陰猫(改)、摩多羅隠岐奈に試されます (陰猫(改))
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プロローグ.強制連行されました

 摩多羅隠岐奈はその人間を静かに観察していた。

 

 凡人でありながら幻想郷に新しい法則を持ち運び、外の世界へと去って行った人物を・・・。

 

 一度目は幻想郷のスペルカードを擬似的に人間が使った場合とその危険性。

 二度目は幻想郷の在り方と彼自身が持つ固有の世界観。

 

 幻想郷を支える賢者の一人である以上、彼への興味は尽きない。

 

 故に摩多羅隠岐奈は直接、彼に会う事にした。

 此処ではない別の法則を持つ幻想郷を心の中に持つ陰猫(改)と云う人物に会う為に。

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 『陰猫(改)、紅魔館へ短期バイトをします』と云う小説にこれ以上、手をつけない。この作品はこれで完全に終わらせようと思った2021年の1月。

 

 私はネット小説のメッセージのやり取りで八雲紫を名乗るユーザーと話をする事となる。

 正確にはこの八雲紫は東方projectの神主ことZUNさんが産み出した幻想郷が実在し、かつ、私ーー陰猫(改)が思い描く幻想郷からやってきた妖怪の賢者である。

 

 八雲紫ーーいや、紫さんには幻想郷へと貴重な体験をした時に色々と助けられた。

 その後もたまにメッセージをくれたりしてくれる。

 

 今回もそんな延長線のようなものだと思いながら、メッセージのやり取りをしていた。

 

『ーーと云う訳で貴方の描く幻想郷は今も落ち着いているわよ』

『それを聞いて安心しました。

 美鈴さんとはキチンとお別れした訳じゃありませんし』

 

 紫さんにメッセージを送り返すと私は幻想郷の紅魔館と呼ばれる場所を守る心優しい門番の美鈴さんを思い出す。

 彼女とは様々な出来事があり、時に赦され、時に愛し合った仲であるが故に未練のようなモノが残っているのだが、無論、これは私の中の幻想郷の世界観なので紅美鈴と云う大元には私の存在も、その間の子も存在しない。

 私が綴った私だけの思い出である。

 

 原作にない独自の世界観を持ち込んだ事に後悔などもした事があったが、それもあって私は私と云う概念を特別視せず、幻想郷で凡人であり続けた。

 結果的に私は非凡でありながら幻想郷と云う世界から二度も帰還する事が出来た。

 

『ところで陰猫さんに相談があるのだけれど』

『なんでしょうか?また幻想入りとかですか?』

『正解よ。よく解ったわね?』

 

 冗談で返したのだが、三度目の幻想入りを私はしなくてはならないらしい。

 しかし、先程の話からするのなら私が幻想入りする要素はない。

 

 私自身も再就職に向けて動き出している上に別の話を書いているしで本来ならば、あり得ないのだが、どうやら、また何かしらの願望が働いてしまったのだろう。

 或いは日常と非日常を楽しみたいと云う表れなのかも知れない。

 

『あっと、今回は私の友人が貴方と会ってみたいと云うか、試したいって言ってたの。

 陰猫さんには申し訳ないけれど、彼女に付き合って上げてね?』

 

 紫さんの云う彼女とは誰の事であろうか?

 興味はあるが、今回は紫さんが案内をしてくれる訳ではなさそうなので少し不安になる。

 

 そんな事を考えていると後ろに気配を感じて振り返る。

 

「貴様が陰猫(改)か?」

 

 そんな威厳のある声の主は普段、私が使う椅子でふんぞり返る女性の姿だった。

 その人物の外見と態度からするに彼女が紫さんの云う友人ーー摩多羅隠岐奈で間違いないだろう。

 

「聞こえなかったのか?

 私は貴様が陰猫(改)かと聞いたのだが?」

「あ。すみません。私が陰猫(改)で間違いありません」

 

 私が返答すると摩多羅隠岐奈は「ふむ」とジロジロ見てから私が帰りにコンビニで買ったドーナツを頬張る。

 ・・・それ、私の朝食なのに。

 

「話は紫から聞いている。幻想郷に新しい法則を持ち込んだ人物で幻想郷の在り方を大切にしている人物だとな。

 なので、少し貴様を試したくなった」

「試す、ですか?」

 

 この時点でかなり、嫌な予感がしたが、次の摩多羅隠岐奈の言葉で確信になる。

 

「貴様を幻想郷に連れて行ってやる。

 だが、そこは貴様の幻想郷であって幻想郷ではない。

 つまり、平行世界の幻想郷だ。

 そこでお前は非凡であり続ける事を選んだままでいられるのか、それとも別の選択肢をするのかと興味が湧いた」

 

 摩多羅隠岐奈はそう告げると椅子の背後に回り、後ろの扉を開く。

 

 そして、私は扉から現れた摩多羅隠岐奈の配下である二童子に連れられ、そのまま、否応なしに幻想郷に連れて行かれるのだった。



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1.着いて早々に災難あり

 私が連行された先は中華を思わせる古風な建物のある場所であった。

 どことなく、私が記憶しているとある場所に近い。

 

 いや、ここも私の思い描く幻想郷の一つなのなら、あの場所であると見て、間違いないだろう。

 

「ここが何処だか解るか?」

「・・・多分ですけれど、神霊廟ですか?」

 

 私の言葉に隠岐奈は「正解だ」と告げると指を鳴らす。

 それを合図に私が抵抗しないように左右から押さえ付けていた二童子ーー爾子田里乃と丁礼田舞が放れる。

 

「さて、まずは此処で生活して貰おう。

 無論、ただの人間としてな?」

 

 そんな簡単な事で良いのか?ーーと普通ならば、考えるだろうが、警戒心を持つ私は彼女の真意を考える事から始めた。

 シンプルな事だからこそ、重要な事が隠されているのは大抵の物語にあるパターンだ。

 それに摩多羅隠岐奈と云う人ならざる存在の考えだとすると裏や含みがあるに違いない。

 

 私が警戒していると隠岐奈は笑みを強めた。

 

「警戒されるのは当然か・・・まあ、良い。

 実際、貴様を試している事には変わらんからな」

 

 それだけ告げると隠岐奈は二童子を連れて扉へと消える。

 

 摩多羅隠岐奈が消えると私は一息吐いて、その場にへたり込む。

 摩多羅隠岐奈ーー秘神と呼ばれる存在であり、あらゆる存在の背中に扉を作る程度の能力を持つ神・・・で当たってたかな?

 

 その圧力の強さに対して、警戒する事しか出来なかったが、改めて考えると今回の出来事などについて文句の一つも言いたくなる。

 

 さて、まずは此処で神霊廟でどうやって生活して行くかだったかな?

 

 とりあえず、一番話が通じそうな人妖を探さねば・・・。

 

 候補として考えられるのは豊郷耳神子こと太子様だろうか?

 

 豊郷耳神子は分かりやすく言えば、女版の聖徳太子だ。

 いや、聖徳太子が忘れ去られ、神霊化したのが、豊郷耳神子なので一応は同一人物になるのだろうか?

 

 そんな事を考えていると烏帽子を頭に乗せた白髪のポニーテールの少女と遭遇する。

 白い和装に襟や靴に風水を表す紐・・・間違いなく、彼女は物部布都だろう。

 

「く、曲者じゃあああぁぁぁっっ!!」

「ーーっ!?」

 

 その叫びに思わず、驚いてしまった。

 まあ、確かに幻想郷内とは云え、太子様の力で維持している空間に侵入したら、危険視もされるかーーなんて、考えている場合じゃないな!

 

 布都ちゃんは完全に此方を敵視している。

 私に出来る事は落ち着かせる事くらいだ。

 

 弾幕勝負なんか出来ないし、逃げようものなら体力不足ですぐにガス欠するのが、目に見えている。

 

「あの、話をーー」

「問答無用じゃ!冥府へと送ってやろうぞ!」

「あちっ!?」

 

 いきなり、弾幕を放って来たかと思ったら、それにカスってしまった。

 落ち着かせるどころじゃなくなってしまったな。

 

 一時撤退しよう。

 

「あれれ?逃げちゃうの?」

 

 不意に背後から声がして振り返ると二童子の片方がクスクスと笑っていた。

 丁礼田舞と爾子田里乃の区別は服装が緑かピンクかの違いなのだが、正直、彼女達についてはかなり、うろ覚えなのである。

 

 ぶっちゃけ、どっちが里乃でどっちが舞かも覚えてない。

 

「えっと、君はーー」

「僕は二童子の一人で丁礼田舞だよ」

 

 私は布都ちゃんから逃げながら彼女と話す。

 此処で私は不思議と疲れ難くなっている事に気付く。

 

 これは舞の力なのだろうか?

 

 そう言えば、二童子は危険過ぎるバックダンサーとか呼ばれてなかったかな?

 

 能力までは覚えてないが、確か、とある歌では応援する事でトランス状態にさせるんだったとか、そんな感じのブースト系の能力を操るんだったと思ったが。

 

「不思議に思っているようだね、おじさん?」

「流石に疲れ難くなっているってのはおかしいからね?」

「ま、あの僕とキャラが被ってそうなアイツから逃げ切れた時にでも教えて上げるよ。

 もっとも、いつまで保つか知らないけれどね?」

 

 そう言って舞は私の背後に消える。

 疲れ難くなっているとは云え、反射神経が良くなった訳ではないし、油断したら布都ちゃんの餌食だろう。

 

 ともかく、距離を取る為に全力で逃げなくては・・・。

 

「ええい!ちょこまかと逃げるではないわ!」

「・・・はあ・・・はあ」

 

 体力には少し不安があったが、やはり年齢からの衰えまではカバー出来そうにない。

 このままだと逃げ切る事も困難だろう。

 

 何か作戦を考えなくては・・・。

 

 そんな事を考えながら私は足を止めるーーと云うよりは止まってしまった。

 完全にスタミナ切れである。

 

「どうやら、鬼ごっこは終いのようじゃな?」

「・・・」

 

 私は意を決して、布都ちゃんに振り返るとニヤリと笑う彼女を真っ直ぐに見据えた。

 

「・・・ほう。なにやら、覚悟の決まった表情をしておるな?」

「そうですね。最初から、こうして置けば良かったと思っています」

 

 私はそう言って笑うと次の行動へと移る。

 

 私の取った行動ーーそれは所謂、土下座である。



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2.救いの神子様

「この度は大変ご迷惑をおかけしました」

「う、む?」

 

 土下座して謝罪する私に布都ちゃんも困惑して次の行動に戸惑っている。

 人間の私に出来る事は誠心誠意に土下座して謝り続ける事だ。

 

 別に策があるとか、奇襲を狙うとかではなく、本当にそれしか出来ないのだ。

 

 これが駄目なら、どうやっても布都ちゃんに絞められて終わりだろう。

 

 そんな決死の覚悟で土下座までされて流石の布都ちゃんも、どうするべきか悩んでいる。

 

「どうしました、布都?」

「ーーっ!?これは太子様!!」

 

 どうやら、私は首の皮一枚で繋がったらしい。

 そこにはマントを翻して佇むケモミミのような髪型をした太子様の姿があった。

 

「それで、布都?そこの彼は何故、土下座しているんだい?」

「あ、いや、これは違うのです、太子様!」

 

 あわてふためく布都ちゃんと私を交互に見てから、此方にゆっくりと近付いて来る。

 

「それは彼の欲を聞けば、解るだろう?・・・どれどれ?」

 

 そして、私の顎にその細い指先で触れて、くいっと顔を上げさせ、瞳の中をジッと覗き込む。

 

 太子様の能力は十の欲を聞き分ける程度の能力だった筈だ。

 

「その認識は少し違うね。私の能力は十人の話を同時に聞き分ける程度の能力さ。

 もっとも、君の云う欲を聞き分けると云う事もあながち間違ってはいないけれどね?」

 

 あ、早速、私の欲を読んでくれているのか・・・これはすぐにでも話がスムーズに終わりそうで助かる。

 

「ああっと、私の能力を信じてくれているのは嬉しいのだけれども、君は欲が欠落しているみたいだね?

 私の能力はあくまでも、十の欲を聞く事で様々な分析をしてアドバイスをする事だよ。

 一つでも欠けていると、読み込むのが難しいんだ。

 それにしても、君の欠落した欲・・・これは性欲かな?」

「ちょっーーそんなモノまで読まないで下さいよ」

 

 私が抗議すると太子様は「冗談だよ」と笑う。

 イヤーマフで聞こえない筈なのにケモミミみたいなあの髪が本体なんじゃないかと疑ってさえしまう。

 

「まあ、でも、君の悩みは解ったよ。

 摩多羅隠岐奈に誘拐されて、神霊廟に住み込まなきゃならなくなってしまったのだろう?

 相手が相手だし、そう云う事なら特別に神霊廟での生活を許可しようじゃないか」

「お、お待ち下さい、太子様!?

 このようなモブ顔の男を信用されるのですか!?」

「はて?布都は私の判断に不服かい?」

「い、いえ!そのような事はありませぬ!」

 

 わざとらしく首を捻る太子様にそう告げると布都ちゃんは私の首に腕を回し、小声で囁く。

 

「太子様は欺く事が出来ようと我は貴様を信用せぬからな。

 太子様に何かしようものなら覚悟する事だ」

 

 太子様はともかく、布都ちゃんには完全に警戒されてしまったらしい。

 まあ、これは仕方がない。

 

 これから少しずつ交流して誤解を解いて行こう。

 

 それにしても、この様子からするに何らかの打ち合わせを太子様が隠岐奈としたとかではなく、本当に行き当たりバッタリなんだな?・・・まさに前途多難だ。

 

 これからの神霊廟生活は果たして、どうなってしまうのだろう?



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3.愛憎渦巻く神霊廟事情

 太子様の周りは小間使いと呼ばれる女性でいっぱいであった。

 これって全員、太子様の信者ーーと云うか、ファンか何かなのであろうか?

 

「皆、新しい仲間だ。仲良くやってくれ」

 

 太子様がそう告げると小間使いの人達は「はい」と嬉しげに微笑むが、太子様がいなくなった途端、豹変して殺気立つ。

 女性とは怖いモノで集団になるとグループを作りたがる。

 そして、気に入らない輩は徹底してイジメられる。

 

 外の世界から来た異性の私は格好の獲物であろう。

 

 案の定、気の強そうな女性が私に早速、近付き、「あんた、太子様のなんなの?」と詰め寄って来る。

 

「仙人の修行に参加するのなら、ここへは通されないでしょ?

 貴方、太子様にどんな色目使ったの?」

「いや、色目とかはーー」

「嘘つくんじゃないわよ!

 私、知ってるんだからね!」

 

 ああ。これは何か勘違いして嫉妬される系だ。

 反論も赦されない奴であろう。

 

 正直、面倒臭い。

 

 黙って入れば、黙っていたで反感を買うし、どうしたものか・・・。

 

 あまり、問い詰められるのは私でもモヤモヤやイライラはするので勘弁願いたい。

 

「あーっと、少し良いかの?」

 

 そこへ現れたのは布都ちゃんであった。

 

「こ、これは物部様!?」

「其奴はあくまでも神霊廟で生活する身ではあるが、お主ら、小間使いとは違う。

 ただ、一緒の部屋と云うだけで客人じゃ。この意味、解るな?」

 

 そう布都ちゃんが冷ややかに小間使いを見下ろすとその女性は顔を青ざめさせ、「申し訳ありません!」と土下座する。

 

「お主」

「え?あ、私ですか?」

 

 唐突に布都ちゃんに呼ばれ、私が自分を指差すと布都ちゃんは「他に誰が居る?」と素っ気なく返して来る。

 

「我の部屋へ来るが良い」

「も、物部様!?それはつまり!?」

「何を勘違いしておる。ここにいてはお主らが何かこやつに仕出かしそうだから、我の部屋に特別に通すだけじゃ。

 それとも何か?我の意見に不服かの?」

「いえ、その様な筈があろう事が御座いません」

 

 小間使いの言葉に布都ちゃんは「解れば良い」と威厳溢れる言葉で返すと私を連れて部屋を後にする。

 

「は~・・・おなごとは本当に面倒な生き物じゃのう」

 

 自室に戻った布都ちゃんはそう告げると畳に突っ伏して、グッタリする。

 

「大丈夫、布都ちゃん?」

「大丈夫な訳なかろう。あやつらは太子様に色目を使う毒婦どもじゃ。

 恐らく、我がお主を連れ込んだ事も神霊廟中に流すじゃろうーーと云うか、布都ちゃんとはなんじゃ?」

 

 ああ。やっぱり、一筋縄ではいかないんだな。

 神霊廟で平穏な生活を送るには色々と大変なのだろう。

 

「聞いておるのか!?

 我は尸解仙!物部布都なるぞ!

 そんな我をちゃんだと!?」

「いや、布都ちゃんの方が呼びやすいし、可愛いから?」

「わ、我が可愛い!?貴様、太子様が目当てではなく、我が目当てであったか!?」

 

 布都ちゃんは布都ちゃんで面倒臭いが、先程の嫉妬心丸出しの小間使いよりも数倍マシである。

 

 しかし、よく考えれば、布都ちゃんと二人っきりか。

 私でなければ、間違いが起こっても可笑しくはないな。

 なんて考えていると布都ちゃんは「ここから先は入るでないぞ!」と枕を抱き抱えて叫ぶ。

 

 まあ、良いんだけれど・・・。

 

 私は畳の上で雑魚寝して瞼を閉じようとする。

 

 しばらくすると布都ちゃんが「本当に寝るのか?」と人の頬をプニプニと触る。

 

 本当に子供みたいだな。

 

 そんな感想を抱きつつ、私は浅い眠りへと落ちて行くーーが、寝付けない。

 

 理由は解っている。

 

「・・・」

 

 布都ちゃんが自分の布団に入って眠るのを見計らって私は起き上がると背後を振り返る。

 

「隠岐奈」

「解っている。これがなければ、落ち着いて眠れないのであろう?」

 

 そう隠岐奈が告げると私に毎晩飲む安定剤の入った袋を差し出して来る。

 

「そんなモノに頼らないといけないとは難儀な病よな?」

「それも含めて、私さ。非凡でどこまで行っても人間止まりだけれども、それを謳歌出来るのが、陰猫(改)って人間さ」

「ふっ。よくもまあ、脆弱な人間ごときが吠える」

 

 隠岐奈はそう言うと再び、私の背後に消える。

 やれやれ。本当に厄介な・・・。

 

 私はそう思いながら布都ちゃんを起こさぬように食堂へと向かい、水瓶に入った水を飲む。

 

 神霊廟には朝や夜と云う概念がないらしいので体内時計が頼りなのだが、不眠症である私の体内時計はアテにならないので布都ちゃんの体内時計とかが頼りである。

 まあ、まだ神霊廟に来て、1日も経っていない。

 

 これから慣れて行くだろう。



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4.神霊廟は誘惑がいっぱい

 目を覚ますと私はゆっくりと上体を起こす。

 頭が少しフラフラするが、寝すぎてしまったのだろうか?

 

 しかし、布都ちゃんはまだ眠っているし、そんなに時間は経ってない筈だ。

 とりあえず、する事もないので起き上がり、神霊廟を見て回る事にした。

 

 ここで暮らす以上は神霊廟を知る事は必要だろう。

 そんな風に神霊廟内を歩いているとピョンピョンと跳ねるキョンシーと天女に似た服装の青い髪の女性と遭遇する。

 

「あらあら。まだ起床時間には早いでしてよ?」

「青娥ー。誰だ、こいつー?」

「誰でしょうね、芳香ちゃん?」

 

 芳香と呼ぶキョンシーに青娥と呼ばれた女性はそう告げるとゆっくりと此方に向かって来る。

 そこで寝起きでまだ思考の止まっていた私は霍青娥と宮古芳香について思い出す。

 

「ふふっ。殿方のキョンシーも悪くないかも知れないわね?」

 

 その言葉に思わず、警戒してしまうが、身体が動かない。

 まだ寝起きの身体が危機感を察知出来ないようだ。

 

 恐怖はないが、不安が過る。

 

 青娥さんは間近まで迫ると私の唇にそっと人差し指を押し当てた。

 

「冗談ですわよ、陰猫様」

 

 その言葉でふっと緊張感が解ける。たった一言だ。

 その一言で私は安堵してしまった。

 

「試すような真似をして申し訳ありませんわ。

 太子様からは貴方の事は伺っていますので何もしませんわよ」

「・・・勘弁して下さい」

「ふふっ。すみませんね?」

 

 青娥さんはそう言って芳香ちゃんと共にその場から去って行く。

 

 心拍数が上がったのは完全に二人が去ってからだった。

 乾いた唇を舐めた途端、身体が熱くなる。

 

 一杯食わされたなと思ったのは自分が発情していると認識してからである。

 あの指に媚薬か何か塗られていたのだろう。

 

 そこで私は彼女が邪仙とも呼ばれている事を思い出す。

 思考が鈍くなっていたとは云え、迂闊だったかも知れない。

 

 このままだと落ち着かない。

 

 身体を鎮めなければ・・・。

 

「苦しそうですね?」

 

 背後から声を掛けられ、振り返ると太子様の姿があった。

 マントは羽織らず、軽装である。

 

「青娥に一服盛られましたか」

「・・・太子、さま」

「どうです?貴方も私に導かれる意思があるのなら、その欲を解消して上げない事もないですよ?」

 

 そう言って太子様は私の耳元で甘い囁きを漏らすと軽く吐息を掛けて来る。

 それだけで背筋がゾワゾワして快感が走る。

 

 このまま、誘惑に負けてしまえばーー

 

 

 ーー美鈴さんの事が頭を過ったのは次の瞬間である。

 

 太子様も私の事を読み取ったのか、一瞬、真顔になるが、すぐにまた女の顔で誘惑して来る。

 

「想い人がいるようだね?

 でも、それはここではない何処かの話だろう?」

 

 そう言って太子様が首に腕を回して顔を近付けて来る。

 

「無理する事はないんだよ。

 此処は君の描く幻想郷の一つ。

 何をしようとも君の自由だ。

 それに聖徳伝説の一つには、こんな逸話がある。

 私の信仰を受け入れた暁には来世で女になった私を好きにして良いと・・・幻想郷はまさに来世そのものだとは思わないかい?」

 

 そこまで言われて、私はーー

 

「・・・っ!?」

 

 太子様を突き放した。

 微かな理性がーー例え、世界が異なろうと私が心を赦せるのは美鈴さんだけだと告げているからだ。

 世界が異なり、美鈴さんが他の誰かを好きになろうとあの世界の彼女を泣かせる事だけはしたくない。

 ここが別の幻想郷であろうとその想いだけは今も変わらない。

 

 私は火照った自らの身体を抱き締め、太子様から逃げるようにその場から、なんとかして離れようとする。

 

「成る程。なかなか、強い精神を持っているようだね?

 けれど、君のその欲はどうするのかな?」

「客人になにやってんですか?」

 

 未だに誘惑して来る太子様と弱々しく抵抗する私の間に第三者が介入したのはその直後であった。

 その声を聞いて、太子様がビクリと身体を震わせる。

 

「あっるぇ?屠自古さん?

 いつからいらっしゃったので?」

「太子様が邪仙と何やら計画してらした時から、ずっといましたよ。

 まさか、全能道士様がこんな姑息な手を使うなんざ思ってませんでしたけれどね?」

 

 そう告げると屠自古さんは周囲をバチバチと放電させる。

 蘇我屠自古。布都ちゃんの策略で尸解仙になり損ねた大怨霊である。

 今は和解して、落ち着いているが、怨霊には違いない。

 その怒りのオーラと怨念独特の悪寒で発情していた私も理性が強制的に戻って来る。

 

「ま、まあ、ちょっと落ち着こう、屠自古?

 私は何も欲求不満で彼を貶めた訳じゃないんだよ?」

「知るか、この万年発情ミミズク!

 無理矢理、性欲でマウント取ろうとしてんじゃねえよ!」

「んにゃあああぁぁぁーーっっ!!」

 

 次の瞬間、後方で文字通りに雷が落ちた。

 何はともあれ、発情と云う呪縛からも解放されたし、今の内に退散するとしよう。

 

 雷にはトラウマもあるし。

 

「あ、ちょっと待って、陰猫!?

 私が悪かったから助けーーああああああぁぁぁーーっっ!!」

 

 私は太子様の絶叫を聞きながら、その場を後にする事にした。

 

 嗚呼、因果応報。



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5.仮初めの創造主

 改めて、この神霊廟と云うところを観察して感じたが、此処によく似た世界を私は知っている気がする。

 

 ・・・そうだ。

 

 この幻想郷も私が生み出したモノの一部であるのなら、あり得なくはない話である。

 恐らく、此処は原初の破壊神と対をなる護御魂カゲネコのいた世界線に近い筈だ。

 

 つまり、東方秘神遊戯と呼ばれる作品の世界観に酷似した幻想郷なのだろう。

 

 だが、異なる点もある。

 

 この神霊廟に護御魂カゲネコがいない事、布都ちゃんの性格が違う事などがある。

 

 元々、護御魂カゲネコのいる幻想郷も紅魔館で短期バイトをした私と云う世界を軸にしているから、それがない世界線がこの幻想郷なのだろう。

 

 ーーなんて事を、ふと、思ってしまった。

 まあ、隠岐奈の課題はあくまでも護御魂カゲネコではなく、陰猫(改)と呼ばれる人間が如何にして神霊廟で過ごせるかなのだろうから、彼女は今回、関係ない筈だろう。

 

 彼女が出てきたら出てきたで面白いかも知れないが、私のやる事はこの世界線でも陰猫(改)と呼ばれる人間が普通に過ごせる事を実証する事だけだ。

 

 改めて、ただ、それだけの話なのだと自分を戒めておく。

 もっとも、それが難しいのであるのだが・・・。

 

「ふむ。成る程ね?」

 

 そんな事を考えていると不意に煤だらけの太子様が屠自古さんと現れる。

 

「先程はすまなかったね?

 まあ、ちょっとした聖徳ジョークだと思ってくれないか?」

「・・・はあ」

 

 私は太子様に生返事をして相槌を打つと屠自古さんが太子様の脇腹を肘でつつく。

 

「いや、本当にすまなかった。私もどうかしていたよ。

 だから、許して貰えると嬉しいなと・・・」

「ああ。まあ、大丈夫ですよ」

「そうか!そう言ってくれると助かるよ!」

 

 どうやら、太子様は屠自古さんに叱られて謝るように言われたのだろう。

 太子様はコホンと一つ咳払いしてから改めて、真剣な表情になると私をじっと見据える。

 

「それよりも君は興味深い考察をしているようだね?・・・私達の在り方も君の創造した幻想郷と云う存在の中の一つに過ぎないと云う事か」

「あくまでも仮説ですが、隠岐奈が語った事も考えるとそうなのかなと」

「ふむ。成る程ね」

 

 太子様は何事か考え、唯一、話に置いてきぼりにされている屠自古さんが首を捻る。

 

「あっと、どう云う事ですか、太子様?」

「レミリア嬢の言葉を借りるのなら、この世界の運命は彼が創造した世界だと云えるって事だね。

 いや、正確には彼が模倣した世界と呼ぶべきかな?」

 

 流石は太子様だ。私の思考を読んで理解しているのだろうが、的確な発言をしてくれる。

 

「それで次はどうするんだい、仮初めの創造主殿?」

 

 どうやら、思考が読まれた事で私は太子様にも試されているらしい。

 

 さて、私はなんと答えるべきかな?



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6.陰猫(改)は人間賛歌を謳う

 結局、私は沈黙を持って答えとした。

 他の作家のようにハーレムや無双をしたいと云う願望のようなモノは私にはあまり興味がないらしい。

 

 では、何事もない平穏な暮らしを求めているかと云うとそうでもない。

 寧ろ、新しい刺激は歓迎したくある。

 これについては私でなくとも誰にでもある欲求なのではないかと思う。

 

「確かに人は誰しも刺激を欲するモノだ。

 君の欲は人間として、ありきたりの願望と言っていいだろう」

 

 太子様は私の欲に耳を傾けながら「では」と続ける。

 

「君はこのまま、人間で終わる気かい?

 例え、自らの死が間近に迫ろうとも?」

 

 その問いはズルいと思ってしまう。

 死が怖くない人間など存在しない。

 

 ましてや、何度も死の間際まで体験している私だから云うが、生命の大切さと云うのは本当に大事だ。

 本当に死を感じた事のある人間はドラマのように死を受け入れるのではなく、藁にもすがる思いで助かろうとする。

 

 私は人の死と自分の死を天秤にかけた事はないが、そうなった場合、どちらを選ぶであろうか?

 

 少なくとも私は人である事に並々ならぬこだわりがあるようだ。

 

 人間とは思考し、恐怖を克服する知恵を持つ存在だと思うと同時に他者を蹴落として現在を生きる罪人だとも思っている。

 そんな矛盾した存在である人間だからこそ、世の中を明るく朗らかに生きたいし、人間として生命を受けたからこそ、いま、こうして物語を紡げる事に感謝している。

 

 仮に私が人をやめてしまったら、どうなるであろうか?

 

 少なくとも、いまの私はそこまで踏み込んだ考えがないらしい。

 幼い子供の頃はあれだけ死について恐怖し、自身を受け入れられない位に人間が信じられなかったのが嘘のようである。

 

 これも誰しもが経験するとは思うが、自分の人生が劇のように感じ、裏では未知の何かが身近な人間を演じているとか想像した事はないだろうか?

 

 かの有名な漫画家もそれを意識した作品を描く位に自分の生き方に疑問を抱く描写がある。

 しかし、大人になれば、真実と云う形を信じるようになり、そう云った疑問を持つ事がなくなる。

 

 これは常識と云う知識を得て、真実と云う形を信じ込み、社会での自身の在り方を固定化してしまうからだと私は考える。

 

 富があるなしに関わらず、大人になった人間は自分達の引いたルールに束縛され、それに苦しみながらも先へ進む事を強いられた存在だろう。

 もし、人間をやめるのなら、そう云ったモノからも解放されるのだろうか?

 

 私が考えるに答えはNOである。

 

 人間をやめても、何かしらのルールはあるだろう。

 例えば、この幻想郷にも人ならざる存在が決めたルールがある。

 

 知恵を持つ存在である以上、何処かで必ず、線を引いてしまうのだから、結局、その存在特有の殻からは抜け出せないのだ。

 ならば、人間の寿命より長いか短いかを除けば、私達はあまり変わらないのではないかとも思う。

 確かに知識や能力など異なる点もあるだろうが、人間は人間なりに進化して来た。

 人によっては地球を汚す害悪とも云うが、人が残して来た歴史も多い。

 戦いや支配の歴史もそうだが、芸術や発想などの歴史もある。

 

「あっと、欲が脱線しているよ。

 君はこのまま、人として老いて死んで行く事に後悔はないのかと言うのが、私が聞きたかった事なのだけどね?」

「あ、すみません」

 

 思考が明後日の方角を向き始め、太子様にそう注意されて、私は謝るとそれについて考える。

 人間のまま、死ぬ事は即ち、天寿を全うする事。

 病や事故であろうと天命ならば、それに意味はあるだろう。

 

 そう考えれば、私の答えは自然と決まっている。

 

「私は人として生まれた以上、人として土に還るだけです」

「・・・そうか。君は人間である自分を受け止められる人間なのだね?」

 

 太子様は目を伏せて、しばらく黙り込む。

 

 そう言えば、太子様こと豊郷耳神子は人間の死を受け入れられず、人の身を捨てたんだったか・・・。

 

 そう考えると私の考えに何か思う事もあるだろう。

 

「君が興味深い思考と信念の人間である事は解った。

 彼女の興味を引くのも頷ける」

 

 太子様は独り呟くと私を改めて、真っ直ぐ見詰める。

 

「君の思想にある人間賛歌には私も興味が出てきた。

 隠岐奈の事とは関係なしに私も君がどうなるかを見守ろうじゃないか」

 

 なにやら、あれやこれに考えが没頭していたら、太子様にも注目されてしまった。

 これなら、神霊廟での生活にも馴染めるかも知れないな。

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「お師匠さま。どうやら、神霊廟でも変わらないかも知れませんよ?」

「そうか。相手に恵まれていたとは云えども、人間である事を貫くその姿勢には称賛をするべきか・・・」

 

 摩多羅隠岐奈は椅子に肘を突いて座り、二童子の片方である丁礼田舞の言葉にうっすらと笑う。

 

「この後はどうするのですか、お師匠さま?」

「しばらく様子を見て、安定して来た頃に別の世界に飛ばすとしよう。

 さて、次は何処へ飛ばしてやろうか・・・」

 

 摩多羅隠岐奈は愉しげにそう答え、神霊廟でささやかな一時を過ごす陰猫(改)と云う人物を観察する。

 そんな自身の師を見ながら、丁礼田舞も愉快げに笑みを浮かべる。

 

(だってさ、お兄さん。今の内にせいぜい、今を楽しみなよ?)



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7.変化は突然に

 私が神霊廟に来て、大分経った。

 布都ちゃんに小間使い扱いされたりもしたが、基本的に来客として太子様から優遇されていたので大して日常的な不便もなく、毎日気楽に過ごしていた。

 

 強いて言えば、神霊廟には仕事と云う物が少なかったので、かなり暇を持て余した感じである。

 やる事と云えば、布都ちゃんと出掛けるか、太子様の過去の政策の記録に目を通して暇を潰すかのどちらかである事が多かった。

 太子様の政策については詳しく理解はしてないので本当に目を通してただけなので基本的に布都ちゃんに付き合う事がメインだった。

 

 まあ、解るであろうが、色恋沙汰はない。

 ただ、「太子様のお膝元にいるのならば、我の役に立って貰わねば困る」と都合良く使われただけである。

 もっとも、その度に来客扱いしてくれる屠自古さんと衝突し、太子様がなだめると云う図が出来てしまったが・・・。

 

 そんな日々を過ごしていたある日の事。

 いつものように眠りから覚めると私は神霊廟とは違う見知らぬ天井を見上げていた。

 

 一瞬、紅魔館に戻って来たのかと思ったが、作りがどこか違う。

 おまけに窓から見える外の景色を見るに太子様の作った星や月などはなく、天然の天井のような物が見えた。

 

 とりあえず、上体を起こして何が起こったのかを考える。

 可能性としてあるのは紫さんにスキマで別の場所に飛ばされたか、摩多羅隠岐奈に扉で飛ばされたかだ。

 

 紫さんだった場合、何らかのアドバイス位はしてくれるだろうし、何よりも太子様の作った空間に干渉したとあれば、何かしらの問題が発生する筈だ。

 もちろん、これは私の知る八雲紫と云う妖怪の賢者だった場合であり、別世界の彼女だった場合は解らないが・・・。

 

 そして、摩多羅隠岐奈だった場合はこれも何らかの試練なのだろう。

 野外に放置されてないだけ、まだマシだが、今度は何を試されるのであろうか?

 

「成る程。貴方にも事情があるのですね?」

 

 その声と同時に扉が開き、薄紫色の髪の女の子が現れる。

 その身体に触手のようにまとわりつく第三の瞳から察するに彼女は古明地さとりだろう。

 

「ええ。その通りです。私の名前は古明地さとり。

 この館に住む覚り妖怪です。

 貴方はーーふむ。そのような名前なのですね?

 ああ。安心して下さい。

 私も陰猫さんと呼ばせて頂きますから」

 

 彼女の心を読む能力で此方が説明するよりも早くて助かる。

 それにしても今回、私が訪れたのは地霊殿か・・・やはり、摩多羅隠岐奈の仕業と考えるべきであろうか?

 

「その摩多羅隠岐奈なる人妖が何者かは知りませんが、貴方には即刻、この館から出て行って頂きたいのですが・・・え?理由ですか?

 貴方が人間だからですよ。私が人間が嫌いなのは御存知ですよね?・・・って、全然関係ない変な事を考えないで下さい」

 

 此方の思考を読んで、さとりちゃんが頭痛を抑えるように頭を抱える。

 

「雑念があったり、何も考えてなかったり、急に哲学思考になったり、なんなんですか、貴方?・・・凄く不快です」

「まあ、それが陰猫(改)って人間だと思って貰えれば」

「とにかく、貴方には早々にこの館を出て行って頂きたいのですが・・・貴方がこいしに干渉したら、どうなるか解りませんし」

 

 先程から気になるが、さとりちゃんは地霊殿とは言わず、館と言っているが、ここは地霊殿とは違うのだろうか?

 いや、そもそも、彼女のペットとして仕える霊烏路空ことお空や火焔猫燐ことお燐の姿もない。

 

 何かがおかしい。ここは何かが欠けている。

 

「・・・それは興味深いお話ですね?

 詳しくお聞かせ頂いても構いませんか?

 ああ。勿論、貴方の心を読むので拒否権は最初からありませんけれどね?」

 

 勝手に心を読まれるのは変な気分だが、気を配って貰えると思えば、まあ、良いかと思ってしまう。

 

「面白い発想の仕方ですね?

 どうやら、貴方も相当な変わり者のようですね?」

 

 まあ、さとりちゃんについては知識があるし、今更と云う感じもあるから余裕があるのだろうとは思う。

 しかし、この地霊殿のようで地霊殿でない場所はなんなのだろうか?

 

 個人的にも興味はあるが、情報が少ない。

 もう少し情報が欲しいな。

 

「人間さん?」

 

 そんな風に考えていると此方に興味津々なさとりちゃんの妹の古明地こいしがいつの間にか、私の近くにいた。

 多少、驚いたが、神出鬼没な彼女については知識がある。

 

「ん?」

 

 そこで私は首を捻る。

 本来、閉じているこいしちゃんの第三の瞳が開いている?

 

 どう云う事だろうか?



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8.自己完結で変化する未来

「お兄さんは私の目が開いているのが不思議なの?」

「こいし。お姉ちゃんが待つように言ったでしょう?」

「だって、お客さんなんて久しぶりだし、そもそも此処は退屈で仕方ないんだもん」

「しょうがないでしょう。私達は嫌われ者のさとり妖怪なのだから」

 

 さとりちゃんがこいしちゃんを嗜めるとこいしちゃんはプイッとそっぽを向く。

 

 二人のやり取りから察するに此処はもしかすると旧地獄街道と呼ばれる場所とは違うのではないのだろうか?

 

 そんな事をふと、思った瞬間、さとりちゃんとこいしちゃんが此方に振り返り、興味を持ったかのように凝視して来る。

 

「旧地獄街道?」

「ここは地獄街道ですよ?」

「もしかして、お兄さん、未来から来たの!?」

「落ち着きなさい、こいし。まだ、そうとは決まった訳ではないでしょう?」

 

 興奮するこいしちゃんをさとりちゃんが制すと私をマジマジと見据えて何かを考え始める。

 

「そのさとりちゃんと呼ぶのをやめて貰えませんか?

 馴れ馴れしいと云うのもありますが、私の方が歳上ですので」

 

 そんな忠告をされても、私としては急に心の中の呼び方を変えると云うのは難しい事なのだがな。

 とりあえず、さとりちゃんの方は古明地さんとでも呼ぼう。

 

 こいしちゃんの方はーー

 

「私はお兄さんの呼び易い呼び方で良いよ?」

 

 ーーと云う事なので、こいしちゃんと呼ぼう。

 それにしても、さっきからこいしちゃんは古明地さんと同じように心が読めるみたいだな?

 

「そうだよ?未来の私は読めないの?

 え?目を閉じている?なんで、そうなったの?」

 

 無邪気にそんな笑顔を向けて来る彼女の言葉に私は少し考え込む。

 確か、こいしちゃんの第三の瞳が閉ざされた理由は人間の負の感情に耐えきれなかったからだったかな?

 

「ほら、ご覧なさい。お姉ちゃんの言った通りでしょう?」

「む~・・・」

「ここが安全なのよ。解ったら、大人しくしてなさい」

 

 古明地さんの言葉にこいしちゃんは「は~い」とふて腐れながら部屋から出て行く。

 そんなこいしちゃんが去ってから古明地さんが頭を下げる。

 

「貴方にはお礼をしませんとね。

 何がと思うかも知れませんが、先程のやり取りである程度の事情は察しているかも知れませんね。

 こいしが外に出たがっていたところに丁度、貴方がやって来たところです。

 未来から来た貴方の言葉なら、こいしも下手な事をしないでしょう。

 つまり、貴方が知る古明地姉妹の運命は変化すると云う事です」

 

 淡々と説明する古明地さんの言葉に流されそうになったが、ちょっと待てよ?

 それだと地霊殿の未来が変わってしまうんじゃないか?

 

「ええ。変わるでしょうね?ーーですが、未来が変化しようと今を生きる私にとって、今のこいしが大切なのです。

 あの子が傷付かないなら、私は未来さえもねじ曲げましょう」

 

 古明地さんはそう告げると私に踵を返す。

 

「感謝はしますが、此処は未だに貴方がいて良い場所ではない事は確かです。

 返礼とまでは言いませんが、強制まではしませんから即刻、この館から出て行って下さい」

 

 古明地さんは言うだけ言うと部屋の扉を閉めて、さっさと出て行く。

 結局、彼女は一言も此方の言葉を聞かなかったな。

 

 生の声も心の声も・・・。

 

 読むだけ読んで彼女は自己完結してしまった。

 確かに古明地さんの考えは解らなくもないが、無意識の能力を得たこいしちゃんは決して不幸ではない。

 それを彼女に伝えなければならない。

 

 だが、あの様子だと正面からぶつかるのは難しいだろう。

 この分では、また此方に一言も話させず、論破されてしまうかも知れない。

 

 ならば、どうすれば良いだろうか?

 

 はてさて、困ったものだ。



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9.持たざる者なりの選択

「困っているようだね、おじさん?」

 

 その言葉に振り返ると丁礼田舞の相方である桃色の服の少女がいた。

 名前は・・・なんだったかな?

 

「えっと、君は?」

「その顔は誰って顔だよね?

 本当にレディーに失礼だよ?」

「ああっと、ごめん」

「まあ、いいけどね。私は二童子の爾子田里乃。

 宜しくね、お・じ・さ・ん♪」

 

 どうやら、名前を覚えて貰えなかった事を根にもっているらしく、それがきっかけでからかわれているらしい。

 まあ、此方にも非があるし、彼女に反発するのもどうかと思うので、そのまま話を進める事にする。

 

「それで君が来たって事は何かあるのかい?」

「まあね?お兄さんは歴史を戻したいーーけれども、あの古明地さとりを相手にただの人間のお兄さんには荷が重過ぎる。

 だから、私の出番って訳よ」

「出番って・・・君が古明地さんと話し合うのかい?」

「まさか。そんな訳ないじゃない。

 行動するのはあくまでも、おじさんなの。

 私の出番って云うのは能力の事よ」

 

 ああ。そう云う事か・・・。

 

 そう言えば、舞からも能力について教わらなかったな。

 彼女達の能力についてはうろ覚えなので、この際だから聞いてみるとしよう。

 

「えっと、君の能力は何なのかな?ーー舞も教えてくれるって言ってて結局は教えてくれなくてさ」

「ふぅん。そうなんだ・・・まあ、良いわ。教えて上げる。

 どちらにしろ、お師匠さまから伝えるように言われているし」

 

 どうやら、舞の時のようにはぐらかされないで済むようだ。

 私も彼女達の事は知っておきたいし、これで大分、助かるだろう。

 

「私は後ろで踊る事で精神力を引き出す程度の能力。舞の方は後ろで踊る事で生命力を引き出す程度の能力。

 まあ、多少は違うけれど、おじさんにも分かりやすく例えるのなら、一種のトランス状態にするって訳」

 

 成る程。だから、前の世界での布都ちゃんとのやり取りでギリギリとは云え、回避行動が出来たのはそう云う理由な訳か・・・。

 

「それでどうするの、おじさん?」

「え?どうって?」

 

 私が問い返すと里乃は「鈍いなぁ」と笑い、こう言葉を返して来る。

 

「あのさとりって娘をなんとかしたいんでしょ?

 でも、おじさんの人並みの精神力じゃあ、また言いくるめられちゃうじゃない?

 なら、私がトランス状態にして強気で正面から打ち破るって方法が妥当だと思わない?」

「ああ。成る程ね?」

 

 里乃の言う事にも一理ある。

 確かに古明地さんをなんとかしたい気持ちは変わらない。

 それは古明地さんの為にも、こいしちゃんの為にも今後、必要となると思うからだ。

 

 だが、トランス状態で強引に論破するやり方は間違っている気がする。

 

 私は私なりに彼女達が明るい未来を進めるように手助けしたいだけだ。

 反感を買えば、弾幕やらで傷付くかも知れないが、キチンと説明すれば、新たな道が見えるかも知れない。

 

 例え、古明地さんの望みにそぐわなくとも、未来が変わる事がなかったとしても、進む為に対話をしなくては・・・。

 

 私は里乃の案を断るとこいしちゃんのいる部屋へと向かった。

 里乃は最後まで「本当に良いの?」と甘い言葉を囁き続けたが、私は最後まで聞き入れる事はしなかった。

 

 あとで思い返せば、この辺りは少し頑固になっていたようにも思える。



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10.言葉と心と

 私はこいしちゃんを探しに館内をアテもなく、さ迷う。

 さて、彼女に会うにはどうしたら良いだろうか?

 

 そもそも、こいしちゃんに何と説明すべきであろうか?

 

 これから起こるであろう未来を知って尚、こいしちゃんはそれを受け入れられるのだろうか?

 それ以前にこの世界を通常とは異なるべきだと考えてから行動するべきか?

 

 全ては神のみぞが知る事だ。

 私に出来る事はただ、正しいと思う方向に進む事のみである。

 考えても始まらないのだろうが、それでも迷いはする。

 

 決断はしても踏ん切りがつかない。

 

 こんな状態で私はこいしちゃんにどんな風に進んで欲しいのだろう。

 少なくとも、里乃や舞の力を借りてまで強引に進めるのは何か違う気がする。

 ならば、私は私の出来る事をすべきでしかない。

 

 例え、それが古明地さんの願いとはかけ離れたモノであったとしても。

 

「お兄さん」

 

 声がしたのは、まさにその瞬間である。

 振り返れば、こいしちゃんがジッと私を見ていた。

 

「お兄さんみたいな不思議な人間さんって外にはいっぱいいるの?・・・うん。お兄さんが何を考えているのか全部聞いてた」

 

 やっぱり、彼女も心を読めるさとり妖怪らしく此方の言葉などを無視して自己完結する。

 

「あ。そんなつもりはないよ?」

「え?」

「私はお姉ちゃんと違って、人間に興味があるの。

 だから、本音と建前の違いとかにも私は興味があるんだよね」

「そうなんだね?」

 

 本音と建前ーーつまり、言葉と心の違いか・・・心の中には本心や裏側があるけれども言葉には偽りや表向きって云うモノが存在する。

 しかし、それが必ずしも悪い訳ではない。

 

 相手を気遣った優しい嘘も存在する。

 

「こいしちゃん」

 

 私は心を読まれているのを承知で彼女に言葉を紡ぐ。

 内心では未だに迷いながらも、それでも、そうであると願いを籠めて・・・。

 

「今は傷付くかも知れないけれど、未来の君は君でいまを楽しんでいる。

 誰にも知られず、古明地さんのようにこの館に居座り続けるのか、それとも誰もが知る無意識の中で自由気ままに幻想郷を旅するかはこいしちゃん次第だよ」

「・・・」

 

 私の言葉にこいしちゃんは考える。

 私の思いは私の知るこいしちゃんのようにこれから傷付く事があっても未来で家族となる火焔猫燐や霊烏路空と共にいまを明るく進む古明地こいしとして先を見据えて欲しいと云う事だ。

 

 しかし、最終的に決めるのはこいしちゃん本人だ。

 これでもし、こいしちゃんが違う生き方をすると決めたのなら、原作云々の基準を壊す事になるかも知れないが、それは此処が単純に基準となる世界とは異なる世界なだけなのだろう。

 それに対して文句を言う者はいないだろう。

 

 そもそも、私はあくまでもきっかけに過ぎない。

 心を読まれて、これからの未来が漠然と見えているだけだ。

 

 最終的に決める権利は彼女にある。

 私はそれを伝える事しか出来ない。

 

 ーーただ、それだけである。



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11.鬼を相手に虚勢を張る陰猫(改)

しばらく、再就職に向けて力を入れるので今まで以上に更新が不定期になりますが、ご容赦をば


 こいしちゃんと別れた後、私はその足で古明地さんの館から出る。

 

 私に出来る事はしたが、こいしちゃんからの返答は聞いてない。

 結末がどうであれ、恐らく、古明地さんは私を不快に思うだろう。

 

 だからこそ、彼女に顔を見せず、その場から去る事を決断した。

 一部始終を観測しているであろう摩多羅隠岐奈には悪いが、やはり、私には地下に広がるこの世界よりも外の方が似合っている。

 

 私は一礼だけすると古明地さんの館に背を向けて歩き出す。

 

 殺気を感じたのは古明地さんの館を出て、すぐであった。

 

「・・・ニンゲンだ」

「ニンゲン、喰う」

 

 やはりと言うべきか、地下は人喰い妖怪達が未だに徘徊している。

 幻想郷の嫌われ者が集まる以前となれば、魑魅魍魎の溢れる世界なのは当然だろう。

 

 少し危機感がなかったかも知れない。

 まとわりつく殺気を振り払うように私は駆け出す。

 

 ーーと言っても、体力の落ちた私はすぐに走るのをやめてしまう。

 そして、前を見据えて前進を再開した。

 

「ノロマだぞ、このニンゲン」

「筋張って不味そうだ。臭いも変だぞ?」

「ニンゲンならなんでも良い。喰う」

 

 そんな風に妖怪達が喋っている間に私は足早に歩き続ける。

 カランコロンと下駄の音が聞こえたのはしばらく歩いてからだ。

 

 音の主はすぐに解る事となる。

 鬼だ。それも私の知っているタイプの鬼である。

 

「人間がこの地獄街道を堂々と歩くなんざ、明日は雪でも降るのかね?」

 

 金髪美女の着物の鬼ーー星熊勇儀はそう言って私の歩く道のど真ん中に立って此方に問う。

 視線を合わせたら殺されかねない。

 

 此処は目を合わせないようにして死んだ魚みたいなフリでもしておこう。

 不審者扱いにならぬように元の世界では視線などには注意していたから、そう言うのは得意だ。

 

「おっと、私に誤魔化しは通用しないよ?

 鬼は嘘つきが嫌いでね?」

 

 星熊勇儀はニタリと笑うと手にした傘を回しながら此方に近付いて来る。

 逃げ隠れは出来ないだろう。

 

 なら、虚勢を張る他に私に出来る事はない。

 私は立ち止まり、ガクガクと震える足で星熊勇儀を見据える。

 

「病んでる人間だね?・・・如何にも不味そうだ」

「・・・」

「返事位したらどうだい?

 それとも、声も出ない程、私達が恐ろしいかい?」

 

 星熊勇儀はそう告げると差していた傘を閉じ、私の眼前で立ち止まる。

 改めて、彼女を見るとスケールが違う。

 見た目は体育会系の女性に見えるのに鬼らしく生えた一本の角とその私よりも一回り大柄な事もあってプレッシャーが凄い。

 相手が相手なだけあって生半可な返事が出来ない分、沈黙する事しか出来ない。

 

 そもそも、彼女から発せられるこの威圧感の中、気丈に振る舞うので手一杯だ。

 これは幻想郷に来て、初めての危機的状況かも知れない。

 

「あんた、酒は飲めるかい?」

「・・・」

「これ位は返事をしても良いだろう?」

「・・・い、いいえ」

 

 見えない圧迫感に押し潰されそうになりながら、私はなんとか、一言だけ返す。

 それだけでフッと空気が軽くなる。

 

「不味そうなだけでなく、酒も飲めないし、逃げる事すら出来ないとか笑っちまうねえ。

 よく、そんな奴がこの地底に来たもんだ」

 

 星熊勇儀はそう言って笑うと周囲の妖怪達もつられて笑う。

 

「自殺願望でもないのなら、さっさとこの地底から出て行きな。

 此処はあんたみたいな奴の来るところじゃないよ」

 

 そう言うと星熊勇儀は再び下駄の音を響かせながら私の横を通過して行く。

 彼女が去って行くと私はしばらく、その場にへたりこんだ。

 

 本当に死ぬかと思った。

 彼女の性格は知っているつもりだが、やはり、普通の人間相手だと勝手が違って来る。

 本当に弾幕勝負とは言えども彼女を相手に立ち向かった霊夢や魔理沙って凄いんだなと思ってしまう。

 

 さて、まだ危機が去った訳ではないし、そろそろ動かねば・・・。



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12.私なりの答え

 星熊勇儀とのやり取りからしばらくして、私は心を改めて落ち着け、地底から外へ通じる道へと歩いていく。

 摩多羅隠岐奈には悪いが、ここはどう考えても、私がいて良い場所ではない。

 早々に立ち去るべきであろう。

 街道を歩いていると背後から獲物を狙う妖怪達の視線を感じた。

 ここがまだ、幻想郷として成り立っていないのならば、既に妖怪達に食べられ、私は死んでていてもおかしくはないだろう。

 しかし、そうしないとなるとなにかしらの約束事がされていると考えて見ても良い筈だ。

 

 なにはともあれ、私は獲物を狙う妖怪達の視線を背中に地獄街道をあとにした。

 そして、橋の前に到着する。

 

 眼前には水橋パルスィが守る橋である。

 

「どうやって入ったのかしら、人間さん?

 何に守護されているのか知らないけれども、妖怪に食べられなかったなんて奇跡ね?」

 

 パルスィはそう告げるとジッと私を見詰めてくる。

 緑の瞳からは敵意や殺気は感じないが、妖怪独特の怪しげなものがあった。

 

「貴方、過去に妖怪と交わったのね?

 臭いで解るわ。その妖怪の所有物だからこそ、誰も貴方に手を着けなかったってところかしらね?」

 

 ああ。成る程。私が襲われなかったのは既に妖怪と関係があるからか・・・そうなると本当に奇跡だな。

 

「ここを通りたいのよね?」

「通して頂けないんですか?」

 

 パルスィの問いに私が問い返すとパルスィは微笑みながら首を横に振る。

 

「逆よ。貴方は地底にいてはいけない。

 どこの勢力かも分からない妖怪の所有物か知らないけれども争いの火種は少ないに限るわ」

「それって、どう言う意味でしょうか?」

「教える必要はないでしょう?・・・貴方には関係ない事だもの」

 

 それもそうである。だが、その言葉でなんとなく、摩多羅隠岐奈が私に求めていたモノが見えた気がする。

 最初は古明地姉妹の事で歴史的な改変を正す事かとも思ったが、恐らく、本来の目的は私が持つ妖怪への畏れであろう。

 妖怪と契りを交わし、妖怪の下で働いた私に対する警告こそが摩多羅隠岐奈がこの世界に私を飛ばした理由なのかも知れない。

 あくまでもこうではないかと推測するしかないが、可能性としてはなくもないだろう。

 なんにしても、ある程度の答えは出た。

 

 あとは地底から出ていくのみである。

 

「無事にこの世界から出たのなら、これからはもう少し妖怪に気を付ける事ね。

 全ての妖怪が友好的ではないわ。

 貴方と契りを交わした妖怪が何かは知らないけれども、その妖怪のように歓迎してくれるとは限らないわ」

「肝に銘じておきます」

 

 私はそれだけ言うとパルスィの横を過ぎ去り、地底から外の世界へと通ずる道を再び歩き出す。



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13.試練は続く

 やがて、地上の明かりが見え始める。

 その間も妖怪の気配が周囲に漂っていたが、此方を襲う事はして来なかった。

パルスィの言う通り、私はイレギュラーなのだろう。

 そして、そんなイレギュラーな存在だからこそ、地底を後にする事が出来たのだ。

 

「何処へ行く?」

 

 不意にその声に振り返ると摩多羅隠岐奈が里乃と舞を連れて私の前に姿を現せた。

 

「ここは私のいて良い場所ではない」

「だから、去ると?」

「貴女は私に妖怪の畏怖を叩き込む為にこの地に招いたのではないのですか?」

 

 そう尋ねると摩多羅隠岐奈は一瞬、何を言われたのか分からずにキョトンとした顔をすると面白い物でも見付けたかのように笑う。

 

「ククッ。成る程。それがお前の導き出した答えか・・・これはこれで面白い結果となったものだ」

 

 摩多羅隠岐奈は愉快げに笑うと此方を改めて見やる。

 

「人間である事に固執するお前がどのような選択をするのかを観察して見てみたかっただけだが、お前はまた新たな可能性を見せてくれた訳だ」

「どういう事ですか?・・・もしかして、私が地底を後にするのが予想外だったとかですか?」

「そのまさかだ。私の予想では悟り妖怪の力を借りて、地底に永住する様子を見せてくれるかと思っていたのだがな」

 

 つまり、私が地底を後にするのは摩多羅隠岐奈のシナリオにはなかった事なのか。

 そうなると期待に答えられなかった私はここまでと言う事か・・・いや、それにしては摩多羅隠岐奈の表情に翳りがないのが気になる。

 そんな私の心中を察するように摩多羅隠岐奈が言葉を続ける。

 

「これで終わりだと思ったか、陰猫と名乗る人間よ?」

「・・・」

 

 その言葉に私は警戒せざるにはいられなかった。

 今回の件で妖怪への畏怖の念を忘れてはならない事を思い出した。

 そして、摩多羅隠岐奈もまた、秘神と呼ばれる人外ならざる存在だ。

 改めて、人の身のまま、妖怪や神と対等だと思うのが、おこがましい事であると再確認される。

 私達は彼女達に生かされているのだ。それは幻想郷に限らず、外の世界の自然の事も含まれる。

 彼女達の慈悲により私達は生かされている。

 そして、その恩恵を与えられている。

 そんな彼女達の機嫌を損ねたのならば、死ぬだけでは済まないだろう。

 

「まあ、そう警戒するな、陰猫(改)よ」

 

 摩多羅隠岐奈はそう告げ、即席の玉座に座ると肘あてで頬杖をつき、私に笑う。

 

「確かにお前の抱いた畏怖の念は正しい。だが、間違ってはならない。

 お前は既に人外とある事を赦されていると云う事に・・・幻想郷は思いの強さで運命が変化する。

 それは私よりも様々な物語を紡ぎ、見てきたお前の方が詳しいだろう?」

 

 摩多羅隠岐奈は私にそう言うと「ふむ」と何か考え込み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「次のお前の行く先を思い付いた。そこで改めて、自身の在り方と思いに向き合うが良い」

 

 その言葉と同時に私はいつの間にか開いた扉の中へと吸い込まれていく。

 そんな私に向かって、摩多羅隠岐奈は最後にポツリと呟く。

 

 

 

「死ぬなよ」とーー。



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14.宵闇の押し問答

 吸い込まれた先は深い深い闇の中だった。

 星も見えず、月すら見えない。

 全てを飲み込まれたかのようにただ周囲が真っ黒に染まっていた。

 

「あなたは食べてもいい人間さん?」

 

 不意に幼い少女の無邪気な声が聞こえた。

 聞こえた内容は物騒だが、私は少し考える。

 

 これが摩多羅隠岐奈の新しいお題なのであろうか?

 

「もしもし?聞こえてないのかー?」

 

 考え込む私に少女の声が質問して来る。

 

「ああ。ゴメン。少し考え事をしていてね。

 君の目から見て、私は美味しそうな人間かな?」

「んん?・・・んー」

 

 私の言葉に未だに姿の見えない少女が考え込む。

 それから少しして質問を更に質問で返してきた。

 

「仮に美味しそうだって言った場合、お兄さんは食べられてしまっても良いのかー?」

「そうだね・・・私も食べられたくはないから抵抗はするかも知れない」

「なら、なんで逃げないの?」

「色々とあるけれども、緊張し過ぎて疲れちゃったからかな」

 

 私がそう返すと突然、一筋の光が見えた。

 それが月明かりだと認識するのに時間が掛かったが、それ以上に視認出来るようになった目の前に佇む黒いワンピースの金髪の美少女妖怪が誰なのかに気付いて笑ってしまった。

 

 おかしい事なんてものはなにもない。

 

 彼女は人喰い妖怪の代表ともとれる宵闇の妖怪なのだから。

 それでも何故だか笑ってしまった。

 

「どうして笑うのだ?私はお兄さんを食べるかも知れないのに?」

「そうだね?・・・なんでだろう?多分、安心したからかな?」

 

 私の言葉に宵闇の妖怪ことルーミアは「安心?」とおうむ返しに問う。

 

「さっきまで鬼とかの人喰い妖怪に囲まれていたからかな。

 緊張感がほどけてしまったのかも知れない」

「鬼?私は鬼よりもおっかないんだぞ?

 いまだって、お兄さんをどうやって食べるか考えていたんだからな?」

「けれど、実際、私は美味しくないと思うよ?」

「それは解っているのだ。お兄さんはなんか薬臭くて不味そうなのだー」

 

 ルーミアちゃんは「けれど」と言いつつ、ぐううぅ~っと唸るお腹を押さえる。

 どうやら、かなりの空腹状態らしい。

 

「ここ最近、何も食べてないのだー。このままだとお腹と背中がくっつくのだー」

 

 私はしばらく考えたあと、腕を差し出す。

 

「とりあえず、味見してみる?」

 

 私の言葉にルーミアちゃんはキョトンとした顔をすると少し考えてから私に近付いて、腕をペロッと舐める。

 

「・・・薬の味がしてやっぱり、不味いのだ」

「なら、もっと美味しいの食べた方が良いんじゃないかな?

 例えば、夜雀庵とかの鰻の蒲焼きとか?」

「うなぎ?お兄さんが奢ってくれるのか?」

「お金はないけれど働いて返す事くらいなら出来ると思うよ」

 

 私がそう言うとルーミアちゃんは不思議そうに私を見詰める。

 

「お兄さんは何処から来たのだー?」

「多分、外の世界からかな?」

「いままで色んな外の世界の人間を見てきたけれど、お兄さんはいままでにないタイプなのだ。

 幻想郷に染まっているようで染まってなくて、かといって、外の世界から来たようで外の世界の人間とは違う考えを持っている・・・本当に何者なのだ?」

「その答えに関しては私も解らないや。そうだな・・・私は食べて良いか解らない人間って、ところかな?」

「そーなのかー」

 

 そんな押し問答をしたあと、ルーミアちゃんの二次創作における台詞を聞いたのちに二人してミスティア・ローレライの屋台ーー夜雀庵へと向かう。

 様々な経験を通して私も免疫がついたのかも知れないが、危機感が麻痺したのはよろしくないなと感じつつ、ルーミアちゃんのあとに続く。



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15.異変と解決

「お兄さんはどうして味見させてくれたのだ?」

 

 移動中、ルーミアちゃんがそんな事を質問して来た。

 

「私が腕を食べるかもって考えなかったのかー?」

 

 そう尋ねられ、私は確かにそうだなと納得してしまう。

 緊迫した状態で疲弊していたとはいえ、彼女への警戒心が少々足りなかったような気がする。

 彼女の言う通り、あの時、噛み付かれていたらという発想が出て来なかったのを考えるにルーミアちゃんがそれを実行しなかったのは幸運な事であったのだろう。

 自分が危うい橋を渡りかけたんだなと今更ながら思う。

 

「・・・そうだね。少し考えが足りなかったかな。気を付けるよ」

 

 ルーミアちゃんなりの忠告として私はそう答えるとミスティア・ローレライの屋台・夜雀庵に辿り着く。

 

「いらっしゃい・・・って、どうしたの、ルーミア?」

「やっほー、みすちー♪今日はお客さんとして来たのだ♪」

 

 ミスティアはルーミアと親しげに話をした後、此方に気付いてジロジロと見てくる。

 

「お客さんって事はお金があるの?」

「このお兄さんが働いて返すのだー」

「ああ。成る程ね。食べない代わりにご飯を奢って貰うって事になったのね?」

 

 ここのミスティアはなかなかに鋭い洞察の持ち主らしい。

 

「ーーという訳で八ツ目鰻の蒲焼き一つ」

「はいはい。それでそっちの人間さんは?」

「いや、私はお金がないから遠慮しておくよ」

「これから働いて返して貰うんだし、少し位は何か口にしておきなさい」

 

 流石は屋台の女将さんなだけある。

 結構、ズイズイと来るな。

 

「それなら何か適当に宜しくお願いするよ。

 あ、お酒は飲めないから遠慮させて貰おうかな」

「お酒が飲めない人間なんて珍しい」

「ははっ。勇儀さんにも情けないって笑われたよ。

 そんなのでよく地底まで来れたなって言われたね?」

 

 そこまで言うとミスティアの顔色が悪くなる。

 いまの話が面白くなくて不機嫌になったとかではなく、何かを恐れている感じだ。

 

「に、人間さん・・・地底に行ったの!?」

「え?うん。そうだけれど?」

「わはー。地底に行くなんて、お兄さんも怖いもの知らずなのだー」

「いや、怖かったし、自分から行った訳じゃないからね?」

 

 ルーミアちゃんにそう返し、ミスティアちゃんが半ば呆れながら私を見つつ、おにぎりを握る。

 

「人間さんって何かに巻き込まれているの?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるかな?・・・自分でもどっちなのかがわからないね」

「ふうん。やっぱり、お兄さんは変な人間さんなのだー」

 

 ルーミアちゃんが呑気にそう言う中、ミスティアの方は深いため息を吐いてから私を見据える。

 

「悪い事は言わないから博麗神社に向かいなさいな、人間さん。多分、それは異変よ」

 

 そう言われると確かにそうかも知れない。

 私が介入する事で様々な事象に変化が起きている訳なのだから確かにこれは異変としても考えられる。

 

 強いて、その異変に名前を与えるとしたら、事象改変異変と呼ぶべきか、それともシンプルに陰猫異変とでも呼ぶべきか。

 どちらにしろ、ミスティアの意見は参考にすべきだろう。

 

 そんな事を考えながら、先に屋台の席に座って八ツ目鰻を食べるルーミアちゃんの隣に座る。

 その横から「私も失礼するよ」と聞き覚えのある声がして摩多羅隠岐奈が座った。

 

「お客さんですか?」

「ああ。すまない。私は客じゃないんだ。

 だが、そうだな・・・この二人の食事代は私が出そう」

 

 摩多羅隠岐奈はミスティアにそう告げると真剣な表情で私の顔を見る。

 

「答えは導き出せたかい、陰猫?」

「こたえ、ですか?」

「そこの妖怪の言った通り、今回の事はある種の異変だ。

 その中心に陰猫(改)を名乗る人間ーーつまり、お前がいる。

 異変として認識されたのならば、時間はあまりないだろう。

 まだ、お前という人間を観察していたいが、ここが潮時と考えるべきだな」

 

 摩多羅隠岐奈はそう言ってから私の前に置かれた八ツ目鰻の蒲焼きを頬張る。

 

「・・・ふむ。こういうのも悪くはないな」

「お口にあったのなら何よりです」

「それで答えは出たか、陰猫(改)を名乗る者よ?」

 

 その言葉に色々考えさせられた。

 様々な世界を渡らせられて疲れたし、唐突過ぎて文句の一つも言いたいのもあるが、様々な世界を見て、新たな可能性に気付いたのもある。

 そして、これもまた、私が自分で選んできた道の一つなのだとも・・・。

 

 色々考えた結果、私は摩多羅隠岐奈にこう返した。

 

「答えはありません。私が歩んできた選択そのものが答えです」

「・・・ほう。そう来たか」

 

 摩多羅隠岐奈は私の答えに満足するように笑う。

 

「導き出した世界もそれとは別の選択をした世界も全てをひっくるめて私の世界です」

「答えがないようで答えを見付けたか・・・それが陰猫(改)の行き着いた答えなのか?」

「答えはありません。私が歩んだ結果が答えです」

「ふふっ。紫が言う通り、本当に面白い人間だ。

 それだけにこの別れが実に惜しい」

 

 摩多羅隠岐奈はそう告げた瞬間、私の意識が急速に沈む。

 

「いつか、また観察させて貰う時が来るだろう。

 それまではお別れだ。今度はお前が歩んできた外の世界の選択した運命を見せて貰おう。

 忘れるな。例え、幻想になくともお前はお前であり、お前の人生は見守られている事に。

 そして、私を忘れるな。この秘神・摩多羅隠岐奈の名を」



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エピローグ.汝に神在れ

「少し予定と異なるのではなくて?」

 

 スキマから現れた紫の言葉に私は椅子に頬杖を突きながら笑いながら返す。

 

「私としても不本意だが、致し方ない。我々の言葉が何を言おうとこれを綴るのは陰猫(改)という人間であるのだからな。

 私は陰猫(改)という人間が自身が置かれた環境を観測する為に力を貸したに過ぎない以上、奴が観測を辞めてしまえば、そこまでに過ぎない」

「それもそうね」

 

 紫は私の言葉に頷くと「そrで?」と続けた。

 

「彼に協力し、試す事で貴女には何が見えたのかしら?」

 

 紫らしい意地の悪い質問だ。

 すべてを承知の上で聞いてくるのだからな。

 私はその質問に「そうだな」と切り出して答える。

 

「私はあの人間の見出だした可能性に興味を持った。

 人間は神にも悪魔にもなれる。

 人間の可能性次第で人間は万物すらねじ曲げられる。

 だと言うのにあの人間は自身が人間である事を超える事なく、誰にでも可能な範囲内で幻想郷での選択しかしなかった。

 どのような形であれ、願望というのは誰にでもある。

 支配者になりたい。神になりたい。征服者になりたい。

 そうであるならば、本来、自らの欲のままに進めばよいとは思わないか?」

「ええ。確かに幻想郷という世界に自らの願望を反映するのが、どのような人間であれどもあるもの」

「そうであろう。だが、陰猫が望んだのはあくまでも人間らしく生きる事だ。

 人間らしく生き、人間として幻想郷に自らを落とし込む。

 だからこそ、奴の行動と選択は幻想郷にはない人間そのものの在り方であるが故に面白い」

 

 私はそう告げるとちらりと”奴”を見据える。

 ”奴”が何を考え、何を求めるのかはわからない。

 ただ、その行動の行き着く先を見てみたいという気持ちはある。

 ”奴”がーー陰猫(改)が再び幻想郷に自らを投影し、その判断の先に何を見出だすのかには私も興味が尽きない。

 陰猫(改)だけではない。

 作品に命を吹き込む者、自らを鼓舞する者、追求する者ーーそう言った作品を産み出す人間そのものに私は興味が尽きない。

 それが新しい何かを産み出し、何をもたらすのか未知数だからこそ、人間とは面白いのだ。

 

 これを読む者を含め、全てが私達ーー神や妖怪が人間に興味を持つきっかけとなる。

 人間は人間らしく歩むのか、それとも別の道を歩むのか、我々は人間と決別しようとも人間のそばにいよう。

 そして、再び思い出すがいい。

 我々は常にお前達の近くにいるという事に。

 

「ーーさて、それで今度はお前の番だ」

 

 私はうっすらと笑いながら、”お前”に笑う。

 そう。これは私達を認識している”お前”に語っている事だ。

 

「お前は我々にどんな物語を見せてくれる?」

 

 

 ーー神が人間に興味を持ち、見守るのは人間を愛しているからである。

 だが、人間がそうであるようにそれが純粋な思いから来ているものからなのかは誰にもわからない事だ。

 

 

【陰猫(改)、摩多羅隠岐奈に試されます・完】



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