怪異症候群 鬼の名を持つ少年 (fruit侍)
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ひとりかくれんぼ
プロローグ


皆様、明けましておめでとうございます! 新年早々、新作でございます!

年明けても、文の質は相変わらず。


その日、俺は何故か眠れなかった。

 

電気を点け、辺りを見回す。漫画やゲーム、空き缶や教科書などが散乱している。紛れもなく、俺の部屋だ。

 

漫画の位置が昨日と一センチでも変わっている訳でもない。俺が唯一恐怖を感じる黒光りの『奴』の気配がする訳でもない。どこも何も変わっていない。

 

なのに、眠れない。

 

窓を見てみると、雨が降っていた。昨日は嫌になるほど晴れていたのに、ここまで急激に変化するのは珍しい。

 

眠れないなら散歩でもしてみるか、と寝間着を脱ぎ外着に着替え、部屋から出る。雨の日の散歩はあまり好きじゃないが、暇潰しには最適だろう。

 

両親は熟睡している。あの二人は寝たら朝までよっぽどのことがないと起きない。そのお陰もあって、俺は割と楽に外に出ることができた。

 

外に出た瞬間、雨音が俺の耳を刺す。あまり強くはないが、先程まで無音の空間にいた俺にとって、少し五月蝿かった。

 

腕時計を見ると、午前3時を指している。30分ほどくらい歩けば寝れるか、と俺は頭にタイマーをセットし、傘をさして雨の中歩いてく。

 

この時俺は、その時の行動が自分をあんなことに巻き込むなんて思ってもいなかったのだった……。

 

 

 

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少し歩くと電気が点いている家の前に来た。門は開いており、まるでここだけ少し時間が遅れているようだ。

 

家の中で酒盛りでもやっているのか? とも考えたが、普通3時まで酒盛りは続けない。そんな時間帯まで続けていたら寝れなくなる。

 

変な家もあるんだな、と家を通り過ぎようとした時だった。

 

 

グチャ!

 

 

何か、落ちてきた。しかも、音が生々しい。

 

「……!」

 

俺は、落ちてきた物を見て驚愕する。

 

落ちてきたのは、人だった。まだ少し若めの女性だ。頭から血を流し、開いている目からは生気を感じられない。

 

「……即死か」

 

直ぐに近寄って首を触ってみるが、動いていなかった。上を見てみると、ベランダの窓が開いている。あそこから落ちたのだろう。

 

本来なら、ここで110に電話するのが正解なのだろうが、今俺は生憎携帯を持っていない。仕方なく、この家から拝借することにし、俺は家に入っていった。

 

 

 

 

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中は家特有の温かさが感じられなかった。妙な寒気がし、若干の殺気を感じる。しかし怯んでいる場合ではない。俺は電話を探し始めた。

 

最初に入った部屋は、和室だった。とても広く、置いてあるテーブルには豪華な料理が食べかけの状態で置かれている。酒瓶も落ちていることから、酒盛していたというのは間違いないだろう。

 

「ここに電話はないな」

 

テーブルに置いてあるのは料理だけ。タンスなどもあったが、電話をわざわざそんな不便な場所に置くことはないだろうと開けようともしなかった。それにここは人の家だ。人の家のものをホイホイ開けていくのは人としてどうかと思う。

 

俺は入ってきた襖の反対側の襖を開ける。

 

そこは廊下だった。そこには俺の探していた置き電話があったが、

 

「電話線が切られてるな……」

 

電話線が切られており、とても使用できるとは言えなかった。

 

ここの電話が使えないのなら、隣の家の電話を借りるしかない。そう思って俺はすぐに玄関に向かった。

 

 

だが……

 

 

「ッ!? 開かない……!?」

 

入ってきた時は確かに開いていたはずだ。それに俺は鍵をかけた覚えはない。その証拠に、戸の鍵も開いている。

 

そう。開いているのに、開かない。

 

何故なのか。外から棒か何かで引っ掛けられているのか。だがこちらから開けられない以上、どうすることもできない。

 

「他に出られる場所はあるか……?」

 

ここが家である以上、出られる場所が一つしかないはずはない。俺は出口を探そうともう一度、家の奥へ進んでいくのだった。

 

 

 

 

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あの後裏口も窓も、出られそうな場所は全て開けようとしてみたが、玄関と同じで鍵が開いているのに開かない。力ずくで開けようとしても全く動かず、まるで見えない力で閉ざされているようだった。

 

一階は鍵がかかっている場所以外は全て試した。次は二階だ。

 

俺は階段の方へ向かいながら、俺がこの家に入る前に目の前に落ちてきた女性のことを思い出した。

 

(あの女性はベランダから落ちてきた。もしかしたら……)

 

抜け出せるかもしれない、と頭に思い浮かびそうになったところで、俺は階段の前に到着した。だが、

 

「強烈な殺気を感じるな……」

 

階段の前に立った瞬間、突如として俺の肌を刺すように殺気が降りかかってきた。この家に入った時に感じたものとは比べ物にならない。できるなら行きたくない。だが、行くしかないのだ。

 

俺は階段を上り始めた。

 

 

 

 

 

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階段を上りきって俺が目にしたのは、廊下と3つの扉だった。気のせいか、二階に上ってから温度が下がった気がする。長居はしたくないな。俺は目の前の扉を開けようとするが、

 

「鍵か……」

 

鍵がかかっており、開かない。俺はその隣の扉を開けた。鍵は、かかっていなかった。

 

「ん?」

 

そこにいたのは、倒れている女子と座り込んでいる女子。

 

倒れている方は腹部から血を流している。血の流し方からして、何か刃物でやられたのだろう。座り込んでいる方は泣いているようで、すすり泣くような声が聞こえる。少し経つと、座り込んでいる方が俺の存在に気付き、顔を上げた。そして腰を抜かしたような格好になり、俺のことを化け物を見るような目で見た。

 

「ひっ!? だ、誰なんですかあなたは……!」

 

その表情は恐怖に染まっており、いつ絶叫してもおかしくない。怖がらせないように振る舞わねば。

 

「ここの家の者か? だとしたら申し訳ないことをしたな。俺の名は、鬼道龍護だ」




終わり方が超微妙。まあ次からリラ○クマ出るので許してくださいなんでもしま(ry

名前は鬼道ですが赤火砲とか撃ちません。


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二人の少女

前回あのリラ〇クマが出るといったな、あれは嘘だ! いや、ほんとごめんなさい。

前回言い忘れてましたが、原作と電話の場所を変えています。原作は救急箱がある部屋に置いてありましたが、今作品では救急箱が重要アイテムとなるため、神代家となんの関係もない主人公が既に場所を知ってたらおかしいと考えたためです。









サブタイトルがテキトーなのは許してください。


「そうか……ここはお前の親友の家だったのか……」

 

あの後俺は、座り込んでいた女子、姫野美琴と少し話をした。

 

姫野は、そこで倒れている女子、神代由佳の親友で、深夜に神代からかけられた何も入っていない留守電を奇妙に感じ、ここまで来た。しかし深夜に急に邪魔するのは、いくらなんでも迷惑だと感じ、帰ろうとした。

 

すると急に二階から叫び声が聞こえた。慌ててこの部屋に入ってみると、腹部を刃物で刺された神代が倒れていた。

 

姫野は親友を救うことができなかった己の非力さと、神代の悲惨な姿を目にしたことで絶望し、俺が部屋に入ってくるまで座り込んでいたそうだ。

 

「ごめんね由佳……私が……私がもっと早く来ていればこんなことにはならなかったのに……」

 

姫野は神代の方を向き、再び泣き始めた。俺はそんな姫野に、一言言った。

 

「本当に神代は死んでいるのか?」

 

「……え?」

 

俺は続ける。

 

「お前はこの部屋に入ってきた時、神代の生死を確認したか? 腹部を刺されているだけなら、生きている可能性の方が高いだろう。首を触ってみろ」

 

姫野は恐る恐る神代の首に手をやった。すると目を見開き、泣きながら喜んだ表情をした。

 

「生きてる……生きてるよぉ……!」

 

やはり生きていたか。ならば止血をしなくてはな。このまま血を流し続けていたらいずれ失血死してしまう。

 

「姫野、この家に包帯などはあるか?」

 

「え? ありますけど……どうするんですか?」

 

「神代の腹部の傷は結構深い。このまま放っておいたら、いずれ失血死するぞ」

 

「そ、そんな! 急がないと!」

 

姫野は直ぐに立ち上がった。同時に俺も立ち上がる。

 

「一階のどこかの部屋に、救急箱があったはずです。そこになら包帯も止血剤も入ってるかも……!」

 

「それなら悪いが案内してくれ。俺はここの構造がいまいちよく分からない」

 

俺は姫野に着いていく形で移動することになった。

 

 

 

 

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俺達は一階に下り、救急箱の探索を始めた。姫野は怪我をしたときに、よくここの救急箱で手当てをしてもらっていたようで、場所もある程度覚えていた。そのためすんなり見つかった。

 

俺達は現在、神代の両親の部屋と思わしき部屋で、救急箱の中身を確認していた。

 

「よかった……止血に必要な道具は揃ってる……」

 

「よし……それならとっとと神代を止血して、この家から抜け出すぞ……!」

 

「え? 抜け出す?」

 

そうか、姫野は一度も出ようとしていないから、この家から抜け出せないということに気づいていないのか。

 

「全部話すと長くなりそうだから簡単に言うが……俺達は閉じ込められたみたいだ」

 

「ど、どういうことですか!?」

 

「この家に見えない力が加わっている。戸も窓も鍵は開いてるのに、まるで鍵がかかっているかのようにびくともしない。一階は俺が全部確かめたから間違いない。だが……俺が入ってくるとき、二階のベランダの窓は開いていた。そこなら抜け出せるかもしれない」

 

「じ、じゃあ早く行きましょう!」

 

ああ、と扉を開けようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もういいかい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳内に響くように、その言葉が聞こえたのだった。

 

「「ッ!」」

 

俺も姫野も、その言葉に一瞬固まってしまう。

 

「い、今、『もういいかい?』って」

 

「ああ俺にも聞こえた。こりゃ思ってた以上に不味い状況らしいな……」

 

しかも気のせいか、先程より寒気と殺気が増した気がする。姫野もそれを感じているようで、唇の震えが止まっていない。

 

「……救急箱は俺が持つ。急ぐぞ」

 

「は、はい」

 

俺は救急箱を取り、この部屋を後にした。

 

 

 

 

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俺達は階段を駆け上がり、神代のいる部屋へ戻ってきた。神代は無事だったため、俺達はすぐに止血の準備をする。行うのは、直接圧迫止血法だ。

 

まずは姫野が、消毒したガーゼで神代の傷口を押さえる。

 

「……ぃっ……」

 

神代は意識を取り戻しつつあるようだ。意識が覚醒する前に終わらせなければ、神代に辛い思いをさせてしまう。

 

「姫野、包帯を強めに巻け。そして腹を心臓より高くするんだ」

 

「分かりました。……由佳、少し痛いけど、ごめんね」

 

姫野は神代の腹に器用に包帯を巻いていく。そして近くのベッドから下ろした布団を下にして、神代を反らせるように寝かせる。

 

「これでしばらく安静にさせておけば大丈夫だ」

 

「ふぅ……よかった」

 

姫野は緊張が解けたのか、座って安心したように息を吐く。

 

だが、まだまだ安心はできない。

 

「あの声……一体何なんだ?」

 

俺が言っているのは、一階にいた時に聞こえたあの声である。脳内に響くような不自然な聞こえ方、いろいろな声が混ざり合っているような声質、『もういいかい?』という言葉、どれをとっても不可解だ。一体、あれは何なのか。

 

「もういいかい……もしかして、『かくれんぼ』? ……ううん、まさか」

 

「いや、あながち間違っていないと思うぞ」

 

俺はすぐに姫野の言葉を肯定した。

 

「あの時聞こえた『もういいかい?』の言い方は、確かにかくれんぼの時の言い方だった」

 

「で、でも、かくれんぼと由佳の怪我に何の関係が……」

 

「本人に聞けば、分かるんじゃないか?」

 

俺は後ろを向きながら言った。そこでは、腹を押さえた神代がむくりと起き上がっている。

 

「由佳! よかった!」

 

「美琴……? どうしてここに……ッ! その人は、誰?」

 

神代は俺を見て、警戒するように睨んでくる。

 

「ああ、この人は、私達を助けてくれたの」

 

「鬼道龍護だ」

 

俺は名前だけ言う。

 

「え……鬼道って、あの鬼道?」

 

すると神代が反応した。

 

「え? 知り合い?」

 

「知り合いも何も、同じ高校で同じクラスじゃない!」

 

「ええっ!」




衝撃(?)の事実。主人公は原作主人公と同級生だった!






地の文が濃くなると会話文が薄くなって、会話文が濃くなると地の文が薄くなる癖をどうにかしたい。


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真実と正体

今日こそあのリラ〇クマが出るぞお! といってもちょっとだけだけど……。


「本当に同級生……なんだ」

 

「一応な」

 

神代から衝撃(?)の事実を知らされた姫野は、学校関係の質問を色々としてきた。そしていくつか答えてやると、俺が同級生だということに納得したようだった。

 

言い忘れていたが、俺は身長が190cm近くある大柄な体格だ。たまに大人と間違えられたりすることもある。学校の巨人という異名が付いたこともあったな。そんな特徴があるにも関わらず、姫野は何故俺のことを知らなかったのか。

 

「さて、話を戻そうか。神代、単刀直入に聞く。あれは一体何だ?」

 

神代は少し躊躇うと、観念したように口を開く。

 

「あれは……ひとりかくれんぼで生まれた……化け物よ」

 

「ちょ、ちょっと待って。『ひとりかくれんぼ』って?」

 

知らない単語が出てきたことに、姫野が分かりやすく動揺する。

 

「ひとりかくれんぼってのは、降霊術の一種だ。人形に霊を乗り移らせることで、霊とコンタクトをとったり、術師としての質を高めることができるもの……らしい」

 

「やけに詳しいね……」

 

「こういうのには興味あるからな。決して実行などしないが。……それで、神代は何でひとりかくれんぼをしたんだ?」

 

「最初は面白半分だった。でもあんなことになるなんて……!」

 

神代は腹を押さえながら震えている。刺された時の恐怖が蘇ってきたのだろうか。

 

「大体、事情は分かった。それと言い忘れてたが、ひとりかくれんぼには大事な注意事項がある」

 

「な、何?」

 

「一度始めたひとりかくれんぼは、『きちんと終了の手順を守って終わらなければならない』。まあ要するに、怖くなっても家から抜け出すなってことだ」

 

「え!? それじゃあすぐに脱出はできない、ってこと!?」

 

一度始まったひとりかくれんぼは、終了の手順を守らなければ、永遠に続く。もし二階のベランダから脱出出来たとしても、神代の家が幽霊屋敷となることは間違いないだろう。

 

「まあ落ち着け。逆に言えば、その終了の手順を守りさえすれば、ちゃんと終わる。脱出の手口を考える必要なんかないってことだ」

 

「じ、じゃあどうやったら終わるの!?」

 

姫野が一気に近づいて聞いてくる。距離感というものがないのか、こいつには……。

 

「すまないが、俺もそこまでは知らないんだ。あの時はどういうものか知りたかっただけだから、サイトも途中までしか見ていない。神代、どこでひとりかくれんぼのやり方を調べた?」

 

「一階のお父さんの部屋。そこに、パソコンがあるから……」

 

俺は一階の入れる部屋には全部入ったが、パソコンがある部屋などどこにもなかった。だとすれば、鍵のかかっている部屋のどこか、だろう。

 

「神代、案内してくれ」

 

「分かってるわよ。……いたた」

 

神代は腹を押さえながら立ち上がる。止血はしたが、痛みまでは取れない。ただの応急手当に過ぎないからな。

 

 

 

 

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「あれ……!? 鍵はかけてないはずなのに、何で……!?」

 

俺達は神代の父親の部屋まで来た。予想通り、そこは鍵のかかっていた部屋だった。

 

「やはりか……。鍵を探すぞ」

 

「え? う、うん。でも、『やはり』ってどういうこと?」

 

神代が聞いてくる。姫野は俺が一階の入れる部屋に入ったことは知っているが、神代は知らない。話していないためだ。混乱を防ぐためにも、話しておくか。

 

「神代には悪いが、俺は一階の入れる部屋には一度入っているんだ。だがここは鍵がかかっていて入れなかった部屋の一つだ」

 

「え? 先に言ってよ!」

 

「だから悪かったと言っている。それに、同級生とはいえ赤の他人がここの鍵が閉まっていることを知ってたら、どう思う?」

 

何故知っているんだという疑問から、不信感に変わるだろう。何が起こるか分からない今の状況で、分かれて行動するのは危険だ。

 

「あ……そっか」

 

神代もどうやらそれを察したようで、納得した。

 

「それで、どこから探すの? この階から?」

 

「いや、一階は大雑把とはいえ俺が見ている。なら先に誰も見ていないところを探すのが一番効率がいいだろう」

 

神代はここの鍵がかかっていることを知らなかった。ということは、ここの鍵は神代が刺された後に何者かによって閉められたということだろう。姫野は玄関と神代の部屋にしか行ってない。それを考えると、この中で誰も行ってない部屋が二階にいくつかあるはずだ。

 

「神代、二階の部屋はいくつある?」

 

「お兄ちゃんと私と春子の部屋と……あと広い和室があるけど」

 

「なら和室を調べよう。広い場所を先に探したほうが、後々楽だ」

 

俺達は二階の和室へ行くために、階段の方へ向かった。

 

 

 

 

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俺達は神代の案内の元、無事和室の前まで来ることができた。それより、この和室が二階のど真ん中にあるとはな。どうも神代家のご主人は、大きい和室が好きなようで。

 

「開けるぞ」

 

俺はそう言って、襖を開けた。襖ということで、鍵はかかっていない。

 

だが、そこで俺達は信じられないものを目にする。

 

和室には、人が倒れていた。

 

「「「ッ!」」」

 

神代がすぐに死体に近づく。そして首に手をやる。

 

「ッ……!」

 

そして信じられないといったような表情になると、今度は目に涙を浮かべ、泣き出す。

 

神代に姫野と俺が近づく。

 

「姫野、この男性は?」

 

神代はとても話ができる状況ではないので、姫野に聞いてみる。

 

「おじさん……じゃ分からないよね。……由佳の、お父さん」

 

だから神代は反応したのか。そして神代の反応を見る限り、既に息絶えているのだろう。

 

「少しそっとしておいてやるか。姫野、神代のそばにいてやれ。鍵は俺が探す」

 

結局は俺一人で探すことになってしまったが、これでいい。実の家族を失った直後に探索をさせると、重要な物を見落としてしまう可能性がある。

 

「落ちてはないか……。この押入れは……」

 

俺は押入れを開けようとしたが、何故か開かない。何か中で引っかかっているのか、と反対側からも開けようとするが、こちらからも開かない。

 

建付けが悪いのだろうか。いずれにせよ開かないならどうしようもない。俺はもう一つの押入れを開けることにした。

 

ただその押入れの襖には、血がべっとりとこびりついていた。

 

(誰の血だ……?)

 

俺はそんなことを思いながら、襖を開けようとした。

 

突如、この和室に濃密な殺気が流れ込む。

 

「ッ!」

 

俺は反射的に飛び退いた。

 

「姫野! 神代!」

 

俺が大声で二人の名を呼ぶと、二人は葬式の時みたいな表情から驚いたような表情へ切り替わる。そして俺と同じように、血がこびりついている襖の方を向いた。

 

少しの沈黙の後、襖がゆっくりと開かれる。そこから出てきたのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミーツケタ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血塗れの包丁を持ったクマの人形だった。




毎作品恒例のアンケート!


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終わり方

遅れてることに気づいて急いで書き上げました。そのため短いです。申し訳ありません。


「そいつよ! そいつが、私のお腹を刺したの!」

 

神代の声で正気に戻る俺。見た目は可愛らしいが、手に持っている血塗れの包丁と放たれている尋常じゃない殺気が神代の言葉を裏付ける。

 

しかし俺は人形が出てきた襖の奥に、光っているものがあるのを見つける。

 

もしかしてあれは……?

 

イッショニアソボウヨ! タノシイヨ!

 

「「鬼道(君)!!」」

 

二人の声が聞こえてはっとする俺。気づけば、人形が近づいて来ていた。

 

そして人形は俺の心臓目掛けて包丁を突き出して飛んでくる。

 

「っち!」

 

俺は咄嗟に横回避する。人形は突き出した包丁が床に刺さってしまい、抜くのに苦戦していた。俺は直ぐに人形が出てきた押入れに向かい、光っていたものを手に取る。

 

(やはり鍵だったか……!)

 

俺が手にしたのは鍵だった。持ち手部分には『西部屋』と書かれている。

 

(これがさっきの部屋の鍵ならいいが……)

 

俺は鍵をポケットに入れ、二人の方へ向かい叫んだ。

 

「逃げるぞ!」

 

二人はすぐに俺の言葉に頷く。そして俺達は、和室を出た。

 

 

 

 

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「あいつ、どこまで追ってくるのよ……!」

 

「もう限界だよ……!」

 

和室から逃げ出せた、まではよかったが、あの人形は追いかけてきた。しかもさっきから廊下を5周はしているのに、諦めず追ってきている。俺はまだいけるが、体力のない女子である二人は限界が近いようで、息が荒くなっている。

 

逃げ切るのは不可能と判断した俺は、撃退する方法をあれこれ考える。すると、ある案を思い付いた。

 

(何か堅くて重いものを思い切りぶつけてやればどうだ?)

 

「神代、お前の部屋に何か堅くて重いものはないか?」

 

「勉強するときに使ってる椅子ならあるけど……まさか!」

 

「そのまさかだ」

 

俺達は通りかかろうとしていた神代の部屋に入る。そこには、勉強机とセットであろう車輪の付いた椅子が置いてあった。

 

「これか……」

 

俺は椅子を掴んで持ち上げる。かなり重く、当てれば効果が期待できそうだ。俺は椅子を抱えながら部屋の隅に移動する。

 

その時、神代の部屋の扉が開かれる。人形が追い付いてきたのだ。

 

ネェ、アソボウ……?

 

「「ひっ!」」

 

神代と姫野の方を向いて人形が言う。人形は無表情だが、嗤っているように見えた。二人は互いに抱き合って、目に涙を浮かべながら怯えている。

 

俺は咄嗟に飛び出した。

 

「悪いがお断りだッ!」

 

エ!?

 

俺は人形が振り向く前に、椅子で思い切り殴った。ガン! と人形を殴った音とは思えないような音が人形からし、人形はうつ伏せに倒れる。投げなかったのは、当たらなかった時のリスクを考えたためである。

 

「おい何してる! 早く逃げるぞ!」

 

二人は震えている足でなんとか立ち上がる。そして俺達は神代の部屋を後にした。

 

 

 

 

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神代の部屋を後にした俺達は、一階の廊下へ来ていた。

 

「はぁ……ここまで離れれば、奴も追っては来ないだろう」

 

「怖かった……」

 

「もう走れないわ……」

 

やっと一息つけると神代と姫野は座り込む。この二人には無理をさせてしまったな、と軽く反省する。

 

「そういえば、和室で人形が出てきたところに行ったのはどうしてなの?」

 

姫野が聞いてくる。

 

「あの時奴が出てきたところを見たら、光っている物があってな。何かと見に行ったら、鍵が落ちてたってわけだ」

 

俺は鍵を見せる。それを見て神代が反応する。

 

「これ……お父さんの部屋の鍵だ!」

 

どうやら当たりだったようだ。あの時危険を冒してでもこれを取りに行ってよかった。

 

俺達はあの部屋に戻り、拾った鍵を使った。

 

そこには、俺達の探していたものであるパソコンが置かれていた。

 

「電源が点いて……おっと、休止モードだったのか」

 

マウスを少し動かすと、画面が映る。

 

そこには、ひとりかくれんぼの手順が細かく書かれていた。神代はこのページを見て準備をしたのだろう。

 

そのページの中から、俺はひとりかくれんぼの『終わり方』を探す。

 

「あ、あった!」

 

姫野が声をあげる。画面には、『ひとりかくれんぼの終わり方』という文字が大きく映し出されている。

 

『その1。コップに塩水を入れ、半分口に含む。準備ができたら、ぬいぐるみを探す。

 

その2。ぬいぐるみを見つけたら、口の中の塩水とコップの残りの塩水を吹き掛ける。

 

その3。ぬいぐるみに向かって「私の勝ち」と三回言う。

 

これで「ひとりかくれんぼ」は終了です。その後、必ずぬいぐるみは燃やしてください』

 

「何よこれ……こんなの……ただの遊びじゃない!! 今起こってることは……ここに書いてあることとは全然違う……。なんの解決法にもならないよ……」

 

全員読み終えると、姫野が机を思いっきり叩く。神代は、普段大声を出さない姫野が珍しく大声を出したことに驚いている。

 

「落ち着け姫野。これ以外に奴をどうにかする手掛かりはないんだ」

 

「そうみたいだけど、これで本当に終わるのか信じられないよ……」

 

姫野は信じていないようだ。確かにこれがひとりかくれんぼを終わらせるための手順と言われても、あんなことがあった後ではすぐに信じることなどできない。

 

だが、相手は人形という無機物である以上、体力という概念が存在しない。このまま永遠に逃げ続けるなんてことは不可能だ。いつかやられる。どっちにしろ、これを頼りにするしかないのだ。

 

「とりあえず、塩水がいるな。それとそのまま吹き掛けるのは危険だから、奴を拘束するための道具も必要だろう」

 

少し気まずい雰囲気のまま、俺達は部屋を後にした。




アンケートの内容を書き直しました。原作未プレイの方には意味が分からない選択肢が入っていたので……。


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衝突と和解

ひっさびさの更新。お詫びと言っちゃ何ですが、いつもより長いです。

他の方の怪異症候群SS読んでたら書きたくなりました。




神代父の部屋を後にした俺達は、ひとりかくれんぼを終わらせるための道具を探そうとしていた。必要なものは、塩水と暖炉に火をつけるもの、そして人形を拘束するものだ。しかし今までの部屋に、そんなものはなかった。おそらく俺が入ったことのない部屋にあるのだろう。

 

すると突然、神代が思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、物置部屋の鍵は大広間の時計の裏にあるってメモをお父さんの部屋で見つけたんだけど……」

 

「なら大広間に行こう」

 

俺達は大広間へ向かった。

 

 

 

 

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なんとそこでは、人形が食べ残されている料理を食い散らかしていた。俺達が入ってきてすぐに人形は料理を食べるのを止め、振り向く。

 

ミーツケタ♪

 

人形は包丁を振りかざして襲い掛かってきた。

 

「ここでばったりとはツイてないな……!」

 

俺は大広間の隅に置いてあった壺を手に取る。

 

「神代、先に謝っておく! すまん!」

 

「え!?」

 

神代は一瞬その言葉の意味が理解できなかったようで、素っ頓狂な声をあげる。しかし俺は気にせず、壺を思いっきり人形に叩きつけた。

 

 

ガシャアン!!

 

 

壺は見事に粉々に砕けてしまった。しかし人形にもダメージは入ったようで、しばらく起き上がりそうになかった。

 

「あった! 鍵!」

 

俺が人形と戦っている間に、姫野は鍵を見つけ出していた。となればもうここに用はない。

 

「逃げるぞ!」

 

俺達は大広間を急いで離れた。

 

 

 

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「はあ……。あいつ、どこにでもいるな」

 

大広間を後にした俺達は、玄関で休んでいた。

 

「でも、鍵はあったよ!」

 

姫野が鍵を見せてくる。その鍵には物置部屋と書かれていた。この家の入れるところはほとんど入ったが、物置みたいな場所はどこにもなかった。この家に三階は存在しないようなので、可能性があるとするなら……地下か。

 

「神代、この家に地下はあるか?」

 

「あるわよ。ここからお父さんの部屋の方へ行く途中に入り口があるわ。でも、一階の入れる場所に全部入ったんなら知ってるんじゃない?」

 

「見落とした。扉も何もなかったから、ただの空間だと思ったんだ」

 

「……まあいいや、早く行くわよ」

 

神代は何か言いたそうだったが、すぐにいつもの調子に戻って先行した。俺達は神代に着いていくように地下に向かった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

神代に着いていくと、本当に地下への入り口があった。階段を下りると、二つの部屋があった。

 

「確か、右が書庫で左が物置部屋だったはず……」

 

神代がそう言って左の扉に鍵を差す。すると扉が開いた。

 

「物置なら使えるものがいくつかあるかもしれない。三手に分かれよう」

 

俺達は探索を開始した。

 

俺は大きなクローゼット三つの探索だ。まずは左から。

 

「ガラクタばかりだな……」

 

壊れたりしていて使えそうにないものばかりだ。続いて真ん中。

 

「これもガラクタばかり……」

 

見つかったのはまたもやガラクタの山で、これまた収穫なし。最後に右。

 

「これもか……」

 

神代家は物置部屋をゴミ捨て場と勘違いしているのだろうか?

 

「何かバカにされた気がしたんだけど」

 

「気のせいだろう」

 

「……」

 

どうしてこういう時女性はやたらと鋭くなるのか分からん。そういう能力でも備わっているのだろうか。

 

全員探索が終わったところで、俺達は一度集まる。

 

「こっちは収穫なしだ」

 

「私の方も。美琴は?」

 

姫野は何か持っている。

 

「えっと、孫の手を見つけたんだけど……」

 

これはなかなかいい収穫だ。孫の手は手が届かない場所にあるものも取れるので、探索の幅が広がる。

 

「孫の手? 何に使うの?」

 

だが神代にはそれが分からなかったらしい。

 

「手が届かない場所にあるものが取れるだろう?」

 

「あ、そっか!」

 

神代は納得したように手を叩く。

 

「手が届かないといえば……私の部屋のベッドの下に何か転がってたのよね。寝っ転がりながらスマホ触ってたら見つけたんだけど、手が届かなかったから無視しちゃった」

 

結構重要な情報だ。何故もっと早く言ってくれなかったのか。

 

「神代の部屋に行くぞ」

 

俺達は神代の部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外だな。お前に兄がいたとは」

 

「最近はほとんど話してないけどね」

 

神代の部屋で孫の手を使い、ベッドの下の物を取った俺達は、二階でまだ唯一開いていない扉の前に来ていた。神代によると、ベッドの下にあったものは、神代の兄の部屋のものらしい。

 

神代が鍵穴に鍵を挿し、俺達は中に入った。

 

しかし肝心の神代兄はいない。

 

「あのバカ兄貴、どこに行っちゃったのかしら。バカ兄貴のことだから、隠れてるとかはないと思うんだけど。大方そこの窓から脱出でもしたのかしらね」

 

そう言いながら、探索を始める神代。死体が見つかっていないということは、神代兄はまだ生きている可能性があるな。

 

そんなことを考えながら探索をしていると、鍵を見つけた。これは……書庫の鍵か。本なら、薪の代わりにはなるか。勝手に燃やすな? 今は緊急事態。やむを得ないことだ。

 

「……」

 

ふと、黙々と一人で使える物がないか探す姫野を見る。そういえばしばらく姫野が喋っていないな。何かあったのだろうか。

 

「姫野、何だか様子が変だぞ。どうかしたか?」

 

「あ、鬼道君……その……」

 

読み通り、何か隠していたようだ。

 

「実は……これ……」

 

姫野が渡してきたのは、『風呂場』と書かれた鍵だった。しかし他の鍵と違うのは、血が付着しているということ。

 

「おじさんの部屋で見つけたんだけど、椅子の上にポンって置かれてて、何だか変な感じがしたの。それで拾って見てみたら、血が付いてるし……それに、風呂場の前を通る度に、凄く嫌な予感がして……」

 

奴が鍵を閉めて回っているとすれば、鍵を隠すはずだ。現に西部屋の鍵は、奴が潜んでいた押入れにあった。しかし風呂場の鍵だけは隠されていない。血が付着しているのも、間違いなく奴が関係しているだろう。

 

それに姫野が感じた嫌な予感。実は俺も少なからず感じていた。風呂場から、扉越しに殺気のようなものを感じたのだ。

 

とすると、これは奴が仕掛けた罠である可能性が高いな。

 

「……姫野。これは見なかったことにしよう。罠である可能性が高い」

 

「う、うん」

 

姫野は風呂場の鍵をしまう。

 

「二人とも、使えそうなのがあったわよ!」

 

神代の方を見ると、粘着テープを持っていた。確かにあれは人形を拘束するのに使えそうだ。

 

「さて、これ以外に収穫は無さそうだし、他のとこ探しましょ」

 

「ああそうしようか」

 

俺達は神代兄の部屋を出た。その時、

 

 

グチャリ……グチャリ……。

 

 

「「「!」」」

 

血肉を踏み潰すような嫌な音が、俺達の耳に入る。間違いない、何かが、この廊下を歩いている。

 

「あ、あれ!」

 

姫野が指差した先には、和室で亡くなっていたはずの神代の親父さんがゆっくりと歩いていた。

 

首がない状態で。

 

「うっ……」

 

姫野が顔を青ざめさせて、口を押さえている。耐性がない人間にはかなりきつい光景だ。

 

「出来るだけ直視するな。幸い、奴の動きは遅い。隙を見て、下に降りるぞ」

 

しかし動きは遅かったので、捕まることなく俺達は下に降りることができた。

 

 

 

 

 

 

 

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階段を下りた途端、神代がへたりこんでしまった。

 

「もう……嫌ぁ……」

 

おそらくさっきの首がないのに歩いていた親父さんを見て、心が折れてしまったのだろう。

 

しかし今はそんなことをしている場合ではない。奴はどこにいるか分からないし、階段から降りてから、少し殺気が強くなった気がする。何が起こるのか分からないが、長居は危険だ。

 

「……神代、酷なことを言うかもしれないが、俺達は今、命の危機に晒されてる。そんなことをしてる場合じゃない」

 

「ちょっと鬼道君……!」

 

「お前一人ならこうしていようと別にいいが、俺達を巻き込んだということを忘れてもらったら困る。まずは『ひとりかくれんぼ』を終わらせる。悲しむのはその後でもできるだろう?」

 

「……たは」

 

神代が何か言ったが、聞こえなかったので、俺は何と言ったか神代に聞こうとした。その時、物凄い勢いで胸ぐらを捕まれた。

 

「……!」

 

そして神代は、俺の目を見て叫んだ。

 

「なら、あんたは家族が死んだ悲しみが分かるの!?」

 

途端、何故か胸の辺りがざわついた。

 

そこから神代は涙声で喋り始めた。

 

「お父さんは死んじゃって、お母さんとバカ兄貴と春子は無事か分からないし、家はこんなになっちゃって、挙げ句の果てに、美琴やあんたまで巻き込んで、もう何が何だか分からなくて……でも分かるのは、もうあの頃の家族には戻れないってこと……全部私のせいだってこと……私が遊び半分でひとりかくれんぼなんてやったから……でも、本当にこんなつもりじゃなかった……こんなつもりはなかったのよぉ……」

 

神代の声は徐々に勢いを弱め、最後は神代が泣き崩れてしまうと同時に聞き取れなくなった。

 

しかし俺には、それを気にするほどの余裕がなかった。胸のざわつきが収まらない。しかも次第にそれは強くなっていく。

 

今すぐ神代から離れないと、おかしくなりそうだ……!

 

「……姫野、神代の側にいてやれ。奴を見つけたら、死に物狂いで逃げろ」

 

「え? 鬼道君何するつもり!?」

 

「暖炉に火を付けれるものを探してくる。そう簡単には捕まらないから安心しろ」

 

「ちょ、ちょっと鬼道君!」

 

俺は台所の方へ走り出した。姫野が俺を呼ぶ声がするが、振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁ……」

 

台所についた俺は一人座って、ため息を吐いていた。胸のざわつきは依然として収まらない。

 

(神代のあの悲痛な表情や叫びを思い出す度にざわつきが強くなる……いや、これはざわつきというより……悲しみ? いや、怒り? この気持ちは何だ? 一体これは何なんだ?)

 

「クソッ……!」

 

自分の中にあるものが分からないことにもどかしさや苛つきを感じた俺は、床を殴り付ける。すると床が、少し凹んでしまった。

 

「なっ……!?」

 

勿論、そんなに力を入れたわけではない。そもそも俺は床を凹ませるほどの力の持ち主ではない。

 

(さっきから俺に何が起こっている……!?)

 

自分に何が起こっているのか分からないことに、俺は少し怖くなる。俺はこのことを一刻も早く忘れるために、ここに来た理由である暖炉に火を付けられる物を探すことにした。台所ならライターの一つ二つはあるだろう。

 

「やはり、あったな」

 

予想通り、引き出しにライターが入っていた。ちゃんと火が着くかの確認もする。

 

目的は果たしたと台所を出ようとしたところで、とあることを思い出す。

 

「そういえば終わらせるのには塩水が必要だったな。ここで作るとするか」

 

そう言って俺は置いてあった空のコップに水を入れ、塩を適量入れて棒でかき混ぜる。これで、塩水はいいだろう。塩水を作る過程で調理用油が目に入ったので、暖炉に火を着ける保険として一応持っていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ、鬼道君!」

 

姫野が声をあげる。神代も落ち着いているようだが、目は赤くなっている。

 

「ライターを見つけるついでに、塩水を作ってきた。それと暖炉に火を着ける保険で調理用油も持ってきた。二人はこれを持って上の和室に行っててくれ。俺は暖炉の薪の代わりになるものを探してくる」

 

俺は台所で入手したものを姫野と神代に渡す。

 

「それと神代、さっきは言い過ぎた。……すまなかった」

 

「……別に、もう気にしてないから」

 

神代の言い方は突き放すようだが、目からして本当に気にしていないようだ。

 

俺は暖炉の薪代わりになるものを探すため、地下の書庫に向かう。書庫になら、いらない本が一、二冊はあるだろう。

 

奴との決着は、刻一刻と迫っている。




次回でおそらくひとりかくれんぼ編は終わると思われます。


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悪夢の終結

なんとか年内に完成させられました……! もう時間がないのでこれ以上は書きません。それでは皆さんよいお年を!


姫野達に塩水や調理用油などを渡して分かれた俺は、書斎で不要そうな本を探していた。しかし何かを感じ取った俺は、本を探す手を止める。

 

(殺気が少しずつ強くなっている……これは急いだ方がいいな)

 

さっきチラッと見たが、この家のあちこちに血が付着していた。勿論、俺がここに来たばかりの頃にはなかった。そしてここに来たばかりの頃と比べ、殺気が強くなっている気がする。奴はそろそろ決着を付ける気なのかもしれない。急がねば、と俺は探索を再開する。

 

しかしどれもきちんと棚に入れられており、不要そうな本の類いは一切見つからない。

 

(無駄足だったか……ん?)

 

無駄足かと思い書斎を後にしようとした時、棚に入れられておらずビニル紐で縛られた本の束がいくつか置いてあるのを見つけた。

 

(不要じゃなければわざわざビニル紐で結ぶわけがない。よし、これを持っていくとしよう)

 

そうして俺は一番軽い本の束を持って二階の和室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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和室の襖を開けると、姫野達が待機していた。

 

「悪い、遅れた。早く暖炉に火を付けるとしようか」

 

そうして俺は暖炉に火を付ける準備を始める。

 

まずは書斎で取ってきた本の束を暖炉に置く。

 

「神代、今更だがこの本は燃やしても大丈夫なものか?」

 

「本当に今更ね……紐で結ばれてたんなら、いらないやつだからいいと思うけど……」

 

書斎にはあまり入ったことがないのか、神代は言い淀んでいる。とりあえず緊急事態だからということで許してもらうとしよう。

 

次に調理用油を本に少しだけかける。多すぎると、爆発する可能性があるからだ。

 

(最後にライターで、油のかかった場所に火を付ければ……)

 

油のかかった場所に火を近づけた瞬間、一瞬だけ大きな炎が出てくるが、時間が経つと普通の炎が出て、本をみるみるうちに燃やしていく。何とか、成功したようだ。

 

これで、準備は整った。

 

「よし、後は奴を誘き寄せて拘束して燃やすだけだな」

 

「でもあれがいるところなんて分かるの……?」

 

姫野が心配そうに聞いてくる。

 

「それに関しては問題ない。さっきから台所辺りに、今までとは比べ物にならないほど強い殺気を感じるからな」

 

さっきからこの和室の下の北東の向きから、強烈な殺気がする。床越しでも伝わってくるほどだ。

 

「そんなの分かるの? あんたの家って特殊な家系か何か?」

 

「さあな。それより、二人は何か重くて硬いものを持ってきてくれ。奴をここまで誘き寄せて、俺がそれで殴り付ける。そして、気絶したところを俺が暖炉で燃やす」

 

「わ、分かったよ!」

 

姫野と神代は和室を出ていく。……前に、神代が足を止めた。

 

「……死なないでよね」

 

「安心しろ。死ぬ気はないからな」

 

少し笑みを浮かべながら言ってやると、神代も安心したようで出ていく。

 

「さて、そろそろかくれんぼはお開きとしようか……!」

 

俺は和室を出て、階段を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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台所へ行くと、奴がテーブルに座ってテレビを見ていた。しかしテレビには砂嵐しか映っていない。

 

「……おい」

 

俺が低い声で言うと、テレビがプツリと消え、奴が振り向く。

 

「ミーツケタ♪」

 

奴はテーブルから降りるとすぐに襲いかかってくるかと思ったが、奴は喋り出した。

 

「ボクモウアキチャッタンダ。ダカラオワリニシテアゲル」

 

「……それはひとりかくれんぼを、ということか?」

 

もしやと思い、俺は聞いてみる。

 

ビュン

 

「ッ!」

 

しかし返答は包丁を突き出しながらの突進だった。咄嗟に横に避けたことによって当たらなかったが、少し危なかった。奴は振り返って言ってきた。

 

「キミタチガシネバオワルヨネ?」

 

ああ、一瞬でも話が通じるかもしれないと考えた俺がバカだった。

 

「お前が死んで終わる方法もあるぞ?」

 

俺は挑発混じりに返してやった。再び奴は突進してきたので、また横に避ける。そして台所を思い切り飛び出した。

 

(後はこいつがバカ正直に着いてきてくれるかだが……!)

 

俺はそんなことを考えながら階段に向かって走る。後ろを見てみると、奴はちゃんと着いてきているが、和室までずっといけるかと聞かれると、正直分からない。俺達の策に気づいた奴が、行動を変えてくる可能性も少なからずある。

 

しかしそんなことを考えても、今の俺にできることはただ策に嵌まるのを祈りながら走るだけ。奴が策に気づいていたとしても、だ。今はただ、走り続けるしかない。俺は階段を駆け上がりながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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美琴side

 

私達は鬼道君に言われた通りに、重くて硬いものを和室に運び込んでいた。持ってきたのは、由佳のお兄さんの椅子だ。由佳の部屋にあったものと同タイプだが、あの人形を倒すには丁度いいだろう。

 

「美琴……鬼道、遅くない?」

 

由佳が聞いてきた。なんだかそわそわしているようで、由佳らしくない。由佳は普段は度胸があって、落ち着いているのだ。

 

「大丈夫だよ。鬼道君は戻ってくる。必ず」

 

だから私は、落ち着いたように答えて見せる。親友が落ち着きをなくしている時は、自分がやってみせるのが一番だと思う。

 

それから少し経って、また由佳が口を開く。

 

「ねぇ……やっぱり遅いよ……もしかして、どこかでやられちゃったんじゃ……」

 

「ちょ、ちょっと待って! 急にどうしたの? 由佳らしくないよ」

 

由佳がこんな風にネガティブな発言をするのは珍しい。私は由佳に聞いた。

 

「……よくよく考えれば、私、家族だけじゃなくて、美琴と、鬼道まで巻き込んで……もし、このまま鬼道が戻って来なかったら……私が、鬼道を、殺したことになって、そしたら……あ、ああ、ああああああああ……!!」

 

「由佳!? 由佳!」

 

由佳は顔を真っ青にして、頭を鷲掴みにしながら歯をガチガチと鳴らしている。……私も考えたくないが、もしそうなってしまった時の罪の意識に耐えられなくなったのではないだろうか。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい私がひとりかくれんぼなんか始めたばっかりにこんなことに」

 

「由佳! 落ち着いて、由佳!」

 

完全に正気を失ってる。こんなことが今までなかったので、私にはどうすればいいのか分からない。本当にどうすればいいの……!?

 

「……これはどういう状況だ?」

 

いつの間にか和室の襖付近に鬼道君が立っていた。

 

「鬼道君! 由佳が……鬼道君が戻って来なかったら、自分が鬼道君を殺したことになっちゃうって、それから……」

 

「……もういい。ある程度理解した」

 

鬼道君はそう言うと、由佳の方に一直線に向かってくる。由佳は未だに何かを呟き続けている。

 

「おい、神代」

 

「あ……え……鬼、道……?」

 

「ああ、鬼道だ。神代、少し言葉足らずだったようだ。俺は巻き込まれたと思ってはいるが、それを恨んではない。安心しろ。もし俺が死んだとしても、できるのなら俺はそれを自分のミスだと割りきる。何があってもお前のことは恨まない。それは約束する」

 

「ほん……と……?」

 

「本当の本当だ。さあ立て神代。自分で始めたことに罪悪感を感じるなら、その後の行動で示せばいい。その塩水でな」

 

鬼道君は、畳に置いてある塩水のコップを指差す。そうだ、忘れていたけど、ひとりかくれんぼはぬいぐるみに塩水をかけないと正しく終わったことにならない。

 

「……うんっ……!」

 

由佳が立ち上がった。その顔は、先程までの怯えていた顔ではなく、いつもの逞しい由佳だった。

 

「ごめん、いつまでも迷惑かけっぱなしで」

 

「気にするな。……さて、そろそろお出ましのようだぞ」

 

私達は襖の方を見る。開いた襖の横からゆらりと、ぬいぐるみが登場した。

 

「ミンナ、ミーツケタ♪」

 

ぬいぐるみがそう言って動き出したのを皮切りに、鬼道が一瞬で私達が用意した椅子のところまでいき、背もたれを持つと同時に振りかぶった。

 

「地獄へ還れ、亡霊がッ……!」

 

そして一瞬で近づき、ぬいぐるみに向けて思いっきり振り下ろした。

 

 

ガンッ!!

 

 

またしてもぬいぐるみを殴ったとは思えない音が鳴り響き、ぬいぐるみはうつぶせに倒れる。

 

「……ふぅ。姫野、粘着テープをくれないか」

 

「あ、うん」

 

私は持っていた粘着テープを鬼道君に渡す。そして鬼道君は椅子を下ろすと、そのテープでぬいぐるみを拘束しようと近づいた。

 

……その時だった。

 

ザクッ

 

肉を裂くような音が、和室に響いた。

 

「「ッ!?」」

 

ゴトッ

 

次に、粘着テープが落ちる音がする。

 

「ごはっ……あ……!?」

 

最後に、鬼道君の苦しむ声がする。

 

これだけで、私達は何が起こったのか察してしまった。

 

ぬいぐるみが……鬼道君を刺したのだ。

 

「アハハハハ! コンナノニダマサレチャウナンテ!」

 

「うぐっ……うあ"あ"っ……」

 

ぬいぐるみは笑いながら、その包丁を深々と鬼道君の腹に刺し込む。包丁の刃が深く入り込む度に鬼道君が苦しみ、血が鬼道君の腹から、口から垂れてくる。

 

止めなきゃいけないのに、私達の体は動かなかった。目の前で行われている殺戮。それが途轍もなく恐ろしい。ああなりたくない。体がそう言い訳をする。

 

だが、ここで止めなければ鬼道君は間違いなく死んでしまう。必死に体を動かそうとしていた時だった。

 

鬼道君の腕が、ぬいぐるみの包丁を持つ腕を掴み、そして引き剥がした。突然のことで、ぬいぐるみは包丁を手放してしまい、包丁は鬼道君の腹に刺さったままになる。

 

「はぁ……はぁ……やっと……捕まえたぞ……!」

 

「ッ!? ハナセ!」

 

「誰が離すか……! 大人しく……しやがれッ……!」

 

鬼道君はぬいぐるみの両腕と首を畳に押さえつけた。

 

「神代……! 塩水……!」

 

「で、でも」

 

「早くしろッ!」

 

「わ、分かった!」

 

由香は塩水のコップを取って、半分の塩水を口に含んだ。そしてぬいぐるみに口の塩水、コップの塩水をかけた。

 

「私の勝ち、私の勝ち、私の勝ち……!」

 

これで後は燃やすだけだが、ぬいぐるみは未だに抵抗を続けている。鬼道君はぬいぐるみを押さえつけるので精一杯。鬼道君が床から離せば、間違いなく逃がしてしまうだろう。

 

どうすれば、と思った私の目に、鬼道君が落とした粘着テープが写った。

 

もう、これしかない。

 

怖いのがどうした。

 

私は粘着テープの方へ走り、それを拾ってぬいぐるみに巻き付けた。鬼道君が押さえてくれていたので、巻くのにそう苦労はしなかった。

 

「はぁ……はぁ……すまない、姫野……」

 

息も絶え絶えに鬼道君が言う。

 

「全然いいの。それより、これを早く燃やさなきゃ!」

 

私はぬいぐるみを掴み、暖炉に目を向ける。その時、上から何かのしかかってきたような重圧が私達に降りかかる。

 

「うぐっ……がはっ……!」

 

もちろんそれは鬼道君も例外ではない。重圧に思わず膝をついてしまった鬼道君は、その衝撃に耐えきれず吐血してしまった。

 

「鬼道君……!」

 

「余計なことは考えるな……! 奴を燃やすことだけ考えろ……!」

 

鬼道君は震えながら立ち上がり、ぬいぐるみを掴む。まだ腹に刺さっている包丁が痛々しいが、鬼道君に言われた通り気に留めないようにした。

 

でないと、足がどうしても止まってしまいそうだったから。

 

「美琴……! 鬼道……!」

 

後ろから由佳が背中を押してくる。その顔は、冷や汗をかきながらも逞しさを失っていなかった。

 

由佳の助けを得ながら、私達は少しずつ暖炉へ近づく。重圧は少しずつ増してきている。息をするのも苦しくなってきた。

 

「っ……はぁッ……!」

 

一番辛いのは間違いなく鬼道君だろう。この重圧、そして腹の傷からは絶え間なく血が垂れている。

 

鬼道君のためにも、早く終わらせないと!

 

「あとは……頼んだよ……二人ともっ……!」

 

由佳が最後の気力を振り絞って、私達を押す。由佳は限界なのだろう。

 

鬼道君の方を見ると、鬼道君も私の方を向いてコクリと頷いた。

 

私達はぬいぐるみを持つ手を後ろに回した。ぬいぐるみを暖炉に投げ込む体制だ。

 

「燃えろっ……!!」

 

鬼道君の声を合図に、ぬいぐるみを思い切り投げ入れた。

 

「アアアアアアアーーーーーーー!!!!」

 

甲高い断末魔をあげて、ぬいぐるみは燃えていった。

 

「終わった……の……?」

 

そう言うと、私の体からすべての力が抜けていくような気がした。膝をついてそのまま女の子座りになる。

 

「そう……だな……」

 

その言葉を最後に、鬼道君は崩れ落ちた。

 

「鬼道!? 鬼道! しっかりして!」

 

由佳が鬼道君を揺さぶる。しかしそれは悪手だ。

 

「由佳! 駄目! 止血をするから、由佳の部屋に置いてあると思う救急箱を取ってきて!」

 

「わ、分かった!」

 

由佳は急いで救急箱を取りに行く。鬼道君の顔色は悪く、息は荒い。かなり深い傷だ。このままでは間違いなく手遅れになる。

 

そうならないためにも、急いで、由佳……!



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警察署にて

長らくお待たせして申し訳ありません。

由佳ちゃんの名前ですが、

『由香』ではなく『由佳』だったようです。前の話は既に書き直してあります。アンケートは流石に無理でした。申し訳ありません。


「……?」

 

目が覚めた俺は、気づけばよく分からない空間にいた。

 

表現できない色をしており、気味が悪い歪みがあちこちに発生している。

 

それだけではなく、高低差、奥行き、時間。現実に存在する要素が感じられない。

 

まるでここが現実ではないかのようだ。

 

当タリ前ダ。ココハ貴様ノ心ノ世界ダ

 

「……ッ!? 誰だ!?」

 

俺の前には、真っ黒な靄に包まれた存在が立っていた。顔、胴体、手足。見た目は全くといっていいほど分からない。

 

唯一分かるのは、その気配と言葉には、途轍もない怒りと憎しみが感じられるということ。

 

放たれる圧は、全身が警鐘を鳴らすほどだ。

 

奴はここが俺の心の世界だと言った。

 

だがそれなら、奴のことを少しでも知っているはずだ。何せ自分の心の世界に住む存在なのだから。

 

しかし俺は全く奴のことを知らない。何故ここにいるのか、とさえ思う。

 

「……ここが俺の心の世界だと言うが、お前のような存在、俺は知らないぞ?」

 

圧から来る恐怖に耐えながら、俺は言う。

 

我ガ一方的ニ知ッテイルダケダ

 

「はぁ……?」

 

ますます意味が分からない。ここは俺の心の世界で、奴は俺のことを一方的に知っている。

 

「お前は、誰だ……?」

 

確信をつく質問をする。

 

直ニ分カル。貴様ハ我ト一ツニナルノダカラ

 

それだけ言うと、奴は空間の奥に歩いて行ってしまう。

 

「お、おい。話は、まだ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

()()目が覚めた。今度は先程のような、文字通り右も左も分からないような空間ではない。しかし、少なくともこの天井は俺の家ではない。某アニメ風に言うなら、『知らない天井だ』といったところだ。

 

「っつ……!」

 

腹がズキッと痛む。そうだった。あのぬいぐるみに刺されたんだ。だが俺の記憶では、かなり深く刺さっていたはずだ。それこそ、手術が必要になるくらいには。

 

しかし俺の腹は、包帯は巻かれているものの、腹を動かしても少し痛む以外は問題ないくらいに回復している。

 

どういうことだ……?

 

「おや、目が覚めたか」

 

俺が思考に浸ろうとした瞬間に、姫野のものでも、神代のものでもない声がする。その声がした方向に目を向けると、そこには銀髪の男性が立っていた。身長は平均より少し高いくらいで、茶色の目に細目の睫毛、高めの鼻に綺麗に結ばれた口。間違いなくイケメンの部類に入るだろう。

 

「……俺は鬼道龍護。あなたは?」

 

人に名前を聞く時は自分から、と幼い時から口酸っぱく言われてきているので、先に名を名乗ってから名を聞く。

 

「氷室等。菊川警察署の刑事だ」

 

やはりか……。おそらくあの後、二人が呼んだのだろう。俺はため息を吐く。あれだけの大事に発展したんだ。警察が出てこないのがむしろおかしい。

 

「……その様子だと、予想はしていたみたいだね」

 

「あれだけの大事になっておいて、警察が出ない方がおかしいでしょう」

 

「まあ、それもそうか」

 

「で、警察の方が俺に何の用ですか」

 

少し不機嫌なのと、警察が役に立たないと最初から分かりきっている俺は、少し喧嘩腰に尋ねてしまった。

 

「そう喧嘩腰にならないでくれ。君とは、話がしたいだけなんだ」

 

「……いいですけど、事件の捜査には少しも役に立ちませんよ。俺の情報なんて」

 

そう。大事とはいえこんなオカルトチックなこと、ましてや警察が信じるとは思えない。俺が話したことは、全て戯れ言と切って捨てられるのがオチだろう。

 

「……呪われた人形のことか? 安心しろ。だから俺がこの事件の担当になった」

 

「……何故それを?」

 

俺は真っ先にそれを聞いた。俺は先程まで眠っており、俺から話したということはまずあり得ない。考えられるのは……

 

「由佳君と美琴君から聞いてね。二人には、知っていることを全て話してもらった」

 

やはり、あの二人か。あの事件の詳細を知っているのは、俺とあの二人だけだからな。

 

しかし……それだけで信じるとは思えない。警察の人間なら尚更だ。

 

「どうして信じたんですか? それだけで信じるとは、失礼ですが思えません」

 

すると氷室さんは振り返って数歩前に進んで話し始めた。

 

「……神代家のご主人が、あり得ない状態で家を徘徊。皿の上にはその生首。風呂場には長男の切断死体。庭にはご婦人が腹を刺された状態で転落死。これだけ見せられたらな……。君達を疑う理由は何もないよ」

 

どうやら神代の家は、思ったより酷い状況だったようだ。そしてご婦人というのは俺が神代の家に来たときに見つけた女性で、長男というのは神代の兄だろう。風呂場は避けておいて正解だった。

 

しかしそれは同時に、神代の肉親の生存が絶望的だということでもあった。

 

「……そういえば、あの二人は?」

 

「ああ、そうだった。二人とも君が起きるのを外で待っていたんだ。あの後、君は病院に運ばれた。傷はまあまあ深かったけど、彼女達が応急手当をしてくれていたから、命に別状はないと医者は言っていた。二人にはちゃんと礼を言うんだよ」

 

姫野に教えておいた止血法に俺は救われたそうだ。

 

しかし疑問がいくつか残る。

 

「内臓に傷などは?」

 

「その可能性も否定できなかったから、病院で検査をしてもらったんだ。結果はさっきの通りだ」

 

先程の医者の言葉は、病院で検査をした後に言われたということか。

 

だがあの包丁の刺さり方からして、あれは間違いなく内臓まで到達していたはずだ。奇跡的に内臓をギリギリ避けたか? いや、腹部は内臓がこれでもかと言うほど詰まっている。奇跡が起きたとしても無傷はあり得ないだろう。

 

「……さあ、二人が待っている。顔を見せるだけでも、二人は安心するんじゃないか? 二人とも心配していたからね」

 

俺が思考に浸っていると、氷室さんからそう言われる。遠回しに顔を見せろとのことだろう。

 

「……そうですね」

 

俺は拒否する理由もないので、ベッドから降りて部屋を出た。

 

「「鬼道(君)!」」

 

部屋から出ると、横のベンチに座っていた二人に出迎えられた。

 

「この腹の傷、二人が手当してくれたんだって聞いたよ。ありがとな」

 

「そ、そんなのいいよ!」

 

腹の傷を手当してくれたことを感謝し、早速俺は今後について聞いた。

 

「……それで今後、二人はどうするんだ?」

 

少しの間を置いて、先に答えたのは姫野だった。

 

「……私は、全部無かったことにして今まで通り過ごすよ。氷室さんも、普通の学生生活に戻りなさいって言ってたし」

 

そう言うが、姫野の顔色は少し悪い。あんなことがあったんだ。すぐに元の生活に戻れるかというと、難しい。

 

「私も……。こういうのは、黙っとくのが一番だと思うから」

 

神代も同意見のようだ。

 

「そうか……。俺も、誰かに話す気はない」

 

「ありがとう……美琴だけじゃなくて、あんたまで巻き込んじゃってごめんね」

 

「もう気にしていない。終わったことだからな」

 

神代はまだ少し罪の意識があるようだ。だがこいつには親友の姫野がついている。よっぽどのことがない限り大丈夫だろう。

 

「さて……帰るか」

 

「うん……」

 

「ええ……」

 

俺達は少し重い足取りで、警察署を後にした。ここは少し田舎だが、駅まで行けば家に帰ることはできる。

 

しかしこれは序章に過ぎず、これから俺達は、更に壮絶な怪異事件に巻き込まれることになるとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

CHAPTER 1

 

 

END

 

 

 



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くねくね
何かが終わると何かが始まる


筆が乗ったので書き上げました。

二章のマップは、原作のマップを左右反転したものです。展開を少々変えているためマップも変わっております。

正直に言うと、書いてる最中に菊川駅が東じゃなくて西だったことを知り、直すのが面倒だったので左右反転すればいいかってなったためです。


警察署を後にした俺達は、駅の方向へ歩いていた。

 

「氷室さんによると、ここをずっと先に行けば菊川駅に着くらしいんだけど……」

 

「だがもうかれこれ30分は歩いてる。駅どころかビルすら見えてこないぞ」

 

しかし、いくら歩いても着く気配がない。地平線に向かって歩いているようだ。

 

「二人とも、止まって」

 

何かに気づいたらしい神代が俺達を引き留める。

 

「どうしたの? 由佳」

 

「……あの自販機とゴミ箱、見覚えがあるのよ」

 

神代が指差した先には、赤い自販機と鉄でできたゴミ箱があった。

 

「自販機とゴミ箱なんてどれも同じようなものだろう。歩きすぎて疲れてるんじゃないのか?」

 

「……そうかもね。休憩にしましょ」

 

神代も自分で言ってはみたものの、改めてないと思ったのか、あっさりと引き下がった。

 

そうして俺達は神代が指差した自販機で飲み物を買い、少し休憩した。

 

「鬼道君……ブラックコーヒー飲めるんだね」

 

「眠りたくない時によく飲んでいるからな。学校でも飲んでるぞ」

 

「そうなのね……」

 

三本の缶をゴミ箱に捨て、俺達は再び歩き出した。

 

しかし10分くらい歩いたところで再び神代が止めてきた。

 

「……やっぱり、あの自販機とゴミ箱見覚えあるわよ!」

 

神代が再び指差した先には、見覚えのある赤い自販機とゴミ箱があった。

 

(一応確認してみるか……?)

 

俺は赤い自販機とゴミ箱に近づき、ゴミ箱の中を覗いた。確か、俺達が缶を捨てるまでは、何も入ってなかったはずだ。

 

(俺のブラックコーヒー、神代のサイダー、姫野のお茶……にわかには信じがたいが、俺達はここを通っている……)

 

ゴミ箱には、俺達が捨てた缶だけが入っていた。飲んだものの種類も完全に同じだ。薄々感じてはいたが、これで確信に変わった。

 

俺達は、同じ道を延々とループしている。だからいくら歩いても、駅に着かないのだ。

 

「どうやら、神代の言ってることは本当らしい。俺達は同じ道をループしてるみたいだ」

 

「そ、それじゃどうやって帰るの!?」

 

「あまり気は進まないが、辺りの人に話を聞いてみよう。もしかしたら、何か知ってるかもしれない」

 

頭のおかしい奴だと思われるかもしれないが、今はそうするしかない。

 

「人って、歩いてきた限りだと誰もいなかった気がするんだけど?」

 

「そこは、根気よく探すしかない」

 

俺達は道を外れ、畑や草むらがある方へ進んでいった。

 

そこから俺達は人を探し続けたが、見つかったのは畑で作業をしていると思われるお爺さんだけだった。

 

「思ったより人がいないね……」

 

「まあでも一人もいないよりかはマシだ。あのお爺さんに話を聞くとしようか」

 

俺達は畑に入り、お爺さんの方に向かって行った。

 

「あの……すみません……」

 

姫野が代表してお爺さんに話しかけた。

 

「……ん、どうした? アンタら……人の畑にまで入ってきて」

 

お爺さんは少し不機嫌そうだ。見ず知らずの他人が急に自分の畑に入ってきたら、そうなるのも仕方ないのかもしれない。

 

「あの……驚かないで聞いてください。こういうと変なんですが……さっきから、同じところをぐるぐる回ってるんです」

 

「……は?」

 

やはりこういう反応になるか。ここからは俺が話をしよう。

 

「俺達は訳あって警察署の方から来たのですが、この一帯に来た途端、どんなに歩いても同じ道に戻されてしまうんです。そこで、この辺りに住んでるであろう貴方なら何か知ってるのではと話しかけたのですが……」

 

「そらアンタら……狐に化かされてるとじゃなかね。はっはっは!」

 

お爺さんは全然本気にしておらず、冗談で俺達をからかって来る始末だ。

 

「本当なんです。いきなり信じろって言われても、無理な話なのは承知ですが」

 

俺の真っ直ぐな物言いが功を制したのか、お爺さんの態度が変わった。

 

「……本当かね? そんなら……ちょいと様子ば見に行こうかね」

 

「お、お願いします!」

 

何とか信じて貰うことはできた。

 

「……嘘じゃなかろうね?」

 

「はい。でなければ、知らない人に自分から話しかけるなんてことしませんよ」

 

「そうかい」

 

お爺さんはそう言うと、畑を横切って道路の方へ歩いていった。俺達もそれに着いていく。

 

道路に着くと、お爺さんが険しい表情をしていた。

 

「……確かに、どこか風が嫌な感じばい」

 

「一体、ここで何が起こってるのでしょうか……」

 

先程は歩いたりしていて気づかなかったが、お爺さんの言う通り風も変な感じだ。この時期の風は涼しさを感じさせるものだが、ここの風は寒気を感じる。単なる寒気ではない。嫌な予感がする方の寒気だ。

 

「……田舎には稀に起こる。こげな変なことがな。ま、ワシらにはどうしようもないことだって。こういう変なことは、放っとくのが一番よか」

 

「「「……」」」

 

「ここでボケっと立っとくのもつまらん。コトが静まるまで、ワシの家で寛いできんしゃい」

 

「あ……ありがとうございます」

 

お爺さんは畑の方向に歩き始めた。俺達が畑の方に行く途中にあったあの建物は、お爺さんの家だったのか。

 

俺と神代はお爺さんに着いていくが、姫野は畑と反対の方向を見ている。

 

「……?」

 

「……どげんしたかね? そんなところに立ち止まって」

 

動かない姫野に気づいたお爺さんが、姫野に声をかける。

 

「あ、いえ……大したことじゃないんです。なんかあそこに白いモヤみたいなのがあって……」

 

姫野が指差した方向には、確かに白いものがある。飛んできたビニール袋か、はたまた風に煽られている案山子か。

 

「ん? ……よう見えんばい」

 

俺達には見えるが、お爺さんには見えないようだ。年を取るとやはり老眼になるんだな。

 

「ちょっくらメガネをかけんとね。……どれどれ」

 

もちろん、老眼鏡は持っていたようで、お爺さんはそれをかけてから再び姫野の指差した方向を見る。

 

しかし、お爺さんの動きがふと止まった。神代と姫野はそれに気づいていない。

 

「なんだか……変ね。生き物みたい」

 

「あの……ちゃんと見えますか?」

 

反応しないお爺さんに返事を求める姫野。それにしても、生き物みたい、ね。言われてみれば風に煽られているというより、生き物のように動いているように見える。

 

ん……? 田舎……白いもの……生き物のように動く……。

 

その時、俺は思い出した。

 

「見せるな!」

 

「えっ? えっ?」

 

急に大声を出した俺に二人は驚く。だが気にしている暇はない。急がないと手遅れになる。

 

「お爺さんにそいつを見せるな!」

 

「ちょ、ちょっと! 急にどうしたのよ!」

 

お爺さんはゆっくりこちらに振り向いてきた。

 

しかしその表情は、狂気すらかんじる満面の笑みだった。

 

ああ、遅かったか……!

 

「……わカらナいホうガいイ……」

 

大きく口を開け、一文字ずつ発音するようにその言葉をお爺さんが言った直後だった。

 

「#%&*@^%^:-|/#★●@&§|`#;%,&ーーーーーー!!!!」

 

人には発音できないような声を出しながら辺りを走り回り、お爺さんはそのままどこかに走り去ってしまった。

 

「な、何が起こってるの!?」

 

お爺さんが走り去っていく方向を見ながら姫野が言う。

 

その時、お爺さんを狂わせた元凶であろう、白いものが俺達の前に現れた。

 

「!」

 

俺は奴から咄嗟に目を反らした。

 

「§&↑★;`@%#&」

 

「ひっっ!」

 

奴が気持ちの悪い声を出すと、姫野が短く悲鳴をあげる。奴からは生物特有の感じが一切しないが、敵意を感じる。逃げれば間違いなく追ってくるだろう。

 

「逃げるぞ!」

 

しかし逃げる以外の手段は俺達にはない。俺達に、こいつをどうこうできる手段など、存在しないのだ。



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新たな怪異

受験が終わりましたので更新再開です。大変長らくお待たせいたしました。


お爺さんを狂わせた元凶である白いものは、今もなお俺達を追いかけ続けている。あのクマのぬいぐるみ並みのしつこさである。

 

「このまま走り続けても、追い付かれるわよ!」

 

神代の言う通りだ。このまま宛もなく走り続けてるんじゃ、俺達の体力が保たない。

 

(どうすればいい……! こんな開けてる場所じゃ撒けないぞ……! 隠れるのものもないし……ん? 待てよ……? 隠れる……?)

 

俺は自分で思って気がついた。

 

「二人共、こっちだ!」

 

「「ええ!?」」

 

突然方向転換した俺に驚いたのか、二人が声をあげるも何とか着いてくる。

 

俺の前には、高さが俺の背丈並な草が生い茂っていた。

 

「この中を行くぞ!」

 

「こ、この中って……」

 

「まさか草の中!?」

 

俺は二人が驚いてる間にも、どんどん草の中を掻き進んで行く。少し進むと草が生えていないスペースがあった。

 

(ここまで来れば、奴は俺達を見失うんじゃないか?)

 

そのスペースの中で体を低くしていると、遅れて二人も俺のいるスペースにやって来る。

 

「い、一体どういうつもりなのよ……」

 

「静かにしてろ」

 

神代が文句を言おうとするも、それは奴を誘き寄せることになってしまうので、俺が口を閉じさせる。

 

暫く経つと、何かが消えるような音と共に怪異特有の嫌な空気を感じなくなる。俺が最初に草から出てみても、奴と思われるものはどこにもいなかった。どうやら、撒いたらしいな。

 

「もう出てきていいぞ」

 

俺が声をかけて少し経つと、二人が苦戦しながら出てくる。

 

「ったく……撒くためとはいえいきなり草に入るなんて……」

 

神代が服に付いた草を払いながら文句を垂れてくる。

 

「奴に捕まるよりこっちの方が何百倍もマシだろう」

 

奴らは人間にないおぞましい狂気を持っており、捕まったら最後、何をされるかわからない。あのクマのぬいぐるみは分かりやすかったが、奴の場合は死ぬより恐ろしいことが待っているかもしれない。

 

「そんなことより、早くここから出る方法を探さないと!」

 

姫野の言う通り、俺達はここに閉じ込められてしまったも同然の状態だ。逃げ続けてもいずれ限界が来る。それまでにここから出なければ。

 

「そういえば美琴、氷室さんに電話番号貰ってなかったっけ?」

 

「あ、そういえば!」

 

どうやら姫野は氷室さんに電話番号を貰っていたようだ。ありがたい。

 

「だとしたら、電話を探さなきゃ」

 

電話か……それなら心当たりがある。

 

「電話は……さっきのお爺さんの家にならあるんじゃないか? いくらこんな田舎でも、電話くらいは置いてあるはずだ」

 

俺達は先程の畑の途中にあったお爺さんの家へ向かう。鍵は開いていた。中は片付いており、掃除もしてあるようで埃っぽい感じはしない。部屋は一つだけだが、20畳ぐらいの広さがある。

 

肝心の電話は、床の間に置いてあった。

 

「えっと……待ってね。こういう電話を使うのは初めてだから……」

 

姫野は黒電話を使ったことがないようで、取り出した紙に書かれている番号を少し苦戦しながら打っていく。

 

「……あっ、繋がった!」

 

少ししてようやく番号を打ち終わり、姫野は受話器に耳を傾ける。コール音が数回鳴った後、誰かが電話に出る音がした。

 

「はい……どちら様で?」

 

声の主は氷室さんだった。

 

「氷室さん! 私です、姫野美琴です! 由佳と鬼道君もいます!」

 

『……美琴君? 一体どうした? 何か用か?』

 

姫野の切羽詰まった声に、氷室さんは落ち着いた声で聞いてくる。

 

「あの……私達、道に迷ったみたいなんです! それも、ただ迷ったんじゃなくて……同じところをずっとぐるぐると……」

 

『……ちょっと待ってくれ。状況が今一理解できない……』

 

氷室さんは、姫野の言っていることの意味が分からないようだ。それもそうだ、いきなり同じところをぐるぐる回っていると言われても、『そうですか』と理解できるわけがない。

 

「代わってくれ」

 

状況をうまく説明できず戸惑う姫野と代わり、俺は氷室さんに話しかける。

 

「電話代わりました、鬼道です。俺達は先程、白い布切れのようなものに追いかけられました。あのおぞましい気配から察するに、怪異だと思われます」

 

『……何?』

 

怪異、というワードを聞いた氷室さんの声が少しだけ低くなる。

 

「その怪異の影響だと思われますが、俺達がいくら駅に行く道を進んでも前の道に戻される……俗に言う、『無限ループ』に陥ってしまったようなんです」

 

『……なるほど、少しだが理解できた。それで、今はどこから電話をかけているんだ?』

 

「警察署をずっと西に行った田舎の、とあるお爺さんの家からです。そのお爺さんは、俺達を追いかけてきた白い布切れのようなものを見た瞬間、奇声をあげながらどこかへ走り去ってしまいました」

 

『……分かった。今から車でそっちに行くから、そこで待っていてくれ。むやみやたらに動き回るのは危険だ。美琴君達にも、そう伝えてくれるか?』

 

よかった。これで、助けが来るのは確定だ。あとは待つだけだが、もしかしたら対処法を知っているかもしれないので、念のため奴の正体についても言っておくことにした。

 

「分かりました。それと、白い布切れみたいなものについてなんですが、先程のお爺さんの件から察するに、奴の正体はおそらくーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「/,!#./,,&."!~|」

 

「「「!?」」」

 

俺達の真横で聞きたくない声が聞こえてきた。

 

「逃げろ!」

 

俺は二人にそう言い、受話器を放り投げてお爺さんの家から逃げ出した。

 

『……鬼道君!? どうした! 何があった!?』

 

受話器から聞こえる、氷室さんの焦っている声を背に。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだよ等、急に大声出して」

 

俺が急に大声を出したことに驚いたのか、剛が聞いてくる。

 

「昨夜の事件の被害者の子達から電話があった。どうやら、新たな怪異に襲われているらしい!」

 

「はぁ!? 同じ人間が、1日も経たねえうちに二度も怪異と遭遇するなんてあり得るのか!?」

 

剛の言う通り、一般人が怪異と遭遇する確率は何百万分の一という、宝くじの上位賞が当たる確率並に低い。それが24時間経たないうちに、同じ人間に起こるなど、偶然ではあり得ない。

 

しかし先程電話から聞こえてきた、不快さに加えて狂気を孕んだ雑音のような声は、俺の経験上怪異としか考えられない。

 

「『確率は非常に低い』というだけで、0ではない」

 

昨夜の事件記録を見ながら、翔太が落ち着いた様子で言う。相変わらずこいつはマイペースだ。

 

「今はそんなこと言ってる場合じゃねえだろ! 現に今、怪異に襲われてる人間がいんだぞ!」

 

「剛の言う通りだ。俺は今から車を出して、彼等を迎えに行く。お前達は?」

 

「もちろん行くに決まってんだろ!」

 

「俺も同行しよう。丁度、記録を見終えた」

 

二人は立ち上がり、外出する準備を始める。

 

頼む、無事でいてくれ……!



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謎の老人

遅くなって申し訳ありません。大学と新しく始めた趣味が色々と重なって全然時間が取れなかったのと、話の構成を考えるのが難しくて先延ばしにしてた結果ここまで更新が遅れてしまいました。

サブタイトルの人は一瞬しか出ないほど短いですが、失踪回避のため投稿しておきます。


「なんとか助かった……」

 

「にしても何で急に逃げていったのかしら……?」

 

「もしや大きな音に弱いのか……?」

 

あの後、突然お爺さんの家に現れた奴から逃げきった俺達は、ここに来た途中に寄った自販機の近くで息を整えていた。なぜここにいるのかは、ちゃんとした理由がある。

 

お爺さんの家から外に出た俺達は、できるだけ大回りをしないように草地から車道に出ていくようにして逃げていたのだが、途中俺が自販機の横を通ったときにゴミ箱にぶつかって倒してしまった。

 

だがゴミ箱が倒れて大きな音が鳴った瞬間、奴が身を翻して逃げるように去っていったのだ。その時他に奴が逃げていきそうな要因も見当たらなかったことから、奴は大きな音に弱いのではと推測した。

 

だが確定したわけではない。確信するためには、もう一度奴が大きな音で逃げていくのを見る必要がある。推測だけで行動するのは大変危険だ。

 

「それより、今はこれからどうするかを考えないと」

 

姫野が言う。確かに氷室さんと連絡は取ることができたが、氷室さんが到着するまでここで突っ立ってるわけにもいかない。いつ到着するのかすら分からないからな。

 

「そうだな……俺達が今閉じ込められているこの場所を歩き回るのはどうだ? どこまで行けば戻されるかとか、奴を撒ける場所とか、知っておくといいことは色々あると思うぞ」

 

そこで俺はこう提案した。危険なのは間違いないが、得られるものも大きいはずだ。

 

「そうね。ここでただボーッと突っ立ってるよりはいいわ」

 

神代が賛同してくれた。姫野も口には出さないが頷いてくれたので、賛同してくれたのだろう。

 

そして俺達は、試しに俺ができるだけ西に行き神代が東側を、姫野が西側に向かう俺を見てどこまで行けば戻されてしまうのかを調査することにした。

 

先程倒してしまったゴミ箱と自販機の辺りをスタート地点として、俺は西に西に進んでいく。

 

(少し進んだが……ここには荷車と黄色のコンテナ、そしてお爺さんの家に続く道があるだけだな)

 

特徴を把握したあと、俺はさらに西に進んだ。

 

(まあまあ進んだが……この辺りには立て札があるだけだな。一応、読んでみるか)

 

先程通りかかった時にはスルーした立て札を読むため、俺は立て札に近づく。

 

 

『菊川市は自然溢れるいいところです!

 

ゆっくりお散歩 よい健康!

市長 永田 昭彦』

 

 

(……まあ、有益なことは書いてないよな)

 

ありふれた文言しか書いていないどこにでもある立て札だ。立て札を読み終えた俺は、すぐに西へ進んだ。

 

(奥の方まで来たが……ここにはコンビニがあるのか)

 

先程ここを通ってきたはずなのに、ここにコンビニがあったという記憶がない。それほどまでに俺達には余裕がなかったのか? まああんなことがあった後だから、回りの景色を気にする余裕なんてなかったんだろうが。

 

(少し気になるが、今は先を急ごう)

 

今の俺に寄り道している暇はない。俺はコンビニを通りすぎて、更に西へ進んだ。

 

(かなり奥の方まで来たな。……水飲み場と公園があるだけか)

 

ここには、割りと広めな公園に続く道があった。ここから見た感じだと、公園には隠れられそうなドーム型の遊具がある。使えるかどうかは正直分からないが、一応覚えておこう。

 

そして俺は、更に西に進んだ。

 

(もう姫野達が見えないところまで来たな。ここには……神社?)

 

姫野達が見えないほど西に進んだ場所には、神社があった。ここは明らかに通ったことがない場所だ。先程のコンビニならまだしも、神社ほどの規模の大きい建物ならいくら余裕がなかったとしても見落とすことはない。

 

(もしや、行けるようになってる範囲が広くなってるのか?)

 

先程のコンビニといい、神社といい、見覚えがないものばかりだった。となると、先程よりも行動できる範囲が広がったということになる。これが吉と出るか凶と出るか、俺にはまだ分からない。

 

(もしかしたら、神社にこの状況をなんとかしてくれる人がいるかもしれないな)

 

俺は神社に入ってみることにした。怪異だとか、そういう非科学的なものに関することなら、氷室さん達には悪いが警察よりも頼りになりそうな気がした。

 

(この神社……なんだか落ち着くな)

 

神社の境内に入ってから、先程まで微かに感じていた嫌な雰囲気を全く感じなくなった。この神社が奉っている神様か何かが守っているのだろうか。

 

「珍しいの……こんな真昼から人が来るとは」

 

「!」

 

反射的にその声の方を向いた俺の目線の先には、かなりご高齢のお爺さんがいた。見た感じ、奴に狂わせられてしまった先程のお爺さんよりも、歳を取っていると思われる。

 

「しかも……お主、中々とんでもないものを秘めておる」

 

「……?」

 

お爺さんはこちらの反応を気にすることなく、独り言のように一方的に話しかけてくる。

 

「あの、さっきから何を……」

 

「まぁまぁ慌てるでない……連れがおるじゃろう。二人を連れてここに来なさい」

 

俺がお爺さんに話しかけようとすると、お爺さんはそれを遮って言ってきた。驚くことに、お爺さんはここにはいないが姫野と神代がいることまで知っている。

 

このお爺さん、何者だ……?



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怪しい住人

何とか1ヶ月経つ前に更新できた……。


あの後、姫野達に事情を説明し、二人に神社に来てもらった。二人もここの雰囲気が落ち着くのか、先程までの緊張は見られない。間違いなくこの神社、ただの神社じゃないな。

 

「……お主ら、呪われておるな」

 

神社のお爺さんが姫野と神代を見て言う。

 

やはり、あのひとりかくれんぼの影響がまだ残っていたということなのか。あのぬいぐるみを燃やしたところで終わることはできても、呪いなどは消すことができないということだろう。

 

「「え……?」」

 

急にそう言われて、二人は困惑する。

 

「お主らと、奴の狂気が怪異を呼び寄せた。夜までにどうにかせんと、命はないぞ」

 

今の時間は、太陽の位置的に夕方の少し前くらいだ。つまり、あまり時間は残されてない。

 

「……そ、そんな!」

 

「何とかできないんですか!?」

 

姫野と神代が焦った様子で言う。このままでは死んでしまうというのだから、当たり前だ。

 

「北に寂れた工場がある。アレの正体を知りたくば、そこへ行くがいい」

 

工場? ああ、そういえば道路の北の方に、建物の屋根のような物が見えていた。あれは工場だったのか。

 

お爺さんに言われた通り、俺達は北に向かった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ここか……」

 

先程も言ったように、道路から少し見えていたため、すぐに到着した。

 

「有刺鉄線が切られてる……」

 

「ペンチも落ちてるわね……誰かいるのかしら?」

 

有刺鉄線が切られている。そこにペンチも捨てられていたことから、先程まで張ってあったのを誰かが切ったんだろう。

 

「さっきのお爺さんは、ここに行けばアレの正体が分かるって言ってたわね」

 

「うん。でも何だか嫌な予感がするよ……」

 

姫野の言う通り、ここだけ明らかに空気が重い。しかも、さっきから誰かに見られているような、そんな感じがする。これがあいつじゃなければいいんだが……。

 

「ほら、行くわよ。先に進まないことには何も始まらないわ」

 

神代が急かしてくるので、俺と少し遅れて姫野も中に入った。

 

この工場は廃れてから随分と時間が経っているようだ。大量の瓦礫が散らばっていて、窓の奥は真っ暗で何も見えない。建物もあちこちひび割れており、置かれているドラム缶はどれも完全に錆びている。

 

「うーん……見た感じ手がかりっぽいのはなさそうだなぁ……」

 

「こっちも何もなかったわ」

 

先程から少し手分けして辺りを調べているが、奴に関するものは全く見つからなかった。あのお爺さんが嘘を言っている可能性は低いだろうし、もっと奥に行かないといけないか。

 

「……誰かいるな」

 

「「え?」」

 

奥に行こうとして俺は足を止めた。人の気配と、何かが燃える音を感じ取ったからだ。ここには燃えるものがないので火事にはならないだろうが、一応警戒しながら進む。用もなくこんな場所にいる人が、少なくともまともな人間ではないのは確かだ。

 

警戒しながら進んだ先にいたのは、中年の女性だった。

 

「……アンタ達、この町の人間じゃないね」

 

中年の女性はこちらを見て早々、そんなことを言ってきた。

 

「何故、こんなところに一人でいるんですか?」

 

姫野が俺達全員が思っていたことを代弁する。

 

「別に。私がどこにいようが私の勝手だ」

 

中年の女性は吐き捨てるように言った。

 

「アンタ達もあの化け物に会ったの?」

 

その言葉で、俺達の女性に対する警戒心が一気に高まる。

 

「も、って……ということはおばさんも?」

 

神代が聞き返す。

 

「それ以外何があるってんだい。分かりきったことを一々聞くんじゃないよ」

 

……何だその態度は。神代は一応確認のために聞いたんだ。それに対してその返答はないだろ。

 

「身内の方とか、心配にならないんですか?」

 

姫野が聞く。さっきの言葉を聞いた感じ、この女性はこの辺りの人間だ。なら、身内がいてもおかしくない。しかし、この女性の感じからして……。

 

「ならないね。私はとっくに独り身だよ。旦那とは数年前に離婚。子供はあの世行きさ」

 

だと思った。旦那が、ましてや子供がいるのなら、一人でこんな場所に来ようとは思わないだろう。

 

「そうなんですか……失礼しました」

 

姫野が謝罪する。悪いことを聞いてしまったことに変わりはないからな。

 

だが女性は、姫野の謝罪を聞くと気味悪く笑いだした。

 

「……ククッ、なにを謝ることがあるの。まぁ、こんなババァの話に付き合ってくれるのなら話は別だけどね。……で、アンタ達……こんなところにまで何しに来たの?」

 

「あ、えっと、それは……」

 

急に聞かれたことに焦って、姫野はしどろもどろになってしまう。

 

「言っとくけど、この先には何もないよ。無駄足だったね……ま、おばさんに会えただけでもよかったんじゃないの。クックック……」

 

俺は女性の言い方に何か違和感があることに気づく。

 

おそらくこの工場の入り口にあった有刺鉄線を切ったのはこの人だ。俺達がこの辺りの住人じゃないということを知っておきながら、何故目的があってここに来たと思っているんだ? 何故無駄足だったという言葉が出てくるんだ? 何故道に迷った挙げ句ここに辿り着いたという可能性を考えなかった?

 

「私は死ぬまで鬼ごっこなんて御免だからさ……とりあえず安全な場所にでも隠れるとするよ」

 

ここに安全な場所はあるのか? この無限ループする現象もおそらく怪異の仕業だろうが、この空間に閉じ込められている時点で安全な場所はないだろう。そもそも夜になってしまえば、俺達は全員もれなく死ぬ。

 

「アンタ達はどうすんの? 鬼ごっこでもすんの? あの化け物と……。アッハッハッハッハ! 助けを求めたって無駄さ! あいつはどこまでも追っかけてくる……死ぬまで追っかけて来るんだよ!」

 

女性は狂ったように笑いながら言ってくる。

 

「チッ……神社に戻るぞ。ここには何もないみたいだし、時間はそう多く残されてないからな」

 

「う、うん……」

 

「そうね……」

 

あまりの気持ち悪さに、俺はここから離れることを選択した。神社のお爺さんなら、何か分かるかもしれない。二人も気持ち悪かったのか、あっさり承諾してくれた。

 

あの女性は俺達が見えなくなるまで笑っていた。



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