TS転生した先は女同士で子供が作れる世界だった (6万点差でもなんとかしてしまいますよー)
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長野編(JS編)
「テンパる」って言うのは麻雀が語源
TS転生した。
この一言だけで全てが伝わる今は良い時代だと思う。一応説明しておくと、TSとはトランスセクシャルの略称で、性転換のことを意味する。
まあつまり、元々は男だった俺は精神はそのまま可愛らしい姿を得てしまったという訳だ。
転生先は俺の知る限り「前」と変わらない平和な現代。強いて違う点を挙げるならば、麻雀という競技がかなり一般的になっていることか。
雀荘に年齢制限なんてものは無く、インターハイの競技にも認定されている。JSである俺も今まさに近所の麻雀教室に向かっている所だ。
ちょっと何を言ってるかわからないと思う。俺もわからなかった。
「せんせーこんにちはー」
「はい、こんにちは桜ちゃん。皆待ってたわよ」
麻雀教室に到着し、先生に挨拶をする。
先生は見たとこ20代の女性で、前世だったらとても麻雀なんか出来るようには思えない。
俺だって精神こそ男ではあるものの、“木村 桜”なんて可愛らしい名前が付いた立派なJSだ。口調が男のままなのはご愛嬌。
このようにJSだろうが爺さんだろうが同じ卓につくのがこの世界なのである。初めて少女が麻雀をやっているのを見た時は世も末かと思ったものだ。
「それじゃあ一番奥の卓で皆と打ってあげてくれるかしら」
「はーい」
言われた通りの卓までとてとてと小さな足を必死に動かして行く。この小さな体にも最初は困らされたが、もう慣れたものだ。
今では可愛らしい笑顔を浮かべておじさん共に小遣いをねだったりと、ぷりてぃーるっくを存分に利用させてもらっている。
そして、意外と広い教室を駆けていった先には既に3人の少女が緊張した様子で座っていた。
どうも俺がお目当てのようで、随分と待ってくれていた感じである。緊張をほぐす様に優しく声をかける。
「じゃ、早速打つか」
「は、はいっ」
対面の少女が震える手で自動卓のスイッチを押す。……あまり効果は無かったようだ。
とは言うものの、彼女たちの緊張の原因には心当たりがある。
自分で言うのもなんだが、俺は麻雀が結構強い。いや、嘘吐いた。メチャクチャ強い。
転生特典だか何だか知らんが、確率の壁を越えて勝利を重ねることが出来る。事実、この世界に生を受けて以来一度も麻雀という競技において敗北したことはない。
前世の凡人の感覚を持っている俺からすれば、自分で自分のイカサマを疑う位のものだ。
彼女たちの緊張はそんな俺の実力を知っている故であろう。
「顔に全然見覚えないけど……ここに来るの、初めて?」
「は、はい。私たち、この教室にすっごい強い子がいるって聞いて……」
小学生向けの大会に幾つか出て全て優勝を掻っ攫い、地元の新聞に記事を載せてもらった経験を思い出す。俺も結構有名になって来たということか。何だか嬉しくなってくる。
「それじゃ、俺も期待に応えられるように頑張るから楽しんで打ってけよ」
そう言いながら、俺は一つ目の牌を切り出した。
◇◇
「それロン。
「は、はい」
明らかな危険牌を切って来た対面から出和了する。これで一人がトビ、俺が1位で終了だ。まあ、小学生なんてこんなもんだろう。オリ*1なんて存在すら知らず全ツッパ*2が基本だ。一周回ってヤケになったオッサンが辿り着くような思考をしている。
「じゃあ、ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました……」
打ち終わり、3人の少女は意気消沈した様子で肩を落とす。残念ながら、とても楽しそうには見えない。
その辛そうな様子に、俺は思わず顔を顰めてしまう。初めて俺と打った奴は、大体
当然、そんなのを見せられる俺は気分が悪い。……それも、努力とかで身に着けた実力ではないのだから余計に。
「あー、ほら。俺の捨て牌さ、萬子が全然無いだろ? そうすると、俺は萬子で待っている可能性が高い訳だ。つまり、お前の最後の四萬は滅茶苦茶危ないんだよ」
そう言うと、そんなことわかっていると言わんばかりに睨まれる。まあ、これだけの点差があったら全ツッパするしかないと言うのもわかるものだが……。
彼女の所へ向かい、
{四六七②②⑥⑦⑧24678} {八}
「まあ、聞けって。お前がこれで四萬を持ったまま行ったとして……」
そう言いながら少女がツモる筈だった牌を持って来る。すると、三巡先でまた聴牌になった。
{四六七八②⑥⑦⑧44678} {五}
「ほら、聴牌だ。で、そうすると……」
その更に一巡先に俺がツモる三萬を持って来ると、少女は目を見開いた。
「ローンっ! ってワケ。相手の和了牌を持つっていうのは和了を妨害するだけじゃなくって、その周りで待つわけだから相手から出和了る可能性も高くなるんだぜ」
そうやって回し打ちの理論を教えると、目に見えて彼女たちが元気を出す。
俺の実力が技術に裏付けされたものであると考えたようだ。
「あ、あの……もう一回、打ちませんかっ!」
「もちろん」
「……っ!」
彼女の言葉にとびっきりの笑顔を浮かべながら答えると、対面の少女は照れたように顔を背ける。確かに今の俺は超絶美少女だ。気持ちはわかるが、この世界、レズが多過ぎやしないだろうか……?
「じゃ、じゃあ山を崩して……」
照れ隠しのように牌を崩す彼女に追随して皆も山を崩す。そこに、先程のような暗い顔は見られない。他の二人も完全に元気を取り戻してくれたようだ。
今回も上手くいった。
そう思いながら、牌を卓に流し込むと、俺が三萬の一つ前にツモる予定だった牌が裏返る。その牌は、俺の和了牌である四萬。
◇
「よし、それじゃあそろそろ終わるか」
「あ、ありがとうございました!」
半荘*3を3回。その全てにおいて俺はトップに立ち続けた訳だが、その内容は先程とは全然違う。1位と2位の差は精々が1万点程。
僅かな時間での変化に、少女たちは喜び舞い上がる。例えそれが、意図的に作り出された変化であったとしても。
最後には笑顔で、別れることが出来た。俺もきっと、笑顔だったと思う。
「……誰か、もっとつえー奴はいないのかな」
少女たちが卓を離れると、思わず口からそんな言葉が漏れる。
「転生特典」なんていうズルに頼っている俺をもっと純粋な力で越えてくれる存在に、出会いたい。
それが、ここ数年の俺の願いである。
ハッキリ言ってしまうならば、今回は期待外れだった。俺の噂を聞いてやって来たと言うのだから、もしかすると強いのかもしれない、と少し本気を出してやった結果が南場に入る前にトビで終局。オブラートに包まずに言うなら話にならない。
もうずっとこの教室では人に教えるということしかやっていないのだ。先生とも一度だけ打ったことがあるが、結果は他の皆と同じ。
昇り始めた月を眺めながら、溜息を吐く。
「あー、やめだやめだ。こんなこと考えてても何にもならねえ」
首を振って暗い思考を頭から追い出す。そもそも地元大会優勝がなんだ。こんな長野なんていう片田舎で威張っていたって大したことは無いだろう。中学に入ってインターミドルに出れば本当の天才ってヤツがズル野郎なんてけちょんけちょんにしてくれる筈だ。
「よし、そうなりゃ一局打つか!」
気持ちを入れ替えて立ち上がる。実際、俺は麻雀自体は大好きなのだ。前世だと大学の頃は一日中やっていたと言っても過言ではないし、賭け麻雀もよくやった。
「さて、誰かいないか……と」
相手を探して辺りを見渡すと、不思議なことに皆が入り口の方の卓に集まっているのが見えた。面白そうな卓に観客が集まるというのはよくあることだ。実際、俺が打つと人が集まることも稀ではない。
……しかし、それにしても集まっている量が異常だ。この麻雀教室にいるほとんど全員が集まっている。いつもなら誰かに付きっ切りで教えている先生までもが観客の一人になっているのだ。
珍しい。そう思った俺は、一局打つのはやめて大勢いる観客の中に入ることにした。
そこで感じたのは、確かな違和感。いつもならこの観客たちは無遠慮にガヤガヤと好き勝手喋っている。それなのに、ここでは呼吸の音とただ牌を打つ音しか聞こえない。
誰もが沈黙している。誰もがこの一戦に魅入っている。
近くまで来てわかった観客たちの余りの密集度に観戦はやめようかと思ったが、ここまで集中しているとなると内容がとても気になる。
手加減しているとはいえ俺の無双を見慣れている奴らがこうまでなっているのだ。並みの打ち手じゃないのだろう。
小さい体を活かして観客の隙間に潜り込み、何とか内容を見ようと奮闘する。
そしてようやく一番前に出たと思った時、俺は運命に出会った。
「――ツモ。海底撈月」
空には、満月が浮かんでいた。
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中国語で「麻雀」はスズメ
その少女は美しく、鮮烈で、気品高く、そして何より――
――恐ろしかった。
◇◇◇◇
「……エゲツねェな」
見慣れぬ金髪の少女が和了った海底撈月*1で見事他の3人全員が同時にトビとなり、終局が訪れる。そして静寂を保っていた観客たちが各々口を開き出す中、俺はただひたすらに彼女のことを見つめていた。……いや、見つめる以外の行動が取れなかった。
そんな中、気になる言葉が聞こえて来たことでようやく俺の体は動き始めた。
「ねえオジさん、エゲツないってどういうこと?」
「ん? ああ、桜ちゃんか。桜ちゃんは、さっきここに来たって感じかい?」
「うん、そう。最後の海底を和了った瞬間しか見てないから、何もわかんない」
そう言うと、オジさんは難しい顔をした。俺が見ていない間に、あの金髪の少女は何かしたのだろうか? もしかすると滅茶苦茶に挑発とかしてたのかもしれない。あんなに可愛い子がそんなことをするとは思えないけど……。
ともかく、知りたい。あの少女について。
「いや、なに。その、何だ……。調節、してたんだよあの子は……」
「?」
言っていることがよくわからない。首を傾げていると、異変は起こった。
「う、う……」
突如上がった呻き声に顔を向けると、あの少女と同卓していた内の一人の少年が下を向いて怯えた表情をしていた。
「だ、大丈夫か?」
当然、観客たちは彼に声をかける。
その内の一人が彼の肩に手をかけると、彼はビクッと体を震わせた。
「うわあああああああ!」
その叫び声に思わず一歩後ずさる。しかし彼は、そんな周りの反応など見えていないかのように教室を走り去って行った。
そして残る二人の子も、それに追随するように怯えた顔で逃げ去って行く。
それを見た一人残る金髪の彼女は、つまらないとでも言いたげに少しだけ悲しそうな表情で足をブラつかせていた。
余りのことに、ポカンと口を開けたまま固まってしまう。
「あの子は、よ……もっと前に他の子をトバせたんだ。でも、そうしなかった。見逃して、狙い撃ちして、時にはワザと点数を安くして……三人一気にトバす機会を窺ってたんだよ」
その言葉に、周りの人間たちも頷く。彼らがあの少女へ向ける感情には、少なくともプラスのものは見受けられなかった。
なんだそれは。そんな打ち方はそもそも常人に出来ることではないし、出来たとしてやるようなことではない。
俺だってよく手加減をしたり真面目に打つことは少ないが、それでも人を甚振るような打ち方はしない。
怒るべきだ。そんな打ち方をした彼女に、怒るべきだ。今までの人生で形成されてきた倫理観がそう告げるが、俺の心は全く別の感情を抱いていた。
怒りという感情なんかより、そんなことより何よりも、彼女のあの和了が、敵を絶望に叩き落すあの和了が、ひどく残酷なあの和了が、美しく見えてしまったのだ。
今の話を聞いて、よりその思いは高まる。
彼女は、強いのだ。そうやって遊んで抵抗を楽しむくらいに、強過ぎるのだ。
「なあ。なあ、君」
気付けば、俺は彼女に声をかけていた。
気持ちが抑えられない。あの和了の美しさを、叫びたい。
つまらなかった。
今まで、誰一人として相手にならなかった。
子供であろうと大人であろうと、まるで赤子の手をひねるかの様に勝利した。
挑んでくる者もいた。立ち塞がる者もいた。その全てが、小さな俺にひれ伏していった。
まるで話にならない戦いの数々は、
挙句の果てには、相手の心が折れぬように配慮する始末。
そんな中、初めて自分を超えるかもしれない輝きを見た。
色を失いつつあった世界に、鮮烈な光を放ちながらやって来た。
俺と同じなのだろうか。そうだったらいいな。彼女の光を失った瞳を見つめて、やっとの思いで言葉を吐き出す。
「俺と一局、打ってくれ」
その言葉に彼女はひどく驚いた顔をし、そして数瞬の後、笑顔で口を開いた。
「無論だ!」
◇◇◇
対局を始めるのには、案外時間がかかった。
というのも、金髪の彼女―天江 衣と言うらしい―の対局を見ていた人たちは、全員が全員彼女との同卓を嫌がったのだ。
そのおかげで、わざわざあの対局を見ていない奴らを連れて来ることになった。
カラカラカラ、とサイコロが自動卓の中心で転がる。
親が決まり、手牌を揃えていく。
親が最初の牌を捨て、対局が開始する。
俺の対面が衣。他の二人は、ハッキリ言って数合わせだ。申し訳ないが、俺の視界には余り入っていない。
対面の顔はよく見える。
最も、表情に頼るまでも無く
一人の同卓者を挟んで、俺の手番がやって来る。
引いた牌を、見ずにツモ切り*2する。盲牌の技術は持っているが、
「ポン」
対面の衣が、俺の捨てた九萬を鳴く*3。
彼女は、少しばかり驚いた表情をしていた。衣も俺と同じく、来る牌がどこで来るべきなのかがある程度わかるのだろう。本来ならば、出ないはずであった所から出て来たのだ。
もう一度、衣と俺を挟む少女の番が終わり、俺の番がやって来る。
そして俺は、もう一度ツモ切りを行う。
「ポン」
もう一度。全く同じ状況の焼き増しだ。俺が捨て、衣が鳴いたのは一索。
眼前の彼女は聴牌している。それも、大物手どころの話じゃない。本来なら、もっと後でそうなる筈であった。
かつてない位に場がよく見える。
三度目のツモ。
ああ、想像以上に俺は拗らせてたんだな。思ってたよりずっと、負けを求めてたみたいだ。
三度目の捨て牌は一筒。
しかし、ここ一番ではツッパらなきゃいけない。それも
そして、今は「ここ一番」だ。
俺が河に牌を放るのと、彼女が手牌を倒すのは同時であった。
「――ロン! 32000!」
東一局。一度も親が流れることなく、一本場に入ることすらなく、無敗の少女は敗北した。
◇◇
マイナス7000点。この世界に来てから相手に表示させることは多くとも、自分の手前で表示されるのは初めてであった0を下回る数字を感慨深く眺める。
深く、深く息を吸い、久々の敗北を噛み締めながら、顔を上げる。
そこには、俺を打倒せしめた輝く少女が不安そうな表情で佇んでいた。
本当に僅かな時間であったが、打っている内にわかった。
彼女は、俺の様に敗北を求めている訳ではないが、俺に似ている。
彼女の世界は、色を失いつつある。
衣は、負けを欲しがる我が儘な俺と違って、ただ一緒に卓を囲む相手が欲しかっただけなのだ。
それならもう、かける言葉は決まっている。俺の世界に、色を取り戻してくれた彼女。ならば彼女の色も取り戻してあげよう。
「――楽しかった、楽しかったよ衣」
「!」
俺の言葉に、彼女が笑顔になるのを見て、本当に嬉しくなる。
先程かけていた椅子にしっかりと座り直し、牌を持つ。
「もう一局、打ってくれ」
「――無論だ!」
◇
「それでな、それでなハギヨシー! そのあと衣は初めて麻雀で1位以外を取ったのだー! あ、無論その後に王座を取り返しもしたのだぞ? 勝ったり負けたり、龍虎という奴だな!」
「そうですか。それは、本当に――本当に、良かったですね、衣様」
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佐賀編(JC編)
中国麻雀の暗槓は全部伏せる
俺の未来は俺が決める!
長野編よ、幼少期編よ!
我がしもべのために、生贄となれ!
読者、貴様に見せてやる。
俺のプライド、俺の魂を受け継ぎししもべの姿を!
出でよ、JC編!!
読者、貴様の見た未来とやらに、佐賀は登場したか!
フン、いなかったようだな。
時間が飛んで舞台も移ります。間の話は回想でまた戻って来ます。
あと、佐賀弁は全て翻訳サイトに頼りました。
「なあ姫子、知っとーか? 『絶対に振り込まん女』の話」
「何ですかとそれ」
全国八地方の最南端、九州。
その中では北部に位置する佐賀という地の喫茶店にて、二人の少女が話し合っていた。
奇妙な話を切り出してきた、リボンで後ろ髪を纏めている少女の名は白水哩。
それに対し、怪訝そうな顔で返す下まつ毛が特徴的な少女は鶴田姫子。
この二人の女子中学生は共に、全国でもトップクラスの打ち手である。
「最近、こん辺の雀荘で荒稼ぎしとー女がいるらしい。で、そん女なんやけど……ぜっったいに振り込まんっちゅう話なんや。まるで、人ん手牌が見えとーごと」
「はぁ」
少し興奮した様子で話す白水に対し、大して興味を示さない姫子。
それもそのはず、一度も振り込み*1をしないなど絶対に有り得ないのだ。それこそ白水の言う通り、人の手牌が見えてでもいない限り。
「む。信じとらんか」
「いや、そりゃあ有り得ん話ですばい。どれだけん支配力が……いや、支配力は必要じゃなかなあ。それに特化した能力があれば……」
話の女の能力について考え始めた姫子を見て、己の望む方向へ行っていることに白水はほくそ笑む。
「まあ、ハッキリ言うてそん能力が本当かどうかはどがんでんよか。それより私が気になったんは、そん女が生立ヶ里の制服ば着とったちゅう話や」
「!」
生立ヶ里中学校というのは、この二人が現在通っている中学校である。
そして、この年の夏に行われたインターミドルにて生立ヶ里は惜しくも全国準々決勝で敗退し、ベスト8の座を逃していた。
というのも、二人の実力は確実に全国トップクラスではあるが、他の三人がついて行けていないというのが現状なのだ。
「先輩たちにこがんこと言いとねえけど……もう一人、私ら並とは言わんが強か人がおったらなあちゅうのが本音や」
「……」
それは姫子も少なからず共感するところがあった。
先鋒、次鋒の自分たちが稼いだ点棒が少しずつ減っていくのを控え室で眺めていた時の心情は言葉に表せないものがある。
自分たちが稼ぎ過ぎた結果、狙い撃ちされたというのもあるが……良いように毟られていく先輩たちの様子に少しばかり不甲斐なさを感じたのもまた事実である。
「そこで、や! そん女がほんなこつ生立ヶ里ん生徒やっちゅうないば、勧誘に行こうって話や。
火んなかところに煙は立たん。振り込まんちゅう話が本当かは知らんばってん、そん女ん強さは確かじゃ」
「な、なるほど」
「確かに私らが頑張れば今年も全国には行けるじゃろうけど、そん後に勝ち上がるっかはわからん。ばってん、そん女がおれば話は別や!」
「そ、そうですね」
段々とヒートアップしていく白水に思わず身を引く姫子。半年近くずっと共に過ごしてきた先輩ではあるが、改めて白水の麻雀に懸ける熱意を感じ取る。
「よし! 姫子も賛成なら善は急げ、や! 最近はそこん『ま~じゃんさろん』に出没しとーちゅう話じゃ、早速行くぞ!」
「え、えっ」
適当に相槌を打っていたらいつの間にか席を立っていた白水。あっという間に勘定を済ませてしまった彼女を姫子は慌てて追いかけるのであった。
◇◇
そして、探し求めていた女は案外あっさりと、目的地に辿り着くことすらなく見つかった。
「あちゃー、流石に千点百円の高レートで全員トビ*2はやり過ぎたか。まーた出禁かよ。でもこんな超絶美少女の俺が笑顔になるんだからそのくらい軽く払ってくれたって良いのに……」
目的地であった『ま~じゃんさろん』の店前で項垂れる少女。頬を膨らませながら文句を口に出すその姿は非常に幼く、制服を着ていなければ小学生と見間違えるほどであった。
「腰下まで伸びた銀髪に、低身長……。間違いなか、『振り込まん女』や」
「……って、木村 桜じゃなかと」
目的の人物を見つけて喜ぶ白水に対し、驚きの感情を示す姫子。
「何だ姫子、知っとーんか」
「知っとーも何も、クラスメートですたい。ちゅうか、哩先輩こそ知らんですかと? えらい有名人ですたい。あがん見た目して、1学期中間、期末共に全教科満点で堂々の1位。天才やて言われとーます」
その言葉に、白水も驚きの感情を示す。中学1年の定期テストなど、基礎が問われるものばかりで大したことはないが、それでも全教科満点というのは凄まじい。まあ仮に、
「まあ、自分んことを“俺”とか言うたりえらい男勝りなところがあったり変な所もあるけど、あの可愛い見た目しとるけん、人気者ですたい。あ、長野出身とか言いよりました」
言われてみれば、そんな話を聞いたことがある気がする。とことん自分は麻雀以外に興味が無いということを実感させられるものだ。
「まあ、知り合いなら話は早か。そこん人、ちょっと良か?」
まだ項垂れてブツブツ言っている桜に白水が声を掛けると、彼女はようやく顔を上げた。
近くで見てみるとその小ささがより目に付く。サラサラとした銀髪や、小ぢんまりとした可愛らしさも相まって、まるで人形のようだ。
「あー、えーっと、何か用? 道案内なら駅はあっち。ナンパなら大歓迎。アイドルのスカウトとかはノーセンキュー……って、後ろにいるのは姫子?」
「あー、うん。何ていうか、麻雀部としてちょっと話……みたいな?」
その言葉を聞いて、全く何の用かわからない、と言わんばかりに首を傾げる姿がひどく印象的であった。
◇
「……ふーん。麻雀部、ねえ」
「うん。練習は……まぁ多か。ばってん、麻雀が好きなら、きっと楽しか」
ストローでオレンジジュースをちびちびと飲む対面の桜を見つめながら勧誘の答えを待つ姫子。
ちなみに、話の場は先程の喫茶店である。姫子は先輩にだけ『ま~じゃんさろん』に行かせれば良かった、と後輩にあるまじき発想をしていた。
その一方、白水は少しばかり歯がゆい思いをしていた。クラスメートならば、と姫子に勧誘を任せて余り口を出していないが、どうにも件の彼女は乗り気じゃないようである。
雀荘から出て来たところを見るに、麻雀を打つのは確実なようだが……単純に、部活というものに縛られたくないのだろうか?
桜が渋る原因を推測していたが、当の本人が口を開いたことで一旦考えを打ち切る。
「インターミドル、か。昔は目指してたなあ……」
「……それは、一度挫折した、ちゅうことか?」
気になる言葉が飛び出してきたことで思わず口を挟んでしまう。昔は目指していた、ということは何かあって全国への道を諦めた、ということなのだろう。
相当強い雀士に心を折られたか、スランプにでも嵌まったか……諦めた原因を知れば、勧誘の糸口にもなる。
「うん? ああいや、何て言うの? 行く必要が無くなったって言うか、どうでも良くなったって言うか……」
「?」
いまいち言っていることがわからないが、大会に挑戦する程の熱量が無くなったということだろうか。
しかし、麻雀から離れたという訳じゃないならば幾らでも入部へと漕ぎつけられる。勧誘の言葉を重ねようと口を開いたところで、またもや桜が口を開く。
「ああでも、確かに衣以外にも俺を負かしてくれる人がいるんなら出てもいいかな……」
「本当か!」
「おっ、おう」
思わず立ち上がる白水に引いてしまう桜。ちなみに姫子も引いていた。
「す、すまん」
「いや、まあいいけど。それより、白水先輩と姫子はどんぐらい強いワケ? 強い人と当たるには全国に行かなきゃいけないだろーからさ……まあ、俺が全員トバし続けても良いんだけど」
その余りの大口に驚く白水だったが、むしろ頼もしいと考え直す。
「まあ、知っとーとは思うけど、今年、去年と全国に行ったし……。自分で言うんもおかしかが、私ら二人は全国でもトップクラスや」
そう少しばかり姫子の自慢の気持ちも混ぜて誇らしげに言うと、桜は目を輝かせて立ち上がった。
「そうなのか! なら、決めた! 今から打とうぜ。俺が負けたら入部するからよ。アンタらが俺以下なら、全国に行っても無駄ってことだろ? 行く必要があるかどうか、ここでわかるわけだ」
先程から続くあまりの大言壮語に思わず面食らう。
しかし、言っていることはよくわからないものの、彼女の実力を把握する良い機会が出来た。
どれだけ強いのかは知らないが、こちらにも全国で勝ち抜いてきた自負がある。そんなに舐められた言動を取られてしまえば、勝負を受けるしかないだろう。
「それでよか」
自信タップリと、満面の笑みを浮かべる白水に対し、姫子は不安げな表情を浮かべていた。
そして、その不安はすぐに的中することとなる。
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