のホグワーツも、波乱になりそうである。

 

 

 

 

 

続く

 




【『漏れ鍋』のエール】

 パブ『漏れ鍋』の代表メニューの一つ。フルーティーな香りとコクのある、発泡酒。

 高価であったワインやサイダーよりも安価で、労働者たちになじみ深い酒を、エイブリーは好んだ。

 領地は奪われ、稼ぎもほとんどない、どん底のような暮らしの彼を、いっぱいのエールだけが、慰めてくれたのだ。





 原作でヴォルデモートさんに二度にわたってひどい目にあわされたキャラクター、エイブリーさんを大捏造。

 モブに毛が生えた程度のポジションですから、捏造しやすかったです。

 魔法野菜のくだりは完全捏造ですけど、ああいうのがあってもおかしくないな、とも思いまして。どっかのラノベでは、キャベツが飛び回るらしいですし。このくらい平気ですよね。





 Q.尻尾爆発スクリュートは?

 A.原作でハリーたちが飼育したのが4年次だったので、今の時点では未作成、ということにしました。





 次回の投稿は・・・来週!内容は・・・分霊箱の処分についてwithルシウス。日記の正体が判明した彼のとる行動なんて、一つしかないってことです。お楽しみに!


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【2】分霊箱を求めて

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 みんなでシリウスに死亡フラグを立てようとしてて、クスッとしました。

 ちなみにシリウスがいたのは、単なる偶然です。脱獄してホグワーツへ北上の旅をしている道の途中にメイソン一家の住む町があって、そこで偶然ハリーJr.を見つけて、うひょーっ!ジェームズの息子が生きとった!ってなってただけです。
 彼には高性能なジェームズセンサーが搭載されているので、ジェームズの息子を見間違えるわけがないのです。

 書く機会がないと思うので、ここでちょっと補足しておきます。

 というわけで続きです。いよいよ、分霊箱の処分が本格始動です。


 

 ようやく、一段落ついた。

 

 マルフォイ邸の書斎で、大量の書類を前に、ルシウス=マルフォイは一息ついた。

 

 杖で軽く机を叩き、ハウスエルフのリジーを呼び出し、紅茶を一杯頼む。

 

 リジーはてきぱきと働くし、来客中にいきなり姿現しで来ることもないし、とっぴな言動もない、ハウスエルフらしいハウスエルフだ。マルフォイ家とは非常に相性のいい子であった。

 

 淹れてくれた紅茶も、最高級の茶葉を使われたいいものだ。当然だ。

 

 さて、何が一段落ついたかと言えば、ホグワーツに関連するもろもろの事情だ。新しい森番は魔法省が派遣し、森の調査は立ち入り禁止のまま、魔法省が学期中も継続が決定した。

 

 まあ、新しい森番というが、要するに監視役だ(さすがに引継ぎがろくにできてないので、複数人1チームを派遣ということになるらしい)。一昨年はドラゴン、去年は詐欺師とスリザリンの後継者騒動と来た。

 

 後者に関しては、ルシウスはけして他人事ではいられないのだが、転がり込んできたチャンスを無駄にしないのもマルフォイだ。迷惑かけてしまった分、アフターフォローはしっかりとやったのだ。問題はない。

 

 とにかく、これ以上の騒動は目に余る、監視をつけざるを得ない、と来たところでシリウス=ブラックの脱獄である。

 

 加えて、彼は獄中で「あいつはホグワーツにいる・・・」などと寝言を言ったらしい。

 

 ブラックが狙いそうなのはポッターの倅なのだろうが、彼は表向き死んだとされている。生き延びていると知っているのは、ほんの一握りの人間だけのはず。

 

 だというのに、なぜホグワーツ?

 

 まったくもって意味不明だ。まあ、あのブラック兄が何を考えているかなど、ルシウスの知ったことではない。

 

 同じ純血貴族というのに、まるで異国人どころか、文字通り異なる世界の住人のように、まったくもって理解不能なのだ。

 

 あれでは、最近手紙のやり取りをする、メイソン氏の方がまだ物分かりもよく、話も通じるというものだ。彼は魔法についてはちんぷんかんぷんだが、マグル界については幅広い知識を持ち、こちらの技術に応用できる部分や、さらなる技術発展のヒントについて、アドバイスをくれたりするのだ。

 

 イギリス魔法界はファッションセンスからもわかる通り、懐古主義的な一面があるが、マグルの技術でまねできる部分は取り入れてもいいように思う。

 

 例えば、検知不能拡大呪文のかかったカバンなど、当の魔法使いも何をしまったかわからなくなってしまうことがあるので、そういう時に中身をリスト化して簡易表示されると便利ですよね、というメイソン氏の一言が原因で、マルフォイ傘下のカバンメーカーの売り上げは、大幅に上がった。

 

 カバンの取っ手についているプレートを触りながら、「検索(クアレレ)」と言えば、目の前に半透明なリストが表示され、さらに必要なものの名前を言えば、即座にその有無と個数を表示させるという、詳細絞り込み機能もある。

 

 何でもかんでもマグル由来だ!と目くじらを立てるのではない。マグルを利用している、と考えればいいのだ。

 

 面倒な発明や、試行錯誤のステップはマグルがやる、自分たち魔法族はその旨味をさらに、自分たちにあうようにカスタマイズしているのだ。それならば何も問題はない。

 

 血を混ぜ込むのは問題だが、技術を利用し、魔法界の発展に貢献するのは、また別問題だろう。

 

 そういうルシウス氏も、私的な文章のやり取りは、書きやすいマグル製の紙と万年筆をもってやり取りしている。

 

 さすがに公的な文章の類は、魔法契約の関係で羽ペンにせざるを得ないのだが。マグル製の筆記用具は、魔力の通りが悪く、魔法契約で使うには不向きなのだ。

 

 ともあれ、ここしばらく仕事にかかりきりになっていたルシウス氏も、ようやく落ち着いてきた。

 

 最愛の妻であるシシー、かわいい一人息子ドラコを連れて、デヴォンシャーの別荘に骨休めに行くのも悪くない。

 

 さすがに今年は無理だろうが、ドラコはそのうち、ハリーJr.を招待したいとも言っていた。それも検討すべきだろう。来年はクィディッチのワールドカップがあるのだ、その時などいいかもしれない。

 

 その前に、定例のセブルスとの食事会もしよう。昨年は一段と彼には迷惑をかけてしまったのだ。少しばかり奮発してやるべきだ。

 

 加えて、ダンブルドアを蹴落とす切っ掛けも、彼がつかんできてくれた。

 

 おそらく、それも、ルシウスのために。例の闇のアイテムの流出源がルシウスとばれれば、ただでは済まない。スキャンダルを塗りつぶすには、スキャンダルが一番だ。だから、彼はアクロマンチュラのことを知らせてくれたのだろう。もちろん、生徒の安全を慮って、という部分もあるのだろうが。

 

 まったく。借りばかり増えてしまう。悪い気はしないのだが。

 

 弾んだ気持ちで、ルシウスは紅茶に口づけた。

 

 

 

 

 

 さて、数日後。

 

 少し奮発して、マルフォイ傘下の高級レストランで、セブルスと食事をすることにしたルシウスだが、今ほどこの店でよかった!と安堵したことはなかった。

 

 近況報告ついでの話が、ルシウスが処分したくてたまらなかった、例のアイテムについて話が及んだ時、耳塞ぎ呪文(マフリアート)をかけた上で声を潜めてセブルスが話し出した。

 

 ・・・一応、ここは特別待遇室ということで、個室で食事をとっていたのだが、それが功を奏したともいえた。

 

 「ルシウス、あなたは分霊箱、という禁術をご存じですかな?」

 

 「は?」

 

 聞いたことがあるようなないような。

 

 詳しく聞いてみたルシウスは、卒倒しそうになった。

 

 闇の帝王の魂――分割されたそれが収められたアイテム?!それが、あの黒い革表紙の日記帳の正体?!

 

 知らず、ルシウスは闇の帝王の命のストックを削るような真似をしてしまったというわけだ。

 

 「どうやら、あなたもご存じなかったようですな」

 

 瞬時に顔をこわばらせるルシウスをよそに、セブルスはため息を吐くように言った。

 

 ルシウスとしてはそれどころではない。その広い額の下に詰まった脳みそを目まぐるしく回転させ、考え始める。

 

 

 

 

 

 闇の帝王が戻ってくるかは非常に怪しい。そう考えるものも大勢いる。かくいうルシウスもそうだ。

 

 吸魂鬼塗れのアズカバンと、罰金に加えて元死喰い人の烙印と、どちらがいいか天秤にかけて、後者に軍配が上がった。だから、ルシウスは自由でいられる。

 

 だが、いつか、闇の帝王は戻ってくる。ノクターンではひそかにそう噂が流れていたし、あの、何考えてるかわからんクソ狸爺もそう感じているのだろう。水面下で怪しい動きをしまくっているらしい。学校の運営は二の次で。

 

 思い返せば、“闇の帝王”は、死を超越する!と称して、危険な魔術や永続変身に手を出していたらしい。深々とかぶった黒いフードの下は、明らかに人間離れした――頭髪や鼻のない、まるで蛇のような容貌をしており、どんな魔法を使えばそうなるんだ?!と配下の死喰い人たちでもひそかに戦慄した。

 

 あれを、素晴らしいです我が君!とうっとりと見れたベラトリックスはどうかしている。

 

 よほどご自身の容貌がお嫌いであったのだろうか?

 

 見るに堪えないほどの不細工で、周囲にそれが原因で弾圧されまくっていたとか?そのくらいのコンプレックスでもないと、ああまでなろうとはしないだろう。

 

 とにかく、そういった感じであれば、他にも何か尋常でない魔法を保険代わりに使ってて、ちょっとやそっとでは死なないようにしてても、不思議ではない。

 

 実際、ルシウスも聖28家の一員、マルフォイ家の当主として、そういった危険で、魂そのものを破壊しかねない魔法の存在を聞いたことがあるのだから。

 

 魔法を強く正しく使うには、闇の魔法についても知らなければならないから。

 

 だからこそ、ルシウスも闇の魔法について学んだ。まあ、その強力さを知れば、普通の魔法をちょこちょこ使うなどバカバカしくなる者も多いが、自滅の可能性も高いそれらの魔術には軽々しく手を出すべきではない、というのも強く言い聞かされるものだ。

 

 そういったリスクを無視して、ポンポン気軽に使うのは品がない。切り札は有事に切るから切り札であるのだ。

 

 話を、分霊箱と帝王のことに戻す。

 

 知らなかったとはいえ、帝王の分霊箱を放出して消滅の要因を作り上げたなど、大失態では済まない。

 

 しかも、その直接の消失の原因となったセブルスと、ルシウスは現在進行形で友誼を結んでいる。

 

 まずいなんて言葉では片付かない。

 

 闇の帝王が復活しようものなら、絶対確実に、裏切り者として消される。

 

 いや、それ以前にアズカバン行きを免れている時点で自分は帝王への忠誠を反故にしたも同然なので、彼が復活すればどのみち痛い目に遭わされかねないのだ。

 

 リスクをかぶるのがルシウス一人ならまだマシだ。だが、闇の帝王は年々過激になっていったことを考えれば、その咎を妻や息子にかぶせてきてもおかしくない。

 

 当主の失態をその妻や息子に贖わせるという名目のもと、資産をむしられ、ダンブルドアの暗殺をしてこいなどの無茶振りをされては、たまったものではない。

 

 失敗や拒否をしようものなら、どのみち破滅だ。

 

 解決手段はただ一つ。

 

 

 

 

 

 「セブルス!その分霊箱とやらはどこにある?!どうすれば処分できる?!」

 

 帝王は復活させない。このままひっそりとくたばってもらう。

 

 ルシウスは結論を出すや、前のめりに解決法を持っているだろう後輩を問いただした。

 

 「先日の件を含め、すでにいくつかは処分済みです。そして、他のものについて、あなたにもご助力をいただきたい」

 

 真剣な目でグラスを置いたセブルスに、「無論だ」とルシウスは深々と頷いた。

 

 そうして、食事を少々早めに切り上げた二人は、後日、レギュラスも加えて、場所をもっと密談に適しているマルフォイ邸に移し、改めて情報のすり合わせを行った。

 

 セブルスとレギュラスの話を聞いて、ルシウスは改めて頭痛を覚えた。

 

 ほとんど確信していたとはいえ、実は帝王を殺したのはセブルスだったこと。(怪物邸騒動の時のようにマジックアイテムで呼び出された格好だったらしい)

 

 レギュラス=ブラックが生きているのにも絡んでおり、その過程で分霊箱の存在を知ってしまったこと。

 

 のちに分霊箱が複数あることを確認し、他の候補について調べていること。

 

 破壊済みのアイテムは、

スリザリンのロケット、

ゴーント家の指輪(死の秘宝“蘇りの石”付き)、

そしてマルフォイ家保管の日記帳。

 

 目星の点いている怪しいアイテムとして、

レイブンクローの髪飾り、

ハッフルパフのカップ、

 

 隠し場所として怪しいのがホグワーツ、ということだ。

 

 分霊箱は、セブルスが持っているマグルじみた物騒な武器であれば、破壊できるとも。

 

 聞き終えて、ルシウスはふと思い当たる部分があって、口にした。

 

 ハッフルパフのカップかどうかはわからないが、昔・・・あのお方が失脚する前に、ベラトリックスが大層喜び勇んで、金色のカップを持っていたのを目の当たりにしたことがあったのだ。

 

 我が君から下賜された!命に代えても、確実に守り通すようにと言われた!と、相当に浮かれている様子だった。

 

 おそらく、それこそがハッフルパフのカップであるに違いない。ベラトリックスの言からも、分霊箱であると見ていいだろう。

 

 その後、レストレンジ夫妻は逮捕されてアズカバンに投獄となったが、その資産は魔法省に接収・・・される前に、マルフォイ家が妻の姉の家だから、とその管財人を名乗り出たため、現在は凍結状態に陥っている。

 

 それでも、危険なマジックアイテムの確認のために、家宅捜査は許可した。そうしないと、資産凍結が許容されなかったのだ。だが、その時にそういった類のアイテムの存在は聞かなかった。いくら、魔法省の闇祓いの性質が低くとも、その判別・対処くらいはできるはずだからだ。

 

 つまり、レストレンジ邸にハッフルパフのカップはない。

 

 本人不在で、鉄壁の守りを誇ると言えば。

 

 「グリンゴッツだな」

 

 「また厄介なところに・・・」

 

 三人そろって、ため息を吐いた。

 

 「しかも、ベラトリックスとロドルファス・・・あの帝王狂信者の管理下だ。

 確実に、金庫の守りだけでなく、他にも何か仕掛けてくるぞ」

 

 「分霊箱は、他の魔法が効かないんです。僕が、スリザリンのロケットを取ってくるときも、呼び寄せ呪文(アクシオ)が効かなくて毒を飲み始めるのが遅くて。そのために危ういところだったんです。

 クリーチャーも破壊できないほどですから、相当です」

 

 ルシウスとレギュラスのため息交じりの言葉に、セブルスが静かに口を開く。

 

 「・・・グリンゴッツそのものへは侵入できるかね?」

 

 「可能だ。管財人はシシーだからな。金庫の内部を確認したいとシシーが言えば、侵入自体は可能だ」

 

 「その・・・ナルシッサ姉さまは大丈夫なんですか?」

 

 気づかわしげに見てきたレギュラスに、ルシウスは静かにうなずいた。

 

 結果として、姉を裏切らせることになる(ベラトリックスはナルシッサの実姉に当たる)、ナルシッサの心情を慮った彼に、ルシウスは答えた。

 

 「彼女もマルフォイの女として嫁いできた。ドラコを守るためならば、邸宅のような怪物にも杖を向けられる、強い魔女だ。覚悟はできていよう」

 

 

 

 

 

 それに、とルシウスは内心で続けた。

 

 元々、ブラックの魔女らしく苛烈な部分のあったベラトリックスは、闇の帝王と邂逅し、その思想と魅力に強く魅せられた結果、変わってしまった。

 

 他者を痛めつけるのを是とするサディスティックさを押し隠しもしなくなり、闇の帝王に従わざれば人にあらず!というような、極端すぎる思想に傾倒してしまった。

 

 ルシウスは知っている。

 

 ベッドの中で妻が、「ベラが怖い」と泣いていたことを。昔に戻ってほしい、と泣いていたことを。

 

 ナルシッサは、ベラトリックスを愛しているだろう。だが、もう後戻りも、手を取り合うことも、不可能になっていると、悟りもしているだろう。

 

 ルシウスにできることは、今の家族を守ること、シシーが泣けば彼女の寄る辺になること、それだけだ。

 

 貴族は、時として血縁者すら天秤にかけなくてはならない。それは当然のことだが、つらくないわけではない。

 

 だが、覚悟はしていた。一族と、息子と、息子の将来の家族たちのために。

 

 ルシウスは、腹を決めていた。

 

 

 

 

 

 「ならば、ルシウス。あなたの姿と杖を貸していただきたい」

 

 少しばかり感傷に浸っていたルシウスを引き戻したのは、セブルスの言葉だ。

 

 「どうするのだね?」

 

 「グリンゴッツの小鬼(ゴブリン)たちは、個人の事情にはあまり興味を持ちません。

 せいぜい杖で個人の識別をつけるという程度です。

 ならば、ポリジュース薬であなたに偽装すれば、Mrs.マルフォイとともに金庫に入っても、不思議ではありますまい」

 

 現状、分霊箱を確実に壊せるのは、セブルスの持つ奇怪な武器のみだ。生半な魔法は通用しないことは、レギュラスとハウスエルフのクリーチャーが証明している。

 

 その武器も扱いが難しいらしいうえ、何というか、悍ましい気配がするので、触りたくない。なぜセブルスはあれを平然と振り回せるのだろうか。

 

 となれば、セブルスをどうにか金庫に入れるようにした方がいい、ということだ。

 

 「ふむ。となれば、私が家にいる日にした方がいいな。日取りは追って知らせる」

 

 ルシウスにも仕事がある。魔法省に出向したり、荘園や企業の視察、打ち合わせをしたりするのだ。そんなときに、グリンゴッツにもいたと判明したら、余計な疑惑を持たれかねない。念には念を入れるのが、スリザリンだ。

 

 そうして、ルシウスはもう一つの心当たりについて言った。

 

 「ホグワーツにも分霊箱があるかもしれない、という話だが、それについても一つ、心当たりがある。

 “必要の部屋”にあるやもしれん」

 

 「必要の部屋?」

 

 「あったりなかったり部屋ともいう。私は父上――先代から聞いたことがあってな」

 

 と言って、ルシウスは説明し始める。

 

 ホグワーツの特定の場所――大きな壁掛けタペストリーにバカなバーナバスが愚かにもトロールにバレエを教えようとしている絵が描いてある。その向かい側の何の変哲もない石壁の前で、気持ちを必要なことに集中させながらその壁の前を3回往ったり来たりすれば、その部屋が出現する。

 

 そこには、その時の気持ちに必要なあらゆるものが用意されるのだ、と。

 

 「そして、こうもおっしゃられていた。

 だいたいは必要な時に偶然その部屋に出くわして二度と見つからないことが多い。ゆえに、その部屋の存在を知りうるものはほとんどいない、何かを隠すこと、見つからずに何か成し遂げるにはうってつけだろう、と。

 ・・・父上は、それを宝物を見るような目で思い返すように語っておられた」

 

 ぽつりと、そう付け加えたルシウスに、セブルスは脳についた瞳が瞬いたのを感じた。

 

 「なるほど」

 

 「え?何がですか?」

 

 聞き返すレギュラスに、セブルスは答えた。

 

 「おそらく、先代マルフォイ家当主殿に“必要の部屋”の存在を教えたのは、闇の帝王だろう。

 “秘密の部屋”をも探り当てたような御仁だ。その存在を知っていても、不思議ではない」

 

 「なら・・・!」

 

 ハッとしたレギュラスに、セブルスは深々と頷いた。

 

 いずれかの分霊箱が、そこにある可能性が高い。

 

 「次にホグワーツに行った時に、探りを入れてみよう。協力に感謝する、ルシウス」

 

 「礼には及ばない。家族のため、ひいては我がマルフォイのためだ」

 

 頭を下げるセブルスに、ルシウスは答えた。

 

 

 

 

 

 それから数日後、グリンゴッツにナルシッサ=マルフォイと、ポリジュース薬でルシウスに変身し、彼の杖を借りたセブルスが訪問。

 

 金庫内の確認という名目で、レストレンジの金庫を訪れ、その中でハッフルパフのカップと思しきものを発見。

 

 悪質な双子呪文で分裂を繰り返して無数に増えていくカップの中で、遺志の残滓から分霊箱を見極めたセブルスは、血の遺志収納から取り出したノコギリ鉈で真っ二つにした。手ごたえから、やはり分霊箱であったとも判明した。

 

 ポリジュース薬に関しては、予備を錠剤化魔法で持ち歩いていたので、どうにか正体を露見させることもなく、分霊箱の処分を完了したのだ。

 

 

 

 

 

 一方で、ルシウスも今回のことで完全に帝王と手を切ることとなり、セブルスの手を借りて闇の印を消した。

 

 家族や領地、傘下企業、そこで働く人々に何かされたらと思うと気が気でなくて!

 

 この通り、友人の開発した技術で闇の印も消しました!

 

 闇の帝王とはすっぱり縁を切ります!

 

 これからは、誠心誠意、イギリス魔法界のさらなる発展のために尽力します!

 

 意訳してそんなことを、しれっと記者たちの前で言ってみせるルシウスは、イギリス名物7枚舌をキレイに炸裂させていた。

 

 その後、ルシウス経由でセブルスのもとに同様に闇の印を消してほしい、とこっそり依頼が来るようにもなった。

 

 その関係者に、ダームストラング校長のイゴール=カルカロフがいたのも、余談である。

 

 

 

 

 

 さて、死喰い人の残党と思しき黒犬の動物もどき(アニメーガス)のせいで、バタバタと慌ただしくも引っ越しを完了させたメイソン宅である。

 

 新たに“忠誠の術”をかけなおし、一息ついたところで、セブルスはいい加減話すべきだろう、頼みたいこともある、と話を切り出した。

 

 子供たちは、二人して友人宅に遊びに行っており、不在である。

 

 実は、今度引っ越した町は、ハーマイオニー=グレンジャーの実家となるグレンジャー・デンタルクリニックがあるのだ。

 

 詳しい住所は教えられないけど、同じ町だよ!とハリーJr.が手紙を出したところ、遊びにおいで!と誘われたそうだ。

 

 その際、お姉さんも一緒にどうぞ、と書かれていたので、一緒に行ったのだとか。

 

 グッドタイミングだ。これから話す話は、子供には少々刺激が強い話にもなる。ジュニアもヘザーも好奇心が強いところがあるので、首を突っ込まれてはことだ。

 

 「それで、改まって何だい?セブルス」

 

 「すまない。手を、貸してほしい」

 

 インスタントのコーヒーの入ったカップを手にするハリーを前に、セブルスは頭を下げて言った。

 

 「ど、どうしたんだい?!突然!」

 

 「実はだな・・・」

 

 仰天するハリーと、目を丸くするリリーに、セブルスは腹をくくって、話し出した。

 

 先日の“秘密の部屋”騒動の元凶が、闇の帝王の分霊箱――分割した魂を収められた器物であり、他にもそれが複数あること。

 

 いくつかは破壊でき、残っているものも破壊の目星がついたこと。

 

 「どうして早く話してくれなかったの?!それ、私たちも無関係じゃないはずだわ!」

 

 真っ先にそう言ったのはリリーだ。ムッとして、私!怒ってます!とばかりに眉を吊り上げている。

 

 「リリー。話さなかったんじゃなくて、話せなかったんじゃないかな?私たちは皆、事情を持ってて、追われる立場だ。これ以上面倒を背負い込ませられない、と思ってくれたんだろう。

 まあ、話してほしかった、というのには同意するがね」

 

 「あ・・・」

 

 ハリーになだめられ、リリーはハッとした。

 

 この幼馴染が、不器用で肝心なことは話したがらないというのは、リリーが一番知っているはずなのに。

 

 また、感情優先で怒ってしまった。

 

 「ごめんなさい、スネイプ・・・」

 

 「気にすることはない。黙っていたのは事実だ」

 

 しゅんと申し訳なさそうにして謝るリリーに、セブルスは緩く首を振った。

 

 できるなら、セブルスたちだけで片付けたかったが、一つ思いついたことがあり、それを片付けるにはハリーの手を借りた方がいいと判断したので、ここに来たのだ。

 

 悪いのは中途半端なセブルスだ。リリーが怒っても無理はない。

 

 「それで、私たちは何をすればいいんだい?」

 

 「分霊箱がある以上、“闇の帝王”が復活する可能性がある。

 だが、今、奴には肉体は存在しない。復活するならば、肉体を作り直す必要があるはずだ」

 

 「・・・まさか、そんなことが、できるというの?」

 

 「あくまで予想だが、不可能ではないだろう」

 

 蒼褪めて震える声で尋ねるリリーに、セブルスは静かにうなずいた。

 

 「ふうん・・・SF小説を思い出す話だね?コンピューターの中に意識だけを残しておいて、作ったアンドロイドやクローンの中にあとでそれをインストール・・・要は、乗り移って、はい復活、という展開だね。

 ああ、アンドロイドっていうのは、人間そっくりの機械仕掛けの人形のことだね。

 で、クローンってのは・・・うーん、ある人間の遺伝子、ええっと、肉体の構成情報を元に、その人間そっくりに作り上げた存在って言えばいいかな?

 いずれも架空の存在だし、後者に関しては倫理的問題もあるから、実用化はされてないね」

 

 SFに疎い魔法使い二人のために、説明するハリーに、なるほど、と二人は頷いた。

 

 「さすがハリー!物知りね!」

 

 「そうでもないよ」

 

 感心するリリーに、ハリーは少し照れくさそうにするが、すぐに表情を引き締める。

 

 「そのヴォルデモートってやつは、それと同じことを魔法でしようとしている。そうだね?

 本人の肉体がないなら、近似遺伝子の持ち主の肉体情報を使うかもしれないね」

 

 「話が早くて助かる」

 

 「でも、ええっと、キンジ、イデン?」

 

 「わかりやすく言えば、血のつながった肉親、と思えばいいよ。親兄弟とか、子供とかだね」

 

 「“例のあの人”にそんな存在、いるのかしら?いまいちピンと来なくて」

 

 「いるのだ」

 

 視線をさまよわせるリリーに、セブルスは端的に答えた。

 

 「先日の騒動の際、私は奴の分霊箱と相対した。

 その時、奴の分かたれた魂は言っていたのだ。

 本名はトム=マールヴォロ=リドル。ヴォルデモート卿はそのアナグラムだ。

 ミドルネームは祖父からで、名前自体は父からだ、と。汚らわしい、母が魔女であるだけで捨てた男だ、と」

 

 「ま、待って!え?!それって、“例のあの人”って半純血ってこと?!」

 

 目を白黒させるリリー(どうも、純血と思い込んでいたらしい)に対し、ハリーは軽く眉を動かしただけだ。

 

 「うーん・・・あくまで私が部外者だから言えることなのかもしれないが・・・納得はできるね」

 

 「え?どういうことなの?」

 

 「すぐさま殺すだ何だと過激な排除・弾圧運動をやっていたという話だったろう。

 そういうのは、本当にそういう血筋の人間はやらないんじゃないかと思ってたんだ。コンプレックスの裏返しってやつだね

 持たざる者は、持つ者を羨み、そこに行こうとするものだよ。どんなに足搔いて、手に入らないものであろうとね」

 

 「そうだ。

 冷静に考えれば、ヴォルデモートなど聞いたこともない名を名乗る時点で、出生に訳ありだというようなものだ。

 自身の血を誇るならば、素直に家名を名乗ればいい」

 

 ハリーの言葉にうなずいて、セブルスは改まって話を切り出した。

 

 「ハリー。貴公に頼みたいというのは他でもない、トム=リドルという男を探してほしいのだ。

 おそらく、すでに亡くなっていることだろうが、骨でも残っていれば、それを新たな肉体の材料にされかねん」

 

 「なるほど。魔法族でないなら、魔法使いよりも、こちらで調べる方がいいね。

 私は作家だから、作品の参考にしたい、と調べ物をしているスタイルで調べることもできる。

 任せてくれ」

 

 「私もサポートするわ。他にできることがあったら言って。

 言っておくけど、また変な遠慮をしたら、容赦しないわよ!」

 

 うなずいたハリーに、リリーが言った。

 

 「・・・具体的にどうするのだね?」

 

 「次の食事会で、スネイプ一人、ウナギのゼリー寄せを食べてもらうわ!」

 

 「わかった。何かあれば必ず相談しよう」

 

 恐る恐る尋ねたセブルスに、リリーがドヤ顔をしながら言うや、セブルスは真面目な顔をして即行で言った。

 

 それを見て、ハリーがククッと肩を震わせる。

 

 冗談を真に受けるあたり、この友人は基本的に真面目なのだ。

 

 

 

 

 

 続く




【ハッフルパフのカップ】

 ヘルガ=ハッフルパフが自身の象徴的アイテムとして作り上げたカップ。

 取っ手が二つある、穴熊の彫刻が施された金のカップ。様々な魔法が施されている。

 彼女の子孫となるヘプジバ=スミスは、それをあくまで安全にしまっておくだけであった。

 ヘプジバの元から奪われたそれは、闇の帝王の魂を宿されたのち、レストレンジ夫妻に託された。

 寛容を徳目とするヘルガ=ハッフルパフも、その有様を何と思うであろうか。





 次回の投稿は、来週!内容は・・・ホグワーツ特急にて。アフタールーピンインパクト!・・・3話目にしてようやくホグワーツですよ。今楽章は亀進行ですなあ。お楽しみに!


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【3】セブルス=スネイプ、謝罪される

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 さあ、始まりました!闇の帝王殺害RTA!彼はいつまで生きてられるでしょうか?!・・・たぶん、原作よりも早死にするでしょう。

 というわけで続きです。ようやく、ホグワーツ・・・の前に、ホグワーツ特急にて。

 満を持してルーピンさんが登場です。セブルスさんに余計なことをすれば、ガラシャの拳とか脱毛薬飲まされかねないのですが、彼は果たして、無事に1年乗り切れるでしょうかね?


 

 居心地悪いなあ。

 

 ハリー=メイソンJr.は困惑していた。隣のドラコも表情にこそ出さないようにしているらしいが困惑しているし、向かいのハーマイオニーもそうだ。ネビルに至っては青ざめて、できるだけそちらを見ないようにしている。(なんであんなに怖がるんだろう、彼は)

 

 ホグワーツ特急のコンパートメントの一室だった。

 

 親愛なる父の友人となるおじさんであり、頼れる魔法薬学教授、スリザリンの寮監となるセブルスおじさんが、普段の五割増しに眉間にしわを寄せていたら、そうも思う。

 

 

 

 

 

 珍しくどこのコンパートメントも他の生徒が先約を取っていて、なかなか空いてるコンパートメントが見つからなかったのだ。

 

 今日に限って、と駅で一緒になったドラコと、ハーマイオニーとネビルも一緒に歩き回ったが、どうしようもなかった。(ロンは今年は、他の兄弟たちと同じコンパートメントに乗ることにしたらしい。回復したとはいえ、末の妹が聖マンゴで療養していたので、心配だったらしい)

 

 重いトランクケースを引きずりながら(魔法で軽量化してないのは、何でも魔法に頼ってるとそれがないと何もできなくなる、というメイソン家の方針だ。体を鍛えることにもなって一石二鳥だ)歩き回り、たどり着いたのは、一つのコンパートメントだった。

 

 そこにいたのは先客2名だった。

 

 いつものインバネスコートに身を包んだセブルスと、妙にみすぼらしい男だった。

 

 白髪交じりの茶髪に、顔が傷跡塗れで、擦り切れたローブを纏っている。

 

 どういうことだろう?と顔を見合わせるが、セブルスと誰か大人が相席しているならば、とまた別のコンパートメントを探そうとした。だが、その相席している男が、ニコニコ笑いながら「私たちなら気にしないよ。いいだろう、スネイプ」と言ってきたので、固辞するわけにもいかず、ありがたくお邪魔させてもらった。(セブルスおじさんの知り合いだろうか?おじさんは頷いただけで何も言わなかったけれど)

 

 大人たちにも手伝ってもらって、重いトランクをひいひい言いながら、荷物棚に押し上げた。

 

 あの重いトランクを息も乱さずに片手で持ち上げられるあたり、セブルスおじさんは相変わらず怪力だった。(浮遊術を使えばいいじゃないか、というみすぼらしい男の言葉は黙殺された)

 

 

 

 

 

 そしてこの始末である。

 

 

 

 

 

 どうしたんだろう、とハリーJr.は思う。

 

 セブルスおじさんは、大体のことはあまり表情には出さない。

 

 怖そうだな、と小さい頃は思ったりしたが、頭をなでる手は優しく温かなもので、たまに家に来るときは手土産を持ってきたり、誕生日やクリスマスにもプレゼントの贈りあいもして、ハリーJr.やヘザーの話も静かに聞いて、ちゃんと相槌や言葉を返してくれる。

 

 父と一緒に悪いやつをやっつけてくれたこともあるし、父や母と言葉を弾ませているのを見ていると、怖そうなのは見た目だけで本当は優しい人なんだな、見た目で人を判断しちゃいけないってのは本当なんだな、と実感したものだ。

 

 よく見たら、機嫌がいいときは眉間の皺が少し薄くなる、というのも後々発見した。声も優しそうな感じにもなる。

 

 で、今のおじさんはそんな家に遊びに来てくれて機嫌のいい時とは正反対だった。

 

 原因は・・・ハリーJr.の家の事情もあるかもしれないが、それ以上に。

 

 ――ひょっとして、反対側のこのみすぼらしいおじさんのせいかな?

 

 ちらっと見やると、目が合った彼はニコリっと笑ってくれる。傷だらけではあるが、人好きする笑顔だ。

 

 「そういえば、自己紹介がまだだったね。私はリーマス=ルーピンだ。

 少しばかり早いかもしれないが、自己紹介をしてもらえるかい?」

 

 「早い?」

 

 「よく考えてみてよ、ハリー」

 

 首をかしげるハリーJr.に、ハーマイオニーが口をはさんだ。

 

 「ホグワーツに行く大人なら、空席になった“闇の魔術の防衛術”の教授っていうのが妥当でしょう?授業前に自己紹介することにはなるから、早いってこと」

 

 「あ、なるほど」

 

 納得するハリーJr.は、隣のドラコがわずかに眉を動かしたのには気が付かなかった。

 

 ともあれ、そういうことなら、と改めて自己紹介をした。途中、お昼をはさみつつ、夏休み中の近況報告を交えて、雑談を弾ませる。

 

 今年からハーマイオニーは猫を飼い始めたらしい。赤みがかったオレンジの毛並みはふわふわだが、ちょっとガニ股でつぶれたような気難しげな顔をした、巨大な猫だ。クルックシャンクスという名のその猫はハーマイオニーの膝の上で丸まっている。

 

 ハーマイオニーはドヤ顔でかわいいでしょ?というが、全員これには微妙な顔で口をつぐまざるを得なかった。

 

 何でも、ダイアゴン横丁のペットショップで長く売れ残っていたのを、気に入って購入したらしい。

 

 そして、話題がハリーJr.の引っ越しのこととなる。ちなみに、表向きメイソン一家は父親の職業(一応作家である)のせいでストーキングしてきたファンから逃げるために、ということにしている。

 

 「え?引っ越し?!大変だったね!」

 

 「うん。でも、いい経験にはなったよ。・・・ネバークラッカーにも挨拶はしてきたしね」

 

 目を丸くするネビルに、ハリーJr.は遠い目をする。つられてドラコも視線を伏せた。

 

 

 

 

 

 怪物邸騒動で親交することとなったネバークラッカーは宣言通り心不全を回復させたが、その後に癌の骨転移が発覚、余命宣告を受けた。

 

 旅に出る、と笑って語った夢は実現することなく、ある日肺炎によって帰らぬ人になった。

 

 ハリーJr.並びにドラコが、ホグワーツ1年目を終えた直後の夏季休暇中のことだ。それまでも手紙を送りあっていた(一度メイソン家に送って、そこから送っていた)が、最後にお見舞いで顔を見れたことは不幸中の幸いであったのだろうか。

 

 駆け落ちしたため、身寄りのなかったネバークラッカーを、メイソン一家が身元引受人となり、亡くなった後の埋葬までやった。

 

 資産に関しては、驚くほど物が少なく――怪物邸騒動のせいで、大半がなくなったためだろう――本人もあらかじめ処分先を遺言に残していたため、事なきを得た。

 

 そして、引っ越しの直前、メイソン一家とドラコで墓参りをしてきたのだ。

 

 ネバークラッカーが愛するコンスタンスと一緒のところに行けたか、それは誰にもわからない。けれど、きっと今度こそ本当の意味で一緒にいられたらいいとハリーJr.は思う。

 

 

 

 

 

 「ネバークラッカー?」

 

 「昔住んでたところのご近所さんだよ。亡くなっちゃったけどね」

 

 「ふん。今度こそ、奥さんと勝手にやってることだろうさ。好きなものを好きなだけ食べてそれを眺める。そんな生活をしてればいいさ」

 

 つっけんどんな物言いをするドラコだが、彼なりにネバークラッカーを悼んでいるのだ。少なくとも、ハリーJr.はそう思った。

 

 「またそんなこと言って。天国で仲良くしてるよ、って素直に言ったらいいのに」

 

 「余計なこと言うな」

 

 茶々を入れるハリーJr.に、ドラコが言い返す。

 

 そして、それを見るハーマイオニーはくすくす笑い、ネビルもほにゃりと気の抜けた笑みを浮かべる。

 

 ・・・セブルスも、心なしか眉間の皺が減ったように見えた。

 

 「・・・ずいぶん、仲がいいんだね」

 

 どこか戸惑ったような声を出して、じゃれあうハリーJr.とドラコを眺めるルーピンに、セブルスは視線の奥で疑惑を一つ深めた。

 

 あの狸、どういうつもりだ。

 

 

 

 

 

 さて、本来はホグワーツで入学式の準備をしているセブルス並びにルーピンが、ホグワーツ特急に乗り合わせているのには、相応に理由がある。

 

 そもそも、セブルスは今年の“闇の魔術に対する防衛術”の担当が、ルーピンになったのは知らなかった。

 

 マクゴナガルが言うには、ダンブルドアから推薦され、今年は応募者もおらず、ルシウスをはじめとした理事も1年だけならと許可し、採用となったそうだ。

 

 学期開始1週間前の教職員準備期間にホグワーツに赴いた際に、そういったことを初めて聞かされたのだ。

 

 本来、この手のニュースをセブルスに通達するのはルシウスの役目なのだが、彼は分霊箱関連や、ダンブルドアの停職に伴うホグワーツの運営調査における魔法省との連携の調整にあれこれと指示を出していたのでそこに口をはさむどころではなかったのだ。

 

 で、職員室で顔を合わせた。どうも最初は分からなかったらしく、「スラグホーン教授の御後任ですね?お名前をお伺いしても?」と尋ねてきた。一瞬セブルスはふざけているのかと思ったが、何も言わずに淡々と自分の名を告げた。

 

 そうして、それを聞くなりルーピンは絶句してマジマジとセブルスを見てきた。そんなにおかしいことだろうか、とセブルスは内心で怪訝に思ったが(くどいようだが、彼に自身の容貌の変化に対する自覚は薄い)、閉心術できれいに押し隠した。ルーピンにどう思われようが、知ったことではない。

 

 ややあって、ルーピンは勢い良く頭を下げて「あの頃は済まなかった!」と大きな声で謝罪してきた。

 

 コイツはわざとやっているのか、と一瞬セブルスは思ってしまったのは、彼がひねくれているからかもしれない。

 

 こんな他の教職員が見ているところで謝罪するなど、セブルスには拒否の選択はないも同然だろう。

 

 「・・・構うことはない。気にしておらぬ」

 

 「リーマス?学生の頃のことですか?謝ってなかったって・・・今更ですか?!何年経ったと思ってるんですか!」

 

 淡々と答えたセブルスに、思わずという様子で口を挟んできたのはマクゴナガルだった。

 

 信じられない、とばかりに目を見開くマクゴナガルに、ルーピンは申し訳なさそうに肩を落とした。

 

 「はい。おっしゃる通りです、マクゴナガル先生。

 本当に今更になるが、すまなかった。

 言い訳になるかもしれないが、その・・・学校を辞めた後の君の行方について、捜しまわったんだが見つからなくて・・・。

 誰に聞いても、知らない聞いてないとしか答えてもらえなくて・・・」

 

 「手紙を出せばよいではないですか!」

 

 「宛先不明でフクロウが戻ってきてしまったんです。

 それでその・・・それを知ったジェームズたちが死んだに違いない、なんて言うものですから・・・」

 

 それはポッターたちに悟られぬようにやるべきではないか?あるいは隠していたのだろうが、ポッターたちが持ち前の好奇心で暴いてしまったのか。後者の可能性の方が高そうだ。

 

 そして、ろくに調べもしてないポッターたちの言い分を鵜呑みにするルーピンも、素直過ぎるのではないか?

 

 セブルスはそう思いはしたが、特に口出しもせずに黙っていた。何をどう考えようが、結局ルーピンの勝手だからだ。

 

 「・・・貴公の意図は分かったが、もう少し時期というものを考えたまえ。されなくてもよい邪推や誤解をされかねんぞ」

 

 「え?」

 

 「以前――脱狼薬の改良を発表したくらいの時期に、私のことをMr.マルフォイに尋ねただろう?彼のみならず、ある一定の者はこう考えることだろう。

 “ポッターたちが失墜したのをいいことに、脱狼薬開発に成功したスネイプにすり寄る、日和者”とな」

 

 「そんな!」

 

 さっと蒼褪めるルーピンに、セブルスはため息を吐いた。

 

 本当に何も考えてなかったらしい。よく言えば、グリフィンドールらしい猪突猛進であったのだろう。

 

 「それから、私に謝罪するくらいならば、他の純血名家の者たちにも謝っておきたまえ」

 

 「もちろんさ!あの時は君のことしか考えてなかったが、後から思い返せば私もかなりの非常識だったと反省しているんだ。

 Mr.マルフォイも、大変不快な思いをされたことだろうに・・・」

 

 これはセブルスは後から知ったことだが、実際、ルーピンは最初にセブルスの行方を尋ねに行った数日後に、ルシウスのところに謝罪の手紙を送ったらしい。

 

 大変鼻白んだ様子で「最初からしなければよいものを」と、ルシウスはこぼしていた。とはいえ、謝るだけ上等、と謝罪は受け入れたらしい。

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなの学期準備期間である。

 

 今年はダンブルドアの停職、シリウス=ブラックのアズカバン脱獄、さらにはその行き先がホグワーツというダブルコンボのスタートである。

 

 さらに連鎖して、監視役として魔法省から派遣された職員チームが森番を担当、ブラック追跡・捕縛のために吸魂鬼(ディメンター)をホグワーツに滞在させる、と来た。

 

 前者は妥当であろう。何しろ、昨年があまりにもひどすぎた。死人が出なかったのが不幸中の幸いとしても、アクロマンチュラのコロニーの放置と、透明マントの無断の借用延期(と称する実質借りパク)はいかんともしがたい。

 

 ハグリッドは危険生物狂いではあったが、実務に関しては真面目にやっていた。それがろくな引継ぎもせずにアズカバン行きである。森の調査と並行して行うともなれば、複数人一チームという扱いも妥当であろう。

 

 

 

 

 

 余談となるが、ハグリッドの飼っていたファングというボアハウンドは、引退したケトルバーンが引き取っていった。ファングは図体のわりに人懐っこく臆病な性分で、ケトルバーンにも問題なく従っていた。ドラゴン聖地巡礼の旅の頼もしい仲間になる、と彼は笑っていった。

 

 

 

 

 

 話を戻すが、後者――吸魂鬼(ディメンター)の滞在はだめだ。イギリス中の子供たちを預かるホグワーツに、人間の幸福な気持ちを餌にする闇の魔法生物を滞在させる?絶対ダメだ。マクゴナガルは大反対して、魔法省に猛抗議した。

 

 が、とあるピンクの服を愛用するガマガエルそっくりの魔女がエヘンエヘンという咳払い交じりに「まあ、ではマクゴナガル先生は、シリウス=ブラックがホグワーツで虐殺を働いてもよろしいというのですのね?マグルどもがそうされたように!まあ、怖い!」という妄言の前に屈せざるを得なかった。

 

 更には、前年の不手際もろもろを挙げられて「校長の横暴を止めるのも教職員の務めというのに!これ以上失望させないでくださいませ」などと、闇祓いの派遣と滞在要請は却下され、吸魂鬼(ディメンター)の敷地外滞在となってしまったのだ。

 

 魔法省から帰ってきたマクゴナガルは、いつにもましてイライラして、秘蔵のブランデーを棚から引っ張り出したそうな。

 

 

 

 

 

 本題はここから。

 

 一応、吸魂鬼たちはホグワーツ城の敷地外に滞在という形になっているが、シリウス=ブラックの侵入経路が特定できない以上、ホグワーツ特急に密行している可能性もある。そして、彼を探す吸魂鬼たちが見回りにやって来てもおかしくない。

 

 そこで、万が一生徒に吸魂鬼の被害が出ないように守護霊呪文の使える教職員を同乗させようという話になった。

 

 守護霊呪文はかなり高度な魔法なので未習得の魔法使いもおり、それはホグワーツ教職員でも例外ではない。さらには、他の業務などの兼ね合いを考えた結果、白羽の矢が立ったのがルーピンとセブルスである。

 

 セブルスはスリザリンの寮監であるが、ある程度の雑務はメアリーでもできる。しかし、ホグワーツ特急に乗る大勢の生徒たちを一人でフォローというのは無茶である。ゆえに、リーマスも一緒になったのだ。

 

 吸魂鬼対策として、セブルスはメアリーと厨房のハウスエルフたちにチョコレート菓子を用意させた。使う機会がなければ、セブルスの茶菓子として消えることだろう。

 

 「ところでスネイプ。君が懇意にしている、ハリー=メイソンって子は今年は何年生になるんだい?」

 

 その質問をルーピンから受けたのは、“姿現し”でホグズミード村からロンドン、キングズクロス駅から特急内のコンパートメントの一つに腰を下ろした直後のことだった。

 

 ルーピンは探るような目をセブルスに向けている。

 

 ・・・なるほど。わざわざダンブルドアが個人的にルーピンに何か話したか。そのうえで推薦してきたと。

 

 いずれにせよ、素直に話してやると思ったら大間違いだ。

 

 「3年生となる。それがどうかしたかね?」

 

 「いや、大したことじゃないんだ。ただ、君が個人的に親交があるなんて、珍しいと思ってね」

 

 「知ったようなことを言うものですな。ホグワーツに在校していたのが何年前と思っているのかね?それから私が誰と友好を結ぼうと、貴公には関係ないだろう」

 

 「関係ないなんて・・・!

 いや・・・そうだな、すまない。その通りだ」

 

 突き放すように言い放ったセブルスに、ルーピンは寂しげに笑った。

 

 まさかこの男、セブルスを友人カウントしてるのだろうか?だから関係ないと言われて傷ついたとでも?実に図々しく、能天気なことだ。

 

 加えて言えば、ルーピンはハリー=メイソンJr.について知って探りを入れようとしているようだが、同じ子供を案じる味方とセブルスが判断するかはまた別問題だ。セブルスが案じるのはハリーJr.だけではない、メイソン一家全員だ。

 

 

 

 

 

 確かにリリーは、ルーピンやシリウスについて心配していた。だが、それ以上に今の家族と生活が大事だから、ダンブルドアと強くつながっているだろう二人には会わない、身を隠したままでいる、と言っていた。

 

 勇猛果敢なグリフィンドールのくせに保身に走るなんて最低ね、と彼女は自嘲していたが、そんなことはないとセブルスは思う。

 

 切り捨てるのもまた勇気がいる。何より、その保身は彼女の大事な家族のためのものだ。彼女が卑怯ならば、世の中の大半の人間が卑怯者と蔑まれるに違いない。

 

 

 

 

 

 ともあれ、そうして気まずい空気で沈黙してたところに、ハリーJr.達学生組が空いているコンパートメントを求めてやってきた、というわけである。

 

 

 

 

 

 さて、戸惑う様子のルーピンに対し、セブルスは何も言わない。

 

 “ジェームズ=ポッターの息子、ハリー=ポッター”ならばおかしいだろうが、“ハリー=メイソンの息子、ハリー=メイソンJr.”ではまた違う。それをルーピンは今一つ実感できていないのだろう。

 

 「何ですか?僕たちが仲良くしていると不都合でも?」

 

 少々とげとげしい口調で言ったのはドラコだ。大方、父親からルーピンの学生時代のことを聞かされているのだろう。

 

 「あの!ドラコのお父さんがその、死喰い人だったっていう話はボクも聞いています。でも、Mr.マルフォイはボクらの恩人で、父さんとも親しくしてくださっています!

 この前、記者会見で大々的にいろいろお話されてましたよね?

 今すぐは無理でも、ちょっとずつ見方を変えてください!」

 

 ルーピンの様子に勘違いをしたらしいハリーが口をはさんだ。

 

 「恩人?」

 

 「あ、えっと、ちょっとした事件に巻き込まれた時、助けてくれたんです」

 

 「事件って何だい?言えないことなのかい?」

 

 「ルーピン」

 

 怪物邸事件のことをどうにか話さずに済ませようとするハリーJr.に遠慮もせずに、グイグイツッコミを入れるルーピンを、セブルスが制した。

 

 「人には言えぬこと、話したくないこともある。

 私もそうだ。そして、貴公もそうであるようにな。

 人にそれを尋ねるならば、まずは自分のことを話してはどうだね?」

 

 鋭い目で見やるセブルスに、ルーピンはハッとした様子で「すまない、つい・・・」と質問を取りやめた。

 

 「じゃあ、ハリーはMr.マルフォイと直接会われたことがあるのね。

 ・・・私ね、あの記者会見を日刊預言者新聞で読むまで、ちょっと警戒してたの。

 ドラコのお父さんだから悪い人じゃないってのは分かってたんだけど、周囲が口をそろえて悪く言ってきてて。

 やむを得ずに悪事に加担する人もいるんだって、家でパパに言われたわ。

 ごめんなさい、ドラコ」

 

 「気にするな。父上も本当のことだと覚悟されていた。僕も・・・覚悟、している」

 

 ハーマイオニーの言葉に、ドラコは視線こそ柔らかだったが、どこか固い声でそう言った。

 

 「・・・そうだよね。みんながみんな、好き好んで死喰い人をやってるわけじゃないんだよね」

 

 ポツリと言ったのはネビルだが、すぐさまドラコは顔を上げた。

 

 「言っておくが、ロングボトム。例外は例外だ。脅迫同然で加担させられたものもいれば、狂信者だっていた。僕の父上は前者であるだけだ。後者ももちろんいる。

 無理に偽善ぶるな。反吐が出る」

 

 「無理しないで、だってさ。・・・何があったか知らないけど、ボクもそれには同感だよ、ネビル」

 

 「うん・・・ありがとう」

 

 ドラコのつっけんどんな言葉に、ネビルは一瞬険しい顔をするが、ハリーJr.が付け加えた言葉に、ふにゃりと力なく笑った。

 

 ハーマイオニーは事情を知っているのかいないのか、どこか痛ましげな表情をしていた。

 

 そうして微妙な空気になってしまったのを振り払うように、ハリーJr.が口を開いた。

 

 「ところでさ!今年から選択科目が始まるよね。ネビルは何をとったの?」

 

 「僕?ばあちゃんと相談して、魔法生物飼育学と、占い学をとろうかなって。

 メイソンとマルフォイは?」

 

 「魔法生物飼育学とルーン文字だよ。一緒の授業の時はよろしくね」

 

 「僕はそれと数占いだな。それにしても・・・グレンジャーお前、まさか本気で全科目受講する気か?」

 

 「もちろんよ。マクゴナガル先生からも許可をいただいているわ」

 

 「さっすがハーマイオニー・・・」

 

 「去年も首席だったもんね。すごすぎる・・・」

 

 わいのわいのとじゃれあう学生組に、大人二人が目元を緩めた時だった。

 

 唐突に列車が速度を落として止まった。

 

 外は真っ暗だが、セブルスが懐中時計で確認した限り、到着まではまだ時間があるはず。となれば。

 

 直後、前触れもなく明かりが消える。すぐさま、セブルスは腰の携帯ランタンに発光呪文(ルーモス)で明かりを灯し、ルーピンも自らの杖に光を灯す。

 

 戸惑う学生組は杖を取り出したものの、狭いコンパートメントではこれだけあれば十分なので、手持無沙汰になってしまった。

 

 「ルーピン。彼らを頼む。私は他の車両を見てこよう」

 

 「ああ。スネイプ、気を付けてくれ」

 

 「無論だ」

 

 「おじさん・・・?」

 

 「皆、ルーピンの指示を聞いて、おとなしく待っているように」

 

 戸惑うハリーJr.にそう言って、セブルスは一同の間をすり抜け、コンパートメントを出て行った。

 

 何事かと、コンパートメントから顔を出す生徒たちをよそに、セブルスはすたすたと後方の車両(今いるコンパートメントはだいぶ前の車両に位置しているのだ)に向かって歩いていく。走らないのは、顔を出す生徒たちにぶつからないようにするためだ。

 

 来た。

 

 セブルスがそう察した直後、悲鳴が聞こえた。明確にどこから、というわけではない。あちこちから、絹を裂くようなものから、獣が吼えるような声もあるし、すすり泣くような声も、とにかくそこら中から聞こえてきた。

 

 車内に満ちる熱という熱が消えうせ、どん底のような陰鬱さにとってかわる。

 

 懐かしいものだ。

 

 場違いにも、セブルスはそう思った。

 

 ヤーナムの空気だ。漁村の雨だ。サイレントヒルの霧だ。羽生蛇村の赤い水だ。

 

 懐かしの地獄がやってきた。

 

 ゆらりとセブルスの前に影が立つ。そのあとに、何体も何体も、似たようなシルエットが続いてくる。

 

 全身をすっぽりと覆い隠す漆黒のローブに、深々と頭巾をかぶっており、かろうじて見える両手は瘡蓋まみれの灰白色で、水中で壊死した死骸のようにも見えた。

 

 それが、ガラガラと得体のしれない音を立てて呼吸をするたびに、人間が生きていくのに必要な何かが失われ、死に追い込む何かが満ちていく。

 

 吸魂鬼(ディメンター)だ。

 

 

 

 

 

 彼らは人の幸福な気持ちを食らう。それを失った人間は、自分の悲惨な記憶や負の感情と否応なしに向き合わされ、やがて気力を失って生ける屍となる。

 

 魔法省と契約した彼らは普段、魔法界唯一の牢獄アズカバンの看守を務めている。

 

 北の海で野放しにされて無差別に人間を襲いまくるよりは、幾分かはいいのかもしれない。

 

 もっとも、それはそれで、彼らをアズカバンに縛り付けるために、常に一定の人数をアズカバンに収容させ続けねばならない――生贄()がいるということでもあるのだが。

 

 

 

 

 

 悲鳴と嗚咽の混声合唱の中、セブルス一人が顔色一つ変えずに、廊下を徘徊するそれらと対峙していた。

 

 吸魂鬼(ディメンター)がピタリと歩みを止めた。足があるかも怪しく、滑るように移動していたそれが、急に石にでもなったかのように身動きの一切を止めたのだ。

 

 おそらく、人間でいうところの目が合った、という状態であろうか。

 

 セブルスは武器も手にせず、一見すると手ぶらで突っ立っているだけのようにも見えた。

 

 ただ静かに、宇宙色の双眸を細めた。

 

 

 

 

 

 吸魂鬼には、顔がない。

 

 そのフードの下には、見るのも悍ましい口しかない・・・らしい。

 

 吸魂鬼の接吻(ディメンター・キス)と呼ばれる、魔法界でも最悪に類する刑罰の時のみあらわにされる。

 

 つまり、彼らは視覚で外界を把握はしていないのだ。

 

 そんな彼らに、人間の皮をかぶった上位者狩人は果たしてどのように認識されるのであろうか?

 

 

 

 

 

 一方のセブルスが取り乱さないのも、当たり前といえば当たり前であった。

 

 数多の絶望と悍ましい悪夢の中を歩き続け、血と啓蒙によって変質しきった彼にとっては、幸福な感情を取り上げられても問題なさ過ぎた。

 

 絶望など舐めるものではない。漏斗を口に差し込まれ、否応なしに流し込まれるものだ。それでも嚥下して立ち上がるしかなかった。

 

 ああ、何があっても悪い夢だとも。夢は覚めるものだが、目覚めた先が夢でないと、誰も何も言っていない。悪夢は終わらず、めぐり続けた。

 

 だからこそ、駆け抜けて殺しつくした。その先に悪夢の終わりがあると信じて。

 

 絶望も慟哭も嗚咽も哀惜も何もかもを飲み干して。

 

 

 

 

 

 黒いローブを震わせ、吸魂鬼たちは硬直していた。なんでこんなものがこんなところに?!というかのように、わずかな戸惑いと驚愕ともつかない雰囲気もした。

 

 「シリウス=ブラックが見つからぬならば、疾く出て行くがいい。

 それとも、引き抜ける腸があるか確かめてみるかね?

 獣の返り血は温かなものだが、貴公らのそれはひどく冷たそうだ。できうるならば、遠慮したいところだな」

 

 ゴツリッと右手に出現させたノコギリ鉈で、コンパートメントと通路を隔てる壁を軽くたたいた。

 

 わずかに吸魂鬼たちが後ずさる。

 

 ほとんどの魔法使いは、彼らの前に戦闘能力を大きく削がれる。幸福な記憶を吸われるのだ。まともな人間ほど精神的ダメージが深刻になる。

 

 にもかかわらず、セブルスは平然としていた。精神構造が根本から異なっているのやもしれない、と吸魂鬼でなくとも察せられるだろう。

 

 そして、彼らは同時にこうも確信したに違いない。目の前の男なら、有言実行して見せるに違いない、と。

 

 一斉に吸魂鬼たちは、恭しげに黒いフードに覆われた頭を下げるや踵を返した。

 

 開いていた客車の出入り口からふわりと、漆黒の夜空に舞い上がり、彼らはそのまま一斉にホグワーツ城に向かって飛んでいく。

 

 ため息を吐いて、ノコギリ鉈を消したセブルスは周囲を見回した。

 

 悲鳴と嗚咽がどうにか落ち着いたが、まだ泣きじゃくっているものもそこかしこにいる。

 

 どうやら、これの出番らしい。

 

 セブルスはメアリーとホグワーツ厨房のハウスエルフたちが作り上げたチョコレート菓子の入った箱をもって、客車の端に向かって歩き出した。

 

 吸魂鬼被害のアフターフォローには、チョコレートが一番なのだ。

 

 

 

 

 

続く




【メアリーのトリュフチョコレート】

 セブルス=スネイプが保有する自動人形、メアリーが作ったトリュフチョコレート。

 湯煎で溶かしたミルクチョコを一口大に分けて丸めて固めたのち、ココアパウダーをまぶしたもの。

 人形は愛する狩人の依頼を受け、それを作り上げた。

 人ならざるものが作った物であろうと、誰かを思う心を宿すならば、それは冷え切った心を温める最高の薬となるのだ。





 第1楽章8で、ルーピンさんの話がちらっと語られましたが、あの後ルーピンさんも「ちゃんと反省して、それに沿った行動を起こされたようです。

 ルーピンさんは比較的まともな人ではあります。ただし、いたずら仕掛人たちが絡むと、行動がおかしくなります。友情>良識なのかもしれません。

 後、話の視点の持ち主がセブルスさんなので、彼に対してだいぶ辛辣です。





 次回の投稿は来週!内容は・・・吸魂鬼が去ったホグワーツ特急。新学期スタート。『必要の部屋』探索と・・・第1回、突撃☆脱獄犯シリウス!お楽しみに!


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【4】セブルス=スネイプ、『必要の部屋』に頭を抱える

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 お辞儀ディメンターと、ビビられるセブルスさん。

 第1ラウンドはセブルスさんの不戦勝でしたが、第2ラウンドはどうなるでしょうね?

 というわけで続きです。

 原作読み直して思いました。これ、シリウス、無実を証明できても、ハリーと一緒に暮らせないのでは?


 

 セブルスが元のコンパートメントに戻ってみれば、真っ青な顔をした一同がハリーJr.を心配しているところだった。

 

 「どうしたのかね?」

 

 「吸魂鬼(ディメンター)が来たと思ったら、ハリーが気を失ったんです。

 本当に大丈夫だろうな?」

 

 「うん、心配かけてごめん」

 

 ドラコの言葉にハリーJr.は笑ってうなずいたが、硬い表情と死人のごとき顔色では説得力は微塵もない。

 

 ため息を吐いて、セブルスは手に持っていたままにしていた箱から、丸いトリュフチョコを取り出し、ハリーJr.の唇に押し付けた。

 

 一同、ルーピンからもらったチョコを手に持ったまま、食べていなかった。

 

 「チョコレートは吸魂鬼に遭遇した後の後遺症に役立つ。覚えておきたまえ」

 

 「スネイプの言うとおりだ。さあ、食べた食べた」

 

 自分の元の位置についたセブルスとルーピンの言葉に、ハリーJr.は押し付けられたチョコレートをモグモグと食べた。

 

 市販の板チョコをそのまま割って渡してくれたルーピンのそれより、セブルスがくれたチョコの方が美味しい、と思った。

 

 生クリームが混ぜてあるのか、普通のチョコよりも甘くまろやかだが、ココアパウダーでほろ苦さのアクセントが付けられている。

 

 そして大人二人の言うとおり、チョコレートを飲み込むや、ぽかぽかと体が温かくなった。

 

 真冬の冷水で水浴びをさせられた後に飲まされる温かなココアに近いありがたみを感じた。

 

 ハリーJr.は好物が糖蜜パイという甘党だ。チョコレートも好きだが、この時食べたチョコレートは格別の味わいだった。

 

 「スネイプ、それもチョコレートかい?」

 

 ハリーJr.に負けず劣らずというか、それ以上の甘党のルーピンが目ざとくセブルスの持っている箱の中身について尋ねる。

 

 「メアリーと厨房のハウスエルフたちに頼んで作ってもらったものだ。

 板チョコをいちいち割るよりも、小分けにしていた方が手間もかからんからな」

 

 物欲しげにするルーピンの視線を無視して、セブルスは箱をインバネスコートの懐にしまう。

 

 やがて、列車の車内灯が点灯し、再び列車が動き出した。

 

 ホグワーツ城はもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなのハリーJr.達にとっては3年目の学生生活がスタートした。

 

 前記したが、この年からいろいろ変更になっており、“闇の魔術に対する防衛術”の担当がルーピンとなっている以外に、

 

 魔法生物飼育学教授がシルバヌス=ケトルバーンに代わってグラブリー=プランクが、

 

 森番がアズカバンに収容されたハグリッドに代わって魔法省から派遣された職員チーム(魔法生物管理部や魔法法執行部の下っ端数十名で構成。その代表が闇祓い見習のニンファドーラ=トンクス)が、

 

 それぞれ担当することになった。

 

 森番の魔法省からの派遣については、無理もないというあきらめ半分の意見と、無能な魔法省の手先なんて、という好ましからざる意見に大体二分されている。シリウス=ブラックの脱獄で危ういだろうホグワーツに、ナイスタイミングで来てくれた!という意見はごく少数だった。

 

 代表となるトンクスは闇祓いであれど見習いであるし、何より魔法省が有能であれば、シリウスはさっさと牢獄に逆戻りしているだろうし、吸魂鬼が校外滞在なんてことにもならなかっただろうと思われていたからだ。

 

 当のトンクス(彼女は自身のファーストネームを好んでおらず、愛称のドーラ、あるいはトンクスと呼ばれたいらしい)は、入学式で風船ガムのようなピンクの髪を揺らしながら、よろしくお願いします!と元気よく挨拶してきた。

 

 危険生物を連れ込まなければ、ハグリッドより数倍真っ当である。

 

 

 

 

 

 話を変えて、ハリーJr.達の様子について述べておくならば、ハリーJr.が吸魂鬼に遭遇したことで気絶したことはあっという間にホグワーツに広まっていた。(ついでにセブルスが吸魂鬼を退散させた後、チョコを配り歩いたことも噂になっていた。やっぱり怖い先生だ!)

 

 そのせいで、ハリーJr.は周囲にからかわれまくっていたが、本人はのほほんとドラコたちが一緒にいた時でよかったよ、と笑っていた。

 

 なお、おふざけ半分で吸魂鬼の真似をしてきたとある上級生が、そのままハリーJr.の逆鱗である家族をからかってきたため、吸魂鬼ってわりにこんなに弱いんだね?と黄金の右足で蹴飛ばされていた。

 

 学習方面で言うならば、新しく始まった選択科目も極めて順調である。

 

 グラブリー=プランクは至極真っ当で授業も面白くわかりやすかった。

 

 別に初回にいきなりヒッポグリフについてやらなかったし、それでドラコが引っ掻かれて裁判沙汰にもならなかった。

 

 ついでに教科書も、噛みついてくる『怪物的な怪物の本』でもない。

 

 きわめてまとも且つ平穏に授業を進められていた。

 

 

 

 

 

 もう一つ、今年から変わったこともあった。

 

 「おはよう」

 

 「うん、おはよう、ウィーズリー」

 

 「吸魂鬼に襲われて倒れたって聞いたけど・・・本当?」

 

 「アハハ・・・まあね。あんまり覚えてないんだけど」

 

 たまにだが、ロナルド=ウィーズリーとハリー=メイソンJr.は話すようになった。

 

 

 

 

 

 きっかけは、去年の秘密の部屋騒動であろう。妹助けたさに突っ走っていたロナルドを助けようと、ハリーJr.も一緒に秘密の部屋に続く地下の道へ滑り落ちたことだろう。

 

 ロックハートのせいで分断された後、セブルスがジネブラ救出のためにバジリスク相手に死闘をしている間、ロナルドとハリーJr.は道を塞ぐ岩を崩しながらあれこれと話した。

 

 ロナルドからしてみれば、何でこんな(まともな)奴がマルフォイの腰巾着でスリザリンなんだ、という感想がもっともだった。

 

 一方のハリーJr.は、何でこの子、こんなに向こう見ずに突っ走りまくるんだろう?ドラコやルシウスさんのことだって一方的に悪く言って。何で?という疑問が尽きなかった。

 

 そこで、作業がてら、いろいろ話し合ったらしい。

 

 完全に和解、とまではいかずと、お互い色々ある、くらいには妥協できるようになった・・・らしい。

 

 これを聞いたドラコはハリーJr.に対して、物好きな、とため息を吐いた。

 

 一度は敵視した相手でも、家族(ハリーJr.には姉がいるし、ロナルドにも妹がいる)が大事なのは一緒だと、ハリーJr.が菩薩級寛容さを発揮したのだ。

 

 ついでに、この時話したことをきっかけに、ロナルドは長兄のウィリアム=ウィーズリー(愛称はビル)にいろいろ相談したらしい。

 

 本学期開始ごろ、マクゴナガルに今まですみませんでしたと謝罪に訪れ、一番目の敵にしているだろうセブルスにすら、妹を連れて謝罪と、改めて助けてくれたお礼を述べに来たほどだ。(ご両親の方からも、改めてお礼と、誤解に対する詫びの手紙をもらった。根は素直なのはウィーズリーの特徴であるらしい)

 

 彼の学生生活は、これからだ。

 

 

 

 

 

 「新聞見たよ。ガリオンくじ当選おめでとう」

 

 「うん!おかげで、見てよ!」

 

 エジプトに兄に会う旅行に行ったウィーズリー一家の記事を読んだのを思い出して言ったハリーJr.の言葉に、ロナルドは嬉しそうに懐から杖を取り出した。

 

 去年、ロナルドは学期始めに杖を折ってしまい、途中からスペロテープでくっつけて使うという暴挙に及んでいた。挙句、ロックハートの忘却術の暴発に耐え切れず、残骸すら残らない粉々にされてしまったのだ。

 

 今、ロナルドの手にある杖はピカピカの新品だった。オリバンダーの店で新しく、今度こそお古ではない自身の杖を購入したのだろう。

 

 「次の授業こそ、ギャフンと言わせてやるからな!」

 

 「おあいにく様。ボク、実技は結構得意だからね。去年はお流れになったけど、今年もスリザリンが優勝だよ」

 

 「言ってろよ」

 

 杖をしまって自信満々に言ったロナルドに、ハリーJr.は肩をすくめた。

 

 1年次から続いていた険悪さは完全にとは言えずとも、ある程度は払しょくできたらしい。

 

 「おい、ハリー。次はルーン文字だ。そろそろ教室に行くぞ」

 

 「今行く!またね、ウィーズリー」

 

 「ああ」

 

 ここでトイレから戻ってきたドラコに呼ばれ、ハリーJr.は手を振って踵を返した。

 

 ロナルドもそれに頷きを返す。ドラコの姿に軽く眉をひそめたが、それでも何も言わずに踵を返した。

 

 なお、そんな様子を見ていた学生たちが、問題児のロナルドも成長するんだな、とひそかに感心していた。

 

 

 

 

 

 一方で、3年といえば、選択科目のほか、ホグズミード村への外出が解禁となる。

 

 ドラコはもちろん、ハリーJr.もちゃんと両親から許可を取っており――ただし、ハリーJr.に関しては例の黒犬の動物もどき(アニメーガス)のこともあって相当心配され、決して一人で行動せず、人目のない場所にはいかないこと、と強く約束させられた。

 

 ハリーJr.の方も両親の心配を素直に受け取り、できるだけドラコやハーマイオニーと行動を共にすることにしたそうだ。

 

 許可証もちゃんとマクゴナガルに受け取ってもらった・・・のだが、ここでもアクロマンチュラショックの余波があった。

 

 禁じられた森にいるだろう、アクロマンチュラの生き残りや森番前任者(ハグリッド)によって持ち込まれた危険生物の概要が把握できない限り、ホグズミード村も危険ということで村民たちの避難生活が継続となったのだ。

 

 魔法省の魔法生物規制管理部によると、禁じられた森ではすでに本来なら生息しないはずの肉食や毒持ちの危険生物によって、かなりの数の魔法生物がその数を減らし、絶滅も危惧されるほどなのだとか。

 

 一応、村民たちは定期的に帰宅して、家の管理や必要なものの出し入れなどをしているらしいが、避難命令の解除と安全な帰宅が許されるのは、まだまだ先のことになるだろう。

 

 これによって、今年のホグズミード行きは中止となり、3年生以上の学生たちは許可証があってもホグワーツ城から出られないとなってしまったのだ。

 

 それを凶悪犯がいるだろうから出なくてかえって安心と受け取るべきか、それでも行きたかったと不満がるかは、学生たちの自由であろう。

 

 

 

 

 

 さて、学生たちはそんな感じに生活していたのだが、セブルスはといえば、ようやく判明した最後の分霊箱のあるだろう場所――『必要の部屋』の捜索に取り掛かっていた。

 

 人目を避けて、教わった通りの手順で『必要の部屋』のドアを出現させようとしたが、これがどうしたことか、出てこないのだ。

 

 

 

 

 

 セブルス=スネイプは上位者である。見た目こそ人間だが、その中身は啓蒙と冒涜的な記憶に満ち溢れ、血も獣・上位者・狩人問わずに取り込みまくったごった煮状態である。

 

 そんな男の中身を読み取ったものがどうなったのか。

 

 “蘇りの石”は砕け、“みぞの鏡”は割れた。さらには、開心術をかけた術者は発狂しかけた。

 

 まっとうな人間が利用することを前提としたその部屋は、そもそも読み込み不可であったのか、出現しなかったのだ。

 

 

 

 

 

 そんなことを数度繰り返し、ようやくセブルスは自身の特異性に思い当たり、要求の気持ちだけ表層に出して、他の部分を閉心術で押し込めるという器用な真似を思いつき、実行。

 

 そうしてようやく、『必要の部屋』に入り込むことができたのだ。

 

 が。

 

 「・・・想定以上に時間がかかるな、これは」

 

 出現した『必要の部屋』の真鍮のドアノブ付きの扉を押し開けて、セブルスはため息を吐いた。

 

 凄まじいの一言に尽きた。

 

 だだっ広い部屋の中には、手書きの詩集や秘蔵と思しき酒瓶から、いつからあるのか不明の金銀財宝、見事な彫刻、他意味不明ながらくた、出所不明の魔法道具が一緒くたに埃をかぶって、いっそ芸術的なバランスをもって山脈をなしていた。

 

 この部屋の中から、たった一つの髪飾りを探し出す。呼び寄せ呪文(アクシオ)もなしに。

 

 時間をかけて一つ一つ検分するわけにもいかない。

 

 何しろ、今年のセブルスは長時間姿を消すのが許されてないような状態なのだ。

 

 とにかく、今すぐ何とかするのは無理だ。一度仕切り直した方がいい。

 

 ため息を飲み込んで、セブルスは部屋を出た。ドアはセブルスが後ろ手に閉めるや、ふっと消え失せる。

 

 「ああ、スネイプ!そこにいたのか!どこに行ったか、捜してたんだ!」

 

 「・・・私がどこにいようと、私の勝手だろう」

 

 廊下を曲がって間もなく、セブルスはルーピンに遭遇した。

 

 これだ。セブルスの気のせいかもしれないが、ルーピンは妙にセブルスに構いたがる。監視されているような気分になるのは、セブルスの考えすぎかもしれない。

 

 分霊箱のことをルーピンに知られるのも面倒なので、できるだけ悟られないように行動していたのだ。

 

 青い秘薬は便利だ。

 

 「そんな寂しいこと言わないでくれ。そうだ!ハウスエルフたちに頼んでお菓子を作ってもらったんだ!一緒にどうだい?」

 

 「いらん」

 

 あれこれ話しかけてくるルーピンに短く答え、セブルスは自分の領域である地下牢へ向かう。

 

 別に他意はない。ホグワーツ伝統のレシピの菓子よりも、メアリーの手作りの菓子の方がいいだけだ。お茶だって彼女が淹れた方が美味しい。

 

 「そうか・・・」

 

 しゅんと肩を落としたルーピンに、セブルスは首をかしげた。お茶の相手が欲しいなら、生徒でも何でも好きに誘えばよかろうに。

 

 そういえば、とセブルスは思い出す。

 

 実は、学期準備期間にセブルスだけマクゴナガルに通達された事柄があった。

 

 他でもない、ルーピンの脱狼薬製作である。

 

 

 

 

 

 リーマス=ルーピンは人狼である。

 

 学生時代は満月の夜のみ寮の自室を離れ、今は“叫びの屋敷”と呼ばれる廃屋に閉じこもっていたらしい。当時脱狼薬は開発されてなかったので、そうやってやり過ごしていたそうだ。

 

 そして、寮の部屋は4人部屋だったので、同室だった他3名(ジェームズ、シリウス、ピーター)にばれたそうだ。なぜルーピンだけ個室にしなかったのだろうか?持病の関係と言い訳もつけられただろうに。

 

 

 

 

 

 本当は自分で調合するべきなんだろうけど、と申し訳なさそうにするルーピンは、頼むよと頭を下げてきた。

 

 脱狼薬はダモクレスオリジナルのレシピでも複雑な調合工程を経る上、セブルスの改良版レシピは錠剤化呪文を前提にした調合なので、液状のままだとオリジナル以上に苦くてえぐいらしい。

 

 改良版レシピでもたまに失敗するんだとルーピンはひどく悄然としていた。

 

 まあ、仕事ならば仕方がない。

 

 

 

 

 

 その考えを、セブルスは翌週撤回したくなった。

 

 “闇の魔術に対する防衛術”の教師としてルーピンはうまくやっているらしく、授業は面白いと評判らしい。

 

 だが、初回のマネ妖怪(ボガート)の授業で、セブルスのことを怖がるハッフルパフ3年生に入れ知恵して、セブルス姿のボガートにみょうちきりんな女装を(セブルスに無断で)させたらしいのは、いかがなものか。

 

 おかげで廊下を通るたびに、くすくす笑われる羽目になった。

 

 別にセブルスは格好自体はあまりどうとも思わない。

 

 一時期ヤーナムでやけくそになった挙句、貴族のドレスに墓守の仮面をつけて、他世界の狩人狩りに専念したこともあったし、全裸に頭装備だけの珍妙な格好をして回ったこともあったわけで。あの当時は本当にどうかしていたのだ。

 

 事前に話くらい通しておけ。まあ、後で「ごめん、つい・・・」と謝ってきただけ良しとする。(学生時代と比べればだいぶマシだ)

 

 これで謝罪の一つもなかったら、臨時の治験を実施してその被験者に大抜擢していたところだ。

 

 なお、メアリーにまで「スネイプ先生、ああいう格好のボガート出されたらしいけど、どう思う?」と聞いた猛者がいたらしい。それに対するメアリーの返答は、「何かおかしいですか?どのような格好をされていても、セブルス様はセブルス様です。私は、あの方を愛しています」という、とてつもないものだった。

 

 それを聞かされた生徒は、果たしてどんな気分になったのだろう。セブルスはとりあえず、メアリーの頭を撫でくり回すことを決めた。

 

 

 

 

 

 ところで、“闇の魔術に対する防衛術”におけるマネ妖怪退治の授業だが、もちろんハリーJr.とドラコも受講した。

 

 ドラコに関してはよほど怖かったのか、マネ妖怪は幾分かサイズ違いとは言え怪物邸に変身して太い腕を振り上げて、巨大な口で襲い掛かってきた。これにはスリザリンのほか生徒たちもそろって悲鳴を上げた。

 

 が、それもドラコの「バカバカしい(リディクラス)!」の退散呪文に応えて、クッキーやウエハース、チョコや生クリームで飾り付けられて、子供にたかられるお菓子の家に変身させられてしまった。

 

 そして、肝心のハリーJr.だが、彼の番になる前にルーピンがマネ妖怪を退治してしまった。

 

 ハリーJr.本人は後日、多分、吸魂鬼(ディメンター)が出てきたと思う、と話している。

 

 この点は正史同様、最も恐ろしいものを恐怖そのものと定めたわけである。

 

 

 

 

 

 さらなるどうでもいい余談だが、以前セブルスはホグワーツ城内でマネ妖怪に出くわしたことがある。退治しておこうと思ったのだが、マネ妖怪がタンスから飛び出そうとした直後、ぱあんっ!という破裂音とともに、キラキラした光の粒となって姿を消してしまった。

 

 マネ妖怪は、相手が最も恐れるものに変身する。つまり、開心術と変身魔法の合わせ技のような特技を持っている。

 

 そんなものが、ヤーナムで狂気と啓蒙と冒涜をたっぷり身につけたセブルスを目の当たりにすればどうなるか。

 

 目の当たりにしたくない狂気と啓蒙を山と詰め込まれ、発狂&変身魔法の暴走による不定化による蒸発を起こしても無理はない。

 

 開心術自体が禁忌状態のセブルスに対し、魔法界にある魔法生物にしろマジックアイテムにしろ、相性最悪のものが多すぎる。

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで比較的平穏無事に済んできたホグワーツ3年目も、ハロウィーンに入っていた。

 

 ちなみに、ここ数年、セブルスが経験するハロウィーンは割とろくでもなかった。具体的には、下記のとおりである。

 

 1年目・・・メイソン夫妻に呼び出され、怪物邸と爆発金鎚で対決。

 

 2年目・・・闇の帝王に寄生されたクィレルによって持ち込まれたトロールが大暴れ。

 

 3年目・・・石化したフィルチの飼い猫(ミセス・ノリス)が発見され、秘密の部屋事件が発生。

 

 今年こそ平穏に済めばいい、というセブルスのひそかな懇願は、いっそ見事なまでのフラグであったのかもしれない。

 

 ハロウィーンパーティーを終えた夜。

 

 グリフィンドール勢が寮の前で立ち往生する羽目になった。

 

 出入り口にしている太った婦人(レディ)の肖像画が、ナイフか何かでズタズタにされているのを発見して彼らが絶句している中、ポルターガイストのピーブズがにやにや笑いながら、その一報をもたらした。

 

 この惨状を作り上げたのは、シリウス=ブラックである、と。

 

 とりあえず、他の寮生もあわせて大広間に皆で集まり、ブラックの再捜索の必要と絵画の中を逃げ回っているだろう“太った婦人”の安否確認を話し合った後、急遽用意された寝袋でそのまま大広間に泊まり込むことになった。

 

 やっぱり馬鹿だな、あの男は。

 

 メアリーに大広間の見張りを任せ(いくら破壊されても元に戻る人形といえど、抵抗のすべを持たないなら捜索に加えさせるわけにはいかない。今後は単独行動もできるだけ控えさせなければ)、携帯ランタンを腰に提げて消灯によって真っ暗な廊下を歩きながらセブルスは内心でため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ブラックがバカなのは知っていたが。知っていたが、10年以上経って迷惑をかけるな。万歩譲ってセブルスのみならば、あるいは狙いであろうなにがしかのみならばまだわかる。だが、そのほかのグリフィンドール生にまで迷惑をかけるな。あいつは自分の後輩を寮から締め出したとわかってやっているのか?

 

 ・・・わかっていたら、最初からやらないだろう。

 

 他の教授たちは、寮がパーティーで無人でよかったと安堵しているようだが、どこがよかったのやら。

 

 万が一侵入されて、目くらまし呪文などで姿を誤魔化して待ち伏せされていたら、とは考えなかったのだろうか?

 

 そもそも。

 

 

 

 

 

 なぜ、今、ブラックは脱獄したのか?

 

 

 

 

 

 セブルスの疑問はそれに尽きる。

 

 シリウス=ブラックの無実を、セブルスは知っている。

 

 が、助けてやる義理も義務もないし、奴が死のうが生きようが(こちらに関わってこない限り)どうでもいいので、放置している。

 

 シリウスをはめたであろう、ピーター=ペティグリューの行方にしてもそうだ。

 

 こちらに危害を加えてこないならば、どうでもいい。かかわってこなければ、それでいい。

 

 そもそもかかわること自体面倒でたまらないのだ。

 

 いかに優秀なシリウスといえど、アズカバンと吸魂鬼(ディメンター)はどうにもできなかったのだろう、とセブルスは思っていた。

 

 が、今の彼は脱獄して見せている。さすがなんとやらと紙一重のブラックである。

 

 しかし、セブルスはふと思った。脳についている瞳がささやいてきたというべきか。

 

 なぜ、今なのか。脱獄できる目途がついた?否、最初から脱獄できたのだとしたら?

 

 ハリー曰く「物事には必ず理由がある」。シリウス=ブラックが脱獄したのには、必ずきっかけがあったはずだ。

 

 ブラックを突き動かす動機など、たったの一つ。

 

 あのハロウィーンの後、ポッター母子を放り出してまで優先したのと同じく。

 

 復讐だ。

 

 ポッター一家を売ったペティグリューを追い詰めてその息の根を止めるまで、シリウス=ブラックは止まらないに違いない。

 

 だとすれば、シリウスはペティグリューの潜伏先をどうにかこうにか突き止めたということになる。(情報収集源が限られるアズカバンでどうやって突き止めたのかは定かではない)

 

 そして、そのシリウスがホグワーツを訪れた。

 

 つまり、ホグワーツにはシリウスのみならず、ペティグリューもいる。その可能性が高い。

 

 だが、どこに潜伏し、どうやって潜入したというのか。

 

 シリウスにしろ、ペティグリューにしろ、成人した大の男二人が、どうやって隠れているというのか。魔法があるにしろ、それにも限度がある。

 

 ホグワーツには禁じられた森という身を隠すにはうってつけの場所があるが、あそこは現在、魔法省が総ざらいで調査中である。主に、森番前任者(ハグリッド)のやらかしの全容把握と後片付けのために。

 

 あそこにいるのはかえって危険だろう。アホでもわかる。

 

 ならば、避難生活で無人のホグズミード村か?いや。魔法省の方もそれを視野に入れて、吸魂鬼(ディメンター)たちを定期徘徊させているのだ。

 

 あそこもないだろう。

 

 

 

 

 

 廊下を歩きながら、とりとめなく考えるセブルスは軽くため息を吐いた。

 

 まだ足りない。まだ、思考を補完する情報の断片が足りない。

 

 何か、見落としている気がする。

 

 これ以上考えても仕方がない。セブルスは一度思考を打ち切って、改めて夜闇に満ちた城の廊下に歩を進めた。

 

 

 

 

 

続く

 




【トレローニーのシェリー酒】

 占い学の担当教授、シビル=トレローニーが酩酊状態のまま必要の部屋の一角に隠した、秘蔵のシェリー酒。

 予言者カッサンドラの子孫とうたわれるトレローニーだが、彼女に占いの才覚はない。

 ホグワーツ就職の面接においても、彼女は見えもしない未来を必死に読み上げたはずだった。

 記憶が欠落しているその面接の瞬間が、魔法界の運命すべてを揺り動かすことになったと、彼女は知らない。

 その隠されたシェリー酒の行方と、同じように。





 次回の投稿は、来週!内容は・・・ハリーJr.の個人授業!ハーミーも大変だけど、ハリーJr.も大変だ!そして、第2回突撃☆脱獄犯シリウス!
 クリスマスのファイアボルトショックも添えて!お楽しみに!


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【5】セブルス=スネイプ、閉心術を教授する

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 ルーピンさん、悪い人じゃないはずなんですが、原作でちょっと気になったところを追求したら、図々しい人になってしまいました。
 まあ、かっこよくて人生の先輩のお手本にしたいルーピン先生はきっとよそ様がされているでしょうから。

 森番前任者のやらかしは、もうどうにもなりません。

 というわけで続きです。

 すいません、前回の予告で、第2回突撃☆脱獄犯シリウスを今回やると言いましたが、それは次回になります。

 ちなみに、シリウスさんの突撃は全3回になります。




 

 さて、不安な一夜は明け、結局ブラックの行方は分からず、ホグワーツは日常を取り戻すこととなった。

 

 肖像画の中を逃げ回った太った婦人(レディ)は無事見つかったが、ひどい錯乱状態で元の場所に戻ることを拒否。

 

 代わりに、ずんぐりした灰色ポニーにまたがった鎧姿のカドガン卿の肖像画がかけられた。(彼以外の肖像画たちは、ブラックを恐れてグリフィンドールの合言葉番を引き受けたがらなかったのだ。誰だって切り刻まれたくない)

 

 「あの人狂ってるわ!」

 

 というのはハリーJr.、ドラコ、他数名の同級生たちと図書館で勉強会をした際のハーマイオニーのコメントからである。

 

 ハーマイオニーをはじめグリフィンドール生が言うには、カドガン卿は誰彼構わず決闘を挑み、非常に複雑な合言葉を編み出すことに余念がなく、さらには1日2回は合言葉を変更するらしい。

 

 ただでさえも全教科受講(聞いた話によると占い学のトレローニー教授と相性が悪いらしい)でピリピリしているハーマイオニーは、さらに神経をとがらせる羽目になっていた。

 

 付け加えると、合言葉覚えが苦手なネビルは半泣きになって、合言葉のメモを大量に持ち歩く羽目にもなっていた。

 

 忘れん坊且つ紛失の多いネビルに、ハリーJr.が「今の時期は気を付けた方がいいよ。うっかりメモを落として、ブラックに拾われたら大変だよ」と忠告していた。

 

 これにはうっかり耳に入れてしまった他のグリフィンドール生は顔をひきつらせた。

 

 ・・・あまりに頻繁に合言葉変えをするカドガン卿のせいでメモを持ち歩く羽目になっているのは、なにもネビルだけではないのだ。

 

 「ああ、もう!ネビル!今からでいいからマクゴナガル先生に抗議と報告に行きましょう!このままじゃ、夜中にナイフを持ったブラックが枕元に立ちかねないわよ!」

 

 青ざめた顔をしたネビル(どうもすでにメモをいくつか紛失した後らしい)に、ハーマイオニーが立ち上がっていった。

 

 「こ、抗議?」

 

 「肖像画を何とかしてもらうの!せめて合言葉の長さか変更期間の先延ばしのどちらかを何とかしてもらえるようにするべきだわ!

 どちらか飲み込んでもらわないと私たちの方がまいっちゃうわよ!」

 

 目を白黒させるネビルに、ハーマイオニーは鼻息荒く言った。

 

 「ありがとう、ハリー!今言ってくれたことをマクゴナガル先生にも言ってみるわ!」

 

 ぱたぱたと軽い足音交じりに図書館から出ていくハーマイオニーに、ハリーJr.は「大丈夫かな」とぽつりとつぶやいた。

 

 ハーマイオニーは神経をピリピリとがらせて、はた目にもあまり顔色がいいと言えないのだ。

 

 強く心配していると言うと、ますます頑なになりそうで、やんわりとしか言えないのだ。

 

 「倒れたらそれまでだな」

 

 つっけんどんに言い放つドラコだが、ハリーJr.は知っている。

 

 お昼休みにかこつけて、ドラコがハーマイオニーに「うちから送られた余りものだ!」と言いながら、高級菓子の包みをいくつか押し付けているのを。

 

 頭の働きには甘いものがいいんだって、というハリーJr.の言葉を受けた翌日からだから、間違いない。

 

 口ではきついことを言うけど、実は友人思いなところがドラコのいいところだ。

 

 ハリーJr.が数日でさじを投げたクラッブ&ゴイルの脳みそトロールコンビに、口ではひどいことを言いつつも勉強を見てやっているところとか、実は面倒見がいいのだ。

 

 「あ、ごめん、ボクもそろそろ」

 

 ちらっと腕時計を確認すれば、そろそろ約束の時間だ。

 

 ハリーJr.は勉強道具をまとめてカバンに押し込むと立ち上がった。

 

 「じゃあ、あとでね」

 

 「ああ。課題はしっかりやっておけよ」

 

 「もちろん」

 

 ドラコの言葉に、ハリーJr.はうなずいた。

 

 

 

 

 

 さて、それから数十分後。

 

 魔法薬学教授室の応接用ソファーに、ぐったりしたハリーJr.があおむけに倒れこむように座っていた。

 

 「ふむ。それはロングボトムのみならず、グレンジャーであろうと大変であろうな。合言葉を管理する肖像画に関しては、グレンジャーの言うように合言葉の変更条件を制限し、防護魔法(プロテゴ)をかけておくべきかもしれんな。

 いずれにせよ、このような余波を引き起こして素知らぬ顔をするか。こんなことも予想できずに、その場の癇癪で肖像画を引き裂くなどするから、無関係な学生が苦労するのだ。あの愚か者め」

 

 そう言いながら優雅にソファに腰かけて紅茶をたしなむのは、セブルス=スネイプ魔法薬学教授である。

 

 なお、ハリーJr.は図書館で何があったかについては一言も口に出していない。口には。

 

 本日は特別課外授業として、スネイプ教授監督のもと閉心術の会得に挑戦しているのだ。

 

 といっても、閉心術は開心術と表裏一体の魔法らしく、とにかく開心術をかけられまくるのが、身に着ける一番の近道らしい。

 

 その開心術をかけられるのも、相当な負担になる。

 

 セブルス曰く、「熟練の開心術士になれば、目を合わせただけで表層思考やつい先ほどの記憶などを無言呪文で読み取れるものだ。呪文を唱えて開心される感覚を覚えれば、無言呪文による開心術も察知できるようになろう」とのこと。

 

 それを覚えるまでどのくらいかかるのか。ソファの上でぐったりして息を切らしながら、ハリーJr.は考える。

 

 

 

 

 

 閉心術を覚えなさい。

 

 自分の出生について聞かされた直後、母親であるリリーから言い渡された第一声である。

 

 閉心術って?と尋ねたハリーJr.に、リリーは丁寧に教えてくれた。

 

 心の中を探る魔法を開心術という。マグルはよく読心術などというが、複雑怪奇な人の心は書物のように読むものではない、開くものなのだと。

 

 そして、ハリーJr.が出生について知ってしまった以上、開心して勝手にそれを探ってきて、さらにその情報をもとに好き勝手されかねない。

 

 その筆頭候補であるダンブルドアは停職予定だが、あの老人にはシンパが大量にいるし、さらには“闇の魔術に対する防衛術”教授席が空席になったことで、そこにその手先がねじ込まれても不思議ではない、とリリーは語る。

 

 『戦うなとは言わないわ。ママだって以前は“不死鳥の騎士団”に所属していたもの。

 でも、それは卒業して一人前の魔法使いになってからのことよ?

 今のあなたはまだ学生なの。守られて当然の子供なの。お願いだから、無理をしないで。十分力をつけて、魔力も責任も一人前になってからにして。

 またあなたが目を覚まさないような危ない目に遭ったら、今度こそ私たちもどうにかなってしまうわ』

 

 心底心配そうにそう言ったリリーは、続けてダンブルドアやその手先たちがハリーJr.のそういう事情をくみ取らずに「魔法界の平和のために!」というおためごかしのために危険にさらしかねないのだ、と語る。

 

 頼りないかもしれないけど、学校には教授方がいる。スネイプおじさんだっている。まずは彼らを頼りなさい。戦うよりも、一人前になるのが学生の本分であり、自分たちの願いだ、とリリーは締めくくった。

 

 確かに、とハリーJr.は素直に賛同した。

 

 ハリーJr.の中で、あの怪物邸との出来事はかなり衝撃的な出来事になっているのだ。

 

 あの夜に見た大人たちの動きと最低でも同じことができるようになる、というのがハリーJr.の目標だ。理想はその上をいく。

 

 それに、“闇祓い”を目指すならば閉心術は習得しておいて損のない技術だ。

 

 引っ越しが落ち着くなり、ハリーJr.は母の指導を受けたものの習得には至らず、ホグワーツが始まってからの続きはセブルスが指導することになったのだ。

 

 ちなみに、正史のハリー少年のように分霊箱となってないので容易に他人とつながるということはできず、ハリーJr.の開心術・閉心術の適性は可もなく不可もなく(つまりは本人の努力次第)、というところである。

 

 

 

 

 

 グワングワンと揺れる視界と、激しくなった動悸を落ち着けようと必死に酸素をむさぼるハリーJr.は、ふと思いいたる。

 

 そういえば、母が出生のことを語ってくれた時に、ブラックのことについても語っていた。

 

 シリウス=ブラックは、ハリーJr.の血縁上の父であるジェームズ=ポッター(実父という言い方はしない。家族に“実の”も“偽の”もない。家族は本物でしかないからだ)の親友であり、母であるリリーとも懇意にしていたという。

 

 そして、巷で報道される凶悪犯というのは冤罪であるということ。

 

 ただ。

 

 それを語る母はひどく複雑そうにしていた。

 

 『こういうことを言うのは失礼かもしれないけど、シリウスにとって私は徹頭徹尾、“親友(ジェームズ)の妻”で、“名付け子(ハリー)の母親”でしかなかったようにも思うの。

 悪い人じゃなかったのよ。それは本当。

 でも、スネイプおじさんの前であの人の話はしないでね。

 ママも人のことは言えないけど、あの人はおじさんに対して本当にひどいことをやってたから、きっとスネイプおじさん、今でもあの人のことはあんまり好きじゃないと思うわ。

 今思えば、おじさん以外でもあちこちで恨みを買ってると思うのよ、シリウスとジェームズは』

 

 と、母はすごくやんわりと言っていた。

 

 

 

 

 

 けれど、先ほどの言い草から考えて、ハリーJr.の想像以上にシリウス=ブラックはセブルスに嫌われているらしい。

 

 「さて、一休みできたかね?」

 

 「・・・はい。お願いします」

 

 ようやく息が落ち着いたハリーJr.が、ピンと背筋を伸ばして姿勢を正して答えると、「よろしい」とセブルスはうなずいた。

 

 「では、続きだ」

 

 右手をかざすセブルスに、ハリーJr.は意識を集中させる。教わった通り、感情を抑制して、心を空にするように努める。

 

 開心術を受けた後は、精神的にひどく摩耗して、立つどころか座っていることすらおぼつかなくなる。

 

 だから、セブルスはハリーJr.をソファに座らせて行っているのだ。

 

 3年には早すぎる魔法であるというが、自分がきっかけで周囲をトラブルに巻き込んだり、父母や姉に悲しそうな顔をさせるのは嫌だ。

 

 ハリーJr.はそんな決意をも締め出して、セブルスの行う開心術に抵抗をつづけた。

 

 

 

 

 

 加えて、ハリーJr.には習得に向けて必死になっている魔法がもう一つある。

 

 吸魂鬼対策の守護霊呪文である。

 

 吸魂鬼はホグワーツの敷地内には入ってこないから大丈夫、という甘い見通しがダメになってしまったのだ。

 

 この間、クィディッチの試合の見物にハリーJr.もドラコとハーマイオニーとともに行った。この日はグリフィンドールとハッフルパフの試合で、大雨の中の強行であった。(延期すればいいのに、とハリーJr.はひそかに思った)

 

 敵チームのコンディションや戦術の観察・研究も、クィディッチチームに所属するメンバーには当然のことだ。他寮同士の試合は絶好の偵察機会なのだ。

 

 だが、その時に別のことが証明されてしまったのだ。

 

 クィディッチの試合による生徒たちの興奮に、感情を食らう吸魂鬼たちは我慢できなくなり、敷地内に侵入してきてしまったのだ。(彼らからしてみれば、ただでさえも据え膳状態であるというのに、そこに大量のごちそうを並べられた状態にされたのだ。我慢もできなくなるだろう)

 

 試合場に入ってきた吸魂鬼のせいで、ハリーJr.は昏倒。これがもし試合中であれば、箒から落ちて大惨事になっていた可能性がある。

 

 なお、これには烈火のごとく怒り狂ったマクゴナガルが猛抗議をし、吸魂鬼たちはさらに敷地から距離を取らされることになりはした。

 

 そして、ハリーJr.の昏倒を聞きつけたスリザリンチームのキャプテン、マーカス=フリントも危険を指摘して、きちんと対策できないと試合に参加させるわけにはいかない、と強く言ってきた。

 

 別に意地悪で言っているわけではない。箒から落ちて一生ものの障害や怪我をさせる方がいけない、と心配してくれているのだと、ハリーJr.にはすぐに理解できた。

 

 そこで、“闇の魔術に対する防衛術”教授であるルーピンに相談したハリーJr.は、マネ妖怪(ボガート)の擬態する吸魂鬼を相手に、守護霊呪文の習得訓練をすることになったのだ。

 

 ちなみに、この習得訓練でセブルスに相談しなかった理由としては、ただでさえも閉心術の訓練をしてもらっているので、これ以上入り浸りまくるとひいきに見られるかも、という理由からである。

 

 ハリーJr.は、お父さんの次にセブルスおじさんを、大人の男として尊敬している。おじさんがえこひいき教師として見られるのは嫌なのだ。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、ハリーJr.も全教科受講のハーマイオニーと同じくらい、多忙な学生生活を送っていた。

 

 学生たちはそんな感じであったのだが、セブルスの方はといえば、相変わらず監視のごとく付きまとうルーピンの目をかいくぐって、『必要の部屋』に出入りして、分霊箱を探り当てて破壊する必要があった。

 

 一応、何度か足を運んで地道に探してみたのだが、とてもではないが一朝一夕で見つかるものではない。どうにか、もっと効率的に探す手段はないのだろうか。

 

 分霊箱の探索については一つ策ができたので、どうにか試そうと思っているのだが、ルーピンのせいで思うようにいかないのだ。

 

 ならば次の満月に試せばいい、という意見があるかもしれないが、実はルーピンには新型の改良版脱狼薬の治験を実施しているので、満月の間はルーピンを見ておかねばならないのだ。しかも、本人がしょっちゅう忘れるので、セブルスがせっつく必要がある。別にルーピンが人狼に変身しようが誰を食い殺そうがどうでもいいのだが、それで生徒に被害が出る方が困るのだ。

 

 どうしたものか、と悩むセブルスに打開策をもたらしたのは、どこか困った様子のメアリーだった。

 

 「セブルス様。ご相談したいことがあるそうです」

 

 「こんにちは!教授!」

 

 「お邪魔しまーす!」

 

 彼女に続いて入ってきたのは、もはやシンボルとして定着してしまった節すらある、メンシスの檻をかぶったウィーズリーツインズだった。

 

 「教授!ご相談なんですが、先日、どこに行かれてたんですか?」

 

 「何の話だね?」

 

 ・・・先日といえば、分霊箱探しのために『必要の部屋』に再挑戦したばかりだ。

 

 「とぼけないでくださいよ。俺たち、知ってるんですよ?」

 

 にやにや笑う双子に、妙に嫌な予感を覚えつつ、セブルスは話を促した。

 

 「何を?」

 

 「先生、バカなバーバナスとトロールの壁掛けタペストリーの近くで、隠し部屋を見つけたでしょ?」

 

 投下された爆弾に、セブルスは危うく表情を動かすところだった。

 

 見られていた?否。あの部屋に出入りするときは、周辺察知呪文を使用するので、周囲に人がいないのは確認済みだったはず。どういうことだ。

 

 「俺たちもわからない隠し部屋があったなんてな!わかった時驚いたよな、兄弟!」

 

 「ああ!まさかあんな所にあったなんてな!」

 

 和気あいあいと話す双子に、セブルスは無表情を装ったまま、どうするべきか猛スピードで思考を巡らせる。

 

 誰かにしゃべっているか?双子の性格的に、十分あり得る。情報が拡散する前に忘却術をかけるべきか。

 

 生徒に手をあげるなど、最終手段にしたいものだが、背に腹は代えられない。

 

 万が一、億が一にも生徒が『必要の部屋』に入り込んで分霊箱を手にしようものなら、去年の秘密の部屋騒動に似通った惨劇が起きかねない。

 

 被害を出さないためならば、仕方がない。

 

 「教授!コソコソされてるってことは誰にも知られたくないんですよね?それにぴったりのものがありますよ!」

 

 「教授にはジニーを助けてもらいましたからね!メアリーさんにもお菓子のおすそ分けとかしてもらってますし!教授には特別!出血大サービスで、ご進呈しましょう!」

 

 思わずセブルスがメアリーに目をやると、彼女は淡々と「道に迷ったときに案内してくれましたので、そのお礼にお分けしました」と答えた。なるほど、そういうことか。

 

 セブルスが納得していると、「ジャジャーン!」などと言いながら、ジョージかフレッドか、とにかく双子の片割れがローブのポケットから何か取り出した。

 

 羊皮紙のきれっぱしのように、セブルスには見えた。

 

 「・・・何だね、それは」

 

 「これぞ、俺たちの大先輩の傑作!“忍びの地図(マローダーズマップ)”です!」

 

 聞くやセブルスはピクリと眉を動かした。

 

 ・・・あの馬鹿ども、何を残しやがった。

 

 詳しく聞いてみれば、これは一見すると羊皮紙のきれっぱしに見えるが、特定の呪文を唱えて杖でたたくと、ホグワーツ城の地図(隠し通路の詳細付き)と人物配置が浮かび上がるという、とてつもない地図だった。

 

 ・・・あの馬鹿どもが、ある時期を境にセブルスの位置を手に取るように把握していたのには、これのせいか。

 

 無駄に有り余っている才能を、こんな形で発揮するんじゃない。

 

 ちなみに、これの出所について聞いてみれば、双子は拝むように手を合わせて「そこはどうか!」と言ってきた。・・・セブルスのところに持ってきたのだ。そこに免じ、聞かないでおくとしよう。

 

 「・・・それで、何が望みだね?」

 

 「さすがはスネイプ教授!」

 

 「話が早い!」

 

 うんうんうなずいて、双子は切り出した。

 

 例の隠し部屋に入る手順とセブルスがそこに出入りしているのを黙っておく代わりに、地図とその操作のために必要な呪文を進呈する。

 

 セブルスには、去年に妹のジニーを救ってもらったし、よくイタズラを自己処理と引き換えに見逃してもらったりしているし、メアリーにもお菓子を分けてもらっているから、そのお礼だと双子は笑う。

 

 ・・・頭に檻をかぶせているのは、たいしたことにはカウントされてないらしい。いいのか?

 

 「貴公らは構わないのかね?」

 

 「俺たち、もうこの地図は頭に入れてますしね!」

 

 「先生なら、俺たちのことも見逃してくれるでしょう?!」

 

 ニカッと笑うウィーズリーツインズに、セブルスはおかしな信頼を寄せられていることにため息を吐いた。

 

 「一応、私は教師で貴公らを諫める立場にあるのだが?」

 

 「何を言ってるんですか、先生!」

 

 「我ら、二代目いたずら仕掛人(マローダーズ)!」

 

 「「何者も我らを捕らえ止められぬのだあ!」」

 

 一瞬、セブルスは獣狩りの短銃を取り出しそうになった。すんでのところで堪えた。

 

 おかしい。あの檻はセブルスがオリジナルをもとに魔法で再現しただけのレプリカなので、あれに何か憑いてるとかはないはず。

 

 なぜ、双子がミコラーシュのセリフを知っているのだ!

 

 ともあれ、一瞬硬直してしまったが、申し出自体は悪くない。

 

 ・・・加えて、もしここでセブルスが断ろうものなら、『必要の部屋』の情報が漏えいされ、さらにはいくらでも悪用できそうな“忍びの地図(マローダーズマップ)”をむやみに放出しかねない。

 

 ここでセブルスが引き取っておくのが上策というものであろう。

 

 さすがに、これだけの条件では釣り合わないので、セブルスはメアリーに言って、双子たちに今年度のみ一月に一度、メアリー手製の菓子をふるまうことを約束した。

 

 

 

 

 

 それから数日後、その地図はセブルスが必要とするとき以外はメアリーが持ち歩くようになった。これで彼女の迷子が少しは改善されるといいのだが。

 

 忍びの地図はセブルスが解析系魔法と上位者の力を総動員して解析&フル改造し、起動に必要なふざけた呪文は破棄して、啓蒙があれば視認できるようにした。(つまり啓蒙のないごく普通の学生にはただの羊皮紙のきれっぱしにしか見えない)

 

 加えて、セブルス自身は地図の効果(現在位置の表示)から除外されるように仕向けた。

 

 ・・・なお、解析中に羊皮紙に実に腹立たしい文言の数々(ムーニー、パッドフット、プロングズ、ワームテールなどの人物たちが慇懃無礼に罵倒してくる)が浮かび上がったので、徹底的に改造してその手の文句は浮かばないようにした。

 

 もっとも、それも改造中に罵倒文句が文字化けしていき、徐々に意味のない文字の羅列になって、挙句浮かび上がることもなくなったが。

 

 あんなものは必要ない。

 

 

 

 

 

 さて、クリスマスである。クリスマス休暇に入るため一部の生徒は帰宅して、そこでクリスマスを祝う。それはハリーJr.並びにドラコ、ハーマイオニーも同じである。

 

 この三人は、大体そうしていた。ドラコのみは去年はマルフォイ夫妻の都合でクリスマス休暇をホグワーツで過ごすことになっていたが、それでもクリスマスは家族と過ごすことにしていた。

 

 つまりは、ハリーJr.は不在であった。にもかかわらず、それは起こった。

 

 通常、クリスマスプレゼントは寮の自室、ベッドの下に届けられるのだが、その年のクリスマスは違っていた。

 

 朝食の席で、細長い包みを持ったフクロウの群れがどうしようかとお広間の天井付近を右往左往した挙句、ここでいーや!とばかりにグリフィンドールの席のど真ん中にそれを投げ落とす珍事が発生したのだ。

 

 何事か、と残っていた学生たちがその包みを開けてみれば、そこには最新鋭の箒“炎の雷(ファイアボルト)”が入っており、『グリフィンドールのハリー=ポッター様へ』という宛名が包みには付いていた。

 

 何じゃこりゃ?

 

 どよめいて騒ぐ学生たちをしり目に、セブルスは無表情の下で舌打ちしていた。

 

 こんな後先考えないバカをやらかす人間など、彼の思い当たる限り一人しかいない。何をやっているのだ、あの脱獄囚は。

 

 というより、どうやって手に入れたのだ。金庫から金を引き出すにも、箒を購入するにも、その手の協力者が必要なはずなのに。

 

 その差出人も宛先も不明の箒は、マクゴナガルが質の悪い呪いがかけられているかもしれないから、と没収して箒の検査に回すことにしたらしい。呪いがかけられてなかったらどうするのだろうか?

 

 そして、クリスマス休暇明けの授業後、セブルスから事情を手紙で知らされたハリーJr.はドラコとハーマイオニーを伴って、彼の教授室に駆け込んだ。

 

 いつものようにお茶と茶菓子を用意してくれるメアリーをしり目に、ハリーJr.は話し出した。

 

 これ以上二人には隠せない。隠したくない。

 

 そう言ってセブルスに事情説明の許可を求めるハリーJr.に、セブルスは好きにしたまえ、ただし両親にはちゃんと自分で報告するように、と言った。

 

 そうして明かされたハリーJr.の出生事情に、ハーマイオニーが何事か言いかけた。

 

 「バカバカしいことだな」

 

 それをさえぎって、一言のもとに切って捨てたのはドラコだ。

 

 「お前の生まれなんて関係ない。いつも余計なことばかり言って、余計なことまで心配する奴があるか。

 それで僕たちの関係が何か変わるのか?

 まあ、話してくれたことについては、黙っておいてやる」

 

 「・・・えへへ。ありがとう、ドラコ」

 

 つんとそっぽを向くドラコの頬が赤くなっていることに気が付いたハリーJr.がほっとしたように笑った。

 

 それを見たハーマイオニーは、本で読んだ!知ってる!と言いかけたのを飲み込んだ。そうだ。彼女の知っているハリーJr.は本の中にいる死んだハリー=ポッターではないのだ。生きて、ハーマイオニーを助けて、ともに切磋琢磨する友達だ。

 

 「・・・話してくれてありがとう、ハリー。私も黙っておくわ」

 

 ゆえに、ハーマイオニーはこの一言で締めくくった。

 

 「ありがとう、ハーマイオニー。そうしてくれると嬉しいな。僕だけじゃなくて、ヘザーや両親も迷惑になるかもしれない話だから」

 

 うなずいたハリーに、もちろんよ!とハーマイオニーは大きくうなずく。

 

 やっぱりこの二人は最高の友達だ、と彼女は思った。突っ走りそうになるハーマイオニーを、ドラコがきつい言葉ながらもいさめてくれるし、ハリーJr.がそのフォローをやって、笑って許してくれるのだから。

 

 だが、温かな話はここまでだ。ここから先は、この先のことを考えなければならない。

 

 「でも・・・だとしたら、あなたが生きていると知ってる人がほかにもいるってこと?」

 

 「知っている者は限られる。メイソン夫妻と私以外では、ルシウスと、Mrs.メイソンをアメリカに逃がす手伝いをした私の後輩くらいなものだろう」

 

 「それと、ヘザーもね。ボクが知らされた時に、一緒に聞いたんだ」

 

 不安そうに切り出したハーマイオニーに、答えたのはセブルスとハリーJr.だ。

 

 「だが、勘づく者はいるだろう。何しろ、Mr.メイソンは最近特に、血縁上の父親の方によく似てきたからな」

 

 実際、ダンブルドアにも見抜かれてしまったわけで。このことについては当のメイソン一家とルシウス、レギュラスに一応報告して情報共有を行っている。

 

 「ええっと・・・そんなに?」

 

 「くせ毛にして眼鏡をかければな」

 

 「じゃあ、ひょっとしたらほかにも気が付く人もいるってこと?」

 

 困ったように聞き返すハリーJr.にうなずけば、ハーマイオニーが口をはさんできた。

 

 「うむ」

 

 セブルスはうなずくと、ハリーJr.が尋ねてきた。これこそが、彼にとっての本題であったのだ。

 

 「・・・おじさんは、その包みの送り主について心当たりがあるんだね?」

 

 セブルスは沈黙をもって返答とした。

 

 答えたくない、というそれは消極的とはいえ、肯定と同じである。

 

 「・・・“炎の雷(ファイアボルト)”が欲しいかね?」

 

 「うーん・・・ほしくないって言ったらうそになるけど、今はいらないかな」

 

 代わりに投げられたセブルスの問いに、ハリーJr.は少し視線をさまよわせたが、ややあって首を横に振った。

 

 「どうして?」

 

 「ボクはハリー=メイソンJr.だし、スリザリンだからね。チームおそろいの箒だってあるもの。

 一人最新鋭の箒で勝つより、みんなおそろいの箒で勝った方がかっこいいでしょ?」

 

 ニッコリ笑ったハリーJr.に、ドラコは「当然だ!父上から贈っていただいた箒だぞ!」とドラコがツンと顎をあげて言った。

 

 「確かにかっこいいけど、グリフィンドールだって負けてないわよ!クィディッチに関しては、私はグリフィンドールを応援させてもらうわ!」

 

 「ふん!望むところだ!今年こそスリザリンがクィディッチ杯ももらうからな!」

 

 「ボクたちも負けないからね!」

 

 それを穏やかな眼差しで眺め、セブルスは紅茶に口づけた。

 

 できるなら、彼らには学生時代の自分と同じ轍は踏んでほしくないものだ。

 

 

 

 

 

続く




【改良された忍びの地図】

 一見するとボロボロの羊皮紙の切れ端だが、啓蒙あるもののみ視認することのできる魔法の地図。

 隠し通路まで網羅したホグワーツ城の詳細な地図に加え、生活する人々の所在まで記されている。

 初代いたずら仕掛け人が創造したその地図を手に入れたセブルス=スネイプ教授の手によって改良されたもの。ムーニー、パッドフット、ワームテール、プロングズの名前も削除された。

 道具に必要なのは利便性であり、人を小ばかにする罵詈雑言の類は必要ない。





 次回の投稿は、来週!内容は、『必要の部屋』攻略完了!今度こそ第2回突撃☆脱獄犯シリウス!
 クィディッチ杯決勝戦から、ネズミの話。
 お楽しみに!


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【6】セブルス=スネイプ、分霊箱を探り当てる

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 早速やらかすシリウスさんですが、彼のやらかしはこんなもんじゃないです。

 見せてみろ、奴のやらかしを。

 というわけで続きです。

 (ボソッ)どんなに優れたシステムでも、管理者がポンコツだと意味がないんですよねえ。


 

 その日の夕方、セブルスは『必要の部屋』にいた。

 

 昼間は満月が近づいて体調を崩したルーピンに代わって“闇の魔術に対する防衛術”を臨時に担当したが、ブーイングがすさまじかった。

 

 一応、事前にルーピンから聞き出したカリキュラム通りに進めたが、あとからルーピン先生がよかった、と言われまくった。

 

 自分だって好きでやったわけではない。文句はルーピンに言え。

 

 カリキュラムを無視して、強引に人狼についてやらなかっただけありがたいと思え。

 

 メアリーから受け取った“忍びの地図”を用いて周辺チェックを行い、念のためルーピンの所在も確かめてから、再び『必要の部屋』に来たのだ。

 

 さて、セブルスが分霊箱を探す方法だが、このだだっ広い雑多ながらくた置き場じみた部屋からお目当てのものを探すのに、一つ策を用意していた。

 

 ヒントは、分霊箱は大体の魔法を受け付けない、ということだ。

 

 まずは、結界魔法と組み合わせた上位者の力を少々応用して、『必要の部屋』を空間隔離する。大きな音を聞かれないようにするためと、部屋全体に力を波及させやすくするためだ。

 

 次に、セブルスは右手に杖を持つ。普段使いなら手に持たなくてもいいのだが、魔法を最大出力で放つ場合は手に持った方がやりやすいからだ。

 

 そうして、彼は全力全開の浮遊呪文を部屋の中に使った。対象は、部屋の中にあるものすべて。すべてだ。

 

 ただし、分霊箱は魔法を受け付けない。するとどうなるか。

 

 ガラクタの山が天井付近に一斉に移動して、埃まみれの床の方ががらんどうとなるはずだ。

 

 ただ一つ、埃まみれの髪飾りがぽつんと床に残っていた。薄汚れたせいで灰色にも見えるくすんだ銀色をしてて、サファイアのような楕円形の青い宝石がはめ込まれている。

 

 “灰色のレディ”に聞いた、レイブンクローの髪飾りの特徴と一致する。間違いない。

 

 セブルスは浮遊呪文を維持したまま、それに歩み寄って拾い上げる。そうして、もう一度入り口付近に戻ってから浮遊呪文を解除した。

 

 同時にがらくたが床に落下して轟音を立てる。一部の装飾品は破損して、酒瓶は壊れ、がらくたが粗大ごみとなっていたが、どうせ取りに来る者もいないだろうとセブルスは歯牙にもかけなかった。

 

 そっと地面に下せばよかったかもしれなかったが、いくらセブルスの杖が破格の性能を持っているといっても、広大な部屋の大量のガラクタを一気に浮遊させるのは、骨が折れるのだ。そっと下すのも大変なのだ。だからこそ、問題ないようにあらかじめ空間隔離しておいたのだ。

 

 そうして、セブルスは血の遺志収納から取り出したノコギリ鉈で、髪飾りを真っ二つにした。

 

 ロケットの時同様、黒い靄のようなものを吐き出しながら簡単に砕けたその残骸を拾い上げ、ノコギリ鉈ともども血の遺志収納に収納したセブルスは、後始末にとりかかる。

 

 といっても、空間隔離を解除して“忍びの地図”で外の人通りを確かめて、外に出るだけだ。

 

 これで大体の分霊箱は片付いただろう。

 

 

 

 

 

 「これを」

 

 数日後、セブルスはレイブンクローの寮付きゴースト“灰色のレディ”と向かい合っていた。

 

 セブルスが差し出したそれは、修復呪文(レパロ)によって復元されたレイブンクローの髪飾りだった。

 

 「時間はかかりましたが、確かに見つけ出しましたぞ。

 もっとも、かつての効果そのままかは保証しかねますがね」

 

 セブルスの言葉に、“灰色のレディ”はじっとその髪飾りを見つめている。ややあって、彼女はゆっくりと首を垂れた。

 

 『・・・あなたに、感謝を。まさか本当に見つけてくださるなんて』

 

 「かまうことはないでしょう。先も言ったように、私にも目的がありましたのでな。

 あなたの願いはもののついでです。

 これはどうしたらよろしいですかな?」

 

 『では・・・』

 

 ためらい交じりに“灰色のレディ”が口を開いた。

 

 

 

 

 

 翌日、レイブンクローの談話室の片隅に、破壊不可呪文のかかったガラスケースと、その中におさめられた銀色の髪飾りが出現することになる。

 

 これは何だ?と首をかしげる生徒たちに、憑き物が落ちたようにすっきりした笑みを浮かべる“灰色のレディ”は、ただ寮監のフリットウィックに『私の大切なものですので、触らないでいただければ』とだけ言った。

 

 その後、レイブンクローの髪飾りが談話室にあり続けられたかは、寮監と歴代レイブンクロー生、そして寮付きゴーストのみが知っている。

 

 

 

 

 

 今更だが、検査の結果、問題なしとなった贈り主も宛先も不明の炎の雷(ファイアボルト)をどうするか、となった。

 

 われ先に使いたい!というクィディッチ選手が出てくるが、フェアじゃないだろうと別の選手が反対する。珍しく処分を渋ったマクゴナガル(彼女はクィディッチ関連になると途端に見境がなくなるのが珠に瑕である)をよそに、セブルスが粉砕呪文(レダクト)で粉砕した。

 

 残しておくと禍根にしかならない。

 

 大いにブーイングが出たが、セブルスは「こんな送り主不明のものにすがらねば勝てぬほどクィディッチ選手は技量不足のものが多いようですな。では、今年もスリザリンが優勝ですな。確か去年を除けば7年連続になりますな」と言い放ち、見事に黙らせた。

 

 

 

 

 

 もちろん、セブルスは炎の雷(ファイアボルト)の本来の宛先も送り主も知っていたが、宛先が受け取り拒否をしているうえ、送り主の希望をかなえてやる義理もない。

 

 ・・・贈り主が知れば、おのれスネイプ!と歯ぎしりするどころか、てめえ!と杖を振り上げられかねない所業である。

 

 もちろん、そんなことをされようものなら、セブルスも反撃する。相手が冤罪であろうと凶悪犯であるというのは実に都合がいい。内臓を引きずり出しても何一つ問題はない。

 

 ついでに揉み消す方法も山のようにある。道端に首を一つ転がしておけば、凶悪犯はなにがしかで死んだで解決、である。

 

 

 

 

 

 そんなある日のことだった。

 

 いつかのハリーJr.の忠告が、ついに現実となった時が訪れた。

 

 ハーマイオニーとネビルによる報告によって、マクゴナガルがカドガン卿に直談判したにもかかわらず、絵画の中の頑固な騎士卿は合言葉変更の条件限定を拒否。

 

 曰く、合言葉を複雑にしてさらには頻繁に変更すれば、いかな凶悪犯といえど入ってこれぬに違いない、と。

 

 ・・・それを言い出した本人が、取り出した紙っぺらに書かれている合言葉をつらつら読み上げるだけの人間を、何の疑いもなくすんなり通したのだから始末に負えない。

 

 ロナルド=ウィーズリーが目を覚ました時には、ナイフを振り上げたシリウス=ブラックが、ベッドの上にいたのだ。

 

 絶叫しても無理はなかった。というか、よく絶叫だけで済んだものだ。僕なら失禁して、夜尿症になってたかも、数日魘されただろうな、というのは同室のディーン=トーマスの声なき感想である。(そして、どさくさ紛れにシリウス=ブラックは逃げた)

 

 これにはグリフィンドールは上を下をもひっくり返しての大騒ぎとなり、他の寮でも緊急で叩き起こされて談話室に集合して異常のないか点呼、教授陣始め、監督生と教職に加え、ゴーストたちは大至急ホグワーツ城内を捜索し始めた。

 

 「貴公の友人だろう。何を考えてるか、ぜひわかりやすいように皆に説明してもらえんかね?

 夜中にグリフィンドールに押し入って、無関係だろう生徒にナイフを振り上げた正当なる理由を、ぜひ我々にも理解できるようにしていただきたいのだが?」

 

 セブルスの嫌味半分呆れ半分のセリフに、リーマス=ルーピンは引きつらせた顔をもって返答とした。

 

 ・・・ちなみに、ハリーJr.の忠告以降、ネビルは合言葉をメモするのは羊皮紙のきれっぱしのようなこまごましたものではなく、祖母に送ってもらった分厚い日記帳にメモするようにしており(かさばるけどこれならなくさない!)、メモを盗まれたのはグリフィンドールの1年生だった。

 

 生徒たちから苦情と警告を受けていたにもかかわらず改善しなかったから!それでも、あからさまな不審人物を通す奴があるか!何のための合言葉制度だ!

 

 強権発動しなかった自分を悔やむマクゴナガルは、ひとまずその1年生はお咎めなしとし、代わりにカドガン卿の絵画を元のさびしい踊り場に戻した。

 

 太った婦人(レディ)はどうにか合言葉の番人に復帰したが、引き換えに棍棒を持ったトロールたちの警護が付くことになった。

 

 なお、このトロールたちは豚っ鼻ではない。

 

 

 

 

 

 この事件で、セブルスはひそかにグリフィンドール寮塔内にシリウスに味方するスパイがいるのでは?と考え始めていた。

 

 というのも、シリウスがどうやってメモを手に入れたのか?ハリーJr.の忠告を受けて、全員メモの管理を相応にしっかりし始めただろうから、かなり難しいと思われる。

 

 加えて、シリウスが男子寮に侵入したこと。シリウスの狙いは、世間一般には死んだはずのハリー=ポッターで(両親がグリフィンドール寮の出身である)、アズカバンに投獄されていたシリウスはその死を知らないから、というのが有力視されている。

 

 しかし、ハリー=ポッターはいない。にもかかわらず、グリフィンドール寮に侵入した。そうしなければならない理由がある。

 

 加えて、セブルスはシリウスが冤罪であり、彼の真の狙いも察している。

 

 となれば、ロナルド=ウィーズリーの周囲に何かあるのでは?

 

 そしてウィーズリーが狙いならば、彼の部屋をシリウスに教えた共犯者がいてしかるべきなのだ。

 

 そう思いはしても、どうにもまだ、確信が持てずにいた。

 

 

 

 

 

 さて、イースター休暇である。

 

 ハーマイオニーはある日とうとうトレローニーに激昂して占い学の受講を辞めた。とはいえ、それでも彼女がたくさんの科目を受講しているのは変わらないので、相変わらずピリピリして疲れたような顔をしていた。

 

 もちろん、それはハーマイオニーだけではない。

 

 3年次から選択教科も入ってくるので、彼女のみならず、ハリーJr.もドラコも、休みどころではない勉強三昧の日々だった。

 

 加えて、去年は“秘密の部屋”騒動で中止となったクィディッチの寮杯をめぐって、どこの寮も熱量が暴発寸前に高められていた。

 

 特に、決勝戦まで勝ち進めたグリフィンドールとスリザリンは、寮生間で小競り合いを頻発させた。選手を狙ってひそかな呪いの掛け合いは当たり前。お互いに選手たちはガードするのが日課となっていた。

 

 

 

 

 

 学生たちはそんな感じであったが、セブルスはといえばハリーからの連絡を受けて、リトルハングルトンという村に向かっていた。

 

 少々時間はかかったが、ハリーは見事にトム=リドル氏の居所を調べ上げたのだ。

 

 かつて、この村に居を構えていた地主の息子が見知らぬ女にたぶらかされ、周囲の心配をよそに女を囲ったが、やがて我に返ったか、身重の女を化け物の悪女と称して叩き出したのだと。

 

 60年以上昔のことであり、年代的にも一致する。

 

 その地主の息子こそ、トム=リドルというそうだ。

 

 そのリドル氏も、50年近く前に自宅で倒れているのが発見され、そのまま帰らぬ人となったそうだ。持病の類はなかったはずだが、心筋梗塞だろう、という見方がされている。(セブルスとしてはヴォルデモートが手にかけてもおかしくないと思っている)

 

 リドル氏は高慢なところがあり、村人たちからはあまり好かれておらず、身寄りもいなかったために村の共同墓地に埋葬ということになったそうだ。

 

 一緒に行こうか、というハリーの申し出が記された手紙に、一人で大丈夫という断りと調べ上げてくれたことの感謝の返信をして、セブルスは出立した。

 

 リトルハングルトンの共同墓地に、夜中一人降り立った彼は念のため周囲にマグル除けを張り巡らせると、黙々と墓を暴き出した。

 

 なお、万が一にも目撃されては面倒なので、今のセブルスは墓暴きのローブ姿をしていた。真白の布地に、細かな刺繍が施されたそれは、聖職者が着ているものに近いだろう。深々と被ったフードで顔も誤魔化せる。

 

 とはいえ、これを着ていた連中が実際にやったことといえば、地下遺跡に潜ったことだ。要するにビルゲンワースの連中と同じ穴の狢であり、聖職者とは月と鼈並みに別物である。

 

 実際、ビルゲンワースの連中が神の墓を暴いたことこそが、ヤーナムの異状におけるすべての発端といえるわけで。

 

 さて、セブルスが掘り出したのはもちろん棺だ。そういえば、最近は墓地の埋葬面積の問題などから火葬が広まってきており、墓地に併設で火葬場も設けられているらしいが、このような片田舎ではやはり土葬が主流であったりする。

 

 まあ、セブルスとしては骨壺だろうが棺だろうが、中身が死んでいると確約されているならどうでもいい。ヤーナムであれば棺を鎖でがんじがらめにして錠前まで施していた。あの街は街で下水道から大通りまで、棺を積み上げて放置していた。・・・そのうち中身が獣にでもなると思われていたのだろうか?

 

 エンバーミングされてミイラのようになっている礼服姿の死体をしばらく無感動に眺めたセブルスは、ややあって中身に手を付けた。

 

 死者に対する冒涜や倫理など、くそくらえだ。そんなもの持ってても、ヤーナムでは糞以下だった。

 

 

 

 

 

 なお、魔法族でもその手の感情があるかは怪しいところである。何しろ、クィンタペット(元人間疑惑のある魔法生物)のはく製を平然と作成できるのだから。

 

 

 

 

 

 そうして、ややあって元通りのミイラ状の死体に見える細工を終えた中身入りの棺を土の中に戻し、魔法で土をかぶせてから、できるだけ元通りに見えるように植物の生長を促す魔法薬を撒いておく。

 

 数日もすれば元の荒れた草地となって、墓が暴かれたことなどわからなくなるだろう。

 

 利用されなければそれでいい。万が一蘇生に使われたら・・・その時が今から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 そんなこんなのイースター休暇が終わってからまもなく。

 

 クィディッチ杯の決勝戦、グリフィンドールVSスリザリンが開幕となった。

 

 セブルスはクィディッチには興味が持てないものの(そもそも箒が好きになれない)、寮監の務めの一環として寮の試合の時は必ずスタンドに詰めていた。

 

 

 

 

 

 ちなみに、メアリーはさすがにここにいない。

 

 一度だけ生徒たちに誘われてセブルスとともに来たのだが、終了後にどこか疲れたような様子を見せたので、それ以降は誘わないように生徒たちに言いつけている。

 

 彼女はもともと静かな“狩人の夢”にいたし、そのあとも“葬送の工房”であまり変わらぬ生活をしていた。

 

 それがセブルスの都合でいきなりとはいえ、ホグワーツに連れてきてしまった。授業だけでも多くの人に接することになるというのに、騒がしさと興奮のるつぼのようなクィディッチ場は、かなり精神的ストレスになることだろう。

 

 本人形は、無人に近くなったホグワーツ城を散歩したり転寝したり、菓子を作ったりして、存分に羽を伸ばしているので、そちらの方がいいらしいことは明らかだった。

 

 ただし、廊下をうろつこうものなら、三度侵入したブラックと鉢合わせして破壊されかねないので、教授室から出ないように、としっかり言いつけておいた。

 

 確かにメアリーは破壊されてもすぐに元に戻る。だが、それでセブルスがいい気分がするかは別問題である。

 

 メアリーに傷一つつけようものなら、あの男が無実だろうと、正当防衛にかこつけて内臓を引きずり出す所存である。命乞い?駄犬が何をしゃべろうと理解できるわけがない。セブルスは犬が嫌いなのだ。

 

 誰だって散々追い回されて、武器を構えようとした手に嚙みつかれて、抵抗する間もなく押し倒されて、そのまま――生きたまま腸を貪られたら嫌いになるだろう。しかも、一度や二度どころではない。

 

 豚よりはましだが。犬は許せる。豚は許さない。ただし、どっちも殺す。

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 ピッチに入場したクィディッチ選手たちがユニフォームローブをなびかせながら、箒にまたがって空中に舞い上がる。

 

 満を持して試合スタートだ。

 

 

 

 

 

 余談だが、正史とはハリー=メイソンJr.の所属寮が違うので、当然クィディッチチームのメンバーも異なっている。

 

 グリフィンドールチームは、シーカーをジネブラ=ウィーズリーが担当。

 

 スリザリンチームは、前述したがシーカーをハリー=メイソンJr.が、ビーターをドラコ=マルフォイとヴィンセント=クラッブが、それぞれ担当している。

 

 他のチームメンバーに変化はないので、そこは省かせてもらう。

 

 双子のウィーズリーは、さすがにクィディッチの時はセブルスに頼んでメンシスの檻を脱いでプレーしていた。(双子には地図の借りがあるので)

 

 ついでに言っておくと、ハッフルパフVSグリフィンドールの試合(ハリーJr.が偵察に行って気絶した試合)では、ジネブラは箒から落下事故は起こしていない。普通にセドリック=ディゴリーにスニッチを奪われた。

 

 

 

 

 

 50点だ。

 

 グリフィンドールが優勝するには、その点差をスリザリンに着けて、なおかつスニッチを取る必要がある。

 

 逆にスリザリンはその点差をつけさせなければいい。

 

 とはいえ、しょっぱなからマーカスの体当たりで、グリフィンドールのアンジェリーナが箒から転落しかけるなど、スリザリンは文字通り見境がなかった。(いつものことではある)

 

 スリザリンのプレースタイルはルール違反すれすれのラフプレーだ。さすがにハリーJr.はそこまでやみくもに、とはやらない。

 

 そんなことしなくても、勝つ自信ならあるからだ。

 

 そして。

 

 点差が開いて、ジネブラがスニッチをつかもうとそちらに向かって飛来しようとしたその瞬間、ハリーJr.は宙返りするように箒の穂先でスニッチをたたき落としていた。

 

 ここでスニッチをつかんでも確かにスリザリンが勝つ。だが、どうせ狙うならばパーフェクトゲームを狙いたい。点差は40点以内に抑えて、スニッチをつかんで勝つ。ラフプレーをしているからには、そのくらいできなければ。

 

 スニッチが見えなくなる。

 

 「卑怯者!」

 

 ジネブラが顔を真っ赤にして箒の上で怒鳴るが、ハリーJr.は「君もチェイサーの方に突っ込んでただろ!スニッチはあそこになかっただろ!」と言い返した。

 

 グリフィンドールの応援スタンドからもブーイングが飛んだが、スリザリンはいいぞもっとやれ、と言わんばかりだ。

 

 審判のフーチは難しい顔をしていたが、注意でとどめて見逃してくれることにしたらしい。

 

 ハリーJr.の箒の腕前は血縁上の父親譲りだが、負けん気の強いところはきっと母親似なのだろうな、とセブルスは思う。

 

 直後、双子のこん棒にはじかれたブラッジャーがハリーJr.に向かうが、それを打ち返しながらドラコが怒鳴る。

 

 「よそ見はするな!お前はスニッチだけを追ってろ!」

 

 「うん!」

 

 叫び返して、ハリーJr.は懸命に視線を巡らせた。

 

 あった。金のスニッチ!

 

 点差はチェイサーたちとキーパーのみんなが頑張って、どうにか40点内に縮めてくれた。

 

 ここからはハリーJr.の仕事だ。

 

 「クラッブ!正念場だ!ハリーに奴らを近寄らせるな!」

 

 「応!」

 

 双子のウィーズリーが「「邪魔だぁぁ!」」と棍棒でブラッジャーをたたきこんでくるが、ドラコとクラッブが懸命に打ち返す。

 

 そして。

 

 クィディッチ場を揺るがしたその歓声は、ホグワーツ城の魔法薬学教授室で転寝していたメアリーが目を覚ますほど、大きく轟いた。

 

 スニッチをつかんだ手を大きく振り上げるハリーJr.と、こん棒を投げ捨てて彼に抱きつくドラコをはじめ、万歳と叫ぶチームメイトたち。

 

 フーチの試合終了のホイッスルが響く中、スリザリンの応援スタンドからは大喝さいが轟いた。

 

 ハリーJr.とドラコからしてみれば、初めてのクィディッチの優勝杯だ。

 

 メアリーに祝いの菓子を焼くように言わねば。もちろん、二人だけでなく、チームメイト全員分。

 

 はしゃぎまわるクィディッチチームを見やって、セブルスは穏やかな顔をしていた。

 

 それを驚いたような顔で見てくるルーピンがいたことなど、彼は知らない。

 

 

 

 

 

 さて、クィディッチの興奮も徐々に冷め、どんなに厭うてもやってくる学年末テストのために、生徒たちは必死に勉強していた。

 

 ハーマイオニーはいくら占い学を辞めたといっても、それでも大量に科目を受講しているだけあって、かなり神経質かつヒステリックになっていた。

 

 そして、このころにようやく、ハリーJr.は知った。ハーマイオニーがぎすぎすしているのは、なにも多すぎる科目とその勉強のためではなかったということに。

 

 で、その問題は彼一人では解決しきれず、やむなく彼は決意した。

 

 セブルスおじさんに相談しよう!

 

 「先生、今お時間、大丈夫ですか?」

 

 ノックをして顔をのぞかせたハリーJr.に、セブルスはうなずいた。

 

 余談だが、ハリーJr.は魔法薬学の成績は可もなく不可もなく、というところだが、セブルスが「闇祓いを目指すならば、上級魔法薬学の受講は必須ですな。ちなみに、私はOWL試験(5年次の成績)でO(大いによろしい)を取れない生徒の受講は認めませんぞ」と言ったところで、一念発起して猛勉強している。

 

 とはいえ、まず材料の下処理がおおざっぱなので、そこから何とかしていくべきなのだが。

 

 話を戻す。

 

 「先生、魔法界のネズミって10年くらい長生きするんですか?」

 

 「は?」

 

 カウチについたハリーJr.は、メアリーがお茶を淹れるのをしり目にそう切り出してきたため、セブルスは瞠目した。

 

 なぜいきなりネズミ?魔法薬の治験の検体にでもするのか?

 

 「あ、ごめんなさい。ちゃんと順を追って説明するね」

 

 と言って、ハリーJr.は話し出した。

 

 

 

 

 

 ロナルド=ウィーズリーはネズミを飼っている。名前はスキャバーズ。前足の指が一本欠けているのが特徴。

 

 兄のパーシー=ウィーズリーからのおさがりであるし、ロナルドも口では散々に言うが、ちゃんと世話をして面倒を見ているらしい。

 

 そのネズミの様子がおかしくなった。毛並みも悪く禿げた場所もあり、食欲もなくなって元気がない。ロナルド曰く、「エジプトの水が体に合わなかったのでは?」とのこと。

 

 さらには、そんなネズミのためにダイアゴン横丁にあるペットショップで見てもらおうとすれば、クルックシャンクスにロックオンされ、さんざんに追い回された。そしてそれはハーマイオニーがクルックシャンクスを買い上げてホグワーツにも連れてきてしまったため、さらに続くことになった。(グリフィンドールの談話室でもされたのだ)

 

 (ロナルドが言うには)ストレスでネズミはさらに弱り、ある日クルックシャンクスの毛数本と引き換えに寝床からいなくなったらしい。

 

 あいつに食われたんだ!とロナルドは大いに嘆いて、ハリーJr.にまでそう言ったが、ふとハリーJr.は思った。

 

 え?スキャバーズってネズミ?パーシー(ロナルドより4歳年上)のお古?え?ネズミってそんなに長生きしたっけ?

 

 ハリーJr.はプライマリー時代の友人がハムスターを飼っていたため、ネズミの寿命が短いというのを知っていた。愛玩種で普通のネズミよりも長生きだろうハムスターでさえせいぜい2~3年なのだ。これが品種改良もされてない普通のネズミならば、もっと短いのでは?

 

 ロナルド曰く、スキャバーズは年寄りネズミで、魔力のかけらも見せないどんくさいやつなんだ、とのこと。

 

 じゃあ、魔力を寿命方向に全ぶりしているのかな?ネズミじゃない、ネズミに見える新種の魔法生物とか?

 

 一応、ハリーJr.はロナルドに尋ねた。プランク先生(魔法生物飼育学教授)に聞いてみた?

 

 ロナルドはハリーJr.から提示された可能性に目を白黒させつつ、首を振った。(少し目が輝いていたのは、ただのネズミじゃない新種の魔法生物の可能性!かっこいい!僕のペットって実はすごかったんだ!という一種の期待からだろうか。ハリーJr.は何も言わなかった)

 

 だが、肝心のスキャバーズそのものがいなくなってしまったわけで。

 

 ハリーJr.はお人よしである。確かに1年次の彼はロナルドと仲が悪かったが、2年次の秘密の部屋騒動の時に、決して悪い奴じゃないとハリーJr.が見直し、さらにはロナルド本人もエジプト旅行の際にあった兄にいろいろ相談して考え直したこともあって、どうにか関係修復・・・正確には再構築しかけていたらしい。

 

 自分だって、ペットのヘドウィグに何かあったら何とかしてやりたいと思うと、ハリーJr.がおせっかいをすることにしてしまったのだ。

 

 スキャバーズの本当の生物名がわかれば、あるいは行動パターンなどを割り出して捕まえることもできるかもしれない。生きている可能性だってあるのだから。

 

 ハリーJr.がそう言うや、ロナルドが一念発起した。よし来た!プランクに聞いてくるよ!ありがとう、メイソン!

 

 悪い奴じゃないんだよなあ。ちょっと向こう見ずで思い込み激しいところがあって。素直なんだろうけど。

 

 そう思うハリーJr.もまた、父からセブルスが世界各地を旅してまわったという話を聞いており、おじさんなら何か知っているかも、とテスト勉強の合間を縫って尋ねてきたのだ。

 

 

 

 

 

 「バカなことを言うな。ネズミの姿で、ろくに魔力の片りんも示さんくせに寿命だけはあるだと?そんな都合のいい生き物」

 

 聞き終えてセブルスは切って捨てるよう言いかけて、不意に黙り込んだ。脳の瞳がささやいている。

 

 いる。そんな、都合のいい生物が。

 

 

 

 

 

 通常、生き物は体の大きさと寿命が比例する。心肺機能の関係もあるが、小さな生き物は寿命が短い分多産である。

 

 体の大きさと寿命は比例し、出産する子供の数は反比例する、と言ってもいいだろう。

 

 ただし、それは人間を除くうえ、さらには魔力を持たない通常の生物の場合に限定される。

 

 そう。人間は体の大きさの割に、寿命が長い。魔法族であればさらに長生きする。魔力を持つというのは、それだけで寿命を延ばすのだ。

 

 それは他の魔法生物にも適応され、魔法生物に関しては体の大きさと寿命は必ずしも比例はしないのだ。

 

 

 

 

 

 そう。その条件に当てはまる、都合のいい生き物が、いるのだ。

 

 何を隠そう。

 

 「先生?」

 

 「・・・Mr.メイソン。ここから先の話は他言無用だ」

 

 急に険しい顔になったセブルスにハリーJr.は目をしばたかせるが、重々しい言葉に戸惑いながらもコクリとうなずきを返した。

 

 「そんな都合のいい生き物はただ一つだ。人間だ」

 

 「え?」

 

 「動物もどき(アニメーガス)だ」

 

 聞いた途端、ハリーJr.はさっと顔色を変えた。

 

 

 

 

 

 夏休みに付け狙われて引っ越す羽目になったハリーJr.は、その後事情を知ったハーマイオニーによって、動物もどき(アニメーガス)の見分け方について書かれた本を紹介してもらったのだ。

 

 例の黒犬に限ったことではない。ひょっとしたら、他にも動物もどき(アニメーガス)がいるかもしれないのだ。

 

 動物もどき(アニメーガス)は登録が義務付けられているが、死喰い人ならば未登録であってもおかしくない。

 

 

 

 

 

 「え?で、でも、スキャバーズって、すでに何年もウィーズリーのところで飼われてるって・・・え?」

 

 かわいがっていたペットが、まさかの人間。おっさんだかおばさんだか不明だが、中身はいい年こいた人間。不審人物と一緒にご飯を分け合って、ベッドを一緒にして・・・うっかり、ハリーJr.はそんな現実を想像してしまった。

 

 「ど、どうしよう・・・そんなこと、ウィーズリーに言えない・・・」

 

 青ざめてうめくハリーJr.をよそに、セブルスは脳に宿す瞳の瞬きを感じていた。

 

 啓蒙が高まった時の感覚にも似ているそれは、俗にいう閃きというものかもしれない。

 

 「Mr.メイソン。ウィーズリーがネズミを飼っているのを知っている者は、貴公のほかに誰かいるかね?」

 

 「え?ええっと・・・ホグワーツ生・・・ううん、多分、不特定多数が知っていると思います」

 

 「不特定多数だと?」

 

 「あれ?先生、ご存じないですか?今年の夏に、ウィーズリーのところ、ガリオンくじに当選してそのお金でエジプト旅行に行ったって、日刊預言者新聞に載ってましたよ?

 確か、新聞にも写真が載ってて、そこにペットのネズミを肩に乗せたウィーズリーも映ってたと思います」

 

 「原因はそれか!」

 

 「え?」

 

 額を押さえて天井を仰ぐセブルスに、訳が分からないとハリーJr.は目をしばたかせた。

 

 

 

 

 

 ウィーズリーの家が何年ネズミを飼っているのかは定かではない。

 

 だが、ここにきて出てきた、異常に長生きの指が一本欠けたネズミ。

 

 動物もどき(アニメーガス)

 

 脱獄したシリウス=ブラック。

 

 シリウスの狙いが、ポッター一家を売ったペティグリューへの復讐ならば。

 

 マグルを虐殺し、指一本を残して自身も被害者に偽装して逃げおおせたペティグリュー。

 

 ペティグリューはどこに逃げたのか。

 

 他の死喰い人たちが、帝王の復権に備えて身を潜めているのと同様に、奴もまた復権に備えて、準備を整えられる環境を選んだのだとしたら。

 

 ポッター母子は自爆したが、そうでないなら経過はどうあれ、いずれホグワーツに入学する。そうなったときに真っ先に接触できるポジションを取るべきだ。

 

 指一本残して消えたペティグリュー。

 

 指が一本欠けたネズミ。

 

 夏休み初めに脱獄したシリウス=ブラック。

 

 エジプトから帰還してから、弱り始めたネズミ。

 

 ようやく点は出そろい、線で結びあい、物事の輪郭があらわになってきた。

 

 

 

 

 

続く

 





【修復されたレイブンクローの髪飾り】

 ロウェナ=レイブンクローが自身の象徴的アイテムとして作り上げた髪飾り。

 サファイアのような楕円形の石がはめ込まれており、身に着ければ知恵が増すともいわれている。

 この髪飾りはロウェナの娘ヘレナが盗み出し、ロウェナはその事実を他の創立者たちにも隠した。

 この世ならざる身の上になり果てたヘレナは、今なお髪飾りを求めてやまない。

 闇の帝王に奪われて分霊箱にされたのち、セブルス=スネイプによって修復されたそれを目の当たりにした彼女は、何を思うのであろうか。





 [おまけ~メアリーさんのお祝い~]

 クィディッチでスリザリンが優勝した。

 お祝いの菓子を焼くようにセブルス様に言われたメアリーは、少し考えてから取り掛かった。

 イギリスの菓子の方がいいかもしれないが、少し変わり種の方がいいかと思い、ブロワイエにすることにした。フランスの郷土菓子の一つだ。

 ホグワーツの厨房を訪れたメアリーは、ハウスエルフたちに断りを入れて、エプロンを身につけて袖をまくったアームバンドで止めると、さっそく調理を始めた。

 ローマジパンとバターを混ぜ、粉糖を入れてからさらに混ぜ、薄力粉をふるって入れてから切るように混ぜる。

 混ぜすぎない程度にまとめてから、冷蔵庫で冷やす。

 よく冷やしてバターを落ち着かせてから、打ち粉をしてから生地を麵棒で広げる。

 そうして、型抜きをする。余った端の生地も集めてから、小さめの型で抜く。

 もう一度冷蔵庫で冷やしてから、卵液を塗り、フォークで溝をつけて飾りを描く。

 あとは、180度のオーブンで30分焼き上げる。少し焼き過ぎと思われるほど、しっかり焼き色を付けるのだ。

 オーブンから出したら、しっかり冷ます。

 少し遅くなってしまったが、メアリーはスリザリン寮の談話室に、焼きあがったブロワイエを持って行った。

 「うわー!ありがとうございます!」

 「バターのいい匂い・・・おいしそう・・・」

 テーブルの上に広げられた大きな円盤状の焼き菓子に、寮生たちがワイワイと集まる。

 「大きいビスケットみたいね・・・どうやって食べるんですか?」

 「こうします」

 女子生徒の質問に、メアリーはブロワイエの上に布巾を置いてから、「失礼します」と持ってきていたトンカチを振り下ろした。

 「ブロワイエとは、フランス語で砕くという意味があるそうです。お祝い事の際に、こうして砕いて、その破片をそれぞれとって食べるのがフランス本場での食べ方のようです」

 布巾を取って、いくつかの破片に割れた焼き菓子を前に淡々と言ったメアリーに、生徒たちはちょっと引いている。

 「ありがとうございます、メアリー!フリント先輩!先輩は来年で卒業だから、大きいのをどうぞ!」

 最初に声をあげたのはハリーJr.だ。

 「あ、ああ・・・悪いな、メイソン」

 「なら、次はメイソンだ。お手柄だったぞ、シーカー!」

 「なあ、俺、こっちのもらっていいか?」

 「おい、ずるいぞ!」

 「まだブロワイエはほかにもあります。そちらも今割りますので、皆様でお分けになってください」

 ワイワイと銘々ブロワイエを手に取って食べ始めた学生たち。杖でテーブルをたたいて、ココアやお茶といった飲み物を出す生徒たちもいる。

 みんな楽しそうで、おいしそうに食べてくれている。

 空っぽの胸の奥がむずむずするような気がした。嫌な感じではない。

 あとでセブルス様にお伝えしよう、とメアリーは思った。

 もちろん、ブロワイエとお茶を一緒にお出しして。





 サプライズ!人形ちゃん可愛いヤッター!




 次回の投稿は、来週・・・と見せかけて、明日!本編はいったん置いといて、外伝をやります!
 以前、アンケートでお尋ねした、ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニー3人組の学生生活です!時系列は1年次のものとなりますので、あしからず。
 お楽しみに!


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【カプリッチオ5】ハーマイオニーとスリザリン

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 クィディッチの決勝、正直どうしようかと思いました。原作通り、グリフィンドール勝たせた方がいいかな、と思いつつ、メアリーのシーンを思いついたところで、うん、スリザリンにしとこ、となってああなりました。

 ごめんね、ウッド君。マジごめん。クィディッチ狂の君は、原作3巻が一番輝いていたのに。

 まあ、それは置いといて外伝です。

 予告通り、ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニー三人の学生生活模様となります。ハーマイオニー視点となります。

 時系列としては、第2楽章5ハロウィーンのトロール騒動以降(つまり1年次)となります。

 書いててすごくほのぼのしました。


 

 「あ、ハーマイオニー!今から図書館?」

 

 「ええ。ハリーとドラコも?」

 

 「うん。一緒に課題やらない?いいよね?ドラコ」

 

 「ふん。グレンジャーの意見はまあ、聞いてやってもいいことがあるからな。邪魔だけはするなよ」

 

 「あんなこと言ってるけど、ハーマイオニーの意見はとても参考になるから、一緒にやろうっていうのが本音だから」

 

 「お前はいつも余計なんだ!」

 

 スリザリンの二人組を前に、ハーマイオニーは目元を緩めた。

 

 にこにこしているハリー=メイソンJr.と、つんとしているけれど思いやりのあるドラコ=マルフォイ。

 

 評判がよくないスリザリンにいるけれど、噂なんてあてにならないものだ。二人とも、ハーマイオニーにとって、大事な友達だ。

 

 

 

 

 

 初めて行く魔法界に、ハーマイオニーはとにかく舐められないようにと必死に頑張った。

 

 小さいころからちょっと興奮したら、変なことが起こっていて、それが自分が魔法使いだったせいだとわかった時に、そうだったんだ、と不思議と納得したものだ。

 

 頭がいいね。きっと歯医者さんのパパがいるせいだね。小さいころからさんざん言われたから、とにかくハーマイオニーは勉強を頑張った。これでできないとなったら、何を言われるか分かったものじゃない。

 

 周囲で変なことが起きるんだから、せめて成績優秀にして、問題がないようにしないと!

 

 そして、それはそのまま魔法界に行った時の意気込みともなった。

 

 きっと、周囲はこれまでとは全然違う常識をもって、勉強だって全然違うに違いない。

 

 ついていけなかったら、馬鹿にされて阻害されてはじき出される。そうならないように、これまで以上に頑張らないと!

 

 ・・・思えば、このころのハーマイオニーは意気込み過ぎていた。

 

 こうすればわかるのに!私ならわかるのに!とグイグイ前に出過ぎていた。出る杭は打たれるという言葉のとおり、気が付けばハーマイオニーは一人になっていた。

 

 それでも、みんなのために。必死に歯を食いしばって我慢していた。

 

 だからまさか、同級生から「悪夢のような奴だよ!」などと言い放たれ、だれ一人それを否定しなかったということになろうとは、思わなかったのだ。

 

 自分の頑張りを否定されたような気がして、とうとう心折れたハーマイオニーはトイレに閉じこもって泣いていた。

 

 ハロウィーンのパーティー?とてもそんな気分になれなかったのだ!

 

 まさかそのあと、しばらく魘されるほどの悪夢に苛まれるとは思いもしなかったのだけれど。

 

 悪夢が終わった後も出るに出られず、トイレの個室で泣いて震えていたハーマイオニーを助けに来てくれたのが、ハリーJr.とドラコだった。

 

 あの悪夢の元凶に出くわす可能性だってあっただろうに、それでも勇気を振り絞って助けに来てくれた。

 

 言葉にならないほどのものがこみ上げたハーマイオニーは、思わず二人に抱き着いて大泣きしてしまった。

 

 

 

 

 

 成績優秀だけど嫌味でいつも一言多いドラコ=マルフォイと、穏健だけど一度スイッチが入ったら上級生だろうと蹴飛ばすハリー=メイソンJrは、グリフィンドールでも遠巻きにされていた。

 

 特に、事実を言っただけのロナルド=ウィーズリーを杖も使わずに蹴飛ばしたハリーJr.はマルフォイの威を借りる腰巾着、という見方が大多数の生徒の間でされ、かくいうハーマイオニーもそう思っていたのだ。

 

 けれど、この事件でハーマイオニーは見方を変えた。

 

 ドラコは言い方から誤解されがちだけど思いやりを持っているし、ハリーJr.がそれをわかりやすくしてくれる。

 

 いつの間にか、周囲の言うことを鵜呑みにしていた。まずは自分の目で見て、物事を決めるべきだったのに。

 

 本来なら関係ないだろう自分を助けに来てくれただけで、グリフィンドール生よりもよほど勇敢だ。

 

 同い年の男の子たちが、こんなに頼もしく見えたのは、初めてだった。

 

 医務室へ向かう廊下で、ハリーJr.に手を引かれながら、ひそかにハーマイオニーはそう思った。

 

 

 

 

 

 二人と一緒に行動するようになったのは、その事件の後だ。

 

 改めて自己紹介をしあって名前呼びをするようになって、一緒に授業に出たり勉強するようになった。

 

 その折、二人からハーマイオニー自身の反省点をやんわりと指摘された。

 

 確かに、聞かれもしないことを押し付けがましく説明してたことが多かった。家でも、まずは一呼吸おいて相手の反応を待ってから行動に移しなさいって言われたのに、とハーマイオニーは素直に反省した。

 

 そして、忠告通りに行動すれば、少しずつ話しかけられたり、一緒に過ごす友人が増えてきた。

 

 意気込み過ぎてたのだ。もう少し肩から力を抜いて周囲を見回せば、変わってくるものもあると、ハーマイオニーは気が付き始めた。

 

 

 

 

 

 「グレンジャー。今度の日曜、時間があるか?」

 

 ぶっきらぼうに尋ねてきたのはドラコだった。

 

 名前呼びしてもいいといったにもかかわらず、ドラコはかたくなに名字呼びをしてくる。ハリーJr.が言うには、貴族が懇意にしている女性でもないのに名前呼びするのはいかがなものか、という意識があるらしい。

 

 気にしなくていいのに、とハーマイオニーは思ったが、ドラコの中で一区切りつくまではそっとしておくことにしている。

 

 「あー・・・ドラコ、もしかして・・・」

 

 「察しがいいな」

 

 どこか困った顔をしたハリーJr.にうなずいて、非常に言いにくそうにしながらドラコは切り出した。

 

 「手を、貸してほしい」

 

 嫌味で高慢なところが多いように見えるドラコが、こんな反応をするなんて珍しいな、と思いつつもハーマイオニーは快く引き受けた。

 

 

 

 

 

 その週の日曜、つまり約束の日だが、ハーマイオニーは安請け合いをした自分を恨めしく思った。

 

 

 

 

 

 「信じられない・・・」

 

 「うん・・・気持ちはわかるよ・・・。

 あのさ、ゴイル。掛け算割り算なんて無茶は言わないから、とりあえず足し引き算くらいはできるようになろうよ。

 これ、プライマリーの低学年用テキストなんだよ?!なんでこんなに間違えるんだよ!」

 

 「おいクラッブ!ここは、先週やったところだろう!なんで同じ間違いをしてるんだ!ここだ!動詞の綴り間違いだ!先週も同じ間違いをしてただろう!

 科目によっては綴り間違いで減点、下手をすれば再提出にされるんだぞ!わかっているのか!」

 

 半ば呆然とつぶやくハーマイオニーに、答案用紙をもって嘆くハリーJr.と、同じくイライラと間違いを指摘するドラコを前に、図体を縮こまらせるスリザリン生が二人。

 

 ヴィンセント=クラッブと、グレゴリー=ゴイルである。

 

 ハーマイオニーが頼まれたのはほかでもない、クラッブ&ゴイルの勉強の手伝いだった。

 

 

 

 

 

 実は、ホグワーツ入学生の基礎学力は見事なまでにばらばらなのだ。

 

 魔法界にはマグル界におけるプライマリースクールに該当する教育機関が存在しない。

 

 このため、基礎学習のレベルは家庭によってバラバラなのだ。マルフォイ家のような純血貴族であれば家庭教師を雇って教えるのだが、そうでなければ両親・兄弟親戚筋から教わる、ということになる。

 

 当然、学力にも差が開き、レポートの書き方や四則算すらおぼつかない、下手をすれば読み書きも危ういという子供もいたりする。そして、そんな状態でホグワーツに入ってしまえば落ちこぼれになる。

 

 念のためフォローしておくと、その手の基礎学習がおぼつかないタイプは、そもそもレイブンクローには入らないし、ハッフルパフならば周囲が手取り足取り教え、スリザリンも身内に対しては以下同文状態なので、入学してしばらくすれば問題にならなくなる。

 

 ・・・問題になるのは、グリフィンドール生である。

 

 独立志向が高いといえば聞こえはいいが、あの寮は「自分たちも苦労したんだから、お前たちも苦労しような!」という感じで後輩を放置しがちなのだ。

 

 その姿勢が如実に表れているのが新入生の教室移動で、ハッフルパフ・スリザリンでは上級生の引率が必ず付くのに対し、個人主義のレイブンクローとグリフィンドールは放置気味なのだ。(ハーマイオニーはその話を聞いた時、うらやましい!と思わず言ってしまった)

 

 

 

 

 

 話を戻すが、とにかく、その基礎学習レベルの低い輩に、スリザリンのクラッブ&ゴイルが入ってしまっているのだ。

 

 ドラコと同じく純血貴族の一員なので、相応の教育を受けたはずなのだが、なぜか全く身に入っておらず、スリザリン1年における減点役を一手に担ってしまっている状態なのだ。

 

 どうにかしなければ!とドラコはあれこれと試し、挙句ハリーJr.にも助けを求めて、一緒に勉強を見ている。

 

 これはどうにもならないかも、と早くもさじを投げたハリーJr.に対し、ドラコはあんな奴らでも父上からの紹介だから、と根気強く勉強を見ている。

 

 ・・・なお、この二人はドラコと一緒にいるハリーJr.に対し、最初見下すような態度をとった挙句、姉のヘザーをスクイブ風情と馬鹿にしたため、もれなくハリーJr.の逆鱗に触れて、蹴飛ばされる羽目になった。

 

 それ以降、彼らはハリーJr.を馬鹿にすることは少なくとも正面切ってはなくなった。

 

 

 

 

 

 ハリーJr.が実家から取り寄せたプライマリーのテキストも使って、クラッブ&ゴイルには授業の合間に基礎学習の勉強をさせているのだが、どうにも身になっている感じがない。

 

 本日助っ人を頼まれたハーマイオニーに至っては、ハリーJr.の手前、クラッブ&ゴイルは口をつぐんでいるようだが、どうにも頭からバカにされて話を真面目に聞いてもらっている感じがしないのだ。

 

 これはだめかもしれない、というか、多分、本人たちが興味を持てないのだろう、とハーマイオニーは思う。

 

 興味を持てないなら、どうすればいいだろうか?

 

 ふと、ハーマイオニーはプライマリーの友人の一人を思い出した。

 

 歴史に妙に詳しいその友人は、テレビゲームで覚えたと笑って言ってて、当時のハーマイオニーは内心、そんなくだらないもので覚えたの?!と呆れたものだ。

 

 けれど、その友人としてはハーマイオニーが好む活字たっぷりの分厚い書籍の方がくだらないものだっただろうし、結果的に覚えられたらそれでいいのかもしれない、とのちにハーマイオニーは考え直したのだ。

 

 直接がダメなら、好きなものに絡めて覚えさせてみるというのは?

 

 確かこの二人は。

 

 「ちょっと煮詰まってるし、休憩しようか。お・・・スネイプ先生のところのメアリーさんが、試作品のお菓子をおすそ分けしてくれたんだ。

 お茶にしようよ」

 

 まったく進展のない勉強会にドラコがうんざりし始めたのを察したか、ハリーJr.が苦笑気味に提案してから、わきによけていた紙袋をテーブルの上に置いた。

 

 ちなみに、ここは大広間である。食事時でないときの大広間は広く開放されていて、自主勉強やちょっとした卓上遊戯などに使われているのだ。

 

 ・・・最初はスリザリン組も図書館で勉強していたのだが、クラッブ&ゴイルが、指導役の片割れが席を外すなり居眠りを始めたので、いびきのためにマダム・ピンスに追い出されたという経験があり、以降はこの大広間でやっているのだ。(誰のためにやってると思ってるんだ!とドラコが半ギレしていた。)

 

 それに、この休憩を兼ねたティータイムは二人のやる気の低下を防ぐ効果も持っているのだ。ハリーJr.とドラコたち指導側もいい気分転換になる。

 

 「それもそうだな。おい、いったん羊皮紙やテキストはどけろ。汚すなよ」

 

 肩をすくめたドラコに、うきうきいそいそとクラッブとゴイルが太い腕で勉強道具を動かす。

 

 さっきまで、よくわかりません、眠くなりそうですと顔面で訴えてた二人が、急に元気になったわね、とハーマイオニーはこっそり思う。

 

 「今日はマドレーヌを焼いたんだって。おいしそうだよね」

 

 ハリーJr.は、うきうきとテーブルの上に紙袋から取り出した菓子を、ドラコが杖でテーブルをたたくことで出現させた皿の上に出す。

 

 ドラコはスリザリンの先輩方から、大広間に出てくる料理のからくりを聞いており、必要ならば休日でも杖でテーブルをたたいて頼めば、皿やお茶くらいならば出してくれるというのも聞いていた。

 

 続いて出現させたティーカップとお替り用のティーポットが出たところで、早速銘々マドレーヌに手を付ける。

 

 「しっとりふわふわだ・・・いつも通り、最高においしい・・・!」

 

 貝を模した黄色の焼き菓子をかじってから、ハリーJr.が目を輝かせた。

 

 この焼き菓子は、ハリーJr.が子供のころから、たまにセブルスおじさんが手土産として家に持ってきてくれた。

 

 家の者が焼いたとぶっきらぼうに差し出してきたそれは、母の作る糖蜜パイの次にハリーJr.が大好きなものだ。

 

 「ふん。悪くない」

 

 「またそんなこと言って。素直においしいって言えばいいのに」

 

 紅茶を一口飲んで息をついてから、マドレーヌをかじるドラコに、ハリーJr.が苦笑する。

 

 「いつも通り?」

 

 「あ。ええっと、前もおすそ分けしてもらったことがあるから。その時もおいしかったんだ」

 

 首を傾げたハーマイオニーに、少し慌てた感じのハリーJr.が答える。

 

 ハリーJr.はセブルスと懇意にしていることを秘密にしている。ひいきに見られるかもしれない、とセブルスがあらかじめくぎを刺していたからだ。

 

 とはいえ、嘘が不得意なハリーJr.では言い訳も一苦労であった。

 

 そんなハリーJr.の反応を見て少々怪訝に思いつつ、ハーマイオニーはマドレーヌをかじった。

 

 「おいし・・・」

 

 「でしょ?」

 

 思わず目を見張るハーマイオニーに、ハリーJr.がうれしそうに笑った。

 

 なお、先ほどから一言もしゃべらないクラッブ&ゴイルは太い指でマドレーヌをつかんで、次々口にほおばっている。

 

 それを見てドラコがあからさまに眉をひそめた。

 

 一応、彼らも純血貴族の跡取りとして、相応に礼儀作法などは学んだはずなのに。魔法使いたちの見本となるべき純血貴族の跡取りが、完全に菓子をむさぼる豚のようなありさまである。

 

 あまりひどいなら、いくら父からの紹介であっても付き合いは考えないといけないな、と彼は思った。

 

 そんなドラコをよそに、ハーマイオニーは先ほどの思い付きも、これならうまくいくかもしれない、と思いきって口を開いた。

 

 「ねえ、クラッブ、ゴイル。

 箱が3つあって、中にマドレーヌが2つずつ入ってたとするわ。マドレーヌは合計いくつあると思う?正解したら、私のマドレーヌを一つあげるわ」

 

 ハーマイオニーの言葉に、二人は目を輝かせる。

 

 対して、ハリーJr.とドラコはあきれ顔になった。

 

 まだ足し引き算も満足にできない二人に、いきなり掛け算は難易度が高すぎるだろう、と言わんばかりだ。

 

 だが、そんな二人の予想は、次の瞬間回答を唱和させたクラッブとゴイルの声に裏切られた。

 

 「「6つだ!」」

 

 「あれだけ苦労して教えた僕らに対して、菓子に絡めただけで即答する奴があるか!僕らの苦労と時間を返せ!」

 

 「ま、まあまあ!気持ちはわかるけど、答えられたんだからよしとしようよ!ドラコ!だから杖を下ろして落ち着いて!」

 

 杖を振り上げるドラコを必死に抑えるハリーJr.をよそに、ハーマイオニーはやっぱり、とため息を吐いた。

 

 この二人、好きなものが絡まないと、やる気を出せないタイプだ。

 

 

 

 

 

 その後、ハーマイオニーがやったように菓子や食べ物に絡めた教え方をすることで、クラッブ&ゴイルも最低限のことは学習できたらしい。

 

 ただし、食べ物が絡まないと興味が持てないので、結局低空飛行成績のままであったというのは、余談である。

 

 

 

 

 

 ・・・なお、この出来事がきっかけになってか、クラッブ&ゴイルは製菓の道に興味を持ってしまい、純血貴族当主を務める両親と大喧嘩までする事態に至るのだが、それは遠い将来の話である。

 

 

 

 

 

 「おい、グレンジャー。礼は言わないからな。

 ・・・借りも作っておくのは癪だからな。これは父上からお借りした書籍だ。後でちゃんと返せよ!」

 

 「え?あ、ありがとう?(いきなり本を押し付けられて困惑している)」

 

 「ほんっと、ドラコは素直じゃないよね。でも気が付いた?」

 

 「え?」

 

 「ちょっと赤くなってた。後、あいつの本音を探るときは目を見た方がいいよ。

 目は口程に物を言うって感じだからね。

 ボクの方も、今日は付き合ってくれてありがとう。これであの二人も少しマシになったらいいんだけど」

 

 「・・・そうね。こっちこそお菓子、ごちそうさま。また何か困ったら相談して」

 

 「うん!じゃあ、また授業で!」

 

 

 

 

 

 続く




 たまにはほのぼのさせたいな、と思ったところで、そういやクラッブ&ゴイルが今まで一行も出番がないんだが?と気が付きました。

 ドラコ君、ハリーJr.としか行動してないように見える・・・。いやいや、そんなことないはず!

 あとは、ハーマイオニーも混ぜてみて・・・よっしゃ、できたで!とざざっと書き上げました。

 ドラコはハリーJr.はじめ、メイソン一家との交流でかなり穏健にはなっているけど、クラッブ&ゴイルはそんなことないから、相変わらず差別思考を持ってたりします。

 没案として、ハーマイオニーから教わることに反発するクラッブ&ゴイルに、ドラコが「四の五の言うな!どうしても引っかかるなら、グリフィンドールを利用しているぐらいに思っておけ!」っていうのもありました。

 でもこれ、ハーマイオニーと仲悪くなるよな、ドラコも思ってても言いそうにないし、ハリーJr.もフォローのしようのない発言だな、と没になりました。

 マドレーヌの下りは書いてて楽しかったです。あんな感じで勉強の合間にお茶会やってそうです、彼ら。

 ちょっと短めですが、このくらいで。





 次回の投稿は、来週!内容は本編に戻って、職員室にて。ネズミの正体と、ペティグリュー氏の言い訳。ホグワーツ教授陣+αを添えて。
 クソネズミにも言い分はあるみたいですよ?まあ、彼をあそこまで追いつめる方も問題ですがね。お楽しみに!


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【7】セブルス=スネイプ、ペティグリューを殴る

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 ほのぼの学生たちの、ほのぼのパートは書いてて楽しかったです。ちなみに、書き上げたのは、実は『秘密の部屋』編のバジリスクの推測パートの直後辺りだったりします。

 で、今回からまた話の筋を本編に戻します。

 ネズミの正体に感づいたところからの続きになります。


 

 つまりである。

 

 ウィーズリー家が飼っていたネズミ、スキャバーズは動物もどき(アニメーガス)のピーター=ペティグリューである。

 

 シリウス=ブラックは、新聞のガリオンくじ当選の記事で、ペティグリューのことを知り、怒りが再燃。脱獄して復讐の完遂をもくろんだ。

 

 一方のペティグリューもまた、ブラックの脱獄を聞きつけ、このままでは危ないと悟り、グレンジャーの猫にやられたふりをして逃げだした。

 

 これが今、ホグワーツで起こっている一連の出来事である。

 

 セブルスはそう結論付けた。

 

 

 

 

 

 無関係な生徒を巻き込んで復讐するんじゃない・・・!いつまで学生気分でいるつもりだ、あの愚か者は・・・!

 

 シリウスが“太った婦人(レディ)”を引き裂いて、就寝中の学生のベッドの上でナイフを振り上げたと聞いた時の、レギュラスは何を思ったであろうか。

 

 絶縁しているというのに、兄が申し訳ありませんとホグワーツに土下座をしに行きたかったに違いない。(別人になっているのでできないのだが)

 

 というか、ペティグリューもいたいけな子供の純真さをもてあそんでいる時点で、十分糞なのだが。

 

 ・・・なぜルーピンは、あんな連中と友情をはぐくめるのか、セブルスには理解不能である。脳に瞳があろうとも。

 

 とにかく。

 

 「よいかね?今ここで話したことはネズミの飼い主であるウィーズリーには伏せておきたまえ」

 

 「その前に言えないです・・・ポケットにまで入れて持ち運んでご飯もベッドも一緒にしてたペットが、実は人間だったなんて・・・」

 

 青ざめた顔のまま首を振るハリーJr.に、改めて並べ立てられた事実に、セブルスは遠い目をした。

 

 しかも、ハリーJr.は言わなかったが、そこには確実に下の世話も含まれているだろう。事実を知ったら、動物不信になりそうな話だ。

 

 

 

 

 

 なぜ、セブルスがロナルドにこの話を伏せるように言ったのか。

 

 もちろん、セブルスも何も知らないだろうロナルドの心境を慮ったというのもあるのだが、それ以上にその行動を信用していなかった。

 

 1年次は教師にも黙ってドラゴンの密輸を計画し、2年次はこちらの釘刺しを無視して秘密の部屋へ直行。

 

 いくら3年になって、申し訳ありませんでした!と謝ってきて大人しくなったといってもそう簡単に信用できるものではなかった。

 

 絵に描いたような優等生のパーシーと、いたずら好きとはいえ融通の利く双子に対し、何というか・・・悪い意味でグリフィンドールらしいのだ、あの六男は。

 

 ここで仮に、ロナルドに「お前のペットはネズミじゃなくて、動物もどき(アニメーガス)の不審人物だから、没収&拘束する」と言い渡したところで、「嘘だ!そんなこと言って、スキャバーズにひどいことする気だろ!」と反抗的になられて、さらに予想外の行動に出られてはたまらない。

 

 去年の夏休みに、彼らの両親から末娘救出に対するお礼と、いい加減な噂を鵜呑みにして申し訳ないという旨の手紙をもらったので、その子供であるのだから根は素直なのだろうとは思うのだが。

 

 万が一そうやって暴走に至った場合、それがブラックの暴走と重なろうものなら、どんな惨事に発展することやら。

 

 考えたくもない。

 

 ブラック単体で面倒なのに、そこに油壷と火炎瓶を連投する奴があるか。

 

 

 

 

 

 「あの」

 

 「Mr.マルフォイとMissグレンジャーには話して構わない。口止めは必要だが。

 Mr.マルフォイには、御父上に連絡するように言づけたまえ。

 そして、Missグレンジャーには、自身の猫をちゃんと見ておくように伝えたまえ」

 

 「ハーマイオニーの猫? クルックシャンクス・・・あ」

 

 先読みして答えたセブルスに、ハリーJr.は一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐにはっとした顔をした。

 

 「も、もしかして、クルックシャンクスって・・・」

 

 「あの猫は最初からネズミを襲い続けていたという。もし、最初から動物もどき(アニメーガス)だと見抜いていたのだとしたら筋が通る」

 

 「もし、ネズミの中の人がクルックシャンクスに耐えかねて開き直ったら、もっと大変なことになるかもしれないから、ですか?」

 

 顔をこわばらせたハリーJr.の言葉に、セブルスはうなずいて見せた。

 

 

 

 

 

 とはいえ、ハリーJr.にはそう答えて見せたが、事実は違う。

 

 セブルスの中で線がつながった今、クルックシャンクスを抑えておくのは、もっと別の理由がある。

 

 おそらく、ブラックをグリフィンドール寮に引き入れたのはクルックシャンクスだ。合言葉のメモを盗んでブラックに引き渡したに違いない。(例の炎の雷(ファイアボルト)にかかわる手続きも代行した可能性が高い)

 

 あの猫がこれ以上ブラックに肩入れしたら、どんな惨事になるか。

 

 ただでさえも、ブラックの侵入で低学年の生徒は不眠や夜尿症を訴えてきているのだ。

 

 医務室は睡眠薬が在庫切れだし、マダム・ポンフリーは忘却術の使用を懇願されることもあると、疲労困憊状態である。

 

 これ以上あの猫を野放しにすると、ブラックの暗躍が助長され、結果として生徒たちに負荷がかかる。本来無関係のはずの生徒たちに。それは避けるべきだろう。

 

 

 

 

 

 ついでに、ペティグリュー一人が動物もどき(アニメーガス)とは考え難い。あの男の学生時代の学力などを鑑みれば、むしろ彼はおまけ、いたずら仕掛人(マローダーズ)の他のメンバーもそうであると考えた方が自然だ。

 

 そして、それならばシリウス=ブラック脱獄の説明も付く。つまり、シリウスもまた動物もどき(アニメーガス)であり、それゆえに容易にホグワーツに潜入&潜伏できた。

 

 どうして奴らはその無駄に優秀なおつむを、無駄に問題ある方向にしか発揮できないのだろうか?

 

 

 

 

 

 ともあれ、コクコク頷いたハリーJr.を教授室から帰した(ついでにテスト結果を楽しみにしていると一言添えて)セブルスは、ため息を吐くと立ち上がった。

 

 メアリーから忍びの地図を借りるのだ。動物もどき(アニメーガス)であっても、あの地図には映るはずなので、ペティグリューの探索&捕縛に用いるには最適だ。

 

 なお、セブルスはペティグリューが本当に死んでいるとは微塵も思っていない。そんな根性があれば、最初からポッター一家を売った後、自首なりなんなりしているだろうからだ。

 

 ネズミになってペットの振りで10年以上過ごすのはよくて、アズカバンは嫌なのか。セブルスにはその感性がよくわからなかった。

 

 100年ヤーナム滞在や、世界冒涜地獄めぐりツアーを経験済みの上位者狩人からしてみると、圧倒的にアズカバンの方がいいと思えるのだが。

 

 まあ、ペティグリューのことなどどうでもいい。

 

 どうでもいいが、奴を野放しにするといつまでもブラックがホグワーツに居座る。そして、生徒に負担がかかって、吸魂鬼(ディメンター)も居座る。

 

 それはよくない。

 

 ゆえに、邪魔者にはさっさと退去してもらおう。

 

 確か、メアリーは今の時間は夕食づくりに厨房に行っているはず。

 

 そうして、セブルスは教授室を出て厨房に向かったのだが。

 

 「返してください!それ!僕のネズミです!」

 

 「返さなくていいよ、よくやったね、メアリー嬢」

 

 厨房にほど近い廊下でもめている声が聞こえてきた。

 

 見れば、何かを持ったメアリーにロナルド=ウィーズリーが詰め寄り、そんなロナルドを魔法生物飼育学教授のプランクが抑えている。

 

 「何の騒ぎだね?」

 

 「セブルス様。厨房を騒がせていたネズミを捕縛しました。いかがしましょうか?

 以前、魔法薬の検体が欲しいとおっしゃられていたと思いましたので」

 

 と、真っ先に口を開いたのはメアリーだった。

 

 その人形そのものの関節が目立つほっそりした手で、尻尾をつかんでネズミをぶら下げている。・・・そのネズミは、前足の指が一本欠けていた。

 

 ぶら下げられているネズミはピクとも動かない。いや、かすかに胸を上下させているあたり、息はしているらしい。眠っているようだ。

 

 「以前、セブルス様からいただいた“生ける屍の水薬”を希釈して、それを混ぜた菓子を置いてたのですが、そちらを食べたようです」

 

 ちなみに、“生ける屍の水薬”は、強力な眠り薬である。摂取量を間違えると、下手をすれば一生眠り続けることからその名がつけられたのだ。

 

 「ここ最近、出来上がった食事や保存していた食材をかじられると、ハウスエルフの皆様もお困りでした。おそらく、このネズミの仕業と思われます。

 ・・・先日、焼き上げたマカロンを勝手にかじって、作り直しにさせてきたのもこのネズミの仕業かと」

 

 「なるほど?」

 

 メアリーの言葉に、セブルスは声が一段と低くなったのを感じた。

 

 ペティグリューなどどうでもいいが、メアリーの手間を増やさせたのは許しがたい。

 

 「そいつは僕のペットのスキャバーズです!勝手に食事とか食べたのは謝ります!だから返してください!」

 

 「だめだ。さっき言ったことを忘れたのかい?そいつは、動物もどき(アニメーガス)の可能性があるんだ。

 その可能性を解消できない限り、返せないよ」

 

 「そいつはネズミっぽい新種の魔法生物だ!今まで何もなかったんだから!」

 

 「今は何もなくても、これから先はわからないだろう。シリウス=ブラックがホグワーツに侵入してきたのを、そいつが手引きしてる可能性だってある」

 

 「スキャバーズはそんなんじゃない!何も知らないくせに!」

 

 ロナルドとプランクの押し問答に、セブルスは遠い目になった。

 

 今年はおとなしいと思っていたロナルドは、案の定ロナルドだった。ついでに、プランクはご丁寧に、ロナルドにスキャバーズが動物もどき(アニメーガス)の可能性があるというのを伝えたらしい。

 

 今更ではあったが。いっそのこと失神呪文(ステューピファイ)でロナルドだけ昏倒させてしまおうか?

 

 非常に魅力的ではあったが、仮にも生徒相手なので、セブルスはそれは却下した。

 

 「よろしい」

 

 ややあって、セブルスは口を開いた。

 

 「先に言っておくと、このネズミは動物もどき(アニメーガス)の可能性が高い。

 寿命もそうだが、“生ける屍の水薬”が睡眠で済んでいるのもそうだ。

 この魔法薬は魔力を持たない通常生物には劇薬なのだ。そのようなものが服用すれば眠ったまま死ぬのだ。ネズミのような小動物には特に。

 にもかかわらず、眠っただけで済んでいる。ネズミでない可能性が極めて高い。

 だが、貴公は魔法生物飼育学教授の言うことも、私の言うことも信用できぬという。ならば、その目で見るがいい」

 

 そう言って、セブルスはメアリーから眠ったままのネズミを受け取った。

 

 尻尾ではなく、首元を押さえる。

 

 そうして、その拍子に目を覚ましたらしくじたばた暴れだしたネズミに、セブルスは無慈悲に言い放った。

 

 「時に貴公、マグルは薬の実験の際にネズミを用いるのだが、その効果実証のために時折解剖をするのだが、その時ネズミをどうしているか知っているかね?

 麻酔薬などという丁寧なものは使わぬ。もったいないからな。指で首の骨を折って身動きできなくして行うのだ。ちょうどこの辺りに首の骨がある。このまま暴れられるとうっかり力を込めてしまいそうですな」

 

 淡々とした物言いだが、効果は絶大だった。ぴたりとネズミは身動きを止めた。しかし、プルプルと震えているのがごわごわした毛皮とグローブ越しにセブルスに伝わってきた。

 

 「プランク教授。申し訳ないが、緊急職員会議の開会をお願いしたい」

 

 「わかっているとも。ミネルバに言ってくるよ。オブザーバーの出席の必要も言ってくるさね」

 

 肩をすくめて踵を返すプランクにうなずきを返してから、セブルスは不服そうにこちらを見てくるロナルドをちらっと見た。

 

 ・・・酷な現実になるかもしれないが、選んだのは自分なのだ。後は自分で考えてもらうしかない。

 

 ちなみに、メアリーは万が一を考えて、教授室に戻ってもらうことにした。

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで緊急で開会された職員会議だが、教員たちはそろいもそろって半信半疑だった。

 

 だが、プランクが話す動物もどき(アニメーガス)の特徴に、同じく動物もどき(アニメーガス)の使い手であるマクゴナガルがまず顔色を変え、セブルスがつかんだままのネズミを凝視した。

 

 それを皮切りに、全員が信じられないものを見る目でセブルスのつかむネズミを凝視した。ネズミはといえば、セブルスの先刻の脅しをもう忘れたのか、無駄にジタバタともがいている。

 

 「大人しくしな。変な真似をしたらただじゃおかないよ」

 

 「スキャバーズ!やめてくれよ!」

 

 「座っておらんか、ウィーズリー!叩き出されたいのか!」

 

 ネズミに杖先を突き付けてうなるように言ったプランクに、ロナルドが悲鳴を上げるが、セブルスが叱責した。

 

 生徒であるロナルドは、本来この場にいる権利すらないのだ。飼い主で本人が言うことを聞かないから、仕方なく発言権のないオブザーバーとして同席させたに過ぎない。だが、それもロナルドの態度次第だ。

 

 そして、そんな中、一人顕著に顔色を変えた人物がいた。

 

 「ネズミの、動物もどき(アニメーガス)・・・?」

 

 「? 何か知っているのですか?リーマス」

 

 「あ、いえ・・・その・・・ぐ、偶然かもしれませんし・・・」

 

 「ほう?動物もどき(アニメーガス)というのは個人で違うものと伺いましたがな?たとえば同じ猫でも、厳密には模様や品種が違うように。

 ネズミの動物もどき(アニメーガス)といえば、明らかに未登録――その使い道がろくでもない可能性があるというのに、その習得主を知ってて、なお偶然と。

 ・・・では、このネズミの動物もどき(アニメーガス)が万が一生徒たちに危害を加える事態になっても、隠し立てしたご自身に責任はないとおっしゃるのですな?ルーピン教授」

 

 手の中のネズミが、ルーピンの方を凝視しながらジタバタともがくのを無視して、セブルスは言い放った。

 

 びくっとルーピンは顔をこわばらせたまま身を震わせる。

 

 「それは・・・け、けど、まだ、その・・・ネズミが危険と決まったわけでは!」

 

 「十分不審でしょう!なぜペットに身をやつして10年以上も同じ家に潜伏しているのですか!今は大丈夫でも、これからがわからないんですよ?!

 リーマス!あなたは今の自分の立場を何だと心得ているのですか!

 あなたは!ホグワーツの教授なのですよ?!イギリス魔法界の未来を担う、子供たちを教え導き、守るべき!教師なのですよ?!

 生徒たちとこのネズミ!どちらが大事なのですか!!」

 

 怒声を張り上げるミネルバに、ルーピンは口ごもってうつむいた。

 

 「このネズミがホグワーツで事を起こすと決まったわけではありませんよ?ウィーズリーの家で、何かするかもしれませんよ」

 

 「アーサーとモリーはこのことを知っているのか?」

 

 「パーシーは?確か、以前は彼のペットだったはず・・・」

 

 「パパとママも、パーシーも!関係ない!です!」

 

 ひそひそとささやかれ始める教員たちの声に、ロナルドは髪と同じくらい顔を真っ赤にして怒鳴った。彼からしてみたらペットのネズミにかかっている疑惑が、とんでもない方向に飛び火しまくっているようにしか思えないからだ。

 

 セブルスは急におとなしくなったネズミに目を落とすと、ネズミはひげと首をだらりと垂れてうなだれているようだった。

 

 ・・・どうやら、多少の分別と申し訳なさくらいはあるらしい。

 

 「埒が明かないね。ミネルバ!手を貸しておくれ!セブルス!ネズミをこちらへ!スペースを空けておくれ!どいたどいた!」

 

 ふんっと鼻息荒く、プランクが言った。それに応えて、教員たちはのそのそと職員室の壁際による。

 

 「どうするのだね?」

 

 「強制解呪する。本物のネズミや他の魔法生物なら、これには影響は受けないはずだよ。いいね、ウィーズリー」

 

 有無を言わさぬ強い語気で言い放ち、プランクはセブルスからネズミを受け取った。

 

 とたんにネズミがジタバタともがきだした。

 

 そうして、マクゴナガルとプランクがかざした杖から青白い光がほとばしった。ネズミが宙に浮きあがる。黒い点のようなネズミが奇妙にねじれたと思ったとたん、激しい閃光を放ってぽとりと床に落ちた。ロナルドが悲鳴を上げるが、全員無視した。そして。

 

 次の瞬間、ネズミは成人した男に変貌していた。

 

 小太りで、薄ら禿の、みっともない男だ。セブルスはその顔を知っている。

 

 「久しいな、ピーター=ペティグリュー」

 

 淡々と言ったセブルスに、男は奇妙にひきつった笑みを浮かべ、おどおどと周囲を見回してから、もう一度ひきつった笑みを浮かべる。

 

 「や、やあ・・・セブルス・・・」

 

 「貴公にそう呼ばれる覚えはありませんな。メアリーの手作りのマカロンはさぞうまかったでしょうな。

 きっと、ポッター夫妻を売り飛ばした夜に飲み干した美酒と同じくらいに」

 

 「どういうことですか」

 

 信じられないものを見る目で、わなわなと震えるマクゴナガルがつぶやく。

 

 他の教職員たちも、おろおろとセブルスとペティグリューを見比べている。

 

 「ピーター=ペティグリュー?12年前に吹き飛んで死んだはずです!シリウス=ブラックのせいで!遺体だって見つかって」

 

 と言いかけたマクゴナガルは口をつぐんだ。重要なことを思い出したのだ。

 

 「・・・見つかったのは指一本。しかも、我々は全員現場を目の当たりにしていません。

 もし・・・もしもですよ?ペティグリューがマグルを吹き飛ばした後、自分の指を切り落としてネズミに変身して身を隠したのだとしたら・・・!」

 

 青ざめた顔のマダム・ポンフリーがうめくと、「違う!」とペティグリューが大声で喚いた。

 

 「殺したのはシリウスだ!奴がジェームズたちの“秘密の守り人”だったんだ!!私は!奴を追い詰めたが、マグルを殺しにかかるのを見て怖くて!それで!」

 

 「・・・じゃあ、なんで12年も身を隠してたんだい?」

 

 静かに口を開いたのはリーマスだった。先ほどまでの戸惑った様子とは打って変わって、燃えるような目でペティグリューをにらみつけている。

 

 「ずっと信じられなかったんだ・・・“不死鳥の騎士団”にだって加わってたシリウスが裏切者で、大親友のジェームズを売ったなんて。

 ダンブルドアが以前おっしゃられてたけど、本当は“秘密の守り人”は君だったんだろう?

 大方、あの二人に言いだされて断り切れなくてってところか。ずっとそうだったよね?

 あの二人に無茶を言いつけられて、仕方なく言うことを聞いて、あとでスリザリン生たちに“あの二人に言われて!”って責任転嫁してて。

 学生のころからずぅっとそうだ」

 

 「あれは、錯乱したリリーの発言じゃあ・・・?」

 

 「そうさ!リリーは狂っていた!」

 

 教授たちの誰かの発言に、ここぞとばかりにペティグリューは叫んだ。

 

 ぴくっとセブルスは眉を動かした。

 

 こいつがリリーを語るのか。誰がこいつの後始末をしたと思っているのだ。シリウスでも、リーマスでもない、セブルスとレギュラスだというのに。

 

 「貴公がその口でMrs.ポッターを語るのかね?

 墓碑の下のMrs.ペティグリューも、恥ずかしさのあまりにないはずの舌をかみ切りたいと思っていることでしょうな」

 

 吐き捨てたセブルスに、ペティグリューはピタッと身動きを止めた。そして、青ざめた顔でセブルスを振り返ってきた。

 

 「墓碑の下・・・? 母が、死んだと・・・?

 う、嘘だ!話が違うじゃないか!」

 

 「嘘ではない。Mrs.ペティグリューは、3年前に入所先のサナトリウムが経営破綻した挙句、施設から出され、もともと住んでいた田舎で亡くなられている。

 Mr.マルフォイに調べてもらった故、確かな話だ」

 

 正確には、マルフォイではなくレギュラス=ブラックになのだが、それは黙っておく。

 

 狼狽し始めたペティグリューに、マダム・ピンスが怪訝そうにつぶやいた。

 

 「話が違う・・・?」

 

 「人質でしょう。あの当時は珍しいことではない。

 病弱な母を人質にされ、スパイ行為の代わりに療養を約束すれば、従わざるを得ないでしょうな。

 口先だけで、何の報酬もなく顎で使ってきただけのポッターとブラックと、人質はあれど一応報酬を用意する闇の帝王。

 はてさて、どちらが義理堅いのでしょうな?」

 

 吐き捨てるように言ったセブルスに、ペティグリューは一瞬大きく目を見開いたが、「そう!そうなんだ!人質に取られて!わかってくれてうれしいよ!やっぱり君はいい奴だったんだね!」とうんうん嬉しそうにうなずいてきた。

 

 瞬間。セブルスはブチッと瞬時に溜まり切った獣性が臨界点を突破すると同時に動いていた。

 

 ゴシャアッ!と轟音が轟いた。

 

 のけぞったペティグリューが、鼻血で見事なアーチを描いたまま、あおむけに倒れるのをよそに、セブルスは左手に取り付けたガラシャの拳を、舌打ち交じりに一振りする。

 

 ペティグリューの懐に飛び込んでから伸び上がるように決められたそれは、いっそ見事なまでのアッパーカットだった。歯も何本か失い、顎を変形させて顔面下半分を血まみれにして倒れこむペティグリューに、セブルスは「この、罵るにも値しない、汚物以下め」と吐き捨てた。

 

 「誰が貴公の味方をしたのだ?人質に取られていたから、貴公の行いのすべてが許されると?

 それを断ずるのは、私でもなければ、貴公でも!ブラックでもルーピンでも!何者でもない!

 貴公が罪から逃れるべく吹き飛ばしたマグルたちと、貴公に売り飛ばされたポッター家、それも事情も知らなかった赤子と奥方のみだ!

 Mrs.ペティグリューが哀れですな!息子は英雄と信じて死んだというのに、こんな愚劣極まる畜生以下がその実態とは!」

 

 「スネイプ・・・」

 

 人質の下りを聞いて気の毒そうな顔をしていたルーピンは、すぐさま軽蔑の視線に変えて倒れこんだペティグリューを見下ろした。

 

 他の教授方も同様である。

 

 ただ、静かにマダム・ポンフリーが歩み寄り、ピーターに向かって杖を一振りした。

 

 とたんにその傷がきれいに治る。気が付いた様子で身を起こしながら首を振るペティグリューに、マダム・ポンフリーは目を合わせることもなく吐き捨てた。

 

 「ここはホグワーツです。私の目の届くところで、けが人は放っておけません。それがたとえ、何者で、何をしでかしていようとも」

 

 「・・・トンクスを呼んできましょう。確か、彼女なら魔法省に直通の連絡手段を持ち合わせているはずです。

 ピーター。あなたの困窮を察せられなかった愚かな師である私に、言うべき言葉はありません。

 ですが・・・いいえ、今更過ぎますね。何もかも。」

 

 首を振って、マクゴナガルは杖を一振りして猫の守護霊を呼び出すと、窓から出て行かせた。

 

 「すまないが、拘束させてもらうよ」

 

 そういって、フリットウィックは杖を一振りして、ペティグリューを縄で縛りあげる。

 

 ふと、プランクが見やると、ロナルドが放心状態で力なく椅子に座っていた。膨大すぎる情報に、脳の処理が追い付いてないのかもしれない。

 

 「・・・念のため訊くよ。ペティグリュー。なんでウィーズリーのところにもぐりこんだんだい?いや、そもそも人質に取られてたなら、最初から罪の軽減ができるじゃないか。

 なんでわざわざ自分から罪を増やすようなことをしたんだい?」

 

 「・・・そうとも。せめて私にも何か言ってくれれば」

 

 「言ってくれればだって?聞こうともしなかったじゃないか!!」

 

 ルーピンの言葉に、ペティグリューが叫んだ。

 

 先ほどまでのおろおろした態度をかなぐり捨て、恨めし気に彼をにらみつける。

 

 「私がポッターとブラックに面倒を押し付けられて、スリザリン生たちにもこびへつらってたのをずっと変わらないだって?!

 君たちはいいさ!父親が魔法省役人だったという君は!名門ポッターとブラックの出で金もあったあの二人は!私には母しかいなかった!病弱で、それでも必死に働いて私の学費を稼いでくれた母しか!

 彼女の働き先が私のせいでつぶされてたら!どうしたらいいっていうんだ?!

 私の謝罪と媚で母が助かるなら儲けものさ!卑怯?八方美人?金も権力もない、学力も魔力もない私に!他にどうしろっていうんだ!!

 私は言ったさ!言ったとも!勇気を出して!ポッターにも!ブラックにも!『このくらい大丈夫さ!』『腐れスリザリン相手に気にしてんじゃねえよ!』あいつらはそう言って聞きやしなかった!そればかりか!ピーターのくせに生意気だとさ!ピーターのくせにだと?!

 それを聞いてた君はその場では絶対何も言わなかったな?!気の毒そうな目で見てきただけだ!

 “不死鳥の騎士団”入りの時もそうさ!私は言った!できないと!母の治療費のために働かなくちゃいけないから、そんなことしている暇はないと!

 それを聞いたあいつらが何をしてきた?!ええ?!言ってみろ!言えるだろう?!君も!あの場に居合わせたんだから!」

 

 溜まりに溜まった鬱憤をぶつけるように、怒涛の文句を吐き出したペティグリューは肩で息をしている。

 

 全員ぎょっとして彼を見ている。

 

 セブルスだけは怒りも侮蔑も消して静かに、彼を見ていた。

 

 セブルスは、自身が去った後のホグワーツの様子について聞いたことはなかった。興味もなかった。だが、この様子からして、セブルスという便利なサンドバッグがいなくなったことで、そのストレスのはけ口がペティグリューに向かっていたのだろうと想像はつく。

 

 対するルーピンは、顔色を真っ青にして黙り込んでいた。

 

 「いつだってそうさ!君は!口先では気の毒がりながらも、やんわりとしかあの二人を止めないし、結局押し切られた!

 私の家の事情だって知ってたくせに、何も言わなかったな?!

 あの二人が!私が騎士団への参加を確約するまで!動物もどき(アニメーガス)の応用魔術で、自力解除できないネズミに変身させられて、薄汚い路地裏を走り回らされた時も!やり過ぎだとやんわり言っただけで、結局いいじゃないか、参加くらいって言っただけだったよな?!

 誰がお前にクイックスペルの講師の仕事を紹介してやったと思ってるんだ!薄汚い人狼で、働き先もろくにないお前に!!この恩知らずが!!」

 

 フーフーッと肩で息をしながら叫びきったペティグリューに、ルーピンは今度こそ顔色を死人のような色合いにさせて、うつむいた。

 

 「人狼・・・?」

 

 「え?人狼って・・・」

 

 教授たちが戸惑ったように言った。

 

 まずい、と顔色を変えたのは、事情を知るマクゴナガルとマダム・ポンフリーだ。(マクゴナガルはルーピンのいたグリフィンドールの寮監で、ポンフリーはルーピンが満月の夜に過ごす“叫びの屋敷”への送迎をしていた)

 

 すると、ペティグリューは顔をあげて、勝ち誇ったように叫ぶ。

 

 「そうさ!こいつは人狼なんだよ!私たちは学生時代!何も知らされずにこいつと同室にされたんだ!

 こいつのためにみんなで動物もどき(アニメーガス)まで習得してやったっていうのにな!」

 

 「待ちなさい。みんな?

 ということは・・・ジェームズやシリウス=ブラックも動物もどき(アニメーガス)なんですか!?」

 

 「ああ、そうさ!ジェームズは雄鹿!シリウスは薄汚い黒犬さ!」

 

 マクゴナガルの問いかけに、ペティグリューは憎々しげにしながら叫ぶ。

 

 シリウスの動物もどき(アニメーガス)のことを聞いた瞬間、セブルスの眉がかすかに動いたが、だれも気が付かなかった。

 

 「あいつらが、私に“秘密の守り人”を押し付けてきた時も、断ったさ!

 無理だと!私には母のことだけで手いっぱいだから、引き受けられないと!

 あいつらが何て言ったと思う?!

 『大丈夫!まさかピーターなんかが“秘密の守り人”だなんて、だれも思わないだろうさ!』だと!

 ピーターなんか!私は!“なんか”なのか!!

 “なんか”だから、あの二人にいいようにされなくちゃいけず、誰にも助けてもらえないのか!!

 すでに帝王の見張りが付いてた私に、他に選択肢もなかった!

 だから、やってやったのさ!ポッターを売り飛ばして!シリウスを薄汚い路地裏をはい回る気持ちを味わわせて!リーマスにもお望み通り他人面で気の毒にしてやれるようにしてやったのさ!」

 

 「・・・素晴らしい友情ですな」

 

 皮肉気に吐き捨てたセブルスに、リーマスは黙ってうなだれた。

 

 「まだ最初の質問に答えてないよ?なんでウィーズリー一家を巻き込んだんだい?

 あの一家・・・アーサーとモリーも、あんたのことを知ってるのかい?」

 

 プランクが改めてした質問に、放心状態のロナルドがのろのろと顔を動かした。

 

 とたんに、それまでの憎々しさを前面に押し出していたペティグリューは、火が消えたように力なくうなだれた。

 

 「・・・ネズミになった後のことは何も考えてなかったんだ。ハリーはリリーと一緒に死んだと聞いたしね。あの方は約束は守る。だから、母のことさえ守られたら後はどうでもいいと思って・・・。

 行き倒れで路地裏に倒れてたところをアーサーに拾ってもらって・・・。

 すぐに出て行こうと思ってたんだが、パーシーに名前を付けられてかわいがってもらって・・・。

 寂しがらせるのも忍びなくてね・・・。

 誓って言うが、ウィーズリー一家は何も知らない。私の残っている手の指すべてをかけてもいい」

 

 「・・・死んだふりをしたのは、ウィーズリー一家を何も知らないでいさせるため、“ネズミのスキャバーズ”に対する未練をなくさせるためか」

 

 セブルスの問いに、ペティグリューは一瞬目を輝かせた(わかってくれた!)が、すぐさまおどおどと視線をそらしてから、頷いた。

 

 ・・・余計なことを言えば、再びガラシャの拳がうなりをあげるのは目に見えていた。

 

 「もし、死喰い人の一員を、光の陣営と名高きウィーズリーが匿っているとなれば、大層なスキャンダルになりますからな」

 

 ルシウスが知ろうものなら、嬉々として糾弾に勤しむことだろう。

 

 セブルスの言葉に、ペティグリューは今度こそ顔を青ざめさせて叫んだ。

 

 「断じて違うんだ!彼らは私のことなんて知らなかった!私が彼らの好意を利用しただけなんだ!

 シリウスの脱獄が報道されたときばれたと思った!だから逃げないとと思って!」

 

 「事情の説明もお礼も言わずにかい?」

 

 「セブルスも言ったとおり、アーサーたちを巻き込んで、共犯者扱いされるかもしれないだろう!だから、ホグワーツで逃げるしかなかった!ここなら、巻き込みにくいから!

 ・・・シリウスがあそこまで見境がないとは思わなかったんだ」

 

 プランクの問いかけにそう言って、ペティグリューはうなだれた。

 

 「ポッターのことで恨み骨髄というのに、さらに冤罪までかぶせられましたからな。

 アズカバンで吸魂鬼(ディメンター)に囲まれていれば、思考力も低下する。もともとそういう部分もあった男ではあったろうがな」

 

 そう言ったセブルスは最後に一つ、個人的に気になっていたことを解消すべく、鎌をかけることにした。

 

 「『闇の帝王を打ち破る力を持ったものが近づいている』」

 

 とたんにペティグリューは勢いよく顔をあげて、セブルスを見やった。

 

 「ど、どこでそれを・・・あの時一緒にいたダンブルドアくらいしか知らないはず・・・!」

 

 「なるほど?ネズミならば盗み聞きには最適だな」

 

 再びセブルスは、左手にガラシャの拳をはめ込み、宇宙色の双眸を絶対零度に凍てつかせながら言った。

 

 ああ、可哀そうに。

 

 去年、一昨年、3年前と、セブルスの暴虐をすでに経験済みの教職員たちは、そっと彼から目をそらした。中には、おおっマーリンと魔術師の祖に祈りを捧げ始める者すらいた。

 

 ルーピンはおろおろとセブルスとペティグリューを見比べている。

 

 「そもそもポッター一家が狙われるきっかけとなった予言を、闇の帝王に告げたのは貴公か。

 “秘密の守り人”になったから引きずり込まれたのではなく、その前からずっと通じていたと。人質?強要された?自身で逃げようともしなかったのだろう?

 なるほどなるほど。

 その素晴らしく自己保身にたけた脳髄は、いっそのこと挽肉にした方がまだ生産性があるやもしれませんな」

 

 「ひきゃ!」

 

 縛られているにもかかわらず飛び上がりそうになったペティグリューに、セブルスは無言で拳を振り下ろした。

 

 「殺しはせぬとも。貴公の遺志など汚らわしいだけだ。いっそブラックに殺してくれと懇願したくなるほどの苦痛を与えて進ぜよう」

 

 顔に返り血を飛び散らせながら、セブルスは無表情で吐き捨て、右手を振った。

 

 治癒呪文であっという間にその傷を癒されるペティグリューに、セブルスは間髪入れずにガラシャの拳を振り下ろす。

 

 「まぴっ」

 

 「うまっ」

 

 「むすっ」

 

 「ごるしっ」

 

 奇声のようなペティグリューの悲鳴と殴打音、飛び散る血しぶきに、セブルスが治癒魔法を交互に使う音だけが聞こえた。

 

 というか、教師たちはそれ以外の事象を頑として認識したがらなかった。みんな顔を背け、耳をふさいで早く終わってほしいと言わんばかりだった。

 

 ルーピンは青ざめたまま腰を抜かして座り込んだ。・・・彼が知らぬ間に、セブルス=スネイプは、ずいぶんと血なまぐさくなったらしい。

 

 ロナルドはあまりの凄惨さに白目をむいて卒倒した。

 

 「・・・セブルスってのは、ああなのかい?」

 

 「基本的にはまともなのですが、一度逆鱗に触れてしまうと手が付けられなくなってしまうのです。

 3年前にダンブルドアをも殴り倒して、去年はロックハートを脱毛させていました・・・」

 

 ドン引きしてひそひそと話しかけるプランクに、マクゴナガルは胃薬を片手に涙ぐんで答えた。

 

 

 

 

 

続く




【生ける屍の水薬】

 非常に強力な睡眠薬。水のように澄んでいて透明。

 成分が強すぎれば生涯眠ったままでいることもあり、魔力を持たない小動物に対して使えば、眠ったまま死ぬというほど、その効果はきわめて強力。

 逆を言えば、この薬を服用してなお、眠るだけで済むということはその生き物は小動物ではないという指標にもなる。





 こそこそ姑息な話。

 ピーターさん、同席してたのが自分の事情をくみ取ってくれたセブルスさんと、めったに癇癪起こさないルーピンさんがいたから、逆上できたんですよ。

 ちょっとでも同情を他の教授陣たちにしてもらえると思って。なんと姑息で打算的。

 これでシリウスさんがいたら、命乞いに徹してました。だって、彼の方が癇癪で何してくるかわかりませんから。





 次回の投稿は、来週!内容は、さらばペティグリュー!第3回突撃☆脱獄犯シリウス!職員会議の裏側の話と、我慢の限界を迎えた吸魂鬼たち!
 唱えろ!エクスペクトパトローナム!
 お楽しみに!


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【8】逃げたペティグリューと、吸魂鬼の襲撃

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 おかしいですよね?ガラシャの拳ってBloodborne本編では産廃武器のはずなのに。なお、今回も出番があります。大活躍ですな。理由としては、他の武器は殺傷力があり過ぎるので、使うと大問題になりそうってところがあるんですが・・・たぶん、今後禁止されるんでしょうね。

 というわけで続きです。セブルスさんによるガラシャの拳祭り開催からになります。


 セブルスは、ペティグリューを延々ガラシャの拳による殴打&治癒呪文による回復のエンドレスコンボにかけていた。

 

 確かにこの男は気の毒だろう。延々ポッター&ブラックの二人に振り回され、ノーを言ってもイエスに強制修正されていたのだから。

 

 だからと言って、やったことすべてが許されると思ったら大間違いだ。

 

 大体、なぜあのタイミングであんなことを話してきたのか。

 

 大方、おとなしいルーピンがいたことやセブルスが奴の事情を察したから、今なら話を聞いてもらえる!誰か自分を助けて!自分だって大変だったんだ!自分は悪くない!と言い訳したいというところか。

 

 これでシリウスがいたら、命乞いに徹していたのだろう?喚いている最中も、ちらちらと周囲を見回して、憐れみを誘おうとしてきて、実にみっともない。

 

 そもそも、セブルスが今やっていることも、単なる八つ当たりでしかない。

 

 だが、セブルスは知っている。

 

 『葬送の工房』にやってきた当時のリリーは憔悴しきっていたし、夜もよく眠れていないようで、時折夜中に温かな飲み物を入れるためにキッチンに入っていたのだ。

 

 ジェームズの名前を呼んで、夜中に一人すすり泣いていたリリーの姿(本人は見られてないと思っているだろうが)を、セブルスは一時たりとも忘れたことはない。

 

 リリーはペティグリューのああいった事情を察して、怒ってはいるが恨んではいないと言った。だが、それとセブルスが怒るのはまた別だ。

 

 そうとも。

 

 大体、自分は被害者です!という顔を前面に押し出して、申し訳ありませんでしたという一言さえ言わない男にかけてやる慈悲など、セブルスにはない。

 

 巻き込んだリリーとハリーJr.に対して申し訳ないとすら言わぬ、この男相手には!(ペティグリューの被害者には彼に吹き飛ばされたマグルたちもいるが、見知らぬ何某共など、セブルスにはどうでもよかった)

 

 「あの、こちらに死喰い人の一員がいると聞いて・・・うわ?!何ですか、これ?!」

 

 ようやくやってきたトンクスは、広がる惨状にピンク色の髪を青くして叫んだ。

 

 ペティグリューはすでに叫ぶ気力すらなく、かろうじて指先をぴくぴくと動かすだけで、顔面を血まみれにしていた。傷は治しても血は拭ってないから、当然である。

 

 「では、後は頼む」

 

 ベシンッとなぶり飽きたおもちゃを放り捨てる如くペティグリューを解放するセブルス(彼も返り血であちこち汚れている)に、ドン引きしつつもトンクスはマクゴナガルから事情を聞き出した。

 

 「そんな事情が?!わ、わかりました。至急応援を呼びます!

 申し訳ありませんが、護送の手配が整うまでの間、彼を拘束しておいていただけませんか?」

 

 「動物もどき(アニメーガス)ですからね・・・。

 とりあえず、魔法封じと動物もどき(アニメーガス)の変身封じがいりますね。

 護送の手配が整うまでは・・・どこに置いておきますか?」

 

 「生徒指導用の反省室があったはずです。

 今は使っていませんが、あそこなら魔法封じもしていたと思いますので」

 

 そう言って、マクゴナガルは改めて気絶しているペティグリューを見下ろした。できるだけ感情を殺そうとしているような無表情だった。

 

 「動物もどき(アニメーガス)の変身封じは、急ごしらえですが、私がやりましょう。

 フィリウス、このロープに重ね掛けしても大丈夫ですね?」

 

 「ええ。ただのロープですので」

 

 「魔法省の闇祓いたちが来るまでは、我々が交代で見張りをしましょう。2時間ごとに。ただし、シリウス=ブラックのことがありますので、寮監は免除とし、それ以外の教授でやってもらいます。かまいませんね?」

 

 「では、最初は私が」

 

 「お願いしますよ、チャリティ」

 

 申し出たチャリティ=バーベッジ(マグル学教授)にうなずいて、マクゴナガルはペティグリューを縛るロープに向かって杖を一振りした。淡い紫色の光がロープに向かってまとわりつく。

 

 そうして、ペティグリューを職員室から出て行かせたところで、ルーピンについても問題視されたのだが、(何せ彼は人狼である)今のところは問題は起こってないし、脱狼薬も真面目に飲んでいるようなので、(これに関してはセブルスはモノ申してやろうかとも思ったが)1年のみの採用でもあり、もうすぐ学期終了ということで、とりあえずはこのままでいこうとなった。

 

 そうして、「では、つつがなく」とこの場をお開きにすることにした。

 

 ようやく気が付いたロナルドは、顔面蒼白のまま無言でその場を後にした。挨拶など、している余裕はなかったらしい。

 

 

 

 

 

 その翌日の夜のことだ。

 

 魔法省からのペティグリュー護送の部隊が来たのとほぼ同時のことだった。

 

 シリウス=ブラックが、ペティグリューの押し込められていた反省室を襲撃。

 

 どさくさ紛れに、ペティグリューは魔法省部隊の一員から杖を奪い、ネズミに変身して逃げおおせてしまったのだ。

 

 逃げるなこの卑怯者が!!と怒り狂うブラックは、闇祓いたちに押さえつけられてなお、憎々しげにペティグリューを罵っていた。

 

 

 

 

 

 少々時間を前後してしまうが、ブラック他何人かの人間の行動について述べておこう。

 

 優秀な協力者(クルックシャンクス)が突如として接触してこなくなったシリウスは、当然ながら焦っていた。

 

 にっくき卑怯者の糞ネズミを今一歩のところまで追いつめたのに、生徒の邪魔が入って取り逃がしてしまった。なんてタイミングで目を覚ますのだ!あと一歩だったのに!

 

 ・・・なお、彼は目を覚ますなりナイフを振り上げた凶悪犯がいたという子供たちの気持ちや、ペティグリューを殺した後の事はまったく、一切合切、これっぽっちも考えていない。

 

 ついでに、彼の侵入によって不眠や夜尿症を患うことになった子供たちなんて微塵も想像できてない。

 

 そしてそれはクルックシャンクスも同じであったが、その猫は頭のよさゆえ、きっかけさえあれば考え直すのは容易でもあった。ハリーJr.の言葉を受けたハーマイオニー(彼女はその頭の良さで、事の真相まで思い至ってしまったのだ)によって、夜中にもかかわらず目の下に濃い隈をつけて談話室に集って、身を震わす子供たちを見せられたのだ。ひげと頭をうなだれさせたオレンジ色の毛並みの猫は、それ以降、黒い犬には接触しなくなったらしいが、その心中は本猫しか知らないことだ。

 

 とにかく、そういった事情も重なって、シリウスは焦っていた。

 

 ぐずぐずしていると、あのクソ卑怯者のことだ。またぞろ逃げ出すにきまっている!何としても、息の根を止めねばならない!

 

 そんなシリウス(例によって黒犬姿)に、接触してきたものがいた。

 

 「いた!シリウス=ブラックだ!」

 

 黒犬にしか見えないはずのシリウスをバッと指さしてきたのは、グリフィンドールきってのカメラ小僧(2年生)、コリン=クリービーと、ハッフルパフ3年生のアーニー=マクミランであった。

 

 ・・・実は、メアリーが捕まえたネズミと、ロナルドを連れたプランク、やってきたセブルスの4人で話していたのは厨房にほど近い廊下であったのだが、その会話を聞いてしまったものがいた。それがこの二人と、パーバティ=パチル(グリフィンドール3年生)である。

 

 さらなる好奇心に駆られ、この三人はなんと、職員会議も廊下から盗聴。・・・双子のウィーズリーが“伸び耳”という盗聴用魔法グッズの試作品を作って、売りさばいていたのもタイミングが悪かった。

 

 つまり、波乱に満ちた職員会議の全容は、生徒たちに筒抜けになってしまったということである。

 

 大ニュースだわ!みんなに知らせなくちゃ!と大広間に駆け込んでいくパーバティと対照的に、シリウス=ブラックが黒犬の動物もどき(アニメーガス)で無実なんだってわかったことを僕たちで知らせてあげよう!と言い出したのはコリンだった。

 

 実は、コリン少年はここ数年のグリフィンドールの評価の低下を気にしている生徒の一人だった。ここで、自分が何か手柄を立てたら、それをきっかけに見直してもらえるかもしれない。去年だってバジリスクのことをグレンジャー先輩が見抜いたのだ。自分だって!と。

 

 アーニーもまた、そんな手柄への欲求にぐらついてしまったわけである。・・・ここのところのスリザリンの寮杯連続獲得に不満を感じているのは、何もグリフィンドールだけではないのだ。シリウスが無実の人間で、実際にナイフを振り上げている姿を見たことがなく、ぴんと来なかったというのも大きかった。

 

 そんなわけで、二人は消灯間際というのに校庭をうろついて黒い犬(最近校内をうろついているともっぱら評判。ホグズミードから来たのだろうと思われていた)を探し回っていた。

 

 そうして起こった、接触。

 

 片や、卑怯者の糞ネズミを殺すことしか頭にない、猛進のシリウス。

 

 片や、相手が冤罪ということぐらいしかよくわかっていない、低学年の学生二人。

 

 結果は明らかだった。

 

 なぜだかわからないが、自分の正体を見抜いてきた子供たちを襲うのを、シリウスがためらうわけもなかった。(もしこれがスリザリン生であれば、下手をすれば命すら奪っていたかもしれない)

 

 子供たちの杖二本を奪い取り、失神呪文で気絶させて放置した彼は、そのまま校内に侵入。

 

 人間姿で。彼を発見した吸魂鬼(ディメンター)の追跡も気にせずに。

 

 続けて、子供たちのうわさ――正体を暴かれた糞ネズミことピーター=ペティグリューが反省室に押し込められたというのを聞いた彼は、護送させられる前に!と押し掛け、襲撃を図ったというわけである。

 

 

 

 

 

 さて、ネズミと入れ替わりに捕縛されたシリウス=ブラックは怒り心頭という様子で、散々に闇祓いの無能さとネズミの卑劣ぶりをこれでもかと罵っていた。

 

 ・・・自身の行動を棚上げして。

 

 これにはマクゴナガルが雷を落とした。

 

 「いつまで学生気分でいるつもりですか!!冤罪と判明して少しでも哀れんだのが間違いでした!!

 あなたのせいでどれだけの生徒たちが夜もろくに眠れず・・・いいえ、不安と恐怖に苛まれたと思っているのです!!

 それでも、ホグワーツの卒業生ですか!!少しは後輩をいたわろうという気はないのですか!!!

 アズカバンに入れられて反省なさい!」

 

 「ふざけんな!これも全部!!あのクソネズミのせいだ!ジェームズの敵なんだぞ!!」

 

 だが、そんな二人の言い合いは、途切れることになる。大広間の方から聞こえてきた、阿鼻叫喚の悲鳴によって。

 

 シリウス=ブラックを追って校舎内に侵入した吸魂鬼(ディメンター)が、お預けと据え膳の強要の結果、我慢の限界、通り道にいた方が悪いとばかりに生徒たちの感情を吸引しだしたのだ。

 

 不幸なことに、この時はまだ消灯時間に至っていない。それどころか、夕食の時間でほとんどの生徒たちは大広間でディナーの真っ最中であった。

 

 そして、先生方はピーター=ペティグリューの見張りと、護送の手配、シリウス=ブラック対策の見回りで、散開しており、大広間には・・・守護霊呪文の使えない、シビル=トレローニー(占い学教授)と、ロランダ=フーチ(飛行術担当)しかいなかった。

 

 つまり、扉を破って大広間まで侵入した吸魂鬼たちにより、生徒たちが阿鼻叫喚状態に陥ってしまったのだ。

 

 念のためにいっておくと、グリフィンドール上級学年はクィディッチ場の事件を受けて、守護霊呪文を自主練習していたのだが、ディナー中で気を抜いていた中の不意打ちに近い状態でろくに使えなかった。

 

 それどころか、低学年の生徒の中には、パニックを起こして魔力暴走に至る生徒もいた。

 

 「生徒たちに避難を・・・あああああ。いやだいやだいやだごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 どうにか落ち着かせようと声を張り上げようとした監督生たちすら、吸魂鬼の餌食になり、青ざめて身動き取れなくなってしまったのだ。なお、教職二人も、身動きできなくされてたりする。

 

 「使える人は守護霊呪文を!早く!」

 

 変わって叫んだのはハリー=メイソンJr.だった。彼も青ざめている。ひどい頭痛の奥で、母の悲鳴が鼓膜をたたき始めていた。物心つく前の最悪のトラウマ――闇の帝王の襲来がいやおうなしに引っ張り出され始めているのだ。

 

 「僕らも使うぞ!ハリー!呪文と必要なイメージングは?!クソックソッ!僕なんか食べてもおいしくないぞ!」

 

 涙目で杖を片手に叫ぶのはドラコだ。彼は4年前のハロウィーンの怪物邸騒動の記憶がフラッシュバックし、あわや食べられそうになった記憶を必死に振り払おうとしているのだ。

 

 「守護霊よ来たれ(エクスペクトパトローナム)!もっとも幸せな記憶を思い浮かべて!あっちへ行け!母さんに近寄るな!!」

 

 「ハリー!しっかり!守護霊よ来たれ(エクスペクトパトローナム)

 来ないでぇぇ!」

 

 ハリーJr.の悲鳴のような返し(記憶の混濁で、彼も半ばパニックを起こしている)に応えて、何人かの学生が、青ざめた顔、あるいは涙でぐちゃぐちゃのひどい顔のまま杖を構える。

 

 ハーマイオニーも青ざめた顔、涙目で叫びながら杖を振った。

 

 大広間はもう、死屍累々のひどいありさまだった。

 

 身動きもろくにできず、卒倒している生徒もいる中、どうにか動けそうな生徒たちが、片っ端から呪文を唱えて抵抗を試みている。

 

 吸魂鬼たちは渇いていた。飢えていた。アズカバンという餌場に放り込まれてくるのはまもなく、幸せな記憶をしゃぶりつくされて生ける屍のようになってしまう。

 

 だが、ここはアズカバンではない。若く満ち足りた魂の持ち主たちに潤い、満たされた楽園(ホグワーツ)だ。そんなところで、餌を目の前にぶら下げられているのに我慢を強要され続けていたのだ。

 

 想像してほしい。噛み続けてろくに味もしないガムを何十年も咀嚼させられていたところで、新鮮で美味しそうなごちそうが並べられたテーブルの前に座らされる光景を。

 

 ガムなんて吐き出して、テーブルのごちそうにむしゃぶりつくにきまっている。

 

 今の吸魂鬼たちは、まさしくそれだった。

 

 テーブルの上のごちそうが何か喚いたところで、吸魂鬼たちには些細なことだ。

 

 シリウス=ブラック?もちろん捕まえるとも。目の前のこのごちそうを平らげてから。

 

 「守護霊よ来たれ(エクスペクトパトローナム)!」

 

 「守護霊よ来たれ(エクスペクトパトローナム)!」

 

 「守護霊よ来たれ(エクスペクトパトローナム)!」

 

 縋りつくように、皆がその呪文を唱える。

 

 だが、杖の先からは辛うじて、銀色の靄が出てくるだけだ。ひどいときには、それすらもない。

 

 あざ笑うように吸魂鬼たちがにじり寄る。

 

 もうだめだ。

 

 ばたりとドラコが倒れる中、ハリーJr.はひどくなる一方の頭痛と鼓膜の奥の母の悲鳴に、膝をついた。

 

 

 

 

 

 「ルーピン!待たんか、馬鹿者!」

 

 セブルスは叫んで、飛び出したルーピンを追おうとしていた。

 

 今夜は満月である。改良版の脱狼薬の接種を終え、人狼姿に変身したルーピンの経過観察をしていたのだが、何をかぎつけたか、突如ルーピンは顔をあげるや、“闇の魔術に対する防衛術”教授室の扉をけ破り、外に飛び出して行ってしまったのだ。

 

 そして、セブルスは一歩外に出るなり、ぴくっと眉を跳ね上げる。

 

 空気の中に感じる、凍てつくような陰鬱さ。懐かしき地獄の匂いだ。

 

 「吸魂鬼(ディメンター)だと?!なぜ敷地内に?!」

 

 ぎょっとするセブルスをよそに、人狼姿のルーピンは四つん這いの狼さながらに一目散に大広間に向かって駆けて行く。

 

 ルーピンの鋭い嗅覚は、吸魂鬼たちが大広間に集っているのを嗅ぎ取っていた。そして、生徒たちもまた、大広間にいることも。

 

 人狼状態のルーピンは声帯も変化して、呪文を唱えることができない。・・・そればかりか、魔力が変身維持に強制使用されるためか、魔法自体を使うことができない。

 

 だが、その代わり、今のルーピンには人外の膂力がある。自分の正体がばれることになろうと、子供たちの安全には代えられない。特に。

 

 ジェームズとリリーの息子だけは、何としても、守らなければならないのだ!!

 

 ルーピンが扉を蹴破って大広間に駆け込んだ時には、蒼白になったハリーJr.が、今にも膝をつくところだった。

 

 大多数の生徒たちがうずくまったり、気絶したりして身動きできなくなっている。

 

 そんな中、吸魂鬼たちが勝ち誇ったように悠々と移動して、瘡蓋塗れの死蝋のような手を伸ばして、生徒たちから、彼らにとって大事なものを吸い上げにかかっている。

 

 中には、過呼吸を起こして、かひゅっとおかしな息をしている生徒だっていた!

 

 子供たちに触るなあ!

 

 ルーピンは叫んだ。叫びは咆哮となり、そのまま彼は、吸魂鬼めがけてとびかかった。人狼状態の彼は、脱狼薬で理性を保てているといえど、その肉体は人狼状態だ。すなわち、人外の膂力は健在だった。

 

 人狼状態は、人間の時とは思考の形態も異なっているのか、吸魂鬼の影響は受けないらしい。

 

 ルーピンは鋭い爪で吸魂鬼の纏う黒いローブを引き裂き、その下の死人のような瘡蓋塗れの肉体に噛みつき、そのまま投げ飛ばした。

 

 まるで冷凍肉にでも噛みついているような、きわめて冷たく不快な感じがしたが、今のルーピンにできることは肉弾戦一択だった。

 

 だが、どんなにルーピンが肉体的には人を凌駕していようと、彼は一人でしかない。そして、吸魂鬼たちは大広間を占拠できるほどたくさんいた。

 

 彼らには、別段仲間意識はない。だが、食事の邪魔をされるのを不快と判断する意識ぐらいはあった。そして、邪魔者とは、元来排除されるものである。

 

 加えて、ルーピンはフェンリール=グレイバックとは異なり、人狼状態での戦い方には不慣れであった。

 

 すなわち、大挙して襲い掛かってきた吸魂鬼たちを前に、どう動くべきか逡巡して固まってしまったのだ。

 

 「伏せろっ!」

 

 セブルスの声に、ルーピンは反射的に伏せた。

 

 同時に、彼の長く伸びたオオカミの毛をかすって、その上を何かが通過して軽々と吸魂鬼たちを吹っ飛ばす。

 

 「無策で突っ込むやつがあるか、愚か者め」

 

 吐き捨てるセブルスは、柄の長い古びた斧を携えていた。(時間がなかったからか、頭装備はしていない)

 

 仕掛け武器の基本、“獣狩りの斧”だ。柄を伸ばすことでリーチを増大させる変形状態のそれを両手に携えているが、その刃は奇妙な銀光を帯びていた。

 

 “精霊の抜け殻”。上位者の先触れとして知られる軟体動物の抜け殻だ。滑りを残しているそれを擦ることで武器に一時的に神秘の力を纏わせる、一種の属性付与アイテム(正確には秘儀の触媒)によるものだ。

 

 さしもの吸魂鬼も、上位者の神秘の力を帯びた“獣狩りの斧”に切りつけられたらひとたまりもなかった。

 

 傷口から黒い靄のようなものを吐き出しながら、発音不能のノイズのような悲鳴を上げて、ボロリと煤のような黒い塊となって空気に溶けるように消える。

 

 スネイプ?!それは何だい?!何をしたのさ?!

 

 言葉さえ喋れたら、ルーピンはそのように詰問したことだろう。

 

 それでもぎょっとしたようにセブルスと、その手に持った斧を交互に見比べている。

 

 「・・・生徒に危害を加えたのだ。相応に痛い目は見てもらうとしよう」

 

 そう吐き捨てたセブルスは斧を消すと、右手の中に菩提樹とセストラルの尾の毛の杖を出現させる。

 

 内臓を引きずり出してもいいのだが、大量の吸魂鬼を一掃するならこちらの方がいい。

 

 「守護霊よ来たれ(エクスペクトパトローナム)

 

 振りかざした杖から、銀の奔流がほとばしる。

 

 銀の光が渦を巻き、それが姿を現した。

 

 それは・・・何であろうか?少なくとも、ルーピンはそれを知らない。

 

 それは、シルエット自体は膝をついた女性に酷似しているかもしれない。だが、それは断じて女性などではない。肩や肩甲骨のあたりから、何本も触手をはやし、繊維で織りなしたような奇妙な翼、何より、イソギンチャクのように奇怪に割れて触手に覆われた頭部と、その隙間から覗く、煌めく双眸。

 

 女性的であるはずなのに、女性として必要なものをことごとくかなぐり捨てたデザインをしていた。

 

 おかしい。呆然としながらも、思考の片隅でルーピンは思った。

 

 確か、セブルスの守護霊は雌鹿だったはず。ジェームズが『スニベルスの野郎の守護霊、リリーとおそろいだぜ?!むかつく!まあ、僕の守護霊は雄鹿だから、僕こそリリーの運命の相手なんだけどさ!』と言ってたのだから、間違いない。

 

 あれは何だ?

 

 ルーピンが呆然とするのと同じく、吸魂鬼たちも呆然としていた。

 

 守護霊呪文は、吸魂鬼を退散させる唯一の術だ。守護霊は個人によって異なるが、あんな異常な生き物・・・生き物?とにかく、あんなものを守護霊にしている者など、見たことがないのだ。

 

 一方のセブルスは、そんな彼らを一顧だにせず、銀色のそれを見上げて静かにうなずいた。

 

 膝をついていたそれがゆるりと両手と触手を高く掲げる。翼を広げ、その頭上に銀の煌めきを星の小爆発のごとく広げ。

 

 次の瞬間、そこから無数の光の矢を雨のごとく降り注がせた。

 

 光の矢に射抜かれた吸魂鬼たちはノイズのごとき悲鳴を上げて、ボロボロと古い炭が崩れるように端から消えていく。

 

 退散ではない。消滅だ。

 

 「美しい娘よ。好きなだけ泣きたまえ。

 いつか星の海に届く、その日まで」

 

 両手で顔を覆って、泣き崩れるように身を丸めるその守護霊――“星の娘エーブリエタース”の姿を取る守護霊を見上げて、セブルスは静かにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 哀れな娘。聖杯とともに地上に置き去りにされ、トゥメル人とともに迎えを信じて祈り続けていた。

 

 だが祈りは届かず、トゥメルの滅びとともに、いつしかその存在は地下深くに忘れ去られた。

 

 ビルゲンワースが、神の墓を暴く、その時まで。

 

 彼女は死んだ。泣いているしかできないならば、いっそ死ねばいいとセブルスが殺した。だが、その遺志はセブルスの中にある。

 

 神のごとき力を持つ上位者であっても、居場所一つままならない。帰れぬと泣くくらいならば死ねばいい。きっと、本当はそれもできないのだろうけれど。

 

 

 

 

 

 星の娘を見上げていた視線を前に戻したセブルスは、宇宙色の双眸をもって、恐れおののく吸魂鬼たちを見つめ返した。

 

 「まだ続けるかね?そのみっともない食事で彼女の嘆きと祈りを汚せるというならば、やってみるがいい」

 

 吸魂鬼たちは一歩引いたが、食事に対する欲求と、目の前の恐怖からの退却の必然がせめぎ合ったに違いない。

 

 そして、セブルスから離れたところならば問題ないだろうとばかりに、大広間の隅でうずくまっていた子供たち(不幸中の幸い、彼らはセブルスの守護霊を見るどころではなかった)に向かって踵を返したのだ。

 

 だが、セブルスが星の娘を再び動かすまでもなかった。

 

 「守護霊よ来たれ(エクスペクトパトローナム)!」

 

 その声は、はっきりと響き渡った。

 

 ハリー=メイソンJr.が突き出した杖の先端から噴き出た銀色の霧は、それまでのものとは異なり、はっきりした姿を取る。ほっそりしながらもしなやかで、力強い躍動をもって、空中を駆け抜けながら、その姿態をはっきりさせる。

 

 鹿だ。だが、角のないその頭の、それは。

 

 (雌鹿・・・!)

 

 星の娘の出現でほとんど放心状態になっていたルーピンは、ようやく思考を取り戻した。

 

 前述したが、雌鹿はリリーの守護霊なのだ。

 

 「できた・・・!」

 

 銀色の雌鹿に蹴散らされ、逃げ惑うように大慌てで天井付近の窓から出ていく吸魂鬼たちをしり目に、ハリーJr.は息を切らしながらつぶやいた。

 

 もう一つ。彼は思い出したことがあった。

 

 逃げろと叫ぶ、もう一人の父の声。この子だけはと命乞いする母の声。そして、帝王の絶叫と、逃げろとささやく、もう一つの低い声。

 

 母は、どうやってヴォルデモート卿から助かったかは言わなかった。だが、今、ハリーJr.は確信を持った。

 

 ――おじさんが、助けてくれたんだ・・・!

 

 きっとそうだ。今だってそうなんだから。

 

 あの宇宙色の目を、ハリーJr.はもっと昔から知っているような気がするのだから。

 

 ハリーJr.は決して一人じゃない。頼れるおじさんと、大好きな家族が常に一緒だ。

 

 吸魂鬼を大広間から追い出した銀色の雌鹿は、ハリーJr.のところに駆けてくると、甘えるようにその頭をこすりつけてきた。

 

 そうだ。あの初めて冒険したハロウィーンの夜も、母さんの雌鹿が空を駆け抜けていた。あの日見た大人たちに追いつきたいと、ハリーJr.は願った。だから彼は、ここにいる。

 

 「これからよろしく」

 

 雌鹿の頭をなでてから彼女が消えるのを確認し、ハリーJr.は周囲で倒れている友人や同級生を助け起こし始めた。

 

 それを見届けてから、セブルスも銀色の星の娘を消した。

 

 守護霊としてであろうと、好きなだけ泣けばいい。セブルスならば、それに付き合っていける。

 

 「とりあえず、部屋に戻っておきたまえ」

 

 そうして、セブルスはルーピンを見やっていった。

 

 くどいようだが、今夜は満月でルーピンは人狼である。そして、ここは夕食を台無しにされた大広間で、生徒たちがごった返し状態である。

 

 生徒たちが完全に正気付く前に退散させておくべきだ。今なら、錯乱による見間違いとごまかせるのだから。

 

 コクコク頷いて、ルーピンはいそいそと大広間を出て行った。

 

 そして、とりあえずセブルスはハウスエルフを一人呼び出すと、ホットチョコレートを生徒全員分ふるまうように言いつける。

 

 板状のチョコレートよりも、温かいチョコレートドリンクの方が飲みやすいだろうという算段である。

 

 マクゴナガルや闇祓いたちが息を切らして駆け込んできたのは、この時だった。

 

 遅い。大方、通り道にも吸魂鬼(ディメンター)が殺到しており、排除に時間を要したというところか。

 

 そうして、マクゴナガルや闇祓いたちが片付けや生徒たちの介抱にとりかかるのを見て、セブルスはため息をついた。

 

 セブルスもまた、マクゴナガルたちに自分が駆け付けた辺りの事情を説明する。

 

 「おじ・・・先生!見てくれた?!」

 

 嬉しそうに駆け寄ってくるハリーJr.に、セブルスはホットチョコレート入りのカップを差し出した。

 

 「無論だ。だが、その前にこれを飲みたまえ。唇が紫色ですぞ。死人の方がまだ顔色がよいくらいですな」

 

 嫌味を言いつつも、ハリーJr.がカップを受け取った後に、その頭をするりと撫でた。

 

 「見事な守護霊だ。スリザリンに30点」

 

 「! えへへ・・・。

 ルーピン先生にも見てもらいたかったな・・・」

 

 嬉しそうに笑ったハリーJr.はそう言って、カップの中身に口を付けた。「アチっ!」と口の中を火傷しそうになったのはご愛敬。

 

 それを見やるセブルスも、知らずと口元が緩んだ。

 

 あの日、リリーの腕に抱かれていた赤子は、順調に成長していっている。ハリーもリリーも、さぞ自慢に思う息子であろう。

 

 ちなみに、あえて加点を30点にしたのは、未達成の個人課題(閉心術習得)があるからだ。残り20点は、その課題が達成できたときだ。

 

 セブルスは内心でそんなことを思っていたが、そんな和やかな時間は長く続かなかった。

 

 吸魂鬼たちによって破壊され、廊下が丸見えになっている出入口の奥から、何かぎゃんぎゃんという叫び声が聞こえてきたのだ。廊下の反響で何をしゃべっているかよくわからないが、セブルスにはかろうじてそれがシリウス=ブラックの声だと察しがついた。

 

 「すぐにMr.マルフォイたちのところに戻りたまえ。顔を伏せ、何があっても顔をあげるな。・・・メイソンのままでいたいならばな」

 

 「! わ、わかった」

 

 最後だけ小さく囁かれたハリーJr.は、瞬時に顔をこわばらせるとカップを持ったまま、中身をこぼさないように、それでも急いで他のスリザリン生たちのところに戻っていった。

 

 「ハリー!ハリーはどこだ?!無事なんだろうな?!」

 

 「いい加減にしなさい!ここにはハリー=ポッターはいません!」

 

 「俺がジェームズの息子を見間違えるもんか!ハリーは生きてたんだ!!」

 

 杖は没収の上、拘束されて魔法封じもされて、それでも元気にわめくシリウス=ブラックの登場に、全員が息をのんだ。

 

 もとは整った顔の大層な美丈夫であったのだろうが、長すぎる収監生活のせいだろう、げっそりとこけた頬に、まばらな髭とザンバラ髪のせいで幽鬼のようだ。

 

 それでも眼だけはらんらんと光っている。それがかえって怖い。

 

 「シリウス=ブラック!」

 

 「いやあああ!来ないでぇぇぇ!」

 

 「ママァァァ!ママァァァァ!」

 

 ホットチョコレート効果で落ち着いてきていた生徒たちは、再び阿鼻叫喚のるつぼに叩き落された。

 

 パーバティが盗み聞きしてた内容を暴露したといっても、まだ聞き及んでない生徒もいるし、何よりもシリウスがナイフ片手にグリフィンドール寮への侵入を試み、挙句生徒のベッドの上でナイフを振り上げたのは、どうあがいても取り消しようのない事実だったのだから。

 

 「連れてくるなといったでしょう!なぜ連れてきたんですか?!」

 

 「そうしないと事情聴取に応じないと言われたんですよ!噛みつくわ体当たりしてくるわ!犬ですか?!本当に無実なんですか、この人!!」

 

 マクゴナガルの怒声に、闇祓いの一人が半泣きで答えた。歯型のついた左手をさすっているあたり、本当に噛まれたらしい。

 

 「この惨状が見えないのですか!シリウス=ブラック!すぐさま反省室に戻りなさい!」

 

 「そんなことどうでもいいだろう?!ハリー!どこだ?!返事を」

 

 「クハッ」

 

 シリウスの叫びをさえぎったのは、たった一言の、笑い声だった。

 

 ぎょっと、全員がそちらを見やる。

 

 全身黒一色の、魔法使いとしては少々浮いた格好の男――インバネスコートをまとった男が、肩を震わせるどころか、大口を開けて爆笑していた。

 

 「はっ、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!

 ふはっ、ふはははははははははははははは!!!

 くはっ、くはははっ、くはぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」

 

 目元を手で覆い、体をのけぞらせ、いっそ狂気すら感じるほどの様相で、セブルス=スネイプ魔法薬学教授が、赴任以来誰にも見せたことがないような大爆笑をしていた。

 

 笑う。嗤う。哂う。

 

 すべてを置き去りにして、セブルスの哄笑が大広間に響き渡っていた。

 

 「何がおかしい!」

 

 気圧されるホグワーツ教授陣並びに生徒たちをよそに、真っ先にかみついたのはシリウスだった。

 

 呆気にとられる闇祓いたちの腕を振り払い、歯をむき出しにして唸るさまは、まさしく犬の威嚇姿勢そのものだった。今すぐ殴り掛かりたいと言わんばかりだ。

 

 「こんなものか」

 

 そんなシリウスを歯牙にもかけず、セブルスが言った。瞬時に笑いを消し、姿勢を正し、普段以上の冷徹な眼差しをシリウスに向け、セブルスは吐き捨てた。

 

 もし、ヤーナムの住民がその目を見たら、こう評したであろう。死体にたかるナメクジを見る目つきだ、と。

 

 セブルスは、自身の認識を改めていた。思っていた以上に、自分はシリウスという男を過大評価していたのだ、と。

 

 こんな男・・・否、犬畜生以下の何かを、憎悪し、殺意すら向け、その感情を向けるに値する存在と思っていたのが間違いだったのだ。

 

 もう、セブルスの感情を、この男は動かすことはないだろう。憎悪も殺意も、掻き立てられはしない。ただただ忌々しく、うっとうしいだけだ。聖杯ダンジョンをうろつく雑魚獣に対するような感情ぐらいしか持てない。

 

 ああ、まったく。

 

 「五月蠅い。黙れ」

 

 セブルスは吐き捨てると同時に動いていた。高速移動呪文を発動して瞬時に間合いを詰めるや、何事か喚こうと口を開きかけたシリウスの頬骨めがけてガラシャの拳をつけた左手を突き出した。

 

 「がっ?!」

 

 そのまま吹き飛びそうになったシリウスを、セブルスは呼び寄せ呪文(アクシオ)で手元に引きずり戻して、その襟首をつかみ上げた。

 

 「聞き分けのない犬畜生以下には仕置きが必要だな。

 喜べ。ペティグリューよりも痛くしてやろう」

 

 シリウスが砕けた歯ごと血の混じった唾を吐き出し、何事か喚くより早く、セブルスは動いていた。

 

 次の瞬間、彼の左手のはめられたままのガラシャの拳が炸裂した。ものすごい打撲音とともに、ビシャリっと返り血が呆然としている闇祓いの顔にまで飛んだ。

 

 顎を突き上げられたシリウスは、筋力99の手加減抜きの前に悲鳴を上げるどころか、吹き飛んで空中を舞った。

 

 大広間の天井付近まで飛んだシリウスはやがて落下運動に入るが、その下にはガラシャの拳を構えたセブルスがいる。

 

 落下運動中に治癒魔法で傷を癒してやり、次の瞬間再びガラシャの拳で、天井付近まで打ち上げる。

 

 グロテスクで暴力的なジャグリング、としか言いようがなかった。

 

 「貴様のせいだ」

 

 ゴシャンっという打撲音、飛び散る血しぶき、落下運動中の治癒呪文のための一拍の間を空けてから、再び打撲音と血しぶきがした。しばらく、その繰り返しだった。

 

 間を縫うようにセブルスの声が響き渡る。

 

 「貴様らのせいでペティグリューは裏切ったのだ」

 

 「貴様らがペティグリューを選んだせいで、ポッター母子は死んだのだ」

 

 「貴様のせいで今年のホグワーツはめちゃくちゃだ」

 

 「貴様のせいで吸魂鬼(ディメンター)まで来た」

 

 「貴様のせいで生徒たちが傷ついた」

 

 「今この状況は貴様のせいだ」

 

 去年のバレンタインよりもひどいものを見た、と後にとある学生は語る。

 

 生徒たちは怖くて、セブルスの方を直視できなかった。みんな耳をふさいで、震えてうずくまっていた。

 

 吸魂鬼(ディメンター)がいなくなったと思ったら、基本的にはまともだけれど時々恐ろしいスネイプ先生が高笑いしたと思ったら恐ろしさマックスになって、脱獄犯をサンドバッグにするとか、何の拷問なのだろうか?

 

 ダフネ=グリーングラス(スリザリン3年生)は、先ほどまで過呼吸を起こしていた二つ下の妹を抱きしめながら、早く終わってとマーリンに祈りをささげていた。先ほどまでシリウス=ブラックをぶっ飛ばしてやりたいと思ってたので、そこはスカッとしたが。

 

 「スネイプ先生、怖い・・・」

 

 「知らねえのかよ!あの先生、去年ロックハートが怒らせた結果、奴を脱毛させてたんだぜ!最後の方のロックハート、どう見たってヅラだったんだから!」

 

 ひそひそとグリフィンドールの学生がささやき合う。

 

 ハリーJr.は、ドラコたちと一緒にそこから顔を背けながら、遠い目をして考えていた。

 

 これ、お父さんとお母さんに、どう説明しようか?ヘザー、おじさんと結婚したいって言ってたけど、考え直した方がいいんじゃないかな?・・・まあ、昔の話だけど。

 

 ひときわ大きな轟音がした。

 

 「しまった。間違えた」

 

 つまらなそうにセブルスがつぶやいた。

 

 天井から首から下をはやしたシリウスを見上げながら。勢いが付きすぎて天井に首が突き刺さったらしい。

 

 ピクピクとつま先と右手の指先が痙攣しているあたり、生きてはいるのだろう。

 

 「おおっマーリン・・・!」

 

 誰かがつぶやいた。

 

 何をどう間違えたのか。一同、セブルスのセリフを理解したくもなかった。

 

 

 

 

 

 続く




【ホットチョコレート】

 湯せんにかけたチョコレートを温めたミルクで溶かした、温かな飲み物。

 摂取することで、吸魂鬼によって幸福の記憶を吸われて衰弱した被害者たちに、熱と光、温かさをもたらす。

 とろりとした甘みは、吸魂鬼によってもたらされる冷たい不幸をたやすく塗りつぶすのだ。





 長引きそうなので、いったん切ります。

 拳に始まり、拳に終わりました。他の武器使うと、セブルスさんがホグワーツをクビになりそう(分霊箱壊し終えたからいいかもしれませんが、ハリーJr.が在学中ですし)なので、ガラシャの拳のみにしました。初期プロットでは散弾銃ぶっぱしてました。まあ、セブルスさん、殺すのも面倒ってなっちゃってるんですよ。





 Q.伸び耳って、後2年後に開発されるもんじゃありませんでした?

 A.レプリカとはいえメンシスの檻をかぶって、何か受信した双子を甘く見てはいけません。正史では時間のかかるものも、さっくり作り上げてしまいました。





 次回の投稿は、来週!内容は、復活のシリウスVSマクゴナガル先生!大丈夫ですか?胃が蕩けませんか?
 騒動は終わって、バイバイルーピン、そして、2つ目の予言の話。
 お楽しみに!


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【9】さらば古き因縁、トレローニーの予言を添えて

 前回は、評価、誤字、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 猫でもできる反省のできない男、シリウス=ブラック!これにて、一度退場となります。

 ・・・あのグロテスクで暴力的なジャグリング、もっと反発あるかもと思ってたんですが、思っていたより好評だったようでほっとしています。

 それでは、ジャグリング終了からの続きです。


 

 興味を失ったセブルスをよそに、闇祓いたちが恐る恐るシリウスを天井から降ろし、治癒魔法をかけていた。

 

 さすがにアズカバンで10年以上正気を保っただけのことはあったのか、異常なまでに打たれ強かったのだろう、シリウスはあっさりと気が付いたらしい。

 

 再び拘束されながら、セブルスをにらみつけて、彼はわめいた。

 

 「俺のせいだと?!誰だか知らねえが馬鹿なこと言ってんじゃねえ!

 ピーター=ペティグリュー!あのクソ卑怯者め!」

 

 「いい加減にしなさい!」

 

 シリウスの喚きをさえぎって、マクゴナガルが叫んだ。

 

 「あいつが死ねばよかった?!では、ピーターの命は?!そもそも、彼は最初、“秘密の守り人”を担うのを拒否したと言っていました!

 自分が強要させた挙句、裏切られたことを根に持つなど!傲慢だと思わないのですか?!

 百歩譲って復讐は許容できたとしても、ホグワーツで遂行とはどういうことですか?!

 ここにはあなたの後輩がいるのですよ?!彼らの心身の安全はどうでもいいというのですか!!」

 

 「知ったことか!あいつのせいでジェームズが死んだんだ!ジェームズの代わりにあいつが死ねばよかったんだ!」

 

 「武器よ去れ(エクスペリアームス)!!」

 

 シリウスの叫びをさえぎって、マクゴナガルの呪文〈特大の雷〉が炸裂した。武装解除術の真紅の光弾に吹き飛ばされたシリウスが廊下に背中を打ち付ける中、マクゴナガルは般若のごとき形相で、近年まれにみる勢いで怒り狂って叫んだ。

 

 「知ったことか?!!あなたは!!あなたという人は!!!」

 

 喉を嗄らさんばかりに激昂するマクゴナガルに、生徒の大半は青ざめてそっと顔を伏せた。

 

 あれに比べたら、1年生の時の僕たちに向けられたのって、いたずらをちょっと怒るレベルのものだったんだな、というのはほんの少し下着を濡らしてしまったネビルの感想である。

 

 「ダンブルドアが言うからと、学生時代にあなた方を甘やかしたのが間違いでした!!言いなりになってしまった自分が情けない限りです!!!

 無関係な生徒たちを怖がらせておいて、挙句の果てにその態度は何ですか!!

 自分たちだけよければそれでいいんですか?!自分が正しいなら他人に何をやっても、やらせてもいいんですか?!

 それで周囲が何を思い、どんな目に遭うのか、考えもしないんですか?!

 それを指摘されて、反省するばかりか逆上するとはどういうことですか!!

 そんな考え方をする人間!たとえハリー=ポッターが生きていたとしても、私が会わせるものですか!!」

 

 雷鳴のように轟いたマクゴナガルの怒声に、シンと周囲が静まり返る。

 

 「さっさと彼をここから連れて行きなさい!神聖なる学び舎にいさせるには、あまりにも不適切な人間です!!」

 

 マクゴナガルの言葉に、闇祓いたちはコクコク頷いて、シリウスに猿轡をかませたうえ、沈黙呪文(シレンシオ)をかけて、それでもなお抵抗しようとするシリウスに、全身石化呪いまでかけて、引きずるように連れて行った。

 

 やれやれとセブルスはため息を吐いた。

 

 あんな過去の残骸にも劣る汚物、これ以上関わるのも面倒なのだ。

 

 

 

 

 

 なお、この後セブルスは、生徒並びに教職員一同から心身の疲れを気遣われたのを追記しておく。

 

 

 

 

 

 それからのことを端的に述べておくとしよう。

 

 ホグワーツへの侵入・グリフィンドール寮生に対する襲撃と、多くの生徒たちに対して心的外傷を与え、さらにはアーニーとコリンへの襲撃と杖の強奪(しかもそのうちコリンの方の杖を、どさくさで折ってしまっていた!)、動物もどき(アニメーガス)の登録違反、ペティグリューの逃亡幇助により、シリウス=ブラックはアズカバンに逆戻りすることになった。

 

 ただし、ピーターの姿を大勢の闇祓いが目撃したということで、さらにはマクゴナガルや他、大勢の教職員の証言及び“記憶の提出”により、12年前の裏切り――マグルの虐殺及びピーター=ペティグリューの殺害などについては、無実が確定。

 

 このため、刑期が大幅に短縮され――12年は無実の罪で収監されていたのだが、それを加味しても、ホグワーツ生徒保護者からの苦情や被害届、アズカバン脱獄などの余罪があり、罰金を支払っても1年ほど服役することになった。(今度は動物もどき(アニメーガス)対策もされて)

 

 ・・・つまり、再来年には釈放が確定されたといえる。

 

 それを聞いたセブルスは、再来年――つまりハリーJr.が6年次には、シリウス=ブラックがホグワーツに押しかけてくることを確信した。

 

 せめてマクゴナガルが、そのときまで怒りを引きずり続けてシリウスの来訪を拒否することを願わんばかりである。

 

 どうせなら、一生死ぬまでアズカバンに収容されていればよかったものを、と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 それから、吸魂鬼の暴走については、魔法省に厳重に抗議を入れた。

 

 何しろ、シリウス=ブラックを捕まえるための派遣が、その通り道近くにいたという理由だけで、無関係な生徒たちの感情を吸い上げにかかったのだ。

 

 だから、ホグワーツへの派遣などやめさせるべきだったんです!と嘆くマクゴナガルに、さすがに担当役人は平謝りするしかなかった。

 

 過呼吸やひきつけを起こした生徒も相当数おり、ブラックのことでかなりストレスをため込んだ生徒も加え、そこから体調不良などに至った生徒たちのために、聖マンゴ治療院から癒師(ヒーラー)の派遣をも要請され、魔法省はこれを受理。

 

 ホグワーツで、緊急の生徒たちの健康診断が実施され、必要や本人の希望で薬の処方や忘却術の実施などが行われた。

 

 ちなみに、この健康診断によって、とある女生徒が血の呪いを受けてしまっていると判明し、早期治療に至れたため解呪が間に合ったのだが、それは余談である。

 

 なお、マクゴナガルが苦情を言いに行ったにもかかわらず、言い出しっぺ(ピンクのガマガエル)は、体調不良だとかで出てこなかった。

 

 ・・・また、吸魂鬼の被害に遭った生徒の一人に、大事な一人息子がいたルシウス=マルフォイ氏はじめ、ホグワーツに子供を通わせていた純血貴族たちは烈火のごとく激怒。

 

 彼らは貴重な寄付金を、ごっそり削減した。マルフォイ氏にいたっては、「そんなに吸魂鬼(ディメンター)が頼りになるのでしたら、金なんぞ要りませんな?そちらを頼ればよろしかろう」という一言を添えて。

 

 これにより、某事務次官の横暴を許したとして、魔法省内の人事がいくつか再編となることになる。当の某事務次官本人もこれからは逃げることはできず、窓際近くに飛ばされることになったらしい。

 

 魔法大臣のファッジは涙目で、謝罪のフクロウ便を山ほどしたため、土下座行脚に精を出すことになったらしい。

 

 

 

 

 

 一方で、職員会議を盗み聞きしたパーバティ、アーニー、コリンの三人組によって、ルーピンの体質――人狼であることが生徒たちに広められてしまった。

 

 なお、3人組に関しては減点、シリウスを刺激することになったアーニーとコリンに関しては、さらに罰則(学期終了までの数日、夕食後にマグル方式でトロフィー室の展示物磨き)まで課されることになった。

 

 スリザリンがクィディッチの優勝杯をもっていったとしても、まだほかのこともあって、十分優勝の可能性はあったのに!とグリフィンドールやハッフルパフの学生たちは3人を白い目で見るようになった。以降、3人は余計な欲をかくことなく、おとなしくなった。

 

 さて、吸魂鬼の襲撃の際に、その露見を恐れもせずに生徒たちを助けに駆けつけたルーピンを好意的に見る生徒たちは多かったが、それでも人狼である彼を危険視する声は多く、翌日から抗議の手紙を携えたフクロウが殺到。

 

 学期末パーティーを迎える前にルーピンは職を辞することを決めたらしい。

 

 セブルスが“闇の魔術に対する防衛術”の教授室を訪れた時には、水魔(グリンデロー)を泳がせていた水槽も空となり、ルーピンはあらかたの荷造りを終えているところだった。

 

 「やあ、スネイプ」

 

 「体調は問題ないようですな」

 

 「おかげさまでね。あの脱狼薬は少しばかり痛いけど、さすがは君が発明しただけのことはあるね」

 

 にこりとルーピンがほほ笑む。

 

 

 

 

 

 ルーピンが言うのは、今学期、セブルスが彼を検体にして治験を進めていた新種の脱狼薬のことだ。

 

 今まで経口薬として作成していた脱狼薬を注射薬として調合し、注射器で体内注入していたのである。

 

 かなり前から開発していたのだが、経口薬と注射薬では勝手が違い、一番最初の検体(フェンリール)はうっかり心肺停止させてしまった。もちろん、蘇生は間に合ったが、それ以降他の人狼たちは注射薬の開発への協力に及び腰になられてしまい、いまいち開発がはかどっていなかったのだ。

 

 さらには、以前も記したが、魔法界では注射器に代表される血液のつく医療器具全般を忌み嫌う風潮もあり、開発は遅々として進まなかった。

 

 もちろん、そういったリスクもある分、注射薬にはメリットも大きい。経口薬ならば満月の1週間前からの服用が必要だが、注射薬であれば3日前からの接種でよく、さらには変身前後の体調不良をある程度軽減する効果もあるのだ。

 

 ルーピンが注射薬に飛びついたのは、この薬なら苦くないうえ、摂取後に砂糖を取っても大丈夫だったからだ。セブルスとしても貴重な検体が増えるのだから、断る理由もなかった。

 

 

 

 

 

 「さっき、ハリーが来てくれたよ。辞めないでほしいって言ってくれてね。・・・顔はよく似ているけど、性格はジェームズとはあまり似てないね」

 

 どうやら、ルーピンの方は隠す気がなくなったらしい。

 

 ハリーJr.をハリー=ポッター――ジェームズ=ポッターとリリー=ポッターの息子だと確信しているのだ。

 

 「氏より育ちというだろう。

 ・・・ダンブルドアから聞いたのかね?」

 

 「ああ。私を推薦してくれてね。それで、その・・・」

 

 セブルスの問いに、ルーピンは口ごもったが、ややあって続けた。

 

 「ハリー=ポッターが生きている。素性を隠されて、スリザリンに入れられてしまっている。自分は今身動きできないので、私に代わって見守りに行ってほしい、と言われてね」

 

 あの狸の言いそうなことだ。

 

 はっきりと言わずと、まるでハリーJr.が詐欺に遭って、偏見たっぷりの教育を受けさせられているので、矯正してほしいと言わんばかりの言い回しに聞こえてしまう。

 

 セブルスは表情こそ動かさなかったが、内心で舌打ちした。

 

 そんなセブルスの内心を知ってか知らずか、ルーピンは苦笑して続けた。

 

 「・・・あの子は、ハリー=ポッターじゃなくて、ハリー=メイソンJr.なんだね」

 

 「そうとも。ジェームズ=ポッターにはなれんよ。能力的には似ているところもあるようだがね」

 

 例えば、箒が得意なところ。感覚派で実技の方が得意なところ。これらはどちらかといえば、ジェームズ=ポッターから受け継いだものだろう。

 

 セブルスはしれっとうなずいた。

 

 

 

 

 

 とはいえ、それはセブルスがメイソン一家と交友関係をもって、彼らの子供たちを見守ってきたからもてる感想でもあるだろう。

 

 もし、ハリーJr.が何の障害もなくポッター家の一員、ジェームズの息子として育っていたら。

 

 果たして、セブルスは何のしこりもなく単なる教え子相手として接することができたであろうか?

 

 少なくとも、学生時代であれば、八つ当たりの対象にくらいはしていそうだな、と、想像しても詮無いことを思った。

 

 なお、億が一、ジェームズ2号となってスリザリン生をいじめ倒そうものなら、リリーの息子といえど容赦はしなかっただろう。

 

 想像しても詮無いことではあるのだが。

 

 

 

 

 

 「英雄リリー=ポッターの息子など、荷が重いだけであろう。

 マグル育ちの半純血の魔法使いでちょうどよい。

 貴公らには不満かもしれませんがな」

 

 「いや・・・そうだね。きっとそれがいいんだろうね」

 

 セブルスの言葉に、誰にともなく言い聞かせるように言って、ルーピンは改まった様子でセブルスを見た。

 

 「スネイプ・・・学校をやめてから、何があったんだい?」

 

 思い切ったように、ルーピンが尋ねてきた。

 

 「君は、学生のころとだいぶ変わったように思えた。優しい、いいところもある、いい先生ができているな、と。

 それをハリーに言ったら、呆れられてしまってね。『おじさんは昔から優しい人です!先生が見てなかっただけでしょう?』ってね。

 うん・・・私には、見る目がないんだろうね。そう思えてたんだ。この間までは」

 

 言いながら、ルーピンはセブルスを見る。猜疑と、それでも信じたいという気持ちがないまぜになった、複雑な表情をしている。

 

 「あの武器は何だい?どこにあんなのしまってたんだい?それになんてものを学校に持ち込んでいるんだ。君は魔法使いで、教師のはずだろう。

 何より、あの守護霊だ。あんなものは異常すぎる。まともじゃない」

 

 ルーピンの言葉を、セブルスは軽く鼻で笑った。

 

 まとも?そんなものが、ヤーナムで、サイレントヒルで、羽生蛇村で、あの地獄の釜底の地で、何の役に立った?

 

 せいぜい、あれらの場所から戻ってきた後、凡人どもとのお付き合いに役立つ杓子定規程度の価値しかない。

 

 「スネイプ・・・本当に、何があったんだい?何が君を変えてしまったんだい?」

 

 「他人の事情の詮索とは、感心しませんな。だが、わかるとも。秘密は甘いものだ」

 

 「ふざけないでくれ」

 

 「ふざけているのは貴公の方であろう?他人の事情を慮りもせずに一方的に図々しく詮索かね?」

 

 「他人だなんて!私はただ・・・!」

 

 すっぱりセブルスに言い放たれ、ルーピンは口ごもった。

 

 「ただ?」

 

 「その・・・これ以上、取り返しのつかないことにしたくないだけで・・・」

 

 「私の存在がそれを悪化させる可能性があるという懸念は、わからんでもないがね。

 もっとも、すでに取り返しのつかないことにはなっていよう」

 

 「だとしても・・・もう少し、私にもできたことがあったはずだ」

 

 肩をすくめたセブルスに言って、ルーピンは目を伏せた。

 

 「なぜ、私たちはこうなってしまったのだろうね?

 確かに、笑い合って肩を組みあって、同じ方向を向いていたはずなのに」

 

 それを聞いたセブルスは呆れてため息を吐いた。

 

 セブルスからしてみれば、始まりこそ同じだったかもしれないが、シリウスとジェームズ以外は向く方向も組む腕も一致してなかったように思う。

 

 同じ方向を向いていようが、己の正義しか見ようとしなかったシリウスとジェームズに対し、ルーピンとペティグリューは周囲を見回せていただろう。

 

 笑い合って肩を組みあっていた?シリウスとジェームズが笑うのにつられて笑って、肩を組む二人に、いいように引きずられていただけだろう。

 

 対等でない関係など、片方の自覚が欠落していれば、破綻を迎えるのは目に見えている。

 

 「・・・何も言ってくれないのかい?」

 

 「貴公らの関係などどうでもいいからな。殺し合いでも仲直りでも好きにしたまえ。

 よく付き合っていけるものだといっそ感心はするがね」

 

 苦く笑うルーピンを、セブルスは切って捨てた。

 

 散々記していることではあるが、セブルスは彼らなどどうでもいいのだ。別に生きようが死のうが、関係修復しようが殺し合おうが、セブルスと彼の大事なものに巻き添えを食らわせなければ、それでいいのだ。

 

 「それでも・・・私にとっては、人狼であると知っても、仲良くしてくれた大事な友人たちなんだよ」

 

 ぽつりとつぶやかれたルーピンの言葉に、どこかすがるような響きがあるのに、セブルスは気が付きはしたが、何も言わなかった。どうでもよかったのだから。

 

 「見捨てたつもりはなかったんだ。もっと気にかけるべきだった。・・・あれは本来、君じゃなくて、私の方が気が付くべきことだった」

 

 「ペティグリューのことかね?」

 

 セブルスの問いに、ルーピンはただ静かに目を伏せた。

 

 「やっぱり君は変わったよ、スネイプ。以前の君なら、間違ってもピーターの事情なんて考慮しなかったと思うから」

 

 ややあって、顔をあげていったルーピンに、セブルスは鼻を鳴らして見せた。

 

 少し考えれば誰でもわかることだ。まあ、人質という免罪符を大手に振って、自分はまったく悪くありませんという愚か者に割いてやる慈悲は、セブルスにはない。

 

 次にペティグリューがセブルスの前に敵意を持って現れたなら、相応の対応を取るだけだ。たとえルーピンが何をわめこうと。

 

 「もはや、私が彼にできることなど何もないのだろうね・・・。

 シリウスには、せめて話しておくよ。彼が聞き入れてくれればいいんだけれど」

 

 悔いている様子で遠い目をするルーピンに、セブルスは視線をそらした。

 

 「好きにしたまえよ。ただし、私と、ジュニアとその家族に手を出すならば、相応の対応を取らせてもらう。それも奴に伝えておくことだ」

 

 「君ね・・・そんなことするわけないだろう。馬鹿にしないでもらえるかい?」

 

 肩をすくめたセブルスに、ルーピンはあからさまにむっとした顔をする。

 

 「ブラックの奴が釈放後に暴走して、ジュニアの今の父親や母親、姉といった家族たちに手を出そうとしても同じことがいえるのかね?」

 

 「いくらシリウスでもそんなこと!

 ・・・。

 しないはず・・・うん・・・しないって」

 

 最初こそカッとなって言ったらしいルーピンは、徐々に自信がなくなったのか、最後には消え入るようにつぶやいて、そっと目をそらした。

 

 「・・・今の父親と姉、か。

 どんな人たちなんだい?」

 

 答えなくてもよかったかもしれない。だが、ジュニアを案じる者は一人でも多い方がいい。ルーピンはブラックのように突っ走るわけでもないし、加えて、ジュニアは彼に守護霊呪文を教わっていた。彼が吸魂鬼の襲撃を察知してくれたというのもある。その借りを返すことにもなると、セブルスは教えることにした。

 

 「父親の方はマグルの作家をしている。性格は・・・今のジュニアを見ればわかるだろう。肝の据わり方と応用力ならば、並び立つものはそうはいないだろう。

 姉の方はスクイブで、ジュニアより一つ上だ。少々乱暴だが、誰よりも家族思いで優しい、よい姉だ」

 

 淡々と話すセブルスは気が付いていない。眉間のしわが緩み、自身が穏やかな表情をしていることに。

 

 かつて、学生時代に見せたことのないそれを見るルーピンが、ひどく複雑そうな目をしていたことに。

 

 「・・・リリーも元気にしているんだね?」

 

 息子が助かっているなら、当然彼女も無事だろうと、確信をもってルーピンは問いかけた。

 

 「無論だ」

 

 「・・・君が助けたのか」

 

 「夫を亡くし、親子別々に引き裂かれそうになった二人を、ともに安全に暮らせるようにしただけのことだ」

 

 「リリーが、なぜ、再婚なんて・・・」

 

 どこか非難するようにつぶやくルーピンに、セブルスは少しばかりむっとした。

 

 「女手一つの子育ては辛かろう。それとも、彼女は未亡人として、新たに誰かに心許すことなく、一生ポッターの喪に服せとでもいう気かね?」

 

 「いや、そんなつもりじゃ・・・うん・・・たぶん、実感がないんだね。

 私の中では、リリーはジェームズの隣で赤ん坊のハリーを抱っこして笑っているところで止まってしまっているんだ。

 だから、ジェームズが死んで、ハリーのためであろうと、見知らぬ誰かと再婚したっていうのに、いい気分がしないんだ。すまない」

 

 セブルスの言葉に、ルーピンは首を振って、視線をさまよわせながら言った。

 

 正直、セブルスはルーピンに対し、ハリー=メイソンの方がジェームズ=ポッターよりも数倍人間的にも優れている、リリーも安寧に過ごしているし、子供たち二人にも慕われている素晴らしい父親をやっていると言ってやりたかったが、あえて何も言わなかった。

 

 それは、セブルスが知っていればいいことだ。

 

 それでも、友情に縋り付いてしまうルーピンに言っても、きっと無駄に終わる。ジェームズが生きてたら、きっと彼だって!と言っていたように思われたからだ。

 

 「スネイプ」

 

 ここで、ルーピンは改まった様子で、セブルスに静かに頭を下げてきた。

 

 「ありがとう。ハリーとリリー、二人を助けてくれて」

 

 「・・・別に貴公のためではない。私はMrs.メイソンには恩義があった。私が獣に堕ちることなく人間性を残せておけたのは、彼女のおかげといってもいい。だから助けた。それだけの事だ」

 

 淡々とセブルスは答えた。

 

 ヤーナムの終わらない獣狩りの夜の血と獣臭の中で、リリーとの思い出は、摩耗して消滅しかねなかった人間性をつなぎとめる確かな楔だった。彼女の教えてくれた無償の愛が、今のセブルスを形作る一部になっているのは確かだ。

 

 その恩を返すために、セブルスはリリーを助けた。それだけのことだ。それが気が付いたら、ここまで長く続いていた。いやな気はしないのだが。

 

 とはいえ、ルーピンには、いくつか確認しなければならないことがある。

 

 「・・・ダンブルドアは、二人を一緒にいさせるのを危険と判断していたと聞いたが?」

 

 「・・・最近になってからなんだが、考えてたことがあるんだ」

 

 頭をあげて、ルーピンは言った。

 

 思い悩むように視線をさまよわせ、どこか苦々しげに彼は吐き出した。

 

 「二人を一緒にいさせるのが危険なら、最初から生存を公表しなかったらいいじゃないか。

 “例のあの人”に狙われて生き延びたものがいない、襲撃自体は大勢に知られたというなら、二人もその時死んだことにしてしまえば容易に身を隠せたはずだ。

 ダンブルドアが言えば、魔法省だって聞く耳を持ったはずなのに。

 だというのに、生存は公表された。その上で親子を引き裂くなんて。

 ・・・本当は、あの二人をあえて危険な目に遭わせようとしているかのようにも思えてしまって。

 私はおかしいんだろうか?」

 

 黙って聞いたセブルスに、ややあってルーピンは苦笑していった。

 

 「すまない。おかしなことを言ったな。忘れてくれ」

 

 「・・・では、今の貴公はハリー=メイソンJr.の家庭を特段問題視はしていないと?」

 

 「問題視するほどよく知らないっていうのが大きいけれど、私でもわかることはある」

 

 セブルスの問いに、ルーピンは肩をすくめてから答えた。

 

 「ハリーは今の家族を大好きなんだというのは伝わるよ。折につけ、父さんが、母さんが、ヘザーが、と嬉しそうに言ってたからね」

 

 「そうとも。あの家族は仲睦まじいものだ。私には、まぶしすぎるほどに」

 

 あの家族の幸せを見守ることが、今のセブルスの生きがいだ。

 

 その言葉を聞いたルーピンは、どこかうらやましげな表情をしたが、結局何も言わずにトランクを持ち上げた。

 

 そろそろ出立するつもりらしい。大分長いこと話し込んでしまった。

 

 「スネイプ。リリーとハリーを頼むよ。

 もちろん、何か私にできることがあるなら、連絡をくれ。すぐに駆け付ける」

 

 セブルスは静かにうなずいた。

 

 ルーピンの彼らを案じる気持ちは伝わった。

 

 「今のジュニアの家族たちに顔を合わせたくないのかね?」

 

 「・・・言っただろう?私は再婚したリリーとその相手にいい感情を持てないんだ。少なくとも、今は。

 もう少し、落ち着いたころにした方がいいと思うんだ。お互いのためにね。

 ああ、勘違いしないでくれ。リリーとハリーが元気でいたことはうれしいんだ。それだけは確かだ。

 じゃあ、私はもう行くよ」

 

 最後に尋ねたセブルスに、ルーピンは苦笑交じりに言って、そのわきをすり抜けて教授室から出て行った。

 

 ルーピンには、ハリーJr.のことで貸しを作ってしまった。だから、セブルスはフェンリール=グレイバックの傘下コミュニティはじめ、伝手のある人狼コミュニティの方にルーピンが職に困っているようだったら、優柔不断さに付け込んで魔法の腕をこき使ってやれ、と言ってやっておいた。ホグワーツを出て行っても、多少の食い扶持は保証されることだろう。

 

 ・・・彼も今回のことでいろいろ思うところができたようだが、それを今後生かせるかは謎だ。

 

 だが、できるなら、敵になってほしくないものだ。彼が敵になったら、きっとハリーJr.とリリーは悲しむことになるだろうからだ。

 

 ともあれ、この1年の激動は、こうして終息したのだ。

 

 

 

 

 

 その日の午後、閉心術の訓練をしていたセブルスとハリーJr.だが、術式が逆行して、ハリーJr.はセブルスのホグワーツ時代の記憶の一端を垣間見てしまった。

 

 ・・・それは、あの最悪の昼下がりの記憶だった。セブルスはまだ覚えていたのか、と自身に少し驚いた。

 

 逆さづりにされて下着を丸見えにされるセブルスと、それをあざ笑うジェームズ=ポッターとシリウス=ブラック、駆け寄ってかばおうとするリリー=エバンズに対して言い放ってしまった取り返しのつかない言葉による八つ当たりと、それによる決別。

 

 セブルスとしては、普段以上に強固にしていたので、ヤーナムや他危険な場所のおぞましい記憶を覗かれなかっただけよかったとしているし、閉心術の練習中はこのような事故はつきものなので気にしていない(セブルスからしてみれば100年近く昔の記憶である)のだが、反動で息を切らすハリーJr.は涙目になって「なんてひどい!」と我がことのように怒った。

 

 そうして、事故とはいえ、知られたくないことを知ってしまったこと、血縁上の父と、若き日の母の仕打ちを謝ってきた。

 

 すんだことだ。それに、息子のジュニアには関係ないことだ。加えて、八つ当たりとはいえ、セブルスが言ってはならないことを言ってしまったのは事実だ。

 

 何より、それまでリリーから受けていた忠言を半ば聞き流して、差別思想に染まってしまっている馬脚を現したというようにしか、彼女には受け取れなかったのだろうから。

 

 いずれにせよ、ハリーJr.は閉心術をマスターした。

 

 今の感覚を忘れないように、とセブルスはハリーJr.に言い渡した。予定していた残り20点の加点は、ハリーJr.が固辞したため、結局与えられずじまいだった。

 

 

 

 

 

 その日の夕食(ディナー)のことだった。

 

 『事は明夜起こるぞ

 

 生徒たちの喧騒と食器の音を打ち破るように、その声は発された。

 

 声を発したのは占い学教授のシビル=トレローニーだった。

 

 カトラリーを持った両手をテーブルの上に弛緩させ、それでも眼鏡越しにぎょろぎょろと目玉を動かしながら、まるで別人のように荒々しい声音で、彼女は話し出した。

 

 『聖なる母は待ち望んでおられる・・・地に満ちた罪の国を救わん時を・・・

 

 生徒・教職員全員が思わず絶句するのを歯牙にもかけず、彼女は続けた。

 

 『10の心臓を得た崇拝者は、12年間鎖につながれていた・・・。

 明夜だ。崇拝者は召使を連れた闇の帝王のお力により自由の身となる・・・11番目の血と10の心臓が捧げられ、崇拝者は肉の拘束より解き放たれるだろう・・・。

 彼の者は二位の国の力を得、聖なる母を迎え入れんとするだろう・・・。

 虚無と暗黒、憂うつをもって絶望を生み、誘惑、起源、監視、混沌、4つのしょく罪を並べ、母なる体躯と最後の知恵を肉のおりより解き放つだろう・・・。

 聖なる母は、現世に降臨し、罪の国を救うであろう・・・

 

 ガクンッと彼女の首が傾げられた。そして、うめきながら彼女が顔をあげた時には、普段のシビル=トレローニーとなっていた。

 

 「あら?ごめんあそばせ?このところ、よく眠れてないようで。わたくしとしたことが、夕食中にもかかわらず、ついうとうとと」

 

 いつもの霧の奥から聞こえるような独特の調子で話し出したトレローニーに、まず食って掛かったのはマクゴナガルだった。

 

 「シビル?!今のはどういうことですか?!」

 

 「今の?ミネルバ?何のことでして?」

 

 「質の悪い冗談はおやめなさい!」

 

 髷にしてまとめている黒髪が乱れるのも構わず、ミネルバ=マクゴナガルは泣きそうな顔でトレローニーにつかみかかり、夕食中というのも忘れて彼女を詰問した。

 

 この数年の忙しさは尋常ではない。ゆく年くる年トラブル塗れである。その後処理を一手に担うのは、校長ではなく、マクゴナガルである。

 

 ようやく、ブラック脱獄の件も一件落着した(完全解決でないとはいえ)というのに。

 

 そして、ここにきて、占いの才能絶無といえど、トレローニーがトラブル発生の予感を匂わせてきた。

 

 うんざりだ。もううんざりだ。

 

 イギリス唯一の魔法の名門校はどこへ行ってしまったのか!!いつからホグワーツはトラブルの吹き溜まりになってしまったというのか!

 

 ギリンギリンと痛み出した胃に手を当てて、マクゴナガルは悲痛な声をあげながらうずくまる。

 

 胃薬が足りない。胃が溶け落ちそうだ。白髪を通り越して禿げそうだ。

 

 ざわざわと、他の生徒たちも騒ぎ出した。

 

 「おお・・・トレローニー先生、新たな極致にお目覚めになられたのね・・・!」

 

 感極まった様子でつぶやくのは、占い学でトレローニーの熱心な信者となったパーバティ=パチルである。

 

 対照的なのが、ハーマイオニーでトレローニーの様子も気にすることなく、何事もなかったかのように悠々と食事を再開していた。・・・若干手つきが荒々しいところを見るに、いい加減にしてほしいとうんざりしているのかもしれない。

 

 「怪しいもんだな」

 

 腕組みして鼻を鳴らすのはセオドール=ノットだ。ハリーJr.やドラコと同じスリザリンで、死喰い人の親を持っているという話だ。

 

 「というと?」

 

 「さっきの話、まるであのお方の方こそ、崇拝者やら聖なる母やらのアシスタントにされてる感じだっただろう。

 僕もその恐ろしさは伺っている。そんなこと、ありうるわけがないさ。

 あのお方をまるでおまけ扱いだと?トレローニーのくせに!

 どうせ、いつもの適当なおためごかしさ!

 ネタが割れてウケなくなってきたから、方針転換したんだろう?」

 

 同寮生の問いかけに、ノットは吐き捨てた。

 

 「ドラコ?」

 

 「・・・案外、本当の予言かもしれない」

 

 ハリーJr.が気が付いた時には、ドラコは表情を硬くしてそう言っていた。

 

 「闇の帝王のことを、大体の人は“例のあの人”と呼ぶんだ。名を呼ぶのも恐ろしい、と。

 トレローニーもそうしていた。

 それに、不幸大好きなトレローニーが不幸の権化のような闇の帝王のことをこれまで一言も言及しなかったんだぞ?

 それが、今回は、やった。

 父上から聞いたことがあるんだ。本当の予言っていうのは、預言者自身も予言した時のことを覚えてないんだって。

 案外、本当の予言かもしれない」

 

 そう締めくくったドラコに、ハリーJr.のみならず、その言葉を聞いていたスリザリン生も顔色を変える。

 

 「じゃあ、聖なる母とか、崇拝者とか、何のことだよ?」

 

 「僕にわかるわけないだろう?」

 

 困惑したブレーズ=ザビニの問いかけに、ドラコは首を振って吐き捨てた。

 

 ハリーJr.はちらっと、教職員席のスネイプ先生(セブルスおじさん)を見やった。

 

 セブルスおじさんは、いつも以上に固い顔をしているように見える。

 

 おじさんなら何かわかるだろうか?

 

 そう思っても、近寄ることもできず、ハリーJr.はもやもやしたものを抱えたまま食事を続けざるを得なかった。

 

 一方のセブルスは、メアリーお手製の辣子鶏(ラーズーチー)(本日は中華献立)を食べる手を再開していたが、猛烈な勢いで思考を働かせていた。

 

 生徒たちの前でなければ、頭を抱えていたことだろう。

 

 なんでまた、あのエセ占い師は爆弾を落とすのだ!

 

 本人の意図したところではないのだろう。予言というのは、ある日突然本人も意図しないところで、意図しないものを言ってしまうものらしいのだ。

 

 だからと言って、トレローニーはいちいち言う内容が、どうしてイギリス全土を揺るがすような大仰なものばかりになるのだ。

 

 

 

 

 

 13年前の時もそうだ。あの時だって、たまたま薬の材料の仕入れでホグズミードに赴いて、ホッグズヘッドで夕食を取っていたら、ろくに盗聴対策もされてない2階から、あの荒々しい声が聞こえてきたのだ。

 

 あの頃は、啓蒙高い世界1周冒涜ツアーから帰ってきて、さほど時間が経ってなかったので、セブルスも少々やさぐれていたところもあって、うんざりした。

 

 どうもダンブルドアが居合わせていたようだったし、まさかその渦中になるのがリリーとハリーJr.とは当時は思いもしなかったものだ。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 トレローニーの予言内容に、誠に遺憾ながらセブルスは心当たりがあった。

 

 覚えがある、というべきか。だが、詳細な内容をとっさに思い出せないのだ。

 

 おそらく、『葬送の工房』に置いている書籍の方にある。できる限り、急いで戻って確かめねばならない。

 

 辛いけれど鶏の旨味たっぷりの辣子鶏(ラーズーチー)の味など、すっかりわからなくなってしまった。

 

 メアリーに申し訳ないことをしてしまった。

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

 この年の寮杯は、クィディッチの優勝杯獲得もあって、スリザリンが獲得することになった。

 

 そして。明日は、生徒たちがホグワーツ特急に乗って帰宅するという夜のことだった。

 

 夜間巡回に出ていたプランクが、目の下に大きな隈をつけて、無人となった“闇の魔術に対する防衛術”の教授室に途方に暮れた様子でたたずんでいた、ロナルド=ウィーズリーをつれて魔法薬学教授室を訪れたのである。

 

 

 

 

 

 続く




【トレローニーの水晶玉】

 シビル=トレローニーが用いる水晶玉。ホグワーツ城の尖塔の先、屋根裏部屋に居を構える彼女は、大いなる未来をそこに見出すという。

 預言者カッサンドラの子孫という重圧の中、彼女には何も見えない。カッサンドラの子孫のくせに、未来も見えないのかと。

 だから彼女は見えるはずのない不幸を詠うのだ。適わなければいいに越したことはないそれは、当たれば彼女の名声を高め、外れれば助かったことを喜べるものだからだ。

 詠い続ける不幸の理由を、もはやシビルは思い出せない。





 ちょっと前後するかもしれませんけど、第5楽章はいろいろ違う展開になると思うので、トレローニー先生の予言はがらりと変更させていただきました。元ネタはお察し。サイレントヒル2から10年経ってますからね。あらかじめ言っておくと、ウォル太君はかかわってきません。サウスアッシュフィールドもくそもないです。

 ・・・実はウォル太君、心臓集めの時、ハリー=メイソンさんに目撃されて口封じを目論んだんですが、返り討ちにあってそのまま逮捕、儀式は未遂のまま終わってしまったのですよ。アメリカでは。まあ、そうは問屋が卸さないのがヴァルティエルさんなんですがね。

 帝王様の復活?まあ、おいおいやっていきますのでね。





 トレローニー先生の予言の部分、フォントの関係で、一部ひらがなになってしまってます。ご容赦ください。





 次回の投稿は、来週!内容は、『アズカバンの囚人』編、これにて完結!ロナルド=ウィーズリー、真夜中の告白。
 ペットのネズミが実は虐殺犯の小汚いおっさんだった衝撃に打ちのめされた、少年の明日はどっちだ?!
 お楽しみに!


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【10】夜更かしロナルドの告解

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 フラグをブッ立てまくりで、次楽章へ!という感じですが、何とか回収していきたいです。(小並感)

 というわけで、今回で一応『アズカバンの囚人』編こと、第4楽章は完結となります。

 第2楽章でやらかしまくりだったロンですが、この楽章では一気に気の毒になりました。いろいろ思うところもできたでしょう。

 というわけで、続きです。


 

 「セブルス様、お客様です」

 

 「こんな時間にか?」

 

 羊皮紙に書き連ねたカレル文字と、その効力、ヤーナムから持ち出したいくつかの本を眺めながらつらつらと思索にふけっていたセブルスは、メアリーの言葉に顔をあげて問いかける。

 

 「はい。プランク様がおいでです。お一人、生徒をお連れしています」

 

 頷いたメアリーに、セブルスは眉をひそめたが、とりあえず話を聞いてみようと、デスクを立って、部屋の扉に向かった。

 

 そこにいたのはプランクだった。どこか困惑した顔をしている。そして、彼女はすぐ後ろにもう一人連れていた。メアリーの話の通りに。

 

 

 

 

 

 消灯時間を少し過ぎた夜中のことだ。書類仕事もひと段落付き、セブルスは趣味の薬学研究――ではなく、カレル文字の研究を行っていた。筆記者カレルによって記録された人ならぬ上位者の音を現した文字群だ。

 

 専用の工房道具で脳裏に焼き付けることで様々な効果の恩恵に与れるが、最近のセブルスはそれを脳裏に焼き付けずに、別の形の付与(エンチャント)に使えまいかとしているのだ。

 

 魔法陣や付与魔法に使う文字群といえば、古代ルーン文字が有名だろう。古い魔法体系の解析を行うなら、必ず頭に入れておくべきものだ。

 

 とはいえ、古代ルーン文字とカレル文字では、帯びた神秘がまるで違うのだ。古代ルーン文字のように人間の解釈というバイアスを経ずに、上位者の音を直接文字に変換しているせいか、カレル文字の方は一文字で相当強力な効果を発揮するのだ。

 

 みだりに人目につかせるのは問題かもしれないが、セブルス一人が使う分には問題ないだろう。それに薬学の研究のいい気分転換にもなる。

 

 ・・・研究の気分転換が研究というあたり、セブルスもたいがい学者バカである。元の生まれがヤーナムであれば、ビルゲンワースでは頭角を現していたかもしれない。

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 こんな時間にどうしたのか、とセブルスは思考を巡らせる。今日この時間の夜間巡回の当番を思い出せば、なるほど、今はプランクが巡回当番であったはずだ。

 

 深夜徘徊の生徒を見つけたというならば、速やかに寮監に引き渡せばいいものを、と思いセブルスがそちらに目を向けると、おやと彼は眉を動かした。

 

 ロナルド=ウィーズリーだ。

 

 パジャマ一枚でガウンもまともに羽織っていないため、すっかり冷えてしまっているだろう、教授室の明かりに照らされる彼は唇が紫色だ。

 

 彼は幽鬼のようにふらりとセブルスを見たが、のろのろと視線を落とした。生気を失ったうつろな目をしていた。

 

 「“闇の魔術に対する防衛術”の教授室で見つけてね。明日はホグワーツ特急で帰るだけだし、この様子で医務室に放り込むだけで済ますというのもね」

 

 ならそちらの教授室に連れて行けばよいのでは?

 

 セブルスがそういうより早く、プランクは苦笑していった。

 

 「今、私の部屋にはアクロマンチュラの等身大のはく製があるんだ。捕食行動の再現魔法付きだ。で、この子は蜘蛛が苦手らしい。

 そして、あんたはこの間のことで、ピーターとも面識があるとわかっている。

 あんたなら、的確なことを言えそうだと思ってね」

 

 「・・・入るならサッサとしていただきたい。帰宅後に夏風邪をこじらされても面倒ですからな」

 

 吐き捨てて、セブルスは踵を返した。

 

 あんな男のことで、いまさら何があるというのやら。そして、何がそこまでロナルドを悩ませるのか。セブルスとしては、逃げたネズミのことなどどうでもいい。

 

 「かけたまえ。メアリー、すまないが温かい飲み物を頼む。二人分だ。一人は生徒で入眠前というのを忘れるな」

 

 「わかりました」

 

 頷いて簡易キッチンに立つメアリーをよそに、セブルス自身はデスクの上に出しっぱなしにしていたカレル文字関連の研究物資を素早く片付け、お気に入りのソファにかけた。

 

 「邪魔するよ。さて、なんであそこにいたんだい?ルーピンなら昼間のうちに行っちまったよ?」

 

 早速ロナルドの向かいに座ったプランクの問いかけに、メアリーの転寝用のブランケットを、浮遊術で肩に羽織らせてもらったロナルドは捨て鉢な調子で吐き捨てた。

 

 「・・・減点したけりゃすればいいじゃないですか。罰則だって好きにしてください」

 

 「寮杯の今年分は終わりだ。スリザリンが獲得した。明日帰るんだから、罰則というわけにもいかないよ。来期に持ち越しってのも面倒だからね。

 ・・・内緒だよ」

 

 いたずらっぽく笑ったプランクに、セブルスはしょうがない、とため息一つで済ませた。

 

 言外に見なかったことにすると言ったプランクに共犯にされたわけだ。通常であれば、罰則ものなのだが、ロナルドの様子から大目に見てもいいだろう。

 

 「さっさと退学にすればいいだろ!どうせ何とも思ってないくせに!!」

 

 ここでロナルドは叫んでセブルスをにらみつける。ボロリとその青い目から涙をこぼした。

 

 「だって前にパパが言ってたんだ!!あんた、学生時代に闇の魔法に手を出して、グリフィンドール生をいじめて回ってた、闇の魔法使いの卵だって!学校辞めて姿をくらまして、死喰い人になったに違いないって!!

 闇の魔法使いを出す寮のスリザリンの出身だし、間違いないって!!

 なんで・・・なんで・・・なんでピーターはこんな奴にお礼なんか言いたがるんだよ?!」

 

 プランクがあからさまに眉を顰めるが、セブルスは平然と聞き流した。別に罵倒などたいしたことではない。

 

 そこまで来てセブルスは気が付いた。

 

 ロナルドは、何かを握りしめている。くしゃくしゃになっているが・・・どうやら、紙束らしい。手紙だろうか?

 

 そして、そのポケットから、ホッホッホと鳴くスニッチのようにも見える小さな生き物が頭を出していた。豆フクロウだ。どこか途方に暮れた様子だ。

 

 「ルーピン先生だって、私が見てなかっただけだとか言って!

 おかしいじゃないか!だってパパもママもそんなこと言わなかった!

 むしろ、名前を聞いたら、気をつけろって言ってきて!かと思ったら、あっさり手のひらを返して、まったく違うことを言い出すし!

 もう・・・何を信じりゃいいんだよ・・・」

 

 呻いてロナルドはうなだれた。どうやら、相当参っているらしい。

 

 「まあ、かかしを相手にするつもりくらいで、話してみないかい?

 他言はしないよ。なんなら、誓約書でも書いておこうか?」

 

 冗談交じりに言ったプランクに、ロナルドは黙ってうなだれた。

 

 これは自分がいる意味があるのかとセブルスは立ち上がって、調合部屋で薬学の研究の続きでもやろうかと思ったが、プランクの視線に引き留められた。やむなく彼はソファに腰を下ろしなおす。

 

 「・・・ビルは、首席だった。チャーリーも、クィディッチで活躍してて」

 

 唐突に話題が飛んだ。なぜいきなり、彼の兄弟の話になった?

 

 しかし、プランクは黙って話を聞いた。セブルスも口をはさむことはなかった。ロナルドはおそらく、話しながら必死に整理しようとしているのだろう、と。

 

 「パーシーも首席で、フレッドとジョージは・・・いたずらばっかりやってるけど、やっぱり優秀で。

 ママは、僕には何にも言わなかった。言わなくても、上と同じくらいのことはできるだろうって思ったんだ。

 でも、僕は・・・僕は、勉強はあまりできないし、箒もちょっとできる程度で・・・どうしたら、いいかわかんなくて・・・。

 僕なりに、頑張ったんだ。スリザリンのいけ好かない連中に負けないように。

 ハグリッドのドラゴンだって、ばれたら大変なことになるから、こっそり運び出そうって。

 ネビルだって知ってたのに、あいつは告げ口して。グレンジャーだってそうだ。

 賢者の石だって盗まれるってわかってたから、止めに行かなくちゃって。

 何もかも、うまくいかなくて・・・何だよ、僕だけが悪いのかよ・・・」

 

 ずるんっとひときわ大きく洟をすすって、ロナルドは続ける。

 

 「秘密の部屋の時だって。

 ジニーがさらわれたとき、助けなくちゃって必死になって。

 手がかりがすぐそこにあるのに、子供はそこで待ってろって・・・なんだよ、今まで何にもやってこなかったくせに・・・僕らが手掛かりをつかんだとたん、しゃしゃり出てくるのかよ・・・そりゃあ、見つけたのは僕じゃなくて、グレンジャーたちだけど・・・」

 

 そこまで言ってはっとした様子で、ロナルドは恐る恐るセブルスを見やった。

 

 セブルスは黙って目を伏せていた。

 

 ・・・いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず全部吐き出させることにしたのだ。

 

 「・・・続けてみな」

 

 頷いて見せたプランクに、ロナルドは安心したように息を吐いてから、のろのろと続けた。

 

 「秘密の部屋の時、メイソンと話した。・・・メイソンの奴、思ったよりまともだったんだ。なんでこんな奴がスリザリンなんかにいるんだってくらい。

 それを言ったら、メイソンの奴、怒り出して。『君がもの知らずなだけだろ?自分の考えだけで決めつけて、突っ走るから痛い目しか見ないんだろ?まずは落ち着いて、兄弟とかに相談したら?君の兄弟は落ちこぼれの問題児だって馬鹿にして、話も聞いてくれないの?僕は迷ったら、ヘザーや両親にも相談してる。みんな、ちゃんと聞いてくれるよ』って言って。

 あの時は偉そうにって思ったけど・・・マルフォイも、グレンジャーも、相談できたから、秘密の部屋のことにたどり着けたんだって、気が付いて・・・」

 

 ズビッと鼻をすすって、パジャマの袖で涙をぬぐうロナルドは、それでも続けた。

 

 「エジプトで、ビルに会った時、思い切って相談してみた。

 馬鹿だなって言われた。誰でも最初から優秀だったわけじゃないって。自分も、パーシーもたくさん勉強したし、チャーリーもいっぱい練習した、フレッドとジョージもいたずらグッズ発明の失敗を一杯やってるだろうって。

 焦り過ぎだって。卒業まで7年も時間があるんだから、結果を出すのに焦らなくていいって。

 それから・・・気づいてやれなくて済まないって謝られて。ビルが謝ることじゃないのに。僕が悪いのに・・・わかってるんだ・・・本当は、僕が悪いってことくらい・・・」

 

 そうして、ロナルドはさらに続ける。

 

 「エジプトから帰ったらスキャバーズが体調を崩して。

 スキャバーズは・・・お古だけど、僕の、ペットだから・・・列車の中で、ゴイルに絡まれたときもあいつの指をかんで、守ってくれて・・・。

 1年の時の罰則を受けることになった時だって、あいつだけはずっと態度を変えずにいてくれて・・・僕の、味方だったんだ・・・。

 だから、今度は僕が守ろうって、僕の大事な家族なんだからって・・・」

 

 ロナルドはここで、再びパジャマの袖で涙をぬぐった。

 

 「スキャバーズの正体がわかった時、本当は卑怯だって怒らなくちゃいけなかったんだ!!友達を売るなんて!!卑怯者!お前のようなやつを一緒のベッドに入れてたなんて最悪だっていうべきだったんだ!

 でも・・・人質を取られてたなんて・・・思いもしなくて。

 助けを求めても誰も助けてくれなくて、友達にいじめられて無理やり言うことを聞かされてたなんて、思いもしなくて・・・。

 しかもそれが・・・あの、“不死鳥の騎士団”の一員だったなんて・・・」

 

 勢いがなくなり、ロナルドは顔をあげた。迷子の子供のように、途方に暮れた顔をしていた。

 

 「もし、僕だったら?ジニーやパパとママ・・・ほかの家族たちを人質に取られて、みんなにひどいことするようにさせられたら?

 僕・・・僕は・・・僕も、同じことをしちゃうかもしれない。あいつのこと、偉そうに非難できないって・・・!」

 

 ゴソリッとロナルドは片手に握りしめていたクシャクシャの紙を取り出して、テーブルの上に置いた。それは、手紙――封筒と便せんだった。ポケットにいるのに飽いたのか、そこから飛び出してテーブルの上でころころと転がる豆フクロウが運んできたのだろうか?

 

 「・・・ピーターからの、手紙、なんです」

 

 「「!」」

 

 「僕に、だますことになって済まないって。ウィーズリー家にお世話になりました、ありがとうって。

 お詫びに、新しいペットとしてよかったら、そいつを飼えばいいって。ただの動物であることは保証するし、調べたらいいって。

 他にも・・・スネイプ先生のこととか、書いてあって。母のことを知らせてくれてありがとうって、会う機会があったら伝えてほしいって。自分は先生の大切な人にひどいことしたから殴られても仕方ないって」

 

 軽く目を見開くプランクとセブルスに、ぼそぼそとロナルドは続ける。

 

 「あいつ、グリフィンドールの出身だって。でも、裏切り者の卑怯者で、“生き残っていた母子”を“例のあの人”に売って、マグルもいっぱい殺して、ブラックを陥れたって。

 でも、それは人質を取られてて、誰も助けてくれなくて追い詰められてたからで。

 後で手紙もくれたし、こいつも飼ったらいいって・・・。

 スリザリンのメイソンや先生は・・・パパやママの言うのと違って、悪い奴じゃなくて。

 何を信じればいいか、僕にはもう、わからないんです・・・」

 

 呻いてうなだれるロナルドに、プランクはなるほど、と一つうなずいた。

 

 幼少から刷り込まれて、入学してなおも信じてきた価値観が、ここにきて完全に破綻してしまい、途方に暮れているというところだろうか。

 

 1~2年次は無邪気に、グリフィンドール=正義の味方!スリザリン=悪の巣窟と信じてきたのが、ハリー=メイソンJr.と話したことで価値観がぐらつき始め(大きなきっかけはそれだろう)、今年のピーター=ペティグリューとのあれこれで完全に破綻してしまったというところか。

 

 ペティグリューが単なる卑怯者の裏切り者で済んでいたら、きっとロナルドはその価値観にしがみつき続けれていたのだろう。(ハリーJr.は例外扱いとして)

 

 だが、ペティグリューにも事情があると発覚した。単なる悪い奴ではなくなってしまった。それ以前に、声をかけてきたハリーJr.とのやり取りも、それに拍車をかけてしまったというところか。

 

 あくまでプランクの推測でしかないが、ルーピンがペティグリューのことをよく知る相手だから、ロナルドは“闇の魔術に対する防衛術”教授室を訪れていたのかもしれない。つまり、本当に話を聞いてほしかったのは、プランクやセブルスではなく、ルーピンの方なのだろう。

 

 もの言いたげな顔で相槌を打つプランクと逡巡するセブルスをしり目に、うつむいて洟をすすりながら袖で目元をぬぐうロナルドの前に、熱い湯気を立てるマグカップが置かれた。プランクの方にも同様に置かれた。

 

 「グリューワイン*1です。温めてアルコールを飛ばし、クローブ、シナモン、他いくつかのスパイスと柑橘類のスライス、はちみつを入れているので、飲みやすいかと。

 プランク様の方には、アルコールは飛ばさない程度にしておきました」

 

 「入眠前にお茶はよくない。茶葉に含まれるカフェインには覚醒作用があるらしいからな」

 

 トレーをもってたたずむメアリーに、セブルスはうなずいていった。

 

 「飲みたまえ。友人が品種改良・加工したスパイスだ。香りづけのみならず、体を温めてリラックスさせる効果もある」

 

 セブルスの言葉に、ロナルドはのろのろと手を伸ばして、マグカップを持ち上げた。

 

 「・・・美味しい。あっためたぶどうジュースみたいだ」

 

 「こりゃいいね。赤ワインはあまり得意じゃないんだが、悪くない」

 

 「ありがとうございます。こちらのレシピは、メイソン氏から教わったとセブルス様からお伝えいただいたものを、私が改良したものです」

 

 「メイソン・・・? ひょっとして、メイソンの、お父さん・・・?」

 

 メアリーの淡々とした言葉に、ロナルドはマグカップを抱えたまま目を見開いた。

 

 「聞かなかったのかね?ハリー=メイソンJr.の父親はマグルだ。私は彼と文通を行っているし、Mr.マルフォイ――ドラコの父親のルシウス氏とも親交がある」

 

 正直、今のロナルドには刺激の強い話かもしれないが、セブルスは答えた。

 

 「で、でも、ルシウス=マルフォイは死喰い人だって・・・反省したって言ってたのも嘘だって、パパが・・・」

 

 「一度過ちを犯した者に、悔い改める権利はないのかね?ずいぶん手厳しく、不遜なことですな。高々13の子供が断罪者にでもなったつもりかね?」

 

 セブルスはできるだけ感情を殺すように淡々と言ったが、それはかえって冷たく聞こえ、ロナルドは黙ってうつむいた。

 

 「言い過ぎだよ、セブルス。まあ、同意はするけどね」

 

 プランクがたしなめ、改めてロナルドに向き直った。

 

 「お前さん、人間を白と黒に無理やり二分しようとしてないかい?

 人間はそこまで単純なものじゃないよ。世界はチェス盤でもなければ、人間はチェスの駒でもないんだから。

 人間はもっと重厚で、それでいて譲れぬ何かを持ち続けるものじゃないかい?高々2色に選別できるものかい。

 道理に合わぬものを無理やりそれに沿わせようとすれば、破綻もするさね」

 

 プランクの言葉に、ロナルドは「でも」「だって」と言いかけるが、その後が続かない。なぜなら、彼はそれ以上の価値観を知らないからだ。誰もそんなこと、教えてくれなかったのだから。

 

 それでも、それがおかしいとは気づき始めていた。

 

 「・・・ところでセブルス、あんた、ペティグリューの件についてルシウス=マルフォイに報告はしたかい?」

 

 「いいえ。私がせずとも、いずれ彼の知りうるところになるでしょうからな」

 

 「ならちょうどいい。これは明日の朝一の職員会議で提案しようと思っていたことなんだが・・・スキャバーズとペティグリューのことさ。

 ペティグリューがスキャバーズとして潜り込んでいたのは、エジプト旅行直前にした方がいいんじゃないかって話さ」

 

 首を振ったセブルスに、プランクはにやりと笑っていった。

 

 「!? ど、どうして?」

 

 ぎょっとしたように目を丸くするロナルドに、プランクは真顔になってから続けた。

 

 「職員会議中も言ったが、光の陣営の代表のようなウィーズリー家が死喰い人を匿っていたとなると大スキャンダルになる。

 そうなったら、アーサーは職を追われ、あんたの家族もマスコミどもに追い回されることになる」

 

 「で、でも、僕たちみんな、知らなくて」

 

 「知る知らないは大した問題じゃない。死喰い人がそこにいたという事実があるのが問題だって言いだすやつがいるのさ。一流の魔法使いのくせに、動物もどき〈アニメーガス〉の区別もつかないのかって言われかねないよ。特に、アーサーを目の敵にしている奴からは、絶好の機会さ。

 だから、本当のスキャバーズはエジプト旅行前にはぐれて、その時にペティグリューに入れ替わられたってことにした方がいい。

 まだ魔法省への正式報告はされてない・・・正確には、明日の職員会議後に行われることになる。今ならまだ誤魔化しが利くんだ」

 

 「・・・ずいぶんと都合のいい話ですな」

 

 「世の中には都合のいい話なんてごまんと転がってるものさ。それともあんた、教え子の一人が高々ペットの一匹が原因で、それも本人の責任が無関係というのに一家離散して途方に暮れるところが見たいのかい?」

 

 少々険しい顔になったプランクに正論を言われ、セブルスは黙って目をそらす。

 

 非常に危険な提案だ。ウィーズリー家に口裏合わせの要請もしなければならない。ばれたら、ホグワーツの教職員全員虚偽報告で罪に問われるかもしれない。

 

 少なくとも、ウィーズリー一家を巻き込んだことには罪悪感を感じているペティグリューが本当のことをばらす可能性は低い。

 

 ・・・問題はペティグリュー憎しで盲目的になっているシリウスだろうが、ホグワーツでの暴走のせいで、ろくに聞く耳は持たれないだろう。

 

 「職員会議盗聴による噂の拡散は?既にされておりますが?」

 

 「それなんだが、今朝原因のマクミランに確認を取ってみたら、どうも会議の後半あたりから聞いてなかったようでね。

 よほどシリウス=ブラックの無実と、ピーターの境遇が衝撃的だったらしいね。

 ピーターがネズミに変身していた時期とかは詳しく聞けていなかったようなんだよ」

 

 またピンポイントで聞けてなかったらしい。なるほど、とセブルスはうなずいた。

 

 時期があやふやなら、確かに誤魔化す算段も付くというものだ。

 

 「よかったねえ、セブルス。あんたのバイオレンスな私刑も広まらなくて」

 

 「そうですかな?腸を引きずり出さない分、十分手心を加えておったのですが」

 

 「あんたの手心ってのは、どんだけ残虐なんだい!もう少し加減しな!

 言っておくが、全身脱毛も駄目だよ!」

 

 はーっとため息をつくプランクだが、ぶふっと噴出した音にそちらに目を向けた。

 

 去年のロックハートを思い出したらしいロナルドが、口元を抑えてプルプルと震えて笑いをこらえている。

 

 「なんで笑うんだい?」

 

 「Mr.ウィーズリーは、去年のロックハートを目の当たりにしておりますからな。

 Mr.メイソンがヅラデロイ=ロックハーゲという、素晴らしい名づけをしたほどでしたからな」

 

 怪訝そうなプランクに、しれっとセブルスは言った。

 

 ブハッとロナルドが再度噴出した。

 

 「・・・それだけ元気があれば大丈夫そうですな」

 

 ため息をついて言ったセブルスに、プランクもうなずいた。

 

 笑う元気があれば、どうにかなることだろう。

 

 「それから、老婆心ながら一つ忠告をしておこう。

 愛情の反対は憎悪ではなく、無関心だ。

 厳しい言葉や態度も、貴公を思えばこそ発されることもある。

 ネズミのことを思った故やもしれぬが、貴公が言葉を向けるべき相手は、私やMr.メイソン以外にもいるのではないかね?」

 

 「あ・・・」

 

 ロナルドの笑いがおさまったタイミングで声をかけたセブルスに、小さくつぶやいて少年は視線を床に落とした。彼も馬鹿ではない。すぐに思い至ったらしい。

 

 「では、そろそろ寮に戻りたまえ。貴公の夢が有意なものであればよいな」

 

 そういって、セブルスは立ち上がった。

 

 「寮まで送るとするよ、そら、さっさと立ちな」

 

 プランクの言葉に、ロナルドはのろのろとはしていたが、それでも最初よりは幾分かしっかりした様子で立ち上がった。

 

 「邪魔したね、セブルス。

 メアリー嬢、グリューワイン、うまかったよ」

 

 言い残して出ていくプランクに、ロナルドも黙って頭を下げてから続いて出て行った。

 

 

 

 

 

 ホグズミード駅で列車待ちをしていたハーマイオニー=グレンジャーのところにやってきたロナルドが、ひどいことをたくさん言って冷たい対応をしてしまったことに対する謝罪をしたのは翌日の話だ。

 

 その後、コンパートメントにハリーJr.とドラコ、ハーマイオニー、ネビルらと乗り合わせた彼は、そのまま他愛ない雑談を交えることになった。

 

 ・・・誰もが、彼がネズミを失い、新しく見慣れぬ豆フクロウを連れていることに気が付いたが、クルックシャンクスのお墨付きであることで、何もとがめはしなかった。

 

 後日、セブルスはハリー=メイソンJr.からの手紙でそれをこっそり知ることになる。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、ようやく待ちに待ったサマーバケーションである。

 

 が、セブルスはそれどころではなかった。

 

 『葬送の工房』に帰宅して荷物を片付けるや、セブルスは即座に埃除けと劣化防止の魔法を解除して探し物にとりかかった。

 

 例のトレローニーの予言についての確認である。

 

 ようやく分霊箱が片付いたと思いきや、今年の夏はこのありさまである。

 

 退屈しないと言えば聞こえはいいのだろうが、トラブルの絶えないことに遺憾の意を表明したい。

 

 その一方で、血に飢えた狩人としてのセブルスが、好奇に胸を高鳴らせていた。

 

 殺すべき獣に溢れ、世は汚物と汚濁に満ち満ちている。きっと、今度のことは狩人としての技量が必要になる。

 

 素晴らしいじゃないか!存分に狩り殺したまえ!

 

 一昨年のバジリスクや蜘蛛は素晴らしかったが、去年は結局適度なフラストレーション発散ができなかったのだ。

 

 いっそ、ルーピンの脱狼薬をわざと手を抜いて、人狼化した奴の腸をえぐってやろうかと思ったほどだ。

 

 万が一生徒にかぎつけられたり、巻き込んでしまったら目も当てられないので、自重したのだが。

 

 ルーピンに対する配慮?そんなものは学生時代の時点で存在しない。奴は少し気遣いを割いていいモルモット程度だ。

 

 話を戻す。

 

 ようやく、セブルスはお目当ての書籍を見つけ、目を通す。

 

 これだ。サイレントヒルの“教団”の儀式の一つ、“21の秘跡”。おそらく、これだ。

 

 細かな手順などを省略して概要だけ言ってしまうと、21人分殺害して連中の言うところの“聖母”――要は、邪神を降臨させるというところだ。

 

 これの内容を加味して、先の予言を解釈してみると・・・おそらく、第1の啓示の途中で何らかの事情により儀式を中断していたところを、闇の帝王からのちょっかいを受けて、再開できるようになってしまった、というところか。

 

 ・・・あのくたばり損ないは、どうして余計なことしかできないのか。

 

 おとなしく亡霊に徹しておけば、まだ見逃してやってもいいものを。

 

 闇の帝王のことはさておいて、直近の危機として、“21の秘跡”の実現がある。邪神が降臨してしまえば、どうなることか。

 

 そもそも、サイレントヒルは海を越えたアメリカにあるはず。

 

 それがなぜ、イギリスで邪神の召喚などという暴挙に及ぶのやら。

 

 まあ、察知できただけ良しとする。

 

 ・・・なんとなく、セブルスがどうにかせずとも、別の何某がどうにかしたような気もする。

 

 

 

 

 

 とにかく。

 

 “21の秘跡”が進行中であるならば、まずは第1の啓示による殺人が行われたはず。

 

 “21の秘跡”は4つの啓示によって成り立っており、以下のステップを踏む必要がある。

 

 第1の啓示で10人殺して、その心臓を抜き取り、白の香油と黒曜石の酒杯で儀式を執り行う。

 

 第2の啓示で、集めた10人分の心臓と、自らを生贄に、術者は不死身となり、その支配する異世界を形成する。そして、さらに4人の殺害が必要。

 

 第3の啓示で、さらに4人の殺害が必要とされている。

 

 第4の啓示で、最後に2人殺害し、晴れて儀式は完遂。“聖母”こと邪神が降臨する、とのこと。

 

 もちろん、これは経典に載っていた原文そのままではなく、セブルスがざっくりと砕いた意訳に近い文なのだが。

 

 たった21人殺して悲願が達成できるとは、ずいぶんお手軽な神だな、とセブルスは鼻で笑う。

 

 たったの21回の挑戦で、確定でお目当ての呪われ濡れ結晶が出たら聖杯マラソンなんて言葉は存在せず、地底人など駆逐されることだろう。

 

 それとも、それらの生贄の儀式に用いるアイテム(白の香油、黒曜石の酒杯)がそれだけ恐ろしい代物なのか。

 

 ・・・実は、あれらをいまだにセブルスは持っている。かなり強い神秘を帯びているので、どう処分したものかと迷い、ホグワーツ行きになってしまったこともあって、保管箱の肥やし状態になっていたはず。

 

 というか、たぶん、あれはサイレントヒルの教団がどうやってか、複数所持していると思われる(以前、あれをジェイムス=サンダーランドが手にしているのを見かけたためだ)。どうやってあんなものを複数生産したのやら。末恐ろしい限りである。

 

 いずれにせよ、このまま放置というわけにはいかない。

 

 イギリスの命運などどうでもいいが、この国にはセブルスの大事な友や教え子たち、その家族が暮らしているのだ。

 

 彼らの安寧こそ、セブルスの安寧でもある。

 

 それを妨げるなら、上位者であろうが邪神であろうが、その臓物をぶちまける所存である。

 

 まずは、第1の啓示の被害者たちから調べ上げるべきか。

 

 セブルスはその伝手を持っている親愛なる友人たちに手紙を書くべく、レターセットを用意して万年筆を手に取った。

 

 

 

 

 

続く

 

*1
温葡萄酒。日本でいうところのホットワイン




【グリューワイン】

 温めた赤ワインに、クローブ、シナモンなどの複数のスパイスと柑橘類のスライス、はちみつを加えたもの。

 エイブリー印のスパイスは、食欲増進と加温、リラックス効果など、複数の効果を持つ。

 もともとは、ハリー=メイソンが夜酒代わりに飲んでいたもので、そのレシピを自動人形のメアリーが改良した。

 酒はヤーナムには似合わない。むしろ血に酔うのだ。





 次回、サイレントヒル4 The ROOM編、スタート!
 ・・・の前に、クィディッチワールドカップの話。なんてものはありません。まあ、諸事情ありましてね。
 そろそろヘザーをセブルスさんと絡ませたいと思いました。
 そこの受話器をもって、警察へ連絡しようとされている皆さん。
 セブルスさんが、守護霊呪文で月の魔物を呼び出す前に、逃げられた方がいいですよ?


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【第5楽章】21の秘跡と復活の帝王
【1】ヘザー、悪夢を告白する


 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 プランク先生が、セブルスさんのお部屋にロナルドを連れて行ったのに、?となられた方も大勢いたと思います。

 あれ?本来なら、寮監のマクゴナガル先生のお部屋に連れて行くべきでは?と。

 実はマクゴナガル先生、予言の後ぶっ倒れて医務室行きになってました。(第5楽章でやろうと思ってたので、描写を省いておりました)

 後、セブルスさんのお部屋の方が近かったってのもありますし、プランク先生が劇中でも言ってる通り、ロナルドの状況的にピーターがらみなのは明白なので、的確なことが言えそうな(ピーターの人質云々の事情を見抜いてたのは、彼くらいでしたし)セブルスさんのところに連れてきたってのもありました。

 メアリーのおやつ目当てでは?という意見もありますが・・・そういう可能性もあります。書いてないだけで、教師の皆さんも、メアリーのおやつとかおすそ分けしてもらったりしてますから。

 すみませんね、描写不足で。そのうち本文の方にも追加描写しておきます。

 メタな事情を言えば、セブルスさんが主人公で、学生サイドのハリーJr.も絡んでない部分で、ロンの問題がいつの間にか解決してましたってのは、どうかって部分があったんですよ。

 ロンを単なる問題児で済ませたくなかったんです。根っこの部分ではいい子なんですから。




 という言い訳をグジグジとやったところで、本編です。

 前回の終わり方から、不穏な雰囲気あったし、いきなり事件か?!と思いきや、ほのぼのパートからです。



 

 セブルスは支度を終えた。

 

 漆黒のインバネスコート・・・は、季節外れの上、これから行く先には着てくるな、とリリーに釘をさされているので、いつぞや購入したマグルの黒服を着用している。

 

 「では、行ってくる。帰りは遅くなるだろう。先に休んでおくように」

 

 「・・・わかりました」

 

 セブルスの言葉に、メアリーはいつも通り淡々とうなずいたが、どこか寂しそうに見えた。

 

 ホグワーツでのにぎやかな時間を知ろうとも、『葬送の工房』の静かなひと時の方が好ましいのか、メアリーはゆったりと過ごしていたが、ホグワーツにいた時よりのびのびしているようにも見えた。

 

 とはいえ、やはりセブルスがいないのは寂しいのだろうか?

 

 そういえば、イギリスに帰国してから初めて彼女を現実に呼び寄せた時、一等うれしそうな様子を見せた(表情こそ変えなかったが)。あれもやはり寂しかったのかもしれない。

 

 ・・・あまり寂しがらせないようにしよう、とセブルスは思う。

 

 連れて行くのも考えたのだが、今回は場所が場所なのだ。

 

 残念だが、彼女には留守番を頼むしかない。

 

 ボンネット越しにその頭を一撫でし、セブルスは工房を出た。

 

 

 

 

 

 今年はクィディッチのワールドカップがイギリスで開催される予定である。

 

 魔法省は、ホグワーツにおける吸魂鬼の暴走で純血貴族の面々の怒りを買い、貴重な寄付金を大幅に削減された。しかしながら、意地を張ることにおいては他の追随を許さない英国の魔法界である。さらにはクィディッチ好きの資産家魔法族がいたこともあり、どうにか開催自体はできた。

 

 魔法省の役人たちが、この事態の原因となったピンクのガマガエルと、彼女の暴走を看過したファッジに、陰湿な嫌がらせと怨嗟の声を浴びせまくったのは言うまでもないだろう。

 

 ともあれ。

 

 これにはクィディッチ大好きのドラコとハリーJr.は大盛り上がりで、一緒に見に行こう、決勝戦に勝ち進んだアイルランドとブルガリアのどっちが勝つかと楽しみにしていた。

 

 もちろん、仲良くしているハーマイオニーも誘って、3つの家族ぐるみで見に行くことになり、ルシウス=マルフォイのつてでチケットも取り寄せ(代金は自分たちで払ったが)、予定を立てて楽しみにしていた。

 

 その3日前にヘザーが突然、行きたくない、行っちゃダメ、と言い出すまでは。

 

 以前も記述したが、ヘザーは特化型スクイブであり、予知じみた直感能力を持っている。

 

 ドラコと出会うきっかけになった誘拐事件を察知したのもそうだし、いつだったか、メイソン一家が家族旅行に出かけようとしたとき、ヘザーが妙に嫌がったためやむなく延期してみれば、搭乗予定にしていた飛行機が事故を起こして乗客の大半が死亡ということもあったのだ。

 

 その件以降、メイソン一家において、ヘザーが嫌な予感を理由に嫌がったら外出は絶対中止、もしくは延期、と暗黙のルールで定められることになったのだ。

 

 つまりは、クィディッチのワールドカップ決勝戦でも、何か良くないことが起こる可能性が高いわけだ。

 

 そのような事情ももちろん、マルフォイ家に説明し、メイソン一家とマルフォイ一家は、急遽ワールドカップ行きを中止。表向きは、ヘザーとナルシッサの両名が体調を崩したことにし、何も知らないグレンジャー夫妻と、マルフォイ家と付き合いのあるお偉いさん方にはそのようにした。

 

 ただし、ハーマイオニーにはハリーJr.とドラコが手紙越しに説明をした。ハーマイオニーは3年次に受講した占い学のせいで予知や予言といったものに対してはかなり懐疑的になってしまっているが、友人二人の言葉に怪訝そうにしつつも一応信じてくれた。

 

 とはいえ、仕事上の付き合いというものもあるので、いやいやマルフォイ氏だけワールドカップの試合に顔を出した。ただし、試合開始前に各方面や要人へのあいさつ回りを終えて、彼はそそくさと帰った。病気の奥方が心配という言い訳をつければ、家族大好きの愛妻家で通るマルフォイ氏を引き留めようとする声はほとんどなかった。

 

 

 

 

 

 そして。試合開始から5分後。それは起こった。

 

 クィディッチ選手たちがユニフォームカラーの閃光となって飛び回るピッチのど真ん中に、それが投げ込まれた。

 

 それは、死体だった。ずぶ濡れの、全身がむくんで腐敗しかけの、水死体だった。

 

 どこから、誰が、何の意図をもって投げ込んできたかは意図不明だったが、一つ、おかしな点があった。

 

 水死体は魔女らしく、同じくずぶ濡れのローブをまとっていたが、むき出しにされた二の腕に、奇怪な数字が刻まれていた。

 

 『12121』

 

 その数字が意味するものを知る者は、少なくともそこにはいなかった。

 

 いずれにせよ、ピッチに死体が投げ込まれたことで、試合会場は阿鼻叫喚となり、試合は前代未聞の中止となった。

 

 マルフォイ氏はそそくさと帰ったため難を逃れたが、実はこの後に騒ぎを起こそうと目論んでいた輩がおり、この騒ぎによって駆け付けた魔法省旗下の役人たちにお縄にされるのだが、それは余談である。

 

 誰かが言った。13年前の事件の続きだと。

 

 別の誰かが言った。あの事件の犯人は死んでいる。模倣犯の仕業だと。

 

 日刊預言者新聞がいつものように面白おかしく憶測・推測を交えて書き立てる中、誰もが思ったことだろう。陰鬱で悍ましい何かが始まった、と。

 

 

 

 

 

 かくして、メイソン一家、マルフォイ一家、グレンジャー一家の3家はどうにかトラブルを逃れ、本日はお流れになってしまったクィディッチワールドカップの埋め合わせのためのバーベキュー会である。

 

 場所はマグル界のキャンプ場である。

 

 セブルスも誘われ、メアリー手製の菓子を手土産に、参加と相成ったのだ。

 

 適当な人通りの少ないところに“姿現し”をして、そこから徒歩と交通機関を駆使し、到着した。

 

 「おじさん!こっちこっち!」

 

 待ち合わせ場所近くについたセブルスを見たハリーJr.がニコニコ笑いながら大きく手を振った。

 

 すでに始まっていたらしく、肉が焼けてバーベキューソースの食欲をそそるいい香りがそこらに漂う。

 

 珍しそうにそわそわとバーベキューコンロを見やっているのは、一応マグル服を着ているマルフォイ一家だ。

 

 一応、平静を装おうとはしているが、一家して物珍しそうなのと、美形であるせいでどうにも溶け込み切れていない。

 

 野菜や肉の下ごしらえをするリリーとグレンジャー夫人とハーマイオニーに、バーベキューコンロの前で火の強さや焼き具合を見るのは、ハリーとグレンジャー氏である。

 

 「遅れてしまったかね?」

 

 「今始まったところだよ!」

 

 セブルスの問いかけに、ハリーJr.はにっこりと笑った。

 

 「先生!ご無沙汰しています」

 

 「うむ。夏休みは楽しんでいるかね?Mr.マルフォイ」

 

 「はい。先生もご息災で何よりです」

 

 セブルスの到着に気がついて駆け寄ってきたドラコが礼儀正しく挨拶するのにもこたえ、セブルスは視線を巡らせた。

 

 ・・・一人足りない。

 

 「・・・ヘザーはどうしたのだね?」

 

 「・・・あそこ」

 

 セブルスの問いに、ハリーJr.は顔を曇らせてから、視線を少し向こうへやった。

 

 キャンプ用のテーブルセットの向こうだ。木の下でぼんやりと座り込んでいる、金髪の少女がいた。うかない顔をしており、元気がないように見える。

 

 「それがね、僕が帰宅してからずっと、元気がないんだ。

 理由を聞いてみても、本人もはっきりとわからないみたいで」

 

 「僕やグレンジャーには誤魔化そうとしてきますし。

 ・・・そんなに信用ないのか、僕らは」

 

 「それは違うよ!ヘザーって意地っ張りなところがあるから、心配させたくないんだよ!僕にだって、最初誤魔化そうとしてきたくらいだし!

 ドラコが心配してるってのは、伝わってるはずだから!」

 

 「別に僕は心配なんて・・・それは、その・・・少しくらいは・・・」

 

 じゃれあう二人を眺めるセブルスは、頬を赤くするドラコを生温かな目で見やった。素直になり切れないドラコだが、問答無用で否定していた1年次と比べると、若干素直になったように見えないでもない。

 

 「おじさん、後でいいから、ヘザーの話、聞いてあげて」

 

 「なぜ私が?」

 

 「だって、おじさんだし。パパからも聞いてると思って。違った?」

 

 「どういう理屈だね、それは。後者については否定せんがね」

 

 などと言いながら、セブルスは二人を連れて一同に歩み寄った。

 

 

 

 

 

 セブルスがあいさつを済ませたところで、ちょうどよく焼きあがったバーベキュー串を取っていいことになった。雑談を弾ませながら、銘々串を口に運ぶ。

 

 「えー?!ハーマイオニー、マグル学辞退しちゃったの?!え?でも、テストでも100点突破してなかった?」

 

 「ええ。でもいいのよ。あれを落とせば、通常の時間割に戻せるしね。さすがに逆転時計(タイムターナー)漬けの生活は辛かったわ」

 

 ハリーJr.の言葉に、ハーマイオニーがジュースの入った紙コップを手に苦笑した。

 

 「逆転時計(タイムターナー)?」

 

 首をかしげるハリーJr.をよそに、それを聞いたドラコが顔を引きつらせる。

 

 「一定の時間を巻き戻す魔道具だ!

 よく使用許可が下りたな!あれは本来、一学生が使用していい魔道具じゃないだろう!」

 

 「ええ。だから、使用上の注意をよくよくされて、絶対悪用しないって魔法契約も交わしたの。万が一そうしたら退学するって」

 

 「あー・・・ハーマイオニーだから、許可が下りたのかも。だって、1年からずっと首席だったし、そんなひどい校則破りとかもしてないでしょ?だからじゃない?」

 

 「なるほど。そうかもしれないな」

 

 「私以外でも、過去に12フクロウを取った人とかも利用されてたみたいよ?

 もう返しちゃったけどね」

 

 「12フクロウ?」

 

 「12教科全部のO.W.L.試験をパスしたってことだろう。

 凄まじい人だな」

 

 「ふえー・・・天才かな? 凄いね・・・」

 

 「ハリー。きっとその人、すごくいっぱい勉強したと思うわ。それを天才で片付けるの、どうかと思うわ」

 

 「あ・・・。

 えっと、そういうつもりじゃなかったんだけど。気に障ったならごめん。

 でも、きっと、僕たちが入学する前の先輩だよね?どんな人だったんだろ?」

 

 「さあな」

 

 窘めるハーマイオニーに、ハリーJr.は気まずげな顔をした。

 

 肩をすくめたドラコに、わきで聞いてたセブルスは少々遠い目をする。

 

 「知り合いかい?」

 

 目ざとく気が付いたらしいハリーの問いかけに、セブルスは静かにうなずいた。

 

 「ホグワーツの、一つ下の後輩だ。私よりも・・・別の後輩の方が親しかったがな」

 

 言いながら、セブルスは摩耗した思い出を引っ張り出そうとした・・・が、どうもそういう人物がいた、ということは思い出せても、名前や顔までは思い出せなかった。

 

 セブルス個人に付き合いはなかったわけで、知り合いの知り合いぐらいの人間は、おおむねこんなものである。100年ヤーナムで過ごせば、こうもなるだろう。(そしてこれでもまだましな方だろう)

 

 「バーテミウス=クラウチだったか。

 優秀であっただけに、惜しい男だった」

 

 子供たちの話を聞いていたルシウスがぽつりと言った。

 

 ああ、そういえば、そんな名前だったか。

 

 「ご友人だったんですか?」

 

 「確か、セブルスの一つ下のはずだ。見込みもある優秀な男だった」

 

 「そういえばそんな男もいたような気がしますな」

 

 尋ねたハリーに、ルシウスはうなずいたが、記憶がおぼろげなセブルスはやはり思い出せない。名前は思い出せても顔が思い浮かばないのだ。

 

 「・・・前々から思っていたが、お前は学生時代のことに関して疎い部分がかなりあるな。・・・まあ、いい。

 本名は、バーテミウス=クラウチJr.だ。

 レギュラス=ブラックの友人であったのだから、私よりお前の方が知っていると思ったのだが?」

 

 呆れた様子でため息を吐くルシウスに、セブルスは眉間のしわを一つ深くしたが、思い出せないものは仕方がない。

 

 おそらく、顔を見たら思い出せるのだろうが、レギュラス本人はともかく、その友人とはあまり親しくなかったのだ。

 

 「申し訳ありません」

 

 「君らしいね」

 

 セブルスの謝罪に、ハリーが苦笑した。興味がないことにはとことん淡白なセブルスらしい話だと思ったのだ。

 

 「クラウチか・・・」

 

 ぽつりと言ったのは、ルシウスだった。

 

 難しげな表情で視線を落としたが、すぐさま首を振る。今となっては、終わってしまったことだ、と言葉にも出さずに思ったのだ。

 

 そうして、彼は視線を子供たちの方へ向けた。

 

 ようやく加わったヘザーも、談笑に加わって年相応の笑みを浮かべている。

 

 ようやくビデオ販売されたという映画の話をはじめ、それを聞いたドラコが戸惑ったような顔をしていたので、今度一緒に続編の映画を見に行こう、その前にビデオの上映会だ!と盛り上がっている。

 

 「先日は助かった。改めて礼を言わせていただきたい」

 

 「いえ・・・ヘザーのおかげですよ。

 ・・・もっとも、喜ばしいとは言い切れませんが」

 

 表情を曇らせたハリーに、ルシウスはどういうことかと問いそうになるが、すぐに口をつぐんだ。

 

 未来を知ることは、必ずしもいいことばかりではない。自分の死に方を知ったものが、周囲に災いをもたらすことだってある。少し古い伝承を紐解けば、見当たる話だ。マグルの伝説にもあるほどなのだから。

 

 いつか、ヘザーがその能力故に苦しむことになるかもしれない、と案じているのだろう。ルシウスとて、もしドラコがそのような力を持ち合わせたなら、何をやっても息子の力になろうとしただろうから。

 

 「・・・魔力が成長と同時に大きくなるように、ヘザーの力もまた、増大しているのでしょうな。近く、制御手段を用意した方がいいかもしれませんな」

 

 「できるのかい?」

 

 「さて。やってみないことには何とも」

 

 どこかすがるようなハリーに、セブルスは肩をすくめたが表情は真剣だった。

 

 加えて、ヘザーにはもう一つ、問題がある。引き継いでしまった神の因子だ。今はまだ何事もないが、ヘザーの体が熟達すれば、再び活性化してもおかしくない。

 

 早めに何とかするべきなのだろうが、下手に手を出せばサイレントヒルの再来になりかねない以上、現状では静観するしかないわけで。もどかしい限りである。

 

 「ハリー!おしゃべりばっかりしないで!バーベキューコンロの炭の追加をお願い!

 Mr.マルフォイと、スネイプも、こっちに来て!オレンジを剝いたから、食べましょう?」

 

 ここでリリーに声をかけられた。

 

 いささか暗い内容になってしまった話を打ち切り、男たちは家族の下へ向かった。

 

 

 

 

 

 腹も膨れ、とっぷりと日もくれたところで、銘々それぞれのテントに引き上げた。

 

 ちなみに、グレンジャー一家とメイソン一家は普通のマグル製のテントだったが、マルフォイ家のそれは見た目は普通のテントでも、内部は別荘並みの豪奢な内装になるような魔法がかけられたものだった。さすがはマルフォイである。

 

 寝袋の中にいたヘザーはひゅうッと大きく息を吸い込んで目を覚ました。じっとりとにじんだ嫌な汗で全身が気持ち悪い。

 

 またあの夢だ。きっとそうだ。

 

 夢の残渣を振り払うように首を振って、ヘザーは寝袋から抜け出した。眠っている家族を起こさないように、そうっとテントを抜け出る。

 

 キャンプ場は静まり返っていた。

 

 「眠れないのかね?」

 

 急に声をかけられて、ヘザーはぎくりと肩をはねさせた。

 

 「おじさん・・・」

 

 折り畳みの椅子に掛けるセブルスが、ヘザーを見ていた。

 

 明かりはない。焚火の類も消されていて、真っ暗だ。

 

 夜闇に黒服のセブルスは溶け込みそうなほど目立たないが、その不思議な宇宙色の双眸だけは目立った。

 

 きれいで引き込まれそうだけれど、どこか寒気も感じる目だった。けれど、ヘザーはその瞳が好きだった。おじさんのどこが一番好きかと言われたら、一番に挙げるくらいには好きだ。

 

 大きくなったらパパと結婚する!と無邪気に言ってたヘザーが、パパはママと結婚してて、結婚は一人としか駄目なのよ!と友達に言われたとき、じゃあおじさんと結婚する!というくらいには、おじさんのことが好きだった。もちろん、親愛という意味で。

 

 「今夜は星がよく見える。宇宙は空にある。とても簡単なことのはずだが、なかなかに気が付くのは難しいことだ」

 

 「? それ、当たり前のことでしょう?まさか地下にあるなんて誤解する人、いないでしょ?」

 

 雲一つない星空を見上げるセブルスのそばに歩み寄って、ヘザーは首をかしげた。

 

 どうにか夜闇に目も慣れたヘザーは、空いている椅子を見つけて、おじさんのそばに腰かける。

 

 ヘザーの言葉に、セブルスがくつくつと肩を揺らして笑った。

 

 「当たり前か。そうでもない。ある場所にいた学者たちは、宇宙は地下遺跡にこそあると探求していたのだ。まあ、その探求はことごとくが無駄骨に終わったがね」

 

 それこそが、医療教会の上位組織“聖歌隊”の発祥につながったわけだ。

 

 「地下遺跡?変なの」

 

 「そうでもない。人智や我々の見解を超える存在――一種の神、上位者がそこから見つかったならば、あるいはそここそが、彼らの存在すべき場所、すなわち宇宙と考えうる。それだけの話だ。彼らが最初からそこにいたかは、考えもせずにな。

 だからこそ、ウィレーム先生も嘆かれたのだ。“我々は思考の次元が低すぎる。もっと瞳が必要なのだ”とな」

 

 「そんなに瞳なんて必要?一杯眼があっても、虫みたいになるだけじゃない。気持ちの悪い。人間には二つも目があるんだから、それで十分でしょ?」

 

 「虫扱いか。ヤーナムの連中が聞けば、怒り出しかねんな」

 

 首をかしげるヘザーに、セブルスがククッと笑う。どこか苦笑にも似た笑い方だ。

 

 脳に瞳を。思考の次元を引き上げ、高次元の存在へ。それを求めたヤーナムの者たちが、ビルゲンワースの学徒たちが、どうなったのか。

 

 希求と渇望の結果、引き起こされた数多の惨劇と狂気の所業。

 

 それらすべてを、一蹴して見せたヘザーを、セブルスは潔く、そして好ましく思った。

 

 「・・・怒った?」

 

 恐る恐るヘザーが尋ねてくる。

 

 ヘザーにヤーナムのことを明確に語ったことはないのだが、それでもこの少女は時折、核心をついてくる。

 

 セブルスが、脳に瞳を宿した上位者であることを薄々感づいているかのように。

 

 「いいや。貴公の言うことはもっともだ」

 

 人間は、その枠のうちで満足すべきだった。思考の次元など引き上げずとも、その手元にあるものを大事にすべきだった。

 

 渇望と希求は、人類の進化・技術の発展の根本にあるものだが、追い求めすぎれば身を蝕む毒となる。多くの伝説で語られる教訓であるのに、人間はいつまで経っても学習しない。哀れなものだ。

 

 「眠れてないと聞いた。どうやら、本当らしいな」

 

 セブルスは話題を変えた。

 

 というより、セブルスとしてはこれが本題のつもりだ。

 

 「・・・そういうおじさんこそ」

 

 「今夜は星がよく見えるからな」

 

 ジト目で見てくるヘザーに、セブルスは飄々とそう言った。

 

 上位者であるセブルスにとって、よほどのこと(以前にやった予言の破壊のような)がない限り眠りは必要ない。

 

 とはいえ、人間だったころのくせで、休む時は休むのだが。眼を閉じて横になるだけで、だいぶ違ってくるわけで。

 

 一応、セブルスも今夜は一人用のテントで形だけでも休めるように準備だけはしていた。

 

 もっとも、今、そこは空っぽなのだが。

 

 「何か飲むかね?」

 

 「・・・いいの?手間じゃない?」

 

 恐る恐る尋ねるヘザーに軽く首を振って、セブルスは血の遺志収納から、あらかじめ収納していたものを取り出した。

 

 少し変わった台座のついた鉄輪と、ケトルらしい。

 

 地面に直接置いた鉄輪の上に、水魔法(アグアメンディ)で水を入れたケトルを置くと、セブルスは続いて取り出した杖(普段仕込んでいる手甲をつけていないので)で、鉄輪の下にリンドウ色の火をつける。

 

 「魔法の火だ。この火は便利でな。瓶に入れて持ち運びもできるし、指定物以外を燃やすことはない」

 

 「へー・・・便利ね・・・」

 

 「貴公の父親にも見せたことがある。さすがに粉ミルクの持ち合わせはなかったがね」

 

 「父さんも・・・」

 

 まじまじと見やるヘザーに、セブルスは冗談めかしてそう言った。

 

 昨日のことのように思い出せる。サイレントヒルを這う這うの体で脱出し、無人の道路を歩きながら、さすがに疲れて休憩していた時、セブルスが見せたのだ。

 

 インスタントのスープやコーヒーくらいしか持ってなかったので、そのくらいしか入れられなかったセブルスに、ハリーは気にしなくていいよ、と笑っていった。

 

 当時、まだ生まれたばかりのヘザーを抱いたまま。

 

 破壊不可魔法で強度を上げ、保温魔法もかけているマグも取り出す。このマグは丈夫で割れにくく、中に入れた飲み物の温度が下がりにくいのだ。

 

 入眠前のお茶はあまりよくないだろうが、リラックス効果もあるハーブティーにするとしよう。夏とはいえ、イギリスの夜は冷える。温かいものの方がいいだろう。

 

 マグの中にお湯を注いで、ティーバッグを浸す。ふわりと広がるのは、ラベンダーを中心とした、心地よい香りだ。

 

 「火傷せぬようにな」

 

 ややあって、ティーバッグを引き上げてからマグを渡すセブルスに、ヘザーは「ありがとう」と一言言って受け取る。

 

 「いい匂い・・・」

 

 目を細めてつぶやくと、ヘザーはふーッと息を吹きかけて、マグに口づけた。

 

 その間にセブルスはリンドウ色の火を消す。温度が下がったら、鉄輪とケトルもしまうつもりだ。

 

 「・・・嫌な、予感がずっとしてて」

 

 一口飲んだヘザーが話し出した。

 

 「何がどうとか、全然わからないの。今までのだったら、あそこに行くのは危ないとか、今日は出かけたらいけないとか、誰かが危ないとか、すっと分かったのに、今回のは全然。

 この間のことは、ジュニアたちには悪いことしたなって思ったけど、クィディッチワールドカップって言葉を聞いたら、嫌な予感が強くなったから。

 それでおしまいかなって思ったのに、嫌な予感は全然収まらなくて。

 で、そうしているうちに、夢を見るようになって。

 起きたら思い出せないんだけど、でも嫌な夢を見たってのは覚えてるの。

 ごめん・・・何の役にも立てなくて・・・」

 

 本人も戸惑っているように、取り留めない様子で話をするヘザーに、セブルスは黙ってうなずいた。

 

 「謝ることはない。ただ、貴公のことを気に掛けるものは、貴公が思っている以上に大勢いるということだ。

 貴公の父母も、心配していたのではないかね?」

 

 「うん・・・。

 今日のキャンプも、先延ばしした方がいいかなって言ってくれたんだ。

 私が無理やり、大丈夫って言ったの。今日行かないと、またずるずると先延ばしにしちゃうだろうからって」

 

 沈んだ調子で話すヘザーに、セブルスは言った。

 

 「ルシウスは貴公に感謝しているようだったがね?何か言われてたようだが?」

 

 「うん。この間はありがとうって、改めてお礼言われたわ。

 うちにお菓子送ってきたから、気にしなくていいのに」

 

 「貴公の父親から聞いたと思うが、今、マルフォイ家は闇の陣営から抜け出したばかりだ。疑わしきことが起これば、即座に立場が危うくなる。

 危ういことに近寄らずに済んだのだから、そのきっかけを作ったものには感謝をするものだろう」

 

 「それだけでもないと思うけど」

 

 言ったヘザーに、ほう?とセブルスは軽く片眉をあげた。

 

 鋭い。もちろん、その通りだ。ヘザーの能力が有事に役立つと証明されたのだから、これからもよろしくという意味合いもあるのだ。保身に動きがちな純血貴族のマルフォイとしては、そういうことなのだろう。

 

 むろん、それは両親であるハリーとリリーの二人はとっくに悟っていることだろう。しょうがないな、と苦笑しながら。

 

 人間はきれいごとだけでは生きていけない。酸いも甘いも、清濁も併せのんで生きていくしかない。守るべきものがあるならば、なおのこと。大人二人はそのあたりをしっかりとわきまえていた。

 

 「・・・理由は?」

 

 「んー・・・勘、かな?」

 

 ヘザーがそのあたりまでわかっているのかは不明だが(あるいはわかっていてとぼけているのか)、とりあえず彼女はそう言って、あいまいに笑う。

 

 「そうか。いずれにせよ、その感覚は大事にしたまえ」

 

 「そーする。パパもママも、ルシウスさんは悪い人じゃないけど、善意だけじゃ人は動いてくれないとも言ってたしね」

 

 ここで、ヘザーはマグの中のハーブティーを飲み干したらしい。

 

 「ごちそうさま。そろそろ戻るね」

 

 「そうしたまえ。寝不足はよくない。寝付けないなら言いたまえ。薬ぐらいならば処方しよう」

 

 「ありがとう、おじさん」

 

 微笑んで、ヘザーはテントに戻った。

 

 おじさんはばれてないつもりかもしれないけれど、ヘザーにはバレバレだ。

 

 あのハーブティーの中に、安眠効果のあるハーブが入っていることなんて。多分、悪夢を見ずに済むような種類のものだ。

 

 寝袋に潜り込むと、すぐに眠気が襲ってきた。

 

 すとんとヘザーは眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 開かない。開かない。内側から鍵をかけられ、鎖と錠前で頑丈に施錠された扉を何度も叩いた。

 

 誰にも気が付いてもらえない。まるで、この部屋だけ外界から隔離されてしまっているかのように。

 

 誰か気がついてくれ!ここにいるんだ!閉じ込められているんだ!助けてくれ!

 

 何度も何度も扉をたたいた。声を張り上げて叫んだ。杖を振り上げて、開錠呪文(アロホモーラ)はもちろん、爆発呪文(コンフリンゴ)で破壊も試みた。

 

 すべて無駄骨に終わった。

 

 閉じ込められてもう3日経っただろうか?この部屋の内側では、不思議と腹が減ることはない。それだけが救いだった。

 

 だが、同じ部屋に閉じ込められ続けて、誰にも気が付かれず、気が狂いそうだ。もう限界だ。だれか。だれか。

 

 そんな時だった。気が付いたら開いていた、壁の大穴に、怪しみつつも彼は身を滑り込ませた。

 

 精神的に、限界に来ていたのだ。

 

 

 

 

 

続く




【スネイプのリラックスハーブティー】
 セブルス=スネイプが作成したハーブティー。ラベンダーを中心とした心地よい香りが特徴。

 ラベンダーに、ジャーマンカモミール、ジンジャー、リンデン、他数種類のマグル界のハーブに、ピースローゼル、ゴブリンジンジャー、フェアリータンなど他数種類の魔法界産のハーブを組み合わせている。

 使用すれば、発狂ゲージ・獣化ゲージの回復速度を少しだけ速める。

 魔法界産のハーブ、それらを用いた魔法薬開発の過程で生み出されたもの。

 血と獣性の香りの中では、ハーブの香りなどかき消されてしまう。狩人には、不要である。





 次回の投稿は・・・すみませんね、ストックがだいぶ少なくなってきておりまして、再来週にさせていただけますか?できるだけ描写不足ガバを少なくしたいので、推敲もしたいのです。(前回、それをさぼった結果が、あれです)
 内容の方は・・・狩人セブルスさんによる裏世界探検!+α!その時、彼は見た!
 うっかり、ウォルター=サリバンをどつき倒しちゃったハリー=メイソン氏とのお話会も添えて。
 お楽しみに!


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【2】レギュラス=ブラック、異界をさまよう

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 お待たせしました!

 最近リアルの方がいろいろ忙しくて、筆がなかなか進められないんです。

 感想も返信できなくてすみません!来るたびににやにやして、読ませていただいてますので!本当にありがとうございます!

 というわけで続きです。

 (ボソッ)閉じ込められてた人間の予想、皆さん、大外れですよ。


 

 レギュラスは歩いていた。

 

 外出用のローブは長いこと着っぱなしでくたびれている。洗浄魔法のおかげで、汚くはなってはないはずだ。

 

 王子然とした美貌は、30を超えてなお衰えを見せない。もっとも、その表情は硬く、不安と緊張に満ち満ちていた。

 

 レギュラスが歩くのは、異常な場所だった。

 

 年季の入った建物は魔法界のものらしいが、人っ子一人いない。

 

 レギュラスはそこを知っている。クィディッチの競技場だ。

 

 

 

 

 

 まだ小さいころ、闇の帝王の目を盗むように開催されるクィディッチを、家族で見に行ってたのだ。

 

 あの頃は、兄もまだ、そんなに家族とはギスギスしていなくて。喧嘩もあるにはあったけど、取り返しのつかないようなことはなかったのだ。

 

 マグルに対しての接し方とか、血統とか、ブラックのありようとか、そんな難しいことは置き去りにして、ただ純粋に勝負の勝ち負けを観戦できた。

 

 ホグワーツに入ってからも、選手として参加もできた。

 

 もう何年、競技場に足を踏み入れてなかっただろう?少なくとも、ホグワーツを中退してからは、闇の帝王にお仕えすることになったことと、ブラック当主の後継になるための勉強もあって、まったく行けてなかった。

 

 こんなことでなければ、懐かしんでいられたかもしれない。

 

 

 

 

 

 観客の熱気と興奮、それらをものともしないクィディッチプレイヤーの負けん気と勝利への熱望。それらが渾然一体となって渦を巻いたクィディッチ競技場の空気を、レギュラスはいまだに覚えている。

 

 だが、ここにそんなものはなかった。形だけだ。あるのはどこか重苦しく、陰鬱で、おぞましい空気だ。

 

 レギュラスは我知らず、右手に持っている杖を握りしめた。

 

 どうしてこんなことになった?

 

 いくら考えてもわからない。

 

 ズルリッという奇妙な音――まるで生肉を引きずっているような異様な音に、思わずレギュラスは足を止めた。

 

 まただ。奴らだ。

 

 ごくりと唾をのんでから、レギュラスは杖を構える。

 

 やってきたのは、四足歩行の生き物だった。だが鉄さびに覆われたようにも見える、蕩けたケロイド状の皮膚と、子供の粘土細工よりも不細工でアンバランスな姿態は、絶対にまともな生き物ではない。闇の魔法生物でさえ、もっとまともな造形をしているだろう。

 

 まるで。病んだ人間の見る、悪夢の中の化け物だ。

 

 幸い、この生き物たちは魔法が効いた。爆発呪文(コンフリンゴ)切り裂き呪文(ディフェンド)を使えば、撃退は容易だった。

 

 クィディッチをやっててよかったと思うのは、緊急時の反射神経の良さだ。

 

 少なくとも、その辺の純血貴族よりは、優れた方だとレギュラスは思っている。

 

 どうにか化け物を撃退し、レギュラスは息を整える。

 

 とにかく、進むしかない。もううんざりだ。

 

 だが、次の瞬間聞こえてきた斬撃に、思わず彼は身動きを止めた。

 

 恐る恐る、それが聞こえてきた方をのぞき込めば、彼らがいた。

 

 片方は、例の悪夢の化け物の類だ。

 

 二つある首に、妙に長い腕を足代わりに移動する、奇怪な化け物だ。大柄でパワーもあり、レギュラスはできるだけそれとは戦わないようにしている。

 

 そしてそれと対峙する方。何よりも、それが問題だった。

 

 全身黒ずくめ。まとったインバネスコートと、深々と被った枯れ羽帽子に、その下から見える束ねた黒髪。

 

 非常に見え覚えのある背格好だったが、異常な点があった。一つどころではない、いくつも。

 

 まずは、右手と左手にそれぞれ別々に武器を持っていた。杖はどうしたのだろう?

 

 そして、なぜここにいるのだろう?こんな尋常ならざる場所に、なぜ彼が?

 

 何より異常なのが。彼はなぜか、赤黒い霧のようなものをその身にまとっているのだ。

 

 右手にはノコギリ鉈。左手には古めかしい銃を携える彼は、化け物の大ぶりな一撃を軽々とよけ、銃撃をたたきこむ。

 

 よろけた化け物のすきを見逃さずに、瞬時に距離を詰めた彼は、ノコギリ鉈を消した右腕を、その胴に突き入れていた。

 

 いかに尋常ならざる化け物といえど血は出るのか、噴水のような血を吹き出させながら、化け物は倒れる。

 

 返り血をたっぷりと浴びる彼は、平然とたたずんでいた。まるでいつものことだと言わんばかりに、ノコギリ鉈を一振りして、刃についた血を軽く払う。

 

 そうして、ぎろりと帽子の先端をこちらに向けてきた。枯れ羽帽子と、口元を覆う防疫マスクのせいで、表情はまったくわからない。だが、血濡れのせいで恐ろしさしか感じない。

 

 「ヒッ」

 

 思わずレギュラスは小さく悲鳴を上げて後ずさった。

 

 次はお前だ。

 

 そう言われたようにしか思えなかった。

 

 「レギュラス?何故貴公がここに?」

 

 向き直った血まみれの男が口を開いた。怪訝そうな、ねっとりした声は、確かにレギュラスの聞き覚えのある声だった。

 

 ・・・案の定、心当たりの人物だったらしい。

 

 でも、とりあえずその血まみれをどうにか、とレギュラスが口を開くより早く。

 

 「先輩!後ろ!」

 

 新手の化け物が、血まみれの男――セブルスに背後からとびかかろうとしたが、セブルスの方が一枚上手だった。

 

 振り向きもせずに、右腋に差し込むように銃口を向けた獣狩りの散弾銃による一撃をたたきこみ、化け物を弾き飛ばす。

 

 右手に持っていたノコギリ鉈は、いつの間にか別の武器にとって代わっていた。

 

 右手に籠手のように取り付けられた筒状の器具には、杭のようにも見える分厚く太い切っ先が取り付けられている。

 

 次の瞬間、振り向きながら大きく振りかぶったセブルスは、その一撃をひるんだ化け物に突きこんでいた。

 

 轟音が弾ける。抉られた頭部がミンチと化して、吹き飛ばされる怪物はそのまま地面に転がりながら動かなくなった。

 

 パイルハンマー。古狩人の一人、デュラも愛用した火薬庫製の武器の一つだ。引き絞った切っ先を打ち出す一撃は、下手な内臓攻撃よりも確実な致命傷を与える。

 

 ガシャッと切っ先を収納して、姿勢を正すセブルスは次の瞬間、振り向いて、レギュラスに向かって左手の銃口(散弾銃から短銃に持ち替えたらしい)を向けた。

 

 放たれた銃弾は、レギュラスの背後にいた異形に命中した。

 

 そのままセブルスは動いた。駆け出しながら、パイルハンマーを再びノコギリ鉈に持ち替える。

 

 そうして、半ば呆然としていたレギュラスの脇をすり抜けて、苦痛にもがく異形めがけて切りかかった。

 

 ギザギザのノコギリの刃が肉を裂き、血を吹き散らす。

 

 レギュラスの頬にもビシャリと生温かなそれが散り、凄まじい血の臭いと臓物の生臭さが鼻についた。

 

 ウッとこみあげてきた吐き気に、彼はとっさに顔をそむけた。

 

 セブルスはといえば、そんなことには微塵も頓着せず、異形をズタズタに引き裂いて、殺したところだった。

 

 おびただしい返り血に塗れながら平然と・・・どころか、どこか満ち足りた様子でたたずむ彼は、レギュラスの知らない遠い世界の住人のようだった。

 

 もし、レギュラスがセブルスと親交がなかったら、悲鳴を上げて杖先を彼に向けていたことだろう。

 

 そのくらい、今の彼は悍ましく、関わりがたい雰囲気を持っていた。

 

 だが、レギュラスはそれをこらえた。

 

 やり方はどうあれ、セブルスがレギュラスを救ってくれたのは、確かだ。彼は、セブルスは、レギュラスの親愛なる先輩だ。以前言ったことと、何ら変わらない。

 

 レギュラスは無言呪文で臭いを取り払い(血と臓物の匂いがしては、落ち着くものも落ち着かないだろう)、深呼吸をして落ち着いてから、改めて口を開いた。

 

 「助けてくれてありがとうございます・・・それで、スネイプ先輩・・・こんなところで、何してるんですか?!」

 

 「それはむしろ、私のセリフなのだが?

 ブラック邸にも戻らずに、何をしているのだね?クリーチャーが“葬送の工房”にまで押しかけてきて大変だったのだぞ?」

 

 「クリーチャーが?

 そりゃあ、僕だって戻れるものなら戻って・・・いや、それより先輩!お願いですから、まずはその血まみれをどうにかしてください!」

 

 「必要かね?どうせすぐにまた血まみれになる」

 

 悲鳴のように懇願したレギュラスに、セブルスは面倒くさげにため息を吐いた。

 

 いつものことだと言わんばかりの彼に、レギュラスはドン引きしそうになった。

 

 いくら対象が化け物でも、人間として大事な部分が決定的に破綻しているとしか言いようがない。

 

 「今は分からなくていい。じきに慣れる。狩人とは、そういうものだ」

 

 しれッと言ったセブルスは面倒くさげにしつつも、右手を一振りして無言呪文で洗浄呪文(スコージファイ)を使い、返り血を取り払った。

 

 以前、セブルスから聞いた、彼が狩人というものだという話を、レギュラスはようやく、思い返した。

 

 「いろいろ話したいことはあるだろうが、いかんせん、あまり時間がない。

 今の私は、魔道具の力でここに不法侵入しているような状態なのだ。

 この霧がその証明だ。

 この状態の私は、あまり長くここにはいられなくてな。できることにも制限がかかっている状態なのだ」

 

 「制限?」

 

 「普段よりも打たれ弱い。それから、私の方から何か、道具の譲渡などを貴公に行うことは不可能だ。使用する分には問題ないのだが。

 取りあえず言えるのは、そんなところだな」

 

 「はあ・・・わかりました」

 

 いまいちピンと来ていない様子でレギュラスはうなずいた。

 

 「と、とりあえず移動しましょう。

 また化け物に襲われるかもしれません。

 安全な場所・・・といえるかはわかりませんが、化け物がいない場所があるので、そこに行きましょう。

 こっちです」

 

 気を取り直して、レギュラスは来た道を引き返して歩きだした。

 

 その後に、セブルスが続く。・・・なお、彼はノコギリ鉈と獣狩りの短銃を持ったままである。狩人にはいつものことだ。

 

 

 

 

 

 さて、少々前後するが、セブルスの行動について述べておこう。

 

 例のバーベキューパーティーの後、セブルスはルシウスとハリーの二人に、探し物を依頼した。

 

 もちろん、例の予言――21の秘跡が絡んでいるであろう、事件についてである。

 

 以前記したと思うが、この儀式は全部で4つの段階に分かれていて、少し前まで第1段階でストップしていたと思われる。

 

 そして、闇の帝王が何らかの干渉をかけたせいで儀式が再開されたということだ。

 

 第1段階では10人殺して、被害者から心臓を集める必要がある。

 

 そして、10人も殺すのだから、何らかの痕跡があってもおかしくない。たとえば、心臓が抜き取られた変死体などが発見されている可能性がある。

 

 純血貴族として魔法省とつながりの深いルシウスと、小説家として見聞が広く調べ物をしているスタイルの取れるハリー。あれらを調べるには二者の手を借りた方が早い、と判断したのだ。

 

 セブルスの説明に、ルシウスは半信半疑という様子であったが、ハリーは露骨に顔色を変えた。

 

 それはそうだ。ハリーはすでに“教団”と奴らの崇める“神”の恐ろしさを目の当たりにしてしまっているのだ。

 

 まして、その降臨の予言が読まれたとあっては、警戒するなという方が無理だ。

 

 そして、ルシウスの方も半信半疑であれ、何らかの魔術儀式が行われる可能性があるというのには、難しい顔をしつつも、うなずいた。

 

 闇の魔術に関する儀式のいくつかには、生き血はもちろん、人体パーツを必要素材として要求する場合もある。心臓など、その最たるものだ。

 

 まして、魔法の中には、ものが腐ったりしないようにする保存魔法だってある。

 

 10年経って、儀式が再始動という可能性は十分ある、と彼も考えてくれたのだ。

 

 そうして、二人がそれぞれ手分けして調べる間に、セブルスはストレス発散で潜った聖杯ダンジョンで異常を察知した。

 

 

 

 

 

 聖杯ダンジョンは、主に5つの領域に分かれている。

 

 トゥメル、トゥメル=イル、病めるローラン、イズ、そして僻墓。他にもいろいろ区分けできるのだが、大きく分けるとこうなる。

 

 それらの領域に潜るには、領域を司る聖杯と、その起動に必要な素材を用いた儀式を行う必要がある。

 

 ついでに言えば、これらの領域には、聖杯と汎聖杯で司る領域がまた異なり、汎聖杯では出入りするたびにダンジョンが形を変えるのだが、それは余談である。

 

 で、これらの領域の何がどう違うかは・・・細かく説明すると複雑になるので省略するが、前者4つと僻墓は、大きな隔たりがある。

 

 前者4つは、ヤーナムにはびこる獣の病、かつてそこにいた古の人々〈トゥメル人〉、上位者ら、と密接なつながりがある。

 

 ビルゲンワースはこれらの地を暴き、“聖体”や“禁断の血”といった品を持ち帰った。そして、それらが後の獣の病の感染爆発、穢れた血族の誕生、ヤーナムの崩壊につながったわけだ。

 

 最後の一つの僻墓。これは、前者4つに対し、祭祀色の薄い墓と死の区画である。聖杯の名を冠する地下遺跡においては、辺境に相当する。

 

 何よりも特徴的なのが、他領域と比較すると、並行世界との距離が近いということだろうか。つまり、他世界の狩人が侵入してきたり、協力をしたりさせたりすることが可能なのだ。

 

 要するに、他世界との壁が薄く、距離が近いのだろう。セブルスはそう推察していたのだが、あまり実感したことはなかった。

 

 今日、僻墓の出入り口となる聖杯を祀った墓石の前で、使者たちが慌てている様相を見せなければ。

 

 どうしたのかとセブルスは尋ねてみたが、いかんせん使者たちは意思疎通はできても、言葉は持たないのだ。

 

 ひどく慌てて戸惑っているということは伝わってきても、その原因までは分からなかった。

 

 わからないならば調べるしかない。準備を整え、セブルスはあまり潜らない僻墓(血晶石を求めるならば、他の聖杯で十分事足りる。僻墓に向かう必然を感じなかったのだ)に向かった。

 

 そうして、ボスの手前の部屋辺りで異常を感知した。

 

 アメンドーズの手が放つような空間の歪みが生じており、通常ならばランタンを抱えて照明役に徹している使者たちもそこに集まってきて、何やらそこを見やって困っているような空気を醸し出しているのだ。

 

 ここが原因だろうか?

 

 手を触れて調べようとしてみれば、懐に入れていた“共鳴する不吉な鐘”が勝手にリンリンと鳴り出した。

 

 そして気が付けば、セブルスは赤黒い霧をまとって、そこにいた。

 

 ヤーナムでも聖杯ダンジョンでもない、異質で異常な場所に。

 

 聖杯とは、神の墓である。その探求とは、神の墓を暴くことであり、聖体の探求に他ならない。

 

 聖杯は地下遺跡と称されているが、あるいはこう言いかえることもできるのではないだろうか?

 

 地下であれ、宇宙であれ、人間の住まう地上とは、次元が異なる場所である。そこにいるということこそが、上位者たりうることであるのだ、と。

 

 そして、“21の秘跡”の第2の啓示を思い返し、セブルスはこう推測した。

 

 すでに、儀式の遂行者は不死身となって、その支配する異世界を形成してしまっているのだろう。

 

 それが何の因果か、他の次元と比較的距離の近い僻墓とつながってしまった。

 

 さすがに、生身のままの侵入というわけにもいかず、“共鳴する不吉な鐘”を用いた侵入者状態(通称闇霊)になってしまったが。

 

 これは好機だ。

 

 うまくすれば、ハリーやルシウスの報告を受ける前に、儀式を止められるかもしれない。

 

 そうして、この異世界をさ迷い始めたところで、レギュラスと会った、というわけなのだ。

 

 

 

 

 

 記し損ねていたが、実はバーベキューパーティーの前に、ブラック邸の忠実なハウスエルフ、クリーチャーが駆け込んできたのも本当の話である。

 

 坊ちゃまが帰ってこない、すぐに戻ると言ってたのに。何か知らないか?と。

 

 残念ながら、セブルスは心当たりがなく、自分も探してみる、見つからないようなら、いったんブラック邸に戻っておくべきだ。レギュラスの留守を守り、彼がいつでも帰ってこれるようにしておくのも大事だろう、となだめて帰したのだ。

 

 どうしたのだろうと思っていたのだが、まさかこんなことに巻き込まれているとは思わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 そして、話を現在に戻す。

 

 無人のクィディッチ競技場を歩くレギュラスとセブルスだが、不意にレギュラスは息をのんで、近くの物陰にセブルスを引っ張り込んで姿を隠す。

 

 どうしたのかとセブルスは怪訝に・・・思わなかった。何か、異質なものが来ると、狩人の鼻が告げていた。

 

 何か、ギリギリとガラスを爪で引っ掻くような、不快な音が聞こえてくる。周囲の気温が下がり、腐った魚のような生臭さも漂ってきた。

 

 静かに、とレギュラスが口元に立てた人差し指を当てるジェスチャーをしてきたので、セブルスも無言でうなずいた。

 

 ぬるりとそれが視界に入り込んできた。

 

 水中に浮かぶ死体のごとく体は微動だにしないながら、空中をすべるように移動するそれは、一見すると人間のように見えた。

 

 纏ったローブは男が魔法使いだったと物語っているが、白目をむいて、額には03121と刻まれている。何より、銀色で半透明のその体躯は、男がゴーストであると物語っていた。

 

 だが、ホグワーツにいるそれとは、まったくの別種に見えた。

 

 ホグワーツにいた者たちは、理性を持ち合わせて愛嬌ある者もおり、親しみだって持てた。

 

 だが、目の前をうろつくそれは、そんなものはナノグラムも持ち合わせてないのは明らかだった。

 

 どころか、顔を合わせたら最後、仲間に引きずり込まれるだろう。・・・というか、レギュラスはそれをされかけ、這う這うの体で逃げたのだ。奴らには魔法もろくに通じなかった。逃げるが勝ちだ。

 

 やがてその姿が見えなくなり、ラップ音と臭いが遠ざかる。完全に気配がなくなったところで、レギュラスはほっと息を吐いた。

 

 あの、体のどこかに数字を刻まれたゴーストは、あちこちにいるらしいと、レギュラスは知っていた。ここに来るまでに何度か別の奴を見かけたのだから、間違いない。

 

 そうして、二人は物陰から出て行こうとしたが、突然セブルスは足を止めた。レギュラスも。

 

 目の前に、黒いローブをまとい、フードを深々と被った人物がいる。

 

 この空間に漂う、陰鬱で悍ましい空気を凝縮したようなほど、関わりたくないオーラを醸し出している。明らかに尋常ではない。

 

 「な、何ですか、あれ・・・?」

 

 レギュラスは、この空間をさ迷うのは初めてではない――何度か、安全地帯と行き来をしているが、あんな異常を絵に描いたような相手と出くわすのは初めてだ。

 

 フードの男がゆるりと視線をセブルスに向けた。少なくとも、レギュラスはそう感じた。直後。

 

 フードの男が持ち上げた右手の杖からはなった緑色の閃光を、セブルスはレギュラスを突き飛ばしながら軽々とよけた。

 

 「死の呪文?!そんな?!」

 

 レギュラスが悲鳴のように叫ぶ。

 

 いかな熟練の魔法使いであれど、死の呪文を無言呪文かつ杖振りの予備動作なしに、いきなり放つなど不可能だ。

 

 人間の魔法使いであれば。

 

 ちっと舌打ちして、セブルスは身構えつつ叫んだ。

 

 「レギュラス!先に行きたまえ!」

 

 「先輩?!でも!」

 

 「私なら問題はない!後で会おう!行きたまえ!」

 

 レギュラスの叫びに、セブルスは振り向きもせずに駆け出しながら答えた。

 

 ノコギリ鉈を振りかぶり、黒いローブの男めがけて切りかかる。男は避けようともしない。

 

 本来ならば肉の裂ける感触とともに血が吹くはずというのに、まるで鉄に切り付けているような固い感触とともに刃が弾かれただけだ。

 

 姿勢を崩してたたらを踏んだセブルスに、すかさず黒いローブの男が杖先を向けた。

 

 どうにかセブルスは体をひねって、杖先から発された緑色の閃光を避ける。死の呪文は、反対呪文の存在しない、禁じられた呪文の一つだ。当たれば即死。避けるしかない。

 

 レギュラスは、少し迷ったような様相を見せたが、ややあって何かを振り切るように顔を背け、もともと向かっていた通路の奥に向かって駆け出した。

 

 バックステップで距離を取り、セブルスは獣狩りの短銃の銃口を向けるが、黒ローブの男は無言呪文で防護呪文(プロテゴ)を使用したのか、その一撃を一歩も動くことなく弾いて無効化してしまった。

 

 再び黒ローブの男が杖先を向けて、無言呪文による緑色の閃光を放つ。

 

 狩人のステップでそれを避けるセブルスだが、次の瞬間、その胸を連射された緑色の閃光が貫いた。

 

 死の呪文の連射。

 

 明らかに並の魔法使いをしのぐ、恐るべき技術だった。

 

 枯れ羽帽子の下で、セブルスの宇宙色の目から生気が失われる。そのまま彼は、どさりと倒れ伏して、二度と動かなくなった。

 

 黒いローブの男は、しばしフードをそちらに向けていたが、ややあってびくっと震えた。

 

 何しろ、倒れ伏したセブルスがゆらりと陽炎のように揺らめていて、地面に沈むように消えてしまったからだ。

 

 黒いローブの男は、しばしセブルスがいた場所を見つめているようだったが、ややあって踵を返した。そうして彼もまた、空気に溶けるように消えてしまった。

 

 

 

 

 

 次にセブルスが目を開けた時には、聖杯ダンジョンの一角、例の空間の歪みの前に立っていた。集まってきていた使者たちが不安げにセブルスを見上げてきていた。

 

 「・・・少々時間がかかる。が、必ず何とかしよう」

 

 使者たちにそう言ってから、セブルスは空間の歪みを改めて見やった。

 

 レギュラスにはあとで行くと言ったが、今戻れば、またあの黒ローブに鉢合わせしかねない。

 

 あの男(そもそも性別不詳だが)は、明らかに尋常ではなかった。

 

 予想の域を出ないが、おそらく、あれこそがあの異世界を支配する儀式の遂行者――不死身となった姿なのだろう。

 

 今のままのセブルスがそのまま向かったところで、殺し切れるか?

 

 ・・・不死身の相手、殺すべき相手にはしかるべき手順を踏む必要がある。

 

 一度退いて、態勢を立て直すべきだ。

 

 レギュラスが無事であることを信じるしかできないセブルスは、空間の歪みをしばし見つめてから、踵を返した。

 

 

 

 

 

 さて、それから数日後のこと。

 

 「すまない、急に呼び出してしまって」

 

 「かまわない。何か進展があったのかね?」

 

 「ああ。頼まれていた例の件について、いくつか分かったことがあるんだ」

 

 メイソン宅の書斎である。ハリーと向かい合うセブルスの言葉に、彼は大きくうなずいた。

 

 「今から13年くらい前になるんだけど、当時のイギリス――マグル界の方では交通やガス爆発などの事故が頻発しててね。

 ・・・たぶん、そちらで言うところの闇の帝王ってやつのせいだと思うんだけど。

 でも、その事件だけは明らかに異常だって、刑事事件として立件されてたんだ」

 

 言いながら、ハリーは封筒から、新聞のコピーを取り出した。何枚かある。

 

 「その被害者は、年齢・職業・性別、すべてがばらばらだった。遺体に番号が刻まれ、そこから心臓がくりぬかれ持ち去られるという猟奇的な共通点があったから、連続殺人だと判断されたんだ」

 

 「・・・ちなみに、遺体に刻まれていた番号は?」

 

 「わかっているだけで、“01121”“02121”“05121”“07121”“09121”の5種類だ。

 残念ながら、民間で調べられるのはこのくらいだ」

 

 視線を伏せて考え込むセブルスをよそに、テーブルの上に新聞のコピーを置いて、ハリーは続ける。

 

 「この事件については未解決のままだ。少なくともマグル界の方ではね。

 それから、実は類似の事件がアメリカでも起こっているんだ」

 

 「アメリカでもだと?」

 

 「ああ」

 

 頷いて、ハリーは続けた。

 

 

 

 

 

 ハリー、というか、メイソン家がまだアメリカにいたころのこと。

 

 ハリーは家族でたまたま遠出した外出先――サウスアッシュフィールドという町で、時計屋の老人がマイナスドライバーで首を刺されるところに出くわした。

 

 実行犯は黒いコートにフードを目深にかぶった青年で、口封じを目論んでかハリーにも襲い掛かってきたが、ハリーはこれを返り討ちにした。

 

 青年を傘で殴って、黄金の右足で蹴倒して気絶させたところを拘束し、当時すでに一緒にいたリリー(子供たちと店の外で待たせていた)に頼んで警察を呼んでもらった。

 

 幸い、老人は応急処置が間に合ったことと、ハリーの乱入によって傷が浅かったため、命は助かった。

 

 そして、逮捕されたその青年のことを、のちに新聞で知った。

 

 青年はウォルター=サリバンといい、当時アメリカを騒がせていた猟奇事件の犯人であったのだ。

 

 ウォルターはサイレントヒルに住む幼いロケイン兄妹を斧で殺害し、その心臓を抜き取っていた。さらにはほかにも、同様に殺害の挙句心臓を抜き取り、遺体に番号(ちょうど、先ほど聞いたような感じの)を刻むという狂気の所業をしていたらしい。

 

 ハリーが防いだのは、9人目の犠牲者だったのだ。

 

 その後、警察の発表によると、なんでもウォルターは薬物や催眠処置などで、深刻な妄想癖にとりつかれているとかで、専門の病院で治療を受けているらしい。

 

 「ママに会いたい」「サウスアッシュフィールドハイツ302号室」「ママどこなの?」「儀式をすればママに会えるんだ」「あと二人殺さなくちゃ」「赤い悪魔が」「あいつがやれって言った」「俺のせいじゃない」などと幼児返りと妄想が入り混じった供述をしていたらしい。

 

 ・・・なお、そのウォルターの身元をさらに詳しく警察が調べた結果、サイレントヒルにある慈善事業団体“希望の家”にたどり着いたのだが、それは別の話である。

 

 

 

 

 

 「なぜ早く言わない?!」

 

 「いや、たいしたことじゃないし、君を心配させるのもどうかと思ってね。

 それに、君の話を聞いてあの時のことを思い出したから、その犯人のウォルター青年のその後やかかわりとかは、この間調べたんだ」

 

 思わず激しい口調で言ったセブルスに、ハリーは申し訳なさそうに言った。

 

 ・・・凶悪な連続殺人鬼に襲われて返り討ちにしたというのを大したことじゃないというあたり、ハリーもたいがいである。

 

 はあとセブルスはため息を吐いた。

 

 ハリーがそのあたりのマグルにどうこうされるような人間ではないと知ってはいたが、それでも後で聞かされていい気分がするかと言われたらまた別問題だ。

 

 「・・・まあ、よかろう」

 

 「ウォルター青年は、その後、警察の監視のもと療養に専念しているみたいでね。

 精神状態などから刑事責任を問えるか微妙な状態でね。

 まあ、その後はおとなしくしてるみたいだよ」

 

 気を取り直すように言ったハリーに、セブルスはうなずいた。

 

 

 

 

 

続く

 




【レオ=ノワールの杖】

 死喰い人から抜け出し、レオ=ノワールとなったレギュラス=ブラックが新たに愛用する長さ34センチの杖。

 ドラゴンの心臓の琴線に、リンボクの木が使われている。

 その杖を作ったのは、名工オリバンダーではなく、フランス魔法界にいるボアルネという杖職人である。

 学生の頃に愛用していた杖は、亡者の群れとともに冷たい水底に沈んだ。

 死喰い人レギュラスは杖とともに水の底に逝った。生き残った彼は、新たな杖を輩としたのだ。





 次回の投稿は・・・すみません、ストックがなくなりました!

 ので、当分、ストックができるまで2週に1度の更新とさせてください。申し訳ありません。

 改めまして、次回は再来週の投稿とします。内容は、ハリーとのお話の続き。後は、クラウチ氏について知ってる別の人のお話を聞きます。

 もう出番はないと思ってたんですがねー、エイブリーさん。

 お楽しみに!


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【3】クラウチ氏の噂

 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 ああ~。バトルが書きてえんじゃ~!ホグワーツの推移とか、他もろもろも書きてえんじゃ~!

 書きゃええやん?その前に!前置きが!そこに至った経緯が!書かないと気持ち悪い!

 というわけで続きです。

 おそらくマグルでは最強のハリーパッパと、セブルスさんのお話会の続きからです。


 ともあれ、ハリーの話したことなどを合わせて考えると、いくつか見えてくるものもある。

 

 「ハリー、貴公にそのつもりはなかったのだろうが、よくやってくれたな」

 

 「あー・・・もしかして、ウォルター青年って、未遂だったのかい?」

 

 「うむ」

 

 ハリーは視線をさ迷わせてから、ややあって恐る恐る尋ねてきたので、セブルスはうなずいた。

 

 ハリーの言う未遂とは、殺人のことではない。ウォルターもまた、教団の恐るべき儀式を遂行しようとしており、ハリーの意図せぬ妨害によって未遂に終わったという意味だ。

 

 「・・・どうしてこんなことに」

 

 「存外、知らぬだけで啓蒙も冒涜もそこら中に転がっているだけだ。

 明るい平穏な世界など、薄皮一枚めくれば、狂気に満ちた闇に満たされる。

 貴公はよく知っていよう」

 

 「知ってるけど、体験したいとは一言も言ってないんだがね」

 

 うんざりした様子で、ハリーはため息を吐いた。

 

 「・・・私が思っている以上に、連中の手は太く長く、数もあるのだろうね」

 

 「そういうことだろうな。ウォルター=サリバンとやらも、結局のところ、連中に踊らされた被害者の一人でしかない。

 そして、おそらく今回も」

 

 「そんなに神とやらに世界を救わせる必要があるのかい?

 世界を変える前に、自分を変えた方がいいと思うけどね」

 

 「それも嫌ならば、いっそ目も耳も塞いで孤独に暮らせばいい。

 それも嫌だからこそ、神などにすがるのだろうがな。

 “神”が人間にとって都合のいいものというのも、まやかしでしかないというのに」

 

 「ああ、そうさ。あんなこと、繰り返させるなんてどうかしている」

 

 苦々しく吐き捨てるハリーに、セブルスはうなずいた。

 

 今から15年前のサイレントヒルでの悪夢は、いまだに二人の中に深く根付いている。形は違えど、あれと同じようなことが起こるなど、許容できるはずがない。

 

 ヘザーは、何も知らない。覚えていない。だが、似たようなことが起こりつつあると敏感に感じ取っているのだろう。ここ最近の彼女の不調は、それが原因に違いない。

 

 「魔法界の方ではどうだい?Mr.マルフォイは、何か言ってきたかい?」

 

 「頼んだことは調べてくれたが、これ以上は無理だと言ってきた。

 魔法省の再編と、ホグワーツのことで相当忙しくしているらしい」

 

 「あー・・・そういえば、この間のバーベキューの時も、疲れた顔をされていたからね。

 ご自身のお仕事もあるだろうしね・・・」

 

 「うむ」

 

 気の毒そうな顔をするハリーに、セブルスもうなずいた。

 

 

 

 

 

 この間のルシウスは、国際的にも注目集まるクィディッチワールドカップ決勝を(最低限のあいさつ回りこそしたが)、妻の療養を理由にキャンセル。だが、本人もそれどころではなかったのでは?とセブルスとメイソン一家以外の周囲は見ている。

 

 去年のホグワーツにおける騒動は、内外ともにかなりの余波を広げ、その後始末にルシウスは一昨年以上に忙しくされているらしい。

 

 これもマルフォイの未来と安寧のために!とはルシウスもわかっているが、かなり辛そうだった。

 

 ・・・なお、その額の広さが一昨年よりも若干広がっていることに、セブルスもハリーも気が付いたが、指摘はしなかった。多分、本人が一番わかっているだろうからだ。

 

 セブルスは、よく効く胃薬、精神安定にいいリラックス効果のあるハーブティーの詰め合わせ、毛生え効果のある薬の詰め合わせをテスターと称してルシウスに贈った。

 

 何かあったらご相談ください、魔法のことは分かりませんが、話を聞くくらいはできますから、とハリーもルシウスを気遣った。

 

 半純血と、純マグルの友人の気遣いを受けたルシウスは感謝する一方で、どうしてほかの純血どもは、あんなに物分かりが悪いのだ!と嘆いた。

 

 

 

 

 

 話がそれた。

 

 「本題に戻すが、先ほどマグル側の犠牲者の数字について言っていただろう?残りの数字のついた犠牲者を、ルシウスが調べてくれた」

 

 言って、セブルスは羊皮紙を取り出してテーブルに並べる。

 

 「大体はそちらと同じだ。老若男女、職業問わず。ただ、遺体から心臓がくりぬかれ、例の数字が刻まれるというやり方だけが共通していた。

 マグル側にない数字“03121”“04121”“06121”“08121”“10121”、以上5種類の数字が刻まれた遺体がな。そして、下手人も捕縛されている」

 

 03121・・・その番号は、セブルスがレギュラスと会ったあの異常な空間をうろついていた、ゴーストの額に刻まれていたものだ。

 

 「! 犯人が?」

 

 「うむ。そして、その後死亡もしている。このため、ルシウスはクィディッチワールドカップにて発見された、新たに数字の刻まれた遺体は模倣犯によるものとみているらしい」

 

 セブルスの言葉に、ハリーはしばしうつむいて顎に手を当てて考え込んだ。

 

 サイレントヒルの難解な謎解きの仕掛けを前にしたときに、よく見せていた姿勢だ。

 

 「上二桁の数字が上がっていき、下三桁だけが同じ。そして、“21の秘跡”・・・もしかして、1じゃなくて、スラッシュなのかい?」

 

 「そうだ。最初の数字を例に挙げるなら、“01121”ではなく、“01/21”となるようにな」

 

 「確か、君から聞いた儀式の概要は・・・最初に10人殺して、その被害者の心臓を集める、だったかな」

 

 「そうだ。そして、白の香油、黒の杯をもって儀式を行う。ここまでが、“21の秘跡”の第1段階だ」

 

 「第1段階ということは、まだ続きがあると?」

 

 「うむ」

 

 頷いて、セブルスは経典に載っていた“21の秘跡”の一部を諳んじた。

 

 「“主曰く、 汝白の油と 十の心臓の生き血と共に、 自らの血を奉納せよ。

 さすれば肉の拘束から 解放され、 二位の国の力宿らん。

 虚無と暗黒から憂鬱を生み、 絶望にて 知恵を与えし者に備えよ”」

 

 「うーん・・・つまり・・・白い油を使って、集めた十の心臓と、自らの血の奉納・・・一種の儀式をしろということかい?それも多分、儀式の遂行者の自殺を要求しているということかい?

 で、肉の拘束からの解放され、二位の国の力が宿る・・・肉体から解放されて、自分自身の領域を持つということかい?

 ・・・あの、不明世界のような?」

 

 ハリーの言う不明世界というのは、15年前の事件の際、サイレントヒルに展開された領域のことだ。

 

 “神”の力を得てしまったアレッサの悪夢と妄想が具現化した、おぞましい世界だった。

 

 「“神”の力の及ぶ領域、という意味では同じであろうな。

 ただ、この場合は儀式のための生贄を引きずり込む、蜘蛛の巣という意味合いが強かろう」

 

 「・・・あの領域の主になるアレッサは終わらせたがっていた。だから、私たちは前に進めた。あの子が進ませてくれた。

 けど、その儀式の遂行者が領域の主なら、生贄以外の人間は踏み込ませてくれないんじゃないか?

 儀式を止めるには、遂行者のいる領域に踏み込むことが不可欠・・・まずい・・・」

 

 「そのことだが、いくつか話しておきたいことがある」

 

 顔色を悪くするハリーに、セブルスは改めて説明し始めた。

 

 聖杯ダンジョンのことを話すと面倒なのでそこは省き、単純に持っていた魔道具(メイソン一家の持つ鐘の亜種のような)の力で、異様な異世界に侵入。そこで行方不明であったレギュラスと遭遇した。

 

 そこは、サイレントヒルで見かけた化け物に似たような存在や、さらにはホグワーツにいるのとは異なるゴーストも徘徊していること。

 

 最終的に、尋常ではない魔法使いに遭遇して、レギュラスともはぐれ、逃げかえってきたのだと。

 

 ・・・一部嘘が交じっているが、本当のことをすべて話すわけにもいかないので、しょうがない。

 

 「まさか、その異世界が・・・」

 

 「経典の言うところの、“二位の国”なのだろうな」

 

 ハリーの言葉にうなずいて、セブルスは続けた。

 

 「それからもう一つ。ルシウスがつかんできた、連続殺人事件の犯人・・・すでに死亡している男についても話しておこう。

 名前は、バーテミウス=クラウチJr.。元死喰い人だ」

 

 「バーテミウス=クラウチ・・・どこかで聞いたような・・・?」

 

 首をかしげるハリーは、次の瞬間、はっとした。

 

 「確か、この間のバーベキューの時に言ってた・・・!」

 

 「うむ」

 

 頷いて、セブルスは続けた。といっても、彼は学生時代にレギュラスから聞いたはずのことだが、大部分を忘却していたので、ルシウスに教えなおしてもらったことだ。

 

 レギュラスの友人――クラウチJr.は家族問題を抱えていて、それで同じように家族関係で悩んでいたレギュラスと仲良くなれたのだ、と。

 

 「父親の方・・・バーテミウス=クラウチ氏の方も、優秀な男だそうだ。かつては魔法法執行部部長の座にあった男で、仕事はできたようだ。仕事は」

 

 説明するセブルスに、続く言葉を察したかハリーも黙り込んだ。

 

 仕事『は』できた。つまり、それ以外に問題があったということだ。

 

 「ここからはルシウスから聞いたことだが、彼は立場的に社交界にも顔を出さざるを得ないだろう。

 ゆえに、口さがない連中の根も葉もない適当な話を耳にすることもあるらしいが、ああも皆が口をそろえて言うのも珍しいと言葉を濁していた。

 『仕事以外でクラウチと関わるな』と」

 

 「・・・そんなにひどい人なのかい?」

 

 「私は面識はないが、人づてに聞いた限りではな。

 家族を大事にするという点では、ルシウスだろうと、貴公であろうと不快に思うだろう」

 

 吐き捨ててセブルスは、続ける。

 

 「一例をあげると、12フクロウを取った息子を社交界のパーティーに連れてきた際に、自慢もせずにむしろ、できて当然だの勉強ぐらいしか取り柄がないだのと・・・聞いてる方が気分が悪くなりそうなくらいの話をしてきたらしい。本当に息子に対する扱いか?道具のようにしか思えなかったな、と。

 ・・・まあ、人の親など千差万別だ。貴公のような者もいれば、我が子を痛めつけ、なかったことにしたがる者もいる」

 

 セブルスの父親が、そうであったように。

 

 それを聞いたハリーは、最初こそ眉をひそめていたが、最後の方で痛々しげな顔をした。

 

 「・・・大丈夫かい?」

 

 「何がだね?」

 

 「辛そうに見えたような気がしてね。子供をつらい目に遭わせる親か。ひどい話だね。

 子供たちにだって、あの子たち自身の意思があるっていうのに」

 

 ぽつりとハリーがつぶやいたのは、ひょっとすれば、アレッサのことを思い出しているのかもしれない。

 

 アレッサ・・・15年前のサイレントヒルの悲劇の発端となった、少女だ。神の依り代として降神術の生贄にされ、生きながら炎に焼かれ、地獄の苦しみを味わった。

 

 彼女自身は変わった力を持っていようと、ごく普通の少女であった。ただ、降神術を目論んだ母親が、狂信者であったというだけで。

 

 子供の運命は親が狂わせることが多いものだ。そんなことあっていいわけがないというのに。

 

 「すまない、話がそれたね。

 ええっと、そのクラウチJr.は、父子家庭だったのかい?」

 

 「聞いた話になるが、夫人は元々病弱で寝込みがちで、息子は乳母が面倒を見ていたらしい。

 ・・・そんな家庭環境だ。息子が行きつくところに行きついても、無理はなかったであろう」

 

 「死喰い人になった・・・だったね」

 

 「うむ」

 

 頷いて、セブルスは続けた。

 

 「12年前――ポッター家襲撃事件の後、不死鳥の騎士団のメンバーであるロングボトム家を襲撃し、夫のフランク氏が拷問にかけられた事件があってな。

 主犯はレストレンジ夫妻だったが、それに加担したとして、クラウチJr.も逮捕されたのだ。

 この時、クラウチJr.が例の連続殺人事件の犯人だとも判明してな。

 おかげで当時、魔法大臣の座を目前にしていたクラウチ氏は、人気に傷がつき、権威も失墜。凋落の挙句、現在では国際魔法協力部の部長をやっている。・・・花形からは縁遠い職だな」

 

 セブルスの説明に、ハリーはもの言いたげな顔をしたが、結局何も言わなかった。

 

 ちなみに、この話を初めて聞いた時のセブルスは、そんなことあったか、新聞にあったのでは、と思い返したが、死喰い人が逮捕されるだ何だという時期は、ちょうどリリーとハリーJr.を匿って、アメリカに送ったり、その前後の工作だなんだをやっていた時期になるので、あまり印象になかった。

 

 その前はヤーナムから冒涜的世界一周、帰国後の実家の処分や大学編入手続きだといろいろあったわけで。魔法界の人事や事件自体に疎くなっていたのだ。興味もなかった。

 

 「そして、そのクラウチJr.は、アズカバンに収容された後、獄中で病死。遺体はそのままアズカバンの敷地内にある共同墓地に埋葬されたらしい。今から数年ほど前のことになる。明らかに、タイミングがかみ合わない」

 

 「タイミング?

 あ、確か、予言の方は夏休みが始まる前に、中断されてた儀式が再開する、みたいな内容だったんだっけね?」

 

 「そうだ。クラウチJr.が本当に数年前に死んでたとするなら、このタイミングで儀式が再開というのはおかしいのだ」

 

 「うーん・・・実は死んだふりしてたとか?

 そうだ!魔法薬か何かで仮死状態になって、埋葬されたふりをして抜け出したとか」

 

 「そんな魔法薬は・・・確かに、不可能ではないのだろうが、吸魂鬼(ディメンター)を早々誤魔化せるかね?

 脱獄自体は可能だろう。ブラックがすでにそれをやってのけたのだからな。だが、実際、遺体がすでに埋葬されていると記録にも残っている。吸魂鬼による埋葬を遠目で確認もしているそうだ。

 加えて、なぜ12年もブランクが空いたのだね?

 “物事には、必ず理由がある”。そうだろう?」

 

 「それはそうだね・・・。

 あるいは、実はクラウチJr.ではない、別人の可能性も考えるべきかもしれないね」

 

 いずれにせよ、ここで考えられるのはこのくらいだろう。

 

 「セブルス・・・何か私にできることはあるかい?

 確かに、私は魔法も使えないし、家族を優先すべきだともわかっている。

 だが、友人の助けになりたいんだ。

 ヘザーのことだってある。このまま、じっとしているのも・・・」

 

 「・・・仕事はいいのかね?」

 

 「ハハッ!この間長編を脱稿したところで、急ぎの仕事は入ってないんだ」

 

 からりとハリーが笑った直後、その前にドサドサドサッと分厚い書籍が山積みされた。

 

 セブルスがインバネスコートの懐から取り出したものだ。

 

 「では、お言葉に甘えさせてもらおう。貴公には、教団関連の書籍を当たり、『21の秘跡』の解除法、あるいは破壊方法を探ってもらいたい」

 

 「・・・最初からこのつもりだったね?」

 

 「得意であろう?」

 

 本の山の向こうからジト目で見てくるハリーに、セブルスはどこ吹く風でにたりと笑った。

 

 「・・・結果が出たら知らせるよ。

 夏中に片付けられたらいいんだけどね」

 

 仕方ないな、というようにため息交じりにハリーはうなずいて見せる。

 

 実のところ、これは適材適所だと、セブルスもハリーも判断していた。

 

 例の異世界には、魔道具の力の対象となるセブルスしか行くことができない。

 

 そして、ハリーは家族を守らなければならない。

 

 ならば、ハリーにはできるだけ家族を見ていられる場所に置いておく方がいい。

 

 加えて、ハリーは過去、サイレントヒルで手にした断片的な情報から、連中のたくらみを暴いたこともある。

 

 彼にはうってつけの役目だろう。

 

 「頼む。私は、一段落ついたらもう一度、あそこに行ってみようと思う」

 

 「セブルス、わかっていると思うが、重々気を付けてくれ」

 

 心配そうなハリーにうなずいて、セブルスはメイソン宅を辞した。

 

 

 

 

 

 さて、“葬送の工房”に帰宅したセブルスは、一通の手紙を読んでいた。

 

 それは、メイソン宅に向かう前に出していた、エイブリーからの手紙の返信だった。

 

 前述したが、今回のことでルシウスの力は借りられない。

 

 だが、儀式遂行者と思しきバーテミウス=クラウチJr.は魔法族であり、その情報を得るための調査には魔法族の協力者が不可欠である。

 

 セブルス自身は例の異世界に潜るためにそちらへ割く時間はなく、白羽の矢が立ったのが、エイブリーだった。

 

 彼は、ルシウスほど親密ではないが、“死の印”消しのことで貸しがあるというのと、野菜の取引の関係で、たまに連絡を取っている。

 

 加えて、元死喰い人ということで、同じ死喰い人であるクラウチJr.について何か知っていることはないかと連絡を取ってみたのだ。

 

 エイブリーは、唐突な連絡に怪訝にしつつも、クラウチJr.――正確には、彼の父親であるクラウチ氏について気がかりなことがあると返信に書いてきた。

 

 彼の商売がらみのことで顧客情報になるので、フクロウ便では書けない(本来は信用にもかかわるのでご法度である。セブルスにも悪用だけはするなと念押ししてきた)らしく、直接会って話を聞くことになった。

 

 

 

 

 

 さて、エイブリー邸の客間は、マルフォイ家ほど豪奢ではないが、それでも品のいい調度品に囲まれていた。

 

 こういったものを目の当たりにするたびに、自分には貴族は向いていない、とセブルスは思う。

 

 そんなセブルスをよそに、エイブリーは試作品だというハーブティーを飲みながら切り出した。

 

 「クラウチの息子の方についてはなあ。あいつはあのお方狂いの狂信者だったからなあ。行動するにしても、レストレンジとつるんでることが多くてな」

 

 ハーブティーに口づけたセブルスに、エイブリーは話を続ける。

 

 「俺はなあ、スネイプ。

 あのお方についていけば、純血が貴ばれる世の中が訪れて、より良い暮らしができるんじゃないかって、信じてたんだ。親父とおふくろもな。

 魔法界は閉塞しきっている。どこかででかい風穴を開ける必要がある。今にして思えば、俺たちは無意識に、あのお方にそれを求めていたってわけだ。

 あのお方はそりゃ、逆らうものには容赦されないが、従うものには望んだものを与えてくださったしな。

 従えば、成果が約束されたんだ。逆らってもいいことなんて一つもない。道理だろう?」

 

 「うむ」

 

 純血貴族の大半が、それを求めていたのだろう。

 

 だから彼らは、ヴォルデモートに与した。

 

 求めていた形とは、かけ離れていると気が付いた時には、すべてが手遅れになっていたに違いない。

 

 エイブリーのみならず、マルフォイもそうだったように。

 

 「けど、あの連中は違った。

 成果なんぞどうでもいい。あのお方に付き従うことがすべて。すべてだ。

 狂信者だ。新興宗教おったてられるんじゃねえかって感じだったな。

 まあ、そんな危なっかしい連中とは近寄りたくもなかったんだよ。

 学生時代はもう少しおとなしいと思ってたんだがなあ。どうしてああなった」

 

 遠い目をするエイブリーに、セブルスもうなずいた。

 

 もっとも、後日この話を聞いたハリー=メイソン氏は、「そんなものだよ。学生時代はこうだったけど、社会に出たらああなったってのはよくあることさ。ニュースの凶悪犯の生い立ちとか、たまに特集されたりするけど、その友人たちは口をそろえてこう言うんだ。『そんなことするようには思えませんでした』ってね」と語った。

 

 ・・・なお、学生時代と社会に出た後の変動が激しいのは、セブルスも同様ではあるのだが。

 

 「それで、クラウチ氏の気がかりとは?」

 

 「ああ。お前にクラウチって名前で気が付いたことはないかって聞かれて、思い当たったことがあってな。

 手紙にも書いたが、これは本来、商売にもかかわる顧客情報だから、悪用だけはするな。お前には借りがあるから、話す。忘れるなよ」

 

 再三にわたって釘を刺してから、エイブリーは口を開いた。

 

 「商売が軌道に乗り始めたころ、運送業を担っている貴族と組んで、宅配サービスってのも始めたんだ。マルフォイからのアドバイスもあってな。

 で、チョイと、妙な顧客がいてな」

 

 「妙な、客だと?」

 

 「保存魔法をかければ長持ちするとはいえ、基本的に野菜の発注分は家の家族の人数に応じた形になる。

 家庭や届ける野菜の種類によりけりだが、大体の野菜の量から、住んでる家族の人数を逆算したり、好みを推理したりもできる。

 で、たまにだが、いるんだよ」

 

 ここで、エイブリーは言葉を切り、ティースタンドに載せていたカナッペ(スモークサーモンとクリームチーズ)を口に運んで、一息ついた。

 

 「表向き、住んでる人間の人数と、発注した野菜の量がかみ合わないってことがな」

 

 それはまた妙な話だ。

 

 すぐにセブルスはそのおかしさに気が付いた。

 

 前述したが、エイブリーの領地で扱っているのは、品種改良した魔法野菜だ。つまり、それだけ高い。

 

 つまり、それを食べるのは、人間であるケースが多いのだ。家畜などに食べさせるなら、それ用の飼料やペットフードにすべきなのだろうから。

 

 わざわざ高い金を出す必要がある魔法野菜を必要以上に発注するなど。

 

 「これは独り言だぞ?

 まあ、たまーにな?あったりはするんだよ。

 どこぞでこっそり愛人を養うとか、隠し子の養育とかな?

 でも、そういう連中は大体慎重だから、口止めもうまいんだよ」

 

 シシシッとお世辞にも上品とは言えない笑いで言ったエイブリーに、セブルスはだろうな、と軽くうなずく。

 

 つまり、口止め料として余分に料金を払ってたりするというわけだ。人の口に戸は立てられない。だが、金はつっかえ棒になりやすい。そういうことだ。

 

 「だから、最初俺はクラウチもそうかと思ってたんだ」

 

 「・・・つまり、クラウチ氏も余分に野菜を購入していると」

 

 「だーから、これは独り言だ。

 クラウチ夫人が病気で寝込みがちで、うちの野菜で多少マシな病人食ができればと思ったのか、発注があってな?

 お得意さんになってたんだ。

 が、妙なことに、だ。

 日刊預言者新聞のお悔やみ欄に、クラウチ夫人の名前が載ったにもかかわらず、野菜の発注が続いたんだよ。量も変わらずに。

 最初、思わず注文の確認をしたんだが、間違いないとさ。いなくなった夫人の分はだれが消費するんだ?

 しかも、だ。

 最近になって、発注量が増えた」

 

 「増えただと?いつから?」

 

 「今年の夏の初めごろからだな。

 だから俺はてっきり、こっそり愛人でも囲って、隠し子を生ませて、その世話で新しく使用人でも雇ったかと思ってたんだがな。

 ・・・ないな。仕事魔人のクラウチに限って、ない。」

 

 口にして、すぐさまエイブリーは首を振った。

 

 「だろうな。聞く限り、そのような暇があれば仕事に向かうような人間なのだろう?」

 

 「さすがは、手前の息子を、公衆の面前で罵倒同然に切り捨てるだけある、ってな。

 知ってるか?クラウチの奴、手前の妻が死んだってのに、葬儀は業者に任せておざなりに、手前は相も変わらず魔法省と自宅の往復作業さ。顔色一つ変えずにな。

 結婚しても、ああはなりたくないもんだ」

 

 「・・・予定があるのかね?」

 

 「あー・・・」

 

 少し驚いたように目を見開いたセブルスに、エイブリーは少し顔を赤らめ、気まずげに目をそらしながらぼそぼそと言った。

 

 「その・・・一応な。

 まあ、式は・・・嫁の方の希望で、挙げられないんだ。籍だけ入れる予定だ」

 

 「珍しいな。

 遅くなったが、おめでとうと言っておこう」

 

 「・・・おう」

 

 むっつりとうなずくエイブリー。それでも、悪い気はしないらしく、むずむずと口の端を動かしている。にやけたいのを我慢しているような顔だ。

 

 「相手については聞かねえのか?」

 

 「聞いてほしいのかね?」

 

 「・・・お前がもめた娼婦がいるだろ?あいつだ」

 

 気まずげにするエイブリーに、セブルスは思わず沈黙した。

 

 セブルスとしては、彼女のプライドと評判に泥を塗ってしまった形になるので、女性用の化粧品や副作用の軽い避妊薬を詫びとして、大量にプレゼントしたのだが。

 

 どうも、エイブリーはその後、ちゃっかり彼女と仲良くなったうえ、身請けまですることにしたらしい。

 

 「印を消したとはいえ、元死喰い人と娼婦の組み合わせだからな。

 体裁が悪すぎるだろってな。

 あいつが言い出したんだよ」

 

 「言いたいものには言わせておけばいいものを」

 

 「一応、貴族だからなあ。そういうわけにもいかねえんだよ」

 

 エイブリーが苦笑した。

 

 「あいつな、没落した純血貴族出身なんだ。借金こてこてで、娼館行きになったんだと。

 だから、血統的な問題はねえんだよ。

 癒師にも診せたが、妊娠出産の機能も問題なしだと。

 なら、結婚自体に問題はねえと思うんだがな。

 けがれ、ッと悪い、マグル生まれよりはましだろうってな」

 

 エイブリーが言いかけた言葉に、セブルスは不快そうに眉をひそめたが、何も言わずにため息で済ませた。

 

 セブルスが、『穢れた血』という言葉を忌み嫌っているというのを、エイブリーもどこかで聞きつけたらしい。

 

 「大分長いこと話し込んでしまったな」

 

 言って、セブルスは立ち上がった。

 

 「祝いは近いうちに贈ろう。

 それから、今の話はルシウスにも話しておけ」

 

 「クラウチのことか?

 そんな気にするようなことか?」

 

 怪訝そうにするエイブリーに、セブルスは眉間のしわを一つ深くして言った。

 

 「エイブリー。手紙にも書いたとおりだ。

 例の数字の刻まれた殺人事件には、クラウチが絡んでいる可能性がある。

 放置しておけば犠牲がさらに増え、最悪の事態に至るだろう。

 奴の違和感を見逃すな。

 ルシウスが無理なら、他の魔法省に伝手のある魔法使いに伝えろ。

 クラウチから目を離すな」

 

 「よくわからんが・・・まあ、わかった。俺のつてのある連中には、声をかけておく。

 っつっても、どこまで通じるか・・・」

 

 ぶつぶつと言いながらも、エイブリーも了承はしてくれた。

 

 サイレントヒル関連の危険性を知らない人間の反応としてはこんなものだろう。やってくれるだけで御の字だ。

 

 「頼む」

 

 「・・・やるだけやってみるさ」

 

 セブルスの言葉に、エイブリーは肩をすくめて見せた。

 

 

 

 

 

続く

 




【エイブリーへの手紙】

 セブルス=スネイプが友人エイブリーにあてた手紙。

 “21の秘跡”の概要と、13年前に儀式の遂行を目論んで連続殺人に手を染めたのがバーティ=クラウチJr.であること、クラウチについて何か知ってることはないかなどのことが書かれている。

 その手紙は、フクロウが持ってきたわけではなく、気が付けば書斎の窓辺に置かれていたものだ。

 ホグワーツを離れ、ノクターンで再会した友人が、どこか魔法使い離れしていると、エイブリーも知っている。





 次回の投稿は、一応、再来週になります。

 内容は・・・一応、異世界の探索を予定しています。え?今までと比べて内容がふわっとしている?ストックがぁ!ないんですよおおお!

 申し訳ありません。気長にお待ちください。



 2021・12・05追記
 すみません、体調を崩してしまって、書ききれませんでした!
 当分、不定期更新とさせてください!予告が嘘になってすみません!
 年が明けるまでには、更新したいです…。本当にすみません。

 2022.01.29追記
 ストックは出来上がりつつありますが、念のため不定期更新に移行します。
 申し訳ありません。


 次回予告の訂正!
 次回はセブルス&レギュラスの異世界探索!そのころホグワーツでは?
 そして、VS謎の強敵第2ラウンド!お楽しみに!


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【4】レギュラス=ブラック、親友と再会する

 あけましておめでとうございます。(なお日付)

 お久しぶりです。どうにかストックが出来上がってきましたので、投稿します。

 ちょっとスランプに陥ってたのですが、どうにか再開できそうです。

 原作4巻の面影どこ行った?な感じになっていますが、書いてる私は楽しくなっていきました。いつも通り。


 

 コツコツと、上等な靴が石畳を踏みしめる。

 

 レギュラスはそこを知っている。

 

 石造りの城だ。ただし、レギュラスの知ってるころより、どこか古びて陰気な空気を漂わせている。

 

 似て非なる別の場所なのだろうと思いたい。

 

 恐る恐るレギュラスは、近くの扉を押し開けた。

 

 予想通り、そこは教室だった。木製の机が並べられ、教卓が黒板の前に置かれている。

 

 間違いない。

 

 ホグワーツ城だ。

 

 少なくとも、内装や城の構造自体は同じだ。

 

 ただ。

 

 聞こえてきたラップ音にレギュラスはびくっと肩を震わせ、急ぎ隠れられそうな場所を探す。

 

 部屋の片隅にあった用具入れに飛び込み、急ぎ扉を閉める。

 

 ドアを開けることもなく、壁をすり抜けてそれが表れる。

 

 頭が半分つぶれた男だ。銀色の半透明な体に、衣服からしてマグルだろう。頬に刻まれた数字は“07121”だ。

 

 用具入れのスリットから、かろうじてそれが見え、レギュラスは必死に息を殺す。

 

 あの顔が半分つぶれた奴は、しつこい。一度でも見つかってしまえば、あの決して出られない部屋に戻るまで、しつこくしつこく追いかけてくる。

 

 レギュラスは魔法族だから、治癒魔法で傷を癒すことができるが、もしマグルだったら失血でこの世からおさらばしていたかもしれない。

 

 そのくらい、しつこいのだ。

 

 早く向こうに行ってくれというレギュラスの願いをよそに、何事か感づいたか、顔が半分つぶれたゴーストはしつこく教室内を徘徊し始めた。ぐるりぐるりと生徒を監視する教員よろしく、机の間を行ったり来たりしている。

 

 勘弁してくださいとレギュラスが口の中で文句を言った時だった。

 

 音もなく忍び寄った黒い影が、背後からゴーストに強烈な一撃を与えた。それは、狩人の戦法で言うところのバックスタブというものだが、レギュラスに知る由もない。

 

 用具入れの中でレギュラスはぎょっとした。ゴーストをどうやって殴り倒したのか?

 

 殴ったのではなかった。切り付けていた。

 

 分厚い、文字通りの鉄の板をそのまま加工したかのような、ごつい大剣を携えている。

 

 “ルドウイークの聖剣”。教会の最初の狩人ルドウイークが用いたことで知られる仕掛け武器だ。すらりとした銀の剣は、重量ある鞘を伴うことで分厚く重い大剣に姿を変えることもできる。

 

 今、その重量溢れる大剣の刃は、ゴーストのないはずの背骨を抉り断っていた。

 

 ぐらりとゴーストが空中で体勢を崩す。

 

 直後、その腹腔を漆黒の右手が刺し貫いていた。そのままゴーストは霧散して、姿を消す。

 

 残されたのは、ただ一人。銀色の血にまみれた臓物を引きずり出し、たっぷりとひんやりした血を浴びる、ただ一人。

 

 「存外、あっけないものだ」

 

 期待外れだとでも言いたげなため息をついて、セブルスは一拍の間をおいて、空気に溶けるように消えた銀色の臓物を握っていた右手を振って、再び出てきた鈍色の大剣を肩に担ぎあげた。

 

 なお、例のごとく、インバネスコートはもちろんとして、枯れ羽帽子と防疫マスクの完全装備状態に加え、赤黒い霧をまとった闇霊状態でもある。

 

 レギュラスが、用具入れから出てきたのはこの時だった。

 

 「先輩!ご無事で!

 いや、それもありますけど・・・ゴーストをどうやって殺したんですか?!」

 

 「?

 何かおかしいかね?」

 

 「いえいえいえ!ゴーストですよ?!触れないんですよ?!どうやって?!」

 

 「狩人には大した問題ではない。生きてようが死んでようが、引き抜ける臓物があるなら、殺せる。それだけの話だ」

 

 実際、廃城カインハーストにはびこっていた亡霊どもも、狩人の右手の前には無力である。

 

 ・・・その分、数にものを言わせて襲ってくるので、そのうち三十六計逃げるに如かずとなったのだが。

 

 「手ごたえも確かにあった。確実に仕留めたはず」

 

 「あるんですか?!手ごたえ!」

 

 しれッと言ったセブルスに、レギュラスはドン引きした。

 

 ・・・気が付いたら、尊敬していた先輩が斜め45度サインコサイン南南東とでもいうような、とんでもない方向にカッ飛んでいた。あるいはとっくの昔に行きついていたが、レギュラスが気が付いたのが遅いのか。

 

 同居していた時期から薄々そういう節があるのは感づいていたが、改めて見せつけられるとまた違ってくる。

 

 「ともあれ、動けるようなら場所を移そう。

 ぐずぐずしていると、別の連中がやってきかねん」

 

 「別の・・・っ」

 

 問い返そうとしたレギュラスは、すぐにはっとした。

 

 あの、異常な黒ローブの男。またあいつのようなやつが来たら。

 

 実は、レギュラスは再会するまでの間に、あの男にも何度か出くわしている。と言っても、その人影は遠目からじっとレギュラスを見てきているだけだ。

 

 どこかで見たような感じもしているが、レギュラスは珍しく、それを直視したくなかった。

 

 とにかく、レギュラスもすぐにセブルスにうなずきを返し、教室から出た。

 

 「以前も言ったとおり、私はあまりここには長くいられん。

 歩きながらにはなるが、こちらの方で分かったことについて情報を伝えておこう」

 

 「わかったこと・・・?

 先輩、この・・・ええっと、現象?とにかく、これについて何かご存じなんですか?」

 

 レギュラスの問いかけにうなずいて、セブルスは話し出した。

 

 学期末のホグワーツでされたトレローニーの予言、以前訪れたサイレントヒルで知った儀式“21の秘跡”、その実行者がかつての学友バーテミウス=クラウチJr.であるだろうこと、そしてここが儀式によって形成された異空間で、ここに引きずり込まれた人間は儀式の生贄としていずれ殺されるということを。

 

 「ま、待ってください!」

 

 目を白黒させつつ、レギュラスは慌てて言った。

 

 「バーティが、まさかそんな・・・」

 

 「いささかかみ合わぬ部分もあるにはあるが、可能性が高いのが彼だ」

 

 顔を青ざめさせてうめいたレギュラスに、セブルスは淡々と言った。

 

 そして、残酷なようだが、これだけは言っておかねばならなかった。

 

 「レギュラス。貴公もまた、儀式の生贄でもあるのだ」

 

 セブルスの容赦ない言葉に、レギュラスは表情をこわばらせ、こくりと喉を鳴らした。

 

 「・・・バーティは、死んだと聞きました。だから・・・そう、だから僕は、せめて墓の場所を訊きたくて、兄のことも一段落したし、クラウチ氏の方も落ち着いたころだろうからと、彼を訪ねようとして。

 気が付いたら、あそこにいたんです」

 

 「あそこ?」

 

 「けして出られない、おかしな部屋です。鎖と錠前で内側から施錠してある、奇妙な部屋で。窓の一つもないから、場所はおろか、時間の経過すらわからないんです」

 

 落ち着こうとするかのように首を振って、レギュラスは視線をさ迷わせながら続けた。

 

 「けど、バーティが関わっているというのは、なんとなくわかります」

 

 気を取り直すように一呼吸おいてから、レギュラスは続けた。

 

 「あちこちで、バーティのものらしい日記の切れ端や、手記が見つかりました。

 ・・・手紙のやり取りをしてたので、筆跡は覚えてたんです」

 

 「儀式の遂行者によって構築された異世界だからな。少なからず、その内面の影響を受けるであろうな」

 

 頷いてセブルスは言った。

 

 セブルスはすでに、15年前にサイレントヒルで似たような経験をしている。

 

 その時の異世界を構築したのは、アレッサだった。彼女の内面(妄想)の影響を強く受けたその世界は、火傷と錆・煤――火事のイメージが強く反映されていた。そして、奥に進めば進むほど、彼女の記憶・意思を強く見せつけてきた。

 

 形式は違えど、儀式の根幹となる“神”の力が同一であるならば、そういう似通った部分が出てもおかしくないだろうとセブルスは推察しているのだ。

 

 「・・・先輩。バーティは・・・本当に・・・?」

 

 どこかすがるような、信じ切れないと言いたげなレギュラスに、セブルスはただ黙って目を伏せた。

 

 摩耗した記憶しか持たないセブルスでは、レギュラスに満足な答えは返してやれないだろう。

 

 何より、最後に納得できるかは、レギュラス自身にかかっているのだから。

 

 「バーティ・・・」

 

 小さくうめいて、レギュラスはうつむいたが、すぐに顔をあげて歩き出した。

 

 

 

 

 

 さて、セブルスとレギュラスがそうして悍ましい異世界をさ迷っていたころ、夏季休暇真っただ中のホグワーツでも、一つの異常が発生していた。

 

 この期間は、一部の教師と管理人のフィルチ、ハウスエルフと森番がホグワーツに滞在しているのだが、今年はいささか困ったことになっていた。

 

 というのも、本来は校長・副校長をはじめとした残っている教職員らが来学期の準備をできる範囲でやっておくのだが、今年はそれどころではなかった。

 

 何しろ、校長たるダンブルドアは停職である。副校長のマクゴナガルはトレローニーが夕食の席で予言を読み上げた直後、医務室に搬送された。

 

 とうとう胃に穴が空いたらしい彼女は、哀れなことにそのまま聖マンゴに移送された。

 

 一応、彼女は自分の代理としてフリットウィックを指名していたため、どうにか二年連続学期未了の事態に陥ることだけは避けられた。

 

 話を戻すが、ホグワーツのトップ二名の不在である。加えて、シリウス=ブラック&ピーター=ペティグリューの2名がホグワーツを引っ掻き回したこともあり、動物もどき(アニメーガス)の侵入に対するホグワーツの警備状況の見直しの必要が出てきてしまったのだ。

 

 ルシウス=マルフォイ氏をはじめとした理事たちは頭を抱え、病床のマクゴナガルが落ち着いたら、彼女の了解を得て、ホグワーツの状況に改善をしていかねばならない。

 

 ・・・なお、ダンブルドアは連絡不能状態になっている。フクロウ便が宛先不能で帰ってくるのだから。

 

 いつものことだ、あの校長が何を考えているかわからん方が悪い、と誰も気にも留めなかった。

 

 

 

 

 

 ルシウス氏ですら知らない。

 

 この夏の初め、最強の杖たるニワトコの杖の魔力任せに魔法族避け破りをしたダンブルドアが、半ば強引に出版社に顔を出していたハリー=メイソンに接触し、彼に開心術を使用。

 

 その後、顔色を悪くした彼は、あいさつもそこそこに去っていった。

 

 マグルの服でこそあったが、長すぎる白髪と白髭の老人のことをハリーから聞かされたセブルスは、ダンブルドアがサイレントヒルに魅入られたことを即座に悟った。

 

 サイレントヒルは、心に闇を持ったものを呼び寄せるが、それは町の名前を知っているという前提条件が必要だ。逆を言えば、町の名前を知らなければ引き寄せられることはない。(つまり、以前リリーがサイレントヒルに魅入られたのは、うっかり町の名前を口にしたハリーのせいといってもいい)

 

 ゆえに、セブルスはその前提条件を話したうえで、ハリーとリリーの二人にサイレントヒルのことは誰にも話してはならない、と釘を刺しておいた。

 

 だが、“開心”までしてくる人間にまでは責任を持てないし、持つ必要はない。

 

 ・・・後日、ホグズミード村にあるパブ“ホッグズヘッド”の店主が、恋山羊を撫でながら、「あのクソ兄貴が、サイ何とかとかいう場所で妹が待っているから行ってくるなんて妄言を吐いていた」という証言を闇祓いの一人に漏らすのだが、それは余談である。

 

 なお、彼が何を思ってハリーに接触したかは、定かではない。この期に及んでリリーとハリーJr.に何らかの懐柔工作を仕掛けようと思ったのであろうか?

 

 

 

 

 

 話がそれまくってしまったが、本筋に戻す。

 

 とにかく、ホグワーツで起こっているその異常に最初に気が付いたのは、管理人のアーガス=フィルチ氏だった。

 

 ホグワーツ城における隠し通路や仕掛けの類をほぼ網羅している彼は、その夏の初めに、奇妙な部屋を発見した。

 

 言っておくが、そこはいわゆる“必要の部屋”ではない。

 

 普段は単なる廊下ののっぺらな壁であるはずのところに、真鍮のドアノブの奇妙なドアが出現していたのだ。

 

 しかも、何か異常に臭く、それでいて何か異音がする。中に誰かいるのだろうか?

 

 こんな奇天烈な事態を引き起こすのは、ウィーズリーの双子だ!あの連中は人の目を盗んでやらかすことに長けている。また何かおかしな魔法をかけていったに違いない!

 

 管理人のアーガスはドアが開かないことを知るや、真っ先にそう考えた。もちろん、フィルチの決めつけであるのは言わずもがな、である。

 

 どうにか開けられないかと、試行錯誤した挙句、ハンマーで扉をたたき壊しにかかる暴挙にまで出たのだが、単なる木製のはずのそのドアはフィルチが振り下ろしたハンマーをガツンっという固い音を立てて弾いてしまった。

 

 いかにフィルチと言えど、魔法がかかっているものについてはお手上げであった。

 

 加えて、彼はどこか、何かおかしいと感じ始めていた。はっきりとした根拠のないそれは、長年ホグワーツの管理人を勤めあげた彼の、一種の勘に基づいたものだった。

 

 彼は自分の手に負えないと判断したその扉のことを、すぐさま他職員たちに報告。

 

 この忙しいときに、と誰もが舌打ちをしたが、警備状況の相談役を務めていた闇祓いの一人が腰を上げてくれた。

 

 そのおかしな扉が、どこにつながっているのか。“秘密の部屋”のような大騒動の発端にでもなったらことである。これ以上の不法侵入者は、何としても防がねばならない。

 

 解除魔法(フィニート)あるいは、開錠魔法(アロホモーラ)を使えばすぐに終わると高をくくっていたその闇祓いの予想は見事に裏切られた。

 

 何をどうしようが、扉は頑として開かなかったのだ。

 

 仕方なく、その闇祓いは扉の上に何枚かの板を乱雑に魔法で取り付け、魔法で固定した。

 

 とりあえず今のところは(臭くて変な音がするということ以外)大きな実害もなく、他に優先することもある。これで様子を見るしかない。

 

 闇祓いはそう言ったが、フィルチは「ふん!これで何かあったら、お前さんたちは無能だという証明になるな!!」と吐き捨てた。

 

 フィルチは確信していた。これでは何も解決にならないと。

 

 まったくもって、その通りだった。

 

 

 

 

 

 話をセブルスたちの方に戻す。

 

 移動しつつの会話は、続けてレギュラスが見つけたという、バーティの日記や手紙の一部、その内容に至っていた。

 

 「先輩はご存じかもしれませんが、バーティはその・・・ご両親との関係があまり良くなかったんです」

 

 「らしいな。ルシウスから聞いている」

 

 レギュラスの前置きにセブルスがうなずいたところで、彼は本題に入った。

 

 父親からは顧みられず、母は病弱で寝込みがちだった。そんな家庭環境であったバーティ=クラウチJr.は、乳母に育てられ、教育を受けた。

 

 ・・・その乳母が、自分なんてこの世のすべてを救う聖母様に比べたら、たいしたものじゃない、と折につけ“聖母様”のすばらしさを説くような人物でなければ、バーティはもう少し別の性格をしていたのかもしれない。

 

 日記の一部からそのような記述が見つかったところで、レギュラス自身も思い出した。

 

 レギュラスがバーティと親しくなったのは、同じ純血貴族であり、ヴォルデモート卿の思想に魅せられつつあった同志であったというのもあったが、もう一つ、家庭環境の問題を持つ者同士であったからだ。

 

 レギュラスの両親、オリオンとヴァルブルガも根強い貴族主義で、マグル差別主義者で、高圧的に貴族の義務を説き、それに倣うことを是としていた。

 

 反発していた兄はともかく、レギュラスとしては家族仲にひびを入れたくなくて、仕方なく従っていた部分もあった。それでも、思うところはあるし、何よりも兄の存在に頭を痛めていた。

 

 ゆえにこそ、本当に心寄せて信頼できたのが、ハウスエルフのクリーチャーしかいなかったのだ。

 

 だからこそ、バーティと仲良くできた部分もあったのだ。似通った部分があったから。

 

 時折、家族の愚痴を言い合えるだけで、レギュラスはよかったのだ。

 

 だから、バーティがこぼした言葉を、怪訝に思いつつも流してしまったのだ。

 

 『俺の両親はきっと、本当の両親じゃないんだ。言うことを聞かせるだけの道具か、思いついた時だけかわいがるペット扱いをしてくるだけだ。

 きっと、本当の親は、別にいるんだ』

 

 マグル生まれの学生が、時折橋の下で拾われた云々の冗談を言ってたのを思い出したレギュラスは、またそんな(『穢れた血』のような)こと言って、君だって純血じゃないかと軽く流したのだ。

 

 どうあがいても、血のつながりは変えられないとレギュラスは知っている。それに、だからすべてを捨て去りたいと願ったわけではない。もっと他に方法はなかったのか、と今でも思ってしまうほどだ。(レギュラスのことで両親は目を覚ましてくれたが、もう少し早ければ、あるいは兄とも和解の可能性だってあったはずだ)

 

 レギュラスは兄のように思い切りよく家族を切り捨てられなかった。だって、家族なんだから。注いでもらった愛は確かにあったはずなのだから。

 

 『いつかあの方を迎えに行くんだ』

 

 そんなレギュラスを見て、少し寂しげに笑いながら、バーティが言っていた。

 

 あの方とは闇の帝王のことだろうか。変わったことを言うな、とその時は思った。

 

 もし、バーティが本当に、本音の本音を言ってたのだとしたら?

 

 あの方というのは、闇の帝王ではなく、バーティが言うところの本当の親なのだとしたら?

 

 だとしたら。

 

 「・・・先輩、僕は、とんでもない間違いをしてしまったのかもしれません」

 

 ひょっとしたら、バーティを止められたのではないか。仲たがいしてろくに話し合いもしなかった兄と違い、親友といってもいい間柄だった。

 

 それなのに。こんな大ごとになるまで、彼を放置してしまった。

 

 「悔やむのは後にしたまえ」

 

 ぴしゃりとセブルスは言い放って足を止めた。

 

 黒フードを深々と被ったローブの男が、再びそこにいた。

 

 ゆるりとその手が持ち上げられ、杖先が向けられる。レギュラスはその杖に見覚えがあった。バーティの杖だ!

 

 「バーティ!」

 

 レギュラスの呼びかけにバーティらしき男は答えない。

 

 代わりに放ってきたのは緑色の光弾(死の呪文)だった。

 

 とっさにセブルスはレギュラスを突き飛ばすように、その一撃を避ける。

 

 よけざまに、左手の銃を抜いた。カインハースト謹製のエヴェリンだ。単発銃としては水銀弾の消費量のわりに高威力なので、普段使いの獣狩りの短銃に代わり、持ってきた。

 

 だが、その一撃は防護魔法(プロテゴ)でも張られてたのか、あっさり防がれてしまう。

 

 やはりか。

 

 ちっと舌打ちしたセブルスに、『バーティ』は容赦しなかった。

 

 あくまでその狙いはセブルスらしく、緑色の光弾を連続で放つ。

 

 以前は引っかかってしまったが、今度はそうはいかない。セブルスは、狩人のステップでその連撃を避ける。

 

 一度見た攻撃はさっさと覚え、避け方・防ぎ方を学習する。でないと輸血液がいくつあろうと足りなくなる。

 

 ヤーナムで、セブルスはそう学んだ。大型の獣は動き(モーション)を見て、次の攻撃を予測する。うまく銃撃を撃ち込めれば、ガンパリィからの内臓攻撃にもつなげられるし、そうでなくても敵の攻撃など受けないに越したことはない。

 

 もっとも、今回の相手は獣ではないが。

 

 「先輩! バーティ!やめてくれ!」

 

 「レギュラス」

 

 レギュラスの懇願に、ここで初めて『バーティ』が口を開いた。思っていたより、人間らしい声だった。

 

 「お前は後だ。まだ、“その時”じゃない。

 まだ“虚無”が済んだだけだ。“暗黒”と“憂うつ”がまだだ」

 

 声音こそ落ち着いた調子だったが、言ってる内容にセブルスは眉をひそめる。

 

 「友人を生贄扱いか」

 

 「何が友人だ」

 

 分厚い鋼鉄の鞘を背中に戻し、直剣形態としたルドウイークの聖剣を肩に担ぐように構え、踏み込めるよう足元に力を入れるセブルスに、『バーティ』はあざ笑うように言った。

 

 「我が君を裏切った奴に、用などない。

 むしろ糧となれることを(ほまれ)と思うべきだ」

 

 「っ・・・」

 

 レギュラスは唇をかんでうつむいた。

 

 彼が友人の本音をそうとは知らずふいにし、闇の帝王への忠誠をも裏切ったのは確かなことだ。裏切り者呼ばわりは当然のことだ。

 

 覚悟していたはずだ。わかっていたはずだ。それでも、いざ正面で罵倒されれば、胸が痛まないわけがなかった。

 

 「さて、どちらが先に裏切ったのやら」

 

 飄々と口をはさんだのはセブルスだった。

 

 「何?」

 

 「レギュラスがなぜ帝王に反旗を翻したのか。彼から聞かなかったのかね?

 彼の友であるというならば、ブラック家のハウスエルフについても聞き及んでいたと思ったが?」

 

 訊き返してきた『バーティ』に、セブルスは言った。

 

 「はっ」

 

 だが、返されたのは嘲笑だった。

 

 「たかがハウスエルフの一匹。我が君が死ねといったなら潔く死ねばいい。お前もそう思ったから、あの方の前に連れて行ったのだろう?」

 

 「そんなつもりで連れて行ったんじゃない!

 クリーチャーは!僕の大事な友達で、家族の一員だ!言ったじゃないか!」

 

 「ああ、そんなことも言ってたな」

 

 叫び返したレギュラスに、『バーティ』はせせら笑うように言った。至極、どうでもよさそうに。

 

 「闇の帝王のために、か。だから、10人殺して心臓を抜き取ったのかね?」

 

 セブルスの問いかけに、バーティはククッと含み笑いをした。

 

 「我が君は死を超越なさる方法をお探しだった。俺は知っていた。グラディスが教えてくれたんだ。

 聖母を降臨させる途中で不死身になれる方法があると。だが、我が君は信じてくださらなかった。『そんな方法は信じられない』『聖母などバカバカしい』と。

 だから、俺が実践した。聖母様がご降臨なさったら、あの方にこの座をお譲りするつもりだ」

 

 「どうやって」

 

 「俺が考える必要があるのか?聖母様なら何でも知っている」

 

 ああ、これはだめだ。

 

 セブルスの問いかけに、むしろ不思議そうに尋ね返してきた『バーティ』に、冷徹で啓蒙高い狩人は即座にさじを投げた。

 

 わかってはいたが、これは言葉でどうこうできるタイプではない。信じたもののためならとことん愚直に進める、いわゆる狂信者だ。

 

 「だが、聖母様でもご存じないことはあるようだ。お前だ」

 

 そう言って、『バーティ』はセブルスにフードの先を向けなおす。

 

 「お前は何者だ?どうやって入り込んだ?」

 

 「私か?私は狩人だよ。貴公らこの世ならざるモノどもを狩りとる、な!」

 

 言い終えるとほぼ同時に踏み込んだ。石畳を踏み砕かんばかりの踏み込みとともに放たれたのは、強烈な突きだ。重厚な鞘を伴ってない分重みには欠けるが、その分速度に満ちた稲妻のような突きだ。

 

 さすがにこれはたまったものではなかったのか、『バーティ』はたまらず吹っ飛んでホグワーツ城の石の壁にたたきつけられる。

 

 すかさずセブルスはさらに踏み込む。追撃の剣撃をたたき込むつもりだ。ノーモーションの死の呪文を連射しようと、その隙を与えなければいい。

 

 言うは易し行うは難し、とはいえ、やろうとしなければ始まらない。

 

 『バーティ』がのろのろと立ち上がるより早く、セブルスはルドウイークの聖剣を振りかぶった。

 

 あの感触がした。鉄に切りかかるような感触だ。ローブも浅く切れたが、その下の服は健在だ。そればかりか、ローブは見る見るうちに直っていく。

 

 やはり、この『バーティ』は“21の秘跡”の儀式によって不死身になってしまっているのだろう。

 

 だが、だとしても。

 

 「無駄なことを」

 

 大きく飛び下がって距離を取り、勝ち誇ってせせら笑う『バーティ』に、セブルスはルドウイークの聖剣を構えなおす。

 

 「不死身がどうした。死なないならば、死ぬまで殺すだけだ」

 

 「なるほど。では、こちらもそうしよう。死ね、狩人」

 

 にらみ合うセブルスと『バーティ』を、レギュラスは呆然と見ていた。

 

 親愛なる先輩と、親友の殺し合い。止めなければと思う反面、どうしようもないとわかってもいた。

 

 苦悩と逡巡の結果だった。

 

 だが、次の瞬間、不意に『バーティ』はフードの先をあらぬ方向に向けた。

 

 「ああ、何だ。もう来たのか」

 

 すっと『バーティ』は杖を下ろす。

 

 「時間切れだ。先に殺さなければならないものがいる。お前は後回しにしてやろう。幸運だったな、狩人」

 

 すうっとその姿が空気に溶けるように消えていく。

 

 一瞬セブルスは怪訝に思ったが、すぐに思い至った。

 

 先ほど『バーティ』は言っていた。まだ“虚無”が済んだだけだ。“暗黒”と“憂うつ”がまだだと。

 

 

 

 

 

 “21の秘跡”は、10人殺して心臓を抜き取らねばならない。そして、11番目に自殺して自身の支配する異世界を形成する。

 

 その後も殺人をしなければならないが、今度はいささか異なる。対象は無差別ではいけない。それぞれ、儀式遂行者にとっての特定のテーマに沿う、人間を生贄にしなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 ここで、セブルスは自身の体を包み込む赤黒い霧が色濃くなってきているのに気が付いた。侵入の時間切れだ。

 

 「先輩?!」

 

 「レギュラス!私は出直す!お前はいけ!殺人を止めろ!」

 

 ぎょっとするレギュラスに、セブルスは叫んだ。

 

 「殺人?!バーティが?!また人を殺すんですか?!」

 

 「この異世界に引きずり込まれた人間は、儀式遂行のための生贄だ!殺人を止めろ!取り返しのつかないことに」

 

 言い終えるより早く、セブルスは赤黒い霧に姿をのまれ、消えてしまった。

 

 

 

 

 

続く

 




【バーテミウス=クラウチJr.の杖】

 バーテミウス=クラウチJr.が学生時代から愛用している、長さ37センチの杖。

 ドラゴンの心臓の琴線に、クルミの木が使われている。

 家族に顧みられずと、その杖は主とともにあった。主が聖母を妄信し、闇の帝王に魅入られた後でさえも。

 聖母と闇の帝王の両立がありうることではないと、主がわかっていないことなど、杖にとっては大したことではない。





 次回の投稿は、すみませんね、いつになるかは未定です。

 内容は、儀式を止めろ!チームセブルス!・・・と言いたいところですが、あのう、そろそろホグワーツの新学期がスタートで・・・。
 さらにさらに、スキャンダル炸裂。みんな大好きレディ・イエローペーパー、ブッコんできましたぜ!お楽しみに!


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【5】セブルス=スネイプと、停職命令

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 ずいぶんお久しぶりなのに、またお付き合いしていただき、本当にありがとうございます。

 Q.ダンブルドア、どうなるんです?

 A.①そのままフェードアウト
  ②うっかり教団に助けられて、そのまま同調・入団しちゃった♪
  ③イギリスには帰ってくるけど、何もかもかなぐり捨てて世捨て人になる
 どれがいいです?①でいいと思ってたんですがね。

 まあ、彼はこの楽章には絡んできませんよ。多分。
 アンケートにはしませんので、回答しても意味はないです。私は基本、文章を勢いのままに書きますので、もう出番はないと思っても、また出番があった!ってことがありますので。エイブリーさんとか。

 というわけで続きです。

 タイトル?読めばわかります。


 

 「おいおい、勘弁してくれよ・・・」

 

 それを最初に見た時、思わずエイブリーはそう口走っていた。

 

 ダイアゴン横丁の一角。石造りの一等立派な建物は、グリンゴッツの本店だった。エイブリーも取引関係で、グリンゴッツにはよく出入りしているのだが、こんなところに鉢合わせるとは思わなかった。

 

 その玄関口となる大理石の階段の前に、異常なものが一つ転がっていた。遠巻きにしてざわざわと騒ぐ野次馬にまぎれながら、エイブリーは野次馬の頭越しにそれを見やる。

 

 それは、死体だった。

 

 エイブリーも見たことのある顔だ。確か、ホグワーツの在校時代の知り合いだ。エイブリーの記憶が正しいなら、確かレイブンクローにいた陰湿ないじめ(持ち物を隠したり、陰口をたたいたり、物陰で呪文を使ってびしょ濡れにさせたりと)をやっていた女だったはず。

 

 だが、今はその面影はまるでなかった。

 

 何しろ、首は上を向いているくせに、胴はうつぶせ――つまり、首を180度回転させられている状態で倒れているのだ。恐怖に目を見開いた表情といい、どう見ても死んでいる。

 

 まくれ上がった袖の下にある腕に刻み込まれた数字は“13121”。

 

 悲しいかな、すでにエイブリーはその数字の意味を、先日家に来たセブルスに教えられてしまっていた。

 

 セブルスは同一犯――つまり、どうやってか生き残っているだろうバーテミウス=クラウチJr.の仕業と思い込んでいるようだが、エイブリー自身は半信半疑だった。

 

 吸魂鬼(ディメンター)の恐ろしさはエイブリーも聞き及んでいる。だからこそ、どうにかこうにかアズカバンを逃れたのだ。

 

 そこからの脱獄など、そう簡単なことではないだろう。紙一重のブラックはともかく。(加えて、ブラックの脱獄を受けて、その手の警備も強化されたのだ。囚人たちは全員動物もどき(アニメーガス)の変身封じの魔法が付与された首輪を強制装備させられることになったのだ)

 

 やっと駆けつけてきた闇祓いたちが、現場検証を始める。

 

 野次馬たちにこの死体について尋ねているが、芳しい証言は出ない。それはそうだ。その死体は、気が付けばそこにあった、としか言えないのだから。

 

 クラウチねえ・・・。

 

 エイブリーは口の中で、問題の名前をぼやいた。

 

 知り合いに探りを入れたところ、左遷されようが奥方が死のうが相も変わらず自宅と魔法省の往復作業をされているらしい。何が楽しくて生きているのかいまいちわからない男だというのは、エイブリーの感想である。

 

 ところが、別の知り合いに聞いたところ、その知り合いが一つ、奇妙な話をもたらしてきたのだ。

 

 その知り合いは、クィディッチ専門のブックメーカー(要は賭けの元締め)であり、賭けに参加する人間の把握のためにクィディッチのチケット販売の仲介などもおまけでやっているのだが、その伝手でクラウチ氏の奇妙な動きを察知したのだ。

 

 なんでも、試合前のあいさつ回りは周到にやるくせに、試合本番は絶対観ない(そんな暇あったら仕事をしている)はずのクラウチ氏が、チケットを欲しがったというのだ。

 

 コネづくりにもなると融通してやったが、何を考えているのやら、とその知り合いは首をひねっていた。

 

 クラウチが観戦したのか?というエイブリーの問いに、その知り合いは首を横に振った。そのチケットの席は一つだけとはいえ、結局空席のままであったらしい。

 

 勿体ないことをしたとぼやく知り合いに、エイブリーはまあ儲かったならいいじゃねえかとなだめを入れたが、エイブリーは何とも言えない奇妙な感覚を覚えていた。

 

 自身の商売でも感じた違和感。

 

 まるで。クラウチが、誰か、存在しないはずの人間を世話しているかのような。

 

 死んだ奥方がまだ生きていると錯覚しているのか?ならば、仕事場でももう少しそれらしい言動をするはずだが、そういった話は聞こえてこない。

 

 考えかけて、エイブリーはガシガシと茶髪を搔いた。こういう細かいことを考えるのは、彼はあまり得意ではないのだ。

 

 とはいえ、能天気にしていられないのも事実だ。

 

 何しろ、エイブリーは闇の印を消して、闇の陣営とは手を切った。矢面に立っているのはマルフォイだが、少し調べればエイブリーもそうだとすぐにわかることだ。

 

 そして、クラウチJr.も死喰い人であった。それも闇の帝王狂いの狂信者といっても過言ではなかったのだ。

 

 もし・・・万が一、セブルスの言うとおり、クラウチJr.が何らかの手段で生き延びていることが判明したら。その結果、エイブリーの系列に何かダメージが加わるような事態が起こるようなことになったら。

 

 冗談じゃねえ、とエイブリーはキリッと口の中で歯をかみしめた。

 

 ようやく、エイブリーの家の再興ができたのだ。公にはしていないが、つるんでいたマルシベール(アズカバンにいる。時々会いにも行っている)の一人娘の後見だってやっている。

 

 嫁だって迎えた。やっと順風満帆なところにこぎつけられたこの生活に、ケチをつけられてはたまったものではない。

 

 あのお方狂いはおおいに結構だ。好きなだけアズカバンでやってくれや。

 

 エイブリーは、さっさと用を済ませるや、家路につく。すぐにセブルスと、他の知り合いたちにフクロウを飛ばさねば。

 

 

 

 

 

 さて、こちらはマグル界にあるメイソン宅である。

 

 ハリー=メイソンは、ここ数日分厚い書籍(セブルスが持ち込んできたそれ)をまくって、調べ物をしていた。

 

 一息つくついでに、眼鏡をはずす。最近かけ始めた老眼鏡だ。最近手元のものを見るとき、ピントが合いにくくなり、それを担当の編集に愚痴ったら作るのを勧められたのだ。以降、読書や執筆の際、銀縁でハーフリムのそれはハリーの目元を覆うことになっている。

 

 ついでに、長期にわたって細かい字をにらみつけていると、目がちらちらしていけない。年だろうか?(まだそんなつもりはなかったのだが)

 

 眉間を軽くもみほぐしてから、コーヒーを一口飲む。だいぶぬるくなってしまっているが、コーヒーのカフェインは考え事をする際に、とても役に立つ。

 

 頼まれていた調べ物は一段落ついた。

 

 書籍の中に巧妙に偽装されたページがあり、それもまたひどく難解な言い回しをしていたので、どうにかこうにか解読したのだ。

 

 だが。

 

 「これは・・・魔法界の人たちじゃないと、どうにかできそうにないね・・・」

 

 結論から言うと、そうなってしまう。

 

 他に手段はないか。遠隔でも自分にできることはないか。あるいは異世界に潜っているセブルスの方が何とかできないか。

 

 そう思い、他にも調べてみたのだが、確実な手段はたったの一つだけだ。

 

 「儀式遂行者の体の一部を本人の真の肉体に埋め込むと、不死身じゃなくなる、か」

 

 だが、これには大きな問題が二つある。

 

 一つ。儀式遂行者の体の一部なんて都合のいいものがあるのか。あったとしたらどこにあるのか。可能性が高いのが、本人の実家だが、ご両親と仲が悪かったことを聞けば、可能性は低いかもしれない。

 

 もう一つ。儀式遂行者本人の真の肉体とやらがどこにあるのか。自殺してその支配する異世界を形成しているというが、15年前のアレッサの時でさえ、彼女がどこにいるかハリーにはほとんどさっぱり状態だったのだ。あれと似たような状態なら、クラウチJr.という魔法族が、果たしてどこにいるのか、そう簡単には突き止められないだろう。

 

 「後半にいたっては、おそらく儀式が最終段階に至らないと、多分、無意味だ」

 

 不死身ではなくした後、“虚無”“暗黒”“憂うつ”“絶望”“誘惑”“起源”“監視”“混沌”の8本の槍を真の肉体に刺せば、偶像の肉体にこちらの干渉が効くようになるという。だが、現在はそのテーマに基づいた殺人が行われている真っ最中である。

 

 まだ、この部分は意味がないと考えた方がいいだろう。

 

 だが。

 

 「・・・セブルスなら、無視してしまいそうなんだがね」

 

 ぽつりとハリーはつぶやいた。

 

 何しろ、サイレントヒルの怪物――ハリーは必要最低限しか戦わなかった連中を、平然とちぎっては投げしていたのだ。

 

 物騒な武器を使って、血まみれになろうが殴られようが(むしろ生き生きとして)殺し返していた。

 

 出会った当初はかなり面食らったし、警戒もした。それでも、彼はハリーが戦っているところに助太刀してくれたし、娘を探しているというハリーを気遣ってくれた。

 

 だが、ハリーはどこか感じていた。あの友人は、どこか並外れている。最初は魔法使いだからかと思っていたが、リリーやルシウスという他の魔法族を知ってしまえば、セブルスの方が異常なのだとおのずと察せられた。

 

 それでも、セブルスが友人であるのに変わりはない。(たとえ、変わったという枕詞が付こうとも)

 

 余談だが、最初ハリーは、セブルスを自分と同い年くらいと思っていた。まさか10歳以上年下だとは思わなかったが。

 

 セブルスは不思議な男だった。見た目こそ若く見えるが、雰囲気は老練で落ち着いている。それが彼の年齢不詳ぶりに拍車をかけている。別にそれが悪いというわけではないが。

 

 「パパ!そろそろご飯だよ!」

 

 書斎のドアをノックしながら、ハリーJr.が声をかけてきた。

 

 「ああ。もうそんな時間か。ちょっと待っててくれ、ジュニア」

 

 返事を返してから、ハリーはしおりを挟んだ書籍と資料をまとめるのに使ったレポート用紙をもって、壁の本棚に彫り込まれているレリーフをいじる。

 

 がちゃんッと本棚がずれて、その奥に金庫が現れた。いわゆる隠し金庫だ。この金庫の存在を知るのは、ハリー本人以外では金庫を仕込むのを手伝ってもらったセブルスとリリーだけだ。

 

 子供たちに見られたり、勝手に触られたらまずいもの――銃器の類(ちゃんとメンテナンスもしている)や、サイレントヒル関連の資料や遺物などをこの中にしまっているのだ。

 

 金庫の中に本を収め、本棚をもとに戻し、元通りに見えるようにしてから、ハリーは書斎を後にした。

 

 

 

 

 

 レギュラスは歯噛みしていた。

 

 彼が駆け付けた時には、遅かった。

 

 異世界は、魔法界の構造物や街並みをでたらめにつなぎ合わせたかのような迷宮のような有様を見せ、挙句現実では見たことがないような難解なパズルを通り道で仕掛けてくるのだ。

 

 どうにかこうにかそれを突破し、レギュラスが駆け付けた時には、彼女はその首を物理的に無理な方向にひねられた直後だった。

 

 浮遊呪文の応用だろうか。空中に浮かべられ、磔同然に身動きできなくされた後、そうされたらしい。

 

 地面に落され倒れた女がピクピクと痙攣するのをよそに、そのままクラウチJr.は空気に溶けるように姿を消した。

 

 『バーティ!』

 

 レギュラスの叫びなど、一顧だにせずに。

 

 そうして、レギュラスはどうにか女の手当てと治療を試みたが、レギュラスの使える治癒呪文(エピスキー)ではどうにもできず、そのまま彼女は息を引き取った。

 

 そのままレギュラスの目の前も真っ暗になり、次に気が付いたらあの部屋に戻ってきたのだ。あの決して出られない、異様な部屋に。

 

 あの女性には見覚えがある。

 

 ホグワーツの同級生だ。成績優秀なバーティのことを逆恨みして、悪口を言ったり、持ち物や教材を隠したりしてきた、陰湿な女だ。

 

 レギュラスが隣にいるときはあからさまなほど媚をうってきたくせに。

 

 けれど。

 

 だからと言って殺すことはないじゃないか。

 

 椅子に座ったレギュラスは、口の中でそんな悔恨とも愚痴ともつかない文句をかみしめる。

 

 レギュラスもかつては死喰い人だった。人を殺すことは絶対にいけないと考えていると言えば、嘘になる。

 

 だが、これは違う。これは、かつてレギュラスが是としていたこと、魔法界のためになると信じていたこととは、根本的に何かが異なっている。

 

 生贄だと、セブルスは言っていた。

 

 この空間に引きずり込まれる人間は、儀式のための生贄なのだと。・・・レギュラスも含めて。

 

 バーティは言っていた。レギュラスは後だ。“暗黒”と“憂うつ”がまだだと。

 

 先に殺された彼女が“暗黒”なのだとしたら。

 

 「次にもう一人死んで、そして・・・」

 

 その次が、自分だ。

 

 声に出さずに、レギュラスは確信した。バーティは必ず、レギュラスを殺しに来る。

 

 椅子に座ったまま、レギュラスは膝の上に置いた両の手をギュウッと握りしめた。

 

 殺人を止めろ!というセブルスの言葉を再度反芻して、レギュラスはきっと顔をあげる。

 

 もう手遅れかもしれない。レギュラスの言葉はもう届かないのかもしれない。

 

 それでも。

 

 親友(バーティ)を、止めなければ。間違ったことを友人がしていたら、嫌われても止めなければならない。

 

 あの日・・・階段から落ちたレギュラスを浮遊呪文で救ってくれたバーティを、今度はレギュラスが助けるのだ。

 

 勢いよく立ち上がると、レギュラスは壁に空いた大穴のところへ向かう。

 

 最初に見つけた時よりも、穴はだいぶ大きくなっている。最初は四つん這いにならないとは入れなかったのに、今は少し腰をかがめたくらいで済むぐらいの大きさになっている。

 

 あの異様なバーティを、果たして只人のレギュラスが止められるだろうか?

 

 否、不安になっている場合ではない。できるかできないかではない。やるか、やらないかだ。

 

 大穴をくぐり、奇妙な浮遊感と鼓膜を支配するノイズに早くも慣れ始めた自分に吐き気を覚えつつ、レギュラスは硬く決意していた。

 

 

 

 

 

 さて、セブルスの方であるが、そろそろ学校の準備もせねばならないことを、ひそかに悩んでいた。まだ、“21の秘跡”関連のことが片付けれていないというのに。

 

 以前も記述したが、教師陣は学期開始の1週間前にホグワーツに来て、カリキュラムの準備や年内行事の打ち合わせを行う。

 

 そして、今年のことになるのだが・・・実は、前学期終了時に聞かされていたことがあり、その確認を改めて行わねばならないのだ。

 

 三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の開催である。

 

 その時はまだ計画段階であり、正式決定まで生徒間への通達は厳禁とされていたイベントである。

 

 セブルスもちらと確認した程度だが、その概要としては以下のとおりである。

 

 ヨーロッパでもっとも大きい魔法学校には、ホグワーツ魔法魔術学校、ダームストラング専門学校、ボーバトン魔法アカデミーという3つの学校があり、その生徒たちが技を競う魔法試合である。

 

 それぞれの学校からひとりずつ代表が選ばれ、彼らは魔法能力、知力、勇気を計る3つの課題に挑戦し、それは参加校の校長たちによって審査され、選手たちは優勝の名誉と栄光である優勝杯と賞金をかけて競うらしい。

 

 もっとも、対抗試合はその並外れた危険性で有名であり、試合中に選手たちの死亡事故が相次いだため安全の観点から200年ほど昔に中止にされ、以降それは行われていなかった。

 

 ・・・のだが、長きにわたってダンブルドアはじめ、三校間の校長らが試合の開催を調整し、今年ホグワーツで開催を!と予定していたらしい。

 

 しかしである。思い出していただきたい。ここ数年のホグワーツにおける不祥事の数々を。

 

 3年前は、森番がドラゴンを不法飼育し、預かっていた賢者の石を狙ったテロリストが不法侵入を目論んだ。

 

 一昨年は、新任教授が実はとんでもない詐欺師で授業妨害しまくった挙句行方不明となり、最終的に森番によるアクロマンチュラ解放からの禁じられた森での大コロニーの存在が発覚。

 

 去年は去年で、脱獄囚と死喰い人が違法動物もどき(アニメーガス)として校内に居座り、その捕縛のためにやってきたはずの吸魂鬼(ディメンター)が暴走して生徒を襲う始末である。

 

 「こんな中、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の開催?!イギリスの恥をヨーロッパ全土に曝そうというのですか?!挙句、ホグワーツ生のみならず、ボーバトン・ダームストラング両校の生徒までトラブルに巻き込む気ですか?!

 ホグワーツの警備体制の見直しもろくにできてない状態ですよ?!

 絶対ダメです!断固として反対します!!」

 

 聖マンゴの病室のベッドの上で、日程調整の確認にやってきた魔法省の国際魔法協力部のお役人に、マクゴナガルは青ざめて叫んだ。

 

 直後、彼女はこふぅっ!と吐血までしており、お役人は聖マンゴの癒師(ヒーラー)に「何を馬鹿なことを言ってるんですか!」と吐き捨てられながら追い出された。

 

 入院までして、ようやっとよくなり始めたところでこの騒ぎである。もっとも、マクゴナガル本人は学期が始まるまでには絶対治して退院します!と豪語していた。ものすごい精神力と責任感である。

 

 話を戻すが、とにかくマクゴナガルはじめ教職員とルシウスはじめとした理事会、そして一部の魔法省職員は、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の中止を声高に訴えた。

 

 ホグワーツの警備と制度の見直し(ここまで不祥事の連発で、そろそろテコ入れをという声が上がり始めたのだ)が落ち着くまで、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の開催など、夢のまた夢でしかない。

 

 一部の頭の固い(見栄大好きな伝統保守派)の純血貴族たちや、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の開催を推し進めていたダンブルドアのシンパなどは、渋面をしたものの、これでまた何か不祥事があったら、お前ら責任とれるのか?!被害者にお前らが賠償できるんだな?!と、中止を訴えるメンバーに叫ばれてやむなく閉口した。

 

 要は、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の開催はないが、ホグワーツの方は一部システムや教職員に見直しがあるということだ。

 

 どうなることやら。

 

 とセブルスは思っていたのだが。

 

 「狩人様、お手紙が届いています」

 

 僻墓から帰宅したセブルスに、メアリーが差し出してきたのは、赤い封蝋のついた羊皮紙製の封筒だった。

 

 はて、とセブルスは内心怪訝に思う。

 

 もちろん、教職員宛にもホグワーツからの手紙が届くし、学期開始前の準備期間に何か緊急の連絡事項があれば、すぐさまフクロウ便が来る。(電話なんて便利なものは、魔法界にはないのだ)

 

 すでに教職員あての通常の業務連絡用のフクロウ便は届いているので、これは緊急連絡ということになるのか。吼えメールでないのは不幸中の幸いだ。というか、あれは大体私信にしか使わない。あんな騒音発生器、職場で使うものではないのだ。あるいは、受け取り拒否する相手に、どうしても伝えたいことがある場合くらいだろう。

 

 すぐさま、セブルスは手紙に目を通した。そうして、内容を咀嚼するのに、啓蒙高い上位者らしくなくおおよそ20秒ほどかかった。

 

 手紙の内容は要約してこうである。“学期開始前の準備期間は来てもらうけど、入学式から3か月は謹慎してもらうから。”

 

 好都合ではあるが・・・何ゆえに?

 

 セブルスは首をかしげざるを得なかった。

 

 ・・・彼の家は、日刊預言者新聞の定期購読はしていない。ゆえにこそ、何が起こっているか知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 どうしてこんなことに。

 

 日刊預言者新聞は、ベトベトだった。先ほどまでホラス=スラグホーンが口に含んでいたパイナップルの砂糖漬け(彼の好物である)を吹いてしまったせいだ。

 

 自宅のリビング、魔法薬学の研究の合間の息抜きのお茶の時間だったのに。

 

 幸い、汚れたのは文字部分だけで、写真部分は健在だった。

 

 そこに映るのは、とある光景だった。

 

 場所自体は、スラグホーンも見覚えがあり、おそらくホグワーツの大広間だろうと思われる。

 

 だが、映っている人物とその行動が常軌を逸していた。

 

 血反吐をまき散らしながら天井と床を往復する、なんだか黒い汚らしい塊。手足とサイズから、おそらく人間だろうと思われる。

 

 そして、分厚い金属塊が取り付けられた左手を突き上げる格好で、落下してくるそれをひたすら打ち上げる、黒衣に黒髪の人物の後ろ姿。

 

 スラグホーンは知っていた。それは、セブルスだ。あの左手のブツも見たことがある。かつてそれは、ダンブルドアをもぶちのめした代物なのだから。

 

 遠景から撮られた写真であるらしいが、ピントはくっきりあってたし、後ろ姿でも特徴的な衣服である。スラグホーン以外にも、すぐにそれがだれかピンとくる人間はいるだろう。

 

 『暴力教師ののさばるホグワーツの実態に迫る!』

 

 という見出しで始められているその記事は、日刊預言者新聞の一面記事を独占。

 

 友人の息子を心配して、吸魂鬼の襲撃に遭った大広間に駆けつけた無実のシリウス=ブラックに教師のセブルス=スネイプが一方的に暴力をふるったという概要と、セブルスのことを知るという魔法使いのコメントが添えられていた。

 

 『学生時代の仕返しですよ、きっと。ホグワーツの同級生の間じゃ有名なんですよ。あいつ、闇の魔法に手を出してて、他の寮生にかけて回ってて!挙句、シリウス=ブラックたちに、逆さづりにされてからパンツ丸見えにされてたんです!貧乏くさい灰色パンツでしたよ!それを恨んでるんですよ、きっと!ええ!きっと“例のあの人”にも加担してたでしょうね!だって、あの後、助けに入った英雄リリーに、“穢れた血”なんて罵倒してたんですから!』

 

 馬鹿なことを言うんじゃない!なんてことを!

 

 スラグホーンは知っている。というか、後日、目撃者たちから詳細を聞き出したのだ。

 

 あれは確かに、セブルスも悪いところだってあっただろうが、赤の他人がしたり顔であげつらっていいことではないだろうに!

 

 不祥事続きのホグワーツに、こんな男が勤め上げるのをこのまま許していいものだろうか?今後の動向に注目したい、という文句で締められているその記事は、リータ=スキーターによるものだった。

 

 やっぱりか!あのレディ・イエローペーパー*1が!

 

 というか、日刊預言者新聞も何でこんな記事載せた?大方、ブラックの脱獄やペティグリューの取り逃がし、クィディッチワールドカップの中止という不祥事の連打に焦ったファッジが、非難の矛先をホグワーツに向けようとしたのだろう。

 

 セブルスを敵に回していいことなど一つもないというのに。スラグホーンは知っている。

 

 セブルスの開発した錠剤化魔法や、脱狼薬の改良で純血貴族たちは安価に人狼たちを雇えるようになったのだ。自身の荘園で、安く労働力を賄えるようになった純血貴族たちは、言葉にこそ出さないがセブルスが求めれば、自然とその味方に付くことは察せられた。(直接的にかかわりを持っているのはブラックやマルフォイなのだろうが)

 

 加えて、最近はセブルスは純血貴族を悩ませる不妊症の治療薬の開発にも着手しており、スラグホーンにも手紙で相談をしてきているのだ。

 

 これが成功すれば、イギリス魔法界の未来がまた一歩明るいものとなる。(そのおこぼれにあずかるスラグホーンの栄誉も含めて)

 

 で、その彼をスキャンダルで潰せば、それもご破算になりかねない。

 

 スキーターが、他人の不幸は自分の記事と本の値段と同値と思い込んでいる、低俗すぎる価値観の持ち主と知ってはいたが、ここまで愚かとは思わなかった。

 

 スキーターが半年ほど前に出していたダンブルドアの暴露本は、不死鳥の騎士団シンパやそっち方面の資産家が出版社に圧力をかけたのか、極めて短期に回収となっていたが、あれで懲りなかったのか。

 

 いや、あの本が売れたから、二番煎じを狙ったのか?

 

 まあ、ぶっちゃけた話、ダンブルドアの暴露本とほぼ同時期に別の本が出版され、そちらの方が面白いうえ、興味深かったからかそちらの方がベストセラー入りしてしまったので、名誉挽回を狙ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 余談になるが、そのほぼ同時期に出版された別の本というのは、ハロルドという男が作者の『闇の帝王記~彼がいかにしてその道に至ったか~』という本で、マルフォイ傘下の出版社から出版されている。要は、ヴォルデモート卿関連の暴露本である。

 

 賢明なる読者諸氏は、ハロルドが誰なのかは、すでにお察しであることだろう。ルシウス=マルフォイが、亡き父アブラクサスの日記の貸し出しを始め、資料を提供したのも当然お分かりいただけるだろう。

 

 純血主義のマグル排除主義を謳った闇の帝王が、実はマグルの父親を持つ半純血だったとかいう、大スキャンダルで(シリウス侵入で緊張状態の)ホグワーツ校外は大騒ぎであったのだ。

 

 

 

 

 

 いずれにせよ、スキーターは純血貴族の大半を敵に回したに違いない。

 

 聞いた話になるが、セブルスはホグワーツでもうまくやっているようで、少々恐れられることもあるが、基本的にはいい先生をやっているらしい。つまり、生徒にも慕われている。

 

 そんな男の評判を地に叩き落そうとしたスキーターに、どんな未来が待ち受けているのやら。

 

 ・・・スラグホーンも、スキーターの記事をへらへらしながら読んでいたことがあるので、あまり偉そうなことは言えないのだが。

 

 いずれにせよ、彼女がその情熱(毒牙)をあらぬ方向に向けなければいい。

 

 後、セブルスはおそらく、停職になるだろう。馬鹿の妄言を真に受ける輩はいつでもどこにでもいるが、学校という教育現場であり、公共の場である。体裁というのはいるのだ。

 

 ちらと、スラグホーンはテーブルの上に置いていた羊皮紙製の封筒に目をやった。赤い封蝋は獅子、大鷲、アナグマ、蛇の4体がHの字を囲んだデザインのものだ。

 

 ダンブルドアは永久停職で連絡不能の行方不明。マクゴナガルは倒れ、セブルスは(おそらく)停職。

 

 そして、スラグホーンの持つ伝手によれば、ここ数年の不祥事のあまり、ホグワーツの管理体制の見直しがあり、そこには教員体制も含まれるのだとか。

 

 セブルスへの貸し作りにもなるかもしれない。スラグ・クラブの再開も悪くないだろう。

 

 やれやれ。やっと隠居生活になじみ始めたというのに。ため息をついて、スラグホーンは不快なだけの新聞を折りたたみ、パイナップルの砂糖漬けを新しく口に運んだ。

 

 

 

 

 

続く

 

 

*1
個人や会社などの秘密や弱点を暴くことなど、興味本位の低俗な記事が多い新聞のこと




【パイナップルの砂糖漬け】

 ホラス=スラグホーンの好物の甘味。切り分けたパイナップルをザラメで煮、粗熱を取ってからグラニュー糖をまぶしたもの。

 スラグホーンは研究の合間に、これをつまむことを好む。

 ねっとりした甘味と、パイナップルの歯ごたえは、彼の中の悩みを軽くしてくれるように思われるからだ。





 Q.新聞記事の写真、どこから出てきたんですか?

 A.次回やりますので、この場では割愛させてください。





 次回の投稿は、時期は未定ですけど、内容は決まっています!
 4年生開始のホグワーツ!といきたいのですが、セブルスさんは謹慎です。しょうがないね!
 そして、レディ・イエローペーパーは、いかにしてスキャンダルを得たか。お楽しみに!


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【6】リータ=スキーターと、神の墓

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 感想も本当にありがとうございます。だいぶ返してない分がたまってて、いまさら返していいものかと、なってしまってまして。感想をいただけるのは本当にうれしいので、返したくはあるのですが。

 あと、前話の最初の方で亡くなった女性ですが、あれはモブです。

 ガマガエルさんかと期待されてる方がいらっしゃるみたいですが、ガマガエルさんはスリザリン出身で、あのモブはレイブンクロー出身です。

 モブなんで、ぶっちゃけ死んでもあんまり大きな影響はないんですよ。

 じゃあ、ガマガエルさんはいつ処分するの?という話ですが・・・どうしましょうねえ?順当に行くなら、次楽章になるんでしょうけど。

 というわけで続きです。

 ホグワーツが始まらないんですが?!


 

 「ねえ、ドラコ。リータ=スキーターって人がどこにいるか知らない?」

 

 近年まれにみる、無表情のハリーJr.を前にドラコは震え上がりそうになった。

 

 ホグワーツ特急のコンパートメントの一室だった。

 

 

 

 

 

 あの表情のハリーJr.を、ドラコは以前見たことがある。

 

 あれは確か・・・そう、怪物邸騒動の少し前、父へのプレゼントに悩むドラコがハリーJr.の案内で、買い物をするためにマグルの街に出かけた時のことだ。(マグル製品なら珍しいからいいかも、とアドバイスされたのだ)

 

 その時、ハリーJr.のマグルの友人(といっていいのか?プライマリーのクラスメートだったという)と出くわしたが、連中がハリーJr.のことをからかってきたのだ。

 

 基本的にはのほほんとしているハリーJr.が特定のワードでキレるというのを、ドラコはその時初めて知った。

 

 そして、彼が本気で怒った時は、恐ろしいほどの無表情になるということも。

 

 そのままハリーJr.は無言でその少年たちに殴り掛かり、相手が泣いて謝っても、右足で執拗に蹴り続けていた。

 

 ハリーJr.に、お前の家族は偽物家族ってのは、禁句。

 

 ドラコは理知的だと自負していたので、即座にそれを脳髄に刻み込んだ。彼は友人には思いやりをもって接するし、少々素直になれないところはあっても、本当に言ってはいけないことは(友人と思っている相手には)言わないようにしているのだ。

 

 

 

 

 

 ホグワーツに入学して以降は見てなかった、ハリーJr.の本気の無表情を目の当たりにしたドラコは、すぐさま怒りの原因を全力で考えた。

 

 否、考えるまでもなかった。・・・メイソン宅も、ハリーJr.が学校で困らないようにというのと、後はメイソン氏が娯楽雑誌感覚で日刊預言者新聞を定期購読しているのだ。

 

 「・・・リータ=スキーターの記事を本気にするんじゃない。あの女は相手にしても馬鹿を見るだけだ。父上もそうおっしゃっていた」

 

 「でも許せないよ!何だよあの記事!!何も知らないくせに!!」

 

 ハリーJr.の怒声とともに、風もないのに彼の黒髪がブワリと広がる。魔力暴走一歩手前というありさまだ。

 

 魔法族の子供は感情任せに魔法を暴発させやすい。特に顕著なのが10代前半である。ゆえにこそ、この時期に魔力のコントロールをたたき込み、周囲への被害を抑えるために寄宿魔法学校に入学するようになっているのだ。

 

 「落ち着け!ここでお前が怒っても何の解決にもならないんだぞ!」

 

 ドラコの一喝に、はっとしたハリーJr.はしゅんッとうなだれた。

 

 「ごめん・・・」

 

 「かまわない。それに、僕も馬鹿を見るとわかっていても、腹は立つ」

 

 ツンと顎を挙げてドラコは答える。

 

 そうとも。スリザリンは人一倍仲間思いである。尊敬する寮監であり、魔法薬学教授であり、自寮の先輩たる先生を悪く言われて、なんとも思わないわけがないのだ。

 

 「ドラコ・・・」

 

 「言っておくがな、この件に関しては父上もお怒りだ。誰を敵に回したか、思い知らせてやるとおっしゃっていたんだ」

 

 ホッと顔を緩めるハリーJr.に、ドラコは照れ隠しに早口で続けた。

 

 「・・・お前の家族は、大丈夫だったか?」

 

 「あははは・・・一番キレてたのはヘザーだよ。素振り用の鉄パイプ持って飛び出そうとするのを、パパと二人がかりで止めたんだから」

 

 「そこまでか・・・」

 

 「最近ますます力強くなっててさ。昔から喧嘩で勝てなかったけどね」

 

 「・・・確かに」

 

 ハリーJr.の愚痴に、ドラコはうなずいた。

 

 何しろ、5年前の怪物邸騒動の際、ヘザーはその細そうに見える腕で、片手はベランダの手すりにしがみつき、もう片方の手で今にも食べられそうになるハリーJr.とドラコ(実質宙づりで、すぐ下に怪物邸の大口があった)を支えた実績があるのだ。当時、ヘザーは11歳である。

 

 彼らと知り合う前のドラコであれば、容赦なくヘザーのことを野蛮なマグル女とこき下ろしていただろう。

 

 今はこう思っている。杖なしでメイソン姉弟を怒らせてはいけない。

 

 「ママも怖い顔しててさ。吼えメールを出すとか言ってて」

 

 なお、ハリーJr.はあの大広間であったセブルスの暴虐について、家族に向けて一応説明したし、父も即座にセブルスの行動の根源に自分たち家族のためと即座に見抜いていた。それもあって、リリーは「やり過ぎよ・・・」とため息を吐くだけで済ませていた。

 

 「おい!」

 

 思わずドラコは顔をひきつらせた。

 

 ハリーJr.のママ――つまり、リリー=メイソンの正体は、リリー=ポッターである。ハリーJr.と同じくらい、その身元をはっきりさせてはいけない、

 

 吼えメールなんて、声からばれる可能性があるというのに。

 

 「パパが必死に止めてた」

 

 「そのMr.メイソンはうちにとんでもなく分厚い封筒のフクロウ便を送り付けてきたがな」

 

 「ごめんなさい」

 

 「父上も仰天なさってたぞ」

 

 ため息交じりに言うドラコに、ハリーJr.は申し訳なさそうな顔をした。

 

 「それから、覚悟しておけ」

 

 彼としてはこれが本題である。ドラコは、この友人思いだが、無鉄砲になりがちな親友に忠告をする。

 

 「多分、スネイプ先生は停職されるぞ。あれはブラックが明らかに悪いし、先生が僕たちのために怒ってくれたというのはあるが、馬鹿はどこの世界にもいる。

 絶対何か言ってくる連中もいる。

 覚悟しておけ」

 

 「そんな!」

 

 納得できない、とばかりに顔をゆがめるハリーJr.だが、すぐに唇をかんでうつむいた。

 

 「ルシウスさんが、そう言ったの?」

 

 「父上も、体裁があるとおっしゃられていた」

 

 「・・・僕、何にもできないのか」

 

 「ハリー・・・」

 

 力なくうめくハリーJr.に、ドラコは顔をゆがめた。

 

 彼が打ちのめされているのを見るのは、初めてではない。

 

 あの怪物邸騒動の時、駆け付けた大人たちが奮闘するのを見ながら、ハリーJr.がぽつりとつぶやいた。「情けないよね」と。

 

 父母が来てくれたことに大いに安堵したドラコに対し、ハリーJr.はマグルの老人(命の恩人であろうと)との口約束が果たせないことを、本気で悔やんでいるようだった。

 

 その時、ドラコはどこまで馬鹿な奴なんだ、とあきれる一方で、自分にはないものを持っているハリーJr.を、まぶしく思った。

 

 ハリーJr.は、根本的なところは何一つ変わっていない。

 

 「ハリー。今は、耐え忍ぶ時だ。僕らスリザリンは用意周到、狡猾なれど、目的は必ず達成するものだ。そのためなら、いくらでも耐えられる。

 父上も、Mr.メイソンも、そしてスネイプ先生も、耐えていらっしゃるんだ。

 僕らも耐えるときだ」

 

 「・・・うん。ありがとう、ドラコ」

 

 こくりとハリーJr.がうなずいた。

 

 窓から見える外は暗くなってきている。今年はハーマイオニーは別のコンパートメントで女友達らと一緒に乗ると聞いていたから、ここにはいない。

 

 だから、二人はさっさと制服ローブに着替え始めた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 セブルスは自宅の書斎にあるデスクを立った。

 

 自分は問題ない、心配してくれてありがとうという旨の手紙は使者たちを通じて友人たちに届けた。

 

 まさかあそこまで大ごとになるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 出向いたホグワーツで、顔色を悪くしているフリットウィックと硬い表情のルシウスに謹慎の旨を伝えられ、了承した。

 

 その時に問題の新聞記事を見せられたが、記者の名前を目の当たりにして、案の定と思った。

 

 まあ、有象無象などどうでもいい。当初の目的である分霊箱も処分できたのだ。

 

 ならいっそやめましょうかと申し出たら、フリットウィックが「それはやめてください!」と例によってキーキー声で泣き出した。

 

 ホグワーツは現在、テコ入れの真っ最中であり、職員内もてんやわんや状態である。このうえ、セブルスにまでやめられたら、本格的にやっていけなくなる!というのがフリットウィックの言である。

 

 ハリーJr.が在学中は続けてもいいとは思っていたので、それならとうなずいた。

 

 セブルスが復帰するのは、クリスマス休暇明けということになり、それまでは校長代理を兼任するスラグホーン(マクゴナガルの呼びかけで復帰されることになったらしい)が魔法薬学とスリザリン寮監を担うことになった。

 

 フリットウィックは校長代理をしないのか、マクゴナガルから指名を受けていたのでは?とセブルスが首をかしげると、フリットウィックはワッと泣き出した。

 

 私はそんな器ではないんです!私には無理だったんですマリア様ぁぁぁぁ。

 

 と、実験棟の一角から響きそうな慟哭を漏らすフリットウィックに、さすがにセブルスは閉口した。

 

 確かに、今のホグワーツの総責任者なんて、呪文学及び妖精の魔法を教え、かつレイブンクローの寮監も務めるフリットウィックには荷が重すぎるだろう。

 

 なお、セブルスが復帰したら、スラグホーンは校長代理に専念するらしい。

 

 胃に穴が空いたマクゴナガルもどうにか復帰はするが、さすがに副校長のままでいることとしたらしい。校長代理は去年で限界を迎えたようだ。(続けようものなら、再び胃に穴が空く・・・どころか、原形残さず蕩けることだろう)

 

 そして、詳しく聞いてみて、さらに目を剥いた。

 

 テコ入れの一環として、これまで不評であったいくつかの教科の担当教授を新しい職業先の斡旋と引き換えに解雇、別の新任教授を迎えることになったという。

 

 他にも、いくつか新しい試みをしてみるらしいこと。

 

 警備体制も見直し、フィルチから聞いた隠し通路も外部へ通じるものに、魔法を用いた監視を敷くこと、動物もどき(アニメーガス)対策としていくつかの扉や敷居などにグリンゴッツにある盗人落としの滝のような強制魔法解除用の仕掛けを用意したことなどを通達してきた。

 

 “闇の魔術に対する防衛術”の教授職は?

 

 そうセブルスが尋ねれば、ルシウスとようやく落ち着いたフリットウィックが視線を交わして、二人そろって深々とため息をついた。

 

 「ダンブルドア・・・ハグリッドとロックハートのことがあったというのに・・・」

 

 「あの御仁が何を考えてるかわからんのは今に始まったことではないが、もう少し人目というのを意識していただきたいですな」

 

 尊敬が崩れて失望真っただ中らしいフリットウィックに対し、ルシウスはどこまでも冷ややかな様子である。

 

 昨年のルーピンは、授業内容と態度はともかく人狼であり、それを知ったうえで推薦してきたのがダンブルドア。(吸魂鬼の暴走に対し、自らの立場を顧みず助けに入ったのはまだしも)

 

 一昨年のロックハートは忘却術を用いた名誉泥棒の詐欺師である。

 

 そして、こちらはケトルバーンが拒否したものの、ドラゴン違法飼育のハグリッドまで魔法生物飼育学教授の後任に推挙。

 

 「いい加減、ご自身に人を見る目がないとお判りいただけていると思ったのですがな」

 

 「・・・誰を推薦されてきたんです?」

 

 なお、ダンブルドアはいまだに行方不明中なので、おそらく推薦してきたとしたら、夏休みに入る前、ルーピンが退職して間もなくであろうと思われるが。

 

 セブルスの問いに、フリットウィックがため息交じりに答えた。

 

 「マッド・アイ=ムーディを」

 

 「それはそれは・・・」

 

 「一考の余地はあったかもしれんが、あのスキャンダルのせいで、取りやめにして正解だったとしか言えん」

 

 そうだろうな、とセブルスも思う。

 

 あの新聞記事をムーディが読んでいようものなら、セブルスと顔を合わせた瞬間、呪文が飛んできたことだろう。

 

 そうなったらそうなったで、セブルスもやられっぱなしというわけではないから、内臓がぶちまけられることになっただろう。どちらのがかは、お察しいただきたい。

 

 それでなくても、必要以上に用心深く、誇大妄想的に自衛しまくっているらしいのだ。その矛先が生徒に向けられたらと思うと、気が気ではない。

 

 少なくとも、今のテコ入れ中のホグワーツに彼を受け入れる余地はないだろう。

 

 「で、結局誰になったのです?」

 

 「ニンファドーラ=トンクスにお願いすることになりました。ムーディの弟子でもあるし、去年で一応、人柄がわかっていますからね」

 

 「それに伴い、名簿の方の呪いも闇祓いの解呪師が総出で解呪に当たっている。とはいえ、かなり強力で一朝一夕では解けそうにない。

 今は、実験的に呪いをそらすこともしている」

 

 「とおっしゃると?」

 

 「“闇の魔術に対する防衛術”教授の名前欄に、トム=マールヴォロ=リドルの名前を書いておいた。名前だけだ」

 

 そう語るルシウスも、だいぶ疲れた顔をしていた。どれだけこの夏を彼が忙しくしていたか、わかりそうなほどであった。

 

 続けて語られたことによると、ホグワーツの教員名簿は城の施設と魔法的連動をしており、名簿に書き込まれた人名でないと利用できない施設や機材などが存在しているのだ。(だからこそ、名簿自体の新調ということができなかったのだ)

 

 それが、余計に解呪を困難にさせているらしい。

 

 もっと早く解呪するべきだったのに、と全員がため息を吐いた。だから、闇の帝王の手先(クィレル)とか、詐欺師(ロックハート)とかが入り込んできてしまうのだ。

 

 「では、私は自宅で謹慎としましょう。何かありましたら、フクロウ便をお願いします」

 

 一礼して、セブルスは踵を返した。

 

 なお、メアリーはセブルスの謹慎が決まった時点で、“葬送の工房”に残っている。変に連れまわそうものなら、スキーターの刺激を受けた新聞屋連中が嗅ぎつけて何を言われるかたまったものではない。

 

 ・・・なお、“姿くらまし”をすべくホグズミード村に移動したセブルスのインバネスコートの裾に一匹のコガネムシがしがみついた。それにすぐさまセブルスは気が付いたが、そ知らぬふりをしていた。

 

 

 

 

 

 そこまでの流れを思い返したセブルスは、デスクの上においていたガラス瓶を手に取った。

 

 破壊不可魔法をかけて強度を上げたその中には、一匹のコガネムシがいた。じたばたと足を動かして、どうにか出れないか暴れているように見える。空気穴こそあけられているが、固くコルク栓で閉ざされたそれは、どうあがいても虫ごときが自力で出られそうには見えない。

 

 このコガネムシは、『葬送の工房』前にセブルスが“姿現し”して、庭先で薬草の世話をしていたメアリーに出迎えられたと同時に、彼女目がけて飛び掛かろうとした・・・ところを結界に弾かれて目をまわし、セブルスに捕獲された。(メアリーが標的にされるのは、ロックハートの件で十分だ)

 

 「そう嫌がられることはありませんぞ」

 

 にたぁッと、牙のようにも見える八重歯をむき出しにして笑いながらセブルスは言った。

 

 このコガネムシのようにも見える何かが何なのか。去年のあれこれのせいで、すぐさまセブルスは回答に行きついた。

 

 大体、一部の虫はセブルスを嫌がる。深奥に染み付いた血と冒涜を、ああいったものは本能的に嫌悪するのだ。

 

 にもかかわらず、狩人の狩装束にへばりつくなど、まっとうな虫がそうするはずがないのだから。

 

 セブルスは身の回りをかぎまわられるのを嫌う。うっとうしい虫は誰でも叩き潰すものだ。彼自身のみならず、愛する人形をも毒牙にかけようというのだ。そうしない理由の方がない。

 

 かつて、連盟の長ヴァルトールは言った。「我ら連盟の最終目標は、すべての“虫”を踏み潰し、人の淀みを根絶すること。・・・だからこそ、もはや“虫”などいないと分かるまで、狩りと殺しを続けるのだよ」と。

 

 虫は、躊躇なく踏み潰すのだ、と。

 

 そうとも。狩人は。連盟は。虫を、潰し、潰し、潰し、潰し・・・汚物塗れの人の世を知り・・・だが折れぬものなのだから。

 

 セブルスとて、“連盟”のカレルを持つ狩人の端くれ。(気分次第で付け替えているが)その(血塗れの)使命の重大性は、身に染みている。

 

 なに、人の淀みという汚物に棲む百足の類も、醜聞という人の淀みを餌食にするコガネムシの類も、大差はないだろう。

 

 「そんなに知りたいならば、教えて進ぜよう。生きて帰れればよいですな?」

 

 そう言って、ガラス瓶(その言葉を聞いたコガネムシは考え込むように身動きを止めた)をポケットにしまうと、枯れ羽帽子に防疫マスクの頭装備を整える。

 

 「行ってくる」

 

 「行ってらっしゃい、狩人様」

 

 メアリーの言葉にうなずいて、セブルスは庭先にある墓石に身をかがめる。

 

 今回は一番に僻墓には行かない。すでに起動状態の別の聖杯ダンジョンに潜る。

 

 大体はボスクラスの大型獣や上位者のいる場所に直結している汎聖杯に潜るが、今回は通常の聖杯ダンジョンに、である。

 

 薄暗い石造りの通路は、じめじめしているためか墓所カビに塗れ、あちこちに死血花が生えており、獣が無造作にうろついている。

 

 そうして、セブルスはその適当なところでガラス瓶を取り出すと、逆さに振って中のコガネムシを放り出した。

 

 瓶を振られたせいで目をまわしたらしいコガネムシがふらつくのを歯牙にもかけず、セブルスはそれ目がけてそのまま勢いよく足を振り下ろした。

 

 だが、間一髪、コガネムシはその一撃を避けた。そのまま大急ぎでふらふらとセブルスから距離を取るように逃げていく。

 

 「・・・まあいい」

 

 ぽつりとつぶやいて、セブルスは踵を返した。

 

 「では、ごきげんよう。私は忙しいからな。後は好きにしたまえ」

 

 振り向きもせずにそう言って、セブルスは灯りに手をかざし、そのままダンジョン外に転移した。

 

 コガネムシに見える何かを置き去りにして。(踏み潰す?またの機会でいいだろう。またがあれば、だが)

 

 ちなみに、聖杯ダンジョンにある転移の灯りは狩人でなければ使えない。“姿くらまし”及び“姿現し”やポートキー作成呪文に代表される空間に干渉する類の魔法も使えない。

 

 血肉に飢えた獣が徘徊する、暗い地下の神の墓所は、すべてを受け入れる。

 

 たとえそれが墓暴きであろうと、下世話な新聞記者であろうとも。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 リータ=スキーターはジャーナリストである。少なくとも、彼女はそれを自任自称している。

 

 民衆は好奇の塊である。誰とて知りたい!という気持ちは持っているものだ。リータはそれを民衆に提供し、そのおこぼれとしてほんの少しの金銭を頂戴しているにすぎない。

 

 けれど、知りたい!という気持ちには差異がある。例えば、昨日の百味ビーンズの売れ行きを載せた記事と、現魔法大臣の失敗談を載せた記事。どちらをより知りたいという人間が多いだろうか?

 

 だから、リータはより知りたいと言ってもらえそうな(売れそうな)記事を書く。その過程で、不要な(つまらなそうな)部分を削除したり、言い回しを工夫したりするのも必要なことだ。

 

 真実?そんなもの、大衆の好奇の前には何の意味もない。リータは民衆の知りたい!という気持ちに応えているだけだ。

 

 加工?捏造?リータの才能に嫉妬した下らない戯言だ。

 

 そう!リータは他の追随を許さない、魔法界一のジャーナリストなのだ!

 

 ・・・リータ=スキーターは知らないだろう。かつて、とある時計塔の守り手を担っていた女狩人が言った言葉を。

 

 『秘密は甘いものだ。だからこそ、恐ろしい死が必要になる。愚かな好奇を忘れるようなね』

 

 愚かな好奇とは、恐ろしい死を必要とするものなのだと。

 

 そんなリータには、前々から目をつけていた相手がいた。

 

 セブルス=スネイプ。魔法薬学界に革命をもたらした、天才魔法薬学者である。

 

 そのデビューこそ、脱狼薬の改良という一見パッとしない功績だが、それが巡り巡って他貴族たちの収益アップにつながっているのだ。

 

 きっと薄暗いことに手を染めているに違いない!とスクープ(スキャンダル)に飢えていたリータはおかげで馬鹿を見てしまった。

 

 ようやく、原因を探り当て、近寄ろうとしたがそれもまた、難易度が高かった。

 

 どうにかして近寄りたくても、ガードが固い。下手に嗅ぎまわろうものなら、マルフォイとブラックから圧力がかかる。スネイプ本人も、近寄ろうにもめったに姿を見せないのだ。

 

 ・・・リータは知らない。リータがセブルスを探りまわっていると、貴族の伝手で聞いたセブルスが、リータには鉢合わせしないように行動していたなど。

 

 そうしてリータが手をこまねいているうちに、セブルスはより強固な守りに囲われたホグワーツに行ってしまった。

 

 何たることだ!

 

 だから、内心ではリータは今年を待ちわびていた。人の口に戸は立てられない。場合によっては、金は潤滑剤にもなる。今年、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)があれば、見物客や他のマスコミに乗じて、ホグワーツに行くことができる。

 

 その機に乗じて、インタビューを取れたらいい!

 

 だが、リータの目論見はまたしても台無しになった。馬鹿な森番がやらかした危険生物(アクロマンチュラ)と、クソ野郎の脱獄囚と死喰い人のせいで!

 

 ・・・まあ、他にもいろいろ原因はあるのだが、大まかにはその二つだろう。

 

 おかげで、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)は中止。リータの目論見はここに頓挫となった・・・が、転んでもただで起きないのが魔法界一のジャーナリスト(自任にして自称)のリータ=スキーターである。

 

 

 

 

 

 今日も今日とて飯のタネ(スクープのネタ)を探して、ブンブンと(文字通り)飛び回っていたリータは、その日、運命を発見した。

 

 間違いなく、それを発見した時の彼女の心境としては、運命的だったというのであろう。

 

 そこは、ダイアゴン横丁の一角だった。明らかにマグルらしい両親を連れた、少年二人。兄弟らしく、顔立ちが似ている。

 

 そして、その少年のうちの兄らしき方は、首に魔法式カメラを提げて、現像されたばかりらしい写真をチェックしていた。

 

 魔法界の写真はフィルム式だ。現像には専用の現像液や、道具類が必要となるのもあって、カメラ屋に任せているのがほとんどだ。

 

 ・・・なお、その写真の現像にしても、かなりの手数料を取られる。安全マージンなどを含めたもので、安すぎる現像料は、写真を流出させますと大声で宣言しているようなものだからだ。

 

 もちろん、リータのような超一流のジャーナリスト(自任にして自称)となれば、自分で現像するための道具類はそろえている。

 

 そして、そのチェックしている写真が問題だった。それは、セブルスがシリウス=ブラックを延々打ち上げる、あの残虐な仕打ちのワンシーンであった。(しかも、魔法界の写真なので、当然動く)

 

 写真をのぞき込み、衝撃を受けたリータは、映っている内装からホグワーツ内の大広間だと看破して、耳をそばだたせる。

 

 写真を目の当たりにして仰天している父親に、少年が蒼い顔で事情を説明している。リータの(とても都合のいい編集のかかる)脳みそは、瞬時に判断した。特ダネ(スクープ)だ!

 

 すぐさま、リータは物陰に行って身なりを整え、改めて一家に声をかけた。名刺を差し出し、高らかに名乗りを上げる。

 

 リータの名前を聞いた通行人があっ(察し)のような顔をして、そそくさと離れて行ったが、一家は誰も気が付かなかった。

 

 リータは、去年のホグワーツで起こったことを小耳にはさんだので、ぜひ詳しいお話を!と言った。

 

 ・・・不幸なことに、彼らはリータ=スキーターがどのような人物評を受ける人物か、知らなかった。(何しろ、クリービー家はマグル界にあるのだ)

 

 さらには、魔法界における情報モラルの低さを知らなかった。

 

 ゆえにこそ、口車にほいほいと乗っかってしまったのだ。

 

 フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーで、店主が心配と不審をないまぜにした視線を送るのをよそに、リータのおごりのアイスを口にしながら、少年はすらすらと事情を説明した。

 

 コリン=クリービーと名乗った写真の持ち主である少年は、自分も有名になれる!という浮かれた気分であったのか、緊張気味に上ずった声でインタビューに答えてくれた。

 

 ふんふんと聞きながら、リータは自慢の自動速記羽ペンを動かした。途中で必要な添削も忘れない。いらない部分など、最初から書く必要はないのだから。

 

 だから、コリンが「殴ってた時は怖かったけど、『貴様のせいだ』なんてスネイプ先生が言ってたから、僕たちのために怒ってくれてたと思うんです」や「ブラックが寮に入ってきたとき、他の女の子や1年生たち、すごく怖がってたんです。仕返ししてくれたのかもしれません」という擁護の言葉は丸っと無視された。

 

 そして、インタビューに夢中のクリービー一家はもちろん、リータが何を書いているかなど、気にも留めなかった。

 

 最後にありがとうと杖の一振りで錯乱させ、コリン少年の手元から写真を必要なものも含めて何枚か抜き取る。写真を買うと持ち掛けたのに、馬鹿なマグルの父親が「でも肖像権が」とか「新聞に載せるには不適切だ」なんだと騒ぎだしたのだから仕方がない。スクープには犠牲もつきものなのだ。

 

 リータは忘却術はあまりうまくないので使わないが、ちょっとしたトラブル回避のための錯乱呪文なら、お手の物だ。

 

 それから、セブルス=スネイプを狙い始めた時点で目をつけていた何人かの人間にもインタビューを取るのも忘れない。彼はいろいろ曰く付きの人間だ。さぞかし盛り上がる記事になることだろう。

 

 そうして、リータは悠々と帰宅して、記事作成に取り掛かった。

 

 提供してもらった写真はピントこそあっていたものの、どさくさに偶然シャッターが押されたのだろう、斜めになっていたうえ、端にピンボケした生徒の頭や腕が映っていたので、きれいにトリミングして修正するのも忘れない。記者をやっていると、こういう写真の修正も自然とうまくなる。

 

 これが終わったら、すぐにホグズミード村に行って張り込まなければならない。

 

 学校から呼び出しを受けるだろう、セブルス=スネイプに張り付いて、そのすべてを丸裸にするのだ!!

 

 

 

 

 

 今、その丸裸にすると決めた男の手によって、リータはわけのわからないまま死にそうになっていた。(あの男!最初からリータがコガネムシの動物もどき(アニメーガス)だと見抜いていたのだ!)

 

 どのくらい経った?何日経った?

 

 いくらリータがコガネムシの動物もどき(アニメーガス)であっても、食べ物を食べなければ死んでしまう。

 

 そして、この不気味な地下遺跡(一番的確な言葉はそれだろう)は、不気味な化け物どもが闊歩し、リータの姿を見ると爪を振り上げ、牙をむき出しにして襲い掛かってくる。

 

 たとえコガネムシの姿であろうとも!

 

 ダメだ!コガネムシでいたら、抵抗する間もなく食い殺される!

 

 リータは必死だった。ここから何としても逃げ出し!この大スクープをわがものにするのだ!

 

 ・・・この期に及んで、スクープのことに目がいっているあたり、この時点の彼女はまだ、余裕があった。

 

 コガネムシの姿から、元のリータ=スキーターの姿に戻り、必死に走る。重々しい石の扉に飛びついた。

 

 どうして開かないのだ!!

 

 必死に杖を振っても、その扉はうんともすんとも動かない。

 

 ・・・リータは知らない。その扉は、狩人が下から持ち上げることで開閉する扉なのだ。魔法で開閉するタイプの扉ではない。そもそもそんなものは通じない。

 

 より上位者に近い、神の墓の扉なのだから。

 

 獣がとびかかってきた。

 

 とっさにリータは再びコガネムシに変身してその一撃を避け、どうにかこうにか逃げ出す。

 

 必死に逃げながら、彼女は内心で毒づく。ジャーナリストをなめるな!修羅場の潜り抜け方など、お手の物だ!と。

 

 ・・・自らの足でインタビューや取材を取りに行く手間は惜しまないというのに、何故、彼女はその根性を別の方面に発揮できないのだろうか?

 

 ともあれ、彼女は逃げて逃げて逃げ続け。

 

 ・・・とうとうリータは、空腹で動けなくなった。近くには、化け物同士が共食いしたのか、死骸が一つ転がっていた。

 

 ここで彼女もこの死骸の仲間入りになってしまうのか?否!断じて否!思い出せ、新米記者であった頃を!泥水をすすり、いつか成り上がって見せると誓ったあの頃を!

 

 リータは震える体で、化け物の死骸にむしゃぶりついた。調理器具などない。杖はとっくの昔に折れてしまった。

 

 生臭くて、おぞましい、化け物の死骸を吐き出しそうになるのを必死に咀嚼して飲み込む。

 

 いや、本当にそうか?この血・・・今はひんやりしているが、なんとも甘くかぐわしい・・・生きている者の血ならば、どんなに暖かく美味であるのだろうか?

 

 「ヒヒッ。イヒヒヒヒ・・・」

 

 食べ終えると同時に、リータの喉から笑い声が零れ落ちた。そうとも、リータはまだ生きている。生きていればどうとでもなる。

 

 リータは知らない。彼女の肌は毛深く、爪は長く伸び、歯並びは牙と呼べるものとなり、もはや元の彼女の面影はなくなってしまっていることに。その瞳は蕩け、“獣の病”の罹患者特有のものになっていたことに。

 

 そしてもはや、リータ=スキーターと呼ばれた女は、スクープすらどうでもよくなり、次なる獲物を求めて地下遺跡を徘徊し始めた。

 

 折れた杖と、何の役にも立たない自動速記羽ペンをも、放り出して。

 

 

 

 

 

 リータ=スキーターは、それっきり全くの音沙汰を聞かなくなったのだが、誰も気に留めなかった。

 

 よしんば彼女が姿を現したところで、純血貴族たちがこぞって潰しにかかっただろうからだ。

 

 彼女はそれなりに役に立ったが、牙の向け方を間違えた犬の処分先など、今も昔も一つしかない。

 

 

 

 

 

続く

 





【自動速記羽ペン】

 日刊預言者新聞の報道記者、リータ=スキーターの愛用する自動速記羽ペン。商品名は、QQQ。

 この羽ペンは手にもたずとも、話したことを自動的に書き留めるが、勝手に内容を書き加えてしまう傾向があるので、所有者がそうならないように調整する必要がある。

 リータは新聞記者デビューしたころからこの自動速記羽ペンを愛用していた。

 リータはこのペンによって知ったのだ。民衆が求めるは、真実にあらず、好奇を満たす騒動であるのだと。





 Q.あれ?コリン少年、シリウスに襲われて失神してたんじゃね?

 A.気が付いたらシリウスはいないし杖もなくなってて、ヤベエ!先生に報告しないと!とアーニーと一緒に慌てて大広間に駆け込みました。その時は、吸魂鬼の襲撃がおさまった直後で、同級生とかから事情を聞いて青くなってました。で、セブルスさんのグロテスクジャグリングにぶち当たっちゃいました、と。

 P.S.写真は混乱でたまたまシャッターに手が当たって偶然撮れたもんです。だから、斜めになってるし、端に変なの映ってます。他にも向きは同じですけど、ピンボケしてたり、セブルスさんの位置が端だったりする写真が何枚かあって、リータはそれをまとめて持っていきました。一番よさそうなのを修正して、記事に採用してました。



 Q.シリウスに襲われて気絶したってのに、よくカメラ壊れませんでしたね?

 A.あんなにカメラ大好きなら、死守くらいするでしょう?(適当)





 魔法界のカメラと写真事情(スキーターのあれこれ含む)は捏造です。まあ、フィルム式カメラなら、自分で現像ってのはないでしょう(デジカメプリントアウトみたいに、魔法で一発ポンってできるんですかね?だったら、魔法式インスタントカメラの方が普及してるでしょうし)。現像はカメラ屋任せってのがほとんどじゃないですかね?
 で、カメラ屋に現像してもらったなら、当然取りに行かなきゃいけないわけで。クリービー一家は、その帰りにスキーターにロックオンされたわけです。





 次回の投稿の内容は、クラウチ氏がおかしいぞ?走れ、エイブリー!

 おかしい。彼、モブに毛が生えた程度のポジションだったのに、滅茶苦茶出張ってきてます。おかしくないですか?

 異世界でセブルスさんも頑張りますぞ!死に損ないのきったねえおっさんも添えて。

 今度こそようやく4年次のホグワーツがスタート!お楽しみに!


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【7】セブルス=スネイプ、真相を聞く

 前回は、評価、お気に入り、誤字報告、ここ好き、ありがとうございました。

 感想と誤字報告について、ちょっと物申したいことがあります。詳しくは、3月10日付の活動報告をお願いします。

 ・・・親切心からされてくださったのでしょうけど、ちょっとカチンと来ましたので、改めてお知らせさせていただきます。

 関係ない方には申し訳ありません。

 話は変わって本編の方ですけど、何度も言うようですけど、ここまで出張ってくるとは思いませんでした、エイブリーさん。

 まあ、ルシウスさんがクソ忙しいので、彼に代わって魔法界のことを語れる人物が欲しかったんですよ。レギュラスさんは動けませんしね。

 というわけで続きです。

 原作と違ってかなり早い段階ですが、種明かしといきましょう。


 

 案の定、だった。

 

 エイブリーはため息を吐いた。

 

 何考えてんだよ、クソクラウチ。

 

 彼の感想はこれに尽きる。否、おそらくルシウス=マルフォイや魔法省の役人も、あれを知ればそう思うに違いない。

 

 魔法省に勤める、役人の知り合いから聞いたことだった。

 

 クラウチが書類偽装をしようとして、そこから芋づる式に数々の問題が発覚した。

 

 順を追って説明する。

 

 まず、クラウチが偽装しようとした書類について。

 

 これは、魔法省からホグワーツへの人員出向に関する書類で、今年は“闇の魔術に対する防衛術”教授として闇祓いのニンファドーラ=トンクスが担当することになっており、それについての認可を求める書類だった。

 

 ところが、何を思ってかクラウチは、その書類を偽装しようとした。

 

 関連部署からどうやってか盗み取り、書類を偽装、ないはずの魔法省への一時出頭命令をトンクスに出そうとしていたのだ。

 

 あらかじめエイブリーから声をかけられ、不審視していた者がひそかにクラウチに対して目を光らせていたから見つかったが、そうでなければ見つからなかっただろうとのこと。

 

 何しろ、仕事こそ我が人生と座右の銘にしてそうな、仕事魔人のあのクラウチである。

 

 仕事だけはできる(それ以外の取り柄が思い当たらない)人間がまさか書類偽装するとは、誰もが思い当たらなかっただろう。

 

 発見した奴は、クラウチを取り押さえながら「マーリンの髭!」とぼやいたそうな。

 

 で、クラウチの取り調べをし始めたのだが、どうにも言動がおかしい。

 

 これは“服従の呪文(インペリオ)”を使われているのでは?

 

 とはいえ、“服従の呪文(インペリオ)”には反対呪文が存在しない。かけられたら、今のところ自力で破るか、効果切れを待つしかできないのだ。(だからこそ、ヴォルデモート全盛期にその使用が横行しまくったのだ)

 

 “服従の呪文”は確かに強力であるが、効果中の人間は多幸感に支配され、呪文をかけてきた魔法使いの命令に有無を言わず従うことになる。結果として、その人本来の個性や守って当然のルールを軽視して動くようになる。これが、“服従の呪文”がかかっているか見分けるポイントとなる。

 

 ゆえに、闇の魔法使いであろうとその魔法の腕がよいものほど、“服従の呪文”を頻繁には使わない。必要最低限とし、むしろ権力や利益提示・恫喝などを用いた策謀方面へとシフトするのだ。

 

 で、クラウチはそのまま拘束しておく(でないと“服従”中の彼は、それでも仕事して、書類偽装を続行しようとする)として、次の問題には当然、誰がクラウチを“服従”させたのかという話が出てくる。

 

 クラウチ自身も呪文に抵抗しているのか、取り調べ中に混乱しながらもどうにかこうにか話そうとはしているらしい。

 

 支離滅裂な中、かろうじて分かったことによると、こうである。

 

 クラウチ氏は息子を“管理”していたが、“例のあの人”と指名手配中のピーター=ペティグリューが押しかけてきて、息子を“管理外”にされた。そして、自分が“服従”させられていたのだと。

 

 息子ってどういうことだ?アズカバンで死んだのでは?あと、“管理”って何ぞや?

 

 さらに詳しく、辛抱強く聞き出してみれば、眩暈のしそうな実態が明らかになった。

 

 なんと、病床にいた妻の生前の要望で、ポリジュースを用いて妻と息子を面会の際に入れ替える形で、クラウチJr.を脱獄させていたのだ。

 

 つまり、アズカバンで死んだのは、収容されてなおこっそり持ち込んだポリジュースを飲み続けて容姿を誤魔化し続けたクラウチ夫人であったのだ。

 

 そして、クラウチJr.は“服従の呪文”をかけられ、透明マントをかぶることを義務付けられ、クラウチ邸に軟禁されていたらしい。

 

 以上の経緯を聞き終えたエイブリーは、思わず貴族らしくもなく、こう吐き捨てていた。

 

 あほがクズがロクデナシのくそったれが。くたばれクソクラウチ!

 

 百歩譲って、息子を脱獄させるまではいいだろう。誰だって我が子は可愛いし、病床の妻の今際の頼みであったなら、何としてもかなえたいとは思うだろう。(普通なら)

 

 だが、そこから先がいただけない。

 

 なんだ、“服従”させて透明マントをかぶせて軟禁って!しかも、それを“管理”というか!

 

 面倒見れないなら、最初から脱獄させるな!妻から息子の記憶を“忘却”させとけ!

 

 息子の方にしても、せめて金持たせて国外にたたき出す程度にしておけ!イギリスに帰ってきたらいけないって、“破れぬ誓い”でも結ばせとけばいいだろうに!

 

 大体、クラウチ氏が事故や急病で早死にしたら、クラウチJr.がどうなっていたと思う?そんなことまで考えつかないのか?!これだから仕事魔人は!

 

 そんな中途半端にするから、余計なのが釣り上げられるんだ!

 

 おそらく、エイブリーが感じていた違和感――クラウチ氏が、誰か存在しない人物を世話しているような印象は、他にも感じていたものがいたのだろう。

 

 人間が生きていくには、様々なものがいるのだ。食事・衣服、他もろもろの手配が、どうしてもいる。そこを補おうとすれば、自然とゆがみが出る。エイブリーが感じたように。

 

 人の口に戸は立てられない。闇の帝王は、失脚してもそのコネクションは健在だ。ペティグリューが一緒ということだったから、実務はそちらにやらせ、より忠実で役に立つ手足を求め、クラウチJr.の存在をかぎつけたというところか。(最近増えた余剰分の野菜の消費先にも説明が付く)

 

 魔法省の役人たちは、クラウチ氏の言動を“服従の呪文”による錯乱で、信ぴょう性は薄いと判断し、“例のあの人”が居合わせているということを信じていないようだが、エイブリーはクラウチの言動は事実だと察していた。

 

 ペティグリュー一人でクラウチJr.の存在をかぎつけられるとは思えない。彼は手足には向いていても、ブレインには向いていない。クラウチJr.の存在を察することができる能力を持つものが、彼のそばに必ずいるはず。

 

 そして、現状でそれに最も適しているのは――。

 

 すでにクラウチの屋敷には魔法警察と闇祓いの強制捜査が入っているようだが、芳しくないらしい。

 

 曰く、屋敷はそこらじゅうから変な臭いがする(大元は完全封鎖された寝室らしい)うえ、もぬけの殻である。

 

 おそらく、ペティグリューは逃げ出してしまったのだろう。昔から逃げ足だけは速かったのだから。

 

 まずいのでは?

 

 エイブリーは素早く計算して、そう結論を出した。

 

 ペティグリューははっきり言って、エイブリーの観点から見ればせこいが、機転は利いているのだ。

 

 小物と言ってしまえばそれまでなのだろうが、小物は自覚をもって自分にできる範囲をわきまえていれば、大事を成す一助になれる。

 

 ペティグリューがもし、お得意の危機察知能力で、さっさと帝王を連れてそこから逃げ出したのだとしたら、次の潜伏先を見つけたということになる。

 

 冗談ではない。

 

 ペティグリューも、何を律義にあんな死に損ないに手を貸しているのだ。さっさと見限ればいいものを。ああ、小物だからこそ、自分一人では何もできないと察しているのか。それはそれで哀れなものだ。

 

 まあ、エイブリーには関係ない。元死喰い人仲間?ペティグリューなんぞ、ポッターどもの次に帝王についた、こうもり野郎だ。学生時代のことを、奴は「ポッターとブラックに命令されて!」と言い訳はしたが、謝罪などは一言もなかった。

 

 大体、エイブリーが何も知らないと思っているのか?あの、ザマーミロ、闇の魔法使いめ!と呵々大笑するポッターとブラックのそばで、ペティグリューが気弱気にしながらも、こちらを嘲る目をしていたことを!誰が助けてやるものか。

 

 つまりは奴に、こちらの慈悲は不要ということだ。だから、エイブリーも手など貸さない。

 

 奴もいい年なのだ。自業自得というのは身に染みていることだろう。

 

 闇祓いは総力を挙げて逃げたペティグリューを追っているらしいが、その足取りはまったくつかめていないらしい。

 

 まずいだろう、これ。

 

 と、エイブリーが額を押さえていると、クラウチ氏についての情報の続報が入ってきた。

 

 「はあ?!クラウチJr.は自殺してるだと?!」

 

 『そういうことらしい。まだクラウチ氏も錯乱中だから、正確なところは分からないんだが』

 

 暖炉から突き出た知り合いの生首(煙突飛行ネットワークを用いた、簡易通信である)に、エイブリーは眉を顰める。

 

 魔法使いにおける自殺とは、はっきり言って名誉あるものとはいいがたい。死んで花実が付くものか。ついでに、利益と名誉を重んじる純血貴族ほど、それを厭う傾向がある。

 

 クラウチJr.も純血貴族の一員としての教育を受けたならば、そういう傾向があるはずというのに。

 

 そもそも自殺するならば、もっと早く――例えば捕まえる前などにしてもよかったというのに、なぜ今更?

 

 「・・・死体はどうしたって?」

 

 『有り合わせの材料に魔法をかけて作った棺に入れて、庭先に埋葬したらしいぞ。

 どうした?顔色が悪いぞ?』

 

 気遣ってくる知り合いに、エイブリーは首を振った。

 

 すでに彼は、セブルスから“21の秘跡”という魔術儀式について聞き及んでしまっている。

 

 エイブリーは聞いたことのない儀式だが、闇の魔術の深淵に至るようなおぞましい術式であったり、海外の術式であればわかるはずもない。(セブルスもイギリス国外で知ったと語っていたのだ)

 

 クラウチJr.はすでに死んでいる。だから、その儀式にかかわっている可能性は低いと思っていたが、もし生きていたのだとしたら、話は根底から覆るのでは?

 

 「馬鹿が!いいか、すでに死んだふりを成功させている奴だぞ?!忘却術や錯乱呪文の併用で、父親に死んだと思い込ませて逃げ出してたらどうするんだ?!

 またブラック兄みたいに逃げ出した先でトラブル起こして、魔法省の恥をさらすことになるんだぞ?!」

 

 そう。儀式の続行の可能性もそうだが、一番はそれだ。クラウチJr.が生きて逃亡した帝王に傅いている可能性もあるのだ。

 

 ただでさえも、再編でごたついている魔法省に、これ以上のスキャンダルは不味い。

 

 『やばいな・・・その可能性があったか。よし、あんまり気乗りはしないが、死体を埋めたという場所を確かめてみよう』

 

 「頼む」

 

 『気にするな。スクリムジョールは青ざめててんてこ舞いだ。奴に貸しを作っておくチャンス、逃がしはしねえよ。

 じゃあな』

 

 ニイッと笑って、暖炉の中から消えた生首を見送ってから、エイブリーはすぐさま書斎に取って返し、羊皮紙の便せんを手に取った。

 

 何か起きている。クィディッチワールドカップのことといい、クラウチのことといい。

 

 家を再興したばかりのエイブリーにできることなど、たかが知れているが、それでも友人たちに情報を伝えて共有することぐらいはできる。

 

 適材適所だ。ここから先は、他のメンツに任せた方がいい。

 

 書き上げた手紙をフクロウたち(純血貴族は、仕事の都合もあってフクロウを複数所持していることが多い)に持たせ、フクロウ小屋から飛び立たせる。

 

 まったく、冗談じゃない。

 

 エイブリーはこんな面倒にかかわっている場合ではない。新しい野菜の栽培方法や、品種改良、それを使った新商品の開発、他いろいろ考えること、やりたいことは山のようにあるのだ。

 

 そうして彼は、踵を返した。

 

 

 

 

 

 さて、そのころ、セブルスは三度、僻墓から例の異世界に潜っていた。

 

 一度、“虫”の始末のために潜った聖杯ダンジョンを出たとき、いくつかの手紙を受け取り、その返信だなんだをやったので、少々時間が空いてしまった。

 

 ・・・ついでに、そろそろ味変気分転換で今回は少し衣装を変えてみた。

 

 普段のインバネスコートタイプの狩装束が一番のお気に入りなのだが、たまにはいいだろう。檻やアルデオはそんな気分ではない。梅干し頭も一瞬迷ったが、やめにしておく。

 

 よし、これにしよう!

 

 煤けた狩装束だ。デュラの盟友が纏っていた衣装である。普段使いのインバネスコートよりもボロボロで煤に塗れたような風情ある味わいだ。

 

 頭部は、黒フードをかぶっておく。今は装備の関係で、あまり顔をさらさない方がいい状態なのだ。(セブルス本人は気にしないが、レギュラスなどの異世界に迷い込んだ人間が驚きかねないので)

 

 そもそも衣装替えしなければよいのでは?という意見は、セブルスの中にはない。

 

 気分転換は誰でも必要だろう。

 

 その結果、サイレントヒルで化け物虐殺の挙句、アルフレートばりの快哉&絶叫も、仕方がないのだ。(あの衣装は、どうにもああいう気分になって仕方がない)

 

 そうして、異世界の重苦しい空気の横たわる、古びた街並みを歩いていたセブルスは、一つ眉をひそめた。

 

 「うわあああああっ!た、たす、たすけっ!あひゃあああああああっ!」

 

 聞こえてきた悲鳴は、確かに聞き覚えのある声だった。

 

 一瞬セブルスは聞かなかったことにしようかと思ったが、この空間に引きずり込まれた人間は儀式の生贄であるので死んだらまずいという意識の方が勝り、仕方なく・・・本当に、仕方なく駆け出した。

 

 右手に装備するのは、分厚く長大で杭のように鋭い二股の爪を腕に括り付けたような、武骨で野蛮な武器だ。獣の爪。それがこの武器の名前だ。

 

 その名の通り、獣の爪のようにふるって戦うのだ。この武器の真価は、とあるカレル文字との組み合わせと、獣性が高ぶった時にこそある。

 

 駆け抜けながら振りかぶられた獣の爪は、鋭い突き攻撃となって、対象を穿つ。

 

 ゴムのようにぶよぶよした頭を持つ、ヒト型だ。セブルスは一瞬、実験棟の梅干し頭どもを思い出してしまったが、あれとどちらがマシであろうか?

 

 ノックバックして、あおむけに倒れる異形だが、次の瞬間ずるりとのけぞるように立ち上がる。きりきりと痙攣するような奇妙な動作が、生理的な嫌悪感を掻き立てる。

 

 「あ、ひ、だ、誰?」

 

 尻もちをついて、涙と鼻水塗れの情けない顔で、セブルスを見上げるのは、小太りで薄ら禿のみっともない小男――ピーター=ペティグリューであった。

 

 セブルスは、ペティグリューなど一顧だにせずに、ぶよぶよ頭めがけて、獣の爪を振りかぶる。

 

 殺せ。殺せ。そこに化け物がいるならば!己が狩人ならば狩らねばならない!

 

 高ぶる獣性のまま、セブルスはのけぞり、肺の奥の空気をその口腔から解き放つ。

 

 秘儀“獣の咆哮”。背教者イジーの手になる禁じられた狩道具の1つで、忌まわしい不死の黒獣、その力をごく一時的に借りる触媒であり、圧を持った獣の咆哮により、周囲のものを弾き飛ばすのだ。

 

 ダメージを与えることはできずと、一時的に敵の動きを止めたり、体勢を崩してノックバックさせたりするくらいはできる。

 

 ぶよぶよ頭がふらついたのを見逃さず、セブルスは踏み込んだ。獣の爪を振りかぶり、その異形を滅多打ちにした。

 

 ビシャリッと、その返り血が呆然としているペティグリューの顔にまで飛んだ。・・・ついでに、彼はその股間の色を変えて、地面を湿らせ――早い話、失禁していた。気絶しなかったのは、そうしたら確実に死ぬ、と確信していたからだ。

 

 ペティグリューは確信していた。次に何かあったら、今度は自分がそうなる!

 

 異形が動かなくなり、セブルスが姿勢を正すと同時にペティグリューは動いていた。

 

 「ああっ!ありがとう!ありがとう!」

 

 飛び上がるように、早くも血塗れになったセブルスの足元に駆け寄るや、土下座してその煤臭いズボンに額をこすりつけ、ブーツのつま先に口づけた。(衣装も変えているので、おそらくセブルスと気が付いてないと思われる)

 

 瞬間。

 

 「ぎゃああああああっ?!」

 

 破裂音と同時に右肩に走った激痛に、ペティグリューは仰向けに吹っ飛び、転げまわっていた。

 

 セブルスの左手には、装備したままのエヴェリンが握られ、硝煙を噴いていた。

 

 水銀弾は、ペティグリューの右肩の肉をごっそりと抉り取っていた。ただでさえも高威力のエヴェリン、しかも獣に使うことを前提にした狩武器だ。そんなものを人間に向ければ、どうなるか。これでも、セブルスは掠る程度に狙いを甘くしていたのだ。命中か所が違ったら、ペティグリューの頭蓋が吹き飛んでいただろう。

 

 「離れろ、愚図め。慈悲深きデュラの盟友の衣装を汚すな」

 

 衣装が汚れたと言わんばかりに裾を払って(後で念入りに洗浄魔法をかけねば!)セブルスは、肩を押さえたままうずくまってめそめそとすすり泣くペティグリューを見やった。

 

 痛い痛い。助けてください。何でもします。何でもしゃべります。どうか。どうか。

 

 そんなブツブツという命乞いのような呻きが聞こえてきて、セブルスは再び獣性が引き上がりそうになった。

 

 この男は、とことん我が身がかわいくて仕方がないらしい。らしいといえばらしいのだろうが。

 

 一瞬、見捨ててレギュラスとの合流を優先しようかと思ったセブルスだが、脳についている瞳がチリチリとささやいてくる。

 

 次の生贄のテーマは、“憂うつ”。ピーター=ペティグリューには、少々不似合いでは?

 

 舌打ち交じりに、セブルスは獣の爪を一度血の遺志収納に収め、持ち替えた菩提樹の杖を振った。

 

 止血用に回復魔法をかけてやったのだ。“聖歌の鐘”?回復用の魔法薬?両方とも、一応持ち歩いてはいるものの、こんなクソネズミ相手にはもったいなすぎる。

 

 「ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございます・・・」

 

 平身低頭這い蹲って涙声で礼を言うペティグリューに、セブルスは舌打ち交じりに歩み寄り、その胸倉をガシッとつかんで引きずり上げる。

 

 夏休み直前の、トレローニーの予言の一節だ。

 

 “崇拝者は召使を連れた闇の帝王のお力により自由の身となる・・・”

 

 もしやと思うが、こいつが闇の帝王と何かしら余計なことをして、クラウチJr.が儀式を再開できるきっかけを作り上げてしまったのでは?

 

 「何でもと先ほど言ったな?では聞かせてもらおう。何をした?」

 

 「な、何って」

 

 「バーテミウス=クラウチJr.だ。奴について知ってることを聞かせてもらおう」

 

 「ば、バーティ=クラウチ?!な、何であいつのことを?!」

 

 ペティグリューが目を白黒させるのに、セブルスは早くも問答に飽いてきた。

 

 いっそ、開心術で強引に記憶をこじ開けてしまった方がいいのでは?

 

 「わ、私は知らない!!」

 

 セブルスの雰囲気の変化を鋭く察知したか、ペティグリューが叫んだ。

 

 とにかく、知ってることを話さなければ何をされるかわかったものではないと思ったらしい。

 

 「あ、あのお方だ!闇の帝王!あのお方が、クラウチのところに行くと言われて!

 それで!」

 

 あわあわと、たどたどしくペティグリューは説明しだした。

 

 しゃべりだしたところで、セブルスは手を放す。少々しゃべりづらそうだったからだ。

 

 ケホッと軽くせき込んで、改めてペティグリューは話し出した。

 

 

 

 

 

 少々長くなるので要約させてもらうが、ペティグリューの説明によるとこういうことである。

 

 (おそらくホグワーツを逃げ出した後のことだろう)ペティグリューは、闇の帝王の下に馳せ参じ、その御意向のままに動いていた。

 

 ・・・あの霧霞のような残骸じみた状態から、どうにか動けるようにはなったらしい。分霊箱を作るくらいなのだ。そこから動けるようになるすべくらい、あらかじめ用意していたのだろう。

 

 そして、闇の帝王のご指示のまま、クラウチ邸に押し入り、不意打ちでクラウチ氏を“服従”させることに成功。一緒にいたハウスエルフは、(帝王のご命令もあって)さっさと殺した。誰ぞに密告されても面倒だったのだ。

 

 そのまま、クラウチ氏に“服従”させられていたクラウチJr.を救出した。ついでに、便利な拠点も手に入り、彼らはそのままクラウチ邸に潜伏した。

 

 ついでに、クラウチ氏にどうやって息子をアズカバンから脱獄させた?などということも聞き出した。(聞いたセブルスはもちろん、呆れた)

 

 クラウチJr.は自力で“服従”を破りかけていたのだろう、数日も経てばはっきりと自分の意識に基づいた行動ができるようになっていた。・・・なお、この間、どうもペティグリューが食事の支度などの雑事を片付けていたらしい。いたずら仕掛人(マローダーズ)時代から染みついたパシリ根性が本領発揮したらしい。

 

 そして、クラウチJr.が完全に自我意識を取り戻した時だった。

 

 『ご覧ください!我が君!今!聖母様の奇跡の御業をお見せいたします!!』

 

 そう叫ぶや、彼は自らの杖先を喉笛に押し当て、呪文を放った。

 

 切り裂き呪文(ディフェンド)である。噴水のような血しぶきを放ちながら、恍惚たる笑みを浮かべたまま、バーテミウス=クラウチJr.はこと切れた。

 

 弱っている状態の闇の帝王も、“服従”させられてぼんやりしているクラウチ氏も、あまりの異様さに絶句していたペティグリューも、どうすることもできなかった。

 

 闇の帝王は怒り狂った。

 

 新たな忠実なる手駒とするべく、救ってやったというのに!だというのに!こいつはその温情を無碍にし、バカバカしい“聖母様”とやらのために、死んだのだ!とんだ役立たずだ!!

 

 ならば、息子の無能は父親に返上してもらうとしよう!

 

 そうして、帝王はバーテミウス=クラウチを傀儡として、動き出した。だが、そこからはペティグリューは知らないらしい。何事かクラウチ氏に命じていることは分かったのだが。(このあたりを話すペティグリューは非常におどおどしてて、ここだけは嘘のようだとセブルスは思ったが、今はそれどころではないのでとりあえず捨て置く)

 

 クラウチJr.の死体については帝王が捨ておけと吐き捨てたが、さすがに放置というわけにもいかないし、何より脱獄までさせた亡きクラウチ夫人を気の毒に思ったペティグリュー(自身の母親が重なったのかもしれない)が、クラウチ氏と一緒にありあわせの材料で棺を作り、庭に埋葬した。

 

 だが、順調に感じていたのは、そこまでだった。否、おそらくクラウチJr.が自殺したあたりからすべてがおかしくなっていたのだ。

 

 クラウチJr.を埋葬した翌日、クラウチ邸の廊下に血の跡が見つかった。ポタポタと続く連続した滴のような血痕だ。

 

 クラウチJr.の自室から家の外まで続いているようだった。帝王がまた何か恐ろしいことでもされているのかもしれないと思ったペティグリューは、必死に見ないふりをして、消失呪文(エバネスコ)で血の跡を消した。

 

 そして、変な臭いがするようになった。明確な出どころは・・・おそらく、亡き奥方の寝室であろうが、固く施錠されているうえ、クラウチ氏はそこを永久粘着呪文でがちがちに施錠(というか物理封鎖というべきか)してしまっているので、侵入不能であった。

 

 このため、ペティグリューは苦手な魔法薬を帝王に罵られながら調合する羽目になり、屋敷中に臭い消しを撒く羽目になった。そして、それでも臭いは消えず(それはそうだ。大元がそのままなのだから!)、悪臭の中我慢するしかなかった。

 

 なお、この間“服従”中のクラウチは、いつものように仕事に行って帰ってを繰り返していた。いっそここまで平常運転でいられたら、逆にうらやましいかもしれない。

 

 

 

 

 

 ちなみに、魔法界を現在騒がせる遺体に数字の刻まれた猟奇殺人については、一言も言及がなかった。

 

 まあ、ペティグリューも帝王も潜伏生活真っただ中であるならば、そんなものに気をやる余裕はないのだろう。

 

 

 

 

 

 そして今朝。気が付いたら、ペティグリューはここにいた。この、異様で異質で、おぞましい異世界に。

 

 うごめく化け物ども、重苦しい空気、悪臭。この世の邪悪を煮詰めて流し込んだ先のような悪夢の岸辺を、ペティグリューは必死に逃げ回った。

 

 化け物どもは、ペティグリューを逃がすまいと追い回してくる。ネズミに変身しても、追い回してきたほどだったのだから。

 

 そうして必死に逃げ回っていたところで、セブルスと出会ったというわけである。

 

 

 

 

 

 事情を聴き終えたセブルスは、ちっと舌打ちした。

 

 やはりこいつは、職員室で殺しておくべきだった。ガラシャの拳なんて生ぬるいことはせず、獣狩りの散弾銃で耳障りな言い訳をさえずる喉笛を吹き飛ばしておくべきだったのだ。

 

 どう考えても、ペティグリューは闇の帝王の暗躍に手を貸し、そのまま(意図してなかったとはいえ)クラウチJr.の儀式の再開も手助けしてしまったとしか思えない。

 

 おそらく、このまま帝王を野放しにすれば、奴は何らかの手段をもって完全復活するのだろう。

 

 ・・・さて、あの(究極の自己特別視&自己陶酔型)帝王閣下が、自身の父親の遺体にされた細工に気が付くか、見ものである。(気が付かなかった時が楽しみで仕方ない)

 

 それはさておき。

 

 やはり、クラウチJr.は自殺していた。

 

 クラウチJr.はアズカバンの収容で衰弱し、脱獄してからは“服従”状態であったならば、自殺などしたくてもできなかったのだろう。

 

 不死身の解除方法はハリーが手紙で知らせてくれたが、(リータ=スキーターを“処分”して、一度庭に出た直後に手紙を受け取ったのだ)難しいかもしれないとセブルスも考えている。

 

 レギュラスと一緒にいた時に襲ってきた黒ローブ姿の『バーティ』は、おそらく偶像の肉体・・・本体ではない攻撃端末、あるいは影のようなものだ。

 

 それは、いくら攻撃しても無意味だろう。

 

 とりあえず、異世界の探索を続行するしかない。どうにか奴の真の肉体とやらを探り当てなければ。

 

 分霊箱をも破壊できるセブルスの武器ならば、あるいは何とかなるかもしれない。

 

 そうして、セブルスは重苦しい空気の漂う路地裏を進もうと一歩踏み出した。

 

 「お、お待ちください!どこに行くんですか?!」

 

 「・・・先に進む」

 

 「私を一人にされるつもりですか?!どうかお連れしてください!!後生です!!」

 

 再び哀れっぽくすすり泣きながら、ペティグリューはセブルスのズボンにしがみついてきた。

 

 やはりこいつはここで挽肉にすべきでは?

 

 セブルスはとっさに獣の爪を振り上げそうになるのを必死にこらえた。

 

 別にペティグリューは殺しても構わないのだ。だが、いかんせん場所がまずい。

 

 この異世界で人間が死ねば、あの徘徊する異質なゴーストども、あるいはサイレントヒルのような異形(クリーチャー)に変化する可能性が高い。

 

 そうなれば、文字通り魂の一片まで救いはない、永遠の地獄にとらわれることになる。

 

 セブルスとしてはペティグリューがそうなってもいいのだが、そうしたら先に進むのを妨げる障害が増えることになる。それは面倒だった。

 

 ・・・というか、いまだにペティグリューはセブルスが誰なのか気が付いていないらしい。

 

 彼は自分が今必死に憐れみを見せて縋り付こうとしている相手が、かつて自分が散々虐げ、それを眺めてせせら笑っていた男である(ついでにホグワーツで散々殴りつけてきた男)とは夢にも思ってないのだろう。

 

 あるいは、それをわかっていてもなお、縋り付いたのかもしれない。

 

 「勝手にするがいい。邪魔をすればどうなるか・・・覚悟しておくことですな」

 

 振り向きもせずに吐き捨て、セブルスはすたすたと歩きだした。

 

 「はいぃぃ!」

 

 へこへこと腰を低くするペティグリューがその後に続いた。

 

 

 

 

 

 さて、こちらはいよいよ新学期がスタートしたホグワーツである。

 

 事前に推し進めていた通り、すでに何人かの教職員が新しくなっている。

 

 例えば、占い学のシビル=トレローニーは某純血貴族の喫茶店付き占い師になるのと引き換えに退職し、代わりにダイアゴン横丁で街角占い師をしていた女性占い師が採用された。

 

 後は、飛行術のロランダ=フーチも箒制作会社の箒試乗部署への再就職と引き換えに退職し、代わりに元クィディッチ選手の男性とマネージャー経験のある女性の夫婦が採用となった。

 

 なお、フーチは飛行術指導とクィディッチ審判がないときは、フィルチではやりきれない学校の雑事をしていたので、後任の夫妻もそちらを引き継ぐことになる。

 

 予定通り、“闇の魔術に対する防衛術”の教授には今年はニンファドーラ=トンクスが就くことになり、未経験の彼女は戸惑いながら前任のルーピンに手紙でアドバイスを受けながらどうにかこうにかカリキュラムを頭に叩き込んだ。

 

 ついでに、森番は引き続き魔法省の“禁じられた森”捜査チームが担当(代表はトンクスから別の闇祓いに交代した)。被害状況は把握できたのだが、引き続き有害危険魔法生物の駆除となれば、アクロマンチュラのコロニーのようにはいかず、時間をかけて徐々にやっていくしかない。もうしばらくかかることだろう。

 

 話を学校システムの方に戻せば、各寮に寮母が付くことになった。

 

 これは実は、セブルスがメアリーを連れてきたことによる副産物である。

 

 セブルスは魔法薬学の授業補佐以外でも、寮監としての業務を問題ない部分はメアリーに一部任せていた。さらには、メアリーは何かお祝い事の時やセブルスのお茶菓子の余りや試作品をスリザリンの談話室に差し入れていた。

 

 で、スリザリン生たちの自慢を聞きつけたほかの寮生たちからずるい!という苦情が殺到。(公明正大のマクゴナガルからも何とかした方がいいのでは?という声が上がった)

 

 さらには、十代前半の多感な思春期の学生たちである。第二次性徴に戸惑う子供たちも少なくなく(マグル界ならば保健体育もあるのだが、ホグワーツにその手の授業もないわけで)、これまでは寮の先輩方からその手のことは教わったり、あるいは教え合ったりしていたのだが、その手の相談員がいてもいいだろうということで、寮母をつけることになったのだ。

 

 子供たちが学校を卒業して、暇を持て余している専業主婦魔法使いなどが応募してくれた。募集資格に、お菓子作りの経験ありとして、さらには出身寮へ配属としておけば大体はすんなり採用となる。

 

 寮母たちの業務はメアリーが担っていたことを参考に、それまで寮監が担っていた業務の一部を正式に担当することになり、このため寮監の先生方(マクゴナガル、スプラウト、フリットウィック、セブルスは停職なので復帰まではスラグホーン)の業務が楽になったと喜ばれることになった。

 

 なお、これに伴い、メアリーもスリザリンの寮母として正式採用されることになる。・・・一応、セブルスの所有物となるので、彼が復帰してからの話となるのだが。(スリザリンは純血貴族が多いので、他の寮母候補が見つからなかったのだ)

 

 とりあえず、今年決まっているのはここまでである。

 

 順次改定ということで、来年からはさらに低学年と高学年で授業の担当教授を分け、合同授業における寮の組み合わせの変更(特にグリフィンドールとスリザリンは相性が悪すぎるので、引き離すだけで揉め事がかなり少なくなるはずである)や、新入生向けに入学式の翌日は高学年によるオリエンテーション(学校案内)などが予定されている。

 

 まだ計画段階ではあるが、3年次からの選択授業の代わりにマグル式の通信教育講座を入れ、希望学生は卒業と同時にマグル側の大学受験資格と引き換えに魔法界のことを口外しないという魔法契約を結ぶという制度や、新たに魔法界の法律を学ぶ授業なども設立予定である。

 

 ・・・ちなみに、いずれも草案はあったのだが、とある人物がここぞとばかりに伝統あるんだから必要ないじゃろう?今までも何とかやってこれたんじゃから、というお言葉で却下されていたのだとか。

 

 急に増えた教職員たちに、2年生以上の生徒たちは戸惑っていたものの、校長代理として立ったスラグホーンと副校長として復帰したマクゴナガルが「これはまだ試験運用の段階だから、問題あればまた改良するので、申し出てほしい」と告げたことで、どうにか受け入れられた。

 

 ・・・さて、いつでもどこでも妄言を真に受ける人間というのはいる。

 

 入学式の翌日の朝食の席では、さっそくフクロウに届けられた吼えメールが教職員の席に落され、『あんな暴力教師!さっさと首にしてちょうだい!』だの『イギリス一の名門!ホグワーツにあんな男!ふさわしくない!』だの『ダンブルドアもマクゴナガルも何をしてるんだ!!あんたらの目は節穴か?!』だのと好き放題喚き散らすことになった。

 

 マクゴナガルはようやっと回復した胃壁がまた蕩けそうな顔をしながら、朝食代わりに胃薬をかっ込んでいた。

 

 スラグホーンは、校長代理なんて安請け合いするんじゃなかった・・・と言わんばかりの後悔してそうな顔をして、朝食をフォークでつつきながら吼えメールを聞き流した。

 

 なお、吼えメールは開封しないとひどいことになるので、結果的に開封した方がまだマシなのだ。

 

 ちなみに、森番のやらかし&ダンブルドアの停職の翌年(つまり去年)は、さっさとダンブルドアを復帰させろカスども!!という感じの吼えメールも送られた。まあ、真逆、さっさと首にしちまえ!お前らそろって無能か!!という感じの吼えメールもあったのだが。

 

 さて、吼えメールの罵声について、一部の新入生がしたり顔でうんうんうなずくのをよそに、大半の生徒(特に上級生)が去年の惨状知らねえだろこの手紙の送り主、と言いたげな呆れた顔をしていた。ハーマイオニーをはじめとした一部の学生は新入生に、あの新聞でこういうこと言われてるけど、実際こうだったからね、と説明している。

 

 ブラックが無実?ペティグリューの取り逃がしといい、大広間への吸魂鬼(ディメンター)の殺到といい、あいつのせいとしか言いようがないし、スネイプ先生が怒らなかったら代わりに呪文をぶっぱなした学生がいても不思議ではなかったのだが。

 

 スリザリンの席では、早くも恐ろしいほど無表情になったハリーJr.にドラコが震え上がりながら、必死になだめを入れていたのは言うまでもない。

 

 グリフィンドールの席では、去年の夏前よりも少しやせた様子のロナルドがバカバカしい!と言わんばかりにふんと鼻を鳴らして、オートミールを勢いよくかっ込んでいた。

 

 そして・・・ロナルドのところから少し離れたところで、一人で座っていたコリン=クリービーは、自分が吼えメールを受け取ったわけでもないのに、びくびくと肩を震わせており、その様子を一部の学生が疑わしげににらんでいた。

 

 

 

 

 

続く




【スネイプへの手紙】

 エイブリーが友人たるセブルス=スネイプへ宛てた手紙。

 魔法省におけるクラウチ氏の書類偽造に端を発した異常の発覚についての概要と、バーテミウス=クラウチJr.の脱獄・生存の可能性について書かれている。

 その手紙は、イギリスでは珍しくもないモリフクロウが運んできた。

 エイブリーは、自分が純血貴族であると自負はしているが、それ以外何一つ特別でないことを知っている。だからこそ、闇の魔術に魅せられたのだ。





 Q.あれ?ウィンキー(クラウチさん家のハウスエルフ)、死んじゃったんです?ってか、帝王さんたち、いつ押しかけてきたんです?

 A.帝王&ペティグリューは、正史と違ってバタフライエフェクトもあって、クラウチの家に早い時期に押しかけてきています。
 で、ウィンキーはネズミに化けたペティグリューの陽動で気を取られたときに、帝王様に殺されました。(何気に正史よりもひどいことになりました)
 そして、それによって“服従”を完全に破ったクラウチJr.が自殺してしまいます。これで、“21の秘跡”が再始動、第2の啓示に移行します。
 クィディッチワールドカップにおける空席ですが、すでにクラウチJr.は死亡、クラウチは“服従”中、帝王&ペティグリューはチケット云々の事情は知らないので、キャンセルすることもありませんでした。(つまり、正史と違って、本当に空席のままでした)



 ああ、もう!視点を固定すると、こういう偏りができてしまうんですよね!どうしたもんか。



 Q.あれれ?ペティグリューが異世界にいるってことは、帝王様は?

 A.次回以降にやることになると思いますんで、この場では割愛させてください。

 Q.じゃあ、帝王様たちが企んでることって?

 A.だ・か・ら!次回以降にさせてください!



 Q.セブルスさんの装備、“獣の爪”で、顔を隠してるってことは・・・?

 A.お察しの通りです。




 次回の投稿は、時期は未定ですが内容は決まっています!
 異世界にて、セブルスさんとレギュラスさん。ペティグリュー?知りませんね、そんな汚物。
 ホグワーツでは、新しい催し物をめぐって、ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニー+αが一悶着!
 お楽しみに!


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【8】レギュラス=ブラック、異世界のクラウチ邸へ

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 ホグワーツのシステムを色々好き放題いじくりまわしましたが、あんまり何も言われなくてちょっとホッとしました。

 久々、レギュラス君のターンから、続きといきましょう。


 

 「どうも、こんにちは!レギュラス=ブラック様ですね?

 こちら、セブルス=スネイプ様から速達書留が届いております」

 

 にっこり笑った黒人の男を前に、レギュラスは呆然としていた。

 

 あの閉ざされた部屋を抜けた先、またおかしな場所に出る(穴を抜けた先は、大体バラバラなのだ)のだろうと覚悟していたところで、おかしな男に出くわした。

 

 レギュラスはその男を、遠目で見かけたことがあった。

 

 確か、セブルスの家に同居していた時、時々玄関先にいた男だ。

 

 青いコートと制服帽。肩から斜めにカバンを提げた、どこか胡散臭そうな男だ。

 

 「あの・・・」

 

 「ああ、すみません。自己紹介がまだでしたね。

 私は、ハワード=ブラックウッドと申します。見ての通り、郵便配達員をしております」

 

 戸惑うレギュラスに、男――ブラックウッドは改めて名乗ってきた。

 

 ・・・見ての通りといっても、レギュラスはマグルの郵便配達員とはトンと縁がないのだが。名前だって先ほど聞いたばかりだ。

 

 「では、こちらを。受け取りの証明としてサインをお願いします」

 

 「サイン、ですか?」

 

 「ああ、魔法族ではなじみありませんかね?この書留郵便というのは、あなた方がマグルと呼ぶ人々の間における郵便特殊取り扱いの一種ですよ。*1

 この形態の郵便物は、追跡番号が振られて、万が一紛失や毀損があったら、損害要償額の範囲内で実損額が差出人に対して保証されるんですよ。

 ですので、我々の方としても、受け取っていただいた証拠として、サインをいただいているんです」

 

 すらすらと述べるブラックウッドに、レギュラスは戸惑う一方だった。

 

 「・・・あの、何でここにいるんです?」

 

 こんな異常な場所に、何でマグルらしき人間が?

 

 まさかこの男も、バーティの儀式とやらに巻き込まれた生贄なのだろうか?

 

 「いえいえ。確かに、ここは私の故郷によく似た空気をしていますが、私ははっきり言って部外者ですよ」

 

 しれッとブラックウッドが答える。まるでレギュラスの内心を“開心”したかのような受けごたえに、レギュラスはぎくりと肩をはねさせる。

 

 胡散臭いという印象が一転し、得体のしれない不気味さが出てきた。

 

 「・・・サイン、お願いできますか?」

 

 「・・・わかりました」

 

 ニコリっと再度笑って差し出された紙切れに、レギュラスは受け取った妙なペン(彼は知らなかったが、それはボールペンだ)で、サインを書いた。

 

 「ありがとうございます。くれぐれもちゃんと渡すように念押しされておりまして」

 

 返されたペンと紙きれを懐にしまった郵便配達員は、続けてカバンから封筒を取り出し、レギュラスに渡す。

 

 羊皮紙製のそれは、確かに差出人のところに“セブルス=スネイプ”と書かれている。

 

 「では、私はこれで。

 縁がありましたら、またお会いしましょう」

 

 と、ブラックウッドは一礼して踵を返そうとしたところで、何事か思い出した様子で足を止めた。

 

 「ああ、そうだ。

 この先には、お屋敷が一軒ありましたね。ですが、行かれるならお気をつけた方がよろしいかと。

 妙なものがうようよしているようですから」

 

 しれッと言って、郵便配達員はそのまま路地の奥の暗がりに姿を消した。

 

 なんとなく、レギュラスは悟った。あの男は多分、追いかけても追いつけないだろうな、ひょっとしたら見た目だけで、中身は人間じゃないのかもしれない、と。

 

 とりあえず、レギュラスは周囲を見回して、あの化け物や数字付きゴーストがいないことを確認してから、手紙に目を通す。

 

 落ち着いて読み物をするなら、あの閉ざされた部屋の方がいいのだろうが、出てきたはずの穴はなくなってしまっているのだ。(別の場所で穴を見つけない限り、戻れないのだ)

 

 それに、速達と言ってたので、急ぎということ――つまり、セブルスは急ぎレギュラスに伝えたいことがあるということだ。

 

 だから、レギュラスもさっさと読む。

 

 ややあって、彼は手紙を折りたたんで封筒にしまうと、そのままローブのポケットに押し込んで、顔をあげる。

 

 待ってろ、バーティ。

 

 口の中でそんなことをつぶやいて、レギュラスはしっかりした足取りで歩きだした。

 

 

 

 

 

 「ヒあああああああっ?!もう嫌だああ!もう嫌だああああああ!!」

 

 一方、セブルスはいい加減うんざりしていた。

 

 化け物や数字付きゴーストに遭遇するたびに、ペティグリューは絶叫して、頭を抱えてプルプルと震えているのだ。

 

 で、その悲鳴に誘われて、次々化け物が引き寄せられるから、はっきり言ってきりがない。

 

 いい加減、その喉笛を切り裂いてやろうか。

 

 加えて、ペティグリューと行動している以上、レギュラスと顔を合わせるわけにはいかなかった。

 

 ペティグリューの逃げ足と悪運から考えて、その口からレギュラスの所在が闇の帝王に伝わる可能性ができるかもしれなかったのだ。

 

 かといって、この異世界で殺すと面倒が増える可能性もあって、殺すわけにもいかなかった。

 

 ああ、何だ。もっと簡単な方法があった。

 

 ひらりと右手を一振りして、沈黙呪文(シレンシオ)をペティグリューにかける。

 

 「次に何か喚いてみろ。両足を切り落として、置いていくからな」

 

 口元を押さえて慌てふためくペティグリューに、セブルスは冷たく言い捨てて、飛び掛かってきた犬もどきに獣の爪を振り薙いだ。

 

 今のところ、あの黒ローブ姿の『バーティ』には出くわしていない。

 

 前述したが、あれは術者の本来の肉体ではない――偶像の肉体、行動端末、あるいは影のようなものだ。

 

 だからこそ、こちらの攻撃が一切通用しない状態だったのだろう。

 

 いくらセブルスが上位者とはいえ、現在は相手の領域に仮の姿で踏み込んでいる状態である。制限がかけられているのだ、できないこともあるのだ。

 

 となれば、どうにかして『バーティ』本来の肉体を探し出す必要がある。

 

 難しいかもしれないが、現状ではやるしかない。ぐずぐずしていると、レギュラスの番になってしまうのだから。

 

 セブルスは、襲い来る化け物どもも、数字付きゴーストも片っ端から蹴散らしながら先へと進んだ。

 

 別に闇雲に進んでいるのではない。

 

 あくまでセブルスの感覚と憶測に基づいたことではあるのだが、この異世界は術者が生贄を引きずり込むための蜘蛛の巣のような領域であるが、現実世界とは異なり、空間の接続がめちゃくちゃだ。扉一枚で全く違う場所が普通にまかり通っている。

 

 それは多分、必要に応じて術者が異世界の必要領域を形成・拡張しているからではないだろうか?パッチワークのように作った部分を元あった場所に継ぎ足しているのだろう。だからこそ、接続が滅茶苦茶なのだ。

 

 ならば、その元あった場所(一番最初に形成された場所)こそ、この異世界における最深部であり、『バーティ』本来の肉体のある根拠地なのではないだろうか?

 

 そして、『バーティ』は闇の帝王の狂信者である。ならば当然、ヴォルデモート卿がホグワーツに対して並々ならぬ執着を向けていることも知っていただろう。

 

 彼は語っていた。聖母降臨に成功した暁には、この座をあのお方にお譲りする、と。

 

 ならば、自分の後に居つくであろう帝王が少しでも気に入るように、そのこだわりをも反映させるのではないか?

 

 実際、他の領域は生贄にされた人間の死体が見つかった場所だというのに、なぜか死体はなかったホグワーツを模したエリアがあったのだ。

 

 『物事には必ず理由がある』。ハリーはまったく、的確なことを言うものだ。

 

 後は、セブルスもあの場所を訪れた時、何かが鼻についた。腐臭と啓蒙、冒涜に慣れ親しんだ狩人の鼻に。

 

 あの時は、『バーティ』の襲撃で満足に探索しきれなかった。

 

 今も侵入した闇霊状態で制限付きではあるが、十分動けるのだ。もう一度、ホグワーツを模した領域に向かうべきだ。あそこを、もう一度探索しなおす。

 

 今セブルスにできるのはそれだ。

 

 飛び掛かってきた四つん這いの化け物を、エヴェリンで撃つことで吹き飛ばす。ガンパリィによって、動きを止めたそれにセブルスは右手を突き入れた。

 

 内臓攻撃だ。

 

 たっぷりした血を浴び、血まみれのセブルスは改めて奥に向かって進んだ。

 

 

 

 

 

 レギュラスがたどり着いたのは、不気味な屋敷だった。異臭と重苦しい空気に支配され、朽ちたような外観になっているが、レギュラスはそこを知っている。

 

 以前、長期休みに誘われて遊びに行ったことがあったのだ。

 

 クラウチ邸だ。

 

 なんでここが?

 

 一瞬レギュラスは疑問に思ったが、すぐに首を振って考え直す。

 

 この異常な世界を作り上げたのがバーティなら、ここがあってもおかしくはない。何しろ、バーティが生まれ育った場所なのだから。

 

 恐る恐る、レギュラスは門をくぐった。

 

 魔法族の邸宅、それも純血貴族の屋敷は、不法侵入者を避けるために侵入防止用の防護魔法がかけられているのが一般的だ。だが、ここにはそれがないらしい。

 

 好都合だが、エントランスに続くだろう大扉には、すでにお馴染みになった妙なパズルじみた仕掛けがあるらしい。

 

 少し周辺を見て回って、解除のためのヒントを探しだしたレギュラスは、そのまま屋敷に入り込んだ。

 

 内装は・・・レギュラスが記憶にあるよりも、だいぶ古びている。何より、陰気で、重苦しい空気が横たわっている。

 

 なんとなく、レギュラスは思う。もしかしたら、ここにバーティを止めるヒントがあるかもしれない。

 

 軽く呼吸を整えてから、改めてレギュラスは奥に向かって進みだした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 さて、一方のホグワーツである。

 

 4年生の授業であるが、ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニーの3人は学業としては問題なく進められていた。

 

 ただ、今年に入って、ハーマイオニーは少し他二人と距離を取るようになった。もちろん、一緒に勉強会もするし、雑談もやるのだが、どこに行くにもべったり一緒というわけではなくなったという感じだろうか。

 

 というのも、今年のホグワーツ特急でハーマイオニーはスリザリンのグリーングラス姉妹とパンジー=パーキンソンに呼び止められ、あれこれと話をしたらしい。

 

 純血貴族の女子生徒たちで、しかもお年頃である。そんな彼女らが、目の色を変えてロックオンしているのは、もちろんドラコである。特にパンジーは肉食系女子さながら虎視眈々とドラコを狙っているのだ。これまでも、授業の度に機会があればペアを組んでほしい、課題の時にここ教えて!など積極的にアピールをしているのだから。

 

 まあ、肝心のドラコは肉食系はあまり好みではないらしく、ハリーJr.がいるからとか、その課題ならこの参考書がいい、君ならわかるだろうなどと、やんわりとさけているらしい。

 

 一方のグリーングラス姉妹なのだが・・・実は、ダフネの二つ下の妹、アステリアがハリーJr.が気になるから、彼に好きな人はいないか?と探りを入れに来たらしい。

 

 そのきっかけは去年の吸魂鬼騒動にさかのぼる。吸魂鬼の襲撃のせいで、アステリアが過呼吸を起こしてしまい、危うく窒息するところだった。そこを、駆け付けたハリーJr.が助けてくれたのだ。

 

 これを口元にあてて!と差し出された紙袋に、そんなの役に立つか!と怒鳴りかけたダフネを無視して、ハリーJr.はアステリアの口元に紙袋を押し当てた。

 

 だが、そうしているうちに、アステリアの呼吸がおさまってきた。

 

 今の何?!と仰天するダフネに、ハリーJr.はマグル式の応急処置だよ、とにっこり笑う。

 

 落ち着いた?あとでちゃんとマダム・ポンフリーのところに行った方がいいよ、じゃあね、と言い残して去っていったハリーJr.を、アステリアはぽーっと桜色に染まった頬で見送った。

 

 マグル育ちの中流階級の、半純血の魔法使い。純血貴族令嬢たるアステリアの結婚相手としては、いささか不似合いだが、それでもアステリアは胸の内側に芽吹いた感情を押さえられなかったのだ。

 

 ・・・余談だが、純血貴族の子息・令嬢らがホグワーツに来るのは、卒業後に向けた結婚相手探しや人脈構築というのもある。

 

 ホグワーツに入って、4年目である。そろそろ本腰を入れて、そういう相手を探さなくては、とグリーングラス姉妹もパンジーも動き出したわけである。

 

 とばっちりを食らったのはハーマイオニーである。

 

 夏休みのバーベキュー会の時に、ドラコがぽろっとそろそろ婚約者を探さないと、といったところで、意識したのだ。

 

 仲のいい二人の友人が男であることを。しかも、片方は貴族で、そういう世界にいるのだということを。

 

 男女の友情は成立するのか。

 

 する、とそれまでのハーマイオニーであれば大声で言えたのだろう。だが、今はそうも言えなくなってしまった。

 

 だって、ハーマイオニーも女の子なのだから。

 

 

 

 

 

 とまあ、甘酸っぱい(?)事情が芽吹きつつあるホグワーツだが、授業外でも変わったところが出てきた。

 

 スリザリンの純血貴族が主催の、『マナー講座』が開かれることになったのだ。

 

 鼻持ちならない、純血貴族主催で、である。

 

 あからさまに眉を顰める学生もいる中、お知らせを張り付けた掲示板の近くで、ドラコはハリーJr.に闇祓いを目指すなら、参加しておけといった。

 

 「就職に有利になるぞ。やっておくのとおかないのとでは、違ってくるだろう」

 

 「え? あー・・・なるほど」

 

 ドラコの言葉に首をかしげるハリーJr.だが、すぐに分かったのか、一つうなずいた。

 

 「どういうことなの?」

 

 「うーん・・・実はね、僕最初、スリザリン寮であからさまに馬鹿にされた目で見られてたみたいなんだよね。

 マグル育ちの半純血だしね。

 けど、先輩方の前であいさつしたら、ちょっと見る目が変わったっていうか、あからさまに馬鹿にされることはなくなってね。

 ホグワーツ入学前にドラコにさんざん、あいさつの練習をさせられてたから、多分それでだと思うんだけど・・・そういうことなんだよね?」

 

 「ああ」

 

 ハーマイオニーの問いかけに、ハリーJr.は苦笑交じりに説明し、それにドラコがうなずいた。

 

 「上流階級はマナーに非常にうるさいんだ。特に僕たち純血貴族は、その・・・出自で色眼鏡で見てしまう傾向がある」

 

 「だから、あれだけお辞儀の仕方とかあいさつの口上とか練習させられたんだね、僕。

 マグル育ちでも礼儀作法ができるならって、あれ以降大目に見てもらってたみたいだったし。

 寮であれなら、就職面接とかではもっと厳しくいろいろ言われるかもしれない、ってことだよね」

 

 「ああ。父上は採用する側だが、マナー面はどうしても目についてしまうとおっしゃられていたな」

 

 「ねえ、マナー講座って具体的にはどういうことをするの?」

 

 そういうことなら私も参加したいと言わんばかりに、うずうずしているハーマイオニーが尋ねてきた。

 

 「それは僕も気になるなあ。ドラコ、何か知ってる?」

 

 「ああ。ハリーもやったような挨拶とお辞儀の仕方は初歩として、会食向けのマナーや、お茶会の作法、ドレスローブの選び方、ダンスの練習もあるな。

 グレンジャーのような女性なら、化粧の仕方とかもあるらしいぞ」

 

 ここでドラコは言葉を切ると、少し疲れたようにため息を吐く。

 

 「まあ、服装に関しては、時々とんでもなく変な格好の魔法族もいたりするから、あくまで目安というところもあるしな」

 

 「変な格好?」

 

 「・・・魚の置物のついた帽子をかぶったり、トロールの接吻が刺繍されたドレスローブを着てたり」

 

 訊き返したハリーJr.は、遠い目をして答えたドラコの返答に、微妙な顔をした。

 

 わきで聞いてた生徒何人かが具体的に想像してしまったのか、たまらず吹き出したり、肩を震わせたりしている。

 

 「・・・何か理由あるの?それ」

 

 「まあ、ピンキリらしいが。先祖代々のファッションというかわいらしい理由ならいいんだが・・・ごくまれに、質の悪い呪いを受けてて、こういう行事の時はそういう格好をしないと、致命的ペナルティを食らうとかいうこともあるらしい。

 父上からのまた聞きだから、どこまで本当かはわからないが」

 

 眉をひそめたハーマイオニーの問いかけに、ドラコは疲れたような様子で答えた。

 

 「・・・僕も、父上と一緒に社交界のパーティーに何度か顔を出しているからな。たまにそういう方は見かけるんだ」

 

 ボソッと付け加えられたドラコの言葉に、ハリーJr.は苦労してるんだなあ、といたわる視線を向けた。

 

 「魔法使いのファッションって、そういう事情もあるのね・・・」

 

 知らなかった、というかのようにつぶやいたハーマイオニーに、何人かの学生が同意したようにうなずいている。

 

 「ああ。だから、パーティーを開くホストは、招待客のことについても調べておかないといけないそうだ。

 例えば、呪いのせいでキノコが食べられない客がいるなら、その方には別の料理を用意したりとかな」

 

 「・・・そういう人、いるんだ。アレルギーじゃないの?」

 

 「アレルギー・・・確か、マグルの方の言葉だったな。特定の食べ物や物質を体が毒と誤認して、食べられないだったか。

 毒程度ならまだいい。そのキノコの呪いは、キノコを食べたら自分の体にキノコが生えてキノコまみれになるんだそうだ」

 

 「ひえっ」

 

 ドラコの言葉に、ハリーJr.は身を震わせた。

 

 どうしてそんな呪いを受けた。そして、その呪いをかけた奴はどうしてそうしようと思った。

 

 ハーマイオニーをはじめ、他何人の学生の顔もひきつっている。

 

 「聞けば聞くほど、純血貴族って大変そうだね・・・」

 

 「・・・僕も父上のようになってしまうのだろうか」

 

 同情に満ちた目をするハリーJr.に、ドラコはひどく心細げな声を出して、自分の前髪の生え際辺りをさすった。

 

 ・・・去年あたりから、ドラコが髪形を変えたのは、誰もが気が付いていた。

 

 「と、ところで、そのマナー講座、受講資格とかあるのかしら?張り紙には、4年生以上の希望者ってあるわよね?

 私も参加したいと思ってるの」

 

 気まずくなった空気を振り払うように、ハーマイオニーが口を開いた。

 

 「ああ。もちろんだ。グレンジャーにはむしろ、僕の方から頼もうと思っていた」

 

 「え?」

 

 「グレンジャーはマグル生まれだが、成績は優秀だ。スリザリンの学生にも、よくしてくれている。

 グレンジャーが参加するなら、他の学生も参加しやすくなるだろうってな」

 

 「ほんと?!」

 

 ぱっとハーマイオニーがうれしそうに笑った。

 

 「ちょっと!それ、本気なの?!ドラコ!」

 

 たまらず口をはさんだのは、パンジー=パーキンソンである。

 

 「そうだ!大体、マナー講座は我々スリザリンのみの開催・参加のはずだろう?!

 なんで今年に限って!」

 

 納得いかないと言わんばかりに、がなり立てるノットに、ここで口をはさんだのはロナルドだった。

 

 「今年に限って?ちょっと待ってくれよ。まさか、スリザリンだけ毎年やってたのか?!ずるいだろ!就職にも有利になるってのに!」

 

 「・・・ドラコ、僕もこれはちょっとずるいって思った。

 何か理由があるの?」

 

 「それは」

 

 「当然だろ!」

 

 困ったように言ったハリーJr.に、ドラコが答えるより早く、その言葉にノットがかぶせかけてきた。

 

 ドラコが、余計なことをとにらむが、それをも無視して、ノットは続けた。

 

 「十数年昔はちゃんと、他の寮にも門戸を開いてたさ!

 だがな!ある日!馬鹿な連中がマナー講座のために借りてた教室の中に、クソ爆弾を投げ込んできたんだ!!生徒が中にいるってのに!

 中の生徒はもちろん、練習用の道具類は全部糞まみれさ!

 で、そいつらの言い訳は何だったと思う?

 闇の魔法使いが集まって悪だくみしてたから成敗してやったんだとさ!!

 しかも、軽い罰則だけで弁償なしだ!道具の類は純血貴族の寄付品ばかりだったんだぞ?!信じられるか?!」

 

 ここでノットは言葉を切ると、ロナルドはじめ、グリフィンドールの学生たちを軽蔑の目で見やりながら言った。

 

 「そいつらはな!公明正大・勇猛果敢を称するグリフィンドール生だったんだ!

 そこまで言うなら、よその連中を招く必要はないだろって、翌年以降はスリザリンの談話室で行うようになったのさ!スリザリン生だけでな!」

 

 沈黙する一同の前で、ノットの勝ち誇ったような叫びが響き渡る。

 

 ・・・おそらく、ドラコとハーマイオニーだけが気が付いただろう。ハリーJr.がそのあたりの話を聞いた瞬間、真っ青になっていたことなど。

 

 「それで?“闇の魔法使い”の主催する、マナー講座が気に入らない、グリフィンドール生が、まだ何か用か?」

 

 嫌味と皮肉たっぷりに言い放つノットに、かっと顔を赤くしたロナルドが言い返すより早く。

 

 「そうね。一方的に言いがかりをつけて、ひどいことをしたのは確かにこちら側で、非があるわ」

 

 そういって、ハーマイオニーは一歩進み出ると、すっと頭を下げた。

 

 「私たちの先輩が、不快な思いをさせてごめんなさい」

 

 だが、すぐさま彼女は顔をあげて凛と言い放った。

 

 「でも、私たちはそれを知らなかった。

 そして、ホグワーツは変わろうとしている。だからこそ、マナー講座も広く開放ってことになったんでしょう?

 あなたたち純血貴族が魔法界の上に立つというなら、その寛容さと、見せるべき姿勢を真っ先に提示するべきじゃないの?」

 

 「・・・ノット。闇の時代は終わった。

 グレンジャーの言うとおり、ホグワーツは変わろうとしている。お前が純血を重んじ、スリザリンを誇るならば、率先して変わるべきだ。

 その学生たちは、今在学している学生とはかかわりないはずだ」

 

 続けて言ったドラコに、ここでノットは気づく。

 

 この場にいるほとんどの人間が、目をそらしたり、敵意を持って見てきてたりと、彼の味方がいないことに。

 

 「ま、まあ?グレンジャーは、マグル生まれにしては分かっている方だし?

 ドラコが言うんなら、しょうがなく・・・本当に、しょうがなく!参加は認めてあげてもいいわよ?」

 

 最初の方で文句を言ってたくせに、ドラコの言葉を聞くや、パンジーはしれッと意見を翻した。

 

 彼女が気に入らなかったのは寮云々や純血などの問題からではなく、どちらかといえば、ドラコがハーマイオニーを買っているというのが気に入らない、嫉妬からであるのだ。

 

 ドラコの機嫌を損ねるならば、多少の寛容さは見せねばなるまいと判断したわけだ。

 

 「・・・っくそ!」

 

 吐き捨てて、ノットは走り去っていった。

 

 「・・・ハリー?大丈夫?顔色悪いよ?」

 

 「あ、うん。大丈夫だよ」

 

 ここで気が付いたらしいネビルが気づかわしげに話しかけてきた。ハリーJr.は微妙にこわばった顔でうなずいて見せた。

 

 「最悪だよな!そんな奴らのせいで!誰だよ!おかげで今僕たちが迷惑してるんだぜ!」

 

 ぷりぷり怒るロナルドに、他の学生たちもうんうんうなずいている。

 

 ハリーJr.にはそれに心当たりがあったが、出自がばれることを考えて何も言えず、それはドラコとハーマイオニーも同じだった。

 

 「せめてもう1年早かったら、パーシーももう少し楽出来たろうにな・・・」

 

 ぽつりとつぶやいたロナルドに、ハリーJr.は首をかしげた。

 

 パーシー=ウィーズリーは、去年でホグワーツを卒業して魔法省に就職したらしいと、ハリーJr.も聞いてはいたのだが。

 

 「パーシー、そんなに苦労してるの?」

 

 「今、国際魔法協力部の方で下っ端やってるんだって。一からしごかれているうえ、外国の魔法使い相手のマナーや作法とかも併せて勉強中らしいよ」

 

 「そっか・・・」

 

 学校で学んだ知識とは、別の知識や技術を求められることはよくあることではある。

 

 「とにかく、ここにも書かれている通りだ。希望者はスラグホーン先生に届け出を出すこと。これに関する質問は、スリザリンの監督生やスラグホーン先生に訊くように」

 

 ドラコの言葉に、集まっていた学生たちはうなずいて、その場を解散となった。

 

 「マナー講座がなくなった後、他の学生たち、どうやって就職対策のマナーを勉強したのかしら?」

 

 ぽろっとつぶやいたハーマイオニーに、ドラコは何だそんなことか、と軽く答える。

 

 「スリザリンには純血貴族が多いが、他の寮に皆無というわけでもない。魔法省勤めの親類がいるなら、そちらから教わるということもあるだろう。

 グリフィンドールなら、ロングボトム家がそうだからな。そちらから教わってたりしたんだろう」

 

 「なるほど・・・講座に本格的に参加する前に、ネビルから言葉遣いとかについては聞いておかないとね」

 

 頷くハーマイオニーは、ここでちらっと周囲を見回して人目がなくなっていることを確認してから、声を潜めて言った。

 

 「あれ、絶対シリウス=ブラックたちよね?

 寮の先輩たちに、思い切ってお尋ねしたの。

 ・・・聞けば聞くほど余罪が出てくるって、どうなのかしら?」

 

 「知れば知るほど、軽蔑しかできない・・・」

 

 「すんだことだ。まあ、悪事はこうやって後世まで語り継がれるってことだな。僕らも注意しないとな」

 

 澱んだ瞳になって呻いたハリーJr.に、お前のせいじゃないという代わりに、いたわりを込めて、ドラコはそう言った。

 

 

 

 

 

 ところで。

 

 最近、ホグワーツは一つのうわさが席巻している。

 

 噂というか、話題というか。

 

 夏休み中にフィルチが発見した、開かずの扉である。

 

 変な臭いと音がする、板切れを張り付けられまくった扉である。

 

 だが、そこは好奇心溢れる子供たち溢れる学校であった。

 

 中にお宝がある!見たことのない魔法生物がいる!という噂から、扉が開いたらホグワーツが滅びる、封じてた悪霊が解き放たれてヤベエ!という噂まで、千差万別である。

 

 何しろ、学期開始時のあいさつに、扉があるけど、近寄らないようにという注意があっただけなのだ。

 

 何があるのか、開かないのはどうしてか、好奇心に駆られる生徒は大勢いた。

 

 まして、とても痛い死に方をするなどの脅し文句の類もなかったわけで、板を引っぺがして、扉を開けようとするのを度胸試し代わりにする者が続出。

 

 これらはフィルチはじめ、他教職員の目に入り次第、減点&罰則の対象になった。

 

 ただし、この扉に関しては一番興味をそそられるであろう双子のウィーズリーは、「「なんだか嫌な感じがする」」と口をそろえて近寄らなかった。

 

 

 

 

 

 話は変わるが、セブルスの停職に伴い、半ば双子のウィーズリーのシンボルと化していたメンシスの檻は装着されていない。元々あの檻は罰則であり、罰則期間が明ける前に次の罰則が科され、被りっぱなしのような状態になってしまっていた。それがないのだから、当然である。

 

 だが、双子のウィーズリーは「「何かしっくりこない」」という理由で、今年は自主的に頭に鳥かごをかぶっていた。

 

 もちろん、罰則でもない、自主ファッションであるので、基本的に授業外のみで、である。

 

 そして、メンシスの檻と違って、普通の鳥かごなので、いろいろと邪魔そうにしていた。

 

 さらに、「「何かこれも違う感じがする」」と首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 話を戻して、怪しい開かずの扉のこととなるが、この扉に関してはハリーJr.は頑なに近寄ろうとはしなかった。

 

 一番最初、扉の場所を確認しに行った程度で、後はできるだけ近寄らないようにしていたのだ。

 

 というのも、ホグワーツ特急乗車のための見送りに来てくれた姉のヘザーが、こわばった顔で警告してくれたからだ。

 

 『いい?もし、ホグワーツで変な扉を見つけても、絶対近寄っちゃだめよ?

 特に変な臭いがしてる間はダメ。臭いが強くなった挙句、扉が開いたら全力で逃げて。いいわね?』

 

 本当はホグワーツ自体行かない方がいいかもしれない、嫌な予感がすごくするから、と憂い顔でつぶやいた姉に、ハリーJr.はそういうわけにもいかないよ、気を付けるから、と答えたのだが。

 

 一目見て、ハリーJr.は判断した。

 

 あれはやばい。

 

 怪物邸騒動の時も、散々やばい目には遭ってきた(食べられそうになったり、食べられそうになったり、補導されそうになったり、消化されそうになったり、追い回されそうになったり、食べられそうになったり)が、あの扉はその時の数倍やな感じがした。

 

 ハリーJr.からヘザーの警告を伝えられたドラコもまた、扉を目の当たりにするなり、あれはダメな類のものだ、と青ざめた顔で同意してくれた。

 

 むしろ、何でほかの連中があのやばさに気が付かないのか。二人は不思議でならない。

 

 とにかく、二人にできるのは、あの扉にはできるだけ近寄らないよう、友人たちに警告することぐらいだった。

 

 

 

 

 

 そんな扉のことは多少の興味はあれど近寄ろうとしていなかったネビルとロナルドが、スリザリンの上級生に宙づりにされているコリンを助けたのは、ハロウィーンの出来事だった。

 

 

 

 

 

 続く

 

*1
イギリスにおける郵便制度ではRoyal Mail Special Delivery Guaranteedというサービスが書留郵便に相当する。本シリーズでは、便宜上書留で統一させてもらう





【マナー講座開催についての張り紙】

 ホグワーツ学内掲示板に張り出されている羊皮紙の張り紙。スリザリンの純血貴族主催のマナー講座の開催日時、参加資格について書かれている。

 純血貴族は血統・魔法を重んじるが、高貴なるものの義務として礼節も重んじた。

 彼らの傍らに立ち、労働を希望するならば、それなりの作法をも心得なければならないのだ。




 以上、捏造満載パートでした。

 感想欄とか外伝でちらっと言ってますが、純血貴族が他の生徒を馬鹿にするの、こういう普段のさりげない部分とかもあるんじゃないですかね?

 方言丸出しで何言ってるかわかんねーよ田舎者!とか、食べ方汚えんだよ、食器の持ち方だせーんだよ!とか、そういう感じで。

 誰得なんでしょうね?書いてる私は楽しいのですが。

 後、書き損ねてましたが、ノットの言ってた“クソ爆弾投げ込んできた連中”がマナー講座に絡んできたのは、セブルスさんが参加してたからです。

 当時、闇の帝王にあこがれてたセブルスさんに、マルシベールやエイブリーなどのほか純血貴族が、「あの方に近づきたいなら、マナーぐらいやっとこうぜ。お前、言葉遣いとかはいいけど、服装とかもちょっとどうにかしようぜ」って入れ知恵してきたので。

 被害が出た後、セブルスさんは自分が参加したせいだと自責の念ができ、さらにはほかのあまり親しくない純血の連中からお前が参加したせいだろ、マグル育ちの半端者が、って言われたので、こういう催し物には参加しなくなり、さらに孤立しやすくなりました。

 あくまで本シリーズ限定設定ですので、原作こうだろって言われても困りますので、あしからず。





 次回予告は!ネビル、ロナルド、コリン。思うところ、考えるところ、進むべきところ。セブルスさんはおらずと、生徒たちは勝手に考え、成長していくのです。
 異世界のレギュラスさんは、そろそろ核心に迫りつつありますぞ!セブルスさんは、『バーティ』とサードインパクト!お楽しみに!

 予告はふざけたいのですが、何か真面目になってしまいました。


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【9】レギュラス=ブラック、へその緒を得る

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 遅くなってすみませんね。ボチボチやっていきますのでね。

 捏造マナー講座についてのシーンは書いてて楽しかったのですが、反面ここまでマローダーズを叩いてええやろか?でもあいつらなら絶対やるで?と戦々恐々としてました。

 というわけで続きです。


 

 城中が甘ったるい匂いに包まれるハロウィーンは、様々なことが変動しつつある今年のホグワーツで、変わらないものの一つだ。

 

 朝食のトーストをかじっていたロナルドは、ふわふわの毛に包まれたスニッチのような豆フクロウ、妹ジネブラによる命名でピッグウィジョン、愛称をピッグと名付けられたそれに、パンの端を分けてやった。

 

 スキャバーズ(前のペット)のことを考えると、今でも複雑な気持ちが湧き上がってくる。このフクロウはそれを知ってか知らずか、ロナルドにはなついてくれた。

 

 フクロウという、ネズミとはまた違うペットであるのもまた、よかったのかもしれない。

 

 いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。

 

 ホッホッホと嬉しそうに飛びまわる豆フクロウにほおを緩めつつも、「おい、おとなしくしろよ」と口では生意気なことを言ってしまう。

 

 もっとも、いつも元気なこの豆フクロウが急におとなしくなったら、それこそ病気か?!と心配するのだが。

 

 ネビルと一緒に今日の時間割を確認しながら、朝食を取り終える。

 

 夜のパーティーが今から楽しみだが、その前にまた少し授業を頑張らなければ。

 

 とまあ、そんな風に本日最初の授業の教室に移動しようとしていた矢先、ロナルドとネビルは出くわしてしまったのだ。

 

 「うああああああ?!下ろして!下ろしてよおぉぉぉ!」

 

 「おい、“穢れた血”が何か言ってるぜ?」

 

 「聞こえないな~?叫び声も汚れてるんだから、しょうがないよな~?」

 

 通りかかった廊下で、見てしまった光景。

 

 にやにや笑う上級生――ネクタイから、おそらくスリザリンの学生が、別の学生をさかさま宙づりにしている。

 

 宙づりにされているのは、コリンだ。

 

 助けを求めて叫ぶコリンをよそに、誰もが冷たい目で見て見ぬふりを決め込んでいるようだった。

 

 「おい、何やってんだよ!コリンを下ろせ!」

 

 すぐさま駆けつけて怒鳴るロナルドを、上級生二人はうっとうしげに見てきた。

 

 「チッ。“血を裏切るもの”が、何を偉そうに。貧乏ウィーズリーのいい子ちゃんが」

 

 「お望みなら下ろしてやるぜ?あそこの階段の下にな!」

 

 舌打ち交じりに言うスリザリンの上級生たちの言葉に、ロナルドは顔を青ざめさせる。

 

 コリンはさかさづりにされている。確実に頭から落ちる。吹き抜けの階段の下に落とされようものなら、確実に首の骨が折れる!

 

 「やめろ!コリンを殺す気か!」

 

 ロナルドが叫びながら杖を引き抜いた直後、スリザリンの上級生は無情にも、杖を一振りした。

 

 同時に、コリンは吹っ飛んだように吹き抜け状の階段下に頭から落ちていく。

 

 「うああああああ?!」

 

 「来い(アクシオ)!コリン!」

 

 とっさにロナルドは杖を振りぬいた。

 

 授業ではぴくとも発動しなかった呼び寄せ呪文は、ロナルドの必死さに応じてか、今度こそ発動した。

 

 一度空中で止まったコリンは、そのまま勢いよく吹き飛んだ。ロナルド目がけて。呼び寄せ呪文なのだから、当然だ。

 

 「わあ?!」

 

 「うああああああ?!」

 

 どしんっと二人はぶつかった。杖が折れなかったのは、不幸中の幸いだろう。

 

 「いてててて・・・」

 

 下敷きになった格好のロナルドが呻くのをよそに、スリザリンの上級生はちっと舌打ち交じりに面白くなさそうな顔をして、今度こそとどめを刺そうというかのように杖を振り上げようとした。

 

 「マクゴナガル先生!こっちです!」

 

 ネビルの叫びに、スリザリンの上級生は、ヤベッとばかりに杖をしまうや、急ぎ去っていく。

 

 「ロン、大丈夫?」

 

 「ああ、大丈夫さ。おい、コリン、大丈夫か?」

 

 駆け寄ってきたネビルに応えて、ロナルドはコリンの下からはい出した。

 

 「あれ?マクゴナガルは?」

 

 「えっと・・・出まかせなんだ。ごめん」

 

 「何で謝るんだよ。おかげで助かったよ」

 

 周囲を見回すロナルドに、ネビルが申し訳なさそうに答える。

 

 「気をつけろよ。メイソンはいい奴だし、マルフォイは・・・まあ、悪い奴じゃあないかもしれないけど、やっぱりああいうやつはいるんだからな」

 

 尻もちをついたままのコリンを助け起こしていたわるロナルドの言葉に、誰かがボソッとつぶやいた。

 

 「よくやるわよね。スネイプ先生を売り飛ばした、盗撮犯相手にさ」

 

 「クリービーだろ?前、ネイサンが呪いかけられて大変なことになってても、うれしげに写真撮ってたんだぜ、信じられるか?」

 

 「Ladyメアリーの写真も勝手に撮りまくっててさ。スネイプ先生から注意受けても無視してたし。だからでしょ?写真を売ったのも」

 

 「あれでしょ?今度は自分を助けてくれたって、この二人のこと写真にとって、日刊預言者新聞に投稿して、さらし者にするのよきっと」

 

 続けてひそひそとささやかれ始めた話声に、ロナルドがきっと顔をあげて「勝手なこと言うな!」と叫んだが、そのほぼ直後。

 

 「た、助けてくれてありがとう!じゃあ!」

 

 青ざめたコリンは、遮るように叫んで転がるようにその場を去っていった。

 

 それを見送るしかなかったロナルドとネビルは、もの言いたげな顔をしていた。

 

 ロナルドは一瞬好き勝手に決めつけるな!と叫びそうになるのをぐっとこらえた。

 

 ここでロナルドが叫んでも何も解決にならない。

 

 「・・・ねえ、ロン。

 本当のことなのかな・・・?」

 

 ここでネビルが口を開いた。

 

 ロナルドは、よく行動を共にする同室の友人を見やった。

 

 ギュウッと眉が寄せられ、悔しげにその両手が握られている。

 

 ・・・今年、セブルスが停職と聞いて一等がっかりしていたのは、スリザリン生のほかにネビルがそうだというのをロナルドは知っている。

 

 ネビルが魔法薬学の成績は優よりの可である。(正史とは異なり)

 

 厳しいことも言うけれど、いい先生だというネビル(1年の時の補習以降になる)に、2年生以前のロナルドは何度か首をかしげたものだ。

 

 そんなネビルなら、もしかしたらセブルスが停職するきっかけに加担してしまったコリンに、悪印象を持つのでは?

 

 一瞬、ロナルドはそんな危惧を抱いてしまったが、すぐさま撤回した。

 

 決めつけはよくない。ネビルはそんな軽々しいことは思わないはずだ。

 

 ちゃんと自分の目で見て、耳で聞いたことで判断するべきだ。

 

 ちゃんと話してみたメイソンはいい奴だった。ペティグリューは許せないところはあるけど、でも悪い奴ってだけでもなかった。

 

 そうだ。

 

 「おい!黙って聞いてたら、勝手なこと言いやがって!」

 

 だから、ロナルドは顔をあげて改めて周囲を見やって叫ぶ。

 

 「コリンが自分の意思で、新聞に載った写真をばらまいたのかよ?!誰かそうしたのを見聞きしたのか?!

 あの記事を書いたのはリータ=スキーターだぜ?!

 スキーターが信用できる人間だって、本当に思っているのか?!あの写真だって、スキーターが盗んで勝手に掲載したのかもしれないだろ?!」

 

 「! ロン・・・」

 

 一理あると思ったのか沈黙した周囲と、はっとしたネビルに、ロナルドはフンっと鼻息荒く、ネビルを見やった。

 

 「コリンを探そうぜ。ちゃんと事情を聞いて、それから考えようぜ」

 

 「・・・うん!」

 

 ロナルドの言葉に、ネビルはうなずいた。

 

 「あ!授業!次の授業、急がないと!」

 

 「うあああ?!ヤベエ!遅刻する?!」

 

 はたと気が付いた二人は、大急ぎで駆け出した。

 

 まだまだ学生の二人である。学業は大事である。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 さて、ところ変わって、バーティ=クラウチJr.が作り上げた異世界である。

 

 きしむ床を踏みしめ、重苦しい空気、悪臭をかき分けるように、レギュラス=ブラックは進んでいた。

 

 悪臭の原因らしい深奥部、閉ざされた寝室の扉の前に立つ。

 

 例のごとく、複雑なパズルで施錠されていたそこは、(レギュラスは知らないことだが)現実ではクラウチ氏の手によって永久粘着呪文で物理封鎖されている扉だった。

 

 だが、異世界のそこは、また違った趣を見せた。

 

 『・・・めんなさい』

 

 ぼそぼそと、何かささやくような声が聞こえてくる。

 

 『なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ』

 

 聞いてるだけで鳥肌が立ってドン引きしたくなるか細い声音で延々と聞こえてくるのは謝罪だ。

 

 しかも人間なら必要な息継ぎが全くない、壊れた録音魔道具よろしく(マグルで言うところの壊れたレコードのような)、途切れることがないのだ。

 

 思わずレギュラスはためらった。真鍮のドアノブにかけた手をとっさに引っ込めそうになるのをぐっとこらえる。

 

 進め。でなければ死が待つか、あるいは友を救うことも不可能だ。

 

 ごくりと唾をのんで覚悟を決めると、レギュラスは恐る恐る、小さく扉を開いて、わずかな隙間から中を覗き込んだ。

 

 広々とした寝室だ。鎮座する天蓋付きベッドも例のごとく朽ちており、カーテンはボロボロ、シーツは垢で色あせ、ところどころ黒いカビのようなものが付着している。

 

 そして。

 

 そのベッドの上に、誰かがいた。

 

 否、何かというべきか。

 

 レギュラスはミイラというものは見たことがなかったが、闇の魔術について記されている魔術書で、その挿絵は見たことがあった。

 

 カラカラに乾き切り、眼窩は落ち窪むどころか単なる穴と化し、長かったらしい髪の毛は名残の数本だけ、シーツと一体化しそうなほどぼろぼろのネグリジェらしき布の残骸をまとった、干からびた死体だった。

 

 両脚はシーツの下に隠れ、上体を起こしたまま、ミイラはブツブツとか細い声で、ともすれば呪いのようにも聞こえる謝罪を唱え続けている。

 

 できるだけ足音を立てないように、細心の注意を払って寝室に侵入したレギュラスはそのままベッドに近寄った。

 

 『いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ』

 

 「・・・Mrs.クラウチ?」

 

 近寄ったことで明確に声が聞こえたレギュラスは、その声の持ち主の名前を、はっきりと言葉に出した。

 

 そうだ。以前、バーティに誘われて遊びに行ったクラウチ邸。たまたま体調のよかったらしい奥方に、あいさつをしたときに聞いたのだ。

 

 それでなくても、この場所ならば、このミイラの正体はその人物だろうと推測したのだ。

 

 とたんに、それまでの謝罪が止まった。

 

 『・・・ごめんなさい、ジュニア』

 

 か細い声で最後にそうつぶやかれ、それっきりミイラは沈黙した。

 

 そうして、レギュラスはミイラが動かないことを確認してから、恐る恐る寝室の探索を始めた。

 

 チェストや書き物机の引き出しを確認(言わずもがな、成果はなし)し、最後にミイラのいるベッドに近寄った。

 

 ウッと、レギュラスは息を詰める。ついでに、杖を持ってない左手で思わず鼻をつまみそうになった。はしたないので、根性で我慢したが。

 

 この屋敷の悪臭の源はここだと確信していたが、その大元は、ミイラ・・・さらに正確に言うと、その右手が握り込んでいる小箱にあるらしい。

 

 ここまで、この異世界を探索してきて培われたレギュラスの勘がささやく。

 

 この小箱は、重要なものだ。絶対いる。

 

 ミイラの前でひらひらと手を振り、ミイラが動かないことを確認してから、レギュラスはその右手が握りしめている小箱を、取ろうとした。

 

 とはいえ、その乾いて骨に皮がくっついている枯れ木のような指先は、どこにそんな力があるのかがっちりと箱を握りしめていた。

 

 レギュラスは、その指先をどうにかこうにかして引きはがし、小箱を持ち上げた。

 

 きれいな紫のベルベットの箱だ。宝飾品でも入ってそうだが、凄まじい悪臭のせいですべてが台無しになっている感じがある。

 

 そうして、レギュラスは箱を開いてみた。

 

 中身は・・・何か、粉に塗れた肉片というか、乾いた皮のきれっぱしというか。

 

 「へその緒?」

 

 思わず、レギュラスはつぶやいた。

 

 かなり昔・・・それこそ、ホグワーツに入学する以前、母が見せてくれた自分のそれに酷似している。

 

 魔法族は、生まれた子供のへその緒を取っておく風習がある。子供が健やかに育ちますように、という願掛けをへその緒にかけるのだ。

 

 大体、保存用の魔法薬(粉末状)をかけて、さらに保存魔法のかかった箱に入れて保管する――それも、家の者にしかわからないような場所にしまうため、こんなところにあるとは思わなかったのだ。

 

 『ああ・・・あああ・・・』

 

 そこで、再びミイラが呻いた。

 

 思わず飛びのいたレギュラスをよそに、ガクンッとミイラが天蓋を見上げた。

 

 『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご』

 

 穴でしかない眼窩から、腐った血液のような茶色の汁をこぼしながら、再び謝罪を垂れ流し始めた。

 

 それを見たレギュラスは、ぐっと唇をかみしめた。

 

 何がごめんなさいだ。

 

 言いたいことがあるなら、ちゃんと言えばいい。

 

 自分だって。両親だって。ちゃんと言葉を交わして、言いたいことを言い合って――きっかけはあったけれど、そこからちゃんと納得いくまで話し合った。

 

 兄だって。もしかしたら、どこかで仲直りできた可能性があったかもしれない。

 

 だというのに、彼女は!

 

 「あなたがするべきは、そこで謝ることなんですか!」

 

 たまらなくなり、レギュラスは叫んでいた。

 

 だが、聞こえているのかいないのか、ミイラは汚濁の涙をこぼしながら謝罪し続けている。

 

 「・・・ふざけるな」

 

 低くつぶやくと、レギュラスは大急ぎで寝室を飛び出した。

 

 廊下を徘徊する化け物どもの脇をすり抜け、屋敷の外へ飛び出す。

 

 探すべきは、ただ一つ。否、一人だ。

 

 「ああ、こんにちは。何か御用でしょうか?」

 

 屋敷の門前でにっこり笑った青い制服姿のブラックウッドの前に、レギュラスはつかつかと歩み寄った。

 

 「郵便配達、と伺いました。では、封筒や便せんなどの販売はされてますか?」

 

 「はい。メインは郵便配達ですが、必要に応じて物資の販売をしておりますよ。回復アイテムから、武器までより取り見取りです」

 

 笑みを深める黒人の男に、レギュラスは必要なものを言葉に出した。

 

 

 

 

 

 一方のセブルスは、舌打ちしていた。

 

 高速移動呪文を無言呪文で連打しつつ、ひたすら進んでいた。

 

 前へ。前へ前へ前へ!

 

 背後から連射される緑色の閃光を振り向きもせず、体をひねり、一歩ずらし、射線軸から外れるように立ち回る。

 

 泣きわめいて命乞いするピーターの悲鳴(すでにかなり後方に置き去りにした)をBGMに、セブルスはひたすら走る。

 

 ややもして、緑色の閃光の乱射が止む。その直後、目の前に何の前触れもなく現れた黒ローブの男、『バーティ』から緑色の閃光が放たれる。

 

 通常なら不意打ちにも等しい一撃を、セブルスは避けた。流麗な狩人のステップは、今や呼吸同然に使いこなせる。

 

 目の前の『バーティ』が理不尽の権化だというのは、最初の戦闘で嫌というほど実感していた。

 

 理不尽に対しては、心構えをしておくだけで違ってくる。

 

 とはいえ、泰然としているように見えて、実はセブルスも内心でひやひやしていた。

 

 今のは危なかった。

 

 少しでも対応が遅れていたら、また出直す羽目になっていた。

 

 「今のを避けるか・・・」

 

 忌々しげに舌打ちする『バーティ』に、セブルスは動く。

 

 血の遺志から顕現させるのは、古びた噴霧器にも似た独特の左手武器だ。

 

 ロスマリヌス。神秘の霧を吹きつけてダメージを与える独特の武器だ。

 

 現在装備している獣の爪では、目の前の『バーティ』に対して有効打にはなりそうにない。

 

 何しろ相手は、偶像の肉体でもって立ちはだかる無敵の存在なのだ。

 

 となれば、セブルスにできるのはただ一つ。

 

 『バーティ』が再び緑色の閃光を放つより早く、セブルスは噴霧器の先端から、銀色の霧を放ち、それを『バーティ』目がけて浴びせかけた。

 

 「?! ぐううう?!」

 

 すると、『バーティ』がたまらずよろけた。

 

 これまで、どんな武器であろうと鉄を切るような防御力を誇り、わずかばかり傷つけられてもすぐに再生していた彼の体躯が銀の霧に触れるや、墨が滲むようにわずかにその輪郭を揺らめかせた。

 

 「今の貴公が神秘による偽りの肉体を持つならば、神秘に揺らぐもまた道理であろう」

 

 たとえ致命には程遠かろうとも。(少し動きを止めさせるので精一杯らしい。完全に消すには、水銀弾が一万発以上必要だろう)

 

 吐き捨てるや、セブルスは高速移動呪文を発動して『バーティ』から再び距離を取り、駆け出す。

 

 すでに場所はホグワーツの廊下だが、吹き抜け状の階段踊り場の下からは、生臭い風が上に向かって吹き上がってきている。

 

 手すりを飛び越え、セブルスは下に向かって飛び降りた。

 

 落着の衝撃は瞬間足場設置の呪文で減殺しつつ、下へ下へ。

 

 一層強くなる啓蒙と冒涜の臭いに、確信を強める。間違いない。この先だ。

 

 

 

 

 

 「ペティグリュー!この役立たずめ!なぜ奴を止めようとしなかった?!」

 

 「ひいいい?!た、助け!い、命だけは!!」

 

 四つん這いに臥せってうずくまり、涙ながらに命乞いするペティグリューの背中を踏みつけ、『バーティ』は舌打ちした。

 

 この異世界において、『バーティ』は全能に等しい。

 

 この力を得た時、『バーティ』は感激した。絶頂すら覚えそうになったのだ。

 

 嗚呼!やはり聖母様は存在なさるのだ!あのお方を現世に招き入れることこそ、『バーティ』の使命なのだ!

 

 そして同時に、ひどく申し訳なかった。

 

 仮初とはいえ、この全能に匹敵する力を我が君を差し置いて得てしまった。なんと身勝手なのだ。

 

 こうなったバーティがすべきはただ一つ。

 

 なんとしても、聖母様を降臨させ、この地位をあのお方にお渡しするのだ!

 

 「あの男・・・狩人め・・・実に目障りなことだ・・・」

 

 苦々しく『バーティ』は毒づいた。

 

 この異世界は『バーティ』の支配下にある。だというのに、そこにたった一つ紛れ込んだ異物があった。それがあの男だ。

 

 どういうわけか、あの異物はどこからともなく入り込み、好き勝手にやっているようだ。

 

 この異世界に入り込んだものの存在は手に取るようにわかるし、何ならその行動をほんの少し操作する(気分を悪くさせて足止めさせたり、行きたい方向を植え付ける程度だが)ことだってできるというのに、あの男にはそれができない。

 

 この異世界に招いたものと一緒にいて、はじめてその存在に気が付けるのだ。

 

 何たることだ。

 

 すでに第2の啓示に差し掛かっているとはいえ、儀式に一片の曇りもあってはならないというのに!

 

 すぐさま『バーティ』は行動した。

 

 あの男が飛び降りた先は、深奥に続いている。バーティの『本体』もそこにある。これ以上勝手にさせるわけにはいかない。

 

 すぐさま、新しく領域を作成し、あの吹き抜けの先に強制接続する。異世界自体のバランスが悪くなってしまうので、後で接続を整理しなければならない。

 

 これで多少の時間は稼げるはず。

 

 不死身となった我が身に傷一つつけることは不可能だろうが、それでもあの男がこの異世界の奥底にたどり着くなど、考えるだけで不愉快である。

 

 『狩人、だと・・・?』

 

 どこからともなく、声がした。

 

 「?! ど、どこから?!」

 

 「! 我が君!何かご入用でしょうか?!」

 

 ぎょっとしてきょろきょろと周囲を見回すペティグリューの頭をつかんで強引に下げさせながら、『バーティ』もまた恭しげに頭を下げた。

 

 嗚呼。至高にして至尊、絶対君臨者たる我が君!名を口にするのも恐れ多い闇の帝王様!

 

 

 

 

 

 初めてあのお方への謁見がかなった時のことを、『バーティ』は昨日のことのように思い出せる。

 

 あのお方はバーティのことを知っておられた。汚らわしい、同じ名を持つだけで死にたくなる父のことを貶し、見下し、そしてバーティはそれとは全く関係がないといたわってくださった!自分の能力と忠誠心を、買ってくださった!

 

 ・・・後に、あの方はこっそりと語ってくださったのだ。

 

 あの方もまた、汚らわしい父親の名を、役立たずの母に名付けられ、それを名乗らされることになったのだと。

 

 バーティはますます感激した。そのような出自、普通は隠しておくものだ。それを、自分にだけは教えてくださった!さらには、そのような出自を持っていようと素晴らしいお力をもって、魔法界に君臨されているのだ!

 

 バーティが、心底から闇の帝王に忠誠を誓うようになったのは、この時だった。

 

 何がどうなろうと、自分だけはこのお方についていく。たとえこの世の終わりが訪れたとしても、自分だけは傅き続けてみせる・・・と。

 

 

 

 

 

 クラウチ邸にいたペティグリュー(小心者)と、あのお方をこの異世界に招いたのは、『バーティ』だ。

 

 父にかけていた服従の呪文がばれ、クラウチ邸に闇祓いと魔法警察の強制捜査が入ることになった時点で、『バーティ』は二人をこちら側に引きずり込んだ。

 

 生贄としてではない。保護するために、だ。

 

 事実、我が君には最も安全な場所においでいただき、定期的に様子を見に行って(最初は混乱なさっているようだったが、事情を説明するや何事か考えこんでおられるようだった)、望まれるならこの異世界の様子が自在に見えるようにしておいた。

 

 『バーティ』にとっては、至極簡単なことだ。

 

 ペティグリュー?どうでもいいだろう。生贄としても不適格、我が君を手助けしてたから生かしておくが、そうでないなら放置でいいだろう。

 

 ・・・むしろ、我が君の慈悲に奴は感謝すべきなのだから。

 

 

 

 

 

 ペティグリューといえば。

 

 奴が闇の帝王に、下らない予言をもたらしたのだ。

 

 あのお方を打ち破るものが生まれる?バカバカしい!

 

 だが、すべてにおいて慎重であり万全を期されるあのお方は、そのような些事であっても聞き入れられてしまった。

 

 その結果、手勢を連れて襲撃に向かったポッター家で、あのお方はお姿を消した。

 

 本当はバーティも、レストレンジ夫妻と共にお力になりたかったが、別件を言いつけられており、同行できなかったのだ。

 

 そして、あのお方は力の大半を失い、見るも無残なお姿に落ちぶれられてしまっていた。

 

 なんと御労しい!

 

 かりそめの肉体でひとまず動けるぐらいになっているあのお方は、震えながら平伏するペティグリューに詰問していた。

 

 自分を殺した男――セブルス=スネイプの存在について。

 

 “忠誠の術”を過信している馬鹿なポッター――しかも不死鳥の騎士団の精鋭を自称しつつ赤子連れというおおまぬけを、奇襲で仕留められないわけがない。

 

 そう確信していた闇の帝王の計算のすべてを狂わせた男。聞けば、どこから紛れ込んだか、闇の帝王を卑劣にも背後から不意打ちし、十全に力を発揮できない状態にして手勢のすべてを皆殺しにした挙句、その肉体を失わせてしまったというのだ。

 

 闇の帝王は、ペティグリューがポッター夫妻惜しさにスネイプを引き入れたと思い込んでいるらしい。

 

 予言をもたらしたのはペティグリュー。そして、そのペティグリューとスネイプはホグワーツの同期であったという。

 

 ああ、そうだ。バーティにも確かに覚えがある。

 

 スリザリンにいる、陰気で小汚い先輩。仲のいいレギュラスの手前黙っていたが、やせぎすで脂っぽい髪はべったりしてて、魔法薬オタクのせいで薬草臭い、しかも口を開けば慇懃で表情も変えない、何を考えているかわかない不気味な男だ。

 

 なぜレギュラスがああもなついているのか、よくわからなかったものだが。

 

 後は・・・グリフィンドールのいたずら仕掛人(マローダーズ)に事あるごとに絡まれていた。よせばいいものを、馬鹿正直に相手をして、やり返そうとまでしていた。

 

 ・・・これはレギュラスの手前口にはしなかったが、半純血の半端者で、あんな小汚い奴、痛い目に遭わされて当然だと思っていたのだが。

 

 我が君は、セブルス=スネイプと3年前に賢者の石を求めてホグワーツに潜り込んだ際に再会し、再び手傷を負わされてたたき出されたという。

 

 その時に名前を聞いたことで、その素性を調べ上げ、ペティグリューとの関係も知ったのだそうだ。

 

 ペティグリューは平身低頭で、知りません!奴が絡んでくるなんて思ってもみませんでした!誓ってしゃべっていません!本当です!自分はむしろ、退学した奴はとっくに死んだと思ってました!などと言い訳していた。

 

 どうだか。怪しいものだとバーティは思っている。根拠?我が君が疑っているのだから、当然だ。

 

 我が君は、ペティグリューに開心術を使い、一応信用はされているようだった。

 

 ペティグリューが言い訳するには、スネイプはペティグリューが動物もどき(アニメーガス)であり、さらにはポッター夫妻を売ったこと、予言を漏らしたことまで見抜いており、それを相当恨んでいたらしく――学生時代の恨みも含めて(当然だろう。あれはバーティでも恨む)、散々殴られたらしい。

 

 これで自分が奴の味方だという方がおかしい!と言い訳してきたが、それを聞いたバーティは怪しいものだと思っていた。

 

 何しろ、魔法使いがマグルのように野蛮に拳をふるうなど、ありえない。拷問に魔法を用いないなど、嘘に決まっている、と。

 

 以上が、バーティは服従の呪文による多幸感のせいで幕一枚隔てたような現実味のかけたあいまいさの中で、聞いていたことだ。

 

 

 

 

 

 だが、闇の帝王はペティグリューのあんな馬鹿気た言い訳を否定なさらなかった。開心術を使ったからかとその時は思っていたが、後にこう思いなおしたのだ。

 

 我が君は以前奴と対峙されている。奴はその時も魔法は使わずに、マグルのような野蛮な手段で戦っていたのでは?だとしたら、我が君はそのやり方に心当たりがあった。だからペティグリューの言い訳を、嘘だと決めつけなかったのだ。

 

 ・・・やはり奴も所詮は穢れた血の片親を持つ、生まれ損ないだ。魔法に頼らない、マグルのような野蛮な戦い方をするなど。

 

 帝王様のご尊顔に泥を塗るどころか、クソ爆弾を投げつけて唾棄するような真似をした輩など、けして生かしてはおかない。あらゆる苦痛を味わわせて殺してやる。

 

 いや、奴は聖母様の糧にするべきだ。ひそかにそう決めていた。

 

 

 

 

 

 そんなことを内心で思い返している『バーティ』とガタブル震えているペティグリューの頭上に、我が君の威厳溢れる(『バーティ』はそう思っている)声が降り注ぐ。

 

 『狩人・・・セブルス=スネイプだと?!』

 

 「へあ?!」

 

 「わ、我が君、何とおっしゃいましたか?!」

 

 間の抜けた声を出すペティグリューをよそに、思わず『バーティ』は訊き返していた。

 

 だが、『バーティ』の問いかけを無視して、闇の帝王の怒り狂った声が雷鳴のごとく降り注いでくる。

 

 『奴め!セブルス=スネイプめ!忘れはせぬぞ!13年前のあのハロウィーンの夜!

 奴は狩人だと確かに名乗っていたのだ!

 あの卑しい半端者の分際で!俺様を狩るだと?!笑わせるな!』

 

 「なんと!

 ! 申し訳ございません!」

 

 思わず『バーティ』はそう声をあげてしまったが、すぐさま非礼をわびた。

 

 我が君のお言葉をさえぎるなど!何たる無礼を働いてしまったのだ!

 

 『かまわぬ、バーティよ。

 狩人といったが、どういうことだ?』

 

 「はっ。儀式は順調に進んでいるのですが、こと、ここにいたって邪魔者が入ったのです。

 奴は狩人を名乗り、奇怪な武器を操り、どうやってかこの世界に入り込んできたのです。

 生贄として我が支配下にある者たちも、奴に消滅させられているようなのです」

 

 『奇怪な武器だと・・・?まさか、ノコギリのような武器と、銃ではあるまいな?

 服装は?顔の見えぬ黒ずくめに、長い黒髪を首の後ろでくくっていたか?』

 

 「いくつか別の武器を使っているようでしたが、おっしゃるような武器も使っておりました。

 服装も、先ほど見かけたときは違っておりましたが、最初の方はおっしゃるような衣服をまとっておりました」

 

 『やはりそうか!奴め!どこで嗅ぎ付けおった?!』

 

 再度怒りに満ちた声を上げる帝王は、冷たい怒声を張り上げて命じられた。

 

 『バーティよ!その“狩人”こそ、セブルス=スネイプ・・・俺様をこのようなありさまにした怨敵だ!』

 

 「なんと!」

 

 「ええ?!あれが、スネイプ?!

 そ、そういえば、声が同じだったかもしれ・・・ません・・・」

 

 はたと思い当たったらしいペティグリューがぼそぼそと青い顔でつぶやいている。(『バーティ』は知らないことだが、散々殴られたことを思い出した後、殺されそうになったところを縋り付いて命乞いしたことも思い出したらしい)

 

 どうでもいいことだ。

 

 『バーティよ!奴を捕らえよ!生かして俺様のところへ連れてくるのだ!』

 

 「何と我が君!よろしいので?」

 

 思わず、『バーティ』は問い返す。

 

 きっと、闇の帝王様ならば目の当たりにするのも悍ましいと、『バーティ』に即刻抹殺を命じられると思っていたのだが。

 

 『殺してはならぬ。俺様には重要な計画がある。奴はそれに必要なのだ。それから、そこにペティグリューがいるな?

 奴を俺様のところに連れてくるのだ。奴も必要だ。

 ここの化け物どもの餌にするのは、その後でもできよう』

 

 なるほど、と『バーティ』はうなずいた。

 

 あのお方の崇高な脳髄には、『バーティ』には及びつかない計画があるようだ。

 

 さすがは至高にして至尊のお方だ!

 

 「仰せのままに」

 

 恭しく深々と一礼するや、『バーティ』はペティグリューの腕をつかんで、そのまま空気に溶けるように彼もろとも姿を消した。

 

 

 

 

 

 なお、セブルスは突如出現した地面に瞬間足場設置の呪文を唱える間もなくたたきつけられ、体勢を立て直すより早く、そこに出現していた化け物数体にタコ殴りにされて死亡、僻墓にたたき出されていた。

 

 出直し確定であった。

 

 

 

 

 

続く

 




【バーティ=クラウチJr.のへその緒】

 バーティ=クラウチJr.の出産後、彼から切断されたへその緒。保存用の粉末魔法薬をかけられたうえで、保存箱に入れられて保管されている。

 へその緒は生命力につながっている。それを失えば病弱になったり呪われやすくなるとされ、特に純血貴族たちは子供たちの成人までそれを保管するようになった。

 息子の投獄後、我が子のものをすべて処分しようとするクラウチ氏の暴虐から、クラウチ夫人はへその緒だけは守り通した。

 シーツの下のやせ細った手で、握りしめられた箱の中には、虫の息で産み落とした我が子のへの愛だけが詰まっている。





 ハリーJr.は両親のおかげでまともですし、ドラコはメイソン一家との交流で原作よりも穏健になっています。

 でも、そうじゃないスリザリン生だっています。セブルスさんは“穢れた血”をNGワード扱いしてますけど、彼のいないところならああいうことやらかしている生徒だっているってことです。

 まして、コリンはマグル出身で、尊敬するべき寮監が停職するきっかけ作ったわけで。本人が意図したわけではないってのは、すでに第5楽章6でやりましたけど、そんなのほかの学生にはわかることではないわけですし。

 原作ハリー少年への噂とかの風当たりを見ていると、こういう反応されてもおかしくなさそうと思いまして。





Q.郵便屋さん、何販売してるんですか(困惑)

A.ハワード=ブラックウッドは、海外製サイレントヒルの登場キャラです。初のRPG作品となったブックオブメモリーズにて、主人公のもとに事件のきっかけとなる本をもたらすほか、悪夢の世界でアイテムショップをされていたりします。
 というわけで、本シリーズでも訊かれたら、色々販売してくれます。
 ・・・ぶっちゃけ、彼が何者なのかは、私の方が聞きたいくらいです。



 Q.セブルスさん、あっさり死に過ぎでは?

 A.フロムのアクションRPG出身の主人公が、完全初見の地形変化に急に対応できるわけないだろ!いい加減にしろ!





 次回の内容は、見つからない遺体に闇祓いのおっさんたちは大慌て!

 一方のホグワーツではコリン、ロナルド、ネビルのお話その2、ハーマイオニーも添えて。悪い子たちじゃないので、何を思い、どう行動するのか。おいおいやっていきますのでね。

 異世界では、レギュラスミーツおっさん。え?ヒロイン?そんなものはいません。(無慈悲)お楽しみに!


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【10】足踏みコリンと、ネビルとロナルド、ハーマイオニー

 お久しぶりです。

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、しおり、誤字報告、ありがとうございました。

 遅くなって申し訳ありませんでした。

 もうちょっとストックを作りたかったのですがね。

 後、今回主人公の出番がほぼないです。

 どうしてこうなった?!


 

 何が起こっている?どうしてこうなっている?

 

 キングズリー=シャックルボルトはたたき上げの闇祓いの一員である。

 

 次期局長にも目されているほどであるが、彼自身は自分にできる範囲のベストを尽くしているにすぎない。

 

 シャックルボルトは、闇祓いの一員としても、その手の知識には長けているつもりだ。だが、こんな形態の魔術儀式、聞いたことも見たこともない。

 

 ・・・まあ、むやみやたらに闇の魔法について調べまわっていると、いくら対抗手段を探すためだとこちらが主張しても、「そんなこと言って、本当は闇の魔法に魅入られたんだろ?」と疑いをかけられることもあるので、あまり深入りはできないのだが。

 

 特に、純血出身の魔法使いは、そういう目で見られやすいのだ。(誰のせいとは言わないが)

 

 とにかく、そういった世間一般には闇の魔法と分類される魔法・魔術儀式の形態についても詳しいはずのシャックルボルトにすら、何が起こっているかわからなかった。

 

 現局長のスクリムジョールですら。

 

 「な、何が起こっているのだ・・・?」

 

 かすれた声で呆然と呻くスクリムジョールに、シャックルボルトはとにかく正気付けようと声をかけた。

 

 「しっかりしてください、局長!

 クラウチJr.が生きてる可能性があるとわかったなら、やるべきは一つでしょう!」

 

 「あ、ああ。そうだな」

 

 どうにかうなずいて、指揮を飛ばし始めるスクリムジョールをよそに、シャックルボルトはもう一度、それをのぞき込んだ。

 

 クラウチ邸の庭先だった。

 

 芝生が引きはがされていたので、そこを探り当てるのは容易だった。

 

 土中から引っ張り出され、こじ開けられた棺の中身は空だった。

 

 蓋の裏面に刻まれた“11121”の数字の存在が、彼ら全員に異様さを物語っていた。

 

 クィディッチワールドカップを皮切りに起こった、数字付きの遺体による連続殺人事件の存在は、もちろん闇祓いの部署を悩ませていた。

 

 この恐るべき連続殺人事件の犯人であるはずの男は、すでにアズカバンに収監されて獄中死している。

 

 だから同一犯であるはずがなく、誰もが模倣犯であると決めつけていたのだ。

 

 だが、ここでとんでもない方向から衝撃がもたらされた。

 

 『クラウチJr.が実は脱獄しており、指名手配されているピーター=ペティグリューの手を借りて自由になっている』

 

 “服従”させられていたクラウチ氏が言うにはクラウチJr.は自殺したとのことだが、錯乱しているため、その真偽は怪しいところだ。

 

 別の部下からの進言もあり、念のため遺体の有無を確かめようとなり、庭先に埋められたという棺を暴いてみればこの有様である。

 

 ・・・ちなみに最初、スクリムジョールはともかく、事情を知ったファッジは棺を暴くことを渋った。

 

 確かに、死者を冒涜するような真似は、だれしもやりたくはないだろう。

 

 ・・・余り声を大にしては言えないが、ここしばらくの魔法界上層部のありようとして、『臭い物に蓋をする』という方針がとられがちというのもあるのだ。

 

 だが、そこは局長のスクリムジョールはもちろん闇祓いたちが総動員で、ファッジに無理やり認可させた。

 

 臭いものに蓋をしたがるのは分かる。

 

 だが、それをやったホグワーツがどうなったのか。そうして、そのしりぬぐいにどれだけの人員が割かれているのか。知らない、わからないとは言わせない。

 

 これ以上トラブルを隠蔽して、よそに被害が波及すればどうなるか。

 

 ほころびはまだ小さなうちならどうとでもなるが、大きくなってどうしようもない裂け目となっては手遅れなのだから。

 

 そうして、暴かれた棺を目の当たりにしたのが今さっきの話だ。

 

 現実味を帯びてきた。

 

 実はクラウチJr.が自殺したというのは錯乱したクラウチ氏の妄言で、クラウチJr.は生き延びて、例の連続殺人の続きをやらかそうとしているのではないかということが。

 

 リータ=スキーターの記事を勝手に掲載許可したということで、今の魔法大臣ファッジは喧々囂々の非難塗れである。特に純血貴族からは厳しい目で睨まれていて、退陣は時間の問題だ。

 

 で、そこでクラウチJr.の脱獄と連続殺人の続行の可能性が発覚すれば。

 

 終わったな、ファッジ。

 

 言葉にこそ出さなかったが、だれしもそう思っていた。

 

 シャックルボルトは、視線を空の棺から引きはがし、邸宅の二階窓へ向けた。

 

 奥方の寝室がある場所には、窓にまで板が打ち付けられ、完全に密室にされていた。

 

 クラウチ氏が言うには、妻との思い出を誰にもけがされたくなかった、“管理”している息子が一度勝手に入って荒らしそうになったから、とのことだった。

 

 こいつに人の心はないのか?

 

 それを聞いたシャックルボルトは思わず、クラウチをその場で武装解除呪文で吹き飛ばしてしまった。

 

 自分と引き換えにアズカバンで獄死した母に対し、息子が何も思わないわけがないだろう。母が生前いた場所で、何か思うところがあっただろうし、ひょっとしたら連続殺人や死喰い人の悪行について何か顧みていたかもしれないだろうに、それをも許さないとは、何様のつもりだ?ああ、偉大なるお父様(管理人様)だったか。ふざけるな。

 

 なお、クラウチ氏の話を聞いた大勢の職員たちが、家族に手紙を出したり、帰宅をこまめにやったりとし始めたのは余談である。

 

 人の振り見て我が振り直せ。クラウチ家のありようは反面教師にはなっただろう。

 

 いずれにせよ、クラウチJr.がどこにいるのか、何を目論んでいるのか、きっちりかっちり調べ上げ、それを阻止しなければならない。

 

 ・・・余り歓迎できない事態ではあるが、背後に“例のあの人”がいる可能性も考えておくべきかもしれない。

 

 ついでに、こういう時に限ってダンブルドアは何も言ってこなかったりする。(行方不明になっていようと、あの老人のシンパはそこら中にいる)

 

 まあ、今の再編途中の魔法省に帝王復活なんて爆弾放り込んだら、ファッジでなくとも怒声を張り上げて言いだした人間につかみかかることだろう。

 

 というか、もう10年以上経つのだから、いい加減死んでいるのでは?

 

 言葉に出さずと、誰もがそう思っていることだろう。実際、シャックルボルトもそう思っている。

 

 大体、魔法界における失踪届で死亡確定になるのが、届け出が受理されて7年音沙汰がなかった場合になるのだ。音沙汰がないなら、普通に死亡にカウントしてもいいはずだ。

 

 まだ帝王の生存をしつこく信じているのは、アズカバンにいる熱狂的狂信者、そして・・・ダンブルドア(おまけで彼の熱烈なファン)くらいなものだろう。

 

 狂信者どもはともかく、敵対勢力中核であるはずのダンブルドアがなぜしつこく“例のあの人”生存を信じているか不思議なものだ。(3年前の賢者の石がらみの騒動、一昨年の秘密の部屋騒動の背後にある者などは公になっていないのだ)

 

 シャックルボルトとしては、あの老人の頭の良さと秘密主義からして、何か“例のあの人”の切り札じみた仕掛けを知っており、確証がないからという理由で黙っているが、だからこそ生存を信じているのでは?と思っている。

 

 なお、過激派真っただ中のスクリムジョールはダンブルドアも同類認定してて、倒すべき敵がいなくなっては困るんだろうと思っているらしい。

 

 ダンブルドアのファンに対しては、シャックルボルトもスクリムジョールも大して問題視はしていない。あの連中は、賢人ダンブルドアが言うならそうなんだろうと右向け右!よろしく妄信しているので、ダンブルドアがいなくなればどうすればいいかわからなくなるだろうと思っているのだ。

 

 以上を踏まえ、ひそかにシャックルボルトが懸念していることが一つある。

 

 もし・・・万が一、例のあの人が復活した状態でファッジが退陣しようものなら、実力あるスクリムジョールが魔法大臣につくかもしれない。そして、そうなったら過激なやり口で味方をも潰し、かえって敵を増やすことになりそうだ。

 

 今の時点ならあまり気にすることはないのだが・・・そんな未来が訪れないでほしいとシャックルボルトは思っている。

 

 シャックルボルトの考え過ぎと言われればそれまでなのだろうが。

 

 とにかく。

 

 今できるのは限られている。

 

 どこかに逃げだして再び身を隠してしまったペティグリューと、脱獄したクラウチJr.の身柄を確保する。

 

 それから、もう一つ。

 

 「今穏健で話が通じそうなのは・・・マルフォイか。ブラックとロングボトムもいけるか?」

 

 一人シャックルボルトはごちた。

 

 例の数字が引っかかる。

 

 もし、クラウチJr.が帝王の命令で何らかの魔術儀式を実行、その過程で連続殺人が必要で、数字を刻むのがその条件だとしたら。

 

 だが、いかんせんシャックルボルトの知識にも、そんな形態の魔術儀式は存在しない。他にその手の知識に詳しそうなのは、古くから続く名門の純血貴族くらいしか思いつかない。

 

 聖28家の一員で、現状話が通じそうな面々を思い浮かべながら、シャックルボルトも踵を返した。

 

 後は・・・今までの数字付き殺人事件の犠牲者の一部は、突然失踪してから次に見つかったら死体であったということなので、前触れなく失踪した人間の早急なチェックが必要だ。

 

 そうして、彼は空の棺を見やった。

 

 ちらと考えなかったでもない。もし、本当にクラウチ氏の言うとおり、クラウチJr.が自殺していたのだとしたら・・・。

 

 バカバカしい。

 

 彼はすぐさま視線を棺から引きはがし、門に向かって歩き出す。

 

 死者は蘇らない。こぼれたミルクをコップに戻すことはできない。魔法とて、万能ではない。

 

 だが、熟練の闇祓いの彼は薄々察している。闇の魔法と呼ばれるそれらも、所詮その一端でしかない。もしかすると、その奥深くさらに悍ましい何かがあるのかもしれない。

 

 その何かであるならば、あるいは・・・と。

 

 

 

 

 

 はあはあと息を切らしそうになりながらレギュラスは走っていた。

 

 異世界の異形の化け物どもに追われているわけではない。というか、それだったらまだマシだった。

 

 「待てぇブラック!逃がさんぞ!おとなしくこの魔法を解いて、儂を元の場所に戻せ!」

 

 「違います違います!なんで僕の仕業なんですかあああ?!」

 

 鬼の形相で各種攻撃魔法をぶっぱなすのは、壮年の男だ。

 

 鷹のように鋭いまなざしに、左目に対して異様に大きな青い右目。くるくると動き回るそれは、魔法の義眼である。

 

 義足であるというのに、それをも感じさせない猛スピードで男はレギュラスを追い回していた。

 

 レギュラスは彼を知っている。

 

 アラスター=ムーディ。またの名をマッド・アイ=ムーディともいう、元凄腕の闇祓いだ。

 

 現役時代、相当な数の魔法使いをアズカバンにぶち込み、最後の大立ち回りで足を失ったというが、それでこれだけ動き回れるとは何て男だ。

 

 レギュラスがクィディッチで反射神経を鍛えてなければ、最初の一撃で戦闘不能にされていただろう。

 

 おそらく、本人も無意識のうちにやり過ぎたとは思っていたのだろう。でなければ、ああも復讐を恐れて誇大妄想的に自衛などしないだろう。

 

 そんな人物がなぜこの異世界に紛れ込んでいるのか。

 

 まさかと、レギュラスは思うが、はっきり言って忠告するどころではない。

 

 ムーディは顔を合わせるや、レギュラスの顔を知っていたのだろう、この妙な現象はお前の仕業か!死喰い人め!と怒声を張り上げて杖を向けてきたのだ。

 

 レギュラスとしては、もう帝王とは袂を分かったし、過激なことをやろうとはしていない、何なら闇の魔術にも手は出さないつもりなのだが、言って通じる相手でもない。

 

 結果、レギュラスの逃走&ムーディの追跡が幕開けしたのである。

 

 「うっ?!」

 

 角を曲がったところで、レギュラスは足を止めそうになった。

 

 あの二つ首に太い腕を手足代わりにする大型の奴が、通路を待ち伏せしている。

 

 前門の化け物、後門のムーディ。

 

 レギュラスは一瞬ためらうが、すぐに決めた。

 

 杖を振りかざし、大型の奴に目隠し呪文(オブスキューロ)を放つ。

 

 混乱した様子だが、それでもレギュラス目がけて殴り掛かってきた化け物に、レギュラスは身をかがめてその一撃を避け、その脇をすり抜ける。

 

 化け物はそのまま、追撃してきたムーディ目がけて突っ込んだ。

 

 「うおおおおっ?!小癪な!この、化け物め!こら待て!どこへ行く!ブラック!」

 

 応戦するムーディをよそに、レギュラスはそのまま前に向かって走る。

 

 一瞬、大丈夫かとも思いはしたが、あんなバイタリティがあれば自分で生き残るだろう。状況を考えずに自分に攻撃魔法をぶっぱなしてきたキ●ガイ男相手に、レギュラスが気遣ってやる必要もないわけで。

 

 それよりも、レギュラスは急ぎたい。

 

 懐にある、大事なものをバーティに届ける。

 

 あちこちで現れている『バーティ』にではない、本当のバーティに。

 

 それができるのは自分だけだ。否、自分だからこそ、やりたいのだ。

 

 急げ。急げ。きっと、この先にいるはずだ。

 

 待ってろ、バーティ。

 

 レギュラスは、脇目も振らずに駆け出した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ホグワーツ魔法魔術学校である。

 

 人通りの少ない廊下の隅で、コリン=クリービーは袖で涙をぬぐいながら、ぐずっと洟をすすり上げた。

 

 家に帰りたい。今年ほどそれを思ったことはなかった。

 

 『あの記事の写真って、コリンが撮った奴?』

 

 学期始まって間もなく、同級生から投げられた質問に、とっさに言葉を詰まらせてしまった。

 

 きっかけはそれだ。

 

 コリンが悪いわけではない。

 

 新聞記者のスキーターを名乗ってきたおばさんの取材とそれに伴う質問に答えて、写真を売ってほしいと言われたけど、コリンが何か言うより早く、父親が断ろうとした。

 

 そこで急に訳が分からなくなり・・・直前にスキーターが杖を振っていたので、多分錯乱呪文辺りをかけられたのだろう、気が付いたら写真はなくなっていたが、混乱気味だったコリンたちは最初からこんな枚数だったかと思い、そのまま帰宅したのだ。

 

 そして、ホグワーツ特急で見せられた新聞記事の写真に血の気が引いた。

 

 僕の写真!角度がちょっと違っても、すぐに分かった。多分、見やすいように加工されたのだろう。

 

 どうしよう。

 

 大体、コリンはどこに行くにもカメラを携帯して、写真を撮りまくっていた。

 

 だって、珍しかったから。家族にも見せてあげて、自慢したくて。

 

 特に、歩いてしゃべる美女人形はとっても珍しくて、何枚も何枚も撮った。そのうち人形の持ち主であるスネイプ先生にも見とがめられ、勝手に何枚も撮るな、そんなこともわからないのかと嫌味を言われた。

 

 ・・・でも、他の同級生のあの先生がイヤミなのはいつものことだから、ばれなきゃ大丈夫っていうのに気を緩め(初犯だからか減点・罰則の類もなかったし)、そのまままた何枚も撮っていた。

 

 こっそり写真を売ってほしいっていう他の学生とかもいたし、自分はこの道の才能があるかも!と少し浮かれつつあったところに浴びせられた冷や水だった。

 

 あの阿鼻叫喚の大広間にカメラを持ち込んでいたのは、コリンくらいだった。(ブラックに襲われた後、杖を取られたのに気が付いて、とにかく先生に報告しようと大広間に駆け込んだ時だった。後で聞いたけど、その時はちょうど吸魂鬼が生徒たちを襲った直後だったのだ。)

 

 感づいた人間は大勢いたのだろう。

 

 質問してきた同級生は、黙り込んでしまったコリンの反応で察したのか、それだけで何も言ってこなかったが、それを脇目で見ていた人間は大勢いた。(大広間でのことだったのだから)

 

 その翌日からだ。

 

 コリンがどこに行くにしても、盗撮犯という蔑称が付き始めたのは。

 

 陰口をたたかれるのは当たり前。近寄ってこようという友達はいなくなり、そればかりか足を引っかけて転ばそうという輩もいる。他寮生(特にひどいのがスリザリン)にいたっては通りがかりに呪いをかけようとまでしてきた。

 

 同じマグル出身ということで仲良くしてくれた同級生や、別の寮生であっても色々教えてくれたマクミラン先輩やフレッチリー先輩も寄ってこなくなったどころか、コリンの姿を見るやカバンなどで顔を隠して去っていく始末。

 

 極めつけは、同寮の先輩だった。

 

 『君!こんなところにそんなもの持ち込まないでくれ!君がスキーターに写真を売ってスネイプ先生を停職させたせいで、我々まで同類扱いされてるんだぞ!』

 

 練習が始まったクィディッチのグリフィンドールチームの見学に行って、カメラを構えた瞬間、他の見学している先輩方から叱責されたのだ。

 

 去年までそんなことなかったのに。

 

 あれよあれよという間に、コリンはクィディッチ場を追い出されてしまった。

 

 そんなつもりじゃなかったのに。あの写真だって、渡すつもりはなかったのに。

 

 聞いた話、弟のデニスも、自分の弟だということで嫌がらせを受けているらしい。

 

 どうしてこうなったんだろう。

 

 涙目でカメラを握りしめ、ぐずんっとコリンが再び洟をすすった時だった。

 

 「いた!おい、コリン!」

 

 駆け寄ってきたのは、泥だらけの赤いユニフォームローブをなびかせたロナルド=ウィーズリーと、ネビル=ロングボトムだった。

 

 余談だが、今年からロナルドはクィディッチチームに入り、卒業してしまったキャプテンのウッドに代わり、キーパーを務めようとしている。

 

 とはいえ、ミスが多くてそのたびに妹のジネブラに叱責されているのが現状だが。やっと練習が終わったのか、息を弾ませている。

 

 さあっとコリンは青ざめる。

 

 ロナルド先輩の正義感の強さは知っている。ネビル先輩も、普段は気弱気にしているけど、言う時は言うんだって。

 

 また何か言われるんだ!ひょっとしたら、呪いとかもかけられるかも!

 

 慌てて逃げようとしたが、それより早くロナルド先輩が回り込んできた。

 

 別の場所へと思ったら、そっちもネビル先輩が通せんぼしていた。

 

 あうあうと声にもならない声で怯えるコリンに、ロナルドが次の言葉をかけるより早く。

 

 「ちょっと!何してるの?!」

 

 かけられた女性との声に、コリンは救いの手が?!と期待を込めてそちらを見たが、次の瞬間それはきれいに打ち砕かれた。

 

 寮一番の才女として名高いハーマイオニー=グレンジャー先輩だった。

 

 スリザリンの寮生はおろか、他の寮生とも仲良くしてる。そして、例にもれず正義感が強い。

 

 この間の学内掲示板前でのいさかいは、コリンも見ていたのだ。グレンジャー先輩が声を張り上げた時、誰もが彼女の迫力に気おされていた。

 

 正義感の強いグレンジャー先輩なら、きっとコリンの方が問題だとみるはずだ。だって、コリンのせいでスネイプ先生は停職させられたんだから!

 

 ギュウッと、泣きそうになる目を瞑って、次にぶつけられる罵声に耐えるべくコリンが立ちすくんだ時だった。

 

 「違うって、グレンジャー!コリンにちょっと話を聞きたくて!」

 

 「ハーマイオニー、ちょっと待ってほしいんだ!」

 

 あわあわとロナルドとネビルが話し始めた。

 

 「・・・話って?」

 

 「スネイプ先生の記事の写真だけど、コリンだけのせいじゃないんじゃないかって思って」

 

 「書いたの、スキーターだぜ?

 あいつ、魔法界じゃ結構質の悪い記事書くって有名なんだよ。

 まあ、うちのママとかスキーターの記事をこき下ろすくせに、内容信じてるからなあ」

 

 胡散臭げなハーマイオニーに、ネビルとロナルドが交互に話す。

 

 「大体ブラックの奴が無実?

 僕、ブラックに追われてるペティグリューの話を職員会議で聞いたけど、はっきり言って最悪としか言いようなかったぜ?ありゃ、ペティグリューも裏切って当然って感じで」

 

 「うん。吸魂鬼がホグワーツ城に侵入したのもブラックのせいだったんでしょ?ばあちゃんもカンカンだったし。

 記事書いたのがスキーターってわかった途端、9割ガセだって言って、僕に本当のこと話せって言ってきたもん」

 

 吐き捨てるロナルドと、うなずいて続けたネビルに、ハーマイオニーもうなずいた。

 

 「やっぱり?他の先輩方にも聞いたけど、あんまりいい話は私も聞かなかったわ。

 ドラコが言うには、スネイプ先生って他の純血貴族にいろいろ協力なさっているみたいだから、その評判を貶めるようなことをしたスキーターはもう潰されるしかないだろう、って」

 

 「むしろ何で今まで野放しにされてたか不思議だよ・・・」

 

 「利用価値があったそうよ。

 ほら、去年あの女がダンブルドアの暴露本出してたらしいでしょ?

 あんな感じで、純血貴族とか政治家魔法使いからの依頼を受けて政敵潰しのためのゴシップ記事とか暴露本とか書いてたんですって」

 

 げんなりしたロナルドに、ハーマイオニーが答えた。

 

 それに、ロナルドは嫌悪感を覚えたらしく顔をしかめたが、何も言わずにこそこそと逃げ出そうとするコリンの腕を捕まえた。

 

 「待てよ。まだ何も聞いてないぜ」

 

 「は、放して!ぼく、僕のせいじゃない!僕は何にも知らない!」

 

 「あっ、おい!」

 

 「足よ縛られろ(ロコモーター・モルティス)!」

 

 必死に腕を振りほどき、コリンは闇雲に駆けだそうとしたが、次の瞬間に聞こえた呪文とともに、彼は頭から冷たい石の床に頭から突っ伏した。

 

 両脚が縛られたように引っ付いて、うまく動かせない。足縛りの呪いだ。

 

 呪いをかけるのに使った杖を手に、ハーマイオニーは眉を吊り上げて言った。

 

 「僕のせいじゃない?それ、スリザリンの学生たちの前でも言えるの?

 だったら、どういうことなの?ちゃんと説明して!」

 

 一緒に課題をやる勉強会の時、ハリーJr.が元気がないことにハーマイオニーも気が付いているのだ。

 

 ハーマイオニーも寮で流れる噂――コリンがスキーターにあの記事に載せられた写真を売ったという話は耳にしている。

 

 やましいところがないなら逃げるはずがない。だが、現にコリンは逃げようとした。つまり、そういうことでは?

 

 はきはきしたところのあるハーマイオニーは、そう考えていた。場合によっては、自分が強く言うつもりだ。

 

 「・・・っ・・・ハーマイオニー、やり過ぎだよ!」

 

 むっとしたように眉を吊り上げているのはネビルも同じだったが、一度深呼吸して落ち着いてから、彼は言った。

 

 「呪文よ終われ(フィニート・インカンターテム)

 落ち着けよ、グレンジャー。

 コリン、別に責めようってんじゃない。僕たちは何があったのか、どうしてそうなったのか知りたいだけだ。

 どうするかは・・・それから考えたいんだ。怒らないとは言えないけど・・・でも、君だって言い訳ぐらいしたいはずだろ?」

 

 杖を振ってロナルドがたしなめつつ言った。

 

 自由になった足をばたつかせ、のろのろとコリンは立ち上がったが、もう逃げようという気にはなれなかった。

 

 今度逃げ出そうとしたら、足縛りの呪いどころでは済まないだろうと感じたからだ。

 

 「コリン、スキーターがどういう記事を書くか知ってて写真を渡したの?」

 

 「・・・知らなかったんだ」

 

 気を取り直して投げられたネビルの言葉に、コリンは力なくうめくように答えた。

 

 「僕、マグルの出身で、家もマグル界にあるから。

 現像した写真を撮りに行った帰りに、声かけられて・・・」

 

 「だからと言って、あの写真はどう考えてもまずいでしょ?

 マグル界だったら、普通に規制される類のものよ?

 しかも、多分スネイプ先生には無断掲載でしょ?」

 

 なおも険しい表情で問いかけるハーマイオニーに、コリンは泣きそうな顔で叫ぶように答えた。

 

 「渡すつもりはなかったんだ!パパも、反対してくれたし!

 でも、魔法をかけられて訳が分かんなくなって、気が付いたらなくなってて・・・!

 あの写真だって、偶然撮れたものだったんだ・・・」

 

 「多分、錯乱呪文じゃないかな?

 ばあちゃんが言ってたんだ。スキーターって、いつの間にかいろいろ見聞きしてるから、そういうトラブル回避の呪文をいくつか身につけているだろうって」

 

 「うわ、マジかよ。普通に泥棒だろ、それ。

 そんな奴記者として採用するなよな、日刊預言者新聞も」

 

 そういうことかとうなずいたネビルと、軽蔑した様子で吐き捨てるロナルド。

 

 どうやら、自分のことを信じて聞き入れてくれるらしい。コリンは少しほっとした様子で、息をついた。

 

 「・・・それで、あなたこれからどうするの?」

 

 「ど、どうって・・・?」

 

 少し表情を緩めて問いかけてきたハーマイオニーに、コリンはたじろいだ。

 

 「さっき、スリザリンの・・・たぶん、上級生辺りが言ってたのよ。

 クリービーの奴に呪いをかけてやるって。“穢れた血”のくせにスネイプ先生を売った奴だから、問題ないだろうって」

 

 「何だって?!」

 

 「大丈夫。そっちはハリーとドラコが止めに行ってくれたから。

 でもこのままだと、ずっと同じことが繰り返されるわ。根本的解決にならないってこと」

 

 眉を吊り上げるロナルドに言って、ハーマイオニーは続けた。

 

 「・・・ねえ、コリン。そういう事情なら仕方ないって部分はあるかもしれないけど、私にはあなたが反省しているように見えないの」

 

 そうして、彼女はできるだけ感情を押さえようとしているのか、淡々とした調子で続けた。

 

 かっとなったロナルドは怒鳴りそうになったが、ぐっとこらえた。・・・それは薄々ロナルドも感じていたことだ。

 

 ネビルもまた、険しい表情でうなずいた。

 

 「・・・コリン。僕もハーマイオニーと同意見だよ。

 事故で偶々撮れた写真で、スキーターが勝手に持って行ったのは分かったよ。

 でも・・・じゃあ、何でカメラを持ち歩き続けてるの?」

 

 「だ、だって、大事なもので」

 

 「それじゃあ、また同じことされるってみんな思うよ?せめてほとぼり冷めるまでは我慢しようよ。

 それから、スネイプ先生に謝罪した?」

 

 「しゃ、謝罪?」

 

 「事故で、わざとじゃなかったとしても、それでスネイプ先生は大変な目に遭ったんだから。

 悪気はなかったとしても、謝った方がいいと思うよ。

 手紙くらいは出せるはずだし」

 

 「で、でも・・・」

 

 ネビルの言葉に、コリンは口をもごつかせてうつむいた。

 

 スリザリンの学生たち――特に意地悪な連中が、先生方や穏健な連中の目を盗んでコリンに呪いをかけるなどの嫌がらせしてきたのは、今学期に入ってすでに片手の指で数えられる範囲を超えてしまっている。

 

 その何回目かの時、連中の一人が言ってたのだ。

 

 『俺たちが相手でよかったな!スネイプ先生だったら、お前今頃シリウス=ブラックと同じ目に遭わされていたぜ!』と。

 

 シリウス=ブラックと同じ目、と聞いてコリンは心底震え上がった。あの鉄の塊で、ボコボコにされるなんて、絶対嫌だ!

 

 もし、スネイプ先生に僕のことがわかったらどうしよう?怒られたら?僕もあんな目に?

 

 怖くて怖くてたまらない。勇猛果敢なグリフィンドール生のくせに、と嘲られようと怖いものは怖いのだ。

 

 それを自覚してしまったら、もうコリンには黙って耐えて逃げるしかなかったのだ。

 

 急に黙り込んでしまったコリンに、3人は顔を見合わせ、次に話しかけようとしたが、それより早くコリンが走り出した。

 

 「コリン?! きゃあ?!」

 

 ハーマイオニーを突き飛ばし、そのまま逃げ去ろうとしたが。

 

 「待てよ、コリン」

 

 「放して!ヤダやだ!僕、あんなのやだ!」

 

 予想していたのか、その腕(ご丁寧に杖腕である右腕である)をつかんで引き留めたのは、またしてもロナルドだった。

 

 涙目で支離滅裂に叫ぶコリンに、ロナルドは何事か察したのだろう。

 

 眉を寄せたが、一つ息をついてから言った。

 

 「あのな!どうせ、スリザリンの馬鹿な連中に変なこと吹き込まれたんだろ!

 大方、スネイプが同じ目にあわせてくるとかか?

 落ち着いて考えてみろ!」

 

 ここで、ロナルドははっきりと、一言一句区切るように言った。

 

 「あの人、生徒に暴力だけは振るわなかっただろ。もしそうする人なら、」

 

 ロナルドは胸を張って続けた。

 

 「僕なんか、毎年一回は殴られてる」

 

 ブフッと、思わず噴き出したのはハーマイオニーを助け起こしたネビルだ。

 

 「それ、威張って言うことじゃないよね?」

 

 「いーや!大事なことだろ!うちでもパパとママが、パーシーにそれを指摘されて撃沈してたんだから!」

 

 くすくす笑っていったネビルに、ロナルドは真剣な顔で言った。

 

 「確かに、スネイプはやな先生だけどさ!

 嫌味だし一言多いし、仏頂面で何考えてるかわかんないし、変な檻持ってるし、服装も変だし、魔法薬の採点基準は厳しすぎるし、そもそも怪し過ぎるんだよ!」

 

 「ロン、それスネイプ先生の悪口になってるわ・・・」

 

 「けど、ジニーを助けてくれたし、その・・・悪い奴じゃないって・・・」

 

 呆れ半分で苦笑するハーマイオニー(言いたいことを察したらしい)の言葉に、ロナルドはきまりが悪くなったのか、最後にごにょごにょと付け加えた。

 

 「コリン。ちょっと厳しく言っちゃったね。でも、スネイプ先生はね、謝罪は聞き入れてくれる人だよ。だから、大丈夫」

 

 と、なおも不安そうなコリンにネビルは笑って見せた。

 

 「コリン、あとでさっきの話、もう一回聞かせてくれないかしら?」

 

 「さっきの話って・・・スキーターに写真を盗られたこと?」

 

 問い返すコリンにハーマイオニーがうなずきを返すと、それにネビルが首をかしげた。

 

 「ハーマイオニー、何か考えがあるの?」

 

 「ええ。実は、スネイプ先生の弁護・反論記事を出そうって話が持ち上がってきてるの」

 

 「ほんと?!」

 

 目を輝かせたネビルに、ハーマイオニーは力強くうなずいた。

 

 「同じ日刊預言者新聞ってわけにはいかないけど、すでに別の雑誌の記事を空けてもらえるよう、お願いしてあるわ。

 最近仲良くなった友達の子が、雑誌編集長の娘さんで、事情を話したら協力してくれるって」

 

 「僕も、何かできることある?協力したい!」

 

 「もちろん!スリザリンの学生何人かがすでに、スネイプ先生はこんな人って証言をしたいって言ってくれてるけど、グリフィンドール生からもいると説得力が増すわ!

 そして、そこにコリンの証言を加えたら、スキーターの方がむしろ非難されるべきだって伝わるはずよ!

 それに、コリンのことも見直してくれるかもしれないわ」

 

 ハーマイオニーは瞳を揺らすコリンをひたと見やってから言った。

 

 「コリン。一歩踏み出すのは勇気がいることだわ。でも、何もしないとずっとそのままよ。

 私たちは助言はできるけど、そこからはあなた次第よ」

 

 そうして、彼女はそのままロナルドやネビルと一言二言交わしてから、去っていった。

 

 「フクロウが必要なら言えよ?僕のを貸すから。ピッグの奴、よほど暇なのか五月蠅いんだ。

 あ、腕。いつまでもごめんな」

 

 「じゃあね、コリン」

 

 やっとコリンの腕を離したロナルドとネビルも去っていく。

 

 廊下にはコリンが一人、取り残された。

 

 

 

 

 

 コリンが、ロナルドのところにフクロウを貸してほしいと懇願に行ったのは翌日のことだ。その手に握られていたのは一通の封筒。その首には見慣れたカメラは提げられていない。

 

 ロナルドは、張り切るペットにさっそく仕事を申し付けた。

 

 それから、コリンはハーマイオニーにもちゃんと突き飛ばしてしまったことの謝罪をしていた。

 

 口をはさんできた女子生徒たちに、ハーマイオニーが事情を説明することで、コリンの事情が明らかになり、少し風当たりが柔らかになってきた。

 

 

 

 

 

 なお、出直しとなったセブルス=スネイプは、襲い来る異形をスルーして、再び異世界のホグワーツ城に歩を進めていた。

 

 

 

 

 

続く

 

 




【メモカⅣマジック+ショット】

 コリン=クリービー少年が愛用する魔法式一眼レフカメラ。魔法界特有の動く写真の撮影に用いる。

 初めて行く魔法界。心配する両親に、コリン少年は自分の元気と土産話を伝えたいために、ペットの勧めを断り、カメラの購入を決めた。

 楽しい思い出、目の当たりにした珍しいもの、それにまつわるお話。それに夢中のクリービー少年は思い返しもしなかった。

 「撮る前に、ちゃんと持ち主やその人に許可をもらうんだよ」という父親の注意を聞き流してしまったことを。





 セブルスさんの出番が1行だけなんですが?あれえ?おかしいですねえ?







 次回予告は、いよいよ決着!異世界の深奥にて。
 上位者狩人セブルスVS聖母の従者バーティJr.。勝つのはどっちだ?!そして、レギュラスは間に合うか?お楽しみに!


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【11】セブルス=スネイプ、異世界の最深部へ①

 前回は、評価、お気に入り、フォロー、誤字報告、ありがとうございました!

 Q.なんでこんなに前回から空いたんですか?空きすぎでは?

 A.活動報告でもお伝えしてた通りです。映画見に行ったら宇宙から来た銀色の巨人に脳天を殴打されてしばらくそっちに浮気してました。
 いや、二次創作が捗りまくりましてね。すんばらしい映画をありがとうございました。本当にね。

 で、おかげでブラボとハリポタに手が付かなくて。最近ようやく、落ち着いてきたので、再開しました。・・・まだ、本調子にはほど遠いですがね。

 というわけで続きです。遅くなって本当に申し訳ありませんでした。


 

 高速移動呪文を連発して、セブルスは駆け抜けていた。

 

 異世界の重苦しい空気、悪臭を切り裂き、徘徊する化け物どもの脇をすり抜け(正直もう、相手にすることも面倒だった。時間もないと思った方がいい)、前へ前へと進む。

 

 面倒ではあるが、懐かしいものだと場違いにもセブルスは思う。

 

 あの頃――ヤーナムを駆け回っていたころも、そうだ。

 

 立ちはだかる大型の獣。禍々しくも神々しい上位者。理不尽の権化のような狩人たち。血の遺志で肉体を強化し、血石で仕掛け武器を鍛え、脳裏にカレル文字を焼き付け、大量に水銀弾と輸血液をもっていってなお、苦戦した。

 

 散々痛めつけられ、数発の攻撃で苦痛とともに意識を途切れさせ、気が付いたら狩人の夢の石畳にいた。

 

 そこから転移用の灯りを用いて、再びそれらに挑みに行く道も面倒だった。

 

 一度排除したはずの獣もまた、再び道をうろついているのだ。また倒すというのも面倒だった。

 

 まあ、おかげでまた挑む前に一度頭を冷やすことはできたのだが。今の自分の力量で勝てるか、武器の状態や所持アイテムの確認をして、万全の状態になっているか確認するのが癖づいたほどだ。

 

 もっとも、それで再戦してもまた殺されてやり直し再走!ということもよくあることなのだが。

 

 途中から数えるのがバカバカしくなって何度死んだかなど覚えていない。

 

 人間が人生のうちで食べたパンの数がわからないのと同じように、狩人にとって死んだ回数など気にするものではないのだ。

 

 とはいえ、そういう経験があると、おのずと学習する。再戦の場合、道中はどうしても戦わなければならないもの以外は極力戦闘を避け、消耗を抑える。

 

 ・・・学習しなければ、いつまでも死に続け、苦痛に塗れ続ける。ヤーナムでは馬鹿は前に進めないのだ。

 

 侵入による闇霊状態なので、侵入場所は基本的にランダムとなるが、今回の侵入場所は幸い見覚えのある場所だったので、そこから道をたどった。

 

 そうして、ホグワーツの階段、吹き抜けの下に突き当たった。

 

 おそらく、『バーティ』がセブルスの侵入に対して最深部につかないように、別の領域を創造・接続してしまったのだろう。

 

 ここからまた別のルートを探さなければならない。

 

 無理やり空間を接続したからだろう、歪になっている。例えるなら、積み木の城に後から別の積み木を無理やり下に押し込んだような状態だ。長居するのはよくないだろう。

 

 幸い、この道は奥に続いているようだ。

 

 バサリッと狩装束の裾を翻し、セブルスは奥に足を向ける。

 

 だが、次の瞬間飛んできた閃光を回避して、そのまま物陰に隠れる。

 

 閃光が放たれた方をこっそり見やれば、そこにはすでに見慣れた黒ローブが立っていた。

 

 まあ、これまでのセブルスの動向を見ていれば、その目的が何なのかはおのずと察しが付く。となれば。

 

 待ち伏せか。

 

 内心で舌打ちすると、セブルスは動いた。

 

 頭上で両の手を組むことで、獣の爪を変形させる。

 

 変形した獣の爪は短くなる代わり、左手も獣化する。獣のごとく、爪は鋭く黒い剛毛に覆われることになる。

 

 この状態になると、普段以上に獣性が上がりやすくなる。

 

 というか、セブルスは装備の関係でただでさえも獣性が上がりやすい状態なのだ。で、変形はそれに拍車をかけることになる。

 

 セブルスは啓蒙高い上位者である。獣性が引き上がっても、理性のすべてを塗りつぶされることはない。ゆえにこそ、ペティグリューと会話もできたのだ。

 

 とはいえ、『バーティ』相手にこの武器は不向きであったかもしれない。

 

 何しろ、この武器は手数の多さによる連続攻撃と、引き上がった獣性による攻撃力の増大が一番のメリットなのだ。

 

 獣性を引き上げるためには、攻撃を当て続ける必要がある。

 

 『バーティ』は偶像の肉体であり、こちらの攻撃が通用しない。

 

 だが、かまうことはない。セブルスの狙いは『バーティ』ではないのだから。

 

 セブルスはすでに気が付いていた。先ほど『バーティ』の放ってきた閃光は失神呪文(ステューピファイ)であり、こちらを殺す気がなくなっているらしい。

 

 とはいえ、はっきり言って使う呪文が変わったからと言って状況が好転するわけではない。

 

 『バーティ』はまるでガトリングのような速度で失神呪文を連射しているのだ。死の呪文であった方がまだ隙もあったのだ。

 

 とっさに遮蔽物に隠れはしたが、このままでは身動きできない。

 

 加えて、ずるずると異世界の異形たちがこちらに向かってくる。連中には失神呪文は無効らしく、受けても何ともない様子でこちらに向かってきているのだ。まだ距離はあるが、近寄られるとまずい。

 

 さて、どうする?

 

 あまり悠長にしていられない。生贄の問題もあれば、セブルス自身が侵入状態で時間制限付きでしか動けないという問題もある。

 

 その時だった。

 

 唐突に失神呪文の乱射が止む。

 

 何事か、と顔を出しそうになるのをとっさにとどめた。そこに呪文を当てられてはひとたまりもない。

 

 だが、今がチャンスなのは確かだ。

 

 セブルスは手近な化け物目がけて殴り掛かった。変形状態の獣の爪は、この恐ろしい勢いの連続攻撃が一番の利点だ。

 

 別に倒し切る必要はない。攻撃で敵がひるんで、体勢を崩せば、それでいい。その隙に奥へ向かう。

 

 ゆえに、セブルスは己の背後で何が起こっているかは知らなかった。

 

 膿で汚れた包帯を全身に巻いたような異形が、突如『バーティ』の前に現れ、奇妙にキリキリと全身を痙攣させつつも、首を振って彼方を指さして見せたのを。

 

 まるで、そんなものは放って、さっさと次の生贄を殺しに行けと促すような行動だった。

 

 そして、それに対して最初は「指図するな!」と怒声を張り上げた『バーティ』が突然黙り込むや、「次だ・・・次は・・・“憂うつ”・・・」とつぶやきながら踵を返したことを。

 

 『バーティ?!どうしたのだ?!待て!どこへ行くのだ?!』

 

 降り注ぐ帝王の声すら、一顧だにせずに。

 

 『バーティ』が姿を消すと同時に、異形もまた姿を消す。

 

 

 

 

 

 聖母の従者も、天使の御言葉には逆らえないのだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 さて、ホグワーツである。

 

 その日は、スリザリンの寮付きゴースト“血みどろ男爵”の要請で緊急職員会議が開かれていた。

 

 なお、職員会議の盗聴案件のせいで、職員室は盗聴対策も万全にされている。双子のウィーズリー開発の“伸び耳”も、弾かれるようになっている。(もっとも、双子がそれを知ろうものなら悔しがって改良に挑戦しようとすることだろう。鼬ごっこでしかない)

 

 “血みどろ男爵”の銀色の血にまみれたげっそりするような容貌の中の冷たいまなざしに、ひきつった顔で揉み手するピーブズがコロンと空中を転がるように進み出て、口を開いた。

 

 ・・・職員会議にゴーストが出席するのはないこともないのだが、あまりない。ゴーストたちの自主性に任せているのだ。

 

 話を戻し、ピーブズの発言に出席していた教職員たちはそろいもそろって絶句した。

 

 「今何と言ったのです?ピーブズ」

 

 怒髪天を衝く待ったなしのマクゴナガルの隣で、スラグホーンは震え上がった。

 

 自分は何か悪いことをしただろうか?ただ、ホグワーツに復帰しただけなのに、何でこんな目に遭っているのだろう?怒髪天一歩手前のマクゴナガルの隣なんて、勘弁してほしい。

 

 マクゴナガルが怒り狂っているのをものともせずになだめられたのは、ダンブルドアかセブルスくらいなものだ。なぜこんな時に限って二人ともいないのだろうか。

 

 マクゴナガルが怒り狂うのもわからんでもないのだが。

 

 「おお~う。怖い怖い。まーた、胃に穴が空いて倒れても、オイラ責任が取れないよ~?」

 

 『ふざけるな。真面目に答えろ、ピーブズ』

 

 頭の後ろで腕を組んでにやにや笑うピーブズを、“血みどろ男爵”がにらみつけた。

 

 とたんにピーブズは気をつけ!とばかりに姿勢を正してから、ゴマするような笑みを浮かべつつ、腰を低くして猫なで声で言った。

 

 「お、落ち着いてくださいよ、男爵閣下。閣下のご機嫌を損なうようなことはしませんよ。ちゃんと喋りますって」

 

 と、ピーブズは言ってから、格好をつけるようにえへんっと一つ咳払いをして、改めて口を開いた。

 

 「確か、夏休みの間でしたかねえ。見たんですよお、オイラは。

 いやあ、オイラもホグワーツ城に住み着いて長いけど、あんなもん見たことも聞いたこともないね。

 左手に血の滴る大きな袋を抱えて、右肩に誰か担いで、歩いてたのさ。確か・・・大広間のすぐ近くの廊下だったかねえ?

 真っ黒なローブ姿だったけど、顔は見えたね。

 奴が、卒業してマグル・魔法族問わず10人殺してアズカバン行きにされたってのはオイラも知ってるんでね。

 あの」

 

 ここでピーブズはもったいぶるように一息区切ってから、その名を舌にのせた。

 

 「バーテミウス=クラウチJr.が」

 

 ざわっと教職員たちがざわついた。

 

 その生存の可能性は、すでに森番チームはじめ魔法省からの出向メンバーたちから聞き及んでいたことだった。

 

 だが、ホグワーツの外のことだから、あまり重視することはないだろうと誰もが思っていたのだ。

 

 まさかこんなところで絡んでこようとは思わなかったのだ。

 

 「夏休みの間・・・?

 いつですか?!日付は覚えていますか?!

 誰か担いでいたと言ってましたが、誰をですか?!

 どこに行ったのです?!まさかまだ城に潜伏しているなんてことは?!」

 

 矢継ぎ早に質問を投げかけるマクゴナガルに、ピーブズはどこ吹く風とばかりに肩をすくめる。

 

 「そんな細かな日付は覚えてないね。

 担がれてた奴にしたって、うつ伏せで顔も見えなかったし。

 ああ、でも」

 

 ここでピーブズは身震いするように、瞬時に表情を真面目なものにして言い放った。

 

 「あれは、やばいね」

 

 「やばい?」

 

 訊き返したマクゴナガルに神妙にうなずいて、ピーブズは続ける。

 

 「やばいやばい。遠目からだけど、ありゃもう人間やめてる感じだったね。

 何だあれ?わけわかんない」

 

 首をひねってからピーブズは言い放ち、続けて視線をとある方向に向けて言った。

 

 「あれさあ、最近できた変なドアの方に消えてったんだよね。それからだと思うんだよ。変な臭いがし始めたの。

 おおう、くっせえくっせえ」

 

 『教授方、あの扉を早急に何とかしていただきたい』

 

 鼻をつまんで道化さながらに臭がってみせるピーブズを一睨みして黙らせ、代わって口を開いたのは“血みどろ男爵”だった。

 

 『あの扉の内側には、我々でも入れない・・・というよりも、我々が我々たりうるために近寄りたくないのだ』

 

 ここで、教職員たちは思い出す。そういえば、ゴーストたちはあの扉に対して一切近寄ろうとしていなかったのでは?

 

 「? どういう意味だね?」

 

 スラグホーンの問いかけに、“血みどろ男爵”は答えた。

 

 『我々が現世にとどまるのは、見果てぬ夢、強烈な未練があってこそだ。それこそが我らをこの地にとどめるくさびであるのだ。

 たとえそれが摂理に反することであろうと、それでもなお諦めきれない。

 どれほどそれがみっともなく、恥に塗れたものであろうとも。

 逆を言えば、それこそが我らを我らたらしめる。

 あの扉の奥にあるものはそれを歪める。それだけのことだ』

 

 『男爵、それだけではよくわからないと思いますよ』

 

 ここで口をはさんだのは、困ったような顔をしていた“首無しニック”だった。

 

 『あの扉の奥から、感じるんです。

 何でしょうね?よくは分かりません。多分、その方がいいんでしょう。

 ただ、あの扉に近寄ったら、我々は理性を失うことになると思います。

 それこそ、単なる悪霊となって、危害を加えることになるでしょう。

 それは我々の誰も望まないことです』

 

 「・・・わかりました」

 

 “首無しニック”の言葉に、マクゴナガルは息を整えてうなずいた。

 

 胃がギリギリしてきたが、胃薬は後回しだ。

 

 「今の話を早急に魔法省に連絡です。そちらは森番とトンクスにお願いしましょう。

 例の扉付近は完全に封鎖。生徒が入りそうになったら、50点減点と厳正な罰則を。私が許可します。

 当面の間、厳戒体制に移行します。クィディッチなどのクラブ活動は全面中止。教室間の移動は、必ず直前の担当教授が引率し、トイレも付き添い、図書館の利用も条件付きで制限とします。

 連続殺人鬼バーテミウス=クラウチJr.潜伏の可能性は、明日の朝食席で通達します。

 いいですね?ホラス」

 

 「もちろんだ。

 各寮監はすぐさま寮母と監督生に、このことを通達してくれ」

 

 「あ、あの、いっそホグワーツを閉校にした方が・・・」

 

 おずおずと手を挙げて発言するのは、飛行術担当の夫妻の片割れである。

 

 「それで、生徒たちの勉学を遅らすのかい?レポートだけなら自宅学習で済むかもしれないけど、魔法薬調合や変身術・呪文学などの魔法実技は、どうしても遅れが出る。

 代わりの場所を用意するにしたって、生徒たち全員を収容できる都合のいい場所なんてそうないだろう?

 ・・・それができるなら、2年前の秘密の部屋騒動や去年のブラック脱獄の時に、とっくにそうしてるよ。

 それに、マグル生まれの子供や新入生が魔法を軽々しく暴発させないよう、コントロールを覚えさせるための魔法学校だ。

 アクロマンチュラのコロニー露見並みの危険確定でもない限り続行するしかないよ。

 そういうことだろう?」

 

 プランクの言葉に、他の先生方もうなずいた。

 

 「ええ。ようやっと、健全な学校運営になってきたと理事の皆様方も喜ばれた矢先のことでしたのに」

 

 「それにしても、どうやってクラウチの息子はホグワーツ城に入り込んだんでしょう?

 今年の夏休みといえば、ブラックの侵入とペティグリューの潜伏を受けて、闇祓いと教職員が施設内の点検と警備体制の見直しをしていたと思ったのですが?」

 

 首をひねるフリットウィックに、答えられるものは誰もいない。

 

 「・・・次からはこういった異常は早急に報告してもらいたいですね?ピーブズ」

 

 「だぁって、訊かれなかったし。

 じ、冗談ですよ、男爵閣下。閣下のご命令なら、即行報告しますって」

 

 じろりとにらみつけるマクゴナガル(次などなければいいのに!)に、最初こそピーブズはニヘニヘしていたが、恐ろしい“血みどろ男爵”が銀の血にまみれた冷徹な双眸を向けていると察するや、へこへこと腰を低く猫なで声を出す。

 

 『大変ですよ!皆さん!』

 

 ここで、突然絵画の一つが声を上げた。

 

 『フォークスが!ダンブルドアの不死鳥が!窓を割って外に飛び出して行ってしまいました!』

 

 職員一同がぎょっとして立ち上がった直後だった。

 

 ホグワーツ城を包み込むように歌が響き渡った。

 

 聞いているだけで胸が苦しくなり、涙が出てきそうな、悲痛で悲壮な歌だ。

 

 不死鳥の、嘆きの歌。それは、主を失った不死鳥がさえずる哀別の歌だ。

 

 やがてそのさえずりは遠のいていく。

 

 ホグワーツ城の外、尖塔の上を燃えるような赤い羽根の不死鳥フォークスがぐるりぐるりと飛び回ってから、ややあっていずこかへ飛び去ってしまったのだ。

 

 ダンブルドアが失踪してからも、フォークスは誰の言うことを聞くことなく、校長室の止まり木にい続けた。それが、突然に。それではまるで。

 

 

 

 

 

 爆炎が広がるように、ダンブルドア死亡説は魔法界に広がった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 さて、ところ変わって再び異世界である。

 

 セブルスは、不気味な通路に差し掛かっていた。最深部はもう目前といったところだ。

 

 壁際に並ぶ水槽のような繭。不気味な薄緑色のそれには、苦悶の様子でもがくような人型が浮かべられている。

 

 まだ2つだけで、あと8つほど並べられそうだ。

 

 おそらくは、残る生贄の数に対応しているのだろう。

 

 あまりいい気分のするものではない。

 

 セブルスは視線をそらし、そのまま奥に続いているだろう、大穴に飛び込んだ。

 

 とはいえ、あまり深くなかったらしい。

 

 瞬間足場設置呪文を連続することで、落着の衝撃を和らげ、セブルスは改めて到達したその場所を見回した。

 

 まず鼻についたのは、これまで以上のひどい悪臭だった。

 

 フードの下で眉を顰めるセブルスは、続けてそれを見上げた。

 

 それは、巨大で異様な存在だった。

 

 子山ほどありそうな巨体は上半身しかなく、それもシーツでも被ったようなのっぺりした白い体躯をしていた。幼い子供がシーツをかぶってお化けごっこをするが、その何倍もグロテスクだった。くぼんだ目、縫い合わせているような口、何より下半身は存在せず、背後から延びる白い網目が幾重にも不規則に絡まりながら縦横無尽に広がりながら空間に溶け込んでいた。

 

 おそらく、これこそが。

 

 「久しいな、バーテミウス=クラウチJr.。ずいぶんと見違えたことだ」

 

 独り言ちながら、セブルスは取り出した黒い丸薬を、ガリンと噛み砕いて飲み干した。

 

 錆びた鉄にも似た血の味のするそれは、獣血の丸薬。一時的に獣性を引き上げやすくする薬だ。獣の爪と組み合わせれば、その相乗効果はかなりのものとなる。

 

 ああ、素晴らしきかな、化け物狩り!

 

 相手は神の僕、その眷属!不足はない!

 

 その肉を引き裂き、存分に血を浴び、遺志をわがものとする。これぞ、狩人である。

 

 ぐっと足に力を込め、駆け出す。

 

 殺せ殺せ!さあ!殺せ!

 

 その白い異形――バーテミウス=クラウチJr.の本体目がけて、獣の爪を振り上げる。

 

 だが、突如飛来した緑色の光弾を、セブルスは間一髪で避けた。

 

 そちらに視線を向ければ、黒いローブ姿の男――『バーティ』が杖を右手にたたずんでいた。

 

 「あと一息であったところを・・・!」

 

 忌々しげに舌打ちして、『バーティ』は左手に持っていたものを無造作に投げ出した。

 

 それは、血まみれの義足だった。正確には、足の一部が付いた義足だ。おそらく、腿の半ばから切り裂き呪文(ディフェンド)あたりで切断されたものだろう。セブルスは気にも留めなかったが、その義足はマッド・アイ=ムーディのものであった。

 

 「まあ、いい。先にお前だ」

 

 つっと杖先をセブルスに向けなおし、『バーティ』は言い放つ。

 

 「死ね。狩人」

 

 だが、セブルスはもはや『バーティ』など眼中になかった。

 

 当然だ。セブルスにとって『バーティ』は攻撃を仕掛ける障害物でしかない。障害物など相手にせず、ただ目標を殺す。それが狩人だ。

 

 再度獣の爪を振り上げ、小山のようなバーティの本体に目にもとまらぬ速度でたたきつける。

 

 奇妙なことに、鉄のような頑強さを誇った偶像の肉体に対し、本体の方は見た目こそ怪物のそれだったが、まるでスポンジでも攻撃しているような軽さだった。手ごたえはある。血も出ている。問題はないとは思うのだが。

 

 空間そのものに縫い留められているようなバーティの本体は、苦悶に身を震わせてのたうち咆哮をあげるが、それだけだ。反撃らしい反撃はない。

 

 それはおそらく、攻撃は偶像の肉体である『バーティ』が受け持っているからだろう。

 

 当の『バーティ』はといえば、本体が獣の爪で抉られるや、悲鳴を上げて倒れ込んでいる。

 

 なるほど。どうやら、個別に体力を持っているのではなく、体力を共有しているようで、本体のダメージが伝わったのだろう。

 

 ・・・ずいぶん易しいとセブルスが思ってしまったのは、ヤーナムに毒され過ぎた狩人精神のせいだろう。

 

 ヘムウィックの魔女、ヤーナムの影、おまけで3デブ。体力共有型の敵もいるにはいたのだが・・・連中はその分、数で押してきた。殺しても殺しても次々出てくるし、大体1体相手にするのも面倒なのだ。お前らのことだ、失敗作たちめ。

 

 まあ、失敗作たちのように『バーティ』が複数出現して呪文を乱射してきたら、それこそ手に負えないので、良しとしておこう。

 

 とはいえ、この『バーティ』、セブルスにとってはとても都合のいい相手だった。

 

 「ははっ!これはいい!実に稼ぎがいのある相手だ!」

 

 深々と被った黒フードの下で、セブルスは舌なめずりをする。

 

 この『バーティ』はまるで死血の塊のようだった。攻撃すればするだけ、それに応じた血の遺志を放出するとでも言えばいいのだろうか。

 

 おそらく、この血の遺志は生贄に捧げられた人々から徴収された分もあるのだろうが、そんなことはセブルスには関係ない。どうでもいい。

 

 またホグワーツに復帰すれば使者たちのバイト代だっているし、聖杯ダンジョン行きで消耗される細かな消耗品の補充や武器の強化・修理などの手入れにも使う。

 

 セブルス自身の能力強化には不要であるとしても、まだまだ使い道はあるのだ。

 

 死ねば落っことすとしても、稼げるときには稼いでおきたい。

 

 まさかこんなところに絶好の貯金箱があるとは!・・・聖母だ、レギュラスの生死だ、生贄だの事情が絡んでなかったら、定期的に来て適当に死なない程度にボコる装置にしていたかもしれない。

 

 セブルスの気配が愉悦に満ちたものに変わったのを察したのか、バーティの本体が化け物じみた白い巨体をブルリと怯えた様子で震わせた。まるで人間のように。

 

 「ぐうっ・・・殺しっ、あがあっ?!」

 

 膝をついていた『バーティ』が立ち上がって杖を振り上げようとするが、それより早くセブルスの獣の爪が、バーティ本体の白い体躯を抉り、黒ずんだ血液をまき散らす。

 

 たまらず『バーティ』は崩れ落ちる。

 

 そんな馬鹿な。

 

 この体になってから久しく感じる激痛の連続の合間に、バーティは必死に考える。

 

 この異世界において、バーティは全知全能の存在と言っていいのに。不死身の存在であり、何人も彼を傷つけることは能わぬはず。

 

 だというのに、なぜ痛みが?!

 

 本体の方に傷を負わされてもあっという間に治るのが、不幸中の幸いだろうか。

 

 だが、バーティはそれを即座に撤回した。

 

 もはやセブルスにとって、バーティを殺すのは二の次状態になっているらしく、いかに効率よく痛めつけて血を浴びる(正確には遺志を簒奪する)かが重要らしい。

 

 「や、やめっ、げぶぁ?!」

 

 『バーティ』が制止の声を上げようとも無視して、獣の爪を振り下ろす。

 

 細かな肉片が、血しぶきが、どす黒い花となっていき世界の空気を彩る。

 

 ・・・よしんば、『バーティ』の声が届いたとて、セブルスはきれいに無視したことだろう。

 

 命乞い?セブルスはやったが無視されたことが多々ある(というか、大体そうだ)。そして、きっと『バーティ』もそうしてきたことだろう。

 

 自分の番になった途端ギャーギャー喚くな。潔く死ぬか、真逆殺し返してくるべきだ。

 

 ずいぶん過激で血なまぐさい思考だが、狩人なんてこんなものである。

 

 セブルスの場合はヤーナムを出てから大分人間性を取り戻したが、それでも非常事態に陥ると、被った良識の皮が剥がれ落ちて猟奇的本性があらわになる。

 

 「ぱぴっ?!」

 

 「こめっ?!」

 

 セブルスのスタミナが続く限りの連続攻撃に、『バーティ』が悲鳴を上げる。

 

 だが、すぐさまセブルスは舌打ちした。

 

 攻撃自体は通用する。遺志も噴き出し、取り放題。それでも、大きな問題があったのだ。

 

 どんなに攻撃しても、見る見るうちにバーティ本体についた傷が治っていってしまうのだ。

 

 発火ヤスリか雷光ヤスリを使って武器にエンチャントするか?毒メスで毒状態にするか?いずれもあまり有効そうには思えない。

 

 あるいは・・・切り札を切るべきか?

 

 黒フードの下で、セブルスが逡巡しながら構えなおした時だった。

 

 「バーティ!」

 

 髪を振り乱して肩で息をするレギュラスが駆け込んできた。

 

 怪物たちの攻撃を振り切ってきたのだろう、あちこち擦り傷を作り、上等な外出用ローブもあちこちほつれている。

 

 だが、彼はまっすぐに『バーティ』を見据えていた。疲労はあっても、そこに絶望や憎悪といった負の感情の類は見当たらない。

 

 「っ?! 何故ここにいる?!レギュラス!貴様は後だと言ったはずだ!」

 

 ぎょっとしたように叫んだのは『バーティ』だった。

 

 

 

 

 

 この場にいる誰もが気が付いていないことだったが、これはバーティ自身の失策だった。

 

 現実世界でのヴォルデモート(+α)の危機を察知し、バーティは彼らをこの異世界に引きずり込み、さらには安全な場所に匿った。(ヴォルデモートのみとはいえ)

 

 端的に言うならば、それに時間をかけすぎてしまったのだ。

 

 ヴォルデモートに手取り足取り、頭を垂れて恭しく傅いていた。

 

 そのため、この異世界内部への監視の目や干渉が緩んでしまい、結果としてセブルスやレギュラスが自由に動き回る時間を与えてしまったのだ。

 

 レギュラスは、セブルスから受け取った手紙に、目印を設置しておくというメッセージがあったのをしっかり覚えていた。

 

 そして、先行していたセブルスは、かつてヤーナムでも用いた目印設置用の魔法を使って、レギュラスがここにたどり着くように仕向けたのだ。

 

 

 

 

 

 それは、危険なことであったのかもしれない。

 

 レギュラスは生贄の一員としてこの異世界に招かれている。

 

 おそらく、レギュラスは“絶望”・・・15番目の生贄になるのだろう。彼が殺されるのは可能な限り避けねばならず、そもそもこんな最深部――バーティの懐に飛び込ませるような真似は避けるべきだった。

 

 だが、それでもセブルスはレギュラスをここに(いざな)った。

 

 バーティはもはや、元の人間に戻ることはできないだろう。

 

 それでも、死に方は選べるはずだ。化け物・邪神の手先として狩られるか、人として死ぬか。

 

 それを選ぶ手助けは、きっとレギュラスにしかできない。

 

 バーティのためにではない。レギュラスのために――セブルスを案じてくれる友の一人のために、セブルスはそうしたのだ。

 

 

 

 

 

 レギュラスは一度、小山のような異形のバーティ本体を見上げて息を詰めるが、すぐに振り切るように『バーティ』に向き直った。

 

 「アチッ!吼えメールはやっぱり、人間が運ぶものじゃないな!」

 

 懐から取り出した赤い封筒が、さっそくシュウシュウと不吉な煙を上げ始めるのを気にも止めず、レギュラスは狼狽する『バーティ』のもとに駆け寄った。

 

 レギュラスがブラックウッド配達員から買い上げたのは、吼えメール用の作成セットだった。マグルらしきブラックウッドが売っているかは賭けだったが、無事購入できた。

 

 「手紙だ、バーティ!Mrs.クラウチからだ!受け取れ!」

 

 「っ、手紙だと?そんなものに何の意味がある?」

 

 突きつけるように煙を上げる赤い封筒を突き出すレギュラスに、『バーティ』はせせら笑うように言った。

 

 だが、その声にわずかながら動揺の色が混じっているのに、レギュラスは気が付いていた。

 

 「それは君が決めることだ。これは吼えメールだ。開けないとひどいことになるぞ。知ってるだろう?」

 

 「っ」

 

 負けじとレギュラスは言い放ち、赤い封筒を半ば無理やり『バーティ』の手に握らせた。

 

 「僕も一緒に聞くから。僕を殺すなら、その後にしろ」

 

 レギュラスの言葉に、『バーティ』は黒いフードの先端を赤いフードに落とした。

 

 シュウシュウと煙を上げる赤い封筒は、ともすれば爆発しそうにも見えた。

 

 のろのろと『バーティ』は、動いた。震える手で、赤い封筒を破って開封したのだ。

 

 とたんに、破裂音とともに封筒は爆発する。同時に声が降ってきた。

 

 『ごめんなさい』

 

 泣きそうな声だった。

 

 吼えメール特有の大音量であったが、怒声や罵倒・叱責のような金切り声ではなく、ただただ哀愁に満ちていた。

 

 『バーティ、バーティ、ごめんなさい。

 もっと一緒にいたかった。立派になったあなたを見たかった』

 

 一瞬怒声を張り上げようとした『バーティ』の腕をつかんで、レギュラスが首を振った。最後まで聞け、と言わんばかりに。しぶしぶ『バーティ』はおとなしくする。

 

 吼えメールの声は続ける。

 

 一言で言うならば、それは懺悔というべき内容だった。

 

 夫を愛していた。だが、夫は仕事を愛し、必要以上に相手をしてくれなかった。

 

 夫が受け取ってくれなかった愛情を、息子に向けてしまった。それが息子を苦しめると知りつつも、止められなかった。

 

 本当は、逮捕される以前からバーティが“例のあの人”に加担していたこともわかっていた。明らかに尋常ではない所業を犯していたことも。

 

 止めなかったのは、それが息子の選んだ道なら、どんな道でも尊重したかったからだ。たとえ、それが魔法界の秩序に反することであったとしても。

 

 息子が逮捕され、夫がますます仕事に打ち込むようになり、余計に昔のことを考えるようになった。

 

 何がいけなかったのだろう?どうしてこうなってしまったのだろう?と。

 

 自分がもう長くないとわかった時、真っ先に思い浮かべたのは、言葉少なくたまに枕元にやってくる夫より、アズカバンの息子だった。

 

 せめて、もう一度だけ、あの子に会いたい。どんな形でもいい。心から笑って、幸せになってほしい。

 

 そこからは必死に考えた。

 

 吸魂鬼を誤魔化して、アズカバンから息子を出す方法を。

 

 今際の頼みとして、夫にも加担させ脱獄させた後の息子のことも頼み込む。

 

 衰弱から回復した後でも、さすがに凶悪犯とされた息子を表に出すことはできない。

 

 それでも、きっと幸せにしてくれる。自分が考え直したように、夫だって息子の幸せを祈ってくれるはずだ。

 

 ああ、でも。

 

 いつごろからか、もう思い出せない息子の心からの笑顔を、もう一度でも見たかった。

 

 あの子が笑えなくなったのは、きっと自分のせい。夫にすがり、息子にすがり、負担でしかいられなかった。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 再度の謝罪の言葉で、吼えメールは結ばれていた。

 

 

 

 

 

 続く

 

 





【バーテミウス=クラウチJr.に宛てた吼えメール】

 クラウチ夫人が息子に宛てた吼えメール。

 赤い封筒を開封すれば、クラウチ夫人の残響からのメッセージが大音量で再生される。

 本来はフクロウによって運ばれるそれを、レギュラスは自分で運ぶことを選んだ。

 人を捨てた親友に、心を届けられるのは自分しかいない、自分でありたいという願いゆえに。





 今回で決着つけさせたかったのに!

 次回こそ決着!バーティが選ぶのは、化け物として狩られるか、人として死ぬか。

 そして、帝王様とペティグリューは?お楽しみに!


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【12】セブルス=スネイプ、異世界の最深部へ②

 前回は、評価、お気に入り、誤字報告、ありがとうございました。

 フロム熱への再点火方法を思い出せなくて、気が付いたら年をまたぐどころか、桜の季節になっていましたよ奥さん(誰?)。

 でも大丈夫。今頑張って続き書いてるから。

 Q.さっさと大事なことを言え。

 A.遅くなって大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!許してください何でもはしませんが。


 

 「・・・馬鹿な女だ」

 

 聞き終えた『バーティ』はそう嘲ったが、その言葉は覇気がなかった。

 

 「俺が何も知らないと思っているのか?レギュラス。

 あの女はアズカバンで死んだんだぞ?どうやってあんな言葉を残せるというんだ。どうせまやかしだろう?」

 

 「残響だ」

 

 半ば自分に言い聞かせるように言った『バーティ』に、レギュラスがかっとなって言い返そうとするより早く、セブルスが口をはさんだ。

 

 「生前の強烈な未練や思念は、時折本人を離れてそれ自体が形を成すことがある。

 まして、ここは“神”の力の及ぶ異世界だ。そういったものがより残りやすい場所でもある。

 本人がゴーストになったわけではない。ただ、その感情の残滓が木霊のように残っていたのだろう。

 ゆえに、ある意味では本人そのものよりも、よほど純粋だ。

 本来の世界よりも、そういった痕跡が残りやすくもある。もしやすると、他にもあるかもしれんな」

 

 構えこそ解いてなかったが、そう言い終えたセブルスに応えるように、レギュラスは続いて懐からもう一つ手紙を取り出した。

 

 こちらはただの羊皮紙の封筒だった。ずいぶん古びており、端の方は紙が劣化してボロボロになってきている上、まるで火にあぶられたように焦げている部分もある。

 

 「ごめん、勝手に中を見せてもらった。Mrs.クラウチのいた寝室にあったんだ」

 

 破られた封蝋に目をやりながら申し訳なさそうに言って、レギュラスは改めて『バーティ』に目を向けながら言った。

 

 「中身は、Mrs.クラウチの遺言状だ」

 

 息をのんだ『バーティ』に、レギュラスは封筒を押し付けながら言った。

 

 「読むべきだ。君は、確かに愛されていた。形は歪だったかもしれないけれど」

 

 ややあって、『バーティ』はのろのろと封筒から便せんを取り出して、目を通した。

 

 レギュラスは知っている。

 

 その内容は、脱獄して体調が回復後のバーティを案じて残されたものだ。

 

 イギリス国内では生きにくいだろうから、と前置きされたうえで、国外への脱出路や、新しい身元、必要なお金などの用意について書かれていた。

 

 どうしてもイギリスに残りたいなら、そのための新しい身元・顔を隠す方法も用意するよう、夫に託してあるとも書かれている。

 

 ・・・レギュラスは予想していた。この手紙の焦げ具合などから、ひょっとしたらこの手紙は現実には存在していないのかもしれない。今までのことを併せて考えると、クラウチ氏が隠滅しようとしたのかもしれない、と。

 

 へなりっと『バーティ』が座り込んだ。力の抜けた手から、古びた便箋と封筒が滑り落ちる。

 

 「知らない・・・俺は、俺は、こんなの、知らない・・・」

 

 途方に暮れたようにつぶやく『バーティ』は、手紙の存在を偽物とは言わなかった。

 

 知っているのだ。ホグワーツ在学時、母は体調が良ければほぼ毎日バーティに手紙を送ってきた。その手紙の字と、今手に持っている手紙の字が同じだったのだ。わからないわけがなかった。

 

 

 

 

 

 実際、現実世界では一度、寝室に入り込んだバーティに激怒したクラウチ氏が寝室を封鎖する前に、その手紙を発見して中身をろくに確認することなく魔法で焼却処分してしまったのだ。

 

 顔も名前も凶悪犯として知られていたクラウチJr.を“管理”し続けたクラウチ氏が、彼の将来をどう思っていたかは謎である。

 

 

 

 

 

 「バーティ・・・」

 

 「母さん・・・何で言ってくれなかったんだよ・・・。

 ううっ・・・」

 

 安堵と憐憫をないまぜにしたような顔をしたレギュラスに、『バーティ』が嗚咽を漏らした。

 

 それに反応するように、バーティ本体も地鳴りのような咆哮をあげた。悲壮さを感じさせるものだった。

 

 だが。

 

 「あ゛あ゛あ゛?!」

 

 直後、『バーティ』が頭を抱えて苦悶の悲鳴を上げる。

 

 はっとレギュラスが顔をあげれば、いつの間にか現れた膿で汚れた包帯を全身に巻いたような異形が、奇妙にキリキリと全身を痙攣させつつも、首を振って彼方を指さしたのだ。

 

 直後。

 

 「うあああっ?!」

 

 突如として無言呪文で放たれた武装解除呪文(エクスペリアームス)の赤い光弾に、レギュラスは吹き飛ばされた。

 

 その手から杖が、懐から紫色の小箱も落ちて吹き飛び、セブルスの足元に転がる。

 

 黒い石造りの壁にたたきつけられ、そのまま滑り落ちたレギュラスに、間髪入れずに拘束呪文(インカーセラス)による縄が巻き付けられ、そのまま縛り上げられる。

 

 「お前は後回しだ。“絶望”して、死ね。

 先に“憂うつ”だ」

 

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がって虚ろに言った『バーティ』に、縄を外そうともがくレギュラスが、ショックを受けたように目を見開いた。

 

 「バーむぐぅっ?!」

 

 レギュラスが呼びかけようとするが、その口元にまで縄がかかり、塞いでしまった。

 

 どこか満足げな空気を漂わせる異形をよそに、『バーティ』は再び杖をセブルスに向けようとする。

 

 だが、セブルスの方が先だった。

 

 拾い上げた小箱の中身を一瞥した彼は、そのまま小箱を白く巨大なバーティ本体に突き入れていた。

 

 白い光をあげながら、それがバーティ本体に埋め込まれるや、白い巨体が再度咆哮を上げた。今度は苦痛に満ちたものだ。小箱の中身はへその緒。バーティの肉体の一部だ。

 

 「がああ?!」

 

 悲鳴を上げて膝をつく『バーティ』に、セブルスは歩み寄った。

 

 「選べ。友と母の愛した人間として死ぬか、相まみえたこともない聖母とやらの走狗たる化け物として狩られるか」

 

 セブルスの言葉に、『バーティ』は動かない。

 

 焦れたように異形が、キリキリと痙攣しつつもせかすように彼方を指さす。

 

 お前がすべきは、そのような戯言に耳を貸すことではない、もっと崇高なる使命があるはずだと言わんばかりに。

 

 だが、次の瞬間、その膿で汚れたような包帯塗れの頭に青黒い光弾が命中していた。

 

 秘儀“夜空の瞳”。精霊に祝福された軟らかな瞳だ。瞳孔の奥に果てしなく広がる暗い夜空と、そこに吹き荒れる絶え間ない隕石の嵐。瞳をひと擦りして、それを召喚する秘儀だ。

 

 「黙っていろ、狗め。貴様には訊いていない」

 

 ぴしゃりと言い放ち、セブルスは再度バーティ本体を見上げた。

 

 「わかっているだろう。もはや人間に戻るすべは存在しない。

 人として終わらせるか、化け物として続けるか。二つに一つだ。

 選べ」

 

 苦悶の呻きをあげていた『バーティ』は、フードの端を転がるレギュラスに向けた。

 

 一拍の沈黙後、彼は動いた。

 

 いっそ無防備にも見えるように、セブルスに背を向けて膝をつき、フードを下ろした。

 

 死人のような顔色、血のような涙に塗れたおぞましさがあったが、その表情は覚悟を決めたものだった。

 

 頷いてセブルスは動いた。両手につけていた獣の爪を別の武器へ変える。

 

 折りたたまれた長大な柄を伸ばし、片手用の曲剣に接続して、両手持ちの大鎌としたその仕掛け武器の名は、“葬送の刃”。かつて、最初の狩人ゲールマンが振るった、隕鉄から鍛えられた強力無比にして、扱いの難しい仕掛け武器だ。

 

 ヤーナムにいたころのセブルスは、幾度となくこの大鎌によって首を切り落とされた。

 

 今にして思えば、あれはゲールマンにできる最後にして最大の手助けだったのだろう。苦痛を少なく、一撃で終わらすべく。彼は、“狩人の夢”に囚われていることを心底憎み、厭っていたようだったのだから。

 

 皮肉なことに、その手助けを拒むことこそが、そこから真に離脱することに必要なことだった。

 

 今、その大鎌――幾人もの狩人たちを介錯してきた刃は、セブルスの手に握られ、大きく振りかぶられた。

 

 あの日、狩工房は燃え上がり、異様に大きな月の下でゲールマンがセブルス相手にそうしたように。

 

 「レギュラス」

 

 『バーティ』が口を開いた。今度は虚ろではない、しっかりした口調だった。

 

 「ありがとう。すまない」

 

 泣きそうなのを我慢した、それでいて笑おうとしたのを失敗したような顔だった。おぞましさの中に、人間らしい輝きをその目に宿して。

 

 レギュラスはうめいた。縄で口をふさがれていなければ、そのまま叫んでいた。何を言おうとしたのか。それは彼自身もわからなかった。

 

 “夜空の瞳”の一撃でよろめいた異形が体勢を戻し、再び手を上げようとしたが、それも遅かった。

 

 そして。刃は振りぬかれる。

 

 血は出なかった。首は宙を舞うと同時に、空気に溶けるようにその胴ともども霧散して消えた。

 

 同時に、白く巨大なバーティ本体が咆哮した。否、断末魔を上げた。痙攣するようにその白い体躯をぶるぶると振るわせ、やがてぐったりと首を垂れて弛緩した。

 

 直後のことだ。

 

 ぐらりっと地面が揺れる。

 

 ミシミシと壁や天井が悲鳴を上げるようにきしみ始めた。

 

 「レギュラス、逃げたまえ」

 

 身にまとった赤黒い霧が色濃くなるのを歯牙にもかけず、セブルスはレギュラスに歩み寄り、解放呪文(エマンシパレ)で縄をほどきながら言った。

 

 「文句は後で受け付けよう。二位の国の支配者の喪失で、間もなくこの世界は崩壊するだろう。ここにいると巻き込まれるぞ」

 

 「・・・っ、わかりました。

 先輩、またあとで!」

 

 ぐっと唇をかみしめて溢れそうになる言葉を噛み殺し、レギュラスはそれでもそれだけは言って動き出した。

 

 急ぎ、レギュラスは自身の杖を拾い上げ、続けて地面に落ちていたバーティの杖も拾い上げた。

 

 そうして、赤黒い霧に包まれるように姿を消すセブルスを見届けることなく、そこを飛び出した。

 

 どこを走るべきなのか。道はいつの間にか形を変え、まったく別の地形に変化してしまっている。時間がない中で、迷うわけにもいかない。

 

 思わず足を止めたレギュラスを叱咤するように、その手の中が光った。バーティの杖だった。

 

 杖から延びた光の筋が、まるでレギュラスを導くように伸びていく。

 

 そういえば、先ほどセブルスは言っていた。ここは“神”の力の及ぶ異世界だ。そういったものがより残りやすい場所でもあるのだと。

 

 「・・・こっちこそ、ありがとう、親友(バーティ)

 

 まるでレギュラスを助けようというかのその光に、彼は小さくつぶやくと、駆け出した。

 

 あふれる涙をぬぐうこともせずに。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 “葬送の工房”では、いくつかの薬草も育てている。真白の葬送花の植えられた裏手の花畑を圧迫しない規模の手狭なものだ。

 

 メアリーはそんな薬草畑の手入れを終えたところだった。

 

 薬草畑の手入れ用のエプロンと白い球体関節は土で汚れ、片手には魔法で水が尽きないじょうろを、もう片方の手には引き抜かれた雑草を持っていた。

 

 狩人様は最近お忙しくされている。

 

 ヤーナムにいたころであれば、どこかへ行ってしばらく戻ってこないなんてよくあることだった。

 

 けれど、ここのところこんな長期留守にされるのはほとんどなく、久々のそれをメアリーはあまり好ましく思ってなかった。

 

 空っぽの胸の内側がチクチクするような気がするのだ。

 

 かといって、それを口にすることははばかられた。狩人様の邪魔をしてはいけない。それは狩人様の手助けをする人形のするべきことではない。

 

 わかってはいるのだ。

 

 今のメアリーにできるのはただ一つ。

 

 「夢の月のフローラ・・・どうか狩人様をお守りください・・・」

 

 片づけをしてから、墓石の一つにひざまずいて両手を組んで、お祈りをする。

 

 そのときだった。

 

 ざりっという石畳を踏みしめる音が聞こえた。

 

 狩人様がお戻りになられたのだろうか。

 

 メアリーが立ち上がって振り向くと、そこには確かに彼女の愛する狩人様が立っていた。

 

 だが、次の瞬間彼はふらりとよろめいた。

 

 その体を黒い靄のようなものが取り巻き、すぐに晴れる。

 

 思わずメアリーが狩人様に駆け寄ると、彼はそのままメアリーにもたれかかってきた。

 

 「・・・メアリー、後を頼む」

 

 ひどく眠そうな声でそう言い残すと、セブルスはその身を黒い靄に包み込ませ、漆黒の軟体生物じみた上位者の赤子本来の姿へと変えてしまった。

 

 くったりと眠り込んで動かないそれを抱き上げるメアリーは、かすかにほほ笑んだ。

 

 「おやすみなさい、狩人様。あなたの夢が、よいものでありますように」

 

 そのまま彼女は工房の中に入った。

 

 狩人様が寒がられてはいけない。よく眠れるようにするのも、人形の務めだ。

 

 

 

 

 

 セブルスが人間の姿を保てなかったのは、もちろん理由はある。賢明なる読者諸氏はとっくにご存じであろう。

 

 再度の予言の破壊を行ったことにより、セブルスは世界の因果律に干渉するという上位者としての力を使ってしまい、そのため人間としての姿さえ保てないほど消耗してしまったのだ。

 

 ・・・とはいえ、以前ほど大きく消耗しているわけではない。

 

 というのも、以前とは対戦相手が異なったからだ。

 

 以前戦ったのは、ヴォルデモートである。前座として死喰い人十数名を挽肉にして遺志を奪ったが、肝心のヴォルデモート自身からは何も得られなかった。何しろ、奴は自身の魂を分割して、なおも生にしぶとくしがみついていたのだから。

 

 だが、今回は違う。

 

 今回の相手は、儀式によって変貌した、聖母(邪神)の下僕。内側に生贄から奪った遺志をため込む正真正銘の化け物である。

 

 さて、ここで思い返してもらいたい。セブルスは何であるのか。

 

 彼は、上位者であるが、その立場は血と遺志をわがものとして簒奪したものである。それ以前に数々の獣・上位者・狩人たちから奪った血と遺志でその身を鍛え上げてきたのだから。

 

 つまるところ、血と遺志は彼にとって奪いとり、己が糧とするものである。

 

 それも、ただの人間の遺志ではなく、邪神の走狗である化け物――末端といえど、上位者といえるような存在の遺志を奪い取ったのだ。

 

 今度の眠りは、単に消耗から回復するものという意味合いだけではない。もっとも、本人にその自覚があるかは怪しいところなのだが。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 さて、ホグワーツである。

 

 交代しながら、凶悪犯であるクラウチJr.が入ったという怪しい扉を見張っていた闇祓いの一人が、不意に気が付いた。

 

 昨日より臭くない気がする。音もしなくなったような?

 

 すぐにそれを他に知らせようと動くより早く。

 

 ドンッと、大きな音がした。扉の内側から、強くたたかれるような音だ。

 

 「開けてください!誰か!誰かいませんか?!」

 

 切羽詰まった叫びが、扉の内側から聞こえた。

 

 え?どういうことだこれ?!

 

 思わず硬直する彼をよそに、扉の内側の人物が舌打ちした。

 

 「くそっ!こうなったら!」

 

 あ、これは何かしでかす気では?

 

 慌てて彼が止めようと声を張り上げるよりも、扉の内側の声の主の方が早かった。

 

 次の瞬間、打ち付けられた板ごと扉が外向きに吹き飛んだ。おそらく、爆発呪文(コンフリンゴ)あたりを放ったのだろう。蝶番も壊れた扉のあったドア枠に、ガシャンっと何か音がした。

 

 鎖だ。おそらく、施錠したうえで内側から鎖で幾重にも巻き付けられていたのだろう。爆発呪文(コンフリンゴ)のせいでそれも砕けて、何本かの切れ端となって、床に転がるかドア枠の留め具にぶら下がっている。

 

 そして、もうもうと埃が舞い上がるそこから、彼が出てきた。

 

 ボロボロの外出用ローブにかすり傷をこしらえた黒髪の美男子は、おそらく慌ててかけたのだろう妙にきれいな眼鏡のずれを直し、左肩に担いだ人間を半ば引きずるように連れてきた。

 

 担がれているのも、同じくボロボロの人間だったが、鼻をつく血臭にヒッと彼は小さく悲鳴を上げた。

 

 「すぐに聖マンゴに連れて行ってください。止血はしていますが、足を切り落とされてかなりの出血があったんです」

 

 早口で言いながら歩み寄ってきた男に、彼は半ば反射的にかくかくとうなずいた。

 

 「何だ?!何の音だ?!」

 

 「どうした?!何があった?!」

 

 慌てて他のメンバーも駆け寄ってきたが、彼らは一様に息をのんだ。

 

 「レ」

 

 「レオ=ノワールと申します。当代ブラックの当主を務めておりますので、ご存じかと思いますが」

 

 誰かが言うのをさえぎるように、男――レオは口を開く。有無を言わさぬ強い口調に、闇祓いたちは気圧される。

 

 「僕のことよりも、彼を。急いで!」

 

 再度促され、慌てて闇祓いたちはレオが肩に担いでいた人物を浮遊移動呪文で持ち上げて、改めて顔を見て絶句した。

 

 「ま、マッド・アイ?!なんでムーディがここに?!」

 

 仰天するメンバーの一人は、すぐに気を取り直した。

 

 確かに、顔色が紙のように白く、濃い血の臭いも彼からだとわかる。

 

 彼の特徴といってもいい魔法の義眼こそあったものの、ローブの裾から覗く足は片方なかった。元々片足が義足だったが、その足がさらに短くなっているのだ。ローブの色に紛れてわからないが、おそらく相当量の出血があったと思われる。

 

 「すぐに医務室へ!マダム・ポンフリーがいるはずだ!」

 

 「あなたもご同行願えますか?Mr.ノワール」

 

 声を張り上げる闇祓いたちに、レオと対外的には名乗っているレギュラスは、うなずいた。

 

 「僕のけがは大したことではありませんが、事情の説明が必要でしょう。異論はありません」

 

 ここでレギュラスは軽く周囲に目を走らせてから、つぶやいた。

 

 「・・・ホグワーツだったんですね」

 

 「ここがどこかわからなかったと?」

 

 「気が付けば、あそこに押し込められてまして。

 後で説明しますよ」

 

 小さく部屋を振り返ってからそうつぶやくレギュラスの肩越しに、闇祓いの一人が先ほどまで閉ざされていた部屋をのぞき込む。

 

 部屋の中は外に比べて暗く、よくわからない。

 

 それに、なんだか臭い。

 

 先ほどとは違う種類の臭さだ。なんといえばいいのだろうか。

 

 先ほどまでしていた臭さは、腋臭とか動物臭とか、どっちかといえば生き物じみた臭さだった。だが、これは種類が違った。なんというか・・・そう、腐臭や死臭などの、生き物として拒否したくなるタイプの臭いだ。

 

 ひとまずは、中から出てきた二人の保護。それが終わったら、部屋の中も改めて調べる必要がある。そこにいるだろう、バーテミウス=クラウチJr.の捜索が必要だ。

 

 こみあげる吐き気を誤魔化すようにローブの袖で鼻と口をいったん覆ってから、彼はすでに医務室に向かった他の面々を追った。

 

 開かれたこの場所は、残っているほかのメンバーに任せるのも忘れずに。

 

 

 

 

 

 その後のことは、端的に記そう。

 

 まず、医務室に運ばれたマッド・アイ=ムーディであるが、無事一命をとりとめた。

 

 失血からの貧血状態であり、さらにはかなり痛めつけられてひどく錯乱。気が付くやベッドの上でひどく暴れられたほどだった。

 

 闇祓いを引退したあたりから誇大妄想的な過剰自衛に陥っていたが、今や彼はそれをさらに悪化させて過剰自衛からの攻撃癖にまで発露させていた。杖があったら、癒師(ヒーラー)だろうが闇祓いだろうが魔法大臣だろうが有無を言わさず呪いの餌食にしていたことだろう。

 

 杖を取り上げて聖マンゴの一室に監禁状態の療養をさせているが、まったく落ち着く気配がない。

 

 レオ=ノワールことレギュラスの話では、おそらくバーテミウス=クラウチJr.に拉致され、痛めつけられた挙句殺されるところだったのだろう。

 

 特に痛々しいのが太ももに刻まれた“14121”の数字だ。いまだにクラウチJr.が何がしたくてそんな数字を刻んでいたかは定かではないが、殺されそうになった方からしてみればたまったものではない。

 

 一部のものは、レギュラスがクラウチJr.と共犯だったのを土壇場で裏切ったのでは?という猜疑の声を上げた(レオの正体を知り、かつ彼の学生時代の交友関係を知っていればそう考えても無理はない)が、クラウチJr.の闇の帝王への狂信ぶりを知る者はそれはないだろうと反論したので、事なきを得た。

 

 レギュラスはすでに“闇の印”を消し、闇の帝王とは手を切る格好になってしまっている。それを狂信者クラウチJr.が許すのか、という話だ。

 

 さて、肝心なクラウチJr.はどこにいるかと言えば。

 

 例のレギュラスが閉じ込められていた部屋の奥に闇祓いたちが調査のために立ち入ったところ、それが見つかった。

 

 その部屋の奥は探知魔法で探った結果、奥にもう一つ部屋があることが判明。

 

 粉砕呪文(レダクト)で壁を破壊して侵入した闇祓いたちは息をのんだ。

 

 死臭のような変な臭いがすると前記したが、その発生源はここだった。そして、正しくその臭いは死臭だった。

 

 明かりのないその部屋は真っ暗だった。闇祓いたちの光源魔法に照らし出されたのは、おぞましいとしか言えない光景だった。

 

 部屋の片隅にある、赤いハードカバーの本と白い香油、黒曜石製らしいゴブレットはまだ理解できる。何らかの魔術儀式をしようとしていたのではないか?と推測できる。

 

 だが、いかんせん部屋の真ん中を占拠している物体が異常すぎた。

 

 天井に吊り下げられたいくつもの布袋からは、音もなく血がしたたり落ちていた。

 

 その先にあるのは、古びたバスタブだった。

 

 なみなみと湛えられているのは、お湯などではなく、黒ずんだ血液だった。そこに湯あみするように身を沈めるのは、男が一人。

 

 見開かれた目に生気はない。半開きの口の中は乾ききり、掻っ捌かれた腹部からあふれた血は、上の布袋からしたたる血と混ざり合い、むき出しの臓物をねっとりと浸していた。

 

 言わずもがな、バーテミウス=クラウチJr.。その亡骸であった。

 

 たまらず何人かが吐き気を覚えて、その場を抜け出す。

 

 すさまじいまでの血臭と腐敗臭、それらが混ざり合った死臭に、思わずローブの裾で鼻を覆う者もいた。そうでなくても、あまりの凄惨さにまともに直視できるものはほとんどいなかった。

 

 なんだこれは。こんなおぞましい・・・猟奇的という言葉では片付かないほどの冒涜的な光景、闇の魔術について知識ある闇祓いたちでも見たことも聞いたこともなかった。

 

 ただ一つ、わかったことはあった。

 

 これは、このまま放置するわけにはいかない、ということは。

 

 だがしかし。しかしだ。

 

 このグロテスクでおぞましいものを、これから事細かに調べて片付けなければならないのだ。

 

 闇祓いたちはメンタルに多大なる犠牲を強いることを、ここに覚悟した。

 

 

 

 

 

 回収されたバーティ=クラウチJr.の亡骸(なぜか左手首がなかった)は、“悪霊の火”で完全滅却することが有無を言わずに決定した。

 

 現在進行形で、彼がいかなる魔術儀式を企てようとしていたか解析が進められている(レギュラスことレオの証言も加えて)が、その全容はいまだに明らかになっていない。どうも、既存の魔術体系にはない・・・国外、あるいはもっと古い体系の魔術儀式らしいのだ。

 

 それがいかなる目的のもとになされたのかはともかく、途中経過が明らかに尋常ではない。血液や心臓といった、強い魔力を宿すがゆえに、強烈な魔法契約や儀式の媒体に用いられるものを、ああも大量に用いるなど。

 

 いずれにせよ、それらを用いていた、あるいは利用されていたか、その一環であるためにクラウチJr.の遺体は魔法使い伝統の棺に納められて土葬ということは許されず、“悪霊の火”で灰にされ、その灰も小分けにされて別々の場所で消失呪文(エバネスコ)で消されることになった。やりすぎに思われるかもしれないが、一部の魔術儀式の媒体などは、そのくらいしなければ儀式の進行を止められなかったり、余波で呪いを拡散したりすることがあるのだ。やりすぎるくらいでちょうどいいくらいだ。

 

 クラウチJr.の葬儀は、ようやく正気を取り戻したクラウチ氏が真っ向拒否、絶縁を宣言してしまったため、宙ぶらりん――無縁仏のごとく捨て置かれると思われた。

 

 そこに待ったをかけたのが、レオ=ノワールだった。

 

 亡きレギュラス=ブラックと親交があったため、彼からクラウチJr.のことを聞いていたという(ことにした)レオは、彼の埋葬人を引き受け、異界を脱出してからその魔力を失わせた彼の杖のみを棺に納め、ブラック家ゆかりの墓所にひっそりと弔った。

 

 そうして、クラウチJr.の脱獄補助をしたクラウチ氏の刑罰に対しても、レオはしれっと言い放った。

 

 「今、魔法省は人員不足が深刻ですし、罰金だけで済ませてそのまま仕事を続けさせては?

 え?給料?休日?いらないでしょう?奥様の遺言や息子さんよりも仕事が大事なんですから。

 よかったですね。これからは死ぬまで無休で大好きな仕事ができますよ」

 

 温和な彼を見ることが多かった魔法省職員や純血貴族たちは、思い出した。

 

 ああ、彼もまごうことなくブラックの血族だった。その彼を怒らせたのだから、当然の結果でもあった。

 

 そう。レオ=ノワールことレギュラス=ブラックは怒っていた。去年、実兄がホグワーツでやらかした時は怒りよりもむしろ、申し訳なさの方が先立っていたが、今回の件に関して彼は激怒していた。

 

 そもそも、クラウチ氏がクラウチJr.をもっとしっかり見ておけばあんな惨事は起きなかったかもしれない。百歩譲って脱獄までは許容できても、その後のやり方が完全にまずい。奥方の遺言すら無視し、自分の都合しか優先していないのだ。できないならやるな。バーティには気の毒であろうが、レギュラスは内心でそう思ってすらいた。

 

 例の数字を刻まれた連続殺人事件の犠牲者たちだって、直接手をかけたのはバーティだが、クラウチ氏がバーティをもっとしっかり見ておけば、あるいは奥方の遺言を守るようにしておけば、あるいは死なずに済んだかもしれない。(もっとも、どうもバーティは彼の邪神の腹心たるバルティエルに魅入られていたようで、その程度で止まれたか怪しいところなのだが)

 

 ともあれ、そういう理由でレギュラスはクラウチ氏に激怒していた。下手にアズカバンに放り込むよりも(あれは絶対バーティに対して申し訳なさを感じていないだろう)、過労死させた方が溜飲が下がるというものだ。クラウチ氏本人は満足するだけで終わるかもしれないが、必要最低限の生活以外の福利厚生は一切保証させるつもりは(少なくともレギュラスには)ない。

 

 クラウチ氏がどうなったかは・・・レオの要望が通ったということだけを明記しておく。

 

 

 

 

 

 また、クラウチJr.の遺体回収に伴い、ホグワーツに出されていた厳戒態勢はひとまず解除となった。

 

 いまだに調査のために何人かの闇祓いと魔法省の職員が駐在、例の部屋の周囲は相変わらず立ち入り禁止であるものの、どうにか平穏な日常に戻りつつあった。

 

 

 

 

 

 さて、真白の雪化粧に覆われたホグワーツである。クリスマスは目前であった。

 

 今年のハリーJr.達学生組は、珍しくホグワーツへの滞在をきめていた。というのも。

 

 空き教室を貸し切って行われるマナー講座において、ダンス実習があり、今年のクリスマスパーティは、大広間でその実技発表をするのだ。

 

 もちろん参加は自由だが、せっかくだから参加しようとなったのだ。

 

 「あいたっ!」

 

 「あっ、ごめんなさい!」

 

 思わず顔をしかめたハリーJr.に、パートナー役を務めていたアステリアが慌てて謝る。ダンスの練習中のことだった。

 

 体を動かすのが得意なハリーJr.はダンスの振り付け自体は問題なかったのだが、社交ダンスとなると男女のペアを組むことが不可欠で、相手と息を合わせることが求められる。それには慣れておらず、うっかりアステリアに足を踏まれてしまったのだ。

 

 ついでに、ダンスにおける暗黙のルール(特定の曲目で踊ることは婚約者あるいは夫婦であるということを意味する、ダンスの参加順序は貴族間や職場社会でのパワーバランスに準じており、高位のものはファーストやセカンドを踊ることが多いなど)も覚えなければならなかった。

 

 「大丈夫だよ。なかなか慣れなくてごめんね」

 

 「そんなことないです。私のわがままで一緒に踊っていただいてるんですから・・・」

 

 にこりと笑っていったハリーJr.に、アステリアは頬を染めてうつむいた。つなげられている手が熱い気がするのは、きっと彼女の錯覚だ。

 

 むしろ、緊張でステップを間違えたのは、アステリアの方だというのに。

 

 実際、アステリアはまだマナー講座の参加資格(4年生以上であること)はない。だが、スリザリンの純血貴族で、実家でダンスの練習をしていたため指導役と足りないパートナー役を兼ねてダンス練習のみ参加となっているのだ。

 

 姉のダフネはアステリアに、変なことされそうになったらすぐに魔法で吹き飛ばすのよ?!と言い聞かせてきたし、今も教室の片隅でにらみを利かせていたが、アステリアはそんなこと気にならないくらい舞い上がっていた。

 

 やがて、ダンスの練習が終わる。

 

 空き教室はそんなに広くないので、一度にみんなということはできず、何組かのペアが順番に練習をすることになるのだ。

 

 アステリアとハリーJr.を含む何組かのペアが壁際により、また別のペアが出てきて、音楽がかかると踊り始める。先ほどまではゆったりしたワルツであったが、今度は少し曲調が速い。ハリーJr.たちのような慣れないものではない、ある程度上達した者たちの練習のためだ。

 

 アステリアは気が付いている。

 

 ハリーJr.の視線が、今まさに踊っているとある女生徒に向けられているのを。

 

 よく一緒に行動するハーマイオニー=グレンジャーにではない。レイブンクローのクィディッチチームのシーカーを務める、アジア系の女生徒チョウ=チャンだ。

 

 一部の生徒はイエローモンキーなどと馬鹿にしているが、彼女は確かに華があって美しい生徒だ。地味で病弱なアステリアとは大違いだ。

 

 そのチョウ=チャンが今一緒に踊っているのは、ハッフルパフのクィディッチチームシーカーであるセドリック=ディゴリーだ。

 

 ディゴリーは確かに、ハンサムでだれにでも優しく公正だ。スリザリンの学生にも、よくしてくれている。

 

 そんな二人が並び立てば、完成された一枚絵のようになる。誰かがほうっとため息をついていたが、当たり前だろう。

 

 音楽を邪魔しないように、アステリアはこっそりハリーJr.に話しかけた。

 

 「あの、ハリーはパーティーのダンス実習でどなたを誘うか決まっていますか?」

 

 最初は、アステリアもMr.メイソンと呼んだのだが、ハリーでいいよ、と言われたので、それ以降はお言葉に甘えてハリーと呼ばせてもらっている。

 

 「え?あー・・・その・・・まだ決まってなくってさ。

 ハーマイオニーはもう決まったっていうしね・・・難しいね・・・」

 

 きまり悪そうに苦笑するハリーJr.に、アステリアはチャンスだ、と内心でぐっとこぶしを握り締める。

 

 この前、図書館で勉強に誘うときも一生分の勇気を振り絞ったが、今度はその比ではないぐらい緊張している。声もそれにつられて上ずってしまった。

 

 「あ、あの、もし、よろしければ」

 

 「じゃあ、私と組んでみない?」

 

 「メイソン、私とも踊って!」

 

 アステリアを押しのけて、ほかのスリザリンの女生徒たちが、音楽を邪魔しないくらいの声量ながら、一斉にハリーJr.に話しかける。

 

 ハリーJr.は血筋は確かに半純血ではある(アメリカの出身だという)。だが、マルフォイの跡継ぎとも親友であり、3年時点で守護霊呪文を使いこなす凄腕の魔法使いである。クィディッチでも花形ポジションのシーカーを務めて成績も悪くなく、優良株であるといえる。マルフォイとつながりを持ちたい純血貴族の女生徒たち(聖28家以外の魔法界では下位に位置する家柄や、新興の中流家系など)は、将を射んと欲すればまずは馬を射よとばかりに、ハリーJr.とつながりを持ちたがるのは当然と言えた。

 

 だが、ここはマナー講座のダンス練習中の教室である。

 

 じろりとほかの生徒たちからにらまれ、えへんっと咳払いされたのを合図に、はっと我に返った彼女たちはそそくさと姿勢を正す。「考えておいてね」と一言添えるのも忘れない。

 

 アステリアは出遅れた、と肩を落とすが、すぐに姿勢を正す。まだチャンスはあるはず。この練習が終わってから、ちゃんと誘おう!

 

 

 

 

 

続く

 




【アステリア=グリーングラスの杖】

 アステリア=グリーングラスが愛用する、長さ24センチの杖。

 ドラゴンの心臓の琴線に、ナナカマドが用いられている。

 グリーングラス家は、純血貴族間においては長く中立を保っていた。

 頭脳明晰で心優しいものを好むナナカマドは、闇の魔法使いを好まない。

 ゆえに、アステリアを使い手として見出したのだ。





 気が付けばアステリアちゃんが語ってた。ハリーJr.の恋模様をやりたかっただけなのに。なんでや。

 アステリアちゃんの人柄知らない(純血主義なのは確からしいけど、ハリーJr.にホの字ならあまり強調するのもなあ)から、おもっくそ捏造した。スマヌとしか。





 次回の投稿予定は未定です。

 内容については、ホグワーツにお帰りなさい!セブルスさん!

 クリスマスパーティー?やりますよもちろん!

 え?異世界にいただろう、帝王様とネズミの汚っさん?さあ?どうなったでしょう?(ヒント:楽章タイトル)そろそろ忘れられてそうなうっちゃらかしにしてたディゴリー君を添えて。

 お楽しみに!


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【13】セブルス=スネイプの謹慎明け

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 コメントもありがとうございました。おかえりなさいといってくださって、感謝の極みです。(そんなこと言われるほど放置するなという話でもありますが)皆様の優しさがとっても嬉しい・・・!

 Q.投稿ペースがえらい早いけど大丈夫?週一ペースに戻せそう?

 A.馬鹿言っちゃいけませんぜ、旦那(誰?)。今は余裕があって勢いもあるから、鉄は熱いうちに叩けているだけですもの。できないことは言わない主義ですのでね。

 というわけで続きです。

 Q.薩摩ホグワーツは参戦しますか?

 A.レガシーはやってないからそれが何なのかがそもそもわかんにゃい。それが欲しい人は自分で書きましょうね!私も、(ブラボ狩人スネイプ先生を)書いてるんだからさ!


 

 きれいに飾りつけされたクリスマスツリーがキラキラ輝く大広間。

 

 ホグワーツのクリスマスパーティーだ。食事用長テーブルはよせられて、ダンスのスペースが確保されたそこは、今年はホグワーツの制服ローブの黒ではなく、色とりどりのドレスローブとドレスが行きかっている。

 

 ハリーJr.は、黒地にエメラルドグリーンのアクセントが入ったドレスローブをまとっていた。これは、ダンス実習をするとなった時、自分用に一着持っておいた方がいい、と休日にスラグホーンを引率に他の生徒たちと訪れたマダム・マルキンの店であつらえてもらったものだ。(貸衣装屋とかないの?というハリーJr.の質問に、あるにはあるけど生徒が大勢でいっぺんに押し掛けるわけにはいかないし、貸衣装屋は成人した魔法使いでないと利用できない、とスラグホーンが説明してくれた)

 

 貴公子然としたドラコと並ぶと馬子にも衣裳感がするな、とハリーJr.自身は思っていたが、そのうち慣れるだろうとも思った。

 

 癖のある黒髪(正史と比べるとだいぶマシ)の矯正も考えないでもなかったが、下手にいじると残念なことになりそうだったので、櫛で梳いて軽くスタイリング剤でまとめる程度にしていた。

 

 ・・・なお、彼は正史と違って虐待されておらず、幼少の成長に必要な栄養が十分とれていたため、血縁上の父親と並ぶくらいに背が高い。14歳なので、まだ伸びしろもあったりする。

 

 ゆえにドレスローブも、学生用のあとでサイズの手直しできるようなものにされていたりする。

 

 ちらっとハリーJr.は懐中時計(ドレスローブに合わせた小物をそろえる時に一緒に用意した)を取り出してみる。マグルの腕時計はドレスローブには不似合いだからつけてこないように、と言い渡されていたためだ。

 

 「お待たせしました」

 

 アステリアが淡い若草色のドレスに編み込んだ黒髪を揺らしながらやってきた。白いかんばせには薄化粧が施されている。ふわりとかすかに香るのは香水だろうか。

 

 アステリアは見事、ハリーJr.のパートナー役の座を射止めたのだ。

 

 誘ってきた他の女子生徒たちに対し、ハリーJr.自身が、それまで話したこともなかったり、低学年のころに陰口叩かれたりしてた相手だと知っていたので、やんわりと断りを入れてアステリアの申し出を受け入れてくれたのだ。

 

 「きれいなドレスだね。よく似合ってるよ」

 

 「ありがとうございます」

 

 家で父が出版社関係のパーティーに行く前に母に言ってたことを思い出しながら言ったハリーJr.(鈍感なので特に深く考えていない)に、アステリアは嬉しそうに口元を緩めた。

 

 

 

 

 

 正史であれば、この時期は三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の真っただ中であり、イレギュラーで代表選手の座に選出されてしまったハリー=ポッターのパートナーを務めたがる奇特な者はおらず、ハリー少年本人も乗り気でなかったのだが、この世界線ではいろいろ異なるわけで。

 

 そもそも、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)が行われていないので、ボーバトンやダームストラングの他の魔法学校生が参加していないため、ペア自体かなり異なっているのだ。

 

 

 

 

 

 ちなみに、ドラコはパンジーの押しの強さに根負けしてしまい、やむなく承諾。今回は彼女をパートナーにしている。

 

 ハーマイオニーは、グリフィンドールの監督生と踊ることとなった。(正史であればダームストラング生のヴィクトール=クラムに誘われるのだが)

 

 ネビルはといえば、双子のパチル姉妹の片割れとなるパーバティと組むことになった。

 

 ロナルドはドレスアップしたハーマイオニーの美しさに見とれつつも、ダンス実習に参加しない生徒たちがいるグリフィンドール寮の談話室(こちらでも小規模のパーティーが行われている)に向かった。彼とて出来れば参加したかったのだが、実家から送られてきたドレスローブ(栗色のフリル付き)のあまりのみっともなさに、断念を選んだのだ。

 

 ・・・繰り返すようだが、今回のダンスパーティーはあくまでマナー講座の実習的な側面が強く、講座に参加していない学生はもちろん、参加していても無理に出る必要はない。このダンスパーティーは元々隔年――数年ごとに実施となり、卒業までに1回でも参加できたらいいぐらいの感覚であるのだ。(卒業後の本格的参加の前の練習や、空気感を学んでおくようなものだ)

 

 参加資格のあるのは4年生以上ということで、3年生未満の学生はパートナー申請があったならともかく、自主参加することはない。

 

 ・・・つまり、誘われてしまったら3年以下の低学年でも参加は可能である。

 

 ジネブラ=ウィーズリーは、シェーマス=フィネガンとジャスティン=フィンチ=フレッチリーの両名に誘われていたのをうっかりそのままにしてダブルブッキングを起こしていたのは、さらなる余談である。

 

 

 

 

 

 ファーストダンスは、スリザリンの上級生やマナー講座では指導役となる純血貴族たちから。さすがというべきか、華麗なステップを披露して見せる。翻るドレスやローブの裾が美しい。

 

 ドラコはすでに実家でマナーを修めていたためか講座では指導役となっており、このためファーストダンスをも踊ることになっていたが、完璧なステップを見せた。

 

 パートナー役となっているパンジーも自信たっぷりな笑みを崩さず、それについて行っている。

 

 ああいうところを見ると、口だけじゃなくてさすがだな、とハリーJr.は思う。

 

 実は、入学直後、ハリーJr.は純血のマルフォイのそばをちょろちょろするマグル育ちの半純血と、にらまれたのだ。

 

 パンジー=パーキンソンはそういった連中の主に女子生徒の筆頭で、マルフォイの品位が下がると、ぶちぶちとドラコがいないところで嫌味や文句を言ってきたりしたのだ。

 

 もっとも、その後ハリーJr.の言動を見て、ボディーガードとしてなら・・・と不承不承友人づきあいを認めたようなのだが。

 

 口先だけではない、実力を伴うからこその言動がある。ドラコも、パンジーも、純血貴族だからこそ、がんばっているんだな、とハリーJr.は思う。

 

 ・・・ハリーJr.は知らない。うっかり、彼が「ドラコは貴族だからって時々偉そうにしてるけど、頑張ってそれに相応しいようにしてるんだから。偉ぶりたいなら頑張って当然じゃないか。みんなの見本みたいなものなんでしょ?」とポロッとこぼしたことが、ほかの純血貴族たちの耳に入ったことなど。

 

 みんなの見本。だから偉ぶって当然だし、それに見合う努力をする。さて、目からうろこが落ちたのは、どのくらいいただろうか。少なくとも、パンジーはその一人であったということだ。

 

 もちろん、今でも純血主義は重んじている。ただ、だからこそ勉強や魔法の修練を積んでいる。魔法界の頂点に立つ、魔法使いたちの見本となる純血貴族らしく。

 

 さて、その後は、高学年から順々に決められた順序でダンスを披露する。

 

 「ファーストダンスお疲れ様」

 

 「ふん。たいしたことじゃない」

 

 笑いながらハリーJr.が差し出したゴブレットを受け取り、中のジュースに口づけるドラコ。

 

 その視線が、セカンドダンスに向かったグリフィンドール監督生とハーマイオニーのペアに向けられる。

 

 「ハーマイオニー、すごくきれいになったよね」

 

 「・・・馬子にも衣裳だな」

 

 話しかけたハリーJr.に、ドラコが答えたが、その言葉はいつもよりも覇気が少ない。

 

 ハーマイオニーは桃色のドレスをまとい、いつもの癖っ毛はスリーク・イージーの直毛薬(実はハリーJr.の祖父にあたるフリーモント=ポッター氏の発明品)で抑えてポニーテールにし、化粧をしている彼女は実に美しかった。(併せて出っ歯気味であったのを、自ら魔法で矯正したらしい)

 

 だから、さっさと誘えばよかったのに、とハリーJr.は少し思ったが、いまさらである。

 

 「あ、もちろんパンジーもすごくきれいだったよ!」

 

 「とってつけたように言ってるんじゃないわよ!覚えてらっしゃい!」

 

 わきで睨まれているのに気が付いたハリーJr.が慌てたように言ったが、パンジーはジト目をそのままにうなるように言った。

 

 「う・・・ごめん・・・そんなつもりはなくて・・・」

 

 「そろそろだぞ。行ってこい」

 

 「うん。あとでね」

 

 「パーキンソン、あとでラストダンスを踊ってやる。

 ・・・別に、お前がきれいじゃないなんて言ってない」

 

 「ドラコ・・・!」

 

 ドラコになだめられたパンジーが目を潤ませる。

 

 そんな二人をよそに、ハリーJr.はアステリアの手を引いて大広間の前に進み出る。

 

 ハリーJr.たち4年生たちの出番はかなり後の方だが、それでもその時は緊張した。

 

 「ハリー、笑顔です。ダンスは表情も見せるんですよ」

 

 「ご、ごめん。緊張しちゃって」

 

 「わかります。私も緊張していますから」

 

 こわばった表情のハリーJr.に、アステリアが笑いながら答えた。もちろん、ゆったりしたワルツに合わせて踊りながら。

 

 その様子をアステリアの姉になるダフネがじーっとにらみつけるように見ていた。

 

 マルフォイとつながりを持つなら、確かにハリーJr.はいいかもしれない。アメリカ出身ということで血筋がはっきりしないのがマイナスではあるが、本人曰く半純血ということらしいし。(純血ではないが、マグル生まれよりはマシだ)

 

 このまま闇祓いに就職できれば、さらによし。

 

 性格的にも悪くない。軟弱者に見えて、やるときはやるというのは去年の吸魂鬼騒動が何より証明している。

 

 だが、ダフネは気に入らない。かわいい妹を、ポッと出のマグル育ちに渡すなど!少しでも妹を傷つけて見ろ、生きてることを後悔したくなるようにしてやる!と、彼女はハリーJr.をにらみつけていた。

 

 ・・・まあ、卒業まで、妹を泣かさずに支えてくれたなら、その後の付き合いも、考えなくもない。

 

 妹が頬を染め、ハリーJr.も穏やかにダンスを踊っているのを見ながら、ダフネは内心で一人、そうごちた。

 

 

 

 

 

 さて、クリスマス休暇明けのホグワーツである。

 

 朝食の席で、姿を現した黒一色の男に、まず今年入学した1年生たちがいぶかしげな顔をし、続き去年の衝撃が最も大きいであろう2年生たちが顔を引きつらせる。

 

 それでも、スリザリンの学生たちはいっせいにほっとしたような顔を見せていた。

 

 纏ったインバネスコート。首の後ろで束ねた黒髪。やや鉤鼻ながらも影のある整った顔立ちの男。

 

 傍らにたたずむのは、ボンネットをかぶりショールをまとった白皙の美女人形だ。

 

 「本日から復帰することになった、セブルス=スネイプ教授だ!私に替わって魔法薬学とスリザリンの寮監を担当する!

 こちらにいるのはメアリーだ!スネイプ教授の補佐と、スリザリンの寮母を務めてくれることになる!

 みんな、二人と仲良くしてくれたまえ!」

 

 スラグホーンの紹介に合わせて、セブルスは狩人の一礼を、メアリーはぺこりと頭を下げてみせる。

 

 ほっと表情をほころばせているのはハリーJr.のみならず、ネビルもそうだとロナルドも気が付いた。

 

 クリスマス前に出版されたザ・クィブラー(信憑性の低い幻の動物などの特集をしている三流雑誌扱いを受けている雑誌)で特集されたセブルス=スネイプ教授に対する弁護・反論記事のおかげもあり、反発は低そうだ。

 

 余談になるが、あの記事を載せた雑誌だけは、ほかの雑誌と違いバカ売れした。バックナンバーがないか問い合わせも来るくらいだった、と編集長の娘となるルーナ=ラブグッドは語る。

 

 それにしても。

 

 朝食をとりながら、ハリーJr.は改めてセブルスを見やった。

 

 なんだか、おじさん、かっこよくなった気がする。何がどう変わったというわけではない。だが、なんというか、目が惹きつけられるというか。

 

 謹慎中に何かあったのだろうか?新しい魔法薬を作って、その実験をしたからとか?

 

 いや、何か根本的なものが違う気がする。

 

 何かあったのかな?よくわからないが、元気そうにはしてるみたいだし、また折を見て会いに行こう。

 

 ハリーJr.は首をかしげたが、一つうなずいてそう決めた。

 

 

 

 

 

 さて、今年のクィディッチであるが、実はスリザリン寮の戦績はあまり芳しくなかった。(クラウチJr.潜伏の報を受けて中止になったが、死体発見によって無事再開となったのだ)

 

 去年キャプテンを務めたフリントが卒業したというのもあるのだが、セドリック=ディゴリー率いるハッフルパフ寮が目覚ましい勢いで活躍しているためだ。

 

 今年こそ、ハッフルパフが優勝する!と言わんばかりの猛攻で、それまで他の追随を許さなかったハリーJr.は、ついにディゴリーにスニッチを奪われてしまったのだ。

 

 ホグワーツそのものの方針転換もあって、スリザリン寮でもラフプレーは控えようとなっていた矢先のことだった。

 

 ハリーJr.本人はもちろん落ち込んだが、それよりも他寮で「やはりスリザリンはラフプレーしないと勝てないんだ」という見方が出てしまうのは必然ともいえた。・・・それまでラフプレーしまくっていたスリザリンの自業自得と言えばそれまでなのだろうが。偏見を払しょくするのはだいぶ先の話になりそうだ。

 

 そんなハリーJr.はさらに練習には打ち込んでいたが、気になることがあった。

 

 彼だからこそ気が付いた、ともいえるかもしれない。

 

 セドリック=ディゴリーの様子がおかしい。

 

 どこか上の空で、顔色が悪い気がするのだ。はた目には普段通りのさわやかな好青年という感じではある。

 

 方針転換したスリザリンのクィディッチチームとの試合後も、馬鹿にすることなく「いい試合だったよ」と笑いかけてきて、他のチームメイトの悪口をたしなめるほどなのだ。

 

 ハリーJr.はひそかにセドリックに対して、劣等感を覚えている。

 

 それは、試合で初めてスニッチを奪われたというのもあるし、おそらく初恋の相手になるだろうレイブンクローのシーカー、チョウ=チャンと付き合っているのもあるからだ。

 

 

 

 

 

 セドリック=ディゴリーとチョウ=チャンが付き合っているのを、ハリーJr.が知ったのは偶然だ。

 

 校庭の木陰でこっそりキスしてたのを見かけてしまったのだ。

 

 クィディッチの試合で初めて対戦して、それからどうにも気になって彼女を目で追ってしまっていたハリーJr.はそこではっきりと自覚した。一目ぼれしていたこと、それから、失恋というものを。

 

 なお、ドラコは親友の恋に即座に気が付いたらしいが、有色人種として差別されまくっている(イエローモンキー、チャイナに帰れ、など)チョウと親しくなると、さらにトラブルを抱え込む可能性があると、あえて何も言わなかったらしい。

 

 美男美女で成績優秀なベストカップルだよね、と寂しそうに笑いながら言ったハリーJr.に、ドラコは実家から送られた菓子をいつもより多く分けてやった。「ほかにもいい女性はいるだろう。別にチャンにこだわる必要はないだろう」と、幾分か普段よりやんわりと言いながら。

 

 ・・・ついでに言えば、実家のコネクションの関係でグリーングラス家とのパイプを持った方が有用だと判断したドラコは、アステリアの恋をひそかに応援している(ダンスのパートナーに推薦したのはドラコだ)。姉のダフネににらまれているが、それで親友の失恋が癒されて利益につながるなら、どうということはない。

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 ともかく、恋のライバル(というには一方的だが)であるディゴリーについて、ハリーJr.は他の学生よりも、無意識によく見ていたらしい。

 

 様子がおかしいな、とうすうす思っていた。

 

 けど、卒業も間近の魔法使いで成人済み(魔法界では17歳で成人扱いされる)なのだ。まして、成績優秀で人格もパーフェクトのディゴリーが、誰にも何も言わないというのも変だし。

 

 何より、ハリーJr.はスリザリン4年生、ディゴリーはハッフルパフ7年生なのだ。

 

 ・・・ハリーJr.が指摘しなくても、恋人のチョウがきっと気にかけていることだろう。(これを考えたハリーJr.はずしんと気分を重くした)

 

 ゆえに、ハリーJr.はそれを誰かに言ったことはなかった。

 

 のちに、盛大に後悔することなど、つゆ知らずに。

 

 

 

 

 

 ハリーJr.がそんな小さな異変を感じつつも、表面上は数字付き連続猟奇殺人事件も収束し、改革中のホグワーツは平穏な日常を取り戻していた。

 

 ・・・ここ数年の日々がまるで嘘のように、というのは言いすぎか。

 

 ともあれ、セブルスとメアリーの復帰に伴い、改めてスラグホーンは校長代理に専念することになった。

 

 肝心のセブルスは2年生(つまり去年のセブルスの凶行のインパクトが一番強い学年)には、初授業でだれにも目を合わせてもらえず震えられた。

 

 なお、実質初対面となる1年生のレイブンクロー生が「先生、日刊預言者新聞の記事に書かれてあったことって本当なんですか?」と好奇心で質問を投げたが、遠い目をしたセブルスに「ふむ。Mrs.ポッターとは幼馴染でな。一番見られたくないみっともないところを見られてしまった八つ当たりだったな。情けない限りだ。ちなみに、記事にはブラック一人がやったように書かれていたが、実際はジェームズ=ポッターとリーマス=ルーピン、ピーター=ペティグリューの4人がかりだったな。貴公らのご両親に確認してみればいい。4人がかりで一人にいろいろやってくれたのだ。いや、実に勇猛果敢とは彼らのための言葉ですな」とシレッと答えた。

 

 正史であれば激高して大量減点と罰則を科していただろうが、すでにシリウスはじめいたずら仕掛け人(マローダーズ)はどうでもいい扱いしていたセブルスは、多少の嫌味と授業に関係ない話を持ち出したとして1点の減点で済ませた。

 

 授業においてはそんな感じであったが、寮の方では歓迎姿勢がとられ、「お帰りなさい」と「またお願いします」と頭を下げられた。

 

 メアリーの方も同様に歓迎されたらしく、「寮の皆さんが、お帰りなさい、またお願いします、とお声がけしてくださいました」とどこか明るい調子の声でセブルスに教えてくれた。

 

 ちなみに、復帰したメアリーは新しいショール(色合いは同じ地味なものだが、チェック柄の幾分かかわいいもの)を羽織るようになった。フィルチからの復帰祝いのプレゼントらしいが、当のフィルチは「いつまでも同じ服ばかりで見苦しいからな」と吐き捨てながら渡していた。

 

 また、ウィーズリーの双子はセブルスの復帰と同時に早速やらかした。待ち伏せしていた彼らは、セブルスが廊下に出ると同時に、大鍋を大砲代わりにして巨大なクラッカーのように色とりどりの紙吹雪と紙テープをまき散らしたのだ。

 

 「「復帰おめでとうございます!教授!」」と声をシンクロさせる双子に、セブルスは減点をもって返礼とした。

 

 去年双子が口走ったセリフから、これ以上のメンシスの檻はまずそうだと判断したので、頭にかぶり物をするのは授業外でも禁ずると言い渡し、ショックを受ける双子にマグル式の鍋磨きを言い渡した。大変がっかりされたが、至極当然である。

 

 なお、後日双子は片手を直立させ、もう片方の手を水平にするいわゆる“交信”のポーズをとることを思いつき、実践。「頭が冴えるような気がする!」「脳の奥に何か芽生えそうな気がする!」と言いながら、自作のいたずらグッズ制作に精を出していた。

 

 ・・・セブルスは見ていなかったが、もはやこの二人は檻をかぶらなかろうが、セブルスが手を出さなくても、何かが芽生えているのかもしれない。

 

 とまあ、そんな感じで少なくともイースターの休暇明けまでは平穏に過ごせていたのだ。

 

 

 

 

 

 ぐったりと魔法薬学教授室の来客用ソファにもたれかかるのはハーマイオニーだ。

 

 セブルスは何事か言いかけたが、やがて口元を引き結んでティーカップを持ち上げる。

 

 閉心術の訓練を付けてほしい、と申し出てきたのはハーマイオニーの方からだった。

 

 去年、ハリー=メイソンJr.の出生事情を聞いた彼女は、夏休み開始と同時にハリーJr.を通じてリリーに相談して習得を決めたらしい。定期的にリリーに自宅に来てもらって習得訓練をしていたのだ。(メイソン宅は秘密の守り人の関係でハーマイオニーは立ち入れないため)

 

 すでにドラコは両親によって訓練を開始しており、出遅れたくない、と彼女は思ったのだ。

 

 魔法界での初めての友達のために。

 

 だが、やはり夏休み中での習得には至らず、続きはハリーJr.がそうしたようにホグワーツでセブルスに頼もうとハーマイオニーも決めていたのだ。

 

 セブルスの謹慎というアクシデントのせいでストップしたままだったが、復帰に伴いようやく再開できるようになったわけだ。

 

 「あの・・・」

 

 「・・・何か言ってほしいのかね?」

 

 「いいえ!」

 

 先ほど読まれてしまった記憶と心情に、息を整えて身を起こし顔を赤らめるハーマイオニーに、セブルスはぶぜんとしたままだ。

 

 思春期の子供の色恋沙汰に、何をどう言えというのか。セブルス本人はリリーへの執着と馬鹿ども4人組とのあれこれに青春の思い出は全ぶりされている(それ以上にヤーナム以降の血なまぐさい思い出が濃すぎる)ので、経験豊富というわけでもないし。

 

 加えて言えば、ハーマイオニーの意中の相手も、まんざらではなさそうだというのをセブルスが口にするのは無粋が過ぎるというものだ。

 

 「色恋沙汰は結構だが、学業も大事にしたまえ。

 貴公はレポートは満点以上だが、実技に甘い部分がある。

 素材の下処理をもっと丁寧にしたまえ。

 教科書を鵜吞みにするな。試行錯誤もまた魔法薬学には必要なことだ」

 

 「・・・はい」

 

 悔しげにうつむいて力なく答えたハーマイオニーに、セブルスは内心でまた言いすぎた、と苦虫をかみつぶしながら続けた。

 

 「Mr.メイソンに進呈した魔法薬学の書籍がある。初心者向けだが、材料下処理のコツについても書かれている。

 参考にしたまえ。

 それから、希望すれば調合の自主練習も行える」

 

 「! 本当ですか?!」

 

 「一部のスリザリン生やレイブンクロー生が、時々行っている。

 使用した材料と作成予定の薬についての申告を行うこと。ただし、身の丈に合わない薬の調合については物申させてもらう。

 もちろん、仕上がりによっては加点も行おう」

 

 加点、と聞いてハーマイオニーの目がキラキラ輝き始める。やる気が出たようだ。

 

 「では、そろそろ続きだ」

 

 「はい。お願いします」

 

 

 

 

 

 さて、それからしばらくしたとある休日のことだ。

 

 意気揚々と魔法薬学教授室を訪ねてきたのは、ハリーJr.とドラコ、ネビルとロナルドの4人組だった。

 

 珍しい組み合わせに、セブルスは軽く目を瞠った。

 

 何しろ、ドラコとロナルドの犬猿の仲は、セブルスも聞き及んでいるのだ。去年あたりから表立ってのいがみ合いはなくなったようだが、それで関係が完全に改善されたわけでもないだろう。

 

 大方、ハリーJr.とネビルがクッション役をしているというところか。

 

 「失礼します!魔法薬調合の自主練習をしたいんですが、教室を使わせてもらえませんか?」

 

 「かまわぬ。何を調合するのだね?」

 

 「頭冴え薬です。

 ・・・あの、調合のコツとかありませんか?」

 

 最後の方だけ恐る恐る尋ねてきたハリーJr.に、セブルスは冷たく言い放った。

 

 「板書を羊皮紙にとっておけば問題ないはずですがな?」

 

 「それはそのう・・・はい・・・。

 どうしても、色が暗くならないんだよね・・・」

 

 「ハリーはまだいいよ・・・僕のは緑色になるんだ。なんで?」

 

 がっくり肩を落として呻くハリーJr.に、ネビルも自身の調合の悲惨さを思い出して寂しそうにつぶやいた。(これでも大鍋を溶かさないだけだいぶマシである)

 

 ちなみに、口をつぐんだままだが、面白くなさそうな顔をしているロナルドの調合もうまい方とは言えず、以前授業でやった結果は紫色だった。

 

 「だから自主練習するんだろう。まあ、僕にとってもいい復習になるからな。さっさと終わらせるぞ」

 

 言いながら、ドラコはさっさと生徒用の材料棚に足を向けた。

 

 口ではひどいことを言うこともあるが、こうやって練習に付き合ってくれるのだから、ドラコも面倒見がいい方なのだ。

 

 ロナルドもまた、以前なら文句の一つも言っただろうに、ハリーJr.とネビル二人のとりなしもあってか、ぶぜんとしつつも了承して付き合ってくれている。

 

 ちなみに、ハーマイオニーがいないのは、彼女は別の科目の勉強をほかの女子生徒たちとやっているためだ。

 

 「材料の下処理について、もう一度見直したまえ。Mr.マルフォイ以外、全員おおざっぱすぎですな。

 刻み根生姜は、切り方に注意したまえ。

 アルマジロの胆汁は胆のうの一部などの不純物が混じっていることがある。そのあるなしでは仕上がりが大きく違ってくる。

 イモリの脾臓もそのまま加えず、一手間かけたまえ。

 あとは自分で考えるように」

 

 そして、板書しただろうと言いつつも、こうしてアドバイスしてくれるのだから、セブルスおじさん、もといスネイプ先生もやはり優しいのだ。

 

 ハリーJr.は急いで言われたことを羊皮紙にメモする。

 

 ネビルもまた教科書と、以前板書した羊皮紙を取り出しながらコクコクうなずいた。

 

 ロナルドはそれをしり目に、黙々と大鍋や秤などの器材の準備をする。

 

 そうして、教壇近くの椅子で監督しながら他の学生のレポートを採点するセブルスをしり目に、4人はあーでもないこーでもないと調合を始めた。

 

 「おい、根生姜はもっと細かく刻め。分厚すぎる。皮も剥け。そんなこともできないのか」

 

 「何だと?!」

 

 「ドラコ、言い過ぎだって。

 ウィーズリー、そのナイフ何とかした方がいいよ?さすがにその錆と刃毀れまみれなのじゃ、うまく切れないと思うな。今回は僕のを貸すから。

 ネビルネビル!ナイフの持ち方が怖いから!あと猫の手!素材を押さえる手はこう、猫みたいな手で!」

 

 一言多いドラコと、睨み返すロナルドの視線が火花を散らし、ハリーJr.がそれをたしなめようとするが、ネビルの危なっかしい手つきに悲鳴を上げる。

 

 「こ、こう?」

 

 「そうそう。ドラコ、僕のも切れたけど、どうかな?」

 

 「ふん。やればできるじゃないか」

 

 「やった!じゃ、はい。ウィーズリー」

 

 「ああ、ありがとう」

 

 ナイフを貸し出されたロナルドもまた、根生姜を刻み始めた。

 

 「それにしても、こういうのをやってると、いっそのことピーラーとかスライサーが欲しくなっちゃうな」

 

 「ピーラーとスライサーって何?」

 

 「ああ、マグルの調理器具だよ。

 ピーラーってのは、こう、手にもって野菜に滑らせると皮が剥けるんだ。手を切る心配もない、安全な器具だしね。

 スライサーってのは、こう、板に刃が付いてて、野菜を滑らせるとスライスされるんだよ。刃の形で輪切りになったり千切りになったりするんだ。こっちは気を付けないと手が切れちゃうけど」

 

 身振り手振りで説明するハリーJr.(授業外だからこそできる雑談である)に、純血魔法族3名はいまいちピンと来てない様子だった。

 

 ちなみに、ハリーJr.は実家で家事手伝いをしているので、調理器具などもそれなりに扱えるのだ。(母のリリーは魔女であろうと、姉のヘザーや父のハリーは魔法が使えないので、当然調理器具はいる)

 

 なお、ロナルドはマグルグッズ大好き父親の影響で、ひょっとしたら見たことはあったかもしれないが、実際の動かし方などを見ていないので、ピンと来ていないのだ。

 

 「それって、気電パルグとかはついてるの?」

 

 「ええっと、もしかして、電気プラグのこと?ピーラーとスライサーはなくても動くんだよ。大きなお店とか工場だったら、電気で動くやつもあるかもしれないけど」

 

 「へー」

 

 「なんでもいいが、手を動かせ。

 根生姜を刻むのが終わったら、次はアルマジロの胆汁だ。

 ボトルから計量するとき、ろ過してるか?」

 

 「「ろ過って何?」だ?」

 

 「ちゃんと教科書読んでるのか?!」

 

 「まあまあ。ろ過器は必須ってわけでもないから準備物に入ってなかったし。

 僕もこの調合で使った方がいいってのは初めて知ったから。

 スネイプ先生、時々こういう基本的なこと説明を抜かすよね」

 

 言いながらちらっとハリーJr.がセブルスに視線を向ける。当のセブルスは小さく鼻を鳴らしただけだ。

 

 基本用語は初級の教科書にも載っている、知らん方が悪い、と言わんばかりだ。

 

 「でも僕もそうだけど、ろ過器持ってないんだよね。どうすればいいかな?」

 

 「予備のクリスタル瓶はあるか?素材棚の端に、ガーゼがあるだろう。あれをこの口にかぶせて、そこに胆汁を流し込むんだ。

 一気に流し込むなよ。ちょっとずつだ」

 

 ドラコの指示に従い、作業を行うハリーJr.は、やがてクリスタル瓶の中にたまる胆汁が幾分かさらさらしていることに気が付いた。

 

 「おおっ!すごいね!ドラコ、よく気が付いたね!」

 

 「別に、大したことじゃない」

 

 つんとそっぽを向くドラコ。

 

 同じように作業するネビルとロナルドだが、クリスタル瓶に胆汁が徐々にたまっていく様子を見るロナルドはじれったそうだ。

 

 「あー、こういうちまちました作業、もっと何とかならないのかな?いっそのこと、不純物を消失呪文(エバネスコ)で消せないかな?」

 

 「駄目だよ、ロン。魔法薬学の最初の授業で、杖を使うのは禁止だって言われたじゃないか」

 

 「気持ちはわかるけど、それやったら胆汁が丸ごと消えそうだからやめといたほうがいいと思うな」

 

 ロナルドの言葉を、ネビルとハリーJr.が二人がかりで嗜める。

 

 などと学生がやっていると、教室の扉がノックされた。

 

 魔法薬学教授室の方には扉に『地下牢教室にいます。用がある方はそちらへどうぞ』という掛札をしてきたのだ。

 

 「入りたまえ」とセブルスが促すと、「失礼します」とは言ってきたのは、セドリック=ディゴリーだった。

 

 おや、とセブルスは軽く目を瞠る。

 

 すでにイースターの休暇も終わり、生徒たちは学年末に向けて猛勉強をしている。特に、OWL(フクロウ)を控えた5年生と、NEWT(イモリ)を控えた7年生は最後の追い込みに入っているといっていい。

 

 それは目の前のディゴリーも例外ではないはず。

 

 ディゴリーが授業外で魔法薬学教授室を訪ねてくることがないといえば嘘になる。

 

 面倒見のいいディゴリーは低学年の子の補習の送り迎えをすることもあれば、他の学生の自主練習に付き合うこともあるのだ。

 

 レポート提出のついでや授業の終わり際などに質問をしてくることもあり、やる気が伝わってきてセブルスもディゴリーは嫌いではない。(教師ならば誰だってやる気のある生徒の方が好ましく思えるはず)

 

 とはいえ、ディゴリーは魔法薬学に関しては大きな問題はないはず。ハーマイオニーほどとびぬけてはいないが、秀才の名に恥じぬ満点に近い成績を誇るのだ。就職に関しても父親と同じく魔法省に内定している(ハッフルパフ寮監のスプラウトが自慢していた)。

 

 そんな彼が、なぜスリザリン寮監にして魔法薬学教授であるセブルスのところに来たのだろうか?

 

 自分のところに来るぐらいなら、他の勉強をしていた方がいいのでは?

 

 少々怪訝に思いつつも、採点中のレポートをおいて立ち上がったセブルスのところに、ディゴリーが歩み寄ってきた。

 

 どこか顔色が悪いように見えるが、今の時期は追い込みの猛勉強で似たように疲れた顔をしている生徒はたくさんいるだろう、とセブルスは大して気にしなかった。

 

 「すみません、先生。この間提出したレポートなんですが、不備があったようで。訂正してきました。再提出させていただけないでしょうか」

 

 ぼそぼそと言いながら羊皮紙の束を差し出すディゴリーに、セブルスははて、とさらに眉を動かした。

 

 ハッフルパフ7年生に課したレポートなら今まさに採点しているところだ。まだディゴリーのものは見ていないが、今までディゴリーがレポートにおいてミスらしいミスなどしていたことは見たことがない。どうしたというのだろうか?

 

 怪訝に思うセブルスは、それでもディゴリーから羊皮紙の束を受け取ろうと手を伸ばした。

 

 直後のことだった。

 

 「すみません、先生」

 

 ひどく、申し訳なさそうな声で、ディゴリーが言った。

 

 何のことだ、とセブルスが問い返すより早く、ディゴリーは自身が右手に着けていた腕輪をセブルスに押し当てた。

 

 同時にぐにゃりとセブルスの視界がゆがむ。臍が内側に引っ張られるような独特の酩酊感。

 

 たたらを踏んで、セブルスは姿勢を正す。

 

 そこはもはや、ホグワーツの地下牢教室ではない。どんよりと曇った空、いくつも墓石が並ぶ、寂れた墓所。

 

 ポートキーによって、飛ばされたのだ。

 

 セブルスは振り返って、ディゴリーを問いただそうとした。

 

 だが、その時にはディゴリーが青ざめた顔で杖を振り上げたのが見えたため、急ぎ身をひるがえした。

 

 セブルスが先ほどまで立っていた場所に、失神呪文(ステューピファイ)の赤い火花が散る。

 

 「おとなしくしてください、先生・・・殺しはしませんから・・・!」

 

 「貴公、言ってることとやってることがめちゃくちゃではないかね?」

 

 震える手で杖を構える青ざめたディゴリーに、距離を取って身構えたセブルスは気が付くのが遅れた。

 

 背後に突然現れた影が放った、赤い閃光に背中から射抜かれた。

 

 吹き飛ばされたセブルスは、そのまま地面をバウンドして気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 続く

 




【錆びたナイフ】

 ロナルド=ウィーズリーが魔法薬調合に用いる、錆びて刃毀れしたナイフ。素材の下処理に用いるが、極めて切れ味が悪い。

 上の兄弟たちの手を渡ってきたお古の中のお古のナイフをロナルドは恥じたが、親友のネビルは笑わなかった。

 刃の研ぎ方を教えてくれたのはハリーJr.であり、研ぐのにも根気がいった。

 二人の友人のために、ロナルドはあまり興味のない魔法薬学の自主練習に参加したのだ。





 次回の投稿は・・・未来!(つまり未定ですね!)

 内容は、拉致されたセブルスさんと、復活の帝王様。やっとここまで来れました。大丈夫?リスキルされません?大丈夫、その前に演説が入りますから。
 ムービーシーンの狩人様は基本的におとなしくするものですよ!ええ!

 予想以上にサイレントヒル4 The Room編が長引いたからしょうがないね!


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【14】復活、闇の帝王

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 活動報告でも言いましたけど、感想欄で皆さん、帝王様復活失敗を予想されてて草。まあ、約束された未来ですもんね。

 というわけで、続きです。

 ぶっちゃけ今回は、前座みたいなもんですがね。


 

 次にセブルスが気が付いた時には、彼は動けなくなっていた。

 

 しりもちをつくような格好で座らされ、背中を適当な墓石に押さえつけられ、そのままロープで縛り付けられているらしい。腕は後ろ手に組まされている。

 

 口はふさがれてないが、ロープそのものに魔法封じがされているらしい。右の手甲に仕込んだ杖はそのままだが、無言呪文の解放呪文(エマンシパレ)がきかないのだから。

 

 セブルスが顔を上げると、ハアハアと息を荒げて震える男がこちらを見下ろしてきている。ちょうど、縛り終えたところだったらしい。タイミングが悪い。残念ながら、男は黒いローブにフードを深々と被っているので、顔は見えない。

 

 だが、その吐息に混じるかすかな声音は、確かに聞き覚えがあった。ペティグリューだ。

 

 「生きていたのかね。しぶといものだ」

 

 言いながらセブルスは少し視線を動かすと、少し離れたところで同様に墓石に縛り付けられてぐったりするディゴリーが見えた。どういう状況かさっぱりわからない。

 

 そのままペティグリューは踵を返す。・・・恩を仇で返すとは、よほど早死にしたいらしい。

 

 セブルスはそのまま周囲を見回す。セブルスからほど近い場所に落ちている赤ん坊ほどの布の塊は何やらもぞもぞとうごめいている。

 

 嗅ぎ覚えのある腐臭に、セブルスは軽く眉を動かした。なるほど、話が見えてきた。

 

 この墓地も見覚えがある。そうだ、リトルハングルトンの墓地だ。というか、位置的にセブルスが縛り付けられているのがトム=リドルの墓なのでは?

 

 今更だが、トム=リドルが住んでいたという館、通称リドルの館にはいまだに住民が一人いたらしい。ハリーが追加調査してきて判明したことだ。庭師のフランク=ブライスという男は、戦争で足を痛め、極度の人嫌いをこじらせているらしい。(加えてヴォルデモートの仕業と思われるトム=リドルSr.殺害の冤罪をかぶせられて、少し前まで服役していたらしい)

 

 無人のリドルの館の管理人をやっているらしいが、あの屋敷はヴォルデモートが身をひそめるには最適だから、巻き込まれて危害を加えられる可能性が高い、とマルフォイ家に頼んで記憶を消して別の場所に引っ越させた。今頃は、魔法使いが所有する(そうとは知らないだろうが)別の不動産の管理を行っていることだろう。

 

 それはともかく、続けて視線を滑らせると、セブルスの動きを監視するかのように、毒々しい大蛇が一匹、こちらを睨み据えていた。

 

 少しでもおかしな真似をしたら、どうなるかわかってるか?とでもいうかのように、大蛇はシュルシュルと地を這って、ぐったりしているディゴリーの太ももに頭を寄せ、口を開く。

 

 鋭い牙からは間違いなく毒が分泌しているのだろう、ポタリっと牙から垂れた緑がかった滴がディゴリーのズボンを濡らす。

 

 やむなくセブルスは体から力を抜いた。抵抗はしない、という無言のアピールだ。

 

 ゼイゼイというペティグリューの荒い呼吸音が戻ってきた。ずるずるという何かを引きずる音もする。

 

 首をひねってそちらを見やると、ペティグリューは巨大な石製の大鍋を押してきていた。膝を抱えた大人が楽々収まりそうなくらいには大きい。中には何やら液体がなみなみと満たされており、ペティグリューが押すたびに、ぴしゃぴしゃとこぼれている。

 

 大鍋を押して定位置においてから液体を入れろ、あるいは最初から(セブルスを来させる前に)定位置に用意しておけ、とセブルスは思った。ペティグリューは時々要領が悪い。

 

 そのまま大鍋の前に立ったペティグリューはごそごそと作業をしだす。鍋に火をつけ、煮立たせる。液体そのものが燃えているような、奇怪な光景だ。

 

 おそらく、あの液体もまた何らかの魔法薬なのだろう。気になる。

 

 ランランと目を輝かせて、食い入るようにセブルスは目の前の光景を眺めた。

 

 色と沸騰中の反応から、セブルスが知る魔法薬のいずれにも該当しない。おそらくは、オリジナル。どういうレシピで調合したのか、気になって仕方がない。

 

 ・・・自身の状況を棚上げして、そういうことに目を向けるあたり、セブルスもたいがい魔法薬馬鹿である。危機的状況?どうせ、死んでも夢としてやり直す程度だ。たいした問題はない。(メイソン一家始め友人たちが巻き込まれたなら目の色を変えるくせに、自身の問題になると途端に危機感が欠落する)

 

 そんなセブルスをよそに、布の塊から聞こえた冷たく甲高い声に促され、ペティグリューはその布から何かを引っ張り出して抱き上げた。

 

 それは、一言で言えば赤ん坊のようなものだった。だが、セブルスはあんなに醜い生き物は見たことがない、と思った。あれに比べればヤーナムをうろつく獣など数千倍かわいらしく思える。かわいらしさのあまりに殺して遺志を強奪したくなるくらいには。

 

 老いた赤子、ゴースの遺子?あれと比べるのはゴースの遺子に失礼だ。奴はどこかはかなく美しく、とてつもなく強かった。あれと比べるなどとんでもない!

 

 一瞬、ペティグリューは嫌悪感に満ちた顔をしたが、やむなく赤ん坊を大鍋に沈める。

 

 なるほど。そういうやり方か。

 

 一つ納得するセブルスをしり目に、続けてペティグリューはひぃひぃとすすり泣きながらも杖をふるって呪文らしき文言を詠唱しだす。

 

 父親の骨。その言葉にこたえるように、セブルスが縛り付けられる墓の近くの地面が割れて、埋められていたものが砂のような粒子と化して飛んでいく。

 

 それを見たセブルスは、一瞬憐れむようなまなざしをした。あれでは中身の確認はできないが、たぶんセブルスが細工をしたままだろうと思われる。

 

 そんなセブルスを置き去りに、ペティグリューはさらに動く。

 

 しもべの肉。そう言いながら、ペティグリューは取り出したガラス瓶の栓を開け、中身のどす黒い肉片(ちょうど手首の形に見えた)を鍋の中に落とし、続けて銀色のナイフを自らの指が欠けている方の手首にあてがった。

 

 そういえば、思い切りはいい方だったな。でなければ、追ってきたシリウスを逆にハメ返すなんてことはできないだろう。などとセブルスが思うと同時に、ペティグリューが絶叫を上げた。

 

 ぼちゃんッと、それが鍋の中に落ちる。一瞬の赤はすぐに液体そのものの色へと変わった。

 

 漂ってきた血の臭いに、セブルスは眉一つ動かさない。嗅ぎなれたものだし、むしろ少し物足りない、と思ってしまったほどだ。

 

 ひんひんと犬がねだるようなか細い鳴き声を上げながら、ペティグリューがセブルスの前に立った。その手に握られているのは銀色のナイフ。血は何か適当に拭ったのだろうか?直後、ペティグリューは言いながらナイフを振り下ろす。仇の血、と。

 

 次の瞬間、セブルスはさすがに小さく呻いて歯を食いしばる。

 

 鋭い痛みのせいだ。

 

 右の二の腕の中ほどが、焼け付くように痛い。この感触には覚えがある。ナイフのような刃物で刺されたのだ。

 

 ちょうど、嫉妬に狂ったアデーラが、ナイフでそうしようとしたように。

 

 そこからしたたり落ちた血液を、ペティグリューはガラス瓶で受け止めた。

 

 「・・・一応忠告しておこう。やめておきたまえ。私の血など使えば、ろくでもないことになるぞ」

 

 セブルスが低い声で言った忠告はもちろん無視された。ペティグリューはそのまま素早く大鍋の元に戻り、ガラス瓶の中の血液をその中に注ぎ込んだ。

 

 大鍋の中身が赤から白へと変じ――そのまま腐ったようなどす黒さへと変貌した。

 

 「え?」

 

 ペティグリューが実に間の抜けた声を上げた。こんな色になるはずがない、と言わんばかりに。

 

 だが、それよりも濛々たる蒸気のせいで鍋の中身が見えなくなり、ペティグリューはもんどりうって転がった。

 

 さて、どうなることやら。

 

 セブルスが見守る中、蒸気の膜が割れる。大鍋の縁をまたいで歩み出た男が淡々と言った。

 

 『ローブを着せろ』

 

 慌てて転がるように飛び出したペティグリューは、地面に落ちていた布の塊――実はローブであったらしい――をひっつかみ、男に頭からかぶせる。

 

 かくて、ヴォルデモートは戻ってきた。

 

 

 

 

 

 できれば、自分をまきこまないでもらいたかった、とセブルスは思ったが、そもそも帝王の腸をぶちまけたのはセブルスの方が先だった。どのみち巻き込まれていただろう、と考えなおした。

 

 今頃ホグワーツではどうしているだろうか。自主練習をしていたハリーJr.たちの真ん前で起こったことだったので、自分がいなくなったことが意図的なことではないとわかってはもらえるだろうが。

 

 ともあれ、今は目の前のヴォルデモートである。

 

 ヴォルデモートは自分の肉体を撫でたり眺めたりしている。おおよそ13年ぶりの肉体であれば、ゴースト以下の残骸状態とは少々勝手が違ってくるだろう。

 

 妙だな、とセブルスは内心で独り言ちた。そろそろ細工が効果を発揮するだろうし、そうでなくともセブルスの血を取り込んだならば、なにがしか異常があるはずというのに。あるいは。

 

 ヴォルデモートは取り出した杖でペティグリューを痛めつけ、その左腕の“闇の印”を引っ張り出すと、その印に触れる。ペティグリューが悲鳴を上げたが、無視した。

 

 そのままヴォルデモートは残忍な笑みを浮かべる。

 

 そうして、彼は墓石の間を行ったり来たりしながら、勝ち誇ったようにセブルスを見下ろした。

 

 『セブルス=スネイプ、貴様は今、俺様の父の遺骸の上にいるのだ』

 

 知っている、とセブルスは閉心術で覆い隠した内面でひそかにつぶやいた。去年暴いたのだから。

 

 そのままヴォルデモートは自身の出生について演説し始めた。

 

 母親が魔女とわかり、彼女を捨てて両親の元に戻った父親のこと。残された母はヴォルデモートとなる少年を生み、少年は復讐を誓って、父親をその手にかけたのだ、と。

 

 『俺様が家族の歴史を語るとは・・・なんと俺様も感傷的になったものよ・・・しかし見ろ、スネイプ!俺様の真の家族が帰ってきたぞ!』

 

 家族というが、貴公、家族の定義について知っているのかね?私の知るそれとはまるで違うと思うのだが?

 

 セブルスが内心でそう皮肉に思っていた時だった。

 

 墓石の影から、イチイの木陰から、あらゆる暗がりから魔法使いたちが“姿現し”してきたのだ。全員黒いローブと仮面をつけている。

 

 信じられないものを見るようにわずかに身を震わせた黒ローブたちは、一斉にひれ伏し、ご主人様、と声を唱和させながらヴォルデモートのローブの裾に口づけた。

 

 なんでもいいからこの茶番劇は早く終わらないだろうか、とセブルスがぼんやり思っていると、ヴォルデモートは怒声を張り上げだした。

 

 要約すれば、お前らよくも13年間のうのうとしてたな?どうせ俺様が死んでたと思ったんだろ?違うか?俺様が大変な時によくも助けに来なかったな、ということらしい。

 

 許しを乞うて平伏する死喰い人の一人を磔の呪文(クルーシオ)で痛めつけたヴォルデモートは、裏切り者だがこいつは俺様を助けてくれたぞ、とペティグリューの血まみれの手首に杖を一振りして、銀色の義手を与えた。

 

 感謝感激とばかりに、ペティグリューは義手の性能を確かめるべく少し動かしてから、再び平伏してヴォルデモートのローブの裾に口づける。

 

 そうして、ヴォルデモートは怒りと失望に満ちた演説を再開した。

 

 俺様が何も知らないと思ったら大間違いだと言わんばかりに、一人一人の名前を呼んで、ここ数年の活動内容などを言い放っている。

 

 だが、やはりその人数は少ない。当然だ、セブルスが“闇の印”を消した死喰い人はかなりいる。レギュラスはもちろん、マルフォイ夫妻にエイブリー。彼らはもちろん、この場にはいない。

 

 アズカバンに収容されているレストレンジ夫妻など、来たくても来れないものもいるわけで。

 

 『そぅれ』

 

 ここで、ヴォルデモートはわざとらしくセブルスの名前を口に出した。

 

 『セブルス=スネイプが、わざわざ俺様の復活パーティーに駆け付けてくれたぞ。俺様の賓客だな』

 

 ヴォルデモートの揶揄するような言葉に、しかし死喰い人たちはどこか戸惑った様子だった。

 

 ホグワーツの魔法薬学教授を、なぜここに?帝王とどんな関係が?というかのように。

 

 そうしているうちに、死喰い人の一人から質問が飛ぶ。どうやってこの奇跡(のような復活)を成し遂げたのか、と。

 

 それを尋ねられたヴォルデモートはローブの裾を大仰に翻して墓石の間を行き来しながら、語りだした。

 

 

 

 

 

 すべての始まりは13年前のハロウィーンの夜。ポッター家を襲撃したヴォルデモートに奇襲をかけたセブルス。立ちはだかる死喰い人を皆殺し、ヴォルデモートの腸を引き抜き、その肉体を灰燼へと帰した。

 

 ここで、死喰い人から、まさか!という声が上がり、もれなくヴォルデモートによる磔の呪文(クルーシオ)の餌食になった。

 

 どうも死喰い人たちも日刊預言者新聞のいい加減な記事を鵜呑みにしているものが多いらしく、どこか戸惑った様子でセブルスをちらちらとみている。不死鳥の騎士団のメンバーならともかく、セブルスは戦士としては無名に等しいのだ。しかも、著名な実績は魔法薬学がメインと来ているわけで。

 

 話をヴォルデモートの演説内容に戻す。

 

 味わったことのない苦痛と屈辱。ポッター家で生まれたという闇の帝王に比肩する力を持つ者によるものならばまだ納得はできた。

 

 だが、セブルスの存在は、ヴォルデモートにとっては誤算どころではない完全な予想外だったのだ。

 

 不老不死を求めてその探求の成果を自らに施していなければ(おそらくは分霊箱のことか。家族と称した死喰い人たちにも秘しているのだ)、完全に死んでいた。だが、その代償は大きかった。もっとも弱い生き物よりもなお弱弱しい存在になり果てたヴォルデモートは、存在維持に全力を注ぐしかなかった。蘇生に必要な魔法は杖が使えなければ実行できなかったのだから。

 

 森に身を隠し、いつか来るであろう死喰い人たちを待ち続けた。きっと、自分を助けに来てくれる、と。・・・予想に反し、誰も来なかったのだが。(ここでひざまずく死喰い人たちが恐怖したか身を震わせた)

 

 そこで、ヴォルデモートは自らに残されたたった一つの能力、憑依を用いた。動物に憑依することはできたが、それらは魔法を使うには適しておらず、しかも憑依対象である動物の命を縮めるので長続きしない。

 

 そんなヴォルデモートに降ってわいたチャンス。それが4年前のこと。そう、彼が身をひそめるアルバニアの森に、クィリナス=クィレルが訪れたのだ。愚かな騙されやすい若造を意のままにするなど、ヴォルデモートにとっては簡単なことだった。さらに、クィレルはホグワーツの教師である。賢者の石を求めるヴォルデモートの手足にはうってつけだった。

 

 かくして、イギリスに舞い戻ったヴォルデモートはそのまま賢者の石の強奪をもくろむが、またしてもそれは失敗に終わった。他でもない、セブルス=スネイプによって。

 

 クィレルはヴォルデモートが憑依を解くなり、死んだ。・・・なお、ヴォルデモートは一度たりとも、クィレルを名前で呼ばなかった。失敗に終わった計画の手ごまなど、名前を呼ぶ価値もないと言わんばかりに。

 

 元の隠れ家に戻ったヴォルデモートは、もう二度と復活できないのでは?と恐れたらしい。すっかり助けが来ることもあきらめきっていた。

 

 そんなヴォルデモートのもとにやってきたのが、ペティグリューだった。

 

 かつての友に追い立てられ、魔法省に捕まりそうになったのを這う這うの体で逃げ出し、追い詰められたネズミが最後にすがったのがゴースト以下のご主人様だったわけである。

 

 さらに、ペティグリューは手土産を持ってきた。バーサ=ジョーキンズという女役人を。

 

 アルバニアの森にほど近い旅籠で、ペティグリューはバーサに正体を見抜かれたが、ここぞとばかりに彼は機転を利かせた。バーサをうまいこと丸め込んで旅籠から連れ出し、隙を見てねじ伏せ、ヴォルデモートのところに連れてきたのだ。

 

 かくして、バーサはヴォルデモートの貴重な情報源となった。ヴォルデモート曰く「ほんのわずかに説得しただけ」とのことだが、忘却術を破るために相当強引な手も使ったようで、用が済んだバーサは身も心も再起不能に陥り、もれなく処分された。

 

 そうして、ヴォルデモートは動き出した。

 

 ペティグリューの手を借りて、未熟で虚弱とはいえ長旅に耐えうる肉体をひとまず構築し、とりあえずの復活を目指した。

 

 不老不死ではなく、死ぬ前と同じ肉体での、ひとまずの復活で妥協したのである。

 

 必要な材料は3つ。

 

 一つは父親の骨。言わずもがな、リトルハングルトンのこの墓地にある。

 

 一つは(しもべ)の肉。一番最初の段階ではペティグリューのもののみを使う予定だったが、より忠実で強力な力を持つ者のそれが手に入ったので、それも加える。

 

 一つは仇の血。すなわち、セブルス=スネイプのそれである。最初、ペティグリューは適当な、ヴォルデモートを憎む魔法使いのものを使おうとしたらしいが、もちろんヴォルデモートは却下した。

 

 ヴォルデモートは妥協の復活と言えど、それでも以前以上の力を欲したのだ。セブルスの血を使えば、その力の一部を得られる。予言を打ち破る、予定調和を破壊する神秘の力が。

 

 ばかばかしく忌まわしい予言に、もう二度と振り回されぬように。

 

 だが、セブルスを手に入れるのは至難の業だ。うかつに正面に立とうものならどうなるかは、13年前の出来事が証明しているし、ペティグリューですらボコボコに殴られたのだ。そんな男からどうやって血をかすめ取るというのか。

 

 さらに難儀なのが、セブルスがホグワーツに身を置いてしまっていることだった。ダンブルドアは失脚したが、ホグワーツは部外者が軽々と入り込める場所ではない。

 

 三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)が開催されているならば、まだつけ入る隙もあったが、もろもろの見直しのために中止になっている。

 

 そこでバーサ=ジョーキンズからの情報である。それによって判明した存在、レストレンジ夫妻に並ぶほど忠実な死喰い人――バーテミウス=クラウチJr.を手駒に加えようとしたのだ。

 

 だが、目論見は外れた。せっかく助けたクラウチJr.はよりにもよってヴォルデモートの目の前で自殺。この役立たずめ!と激怒したヴォルデモートは、その際に“服従”させたクラウチ氏を動かして、どうにかホグワーツへのつなぎを取ろうとした。トンクスを出頭させ、どうにかセブルスにポートキーを押し付けようと目論ませたのだ。

 

 結果としてこの目論見は失敗した。そればかりか、功を焦ったばかりに手足にしていたクラウチ氏まで失い、魔法省には存在を嗅ぎつけられた・・・かと思われた

 

 追い詰められそうだったヴォルデモートを救ったのは、死んだはずのクラウチJr.だった。

 

 クラウチJr.はヴォルデモートも知らない古い闇の魔術によって、その身を不死身にし、さらには自身が支配する異世界を構築。そこにヴォルデモートとペティグリューを匿ったのだ。

 

 最初こそ半信半疑であったが、やがて首を切り裂いて死んだはずのクラウチJr.がその姿を現し、ヴォルデモートの死の呪文を受けようと平然として見せたため、やむなく事実と受け入れた。

 

 そして、ヴォルデモートは思考を切り替えた。クラウチJr.は聖母の降臨だのと胡散臭いことを言っていたし、ご主人様を差し置いて不死身になっていた(後でこの地位を引き渡すとか言っていたが、聖母とやらにこの闇の帝王が傅くなど冗談ではない)が、その忠誠心は変わらなかった。

 

 ヴォルデモートはこれを利用することにした。不死身となったクラウチJr.に命じ、その体から肉身の一部を切り取り、保管しておく。これを復活の儀式に利用することで、クラウチJr.を不死身にした恐るべき魔術儀式の魔力の一部がヴォルデモートにも恩恵を与えることになるのだから。

 

 それを聞いたセブルスは、馬鹿だ馬鹿がいた、と呆れた目をした。

 

 危惧していた事態が、現実味を帯びてきた。ヴォルデモートは自身では気が付いていないが、人間の薄皮をかぶっているだけだ。

 

 まあ、セブルスにとっては大したことではない。殺す対象が人から化け物に変わるだけだ。何も問題はない。化け物を狩るなど、狩人にとってはいつものことなのだから。

 

 そうして、クラウチJr.にセブルスの捕縛を命じたものの、彼もまた失敗。そればかりか突如として新たな潜伏先としていた異世界が崩壊し、ヴォルデモートはペティグリューともども通常世界に放り出された。

 

 だが、転んでもただでは起きないのがヴォルデモートであり、スリザリンの後継者である。

 

 ヴォルデモートは、異世界に引きずり込まれる前にクラウチ氏に二つのことを命じていた。一つは先述の通り、トンクスに接触して彼女にポートキーを持たせてセブルスにそれを押し付けること。

 

 そしてもう一つ。

 

 『改めて紹介しようではないか』

 

 仰々しく腕を横へ伸ばし、ヴォルデモートは芝居がかったしぐさと残忍な笑みを浮かべたまま、セブルスが縛られている墓石とは別の墓石に視線を向けた。

 

 『俺様の親愛なる賓客、その二人目だ。セドリック=ディゴリーだ。

 ホグワーツからわざわざ、セブルス=スネイプに俺様の復活パーティーの招待状を届けてくれたのだ』

 

 ビクッとディゴリーの体が震えた。いつ起きたのか、うつむいていただけで、気を失ってはいなかったらしい。のろのろと顔を上げかけたが、その顔色は死人よりもなお青ざめており、すぐさま唇をかんでうつむいてしまった。

 

 ヴォルデモートは語る。

 

 魔法省のエイモス=ディゴリーのことをクラウチ氏によって調べ上げ、異世界からの脱出後、帰宅途中の彼をペティグリューによって不意打ちで“服従”させる。その後は彼の奥方と合わせて人質に取り、息子のセドリックに命じてセブルスにポートキーを押し付けさせたのだ。

 

 セドリック=ディゴリーがここしばらく様子がおかしかったのは、そういうことだったのだ。両親を人質に取られ、セブルスと天秤にかけさせられた。セドリックは選んだ。両親の命を。セブルスを帝王に差し出すことによって。

 

 よくある話だ、とセブルスは内心で独り言ちる。13年前のハロウィーンまでは、誰もかれもがそうしていた。一見善良に見えても人質などの脅迫で闇の陣営に屈したものだってそれなりにいたのだ。

 

 かくして、セブルスはここにいる。ヴォルデモートの、両腕の届く、すぐそばに。

 

 ・・・ヴォルデモートは知らないだろう。ヴォルデモートの両腕が届くということは、セブルスの仕掛け武器もまた彼に届くということなのだ。あるいは知っていてもたいしたことではないとみているか。

 

 ともあれ。

 

 13年という月日を経て、こうして二人はようやく、生身の肉体同士で対峙したのである。

 

 

 

 

 

 長々とした事情説明という名の演説を終えたヴォルデモートが最初にやったのは、セブルスに向かって杖を上げることだった。

 

 放たれた磔の呪文(クルーシオ)に、セブルスはさすがに喉の奥で悲鳴を上げたが、歯を食いしばって絶叫だけはこらえた。

 

 痛みなど、今更だ。ヤーナムにいたころを思い出せ。獣狩りの群衆に囲まれて袋叩きにされた。足を滑らせて高所から落下死した。忌々しい犬にのしかかられて生きたまま臓腑をむさぼられた。啓蒙ごと脳髄をすすられたこともあれば、全身の血液が槍と化して内側から肉身を引き裂くこともあった。あれらと比べればたいしたことではない。

 

 痛みなど当たり前だ。無視しろ。狩るべき敵を見据えろ。でなければ自分が狩られる。

 

 ヤーナムに来て間もなかったころは、攻撃される度にギャアギャア悲鳴を上げ、痛みにもだえ苦しんだので、敵を倒すどころではなかった。攻撃は避ける。ガンパリィでいなす。痛みなど二の次だ。攻撃しろ。相手を殺し返せ。そう学習するのに、さほど時間はかからなかった。

 

 やがて痛みの嵐が去る。

 

 噛みしめていた奥歯の力を緩め、セブルスはふーっと深々と息をついた。両腕が自由であれば、額の脂汗をぬぐいたかった。

 

 だが、悲鳴もできるだけこらえたとはいえ、はたで見ればそれは十分苦痛にさいなまれているようには見えたことだろう。

 

 『見たか。この男がただの一度でも俺様より強かったなどと考えるのが、なんと愚かしいことだったのかを』

 

 どこか満足げにも聞こえる声音で、ヴォルデモートが語る。

 

 『しかし、誰の心にも絶対に間違いがないようにしておきたい。セブルス=スネイプが俺様を降したのは単なる幸運であり、不意打ち頼りの卑劣なる手段があってこそのものだ。

 今ここで、お前たち全員の前でこ奴を殺すことで、俺様の力を示そう。

 今度は正々堂々真正面から戦おうではないか。

 そうすれば、どちらが強いのかお前たちの心に一点の疑いも残るまい。

 もう少し待て、ナギニ』

 

 一同から少し離れたところにいた大蛇は、ヴォルデモートの呼び声にこたえるように草むらにその姿を消す。

 

 『さあ、縄目を解け、ワームテール。

 古式ゆかしい決闘といこうではないか』

 

 ヴォルデモートの号令に、ペティグリューがのそのそとセブルスの縛られる墓石に近づいた。授けられたばかりの銀の義手の一振りで、セブルスを戒める縄を断ち切る。

 

 ブツリっと縄目がちぎれる音を立てると同時に、セブルスが立ち上がる。

 

 直後。ゾンッという肉の裂ける音と、ペティグリューの悲鳴がこだました。

 

 「耳障りな雑音生成は終わったかね?

 では、そろそろこちらも自由にさせてもらおう。

 さっさと終わらせねば夕食に間に合わんからな」

 

 磔の呪文(クルーシオ)で痛めつけられたことなどへでもないというかのように、まっすぐに立ったセブルスの足元で、ペティグリューが転げまわりながら悲鳴を垂れ流していた。

 

 その左目には細長いが刃物が突き立っていた。スローイングナイフだ。毒メスを使わないのは、ネズミ相手にはもったいなすぎるからだ。

 

 左目を押さえながらのたうち回るペティグリューを一顧だにせずに、セブルスは動く。

 

 どこから取り出したのか、枯れ羽帽子を深くかぶり、鼻から下を防疫マスクで覆う。

 

 軽く広げた両腕には別々の武器を携える。右手には銃槍。左手には獣狩りの散弾銃。

 

 「では始めよう」

 

 死喰い人たちには、枯れ羽帽子の隙間から見える黒い瞳が奇妙な銀光を放ったようにも見えた。

 

 だが、ブッと誰かが噴き出すのを合図にしたように、次第にくすくすという忍び笑いから喜劇を見るような馬鹿笑いに変わっていった。

 

 ヴォルデモートは決闘といったというのに、目の前の男はわざわざマグルの武器を取り出して見せたのだ。

 

 笑わないのはヴォルデモートただ一人だった。

 

 死喰い人たちはそれに誰も気が付かない。・・・唯一気が付くだろうペティグリューはいまだに悶絶して転げまわっている。

 

 ディゴリーはといえば、恐る恐る顔を上げるや、ぎょっとしたようにセブルスを見やっている。無理もないだろう。怖いところはあっても(比較的)まともな教師と評価されていたセブルスの、異常な側面が露になりつつあったのだから。

 

 リベンジ、あるいはリターンマッチ。ヴォルデモートにとってはそうだろう。

 

 だが、セブルスにとっては違う。狩り損ねた獣がいたから、確実にとどめを刺す。追い打ち。そんなところだ。

 

 『セブルス=スネイプ、決闘の作法は知っているだろうな?

 互いに礼をす』

 

 ヴォルデモートがすべていうより早く、セブルスは左手の散弾銃を持ち上げて引き金を引いていた。

 

 散弾と化した水銀弾は距離減衰もあって、ヴォルデモートの防護呪文(プロテゴ)に防がれてしまったが、そのすきにセブルスは少し離れたところにある木陰に飛び込む。

 

 太ももに輸血液入りのシリンジを刺して体力を補填し、獣血の丸薬を飲み干す。

 

 『見るがいい!あれがセブルス=スネイプの戦い方だ!狩りなどと称して、正面から戦いもせぬ、惨めで卑劣なる臆病者よ!

 決闘の作法も知らぬとはな!それとも、不意打ちでなければ戦うことも怖いというか?』

 

 せせら笑うヴォルデモートの声に、追従するように死喰い人たちが笑う。

 

 ヴォルデモートは忘れていないだろうか?13年前、ポッター家の外で待機していた死喰い人たちを皆殺したのは誰なのか?

 

 「・・・だから奴らに、呪いの声を」

 

 低く、そのおぞましい詠唱がセブルスの唇をつく。詠唱というよりもむしろ、呪詛というべきか。この世のすべてを呪わんばかりの忌まわしい声音で、それは紡がれる。

 

 実は詠唱はいらないのだが、あえてセブルスは唱えた。秘儀の触媒にしている漁村の住民の頭蓋に秘められた、過酷な仕打ちをより正確に呼び起こすために。

 

 「赤子の赤子、ずっと先の赤子まで。奴らに報いを。

 呪うもの呪うもの、我らとともに哭いておくれ。彼らとともに哭いておくれ」

 

 ゆるりとセブルスは木陰から身を現した。持ち上げられた右手には銃槍はなく、代わりに黒い光の塊がある。一抱えはあるそれは、一目見ただけでひどい不安に襲われるほど、おぞましいものだった。

 

 「さあ、呪詛を」

 

 その言葉とともに、セブルスは大きく振りかぶって黒い光を死喰い人たち目がけて投げつけていた。

 

 だが、ヴォルデモートの方が判断が早かった。

 

 『行け』

 

 彼はとっさに杖を一振りして、死喰い人たちを三人ほど宙に持ち上げると、そのまま黒い光目がけて飛ばしたのだ。

 

 「我が君?!」

 

 「お許しをぉぉぉ!」

 

 「ぎゃああああっ!!」

 

 悲鳴を上げながら吹き飛ぶ彼らは黒い光に命中した。

 

 まず彼らの脳内に奇怪なる光景が飛び込んできた。無数の人影だ。ただの人間ではない。魚と人を足してから醜悪さとおぞましさを乗算したような、不気味な存在だ。魔法界にも半魚人(マーマン)はいるが、住んでいる世界が異なるような不気味さだった。

 

 彼らは頭蓋を掻っ捌かれ、ぐちゃぐちゃの脳みそを露出させ、あるいは目玉を失った眼窩から血の涙をこぼしながら、幽鬼のように心もとない足取りで、死喰い人たちに群がる。

 

 痛い痛い痛い。苦しい苦しい苦しい。なぜこんな目に?何故?何故?何故?そんなことをささやきながら。

 

 憎んでやる憎んでやる。恨んでやる恨んでやる。呪ってやる呪ってやる。

 

 憎んでやる憎んでやる恨んでやる恨んでやる呪ってやる呪ってやる憎んでやる憎んでやる恨んでやる恨んでやる呪ってやる呪ってやる憎んでやる憎んでやる恨んでやる恨んでやる呪ってやる呪ってやる憎んでやる憎んでやる恨んでやる恨んでやる呪ってやる呪ってやる憎んでやる憎んでやる恨んでやる恨んでやる呪ってやる呪ってやる憎んでやる憎んでやる恨んでやる恨んでやる呪ってやる呪ってやる憎んでやる憎んでやる恨んでやる恨んでやる呪ってやる呪ってやる。

 

 憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪憎憎恨恨呪呪!!!!!

 

 理解の許容量を超えた呪詛を精神に流し込まれた彼らは、黒い光の爆発とともに吹き飛ぶように地面に転がった。その首から上は爆発したように粉々になっている。

 

 秘儀の名前は“呪詛溜まり”。蹂躙された漁村の住民の頭蓋を触媒とする秘儀だ。その頭蓋には過酷な仕打ちの痕が無数に見て取れる。だからこそ、それは呪詛の溜まりとなったのだ。生きとし生けるものすべてに、その呪詛をふりまくほどに。

 

 死喰い人たちが悲鳴を上げるのをよそに、セブルスは取り出した銃槍を振りかざし、そのまま帝王目がけて切りかかる。鋭い切っ先をヴォルデモート目がけて、何度も突き出した。

 

 銃槍の利点はそのリーチの長さ。刺突攻撃を連打できることと、変形後は両手がふさがっていても銃撃ができることだ。

 

 ヴォルデモートは後退しながら杖を振って、もの飛ばしで石やら小枝やらをセブルスにぶつけてくる。やむなくセブルスはその回避のために、攻撃を中断するしかない。

 

 セブルスは舌打ちした。さすがは闇の帝王、判断が早い。お得意の死の呪文が隙にしかならない、と判断するや、的確な嫌がらせでの足止めに切り替えてきた。

 

 セブルスを身動きできない状態にしてから、改めて死の呪文をたたき込むつもりだろう。

 

 悪くない。とはいえ、されるがままでいるわけにもいかない。

 

 そのままヴォルデモートが呪いの光弾を乱射してくるのを、セブルスは高速移動呪文を発動して、回避しながら間合いを詰める。

 

 いくつかの呪いは獣狩りの散弾銃の銃撃で叩き落しながら、再び帝王の前で銃槍を振りかぶった。

 

 「『血の浄化を』。やれ、セドリック」

 

 セブルスは唐突なヴォルデモートの言葉に、枯れ羽帽子の下で眉を寄せた。何のことだ?まあ、いい。さっさと帝王を殺して、ディゴリーを連れてホグワーツに

 

 次の瞬間、そんなセブルスの思考を緑色の光弾が強制的に黙らせた。

 

 まったく警戒していなかった方から飛んできた死の呪文(アバダケダブラ)は、セブルスに命中した。

 

 そのままセブルスは崩れ落ちる。銃槍と獣狩りの散弾銃が地面に固い音を立てて転がり、セブルスは物言わぬ屍と化した。

 

 死の呪文を放ったのは、セドリック=ディゴリーだ。その足元をナギニが這いずっていた。

 

 ヴォルデモートは復活後の決闘ももちろん、どう戦うか計画を立てていた。

 

 セブルスが潔く正面から魔法使いらしく決闘をするならば実力を持って潰すし、そうでなくまたしても不意打ちなどをしてくるならばこちらも相応の対応をしよう、と。

 

 戦闘の片手間にナギニに命じ、セドリック=ディゴリーの縄を解いてやり、あとは以前分霊箱経由で仕掛けていたキーワードで、服従の呪文を発動させる。

 

 まさか自分が不意打ちされないと思っていたのだろうか、この中途半端な自称:狩人とやらは!

 

 『まさか教え子の手にかかるとはな!哀れなことだ!

 貴様はせっかく、俺様が直々に決闘してやろうという慈悲を与えてやったというのに、それを拒んだのだ!

 ならば、13年前の無礼のツケを、その身をもってあがなわせるのも当然覚悟できていたであろう!』

 

 勝者の高笑いを響かせるヴォルデモートに、最初からすべてが計画づくめだったのだ、やはりこのお方は別格だと、畏怖に身を震わせる死喰い人たちが一斉に平伏した。

 

 

 

 

 

 続く





 【銀の義手】

 復活の儀式において自身の手首を切り落としたペティグリューに、ヴォルデモート卿が与えた義手。

 月光をそのまま凝縮したようなそれは、元あったように手首にぴったりとはまり、元の手以上の力と利便性をペティグリューに与える。

 ペティグリューはこれをもって、ヴォルデモート卿にますますの忠誠心を捧げることを決める。

 多少痛い目を見ても、このお方ならばペティグリューに必ず酬いを与えてくださると、この義手が証明してくれたのだから。





Q.復活の儀式中、ペティグリューが僕の肉パートで、加えたガラス瓶の中身は何ですか?

A.バーティ=クラウチJr.の手首です。バーティは21の秘跡による異世界で不死身になった反動で、手首を切っても新しく生やすことができました。でも、セブルスさんに終わらされた後、生やした手首は効果切れでなくなってしまいました。バーティ本来の死体に手首がなかったのは、そういうことです。



Q.なんでクラウチJr.の手首と合わせてペティグリューの手首も入れたんですか?

A.クラウチJr.が化け物化け物してるのはすでに分かってますから、ちゃんとした人間要素も入れておこう、と帝王様が保険で命じました。たぶん、隠し味程度のつもりでした。父親の遺体への細工も、セブルスさんの事情も、帝王様が知るわけねえだろ!いい加減にしろ!



Q.帝王様の演説、本人のセリフにしてもよかったのでは?

A.ぶっちゃけ、あの厨二口調で長台詞をしゃべらせるのは苦行に近いので、勘弁してください。原作読み直しながら書くだけでも、結構しんどかったんです。



Q.セブルスさんがトム=リドルSr.の遺体にやった細工って何ですか?

A.次回やりますので、この場では割愛させてください。



Q.セブルスさん、あっさり死にすぎでは?(パート2)

A.カメラ外という名の死角から飛んできた即死攻撃を、狩人様が避けられるわけないだろ!いい加減にしろ!



例のあの人(笑)「不意打ちだから負けたんだもん!決闘だったら負けないもん!
 さあ!お辞儀をするのだスネイ」

セブルスさん「却下する」




 次回の投稿予定は、未定です。

 内容は、VS闇の帝王第3ラウンドの後半戦。全身が痒くてたまらない湿疹(?)疑惑の帝王様を添えてお送りいたします。復活大成功?皆さん、ガスコイン神父を思い出してください。戦闘後半、彼はどうなりました?そういうことです。

 あんた、何かおかしいのかい?それとも、勘がいいのかな?

 お待ちかね!スプラッタ劇場開幕ですぞ!お楽しみに!



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【15】変貌、闇の帝王

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 コメントも本当にありがとうございます。啓蒙高い感想が多くて、低啓蒙の私にはついて行けないこともありますが、とっても嬉しいです。

 というわけで続きです。

 プロット時点で、最初から帝王様はこうしようと思ってました。

 彼は不老不死を望んでおられましたが、ではフロム式の不死(死なないじゃなくて死ねない、どっちかというと生き地獄、そのうち理性を喪失する)になったらどんな感想を抱かれるのだろう?などと考えてしまいまして。


 

 だが、ここでヴォルデモートは突然笑うのをやめた。

 

 セブルスの亡骸が地面に沈み込むように姿を消してしまったからだ。

 

 『なんだ?』

 

 こんな現象は見たことも聞いたこともない、まさか誰かセブルスをかばい立てて、せめて遺体だけでも保存しようという馬鹿なことを企てた輩が近くにいるのか?

 

 ヴォルデモートがそう怪訝に思った直後、彼ののっぺりとした顔面に、一つの魅惑的な香りが感じ取られた。

 

 それは、ペティグリューから漂ってくる。そのスローイングナイフが突きたてられた左目からだ。すでにナイフは引き抜かれ、ペティグリューは生身の手を当てて止血を試みていた。すなわち、血の臭いだ。

 

 だがおかしい。吸血鬼でもあるまいに、血の臭いがかぐわしいなど。

 

 『・・・?』

 

 そこでさらに、ヴォルデモートは妙なことに気が付く。体が痒い。

 

 ローブの上から体を掻くが、痒さは治まらない。ローブに虫でも入り込んでいたかとも思ったが、痒いのはローブの下の肌ではないのだ。

 

 『痒い・・・痒い、痒い、痒い、痒い痒い!』

 

 ガリガリガリとヴォルデモートは体を搔きむしる。べりっと音を立てて、その青白い肌が安物の紙のように破けて、その下からねばついた黒いものが現れる。

 

 「わ、我が君?!」

 

 「如何なされたので?!」

 

 『血!血!血が!血が痒い!!』

 

 その異変にぎょっとする死喰い人たちをよそに、ヴォルデモートはなおも体中を掻きむしりながら叫んだ。

 

 直後、その黒ローブと青白い肌を引き裂いて、ヴォルデモートは異形へと変貌する。

 

 黒い粘液じみた飛沫を散らし、青白い爆発とともに、彼は体積を瞬時に肥大させた。

 

 干からびた死体をより合わせて作り上げたような巨大な体躯。四つん這いであるが、その首の後ろのあたりから小さな人間の上半身が生えている。

 

 セブルスが見れば、それは隠し街ヤハグルで仕留めた“再誕者”を思い出させたことだろう。だが、それは再誕者とは決して同じではなかった。

 

 なぜなら、次の瞬間その体躯から白い腕が肩甲骨のあたりが生えたと思うとあっと言う間に腐り落ち、すでに生えている四肢もまたカビのような白がまとわりついたと思うと、腐り落ちて新しいのが生えてきているのだから。

 

 『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!

 痒い!痒い痒い痒いいい!』

 

 その異形は多少変質していたが、確かにヴォルデモートの声で叫んでいた。

 

 そのまま複数の死体で組み上げられ、カビのような白いものに覆われて腐り落ちては新しく生える手足で体を掻こうと試みるが、どうにもできずにグネグネと地べたをはいずる哀れな残骸じみた肉塊と化している。

 

 「わ、我が君!」

 

 「どうか!落ち着いてください!」

 

 「治癒の呪文だ!魔法薬を取ってくるのだ!早く!」

 

 それでも、今度逃げればどうなるかわかったものではないと、恐怖とひとかけらの忠誠心でもって死喰い人たちはのたうつヴォルデモートだった異形に手当てを試みようとした。

 

 『があああああっ!!』

 

 だが、こらえきれないとのたうちまわるヴォルデモートだったそれは、その巨体で死喰い人たちを殴り飛ばした。吹き飛ばされた死喰い人たちから飛び散った血が、“ヴォルデモート”にかかるや、彼は少しおとなしくなる。

 

 否。

 

 『血・・・血だ・・・血をよこせええ!お前の!お前たちの血をぉぉぉ!』

 

 絶叫とともに、それは新しく生やしたばかりの腕を振り上げ、“ヴォルデモート”は死喰い人の一人をつかみ上げ、死体をより合わせたような口の中に強制的に押し込んだ。

 

 悲鳴を上げる死喰い人など一顧だにせずに、“ヴォルデモート”は『おおぉ・・・!』と歓喜に身を震わせる。

 

 『血だ・・・よこせ!もっと・・・もっとよこせぇぇぇ!』

 

 それはもはや、まともな人間・・・否、以前のヴォルデモートの言動ですらなかった。血に飢えた獣のそれだ。

 

 “ヴォルデモート”は首の後ろから生やした貧弱な人間の上半身で持っていた自らの杖を振り上げる。

 

 途端にまた何人かの死喰い人が引きずられるように呼び寄せられ、その死体で縒り合された口腔に押し込まれる。

 

 もはやこれまでだった。傅こうが逆らおうが殺される――それも餌のように食い殺されるならば、ひとかけらの可能性に賭けて逃げ出したほうがまだマシだった。(戦う?闇の帝王相手にそんなこと!)

 

 残された死喰い人たちは急いで転がるように逃げ出した。

 

 “姿くらまし”を試みたものもいたが、おそらくはセブルスの逃亡防止のためだろう、張り巡らせていた“姿くらまし”防止結界に引っかかってもんどりうって、転がる羽目になっていた。

 

 イチイの木々をなぎ倒し、墓石を粉砕し、草むらを踏みつぶして、“ヴォルデモート”は飢餓感に突き上げられるように、死喰い人たちに襲い掛かった。

 

 服従の呪文の多幸感のせいで、セドリック=ディゴリーは薄ら笑いを浮かべたままぼんやりと突っ立っている。正気ではないし、誰も何も彼に逃亡を促さなかったのだから。

 

 失った左目の痛みにひいひいと喘ぐピーター=ペティグリューは、急ぎネズミに変身しようとした。

 

 その時だった。

 

 「我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う」

 

 低くねっとりとした声音が、空気を切り裂いた。

 

 漆黒のインバネスコートと束ねた黒髪をなびかせた男が、砕かれて瓦礫と化して飛び交う墓石を軽くよけながら、そらんじるように言った。

 

 ペティグリューは信じられないものを見るように、男をまじまじと見やった。

 

 そんな馬鹿な。確かにペティグリューは見たはずだ。男が死の呪文の餌食になって死んだのを。

 

 確かに、この目で。

 

 「知らぬ者よ」

 

 枯れ羽帽子と防疫マスクの隙間から、宇宙色の双眸を輝かせながら、セブルス=スネイプは続けた。

 

 ビルゲンワースの学長ウィレームの警句を。セブルス自身も心得る、強い戒めの言葉を。

 

 「かねて血を恐れたまえ」

 

 その警句を誤ったもの、忘れてしまったものの末路を、セブルスはよく知っていた。

 

 「す、スネイプ?!君は死んだはずぎゃあああ?!」

 

 「何があっても悪い夢のようなものだ。

 私にとっては、死など些事にすぎんよ」

 

 仰天するペティグリューの右足を獣狩りの散弾銃で穿ちながら、セブルスはシレッと言い放った。

 

 まるで晩飯を告げるような気軽な口調で、さも当然のように。

 

 そうして、セブルスはそのまま暴れのたうつ“ヴォルデモート”を見やりながら、やれやれと肩をすくめた。

 

 「治験は失敗か。まあ、予想はできていたな。臨席できるとは思わなかったが」

 

 「・・・っ・・・ち、治験・・・?」

 

 痛みに喘ぎながら、必死に撃たれた足に治癒呪文をかけるペティグリュー(そのせいで座り込んでいる)は、セブルスを見上げた。

 

 今、彼はこのおぞましく冒涜的な事態を、何と評した?そして、それを予想できていた?

 

 そう。セブルスにとって、この事態はある程度予想できていた。

 

 まず、復活の儀式の素材に、肉親の体の一部を使うだろうという予想はできていたため、トム=リドルSr.の遺体には細工を施した。

 

 ヤーナムと聖杯ダンジョンを周回しすぎて大量に余っていた儀式素材を本来のパーツと引き換えに遺体の中に詰め込んだのだ。

 

 黄色い背骨、儀式の血、聖者の頭蓋と聖者の手首、生きているヒモ、血走った目玉、病巣の臓器。特に、黄色い背骨と生きているヒモは、まがりなりにも上位者がドロップするアイテムである。そんなものを素材とすればどうなるか。

 

 そして、ヴォルデモートはさらにそこに上位者であるセブルス自身の血をも素材として取り込んだ。

 

 ここまではまだいい。ぎりぎり許容できる範疇ではある。

 

 だが、最後の一つがすべてを台無しにしていた。ヤーナムに巣くっていた上位者たちとは系統の異なる邪神(聖母)の力を受けたバーティ=クラウチJr.の一部も素材にしてしまったことだ。いくら儀式が失敗に終わり、バーティ=クラウチJr.が元の人間に戻ろうと、かつて影響下にあったという事実は消せない。彼の深奥には、彼の邪神の因子が巣くってしまっている。

 

 拒絶反応。ヴォルデモートを悩ませる痒みと飢餓の原因は、まさしくこれだった。

 

 さらには、その肉体にインストールされたヴォルデモート自身の魂の希薄さ。分霊箱として散々分割しまくっているうえ、セブルスのように血の遺志で強化し、啓蒙を深めたわけではない。

 

 例えるならば、規格の合わないブロックを乱雑に積み上げて、糊でくっつけているような状態なのだ。

 

 安定感を失い、異形に変身し、不安定さをどうにかしようと本能で他者の血肉を求めてしまう。

 

 上位者にはほど遠い“末端にも満たない出来損ない以下”とでもいうべき状態だ。

 

 「不老不死を望んでいたのだろう?私には理解しかねるがな。あんな地獄を望むとは。永遠とは、終わりのない苦痛と同義というのを知らぬとは。実に啓蒙低いことだ。

 だが、それで大勢に迷惑をかけるというならば、医療者の端くれとしてかなえんでもないと思ってな。

 結果は御覧のありさまだが。ふむ・・・こんなことならばあの偽医者から資料の一つでもくすねておくべきだったか。

 星界からの使者への改造方法はまだ研究中だからな。仕方あるまい」

 

 ぶつぶつと考えこみながら、なおも暴れまわるヴォルデモートから距離を取って観察するセブルスを、ペティグリューは信じられないものを見る目で眺めた。

 

 これは何だ?

 

 まるで、セブルス=スネイプの姿をした何かが、帝王すら実験材料扱いしているようにしか見えない。せめて何らかの感情がそこに見えればよかったのに、まるで虫の交尾でも眺めるように極めて無機質な様子で。

 

 闇の帝王など足元にも及ばない、恐ろしく悍ましく冒涜的で腐臭に満ちた何かにしか。

 

 『セブルス=スネイプゥゥゥゥゥ!!』

 

 憎々しげな絶叫とともに、“ヴォルデモート”がセブルス目がけて突っ込んできた。生えては腐り落ちる手足を使って、ぐちゃぐちゃと地面をどろどろの粘液で濡らしながらの突進は、けして速いとは言えなかった。ただし、その小山のような巨体のせいで、当たればまず即死することだろう。

 

 セブルスはその攻撃を狩人の流麗なステップでかわす。

 

 ぼんやりと突っ立ったままのディゴリーの襟首をつかんで一緒に避難するのも忘れない。そのまま彼を木陰へ押し込み、盾の呪文(プロテゴ)をかけておく。過信はできないが、これでひとまずは大丈夫だろう。

 

 思うところがないといえば嘘になるが、人質を取られており不本意そうではあったし、服従の呪文もかけられていたのだ。彼への処遇は後回しにするとしよう。

 

 我に返るように慌ててネズミに変身したペティグリューはそのまますたこら逃げ出した。若干足を引きずるように見えるのは完治が間に合わなかったせいだが、命には代えられない。

 

 『よこせ!貴様の血を!不死身の秘密を!俺様にこそふさわしい!よこすのだ!』

 

 「聞こえなかったのかね?“かねて血を恐れたまえ”。

 恐れを忘れたものなど、獣と大差ない。そのようなものに分ける血など、一滴たりともありはしない」

 

もはや咆哮と恫喝の区別もつかない帝王だった獣(それでも不死身への執着は忘れはしないらしい)に対し、セブルスは余裕も崩さずに答えた。

 

 「恐れたまえよ、ヴォルデモート・・・いいや、トム=マールヴォロ=リドル」

 

 言いながら、セブルスはその右手の中に一振りの剣を出現させる。

 

 それは、みすぼらしいボロボロの長剣だった。使い込まれて刃は古くくたびれて、決して美しいとは言えなかった。

 

 セブルスは、その黒手袋に覆われた手のひらを、剣の腹に滑らせた。同時に、その刃に、神秘的な青緑色の光が満ちる。神秘の光は第2の刀身となって、長剣を光の大剣に変化させた。

 

 かつて、この剣の持ち主であった医療教会最初の狩人ルドウイークはこう言い表した。我が導きの月光、と。

 

 “月光の聖剣”。それがこの剣の名前である。

 

 「さあ。獣狩りをするとしよう」

 

 それが、獣狩り開始の合図だった。

 

 

 

 

 

 『セブルス=スネイプゥゥゥゥッ!!』

 

 絶叫とともに、“ヴォルデモート”の巨体がのたうちながら突進してくる。

 

 生えては腐り落ちるのを繰り返す腕は、膂力とスピードについてこれずに途中で腐りきる前に引きちぎれているが、“ヴォルデモート”は気にも留めなかった。

 

 この体に満ちる、耐えがたき渇きと痛痒。あの男から不死身の秘密を奪えば、それが癒えるはず。“ヴォルデモート”は強くそれを感じていた。

 

 セブルスはその突進を軽くよける。

 

 ずいぶんと鈍足だ。加えて。

 

 “ヴォルデモート”は、首の後ろ辺りから生やしている上半身の持つ杖をふるって呪いを放ってくるが、セブルスはそれをも軽くよけた。

 

 素直すぎる。ディレイやノーモーションなどの技巧もなく、ただただ単純な連射。それもゴースの遺子や時計塔のマリアのような避けようのない超速度ならば、まだ当たったかもしれない。

 

 だが、十分目で見て避けようがある攻撃なのだ。どうとでもなる。

 

 呪いの光弾をよけきって、距離を詰めて巨体に潜り込む。

 

 青緑色の光の刀身が、死体をより合わせた四肢にもぐりこみ、そのままえぐるように切断する。

 

 そのままセブルスは、二閃三閃と月光の聖剣をふるう。青緑色の光刃が空気すら切り裂くように、澄んだ音を歌いながら黒い粘液と白いカビじみた斑紋に覆われた“ヴォルデモート”の体躯を切り裂く。

 

 『お゛お゛?! お゛お゛お゛っ!!』

 

 苦痛に“ヴォルデモート”が悲鳴を上げ、それでも自らの巨体の下にもぐりこんだセブルスをとらえようと、太い腕を振り下ろす。

 

 だが、耐えがたいほどの飢餓と痛痒に悩まされる“ヴォルデモート”は忘れていた。巨体から繰り出される大ぶりな一撃は、ちっぽけな狩人にとっては危険と紙一重の好機だ。

 

 死体が縒り合されて黒ずんだ粘液に覆われる腕に、青緑色の光刃による鋭い突きが放たれた。

 

 『があ゛あ゛あ゛?!』

 

 悲鳴とともに“ヴォルデモート”が体勢を崩す。

 

 すかさずセブルスは、大きく飛び下がって距離を取ると月光の聖剣の腹に左手を滑らせる。

 

 青緑色の光刃が泡立つ水面のように一層輝き、一回り大きくなる。

 

 “ヴォルデモート”が立ち直った直後、セブルスは何もない空中で刃を一閃させる。すると、斬撃が青緑色の光波となって撃ち出された。

 

 あれを受けるのはまずい。

 

 瞬間的に“ヴォルデモート”はそう判断した。ちっぽけな上半身で持つ杖を振って、『アバダケダブラ!』と死の呪文の緑色の光弾を撃ち出した。

 

 “ヴォルデモート”の判断は正しかった。だが、対応は間違っていた。

 

 光波は“ヴォルデモート”が放った緑色の光弾をかき消し、とっさにかざした腐りかけの巨大な腕ごとその胴を半ばで切断した。

 

 断末魔がほとばしる。冷たく甲高く、人のものとは思えないおぞましい悲鳴だった。

 

 真っ二つにされた“ヴォルデモート”は青黒い爆発を起こしながら、霧散して消えた。

 

 いくばくかの血の遺志が、セブルスの内側を満たし、返り血じみた黒い粘液まみれの狩人は満足げなため息をつく。

 

 ついでとばかりに、足元に転がるドロップ品の確認を行う。トム=リドルSr.の遺体に入れた儀式素材は貴重品ばかりだ。まだいくつか在庫があるとはいえ、回収できるならそれに越したことはない。

 

 いくつかの素材は回収できたが、やはりないものはある。特に啓蒙取引できない黄色い背骨の紛失は痛い。ある程度覚悟はしていたのだが、それでももったいないと言いたくなってしまう。

 

 今度の長期休みは汎聖杯で素材回収に回った方がいいだろうか?

 

 などとやっていたところで、大きな悲鳴が上がった。

 

 どうやらセドリック=ディゴリーがようやく服従の呪文(インペリオ)を自力で破ったか、効果切れしたらしい。その顔に黒い粘液じみた飛沫を散らしたディゴリーは、錯乱し悲鳴を上げて逃げていく。

 

 服従の呪文(インペリオ)は効果中、かけられた人間の意識がなくなるわけではない。多幸感と非現実感に支配されるものの、何が起こったかということ自体はうっすらとわかるのだ。

 

 服従の呪文(インペリオ)のおかげでかろうじて築かれていた認識の壁が、正気に戻ったことで崩れたのだ。結果、哀れにもセドリック=ディゴリーは錯乱した。

 

 魔法界を恐怖に叩き込んだ帝王の復活。(そしてその片棒担ぎをさせられた)

 

 その帝王と魔法薬学教授が決闘(なお、魔法薬学教授はマグル製と思しき武器と見たこともない奇怪な魔法を使用)、そしての影響下にあったとはいえ、自分がその教授を殺した。

 

 殺した。殺したはずだ。

 

 だが、その教授は生きていて、化け物に変貌した闇の帝王と再度対決、これを打ち破った。

 

 訳が分からなすぎる。セドリック=ディゴリーでなくとも錯乱するだろう。

 

 はたとセブルスが我に返る。つい狩人モードを全開にしてしまっていた。

 

 先にディゴリーをポートキーでホグワーツに帰すべきだったか。それはそれで面倒になりそうだった(一人帰ってきたディゴリーに先生どこやった?!と自主練習組が食って掛かり、ポートキーで探しに行く!となりかねなかった)し、周到な帝王ならディゴリーが使ったポートキーの腕輪を没収なり解除なりさせていただろう。

 

 セブルスが呼び止める間もなく、ディゴリーは悲鳴を上げながら転がるように墓場だった荒れ地を飛び出し、そのまま姿を消してしまった。

 

 急ぎセブルスもディゴリーの後を追ったが、墓場を抜けたところでディゴリーは“姿くらまし”をしてしまったらしく(姿くらまし防止は墓地の敷地範囲のみだったらしい)、バチンっというはじける音とともに姿を消してしまったのだ。

 

 完全にやってしまった。

 

 ともあれ。これ以上ここにいても仕方がない。

 

 セブルスは黒い粘液を洗浄魔法で落とすと、“姿くらまし”をした。ホグワーツには“姿くらまし”と“姿現し”の防止魔法がかかっているので、ホグズミード村へ行き、そこから改めてホグワーツに行くしかない。

 

 ディゴリーのこと、ここで起こったこと、何と説明したものか。

 

 改めて頭の痛い案件である、とひそかに額を押さえながら。

 

 

 

 

 

 さて、セブルスがホグワーツ城に戻った時には、すでに一騒動起こっていた。

 

 一足早く城に戻ったセドリック=ディゴリーが、森番小屋にある魔法省役人の詰め所に駆け込み、一連の出来事を直訴したのだ。

 

 だが、すでにハリーJr.たちが職員室に駆け込んだことで騒ぎになっていたホグワーツでは、むしろセドリック=ディゴリーの方に問題があるのでは?とみなされ、魔法省職員たちは彼を拘束へと動いた。

 

 必死に帝王の復活と、それをセブルスが殺したと訴えるディゴリーに、こいつは何を言ってるんだ?といういぶかしげな反応を崩さない魔法省職員たちは、やがてかわいそうに・・・疲れてるのね・・・というかのような反応に落ち着いていく。

 

 闇の帝王の復活など誰も信じないし、むしろこいつは勝手に学外に教員を一人連れて行った、問題発生の原因であるというのに?

 

 両親が人質に取られて!と必死に訴えるディゴリーも、エイモス=ディゴリーなら元気にやってるけど?という魔法省職員の確認に、誰も信じてくれない、と絶望に満ちた顔をしていく。

 

 ダンブルドアが居ればまた違ったことになったかもしれないが、いかんせん彼はまだ行方不明のままだった。

 

 そこにセブルスが帰ってきた。

 

 どういうことよ?と同様に拘束されて話を聞かれるセブルスは、ため息をついてこう答えた。

 

 拉致されてからのことは覚えていない、気が付いたら墓場らしき場所にいて、今さっき帰ってきたところだ、何があったかは自分の方が知りたいくらいだ、と。

 

 今度こそショックで放心するディゴリーに、君は療養が必要だね!と魔法省職員たちは医務室へ押し込んだ。

 

 もちろん、セブルスは全部覚えている。だが、そのうえで話をとぼけた。

 

 帝王の復活はまだいい。だが、それ以上のこと・・・その変貌と自身の行為について話すと話が激しく脱線するのと、セブルスの抱えている事情が公になって、さらに面倒なことになる。

 

 加えて、魔法省もホグワーツともども現在再編真っただ中であり、こんなところに闇の帝王復活という爆弾を放り込まれたら、誰とて怒り狂うだろう。ふざけるな貴様ぁぁぁっ!と怒鳴りつけたくもなる。

 

 錯乱していたとはいえ、ディゴリーも魔法省への就職をするのであれば、そのあたりの機微を見極めるべきだった。まあ、錯乱していたのだから無理もないだろうが。

 

 ・・・セブルスは察していた。

 

 確かに“ヴォルデモート”を殺した。その遺志を得た。だが、妙に量が少ない。あれは、“ヴォルデモート”が捕食した死喰い人のものだ。きっと、“ヴォルデモート”自身はまだ生きている。

 

 分霊箱を全て壊したと思ったのだが、セブルスの見ていないところで新たに作った可能性がある。あのナギニ、と呼ばれていた蛇など怪しいかもしれない。

 

 縄で縛られていたディゴリーを、言葉もなく帝王の意をくんで解放したのだから。

 

 「先生!ご無事でよかったです!」

 

 「お怪我はありませんか?」

 

 「どこ行ったかと思いました!」

 

 「あー・・・ええっと、オカエリナサイ?」

 

 「ロン、なんで片言なの?」

 

 「いいだろ、別に!こう・・・微妙なんだよ!いろいろ!」

 

 出迎えてくれた地下牢教室で調合の自主練習をしていた4人組のじゃれ合いを見て、セブルスはほっと表情を緩めた。

 

 ・・・ひいきに思われるかもしれないが、やはり彼らの方が大事なのだ。

 

 

 

 

 

 闇の帝王の復活と失敗は、大きなニュースにはならなかった。

 

 当然だ。当事者であるセドリック=ディゴリーの言は錯乱していると信じてもらえず、セブルス自身は口をつぐんでしまっているのだから。

 

 死喰い人たちもこの件に関しては口をつぐんでいるだろう、とセブルスも思っていたので予想通りといえばそこまでだろう。下手に言葉に出そうものなら、闇の帝王の信奉者と冷たい目で見られるだけだろうし、魔法省の闇祓いや魔法警察に目を付けられたくはないだろう。

 

 おそらく生きているだろう闇の帝王も、また潜伏したようだ。もっとも、あれでおとなしくすることを選ぶならば、最初から分霊箱なんてものに手を出すわけがない。近いうちに、また姿を現すだろう。

 

 セブルスはといえば、闇の帝王の復活とその失敗という重要なことについては、さすがに手紙でシレッと知らせることにはできず、夏休みに入り次第重要な話がある。今後にかかわる大事な話だ、必ず聞いてほしいとだけ友人知人たちに知らせた。

 

 特に、死喰い人を足抜けしたマルフォイ一家やレギュラス、エイブリー、ヴォルデモートからその身を隠している形となるリリーとその夫となるハリーには確実に話さなくてはならない。

 

 そういう問題はあれど、この年もどうにか無事終了と相成った。

 

 ハリーJr.たちは無事学年末試験をパスしたものの、クィディッチの戦績の低下などによって、この年は寮杯はハッフルパフが獲得することになった。

 

 寮監のスプラウトと寮母となった魔女は大喜びで、大はしゃぎの生徒たちに負けず劣らずに手を取り合って飛び跳ねているほどだ。

 

 

 

 

 

 ・・・セドリック=ディゴリーは、卒業を待たずして退学届けを出した。内定していた魔法省への就職も辞退し、その行方は定かではない。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 瓦礫とへし折れた木々、踏みつぶされた草地と、血と黒い粘液に濡れた荒れ地と化したリトルハングルトンの墓地。死喰い人たちはこぞって逃げ出し、マグル除けが施されているので、人っ子一人見に来る者はいない。

 

 その片隅から、小さなうめき声が聞こえた。

 

 『血が・・・血が・・・痒い・・・』

 

 引きちぎれた上半身、黒い粘液に覆われた骸骨じみた躯は、確かにヴォルデモート卿の声でうめいた。

 

 ガリ、ガリ、とその指先が地面を掻く。イチイの木でできた杖はへし折れて、杖芯となっている不死鳥フォークスの尾羽を無残に露出させていた。

 

 通常の生き物であれば、このような有様ならとうに死ぬはずだが、それでもそれは生きていた。生きながら死んでいるのか、死にながら生きているのか。それは定かではない。

 

 その屍に近寄る者がいた。緑色の鱗の大蛇、ナギニだ。痛々しげなけが人の痛みが少しでも癒えるのを祈るように、ナギニはその躯の傍らに太い胴を寄り添え、頭を摺り寄せる。

 

 ぽつぽつと雨が降り出した。小ぶりだったそれは、あっと言う間に大地のすべてを洗い流すような土砂降りとなる。

 

 雨に打たれる一匹と一体は、そのまま動かなくなる・・・と思われた。

 

 そこに現れる黒いローブの二人組。一人は片手に暴れ狂うネズミの尻尾をつかんでいた。

 

 「おとなしくしな、ワームテール。

 我が君の復活に失敗したお前を、本当は手討ちにしてやってもいいんだよ?」

 

 黒ローブの片割れが口を開く。声音からして女だ。

 

 二人はなおも痛痒を訴えるヴォルデモートの声を聞きつけるや、急ぎ黒ローブの裾を翻してそこに駆けよる。

 

 ナギニが寄り添い、うごめく黒い粘液濡れの躯に。

 

 「我が君?!」

 

 「ああぁ・・・・なんてこと!我が君!我が君!ああああぁぁ・・・!

 我々の脱獄が遅くなったばかりに!」

 

 その有様にぎょっとした二人だが、すぐに女の方が我に返るように、黒い粘液をものともせずに躯を抱き上げた。その声音は泣き崩れんばかりの悲痛なものだった。

 

 ほっとしたように、ナギニがシュルシュルとその身を動かして、鎌首をもたげて二人を見上げる。早く助けを、と言わんばかりに。

 

 「早く安全なところへ!

 ワームテール!急げ!」

 

 「我が君!いましばらくのご辛抱を!あああぁぁ・・・」

 

 吐き捨てる男は、持っていたネズミをたたきつけるように放り出して杖を向ける。

 

 あっと言う間に元の人間の姿になったペティグリューが、ひぃひぃとすすり泣くように、足を引きずらせながら、二人の先頭に立った。そのあとにナギニが太い胴を滑らせて続く。

 

 そうして、三人と一体の影が、闇の中に消えた。

 

 

 

 

 

 続く




 【セドリック=ディゴリーの杖】

 セドリック=ディゴリーが学生時代から愛用している、長さ30センチの杖。

 一角獣の毛に、トネリコの木が使われている。

 固い信念と強い精神力とともに、その杖は主とともにあった。

 主が闇の勢力に翻弄され、それでも苦悩とともに結果を選択するときでさえも。

 翻弄されるディゴリーの道にそれでも共にあろうとするのは、杖の忠実さゆえだろうか。






Q.ディゴリー君、なんでこんなことになったんすか!

A.正史という名の原作でもヴォルデモートにかかわると彼は不幸になるでしょう?
 ぶっちゃけ、4巻時点で死んでるのが一番みんな幸せになる道でしたっていう、ね?



Q.救いはないんですか?!

A.ないなんて誰が言ったんですか?!(逆ギレ)それと、失踪したからって闇落ちしてるとは限らないでしょう!



Q.なんで魔法省はヴォルハゲの復活を信じなかったんですか?

A.シャックルボルトのお話(第5楽章10)でもちらっと言いましたが、10年以上経って音沙汰ないんだったら、普通に死んでる換算しますし。
 普段だったらダンブルドアが何ほんとか?!って真剣な顔してきますけど、ダンブルドアはいませんし、記事操作のせいで魔法省大臣の座に長居できないファッジがせめて立つ鳥跡を濁さないでおこうと、騒ぎにさせませんでした。(ファッジがいる時点でどっちにしたって無理でしょう)



Q.セブルスさんは何で黙ってたんですか?

A.魔法省が見ないふりするのを見越してたからです。下手に騒いでもディゴリー君と同じく錯乱してるのね・・・扱いを受けると確信していました。
 ただ、彼にとっては非常事態に等しいですので、本文中にも書いている通り、この後ルシウスさんやエイブリーはじめ元死喰い人の友人や、メイソン一家にはすぐに手紙出しますし、夏休みに突入次第密談機会を設けるでしょう。

 ぶっちゃけ、本文中でも言ってる通りです。彼にとってはメイソン一家とその周囲が一番大事なんです。ディゴリー君なんてその辺の生徒Aですから、天秤にかけたら切り捨てられるにきまってますもの。彼は狩人様です。聖人じゃないんです。




 長丁場の第5楽章はこれでやっとおしまい。

 次回の投稿予定は未定です。

 内容は、新章スタート!まずは夏休み・・・出所した駄犬からの吠えメールを添えて。お楽しみに!


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【第6楽章】桃色ガマガエルの乱
【1】セブルス=スネイプ、吼えメールに辟易する


 前回は、閲覧、評価、お気に入り、誤字報告、ありがとうございました。

 だいぶお久しぶりです。

 火を付けろ。燃え残ったすべてに。

 火はつけられましたとも。ええ、他に手が付かなくなる程度には。

 でも、続きはちょっとあるので、少しだけお見せします。はい。


 

 暗い場所だった。

 

 鼻を突く獣臭と腐臭。古びた石壁は墓所カビと死血花に彩られ、ところどころによくわからない粘液や黒ずんだ痕跡が見え隠れしている。

 

 セブルス=スネイプは平然とそこを闊歩していた。聖杯ダンジョンの一角だ。夏休みに入ったのをいいことに、セブルスはストレス解消を兼ねて潜ることにしたのだ。

 

 やがて聞こえる足音とハアハアグルグルという獣の呼吸と唸り声に、彼は携えていた武器を構える。

 

 ノコギリ槍だ。ノコギリ鉈との違いは、変形すれば刺突を使える槍として扱えることだ。閉所での戦闘において、刺突攻撃は重宝する。

 

 ちょうど、今のように。

 

 飛び出してきた獣がよだれとともに飛び掛かってきたところを、鋭い槍の切っ先で穿ち、壁にたたきつけ、そのまま連続突きで串刺しにする。

 

 飛び散る返り血と流れ込んでくる遺志に、セブルスは満足げな息を吐いて、そのまま探索を続行する。

 

 あちこちに倒れている獣の死骸や探索してたと思しき何者かの亡骸を漁り、無造作に置かれている宝箱の蓋をあけて、中身を確認する。

 

 儀式素材は、夢の使者たちとの取引では啓蒙を用いても手に入らないものがあるので、欲しいならこうやって聖杯ダンジョンを自力探索するしかない。

 

 “ヴォルデモート”の復活儀式の細工に使ってしまったが、今思えばもったいないことをしたな、と思う。まあ、あれはあれで貴重な治験ではあった。

 

 とはいえ、予定してなかった素材がいろいろ入ったせいで、ヴォルデモートは変調をきたした。予定していた復活では、せいぜい血に飢える程度だろうと思っていたのに、セブルス自身の血やらバーティ=クラウチJr.の血肉を混ぜたせいで、あんな不安定な状態になってしまったのだ。

 

 まあ、どっちにしても殺すつもりではあったのだが。料理をして出来上がったものは食べる。同じことだ。対象が、食べ物か上位者かの違いだ。セブルスにとっては大差ない。

 

 たどり着いた先にある重い扉を、セブルスは両手で持ち上げるように開く。この重い扉は、魔法が効かずこうやって開けるしかないのだ。

 

 やがて進んだ部屋の片隅で、セブルスは普段ならばあまり気にしない獣に目を止める。黒い毛に覆われているが、コガネムシを思わせる甲殻のような羽と、飛び出たような複眼を持つ、奇妙な獣だ。

 

 ・・・セブルスは気にも留めなかったが、少し離れたところにへし折れた杖と自動速記羽ペン、レンズの砕けたメガネが転がっていた。(そしてそれらはいずれも比較的新しいものだ)

 

 禁域の森を抜けた先、たどり着いた廃墟と化したビルゲンワースをうろついていた虫をベースにした獣たちがいたが、しいて言うならあれらとシルエットは似ているかもしれない。

 

 もっとも、光弾を飛ばしたり怪音で発狂させにかかってくるあれらと比べれば、掴みかかってくる程度なのでまだ優しいが。

 

 しかもクソ弱い。強化済みのノコギリ槍で二度ほど切り付けてやっただけであっさり動かなくなってしまった。ドロップも血の遺志がちょびっとで、他の固有ドロップらしきものもなければ、輸血液や水銀弾さえ落とさない。

 

 ハズレもいいところだ。次に見かけたらスルー決定だ、とセブルスは内心で毒づいた。

 

 そのままセブルスは、ボス部屋を開くためのレバーを求めて進みだした。

 

 

 

 

 

 聖杯ダンジョンを抜け出したセブルスは、戦果にホクホクしていた。

 

 素材も手に入ったし、実験用の死体も回収。ついでに血晶石もスタマイと大当たりだった。

 

 早速、武器の手入れと合わせて付け替えをしなければ。

 

 狩り装束の汚れを魔法で落としながら玄関の扉をくぐると、焦げ臭いにおいにセブルスは先ほどまでの上機嫌が吹き飛び、怪訝そうに眉をひそめた。

 

 困り果てた様子のメアリーが、デスクの周りを使者たちとともに掃除していた。

 

 「お帰りなさい、狩人様」

 

 「今戻った。どうしたのだね?」

 

 尋ねるセブルスは、スンと鼻を鳴らす。焦げ臭いにおいは、書斎を兼ねたリビングにはあまり馴染みのないものだ。

 

 匂いの源は間違いなく、デスク周りだ。

 

 メアリーが料理を失敗することはめったにないし、それならキッチンから臭うし、片付けもキッチンでやっているはず。

 

 なぜ、デスクの周りを掃除しているのだろうか?

 

 用のないときはあらかじめデスクの上は片づけるようにしていたので、重要な書籍や書類に致命的な被害はない。書籍や書類には。それでも、辞書の類の表紙に焦げが付いてしまっている。

 

 ・・・代わりに、いつだったかのクリスマスプレゼントでもらった高級羽ペンとインクツボ、万年筆などの筆記用具に被害が出たらしい。焦げて粉々にされている。買い直しが決定した。

 

 レターボックスも表面が焦がされて、繊細な細工が黒ずんだ炭にされていた。これも買い替えた方がいいだろう。その代わり中身は無事だ。

 

 この状態から察するに。

 

 「申し訳ありません。赤くて煙を上げる封筒が届きました。言いつけられていた通り、すぐに開封しようとしたのですが、その前に爆発しました」

 

 案の定、吼えメールだったらしい。そして、申し訳なさそうな彼女の言からさらに察するに。

 

 「・・・すまなかったな」

 

 「何故謝られるのでしょう?」

 

 「爆発に巻き込まれたのではないかね?いかにお前には無意味であろうとも、お前が傷つくところを見るのは心苦しいのだ」

 

 「? 先ほどのは狩人様は御覧になられていないはずですが?」

 

 不思議そうにするメアリーに、セブルスは改めて申し訳なく思う。

 

 やはり、吼えメールの爆発に巻き込まれたらしい。デスクの周りは焦げているのに彼女には傷一つないので、おそらく巻き込まれはしたが復活したというところだろう。

 

 「・・・送り主の名前は見たかね?」

 

 「確か、シリウス=ブラックと書かれていました」

 

 セブルスは思い出した。

 

 あの駄犬が、今年アズカバンを出所だったということに。

 

 ホグワーツの大広間で散々殴ってやったというのに、吼えメールでメアリーを傷つけるとは。

 

 吼えメールだから故意ではない?知ったことか。

 

 さて、どうしてくれよう?

 

 思案しながらも、セブルスは首をかしげるメアリーの頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 メアリーは、その身を犠牲にしつつも吼えメールと一緒に届いた他の手紙の避難には成功していた。

 

 それは、リーマス=ルーピンからの手紙である。

 

 確か、人狼を農奴として雇っている純血貴族たちの話によると、ルーピンは人狼たちではやりきれない仕事を魔法で行っている(その分給与も他より高めではある)ほか、こっそり人狼たちに読み書き計算などの勉強も教えているらしい。

 

 これに関しては、下手に知恵を付けられるのは、と苦い顔をするものと、より使い勝手がよくなるに越したことはない、と頷くものの二つに分かれている。

 

 さて、そんなルーピンからの手紙だが・・・シリウスの吼えメールに関する謝罪から始まり、どうしてそうなったのかという事情の説明が記されていた。

 

 

 

 

 

 アズカバンからの出所の際、身元引受人の指名をしなければならないのだが、シリウスはそれに対して最初ダンブルドアを指名したのだが、彼の老人は相変わらず音信不通であったため、リーマス=ルーピンを改めて指名した。

 

 ルーピンは他の人狼たちとともに農作業に従事しつつも、その片手間に誤解と仲たがいを解きほぐすべく、アズカバンへ面会に出向いていた。その効果もあって、二人は12年の断絶などなかったように、元通りの交友関係を築けた。少なくとも、ルーピンはそう思っている。

 

 さて、そんなシリウスが獄中でひたすら気に掛けるのは、もちろん親友ジェームズの息子、ハリー=ポッターのことである。

 

 あの子は生きてたんだ!とシリウスは嬉々として話した。アズカバンを脱獄して、黒犬姿で北のホグワーツへ向かう道中で通りがかった街で偶然見かけ、まさかと近寄ってみれば間違いないと確信した。

 

 見た目だけで?と呆れて問い返すルーピンに、シリウスは胸を張ったドヤ顔で答えた。オレがジェームズの息子を見間違えるもんか!と。

 

 そのあとはちょっといろいろあってはぐれてしまったし、シリウスにも憎きネズミへの報復という大事な目的があったので、泣く泣くあきらめたが、落ち着いたら必ず会いに行こうと強く決めていたのだ。

 

 出所したら、一緒に探しに行こう!とウキウキというシリウスを、ルーピンは必死になだめた。

 

 今ともに住んでいる家族とともに静かに暮らしたいだろう、ハリー=メイソンJr.を慮って。

 

 ルーピンは、声を潜めてシリウスにハリーJr.の現状を教え、続けて説得する。

 

 いきなり押しかけたら迷惑だろう?闇の陣営の残党がどこで目耳を張り巡らせているかわからないし、まずは手紙で都合を聞こうよ、と。

 

 その場では不承不承という様子でも、シリウスはうなずいた。・・・けれど、やはりシリウスはシリウスであった。

 

 ハリーJr.の現状を聞いた時に、シリウスは併せてセブルスのことを聞かされたのだ。

 

 ホグワーツで殴ってきたのはセブルスだということで、「はあ?!あれがスニベルス?!」と非常に驚かれたこと。(ペティグリューのことを知った新聞は視察に来たファッジからの差し入れだった。再投獄後、新聞さえももらえなくなったのでスキーターの記事をシリウスは知らないままだ)

 

 そして、どうやってかセブルスがハリーJr.とリリーの親子を助けて、二人を引き離そうとしたダンブルドアから匿い、ともに住めるようにしてくれたこと。

 

 で、それを聞いたシリウスは何をどう曲解したか、セブルスに敵意を持った。(たぶん、これでも相当やんわりと表現してあると思われる。元々敵意を持ってたのは言わずもがな)

 

 手紙には書かれていなかったが、おそらくその場でセブルスの罵倒大会でも開ける勢いで何か言ったことは想像に難くない。

 

 で、そこから出所後に、シリウスはルーピンのところに転がり込んだ。ブラック家は当主であるレオ=ノワールが、弁護士を通じて引き取り拒否をしたらしいから、しょうがない。

 

 絶縁されて手切れ金もらったでしょ?レオ=ノワール氏は、ちゃんと前当主から資産も領地運営の業務も引き継いでいるから、歴とした当主だからね。要約してそんなことを言われたシリウスは、赤の他人が何でブラック家を好き放題してんだ!おかしいだろ!とブー垂れていたらしい。

 

 前述したが、ルーピンは人狼コミュニティのつてで農奴としてとはいえ、一応働いている。脱狼薬が給金ついでに支給されるのだし、他の農奴の人狼よりも魔法が使える分、給金もいい。(さすがにホグワーツの給料には及ばないが)

 

 で、そんなルーピンのところにシリウス(出所したての無職)が転がり込んだ。

 

 朝から晩まで働くルーピンがシリウスの行動を一から十まで見ていられるわけがなく、気が付いたら吼えメールを出されてた。

 

 いたる、現在。

 

 

 

 

 

 私が悪いんだ、早くハリーに会いに行こうというシリウスの懇願を仕事を言い訳に先延ばしにしてたから、というルーピンの言い訳と、再度の謝罪で手紙は結ばれていた。

 

 どこまでお人よしなんだ、この馬鹿は、とセブルスは軽蔑すら覚えながら手紙を放り捨てた。レターボックスに入れるのもばかばかしい。

 

 ルーピンのそれはもはや、友情を通り越して依存めいていやしないか?

 

 突き放すのも時には必要だ。もっとも、セブルスの立場としては勝手にしてくれとしか言えない。

 

 もっとも、メアリーに危害を加えた時点で慈悲はない。慈悲はないのだが・・・。

 

 セブルスは続けて目を通した手紙を前に、盛大に舌打ちした。

 

 それは、リリーからの手紙だった。

 

 どうも、シリウスは合わせてメイソン宅(正確にはハリーJr.)にも手紙を出していたらしい。

 

 心配した!無事でよかった!元気だったか!会いに行きたいから都合のいい日を教えてくれ!などととりあえずハリーJr.(併せてリリー)の心配をしまくるシリウスの手紙に、ハリーJr.は毒気を抜かれたらしい。(この辺りは基本的に素直でお人よしのハリーJr.らしい)

 

 その過程で閉心術の訓練を通じて知ってしまった、セブルスの話をするハリーJr.に、激怒したのがヘザーだった。(ハリーもいい顔をしなかったらしい。リリーはあれについてはセブルスも悪かったけど、自分も悪かったと思い返して落ち込んでいた)

 

 いくら手紙でいい人ぶったって、おじさんにそんなことした人に会うっていうの?!と憤慨しまくるヘザーを、一応ハリーJr.の後見人の一人だから、とリリーは懸命になだめた。

 

 無実を知ってたのに、見捨てるように見て見ぬふりしていた罪悪感があったので、会わせるくらいならばいいだろうと思ったらしいのだ。

 

 で、セブルスに散々迷惑をかけてすまないが、シリウスと会うのを許してもらえないだろうか、そちらには迷惑をかけないようにするし、シリウスにも言い聞かせるから、と申し出てきているのだ。

 

 以上のことが記された手紙に、セブルスはとりあえずリリーの謝罪に免じて、ひとまずシリウスへのあれこれは後回しにすることにした。

 

 ひとまずは。

 

 

 

 

 

 正規教員生活に入って5年目のサマーバケーションである。

 

 と言っても、今年は今年でのほほんと過ごせそうにないというのは、シリウス=ブラックからの吼えメールが証明してくれたところである。

 

 あのシリウスがおとなしくしているとは到底思えない。だが、メイソン一家は長期休みの際はハリーの仕事の関係で取材旅行に行くことが多いのだ。急に連絡が取れなくなった、とシリウスが騒ぎ出さなければいいのだが。(たぶん無理だ)

 

 加えて、セブルスもメイソン一家のことばかり気にかけていられない。(最優先事項ではあるのだが)

 

 何しろ、セブルスはついこの間復活に失敗して(させてというべきか?)化け物に変貌した闇の帝王を八つ裂きにしたところである。

 

 おそらく、ヴォルデモートはまだ生きている。・・・あれを生きているといっていいかは不明だが、なにがしかの行動を起こせる状態ではあるだろう。

 

 だが、ヴォルデモートが一度でも復活したことを、死喰い人たちは知っている。その場にすぐさま参上できなかったものでも、“闇の印”のせいで察知しているだろう。

 

 そのヴォルデモートがよくわからないうちに突然化け物に変貌して、死喰い人たちを捕食し始めたとしても、見てないことを人間は信じない。

 

 つまり、アズカバンに拘留されている死喰い人たちが、ヴォルデモートの変貌を知るわけがなく、単純に一度復活したけどまたすぐいなくなったらしい、ぐらいしかわからないわけで。レストレンジなどの狂信者になると、何が何でも状況を把握しようとしたがることだろう。

 

 一方のヴォルデモートの捕食行為から逃げ出した死喰い人たちは、おそらく頭を抱えていることだろう。

 

 偉大なる我が君から逃げ出してしまったのだ。それも、直前の大演説で「お前らよくも助けに来なかったな?」と闇の帝王直々に罵倒されておきながら。

 

 もし、ヴォルデモートが正気を取り戻したら。あるいはレストレンジなどの狂信者が脱獄して、誅殺に乗り出してきたら。

 

 そう考えるだけで気が気ではないに違いない。

 

 実際、セブルスは夏休みに入ると同時に、ルシウスから“闇の印”を消してほしいという依頼が大量に入っていると連絡を受け取ったので、おそらく予想は外れてないだろう。

 

 なお、ルシウスはその依頼人たちがそろって、ホグワーツの次の魔法薬学教授はきまってる?スネイプのことはお悔やみ申し上げます・・・と沈痛な面持ちで言ってくるのに、眉を顰めざるを得なかった。

 

 何言ってんだこいつら?セブルスならホグワーツで元気に教鞭とってるが?

 

 なお、ルシウスがそんな感じのことを口にすると、依頼人たちはそろって、うっそだろお前とでもいうかのような唖然とした顔をしていたらしい。

 

 無理もないだろう。彼らはセブルスが死の呪文の直撃を食らったところを目撃したのだから。

 

 まあ、その連中はどうでもいい。ルシウスとかが泣きついてきたら考えないでもない。

 

 セブルスにとっては、今現在親交のある元死喰い人組――レギュラスとマルフォイ夫妻、エイブリーの方が優先すべき人間である。

 

 つまり、彼らには伝えなければならないのだ。闇の帝王の復活とそれにまつわるあれやこれやについて。

 

 

 

 

 

 マルフォイ家が出資するレストランは、純血貴族御用達である。

 

 “漏れ鍋”では気軽過ぎるので不向きな商談取引や接待でも用いられるし、あるいは家族そろうことがあるサマーバケーションなどの長期休暇で利用されることがある。

 

 使用する食材も超一級が取り揃えられ、味も値段に沿う高級なものだ。

 

 そのVIPルームにて、4人の男が顔を突き合わせていた。(なお、エイブリーもレギュラス=ブラックの生存については、察していたが知らぬふりをしていた。)

 

 顔色一つ変えずにステーキにナイフを入れるセブルスに対し、カトラリーを取り落としそうになるのはエイブリーである。

 

 ルシウスは真っ青になって顔を引きつらせているし、レギュラスはだらだらと冷や汗を流しながら目を泳がせていた。

 

 「お、ま、じ」

 

 「『お前マジで言ってんのか、冗談だろ』とでも言いたいのかね?」

 

 酸欠の金魚のごとくパクパクと口を開け閉めしつつ声を絞り出そうとするエイブリーだが、言葉になっておらずセブルスに先読みされる始末である。

 

 「・・・手紙ですでに読みましたし、14年前も聞きましたけど、改めて聞くと心臓に悪いですよね」

 

 「・・・知ってたのか?」

 

 「いろいろありまして」

 

 あきらめたような声でうめくレギュラスに、ルシウスが尋ねるとレギュラスは遠い目をして頷いた。

 

 14年前、当時同居していたセブルスが突然姿を消したと思ったら、血の臭いをさせて帰宅して、帝王の腸を引きずり出して殺してきたと告げた時もだいぶ混乱した。

 

 「待て待て待て。何か?スネイプ。お前が14年前に闇の帝王を殺した張本人?!リリー=ポッターの錯乱魔力暴走が原因じゃなかったのか?!

 んでもって、それが原因でついこの間も闇の帝王に拉致されて、復活に付き合わされたけど、その場で即座に殺しましたって出来の悪い三文小説か!」

 

 「エイブリー先輩・・・。

 フェンリール=グレイバックを知ってますか?スネイプ先輩は脱狼薬の改良に彼を協力させていました。腸を引きずり出して血まみれで地下に拉致して、了承させるまで拷問してました・・・」

 

 「我が家の前のハウスエルフを知っているか?突飛で実にできの悪い奴でな。

 あれがセブルスを怒らせた結果・・・今でも思うのだが、導きとは何のことだ?ドビーはなぜああなってしまったのだ・・・何故湿った音が頭の中で聞こえるというのだ・・・?」

 

 顔を引きつらせて問いかけるエイブリーに、レギュラスとルシウスは二人そろって語る。二人が目の当たりにした、セブルスの尋常ならざる部分を。

 

 

 

 

 

 レギュラスは今でも時々、セブルスからの指示でグレイバックを呼び出す。

 

 かつて狂犬とも呼ばれた人狼のリーダーは、すっかり人が変わったようにおとなしくなっており(口は悪いし悪態もつくが)、セブルスの治験という名の魔法薬の実験に引っ張り出され、その度に吐血したり心臓や呼吸を止めたりしている。蘇生こそ間に合っているが、都合のいいモルモット扱いに、人狼たちは震えあがっている。

 

 一度フェンリールをかばおうとした別の人狼がセブルスに腸をぶちまけられてから、反発勢力はなくなった。彼らはフェンリールから地下室でのあれこれを聞いて以降、闇の帝王よりも怖い、ととってもおとなしくなった。

 

 レギュラスはそれを間近でつぶさに見てきた。人狼たちは脱狼薬の支給と働き先の確保もあるが、同じくらい力ある者には平伏する。狼とは群れるものであり、群れる以上は頭目を戴くもの。力ある頭目が闇の帝王からセブルスに変わっただけだ。何も問題はない。

 

 むしろ、世間的にはあぶれたものが少なくなったことで人狼たちが世間にかける迷惑が少なくなったことで、よくなったとみるべきだろう。

 

 

 

 

 

 ルシウスは今でも時々、思い返してしまう。

 

 セブルスの家から治験とやらを終えて帰ってきたドビーの異様な姿を。妙に頭を膨らませ、蕩けさせた奇妙な瞳でうっとりと彼方を見やっていた。

 

 あれを思い返すたびに、脳の奥で何かが疼きそうな気がするのだ。

 

 その疼きを、ルシウスは徹底的に無視した。ルシウスにとって必要なのは家族、貴族の沽券、利益と様々だが、その脳の疼きは必要ない。

 

 まともに生きて、家族に囲まれて寝台の上でまともに死にたいのだ。

 

 だから、本音を言えば闇の帝王になんて傅きたくない。

 

 純血貴族として、古い闇の魔術についても多少の心得のあるルシウスは、感覚でわかるのだ。脳の奥の疼きなど、追いかけてもろくなことにならないと。

 

 

 

 

 

 「そういや、スキーターの新聞記事・・・。

 お前、マジでブラック兄をぶん殴ってたのか?」

 

 「おかしなことを言うものだ。

 あの時、あれを殴るに値する万の理由こそあれど、殴らぬ千の理由はなかったように思うのだが?」

 

 「どんだけ理由があるんだよ?!

 いや、相変わらず頭がおかしいブラック兄なんざ殴り損のような気もするが、なんでわざわざ殴る?!呪えばいいじゃねえか!」

 

 「わからんか?スカッとする」

 

 「新聞見た瞬間ドン引きしたっての!」

 

 清々したというかのように言い放つセブルスに、エイブリーはツッコミを返した。

 

 そこでシリウスを痛めつけないという選択肢が両者ともに出てこないあたり、どのくらい嫌われているのかがうかがい知れるだろう。

 

 なお、実の兄の嫌われぶりに、レギュラスは死んだ目をテーブルに落とした。

 

 一昨年のシリウス=ブラックの脱獄からホグワーツ潜伏に至る一連の事件は、レギュラスにとっては黒歴史扱いしたい出来事である。

 

 そんなレギュラスとは対照的に、ルシウスは宇宙人の話に興味はないというかのように、カトラリーを黙々と動かしている。

 

 「話を戻していいかね?私のことよりも重要な話だ。

 先も話した通り、闇の帝王が一時的とはいえ復活した。

 貴公ら、元死喰い人にとってはあまりいい状況とは言えぬと思ってな」

 

 「・・・ええっと、さっき即座にその場で殺したって言ってませんでした?」

 

 話題の軌道修正を図るセブルスに、どうにか気を取り直したレギュラスが問いかけた。

 

 「うむ」

 

 「何度聞いてもツッコミどころしか出てこねえんだが?

 とりあえず、何があったかもうちょっと詳細に話せ」

 

 八つ当たりするように、最後のステーキのひとかけらを飲み込んでから、エイブリーが促した。

 

 うなずいて、セブルスは改めて話し出した。

 

 

 

 

 

 イースター休暇明けのとある休日に起こった、その事件。

 

 セブルスがすべてを語り終えた時には、肉料理のあとのデザート、ワッフルに添えられたアイスもすべて食べ終わっていたが、セブルス以外の全員が胃もたれでも起こしていそうなげんなりした顔をしていた。

 

 「お前・・・よく無事だったな・・・?」

 

 一度死んだことを除いてすべてを話していたセブルスに、かすれた声でエイブリーが問いかける。

 

 「大したことではない。私にとっては何があっても悪い夢のようなものだ」

 

 「ああ・・・まあ・・・スネイプ先輩は・・・そうかもしれないですね・・・」

 

 シレッといったセブルスに、ついこの間悪夢じみた事件に巻き込まれてセブルスの助力で切り抜けたレギュラスが遠い目をして頷いた。

 

 「・・・Mr.メイソンから闇の帝王蘇生の可能性と、その身内の墓の在処について聞き及んでいたが、どういう経緯をたどればそうなる?」

 

 途中からひたすら頭痛をこらえるようにこめかみをもみほぐしていたルシウスの問いかけに、セブルスは続けた。

 

 「棺の中の遺体に細工をしておきましてな。中の遺骨を少々曰く付きのものにすり替えていたのですが、それに気が付かずに蘇生材料にしたようです。

 さらに、蘇生材料の一つには、クラウチJr.の肉体の一部がありましてな」

 

 「あ・・・そういえば、ホグワーツで見つかったバーティの遺体には、手首がなかったって・・・」

 

 はっとしたレギュラスの言葉に、セブルスはうなずいた。

 

 「去年、バーティ=クラウチJr.が21の秘跡という魔術儀式を行い、その肉体を人ならざる身に堕としたことはすでにお話ししたとおりです。

 曰く付きのものにすり替えられた遺骨、人ならざる肉身、それらを統合する魂は、度重なる分霊箱作成によってズタズタにされ、薄弱そのもの。

 まともな状態で蘇生する方が難しいでしょうな」

 

 さらには、セブルス自身の血もそれに後押しをしてしまった。

 

 ヴォルデモート自身は知らなかっただろうが、いっそ見事なまでの自滅行為だった。

 

 せめて、蘇生素材がどれか一つだけがまともでない状態であるならば、まだ救いがあった。・・・というか、リドル氏の遺体に細工をした時点のセブルスは、せいぜい血に飢える程度だろう(いかに儀式素材を用いても、その力を引き出す上位者の血などの他の起爆剤がなければ意味がないだろう)と思っていたのに、ふたを開けてみればこの始末である。

 

 不老不死のどこがいいのか。体感時間で百年ヤーナムで死に続けたが終わりもなかった獣狩りの夜を延々と過ごしたセブルスには、理解しかねる話だ。

 

 「分霊箱?」

 

 「闇の帝王が、セブルスに殺されてなお死に切らなかったカラクリだ。

 闇の魔術の中でも、最も悍ましい呪法の一つ。生贄と引き換えに己の魂を分割して器物の中に封じることで、仮初の不死を得るそうだ。

 ・・・待て」

 

 怪訝そうな顔をするエイブリーにそう説明したルシウスは、ややあって顔をこわばらせる。

 

 「まさか・・・まだ闇の帝王が生きていると?

 分霊箱がまだほかにもある?そういうことなのか?」

 

 聡いルシウスはそこに行きついたらしい。矢継ぎ早に尋ねてくる。

 

 「現状判明しているものは破壊しました。

 ただ、そこから新たに分霊箱を作った可能性があります。

 あるいは」

 

 「あるいは?」

 

 「本人も意図せず、偶発的に分霊箱を生み出した可能性もあります」

 

 「偶発的?!魂ですよ?!ガラスじゃないんですから、そう簡単に分割できるわけがないじゃないですか!」

 

 口をはさんだレギュラスに、セブルスは黙って指を5本立てる。

 

 「5つ。それが今まで発見・破壊してきた闇の帝王の分霊箱の数だ。以前、レギュラスから聞いた限りでは最大3つ作ったものがいたそうだが、それを超えている。

 そんな大量に魂を分割するものを量産すれば、魂そのものが脆弱になってもおかしくない」

 

 言い放ったセブルスに、ルシウスは確かにと頷き、レギュラスとエイブリーは絶句している。

 

 

 

 

 

 分霊箱作成において、器物に封じる魂が単純に2分の1に分割したものだとするならば、分霊箱を作成するたびに本体に残る魂はより脆弱になる。単純計算して、本体に残る魂は、本来の32分の1しかないということになるのだ。

 

 セブルスは聞きかじった程度しか知らないが、東洋において魂は三魂七魄という、3つの魂と7つの魄で形成されているという思想もあり、それを応用しているのかとも思ったが、そうでもないようである。(世界一周〈グランドツアー〉中に、そういったことを聞きかじることもあったので)

 

 さらに、ヴォルデモートはセブルスの血を取り込んだ。血の遺志の業を扱えるようになる、狩人の血を。

 

 血とは魂と密接に連動する。狩人は遺志を継ぐものである。血を通じて他者(それが獣であれ狩人であれ上位者であれ)の想いを引き継ぐが、それは同時に狩人自身の精神の強さ――血に酔えども目的を忘れない屈強さの必要性を意味する。脆弱な状態の魂で、あれらの素材から構築された肉体を一度でも用いればどうなるか。

 

 それに加えて、ヴォルデモートは配下の死喰い人を捕食している。一度でも狩りと殺しの快楽を知ってしまえば、後戻りできなくなる。

 

 もっとも、それに耽溺した末路をセブルスは知ってしまったので、必死に呑まれまいと抗ったのだが。

 

 血には酔えど、飲まれるべからず。血は畏れ恐れるものである。

 

 もっとも、ヤーナム人からしてみればよそ者のセブルスこそがそれを一番わかっていたというのは、何とも皮肉な話であるのだが。

 

 もちろん、ヴォルデモートにそんなことわかっているはずがない。学長ウィレームの警句など、あの男にとっては何の意味もないだろう。

 

 狩人の血とは、元をたどれば上位者由来のものだ。その効果は激烈だ。魂さえも変質させてしまうほどに。

 

 

 

 

 

 本題に戻す。

 

 「待て待て待て。ただでさえも仮初の不死になる分霊箱とやらを意図的量産してるのに、事故って偶発製造する可能性もあるってのか?

 んでもって、この間実際復活して、“闇の印”で招集かけてきて、そのあと即座に殺されたわけで・・・。

 ヤベエんじゃねえか?いろいろと」

 

 同じく思い当たったらしいエイブリーが顔を引きつらせる。

 

 「・・・アズカバンへの監視を強めた方がいいですね。

 あとは、僕たちと同じく印を消してもらった元死喰い人に警戒を促すべきでしょう」

 

 「そうだ。それを警告に来た。

 私は確かに、闇の帝王の肉体は殺したが、魂を再起不能にはできていない可能性がある。

 さらに、復活の儀式に手を貸したペティグリューに逃げられた。

 闇の帝王の手足となりうる奴がな。

 復活の儀式はつぶしたが、まだ何か手段を講じないわけがないだろう」

 

 青ざめた顔で言うレギュラスに、セブルスはうなずいた。

 

 あの復活の儀式直後の墓地で、すでにヴォルデモートは自身を裏切って完全に離反した死喰い人についても把握してしまっているだろう。

 

 なにがしかの形で制裁を加えにかかってきてもおかしくない。

 

 「・・・すでにマルフォイの本邸は従来の場所とは別の場所に移築をし、防護結界や守護術式に変更を加え、レストレンジ他数家のものは通さないようにしている」

 

 「マルフォイ先輩に同じくな。ああ、去年、お前が来たのは移築した方なんだよ。

 そういう事情なら、商売取引の方もしばらくは代理を通したほうがいいな」

 

 「ブラック本邸に関しても問題はありません。あそこは元々闇の帝王にも住所を開示していません・・・あ」

 

 「どうかしたのか?」

 

 「・・・兄が」

 

 青ざめた顔でレギュラスがうめく。

 

 「兄が、ひょっとしたらダンブルドア辺りに住所を漏らしている可能性があるかもしれません・・・。

 その・・・スネイプ先輩がホグワーツから出奔される前までは、一応兄もブラックのものとしていろいろ機密を知られてましたので・・・」

 

 実際、シリウスはポッター夫妻にグリモールドプレイス12番地の在処を漏らしてしまっている。おかげで、ダンブルドアに追われる赤子のハリーJr.を連れたリリーはレギュラスに会い、セブルスの伝手で大陸に渡ってハリー=メイソンらとともに暮らせるようになったのだが。

 

 とはいえ、それはしょせん結果論でしかない。

 

 ダンブルドアが知っているなら、闇の帝王復活のことを耳にした彼が何かやってきてもおかしくない。

 

 あの老人は所在不明であるが、死んだとは明言されていないのだから。

 

 「と、とにかく、すぐに帰宅してクリーチャーと一緒に確認をしないと。防護結界や守護術式もかけなおしたほうがいいですね」

 

 急いでレギュラスがカトラリーをおいて立ち上がろうとした時だった。

 

 慌ただしく扉がノックされ、ルシウスが「入りたまえ」と声をかけると、素早く丁寧に扉が開かれる。

 

 きりっとした支配人が、素早くテーブルに歩み寄りながら、「お食事中に失礼します。魔法省からのフクロウ便でございます」と言いつつ、手紙を差し出してきた。

 

 赤くて煙を上げる吼えメールではないその封筒は、黒い色をしていた。

 

 それは、緊急性は高いが同時に機密情報だということを示す、純血貴族が特に用いる特殊な封筒だ。

 

 ルシウスが杖先で封蝋をノックすると、瞬時に蝋は溶け消える。あらかじめ登録した魔力の持ち主しか解除できない特殊な封蝋と、無理に開封しようとすると中の便箋を溶かす特殊な封筒だ。これらはセットで特に純血貴族が好んで用いている。

 

 そうして取り出した手紙を彼は目を通すなり、絶句して顔を上げた。

 

 青ざめた顔で、彼は告げた。

 

 「アズカバンで集団脱獄が起こった。レストレンジ夫妻をはじめ、元死喰い人が多数脱獄。例のあの元森番に・・・吸魂鬼(ディメンター)も一緒にいなくなっているそうだ」

 

 

 

 

 

 続く

 




【黒い手紙】
 純血貴族が特に好んで用いる特殊な手紙。あらかじめ魔力登録した相手の杖のみが、その封蝋を溶かし、中の便箋を取り出すことができる。

 中身は魔法省の役人がルシウス=マルフォイにあてた手紙で、アズカバンからの集団脱獄について書かれている。

 重大な秘密を大声で触れて回るのは品がなく、しかし共有する必要があるそれの伝達手段として、純血貴族たちは黒い封筒と専用の封蝋を好んだのだ。





 次回の予定は、未定です。

 内容は、帰ってきたダンブルドア!正義は不死鳥のごとく燃え上がる・・・のか?

 ようやく本編登場のピンクのガマガエルを添えて。カエルの解剖が秒読みに入った?!お楽しみに!

 2023.10.09.追記
 次回は本編更新としていましたが、予定変更で番外編の方を更新します。
 詳しくはアンケートでお願いします。
 その代わり、10月14日を締め切りとし、15日更新とします。
 よかったらご協力お願いします。

 2023.10.15.さらに追記
 ふと正気に戻りました。この小話はおかしなところが多すぎるのでは?こんなもの公開してお目汚しするなど、赤っ恥もいいところでは?と。ゆえに、インテルメッツォ3は削除します。気が向いたらまた改稿して公開します。大変申し訳ありませんでした。

 2023.12.30.さらにさらに追記
 来年1月1日と1月2日に外伝を1話ずつ更新します。1日の方は削除したインテルメッツォ3を修正して投稿、2日の方はアンケートでお聞きしたピーター視点のお話です。本編は・・・もうしばらくお待ちください。


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【インテルメッツォ3】狩人と人形掌編集

 相変わらず文章は書けません。

 でも完結させたいという気持ちはあるので、ちょっと手直しして外伝を上げなおします。

 あけましておめでとうございます。


 今はメアリーと呼ばれる彼女は人形である。

 

 慕っている狩人様であるセブルス様のご要望で、ホグワーツという魔法の学校にやってきた。

 

 ホグワーツは広い。9月に入ると、がらんとした校舎内が大勢の生徒でひしめき合うようになった。

 

 けれど、メアリーは変わらない。

 

 セブルス様の食事やお茶請けのお菓子を作る。9月に入ると、授業のお手伝いもするようになった。

 

 と言っても、書類を届けたり、授業の準備と片付け、生徒たちの手元を見て、危なそうなら注意したりアドバイスを送ったりする程度だ。

 

 セブルス様の魔法薬の調合も手伝うことがあったので、メアリーもレシピ自体は記憶できているのだ。

 

 さて、これは、そんな彼女と愛する狩人様のホグワーツにおける日常の一幕である。

 

 

 

 

 

[ポモーナ=スプラウトの場合]

 

※第2楽章2以降、セブルス教員生活1年目中。

 

 「こんにちは、スプラウト様」

 

 「あら、こんにちは、メアリー」

 

 温室でブボチューバーの膿を絞っていたスプラウトは、聞こえてきた淡々調子のゆったりした声音に顔をあげる。

 

 ボンネットの隙間から見える銀髪と、羽織ったショールを揺らす、白皙の美女。ただし、その指先は人形らしい球体関節である。

 

 歩いてしゃべる、自立活動をする人形。

 

 スプラウトもホグワーツで教師をして長いが、こんな魔道具は初めて見た。

 

 セブルスはこの人形を大事にしているらしく、時折廊下の片隅などでボンネット越しに頭を撫でているのを見かける。

 

 人形の方も、人間であれば頬を染めていそうな、ホワホワした空気を醸し出していた。

 

 不愛想で何を考えているかいまひとつわからないセブルス(おまけに学生であった頃は、スプラウトの教え子たちを魔法の実験台にしていたともいうし)はともかく、この人形についてはスプラウトは気に入っていた。

 

 表情こそ変えることはないが、無垢そのものという言葉は、話していると日頃の疲れが癒されるような気もする。

 

 「また、何か薬草が入用なの?」

 

 「はい。先日、補習としてふくれ薬の再調合が行われましたので、いくつか在庫がなくなった材料があります」

 

 搾り取った膿の処理をしながら尋ねるスプラウトに、メアリーはうなずいてメモ用紙を片手に淡々と語る。

 

 ふんふんとうなずき、スプラウトは急ぎ保管庫に取って返し、言われたものを取って戻ってきた。液状のものは保存魔法のかかったクリスタル瓶に詰めているし、花や薬草はドライフラワーにしておいてある。もちろん、品種や部位によって、その保存方法は様々だ。

 

 薬草学を極めるということは、植物の育て方のみならず、有用な部分、不要な部分、有害な部分をピックアップし、それぞれの対処方法も万全にするということに他ならない。

 

 「では、失礼します」

 

 受け取ったものをポシェットにしまったメアリーはぺこりと頭を下げ、そのまま温室を出て行く。

 

 ・・・あっちは、地下牢教室とは別の方向だったと思うが?

 

 他にも何か用事があるのだろうか?と、スプラウトは首をかしげる。

 

 「メアリー!どこに行くの?」

 

 「地下牢教室に戻ります」

 

 振り向いて小首をかしげながら答えるメアリーに、スプラウトは悟った。

 

 この子、新入生と一緒で、学校の構造を覚えきれてないのだ。

 

 「そっちじゃ校庭に出るわよ。私もちょうど医務室に用があるところなのよ。途中まで一緒に行きましょう」

 

 ハッフルパフは仲間思いである。そして、面倒見のいい生徒が多い。その寮監のスプラウトもそうだ。

 

 ちなみに、スプラウトの用というのは、箒の訓練で落下し、骨折した生徒の様子を見に行くことだ。

 

 マダム・ポンフリーを信用していないというわけではないが、かわいい教え子の様子くらい見ておきたい。

 

 「ありがとうございます。お願いします」

 

 ぺこりと再びメアリーが頭を下げる。

 

 なるほど。これは頭を撫でたくなる気持ちがわかる。

 

 昨今の子供はされて当然という生意気なところがあったりする。そういう生徒は、ぜひ彼女を見習ってもらいたいものだ。

 

 ふっくらした魔女は、人形を連れて歩き出した。もちろん、温室の施錠は忘れずに。

 

 

 

 

 

 ついてない。

 

 どうして、今日に限ってこうなるのだ。

 

 こみあげてくる吐き気をこらえながら、スプラウトは歩いていた。足取りも少しおぼつかない気がする。

 

 夜中のホグワーツだ。ほとんど真っ暗がりで、窓から差し込む月明かりが頼りの廊下を、スプラウトはひた進んでいた。

 

 今日はクリスマスパーティーだった。

 

 で。羽目を外して、少々飲み過ぎた。

 

 普段は自制しているし、そもそも平日は酒など飲まない。こういう翌日が休日の時やお祝い事に飲むのだ。

 

 だが、今日はうっかり加減を間違えた。

 

 寝たらベッドの上で戻しそうなので、どうにかするべくこうして移動している。

 

 ようやく目当ての扉の前についた。

 

 「ホラス、今大丈夫かしら?」

 

 とんとんとノックすると、しばらくして、パタパタという軽い足音とともに扉が開かれる。

 

 「こんばんは、スプラウト様。どういったご用件でしょうか?」

 

 顔を出したのはメアリーだ。部屋の中の灯りのせいで逆光だが、普段つけているショールを外し、腕まくりしてエプロンをしている。何か料理をしていたのだろうか?

 

 「あら、ホラスは・・・」

 

 と言いかけて、スプラウトは思い当たった。

 

 確か、今日はスラグホーンは友人のクリスマスパーティーに招待されたとかで留守にしており、セブルスが代理をしているのだった。

 

 「ごめんなさいね、ホラスはいないんだったわね。

 じゃあ、セブルスにお願いしてもいいかしら。

 酔い覚ましの薬はないかしら?あるようだったら、分けていただきたいんだけど・・・」

 

 「確認してまいります。少々お待ちください」

 

 軽く頭を下げてから、メアリーは踵を返した。

 

 ややあって、再び扉が開かれる。

 

 「準備に少し時間がかかるそうなので、中でお待ちください」

 

 と、扉を大きく開けてくれる。

 

 ありがたい。真冬のホグワーツは防寒魔法をかけていても、手足が冷えていけない。

 

 「おかけになってお待ちください」

 

 促されて、スプラウトは応接用らしいソファセットに腰かけさせてもらった。

 

 そのままメアリーは踵を返し、簡易キッチンに立った。

 

 ・・・何を作っているのだろう?美味しそうな匂いだ。

 

 スプラウトは見た目から察しが付くだろうが、食いしん坊なのだ。薬草の世話以外の趣味に料理が挙がるほどだ。

 

 ここで、別の扉が開いてセブルスが入ってきた。

 

 「酔い覚ましでしたら、医務室に在庫があるのでは?」

 

 開口一番に前置きもへったくれもなく、不愛想に言い放ってきたセブルスに、スプラウトは苦笑した。

 

 「そうよね。私も行ってみたんだけど・・・」

 

 ここで、スプラウトはため息をついて、目を伏せた。

 

 「ハグリッドとシビルが全部使い切ってたらしくて」

 

 続けたスプラウトに、セブルスは無言だった。ただ、その黒い目が、呆れたように明後日の方向に向けられただけだ。

 

 まあ、あの二人がこういう時に医務室の在庫の酔い覚ましを使い切ることはよくあることだ。

 

 スプラウトには、すでに日常茶飯事のことだが、目の前の男には気に入らないことなのだろう。

 

 「医務室のものは生徒も使う・・・というより、そちらがメインだったと思いましたが?」

 

 「まあまあ。中には、生徒はあまり使わないものも置いてるのよ」

 

 呆れた調子で言ったセブルスに、スプラウトは苦笑した。

 

 羽目を外すのも、人生には必要なことだ。

 

 ・・・もっとも、ハグリッドとシビルは、もう少し控えてもいいような気もする。

 

 まあ、昔もスプラウトは小言を言っていたのだが、常に聞き流されてしまい、最近では言うだけ無駄、いつものこととあきらめるようになってしまったのだが。

 

 ともあれ、無言でセブルスが差し出してきたゴブレットの中身を、スプラウトは「ごめんなさいね」と言って、ありがたく頂戴した。

 

 ミントのようなすっとした香りに、腹腔の中を苦しめるむかむかが潮が引くように消えていくような気がする。

 

 「あら、これ、ずいぶんと飲みやすいわね?」

 

 と、思わずスプラウトは目を瞠った。

 

 今までの酔い覚ましは、もっとミントの香りが強烈でともすれば咽そうなほどの冷涼感を感じるのだが、それがない。ほんのりした甘さと、ぱちぱちはじけるような炭酸感は、従来の酔い覚ましにないものだ。

 

 「ああ、少し既存のものを改良しました。もっとも、これはその分、長期保存ができませんので、そこが改善点になりますな」

 

 ツンとそっぽを向くセブルスに、スプラウトは軽く笑みをこぼした。

 

 突然やってきた自分のために、長期保存に向かない薬を、わざわざ調合してくれたのだ。

 

 学生の頃は何を考えてるかわからない、小汚く根暗で陰湿そうな男だったが、こういうところもあるのか。あるいは、ホグワーツを出てから身につけたことなのか。それはスプラウトにはわからないが、いい傾向だ。

 

 「セブルス様、夜食が出来上がりました」

 

 ここでメアリーが話しかけてきた。

 

 「ああ、いただこう」

 

 「あら、何を作ったの?」

 

 「牛肉とポルチーニ*1のリゾットです。

 ・・・酔いの方はもう大丈夫なのですか?」

 

 小首をかしげながら問いかけるメアリーに、スプラウトはいけないいけないと表情を引き締める。

 

 酔いがさめたら小腹がすいてきた。だからいつまで経っても痩せないのだ。つい物欲しげな顔をしてしまったのだろう。

 

 いい大人なのだ。これ以上二人の邪魔をするわけにはいかない。

 

 「ええ、もう大丈夫。ごめんなさいね、そろそろお暇するわ」

 

 「・・・よろしければ、召し上がっていかれますかな?

 メアリー、ポモーナの分はあるか?」

 

 「はい」

 

 立ち上がろうとするスプラウトを押しとどめ、セブルスは言った。

 

 頷いてメアリーは踵を返し、ややあって、さらとスプーンを持ってきた。

 

 盛り付けられているのは、リゾットだ。上に振りかけられた緑色のは、パセリだろうか。

 

 「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 笑顔でスプーンを手に取り、スプラウトはそれを口にした。

 

 「おいしい・・・」

 

 一口食べてスプラウトはうっとりつぶやく。

 

 リゾットは、ライスを油になじませ、スープでアルデンテになるまで炊いたイタリアの料理だ。具として、戻した乾燥ポルチーニと、牛肉、玉ねぎを加えられているらしい。

 

 スプラウトも何度かリゾットは作ったことがあるが、この具の取り合わせで作ったことはなかった。

 

 「ライスがモチモチで、炒めた牛肉とポルチーニの香りがよくあってるわ・・・。

 お酒の締めにぴったり!」

 

 なんと罪深い味か!これはだめだ。一度食べ始めたら小腹が空いたどころではなくなってしまう!

 

 スプラウト自身も、時々夜食を手掛けるが・・・これは酒の締めにぴったりだ!

 

 ふと正面に座るセブルスの方を見ると、眉間のしわを緩めながら彼ももそもそとリゾットを食べていた。

 

 それを見やるメアリーも、頬を染めていそうな、ホワホワした空気を漂わせている。

 

 ダメねえ、やっぱり遠慮しとくんだったわ。

 

 居心地悪い気分になったスプラウトは、早めにリゾットを食べ切り、部屋を辞した。

 

 

 

 

 

 数日後、リゾットのお礼を兼ねて、スプラウトはメアリーに少し遅めのクリスマスプレゼントを渡した。

 

 ドライハーブ(魔法界製)のポプリは保存魔法をかけているので、長持ちする。香水のように自己主張はせず、持ち主についた臭いを吸い取り、代わりに微かな芳香を放つ。

 

 この人形は魔法薬の調合現場や調理場に出入りするという。断じて彼女は臭くはないが、やはり女性たるもの匂いには気を使うだろう。

 

 特に、好きな男の前では。

 

 

 

 

 

[ミネルバ=マクゴナガルの場合~リーマス=ルーピンを添えて~]

 

※第4楽章、ルーピン先生赴任中。

 

 夕刻である。公明正大にして厳格なるミネルバ=マクゴナガルは、デスクの上で羽ペンをペン立てに置きなおし、ぐっと背伸びした。ボキボキッと関節の鳴る、実に不健康な音がした。

 

 書類用にかけていたトレードマークの縞模様眼鏡をはずし、眉間を指先でもみほぐし、時計を確認すれば、もう夕食の時間だった。

 

 一度マクゴナガルは鏡の前に立ち、軽く化粧を直す。水商売の女ではないのだ、バチバチに濃くはしていない。かといって、手を抜くとみすぼらしいと舐められる。程よく行うのがコツだ。・・・また小じわが増えているような気がする。化粧水を新しくした方がいいだろうか?

 

 眼鏡を持ったのを確認(大広間で、急にフクロウが来ることもある。手紙の確認には眼鏡は不可欠だ)し、マクゴナガルは自室を後にする。

 

 そうして、向かった大広間。

 

 マクゴナガルはいつもきっちり同じ時間に食事をとるようにしている。遅刻なんてありえない。教師とは生徒たちの人生の見本とならねばならない。きっちりかっちり、時間を守るのは当たり前、である。

 

 そうして定位置の椅子に掛けたところで、現れた夕食に手を付ける。

 

 野菜たっぷりのコンソメスープは、少々疲れ気味の胃の腑には優しい。

 

 もちろん、マクゴナガルは平日の飲酒はしない。疲れ気味なのは、校長代理の職務をこなしていたからだ。

 

 これでも、去年の終盤よりはだいぶ楽なのだ。何しろ、去年はロから始まる思い出す価値もない詐欺師のせいで、補習がたっぷり、終盤はダンブルドアが停職になったので、そこに彼の業務がのしかかると来たのだから。(あれに関して、止められなかった自分に文句を言う権利はないとマクゴナガルは思っている)

 

 それに比べて、今年は楽だ。リーマス=ルーピンは生徒たちからの人気も上々。授業カリキュラムも問題なし、補習の必要もなしと来ている。人格面も問題なく、他の教師たちともやっていけている。これで人狼でさえなければ、来年も引き続き採用としたいのに!

 

 そんなルーピンは、少し離れたところで隣に座るセブルスに何か話しかけているが、適当な相槌でいなされている。

 

 マクゴナガルはそれを微妙な気分で横目で見る。

 

 多分、ルーピンは謝ったし、僕たちもう友達!と気楽な気分でいるのだろう。

 

 対し、セブルスは、関わるのが面倒くさい、という態度を前面に出している。

 

 学生時代のお前らは敵だ!というとげとげしさを前面に出した態度ではない分マシかもしれない。ああいうのは周囲にいるだけでいたたまれなくなる。

 

 セブルスが周囲に気をつかっているのか、あるいはルーピンなど心底どうでもいいと思っているかは定かではない。だが、彼が変わったのは確かだろう。マクゴナガルの見立てが間違っていないならば、きっといい方向に。

 

 けれど、と彼女は思う。彼には地雷がある。というか、できてしまったというべきか。

 

 そして、時々何も知らない余人はそれを平然と踏みつけるのだ。

 

 ちょうど、今のルーピンのように。

 

 「ところで、スネイプ。君、豚肉嫌いだったかい?」

 

 ルーピンの言葉に、マクゴナガルは我知らずビクッと肩を震わせた。

 

 セブルスと豚。その取り合わせに、いやな予感がしないはずがない。

 

 ああ、忘れもしない、4年前。セブルスが赴任してきて間もなく、何気なく話を振ったスラグホーンが涙目になり、それからしばらく豚肉を拒否する生徒が続出し、かく言うマクゴナガル自身もしばらく豚肉は食べたくなくなった。

 

 急ぎ、マクゴナガルが横やりを入れるより早く、事態は進展する。

 

 「豚は許さん、絶対にだ」

 

 夕食のメインメニューにしていた鶏肉のグリル・オレンジソースがけに、フォークをガスリと突き立て、唸るようにセブルスが言った。普段の無表情ながらも殺気立ったその言葉に、低学年のものたちが何事かと一斉に振り返ってくる。

 

 「ゆ、許さないって、何かあったのかい?大げさじゃないか?たかが豚に」

 

 「奴らは家畜ではない。汚物の一種だ。豚は死ね。許さん。絶対にだ」

 

 ちょっと引いた様子のルーピンだが、おざなりな相槌以外で返ってきたセブルスの反応に、よせばいいものを果敢にツッコミを入れていく。

 

 セブルスは語った。いつものねっとりした声で、淡々調子に、しかしどこか恨みがましく殺気立った様子で。

 

 ホグワーツを退学してしばらく後のことだ。とある町中に少女がいたそうだ。出かけた父を探しに行った母を待つ、健気な少女。

 

 だが、その頼みで父母を探しに行ったセブルスはほどなくして、二人が亡くなっているのを見つける。だが、セブルスは本当のことは言えず、少女は帰らぬ――帰るはずのない父母を一人で待つしかない。

 

 一人では心細そうだった少女を見かねたセブルスは、このままでは危うかろう、人がいる教会に行けばいいとそこまでの道を教えたのだ。

 

 だが、少女はいつまでたってもそこに来ない。

 

 探しに行ったセブルスは見つけた。少女が地下水道にいた人食い豚に食われてしまったのを。襲われたのを撃退したら、その胃の腑から見つけた、血まみれの白いリボンを。

 

 「そういえば、ルーピン。貴公の夕食はローストポークでしたかな?」

 

 マスタードソースのかかったそれを見やりながら、セブルスは言った。

 

 うっかり聞いてしまったものたちが絶句して、カトラリーを持ったまま硬直しているのを歯牙にもかけずに。

 

 「実に美味そうですな。きっといい餌を食べてきた豚なのでしょうな」

 

 言うと、セブルスは鶏肉の最後のひとかけらを口に放り込み、カトラリーをおいて席を立つ。

 

 「メアリー。食後のお茶は部屋で飲む」

 

 「はい」

 

 そのまま人形を連れて大広間を出て行った。

 

 きっちりトドメを刺すのを忘れぬあたり、さすがというかなんというか。

 

 やっぱり、セブルスはルーピンのこと確実に好いていないのだろう。

 

 マクゴナガルは、自室に置いていた胃薬の残りを思い返しながら決めた。明日から胃薬も食事の時は持っていこう。

 

 

 

 

 

 それからしばらく、豚肉が大量に残されるようになり、ハウスエルフたちが首をかしげるようになるのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

[とあるハッフルパフ生の場合]

 

※第3楽章3以前、ハグリッド更迭前。(“秘密の部屋”騒動があるから、第2楽章くらいかな?細かくは決めてません)

 

 今日は休日。特に予定はないっていない。課題も片付いている。そして天気はいい。

 

 つまり、絶好の昼寝日和ということだ。

 

 お気に入りの木陰に向かおうとして、彼は足を止めた。誰かいる。

 

 そこでムウっと彼は眉間にしわを寄せた。

 

 なかなか人の来ない穴場と思っていたのに。

 

 誰だろう、とのぞき込んであっと声をあげそうになった。

 

 スースーと安らかな寝息を立てるのは、白皙の美女だ。ただし、その手元は球体関節。そう、セブルス=スネイプ教授の持っているという、あの人形だ。

 

 バスケットを抱えて廊下をうろうろしているところを、彼も見たことがある。

 

 図書館の前をうろうろしてて、彼が勉強を終えて出てきてもまだうろうろしてて、あ、もしかして迷子かな?と思ったら、猫をくっつけたフィルチが飛んできて「また貴様か!ぐずぐずするんじゃない!」と怒声をあげながら、連れて行く。

 

 ちなみに、迷子の人形をフィルチやその飼い猫が連れて行くのは、よくあることになっている。

 

 迷子の人形がいると、フィルチは生徒の粗探しどころではなくなるため、実は非常に助かっているというのは余談だ。

 

 フィルチに絡まれると、間に合うはずの授業も間に合わなかったりするので。

 

 その人形が、木に背中を持たせかけて、スカートに隠れた足をくの字に折り、すやすやと居眠りしている。

 

 それだけでなく。

 

 その膝の上に、ハグリッドの飼っている真っ黒なボアハウンドが頭をのせて、スピスピと鼻を鳴らしながら眠り、すぐそばでフィルチの飼い猫が丸まっている。

 

 え?何なのこれ?

 

 思わず男子生徒が硬直していると、猫が徐に頭を上げてこちらを振り返る。

 

 その赤い目の奥で、瞳孔が見開かれて真っ黒になる。

 

 彼はそれを見たことがあった。このあと数秒もせずにフィルチが飛んでくるのだ、と。

 

 その目が無言で語ることを彼は悟る。

 

 いい気分なのに、邪魔する気か?

 

 しませんしません。好きなだけ寝ててください!

 

 ぶんぶんと勢いよく彼は首を振ると、足音を立てないように、それでいてできるだけ足早に、その場を後にした。

 

 それをにらみつけるように見ていたミセス・ノリスはややあって、くあっと大きくあくびすると再び自身の毛皮の中に頭を埋もれさせるように丸まった。

 

 別に、この人形のためなんかじゃない。昼寝の邪魔をされたのが不快なだけだ。とでもいうかのように。

 

 

 

 

 

 「おや、ミセス・ノリス・・・仕方ないな・・・フン・・・別に、貴様が風邪を引いてもわしは構いはせんがな!」

 

 

 

 

 

 「お帰り、メアリー・・・そのコートは、Mr.フィルチのものではなかったか?」

 

 「目が覚めたらかけてありました。洗ってお返しします」

 

 

 

 

 

続く

 

*1
ヨーロッパで出回っているキノコ。日本でも乾燥したものが出回っている




 スプラウトの話はずいぶん昔に考え付けてたんですが、あれだけじゃ短いだろうな、とほかいろいろ足しました。本編にぶち込むには短すぎるので。

 ちなみに、猫って瞳孔が広がった時が警戒とか威嚇しているときなんですよ。細いときがリラックスしているときなんです。





Q.セブルスさん、豚のことうっかり話してたんですか?

A.セブルスさんの食卓に豚肉だけは出てこないので、スラグホーンが訊いてみたら文中みたいな話をセブルスさんが話してくれました。
 さすがに、ルーピンさんに対してみたいなトドメはさしてないのですが、知らない人にしてみれば、十分ですよね。
 第2楽章で、マクゴナガルがセブルスさんのヤーナム談議にげんなりしているという描写がありましたが、あんな感じでうかつに話を振ったら、地雷みたいなヤベエ話をされることがあったんですよ。

 ちなみに、セブルスさんは基本的にヤーナム云々の話はツッコミ入れられたら面倒なので、しません。豚の話も、ヤーナムとか獣の病とかについてはぼかして説明しています。





Q.あの男子生徒は誰ですか?

A.特に決めてません。モブ生徒Aです。ぶっちゃけ、寮も適当なのです。





Q.メアリー、いつファング(ハグリッドのボアハウンド)と仲良くなったんです?

A.仲良くなったというか、メアリーのお昼寝場所にファングもやってきてお昼寝しているだけです。ファングからしてみたらお昼寝仲間ってだけです。
 ちなみに、ハグリッドはメアリーのことは坊主憎けりゃで、セブルスさんを嫌っている延長で好いていません。





Q.Q&Aの内容は本編でやりなさい。

A.それができないからQ&Aという形で補足してるんですよ?
 あと、豚骨ラーメンのような文章が気に食わないなら、自分で書いたらいいんじゃないですかね?
 私だって自分が読みたいものを読みたいように書いてるんです。気に食わないなら自分で書きましょうね。
 所詮無料投稿サイトの二次創作です。お金取ってるわけでもない趣味の文章なんですから、いやなら読まなけりゃいいと思うんです。
 ・・・他人がどう思おうと、そう開き直って書ける強い心が欲しいです。


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【カプリッチオ6】スキャバーズラットの思い出話

 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 新年から不快なお話かもしれませんが、外伝をやります。以前アンケートでお聞きしたピーター視点の外伝です。

Q.前書きと後書きが長すぎでは?

A.書きたいものを書きたいようにやります。あなたの都合は知りません。
 ・・・と答えられたらいいんですけどね。
 どうにも余白が気になってしまう質なのです。

 今年もよろしくお願いします。いつか完結できますように。


 

 スニベルスの癖に生意気だ!

 

 そう嘲笑うジェームズの黒い目が嗜虐に歪むのを、ピーター=ペティグリューは確かに見た。

 

 陰気で小汚いスリザリン生に、スニベルス(泣き虫)なんてあだ名をつけたのはシリウスで、ジェームズはそれを手をたたいて絶賛した。

 

 ろくに櫛も通してなさそうなべっとりした黒髪に、歯磨きもしてなさそうな黄色いガシャガシャの歯並びの悪い歯に、大きめのダボついた制服を体に合ってなくてみっともないと言ったのはリーマスだ。(彼は折に着けスニベルスのことを臭い臭いと言っていたが、それは彼が人狼で常人よりも鼻が利いたせいだろう。もっとも、それは4人組の間でしか言わなかったが)

 

 きっとあいつ、風呂の入り方も歯の磨き方もろくに知らないんだぜ!汚い奴!とシリウスがあざ笑い、だから闇の魔法なんて手を出すし、リリーも騙されるんだ!とジェームズは憤慨する。

 

 だから、ちょっとやそっと痛めつけても問題ない。だってあいつは臭くて汚くて、闇の魔法にも精通してる、犯罪者予備軍の嫌われ者なんだから!

 

 ピーターはうんうんもっともだ、とそれに追従していた。

 

 その小汚いスリザリン生は、ある日突然学校を出て行った。誰に何を言い残すでもなく。

 

 ざまーみろ!ああ、清々した!

 

 そう笑い合って呵々大笑した若き日々。・・・周りから自分たちがどう見られているか、気にも留めずに。

 

 今となっては遠い昔の話だ。ネズミのスキャバーズは、そんな青い春を転寝のはざまに思い返す。

 

 青い春など、学び舎を一歩出てしまえば色あせてしまい、もはや跡形もない。自分のこの指一本欠けた手も血にまみれてしまった。その手が思い出を壊す一助を担ったのは確かな話だが。

 

 ネズミに身をやつして間もなくは、よく悪夢に見た。自分が吹き飛ばしたマグルたちが、帝王に殺されたジェームズが、母子ともども自爆したというリリーとハリーが、アズカバンにぶち込まれたシリウスが、人狼のコロニーに潜入していたというリーマスが、恨めし気にこちらを見やってくる夢を。

 

 だって仕方ないじゃないか。それに、僕だって今惨めなんだ。

 

 いつだってスキャバーズになっているピーターは誰にともなく言い訳した。

 

 人殺し、人殺し、人殺しの裏切り者。

 

 直視したくない自分の立場を思い返すたびに、スキャバーズの中のペティグリューは胃の腑の中身を吐き出したくなる。

 

 それでも、死ぬわけにはいかなかった。

 

 行き倒れていた路地裏で拾ってくれたのは、ホグワーツ在学中に駆け落ち結婚したと名高いアーサー=ウィーズリーだった。

 

 こんな薄汚いネズミどうするんだろう?と思ってたら、アーサーは自分を物心ついて間もない三男のパーシーのペットにするのだという。

 

 おいおい、いいのか?こんな出自も怪しい、ともすれば病気を持ってそうなネズミをペットにするなんて。

 

 けれど、パーシーの嬉しそうな顔に、ペティグリュー・・・否、スキャバーズはすっかり逃げようという気概をそがれてしまった。餌を与えて、「食べた!」と嬉しそうにするパーシーに、ほだされてしまったのだ。

 

 どうせピーター=ペティグリューは死んだのだ。ならばここからはスキャバーズとして生きなおそう。そう思った気持に嘘はない。

 

 ただ、時々スキャバーズの中のペティグリューがうなされてうんざりするのだ。だって仕方ないじゃないか。ペティグリューは人間だ。人間ならば不満を持つなというのが無理なのだ。

 

 そんな風に行き場のない感情をためつつも、それでもスキャバーズは拾ってもらった恩を返そうと、ウィーズリー家のペットの一員という立場に甘んじていた。

 

 やがてパーシーは成長して、ホグワーツに入学した。寮はもちろん、グリフィンドール。ウィーズリー家なら当然だろうな、とスキャバーズは思う。

 

 そうして、パーシーが4年生になった年だった。

 

 「お前たち!どうしたんだ、その頭は?!」

 

 「スネイプの罰則だよ」

 

 「見た目凄いけど、そんな不便じゃないぜ」

 

 「そーそ。大げさなんだよ、パーシーは」

 

 仰天するパーシーに、双子の弟であるフレッドとジョージは肩をすくめた。その頭に乗せた円筒形の檻をそのままに。

 

 談話室の暖炉のキャビネットの上で転寝していたスキャバーズは、パーシーの金切り声に目を覚まし、思わず二度見した。

 

 スキャバーズの中身ことペティグリューが在学中でもそんな罰則を科してくる教師はいなかったというのに。

 

 そして、双子の口にした名前に、スキャバーズは何だって?!と黒い目をしばたかせた。

 

 スネイプ?いや、まさか。あいつは死んだっていうじゃないか。そうだ。

 

 スキャバーズの中のペティグリューは思い返す。

 

 

 

 

 

 ペティグリューがやむなく死喰い人に名を連ねることになった時、実はスネイプもいるかもしれない、とこっそり探したのだ。

 

 協力してもらうため?否、身を隠すためだ。自分が彼の立場だったら、仕返しの一つや二つしている。そうでなくとも、ジェームズやシリウスという強者抜きに誰かとことを構えようというつもりはペティグリューにはなかった。

 

 だが、セブルス=スネイプの名前はついぞ聞かなかった。

 

 ジェームズやシリウスは死んだに違いないなんてろくに調べずに言っていたが、これは本当にそうかもしれない。あんな恥ずかしい目に遭ったら、死にたくなってもおかしくない。

 

 そう思い至った時、ペティグリューは震えが止まらなかった。

 

 自分が、殺した。直接でなくとも、死に追い込んだ。殺しと何が違う?!ジェームズやシリウスなら気にしなかったかもしれないが、ペティグリューはそこまで図太い神経は持ち合わせていない。

 

 だが、まもなくそれもおさまった。何をいまさら。もはや自分も死喰い人(人殺し)の一員だ。

 

 一人殺すも二人殺すも一緒だ!自分は選んだ。母の安寧を。ならばせめて、最後まで彼女のために。

 

 彼女の安寧のために。そして・・・自分をこんなところまで引きずり落としたジェームズとシリウスに一矢報いてやるために。

 

 そうして、その果てにペティグリューはスキャバーズになった。何をいまさら。

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 スネイプなんて珍しい名前だ。詳しく話を聞いて回れば、今学期からスラグホーンが後継者として雇い入れた魔法薬学の助教授らしい。珍しい魔道具の自立人形を従えているのだとか。

 

 その名前を聞いたスキャバーズは日ごろの怠け癖をどこへやったのか、飼い主であるパーシーの目を盗んであちこちを走り回って情報収集をした。

 

 曰く、変わった黒い服に、黒髪と黒い目をしている。不愛想で厳しい。

 

 ミーハーな女生徒などは、セイウチ髭のスラグホーンよりも、ちょっと陰のあるイケメンの方がいい!と目を輝かせていた。

 

 そして、ついにスキャバーズは見てしまった。

 

 廊下を歩く漆黒の男を。

 

 猫背はぴんと伸ばされ。油っぽかった黒髪はさらさらで首の後ろで無造作にくくられ。だぼだぼだったホグワーツの制服ローブは体に合った奇妙な衣装(インバネスコートという呼称をペティグリューは知らない)で、黄色くてガシャガシャだった歯並びは、八重歯が目立つもののきれいなものとなり。それでも、鉤鼻気味の顔立ちは確実に以前の面影を残していた。

 

 間違いない。セブルス=スネイプ!あいつだ!

 

 思わずスキャバーズは二度見どころ三度見したし、もう一度執拗に情報収集して回ったが、間違いなくペティグリューの知るセブルス=スネイプ本人だった。

 

 いったい何があればあんな変わりように至るのだろうか?

 

 相変わらずどこか陰気そうではあるが、学生時代とは異なりどこか凛とした気品を感じさせる。

 

 ボンネットとショールを身に着けた、球体関節の手を持つ女性――あれがうわさの自動人形か――に微笑みかけ、質問に来た生徒にぶっきらぼうながらも返事をしている。

 

 ネズミとして這いつくばっている自分とは大違いだ。

 

 それ以上見ていたくなくて、スキャバーズは身をひるがえして大急ぎでグリフィンドールの寮塔に向かった。

 

 あれ以上見ていたらきっと、今以上に自分が惨めになる。なんで自分ばかり、なんであいつだけ、と。

 

 

 

 

 

 それから、2年ほど経った学期末にほど近いある日、双子がグリフィンドールの談話室で頭にかぶった檻を床に打ち付けながら爆笑しているのが目撃された。

 

 あまりの品のなさにパーシーが監督生として嗜めようとしたら、双子が大声で笑いながらばらしてきた。

 

 「今日のロックハート見たかよ?!あの頭!取り繕ってはいたけど、あれ、どう見たって、ブククッ!」

 

 「ありゃ傑作だったな!おい、ジョージ!あのタイミングの脱退呪文(デパルソ)!最高だったぜ!」

 

 すると、双子と一緒に授業を受けていたらしい同級生が、一斉に吹き出して身を震わせる。

 

 ロックハートのファンだったらしい女生徒まで、口元を押さえてそっぽを向きながら肩を震わせる始末だ。

 

 双子はまたしても笑いの発作に襲われ、床を転げまわって爆笑している。

 

 切れ切れに白状してきた情報では、双子はロックハートの頭が鬘であることを見抜き、いつもの自慢話の隙をぬって、呪文を直撃させて吹き飛ばした。

 

 急ぎ鬘を拾ったロックハートだが、それで受講者が見たものがごまかせるわけもなく。

 

 ロックハートは双子に減点と罰則(ファンレター返信の手伝い)を言い渡したが、それで双子が反省するわけもなかった。

 

 “闇の魔術に対する防衛術”教室でも笑いまくったが、また思い出し笑いで爆笑していたのだ。

 

 廊下でロックハートの甘いマスクを見かけていたスキャバーズは、うっかりその麗しき金髪が鬘であることを想像してしまい――そのままひっくり返って、腹部をけいれんさせた。人間であったら大爆笑していた。

 

 「あれ、絶対スネイプが何かやったよな?」

 

 「バレンタインに、あんな激怒してたもんな!

 スネイプの方がバジリスクみたいだったぜ!」

 

 「お前たち!スネイプ“先生”だろう!」

 

 違う。パーシー。注意すべきところはそこじゃない。

 

 ひっくり返って腹部をけいれんさせたまま、スキャバーズは内心で思った。心の中のいたずら仕掛け人が、ナイス!とサムズアップしているが、それどころではない。

 

 というか、ロックハートのハゲの原因がスネイプ?あいつ、何をやったんだ?

 

 ・・・思えば、この時点でスキャバーズはスネイプの危険性を察知しておくべきだったのだ。

 

 スネイプは学生時代以上に鋭く、気の付くようになっていた。スキャバーズこと、ペティグリューはそのことに気が付かなかった。

 

 気が付いた時にはすべてが手遅れだった。

 

 

 

 

 

 シリウスの脱獄を知り、ウィーズリー家から出る決意を固めた。

 

 かわいがってくれたパーシーやロンを裏切るのに罪悪感がなかったといえば嘘になる。こんなにお世話になったのに、後ろ足で砂をかけるように出て行くのだ。

 

 それでも、このまま居座るわけにはいかなかった。

 

 ガリオンくじ当選の記事を新聞に載せたいからと写真を撮られたのがまずかった。エジプト旅行帰国から間もなく、耳に挟んだシリウスの脱獄。

 

 ばれた。即座に悟った。シリウスはペティグリューのことを――動物モドキ(アニメーガス)のことを知っている。

 

 そして、同時に思った。このままのんびりしていたら、確実にシリウスはウィーズリー家に押し掛ける。

 

 ウィーズリー家の邸宅――“隠れ穴”は各種魔法で守られている。魔法使いの家は、大体どこもそうだ。

 

 だが、魔法は完ぺきではない。何かしら抜け道がある。

 

 そして、シリウスは一種の天才だった。奴ならあっさりそれを見つけるだろう。何しろ、こうやると決めたら、奴は絶対確実にあきらめないのだから。

 

 その執念できっと、抜け道を見つける。そうなれば、奴は誰がどこにいようが、周りにいるのが悪いとばかりに襲い掛かってくるだろう。

 

 ウィーズリー家を巻き込むわけにはいかない。ネズミとして惨めではあったけれど、それでも優しくしてくれたのは、確かだったのだから。

 

 だから、ペティグリューは断腸の想いでウィーズリー家を出て行く。死亡を偽装すれば、きっとあきらめてくれるはずだ。

 

 あとは、学期終了まで学校に潜伏し、誰かの荷物に紛れてホグワーツ特急に密航、駅到着と同時に逃げてしまえばいい。

 

 最悪、マグルに紛れて国外に出るべきか。

 

 ともあれ、それはまたおいおい考えていけばいい。

 

 今、スキャバーズと呼ばれていたネズミはホグワーツの厨房にいる。大勢のハウスエルフたちが、指を振り、魔法を使って料理やお菓子を作っている。

 

 ここならしばらくは食いっぱぐれずに済む。

 

 物陰に隠れ、時々食材の端っこや出来上がった料理の一部を頂戴していた。

 

 そうして気づいたことがある。

 

 スネイプが持っているという、あの美女人形もここにきていろいろ作っているらしい。

 

 朝夕の食事はもちろんとして、ティータイムの茶菓子も作っているらしい。

 

 「おいしそうですね、お人形様!」

 

 「ありがとうございます。セブルス様がお気に召されればいいのですが・・・」

 

 「きっと喜ばれますよ!」

 

 焼き上げた焼き菓子を前に、かすかにほほ笑む人形に、キイキイと話しかけるハウスエルフたちを見上げながら、スキャバーズと呼ばれていたネズミはまた惨めな思いが込み上げてきた。

 

 自分はこんなところで盗み食いして食いつないでいくしかない。

 

 なのになんだ?スネイプは。あの臭くて小汚くて陰気なスリザリン野郎は。こんなかわいい人形に美味しいものを作ってもらって、ぬくぬくとベッドで眠って。

 

 スニベルス(泣き虫野郎)のくせに。自分たちに痛い目見せられて、満足にやり返すこともできなくて、みっともない灰色パンツで、幼馴染であるはずのリリーにまで暴言を吐き捨てた差別野郎の癖に。

 

 どうして奴ばっかり!

 

 ほんの少しの仕返しのつもりだったのだ。

 

 人形とハウスエルフの目を盗んで、焼き菓子をくすねるのは簡単だった。

 

 一口かじれば、サクサクの触感。アーモンドの豊かな香りと砂糖の甘味。実に、美味だった。ホグワーツのおやつには出てこなかった。(スキャバーズと呼ばれていたネズミは知らなかったが、それはまだバタークリームやジャムをはさんでないマカロンだった)

 

 やっぱりスネイプはずるい。こんなにおいしいものを毎日食べているなんて!

 

 自分だって大変なんだ。だったら少しくらい!

 

 スキャバーズと呼ばれていたネズミは忘れていた。古くからの人類の共通認識。食べ物の恨みは怖いということを。

 

 

 

 

 

 失敗した。

 

 失敗した失敗した失敗した。

 

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した!!!

 

 誰か助けてだれでもいい解放してください誰かだれかだれか!!!!

 

 スキャバーズと呼ばれていたネズミは、灰色の毛並みをぶるぶると震わせた。

 

 完全に油断していたのだ。

 

 厨房に置かれていた見慣れない菓子を、スネイプのティータイム用茶菓子だろうと思ってかじりついた。

 

 そのまま即効で意識を失い、次に気が付いたらスネイプの手の中にいた。おそらく、菓子の中に薬が入っていたのだろう。うかつにもほどがある。

 

 スネイプは陰気さはあまり変わってないようだったが、あの頃の小汚さをどこかに落としてきたかのように、奇妙な美しさを身に着けたようだった。

 

 あまり動かさない表情の中で、黒い目が冷酷な光を放っている。

 

 あの頃は確かに出ていた嫌悪や怒りという表情は鳴りを潜め、ただただ温度のない無表情がスキャバーズと呼ばれていたネズミに向けられている。

 

 このまま暴れたら首の骨を折るという脅しに、ネズミはやむなくおとなしくしたが、怖くてたまらない。

 

 ネズミの中身であるペティグリューは知っている。スネイプの、リリーに対する執着を。ジェームズやシリウスにどんなに嫌がらせされても、それでもリリーと離れようとしなかった。

 

 あの失言だって、思わずとっさに言ってしまったという感じで、すぐに取り消そうと、むしろ発言した本人の方が慌ててたくらいで。

 

 もし、ペティグリューがリリーが死ぬ原因を作り上げたとスネイプにばれてしまったら。

 

 絶対に、殺される。ただじゃすまない。

 

 大丈夫、ばれはしない。そう内心で言い聞かせても、震えが止まらない。

 

 スネイプの手の内で、スキャバーズと呼ばれていたネズミは恐怖からくる寒気を振り払うように震えるしかできない。

 

 噛みつくことができないように首元を押さえられているのだから仕方ない。下手に暴れ続けたら首の骨を折るというのだ。おとなしくしておくしかない。

 

 こうなったら、できるだけ相手の機嫌を損ねないように命乞いするしかない。何なら靴を舐めたっていい!・・・自分がスネイプの立場だったら、絶対聞き入れてもらえない、とチラと思ってしまったが、何もせずに黙って死ぬより万倍マシだ。

 

 職員会議に連れて行かれるらしい。これはチャンスだ。たとえスネイプが殺しにかかってきても、他の先生方がいたら止めてくれる可能性が高い。(ペティグリューは、スネイプがホグワーツ赴任直後にダンブルドアに対してやらかしたことを知らなかった)

 

 ダンブルドアがいてくれたらきっと助けてくれただろうに、どうしてこういうときに限っていないのだ!

 

 ロンは連れて行かないでくれ!せめて職員権限で締め出してくれ!ペットがおっさんだったなんて残酷な事実、知らせなくていいじゃないか!

 

 内心でネズミの中のペティグリューが歯噛みするのをよそに、職員会議が始まった。

 

 その後のことは怒涛だった。

 

 居合わせたルーピンは、案の定、いつもの役立たずを披露しただけだ。“不死鳥の騎士団”の任務と、死喰い人の任務の合間を縫って稼げるからとやっていたクイックスペルの講師の仕事を、友人のよしみで紹介してやったというのに、その恩を忘れたように相変わらず他人面で非難して気の毒がるだけだ。

 

 だが、まさか。まさかスネイプがペティグリューの事情を見抜いていたとは思わなかった。

 

 わかってくれると期待したのもつかの間、ごつい鉄の塊でぶん殴られるとは思わなかった。

 

 ホグワーツを出奔したスネイプは死んでなかったが、小汚さと引き換えに野蛮な暴力性を身につけて帰ってきたらしい。

 

 発言に気を付けなければとペティグリューが自省したのもつかの間、うっかり鎌かけに引っかかり、予言の密告についてしゃべってしまった。

 

 しまった!ペティグリューが青ざめた時には、スネイプは再び左手に先ほどの分厚い鉄の塊を装着していた。

 

 他の教職員が一斉に耳をふさいで目をそらすのを、ペティグリューは視界の端に確かに見た。

 

 おお、マーリン。自分は確かに彼にひどいことをしましたが、こうまでされる謂れはないのではありませんか?お慈悲を!!

 

 

 

 

 

 ピーター=ペティグリューが、根本的なところでセブルス=スネイプの異常に気が付くのは、この先の話になる。

 

 

 

 

 

 続く




マーリン「慈悲はない!」





 リハビリがてら書いてみました。元々脳内プロットはありましてね。

 まあ、この後彼は本編通り、恩仇返却ムーブの挙句、マッド・アイ化するわけですが。

 ・・・正直、初代いたずら仕掛け人たちの胸糞言動を書いてるのは苦行でした。

 ルーピンさんがこんなこと言うはずがない?読み直した原作で、ルーピンさんはボガートの化けたスネイプ先生に女装させて笑いものにして、“忍び地図”のムーニーもスネイプ先生の格好を馬鹿にする言動をしてたので、ああ、人格はともかく見てくれは馬鹿にしてたんだな、とちょっと思ったので。

 スネイプ先生の生い立ち(虐待児はお風呂の入り方を知らないなんて珍しいことではありません)なんて、私たち読者もハリー少年と一緒に“憂いの篩”の中で初めて知るわけじゃないですか。いたずら仕掛け人が知るわけありませんし、だからこそ平然と馬鹿にできるわけです。

 気分を悪くしたならすみませんでした。





 ちなみに、タイトルは実写映画にもなった絵本のウサギさんをオマージュしたつもりです。

 次回こそ本編の更新ができたらいいですね。
 予定は未定ですのでね。本当に申し訳ありません。


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