ラスボス転生 逆境から始まる乙女ゲームの最強兄妹になったので家族の為に運命を変えたい (ケツアゴ)
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一章
プロローグ


短編はこっち

https://ncode.syosetu.com/n4423gs/

朗読していただきました

https://twitcasting.tv/kudou_tomo/movie/661195463


 柔らかな日差しが降り注ぐ昼下がり、そよ風が運ぶ花の香りが春の訪れを告げる。

 花畑で寝転がってウトウトしていると頭を乗せている膝の持ち主が頬を撫でて来た。

 

「あっ、起こしてしまいましたか?」

 

「大丈夫少しボケッとしていただけだからさ」

 

 黒髪に黒い瞳を持ち、何処か儚げな雰囲気を纏う彼女は顔に掛かった髪を指先で弄りながら何かを言いたそうにしている。

 

「あ、あの……」

 

 勇気が足らずに告げたい想いを口に出来ない彼女の気持ちを僕は知っている。

 本当だったら僕から何か言うのが優しさ何だろうけれど、今は少し照れている彼女の顔を眺めていたかったんだ。

 

 まあ、あの二人が知れば責められるだろうけれど、今は二人っきりで野暮な目なんて無いんだから別に良いよね?

 

 でも……。

 

「あ、あの! 私……ロノスさんが好きです」

 

「僕も君が好きだよ、アリア」

 

 精一杯の勇気を絞り出した彼女の想いに応え、起き上がるなり彼女の肩を抱き寄せて唇を重ねる。

 最初は驚いた彼女も一切抵抗せず、そっと目を閉じた。

 

 僕は今、本当に幸せな時間を僕は過ごしている。

 

 でも……どうしてこうなったのか分からない。

 

 

 

 だって彼女は主人公で僕はラスボスなのに……。

 

 

 

 

 僕が前世を思い出したのは十歳の誕生日だった。

 今と同じ十歳の時、姉さんと妹と一緒にお母さんの誕生日プレゼントを買いに行く途中、居眠り運転のトラックが突っ込んで来たんだ。

 

「危ない!」

 

 姉さんが咄嗟に僕と妹を抱き締めて庇ってくれて、凄い衝撃が襲って来たのまでは覚えている。

 きっと僕は死んじゃったんだろうね。

 もう会えない家族や友達の事を思い出すと涙が溢れそうになったけれど、今の僕、ロノス・クヴァイルの部分がそんな場合じゃないって必死に訴える。

 

 前の僕の記憶と今の僕の記憶が合わさって、到底信じられない事実を教えてくれたんだ。

 

「僕、ゲームの世界に転生しちゃったっ!?」

 

 乙女ゲーム系RPG『魔女の楽園』

 

 生まれ付き様々な属性を持ち、その魔法を使えるこの世界で悪魔憑きや魔女の象徴と伝わる”闇”を持って生まれて来た主人公が殆どの攻略キャラの初期好感度がマイナスの状況から親睦を深め、やがて世界を救うストーリー。

 

 売り文句は”逆境から始まる恋物語”……だった筈。

 

 お姉ちゃんがリビングのテレビで夢中になって遊んでいたし、聞いてもないのに設定とかキャラへの愛を語ったから男の僕でも内容を知っていた。

 

 その内容とロノスとしての知識が同じだった時、真っ先に思い浮かんだのは妹の事だった。

 前の妹じゃなく、ロノスとしての大切な妹であるリアス。

 両親が死んでいて、唯一の肉親である祖父との仲は良好とは言えない今の僕にとって唯一の家族である可愛い妹。

 

 

 

 ゲーム上では優れた才能と見た目を持っているけれど、主人公の妨害をして、その結果色々と失った末に最後の味方である兄と共にラスボスとして立ちはだかって死んでしまう。

 

「……嫌だ。もう家族を失うのは」

 

 前の家族を永遠に失って、今の家族も失うだなんて耐えられない。

 

 僕にとってロノスは興味の薄いゲームのキャラクターでもないし、ロノスとしての記憶や心の部分も有るから他人でもない。

 

「……僕が守るんだ。だって僕はお兄ちゃんなんだから」

 

 この世界はゲームの中の世界なんだろうけれど、ロノスとしての人生は失敗したらロードを繰り返すなんて事は出来ない一度きりの物。

 

 幸い、ロノスの部分のお陰で前の僕じゃ思い付かない事も思い付くし、多分無理だった事も出来そうだ。

 

 なら、後は僕次第。

 

 この世界がゲームとは違う未来を持っているかも知れないけれど、もしゲーム通りに進もうとするんだったら前もって対策が取れる。

 

「バタ……バタフライエフェクト? だったよね?」

 

 一つでも出来事を変えればその後は変わって来ると思うし、ゲームの知識が役に立たないのは怖いけれど、逆を言えば最悪の未来だって事前に頑張れば変えられるんだ。

 

「よし! どうにかなるぞ!」

 

 先ずは妹ともっと仲良くなって、悪い事を止めるように言えば止めてくれる様にならないと。

 

 ……ゲームでは叱ろうとするけれど聞いてくれなくて、結局折れて一緒に行動するだけだったもんね。

 

 

 

 

「リアス、遊ぼ!」

 

「あら、お兄様。何して遊ぶ? 私はお人形遊びがしたいし、お人形遊びね」

 

 じゃあ早速とばかりにリアスの部屋に向かって扉を開いた。

 

 此処でリアスについて纏めてみようか。

 

 ・前世の妹は二歳年下だったけれど、リアスと僕は双子の兄妹である。

 

 ・数百年前にモンスターを従えて大陸支配を目論んだ”魔獣王”を撃退した”聖女”の血を引く王家が支配するリュボス聖王国の宰相の孫である。

 

 ・リアスの属性は百年に一度出現する”光”であり、聖女と同じだったからゲームでは聖女って呼ばれて我が儘な子に育った。

 

 ・兄妹仲は悪くなくて、ゲームでは片方が先にやられると怒りで大幅に強くなる位。

 

 ……此処までは殆どがゲームのキャラとしての情報。

 

 今の僕、ロノスにとっては大切な家族である……これが一番重要な情報だ。

 

「私は犬を使うからお兄様は猫よ。ワンワン! 猫さん、何の用?」

 

 僕がお人形遊びをしたいかどうかも聞かずに勝手に始めるリアスを見ていると、属性について分かった後で散々甘やかされたらゲームみたいになるなぁって思ったよ。

 

「ニャーニャー! 犬さんと歌いたくて来たんだよ」

 

 周りの大人が甘やかして、ゲームでの僕が強く注意しなくて、その最後があんな悲惨な最期だ。

 だから僕は我が儘はお兄ちゃんとして止めよう。

 

 ……でも、こうやって遊ぶ時くらいは別に良いよね?

 

 リアスと一緒に遊ぶ内、僕は自然と前世でお気に入りだったアニメの歌を口ずさんでいた。

 

「……お兄ちゃん? お兄ちゃんなの?」

 

 ……あれ? 

 知らない歌に驚いたのか固まったと思ったのに、今度は変な事を言って来たぞ。

 

「いや、僕がリアスのお兄ちゃん……お兄様なのは当たり前じゃ……」

 

 前の僕だったら”お兄様”だなんて呼ばれ方は嫌だったけれど、ロノスとしての部分が受け入れているし、今の妹から前と同じ呼ばれ方をするのは変な感じだ。

 

 

「私だよ、お兄ちゃん! 私もなの!」

 

「……え? もしかして……×××なの?」

 

 そんな事が有るはずがないと思いつつも前世の妹の名前を呼べば、リアスは泣きそうな顔で頷いて抱き付いて来た。

 

「良かった! 良かったよぉ!」

 

 僕に抱き付いて耳元でワンワン泣き出す妹を抱き締めていると、僕も知らない間に泣き出していた。

 二人して声を上げて泣いて、慌ててやって来たメイド達が泣き止まさせようとするけれど泣き止まない。

 

 

 だって、二度と会えないと思った妹は生まれ変わっても僕の妹でいてくれたんだから……

 




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これから

ちゃんと他二つも展開考えてるよ!


感想一つにブクマ現在6 ……厳しい


「……こほん。私とした事が取り乱してしまうなんて恥ずかしい。これもお兄様の記憶が戻るのが遅かったせいよ!」

 

 何とか泣き止んだ僕達は躊躇うメイド達を下がらせたんだけれど、リアスが最初に口にしたのが僕への文句だっていうのが何ともらしいって言うか……。

 

 あくまで前世は前世で、価値観や記憶が混じっていても僕はロノスで妹はリアスだ。

 多分、そうじゃないと駄目だって思うし、悪ささえしなければリアスがリアスらしいままでいるのは何も問題無いんだ。

 ゲームの知識は来る可能性の高い未来程度に考えないと、多分何処か現実感が無い人生を送っちゃうんじゃないかなぁ。

 

 ……前世の僕ならこんな考えは出来なかったよね。

 

「ゴメンね、リアス。でも、お兄様はこれからもお兄ちゃんでもあるから」

 

 泣いてる途中にリアスが教えてくれたんだけれど、前の自分の記憶が戻ったのは死んだ年齢の八歳らしい。

 急に前世なんて思い出したせいで家族を失う体験をして、それでもプライドが高いから耐えて何でもない風に装っていたんだ。

 

「リアス、僕は何があっても味方だから。甘えたい時は甘えて良いし、弱音を吐きたかったら吐いて良いんだよ」

 

「あら、当然じゃない。お兄様が私の味方じゃないと困るわよ」

 

「今まで気が付いてあげられなかったからね。ちょっと兄として情けないや」

 

「何を弱音を吐いてるのよ。私のお兄様なんだからしゃんとしてよ」

 

 確かにゲームでは悪役だったけれど、僕はリアスが賢くて誇り高くて心を許した優しい子だって知っている。

 ……今みたいに嬉しいのに偉そうにして何でもないみたいに振る舞う辺り、ちょっと素直じゃないけどね

 

 それが甘やかされて、悪い事を悪いと思わない我が儘な子になってしまうのは……いや、されてしまうのは絶対に避けたい。

 

「まあ、本当に良かったよ。リアスに前世の記憶や価値観が有るならゲームみたいにならないだろうしさ」

 

「当たり前よ。まあ、甘やかされたらあんな風になるんじゃないかって自分でも思うけれど、客観的に見たら馬鹿じゃないのと思うわ。……多分疑問を抱かない様に誘導されたのでしょうね」

 

 リアスがあんな風に育ったのは甘やかされた結果だけれど、そっちの方が都合が良いからだ。

 

 そんな相手の顔を、来ただろう未来の自分に呆れる僕達は思い浮かべる。

 

「……お祖父様どうする?」

 

「今の私達じゃどうにも出来ないけれど、その内何とかしないと駄目ね」

 

 ”ゼース・クヴァイル”、今の僕達の祖父であり、僕達の従兄弟である陛下を傀儡にして国を支配する宰相。

 一応クヴァイル家の当主で屋敷に部屋だって有るけれど、僕達が生まれる前から城で活動しているし、話をした回数だって記憶の限り数えても両手の指で十分だ。

 

 ……先代の国王夫妻は暗殺されて、お祖父様の活躍で暗殺者を送った犯人を捕まえたけれど、僕達は真犯人がお祖父様だってゲームの知識で知っている。

 

「取り敢えず二つの大きな悩みの片方だね」

 

「もう片方はどうにかなるのか、それともならないのか分からないけれど……お祖父様は何とかなりそうよね。もう結構な年齢だし、ゲーム通りならロノスの力で……あっ」

 

 慌てて口を塞ぐリアスの顔が青ざめているのは僕の事を思ってだ。

 だって、ゲームではお祖父様の命を僕が握っているにも関わらず身内の情もあって逆らえずに従っていたけれど、最終的にはリアスを殺そうとしたから手に掛ける事になった。

 

「……うん。大丈夫だから気にしないで。ゲームと違って命令通りに動かないから」

 

 ゲームではお祖父様が実の娘さえも孫を傀儡にする為に殺した事も、リアスを騙して大勢を手に掛けた事も知らなかった。

 でも、今の僕は違う。

 

「ゲームとは違うかも知れないし、同じでもやっていない悪事を罰するのは駄目だよ。あの人は確かに悪人だろうけれど、急に居なくなったら国が混乱するしさ」

 

「……良かったわ。変な事を言って悪かったわね」

 

 僕の言葉にリアスは胸をなで下ろすけれど、伝えていない事が有る。

 前世の僕なら躊躇った事も、ロノスだったら躊躇わない。

 僕にとってお祖父様は身内であって身内じゃないから、もしもの時は……。

 

「私達、頑張って良い貴族になりましょうね」

 

「そうだね。お祖父様が居なくても国が大丈夫な位に優秀な貴族にならないとね」

 

 僕達にはやる事が、やらなくちゃいけない事が多いけれど、僕達兄妹なら絶対に乗り越えられる。

 死んで異世界に転生しても離れない兄妹の絆だったら……。

 

 

「お姉ちゃんも来ているのかな?」

 

「きっと来ているわ。だから探すし、向こうも探しやすい様になりましょう。悪役だった私達の名声を響かせて、お姉ちゃんに見付けて貰うの。今は血が繋がっていなくても……あの人は私達のお姉ちゃんだから」

 

 どうして僕達がこの世界に転生したのかは分からないけれど、こうして兄妹が再会出来たんだから、きっとお姉ちゃんとも会える。

 

 根拠は無いけれど、僕達はそれを信じて疑いもしなかった。

 

 

 

「ただいまー! お姉ちゃん、オヤツー!」

 

 少し前の夢を見ている。

 スイミングスクールから帰った僕が水着を洗濯機に入れてからリビングに向かえば指定席にしている膝に上に妹を乗せたお姉ちゃんが”魔女の楽園”をやっていた。

 

「……数の暴力には勝てないわね。まさかソロでのクリアが此処まで……あっ、もう三時? もう負けそうだしレベル上げするから先にホットケーキでも作ろうか」

 

 両親が仕事で家を空ける日が多かったから、僕達の面倒は主にお姉ちゃんが見てくれていた。

 この日だってゲームを直ぐに切り上げて僕達の世話をしてくれて、僕達はそんなお姉ちゃんが大好きだったんだ。

 

「お手伝いしてくれる人は居るかなー?」

 

「はーい!」

 

「僕も!」

 

「二人共良い子ね。じゃあ、早速作ろうか!」

 

 何かをする時は三人一緒が僕達のルールで、そんな日が何時までも続くと思っていたんだ。

 

 ああ、本当に懐かしい……。

 

 

「ちょっとお兄様。そろそろ王都に到着するわ」

 

 肩を揺り動かされて目覚めれば隣に座るリアスが少しだけ不機嫌そうだったのは、多分会話の途中で寝てしまったからだろう。

 僕達は今、馬車に揺られて旅の目的地に到着する所だった。

 馬車の中は広々としていて、テーブルを挟んでフカフカのソファーが有るのにリアスはわざわざ隣に座っている。

 この子、もう十六なのに僕限定で甘えん坊だからね。

 

 ……そう、僕が前世の記憶を取り戻してから六年が経って、原作の開始が近付いていた。

 

「あっ! お洒落なカフェあるわ。お兄様、後で行きましょう!」

 

「先ずは荷物を置いてからね。屋敷の使用人との顔合わせだってあるし」

 

「そんなの後で良いじゃない。お兄様ったら真面目ね。……はいはい。分かったわよ」

 

 リアスは成長に伴って少し我が儘になったけれど、僕に向ける事が殆どだから多分大丈夫。

 金髪をショートボブにして宝石みたいな碧眼を持つ少し気の強そうな美少女になってくれて兄として嬉しいな。

 まあ、幾ら美少女だろうと胸は小さかろうと、僕は実の兄だから別に関係無いけどさ。

 

「……今、余計な事を考えなかったかしら?」

 

「気のせいだよ。ああ、それとフリートの屋敷が近くだから会いに行く? ……えっと、覚えてるよね?」

 

 この六年間の間に知り合った原作の主要登場人物の名前を出すけれどリアスは首を傾げるし、もしかして忘れちゃったのかな?

 

 

 

 

「……確か”俺様フラフープ”だったかしら?」

 

「ネットでのあだ名は忘れようね。この世界、ネットどころかフラフープも無いんだしさ」




現在の懸念事項

実の祖父(政務ガチチート)


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セクハラメイドと心配事

 僕達のお祖父様であるゼース・クヴァイルについてだけれど、この六年で色々と分かった事がある。

 最悪のケースでは手に掛ける覚悟さえしていたのに、あの人、国に凄く必要だった……。

 

 一万人救うのに十人の身内の犠牲が必要なら即座に殺してみせるような、仁徳とは無縁な人だけれど、それ故に貴族としてはこの上ない働きをしていると、身内の贔屓目を入れても思えてしまう。

 リュボス聖王国の税率が周辺諸国より低いのに街道の整備が整っていたり、貧民の救済等の福祉も整っているのもお祖父様が本格的に国の運営に乗り出してから進んだ事で、こうして他の国に来て、ゲームでは描かれる筈もない場所を馬車の窓から眺めただけでも分かった。

 

「……未だ前世のせいでゲームの世界だって思っていたんだな」

 

 もう十六になって前世よりもずっと長く生きたのに、何をやっているんだろう。

 まあ、その国の繁栄の為には身内さえも容赦無く消し去るって所は確かだから一切安心は出来ないけれど、あの人の事をちゃんと知りもせず、知ろうともしなかったのは反省すべきだ。

 

「若様。姫様。ようこそいらっしゃいました」

 

 原作の舞台となるのは僕達の祖国を加えた四カ国の一つで同盟国でもあるニブル王国の”アザエル学園”。

 此処にはアースの王侯貴族を中心に各国の留学生が集まったりする。

 

 今は前準備としてこうして用意された屋敷に来たんだけれど、馬車が到着するなり綺麗に整列し、一切の狂い無く同じ角度でお辞儀をする使用人達に出迎えられた。

 

「流石はお祖父様。ちゃんとした人材が揃っている」

 

「あっ! レナが居るわ。どうせ街に出るならお供を付けるんだし、レナに案内して貰いましょう」

 

 下級貴族の着る物よりも少し上質な服を身に纏う使用人の中に見知った顔を発見したリアスは嬉しそうにするが、流石に駆け寄ったりはしない。

 前世は日本人でも今は貴族だし、どんな態度で居るべきかも学んで居るからね。

 本当は駆け寄って手を取りたいと思っているのは青い髪を夜会巻きにした背が高く知的で冷静な印象を他人に与えるメイド。

 

 ゲームではリアスの命令で様々な工作を仕掛けた人物であり、母親を早くに亡くした僕達兄妹の三歳上の乳母姉弟で幼い頃の遊び相手を任されていたんだ。

 性格は真面目で頭も良いけれど……うん。

 

「先ずは荷物を預けてからだよ、リアス。レナだって仕事の予定があるんだしさ」

 

「私達の命令より優先すべき仕事って有るかしら?」

 

 どうやら今直ぐにでも出掛けたいって感じのリアスだけれど、ちゃんと使用人達を束ねる上級使用人の執事達との顔合わせが必要なのは分かっているし、不満は今は顔に出さない。

 

 多分僕やレナだけの時は出すんだろうなぁ……。

 

 リアスはゲームでの彼女と違い前世が混じっているので理不尽な態度を取ったりはしない良い子だ。

 でも、その分甘えん坊で我が儘な部分は心の底から信頼するごく一部に向けられるんだ。

 

「まあ、良いか」

 

 可愛い妹の我が儘だし、他人に沢山迷惑が掛からない範囲で幾らでも聞いてあげれば良いだけの話だからね。

 

 そんな風に思って屋敷の中に入ればレナが後から付いて歩く。

 どうやら乳母姉という事もあってゲーム同様に専属のメイドとして動くらしいのは嬉しいけれど、ちょっとだけ困り事が。

 

「……若様、今の私は穿いていません」

 

 リアスには聞こえない程度の声での囁きはセクハラ発言で、配置換えでこの屋敷に配属されたのが四年前。

 それから偶に手紙の遣り取りをしているけれど、その内容が今みたいな時も有るのには困ってしまう。

 

 いや、貴族の中にはメイドに手を出すのも居るのは知っているけれど僕は違うし、そういった接待は別の部署の人間の役目の筈だ。

 別段恋仲だったとかでもないし、彼女が僕を異性として好きだとかは多分違うから悪戯だろう。

 長袖ロングスカートと清楚さを感じさせるメイド服の下を一瞬だけ想像しそうになったけれど、何とか煩悩は追い払った。

 

「冗談ですよ」

 

「分かってるよ。この手の冗談は控えて欲しいんだけれど」

 

「ふふっ。若様もお年頃ですね。減給だけはご容赦を。夜伽でも何でもしますから……嘘ですが」

 

「……話聞いてた?」

 

 ……昔から悪戯が好きだったけれど、こういったのは困るよ。

 でも、こうやってふざけ合える間柄が居るのは本当に心が助かるんだ。

 貴族社会って狐の化かし合いな所が有るし、同じ派閥でも……。

 

 

 

「それでは街に向かいますが……くれぐれも横道に入り込まないようにお願いします。入り組んでいますし、警備隊の巡回路からも外れている場所さえ有りますので」

 

「分かっているわよ。この歳で迷子だなんて恥ずかしいもの」

 

「大丈夫。リアスがフラフラと居なくならない様に僕が見張っているからさ」

 

「お兄様、怒るわよ?」

 

 横目で睨んで来たリアスの頭に手を乗せて軽く撫でれば直ぐに機嫌が直るのは前世の名残か今も同じ。

 もう十六だし、そろそろ控えた方が良いと思いはするけれど可愛いからなぁ。

 

「ごめんごめん。……それにしてもフリートが留守だったのは残念だね」

 

 荷物を置き、最初に向かったのはリアスが行きたがったお洒落なオープンカフェ……よりも前に知り合いの屋敷に向かった。

 アース王国大公家長男であり、ゲームでは攻略キャラだった”フリート・レイム”。

 火の魔法を得意とする俺様系キャラで、ゲームでは好感度が上がれば興味を持って主人公に”自分の物になれ”だなんて言って来ていた。

 

 尚、戦闘中のグラフィックでは腰の辺りに炎の輪っかを展開しているから、ネット上で作品のファンからは”俺様フラフープ”って呼ばれている攻略難易度が低い相手らしい。

 

 僕としての評価は自尊心が強いけれど根は善人で曲がった事が嫌いだけれど単純で騙されやすい。

 個人として付き合うのは悪くないけれど、貴族として親交を深めるのは家の地位以外は遠慮したい感じだ。

 

 え? 人を家の地位で判断するのかって?

 

 そんなの大勢の領民を背負った貴族なら当然だよ?

 

「私、彼奴嫌いなのよね。偉そうだし」

 

「リアスも大概だけれど自覚在るかい?」

 

 この国に嫁いだ叔母上様の結婚式で出会った時からリアスはフリートが苦手だった。

 広げた扇で隠した口元では”うげぇ”って感じで舌を出している。

 僕からすれば同族嫌悪だけれど、可愛い妹と不良男を一緒にしたくないから口には出さないでおこうか。

 

「……私はあんなんじゃないもん」

 

 あっ、拗ねちゃった。

 頬を膨らませてプイッと顔を背けるリアスも可愛いけれど、前世の口調が出ちゃってるよ。

 

「姫様、はしたないですよ。その様な態度を外でとるのはお止し下さいませ。何処に誰の目があるのか分かりません」

 

「……はーい」

 

 何だかんだ言ってもリアスはレナを姉みたいに慕っているし、下手すれば僕よりも言う事を聞くかもね。

 彼女自体は僕に変な悪戯はしてもメイドとしての身分を越えすぎる言動はしないから安心だけどさ。

 

 ……お兄様としてもお兄ちゃんとしても少し悔しい。

 

「もう入学時期か……上手く行くかな?」

 

「おや、何か心配の様子。例えば女子生徒と上手く付き合えるかとかですか?」

 

「……それも有るけどさ」

 

 既に僕達兄妹は原作とは違うし、お祖父様とは違う方の懸念事項は兎も角として其処まで心配じゃない。

 でも、ゲームで起きた事件はそれなりに被害が出るし、主人公が持つ闇の力が必要な時さえあった。

 ……主人公すら知らない秘密も有るし、仲良くなって損は無いけれど、僕達が原作とは違う時点で原作では上手く行った事が変わって来そうなのが心配だよ……。

 

「あら? あの子、少し危なくないかしら?」

 

 リアスの言葉に反応してみれば女の子が階段を大荷物を背負って危なっかしい足取りで降りている所だった。

 

「きゃあっ!?」

 

 前が見にくいだろうに古ぼけたローブのフードを目深に被り、手摺りに掴まりながら進むんだけれど少し裾が長いのか踏んづけてしまい転んだ拍子に階段から落ちてしまった。

 少女は悲鳴を上げて落下して行き、下は固い地面で石がゴロゴロ転がっているから高さはそれ程無くても大怪我は免れない。

 

「スロー!」

 

 僕が叫べば彼女の体を光が包んで落下速度が急に減速し、彼女は亀の歩みに迫る速度で落下して行く。

 さて、これで大丈夫……あれ?

 

「彼女、気絶していますね」

 

「あーもー!」

 

 落下速度は落ちたから大怪我はしないけれどちゃんと着地しなかったら少しは怪我をする可能性だってある。

 仕方が無いから落ちて来た彼女を受け止めた時、被っていたフードが外れて隠されていた顔が露わになった時、僕の視線は釘付けになった。

 

「あ、あれ?」

 

 目が覚めたのか状況を見極めようとキョロキョロする瞳と艶の有る髪の色は黒。

 物静かで儚げな印象を与える少女をお姫様抱っこしている状況の中、僕は知らず知らずの内に呟いていた。

 

 

 

「綺麗な髪だな」

 

「へや!?」

 

 心の底からそう思ったんだ……。

 

 



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抱いた期待

 ……私の人生は蔑みと恐れの視線を浴び続ける物だった。

 

 綺麗な赤い髪をしていた母とは違う、忌むべき物とされる黒髪を持った私を祖父母でさえ嫌い、数少ない味方は母を除けば毛の色で人間を区別しない森の動物達。

 

「私もいっその事、動物に生まれたら良かったのに……」

 

 小さな領地を持つ田舎の子爵家の跡継ぎ娘として生まれた私だけれど、父親の顔も名前も知らない。

 唯一知っている筈の母は口を噤み、病気で死ぬ間際に赤い宝石が埋め込まれたペンダントを父が私の十歳の誕生日に贈ってくれた物で、何時か渡して欲しいと頼まれたと言って与えてくれたけれど、血の繋がっているだけの他人に興味は無かった。

 

「父親なら、どうして私の傍に居てくれないの? 私の味方をしてくれる人はお母様だけなのに」

 

 黒い髪に黒い瞳は禁忌とされる闇の力を持つ証だって言われ、恐れられているけれど、別に教会がそう定めている訳でもない、要するに只の言い伝えに過ぎない。

 

 なのに皆が私を怖がり、魔女だの悪魔憑きだって後ろ指を指し、父親は召喚された悪魔なんだと母さえも侮辱する。

 

 なら、ずっと閉じ込めて居てくれたら良かったのに、いっそ赤ん坊の時に殺してくれたら良かったのに、私は生かされて、蔑まれ恐れられる日々を送らなければならないなんて地獄なのに。

 

 それとも魔女や悪魔憑きは地獄に堕ちろって事なのかしら?

 

 生まれ変わりが本当に有るなら、私の前世は余程神様に嫌われる事をしたのね……。

 

「貴女の人生は辛いものだけれど、きっと受け入れてくれる運命の相手と出会うから。だから強く生きて。私の愛するアリア……」

 

 母が最期にしたお願いさえなければ命を絶っていたかも知れないわ。

 

 忌み嫌う存在でも、跡継ぎは跡継ぎだし、法で闇の属性は罪だと決まってもいないからか、血縁上の祖父母は私をアザエル学園に入学させる事にした。

 

 要するに寮に入れて屋敷から追い出し、継ぐ領地も無い名誉職だけの貴族や跡取りの予備の予備の三男坊でも婿にさせる気なのだろう。

 闇以外の属性を持って生まれた子供さえ生まれれば用無しだと処分されるのかも知れないけれど、もう生きる事に大して興味なんか無い。

 

 母の願いだから死ぬまでは生きる気だけれど、私の黒髪を受け入れてくれる人なんて存在する筈がないのだから……。

 

 

 

 

「えっと、学園まで行くにはどうしたら良いんでしたっけ?」

 

 その顔を隠せと与えられたのは古びたフード付きのローブで、どうも隣国の街が急に発展した影響が出て領地に入る筈だったお金が入らなくなった影響らしいが、元々私に与えるお金なんて大した事がなかったのだから変わらないだろう。

 

 削れる所は削れば良いし、下手に増税をしてまでお金を使われた結果、領民達の不満が無関係な事まで私に向かうのはごめん被るもの。

 

 母の言葉があるので、精々使い易い道具として直ぐに処分されるのを防ぐ為に猫を被ったままで居るのも随分と慣れた気がする。

 

「まるで普通の女の子みたいです。……なんちゃって」

 

 この王都レイアに到着するなり馬車から降ろされ、今はこうして大荷物を背負って学園の寮に向く道中、私の人生はあっさりと終わりそうになった。

 

 階段の手すりから落ちて、このまま死ぬのかと思うと自然と意識が遠のく。

 

 ああ、呆気ないし、約束も破る事になるけれど……。

 

 

 

「あ、あれ?」

 

 意識を取り戻した時、私は見知らぬ男にお姫様抱っこをされていて、体は何処も痛くはない。

 相手の顔を見れば銀の髪を整えた碧眼の中性的な顔立ちで、絵本に出て来る王子様みたいな彼が私を助けたのに気が付き、直ぐにフードが外れているのにも気が付いた。

 

 何を分も弁えずにときめいて期待している?

 自分が普通の女の子みたいに恋をして、好きになって貰えるとでも未だに思い込んでいたのか?

 

 自分が忌み子だと忘れるな。

 ほら、彼も私の目と髪の色に気が付いたし、これで余計な期待なんて……。

 

「綺麗な髪だな」

 

「へや!?」

 

 思わず変な声が出てしまう。

 

「今、私の髪が綺麗だと言いました?」

 

「ええ、とても素敵な髪だったからね。つい口に出したけど、不愉快なら謝罪しよう。その前に嫁入り前の女の子をずっと抱っこしているのも問題か」

 

 聞き間違いに決まっているのに聞き返した私は肯定の言葉を耳にして、彼の瞳に今まで何度も目にした蔑みや恐れの感情が込められていない事に気が付いた。

 

 止めて、期待させないで……。

 

「あ、あの! 用事があるので……ありがとうございました!」

 

 胸が高鳴り、体温が上がるのを私は感じて思わずその場から走り去っていた。

 

 相手が何処の誰なのか尋ねず、自分が何処の誰なのか名乗りもせずに。

 でも、これで良いし、これが一番だ。

 ほんの僅かな間でも夢を見せて貰って、女の子として扱って貰えて本当に幸せだったから、私みたいな存在と深く関わったら駄目な彼に、せめてもとお礼だけ伝えて………。

 

 

 

 

 

「……あれぇ? リアス、今の子って……」

 

「黒髪……つまりは闇の属性持ちって事でしょう」

 

 去って行った女の子を見送り、流石に不躾だったかなって思っていたら、まさかの凄く呆れた表情を向けられて、その理由を考える。

 

 えっと、ゲームでの設定では周辺四カ国に黒髪で黒い瞳の女の子の確認は一人しかされていないってなっていた筈だし、もしかして……。

 

「確かルメス子爵家の令嬢が闇属性持ちだった筈ですね。名前はアリア……だったかと。それにしては随分と粗末な服装……いえ、そう言う事ですか」

 

「え? レナ、何か心当たりが有るの?」

 

 僕達の知識ではアリア……原作主人公は家族との折り合いが悪いけれど、あんな古ぼけたローブを着る程の貧乏ではなかった筈だし、レナも最初は疑問視している様子だけれど、僕達二人を見たら合点が行った様子だ。

 

 僕達が何をしたんだろう?

 

「確か四年程前、新しい街作りを任されましたよね」

 

「有ったわね。私達の案を元にお祖父様の部下が殆ど進めて成功した奴」

 

 そうそう。補佐官だって名乗る二人に案を求められたし、僕は海外ドラマで知ったラスベガスみたいに劇場とかカジノとかの娯楽施設が豊富な街の案を出して、リアスは少女マンガで知ったパリみたいに芸術の都が欲しいって言ったんだよね。

 

 その程度の現代知識なんて本当は役に立たない筈だけれど、ロノスやリアスの知能なら多少はマシな修正が出来るし、お祖父様は人材育成に力を入れているから予想外に成功して形だけの功績を貰ったんだ。

 

「悔しいし、思い出したくないわよ、あんな事。それで、それがどうかしたの?」

 

 案の定プライドが高いリアスは気に入らなかったし、思い出させるなって態度だ。

 

 

「いや、それですよ。何処かに富が集まれば影響で富む所と貧しくなる所が生まれるというだけです。これでスッキリしました。では早くお茶にしましょうか」

 

 精々喉に刺さった小骨が取れた程度な感じのレナだけれど、僕とリアスは違う。

 

「……えっと、失敗した?」

 

「不味いわね……」

 

 計画ではアリアに頑張って貰いつつ僕達は安全な場所から支援する予定だった。

 でも、どうやら思わぬ理由で難易度ハードにしちゃったらしい……。

 

 

 ……どうしよう?




ヒロインじゃなければ多分私の作品では死ぬタイプ

ヤンデレ……にはならない?


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俺様フラフープ(ツッコミ担当)

 僕達が通う事となるアザエル学園は当然ながら王侯貴族が生徒であり、働いている人達もそれなりの家の出だったり、長い間貴族に仕えていたりとなっている。

 基本理念としては貴族としての地位は関係無しに平等であり、アース王国内に存在するものの各国が運営に携わった中立地帯である。

 

「……建て前よね」

 

「しっ! 先生方の挨拶が始まるよ」

 

 そしてあくまでそれは表向きの話であり、学園内ではそれで通っても、子供から話を聞いた実家間や学園を卒業した後の事を考えれば平等だなんて有り得ない。

 だからこそゲームではリアスが悪役令嬢として好き勝手に振る舞えた訳だしね。

 

「この学園に入ったからには……」

 

 今、その好き勝手に振る舞った理由の一人である学園理事長、そしてアース王国王妃でもある”ナイア・アース”……旧姓ナイア・クヴァイル(・・・・・)の挨拶が進められていた。

 そう、今の王妃は政略結婚で嫁いで来た後妻なのだけれど、僕達の叔母。

 本当は厳しくて身内贔屓をする人じゃない、まさにお祖父様の娘って感じなのだけれど、周りからすればそうはいかないよね。

 でも普通はそんな事を考えないし、そうだと知っていても何かあれば身内の情が湧くと思うのが人間だ。

 

「では、続いては一学年の主任であるマナフ先生からの挨拶です」

 

「新入生の皆様、初めまして。僕が学年主任のマナフ・アカーです」

 

 紹介されて台に上がったのはどう見ても子供な先生。

 金色の髪に白い肌、モノクルを着けてはいるけれど子供らしさが残る顔付きでは知的な感じはそれ程しない。

 そんな見た目だけれど、年齢は僕達よりも年上で、確かゲームでは攻略キャラの中では唯一最初の好感度がマイナスじゃなく、癒し枠だの合法ショタだのとお姉ちゃんは呼んでいた。

 

「……エルフだ」

 

「エルフって初めて見たな」

 

 そう、あの先生はファンタジーではお馴染みの種族で、本来は深い森の奥で暮らす魔法に優れた狩猟を生活の糧にする長命な種族。

 周囲の人達も子供にしか見えない容姿や尖った長い耳にどよめき立っている。

 

「あんなんで大丈夫なのか……?」

 

 まあ、実際見た目だけじゃ頼りないよね。

 僕はゲームの知識で彼が強いって知っているけれど、武勇伝広まっている訳でもない。

 

「馬鹿共が。学年主任になってる時点で只者じゃないのが分からないのか」

 

「フリート、そういうのは聞こえない様に言うものだよ?」

 

「知るか。俺様が馬鹿な雑魚の為にどうして気を使わなくちゃならねぇんだ」

 

 マナフ先生への不安を周囲が呟く中、僕の後ろの席に座っていた俺様フラフープ……じゃなく、大公家の長男で僕の友人でもあるフリートが聞こえる大きさの声で悪態を付いた。

 

 此処に居るのは当然だけれど貴族ばかりで、急に馬鹿呼ばわりされればプライドを刺激されて相手を睨みもする。

 結果、燃え盛る炎を思わせる赤い髪をオールバックにした三白眼の大男に睨み返され、相手が誰かも察して縮こまってしまったけれど。

 

 それにしても……。

 

 彼とは叔母上様の結婚式で意気投合し、偶に手紙を交わす仲だけれど、偶に会う度に派手になって行くのには驚かされる。

 

 金色のアクセサリーで全身をジャラジャラと飾り付け、胸元のボタンを外して逞しい胸板を晒しているのだから、その長身もあって余計に目立つ。

 

あと、単純にガラが悪い。

 

「其処! 入学式の最中は静粛に!」

 

「んげっ! ……さーせん」

 

 だから少し声を出していれば当然目立つし、注意だって受けるんだ。

 離れた場所に居るのに直接浴びて居ない僕でさえ竦み上がりそうな叔母上様の怒気はフリートにも効果が抜群だ。

 あっ、リアスったら笑いを堪えているよ。

 仲、悪いからな。

 

 まあ、お陰で向こうも静かになったし、フリートには感謝だ……。

 

 ヒソヒソ話の話題は先生だけでなく、僕から少し離れた場所に座る彼女……ゲームの主役であるアリアさんもだった。

 

 内容は世間一般的に闇属性へ向けられる侮蔑的な言葉で、前世の記憶が有る僕も面白い物じゃない。

 それに少しでも関わった相手だし、虐めその物が不愉快だ。

 

「……黒髪ねぇ。まあ、俺様に関わらないんだったらどーでも良いさ。胸はそれなりだが顔は地味だしな」

 

 残念な事に友人であるフリートもアリアさんへの蔑視を持っているんだ。

 これでも昔よりはマシだったんだけどね。

 

「……黒い毛といえばリルは元気?」

 

「ん? まあな。ちょいと前に病気になっちまったが医者に診せたし回復に向かっているってよ」

 

 昔、お祖父様の付き添いでこの国に来た時(その際も相変わらず話はしなかったけれど)、フリートに誘われて屋敷を抜け出した時に黒い毛の犬を拾ったんだ。

 

 あくまで嫌われているのは黒髪だけれど好かれてもいないその犬をフリートは気に入り、強引に飼い始めてリルって名前を付けた。

 

 黒い犬を飼っているからって黒髪のアリアさんへの嫌悪が減るのも変な話だけれど、悪い事に繋がらないなら別に良いのかな?

 

「彼女、苦労しそうだな……」

 

 他の生徒は相変わらずだし、僕やリアスの影響で少し貧乏になった彼女が心配だ。

 僕達がやったのは領地を富ませただけで悪い事でもなく、他にも影響を受けた人は居るだろうけれど、実際に知り合った相手と知らない相手は全くの別物だから……。

 

 

 ……あっ、叔母上様に睨まれた。暫く黙っておこう。

 

 

 

 

 

「ああ、うぜぇ。テメェらに吸わせる甘い汁なんざありゃしないんだよ」

 

 この学園には大勢の貴族の子息子女が揃うけれど、当然ながら実家の地位には差が有るんだ。

 だから貴族としての地位が低い家の出の人達は、地位の高い家の出身の人相手に学友の内に取り入って将来の利益としようとする。

 

 彼方此方で既に親が同じ派閥に入っているグループや祖国が同じ人達が集まる中、宰相の孫であり陛下の従兄弟である僕や大公家の跡取りのフリートの所には、同盟国だからかリュボス聖王国やアース王国の出身者が集まって来ていた。

 

 皆、現在何処の派閥にも入っていないか、落ち目の派閥から脱出を目指す家の人達で、僕達を担ぎ上げたがっていたのをフリートが乱暴に追い払う。

 元々荒くれ者みたいな見た目の上に大公家の跡取りの不興を買うのは勘弁して欲しいのか慌てて去って行く。

 

「君も酷いよね。あんなに邪険に扱わなくても良いのに」

 

「はっ! 俺様に追い払うのを任せておいてよく言うぜ」

 

 ……バレたか。

 

 僕、こういう人達を追い払うのは苦手なんだ。

 やんわりと追い払うのは効果が薄いし、変に取り巻きが居ても動き辛いんだよ。

 相手の家の地位ばかりを気にしては友達が出来ないけれど、向こうだって僕の家の地位を実家の為に利用したくて近付いて来たんだしさ。

 

 正直言って世渡りが下手だと自分でも思うし、こういったのはリアスの方が得意なんだよね……。

 

「……何だ? 騒がしいが喧嘩みたいだな」

 

 フリートが追い払ってくれるから取り入ろうとしてくる人を避けながら校門を目指す途中、何やら争いらしい騒ぎ声が聞こえて来た。

 

「帝国と王国の貴族のいざこざじゃないの? これから三年間、頻繁に起きる事だよ。リアスは知り合いと話すからって別の方に行ったけれど巻き込まれないと良いな」

 

 学園に集まっているのは四カ国だけれど完全に友好国って訳でもなくて、最近まで国境近くで小競り合いを続けていた国同士のアース王国とアマーラ帝国の貴族同士の仲は険悪だ。

 

 ……ああ、そう言えばゲーム開始時に相性診断の選択肢が有って、リアスに絡まれたアリアさんを助けてくれた相手は初期好感度がマイナスじゃなかったんだっけ?

 

「お前の所のじゃじゃ馬……睨むな。妹が下手に介入しなけりゃ良いけどな」

 

 もう無関係なんだけれど、お姉ちゃんが何度も何度も繰り返していたから何となく覚えている。

 

 

 

 

「あら、怖いのね? だったら不戦勝って事で終わらせましょうか。負けた側には当然要求を飲んで貰うけれど……」

 

 確かこんな感じでリアスが庇った相手とアリアさんの二人に勝負を申し込んで、代理人として雇われた傭兵がダンジョン奥で待って……あれ?

 

 揉めてるのってリアスっ!?

 

「お前の妹と揉めてるのって確か辺境伯の次男だな」

 

 アリアさんを庇っているのはリアスで、ゲームでは庇う候補の一人がリアスと睨み合っていた。

 

「……良いだろう。其処まで言われれば僕だって黙っていられない。決闘だ!」

 

 緑色の髪をした少し神経質だから絶対に直ぐにハゲそうな糞野郎がリアスに向かって唾が飛びそうな勢いで叫んで汚い手袋を投げつける。

 

 

「……フリート。今夜って月の出ない晩だったっけ?」

 

「落ち着け、馬鹿」

 

 



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お兄ちゃんとお兄様 ついでに眼鏡が本体の男

 お兄様……いえ、心の中で位は貴族の兄妹じゃなくて普通の兄妹としてお兄ちゃんと呼びたい。

 

 前世の記憶によって私達に待ち受ける可能性のある運命をどう乗り越えるかを話し合った結果、今可能なのはレベルを上げたり技術を磨いて強くなる事だけだった。

 

 この世界にステータス画面なんか存在しないけれど、モンスターを倒すとかで経験を積んだら強くなれるのは知られている。

 

 政治的手腕は子供の私達じゃ学ぶにしても限度があって、人脈を広げるって事もお祖父様が既に色々な人達と繋がっているもの。

 

「あの人かな?」

 

「あの人ね」

 

 じゃあ、強くなる為に誰を頼りにするかって話になった時、前世の知識なんて普通は話せない事情を話さなくても頼みを聞いてくれそうで、尚且つ信頼出来る相手は一人しか知らない。

 

「……強くなりたい? 二人なら十分基礎訓練だけで強くなれるだろうに、何を焦ってるんだい? ……まあ、目を見れば真剣なのは分かったし、アンタら二人は可愛いからね。旦那の孫って事を抜きにしても引き受けてやるさ」

 

 最初は渋ったけれど、どうしても凄く強くなりたいって伝えたら引き受けてくれた彼女は私にとってはレナと同じで家族同然の相手。

 

 彼女は腕組みをしながら何時の笑みを浮かべていた。

 

 彼女なら理由を話さないでも受けてくれると信じていた。でも実際に受けてくれた時は本当に嬉しかったわ。

 

「ただしっ! 一度引き受けたからにゃ妥協も譲歩も無しだ! 一切の甘えを許さないから覚悟を決めな! ……ついでに馬鹿娘もビシッと鍛えてやるか。仲間外れは可哀想だ」

 

 ……ちょっとだけ頼んだ事を後悔したけれど、口に出したら叱られそうだから黙っておきましょう。

 

 この日から始まったのはスパルタなんて物じゃない修行の日々。

 私達は貴族としての、レナは使用人としての勉強も有ったから思い出したくもない程に大変で、巻き込んでしまった彼女には悪いと思っているわ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私は友達とお茶をしてから帰るわ。馬車で送って貰うから心配しないで先に帰っていて」

 

 前世の記憶なんて無かった場合の私と今の私を比べた場合、一番変化があったのは人間関係でしょうね。

 

 お兄ちゃんに対して呼び捨てじゃなくてお兄様って呼んでいるし、少し甘えて我が儘も言うけれど命令してこき使っている訳でも無いし。

 

 ……もしかしたら周囲が急に甘やかすようになって、聖女の再来としか扱ってくれないのが寂しいから最後まで妹として接してくれる家族に叱って貰いたかったのかも。

 だって記憶が戻る八歳までの、リアスとしてだけの時点で私はお兄ちゃんが大好きだったんだから。

 

「それでお兄様と乳母兄姉のメイドと行ったカフェのパンケーキが美味しかったのよ。特製のシロップが沢山掛かっていて。他にもトッピングが沢山あったし、行ってみない?」

 

「それは素敵ですね。私も親戚の屋敷に住まわせて貰うのですが引っ越しの後も色々やる事が多くて街を散策出来てなくて……」

 

 他にもお祖父様の部下の家の長女であるチェルシーとの関係も、ゲームでは取り巻きの一人だったけれど、こうして敬語は使われるけれど友達として付き合っている。

 

 私の属性が”光”だって分かってから周囲からの扱いが変わったけれど、チェルシーの父親に彼女の態度が変わった事への不満をぶつけて良かったわ。

 前世で対等な友達関係を経験していたから……あら?

 

「何やら騒がしいわね。喧嘩かしら?」

 

「リアス様、近付いて巻き込まれたら危ないので離れましょう。何かあれば私が叱られます」

 

「そうね。でも、喧嘩にしては……」

 

 人混みで何が起きているのか詳しくは分からないけれど、何やら怒った様な声はガヤガヤといった野次馬の声に混じって聞こえて来て、私は思わず足を止める。

 ”従うだけの人間は面白くない”と前に言ったからかチェルシーが腕を引っ張るし、どうせ先生が騒ぎを聞きつけて止めに入るだろうからカフェに行きましょうか。

 

「……あ~あ、馬鹿馬鹿しい」

 

 確かゲームでは私が主人公に因縁を付けて攻略キャラの誰かが庇う筈だけれど、私はそんな事しないから関係無いわね。

 

「おや、彼女は例の子爵家の悪魔憑きですね。災いを呼ぶ存在だと伝わって居ますし、関わらないで正解でした」

 

「……え?」

 

 人垣の隙間から見えたのは怯えた様子で俯く主人公と、一方的に責め立てている眼鏡の男子生徒。

 

 長い髪を後ろで束ねた真面目そうな顔を何処かで見た気がするけれど、ゲームでだとしたら精巧な似顔絵でも有るまいし分かる筈もない。

 

「兎に角! 君みたいな闇属性の者が王国の貴族として学園に通う時点で僕達の品位にまで影響する。来るなとまでは言わないでおくが、顔を出すのは最低限に……」

 

「くっだらないわね。この臆病者が」

 

 気が付けば口から漏れ出た言葉に注目が集まり、進み出れば生徒達が左右に分かれて道を開ける。

 

「格好付けて格好悪い事を言わないで貰えるかしら? そんな情けない臆病者が同級生というだけで私達の品位にまで影響するもの」

 

「君はリュボス聖王国の……。おい、流石に今のは聞き逃せない。このアンダイン・フルトブラントの何処が臆病者だと言うんだ!」

 

「……ああ、確か辺境伯の次男の」

 

 思い出した、”眼鏡が本体”だったわ。

 

「いや、本当に分からないの? 闇属性ってだけで彼女に怯えてるじゃない。でも尻尾巻いて逃げ出すのも何か言われそうで怖いから弱そうな内に遠ざけようとか……情けない」

 

「そういう君はどうなんだ! 闇属性が災いを呼ぶと伝わり恐れられているのは……」

 

「私? 私は強いから全然怖くないわ。だって聖女の再来である”光属性”の持ち主で、才能に恵まれて、更に驕る事無く研鑽も積んでいる。災いなんて正面から叩き潰すだけの自信があるの。だって私、将来的に世界で二番目に強くなれるもの」

 

 最後まで聞くのも煩わしいし、言葉を途中で被せて中断させた私は一気にまくし立てる。

 

 はっ! この程度で押し負けてる癖に、生まれ持った物だけを理由に見苦しく相手に絡むんじゃ無いわよ。

 

 ……あっ、チェルシーが怒っているし、後でお小言を食らいそうね。

 あの子、小言が長いのよね。

 何時だって見かねたお兄ちゃんが止めるまで続くもの。

 

「反論は……出来ないみたいね。それとも文句が有るなら私達と勝負してみるかしら? 負けた方が謝るって条件で」

 

 ちょっと不愉快が過ぎたから一気にまくし立てたけれど相手は押し黙って反論しない。

 

 私の勝ちで決定みたいだし、じゃあ此処で手打ちにしてあげましょうか。

 

「あら、怖いのね? だったら不戦勝って事で終わらせましょうか。負けた側には当然要求を飲んで貰うけれど……」

 

 こうやって慈悲を見せてあげれば向こうだって感謝するし、丸く収まりそうね。

 

「……良いだろう。其処まで言われれば僕だって黙っていられない」

 

 

 

 

 

 ……あれぇ?

 

 投げられた手袋を見ながら私は首を傾げ、どうしてこうなったのかを悩むけれど決まっている。

 

 ……ちょっと調子に乗り過ぎた。

 

「……あ、あの、ありがとうございます。でも、貴女まで……」

 

 主人公……いえ、アリアが頭をペコペコ下げながら心配そうにしているけれど、先ずは自分の心配をしなさいよね。

 初日からこれじゃあどうするの。

 

 ……ゲームでは反論した筈だけれど一体どうしたのか疑問だけれど、今は私と人型眼鏡置きの戦いについて考えないと。

 

「別に気にしなくて構わないわ。私が勝手にした事で……ん? ねぇ、今のって貴女まで決闘に参加する流れじゃない? 勢いで”私達”って言っちゃったし」

 

「ええっ!?」

 

 ……やっちゃった。

 

 

「お兄様に相談ね」

 

 お兄ちゃんなら絶対何とかしてくれるわ!




PVもブクマも伸びている  後はもっと感想を!

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止められず抗えず

 詳しい話を聞いた時、僕は今後彼奴の事を心の中で”眼鏡置き器”と呼ぼうか迷い、悩んだあげくに保留にした。

 

「それは何とも早まった事をしましたね、姫様。丁度良い所に武器が届きましたよ」

 

「え? あの、止めないの……ですか?」

 

「はい。必要性が有りませんので。今回の揉め事程度ならば精々かんしゃくを起こした子供同士の喧嘩扱いが関の山でしょう」

 

 ”眼鏡が本体”、ゲームではダメージを受けると眼鏡が割れる事からファンにそんな愛称で呼ばれる”アンダイン・フルトブラント”とリアス&アリアさんの決闘が決まってしまい、僕達は一旦屋敷に戻って話し合いを始める。

 話を聞いたレナは少し呆れた様子だけれど止める気は無いみたいだね。

 只、巻き込まれた形になっているアリアさんは困惑気味だ。闇属性って事で嫌われて過ごして来ただろうに、庇ってくれた相手が決闘をする事になって、その上巻き込まれたんだからさ。

 

 それよりもレナ、彼女が心配しているのは別の事じゃないかな?

 

「リアスなら心配ないよ。僕は妹の強さを信じている。僕が守るべき存在なのは変わらないんだけれどさ。そんな事よりも君は大丈夫かい? リアスに巻き込まれちゃってさ」

 

「わ、私の事は別に良いんです。それよりも……あの……この前はその……」

 

 アリアさんは気弱な様子で僕を上目遣いに見ながら言い淀む。

 気弱で引っ込み思案なのが彼女の性格。……そして本当は暗い過去のせいで心を閉ざしているのはゲームで知っていて、先入観のせいかも知れないけれど何処か不自然さを感じてしまう。

 

「ああ、この前階段から落ちた子だね。落ちる直前に足を捻ったり何処かにぶつかったりはしていないかい? ゴメンね、助け方が変だから驚かしちゃってさ」

 

「えっと、平気です。あの……本当にありがとうございました」

 

「……」

 

 おや、レナは何時もの態度だけれどアリアさんを見る目が僅かながら厳しくなってるね。

 これが黒髪のせいじゃないのは屋敷に連れて来た時の態度からして分かっているんだ。

 何せお祖父様によってクヴァイル家の使用人への教育は行き届いていて、さっきみたいに僕達に完全に畏まっていない態度を取りつつアリアさんへの嫌悪感を態度には出していない。

 

 ……演技だって見抜いて無言で知らせて来ているみたいだし、ゲーム通りと見て間違い無いらしい。

 問題は攻略キャラとの触れ合いで相手だけでなく自分自身も心の傷を癒して成長に繋げる事だけれど、この世界に心理カウンセラー的な専門家が居るのなら任せたいんだけれどな。

 

 一応、孤児だの戦争で心の傷を負った人達に寄り添って立ち直る手助けをしている神父やシスターが居たりするけれど学問として学んだ訳でも無いし、ゲームでは偶々上手く行っただけって可能性も有るしさ……。

 

「それで決闘ってどうするんだったっけ、お兄様?」

 

「いや、忘れちゃったの?」

 

「リュボス聖王国のは覚えてるわよ。アース王国での方法を覚えていないだけ。ねぇ、アリア……アリアって呼び捨てで良いわね? アリアなら知ってる?」

 

「は、はい。一応知識としては……」

 

 あ~あ、勝負だ何だって言っておきながら決闘の作法を知らないものだからアリアさんだって戸惑った様子だ。

 困った様に、でも何故か少し嬉しそうにしながらも説明を始めてくれた。

 

「今回は向こう……アンダインさんが手袋を投げたので決闘を仕掛けたという事になりますし、決闘場所と介添え人の人数、代理人の可否は向こうが決めます。決闘が決まった日以内に詳細を送って来る筈ですが……」

 

 アリアさんが其処まで説明した所、丁度良いタイミングで向こうからの手紙がリアス、いや、リアスとアリアさん宛てに届いた。

 

「矢っ張りアリアと私の二人相手って事になってるわ。眼鏡の方は一人だから誰か助っ人を雇うのね。期日は……三日後の休日に学園の敷地内にある地下洞窟の奥で向こうが待ってる、と」

 

「わ、私達二人ですかっ!? 多分向こうは凄腕の助っ人を雇います。もし私のせいでリアスさんが怪我でもしたら……」

 

「はっ? どうして私が怪我をしたらアリアの責任なの?」

 

 この時、リアスとアリアさんは二人揃ってキョトンとする事になった。

 

「え? だって私の属性が……」

 

「いや、だから闇属性だって事ごときを怖がって遠ざけるのは向こうに自信が無いからだし、私は気に入らないと思ったから自分の意志で止めに入ったの。貴女の影響なんて欠片も無いし、責任転嫁する小物ではないわよ、私? 言ったじゃない。私は世界で二番目に強くなれるって。……じゃあ、早速準備をしましょうか。お兄様、ポチで送って貰える?」

 

「え? 準備ですか? えっと、何をしに何処に?」

 

「うん? 決まっているじゃない。ダンジョンよ、ダンジョン。折角の機会だし、貴女に下手に手出し出来ない位に強くなりましょう」

 

 可愛くて努力家で素直なリアスだけれど、兄としては少し強引な所は直して欲しいかな?

 未だ状況が飲み込めないアリアさんの手を取って、装備を整える為と言いながら別の部屋に連れて行く姿は微笑ましいけれど、巻き込まれる方は大変そうだからね。

 

「……若様、彼女ですが表面に出す殆どの態度が偽りです」

 

「だろうね。でも、全部じゃない。誰だって本音と建て前は使い分ける物さ」

 

 居なくなったのを見るなりレナが忠告してくるし、その瞳からは乳母姉としてと使用人としての心配が込められている。

 まあ、闇属性が不吉の象徴だの災いを呼ぶだのって伝説は歴史の授業で散々習ったし絵本にだってなっている程だ。

 僕やリアスだって彼女の力が重要でなければ前世の記憶が有ってもわざわざ近付こうとはしなかったかも知れないしね。

 

「レナの心配は分かるけれど、こうして関わって話をすれば感じる物だってある。色眼鏡を抜きに見れば悪い子じゃないし……彼女、家柄とか闇属性だって事的に卒業後は関わる可能性は低いでしょう?」

 

「成る程。卒業後の影響を気にせず接する事が出来る相手という事ですね。闇属性は特殊な力ですが若様達もそれは同じ。……ですが一応一言だけ」

 

 どうやら僕の伝えたい事は伝わったらしく、レナは納得してくれたらしい。

 アリアさんが持つ力は希有で、ゲームと同じならば他の人達よりも才能だって抜きんでている筈だ。それこそ僕達兄妹と競い合うには足りる程度にはね。

 どうせ力を求めるなら競うに足りる相手が欲しいし、どうせなら仲良くだってしたいんだ。

 

 でも、それを理解した上での忠告って一体何だろう? 僕が疑問に思う中、レナは必要以上に体を密着させ、僕の耳に息を吹きかけた。

 

「ひゃっ!?」

 

「おや、随分と耳が敏感ですね。それはそうと、若様。今後、体を使って取り入る為に色仕掛けを受けるでしょう。情の厚い若様ですし、欲望に負けて手を出せば無下に扱えない筈。……お年頃ですし、我慢出来ない場合は私にお任せを」

 

「いや、レナに手を出すのはちょっと。僕が我慢すれば済む話だし……」

 

「ああ、妊娠を気にしているのですか? 若様は知らないでしょうが、直接的な行為以外にも殿方を満足させる方法は心得ています。……入学祝いに今晩にでも試しますか? 勿論姫様には内緒で」

 

「っ!?」

 

 ……これは多分冗談だろう、そんな風に思いながらレナから離れるけれど、腕に当てられた重量感の有る柔らかい感触は暫く忘れられそうになかった。

 

 

「ふふふっ。照れる姿も可愛らしい。今すぐにでも食べてしまいたいです」

 

 ……冗談だよね?

 

 眼鏡の奥でレナの瞳が怪しく光り、僕は背筋がゾッとするのを感じた。だって彼女が本気になった場合、()()()()()僕じゃ太刀打ち出来やしないからね。

 

 

「さてと……僕も準備するか」

 

 この決闘は二人の物であり、僕に介入する余地は存在しないし、そもそもする必要なんて最初から無い。

 これは二人の誇りの為の戦いであり、アリアさんにとっては負ければロードしてやり直せるゲームとは違う、人生に関わる重要な戦いだから。

 

 ならば僕がすべきなのは最大限の手助けしかなくて、その為の準備で向かったのは屋敷の裏庭だった。

 

 

「……さて、本気で行かなくちゃね」

 

 

 

 

 気合い十分に裏庭に向かった時、最初に目に入ったのは食い荒らされた馬の残骸。続いて聞こえたのは骨を踏み砕き、砂を蹴り散らす音。

 

「キュィイイイイイイイ」

 

 まるで獲物を威嚇し恐怖で硬直させようとする鳴き声を発しながらその巨体は僕に向かって少しずつ歩み、距離を積める。

 鷲の上半身にライオンの下半身を持ち、牛や馬を数等同時に運べる程に大きい。瞳は鋭いながら高い知性すら感じさせた。

 

 この怪物の名はグリフォン……ドラゴンに次ぐ天空の支配者だ。

 

「キュイッ!」

 

 グリフォンは興奮した様子で嘴をガチガチと鳴らし、一度大きく鳴くと共に僕に向かって跳び掛かった。

 

 

 

 

「お兄様っ! 間に合わなかった……」

 

「ロ、ロノスさん……?」

 

 少し経って慌てた足取りと共にやって来た二人の足音が聞こえて来るけれど遅かったよ。

 ああ、僕はすっかりやられてしまったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ~ら、ほ~ら! 可愛いでちゅね~! ポチは本当に可愛くてお利口な良い子でちゅよ~」

 

「キュ~イ!」

 

 翼が汚れるのも気にせずに仰向けになり、お腹を見せて撫でろとばかりに体を擦り寄せる。

 最初はお腹の中央を円を描く様に、続いてお腹から胸、最後に喉を撫でるとゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らした。

 

「そうでちゅか~! 此処を撫でて欲しいのでちゅね~!」

 

 ああ、駄目だとは思っていたのに僕は何時もこの子の可愛さにやられてしまうんだよね……。

 

 

 

 

「・・・・・・えっと、あのグリフォンは?」

 

「お兄様の飼いグリフォンのポチよ。見ての通りに溺愛してるの。あの子に乗って行く予定だったけど遅れそうね」

 

 

 

 ああ、駄目だと分かっているのに手が止まらずポチを撫で続けてしまう。

 

「この国に来る時は手続きに手間取って後から来たけれど、先に出発する時に聞き分けが悪くて。……お兄様ったら一度ああなったら長いんだから」

 

 例え妹に呆れられたとしても……。

 

 

 

 

 




もうちょっい感想増えぬ物か


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こうして彼女は期待を抱く

 最初に彼女が抱いたのは直ぐに無駄だと切り捨てる事になる期待であり、何処の誰かを入学式中の噂話で知った後は嫉妬であった。

 仲の良い家族も、賞賛される力も、財産も……アリアが持っていない物を持ち合わせている二人は見ているだけで眩しくて、抱いた嫉妬も直ぐに馬鹿みたいだと忘れ去った。

 

 嫉妬とは結局の所、相手より自分の方が本当は上なのだと思えなければ抱ける物ではない。例えるなら絵の勉強をしている子供が同じく学んでいる友人の腕に嫉妬する事は有っても、歴史に名を刻む偉人の腕には嫉妬しない様に。

 

「……忘れよう」

 

 あの人達は蔑まれて生きる自分とは違う世界の人間であり、生涯関係無い存在だとし、胸に抱いた淡い期待は夢でも見たのだと自分に言い聞かせる。

 

「……ちょっと待ちたまえ。一応同じ国の貴族として君に言わなければいけない事がある」

 

 そんな彼女は入学式の終了後に何度も経験した事を繰り返そうとしていた。

 何かした訳でも、本当に何か起こった訳でもないが向けられる疑惑と恐怖の混じった視線、そして悪役である自分を排除したいと願う歪んだ使命感の持ち主による言葉。

 表面上は怯えた様子で了承しながらも、内心では何時もの事と何も感じない諦めの境地だ。

 

 周囲も自分に怯えながら野次馬に徹し、目の前で自分に要求を告げている男を心の中で応援する。

 そのまま誰も助けてくれず、適当にやり過ごす……筈だった。眩しいと感じ、関係無い相手だと思っていた者に助けられる迄は。

 

 

 自分が珍しい力だから興味本位や気紛れで? どうせ直ぐに何時もと同じになるんじゃないか?

 

 そんな風な疑念は少しの会話で吹き飛ぶ。

 感じ取ったのは圧倒的な自信、アリアが生涯持てないと思っている物だ。

 

 

「……この人達は本当に私を怖がらないんだ」

 

 今から一緒に鍛えようと布で包まれた武器を肩に担ぐリアスを見て呟く。

 これまでの人生で近寄って来た者が居なかった訳ではないが、結局は周りの声に押されて離れていったり、偶然起きた不運を彼女のせいにしたりで離れるか、容姿に目を付けて欲望丸出しで近寄る者が若干居た程度。

 

 この人達は何かが違うのだと、アリアの心を覆う分厚い氷は僅かながら溶け始めていた。

 

 

 

 

 

「ほら、これなんか良いんじゃないかしら?」

 

 私に差し出されたのは白を基調としたローブ。胸元の留め具に設えられた宝石細工以外には無駄な装飾もないのに生地の美しさだけで一つの芸術品として完成されていた。

 

「こ、こんなの私が着る訳には……」

 

 私程度じゃ傷一つ付ける事すら不可能で、これが傷付く状況なら私の命なんて簡単に吹き飛ぶなんて事は直ぐに理解した。

 理解した上で私はこれを着る事を拒否してしまう。だって汚しでもしたらと思うと絶対に落ち着かないのだから。

 

 このローブ、ルメス家の税収の何年分なのだろうか……。

 

「だって私達が誘った先で怪我でもされたらクヴァイル家の名折れじゃない。じゃあ、私が着ろって命令した事にしましょうかしら? 汚しても良いとか適当な紙に命令書を書いて……」

 

「わ、分かりました! 着ます! 着ますから!」

 

 この様な物をポンッと私みたいな下級貴族に貸し出す上に、わざわざ一切の責任を負わせないって書いた書類を作成するだなんて今まで会った他の貴族では考えられない事だ。

 

 ……リュボスの貴族ってこんな感じ……いや、多分この兄妹が変わっているのだろう。

 風の噂では街作りを任されて大成功を収めたとか、優れた魔法の使い手で既に王宮に仕える人達並みの力を持っているとか、まさに私とは大違いだ。

 

 ローブの生地の手触りは心地良く、着ているだけで心が安らぎそうだ。

 

「あの、本当に私なんかの為に……」

 

「だから気にしなくて良いって言っているでしょう? 私が勝手にやった事だし、貴女は巻き込まれただけなんだから。まあ、そうね。これを借りだと思ったのなら……何時か本音で話し合ってみない? 貴女が構わないと思った時で良いから」

 

「え? ほ、本音ですか?」

 

「ええ、本音。……あっ!」

 

 見抜かれた? 今まで誰も彼も見抜けなかった仮面を見抜かれた事に対し、演技を続けつつも心の中で慌てた時、リアスさんが慌てた様子で自分のローブを着始めた。

 

「急いで裏庭に行かないと! お兄ちゃんが大変な事になっちゃうわ!」

 

「え? ええっ!?」

 

 急かされる様にして私もローブのフードを被り、布に包まれた武器だという荷物を肩に担いだリアスさんの後に続いて駆け出した。

 あんな荷物を担いでいるのに私よりも軽やかな足取りで、私がついて来ているのか時折確認する余裕すら見せるリアスさん。

 

 ……魔法も体力も凄いだなんて羨ましいな。

 

 羨望や嫉妬ではなくて劣等感を覚えつつ屋敷の裏に向かった時、突然甲高い鳴き声が響き渡った。

 

「この声は……猛禽類?」

 

「あら、惜しかったわね。正確にはグリフォンよ」

 

「グ、グリフォン!? まさかそんな……」

 

 グリフォンといえば高い知性と獰猛さを持ち、群れれば中型のドラゴンさえ一方的に仕留める恐るべき怪物。

 

 そんな存在が王都内部に居るだなんて、私を驚かせる為の嘘にしては杜撰過ぎるし、もしかしたら私の事を世間知らずの田舎者だと馬鹿にしているのではと疑ってしまう。

 

「ほら、彼処を見なさい」

 

「あれは……」

 

 私の心中を察してか、心外だとばかりに不満顔を見せるリアスさんが示したのは巨大な鳥の足跡と、それに続く獣の後ろ足の足跡で、周囲には数枚巨大な羽根が散らばっている。

 

「私ってバレバレの嘘を吐く馬鹿に見える?」

 

「い、いえっ! そんな事は絶対に有りません!」

 

 しまった! 幾ら何でも露骨に態度に出してしまった様子だ。

 

「……間に合えば良いんだけれど」

 

 少し心配そうにしながら速度を上げる彼女に続く為に私も必死に急げばフードが取れて髪が風になびく。

 実の祖父母でさえ不気味がり、母だけが受け入れてくれたこの黒髪を綺麗だと誉めてくれた他人はロノスさんが初めてで、そんな彼がグリフォンと遭遇して戦いになっているかも知れない。

 

「……もしもの時は私が」

 

 あの時、私は嬉しくって、母が死んでから初めて幸せな気持ちになれた。

 どうせ一度は捨てても良いと思った命、失った筈の希望を取り戻してくれた彼の為なら絶対に人前で使わないと決めた闇の魔法を使ってでも……私の命を犠牲にしても構わない。

 

 そして屋敷の裏庭に辿り着いついた時、私は驚きの光景を見る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

「そうでちゅか~! アリアさんも乗せてくれるんでちゅね~。ポチは優しい子でちゅよ~」

 

「キュイッ! キューイ!」

 

 雲の上、別世界の住人にさえ感じ、顔を思い浮かべるだけで胸が痛む相手がペットだというグリフォンを撫で回しながら赤ちゃん言葉で話していた。

 

 ……ちょっと可愛いかも。

 

 あのグリフォンがまるで犬か猫みたいに甘えているという事は、ロノスさんが完全に従えてると判断しても良い筈。

 凶暴な怪物でさえ従え乗りこなす……まるで物語に出て来る騎士みたいだと思った。捕らわれたお姫様を助けに数々の冒険を繰り広げる英雄。

 私も想像の中で自分をお姫様にして英雄に救って貰った事が有るけれど、私じゃ打ち倒される魔女が関の山だと今までの人生で学んでいる。

 

「じゃあ早速行こうか。アリアさん、ポチなら大丈夫ですから安心して乗ってよ」

 

「……はい」

 

 本当は怖いけれど、私は迷わず乗る事を選ぶ。

 だってロノスさんが大丈夫だって言ったのなら疑う必要なんてないから。

 

 ……私は既に自分が抱いた想いが何か悟ってしまった。

 これは間違い無く”恋”だ。

 今まで自分には無関係だと思っていて、実際してみれば相手は住む世界が違い過ぎる相手だけれど、せめて卒業後は一切関わる事が無いとしても学生の間は淡い夢を見ていたい。

 

 私が闇属性を持って生まれなかったら、ロノスさんと釣り合う家の出身だったら、そんな想像をしながらポチの背に乗り、私の後ろに乗ったロノスさんが手綱を握る、

 彼の腕が後ろから伸びていて、存在を直ぐ後ろに感じて、まるで背後から抱き締めて貰える直前みたいだった。

 

「……あれ? リアスさんはどうやって行くんですか?」

 

「魔法よ。取って置きのを思い付いたの! ”エンジェルフェザー”!」

 

 魔法とは各自が持つ属性に対し、”これならこんな事が可能だ”というイメージの具現化。

 リアスさんが叫ぶと同時に周囲から光が背中に向かって集まり、金色に輝く翼の姿になるなり空に飛び上がった。

 

「ポチ、競争よ!」

 

「……キュイ」

 

 張り切った様子のリアスさんを直視出来ず、私は再び劣等感に襲われていた。

 ああ、矢張り私は……。

 

「矢張りアリアさんの髪は綺麗だな。……おっと、急にゴメンね」

 

 後ろから突然聞こえた何気ない呟き、それは沈みかけた私の心を引き上げる。

 

「いえ……嬉しい位です。誉めてくれたのはお母さんだけでしたから」

 

「私も綺麗だと思うわよ? 見ていて落ち着く感じだし。……所でポチ、何か呆れた声を出さなかった?」

 

 期待、しても良いのかな? 私だって夢を見る権利は……。

 

 

 

 

 あと、リアスさん。空を飛ぶ時はスカートじゃなくてズボンにしないと……パンツ見えてますよ。

 

 

 

 



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そう簡単にはいかないよ

漫画依頼しました


 風を受け、上空からの景色を楽しみながらの遊覧飛行はポチに乗った時の醍醐味だ。

 街の建物が豆粒に見える程の高い場所ならば少し寒いのだけれども、僕の着ているコートも二人が着ているローブも魔法の力が込められているから寒さを少しも感じない快適な旅。

 

 ポチは速度をグングン上げて、景色が早送りみたいに後ろに飛んで行く様は凄く見応えが有るし、向かい風だって賢いこの子は魔法でどうとでもしてくれるから初めて乗るアリアさんでも十分楽しんで貰える……と思ったんだけれど。

 

「きゃぁあああああああああっ!? 高いっ!? 速いっ!?」

 

 う~ん、ジェットコースターなんて物が無いこの世界じゃ流石に刺激が強すぎるのかな?

 アリアさんは叫び声を上げて身を竦ませる。

 ああ、遊園地に行った時、観覧車に乗ったリアスの前世もこんな感じだったっけ、懐かしいな。

 

「大丈夫。僕が傍に居るよ」

 

 なら僕がするのは同じ事だ。

 手綱を握りながらもアリアさんの手に自分の手を添えて優しくささやいて落ち着かせる。

 良かった、静かになって。

 

「キュイ?」

 

「うん、それは今度ね」

 

 

 

「いぃぃぃやっほぉおおおおおおおー!!!!」

 

 風の音さえかき消す程に明るい声を上げながらリアスが空を自由自在に飛び回る。

 僕も何時もは急降下からの急上昇や連続ループに大回転、曲芸飛行を楽しんでいるし、ポチも今日は普通に飛ぶ事に違和感を覚えて僕の方に頭を向けていた。

 

 今は搭乗初心者なアリアさんだけれど、あのスリルは最高に気持ちが良いから何時かは体験させてあげたいな。

 流石に今は高い所を高速で飛ぶのが怖いみたいだし、せめて後ろに乗せてあげれば良かったんだけれど揺れが大きいから経験者が後ろ……あっ! しまった!

 

「ポチ、一旦着陸!」

 

「キュイ!」

 

 了解とばかりに一度鳴くなりポチは急角度で地面に向かう。

 まるで落下するみたいな迫力に僕は高揚するけれどアリアさんは悲鳴を上げる余裕すら無いみたいだし、万が一にも落ちない様に彼女の体を軽く押さえながらだろうしポチに速度を落として欲しいと伝える。

 

「キュイ?」

 

 何時もはもっと迫力を出しているのにどうしてだろうと疑問を声に出すポチだけれど徐々に速度を殺し、最後はゆっくりと地面に降り立った。

 

「ありがとう、ポチ。……えっと、最初に謝っておくね。ごめん、アリアさん。ポチは空を飛ぶから別に前に乗せる必要が無かった。後ろに乗って僕の背中を見ていて」

 

「は、はい。でも、その前に少し休憩を……」

 

 安心した様子でポチの背から降りるなりヘナヘナと崩れ落ちたアリアさん。

 うーん、リアスが逞しいだけで普通の女の子はこんな物なのかな?

 

「休憩? だったらトランプでもする? 今日は手加減無しよ、お兄様!」

 

「アリアさんは余裕が無いし、休ませてあげようよ。帰ったら僕とレナで相手してあげるからさ」

 

「絶対よ! 約束だからね!」

 

 アリアさんを心配した様子で降りて来たリアスも合流し、寝そべったポチに持たれ掛かって座り込む。

 

 さて、後で拗ねたら困るから、ちゃんと手加減してあげないとね。

 レナと再会した日もトランプを三人でしたんだけれど、あの時は大変だったよ。

 

 

「……次は本気出す!」

 

「今までのは練習よ!」

 

「ふっふっふ。もうお遊びは終わり…いや、もう寝ようって意味じゃなくて……」

 

 ああ、僕の妹は負けず嫌いな所が可愛いし、誇り高いからわざと負けるのも嫌いなんだよね。

 リアスが楽しい上機嫌でいられるかどうかはレナと僕の連携が鍵だ!

 

 

 

「……私、本当に足手纏いですよね。お二人とは全然違って駄目駄目で……」

 

 ポチのフカフカな最高の羽布団の誘惑に負けて半分寝ていた時、アリアさんは空を見上げて呟いた。

 僕達が何を言っても、自分が絡まれたのが騒動の原因だと思うのは今までの人生の影響かな?

 

 何か話したいんじゃないかって思ったからこうして休んでいるんだけれど、どうやら正解だったらしいね。

 抱えている物を全て話せとは言わないけれど、少しは仲良くなったのだから話してスッキリ出来る物は話して欲しい。

 最初は利用する気が有ったのに、直ぐこうやって情が移ってしまうのは貴族として苦労しそうだよね、我ながらさ。

 

「……言っておくけれど私達が天才なのは認めるけれど、凄く努力だってしてるのよ? 私達の師匠ったら鬼なんだから。正直、お祖父様の軍の新米への訓練よりも厳しいのを十歳から受けたわ」

 

「戦場での仲間なら有能かどうかを気にするのは当然だけれど、そうじゃないなら別に良いんじゃないの? ……でも、君がそれを気にするのなら……そうだ!」

 

 僕は思い付いた事をそっとリアスに耳打ちすると、リアスもそれが気に入ったのか笑顔で親指を立てて笑う。

 

「リアス、もうちょっと作法のお勉強しようね」

 

「……お兄様の鬼」

 

 やれやれ、アリアさんを励ましている最中にお説教なんかしちゃったから拗ねちゃったよ。

 頬を膨らませてそっぽを向く妹に苦笑しつつ、僕はアリアさんの肩に手を置いて目を見詰めて言った。

 

「君が自分を僕達と関わる価値が無いと思うのなら、これから価値を高めれば良いのさ。家の地位も、持って生まれた属性も、そんな自分ではどうしようもないのに足を引っ張る事すらねじ伏せる程に凄くなって、それらを理由にした陰口が叩けない位に功績を挙げれば良い。君なら出来るって僕は思うよ。……勘だけど」

 

「か、勘?」

 

 今更だけれど会って間もない女の子にベタベタ触るのって失礼なんじゃないかな? 

 ……ちょっと自己嫌悪に陥っている間にもアリアさんの表情はコロコロ変わり、肩に触れられて最初は驚いていたのが直ぐに恥ずかしがり、僕の励ましを聞いたらキョトンとした後にクスクス可笑しそうに笑い出した。

 

「……ふふふ。そうですね。私、信じてみます。未だ自分には自信が無いですけれど、私なら可能だって言って下さったロノスさんの勘を信じたいです」

 

「うん、良かったよ、笑ってくれて。僕、女の子は笑ってる顔の時が一番好きだからね」

 

 レナが僕を誘惑する冗談を口にする時の笑顔? あれは捕食者的なのだから別物だよ。

 

 それにしても表情をコロコロ変える姿は見ていて飽きないし、ちょっと魅力的にも思える。

 流石は乙女ゲームの主人公、侮れないや。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい!」

 

 僕が先にポチの背に乗ってアリアさんに手を差し出せば、少し恥ずかしがってから手を取った彼女もポチの背に飛び乗り、そして勢い余って反対側に落ちちゃった。

 

「……大丈夫?」

 

 繋いだ手は滑って離れ、咄嗟にアリアさんの方を見た僕は直ぐ様別方向を向く。

 だってさ、ひっくり返ったアリアさんのローブの裾も下に着ているスカートも見事にめくれちゃっていて……一瞬だけ見えちゃったんだ。

 

「ちょっと大丈夫? ほら、お兄様はもう少し向こう見ててよ」

 

「な、何とか怪我も有りません……」

 

 僕が顔を背けた間にリアスが助け起こしたらしく、今度は慎重な様子で乗る音が背後から聞こえて来る。

 忘れよう、今のは絶対忘れよう!

 

「あ、あの、ロノスさん。今、私のパ……い、いえ、何でも有りません……」

 

「そそそ、そう! だったら先に急ごうか!」

 

 二人して声が上擦っているし、互いに相手が何か見たのか、何を言いたいのか嫌でも察してしまったんだ。

 他の家は兎も角、僕は使用人の女の子にエッチな要求はしないし、少しドジだから偶に見えちゃうリアスのは妹のなんかに一切興味が無いから僕はこういった事に耐性が殆ど無い。

 これじゃあレナがあんな冗談を言って来る筈だよ。

 

「キューイ?」

 

「……うん、大丈夫」

 

「キュイ!」

 

 こんな時こそポチが頼りになる。

 純真なこの子が僕の不審な様子に心配そうに鳴いて、それが僕を落ち着かせた。

 大丈夫だ、耐えられる……多分。

 

「じゃあ、しっかり掴まっていてね」

 

「はい!」

 

 さっきまでが余程怖かったのかアリアさんは僕の体にしっかりと掴まって体を密着させる。

 多分本人は無自覚だし、怖さで冷静じゃないんだろうね……。

 

 

 胸、凄く押し当てられているや……。

 

 アリアさんの胸はリアスとは段違いに……。

 

「……お兄様?」

 

 何でもないよっ!?

 



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学名ゴリラゴリラゴリラ

2pマンガ以外に絵も発注です


 アリアさんの胸が背中に押し当てられる状況にも慣れ、何とか顔だけは平静が保てる様になった頃、目的地である森が見えて来た。

 

 今度はポチにゆっくりと降りて貰い、アリアさんも余裕を持って立てている。

 

「彼処が目的地のダンジョンですか? えっと、ダンジョンにしては……」

 

 アリアさんが不思議そうにするのも無理がなく、目の前に広がる景色は穏やかで綺麗な物だった。

 色取り取りの花が咲き乱れる一面の花畑に囲まれたのは木が生い茂る森なんだけれど、通り抜けられる様に道が整備されているからね。

 

「ダンジョンは基本的に何らかの力が発生した場所だし、此処は一見すればそうは見えないよね。うん、本来はそうなんだけれど……今は一時的にダンジョンになってるんだ」

 

「一時的?」

 

「見てなさい。私達の気配を嗅ぎ付けてやって来たわ」

 

 僕の言葉にアリアさんが首を傾げた時、耳障りな鳴き声を上げながら数匹のモンスターが姿を見せた。

 髪が生えていないデコボコの頭に緑色をした子供くらいの体長、腰に薄汚い毛皮を巻いただけで手に持っているのは獣の骨だ。

 

「ゴ、ゴブリン!? どうしてゴブリンがっ!?」

 

 モンスターの方のゴブリンは本当だったらもっと深い森の奥で生息しているモンスターだ。

 それがどうしてこんな場所に生息しているのかの説明は後でするとして、今は動きたくってウズウズしているリアスを自由にしてあげよう。

 

「リアス、頼むよ」

 

「頼まれたわ!」

 

 まってましたとばかりに武器に巻いていた布をほどけば姿を見せたのは深紅のハルバート。

 柄も刃も既に血にまみれていそうなそれを頭の上で一回転させた後で斜めに構えたリアスは大きく振り被るなりゴブリン達に向かって駆け出した。

 

「え? ええっ!? ハ、ハルバート!? 確かに魔法と武器を合わせる人だって居ますけれど……」

 

「うん。……まあ、気持ちは分かるよ。でも、あの子は乳母の影響でハルバートが気に入っちゃってさ。力強い武器だし少しお転婆で困っちゃうよね。でも、元気な姿も可愛いと思うよ」

 

「は、はあ……」

 

 ゴブリンはそれ程知性が高いモンスターじゃないのはポチが居るのに襲って来たのが証明している。

 今目の前にいるのは七匹で、数で勝れば勝てると思って居るのかリーチが違う武器を構えるリアス相手に固まって襲い掛かり、掛け声と同時に踏み込んだリアスは一度薙いだだけで四匹の胴体を両断した。

 

「せいっ!」

 

「ギィ!?」

 

 これには流石に臆したのか動きが止まるゴブリンだけれど、当然ながら格好の的にしかならない。

 再びハルバートが振るわれて三匹の首が胴体と永遠に別れを告げた。

 

「残るは一匹! って、逃げるな!」

 

 あっという間に一匹にまで数を減らされ、流石に不味いと思ったのか残りの一匹は逃げ出し、馬鹿だからか途中で振り向いてしまうけれど視界にリアスの姿は存在しない。

 

 

「はい、終わり」

 

 ハルバートを頭上に構え、高く跳躍したリアスはゴブリンの前に着地した瞬間に勢いを乗せて振り下ろす。

 

「す、凄い……」

 

 ゴブリンは縦に両断され、勢い余った刃は大地に深く長い亀裂を刻んで地面をひっくり返す。

 周辺の花が衝撃で宙を舞っていた。

 

「楽っ勝! 私って矢っ張り世界で二番目に強いだけあるわ」

 

 ハルバートを地面に刺して右腕をグルグル回しながら得意気に話すリアスの姿に僕が思わず釣られて笑った時、油断を狙ったかの様なタイミングで新手が現れる。

 それも身を隠す場所なんて何処にも無かったのに関わらずだ。

 

「ブモォォオオオオオオオオオッ!!」

 

 鼻息荒く地響きを鳴らし、正しく猪突猛進の勢いで突き進むのは通常の二倍の大きさはあろうかという巨猪。

 よく見れば全身に鈍い青色が混ざっている猪に僕は知識として覚えがあった。

 

「メタルボア……色からして青銅かな? 生息地じゃないのにどうして此奴が?」

 

 鉱物を食って取り込む性質のモンスターだけれど、この近辺に

青銅の採掘現場は無かった筈だ。

 

「ロノスさん、そんな呑気にしていないで助けないと!」

 

 甚だ疑問な相手の出現に僕が戸惑う中、アリアさんが腕を引っ張るけれど時既に遅しだ。

 

「はあっ!」

 

 リアスは大地を割れる程に強く踏みしめ、掛け声と共にメタルボアを片手で受け止める。

 

「ブモッ!?」

 

 全力の突進を急に止められた事でメタルボアは掴まれた鼻の辺りから骨が折れる音が響いたけれど、対するリアスは微動だにせず平然としている。

 そのままメタルボアは顎を蹴り上げられて宙を舞い、折れた牙の破片をばらまきながら地面に激突した。

 

「リアスさんって聖女の再来って聞いたのですが……」

 

「どんな風に呼ばれてもリアスはリアスさ。僕の可愛くて大切な妹のままだよ」

 

「キュイ……」

 

「こら! 聖女のゴリ(らい)って言わない。そんな言葉、何処で覚えて来たの!」

 

「キュイィィ……」

 

「うん。そうやって反省するのは良い事だよ。ポチは賢いでちゅね~。ナデナデしてしてあげまちゅよ~」

 

 甘やかすだけじゃペットへの愛情じゃないと僕は知っているから、叱る時は心を鬼にしてきちんと叱る。

 でも、ポチはちゃんと反省出来る良い子だから叱られたら悲しそうな声で鳴くし、反省したなら誉めてあげるのが僕の流儀さ。

 落ち込んでいるポチのクチバシに触れて優しく手を往復させて撫でてやっているとアリアさんは微笑ましそうな顔の後、少し戸惑った顔になった。

 

「あの、今更だけれどロノスさんってどうしてグリフォンと話せるのですか?」

 

「正確にはグリフォンじゃなくてポチだけと話せるのさ。その理由だけれど、此処に来たもう一つの目的と一緒に話した方が良いかな? ……レキア、出て来たら?」

 

 僕は少しだけ不機嫌そうにしながら誰も居ない空間に話し掛ける。

 暫く沈黙が続くけれど僕は同じ場所を見続け、やがて観念したみたいに舌打ちが聞こえたかと思うとモンスター達の死体が音と共に煙に包まれ、花に変わった……いや、戻った、だね。

 

 

「ふんっ! 相変わらず人間程度の分際で不愉快な奴だ。それに今日はピカピカ女だけじゃなくて変なのも居るではないか」

 

 続いて僕が見詰めている所に現れたのは人形みたいに小さくて少し偉そうな女の子。

 ウェーブの掛かった亜麻色の髪を腰まで伸ばし、若草色のドレスを着た彼女は腕組みをしながら不満そうに僕を睨んでいた。

 

 

 リアスを指差した後でアリアさんを怪訝そうな表情で見た後、背中から蝶と同じ形の透明な羽を広げると片手を腰に当てながら僕を指さして叫んで来る。

 

「そもそも妾は貴様達の様な者達を妾ら妖精の領域に招き入れる事が気に入らん! 誰の許可を貰って入り込んでいるのだ!」

 

 

 

 

「君のお母さん。要するに妖精の女王様」

 

「貴女の母親から六年以上前に貰ったわよ?」

 

「「ね~」」

 

 初めて会った時からだけれど、彼女は僕達、特に僕への当たりが強いんだよね。

 おっと、アリアさんが話について来れていないや。

 この場所を選んだ理由、彼女が誰でどんな関係なのか、それをちゃんと話さないとね。

 

「彼奴は妖精の姫で名前はレキア。女王様に妖精の領域を修行で使う代償に、彼奴が困っている時は力になる、って約束したんだけれど……人が折角来てやってるのに失礼な奴よね」

 

 そしてリアスとは凄く相性が悪いんだ。

 

「はっ! 妾がわざわざ貴様達の助けなど求めるものか! ふ、ふん! まあ、どうしても力になりたいと言うのなら構わんぞ? 既に代価を払って働かせる者を呼び寄せたのだが……まあ、貴様達の願いを聞いてやっても……」

 

「あっ、既に依頼したんだ。だったらアリアさんの修行だけさせて貰うから」

 

 ……あ~あ、相変わらず五月蠅い奴だなぁ。

 

 

 

 

 

 ロノスとリアスがレキアの態度に不満を募らせている中、森の中の木の上に立って様子を眺めている者が居た。

 

「おやおや、これは随分と変わったお客様達が来ましたね。依頼をキャンセルされる様子ですし……困った困った」

 

 白いスーツに白いシルクハット、顔に目玉模様の黒い布を巻いて肌を全て隠し、手足が異様に長い長身。奇妙な事に声を出して居るにも関わらず顔に巻いた布が一切動いていない。

 

「さて、我々ネペンテス商会のモットーは”今をお嘆きのお客様へ、心から願う商品を”ですからね。……ヒャ、アヒャヒャヒャヒャヒャ! ほーんとうに面白そうな人達ですねぇ!」




初期はヒロインではない(私が姉居るので身内ヒロイン苦手)がまとも予定だったのに妹様がアホゴリラに


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端から見ていて面倒臭い

「じゃあアリアさんの寮の門限も有るから急ごうか」

 

 僕達の目の前には人の手が加えられて森の中を進みやすくなった道が続く。

 このまま森の中を少し蛇行しながら進めば森の向こう側まで数時間の道のりだ。

 

 但し、普通に進んだ場合のみだけれども。

 

「おい! 未だ妾が話しているのに進む気か!?」

 

 背後から声が掛かるけれど、本人が助力は不要だって言っているなら構わないだろ? 

 見栄を張って言っているなら兎も角、代価を払っての契約が成立しているのなら僕達が手を出すのはどうかと思うし、構わずに一歩踏み込めば景色が一瞬で変わった。

 

「こ、此処が妖精さんの領域……」

 

 目の前に広がるのは首が痛くなる程に見上げても頭が見えない程に巨大な木が生い茂って空を覆い隠し、代わりに幹自体が発光して淡い光が周囲を照らす不思議な森の中。

 アリアさんは森の入り口から木に囲まれた場所に一瞬で移動した事に戸惑っているけれど、同時に光が泡みたいにな形になって地面から湧き続ける光景に目を奪われていた。

 

「アリアさん、気を付けてね。この場所は見た目通りの道じゃない。空間が歪んでいて、曲がり角を曲がった後で来た道を戻っても別の場所に出る事もあるんだ」

 

「ついでに言うならモンスターも出るわ。どうもこの空間の力で植物が変な風に影響を受けたらしくて。管理者がしっかりしていれば起きない事なんだけれど、そもそも管理の修行用の場所だからそうはいかないわ」

 

まあ、本人に聞かれたら面倒だから口にしないけれど、他の姉妹が管理している領域はもう少しマシな状況だ。

 それは無能って事じゃなく、この領域その物に理由があるんだけれど、リュボス聖王国の貴族でしかないロノスが知っている筈がないから口にはしない。

 

「お二人とも詳しいんですね。あっ! 此処で修行したんですよね。一体どんな修行を……あれ?」

 

 おっと、いけないいけない。二人揃って一瞬意識が飛んでいたらしく、アリアさんが心配そうだ。

 ポチの親と体をローブで繋いで走り回るとか、常に追い立てられて来たモンスターに囲まれた状態で戦い続けるとか、ハルバートを持ったあの人相手に森の中での逃走しながらのサバイバルとか……。

 

「……大丈夫。僕達は加減を知っているから、僕達は」

 

「大丈夫よ、大丈夫」

 

「え、ええ……」

 

 アリアさんは僕達の様子を目にして今からどんな修行が始まるのかと不安になっているけれど、流石にか弱い女の子に無茶はさせやしないさ。

 

「安心して、アリアさん。僕達は君が強くなる為に力を尽くすけれど、何かあれば絶対に助けるからさ」

 

「ロノスさん……」

 

 不安を追い払う為、そっと彼女の手を取る。

 ……ちょっとゲームでの知識を利用するから嫌だけれど、アリアさんの設定として人間関係の希薄さからか手を握られると安心するってのが有ったのを知っているんだ。

 

 流石に見ず知らずだったり不仲だったりする相手なら兎も角、僕への印象は悪くないのか嫌な様子は見られない。

 ……ちょっと罪悪感が有るけれど、不安解消の為であって口説き落とす意図は一切無いから大丈夫……かな?

 

 あっ! 同性のリアスに任せれば良かったや。

 

 僕がちょっと失敗した事に気が付き、慌てて手を離そうとすればアリアさんは少し名残惜しそうにして、離すタイミングを失ってしまう。

 僕はリアスに視線で助けを求めようとしたけれど、助けは思わぬ方向から入ったんだ。

 

「……来てしまったのなら仕方が無い。そのヘンテコ女が修行する許可を出してやる。ロノス、貴様は妾の為に雑用ぞ。木の実を集めるのを手伝う事を許可しよう」

 

 レキアは僕とアリアさんの手を引き剥がすと、そのまま僕の指を小さな手で握って引っ張ろうとする。

 当然、普通は僕は動かせないんだけれど、無理に引っ張ろうとした挙げ句に手が滑って勢い良く飛んで行くだなんて事故が起きても大変だ。

 

 ……仕方無いなぁ。

 

「はいはい。ちょっと僕はレキアの手伝いをして来るよ。女王様との約束だし、臨時の報酬も先払いで貰ったしね。リアス、ポチには追い込み役を任せるからアリアさんをお願いね」

 

「おい! 妾の手伝いという至上の誉れを貴様に与えてやるのだから喜んだらどうだ!」

 

「はいはい、嬉しいなぁ」

 

「……ふん。それで良い」

 

 面倒だけれど約束は約束だし、レキアだって一応女の子だから極力怪我は避けてあげたい。

 だからレキアが引っ張る速度に合わせて歩き出すし、手だって上げたままだ。

 結構適当に返事したけれど、レキアには見抜けなかったのか満更でもない様子だし少し助かったな。

 

 

 自分から提案して連れて来ておいて放置だなんて気が引けるけれど、そもそもレキアの件をついでに済ませようとした罰かな?

 この世界には実際に神様だって居るし、その内二人は天罰として全人類を滅ぼそうとした事さえ有るのだから可能性は無くはないけれど、それでも僕は無罪を主張しよう。

 

 だってレキア関連の手助けって基本的に一人居れば済む雑用ばかりな上に態度が悪いんだから。

 何時も僕を指名するけれど、嫌いな相手をこき使って楽しんでいるのかな?

 

 

「……面倒ね」

 

「え? あ、あの、本当に私のせいでお手間を……」

 

「違うわよ。面倒なのはレキアの事。昔からお兄様への態度がアレなんだから見ていて嫌になるわ。ポチ、お願いね。適当な数を集めて来て」

 

「キュイ!」

 

「……それにしても酷い扱いですし、ロノスさんも大変ですね」

 

 

 

 

 さて、お兄ちゃんがツンデレ妖精に連れて行かれたし、任されたからには張り切るわ。

 ポチは早速とばかりに森の奥へと飛んで行って、それなりの数を集めるのも時間が掛かるし、取り敢えずアリアの実力を見せて貰いましょうか。

 

「じゃあ、早速だけれど地面に向かって魔法を撃って貰える? 使える奴全部」

 

 魔法ってのはイメージの具現化で、イメージが固まっていないと不発に終わる。

 お兄ちゃんは自転車に乗れるようになるのと同じだって言ったけれど、私が自転車に乗れるようになる前に死んじゃったのを思い出して落ち込んでいたわよね。

 そんなの気にする必要なんて無いのに……。

 

 兎に角、それをちゃんと発動するには兎にも角にも練習有るのみ!

 何度も放ってイメージと比べ、違いを修正して行く。

 他の属性は先人達が作り出しているし、他の人が出すのを見ればイメージが掴みやすいけれど、私達は古い資料に残っているのが幾つか有るだけだし、私も苦労したわ。

 

 ……前世でのゲームやマンガの知識があったから”魔女の楽園”には存在しなかった魔法も生み出せたし、アリアのだって何とかなるわよ……多分!

 

「じゃ、じゃあやります! シャドーボール!」

 

 アリアが両手を突き出して放ったのはゲームでも初期から使える黒いエネルギーの球体。

 教えられる先生が居ないし、火属性の”ファイアボール”を真似て生み出したんだろうその魔法は真っ直ぐ飛んで当たった地面を弾けさせた。

 

「威力は他の属性より高そうね。じゃあ、次は私の魔法の真似をしてみて!」

 

「え? だってリアスさんは”光”ですし、私とは正反対じゃ……」

 

「どっちもよく分からない変なエネルギーを放つから同じ同じ。じゃあ、イメージとしてはさっきの魔法を大きくした後、更に……」

 

 あっ、どうやって説明しようかしら?

 私が今から見せるのは光の魔力を散弾みたいに放つ”ホーリーショット”なんだけれど、この世界って散弾銃なんて存在しない……そうだ!

 

 私は今、凄く分かり易い例えを思い付いた自分を手放しで褒め称えたい気分だったわ。

 

 

「クシャミをして唾を撒き散らすイメージで……ホーリーショット!!」

 

 巨大な光の球体が無数に散らばって地面に深い穴を無数に刻み込む。

 

「じゃあ練習よ! クシャミだからね、クシャミ!」

 

「あ、あの、分かり易くは有りますが……女の子としてはどうなのでしょうか?」

 

 ……あれぇ?

 

 私、もしかして失敗しちゃった?

 

 

「え、えっと……あっ! リアスさんって何度も自分を”世界で二番目に強い”って言いましたけれど、世界一ってもしかして……」

 

「勿論お兄ちゃ……お兄様よ。だって当たり前じゃない。私のお兄様なんだから」

 

 凄く強い私を傍で守ってくれる自慢のお兄ちゃんが世界一強くないなら、一体誰が世界一なのかって話よね。

 

 

「キュイ!」

 

「あら、随分と早かったわね」

 

 鳴き声の方を向けばこっちに向かって飛んで来るポチと、ポチに追い立てられて来た数十匹のモンスターの姿が見えた。

 

 

「じゃあ全部アリア一人で倒しなさい! そうすれば強くなれるから!」

 

「ええっ!?」

 

 所で急に話が変わったのは何故かしら?



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自覚はあるけど溺愛は止めない

漫画作成、一個目が相談中なのに別のも相談してしまった

ゴリラゴリラゴリラ ゴリラ系聖女の活躍とツンデレ妖精登場の辺り

絵も発注 ヒロインと妹


 突然だけれど僕には弱点が存在するんだ。

 本来貴族なら弱点は隠し通すか克服するのが模範なんだろうけれど、こればっかりはどうにもならない。

 

「寒っ! レキア、この領域の季節って今だけ夏にならない?」

 

 僕の弱点、それは冷え症だ。

 いや、リュボス聖王国とかが有る大陸って元々北国だし、春でも中々暖かくなってはくれない。

 結果、夏以外はコート無しじゃ過ごせない僕なんだけれど、今進んでいる道は見事な迄に雪道で、木々には雪化粧がされていた。

 

 幾ら妖精の領域が外と摂理が全く違う空間とはいえ、ちょっと進んだだけで普通の森が白一色になってるんだから嫌になるし、僕の肩に座っている管理者に文句の一つも言いたくなるさ。

 

「妾は優秀だから可能だが、貴様が快適に過ごす為に力を奮う義理は無かろう?」

 まあ、期待はしなかったし口に出しただけだけれど、こうも帰ってくる反応の内容が予想が的中した物だと少し嫌になるよ。

 しかもさっきから何が言いたいのか髪を掻き上げながらチラチラ見て来ているし、妖精って本当に理解が不能だ。

 

 リアスなんて凄く分かりやすいのにさ。

 ……ちょっと成長に伴って単純になり過ぎてる気もするし、僕が支えてあげないとね。

 やれやれ、手の掛かる妹だよ。

 

 手が掛かる、か。

 歳が離れていたから僕達の面倒見は大変だっただろうに、お姉ちゃんは一生懸命やってくれていた。

 

 あの人も来ているのかな?

 例え転生してからの人生の方が長くても、僕にとってお姉ちゃんが大切な家族なのは変わらない。

 

 会えるのなら会いたいよ・・・・・・。

 

「……おい。先程から耐えてやっているが、何か私に関して気が付く事は無いのか?」

 

「さあ? 髪型を変えたのと、ドレスが今まで見た事の無い奴な以外は全然分からないや。似合うんじゃないかな? 君って悪態さえ無ければ綺麗寄りの美少女だし」

 

 何を言いたいのかは分からないけれど、痺れを切らした様子のレキアが耳を掴んで怒鳴って来たから思った事を口にはしたものの……これ、多分”人間如きに誉められても嬉しくはない”とか言って来るパターンだろうな、多分そうだ。

 実際、こういった事にはリアスの方が鋭いから何度か誉めた事が有るけれど毎回そうだったんだから。

 

「……」

 

 どうせ罵倒でもされるのかと思って辟易しながら数分が経過、肩に止まっているから分からないけれどレキアは妙に静かだ。

 どうも変だって言うか、この子ってゲームでも僕達に力を貸すけれど詳しい理由はお姉ちゃんから聞いていないんだよね。

 設定資料集とかに乗ってるらしいけれど、別に興味が無いから読んでないし、そもそもゲームの僕と今の僕が別物な以上はレキアだって別物扱いで良い筈だし。

 

「……面倒だなぁ」

 

 レキアの扱いもそうだけれど、目の前で木々に群がっているモンスターの群れだって僕を憂鬱にさせる。

 見た目は根っ子で歩く大きめの切り株だけれど、断面には鋭利な牙を持つ巨大な口で、赤紫色の舌が見ていて気持ち悪い。太い根っ子が鞭みたいに振るわれる度に打撃を受けた大木の表面がえぐり取られ、破片が口の中に入る度にモンスターは大きさを増して行った。

 

「”ウッドゾンビ”だね。確か二年前も大量発生させて叱られてなかった?」

 

「やかましい! あの時の反省を糧にして妾だって頑張って来たが、どうも近頃妙なのだ! 領域内の力が不安定になっている」

 

 僕の指摘に対し、レキアは肩から飛び上がって見下ろしながら叫んで来る。

 怒鳴るのは分かっていたから指で耳栓をしたけれど、それでも五月蠅いや。

 この子、直ぐに怒るんだから苦手なんだよね。

 

 でも今こうして怒る理由には賛同するんだ。

 

「まあ、確かにね。幾ら外の常識が通じないのがこの場所でも流石に変だ」

 

 何度も妖精の領域に修行で訪れている僕だからこそ気が付いた違和感。

 幾ら何でも度を越した環境の変化にモンスターの大量発生と、レキアが任されたこの場所が特に管理が難しくても彼女なら本来は此処までの事態には陥るはずが無い。

 

 彼女、凄く偉そうだけれど努力家だし実力が伴っているのは確かなんだ。

 常日頃から努力をして、自力で可能な事は全部やったのに思い通りに事が運ばないなんて、自己評価高めの彼女には耐え難いだろうさ。

 

 知り合いではあるし力にはなりたいけれど、妖精の領域については素人だからね。

 仮に頼るなら僕じゃなくて、経験豊富な専門家をお勧めするよ。

 

「原因究明は本職に任せるとして、今はあれの始末をしようか。さっきも言ったけれど、君が困っているからって女王様に報酬を先払いで貰ったしさ」

 

 多分あの人は何か異変が起きているのは把握しているけれど、レキアが助けを求めて来ない限りは直接手を出さない気なんだろう。

 もしもの時に人に頼れるかどうかも必要な力だし、僕達に依頼を出したのは痺れを切らしたって所かな?

 こりゃ随分と一人で何とかするって意地を張っていたね。

 

「……報酬か。母上の事だ。余程の物を出したのだろうな」

 

「うん。”余に可能な物なら何でも良い。何なら娘の誰かを嫁にするか?”って言われたから……」

 

「よよよ、嫁だとっ!? 妾が貴様のかっ!?」

 

 余程嫌なのかレキアは顔を真っ赤にして叫んでいた。

 失敬な奴だね。

 

「話の流れからしてそうだろうね。ああ、安心して良いよ。別のにしたから……」

 

「……そ、そうか」

 

 あっ、少し落ち込んだ?

 この状況で落ち込む理由は……成る程ね。

 

「誰にだって勘違いは有るし、それで叫んだからってそんなに恥ずかしがる事は無いって。妖精族の姫様としてはどうかと思うけどさ」

 

「……して、貴様は母上に何を要求した? 断ったのは身の程を弁えた結果だとして、本来与れぬ至上の名誉の代わりなのだ。当然ながら余程の物なのだろうな?」

 

 どうやら僕の慰めはお気に召さないらしく少し不機嫌だ。

 それにしてもレキアだって王族だろうけれど、僕だって父方の従兄弟が自国の王で、叔母が同盟国の王妃なんだけど?

 だからお祖父様も家柄よりも実力重視で結婚相手を選ぶ様に言って来ているんだ。

 相手の家柄とかはクヴァイル家の力でどうとでもなるとかでさ。

 

「ポチとお喋りが出来るようにして貰ったんだ。……え? 何で怒ってるのさ?」

 

 だからレキアとの結婚という政略結婚としては上々の物よりも個人的な利益を優先させて貰ったよ。

 溺愛するペットと話せるだなんて飼い主からすれば凄い幸せだものね。

 

 ……なのにレキアは何故か不機嫌そうだ。

 嫌っている相手との結婚は嫌だけど、ペットとのお喋りの方を優先させたのは気に入らないって所だろう。

 ウッドゾンビ達を指差して叫ぶ彼女は怒り心頭だ。

 

「さっさと連中を滅せよ。貴様ならば楽だろう!」

 

「あっ、既に準備は済んでいるよ。ほら、こっちにおいで。僕に掴まっていないと危ないよ?」

 

「危ない? ふんっ! 何を言うかと思いきや貴様程度に掴まらずとも……いや、偶には戯れも良かろう」

 

 僕の言葉に怒鳴ろうとしたレキアだけれど、顎に手を当てて少し考えた後で肩に再び乗ると首に手を回して来た。

 ……絞め殺す気かな?

 

「それでは見せてみよ。基本属性四つでも伝説に名を残す闇や光ですらない、貴様が唯一無二の使い手である”時”属性の力をな!」

 

「あっ、気付かれた」

 

 先程からずっと叫んだりしているし、幾ら鈍い連中でも僕達に気が付かない筈がなく、ゆっくりとした動きだけれど百匹に届きそうな程の群れが僕達に向かってやって来た。

 既に被害にあって薙ぎ倒された大木を乗り越え、まるでアリの大群を思わせる光景だ。

 

 その群れの中心に突如野球ボール大の黒い球体が出現し、周囲の空気が急激に流れ込み始める。

 

「ぬおっ!? す、吸い込まれる!?」

 

「だから危ないって言ったのに。……ほら、此処にでも入っていなよ」

 

 体が小さくて軽いレキアは嵐の日みたいに強い風に乗って飛ばされそうになり、僕の襟首に掴まって上下に激しく揺れ動いていたので優しく掴むと襟口からコートの中に入れて顔だけ出させる。

 

「今は我慢して。文句だったら後で聞くからさ」

 

「う、うむ……」

 

 場所が場所だけに表情は見えないけれど、どうやら怒ってはいないらしい。

 

「それであれは何なのだ? 闇と風の合わせ技……ではないな」

 

「魔法ってのは生まれ持った属性という画材で描く絵画みたいな物だし、赤い絵の具がなければ真っ赤な夕焼け空は描けない。あれは時間を停止させて光すら通さない空間だよ。その周囲の空気の時間を高速で戻せば指定場所を通過した空気が戻り、時間停止によって押し出されずに圧縮される。そして解放すれば……」

 

 圧縮された空気は一気に解放され凄まじい衝撃が周囲に広がって行く。僕の前方の空気の時間を停止させて盾にすれば僕達を避ける様にして地面がえぐり取られていた。

 

「……やり過ぎだ、阿呆が」

 

「大丈夫。後で時間を戻せば良いだけさ。……植物はちょっと今の僕じゃ無理だけどさ」

 

 あっ、これは怒られるパターンだ。

 

 レキアは僕のコートの中からモゾモゾ動きながら這い出して頬をペチペチと地味に痛い威力で叩いて来た上に、最後には頭突きをしようとして顔面を打ってたけれどさ。

 

 

「……今のは忘れろ。間違っても貴様の頬に口付けしてなど居ないぞ。それと……今度何かあれば妾と結婚出来るなどと自惚れるでないぞ」

 

「分かってるって。……ねぇ、ちょっと気になったんだけれど僕達が来るよりも前に依頼した相手って何者? この領域に閉じこもっている君に接触出来るってただ者ではないよね?」

 

「……さてな。どうやら軽い神の気配を持っていたし、どこぞの神の眷属がお忍びで遊ぶ費用を稼いで来いとでも命じられたのだろうさ。確か”ネペンテス商会”と名乗ったぞ」

 

 ……ウツボカズラ(ネペンテス)か。

 変な名前の商会だけれど……何処かで聞いた覚えがあるし、前世のだとするとゲームに出ていたのかな?

 

 

 

「さて、さっさと木の実を集めるぞ」

 

 どうやらレキアは最初の目的を忘れていなかったらしく、再び僕の指を掴んで引っ張り始めた……。



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蝶と芋虫とゴリラ

間違えていた 再投稿


 突然だけれど私には苦手な物があり、それは虫である。

 あの独自の形や無数の足で這い回り時に目の前を飛び回る姿は想像するだけでゾッとするし、殆ど死に掛けた心を強く揺れ動かす。

 

 ……いや、私の心を揺れ動かすのは恋心とかの素敵な物であって欲しいのに、どうして彼処まで気色が悪い存在に動いてしまうのか。

 虫を前にした時の怖気を考えると完全に心が死んでいた方が良かったとさえ思う。

 

「い、芋虫ぃ!?」

 

 私に向かって追い立てられて来たのは猫や犬程度の大きさの芋虫で、身をくねらせながら固まって進む。

 時に仲間を踏み越え、一度転べば無数の仲間に踏み越えられ身動きが出来ずに潰されて瀕死の状態で痙攣している姿に取り繕った偽物の言葉ではなくて、腹の中からの嫌悪感が口から吐き出された。

 

「芋虫じゃないわよ。ほら、花に擬態する虫って居るけど、あれはその逆。頭に綺麗な花が咲いているでしょ? 腐肉の香りがするけれど」

 

「どう見ても寄生されて操られて居ますよね!?」

 

「そう見えるだけよ」

 

 巨大な芋虫達の体は濁った緑色に目玉を思わせる黒い模様が有り、頭には鮮やかなピンク色の巨大花。

 虫系のモンスターに寄生するタイプの花と思ったけれど、芋虫の部分は根っ子らしい。

 だったら根っ子を足みたいにして動けば良いのに、何故わざわざ虫みたいな姿なのだろう。

 

「確か”ワームフラワー”だったわね。じゃあ、早速攻撃してみましょうかしら。大丈夫よ。精々五十匹程度だから。ポチ、逃がしちゃ駄目よ」

 

「……キュイ」

 

「そのやる気のない返事は何!? 私だってアンタの世話をしてあげたでしょ! お兄ちゃんだけでなくて私も敬いなさいよ!」

 

「あっ、矢っ張りリアスさんは落ち着いてない時は”お兄様”じゃなくて”お兄ちゃん”って呼ぶんですね」

 

「……レナやチェルシーには秘密よ? 口うるさいんだから。特にチェルシーなんか口にはしないけれど、絶対お祖父様に命令されてお目付役を引き受けてるわ」

 

 少しふてくされた様子のリアスさんとポチの姿に和みそうになるが、芋虫の口から糸が吐き出されるのを見て現実に引き戻される。

 糸は木の枝に絡まり、そのまま糸を使って芋虫は私の方に飛んで来たから無数の足が蠢く腹部がハッキリと見えてしまった。

 

「……ダークショット」

 

 先程リアスさんが使った魔法を参考に、イメージするのはくしゃみ……ではなくて柄杓での水撒き。

 比べれば貧相な出来映えだけれどワームフラワーの数体に当たり、飛んで来た一体は腹部をえぐり取られて絶命する。

 ……撒き散らされる内臓とかは無かったし、本当に根っ子で良かったな。

 

「その調子ならどんどん行けるわね! これを一セットとして……今日中に五セットは可能ね!」

 

「無理です! 魔力が持ちません!」

 

 未だイメージが固まっていない状態で放つ魔法は威力がバラバラで消耗する魔力の差も一撃ごとに激しく上下する。

 リアスさんは可能と言うけれど、それは消費が最低で威力がそこそこの時、つまり一番良い状態の時の魔法を連発した時の場合だ。

 

「魔法が使えない状況や通じない相手なら物理で倒せば良いじゃない。……それにしても芋虫かぁ。久し振りに大芋虫のハーブ焼きが食べたいわね。ネズミ位の大きさのなら格別だわ」

 

「そのハルバートを渡されても困ります!」

 

 リアスさんは気軽に振り回しているけれど、ちょっと地面に置いただけで沈んだのだし、普通の女の子が持てる重量じゃない。

 

 ……普通の女の子、か。

 私、この人達のお陰でそんな風に思える様になったんだ。

 

「……あ~、最初はメイスとかが良かったかしら?」

 

 一般人の私に無茶ぶりをして来たゴリラの言葉に私はリュボスの食文化を思い出す。

 ああ、確か虫料理が普通に有ったんだったと。

 

 ……所で彼女って王の従姉妹で宰相の孫で別国の王妃の姪の筈だけれど、発想がお姫様やお嬢様よりも騎士様だ。

 

「アリアはどの虫が好き? 私は揚げた蝉が一番かな? 味付け塩ね、塩。貴女はミミズの蒸し焼き辺り?」

 

 因みに私は揚げ物や蒸し物よりも焼きの方が好きだ。

 虫じゃなくて肉なのは当然である。

 

「キョォオオオオオオ!」

 

 あっ、変な事を考えている場合じゃない。

 そんな事をしている間にもワームフラワーは私に向かって押し寄せ、私は魔力の限り魔法を連発するけれど数は減らない様に見えるのは気のせいだろうか?

 

 こうなったら自棄だ、自棄になって戦うしかない。

 

「ダークショット! ダークショット! ダークボール! シャドーボー……あの、増えていません?」

 

「増えているわね。此奴、花の部分を破壊しないと復活するわよ」

 

「それを早く言って下さい」

 

「……私、早口言葉は苦手で。お兄様は高速での詠唱だって得意なんだけれど」

 

 見れば地面に落ちたワームフラワーの花の根っ子が蠢いて破片を絡め取っている上に、千切れた根っ子からも花が再生している。

 

 ……このゴリラ、重要な事を言っていなかった。

 そして言葉が通じていない。

 

「キュイ……」

 

 私にはロノスさんみたいにグリフォンの言葉を理解する力は無いけれど、今は何となく分かる。

 

 このゴリラ、ちょっと駄目だ……。

 

「ま、魔力が限界に……あれ? 回復した?」

 

 魔法を使い過ぎて魔力が枯渇すると独特の疲労感に襲われるけれど、後数ミリで限界真っ逆様という所で急に道が現れた感覚。

 いっそ限界が来れば目の前の光景からは解放されたのに……。

 

「あら、知らない? モンスターを沢山倒せば急に力が上がるし、その時に魔力も回復するのよ」

 

「今まで戦った事が無いので……」

 

「……成る程。じゃあ早速別の魔法を試してみる? 例えば……ホーリージャベリン!」

 

 光が大地に行き渡り、無数の刃が天に切っ先を向けて生える。

 串刺しにされてもがくワームフラワー達は暴れる程に自らの体重で体が沈み、何やら焦げ臭い様な……。

 

「串焼きかぁ。あっ、その刃に触れたら駄目よ? 凄い熱を持っているから」

 

 眩しい程に力強き光がそのまま矛に形を変えた物によってワームフラワー達の体は焼け、頭の花も火に包まれて行く。

 どうやら助かったらしい……ほっ。

 

「キュイ!」

 

 警告する様な鳴き声に私は思わず反応して前を向き、それは正解だったと地響きと共に地面を割って現れた巨大なサナギの姿に知らされる。

 

「ま、まさかワームフラワーが成長した姿?」

 

「いえ、大元よ。ワームフラワーって働き蜂みたいな物らしいわ。……蜂の子が食べたい」

 

「こんな時に食欲出してどうするんですか!?」

 

「さっさと倒してご飯にするわ」

 

 サナギがモゾモゾと動き、割れる。

 中から粘液で体を湿らせた蝶が姿を現せば私が感じたのは嫌悪。

 

「ひっ!」

 

 芋虫の状態ではあくまでも模様だった目玉がギョロギョロと動いて私達を見下ろし、体の湿り気は直ぐに乾いて行く。

 まるで腐った生ゴミみたいな悪臭を漂わせながら蝶は飛び上がった。

 

「これは運が良いわね。弱いので数を稼いでも段々効率は落ちるし、強いのを一匹倒した方が時間短縮になるわ。じゃあ……頑張って!」

 

「……あれ?」

 

 やる気を出したから倒してくれると思いきやリアスさんは後ろに下がって手を出す気が無い様に見える。

 

「もしかして私だけで倒すんですか?」

 

「ええ、そうよ。だって私が力を貸したら成長の効率が落ちるもの。危なくなったら助けるから頑張ってジャイアントキリングを、格上倒して経験値ウハウハ状態を目指しなさい!」

 

「経験値って何ですかー!?」

 

 何となく意味は分かるけれど意味を理解したくない。

 だけどリアスさんは本当に様子を見るらしいし、敵も呑気に待ってくれはしなかった。

 

「ちょっと待って。あれは……卵!?」

 

 蝶のお尻からボコボコと産み落とされる黄色い玉が地面にぶつかって割れると中からワームフラワーが這い出して来る。

 虫が嫌いな私には卒倒しそうな光景で、誰かに助けて欲しかった。

 でも、こんな時に都合良く助けなんて入らないのは私が一番知って……。

 

 

「ちょっと無理させ過ぎだから!」

 

「ロノス……さん?」

 

「あーもー! リアス、後でお仕置きね! それと僕も謝るとして……此処は僕に任せて!」

 

 私が助けを求めた時、一番聞きたかった人の声が耳に入り、その姿を目で捕らえる。

 そのまま彼がコートの中から取り出した袋に手を突っ込んで振り被る姿を私はジッと見つめ、目が離せなかった。

 

「アクセル!」

 

 手の中の何かが放たれた瞬間にロノスさんの詠唱が響き、目で追えない程の高速で何かが飛来する。

 それは蝶と芋虫の体を貫通、そのまま通り過ぎた。

 

「い、今のは?」

 

「加速魔法”アクセル”。物体が進む時間を早送りして投擲の威力を増すわ。因みに投げたのは金平糖ね。お兄様の大好物だから持ち歩いてるの」

 

「は、はあ……」

 

 常に甘い物を持ち歩いているだなんて可愛い人。

 そして私を助けてくれる姿は格好良かったな……。

 

 再び感じた胸の高鳴りに気が付けば手が胸に行き、視線はロノスさんに注がれる。

 今日一日大変だったけれど、ロノスさんに助けて貰えただけで私は満足かも知れなかった……。

 

 

 

「……アリアさん、本当にごめんなさい」

 

「もう何度も謝って貰いましたし、そもそも私の為だったから気にしていませんよ」

 

 あれから私の特訓はロノスさんと一緒に行って、何故かレキアさんに睨まれながらも何とか終了した。

 空高く飛ぶポチの背中の上、下を見れば卒倒しそうな景色で横を見れば夕日が山に沈む風景が広がって行くけれど、私は前だけを見ている。

 ロノスさんの背中だけを見ていたい。

 

 少し恥ずかしくなったから怖い振りをしてロノスさんに抱き付けば鼓動と体温が伝わって来る。

 まるで抱き締められている様な錯覚の中、私は気が付いた。

 

 この状態、胸を強く押し付けて……。

 心なしか伝わって来たロノスさんも鼓動が速まっている気がして……。

 

「ひゃわっ!?」

 

 あっ、変な声が出た……。




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王と忍びと黒い噂

 大昔、大陸を襲った厄災から人々を守り抜いた聖女が建国したリュボス聖王国の王城にて一人の青年が黙々と書類作業を続けていた。

 

 彼の名は”クレス・リュボス”。この国を統べる若き王であり、周辺諸国の口さが無い者達からは”傀儡王”と嘲られる。

 

 その全てが国に関わる事であり、形式上回されてくる様な重要性の低い物は混じっていない。

 だが、その一枚一枚に関する事項は当然ながら大勢の会議で決められて彼の承認印を待つだけであるが、会議の中心となったのは彼ではない。

 

「……おい」

 

 何百枚目かになる書類に印を押した頃、如何にも憂鬱だといった表情のクレスが気怠そうな声で呼び掛けるも室内に人の姿は存在しない。

 

 

 

 

「お呼びでしょうか? 陛下」

 

 だからこそ、その人物が音も無く床に降り立つ姿はまるで瞬間移動の類に見えた事だろう。

 何処からともなく現れ、床に跪いて頭を垂れる彼女の姿を一言で言い表すならば”忍者”であった。

 

 首に巻いた布は床に着く程に長く、口元を覆面で隠しているので顔の作りは分からないが、胸の膨らみと声からして若い女である事は判断出来る。

 髪は水色で毛量が多いのを後ろで束ねていた。

 服装も忍装束ではあるのだが、所々が網タイツで無駄にセクシーである。

 

 だが、それは彼女が腰に差す刀の違和感からすれば些細な物。

 刀身おおよそ300センチメートルと軽快に動くには些か邪魔になる大太刀であり、鞘こそ立派な黒塗りではあるが、柄には古ぼけた布を少々乱雑に巻いている。

 

 忍びと呼ぶには忍ぶつもりが一切感じられない彼女だが、その姿を見れば何かが妙だと気が付くだろう。

 この女、まるで絵か何かの様であり、生きた人間特有の気配が一切しないのだ。

 

「……陛下か。この国を実質動かしているのは我が祖父である宰相だ。誰かの目がある訳でも無し、我々の流儀に合わせる必要も有るまい?」

 

 クレスが一切動じず誰も呼び寄せない姿や現れた時の態度からして侵入者の類ではなく、寧ろ臣下寄りの立場を伺わせるが、彼が向けるのは自嘲の言葉である。

 

 四カ国が隣り合わせで存在し、同盟こそ結んでいるが移ろい行く人の心次第では情勢は瞬く間に変わる。

 その時、国を守る為に最も必要なのは自分ではないとクレスは思っているのだ。

 

 同意か否定か、彼が彼女に求めたのがどちらなのかは本人のみぞ知るが、彼女が口にしたのはどちらでもない言葉だった。

 

 

「いえ、この国の実権を誰が握ろうと、誰が重要だろうと、最終的に決めるべきなのは王であり、全責任は王が負うべき事。それ以外の者はそれに従うだけかと」

 

「……相変わらず厳しい奴だ。もう少し何とかならんのか?」

 

「人の心の機微は私にとって理解の範疇外であり、主より命じられたのは陛下の護衛。それ以上は致しかねます。……お忘れ無きよう。私は只の道具に過ぎません。芸術品として愛でるも、消耗品として使い潰すも所有者の意思次第。それに変更を加える自由は道具には不要かと」

 

「確かに床を掃除するモップが”自分を武器にしろ”等と叫んでも困るだけか」

 

 女と話す最中、クレスの表情は自虐的な物が中心なれど一人で鬱々と仕事を続ける最中に比べれば明るく、反対に女の方は眉一つ動かさない。

 

 その表情に変化が起きたのはクレスから告げられた言葉を聞いた瞬間だ。

 

 

「ああ、そうだ。今朝聞いたのだが、我が従兄弟のアホの方が王国の貴族と決闘をする事になったらしくてな」

 

「……して、介添え人は?」

 

「どうも闇の使い手らしいが……気になるか?」

 

「いえ。主が何を思い、何を成されても私がすべき事は道具としての存在意義を全うする事だけですので」

 

 声には殆ど抑揚が無い彼女だが、細腕で柄をしっかりと握り締めた刀だけはガチガチと鞘の中で震えている。

 クレスは”一本取った”とでも言いたそうな笑みを一瞬だけ浮かべると再び書類作業に戻った。

 

 

 

「……それと陛下。この前宰相殿に刺客が放たれましたが、モップで全員叩き潰したそうですよ、文字通り。ミンチ状にしたその後で焼いて始末したらしいです」

 

「おい、夕餉のメニューは何だとシェフが言っていた?」

 

「確かハンバーグでしたが、それが何か?」

 

 ”此奴、絶対わざとだろう”、一切表情を変えない彼女にクレスはそんな感情を抱くのであった。

 

 

「しかし、だ。流石に主の手元に居なくても良いのか?」

 

「所有物を所有者が誰に貸そうが道具には無関係です。但し、お呼びとあらば馳せ参じるでしょう。……そろそろお二人の片方が牽制から戻って来るそうなので戻るのも時間の問題かと」

 

「……そうか。話が通じなくもない方だと良いのだが」

 

「どちらも通じるのでは?」

 

「お前、本当に人の心が分からないな。……仕方の無い話だが」

 

 大きく溜め息を吐いた彼は一瞬だけ彼女の腰に視線を送り、再び判子を押す作業に戻る。

 まだまだ仕事は終わりそうにない……。

 

 

 

 決闘が決まった日の翌日、噂は既に学園に広がっており、ヒソヒソ話が否が応でも耳に入って来た。

 僕達兄妹やアリアさんの近くにはフリートやチェルシーも固まり、全員の耳に届いている最中だ。

 

 曰く、アリアさんは僕達に媚びて利用している。

 

 曰く、僕に体を使って取り入った。

 

 曰く、魔女の力で操って……まあ、聞くに堪えない内容ばかりだ。

 

 噂が本当なら手を出せば僕達が黙っていないと思っているのか危害を加える気は無いらしいけど、こうも鬱陶しいと腹が立って来る。

 

 

 ”友達の悪口を言われたから”なんて理由で家の力を使う気は無いし、喧嘩を代わりに買うのも話が違う。

 此処からどうするかはアリアさんの問題だし、僕達はその手伝いをするだけだ。

 

「……こうもあからさまなのは癪に障るわね。私達に媚びたい連中が思惑外れて八つ当たり、あわよくば……かしら?」

 

「おい、ロノス。お前の妹が賢そうな事を言ってるぞ。今日は槍でも降るのか?」

 

「アンタの上に光の槍を降らせてあげようかしら!?」

 

「こらこら、駄目だって。喧嘩しないの」

 

 でもリアスは気が短いからなぁ。

 妹が馬鹿をやらかせば尻拭いを手伝うのも、馬鹿をやらかす前に止めるのも兄の仕事だから仕方無いんだけどね……。

 

「あの、私のせいで皆様にご迷惑をお掛けします。だから……」

 

「だから?」

 

「あの眼鏡の人を決闘で……た、叩きのめします!」

 

 一瞬心配したけれど杞憂だったか。

 未だ少し頼り無いけれどアリアさんは拳を握り締めて決意を口にしてくれたしさ。

 

「……そりゃ結構。俺様のダチの妹と組むんだ。半端な真似をするんじゃねぇぞ? んじゃ、俺は一旦婚約者様を偶には構ってやらねえとな」

 

「きゃっ!? ちょっとフリート! レディの腰に手を回すなら許可取りなさい!」

 

 

 フリートはチェルシーの腰を抱え、アリアさんを軽く睨んで言葉を掛けると去って行く。

 どうやら友達である僕達と少し一緒に行動した程度じゃアリアさんへの好感度は大して変わらないらしい。

 チェルシーはチェルシーでリアスに付き合うなとか言っても無駄だから諦めているみたいだし、一緒に居るだけなら問題は無いだろう。

 

「あの二人ならその内何とかなるだろうけれど……」

 

 まっ、関わる人全員と仲良くしなくちゃならない訳でも無いだろうしさ。

 ……あ~、でも敵だらけなら婿探しも卒業後の統治も上手く行かないのか。

 その辺り、僕達が過度に手を出すのもクヴァイル家の長男として問題が有るんだよね。

 

 

「そろそろ授業だね。アリアさん、最初の授業は何だっけ?」

 

「確か校庭で魔法実技だったかと。担当は……誰でしたっけ? えっと……マナフ・アカー先生ですね」

 

 ゲームではチュートリアルを兼ねたイベントで、成績次第で好感度が変化するキャラも居た筈だし、そうでなくとも実力を認めさせれば影口も減るだろう。

 

 

「アリアさん、頑張ろうか」

 

「はい! ロノスさんが応援してくれるなら百人力ですね!」

 

 ……昨日一日で随分と仲良くなれたなあ。

 明るい笑顔を向ける彼女に僕は感心さえしていたんだ。

 

 

 ああ、昨日と言えばレキアから名前を聞いた商会だけど、リアスもうろ覚えだったから……。

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、これは都合が良い。これだけ闇の残滓が有るならば……私の封印が解けそうですねぇ! アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 



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ショタっぽい教師の授業

 この世界に酷似した乙女ゲーム”魔女の楽園”には存在はするけれどゲームではそれ程影響が無かったり、そもそも語られない物だって存在する……らしい。

 

 僕は実際にプレイしていないから全部知っている訳じゃないけれど、幾つかは覚えているし利用している物も有る。

 

 ……そもそもの話、どうして彼処までこの世界と酷似させる事が出来たのかが不思議だ。

 データの世界に人間の魂が入り込める筈が無いんだから。

 

 

 

「やあ、皆。今日は絶好の授業日和で嬉しいね。じゃあ、改めて挨拶をしよう。先生の名はマナフ・アカー。見ての通りのエルフです。所属はアース王国ですが、生徒は平等に扱うので安心して下さい」

 

 僕達が校庭に着いた時、既に何人か他の生徒が集まっていて、アカー先生は授業の準備を終えていた。

 金属製の柵に囲まれた半径三メートル程の円の前で待っていた先生は全員が集まるなり笑顔で挨拶をしたけれど生徒の中には懐疑的な視線を送る人達も居た。

 

 それは王国と不仲な帝国出身のグループだったり、先生の見た目が子供だから腕を信用していなかったりと様々だ。

 

「……背伸びする美少年か。良いわね!」

 

「色々教えてあげたい気分」

 

 ……中には聞きたくない会話をしているグループも居るけれど、聞きたくないから忘れる事にしようか。

 

「さて、これで一年生全員の様子を見られるけれど……」

 

 注意すべきは他にも居るだろうけれど、ゲームでの攻略対象はそれなりに影響力が大きい連中だから特に注目が必要だ。

 

「お、おい。だ、大丈夫なんだよな!? 無様な姿を晒して陛下の怒りを買ったりは……」

 

 例えば一緒に留学して来た家臣らしい相手にヘタレな所をさらけ出している帝国から来た皇帝の弟。

 既に皇帝には後継ぎとなる子が居るし、敵国だった所に送られている時点で重要度は低いけれど何かあれば面子の為に帝国が動きかねない。

 寧ろ何かあるのを望まれている気さえするね。

 

 ……暗殺者が送り込まれるイベントが有った様な無かった様な。

 

 その他にも数人居るけれど一番は……僕達に向ける視線が少々敵意を滲ませている”マザコン王子”だ。

 

 アース王国第一王子ルトス・アース、”マザコン王子”はネット上の愛称だったけれど、この世界でも似た感じの陰口を叩かれている。

 

 ブロンドヘアーを伸ばした目元が涼しげな美形で立ち振る舞いも優雅に見える。

 その長髪は亡くなった母親を偲んで似せているんだけどね。

 

「……気分悪いわね。王子があんな態度取ってたら同じ国の地位の低い家の連中は目の前だけでも友好的になれないじゃない。……いや、すり寄って来るのが減って良かったのかしら? でも不愉快よ、不愉快」

 

 まあ、気持ちは分からなくもないけれど、母親が継母と比べられた上に謗りを受けるのは自業自得だろうにさ。

 

「リアスも結構同じ所有るよ? フリートが気に入らないのだって友達であるチェルシーの嫁ぎ先だからでしょ? 友達が他国に行くからってさ」

 

「……むぅ」

 

 僕の指摘に図星を指されたせいか頬を膨らませるリアスは可愛らしい。

 でも彼奴と一緒にするのは少し悪かったね。

 

 だって彼奴ってルートによっては実の妹に愛の告白をしての禁断愛の逃避行をする奴だし・・・・・・ゲームとは同一視しちゃ駄目なんだろうけどさ。

 

 

「じゃあ、早速だけれど今日は皆の力を見せて貰います。”ゴーレムクリエィション”!」

 

 マナフ先生は険悪なムードに気が付かないのか、気が付いて流しているのか平然と授業を進めている。

 鈍感なのか剛胆なのか分からないな、あの人。

 

 マナフ先生が魔法を発動させると地面が盛り上がって人の形を取る。

 土属性の魔法使いの基本的な魔法の一つで自在に動く人形を創り出して操る……僕も使いたい魔法だ。

 今目の前には二メートル程度の土人形が立っているけれど、材料さえ用意すれば金属製のゴーレムを創り出せるし、僕も使えれば前世のアニメで観たロボットとかを再現したい!

 

 ロケットパンチとか目からビーム出せる巨大ロボットとか男の子の夢だよね!

 

「これから三分間ゴーレムを倒し続けて貰い、撃破数でランクを付けさせて貰います。じゃあ、アイウエオ順で……」

 

 マナフ先生の話を聞きながら僕とリアスはゲームの事を思い出していた。

 

 ゴーレムは一定数ごとに強くなって行き、特定ターン経過か負けた時点で終了、ランクによって好感度が変わって来る。

 何だかんだ言っても実力の高い魔法使いは評価されるし、闇属性の使い手が冷遇されるのって使い手が少ないから指導者不足で強くなれない人が多いからじゃないのかな?

 

 僕達はラ行だから最後の方になる。

 アリアさんは最初の方だけれど他にも先な人が居るから見学しているけれど……。

 

「ぎゃんっ!?」

 

 授業開始前からビビっていた、アマーラ帝国皇帝の弟である”アイザック・アマーラ”は一体目を破壊した所で体力を使い果たして二体目の拳を脳天に喰らって負けてしまった。

 

 一緒に居た同国の人達は冷めた目で何かメモをしているし、この結果を報告する気だろう。

 ゲームでは詳しく描かれて居なかったけれど、どうやら帝国での扱いが随分と悪いのは報告通りらしい。

 良くも悪くも実力主義、力が無いけど身分が高い者に居場所は無いって感じなんだね……。

 

 

「うーん、次は頑張ろうか。今は力が足りなくても放課後に特別授業を行うから希望者は集まって下さいね。じゃあ、次はアリア・ルメスさん」

 

「は、はい!」

 

 アリアさんの名が呼ばれた瞬間、周囲がざわめき出した。

 

 

「黒髪に黒い瞳……闇属性か」

 

「王国に魔女が居るというのは本当だったんだ」

 

「クヴァイル家の者と一緒に居たが……」

 

 アリアさんを不気味がっているのとか嫌って蔑んでいるだけの連中はどうでも良いんだけれど、問題は注目して観察している連中だ。

 

 さて、この連中の前で僕はどれだけ力を見せるべきか……。

 

「早く私の番が来ないかな~。どうせだったら最高評価を貰いたいわよね」

 

 リアスには力を隠す気なんて微塵も無いし、僕だけ隠すのもな。

 ……どうせ学園に通っている間に力を振るう機会は多いし、ずっと隠し通すのも疲れるか。

 

「お兄様、競争よ」

 

「……了解」

 

 手の内を隠すとか色々と有るけれど、僕はお兄ちゃんだからね。

 競争だなんて遊びに誘われたらお兄ちゃんとして応えないって選択肢は無いんだ。

 

 

「じゃあ、今はアリアさんのお手並み拝見だね」

 

「私が鍛えてあげたのよ。最高ランク……は無理でも中の上は大丈夫じゃない?」

 

 確かに随分とスパルタだったし、それなりの評価は貰えるだろうけれど……。

 

「リアス、無茶させた事を反省している? レナに言いつけて良い?」

 

「ごめんなさい!」

 

 リアスは腕組みをして胸を張るけれど少しも反省していないのならお仕置きが足りなかったのかな?

 

「シャドーボール!」

 

 おっと、目を離しちゃった間にアリアさんのテストが始まっちゃったか。

 体の中心に闇魔法の球体を受けたゴーレムは動きを止めて土になって崩れ落ちる。

 続いて同じ個体が現れては倒される事数度、一回り大きいのが現れた。

 今度は一発中心に喰らっただけじゃ半壊程度、二発目で漸くか。

 

「……強いな」

 

「素人かと思ったが毛程度は生えていたか」

 

 それでも相手が近付くよりも前に倒して行き、さっきの帝国の連中もアイザックの介抱も放置しての観戦だ。

 酷いなぁ……。

 

 そして時間終了が迫る頃、最高難易度から二番目に強い大型のが現れた。

 騎士鎧に似た造形で五メートル程のそれにはシャドーボールは

表面を削るだけで、ダークショットはそれなりに削るけれど大きさが大きさだから大して効果が無い。

 

「……こうなったら」

 

 あっ、何かやるのかな?

 リアスは”ホーリージェベリン”を見せたみたいだし、似た感じかもね。

 

 

「シャドーランス!」

 

 その呪文を唱えた時、アリアさんの影が地面に広がって行った。

 まるで墨汁でもぶちまけたみたいに柵の中を満たし、先端が鋭利に尖った触手の様な物が周囲からゴーレムを串刺しにして、内部で枝分かれしたのか入った物よりも大量の先端が突き出した。

 

 

 

「えっぐ! あんなの喰らったら人間なんて確実に死ぬわよ」

 

「数値さえ残っていればゲームでは無事だけれど、急所を貫かれれば現実では死ぬよね」

 

「流石は主人公。最高レベル時のステイタス値……潜在能力はゲーム中トップだったらしいしね。私達の方が凄いけれど」

 

 ……うーん、これは僕も全力を出してみようかな?

 ちょっと気合い入っちゃった。

 



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此処では拳を使って欲しい

感想来たれ!


 魔法とは基本的に先人が創り出した物を学び、人によっては其処から発展させて行く物だ。

 

 アリアさんが見せた魔法も似た感じの物を水や土の属性持ちなら使えない事も無いけれど、それでも闇という水以上に不定形なイメージが付きまとう物だからか異質さが凄い。

 

「ちょっと驚き過ぎじゃない? 水だって自在に動いて高水圧とか氷の槍とか可能でしょ?」

 

 アリアさんの魔法への反応が理解出来ないらしいリアスは不思議そうにしている。

 まあ、一見すると同じなんだけれど、違うんだよ。

 

「水は液体から固体になるし、個体から液体になりはするけれど、その時に熱や冷気を発生させる必要が有るから一つの属性だけで自在には変えられないんだ。でも、闇は形態や性質があやふやだから結構自在みたいだね。……光も同じじゃないのかな?」

 

「あっ、そうね」

 

 あと、闇の魔力って高エネルギーの塊らしいし、圧力や質量による水や土とは威力が段違いだね。

 

「所で昨日、闇と光は同じみたいな物だって説明したって聞いたんだけれど……」

 

 あっ、目を逸らされた。

 さては勢いで物を言ったな。

 

 

「ロノスさん、リアスさん、見ていてくれましたか!」

 

 テストを終えて柵から出て来たアリアさんは此方に駆け寄って来るんだけれど、僕はその姿に犬の尻尾と耳を幻視した。

 女の子相手に失礼だけれど、ちょっと懐いている子犬の相手をしている気分だね。

 

 まあ、僕は犬よりグリフォン派だけれど。

 正確に言えばポチ派。

 

「ちょっとぉ。私が鍛えてあげたのにお兄様の方を先に呼ぶとか有り得ないわよ」

 

 リアスったらそんな事で拗ねちゃって頬を膨らませているし、相変わらず嫉妬深い子だなぁ。

 言っておくけどさっきの事は誤魔化されないからね?

 

「凄かったよ、アリアさん。頑張ったね」

 

 アリアさんへの評価は十点中七点で評価は高い順からS、A、B、C、DのB。効果の薄い魔法を連発して魔力を無駄にした点が減点対象になったけれど、最後の魔法の威力の高さで少し評価された結果らしい。

 それが無ければA評価だったらしいけれど実力を示せたから良いのかな?

 

 正直言って普段は何処か嘘臭く感じる明るい態度の彼女だけれど、今こうやって僕達に駆け寄って来る姿は自然に見えるし、少しは友好的な間柄を結べて何よりだよ。

 

「うりうり。反省しなさい」

 

「ご、ごめんなふぁ~い」

 

 あっ、リアスがアリアさんのほっぺを引っ張っているから止めないと。

 友達同士のじゃれ合いにしか見えなくって和やかな雰囲気だけれど、今は授業中で他の生徒達も見ているからね。

 

 忘れちゃ駄目だよ、僕達貴族!

 それなりの立ち振る舞いが必要だから気を付けて!

 

「リアス様ったら……。ロノス様、私が止めて来ます」

 

「あっ、そう? ありがとうね、チェルシー」

 

 ほら、チェルシーが頭を押さえて溜め息を吐いちゃっているし、もう少し立ち振る舞いを考えて貰わないとね。

 友達だと思っているなら少しは迷惑を掛けるのを控えないとさ。

 

「リアス様。いい加減にしないと言い付けますよ。叱られても私は知りませんからね」

 

「うげっ。はいはい、分かったわよ」

 

 慌てて止めに入る彼女の姿にほっと一安心しながらも余計な心配が増えた時、眼鏡の位置を直しながら眼鏡が本体の男がアリアさん達の横を通り過ぎた。

 

「さて、次は僕の出番か。……まあ、属性以外で恥の上塗りをしないだけの力は有った訳だ」

 

 冷静な態度でアリアさんに嫌味を向けているアンダインだけれど手を当てた眼鏡が震えているのに気が付いていないのかな?

 

 闇という一般的に蔑視される属性だけでなくて参考にする相手はいないから無様な真似を晒すと思っていたんだろうけれど見通しが甘かったとしか言えないね。

 

「ったく、わざわざ……むぐっ!?」

 

 アンダインの態度が気に入らないのか話し掛けようとするリアスの口を塞いで止める。

 目で抗議してくるけれど、暴れない所からして僕への信頼が勝ったみたいだね。

 

 ほら、彼処をご覧とばかりに指先を向ければ少し怒った様子のマナフ先生の姿が見えた。

 

「アンダイン君、生徒同士は尊重し合って下さいね。そもそもリアスさんとの決闘騒ぎだって君の不躾な発言が原因だと聞いています」

 

「しかし……」

 

「しかしも歯科医もありません。双方の間で決まった決闘を止める校則は有りませんが、”互いを尊重する”という校則を破ったのは君ですからね! ……リアスさんも怒る理由は理解しますが、その時の言葉に少し問題が有りましたし、後でお話があります。具体的に言うとお説教です」

 

「……はーい」

 

 見た目は十歳程度だけれど、マナフ先生は僕達よりもずっと年上のベテラン教師だ。

 アンダインは流石に教師には反論出来ないみたいだし、そもそも理は向こうにある程度は分かっているんだろう。

 

 リアスも流石に不味かったとは思っていたのか大勢の前で叱られないのなら文句は無いみたいだ。

 

「今、君が何か言っていたら一緒に叱られていたね、リアス。この大勢の前でさ」

 

 この場には四カ国から集まった生徒達が居るし、少し恥ずかしい程度じゃ済まないだろう。

 実際アンダインは拳を握りしめて震えていた。

 

「じゃあ始めようか。……と言いたい所だけれど今の君じゃ本来の力を出せそうにないから放課後に来て下さい。じゃあ次は……」

 

 今は敵対している訳でも無いけれども友好的とは言い難い国同士の貴族も集まるこの場で自国の生徒を叱る、一見すれば悪手な様だけれどこれで暗に告げる事が出来たよね。

 

 ”馬鹿をやらかせば容赦無く罰する”ってさ。

 

「リアスも注意しなよ? 君は少しお転婆なんだからさ」

 

「あら、大丈夫よ。お兄様は心配性ね」

 

「心配性なだけで済むならそれが一番なんだけどさ……」

 

 自覚が無いのは少し困るよ、全くさ。

 

 

 そんな風にしている間にもテストは過ぎて行く。

 結果だけ先に言えば最初のゴーレムを倒せたのは半分にも満たなかったんだ。

 倒せたのはアイザックの護衛役だと思わしい帝国貴族や各国の軍人の家系出身だけど、仕方が無い話でもある。

 

 だって未だ学生だし、普通は内政の勉強とかを優先させてモンスターと戦ったりしないからね。

 一目置かれる様なキャラが初期レベル一桁なのが多かったし、そもそも倒せる生徒を選別する目的だってゲームでは語られていたからね。

 

 チェルシーとフリートは当然ながらそれなりの評価を貰っていたよ。

 

「ストーンストーム!」

 

 チェルシーの属性は風。

 

 彼女が編み出した魔法により、地中から吹き上がった風が土砂を巻き込み、風の刃で切り裂きながら同時に土砂で削って行く。

 巨大なゴーレム相手でも削り落とした破片を加えて威力を上げていたけれど、最終的には分厚く巨大な相手に押し切れずに時間切れのA評価。

 

「フレイムリング!」

 

 そして”俺様フラフープ”の理由となったフリートの戦闘中常時展開魔法は彼の腰を中心に炎の輪っかとして発動し、どの方向に敵が現れても炎を放ち、時に上下に広がって壁になる。

 

「がはっ!?」

 

「まあ、ゴーレムが炎程度で怯んだりはしないよね」

 

 炎の壁をゴーレムの豪腕が突き抜けて一撃喰らい、結局Bランク。

 

「あはははは!」

 

「こら、笑っちゃ駄目だって、リアス」

 

「……あの馬鹿」

 

「まあ、穏便にね」

 

 チェルシーも頭を押さえて溜め息だ。

 大変だね。

 

 

 

「次はリアス・クヴァイルさん!」

 

「待ってました!」

 

 そして遂に残り三人となり、リアスの順番がやって来る。

 途端にアリアさんの時以上のざわめきが起こったし、他の国の連中が探るような目に変わる。

 

「別に良いさ。じゃあ、僕の自慢の妹の力を特とご覧じろ」

 

「アドヴェント!」

 

 その声が響いた時、校庭は静まり返った。

 天から光の柱が降りて来てリアスの体を包み、やがて全ての光が彼女に吸い込まれて行く。

 この時のリアスは神々しさすら感じさせる光を全身から放って居た。

 

 ”聖女”と呼ばれるのが相応しいと思える位に……。

 

 

 

 

 

「ホーリーキック!」

 

 まあ、次の瞬間にドロップキックでゴーレムを粉微塵にしなかったらの話だけどさ。

 

「リアスさん、矢っ張りゴリ……凄いですね」

 

 ……アリアさん、ゴリラって言い掛けなかった?

 

 取り敢えず幾らホットパンツを着ているからってスカートで跳び技は止めなさい。

 周囲に身内しか居ない時は構わないから!

 

 

 

「せめてパンチで粉砕して欲しかったなぁ」



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二つの顔

評価 ……頑張ろう


「らぁっ!」

 

 強烈な蹴りが炸裂し、地中の金属を混ぜ込んだ巨大なゴーレムが崩壊する。

 リアスのテストが始まってから制限時間が半分ほど経過した頃、マナフ先生曰く一番強いゴーレムすら秒殺されて、手刀での両断やラリアットでの粉砕と、最早最低限度の技名すら叫ばない攻撃で次々に終わって行く。

 

「えっと、先生。あれはもう止めないのですか?」

 

「う~ん。出来れば限界まで見ていたいので……」

 

 それがリアスが制限時間内に何処まで倒せるのかを見たいのか、それとも既に魔法の使い過ぎで息が上がっている自分の限界なのかは分からないけれど、心配した生徒が終了を訴える程だ。

 

 

「さてと……厄介そうなのは数人か。いや、万が一も考えないと……」

 

 リアスが旋回バックドロップでゴーレムを破壊する時の音に紛れて呟きながら他の生徒に視線を向ける。

 驚いているだけの連中は放置で良いとして、警戒している奴や剣呑な空気を出しているのは気に止めないと駄目だけれど、悟られている時点で二流だ。

 

 問題は表にも出していない連中であり、そういうのを読み取る訓練を受けた僕は数人の顔を覚えておく事にした。

 後は僕が読みとれていない奴と、ワザと表に出している奴の可能性を考慮するとして……リアスの太ももに不躾な視線を送ってる奴の顔だけは忘れないからな!

 

 不逞の輩が可愛い妹に変な真似したら僕は容赦しないだろう。

 それこそ個人的な事には極力使いたくない家の力を使ってでも。

 

 

「そ、其処まで! も、文句無しの満点です。リアスさんはSランク……です」

 

「やった! お兄様、見ていてくれた? 満点よ、満点!」

 

 すっかり疲れ切って息も絶え絶えなマナフ先生とは裏腹にリアスは元気一杯に飛び跳ねて、その度にスカートがめくれてしまっている。

 

「落ち着きなよ、リアス。取り敢えずスカートで飛び跳ねちゃ駄目だって」

 

 僕は慌てて柵に近付いてリアスを叱ったけれど、本人は叱られた理由が分かっていないって顔だ。

 ……仕方の無い子だなぁ、君は

 

「え? ちゃんとパンツは見せてないわよ?」

 

「いや、だからさ……」

 

「おい、次は俺の番だ。邪魔をするな」

 

 リアスを注意している時に横から割って入った声。

 マザコン王子ことルクスは僕達への敵意を隠そうともせず冷たい声で柵の中から出ろとリアスに告げて来る。

 こうまで堂々と敵意を向けられたら流石に嫌になって来るけれど、今はリアスが苛立って馬鹿をやらかさない為にも離れようか。

 

「ほら、行くよ。頑張ったし、後でご褒美をあげようか」

 

「やったわ! 絶対だからね、お兄様!」

 

 何か言う前にリアスと手を繋いで気を逸らせば向けられた敵意なんてすっかり忘れて上機嫌だ。

 リアスの素直さにホッと一安心するけれど、未だ睨んでいるルクスの姿に今後が憂鬱になって来たよ……。

 

 

 

「……来い。ソードクリエイト!」

 

 開始の合図と共にルクスが地面に触れれば地中の金属が無骨な剣の形になって現れる。

 長身な彼が持つのに相応しい大きさで、それを振るってゴーレムを倒す姿に女子生徒の一部から黄色い歓声が上がる。

 

 

「道場剣法って感じね。綺麗すぎるわよ」

 

 だけれど全員がそうでなくて、武門の一族やらリアスみたいに実戦の経験がある生徒からすれば丁寧というか実戦慣れしていないのが伝わって来るというか……。

 

「王子だから実戦経験は足りなくて当然じゃないかな? 寧ろ王族が実戦経験豊富だったら危ない国って事だよ」

 

「うちの陛下は多いわよ?」

 

「うちと普通の国を一緒にしちゃいけません。最高戦力二人があんなので、指導役でもあるんだから」

 

「……そうね」

 

 ちょっとだけ昔を思い出して二人で震える中、ルクスの剣が折れ、新しいのを出している最中に攻撃を食らって吹き飛ぶ。

 受け身は取ったけれど今ので利き腕を痛めたから終わりだね。

 

「結局注目すべき相手は居なかったか……」

 

 この学園に入学した目的は優秀な人材の引き込みだけれど、”後継者じゃなくて優秀”だなんて条件に当てはまるのが居なかったのは少し残念だ。

 既に養子縁組みや縁談の受け入れ準備は整えている家は実家と関係する家だけでも幾つか用意しているし、後は発見次第交渉する予定だった。

 何せ跡継ぎでもないのに能力が高いなら現状に不満を持っていてもおかしくはないからね。

 

「次。ロノス・クヴァイル君!」

 

 さて、僕は妹が頼りにしている”お兄ちゃん”だし、満点以外に取るべき点数は存在しないから……あれを使おうか。

 名前を呼ばれた僕は首の後ろを掻きながら柵の中へと進み、指先で”もう戻れ”と潜ませていた者達に指示を出す。

 物陰から一切の痕跡を残さず消えて行ったのを確認した時、開始の合図と共にゴーレムが出現して、即座に土に戻った。

 

「……失敗か?」

 

「折角”聖騎士”の魔法を見られると思ったのに……」

 

 ……うへぇ、その名前で呼ぶのは止めて欲しいんだけどさ。

 ”聖女”として名を広める為に大量発生したモンスターやら盗賊の討伐を任されているリアスだけれど、その横に当然僕が居た結果、付いた恥ずかしい呼び名が”聖騎士”だ。

 

 お兄ちゃんが妹を護るだなんて特別な事じゃないってのにさ。

 

「……まさか」

 

「先生、次のをお願いします。どうせ即座に元に戻すけれど」

 

 生徒の殆どはマナフ先生が疲労から魔法を失敗させたって認識した様子で、実際に僕が何をしたのか察したのはゴーレムを出した本人を含めて極僅か。

 

「分かっていない人の為に僕から説明しよう。魔法の時間を戻した、それだけさ」

 

「はぁ!? た、他人の魔法に干渉するだって!? そんなの出来る訳が無いじゃないか!」

 

 あっ、ヘタレ皇弟が皆の意見を代表して叫んでいるや。

 皆って言っても最初の時点で察していなかった連中だけれど。

 

「じゃあ、ついでに誰か魔法を放ってご覧。じゃないと”叔母である学園長の威光で成績を上げて貰っている”だなんて言われかねないからね」

 

 理解していなかった連中の為に説明したのもこれが理由だ。

 家の名誉、鬱陶しい影口を防ぐ、色々と理由は有るけれど、僕はリアスの自慢のお兄ちゃんじゃないと駄目だし、くっだらない事は避けたいんだよ。

 

「そうか。なら……」

 

 流石に魔法を人に放つのに躊躇いが有るのか次々にゴーレムが土に戻る間も魔法が向かって来る事が無かったけれど、”マザコン王子”が最初に動いて、彼に促される様に取り巻きの生徒も動き出す。

 

 威力は殺す程じゃないけれど、此処で怪我をすれば随分と赤っ恥だし、ゴーレムが土に戻ったのも学園長の甥っ子のパフォーマンスの為だと主張出来るだろう。

 

「ロノスさんっ!」

 

 アリアさんが心配してか真っ青な顔で叫ぶけれど、彼女には少し悪い事をしたかな?

 今のでルクスに僕の味方……要するに嫌いな継母を支持する派閥だって認識されただろうし、先に何をするか教えておくべきだったかな?

 

 これでルクスのルートは消えたけれど別に良いか。

 いや、元々貧乏子爵家の一人娘が王子と仲良くなるだなんて偶然に偶然が重なった結果だろうし、元から無理だったよね。

 

「大丈夫だよ。……ほらね」

 

 勢い良く飛んで来る鉱石の槍や火の玉、風の刃、その全てが一瞬で霧散して鉱石だけが残って散らばる。

 元々細かい粒を寄せ集めた物だから僕に届くより前に風に邪魔されたらしい。

 

 都合良く風が吹いたのかは黙秘しておこうか。

 

「えっと、このまま続けます? 僕、既に君は満点で良いと思うんですが……」

 

「いや、短時間しか使えないと思われても癪だからお願い出来ます?」

 

「……はい」

 

 疲れている先生には悪いと思うけれど負け惜しみを吐きかける余地すら与えたくないんだ、僕は。

 マナフ先生も教師としての責任感からか最後までゴーレムを創り続け、僕にSランクを言い渡した後でヘナヘナと崩れ落ちる。

 

 

「お兄様!」

 

 嬉しそうに駆け寄って来たリアスに手の平を向けてハイタッチを交わす。

 さてと、成果は上々、十分な牽制になった様子だし……後は上手いこと動いてくれれば良いのにな。

 

「馬鹿が多くて助かるよ。……本人の近くで間抜けだなあ」

 

 何やら僕達の方を見ながら囁く連中を横目で見て、これは上手く行きそうだと確信する僕であった……。

 

 

 

「アリアさん、今日はレキアの所まで行く時間は無いから僕の屋敷の庭での訓練にしようか。戦う相手はポチの餌を分けて貰おうか」

 

 授業が全て終わって帰る最中、僕はアリアさんに決闘に向けての事を話し掛けていた。

 リアスは……うん。

 マナフ先生の所にちゃんと怒られに行ったよ。

 って言うかチェルシーに連れて行かれた。

 

「問題は相手側のもう一人だよね。学園の生徒とは決めてないしさ。……傭兵とか雇うかも」

 

 あの”眼鏡が本体”の取り巻きは完全にビビっていたし、誰を連れて来るのやら。

 

「えっと、ポチちゃんの餌って事は……」

 

「馬とか牛のモンスターだよ」

 

「……ですよね」

 

 何かを諦めた様子のアリアさんは肩を落とす。

 それに合わせて胸が揺れるのを横目で見てしまったけれど……男の子だから見逃して欲しい。

 特にアリアさんは背が小さいのに胸は大きいから制服の胸の辺りが強調されてさ……。

 

「あっ、ちょっとゴメンね」

 

 アリアさんと別れた僕はトイレに向かう。

 中には誰も居ないけれど、何処からか声が聞こえた。

 

 

「……主殿、早速動きが有りました」

 

 何時の間にか僕の背後には跪いた忍び装束達の姿があって、鏡に映る僕の顔はロノス個人じゃなくてクヴァイル家の次期当主の物に変わっている。

 

「差し向けた連中は……言わなくて良いや。こんなに早く動く連中程度、監視だけ続けておいて」

 

「はっ! それで刺客の処分は如何に?」

 

「依頼主に寝起きドッキリかな? 起きたら死体を腕枕とかホラーだよね。……ああ、そうそう。君達の本体に伝えておいて。”戻って来たら体の隅々まで隈無く手入れしてあげる”ってさ。陛下の護衛を頑張ってくれているからね」

 

 さて、人を待たせているから急ごう。

 

 

「所でトイレの床に跪くのって不潔……もう居ないか」



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ポチの交渉力は五十三万です(溺愛する飼い主談)

 交渉力は貴族にとって必須な能力である。

 相手が何を望むのか、そして相手の持ち札が何か、それらを見抜いただけでは片手落ちでしかなく、利益や理屈を抜きにして行動する事も視野に入れ、今の相手とも今後交渉を行う相手とも良好な条件を築く。

 それによって最大の利益を最低限の出費で手に入れるのが理想であり、交渉成功後の対応も必要だ。

 

 

 つまり僕が今終わらせた交渉の後で何をすべきかと言えば……。

 

 

 

「そうでちゅか~! 今回は譲ってくれるだなんてポチは良い子でちゅね~! よ~しよしよし!」

 

「キュイ~!」

 

 ポチが仰向けになって腹を見せ、座った姿勢で上半身を埋めながら両手で弧を描いてワシャワシャとモッフモフの羽毛を撫で回す。

 最高級の羽毛布団に体を預ける心地良さは僕に睡魔の誘惑を与え、ほのかに漂う獣臭さすら愛おしい。

 

 結論! ポチは凄く可愛い!

 え? リアスとどっちが可愛いかって?

 いや、ペットも家族だけれど、妹とペットはジャンルが違うって。

 

「あ、あの、ロノスさん?」

 

「……ごめん。後五分待って」

 

 アリアさんを待たせているのは悪いと思うんだけれど、このフカフカは僕を駄目にしてしまう。

 くっ! 抜け出せる気がしないし、此処までの手札を持っているなんて、まさかポチが交渉の名人だったのか!?

 

 あ~、僕が得た癒しからして相手に与え過ぎだから与え過ぎな気も……すぅ。

 

「はっ!?」

 

 今、僕は確かに眠っていた。

 天上の心地良さとは正にポチの羽毛の寝心地の良さの事であり、どんな魔法すら凌駕する奇跡だ。

 ……五分じゃ足りないけれど、ただ待たせるのは悪いし……そうだ!

 

「アリアさんも触ってみる? ポチ、駄目かな?」

 

「……キュイ」

 

 ”不満だけれど構わない”か。

 お腹ってのは弱点だし、それに触らせるのは信頼の証だ。

 実際、ポチが普段からお腹を触らせるのは僕以外じゃリアスとレナ、あとは自分の親を使役しているあの人だけだからね。

 

「キュイ」

 

「そっか。嬉しいなぁ」

 

 アリアさんは信頼していないけれど、僕を信頼しているから許可してくれるだなんて、ポチは本当に可愛いなぁ。

 

「ほら、おいで」

 

「は、はい……」

 

 僕は仰向けになって上半身をポチに乗せ、アリアさんを手招きすれば恐る恐るといった様子でポチのお腹に手を伸ばし、沈み込む様な柔らかさに驚いている。

 

「柔らかい……」

 

「羽毛の下は下手な魔法や金属製の武器を通さない位に頑強だけれど、羽毛は大抵の衝撃を吸収するからね。こんなに可愛いけれどドラゴンすら群れで狩る種族だよ。でも安心して。この子は僕の家族だし、言う事はちゃんと聞いてくれるんだ」

 

 ポチが上体を少し起こして頭を近付けたので要求通りに顎を撫でてやれば心地良さに目を細めている。

 一度乗ったアリアさんだけれど恐怖が残っていたのか踏み出せずにいた一歩も、それが踏み出す切っ掛けになったらしく、僕の隣に座り込んだ。

 

「……じゃ、じゃあ、遠慮無く」

 

 座った姿勢のままゆっくりと体を倒して横向きに寝転がった彼女は心地良さに改めて驚き、直ぐ近くの僕の顔を見ながら少し恥ずかしそうに笑っていた。

 

「本当に凄く心地良くて、今日も頑張らなくちゃ駄目なのに……」

 

「君の強さは既に知らしめたけれどね。まあ、一度決まった決闘を取り止めるのはリアスの名誉に関わるし、悪いけれど付き合ってあげてよ。その代わりと言ったら失礼だけれど、クヴァイル家の力を使う以外で僕に可能な事なら一つお願いを聞いてあげるからさ」

 

「そ、そんな必要は有りません!」

 

「僕がしたいんだから構わないよ。それと今後も君に辛く当たる人は居るだろうけれど、その動機は嫉妬だと思うよ? 希有な力と高い才能を持った君へのね。ならやるべき事は一つだけ。もっと頑張って才能を磨こうか。絵の上手い友達には嫉妬しても国宝級の画家には嫉妬しないみたいに嫉妬するのが馬鹿馬鹿しいと思う位にね」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 実はと言うとこれは別のお詫びの意味も兼ねている。

 クヴァイル家の影響で実家が貧乏になったのは、まあ、仕方の無い話だから別に良いとしても、この世界がゲーム通りに進む場合、彼女の闇の力は必須となるから強くなって貰わないと困るし、その為には普通なら通い続けないダンジョンに行き、貴族の子女として他の家との交流に費やす時間を鍛える事に使って貰う事になるからね。

 

 ……そもそもゲームでは何を思っての連日ダンジョン通いで、パーティーメンバーも文句を言わないんだ?

 

 徒労に終わる可能性だって有るし、王子に悪い意味で目を付けられたりと卒業後に響く可能性だって有るんだから出来る事はしてあげたい。

 ……それでも多くの領民を背負う身としてはクヴァイル家を優先させる必要が有るのが辛い所なんだけれどさ。

 

 色々手を尽くして居るけれど陣営に引き込めて戦って貰える闇属性の人材が発見出来ていないんだよね。

 

 

 

「……矢っ張りポチの羽毛はヤバいな。世界すら動かすぞ」

 

 どうやら知らない内に寝ていたらしく、羽毛に包まれた状態で僕は目を覚ました。

 ポチも寝ているらしく鼻ちょうちんを膨らませているし、横を見ればアリアさんもポチの羽毛に包まれてスヤスヤと寝息を立てているんだけれど、何故か僕の手を自分の手で包み込む様に握っている上に胸元に持って行っているから指先が微妙に胸に当たっていた。

 

 これって彼女が目を覚ましたら不味いよな……。

 

「おや、お目覚めですか? 若様。その手、彼女が起きる前に退かした方が宜しいかと」

 

「君もさっさと起き上がった方が宜しいかと思うよ、レナ」

 

 そして反対側にはレナが寝転がり、僕の腕に抱き付いて胸を押し当てている。

 いや、君って仕事中な上に平然とした顔で何をやっているの?

 レナだけでも振り払おうにも彼女の力は相変わらず強い上に手首から先は太ももで挟まれて固定された状況だ。

 

「手が痺れて来たし、本当に離してくれない? って言うか仕事の時間じゃ……」

 

「主人に添い寝をするのもメイドの仕事の内かと。事実、手を出す貴族は多いでしょう?」

 

「うちはそんなのやっていないし、これが仕事だって……向こうで鬼の形相を見せているメイド長にも同じ事が言える?」

 

「……え?」

 

 僕の言葉を聞き、錆びた機械みたいなぎこちない動きで振り向いたレナは自分を捜しに来ていたらしいメイド長と視線を交える。

 一見すると笑顔だけれど、間違い無くマジ切れの時の顔だ。

 正にあれこそが鬼の形相だよね。

 

 レナも顔が一瞬で真っ青になっているしさ。

 

「若様、私は此処で失礼いたします。この続きは今晩にでも寝所に参らせて頂きますので……。若様は奪うのと奪われるの、それとも捧げられるののどれがお好みですか?」

 

「来なくて良いし、多分来られないと思うよ? それと何を訊いているのさ……。まあ、今日は多分一晩中……頑張って」

 

 今直ぐ来いと手招きをするメイド長の方に慌てて向かう直前、妖しく微笑みながら囁くレナだけど多分大丈夫だ、続きなんて行われない。

 

 

 ……ちょっと興味は有るんだけどね。

 だってお年頃だし、使用人が部屋を掃除するからその手の本を隠すのにも困るし、リアスはノックもせずに入って来る時があるし……大変だよ。

 

「さて、本当にアリアさんを起こさないと時間が無くなるし、起きる前に手を退けてっと……」

 

 この状態で起きたら大変だからそっと手を抜く。

 そして起こそうとしたんだけれど、近距離で彼女の顔を見ているとついつい見続けてしまっていた。

 

「本当に可愛い子だよね。……正直言って好みかも」

 

 相手が寝ている最中だからって僕は何を言っているんだろう?

 やれやれ、聞かれたら気まずいだけなのにさ。

 

 

「ほら、起きなよ」

 

 それに好みと言っても別に異性として好きって段階では無いし、仮にそうだとしても僕はクヴァイル家の長男で、今の彼女は子爵家の長女でしかない……今はね。

 

「う、う~ん、ムニャムニャ……もう食べられません」

 

 声を掛けても起きる様子を見せない彼女を揺り動かせば返って来たのは

 

「ベ、ベタだ! この子、寝言が凄くベタ過ぎる!」

 

 まあ、好きになった時に考えれば良いし、今は友達として……あっ、僕、この子を既に友達だって思っていたんだ。

 

「そっか。だったら仕方無いな」

 

 罪悪感とか利用するとか色々な想いがあったけれど、今後は友達だからって動機で動こうか。

 うん、何となくスッキリした気分だぞ。

 

 

 

「じゃあ頑張って倒そうか、アリアさん」

 

「は、はい! ……えっと、目の前のモンスターをですよね?

 

「そうだけど?」

 

「……ですよね」

 

 目の前には鋼鉄の檻の中で暴れる一本角の白馬”ユニコーン”が居て、頑丈そうな檻が軋んでいる。

 まあ、アリアさんが不安そうにするのも分かるよ、怖いよね。

 僕だって実戦経験なんて殆ど積んでいない時に挑んだ十歳の時、本当に怖かったのを思い出す。

 

 

「大丈夫さ。君は僕が護るからさ」

 

 安心させる為に笑顔を向けながら鯉口を切る。

 朱塗りの鞘から僅かに姿を見せた刀身はカラスの濡れ羽を連想させる艶の有る黒だ。

 

 

 

 銘は”明烏(あけがらす)”。

 ゲームにおいて僕が振るう……二振りの妖刀の片割れだ。




誕生日です 感想待っています


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ブラコンゴリラ=兄想いの聖女

「あっ! 今、お兄様が無自覚に女の子を口説いた気がするわ! 何か変な電波を受信した私には分かる」

 

「はいはい。あの方なら有り得そうですが、リアス様は世迷い言を口にするのを止めて下さいね。電波って何ですか、電波って……」

 

 放課後、アリアの件で大勢に放った挑発じみた言葉への注意も終わり、私は待っていてくれたチェルシーと一緒に街中を散策していた。

 

 クレープの屋台を発見したから買い求め、口元のクリームをチェルシーが拭ってくれていた時に感じた謎の予感に私は思わず叫ぶけれど、チェルシーは慣れた様子で呆れ顔だったわ。

 

 ……へーこらしてご機嫌取りばっかの連中よりはマシだし、付き合いの長い友達では有るけれど、最近ちょっと厳しい気がする。

 

「仕方有りませんよ。此処は他国で他の国の貴族だって居るんですから。馬鹿な真似をすれば私が叱られるんですよ? あの闇属性の彼女と関わった一件だって言い訳が大変だったんですから」

 

「うん、正直ごめん。じゃあ、今後も誤魔化しとかお願いね?」

 

「……本当に宜しくお願いしますよ?」

 

 抗議の意志を込めた視線を向けたけれど、向こうから抗議が返って来た。

 それにしてもチェルシーは本当に頼りになるわ。

 多分お兄ちゃんやレナを除けば一番じゃないかしら?

 

 私が今後の事を頼めば自重を要求せずにジト目で見て来るだけだし……あと数年経ったらフリートに嫁いで私の側から居なくなるのは正直寂しいけれど、本人が幸せなら私は止めようとは思わない。

 

 ……それはそうとして彼奴は気に入らないけれど。

 

「それにしても個室で長々と叱られていましたね」

 

「……もう限界よ」

 

 長い、あまりにも長いお説教の時間だったわ……。

 あの”人型眼鏡置き器”を含める周囲への挑発行為は如何なものかと怒鳴るでもなく情けなさから泣くでもなく、只ひたすら淡々とした口調で続けられるお説教に私の心は疲弊する。

 

「まあ、大勢の前ではないんですから長くするのは仕方有りませんよ。あの眼鏡なんて大勢の前で叱られる屈辱に震えていましたし」

 

「そうだけど……長いお説教には慣れてないのよ。乳母はそんなタイプじゃなかったし……」

 

「考えるよりも前に手が出る方ですからね。それでも乳母の役割のままなら大人しかったらしいですが……」

 

「……それはそうとしてチェルシーはアリアの事をどう思ってるのかしら? 付き合うなとは言わないけれど」

 

 正直これは凄く気になっている事よ。

 関わって三日程度しか経っていないアリアだけれど、それなりに仲良くはなれていると思う。

 何処か一線を引いている所も、将来的に関わる関係じゃないと思っているのか媚びて自分を売り込もうともしない所も私は気に入っている。

 

 難しい事は全部お兄ちゃんに任せている、アリアとは付き合いがあった方が都合が良いとは私も理解しているわ。

 でも、チェルシーとアリアのどっちを優先させるかと問われたら……当然チェルシーよ

 だって長い付き合いだし、お世話になっているもの。

 

「……そうですね。世間一般の評価からして厄介事の種とは思いますが、リアス様達が仲良くしたいのならば私からは何も。……そもそも”光”やら”時”やらのお二人とどれだけ一緒に居ると思っているのですか。今更ですよ、今更」

 

 私の問い掛けにチェルシーは最初は迷った素振りを見せたけれど、直ぐに達観した顔になる。

 確かに付き合いは長いし、偶に修行に巻き込まれていたけれど流石にその反応は傷付くわね……。

 

 でも、変に嫌がっていないのなら安心よ。

 付き合い長いから私に気を使って嘘を言ってるって事はないのが分かっているしね。

 

「あー、良かった。チェルシーが怒って止めるんじゃないかって心配してたのよ。じゃあ、今後も頼むわよ?」

 

「……少しは抑えて頂けると助かるのですが。しかし、ロノス様が女性を口説いているという件ですがリアス様は嫉妬しないので?」

 

「え? 何で?」

 

 チェルシーが質問した事の意味が全く分からず、私は思わず聞き返す。

 

 確かにお兄ちゃんは女の子に結構モテるし、偶にその気が無いのに口説いているみたいに聞こえる事を平気で口にするのよね。

 

 えっと、今の所特に印象に残っているのは……。

 

「あの脳筋女にレキアに後数名に……愛人候補はレナがちょっと怪しいのよね」

 

 色仕掛けに慣れる為だってお兄ちゃんを誘惑しているし、他にも”自分は道具でしかない”とか口にしているのだって将来的にどうなるか分からないし……。

 

「嫉妬する理由が分からないわ。確かに構って貰える時間が減るのは寂しいけれど、お兄様の妹は私だけもの。妻とかは生まれ変わったら他人だけど、お兄様は生まれ変わっても私のお兄様なのよ? それにお兄様が選んだ相手なら別に誰でも良いわよ。……脳筋女だけは絶対反対だけれど」

 

 絶壁の私と違って高峰……なのはどうでも良いとして……良いとして、あの女、二年前にお兄ちゃんを襲ったのだけは絶対に許さないわ!

 

「聞くだけ無駄でしたね。……”生まれ変わっても”とか凄い事言い出したよ、このブラコンゴリラ」

 

「だ、誰がゴリラよ! 私は少し力が強いだけの普通の女の子じゃない! お兄様だってそう言ってくれるわ!」

 

「普通の女の子は蹴りで狼の首をへし折りません。所でブラコンは否定しないのですね。それと失礼、噛みました。兄想いの聖女の間違いです。それはそうとリアス様は何方かめぼしい婚約者候補は見付かりましたか?」

 

「”国を纏める為に勢力を拡大したが、クヴァイル家があまり強くなり過ぎても次の世代以降で政争の火種になる”って理由から、お祖父様の意向で政略結婚は今の所組まれていないし、お兄様も抑えているからのんびり探すわ」

 

「要するに今は居ないと」

 

「そりゃ精力的に探しているのは居るし、私の靴箱にもラブレターが入っていて鬱陶しかったけれど、急ぐ必要が無いなら良いじゃない」

 

 ……あっ、でも”出来るなら深く関わるな”ってお兄ちゃんに言われてるのは居るのよね。

 確かお家騒動とか政争の真っ直中とかの面倒な連中で、ゲームの攻略ルートでも巻き込まれるって奴。

 一年生にも居るし、アリアには何か理由を付けて関わらない方向に動かしましょうか。

 ……どうやるかはお兄ちゃんに任せよう。

 

 

「あ、あの! すいません!」

 

 そんな風に雑談していた最中、人混みをかき分けて私達に近寄って来る男子生徒の姿があった。

 濃緑色の髪は片目を隠す程に伸び、ヒョロっとした体格の上にオドオドとした態度が余計に弱そうに見える。

 

「……面倒なのが来ましたね。誰に用……ちっ!」

 

 私達じゃなくて後ろに居る人に用があると思ったのか振り向くチェルシーだけれどそれらしい人の姿はない。

 表情には出さず相手に聞こえない大きさで舌打ちをするチェルシーだけれど、私としても関わりたくない相手なのよね、お兄ちゃんに言われてるから。

 

「あ、あの! リアス・クヴァイルさん!」

 

 矢っ張り私に用が有ったのね。

 目の前で立ち止まったヘタレ男子はゼィゼィと息切れを起こしながら懐を漁り、小さな箱を取り出すと蓋を開いて私に向かって差し出す。

 中にはそんなに値が張りそうにない指輪が入っていた。

 

「ぼぼぼ、僕と交際を前提に結婚して下さい! 必ず君に幸せにされると……じゃなくて幸せにすると誓いまひゅっ!」

 

「……逆じゃない? しかも噛んでるし」

 

 ああ、本格的に面倒な事になったって思ったわ。

 お兄ちゃんからなるべく関わらない方が良いって何度も言われた相手……アイザック・アマーラの突然の求婚を受けた私は嫌な予感がしていた。

 

 アリアに此奴と関わるなって言う予定だったのに……あれぇ?

 




応援お待ちします

依頼絵のラフが来たのでもうすぐ公開

マンガの方は他にも依頼来ているので


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叶わぬ夢の果て それとブラコン

ショタっぽい教師の授業 の冒頭に追記です 実際はつけたし忘れてた奴です


 アマーラ帝国皇帝の弟である”アイザック・アマーラ”がゲーム内においてどんな扱いだったかと言うと、”凄く悪かった”としか言えないのを何となくだけれど覚えている。

 

 先ず、好感度を上げるのは凄く楽で、最初は話し掛けるだけで怯えていたのが数回話すだけで好感度がマイナスからプラスになり、特にイベントをこなさずに最大値まで上がる……のは良いのだけれど、本番は上がってからだ。

 

 先ず、暗殺に巻き込まれて刺客に襲われたり、潜っているダンジョンの適正レベルよりも強いモンスターに襲われたり、アイザックと主人公の二人だけで強いボスに挑まなくちゃ駄目なのにアイザックはゲーム屈指の弱さだったりと苦労が多い。

 

 ……っと、此処までが私が覚えているゲーム内のアイザックの情報で、此処から先は諜報部隊の仕事やら普通に入ってくる噂からの情報何だけれど、お兄ちゃんが出来れば関わるなって言うだけの事は有ったわね。

 

 姉である皇帝は既にアイザックの一個上の娘が居るけれど、その跡継ぎが誕生した喜びで酔っ払った先代の皇帝がメイドを勢いで抱いた結果生まれたのが彼らしい。

 

 皇帝に仕えるメイドなだけあって当然それなりの家の出身だけれど皇族の側室になれる程でもないし、皇帝には男の子供が生まれないせいで少し面倒な事になっているらしい。

 それも先代が生きている間は良かったのだけれど、アース王国との小競り合いが勃発した理由である先代王妃の死に関わる一件の時に死んじゃっているから……。

 

 結果、不遇な人生を送った上に元敵国に留学させられ、お供は姉の配下で不祥事を報告する為の見張りであり、何か起きるのを期待されて今こうして一人で行動している。

 

 

 って言うか、どうして私に求婚しているのよ!?

 どうにかしてよ、お兄ちゃん!

 

 

「あ、あの、それでお返事は……」

 

 夕暮れ前の人通りが多い中での求婚は大勢の通行人の注目を集めているけれど、目の前の男は気が付いていないのか私をオドオドとした目で見ているだけ。

 今まで交流の機会なんて無かった……筈だし、学園に入って今日で二日目、私に惚れる理由なんて美少女な事程度。

 

 後は才能に溢れていて家柄も良くて……あれ? 完璧ね、私ったら。

 

「……失礼ですが急な話ではありませんか? この様な場所でその様な話を持ち込まれてリアス様も混乱しています。今回は一旦お引き取り願えませんか?」

 

「は、はい! ごごご、ごめんなさ~い!」

 

 取り敢えずどうやって断ろうと思っていたけれど、私が口を開く前にチェルシーが厳しい口調で要求して、アイザックは一瞬で臆すると慌てて走り去って行く。

 あっ、指輪を落としてるわ。

 

「……行きましょうか」

 

「えっと、指輪を拾って届けてあげた方が良くないの?」

 

「此処は無かった事にすべきですよ。……全く、此方が下手に断れない状況で求婚とは姑息な真似を。いえ、あれはそんな事を考える余裕すら無いみたいですね」

 

 どうやらアイザックの急な求婚に対して怒っているみたいだけれど何故かしら?

 まあ、チェルシーが言うなら指輪は放置で良いでしょうね。

 

 去り際、道に落とされた指輪を横目で見たけれど随分と安物に見えた。

 皇帝の弟なのに自由になるお金が少ないのかしら?

 

 

 

「リアス様は彼奴が求婚して来た理由を理解していますか? まさか”私が魅力的で一目惚れしたから”なんて世迷い言は口にしないですよね?」

 

「と、当然じゃない!? それよりもチェルシーの意見を聞きたいわね!」

 

 暫く歩いてカフェに入ったのだけれどチェルシーの不機嫌は直らないし、下手な事は言えない空気。

 てか、私に一目惚れしたからじゃないのね、ビックリだわ。

 

 取り敢えず今は誤魔化して理解したって態度を見せましょう。

 

「……はぁ」

 

 あれ? ちゃんと誤魔化せて居るわよね?

 何故か凄く呆れられたのだけど……。

 

「良いですか? アマーラ帝国ですが、現在一部の反皇帝派がアイザックを担ぎ上げて居るのですよ。このまま皇帝に男児が生まれないのなら次期皇帝はアイザックにして、自分達の傀儡にする腹積もりです。……此処までは理解していますね?」

 

「……うん」

 

 そうだったんだ!

 

「まあ、良いでしょう。結果、余計に目障りになった弟を留学させた皇帝ですが、このままだと殺されるって本人も分かっているのでしょうね。だから後ろ盾になってくれて暗殺されないだけの価値を与えてくれる婚約者が欲しいのですよ。……それで皇帝は抑え込めてもアイザック派の力が増すのを厭う貴族からは暗殺者が送り込まれるでしょうね。それこそ婚約者にも」

 

「成る程! それでチェルシーは怒ってくれたって訳ね。……あっ。ち、違うのよ!? これは理解していなかった訳じゃなくって……」

 

 このままじゃチェルシーの中で私への評価が”アホの子”になってしまうと焦って言い訳をするけれど通じた気配はない。

 私が焦る中、チェルシーは再び溜め息を吐いた。

 

「だから何年の付き合いだと思っているんですか。貴女こそ私の事を理解していないのでは? まあ、それは良いとして、あの様な人前で皇帝の弟の求婚を断れば問題でしょう? だから余計に怒っているのですよ。保身の為にリアス様を利用して危険に晒すだなんて友として許せません。……何を笑っているのですか? 笑い事じゃ無いでしょうに」

 

「えへへ。ごめんごめん」

 

 私はチェルシーを友達だって思っているけれど、向こうからこうして友達だって言って貰えるのは本当に嬉しくって、怪訝そうにされるけれど表情が緩むのを止められない。

 だって友達だからって怒ってくれているのだもの、嬉しくない筈が無いわよ。

 

 ……前世の私にはそれなりに友達が居たけれど、今の私は宰相の孫で大貴族の長女。

 どうしてもクヴァイル家の一員として扱われるし、周りの子供も家の力関係を気にして子分みたいに振る舞うし、乳兄弟のレナ以外で気軽に話せる女の子って少ないのよね。

 

「何時もありがとうね、チェルシー」

 

「お気になさらずに、リアス様」

 

 さてと、お兄ちゃんにはどうやって報告するべきかしら?

 他にも色々と抱えているのに苦労掛けたく無いのよね……。

 

 

 

「ご安心を。我らが対処の後に報告致しましょう」

 

 テーブルの下から僅かに風が吹き、耳元を撫でた時に聞こえた女の子の囁き声。

 ……お兄ちゃんったら心配性ね。

 

 私に付けていた存在に気が付いて子供扱いされた気分がしたけれど、それでも嬉しい物は嬉しい。

 

「おや、何か良い事でも?」

 

「まあね。お兄様は相変わらず優しいし私を愛してるって思ったの」

 

「今更でしょう。……本当にブラコンですね、この方は」

 

 ・・・・・・何故か呆れられた。

 

 

 

 

「あのクズがまたやらかしたらしい」

 

「せめて大人しくしてくれれば良いものを恥の上塗りとはな」

 

 陛下が用意してくれた屋敷に戻った僕の耳に隠そうともしない蔑みの言葉が聞こえて来る。

 ああ、またか。

 もう慣れちゃったよ・・・・・・。

 

 

 僕にとって陛下・・・・・・姉上は物心付いた時からの憧れで、その背中だけを追い続けていたんだ。

 誇り高く勇猛果敢にして文武両道、正しく理想の王だった姿に少しでも追い付いて、役に立って、尽くして、何時か認めて貰いたい、それが夢だった。

 

 

 

 

「陛下は才気溢れる方だというのに弟は残りカスですらない。一欠けらも才能を分け与えられていないな」

 

 それが叶わない夢で、陛下への侮辱とさえ言われる事だと知ったのは八歳の誕生日に貴族の会話を立ち聞きした時だ。

 僕のは必死に足を踏み出しているつもりだったけど実際は足踏みで一歩も近付けていなくて・・・・・・僕は役立たず所か陛下の名前に傷を付けるだけの存在しては駄目な奴だったんだ。

 

 結果、それから先は褒められる為じゃなくって叱られない為に頑張って、それでも叱られるだけで、更には火種になるからと国を追い出されて・・・・・・彼女を知った。

 

 

 リアス・クヴァイル、”聖女の再来”との評判の光の使い手。

 彼女を見た時、感じたのは圧倒的な才能と自信、僕が持っていないものだ。

 

 羨ましいと思い、妬むより前に憧れた。

 まるで陛下に憧れた時みたいで、気が付いたらなけなしの財産を叩いて買った指輪で求婚していたよ。

 落ち着けば何を馬鹿な真似をって思ったけれど、これは僕の初恋で、新たな夢だ。

 

 彼女の側に居たい。

 

 彼女に認めて欲しい。

 

 彼女が欲しい。

 

 この夢は諦めたくないんだ・・・・・・。

 

 

 

 

「万が一にでも受け入れられたら厄介だな。帝国の害になるなら・・・・・・二人には消えて貰う。確か妙な奴が接触して来たな。怪しいが、それ故に切り捨てやすい。確か”ネペンテス商会”だったな」

 




感想もっと増えてほしいです  やる気がぜんぜん違います

一言でも


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恋する少女は静かに……

もうそろそろイラスト完成する頃 四日までだから


 正直言って恋が此処まで幸せな物だとは夢にも思わなかった。

 

「アリアさん、先程言った事を意識して魔法を使って!」

 

「はい!」

 

 長い角を突きだして突進するユニコーンの嘶きと蹄の音は空気を震わす様に響き、まるで重装備の騎兵が突撃槍を手にして突っ込んで来たみたいな威圧感が有った。

 少し前までの私なら身を竦ませるか全てを諦めるかをして立ち尽くし、風穴を開けられるか踏み潰されて終わりだっただろう。

 

 でも、今は少しも怖くは無い。

 何故ならロノスさんが私を護って居てくれるから。

 だから私も臆せずに立ち向かえた。

 

「せいっ!」

 

 ユニコーンが突き出した角をロノスさんが手にした変わった形の剣、……確か東の島国特有の刀だったと思う、の切っ先で受け止め、そのまま突進の勢いを殺さずに受け流した。

 勢い余って走り去って行くユニコーンの後ろ姿も迫力が有るけれど、私が見ていたのはロノスさんの姿。

 闇属性の使い手は魔女だの悪魔憑きだのという伝承程度で実の祖父母にすら恐れられた私が、今だけはまるで騎士に護られるお姫様みたいだ。

 

 だから少しも不安じゃない。

 胸は別の理由でドキドキしているけれど……。

 

「今です!」

 

「ダークショット!」

 

 そしてこれは私の為に用意してくれた特訓で、私なら可能だと信頼してくれた物だから、私はそれに応えたい。

 だって母親以外で人に此処まで優しくして貰って、信頼して貰えたのは生まれて初めてだから。

 

 放ったのは魔法の出が一番早い初歩魔法、属性魔力を単純に飛ばすだけで似た魔法はどの属性にも存在する基礎中の基礎。

 

「ヒヒンッ!?」

 

 だけど闇属性は光を除く他の魔法よりも威力が高いらしく、今の私じゃ掠り傷が精々な筈のユニコーンに血を流させられた。

 でも、これじゃ駄目。

 ロノスさんに護られながらチマチマ攻撃しなくちゃ勝てない私にロノスさんに信頼して貰う価値は無い。

 

「シャドーランス!」

 

 だから更に上へ、もっと強くなる!

 私の影が足元から広がりユニコーンへと迫るけれど、足元まで到達する寸前にユニコーンは止まり、伸びた影の槍も表面が盛り上がった瞬間に飛び退かれては当てるのが難しい。

 

 これが私の……いえ、今の私の弱点。

 魔法のイメージが固まっていないのか、魔力の操作が拙いのか、初歩魔法以外は放つまでにタイムラグが有るから素早い相手には通じない。

 ゴーレムを相手にしてそれなりに戦えたのは大きいだけの亀だったから……。

 

 なら、どうするか?

 簡単だ、動きを止めれば良い。

 相手が動き回るなら、先ずは動きを制限するだけ。

 

「シャドーボール!」

 

 着地の寸前、どす黒い魔力の塊がユニコーンの純白の毛を血で赤く染め上げる。堪えきれず着地に失敗したユニコーンは横倒しになるけれど、怒り狂った嘶きと共に直ぐに起き上がって私に向かって角を突きだし、前脚で地面を掻いていた。

 

 でも、もう遅い。

 既に私の魔法は発動しているのだから。

 

 

 ユニコーンの周囲を黒い魔力の塊が無数に浮かんで囲み、それが歪んで形を変えて行く。

 イメージしたのは悪魔の腕、鋭利な爪先を持つ太くて長い腕だ。

 強引に突破する暇も与えず、爪先がユニコーンの肉に食い込んで動きを完全に止めた。

 

「ギャッ!?」

 

 身動ぎして拘束を解こうとするユニコーンだけれど、食い込んだ爪は外れず、逆に暴れる程に傷が深くなるばかり。

 口からも血が溢れ、純白の体も足元も血で真っ赤に染まった時、ユニコーンの瞳に見慣れた感情が浮かび上がる。

 ”恐怖”、私が何度も向けられ、ロノスさんやリアスさんは向けなかった感情だ。

 ああ、本当に優しくって素敵な人達で、叶うなら側に居続けたい。

 例え家を捨てても国を捨ててでも……。

 

「……”ダークバインド”だっけ? 思い切った見た目にしたね」

 

「はい! 力を見せるには見た目を派手にするのが分かりやすいですから。……あの、駄目ですか?」

 

「うーん、別に良いんじゃないかな? 変に誤魔化そうとしても広まってるイメージは覆せないし、貫くならとことんだよ。じゃあ、そろそろ終わりにしようか?」

 

 答えを予想して問い掛ければ当然の様に願った返答が向けられる。

 本当にこの人は罪作りだ。

 貧乏な子爵家の私じゃお嫁さんになんてなれないのに……。

 

「シャドーランス!」

 

 苛立ちをぶつける様にユニコーンの全身を貫いて仕留め、全身に力が漲るのを実感する。

 ああ、本当に残念だ。

 結婚式で純白のドレスを来た私の横に立つのはロノスさんが良いのに……。

 

「其れにしても随分と汚れてしまったな。アリアさん、屋敷のお風呂に入って行く? 未だ門限まで時間有るしさ」

 

 ユニコーンの突撃自体は確かに一撃も貰っていないけれど、あれだけの勢いだから土煙は浴びてしまっているし、言葉に甘えるのも悪くない。

 ……ちょっと悪戯を思いついた。

 

「じゃあ、お言葉に甘えますね。えっと、ロノスさんのお背中を流し……じょ、冗談です……」

 

 私の心を惑わせるロノスさんに少し仕返しを仕掛けるけれど、言葉の途中で恥ずかしくなった。

 少し前までの私だったらこの程度で恥ずかしいなんて思わない位に心が死んでいたのに、これも全部ロノスさんのせいだ。

 

 今のどう思っただろう?

 エッチな子?

 それとも下品?

 ちょっと早まったかもと不安になってロノスさんの顔を伺う。

 

「……あれ?」

 

 何故かロノスさんは顔色を真っ青にしていて……怯えている?

 私の力を見ても怯えなかったロノスさんが、一緒にお風呂に入ろうって感じの事を匂わしただけで?

 

「……ごめんね。二年前にお風呂で襲われてさ。貞操は何とか守ったけれど、未だにトラウマになっていて」

 

「ご、ごめんなさい! 私、ほんの冗談で……。あの、流石に恥ずかしいので今の冗談は聞かなかった事になりませんか?」

 

「良いよ。でも僕もビックリしたな。アリアさんって意外とお茶目なんだって思ったよ」

 

 ホッと一安心、どうやらロノスさんに嫌われたりはしていないらしい。

 逆に面白いと思われているのなら嬉しいけれど、少し不愉快な事が……。

 

 ロノスさんを襲ったって人のせいで私の言葉に怯えられた、それは相手が誰でも許せない。

 

「それにしても酷い人ですね。もし機会が有れば私がお仕置きしてあげますよ」

 

「あはははは。ちょっと厳しい相手かな? 既にお仕置きはされているから勘弁してあげて」

 

 ロノスさんは笑っているし、こっちも冗談だと思われたみたいだけれど、私は冗談で言っていない。

 ……口実さえ作る事が出来たならそれなりの報いを与えよう。

 

 

「所でロノスさんは……いえ、何でもないです」

 

「そう?」

 

 怪訝そうにするロノスさんだけれど、とても本当の事は口に出来ない。

 本当に私と一緒にお風呂に入りたいか、そんなのとても口に出せないから……。

 

 

「ちょっと惜しかったかな? ……多分無理だったし、ロノスさんはそんな人じゃないけれど……」

 

 訓練後、ポチと遊ぶ為に裏庭に残ったロノスさんと別れた私は屋敷のお風呂を借りていた。

 少し濁った色の変わったお湯で、魔法を使った人工温泉だと聞いているけれど、温泉なんて初めて入るから良く分からない。

 美肌効果や疲労回復に効くらしいけれど、私は他の事に強い印象を与えられていた。

 この屋敷ではお風呂は家人用と客用と使用人用に分かれている上に、この客人用に入った私は大勢の人にお世話された。

 ……本当は私なんかに関わりたくないだろうに嫌な顔を全く見せず、私の実家では一人使用人がお世話をしてくれる程度な上に嫌がっているのを隠そうともしていなかったから大違いだ。

 

 色々な事が初めてで、湯当たりした時みたいに胸がドキドキするけれど、これは別の理由。

 

 ……もし私が恥ずかしがらずに背中を流すかどうか訊けて、ロノスさんが受け入れていた場合、どうなっていたんだろう?

 

 

 私が背中を流して終わり?

 

 それとも一緒にお湯に浸かる?

 

 もしかしたらロノスさんに押し倒されて、そうなったら私が抵抗しても無駄で……。

 

「そんな酷い事をする人じゃないし、未だそんなのを望んでないのに何を馬鹿な……」

 

 あの人がそんな選択肢を選ばないと分かっていても思ってしまう。

 ちょっとだけ選んだ時の事を妄想して、恥ずかしくなった私が口の辺りまでお湯に浸かってブクブクと泡を出していた時の事だ。

 

 誰か入ろうとしているらしい会話が聞こえて来たのは……。

 

 

 

 

 




応援お待ちしています ブクマ四〇〇突破!

早く漫画の取引の続きの連絡が来て欲しい

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気分的には元気過ぎるワンコの散歩

 アザエル学園が所有・管理を行うダンジョン、通称”学園ダンジョン”は本来ならば戦う機会の少ない貴族の子息子女に実戦経験を積ませる為に存在する……のだが。

 

「こりゃ実戦ってよりは実戦ごっこだな。温ぃにも程があるだろ」

 

 飛び掛かって来たゼリー状の生物”スライム”を文字通りの一蹴で倒し、壁に埋め込まれた特殊な光る石で昼間の様に明るい石造りの通路を進むフリートは何処か不機嫌そうだ。

 

「いえいえ、フリート様の強さあっての事ですよ」

 

「我々じゃとても……」

 

 そんな彼に対して賞賛の言葉と言うよりは媚びを売る為の言葉を投げ掛ける同級生達なのだが、フリートとは違って見るからにボロボロのヘロヘロで実戦経験が殆ど無い事を伺わせる。

 今の言葉が自分達への嫌味なのかと疑う思考すら放棄してすり寄って来る連中にフリートは何か言葉を投げ掛ける事すら諦めて進み出した。

 

「お、お待ちを!」

 

「我々もお供します!」

 

(一応繋がりを持ってやるかと思ったが……こりゃ変なのを見定めるって意味で成功だったな。”勇猛な姿を拝見したい”だの”憧れています”だの調子の良い事ばっか口にする癖に基礎すら駄目じゃねぇか)

 

 フリートの家は大公家であり、少なくても今側に居る者達は顔を”覚えて貰う”相手ではなくて顔を”覚えてやる”立場の相手だ。

 それでも目のある奴なら歓迎だと、暇潰しと今後の下見を兼ねてのダンジョン探索に勝手に同行して来た者達を見ていたが期待外れでしかない。

 所々に現在地が記された地図があり、出口に向かう道を示す矢印が床に描かれたダンジョンも彼からすればお遊びの場所で同じく期待外れであったが。

 

「こりゃロノスの所に行ってた方が良かったな。チェルシーの奴も俺様よりロノスの妹の方を優先しやがってよ」

 

 どうやら不機嫌の理由は他に有るらしく、後ろで必死に走って追い付こうとしている者達に聞かれた時の反応が鬱陶しいと思ったのか小声で呟いた彼は坂道の前で足を止める。

 

「……帰るか」

 

 目の前の下り坂を進めば学園ダンジョンの最下層となる広間であり、特に何か有る訳でもない。

 精々がリアス達が行うのと同じで生徒間の決闘に使われる程度だ。

 遠目に数人の姿を確認したフリートの顔は心底面倒そうで、此処までが無駄足だったと言いたげである。

 

「ったく、新入生が入るのを許可されたのが未だ此処だけってのが面倒だぜ。他の学園ダンジョンなら少しはマシなんだろうが、家の力で無理に……は無理だな。格好悪い上にあの理事長が許す訳が無いし」

 

 自分が引き返した事に一瞬嬉しそうにするも、媚びを売って来るのを無視して進むなり慌てた様子になる者達の同行を許した事を本格的に後悔しながらフリート。

 

「うっせぇ。顔と名前はちゃんと覚えたから黙れ」

 

 当初の目的が顔繋ぎだったからか背後から安堵の溜め息が聞こえて来る。

 だが、実際は印象に残れる程の事はしておらず、数多く居るその他多数など直ぐに忘れてしまうだろう。

 それでも悪い印象のまま覚えていられるよりはマシなのだろうが……。

 

「何か面白い事有ったら良いんだが。綺麗な女が接待してくれる店でも行くか。どんな奴もチェルシーには劣るがな」

 

 背後から”ご案内します”だの”今回のお礼を”だの必死に叫んでいるのが聞こえるが既にフリートには認識されていない。

 大体彼の方が金持ちで奢って貰う必要は皆無なのだ。

 

 結局、彼等は婚約者に放置されて拗ねた男の憂さ晴らし同行した結果、ただ徒労に終わっただけであった。

 

「……あー、でもバレたらうっせぇしな、彼奴。仕方無いし、何かプレゼントでも選びに行くか」

 

 サクサク進み、出現するモンスターも歯牙にも掛けないフリートの背後では疲弊した状態で必死に戦う音が聞こえたが、既にチェルシーの事だけを考えているフリートには聞こえない様子だ。

 

「しっかし帝国の連中が奥で何をやってたんだ? 関わったら面倒だし、後ろの……名前を忘れた連中がついて来れない雑魚で良かったぜ。絶対揉めるし、俺の責任になったら嫌だからな」

 

 

 

 

 そして、そのチェルシーではあるが、今は何をしているかと言うと……。

 

 

 

「……う~」

 

「リアス様、ご冷静に。他人の胸を幾ら凝視しても胸は大きくなりません」

 

 目の前でプカプカと浮かぶ二組の胸を凝視して悔しそうに唸る友人をたしなめていた。

 

 

 

 

「リ、リアスさんっ!? それにチェルシーさんまでどうして此処にっ!?」

 

「アリアが入っているって聞いたし、だったら偶には客人用のお風呂に入るのも良いかなって思ったのよ」

 

「私は付き添いよ。まあ、思い付きに付き合うのは何時もの事ね」

 

 当然だけれど目の前ではアリアが驚いた顔で私達を見ている。

 アース王国では確か同性の友人でも公衆浴場みたいな場所や特殊な状況でもない限りは一緒にお風呂に入る習慣は無かったかしら?

 

「リュボスでは”裸の付き合い”ってのがあって、同性と一緒にお風呂に入ったりするのよ。まあ、この方と付き合うのなら不意の行動には慣れていた方が良いわよ」

 

 流石はクヴァイル家のメイドだけあって私達が浴室に入るなり追加の人員と共に入浴前のお世話を始めるし、手際だって私の家と比べても段違いだわ

 あっという間に全身ピカピカにされた私は浴槽に飛び込もうとしたリアス様を止めると普通に入ってアリアの横に並ぶ。

 

「……大きい。こうして見ると服の上からだと着痩せしているのね」

 

「ひゃっ!?」

 

 その呟きがリアス様の口から漏れだし、視線を胸に浴びたアリアが咄嗟に胸を両手で隠したのだけれど、大き過ぎるから隠せていないし、腕で押さえられたせいで形が変わっている。

 

「リアス様、貴女は貴族令嬢ですよ? もう少し慎みを持って下さい」

 

 一応注意はするけれど、この方のこれは昔からなのよね。

 因みに擬音で表すとすれば、”たゆんたゆん”と”たゆん”と”ぺたぁ”で、誰の何処かは黙秘するわ。

 

「チェルシーさんはリアスさんとは……」

 

「ええ、長いわ。元々私のお祖父様とお父様がリアス様のお祖父様である宰相閣下の部下で同じ歳だから遊び相手に選ばれて……振り回されてるわ。まあ、友人だから別に良いのだけれど……はぁ」

 

「その溜め息が気になるわねぇ……」

 

「いや、聖女の再来だって聞いていたらこんなのですからね」

 

「こんなの!?」

 

 しかしリアス様じゃないけれどアリアは大きいわね。

 胸だけ残して簡単に痩せられる魔法みたいな方法でも使ったみたいに肉が少し足りない体付きの癖に胸だけは大きい。

 

「……何食べたら胸だけ大きくなるの?」

 

「そうよね! 秘密があるなら教えなさい! 揉むの!? 揉めば良いの!?」

 

「うっかり口にした私が言うのも何ですが落ち着いて下さい。彼女が困っていますし、そもそも揉めない大きさでしょう。ゴリラなだけ……鍛えているだけあって健康的に引き締まっているリアス様は魅力的ですよ?」

 

「今、ゴリラって言ったわよね!?」

 

「失礼、噛みました」

 

 やれやれ、騒がしい入浴になりましたが、此処までの騒ぎにも一切表情を変えないクヴァイル家のメイドは本当に凄いと思うわね。

 

 

 

「さて、今日は帰りにフリートへのプレゼントでも買おうかしら? 流石に放置したお詫びをしてあげないとね」

 

「本当にどうやってそれを育てたのかしら!?」

 

 リアス様に肩を揺さぶられる度にユサユサ揺れるアリアの胸を見ながらそんな事を呟く私だった……。

 

 

 

「新入生歓迎の舞踏会も近いし、買うなら装飾品かしら? 彼奴、ダンスが苦手なんだから練習相手になってやらないとパートナーの私まで恥ずかしいじゃない。」

 

 

 

 

 



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ペットにはそう見えた  挿し絵有り

なろうで投稿始めました

https://t.co/jkUkSLIEiu


「そうでちゅか~。美味しいなら良かったでちゅよ~」

 

 アリアさんがお風呂に向かった頃、僕はポチの背中に乗って首の辺りを撫でてやりながらユニコーンの死骸を食べるのを眺めていた。

 

「キュイキュイ!」

 

 普段は狩猟本能からか狩ってから食べるのが好きなポチだけれど、アリアさんが仕留めたユニコーンを食べる姿は随分と機嫌が良さそうで何よりだ。

 クチバシで肉を引き裂き、口元を血で汚しながら先に内臓を貪る。

 未だ言葉が分からなかった頃、内臓の方が肉よりも好きなのかと思って内臓を多めにあげていたけれど、好きな物は後回しにする派だったから驚いたのを覚えているよ。

 

「明日はちゃんと狩ってから食べる様にしまちゅからね~」

 

「キューイ!」

 

「そっか~。僕があげる餌なら何でも良いのか~。ポチは本当に可愛いでちゅね~」

 

 ああ、それにしても少し汚れて来たよね。

 元々汚れが分かりにくい羽や毛皮の色をしているけれど、こうやって撫でてやると羽の根本まで細かい汚れが目立つな。

 

「ポチ、今日はお風呂に入ろうか」

 

「キュイ……」

 

「お風呂は嫌かも知れないけど、ちゃんと綺麗になったら僕は嬉しいな」

 

「キュイ!」

 

「良い子だね、ポチは。じゃあ、ご飯が終わったらお風呂に行こうか」

 

 ポチの首を撫でながら空を見れば雲が凄い勢いで流れて行くし、上の方では風が強いらしい。

 

 お風呂の話題になって、空を眺めると二年前の事を思い出す。

 あの日もこんな空だったよね……。

 

 

 

「いやいやいやっ!? 落ち着こうかっ!」

 

 この日、お祖父様のお供として出向いた先の露天風呂に入っていた僕は、この日に出会ったばかりの女の子に求婚を通り越して子作りを迫られたんだ。

 

 突然背後から声を掛けられたと思ったら、おもむろに服を脱いで褐色の肌を惜しげもなく晒した彼女も風呂に入って来ての突然の要求。

 

 今考えれば対処法は幾らか有ったのだろうけれど、目の前で揺れる巨を通り越して爆な二つの塊とかが間近に有ったし、身内以外の異性の裸を見たのって覚えている限りは初めてだったんだから仕方無い。

 

「落ち着いている。お前も落ち着け。私、お前を自分の物にすると決めた。だから抱く。大丈夫、最初が痛いのは女。私は戦士、痛いの平気」

 

 まあ、元々向こうの方が力が強いし、冷静じゃない僕は簡単に捕まって押さえつけられた。

 後はまな板の上の鯉って奴だ。

 

 ……まな板といえばリアスがこの場に居なくて良かったよ。

 ちょっと情けない姿だからね。

 

「そうじゃないから! 僕が言いたいのは……」

 

「問答無用。覚悟しろ。気持ち良いから大丈夫」

 

 

 

 

「キュイ!」

 

 ……!?

 

「今、トラウマが戻って意識が飛んでいた?」

 

 何時の間にか立ち尽くしていた僕の意識はポチの鳴き声で連れ戻される。

 ああ、良かった、とポチを撫でながらも顛末を思い出す。

 

 

 

 ……全身が血に染まった状態で倒れ込む彼女と、何時もの優しそうな笑顔でそれを見下ろすあの人。

 そのまま躊躇無く彼女の腕を蹴りでへし折り、頭を潰そうと足を上げる。

 次の瞬間には頭が弾け飛ぶのは分かっていた。

 

「まさか最後にはあの子の命乞いをするなんてさ。それからも積極的だし、何があったか知ったリアスが激怒するし、今でも大変なんだよね。……でも、本当に大きいな、彼女」

 

 吊り橋効果って奴かな?

 積極的な子は嫌いじゃないけれどあの子は苦手なんだよ、爆乳だけど。

 

「大きなお胸にはロマンが詰まっていると思うんだよね、僕」

 

 あの時の僕はパニック状態だったけれど、あの頃よりも女の子に興味が有る今の僕は今の僕でどうなる事やら。

 レナに知られたら”耐性を付ける為”って言って誘惑が過激になりそうだ。

 

「キューイ?」

 

「ああ、ごめんごめん。君は子供だから少し早い話だったね」

 

 思わず口から出る呟きにポチが不思議そうにしているけれど、この子の結婚相手をいつか捜してあげなくちゃ駄目なんだよね。

 

「じゃあお風呂に行こうか」

 

「キュイ……」

 

 駄目駄目、忘れてなんかいないからさ。

 いや、でも邪な事を考えているとポチの純粋な視線が痛いなぁ……。

 

 この機に乗じて逃げ出そうとしたポチの頭を撫でながらお風呂へと連れて行こうとする。

 ポチは聞き分けの良いグリフォンなので渋々ながら着いて来てくれた。

 

 

 

 

「あれ? アリアさん達も今上がったの? 門限ギリギリだよ?」

 

 ポチを全身隅々まで洗い、泡でモコモコにして綺麗にして乾かすと羽毛が膨らんで可愛さが更に上がってしまう。

 ああ、何で此処まで可愛いんだろう、この子。

 絶対何かしらの神の加護を得ているよね、美の神とかそっち系の。

 

 このまま夜中までポチに寝そべって寝られたら最高なんだろうけれど、そうしようと思っていたら客人用のお風呂から出て来るアリアさん達と遭遇した。

 

「そ、そうなんですか……」

 

「あれ? 少し疲れてフラフラだけど大丈夫? ……リアス、また何かやらかしたんじゃないの?」

 

 まるで長湯が過ぎた時みたいにフラフラした様子のアリアさんと自分の胸をペタペタ触りながら何かブツブツ呟いている。

 リアスとアリアさんの一部を見比べてしまえば偶に起きる発作が発動したって事は簡単に思い当たるよ。

 ゲームでは傲慢な悪役だけれど、前世の記憶がある今のこの子は凄く素直で少しゴリラな可愛い妹だ。

例え悪役のままだとしても僕からすれば可愛い妹なんだ、素直でゴリラな子じゃなくても。

 いや、色々な人にゴリラって呼ばれているから僕もゴリラって言っているけれど、ゴリラは流石に悪いよね?

 

 

「門限……確か寮の規則って凄く厳しいのよね」

 

「はい。門限破りは次の日の朝ご飯が抜きになる上に減点されて、一定以上になったら寮を追い出されるんです……。他の家の方は別にご飯を用意したり住む場所の手配をして貰えるんですが私の実家はお金が無いし、お祖父様お祖母様は……いえ、何でも有りません」

 

 最後は言葉を濁したけれど実家での扱いはゲームでは詳しく描かれないけれど予想出来るし、流石に減点になるのは可哀想かな?

 今後、彼女を色々なトラブルに巻き込む可能性だってあるし、だからって寮を追い出されても屋敷に住まわせたりするまでは家の関係も有るし……。

 

「キュイ?」

 

「あっ、そう? アリアさん、ポチが送って行こうかって言ってるよ。今からならパッと行けば絶対に間に合うからさ」

 

「助かります。ありがとうございます! ポチちゃんもありがとうね」

 

「キュイ?」

 

「あっ、私の言葉は通じないんでしたね」

 

 さて、行こうか。

 ……ポチを屋敷の中に入れちゃったのをメイド長に見つかっちゃったし、何か言われる前に逃げようか。

 

 

 

 

 帰った後で怒られるから一時凌ぎに過ぎなくても!

 

 

 

「じゃ、じゃあ宜しくお願いしますね」

 

 早速ポチに乗って学生寮まで向かうんだけれど、何故かアリアさんは緊張した様子で僕の後ろに乗る。

 何故か既にドキドキしてるのが伝わって来るし、お風呂でリアスが変な事でも……あっ。

 

 今、僕も理解した。

 胸の事を考えた訳だから分かったけれど、そのせいで余計に背中に押し付けられる感触が気になるし、これは僕もドキドキして来たぞ。

 

 でも、それに気が付かれる訳には行かない。

 だって出会って数日の男が自分の胸を意識しているとか普通に嫌だろうし、此処は落ち着いて話をしていれば大丈夫だ。

 何か話題になる物はないのかと地上を見れば露天が幾つも並び、何かが光を反射するのが目に入った。

 

 

「アクセサリーのお店でしょうか? 私、あまり持っていなくて」

 

「リアスも贈り物で沢山貰ってるけれど滅多に身に付けないよ。指輪は武器を握るのに邪魔な上に拳を使ったら壊れるし、髪留めも鬱陶しいんだってさ。あの子はそんな物無くても可愛いから構わないけどさ。でも、似合う物を身に付ければもっと可愛くなるんだろうな」

 

「そうですか……」

 

 アリアさん、矢っ張り年頃だからアクセサリーが欲しいのかな?

 会って数日でアクセサリーを贈るのもどうかと思うし、僕には何も出来ないけれど、決闘で勝った場合のご褒美にオマケって形で贈るのは良いかもしれないよね。

 ちょっと難しい話だよ。

 なにせ僕は家同士の付き合い以外で女の子とそれ程親しくしていないからな。

 

 そんな風に話す間にポチは寮まで到着、門限には間に合った。

 門の前でポチの背中から降りて別れの挨拶を交わす最中の事、アリアさんが思い出した様に口を開く。

 

「それにしてもポチちゃんはどうして私を送って行くって自分から言ったのでしょうか?」

 

「確かにポチって他の人への態度が……ねぇ、アリアさんを送ろうと思ったのは何でだい?」

 

「キュイ」

 

 ……はい?

 

「いや、アリアさんは僕のお嫁さんじゃないからね?」

 

「キュイ?」

 

「うん、違うから。……えっと、また明日ね」

 

 何でそんな勘違いをするのかなぁ、この子は。

 恥ずかしいのでポチの手綱を握り締めて最高速度で去って行く。

 

 明日、アリアさんが怒っていなかったら良いんだけれど……。

 

 

 

 

 

 そして翌日……。

 

 

「……そうか。お前の母親が母上を追い詰めて殺したのか」

 

 マザコン王子がアリアさんに詰め寄っていた。

 

 

 ……いや、何で?

 

 

 

 

 




真実様に依頼

アリア&リアス(胸部装甲の中は空洞)です


【挿絵表示】


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兄妹会議

 今は使っていない客人用の部屋に忍び込み、軽食と飲み物を持ち寄ってトランプで遊ぶ。

 夜中にするちょっと悪い事で、メイド長に見付かったら大目玉を食らうというスリルも楽しみの一つだ。

 

 でも、夜中にこっそり集まったのはとある目的の為、それを誤魔化す為のフェイクとして少し悪い事をしているんだ。

 

「じゃあ、今から定例会議を始めよう。議題は勿論”ラスボスになるのを避ける事”だよ」

 

「いえーい!」

 

 深夜、この時間帯になっても夜勤の使用人が働いている中、まるで時間が停まったかの様に周囲は静まり返り、リアスの元気な声は凄く響く。

 この子、前世ではこんな感じじゃなかったのに、矢っ張りリアスとしての素の部分だったり、道具にしやすくする為の甘やかしのせいなのかな?

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「いや、相変わらず前世でも今も可愛い妹だって思ってね」

 

 ああ、それでも良い子なのは変わりないし、前世の教育で”何が悪い事なのか”の基礎は身に付けて居るから良いんだけれど、僕も同様に身内への甘さからの暴走が怖いよね。

 それで敵を作っているし、貴族らしからぬ行動を無自覚にしている時がある。

 

 ……漫画で読んだ”歴史の修正力”が働いているのかも。

 

「……って僕は思うんだけれどリアスはどう思う?」

 

「お兄ちゃんなら大丈夫だわ! 私もお兄ちゃんの言う事をちゃんと聞くし」

 

「リアスは良い子だね。でも、僕が間違ったと思ったら止めてね?」

 

「勿論よ。股ぐら蹴り上げてでも止めてあげるんだから!」

 

 ……うわぁ、相変わらず力強くて頼りになるなあ。

 凄く張り切ってシャドーボクシングまで始めるリアスに頼もしさを感じる反面、もう少し穏便な方法を取って欲しいとも思えてくる。

 

 でも、ゲームでは”貴方は私の側で私に従っていなさい”って僕に言っていたからね、リアスは。

 実際は警戒せずに甘えられる相手だからって信頼してる結果からだけれどもさ。

 

「でも楽観視は出来ないかも知れないよ? ゲームではリアスがアリアさんに絡んで、攻略キャラが助太刀したけれど、実際は攻略キャラが絡んでリアスが助けたからね」

 

「結局は似た流れになるって事? じゃあ、利用されるのは私達じゃなくて他の連中かもって事? ……うわぁ、面倒」

 

 ”利用される”、それがゲームでの僕達兄妹と、最も警戒している相手である隠しボスとの関係だ。

 代理人を使った決闘に負けたリアスに接触し、自らの目的である”人類殲滅”の為に暗躍していた黒幕。

 

 名を”テュラ”。

 

 人間を滅ぼそうとした二人の神の片方であり、途中で思い直した片方によって騙し討ちの末に封印された闇の神。ゲームでは最高火力を誇った闇属性魔法を一切無効化する強敵だ。

 恐らくだけれどゲーム同様にこの世界にも存在するだろうし、その前提で動いた方が良いだろう。

 

「僕達は騙されない自信が有るけれど、ゲームではその描写がなかった洗脳をして来たり、他の誰かを騙すかも知れない。……絶対に気を抜いて軽率な行動を取らないようにね。まあ、僕もやらかしちゃったけれど」

 

「うん、流石に会ったばかりの相手が居る前でのポチへの態度はどうかと思うわ」

 

「……今後は注意するよ。じゃあ、今後は原作のイベントが起きているか、起きていても原作と違う所は有るか、それに注意しよう。流石にキャラの領地を舞台にした個別のイベントまでは介入出来ないだろうけれど。……僕達は」

 

「ええ、私達はね」

 

 ゲームでは長期休暇の時に好感度が一定以上なら領地に案内されるんだけど、色々と問題が起きる。

 その領地に何かある程度なら不干渉で良いけれど、どの領地に行っても必ず起きる上に世界の命運に関わりかねないイベントだって存在する。

 

「確か暗躍している連中が居たのよね? 殆ど覚えていないけれど」

 

「だって僕達はプレイを眺めていただけだしね。しかも六年前じゃね。でも、暗躍している奴が名乗っていたのが確か……”ネペンテス商会”だったかな? ……あれぇ?」

 

 えっと、確か昨日聞いたばかりの名前だ。

 レキアが管理を任された妖精郷の異変に現れた神の眷属らしき存在がその名前を名乗ったって彼女から聞いたじゃないか。

 

 知識がうろ覚えな事の弊害が生まれた瞬間に僕は焦り、未だ気が付いていないリアスは呑気にポテトフライを食べている。

 今直ぐレキアの所に……駄目だ、準備が整っていないし、ポチは夜行性じゃないから行く手段が無い。

 それに下手に相手の事を知っていると悟られたら厄介だ。

 

「リアス、気を付けて。もしかしたら光魔法が通じない相手と戦うだろうからさ。……もうそろそろ僕も限界だ。時間の流れを切り離せない」

 

 ドッと押し寄せる疲弊感と共に周囲の空間に歪みが生じ始める。

 あと数分以内にでもこの部屋と部屋以外の時間の流れは等しくなるだろう。

 

「じゃあ、歯を磨いてお休みね。また明日ね、お兄ちゃん」

 

「二人以外の誰かが居る時はお兄様って呼ぶんだよ? じゃあ、お休み」

 

 バレない内に食べ物と飲み物を手にして客間を飛び出して各々の部屋に慌てて駆け込む。

 さて、決闘は明後日だし、それから間もなく開かれる舞踏会が僕達の運命の分岐点だ。

 

 

「原作の事はアリアさん達に任せて、僕達は平穏な生活を……」

 

 いや、色々と手遅れな気もするけれど、もしもの時はクヴァイル家の所有戦力に任せれば良いや。

 大体、たかが数人の若者だけに世界の命運が左右されるなんておかしいし、パーティーの人数制限なんて気にせずに囲んでボコれば……眠くなって来た。

 

 

「まあ、イベントは起こるにしても時期があるから暫くは大丈夫か。ゲーム通りに行けば力を見せたアリアさんを認めて周囲に人が集まるだろうし。……ん?」

 

 確か発生時に好感度が一定以上じゃないと絶対に攻略不可になる上に情勢とか関係無いイベントが有った様な気が……。

 

「まあ、その辺は明日から調べさせれば良いや。何とでもなるから」

 

 あのイベントはアリアさんの出生の秘密が明らかになる重要イベントでは有るんだけれど、母親の言いつけを破る程の心境の変化有ってこそだし、多分大丈夫……。

 

 僕は色々と楽観視しながら眠りに付く。

 部屋の外では夜のシフトの人達が手際良い働いていた。

 

 

 

 

 

 ”この首飾りは人に見せては駄目よ”、母は私にそんな事を言っていた。

 どうやら名前も知らない父に迷惑が掛かるかららしいが、一度も会った事の無い父親に迷惑が掛かろうが知った事じゃない。

 

「似合いますか? ……似合うでしょうか? ……これで良いのだろうか?」

 

 長い間被り続けた”アリア・ルメス”としての仮面を鏡の前で再確認する。  

 闇属性に生まれ、死んだと思っていた心だけれど唯一の味方だった母の願いの為の偽りの仮面。

 

 ……でも、あの兄妹は仮面を見抜いて、そして闇属性の私を受け入れてくれた。

 

「何時かこの仮面が本当の顔になったら良いな……」

 

 未だ本当の顔を見せる勇気が湧かないけれど、何時かそうなる事を願い、今は少しお洒落をした所を見せたいと初めて母の言いつけを破った。

 

 誉めて貰えるだろうか……?

 

 

 

 

「魔女だ」

 

「悪魔憑きだぞ……」

 

 寮を出て学園に向かうと周囲から聞こえて来るのは聞き慣れた言葉。

 昔は泣いて否定したけれど、今はどうとも感じない。

 これも成長と言えるのだろうか?

 

 

「……おい。その首飾りをどうしてお前が持っている?」

 

 そんな時、ルクス王子が驚いた顔をしながら私の前に立ちふさがって首飾りを指差す。

 ……面倒な事になる予感がした。

 

 

「これは母の形見の品で……きゃっ!?」

 

 突然詰め寄って来る。

 この瞳は闇属性への”嫌悪”ではなくて”憎悪”?

 

 

「……そうか。お前の母親が母上を追い詰めて殺したのか」

 

 ……はぁ?  

 何を馬鹿な事を言っているのだろうか?

 

 だって表向きは事故死になっているけれど、先代の王妃の死因は正直言って自業自得な内容だと貴族の間では秘密裏に囁かれて居るんだから意味不明としか思えない。

 

 

 

 

 

「その首飾りは父上が母上以外の女の為に用意した物だ。あの人はそれを知ってから変わった。……お前の母親が母上を殺したんだ」

 

 ……本当に面倒だ。

 胸ぐらを掴み上げられた私は怯えた演技をしながら呆れ果てていた。



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友の忠告

 泥酔した王妃が隣国の王族を巻き込んで事故死した、そんな醜聞は両国にとっても隠したい内容で、一応隠蔽されたものの人の口は完全には封じられないし、国同士の関係は悪化、国境近くで頻繁に起こる様になった小競り合いは最終的に聖王国の仲裁で収まった。

 

 ……その結果としてあの女が新しく王妃の座に収まったのだが。

 

「新しい王妃様は有能で助かるな」

 

「ああ、前のが最悪だったのもあるが……」

 

 継母が優秀なのは認めるが、そのせいで母上が死後まで貶められるのは気に入らない。

 だって豹変しなければ優しく賢い人だったあの人は大勢に慕われた筈だ。

 

「父上、いい加減話してくれ。俺には母上が豹変した理由を知る権利が有る筈だ」

 

「……分かった」

 

 父上を何度も問いただし、漸く知った理由は”痴情のもつれ”、単に父上の浮気の結果らしい。

 王子時代にお忍びで出掛けた先で出会った女と恋に落ち、母上を妻に迎えた後も関係は続いたらしい。

 公にしていなかったのは相手の地位が低い故に排除しようとする動きが出かねない為だ。

 

 それが全ての理由。

 父上に心底惚れ込んでいた母上は嫉妬から心を壊し、あの様な最期に……。

 

「全て私の責任だ。だから彼女に贈った特注の首飾りと同じ物を妻の墓に供えよう」

 

 父上が俺に見せた首飾りを決して忘れないだろう。

 何故ならその女が母上を追い詰め、そして死なせた犯人だからだ。

 その後、父上の目を盗んでそれらしき女を探すが中々発見には到らない。

 

 それがこんなにもあっさりと見付かるだなんてな。

 

 

「陛下が私の母に贈った物!? そんなの何かの間違いです。確かに私は父が誰か知りませんが……」

 

 俺の言葉に驚き、信じられないと言いたそうな態度の女を見下ろす。

 アリア・ルメス、王国の貧乏子爵の一人娘で闇属性の使い手。

 存在を知った時は俺が統治する時代に面倒事を引き起こすであろう存在が生まれたのは厄介としか感じておらず、何か成果を上げても取り立ててやる気は無かったが、向けるのは無関心だけ。

 

 だが、今は違う。

 腹違いの妹かも知れなかろうが関係無い。

 此奴の母親のせいで俺の母親が死んだのだから。

 

「……許さない。俺は絶対にお前の母親を許さない。お前の存在を認めない」

 

 胸ぐらを掴んで持ち上げ、怯えた表情を睨む。

 周囲が騒がしいが今の俺にはどうでも良いんだ。

 

 今の俺がすべき事は”復讐”、それ一つしかないのだから。

 

「……俺もお前との決闘に参加するぞ」

 

 騒ぎを聞きつけて此方に向かって来る女を遠目に確信する。

 リアス・クヴァイル、継母の姪であり、目の前の女と組んで決闘を行う予定の相手だ。

 

「お前とあの女を揃って叩きのめし、母の仇を取った上で今の王妃の血筋に価値が無いと、母上の子である俺の方が優秀だと証明してやる」

 

 胸ぐらを掴んだ手を振り抜けばアリアの華奢な体は宙を舞い、ロノス・クヴァイルが受け止める。

 

「女の子に乱暴するのはどうかと思うよ? 途中からだけど、どうも君が一方的に絡んでいたみたいだしさ。ほら、彼女に謝って」

 

 兄妹揃って昨日の授業で最高成績を叩き出した二人の片割れであり、アリアと少し仲が良いらしき男、俺は此奴が嫌いだ。

 

 あの女の血筋より、母上の血筋の方が優秀だと証明しなければならない。

 だから昨日も調子に乗った所に恥を掻かせようとし、逆に優秀さを示す結果になった。

 

「……お前も何時か必ず倒す」

 

 嫌いな……いや、憎い相手が三人も目の前にいる事実に耐えられそうにない。

 例え逆恨みや見当違いな物だとしても、俺の腸は煮えくり返りそうだ。

 

「って、無視!? 随分と嫌われたなぁ……」

 

 

 俺が敵意を向けても平然とするロノスに少し苛立ち、最後に奴を睨むと俺は背を向けてその場から去って行った。

 背後で妹の方が何やら叫ぼうとして取り巻きに口を塞がれる様子が声で伝わるが、今は一刻も早くこの場を離れよう。

 

 「馬鹿馬鹿しいな……」

 

 ……俺の行いは王子としては正しくないと分かっている。

 だが、それでも豹変した母上の姿が頭から離れず、死後に向けられる嘲りの言葉が耳から離れない。

 

 きっとこれは俺の中で決着を付けない限り続き、俺は前に進めないのだろうという確信があった。

 

「見ていてくれ、母上。俺は絶対に勝つから……」

 

 この言葉が届いたとしても、もしかしたら正気に戻っていて俺を止めるかも知れないけど、それでも俺は……。

 

 

 

 

「ったく、女の子を放り投げるだなんて何考えてるのよ、あの馬鹿。チェルシーも何を邪魔してるのよ!」

 

「そりゃ邪魔しますよ。リアス様が何時ものノリで喧嘩売るの。それが私の仕事ですから」

 

 ルクス王子が去り、関わり合いになりたくないと大半の野次馬が去って行く中、さっきから口を塞がれた状態のリアスが解放されるなり食って掛かっている。

 

「貴女、ゴリラだけれど本国では建国の英雄の血を引いて、英雄と同じ力を振るえる人ですよ? それが王子に喧嘩売るとか馬鹿なんですか? いえ、馬鹿でしたね」

 

「ぬぐぐ……」

 

 もー、駄目だよ、リアス。

 君が口でチェルシーに勝てる筈がないんだからさ。

 

 それでも一応分が悪いと思ったのか納得した様子のリアスは大人しくなったし、ひとまず安心だ。

 ……リアスはだけれども。

 

 

「それにしても女の子を放り投げるだなんて酷い事をするよ。顔に傷でも出来たらどうするんだよ。怪我はないかい?」

 

 問題はルクスに投げられたから咄嗟に受け止めたから腕の中にいるアリアさんだ。

 今ので出生の秘密を知ってしまったみたいだし、ゲームと違って多くの冒険を繰り広げて心身共に成長していない今の彼女じゃ耐えられないかも。

 

 ……今回の事件、通称”首飾りイベント”は本来ならゲーム終盤で起きる筈だけれど、彼女はどんな心境の変化で首飾りを付けたんだ?

 

 まさかゲームと違って人に見せるなって言われてないとか?

 

「……ごめんなさい。ちょっと動揺してて、少しだけこのまま……」

 

「えっと……どうぞ?」

 

 アリアさんは僕に密着して顔を胸に埋めて表情が見えない。

 でも、多分人に見せたくない様な表情になっているんだろうし、咄嗟に了承しちゃったからなぁ。

 

「お兄様、先に行ってるわよ? 遅刻しちゃうもの」

 

「え? もうそんな時間?」

 

 とても離れて欲しいとは言えない状況の中、僕は空を仰ぎ見る。

 リアスが僕を置いて駆け足で校舎に向かい、予鈴の鐘の音が聞こえて来た……。

 

 

 

「もう大丈夫かい?」

 

「は、はい……」

 

 あの後、何とか落ち着いたアリアさんと一緒に僕は教室へと駆け足で急ぐ。

 少し動揺が残っているのか足取りがおぼつかなかった彼女の手を引いて走っているけれど、あんな事の後だからか真っ赤な顔を伏せているし、僕も少し恥ずかしくなって来たな。

 熱くなって来た頬をポリポリと掻き、何とか時間ギリギリに教室に到着くした。

 

「ギリギリセーフ! ……うーん、もう広まっているのか」

 

 ドアを開いて突入した瞬間、視界に入って来たのは此方を見てヒソヒソと話すクラスメイト達の姿で、僕は痛烈に嫌な予感を覚える。

 

 

 

「王子と敵対……」

 

「……もうルメス家は終わりだな」

 

 あっ、どうも間違った内容の噂が広がっているっぽい。

 

 

「フリート、どんな噂になってるか一応聞かせてくれる?」

 

 こんな時のフリートだ。

 一旦アリアさんと別れて情報を手に入れに向かう。

 取り巻きになりたい人達に囲まれて鬱陶しいって様子の彼に近付けば、周りの人達を邪険に追い払って僕を手招きして来た。

 

「おいおい、俺様に挨拶する前に質問か? ダチだから許してやるがよ。まあ、噂好きの連中が多いし、尾鰭背鰭で全くの別モンになってやがるぜ」

 

 僕と違って王国の貴族だし、王家に近い家だから話を聞き出しやすいと思って聞いてみれば、知りたいとは言っていないのに噂話は入って来ていた。

 

「何か”彼奴の母親が先代王妃と敵対してた”やら”王家の敵として取り潰し”だの色々だ。断片を繋ぎ合わせると……まさか国王の隠し子だったとはな。……あんまり関わるなよ? 面倒な連中は正解にたどり着くし、直ぐに動く。王国のいざこざに巻き込まれるぞ」

 

「……あー、うん。普通はそう思うよね」

 

 最後は真剣な表情で忠告してくる彼は本当に友達なんだなって思える。

 

 

 でもさ、そうは行かないんだよね。

 彼女が居ないと厄介な脅威が存在するのに……”首飾りイベント”では主人公の死亡でのbadエンドルートが存在するんだから。

 

 



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認めて欲しい相手 どうでも良い相手

 ”魔女の楽園”だけれど乙女ゲームなのにも関わらずBADエンドが結構存在する。

 いや、他の乙女ゲームを知らないけれどさ……。

 

 ”魔女”だの”悪魔憑き”だのと恐れられ、好感度が殆どマイナスな彼女がそのままイベントを進めた場合、要所要所で死亡フラグが立つんだけれど……最後の”首飾りイベント”だけは本当に拙い。

 何せ他のイベントがレベルを上げてのごり押しで防げるのに対し、所属する国の王子が潰しに来るこのイベントは例えレベルがカンストしていても駄目なんだ。

 

「……どうしよう?」

 

「何でアリアがあの首飾りをして来ているの? それもこんな序盤に。お兄様、何かやらかした?」

 

「さあ? 本来はリアスの挑発で着けたんだよね。”貴女の母親はロクな装飾品も残して居ないのね”とか言ってさ」

 

 昼休み、人目を忍んで校舎裏にやって来た僕とリアスはこれからの事を相談していた。

 これからアリアさんが王家の血を引いていると王国上層部に広まった結果、御輿に担いで利用する気の連中と、それを危惧する連中の政争が勃発、結果としてアリアさんは暗殺される。

 

 実はこのイベントの時点でエンディングを迎えるキャラが決定して、そのキャラが後ろ盾になる事で防ぐんだけれど……彼女、どの攻略キャラとも全然仲良くなっていないんだよね。

 

「……それでどうするの、お兄様? あの子が……正確には闇属性の強力な魔法使いが居ないと絶対に倒せない上に倒さなくちゃ不味い奴が居るでしょ? 他に戦えるだけの使い手を探すにも……」

 

「見付かる保証は何処にも無い、か」

 

「……私があの時庇ったのが悪かったのかしら? 知らない振りして放置すれば……」

 

 俯いて不安そうに呟くリアスに対し、僕は手をそっと頭に乗せて撫でてやる。

 今の年齢じゃ子供扱いにも程があるけれど、前世では僕達が不安そうになるとお姉ちゃんが頭を撫でて励まして、僕もこの子が不安そうにしていたら真似していた。

 

「大丈夫、僕が何とか手を尽くす。……ゲームと違って切れる手札を持っているからね」

 

 リアスを励まして笑顔を見せた後、指を鳴らして背を向ける。

 目前に居並び跪くのは僕の手札である忍び装束の手駒達。

 

 そんな彼女達に向けるのはクヴァイル家次期当主としての顔だ。

 リアスが知らない、知る必要の無い顔だ。

 

「部隊を分けて王子派と反王子派の双方を探ってアリアさんの護衛も行って欲しい。……君達のやり方で構わないからさ」

 

「はっ! ……散っ!」

 

 先頭の一人が返事をすると共に一斉に姿を消す。

 さて、そろそろ合流しようか……。

 

「あの子達が”夜鶴《よづる》”が用意した……」

 

「うん、そうさ。僕の所有する道具さ。……ああやって人格があるのを知ってるから道具って呼ぶのは抵抗があるんだけれど、”それが誇りです”だって言って譲らないんだよ。他は何でも命令通りに従うのにさ」

 

 どうも僕は人を指揮下に置くのに向いていないと自分でも思うし、お祖父様も既にそうだと判断して補佐官を育てて居るからなぁ。

 貴族の生まれとしては情けないけれど、僕が望まれているのは”時”っていう唯一無二で有益な力を高め、必要な時にそれを振るう事。

 現場仕事と経営関係は適材適所に人員配置ってだね。

 

 

「お兄ちゃん、無理は駄目よ? 私にとって友達よりもお兄ちゃんが大切なんだから」

 

 少しむくれたリアスがポカポカと結構強い力で叩いてくる。

 ああ、僕は隠している積もりでも、この子は何かを察しているんだな。

 やれやれ、兄としても少し情けないや。

 

「人前では”お兄様”って呼んでね。まあ、もしもの時は頼りにしているよ。何せリアスは前世から自慢の頼れる妹だから」

 

 また軽く頭を撫で、二人でアリアさん達が居る場所に向かう。

 そうだ、僕には頼れる妹が居るんだから起きる前から色々と不安になる必要なんて無いんだ。

 ……予想だけれど未だ王家の血を引いてるかどうかの疑惑の段階で、何の功績も得ていないアリアさんじゃ担ぎ上げるには頼り無い。

 

「アリアさんが学園外からも注目されるイベントって何があったっけ?」

 

「校外学習の時……だったと思うわ。例の四天王的なのの最初の一体と戦うのよ。偉そうにしていたのに一切光魔法が通じなくて逃げ出したゲームでの私と違ってね」

 

 その後、英雄として名を上げるから担ぎ上げたり取り込む価値を見出され、敵勢力に回るのを恐れられて……。

 

 

「あの子の人生って糞ゲーだよね」

 

 身内からも恐れられる力を持って生まれ、その力を大勢の役に立てると証明したら証明したらで……だからなぁ。

 本当に闇落ちしないのが不思議な鋼メンタルだ。

 

 まあ、”主人公”の運命なんて大抵のRPGで糞ゲーだと思うよ。

 何せタイミングとかの関係で他に代わってくれる人が居ない中、たった数人で世界を滅ぼせる相手に挑むんだからさ。

 

 ……さっきも話したけれど、”都合良く戦力になる闇属性の使い手が見付かって手を貸してくれる”、そんな奇跡を前提には動けない。

 精々が一応探してもしもの時に備える程度だ。

 

「人間殲滅なんて目論む神様が二人も居る世界に生まれた時点で全員糞ゲーじゃない。まあ、もしもの時は私達が助けましょうよ。世界の命運なんて面倒な物を背負う運命の子の一人くらい背負うのなんて楽勝だわ。何せ私達は世界で一番と二番目に強いんだから」

 

 ……リアスが凄くマトモな事を言った!?

 

 

 

「……凄く失礼な事を考えなかった?」

 

 相変わらず勘が働く子だなぁ。

 

 

 

「……最終的には功績を口実にお兄様がお嫁さんにしちゃえば?」

 

「結婚ってお互いに了承した上で行うものだからさあ。貴族だから別のパターンが多いけれど、最終的には彼女の意思次第じゃない?」

 

 少なくても出会って数日の僕が色々決めるのには抵抗が有るんだよね。

 てか、急な提案だよ。

 

 

 

「……王家の血筋」

 

 お昼休み、何時もよりも遠巻きになった同級生達の視線を浴びながら空を眺める。

 何時もより視線が強い気がするけれど、どうでも良い相手に注目されても何の感情も湧いては来なかった。

 

 貧乏な子爵家で闇属性の私、華やかな貴族社会とは縁なんか無いと思っていたし、ロノスさん達との縁も学園に通っている間だけだと思っていたし、それで良かった。

 

 これからの人生をその思い出を支えにして生きて行く、その筈だったのに……。

 

「本当に王家なら、私を血筋の者だと認めて貰える日が来たなら……」

 

 そんな筈が無いし、持ち上げられた所で放り投げられるのだと思う。

 期待しても無駄だと今までの人生で分かりきっていた筈なのに、抱くべきでない希望を抱き、直ぐに醒める夢を見てしまう。

 

 私が王家の一員になればクヴァイル家とも、ロノスさんとも付き合いを続けられる。

 もしかしたら友人の更に先に進んで……。

 

 

「……駄目。夢から醒めた時、今の幸せすらも色褪せてしまうから。私なんかが認めて貰えるハズが無いんだから……」

 

 不相応の願いを抱いても意味が無いから、今を楽しもう。

 

 

「おーい! お待たせ、アリア」

 

「あっ、リアスさん」

 

「お兄様はチェルシー達を探しに行ってるから後で来るわ。先に席を用意しておきましょうよ」

 

 だって今の状況すら次の瞬間には醒めてしまう夢みたいな幸せなんだから。

 

 

 友達を作るだなんてとっくの昔に諦めた筈だったのに。こうして一緒に食事を取る日が来るだなんて

……。

 

 

「リアスさん、決闘を頑張りましょう!」

 

「当たり前よ。ギッタギタにしてやりましょう!」

 

 少し凶悪な顔で拳をゴキゴキと鳴らす彼女の姿に思わず笑みがこぼれる。

 ああ、本当に幸せな時間だ。

 この時間がずっと続けば良いのに……。

 

 それに特訓は辛いけれど、ロノスさんが誉めてくれるからやる気が出る。

 この人達さえ認めてくれるなら、他の誰に否定されても構わない……。

 

「あっ、今日の特訓だけれど、お兄様はちょっと用事が有るから参加出来ないわ」

 

 ……なーんだ、残念。

 ロノスさんに良い所を見せたかったなぁ……。



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彼にツンデレは通じない

漫画下書きが来ました 未だ支払い段階でないので公開はしちゃ駄目ですが、支払い後に公開します


「………ふん。何しに来たのだ、何しに。妾は貴様等に用は無いのだが?」

 

 学校が終わるなり僕はポチに乗って全速力でレキアの管理する妖精の領域まで向かったんだけれど、到着するなり出迎えた彼女は相変わらず愛想が悪い。

 僕としてはポチのお腹の羽毛の感触を小一時間は堪能してから来たかったのに、そんな事を知らないからって酷いなぁ。

 

 此処に来たのは僕の都合も有るし、前回は軽く見て回って危なっかしい所だけを応急措置しただけだけれど、今日はちょっと本格的に調べる予定で来たけれど、”ネペンテス商会”について本来は知らない筈の僕じゃ事情は詳しく話せない。

 

 でも、一昨日魔法でモンスターに変えた花を操って悪戯されたし、毎回この態度は結構酷いと思っていたんだ。

 子供の頃からの付き合いだって言うのに、矢っ張り妖精と人じゃ感覚が違うのかな?

 

 ……癪だから少し僕もからかってやれ。

 

「君に会いに来た……ってのは駄目かい、レキア?」

 

「んなっ!? ほほほほほ、本当か!? 本当に妾に会いに来たのだなっ!?」

 

 向こうは僕に会うのが嬉しくないみたいだし、こんな風な事を言ってやれば意表を突かれたレキアは酷く動揺している。

 どうも向こうだってこっちが嫌っているって思っているみたいだし、これは結構有効だったみたいだ。

 

「うん、そうだよ。じゃあ領域内をポチに乗って散策でもしようか?」

 

 まあ、嘘は言っていない。

 だってレキアから情報を引き出したいし、中を調べる時に管理者の許可が無ければ後々問題になりかねないからね。

 妖精女王様には気に入られているけれど、その辺の筋を通さないと侮られているって思われたらクヴァイル家との関係にヒビが入る。

 

 さて、駄目だって言うのなら女王様からの依頼を口実に勝手に調べさせて貰うけれど、レキアはどう出るのやら……。

 

 僕の返答に顔を真っ赤にさせ、口をパクパク動かす姿からして随分とショックが大きかったらしく、回復するまで少し待ちくたびれた。

 ポチなんか僕の袖を咥えて引っ張りながら散歩を始めたいとおねだりして来たし、誘惑に打ち勝つのは大変だったけれど、復活したレキアは少し赤みが残った顔を背け、腕組みをしながら渋々って感じながら了承してくれた。

 

「ふふんっ! 客人として来訪した者を邪険に扱っては妖精の姫の名が廃るからな。妾の管理する領域の素晴らしさを見せつけるのも一興として許可してやろう」

 

「やった! 宜しくね、レキア!」

 

「か、勘違いするでないぞ! 妾は貴様を歓迎などしておらぬ!」

 

 

「キュイ……」

 

 こら! ”此奴、リアス(ゴリラ)と同じで単純だ”とか言わないの!

 全く、誰が悪い言葉を教えているのやら……。

 

「ふむ。では行くとするか。……その前に」

 

 レキアは何故かモッフモフでフッカフカなポチの上じゃなくて僕の頭に乗ろうとしたけれど、何を思い付いたのか僕の目の前で止まり、右手の甲を差し出した。

 

「物のついでだ。貴様に少し名誉をくれてやる。生涯で最大の誉れと知るが良い」

 

 誇らしげに胸を張り、相変わらず偉そうだ。

 何をさせたいのかは分かるけれど、随分と僕の人生を見くびってくれるよ、彼女は。

 いや、仮にも妖精の姫なんだけどさ……。

 

「どうした? あまりの名誉に戸惑い錯乱したか? ああ、先に言っておくが貴様の事を妾が異性として好む事は永劫に無い。これはあくまで高貴なる存在としての施しだ。……まあ、母上が命じるのなら嫁ぐ事になるのだろうが」

 

 ……これ、手の甲にキスしないと駄目な流れ?

 別にレキアに触るのも嫌って嫌悪感を持ってはいないけれど、何だか屈辱的な気が……まさかっ!

 

「レキア、まさか僕の気持ちに気が付いている?」

 

「……何の事だ?」

 

 間違い無い!

 これは僕が何を思って言葉を選んだのかを見抜いた上で仕返ししたんだ!

 

「流石だね、レキア」

 

「?」

 

 惚けてるけれど僕には分かっているし、次は負けない。

 だからこれは自分への戒めだ。

 

「失礼致します、姫様」

 

 今回は負けを認め、僕はレキアの手の甲に軽くキスをする。

 少し惚けた様子で手の甲を見つめていたレキアは我に返った後で嬉しそうに見えた。

 

 

「さ、さあ、行くぞ! 貴様なんぞに使う時間が惜しいからな」

 

「キュイ!」

 

「ななな、何だっ!? 此奴、今怒っていなかったか!?」

 

「さあね? 大丈夫さ。ポチは僕の許可が無いと基本的に誰も襲わないよ、状況にもよるけど」

 

「”基本的”とか”状況による”とか、それは襲う前振りだろう!?」

 

 頭に掴まってギャーギャー騒ぐレキアからはポチへの恐怖が伝わって来る。

 良くやったよ、ポチ。

 ポチのお陰で溜飲を下げた気分の僕は鼻歌混じりになり、妖精の領域の景色を楽しむ。

 何時の間にか落ち着いたらしく、レキアも歌を歌い出し、ポチもそれに合わせて鳴けば軽い合唱が始まっていた。

 

「レキアもそうしていれば普通に可愛い子なのにね」

 

 聞かれたら怒るから小声で呟く。

 さて、そろそろ本題に入ろうかな?

 

 

 僕とリアスが知るゲームでの流れとは変わり始めた出来事の手掛かりを得る為に此処までやって来た。

 警戒すべき相手に警戒している事を悟られない様にして情報を集めないと。

 

 

 ……何せレキアに接触した”ネペンテス商会”は物語において暗躍する組織であり、人類を滅ぼそうとしていた神の眷属だし、慎重になるに越した事は無い。

 

 

 

 

「商人がどんな奴だったか? 黒い布を顔に巻いて全身を白一色でコーディネートした手足の長い男だったぞ。まあ、間違い無く神の眷属の類だな。人程度には分からずとも妖精の目は誤魔化せん」

 

「そっか。僕も会ってみたいな。でも神の眷属ってどの神の眷属なんだろうね?」

 

「さあな。名乗りはしなかった。……それ以外にも始終無礼な奴だったしな。貴様も相手せんで良い」

 

「わざわざ僕の前に現れるかなぁ? 君みたいに妖精じゃないんだし」

 

「謙遜も過ぎれば嫌みになるぞ? 貴様は所詮人間風情だが、その中では少しは見所があると私が認めてやっているのだ」

 

 何処か誇らしげな声で僕を誉めるレキアだけれど、相も変わらずこの子は。

 もう少し普通に誉めてくれたら僕だってもっと

嬉しいのにさ。

 

「そんな事を言うレキアに無礼とか言われたくないだろうね。まあ、君が愚痴をこぼすなんて随分憤慨した様子から関わりたくないとも思うよ」

 

 でもなぁ、”アリアさんとその仲間を影から支援して危険を冒す事なく驚異を取り除く”って当初の案は入学初日から破綻しそうって言うか、入学前からゲームとは状況が変わっているし、修正は不可能に近いんだよね。

 

 どれだけ強くても神だのなんだのに挑む危険は避けたいし、大切な家族にも避けて欲しい。

 

 只、友達も大切だし、アリアさんも随分と関わったからなぁ、数日で。

 

「此処は平和で良いよね、レキア」

 

 ちょっと休憩とばかりに止まり、寝そべったポチに背中を預け、しみじみと呟く。

 普段は何匹か見るはずのモンスターの姿もないし、本当に平和で静かな場所だよ。

 

「貴様達人間は政争だの何だので身内同士でさえ争うからな。妾達妖精とは全くの別物だ。まあ、貴様ならば小間使いとして置いてやっても構わんぞ?」

 

「あっ、此処に来る前にお土産のお菓子を買って来たんだった。丁度屋台の前が空いていてさ。ほら、カステラボール」

 

 人間、時には聞こえなかった振りも必要だ。

 僕はレキアの勧誘を無視してポケットからお菓子の入った紙袋を取り出し、魔法で温かいままにしているカステラボールを千切ってレキアに差し出した。

 

「はい、あーん」

 

「……あーん」

 

 ありゃりゃ、まさか乗って来るだなんて驚きだよ。

 何か言ったら怒るだろうし、黙っておくけどさ。

 

「キュイキュイ!」

 

「ポチも食べたいの? ほらっ!」

 

 カステラボールの袋をジッと見つめて甘え声で鳴いて来たポチの目の前に一つ差し出して左右に動かせば顔も合わせて左右に動いて凄く可愛い。

 少し力を込めて投げてやれば見事に空中でキャッチした。

 

「おい、次を寄越せ」

 

 レキアは少し不満そうにしながらも腕組みをして口を開けるし、未だ僕に食べさせる気なんだ。

 こうやってるとポチが赤ちゃんだった頃の事を思い出すな。

 卵から孵ったばかりのあの子に餌をやったりしてやってさ……。

 

 

「キューイ?」

 

「次が欲しいの? はいはい、ちゃんとポチの分も沢山有るから。……あれ?」

 

 次を頂戴と甘えて来るポチの背中に強い力を発する赤い花がくっ付いている。

 

 

 

 

「これって……”夢見の花”?」

 

 他人の夢の中に入れるっていう割と伝説級の物があっさりと見付かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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矛盾しているが仕方ない

「いや、流石に平和過ぎない?」

 

 レキアが管理する妖精の領域にやって来た僕だけれど、驚く程に何も起きていない。

 結果、暇潰しに踊り出したレキアの姿をボケッとしながら眺めるだけで時間が過ぎて行くだけで、これじゃあお土産持って遊びに来ただけみたいだ。

 

 そんな時に思ったんだよ、異変が起きないって異変が起きているってね。

 

「キュイ?」

 

「ああ、ポチは此処の事は詳しく知らないんだっけ? 此処って他の妖精が管理する場所よりも力が大きいせいで不安定になっていて、外と断絶する為の結界の穴やら力の影響を受けた虫や植物のモンスター化とか色々と面倒臭い事が起きやすい面倒臭い場所なんだけど……」

 

「おい、妾が管理する場所を面倒臭い面倒臭いと連発するな。確かに面倒臭いが。……だが、妾とて奇妙には思っている。どうにも安定が過ぎる。此処まで来るとこの領域が不安定だった原因が取り除かれた様な……」

 

「……この領域が不安定だった理由って?」

 

「知らん!」

 

 ……そっか、知らないかぁ。

 まあ、ゲームでは語られていただろうけれど、僕だって覚えていない上に重要な情報だった気はするから仕方ないんだけどさ。

 

「ああ、確か奇妙な石版が向こうに設置されていたな。人間の文字のせいで妾には読めなかったがな!」

 

「それって偉そうに言う事?」

 

 なーんか凄くグダグダな流れだし、その石版だけでも確かめに行こうか。

 僕はその場から立ち上がってレキアが指差した方に向かい、ポチも立ち上がって僕について来て、レキアも何か騒いでいるけど無視した。

 

 

 

「おーい! 妾の踊りの途中だぞ!? 見ていかんのか!? ……侮辱だ! こうなれば今晩はとことん貴様の立場を教えてやるから泊まれ!」

 

 さて、どんな事が書かれているのやら……。

 

 その石版を遠目に見た瞬間、神様なんて見た事も声も聞いた事も無くて、ゲームの知識でこの世界では実在してるって事だけは知っている僕でも理解したんだ。

 

「……成る程。確かに神の眷属が残した物だね」

 

 理屈とか根拠とかを丸々無視して感じる神々しさを発する石版は粉雪が降っているにも関わらず雪が積もっていない所か周囲にさえ雪が存在しない。

 

「商人だの何だのと名乗った割には仕事が終わった後の報告がこれだからな。神の眷属だろうが無礼には変わりないだろう?」

 

 成る程、報告連絡相談の三つが出来ていないし、その締め方に怒っているのか、それとも侮られたと怒っているのかのどっちかだね。

 

 レキアなら後者だろうけれど。

 

「全く忌々しい……痛っ!?」

 

 神の眷属が残した物だと分かっているのにレキアは僕の上から石版の前まで飛んで行き、思いっきり蹴りつけた後で痛かったのか足を抱えて悶絶していた。

 

 ……馬鹿だ。

 

「やれやれ、大丈夫かい?」

 

「こ、この程度何ともない。それよりも何が書いてあるか読み上げよ」

 

「はいはい。後で足を見せてね。捻挫の応急処置程度なら出来るからさ」

 

 痛みで涙目になっているのに強がる彼女に呆れながらも僕は石版に刻まれた文字に目を通す。

 簡単に言えば商会を利用した事へのお礼文であり、何か機会が有れば再び利用して欲しいって事。

 

「いや、尚更口で言うべきではないのか? せめて妖精文字だろう、常識的に考えて。贈られた者が他の誰かに読んで貰わねばならぬ礼状なら無い方がマシという物だ」

 

 まあ、当然だけれどレキアはまた怒って石版を殴って悶絶するっていう学習能力の無さを露呈させていて、少しリアスに似て可愛いとさえ思ってしまったな。

 

「……何故妾を眺めてニヤニヤしている?」

 

「そんな怪訝そうに見なくても良いじゃないか。君を可愛いって感じただけさ」

 

「……そうか。妾は可愛いか……」

 

 他人を見下す態度が無かったら、なーんて余計な事は言わないで置こう。

 ああ、最後の文章についてもレキアには秘密だ。

 じゃないと再びレキアの前に商人が現れた時、食って掛かれば何をされるか分かったもんじゃないし、僕達の問題に巻き込みたくない。

 

 ”いずれお会いしましょう”、なんて言葉の後に僕達兄妹とアリアさんの名前が有るだなんて凄い厄介な事態に関わらせたら駄目だからね。

 

「こうなると忘れちゃったのが痛いな」

 

「ん? 何か忘れたのか、貴様? 人間らしく無様な事ではあるな」

 

 実際にやっていなかったゲームだし、記憶を取り戻した当初はアリアさんに酷い事をしなければ勝手に成長して勝手に世界を救うって思っていたから書き残していなかったゲームに関する朧気な記憶。

 

 僕は今、それを痛烈に後悔していた。

 ゲームの知識が欲しい理由がゲームとは大きく違って来たからって矛盾している気がするけれど、本当にどうにか取り戻したい。

 

 見られたら困るなら暗号にでもすれば良かったのに……。

 

 今更どうにもならない事に僕は悩む。

 タイムマシン……は流石に無理だし、リアスと一緒に残ってる知識を再確認して残りが蘇るのを願うしか無いんだろうか?

 

 僕が悩んだ時、レキアが袖を引っ張ってるので顔を向ければ僕の顔をのぞき込んで言った。

 

 

「取り戻したい記憶が有るのなら、確かどうにか出来る秘宝が有ったはずではないのか? 母上から聞いた事が有るぞ」

 

 ……それだ!

 

 少し記憶が蘇る。

 確か記憶喪失になったキャラの為にダンジョンの奥に安置している秘宝の所まで行く……だった筈。

 

「ありがとう、レキア!」

 

「ふ、ふふん! 少しは礼儀を知っていたか。ならば次は妾の舞いを最後まで見ていろ。先程は途中で投げ出したからな」

 

「ごめんごめん。君の踊る姿は素敵だったし、今度は最後まで見せてくれたら嬉しいな」

 

「……妾の寛容さに感謝するのだぞ?」

 

 少し照れながらも嬉しそうにしたレキアは再び空中で歌いながらの舞を披露する。

 粉雪の中舞う妖精の姿は神秘的で本当に素敵だって思えた。

 

 さて、帰ったらリアスに相談しないと。

 何せそのダンジョンは帝国に存在するから気軽には行けないんだよね……。

 

 

 

「……ねぇ、あれって誰かしら?」

 

 放課後、お兄ちゃんが来ない事に落胆を隠し切れていないアリアと一緒に潜った学園ダンジョンの一階層にてスライムが固まっていて妙に気持ち悪い物体になっていたのだけれど、その中から誰かの腕が飛び出していたの。

 

 袖からして男子生徒だけれど、他の部分は完全にスライムに埋まって見えない上に、ヌルヌルしたスライムが掴めずにいるから脱出も無理っぽい。

 

 ……助けた方が良いわよね?

 

「えっと、あれじゃあ魔法を使ったら危ないですよね? シャドースピアなんか使ったら一緒に串刺しにしちゃいますし……」

 

「ハルバートを持ってくれば良かったわ。スライムだけ切り裂けば終わりだもの。……あ~、面倒臭い」

 

 どうすれば助けれるのか困っているアリアの後でもう一度スライムの群れに視線を送る。

 ゼリー状の不定形生物がウネウネ動いて近付きたくないレベルに気持ち悪いけれど、流石に窒息死されたら夢見が悪いし、此処は我慢するしかないわね。

 

 だって私はお兄ちゃんの自慢の妹だもの。

 

「よっと!」

 

 スライムの表面から分泌される妙にヌルヌルする粘液(お肌には良いらしい)まみれの手首を掴んで力任せに引っこ抜く。

 

「や、やあ! こんな所で会うだなんて奇遇だね」

 

 昨日私に求婚して来た”ヘタレ皇弟”アイザックが少し肌の艶が良くなった顔に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 うわっ、凄く放り投げたい。

 

「ほら、邪魔だからあっちに行ってなさい」

 

「ぷぎゃっ!?」

 

「あっ、手が滑った」

 

 横に退かす積もりだったのに思いの外軽かったアイザックは勢い良く飛んで行き、壁に頭を打って気絶してしまった。

 

「軽いわねぇ。此奴、ちゃんとご飯食べてるのかしら? 腕なんて私より細いじゃない。無駄な脂肪が無い上に引き締めているから結構細いのよ、私」

 

 ……それにしても結局は実戦経験”ごっこ”をする為の場所でしかないこのダンジョンで危ない目に遭うなんて、そんな様で私を守るとかほざけた物だわ。

 

 私を守りたいって言うなら最低でも鉄の鎧に拳で穴を開けられる位じゃないと話にならないわよ!

 

 

「……あの、所で彼のお供の人達は一体何処に?」

 

 あれ? 確かに居ないわ。

 建前上でも帝国からすれば皇帝の弟っていう重要な人物だし、見張ってるのが居る筈なのに……。



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大丈夫! 優秀な配偶者だよ

「……無意味だな。私が判を押す意味が何処に有るのだ……」

 

 アース王国の王城にて国王である”オーディ・アース”は山積みになった書類に判を押し続ける手を止め虚しそうに呟く。

 書類の内容を確認する様子も無く、ただ機械的に手を動かすだけの彼の表情からは無気力が見て取れた。

 もう少し気力に満ちていれば大勢の婦女子の視線を奪うであろう美貌は息子に受け継がれている物だと分かり、今でも彼が声を掛ければ親子ほど歳が離れた相手であっても顔を赤らめ瞬く間に恋の虜となってしまうのは予想に容易い。

 

 だが、今の彼から発せられる無気力感が全てを台無しにし、遂に動きを止めて背もたれに体重を預け始めた。

 

「どうせあの女に相談が行き、私には建前上の相談しか来ないだろうに。全く、どうせならば王座を明け渡してやりたいものだ」

 

 ブツブツと呟きながら引き出しから取り出したのは小瓶ながら同じ重さの金の数倍の値段がする酒。

 それを一国の王が執務の最中に煽り、酒に弱いのかたちまち心地良い陶酔状態に身を任せる。

 本来ならば滅亡への道を歩みそうな物であるが、この様な無様を晒す彼ではあるが愛国心は人並み以上に持っており、この程度でどうにかならないのを知って居るからこその無様なのだ。

 

 自分の愚行のせいで追い詰めてしまった先妻に代わって王妃になった今の妻への劣等感が彼を追い詰める中、国は滞り無く動き続ける。

 

 側近の一人がそっと耳打ちしたのは三本目に手を伸ばした時だった。

 

「……陛下、お耳に入れたい事が」

 

「あの女に報告しておけ。私よりも断然良い結果をもたらす」

 

「それが……陛下の娘らしき者を殿下が発見致しました」

 

 この瞬間、オーディの酔いは一瞬で醒め、執務室は慌ただしくなる。

 

 

 

 

「いや、本当に助かったよ。でも、こうして君に助けて貰えるのは運命じゃ……ひぃっ!?」

 

 何と言うか、人を助けて後悔する事もあるって教えて貰った私だけれど、まさか自分がそれを体験するだなんて思っても見なかったわ。

 スライムに囲まれて危ない所だったアイザックだけれど、そもそも皇帝の弟が初級とは言ってもダンジョンに潜るのに誰もお供しないのはおかしいし、護衛が居ないのに来る此奴の頭もおかしい。

 

 実際、凄く危ない目に遭う程度の力しかないのになにをやってるのよ。

 お兄ちゃんは此奴の国での立場の危うさとかを教えてくれて、あまり関わるなって言ってたけれど思いっきり関わっちゃったし、助けた事をペラペラ喋られたらお供の筈の連中にまで目を付けられちゃうんじゃ?

 

「……行くわよ、アリア」

 

「あっ、待って! 此処で会ったのも何かの縁だし、どうせだったら一緒に行かないかい? 僕だって役に立つからさ!」

 

「行かない。てか、アリアが怖いなら無理しなくて良いから。仲間にビクビクされてちゃ使い物にならないわ」

 

 そう、一番の理由は会話の途中でアリアに向けた怯えた態度よ。

 私がそれが気に入らないし、元々同行させる気なんて欠片も無いので、アリアの手を引き、引き止めようと必死なアイザックを置いてダンジョンの奥へとさっさと進んで行く。

 

「ま、待ってよ~!」

 

 背後から声が掛けられるけれど慌てて追い掛けて来ない所は評価してあげるわ、其処だけだけれど。

 

「えっと、大丈夫でしょうか?」

 

「危ない目に遭ったばかりだし、もう一人で奥に進もうとはしないでしょ。帰る位は出来るでしょうしね」

 

「はぁ……」

 

「分かっては居たんだけれど、此処まで手応えが無いのって爽快感を通り越して気持ち悪いわね」

 

 腕を軽く突き出し足を軽く振るうだけでモンスター達は布切れみたいに吹き飛んで、魔法を使えば一瞬で消滅する。

 こんな風に弱い相手に大暴れしていても楽しいのは最初なだけで、後は作業的にすら感じない。

 

「リアスさんは強いですからね。えっと、此処が決闘の場所ですよね? 思ったよりも早く着いちゃいました」

 

「今日は明日に備えての下見程度だったし、さっさと帰って昨日みたいに買い物でもしてカフェで一休みする? あのヘタレのせいで途中から気分が悪かったし」

 

 立ちふさがるモンスターは一切の障害にならないし、道しるべと地図で迷う筈が無いダンジョンじゃ最下層まで到着するのに時間なんか掛からない。

 決闘に使う開けた場所まで来た後は壁や床を殴りつけて強度を調べれば用済みだし、雑魚を倒しても強くなれないから居るだけ無駄なのよね。

 

「にしてもアリアも大変よね。あんな眼鏡に絡まれたり、あのマザコンの言う事だってよくよく考えたら実物を見比べた訳じゃ無いってのに人騒がせな奴だわ」

 

「……あっ! た、確かに殿下は私の首飾りを見て”母親に贈られた物と同じだからお前の母親は父親の愛人だ”って事を言っただけで、詳しい調査さえしていませんよね。……良かったぁ」

 

 ……本当は正解なんだけれど、決闘前に気にして気もそぞろじゃ怪我しちゃうものね。

 でも、実際どうだったのかしら?

 

 ゲームでは首飾りを調べた王が間違い無いって言っていたけれど、後から王妃の為に作らせた同じデザインのだってあくまで記憶に頼った結果だし、DNAを調べれる技術だって無いんだしさ。

 

 その辺、ゲームではぼかしていた。

 だって王子が相手の場合、腹違いの兄妹で駆け落ちする事になるんだもの。

 

「まあ、わざわざ王様が調べるって事もしないでしょう。王子に勘違いだ何だって言い含めてさ。だって余計な火種になるだけだもの。……よし! 面倒な事は忘れて楽しい話題に移りましょうか。決闘で勝ったらお兄様からご褒美が貰えるんでしょう? 何か希望が有るの?」

 

 良いわよね、私なんて自業自得ちはいえレナから小言食らったってのに。

 

「は、はい。でも、ちょっと口に出すのは恥ずかしくって……」

 

 あら? 急に照れてモジモジし始めたわね。

 最後の方なんてゴニョゴニョと言いにくそうにしているアリアが希望する物は何なのか、どうせ叶えて貰った後からお兄ちゃんに教えて貰えば分かるんだけれど気になってしょうがない私は聞き出す事にした。

 

「良いじゃないの、教えてよ」

 

「あの、その、変な意味は無いんですよ? 本当に……。私、一度で良いから……デ、デ……」

 

「デ?」

 

「途中までで良いのでデートがしてみたいんです! お母さんが読んでいた恋愛小説で憧れて……」

 

「……はい?」

 

 いや、この前だってお兄ちゃんに送って貰ってたし、其処まで照れる事なのかしらと思う。

 確かにアリアは純情だから照れるのは何となく分かるけれど、ちょっとお子様過ぎない?

 その癖背が小さくて痩せているのに胸だけは大きいのに。

 

 にしてもデートだから手を繋いだ状態で一緒に歩いて買い物して最後にご飯食べる程度よね?

 

「まあ、デートしてみたいってのは分かったけれど、どうして途中? 別に最後までで良いじゃないの」

 

「最後までっ!? 無理無理無理無理っ!?」

 

 一緒に食事するのが恥ずかしい……って事は無いか。

 ああ、どうせ恋愛小説の読み過ぎで最後はキスするとでも思っているのね。

 

 やれやれ、その誤解を口にしたら訂正してあげましょう。

 だって私は前世で読んだ少年マンガで色々と学んでるから恋愛方面の知識は下手な奴より豊富よ。

 

 少女マンガ? 過激だからって読ませて貰ってない。

 

 

「だ、だって私とロノスさんはお会いしたばかりですし、それなのに抱いて欲しいだなんてっ!?」

 

「はい? ちょっと詳しく話しなさい」

 

「え? だってデートの最後は男性のお部屋に言った後、ベッドの上でキ、キ、キスをしてから服を脱がして貰って、それから……」

 

「落ち着きなさい、アリア。それ、恋愛小説と違う。それ、多分官能小説」

 

 純情と思っていたら私よりも耳年増だった。

 謎の敗北感……。

 

 

「取り敢えず一緒に買い物でもして食事でもして、それで終わり程度だから。キスだって普通は恋人同士になってからよ」

 

「えぇっ!?」

 

 ……誰か教えてあげないと駄目ね、この世間知らずに。

 取り敢えず普通の恋愛小説でも貸してあげないと駄目だ……。

 

 

 

 

「あれ? ちょっと思ったんだけれど、お兄様とベッドでイチャイチャする事自体は嫌じゃないって口振りだったわよね?」

 

「ひゃわっ!?」

 

 うん、知識が無駄にあるだけで、アリアが純情なのには変わりないわね。

 

 



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入れ替わったのはメイド物 犯人は分かっている

「あの馬鹿、本当に消してやろうか。……言っておくけれど独り言だから実行しないでね」

 

 夜、改めてアマーラ帝国に関する資料に目を通すけれど、読み進めれば読み進める程に僕の中ではアイザックへの怒りが湧き続け、部屋の隅で気配と姿を完全に周囲と同化させた忍者が勘違いしそうな事を呟いてしまった。

 

 ・帝国では双子が闇属性と同様に禁忌とされ、王侯貴族では家に血筋を取り込む為に殺されはしないが正式な一族の者として表舞台で動けもしない。

 

 ・本来ならば引退して尚強い影響力を持つ先代皇帝が後ろ盾になって改革を進める予定であったが、王国の先代王妃の事故に巻き込まれて死んだ為にかなり強引な方法で改革を進め、女性という事もあって未だに反皇帝派の貴族は弱体化しながらも残っている。

 

 ・アイザックは年功序列や血統よりも実力を重視する現皇帝の統治下においては姉である皇帝の権威を損ねる存在であり、反皇帝派からすれば皇帝の娘よりも担ぎ上げて傀儡にし易い存在である。

 

 ……此処まで読んだ所で怒りで書類を握り潰してしまった。

 手の中でクシャクシャになる報告書から窓の外に視線を移せば僅かに欠けた月が目に入る。

 

「明日は満月か。ねぇ、君はアイザックに関して……こんな国で育っていながら僕の可愛い双子の妹に求婚した馬鹿にどんな感想を抱いた?」

 

「警護は何を望まれているのか分かりやすい程に雑であり、容易いかと。……ご命令とあらば半時もしない間に終わらせますが?」

 

「いや、其処まではしなくても構わないよ」

 

 部屋の隅の誰も居なかった様に見える場所に姿を現したクノイチは事もなさげに口にして、実際に許可すれば明日にはアイザックがうつ伏せ寝で窒息死したって話が広まるんだろうね。

 

 でも、僕はそれを保留にする。

 未だ利用する機会が有る可能性を考えれば、想定される危険は許容範囲内だ。

 実際に送られた刺客は全て始末して、その首に依頼主への寝起きドッキリをお願いしたしさ。

 

 夜も更け、明日も学校だからそろそろ寝ないといけないんだけれど、ちょっと気分転換をしないと眠れそうにないや。

 

「さて、今度は大丈夫……だと思いたい。前のは中身だけが全部入れ替わっていたからね。手に入れるのに苦労した物だって有るのにさ」

 

 書類に魔法を使って文字が書かれる前まで時を戻してメモ用紙入れに放り込み、他の本の隙間に隠しておいた秘密の本棚(三代目)の本……リアスには見せられない類の物を手に取ろうとし、ハッと我に返る。

 

「……警護は部屋の外でお願い出来るかな?」

 

 先程姿を現し、僕が暗殺の必要は無いと告げるやいなや再び姿を消した彼女に退室を促す……けれど、暫くの沈黙の後で姿を現した。

 しかも口元を隠す布を外し、胸元を緩めた状態でだ。

 

 ……あれぇ?

 

「本体と全分身での協議の結果、後片付けや事の効率を考慮し、本日の室内警護担当の私がお相手すべきと進言致しますが如何でしょうか?」

 

 冗談でもないし、色気付いている様子でも無く、本当にそれも業務の一つだと言わんばかりの態度。

 そもそも彼女達……いや、正確には彼女にはそんな事を考えたりする様な思考回路は持ち合わせていないから、純粋に自分の役割としての行動って事になるし、逆に何か……。

 

 

「はっ!?」

 

 

 いやいやいやっ!? 正気に戻れ、ロノス!

 幾ら相手が真面目無表情系で巨乳のお姉さんで色気重視の忍び装束だとしてもっ!

 そもそもその格好の理由を未だに聞けていないんだ、何か怖いから。

 

「先に報告致しますが本体と他の分身とは記憶の完全同期が可能ですので今後気まずい事は無いかと。それとも複数相手がお望みならばお呼び致しますが?」

 

 もし僕が頷けば大人数が一度に集まるだろう。

 うん、止めた方が絶対良いな。

 

「……気分転換はチェスにするから相手をして」

 

「はっ!」

 

 一瞬で普段の格好に戻った彼女は先程までの遣り取りが無かったみたいにかしこまり跪く。

 こんな所が苦手なんだよね……。

 

 

「じゃあ互いに手加減は無しで」

 

 僕の前までやって来たと思ったら既にチェス盤が用意され、僕の許可が有れば直ぐにでも着席するだろう。

 自らをただの道具として認識し、僕の望むがままに動く絶対なる忠臣にして懐刀……にしては些か大きいけれどね。

 

 気が付かれない様に胸に視線を一瞬だけ向け、直ぐにチェス盤を見る。

 さて、寝る前の気分転換には丁度良いかな?

 

 

 

「私の胸が気になるのなら脱ぎますが?」

 

「そうやって口に出して願っていない事を何でもかんでも実行するのは駄目だからね? 察しが良いのも考え物だよ、本当に」

 

 ……本当に苦手なんだよね、こんな所がさ。

 

 

 

 

 

「敗北フラグも蹴散らして~! ドンドン進め、さあ進め~!」

 

 ハルバートを振り上げて、鼻歌交じりにリアスは学園ダンジョンをドンドン進む。

 どうも昨日みたいに決闘前に勝負後のご褒美について盛り上がるのは”敗北フラグ”?  らしいが、よく分からない事を口にするのは珍しくないので放置しよう。

 何となく意味は分かるし。

 

 本日、決闘当日なり。

 

 王国の作法に則って決闘を申し込んだ方が自ら指定したダンジョンの奥で待ちかまえ、受けた方が後から向かう、そんな実に無駄なルールを守って進む私達は息を切らす暇も無しに最奥までやって来た。

 

「……早かったな」

 

「逃げずにちゃんと来た事は評価しようじゃないか。……それと先に言っておこう。アリア・ルメス。僕は君を侮らない」

 

 拍子抜けする程に簡単についた場所に待ちかまえていた決闘相手の二人はマザコン王子の方が腕組みをしながらこっちを睨み、眼鏡の方が指先で眼鏡の位置を直す。

 

「じゃあ、さっさと始めましょうか! 確か後から来た方が先に名乗りを上げるのよね? アリア」

 

「ええ、そうです」

 

「じゃあ、早速! 聖女の再来とか何だの呼ばれて居るけれど、私が名乗るべきは只一つ! ”世界準最強”……リアス・クヴァイルよ!」

 

「ア、アリア・ルメス! ……えっと、名乗る物が思い浮かびません。魔女……はちょっと違いますよね?」

 

 リアスは自信たっぷりに、私は少し自信が無くて気弱な……演技の名乗りを上げる。

 そして次は決闘を申し込んだ側の名乗りの番で、最後の一人が名乗った後で武器を抜いた瞬間から勝負は始まる。

 

 つまり、タイミングは相手次第で、要するに……。

 

 

「アンダイン・フルトブラントだ! いざ参る!」

 

「ルクス・アース。行くぞ!」

 

 当然の話だけれど、二つ名なんてのは呼ばれる物であって自ら名乗る物ではない。

 なので自ら名乗ったリアスと違って二人は名前だけを名乗り、ルクス王子が武器を抜いて決闘の始まりの合図とする。

 勝敗条件は二つで、”気絶”か”降参”。

 

 そう、今からそんな決闘が始まるという事で、要するに……。

 

 

 

「アドヴェント!」

 

 残り数秒でこの茶番は終わりを告げるという事だ。

 

 高々と呪文を詠唱したリアスは体の発光と共にハルバートを弧を描く様にして投げ、瞬時に二人の間をすり抜けながら武器を叩き落としながら背後に回り、二人の頭を掴んでぶつけ合わせる。

 

 随分と痛そうな音がした。

 

「アリア!」

 

「はい!」

 

 気が付いた時には武器を落とされ頭に攻撃を喰らい、そんな状態で冷静ではいられないし、居られたとしても二人に為す術は存在しない。

 何せ次の瞬間には襟首を捕まれて私に向かって投げられたのだから。

 

「ダークショット!」

 

 威力の底上げを学び、その後で調整を学んだ”重傷をギリギリ負わない程度”、そんな威力の魔法を二人は空中で避ける事が出来ずに正面から喰らい、再び後方に吹っ飛んで行く。

 

「これで一人」

 

 アンダインの眼鏡が割れた後で彼が白目を剥いて気絶し、ルクス王子だけは地面を転がりながらも意識が残っている。

 

「……未だ此処からだ」

 

 こんな状況でも諦めず、逆転の一手のつもりなのか地面に手を当てて巨大な金属の剣を引き抜いて行くルクス王子は成る程、他の女子生徒が黄色い声援を送るのも理解しよう。

 

 

 私は全く同感しないが。

 だって私が好きなのはロノスさんだ。

 

「いいえ、此処までよ」

 

 そして勝負も此処までだ。

 巨大な剣を引き抜き終わるよりも速くリアスさんがハルバートを振り抜き、一応手加減をしたのか脇腹に柄の部分を叩き付けて……天井まで吹き飛ばした。

 

 

「……生きていますかね?」

 

「大丈夫よ。人間ってそう簡単に死ねない……死なないから」

 

「そうですか。なら……」

 

 これでロノスさんとのデートが決まったと胸が高鳴った時、本能が警鐘を全力で鳴らした。

 聞こえて来るのは荒い息遣いと足音、そして金属がガチャガチャと鳴る耳障りな音。

 ビタンビタンと長い何かで地面を叩く音すら聞こえ、その音の主は姿を現した。

 

 

 

「リ、リザードマン!?」

 

 例えるならば”人に似た体を持った大蜥蜴”、純白の体を持ち見るからに気性の荒そうなそれは同じく純白で……何処か神聖さすら感じさせる剣と盾を手にし、胴体を守る鎧を身に付けていた。

 

 

「フシャァアアアアアアアア!」

 

「うっさい。ソード・ダンス!」

 

 響き渡る威嚇の咆哮と、それに続く容赦の無い光の剣の群れ。

 あのリ、リザードマンが何かは分からないけれど、リアスならば直ぐに終わる……筈だった

 

「……あれぇ? 彼奴、もしかして光属性? リザード・ホーリーナイトって所?」

 

 光の剣はリザード・ホーリーナイトに当たったけれど一切のダメージを与えていない。

 ……これってピンチ?

 

 

「しかもオマケね」

 

 続いてもう三匹追加で姿を見せるリザード・ホーリーナイトに私は確信させられる。

 ……これってピンチだ!

 

 

 

 

 




言ってしまえば初期ダンジョンで数個先のダンジョンの推奨レベル相当まで上げた状態


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魔法? それより物理です

感想はやる気の源  一個もないと一気にモチベーション下がって展開考えるのが遅れますのでお願いします

一言有るか無いかは全然違うんです


漫画、ネームは来たから他の人の依頼の後に私のが始まるはずなので来たら活動報告で乗せます


 時間は少し巻き戻り、リアス達が学園ダンジョンに潜る少し前、本来のルートから大きく離れた隅の小部屋に帝国の貴族四人が集まっていた。

 

「……お前達、覚悟は良いな? 今から行うのは我々に貴族の地位を受け継がせてくれた先祖の名に泥を塗る行為だ」

 

「何を今更。元から失態を犯す為にあの出来損ないと共に王国にやって来たのではないか」

 

 内紛の火種であり、皇族の名に傷を付けかねないアイザックのお供として留学して来た四人だが、彼等の仕事は建前だけの護衛であり、いずれは彼等の不備によってアイザックには死んで貰う予定だった。

 

 当然、不名誉な事であるし、家名に傷を付ける事になるとは重々承知の上、アイザックへの嫌悪だけではとても引き受ける筈が無い程度の知性を有する彼等が引き受けた理由、それは帝国への忠誠心である。

 

 最初から不名誉が与えられると理解していて尚、祖国の為ならばという滅私奉公の精神。

 言外に後々の報酬は約束されてはいる物の、それを目当てに行動している訳では無く、今回こうして集まり……リアスを抹殺しようと企んだのも帝国を想うがこそなのだ。

 

「あの出来損ないの求婚を受け入れるとは思えぬが、クヴァイル家が帝国を掌握する為に飲む可能性は捨てきれん。悪いとは思うが……」

 

「来たぞ!」

 

 決して悪人な訳でも、帝国以外に存在価値が無いとも思っていない彼等だが、祖国の火種となる可能性が有るのならば芽が出る内に始末したいと企み、こうして様子を伺う彼等の一人が風の魔法によってリアス達がやって来たのを察知する。

 

 リアスとアリア、そして奥には元敵国である王国の大貴族のアンザック、そして先代皇帝を殺した女の息子であるルクスが居る。

 四人は覚悟を決めた顔付きになり、懐から小さな丸薬を取り出すと躊躇無く飲み込んだ。

 

「それにしても奇妙な服装の奴だったな……」

 

 球体を飲んだ瞬間、腹の中が燃え盛るかの様に熱を帯び、限界まで睡魔に耐えている時の様に意識が遠ざかる。

 

 その様な中、この球体を渡して来た商人の姿を思い浮かべた一人が呟いた。

 騙される方がどうにかしている程に不審な男であり、その様な相手に渡された物を何の疑いもせずに皆が揃って飲む事に一切の疑問を抱かないまま彼等は人間を辞めてしまう。

 

「キュルルルルルル……」

 

 その目にはもはや貴族の誇りも祖国への忠誠心も宿っていらず、完全なる野生の獣のそれだ。

 着ていた服も変貌して神聖さを感じさせる謎の金属製の鎧と化し、手には同じ金属製の剣と盾、何よりも肉体が最も変化激しく、人ならぬリザードマンになっていた。

 

 互いに仲間だとは認識している様子ではあるが人の様に複雑な言葉での意志疎通は不可能なのか軽く鳴く中、小部屋に続く通路の向こうから聞こえた拍手の音と足音に一斉に反応する。

 

 だが、その相手が自分達をこの姿に変えた商人だと認識するなり動きを止めた。

 まるで同じ群の仲間であるかの様に。

 

「ご要望通りに人を越えた力をお渡ししましたよ。お客様ぁ! まあ、理性や知性は失いましたが、国の為に殉じるのは本懐なのですよねぇ! まあ、主の計画通りに人の全てを滅ぼした世界を叶えれば元に戻して差し上げますよ。当然祖国は滅びていますけれど。アヒャヒャヒャヒャ!」

 

 心底愉快そうに大声で笑い、両手を広げながら大きく背中を反らす商人の首に亀裂が走り、首の中央辺りまで大きく裂ける。

 内部から巨大な舌と鋭利な牙を持つ人外の者の口があった。

 

 

 

 

 マザコン王子と眼鏡が本体の男を文字通りに秒殺し、後は起きたら失礼な態度を謝らせて終わり……の筈だったのに、ゲームでは三つ後位のダンジョンで戦うモンスターが現れるだなんて、本当に何がどうなってこうなったのよ……。

 

 あのモンスターは忘れがちなゲームのイベントの中でハッキリと覚えているわ。

 凄く嫌な展開だったから途中からリビングを出て行く程度にね。

 

「はぁ……」

 

 少し戸惑いながらも前を向けばジリジリと距離を詰めて来るリザード・ホーリーナイト達の姿。

 アリアは自分でも知っているモンスターの更に少し強そうなのの登場に少し怯えているし、男連中は大の字に伸びていてマジで役立たずだし、お兄ちゃんが居ればパパッと終わらせてくれるのに面倒ね。

 

「……ちょっと今のアリアじゃキツい相手よね、あのリザードマン。確か古文書で似た様なモンスターの記述が有ったわ」

 

「えっ!? リアスさんが古文書を読むんですかっ!?」

 

「いや、せめて”さんが”じゃなくて”さんって”にしなさいよ。その言い方じゃ私が古文書を読まないタイプの人間みたいじゃないの」

 

「……」

 

「無言っ!?」

 

 まあ、自分でも古文書を読むタイプじゃないとは思うけれど、他人に言われたら傷付くわぁ……。

 てか、アリアったら目を逸らしてるし、チェルシーだったら此処でフォローを……する子じゃないわね。

 

 何で私が古文書なんかを読んだかと言えば、ゲームの知識があるし、間違いとか途切れてる所が有る古文書なんて読む必要なんて無いと思って居たんだけれど、お兄ちゃんが一応読もうって言い出したのよ。

 

「”何で知っている”って質問されて”前世のゲームの知識です”って答えても通じないし、一応読んでおこうよ」

 

 クヴァイル家の倉から取り出した古文書をお兄ちゃんが分かり易く教えてくれて私も少しは理解している。

 光属性のモンスターは本当に昔、それこそ私の国の建国前の時代に姿を見せただけの存在で、古文書の記述とリザード・ホーリーナイトは一致していた。

 

「アリアは邪魔な二人を守ってなさい。私がさっさと終わらせて……甘いお菓子でも食べに行きましょうか!」

 

 同じ属性を持っていても完全無効化出来るのは中位以上のモンスターのみ。

 本当なら互いに弱点となる闇を使えるアリアに攻撃を任せて功績にしてあげる所なんだけど、それは出来ない理由がある。

 

 あくまでもゲームの話だけれど、もうそうなら凄く厄介な事になっちゃうわ。

 

「キュルルルルルル!」

 

 一番先に姿を見せた一匹が剣を突き出すと同時に鞭みたいに動かした尻尾で私の横顔を狙う。

 これで私が一般人なら首の骨を折られて胸を貫かれて終わりよね。

 だって得意の魔法が通じないんだもの。

 

 

 

「……でっ?」

 

「キュル!?」

 

 突き出された剣は片手で持ったハルバートの柄で防ぎ、空いた手で迫る尻尾を後ろから掴み取る。

 指先が鱗を砕き、肉が軋む音がして、骨を握り砕く感触が伝わって来て、当の本人であるリザード・ホーリーナイトの悲鳴が上がる。

 

 そのまま尻尾を掴んだまま振り回して床に叩きつける事、数度。ピクピクと痙攣しながら泡を吹くリザード・ホーリーナイトの腹を蹴り上げれば天井に上半身が突き刺さった。

 

「魔法が通じない? だったら素手で殴れば良いじゃない。武器を使えば良いじゃない。最終的に物理攻撃が頼りだわ」

 

「あの、貴族令嬢としてそれはどうなのでしょうか……」

 

「女ってのは逞しくってなんぼよ? 私の乳母なんて家ほどもある大岩を片手で持ち上げる怪力だし」

 

「特例中の特例ですよね!?」

 

 ……さて、残りを倒しましょうか。

 蹴り上げた時の感触からしてアリアなら最初に距離が有ればギリギリ倒せると思うんだけど、任せたら駄目なのよね。

 

 

 だって此奴達をモンスターにしたアイテムの力って闇属性で中和出来るもの。

 しかも殺したら人の姿に戻る絶妙な調整とか制作者の性格の悪さがにじみ出てるわ。

 

 

 ……まあ、その事実を知っていながらアリアに人殺しの汚名を被せたゲームでの私とどっこいどっこいだけれど。

 

 

「じゃあ、残りも掛かって来なさい! ……矢っ張り私から行くわ。そっちの方が手っ取り早いもの」

 

 ハルバートを振り回して二匹目に襲い掛かる。

 咄嗟に盾を構えたから躊躇無く振り抜けばハルバートの刃が盾を割り、鎧ごと肉体を両断した。

 

 三匹目と四匹目は左右から同時に襲って来たけれど、私が何かする前に右側の方にアリアが放ったシャドーボールが命中、僅かに怯んだだけだったけど鎧を拳で砕いて腹を陥没させ、砕いた鎧の欠片を掴んで最後の一匹の頭に投げつけてやった。

 

「キュ……」

 

 悲鳴を言い終わる前に頭が砕け散り、リザード・ホーリーナイトの死体が転がる。

 ああ、人間に戻らなくて良かった。

 

 ……正直言って前世の日本人的な感覚で戦いや殺しに忌避感を感じる事は乳母に連れられて向かった賊退治の影響かかなり薄れて来ている。

 

 お姉ちゃんが昔のままだったら、再会した時に泣かれちゃうのかしら?

 

 

 

「アリアは手を出さなくて良いってば。まあ、成長したわね。最初に比べたら段違いよ」

 

「わ、私も何かしたくて」

 

「責めてないから大丈夫よ。ほら、男二人はさっさと立ちなさい。こんなのが出たから報告に行くわよ!」

 

 でも、未だ来ていない未来の事は未来に考えましょうか。

 今はちょっと面倒な事が目の前で起こっているもの……。

 

「お兄様に苦労掛けちゃうわね……」

 

 何時の間にか目を覚ましていた役立たず達を見ながら私は悩む。

 アリアの魔法を受けたリザード・ホーリーナイトの死骸の中から小さな球体が姿を消した事に気が付きもせずに……。

 

 

 

 

 




これ、聖女なんだぜ?

まあ八歳の時に八歳まで生きた記憶を取り戻し、そこから八年生きているから倫理観が変わっちゃう

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僕の生まれた理由

ブクマ結構増えた


感想来ずに評価低下  う、うーん


 リアスとリザード・ホーリーナイトとの戦い、いや、戦いとは到底呼べない蹂躙を見て僕はホッとする。

 あの子、変な所で調子に乗るからコッソリ見学して居たけれども今回は杞憂で終わって何よりだ。

 

「此処は学園関係者以外立ち入り禁止の筈だけれど、特別許可証は持っているのかな?」

 

 問題は僕と同様に物陰に隠れて戦いを見学していた見るからに不審な人物……こうして実際に見ると信用に値する様子が皆無の相手だな。

 

 黒い布を巻いて顔を隠す……まあ、これは良いだろう。

 でも、全体の雰囲気が合わさって凄く不審だ。

 

「おやおや、それはビックリ! 私、知りませんでしたよ」

 

 只でさえ不審な姿をしているのに、それ以上に怪しさを増幅させるふざけた態度で目の前の男は僕と向かい合う。

 それも聞いただけじゃ一般人を装った演技をしながらも、首の口を一切隠そうともせず、両手の指の間全てにナイフを挟んで構えながらね。

 

 

「レキアが怪しいって言った筈だよ。君、神の眷属が何しに来たのかな?」

 

「今後の仕事の為に情報を集めに来まして。さぁ~て、さぁ~て、どうも警戒されている様子ですし、此処は神の眷属として重要な使命を持って生まれて来た人の子に試練を与えに来た……ってのはどうですかねぇ?」

 

 明らかな不審者を発見しても無反応なのは妙な話だと思い、リアス達にモンスターをけしかけた事への怒りも有って接触したけれど、どうやら悪手だったらしいね。

 

 大きく腕を振るって投擲されるナイフを明烏で叩き落とし、納刀するなり一足飛びに距離を詰め、着地と共に抜刀。剣閃煌めき、片腕を斬り飛ばす。

 

「おおっと!? 全力を出せない状態な上に本気を出さない気だと思って油断して居ましたよ。これは予想以上に予想以上だ」

 

 右腕を斬り飛ばしたのに苦痛に喘ぐ姿も見せず、後ろに飛んで距離を取った奴は逆に余裕綽々で僕を見透かして来る。

 手の内を晒す気は無いし、今の僕じゃ全力を出せないのも全部本当の話であり、僕からしても目の前の相手は予想以上に厄介な相手だ。

 

「……化け物め」

 

「ええ、そりゃあ人間の皆様を滅ぼす為に創造された三体の怪物の内の一体ですから。申し遅れました。私、ネペンテス商会所属の商人で名をシアバーンと申します。以後お見知り置きを。時の使い手であらせられる”ロノス・クヴァイル様”」

 

 思わず口から漏れだした言葉にシアバーンは動じず、断面が肌と同じで真っ白で血の一滴も流れ出てない腕を胸元に持って行っての丁寧なお辞儀。

 今なら首を斬り飛ばせる? 

 

「……いや、駄目だ」

 

 あからさまが過ぎる隙だらけの仕草、そして腕を切り飛ばした時の感触が今踏み込むべきではないと僕に告げる。

 

「その刀……明烏(あけがらす)ですか。ならば対になる夜鶴(よづる)をお使いなさい。明烏では同じ属性を持つ私には効果が薄いですよ」

 

「手元に無いのを分かってて言ってる?」

 

 間違い無く此奴の性格は最悪だ。

 

「ええ、言っていますとも。では、続きと行きましょうか」

 

 斬り飛ばした腕の断面が盛り上がり、瞬く間に再生を果たす。

 おいおい、四肢欠損が問題無いって勘弁して欲しいんだけれど!?

 

 再生しただけでなく、シアバーンの腕は蛇を想わせる軌道を描きながら伸びて僕へと迫って来る。

 何時の間にか手首から先は剣と槍になっていて、明烏とぶつかり合えば響くのは金属音だ。

 

 上下左右から変則的な動きで迫り、斬り飛ばしても即座に再生する腕は斬り飛ばした部分も意志を持つかの様に蠢いて僕へと襲い掛かる。

 

「これは斬ったら余計に厄介になるか……なら」

 

 柄を持ち替え、刃の向きを変える。

 斬ったら厄介なら、斬らずに迎撃すれば良いだけ。

 

 

「安心しなよ。峰打ちで叩き殺すからさ」

 

 飛びかかって来た手を全て殴打して叩き落とし、迫る腕を強めに弾き飛ばす。

 この程度なら魔法は使わなくても大丈夫だし、僕の勝利条件は此奴を倒すだけじゃない。

 

「安心する要素が全くありませんが? 妹さんを襲ったのを根に持って……来ますね。どうやら遊び過ぎたらしい」

 

 近付いて来るリアス達の足音、到着まで後僅か。

 さて、此処で退いてくれたら助かるんだけれども……。

 

 

「最後にちょっとだけ本気を出して帰らせて貰いますよぉ」

 

「……だよね。何となくそう来ると思っていたよ」

 

 伸ばした腕を元に戻したシアバーンは腕の前で二本の腕を捻り合わせる。互いに絡み合う腕はやがて一つになり、シアバーンの胸から生える毛むくじゃらの豪腕となっていた。

 

 指は三本でどれも太く短く、どう見ても人外の腕だ。

 だが、腕の長さは先程伸ばしていた状態と同じ程で、その肘を曲げて構えている。

 

「ああ、そうだ! 試練を乗り越えた者には祝福がないと駄目ですねぇ。この一撃で一歩も退かなければ面白い事を教えて差し上げますよぉ!」

 

「君と僕とじゃ笑いのツボが別だと思うけどね。まあ、良いや。来るなら……

 

「それではっ!」

 

 ”来たら?” と告げる前に僕に向かって撃ち出されたシアバーンの拳は威圧感に依るものか、はたまた光の屈折でも操作する魔法の類なのか本当よりも巨大に見える。

 

 確かに”良いや”とは口にしたけれど、少し卑怯じゃないかな?

 いや、ルールを守るべき試合じゃないし、人外に人間の常識を説いても仕方が無いか。

 

 迫り来る拳は目に見える巨大さのせいで芯が捉えにくく、下手に受ければ殴り飛ばされるだろう。

 

 そっと目を閉じ静かな心で構えれば刃に何かが触れたのを感じ、そのまま真下に受け流す。

 軌道を変えて地面に突き刺さる拳はそのまま無理に前進を続けるが、僕は既にその上に飛び乗って駆け出していた。

 

「人の腕に乗るとか失礼じゃないですかねぇ!?」

 

「人じゃなくて怪物だって自分で言っただろ!」

 

 いい加減終わらせないとリアス達が来ちゃうし、他の人に説明するには面倒だ。

 明烏を振り上げた僕に対し、シアバーンは余裕を崩さない。

 

「なんて屁理屈をっ! ですが明烏は刃に光属性を宿す妖刀。私には効果が薄いと分かっているでしょう!」

 

「ああ、そうだね! 刃で切っても殴っても効果は薄いだろうさっ!」

 

 斬っても突いても意味が無い? それがどうした!

 

 刃が駄目なら柄が有る!

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 顔面に描かれた白い目玉模様の中央目掛けて柄頭を振り下ろせば骨が砕ける音が響き、オマケとばかりに踏んづけて背後に飛べばシアバーンが顔面を押さえて悶えていた。

 

「さて、これで試練は突破って事で良いのかな?」

 

 どうせ今のじゃ大したダメージは入って居ないだろう。

 実際、僕が指摘するなり痛がる素振りをピタッと止めて両手を左右に広げての溜め息だ。

 

 腹立つなぁ……。

 

「ノリですよ、ノリ。最近では商売でもユーモアが必要でして。さてさて、もう来そうですし……貴方がその力を持って生まれた理由。それは……妹さんと闇属性の彼女を殺す為ですよ。アヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 

 リアス達の姿が遠目に見えた時、シアバーンは愉快そうに告げるとその場でクルッと一回転、瞬く間にその場から姿を消した。

 

 

「あっ! お兄様だわ!」

 

 シアバーンに気が付かなかったのかリアスは僕の姿を確認するなり嬉しそうに駆け寄って来る。

 アリアさん達も居るのに僕に抱き付いて誉めて欲しいと全力でアピールしてるし、此処は誉めてあげるべきかな?

 

 

「頑張ったみたいだね、リアス。決闘はどうだった?」

 

「楽っ勝! 秒殺だったわ!」

 

 ああ、本当にこの子は元気で可愛いなぁ……。

 

 

 

「羨ましいな……」

 

 所でうちの可愛い妹に色目を使ってる野郎はどんな心境の変化が?

 あれかな? 吊り橋効果的なので、モンスターから庇いながら戦う姿に惚れちゃった?

 

 

 

 この子が魅力的なのは全面的に肯定するけど、お兄ちゃんとして絶対に許す気は無いんだけどね!

 

 

 

 

 




感想来て
マジで来て!
仕事から帰って見たら感想通知無いとモチベーションが……


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慢心の代償

 決闘後に起きたリザード・ホーリーナイトの襲撃を報告後、僕とリアスは屋敷へと戻って行った。

 本来ダンジョンに生息するモンスターは周囲の土地の魔力の量と質によって決まるから、学園ダンジョンは周囲に魔力に干渉するアイテムを設置して難易度を調整しているんだけれど、想定していない個体の出現は教師陣を大いに騒がしたよ。

 

「アイテムに不備が有ったのではないか!? ため込んでいた物が急激に逆流したとか……」

 

「わ、私はちゃんと管理していました!」

 

「しかし、実際に死骸を調べた限りでは……」

 

 最初はリアス達の勘違いではないかと疑い、責任の押し付け合いや何者かが持ち込んだのなら誰が調査するのかと面倒な事を押し付け合う。

 まあ、何でもかんでも押し付け合って情けなくは見えるけれど、他国の貴族まで集まってるのがアザエル学園の特徴なんだし、僕だって同じ立場なら責任は回避したいと思うよ。

 

 兎に角会議は踊るが進む様子は無く、マナフ先生も皆を落ち着かせようとするけれど時々声が挟まるだけで止まる様子が見られない。

 

「あの、先ずは死骸を調べて、資料で……」

 

 付き合いの短い生徒になら侮られても、既に年単位で付き合っているのなら実力は認められてはいる筈だし、そうでないと見た目子供で学年主任にはなれないだろう。

 これは本人の性格の問題だね。

 

「少しお黙りなさい。私から質問が有りますので」

 

 このまま無為に時間ばかりが過ぎて行くと思われたその時、ずっと黙して流れを見守っていた理事長……叔母上様が口を開いた瞬間に空気が変わる。

 

 嫌っている筈のルクスでさえ先程から向けていた敵意が別の物に変わっている。

 それは何かと問われれば、僕は迷わず恐怖だと答えるだろう。

 

 より重々しくなった空気の中、言葉を発する事を強制的に防がれた皆の視線は彼女に注がれ、今まで以上の緊張感が支配しているこの部屋で次の言葉を向けられたのはリアスだ。

 

「……リアス・クヴァイルさん。出現したのは古文書に記されたモンスター……”神獣”に似ていた、それで宜しいですね?」

 

「うん、そうよ、叔母様」

 

「学園では理事長と呼びなさい。此処では叔母と姪ではなく、理事長と生徒です」

 

「は、はい。ごめんなさい……」

 

 叔母上様の言葉を受けたリアスは何時ものノリはどこへやら、すっかり怯えちゃってしおらしい態度を見せている。

 お祖父様の娘だけあって性格とかがそっくりなのは知っている筈なのにうっかりしてるなぁ。

 

「……そうですか。では報告書の提出をお願いしますね。では帰って結構。今回の事は他言しない様に。先生方にも箝口令を敷かせて頂きます。マナフ先生、調査が済むまで現場の封鎖を」

 

「は、はい!」

 

 此処で誰も異議を唱えないのは怖いからか実力からか……両方だろうね。

 

 因みに僕はシアバーンについては報告していない。

 あんな存在、下手に口外すれば混乱しか招かない上に、光属性で常識外れの怪物……いや、神の眷属だなんて誰が相手するんだって話だし、大体の予想が付く。

 

「あの、何か?」

 

「いや、何でも無いよ」

 

 僕の視線に気が付いて不思議そうにするアリアさん。

 光属性に対抗するならば彼女に任せるのが最適解で、何かあれば物語の通りに行かないで……下手をすれば世界が詰む。

 でも、そんな事を遠回しに言っても通じる訳が無いし、今の彼女は”もしかしたら王女かも知れないが、今は功績も何もない上に忌み嫌われる闇属性”でしかない。

 

 ……せめて使い潰されないだけの価値を示さないと行けないんだけれど、流石に此処まで大きく事件に関わり過ぎた。

 ”原作に関わらずに物語の流れのままに”とかそんな事は言わないけれど、あまり派手に動けばお祖父様がどう出るか。

 

 まあ、今はこっそり動いていれば大丈夫……かな?

 

「ああ、それと……分かっていますね?」

 

 部屋から出て行く時に誰に対してかはハッキリ言わないけれど、間違い無く僕にだと、叔母上様の視線が告げている。

 

 

 ……僕はこの時まで自分なら何とかなると思っていたけれど、この瞬間に思い上がりだと思い知らされた。

 僕が何か隠していて、それにアリアさんが関わっていると間違い無く見抜かれている。

 

 前世の知識、そしてロノスとして自分の頭の良さを自覚していたけれど、それは誰から受け継いだのか失念していたらしい。

 僕なんかよりずっと経験を積んだ海千山千の怪物を相手にしなくちゃ駄目なんだから。

 

 

「リアス、此処から先は油断禁物だ。”僕達の力なら大丈夫”そんな風に思わない事だよ」

 

「なんで? まあ、私はお兄様に任せるわ。それが一番だもの」

 

 僕の忠告にもリアスは事の重要さを気にした様子が無いし、これは僕がどうにかしないと駄目らしい。

 ああ、ゲームのリアスも完全に追い詰められるまで事態を把握せずに好き勝手に振る舞っていたし、その辺の教育を間違えた気が……。

 

 

 いや、それがどうした。

 相手は神様だって分かっていた筈で、僕達が動けばゲームの知識なんて役に立たなくなるって知っていた筈じゃないか。

 守るんだろう? 大切な前世からの妹を……。

 

「あのぉ、ロノスさん? 私、決闘に勝ちましたし……」

 

「ああ、そうだったね。まあリアスの報告書を手伝うから約束については明日にでも話そうか」

 

「はい!」

 

 元気そうに返事をするアリアさんだけれど、これは演技だってゲームで知っているし、それを踏まえて見る程に違和感を覚える所だらけだ。

 でも、だからこそ本当の感情だって分かる時も有るし……あれ?

 

 

 

 いや、確かに最初はリアスが関わったし、あまりゲームと変わり過ぎたら困るから調整程度の筈だったのに、それにしては深く関わり過ぎじゃないのか?

 

 卒業後は関わらないから楽に付き合える友達候補?

 いやいや、それなら厄介事をもたらさない人で良いのに……。

 

 

 裏からこっそりと力を貸すでなく、リアスが深く関わるのを諫めもせずにアリアさんに関わろうとする理由、それが分からない……。

 

 

 人を滅ぼそうとする神の事。

 

 力も頭も僕以上の上に油断出来ない身内の事。

 

 それらを抱えてリアスを守り抜きたいのに一体何故?

 

 

「あれ? レキアに返したと思ってたのに忘れてたのかな?」

 

 結局この日の内に答えは出ず、夜になって眠ろうとした時に荷物の中から一輪の花を発見した。

 他人の夢の中に入り込める力を持つ”夢見の花”、ちょっとだけ気になった僕は枕元に花を置き、この日はそのまま眠る。

 

 さて、どんな夢を見るのやら……。

 

 

 

 柔らかな日差しが降り注ぐ昼下がり、そよ風が運ぶ花の香りが春の訪れを告げる。

 花畑で寝転がってウトウトしていると頭を乗せている膝の持ち主が頬を撫でて来た。

 

「あっ、起こしてしまいましたか?」

 

「大丈夫少しボケッとしていただけだからさ」

 

 ああ、どうやら僕はアリアさんの夢の中に入っているらしいと何となく分かる。

 多分花の力の一つじゃないのかな?

 

 口は勝手に動くし、体も自由に動かせないから夢の中の僕と感覚を共有している感じらしいし、何となくだけれど物の感じ方だって違う気がするのは、この僕は本当の僕じゃなくて彼女の夢の中の僕だからだろうな。

 

 何故かアリアさんの姿を目にして声を聞くだけで幸せなんだ。

 

「あ、あの……」

 

 勇気が足らずに告げたい想いを口に出来ない彼女の気持ちを僕は知っている。

 だって、彼女が夢に出した僕と彼女の関係がそういう物だからだ。

 

 本当だったら僕から何か言うのが優しさ何だろうけれど、今は少し照れている彼女の顔を眺めていたかったんだ。

 まあ、あの二人が知れば責められるだろうけれど、今は二人っきりで野暮な目なんて無いんだから別に良いよね?

 

 ……っと、夢の中の僕に少し影響されている気がするな。

 ちょっと今直ぐにでも夢から出ないと駄目な気がして来たぞ。

 

 でも……。

 この瞬間が妙に心地良いんだ。

 これが恋って奴なんだろうね……。

 

 間違い無く夢の中で僕とアリアさんは恋人だ。

 それが偶然の産物なのか彼女の望みが影響されたのかは分からないけれど……。

 

「あ、あの! 私……ロノスさんが好きです」

 

「僕も君が好きだよ、アリア」

 

 精一杯の勇気を絞り出した彼女の想いに応え、起き上がるなり彼女の肩を抱き寄せて唇を重ねる。

 最初は驚いた彼女も一切抵抗せず、そっと目を閉じた。

 

 僕は今、本当に幸せな時間を僕は過ごしている。

 

 

 

 

「……ヤバいな。アリアさんに深く関わる理由が分かった気がする」

 

 分からずに居た方が良かった気がするけれど、それでも僕は自覚してしまった。

 僕は彼女に惹かれ始めているんだ。




って事で第一話の頭はアリアの夢でした

次回エピローグ予定

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普通は逆です

 ……思えば僕にとってこの世界は何処か現実では無かったのかも知れない。

 仮にロノスとしての十年分の記憶が曖昧で今みたいに混ざった状態で無いのならば更にゲーム感覚で生きていただろうし、今だって付き合いの深い相手以外はゲームの知識ってフィルターが掛かっている。

 

 心の何処かでは”ごっこ遊び”をしていて、結局は自分に都合の良い展開が待っていると慢心していたんだろう。

 でも、隠し通せると思っていた事を叔母上様にあっさりと見抜かれ、前世の自分と比べて格段に高いスペックによって覚えた万能感が幻だったって改めて思い知らされた。

 

 ……やれやれ、お祖父様はリアスを扱いやすい様にしていたけれど、自覚が無いだけで僕もだったか。

 お釈迦様の手の中に居た孫悟空の気分だよ。

 

 

 ゲームに登場した人との交流が有ればもっと早く気が付けた筈だし、その交流で僕はゲームとこの世界を切り離して見ていると思っていた。

 いや、思い込んで居たんだよ

 ロノスだけの時に出会って交流を深めた相手じゃ中途半端に認識して居るだなんて気が付きもせずにね。

 

 でもさ、今みたいに”ゲームのキャラ”としか認識していなかったアリアさんと出会い、交流して……惹かれていた。

 これが恋心なのかどうかは分からない。

 

「僕の周囲、変な子ばっかりだからなぁ……」

 

 リアスは前世からずっと兄妹だから除外。

 

 チェルシーも友達の婚約者だし、一切そういう目で見ていない。

 

 レナ……は冗談で色々と誘惑するけれど乳母姉だし、心情的に殆ど身内だし。

 ……まあ、完全に姉として見ている訳じゃないからドキッとはするけどさ。

 例えるなら家が隣のお姉さんとか年上の従姉的な?

 

 レキア……うん、僕を嫌ってるから除外。

 僕は別に嫌ってるよりは少し苦手って位だけどさ。

 友達程度にはなれたら良いけどね。

 

 お祖父様が選んだ僕の婚約者は……手紙の遣り取りはしているけれど滅多に会わないし、家の政務を取り仕切る権限を与える為の婚約だしさ。

 いや、嫌いではないけれどレキアとは別のベクトルで苦手。

 でも僕には必要な存在だし、お祖父様達が徹底的に教育したエリートだから信頼出来る相手だ。

 

 後は一度貞操を狙って来たあの子だけれど、軽いトラウマなのに政略結婚の相手候補だし……うっ、トラウマが蘇りそうだ。

 根は悪い子じゃないんだけれど物の考え方が部族特有の物だし、彼女の部族って聖王国にとって重要な存在な上に、お祖母様の件も有るし。

 それに素直に好意を向けられてるからな……。

 

「交流らしい交流をしているのはこの程度か。残りは家の代表としての交流だし、個人的感情はそれ程強くない」

 

 兎に角、僕がアリアさんに肩入れする理由は何となく分かった。

 これで僕が一人としか結婚出来ないとか、婚約者が居るから他の女性との交流を慎むべき立場だったら諦められるんだけれど……お祖父様は国の統制の為に大きくなったクヴァイル家の力を、そろそろ殺ぎたがっているし、寧ろ大勢優秀な子を引き込んで国の利益にしつつも領地を分譲させたがっている。

 

「いや、でもなぁ……」

 

 この世界の貴族じゃ多妻なんてその辺に居るけれど、恋もした事の無い僕じゃ想像も出来なくって先延ばしにし続けた問題に向き合う事になったらしいけれど、流石に覚悟するにも他にも色々あってキャパオーバーだ。

 

「た、助けて。助けて……レナス」

 

 思わず呟いたのはこの世で最も尊敬して頼りにしている存在である乳母の名前だ。

 前世では共働きで、今世では僕が幼い頃に死別して実の母親には縁遠かったけれど、前世ではお姉ちゃんが、今世ではレナスが居るから寂しくはなかった。

 

 母として僕達を育て、叱り、守ってくれた存在で、僕もリアスもレナスが大好きだ。

 ……修行時は母じゃなくて師匠になったけれど、それも鬼師匠に。

 

 

「帰って来たら相談しよう」

 

 何せ忙しい身だから此処三年は滅多に会えなかったけれど、相棒的立場の人とレナスのどっちかが屋敷に来るとは聞いている。

 どうか”話が通じなさそうで通じる方”のレナスであって欲しいよ、色々な理由で。

 もう片方? ”話が通じる風に見えて通じない方”だよ。

 

 

「……あー、でも”ウジウジ悩んでんじゃないよっ!” って拳骨喰らうかも」

 

 その様子が想像に容易い上に考えただけで頭が痛くなって来た……。

 

「ああ、他にも当初の予定通りって言えば予定通り何だけれど、まさかあの二人がね……」

 

 数日前なら安心しただろうけれど、今となっては複雑な事だし、腹立たしい事でもあるんだけれど、あの二人がまさかの手の平返しをしたのには驚きだ。

 

 報告が終わり、ちょっとお茶でもして帰ろうとしたら、まさか二人まで加わるなんてアリアさんも動揺していたよ。その上……。

 

 

「……隣良いか?」

 

「隣に失礼する」

 

 あの王子と眼鏡、それぞれリアスとアリアさんに惚れたらしい。

 助けられて勇姿に憧れたとか褒めていたけれど……普通は逆じゃないのかな?

 

 

 ……あれぇ?

 

 

 

 

 

 ロノスが大いに悩んでいる頃、大海を挟む遠方の地にて正反対の女二人が向かい合って話をしていた。

 タイプは違えども二人揃って美女であり、並ぶ姿は絵にして残したいと思わせる程、街を歩けばすれ違った人の多くが思わず振り返る程だ。

 

 故に二人が居る場所が余計に異彩を際立てる。屍の山に血の海、誰が見ても戦場……だった場所、今は見る限り二人以外の命は屍に引き寄せられた鳥や蟲のみ。

 血の香りが漂うこの場所で、この二人だけは井戸端会議でもしているかの様だ。

 

 

「むっ! 何故かロノスを叱りつけて尻を蹴り飛ばしてやる必要がある気がして来たよ」

 

 一人は軍服を思わせる紺色のコートと帽子姿で長身の野性的な美貌を持つ三十路辺りの女。

 手にするのは巨大な刃を持つハルバートであり、大の男数人掛かりで持ち運びそうなそれを片手で軽々と持っていた。

 赤褐色の肌に残る古傷と逞しい腕と割れた腹筋が歴戦の戦士である事を示し、血の様な赤色のザンバラ髪の間からは天に向かって伸びる二本の角。それはまるで上質の珊瑚の様な光沢の赤であった

 

「リアスちゃんじゃなくってロノス君ですか? あの子、しっかりしてるのに?」

 

 対するは戦場よりも社交界の場、もしくは高貴な立場の客が来訪する店に居た方が似合うであろう、一見すれば少女に見える見た目の小柄な女だ。

 赤銅色の髪に小麦色の肌、紫の瞳とリュボス聖王国等では見られない容姿であり、何故か執事服を着ているものの性別を間違われない程度に曲線的である。

 

「出来が良いから躓いた時が厄介なんだよ、あのバカ息子は。ったく、手間が掛かる奴だねぇ」

 

「未だ決まった訳でもないのに随分嬉しそうですね、”レナスさん”」

 

「まあな。んで、そっちは終わったのかい? ”マイ・ニュ”」

 

「ええ、女子供残さず斬り捨てました。レナスさん、子供は見逃そうとしてましたけど駄目ですよ? 禍根が残れば憂いの種になります。それに差別はいけないので張り切って皆殺しにしましょう」

 

 屈託無く笑いながらマイ・ニュは手にしたナイフを一見無造作に投擲し、屍の山に潜んで息を殺していた少年の額に深々と突き刺さった。

 

「良かったですね、坊や。家族と一緒に居られますよ」

 

 

 

 

 

「……相変わらずだねぇ、アンタも。ああ、そうだ。大旦那からの連絡でさ、一旦ロノス達が滞在する屋敷に送って欲しいのが居るんだってさ。ほら、何って名前だっけ? あの眼鏡の嬢ちゃん」

 

「眼鏡の嬢ちゃんって、仮にも息子って呼ぶ相手の婚約者ですよ? ちゃんと名前で呼んであげないと可哀想じゃないですか。具体的に言えば家族も知り合いも皆死んでいるのに先程の少年を見逃して野垂れ死にさせる程度に」

 

 この時、二人は同時に同じ事を考えた。

 

 ”付き合いは長いけれど、相変わらず変な奴だな”と……。

 

 ロノスがそれを知ればどっちもどっちだと呆れただろう。

 




感想待っています 0だと一気にやる気が下がる


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二章
優秀なのも良し悪し


「相変わらず手厳しいなぁ……」

 

 早朝、朝一で届いた手紙を読んだ僕は苦笑していた。

 一定の間隔で送られて来る婚約者からの手紙には、毎回過去の事例を出して当主としてどの様な指示を出すべきかメリットとデメリットを挙げろって問題用紙が同封される。

 

 まあ、今回は及第点だったけれど、僕が気が付かなかった事を事細かく指摘して、容赦の無い駄目出しの後で最後に誉める所は誉めてやる気を出して来る。

 正直言って僕が知ってるどの座学の先生よりも教師に向いているんじゃないのかな?

 

「……おや、彼女からの手紙ですか」

 

 背後から少し不機嫌そうなレナの声が聞こえたけれど、仲が悪いのは相変わらずらしい。

 僕よりも頻繁に会ってるから少しは改善してると思ったけれど、この数年で余計に仲が拗れてない?

 

「”入学してから気になる人は出来ましたか? 今後の事も有りますので娶る可能性も視野に入れてご報告いただければ幸いです”、だってさ。……報告しなかった場合に想定されるデメリットを箇条書きにして添えてるし、これって強制だよね」

 

「強制ですね。……どうも彼女とは反りが合わないのですよ」

 

「レナの立場からすれば分かるよ。僕としては仲良くして欲しいけどね」

 

 

 

 最初に彼女に出会ったのは僕が五歳の時で、二年ぶりに会ったお祖父様が連れて来たのが出会いの切っ掛けだった。

 

「将来の側近候補だ。顔と名前を覚えておけ」

 

 その一言で二年ぶりに顔を合わせた祖父と孫の会話が終了し、既に用事は済んだとばかりに執務室に向かう背中を見送った。

 当時の僕には前世の記憶なんて無かったし、これが貴族の家族関係だって思い込んでいて、それよりも一緒に来て目の前に残った同じ年頃の子供の方に興味が向くのは当然の流れだろうね。

 

「ねぇ、君の名前は?」

 

「パンドラと申します。今後ともお見知り置きを、若様」

 

 赤紫の髪を長く伸ばした彼女は僕より一歳上なだけなのに知性を感じさせる顔立ちで、僕の問い掛けに丁寧に返事をしながら恭しく頭を下げる。

 この頃、僕の遊び相手になってくれる子供はリアスかレナだったけど、ちょっと僕を置いて出掛けて居たから退屈していたのがちょうど彼女がやって来た日だ。

 レナス以外の使用人の子供は使用人用の住まい付近で生活するし、僕が遊んで欲しいって言ったら困るのは相手とその親だって経験で分かっていたけど、お祖父様が口にした”側近候補”というのが僕の興味を引く。

 

「パンドラは将来僕の近くで働くんだよね?」

 

「ええ、そうなれる事を目指して誠心誠意努力させて頂きます」

 

 偶に会う同じ年頃の子は親から言われているのか大した事でもないのに誉めて来ては取り入ろうとするか機嫌を損ねないかビクビクする子ばかりで、丁寧なんだけれど自然体なパンドラの事を僕は直ぐに気に入った。

 

「じゃあ、今から一緒に遊んで」

 

「若様がお望みでしたら」

 

 この時、僕は新しい友達が出来た程度に思っていたんだ。

 差し出した僕の手を取ったパンドラの手は小さくて柔らかく、今まで近くに居た子達とは違うパンドラと遊ぶのは楽しかったのを覚えている。

 側近候補だから明日からも一緒に遊べるし、その時はリアス達も一緒だと予定していたんだ。

 

 

 でも、彼女と次に出会ったのはこの日から数年後、僕が十歳の誕生日を迎えて1ヶ月後の事だ。

 

「お久しぶりです、若様。私の事を覚えていらっしゃいますか?」

 

 あの日の顔合わせは本当に顔と名前を印象付けさせる為の出会いで、それからずっと側近になる為の英才教育を受けていたらしい。

 他にも同じ様な子達との出会いは有ったけれど彼女だけは特別だった。

 それは僕が強く印象に残したって事も有るんだけれど……。

 

「えっと、パンドラがどうして此処に? お祖父様に”お前の婚約者を用意した”って言われたんだけど」

 

「それは私です

。では、私はこれで。生まれ等の問題は既に解決済みですのでご心配無く。今後は交流の為に手紙の遣り取りをする事になりましたので宜しくお願いします」

 

 数年後、僕より背が伸びて美人になっていたパンドラは知的な笑みを浮かべて衝撃的な事を告げ、直ぐに僕の前から去って行く。

 

 後にお祖父様から聞かされた話では、僕には力を伸ばすのを優先させ、彼女は妻の一人になって家の政務を一手に担う事になったらしい。

 

 この日からも滅多に顔は合わさず、その代わりに手紙の遣り取りだけは続ける関係になり、同時に色々と噂も入って来る。

 

 お祖父様の小間使いとして多方面について学び、任命された代官補佐から狭い地域の代官にまで出世するのに二年しか必要としなかった才女だってね。

 

 後に僕とリアスが構想を任された結果誕生したラスベガスとパリをごっちゃにした街の運営の成功にも貢献しているとか。

 

 そんな優秀な相手への劣等感って訳じゃないけれど、手紙の遣り取りで彼女は相変わらず素の自分を見せていて、その上でお祖父様の影響を大きく受けているのに気が付いた時、僕は少し彼女が苦手になった……。

 

 

 

 まあ、何時かは向き合う必要がある相手なんだけどさ

 

 

 手紙を読み終わり、今回の問題を少し考え始めた僕が二杯目の紅茶を半分ほど飲んだ頃、慌ただしい足取りでリアスが飛び込んで来た。

 

「わー! 遅刻遅刻! レナ、朝ご飯用意して!」

 

 風呂上がりらしく石鹸の香りを漂わせながら席に座ろうとするけれど、それより前にレナがバスケットと水筒を差し出した。

 

「朝風呂に入っていた様なのでサンドイッチとアイスティーを用意していますので馬車でお食べ下さい」

 

「流石ね、レナ。いやー、今日は朝早く起きちゃったから素振りしてたら汗かいちゃって。それで朝風呂入ったら寝ちゃってたのよ。失敗失敗」

 

「若様もそろそろ登校の時間ですよ。既に馬車の準備は済ませて居るのでお急ぎ下さい」

 

 時計を見れば確かに時間が迫っている。

 この時間なら余裕で学園に到着するんだけれど、ちょっと遅れたら馬車で込み合うからなぁ。

 

 もう少しゆっくりしたいんだけれど、昨日の晩夜更かしして考え事をしていたから少し寝過ごしてしまった以上は仕方が無い。

 

「ああ、どうせだったら……」

 

「ポチに乗って行くのは駄目ですよ? 校則では登校に使う乗り物は定められていますがグリフォンは含まれませんので」

 

 ……ちぇ。

 

 ちょっとだけ考えた案だけれど口に出す前に却下された僕は渋々ながらも席を立ち、メイド達が差し出したカバンやコートを受け取って門の方へと向かって行った。

 

「行ってらっしゃいませ、若様、姫様」

 

「ああ、行って来るよ」

 

「帰ったら久し振りに模擬戦してくれるかしら? 素振りしてたら熱が入っちゃったのよ」

 

「ええ、構いませんよ。課題を先に終わらせるのが条件ですが」

 

「……うぇ」

 

「相変わらずレナには敵わないね、リアス。じゃあ行こうか」

 

 

 本当だったら馬車に乗らなくても通える距離だし、実際の所は僕達なら走った方が速いんだけれど、貴族だからそれは憚られるんだよね。

 深々と頭を下げるレナ達に見送られて僕達を乗せた馬車が動き出す。

 

「……げっ!」

 

 だけどその歩みは前の方で止まっている他の家の馬車によって止められた。

 馬車の数は二台で、それぞれ王国と帝国の紋章が描かれた豪華な造りの物。

 中に誰が乗っていて、どうして止まっていたのかは考えるまでもない。

 

「リアスさん! 一緒に登校しましょう!」

 

「なあ、一緒に行って良いか?」

 

「……お兄様、対応お願い」

 

 乗っていたのは当然ながらアイザックとルクスであり、目的はリアスと一緒に登校する事。

 恋敵な上に争い合っていた国の王族同士だけあって睨んではいるけれど口論は始まっていない。

 いや、御者も敵意を向け合っているし、切っ掛け次第で喧嘩が始まるか。

 

「仕方無いなぁ……」

 

 リアスは相手するのが嫌なのか馬車の紋章を確認するなりサンドイッチから視線を外そうとしないし、僕を頼りにして任せて来ている。

 僕はお兄ちゃんだし、妹の頼みなら応えるしかないか……。

 

 

 

 

 



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地の文なのでツッコミ不在 

 一見すれば一人の美少女を取り合う男二人(但し二人揃って相手にされていない)のにらみ合いなんだけれど、実際の所はシャレにならない事態を引き起こしかねない。

 

「何の真似だ、アイザック。俺はリアスと一緒に登校する為に待っていた。其処に居られては邪魔だ」

 

「それは僕の台詞だよ、ルクス。だ、大体君は彼女の事を嫌っている様に見えたけれど?」

 

「……否定がしないが、俺は彼奴と戦い、そして勇姿を目にして間違いに気が付いた。例え身内であってもリアスとあの女は別人だ」

 

 皇帝の弟であるアイザックと王子であるルクスの二人はちょっと面倒だ。

 何せアイザックの父親はルクスの母親が酩酊して引き起こした事故の犠牲者で、その事が関係してか気弱な筈のアイザックが強気に出ているし、身内に狙われて不遇の扱いを受けている上に戦う力も弱い彼でも第一王子な上にそれなりに戦える(学生の範疇で)ルクスと渡り合えているんだから大した物だ。

 

 まあ、腰が引けているんだろうし、お前とリアスの仲に僕が賛成する事は絶対に無いんだからな。

 

 ……さて、そろそろ介入する頃合いかな?

 

 どうも止めに入るタイミングが分からなかったけれど、二人は未だ良いとして、王国と帝国の戦争が尾を引いているのか配下の人達は限界が近いように見える。

 特にアイザック側なんて立場からして左遷に近いだろうし不満も溜まって居るんだろう。

 主同士の睨み合いが部下の乱闘にでも発展したら面倒だし、前提としてリアスが嫌がっているんだから馬鹿馬鹿しいし、見ていて腹が立って来た。

 

「ほら、こんな街中で……あっ」

 

 上空から向かって来る気配を察知した僕は数歩後ろに下がり、争っていて警戒が疎かになっていた双方には気が付いた様子も無い。

 そのまま二台の馬車の間に目掛け、小規模な落雷が発生した。

 

「なっ!?」

 

「ひぇっ!?」

 

 雲一つ無い蒼天からの落雷に意表を突かれたルクスは咄嗟に上空に視線を向け、アイザックは頭を抱えてうずくまる。

 そして僕も空を見つめ、高速で降りて来る相手を視線で追っていた。

 

 バサバサと風を翼で叩く音と共に姿を見せたのは青紫のモコモコとした体毛を持つドラゴンと、その背に乗った学園の男子制服を来た人物。

 ワインレッドの髪をセミロングにした中性的な顔立ちで、首のチョーカーはドラゴンと同じ青紫だ。

 

 威風堂々とした立ち振る舞いで凛とした表情を浮かべ、絶対的な自信を感じさせる。

 ……但し背はちょっと低い。

 僕が少し高い位だけれど、多分頭一つ半は違うんじゃないのかな?

 

「何をしているのかと思いきや、王族ともあろう者達が街中で争うとは情けない。恥を知れ!」

 

 突然の登場に誰もが視線を向ける中での一喝は周囲に響き、荒そうになりかねた空気が霧散している。

 細身で背の小さい人は侮られ易いそうだけれど、こうして見ていると例外は存在するって分かるよ。

 ルクスとアイザックは見知っている様子だけれど、周囲のお供には顔を知られていない様子だ。

 

 でも、緊迫の状況で少し派手過ぎな登場をするなり主を一喝した相手が誰なのか問い質す事すら躊躇われる中、僕だけが動いて近付いた。

 

 

「やあ。久し振りだね。具体的に言うと前回の大会の表彰台以来かな? 元気そうじゃないか、アンリ」

 

「……ロノス! 久し振りじゃないか!」

 

「おいおい、今気が付いたの? 友達なのに酷いなぁ。まあ、入学前に風邪を引いてしまったって聞いたから心配したんだけれど元気そうで何よりだよ。タマも久し振り」

 

「ピー!」

 

 この派手な登場をしたのはご覧の通りに僕の数少ない友人の一人で名前は”アンリ・ヒージャス”。周辺四カ国の一つであるワーダエ共和国の所属で今みたいにドラゴンを使役して乗りこなす名門一族の出身だ。

 

 

  いやいやいやっ!? 流石に自分で言う程に少なくは無い筈だ。

 

 例えば新入生だけでもフリートとか、チェルシーの婚約者とか、俺様フラフープとか、アース王国の大公家の次期当主とか、赤髪オールバックで金色のアクセサリーを大量に身にまとう派手な大男とか……良し! 結構居るね!

 

 アンリが僕に近付いて拳を突き出して来たので僕も同じく拳を突き出して軽くぶつけ合わせる。

 うんうん、友達ってのは良いものだよ。

 家同士の付き合いとして交流がある人は大勢居るけれど、迷い無く友達って言える関係は限られているし、だからこそ大切なんだ。

 

「じゃあアンリも今から通学かい? いや、タマを屋敷に預けなくちゃ駄目なのかな?」

 

「いや、僕は寮なんだけれど、風邪が治った後もタマを王国に連れ込むのに手続きが長引いてな。今こうして漸く到着したんだ。……本当はさっさと行きたいんだけれど、少しやる事が有るから遅れてしまうな。後でノート見せてくれ」

 

「それは良いけれど、やる事って……成る程」

 

 決まりが悪そうにアンリが指差したのは先程の落雷によって焼け焦げて一部が割れた舗装済みの地面。一触即発だったから止めたんだろうけれど流石に派手にやり過ぎか……。

 

 

 

「取り敢えず事情説明して後処理をしなくては。……父に怒られるな。小遣いを減らされてしまう」

 

「ああ、リアスも派手にやってお説教と小遣い減額のコンボを食らっているよ。……じゃあ再会を祝して話をしていたいけれど急がないと僕達も遅刻するから。また学園でね」

 

「ああ、学園で会おう。……多分昼には終わるから」

 

 遠くから警備隊らしき人達が慌てて向かって来ているし、遠目に見る学園の時計の針は登校時間が迫っているのを指し示している。

 慌てて馬車に飛び乗れば、他の二人も今回は休戦らしく馬車に乗っているけれど多分休み時間に絡んで来るんだろうな……。

 

 

「あの人って確かお兄様が趣味で参加しているレースで出会ったのよね? えっと、乗っているのはドラゴン……よね?」

 

「うん、そうだよ。どう見てもこの世界の一般的なドラゴンの姿じゃないか。ちなみに雷を操るサンダードラゴンだね」

 

「……良いなぁ。私もお兄様みたいに何か飼おうかしら? ポチはあくまでお兄様を主としていてるし」

 

「ペットを育てるのは大変だよ?」

 

 タマの姿に怯え腰になっている警備隊の姿を眺めながらリアスが羨ましそうに呟いた。

 確かにポチが一番懐いて居るのは僕だし、リアスだって自分に凄く懐いたペット、贅沢を言えばグリフォンやドラゴンみたいにフワフワモコモコの体毛を持っていて乗れるサイズが良いんだろうけれど、躾とか大変だからね?

 鳥とかの野生動物に餌だけやって”世話をしている”って口にする人は居るけれど、他の全般含めて”世話”だから。

 

 

 

 でも、リアスがドラゴンを羨ましいって思う気持ちは半分だけ理解しよう。

 

「……僕はトカゲみたいな方のドラゴンが良かったなぁ。グリフォンの方が格好良いし最高だけどさ」

 

 僕が前世のゲームや漫画で知っているドラゴンとこの世界のドラゴンの姿は大きく異なり、寧ろ別の動物に酷似している。

 

 

「何度見ても……ペンギンだよね?」

 

「ええ、ペンギンね。良いわね。小さいのを抱っこしたい。ドラゴンだけあって小さくても凶暴だけど」

 

「まあ、普通に災害クラスのも居るし……僕が戦ったシアバーンの仲間にもドラゴンが居たからね」

 

 あんなに可愛い見た目でも中身と性能は僕達が知っているドラゴンだ。

 種類毎に炎や雷、毒を吐き、グリフォンと並ぶ空の覇者であり、町や村が襲われれば壊滅的な被害が出て、太古には国を滅ぼした”ファブニール”って名前の伝説のドラゴン……そのシアバーンの仲間の一体も存在する。

 うん、普通に戦いたくない相手だよね。

 

 

「これは本格的に知識を取り戻さないと……」

 

 ゲームではプレイヤーが動かさないと時間も動かないけれど、現実では違う。

 さて、帝国の例のダンジョンに向かうには……。

 

 

「アイザックの協力……は駄目だな。彼の立場からして余計なトラブルがやって来る。下手すればお祖父様に消されかねないレベルのね……」

 

 ゲームの知識だけには頼っていられない。幸い相手が”シアバーン”の名前を名乗ったし、それを理由に調べられるだけ調べるとして……。

 

 

 

「今はアリアさんの事だよなぁ……」

 

 夢の中で彼女は僕を恋人にしていたし、小説か何かの影響での偶然って可能性も有るけれど、僕はもしかしたら彼女に恋をし始めている可能性だって有るし、ちょっと顔を合わせるのが恥ずかしい……。

 

 

 ”主人公”ではなく”個人”としての彼女と向き合うと決めた事で発生したこの問題を僕はどうやって解決すべきなのだろうか……。

 

 

「フリートに頼ろうか。こんな時こそ男友達の出番だ」

 

 




パンダは出さないので地の文にツッコんでくれる人が作中には居ません

ポチは人型にはならないのでご安心を ペットポジションはペットだけで良いです

絵を発注 誰かはお楽しみ


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兄が見たのは途中まで 成人指定の所は知らない

感想が来なかった……だと?


「……有りました。シアバーン……毛むくじゃらの一本腕……一つ目の怪物……全て符合しますね」

 

 ロノスがシアバーンと戦った日の深夜、一人の女性が古い文献に目を通していた。

 本棚に囲まれた椅子に座る彼女の傍らに置かれたのはロノスが夕方に彼女宛に出した手紙であり、それが彼女の手元に届く時間を加味すればものの数時間で目当ての情報に辿り着いた事になる。

 

 希少な文献ばかりが揃い、中には権力者の都合で歪められた歴史の真実を示す物さえ納められた資料室にてページを捲る音だけが静かに響いた。

 

 前分けにした赤紫の髪を腰まで伸ばした彼女の年の頃は十代半ばであり、冷静さと知性を感じさせる整った面立ちは多くの異性を虜にする事だろう。

 どの様な豪奢なドレスでも着こなせそうなスラリとした長身に見合った長くしなやかな手足すらも美しく、本を読む姿には優雅ささえ感じさせる。

 

 何処かの貴族の令嬢か、はたまた司書等ではないかと見た人に印象付かせる彼女は古ぼけたページを丁寧にめくり、読み飛ばし無く、それでも常人の数倍の速度で読み進め、途中で栞を挟んで本を閉じた。

 

「どうやら随分と面倒な事に首を突っ込んでいるのでしょうね。……ふぅ。これは久々の再会早々に小言となりそうです。若様ももう少し自覚して下されば良いのですが……」

 

 軽く溜め息を吐いた後、彼女は読んでいた本と他数冊を手にしてたちあがり、そのまま資料室を後にした。

 

 

「さてと、夜更かしは美容の大敵ですし、若様がご所望になるであろう資料は朝一で制作するとして一眠りしましょうか。美を保つ事も若様の妻という業務に必要な事ですからね」

 

 少しだけ楽しそうに微笑んだ彼女はそのまま資料室の直ぐ近くに用意された自室へと入って行く。

 政務に関する大量の書類が置かれた執務机や各国の情勢の報告書を纏めた棚を横切り、手早くシャワー室で汗を流して寝間着に着替えた彼女はベッドへと潜り込み、明かりを消す前に枕元に置かれた首飾りを手に取り、軽くキスをして眠りにつく。

 

「さて、良い夢がみれますように。お休みなさいませ、若様」

 

 その首飾りに添えられたのはバースデーカード。送り主はロノスであり、宛先には彼女の名が書かれていた。

 

 ”パンドラへ”と……。

 

 

 

 

 

 

 ……私には昔から特技とはとても言いたくない特技が有る。

 それは夢の内容をはっきりと覚えている事で、だからと言って夢の中で好き放題に動ける訳でもない中途半端な物だから、理屈も何も有ったものではないグチャグチャで理解不能の行動をした事や、時に嫌な思い出を夢で見たのをハッキリと覚えている日は気が沈んでしまう。

 

 でも……。

 

「今日の夢は良かったな……。まさか本当にお香が効いた?」

 

 長年被り続けて来たからか一人の時でも表の顔での口調になる中、私は珍しく良い夢だった事で特技に感謝する。

 机の上に置いてあったのは既に煙が出ていないお香で、昨日の帰り道に胡散臭い占い師に呼び止められて手渡された物だ。

 

「貴女、中々面白い運命ね。これはサービスよ。好きな相手が夢に出て来るお香なの。……もし効果があったらご贔屓にして頂戴な」

 

 半信半疑……いや、九割以上は疑っていたけれど燃やす前から良い香りがしたから使ってみたが、まさか本当にロノスさんが夢に出て来て、その上で寝る前に読んだ小説と同じ事をして貰えるだなんて思っても見なかった。

 

 夢の中では二人は恋人で、肩を抱き寄せられてキスをして、更には青空の下で服を……。

 

「……あっ」

 

 あの占い師が去り際に追加した言葉は確か”注意してね”だったけれど、お気に入りの下着の状態にその理由を知らされた。

 私が生活している寮では洗濯カゴに入れておけば洗濯した状態で戻って来るけれど、流石にこれは出せない。

 

「……シャドーボール」

 

 この後、ゴキブリが出たからと手加減したとはいえ魔法を室内で使った事で反省文を書かされる事になる上に、その時にお気に入りの下着まで巻き込んでしまったのは凄く残念だ。

 

 そして懸念が一つ……。

 

「どうしよう。ロノスさんと顔を合わせるのが恥ずかしい……」

 

 登校の準備をしながらも夢の余韻に浸り、恐らく夢に影響したであろう本に視線を向け、気が付けば手に取っていた。

 私は恋愛小説だと思っていたけれど、母が遺したこの本は官能小説らしい。

 ……ちょっと驚き。

 

「もう少し見ていたかったのに……」

 

 この小説の登場人物の二人を私とロノスさんに置き換えていた夢は本当に素晴らしくて、いよいよ純潔を散らす寸前に起こされた。

 ……そう、起こされたのだ。

 

 本を机に置いて天井を睨む。この上の部屋に居るのはクルス殿下を後押しする派閥の末端で、あの眼鏡の……確かアルフレッド(だったと思う)に随分とお熱らしく、寮に入った初日から随分と嫌がらせを受けた。

 

 まあ、家の格は王国の貴族なのに学園周辺に住む場所を用意出来ない時点でお察しだ。

 体型は随分とご立派だが。夜中にされていた足踏みからも感じた重量感的な意味で。

 

「何があったのでしょう? 朝早くから凄い悲鳴だったけど……」

 

 生首がどうとかこうとか叫んでいたけれど、まさか朝起きたら枕元に生首でも並んでいた?

 

 いや、流石にそれはないだろうし、ついでに言えば遅刻になる時間まで少ししか猶予が無い。

 馬車で行ければ間に合うだろうけれど私の実家は貧乏だから用意なんか出来やしないので無駄な話だ。

 

「もし夢の中と同じでロノスさんと恋人になったら迎えに来て貰えるのでしょうか……」

 

「アリアさん! お迎えにあがりましたので一緒に登校しましょう!」

 

 そんな想像に更けて余計に時間を浪費した報いなのか本当に迎えがやって来てしまう。

 最悪な事にロノスさんではなくて眼鏡だけれど。

 

「嫌だなぁ……」

 

 決闘後、謝られたが実際はどうでも良かった。

 あの様な事を言われるのは幼い頃に慣れてしまった私には少し耳障りな程度で、寧ろロノスさん達と近付けたのだから僅かながら感謝しても良いのだけれど、どうも私が謎のモンスターと戦う姿に好意を抱いた等と鬱陶しい事を言って来た。

 

 私じゃなくリアスの方に向けていれば良いのに……。

 

 

「あの、本当に迎えに来て頂くなんてご迷惑ですし……」

 

 まさか裏口から抜け出して学園に向かう訳にも行かず、大いに目立つ真似をしたアルフレッドの所に向かう。

 ああ、本当に面倒臭いから迷惑だ。

 

「何を言いますか。貴女の為ならばこの程度は迷惑になりません」

 

 この場で”私が迷惑なんです”と伝えられたら楽だけれど、本人は兎も角として御者やら同乗している人やらも一緒だから口にはせず、まさか辺境伯の次男がわざわざ迎えに来たのに貧乏子爵家の娘が断る訳にも行かず、有り難迷惑ながら送って貰うしかない。

 

 ……寮に入っている人からの視線が注がれるし、嬉しそうに手を取って乗る手伝いをして来るアルフレッドは本当に嫌だ。

 

 ああ、早く学園でロノスさん達に会いたい。

 あの人と一緒なら今の嫌な思いを上書きして貰えるから……。

 

 決闘に勝ったご褒美でデートをお願いする予定だし、早く着いて欲しいと思う中、対面に座るアルフレッドから向けられる会話に愛想笑いと適当な相槌を向ける中、時間がゆっくり過ぎる気がした。

 

 

「そうだ! アリアさんは舞踏会のパートナーは決まっていますか? もし未だなら……」

 

「実はロノスさんと既に……」

 

 嘘だが、ご褒美の内容をそれにすれば良い。

 何だ、勇気を出して誘う口実が出来たし、この男は私の恋のキューピットなのだろうか?

 

 色々と迷惑な男だけれど、その点だけ少しは感謝しても良いだろう。

 

「そ、そうだ。興味深い話を聞いたのだが……」

 

 ロノスさんに先を越されたと感じたのか少し気まずそうな彼は急に話題を変えにきた。

 どうも感性が違う気がするので恐らく私には興味深くない話だろうが、まさか正直に言う訳にも行かないので聞く事にしよう。

 

 

 

「陛下がお忍びで舞踏会にいらっしゃるそうだ。……君に会いに来るのかも知れないな」

 

「陛下がですか!? でも、私に会いたいだなんて有り得ませんよ……」

 

 ……ほら、全然興味が湧かない話だった。

 もし本当に私の父親だとしても今更な話なのだから。

 今更会いたいと言われても、私からすれば有り得ない話としか言えない。



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闇属性は諦めない

 私に恋をしているらしいが、結果的に私の恋のキューピットになってくれている馬車からは早々に降り、徒歩で学園へと向かう。

 ”貴方を慕ってる人が怖いですし、どうにかしようにもどうしても女子生徒だけの時が有るから”なんて事を言い、私が乗っている事が気に入らないらしい使用人達もお為ごかしに賛同してくれたので楽だった。

 あの眼鏡、変に真面目だから理屈的な事に弱いらしいし、まかり間違って彼奴と私が出来ているだなんて変な噂が立つのは嫌だ。

 

 ……だって子爵家なら兎も角、本当に私が王の隠し子だった場合、”支援を受けた家に辺境伯の次男が婿としてやって来る”、なんて悪夢があり得る。

 ずっと放置すれば良かったのに、今の王妃との間に火種でも起こしたいのだろうか?

 

 

 馬車を降りた地点から少し歩けば校門が見えて来て、敷地内で馬車から降りた生徒達が校舎に向かう中、何人かが私に気が付いて何時ものヒソヒソ話が始まった。

 昔から私が姿を見せれば大抵の人がこうなるが、よく飽きないと思う。

 

「おい、聞いたか? あの魔女が王子達に勝ったんだって」

 

「確かに授業で魔法の腕を見たけれど凄かったしな」

 

「でも、魔女が力を持つって怖いな……」

 

 成る程、力を示した事で私への評価が少しはマシになったらしい。

 それでも授業で一度見せただけで、決闘は非公開で行ったから些細な違いだが、それでも上向きになったのは良い事だろう。

 私は自分への評価がどうなろうと興味が無いが、ロノスさん達は私の評判を気にしてくれているし、悪評だけの私が側に居ても迷惑にしかならないので良い事だと認識しよう。

 

 ……あの眼鏡みたいなのが出て来なければもっと良い。

 

「あっ! ロノスさん、お早う御座います!」

 

 どうやら遅刻ギリギリだったのは私だけでなかったらしく、見ているだけで胸が高鳴る相手の姿を発見した私は小走りに駆け出し手を振りながら近寄って行く。

 その途中、もう直ぐ間近に迫るといった所で私は足を滑らせた。

 誰が捨てたのか知らないが足下に落ちていたゴミを踏みつけ、そのままズルッと行ってしまう。

 

「きゃっ!?」

 

 まあ、この程度ならば今の私は楽に体勢を戻せるが、敢えて前に向かって飛ぶ。

 計算通り、ロノスさんの胸に受け止めて貰った。

 

「おっと、危なかったですね。もう少しバランス感覚を鍛えた方が良い。今のアリアさんならば転ばずに済む筈ですからね」

 

「分かりました。頑張りますね!」

 

 危ない危ない、少し見抜かれてしまったらしい。

 さて、人前でロノスさんの胸に寄りかかり続けるのも表向きの私には相応しくないだろうし、惜しい気もするが恥ずかしがりながら離れよう。

 

 何時かはこんな方法じゃなく、普通に抱きしめて貰いたいな……。

 

 

 

 

「えっと、ロノスさんって既に新入生歓迎の舞踏会で一緒に踊るパートナーは決まっていますか?」

 

「……忘れていました。そうか、確かパートナーを決めて申請しなければならないんでしたね。余った人は先生方が適当に男女で組み合わせて、それでも余れば上級生から選ぶとか」

 

 何とか遅刻を免れて迎えた休み時間、私は早速”パートナーになって欲しい”とお願いすべく話題に出したが、懸念していた”既に決まっている”という事態にはなっていなかったらしい。

 

「実はアルフレッドさんに誘われたのですが、あの方は未だ苦手な上にあの方を好きな人が寮の真上の部屋に居て。それで咄嗟にロノスさんに誘われていると嘘を言っちゃって、あの……その……」

 

 あくまで私は少し内気な所がある少女であり、ご褒美という口実があっても素直には誘えない。

 何を言いたいか分かり易く匂わせ、モジモジしながら上目遣いを向けて望む返答を待つ。

 

 ……実際に本当の私からしても恥ずかしい。

普段は仮面を付けて偽りの自分を表に出しているけれど、この恋は偽りなんかじゃない正真正銘の本物であり、恋愛経験は皆無な私がグイグイ行ける筈が無いのだから。

 

 そもそも舞踏会で一緒に踊るパートナーとは恋人同士等の親しい間柄が多いし、パートナーに誘うという事はそんな関係だと周囲に思われたいという事だ。

 

 その誘いの口実を作ってくれた例の眼鏡に改めて感謝した時、ロノスさんは少し考え込む。

 ……あれ? もしかして……。

 

「えっと、ご迷惑でしたか?」

 

「いや、ご褒美の約束もあるし引き受けるよ。でも、リアスをどうするかだよね。流石にあの二人相手に”特に相手が居ないけれど断る”って言えないし」

 

「もう踊らないでご飯だけ食べていれば良いのに、それは駄目って面倒だわ。でも、あの二人にどっちかと踊るのも嫌よ。……当日ずる休みしようかしら? でも、それはそれで逃げるみたいで悔しいし」

 

 新入生歓迎の舞踏会を楽しみにしている生徒は多いのにリアスさんは興味が無さそうにしている。

 まあ、家が家だし舞踏会の類には飽きているのかも知れない。

 

 でも、結局出席するみたいだし、どうするのだろう?

 

 この時、私は少し不安に襲われた。

 ロノスさんは少し妹に甘いし、私よりも彼女を優先させて自分がパートナーになる可能性だって有る。

 少なくても王子や皇帝の弟相手に争奪戦を繰り広げようとする程に彼女に好意を抱いている上に二人に都合が良い相手なんて居ないだろうし、私が当日体調を崩した事にすると言い出せば……。

 

「ああ、そうだ! 丁度良いタイミングで学園にやって来たアンリに頼もう。リアス、前から知り合いだったって事にして貰うように頼むから、了承されたら放課後に打ち合わせだよ」

 

 ……ほっ。

 どうやら無駄な心配だったらしく、今回の一件は何とか行きそうだ。

 

 問題は私の父親かもしれない男の事だけ……。

 

「あ、あの……何でも有りません」

 

 本当は相談したいし、力になって欲しい。

 でも、私達がこうして関われたのは決闘騒ぎが起きたがら鍛えるって理由で、もう決闘は終わっているのにこうして関われているだけでも幸せなのに、余計な騒動に巻き込む事で関係が終わってしまうのは嫌だ。

 

 その場しのぎにしかならないけれど、今の関係が続いて欲しい……。

 

 

 

「……王子と皇弟か。君の妹も面倒な連中に好かれてしまったものだな。そんな連中に限って”身分など関係ない”等と平気で口にするものだし、僕は連中と知り合いだから予想出来る。まあ、良いだろう。君と僕じゃ将来に変な影響も出ないだろうしな」

 

「あら、話が早いわね」

 

「僕もパートナー選びが面倒だったからな。友人に貸しを作るついでだと思えば何とも無いさ」

 

 ロノスさんのご友人のアンリは直ぐに頼みを引き受けてくれ、リアスと握手を交わす。

 ……影響が無いとはどういう意味だろう?

 別に聖王国と共和国は敵対している訳でも無く、家柄だって大きな違いが有るわけでも無く、大勢の前でパートナーとして踊るのに。

 

 ……今更だけれど眼鏡の頼みを断って良かった。

 だってロノスさんとそんな関係だと少しでも勘違いして貰えたら助かるし、私だって夢を見られる。

 

「……所で其方の子は髪の色からして闇属性なのか」

 

「はい……」

 

 ああ、どうせまた”魔女”だの何だのと言って、私とは関わるなと忠告するのだろう。

 ロノスさんなら断るのだろうけれど、今後関わってる最中に邪魔されたら疎ましいと思い、少し落ち込んだ様子の表情を作るけれど、何故か手が差し出されていた。

 

 

「どうした? 意外そうな顔だが、僕は友であるロノスを信じる。その友人が認めた相手ならば僕だって気にしないさ。ほら、共通の友人を持つ者同士の握手といこう」

 

「は、はい!」

 

 ”類は友を呼ぶ”、成る程、もっともな話だ。

 ロノスさんの友達は同じく良い人らしく、私の手を握る手は優しかった。

 

 

 

 この時、ロノスさんが他の男の人と仲良くする私に嫉妬して欲しかったのだけれど、どうやら其処までの仲には発展していなかった様だ。

 

 でも、何時か必ず……。

 

 

 

 

「ああ、そうだ。例の側室予定の才女とはどうなっている? 相変わらず頭が上がらないか?」

 

 ……はい? 側……室……?

 



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失望と告白 (挿し絵)

 ”側室”、その言葉を聞いた途端にアリアさんが固まった。

 いや、そうだよね、学生の時点で婚約者ならば兎も角として側室だからね。

 

 女の子だし、もしかして幻滅されちゃったのかな?

 

 此処はフォローを頼もうとリアスに視線を向け……目を逸らされた。

 この世で最も信頼する上に最も大切な存在が僕を見捨てた瞬間だ。

 

「む? どうやら彼女は知らなかったのか。……さて、急用を思い出したから僕はさらせて貰おう」

 

 そしてこの事態を引き起こした友人は気まずい空気を読み、そそくさとこの場から去って行く。

 声を掛けようとするも、今目の前の女の子に対処する方が先だという事は僕にも分かっているよ。

 

 だってさ、前世でも今世でも僕はこの歳まで恋なんかした事無かったんだ

 今の気持ちが恋か恋未満かは分からないんだけどさ。

 

 兎に角、僕はアリアさんには嫌われたくないってのは間違い無い。

 

「だ、大丈夫です! 大きな家なら珍しい話じゃないですし、リアスさんからもそれっぽい話を聞いていますから! ……ちょっとビックリしただけです」

 

「……そうだっけ? 言った気もするし言っていない気もするし……忘れちゃった!」

 

 一番信頼しているのは妹であるリアス、それは間違い無いし、変える予定もないけれど、変える予定は無い……のだけれども!

 

「いやね、お祖父様が才能を見出して直々に鍛えた天才でさ、文官を取り仕切って貰うには出自に色々ある子だからって相応の立場を与えようって事よ」

 

「そうなんですか!」

 

 あっ! リアスから説明してくれたお陰で僕が説明するよりもスムーズに行った!

 僕に側室になる予定の子が既に居るって聞いて戸惑っていたアリアさんが元気になったみたいだし、何時もの笑顔を浮かべてくれている。

 

 じゃあ、僕が追加説明してこの話は終わりにしようか。

 

「うん、そうなんだ。彼女、パンドラは凄く優秀で、手厳しいけど尊敬も信頼もしている。文通で色々課題を出す上に手厳しい評価を貰ってさ、リアスに言われて恋文も送ったんだけれど、それにまで手厳しい評価を貰っちゃったよ。”一生懸命考えたのは伝わって来ますが、こういったのは耳元で囁くべきです。女心を学んで下さい。三十点”だって。厳しいでしょ?」

 

「……そうですか」

 

「お兄様、流石に無いわ。うん、ちょっと呆れる」

 

 ……あれぇ?

 

 

 うん、こんな時はパンドラ? それともレナ?

 僕はどっちに頼るべきだろうか。

 

 どっちも頼った後が怖いんだよ、色々とさ……。

 

 

「女心って難しいなぁ」

 

 こんな時、”お姉ちゃん”が居てくれたら気軽に頼れるのにさ……。

 居もしない人に頼るって情けない真似をする僕だけれど、アリアさんは呆れた溜め息を吐いた後で何やら考え、急に僕の袖を引っ張って恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「あ、あの! お世話になっていますし、私もロノスさんから恋文を貰えれば評価してみますよ? ほら、他の人の視点だって必要だと思いますし。それに……」

 

 この顔、多分演技だってのはゲームの知識以外にもパンドラやお祖父様の授業で見抜ける様になったけれど、偶に騙されそうになるよ。

 

 演技……だよね?

 あれ? 途中まで演技だと感じていたのに途中から本当に見えて……。

 

 

「それに、私はロノスさんが好きですから。貴方と出会って私は恋を知りました。貴方と一緒に居られるだけで私は幸せで、貴方に少しでも恩返しがしたいです。ご迷惑でないのなら私を側に置いていて下さい」

 

 アリアさんは僕の目を見つめながら想いを告げる。

 ああ、どうやら完全に彼女は”ゲーム”とは大きく違って来たらしい。

 

 それも僕が色々とやらかしてしまったせいでさ。

 

 

 

「どうしよう……」

 

「いや、本当にどうするのよ? お兄ちゃん! ”考えさせて欲しい”って先延ばしにしたけれど、ズルズルと中途半端な状態が続くのは駄目よ!」

 

 情けない事に僕は直ぐに答えが出なかったけれど、想いを受け入れた後の事を考えれば仕方無いのだと勘弁して欲しい。

 だって、クヴァイル家は僕の代から少しずつ力を削ぎ落とすって計画だけど、アリアさんが王女だって発覚した場合、想いを受け入れるとした時は王国への配慮から難しいし、だからといって想いを受け取らずに距離を開けるには待っているであろう未来が厄介過ぎる。

 

 だってシアバーンが復活したし、復活するであろう神獣を統べる三匹”獣神将(じゅうしんしょう)”の残り二匹への対応も、連中が復活させようとする”光神の悪心”への対応も古い文献からして闇属性が必要なのはゲームと同じだしさ。

 

 もっと詳しい情報はパンドラの報告書待ちだけれど、ちょっと調べただけでも知識と符合する事ばかりだ。

 

 ”ゲームの知識があれば大丈夫”だなんて考えは捨てた筈なのに、こうもゲームの知識と同じ様になって行くだなんて皮肉だよ。

 

 

「ちょっと聞いているの!?」

 

「聞いているよ、リアス。うん、ちゃんと考えるからさ」

 

「まあ、即座に答えを出すのも失礼な話だし、ちゃんと考えるのよ? 私はお兄ちゃんが出した答えなら応援するし、それでやって来る困難だって私達兄妹だったら大丈夫なんだから! ……って、頭を急に撫でないでよ」

 

「矢っ張りリアスは頼れる味方だと思ってさ」

 

「あ、当たり前よ! お兄ちゃんもっと私を頼りにして良いの! 私は守られるだけの存在じゃないんだから! もうこうなれば神だろうが何だろうが私達でぶっ倒すわよ!」

 

 何と言うか、リアスと話をしているとウジウジ考えるのが馬鹿みたいに思えて来るんだ。

 自信満々に(平らな)胸を張る姿は見ていて微笑ましい。

 まあ、アリアさんには悪いけれど現状維持が一番だろうね。

 

 ……彼女を取り巻く状況を考えれば悠長なばかりじゃ駄目だけどさ。

 

 

 

「一応先にパンドラに報告しておいた方が良いんじゃないかしら? 告白されましたって」

 

「だよねぇ……。相談せずに話が進んだ場合を想像もしたくないよ。失望されたくは無いからね、彼女にはさ」

 

「その程度でしないだろうけれど、かなりの駄目出しは食らうでしょうね。何せ恋文にすら出すんだから」

 

 本当はパンドラだけじゃなくて親しい人全員が対象なんだけれど、彼女は僕よりずっと頭が良いのに僕を立てて当主として立派にさせようと手を尽くしてくれている。

 将来も僕を支えてくれる筈だし、お祖父様と同じ位に尊敬しているんだ。

 

「だから最低限の事はするよ。報連相はしっかりとね。……取り敢えず今必要なのはテュラが接触した時の対応と……避けられるだけの揉め事は避ける事だ」

 

「じゃあ、朧気な記憶を取り戻す為に帝国のダンジョンに潜る方法を考えるとして……舞踏会が肝になるわね」

 

 やる事が決まったなら、後は不測の事態に向けて力を高め、情報と味方を集めるだけ。

 ……情報?

 

 

「あっ! 居たよ、アリアさん以外の闇属性! 裏設定を語ってたのを思い出した! 好感度を教えてくれる占い師だ!」

 

 この世界に、そしてこの街に居るかどうかは分からないけれど、居て味方に引き込めたなら頼もしい。

 じゃあ、放課後早速探しに行こう!

 

 

 

 

 

「さてさて、昨日は随分と手酷くやられましたし、封印の解除にも力が足りない。何か利用可能な者は居ないでしょうかねぇ?」

 

 ロノスが重要な情報を思い出した頃、彼から受けたダメージが残っている様子のシアバーンは、レキアが管理する場所以外の妖精の領域に姿を見せていた。

 木々をなぎ倒し地面をひっくり返して掘り起こしたのは巨大な石版。

 古代の文字が掘られたそれからは光の力が鎖の様に雁字搦めに巻き付いていた。

 

 シアバーンが手にしたのはアイザックの見張りに渡した球体の内、リザード・ホーリーナイトの体内から消えた物であり、先程まで闇の力を内包していた。

 

 シアバーンの指先が光の鎖にそっと触れる。

 ほんの僅かだけだが鎖が欠けていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、味方が復活するまで幾ら必要なのか。その時まで私一人とは少々骨が折れそうですが……うん? ああ、居たじゃないですか。力を欲している”お客様”が。アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 




藍屋さんに挿し絵依頼


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女の戦いinロノスの部屋

 魔法が存在するこの世界でも”占い”は大っぴらに信用されない眉唾物とされているけれど、裏でこっそり依頼する有力者の顧客を持つ占い師だって存在するんだ。

 

 そして”魔女の楽園”でも占い師は攻略キャラの好感度を教えてくれる本名不詳のキャラとして登場していた。

 他人が他人をどの程度好いているかを簡単に分かるだなんて何かしらのトリックが無いのなら口から出任せか、それとも”本物”か。

 

「その占い師が闇属性なのよね?」

 

「ファンブックの裏設定ではそうなってたって話を聞いただけだけどね。ゲームとは違う可能性だって有るけれど、試してみても損は無いよ」

 

 アリアさん以外に闇属性の使い手が居れば神獣達との戦いが楽になるし、病気や大怪我の時に力が必要になっても安心だ。

 

 実を言えば其処まで期待している訳で無く、本当に駄目で元々、占いって初めてだから興味半分でそれらしい占い師を探す。

 

 ……にしてもゲームでは好感度を教えてくれる以外にも特殊なイベントに関わるアイテムをプレゼントしてくれていた筈だけど、どうやって手に入れたんだろうか?

 気になっている相手の夢を見れるお香とか、レキアの所で僕が手に入れた夢見の花とか、もし本当に持っていたなら入手ルートを教えて貰いたいよね。

 

 既にそれらしい占い師の情報はアリアさんが知っていたし、街の人も何時も同じ場所で店を構えていると教えてくれた。

 

 

 

「……あれ? 店仕舞い?」

 

 だけど、それらしい小さいテントの中には誰も居らず、中を見れば最低限の荷物を持って引っ越したのが伝わって来る。

 

 古びた机の上には”もうお店は辞めました”ってメモが残されていた。

 

「このタイミングで? まさか本当に本物で巻き込まれたくないから逃げ出したとか?」

 

「そんな……」

 

 偽物なら偽物で諦めれば良かったけれど、本物の可能性が有る状態で何処かに行かれるのは凄く口惜しい。

 でも、探し出すにしても本名も顔も分からない占い師をどんな理由で捜索すれば良いのか分からないよ。

 

「何かドッと疲れたわ。帰って休みましょうか」

 

「そうだね……」

 

 この店まで来る時、どんな理由で探しに行くのか説明すべきか迷った僕達はレナをお供に連れずに屋敷を抜け出してしまっているし、帰ったら小言を食らいそうだ。

 

 今思えば適当な事を言えば、見抜かれても詮索はされなかった筈だよね

 ……しまった。

 

 

 

「お帰りをお待ちしていました。では、お二方にはお供も連れずに何処に何をしに行ったのか説明をして戴きましょうか」

 

 家の門の前で笑顔で待ち構えるレナとメイド長。

 こんな事態になるのなんて占い師でなくても分かったはずなのにさ……。

 

 この後、二人のお小言は食事とお風呂と課題の時間を挟んで夜遅くまで続いたんだ……。

 

 

 

 周囲一メートル先も全く見えない暗闇の中、不思議と自分の手元は見えていた。

 

 その手が触れるのは白い肌を隠す暗闇の様に黒い下着であり、それを着て僕に跨がっているのはアリアさんだった。

 仰向けに寝転がって声すら出ない中、アリアさんの恥ずかしそうに赤らめた顔が近付いて来る。

 

「知っていましたか? 私、”体で取り入っている”って噂されていたんです。でも、ロノスさんの側に居られるなら……」

 

 ええ!? 展開が急すぎるし、どうして声が出ないの!?

 慌てふためいても抵抗できず、僕の上に覆い被さった彼女の唇が僕の唇に触れる瞬間……知っている天井が見えた。

 

「夢……?」

 

 はい、まさかの夢落ちだった。

 惜しいような、ファーストキスも未だなのにあんな展開になってて助かった様な……あれ?

 

「誰か居る。……どうせレナだな。遂に潜り込んで来たか……」

 

 掛け布団を見れば人一人分の膨らみがあって、更に言うなら僕の体に誰かが抱き付いている。

 

 これが誰かなんて考える迄も無くレナだ。

 ”女に慣れる練習”とか言って普段から僕に向けられるセクハラの魔の手が根拠で、今までは胸を押し当てたりエッチな事を言ったりする程度だったけど、まさかベッドに入り込んで来るだなんて……。

 

 掛け布団を跳ね除けて部屋から出て行って貰おうとして、手がピタリと止まる。

 

「まさか胸元を緩めたりしてブラがチラッとしてるかも……」

 

 思わず唾を飲み込み、少し期待しながらも慎重に布団を除ける。

 結論から言えば服を着崩したレナはベッドの中に居なかった。

 

 

 

「……んっ」

 

 ベッドの中に居たのは下着姿のパンドラで、長くしなやかな手足を僕に巻き付けて安らかに寝息を立てていた。

 うん、着崩したレナじゃなくて安心……出来ないっ!?

 

「……どうしよう」

 

 この時、僕は声を掛けて起こすのを躊躇った。

 この状況が美味しい……のは否定しないけれど違って、普段忙しいパンドラがスヤスヤ寝ているのを邪魔したくなかったし……。

 

「未だ早いし、もう少し寝ていようか」

 

 掛け布団を被りなおし、再び眠る僕。

 現実逃避? 否定はしないよ。

 

 

「勢いに任せて襲って来ないのは評価しますが、その後の逃げとしか取れない対応は減点です」

 

 掛け布団の中から伸びた腕に肩を掴まれ引き寄せられ、冷静な声が聞こえて来る。

 寝ていたと思っていたパンドラと目が合った。

 

 

「狸寝入りにも気が付かないのも減点で……私に気を使って下さった事は加点致しましょう。……さて、お早う御座います、若様。早速ですが次のテストです」

 

 パンドラは僕に体を密着させると耳元に息を吹きかける。

 押し当てられる感触にどぎまぎし、耳に掛かった息にゾワリとして思わず身震いした僕の耳に届いたのは少し不満そうな声だ。

 

「……レナ……さんが女性への耐性を付ける役目を買って出た筈ですが職務怠慢なのか能力不足なのか。若様、女性慣れしていない姿を見られれば侮られます。もう少しお慣れ下さい」

 

「が、頑張るよ……」

 

「では、私で練習しましょうか」

 

「れ、練習!? パンドラで何の……」

 

「その程度は分かっておいででしょう? 先ずは例の恋文の内容を私の耳に囁いて下さいませ。その結果次第で……私がご褒美を差し上げます。内容は……その時のお楽しみで」

 

 からかっているのかと思いそうな声でパンドラは僕に告げ、そのまま指先で僕の背中を撫でていた。

 

 ご褒美の内容って何なのか、ナニか、なんなんだろうか、考えるけれど変な方向にばかり向かって行くし、早くしろとばかりにパンドラは更に強く僕に密着して来る。

 

 まあ、流れからして少し思い付く物は有るし、婚約者だから……いやいやいやっ!?

 此処で流されたら怒られるパターンじゃないのか!?

 

 でも、逃げたら逃げたらで怒られそうだし……。

 

 

「え、えっと、確か最初は”愛しのパンドラへ……”」

 

 このまま黙っていても仕方が無いので勇気を出して前に酷評された恋文の内容をパンドラの耳元で囁こうとした時だ。

 

 扉が外から乱暴に開かれ、笑顔を浮かべているけれどブチ切れ寸前のレナが入って来たのは。

 

 

「これはパンドラ……さん。勝手に若様の部屋に忍び込み、更には私の役目に手を出しますか。越権行為では?」

 

「仕方が無いでしょう? 何処かの誰かが手を出させる事が出来ないのですから。私は若様の為、クヴァイル家の為に動いています。さあ、若様。続きをどうぞ。邪魔者は居ますが私は気になりませんし、若様も気にせずに動けるようにおなり下さい」

 

「若様、それ以上は私の役目です。其処の女を振り払い、私に行って下さい。幼い頃から側に居る私の頼みを聞いて下さいますね?」

 

「それなら婚約者の私が行う事に何の問題が有りますか? それに今後お側でお支えするのは私ですよ」

 

 朝っぱらから女の戦いが勃発した。

 双方とも声は冷静なのに敵意が剥き出しで言葉に刺があるよ。

 

 この場合、僕は乳母姉と婚約者のどちら側に付くべきか、どっちを選んでも後が怖い。

 

「えっと、仲良くね?」

 

「嫌です」

 

「ご無礼ながらお断りします」

 

 ……少し前に教えて貰ったのだけれど、”何となく気に入らない”、それが普段は職務に忠実な二人がいがみ合う理由だ。

 この戦い、最早プライドの問題なんだよなぁ……。



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才女の仕事

前回は来なかった感想 今回こそは


漫画、26日から作成にはいるそうです

もう片方? サイトに一週間以上来ていないし、他の依頼で忙しいのでしょう
相談して、相手が何ページになるか計算しますって返事来たから他の人を捜せないし、一度別の質問してから一切返事が無いんじゃが……じゃが


 突然勃発したレナVSパンドラの戦いは、互いに冷静を装いながらも強烈な敵愾心は近くに居る僕にヒシヒシと伝わって来て、このままどうなるんだろうって不安になる。

 

 って言うか、パンドラは何時まで僕に密着しているのだろうか?

 スラッとした長身に知的でクールな美貌、モデルの類か、はたまた白衣を着ていたら”美人すぎる天才学者”とでも呼ばれそうな彼女が下着姿で抱き付いているって状況は年頃の僕にとって色々と辛い。

 

 普段誘惑して来るレナでさえ此処まで行動的にはならないのに……。

 

「早く若様から離れなさい。そろそろ起床時間です。何時までそうやっている積もりですか」

 

「ああ、そうですね。何方かが臨時の授業を邪魔したせいで無駄に時間が過ぎてしまいました。やれやれ、絶好のタイミングで入って来ましたし、実は不作法にも聞き耳を立てて居たのでは?」

 

 そう、レナが部屋に押し入ってパンドラとの口論が始まって既に数十分が過ぎていたんだ。

 その間、互いに全く声を荒げずに居たけれど、此処に来て挑発的な笑みを向けたパンドラによって遂にレナの仮面にヒビが入る。

 頭から母親譲りの赤い角が飛び出していた。

 

「パ、パンドラ。早く起きないとメイド長にも怒られるし、喧嘩はその辺で終わらせて部屋から一旦出て行って貰えるかな?」

 

「この様な状況では毅然とした態度で早々に退出を促すものですよ? 何時言い出すのかと思いきや、中々言わない上に言ったかと思いきや……まあ、良いでしょう。その前に……」

 

 突然始まった批評のコメントは流石にへこむ。

 いや、確かに次期当主ならもっと早く毅然とした態度で諫めるべきだっただろうけれど……。

 

 あれ? パンドラが僕の頬を手で挟んで顔を近付けて……ええっ!?

 

「ちょっ!?」

 

 まさかの口付けかと思い慌てる僕に構わずパンドラはそっと唇で触れる。……僕の額に。

 

「恋文の内容を囁くのは最初の所で終わりましたし、今回は残念賞です。続きが欲しいなら今後も頑張って下さいね」

 

 僕の思考と期待を見透かした笑みを浮かべながらパンドラはベッドから降りて椅子の上に畳んで置いてあった服を着始める。

 スカートやシャツ、そしてスーツを優雅な動作で着る姿に思わず見取れてしまい、レナの咳払いで慌てて顔を背けた。

 

「若様、私から一つ提案が……」

 

「な、何?」

 

「いえ、あの会話の内容からして……パンドラさんと私を比べ、どっちに色々教えて欲しいか選んで戴くべきだったかと。取り敢えず次は私が下着姿になりますので比べて下さい」

 

 そんな提案をするなりボタンに手を掛けるレナだけど、パンドラは黙って微笑むだけで、僕は恐ろしくて黙っているしか出来ない。

 

 

 

「騒がしいと思ったら朝から何をしているのですか?」

 

 だってメイド長が鬼のオーラを纏ってレナの背後に立っていたんだから……。

 

 

 

 

 

「彼女も相変わらずですね。メイド長に収まっているのが不思議でなりません」

 

 レナの襟首を掴んで引っ張って行くメイド長の姿を見るパンドラの呟きに対し、僕は普段のメイド長の姿を思い起こす。

 僕達と一緒にレナスの特訓を受けたレナが手も足も出ずに従うしかないし、偶に新鮮な食材を仕入れるからって出掛けたと思うとドラゴンを狩って来たし、ポチも懐いては居ないけれど逆らわない。

 

「……前から気になっていたけれど、メイド長って一体何者?」

 

「恐れ多い事ですが、若様が知るには早いかと」

 

 僕の問い掛けに対し、パンドラの表情は途端に仕事モードである冷静で優しさや愛嬌の欠片も無い美しくも恐ろしい物へと一瞬で変わる。

 まるで先程迄の笑顔が嘘だったみたいなのを見れば言われずとも伝わって来るよ。

 

 ”聞くな、知るな”ってね。

 

「では私は退室いたしますのでお着替えを。報告したい事とお聞きしたい事も御座いますし、本日の登校時は馬車に同乗させて戴きます」

 

 ぺこりとお辞儀をしたパンドラはそのまま部屋から出て行き、僕も慌てて着替える。

 パンドラ、暫くは滞在するのかな? 嬉しいような怖いような……。

 

 

 

「げげっ!? パンドラっ!?」

 

「ええ、パンドラで御座います。お久しぶりですね、姫様。早速ですがお小言を。クヴァイル家の長女であり聖女の再来とされる貴女様がその様な言動では……」

 

 ドアの向こうから聞こえて来るのはリアスとパンドラの遣り取り。

 普段ならリアスの味方をする所だけれど、パンドラが相手の時だけは見ざる聞かざるで行かせて貰うね、リアス。

 

 ごめん。本当にごめん。

 

 心の中で手を合わせて謝罪し、頃合いを見計らって部屋を出る。

 曲がり角で待ちかまえてたりは……してないよね?

 

 

 

「忙しい時期も過ぎましたし、若様達のサポートをすべきと判断し、暫くは滞在させて戴きますね」

 

 朝ご飯の時も一挙一動にも気を配り、リアスが時々パンドラの指摘を受けた後での登校時間、馬車の中で報告を受けたリアスは僅かに身を竦ませる。

 お転婆で自由奔放なこの子からすれば真面目で厳しいパンドラは天敵だから仕方が無いのだけれど、今も目を光らせて居るからね?

 

「パ、パンドラ、大丈夫? ほら、レナとも仲が悪いし……」

 

「ええ、大勢他国の子息子女が使用人と共に集まりますし、獅子身中の虫を炙り出す釣り餌には丁度良いでしょう? 昨日今日からの不仲では有りませんし、幾人かは引っ掛かるかと」

 

 この時の笑みは仕事モードの時の物だ。

 今までの喧嘩は演技?

 いや、あり得ないか。

 

「あれ? 二人って実は仲良しだったり?」

 

「……姫様、その悍ましい仮説を二度と口にしないようにお願いいたします。私も冷静を保つ自信が御座いません」

 

「うん、分かった……」

 

 

 ほら、矢っ張り。

 これって自分とレナの不仲さえも、それを政敵が利用すべく動く為に利用するんだから怖い。

 だから少し苦手なんだけれど、同時に其処に憧れるよ。

 僕も何時か……。

 

 

 

 

「若様。お言葉ですが”何時か”と言っている内はその時は来ないものですよ?」

 

「君、読心術まで会得してる?」

 

「さて、どうでしょう?」

 

 本当に僕の心を見透かしたみたいなパンドラはからかう時の笑顔を向けて来て、その笑顔には素直に賞賛を送りたい。

 

「色々な理由で君が婚約者で良かったよ」

 

「光栄ですね。……では、早速ですがご所望の資料を纏めた物と、これは事後報告になりますが、今後必要となりそうな人材のスカウトを進めておきましたので、資料と共にリストをご覧下さい」

 

 渡されたのは要点を分かり易く記載した資料で、この手の資料を読むのが苦手なリアスにも分かり易い様にとイラスト付きだ。

 随分と可愛らしい動物の絵だけれど、誰が描いたのかは聞かない方が良さそうだ。

 

「依頼したのが一昨日の夕方なのに仕事が速いね。でも、無理はしないでね。頼んだ僕が言うのも何だけどさ」

 

「私はクヴァイル家に拾われ、能力を見出して取り立てて戴いた身です。ならば尽力するのは当然でしょう。家臣として、そして未来の妻として私の力を存分にお使い下さい」

 

 心配する僕に対し、パンドラは誇らしげに言った。

 

 

 

 

「ああ、それはそうと今後の休日の度に仕事の予定を入れさせて戴きました。若様は聖王国各地を回って損壊が激しく修復が困難な歴史遺産や資料の修復、姫様は聖女の再来として慰問活動を中心になさって貰います。では、ボロを出さない為にこの質疑応答マニュアルの暗記をお願いしますね」

 

「分厚っ!? ちょ、ちょっと分厚いんじゃないの!?」

 

「姫様は普段から言葉遣いや内容に問題が有りますので。今日から早速練習をなさって下さいね。メイド長に講師を頼みましたので」

 

「げげっ!?」

 

 もぉ、普段から雑な言葉ばかり使ってるから……頑張れ!

 

 

 

「若様も何を他人事の様な顔をなさっておいでで? 当然若様にも用意して有りますよ」

 

 僕に差し出されたのは向かう場所毎に出すべき話題、出すべきでない話題を言葉遣いも含めて事細かく指示している極厚のマニュアル。

 リアスの方も同じ位の厚さだ。

 

 

「……おや、そろそろ到着ですね。では、神獣に関する資料は私が保管しておきますので、帰宅時に改めてご覧下さい」

 

 まあ、大っぴらに広げて良い内容じゃ無いしね。

 

「にしても今日はあの二人が待ち伏せで居なかったわね」

 

「ご安心を。既にルクス殿下達両名の家臣に鼻薬を嗅がせてスケジュールを把握済みです。既に王妃として嫁いでいるアース王国の王家に姫様まで嫁がせるメリットは少なく、デメリットの方が大きいですからね。例の皇弟は論外、反皇帝派は手を組むに値しません」

 

 ……流石パンドラ、仕事が速い。

 僕達が煩わしいと思っていた事がたった一日で解決するだなんて、だから彼女は尊敬出来るし信頼しているんだ。

 

 

 

「所で若様……幾人か側室としてクヴァイル家に取り込みたい女性のリストを作成中ですので帰宅次第確認をお願い致します」

 

 そしてこんな所が怖いんだよね。

 良くも悪くもお祖父様の弟子って感じでさ……。

 

 取り敢えず途中までと資料を渡された僕は馬車を降りる。

 

 

「さて、軽く目を通しておかないとね。僕、告白されたばかりなのに……」




パンドラさん、出番一旦お休み 次は依存系ヒロインの登場です


所でアンリに関するコメントは来ていませんが……気が付いても黙ってて下さいね ヒント出してるし、直ぐに判明するけれど


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妹の評価は厳しい

「ねぇ。お兄様って間違い無く尻に敷かれるタイプよね」

 

 馬車から降りて校舎に向かう最中、リアスがそんな事を言って来たから何となく否定しようとして、僕を尻に敷くのが確定のパンドラ以外で婚約者候補な子達を思い出してみる。

 

 レナ……絶対相手が上手

 

 他にも聖王国の防衛で重要な役目を担う例の部族の族長の娘とか、本人達を無視して女王様やお祖父様が話を進めそうな(貴族ならそれで当然なんだろうし、それでもそれが嫌われる理由であろう)レキアとか……。

 

「う、うん。僕は僕の得意分野で実績を重ねて発言力を高めるよ」

 

 何もパンドラに政務関連で対抗する必要は無い。

 僕は武力を高め、それで活躍すれば良いんだ。……多分。

 

「取り敢えずパンドラだけは諦めたら? 多分勝てないから」

 

「ま、負けは認めない!」

 

 だって悔しいじゃないか。

 せめて横に並びたいんだ……。

 

「お兄様なら大丈夫ね。まあ、パンドラは強敵だろうけれど頑張って」

 

 リアスは少し強めの力で僕の肩を叩いて勇気付けてくれる。

 こうして僕を信じて応援してくれる家族が居るのがどれだけ僕の支えになっているか、それを忘れたら駄目だと心に刻む中、不自然な影が僕達の背後から迫っていた。

 

 影とは光を遮る物が存在して初めて存在する物なのに、その影は違った。

 大きさは小柄な大人が体を丸めた位で形は歪。

 姿を隠すつもりなのか他の影から影へと移動するけれど、逆にそのせいで移動が増えて目立ってしまっている。

 

「……ねぇ、あれって」

 

「しっ! 気が付かない振りをしよう」

 

 顔は真横に向け、視線だけ影の方に動かしながらリアスが指摘するけれど、反応するには少し早い。

 ちょっとだけ歩く速度を上げれば影も慌てた様子で追って来るし、何やら震えて目立っていた。

 他にも気が付いてはいる生徒が居ても、何やら気味悪そうにするだけで何かしようとする人は居ない。

 

「……」

 

 流石に此処までが限度かな?

 僕が無言で立ち止まればリアスもそれに続いて止まり、後ろから付いて来ていた影は形を波打たせながら慌てた様子で僕達の前に回り込み、そして言葉を発した。

 

 

「お二人共、お早う御座います!」

 

「やあ、お早う」

 

「お早う、アリア」

 

 声を出すと同時にまるで水中の魚が飛び出すかの様に影から飛び出して来たのはアリアさんで、悪戯が成功した時の様なお茶目な笑顔を向けている。

 

 だから僕達も敢えて驚いた演技はせずに普通に対応、アリアさんは混乱している。

 凄く可愛い。

 

「え? ええっ? あの、驚かないのですか? 昨日思いついて成功した魔法でして、影に潜って移動が出来るんです。息が出来ないのが欠点ですが」

 

「まあ、ちょっと目立ち過ぎね。影に同化して隠れるってのを意識するあまりに逆に目立っていたわ」

 

「そ、そんなぁ。絶対驚くと思ったのに……」

 

 こうやって悪戯が失敗して落ち込む姿も可愛いし、本当に表情が豊かになったよ、彼女。

 出会った当初は上っ面だけの偽物の明るさだったのに、今じゃ本当の明るさになりつつあるし、あの眼鏡もそんな所に惹かれたのかな?

 

「アリアさんは見ていて癒されるね」

 

「ほへっ?」

 

 おっと、思った事がつい口から出てしまった。

 でも、紛れもない本音で、こうやってアリアさんと一緒に行ると何か落ち着く気がするんだ。

 

 

「そ……そうですか。ロノスさん、私と一緒なら癒されるんだ……」

 

「う、うん。変な事言ってごめんね?」

 

「いえ! 嬉しいです!」

 

 嬉しい様な恥ずかしい様な顔をしているアリアさんに言えない事が有る。

 癒されるって事にも色々種類があって、アリアさんの場合は小動物と戯れているみたいって言うか、何故か偶に犬の尻尾を幻視するんだよね、アリアさんに。

 

 

 

「何と言うか君は相変わらずだな。友として不安になって来る。……もう少し女の扱いを覚える事だ」

 

 溜め息と共に僕を心配する友の声、振り返れば呆れ顔のアンリが朝食なのか串焼きの肉を片手に立っている。

 一番小さいサイズの制服でも少し大きめに見える男子用制服だけれども、結構似合ってはいるんだよね。

 

「……何だ?」

 

「いや、僕が言ったら君が怒りそうな事だよ、アンリ。ほら、遅刻するから行こうか」

 

「未だ余裕が有るだろう。君は何を誤魔化しているんだ!」

 

 僕が背が高い方だって事も有るし、それ以外の理由でも怒りそうなんだよね、どっちも理不尽だけど。

 何となく僕の考えが読めているのか睨んで来るアンリに背を向けた。

 

「さてね。……あっ、そうだ。明日から忙しくなるし、今日辺り放課後に遠乗りにでも行かない?」

 

「良いだろう! 今期のレースの前哨戦だ。タマは常に万全の状態に仕上げている」

 

「ああ、僕が三連覇して、君が三大会連続で準優勝しているレースだね」

 

「……見ていろ。次こそ君に勝って僕がチャンピオンに返り咲く」

 

 僕とアンリは友人だ。

 でも、レースが絡めば友人は宿敵に急変する。

 

 

 共和国で毎年開催されるモンスターの騎乗レースの空中部門”アキッレウス”

 僕は三年前に参加して三連覇、だけれど毎度僅差。

 

「前回は正しく鼻の差だった。今度こそ僕が優勝だ。何せタマは全盛期を迎えているからね」

 

「相棒の仕上げを整えてるのは僕も同じさ。いや、ポチは未だに全盛期を迎えてさえいない。成長力は圧倒的だ」

 

 この時ばかりは友情を忘れ、宿敵である相手を睨む。

 互いの騎乗技術と相棒の力への自信は十分で、相手も拮抗しているのも理解しているから、残りは結果で示すだけだ。

 

 

「ひ、火花が見えます! アリアさん、二人の間に火花が散って見えます!」

 

「お兄様はポチが絡むとアレだけれど、類は友を呼ぶって事ね」

 

 正々堂々戦って、完封無きまでに勝ってやる。

 

 

 ……所でアレってどういう意味だい?

 

 

 

 

「……来ていない? へ~」

 

 教室に到着した時から気が付いていたけれど、アイザックの姿が見えない。

 ……取り巻きって建て前の見張り連中が消えたから帝国に呼び戻されたのかと思いきや、パンドラがそんな事は言ってなかったから遅れているだけかと思いきや、フリートの所にも詳しい情報は入って来ていないまま昼が来た。

 

「彼奴と俺は選択授業が被ってんだが連絡も無しに欠席だとよ」

 

「……てか、わざわざ気にしてくれてたんだ」

 

「まぁな。お前の妹に夢中なのはどうでも良いが、俺様の婚約者にも影響しそうだしさ」

 

 消されでも……は流石に早急か。

 邪魔な存在だろうと弟をあからさまに始末すれば皇帝の権威に関わる。

 

「……パンドラが把握していないって事は何かがあったのは朝の事かな? 帰ったら聞いて……早いな」

 

 敷地内に入って来た一羽の鳥が僕の膝の上に封筒を落とす。

 

「随分と可愛いイラスト付きの封筒だな。お前、幼い従姉妹とか居たか?」

 

「いや、年上の婚約者。……イラストにはノーコメントで」

 

 

 

 

「お茶です。ああ、それとも強い飲み物の方がお好みでしょうか?」

 

 ロノスがアイザックの事を頭の片隅に置いている中、豪奢な部屋のソファーに座り、王族であろうと滅多に口に出来ない高価な茶葉を使った紅茶と菓子を前にして無言を貫くアイザックの姿があった。

 

 真横に立ち、甲斐甲斐しく彼の世話をするのはシアバーンであり、その周囲にはアイザックの好みに不気味な程に合致するメイド達。

 何処となくリアスに似ている顔立ちの彼女達に時折視線を送りながらも彼は黙り込んだままだ。

 

 

「お客様、此方をどうぞ。これが有れば貴方様の願いは叶います。もう無能だと後ろ指も指されず、責任を負うべきでない事で肩身の狭い想いもしなくて良い」

 

 シアバーンが差し出したのは紫の宝玉がはめ込まれた金の腕輪。

 アイザックは震える手を伸ばし、迷いを浮かべて引っ込める。

 

 

 

 

「……彼女が、リアス様が欲しいのでしょう? ああ、これは極秘の情報ですが……貴方には同じ歳の姪がお二人居ますよね? 片方、嫁ぐ予定だそうですよ、今のままでは」

 

「っ!」

 

 耳元で囁かれる言葉を聞き、アイザックは腕輪を掴み取る。

 

 

 

 

 シアバーンは声を出さずに嗤っていた。

 



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才女とメイド長

昨日投稿忘れ


 風を切り雲間を抜けながら突き進み、真横を見れば併走して飛ぶアンリとタマの姿。

 互いに風から目を守る為のゴーグル越しに目を合わせ、ハンドサインで次に向かう場所を決める。

 

「……今の所は互角か。早く地表に行きたいんだけれど」

 

 僕は正直言って高所が苦手だ。

 ポチと一緒に飛ぶのは楽しいし、風と一つになる感覚は最高だ。だけど……寒いっ!

 

 次に向かう場所を決めるのは僕の番、今度はこっちが有利な場所を選ばせて貰うよ。

 僕がアンリに指示したコースは霧立ちこめる深く険しい渓谷。

 

「ポチ、そろそろだ。一気に行こうっ!」

 

「キュイッ!」

 

 苦手な寒さに耐えながらポチに指示を出す。

 僕の言葉に高らかに鳴いて了承するポチは僕の言葉を完全に理解していて、言葉が通じる前に比べて遥かに意志疎通が潤滑だ。

 

「タマ、一気に行くぞ!」

 

「ピー!」

 

 ……うん、この世界のドラゴンって空を飛べるペンギンだから凄く違和感。

 

 でも、そんな事はどうでも良い。

 僕同様、アンリとタマも言葉が通じているんだ。

 

 雲の上から一気に急降下、突き出した岩や木々の間を抜け、時に目の前の障害物をポチが操る風をぶつけて破壊。

 最短ルートで其処に到着、谷川の上を水飛沫を上げながら全速力で進んだ。

 

 今の所は僕が優勢、だけれども背後で障害物を雷で破壊し、数秒遅れで追走するアンリとポチの姿。

 僕同様、最短ルートを進んだが、小回りが効かない分差が出たね。

 

 

「……驚いたな。まさか君も相棒と言葉が通じているのか」

 

「何時までも君達だけの特権だと思ったら大間違いだ。この調子じゃ次のレースも僕が優勝かな?」

 

「抜かせ! 次は僕とタマが優勝させて貰うぞ! そうだろう、タマ!」

 

 アンリの叫びと同時にタマの全身から放電が始まり、鳴き声と雷鳴がが空気を震わせる。雷の噴射によって加速した。

 だが、ポチも負けてはいない。風を全身に纏い、一気に速度を上げて行く。

抜かし抜かれのデッドヒートを川の上で続け、やがて眼前に迫った大瀑布。朦々と水煙が上がる其処目掛けて飛び出し、滝壺に向かって一気に急降下、この垂直に落ちて行くスリルに手綱を握る手に力が入る。

 

 このスリルが堪らない!

 

「いやっほー!!」

 

 思わず口から出る叫び声は僕の集中力が途切れた証拠で、白熱した戦いでは完全に命取りだった。

 

「……気を抜いたな? この勝負、僕の勝ちだ」

 

 滝壺が迫り、本当ならば的確なタイミングでポチに指示を出さなくてはならなかったのに、体勢を変えるための指示が一瞬だけ遅れ、真横を飛んでいたタマが一気に置き去りにして来る。

 悔しいけれど実力は拮抗していて、だからこそ一瞬の油断が仇となった。

 

 耳に届いた勝利宣言とすれ違いざまに見えた勝ち誇ったアンリの顔。

 そのまま立ちふさがる崖を飛んで越え、スタート地点へと僕達よりも先にゴールする。

 

「今回は僕達の勝ちだ。この勝利を次の大会に繋げ、僕は栄光を取り戻す。共和国の軍人はドラゴンと共に生きる戦士だ。レースで負け続けるのは趣味じゃない」

 

「分かってるよ。幼い頃から相棒となるドラゴンと共に暮らす事で絆を深め、言葉を通じ合う儀式と成す、だっけ? だからこそ戦うのが楽しいんだ。だろ? ポチ!」

 

「……キュイ」

 

「え? ”負けたのが悔しいから不貞寝する”? おいおい、遅くなったらパンドラの授業に遅れちゃうよ。ほら、機嫌直して。ボール遊びでもしようよ」

 

「キュイ!」

 

「よーし! じゃあ……取って来ーい!」

 

「キューイ!」

 

 僕の指示が遅れたせいで負けちゃったから拗ねていたポチもお気に入りのボールを見た途端に機嫌を直す。

 矢っ張りポチは可愛いなぁ。

 ライバルに格好悪い所は見せられないから何時もの溺愛は出来ないけれど……帰ったらしよう!

 

「キュイ!」

 

 もっと投げてくれと期待した瞳を向けて来ながらポチがボールを咥えてすり寄って来た。

 

 

「よーしよしよし! ポチは凄いでちゅね~! 魔法で加速させたのにこんなに早く取って来るだなんて感心でちゅよ~! じゃあ、次はもう少し……はっ!?」

 

 どうやら僕は反省が足りないらしい。

 会ったばかりのアリアさんではなくて友人であるアンリとはいってもこの姿を見せてしまうだなんてさ。

 

「安心するが良い。僕は今の姿を無闇に他言したりはしない。友として、そして僕の秘密を黙っていてくれている君への義理立てとして、戦士の誇りに懸けて黙っておくと誓おうじゃないか」

 

「……安心した。矢張り持つべき物は友達だね」

 

「まあ、国籍も年齢も……性別も友情には無関係だ。さあ、二回戦と行こうか。次も僕が勝たせて貰うがな」

 

 得意気に言い放ってタマに乗るアンリだけれど、僕だって負ける気なんてしない。

 

「見ていろ、次は僕が勝つ」

 

 そんな風に言い返してポチの背中に飛び乗った時だった。

 

 

 突然の地響き、崩れる崖。巻き込まれる前に飛び上がった僕達の眼下の地面は谷底へと沈み、城ほどに巨大な岩のゴーレムが姿を現した。

 

 

「はっ?」

 

 そんな馬鹿なっ!? 彼奴はゲームでは最後の方……いや、この世界は現実だ。起こる筈だった事が先に発生しても不思議じゃ無い。

 

 さて、向こうは戦う気みたいだし、どうしようか……。

 

 

 

 

「……どうなされたのですか? 今朝の様な真似は貴女の業務には含まれないでしょう? それに……若様達と分かれてから今の今まで顔が真っ赤ですよ。慣れない色仕掛け等するから……」

 

 執務中に運ばれて来たのはお気に入りの茶葉で煎れたレモンティーとシナモンたっぷりの野イチゴのパイ、どっちも私の大好物だ。

 運んできたのは庭の片隅で材料の野イチゴを栽培しているメイド長ですが、一緒にお説教まで持って来られました。

 

「……若様もお年頃ですので。あの様な場面で理性を失うのなら矯正が必要と思い、普段は離れている私が実行すべきと思ったまでですが……慣れない事はすべきでは有りませんね」

 

「……声が上擦っていますよ。もう無理はお止めなさい。分野外の事に手を出すのが愚かだとは貴女なら理解して居るでしょう?」

 

 メイド長の厳しい言葉に私は反論を一切出来ません。

 私の役目は内政であり、ハニートラップの類による諜報や外交は専門外であり、私の羞恥心の許容範囲外なのは確か。

 ……どうも初対面の時から互いに虫が好かないレナが若様のその手の耐性を付ける役目を請け負ったからと勢いに任せて下着姿を見せてしまいましたが……。

 

「今思えば何とはしたない真似を……」

 

 改めて思い出せば思わず手で顔を覆ってしまう程に恥ずかしいし、若様の前で平静を保てる自信が無くなりました。

 ……その手の話題を振られても平静を保つ訓練は受けているし、そもそも若様に嫁ぐのは間違い無いのですが、流石に段階を飛ばし過ぎました。

 

 だって、私と若様は文通を続けては居ますが、偶に会うだけでデートらしいデートも未だで、互いにキスすら未経験なのに……。

 

「取り敢えず段階を踏みなさい。先ずは食事を共にするとか、一緒に出掛けるとか、婚約者であっても踏むべき段階が有りますよ。……若様に嫁ぐ事自体は嫌では無いのでしょう?」

 

「はい、それは間違い有りません。私は若様と出会った時にあの方を支えるのが恩返しだと心に決め、嫁ぐのが決まった時には異性としての好意と愛を向けようと誓いました」

 

 メイド長の言葉に迷い無く答える。

 嫁ぐのが決まった時、私は自分に家族が出来るのだと嬉しくなったのを覚えています。

 だから一生懸命若様を好きになろうとして、恐らく恋心に近いであろう物は抱けている。

 例えそれが偽り同然の物であったとしても、あの方を妻として、臣下としてお支えするのには変わり有りませんが、どうせ嫁ぐのならば仲の良かった両親みたいな関係を望む位の自由は許されますよね?

 

「……決めました。私、今後は無理をせずにあの方に接します」

 

「結構。そもそも若様だって続けば違和感を覚えるでしょうし、貴女が無理をしていると分かって心配するでしょう」

 

「あの方、鈍いのか鋭いのか分かりませんよね。何かの呪いの可能性は?」

 

「天然ですよ、彼は。確か今日は共和国の方と交流を深めているとか。ええ、結構な事です。道を踏み外さない為の楔は多い方が助かりますし、異国の名門との繋がりはクヴァイル家の利益になるでしょう」

 

 入って来る情報だけでも分かるのですが、若様は相手の感情の真偽を見抜くのはそれなりなのに、恋心が絡んだ途端に鈍くなるのですから困り物です。

 

 

「その辺りも貴女が教育なさい。ちゃんと理屈で説明すれば理解なさるでしょう」

 

「ええ、それならば私の業務の範疇です。色が絡むのはレナ……さんに任せましょう」

 

 そもそもの話、私がその手の仕事を引き受ける事自体が間違いで、人種やら母親が育った場所の風習的に貞操観念が軽い彼女が受けるのが最適……ですが、何となく悔しいので最後まで手を出すのは禁止にしておきましょう。

 

「おや、そうですか。それで理由は?」

 

 私がそれを口にすればメイド長は表情を変えずに問い掛ける。

 

「理由? 耐性を付ける必要は認めますが、学生ですからね。使用人に平気で手を出す輩と一緒では困ります」

 

 

 

 

 

 

 

「それで理由は?」

 

「……表向きはそれで、実際は彼女より私の方が側室としての序列が上の筈ですし、先を越されるのは悔しいので」

 

 見抜かれていましたか。

 流石はメイド長……いえ、正確には……×ですからね。

 

 

「まあ、個人的感情を出すなら、この王国で出歩くのは嫌なのですが……」

 

 レナさんに対抗しての越権行為だけでも自分が十代の小娘かと自己嫌悪したのに、流石にこれ以上は私的な感情を業務に絡めたくは有りません。

 

 でも、理屈と感情は別ですし、街中よりもピクニック等を望みます。

 良いですよね? 私の貢献度からして、その程度の我が儘程度は。

 

「貴女にも気苦労をお掛けしますね。……今回こそは前回の様な結末は避けませんと。宜しくお願いしますよ、パンドラ」

 

 恐れ多い言葉に対し、返答を口にする代わりに跪いて頭を垂れる。

 私の幸せの為にも絶対に成し遂げてご覧に入れましょう……。

 



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まじめな危険人物

 十歳の時に十歳まで生きた前世の記憶を取り戻した僕だけれど、転生した事による価値観への弊害って思ったよりも少なかった。

 

 だって十歳迄その価値観で育ち、十六になった今までもそのままなんだ。

 気分的には、少しの間風習が違う所で暮らして居たから、其処に慣れるまでと戻って暫くは違和感を覚えてしまうって感じだ。

 

 でも、例外は存在する。

 

「な、何だ、あれはっ!? あの巨体はまさか”エンシャントドラゴン”!?」

 

「……その姿を模したゴーレムだし、エンシャントドラゴンゴーレムって所だね」

 

 ”エンシャントドラゴン”は大空の支配者であるドラゴンの中でも長命にして最強格の存在で、他の種族ともテレパシーを通じて話せる上に知能も魔力も人間とは比べ物にならない。

 

 ……ゲームでは体力無限で”負けイベントバトル”の相手だった。

 まあ、無限だなんて現実では有り得ないから規格外にタフな上に治癒力が異常って所だろうね。

 実際、知り合いの二人が喧嘩友達の相手との本気の戦い勝ったのを見た事あるし。

 

 いやね、寝ている所を叩き起こされて、”後学の為”だって言ってグリフォンに乗せられて向かった山脈の頂上で見せられた戦いは迫力があったよ。

 

 

「あんな偉大な存在を再現したゴーレムを創り出す相手に恨まれる覚えが無いのだが、君はあるか?」

 

 恨まれる覚えは……うん、逆恨みを含めて身内関連が多い。

 お祖父様と叔母上様、どっちも腐敗貴族に厳しいからね。

 

 

「僕達は貴族だし、知らない所で恨みを買っている可能性はあるね。ただ、どう見ても超一級の使い手が万全の準備を整えないとあんなの出せないし、当人にせよ莫大な報酬で動いたにせよ、依頼人を含めてそんな大物が動いたって情報は無いよ」

 

「確かにそうだな。あんなのを出す実力者にも、そんなのに依頼出来るのにも思い付く限りでは変な関わりは無いぞ、僕も」

 

 この世界のドラゴンは前世の世界にいたペンギンなんだけれど、他の人は格好良さとか偉大さを見出すんだ。

 それこそ前世の神話やおとぎ話に出て来るタイプのドラゴンを前にした様に。

 

 ……でも、僕は十一の時まで絵でしかドラゴンを目にしていなくて、前世では水族館やテレビや絵本、ヌイグルミによってペンギンを目にして、”可愛い”って印象が深く刻まれている。

 

 尚、エンシャントドラゴンはコウテイペンギンで、タマはイワトビペンギンだ。

 

「最初に強く残った評価って中々覆せないよね、アンリ」

 

「何の話か知らないが、今は集中しろ! 来るぞ!」

 

 霧が立ちこめてもいないのに見えない程に深い谷底に立っているにも関わらず、超巨大ペンギンゴーレム……じゃなくてエンシャントドラゴンゴーレムは頭の先が崖の際ギリギリに達する程に大きい。

 

 これが前世のゲームとかでお馴染みのドラゴンの姿だったら凄い迫力だったんだろうけれど、目の前の相手じゃね……。

 

「確かに上の空じゃ相手は務まらないね。ポチ!」

 

 どうも可愛さとか間抜けさを感じ取ってしまう僕だけれど、アンリの叱責に気を取り直して魔力を練り上げながらポチに指示を出して距離を開ける。

 

 餌でもねだる雛鳥みたいに上を向いて開いたエンシャントドラゴンゴーレムのクチバシの奥が赤く輝いて熱線が放たれた。

 一気に周囲の空気が熱せられ、旋回して避けた僕達を追ってなぎ払う熱線に触れた岩が溶け、近くの木々は燃え盛り始める。

 

「アレだけの大質量のゴーレムを創り出すだけでなく、この規模の火魔法……僕達は戦争にでも巻き込まれたのか? どれだけの人数の凄腕が僕達を狙っているんだ。追って来られれば誰かを巻き込むし、取り敢えず相手をしない訳には行かないが、先ずは森林火災を防ごうか……”アイスストーム”!」

 

 燃え広がり始めた森を見ながら焦りを顔に滲ませるアンリが魔法を放てば森林の中央で風が渦を巻き、氷の粒を大量に含んだ嵐になって吹き荒れる。

 木々は霜に覆われ、火事は消えて、これで一旦は安心……一旦はね。

 

 次のが来るまで時間が掛かるってのは楽観的過ぎると警戒しながらエンシャントドラゴンゴーレムを観察すると、濛々と煙が上がる口の部分が崩れ落ちていた。

 

「自分の攻撃に耐えられていないのか。まあ、この辺りの土は粘り気が少ないし、岩も中がスカスカだ。ゴーレムにするには向いていない。誰かは知らないが、魔法の才能はあっても魔法を使う才能には乏しいらしいな」

 

「挑発は程々にね。ほら、何処に居るのか分からないけれど聞こえたみたいだよ」

 

 エンシャントドラゴンゴーレムは両の翼を力強く羽ばたかせて宙に浮き、崖の上に降り立つと再生を始めた口を向けて再び熱線を放とうとしたんだけれど……。

 

「……居たな」

 

「丸分かりだね」

 

 下腹部の中心辺り、その部分が赤く明滅して内部には人影が見える。

 強い魔力も感じるし、あれが術者で間違い無いって言うか、ゲームでもそうだったからね。

 

「僕がやろうか? あの程度ならどうとでもなるけれどさ」

 

 中が誰かは知らないけれど、感じる力からして楽に下せる相手だし、これ以上は好きにさせておくのも癪だ。

 さっさと倒して口を割らせる……と言うのも理由だけれど、もう一つは……。

 

 

 

 

「いや、僕がやろう。……何時こんな事態に巻き込まれても良い様に準備をしていたんだ。実戦形式の実験の機会のな!」

 

「……あ~あ、遅かったか」

 

「……ピー」

 

 頭が痛くなる僕とタマの前でアンリは前側のボタンを全て外して服を両側に開いた。

 ……まるで露出狂の痴漢みたいなポーズだよね。

 

 そんなイメージを抱くけれど口にする勇気は湧かないし、その勇気は蛮勇だろうさ。

 だってアンリの服の内側には大量の爆弾が隠されていたんだから。

 

 

「相変わらずの爆弾マニアかぁ……」

 

「違うな。爆弾制作マニアだ!」

 

 それ、そんなに堂々と否定する程の違いなんだろうか? 

 でも、細身の瓶みたいな形の爆弾を大量に仕込んでいるのが相手だから言わないってか言えない。

 

 

「先ずは此奴だ!」

 

 再び熱線を放とうとした口の中に投げ込まれた瞬間、大爆発。口の周辺が大きく削り取られている。

 威力が予想以上に高いな……。

 

 

「どうだ、驚いたか? 魔力に反応して暴発させる新型爆弾、名付けて……”マナ・ボム”だ」

 

 ……この通り、アンリは爆弾制作を趣味兼特技としている変わり者で、新しい物を作り出す度にこうして実験を楽しんでいる。

 友達でありライバルでなかったら関わりたくない類の危険人物だよ、正直さ……。

 

「ああ、本当に脆いみたいだね。自分の体重を支えるだけで精一杯みたいだ」

 

 頭のヒビが徐々に広がり、術者が居るであろう辺りギリギリで漸く止まる。

 徐々に修復されているけれど、後一押しで完全に砕け散りそうだ。

 

 そんな状態でエンシャントドラゴンゴーレムは満足に動ける筈もないし、此方に半壊した顔を向けるけれど動かす度に首の表面の一部が剥離する。

 

「最後まで手を出してくれるなよ? ロノス。今度は強力な衝撃を一点集中させるとっておきの……」

 

 さて、この辺りの岩は脆いのはアンリが語った通りだ。

 そんな岩の崖の上で巨体が暴れ、更に爆発の衝撃が有ったならどうなるかって言えば、得意顔で別の爆弾を取り出したアンリの目の前で音を立てて崩れるさ。

 

 エンシャントドラゴンゴーレムは崖底に真っ逆様、落下と崩落によって粉々に砕け、術者が居ただろう場所も岩の下だ。

 

「えっと、手を出して良いよね? もう終わっているしさ……」

 

「……ああ」

 

 非常に気まずい空気の中、アンリは何事も無かったみたいに爆弾を仕舞い、僕は崩れた崖のみの時間を戻す。残されたのはエンシャントドラゴンゴーレムの残骸のみ。

 

 

「……逃げられたか」

 

 でも、その中には誰の姿も無く、地面には深い穴。わざわざ追うには準備が足りないな。

 

 

「やれやれ、手落ちだね。報告が憂鬱だ」

 

 それにしても、一体誰が何の理由で襲って来たんだ?



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後片付けをして帰るまでが遠足です

「……来い。早く来い……ロノス・クヴァイル! お前を……お前さえ倒せば僕は……」

 

 暗く深い穴の中、万全の罠を用意して僕は待ち構える。

 今までの僕じゃ生涯辿り着けない領域の力で創り出したゴーレムはやられてしまったけれど、この中なら勝つのは僕だ。

 話を盗み聞きして準備して待ちかまえ、見落としが無い様にと目立つ大穴を用意したから入って来るのは時間の問題で、奴さえ倒せば彼女だって僕の力を認めて……。

 

「僕の力……?」 自分の手に填められた黄金の腕輪に目を向ければ罵倒の声が聞こえて来る。

 

 ”思い上がるな出来損ないが”、”所詮は腕輪の力で、お前はオマケにすらならない”、それを顔を左右に振って追い払った。

 

 そうだ、生まれ持った才能が自分の物なら、こうして後から運良く手に入れた物の力だって自分の物じゃないか。

 この腕輪は一度着ければ外せないけれど、外せないという事は奪われる事も無いから生涯この力は僕の物だという事になる。

 

 先程まで聞こえていた罵倒が一瞬で消え失せ、代わりに賞賛の声が聞こえて来た。

 

 

「はは、はははははっ! そうだ! 僕が生涯世界一の力の持ち主だ!」

 

 込み上がって来るのは歓喜の笑いであり、優越感が心を満たす。

 ああ、成る程、他の連中が僕を馬鹿にするのも頷ける。

 誰かが下に居るって此処まで気持ち良い物だったんだ。

 

「もう誰も僕を馬鹿に出来やしない。姿を消した見張りも連中も! 皇帝も! 僕は世界一の魔法使いだって教えてやれば平伏して従うんだ。そうだ、そうに違いない。そうすれば彼女……リアス・クヴァイルだって、このアイザック・アマーラの物になるんだ!」

 

 アレだけの規模の魔法を使っても未だに疲れを感じないし、どうやら僕に怯えているのか幾ら待っても穴の中に僕を追って入っても来ない。

 

「あはははは! 一部じゃ”聖騎士”だなんて称されてるそうだけど、とんだ雑魚じゃないか! この勝負、僕の勝ちだ!」

 

 僕と違って散々もてはやされる男に勝った事が僕に自信を付けさせ、万能感を与えてくれる。

 そうだ、このまま王国に攻め込んで王になって、その後で帝国も聖王国も共和国だって支配するのも面白いんじゃないか?

 この大陸を支配する絶対的な王、そんな自分の姿がハッキリと浮かぶ。

 

「不思議だなこの腕輪を手に入れる前の僕なら想像すら出来なかったのに。そうか、この腕輪が僕を変えてくれて……ん?」

 

 穴の中に何かが落ちて来る。

 岩壁にぶつかって跳ね返りながら底までたどり着き、何度か跳ねた後で僕の直ぐ側までカラカラと音を立てながら転がって来たそれを、何だろうと思って拾い上げれば小さい水筒位の筒状の物体で今まで見た事が無い物だ。

 ただ、どうやら随分な魔力が込められていると感じた時、僕の目の前が光で満たされ、凄まじい衝撃と熱が叩き付けられた。

 

 

 

 

「……うわ。安全装置をうっかり外しまったから慌てて穴に投げ込んだが、

まさか此処までの威力だなんて」

 

「いや、君が引いてどうするのさ。引くのは僕だよ、僕」

 

 エンシャントドラゴンゴーレムに投げようとしていたアンリの新作爆弾だけれど、勝手に自滅した姿に手が滑って安全装置が外れたから、さあ大変。

 咄嗟に穴に投げ込めば分厚い岩盤が吹き飛ばされて周囲一体が崩壊している。

 

 友達だ、友達だけれど……こんな威力の爆弾を作り出して持ち歩くアンリは僕の中では超一級の危険人物になってしまったよ。

 

「安心しろ。あれは偶然の産物で、同じ物は作れない。……僕が新作の設計をする時は理性が飛ぶから設計書が解読不可能の場合が有るのは知っているだろう?」

 

 一度だけ見た事がある。

 如何にも悪役って感じの高笑いを上げ、部屋中を走り回りながら一心不乱に爆弾を作る姿は狂気そのものだった。

 

 偶に悪夢に出るんだよね、アレってさ。

 

「それでも怖いって。まあ、君だけは敵に回さないよ、絶対にね」

 

 国は違えども友達は友達で、聖王国と共和国の仲は良好で、第一王女と陛下の婚約も決まっている。

 王国には叔母上様が嫁いだし、帝国との政略的な婚姻は此処暫く無いけれど、だからアイザックも可能性を見いだしてリアスに求婚したんだろうね。

 

 彼奴の場合、皇族の一員だってのが余計に話をややこしくしているから非常に低い可能性だけどさ。

 

「さて、そろそろ帰る時間だが、流石にこれを放置しては駄目だな。しかし、随分と派手に周囲を破壊したな……ゴーレムが!」

 

「そうだね、ゴーレムが随分と被害を出したし、起こった事の証明の為に少しは痕跡を残すけれど、周辺の住人の生活に支障が出ない為に少し戻しておくよ。”タイムリターン”」

 

 崩壊した谷底の時間が巻き戻り、指定範囲から外した場所を除いて元通りになって行く。

 残したのは大穴とエンシャントドラゴンゴーレムの残骸の一部で、後で解析に回す為に拳大のを一つポケットに忍ばせた。

 

「これで大丈夫。周辺に影響は出ないね。……近くに町や村がなくて良かったよ。絶対パニックになるからさ」

 

 あの巨体だから少し位離れていても目撃はされていそうだし、そうでなくとも二度目の爆発は土砂を高く舞い上げたし爆発音も凄まじかった。

 タマなんて全身の毛が膨らんでモコモコになっているし、ポチだって少しソワソワしているから首筋を撫でて落ち着かせる。

 

 ほ~ら、ほら、大丈夫だからね~。

 

 これだけの騒ぎになったのだから妄想や狂言だとは言われないだろうけれど、僕達が暴れただの騒ぎを他国から持ち込んだだの、反王妃派の貴族が騒ぐ口実になりかねないし、ゲームでの設定を考えればその可能性も高い。

 

 ”エンシャントドラゴン”は負け確定のイベントバトルだったけれど、”エンシャントドラゴンゴーレム”は特定の攻略キャラの好感度がマイナスの状態で終盤まで辿り着けば起きるイベントボスだ。

 

 大富豪の息子やらアイザックやらをリアスがけしかけ、シアバーンの与えた腕輪の力で創り出して、その頃には英雄視されていた主人公一行に襲い掛かる……と言うのがゲームでの話。

 

 ゲームとは違って学園外の人間かも知れないけれど、シアバーン達”神獣将”が関わっているだろうし、僕達兄妹やアリアさんに目を付けてるみたいだから狙われたのは多分僕だ。

 

 ……まあ、友人だけれどアンリは他国の名門貴族だし、説明し辛い部分も有るから隙を見せない為にも黙っておこうっと。

 

「……ロノス、ちょっと問題が発生した。一旦地上に降りよう」

 

「問題? まあ、良いけどさ」

 

 急に真剣な顔になったアンリに言われるがままに地上に降りればアンリはタマの背中から降り、慌てた足取りで木の陰に駆け込んだ。

 

 

「サラシがほどけた! 悪いが誰か来ないか見張っていてくれ!」

 

「……まあ、見られたら都合が悪いか。王国の誰かが様子を見に来るだろうし、僕が此処で見張っているよ」

 

 木で遮られた向こう側で慌てて服を脱ぐのを音で理解した僕は一応背を向ける。

 親しき仲にも礼儀あり、友達だからって着替えている方をジロジロ見てたら流石に悪い。

 

 

「にしても大変だよね、一族の掟でも……女の子なのに男の子だって偽って生きるんだからさ」

 

「僕だって綺麗な服で着飾って街を歩きたいが、昔から決まった事だからな。言っておくが絶対に覗くな! 何かあってこっちに来ざるを得ない時は先に言え! ……上手く巻けない。胸なんて大きくならなければ良いのに」

 

「あー、はいはい。誰かが近寄ったら先にポチ達が気が付くだろうから安心しなよ。……最後のはリアスの前では絶対に言わないで」

 

 直ぐ側で女の子が服を脱ぎ、胸をサラシで潰そうと四苦八苦していると思うとドキドキしそうだけど、アンリだと思うと自然と落ち着いて来るのは友達だからだろうか?

 

 

 

「タマ、手伝ってくれ!」

 

「ピー!?」

 

 いや、幾ら慌てていてもペンギン……いや、ドラゴンのタマに何をどうやって手伝わせる気なんだろう。

 アンリ、相当焦ってるな、これは……。

 

 



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恥を知る

「半信半疑だったな。まあ、僕だって”攻撃される理由に覚えはないけれど、国に一人居るか居ないかレベルの使い手に襲われました”って他国の人間に言われて直ぐには信じないか」

 

 あの後、何とかサラシを巻いて胸を潰した頃合いに騒ぎを聞きつけて王国騎士がやって来たけれど、僕達が(爆弾関連は省いて)した状況説明は完全には信じられなかった。

 

 ”何かあったのは確実だが、自分達の武勇伝の為に盛っているのでは?”、そんな疑いの眼差しだったし、アンリが言うみたいに僕だって騎士の立場なら信用はしない。

 だって他国の貴族で、更に言うなら特に高名な武勇伝を持っている訳でもない学生だ。

 

 長時間の拘束もされず、簡単な聞き取りだけで済んだのは過小評価の結果か、はたまた何か王国に問題があって、それに他国の貴族が巻き込まれたとなった場合が怖かったのか、有力なのは王妃の甥っ子が関わってるから変に睨まれるのが嫌だったって所じゃないのかな?

 

 ……あの人、お祖父様と同じで身内贔屓とか合理的じゃないって嫌うタイプの人なのにさ。

 怖いのは認める、凄く気持ちが分かる。

 

「……多分別口でお呼び出しが掛かるんだろうなぁ。ごめん、アンリ。その時は爆弾の事を隠し通せないかも」

 

「まあ、公式の聴取じゃないのなら王国だって騒ぎはしないだろうし、国同士が敵対したなら強制的にでも聞き出される情報だろうから構わないさ。あくまでも再現不可能な上に僕の趣味の産物だ。軍事機密でもあるまいしな」

 

 アンリは叔母上様の怖さを知らないが、僕の様子に何かを悟ったのか肩を竦めるだけで許してくれる。

 流石は木で隠しているだけで直ぐ側に居るのに着替えられる位の信頼を築けている友人なだけあるし、僕はそれが凄く嬉しい。

 

「悪いね。今度何か奢るよ」

 

「じゃあ王国随一の高級レストランのフルコースを頼む。学生の身分じゃ気軽に利用出来ない値段だからな。まあ、君は結構稼げているのだろう? なら遠慮はしないさ」

 

「稼げている、かぁ……」

 

 うん、確かに書類上は任されているけれど実際の運営はパンドラに任せている街だって有るし、僕名義の財産だってそれなりに有る……けどさ。

 

「……む? 君、もしかして財布の紐でも握られているのか?」

 

「一部だけね。まあ、その内ご馳走するよ。まあ、それはそうとして……先ずは勝利を称え合おう」

 

 エンシャントドラゴンゴーレムの撃破後、アンリが胸に巻いているサラシが解けたからやっていないが、僕達はレースが終わったり、途中で襲って来た相手を撃破した時はやる儀式みたいなのがある。

 始まりは僕が前世で映画か漫画かで見たシーンの再現、向き合って擦れ違う寸前に顔の辺りでのタッチ。

 僕は冗談で提案したんだけれど、アンリの方が気に入ったから毎回しているんだ。

 

「じゃあ、久々のレースと……」

 

「強敵の撃破を祝して……」

 

「「お疲れ様っ!」」

 

 互いの手の平を叩き付ける乾いた音が響き、思わず笑みがこぼれる。

 男の友情ってこんな物だと思うよ、アンリは女の子だけどさ。

 

「さてと……もうすっかり遅くなっちゃったし、帰ったら怒られそうだ。アンリ、寮の門限は大丈夫、な訳無いか……」

 

「夕飯抜きだな。一応使用人は連れて来ているが、ルールを破っての罰則な以上は作って貰えないだろう。想定外の事態の結果だが、自分の意志で出掛けた先でのトラブルなら特別に免除はしないのがウチの家訓だ」

 

「互いに厳しいね。僕も帰ったらメイド長に怒られそうだ」

 

 彼女、昔はレナスとは別に僕達を叱る役目だったし未だに苦手なんだよね。

 ……所であの頃から既にメイド長だったし、見た目は若いけれど何歳だっけ?

 

 

「互いに下が怖いと大変だな」

 

「下が何も言えないなら、それはそれで問題だけど、ちょっと勘弁して欲しいとも思うよ」

 

 メイド長への疑問は不思議な位に気にならなく、僕達は少しでも怒られるのを防ごうと慌てて帰路を急ぐ。

 アンリは寮だから途中でお別れして屋敷に戻れば門前でパンドラとメイド長が待ち構えていた。

 

「既に連絡は来ています。なので遅くなった事は何も言いません……が」

 

「先日の騒動の後に人目の無い所へ向かって騒動に巻き込まれた軽率さは後ほど咎めさせて戴きますね」

 

「……うん

 

 

 返す言葉もないとはこの事だろう。

 確かに事前にレースする事は伝えたけれど、向かった先が悪かったとしか言えないもんなぁ……。

 

「まあ、それは後にするとして、重要なお客様が来ています。直ぐに客間にお向かい下さい」

 

 客人が誰かなんて聞くまでもない。

 だって屋敷の内側から漏れ出す光が少し離れた場所からでも見えていたからね。

 

「キュイ?」

 

「あー、うん。ポチの件だろうね。先払いで言葉が通じるようにして貰ったけど、別の相手に問題を解決されたからさ。……でも、それなら呼び出すよね?」

 

 ポチとは門前で分かれ、僕は急いで客間に向かう。

 別れる直前に交わした会話の通りにあの方が来た理由は思い浮かぶけれど確信に至るには弱いし、何か不安になって来たぞ……。

 

 屋敷の中は客間の扉から漏れる光に照らされていて日光に照らされた屋外みたいに明るい。

 少しは光を抑えてくれたら……そんな気遣いが出来るタイプじゃないか。

 

 本人に聞かれたら少々不味い事を考えながら客間までたどり着き、ノックをしてから扉を開ける。

 眩しさに目を細める中、優雅な仕草でワイングラスを傾ける高貴そうな女性が足を組んで此方を正面から見ていた。

 

 

「久し振りであるな、ロノス。息災であったか?」

 

「お久しぶりです……女王陛下」

 

 亜麻色の髪を伸ばした美高貴さとそれに見合った傲慢さと気高さを併せ持つ美女。

 緑を基調としたドレスと銀のネックレスと金の王冠で着飾った彼女の背には虹色に輝く透明な蝶の羽があった。

 

「先日は娘の所に行って貰い助かった。あれは気丈で他人に頼るのを嫌う。まあ、気楽に接しろ」

 

 彼女はレキアの母であり、妖精を統べる者。

 

 

 妖精女王”ニーア”は僕を見定める瞳を向けながら微笑んでいた。

 

 

 

「は、恥ずかしい!」

 

 リアスから借りた本を閉じ、鏡に目を向ければ耳まで真っ赤だった。

 私が読んでいたのは”普通の”恋愛小説で、本棚に在る古びたのは母から受け継いだ”普通じゃない”恋愛小説。

 

 例えば貴族令嬢と庭師の少年が禁断の恋に落ち、偶然が重なって二人っきりになっったら主従が逆転、メイド服の令嬢が体を使ってのご奉仕をする……まあ、官能小説だ。

 

 恋愛について語る友達も居なかったし、そういった事を教えてくれる教師を雇うお金が無いくらいに私の家は貧乏だった。

 

 仮にも貴族の家の跡継ぎ娘が使用人の一人も連れて来れないのは言わずもがな、隙間風や雨漏りの修繕にも困っていた位だ。

 

 だから私は本で恋を学んだけれど、驚く事ばかりだった。

 

 先ず、少し良い感じになった程度で会ったばかりの男女はキスをしないし、当然だけれど肉体関係だって結ばない。

 

 私達位の年頃は恋愛に興味を持つけれど、キスなんて中々其処まで進展せず、手だって気軽に繋がない上に体を密着なんてはしたない……。

 

「私、もしかして恥ずかしい事ばかりを……」

 

 普通の恋愛を知った今、思い返すだけで顔が熱くなるし、体で取り入っていると噂されても当然な気がして来た。

 

 じゃあ、明日から普通に接する? 今更変えると逆に意識してしまいそうで……。

 

 それに既に告白までしたし……。

 

「は、恥ずかしいけれど今のままで……」

 

 

 だって恋が叶うなら私の立場は家柄からして側室か妾、それは構わないが、どうせなら一番になりたいという欲が出て来た。

 

「べ、勉強の為……」

 

 母が遺した本の一冊を手に取って開けば目に入って来たのは挿し絵のページで、丁度初夜を迎えた場面で、色々と行為の方法について詳しく描かれていた……。

 

 

 

 




パンドラさんとのこの違い!


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怖い女の人達

漫画、線画が届きました


 妖精が一体どんな種族かと問われれば、僕が最初に挙げるのは人とは隔絶した魔法の使い手、続いては基本的に他の種族と積極的に関わらない少し排他的な生活だろうね。

 

 女王を頂点とした妖精の領域で生活し、女王の子供である王女達(尚、女王は女の子しか生まない)は成長後、次の生活拠点候補を管理する。

 複数の領域の中から選ばれるのは次の女王に選ばれた王女が管理する領域で、ラキアみたいに才能があると管理が難しい場所を任される辺り、生まれ持った才能に胡座をかいて居ちゃ駄目だって事だ。

 

「さて、貴様も知っての通り、我が治める妖精の国と聖王国は良好な関係を結んでいる。それこそ貴様達からすれば貴重な品を唯一取引してやっている程にな」

 

 ああ、忘れて居たよ、最も重要な”義理堅い種族”だって事をさ。

 ゲームではお馴染みの体力を回復させるアイテムだけれど、この世界にも”ポーション”ってのが存在する。

 只、作れるのは妖精だけで、その妖精も数百年前に陥った危機から救ってくれた聖女の興した聖王国のみと取引をしてくれている。

 

 ……因みにその危機に王国が関わってるせいで”王国に売る際は他国の相場の倍の値段”って契約が数百年間続いているから”恨みを忘れない”って所も特徴だよねぇ。怖っ!

 

「……何ぞ言いたい事でも有るか?」

 

「いえ、何でもありません、女王様」

 

 ヤバい、余計な事を考えたのを読まれた……。

 

 微笑んでいる女王様だけれど目が笑っていないって言うか、ラキアが花をモンスターに変えて操ったり妖精の領域と外界を隔絶してたりとか、妖精の魔法って人間が使う基本四属性の魔法とは全く違う物も有って得体が知れないんだけれど、”時”なんて物を使う僕が言ってもブーメランでしかないんだよね。

 

 つまりは怒らせれば何をされるか完全に予想出来ないし、僕のみに何かあるだけじゃなくって、リアスや祖国に何かあると怖いし、怒らせる案件に思い当たる事が。……今回の訪問はその件かも。

 

「えっと、以前お受けした”ラキアが困っていたら助ける”って依頼に関しての事で来られましたか?」

 

 共和国の一部の戦士が長い間の訓練によって相方にしたモンスターの言葉が分かる様に、僕がポチと言葉が通じるのは女王様が報酬の先払いとして使った魔法の力のお陰だけれど、何の目的が有ってか彼女の管理する領域の異変は他の奴が解決していた。

 

 しかも話からしてシアバーンで間違い無くて、其奴はかつて人間を滅ぼそうとした光の神の悪心と一緒に封印された筈の存在で……契約不履行だって怒られても仕方無いし、娘に危機が迫ったかもという心配を晴らす八つ当たりをされても仕方が無い……。

 

「阿呆が。我をその程度の器量が狭い小物だと思うたか。寧ろその事に関して怒りをぶつけるぞ、ロノス」

 

「も、申し訳有りません。……所で絶対心を読んでますよね?」

 

「ふふふ、さてな。当てずっぽうかも知れんぞ? まあ、安心せよ。依頼の内容は”困り事の手助け”であって”領域の異変の解決”ではない。故に報酬を奪いはせぬが……ちゃんと仕事はして貰おう。友の孫であっても仕事は仕事だ」

 

「……あっ、これって面倒事を押しつけられる奴だ」

 

「おい、”どうせ心を読まれるから包み隠さず口にしよう”等と開き直るな、その図太さは好ましいがな。まあ、それ程の面倒な事は言わぬさ」

 

 女王様は呆れつつも感心した様子で窓の外を指し示す。

 窓の外にはポチの小屋があって、その近くには塀……じゃなくて冬の森が広がっていた。

 

 ……はい?

 

「面倒なのと関わったらしいからな。この屋敷とラキアの管理する領域を繋げておいた。まあ、事後承諾だが容赦せよ。まさか容赦せぬとは間違っても口にせぬよな?」

 

「……まさか」

 

 ポチは急に現れた森に驚いて居るけれど、森の中から庭に雪が吹き込んでいないから冷気は遮断されているみたいだから問題は無いし、問題があっても口に出来る筈も無い。

 

 

「ふふふふふ。まあ、あれだ。近々ラキアにも体の大きさを自由に変える魔法を教えてやるし、その時は街を案内してやってくれ。奴も喜ぶだろうて」

 

「いや、ラキアって基本的に僕を嫌っているから……」

 

 思い起こすのは会う度に向けられる言葉の数々で、僕としては友達として仲良くしたいんだけれど、全然仲の進展が無いんだよねぇ。

 

 そんな僕の考えを読んだのか女王様は盛大に溜め息を吐いてる。

 あれかな? 娘が曲がりなりにも交流がある国の顔見知り相手にあの態度だからね姫君がさ。

 

 

「……何だ、あの意地っ張りは相も変わらずか。馬鹿馬鹿しいが親心として教えてやる。あの馬鹿娘は無駄に気高さを演出してるだけで貴様を嫌ってはおらぬ。妖精が人の子より優れているのは事実だが、親しき仲にはなれるだろうに。……実際、彼奴を貴様に嫁がせても良いと思っているぞ?」

 

「またそんな冗談を。あの子が素直になれないのはそんな冗談が恥ずかしいからでは?」

 

「……詰まらぬ奴だ。此処は”是非娘さんを嫁に下さい”とか言っておけ。そうすれば我は”ウチの娘に結婚はまだ早い!”と返答するものを……」

 

 腰に手を当てて呆れ果てる女王様だけれど、これって僕が悪いの!?

 しかも自分から言い出しておいて結婚に反対する気だったし、妖精の特徴で一番重要なのは”気紛れで悪戯好き”だったよ!

 

 

 この女王様、見た目は若いけれど実は結構な年れ……睨まれた。

 

「貴様、本当に奴を嫁がせた時は覚えていろよ?」

 

 ……その冗談、何時まで引っ張る気なんだろう。

 冗談……だよね?

 いや、妖精と聖王国の関係を考えればクヴァイル家の家柄的にも妙な話じゃないんだけれど……。

 

 

 思い起こせば婚約が決まってたり、決まりそうな相手って本当に個性的だったり我が強い子ばかりだよねぇ。

 会ったその日に押し倒しに来た子とか、天才のパンドラとか……うん。

 

 

「絶対に将来尻に敷かれるな、貴様は。さて、我はそれなりに忙しい身だ。娘の驚いた顔を見たいが……帰るとしよう。……アレは意地っ張りだが根は悪い奴ではない。母として言うが、宜しく頼む」

 

「まあ、それは分かっていますよ。ラキアが良い子だって事はね」

 

「なら良い。……ああ、それと気になっていたのだが、あのメイド長だが、どうも普通の人間とは……いや、止そう。藪蛇はごめんだ。まあ、貴様の敵にはならんだろうさ」

 

 何か凄く気になる事を口にしたけれど、それを途中で区切って女王様は姿を消す。

 それを見計らった様にドアがノックされて飲み物と軽食を乗せたカートを押すメイド長が入ってきた。

 

「おや、お帰りですか。……では、これは次のお客様にお出ししましょう」

 

 相変わらずの真面目そうな顔のメイド長が視線を向けた窓が外から叩かれ、困った様子のラキアの姿。

 

「おい! 領域の接続先が急に変わったのだがどうなっているのだ!?」

 

 ……あれぇ?

 女王様がした事なのに何も知らない?

 

「あの様子では母君から何も聞かされていなかったらしいですね。私も放任主義でしたが、それで大いに失敗しまして……失敬。個人的な事ですのでお忘れ下さい」

 

 有無を言わさない圧力を感じ、僕はそれ以上の追求をしない事にした。

 本当に何者何だろう、メイド長って……。

 

 

「若様、女には秘密がつき物ですよ? それは詮索する物ではありません。前回の時も……さて、お客様をお迎え致しましょう」

 

 前回? 僕、メイド長からそんな事を言われた記憶が無いんだけどなぁ。

 

「さて、ラキア様には蜂蜜たっぷりのアイスクリームでしたね。紅茶はアイスのレモンティーで……」

 

 本当に謎だらけだよね、メイド長ってさ。

 確かお祖父様が若い頃から……あれぇ?

 

 

「若様、お教えしたばかりですよね?」

 

 ……怖っ!



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強くなる意志

 アース王国において妖精は”触らぬ神に祟り無し”な認識だ。

 妖精の領域は基本的に近付いた時に起きる被害は自己責任、それでも良いなら勝手に寄って、友好を結べたなら何か分け前が欲しい、まあ、そんな感じでやって来て、叔母上様が嫁いでからは少しはマシになったんだけれど、妖精の王国嫌いは当分直りそうにない。

 

「……妖精の姫さんが来てるとか、暫くお前の屋敷には行かねえ方が良いな」

 

 まあ、そんな訳で妖精は王国の民に対して悪戯を仕掛けるし、その被害に遭った事のあるらしいフリートだって当然妖精が苦手だ。

 お昼休み、偶には男同士女同士に分かれてのご飯になったんだけれど、僕の屋敷に事後承諾でレキアが住む事になったのを知った途端に露骨に嫌な顔をしていた。

 

「安心しなよ、フリート。ラキアは王国だけじゃなくって僕にも悪戯を頻繁に仕掛けるからさ」

 

「それの何処に安心様子が有るんだよ、テメェ。俺様にも分かりやすい説明しろや」

 

「……あー、無いか」

 

「にしても妖精の女王ってのはとんでもないな、おい。どうしてテメェの周囲の女はそんなのばっかりなんだ?」

 

「さあ? まあ、将来尻に敷かれるのは決定かな? 僕、お尻よりは胸の方が好きなのに。でも、尻だって嫌いじゃないし、感触を楽しむよ」

 

「そりゃ結構。てか、乳より尻だろ、尻! チェルシーなんざ結構良い形をしててよ。この前もデートの時に触っちまった。……その後で強烈なローキック喰らったがな」

 

 こうやって猥談を自然に出来るのが男だけの利点だと思う。

 だって女の子が居る時にはちょっと出来ないけれど、猥談って楽しいし。

 

 でも、フリートは胸より尻か……。

 

「矢っ張り友人であっても人は分かり合うのが難しいね……」

 

「唐突だな、テメェ!? ……てか、入学して数日で結構な出来事の連発だよな、テメェ達兄妹はよ。この世界が物語だったら主役だろ、血統を考えてもよ」

 

「主人公ねぇ。確かに誰もが自分の人生の主役だけれど、物語の主人公って感じはしないよ。英雄である聖女の子孫で、王様の従兄弟にして宰相の孫で、特異な属性を兄妹揃って使えるだけだからね。後は学園に入学してから数日で色々と事件に巻き込まれてる位だしさ」

 

「いや、十分だろ。寧ろ盛り過ぎの部類じゃねえか」

 

「精々僕なんて神様クラスの敵を倒した後で立ち塞がる最強にして最後の敵を兄妹で務める位じゃないの?」

 

「いや、お前よりも強いのがお前の身内に居るだろ。馬鹿やったら止めて来そうなのが。……てか、俺様は何を馬鹿馬鹿しい話をしてるんだ? この場合、俺様が脇役じゃねぇかよ」

 

「いやいや、君なら主人公の仲間その2位にはなれるんじゃないかい?」

 

 おや、どうやら気に入らなかったんだね。

 フリートはそっぽを向いて黙りこくってるし、自分から言い出した事なのにさ。

 

「……まあ、確かに僕より強いのが身内だけでも結構居るけどさ……僕達兄妹が組めば近い内……それこそ一年以内に勝てる様になる自信はあるよ」

 

 ゲームで実際にラスボスだったって事は関係無く、その自信がある。

 その強い人に鍛えて貰ったからこそ今の被我の実力差が分かって、そして自分達が成長して近付いているのを把握出来ている。

 

「確かにレナス達は強いけれど、アレは完成された強さだ。対して僕達は成長中、追い越せるし、追い越さなくちゃ駄目だ。待っているであろう過酷な運命に打ち勝つ為にもさ」

 

 シアバーン達神獣将が復活したなら、さっき僕が冗談めかして口にした神クラス……光神の悪心も復活する前提で動くべきだ。

 封印が解かれないのが一番だけれど、準備してないのは問題外だからね。

 

「あの人達は強いけれど、それを負かした事は絶対の自信になる。過信になれば脅威になるけれど、恐ろしい相手を前にして心が折れない事は重要だ」

 

「……そーかい。まあ、頑張りな。俺様もダチとして動ける範囲で力を貸してやるからよ。……ああっ、さっきの自分が悪役になって最後は倒されるみたいなのは二度と言うなよ。ムカつくから」

 

「……うん、ごめんね」

 

 成る程、怒っていたのは其処か。

 確かに敵って最後は打ち倒されるのが宿命だからね。

 

 

 ……宿命か、ちょっと気になる事が有るんだよね。

 

 僕達はゲーム通りに行動しない事を前提に動いていたけれど、実際に変えてみると他の誰かがゲームのシナリオを補う様に動いたし、僕達が攻略キャラの代わりにアリアさんと親交を深めている。

 

 ”歴史の修正力”ってのは漫画とかでは結構使われる展開だったけれど、それが動いているのかも知れない。

 ゲームのシナリオでは貴重で強力な力故に目を付けられた僕達だけど、それを知ってるからその通りに動かなければ大丈夫……とは限らないか。

 

「……問題は舞踏会だよね」

 

 最近まで口車に乗らなければ大丈夫だと過信していたけれど、僕だったら騙くらかしが効かない相手には別の手段を選ぶし、そもそもの話からしてリアスはゲームとは違って簡単に騙される馬鹿……じゃないと思うし、なら普通に別の手か他の人を選ぶだろう。

 

「……アイザック、何をしてるんだろうね?」

 

 昨日から学園に来ていない彼は、公では急な呼び出しで帝国に帰ったってされているけれど、パンドラの調べじゃ途中で行方不明になり、乗っていた馬車の同行者達も消えたらしい。

 

 ……もしかして彼が僕達の代わりに?

 

 

 

 

 

 

「ったく、あのボケが。冗談でも自分が俺に討たれる存在みたいな事言ってんじゃねーよ」

 

 放課後、チェルシーと一緒に街に繰り出した俺様だが気は収まらない。

 時期が迫った舞踏会のパートナーが決まっていない連中が必死にフリーな奴を探すが、俺様には婚約者のチェルシーが居るから探す必要は無いし、こうやって暇潰しにも付き合わせていた。

 

「いや、世の中には主人公が負けて終わるお話も有るわよ? それでも不用意な話だと思うけれど、ロノス様にしては変ね。妹とペットの話題以外ではそんな失敗は……まあ、少ないわよね」

 

 俺の婚約者であるチェルシーはロノスとは……正確にはその妹のリアスとは長い付き合いで、だから俺の話を聞いて妙だと思ったらしい。

 ……幾ら俺が唯一同等以上と認めたダチについてとはいえ、惚れている女が他の男を理解してるみてぇなのは嫉妬しちまう。

 

「……」

 

 何も言わず、強引に肩に手を回して引き寄せる。

 最初は驚いた様子だったがチェルシーは抵抗せず、俺様に頭を預けてきた。

 

「……毎回毎回黙って引き寄せるの止めてよね。偶には口説きながら出来ないの?」

 

「おう! 愛してるぜ、チェルシー。最高の美女が隣を歩いてるもんだからついやっちまった」

 

「……恥ずかしいから矢っ張り止しなさい」

 

 ……止せって割には随分と上機嫌に見えるけどな。

 これ、もしかして勢いに乗れば行けるんじゃねーか?

 このままの雰囲気で適当な所で休憩を言い出して……あ痛っ!?

 

「抓るなよ、急に!」

 

「イヤらしい顔をしてるからよ。結婚したら好きなだけさせてあげるから……今はこれで我慢なさい」

 

急に脇腹を抓られた事に文句を言えば、ジト目で襟を掴まれて引き寄せられて、俺様とチェルシーはキスをしていた。

 

「……はい、終わり」

 

 唇が重なっていたのは僅か五秒ほどで、その後で耳まで真っ赤にして照れてるチェルシーはそっぽを向いて可愛い顔を見せちゃくれない。

 

 ああ、にしても俺の婚約者はマジで最高に良い女だよ……。

 

 

 

「ああ、そうだ。ロノスの所に妖精の姫さんが来てるそうだが、一体どんな奴なんだ?」

 

 ちょっと気になってた事だが、会いに行くのは抵抗が有る。

 何せ公式の記録では誤解とか行き違いからの争いってなってるが、妖精と王国が揉めた理由はどう考えても王国が悪い。

 

 

 何せ当時の我が儘姫の頼みを聞いた王が妖精をペットにすべく派兵したってくっだらねぇ理由だ、そりゃ嫌われるっての。



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素直になれない、面倒臭い

「ふむ。流石はクヴァイル家、仕事が速い上に上々な出来映えだ。……妾も母は予想が付かん方とは思っていたが、まさか家のドアを開くと庭に出るとはな」

 

 ロノス達の登校後、昨夕に急遽屋敷の庭と管理地を繋げられたレキアは満足そうに用意された部屋を眺める。

 本来なら管理する領域に家があるのだが、入り口のドアを開くと外に繋がって居たというのが慌てて窓を叩いていた理由だ。

 

 驚き慌てふためいて当然である。

 

 急に管理する領域の接続先を無断で変えられ、お気に入りの家具を揃えた家に入ろうとすると知人の屋敷の庭に繋がっていた、実に意味不明な事になって業腹だろうが、何せ相手は母にして王、直々に文句を言うには相手が悪い。

 

「若様も随分と心配していまして、私財から幾らか資金を出して頂きました。”長い付き合いだから”と言って」

 

 そんな彼女が満足そうに頷く訳は用意された部屋にある。

 人形の家と言い表すには精巧に作られた小さい家は、それでも大きめの客室の半分以上を占めるサイズであり、中の調度品も妖精の職人が作った物。

 用意を指示したのが昨夕で、用意が終わったのがお昼前、実に早い仕事にラキアは何時もの高飛車な態度での文句を一切口にせず、パンドラから告げられたロノスの行動に嬉しそうにしていた。

 

「……ふふふ、そうか。ロノスの奴が妾の為にな。これは礼をせねばならぬだろう。さて、何が良いものか……」

 

 妖精サイズのソファーに座り、腕組みをして考えて始めるラキア。

 普段ロノスに対しての言動からして別人であり、双子の姉妹で別人だとでも言われればロノスが信じてしまいそうな変わり様だ。

 

「……そうやって素直に接すれば仲が進展するのでは? 確か”ギャップ萌え”とか呼ばれる奴で」

 

「言うてくれるな。妾とて素直に接したいと思ってはいる。初対面の時、奴は妖精の姫である妾に臆する事も媚びへつらう事もせず、”友達になろう”、そう言ったのだ。まあ、当時の妾はかしずかれて当然で、”人の子は妖精を恐れ敬うべき格下”、そんな考えがあったから反発してな、珍しい力だから従えようと躍起になるが、どんな態度でも奴は対応を変えず……何時しかそれが嬉しくなった」

 

 高貴な態度を崩さなかったラキアだがロノスとの思い出を語る時は年頃の少女の顔となっている。

 それに対してパンドラはと言うと……。

 

「はあ。ですが今更素直になれず、高圧的な態度を改められないという面倒な状態なのですね?」

 

 ”この人、面倒”と思っているのが一目で分かる表情だ。

 

「……それも言うてくれるな。と言うか、貴様は妾に媚びても良いのではないか?」

 

 懐かしそうに語った直後に受けた指摘が図星だったのはラキアの顔を見れば明らかで、パンドラの言葉に気まずそうにしている彼女だが、其処は気位の高い王族、負けてたまるかと不機嫌さを向ける。

 

 勿論これは演技であり、ロノスの側室となるパンドラを牽制する気……なのだが。

 

「いえ、私の役目は正室と側室全員の取り纏め役も含まれますので」

 

「下に就けども従わず……という奴か。いい性格をしているな、貴様」

 

「お褒めいただき光栄です、ラキア様。……所でその口振りからすると若様との婚姻に異議は唱えないと受け取れますが、若様に報告しても? ああ、これも”言ってくれるな”、でしょうか?」

 

「……本当にいい性格をしているな、貴様」

 

 此奴には勝てる気がしないと、逆に力の差を思い知らされるラキア。

 パンドラは丁寧な態度でお辞儀で返し、腹の中を一切読ませなかった。

 

 

「……まあ、否定はせぬ。だが、正直言って妾の恋心は幼い。婚姻に至るかどうか微妙な位にな」

 

「自覚はあったのですね」

 

「だが、母上は奴と妾の婚姻を望んでいる。母娘と言えども相手は女王。意向に添うべく動くのは当然であろう?」

 

 笑みを浮かべるラキアにパンドラは返答を無言の礼を持って返す。

 

 

 

 

 

「まあ、奴がどうしても婚約して下さいと頼み込んでからの話だ。それまでは貴様も話すなよ?」

 

「……だったらもう少し素直になったらどうですか?」

 

「……言ってくれるな」

 

 ”これは時間が掛かりそうですね”、そう思ったが飲み込んだパンドラであった。

 当然顔には出していたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・にしても少し浮かれ過ぎじゃないの? たかが舞踏会じゃないの」

 

 お昼休み、今日は女子会って事でお兄ちゃんと別々にご飯を食べている私達だけれど、本日何回目かの歓喜の雄叫びが聞こえて来るのに辟易しちゃう。

 パートナーが見付かったからってそんなに嬉しいのかしら?

 

「リアス様は祖国で何度も参加していますからね。・・・・・・見ていて笑いを堪えるのを通り越して不気味よ、アリア。この方が淑女って感じで踊りの誘いに付き合うんだもの」

 

「幾ら私が疎い話題でも、そんな見え見えの嘘には騙されませんよ?」

 

「あんた達ねぇ・・・・・・」

 

 好き勝手言ってくれるじゃないのよ、二人揃って。

 

「言っておくけれど本当に大変なんだから。陛下主催のパーティとかでご飯だけ食べてるとか無理だし、普段のガサツな態度だって駄目だから如何にも”聖女でございます”って態度を取らなくちゃ駄目だし」

 

 仁義とか義理とか大切な物の為に無理してたけれど、思い出すだけで疲れがドッと押し寄せる。

 ……あ~、午後の授業がダッルイ。

 

「午後は何だっけ? 武器使った模擬戦?」

 

「そんな訳が無いですよ。確か舞踏会に向けてダンスの練習です。パートナーと踊り慣れていないと本番で転んで足を挫く可能性だって有りますし、リアス様も……えっと、共和国の彼と一緒に踊るのに慣れておいて下さいね。私はフリートとは既に慣れているので大丈夫ですが」

 

「はいはい、ダンスは苦手じゃないから大丈夫よ。アリアも頑張りなさいよ? お兄様、ダンスは下手じゃないけれど得意でもないし……あれ?」

 

 アリアの目が泳いでいる?

 あれ? 一体どうして……あっ。

 

「アリア、もしかして(ダンスは)未経験?」

 

「はい、ルメス家は貧乏で舞踏会を主催する余裕は有りませんし、他の家からの招待にしても私はほら……」

 

 言いにくそうな様子で触れた自分の髪の色は黒、この世界では忌み嫌われる”闇属性”の証で、ついでに言えば私とお兄ちゃんが任された街の発展の影響でルメス家って財政が逼迫したのよね。

 

 これで赤の他人だったら別の国だし正しく”他人事”だったのよね。

 ほら、前世のテレビとかで危機的な貧困に陥ってる国で子供が過酷な労働をされているって知っても大変だとか同情しても、長年コツコツ貯め込んだお金を放出する人なんて稀でしょ?

 

 だから家の力でアリアの実家を支援したりはしないけれど、思う所は有るのよね……友達だしさ。

 

「そっか、アリアは初めての相手をお兄様に選んだのね。お兄様も上手な方じゃないから大変だろうけれど頑張って」

 

「リ、リアスさん、その言い方は……ちょっと」

 

「え? 何で真っ赤になってるの? 私、何か変な事言ったかしら?」

 

「いや、その、あのぉ……」

 

 私は全然変な事を口にしていないのにアリアったら凄く恥ずかしそうにしてるし変なの。

 

「ねぇ、チェルシー。私、変な事言った?」

 

 こんな時、こんな時こそ友達であるチェルシーの出番よね。

 この”私が変な事を言っちゃった”みたいな空気をどうにかしてくれる筈!

 

「リアス様はもう少し言葉遣いを学びましょうね」

 

 ……あれぇ?

 

 私の味方、一人も居ない?

 

「それでどうしましょう? 私、舞踏会で失敗してロノスさんに大恥を掻かせちゃうのは……噂になっている”望みの国”が本当に有ったらなぁ」

 

「……うん? 望みの国?」

 

 ゲームではそんなの出なかった……筈よね?

 アリアの意味深な呟きに何故か私は不安を覚えたわ。

 

 朧気だけれど起きるはずの大事件を把握していた筈のこの世界で起きようとしている大きな出来事、それに私達が巻き込まれる事になるだなんて、この時は予想もしていなかった……。

 

 

 

 

 

 

「……主は未だご帰宅せぬのでしょうか」

 

 一方その頃、くノ一がお兄ちゃんの部屋で跪いたまま戻るのを待っていた。

 

「体の隅々まで主直々に手入れ……」



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忍者はポンコツか

 ”望みの国”、それは此処数日の間に不自然な程に広まった噂で、何でもその場所に行けばどの様な願いでも叶い、行った人間は二度と帰る気が起きないという……実に胡散臭い話だ。

 

「アホ臭っ。それって姿を見たら絶対即死系の怪談話のお化けの姿が伝わってる位に不自然じゃないの。二度と戻って来ないなら、一体誰が内情を伝えたのよ」

 

「ええ、実に馬鹿らしい噂であり、冗談半分で噂されているとか。何らかの不満を抱えた結果でしょうね」

 

 馬鹿馬鹿しい有り得ない噂話は前世でもネットで溢れかえって居たけれど、娯楽の少ないこっちの世界じゃそんな話が娯楽として広まるのね。

 

 ……もしくは不満の現れかしら?

 叔母上様がこの王国に嫁いで数年、既に中央は掌握したけれど、端の方では未だに先代王妃の下で甘い汁を吸っていた連中が残っているし、首をすげ替えるにも準備が必要……ってお兄ちゃんが言っていたわね、私にはよく分からない難しい言葉で。

 

 残り二年は掛かるって言ってたのは理解してるわ!

 

「でも、どんな望みも叶うかぁ……」

 

 信じていないけれど興味が湧かない事も無い。

 お化けは信じていないけれどオカルト系の話は好きな人位の好奇心か、当選するとは思っていないけれど宝くじを買って一等が当選した時を思い浮かべる時、そんな程度の気持ちで呟く。

 

「……姫様。未だ成長しないと断言するには早いかと」

 

「いや、私がどんな望みを叶えたい気だと思っているのかしら?」

 

「どんなって……失失礼致しました」

 

 私が思い浮かべたのはお兄ちゃんと違って今の人生じゃ出会っていないお姉ちゃんの事。

 私達みたいに転生しているのなら手掛かりだけでも欲しいって思っただけなのに、レナったら何を勘違いして励ましたのかしら?

 視線が私の胸に向かっている? いやいや、そんな理由がないから違うでしょう。

 

 でも一応不満そうな声を向ければ澄まし顔でお辞儀して、胸の余分な脂肪がタユンタユンと揺れていた。

 

「……けっ!」

 

 く、悔しくなんてないわよ!

 

「姫様、流石に今の言葉遣いはどうかと。若様はパンドラさんに政務の授業を受けていますし、お茶の時間が終わったならばマナーの授業と致しましょう。どんな時も猫を被るのを忘れずに」

 

「……終わったらね」

 

 今日のお茶請けは前々からリクエストしていたミートパイ、私の大好物で、チマチマと食べているけれど半分近く減っている。

 これが終わったらお勉強……時計を見れば夕食まで少し時間があって、講師は多分メイド長。

 

 こうなったら……。

 

「先に言っておきますが、始まるのが遅くなった場合、夕食後のお勉強が長引きますので」

 

「……分かっているわよ」

 

 くっ! 流石は乳母姉、私の”パイをのんびり食べて勉強時間を減らそう大作戦”を読むなんて……策士だわっ!

 

 夕食食までの勉強時間が増えるか夕食後の勉強時間が増えるか二つに一つなら、寝る時間が増える前者よね。

 パイを口一杯に頬張って味が口の中全体に広がる快感を味わい、お茶で胃袋に流し込む。

 

 ……あれ? さっきから思っていたけれど、このミートパイってまさかっ!

 

 

「レナ、もしかしてレナスが屋敷に来ているの!?」

 

「おや、ミートパイの味で分かりましたか。ええ、今日のお茶請けは母様特製ですよ」

 

「もー! 来ているなら言ってくれたら良いのにケチね!」

 

 さっきまで勉強が待っている事で下がっていたテンションが急速に上がるのを感じ、私は思わずレナの方に身を乗り出した。

 私とお兄ちゃんの乳母であるレナスだけれど、今の私の母親が直ぐに死んじゃったから母乳を飲ませてくれて、世話係もしてくれた彼女は前世も両親が共働きで殆ど家に居なかった私にとって唯一の母親に近い存在。

 

 今までお兄ちゃんやレナと喧嘩したのは数える程で、その全てがレナス関連な位に私はレナスが大好きよ。

 ……よし! お勉強を頑張って誉めて貰おう。

 実の娘のレナには悪いけれど、今日は久々に髪を洗って貰ったり、色々とお世話して貰いたいなぁ……。

 

 

「あっ! お兄様と一緒に稽古を付けて貰うのも良いわね! 折角ハルバートを新調したんだし、今の私との距離を測るのに丁度良い機会だわ」

 

 私はレナスが大好きで、凄く尊敬しているし憧れてる。

 ……だからこそ越えたい。

 聖王国で……いえ、現在の世界一位タイである戦士相手にどれだけ通用するのか、少しの恐怖に混じって高揚感が手を震わせる。

 

「私、生粋の戦士なのね……」

 

 戦士はバッチ来い、脳筋は微妙、ゴリラと呼ぶなら喧嘩を売っていると見做す。

 さて、やるべき事をやって、レナスに久々に思いっ切り甘えたら先ずは組み手をお願いしようっと。

 お兄ちゃんには悪いけれど、今日は私が先なんだからね!

 

 

 

「……誰か居る。メイドが掃除している……のとは違うわね」

 

 お兄ちゃんの部屋の前を通り、私の部屋の扉を開く前に動きを止める。

 扉の向こうから感じるのは人の様で人でない気配で、動き回っている様子は無い。

 取り敢えず開けて確かめましょうか、出たとこ勝負よ。

 

 視界に入ったのはお気に入りの武具を飾った自室と、私のベッドの上で不貞寝しているくノ一の姿だった。

 毛量の多い髪をポニーテールにして、袖や丈が短く網タイツがセクシーな忍者衣装。

 漫画に出て来るお色気忍者の典型みたいな少女で、何処の誰かは知っている。

 

 だってお兄ちゃんの手札の一つで名前は”夜鶴(よづる)”。

 普段諜報活動をやってる忍者軍団の本体だわ。

 

 性格は忠誠心厚い滅私奉公の鏡……だったわよね?

 

「……えぇ」

 

 いやぁ、どうして私の部屋で寝ているのかな、この子。

 取り敢えず壁に飾った戦鎚を担いでベッドに近付いて行って顔をのぞき込めば拗ねて頬を膨らませているし、覆面をズラして普段隠している顔が見えている。……あら、初めて見るけれど結構美人。

 

「人のベッドで何やってるのよ……夜鶴(よづる)

 

「……リアス様で御座いますか。只今夜鶴は不貞寝中ですので今は話し掛けないで下さい。私にも偶には休みが必要ですので」

 

「……うわぁ」

 

 この子、凄く……凄ぉおおおく面倒臭い!

 

 

「取り敢えず話を聞いてあげるから……って、あらら」

 

 何時の間にか本当に寝入っていた夜鶴は仰向けになってスヤスヤと寝息を立てていて、セクシー仕様の忍者装束に収まった大きな胸が動いていて……気が付けば戦鎚を振り下ろしていた。

 

「ずぉりゃぁあああああああああっ!!」

 

 真下のベッドは壊さない、衝撃は夜鶴の肉体にのみ!

 手に伝わったのは肉を叩いた物とは別物で、まるで空気でも殴ったみたいな手応えの無さ。

 まあ、当然なんだけどね。

 

 私の目の前で夜鶴の肉体は消えて行き、枕元に置かれていた大太刀に吸い込まれていった。

 

「……お見苦しい所をお見せいたしました」

 

「本当にね。……それで何が有ったのよ? お兄様と久々に会えて喜んでいたんじゃないの?」

 

 ……こうして相談に乗る流れになったけど、実際の所私は早く終わって欲しかった。

 廊下の向こうから近付いて来るメイド長の気配を察知し、マナーの授業がもう直ぐ始まるみたいだし、相談が長引いたら……いや、違うっ!

 

「夜鶴、援護しなさい!」

 

 この気配、メイド長だと思ったけれど微妙に違う。それも偶然似ていた訳じゃなく、似せようとした結果の違和感。

 私の言葉に大太刀の鍔が鳴り、その柄を握った少女の姿が瞬時に現れる。

 先程までの不抜けた表情は嘘みたいに変わり、鋭い目つきで口元を覆面で隠し、姿勢を低くして直ぐにでも飛び掛かれる構え。

 

「夜鶴……参る!」

 

 扉が開く瞬間、夜鶴は瞬時に扉の前に移動、高速での抜刀……そして刃が届くよりも前に相手の拳が届いて殴り飛ばされた。

 

 

 ……うわぁ。

 




ツイッターが強制停止の連続でせっかく届いた漫画が載せられない

解決まで待って

解決
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忍者と乳母

 包丁、鋸、鉈、鋏。一口に刃物と言っても用途が色々有る様に、妖刀にも色々存在します。

 例えば私”夜鶴”と、その対になっている”明烏”みたいに……。

 

 刀工……不明

 

 銘だけが伝わり、宿す力も不明なまま主も見つからず長い時を過ごした私達二振りは何時しか妖刀である事も忘れられ、只の名刀として多くの者の手を渡り歩いた。

 

 時に十把一絡げの芋侍に使われ、不不相応な刀を手にして調子に乗った所で討ち死にし、それを拾った凡庸よりは少々ましな位の侍に、次はその主に献上され、その国が滅ぼされた後は商人から好事家に渡り、最後に意識を保っていた時は屋敷の居間に飾られていた。

 

 ……その後? どうやら押し込み強盗に奪われて再び人の手から人の手に渡り、最後は今の主の屋敷の倉に納められていました。

 

 尚、次々に主が変わる理由ですが、簡単に言うと”呪い”です。

 これでも妖刀ですから。

 

 呪いが発動する条件は二つ

 

 1・二振りを別々の者が所持してはならない。

 

 互いに引かれ合い、主が死んで別の者の手元で合流するから。

 

 2・力を引き出す条件を満たさずに鞘から抜き、そのまま所持してはならない

 

 その場合、次の者の手に渡るから。

 

 そしてその条件とは”夜鶴と明烏が妖刀である事を知っている者が、それとは知らずに鞘から抜いたのが一度目の時に意図せずに刃に血を垂らす事”。

 正直言って無茶苦茶で、偶然に偶然が重ならないと達成は不可能。

 

 ですが、今の主はそれを見事に達成し私を目覚めさせた。

 故に妖刀としての力で自らを振るう肉体を顕現させて跪いて忠誠を誓ったのです。

 

「……へ?」

 

 例えそれが年端もいかぬ子供であろうとも理不尽としか言えぬ条件を乗り越えて主となったなら、本来なら刀剣が宿さぬ筈の心を鬼にしても……いや、心など蓋をして、道具として存在する事に喜びを見出すのが在るべき姿。

 私が持つべきは道具としての誇りのみ……だったが。

 

「……何だか怪しい奴だねぇ。チョイとボコって話しを聞き出すか。ロノス、アンタも刃物に不用意に触るからこんな事になるんだ。罰として稽古は暫く延期だよ!」

 

 困惑して立ち尽くす主を庇う様に立ち塞がった本物の鬼の姿を見た瞬間、持ち得ぬ筈の死への恐怖が私を支配する。

 頭部の紅い角に尖った八重歯、凶暴そうな瞳で私に警戒と疑念の色を向け、同時に庇った幼子三人へは厳しくも暖かい母の慈愛が籠もった眼差しを向けていた。

 

 その女性に乱暴に頭をグリグリと撫でられている主の背後の二人の女児、片方は双子らしく主に似ているが、もう片方は女性似で、同様に頭に角がある。

 

 恐らくは後者が実の娘だろうが、それでも双子へも愛情を向けているのは感じる。

 命を奪う為の道具として生まれた私でさえそれが理解出来た。

 

「ほら、レナはロノスの手当をしてやんな。手の平を切っただけだが、それでも妖刀の類だ、油断ならない。刃物を持つ時は細心の注意をって何度も言った筈だけどねぇ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 主の手の平からは僅かながらの出血が見られ、恐らくは私の刃に不用意に触れてしまったのだろう。

 鞘を見れば封印の形跡があり、それが逆に子供の興味を誘ってしまったらしい。

 

「よし、反省してるね。なら稽古の延長と尻叩き十回で勘弁してやるとして、今は目の前の奴から妖刀の力について聞き出すよ」

 

 成る程、私の様な妖刀から人が出現すれば危険視するのが当然で、子を守る親ならば尚更だ。

 私は主の母親だろうと判断した女性に弁明をしようと口を開き、言葉を発する前に殴り飛ばされて壁をぶち抜いた。

 

 いや、幾ら何でも理不尽過ぎないだろうか?

 

 

「……あっ」

 

 あの日から六年程が経過し、私は強くなったと思う。

 正確には主が強くなった結果連動して力が上がり、それと同時に体の動かし方を洗練させたのですが、走馬灯の様に蘇った記憶がそれを確信させてくれる。

 

「へぶっ!?」

 

 だって当時は殴られてから攻撃に気が付いて居たのが、今は咄嗟に腕を間に挟み込み、結局意味無く殴り飛ばされる程度にはなったのだから……分体が。

 

「ひ、酷い……」

 

「必要な犠牲だ」

 

 自らを振るう肉体だけでなく、五感を共有可能な分身を作り出すのも我が力の一つ。

 主の命令を聞いて動く駒として長期間出しっぱなしにしているせいか、想定を越えて微妙に個性が生まれつつある中、今殴られたのは分体の指揮官ポジションの為に何かと主と接する事が多い者で、当然ながらお褒めの言葉を直接受ける。

 

 それは囮に選んだ事には無関係。

 私、心捨てている。故に無関係。

 

 扉が開く寸前、呼び出したのは殴られたのも入れて三体。

 分体三体が間を開けた横並びになり、私は天井に天地逆転の姿勢で飛んで折り返す。

 

 本体権限で正面の一体の動きを止めて隙を作り、左右と上からの強襲こそが本命。

 

 ……お覚悟!

 

「……ふ~ん」

 

 全く気にも止めない言葉と共に左右の分体の腕が掴まれ、真上の私に左右から叩き付けられた。

 

「及第点……時間稼ぎとしてはだけどね。まあ、中々だったよ」

 

 そう、これは全て本命の為の布石であり、私は本体である大太刀を放り投げて距離を取って肉体を消し、私が稼いだ一秒で魔法を発動させたリアス様が拳を振るう。

 

 身体強化魔法”アドヴェント”。絶大な威力を誇る光魔法の中で本人曰く”結局一番強いのがこれ”な切り札。

 剣に炎を纏わせる類の追加ダメージの効果を狙った物ではなく、体に纏った光自体に攻撃判定は皆無。

 

 只単純に肉体を強くする、本来ならば補助程度に使われる単純明快な力……故にリアス様が使えば理不尽な間での力を発揮する。

 

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!!」

 

「へぇ……成長したじゃないのさ」

 

 繰り出されるのは拳打の嵐、猛乱打。

 一撃一撃が巨大な鉄の門さえこじ開ける程の威力を秘め、それが腕が何本もに増えて見える速度で放たれる。

 拳が突き出される度に嵐の如き風の音が鳴り、それに反して拳が当たった時はパフパフと柔らかく軽い音。

 

 そんなリアス様の気合いの入った猛攻に対し、相手は只々感心した少し嬉しそうな様子で迎え撃ち、その全てを手の平で受け止める。

 只止めるだけでなく、衝撃を逃がす事でリアス様の拳に猛攻の反動が来ない様にと気を配る余裕すら見せ……最後に両腕を大きく広げて正面から抱き締めた。

 

 

「少し見ない間にずいぶん成長したじゃないのさ、リアス! それに背の方も結構伸びてて何よりだねぇ。まっ! 胸に関しては全然だけどさ! あっはっはっはっはっはっ!」

 

「もー! 久し振りに会ったのに胸の事は言わないでよ、お母さ……レナス!」

 

「悪い悪い。可愛い娘との再会が嬉しいからついね」

 

 普段気にしている胸について指摘されても怒り出さず、拗ねた様子も何処か演技に見える程に嬉しそうなリアス様を抱き締めたまま彼女は、レナス様は豪快に笑って頭をガシガシと撫でる。

 

 ああ、あの瞳は初めて出会った時と全く変わらんし。

 あの瞳は子を愛する母親の物だった……。

 

「ねぇ、レナスは暫くは屋敷に居てくれるんでしょ?」

 

「そうだねぇ。夜鶴を陛下の所から連れて来ちまったし、そんなに長い間は居られないけれど、明日明後日には居なくなるって急な話じゃないさ」

 

「やった!」

 

 普段も主に甘える姿は精神的に幼さの残る少女でしたが、乳母であるレナス様の前では更に子供っぽくなっていますね。

 本国では生まれ持った力のせいで周囲からチヤホヤされて歪んでしまいそうでしたが、主と彼女の存在が大きいのでしょうね。

 

 ……もし何年も前に、それこそ死に別れでもしていたらリアス様がどんな性格に育っていたのか分からない、それ程までにレナス様の存在は大きく感じます。

 

 

「ああ、そうだ。息子の方……ロノスも相変わらず元気かい? てか、流石に童貞は捨ててんだろうね?」

 

 ……うわぁ。凄い話題ぶち込んで来た……。




漫画届いてます  前回の後書きから

一度活動報告で纏めようかな


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邪魔をするなら

「それでは次の事例です。三十年前に起きたスコルドでの疫病対策ですが、その内容と効果、欠点と改善方法を上げて下さい。十秒以内に」

 

 パンドラによる政務の授業は正直言ってスパルタで、これでも本人が受けた物よりは些か甘くなっているって言うんだから驚きだ。

 まあ、僕をパンドラと一緒にして貰ったら非常に困る、だって彼女は天才で、その差は努力でどうこうなる物ではないと、その程度を理解する頭は持ち合わせているからね。

 

「その場合は……」

 

 だけど絶対的な才能を見せられて腐る気も完全に丸投げする気も毛頭無いんだ。

 パンドラは僕の誇りであり、憧れで、少しでも追い付きたいと願う相手だ。

 僕を支える彼女を僕も自分の得意分野で支えたいけれど、どうせだったら得意分野以外でも支え合える関係になりたいじゃないか。

 

 圧倒的な力の差の前に屈して、諦めて生きるのはちょっと情けないと思うからね。

 

「……五十点。間違った答えは出していませんが、足りない部分が幾つか有りました。では、若様の回答に足りない部分を挙げていきましょう」

 

「うん、宜しく頼むよ、パンドラ」

 

「ええ、お任せを」

 

 僕の返答に微笑みで返す時のパンドラは知的で美しいと思う。

 

「君が僕の側に居てくれるのは助かるよ」

 

「……それは妻としてですか? それとも政務官としてですか?」

 

「勿論両方さ。知的で優秀で美しい、そんな君に片方だけ期待するのは失礼じゃないか」

 

「ふふふ、今のは九十点越えですよ。……最後に”愛している”等の言葉が欲しかった所ですね」

 

 ……厳しいなぁ。

 まあ、今後は頑張ろうか……。

 

 パンドラが気に入る答えを出す為にさ。

 

 こうして普段から感謝の念を伝えて置くのは大切だと実感しつつ、だからこそ普段役に立って貰って居るのに直ぐに恩を返せない自分が少し嫌になった。

 

「夜鶴には少し悪い事をしたなぁ……」

 

 十歳の時から僕の愛刀として、配下として色々と動いて貰っている上に本体は陛下の護衛を任せ、忠誠心が高いのに側に置かないって扱いを少し気にしていたし、だから戻って来たら徹底的に手入れをする約束だったのに……。

 

 実際に再会したらパンドラの授業が有るからと少し待って貰う始末で、表情一つ変えずに退室したけれど、何となく落ち込んでいるのが背中から伝わって来た。

 

 ”自分は道具であり、どの様な形で在れ主の意のままに動く事が存在意義で、其処に一切の私欲も善悪も介入しない”、それが夜鶴の信念だけれど、分体である忍者隊”夜”の面々が個性を見せ始めるのを見れば妖刀だろうと心があるのが伝わるし、何だかんだ言っても僕に誉められたり側に置かれるのが嬉しいってのは分かっていた。

 

 ……忠誠心を弄んだ気分だ。

 

「……ねぇ、パンドラ。夜なんだけれど……」

 

 本当だったら今直ぐにでも約束を果たしたいのが個人的な願いだけれど、クヴァイル家の次期当主としての責務が勉強を優先しろと告げ、この勉強が終わって夕食を食べたら一旦祖国に急ぎ足で戻って”時”の力を振るう事になっている。

 

 なら、就寝時間を遅らせても良いか尋ねる事にした。

 相手が武器であっても、意志を持ち役に立っているのならば働きに報いるのも貴族の役目だと思うんだ。

 

「了解致しました。本来は休息をしっかり取って頂きたいのですが、それが若様のご意志なら。……スケジュールを調節し、後回しに出来る事は明日以降に回します。連絡が御座いますし、一旦失礼しますね」

 

 最後まで言い切る前にパンドラは僕の希望を受け入れ、それを叶えるべく動き出してくれる。

 本当に彼女は僕を助けてくれるなぁ。

 

「有り難う、パンドラ。何かお礼をするよ」

 

 だから彼女にも報いたい。

 僕に可能な事なんて彼女からすれば自力でどうにか出来るのだろうけれど、それでも何もせずには居られなかった。

 

「……そうですね。将来的に側室の地位は約束されていますし、この仕事にも十分なお給金を頂いていますが、此処で断るのも若様の厚意を無碍にする事になりますし……」

 

「僕に可能なら何でも良いよ」

 

 貴族としては少々不用意な発言だけれど、それだけの功績が彼女には存在するだろう。

 実際、実質的に領地を運営するのは彼女だしさ。

 

 僕の言葉にパンドラは少し迷い、急に背中を見せる。

 一瞬見えた彼女の顔は照れからか真っ赤になっていた。

 

「……で、では、僭越ながらお願いが。レナより前に私を抱いて下さい! し、失礼します!」

 

 少し早口で願いを告げたパンドラは急ぎ足で部屋から出て行き、扉が閉まる寸前に廊下の壁にぶつかる音が聞こえて来る。

 

「うーん、この前の誘惑の時も実際は随分無理をして見えたけれど、矢っ張りパンドラって純情な所が有るよね」

 

 レナと仲が悪いから感情的な物なのか、側室間の序列みたいな物の為なのか、兎に角無茶でも無理でもない以上は聞き入れるのが僕の責務だろう。

 

 まあ、レナの誘惑を自制する口実が増えて良かったよ。

 だって、レナスじゃあるまいし、てか、レナスも屋敷に来たなら顔を見せてくれたら良いのに、これは僕が勉強中だから先にリアスの所に行ったか……リアスが先なら諦めよう。

 

「あの子、本当にレナスが大好きだし、だから僕達を守る為に死んじゃってからは変な風に……あれ? あれれ? 僕、何を言っているんだ?」

 

 今、僕はどうして本当に体験した事みたいに感じていたんだ?

 

 確かにお姉ちゃんが語った裏設定で子供の頃に乳母が死んだ事で周囲の歪んだ教育の影響が強くなったって知っているけれど、僕達自身が体験していない以上は同名の登場人物の物語程度に過ぎないのに、僕は本当にレナスが死んでリアスがおかしくなって行くのを見ているしか出来なかったみたいな後悔の念を感じたし、目の前で息を引き取るレナスに泣いてすがりつく幼いリアスの姿が頭にハッキリと浮かび、一瞬で消え去った。

 

 変だ、あまりにも変だよ。

 

 言い表せない不安が押し寄せ、一刻も早く唯一相談出来るリアスの所に向かいたくなる。

 いや、こんな時こそ詳しく話しをしなくても励ましてくれるレナスを頼りたい。

 

 前世でも今の人生でも両親との関わりが薄い僕達にとってレナスは母親同然で、向こうだってレナ同様に僕達の事を自分の子供みたいに扱うし、時々息子とか娘って呼んで来る。

 リアスを守りたいって想いや家を継ぐ事の重圧で潰されそうな僕にとって寄りかかれて弱みを見せられる数少ない相手がレナスなんだ。

 

「……どうせだったら向こうから来てくれたら良いのに」

 

 それでも男の子としての意地が授業を放り出してまで探しに行くのを阻止して来る。

 我ながら馬鹿みたいな意地だとは思うけれど、男の子ってそんな物だろ?

 

 

 

「邪魔するよっ!」

 

 そんな僕の悩みなんてどーでも良いとばかりに壁が蹴破られ、右足でヤクザキックを放った姿勢のレナスが現れた。

 腕組みをして、相も変わらず八重歯を見せた凶悪そうな顔で……そして暖かい笑みを浮かべてくれていた。

 

「久し振りだねぇ、馬鹿息子。なーんか悩んでるみたいな顔だし、此処は一丁アタシに相談してみな! 乳飲ませてやってオムツ換えてやって風呂に入れてやってんだ。今更恥ずかしがる事は無いだろうさねぇ!」

 

「あはははは、レナスは相も変わらずだね。久し振り」

 

 本当にこの人は昔から何も変わらず、豪快で乱暴で、優しくて暖かい。接しているだけで勇気が湧いて来る、そんな素敵な母親だ。

 

 

 

 

 

 

「んで、ちょいと聞きたいんだけれどさ……レナは何時抱くんだい? 餓鬼の時分にくれてやるって言ったじゃないのさ。アタシがアンタの年頃の頃にゃ旦那を毎晩抱いてレナを仕込んでたよ」

 

「うん、レナスと一緒にしないで欲しいな」

 

 ……あ~、でも種族から来る考え方の違いだけはどうにもこうにも。




漫画、活動報告に乗せてます


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ポンコツくノ一夜鶴ちゃん

マンガと絵を乗せた活動報告に せっかくバーサーカーの 主さんからコメントが!


 さて、急に話は変わるがこの世界には数多くの種族が存在している。

 僕達みたいな”ヒューマン”やマナフ先生の”エルフ”やレキア達”妖精”だって存在するし、”ドワーフ”や”ゴブリン”、”獣人”だって当然居るよ。

 

 え? ゴブリンはモンスターで、他の種族の女を襲ったりしないのかって?

 おいおい、基本的な骨格は似ていても根本的に大きな違いがあるし、中には強姦魔だって居る上に特殊性癖とか中身に惚れたとかなら有り得るけれど、流石に見た目が大きく違うから普通はゴブリンはゴブリンを異性として認識するよ?

 

 ……他の種族を襲うとか、少なくても動物相手に性的興奮を覚える人位に特殊な部類かな?

 

 ああ、そしてレナスの種族だけれど”鬼”だ。

 

 大きさや色には個人差があるけれど頭に二本の角を持ち、他の種族に比べて圧倒的に強い肉体強度を誇る種族。

 出生率が低く、性的に奔放な性格が比較的多くって……女しか居ないから他の種族との間に子供を設けるのも特徴で、相手の警戒を緩める為に角を隠す幻覚魔法以外の魔法適正は低い。

 

「……成る程ねぇ。パンドラの奴と約束しちまった訳だ。なら仕方無いし……今晩早速抱いてやって、次にレナを抱けば何の問題も無いって訳だ」

 

「凄く問題ばっかりだよねっ!? 未だ学生だから! 僕にはちょっと早いから!」

 

 ”レナより先に自分に手を出せ”、そんな要求を飲んだ事を伝えるとレナスは一旦納得してくれて、即座に凄い提案をぶち込んで来た。

 

 鬼の特徴も有るけれど、更に本人の気質が加わったのがこの豪快で力業を好む傾向。簡単に言えば脳みそ筋肉。

 ……母親同然の人だし、実の娘を預けるなら僕しか居ないって評価してくれて居るのは嬉しいけれど、ちょっと急過ぎる。

 

「あのさ、僕はレナと結婚しないとは言っていないし……十分素敵だと思っているから嬉しくはあるよ?」

 

「なら別に良いじゃないのさ。まあ、聖王国の連中はその辺が少し固いからねぇ。王国なんて気に入った使用人に手を出すのが多いし、アタシとクヴァイル家の繋がり……は十分強いとして、政治的にも悪い話じゃ無いだろ? アンタは昔からちょいと真面目過ぎるんだよ」

 

「……そうだけどさ」

 

 この世界だけれど、娯楽に溢れていた前世の世界と違って娯楽は限られている。

 演劇や狩猟や球技などのスポーツ、飼い慣らしたモンスターの騎乗、そして異性。

 

 国によって大きく性的な事への抵抗感が違い、王国が一番緩くって聖王国が一番厳しいけれど、それでも学生の時点で関係を持つ相手が存在するのだって珍しくない。

 釣りとか狩りで大きな獲物を仕留めたとかの武勇伝と同レベルで経験の回数とかを男子学生が語ったりする。

 まあ、流石に其処までのは一部だけれど、前世での猥談を大っぴらにする程度の認識だ。

 

「……うーん、周りに女が多かった弊害かねぇ? 戦う力は結構鍛えてやったが、その辺を疎かにし過ぎたか」

 

 そう、レナスが頭を掻きながら呟いた通り、僕は周囲に女の子が多い環境で育った。

 双子の妹や乳母姉と共に遊び、レナスやパンドラ、チェルシーと交流を持った。

 同姓の遊び相手も居たけれど、リアスが嫌がったりして遠ざけたり、ちょっと同じ年頃の子は家柄が離れ過ぎてて互いに気を使って遊ぶのが退屈だったり、まあ、こんな感じだ。

 

 それに前世の記憶が混じった結果、僕は他の同性みたいに性に奔放でない性格に育ってしまった。

 

「ほ、ほら、家の事も有るから好き勝手に女の子に手は出せないし……」

 

「別に好き勝手に出せとは言ってないさ。こっちが許した相手に手を出せつってんだよ」

 

 ……うーん、この考え方の違いが厄介だ。

 僕の方が異端で、それでもレナスがアレだろうけれど……。

 

 って言うか、こんな時こそリアスの手助けが欲しい!

 アイコンタクトを送ろうにもレナスにはバレてしまうだろうし、そっちの方が面倒だからしないけどさ。

 今は母親と兄のどっちの味方をすべきか迷ってる最中で、たぶん情勢はレナスに傾くのオンリーだから期待するだけ無駄か。

 

 そんな風に迷っていたらレナスに限界が来た。……だろうね!

 

「あ~も~! 煮え切らない奴だねぇ!」

 

 昔からだけれどレナスは少し短気な所があって、言う事を聞かせる為の理不尽で安易暴力は振るわないんだけれど、偶に拳骨とかが落ちて来る。

 

 息子と認識している僕の態度に痺れを切らした様子の彼女は僕の方にズイッと身を乗り出し、このまま怒鳴るかデコピン(凄く痛い)でもされるのかと身構えた僕だけれど、横から助けが入った。

 

「……その辺でお止め下さい、レナス様。主とて異性に興味が無い訳では在りません。その証拠にこの通り……」

 

「夜鶴、助かった……あれぇ?」

 

 二人の間に腕を差し込んでレナスを止めてくれた夜鶴は真っ直ぐにレナスの顔を見て説得に掛かる。

 但し、その手には僕が隠していた官能小説が。……因みにジャンルは家庭教師物。

 

 

 ちょっとっ!? 説得は嬉しいけれど、手段は選ぼうか、手段を!

 闇討ち不意打ち騙し討ち、卑怯で結構、それが忍者の在り方だって言いたそうな位に夜鶴も分体である”夜”も目的の達成を優先するけれど、今はリアスも居るんだからねっ!?

 

 駄目だ、この子。元からポンコツなのか、妖刀だから根本的な部分で噛み合わないのかは知らないけれど、真面目な声と表情でエロ小説を堂々と翳すとか……それも主の妹の前で。

 

「……」

 

 ほら、無言になって黙りこくってるし、絶対拗ねてるよ。

 ”お兄ちゃんのスケベ”とか後で言われそうだし、だから隠していたのにさ……。

 

「成る程ね。その歳で枯れてるとかお子ちゃまだってんならば問題だが、ちゃんと興味は有った訳だ」

 

 ああ、でもレナスは何とか納得してくれたんだ、寧ろ此処までされて納得して貰えなかったら僕に打撃が大き過ぎるんだよね。

 

 レナスは差し出された本を受け取ってペラペラと流し読みを始める、僕としては恥ずかしい。

 あれだよ、前世では未経験だったけれど(十歳だから当たり前だけれども)、隠していたエッチな本とかがベッドの上に並べられていたとか、エッチなゲームを発見された気分ってそんな感じなんだろうね。

 

 まあ、レナスもこれで納得してくれたみたいだし、元は僕を心配しての事だろうから、この話は此処で終わり……。

 

「でもねぇ、ロノスって流されやすい所が有るだろ? 色々考えても要所要所で詰めが甘いし、状況に流されるし、興味が有るんなら溜まる物も有るだろうし、変に我慢して妙な相手に引っ掛かっても……ああ、そうだ。夜鶴、アンタが相手をしてやんな」

 

 終わらなかったよ、矢っ張りね。

 そして母親として過保護な所が有るレナスだけれど、流石に其処まで決められるのは僕だって文句を言わせて貰おう。

 第一、子供扱いするのか年頃扱いなのかどっちなんだって提案だし、夜鶴だって急にそんな話を振られたら困るよ。

 

「……レナス、流石に僕を侮り過ぎだよ。僕にだってその程度の自制心は存在する。夜鶴も断って良いからね?」

 

「まあ、流石にアタシも焦り過ぎか。戦場が長過ぎたかねぇ? 悪かったね、ロノス。戦士から母親に戻さなくちゃ駄目だよ、こりゃ」

 

「はっ! 全ては主の御心のままに。第一、この体は魔力で練られた偽物であり、本物の肉体と構造は同じでも主の子を宿す力は御座いません。故に主が一時的な快楽を求めるのならば非生産的な擬似生殖行為に身を捧げますが、お世継ぎを孕む事は叶いませぬ」

 

「いや、其処まで言わなくて良いからね? 聞いていて恥ずかしいからさ。夜鶴には夜鶴の役割があって、僕はそれに期待しているし満足している。君は君がしたい仕事をして僕の側に居て欲しい。それが僕の望みだ」

 

「有り難き幸せ! 夜鶴はその身に余るお言葉を頂戴するのを一日千秋の想いで待っておりました

 

 駄目だ、この子。

 妖刀だからかポンコツだからかの二つなら後者の気がして来たよ。

 感極まった様子で跪く夜鶴を眺めながら力が抜けるのを感じた僕だけれど、レナスも何も言う様子が無いし、納得したのかな?

 

 まあ、これで今度こそ終わり……だよね?

 

 

 

 

「……成る程。彼女に任せれば堕胎の必要も無く、子まで作った相手を捨てたという醜聞や跡目争いの激化の心配も有りませんね。皆様、それでは授業の続きが御座いますのでご退室をお願いします。若様は壁の時を戻して頂けますか?」

 

 ……あれぇ?

 終わったと思ったらパンドラが不吉な事を呟いてるんだけれど……大丈夫?

 まあ、パンドラならば大丈夫だよね、そんな風に自分を誤魔化した。




現在のヒロイン+登場予定+妹

ゴリラ聖女

依存系ヒロイン

ツンデレ妖精姫

誘惑メイド

エロ風ウブ才女

ポンコツ忠臣くノ一

男装親友

予定

肉食系脳筋

未定一名 キャラ募集で来たのを元に立場だけ変えて出すかも

以上 これ以上は無理    

活動報告に漫画


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忍者は悶え、妖精は踊る

 道具を手に取り、そっと夜鶴の体に触れる。そのまま適度に力を込めて往復させれば押し殺した声が聞こえて来た。

 

「あっ……んっ……くふ……ひゃっ……」

 

 口を手で塞ぎ、こそばゆいのと心地良いのが合わさったみたいな声を出すまいと耐える夜鶴の顔は紅潮し、まるでマッサージでも受けている時みたいに気持ち良さそうに蕩け始めていた。

 

 ……うーん、ちょっとやり辛いけれど、此処で終わりにするのは悪いし、”嫌なら止めるように言って”とは伝えて有るからなぁ。

 そんなこんなで継続を選び、次の道具である毛先が柔らかい筆を手に取る。

 色々と道具を試したけれど、本人……本刀曰く、明烏同様にこれが一番良いらしい。

 

「夜鶴、触れるよ?」

 

「は、はひっ! ど、どうじょお願いしましゅ……」

 

 だらしない顔になった夜鶴は呂律が回っていない口で返事をしていて目は焦点が合っていないし、もう限界が近いな。

 既に足腰立たなくなってしまったから僕がベッドまで運んであげたんだけれど、丈が短いせいで見えちゃってさ……赤フンかぁ。

 

 

 

 

「ひゃんっ! あっ、あうぅぅ……うあっ! あっ、あっ、ひゃっ!」

 

 そして筆先が身体に触れて動き出せば声を抑える余裕すら無くなり。身悶えしながら切なそうな声を漏らし、息を荒げる。

 

 

 

「ごめん、夜鶴……一旦身体を消してくれる?」

 

 僕は夜鶴の本体である大太刀を手入れする手を止めて頼む。……うん、流石に限界だ。

 だって反応がエロいんだものっ! セクシーくノ一が切なそうな声を上げて身悶えるとか、年頃の男の子には目に毒だからねっ!?

 

「ぎょ、御意っ!」

 

「君の体(刀)の事は僕だってよく理解している。例え暫く離れて居たとしてもね。ほら、だから今は全て僕に任せて身を委ねてよ。それで不備が有れば言ってくれたら良いからさ。……ちゃんと今晩は君に付き合うから遠慮は要らないよ」

 

「有り難き幸せでしゅ……」

 

 鍔を外し、装飾の細かい溝を筆で掃除し、鞘を磨いて行く。

 ……普段から自分でしているのか特に僕が手入れする必要が無いとも思うんだけれど、賞賛の他にこの程度しか報いる方法が無いのが現状だ。

 新しい鍔とか鞘とかを贈ってみようか? 人間の姿の時の服装は自在に変えられるそうだし、お金は受け取ってくれないからね。

 

「それにしても……綺麗だ」

 

 抜き身の刃は曇り一つ見当たらず鏡の様で、指先で刃の腹を軽く撫でる。

 暫く陛下の護衛として離れて居たけれど、こうして手元に在ると本当に落ち着くよ。

 何せ僕もリアスも武具の収集癖が有るし、その中でも夜鶴と明烏はお気に入りで、コレクションの中で随一の業物だ。

 

「夜鶴、陛下は君を気に入っているけれど、僕の物なんだから僕の手元に置くのが一番だ。うん、明日にでも君を使いたいよ」

 

 この状態では言葉を喋れない夜鶴だけれど、返事代わりにでもするかの様に刃が光った気がした。

 そうか、君も僕に使われるのを待って居たんだね。

 

 こんな時、僕が向けるべき言葉は……。

 

「愛い奴だよ、君は」

 

 刀の柄に軽く口付けをする。

 流石に女の子の姿の方にこんな事は出来ないけれど、夜鶴の本体はこっちだし、刀相手なら抵抗は感じない。

 

 

 

「……もうこんな時間か」

 

 夜鶴の手入れに夢中になって時間が経つのを忘れて居たけれど、最後に丹念に刃を磨いた後で時計を見れば普段なら寝ている時間だ。

 多分リアスの事だからレナスの部屋にでも潜り込んで居るだろうし、寝る前にお休みの挨拶だけして来ようか。

 

 一応先にリアスの部屋を覗くけれど予想通りに誰も居ない。

 それにしても今日は色々有った、本当に色々と……。

 

 レナスが屋敷に来た事とか、パンドラが出して来た条件とか、夜鶴に関する事とか……うん、あの恥ずかしがっている時のパンドラは可愛かったな。

 普段の澄まし顔のクールビューティ系美人も良いけれど、あんな風に純情で恥ずかしがり屋な所も素敵だ。

 

 夜鶴も夜鶴で普段の”自分、感情なんて有りません”って感じが、手入れの最中に本体を触られる度に反応して、それがちょっとね……。

 

「駄目だ、変な趣味に目覚めそう……」

 

 案外僕ってSなのかと考えていた時、窓の前で浮かんで外を眺めているレキアの姿が視界に入った。

 

「……むぅ」

 

 腕組みをしつつ少し不満そうな表情で見詰める先には夜だってのに仕事をしている庭師の姿だ。

 子供程度の身長に緑色の皮膚を持つゴブリンで、作業着姿で器用に木の枝の剪定を進めていた。

 

「やあ、レキア。矢っ張りゴブリンは苦手かい? この前も出していたしね」

 

「……分かってはいるのだがな。だが、幼き頃から植え付けられた嫌悪感は簡単には払拭出来ぬ」

 

 僕に気が付いていたのか声を掛けても驚きはせず、レキアは深い溜め息を吐くだけ。

 そう、レキアは……いや、妖精全体にゴブリンをモンスターとして扱い、忌み嫌い、そして争っていた歴史が在ったんだ。

 

 だからアリアさんを連れて森に行った時、庭師のゴブリン達とは違ってボロ布を纏って知性を感じさせない醜い怪物として偽物のゴブリンを出して来たし、だからリアスだって野生の勘は七割程度で偽物だと見抜いて容赦無く戦えた。

 

 確かに独自の言語を話すけれど、学んだら他の種族の共通語だって使えるし、手先の起用さはドワーフに匹敵する。

 

 

 そんなゴブリンを先代の女王の在任期間までは敵と見なし、互いに攻め込んで居たのだけれど、現女王が母である先代に反旗を翻して王座を奪取、聖王国の介入もあって和平が結ばれた。

 

「お祖母様の幼い頃には既に争っていたし、妾とて幼き頃にはゴブリンは仇敵だと教わって育った。だが、変わらねばならぬとも理解しているし、お祖母様が反発して側近と共に姿を消したのも致し方ないとも思うのだ」

 

 そんな風に語るレキアは行方不明になったお祖母さんが心配なのか少し寂しそうだ。

 

 こんな時、僕は何を言うべきだろうか?

 

「……何も言ってくれるなよ? これは妾が背負うべき事だ。まあ、祖母としては心優しかったあの方との日々を少し思い起こして少し寂しい」

 

 僕が何か言う前にレキアはそれを制し、肩に乗るとそっと寄りかかって来た。

 

「だから……暫しこうさせてくれ」

 

 僕は言葉を返さず、そっとその場で立ち尽くす。

 何も言えないのなら、せめて気が済むまでは寄り添っていてあげたかったんだ。

 

 だって、僕にもレキアの気持ちが分かるから……。

 

 

 

 

「……迷惑を掛けた。礼を言う」

 

「別に良いさ。君と僕との関係じゃないか。あの程度だったら何時でもどうぞ」

 

 あれから暫く時間が経って、庭師のゴブリン達が別の場所に向かって姿が見えなくなった頃にレキアは僕の肩から降りて、何時もとは違って素直にお礼を言って来る。

 多分女王様に実は僕を嫌っていない事を喋られたのが理由だろうし、友達になりたかった僕としては嬉しい限りだ。

 

「じゃあ僕は寝るよ。……明日は最初の授業からダンスの練習だからね」

 

「ああ、貴様は下手くそだからな。ズブの素人よりは多少マシ程度で見ていられん程に」

 

「……言わないで」

 

 うん、否定はしないよ。

 リアスは結構上手なのに僕はどうもダンスは苦手で、アリアさんに期待していたら彼女はズブの素人で、互いに足を踏んだり、足が絡んで床に押し倒すかっこうになったりとダンスの授業は散々だった。

 

「……ほれ、今から軽く妾が練習相手になってやろう。まあ、今の妾では一曲が限度だが、貴様への礼ならばそれでも過分だ」

 

 僕の目の前でレキアが人形サイズから人間サイズへと変わり、僕の手を取ると窓に向かって歩き出す。

 そのまま二人して壁を通り抜けて月明かりに照らされた庭に出ると、レキアは静かに美しい歌声を披露し始めた。

 

「成る程、これが演奏代わりか」

 

 歌いながら頷いた彼女にリードされて始まったダンスのレッスン。

 お礼に踊りに誘うなんて随分な自信だと思ったけれど、レキアは下手くそな僕を上手に導いて踊り続ける。

 

 やれやれ、これは本当にお礼を貰い過ぎたし、何か僕からもお礼をしないとね。

 

 

 

「ねぇ、レキア。今度の休みに一緒に出掛けないかい?」




応援待ってます


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ゴリラはポンコツと脳筋を馬鹿と呼ぶ(ブーメラン)

評価が下降気味……此処からだ! 頑張って巻き返す

感想だって集めるぞ


 朝の惰眠は素晴らしいとは思わない?

 私は今の人生でも前世でも思っているし、予定より早く起きた時にだけ許される二度寝の気分は最高よ。

 

 ……まあ、貴族だから使用人達が起こしに来るし、惰眠を貪るだなんて簡単じゃないのだけれど。

 

「ていっ! せいっ! はっ!」

 

 未だ太陽が完全に昇る前の時間帯、庭に出た私はハルバートを手にして素振りを行っていたわ。

 基礎とは何よりも大切な事だから基礎って呼ばれるんだし、眠いからってサボれない。

 周囲には素振りと同時に魔法の練習として光の球体を無数に浮かべて周囲を回らせ、時々剣や槍に形を変えて行くんだけれど、素振りに夢中になっていると、形が崩れたり動きが止まったりと失敗がある。

 

「はぁっ!」

 

 今日は調子が良くって魔法の練習に失敗が無いままキリの良い所まで進んだし、ちょっと休憩したら少し難易度を上げて仕上げにしましょう。

 

「未だ時間があるし、軽く汗を拭いた後の二度寝が最高なのよね。ご飯だって美味しいし、矢っ張り朝は鍛錬と二度寝と朝ご飯! これに限るわ。……お兄ちゃんの方も今日は気合いが入ってるわね」

 

 一旦ハルバートを置いて少し離れた場所に目を向ければ”夜”の面々数人と模擬戦中のお兄ちゃんの姿が在ったわ。

 

「しっ!」

 

 夜に所属するくノ一達は元々夜鶴の分体で、最近じゃ個性が芽生えたけれど基本は同一存在、故に視界の共有が可能で、複数の視界を把握して緻密な連携を取って来ている。

 

 忍者刀に苦無や鎖鎌、時に素手で襲い掛かり、一切攻め手を緩めずにお兄ちゃんに向かい……サラシを巻いただけの胸が揺れているわね畜生。

 

 最初に動いたのは忍者刀を手にした分体で、残りは接近する彼女に対応せざるを得ないお兄ちゃんを取り囲む陣形を取る。

 時折手裏剣を投げて妨害しつつ隙を伺う三体のサポート受けた分体は左右に残像を残しながらも接近し、刀の切っ先を突き出した。

 

 対するお兄ちゃんは明烏を斜めに構えて峰で受け、そのまま滑らせる様に受け流して体勢を崩すと同時に足払い、忍者刀を持った分体は咄嗟に空中で身を翻すけれど、その左胸に掌底打ちを入れて地面に叩き込む。

 

「がはっ!」

 

 心臓の上から受けた衝撃は分厚い脂肪があっても殺し切れず、地面に叩き付けられたので衝撃の逃げ場も無い。

 そのままお兄ちゃんは胸を揉むと……じゃなくて服を掴むと振りかぶり、もう一度力任せに地面に叩き付けた。

 

「あと三体……此処からだね」

 

 周囲には既にやられた分体が転がっていて、大振りの攻撃で作ってしまった隙を見逃さない三体は既に動いていた。

 ……なんか一体だけ胸の動きが違う……パット? まさか仲間が居たなんて。

 

 苦無を持ったのが跳躍と同時に苦無の乱れ打ち。お兄ちゃんは明烏で弾くべく構えるけれど、素手の分体が投げ込んだ煙玉が視界を遮り、更に空中から追加される手裏剣の雨霰。煙の中から金属がぶつかり合う甲高い音が響いたかと思うと、中でぶつかり合って軌道を変えた苦無と手裏剣が四方八方からお兄ちゃんへと向かっていた。

 

 ……ああ、駄目だ。

 

「ちっ!」

 

 珍しい舌打ちをしながらバックステップで距離を取りつつ弾き落とすお兄ちゃんだけれど、煙玉を投げた分体が背後に居るのも忘れない。投擲武器の軌道に注意しつつ視線を向けた時、予想していない行動を取られた。

 

「……えい!」

 

 一瞬の迷いの後、両手を自分の胸元に持って行って引っ張れば、立派な胸がさらけ出されて揺れている。

 サラシ巻いとけっての! 通りで彼奴だけ妙に揺れると思ってたのよ。ちっ!

 

「わっ!?」

 

 突然の痴態にお兄ちゃんも動揺を見せ、足がもつれ掛けるも立て直し、そのままの勢いで柄頭を背後の痴女に叩き込もうとするけれど流石にさっきのロスが痛かったわね。

 ほんの僅かな差で避けられ、自分でおっぴろげた胸を両手で隠した分体が真っ赤な顔で距離を取る。

 恥ずかしいならしなきゃ良いのに。

 

「お兄様も純情よね……」

 

 てか、本物なのね、裏切られた気分だわ。

 

 動揺して生まれたロスによって攻撃を空振り、更に生まれた大きな隙を千載一遇と判断したのか三体同時に動き出す。

 鎖鎌が明烏に絡みつき、僅かにタイミングをズラした残り二体が抜き手と苦無でお兄ちゃんへと襲い掛かった。

 

「これで今日こそ我等の勝利!」

 

「護衛役の面目躍如!」

 

「本体からの叱責回避!」

 

 大元は同一人物の夜鶴と夜だけれど、その能力には大きな差があるし、個体個体に人格だって存在するから上下関係と個性が芽生えつつある。

 本人もちゃんと主に選ばれたのはお兄ちゃんが初めてだから知らなかったらしく驚いて居たわよね。

 

「……うわぁ。掛け声が凄く……うわぁ」

 

 この勝負、夜がちゃんとした一撃をお兄ちゃんの身体に与えれば勝利で、此処三年は連戦連敗、遠く離れて仕事をしていた夜鶴に叱られていたわ。

 それが嫌なのか気合いが入っているし、勝った場合は残ったメンバーに何か一つご褒美だって貰えるらしい。

 

「スイーツバイキング!」

 

「カレー食べ放題!」

 

「焼き肉!」

 

「「「はっ?」」」

 

 此処に来て個性が生まれた事の障害が発生、願いが別だった事で一瞬だけ生まれたいがみ合いで、お兄ちゃんからすれば絶好のタイミング。

 お兄ちゃん頑張れ! 頑張って巨乳共……じゃなくて夜達をさっさとぶっ倒してっ!

 

「……もう我慢の限界ね」

 

 私が数歩下がって空を見上げれば空中に発生した黒い球体に向かって周囲の空気が急激に巻き戻されて行く。

 欲望に気を取られて油断したわね、馬鹿な子達だわ。

 

「どうせあの脳筋女と同じで栄養が全部胸に……いや、あの身体は偽物だったわね。馬鹿には変わりないけれど」

 

 その吸引力に三体も巻き込まれてバランスを崩し、その瞬間にお兄ちゃんは魔法を解除して凝縮した空気を解放した。

 途中までは良かったのに最後の最後で注意散漫、自業自得ね。

 もう少し注意してバラバラだったら勝機だって有ったのに……凄く強いお兄ちゃんが相手だから無理ね。

 

「「「……終わった。へぶっ!」」」

 

 最後は仲良く揃って同じセリフで吹き飛ばされて終了。

 

「”最後の三体にのみ魔法を一度だけ使って倒す”達成! さて、これで……」

 

「ええ、此処から本番です!」

 

 そう、今までのは準備運動同然で、地面に潜んでいた夜鶴との戦いこそが本番よ。

 一休みすらさせず地面から飛び出した夜鶴は抜刀と同時に切りかかり、お兄ちゃんも明烏で受け止めての鍔迫り合い。

 

 私が静かに見ていられたのは此処までだった。

 

 

「ねぇ! 私も混ぜて!」

 

 他人の戦いを見ているだけなんて私じゃないわ。

 了承を得る前にハルバートを振りかぶって突撃し、強制的に三つ巴を開始する。

 

 矢っ張り朝はご飯と二度寝と鍛錬よね!

 

 

 

 

 ……この後、暴れ過ぎて辺り一帯が大破。メイド長と庭師達に物凄く叱られた。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、この様な場所に出向かなければならないなんて、本当に面倒ですねぇ」

 

 息苦しい程の湿気が籠もった洞窟の中、天井も岩壁も地面も苔むしたその中を、陽気なスキップと弾む声で文句を言いながら進むシアバーンの姿があった。

 所々水没しており、バチャバチャと水音を立てて進んでいるにも関わらず白いシーツは一切濡れず、下ろし立ての様に見える。

 

 そんな彼を見詰める目が一対、その持ち主が横穴から音も立てずに這い出し、暗闇に紛れてシアバーンに接近する。

 ヌメヌメとした粘膜に覆われた太く長い蛇の身体にカエルの頭、この洞窟に生息する”ヘビガエル”だ。

 獲物を生きたまま飲み込み、胃袋の中で生きたまま時間を掛けて溶かす事で洞窟周辺の住民からは恐れられ、久々に味わう人の味を思い浮かべ興奮した様子で口を開けたヘビガエルだが、その動きが突然止まる。

 

「おやおや、どうかなされましたかぁ?」

 

 首がパックリ横に裂けて現れた口での舌なめずりをする姿を前にヘビガエルの体がガタガタと震え、シアバーンが一歩進み出る度に後退する。

 

「丁度良かった。私の朝ご飯になって下さい。ええ、ご安心を。生きたままじっくりと時間を掛けて消化致しますので長生きは可能かと。アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 それは本能で感じ取った恐怖だが、全てが遅かった……。

 




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順調に依存が進む少女(メインヒロイン)

「お早う御座います、ロノスさん!」

 

「あら? 私も居るのだけれど?」

 

「お、お早う御座います、リアスさん」

 

 今日は珍しく私の思い人はギリギリになって登校して来た。

 あのアンダイン(興味は無いけれど家の格差から覚えるかしかない)が一緒に行こうと迎えに来る時間帯を避け、尚且つ少しでも一緒に登校する気分を味わおうとしているが今日は失敗して残念だった。

 

 しかも今日は馬車で来なかったのは何故だろう?

 

 後、友達だと思っているリアスも遅れて来たけれど、今日は妙に眠そうで、聞いてみれば二度寝が出来なかったらしい。

 

「いや、朝の鍛錬が盛り上がっちゃって、最終的にお兄様達との三つ巴戦をメイド長が止めるまで続けたのよ。そうしたらお説教までされて参ったわよ。そのせいで汗掻いたからパッと風呂に投げ込まれて急いでご飯食べてたらギリギリだったからメイド長の魔法でパッと転移して来たの。……あんな魔法が使えるなら、睡眠時間を増やせるし普段から送ってくれたら良いのに」

 

「……転移魔法をメイド長さんが?」

 

「うん、そうなんだ。便利なのが使えるならもっと早く教えてくれたら良かったのに、”今回だけです。甘やかす為には使いません”だって言われてさ」

 

 二人は平然と話しているけれど転移魔法は妖精とかの限られた種族のみの筈、それを使えるっていうメイド長とも一度会った事があるけれどヒューマンにしか見えなかった。

 

 あっ、でも他の種族が変身している可能性も……あれ? 私、どうしてそんな事を気にしているのだろう?

 さっきまで疑問に思っていた事が一瞬でどうでも良いと感じられて来て、私はその事を思考から追い払った。

 

 あまりにも不自然な切り替わりを一切疑問に思う事も無く……。

 

 

「それでは皆さん、パートナーが決まった人達はその相手と、未だ決まっていない人達は僕が何度かに分けて割り振りますから相性の良い相手を見付けて下さい。申し込み締め切りまで時間はありますし、焦る必要は有りませんよ」

 

 一限目は舞踏会に向けたダンスの練習で、殆どの人達は家の付き合いや妥協でパートナーを決め、一部は私みたいに家は関係なく親交を深めた相手と、残りは高望みして選べた筈が出遅れたり特に関係の有る人が居ない人達が余り物として残っていて、それでも残った中で良いのを見付けようと張り切る人や、もう諦めた顔をしているのも数人見掛ける。

 

「ふふふ、計画通り。このまま余り物のままならマナフ先生とダンスのパートナーに……うへへへへ」

 

「誰が先生に選ばれても恨みっこ無しよ! 闇討ちは……」

 

「じゃあ、他の連中をくっつけるとして、この中の一人は誰か男子とくっつけられるわね。……当日休めば……」

 

 そして本当に極一部は……私は何も見聞きしていないので知らない。

 どっちにしろ私にはロノスさんというパートナーが居るのだから無関係だ。

 

「それでは始まりです」

 

 舞踏会では専門の音楽家を呼ぶらしいけれど授業ではマナフ先生がピアノを奏で、余った女子生徒同士で一緒に踊っている人も居ればあてがわれた相手と意外に相性が良かったのか楽しそうに踊っている。

 

 そして私はと言うと……ちょっと不安になって来た。

 

「が、頑張りましょう!」

 

 昨日もダンスの練習は設けられたのだけれども凄く失敗した。

 私と違ってロノスさんならばダンスの心得が有るって思ってたのに、何と言うか……下手ではないのだけれど上手でもなく、全くダンスの心得が無い私と踊ったら当然ながら互いの足を踏みまくり、最後は足がもつれ合って見事に転んで笑い物。

 

 ……私はどうでも良い相手に笑われても何も感じないけれど、ロノスさんが笑われるのは腹立たしい。

 誰かの為に怒ったのは本当に久し振りで、此処まで怒ったのも何時以来か分からない。

 

 でも……。

 

「あの……。昨日の様な失敗は、その……避けようか」

 

 昨日、私は怒り以上に幸福感も覚えたけれど、それを隠して恥ずかしそうな表情を作る。

 ”愛想が良くて素直な女の子”、それがロノスさんと出会ってからずっと被って接し続けた仮面で、本当の私なんかよりずっと魅力的な女の子。

 

 感情が殆ど死んで、極一部の相手以外には興味が湧かない私なんかよりもずっと……。

 

 だから昨日の失敗を繰り返したくないという態度を示したのだけれど、本音を言うと繰り返しても良い、寧ろ繰り返したい。

 

 昨日、足が絡んで二人揃って転びそうになった時、ロノスさんは私を庇ってくれて下になったのだけれど、転んだ拍子に私の唇がロノスさんの首に触れた上に、乗っかった私をロノスさんが抱き締めた形に。

 

 ……夢の様だった。

 

 何度も読んで心を弾ませた恋愛小説……実際はエロ小説だったのだけれど、その中の登場人物みたいに……ゴニョゴニョ。

 想いが通じてロノスさんと結ばれたなら、今度は互いに服を着ずに……。

 

 強引に服を剥かれて……はロノスさんのキャラじゃないし、ベッドの上で優しく可愛がって貰えたら嬉しい。

 いや、ロノスさんが望むならどんな風でも構わないし、興味が無いと言えば嘘になる。

 

 

 でも、最初は普通に……。

 

 

「あの……アリアさん?」

 

 今度はロノスさんから私の唇に唇を重ね、強く抱き締めて貰った所まで妄想が進んだ所で困惑した様子のロノスさんに声を掛けられた。

 

「えっと、優しくして下さ……何でも有りません」

 

 危ない危ない、もう少しで妄想を口にする所だった。

 慌てて取り繕って誤魔化したけれど、変に思われて居なければ良いけれど……。

 

「それじゃあ踊ろうか」

 

「はい……」

 

 そっと差し出された手を取り、音楽に合わせて踊り始める。昨日は恥を掻いたから寮でイメージトレーニングをしたのだけれど上手く行くだろうか?

 

 ……あれ? ロノスさんのリードに任せていたら何か上手く行っている?

 未だ辿々しいけれども決して無様ではない動きで私達は踊り、私のミスはロノスさんがフォローしてくれていた。

 まさか昨日みたいに私に恥を掻かせない為に練習を?

 

「昨日、ちょっと練習に付き合ってくれる子が居てね。その子の動きを参考に……あたっ!?」

 

 そんな私の気持ちを察したのか教えてくれたロノスさんだけれど、どうやら他の女の子が関係して居るみたいだし、どうも親しい相手なのは顔を見れば明らかで……うっかり、本当にうっかり足を踏んでしまった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「大丈夫だから安心して」

 

 踊りの練習を自分から妨げるのはこれで終わりにして今の時間を楽しもう。

 舞踏会で共に踊るだなんてまるで本当に恋人の様で、告げた想いが叶わなくても私の心に深く刻まれる事だと思う。

 ああ、いっその事、叩かれていた陰口みたいに本当に……。

 

「あ、あの、ロノスさん。もし宜しければ……」

 

 いや、止めておこう。”身体で取り入る”、だなんてロノスさんが受け入れる筈が無いし、そんな事をすれば私達の関係は終わりになってしまう。

 

「アリアさん、何か焦ってる?」

 

「……え?」

 

 ロノスさんは私の目を見つめて心底心配した様子で私に尋ねる。

 ああ、そうだ、私は舞踏会が近付いた事で焦りを感じていた。

 私の父親かも知れない国王との事、何を血迷ったのか私に寄って来るアンダインの事、そして実家の事。

 

 私は学園で婿になる相手を捜す事を祖父母から命じられてはいたが、別に親戚が一人も居ない訳ではなく、それこそ身分がずっと上の家から私を”側室にでもしたい”と申し出されたら、厄介払いの意味も込めて受け入れる可能性は高い。

 

「えっと、大丈夫です……」

 

 そして、この国にロノスさんのお祖母様が嫁いだ以上、私が認知された場合はロノスさんとは……。

 

 

「ロノスさん、何度でも言いますね。私は貴方が好きです」

 

 それは嫌だ。結ばれなくても構わない? そんな筈が無い。

 この恋心は私が初めて誰かに抱いた期待なのだから、どんな事をしても……。

 

 じゃないと、私は何の為に生まれて来たのかさえ分からない。

 

 

 

 どんな形でも、どんな手段を使ったとしても……。




最後の一文は直前に加えました


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寧ろ興奮する

「”闇属性の使い手に二度目の告白をされた”だぁ~? おいおい、アタシは一度目の事さえ聞いちゃ居ないよ。何やってんだい、馬鹿たれが!」

 

 帰宅後、出掛ける前にレナスにアリアさんについて相談する事にした僕だけれど、幾ら何でもレナスに恋愛について相談するのは悪手だったと相談中に気が付いたし、頭に落とされた拳骨がそれは正しかったと教えてくれる。

 脳天を中心にして全身に響いた痛みに思わず頭を抱えてうずくまる。足下の床が少し陥没しているし、これでも手加減した方なのが恐ろしいよ。

 

「いや、だって……」

 

「”だって”じゃないよ! てか、リアスもリアスだ! アンタはその場の勢いで行動し過ぎ! ロノスはロノスで状況に流され過ぎ! チェルシーやパンドラに苦労ばっかり掛けるんじゃないってんだ!」

 

「「あだっ!」」

 

 ゴンッ! そんな鈍い音が二つ同時に屋敷に響き、僕達兄妹は二人揃って痛みに悶える。

 今、拳骨を落とされたばかりの所に落とされたよ……マジで痛い。

 

「確かにちょっと流された結果だろうけどさ。恋愛に絡む事だし……」

 

「アンタも向こうも貴族だろうが! 最終的にアンタが娶るんなら結構だが、余計な恋愛感情が向こうの将来に関わる可能性を考えろってんだよ、馬鹿息子!」

 

 三度目の拳骨は僕の意識を刈り取ろうとするけれど、僕だって反論したい。

 いや、だって関わったなら無碍には扱えないし、友達になったなら優しくしたい。

 それに僕は口説こうとか意識して話してないし……。

 

「んで、どうだったんだい? リアス。此奴は相変わらずかい?」

 

「……えっと、黙秘で」

 

「結構。それで十分だ。アンタはちゃんと兄貴の味方をしたよ」

 

 何かよく分からないけれど、今度は僕の味方をしてくれたリアス、流石は自慢の妹だ。

 だが、レナスには何一つ効果が無く、折角誤魔化してくれた何かを見抜いた様子で呆れている。

 

「本当に仕方の無い奴だねぇ、アンタは」

 

「で、でも大丈夫よ、多分! 誰彼構わずじゃなくって、仲良くなった子に対してだから!」

 

「いや、そっちはそっちでタチが悪いだろうさ。……やれやれ、矢っ張りもうちっと側で教育してやるべきだったかねぇ」

 

 本当に何を呆れられて居るのかが分からないけれど、理不尽な気分さえして来たぞ。

 本当に僕が何をしたって言うんだ?

 

「レナス、流石に酷くない? 僕が何かしたって言うんなら教えてよ。じゃないと直せる物も直せないからさ」

 

「そうだねぇ。ロノス、アンタはもう少し自分の言葉を相手がどうやって捉えるかを考えてみな。感謝やら激励やらを素直に口にするのは結構だ。其処の所は評価してやるよ。でもね、意図通りに相手に伝わらない場合だって有るんだって覚えて置きな」

 

「……うん、分かった」

 

 言いたい事は分かるけれど、それでも呆れられる程なのかは疑問だ。僕が勘違いさせる言い方をしてるって事かな?

 全っ然! 心当たりが無いんだけれど、レナスが僕を心配してるのは伝わって来るし、ちょっと不機嫌なのもこのままじゃ駄目だって事だろう。

 

 例え血が繋がっていなくても僕達兄妹にとってレナスは大切な母親で、絶対の信頼を置いている相手だ。

 人生経験だって豊富だし、ずっと昔からクヴァイル家に仕えてくれている。

 

 だから、言う通りに言葉選びはちゃんと考えてみようか。

 

「……あれ? これって流されてるんじゃ?」

 

「臨機応変だよ、臨機応変。助言は聞き入れつつ自分の意志で決めるべき事は決めな」

 

「若様、母様、出発の準備が整いました。今直ぐ向かいましょう」

 

 大きな鞄を手にしたレナが会話に割り込んで来て、今回のお説教はこれにて終了、今からは次期当主としてのお仕事の時間だ。

 

「気張ってきな。なぁに、アンタだったら何が有っても大丈夫さね」

 

 何時も通りに歯を見せて笑ったレナスは僕の背中を叩いて激励して来て、僕は前のめりにつんのめる。

 

「おっとっと……」

 

 直ぐには止まれず壁に手を伸ばして止まろうとするけれど、手に伝わって来たのは柔らかい感触。

 

「……ぁん

 

 僕が壁に手を伸ばして止まるよりも前にレナが間に割り込んで止めてくれたのは良いけれど、僕の手はレナの胸を掴んだ上に、更にその手に添えられたレナの手によって強く押し付けられる。

 

 この感触はまさか……。

 

「お気付きになられましたか? 若様が触っている胸ですが……今日もブラは使っていませんよ。……あらあら、若様の手から若様の緊張が伝わって来ます。大丈夫、このまま私に身を委ねて……」

 

 教えられた事で嫌でも手に触れる感触が気になって僕の意識が向いてしまう。

 駄目だ、意識するなよ、凄く柔らかくて手触りが良くても!

 

「ふふふふふ」

 

 捕食者はそんな獲物の隙を見逃さず、怪しく笑うと僕を引き寄せて僕の手に添えた手を今度は首に回して抱き寄せた。

 レナの力は鬼だけあって僕よりも強く、振り解けないまま二人は密着して、柔らかい胸に指先が沈み、興奮と緊張から鼓動が早くなって行く。

 いや、レナス……は大丈夫だとして、リアスだって居るんだけれど、これ以上は流石に不味いんじゃ……。

 

「大丈夫、このまま私に身をお委ねて下さい。ああ、そうだ。若様に操を捧げる順番はあの女に先を越されるなら……若様の唇は私が先に頂いちゃいましょう。若様にとって今までで一番気持ち良いキスになればと思います」

 

 悪戯を思い付いたという顔で舌なめずりをしたレナはゆっくりと焦らす様に唇を近付けて、凄く良い匂いがして来る。

 このまま流されるのも有りな気が……でもなぁ。

 

「僕、キスした事無いけど?」

 

 だって女の子と付き合った事なんて一度も無いし、身分差を利用して使用人に手を出すなんてリアスのお兄ちゃん失格な真似なんか出来ないんだから当然じゃないか。

 

「……あっ」

 

 思わず口走ってしまった言葉に僕は即座に後悔したよ、”しまった!”ってね。

 だってレナの事だから”尚更興奮しました。全て私にお任せ下さい”とか言って来るもん、長年の付き合いで分かっている!

 

 さながら肉を前にした猛獣になるんだよ、絶対に。

 元々性に奔放な鬼という種族に加え、レナ自体がそんな感じだからなぁ。

 兎に角、このエロメイドのなすがままには……。

 

「……それは本当ですか? 困りましたね……」

 

 ……あれぇ? 思ってたのと反応が違う?

 僕の告白に戸惑い、本当に困った様子のレナは近付けていた顔を離し、首に回していた手の力を緩める。

 引き剥がすのは簡単だけれど、予想外の反応が気になった僕は様子を伺う事にしたよ。何とか助かりそうだしね。

 

「ギリギリで止めて、若様からキスをして頂く予定だったのですが、経験が無いのならば臆してしまいそうですし……逆にそれの方が都合が良いわね」

 

 はい、気のせいでしたね、助かりません!

 

「若様の初めてと私の初めてを交換する……あの淫乱風純情女が悔しがりそうです」

 

「あっ、レナも未だなんだ」

 

「ええ、若様にお捧げしようと幼心に決めていまして」

 

「そ、そう。嬉しい……のかな?」

 

 

 何時も誘惑ばかりして来て手慣れた様子のレナがキスすら未だなのは意外な様だけれど、確かに僕以外の誰かに同じ真似をしているのは冗談でも見た事がなかったや。

 

 え? じゃあファーストキスも未だなのにノーブラの胸を押しつけたり、夜伽をするとか言って誘惑してるの?

 ……今、ちょっと心惹かれた僕が居た。

 

 

「さて、若様も未経験と知り……尚更興奮しました。全て私にお任せ下さい」

 

 そのまま再び顔を近付けるレナの拘束は振り払えず僕は逃げられない。

 この時、自分が猛獣の前に差し出された生肉にさえ思えたんだ。

 

 って言うか、予想と同じセリフだ。……あれ?

 

 思わず目をつむったけれど唇が重なったと思しき感触の代わりに感じたのは、誰かの手の甲に唇が触れる感触で、ツンとする匂いも感じた僕はそっと目を開く。

 

 

「戯れが過ぎるぞ。例え乳母姉といえども主への行き過ぎた無礼は見過ごせぬ」

 

 目を開けば僕の唇の前に手を差し入れた夜鶴の姿があり、手の平側にはたっぷりのワサビが仕込まれていた。

 

「た、助かった。正直言って本当に怖かったよ。有り難うね、夜鶴」

 

「主がご無事で何よりで御座います」

 

「レナスも止めてよ」

 

「なんでだい? レナをアンタにくれてやるのは既に決めてる事だし、そん時になったらキスだけじゃ済まないじゃないのさ。て言うか、十六になってキス程度でビビってんじゃないよ。少しは女に慣れときな。其処の妖刀娘でも練習相手になって貰えば良いじゃないのさ」

 

「いやいや、忠誠心に漬け込む真似はちょっとね。ねぇ、夜鶴。あれ?」

 

「……はっ!? も、申し訳御座いません。少々思案を……」

 

「ほれ、アンタがキスした手の甲を見詰めてたし、脈無しでもないだろ」

 

「レナスは相変わらずだなぁ。直ぐに色恋に結び付けるんだから」

 

「それが鬼って生き物だ。戦いと美食と酒と色! アタシらはそれだけで十分なのさ。ほら、さっさと出掛けな。遅れたら向こうさんに迷惑だろうが。ポチだって待ちくたびれて窓から顔出してるよ」

 

 おっと、そうだったそうだった。

 僕は目的地に急ぐべく慌てて庭に飛び出した。

 

「お待たせ、ポチ! さあ! 行こう!」

 

「キュイキュイ!」

 

 待ってましたとばかりに翼を広げて低空飛行をしながら僕に向かって来たポチの背中に飛び乗れば、一気に上昇して、あっという間に街から飛び出した。

 

「目的地はゴブリンが管理する金脈! レッツゴー!」

 

「キューイ!」

 

 

 

 

 

 

 さっきからセリフの無いレナ? 口の中に大量のワサビが入って来たから悶絶してるよ。

 

 



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夜の定例会議

 ポチに跨がり空を行く。グリフォンの飛行速度は短時間ならドラゴン以上、そしてポチは結構タフガイ。

 故に国境で軽く手続きをした時以外は地上に降りず、最高速度を維持したまま目的地に向かって飛び続けていた。

 

 

「キュキュキュイキュイキューイ!」

 

 数日前にアンリとタマのコンビとレースをしたばかりだけれど、レース故に最短距離を無駄を省いて飛ぶ事ばかりを優先し、ポチの大好きな曲芸飛行はやっていないし、こんな長距離を一緒に飛ぶのも久し振りだ。

 錐揉み回転をしながら急角度で地上に向かい、地面が近付けば今度は急上昇からの左右上下のジグザグ飛行。

 

「ポチ殿は随分とご機嫌ですね」

 

 そんなポチの背中には僕以外に夜鶴の姿もあった。

 何か起きた時に瞬時に動く為にと実体化し、こんな変則的に飛ぶポチの背中に平然と乗っているんだ、直立不動で。

 確かにポチはお利口さんで優しい子で才能豊かだから周囲に風を纏って防風壁にしてくれるけれど、激しく飛ぶその身体に乗り続けるにはそれなりの技術が必要で、僕だって散々練習したし、その練習としてレナスと一緒に乗せて貰ったポチの母親の背中から何度落ちたか数え切れない。

 うーん、流石は忍者……ちょっとジェラシー。

 

「って、相変わらずポチに”殿”って付けるんだね」

 

「私は道具ですが、ポチ殿はペット。であれば格上はどちら側かは考えるまでも無いでしょう」

 

 僕としては君は配下的な立ち位置なんだけれど、それを口にしたら誇りを傷付けるんだよね? 夜鶴。

 元々彼女は妖刀で、本人からすれば人の肉体は偽りの姿、能力の一つでしかなく、刀である事が夜鶴の誇り。

 例えるならば特技の一つでしか相手の事を判断しないのと同じで、それは見て欲しい面とは別物だって分かっているのに其処しか見ようとしないのは、夜鶴の働きに対して報いる事にはならないんだ。

 

 まあ、本当に道具の彼女を人扱いするのは例外的なパターンとして失礼に当たるって事だね。

 

「所で主、今から向かうのはどの様な所なのでしょうか? ゴブリンが多く住む金鉱の街だとは聞いていますが……」

 

「ああ、僕も何度か行った事が有るんだけれど、百五十年前に建てられたらしい随分と古い教会があって、歴史的価値が高いんだけれど流石に老朽化が進んで補修工事じゃ間に合わないから、新しくなり過ぎない程度に時を戻して来いってさ」

 

「新しくなり過ぎない程度? 古びたのが問題ならば、建築当時にまで戻せば良いのでは? それにしてもゴブリンの多い街ですか……夕食は屋敷で食べますよね?」

 

「新しいと都合が悪い時も有るんだよ。特に歴史がある事に価値がある場合はさ。昔の建築様式による建築物ってだけじゃね」

 

「はあ……」

 

 どうやら夜鶴には歴史のロマンとかは分からないらしいけれど、考えてみれば夜鶴が打たれたのは随分と昔の事みたいだし、百年二百年程度じゃそれ程昔に思えないって事か。

 

「夜鶴にはその辺が分からないか。それが人と意志を持つ妖刀の感覚の違いだろうね。古めかしい事に価値を見出す事も有るのさ」

 

「そうですか。では、私に巻いている布もその考えから換えないのですか?」

 

 夜鶴が本体の柄を持って軽く揺らせば柄に巻かれたボロボロの布も軽く揺れる。所々擦り切れたボロボロの布で、如何にも妖刀って感じだったし、打たれた時から巻かれていたらしいから僕もそのままにしていたんだけれど……。

 

「もしかして新しいのが良いのかい?」

 

「い、いえっ! 主に何か物をねだる等、刀にあるまじき振る舞いですので……」

 

「でも、そんな欲求は有るよね? 分体である夜のメンバーだって偶に食べ物とかご褒美を欲しがるし、君だって何か要求しても良いんだよ。いや、命令しようか。何か要求するようにってね。僕の気が済まないからさ」

 

 こんな方法は少し卑怯だけれど、こうでもしないと何も要らないと言い張るのが夜鶴だ。

 どうも欲とかその手の物は分体に押し付けて居るらしくてね。

 でも、布がボロボロで嫌だったなら早く言ってくれたら良かったのに、遠慮するにも程があるよ。

 

 僕の言葉に夜鶴は困った様子で唸り、遠慮がちに震えた声で最初に謝って来た。

 

「私の分体達が無礼な真似をして申し訳御座いません。どうも自制心やら刀である事の誇りが欠如しているらしく。ああ、そう言えば定例会議を分体達が開いている頃合いですし、暇潰しに聞いてみましょうか」

 

「あっ、そうだね。ちょっと気になってたんだ」

 

 夜鶴の提案に僕が頷けば空中に投げ出された巻物が開き、宙に浮いた状態で真っ白い紙の表面にテレビ画面みたいなのが映し出される。

 暗い部屋の中、無数の夜鶴が席に着き、上座の一人が咳払いと共に口を開いた。

 

「では、第五百三十二回夜の定例会議を始めます。最初の議題ですが……主と本体がウブ過ぎる気がする件について。意見は挙手にてお願いします」

 

「はい! 鍛錬中におっぱい見ただけで動きが鈍るのはどうかと思います!」

 

「はい。仕方無いわよ、主って女の裸を見慣れていないのですから。本体に関しては……”自分は道具だから余計な物は要らない”って私達分体に何かと押し付けた結果です」

 

「それで私達に個性が芽生え、記憶の共有の際に影響が出ているのですからね。もう訓練だの何だのと言いくるめて主に迫らせたらどうですか? 丁度薬が手に入って……見られていますね、本体に」

 

 画面に向かって手裏剣が投げられ、向こう側から画面が割れる。巻物は一瞬で燃えて灰になった。

 そして僕達は……。

 

 

 

「えっと、布を新調したいなら構わないし、他にも要る物が有れば言って」

 

 全力で無かった事にした!

 

「では、新しい布と……おや? 若様、彼方をご覧下さい」

 

 顔の横に伸ばされた指先を見れば、森の中を舗装した道で止まった馬車と、それを守る様に立つ武装した数人の姿、そしてそれを取り囲む”オーガ”の群れだった。

 

 

 やれやれ、あの道は危ないから、腕に覚えがなかったら遠回りでも安全な道を選べって勧告しているのに。

 馬車の様子からして商人で、時間や費用を惜しんだ結果がこれだ。

 

「ワリィゴハイネェガァアアアアアアッ!」

 

「ナグゴハイネェガァアアアアアアッ!」

 

 まるで言葉を話しているみたいな独特の鳴き声に出刃包丁みたいな石の剣、鬼みたいな二本の角を持ち、藁みたいな植物を編んだ物を着込んでいる。

 

 ……前世でお母さんの実家に泊まった時に兄妹揃って怖くて泣いた”ナマハゲ”にそっくりだなぁ……。

 

 まあ、オーガは石を削って短剣にしたり植物を編んだ防寒着を作る知能は有るけれど、基本的には凶暴で脳筋的なモンスターだ。

 ゴブリンは人種でオーガはモンスターな事に前世の僕が疑問符を浮かべているけれど、ちゃんと知性があって交流可能なゴブリン達と知り合っているから行動に支障は出ない。

 

「皮膚の色は青が三匹に……赤が一匹。”オーガメイジ”、魔法を使う個体ですか」

 

「面倒だね。魔法を使う知能は有るけれど、火を森の中で使ったら火災になるって想像が出来ないんだからさ」

 

 オーガの中に偶に発生する魔法を使える個体を発見したし、そもそも自国でモンスターに人が襲われているんだから迷う理由は見当たらない。

 まあ、あれが実はスパイだったら話は別だけれど……。

 

 

「夜鶴」

 

「はっ!」

 

 細かい指示を出す必要は無く、名前を呼べば夜鶴は全て理解して姿を消して大太刀のみになる。

 眼下では強靭な肉体の持ち主であるオーガになすすべ無くやられて行く護衛らしき人達の姿があり、あれがやられたら一気に崩れるだろうからさっさと終わらせるか。

 

「ポチ」

 

 手綱で急降下をお願いし、夜鶴の柄に手を添えると高度とタイミングを見計らって飛び降りる。

 空中で抜刀、オーガ達の前を通過する前に切り裂き、地面に降り立った。

 

 急に空から現れた僕に護衛の人達は慌て、背後のオーガ達を指さすけれど、納刀の音が響くと同時に僕の背後で崩れ落ちる。

 

「ワリィゴハ……」

 

「キュイ!」

 

 残ったオーガメイジもポチが爪で頭を掴んで踏み潰して仕留める。

 

「あっ、こら! 食べちゃ駄目だって」

 

 

 ……もー! 庭師やメイドが甘やかしてオヤツを与えるから最近太って来たんだからさ。

 




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閑話 とある商会の(腹黒)令嬢

 後悔とは後から悔やむから後悔といって、その”後から”というのは失敗に気が付いても取り返しが付かなくなった”後”な場合が多いですわ。

 

 ……私も今までの人生において大きな後悔が幾つか存在し、それは取り返しの付かない事ばかり。

 

 例えば、幼い頃、一族の掟で双子の妹と共に預けられた先で出会った歳の近い伯父に優しくした事。

 妹は少し要領が悪く、伯父は老いてもお盛んだったお祖父様が低い身分の者に産ませた子なのもあって冷遇されていましたわ。

 同情か、優しくする事での優越感か、その両方だったのかは今となっては思い出せませんが、私は伯父と妹と共に過ごし、何かと面倒を見て来ましたの。

 何時か余所に貰われて行く妹と、このまま厄介者扱いが続く伯父、優しくしない理由が当時の私には思い付かず、二人から向けられる尊敬や信頼の眼差し心地良かった。

 

 ”もっと私を誉めて”、”もっと良い所を見せたい”、そんな想いは日々日々膨れ上がり、私は少し無茶をした。……してしまった。

 

「あの花って確か絵本に出て来た奴だよね? お願いが叶うっていう奴。僕、知ってるよ」

 

「……良いなあ」

 

 それは三人揃って出掛け、退屈だからと抜け出した園遊会の日の事、伯父が崖際に生えていた花を見つけ、それに纏わるお話を得意そうに話しました。

 何時も頼りにしている私に良い所を見せたかったのか関わる伝説についてペラペラと口にして、妹はそれに目を輝かせる。

 

 だけど狭くて高い崖の突き出した先に生えている花を手にする勇気は二人には無く、普通だったら此処で諦めるか大人に頼んで困らせて終わりだったのでしょうが、二人にとっての私は何でも出来る凄い英雄の様な存在で、伯父が私になら取りに行けると口にして、妹も取って来て欲しいと目を輝かせた。

 

 ……結果はどうなったか、敢えて口にする必要は無いですわね?

 

 大怪我の後遺症で不自由になった右足を見詰め、杖を握りしめて深く溜め息を吐き出す。

 今まさに私は後悔の真っ最中であり、それは取り返しが付かない物。

 

「……オーガ。絶体絶命ですわね。お金と時間を惜しんで命もお金も失うなんて、私は相変わらず馬鹿のまま。良い格好をしたいと見栄を張り、こうして繰り返すのですもの」

 

 伯父を周囲の大人と同じ様に扱っていれば、妹を立場を巡って争う敵だと認識していれば、あの時に見栄を張らずにいれば、そして、帝国にて需要が急に伸びた金製品の素材となる金を他の商会に先んじて一刻も早く大量に手に入れる為に危険な最短経路を選ばなければならず、選んだのが危険な道を一気に進む事。

 

 全て悔やんだ所で意味は無く、今すべき事は一つだけ。

 馬車を囲むオーガの牙に目を向け、”彼処まで口から飛び出す程に大きい牙なら食事の邪魔になりそうですわね”、そんな無駄な事を考えつつも短剣を取り出す。

 

 撃退も逃走も不可能で、捕まれば苦痛の果ての死が待っているだけなら、せめて自分の手で人生を終わらせる。

 

 鞘から刃を引き抜き震える手で切っ先を喉元に向ける。

 大丈夫、切っ先に塗った毒が痛みに苦しむ時間を減らしてくれる。オーガに生きたまま身体を食われる事に比べれば誇りも保たれる上に苦しむ時間だって短い筈。

 

「……くない。死にたくない。こんな所で死ぬなんて……」

 

 どれだけ理論で自分を納得させようとしても手の震えも溢れ出す恐怖も収まってくれません。

 だって私は未だ何も大きな事を成し遂げていないし、恋だって未だしていないし、妹や伯父なんかよりずっと上に行くって目標だって……。

 

「誰か助けて下さいまし……」

 

 目を瞑って願っても、こんなタイミングで助けが入る奇跡なんて起きはしない。

 

 その筈でした……。

 

 何かが空から降り立つ音に目を向ければ金髪の男性が見慣れぬ剣を抜いた状態でオーガに背を向けていて、オーガ達はピクリとも動かない。

 そして彼が鞘に刃を収めた瞬間、血飛沫を上げながらオーガ達は崩れ落ちました。

 

 起こる筈のない奇跡は私の目の前で起きました……。

 

 

 これが私とロノス様との初会合の瞬間で、生涯忘れられない思い出となったのです。

 

 

「……ああ、なんて素敵なのでしょう。間違い無くこれは運命の出会いですわね……」

 

 商売に運は必要ですが、運命に委ねるのは三流の仕事。経験とコネと財力が最も必要ですが、私、この時だけは運に感謝しましたの。

 

 ああ、本当になんて……。

 

 

 

「なんて利用価値のある方なのでしょう。私は未だ運に見放されてはいないのですね」

 

 オーガ襲われ、もう終わりかと思った所を助けて下さった殿方を私は知って居ました。お会いした事は無いけれど、情報だけは手に入れていた相手ですもの。

 聖王国で最も力を持つクヴァイル家の次期当主であり、祖父は戦場で”魔王”と呼ばれ恐れられた上に現在は国の実質的なトップである宰相ゼース・クヴァイル。

 妹は国を興した聖女と同じ光を扱えるリアス・クヴァイルであり、この時点でお近付きになるだけの利用価値があったけれど、他国の商人が近寄っても相手にされないのは分かっていました。

 

 ですが、こうして助けて頂いた事で近寄る口実は手に入れる事が出来ましたわ。

 前代未聞の時を操る力を持って生まれたロノス・クヴァイル、このチャンスを逃す手は有りませんわよね。

 

 間違い無くこれは運命の出会いであり、私が上を目指す為の最大のチャンスに決まっています。

 

 

「危ない所を助けて頂き誠に有り難う御座います。どれだけ感謝しても仕切れませんわ。その金の髪に飼い慣らしたグリフォン……ロノス・クヴァイル様ですわね? お初にお目に掛かります。私は”ネーシャ・ヴァティ”。帝国にて商売をさせて頂いていますヴァティ商会の長女ですわ」

 

 助けて貰ったならば馬車から出てお礼を言うのは当然で、それが上級貴族相手ならば当然の事ですし、馬車から降りた私はスカートの端を摘まんで丁寧にお辞儀、当然ですが愛想笑いも忘れませんわ。

 

 本来なら妹が出される筈だった商会で身に付けた営業スマイルは我ながら完璧、馬鹿な男なら顔を赤らめる程ですが、ロノス様には通じていないらしい。

 

 あら、残念ですわね。

 

「ヴァティ商会……皇室御用達の所だっけ?」

 

「ええ! 良くご存じで。”聖騎士”と名高いロノス様に名を知って頂けていただなんて光栄ですわ」

 

「そ、そう……」

 

 ……あら、ちょっと反応が悪いですし、聖騎士の異名はお好みでは無かった様子。今後の参考にしておきましょう。

 

「それで大丈夫かい? 馬車は……大丈夫だね」

 

「ロノス様のお陰ですわ。でも、此処から先に進むのは不安ですわね。……どういたしましょうか」

 

 これ以上のおべっかは逆効果だと判断した私は次の手に出る。

 オーガに襲われたばかりで大きな怪我をしている者は居ませんが、襲われていた見知らぬ他人を助けるお人好しならば”後は自分達だけで進んで”なんて言えませんよね。

 

「えっと、この道を進んでるって事は”ノックス”に行くのかな?」

 

「ええ、その通りですわよ。もしかしてロノス様も?」

 

 此方も護衛をして欲しいだなんて言えませんが、向こうから提案して来るならば話は別で、私は不安そうな令嬢を演じます。

 不安そうにしている(美)少女、それも帝国随一の商会の令嬢とも有れば向こうだって繋がりが欲しい筈。少なくても損は有りませんわ。

 

 ロノス様の問い掛けに首を傾げて質問で返し、向こうが望む答えを口にするのを待てば……。

 

「まあ、このまま見捨てるのは僕としても嫌だし、時間に余裕があるから先行してあげるよ」

 

 ……期待通り。

 

 

 

 

「それと気を使って演技をする必要は無いよ」

 

 あら、見抜かれていましたのね。評価をあげておきましょう。



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彼女の狙い

 悪漢やモンスターに襲われている女の子を助け、その相手に好意を持たれる……まあ、前世でも今の人生でも物語ではお決まりのパターンで、絵本にだって出て来る展開だ。

 恐らくは吊り橋効果って奴で危険へのドキドキを恋だ何だのと勘違いした結果だろうけれど、この世界ってモンスターが実在するから非日常的とは言えないし、そんな簡単には行かないんだよね。

 

 ……まあ、それでも感謝したりはされる物だろうけれど、どうもあの子はそれだけじゃないって感じだね。

 

「ポチ、もっとゆっくり飛んで。うん、良い子だ」

 

「キュイ!」

 

 馬車を先導しながらの低空飛行、激しい飛行が大好きなポチからすれば不満が溜まる飛び方なのに不服そうな様子すら見せずに元気に返事をするポチの首筋をそっと撫で、背後の馬車にチラリと視線を送る。

 

「ペースはこのままで平気かな? もっとゆっくりした方が良いかい?」

 

「いえ、大丈夫ですわ。寧ろ遅れていた分を取り戻せそうで感謝ですわ、ロノス様!」

 

 幾ら先導の為に速度を落としていたとしてもグリフォンは空の王者であり、馬車が後を追うにはそれなりの速度が必要だ。

 流石は皇室御用達の商会だけあって引き離されずに付いては来ているけれど一応心配した様子を見せて声を掛ければ彼女は……ネーシャ・ヴァティは馬車から顔を出して愛想良く返事をしてくる。

 

 緑色の髪を縦ロールにして胸元が少し開いた派手では無いけれど質の良いドレスを着た上品そうで……その奥に強かさと野心を隠している感じの美少女に付いては実は既に知っていた。

 

 帝国所属で皇室御用達の商人だから下手に接触するのも憚られるけれど、出来れば繋がりが欲しいとパンドラに言われていた相手であり、”夜”とクヴァイル家の手の者を二重に使って調べていたから馬車の家紋で気が付き、助けるのに迷いが殆ど生じなかったし、短剣で自害する寸前だったのが窓から見えたから本当に間に合って良かったよ。

 

「値踏みされてるなあ。それを指摘しても誤魔化されたしさ」

 

 さっき僕は無理に愛想笑いをする必要が無い旨を伝えたんだけれど笑顔ですっとぼけられた上に名前で呼んで良いかと聞かれて思わず了承してしまったんだ。……流されちゃって情けない。

 あれはパンドラと同じ事務や交渉事の世界で鍛え上げられた類だね。

 僕はどちらかと言えば特殊技術職とか戦闘とか兎に角前面に立って目立つ広告塔だし、相手の土俵に立って勝負するには早すぎた。

 

「好意……は無くもないけれど、助けてくれた事への感謝よりも別の事の方が勝ってるか。見抜かれているって分かっていても隠すのを止める気は無いみたいだし……勘違いしそうだよ。それが目的だろうけどさ」

 

 恩人に感謝しない訳でもないが、その相手に利用価値が有るならば利用してしまおう、そんな意思を秘めた眼差しは隠し方に巧拙は有っても今まで散々向けられて来たし、見抜き方も叩き込まれた。

 まあ、あの子は特に上手だし、勘違いだって勘違いしそうになるけれど、事前に調べた結果じゃ野心旺盛で結構腹黒い所が多いんだよね。

 

 ……っと、此処までは今の僕としての意見や知識であり、ゲームの登場人物としての彼女についての知識も前世の記憶に含まれて、概ね僕としての知識に合致する。……一つを除いて。

 

「……婚約者、だったんだよなあ」

 

 ポチにも聞かれない様に小さな声で呟く。

 

 ゲームではリアスの取り巻きの一人であり、ロノスの婚約者でもあった人物で、詳しい経緯は不明だけれど、確か危ない所を助けたのが切っ掛けだと作中で語っていた。

 最後は婚約が破談になり、家に連れ戻されるんだけれど、そもそも貴族の学園に商家の彼女が通えていた理由があって……。

 

 

 

 

「おっと、危ない」

 

「キュイ?」

 

「何でもないよ、ポチ」

 

 ゲームはゲーム、現実は現実だって忘れちゃう所だったよ。第一、あの頃と違って僕には……あれ? あの頃と違って?

 

 まただ。レナスがゲームでは死んでいた事を思い出した時と同じで、実際に体験した訳でもないのに体験した事みたいに感じている。

 物語を知ってるが故の思い込み、かなぁ?

 

「……」

 

 もう一度後ろを見ればネーシャ(僕は恩人だし、自分は貴族でないので呼び捨てで構わないと言われた)はニコニコと愛想を振り撒く笑みを向けていて、何かモヤモヤとした物が心に溜まって行くのを感じた。

 

 例えるなら未練が残っている元カノと再会したけれど向こうは完全に自分を忘れている、だと思うけれど、前世でも今世でも交際経験皆無な僕じゃ分からない。

 

 そんな事を考えている間もポチを警戒してかモンスターに襲われる事も無く順調に進み、やがて目的地であるミノスが見えて来た。

 さて、朝からこっちに向かって色々と話を進めているパンドラを労ってからネーシャの事を相談しないとね。

 

 正直言って僕の対応が良かったのか悪かったのかは判断が付かないけれど、パンドラならばどうとでもしてくれるって信頼がある。

 政務方面に有能で美人、そんな彼女が婚約者なのは嬉しいし、支えられるだけじゃなくて並びたいとも思う

 それがどれだけ大変なみちであったとしても僕にだって意地があるからね。

 

「名残惜しいですが此処で一旦お別れですわね。あの……宜しければ後ほど正式にお礼に参りますので滞在先をお教え頂けますか?」

 

「確か今日は金鉱の責任者兼役人の屋敷でお世話になるよ」

 

「まあ! 私もその屋敷に商談に参りますの。もしかしたら運命かも知れませんわね」

 

 本当に名残惜しそうだし、目的地が同じだと知って嬉しそうにも見えるけれど、君の演技力には舌を巻くよ、ネーシャ。

 

 周囲よりも自分が優秀だと確信し、自分の居場所に不満を持っている向上心と承認欲求の塊だってのが調査内容で、命の危機から救って貰ったお礼がしたいって口実を手に入れたからか随分と機嫌が良さそうだ。

 

 この出会いを利用して更に上に行きたいんだろうな。初めて出会い、一緒に過ごしてた時だってそうだった……まただ。

 

「あら? どうかなされましたの?」

 

「うん、君について少し考え事をね」

 

「まあ、嬉しい」

 

 この手のタイプには下手な誤魔化しは通じないし、嘘と本当を混ぜて伝えれば如何にもこっちに好意を持っていますって態度で両手を口に持って行くんだけれど、その時に腕で両側から胸を挟んで強調するのも忘れない。

 

 ……貴族の交渉術とは別物の商人流の交渉術か。

 

「じゃあ、また後で会えたら」

 

「ええ、お会い出来るのを楽しみにしていますわ」

 

 ちょっとの会話と腹のさぐり合いで分かったけれど、相手の方が流石に交渉事では一枚以上上手だね。

 正直言って事前に調べていなければ完全に騙されていた可能性だって有るし、家柄の違いからかグイグイ来れなかったのは幸いか、それとも引いてみせる策略なのか……凄いなあ。

 

 世の中には格上が多いし、多少勉強して少し見抜いただけじゃ安心できないね。

 

 

「……成る程。出会い方は上々ですね。若様は天運に恵まれている模様。当主には必要な能力であり、手に入れようとして手に入るものでもありません。しかし、大きな恩を売る形で出会えたのは幸いですが、相手がこの街に滞在中にどの様に接触してくるかが問題ですね。所有する屋敷に来たのならペースを握りやすいのですが」

 

 パンドラと合流後、ネーシャに関して報告すれば嬉しそうにした後で思案を始めた。

 向こうがクヴァイル家との繋がりによって得たいのは聖王国での商売の拡大って所かな? 後ろ盾になるって公言しなくても、親しいと周りに思わせれば新参者かつ余所者への嫌がらせへの牽制になるだろうし……。

 

「その代わりに向こうが提示して来るであろう物ですが、情報も金もクヴァイル家ならば頼る必要は無いですし、皇室御用達という立場から持っている貴族とのコネやクヴァイル家傘下の商人の手助け。後は……」

 

「後は?」

 

 特に問題は無いと言わんばかりの態度のパンドラだけれど、最後の最後で言葉を濁す。

 深刻そうな様子に僕が尋ねれば、パンドラは一瞬だけ迷った後、言いにくそう口を開いた。

 

 

「い、色です。申し上げにくいのですが若様は女性への耐性が高くありませんし流されやすいご性格。それこそネーシャさん自ら……その」

 

「……あっ、うん。大体察したから言わなくて良いよ。……照れるパンドラって可愛いよね」

 

「……そんな所ですよ。兎に角、今後の為にも若様には女性に慣れて頂かねば」

 

 ……あれぇ。パンドラは変に張り切っているし、何か大変な予感……。



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だからそういう所つってんだろ!by乳母

「……うわぁ。これは想像以上にボロボロだ」

 

 ”歴史的価値の高い教会を補修工事が可能な状態にまで戻す”って仕事内容だったけれど、もう何時倒壊しても不思議じゃない位にボロボロで、壁や屋根は所々に穴が開いている上によく見れば地震でもないのに揺れている。

 

「数年前の地震の後、入ろうとするだけで全体が揺れる状態になったのですが、それだけならば古代の建築様式を調べ上げ、何とか補修が可能だと判断したのです。ですが、更に街に入って来たワイバーンが衝突してしまいまして……」

 

「……あー、成る程。裏に大きな穴が開いてたのはそれか。もう崩れていないのは神の奇跡……いや、そういった魔法のお陰か」

 

 街を納める役人かつ金鉱の経営者のお爺さんは人の良さそうな笑みを浮かべたゴブリンだった。途中街中で住民に挨拶される様子からして穏やかで慕われているのが見て取れる。

 そんな彼に連れられてやって来た教会だけれど、風が吹けば倒れて当たり前の状態でも保っているのは多分崩壊を防ぐ魔法の力だろうね。

 神を奉る場所が災害で崩れたら情けないって事で古代に開発された土属性の魔法なんだけれど、難しいから最終的に使い手が居なくなって消失してしまったんだけれど……面倒だ。

 

「あの……どうかなされましたか?」

 

「いや、ちょっとね。……魔法に影響を与えずに時間を戻すのはちょっと大変でさ。集中したいから少し静かにして貰えるかな?」

 

 僕の様子に不安そうにする彼……名前は”ゴブチョ”、に笑みを向け、そっと目を閉じれば何やら静かにするように周囲に指示を飛ばしているのが聞こえて来る。

 ああ、これで大丈夫だ。そっと自分の奥底に意識を向け、魔力を練り上げる。

 

 想像するのは巨大な懐中時計。針が高速で動き、その度に全体を包む淡い光が強くなって行く。その光は前方の崩れる寸前の教会にまで届き、徐々に包んで全体を把握すれば地中に巨大な魔法陣が刻まれているのが伝わって来た。

 そっと其処に掛かれた文字を読みとり、教会との繋がりを崩さない様に意識を向ける。

 

「……”リターンクロック”」

 

 静かに呟けば時計の針がゆっくりと逆回転し、目を開ければテレビ画面を巻き戻した時みたいに崩れた部分が元の場所に飛んで行って収まり、穴の周辺が盛り上がって塞がって行く。

 保全魔法は……よし! 影響は出ていないな。

 

「終わったよ。……って、君も来ていたんだ」

 

「ええ! 初めてお目にしましたが素晴らしい力ですわ。流石は過去に遡っても唯一無二のお力。このネーシャ、歴史的瞬間に立った気分です」

 

  今後の補強作業が可能かつ古い建物の趣が残っている状態まで教会を戻せば背後のギャラリーから拍手喝采が響いたけれど、その中にネーシャの姿を見つけた僕は内心では顔をひきつらせる。

 

「それにしても建物に掛けられた魔法に影響を与えずに新たに魔法を掛けるだなんて凄いですわね。私も魔法の道具の作成を体験した事が有るのですが、修理や魔法の改変をすると後から使った魔法が影響を与えるのですよね」

 

「うん、今のだって慎重にやったよ」

 

「あら、でしたら古代の魔法にじっくりと触れたという事ですわよね? 私、古い物に興味が有りますの。機会があればお話をお聞き下さいませ」

 

 だってさ、如何にも純粋に驚いて感心しているって顔だけれど絶対値踏みしているし、今だって探りを入れているんだからさ。

 失われた魔法、それも金と名誉の匂いがプンプンする情報をどの程度手に入れたのかってさ。

 

 この子、僕とは周りと自分に対する評価が逆だけれど、同じく愛想の良い素直な子の仮面を被っていてもアリアさんとも真逆だ。アリアさんは自分を守る為の盾だけれど、この子の場合は相手に攻め込む為の矛。

 

 ……ちょっと苦手かな? まあ、長く一緒に居たから本当の顔も……って、今日会ったばかりなのに変な考えが浮かんだよ。

 

「ロノス様、わざわざご足労頂き、勝手な願いを聞き届け下さり誠に有り難う御座います。我々一同感謝の極みでございます」

 

「気にしなくて良いさ。民の為に動くのは貴族の仕事だからね。じゃあ、また何かあれば領主一族として力になるからさ」

 

「ははっ!」

 

 そんな僕の気持ちを察してか挟まれた言葉がネーシャとの会話の流れを断ち切ってくれる。

 助かったと安心したら、ゴブチョはネーシャに見えない角度で目配せして笑っているし、これは分かっていてやったな。

 流石はお祖父様が街の管理を任せただけあるよ。さっきから普通にゴブリン語以外も使っているし、さてはかなりの曲者だな。

 

 ネーシャの方を見れば流石に金鉱の経営者との会話に話って入れないのかニコニコとしているだけだ。

 まあ、僕は了承していないけれど、探りを入れられただけで一旦は満足って所か。

 正直言ってグイグイ来られた方が強引に振り払えるんだけどね。

 

「では、私は商談の時間ですので。ロノス様、素晴らしい物を見せて下さり感謝致しますわ。では、後ほど機会があれば……」

 

「うん、機会があればね……」

 

 その機会が有るかどうかはパンドラ次第だけれど、ちょっと情けないから敢えて口にはしない。

 

 ……それにしても貴族と商人の違いはあるけれど、こうして同じ歳の子が精力的に動いて居るのを見ると素直に凄いと思うよ。あの強かさも荒波に揉まれて鍛え上げた結果だろうな。

 

 元からの才覚と経験によって今の彼女が在るって思うと少し魅力的にさえ思えて来たよ。

 

「それでは屋敷に戻りましょうか。コックが腕によりをかけてゴブリン料理を作っていますよ」

 

 そう言えばそろそろ夕ご飯の時間か。

 お腹も減ったし、ゴブリン料理は大好物だから楽しみなんだよね。

 リアスも前世から大好きだし、僕だけ食べたって知ったら文句を言われそうだな。

 

 空を見れば夕日が沈む頃合いで、何処からか美味しそうな香りが漂って来ている。

 自然と空腹を感じた僕は仕事が残っているらしいゴブチョと別れ、夕ご飯を楽しみにしながら鼻歌交じりに屋敷へと向かって行った。

 

 

 

「……脂っこく味の濃い料理ばかりですね」

 

 大きなテーブルの上に並ぶのはエビチリに豚の角煮にチンジャオロースー。その他沢山の中華料理……じゃなくてゴブリン料理。

 いやぁ、この世界じゃ二度と食べられないと思っていた中華料理が総称が違うだけで存在するって知った時は嬉しかったよ。

 

 ああ、でも全体的に脂っこくって味の濃い料理が多いから薄味が好きな夜鶴はちょっと苦手らしいけれどね。

 妖刀状態なら別に食べ物は要らないんだけれど、人の姿を維持したり分体を作り出すには結構な量の食事が必要になる。

 普段は頬をリスみたいに膨らませて食べる姿が可愛いけれど苦手な物が多いなら今日は見られそうにないな。

 

 

「人払いは済んでいますし、三人揃って今後の話をしつつ食べましょう」

 

 そんなパンドラの提案から三人揃って席につき、あの中央が回るテーブルの上の料理を取り皿に乗せて行く。

 

「あっ、ゴマ団子や点心も有るや。ほら、君もこれは好きだろ? 僕の分も食べなよ」

 

「で、ですが、主の分を頂く訳には……」

 

 中に好物を発見してか僅かに嬉しそうな顔をする夜鶴だけれど、僕の分までは遠慮して食べるのを拒否する。

 やれやれ、仕方ない子だよ。僕は夜鶴の前の取り皿に手を伸ばして僕の分まで乗せると強引に差し出した。

 

「これは主としての命令だ。僕は夜鶴が美味しそうに物を食べる姿が可愛いから好きだし、今見せて欲しい。……駄目かな?」

 

「いえ、それならば慎んで頂戴いたします。……主は卑怯ですね」

 

「君の笑顔が見られるなら多少の卑怯は構わないさ」

 

 海老蒸し餃子にカニ焼売、どれも僕の好物だけれど他にも好きな物があるから今日の所は夜鶴に譲ろう。

 

 最初は遠慮していた彼女も少し強引に渡せば直ぐに嬉しそうに食べ始めるんだけれど、卑怯って評価は酷いなあ。

 でも、普段頑張って貰ってるから美味しそうに食べる姿を見るのは本当に嬉しいんだ。

 

 ……まあ、帰りにリアスへのお土産として夜食に餃子やら油淋鶏やらを屋台で買い込むんだけれど、実は口止め料も含んでいる。……メイド長がその辺厳しいからね。

 

「……若様、リアス様へのお土産は私が後ほど私が買い求めて置きますので、クヴァイル家の嫡男が屋台で夜食を買い込むという真似はなさらない様に。お二人の好みは把握していますので」

 

「何の事やら……はい、分かりました」

 

 駄目だ、到底誤魔化せる相手じゃない。

 夜鶴はモキュモキュと頬張って嬉しそうにしていて、パンドラだって一見すれば声も穏やかで微笑んでいるんだ。

 でも、その奥に隠された凄みが有無を言わせない。……仕方無いから従おうか。

 だってパンドラの言葉だからね。

 

「ああ、それと若様……こちらをどうぞ」

 

 そっと差し出されたのはパンドラの分の海老蒸し餃子の半分で、他の料理も綺麗に半分こされている。

 それを箸で摘まんで差し出していた。

 

 優しいなあ、パンドラは。

 賢くて優秀で美人で……。

 

「パンドラ、君と結婚出来る事は凄く嬉しいと思うよ。君により掛かるだけじゃなくて寄りかかって貰える様に頑張るからね」

 

「ふふふ、楽しみにしていますね」

 

 パンドラは微笑みながら僕の口に料理を運ぶ。……あれ? これって……。

 

 

「主、それは間接キスという奴ですね」

 

 夜鶴、言わないであげて。ほら、照れてそっぽ向いちゃってるよ、可愛いなあ……。

 

 

 このまま食事をして、後は視察という名目で街を散策してからポチに乗って帰るだけ……だったんだけれど。

 

 

 

「まあ! お会いするなって奇遇ですわね。お帰りになる前にお茶でもご一緒致しませんか?」

 

 ……うーん、面倒な事になった。



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彼女は聖女の再来で、本来は悪役令嬢です

感想でも有ったのですが、夜鶴の刀身300センチは長い 後から私も思ったけれど、調べたら実在したって文献が有ったそうで




「変な夢だぁ? それを最近毎回見るって?」

 

「うん、ちょっと気になって……」

 

 お兄ちゃんはお仕事に行って、レナはメイドの仕事中だからレナスは私が独り占め出来るって喜んで、今は組み手前の準備運動の最中だけれど、背中を押して貰いながらしたのは最近夢で見る光景について。

 

 ……ちょっとお兄ちゃんには相談しにくい内容なのよね。

 

「成る程ねぇ。”僕には言いにくい内容みたいだし、母親になら話せるだろうから聞いてあげて”ってロノスが頼んで来たが、どんな内容なんだ?」

 

「うへっ!? お兄ちゃん、気が付いて……お兄様、気が付いてたのね」

 

「別に母親の前まで直さなくって構わないよ、馬鹿娘。あの馬鹿息子は自分より妹が大切って奴だからね。色々察したんだろうさ。ほら、話しな。柔軟後の小休止中に聞いてやるよ」

 

 私としては隠し通せている積もりだったのにお兄ちゃんったら……。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑な心境の私の背中を最後に一段と強く押したレナスは地べたにドシって座り込んで胡座をかいて、私は何となく正座をして向き直る。

 

 うん、それにしてもレナスって矢っ張り”お母さん”だなあ……。

 お父さんっぽくもあるけれど。

 

「えっとね、お兄ちゃんと一緒に行動してるんだけれど、色々振り回すの」

 

「……今更じゃないかい? アンタ、その場の勢いで行動して、ロノスが流されて付き合うって元からだったじゃないのさ」

 

「そ、それはそうだけれど……お兄ちゃんへの扱いが酷くって。呼び捨てにしたり、見下してこき使ってるみたいな言葉遣いで罵倒したり。……でもね、心の中では大好きで、何をしても味方だって思ってるからで……」

 

 あんなのが夢の中だとしても私だってのが嫌になるんだけれど、同時に少しだけ気持ちが分かる気もするわ。

 お兄ちゃんだけは最後の最後まで側に居てくれる味方で、頼りっきりになれる英雄で、夢の中の私は情けない姿を見せるお兄ちゃんに憤慨してて……本当は叱って欲しかった。

 でも、お兄ちゃんは最後まで私を否定せず、孤立させない為に側に居る事を選んでくれて……。

 

 あの私はゲームでの私で、奇妙な事に画面を適当に眺めていただけなのに本当に自分が体験した事みたいに鮮明で、気が付いたらレナスに抱き締められて頭を撫でられていたわ。

 

「……よしよし。全部吐き出しちまいな。夢だろうが辛いもんは辛いんだ。此処にゃアンタに聖女の再来なんてくっだらない役割を求める奴も居ないし、気楽で良いのさ。まっ、聞いた限りじゃ既に結構やってるみたいだがね」

 

 この歳で母親同然の相手に抱き締められて頭を撫でられて、感じたのは恥ずかしさよりも安堵感だったわ。

 

 ……あの日、レナスが死んじゃって、その役割までロノスに求めて、完全に全うしてくれないから八つ当たりまで……あれ?

 

「私、今何か変な事を考えていたみたいな気が……」

 

 凄く悲しい気分になりながら自己嫌悪していた気がするけれど、不思議な事に何も思い出せない。……何故かしら。

 

「もう少しこうしてて良い?」

 

「はいはい、相変わらず甘ったれな娘だよ。まっ、子供に甘えて貰うのは親の勤めで楽しみだ。好きなだけこうしてな……」

 

 正面から何でも受け止めて包み込んでくれる。それが私の大好きなレナス。

 ああ、幸せね……。

 

 

 

 

「……しっかし相変わらず薄っぺらい胸だねぇ。餓鬼の頃からちっとも成長してないんじゃないのかい?」

 

「少しは成長してるもん!」

 

 ……こうやって遠慮無しに余計な事を言ってくるのもレナスなのよね。

 

 

「お兄ちゃん、今頃何やってるのかしら?」

 

「無自覚に女を口説いてるんじゃないかい? その癖色仕掛けに耐性がないってんだから情けないねぇ」

 

「お兄ちゃんだものね……」

 

 両方の意味で呟いて暫し黄昏る。さて、そろそろ組み手よ、組み手!

 

「稽古を開始しましょ! 胸は確かにあんまり成長してないけど……戦いの方は成長したって見せてあげるわ! アドヴェント!」

 

 光のエネルギーが全身を駆け巡って力へと変わり、私はレナスに向き合うようにして拳を構え、向こうも八重歯を覗かせる凶悪な顔で嬉しそうに構える。

 

「上等じゃないのさ、リアス! アンタの成長を見せてみな!」

 

 さあ! 全力で行くわよ!

 

 

「んじゃ、先ずは小手調べからと行こうかねぇ!」

 

 先に動いたのはレナス、見切りやすい大振りの一撃で、それでも真っ直ぐに突き出される拳の速度は神速。

 二人の間は約十メートルで、腕が伸びる生物でもないと到底届かない距離。だけれど私は知っている。このまま棒立ちだと呆気なくぶっ飛ばされるってね。

 

 肌にピリピリ感じる圧力。突き出されたレナスの拳が巨大化して見える程の気迫、そして迫って来るのはドラゴンでさえ一撃で昏倒させる威力の拳圧。

 

「本っ当に容赦無いわね……」

 

 今の私なら同じ様な事は可能だけれど、レナスのに比べたら未だ未熟で威力だって段違い。ったく、強くなった私だけれど、強くなった事で相手がどれだけ高い場所に居るのか分かっちゃうのよね。

 

 でも! だからこそ!

 

「越えようと足掻く価値が有るってもんよね!!」

 

 レナスと同じく私も拳を振り抜き、空気をぶっ叩いて前方に飛ばす。威力はまだまだ及ばないけれど、だったら力を重ねれば良いだけ。

 

「シャインブースト!」

 

 大地を踏みしめ体の回転の力を全て突き出す拳に込めて放つ瞬間、肘から光を噴射して力を増大! 拳によって放たれた空気の塊と塊が二人の間でぶつかり合い相殺する。

 

 今しかない!

 

「だらっしゃぁああああああっ!!」

 

 掛け声と共にもう片方の腕を突き出して拳圧を更に飛ばし、それを連打で放つ。肘からの噴射は一瞬だけで、回転を重視したから一撃一撃の威力は先程と比べたら落ちるけれど、これはあくまでも布石。最初の一発がレナスに届く寸前、私は足元が爆ぜる程の威力で踏み込んで駆け出した。

 

 飛ばした拳圧に追い付くギリギリの速度を維持し、狙うのは僅かでも体勢を崩す一瞬、その一瞬に私は懸ける!

 

「おりゃぁああああああっ!!」

 

 

 

「狙いは良いんだけどねぇ。……まあ、及第点だ」

 

 私が放った拳圧が迫る中、レナスは避けもせず防ぎもせずに正面から突っ込んで来た。確かに当たっているのに全て当たった側から弾け飛び、お互いに拳を振り上げて射程距離に相手を捉えた。

 

 背が低い私は真下から振り上げるアッパーを、背の凄く高いレナスは真正面に向かってのストレートを。私は魔力をありったけ込めて肘から噴射した渾身の一撃を放ち、それよりも前に届いたレナスの拳が額ギリギリで止まり、風圧で髪が後ろに流される。

 

 ……ちぇっ。負けちゃった。

 

「その肘から光を放つ奴だけどねぇ、未だ使い慣れてないだろ? 折角全身の力を込めても最後の最後で体勢が崩れちまってたよ」

 

「……え? 本当に? 自分じゃ分からなかったわ」

 

「まっ、僅かだが、その僅かが格上との戦いを左右する。使いこなせりゃ強力な武器になってくれるし頑張りな。アンタならその内使いこなせるさ」

 

「うん! 絶対に使いこなして一年以内にレナスだって倒して見せるわ!」

 

「おっ! 言うじゃないのさ、小娘が。その意気だ、気張るこったね!」

 

 レナスは私の言葉に嬉しそうにしながら背中をバシバシ叩いて来て、少し居たかったんだけれど、私は戦い始める前のモヤモヤが完全に消え去ってるのに気が付いた。

 

「有り難うね、レナス」

 

 矢っ張り変な事を忘れるには体を動かすのが一番なのよね。思いっきり戦えばスッキリするし楽しいし、強くなれるから最高よ。

 

 

「んじゃ、第二回戦と行こうじゃないのさ。今度は組技を教えてやるよ」

 

「望むところよ。次も良い所を見せちゃうんだから!」

 




アリアのイラスト


【挿絵表示】


マンガの人の設定画です


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自覚無しにも程がある

 信者にとっては信仰を捧げるべき由緒有る場所であり、それ以外にとっては観光客を呼び込む為にも必要であった教会が修復され、ミノスは少しばかり平時よりも賑やかになっていた。

 

 気分が上がり財布の紐が弛む隙を逃してなるものかと酒場は割引を行い、普段はこの時期には開かれない夜店まで軒を連ねて客を呼び込む。

 この景気を盛り上げるべくお祭りの日でもないのに教会の修繕を祝し、ロノスへの感謝を込めるといった口実で打ち上げられた花火が夜空で開いて道行く人が足を止める中、余所者なのか普段は街では見掛けない少女の姿があった。

 

「にゅふふふふ~。暫く眠っている間に随分と発展したものじゃなぁ。もぐもぐ……美味い」

 

 既に日が沈んで夜だというのにリンゴを模した日傘を差し、空いた手には串焼き肉を持って上機嫌な様子で人の間を軽やかな動きで歩き回っている。

 朱色のゴスロリファッションを着た彼女の年の頃は十歳程度、少しお調子者な印象を与えるが、成長すれば嘸や美人になるであろう整った顔立ちにすれ違った者の幾人かが振り返るも空の上で開いた巨大な花火に視線を奪われ、その間に少女は人混みの中に消えて行く。

 

 少し変わった事に蛇の形をしたリボンをツインテールにした髪に巻いており、その髪の色は月明かりを思わせる金色であった……。

 

 

 

 

「では私は今後の金相場の調整や街の運営に関しての話し合いがありますので残りますが、若様はあまり遅くならない様にお願い致しますね? 寝坊で遅刻などあるまじき失態ですから」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 食事も終わり、後はポチに乗って帰るだけなんだけれど、此処に来て少し問題が起きた。ポチ、晩御飯食べたら眠くなっちゃったらしくって、このままじゃ飛んで帰れないし、少し眠ったら大丈夫そうだからミノスに少し残る事にしたんだ。

 

 ……遅くなり過ぎると明日の学校が大変だよねぇ。でも、こうして普段は来ない街を観て回れる機会は滅多にないし、パンドラに頼んで視察という名目で散策を許された。

 

「若様、それでは確認させて頂きます。1・食べ歩きはしない。2・居酒屋や食堂で食事はしない。但し喫茶店等でのお茶は許可する。3・……エ、エッチな本等は買わない。他数点を守って下さいね」

 

 まあ、こんな感じで次期当主に相応しくない行動に対して制限が掛かっちゃったんだけどさ。

 まっ、パンドラの言いつけだから仕方無いさ。

 

「どうせなら君と見て回りたかったんだけどさ。ほら、二人だけで出掛けたのって一度も無かったからね」

 

「……では、今後のお仕事では視察に同行致しますので、楽しみにしています」

 

「僕と一緒に出掛けるのが楽しみなんだ。嬉しいなあ」

 

「だから……そういう所ですよ」

 

 ……あ、今不覚にもドキッとさせられた。不意打ちであんな笑顔を見せるんだからパンドラは卑怯だよ……。

 

「おや、どうかなされましたか?」

 

「パンドラに見惚れちゃってね。凄く素敵に見えたからさ。じゃあ、出掛けて来るよ」

 

 僕の事を見透かした表情の彼女から顔を背け、多分真っ赤になってるだろう顔を見られない様に歩き出せばレナに渡された荷物が目に入った。

 ポチの背中に括り付けて運んできたけれど、結局開けなかったよね。何か必要な物でも入ってたのかな?

 

「ちょっと開けてみるか……」

 

 これでパンドラの着替えが入ってて下着とか入ってたら……。

 そんな事を考えていたら頭に浮かんだのはパンドラの下着姿で、あの時は演技で余裕綽々の様子を見せていたけれど、実は羞恥心でギリギリだった事を気が付いていて、それを思い出したら留め具に伸びた手が止まる。

 

 あの時も昨日も言っていたけれど、僕は色仕掛けへの耐性が低くって、だから訓練をするって言ってたよね?

 えっと、訓練って事は……だよねぇ。

 

 頭に浮かぶのは邪な考えで、多分相手をするのはパンドラ自身か、忠義心から身を捧げようとするであろう夜鶴。

 ちょっと秘蔵の本の登場人物を二人に置き換えて妄想してしまい、慌てて顔を左右に振った。

 

 忘れろ! ”お背中を流します”とか言いながらサラシと褌だけの夜鶴がお風呂場に入って来たり、ボンデージ姿で女豹のポーズを取るパンドラの姿の妄想とか忘れろ!

 

 ……あー、不味い。早く夜風に当たって冷まさないと。

 でも、その前に何が入っているのか見てみよう……。

 

 留め具を外して鞄を開き……僕は思わず固まった。

 

 

「……あれぇ?」

 

「ふん。顔が真っ赤だが酒でも飲み過ぎたか? それならば情けない事だな」

 

 だって、鞄を開ければ内部はお人形の家みたいになっていて、優雅な仕草でワインを飲んでいるレキアが居たから当然さ。

 幾らレキアが小さくても鞄の中じゃ窮屈だし、結構揺らしたのに鞄の中の部屋に一切影響が出ていない風に見えるけど、妖精の魔法かな?

 

 持ち運べるプライベートルームとか秘密基地みたいで羨ましい……じゃない!

 

「何で居るのさ?」

 

「……妾は妖精の姫であり、母からは最も信頼厚き長女だ」

 

 その妖精の姫が僕に黙って同行してやって来たのは敵対関係が続いたゴブリンの多く住む街で、だから僕が抱いた疑問は尤もな筈だ。

 いや、待てよ? ああ、成る程ね……。

 

「レキアは凄いね。ちゃんと前に向かって進もうとしててさ。植え付けられた偏見を捨てる為にゴブリンの暮らしをちゃんと見ようだなんて」

 

 幼い頃から下等なモンスターだと教わって、女王が少し強引に代替わりしてからは和平に向かって歩き出した妖精とゴブリンだけれど、レキアの中には未だに残っているんだ、偏見がさ。

 

 同時にそれをどうにかしたいとも思っている。

 

「百聞は一見にしかず、という奴さ。頭で分かるだけでは不足。ちゃんと自らの目で見て耳で聞いて知らねばならぬ。……しかし、分かると思っていたが直ぐに理解するとは誉めてやろう。流石はロノスだ。まあ、それと……照れ臭くて貴様には言い出せず、レナに命じて勝手に同行した事を詫びよう」

 

「……レキアが僕に謝った!?」

 

「茶化すな、貴様。まあ、良いさ。迷惑は掛けんから暫し付き合え。妾も視察に同行させて貰うぞ」

 

 少し不機嫌そうにした後で軽く笑ったレキアは僕の肩に乗り、姿を消した。肩には確かに乗って居るんだけれど、鏡にも映っていない。

 

「妖精の妾が姿を見せれば反感を覚える者も出よう。貴様に迷惑を掛けるのも不本意だ。後で礼はするから同行させよ」

 

「君が相手ならこの程度で謝礼は要求しないんだけれど、君の気が済まないならそれで良いさ。じゃあ、視察に付き合って貰おうか。……何だかデートみたいだね」

 

「いや、だからそういう所ですよ、若様」

 

「貴様、本当に自覚が無いのか?」

 

「お言葉ですが、無自覚に乙女心を刺激するのは如何かと……」

 

 ……あれぇ? 何故か三人揃って呆れている?

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

 まあ、気にしていても仕方が無いし、詳しい事は帰り道にレキアから教えて貰う事にしてラキアとの散歩に行こうっと。

 

「夜鶴、陰からの護衛と不審者の見張りをお願い。君への贈り物も出店で探してあげるし、何か惹かれる物が有れば教えてよ」

 

「……あの、今回はレキア様のエスコートにお徹し下さい。私への贈り物は……次の機会に主が選んで下さった物を頂戴したく願います」

 

「そう、分かったよ。じゃあ、パンドラにも何か贈りたいし、二人とも何かの機会に二人きりで出掛け……レキア、どうして耳を引っ張るのさ」

 

「五月蝿い。早く行け」

 

 あーもう、勝手なんだからさ。

 急に不機嫌になったレキアに溜め息を吐きつつも僕は外に出て、夜鶴も夜闇に紛れて僕の後ろからついて来る。

 

 外に出れば出店が沢山あって街は活気に満ちている。

 あ、花火が凄いや。

 

「平和だなぁ。今日はもう変な事も起きずにゆっくりしたいよ……」

 

 




アリア  マンガの設定画より


【挿絵表示】


活動報告かツイッター モミアゲ三世 で漫画公開中


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見知らぬ記憶

反応が薄いと一気にやる気が削がれて新作に気が移る 前回は感想が来た 今回もくれば嬉しい


 想い人……いや、人間にしてはそれなりに気に入っている男の肩に乗って街の中を見渡せば、幼い頃に野蛮で下等なモンスターだと教わったゴブリン達の姿が多く見えた。

 

 肌の色、基本的な体格は違えども確かに理性と知能を感じさせる顔付きで、比べてみれば妾が魔法で作り出す偽物は粗悪な贋作でしかない。

 

 ……今までこれまでの教えは間違っていたと何度も教わったし、ちゃんと自らの目で確かめて考えを完全に改めたいとは思っていたが踏ん切りがつく機会に恵まれず、今回の事が無ければ何時になって居たのだろうな……。

 

「……感謝するぞ、ロノス」

 

 小さな体の小さな声は夜空を照らす花火の音に掻き消されて届かず、妾は仕方無しに花火によって様々な色に照らされるロノスの横顔を見詰め、花火の音に紛れさせる様にして小さな声で次々に呟いた。

 

「妾は本当は貴様を嫌っていない」

 

「友になろうと言ってくれて嬉しかった」

 

「何時も感謝している」

 

 不思議な事に面と向かって聞かせられない言葉でも、こうして聞こえないのなら幾らでも伝えられる。

 聞こえないなら、伝わらないのなら無意味な自己満足ではあるが、今はこれで構わん。

 

 まあ、聞こえておけと理不尽に怒りたくもあるが、母上が素直になれていないだけと教えたせいでどの様な視線を向けられるのか分かったものでないがな。

 

 さて、此処まで伝わっていないが伝えたのだし、どうせなら最後まで口にするか。

 

 

「ロノス、妾は貴様が……」

 

「ロノス様! ロノス様ではありませんか!」

 

 どうせ花火の音にかき消されていたであろう妾の声は、背後から掛けられた人の子の声によって更に塗りつぶされる。

 

 

 

「まあ! お会いするなんて奇遇ですわね。お帰りになる前にお茶でもご一緒致しませんか?」

 

 親しげに寄って来るが、その目は利用したい相手を値踏みする目だと直ぐに気付く。

 ……不愉快な女だ。

 

 ああ、本当に不愉快だな。目の前の無粋な女も、臆病な妾自身も不愉快で仕方が無い。

 

 ……!?

 

 今、あの時の奴と、商人を名乗って近付いて来た神獣将と似た気配がした気がしたが……。

 

 だが、下手に口にすれば混乱を生むだけ。

 ならばロノスと妾だけになった時に教えるべきであるな。

 

「おい、ロノス。此奴が誰かは知らぬが放って先に行け」

 

 だからまあ、目の前で馴れ馴れしくロノスに近付いて来る女から離れたいのには正当な理由あっての事だ。

 

 

 嫉妬? 愚かな解釈であるな……。

 

 

 

 

 

 僕は今、非常に困っている。

 

「お茶? どうしようかなぁ……」

 

 知り合ったばかりの女の子からのお茶のお誘いは少し緊張するし、出会った時から変なモヤモヤを感じる子だから遠ざけたいんだけれど、彼女の裏事情や今の家との今後の関係を考えれば無碍にも扱えないんだ。

 

 でも、何故かレキアはネーシャの事が気に入らないみたいだし、こっちとの今後の付き合いも有るんだよねぇ。

 ま、喉が渇いた頃合いだし、お茶の一杯程度なら付き合いの内か。

 

「今日中に帰る予定だし、少しの間なら構わないよ」

 

「そうですか! 凄く嬉しいですわ! 花火がよく見える場所を予約していまして、早速行きましょうか」

 

 僕が受け入れると本当に嬉しそうに見える顔でズイッと近付いて来て、喜んだ様子で僕の手を取ると引っ張って来た。

 

「きゃっ!?」

 

 でも、足の不自由な彼女が慌ててそんな事をするから石ころに躓いて転びそうになったんだ。

 僕は咄嗟に腕を引き戻し、そのまま自分の胸で受け止める。やれやれ、危機一髪だったね。

 

「大丈夫? 矢っ張り誰か従者の人と一緒の方が良くないかな? 宿まで送って行くよ?」

 

「お陰様で助かりましたわ、ロノス様。それにしても意外と逞しい……わ、私ったら何を言ってるの!? お忘れを! 今のはお忘れ下さいませ!」

 

 僕の胸板を服の上から触ってうっとりした後でネーシャは急に慌てた態度で耳まで真っ赤だ。

 

 この子、色仕掛けをしてくる可能性が有るから警戒してたけれど、結構ウブ? でも、実は演技だったら凄く上手いなあ……。

 

「それに……こんな風に殿方と一緒に出掛けるなんてデートみたいではありませんこと? 私、ちょっとだけ憧れていましたの」

 

 

 

 あ、レキアの怒りを買ったのかネーシャに見えない角度で抓って来た。

 え? 従者の目を盗んで出掛けられる筈も一人で出掛けさせる筈もないから気を付けろって?

 

 ……確かに。

 

 

「私からお誘いしたのにご迷惑をお掛けするだなんて情けない話ですわね。これは何かお詫びを致しませんと」

 

 ネーシャに連れられてやって来たお店は二階建ての大きなカフェで、二階の個室を予約しているからと一緒に向かったんだけれど、足の悪いネーシャが階段を昇るのは大変だろうからと僕が手を貸してあげる事にした。

 

 バリアフリーの概念なんて行き渡って居ないのか手摺りが無いのはどうなのかなあ?

 

 って言うか、普段はどうしているんだろう?

 

「普段は階段をどうしているのか、ですか? 何時もなら座ったイスを担いで貰っていますの」

 

「……あー、うん。お嬢様だし、その程度なら当然かぁ」

 

 だよねぇ。何時も苦労しながら必死に階段を昇ってる姿を想像したけれど、ヴァティ商会の規模を考えたら当然か。……階段とか危ないからね。

 

「でも、こうしてロノス様の様な素敵な殿方の手を取って昇るのも悪くないですの。ふふふ、まるでデートみたいじゃありませんこと?」

 

「端から見ればデートに見えるだろうね……っ!?」

 

 僕に好意を抱いているのだと勘違いしそうな態度に不覚にもドキッとさせられた時、不意に頭に痛みが走り、見知らぬ光景がフラッシュバックした。

 

 

 

 

 

 

「……こうして二人きりになれるのは久し振りですわね。何時も何時もリアス様が"ロノス、ちょっと来なさい”って連れ回してますもの」

 

 花が咲き乱れる丘の木の下、シートを敷いてお弁当を広げた僕とネーシャは肩を寄せ合って互いの顔を見詰めていた。

 

「ごめんね。でも、あの子が本当に心を許せるのって僕だけなんだ」

 

「……私にとってもロノス様だけですわ。最初は互いに相手の家を利用する為の関係でしたが……今はこうして愛し合っていますもの」

 

 僕の手にネーシャの手が重ねられ、次に唇が重なる。

 

 

 こんな光景、僕はゲームでも知らないし、会話の内容からして未来視みたいな魔法が発動したのでもなさそうだ。

 変な夢を見ている気分だったけれど、それにしては鮮明で……。

 

 まるで今体験しているみたいな現実感の中、密着した状態でネーシャは服を脱ぎ始めた。

 

 

「……人払いは済んでいます。このまま貴方と別れる事になるのなら、せめて忘れられない思い出を下さいませ」

 

 わっ!?

 

 

「……どうかされましたの?」

 

「い、いや、何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけだって」

 

 階段で急にボケッとしたと思ったら驚いた顔をした僕を不思議そうに見詰める今のネーシャとさっきの彼女が重なって鼓動が高鳴る。

 あれかな? さっきパンドラや夜鶴相手に変な妄想した影響が出ているとか……。

 

 兎に角階段でこんな事をしていたら危ないし、気を付けながら昇るんだけれど握った手を通してネーシャの存在を嫌でも感じて落ち着かない。

 

「……おい、しっかりせよ」

 

 ネーシャには聞こえない程度の大きさの声でレキアの不機嫌な呟きが聞こえると共に頬を殴られる。痛くはないけどお陰で目が覚めた気分だ。

 

 

 ……お誘いを受けたのは失敗だったかな?

 どうもネーシャと出会ってからの僕は変だし、本当にどうしたんだろうか……?

 

 

「此方の個室ですわ。既に用意はされていますし、花火でも眺めながらお寛ぎ下さいませ」

 

 部屋に入ると漂って来たのは甘い花の香りで、テーブルにはポットとカップ、幾つかの軽食が既に並べられていた。……尚、二人分だ。

 

 出会ったのが偶然って割りには用意周到だし、あの時に夜を一体潜ませておくべきだったか。

 本当に僕は未熟者だと自分に呆れた時、不意にネーシャの声が微かに聞こえた。

 

 

「……これが幸運なのか不運なのか分かりませんが、すべき事は同じですわね」

 

 振り返れば直ぐに愛想の良い笑顔に戻った彼女だけれど、一瞬だけ自虐的な笑みを浮かべ、僕に向ける瞳はアリアさんが向けて来る物と同じに見えた。

 

 あれ? 変だな? 何故か胸が締め付けられる気分だ……。

 

 



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計略

 ……別に今の私の居場所が恵まれていないとは思っていません。

 皇帝陛下御用達であるアマーラ帝国随一の商会の財力は上位貴族すら上回り、其処の跡継ぎ娘の地位は大貴族に匹敵する。

 

 それは良い。それは良いのですが……只、本来の居場所ではないだけなのです。

 

 

 本来ならば私に約束されていた母の後継者の座を足の後遺症を理由に妹に奪われ、本来なら地位も能力も劣る伯父に建前上の地位が劣るという屈辱。

 ”良い顔をしたい”、”頼られたい”、そんな風に下に見て、実際能力も地位も下だった筈の二人の居場所は私より上で、それがどうしても耐えられない程の屈辱でしたわ。

 

「……見ていなさい。何時か、何時か必ず私の方が上に……」

 

 能力で劣るなら納得もしますし、地位が下ならば諦めもしましょう。

 ですが、能力も本来の地位も下回る相手を上に置かなければならないのだけは……。

 

 決意を決めたその日より私は屈辱と後悔を力に換え、本来ならば学ぶ必要の無いものさえも貪欲に身に付け、代わりに普通の女の子としての幸せ……例えば恋等は放棄しましたわ。

 だって、恋なんて邪魔にしかならないと思っていましたもの。

 

 

「ねぇ、聞いて! 私と彼は運命の出会いをしたんだわ。きっと二人は恋をする為に生まれて来たのね」

 

 商会の跡継ぎとしての仕事の一つに関係する貴族や商会との人脈作りが有ったのですが、彼女はその過程で知り合った”友人”の一人で、既に名前も朧気にしか思い出せない無価値な相手。

 

 えっと、確か顔も家柄も好条件な相手の中から選ぶ立場にありながら、彼女が恋したのは庭師見習いの少年で、反対されるのは分かっていたから家のお金と家宝の首飾りを持ち出しての逃避行、そして悪目立ち散財の末にあっさり捕まった時には家宝は本来の価値からすれば二束三文で売り払われて行方や知れず、純潔も捧げてしまっていて、世間知らずの馬鹿娘に育て上げた親馬鹿両親も大激怒。

 

 えっと、彼女のその後はどうなったのかしら?

 ああ、そうでした、そうでした。……共和国に住む親子以上に歳の離れたガマガエルの後妻でしたわね。確かに両親にとっては大切な子供でも、他に兄弟が居るのですから地位は絶対ではなく、切り捨てられもすると想像出来ない愚かな娘ですわ。

 

まあ、帝国以外の国にもヴァティ商会の力が有れば情報網は広げられる訳で、こんな風に恋なんて物の為に手に入った筈の物を手放した方のなんて多い事でしょう。

 

「……矢張り恋なんて実利を得る為の合理的判断を邪魔する毒でしかありませんのね」

 

 約束されていた場所も健常な足も失う事になった愚かな選択をした馬鹿な自分と報告書の愚者達が重なり、恋の無意味さを確信する。

 

 ……幼心には恋に憧れ、素敵な相手との出会いを無根拠に信じていた私。

 ですが今の私には不必要な物で、目的の為なら嫌悪感しか覚えない相手であっても婚姻を結んでご覧に入れましょう。

 

 

 ……その筈だったのですが、私は愚かさを捨て切れていない未熟者だったらしいのです。

 

 

 あの時、助けて下さった相手が誰か悟った時、私の頭を支配したのは”彼をどうやって引き込み、どの様に利用するか”、それだけでした。

 

 ”時”の使い手であり、聖王国の実質的支配者であるとされる”魔王ゼース・クヴァイル”の孫。彼も、彼の周辺の者達も利用からして魅力的で利用価値が高い。

 

 

「何としてでも取り入り、利用してみせますわ。……その為の知識は今まで必死に身に付けた物の中に有りまして、最終的に自分自身の体を使っても。……相手としては悪くありませんし」

 

 ロノス様は少し中性的ですが整った顔立ちですし、最悪何処かの誰かみたいに歳の離れた相手との結婚も視野に入れていましたが、どうせだったら見た目と性格の良い相手を選びたいって欲は残っていますわ。

 見知らぬ相手を助けに入るお人好しさも手綱を握るには丁度良いとしか思って居なかったのに、気が付けば彼の顔を思い浮かべ、続いて普通の女の子として共に過ごす自分の姿を想像していたと気が付いた時、直ぐに否定しましたわ。

 

「……私は違いますわ。恋なんかで目的も実利も見失う愚か者ではありません。私はあの二人よりも上に行くために今まで普通の生き方を捨てて……」

 

 普通に友達と語り合い、普通に素敵な殿方と出会い、そんな普通の人生を送るという選択肢は確かに存在したのです。

 ですが、私は敢えてそれを捨てて生きて来たのに……。

 

 

 それに命を救われた程度で恋に落ちるだなんて、恋物語のチョロいヒロインじゃ有るまいし、今まで無駄だと遠ざけていたせいで耐性が足りないのですわね……はあ。

 

 

「さて、気を取り直して計画を練りましょうか」

 

 自分の恋心よりも優先すべき事が私には存在する。好きな相手と結ばれる事なんて大した価値は無いのですから、さっさと実利を取りに行きましょうか。

 

 

 クヴァイル家は流石というかお金では動かせず、力だって向こうが上……なら、年頃の殿方相手に有効な色で動かすのが一番と判断し、私は用意した店で勝負に出る事にしましたの。

 

 

 使うのは私自身……でも、都合が良かったのかしら? 

 

 だってほら、他の方と結ばれた場合、恋心が残っていたら不和の元になり、それが家の不利益に繋がるかも知れないじゃないですの。

 

 好きになった相手を利用しつつ結ばれる……ちょっと難易度が高いですが、今の自分の力を試す良い機会ですわね。

 え? 経験は有るのかって?

 

 まさかっ! だって殿方って未経験な淑女に神秘性と憧れを抱くのでしょう?

 だから道具を使った実演での勉強は兎も角、殿方に肌を無闇に見せたりもしていませんわ。

 

 

 ……さて、此処からが勝負ですわね。……情報でももう少し簡単に扱えるお坊ちゃんって感じでしたのに、初見で此方の意図を見抜くだなんて内心焦らされましてよ。

 

 私が自分を値踏みしつつ媚びを売っている事を見抜いて指摘するだなんて、案内した個室の中、目の前で花火を眺めている方への評価を慌てて修正する事になりましたし、第一印象はとても上々とは言えないでしょう。

 それでも街まで警護して下さるお人好しさを見せて頂きましたし、こうして待ち伏せしていたのを気が付いて居ながらも偶然出会ったという嘘を指摘もしないなんて……。

 

 私が利用を開始した後はその辺をしっかりと修正しませんと、同類が次々と群がって来そうだ、そんな未来を想像しながら後ろ手で鍵を閉め、その音に気が付いたロノス様に近寄って行く。

 

「……ロノス様、初めて出会った時の事を覚えていらっしゃいますか? あの時、私は生きたまま貪り食われるのならと自害をする寸前に助けて頂いて……ロノス様に心を奪われましたの。ですからお礼がしたくて……」

 

 これは本当の事だし、我ながら普段以上に恥ずかしがる演技が出来ていましたし、本当に恥ずかしかった。

 胸元のボタンに手を掛けて素肌を晒せば窮屈だった胸元が露わになりますし、これでも普段は殿方とは無闇に接触しませんのになんてはしたない真似を……。

 

「どうか……どうか一時の夢と思って……」

 

「いや、互いの立場からしてそうは行かないよね? 特に君は……皇室御用達の大商会の令嬢で皇帝の娘なんだから」

 

「……知っていましたの。なら、作戦は失敗ですわね」

 

 ロノス様に迫っていた足が届いた言葉でピタリと止まる。本来なら知られていない筈の事を何故知っているのか疑問に思いましたが、少し考えれば簡単でしたわ。

 

「手の者は其方の方が優秀な様で……」

 

 双子を禁忌とし、幼い内は余所で育てるという皇室の掟によって隠されていた私の存在。

 それを知っていたのなら今までの作戦は全て無駄で、なら肌を晒す必要も無いでしょうし、私はさっさとボタンを留めなおし、ロノス様はその間顔を背けている。

 

 あら、結構純情なのですね。……作戦続行で良かったかしら?

 

 

 まあ、第一印象が最悪だったのを強引に盛り返す為の作戦が失敗した今、私がすべき事は一つだけ。

 

「失礼しましたわね。まあ、折角用意したのですし、どうか座ってお食べ下さいませ。所で腹を割って提案させて頂きますが……私と、ヴァティ商会と手を組む気は御座いませんか?」

 

 ……こんな時の為に用意していた策に移行するだけ。

 どうせなら有利な関係が良かったのですが、こうなれば交渉による勝負しかないと思った時でした。

 

 

 

 

 

 

「おや、”神殺し殺し”たる時の使い手の気配を察知してやって来たのじゃが……邪魔だったみたいじゃの」

 

 不意に室内に入ってくる人影と聞こえた声。目を向ければ夜にも関わらず日傘を差した少女が窓枠に立っていました。

 



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お間抜け紅一点

 この辺で一応改めて確認をしておくべきだと僕は思う。

 何の確認かって? 倒さなくちゃ駄目な”敵”についてだよ。

 

 ゲームについての知識と文献、各国に散らばった夜が集めた情報から存在するし相対するであろう相手。……敵対を避けられるのなら避けるし、モンスターとかの危険な相手だったら事前調査で発見してから精鋭部隊でも向かわせれば良いけれど、て言うか、学生よりも軍人とかに任せるべきだ。

 税金から支払われるお給料は何の為だって事だよ。

 

 でも、向こうから僕達に接触して来るのなら簡単には行かない。

 下手に避けても無駄で、周囲を巻き込むのならば待ち構えた方がマシだって。

 

 ゲームにおいてラスボスだった僕とリアスだけれど、主人公のアリアさんの前に立ちふさがったのは別の勢力だ。

 

 大昔、それこそ聖王国が建国された時代に人を滅ぼそうとした光の神”リュキ”と闇の神”テュラ”。リュキは途中で思い直し、人に対する憎悪の部分である悪心を切り離し、テュラ共々封印すべく立ち上がった。

 その際に創り出した存在こそが光の使い手と闇の使い手で、それぞれ相反する属性の相手をする……筈だった。

 

 結論だけ言うと戦いの結末はリュキの勝利であり、その戦いの過程に起きた事件によって闇の使い手が忌避される様になる。どうやって生まれたのか、そして光の神が人を滅ぼそうとしたという事実、この二つは葬り去られて。

 

 そしてその事件こそが僕が、時の使い手が生まれた理由なんだ。

 

 

「……君、誰かな? どうやら僕の事を知っているみたいだけどさ」

 

 ネーシャに誘われて入った店に急に現れた少女に対し、僕は警戒を見せながら問い掛ける。

 相手が誰なのか、その答えはとっくに知っていたんだけれど。

 

 リンゴの日傘にゴスロリドレスを着た幼い少女であり、その髪の色はリアス以外では見た事がない。

 

 リュキが人を殲滅するべく創造した神獣。その神獣を統率する神獣将の紅一点。

 先日戦ったシアバーンが多くの事件の陰で暗躍する愉快犯でありプレイヤーのヘイトを集めるなら、彼女は……。

 

「私様が誰なのか知りたいのなら教えてやるのじゃ。人を滅ぼすべく生まれ、主の本当の意志のままに行動する忠実なる下僕! 神獣将が一人”サマエル”とは私様の事……じゃっ!?」

 

 窓の縁に立ち、自分に酔った様子で見得を切るサマエルの靴は少し底が分厚いブーツ。

 見事に足を踏み外し、後ろによろけた。日傘を手放してバタバタと手を振るけれど体勢を立て直せずに地面に向かって真っ逆様。

 結構な音と共に地面に落ちて、呆然とした様子で空を見上げ、それを見たネーシャは気まずそうに呟く。

 

「……えっと、何をしに現れたのでしょうか?」

 

 うん、そうだよね。

 そう、サマエルは神獣将の紅一点にしてギャグ担当、例えるなら子供向けアニメで毎回主人公に負ける面白い敵のポジションなんだ。

 

 ……ゲームでの初登場シーンでは猿のモンスターが捨てたバナナの皮で滑って川に落ちて流されたっけ。

 

 

「サマエル……文献で目にしましたわ。確か聖女によって封印された怪物の名前だったかと。急に姿を現しましたし、少なくても見た目通りの子供ではないでしょうね」

 

 そう、僕達は声を掛けられるまでサマエルの存在に気が付かなかった。格好付けた挙げ句に足下を滑らせて転落する間抜けにだ。

 シアバーンも使っていた”転移魔法”、それが連中の持つ厄介な手札。

 少なくても直前に察知するだけなら可能だけれど、それでも何時現れるか分からないのは本当に面倒な話だ。

 

「……見た目が子供でなければ曲者として攻撃するのですが、十歳程度の特に分かり易い悪さをした訳でもない少女相手にすれば外聞が悪過ぎますわね。先ずは捕らえて話を聞き出す、それからかしら?」

 

 うわぁ、合理的だなぁ。人目が無かったら手足の一本でもへし折っていそうな剣呑な視線をネーシャはサマエルに向け、何が起きたのか漸く理解した様子の彼女は跳ねる様に飛び起きて服に付いた土埃を払い落とす。

 

「君、大丈夫かい?」

 

「ヤバいっ!」

 

 横から声が掛けられたのは当然の流れだったのだろう。

 十歳程度の女の子が二階から転落すれば目撃者は心配するし、医者を呼んだり無事を確かめたりするのは善人ならば当然で、その当然が当然の様に行われる事に僕は嬉しいと思うよ。

 

 でも、今は喜んでいる場合じゃないんだ。サマエルに声を掛けたのは若い男性で、子供なのか妹なのか幼い女の子と一緒に歩いていたけれど、サマエルを心配してか声を掛け、目立った怪我が無い事に安堵した様子でホッと一息。

 

「有象無象の人の子如きが私様に話し掛けるとは無礼な奴じゃな」

 

 冷たい声と共にその顔面に向かって閉じた日傘が振り抜かれた。

 

「わっ!?」

 

 響いたのは重厚な金属同士が衝突したみたいな音で、日傘と男性の間に現れた黒い板状の物から響き、驚いた様子の男性は腰を抜かし、今度は傘の先が心臓を貫こうと突き出されるけれど、それも続いて現れた黒い板で防がれた。

 

「空気の時を停止させたのじゃな。成る程、卑怯なだけでなく腕も立つと」

 

「僕が卑怯? おいおい、不意打ちをした君が何を言ってるんだい?」

 

 サマエルの顔が自分から僕の方に向けられた途端に這いながら男性は逃げて行き、僕は二階の窓からサマエルを見下ろして睨み合う。

 ったく、ギャグ担当だからって油断していたよ、僕の間抜けが。

 

 頭が足りていない上に少女の姿をしていても、人を大勢殺す為に力を与えられて誕生した化け物で、人を殺す事に躊躇しない危険な相手だ。

 ゲームでは最終的にアリアさんに絆された所を復活したリュキの悪心に殺されたけれど、ゲームと同じ状況で同じ言葉を向けても同じ結果になるとは限らず、少なくとも今は絆されている状態じゃない。

 

 

「誤魔化されると思わない事じゃ! 私様の足下を狙って滑り落とさせた事は見抜いておるぞ!」

 

「いや、違うから。君が間抜けなだけだって。……え? 自覚が無いの?」

 

 如何にも驚愕してるって演技で手を口元に持って行き、隠し持っていた小さな笛を吹く。人の耳には届かない音だけれど、幸いにもサマエルにも聞こえなかったらしい。

 

「ぐぅ~! 私様を愚弄するのじゃな。ならば貴様を仲間に引き込んでやるのは止めじゃ! 折角光の使い手と闇の使い手を殺すという使命を果たさせてやろうと、ぐぎゃっ!?」

 

 僕の言葉が随分と気に障ったのかサマエルは地団駄を踏みながら指先を向けて来て……絶対に許せない言葉を吐いた。

 サマエルの後頭部周辺の空気の流れを巻き戻しつつ時を止めれば絶対に壊せない強固な空気の塊が叩き付けられる。

 不意打ちによってサマエルは前のめりに倒れ込み、その矮躯を停止した空気が包む。情報を吐かせる為に頭は出したけどこれで動けない。

 

「僕が誰を殺すのが使命だって? まさかリアスじゃないよね? 可愛い妹のリアスを殺させてやる、だって? ……お前が死ぬか?」

 

 怒りによって頭の中が真っ白になりそうになるのを抑えるけれど、殺気と物騒な言葉は抑え切れそうにない。

 ああ、駄目だ。目の前の相手がリアスや他の大切な人達に危害を加える存在だと分かっているだけに自制が働かない……。

 

「落ち着け、馬鹿者。あの様な間抜けの言葉で我を忘れてどうする」

 

 背後から頭を叩かれ、続いて金色の光の粒子が周囲を舞ったかと思うと不思議と冷静になって行く。

 振り向けば不機嫌そうに腕を組むレキアの姿。

 どうやら妖精の魔法を使ってくれたらしいね。

 

「レキア……助かったよ」

 

「礼は後で良いから構えろ。……面倒なのが現れるぞ」

 

 突然の地震がミノスを襲い、地面が割れたかと思うと熱気が噴き出す。

 地中から巨大な怪物が姿を現した。

 

 



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大蛇強襲

 ”それ”は異様な熱気を周囲に振りまきながら姿を見せた。建物の二階に居ても見上げる程に巨大な蛇。月明かりを反射する文字通りに黄金の肉体には鱗が一枚一枚存在し、それがかなりの高熱を持っているらしく融解して滴り落ちている。

 

「にょほほほほほほ! どうじゃどうじゃ! 丁度良い実験台をシアバーンの奴から貰ったので早速利用して見たの……熱っつうっ!?」

 

「……うわぁ」

 

 当然、その超高熱の雫は真下に居るサマエルへも降り注ぐし、時間停止した空気に包まれている体は兎も角、頭は出ているから僕達を見上げて笑っていた顔面に喰らい、煙が出る顔を地面に擦り付けて転げ回るんだけれど、地面にだって落ちているから余計に熱い思いをしちゃってる。

 

 うーん、見た目が少女なだけで実際は大昔に大勢手に掛けた化け物なんだろうけれど少し可哀想な気がして来たぞ。

 思いっきり自爆でしかないんだけどさ。

 

「あっ、落ちましたわ」

 

 尚、ネーシャには一切同情した様子は見られない。多分こっちが正しいんだけ

 

「のじゃぁああああっ!?」

 

 サマエルは熱がりながらゴロゴロと地面を転がり、そしてそのまま黄金の大蛇が現れた地割れの中に転がり落ちて行った。

 ……うん、駄目だ。脱力している場合じゃないんだけれど、何だかなぁ……。

 

「来るぞっ!」

 

 あまりにも間抜けな姿を晒した伝説の怪物の姿に気を取られる僕達だけれど、黄金の大蛇はそんな事を気にも止めずに鎌首をもたげ、金の滴が滴る舌を動かすと勢いづけて僕達が居る建物に突っ込んで来た。

 

「きゃっ!?」

 

 勢い良い向かって来るから飛び散る雫が広範囲に散らばり、焼けた臭いが届く上に開いた窓からも雫が飛び込んで来て、ネーシャは思わず身を竦めて悲鳴を上げて、僕は庇う様に前に飛び出していた。

 

「大丈夫。ネーシャの事は僕が必ず守るからさ」

 

「おい、私は?」

 

「も、勿論レキアだって守るさ……」

 

 自然と口を出た言葉の後に時間停止した空気に黄金の大蛇が激突して動きを止める。今の衝撃で結構な量が周囲に散らばり体積が結構減った風に見えたけれど……。

 

 チラッと外を見れば融解する程の高熱を持った黄金の大蛇に悲鳴が上がるけれど住民達は大勢の夜達が担いで避難させているのが見えた。それぞれ普段の如何にも忍者ですって格好をフード付きの服に変えて顔を隠して住民の保護に当たっている。

 

 その内、遠目に映った一体が出したハンドサインは”本体の肉体は出せない”。

 

 屋敷の護衛や各国に散らばらしている諜報役、そしてこれだけの数を出すとなれば力の大部分を回す事になり、今の状態の僕と同様に夜鶴も全力を出せないって訳だ。

 

 まあ、良いさ。……あの大蛇は僕が倒すから。

 

「おい、ロノス。あの大蛇もゴーレムの類であろう? ならば時間操作で無効化してしまえ」

 

「あ、あれ? そういえば急に現れたから反応が遅れましたけれど……妖精?」

 

「ふん。聖王国と妖精の関係を考え見れば妾がロノスと親しい事に何の疑問が在る。そんな事よりもさっさとせぬか」

 

 少し落ち着いたのか漸く自分に反応したネーシャを一瞥もせずにレキアは指示を飛ばしてくるけれど、僕との仲が”親しい”って認めたのは少し嬉しかった。

 うん、何時か友達になりたいって思ってたけれど、レキアの中じゃ既に友達だったんだ。

 

 だから折角の指示を否定するのは辛いなぁ……。

 

「流石にあの状態のゴーレムを元に戻した場合、あの溶けた状態の金から作ってたのなら一気に流れ出すし、あの量を即座にどうにかするのはちょっと難しいかな?」

 

「ならば時間を止めろ!」

 

「いやね、あの黄金の大蛇だけれど、術者と同化しているみたいなんだ。僕、意識のある生物の時間を操るのは未だちょっと……」

 

「ええい! リアスが言うには貴様は世界一強くなれるのだろうが! その様な無様でどうする!」

 

「いや、実は理由があって……」

 

 ちょっと反論が出来ないな、これは。

 あの大魔法の消耗なんて言い訳には出来ないし、ネーシャの前では匂わすのも駄目だ。

 

「でも大丈夫さ。それ以外の方法で倒すからさ。……っと、その前にちょっと失礼するよ、ネーシャ。急いで此処を脱出しなくちゃだしね」

 

「ひゃっ!?」

 

 何度か体当たりを繰り返して漸く無駄だと分かったのか黄金の大蛇は尻尾を大きくなぎ払い高熱の滴を振りまきながら僕達が居る建物に叩きつけようとするけれど、それも当然防ぎながら僕はネーシャを抱き上げた。

 突然のお姫様抱っこに驚いたネーシャだけれどこんな状況だから我慢して貰うとして、今は此処から出ないと禄に戦えない。

 

「も、もう! ロノス様ったら強引なのですから……」

 

「ごめんね。じゃあ、飛び降りるよ?」

 

「……へ? きゃ、きゃぁああああああああっ!?」

 

 躊躇無く窓から飛び出し、時間を停めた空気を足場にして大蛇から距離を取る。

 余程ビックリしたのかネーシャがしがみついて胸が強く当たっているけれど、今は気にせず観察だ。……ネーシャじゃないよ? この体勢だと胸元が間近だけれど凝視する訳にも行かないしさ。

 

「うわっ、元に戻ってるよ……」

 

 動く度に滴り落ちて行く高熱の金だけれど、それ自体は一度離れたら操れなくても本体に触れれば自動的に元に戻っている。

 あの巨体で渦を巻くみたいにして這いずり回られたら厄介だ。

 

「……ああ、それに厄介と言えば」

 

 黄金の大蛇が現れた場所であり、さっき自爆の果てにサマエルが転がり落ちて行った場所から彼女が飛び出そうとしているのが見えた。

 所詮は下準備もしていない簡易な魔法によるものだから術者から離れれば効果が薄まるし、大量な魔力で中和すれば拘束は溶けるんだけれど、この短時間でってのはちょっと自信が喪失しそうだ。

 

「にょほほほほほほ! 私様をあの程度で倒せたと思っていたら大間違いじゃ!」

 

 いや、間抜けだとか馬鹿とは思っていたけれど、あの程度で倒せたとは思っていないよ。

 だってさ、彼女ってギャグ担当でありながらも三体の中で一番最後まで生き残り、最後に力を取り戻して挑んできた時の能力値は当然だけれど最強。

 

 ”シリアスに割く大部分を戦闘力に持って行かれた女”、お姉ちゃんはそう評していたっけな。

 

 

 ほぼ垂直の悪路を物ともせずに駆け上がり、傘を構えて飛び出す。

 

 

 

「のじゃっ!?」

 

 其処に大きく体をうねらせて遠心力で威力の上がった大蛇の尻尾がクリーンヒット、寧ろ自分から軌道に飛び込んだよね?

 

「注意一秒怪我一生。事故には本当に気を付けようか」

 

 大きく吹っ飛んで行くサマエルだけれど、僕も他人事ではないんだよね。

 だってさ、リアスって組んで戦う時に僕を信頼してか平気で広範に魔法を放ったりハルバートを振り回したりするんだもん。

 

 妹に信頼されるお兄ちゃんって大変だよね!

 

「の、のじゃ! この程度で……」

 

「キュイイイイ!?」

 

 そして事故が事故を呼び、さっきの笛で呼んでいたポチが全速力で向かって来ている正面にサマエルが飛び込んだ。

 

「にょほぉおおおおおおおっ!?」

 

 咄嗟に止まろうとしたポチだけれども簡単には止まれない。結果、防風目的で周囲に張ってる風の壁に激突されたサマエルは放物線を描いて遙か遠くに飛んで行った。

 あ、建物に頭から突っ込んで、大蛇の影響も在ってか完全に崩れて下敷きだ。

 

「キュイ!? キュイキュイ!?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。僕の敵だから跳ね飛ばしても構わなかった相手だよ。ほら、それよりもこの子をお願い」

 

「キュイ……」

 

 人身事故の発生に大いに慌てたポチを撫でてやりながらネーシャを背中に乗せる。

 え? だったら止まろうとせずに全力で跳ね飛ばすんだった?

 次があったらそうして貰うよ。ポチは良い子だなぁ……。

 

 

「じゃあ、ちょっと離れてて。今からアレを……斬り伏せる」

 

 ポチの前脚には夜鶴の本体である大太刀が掴まれていて、柄を持てば鞘が自然と動いて抜ける。月明かりに照らされた刀身は美しく、何でも良いから斬りたいという欲求が心を支配し始めた。

 

「……矢っ張り妖刀なんだよなぁ」

 

 慌てて気を取り直して黄金の大蛇を見据え、大上段に構える。

 

「あれ? 喉の当たりが膨らんで、代わりに胴体が少し萎んでない? もしかして……」

 

 黄金の大蛇は大きく膨らんだ頭を僕に向けた状態で蜷局を巻いてドッシリと構える。

 猛烈に嫌な予感がした瞬間、予想は的中して灼熱のブレスが吐き出された。

 

 

「黄金のゲロみたいだなぁ……」

 

 融解した金のブレスを前にして思わず場違いな言葉が出てしまいながらも攻勢に出るのを中断して防ごうとした瞬間、天から地に向けて雹混じりの暴風が吹き荒れ灼熱のブレスを地面へと叩き落とした。

 

 

「今のはポチ……だけじゃない」

 

 風自体はポチの得意分野だけれども雹は使えなかった。なら、誰の魔法かなんて直ぐに分かった。

 

「キュイ!」

 

「サポートはお任せ下さいませ!」

 

 見ればポチの背に乗ったネーシャがウインクをしながら腕を前に突き出している。

 吹き荒れる風に混ざった雹は大蛇の熱気から周囲を冷やし、火災の勢いだって落としていた。

 

 

「うん、これは心強いや」

 

「うふふふ。私に惚れてしまいましたか?」

 

「まあ、ちょっと素敵だって思ったかな? 改めて一緒にお茶でも飲みたい位にはさ! ……んじゃ、さっさと終わらせようか!」

 

 ネーシャの冗談に冗談で返し、停止させた空気を踏みしめながら大蛇へと迫った。

 周囲を舞う冷気が大蛇の熱気を中和、これで一切迷い無くたった切れる!

 

 

 

「ひゃう……」

 

 あれ? 今、背後からネーシャの変な声が聞こえた気が……。

 

 

 

 

 

 

 



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怒りの矛先

 妖刀である夜鶴の能力は自らを振るう肉体と、その分体の創造が主だ。

 分体とは記憶の同期が必要な他、五感の共有だって可能、プライバシーなんて在ったもんじゃないけれど、基本的に自分だって認識だから気にはならないらしい。

 

 戦闘に関しては本体の肉体が最も強く、分体は個性が見受けられない量産品……最近では個性が芽生えているんだけどね。

 しかも創り出したのを一旦回収しても再び出せば消す前の続きになっていて、本人も自分の仕様に驚いていたっけ。

 普段は寡黙でクールなだけに可愛かったな。……本人に言ったら驚いて蒸せたけど。

 

 そんな夜鶴だけれども本体の肉体を出すには全体の内の半分以上のリソースを必要としていて、分体を出し過ぎれば本体が出せない。

 要するに他の誰かが振るう必要が生じるって訳だ。それは分体だったり……主である僕だったりね。

 

 

 夜鶴は刀身だけで三メートル程、大昔の記録では三メートル越えの太刀の記録があったと何処かで知った覚えはあるけれど、これはそれ以上の長さ、通常だったら長さと重さから来る取り扱い辛さに振り回され、折角の切れ味も無駄に終わる程に本来は扱える筈のない能力のオマケみたいな存在だ。

 

「はっ!」

 

 だけど、僕の師匠は化け物みたいな強さの乳母だ。恐らく現世界最強はレナス、同率であの人だ。

 彼女が鍛える以上は普通の範疇で居る事なんて許されず、マトモに扱えないなら扱えるまで鍛え上げられた。

 何より、あの人に鍛えて貰いながら通常は扱えない程度の武器を扱えなくてどうする!

 

 振り下ろした刃は黄金の大蛇の一部を大きく切り飛ばし、散らばりそうになったそれをポチの操る風が吹き飛ばし、融解するほどの高熱の金に寄ってもネーシャの魔法による冷気が熱を和らげて接近戦を可能にする。

 

 巨大が激しくうねって僕を叩き潰そうとするけれど、空中を自由に駆ける僕には当たらず、大きい隙を晒すだけだ。

 ポチが吹き飛ばせる量にも限度があるから見極めながら斬り続け、大蛇は確実に体積を減らし続ける。

 

 

 いい加減やられ続ける事に怒りが限界なのか今度はポチとネーシャを狙うけれども雑な動きじゃポチには当たらない。乗り慣れていないネーシャがしんぱいだけれども、このまま一気に押し切れそうだ。

 

「ロノス様! 下ですわ!」

 

 ネーシャの声に反応し、咄嗟に飛び退けば足元にはサマエルが突っ込んで崩れた建物で、その瓦礫が真上に向かって吹き飛ばされる。

 おいおい、あの程度で死ぬんだったら封印じゃなくて討伐されていると思ったけれど、多少ダメージを受けて服も汚れてはいるとは言っても大きなダメージを受けた様子のないサマエルが姿を現し此方を見ている。

 

「助かったよ、ネーシャ」

 

「いえいえ、この程度はお気になさらずに。……それにしても半信半疑でしたが、あの様子じゃ本物らしいですわね」

 

「うん、最悪な事にね」

 

 嫌そうな顔をサマエルに向けるネーシャだけれど、多分封印が解けたばかりで万全の状態じゃないって知ったらどんな反応を示すだろう?

 

「……私様相手に此処までのダメージを与えるとは評価に値するのじゃ。褒美に地獄を見せてやろうぞ」

 

「キュイ?」

 

 うん、確かに殆ど自爆だって思うけれど気が抜けるから指摘したら駄目だよ、ポチ。

 今も大物って感じで振る舞っているけれど、実際は連れて来たモンスターの攻撃に割り込んで吹っ飛ばされて、飛んだ先で弾かれただけだし誉められても嬉しくない。

 

「ああ、先に言っておくが見逃す気は無いのじゃ。神獣将の一員として神に仇なせる者も、それを止められる力を持ちながら私様達に味方せぬ者も、それ以外の人の子も一切合切完殺するのが役目であるからな」

 

 サマエルに先程までの間抜けなギャグ担当の気の抜ける空気は見られず、正しく人を殲滅する為に生み出された神の下僕という感じだ。

 

 これは一切油断出来ないし、見逃す気が無いのは僕も同じだ。

 敵が本調子じゃないのなら本調子を取り戻す前に始末するのが鉄則で、確かに強い相手との戦いはワクワクしても他に優先事項が在るのなら話は別だ。

 

「僕も君を此処で倒したいな。僕と、僕の大切な人達の平穏の為にもさ」

 

 黄金の大蛇が口を大きく開いて僕に迫るも僕は其方を見ず、無造作に刀を振るう。但し、魔法によって限界まで振りの速度を高めてだ。

 剣閃煌めき、大蛇は上下に両断されて地に落ちる。直ぐにくっついて動き出すんだろうけれど、今はこれで十分。

 再生には少し時間が必要で、その再生する過程も目にしたし、これで十分だ。

 

 

 

 そう、僕の役目としてはね……。

 

「囮、ご苦労。此奴の相手は妾に任せよ」

 

 僕に注目していたサマエルの背後から声が響き、咄嗟に背後を向いた彼女の足下が爆発した。

 

「なっ!?」

 

「阿呆が。不意打ちで不用意に声を掛けるか」

 

 これが背後なら対処出来たかも知れないし、声が無ければ足下に反応したことだろう

 

 そう、さっきから僕はサマエルが大きなダメージを受けていないのは分かっていた。だから派手に動いて意識を向けていたんだ。

 

「ぐぬぬ! 妖精が何故邪魔をするのじゃ!」

 

「そうだな。……貴様の仲間にコケにされた腹立ち紛れ、とでも言っておこうか」

 

 腕を組んで真顔で告げるレキアだけれど、サマエルにもかなり怒っているのが伝わったらしく、ついでに誰の事なのか馬鹿な彼女でも速攻で思い当たったらしい。

 

 味方にまでその認識って、

どれだけ性格が悪いのさ。

 

「シアバーンの奴じゃな! あの性悪女が余計な遊びでも入れたに決まっておる! ええい! 今度会ったらお仕置き、じゃっ!?」

 

 シアバーンが余計な事をしたからレキアの怒りが自分に向けられたと思ったのか憤るサマエルの足元が再び爆発、今度は咄嗟に飛び退いて躱したけれど風圧でスカートが捲れている。

 僕の居る場所からじゃ角度の問題で見えないし、元々十歳程度の見た目の子のスカートの中身なんてリアスのスカートの中身と同じ位に僕は無関心だ。

 

 まあ、他の連中に見られそうならリアスのは無関心では居られないんだけれど。

 

「貴様に”今度”が有れば存分に言うが良かろう。ああ、あの世で存分に言うのでも構わん」

 

「のじゃ!? にょほっ!? ちょ、ちょっと待つのじゃっ!?」

 

 話しながらもサマエルの四方八方で爆発を起こさせるレキア。

 うん、本当にシアバーンに接触を受けて騙されてたっぽいのが屈辱だったみたいだ。

 

 でも、ちょっと心配だ。

 

 

「レキア! 後で手助けに行くから無理はしないで! 君が怪我でもすれば僕は悲しい!」

 

「……ふん。まあ、気を付けるさ。ああ、傷が残れば貴様に責任を取って貰おうか?」

 

「分かった!」

 

「……ほへ?」

 

「慰謝料はちゃんと払うし、お祖父様の許可を得てあの魔法を一旦解除させて貰うから安心して!」

 

「死ねっ!」

 

 ……あれぇ? 何故か罵倒されたぞ。

 

「っと、今は集中集中。ネーシャ。君は大丈夫かい?」

 

「ええ、ロノス様のお陰ですわ。すっかりお世話になってしまいましたし……私をお礼に差し上げるべきかしら?」

 

「あははは。ちょっと貰い過ぎかな? こうやって一緒に戦うのは楽しいし、悪い話ではないけどさ」

 

「お釣りは不要でしてよ? ……それにしても本気にさせたいのかしら?」

 

「ロノス! 貴様は本当に死んでおけ!」

 

 冗談返しに照れるネーシャと再び僕を罵倒するレキア。戦闘中に気楽だけれど、黄金の大蛇は既に三割は削ったし……目星は付いた!

 

「このまま一気に攻めて、サマエルもぶっ倒そう! ポチ! もっと活躍したら大好物の羊をあげちゃうよ!」

 

「キュイ!!」

 

 僕の言葉にポチは喜び勇み、真上からの強風で大蛇の動きを阻害しつつ、僕が通る場所だけは風が止む。

 このまま一気に決めようとした時、大蛇の胴体が急激に萎み、頭に体積の殆どが移動する。

 

「此奴、街に向かって全部放つ気だっ!」

 

 流石にこの量はポチでも防ぎきれないし、僕だって漏らす可能性が有る。

 ちょっと不味い事になったぞ!

 

 黄金の大蛇が見据えるのは町の中心部。今は住民の避難が済んで居るけれど、彼処に融解した金を吐かれたら一気に火の手が上がっちゃう。

 

「……こうなったら」

 

 ネーシャが居るけれど”明烏”の能力を……。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、若様。此処は私にお任せを」

 

 少し焦ったその瞬間、クヴァイル家の未来を担う才女が不敵で素敵な笑みを浮かべて現れた。

 

「さて、クヴァイル家の敵は文字通りに地の底まで落として差し上げましょうか」

 

 

 



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一時決着

 パンドラの声が響いた瞬間、鋭利に隆起した地面が黄金の大蛇を刺し貫いた。

 

 常に融解した金が体表から流れ落ちてはいるけれど完全に全体が液体になっている訳でなく、例えるなら溶けかけたアイスクリームや雪だるま。中心部には固体の部分が残っている。

 刺し貫かれた部分から高熱の液体になった金が流れ出すけれど、大蛇を貫いたまま地面が沈み、沈んだ分は穴の周囲が壁になって盛り上がった。

 

「これでブレスの勢いは大幅に削れ、吐いても街には届きません。若様、此処から先はお願い致します」

 

 パンドラが微笑み、実際にブレスが街の方に向かって放たれるけれど量が足りず、深い穴の底では穴を囲む土壁に僅かに届いただけだ。

 その金はすかさず空中に固定。大蛇は最初の半分も体積が残っていなくて、頭部だけが不自然な程に大きさを保っている。

 

 ……馬鹿だなぁ。

 

「パンドラ、君は素敵だね。抱き締めてキスしたい位さ」

 

「では後程唇……いえ、頬……額にお願いします」

 

「うん、分かった!」

 

 僕を睨んでいる様に見える大蛇に向かって僕は空中を一気に駆け下りる。大蛇は大きく身を縮め、その勢いを乗せて一気に飛び掛かる。頭の先は鋭く尖った槍みたいに変化し、融解した金が滴り落ち続けるけれど形は崩れない。

 

「無駄だよ。もう街の被害を気にしなくて良いんだからさ。パンドラは本当に素敵だなぁ」

 

 黄金の大蛇を維持する魔力は全体に行き渡り、今も供給が続けられて活発に動き続けている。

 なら、その魔力が停止すればどうなるかって? 答えは簡単さ。

 

「”マジックキャンセル”」

 

 電子回路を流れる電気が停止するみたいに魔力の時を停め、その瞬間に黄金の大蛇は完全に溶けた石像みたいに形が崩れて落ちて行く。

 頭部の上側、脳味噌の辺りから半透明の膜に包まれたフードと道化の仮面の術者が現れた。

 目の所の穴から見えるのは白目と黒目の色が逆転した瞳と黄金の腕輪を填めた皮と骨だけになったガリガリの腕。此奴、一体誰だ?

 

 ……あの腕輪はゲームではチェルシーが填めていた物だった……と思う。うろ覚えの記憶じゃその程度で、精々命と精神の汚染を対価に凄まじい力を与えるって事。

 あのエンシャントドラゴンゴーレムも此奴の仕業かな?

 

「……ロノス! ロノス・クヴァイルゥウウウウウ!!」

 

「声が嗄れているし、知り合いだったとしても誰か分からないな。恨まれる理由は……まあ、貴族だし色々か」

 

表沙汰に出来るのも出来ないのも、貴族社会じゃ沢山思い当たるのが当然だ。

 錆びたナイフを振り上げて襲い掛かって来るし、声からは殺気を感じるよ。

 

「遅い」

 

 でも、恨みが正当だったとしても殺されてやる気は毛頭無いし、この程度じゃ僕は殺せやしない。壁を蹴って一気に加速、その勢いを突きに乗せて腕輪を狙う。

 大蛇の熱から体を守り宙に浮くのに使っていた膜も、咄嗟に割り込ませたもう片方の腕すらも易々と貫いたけれど腕輪は大きなヒビが入ったけれど貫通には到らない。

 

「いや、違うな。自動修復か」

 

 夜鶴を通じて感じる押し戻す力と引き抜いた途端に塞がる傷。ゲームでは魔法で一気に吹き飛ばしたけど、ちょっと油断が過ぎたかな? もうちょっと力を込めて肉体共々両断する気で振れば良かったよ。

 

「ぐぅぅ……」

 

「でも君は生け捕りの方が良いかな? 他国の相手でも同国の政敵でも生きていた方が都合が良いからね」

 

 逃がす気はないけれど、今は逃げの一手だった筈だ。それを此奴は恨みを優先して向かって来たし、自国の街を襲った下手人を見逃すのは愚か者でしかない。

 悪いけれど僕は愚か者になる気は無いし、悪いのは君だ。

 

「腕輪が再生するのなら……腕を貰うよ」

 

 肘から先を斬り飛ばし、ついでに勢いを乗せた蹴りを顔面に叩き込む。随分と硬質な感触が伝わったけれど気にせず地面に向かって叩き落とし、真下に溜まった金の時を停めた。まあ、灼熱の金に包まれたら死んじゃうだろうからね。

 

「さてと……」

 

「ロノス、そっちに行ったぞ!」

 

「何が……わわっ!?」

 

 響いたレキアの声と迫る気配に意識を向ければ、サマエルの日傘が先端を僕に向けて向かって来ている。時間を停止させて防げ……ないっ!?

 リンゴの日傘は動きを停めず、表面に爬虫類の瞳が現れる。此奴、モンスターだったのっ!?

 

 咄嗟の空気を蹴って軌道上から逃げれば向かって行くのは道化仮面の男の所。残った腕を貫通し、すわ口封じかと思いきや光って一緒に消え去った。

 どうやら転移で逃げられたらしく、腕輪の嵌まった腕だけを手土産代わりに穴から飛び出せばサマエルにも逃げられたのか不機嫌だけれど目立った怪我のないレキアが寄って来る。

 

「無事みたいで安心したよ。でも隠れて見えない怪我はないかい? 君が痛い思いをすると僕は悲しいんだ」

 

「……恥ずかしい奴だな。あれか? 貴様、妾が好きなのか?」

 

「うん、大好きさ。子供の頃からずっとね」

 

「そ……そうか。まあ……私も貴様が嫌いではない」

 

 苦手な部分もあるけれど、じゃないと友達になりたいだなんて普通は思わない。

 だから友達が無事だと僕は嬉しい。

 

 それにしても女王様に教えられてからはレキアも素直になってくれたよね。前までは人間なんて嫌いだって態度だったのに、ちゃんと友達だから好きだってみたいな事を口にするんだからさ。

 

「うんうん、レキアはそっちの方が可愛いと思うよ」

 

「……恥ずかしい奴め」

 

 ありゃりゃ、同じ事をいわれちゃったよ。

 

「さてと、一旦は終わりだね。問題は山積みだけどさ。それにしても結構被害が出ちゃったなぁ」

 

 人的被害は殆どないみたいだけれど、黄金の大蛇のせいで建物が焦げたりしているし、金が冷えてそこら辺にへばり付いている。穴の底にも結構溜まっているし、資金にはなっても、これだけの量を一気に出せば価格相場に影響しちゃいそうだ。

 

 いや、その辺はゴブチョの仕事か。ご苦労様だし、僕も家から人員を派遣するとして、今は僕の仕事をこなそう。

 いい加減眠いし結構力を使ったけれど最後の大仕事として街の時間を戻して行く。金はそのままに地面や建物を元の状態にして、凄い疲労感の中、地面に降り立てばパンドラが支えてくれた。

 

「……良い匂いだね。あっ、そうだ」

 

 レキアに戦って貰った事を女王様に何か言われそうで怖いし、どうも捨て駒か実験台らしい道化仮面の男の右腕と腕輪だけは手に入れたけれど、主犯については公にすれば混乱を招くか信憑性の薄い騙りの類だったと判断されるだけだ。

 まあ、混乱防止には後者で十分なのだけれども。

 

 この大量の金の取り扱いとか観光業への打撃とか住民の心のケアとか撃退したと言えば聞こえは良いけれど実際は逃げられただけだって失態についてだとか、もう考えるだけで疲れそうだし、実際に対応に当たる今後はもっと疲れるんだろうけども、今はすべき事がある。

 

 …それにしても眠くて頭が働かないや。

 

「わ、若様? 一体何を……」

 

 僕の体を支えてくれているパンドラの腰に手を回して抱き締める。花の香りによく似た髪の匂いが漂って、押し付けられる柔らかい体の感触に心地良さを感じながら顔を近付ける。

 

「何って、約束を守らなくちゃ……えっと、確か……」

 

 戸惑うパンドラに笑みを向け、その頬に軽くキスをする。…あ、間違った。

 頬じゃなくて額にしてくれって言ったのにうっかりしてたよ。

 

「ひゃ、ひゃわ……」

 

「ごめんごめん。もう一回」

 

 今度はしっかりと額にキスして、誤魔化す為に頭を撫でてもう一度強く抱き締める。

 後始末とかパンドラに任せる事が多いし、労っておかないとね。

 

 

「「……」」

 

 ……あれぇ? なんか、背後から、怒りを感じる……。

 

 恐る恐る振り返るけれどレキアもネーシャも怒ってないみたいだし、敵が未だこっちを見ていたのかな?

 所でポチはなんで二人を警戒して羽毛を逆立ててるの? こら! 止めなさい!

 

 

「おい、妾に大仕事をさせたのだし、礼として何処かで接待せよ。無論貴様が考え、貴様のみでもてなすのだ」

 

 レキアは僕の肩に止まって挑発するみたいな口調で告げる。

 

「あら、でしたら私も先程お誘いになったお茶の約束を期待しても宜しいのですの? 勿論二人きりじゃないって野暮は言いませんわよね? ふふふ、楽しみですわ」

 

 ネーシャもレキアの提案に乗っかる形で告げて来て、僕の背中に体をすり寄せる。前後から挟まれてるし、嫌じゃないけれど嫌でも二人の感触を感じられた。

 

 ……それにしても強引だよ。別に良いけれどさ。

 

 

「キュイキュイ!!」

 

「え? ポチも頑張ったからご褒美を割り増しして欲しいって?」

 

 仕方無い子でちゅね~。今回は特別でちゅよ~?

 

「取り敢えず一休みしようか。皆疲れているだろうからね」

 

 今後も一波乱も二波乱も有りそうだけれど、今は無事解決って事で……良いよね?

 

 

 

「所で明日の学校なんだけどさ……」

 

 疲れているし既に夜遅いし、休むのは無理でも昼からなら……。

 

「ええ、後処理は私に任せて普段通りに登校して下さって結構です。少し休んでもポチの速度ならば大丈夫ですね」

 

 ……厳しい! でもパンドラが頑張るんだから当然だよね。……ちぇ。

 



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今後の方針

絵とか漫画とか

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 神獣将サマエルとの邂逅とその道具だろう道化仮面の男との戦いから数日後、僕は相変わらず忙しい日々を送って居たんだ。

 いやね、”為政者に完全な休日は御座いません”って感じでパンドラが仕事とか勉強課題をどんどん持って来るし、”無理”だとか”休みたい”とか彼女の仕事量を考えれば言えないし、言ったら駄目だ。

 

 僕は誰だ? ロノス・クヴァイル、クヴァイル家の次期当主で、継ぐべき家はお祖父様の計画で将来的に分割する予定だけれども、聖王国では屈指の力を持っていて影響力の大きさは陛下にも匹敵する。

 まあ、分割するのは確かだけれど、それは僕の次の世代だし、パンドラに政務の殆どの権利を任せるとは言っても最終的な責任は僕に有るし、有るべきだ。

 

「ふぅ~! 疲れた~!」

 

 今日は王国で発生した山崩れの処理、本来は土属性の魔法でどうにかする案件なんだけれど、規模が大きく時間が掛かるからって僕に仕事の依頼が回って来た。

 まあ、結構重要な道で聖王国の商人にとっても必要な道だったし別に良いんだけれど、山崩れの時間を戻しても、山崩れによって生息域が変わったモンスターが襲って来たのには参った

 

 鋼鉄の毛皮を持つ大猪”メタルボア”の群れ、ゲームではフリートの好感度を上げたら起きるイベントで戦う事になった中盤のボスだったけれど、まさかゲームではラスボスだった僕が倒す事になるなんてさ。

 

「まあ、襲って来たんだから仕方無いし、主人公が行かない間は存在せずに被害も出さないって事も無いんだから別に良いけどさ。友達の実家だし、大公家に恩を売れたのは家への利点だし。それにしても……」

 

 屋敷の大浴場で天井を見上げながら一人呟く。風呂に入る前に体を洗うんだけれど、今日は洗う係の人が遅れているとかで待つ事になっていた。

 

「体なら自分で洗えるし、一人でゆっくりとしたいんだけど、貴族ってのは此処が面倒だよなあ。さて、ちょっと確認。天井から滴り落ちる水の時間を停止……よし。使用割合が減った気がする」

 

 此処最近の戦闘によって結構レベルが上がった感じだ。……ステイタス画面なんて存在しないから確認は出来ないし、”戦ってたら戦闘中の興奮によって眠っていた力を引き出せる様になる”とかの類なのかも知れないけれど、こうやって戦いによって力を付けられるのは本当に助かる。

 

 まあ、逆を言えば時間を与えただけ敵側も強くなって行くって事だし、悠長に時間を掛けて鍛えるって訳には行かないのは凄く厄介だけどさ。

 ……中盤のボスに挑む為にレベリングを繰り返していたら相手も鍛えて終盤レベルになってたとか冗談にすらならない。

 

「ゲームでは学園生活内でラスボス戦まで行ったけれど、時間は流れるのを待ってくれない事を考えれば猶予はもっと少ないと考えるべきだろうね。……レナスが生きていて無茶苦茶鍛えてくれたし、あの方法がもしかしたら上手く行くかも……いや、駄目だ」

 

 思い浮かぶのはアリアさん達との戦闘後のリアスの死因、急激に力を付けた方法の副作用にして隠しボスであるテュラ復活の要因。

 

 光の神リュキの悪心がアリアさん達に倒されて弱体化した状態に陥った所を取り込んでの強化と、それによる暴走。

 

「……駄目だ、絶対に駄目だ。二度とあの子を目の前で死なせてなるものか。その為に僕は鍛えて来たんじゃないか」

 

 浅はかな考えを捨てようと怒りで震える拳を見つめる。

 何の為に二人で無茶苦茶な特訓に耐えたのか、それを忘れちゃ駄目だ。

 

「先ずは最初の分岐点。舞踏会で起きるだろうテュラからの勧誘だ。ゲームではリュキを名乗って居たけれど……来たか」

 

 前世の記憶なんて信じて貰えず妄想かなんかだと思われて恥を掻かさぬようにって行動が制限されるだけで、聞かれたら面倒だし今後の確認は此処で一旦終了だ。

 脱衣室の方から聞こえて来たのは新人でも居るのか妙に慌ただしい複数の足音。……複数?

 

「あ、パンドラが言ってたスカウトした人って結局誰だろう? もしかしたら今から来る人……はいっ!?」

 

 入り口の扉が騒々しく開いたもんだから僕はそっちに視線を向けて……固まった。

 

「主、お背中をお流し致します」

 

「じゃあ、私は手と足を」

 

「私は頭を」

 

 脱衣所から姿を見せたのは夜の面々で、普段の忍者装束じゃなくて色取り取りの水着姿だった。

 赤いビキニに緑のハイレグ、そして青のスク水で、平然としてたり元気一杯だったり少し照れていたりと同じ顔で大本は同一なのに個性豊かだ。

 でも、一体どうして……あっ!。

 

 思い当たる節が一つ有ったよ。

 

「えっと、特訓の為……だよね? 僕が女馴れしてないから」

 

 前にパンドラが言っていた奴だとは思うけれど、まさか事前通告無しに行われるなんてビックリだ。

 この時点で恥ずかしいから僕は視線を微妙に外して三人を直視しない……いや、出来ないって。

 

「ええ、その通り。本当は本体がお相手する所ですがヘタレなので色々と言い訳をして動きません。故に私達が代役を申し出ました」

 

 分体の代表格が答えるけれど、真面目な顔なのに彼女が選んだのか最後に残ったのか着ているのはスク水だ。

 それでもスタイルが良い上に少し小さいのかパツパツで直視するには少し辛いよ。

 あっ、駄目だ。何処を見ても誰かが視界に入る様に囲まれちゃってる。

 

「クヴァイル家の当主たる者が多少の色仕掛けでたじろいではならぬからと今後も不意打ちを仕掛けますご無礼を先んじて謝罪させて頂きます」

 

「……うん。悪気とかは無いって分かってるから謝罪は不要だよ。だから正面で跪くのは勘弁して欲しいんだけれど……」

 

 三人揃って跪いたんだけれどもビキニ姿でそんなのやられたら谷間が間近だし、動いた時に揺れちゃって目に毒だよ。

 

「これも訓練の一環です。では、失礼しまして……」

 

 僕の申し出は速攻で却下され、三人は一斉に僕の身体を洗いに掛かる。この躊躇の無さ、夜鶴が仕事をする時みたいだ。

 汚れ仕事だろうと一切迷わず引き受ける彼女でも、こんな感じの事には急に人間らしい反応を見せるんだよね。

 

 さて、考え事をしながら何とか耐えよう。

 偶然か故意か水着姿の三人は僕の身体に時折身体を接触させながら洗い、髪を洗うからって目を閉じてないと羞恥心が限界だ。

 

 考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな……。

 

 それにしても伝わってくる指の感触はしなやかで長いし綺麗な手だったからな。

 魔力で生成された肉体は当然だけれど肌荒れとは無縁で痣や古傷も残らない。更に言えば見た目年齢も今の姿が動かしやすいだけで自由自在、つまりは老けずにいられる。

 

 大きく見た目は変えられないけれど、十分美少女だし、そんな子が増えて僕を洗っているって考えたら凄いよね。

 ちょっと今の光景を思い浮かべると、声が聞こえた。

 

「主、此方が気になるのならばお触りになられますか?」

 

「主ならば何処でもご自由に満足なさるまで」

 

「私達は刀。忠臣にして道具。普段手入れで触るのと……ちょっと違いますが誤差でしょう」

 

 今の自分の状況を頭に浮かべるなと言い聞かせるけれど耳に届く三人の声がそれを許さない。

 でも、次の瞬間には戸が開く音の後に何かが飛来して三人に当たった音がした。

 

「「「あ痛っ!」」」

 

 桶が転がるみたいな音がしたし、これは夜鶴が助けてくれたのか。さては五感共有を利用して様子を伺っていたな、あの子。

 

「終わりました。では、身体が冷えぬ内に湯船へとどうぞ」

 

 流石に本体が怒ったタイミングで止める気だったらしく、その後は普通に進んだけれど……。

 

「ご苦労様……」

 

 よ、漸く解放された。お年頃の男の子には刺激が強い時間だったけれど、卒倒するみたいな情けない姿は晒さずに済んだと一安心。

 それにしても夜鶴も分体達をもう少し落ち着かせてくれたら助かるのにさ。

 三人は混浴まではしないのか一礼して出て行こうとするし、その背中を見送る。

 お尻の方に視線を向けてしまい、ちょっと惜しい気もするけれど気付かれる前に視線を外してお湯に浸かれば緊張とか疲れが溶けていくみたいだった。

 

「……そっか、一緒には入らないのか」

 

 思わず呟いたけれど僕は悪くない筈だ。

 まあ、でも妹だって一緒に住んでる屋敷の浴場で混浴するのもね、うん。

 納得させる言い訳を自分に向けて、煩悩を追い出す為に目を閉じる。脱衣所の方から騒がしい声が聞こえた気がするけれど気にしない気にしない。

 

 うん、一人でゆっくりと入浴するのって悪くない気分だ。

 このまま目を閉じて意識を集中させようか。……だって慌てた様子で誰かが入って来ちゃったもん。

 

「あ、主……」

 

 ……あー、声は全員同じだけれど恥ずかしがった時のイントネーションからして夜鶴かぁ。

 じゃあ、さっきの騒ぎ声は分体に押し出されて来たって所か。

 

 現実逃避は駄目だよねぇ。だってこれは特訓だし、だから横の彼女を見ても仕方無いんだよ、僕。

 

 今の彼女はバスタオルを巻いて普段より露出が少ない状態だけれど、直ぐ隣で混浴してるって状況がちょっと意識させるんだ。

 

 横目で見れば顔を真っ赤にして今にものぼせそうな夜鶴が同じくこっちを見ていて、ちょっと気まずい。

 

「……にしても、矢っ張り夜鶴も大きいよね」

 

 あ、口に出しちゃった。

 

 



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くノ一とお風呂

 屋敷の浴槽の中、時折天井から滴り落ちる滴の音と互いの息遣いだけが聞こえる。僕は今、凄いミスを犯していた。

 

 ……うわぁ、やっちゃったよ。女の子に三人掛かりで身体を洗われるとか密着されるとかした後で同じ顔って言うかほぼ同一人物の夜鶴と混浴したもんだから口が滑って胸について言及しちゃうなんてさ。

 

 自己嫌悪と気まずさで相手の顔が見れず、だからと言って立ち去るのは立ち去るので尾を引きそうで怖いし、僕は一体どうすれば良いんだって思うんだけれど、こんな状況に馴れていないからこその特訓で、その特訓の最中にこんな事になった訳で……。

 

 思考はグルグル回り、されど進まずに無意味に時間ばかりが過ぎて行く中、浴槽の底に置いた手に別の手が重ねられる。

 うぇっ!? 考え事をしている間に夜鶴が更に側に来てる!? 

 

 肩が触れ合いそうな程に接近した夜鶴の鼓動が聞こえて来る錯覚さえ覚える中、僕は何とか口を開く。

 本来は刀で、人間の肉体は仮初めだからこの手の事は本来不要……だからこそ一切耐性が無いにも関わらず忠誠心から僕への特訓として肌を晒す(まあ、普段着の方が露出過多だけれども)彼女に向けるべき言葉は謝罪じゃない。

 

 でも、お礼を言う前にちょっと……。

 

「……ねぇ、正直に言って欲しいんだけどさ。僕ってちゃんと君の主をやれてる?」

 

 不意に口から出た言葉に自分でも驚いた。

 でも、同時に前から思っていた事だから納得もしていたんだ。

 

 自分なりに頑張ってはいるし、それなりの評価は貰えているんだけれど、与えられた物は大きく、背負う物は重い。

 前世の記憶なんて便利な物を偶然手に入れたから何とかなっている事だって多いし、本当に持っている物に自分が相応しいのか疑問に思えてしまうんだ。

 

 でもさ、こうやって尋ねても耳障りの良い言葉を貰えるって心の何処かで理解しているんだよね。

 

 折角のお風呂なのに自己嫌悪が押し寄せる。そんな僕の考えを察してか、諫めるかの様に重ねられた手が強く握られて引き寄せられた。

 

「主、私は刀です。選ばれ評価される事は有っても主を選ぶ立場に御座いません。ですが、敢えて言わせて頂くのなら主は敵に厳しいですが変に甘い所があって後先考えずに行動し、妹やペットに甘いにも程があります」

 

 ……厳しいなぁ。でも反論の余地は無い。

 夜鶴はちゃんと僕の気持ちを察して本当に欲しい苦言を向けてくれるんだから感謝しかないよ。

 

 ”でも”、と、夜鶴は其処で言葉を区切り、両手で僕の手を優しく包み込んだ。

 

「私はそれでも好ましいと感じ、例え私が刀でなくても……道具でなくとも主に仕えたいと思います」

 

「そっか、有り難う」

 

 ……本当に僕は駄目だなあ。こうして認めてくれる部下が居て、それでもウジウジと悩むんだからさ。

 僕のすべき事は自分の無力を嘆くんじゃなく、だったら相応しくなる様に頑張るだけなのにさ。

 

「夜鶴、僕はもっと頑張るよ。君に相応しい主だって胸を張りたいからさ。だから僕とずっと一緒に居て欲しい」

 

「はっ! この身が滅びるその時まで私は主と共に在りましょう」

 

 僕の感謝に夜鶴は勢い良く立ち上がり、飛沫が周囲に飛び散った。

 そして、その立ち上がった勢いで身体に巻いたタオルが解け掛ける。

 

「ひゃっ!? あ、主……見ました?」

 

 捲れかけた胸元を咄嗟に両腕で抱き締めた夜鶴は少し涙目になっているし、そんな所が可愛いと思う。

 あと、彼女じゃなくて夜の面々が最初にやって来たのは正解だったんだろうな。本人が最初から最後まで引き受けるって絶対無理だし。

 

「……一瞬だけ」

 

 前に鍛錬の時に隙を作る為に見せられたけれど、今も直ぐに目を逸らしたとしても至近距離で直視しちゃった訳だし、目に焼き付いた。

 

「だ、大丈夫です。これも特訓の一環だと思えば……」

 

「そっか……」

 

 この子、ちょっと心配になって来た。既に暗殺とか汚れ仕事を任せた事さえある僕が言うのもアレだけれど、忠誠心から何でもし過ぎじゃないのかなぁ?

 でも、して貰ってる側が言うのも悪いし、此処は労っておこう。

 

 

 

「夜鶴はエロ……偉いなあ」

 

 言い間違えたっ!? は、反応は……駄目だ、両手で顔を覆って羞恥心の限界突破だよ。

 

 ……こりゃ暫くは直視出来そうにないな。

 

 

 

 

「……恥ずかしいのに僕の為にこんな事してくれて有り難う、夜鶴。君には普段から感謝が絶えないよ」

 

「いえ……主の武器である事が我が誇りでしゅ……ですから。こうして主の為に動く事が喜びです」

 

 ああ、本当に夜鶴を発見して、偶然が重なって主に選ばれて良かったよ。だって僕には絶対に必要で、絶対に勿体ない子なんだからさ。

 

 噛んだ? 知らない知らない。僕は何も知ぃらぁない!

 

 こうして言葉を交わすと自然と緊張が解れるのを感じるし、流石に直視は出来ないけれど横目で見る位はした方が良いよね?

 じゃないと特訓に付き合って貰う意味が無いし……うん。

 

「レナスももう直ぐ城に向かうし、君にはこれからは僕の側で動いて貰うよ」

 

「はっ! 主の命令ならばどの様な場所、どの様な状況であっても構いません。しかし、刀である以上はお側に仕える事に喜びを見出す愚かさをお許し下さいませ」

 

「全然愚かじゃないさ。じゃあ、これからも末永く宜しくね? って、これじゃあ新婚さんみたい……夜鶴?」

 

 あれ? 冗談を言った途端に動かなくなって……気絶してる!?

 

「いや、何で?」

 

 仰向けになって浴槽の中に浮かぶ彼女の顔は真っ赤になっていて、仕方が無いので抱き上げる。まあ、今日の特訓はこれで終わりって事で良いけれど、この子の方が異性への耐性が無いよねぇ。

 

「……娼婦や愛人と情事の最中の獲物を暗殺するとか何度かやったのにね。隙を窺って待機とかも有っただろうに」

 

 まさか隙を狙ったんじゃなくて気絶したんじゃないのかって疑惑が生じたけれど、彼女の名誉の為に忘れる事にした。

 

「よっと! ……あっ」

 

 持ち上げた時にタオルが緩んだけれど直す勇気は僕には無いからそのまま運び、さっき夜鶴が分体に投げた手桶を踏んで転び掛けた。

 わわっ!? 危ない危ない。揺れる大きな胸に……じゃなくて夜鶴が起きないか見てたせいで足下が疎かになってたよ。これで転んだらレナスに地獄の特訓を受けさせて貰った意味が無いし情けない。

 

「もう少し君に相応しい主に近付きたいからね。頑張るよ、夜鶴」

 

 いや、こうやって足下がお留守な時点で恥ずかしいんだけれど、今はその情けなさが意識を夜鶴から逸らしてくれる。

 さっき解けたから直した部分が再び解け始めて、少し揺れる度にタオルが捲れてしまっていた。

 

 これじゃあ丸見えまで後少しだし、此処は慎重に手元の夜鶴から上手く視線を逸らした上で身体を揺らさず進むしかない!

 

「落ち着け。ロノス、君ならやれば出来る。君は凄い奴だ」

 

 自分を奮い立たせて一歩一歩確実に進み、脱衣所への扉へと辿り着いた。

 

「夜鶴は……よし! 未だ隠れてる。傾けたら一気に行きそうだけれども! ……んっ?」

 

 背後の壁を通して聞こえた音に足を止め、分厚い壁の向こう側に中庭があって、今はリアスとアリアさんがレナスに鍛えて貰ってるのを思い出した。

 アリアさんも決闘があるからって鍛えはしたし、今後も強くなって貰った方が都合が良いんだけれど、自分から強くなりに来るなんて。

 

「……急ごう」

 

 第六感、虫の知らせ、兎に角このまま浴室に居たら面倒になると何故か感じ、多少バスタオルが乱れるのも気にせずに戸を開けて慌てて閉める。

 

 夜鶴を一旦イスに座らせたのと、脱衣所が揺れる位の何かが崩れる大きな音が響いたのはほぼ同時。

 

 まあ、崩れたのは壁だろうね。扉の向こうからリアスの気配がするし、声も聞こえて来たよ。

 

 

「レナスも容赦無いわね。壁をぶち破る位に吹っ飛ばされるなんて、怪我すると思ったわ」

 

「すると思ったで済んでるんですか!?」

 

 アリアさん、リアスに関しては鍛え方が違うんだから今更だよ?

 でも、本当に分厚い壁を破って中に飛び込む位のを受けても無傷って我が妹ながら……。

 

 

 

「リアスは本当に頼りになるね。あの子と一緒ならどんな敵だって倒せる気がするよ。我等兄妹は最強無敵ってね」

 

 これから立ちふさがる敵は多くて強いだろうけれど、何とかなりそうだって心の底から思えて来る。

 

 僕は本当に恵まれているよ……。

 

 

 

 

 




第二章完


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三章
神の徒


三章開始


 ”聖地”と呼ばれ、例え高位の神官であっても立ち入る事を禁じられた場所が在る。

 日が沈み、夜の帳が降りて日の光が消え去って尚、その場所だけは常に昼間の如く照らされ、外側から見れば空を支える光の柱に見える事だろう。

 

 ”アトラス諸島”、人々を救う為に神が舞い降りる地とされ、あらゆる国が周囲一帯を永久不可侵にすべしと条約で定められている。

 

 その諸島の中央に存在する島の内部は広大な面積を誇る神殿になっていると伝説に残ってはいるものの、近付く事は許されない地故に確かめる術もなく、人々は各国が条約で定められた範囲ギリギリの地に建造した神殿から光の柱に向かって祈るのが慣わしだ。

 

 ……故に悪党が隠れ家を作るケースも存在し、それを察しても被害の出る海域を治める国の軍は討伐隊を差し向けるにも条約が邪魔をし、逃げ込まれる前に討伐しようにも後手後手に周りがちだ。

 

 だが、そんな彼等でも諸島の中央に向かって其処を根城にしようとはしない。

 正確には出来やしないのだ。海辺に住処を作って群れで生活する”シードラゴン”を筆頭に、一定の場所から急激に凶暴さと強さが上がる。

 それを命辛々抜けてでも古代の宝を夢見る冒険心と愚かさ溢れる者も居たのだろうが、一人も帰って来ていない。

 

 ……記録に依れば一切戦闘痕の見られず、今その瞬間まで普通に過ごしていたかの様な痕跡だけ残して船だけが諸島の外に流れ出たとされている。

 神の怒りに触れた、それがその伝説を知る者達の意見であり、そして神殿は本当に実在する。

 

 それも長い年月を一切感じさせず、純白の石造りの神殿は今完成したかの姿を保ち続けていたのだ。

 立ち入る所か近寄っただけで聖人君子さえも己の心の汚さを恥じ、神殿を直視するのを躊躇う程に美しく神聖な空気に満ち溢れる場所。

 

 その場所に似付かわしくない悪意に満ちた声が響いている等、誰が思い浮かべるだろうか……。

 

 

「アヒャヒャヒャヒャ! 見て下さいよ、この金銀財宝を! ”神聖な地故に近付けない”、それを律儀に守るのは真っ当な方々だけで、狡賢い上に自分達が外道だと自覚している方々には神罰など今更なのでしょうねぇ!」

 

 神殿の地下深く、最も神聖であり汚す事が許されぬ筈の場所。光の神リュキの像が奉られた祭壇に無造作に置かれた金銀財宝、無論真っ当な物ではなく、悪逆非道な賊が無辜の民から略奪した物。

 本来ならば汚い欲望の為か、更なる悪逆に使われる筈だったそれを前にして、私欲で略奪を繰り返す下劣外道の輩以上に悪意に満ちた嘲笑が響いていた。

 

 古代の時代、リュキが人を滅ぼすべく創造した神獣を束ねる三体の将の一人にして、思い直したリュキによって切り離した己の悪心共々封印された存在。シアバーンが長い手を折り曲げて腹を抱えながらの大笑い。最後には床をゴロゴロと転げ回って品のない笑い声を上げる。

 

「……こーんな金銀財宝を集めた所で何になるのじゃ? 私様達が滅ぼすべき人に対価を払うとでも言うのではなかろうな?」

 

 そんな彼に変人に向ける瞳を向けるのも神獣将が一人サマエル。

 相変わらず室内にも関わらずリンゴの日傘を差し、価値は高いはずの財宝を石ころでも蹴飛ばす時みたいに無造作な動きで蹴り飛ばし、最後の言葉には少々トゲが感じられる。

 

 目の前の仲間が行っている事へ賛同も理解も不可能だと言いたいのが瞳を見れば明らかだが、それを悟っている筈のシアバーンは一向に止める気が無いらしい。

 

「アヒャヒャヒャヒャ! その海賊達には強制的に戦って貰っていますよぉ? 我等が主の支配なされる地を悪行の報いを受けるのを避ける為の拠点にするとは不届き千万! 私としては悲しくて悔しくて腹立たしく、それ以上に神獣将であるにも関わらず役目を果たせぬ自分が情けなくって、なぁのぉでぇ……戦い合って贄になって貰ったのですよぉ」

 

「嘘じゃ」

 

 演技過剰な態度からの故意だと丸分かりな大根役者な泣き真似、余程のお人好しでもない限りは信じはせず、サマエルは馬鹿だがお人好しではない。

 仲間であっても……いや、仲間であるが故にシアバーンを信用せずに理解して彼の本心を見抜いていた。

 

 ツカツカとシアバーンに歩み寄り、その腹を分厚いブーツの底で踏んづける。小柄な彼女の体重は軽いのだろうがシアバーンの下の床にヒビが広がっている事から相当の力が込められているらしい。

 シアバーンからもミシミシと骨の軋む音がした。

 

「ぐぇっ! つ、潰れますのでご勘弁をぉ!」

 

 だが、そんな状況であっても、例えそのまま日傘の先端を首に存在する口の中に突っ込まれても、シアバーンはふざけた態度を崩す事なく、寧ろ伸ばした手を振るわせて更に大袈裟に動いていた。

 

「大体、生け贄にするにしても我等が主に捧げるのならばそれなりの品格と資格が必要じゃろうて。……具体的なのは全く思い付かぬがな!」

 

 平らな胸を張って言い放つが、威張って言う事でもない。

 

「いやいや、其処は”汚れ無き処女”とか”敬虔な聖職者”とか”無垢なる子供”とか有るでしょう? 貴女は相変わらずですねぇ。アヒャヒャヒャヒャ!」

 

「お主もな。封印する数年前から遊びの要素を入れていたが、少々目に余るのじゃ。今後は私様を見習うのじゃぞ!」

 

「任務内容を途中で忘れて昼寝してたり、重要な”黄金のリンゴ”を味見と言いつつ全部食べた馬鹿が言いますかねぇ。……私を殺すには武器など不要、貴女に馬鹿と言われたらショックと屈辱で憤死してしまいそうです」

 

「ふん……し? のぉ、シアバーンよ。”ふんし”って何じゃ? 美味いのか?」

 

「美味くはないですねぇ。他人がするのは蜜の味ですが」

 

 全く理解出来ていないって態度で首を傾げるサマエルに今度はシアバーンは呆れつつも日傘を手で退かし、勢い良く飛び上がって空中で三回転の後に机の上に降り立った。

 そのまま皿に載せた三つのリンゴの一つを手に取り一口で頬張ると、残った二つの内の片方を無造作にサマエルに向かって投げると一つを残したまま皿を丁寧に机に置くとソファーに座って長い手足を折り曲げる。

 

「このリンゴは中々蜜が豊富じゃな。……”奴”が私様達の前から姿を消したのも封印の少し前じゃったか?」

 

「ええ、確か”貴方達と組むのは精神と胃袋の限界です”って置き手紙を残し、主とのみ遣り取りをしていましたよねぇ。アヒャヒャヒャヒャ! あの頃の彼の顔と言ったら最っ高!」

 

 小さな口でリンゴを少しずつ齧るサマエルは味がお気に召したのか笑みを浮かべ、今この場に居ない仲間らしい者の事を思い出しながら僅かに首を傾げ、シアバーンは腹を抱えての大爆笑。

 

「所で別に嫌いな物が出る食事に誘う頻度が多かったり、重い食事ばかり勧めたりはしとらんじゃろ?」

 

「ええ、私も遊びに付き合って貰いはしましたが、”精神と胃袋の限界”って何があったのか一切検討も付きませんねぇ」

 

「じゃろ? 私様も奴には世話になっていたんじゃがなぁ。さては貴様が何かやらかしたのじゃろ?」

 

「いや、貴女が余計な仕事を増やしたからでしょう」

 

 互いに相手に責任を押し付けた後、居なくなった仲間の事をもう一度思い浮かべる。任されていた仕事や性格についてだ。

 

「主に私達の補助でしたよね? 最初の頃は兎も角、途中から単独での仕事は極端に少なくなった筈。……承認欲求から不満が溜まって居たのでしょうかねぇ?」

 

「まあ、真面目故に現状に不満が有ったとか」

 

「「まあ、こっちには関係無いでしょう(じゃろう)」

 

 結果、二人揃って自分達は無関係との結論だ。……居なくなった”彼”とやらの苦労はどれ程の物だったのだろうか。

 



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運命の日は近付く

『……えますか? 私の声が聞こえますか? 聖女よ! 神に選ばれ世界の頂点に立つべき存在よ!』

 

 ……ああ、これはきっと夢だ。月明かりが照らす中庭で、舞踏会の為に着飾った僕とリアスの頭に突如響く声。曰わく”光の力の使い手は世界を統べるべき”、そんな事を多くの賞賛と共に向けられてその気になるリアスに対して僕は疑念を抱く発言を向けるんだけれども言っても聞かず、そのまま指示されるままに動く事になる。

 

「あら、流石は神様ね。私の価値が分かってるじゃないの」

 

「ちょっ!? ちょっと待ちなよ、リアス! 何か怪しいって思わないのっ!?」

 

 頭に突然響いた声なんて怪しい物だけれど、何故か本当に神様からのお告げだってのは何となく理解させられていた。

 その上で怪しいと思うんだけれどリアスは鵜呑みにしちゃってて、止めようとするも睨まれる。

 

「……ロノスの癖に私に意見する気なの? 私は光の使い手よ? 聖女の再来よ? 時なんて訳の分からない力のロノスとは全然違うの! だから貴方は私の側で言う事だけ聞いてりゃ良いのよ!」

 

「で、でも……」

 

「あー、もー! 五月蠅い五月蠅い! ちゃんと反論も出来ないのに口を出して来るなんて情けないわ! ……レナスとは全然違うじゃない」

 

「リアス……」

 

 両親の事は殆ど知らず、懐いていた乳母は幼い頃に自分達を守って死んでしまった。

 それからリアスを待っていたのは自分を褒め称えて、叱ったり意見したりしないイエスマンな人達ばかり。

 

 誰も彼も宿す力ばかりを見ていて、リアス自信を求めはしない。

 

 そんな妹が哀れで、利用する気で近寄る人達と違って最後まで本当の味方で居てあげたくて、だから遠ざけられない為に強く出られなかったんだ。

 

 それが駄目な事だって分かっていても、妹を直ぐ近くで守るにはそれしかないって自分に言い聞かせて。

 

 妹は妹で兄はどれだけ暴言を吐いても側に居てくれて、力を失っても絶対に味方を止めないと分かっているからこそ高圧的な態度に出てしまう。

 本当は叱って欲しいと心の何処かで願いながら。

 

 リアスとロノス、ゲームにおいて悪役であり、最後はリュキの悪心の力を吸収してラストダンジョンで待ち受ける敵。

 その実態は互いを想っていてもすれ違い、それが破滅へと繋がってしまっただけの二人。

 もし宿す力が普通ならば、もう少し理解する為に歩み寄って居れば、破滅的な最期は向かえなかったのに……。

 

「兎に角、今後は指示通りに動くわよ! あの魔女だって追い落とせる所まで追い落としてやる。ロノス、ちゃんと手伝ったら将来的に今より上の立場をあげる。でも、裏切ったらあの商人の女にも何かあるって覚悟しなさい!」

 

 ……ああ、駄目だ。早く目覚めなくちゃ。

 

 可愛い妹がこんな事を口にする姿なんて見たくない。

 だってさ、リアスは何も悪くない。ちゃんと心を守ってあげられなかった僕が悪いんだから……。

 

 

 これはゲームでの一場面。主人公に恥を掻かせる為に舞踏会の会場で主人公のパートナーをダンスに誘い、断られて逆に恥を掻かされ会場を飛び出した先での出来事。

 

 そして、これが破滅への第一歩であり、僕達が絶対に避けるべき未来。

 

「……いよいよ明後日か」

 

 夢から目覚め、目蓋越しに日光を感じながら僕は呟く。幾らゲームと違ってリアスが良い子で頭だって……まあ、それ程悪くないと言えない事もないんじゃないかなぁ、多分、だし、普通だったら騙されない筈だ。

 でも、相手の正体は闇の神テュラ。普通の相手じゃないって運命の日が近付く毎に不安が増して来る。でも、後込みも迷いもしている暇は僕には無い。

 

 だって、一度死んで永遠にお別れだった筈の妹と再び兄妹として転生出来たんだから……。

 

「よし! さっさと起きて……あれぇ?」

 

 隣に感じる誰かの気配。最初に思い当たったのは夜鶴か夜の誰か、もしくはレナだ。……大穴でパンドラかな?

 

 僕が女馴れしてないにも程があるからって始まる事になった特訓。最初の一回は水着姿で身体を洗ってくれたりタオルで普段より露出を下げて混浴したりだったけれど、これは恐らく二回目だ。

 

 ……密着してない所からして夜鶴だな。他だったら僕の頭を胸元に押しつけるみたいにして抱いて寝る位しているだろうし、手を握るだけの現状から考えて……。

 

 目を開けずに落ち着くまで待ち、ちょっとどんな姿か想像してみる。正式に特訓が決まる前はパンドラが無理をして下着姿で潜り込んで居たけれど、夜鶴には絶対に無理だ。

 精々が普段の露出の多い忍び装束に網タイツってエッチな服装が関の山。

 

「……起きるか」

 

 服が乱れていたら嬉しい、とか、寝ぼけた振りで胸をちょっとだけ触っても良いんじゃって欲望が頭を掠めるけれど押し殺して横に居る誰かを見ようとすれば頭に向かって裏拳が振るわれる。

 

 咄嗟に身体をひねって回避、ギリギリだけれど避ける事に成功した。

 

「……なんでリアスが? いや、そうか……」

 

 さっき見ていた夢を思い出せばリアスが僕のベッドに潜り込んだ理由が直ぐに分かった。

 別の大陸でお仕事していだけれど聖王国に戻るからって顔を見せに来たレナス、僕達の乳母が昨日屋敷を出たんだった。

 

「元々直帰する所を一旦顔を見に来たんだからね。リアスが駄々を捏ねても延期には出来なかったけれど……寂しかったんだろうなぁ」

 

 記憶が戻る前から寂しがり屋だったのに、八歳の時に同じ歳まで生きた前世の記憶が戻った事で得た家族を失った喪失感。

 それを僕の記憶が蘇る十歳までの二年間、ずっと耐えていたんだ。

 今の自分の家族は確かに居るけれど両親は居なくって、前世の自分が前世の家族を求める。

 

 今でも自分が前世での死を受け入れられている事が不思議なのに、僕と違ってリアスは一人で耐えて来た。

 

 だからか心を許した相手にはベッタリだし、許していない相手が許した相手と仲良くするのは少し嫉妬しちゃうのは困った物だけれどさ。

 特に友達であるチェルシーが嫁いで行っちゃう先のフリートには僕の友達だから少しは態度を和らげて欲しいけどさ。

 

「あっ、今日は特訓を休んで身体を労る日だった。僕は目が覚めたけど……リアスはもう少し寝かせてあげようか」

 

 寝相が凄く悪いから下手に近寄れないってのも有るけれど、幸せそうに寝ている可愛い妹を起こすのは忍びなく、僕は音を立てない様にして椅子に座る。目が覚めた時、一人だったらリアスが心細いだろうから。

 

 

「……主、少々お耳に入れたい事が」

 

 背後から一切の気配を感じさせず夜鶴が告げる。振り向かなくても跪いて一切の感情を捨て去った表情をしているのは分かる。この声は少女らしい人格を一切捨てた本当の仕事時の顔をしている証拠だ。この時、彼女は文字通り血も涙もない冷徹な刃と化すんだ。

 

「リアスが居るけれど……熟睡しているから構わないか。それで何だい? 誰か消す必要でも生じたのなら、君に裁量権を与えていた筈だけど?」

 

 僕も今は個人ではなく、クヴァイル家の次期当主としての仮面を被り、情け容赦を捨て去った。

 

「はっ! ネペンテス商会に関与し助力していた者の内、数名が抹殺条件を満たしましたので昨晩風呂で溺れ死んで貰いました」

 

「うたた寝でもしてたのかな? 怖い怖い」

 

「それともう一つ……帝国に忍び込ませた夜が得た情報ですが、どうやら皇帝は娘を聖王国に嫁がせる予定らしく、重臣達と打ち合わせをしていました」

 

「……娘? 皇帝の子供は娘が一人だった筈だけど? 表向きはってのが付くけどさ」

 

 少し思い当たる節と言えば先日出会った少女であり、何故か初対面なのに心を乱されたネーシャの事。

 

「……ちょっと不愉快かな?」

 

 幾つかの意味を込めてそう呟いた……。

 

 

 

 

 

(これは”消せ”という命令? いや、違う? 保留しておこう)

 

 



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全巻読破済み (お気に入りは二巻)

 未だ空が白み始めたばかりの時間帯、使用人達の一部は既に忙しく働き、僕やリアスも鍛錬に時間を費やす頃合いだけれど、今日は身体を休める日だ。

 

 このままベッドに潜ったまま二度寝したい所だけれど、凄い寝相のリアスが僕のベッドに居るから危なくって無理だし、起こすのは悪い気がする。

 それにしても目が覚めるまで寝相に巻き込まれなかったのは奇跡じゃないか? もっと実用的な奇跡が欲しいけれど。

 

「……惰眠を貪るとかは許されない立場だけれど、こうやって後暫く寝る事が許されるのに目が冴えちゃうってのは何か損した気分だよ。散歩にでも行こうかな?」

 

 ご飯まで時間が有るし、偶には普段馬車で通る道を歩いてみるのも悪くない。

 まあ、リアスが起きてからだけれどね。

 

「主、お着替えならば此処に。では、私は背を向けていますので」

 

 散歩に行く前に寝間着を脱ごうと思ったけれど、夜鶴が居るから流石に抵抗が有る。

 え? この前混浴したばっかりだろって? それとこれとは別だって。

 

 夜鶴はそんな僕の気持ちを察したのか一切表情を変えず声にも抑揚を出さずに着替えを差しだして背中を向ける。

 

 その姿に僕は思わず呟いた。

 

「……可愛いなぁ」

 

 だって一切何も感じていないって装って居るんだけれど振り向く時に僅かに頬が赤くなっているし、この前の事を思い出しちゃったんだろう。

 僕もちょっと思い出す。水着姿で僕の身体を洗った分体にも感じる物があったんだけれど、普段のセクシー系忍び装束よりもずっと露出度が低いタオルを巻いた姿も中々好みだった。

 

 そんなんでお風呂に入ったから濡れて身体に張り付いて……うん。

 

「か、可愛いっ!?」

 

「ほらほら、リアスが起きちゃうから静かにね? そうやって普段とのギャップが可愛いと思ったんだけれど、驚かしちゃったならゴメンね?」

 

「いえ……嬉しいです」

 

「……う~ん。あれ? どうしてお兄ちゃんが私の部屋に……あっ、そっか。私が潜り込んだんだ」

 

 僕達の声が五月蠅かったのかな?

 目を覚ましたリアスは半分寝ながらも昨日の事を思い出し、納得したのか再びベッドに寝転んだ。

 

「今日は休む日だから二度寝~」

 

「そう。じゃあ僕は散歩に行って来るよ。夜鶴、君も一緒に来る? 散歩デート的なさ」

 

「い、いえっ!? これから仕事が有りますので!」

 

 本来は主の命令に従うだけの道具に過ぎない筈の夜鶴なのに、本来から持っていたのか、それとも何かがあって芽生えたのか女の子らしい感情に振り回されている所が可愛いと思う。

 

「あっ、そうだ。今度は僕が君を洗ってあげようか?」

 

「あらっ!?」

 

 ……うん、本当に可愛いな。何を想像したのか妄想したのか声に動揺が見られるし、もう少しからかって反応を楽しみたいけど、折角朝の散歩を楽しめる機会だから出掛けようか。

 

「……お戯れが過ぎます」

 

 ジト目を向けられちゃった。

 少し調子に乗っちゃってたね。

 

「ごめんごめん。それよりも前に約束したデートは何時行く?」

 

「主の都合が良い日で……」

 

 ちょっと抗議して来た夜鶴をもう一度からかい、着替え終わったので部屋から出て行く。

 少し弄くり過ぎたし、放課後に何かお詫びの品でも買って帰ろうかな? 勿論約束していた新しい鍔とか柄に巻く布じゃないのを。

 

 

「服とかが良いかな? 夜鶴に似合いそうなのは極東の服だけれど……」

 

 要するに着物とかの和服が彼女には似合いそうだと考えながら扉を閉める。

 

「おや、今日は鍛錬はお休みの筈では? お早う御座います、若様」

 

 扉を閉めて廊下を歩いて行くとトイレから出て来たパンドラと鉢合わせ。顔色は良いし、夜遅くまで無理して働いていないみたいで一安心だ。

 

「今日は目が覚めちゃってさ。お早う、パンドラ。散歩に行こうと思うんだけれど、君も一緒に行くかい? それとも仕事が残っているのなら手伝える範囲で手伝おうか?」

 

「ふふふ、ご安心を。早急に処理すべき仕事ならば昨夜早くに終わった所ですし、今日は若様の仕事のスケジュールを調整してお休みにしましたので放課後にお願いがあったのですが……朝でも構わないでしょう」

 

「わっ!?」

 

 どうやら昨夜は無理をしなかったらしい事に安心した時、パンドラが僕の手を取って隣に立つと、そのまま腕を組んで肩を寄せて来た。

 

 そしてこの時点で彼女は限界が近い! あの下着姿での誘惑が嘘みたいだ!

 

「僕としては嬉しいけれど、今日は甘えて来るんだね。僕としては嬉しいけれど」

 

 大事な事だから二度言った。

 僕の腕にはパンドラの結構大きい胸が押し付けられて、髪からは良い香りがする。こんな綺麗な人に密着されたら嬉しいのは当然だ。

 

 それに彼女って何時も背筋伸ばして凛とした感じの知的美女だけど、この姿は貴重で新鮮味があった。

 

「……私だって時には誰かに寄りかかりたくなりますから、甘えを見せて良い若様には甘える事にしました。嬉しいのでしたら……私も嬉しいです」

 

「そっか。じゃあ、もう少し甘やかすよ」

 

「ふぇ?」

 

 その”甘えたい”って気持ちは凄く分かるし、普段から頑張っている彼女を甘やかしたい気分の僕は彼女を引き寄せると額にキスをする。

 おや、数秒間は何が起きたか分からない顔で、次に額に手を当てて真っ赤っかだ。

 

 普段のキリッとした態度とのギャップが素敵だよね、パンドラはさ。

 

「……これで唇だったらどうなるんだろ?」

 

 この前、唇が頬になって、頬が額になったからご期待通りに額にキスをしたし、そっちが好きならって今度も額にしたけれど、照れるパンドラを見ていると好奇心が湧いて来て、気が付けば口から漏れていた。

 

「だ、駄目ですよ!? 未だ純潔だって捧げて……逆ですね」

 

「うん、順序が逆だね」

 

「……取り敢えず次の機会に。出来れば若様からして欲しいです……」

 

 これ、抱き締めたら駄目かなぁ? ちょっと魔が差したけれど調子に乗ったら怒られそうだから止めておこうかな?

 

 反応が見たいからするのも悪いし……。

 

「では行きましょう……」

 

 何処かぎこちない足取りのままパンドラは僕と腕を組んで歩き出す。そう言えばこうやって二人だけで何処かに行くって何時以来だろう?

 

 確か出会った日に一緒に遊んで以来だし、これって僕と彼女の初デートって事かな?

 

 

 未だ早朝だからか道を歩いている人の姿は疎らだけれど、パン屋から香ばしい匂いが漂い、新聞配達の少年が軽快な動きを見せている。

 後は犬の散歩をするご老人程度な中、腕を組んで共に歩く僕達はどんな関係に見えているんだろうか?

 兄姉? それとも恋人?

 

 まあ、パンドラと僕の婚姻は決定しているんだけれどね。

 

「……」

 

 それにしても出てから一切会話が出来ていない。こんな時、僕は何を話すべきかって考えていたら路地裏へと続く狭い道が見える。

 あっ、リアスと一緒に占い師を探しに向かった道だ。

 

 ゲームにおいては好感度を教えてくれる謎のお姉さんであり、その実はアリアさんと同じ闇属性の使い手にして本当に未来を見る力を持つ凄い人。

 漸くたどり着いたのに占いの館が閉店してたのはもしや面倒事が嫌でスカウトに向かった僕達を避けたんじゃって今では思う。

 

「あっ! 確かあの日だった筈」

 

 その日にパンドラと再会して、有能な人材のスカウトの報告を受けたのに未だ紹介して貰って居ないんだよね。確か”時期尚早だと言っていました”って感じでさ。

 

 時期尚早? どうしてだろう?

 

「ねぇ、パンドラ。いい加減スカウトした人の情報を……」

 

 教えて、その言葉は唇に当てられた人差し指に遮られ、パンドラは少し意地の悪い笑みを向けて来た。

 

 

「今の私は若様とデート中、つまりはオフです。仕事は忘れて、今は私の事だけをお考えを」

 

 パンドラは生徒に諭す教師みたいに僕の唇に当てた指を自分の唇に当て、もう一度僕の唇に当てる。

 

「……そっか。ゴメンね、パンドラ」

 

「分かって下されば結構です。では、朝早くからやっているカフェにでも行きましょう。それとも秘蔵の本みたいに路地裏で私が若様の好きな大きな胸で……」

 

「カフェに行こうか!」

 

 ……いや、どうして秘蔵の本について把握しているの!?

 て言うかパンドラ、さっきから大胆過ぎるんだけれど、何か変な病気じゃ……。

 

 漂って来る花の甘い匂いを感じつつ、僕は少し混乱していた。

 

 

 



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肉食系メイド(フードファイター級)

「おや、此処の茶葉は中々ですね。今後も通いましょう」

 

 早朝のオープンカフェでティーカップを傾けるパンドラの姿は知的な美貌もあって優雅な物だ。

 少し経って少しずつ増え始めた通行人も思わず二度見する人まで居るし、そんな美女とデートしているのは嬉しいけれど……。

 

「矢っ張り変だ……」

 

 僕が抱いたのは違和感。

 だって真面目さもあって色事には耐性が殆ど無いパンドラが座るのは僕の正面なんだけれど、”少し暑くなった”って言ったかと思うと胸元を緩めたんだ。

 それからは時々通行人が居ないタイミングを見計らってはさり気なく前屈みになって谷間が僕に見えやすくする始末。

 

 ……黒。

 

「ふふふ、若様には少し刺激が強かったみたいですね」

 

 チラッて見えた布地に思わず目を逸らせばクスクスと笑われたし、見えたんじゃなくて見せたらしい。

 

 ……本当に彼女に何か起こったんじゃ?

 

「パンドラ、熱とか有るの?」

 

 そっと手を伸ばして額を触るけれど平熱みたいで、一安心するんだけれど、だったら何故こんな事をしているんだって思ってしまう。

 

 夜鶴達が色仕掛けへの耐性作りを引き受けたから嫉妬してる? 

 いや、誰がするのか決めたのはパンドラだし、こんな遠回りな方法を選ぶかな?

 

 今まで読んだ文献じゃ急に大胆になる呪いや病気に関する記述は無かったし、僕が困って動きを停めていると彼女の額に当てたままだった手を取られた。

 

「あっ、ごめん。額を触られたままだったら邪魔だよね。直ぐに除けるから……」

 

「ええ、触るなら此方の方が宜しいかと」

 

 引き戻そうとした腕は引っ張られたまま下に移動、柔らかい感触のする物に押し当てられた。

 

「パンドラ、ちょっと其処って……」

 

「胸ですが? ……それとも私の胸に触りたくはありませんでしたか?」

 

「いや、凄く触りたいけれど……あーもー!」

 

 もう限界だ。僕はバッと立ち上がるとパンドラの腰と足に手を回し、お姫様抱っこをしながら走り出す。

 普段のパンドラならこの時点……いや、下着を外で見られるって時点で限界を迎えてもおかしくない。

 なのに様子がおかしいパンドラは僕の首に手を回して密着する所か耳に息を吹きかけるまでして……凄く変だ。何か起きたに違いないぞ!

 

「あらあら、何処に連れて行かれるので……あれ? 私、今……きゅう」

 

「あれ? 何時ものパンドラだ。おーい、起きて起きて。何があったのか思い当たる節は無い? 今は無理っぽいね」

 

 僕に抱かれて気絶しているパンドラを一旦降ろし、さっきから気になっていた胸元のボタンをして行く。

 至近距離だったから視線を移せば見えたし、走る振動で揺れる物だから全く……悪くない気分だったよ。

 

「ちょっと惜しかったかな?」

 

 普段は真面目で色仕掛けなんてしよう物なら直ぐに一杯一杯なパンドラの大胆な行動は凄く良かった。

 レナみたいに常に誘惑モードって言うか年中発情期みたいなのも悪くないけれど、ギャップが有ってさ……。

 

 出来る事ならもう少し堪能したかったし、更に先を期待しないと言えば嘘になるけれど、何か異常な事態だったのは羞恥心から気を失っている彼女の姿からして明らかだ。

 

「無理はさせたくないからね。君には普段からお世話になりっぱなしだし、パンドラのペースに合わせるよ」

 

 だからレナに手を出す事になっても、約束の一つだからパンドラの後だ。こんな具合じゃ何時になるか分からないんだけどさ。

 

「密着とか下着のチラ見せで気絶するんじゃ本当にどうなる事やら……」

 

「このままベッドに連れ込んでしまえば良いのでは? 多分彼女は一度体験すれば吹っ切れると思いますよ?」

 

「レナッ!? 何時の間にっ!?」

 

 背後からのとんでもない提案に驚けば、立っていたのはレナだ。買い物帰りなのか袋を手に提げているけれど何も入っていない。

 

「何時もの業者がリンゴを仕入れられず、私が市場まで買いに行ったのですが……財布を忘れました。メイド長に怒られそうで怖いですし、此処らでパンドラさんを抱き、続いて私もどうぞ」

 

「肉食系にも程がある!? 種族差別とかはしたくないけれど、言わせて貰うよ。これだから鬼はっ! これだから鬼はっ!」

 

 レナは戦闘狂な所が有るけれど、その辺は……僕と同じ年頃にレナを産んだんだっけ? ……旦那さんを襲って。

 

「まあ、あまり遅くなるとメイド長がガチ切れしますし、本気ですか此処までにして帰りましょうか」

 

「其処は”冗談は此処まで”じゃないのかな?」

 

「私は本気ですので。所で此処をご覧下さい」

 

 レナは徐に太ももの辺りに手を持って行き、僕は思わずその辺りに視線を向ける。

 それを見たレナは笑い、スカートを持ち上げた。

 

 黒いガーダーベルトとピンクのレース付き、太ももは白い肌で程良い肉付き。パンドラや夜鶴は良い具合に締まっているけれど、これはこれで……。

 

「ふふふ。もっとジックリご覧に……はっ!? メイド長がお怒りっ!? 帰りますよ!」

 

 誘惑する様に笑ったレナだけれど、急にビクッてなって顔を青ざめるとパンドラを担いで走り出した。

 

「若様に運ばれるのは不愉快なので私が運びますね! 代わりに後で私をベッドまでお運び下さい!」

 

「……うわぁ」

 

 どうも今日は二人揃って大胆で様子が変……レナは普段通りか。

 パンドラはクールビューティーで。純情だけれど、今日は妙に肉食系。……但し急に普段に戻る

 対してレナは普段通りの暴食なまでの

 

「まあ、ちょっと様子見をするとして、本当に眼福だった。目の保養になったね。良きかな良きかな。……さて、僕も帰ろうか。散歩が長引いて朝御飯を食べる時間が残ってないなんてメイド長に叱られちゃうからね」

 

 あの人は本当にハイスペックだし色々と厳しい。

 パンドラと同様に仕事の出来るお姉さ……お姉さんって年齢じゃないか。年齢不詳で見た目も若いけれど、僕やリアスが小さい頃からメイド長だし、勤続年数は結構長い筈だ。

 

 ……庭師も結構昔から雇っていて中年だけれど、確か新米時代にメイド長にお世話になったって聞いた事が。その時点でメイド長は頼りにされていて。

 

「あれ? メイド長って名前なんだっけ? 皆も普段から役職名で呼んでるし、実年齢同様に分からない」

 

 頭を傾げて思い出そうとするけれど、此処最近に限定しても一切彼女の名前を耳にした記憶が無いし、朧気に思い当たる物さえ皆無だ。

 ……ちょっと雇っている側としてはどうなのかな? ああ、パンドラが仲が良いみたいだから訊いてみても。

 

「でも流石に呆れられそうで怖いから最後の手段として、どうにか本人達に悟られずに調べる方法は……おっと」

 

 考え事をしながら歩いていたら石畳の隙間から生えた花を踏みそうになって慌てて止まる。ピンクの小さな花で、さっきから漂って来ているのがこの花らしく随分と匂いが強い。

 見れば街中に点在しているけれど、名前は知らないや。

 

「さて、どうすべきか……。まあ、先に朝御飯食べてから考えよう」

 

 僕は花には興味が無いし、直ぐに興味を失って帰ろうと思ったけれど、ちょっとした気紛れを起こす。

 ちょっとレキアにお土産の代わりにでも持って帰ろうと道の端の土が露出した所に生えた物を根っ子から掘り出した。

 

 繁殖力が高いみたいだから、庭に植えたら庭師に怒られそうだけれど鉢にでも植えて部屋に飾ったら良いよね。

 

「それにしても、こんなに花が咲いてたっけ? 最近仕事ばかりでのんびり散策なんてしてなかったからなぁ」

 

 花を手にして帰路に着く。未だ朝だってのに随分と熱いカップルの姿がチラホラ見られて・・・・・・。

 

 

 

「助けて下さい!」

 

 なんか追われている学年主任のマナフ先生の姿もあった。

 

 



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嬉しくない兄妹一緒

ブクマ増えてるし感想無くても無反応じゃない! そう思えばモチベーションだって


「助けて下さい! 散歩中に出会った生徒に犯される!」

 

「えぇ……」

 

 朝の散歩の帰り道、服が乱れて涙目の教師、マナフ・アカーと出会った僕はドン引きしていた。

 

 じゃあ、マナフ・アカーという人物について振り返ってみようと思う。

 

 職業・アザエル学園教師 一学年の主任教師

 

 容姿・十歳程度の美少年 但し妻子持ちの三十路後半

 

 性格・少々気弱だけれど温厚で優しい

 

 種族・ハーフエルフ

 

 まあ、土属性の使い手としては凄腕だし、授業も分かりやすいので生徒からの人望も既にそこそこで、ファンクラブまで存在する程だ。

 ……その会員から”一緒にされたくない”って入会を断られる程に異様なファンも女子生徒の極々一部に存在もするけれど、僕は記憶から抹消したからさっぱり分からない。だって関わりたくないし、関わらなくって構わない相手だから。

 

 現実逃避って良いよね!

 

 

「何よこの壁はー!?」

 

「先生! マナフ先生!」

 

「こっちにおいでー!」

 

 うん、だから担任を追い掛けていた同じ年頃の女の子達が見覚えがある相手だってのも気のせいだし、普段は獲物を見る目を向けたり妄想を口にする程度だったのに今日は妙に積極的だって思うのも錯覚に違いない。だって僕は何も知らないから!

 

「……ふぅ。助かりました。有り難う御座います。下手に抵抗して生徒に怪我をさせたら大変ですからね」

 

 時間を止めた空気の壁の向こう側、光をも通さず真っ黒なその向こうで騒いでる声に少し怯えた様子の先生だけれど、乱れた衣服を直して何とか一安心した様子だ。

 

「へー。彼女達も学園の生徒なんですね。二年生ですか?」

 

 相手は教師だから一応敬語をつかわないとね。

 

「え? 彼女達は君のクラスメイトですよ?」

 

「それとも三年生ですか?」

 

「……あっ」

 

 最初は不思議そうだった先生も、話を聞かずに繰り返せば察してくれたらしくて何よりだ。

 

「じゃあ、僕は此処で」

 

 先生に一礼し、遠くに離れてから魔法を解除する。

 

「それにしても上級生にあんな変人達が居るなんて世も末だなあ」

 

 現実逃避? そうだけれど何か?

 

 

 

 

 

 

「……何だこの花は?」

 

「お土産に摘んで来たんだけれど気に入らなかったかい? 綺麗なレキアの亜麻色の髪に似合うと思ったんだけどなぁ」

 

 お土産に渡したピンクの花をレキアに渡した所、開口一番に投げ掛けられたのはあからさまに不満って感じの言葉だったんだけれど、声色と表情は嬉しそうだ。

 

 ……この子、昔から僕と話す時はこんな感じの態度だったけれど、こうやって素直になれてないだけって知った後じゃ丸分かりだよね。

 

「……所で”綺麗”というのは妾にか? それとも妾の髪だけか?」

 

 今だって何を期待してるのか伝わって来たよ。

 

「両方……かな? でも僕はレキアは可愛い系だと思うよ? 大きさ関係無く君は可愛いって」

 

「ふんっ! 当然だな。貴様もそれなりの審美眼を身に付けたという訳か。誉めてやろう」

 

 こんな態度も前までなら面倒臭く感じただろうけれど、今となっては可愛いと思ってしまう。

 矢っ張り友達になりたいって思っていた相手が自分の事を実は友達だって思っているって知ったのは嬉しいからね。

 

 レキアは胸を張って尊大な態度だけれど口元は喜びを隠せていないし、飛び方だってテンションが上がったのか変則的な動きで落ち着きが無い。

 

「しかし、妙な花だな。微量ながら魔力を感じるぞ」

 

 そのまま花を抱えていたレキアだったけれども、急に動きを止め、怪訝そうな態度で呟いて、僕もビックリして立ち止まる。

 綺麗な花だから名前を知りたくて詳しそうなレキアへのお土産にしたけれど、流石は妖精のお姫様だ。僕じゃ察知出来なかったのにこんなに早く気が付くだなんて。

 

 言われてから集中してみれば本当に微弱で何か切っ掛けがなければ気が付かない程に僅かな魔力が花から漂う。

 今にも気のせいだったと思う程に微弱で、この程度なら直ぐに消耗して終わりだろうね。

 

「じゃあ異様に繁殖してたのはそのせいかな?」

 

 魔力を持つ植物は貴重だけれど存在しない訳じゃない。植物系のモンスターだって高い魔力によって自ら栄養源を確保する為に動いた草木だし、屋敷の庭にだって時間帯で植わっている場所を移動する木がある。自分から選定しやすい場所に枝を持って来るし、それらに比べたら微量で話にならない。

 

「まあ、繁殖力や成長速度の上昇が関の山だろう。作物に必要な栄養まで吸い取っては問題だが、それは畑の持ち主や王国の役人が考える事。妾や貴様には無関係だ」

 

「相変わらず王国は嫌いなみたいだね。僕も賛同はするし、フリートにそれとなく伝えたり、聖王国の方で繁殖しない様にサンプルと一緒に手紙を送っておくよ。……サンプルから花粉が広がっても困るし何か入れ物を用意すべきかな」

 

「その程度で良かろう。妾には花が原因で人がどうなろうと興味が無いが、友である貴様が困るのは見過ごせん。ああ、そうだ。友には礼をせねば」

 

 思ったよりも面倒な事態になったと朝から疲れた僕だけれど、そんな苦労なんてお構いなしって感じのレキアは飛ぶのが面倒になったのか僕の肩に乗る。これは何時もの事だし、嫌われてるって思ってた時は疑問だけれど、友達だったらじゃれついてるのと変わらないね。

 

「お礼? わっ!?」

 

 頬に手を当てられ、何をするのかと思ったら柔らかい物が押し当てられる。……多分唇だ。

 

「どうだ? 光栄であろう? 妖精の姫のキスだ。身に余る光栄にむせび泣いても構わん」

 

「あっ! 前にヘッドバッドをほっぺに食らったけれど、あの時もキスだったんだね。唐突だったから不思議だったんだ」

 

 何で急にって思ったけれど、照れ隠しだったなら納得だ。

 変に誤解はしていないって伝えないとね。

 

 やれやれ、素直じゃない子は困るよ。リアスは凄く素直で可愛い妹なのにさ。

 今のままのレキアも可愛いけれど、もう少し素直に……あれぇ?

 

 何故かレキアは呆れ顔で僕の肩から飛び出した。

 

「僕、変な事は言っていないよね? 寧ろ気遣いをしたのにどうして?」

 

「……野暮な奴め。こんな時は……うん? おい、妾はどうしてこの様な真似を……忘れろっ!」

 

「ええっ!?」

 

 パンドラもだけれど、自分からしておいて恥ずかしくなったらしいレキアが渡した花をハンマーに変え、振り回して襲い掛かって来た。

 

「理不尽! 理不尽過ぎる!」

 

 当然回避、絶対痛い。

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ! 黙れぇえええれえっ!」

 

 僕の抗議も虚しく、火が出そうな位に顔を真っ赤にしたレキアは体長の倍以上のハンマーを僕の頭に向かって振り下ろし、当てられまいと慌てて逃げる。

 何でどうしてこうなるの!?

 

「僕にキスして来たのはそっちじゃないかっ! そんな酷い事してたら可愛いのが台無しだよ!」

 

「キスとか誤解を招く言い方は止せ! 妾はヘッドバッドをしただけだ、ヘッドバッドを!」

 

「バレバレの嘘だからねっ!? 自分で礼って言ったじゃないか!」

 

「う、五月蠅い五月蠅い! 黙れ黙れ!」

 

 下手な防ぎ方で怪我させたら悪いし、だけど受ける気も全然無いし、このまま逃げるしか無いのかな?

 

「あーもー! 皆、何処か変だって! 寝ぼけてるんじゃないの!? 皆ー! レキアが僕のほっぺにキスをした後で照れ隠しに暴れてるから気を付けてー!」

 

 取りあえず巻き込まない為に警告を……。

 

 

「ええっ!? レキア様が若様にキスをしたっ!?」

 

「おい、レキア様が若様に舌をねじ込んだってよっ!」

 

「レキア様が若様を誘惑したらしいぞっ!」

 

「レキア様が若様の子を宿したってっ!?」

 

 

「き、貴様ぁー!!」

 

 ……あれぇ? 伝言ゲームの妙な事になって、レキアが余計に……。

 

 

 この後、レキアを落ち着かせて皆の誤解を解くのに時間を費やしたせいでゆっくりご飯が食べられなかった……。

 

 

 

「寝過ごしたっ!」

 

 因みにリアスも寝坊して朝ご飯はゆっくり食べられていない。

 兄妹お揃いだけれど、これは流石に嬉しくないなあ……。

 

 

 

 

 

 



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余計なお世話

ブクマ増えたし、ギリギリ未だ無反応じゃない! と言い聞かせてます


「いや、朝っぱらから複数人との惚気話を聞かされる俺様の身にもなれやっ!? てか、明らかに何か起きてるだろ、その二人!」

 

 登校後、フリートに愚痴混じりにパンドラとレキアの事を相談した所、開口一番がその言葉だった。

 如何にも”呆れてます。付き合ってられるか”って感じの態度で、とても友達である僕への思い遣りが感じられないや!

 

「ちょっと酷くないかい? それに二人が自爆するのは元からだし、何か起きてるって決まった訳じゃないよ」

 

「テメェの二人への認識が酷い件に物申したいんだが? てか、マナフの野郎を襲ったって連中もそうだが……周りを見て見ろよ。明らかに妙だろ」

 

「周り……?」

 

 抗議にも呆れられて傷付く僕だけれど言われるがままに周囲に目を向ける。

 

 

 

「お、おい。ちょっと大胆過ぎる……」

 

「やだ。もっとダーリンとくっ付く」

 

 

「な、何をしているんだっ!?」

 

「アンダイン様を誘惑?」

 

「そーそー」

 

 

 カップルがイチャイチャ……いや、女子生徒の方が一方的に人目を憚らずに迫ったり、眼鏡が本体の男がファンに迫られたり、こうして見ると確かに妙だ。

 

「そうだね。僕の場合は普段の延長線上だけれど、学園内でこれはおかしい」

 

「どんだけ羨ましい生活送ってんだ、テメェはよ。でも妙だろ? 使用人の目なら居ないものとして扱う連中は居るけどよ。……同じ貴族が周囲に居るってのにこれは妙だ」

 

 フリートの言葉の通り、平民の目なんて気にしないってスタンスの貴族は多いし、これが自分の屋敷とか街中なら大胆程度で済ます僕だけれど、朝の見知らぬ女子生徒達と同じでタガが外れた感じがするな。

 

「だとしたら二人も何かの理由で……」

 

 レナ? 彼女は平常運転だから。

 

 ちょっと考え、思い当たるのは例の花。

 パンドラとのデート中、甘い香りが漂っていたし、レキアには直接根っこ付きのを手渡した。

 でも、大胆になった後で我に返った時間には差があったし、何か理由があったとすれば……何だろう?

 

 妖精とヒューマンの違いかな? じゃあ、エルフとか鬼とか獣人でも何らかの違いが?

 

 僕じゃ詳しくは分からないし、未だ花が原因とは限らないんだけどね。寧ろ目を向けさせる罠とか?

 

 それはそうとして……。

 

 

「チェルシーには効果が無かったみたいだね。敢えて触れなかったけど、今度の喧嘩の理由は何?」

 

「……何かあるって思ってたから期待して尻触ったらビンタ食らって、謝っても無視しやがる」

 

 フリートの頬には未だに残る真っ赤な手の平の跡。うん、彼女がフリートと会う時間からしてそうだって思ったけれど、君も朝っぱらから学園で何をしてるのさ……。

 

 

「おい、テメェにだけはドン引きする資格は無いぞ? 大体、あの女だって……ん? あのルメス家の嬢ちゃんはどうした?」

 

「さあ? 来ていないんだけど病気かな? 後で同じ寮の子に訊いてみるよ」

 

 何時もなら徐々に仮面じゃなく本物になって来た笑顔を向けながら駆け寄って来る彼女の姿が見えないのは少し寂しい。

 好きだって気持ちを伝えられて、返事をしないまま一緒に居るけど、何か今の関係が心地良いんだよね。

 

 それにしても心配だよ……。

 

 

「あ、あの。クヴァイル様。魔じ……ルメスさんからお手紙を預かって居まして……」

 

 ”魔女”、闇属性であるアリアさんを侮辱する呼び方をしようとした同級生に思わず不機嫌を隠さなかったけれど、机の下でフリートに蹴られて慌てて隠す。

 時既に遅しって感じですっかり怯えた様子だけれど、ちゃんと手紙は受け取った。

 

「やあ、有り難う。アリアさん、お休みなのかい?」

 

「は、はい! 昨日の夜に急に実家に戻る必要が出来たらしくって。それで、あの、明日の舞踏会のパートナーですけれど、彼女が間に合わなかったら……」

 

 ああ、成る程ね。

 

 闇属性って事で忌み嫌われて関わりになりたくないって人が多いアリアさんの手紙を何でわざわざ受け取ってくれたのかと思ったけれど、それを口実に僕に近付こうって魂胆か。

 

 ついでに言えば彼女って身体を使って僕に取り入ってるって噂が立ってるし、だから慌てて呼び方を変えたな、この子。

 

「……まあ、考えておくよ。ちょっと手紙に集中したいから向こうに行ってくれるかな?」

 

「はい!」

 

 随分と上機嫌な様子で離れていく彼女だけれど、手応えがあったと思ったんだろうね。

 

 封筒を開いて手紙に目を向ければ、手紙で済ませる謝罪から始まった。それから急に実家に向かった理由へと続き、明日の晩の舞踏会までには帰れる様に頑張るそうだ。

 

「あの女、どうして来てないんだって?」

 

「どうも決闘については湾曲した話が伝わってるらしくって、戦う力があるのなら領地の山で暴れている厄介なモンスターを退治しろって言われたんだってさ。従わなかったら学園を辞めさせて連れ戻すって脅し付きで。……舞踏会のパートナーが僕だって実家に知らせておけば良かったのに」

 

「テメェとの関係にあれこれ口出しされるのが嫌だったんだろ。だいぶ執着されてるしな。……んで、流石に聖王国の名門であるクヴァイル家が王国の末端貴族のルメス家の問題事に手出しはしたら駄目だろ。まあ、少しは強くなったし、大丈夫じゃねぇの? 信じて待ってやれよ」

 

「……そうするよ。まあ、ルメス家の問題には手出ししないよ、ルメス家の問題にはさ」

 

 手紙に書かれた山の名前に視線を向けながらフリートの忠告に賛同する

 流石に王妃の甥っ子だろうが他国の領地の問題に首を突っ込むのは賢い選択じゃないし、この問題はアリアさんを信じるしかないんだ。

 

 実の祖父母にも嫌われているみたいだし、クヴァイル家の領地が栄えた影響で逆に貧しくなったルメス家じゃどれだけの支援が可能なのかってはなしだけどさ。

 

「……んで、さっきの嬢ちゃんと踊るのか?」

 

「さあ? 先約が有るから先延ばしにしたけれど、彼女とは確約してないし、僕じゃなくても余った人は先生が相手してくれるんだ。急用が入ればそっちを優先するさ」

 

「ま、当然だわな。それより今日は俺に付き合え。チェルシーが不機嫌で相手してくれねぇし、露出の多い服の綺麗な女が給仕してくれる店があるんだよ」

 

「いや、其処は素直に謝って許して貰ったら? ……悪いけれど僕も仕事だ。国境沿いの山にアラクネの群れが住み着いたらしくってさ。まあ、運命だとでも思って諦めてよ」

 

「大袈裟な奴。……まあ、余計に怒らせて週末のデートが無くなるのも嫌だし、ちょいと謝って来る。つーか、俺様はテメェが童貞どころかキスすらしてないのが驚きだぜ」

 

「行ってらっしゃーい。……タイミングとか有るんだよ、タイミングとかさ」

 

「そんな受け身だから未だなんだよ。ガッと迫ってバッと行けや、さっさとよ。待たせるのは悪いだろ」

 

「うっさい。君こそさっさと行け。そして余計に怒らせて反対側にも食らって来い」

 

 もう直ぐ授業開始の鐘が鳴るけれど、憎まれ口を叩きながらもフリートとチェルシーなら大丈夫だろうと手を振って見送る。

 実はちょっとだけ両側にビンタされるのを期待してたんだけどね。

 

 それにしてもチェルシーに影響が出なかったのは何故だろう? 

 影響の原因が発生した場所なのか、それとも……。

 

 

 

「属性……かな?」

 

 少し思い当たる所があって呟く。それならパンドラと二人の差だって説明が出来るけれど‥…仕事から帰ったら文献を漁ろうか。

 

「このままじゃ身も心も持ちそうにないからね……」

 

 今はあの程度で済んでいるけれど、進行すれば耐えられるか微妙だ。何かの外的要因に流されて……なんて嫌だしさ。

 

 その辺はちゃんと向き合いたいよ。

 

 

「そ、それでは授業を始めます」

 

 (残念な事に)フリートが上機嫌で戻って来た直ぐ後、今朝の一件が尾を引いているのか少し怯えた様子のマナフ先生が姿を見せ、何時も通りの時間が過ぎていった。

 

 

 

 



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無価値で無意味

 例え何があったとしても人にとって故郷は忘れられず、実家とは安らげる場所だと聞いた事があるけれど、その戯れ言を口にした者からすれば私みたいな者は”人”ではないという事と解釈するのは捻くれて居るのだろうか?

 

 それとも私にとって故郷も実家も・・・・・・家族さえもそれに足り得ない、そんな所なのだろう。

 実際の時間は一月にも満たず、恋をした瞬間からの濃密な期間からすれば体感的に結構な年月ぶりに顔を見せた実家は相変わらずだったら。

 

「既に足の準備は済ませてある。さっさと行け。お前が役に立てるのはその程度だからな」

 

「・・・・・・はい」

 

 仮にも実の孫娘に向ける物とは思えない程に冷たく、怯え混じりなのを虚勢で隠した老人、実の祖父に私は感情の篭らない返事を向けた。

 元より父親不明な私には冷たく母を詰っていた連中だ。母の遺言であっても明るく接する気にもなれないし、ならないで良いだろう。

 

「・・・・・・入り婿の候補について訊かれなかったな。まあ、それでも良いけれど。ロノスさん以外に肌を許す位なら家を出て髪を染めて遠くで生きていくだけだし」

 

 婿を見付けて来いと命令されていたけれど、忌み嫌われる闇属性の私と結婚してまでルメス家みたいな貧乏弱小貴族の領地が欲しい物好きがどれだけ居るのやら・・・・・・。

 

「あの馬鹿王子が余計な真似をして、馬鹿な王が私に会いたがっているみたいだけれど本当に面倒。もしかしたら娘かも知れないなんて、王家の面子を優先して知らない振りをしてくれれば良いのに・・・・・・」

 

 母の形見から浮上した、私に対する王の庶子だという疑惑。今は実家にさえ秘密だが、もし認知されでもすれば祖父母も周りの人間も手の平を返すのだろうか?

 

「ふざけるな」

 

 その言葉しか出ず、声と同時に拳が震える。今更現れて、また私から幸せを奪う気なのか。

 持った力も家も関係無く接してくれたあの人達以外は私には必要無い。引いている血に群がられても、それまで連中が私に向けていたのと同じ嫌悪感しか向けられない。

 

 最初はそうだったらロノスさんの家に嫁げる可能性も考えた。他に相手が居たとしてもあの人の物になれるなら適わないと思った。

 でも、現在の王妃は彼の叔母で、王族の血を引くのなら嫁がせるメリットは低い。彼が良くても闇属性なんて喜んで引き受けるとは思わないから。

 

 今の家でも愛人なら可能性はあったし、もし本当に父親だったとするのなら一度だけでも親心を出して欲しい。

 私と王家は無関係。・・・・・・それが私の幸せだ。

 

「でも、本当に娘だと思ったならそうしてくれないんだろうな。お姫様なら政治の道具になるから何処かに嫁がせて・・・・・・」

 

 

 ああ、本当に現実はままならない。あの眼鏡が私に絡んで来て、兄かもしれない馬鹿王子が私の出生の秘密について気が付いて……いや、あれは私が母の遺言を破って首飾りを人前で着けたのも原因か。どの道、馬鹿王子は嫌いだけれど。

 

 親の遺言は守るべきだ、でも、父親が何か遺しても速攻で忘れる。

 

 ”生まれ持った力のせいで虐げられていた女子が実はお姫様で、ドキドキの生活が始まる”だなんて何処かで聞いた様で聞かない話に興味は無いし、出来れば無関係で居たい。

 

 私が欲しいのはロノスさんの側に居る権利だけ。”王女”よりも”魔女”の方が都合が良い。

 

 

「さっさと終わらせよう。……明後日は舞踏会、ロノスさんをお待たせする訳には行きません!」

 

 視線の先で私に嫌悪の眼差しを隠そうともせずに待っている馬車の御者を景色の一部だと認識しつつ、仮面を被る。

 

 ……この仮面が本当の自分になりつつあるのは感じるけれど、それは未だロノスさん達の前だけ。

 でも、それで何一つ問題無い。

 

「大丈夫、私にはロノスさん達に鍛えて貰った力が有るから。……此処数日の事は忘れたいけれど。あんな人に鍛えて貰ったなら二人は強くなって当然ですよね」

 

 乾いた笑みが出そうになるのを必死に抑え、数日前の私を少し恨んだ。あの二人の師匠に自分も鍛えて貰おうなんて安易に考えた馬鹿な自分を……。

 

 

 

 

 

「ねぇ、レキア。お兄様が出掛けていて暇なのよ。ちょっと話でもしない?」

 

「妾は暇では無いのだがな。片手間で相手するのも惜しい程だが、それで良いなら相手をしてやろう」

 

 ロノスが学園より帰るなりポチに乗って聖王国に慌てて向かった頃……少しは妾とゆるりと過ごせば良いものを……、奴から贈られた花を眺めていた妾に暇そうな奴が話し掛けて来た。

 

 この花、本当に僅かではあるが神の気配を感じる。大きいグラス一杯の水に一滴だけ混ぜた果汁程度で、花に宿る魔力に混じって分かり難いのだが……先日戦ったサマエルとやらの気配に酷似している。

 

 恐らくは奴の指揮下の神獣。宿る気配を解析し、宿す力を解析すれば術者の探知も可能だろうな。

 だが、薄いせいで随分と困難を極めていて、集中したい……のだが。

 

「そうね。何から話そうかしら? レキアは何か話したい事とか無いの?」

 

「言いたい事なら有るぞ。”自分で考えろ”、”考えてから来い”だ」

 

 この馬鹿娘は私が忙しいにも関わらず話し掛けて来ているし、多分無視したり拒否しても諦める奴でもない。

 まあ、適当に話をしてやれば良いのだが、話題も考えずに来るな馬鹿!

 

 本当に此奴は……。

 

「じゃあ、何してるの? お兄様から貰った花を眺めてるだけでも無いでしょう? どうも嫌な予感がするのよね、それ」

 

「野生の……いや、光属性の使い手として何か感じる物があったか。この花、どうも神の気配がするのでな。数本では大した事は分からんのだが、今はする事も無い」

 

「神の気配って事は、この前の決闘の時に手出しして来た糞野郎と、お兄様やアンタ達を襲ったって連中の仲間って事ね。……がぁああああああああっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 急に叫び出したリアス、此奴ついに頭が筋肉に侵食されてしまったのではないのか!?

 まさに怒り心頭と言った様子で立ち上がり地団太を踏み、机を強く叩いた事で鉢植えが宙に浮く。馬鹿力め、机が砕け散り、鉢植えが天井に激突して砕け散ったぞ。

 

「人の決闘が終わった瞬間に野暮な手出しした連中っ! 絶対にぶん殴る!」

 

「いや、ロノスが落とし前を付けたと聞いているぞ? だから落ち着け? 貴様、一応は”姫様”と呼ばれる立場だろう? 脳みそ筋肉のバトル脳だが」

 

「余計なお世話よっ! あーもー! ちょっとイライラして来たから向こうの山まで走ってモンスターでもしばき倒して来るわ! レナー! ちょっと暴れに行くから付き合ってー!」

 

 言いたい事だけ言い、暴れるだけ暴れてリアスは嵐の如き騒がしさで去って行く。

 ……彼奴、本当に偶に心配になるのだが、同時に思うのだ。

 

 

「リアスだから大丈夫とは思うのだがな。説明は上手く出来ないが、リアスだし……。ただ……貴族令嬢としては全然大丈夫じゃない。まあ、何年も前から分かっていた事なのだが……」

 

 一応だが彼奴も私にとっては友……腐れ縁で結ばれた相手であると認めてやっても良い存在だ。

 心配してやらない事もない。

 

「レナの奴も大変だな。いや、彼奴は彼奴で十分無茶苦茶だ。それにしても気軽に向こうの山まで……向こうの山?」

 

 リアスが思い付きで向かった山だが、向こうの山と言っても視界に入るだけで結構な距離がある。早馬で一時間弱程の距離、ならばリアスが適度なペースで向かえば十分も掛からない。

 

 其処まで考えた時、花から感じる力の気配と同質の物が山の向こうから漂っているのを感じ取った。

 

 

 

「まあ、リアスだしな。”今の状態の”ロノスより強いし……」

 

 

 

 

 

 



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晴れのち所によりペンギン

 「キュイキュイキューイ!」

 

 ポチの背に乗り空を行く。元気に鳴くこの子が好きな高度は春先であっても肌寒く、高速の変速飛行によって受ける風は寒がりの僕にはコートがあっても少し寒い。

 

 

 でも……。

 

「あ~、癒される。モフモフモフモフ~! 此処でちゅね~! ポチは此処が大好きなんでちゅよね~」

 

「キューイ!」

 

 ポチの羽毛は柔らかくって暖かく、何よりも凄く可愛いから空の旅は快適なんだ。

 羽毛に腕を埋めてかき回して堪能し、続いてポチが撫でられるのを好む首の辺りを撫で回せば、くすぐったそうにしながらも上機嫌な鳴き声。

 こうしているだけで凄く癒されて、今から向かう先への憂鬱な想いが薄れて行くみたいだった。

 

「本当は庭でポチと遊んでいたいんだけれど、貴族ともなればそうはいかないからねぇ。その代わり、移動中は存分に撫で回してあげまちゅよ~」

 

 背中でうつ伏せに寝転がって両脇を撫で回し、体を起こして頭と顎を同時に撫でる。

 この時間こそが至福であり、仕事への活力を与えてくれる最高の瞬間。

 

「仕事だし仕方がないんだけれども……はあ」

 

 まあ、それでも嫌な物は嫌だし、許されるならずっとこうしていたいんだけれど、そんな怠慢は僕自身が許せない。

 でもなあ……。

 

 学校が終わって直ぐの仕事自体は別に構わない。だって前世でも学校後に夜遅くまで塾で勉強していた人は居るし、僕みたいに次期当主って立場なら大体同じ様な物だ。

 流石にこうやって任務をこなしはしなくても、学園で学ぶ事以外にも自分の領地に合った内容を学ぶのが大変だって声は学園で聞くし、それが面倒とは思っても理不尽だと口にする奴は居ない。

 

 だから僕の憂鬱は別の理由から来ているんだ。

 

「前世だったら同じシチュエーションを楽しみにしていたんだけれど、今とは立場とかが違うからなあ。……実の祖父と会うのに此処まで気が重いなんて貴族は大変だよ。ウチが極端なケースなのだろうけれど」

 

 今回の任務は国境近くの山で増えたモンスターの処理。縄張り争いに負けて移動して住み着いたのが原因で、前から山に住んでたのさえ追い立てられたりで周辺の街や村にまで被害が出てるって状況だ。

 

 本来なら軍に任せる所だけれど、山の途中に国境線が在って、偶に揉める所だから下手に人数は寄越せない。

 幾ら宰相の娘が王妃をやっていたとしても反発する貴族は居るし、余計なゴタゴタ避ける為に、こんな場所でのトラブル解決には少数精鋭だって決まっているんだ。

 

「……さて、そろそろ見えて来る頃かな? 先ずはお祖父様にお目通りをっと。…やだなぁ」

 

 そんな問題を抱えた山が有る領地だけれど、丁度視察にお祖父様が訪れて居るからって顔を見せに行く事になっているんだけれど、向こうからすれば無駄だけれど建て前としては会わないといけないって面倒な状況だ。

 あの人の機嫌が良い時の顔なんて生まれてこの方見た事が無いけれど、絶対に機嫌が悪いよ……。

 

 僕とリアス、そして陛下の祖父でありリュボス聖王国宰相の”ゼース・クヴァイル”。

 ”人間として当然持ち合わせる思い遣り以外の総てを兼ね揃えた人”ってのが孫一同の認識で、外交や内政その他諸々を取り仕切り、後進の育成や人材の発掘にも余念が無いって人で、若い時は戦場で活躍し、火の魔法と槍術によって数多くの英雄豪傑を撃破、”魔王”と恐れられたらしい。

 尚、孫一同揃って恐れている対象で……ゲームでの裏設定ではレナスの死を招いた犯人であり、リアスを歪ました原因であり、最終的に僕が殺した相手。

 

「……顔を思い出しただけで疲れて来たよ」

 

 ゲームとは違う行動をしたからかレナスの死に繋がった襲撃事件は起きていないし、多少ながら僕達との関係だって変わっている。

 ”有用かも知れないが危険”から”危険だが有用”位には違う筈だし、ゲームでの事なんて夢の中の出来事みたいな物だから恨んだりは当然しないよ。……恐れてはいるけどね。

 

 あの人は国の為なら自らの死さえも計画に組み込み、身内を手に掛ける事すら躊躇しないってのは付き合いによって理解している。

 僕の一時的な弱体化に繋がっている”あの魔法”だって、退き際を誤れば交渉材料としては無意味になってしまうだろう。

 

 あー、本当に気が重いや……。

 さっさと会って形式だけの挨拶を済ませたら任務に取り掛かって、直ぐに終わらせて屋敷でポチやリアスと遊びたい……。

 

「キュイ!」

 

 錐揉み回転をしながらの直進中、急にポチの動きが止まり、一鳴きで敵の襲来を告げる。

 

「ピー!」

 

「ペン……ドラゴン。”チャイルドドラゴン”か……」

 

目の前に現れたのは必死に翼を動かして空を飛ぶ小型犬サイズのピンクのペンギン。

 うん、この世界のドラゴンは前世のペンギンの見た目だって分かってるのに、こうして実際に目にすると違和感が消えてくれない。

 て言うか、可愛いし抱っこしたいんだけれど、ドラゴンだから凶暴なんだよね、残念。

 

 ”魔女の楽園”、この世界に酷似したゲームに登場するモンスターは乙女ゲームだからか可愛らしい見た目が多いけれど、それでもモンスターだ。

 特定のイベント戦闘以外は負けたらゲームオーバーで、ゲームオーバーを表示する画面の背景にボロボロのお墓が描かれていたし、つまりはそういう事なのだろう。

 

 こうしてモンスターに襲われる場合、その理由は縄張りに入ってしまったりして敵と認識されたか、もしくは補食の為。

 当然ドラゴンは草食じゃ無いし、ペンギンだってそうだ。

 

 尚、チャイルドドラゴンって名前だけれど、成長しても他のドラゴンの幼体程度の大きさにしかならないだけで子供って訳じゃなく、今は巣でお腹を空かせて待っている雛の為に餌を探し、大物を群れで狙って来たって事だ。

 ペンギンは飲み込んだ魚を吐き出すけれど、ドラゴンは確かグチャグチャの肉団子にして与えるんだっけ?

 

「僕、鳥は好きだけれど君達に食べられて喜ぶ程じゃないからね。さっさと通らせて貰うよ」

 

「キュイ?」

 

 え? ドラゴンだから鳥じゃないって? うん、そーだね。

 

 僕達を前にして嘴ガチガチと鳴らして威嚇するチャイルドドラゴン達。本当なら精々が自分達の四倍程度の大きさの獲物を狙う程度だし、心なしか痩せて見える。

 

「ああ、成る程ね。君達も縄張りを追われた口か。馴れた狩り場を仕えなくって困っているんだね。うん、これは困った……」

 

 どうやらチャイルドドラゴン達がこうして襲って来たのには僕が今から向かう先が関係しているらしい。

 縄張りを追われたのが周辺に被害を出しているって話だけれど、前回の報告の後に小型でもドラゴンの群れまで追われるなんて、これは退治対象の危険度を上げて置くべきだ。

 

 さて、今は目の前の相手に集中しようか。

 相手はドラゴン、小型犬サイズの可愛らしい鳥類の見た目をした……肉食の猛獣だ。

 

「まあ、生存競争だ。獲物が反撃して来るって君達も知っているだろう?」

 

 人里離れた場所で獣を狩るのならそれで良い。わざわざドラゴンの縄張りに危険を冒してまで行くメリットは少ないからね。

 でも、縄張りが大きく変わって、人を一度襲った熊が肉の味を知って再び人を襲うみたいに街や村が襲われてからじゃ遅いから……可愛かろうが此処で駆除させて貰うよ?

 

「……ピー」

 

 でも、僕が覚悟を決める決めない以前にチャイルドドラゴン自体が戦う気満々みたいで、僕の魔力が高まったのを警戒してか全身の毛が膨れ上がってモコモコになっている。

 

 ……可愛いなぁ。

 

 元々グリフォンは群れればドラゴンさえも狩る種族で、チャイルドドラゴンが群れても敵うはずがないって本能で分かっている筈だ。

 それが僕の魔力を感じ取っても逃げ出す様子すら見せないってのだから余程追い詰められているんだろう。

 

「窮鼠猫を噛む……だっけ? ポチ、油断せずに行こう」

 

「キュイ!」

 

 僕の呼びかけにポチが元気良く鳴き、チャイルドドラゴン達は空高く飛び上がり、腹を下にして嘴を向け、勢い良く滑空して来た。



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捕食者と獲物

 無数のペンギン(ドラゴンだけれど)が寝そべった姿で滑って向かって来る。僕みたいな鳥派でなくても可愛さに胸が締め付けられる事だろう。

 

 その突撃がこっちの命を狙っての物でなければ、の話だけれど。

 

「ポチ! 防御!」

 

 空から滑空、嘴を突き刺そうと勢いを増し続けるチャイルドドラゴンの突進だけれど、相手は超小型であってもドラゴンはドラゴン。その尽力は侮れないし、氷の上を滑る訳じゃないから自由に軌道を変えられる。

 数は多く、回避は面倒なら防御するのが一番だ。

 

「キュキューイ!」

 

 鳴き声と共に広げられた大きな翼。舞起こる風は渦を巻き、球状になってポチと僕を包み込み、其処に軌道を変えて四方八方からチャイルドドラゴンが殺到した。

 

「ピー!」

 

 次々に風に突撃を阻まれ弾き返されるけれど、体勢を崩しても必死に翼をバタバタと動かして、再び上空へと昇って行く。

 いや、ポチが凄く可愛いし、満足だってしているよ?

 きっと叶えば相手をする時間が分散されて寂しい想いをさせちゃうだろうし、何代にも渡って人と過ごさないと無理だって分かっているけれど……ドラゴンをちょっと飼ってみたいって思ってしまった。

 

「……キュイ?」

 

 ポチ、何かを疑う眼差し。

 

「な、なんでもないよ?」

 

「キュ~イ?」

 

 あ、これは信じてないな。嫉妬して疑うなんて凄く可愛い!

 僕がポチの可愛さを再確認する間もチャイルドドラゴン達は突撃しては弾き飛ばされるのを繰り返すけれど、それでも諦める様子は見せない。

 きっと長い間獲物を満足に仕留めておらず、雛の為に頑張る親なんだろうね。

 

 風の防壁にぶつかる度に衝突音が鳴り響き、それは回数を重ねる毎に更に勢いを増して行く。

 衝突の度にダメージを受けているのか嘴がボロボロの個体だって居るし、中には気絶したのか弾き返されたまま墜落するのまで。

 これが本当に凶暴な見た目のドラゴンだったら此処まで心は痛まなかったし、僕やリアスだって前世の記憶が戻る前にこのドラゴンを実際に目にして価値観を固めていたら感じ方も違ったんだろうけれど、絵で見ていただけの今の人生と違い、前世ではテレビや写真、水族館でペンギンを目にし、可愛い物だって認識してしまっている。

 

 この齟齬が前世の僕が混じった弊害で、前世では受け入れられない事を今の僕が受け入れている事を唐突に疑問視してしまう事が起きる理由だ。

 要するに今を今と何処かで見れて居ないんだよな。

 

「ピー!」

 

 ペンギンの羽毛は絡み合って頑丈になる構造になっている。空気を含みモコモコに見えるチャイルドドラゴン達も実際は強固になっているらしく、その証拠が大きくなる衝突音。何十回と続く衝突によって風の防壁も徐々に押し込まれ始めた。

 

 逃がす訳には行かないけれど、心の何処かで手を出すのを躊躇っている僕が居る

 馬鹿か? 目の前にいるのはペンギンじゃなくて肉食のドラゴン、それも本来の住処を追われ、普通なら襲わない相手さえ襲う程に気が立っている群れだ。

 

 街に居ればモンスターが出て来ないのはゲームだけだって、ロノスとしての十六年の人生で知っているじゃないか。

 

「ポチ、大きく弾き飛ばして」

 

 再びチャイルドドラゴン達が殺到した時、風の障壁が弾け飛んで今までよりも大きく跳ね返す。これで墜落するのが数匹で、残りが再び殺到する中、僕は刀の柄に手を掛ける。

 

「……じゃあね」

 

 ああ、もう少しちゃんとしなくちゃ。だって僕は貴族、大勢の領民の人生を背負う身なんだから。

 

 カチャッ、そんな風に鍔が鳴り……蒼天に雷鳴が広く轟いた。

 

 

「さて、後で巣を捜索するように指示しないとね」

 

「キューイ?」

 

「……ドラゴンの死体は食べちゃ駄目。最近間食が多いから少し太ったでしょ?」

 

 僕だけじゃなくコックやメイド達まで甘やかすんだからなぁ……。

 

 風を操作してこんがり焼けたチャイルドドラゴンの死骸を浮かたポチは僕の方をジッと見て来る。

 どうしても食べたいって気持ちが伝わって来て、ちょっとだけなら良いんじゃないかって思う自分を制する。

 

「キュイ……」

 

「駄目な物は駄目。大体、ドラゴンの肉は脂がたっぷりなんだから。今日だって厨房の窓からオヤツをねだってクッキーを沢山貰ったって知ってるんだからね」

 

 レナスと再会した時、ポチを随分と甘やかしているって怒られたんだから、これからは少しは厳しくする予定だ。

 甘やかすだけじゃ愛じゃないもの。

 

「キュイキュイ!」

 

「”食べた分動いたら良いだけ”だって?」

 

「キュイィィ……」

 

「……一匹だけだからね。それと晩御飯は少し減らすから!」

 

「キューイ! キューイ!」

 

 僕が許可するなりポチは一番大きなのに齧り付き、骨ごとバリバリと食べ始める。

 まあ、この位だったら良いか。……ちゃんと運動させればね。

 

 残りの死体は時間を操作して急速に腐らせて行く。

 死体を食べるのは勝者の特権って訳じゃないけれど、このまま地面に落ちてグチャグチャになったのを更に食い荒らされるのはちょっとね。

 

 この後で巣を探して駆除する予定を立てた僕が何を自己満足な行動をって思うんだけどさ。

 

「ポチの脳天気さが救いだよ。君を見ていたら癒されるからさ」

 

 そっと首筋を撫でながら呟く。お祖父様が待つ屋敷が遠くに小さく見えて来た。

 

 

 

 

「キュ?」

 

「あ、確かにリアスの方が脳天気だね。これは一本取られた」

 

 ポチは凄く賢くて可愛い良い子だよね!

 

 

 

 

 

「へ~っぶし! ……風邪でも引いたかしら?」

 

「いえ、姫様は馬……頑丈なので簡単には風邪を引かないでしょう」

 

 姫様の思い付きでお供した山への道中、私しか周囲に居ないとはいえ思いっきりクシャミをする彼女にハンカチを差し出す。

 急な話で驚きましたが、メイド長に怒られそうな時だったので助かったかも知れません。

 戻ったら再開される可能性からは全力で逃避しましょう。

 

「今、”馬鹿”って言わなかった?」

 

「言っていませんよ? ……相変わらず勘は良いですね」

 

「まあ、レナがそう言うなら別に良いわ。さっさと行きましょうか。……にしても、この花って凄く咲いてるわね」

 

 街から山へと向かう道中、山に近付く程に例の花が増えているのを見付け、姫様は一輪摘んで匂いをかいでいますが異変は見られませんね。

 私とどうも相性が悪いパンドラが妙に大胆となって若様に迫っていたのもこの花が理由だろうとレキア様が出掛けに教えて下さったのに不用意に顔を近付けるなんて、姫様は昔から相変わらず……。

 

「……あれは惜しかった。後少し進めば若様と彼女は関係を持ち、私も今晩辺りに……」

 

 非常に面倒な話ですが、パンドラは将来クヴァイル家の政務を担うという地位を使い、私よりも先に自分に手を出すという約束を取り付けている。

 だったらさっさと誘惑でもすれば良いのに面倒な程に純情で、何時になるやら。

 

 このまま焦らすのなら薬でも盛って密室に監禁しようかしら? その後で私が若様を存分に抱かせて貰うけれども。

 想像するだけでゾクゾクして来る。”鬼”の本能として強い男を求めますが、若様の潜在能力も現在の能力も非常に惹かれ、更には長い付き合いで気心も知れていますし、力以外の面もそれなりに好み。

 

 これ、食べちゃいたいと思わない方が変でしょう?

 

「レナー! さっさと行くわよ!」

 

「はいはい、お待ち下さい、姫様」

 

 急かして来る姫様に置いて行かれない様に歩を進める。

 

 姫様も若様も私にとっては乳母兄弟であり大切な存在。でも、二人に向ける感情はそれぞれ別の物。

 

 姫様に関しては世話の焼ける妹を相手するみたいな感じ。疲れもしますが、その疲れも楽しいと思う。

 

 若様に関しては……時々押し倒して犯したい獲物ですね。

 

 

 

 

 

 



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お姉ちゃん?

「・・・・・・そっか、私って死んじゃったんだ」

 

 八歳の誕生日、私は同じく八歳で死んだ前世の記憶を取り戻した。

 自分でも不思議な位に死んだ事への恐怖は無かったし、同じ八年間リアスとして生きてきたんだから自分が自分じゃないって感覚だって薄い。

 例えるなら夢の内容を鮮明に覚えているって感じかしら? ……あれ? 私ってこんな例えが出るだなんて天才じゃないかしら?

 

 まあ、だから、さ、さ、錯……混乱する事は無かったけれど、それからの日々で感じたのは寂しさよ。

 側に居る家族がお兄ちゃんだけで、母親代わりのレナスは結構出掛けたりが多くって、残るのは乳母兄弟のレナだけ。

 家が家だから友達だって思っていた子達も一歩も二歩も親の言いつけで引いた状態だったし、ハッキリ物を言って来るのはチェルシーだけ。

 リアスの人生だけならそれで何も思わなかったし、それが普通だったのだけれど、前の人生での友達や家族の事を思い出したらもう大変。

 だって、周りの人との関係に関しては背負う物の無い前の私の方が恵まれていたもの。

 

 寂しくって、泣きたくって、それを同じだけ生きているリアスとしての部分が抑え込む。

 ”私はリアスだ。クヴァイル家の一員だ”って感じで。

 

 もう二度と会えないお姉ちゃんとお兄ちゃんの事を想い、今のお兄ちゃんが居るから何とか耐えて……お兄ちゃんが前のお兄ちゃんじゃなかったら、私って周囲の人間に持ち上げられて調子に乗ってたでしょうね。

 

 ……うん、何か前世の記憶と照らし合わせて見てみたら正直言って連中の態度って有り得ないわ。

 聖女だなんだのって誉めるけれど、自分が頑張って手に入れた物でもないのに誉められても嬉しくないし、それを鍛えたのは私なのに、光属性である事だけを誉めたり才能だとか言われても微妙だっての。

 

「あ~! 思い出すだけで腹が立って来たっ!」

 

 そんな私はラッキーガール。丁度獲物が現れた。

 

「ピヨ!」

 

「絶好の八つ当たり相手発見っ! 飛んで火に入る……本の虫?」

 

「夏の虫です」

 

 街から外れた道端で休んでいる私達を絶好の獲物だと狙ってか、モンスターの群れが姿を現した。

 ヒヨコの頭にゴリラの胴体を持つ”ヒヨコング”。……可愛くない。頭だけは可愛いのに胴体がゴリラだからアンバランスで凄くキモいわね、此奴。

 

 ドラミングをしたり、拳を地面に叩き付けるヒヨコングだけれど鳴き声だけは頭の通りの可愛いヒヨコで、声が小さいから大きな音にかき消されてる。

 

「……姫様、クヴァイル家の令嬢ともあろう方が八つ当たりでモンスターに挑む等と口にしないで下さい」

 

「え~? 今更じゃない」

 

「せめて”凶暴なモンスターを見過ごせない”とかもっともらしいのを適当に。聞いた方が勝手に都合良く解釈しますから。……はあ」

 

 レナったら本当に口五月蠅いんだから!

 わざとらしく溜め息なんてついちゃって、大袈裟に肩を落とす。私がお転婆だとか粗野だなんて昔からの付き合いで知ってる筈だし、”聖女”として動く時には猫被ってるんだから構わないんじゃないかしら?

 

 まあ、それを口にしたらお説教されそうだから口にしないけれど。

 

 囲まれているにも関わらず呑気に話をする私達に徐々にヒヨコング達が近付いていて、その内の一匹が拳を振り上げてレナの背後から飛び掛かる。

 

「ちょっと待っていて貰えますか?」

 

「ピヨ!?」

 

 振り下ろされた豪腕、それを受け止めたのはか細いレナの腕。真上から必死に力を込めるヒヨコングだけれど少しも押し込めてなく、何かがおかしいと感づいたのか真後ろに飛び退いたヒヨコングの胸をレナの拳が貫通した。

 

 胴体はゴリラなだけあってヒヨコングは頑丈で、並の人じゃ鋼の剣でも胸を突き刺すのは苦労するのにレナは無造作に後ろに振るった腕で貫き、そのまま心臓を掴んで引き抜く。

 

 ……この時、胸が激しく揺れていた。

 

「いや、ブラしないと崩れない? それに動きにくいでしょ?」

 

 それを考えると戦いに都合が良い貧に……慎ましい大きさの胸が一番ね。レディーが胸をブルンブルン揺らして戦うとか駄目よ。

 

「鬼ですからこの程度でどうにもなりませんよ。それに若様に押し当てるならこれが都合が良いでしょう?」

 

「……あー、はいはい。そうねそうねそーですね!」

 

 こんな風に話しながらもレナは適当な動きで次々にヒヨコングを肉塊に変えて行く。しかも、使う必要がない相手だからって技もへったくれも無い単純な力業で。

 

 これが”鬼”が持つ圧倒的な戦闘力。鍛えれば鍛える程に他の種族とは隔絶した伸びを見せる。

 でも、それは鍛えたらの話で、鍛えなければそれ程強くはなってくれないからナイスバディで美人なエロメイドでしかないんだけれど、レナって私達がレナスから受けた特訓に巻き込まれたのよね。

 

 そう、あの地獄に引きずり込んじゃった。レナスったら”鍛えてやる気は無かったけれど二人のついでだ”って感じでメイド修行の合間に。

 

「えっとさ、今更だけどごめんね?」

 

 私も同じくヒヨコングの首の骨をハイキックでへし折ってから謝る。

 レナスから受けた修行は本当に厳しくて今でも思い出せば身震いする程。

 私やお兄ちゃんは必要だったから逃げられなかったけれど、レナは違う。何時でも投げ出せた。

 それはきっと母親に相手をして欲しかったからだけじゃなくって、きっと私達に付き合う為だと思うわ。

 

「何の事かは分かりませんが、私は謝罪よりもお礼の方が嬉しいですね」

 

「そっか。じゃあ、有り難う、レナ」

 

 互いに背中を合わせてヒヨコングの群れに向かい合う。この程度のモンスターなら一人でも楽勝だけれど、ゴリラなだけあって糞を投げるのよね。

 絶対に受けたくないわ! 臭いし汚いし服を汚し過ぎたらメイド長に叱られる!

 

 正直言ってどんなモンスターより怖いわよ!

 

「お気になさらずに結構ですよ。私にとって姫様は主であり、同時に可愛い妹。”お姉ちゃん”は妹の世話をするものだと母様から教わりましたから」

 

「うん、そうね。頼りにしているわよ、レナ!」

 

「他に誰も居ませんし、”お姉ちゃん”でも良いですよ? ふふふふ」

 

「……それはちょっと無しかな? ほら、さっさと終わらせて山に登るわよ!」

 

「そうですか……」

 

 あ、ちょっと落ち込ませちゃった? でも、駄目なのよね。

 私にとってレナスはお母さん同然で、レナはお姉ちゃん同然。

 それでも”お姉ちゃん”と呼ぶのに抵抗が有るのは前世のお姉ちゃんの存在があるから。

 

 姉妹同然だけれど矢っ張り何処かでは主従で、クヴァイル家のリアスとしての私を求めるレナと違い、お姉ちゃんは無条件で何時だってお姉ちゃんだった。

 

 本当の姉妹だからとか、貴族じゃないからとか、確かに違いは色々有るし、レナに文句なんて言いたくないけれど、私に”妹”である事だけを求めて守ってくれたお姉ちゃんだけは絶対なのよ。……それこそ今の人生でも”お兄ちゃん”なお兄ちゃんと同じ位に。

 

 だから私が”お姉ちゃん”と呼ぶのはお姉ちゃんだけ。だって、そうじゃないと私とお姉ちゃんの繋がりが途切れてしまいそうで怖い。

 

 お兄ちゃんは私と同じ様に再会出来る事を望んでいるけれど、私も同じく望みながらも無理じゃないかって思っているわ。

 

「ピヨ!」

 

「うっさい! さっさと全部くたばれ!」

 

 真上から叩き付けられた拳を掴み、そのまま武器みたいに振り回して他のヒヨコングを倒して行く。背後ではレナが頭を握り潰したり、首をねじ切ったりと次から次へと倒し、結局遭遇してから最後の一匹が逃げ出すまで五分も必要無かったわ。

 

「姫様、若様にはお話した方が良いですよ? 私には話せない事でも若様にならば大丈夫でしょう?」

 

「……うん」

 

 戦いが終わった後、少し心配した声でレナに言われちゃった。全部見抜かれてたみたいだし……レナも何だかんだで”お姉ちゃん”なのよね。

 

 

 

「ええ、その通りですよ、姫様……で宜しいですね?」

 

「誰!? って、黒髪!?」

 

 突然聞き慣れない声で話し掛けられた私が相手を見れば、立っていたのは左目を眼帯で隠した黒髪の女の人だった。

 

「お初にお目に掛かります。私は”プルート”。お求めだった占い師です」

 

 

 

 それと年齢は二十代から三十……。

 

「二十代前半ですよ? ええ、後半でも三十代前半でもなく、二十代前半です」

 

 心を読まれたっ!? あと、怒ってる!?

 

 



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占い師

「おや、また来たのですね。そんなに他人の評価が気になりますか?」

 

 乙女ゲーム”魔女の楽園”で好感度を教えてくれるキャラである占い師はそんなセリフを最初に口にしていたのを覚えている。

 お姉ちゃんが何度も話し掛けてるものだから隣に座ってテレビ画面を見ていた私だって同じ感想を抱いたのよね。

 

 その占い師の名前は”プルート”。隠された数値として彼女の好感度も存在して、イベントの選択肢次第では主人公に強力な魔法を教えてくれたり、特定のイベントの最中だけ仲間になってくれる”闇属性”の使い手よ。

 

 ゲーム中では眼帯の下の傷とか過去とか色々とほのめかされるだけだったけれど、この世界での十六年の人生経験が私に何となく予想させる。

 忌み嫌われる属性を持って生まれた彼女がどんな仕打ちを受けて育ったのか。

 

 

「同情は結構ですよ」

 

「……矢っ張り心を読まれてる」

 

 それは闇属性の魔法の力なのか(魔法って結構発想次第な所が有るし、無理にでもこじつけたら使えるのかしら?)、それとも全く別の力なのかは知らないけれど、突然姿を見せた彼女は私の心を見透かしているみたいだった。

 

 さっきも二十代前半って所を念押ししていたわよね。もしかしてギリギリ前半?

 

「話を続けましょうか。ええ、私の年齢についてこの場で思考する意義は皆無ですし、生涯しないで結構です。そんな事よりもこれを御覧下さい」

 

「あっ、矢っ張り気にして……って、それはクヴァイル家の紋章!? それに光ってるって事は……」

 

 今度はニッコリ笑いながらも威圧感を発するプルートが見せたのは実家の家紋が描かれた腕章。ちょっと特別な品で、お祖父様が許可を出した相手が着けた時だけ光る身分証明書の代わりの品。

 

 それを持ってるって事は彼女がパンドラが言ってたスカウトした人材で……。

 

「ええ、その通り……」

 

「だったら探す時間損したっ!」

 

「……え、ええ、その通り。……本当に読みにくい方ですね」

 

 あれ? 何か様子が変ね? ……でも、ちょっと気になった事が。

 

「パンドラから時期しょうしょ……そーそ……」

 

「時期尚早、ですね。パンドラさんは貴女がその様に口にしたから顔合わせを遅らせたと聞いていますが? えっと、占い師のプルートさんでしたよね?」

 

「レナ?」

 

 急に話に割って入ったレナは何処か問い詰める感じで少なくとも友好的って感じじゃない。

 戦いが終わった途端に急に現れたからか、私の心を読んだからか、仲の悪いパンドラがスカウトした上に顔合わせを遅らせたからか、ちょっと止めに入れる様子じゃないけれど、事によっては私が止めないと。

 

 だってお兄ちゃんが居ないなら、この場で二人の主は私しか居ないもの。幾らレナでも贔屓は……多分しないわ。

 

 固唾を飲んで見守る中、悪い物でも拾って食べたのか何時になく真剣な表情を浮かべたレナは微笑むプルートに向かって進み出る。

 

 やばっ!? まさか初手から暴力に訴える気じゃ……。

 

 私は慌てて間に入ろうとするけれど間に合いそうになくって、レナは真剣な表情を浮かべたまま口を開いた。

 

 

「若様の性癖を詳しく教えて下さい」

 

「尻よりは胸、慎ましいよりは大きい方が好みですね。それと全脱ぎよりは半裸や着崩した方が」

 

 ……あれぇ? 何か変な展開。でも止めた方がいい感じ。

 

「今後とも宜しくお願いします。私はレナ。何かあれば何なりと」

 

 私の心配を余所にレナはプルートの手を強く握って頼もしい表情。

 だけど理由は最低よ。

 

「……いや、何なのよ、この流れは。レナはそんな事訊かない! プルートも教えない! お兄ちゃんがかわいそうでしょっ!? て言うか、そんなの知って何する気!?」

 

「答えた方が信頼を得られると分かっていたので。それに姫様は私のこの格好を知っているから、私が誰か分かって頂きやすかったでしょう?」

 

 ……確かに。改めてプルートの姿を見て私は納得した。だってクヴァイル家に就職したのに服装が服装なのだもの。

 

 ボロボロのフード付きローブ。右目を眼帯で隠し、左目は禍々しい赤。肌は病的に白いという、いかにも怪しげな女性で、フードから覗く髪の色は黒。

 

 とても貴族の家臣には見えないけれど、ゲームそのままの服装だったから直ぐに誰かは分かったわ。

 

「答えを貰った方がエロい展開に持ち込めると分かっていたので。どんな格好かは若様の秘蔵の本で分かっていましたが、詳細は知っていた方が良いかと」

 

「……アンタ達ねぇ。私がツッコミに回るなんて。お兄様さえ居れば……」

 

 プルートは少し理解したけれど、レナに関しては駄目よ、絶対。

 

「そうですね。ツッコミは若様のお役目です。二つの意味で」

 

「二つ?」

 

 意味不明だわ。

 

「姫様には未だ早かったらしいですね。若様の口出しの結果ですが。……ちょっと過保護なのでは?」

 

 え? 本当にどういう意味なの?

 

 私は気になって尋ねるけれどはぐらかされるばかりでモヤモヤするし、こうなったら山で暴れてスッキリしないと。

 だって、お出かけしたのにイライラしながら帰るってレディとしてどうなのかってはなしじゃない?

 

「いえ、暴れるという選択肢自体がどうかと思いますが、山には行くべきかと」

 

「……そうなの?」

 

「姫様、まさかとは思いますが、”そうなの”とは”山に行くべき”に対してですね? 姫様の事だから違いますね、絶対に」

 

「レナ、ボーナス査定にマイナス付けとくわね。それでプルート、どうして山に行くべきなのよ?」

 

 さっきから気になっていたんだけれど、プルートの占いって好感度とか性癖は分かるのに時期尚早の理由を言わなかったり、私に対して”読みにくい”って言ったりと変なのよね。

 

 うーん、この質問で分かるかしら? 私やレナじゃ無理でもお兄ちゃんなら話を聞いたら分かるでしょうね。

 

 

「いえ、山に行くべき理由は全く見当も付きません」

 

「……へ?」

 

「凄腕の占い師なのでは?」

 

「ええ、その通り。山に行くべきなのは間違い有りません。しかし、どの様な理由なのか、行った先で何をすべきなのかは全然なのです」

 

 いやいや、一体どういう事?

 

 まさかの返答に私もレナも混乱するばかり。説明して貰う必要が有るわ。

 

「では、少し難しくなりますが……」

 

「いえ、姫様にも分かりやすくでお願いします」

 

「……それは難しい注文ですね」

 

 ……よし。パンドラに言って二人のボーナス査定を厳しくして貰おう。

 

 

 

 

「そうですね。先ず私の占いですが物語の結末を教えて貰うのと似ています。私が知りたいと思った事に対し、”何がどうなってこうなった”それが頭に浮かぶのですが、教えてくれる相手がうろ覚えなので途切れ途切れであり、その部分は占えない、その様な物です」

 

 折角なのでプルートも一緒に山に向かう事にして徐々に花の数が増えて行く道を進む道中、占いの力について教えて貰っていたわ。

 うん、半分は理解出来た気がするわね。

 

「それで性癖の方は?」

 

「……心についてですが、こっちの方は未来についてよりも鮮明に分かるのですよ。例えるならば小説の登場人物紹介が詳細に描かれている感じでしょうか? 後は登場人物同士の相関図みたいな物を目の前の相手を通して関わっている相手の分まで読み解く事で、どれだけ好かれているか等を。……ですが特別な力の影響なのか姫様や若様のは分かり難くて……」

 

「ふーん。そうなのね」

 

「ええ、ですから私を捜している誰かが居る程度しか分からず、その時にスカウトを受けたのでクヴァイル家に仕える事にしたまでです。御給金の方も良かったですし。……路地裏の占い師の収入とか糞ですから」

 

 最後にポツリと漏らしたプルートの顔は切実な感じで、それ以上は言及しなかったわ。

 

 まあ、こっちの心を全部読まれないのは助かったわね。未来に関しては残念だけれど……。

 

 

 

「ああ、でも同じ闇の使い手の未来ならお二人に比べれば微妙な差ですが分かります。今日……殿方に裸を見られます」

 

 ええっ!? あの純情っぽいけれど実はムッツリなアリアがっ!?




プルートは投稿キャラです ありがたい!


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不満な仕事

 何と言うべきか、特筆述べる事も起きずに”仕事”とやらは進んでいた。順調その物で、移動の方が体力や精神的に負担になったと思う。

 

「……偉そうにしていたのに口程も無い」

 

 背後で気絶している連中は一瞥する価値すら存在せず、このまま放置して獣の餌にでもなって貰った方が役に立つのではないだろうか?

 

 ”魔女と一緒に行動するとは不幸な”、”存在そのものが不愉快だ。足を引っ張る無様は晒すな”、山に入る前に合流した神官や傭兵達が私に向けて放ったのがそんな言葉で、今私の背後で”無様”に伸びて”足を引っ張る”連中なんて知らない振りをしたいけれど、私だけ生き残って戻るのも面倒なのが”不幸”で”不愉快”。

 

「使い捨ての盾にもならなかった癖に……。貴女達もそう思わない?」

 

 此処まで来れば仮面を被る必要も無い。取り繕う必要の無い相手であり、今回討伐を命じられたモンスターである”アラクネ”に声を掛けるけれど返事は妖しい笑い声だけ。

 

 ”アラクネ”は蜘蛛の胴体から美女の上半身が生えたモンスターだけれど、人の言葉を理解している訳では無いらしい。

 気絶しているゴミ共は色々な種類の美女にだらしない顔をして、その結果禄に動かずにやられてしまった。……うん、馬鹿だ。

 

 相手は人に似せた見た目をしていても人を襲うモンスター。それの目の前で前屈みになったり体を触ろうとしたり、服を着ていない女の姿だからと情けない。

 その結果、体当たりや前脚をモロに食らってこの様だし、ルメス家が雇えるのは所詮は三流の傭兵崩れや駄目神官だって事。

 

「フフ、フフフフフ」

 

 今もアラクネ達の人間の部分から笑い声が出ているけれど、実際の所、この部分は後ろで気絶している馬鹿みたいなのを誘い出す為で、本当の口は人間の部分と蜘蛛の部分の境に存在するのは事前に調べている。

 なら、馬鹿はどうして馬鹿みたいに気絶しているのかだけれど、馬鹿故に馬鹿な過信で馬鹿な姿を晒しているって事で、こんなのしか雇えない実家が情けない。

 

「……五月蠅い」

 

 まあ、要するに人間の見た目をしていても一切容赦する気にはならなくて、ダークバインドで動きを止める。周囲から伸びた腕に拘束されて暴れるアラクネの本当の口がミチミチと音を立てて開いて溶解液が巻き散らかされるけれど闇の腕の爪先は強く肉に食い込んで動く事を許さず、私は転がっている槍を拾って一匹一匹確実に仕留めて行った。

 

「……返り血がちょっと臭い。それと同じで臭い役立たずを一旦山の麓まで運ぶのが嫌。時々やらしい視線で見てたし、”どうせ胸を使って男を誘ってるんだろう”とか言って来たし。”やり方を教えてやる”とかも生臭神官に言われたけれど……ロノスさん以外の男の人に教わりたくない」

 

「……”恥ずかしがっている割には大胆だね”とか”もっと良い方法を手取り足取り教えてあげる”とか、ロノスさんによって淫らに調教されて……」

 

 最後の一匹の口の中を貫きながら妄想するのは完全に教えを物にしてロノスさんと交わる私の姿。

 もう其処には蔑まれて仮面を被るだけの惨めな私の姿はなくて、愛する人を求めるだけの……良い。

 

「そうと決まったら早く終わらせましょう。どうせ聖王国側からも討伐隊が出ているでしょうから今すぐ帰ってロノスさんとダンスの練習をしたいのですが、お仕事はちゃんと終わらせないと誉めて貰えない気もしますし」

 

 私にとって祖父母はどうでも良い相手、母の遺言の為にルメス家の娘として振る舞っているけれど、どうなろうと何を言われようと無関心。

 

 でも、あの人と、ロノスさんと一緒に居るのなら最低限の責務は果たさないと近くに居る資格は無い。

 

 先程まで脱ぎ去っていた仮面を再び被り、明るい声で自分に言い聞かせる。うん、本当に早く終わらせよう。

母様が遺してくれて、最新刊も少ないお小遣いを使って買い求めた恋愛……いや、認めよう……官能小説の登場人物と自分達を置き換えて頭の中で二冊分を妄想すればやる気が湧いて来る。

 

 明後日の舞踏会前にもダンスの練習をする為にも早く終わらせて、ちゃんと踊って……ロノスさんに私の想いを受け取って欲しい。

 女の子が”好き”って伝えたのに返事をくれないまま一緒に過ごすロノスさんは少し意地悪だけれど、逆に言えば拒絶されはしていない。

 ああ、どうせだったら舞踏会の後で二人っきりになって、最新刊みたいに物陰で……。

 

「……あっ」

 

 ちょっと妄想に浸っていたら手元が狂って返り血を浴びてしまう。未だ山の奥にも居るだろうから魔力を節約しようとしたのが仇になって……役立たずの前衛が本当に邪魔で不愉快だったせいだ。

 

「あっ、確かあの場所が……」

 

 ダークバインドは空中に出現させた腕で相手を拘束する魔法だから、私が移動すれば腕も移動する。

 金の無駄でしかなかった連中の首根っこを猫の子みたいに掴んで持ち運び(そんな良いものじゃないけれど)、麓まで運んで馬車に放り投げるとダッシュで登る。

 

 正直言って役立たずと一緒に登るより数倍の速度で元居た場所まで戻れたのだし、あれは嫌がらせの類だったのではないかと疑ったが、うちにそんな金銭的余裕は無い筈だ。

 

「小説ではお金持ちの家に身売りに出された女の子が……って内容だったし、まさかとは思うけれど。うん、その場合は何とかロノスさんに頼めないか言ってみませんと……。あの人相手なら同じ事をされても寧ろ良しですね」

 

 さて、現実逃避はこの辺にして目の前の驚異に向き合おう。

 巨大な蜘蛛の胴体と人間の上半身(但し中身は人形みたいにギッシリ詰まった甲殻。魔力で動かしているらしい)、だったけれど、それは今現在私の目の前で食べられている。

 

 蜘蛛の部分の脚を引きちぎり、グッチャグチャに食い荒らしながら胴体を解体しているのは膝を抱えて丸まった大人と同じ位の大きさの泥の塊。溶け出した雪像みたいに崩れた顔が見えるけれど、あんなドロドロで形が変わっている歯で固そうな蜘蛛の体を食べるなんてどうなってるんだろう?

 

 ”マッドマン”確か泥の塊に悪霊が取り憑いたって言われるモンスター。因みにメスも居るけれど”マン”。まあ、アラクネも馬鹿な人間……正確には馬鹿な男を油断させて誘い出す為に美女の姿をしている訳だけど雄と雌がいる訳で……。

 

「ダークショット」

 

 マッドマンの特徴は流動性の高い不定形の肉体。だから小さな穴を開けても大丈夫……でもなく、要するに凄く細身の本体が分厚い皮膚を持っているみたいなもの。

 だから対処方法は同じで構わない。……小さな穴で駄目なら徹底的に穴だらけにすれば良いだけ。

 

 闇の魔法でレンコンみたいになったマッドマンはその場で崩れ落ち、咀嚼でドロドロになった胃の内容物が流れ出して凄く気持ち悪い……。

 

 あっ、比較的無事なアラクネの死骸発見。確か悪趣味な好事家が人間部分の状態が良い死骸を結構な高値で買い求めてるとか。

 

「人間の上半身を運びながら戦うのは面倒だから持っていけないけれど、此処に埋めておけば……」

 

 それで得たお金で着飾ればロノスさんに誉めて貰えるかも知れないって思いつつ状態の良いアラクネの人間部分の胸部に視線を向ける。

 

「……勝った!」

 

 自分の胸に手を当てて少し揺らす。リアスが居れば凄い顔で見られそうだけれど、ロノスさんにもこんな裸同然の姿をしている奴を見られたくないし、二人共居ないのは幸いだった。

 

 それにしてもアラクネの血が凄く臭いしベタベタしていて不愉快だ。でも情報の中に水で簡単に洗い流せるってのがあったから……。

 

 

「水浴びをしましょう」

 

 幼い頃、遊んでくれる人が居ないから一人で遊んだ場所がこの山。特にお気に入りだったのは小さくて綺麗な池。浅いし、水浴びをするには十分だった筈。

 

「そうと決まればさっさと出発ですね」

 

 足手まといも居ない事で足取り軽く、私は山の奥に足を踏み入れた

 

 



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他人な祖父

「遂にこの時がやって来た。いや、来てしまった……」

 

 チャイルドドラゴンの襲撃を担当者に伝え、そのまま山に向かって任務をこなして後は直帰ってのが理想だったんだけれども、人生そんなに甘くないって事で僕は山に一番近い街の代官の屋敷の執務室の前に立っていた。

 と言っても別に代官の執務室って訳じゃなく、出向いた際に仕事をする為に予め用意させた客用の執務室だ。

 

 誰が用意させたかって? この中で僕を待つ……いや、別に待ってはいないか。形式上は会っておくべきだから顔を見せに来たけれど、本人からすれば時間の無駄でしかないからね。

 

 僕の祖父であるゼース・クヴァイルとはそんな男だ。何せ十歳の時までに会話らしい会話をした回数が記憶の中では十回に満たない程だったんだから。

 家族の情とかを家族相手に利用するけれど自分はその辺が皆無で、重要なのは祖国の為だって人だもの。

 

 貴族としては、宰相としては正しいんだけれども、僕はそんなお祖父様が苦手であり、凄く怖い。……例え相手の命を半分ほど握っている状態だとしても、向こうからすれば自分が居ない場合の僕に対するデメリットを分かっているし、精々の所としてリアスに関しての事を譲歩に見せかけた飴として条件を飲む位だ。

 

「一番警戒しないと駄目なのが身内って。……ゲームでは幼い頃に刺客まで差し向ける人だからなぁ。多分今でも必要なら差し向ける筈」

 

 そんな状況にならない為に何をすべきか考えながらノックをして入室許可を待てば世界で一番苦手な声が扉を挟んで聞こえて来た。

 

「入れ」

 

「し、失礼します……」

 

 軽く深呼吸をしてからの入室をすれば一番先に目に入ったのは書類が積まれた執務机。結構な大きさにも関わらず、プレッシャーからか座って腕を動かし続け、一切僕に視線を向けない強面の老人に比べれば小さく見えた。

 威圧感で相手が大きく見えるとか前世では有り得なかっただろうなあ……。

 

 生え際の後退を見せない白髪や深く刻まれたシワは確かに老人である事の証明だけれど、一切衰えを見せない伸びた腰に逞しい肉体。眼光鋭い三白眼と漲る生命力は未だに戦士としても現役だと見る者に伝える。

 これが”魔王”だなんて呼ばれた人だってのは納得でしかない。

 

「お久し……」

 

「来たか。では早速山に向かえ」

 

 

 ほら、相変わらず愛想の欠片も無く、お祖父様は書類から目を離さず声にも抑揚の見られない事務的な遣り取り。

 本当だったら怖いってだけじゃなくて嫌いになるんだろうけれど、離れた此処から覗き見た書類の内容は新設される孤児院について。

 孤児を集めるだけでなく、貧困家庭の子供と共に教育を受けさせて将来に備えさせるって内容だ。

 

「お祖父様、お体の方に異変は有りませんか?」

 

「何かあれば直ぐに連絡を寄越す。そもそもお前の魔法に何か起きれば分かるだろう。時間の無駄だ。早く行け」

 

 お祖父様の行動理念は祖国の発展であり、それは国民の幸せに繋がる。”最大多数に最大の幸福を与え、漏れた者にも次善の幸福を”、そんな風に行動しているお祖父様を僕は尊敬しているんだ。

 祖父じゃなくて宰相として見れば良いのだろうね。

 だから僕はこの人とは色々な意味で敵対したくないし、例え自分の力が制限されたとしても力になりたいって思っている。

 

 ……可愛い妹のリアスに変な手出しさえしなければ、だけれども。

 

「じゃあ、今から行きますけれど……くれぐれもリアスの扱いは慎重に。汚れるのは僕の仕事で、あの子は汚れずに笑って居てくれればそれで良い」

 

「ならば励む事だな。私の死期が早まったとしてもリュボス聖王国への利が多いと見なせば躊躇はしない。全ては貴様次第だ。……ああ、それとついでに言っておくが”明烏”の力は人前では使わず、悟られる事を防ぐ為に多用も禁じるのを忘れるな」

 

 ……これは見抜かれてるな。

 

 内心ヒヤヒヤしながらも素知らぬ振りで部屋を後にする。扉を閉める際に背中に視線は一切感じずペンを動かす音が聞こえたから既に僕に意識を一切向けていないのだろう。

 

「祖父として見ない方が良いのは確かだけれど、向こうも孫としてでなくって国の為の道具として見ているよね。それが正しいのだろうけれど……」

 

 基本的に前世での八年間で身に付いた価値観の多くは貴族として生きる十六年間によって殆ど塗り潰されてはいる。

 でも一部の価値観は残っているし、家や国の為に貴族が自分や家族さえも犠牲にするべきだってのには染まり切れない。

 

 リアス、前世から続く兄妹関係によって強い絆で結ばれた僕の宝物。

 

 

「何に変えてもあの子だけは守り抜く。どれだけ傷付いても、どんなに汚れても、あの子には笑っていて欲しいから」

 

 この想いだけは絶対に変わらない。生まれ変わっても妹でいてくれたあの子の為なら僕は何だって出来るんだ。

 

 扉を挟んでお祖父様に意識を向ける。尊敬に値する立派な人だけれど、リアスを害するのなら、その時は……。

 

 拳を握り締め、軽く頷いて決意を新たにする。

 

「さあ、行こうか。早く終わらせてリアスと一緒に遊びたいからね」

 

 頭に浮かぶのは無邪気に笑うリアスの顔。それだけで僕はどんな事にも耐えられる気がするんだ。

 

 

「……今度こそ守り抜く。……今度? あれ? 前世の事かな?」

 

 無意識に口から出た言葉。自分の言葉なのにそれが何を意味するのか何故か分からなかった。

 

 この前も似た事があったし、本当に僕はどうしたんだろうか……?

 

 

 

「しかし宰相閣下は凄いな。あの歳で現役なのに別に地位にしがみついてる訳でなく、後進の育成にも熱心と聞くぞ」

 

「未だ”魔王”のネームバリューが必要とされているが、後継者達に経験を積ませたら引退するとは口にしているよな。まあ、あの方の跡を継ぐのは大変だから暫く先だろうけど」

 

 曲がり角の先から聞こえて来た会話に思わず立ち止まって聞き耳を立てる。

 殆ど接点が無くって他人同然な関係だけれど身内が誉められるのは嬉しい。

 比べられるとちょっと劣等感を覚えるけれど、比べる事自体が烏滸がましい事なんだよな。

 

 さて、祖父が誉められている所に孫がノコノコ出ていくのはちょっと気恥ずかしいし、どうも僕の存在を察してのおべっかって訳でもなさそうだから少しだけ聞き続けようかな?

 

 ……お祖父様に知られたら時間の無駄遣いを叱られそうだけれど、立ち話をしている彼等も同罪って事で。

 

 

「でも、戦士としても現役級だって聞いたけれど、確か一時期体を壊して寝込んだって噂がなかったか? 暫く側近ばっかし表に出てたし」

 

「いや、直ぐに出て来たし、凄く元気だろ。病気とか嘘だって。あの宰相閣下だぞ? 何年も前から老けたり衰えたりしてないから不老不死の噂だって存在するだろ」

 

「流石に不老不死は無いだろ、不老不死は」

 

 ……まあ、確かに不老不死ではないんだ、不老不死ではね。

 別に死なない訳じゃないんだよ。

 

 噂話をしていた二人が向こうに行く気配がしたので角を曲がり、そのまま入り口から屋敷の外に出れば寝転がって僕を待っていたポチがムクって起き上がると頭を擦り寄せて来た。

 

 

「キュイ~」

 

「あははは。くすぐったいよ、ポチ。遊んで欲しいの? ちょっと今はお仕事だからさ」

 

 拳ぐらいの大きさの石ころを咥えて差し出し、”これを投げて”っておねだりして来るポチの希望は叶えてあげたいけれど、今回ばかりは駄目だ。

 その代わりに首筋の羽毛を指先で小刻みに掻いてやり、そのままポチの背中に飛び乗れば、ポチは大きな翼を広げて空高く舞い上がった。

 

「キューイ!」

 

「はいはい、終わったら屋敷で遊んであげるからね。あっ、一応麓から入ろう」

 

 何せ今から目指すのはリュボス聖王国、アース王国、エワーダ共和国の三国の国境線で三つに分けられた”アイエー山”だ。

 物流において結構重宝する場所だし、さっさと住み着いたモンスターを倒して解決しないと。

 

 

 

「キュイ!」

 

 早く終わらせて遊びたいのかポチは全速力で飛び、瞬く間に目的地へと向かって行った。

 

 



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クモと虹  (挿し絵)

 結論から先に言おう。……山に来て良かった!

 

「キュイキュイキュイキュイ!」

 

 普段は屋敷の庭で馬とかを狩って食べているポチだけれど、目の前にはモンスターの群れ。狩猟本能刺激されちゃって、大はしゃぎで向かってる。

 邪魔になる木は風の刃で切り裂いて、アラクネの人間部分の頭を爪で切り裂く。でも、それじゃあ駄目だ。

 アフロを切り落とされても人間が死なないのと同じで、アラクネの人間部分は甲殻が盛り上がって、それを魔力で本物みたいに動かしているだけだ。

 一切痛みを感じた様子を見せず、その勢いで蜘蛛の部分も切り裂いた。

 

 正直言って凄い光景だ。うん、端から見ればグリフォンが人間を襲ってるみたいだし、ポチだから勇ましく見えるけれど、これが別のグリフォンだったらと思うと……。

 

「キューイ?」

 

「だから食べちゃ駄目だって。さっきドラゴン食べたでしょ?」

 

「キュイィィ……」

 

 アラクネを食べたいって顔だけれど駄目な物は駄目、許さないからね。最近間食が多いんだから!

 

「矢っ張りもっと狩りがしたいのかなぁ?」

 

 元気一杯でモンスターを蹂躙する姿にちょっと思う所がある。馬とか牛じゃ獲物として張り合いが無いんだろうなあ。僕が遊んであげるだけじゃ足りないのか……。

 

「定期的に狩りにでも連れて行ってあげようかな?」

 

「キュイ!?」

 

「うん、本当本当。忙しい時は誰かに代役頼むから楽しんで来てよ」

 

「キュイ……」

 

 え? 僕と一緒じゃないと嫌?

 

「そうなんでちゅか~。可愛いでちゅね~」

 

 このままポチと遊んでいたいけれど、今は我慢して仰向けになったポチの腹を撫で回すのに留める。あっ、アラクネの体液が付いてるし、後で水浴びでもさせないと。

 

「それにしても……」

 

 アイエー山に足を踏み入れた時、最初に感じたのは住み着いたモンスター達の警戒だ。一気にざわついて逃げて行くのを感じたよ。

 人間の強さは魔力の感知をしなければ余程の使い手でも無い限り分からないんだけれど、グリフォンみたいな種族相手なら話は変わって来る。

 草食動物が肉食獣を本能で恐れるみたいにグリフォンという捕食者への恐怖は本能に刻まれていて、鳴き声を聞き匂いを感じ姿を目視した時点で一目散に逃げ出したんだけれど、それが狩猟本能を刺激したのかポチは大いに興奮した様子で追い掛けたんだ。

 

 僕も必死に後を追い掛けたよ。仕留めたモンスターを間食にしない様にってね。

 

 そして、その結果……迷った。

 

「ポチに飛んで貰えば分かるんだろうけれど、本命に警戒されるのも面倒だしな」

 

 今回の任務のターゲットは実力差も分からず本能だけで襲って来たアラクネみたいな雑魚じゃない。チャイルドドラゴンと違って飢えで追い詰められて向かって来たのと違い、山の奥の方に生息して大型の獣やモンスターを狩るのがアラクネの生態だったんだけれど、こんな山の麓からそれ程離れていない場所で襲って来たのはチャイルドドラゴンと同様に生息域を変えざるを得なかったと考えるのが正解だろう。

 

「厄介だな……」

 

 ゲームでも暗にほのめかされていたし、野生の獣に襲われたのなら当然だけれど、モンスターに遭遇して敵や獲物と判断された場合、撃退する力が無ければ死んでしまう。

 こっちが縄張りの外まで逃げ切ったり見失ったりすれば別だけれど、気絶や大怪我で済ませてくれないのがモンスターだ。

 その上、下手な獣よりも強いから弱者の対抗手段は実力者に守って貰うか生息域を調べて接触を避ける事。

 幸いゲームで特定の場所にだけ出現するみたいに縄張り意識が強いモンスターは縄張りの外には出ないんだけれど、今回は何らかの理由で余所からやって来たのに縄張りを追われ、結果として人間が襲われる事になっているから早い内に倒さないと。

 

 そうすれば元の縄張りに戻るのは研究で分かっているし、下手に隠れられて長引けば人間の味を覚えた他のモンスターが積極的に街や村を襲うからね。

 

「ギィ!」

 

 人の部分から発する声は見た目通りの妖しい笑い声だけれど、本当の口からは耳障りな金切り声が発せられ、漸く相手の強さを理解したのかアラクネ達は逃げ出した。

 狭い場所では邪魔になる人間部分を切り捨て、暫く蠢くそれを囮に慌てふためいて逃げて行くんだけれど、ポチは賢い子だから通じないさ。

 

「ポチ、ちょっと僕も戦うよ」

 

 抜刀からの低姿勢での構え。鍔鳴りが響き、足に力を入れて一気に踏み込む。

 僕が迫るのが分かっているのか蜘蛛の巣状に広がる糸をお尻から放ったけれど、既に僕は追い越している。

 

「はい、終わり」

 

 数歩先で足を止め、納刀。アラクネ達は空中でバラバラになって周囲に死骸を撒き散らす。

 これでアラクネは全部倒した。……正確には襲って来たアラクネを全部だけれど。僕達が逃げ出した時に立ちふさがる役目のが一匹だけ反対側の木の上で待機していたからね。

 隠れているつもりなのか動かずにこっちを観察しているけれど、人間部分が葉っぱの中から頭を出していて凄く目立つね。所詮は虫だ。

 

「一応狩って……これだから嫌なんだ」

 

 地中から伝わって来た揺れに僕は顔をしかめポチも地面に鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。

 唯一気が付いていないのは木の上のアラクネで、僕達が気が付いて居ないと思っているのか木から飛び降りて逃亡を図る。

 

 

 

「モンスターの生息域が急に変われば、それを餌にするモンスターまでやって来るんだからさ。……そんなのは大抵強いんだから面倒だよ」

 

 アラクネの脚が地面に着く寸前、影が掛かった場所が盛り上がって地中から七色の体を持つ巨大なミミズが飛び出してアラクネを一口で食べる。

 バリバリと噛み砕く音が聞こえ、その度にヌメヌメと光る巨体が揺れて気持ち悪かった。

 

「……長くてヌメヌメって、僕の嫌いなジャンルだよ」

 

 ”虹色オオミミズ”っのが目の前のモンスターの名前で、ゲームでは三番目のダンジョンのボスモンスターだった。

 ヌメヌメテカテカの体をクネクネ動かし、殆ど機能していない視力の代わりに発達した嗅覚で周囲の状況を探っているみたいだ。

 基本的に餌にしているモンスター以外の獲物は狙わないけれど、人間が生える程に巨大な蜘蛛を一口で食べる程なんだから凄く大きく、その気が無くても身動ぎ一つで被害が出る事だってあるし、アラクネが人里に現れて、それを追って虹色オオミミズが現れたらどんな被害が出るのやら。

 

 周囲に散らばったアラクネの死骸の匂いを察してか、しきりに頭を動かしたかと思うと上から覆い被さる様にして次々に飲み込む。

 その動きが途中で止まり、頭を僕とポチの方に向けて来た。

 口の中にはビッシリと生えた細かい歯。研究資料では回転しながら内部が収縮して獲物を擦り潰したり砕いたりするらしいんだけれど、どうも嫌な予感がするな……。

 

「ポチ、何時でも動く準備をしてて……」

 

 さて、この虹色オオミミズだけれどゲームにおいては体内で生成されるとある物体目的に住処の洞窟に向かい、リアスの命令で後を追い掛けて来たチェルシーが攻撃する事で怒らせて戦いになるんだけれど、本来なら人間を襲わない虹色オオミミズに襲われるケースとして不用意な行動で敵認定される以外にももう一つ。

 

「ヤバい。完全に勘違いしてるぞ……」

 

 それは嗅覚が発達した事により僅かな匂いでも獲物を探し出せるって事に起因する。僕とポチはアラクネと戦ったばかりで多少なりとも体液が付着してしまっている。

 

 そう、餌にしているモンスターと勘違いされる事で虹色オオミミズに襲われるんだ。

 

「……こんな時こそ夜鶴の出番だけど、今日は休暇与えちゃったからなぁ」

 

 有能で冷静で道具として振る舞う事に誇りを持つ、そんな彼女の姿を思い浮かべる。

 

 

 

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 ついでに恥ずかしがっている時の可愛らしい時の姿も思い浮かべた。

 

 

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わか太郎さんに依頼


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ミミズと猛禽類

 僕はどうも小さい頃からミミズが嫌いだ。

 今の人生も前世でもあの見た目が凄く嫌で、前世の記憶が戻った事で嫌悪感が足し算どころか掛け算にまでなっている。

 

 つまり……。

 

「近付きたくないし、更に言うならグチャグチャになった死骸も見たくない」

 

 長くて太い胴体を地中に残したまま蠢く虹色オオミミズは見ているだけで気分が悪くなる程で、テカテカ光る粘膜が飛び散りそうで接近戦はしたくない。

 

 なら、ポチの風で切り裂く? ……駄目だ。バラバラになった死骸も見たくない。

 

 このまま逃げる? のは、最後の手段だ。この山に縄張りを移したアラクネさえ倒してしまえば次の餌場を探して移動するだろうから。

 

 でもなぁ。僕、此処には仕事で来ているから一旦逃げ帰るって選択肢は取れないんだよな。

 

 結論。死骸の見た目がそれ程グロテスクじゃない倒し方で倒す。

 

「火や雷……はこんがり焼けた香りが漂いそうだし」

 

「キュイ!」

 

 嫌な光景を想像して一瞬飛んだ意識がポチの鳴き声によって戻って来た。

 おっと、危ない。体当たりでもされたら酷い目に遭う所だったよ。

 

 虹色オオミミズは好物であるアラクネの体液が付着した僕達をアラクネだと思っているみたいだけれど、同時に僕達自身の匂いもするから混乱しているのか今すぐ向かって来る様子はない。

 でも逃げたら迷わず追って来そうだし、此処で相手をするしかないからって迷っていると虹色オオミミズは口を閉じ、頭を大きく膨らませる。

 

 って、不味い!

 

 

「ポチ!」

 

 名前を呼ばれると同時にポチは僕の服を咥えて飛び上がり、同時に先程まで居た場所に向かって虹色オオミミズの胃液が吐きかけられた。

 刺激臭する黒い液体で、擦り潰されて消化が始まったアラクネの死骸が混ざっている。

 うえっ! 思いっきり吐瀉物だし、糸引いてるから粘性が高いな。しかも此奴って毒持ってるし……。

 

 更に嫌悪感が高まる中、虹色オオミミズは胃液を吐きながら首を振って僕達を追って来る。

 

「ふざけるな! 自分のゲロ付いた餌を食べたいのっ!? 別に平気なんだろうね!」

 

 此奴に自分の吐いた物が気持ち悪いって感覚は無い。牛が食べた物を反芻したり犬が吐いた物を平気で食べるのと同じだ。

 

 寧ろ虹色オオミミズにとっては逃げる獲物を捕らえる為の武器で使って当然の物でしかない。含まれてる毒だって自分の体内で分泌された物だから効かないって訳だ。

 

 胃液で食道焼かれろ! 胃潰瘍になれ!

 

 心の中で罵倒しながら虹色オオミミズの吐瀉が終わるのを見計らう。そろそろ勢いが落ちて来たし、今なら……。

 

 好機だと思った時、目の前の地面が盛り上がって姿を見せたのは虹色オオミミズの頭。

 二匹目? まさか待ち伏せされて……いや、違う。此奴は両側が頭なんだ。

 

 大口を開き丸呑みにしようとする虹色オオミミズを上昇で避ければ勢い余って木にぶつかったのか背後から木の倒れる音が聞こえる。

 

「……仕方無いか。せめて死体が散らばらない方法で倒そう」

 

 背後を見ればそれなりの大きさの木が幹をへし折られて倒れ、木片が周囲に飛び散る。それを一つ掴んだ僕は再び向かって来た虹色オオミミズの口の中に放り込む。

 

「食べたね? それが君の最後の晩餐だ」

 

 両側から虹色オオミミズの口が迫る中、再びの上昇で回避。それを追って二つの頭が上に向かって体を限界まで伸ばす。一切の弛みが無くなってピンって張った時、準備は整っていた。

 

 

「そうだな。”ウッドスピア”って所かな?」

 

 体内の木片を基点にして木の時間を戻す。分厚い表皮に激突して砕けない様に表面の時間を停めた木は元に戻るべく虹色オオミミズに吸い寄せられ、そのまま胴体を貫いた。

 

「!?」

 

 鈍そうな見た目でもこれは流石に効いたのか苦しそうに動く。この姿を見てもミミズが苦手な僕には嫌悪感しかないし、さっさと終わらせないと。

 

「結局高く飛んじゃったし、警戒されないと良いけれど」

 

 虹色オオミミズに刺さった木の動きを逆再生して胴体から引っこ抜き大穴を残す。栓になっていた木が外れた事で体液がドバドバ流出、凄く気持ち悪い。

 

「うへぇ。飛沫喰らっちゃったよ。……何処かで洗わないと」

 

 僕にもポチにも臭くてベタベタした体液が付着しちゃって凄く不愉快な気分だ。お気に入りの服だしシミになったら嫌なんだけれど…。

 

「キュイィィ……」

 

 ポチも翼に付着した体液を不愉快そうに嗅いでいるし、本命倒す前に……あっ、仕留め損なってた。

 

 大穴が開いて臓物やら体液やらをボタボタと流れ出させながらも虹色オオミミズは起き上がり、牙をガチガチと合わせて鳴らしながらこっちを威嚇している。

 痛覚が薄いのかな? それとも死なば諸共みたいに怒りのまま最後の力を振り絞っている?

 

 まあ、どっちでも良いけどさ。

 

 地面を削りながら向かって来る虹色オオミミズだけれど僕もポチも動かない。正確には動く必要が無いって感じかな?

 

 

 

 

 

 

「君も来ていたんだね。共和国のお仕事かな? やあ、アンリ」

 

「ああ。僕の一族は軍門の家系だ。こういった荒事は任される事が多い。……前に言わなかったかい? ロノス」

 

 手を伸ばせば触れる位の距離で七色オオミミズは動きを停める。その生命も芯まで凍り付いた事で完全に停止、続いて投げられたバトルハンマーが当たればガラスが割れる時に似た音を立てて粉々に砕け散る。

 僕とポチには霜の一つも付着せず、バトルハンマーの柄に着けられた鎖が引き戻される方向を向けば友人のアンリが相棒であるドラゴンのタマを背後に立たせて武器をキャッチしていた。

 

 

 

「いや、一度も聞いた事無いよ? そうだろうなって感じには思ってたけれどさ」

 

「……そうか。言って無かったか」

 

 格好付けてたからか僕の返答にアンリは何処か戸惑って……あれ? 一度聞いた事がある気も……。

 

 思考をフルで回転させてアンリとの会話を思い出す。

 

 アンリと会うのは基本的に飼い慣らしたモンスターに乗ってのレース”アキッレウス”の時くらいで、レース前とレース後に少し時間を見つけてはダラダラと話す程度。

 残りは貴族同士の交流会とかで会う程度。

 

 アンリは家の掟で男装している女の子だから、偶然それを知った僕が何かと気を使っている。恩を売るってよりは友人だからっての方が強いんだよね。

 

 前も互いの近況とか任された仕事とか……あっ。

 

 

「いや、聞いたね」

 

「……おい。まったく、君は相変わらずだな。マイペースと言うべきか何というべきか。軽く頭痛がして来たぞ」

 

 アンリは深い溜め息を吐きながら頭を押さえる。うーん、これは反論不可能だ。

 

「キュイキュイ!」

 

「ピー! ピー!」

 

 飼い主二人が何とも言い難い空気に陥っているけれどポチとタマは気にしていない。言葉は通じていないらしいけれどニュアンスでコミュニケーションを取っているのか体を左右に振って凄く可愛い。

 タマは凄く大きいペンギンだけれどポチの方が百倍、いや、千倍可愛いな。

 

「……矢っ張りタマは可愛いな。うん、世界のどんな存在よりも可愛いな」

 

 ……はっ? ポチの方が万倍可愛いけれど?

 

 まあ、僕はそんな事を口にはしないけどね。でも、実際ポチが世界一で同点でリアスだ。

 

「いや、ペット妹の可愛さは別物か……」

 

「君は一体何を……うん? あの巨大なミミズの中に何か……」

 

 芯まで凍り付いて粉々に砕け散った虹色オオミミズの破片に混じって野球ボール大の虹色の玉が転がっている事に気が付いたアンリはそれを拾い上げる。

 

「共和国には虹色オオミミズが出ないんだっけ? 確か地質の関係とかで……あれ? ねぇ、アンリ。それって……」

 

 えっと、アンリが手にしている上に不用意に顔に近付けたあれって確か……。

 

 

 

「……ひゃい? 何か変な気分がひゅるにょ……」

 

 ”変な気分がするぞ”かな? 僕の方を見たアンリの顔は真っ赤になっていて……。

 

 

 

「……うん。それって超強力な媚薬だからね」



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ハプニングは突然に

後少しでブクマ900 千行けるかな? 


問・山の中で男装系美少女である友人が発情しました。どうすべきでしょう?

 

解答・そんなの急に答えられる訳が無い

 

 

「アンリったら少し不用心だったね。モンスターの体内にあった物を確かめもせずに顔に近付けるだなんてさ」

 

 アンリの手から落ちて転がった虹色の玉を拾い上げた僕はポチの口元を拭くために持って来ていたタオルでくるんだ上で内部の時間を停める。

 彼女みたいに不用心に嗅いだりしなかったら効果は薄いし、ハンカチだけで十分なんだけれど一応こうしておかないとね。

 

 七色オオミミズの体内から出て来たこれは”七色情香”って名前のお香の材料になる物で、これを砕いて薬品と混ぜてお香にするんだけれど、匂いだけで強力な媚薬になっている。

 しかもお香にする事で適切な濃度になる訳で、加工前は少し効果があり過ぎる。

 それを不用意にもモロに嗅いでしまったアンリがどうなってるかって言うと、呂律が回っていない上に顔は真っ赤で手は無意識の内に胸に触れていた。

 

「び、|媚薬《びやきゅ〉!? ひょれで、どうやったらおしゃまるんだ?」

 

「どうやったら治まるって、時間経過しか。にしても個人差が有るのは聞いていたけれど、此処まで効果が有るだなんて。……確か普段から溜め込んでる人ほど反動で」

 

「うっひゃい! ひゃっ!?」

 

 思わず口から出てしまった余計な知識がアンリを怒らせ、ポカポカと殴って来たんだけれど、今はそんな行動でさえ体を刺激するのか少し色っぽい声を上げて動きが止まる。

 息が荒いし、僕に掴まって何とか立っている状況だ。

 

「あっ、確か体を冷やせば治まるとも……。魔法、使える?」

 

「む、無理……んんっ!」

 

 これは重傷だな。少し強い風が体を撫でただけで反応しちゃったし、下手に支えようと触れたらどうなる事やら。

 魔法さえ使えるなら氷魔法が得意な彼女には体を冷やすだなんて簡単だけれど、とても集中出来る状態じゃないのなら難しい。

 

 僕が使う訳には行かないしなぁ。

 

 ……それにアンリに付いた残り香のせいか僕にも効果が出て来てしまったぞ。

 アンリは男装がギリギリ通じる程度には中性的だけれど、それでも女寄りの顔だし、性別を知ってる僕には女の子にしか見えない。

 いや、違うな。すっかり忘れていたけれど元々女の子にしか見えないのに男装をさせた上で魔法の力を籠めたチョーカーで喉の辺りを隠しつつ認識を阻害しているんだった。

 女の子だって偶然知った僕には効果が薄れて女寄りの中性的に見えるんだけれど、アンリは立派な可愛い女の子だ。チョーカーを外した姿を見せて貰った事が有るからね。

 

 

 そんな子が媚薬の影響で妙に色っぽくなってるのは目の保養になるし、ちょっと毒にもなりそうで困る。

 

「キュイキュイ!」

 

「え? ”喉が渇いたから水を飲みに行きたい”だって? 生水じゃなくって湯冷ましを持って来ているから……うん? もしかして近くに池でもあるの?」

 

「キューイ!」

 

 冷たい水の匂いがするのか。これは渡りに船って奴だ。うん、急いで向かわないとアンリが後で悶える事になりそう。

 何故かと言うと媚薬の効果は体温を下げれば薄まるけれど、興奮によって体温が上がれば効果は増して行くばかり。今も体中が敏感になっているけれど特に強い場所に指を這わせる寸前で止まっていたし、アンリに移った匂いが僕にも微妙に出て来ている。

 

「このままじゃ流されて非常に不味い事になりそうだし、急いで向かわないと。アンリ、乗って!」

 

 姫抱きだとアンリの体が直ぐ前にあってダイレクトに匂いが伝わって来るからと僕はしゃがんでオンブの姿勢を取って背を向ける。

 ちょっとだけアンリは迷った様子を見せながら僕の背中に乗ったんだけれど、耳元には乱れた息遣いが届き、鍛えているけれど女の子の柔らかさも背中に鼓動と一緒に感じてしまう。

 

「……ぁん。ぎょ、ごめん。体、こひゅれて……」

 

「急ごう!」

 

「……揺らひゃないで」

 

「悪いけれど我慢して!」

 

 ポチの案内の下、僕が山道を駆ければ振動を感じてかアンリが悲鳴を上げ、ガシってしがみついて来た。

 僕の方も頭が働かなくなって来たし、急いだ方が良いぞ。

 

 アンリは友人アンリは友人アンリは友人アンリは友人アンリは友人アンリは友人アンリは友人アンリは……。

 

 頭の中で何度も言い聞かせて冷静さを何とか保ち続けて背中に感じる感触を何とか誤魔化し、走り続けていると目の前には大きな池が目に入る。

 

「キュイ!」

 

 もう色々と頭が働かないからポチに釣られて僕もジャンプ、結構高さだ。

 

「……あっ」

 

 空中に飛び出した時に気が付いても既に遅く、僕はアンリを背負ったまま池に落ちた。

 

「ぷはっ! は、鼻に水が入った……。アンリ、大丈夫?」

 

「……ああ、何とか落ち着いて来た。未だ少し媚薬が残ってる気がするけれど……取り敢えず降ろしてくれ」

 

「脚着く? 結構深いよ? 君、背が低いし……」

 

 池の深さは今居る所で僕の胸の辺りまで。勾配があるし向こうに行けば大丈夫そうだけれど、このまま背負って行くのはちょっと辛い。

 

「……岸まで連れて行ってくれ。脚を浸していれば多分冷える」

 

 まあ、そうなるよね。僕は言われるがままアンリを岸に連れて行けば少し落ち着いた様子で、未だ少し息が荒いけれど大丈夫そうだね。

 

「キュイキュイキュキュキューイ!」

 

「ピーピーピーピッピピー」

 

 ポチは可愛いなあ。後ろ半分は猫科だからか僕には従順で素直でも気紛れな部分のあるポチは水浴びを嫌がったり喜んだりして、今は水浴びの気分らしい。

 タマと一緒になって楽しんでいるし、見ているだけで癒される。

 

「ちょっと向こうに行って来るよ。向こうなら君でもゆっくり立っていられる場所が有りそうだしさ」

 

「手間を掛ける」

 

「気にしなくて良いよ、友達だからね」

 

 手をヒラヒラと振りながら先に進んで行く。冷たい水の中を進めば体も冷えて頭も冴えて来て、風景を楽しむ余裕すら出来たし、僕も少しのんびりしようかな?

 さてさて、結構な騒ぎになってしまったし、ターゲットが警戒して隠れていないかと心配になる中、少しずつ水深が浅くなって来ているし、此処ならアンリも落ち着いて……あれ? 誰か岩影に……。

 

 池の中の巨大な岩の影に誰かの気配を感じて近付く。……いや、後から思えば不用意な行動だったよ。

 だって、此処は池の中で、其処に居るって事はさ……。

 

 

 

「ロノス、さん……?」

 

「アリア……さん?」

 

 僕の目の前には水浴びをしているから当然だけれど全裸のアリアさんが居たんだ。

 




呪術廻戦のも書いてしまった 久々の二次


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忘れちゃ駄目な事

「おや? 若様が大変な目に遭っていますね。同時に美味しいと言えない事も? ……意味が分かりません」

 

 レナと共に山に向かっている途中で合流したプルート。ゲームでは好感度を教えてくれる以外にも幾つかの魔法修得イベントに関わる彼女だけれど、その占いの方法は詳しく説明されていなかったわ。

 確か一回目の会話で”凄い動き”だってビックリされているだけなんだけれど、今この時、私はその意味を理解した。

 

 こんな事になったのは歩きながらの会話の途中で、私がお兄ちゃんが何をしているのかを教えて貰おうとしたからなんだけれど……。

 

 歩いてる途中に唐突に立ち止まり、腕を後ろ向きにゆっくりと回しながらスローな動きで真後ろに反らし、最後はブリッジでフィニッシュ、頭に舞い降りた情報を平然とした口調で教えてくれるんだけれど、どうしてブリッジのままなのかしら?

 

 でも、ちょっと聞き辛いわよね、何となく。

 

「その変なポーズに何か意味があるのですか?」

 

 流石はレナね! 普段から唐突に下ネタをぶち込む空気読めないっぷりが此処で炸裂よ。あんな変なポーズをわざわざ取る理由とか普通は聞けないわよ。

 何か気まずくなる理由が有るのかも知れないし……。

 

 

「いえ、特に意味は有りません。趣味ですが、何か?」

 

「あら、そうなのですね。私が若様にセクハラ同然の行為を働くのと同じ理由なら止める理由は無いでしょう」

 

 趣味なの!? そしてセクハラの自覚は有るけれど、二つの意味で止める気は無いの!?

 

「アンタ達って本当にマイペースよね。それにしてもお兄様が厄介だけれど美味しい目に遭ってるのね。……日常茶飯事ね」

 

「普段からですね。あの方、何かとトラブルに巻き込まれますから。何割かはラッキースケベ有りで」

 

「……そうなのですか? 私もその辺は占っていませんでした。何かと巻き込まれる運命だとは分かっていますが、どうも占いが時属性の魔力で阻害されるので……」

 

 あら? プルートったら戸惑ってるみたいで実は楽しんでいるみたいに見えるけれど何故かしら?

 大抵の事は何となく分かるのに、例外的な”分からない”って事が楽しいの?

 

「ええ、新鮮な気分です。例えるならば既読の本ではなく粗筋のみを読んでから物語を読むみたいで。大抵の事は分かる私ですが、故に未知に対する好奇心が強いのですよ」

 

「ふーん。食べ慣れた物よりも新作メニューの方が食べてみたいって感じかしら? さて、さっさと行くわよ」

 

 ……それにしても普段から女の子と接点が出来たり、無自覚に口説いたり、本当にお兄ちゃんったら。

 うーん、矢っ張りロノスとして生まれた事で運命なのかも。

 

 お兄ちゃんは知らない事だけれど、”魔女の楽園”が開発される前にボツになったゲームが在るって設定資料の裏話に載っていたとお姉ちゃんが言っていたけれど、その主人公を流用したのがロノス・クヴァイルってキャラクターなのよね。

 

 エッチなゲームだったらしいけれど、お兄ちゃんもその影響を受けているのかしら?

 

「しかし、若様はそんなに異性との関わりが?」

 

「積極的に求めてはなくて、偶然遭遇するってのが多いんだけどね。よし、到着! どうせだったら山頂まで徒競走でもする?」

 

「しません」

 

「私の惨敗が決まっていますので」

 

 話をしている内に山の麓まで辿り着いた私達。そのまま先頭を歩いていたレナが第一歩を踏み出して、って、振り返ってこっちに歩いて来た!?

 

「ちょっと何やってるのよ? ほら、山が気になるんだから登るわよ! もう、色ボケだからって十代でボケちゃったのかしら?」

 

 少しも迷う様子を見せずに踵を返したまま私の横を通り過ぎるレナの腕を掴んで文句を言うんだけれど、何故か不思議そうな顔をされた。

 いや、首を傾げて溜め息を吐きたいのは私よ。

 

「……姫様。遂に本当に脳味噌が筋肉に浸食されたのですね。此処で山を眺めたのですから、山に入る必要は無いでしょう?」

 

「はぁ!? いや、ちょっと訳の分からない事を言わないでよ。山の麓から山を眺めただけでどうして異変が分かるのよ!」

 

「それは山を眺めたから……あれ? どうしてでしょう?」

 

「……レナ。ちゃんと寝てる? こんな時間から寝ぼけちゃ駄目よ?」

 

「……」

 

 さっきまで山を調べるのには麓から数秒眺めれば良いって考えに疑問を持っていない様子だったのに、目が覚めたみたいに疑問を口にした。

 ちょっと心配になって来たわね。悪さが過ぎてメイド長から罰を受けた結果全然寝ていないんじゃないの?

 

「ええ、最近は若様に道具を使って弄ばれる妄想が捗って睡眠時間を削っていますが仕事中に効率良く睡眠時間稼いでいるので大丈夫です」

 

「レナ、本当に減給ね」

 

「ええっ!? ちょっと困ります! 大人向けのオモチャの新作を予約していまして足りないと困るんですよ」

 

「……矢張り」

 

 レナが狼狽しながら懇願して来るけれど流石にアウトよ。乳母兄弟だからって見逃せない。

 って言うか結構大きめのタンスに整理整頓しながらもミッチリ入る程に持っているのに未だ欲しいなんて凄いわね。本当に尊敬……せずに呆れるわ。

 

「プルートも大変ね。こんなのの未来まで見るだなんて」

 

「いえ、今のは別の事に関してです。レナさんに関してですが……見ないでも大抵分かる上に見たくないので。さて、曖昧な理解ですし試しに入ってみましょうか」

 

「うん? そうね。さっさと山に入って……っ!?」

 

 レナが踏み込もうとして急に逆を向いた場所、山に入る境界線を通った時、何か目に見えないゼリー状の物を通り抜けたみたいな悪寒に襲われる。

 

「今の……何?」

 

 凄く気持ち悪かったのは私だけじゃないらしく、二人も嫌そうな顔ね。

 誰が何したのか知らないけれど、喧嘩売ってるって事かしら?

 

 喧嘩なら買うわよ? 割引無しの示金で買ってあげる。

 

「どうやら結界に分類される物らしいですね。山に入ろうとした時、山に入る必要が無いと思わせるみたいです」

 

 見えない何かがあった場所に手を伸ばしたプルートは触れている部分に闇を纏わせる。

 彼女の腕を中心に渦を描きながら闇が広がり、水面の最後に波紋みたいに揺れた。

 

 今のなんかお洒落だし、見た目だけでも真似する魔法を創ろうかしら?

 

 それにしても結界に反応したのはレナだけで、私やプルートは何も感じないって事は何か条件が?

 

 ちょっと考えれば直ぐに答えは浮かぶ。脳味噌筋肉扱いな私だけれど、其処まで馬鹿じゃないんだから!

 

 

「じゃあ私やプルートには効かなかったのはもしかして……貧乳だから?」

 

 ローブのせいで分かり難いけれどもブリッジの時に私は確信したわ。プルートは私と大差ない貧乳だって!

 あの瞬間から私の中で彼女への好感度は爆上がりなんだから。

 

 チェルシーはそこそこ有るし、アリアだって大きいし、私が親しい連中の中で胸囲が同じ位なのって野郎連中だけじゃないの? ……下手したら胸筋の存在で私に勝っているのも居るかも。

 

 

……けっ!

 

「はい。……はいっ!? えっと、魔力の性質ですよ? ほら、姫様の周囲でも花によって大胆になった方と普段通りの方がいらっしゃったでしょう?」

 

 ……えっと、確かに学園のあっちこっちで溶けそうな位に積極性に攻めてる女子生徒が居たわよね。

 でもチェルシーは普段通りで、逆にお尻を触った馬鹿を平手打ちにしてやったとか。

 

ざまあ。ついでに玉を潰されても良かったのに。凄くその光景を見たいわね。だってお兄ちゃんの友達だろうと私は彼奴が嫌いだもん。

 

「うん、確かにそうね。それで他のと私達の違いなんだけれど……胸が一定以下だから? チェルシーも大きいけれど平均より少し大きいって程度だし」

 

「違います。魔力の質だって言っているでしょう。……姫様って普段からこんなのですか?」

 

「ええ、脳味噌が七割は筋肉ですから」

 

「失礼ね!? せめて三割にしなさいよ! ちょっと忘れただけじゃない。貧乳同盟の仲間を見つけたんだから仕方無いわよ」

 

 流石に言わせて貰うわ。忘れがちだし、偶に自分でも忘れるけれど私は貴族令嬢!

 

 ……ん? 何か飛んで来て……。

 

「っ! 爆発します!」

 

 プルートの声が響いた時、レナは飛んで来た木の実を掴んで抱えるなり走り出す。

 

「レナ!」

 

 

 

 私の声が響いた時、レナが抱えた木の実が爆発した。

 



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絶対許せんケジメを付けろ

「姫様!」

 

 突然投げられた物体が爆発した瞬間、プルートは私の手を掴んで引き寄せて闇の防壁をドーム状に展開して衝撃も巻き起こった土煙も防ぎきるけれど、爆発音さえも防いじゃってるから外の様子がさっぱりね。

 

 これじゃあレナの様子が分からないじゃない。

 

「姫様、直ぐに解除を……」

 

「良いわよ。私が破るから」

 

「いえ、これって陸生のドラゴンの突撃にも耐えられる強度でして……」

 

 ドラゴンの突撃も防ぐ? へえ、それは結構な事ね。でも……私と比べたら文字通りにレベルが違う!

 ステータス画面なんて存在しないから確認は出来ないけれど、何らかの理由で大勢の敵足りえる敵を倒せば強くなれるこの世界でゲームではラスボスだった私が戦い続けたらどうなるのか。

 

 それは私の拳が語る。息を深く吸い込んで全身に酸素を供給、踏み込みと同時に腕を振り抜いた。

 

「せい!」

 

「素手で砕いたぁ!?」

 

 私の周囲に展開された障壁はハードカバー程の分厚さで、その強度は下手な金属よりも上。これならドラゴンの突進だって十や二十程度の回数なら余裕で耐えられるでしょう。

 

 

 

 で? その程度で私の拳に耐えられるとでも? 答えは目の前で重機の突進を受けた発泡スチロールみたいに砕け散った障壁よ。

 

「この程度で驚いていちゃ大変よ? 私もお兄様もこの程度じゃ終わらないもの。って、レナー! 大丈夫ー!?」

 

 私が殴って砕いた場所を中心に崩壊を始めた漆黒の障壁から抜け出した私は驚き顔のプルートの方に振り返り、慌てて周囲の状況を確認する。

 土煙が酷いから手をブンブン振って振り払い、慌ててレナが走り去った方に向かう。周囲の草木は地面ごとひっくり返されて、爆発が起きた方を中心に結構な深さのクレーターになってるし、これじゃあ……。

 

「お願いだから無事で居て……」

 

 そう願いながら向かったクレーターの中心にレナの姿があった。でも、これだけの爆発を至近距離で受けたんだから当然だけれど無事な訳が無くて、原型すら留めていなかった……。

 

「そん……な……。こんな事が、こんな事が認められる訳がないじゃない! ふざけないで! ふざけるなぁああああああっ!」

 

 その場で膝を着いて認めたくない現実を消し去りたいと願って拳を振るうけれど、小さなクレーターばかりが増えるだけで現実なんて何も変わってくれやしないって本当は分かっているの。

 

 

「レナが、レナが……」

 

 そう、私がどんなに否定しても何も変わらず、認めなくても現実は目の前にある。あの爆発でぼろ布同然の無残な姿になった……メイド服を邪魔だとばかりに脱ぎ捨てた無傷のレナが立っていて、呼吸に合わせて巨大な脂肪の塊が揺れていたのよ。

 

 

「レナが着痩せするタイプだったなんて。それも胸とお尻だけとかふざけてんのっ!?」

 

「そう言われましても私のスタイルは生まれ持った物ですし、何も特別な事はしていませんよ? ……眼鏡は無事で助かりました。あっ、姫様も無事で良かったです」

 

 困った様に首を傾げれば更にレナの胸が揺れる。

 あれかしら? 私の大きくなる分を吸われた結果が目の前のセクハラエロメイドなのかしら? 

 

 爆発物を投げて来たのは間違い無く敵だし、貴族令嬢として見逃せないから拳で千倍返しにするとして、普段から服の上からでも分かる巨乳のムチムチ系セクシーボディの癖に脱ぐと更に凄いとか……。

 

 

「プルート、此奴は私達貧乳同盟の敵よ」

 

「そんな同盟に参加した覚えは無いのですが……」

 

 遠慮しているプルートに親指を立てて笑顔を向ける。私が認めてあげるから大丈夫よ。私と貴女は今日を持って同志になったわ。

 それを笑顔とウインクで伝えればプルートには届いたみたい。これぞ貧乳の絆って奴ね。

 

「……えっと、それよりも先に仕掛けた相手をどうにかしませんか? ……”実入りは良いし居場所も出来るけれど気苦労が耐えない”と予知していましたがこんな感じだったとは。レナさん、と、取り敢えずこれを着て下さい」

 

「あっ、マッパになるって分かってたのね」

 

 プルートが荷物の中から服を取り出してレナに渡しているし、爆発は兎も角としてこうやって服が無くなるって予想していたみたい。

 でも、その服ちょっと小さくない? 胸、凄く強調されているし、身長は合っていても胸のせいで布が不足してヘソが見えているんだけれど?

 

「胸の辺りがパツパツですね。普段は余裕を持たせているので動きにくいと思いますが、この際がまんしましょうか」

 

「はいはい、巨乳連合軍は大変ね。それで本当に怪我はないの? 鍛えた鬼って本当に大変、ねっ!」

 

「ひぎゃっ!?」

 

 自覚はなくても自慢にしか聞こえない言葉にイラッとしつつ靴の先で小石をすくい上げた私は会話の途中で脚を振り抜く。

 小石は横の岩陰からこっちを伺っていた奴が隠れる岩を粉砕してその姿を露わにしたわ。

 草色の髪にはツタが混じっていて、そのツタがバラと同じ色の肌に巻き付いて服の役割を果たしている。

 大きさはレキア達妖精と同じ位だけれど背中に蝶みたいな透明の羽は存在しない。

 ……スタイルが良いわね。爆発物投げて来たんだから敵認定で構わないかしら?

 

「ひ、ひぃいいいいいいいっ!? お、お助けぇええええっ!?」

 

「あれは”ドリアード”、妖精に似た存在である”精霊”の一種ですね」

 

「確か自然に存在するエネルギーが意志と肉体を持った存在だっけ? いや、何よ、その”まさか覚えているなんて”って言いたそうな顔は」

 

「……キノセイデスヨ?」

 

 実際飛べないのか腰を抜かしたドリアードは這って逃げ出そうとしているけれど、そんな逃げ方じゃサイズ違いの私から逃げられる筈はないわ。

 一足飛びに追い付いて脚を掴んで持ち上げる。ジタバタ動いてはいるけれど体の捻り方がなってないわね。そんなんじゃ私の拘束からは逃げられないっての。

 

 ……それとレナ、そんな棒読みで騙される程に私が馬鹿だとでも思っているのかしら?

 

「ギャー!? 僕は煮ても焼いても美味しい……じゃなかった、美味しくないぞー!?」

 

「いや、流石に人間っぽい姿の奴を食べる気は無いわよ。それはそうとして……アンタ、さっきの爆弾はどういう気かしら? レナや私なら兎も角、爆発を受けたのがプルートだったら怪我してたかも知れないわよ?」

 

「いえ、私では確殺かと……姫様も無事なのですね」

 

「ほら! 彼女だってそう言ってるし、落とし前って知ってるかしら? 覚悟、出来てるわよね?」

 

 無事だったから問題無しだなんて済ませる気は私には無い。レナは家族同然で、プルートだって家に仕える人なんだから主の私は守ってあげる義務があるもの。

 そんな訳で私は貴族令嬢として当然の事であるドスの利いた声での脅しを行いながら睨む。

 ドリアードはすっかり顔面蒼白だけれど、別に殺す気は無いわ。人間と敵対関係って訳じゃない種族だし、山の異変について情報を得やすいでしょ、これならね。

 

「わー!? た、助けてよ、美形のお兄さん! エ、エッチな事でもして良いから命だけは……」

 

「私、女。お前、殺す」

 

「え? その胸で……ぎゃー!? ごごごご、ごめんなさーい!」

 

 ドリアードの頭を掴んで指に力を込めて行く。さて、貧乳の敵は死ぬべし、慈悲は無し!

 

「待って待ってっ!? お願いがあって君達を試したんだ。外でモンスター倒してたし、多分死なないだろうなって思ってさ! お礼はするから取り敢えず離して……」

 

「は? あんな大爆発する物を投げておいてお願い事? 人間と精霊の価値観が別物だってのを考慮しても虫が良すぎるわよ」

 

 どう考えても筋が通ってないし、話を聞く必要も感じない。まあ、後で王国の貴族にでも山に異変が起きているって伝える程度ね。

 

 つまり此奴を許す理由は無いのよ、私には。

 

「姫様、お待ち下さい! 彼女は姫様が欲する物を持っています!」

 

 あんな真似しておいてお願い事だなんてふざけた事を口にするドリアードに腹が立った私だけれど、慌てて駆け寄って来るプルートの言葉で手に込めた力を緩めた。

 私が欲する物? もしかして……。

 

 

「そのお礼って薬?」

 

 私の予想通りならお礼の品が何か決まっている。だって、それ以外は考えられないし、一旦頭を掴んだ手を離した。

 

「そ、そうさ! 精霊の秘薬をあげるから先ずは話だけでも聞いて。その前に逆さ吊りから解放してくれないかい? そろそろ頭に血が集まって……」

 

 私が欲する物で、秘薬って事は……豊胸の力がある薬ね!

 

 

「良いわ。話だけでも聞かせなさい。内容によっては私達が力になってあげる」



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受け入れたら楽になる(個人の感想であり、効果には個人差が有ります)

「えっと、話すよ? あれは五日前の事だったんだけれど、凄く草臥れた姿のお姉さんが山にやって来たんだ……」

 

 ドリアードによると精霊である自分に個別名は無いとの事でドリアードと種族名で呼ぶ事になりましたが、姫様が妙に張り切った様子で彼女の話を聞く様子です。

 先程まで私の事で怒っていたのは何だったのかと思う反面、あの程度の爆発では怪我など負わないという信頼だったとも思えますが、この場に若様が居なかったのが残念だとも思う。

 

「そんな事よりもさっさと要点だけ話しなさい。そしてお礼を渡しなさい」

 

「合法的に胸を見せて反応を楽しめたのですがね……」

 

「あのぉ、話はちゃんと聞きませんか?」

 

「……うわぁ。其処の黒髪の彼女が正にそのお姉さんと同じ感じだったよ」

 

 思わず欲望が口から出た私と欲望に正直な姫様、そして困った様子のプルートさん。しかし、どうせなら事故ではなく故意に肌を見せたいですね。若様秘蔵の本は一枚一枚自分で脱いでいく描写を細かく描いたのが多かったですし、そっちの方が好みなのでしょう。

 

 徐々に反応が大きくなる若様の姿を思い浮かべただけで……じゅるり。

 ああ、私の胸を直に見た事で気まずさを感じつつもその後は私の姿を見る度にその姿が浮かんで落ち着かない若様の姿も見てみたいですね。

 

 先に手を出されるのは仕方無しに譲りましたが、先に裸を見せるかどうかまではパンドラには譲っていませんし、夜鶴達が背中を流す場に乱入するのも……割と有り。

 

「あの、本当に話して良いかな? 眼鏡の子が舌なめずりしていて怖いんだけれど……」

 

「発情しているだけよ。日常茶飯事だから気にせずに続けなさい」

 

「ええっ!? ま、まあ、良いや。それでそのお姉さんなんだけれど……」

 

 ドリアードは少し戸惑いながらも話を始めます。私を野外で全裸にするに至った経緯を……。

 

 

 

「いえ、靴と靴下は残っていましたから全裸ではないでしょうか?」

 

「話の腰を折らない!」

 

「そうですね。腰は振るだけで十分です」

 

「あのぉ、本当に話を早く聞かないと少し面倒な事になるって予知が浮かびまして。……転職先を間違えたかも知れません」

 

 ドリアードが最初にその人物を見た時、印象としては自殺でもしに来たのかって位に疲れた顔をしていたらしいです。

 

「確かビキニだっけ? 僕も遭難した人間から案内のお礼にせしめた荷物の中にあった本でしか知らないんだけれど、確かそんな感じの服の上にドラゴンの頭部の帽子を被ってるって格好で、褐色の肌の殆どを露出させた若い女だったよ」

 

「痴女でしょうか?」

 

「プルート、鏡有るかしら?」

 

「いえ、残念ながら手元には」

 

「山って色々な奴が来るし、草木を荒らしたりゴミを捨てたりする奴は土砂崩れに巻き込んだりクマとかをけしかけてお仕置きするのも僕の趣味だし、何かしないか見張ってたんだ。お仕置きした後は肥料になるし、反撃で此処の僕が消えても他の場所の僕が居るから困らないしね」

 

 ……土砂崩れにクマって普通の人なら死んでいますが、ドリアードには特に気にした様子は見られません。

 

 元々精霊とは自然のエネルギーが形と人格を得た存在であり、世界各地に居ますが同じ精霊は同一人物が複数の肉体を持っているのと同じ事らしいですし、先程の命乞いだってお願い事の為であって、多少数を減らしても此方も大して気にしないと思っているのでしょうね。

 

 価値観の違いとは本当に面倒ですよ。私と若様の性癖が真逆だったら困るのと同じで。

 まあ、若様が私に性癖を押し付けて来るのは興奮しますが。

 

「お酒を大量に持ち込んでお友達がどれだけ自分に苦労を掛けているのか叫んだ後は急に泣き出して、その後でゲロ吐いてから寝たんだけれど……」

 

「え? それって駄目な仲間に振り回されている苦労人気質の人が耐えきれなくなっただけじゃないの?」

 

「僕も最初は疲れているだけみたいだし、十日間位山に閉じこめて気分転換させてあげようと思ったんだ。でも、水も食料も用意して無かったから胡桃の一つでもあげようと思ってた時に異変が起きたんだよ。……山や周辺に咲き乱れている変な魔力の花を見ただろ? あの花、根っ子を通して他の植物の力を吸って……うっ!」

 

「ちょっとどうしたの!? しっかりしなさい!」

 

 ドリアードは急に膝から崩れ落ち、姫様が慌てて助け起こしますが、まるで鬼族の秘薬を飲まされた状態で母様にベッドの上で搾り取られていた父様みたいに活力が見られません。

 息も絶え絶えですし、生命力が完全に枯渇し始めている状態。母様に連れられて向かった社会見学先の戦場で死に掛けた兵士がこの様な顔でした。

 

 あれ? だとすれば父様は腹上死寸前だったのでしょうか?

 

 腹の上は母様でしたけれど。

 

「姫様、回復魔法を彼女に……」

 

「うん、分かったわ。”ルナヒール”!」

 

 姫様が唱えたのは文献に載っている光の魔法以外の魔法。

 どうして光の力で回復するのかは謎ですが、魔法は創造した人の想像力次第な所が有りますし、ドリアードを包んだ月明かりに似た色合いの光の球が治癒効果を持っているのも姫様の発想力の賜物なのでしょう。

 

 頭は弱いですが、こういった所で思わぬ力を発揮するのですよね、この方は。

 

 

「しかし山の中に生息する精霊が山の中で此処まで弱るだなんて……」

 

 精霊は生まれ落ちた場所の状態に自らの状態も左右される存在。例え一部の花が枯れても他の花がそれを養分にして咲けば消耗は少ない筈。一部ではなく全体が精霊と連動するのですから。

 

 ですが例の花によって周囲の植物の力が吸われても、その花が元気なら問題は無し……とはなっていないらしいですね。

 姫様の魔法で生命力を回復させる姿を見ながら足元の花を踏みにじる。

 ……この花、当初の予想よりも普通の花では無いらしい可能性が高まった様ですね……。

 

 

 繁殖力もそうですし、あの爆発物で吹き飛ばされた木を観察すれば枯れ木になり掛けている物もチラホラと見受けられる。

 これが食料を生産する地域で起こればどうなるのか、少し考えればプルートが言った通りに時間が惜しいというのも納得の話です。

 

「これは王国に話して対応は丸投げって事にはなりませんか? なりませんね」

 

 正直言って此処で解決しても恩を売る為の証拠には乏しいですし、放置が正解な気がしますが……。

 

 

「取り敢えずレナの同類が原因って訳ね? じゃあぶっ倒してしまえば良いじゃない。夕食前の軽い運動よ」

 

 姫様が張り切ってシャドーボクシングまで始めましたし、私には止める事が不可能です。

 あっ、プルートがオロオロしていますが、彼女もその内慣れるでしょうね。クヴァイル家の関係者って当主とその娘達と陛下以外は結構こんな感じですから。

 

 特に母様とその相棒。あの二人が若様と姫様に強く影響してますよね。

 

 

「プルート、一言だけ助言を。受け入れれば楽ですよ」

 

「ええっ!? 姫様を止めないのですか!? 聖女の再来……かどうかは既に疑問ですが、何かあれば困るかたじゃないですか」

 

「だって面白そうだし」

 

「ほら、こんな感じですので。若様は妹とペットが絡まなければ大丈夫ですから安心しなさい。……絡んだ時は諦めなさい」

 

「えぇ……」

 

おやおや、未来予知が可能な割には随分と振り回されていて……。

 

「そんな事よりもお客様みたいですし、此処は私達二人がお出迎え致しましょう。……来ますよ」

 

「は、はい! 姫様、此処はお任せを!」

 

 山をこんな状態にした相手が此処まで騒いでいる私達に気が付かない筈も無く、地中を通って何かが迫って来ました。



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闇の力の秘密

 地面を突き破って現れたのは捻れ合って柱みたいになった茨。それが鞭みたいにしなって振り抜かれたのをレナが前に出て受け止めたわ。

 

「鞭によるプレイ……若様に打診してみましょうか。罵られながらぶって貰いたいですね」

 

「アンタはそれしか考える事無いの!?」

 

 幾ら無傷で済むとは言っても正体不明の敵に攻撃を受けている最中だってのに。レナスが知ったら怒りそうな真似をするのは悪い癖よ?

 それにしてもレナってどうしてエロ系の事ばかり考えてるのかしら?

 見た目がエロいから? それとも思考がエロいから体までエロなの?

 

「鬼なんて基本的に思考の九割は戦いか色事ですよ?」

 

 咄嗟に脱いだ服(あれってプルートからの借り物よね?)を茨の棘に絡ませるレナの肌にも棘は当たっているけれど血は出ない。相変わらず無駄に頑丈だし、お兄ちゃんにぶって貰うにしても鋼鉄の鞭じゃないと効かないんじゃないかしら。

 

「それ、他の鬼が聞いたら怒らない? 私が知っているのはレナスとレナだけだけど」

 

「私も母様以外の親類や同族とは疎遠ですが、母様から聞いた話ですので。それよりも姫様……鞭について理解しているのですね。若様の意志も有ってかその手の話題には疎い筈ですのに」

 

 茨に巻き付けた服は既にボロボロで、レナが力を込めれば胸がプルプルと揺れている。お兄ちゃんが居なくて良かったわね。

 うん、本当に色々な意味で。

 

 自分がこっそり読んでいる(でも実はバレている)癖に私はその手の物から遠ざけるのは少し過保護だけれどお兄ちゃんの愛だとは分かっているんだけれど、私だって興味が有るから、アリアと出掛けた時にあの子が読んでる小説をこっそり借りたのよね。

 

 それで少し知識が付いたけれど、こんな事で露呈するだなんて……。誤魔化さなくちゃ!

 

 

「な、なんの事か分からないわね?」

 

「目が泳いでいますし声が上擦っていますよ? 姫様」

 

「うっ……」

 

 流石は赤ちゃんの時からの付き合いなだけ有るわね。レナったら私の事は何でもお見通しなのかしら?

 

「ふふふ、姫様とパジャマパーティーをして猥談で盛り上がるのを楽しみにしていますよ。どうせなら今晩にでもプルートの歓迎会も兼ねて猥談を楽しみましょう」

 

「えっと、私は猥談について詳しくは……」

 

「おや、プルートも純情派でしたか。まあ、取り敢えずこれを始末してからの話です、ねっ!」

 

 プルートは猥談って聞いただけで顔を真っ赤にしているし、慣れてないだけで知識の方は有るんじゃないかしら? レナったら多分分かって口にしているわね。

 服を絡めて拘束した茨を地面に叩き付けたレナが脚を踏み下ろすと地面が陥没して茨が軋んで棘が幾らか音を立てて折れ、そのままレナが茨を力任せに引っ張ればブチブチって音を立てて茨は千切れる。

 

 

「……ゴリラパワー」

 

「プルート、鏡は持っていましたら姫様に自らの姿を見せて差し上げてください」

 

「いえ、ですから持っていなくって。……本当に持って来なくて良かった」

 

「それは残念。あら?」

 

 わっ!? 急にどうしたの!? 千切った茨からレナが脚を外した瞬間、断面が緑から赤に染まり、真っ赤な液体が吹き出した。

 漂って来るのは鉄臭さだし、これって血液? でも、普通の植物や一般的な植物系モンスターって血が流れていないんじゃ……。

 

「考えるのは後にしましょう。ほら、追加です」

 

 レナが千切った茨は動かなくなったけれども、続いて同じ様に地面から茨が飛び出して来た。さっきのが太い鞭なら、今度はモーニングスターみたいに先端だけが絡み合って球状になっている。

 でも、飛び出した瞬間には漆黒の剣の先端が出迎えていたの。

 

「”ダークセイバー”。……残念ですが私に不意打ちはそんなに通じませんよ?」

 

 闇の魔力の剣は茨の球体を貫き、そして弾ける。内包されたエネルギーが解放されたから今度の茨も先端部分をゴッソリと持って行かれてて、血が吹き出していた。

 

「うぇ。植物から真っ赤な液体が流れ出るってアンバランスで不気味ね」

 

「うーん、ドリアードとしては複雑な言葉だけれど少しはそう思うよ。こんな植物を僕は知らないし、どうやら操られた植物とか普通の植物系モンスターでもなさそうだね。それにしても流石は”神殺し”の力を持っているだけ……あっ、これは言ったら駄目な事だった」

 

 ……あ~あ、なにやってるのよ。慌てて口を塞ぐドリアードだけれどプルートには聞かれていたわ。占いの力で知れる事が多い彼女が気にしているっぽいし、これは能力を使っても分からない事だったのね。

 

「その”神殺し”とは闇属性の力の事ですね? 教えて下さい。私はこの力によって人並みの幸せさえも遠く手の届かない物でした。虐げられる人生の中で失った物も多く……」

 

 プルートが少し怖い目つきをドリアードに向けながら触れたのは眼帯で隠された片目。

 ……ゲーム中では彼女の過去は開かされていないし、設定資料集はちゃんと読んでいないから書かれていても知らないけれど……一般人よりも建て前とか血筋を大切にする貴族に生まれたアリアでさえ変な演技で本性を隠す程だもの、それが普通の一家に闇属性を持って生まれのなら……。

 

 

「この力に意味が有るというのなら私にはそれを知る権利が有る。多くの物を見通す力を持ってしても分からなかった謎を解明するという好奇心からではなく、今までの人生との決着の為にも知りたいのです」

 

「プルート……」

 

 私はその答えを知っている。光と闇の使い手が何故生まれるのか、そしてお兄ちゃんが持って生まれた時の属性の役目も全部知っている。

 

 でも、私は知らない。聖女の末裔であり、同じ力を持って生まれた貴族令嬢の私じゃプルートが味わって来た苦しみなんて欠片も知らないの。

 

「……分かった。どうせ此処の僕が罰として消えたとしても世界中には他の僕が存在するし、葉っぱの一枚が木から落ちたみたいな物さ。今回の一件を巻き起こした奴をどうにかしてくれたら、その時は教えてあげるよ」

 

 その心からの叫びが届いたのかドリアードは静かに頷く。うん、これで良し。後は……。

 

 

「彼方も本気を出して来たみたいだし、じれて来たみたいね」

 

 再び周囲から茨が現れるけれど、今度は束ねずに数に任せての包囲網。その上で左右から投網みたいに編まれた茨が迫り、更にその隙間を縫って飛び出した茨から棘が発射される。

 

「レナ、手を貸そうか?」

 

「いえ、獲物を貸して頂ければ」

 

 了解とばかりにハルバートを投げ渡し、ドリアードが下手に動かないように掴む。プルートは……怯えた様子だけれど何をすれば良いかは分かっているのか目をギュッと瞑って立ち尽くしているわ。

 その間にも茨は私達へと迫り、レナはハルバートの柄を掴んで大きく一度振り回して肩に担ぐ。

 

 

「……では、参ります」

 

 茨が間近まで迫るけれど私は微動だにせず、刃が前髪を掠って茨を、棘を、大地を切り裂いて行く。暴風みたいに、力任せに振り回しているみたいにしか見えない怒涛の攻撃の嵐に茨はバラバラにされて大地にも深い爪痕が刻まれるけれど、最初の前髪以外で私達には掠りもしない。

 数センチ先を何度も刃が通るけれど、私達が動かない限りは絶対にレナの攻撃に巻き込まれたりなんかしないのよ。

 

 時間にして十秒足らず、周囲には茨の残骸が散らばり、ドリアードは泡を吹いて気絶している。……情けないわね。

 

「お粗末様でした。……所で姫様、髪型のセットはちゃんとなさって下さいね?」

 

「……前髪が数本長かった程度でウダウダ言わないでよ。今切ったんだから別に良いじゃないの」

 

 ……あっ、地面の揺れがさっきより大きくなったし、本体がやって来るっぽいわね。



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痴女対痴女

ブクマ900突破 1000行けるか!?


(いった)ぁあああいっ! 人間如きが私に何するのよぉおおおおっ!」

 

 地面が盛り上がったかと思うと出て来たのは小屋位の大きさの真っ白なバラの蕾で、それが開くと私より少し年下位の女の子が中央から姿を見せたんだけれど、絶対にただ者じゃないわね。

 

「あの緑の肌に緑の髪の痴女って貴女の親戚?」

 

「いや、僕は精霊だから血縁者は居ないよ? それにあの程度の格好で痴女って酷いんじゃないかい? ちゃんと隠すべき所は隠してるじゃないか」

 

 あんな巨大な花の中から太ももから上が生えている時点で普通じゃないんだけれど、その格好は更に異様よ。少年マンガじゃ多分無理だろうって感じで、大切な部分って言うか、雑誌に載せたら駄目な部分に花弁が張り付いて辛うじて隠してるってだけだもの。

 

 あんな格好で外に出られるだなんてどう考えても普通じゃないわね。てか、レナみたいな事を言わないでよ。

 

「隠すべき所だけ隠せば良いという訳ではありませんよ? ドリアードさん」

 

 ……あら?

 

「ねえ、ちょっと……」

 

「え? そうなのかい? だって獣は基本全裸だし、人間だって夏毛のシーズンは服なんて不要だと思うんだけれど、先端部分とかはどんな露出が高い格好の子でも隠すじゃないか」

 

「いいえ、いいえ、それは違います。人には羞恥心という物が強く存在しまして、服はそれを抑える役割を持っているのですよ」

 

 どんな変態だって感じの夏を提案するわね、この精霊。矢っ張り価値観の違いが凄いわ……。ちょっとドン引き。

 でも、まさかレナから否定が出るだなんて。てっきり賛同すると思っていたのに、

 

「ねぇ、ちょっとってば……」

 

「着る時は着て、隠すべき所はちゃんと隠す。だからこそ焦らせて一枚一枚脱いで行く時やチラチラと見える様にするのが興奮するのです」

 

 あっ、矢っ張りレナはレナだったわ。見直して損した感じね。何か気が抜けたらドッと疲れたし、適当な所で座って休みましょうか。腰を下ろせる倒木ならその辺に幾らでも有る事だし。

 

 脱衣に付いて熱く語るレナを後目に私は座るのに良さそうな木を探すんだけれど、プルートに服の袖を摘ままれて動きを止める。

 え? 何か指差して……あっ、忘れてた。敵が居たんだったわ。

 

「すっかり忘れていたわね。所で彼奴の花言葉は何だと思う?」

 

「”恥知らず”か”露出”でしょうか?」

 

 不機嫌そうな声を出しながら口を尖らせる女は腰に手を当てているけれど、ドリアードもそうだけれど植物系のモンスターっぽい此奴も結構大きいのかしら? 何処がとは言わないけれど! 私の何処と比べてとは言わないけれど!

 

 あれなの? 春になって見事に実りましたって?

 

「誰の花言葉が恥知らずよ! 私の花言葉が有ったなら”美”に決まっているわ。……それとアンタには露出云々言われたくないんだけれど?」

 

 半目になって向けた視線の先を追えば、さっきの茨への対応でプルートから借りた服をぼろ切れにしちゃったから全裸のレナ。辛うじて眼鏡と靴下と靴は残っているけれど露出強(ろしゅつきょう)(誤字に非ず)の痴女はこっちにも居たわ!

 

 所で普通に美が花言葉の花は存在するんじゃないかしら? それを堂々と名乗るって……。

 

「なーんだ。只の馬鹿か」

 

「プルート、かが……」

 

「天丼は止めておきましょう、天丼(繰り返し)は」

 

「……そうですね。ちょっと彼女にお聞きしたい事も有りますし。その前にお名前をお聞かせ頂けますか?」

 

「私の名前? ふふんっ! 鬼にしては愁傷な心掛けね。こんなに美しい私の名を知らないなんて無礼だと思っ……」

 

「いや、そう言うのは別に構いませんから続けて下さい」

 

「し、失礼な痴女ね。この全裸!」

 

「私が全裸? ちゃんと靴と靴下を身に付けているのが見えないのですか? それに私は不可抗力で全裸になっただけであり、好きでその姿をしているらしい貴女とは大きな差があります。例えるなら下着を自ら脱ぐのと下着だけは脱がして貰う位に……」

 

「いい加減にしなさい! 話が全然進まないでしょう!」

 

 露出過多の痴女と年中発情期の痴女の罵り合いに痺れを切らした私は声を荒げて低レベルな争いを中断させる。

 

 ったく、見事にどっちもどっちだわ!

 

「……良いわ。少ない脳味噌にちゃんと納めなさい。私の名は”アルラウネ”! 神獣アルラウネ! 神獣将が一人”ラドゥーン”様の忠実な下僕よ!」

 

「ラドゥーン……文献で読んだ事が有りますね。確か異名が”裸マント”だった気が……」

 

「そんな訳が無いでしょ! ”下着エプロン”よ、”下着エプロン”! 隠すべき所は隠してたんだから! 数百年ぶりに会ったら水着にコートだったけれど! 理由を尋ねても言葉を濁すだけだったけれど!」

 

「蛙の子は蛙。痴女の上司は痴女なのね……」

 

 どうしよう、凄く会いたくない。出来れば私やお兄ちゃんとは全く無関係な所で勝手にくたばってくれたら最高。

 服装変えたらしいけれど、中途半端な羞恥心っぽいし、レナに会ったら確実に弄くられるわね、其奴。

 

 是非とも私の知らない所で会合すれば良いわ。

 

「まったく! あのお方を変態みたいに扱うなんて、ば、ば、ばん……万死に値するわ!」

 

「アンタから入って来る情報が変態だって告げてるのよ」

 

 正直言って五十歩百歩なんだけれど、関係者のアルラウネは細かい事に拘って文句垂れ流しだし、レナは此奴に何を訊きたいの?

 

 

「……それで私に何を教えて欲しいの? 美の秘訣なら無理よ? だって私の美は貴女が何をしても到底届かない領域ですもの」

 あっ、そうだ。レナがどんな質問をするのか訊いてなかった。

 あの発情する花を生やした理由? それとも私達を襲った動機?

 絶対訊かない方が良かったって内容じゃない。

 

 ……にしてもムカつくし、敵だから殴って良いかしら? 今なら的確に不細工に見える殴り方が出来る気がするんだけれど。

 

「いいえ、別の事です。教えて頂けますね?」

 

 とても気にならないので止めようかとも思ったんだけれど、レナは私が動くよりも先に口を開いてしまった。

 

 

 

 

「貴女の体、雄しべと雌しべは何処ですか?」

 

「矢っ張りくだらない事じゃない!」

 

「えっと、自分でも詳しく分からないのよね。ほら、私って同族が居ないし、この体は確かに人間の女だけれど、私自身が男と女の両方有る種族なのか不明だし」

 

「アンタも真面目に答えないで良いから!」

 

「え? そうなの?」

 

 駄目だ、此奴。凄い馬鹿じゃないの。

 アルラウネは私の指摘に狼狽しているし、基本的に頭が足りない上にお人好しなのかも知れないわね。

 

 ……人間を滅ぼす為に生まれた存在が神獣だけれど、そうじゃなかったら仲良くなってたかも……。

 

「……それにしても男を二人引き連れているだけあって凄いわね、アンタ。その性的欲求、かなりの痴女でしょ!」

 

「男二人?」

 

 アルラウネはレナを指差して堂々と言い放つけれど、何処に男が居るのかしら? あの駄目王子でもこっそり後を付けて来てたとかなら悪寒物なんだけれど、そんな気配は感じないし……。

 

「ドリアード、アンタって実は二体が合体してて、実は男の肉体だったりする?」

 

「えぇ!? 急に変な事を言わないでおくれよ。男の僕は居ないし、僕は僕しか居ないから性別に意味が有るとは思わないけれど、この体は一応女の子さ」

 

「……よね? アルラウネ! 何処に男二人が居るっての?」

 

「はぁ? アンタ、それを本気で言ってるの? まさか自分の性別を忘れる程の馬鹿なんじゃ

……あれ? もしかして二人共……女の子?」

 

 最初は馬鹿にしていた顔のアルラウネも途中から驚いた顔になり、最後は恐る恐る尋ねて来る。

 

 

 

「あ~、ごめん。私はこの通り結構有るから忘れていたけれど、アンタ達みたいにまっ平らなのも居るのよね」

 

 アルラウネは見せ付ける様に自分の胸を持ち上げて揺らす。明らかに最後は私とプルートの胸を鼻でいたわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、プルート。あの雑草、完全に駆除しKILL(きる)のが私達の役目だとは思わない?」

 

「大賛成DEATH(です)

 

 

 

 

 

 



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大好きだけれど敵認定

「ざっ、雑草ですってっ!? この誰よりも美しい私に向かって雑草っ!? ………許せない。許せないぃいいいいいっ!! それに世界一美しいラドゥーン様だって馬鹿にするだなんて!」

 

「いや、それだったら世界一が二人居る事になるじゃない、のっ!」

 

 私の指摘への返事は言葉の途中での攻撃だった。拳を振り上げて全身を振るわせたアルラウネの花から生えた茨が膨れ上がり、色も黒く染まって、それが波打ちながら向かって来たわ。

 流石にあれは正面から受けて掠り傷一つ無いってのは無理な話ね。

 

「ちょっと入ってなさい」

 

「わわっ!?」

 

 ドリアードじゃこの攻撃から逃げ切れないと判断した私はひっ掴んでポケットに押し込むと、地面を削りながらせまる黒い茨の波に向かい合う。

 

「”シャインアーム”!」

 

 詠唱と同時に私の腕を巨大な光の腕が覆う。大きさは私の腕の三倍程で、その腕を振るって黒い茨を殴りつけたら金属同士がぶつかる音と一緒に茨が粉々に砕け散る。はんっ! 多少は動かせる柔軟性は持っていたみたいだけれど、所詮は急造ね。

 

「粘りが足りないのよ、粘りがっ!」

 

 だからこうやって簡単に砕ける。この茨、精々が鎧の間接部分程度の柔軟性を持った直径十センチ程度の棍棒でしかないし、そんなのが無数に来ても何も怖くない。

 

「な、舐めるな!」

 

 今度は何本かを地面に突き刺し、地中を通して向かって来るけれど……振動でバレバレなのよね。

 

「ワンパターンにも程がありますね。それでは夜の営みもマンネリ化して仮面夫婦の可能性がありますよ?」

 

 茨が地中を動く中、レナは高く飛んだ状態でハルバートを振り回し、ついでに胸もブルンブルンと揺らしながら茨が頭を出すタイミングに合わせて振り下ろす。轟音と共に地面が爆ぜ、巨大なクレーターの中には茨の残骸が混じっていた。

 

「……服が要りますね。押さえつける物が無いと胸が揺れて邪魔です」

 

「じゃあ削ぎ落とせば?」

 

「流石にそれは酷いですね。姫様、実は私がお嫌いですか?」

 

「大好きだけれど、それとこれは別よ。……持たざる者の前で持つ事の不便を語るとか敵対行為以外の何物でも無いわ」

 

 まさか敵が味方の中に居ただなんてビックリしながらレナを睨みつつ、伸びて来た茨を掴み取る。

 棘はこの光の腕を貫通せずに折れるけれどちょっと掴むのに邪魔よね。

 

「はっ! そんな貧相な体で私と引っ張り合いをしようって気かしら? 体格だって随分と違うし、頭の中まで貧相なのね」

 

 私を引き寄せようと茨が動き、左右からも大きくしなって打ち据える気なのか迫る。

 

「いや、引っ張り合いをする気なんて無いわよ? 言いたい事は沢山有るけれど……取りあえずアンタにだけは頭の事を言われたくない!」

 

 私に左右からの茨の鞭が当たるよりも前にアルラウネの巨体が私の方に引き寄せられ、体が宙に浮く。

 

「ひゃわっ!」

 

 咄嗟に身を捩って逃れようとしても時既に遅しって奴よ。

 私の握力を侮ったわね!

 

「ジャーイアントスイーングッ!!」

 

 そのまま回転してアルラウネを振り回して周囲の岩に激突させ、最後に崖に向かって投げ飛ばせば茨を使って周囲に掴まろうとしたんだけれど、ドリアードの投げた爆弾と私のジャイアントスイングで殆ど掴まる物がない。

 

「やった! ……あっ」

 

 辛うじて大木に掴まったと思ったら自分が生命力を吸い取る花を周囲に植えたせいで中身はスカスカで巨体を支える暇もなく折れてしまったわ。

 ぷっ! ざまあみろ

 

 そしてそのまま崖に激突、衝撃で崩れた岩がアルラウネに降り注いだ。

 

「自分が山の木を弱らせたせいで助けにならなかったって自業自得ね。……出て来なさい。その程度で死んでなんか居ないでしょ」

 

 大きな岩が幾つも降り注いでアルラウネを埋めたけれど、こんな程度で死んでるなら人間を滅ぼすだなんて到底無理な話で、神獣ってのはそれを行う為に神に創造された存在。

 

 なら、どうなって居るのか。……それは岩を吹き飛ばして出て来たアルラウネの姿が教えてくれたわ。

 

「……せない。許せない。許せないぃいいいいいいいいいっ!!」

 

 体中が傷だらけの状態でうなだれたアルラウネが顔を上げた時、その瞳は真っ赤に光っていた上に歯は全部細かくて鋭い形状に変わっている。

 ゲームならボスの第二形態、つまりは本気の本気って訳で、数多くあった茨が次々に腐って抜け落ち、変わりに中心の一本だけが更に太く強くなって行く。

 

 

「全ての力を集結させたって感じかしら? まあ、面白そうだし、此処は私が……」

 

 あの力を集めた茨で攻撃する気なら、今までとは比べ物にならない威力だと思った方が良さそうね。……面白そうじゃない!

 

 元々は軽い運動の予定で来た山で遭遇した予想外の敵だけれどあんな終わり方じゃ消化不良って奴よ。

 どうせ戦うなら強い相手と! それがレナスに鍛えて貰った私が得た欲求。前世ではお姉ちゃんやお兄ちゃんに守って貰うだけだったし、お兄ちゃんの中じゃ今でも私は守らなくちゃ駄目って感じだけれど、私ってちょっとだけお転婆だもの。

 

「これでも貴族令嬢なんだし、散々侮ったからにはそれなりの物を見せなさい。まあ、見せるだけの物が有ればの話だけれど」

 

 私の挑発に乗ったのかアルラウネの表情は一層険しくなって、お腹が急に膨れ上がる。反対に花の部分が萎んで行くし、何か来るわね。

 

「うおっし! バッチ来い!」

 

「いえ、私にお任せを。……それと今のは流石にアウトです」

 

「え? どうして?」

 

「分からないのもアウトです。……来ますよ」

 

 異常なまでにお腹を膨らませたアルラウネがこっちを見て笑った気がした。腹の中の物が上へと登り、ゲロでも吐くのかと身構えれば吐き出されたのはピンクの色をした霧状の何か。

 凄く甘い香りがするわね。

 

「この香りって花と同じ……」

 

 この山に来る切欠になった怪しい花の甘い香りを凝縮したみたいな濃い香りの霧は私達の視界を遮る程で、甘過ぎてゲロ吐きそうな気分の中、霧の向こうからアルラウネの笑い声が聞こえた。

 

 

「霧を吸ったわね? お馬鹿さん。その霧は花と同様に女の持つ恋心を増幅させるの。それも濃縮された霧だったら効果は桁外れ。一番素敵だと思っている男への恋心を幻覚に囚われるレベルまで高めるわ。光だろうと闇だろうと逃れられないの。ふふふ、ふふふふふふう! 好きな男に抱かれて果てる夢を見ながら朽ち果てなさい」

 

 

 

 

「……”ヘルジャッジ”」

 

「え? きゃぁああああああああああっ!」

 

 アルラウネの言葉に続き、冷たい声が静かに響く。私の視界を塞ぐピンクの霧は地面から天へと昇る闇の柱によって塗り潰されて、霧が晴れた時に目の前には瀕死の状態のアルラウネの姿。

 心底理解出来ないって顔をプルートに向けていたわ。

 

 

「なん、で? 貴女、恋した事位有るはずでしょ? だったら……」

 

「いいえ、御座いません。私は恋心など持てる人生を送っていませんので」

 

「じゃ、じゃあアンタはどうなのよ!? 素敵だって思える異性位居るでしょ!?」

 

「うん、お兄様は世界一素敵な人で、他は有象無象よ。でも実のお兄ちゃんに恋なんてする訳ないじゃない。だから私には効かないわ」

 

 今度は私に話を振って来たから答えてやったのに絶句するとか失礼な奴だわ。

 

「わ、若しゃま、もちょ私にお恵みをぉお……」

 

「じゃあ、これで終わりね」

 

 足元で悶えているレナが手放したハルバートをアルラウネに向かって蹴り上げ、当たる直前に空中でキャッチ。後は……全力で振り下ろす!

 

 

「せいやっ!」

 

 断末魔の叫びを上げる余裕すらなくアルラウネは真っ二つになり、ボロボロと崩れて消えて行く。彼女が作り出したらしい花も急激に枯れて行くし、これで終わりね。

 

 

 

 

「まっ、前座だったらこんなものね」

 

 着地と同時にハルバートを構えれば腕に衝撃が伝わって来る。見るからに強そうな女が突き出した拳は柄で防いだけれど、お返しの蹴りも避けられちゃった。

 

 

 

 さて、此処からが本番ね。こっちはそれなりに楽しめそうだと腕の痺れが教えてくれた。



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時には大胆に(割と普段から)

この状況、一体どうするべきだろう?

 

 目の前には水浴びの最中だったらしく当然だけれど全裸のアリアさんがキョトンとした顔で僕を見ている。

 濡れた黒髪が肌に張り付き、水滴が(リアスと違って)膨らみのある胸を伝い、括れた腰回りから小さめのお尻へと行き、最後に池へと戻って行く・・・・・・って、何を堂々と見ているんだ、僕は!?

 

 普段からスタイルが良いとは思っていたけれど、こうやって何も着ていない姿だとハッキリと分かってしまう。って、そうじゃなくって、見ちゃ駄目だって!

 

「ご、ごめん! 直ぐにあっちに行くから・・・・・・」

 

 直ぐに背中を向ければポチとタマと目が合った。さっきまで水浴びでバチャバチャと騒いでいたのに今は大人しくしていて、二匹同時に僕とアリアさんを真っ直ぐ見詰めて首を傾げる。

 

「キューイ?」

 

「ピー?」

 

 タマの方は何を言っているのか分かるのはアンリだけだけど、多分ポチと同じ事を言ってるんだろうなぁ。

 即ち”何で仲良しなのにお話ししないの?”だ。

 

 瞑らな瞳が二匹揃ってキュートです。純真な心を瞳が現して、今直ぐにでも撫で回したいし、顔を羽毛に埋めて吸いたい衝動をグッと堪える。

 耐えろ。耐えるんだよ、ロノス。

 

「えっとね、人間には色々と状況って物が大切になってだね」

 

「キューイ?」

 

 あっ、うん。グリフォンのポチには少し難しい話だったね。だって服とか着ないし、今の君が一番可愛いから精々リボンとかしか着けさせないし。

 

 ああ、凄く可愛い。ポチもタマも一目で心を奪われるレベルで可愛さが天元突破だよ……。

 

 そう、そして”一目見れば”って言えばアリアさんだ。幾ら友達で……告白した相手だって言っても傷付いちゃっただろうし、早くこの場を去ってから落ち着いた頃に謝ろう。

 

 もう会話すら嫌がる可能性すら有るし、そうだと凄く寂しい。家の格が違い過ぎても……いや、家の差が有って卒業後に関わりが薄いだろうからこそ気兼ね無しに友達付き合いを始めて、今じゃそんなの関係無しに僕の大切な友人なんだ。

 

 普段の何気に多い接触の機会のシーンが脳裏に焼き付いた全裸の姿に置き換わりそうなのを必死に振り払う。駄目だ、忘れろ。

 

 そんな風に言い聞かせるもアンリから移った匂いの影響なのか思考がそっちの方に向かって大暴走。だって年頃の男の子だし、媚薬効果のある香りを女の子を背負いながら嗅ぎ続けた後にこれなんだから仕方無いんだけれど、友達をそんな目で見るのはちょっと駄目だ。……いや、凄く駄目だね。

 

「えっと、ロノスさん」

 

 慌てて去る途中、背後から聞こえて来たのは落ち着いた感じで普段通りのアリアさんの声。演技の様子も無いし、どうやら軽蔑されて会話すら嫌がるって事態にはならないみたいで一安心。

 どうやら丸く収まりそうだ。

 

 ……そもそも未婚の女性、それも貴族の裸を事故であっても見てしまうのは結構な大事だからね。クヴァイル家とルメス家なら内々に収められる感じだけれど、そんなやり方は嫌だし、今の彼女には王女の可能性が浮上している。

 ゲームではルートによって認定されるかどうかが変わったし、現実でも状況から変化するんだろうけれど、個人間で穏便に済ませるのが一番だ。

 

「大丈夫ですよ。私は平気ですし、事故だって分かっています。私だって後先考えずに水浴びなんてしてましたし……」

 

「そう? でも、本当にゴメンね? この埋め合わせは今度……アリアさん? 水音からして近付いてるよね? なんで?」

 

 この状況、遠ざかるなら分かる。身を隠す岩だって有るし、服だって向こうに置いてあるだろう。

 だけど聞こえて来る音はアリアさんの接近を告げていて、ポチの瞳にもアリアさんが近付く姿が映ってて……。

 

 

 

「埋め合わせなら今して欲しいです。……今日は朝からロノスさんに会えずに寂しかったんですよ? だから少しロノスさんを補給させて下さいね?」

 

「アリアさん!?」

 

 背後から回される細い両腕、至近距離から聞こえる声。そして押し当てられる結構な重量の一対の物体。

 僕は今、池の中で裸のアリアさんに抱き付かれていた。

 

 ……いや、アリアさんってレナみたいなタイプじゃなかったし、エッチな小説も普通の恋愛小説だって勘違いして読んでいただけで……。

 

 

「こんな事して軽蔑しちゃいました? 嫌いになりました? だったら正直に言って下さい。でも、そうでないなら……まるで恋人みたいな今の状況をもう少しだけ味わいたいです」

 

「嫌いになったり軽蔑したりはしないけれど……アリアさんは平気なの? 幾ら告白した相手でも……」

 

「告白した相手だから平気です。じゃあ、もう少しだけ……」

 

「あっ、うん。……アリアさんが構わないなら別に良いけれど」

 

「良かったです。ロノスさん、本当に私は平気ですからね? ほら、好きだって伝えていますし、こういう状況に至るって想定もしていますから。それにしても……ロノスさんの背中は大きいですね」

 

 僕に抱き付く力は強くなって、胸だけでなく顔まで押し当てられるのを感じてしまえば心臓だって高鳴るし、どうしても意識しちゃうよね。

 

 目の前には自分と友人のペット達で、背後には自分の事が好きな女の子。……本人には内緒だけれどパンドラが側室候補に挙げている子だ。

 

「ロノスさん、ちょっと意識しています? 良かったぁ。全然反応が無かったらショックでしたから。ほら、私って結構有る方ですし、多分大丈夫だとは思っていたんですけれど」

 

 背後から聞こえる彼女の声は僕をからかっていたけれども彼女の鼓動だって僕に伝わって来る。普段の作った表情と違ってこれは偽れない物だし……。

 

「う、うん、まあ、アリアさんにこんな事されたら意識はするよ……あれ? 何か嫌な予感が。何でだろう?」

 

 目の毒かつ目の保養になるアクシデントに続いて起きた予想外の事態に混乱してか何か忘れている気がするんだけれど、背中に裸の女の子が抱き付いているって状況が僕の思考を邪魔して来るんだ。

 

 えっと、本当に何だっけ?

 

「もー! こんな状況で”嫌な予感がする”って酷いですよ? 女の子が折角大胆になっているんですから」

 

「ご、ごめん。えっと、アリアさん? 流石にちょっと離れない? 少し恥ずかしいし、此処にはモンスター退治に来たんだ。仕事を終わらせて報告を済ませないと明後日の舞踏会にだって間に合わないし」

 

「あっ! 私もその為に来たんでした。じゃあ、二人で力を合わせて……あれ?」

 

「二人じゃなくて実は三人なんだ。実はアンリも来ていてさ。ほら、タマだって居るでしょ? ……アリアさん?」

 

 もう色々と不味い状態だったし、僕の言葉にアリアさんが離れてくれた事で一安心したのも束の間、今度は腕に抱き付かれるし、何か様子が妙だ。

 

極力首から下は見ないようにと気を付けながら、それでも至近距離で一瞬見えちゃった物にドギマギしながら顔を見ればちょっと赤いし息も荒くて、まさか風邪でも引いたのかと思ったんだけれど、僕の体に残っていた移り香が理由を教えてくれた。

 

 忘れていた物も、嫌な予感の理由もそれだったって事をね。

 

 

「ロノスさん……ムラムラしちゃいました」

 

「少し落ち着こうかっ!?」

 

「……嫌です。こんな状況に持って行くのは難しいですから。だって何時も他の誰かが側に居ますし。……それともエッチな女の子は嫌いですか?」

 

 潤んだ瞳での上目遣いに思わずドキッとさせられて、再び視線を谷間に向けてしまう。……この香りには個人差が有るって聞いた事が。

 

 ……いや、大き過ぎるでしょ?

 

 

「私、ロノスさんになら何をされても平気ですよ? だから……今だけでも恋人にして欲しいです」

 

 そう言うなりアリアさんは僕の正面に回り込み、抵抗する暇も無く唇を近付けて来た……。

 



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男装少女の回想

「……穴があったら入りたい。あっ、塹壕掘る訓練とかしていたな。氷でスコップでも作り出して……」

 

 媚薬効果のあるお香の原材料を直に嗅いでしまった僕は見事に醜態を晒してしまった結果、落ち着いてから凄く恥ずかしい状態だ。

 うわっ、うわぁ、僕は友人の前でなんて無様な姿を……。

 

 今は落ち着いて居るけれど、体が火照ってしまい、普段は抑え込んでいる女の部分が出てしまったのはハッキリと覚えている。

 

「意外と背中が大きくて逞しかったな。僕と同じで中性的な顔立ちなのに、彼奴はちゃんと男なんだ」

 

 幼い頃に溺れてから水が怖い僕は入る事は出来ても泳げはしない。背も低いから落ちたら大変だと慎重に水面を覗けば映っていたのは女の子らしくない自分の顔だった。

 それなりに鍛えているからか並の男よりは遙かに強い腕力は持っていても腕はそんなに太くなってくれない。胸は……何処の誰とは言わないけれど、友人の双子の妹に比べたら有るからサラシを強く巻いて誤魔化しているし、腰回りだって詰め物をしているんだ。

 

 それでも年々誤魔化すのが無理になって来たからこそ認識を阻害するチョーカーを身に着けては居るんだけれど……。

 

「……女らしい振る舞いってどうすれば良いのかな? 全然分からない」

 

 髪を手で弄り、首元を隠すチョーカーを外しても全然変わらずで、何度かそれらしい表情や言葉遣いの練習をしてみても水面に映る姿には我ながら違和感しか覚えない。

 

 ちょっとだけ空しくなって溜め息さえこぼれ落ちた。男らしく振る舞う為の特訓は僕から女らしさを奪ったらしい。

 いや、自分らしさもかな? 言われた通りに振る舞っていると自分の意思とは別の行動を取るのが普通になっているからな。

 本当は他の女の子みたいに可愛い服を着て甘い物を食べ歩きをしてみたいし、お化粧やら相手は居なくても恋の話で盛り上がる事にも興味を引かれているんだ。

 でも、男として振る舞う内はそんな事は許されないし、一緒に楽しむ相手だって居ないけれど……。

 

「後数年の我慢だ。その後は女として生きて行ける。でも、今更僕が女の子に戻れるんだろうか? 本当の僕を知る者の中で可愛いとか言ってくれたのはロノスだけだからな……」

 

 さっきまでは奴にドキドキしたのは否定しないが、今は落ち着いているから再認識出来る。僕にとって彼は気兼ねなく関われる友人であり、レースの優勝を争う宿命のライバルだ。

 

 

 なら、奴が僕の性別を知ったのも運命だったのかも知れない。友なら何でも話すべきだなんて思わないが、自分を偽って接するのに抵抗がある相手は誰かと考えれば真っ先に浮かぶ相手だから。

 恋心を向けているかどうか問われれば友人だと即答する自信がある。その位に大切な相手であり、自分らしく振る舞える数少ない相手だ。

 

 それだけにさっきまでの反応が恥ずかしい。思い出すだけで顔が熱いし少し洗って冷やそうか。

 

 

「しかし、まさかあんな理由でバレるだなんてな」

 

 苦笑しつつ思い出す。一族の掟として十八までは男として過ごす事になっている僕が女だとロノスの奴に知られた経緯を……。

 

 

 

 

「タマ、分かっているな? 誰か人が近付いたら教えるのだぞ」

 

「ピッ!」

 

 あれは”アッキレウス(レース大会)”での事だった。飛行レースが主な大会ではあるが、四年に一度は趣向を変える事になっていて、この時は飛行禁止で陸路を数日掛けて進むサバイバルレース。

 不正防止は感知装置が所々に仕掛けられ、そもそも誇り有る本当のレーサーならばその様な真似はしない。

 そして本当のレーサーであるからこそ僕は少し不利と思われた陸のレースにも参加していたのだ。

 

 この時、レース二日目。矢張りタマは僕の最高の相棒なだけあり、空の王者であるドラゴンでありながら二本の脚で颯爽と上位を走り続けてくれた。

 このままならば表彰台は間違い無いが、これはサバイバルだから体を休める事も重要だ。故に浅瀬を発見した僕はタマに見張りを頼んで居たのだが……。

 

 

 

「キューイ?」

 

「おい、タマ。ポチが来ているぞ」

 

「ピー?」

 

「いや、確かに僕が言ったのは”人が来たら”だが……」

 

 目の前には前回の大会で出会い、レース後に意気投合した友人が乗るグリフォンの姿。餌でも探しに来たのか魚を丸飲みにしつつ僕の方をジッと見ている。

 タマは本当なら警戒心が強いからモンスター相手でも鳴いて知らせるのだが、ポチと仲良くなっていたから一切警戒しなかったか。

 

「……まあ、大丈夫だろう」

 

 幸いな事に僕とタマが言葉を通じ合わせているのは幼い頃から共和国の軍部の極秘トレーニングを受けているからで、ロノスとポチは大の仲良しでも言葉が通じてはいない。

 

 

「何となくニュアンスで分かるけれど、僕も君みたいに相棒とお話したいよ」

 

 ……確か去年のレース後にこんな事を言っていたし、大丈夫だろう。……そう言えば彼奴とはスタート地点が離れていたから今回は会っていないな。

 今回は幾つかのチェックポイントを目指して進むのだが、その順番はバラバラだ。

 

 友人でありライバルでもある彼と競いながら進めないのは寂しい気もするが、こうして性別がバレる危険性を考えれば助かったのだろう。

 

「ポチも今回は偶々進むルートが交差したから遭遇しただけだろうし、奴も休んでいるだろうからちょっと顔だけでも見せに行くのも悪くないか? ……うん、そうしよう」

 

「ピーピー!」

 

「キュイ? キュイキュイ!」

 

「こらこら、喧嘩するな。タマ、ご飯はちゃんと後であげるから人のはねだらない」

 

 ポチが来た側の岸を見れば今晩の夕食らしい大猪が置かれていて、そろそろお腹が減る頃のタマは分けて欲しいとお願いしているが、グリフォンとドラゴンでは言葉が通じない。

 それでも身振り手振りで何とかコミュニケーションは可能な様だが……。

 

「ロノスの奴、食料を持ち込まなかったのか? 確かに荷物が減るのはレースに有利だが、現地調達に失敗すればどうなるか分かるだろうに。……いや、ポチが新鮮な物を欲しがった可能性も有るのか……」

 

 ロノスとはレース以外では社交界等限られた場でしか会っていないが、その時の会話や文通でペットや妹への溺愛が伝わって来る。

 ……それ以外では真面目な奴なんだが、本当に惜しい奴だな。。

 長々と妹とペットの可愛さについて読まされる僕の身にもなって欲しいものだが、恐らく口で言っても無駄だろう。

 

 保存食ではなく狩ったばかりの獲物を欲しがるポチの願いを聞き入れる友人の姿が簡単に浮かび、少し寂しさを感じる。

 さっさと着替えて会いに行くか。凄く会いたくなって来た。

 

 

 

 

「……えぇ!? アンリの胸が凄く腫れ上がっていたって!?」

 

「え? 言葉が通じてる……だと?」

 

 友人であるロノスが相手であろうと一族の掟は掟、しっかりと性別を誤魔化し、獲物を咥えて戻って行くポチの後について行けば、速攻で僕の性別を知られてしまった。

 

「打ち身かな?」

 

 あ、違った。此奴、天然なんだったな。

 ふぅ。どうやら誤魔化せたらしい。なんでポチの言葉が分かるのかは知らないが、危ない危ない。

 

 

「アンリ、大丈夫!? 毒虫か怪我かは分からないけれど、薬があるから早く脱いで!」

 

「脱げるかっ! 僕は女だぞ!」

 

「え? アンリって女の子だったの?」

 

「……あっ」

 

 まさかの天然に救われた僕だったけれど、結局自分から開かしてしまったのだったな。

 

 

 ……今思えば僕は彼奴には打ち明けたかったのかも知れない。だからこの事を切欠にして思わず告げてしまったのだろう。

 

 

 だって面倒だとは思わないか? 女児が生まれたとしても成人扱いされる十八迄は男として過ごし、友であっても女である事を明かしてはならない。

 

 

 ……例外として惚れた相手が居る場合のみ、家族の了承が有れば女に戻れるのだが、家が家だけに作り話も友人に協力を求める事も不可能。

 

 でも、僕にとって彼奴は、ロノスは本当に大切な友人だから心に凝りを持ったまま接するのは嫌だったんだ。

 

 この後に僕は一族の掟について話し、ロノスは何かと手を貸してくれる事になった。

 

「僕にはアンリの辛さは分からないけれど、せめて友達として力になるよ」

 

 まったく、あんな言葉を平気で口にして、その上本当なんだからな。

 

 

 

「ああ、お前は僕にとって一番の友達だよ。出会い方次第では惚れていたかもな」

 

 さて、落ち着いたしロノスを呼ぼうか。

 

「……誰だっ!」

 

 大きな声を出そうと立ち上がった時、背後の茂みから此方に何かが接近するのを感じ取り、僕は咄嗟に武器を構えた。

 茂みをかき分け、姿を現したのはアラクネ、罠を張って群れで待ち構えるモンスターだ。他に仲間の気配はしないからはぐれたのだろう。

 

「さっさと終わらせる……か?」

 

 だが、僕が手を出すよりも先にアラクネは崩れ落ち、自らの血に沈む。蜘蛛の部分には大きな穴が穿たれ、闇の力の残滓が有った……。

 

「一体これは……」

 

 アラクネの傷口を観察する僕だが、完全に油断だった。思い出に浸っていたせいで気が緩んでいたのだろう。

 アラクネに致命傷を負わせた奴が直ぐ側に居るだなんて普段の僕になら分かる事なのに。

 

 

 

 それは気配を感じ取らせずに僕に接近していたんだ。影が差さなければ存在に気が付かなかっただろう。

 

 完全に失態だ。ああ、情けない。

 

「キュクルルルルルルル」

 

不気味な鳴き声が直ぐ背後から聞こえて来た……。

 

 

 

 

 

 

 

 



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謎の怪物

 ”戦場で最も避けるべきなのは何か”とと問われれば僕はこう答えるだろう。”敵の前で頭と体の動きが停止する事だ”と。

 

 ミスが有れば挽回すれば良い。裏切りが有れば敵と見なせば良い。だが、致命的な隙を晒すのは有ってはならない。

 

「くっ!」

 

 背後に何物かと気配を感じ取った瞬間、僕の体は咄嗟に右に動いていた。動く寸前まで僕の胸があった場所を何かが通り過ぎて袖を掠める。いや、僅かにだが掠ってしまったのか血が流れている。

 何者かは分からないが、これで敵なのは決定だな。

 

 地面を転がって背後の敵との距離を開け、ハンマーに繋がる鎖を掴んで振り抜く。遠心力を乗せた速度も威力もそこそこの一撃、避けられたとしても空中に居る相手ならば翼でも持っていなければ追撃の魔法は避けられない筈。

 

「ちっ!」

 

 結果、相手は避けなかったが、腕に伝わって来たのは強い弾力に弾き返された感触。打撃とは随分と相性の良い相手らしいと内心で舌を打ちながら敵を視認する。

 今回の任務は何処からか移り住んで来たモンスターの討伐だったが、偵察部隊は何をしていたんだ?

 

「全滅したとは聞いていないし仕事が雑なのか、此奴が後から来たのか。……これなら既知の強い相手の方が良かったかも知れないな」

 

「キュクルルルルルルル?」

 

 目の前で不愉快な鳴き声を上げるのは全くの未知の相手。似た造形のモンスターの知識は僕には無く、突然変異の類とも思えない。

 

 丸く膨らんだ巨大でルビーみたいな真っ赤な瞳に、水滴型の頭と胴体が繋がっていて首は無い。クリーム色の体は細長く、四本の脚の先端は一切何かを掴めないのが一目瞭然な程に鋭利で、まるで馬上槍だ。尻尾も先端以外は胴体との境が分からない太さで、僕の腕に傷を付けたのは口の先からチラチラ見えている青白く細長い舌だろう。

 

 此方を見て頭を九十度捻る姿には生理的嫌悪すら覚えさせられた。

 

 謎のモンスターの瞳には黒目が無く、何処を見ているのか分からない。つまりは視線を読むのが難しいという事だ。

 

 そのまま僕の方に口の先を向けた此奴は右足を前に踏み出し、僕に向かって飛び掛かって来た。一秒にも満たない時間で自分の身長の数倍の長さの距離を詰めたと思うと鋭い足先を僕の顔に向かって突き出す。

 この近距離で見た事で分かったのだが、此奴に爪は存在せずまるで彫刻か何かの様だ。

 

 アラクネを仕留めたのと同じであろう一撃に対し僕が取った選択肢は前進。僅かに顔を横に逸らし、触れるか触れないかの距離を通り抜ける中、僕は袖口に仕込んであったナイフを取り出して振り抜いた。

 

「クキュルッ!?」

 

 弾力が強く刃先が食い込む時に抵抗が強く、肉を完全には断ち切れないが中心にまで刃は達している。

 

「……抜けないか」

 

 擦れ違い様に抜こうとするも肉に食い込んでナイフが抜けず、今度は尻尾の先端が前方から迫って来たのを前転で回避、前髪を幾らか持って行かれたが傷は無い。

 その代償として僕の手の中のナイフには柄から先が存在していなかった。根本から先は全て目の前の奴の前足に突き刺さった状態で残っており、片方の脚で何とか引く抜こうとしている所だ。

 

 

「傷口が広がるだけだが、その程度の知能も無いのか? まあ、刺さったままでも傷は広がるが」

 

 カツカツと音を立てながらナイフの刃を取り出そうとする謎のモンスターだが、その刃が急に熱を持った事で異変に気が付いたのだろう。肉を抉ってでも取り出そうと先端を肉に突き出すが、刃は取り出されるより前に爆発を起こした。

 

 肉に焼ける匂いが漂い、続いて吹き飛んだ脚の先端が宙を舞って地面に落ちる音が耳に届く。ナイフを刺した方の脚は先端部分が完全に欠損し、肉を抉っていた方もボロボロだ。

 

 痛みが強いのか高い声で鳴いているが、僕も冷静さを少し失いそうだ。何せ足の先が欠損したにも関わらず血が一滴も流れ出ていなかったのだから。

 

「ゴーレムか? いや、違うか。どちらにしろ此処で仕留めるだけだが」

 

 先程使った爆弾仕込みのナイフは残り一本、普通の切れ味が良い物も一本。メイン武器が効果薄めなのは面倒だが倒せない相手ではないな。

 

「キュクルル!!」

 

 大きく傷付いているにも関わらず謎のモンスターは前脚を力任せに地面に叩き付けながら激しく跳ねる。

 そして一番大きく跳ね上がり、僕の身長の数倍の高さまで跳ねた瞬間、舌が高速で伸びて来た。

 飛び掛かった時の速度なんて比べものにならず、直撃を避けるだけで精一杯。無事な脚と尻尾を突き刺した木に体を固定して次々に舌を突き出す謎のモンスター。

 咄嗟に防ごうと構えたナイフさえ貫通する。……強いな。

 

「キュクル!」

 

 頬や腕、脚にまで傷を負って行く僕を見て嗤った様に鳴いた時、僕は目の前の相手に初めて知性を感じた。

 

「助けを呼ぶべきか? ……いや、これは僕の戦いだ。助けに入ったら友達であろうと怒る」

 

 ハンマーに繋がった鎖を腕に巻き付け、木に掴まったままの敵へと跳躍、伸びて来た舌に向かって左手を突き出した。

 

「ぐっ! 舐め……るなぁ……!!」

 

 手の甲を貫いて頬を深く切り裂く不気味な色の舌。それは傷を広げる為なのか左右に動きながら縮み、僕はそれが手の甲より抜ける前に掴み取った。

 

「捕まえたぞ。……そしてこれは避けられないだろう? ”アイスバインド”」

 

 無事な手から飛んだ水色の魔力は木に直撃して脚諸共凍り付かせ、どれだけ引き抜こうと暴れても抜けはしない。

 僕はそのまま跳躍の勢いで迫るが、唯一動かせる頭を僕に向ければ大きく口が開いた。

 人間でいう所の上下の唇の辺りが垂直になる程に開いた口内には牙は無く、それどころか彫刻でも両断したかの様に中まで表面と同じ色でみっちりと詰まり、舌の根は唯一開いた喉の奥の穴深くに繋がっているらしい。

 

 此奴、本当に生物なのか? ゴーレムの類の疑惑が深まる中、口の中の上下に黒い魔法陣が出現する。

 

「……させない」

 

 何か切り札でも使う様子だが、敵の前で不用意に口を開くのは悪手だと知らないらしい。

 既に爆弾仕込みのナイフは投擲済みだ。痛みを持って教訓にしろ。

 

「尤も次に生かす事は有り得ないのだがな」

 

 

 魔法が放たれるよりも前にナイフは喉の奥に届き、爆発を起こす。腕よりも頑丈なのか頭が吹き飛びはしなかったがダメージは大きい。放っていても死ぬだろう。あくまでも普通の生物だったらの話だし、それでも必死に暴れる余力が有るらしいが……。

 

 

 

「僕への警戒が疎かだ」

 

 そのままハンマーを投擲するも効かないと分かっているのか反応は薄い。今の状態でも無駄だと思っているのだろう。ああ、そうだ。打撃は効果が薄いんだろう。……でも、狙いは別だ。

 

「キュッ!?」

 

 ハンマーはモンスターへの攻撃ではなく、拘束の為に投げた物。鎖が頭と木に絡み、これでお前は何も出来ない。

 

 

 

「さらばだ」

 

 そのまま僕は切れ味重視のナイフをモンスターの頭に深々と突き刺し、そのまま首に向かって切り裂いてから引き抜く。

 断末魔すら上げずモンスターは絶命……その場でチリになって消え去った。

 

 

「矢張り普通の生物では無かったか。……ならばロノスの魔法で少し戻して調べられるか?」

 

 だが、そんな余裕は今の僕には無い。着地と同時に茂みを睨めば倒したばかりのモンスターの同種が三体、未だ居る可能性すら有る。

 

 この連中が本当に生き物なのか、生き物でないのならば誰が何の目的で放ったのか、考える事は多いが、考えるべき時は今ではない。

 

 

 

「さっさと掛かって来い。片っ端から倒してやろう」



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闇に揺蕩う

社の方針で残業減った 出るのが遅くなったのだが仕事はそのままで昼休み削る未来が見える

残業代も減少だ


 その空間は一面の闇であった。遙か遠い宇宙の果てか、はたまた深く冷たい海の底か、一筋の光も存在せず、重力も存在しない為に自分が何処を向いて居るのかさえ不明。

 知的生命体ならば平静では居られないであろう一種の地獄の中、その女は静かに宙を漂っていた。

 

 光が有れば間違い無く反射するであろう艶のある黒髪を高めの身長よりも長く伸ばし、目を閉じていても気位の高さを感じる凛々しい美貌。

 小麦色の肌をした引き締まった肉体に砂漠の国の踊り子を思わせる露出の高い服を纏うも、余程の色狂いでなければ劣情を抱かない程に威圧感を何もせずとも周囲に与える。

 

 上下左右でさえ定かでない空間に一人浮かび、腕を組みながら目を閉じた彼女の両腕両足には鎖を思わせる模様が存在し、まるで彼女を拘束しているかの様だ。

 

「……繋がった」

 

 どれ程の長い時間を目を閉じて沈黙を貫きながら過ごしているのか数えていないので本人にさえ不明な中、突如小さい唇が動いて言葉が紡がれる。

 静かで感情の起伏を一切感じさせない声は周囲に広がる事も無く闇に飲み込まれて行くばかり。

 

「落ち着け。焦るな。時が来るまで待つのだ。……目的を果たす為にもな」

 

 再び静かに呟いた内容は彼女自らに言い聞かせる為の物らしく、時折僅かに頷いているのが辛うじて分かる。

 この時も彼女の声には一切の感情が込められてはおらず、目を閉じたままだ。

 

 突如、彼女の右腕から何かがひび割れる様な音が鳴る。装飾品には音が鳴った理由である傷は見当たらず、この時も彼女は瞳を閉じたまま。

 

 

 その代わり、右腕の模様の一部の形が変わり、鎖の一部がひび割れているではないか。

 偶然かも知れないが音が鳴った瞬間、世界中の生命の多くが同時に嫌な予感を察知したという。

 

 

「必ず、必ずだ。絶対に諦めたりはしない。してたまる物か……」

 

 三度目の呟きの時、僅かにだが声に感情が籠もる。それは決意であり、不安であり、寂しさである。

 この時、彼女はまるで迷子になった幼子にさえ感じられたのだが、その正体を知る者からすれば勘違いや虚言の類であると一笑するのか憤怒するのか、兎に角否定だけは間違い無いだろう。

 

 

 彼女の名は”テュラ”。光の神”リュキ”と共に全人類を滅ぼすべく地上に降臨し、思い直したリュキが己の悪心と共に封印した闇の神。

 

 乙女座ゲーム”魔女の楽園”においてロノスとリアスを騙して意のままに操った黒幕であり、ゲームクリア後の隠しダンジョンの最奥で主人公を待つ隠しボスであった……。

 

 

 腕の模様の変化が何を示すのか、テュラの目的は何で何をしようとしているのかは彼女しか知りはしない。

 それこそゲームにすら描写が存在しない場面であり、ロノスとリアスですら分からない事である。

 

 

 只一つ言えるのは、世界に大きく影響を与える事が起きるであろうという事だが、ゲームでリュキの悪心を討伐し、その力を吸収したリアスさえも打ち倒して世界を救うアリアも、妹を止められず最期を自らの意思で共にするロノスも、ゲーム通りの我が儘傲慢令嬢ではなくて義理を大切にする脳筋令嬢に育ったリアスでさえも予兆にすら気が付いていないという事。

 

 ゲームとは違う二人と関わっていない筈のテュラがゲームとは違う行動を静かに起こしていた。その理由を知るのは……本人を含む二人だけである。

 

 

 

「早く接触の段取りを整えねば。待っていろ、ロノスとリアス。お前達が今何をしているかは知らぬが、今後は私の為に動いて貰うぞ。私は……、私はテュラ、闇の神だ。人の子など、目的の為ならばどうなろうと構わない。私には無関係だ」

 

 

 

 暗闇の中、冷たい声でテュラは呟く。途中僅かに迷いが垣間見えるも言葉を向けた相手への感情など一切感じさせない声であった……。

 

 

 

 

 

 もう春先だけれど山の中の池の水は冷たく、それが一層彼女の体温を僕に感じさせた。濡れた服を着た僕と一糸纏わぬ姿のアリアさん、二人の会いだの距離は零で、唇と唇の間の距離も同じになろうとしている。

 触れ合う寸前、動きを止めた彼女が告げる。

 

 

「……私、初めてなんです」

 

 ”それはどっちの意味なの?”と尋ねて空気をグダグダにするには照れているけれど嬉しそうなアリアさんの表情は魅力的で、媚薬によって引き起こされた今の状態で押し切らせるのは憚られるけれど、それでも流されたい自分が居る。

 

 ……因みに僕も初めてだ。どっちの意味でも。

 

 このまま流されてしまえば何処まで進んでしまうのか自分でも予測不能で、少し期待してしまう。ああ、でも幾らアリアさんが複数居る結婚相手の候補の一人でも、正式な婚約前に手を出したら不味いかな? パンドラに迷惑を掛けちゃうし、何よりアリアさんに変な噂が立ちそうだ。

 

 只でさえ僕と一緒にいる事で変に嫉妬されているしなぁ……。

 

 

 魔法も使っていないのに一秒にも満たない時間で思考が高速回転し、アリアさんの動きがスローに見える。でも、もう時間だ。このまま僕達はキスを……。

 

 

 

 

 

 

「ピー!?」

 

 

 あだっ!? 唇が触れる瞬間に突如大声で鳴いたタマにアリアさんが驚き、勢いが付いて二人の唇は触れ合い、歯と歯が衝突、キス後の照れではなく痛みによって二人揃って口元を手で押さえる。別の理由で凄く気まずかった……。

 

 

「ピー!」

 

「わっ!? どうしたのさ、タマ!?」

 

「……ドラゴンって美味しいのでしょうか?」

 

「アリアさんも色々な意味で落ち着こうねっ!?」

 

 どうやらタマの尋常じゃない様子からして何かを感じ取ったらしいのは分かるんだけれど、僕の腕の中でアリアさんが呟いた声はマジだ。この子、マジでタマを……。

 

「あの、ロノスさん。この子は何やら忙しいみたいです……し? あれ? 私ったら一体何を……」

 

 そしてこのタイミングで媚薬の効果が切れて素に戻るアリアさん。一瞬本当の色々背負って何もかが嫌になってるって顔の後で取り繕った何時もの顔に戻るまで数秒、腕で自分の胸を抱き締めて顔を真っ赤にしているけれど、力を込め過ぎて片方がはみ出て……凄く眼福だけれども、此処は我慢だ見ないでおこう。

 

 それよりも僕が心配なのはタマについて。左右の翼を慌ただしく動かして水面を叩きながら走り回って水飛沫を上げるもんだからポチが迷惑そうに目を細めて唸るみたいに鳴いている。

 

「キュィィィ……」

 

 ちょっと不機嫌そうな姿なんて僕には普段見せないものだから新鮮味があって悪くない。

 可愛いなぁ……。

 

 

「ピッ!」

 

「わっ!?」

 

 ポチの姿に夢中になっていたけれどタマが慌てるだけの何かがあったって事で、何に……いや、誰に何かあったって事なら、それはアンリにしか有り得ない。

 

「タマ! アンリに何かあったんだね?」

 

「……ピ?」

 

 あっ、駄目だ言葉が通じない。僕がポチと言葉が通じるのは妖精女王様の魔法によるもので、アンリがタマと言葉が通じるのは幼い頃から一緒に過ごす事で一種の儀式をこなしているから。

 

 そしてポチとタマは別の種族だから当然言葉は通じない。

 

 結果、僕の問い掛けに動きを止めたタマが首を傾げて少し困った様子で可愛い姿を見せるんだけれど急に全身の羽毛を逆立てる。

 これはドラゴンが興奮した時の顔!? 目が急に怖くなった!

 

「ピピピッ!」

 

 羽毛が逆立ったタマは倍くらいの大きさになるなり全身から軽い放電……水の中だから弱くても結構痛い。

 

 

「キューイ!」

 

「ポチ、落ち着いて……あっ」

 

 ポチが流石に怒ったけれど普段見せない姿も可愛らしい。動画とかに残す魔法とか……無理か。リアスには可能なんだろうけれど。映写機の理論知っていれば……無理!

 

 そんな事を考えていたらタマに掴まれて宙を舞う。アリアさんは……落としてしまった。ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

「……何時か必ず」

 




修正修正 昨日書き足して保存してなかった


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ゴリラ・ザ・ブーメラン

「成る程。少しは……いや、かなり出来るみたいっすね。しかも未完の大器って感じで素晴らしいっす」

 

 アルラウネを倒した途端に現れた襲撃者は不意打ちをしておきながらも、超強い私によってあっさり防がれる。

 なのに評価側ってのが気に食わないわ。相手を評価しようってんなら正面から来なさいよ、正面から!

 

「そりゃどーも!」

 

 

 ……それでも目の前の女が強いのも事実。認めたくはないけれど私を推し量ろうってだけあるわ。

 

 走り出した姿勢からの大振りの一撃。腰が入ってないってのに腕に響く衝撃、咄嗟に地面を踏み締めなかったら少し後ろに下がっていたわ。急に襲って来た女の拳を受けたハルバートは軋んだ音を立てていて、足下狙いの蹴りは脚を上げて避け、回転させて柄をわき腹に叩き込もうとしたけれど背後に跳んで避けられる。

 

 

 ああ、糞! 上から目線で来られて凄く腹が立つわ。しかも相手にそれだけの力があるのは今の攻防で明らかで……。

 

 

 認めるわ。アンタが私よりも格上だってね。

 

「ありゃ? 自分を見てニマニマしているけれど顔に何か付いてるっすか?」

 

 私の視線を受けた襲撃者は怪訝そうな顔を見せた後で手鏡を取り出そうとするけれど私が直ぐ前に居るからか止めたわ。

 あ~あ、惜しいわね。私の前で顔を気にしている余裕なんか見せた日にはさっきのお返しをしてあげる所だったのに。

 顔面に拳を叩き込み損ねた事は残念だけれど、私はそれでも笑みを浮かべるのを抑えきれない。

 

 

「ええ、コートの襟の金具の跡が頬にクッキリとね。でも、私が笑っているのは別の理由よ。久々に血湧き肉踊る戦いが楽しめそうって高揚感! 強敵の登場だなんて嬉しいじゃない!」

 

 思えば格上の敵が相手だなんて久々じゃない? レナスとかお兄ちゃんとか私より強い相手は居るけれど、私も向こうも互いに敵として相対するのは暫く無かったし。だって私の成長率って凄いんだもの。レナスを越える日も数年……十年以内ね。

 

「ああっ! 此奴だ! 此奴だよ、僕が山の中で発見した不審者は!」

 

「成る程ねぇ。……まあ、急に襲って来た時点で敵である事には間違い無いし、アンタも私を親の敵か何かと間違えたとか無いわよね?」

 

 一応確認しつつも相手を観察、ドライアドが言っていた変な格好の女に間違い無いでしょうね。

 

 ペンギン(ドラゴン)の頭の形をした帽子に何処か軍服っぽいコート……その下はビキニ。パンドラみたいにすらっとした高身長なんだけれど胸が私と同レベルだから隙間だらけのブッカブカ。

 ……うわぁ。話を聞いた時点じゃ露出狂の苦労人って感じだったんだけれども、こうして相対すると相対したくなかったって言うか、気苦労が重なってストレスでどうにかしちゃった人って感じね。

 

「所で訊きたいんだけれど……”裸マントのラドゥーン”で良いのかしら?」

 

「し、失礼っすね! その格好で居たのは生まれてから半年の間だし、周りの格好を見て”あれ? 私、ちょっと肌を見せ過ぎている?”って思ってからは下着の上からエプロンにしたんっすから黒歴史ほじくり返して人を露出狂の痴女みたいに言うのは失礼っす!」

 

「うわぁ……」

 

 恥ずかしさを誤魔化す為にか両腕をぶんぶん振り回しながら叫ぶ姿に出て来た言葉はそれだけだった。

 だって裸マントも下着エプロンもそんなに変わらないじゃない。

 

「惜しいですね。其処は裸にリボンか裸エプロンを挟んでから下着エプロンに移行すべきでした」

 

 私達を代表する様に……凄くして欲しくないんだけれどレナが数歩前に出て淡々と意見を述べるんだけれど、真顔でどんな事を提案しているのよっ!?

 

「にゃっ!? 何を言ってるんっすかぁあああっ!? そんな恥ずかしい格好で人前に出る上に神獣を率いて戦うとか正気の沙汰じゃ無いっすよ!?」

 

 ほら、向こうだって凄く動揺しているし、同じだって思われたら嫌ね。

 当然向こうは拒否した上で拒絶するし、レナはそれで不機嫌っぽくなってるし。

 

 いや、普通はそんな反応が普通だし、どうして不満そうな顔が出来るのよ、アンタ……。

 

「……ならば水着コートではなく水着エプロンになさい。そっちの方が肌面積は狭いでしょう。本来人に見せるのは恥ずかしい下着姿をエプロンだけで隠しても一見すれば肌エプロンに見えるという淫靡さ! 水着だから平気だと自分を誤魔化しながらも羞恥心は捨てきれないという背徳感! 水着にコートを羽織るだけなど中途半端も甚だしい!」

 

 レナは真顔で主張する。凄くとんでもない事を真剣な表情で堂々と。

 

「な、なんっすか、この痴女は!」

 

 ほらぁ、敵が顔真っ赤にして魚みたいに口をパクパク動かしながら指先を向けて来ているし、私とプルートは目を合わせる事も出来ないわよ。

 

「……よねぇ。でも、アンタが言うな。肌マントも下着エプロンも水着コートも自分の意思で着ているんでしょうが」

 

 だから家族同然のメイドよりも敵の意見を肯定するわ。うん、仕方無いわよね?

 

 それは兎も角、アンタが言うな、露出狂!!

 

「え? 水着だったら誰も普通に着るし、その上から何か羽織るのも別に変な事じゃないっすよね? ほら、海辺とか行けば見付かる……」

 

「うん、そうね。でも此処は山の中だし、部族の服でもないのにそんな服装で出歩くとか正直言って……」

 

「変……っすか? いや、サマエルにはこれなら問題無いとか言われてるし……」

 

 私の言葉に信じられないって感じで口元に手を当てて目が泳いでいる。半信半疑なのが出会ってから一番腹が立つわ~。

 

「変」

 

「変ですね」

 

「だからスタンダードな裸エプロンか寧ろ全裸をお勧めします」

 

「レナは黙ってて。……まあ、私から言わせて貰う事が一つ有るわ」

 

「……何っすか?」

 

 もうレナの発言のせいで限界に達しているラドゥーンは私の言葉に素直に首を傾げる。この短時間の会話で疲れたのか憔悴した顔で私がハルバートを持っていないのも有るんだろうけれど警戒した様子も無いし、私だって安堵して近付いて行くなり彼女の肩に左手を置いた。

 

 

「主として彼奴の代わりに謝罪するわ。痴女なの、ごめんね?」

 

「は、はあ。まあ、私も今になって思えばこの姿も露出過多かとは思うし……」

 

 

 

「それはそうと……一撃は一撃だから」

 

「ふべっ!?」

 

 向こうだって不意打ちして来たんだから私も不意打ち。何の警戒もしていなかったラドゥーンの腹に拳を叩き込んで全力で振り抜く。私と違ってラドゥーンは地面を踏みしめて堪える事無く飛んで行った。

 

「はんっ! 甘いのよ! ……にしても矢っ張り強いわね」

 

 不意打ちを受けた時にも感じたけれど、殴り飛ばした事でそれは確信に変わる。あの女、普通に強いだけじゃなくて……。

 

 

「ラドゥーン。アンタ……凄く重いわね! 知り合いのデブの誰よりも重いわっ!」

 

 予想以上に拳に掛かった負担。力任せに殴り飛ばしたけれど、下手したら腕を痛めていたわ。私と肉付きでは大して変わらないのに体重は数十倍ってもんじゃない。

 

「……アドヴェント”」

 

 あの体重からの攻撃なんてどれだけの威力だって話よ。さっきは警戒されない為に使わなかったけれど厄介だって分かったからには即座に強化魔法を使わせて貰う。

 

「……お、重いって! 重いってどういう意味っすかぁ!! 自分はデブじゃないし、絶対脂肪だって少ないんっすから!」

 

「じゃあ鍛えてるからじゃない? 多分頭の中まで筋肉なのよ。だってアンタって明らかに馬鹿じゃない!」

 

 私に殴り飛ばされて地面を削りながら岩に激突して止まったラドゥーンを指差して言ってやる。ふふん! この貧乳脳筋ゴリラ!

 

 

「……いや、初対面っすけれども何故かアンタには言われたくない気がするっす」

 

「何でよ!?」




感想……お願い  


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モブ扱いの幹部

「こ、こうなったら少し本気で行くっすよ!」

 

 コートに付着した土埃を払ったラドゥーンは私を指さして叫ぶなり高く飛び上がったわ。進行方向上に存在する枝は当たるなりへし折れて地面に落ちて行き、そろそろ西の山に沈みそうな太陽をバックにして私に向かって落ちて来る。

 両手を組み合わせて頭上に上げた状態で私を睨み、落下の勢いを込めて振り下ろした。

 

 

 

「ていっ!」

 

「ひゃわっ!?」

 

 その真横から繰り出されたのはレナによるドロップキック。腕を振り下ろして顔の横を通り過ぎた瞬間に放たれた蹴りを咄嗟に腕で防げる筈もなく、私に攻撃を当てる事だけに集中していたから認識外だったレナにも事前まで気が付けて居なかったわ。

 てか、不意打ちなのにわざと掛け声を出したわね。私から視線を外して声のした方向を見た瞬間が蹴りが命中した瞬間だったもの。

 

 急に顔面に蹴りを食らったラドゥーンは真下から斜め下に落下方向を急に変えて地面に落下、咄嗟に組んだ状態のままの腕を地面に叩き付けて受け身を取ろうとしたけれど、今度は地面から無数の黒い腕が伸びて鋭い爪で引っ掻いた。

 

「んなっ!?」

 

「……今ので肌の表面を僅かに傷付けただけですか。出の早い初級魔法ではそれ程の威力は出ないのですね」

 

 プルートの呟きの通りに鋭い爪で引っ掻いたのにラドゥーンの体には僅かに血が滲んだ程度の軽い傷が有るだけ。レナの蹴りだって顔に足跡が残っているけれど鼻が折れてさえいない。

 

「随分と頑丈ですね。それに本当に異様な重さ。スタイルは姫様と同じで貧相ですのに……」

 

「誰のスタイルが貧相だって? アンタの給料袋を暫く貧相な中身にしてあげましょうか?」

 

「それは困りますね。そうなれば若様に迫って愛人契約を結び、別途手当を頂戴しなければ」

 

「アンタ達ふざけてるんっすかぁああああっ! 自分を馬鹿にしてるっすねぇええええええっ!」

 

 口元に人差し指を当てて満更でも無さそうに呟くレナの言葉が気に入らなかったのか立ち上がって叫ぶラドゥーンの声は耳を塞ぎたくなる位の大きさで、まるで上位ドラゴンの咆哮ね。……普通のドラゴンは見た目通りに鳥の鳴き声なのに上位ドラゴンは鳴き声が本当にドラゴンっぽいのは喉の構造の違いなのかしら?

 

「特に其処! こんな時に愛人がどうとかやる気有るんっすか!」

 

 ラドゥーンの怒りが向かったのはレナ。まあ、スタイルが貧相だとか言われちゃったし、発言だって味方である私にもフォロー出来ない。

 

 でもね……。

 

「いえ、私は本気で言っています。一年十二ヶ月どんな時も色事について考えるのが私らしい生き方ですので」

 

 レナってこんな感じなのよ。

 

「でも、貴女を馬鹿にしているのは正解ですよ? 何ですか、その全く成長していないお子様体型は? 切り株の仮装かと思いました」

 

「「殺す」」

 

 あっ、敵と言葉が重なっちゃったわ。でも、アンタが悪いのよ、レナ。さっきラドゥーンと私のスタイルが同じって言ったじゃないの。その言葉、私にも刺さるからね? あー、何か敵なのに親近感覚えちゃうわ。

 

 ちょっと仲良くなれるかもって思えた私は改めて彼女に視線を向けるんだけれど、その時に気が付いちゃったわ。教えた方が良いわよね?

 

 でも、戦いの最中だし……。

 

 

「大体! この戦いは自分と其処の貧乳との一騎打ちじゃないっすか! それを横から攻撃とか恥を知れっす!」

 

 前言撤回。此奴とは絶対に仲良くなれないわ。貧乳が貧乳を貧乳って呼ぶんじゃないわよ。大体、私の方がスタイルが良い方じゃない? 多分微妙に勝ってるわ。

 

 実際に比べる必要? 必要性を感じないわ。

 

「おや、部下をけしかけて、倒された瞬間に不意打ちをしておいて何を言いますか。胸だけでなく頭の中も姫様と同じとは失笑物です。……ぷっ」

 

 レナは両腕で自分の胸を押さえる事で存在をアピールしながらラドゥーンの胸を見て鼻で笑う。……敵じゃないわよね? レナって本当に私の味方よね?

 

 好きだけれど! 家族同然だけれど! 本当に言葉を慎まないと……。

 

「メイド長に告げ口するわよ?」

 

「申し訳御座いません、偉大なるセクシー姫様」

 

「白々しいから言わなくて結構。……てか、ラドゥーン。アンタ、何を言ってるの? 私は貴族令嬢だし、これでも聖女の子孫で再来としての教育を受けて来たわ。まあ、鍛えるのも戦いも好きなのはらしくないって言われるけれど……」

 

「ええ、色々おかしいですね」

 

「黙りなさい、レナ。大体、レナスの教育の影響でしょ? ……まあ、何が言いたいか説明するなら……個人的な敵は兎も角、人間滅ぼそうって連中相手にするのにタイマンに拘るのは毎回じゃないって話だわ」

 

「あっ、其処は偶には良いんっすね? ……言われてみればタイマンだって言ってもないし、複数居るなら複数で来るのが当然っすね。今の言葉は勝手な意見の押し付けだと認めて謝罪するっす。言い訳じゃないけれど、性悪と大馬鹿へのストレスと長い封印で頭が鈍っていたっすね」

 

 さっきまでのお間抜けな空気が消えたわね。これが本来の彼女。仲間について言えない程度には馬鹿だけれど、生真面目な性格なのね。

 

 ……ゲームでは殆ど出番が無かったから忘れていたわ。元から三人の出番は少なくってお兄ちゃんなんか存在すら朧気だってのに、此奴は他の二人に比べて出番が少なかったのよね。

 

 確か戦いも一回だけで、主人公の前に現れるのも片手の指で数えられる回数の地味キャラ。服装が奇抜でも忘れられやすい登場人物ではモブと大差なかったわ。

 

「それじゃあ行くっすよー!」

 

 ラドゥーンについて私は殆ど情報を持っていない。そりゃ出会う敵全部の情報を入手済みだなんて都合の良い展開は攻略本(安いのじゃなくて値が張る分厚い奴)を準備したゲーム位だけれど、それでも未知の敵なんて出来れば相手をしたくない。

 

 でも、しない訳にはいかない状況ってのは頻繁に遭遇するし、だからレナスからは相手を観察する術を学んだわ。

 

 先ず今の所だけれど、ラドゥーンの格闘技術はそれ程高くないわ。

 腕をグルグル振り回しながら体の軸が上下左右にブレッブレの雑な足運び。最初から武術の技術を与えられなかったのか喧嘩慣れしていない子供の戦い方ね。

 

 ……それで強いんだから本当に面倒よ。

 

 腰が入っている筈もない拳を真正面から迎え撃つ。ラドゥーンと違って私のは腕だけでなく、全身の力を込めた拳。何度も何度も同じ型を繰り返して体に馴染ませ、実戦で使い続ける事で無意識にでも放てる。

 

 拳と拳がぶつかり合い、押し勝ったのは私。腕を真上に弾かれたラドゥーンは体勢を更に崩して、私は顎狙いの右フックを繰り出した。

 

 人間じゃなくても人間の姿をしてるなら弱点は同じでしょ? 無理に跳んで避けようとした足を踏んでその場に縫い付け、右フックを叩き込んで追撃の左アッパー。

 続いて足元を払い、倒れ掛けた所に体重を乗せた肘鉄叩き込んだ所で私の体は真上に吹き飛ばされる。腹部に結構な痛みがあって、ラドゥーンは崩れた体勢で片足を上げているし、あの体勢から強引に放った蹴りを食らったって所ね。

 

「これでお終いっす」

 

 大きく開けた口が私に向けられ、喉の奥の方で発生した光が強さを増して行く。させじと左右からレナが蹴りを仕掛け、プルートが闇の刃を放ったんだけれど私の方を向いたまま飛び起きたラドゥーンの両腕に阻まれた。

 

 動きは雑で素人丸出し。なのに強いって言えるだけの身体能力。見た目を遙かに超える体重だって厄介だし、タフさだって尋常じゃない。

 

 

 

 

 

「……そうね。この戦いもさっさと終わらせて夕食にしたいわ」

 

 でっ、それがどうしたのって話よ。神獣を率いる将軍? 人間を滅ぼす為に神様が生み出した?

 

 ああ、そうね。確かに強いんでしょうけれど……私には劣るわ。だって私とお兄ちゃんって最強だもの。

 

「食らえっす!」

 

「”ホーリートルネード”!」

 

 特大のドラゴンブレスと渦を巻いて直進する光が正面からぶつかり、一瞬だけ拮抗。即座にブレスが四散してラドゥーンの体を飲み込んだ光の竜巻は地面を深く削って漸く消え去った。

 

 

 

「……逃げられたわね。それと流石に持たなかったか」

 

 大きく抉れた地面には血飛沫と水着の残骸だけでラドゥーンの姿は無い。あの魔法って私も視界も覆うし無理に抜け出したみたい。

 

 当然無傷じゃないし、さっき言おうか迷ったんだけれど私達との攻防で水着の紐が切れかけていたし、最後にトドメになったのね。

 

 

「あれ? 彼奴って今は裸コート? ……うわぁ」

 

 コートの残骸も結構残っているし、凄い格好になってるラドゥーンを想像して同情した所でお腹が鳴った。……もう帰りましょう。

 

 

 

「どっと疲れたし、帰ったらご飯食べて風呂入ってさっさと寝ましょう。……レナ、今回の事の報告書は任せるわ」

 

「いえ、この場合は一番地位が上の姫様のお仕事ですよ?」

 

 ぐぬぬ! レナの分際で正論を。それ言われたら押し付けるとか無理に決まってるじゃない。

 

「……やるわよ。やれば良いんでしょ」

 

 あ~、面倒臭い! 力任せに暴れるのは好きだけれど、書類仕事とか大嫌い!

 

 



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友人の共通認識

百話達成!


 ……何故だろう? アンリは凄く強いのに胸騒ぎがする。

 

 急に慌てて騒ぎ出したタマに掴まれてアンリの所に向かう最中、僕は尋常でない不安に襲われていた。

 まるでトラウマが蘇ったみたいな、取り返しの付かない後悔の理由がこの先で待っているかの様な奇妙な感覚。直ぐ隣では追い付いたポチが僕を離せとしきりに叫んで居るけれど、今はその可愛ささえ頭に入って来ない。

 

「何が待っているんだ?」

 

 口からそんな‥呟きが漏れ出た時、アンリを待たせた場所が見えて来た。周囲にはクリーム色の何かの残骸が散らばり、池の底にも沈んでいるのは頭部らしい形をしているからモンスターの死骸なのかも知れないけれど、それにしては血が出ていないしゴーレムの類なのかも。

 

 でも、今はそんな事はどうでも良いんだ。気にしている場合じゃない。

 だって……。

 

 

 

「アンリ、大丈夫!?」

 

 大切な友達が血を流しながら木にもたれ掛かっているんだから!

 

 肩の辺りで血が滲み、腕を伝って地面を濡らす。見れば頬や足にも幾つもの傷が残っていて、周囲にはクリーム色の何かの残骸の他に折れたナイフや爆発でも起きたらしい痕跡が見られる。

 あれはアンリの武器の爆弾ナイフ? 結構高価だから滅多に使わないのに……。

 

 

「ロノスか。ああ、何とか無事だ。手酷くやられたが襲って来たのは全部倒した。……所で君に頼みが有るんだが」

 

「何だい? 僕に出来る事なら何でも言って!」

 

 良かった! 意識だって有る。

 僕に気が付いたアンリは時折痛みに顔をしかめながらも笑みを浮かべていて、心配そうに近くで鳴くタマの体に指先で触れていた。

 あれ? 腕が上がっていない?

 

「腕、大丈夫かい? もしかして骨が……」

 

 こんな状況でお願いがあるって口にするだなんて物語だったら遺言とかで不吉だけれど、アンリの様子を見る限りじゃ大丈夫そうだ。

 手が思うように動かないみたいだし、何か代わりにやって欲しい事が有るんだろうね。

 

「恐らくだが右腕の骨が折れているらしくてな。左肩も貫かれた時に麻痺毒が入ったのか上手く動かせない。やれやれ、毒の耐性を付ける訓練は受けていたのだが、未知の相手の毒には効果が薄かったらしい」

 

「あっ、矢っ張り? いやー、もしかしたら遺言とか口にするんじゃって少し心配だったんだよ」

 

「勝手に殺さないでくれ。僕は未だ死ぬ気はないさ。女らしい服を着て街で友達と甘い物を食べ歩きだってしていないんだからな」

 

「……驚いた。アンリが女の子っぽい事を言ってる」

 

「いや、僕が女の子だって君は知っているだろう。何なら確かめるか? ほら、今直ぐ脱がして確かめれば良いだろう」

 

 ……はい? えっと、アンリが今何って言った? 服を脱がして?

 

「……冗談だ」

 

「だよね。ごめんごめん。冗談が行き過ぎたよ。それでお願いって?」

 

 思ったより無事みたいで安心したから調子に乗り過ぎたね。僕の冗談に少し怒った様子のアンリだけれど、まさかの提案にビックリしたよ。ホッと胸をなで下ろし本題に入る。

 

 

 

「……その、だな。非常に言いにくい事なんだが……」

 

 アンリは急に僕から顔を背け、言葉を濁らせる。この状況で何を恥ずかしがっているんだろう?

 

 

「僕の服を脱がして欲しい。上だけで良いんだが……」

 

「……はい?」

 

 いや、その冗談は既に終わって……この様子じゃ冗談じゃないよね。でも、何で?

 まさか媚薬の効果が残ってるとか? それで僕を誘惑……は流石にあり得ないか。だってアンリだし。

 

 さっきアリアさんに誘惑されて僕の思考がそっち方向に向かっているけれど、目の前にいるのは友人だ。男の振りをしていても中身は普通に女の子らしい事に憧れるけれど、だからって友人の僕を誘惑するタイプじゃないし、だったら服を脱がせなんて何で……ああ、成る程ね。

 

 

「包帯と薬は鞄の中かな?」

 

「ああ、添え木は折り畳み式のを入れてある。開いた後でストッパーを掛けてくれれば機能するから頼んだ」

 

 まあ、普通に考えて腕が使えないけれど、服の下に結構怪我が有るから脱がして治療してくれって事だ。今の僕は治癒魔法は使えないし、アンリも普通の水属性じゃなく、特殊な氷の使い手だからね。

 

 ……僕の”時”やリアスやアリアさんの光や闇以外は基本的に水土風火の四属性の内のどれか一つだけれど、チェルシーみたいに二つ使える”複合属性”やアンリみたいに氷を使う”変異属性”の使い手も偶に存在するんだよな。

 

 複合の場合は一つ一つの到達点が単一の属性に比べて低かったりして、特殊の場合も普通の魔法が使えても少し苦手だったり別の属性みたいに一部の魔法が使えなかったり。

 

 ……この前出会った帝国の彼女もアンリと同じだっけ。

 

 だからと言って複合や変異が通常のに劣ってるって事は無いのはチェルシーが授業初日の実技で見せた魔法の評価が物語っている。まっ、水属性が得意とする治癒とか土属性による何かの製造が目的じゃないなら気にしなくて良い範囲だ。寧ろ単純な威力なら上だし、結局は術者の能力次第だからね。

 

 

 

「それじゃあ脱がすけれど良いね?」

 

「君が相手なら構わないさ。勿論見られたい相手って意味ではなく、怪我の手当の為に肌を晒す事に抵抗がないという意味でな」

 

「そりゃそうだ。君がそんな理由で服を脱がせたがるだなんて正気を疑うね」

 

 随分と軽口が続く僕だけれど実際はそれなりに緊張していた。でもさ、友達の手当をする為に服を脱がすのに変に意識をするだなんて知られたく無いじゃないか。

 必死に緊張を表面に出すまいとしながら胸元のボタンに指を掛け、ちょっと気が付いた。

 

 あれ? 別に直接脱がす必要なんて無いんじゃ? だって僕の魔法は時間を操るんだから、ちょっと高速でアンリの服の時間を進めればこの通り。

 アンリの服は見る見る内にボロ布になって崩れて行き、その下の鎖帷子と隙間から見えるサラシだけの上半身が今のアンリの格好だ。女の子の体をジロジロ見るのは悪いから一瞬しか見ていないけれど、多分修行の時に負ったんだろう傷跡が結構見える。……痛かっただろうな。

 

「酷い体だろう? これでは女の格好を許されても露出の多い物は着れん。やれやれ、どっちにしろ好きな服装は出来ないんだな、僕は」

 

「君が頑張って来た結果だろうし、僕はどんな傷跡があっても酷い体だなんて言わないよ? 前に言ったと思うけれど、僕は君を可愛い女の子って認識しているよ。じゃあ、手当をしよう。先ずは腕の固定からだね」

 

「……君はその内刺されるんじゃないのか? 僕としてはそれが心配だ」

 

「フリートも前に言ってたよ、その忠告。そりゃ暗殺者とか送られる立場だけれど、大公家の次期当主とか武門の名門の君達も同じじゃないか」

 

 呆れ顔で肩を竦めるアンリに僕も呆れ顔を向けながら持ち物を漁る。ハイカロリーな小型携帯食とか携帯研ぎ石とか……あっ、鎮痛剤とか消毒薬に包帯も入ってる。折り畳み式の添え木ってこれか。

 

 僕も手当ての心得はあるし手早く応急処置を進め、最後に鎮痛剤を飲ませた所でずっと見守っていたタマが心配そうにしながらアンリに擦り寄って来た。

 

「ピー……」

 

「大丈夫だよ、タマ。そんなに傷は深くないし、手当てして暫く安静にしておけば後遺症だって残らないさ」

 

「……さて、僕は少し眠らせて貰う。少し休んだら体の痺れはマシになっては来たが辛い。まあ、経験から言って半日もしない内に治るさ。恐らくは魔力による毒だったらしい……」

 

 アンリはタマの顎を数度撫でた所で眼を閉じて静かに寝息を立て始める。

 

 

「やれやれ、これで一安心。……それにしても奇妙なモンスターだな。あれ? 此奴は……」

 

 比較的原型が残っているモンスターの頭部に視線を向けた時、僕の頭の中で存在する筈がない記憶が蘇る

 

 

「此奴は……”テュラの眼”?」

 

 初めて見るモンスターの名前が僕の口から出た時、視線を外していたアンリの手の中に氷の短剣が出現していた……。

 

 



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知らない記憶

 あの入学式早々のトラブルからの始まったリアスのルメスさんへの敵視だけれど、家の力を大々的に使うのは僕が阻止しているから嫌がらせはあの子個人の人脈の利用する範囲で収まって・・・・・・まあ、何とか周りの人間に助けて貰った彼女は厄介事を回避しているから一安心だ。

 

「昔はあんな子じゃなかったのに。レナスさえ生きていれば、僕さえもっとしっかりしていれば・・・・・・」

 

 夏休み前の臨海学校も終わり、また嫌がらせが失敗に終わった事で屋敷に帰ってからも始終不機嫌でレナに八つ当たりしていたリアスを宥めて褒めて何とか落ち着かせた後、僕は気分転換に裏庭にまでやって来ていた。

 もしレナスが生きていたらレナとだって子供の時みたいな関係だったろうし、グリフォンの子供を一匹貰う約束をしていたから此処で飼って居ただろう。ポチって名前も決まっていたんだ。

 

 でも、そんな事を考えても全部無意味だ。レナスは十年前に僕とリアスを守って死んだ。あの時に少しでも力があったら、落ち込んだ時に聖女の再来って期待されて付け込まれたリアスが増長するのを僕が止められていたら、そんな”もしも”を幾つも考える。

 

 ああ、僕の人生は後悔と無力感だらけだ。結局、情けない自分をレナスのせいにしている最低の屑が僕なんだよ。

 僕に出来るのはリアスの近くに居てあげる事だけ。諌める事も出来ない情けない兄だけれど、それだけはしてあげないと。

 だってリアスは淋しがり屋で、自分の周りの人間が力でしか自分を見ていないって知っているから。

 だから最後まであの子の味方で居るって僕は決めたんだ。

 

「それにしてももう少しどうにかならないかな? 僕の方で裏からフォローするにも限界があるしさ。お祖父様は自由にさせた方が使いやすいからってスタンスだし・・・・・・」

 

 自分が崇められる光の使い手で、彼女が忌み嫌われる闇の使い手だから気に入らないんだろうけれど、根本としては特別な人間は自分と僕だけじゃなくちゃ嫌だって我が儘だ。

 気に入らない相手は徹底的に潰そうとする我が儘なあの子は上手く使われて裏の仕事も任されて益々倫理観に問題を生じさせている。

 それでも僕が怒られ罵倒されながらも何とか落ち着かせて来たんだ。でも危うかった均衡が崩れ始めている。あの日から。そう、舞踏会の夜に接触して来た奴によって・・・・・・。

 

 

 

「おい、姿を見せろ。居るのは分かっているんだ」

 

 夜の帳が降りた頃合いだったとしても屋敷の使用人は働いている。ドタバタと音を立てず優雅に手早く動くけれども今は流石に静か過ぎる。窓を見ても人影一つ見えないのは不自然だ。

 ああ、気分転換に外に出たのに自己嫌悪ばかりで嫌になっていたのに、更に嫌な気分になる奴が来るなんて……。

 

 夜の闇の中でも街中だったら建物から漏れ出る明かりが照らしてくれる。人が本能的に恐れる闇であっても完全に世界を覆うなんて事は不可能なんだ。

 だけど僕の呼びかけによって一カ所から完全に光が消え去り、人の形をした闇が完成する。眼に当たる部分だけは赤く怪しく光り、風に揺られる様に揺れる姿は靄か煙みたいだ。

 

『よく分かったな、”神殺し殺し”』

 

「その呼び名は止めろって言った筈だ。”テュラ”!」

 

 普段は使わない強めの言葉遣いが口から出る。冷静さを失っては駄目だと分かっていても目の前の相手が相手なだけに冷静では居られなかった。その理由は嫌悪であり、恐怖であり、憤怒。

 リアスを益々変にしてしまった此奴が僕は嫌いだ。とても敵う相手ではなくとも倒してしまいたいと願っている。

 そんな心中を既に察しているのか闇の中から聞こえるのは何処か面白そうな女の声。ちょっとだけ、とても比べ物にならない位に冷たいけれど、本当に少しだけレナスの声に似ていて、話し掛けられた時にリアスがレナスだと思った程だ。

 

 よーく聞けば全然別物だって分かるんだけれど。レナスの声は母親が子供に向ける物で、此奴のは使い捨ての道具に向ける物でしかない。

 

 

『嫌われた物だな。お前の妹は私の頼みを聞いてくれるのに困ったものだ。”光の神殺し”には”闇の神殺し”を追い詰めて貰わねばならぬのに、兄であるお前がそれでは……乳母が蘇る事は無いぞ?』

 

「……黙れ」

 

『私が復活した際には面倒な世界の統治を任せる約束をしたが、追加報酬として死した者の復活もくれてやると言っただろう? 未だ疑っているのか?』

 

「……」

 

 あの日、ルメスさんへの嫌がらせの為に大勢の前で彼女のダンスの相手を奪おうとして断られて恥を掻いた事に憤って会場を抜け出したリアス。それを追って会場を出た僕が見たのはリアスに接触するテュラの姿だった。

 封印を解く手伝いをすれば世界の管理を任せるという誘惑に対し、リアスはすっかりその気になっていて……。

 

 

「駄目だって、リアス! 幾ら何でも怪しいから止めるんだ!」

 

「五月蝿い! ロノスの分際で私に意見しないで!」

 

 あの日、レナスが死んでから僕とリアスの関係も変わってしまった。レナスの分も僕に頼ろうとする双子の妹の期待に応えたくても十歳の僕に大きな事が出来る筈も無く、近くに居ないと癇癪を起こし、近くに居てもこんな感じだ。

 そんな彼女に幻滅される毎日だけれど、流石にこれは黙ってなんていられない。僕はお兄様だから、妹を守らなくちゃ駄目なんだ。だって、レナスとの最後の約束なんだから。”何があってもリアスを守る”って約束したんだから……。

 

 

「リアス! こんな事をレナスが知ったらどう思うか考えろ!」

 

「……それは」

 

 よし! レナスを利用するのは心苦しいから今まで一度もしなかったけれど、だからこそ効果があった。今まで期待に添えない負い目から出さなかった強めの声を出して説得に掛かる。それが功を奏したのかリアスも迷い始めたし、これで何とか……。

 

 

 

『……ふむ。その様子ではその者は死んでいるらしいな。なら……蘇らせてやろうか? ほら、この通りにな』

 

 雲一つ無かった星空が一瞬で暗雲に覆われ、突然の落雷が大きな木に落ちる。其処を巣にしていたリスや鳥の黒こげになった死骸が転がって、瞬く間に傷一つ無い状態で蘇った。

 

 

「死者の蘇生だって!? そんな馬鹿な!?」

 

『私は神だぞ? さて、それでどうするのだ? 例え私への助力を叱る者だとしても生きてさえいれば許されるだろう。いや、叱るという関わりでさえも良いのではないのか? さて、どうする?』

 

「受けるわ! 世界を私が手に入れて、レナスだって取り戻す! ロノスもそれで文句は無いわね!」

 

「……うん」

 

『決まりだな。では、今度は頼んだぞ』

 

 向こうが僕達をあざ笑って居るのは分かっていたけれど、それでも僕は頷くしか出来なかった。リアスが見せた笑顔は普段の傲慢で嫌な感じのする物じゃなくって昔見せてくれていた物だったから。

 そして何よりも僕だってレナスともう一度会いたかったから……。

 

 

 でも、それじゃあ駄目だったんだ。あんな奴の誘惑じゃなく、僕の力で妹の笑顔を取り戻そうとするべきだったんだよ。

 時既に遅く、リアスはレナまで巻き込んでテュラの命令に従って、僕が時折止めても意味が無い。

 ああ、僕には無力を嘆く事しか出来やしないんだ。

 

 

 

 

 

『さて、この辺りで前払いの報酬を渡すべきか。例えば肉体だけ蘇らせてやるとかな。生活に必要な事はするが肝心の中身は成功報酬でだ』

 

「……黙れ。レナスを弄ぶな」

 

『貴様こそ黙れ。所詮は彼奴が必要とするから貴様にも力を借りているだけだ。分を弁えろ、人間』

 

 最後まで僕を見下した様子でテュラは姿を消し、使用人が動く姿と働く音が世界に戻って来る。

 

「前払いの報酬か。それでレナスが……」

 

 

 ああ、僕は本当に……。



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逆鱗

「はっ!?」

 

 何秒、何分僕は動きを止めていたのだろう? 頭に流れ込んで来たのは”ゲーム画面ですら見た事の無い記憶”。まるで自分が体験した事みたいに鮮明で、だけれども絶対に有り得ない内容。

 

 だって僕はゲーム通りのロノスじゃなく、前世の記憶を頼りにゲーム通りに行かない為に行動したロノスなんだから。でも、記憶から流れ込んで来た無力感も焦燥感も後悔も全部本物で、冷や汗が流れ鼓動が激しくなるのを感じた僕は膝を折る。

 

「キュ、キュイ!?」

 

「大……丈夫。ちょっと気分が悪いだけ」

 

 心配して擦り寄って来たポチの頭を撫でていたら落ち着いたけれど、それでも気持ち悪さと戸惑いは収まって居ないんだ。あれは本当に何だ?

 

 今は舞踏会前だし、レナスが死ぬ切っ掛けになった事件だって起こって居ないし、ポチだって居るし、何よりもアリアさんと僕達兄妹は仲良しだ。リアスは単純と言うべきか裏表が無いと言うべきか表面だけ取り繕うのが苦手で聖女らしい行動だって自覚が無いだけでボロが出まくって居る。

 

 時系列的にも内容的にも存在しない筈だから未来予知も有り得なくって……。

 

「もしかして僕じゃないロノスが体験した記憶? いや、でも僕が僕の記憶を取り戻したのは八歳だし、ゲームはあくまでゲームでしかないから……」

 

 幾ら考えてもそれらしい答えは出てくれず気持ち悪さだけが残る。これ、リアスに相談したら心配させるだけかな? でも、僕の様子が変だって野生の……鋭い直感で分かっちゃうんだよな。あの子、僕が大好きだしさ。

 

「……うーん、どうすれ、ばっ!?」

 

 起き上がって首を捻って考えても無駄みたいだ。相談する相手を選ぶのも一苦労だし、遠回しにするにしても内容が内容だし、幻覚系の魔法でも受けたと思われる可能性が有る。だとしたら潜伏していて今後も急に発症する可能性が有るとして仕事から遠ざけられる可能性だって……それは避けたい。

 

 だって複雑な書類仕事はリアスの苦手分野だからパンドラの負担が増えるだけで、裏の仕事は関わらせたくない。僕なら自分がそんなのの影響下に無いって分かるけれど、周囲からすれば信用すべきか迷う案件だ。僕だって他人なら迷う。

 

 唸って考えていた時、背後に感じたのは殺気。咄嗟に明烏を抜いて振り向きながら構えればアンリが氷のナイフを突き出して向かって来ていた。

 

「はあっ!? いや、どうして!?」

 

 俯いた姿勢のアンリからは表情が読み取れないけれど僕と彼女はライバルにして友人だ。例え祖国同士で何かあったとしてもこんな事態になるのは今じゃ無い。

 一体何でだと僕が呼び掛けるけれど、返って来たのはゾッとする反応だった。

 

「死ね」

 

 今まで何度も暗殺者と遭遇したし、ピンキリだったから殺気がだだ漏れのも暗殺は仕事だとして作業に徹して殺気なんて一切感じさせないのも居たけれど、今のアンリは前者の方。軍人としての教育を受けて育った彼女なら有り得ない。それにその声は冷たくって、瞳は真っ赤に染まっていたんだ。

 

「お前、もしかして……」

 

 アンリが倒したモンスターの名前は”テュラの目”。封印された闇の女神が外の世界との繋がりを作る為に創造した存在だ。その瞳の色とさっきの知らない記憶の中で見たテュラが見せた通信用の姿の目も今のアンリと同じ色。まさか……。

 

 僕の言葉にアンリは答えず、怪我なんて忘れたみたいにナイフを振り回して僕に襲い掛かり続ける。動きは正直言ってお粗末だ。ナイフの使い方なんて知りもしないのが丸分かりの素人の動き。

 

 正直言って楽勝……と言いたいけれど、動き方は素人でも動かしている肉体は鍛え上げられたアンリの物だ。小柄で軽くて柔軟ながら力強い。単純な身体能力は僕以上。その上で多分無理矢理強化しているっぽい。

 動く度に体が悲鳴を上げているのを感じる。これは長くなれば彼女の方が不味い事になりそうだぞ。

 

「ピー!?」

 

 主による突然の凶行に驚いたのか呆然としていたタマだけれども我に返ったんだろう。其れと同時に野生の勘なのか異変にも気が付いたらしい。動く度に傷口から血が流れ落ちるし、突き出た枝を気にせず飛び回るから肌が傷付くけれども直ぐに癒える。

 

 其れが何かは分からないけれど、今のアンリはアンリじゃないって悟ったタマが見せたのは怒り。全身の羽毛を逆立て強烈な電撃を放ってでも止めるべく動く。……本当はアンリに攻撃するだなんて凄く辛いだろうにさ。

 

 

 その電撃は怒りによって放たれた物だけれども威力自体はそれ程じゃなく、痺れさせて動きを封じる為の物だ。当たりさえすれば大きな隙が発生するそれは近距離から放たれた事で回避は困難だろう。

 

 だけど……。

 

「す、素手で電撃を弾いただって!?」

 

 アンリは虫でも払いのけるかの様な動きで電撃を軽く弾く。電撃に触れた部分は軽い火傷を負った上に電気が絡みついていたけれど軽く手を振っただけで何事も無かったかの様な状態へと戻る。

 

「……鬱陶しい。お前から消えろ」

 

「ピ?」

 

 アンリの視線が僕から外れてタマの方に向けられ、そのまま言葉と同時に氷の槍が放たれた。

 操られていると理解していても、タマはアンリが自分に攻撃を仕掛けただなんて理解出来ていない。

 不味い! あれは確実にタマを殺す威力だ!

 

「……む?」

 

「お前、いい加減にしろよ。よりにもよってアンリにタマを殺させようとするだなんて。アンリにとってタマは家族なんだ!」

 

 ギリギリだけれども間に合った。偶に届く前に氷の槍は魔法発動前の状態に戻って霧散。それでも込められた魔力の量から干渉が難しくて時を操作するのに手間取った。

 タマの羽毛の表面に軽く血が滲んでいる。傷としては浅いけれど、その傷を付けたのが自分だとアンリが知ったらどんなに辛いだろう。僕がリアスやポチを傷付けるのと同じ事だ。

 

 だから此奴は許せない。急に現れてアンリを操って友達や相棒に攻撃させるだなんて許しちゃいけないんだ。

 

「……ふむ。今のは私の魔法の時を操ったのか。妙だ。貴様、そんな事が出来たのか?」

 

「可能だからやったんだけど? お前が僕の何を知っているって言うんだ。知った様な口を叩くな!」

 

 僕の魔法を見抜き少しだけ不思議そうにするアンリ。真っ赤に光る瞳に値踏みされるみたいで不愉快だけれど、其れと同時に僕は焦るも感じていた。

 

 ……不味い。アンリを操作している魔法を解除出来ない。

 

 時を操って相手の魔法を消し去るこの魔法の他、時属性の魔法はそれ程万能って訳じゃない。相手の意識の有無や高い魔力量による干渉、距離によって変わって来る。

 

 今回の場合、アンリを操る魔力の糸みたいな物は感知出来ても干渉が難しそうで、干渉を悟られずに一気に解除する機会を伺って居たんだけれども思う様には行きそうになかった。

 

「貴様、私が何者か理解しての言動だな? それに何かを狙っている。ああ、厄介だ。私の目的の為にはお前が邪魔だ。お前さえ居なければ計画は順調に進むのだからな」

 

「其れは結構な評価だね。ああ、女神様に其処まで言われるだなんて光栄で涙が出そうだ。光栄ついでにお願いしたいんだけれど、永遠に独りぼっちで封印されていてくれないかな?」

 

「……ほざけ。私が独りぼっちだと? そんな筈が無い! この世界に私一人だけの筈があってたまるか! 貴様なんかに、兄妹一緒に居られる貴様なんかに何が分かる!」

 

 おっと、ダメ元で挑発したら思いの外効果が有ったみたいだけれど、何か様子が変だ。泣きそうな声に聞こえるし、同情すべき相手じゃ無いのに僕まで悲しくなって……。

 

 テュラの予想外の反応に思いも寄らぬ感想を抱いた僕は足元が闇に覆われたのに直前まで気が付かなかった。

 

「しまったっ!」

 

 咄嗟に動くけれど間に合わず僕は闇に包まれる。体に異変は無いけれど、一体何をされて……まさかっ!

 

 

 

 

「気が付いたらしいな。僅かな時間ではあるが貴様の”時”を封じさせて貰った。では、私の願いの為に死ね」

 

 

 



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女神の狙い

 魔法って物は属性に目覚めた時から常に共に在る物だ。魔力の大小は有るけれど、使えて当然の物。大体十歳前後で属性が判明して、今までの基礎魔力操作訓練が応用に変わる。

 

 

「御自慢の”時”を奪われた気分はどうだ? 貴様は今から何も出来ずに共に殺されるのだぞ」

 

「……お前の性格と同じで最悪かな?」

 

 テュラに操られたアンリは普段浮かべない嫌な笑みを浮かべながら真横に腕を伸ばす。氷のナイフに冷気が絡み付いて刀身を伸ばし、同時に周囲の気温も下げてしまった。

 ナイフは既に通常の片手剣サイズにまで大きくなり、感じる冷気もナイフの時とは段違いだ。

 

 ……不味い、不味いぞ。

 周囲の木々に霜が付着しているし、池の表面だって氷が張りそうになっている。吐く息だって白くなって凄く寒い!

 僕、寒がりだからこんな真冬の雪国みたいな所には居たくないんだけれど、本当に面倒な女神だよ!

 

 息をすれば肺まで凍りそうな寒さの中、僕は腰の刀の柄を握りながら後退りをした。僕が一歩下がればアンリは一歩進み出て、ニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべて下唇を舌の先で舐める。……あれ? こんな状況であの舐め方って何処かで……。

 

「隙を見せたな!」

 

 アンリの口元に意識を向けた瞬間、声を上げて飛び掛かって来たのをギリギリ避けたけれど刃の軌道に沿って冷気が発生していた。袖の一部が凍り付き動かしにくい。アンリの魔法には此処までの出力は無かった筈だけれど、どれだけ無理に力を引き出しているんだ?

 

「……おい。そんな力を使ってアンリは大丈夫なの?」

 

 テュラは封印された身だ。幾ら体を操っているだけと言っても長時間は無理だろう。だから焦っている筈だし、だからこそ今の出力での攻撃だ。つまり時間経過は僕に有利な筈。

 ゲームでもその関係で利用する兄妹への接触はそれ程多くはなかったしさ。

 

「時間稼ぎか? 小賢しい事だ。貴様、どうやら見抜いているらしい。まあ、誉めてやろう。馬鹿な妹とは違うとな」

 

 正直言って答えてくれるとは思わないけれどテュラは動きを止め、剣の切っ先を地面に刺して動きを止める。その体に繋がる闇の魔力の糸は僅かだけれど綻びを感じるし、時間稼ぎが目的なのは否定しないよ。

 

「安心しろ。この男……いや、女か? この女、貴様にとって何だ!? まさか浮気相手ではあるまいな!?」

 

「……えぇ、何言ってるのさ。アンリは騎獣レースのライバルで友人だよ。大体、浮気って……」

 

「だって貴様には婚約者が居るだろう! それなのにこんな姿の女とこんな場所に居るだなんて!」

 

 ビシッと僕を指差すアンリ。此奴、僕に関する情報をどれだけ手に入れているんだ? 別にクヴァイル家は徹底的な秘密主義って訳じゃないし、寧ろ大々的に力を使わせてくるから能力に関する情報は漏れてるだろうし、人間関係だって調べられるだろう。

 

 ……浮気ってのはパンドラが居るのにって事かな? まあ、僕だって貴族じゃなかったら婚約者が居るのに他の女の子と仲良くしているのは憚られるだろうし、女神に貴族の都合とか理解しろって方が無理か。

 

 でもさ……。

 

「いや、服を脱がしたのは治療の為だよ。その辺に転がっているだろ? ”未確認のモンスター”がさ」

 

 モンスターの名前を知ってはいるけれど口には出さない。相手が僕の情報を何処まで握っているのかは分からないけれど、知らない筈の情報迄知っているって悟らせるメリットは少ないからね。精々が揺さぶりに使える程度なら伏せておいた方が良いでしょ。

 

 アンリが大丈夫って情報が何処まで信用出来るのかは疑問だけれど、今は魔力の乱れを感じないし一旦は安心するしかないよね。その安心が何時までなのかは疑問だけれど、今僕がすべきなのは一つだけだ。

 

 

「ねぇ、リアスが馬鹿だってのは取り消してくれないかな? 身内のじゃれ合いで言うのとは話が違うんだ。お前があの子の何を知っている!」

 

「ふんっ。怒ったか、シスコンめ。馬鹿は馬鹿だろうに。……それで時間稼ぎはお終いか? 私もお終いだ」

 

 バレてるっ!?

 

 そう、僕がすべきなのは会話による時間稼ぎだ。正直言ってリアスの事を馬鹿だって言われても否定出来ないし、敵の挑発としてはお粗末だから怒っていても僕に不利益だ。それより優先すべきなのは時間を稼ぎ、アンリの体でこれ以上の無理はさせない事。

 

 大体、操られている時の記憶が彼女に残った時、これ以上僕やタマが怪我を負えば何って思うのか。タマは軽いけれど怪我を負ったし、僕だって袖の下が軽度の凍傷になりかけているのを感じる。長引かせれば僕の勝利だけれど、その長引いた時の内容も重要だ。

 

 何もさせずに時間を稼ぐのが理想的。……でも、それは読まれていたみたいだ。

 

「時間稼ぎをしたいのは貴様だけだとでも? 甘いな。私も時間が欲しかった。草間の動きを封じる為のな」

 

 声がアンリ以外の物に代わり、それは傲慢そうな、それでもって何処か無理をしているみたいな感じだった。

 突然の勝利宣言に僕は向こうも何かを狙って居たのを悟る。ああ、本当に油断していたよ。

 

 足下から冷気が噴き出して周囲一体を凍り付かせる。僕の膝から下も氷に覆われて動かせず、ポチやタマも同じく動きを封じられた。

 

「キュイ!?」

 

「ピッ!?」

 

「……ヤバいな」

 

 只話に付き合う為に剣を地面に刺したんじゃなく、これを狙っていたのか。僕は自分の為に時間稼ぎをしているつもりだったのに、本当は向こうの為に時間を稼いでしまってたんだ。

 

 ポチは風の刃で氷を削り、タマは雷で砕こうとするけれど表面ばかりで全然効果が無い。二匹とも寒さに格段強い種族じゃないし、急激な体温の低下で本調子が出ないんだ。

 特にタマなんて温暖な気候の地帯に生息するドラゴンだ。見た目はペンギンでも寒さは堪える筈。……ペンギン自体が寒冷地に住むけれど寒さに強くはない生物だっけ? それにドラゴンって変温動物なのかな?

 

 いや、そんな事を気にしている場合じゃないな。絶賛大ピンチだ。

 

 ……本当に失態だ。今の状況だけじゃなく、この状況に至る事になった経緯を含めて失敗を認めるしかない。

 

 テュラが僕達を利用しようと近付いても騙されない、だって? ああ、確かに僕達はゲームのロノスとリアスじゃないさ。ゲームの知識として未来を知っているんだから対処可能だっただろうさ。……あくまでもゲーム通りの展開だったらね。

 

 ゲームでは主人公の行動で細かい所は変わっても大まかな流れは変わらないけれど、現実は違う。何か大きな事が違えば、関係者の行動も大きく変わって来るのが当然なのに、矢っ張りこの世界をゲームのままと認識して油断していた。

 

 でも、テュラに何処で影響を与えた? 何処まで情報を持っている?

 此処まで違う行動に出た理由は僕が邪魔だかららしいけれど、どんな風に情報をどれだけ得てから判断したんだ? 少なくてもテュラが外を観察する為に使っているモンスターの目撃情報は今まで無かった筈。

 

 つまりはゲームとは違う情報源が有るって事だ。それがどれ程の物なのか知っておきたいな。……何処まで手の内を見せるべきかに関わって来るしね。

 

「僕について詳しいみたいだけれど何処で知ったのかな?」

 

「答える義務は無い。時間は稼がせん」

 

 おっと、読まれてるな。さて、どうすべきか。

 

 只でさえ今後の事への知識が全く役に立ちそうにないのに、情報を与え過ぎて余計に面倒な行動に出られたら厄介だ。

 

 この場を切り抜けるのが最優先。後は何処まで情報を持っているのかを探り、持っていない情報を与えない。それを念頭に……。

 

 

 

「では、死ね。安心しろ。縦ロールの婚約者もお前を見下す妹も用が済めば同じ所に送ってやる」

 

 ……え?



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明烏

 私が”私”を思い出した時、私である事には何一つ影響しなかった。当然だ。矮小な精神を持つ人の子ならばいざ知れず、身も心も人のそれとは比べ物にならない神に大きな影響を与えられる筈も無い。

 

 人は不要だ。海も空も大地も無意味だ。世界そのものが無意味であり、私以外の神すら無為な存在である。

 

 だから全てを滅ぼそう。無に帰し、全てを闇で覆い尽くすべきだ。私にとって価値の有る物など何一つ存在しない。……その筈だったのに。

 

 完全無欠である私の心に生まれた僅かな凝り。守りたい物が存在して、だけれども守れなかった。”私”の部分が強く求める物は二度と手にする事が叶わぬ筈と思いながらも、神である私が一縷の望みに掛けて行った予言。人ではなく、神である己自身に関わる事は曖昧で鮮明には分からないが、判明したのは”何時か再会する”という事。

 

 感じた歓喜は素晴らしく、心が温かくなるのを自我を得てから初めて感じた。ああ、悪く無い。この事について考える間は”私”の部分が強く出るが、それが気にならない程に心地が良い。

 

 ならば求めよう。私以外の全てを無に帰すのは変わらない。だが、例外が多少有っても別に良いだろう。今度こそ一緒だ。今度こそ護る。

 

 だって私は×××××なのだから。

 

 さあ、そうと決まれば計画を実行するだけだ。”私”の部分が目覚めた事で得た知識を役に立て、私の目的を叶える。何を間違えたか、何をすれば良いのか、それは”私”が教えてくれるだろう。

 今から行動すれば大きな影響が出るだろうが、それを加味しての結果があの予言。故に私に芽生えた二つ目の目的に何ら影響は出はしない。

 

 

 では、何をすべきだ? 決まっている。目的達成の邪魔となる存在を消してしまえば良い。さすれば心に開いた穴に付け込め、道具をより効率良く運用出来るのだからな。

 

「待っていなさい……待っていろ。私が絶対に見つけ出してあげる……見つけ出す」

 

 だが、”私”の部分が強く出る時は少し面倒だな。心に芽生えた熱は心地良いが、神である私には無用な物まで出て来るのだから。

 

 

「ちっ! 時間か。だが、既に魔法は発動した。貴様達を始末するには十分……」

 

 僕達に向かって氷の刃が動き出した時、テュラとアンリの繋がりを保っていた魔力の糸も消え去って彼女の体が崩れ落ちる。倒れた時に額を強く打ったのが心配だけれど一旦は安心かな? 

 さて、本当に監視の目が一切無くなったのかは疑問だけれど、さっさとこの場を切り抜けるか。

 

 

「仕事の時間だよ、明烏」

 

 刀の柄を握って語り掛ければ強い熱を持ち始め、さっきまでは普通の刀身だったのが六色に輝き始めた。赤青黄緑金、そして黒。則ち基本の四属性に光と闇を足した色。

 これがこの刀”明烏”の本来の姿。対になる”夜鶴”が自らを振るう人の肉体とその分体を作り出すのなら、此奴の能力は……。

 

 

「”ファイアウォール”」

 

 ”火属性魔法”の詠唱と同時に出現した炎の壁は僕達に向かって来た氷の刃も足下を凍らせる氷も須く溶かし尽くし、冷え切った体を温めてくれる。やれやれ、芯まで冷え切ったけれど漸く人心地つける。

 ホッと一安心して胸をなで下ろし、続いて倒れたままのアンリに駆け寄って回復魔法を使用する。ちょっと魔法で診断したけれど変な後遺症も見られないし、良かった良かった。

 

 

「……さて、これからどうしよう。お祖父様に”使用は控えろ”って言われたばかりだし、使ったのがバレたら詳しい話を聞かせる事になるんだろうけれど、操られていたアンリや狙われた僕に対して色々と問題が出そうなんだよね」

 

 隠し通せば……無理! あの人相手に腹芸で勝とうとか千年早い!

 

 どうすべきかと頭を抱えると明烏の鍔がカタカタと鳴って次の仕事を要求して来る。まるでボール遊びをせがむ子犬みたいだ。まあ、実際は力を振るいたいだけの危険思考の持ち主だって夜鶴が言っていたけれどさ……。

 

「お説教で済む人じゃないし……」

 

 

 ま、まあ、緊急事態だったし大丈夫だろう。……多分、きっと、願わくば。

カタカタと鍔を鳴らし続ける明烏の柄を撫でて宥めながら鞘に戻し、それでも力の行使を要求する明烏に余計に疲れた。

 

「お願いだから落ち着いてよ。……また人目が無い所で使ってあげるからさ」

 

 最後に大きく鍔が鳴ってから漸く静かになった。明烏は夜鶴みたいに喋れはしないけれど明確な意志を持ち、こうやって一度能力を使えば更なる行使を要求して来る困り者だ。

 そしてそんな少し強欲や傲慢とさえ感じるだけの事はあって持つ能力は他の魔剣や妖刀の類とは隔絶した力を持っているんだよね。

 ……頼りになるけれど、逆に厄ネタでさえあって、お祖父様が使用を控えろって命令する気持ちも分かる。

 

 その能力は”時属性を除いた全ての属性の行使”。更に付け足すならば今の僕みたいに魔法を封印された状態であっても魔力が残っていれば魔法が使えてしまう。

 頼りにはなるんだけれど性格は困ったちゃんだし、全ての属性を使える刀だなんて周囲に知られたくない。使うには面倒な条件をクリアしなくちゃ駄目だけれど、奪う理由は沢山有るし、面倒な状況になるのが僕だけじゃないってのが本当に厄介な話だよ。

 

 

「アンリが気を失っていて良かった。後はテュラが本当に見ていないかどうかだけれど、あまり心配が過ぎても精神をすり減らしそうだよね。にしても……”縦ロールの婚約者に僕を見下す妹”だって? どうしてそれを知っているんだ?」

 

 僕に攻撃する時、テュラが口にした言葉が気になる。只の挑発とかじゃなくて妙な感じがした。だって、そうなる筈だったけれど今じゃ絶対に有り得ない、そんな内容だからだ。

 

 仲の良い妹、とか、頭の中まで筋肉が詰まっている妹、とかなら理解しよう。パンドラの事を言われたなら納得するよ。

 

 でも、リアスが僕を見下したみたいな態度を取るのも、ネーシャが婚約者なのもゲームの話、別の言い方をすれば僕とリアスが前世の記憶を取り戻さなかった場合の話だ。

 ゲームにおいてリアスは頼りたいのに頼れない兄に憤って見下した態度を向けていたし、婚約者だったネーシャとは想い合っていたけれど引き離された悲恋の関係だ。

 

 

 どうしてテュラはそれを知っている? そして大きく変わったのにその認識が変わっていない?

 だってリアスは僕を信頼してベッタリのシスコンだし、ネーシャとは最近出会ったばっかりで向こうは僕を利用する為に色々仕掛けたけれど不発だった。

 どう考えてもあんな認識になる筈が無いんだよ。

 

「考えろ。今後の為にも。それがテュラに対抗する武器になってくれる筈だ」

 

 こっちの優位条件だった筈の知識を向こうが持っている、それは前提と今後の方針に大きく影響を及ぼす。リアスだって知れば不安になるだろうし、どうにか安心させる為にも仮説を……まさか!

 

 一つ僕の頭に仮説が浮かぶ。これなら納得行くけれど、同時に厄介な話にもなる。ゲームではこんな描写……いや、仮説を立証出来る描写もあった気がするけれど思い出せない。

 

「困った。これは本当に帝国のあのダンジョンに行く必要が有るぞ。……問題はどうやって行くかだけれどさ。普通に行っただけじゃ帝国が管理する所に入れる筈もないし、でも仮説を立証して相手の出方を見極める為には……」

 

「う、うーん。何があったんだ……?」

 

「アンリ! 良かった、変な所は有るかい?」

 

 考え事をしている間にアンリは起き上がる。少し怠そうにしてはいるけれど意識はハッキリしているし、僕達に攻撃をした時の記憶は無い様子だ。

 

「いや、特に無いな。疲れた気がするが異常は無い」

 

 良かった。これで一安心だね。

 

 

 

「所で折れていた腕も元通りだが、君が何かしてくれたのか?」

 

 ……やっべ。どうやって誤魔化そう。

 



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男女の友情

ブクマ1000間近


 ……さて、どうすべきだろうか?

 

 気絶から目が覚めれば周囲の状況が一変していた。地面には焦げ跡が残っていて、遠くには僅かながら霜に覆われた木が数本見える。更に付け足せば僕は木にもたれ掛かって眠った筈だが移動しているし、何かが起きたのは間違いないだろう。

 

 では、何が起きた? 焦げ跡はタマの電撃で説明が付くが春なのに霜が付着した木に対しては何らかの魔法だと思われる。広範囲に及ぶ氷魔法の余波だろう。

 しかし周囲は水溜まりが幾つか有るだけで霜は見受けられず、戦闘が起きた結果、周囲の氷は溶けたのだとしてもロノスもポチも火の魔法は使えない。

 

 ……そもそも僕が今の今まで目覚めなかった理由が分からない。これでも幼い頃からの訓練で何かあれば目覚められるんだ。友が側に行るからと気を弛ませて熟睡が過ぎたとは考えられない。

 

 

「……何か言えない事でも有るのか?」

 

 そして折れていたのに治っている僕の腕。当然ロノスは回復魔法は使えなかった筈で、新しく使える様になったとしても僕の問いかけに一瞬困り顔を見せたのは不可解だ。

 つまりは何らかの極秘事項が絡んでいるのだが、関連していそうな事には思い当たるのが一つ……。

 

 

 リュボス聖王国宰相ゼース・クヴァイル。戦場では槍術と火の魔法によって幾万の敵を屠った”魔王”の異名を持つ男であり、政務面でも破格の才能を見せる実質的な国の支配者。

 

 だが、既に成人した孫さえいるのに彼に老いた様子は無く、時偶に国内外から送られる刺客を単独で返り討ちにしているとの情報を耳にしている。

 もしや不老不死なのではとさえ噂される彼だが、その孫の一人は前代未聞の”時属性”の使い手だ。意識の有る相手には時間操作が難しく、遅くしたり速くしたりは可能だが体の時間を戻して回復させる等は不可能だと認識されているが……。

 

 

「……いや、別に良いさ。気を失っている間も君に助けて貰った気がするし、これで今回の事での貸し借りは無しだ。僕は何も知らない。それで良いだろう?」

 

「アンリ……助かったよ」

 

「お礼は良いさ。僕は何も知らないんだから理由が無い」

 

 そっと拳を突き出せばロノスが自分の拳を軽く当てて来る。父上は秘密を暴きたがっていたな。

 

 確かあれは王国に行く前日の事だ。食事の時にされた頼まれ事に僕は不満を隠せなかった。

 

「あの魔王の秘密を探るのですか? それも友との関係を利用して?」

 

 老いた様子すら見せないゼース宰相に対して誠しやかに囁かれる噂。彼は不老長寿を手に入れた、そんな馬鹿馬鹿しい噂だが、何せ孫であるロノスは誰も使えなかった時間を操る魔法の使い手だ。可能不可能は分かれていると聞くが、もしかしてと思う気持ちは否定しない。

 真実であれば自分も不老長寿をって考えるのもな。

 

「……父上、我が一族の家訓の一つは”己に恥じる事はするな”でしたよね? 僕にとって友情を利用するのがそれに反する行為なのですが?」

 

「う、うむ。そうであろうな。我が輩も姑殿に申し上げたのだが、一応頼むだけ頼めと引き下がらずにな」

 

「ではこれで一応頼みましたし、あの人には父上からお伝え下さい。婿養子の身では厳しいとは存じ上げますが、今の当主は父上ですよ」

 

 

 勘弁して貰おう。上の方からも何か言われた様子だったが、僕は今は学生の身分だし今は友人を優先したいんだ。それに下手に踏み込んで友人関係を失うだけで済まされず”魔王”に目を付けられるだなんて勘弁願いたい。

 

 肩を竦めてフッと息を吐き出す。しかし困った奴だ。友人相手とはいえ動揺を見せるだなんて。見せられた方がどう反応すべきか困るじゃないか。

 

 

「じゃあ骨折も気のせいだったみたいだし……」

 

「ピー!」

 

 未だ今回の任務の討伐対象であるモンスターが残っているし協力して終わらせる事を提案する途中、今まで堪えていた様子のタマが辛抱しきれなかったらしく飛びかかって来た。

 目にはうっすら涙を浮かべ、”元に戻った”だなんて。……矢っ張り僕に何かあったんだな。これは随分と大きな借りが出来たらしい。恐らくは知らない振りでは相殺出来ない程のな。だが蒸し返すのは野暮だし、何らかの口実で改めて礼をするか。

 

「タマ、分かるな? 落ち着け」

 

「ピ!」

 

 随分と興奮した様子だったタマだが、流石は僕と共に軍の訓練を受けて育った優秀なドラゴンだ。制止の一言で冷静になって動きを止める。何時もは慌てん坊なこの子だが努力は裏切らないからな。

 ロノスはポチの方が可愛いと思っているらしいが、どう考えてもタマの方が可愛いだろう。モコモコの羽毛に円らな瞳、愛くるしい鳴き声。

 ああ、なんて可愛い生物なんだ。こんな可愛い生き物がこの世に存在して良いのかと疑問に……。

 

「……ピ」

 

「……あっ」

 

 ……さて、動きを止めた迄は良かったのだが、僕との間に居たロノスの存在を忘れる程に興奮していたタマは停止が間に合わず、モコモコの羽毛の下は結構筋肉があって重い巨体がロノスに直撃。直ぐ前にいた僕諸共弾き飛ばされて池に池の上に投げ出されたんだが、落ちる寸前にロノスの顔が僕の顔に近寄って、唇が触れ合った。

 

 なっ!? ななっ!?

 

 男として生きて来た僕だしロノスは友人、恋愛対象外だ。でも、年頃の女の子である事実は変わらないし、そんな僕がファ、ファーストキスを失ったんだ。動揺と恥ずかしさで思考が鈍った僕はロノスと一緒に為すすべなく池に落ちて行った……。

 

 タマ、後でお仕置きだぞっ!

 

 春先とは思えない冷たさの水に落ちても僕は顔が熱くなるのを感じていたんだ。あっ、不味い。足が着かない……。

 動揺も有ってか只でさえ苦手な泳ぎが益々上手く出来ずに溺れそうになる。必死にもがいて岸に手を伸ばすけれど届きそうにないし、早く引き上げてくれ、タマ!

 

「ピー! ピー!}

 

 え? 足が吊った? 溺れそうだから助けて欲しい?  ……ピンチだ!

 

 

「もー! 落ち着きなよ。ほら、大丈夫かい?」

 

「……恩に着る」

 

 結局助けてくれたのはロノスとポチだった。タマはポチの前脚で掴んで持ち上げられて、僕はロノスに抱き上げられて岸へと向かう。服の上じゃ分かりにくいけれど本当に鍛えてるんだな、此奴も。

 

 ……ロノスは友人だ。性別なんて友情には無関係だと信じている。でも、今だけは普通の女の子みたいに少しドキドキしていて、それが心地良かった……。



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分かり易い者達

「良いか? さっきのは事故だ。戦場で服が破れて肌が見えたとかそんな感じの不可抗力でしかない。つまりは僕達の友情に何一つ影響を及ぼしはしない。大体、キスを親しい相手との挨拶程度にする風習だって存在するのに大袈裟に騒ぐ事でも無いだろう。つまりは何も無かったのと同じだ。異論は有るか?」

 

 タマに跳ね飛ばされた結果起きてしまった事故によってキスをしてしまった僕とアンリ。普段は性別なんて互いに気にしない仲だけれども、流石にキスなんてしてしまった日には恥ずかしいと感じてしまった。

 女の子として意識はしていないけれど要所で普段はされないであろう女の子扱いをしている僕だけれど、こんな事をする関係になるだなんて想定した事が無かったからなあ。パンドラやレナに色仕掛けを受けた時とは感じる物が変わって来ていた。僕、想定外に弱いよね。

 

 でも動揺を隠せないのはアンリも一緒みたいだ。だって息継ぎもせずに早送りで意見をぶつけて来るだなんてらしくない。軍人として厳しい訓練で心身を鍛えた彼女でも友人とのキスには耐えられなかったか。

 うーん、男としての教育のせいで恋愛面が疎かになっていたのかも。

 

 まあ、僕との間には恋愛面なんて無関係だけどもさ。互いに思春期だし、今後に尾を引くのは嫌だなあ。

 

「別にないけれど、アンリ、ちょっと早口になって・・・・・・」

 

「なっていない! 僕は冷静であって、焦る必要性が微塵も感じられないからな。そんな事よりも少し熱い気がするんだが火力が強過ぎないか?」

 

 それはそうとして、さも”自分は冷静ですよ”って口振りは頂けないよ。今は冷たい池に落ちた体を温める為に焚き火に当たっている所だけれど(濡れた服と体に付いた水は僕の魔法で解決済み。アンリが意識を取り戻した頃に封印が解けた)、アンリの顔が赤く見えるのは火のせいだけじゃ絶対にない。

 

 互いにペットにもたれかかって体を暖めてるけれど、どうせだったら屋敷に帰って落ち着いて休みたいよ。

 

「さっさと終わらせて帰りたいからね。遅くなったらお祖父様にお叱りを受けそうだし、明後日は舞踏会だ。あんな冷たい池に落ちて体を冷やしたんだし風邪でも引いたら……あっ」

 

 アリアさん、池に置き去りにしちゃったけれど大丈夫かな? ……ちょっと様子見に行こう。

 

「うん? 何処か行くのか?」

 

「いや、水浴びをしていたアリアさんの様子を見に行こうと思ってね。……いや、何なのさ、その目は」

 

「水浴びをしていた女の子の様子を見に行くのか。……水浴びの最中に遭遇したな?」

 

 ギクッ! しまった。軽率な発言だったか!

 

 急に立ち上がった事に怪訝そうにしているから答えたら言わなくても良い事まで言っちゃったよ。お陰でジト目を向けられちゃうし、何故か付いて来るし。

 

 

「君が水浴びの最中に再び遭遇しない為に同行しよう。君は親しくても出会ってそれ程経っていない間柄だし、性別を偽っていても同性の僕の方が遭遇するのに向いているだろう?」

 

 ”それに索敵の訓練を受けているから離れていても気配で何となく位置と様子が分かる”って付け加えてアンリも歩き出した。まあ、助かったのかな? 戦いの影響で池の水温が急低下したし今は流石に上がってるだろうけれど万が一水浴びを再び見ちゃったらなあ。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「い、いや、気にしないで……」

 

 裸で抱き付かれてキスまでされたから気まずい、そんなの言えないしね。

 

「成る程。何かあったのか。うん、君の事だし……聞かないでおこうか」

 

「君の中での僕の認識がどうなってるのかは気になるけれど知らない方が良さそうだ。友人であるだけで十分だよ」

 

「結構だ。僕もそれが良いから言わせないでくれ」

 

 こうやって軽口を叩き合える位には戻ったし、アリアさんの水浴びに遭遇して良かったのかな? いや、変な意味じゃなくて。確かに眼福だったし、抱き付かれた時に柔らかいって思ったけれど…。

 

 でも、アリアさんって……。

 

 

「痩せ過ぎだよね。胸以外は……」

 

「おい、このドスケベ。せめて僕が居ない時に呟け」

 

 あっ、またしても口が滑った。そして僕に向けられるアンリの視線は池の水よりも冷たかった。

 

 

 

 

「しかし君はあれか? 妹とは正反対の胸が好きなのか?」

 

「黙秘します」

 

 アンリ、友人相手でも女の子に猥談を振られたら困るからね? ……圧倒的にツッコミが不足!

 

 

「因みに僕は人並みにはあるぞ。……最近育って来て押さえつけるのが大変なんだ。動きやすそうな君の妹が羨ましい」

 

「それ、絶対に本人には言わないでね? まっ平らなのを気にしているから」

 

 まあ、確かに鎖帷子とサラシの下で窮屈そうに……いや、思い出すなよ、僕! アンリは友人! アンリは友達!

 

 

「……触ってみるか? 揉んでも良い」

 

「揉みません!」

 

「つまり触りはすると……冗談だ。偶には女の子らしい冗談を言ってみたくてな。君にしか言えないんだから勘弁してくれ」

 

「女の子としてどうかと思う冗談だったけどね?」

 

「……そうなのか? メイド達の猥談とかもっと凄いぞ? (禁止ワード)が(禁止ワード)とか、誰某の(禁止ワード)を友人数人で(禁止ワード)したとかな。顔が赤いな。少しは慣れておけ」

 

 え、えげつない。友人の家のメイドの猥談えげつない! うちはメイド長が厳しいから少なくても僕に聞こえる範囲ではしないからね。尚、レナは除く。

 

「ご忠告痛み入るよ」

 

 さてと、そろそろアリアさんが居た辺りだけれど……。

 

「あっ、来た。それに……」

 

「既に服を着ていて良かったな。それと背後に転がっているのは……」

 

 声がしたかと思うと既に服を着ているアリアさんが手を振りながら駆け寄って来たんだけれど、その背後には巨大なモンスターの死骸が転がっていた。

 ……うん。今回のターゲットだね。この短時間でしかも無傷で倒したのか。彼女、強くなったなあ……。

 

 最初はテュラ対策として強くなって貰いつつ原作で戦力になる人達と仲良くなって貰う予定だったんだけれども、まさか此処まで強くなってしまうだなんて。

 ……まあ、僕とリアスの行動の結果、既に原作なんて有って無い感じだけどさ。

 

「きゃっ!?」

 

「おっと」

 

 足元を見ずに走っていたのか石に躓いたアリアさんを慌てて胸で受け止める。あっ、ちょっとズレて腕に胸が当たっちゃった。……気付かれてないよね?

 

 

「えへへ。助かりました。それよりも見て下さい! あのモンスター、私が倒したんですよ! 新しい魔法を思い付きまして、試してみたら思ったより強力でした。名付けて”ダークドレイン”です」

 

 えっと、僕の記憶が確かなら最後の方に覚える魔法だった気が。いや、多分偶然同じ名前になっただけだね。

 

「それってどんな魔法なんだい?」

 

「相手に闇の触手を突き刺して生命力を吸収するんです。発動を継続しながら他の魔法も使えますし、自分を回復させられる便利な魔法ですよ」

 

 はい、ゲームと同じだ。確か説明文じゃ”単体に継続ダメージを与え、自分の体力を回復させる”だったよね。流石は主人公に収まるだけあって成長速度が凄い……。

 

「うん、強くなったね。流石はアリアさんだ。僕も嬉しいよ」

 

 アリアさんは抱き止めた後も嬉しそうな顔のまま離れようとせず、誉めたら更に喜んだ顔を見せて来る。この顔の何割かが演技なんだから凄いよね。ゲームの知識と見抜く特訓の両方が合わさって漸く見抜けるんだからさ。

 僕は感心しつつアリアさんに視線を向ける。髪が少し湿っているし、風邪を引かないと良いけれど。

 

 ……にしてもこうも”誉めて誉めて”ってのが伝わって来ると犬の尻尾を幻視……うっ!?

 

 

 

「……どうかしましたか?」

 

「いや、逆レイプ未遂事件を思い出し……何でもないよ」



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変わりだした物語

「ええっ!? テュラがアンリの体を操って襲って来たぁっ!?」

 

「しーっ! 声が大きい!」

 

 任務終了後、今後の行動について話し合う兄妹会議で今回の一件を話したんだけれど、リアスったら他の人に万が一にでも聞かれたら面倒だって忘れたのかな? 僕もリアスが襲われたって知ったら冷静じゃ居られないんだろうけれどさ。

 

 大声で叫ぶリアス口を塞いで周囲の気配を探るけれど大きなアクビをしたポチが迷惑そうに視線をリアスに向けるだけ。夜鶴なら気配を殺せるだろうけれど彼女が僕達の会話を盗み聞きする理由は無いから大丈夫だ。

 

「それで続けるよ?」

 

 リアスの口を塞いだまま人差し指を自分の唇に当てて静かにするのを再確認、頷いたので手を離す。

 

「それで怪我してない?」

 

「うん、大丈夫さ」

 

 本当は軽い凍傷になってたけれど回復魔法で癒したし、トラウマが蘇っただけで今回の仕事も無傷で帰還だ。お祖父様から仕事が回って来た当初は少ないとはいえ怪我をして帰って来る僕を涙目で心配して騒ぐリアスを宥めるのが大変だったよな。

 ”自分も一緒に仕事をする”って駄々を捏ねてさ。……絶対に嫌だから僕一人でどんな仕事だってして来たんじゃないか。

 

「……そう」

 

 あ~、これは見抜かれてるな。僕の嘘に最初は騙されていたリアスも年々学習しているのか今回みたいに疑いの眼差しを向けて来る。でも、僕が落ち込んでいる時以外は言及しない。本当にこの子は……。

 

「ちょっとお兄ちゃん。私、もう十六なんだけれど?」

 

「その十六がレナスにはベタベタ甘えているじゃないか。僕だって可愛い妹を甘やかしたくなったんだよ」

 

 そんな妹が可愛いから頭を撫でてしまったら恥ずかしそうに抗議するけれど、撫でる手を振り払おうとはしないし悪い気分じゃ無いんだろう。じゃあ少しの間継続させて貰おうかな? 流石に貴族が人前で十六の妹を甘やかすとか堂々とは出来ないんだからさ。

 

「もう少しリアスを甘やかしたいんだよね、個人的にはさ」

 

「もー! そんな事よりも明烏を使ったんでしょ? お祖父様は何か言わなかった?」

 

「……使わなかったって報告したよ。流石に闇の女神に狙われてるだなんて馬鹿正直に報告したらどんな事になるのやら」

 

「まあ、お祖父様だものね。確実に動きにくくなるのは間違い無いわよ。……私達は強いけれど、それでも今はレナスに匹敵する相手と戦うのはキツいわ」

 

 ゲームにおいてリアスが歪む理由となった暗殺未遂事件はお祖父様の手による物だ。僕達が前世の記憶を取り戻して行った行動の結果か起きはしなかったけれど、あのお祖父様だからなあ。

 ゲームとは違うから、だなんて安心出来ないし、実は僕達に向けられるであろう刺客からも僕には一言あったんだ。

 

「親方様の命令であらばロノス君とリアスちゃんでも始末します。でも、お二人は優しく殺してあげますね。その後で親方様の孫を殺した罰として諸々の引継を終わらせたら私も後を追いますから」

 

 ”マオ・ニュ”、レナスと同格の強さを持つ彼女の相棒で、普段は凄く優しいんだけれどスイッチを切り替えたら優しい態度のまま悪魔に変貌する。

 因みに僕のトラウマである逆レイプ未遂事件の犯人を半殺しにしたのも彼女だ。仮にも幼い頃から知っている子が相手だったのに容赦が無かったからな。

 

 正直言って犯人が僕の正室候補だとお祖父様から聞いてなかったら教育としての攻撃じゃなくて見敵必殺的なノリで首を跳ねていたと思う。……別のトラウマが僕に植え付けられていそうだな。

 

 

「ちょっと大丈夫? 遠い目をしていたけれど……」

 

「う、うん。大丈夫だけれど……本当にどうする? テュラが接触して来ても交渉を退けて、後は他の誰かに接触していないか調べるって話だったけどさ」

 

 まあ、我ながら長期戦になりそうで面倒な方針だとは思うよ。だって相手は無理に僕達が生きている間に行う必要は無いんだからさ。封印解除に必要なのは”闇属性でしか解けない封印をされている神獣の撃破”と”光属性の力”だ。人とは時間感覚が違う筈の神だから”次の機会を待つか”ってなる可能性だって考えられる。

 

 ”何故私に従わない。諦めるなど不快だ”ってなる可能性だって考えられるけれど、出来れば待ってくれる方が良いや。

 

神様ってプライドが高いイメージだし、そうなる可能性は捨てきれない。……面倒だ。

 

 正直言って前者の方を強く望むよ。復活させた上で倒さないと驚異は無くならないし、何時か僕達の代わりに利用されるのが出て来るんだろう。でもさ、忌諱されている闇属性じゃなく崇拝される光属性の使い手が記録に残ってないのはそれだけ現れないって事だろうし、僕達が寿命で死んだずっと後の可能性が高いんだし、危ない橋は渡りたくない。

 

 僕はさ、”魔王が復活したから倒して来るのだ、勇者よ!”ってノリで送り出されて素直に従う自己犠牲精神が凄まじい主人公みたいなタイプじゃないんだ。

 

 世界の為に、捧げよ、血。捧げよ、魂。捧げよ、人生。ああ、馬鹿馬鹿しい。

 

 所詮個人にとって世界ってのは自分を取り巻く周囲だ。名前も顔も知らない他人、更に子や孫の代でも生涯関わる事がないまま人生を終えるであろう人の為に危険を犯せない。

 

「リアス、今後どうすべきか分かっているね?」

 

「売られた喧嘩は買えば良いのよね? わかっているわ!」

 

「あっ、うん。神獣将は復活しているし、リュキの悪心の復活は防げないって前提で動いた方が良さそうだから正解で良いや。復活前に三人とも倒すのが一番だけれどさ」

 

「神獣の封印場所や三人の拠点が分かったら待ち伏せなり乗り込むなり出来るのにね。それを考えると今日逃したのは惜しかったわ」

 

 拳を握りしめて自信満々のリアスを見ていると頼りになりそうなのに不安になって来るなあ。

 

「一応神獣は光属性だし、君の魔法は効果がそれ程でもないんだから無茶は駄目だよ。貴族なんだし使える戦力を有効活用しないと」

 

「……えー」

 

「文句言わないの! 相変わらずレナスの影響で戦闘が好きなんだから困るよ」

 

 僕がしっかりしないと。僕はお兄ちゃんで、お兄ちゃんは妹を護る存在だ。その為だったら自分がどれだけ汚れたって構うものか。

 

 

「それより神獣将で思い出したんだけれど、ラドゥーンが起こした問題を解決したって言ったでしょ?」

 

「ああ、報告は受けてるよ。ちゃんとプルートが報告書を纏めてくれたからさ。……正直言ってリアスの説明じゃ半分も伝わらなかった」

 

「え? 私が何だって?」

 

「何でもない何でもない」

 

「そっか!」

 

 ……危なかった。どうも今日は失言が多いな。そして素直に信じる姿は可愛いけれど、リアスの脳筋が心配だ。僕、何やってるんだろう……。

 

 てか、さっきので誤魔化せるってのは僕への信頼からだよね? 其処まで単純だからじゃないよね?

 

 うん、信頼故だと思おう。そう思いたい……。

 

「それでお礼を貰ったんだけれど、巨乳になる薬じゃなかったのよ。騙すなんて酷いと思わない? 私は全力で暴れられて結構スッキリしたから良いけれど、レナやプルートは大変そうだったのに」

 

 少し不満そうなリアスだけれど報告書では一度もそんな薬だって言っていないし、リアスだって確かめてない筈だけれど……。

 

「あー、うん。そーだね。酷いね」

 

 何が酷いかは口にしない。だってリアスは大切な可愛い妹だから。

 

「まあ、プルートによれば必要となる薬なんでしょ? 彼女の予知能力を信じて携帯していなよ。薬入れにでも入れてさ」

 

「うん。お兄ちゃんが言うなら間違い無いもの。そうしておくわね」

 

 こうやって素直で可愛いんだけれど少し喧嘩っ早い上に短気な妹は僕と違って主人公寄りの性格だ。他人でも困ってる人を見捨てられず、取捨選択大の苦手。取り敢えず戦いで解決可能なら戦ってみる。

 

 ……うん、本当に困った。暴走をくい止めて守らないといけないんだから。僕だけで大丈夫かな?

 

 

「矢っ張りお姉ちゃんが居てくれたら助かるのにね」

 

「うん。ゲームの知識だって段違いだし、絶対頼りになったのに。でも、こっちに来るって事はあの事故で一緒に死んじゃったって事だし、私は来ていて欲しいのと欲しくないのが半々かな?」

 

「……そっか。そうだよね。それに来ていたとしても互いに相手が分からないかも知れないし、僕達って悪役だったから変な先入観を向けられたら……」

 

 あの事故の瞬間、あの人は僕達を庇おうと抱き締めた。幼い僕達の世話を焼いて守ってくれていたのはお姉ちゃんで、今の人生もあの人が話した知識が役に立っている。

 

 

「矢っ張り帝国のあのダンジョンに行く方法を考えないと。忘れてしまった部分を思い出して、お姉ちゃんがくれた知識を無駄にしない為にもさ」



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舞踏会

三章 完!


 生徒の出身国である四つの国の特色に合わせて情熱的だったり軽快だったり厳かだったりゆったりとしていたりと熟練の奏者達による演奏は聞き惚れてしまいそうな程に美しい。絢爛豪華に飾られた大広間は音楽同様に国に合わせた装飾がされていて、全くの別物なのに調和を見せている。

 

 着飾った生徒達、テーブルに並ぶご馳走、忙しくも慌ただしさを見せず優雅に動き回る給仕達。今日は待ちに待った新入生歓迎の舞踏会当日だ。

 

 普段は会う機会の限られている上級生達も一年生達も精一杯着飾って、会場の装飾に負けじと色取り取りの衣装で身を包む。但し、当然だけれども黒いドレスの人は居ないんだけれども……。

 

「黒いね」

 

「ええ、黒いわね。それと少し臭いわ」

 

「うん。臭いよね」

 

「香水の臭いをプンプンさせて人が食べてる所に近寄るなっての」

 

「そっちかぁ……」

 

 決まっていたパートナーと共に踊り、その合間に料理に舌鼓を打って他の生徒を踊りに誘う。楽しい楽しい心躍る舞踏会。この機会に共に学ぶ仲間達との交流を……とは建て前で、実際は打算やら嫉妬やら策謀が渦巻いているのが貴族のパーティーだ。

 

 この場には大まかに分けて三種類が存在する。取り入って来る者達の中から役に立ちそうな者や自分の自尊心を満たす為に従える者を探そうとしている奴と、他を蹴落としてでも上の立場にいる相手に取り入ろうとする者達。

 

 入学前から既にグループは有る程度形成される物だし、他の機会として考えられる貴族主催のパーティーだって招待状を貰える関係じゃなかったら参加すら不可能だ。でも学生が集うこの舞踏会みたいに学園内でならチャンスが幾度が訪れる。

 特に後継者でも予備ですらない三男以降は婿入り先だって探さなくちゃ駄目だし、先ずはお目当ての相手の取り巻きに近づいて目当ての相手との顔繋ぎをって感じか。

 

「あっ、袖の下を渡した」

 

「あっちじゃ体を密着させているわね」

 

「大変だよなあ。俺達は無関係で良かったぜ。後は近付いて来るのが居なけりゃ最高なんだがよ」

 

 そんな中、僕達は三つ目のグループに属している。大公家の次期当主のフリートやその婚約者でありリアスの取り巻きの一人であるチェルシー、そして僕達は家の力も関係する家との繋がりは既に十分で、向こうから挨拶に来るのを待って対応する身分だ。

 将来の為に同等の相手と仲良くはするけれど自分から行く訳にもいかないし、別にこの機会じゃなくても構わない。

 だから時折対応するだけで食事に踊りをとパーティーを楽しんでいたら良いんだ。

 

「舞踏会かあ。俺達は何度も参加して飽きてる身分だしよ。……適当に抜け出して街で遊ばねぇ? ちょいとカジノで小金をばらまいても良いし、酒場の歌姫が最近評判なんだってよ」

 

 だから退屈そうにしているフリートに僕も内心では賛成だ。僕達にとって必要不可欠でもなければ珍しい物でもない。寧ろ仕事として普段から参加しているパーティーみたいに既に領地を経営している大人相手に挨拶する必要も無いしさ。

 ……てか、家の力が近い相手の殆どは既に知り合いだし他のパーティーで頻繁に会う。僕も屋台巡りとかしたいんだけれど。

 

「駄目よ、フリート。こうやって出席しているのも義務の内よ。リアス様もせめて取り繕って下さい。聖女としての仕事の時は出来ているじゃないですか」

 

 だよねぇ。チェルシーは言い出しっぺのフリートや声には出さなくても賛成だって表情で言っているリアスを叱りだした。

 

「へーい」

 

「はーい」

 

「ちゃんと返事をする! ……もう!」

 

 ありゃりゃ、チェルシーったら大変だね。将来的にフリートに嫁ぐ彼女だけれど、今は幼い頃からの友人であるリアスのお目付役も任されている。彼女のお兄さんもそうだけれど苦労性な所は同情するよ。

 でも二人共ちゃんと言う事は聞くんだよね。それだけ彼女が慕われているって感じかな?

 

「ご苦労様、チェルシー。次の演奏が始まるし踊って来たら? それともお兄さんに挨拶して来る?」

 

 僕が視線を向けた先ではチェルシーのお兄さんである”ジョセフ・クローニン”が他の上級生に指示を出しつつ妙な事が起きないか目を光らせている。

 策謀渦巻く舞踏会だ。ちょっと気苦労があるみたいで窶れていたよ。……ちゃんと寝ているのかな?

 

 母親譲りのオレンジ色の髪をしたチェルシー()と違って婿養子である父親譲りの焦げ茶色の髪の毛と瞳を持つ少々地味で平凡な彼は前に会った時よりも痩せて見えた。

 

 何せ決闘騒ぎから始まって学園ダンジョンには本来出現しないモンスターの出現、僕達兄妹やフリート等々各国でも上位の家柄の子息子女の入学や、その他諸々の貴族の学校ならではの問題。

 

 四カ国の貴族が集まる学校で学園が在る国以外の出身なのに生徒会長に選ばれるだけあって優秀で人望も有るんだけれど、ちょっと妹以上の苦労人気質だ。

 

「おっ、そうだな。義理の兄貴になるんだし、ちょいと顔見せて来るか」

 

「だからアンタから行かないの! 私だけで行ってから連れて来るまで待ちなさい。それに今は生徒会の仕事中よ。ほら、踊りに行くわよ。……ちゃんとリードしてね?」

 

「おう。俺様に任せておきな」

 

 そんな兄を気遣ってか考え無しに近付いて行くフリートの腕を取って連れて行くチェルシーを見送り、顔を向けずに周囲を観察する。

 チャンス到来って所かな?

 

 

 さて、今回の舞踏会は後から誘われるケースを除いて基本的には事前に選んだパートナーと踊る事になっている。余り物は担任であるマナフ先生が組み合わせ、奇数だから出た余りは先生と踊る。

 僕はアリアさんと、リアスはアンリと踊る事になっていた。そう、なっていた……。

 

 

「まさか二人揃って体調を崩すなんてね。色々大変だったって聞いたけれど、アリアは大丈夫かしら? お兄様に迷惑を掛けたとか言い掛かりを付けられない?」

 

「うーん。その辺は僕がどうこう出来る範囲じゃ無いからね。あまり干渉が過ぎても困るしさ。……国王は女子寮にでも行ったのかな? 急に予定変更だなんてさ」

 

 そう、二日前の一件で冷たい池の中に居たアリアさんは風邪を引き、アンリは無理に力を引き出した影響で杖無しじゃ起き上がって歩けない程の倦怠感に襲われて舞踏会を欠席している。

 

 ……更に言うならば突然顔を出す事が決まっていた国王は急な予定変更で来ない事になった。顔だけでも覚えて貰いたかった人達は残念がっているけれど、僕達と息子であるルクスは中止の理由も今何処に向かって居るのかも分かっている。

 

 女子寮だ。娘かも知れないアリアさんに会うべくお忍びで国王が女子寮に向かっているんだ。

 

 本来は一部のルートでのみ発覚する彼女の出生の秘密だけれど、会いに行った結果がどうなって、今後にどう関わるのか全くの未知数だ。

 

 

「あ、あの。クヴァイル嬢。宜しければ私と一曲……」

 

 ああ、矢っ張り来たか。相手が同時に休んだ僕達をどうやって割り振られるか先生は悩んだ結果、当たり障りの無い答えを出した。要するに特定の家と組ませて角が立つ位なら兄妹で組ませようって事だ。

 

 そして僕達は舞踏会に乗り気じゃ無いから踊ってなかったし、それを見て兄妹で踊るのは嫌だと思ったのかリアス目的で寄って来るのが数名。

 

「……ルクスは流石に対応で忙しいのか。でもこっちを見ているし、王国の貴族への牽制としては十分か」

 

 いやいや、リアスに惚れちゃったマザコン王子だけれど、パートナーを放置して寄って来る悪い虫を減らしてくれたのには感謝しよう。

 

 

 でも、結局は無駄なんだよね。

 

 

 

 

「あら、駄目よ。だって私のパートナーはお兄様だもの」

 

 会場の明かりを金の髪に映し出し、純白のパーティードレスを着たリアスは優雅に微笑みながら僕の手を取る。そう、僕達は別に兄妹で踊っても構わないのさ。

 

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

「ええ、リードはお任せするわ」

 

 僕達が知る物語は僕達の影響もあって大きく崩れ出した。でも、人生なんて何が起きるのか全くの不明なのが当然だ。向かう先の闇が濃くても僕達兄妹の絆が有れば、仲間が居れば乗り越えられるさ。

 

 

 僕達の祖国である聖王国調の音楽に合わせて僕達は踊る。さてさて、今後どうなるのやら。でも、今はこの時間を楽しもうか。

 

 

「頼りにしているよ、リアス」

 

「ええ、私もよ。お兄ちゃ……様」

 

 窓から外を見れば満天の星空。僕達の先行きは明るい……のかな?

 

 

 

 




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四章
俺様フラフープは中の上


 この日、私は本来ならば自分の居場所であり、同時に今の私では足を踏み入れる機会など当分訪れない筈の場所に呼び出されていましたわ。

 

 アマーラ帝国皇帝が住まう城内で大理石の回廊に杖と靴の音を立てながら進む私の心中は穏やかではありません。禁忌とされる双子として生まれ、一切合切凡庸な妹とは違って優秀だった私は皇帝の娘として迎えられる日が来ると信じていましたのに、今はこうして実の親との関係は秘匿とされ、皇室御用達の商会の娘として城に呼び出されている。

 

 ……義父も私に気を使って陛下に謁見する時に私をお供にする事は御座いませんでしたし、向こうも私に会おうとはしませんでしたわ。

 まさか双子の妹が何か言い出した? いえ、その程度で動く方ではないでしょう。だからこそ腹を痛めて産んだ私を捨てる事が出来たのですから。

 

「それに変な態度を取られても困りますわ。憐れみも謝罪も私にとっては侮辱ですもの」

 

 城内を護る帝国騎士には聞こえない大きさで呟く。双子の姉妹である事が伏せられている以上は真実を知る者にとっても私は皇女にそっくりなだけの商人の娘でしかありません。不敬罪とか勘弁ですわ。

 

 

 妹に思う所はあるものの恨み言は出て来ない。精々が私から足と立場を奪ったと思うのならば恥じない立ち振る舞いに努め、私を超えなさい、って所ですわね。

 

「にしても随分と心に余裕が出来たものですわ。……他に欲しい物が見付かったから余裕が生まれたのでしょうけれど」

 

 こうして城まで来た事で少し前まで無かった晴れやかな気分に驚かされる。さて、謁見の間も近いですし、下手扱かない為に気を引き締めませんと。何せ私には新たな野望が有るのですから。

 

 

「ああ、愛しのロノス様。どの様な形であっても必ずやお側に……」

 

 私は帝国有数の商会の娘。ならばこの恋心は個人としてだけでなく、商会の一員としても叶えたい物です。私、凄く強欲ですから公私の両方で満足行く結果が欲しいのですわよ。

 

 

 ……まあ、お側じゃなくても現地妻とか通い妻という妥協案も有りますがね。

 

 

 そんな事を考えていたら顔がにやけそうになる。ああ、野望とは、恋心とはとても素晴らしい物ですわ。それが有ればどの様な試練さえも乗り越えてみせるという気力が湧いて来ますもの。

 では、此処から先は正念場、告げられる内容にどの様に対応するかで私の今後が決まる可能性すら有りますわね。だから謁見の間の門の前で心と表情を切り替えて入室の許可を待つ。

 呼び出しておいて待たせる等と商人の取引ならば有り得ない対応ですが、相手は皇帝、国を率いる身分。まあ、当然ですわと思いつつ、私が来た事を伝令役が伝えれば漸く許可が降り、私は絨毯の真ん中を進むと一礼と共に頭を垂れて片膝を付く。

 入った時、一瞬だけ見た母の目は娘に向ける物では無かった。……ああ、本当にあの人にとって私は娘ではなくなったのですね。

 

 理解はしていましたが一抹の悲しさを感じつつ発言の許可を待つ。挨拶すら許可の後なのは面倒ですわね。

 

「頭を上げよ。発言を許す」

 

「ははっ!」

 

 ……それにしても本当に何用でしょうか? 皇帝なのですから伝令文の一つでも送りつければ宜しいでしょうに。……これは極秘事項、それも面倒な内容の予感ですわ。

 案外妹の身代わりになれとでも言うのかしら? いや、流石にヴァティ商会を其処まで煽る事はしないでしょうし……。

 

 恭しく淑女らしく、そんな教科書を丸暗記した様な挨拶をしつつも頭を巡らせる。さて、どうやって利益を引き出そうかしら?

 

「さて、早速本題に入ろう」

 

 相も変わらず親子の情の欠片も感じさせない声と表情で告げる生みの母の前にして心を揺らさずに利益を考えている辺り、私って本当に陛下の娘ですわね。妹、大丈夫かしら? 凡庸で要領が悪くて、良くも悪くも善人だったもの。

 

 こんな時に縁の切れた妹の心配をする私も人が良いのでしょう。そんな私は告げられた要件に思わず固まってしまう事になるのです……。

 

 

 

 

 

「暑い! 暑い暑い暑い暑い! あ~つ~い~!」

 

 さて、舞踏会も無事終わり、警戒していたテュラからの接触も先に襲撃事件が起きたからか発生しなかった今日この頃、僕達は学生らしく勉強に勤しんでいた。

 

 まあ、頭を使うのは苦手なリアスは目標ライン目前で頭の疲れと暑さでダウン。机に突っ伏してだらしなく両手を伸ばしている。服なんて緩められるだけ緩めて今にも下着が見えそうだ。

 

「確かに暑いけれど、屋敷の中だからってだらしない姿見せたら駄目だよ? ほら、しゃんとして。残り三ページ終わらせたら休憩にするからさ。アイスティーと凍らせた果物のかき氷を楽しみに頑張ろうよ」

 

「うん! 頑張るわ! ……にしても王国ってどうして此処まで湿度が高いのかしら? ムシムシしてて服が体に張り付いて不愉快だわ」

 

「氷の魔法を使える使用人が休みじゃなければ氷の霧でも散布して貰うんだろうけれど、今日は我慢しよう。明日には帰って来るし、テストだって近いんだからさ」

 

 貴族の学校だから基本的な領地経営学は学ぶし、一般教科だって当然存在する。そして夏休み前の臨海学校前にはテストだってあるんだ。尚、赤点取ったら居残って追試。大勢の貴族に恥ずかしい所を見られるからって皆必死に勉強している。

 

「うん。友達と楽しみたいし、もう少しだけ頑張るわ。……終わったらポチに乗って全力で飛んで貰いましょう。風が涼しくて気持ち良さそうだもの」

 

 まあ、貴族の学校だから座学は領地関連やら戦術論とかそっち方面が多いし、大抵の貴族は家庭教師に昔から教わっている。なんと驚く事にリアスでさえ最低ラインはクリア可能だ。

 

 問題は数学とかの一般教科。正直言ってリアスは赤点を回避可能か微妙なラインだ。普段から勉強してないからギリギリで困るんだよね。

 

「私も臨海学校は楽しみです! ……追試回避は難しいですけれど」

 

「……うん、頑張ろうか」

 

 そして赤点の可能性が高いのはリアスだけじゃなくてアリアさんもだ。どうも幼い頃にちゃんとした教師を付けて貰えなかったらしい。……闇属性だって理由じゃなくって、うちの領地が繁栄した影響で金の流れが変わった結果だ。

 

 まあ、別に責任云々じゃなくって友達だから勉強に付き合っている。リアスよりは少しはマシなんだけれど、それでも下から数えた方が早い。

 

 さてさて、大丈夫かなぁ……。

 



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時々で良いので羞恥心の事も思い出してあげて下さい

「それにしても暑いですね。……汗で服が体に張り付いちゃって。あっ、この問題はどうやって解くんですか?」

 

 リアスとアリアさんの為の勉強会だけれど、人に教える事は自分の役にも立つから僕の為でもある。……それに少しは役得も有るしね。

 アリアさんの胸の辺りに服が張り付いて形が分かりやすいし、襟口に指を突っ込んで引っ張るものだから時々下着がチラチラ見えているし、露骨に見なくても無防備に近寄って質問して来るからチャンスは結構多い。こう云うのを役得って……はっ!

 

「……」

 

 リ、リアスの視線が痛い。流石はリアス、僅かな目の動きで僕が何処を見ているのか察したんだ。机の下で足を蹴っているし、これは怒ってるな。いや、気のせいだって可能性も捨て切れない。って言うか捨てたくない。

 

「リアスは大丈夫?」

 

「……此処ってどう解くの?」

 

 はい、アウト! 声に微妙にトゲを感じるし、完全に怒っている!

 どうして怒っているんだ? 多分友達であるアリアさんに兄が変な視線送ったのが駄目だったか、巨乳に嫉妬したかのどっちかだな。

 

「えっと、ロノスさん。この最後の問題なんですけれど……」

 

「あっ、うん。此処だね。引っ掛け問題だから注意して解かないと」

 

 アリアさんはアリアさんで暑いって言いながらも引っ付いて来るし、胸がさっきから何度も腕に押し当てられているんだよなあ。その度にリアスが不機嫌になって行くし、どうやって機嫌を直して貰えば良いんだろう?

 

 

「リアス、今日のかき氷には大きい苺が乗るらしいけれど、僕の分少しあげようか? リアスの好物だしさ」

 

 作戦その1・食べ物で釣る! ……駄目だろうけれど。流石に其処までじゃ……。

 

 

 「……苺?」

 

 あっ、矢っ張りだめみたいだ。

 リアスはペンを持つ止めて僕を見て来るけれど喜んでいるって感じじゃないし、苺程度で機嫌を直しはしないって事かな?

 

 

 もしかして余計に怒らせた? 

 

 

 あー、でもリアスも成長したって事かな? ちょっと前まで僕にベッタリな甘えん坊な子だったのに、ちょっとの間に成長しちゃって。

 双子とはいえ妹の成長って感慨深い物が有るよ。

 年頃の女の子って扱いが難しいし、ちょっと寂しい気も……。

 

 これからリアスが僕から離れて行くのは仕方無いけれど、想像しただけで胸がチクチクするのを感じた僕は胸に手を当てる。

 

 

 

「やったー! 約束よ、お兄様。後で駄目だって言っても貰っちゃうから。じゃあ、早速終わらせましょう!」

 

「……あー、うん。ちゃんと全部あげるよ」

 

 そんな感傷はどうやら無駄だったらしく、黙り込んでいたと思ったら抱き付いて来ての大はしゃぎだ。

 そっか、食べ物で釣れる子だったかあ。機嫌が良くなって助かったけれど、けれど……うん。

 

 

 お姉ちゃん、僕達の妹は凄く単純な子でした。多分手から放れるのは当分先だと思います。……なんちゃって。

 

「あっ、早く終わらせたいからって適当に終わらせない。ちゃんと計算しなよ? 赤点なんて取ったらお小遣い減額だからね」

 

 ちょっと目を離したら途中式も無しに前の問題と同じ回答を連続で書いている。まったく、何の為の勉強会なのか忘れているな。

 

「……はーい」

 

 やれやれ、これは前途多難だね。ちゃんと臨海学校に参加出来たら良いんだけれど……。

 

 

 さて、此処で臨海学校がゲームではどんなイベントだったのか思い出しておこう。幾つも用意されたコテージに二人一組に分かれるんだけれど、確か手違いで主人公が一番好感度の高い攻略キャラと同室になって(一定以上のが居ない場合は一人)、そのペアで水没した洞窟を進む……この程度しか思い出せない。

 

 うーん、ボスが蟹か鮫だった気がするんだけれど、それ以外はさっぱりだよ。後でリアスに確認しないと。

 

 こんな風に中途半端にしかゲームについて覚えていないのが不安なんだよね。もうゲーム通りに進む状態じゃない事が多いけれど僕達の行動に影響されない事もあるし、どう変わっているのか知れば今後の予測に役立つ

 

 でもゲーム動画なんてサイト所かインターネットさえ存在しないし、この世界に存在したとしても魔女の楽園の動画なんてアップされる筈が無い。当然攻略本も売っていない。

 

 なら、前世の記憶を深く思い出せば良くて、普通じゃ正確に思い出せなくても思い出す方法は存在する。

 

 

 帝国に存在する国の管理下のダンジョン”忘れじの洞窟”。その最奥に安置された秘宝”追憶の宝珠”に触れれば思い出したい記憶を思い出せる。それがゲーム通りだとは既に情報を集めて確認しているんだけれど、問題はどうやって入るかだよなぁ。

 

「本当にどうしようか……」

 

 目当ての宝は国宝で、洞窟は皇族の試練に使われる場所だ。二人のテストもそうだけれど、この事についても考える必要があるとか疲れるよ。……無理かなぁ。ゲームで入る許可を貰って来たアイザックは行方不明だしさ。

 

 考える事が多くて困るよ。世界の危機とか知らない所で始まって、知らない内に知らない誰かが解決してくれたら良いのにさ。

 チラッと見ればラスボスと主人公が最後の問題に頭を悩ませている。やれやれ、今は文字通り目の前の問題に集中しないとね。

 

 

 

 

「ん~! 冷たくて甘い物って最高ね。これは冬でも食べられるわ」

 

「冬は冬で温かくて甘い物が最高なんじゃないの? ほら、口元に練乳が付いてるよ」

 

 今日のオヤツのかき氷は数少ない氷属性の使い手の能力を無駄遣い(有効活用)した物だ。沢山のカットフルーツを凍らせて、風の魔法でフワッフワに刻んだ逸品。夏、特に湿気が溜まりやすい地形なアース王国じゃ引く手数多な氷使いにこんな事をさせるだなんて贅沢だけれど、前日にこれを仕込んでくれたのは屋敷で雇っている料理人だから気にしないで良いかな?

 

 

「こ、こんな贅沢な物を出して貰って本当に良いんでしょうか……」

 

 高品質の果肉が細かく刻まれた状態で入った氷は前日に仕込んでも溶けてなくて、口に入る時間帯を計算して調整した職人技が光る物だ。それに練乳を掛け、大粒の苺を幾つも乗せた物を口に運べば一瞬で楽園にご招待。暑さなんて吹っ飛ぶ最高の気分だ。

 

 まあ、当然普通に買い求めれば並の貴族では手が出さないお値段だし、幸せそうに食べ進めながらも戸惑った様子を見せるアリアさん。

 

「別に気にしなくて良いわよ。お店に行って奢るとかじゃなくって雇っている料理人の用意した物を出しているんだし、ウチって月給制だから残業代とか休日出勤以外じゃ基本的にお給料は同じよ? だから食べようと思えば夏の間食べ放題!」

 

「そして調子に乗って食べ過ぎた結果、お腹を壊して寝込んだんだよね」

 

「じゅ、十二歳の時の話じゃない! もー! お兄様ったら!」

 

「あははは。ごめんごめん」

 

 普段は恥じらいなんて皆無なのに友達の前で失敗談を語られるのは恥ずかしいのかリアスがポカポカと殴って来る。うん、微笑ましい光景だよね。その一撃一撃が常人なら打ち身になるレベルなのを除けばだけれど。実は今のリアスの腕の動き、アリアさんの目じゃ追い切れてないっぽい。

 

「苺少しは返してあげる気だったけれど、意地悪するお兄様には返してあーげない! あー! 苺甘ーい」

 

「ふふふ。お二人って本当に仲良しさんですね。じゃあ、私の分をロノスさんに分けちゃいます。はい、あーん」

 

「え?」

 

 いや、スプーンで苺を掬って差し出して来るのは良いんだけれど、”あーん”ってされても恥ずかしいし。

 

 アリアさんはニコニコしていて一切躊躇いが無いし、これって従うしかない流れ?

 あっ、リアスと部屋の中にいたメイド達が一斉に顔を背けた。ナイスなチームワークだね。

 

「……あーん」

 

 仕方無いから従ったけれど、これって間接キスだよね。あー、意識したら恥ずかしいや。

 

「アリアも大胆ね。恥ずかしがる様子無いし」

 

「ええ、ロノスさんの事が大好きですから。それに先日、水浴びの姿を目撃されてしまいましたし」

 

「ええっ!?」

 

 ちょっ!? それを人前で言うの!?



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その人選に異議あり!

 その発言が部屋に広がった瞬間、クヴァイル家のメイド達は一糸乱れぬ華麗で迅速な動きに出た。手に持っていた物を置いても構わない場所に音を立てずに置き、僕が咄嗟に目を向ければ両手で耳を塞いでいる。

 

 あれは”聞いていませんよ”のポーズ。貴族同士の会話では側に控えた使用人達は居ない者として扱われるか部屋から出されるかだけれど、今回みたいに唐突に出た個人的な話の場合、如何にこんなポーズを取るのかがリュボス聖王国の使用人の嗜みだ。

 流石はウチのメイド達、一切の手抜かりがないなと戦慄さえ覚えたよ。

 

「……えっと、お兄……ちゃん? 覗い……たの?」

 

「事故! 事故だから! 本人の前で事故って連発するのも失礼な気がするけれど事故でしかないから!」

 

 動揺して呼び方が二人だけの時のになっているリアスに必死に弁明して落ち着かせに掛かる。この場で落ち着いて貰わないと本当に不味いぞ、僕!

 メイド達はこの場に居るべきでないと察したのか仕事を装って部屋から出て行き、最低限何かあった時に対応する為に一人だけ残る。

 

「その話、詳しくお聞かせ願いますか? 若様の反応も含めてお願いします」

 

「何でよりによってレナ!?」

 

「それは私が乳母兄弟で一番関係性が近いからでは? アリア様とも他の方と比べれば付き合いも有りますし、先輩方は的確な判断だったと思いますよ?」

 

「そうだけれど! 確かに人選としては間違いではないんだけれど、敢えて言わせて。人選!」

 

 さっきも一人だけ耳を塞いで無かったし、居ない者として振る舞う所かグイグイ入って来るし、親しい仲だけれど、親しい仲に礼儀が無い!

 

 アリアさんだって思わず話しただけだろうし、本来なら話すべきじゃないから恥ずかしいに決まってるしさ……。

 

 

「えっと、ロノスさんは直ぐに立ち去ろうとしたのですが、私が思わず抱きついちゃって……」

 

 ほら、恥ずかしいみたいだし。てか、素直に言わなくても良いんだからね? アリアさんって少しやさぐれているけれど天然な所もあるよね。

 

「それで?」

 

「そ、その後で私の初めて(のキス)を勢いであげちゃって、(歯がぶつかったので)ちょっと痛かったです」

 

「……お兄ちゃん?」

 

「若様、一度経験したのなら後は他の方相手にも。具体的に言うならばパンドラをさっさと相手して私に伽を……」

 

 言い方っ! 大切な部分が凄く足りない!

 

「……」

 

 あっ、レキアとポチが窓を少し開けてのぞき込んでいる。今は誰でも良いから援護を……。

 

「ふんっ!」

 

 助けを求めて視線で合図をするけれどレキアは不機嫌そうに鼻を鳴らすとポチを連れて向こうに行っちゃった。せ、せめて。せめて心の癒しになるポチだけでも残して欲しかった……。

 

 

「えっと、アリアさん? その言い方だと色々と誤解が生まれそうだからさ……」

 

「え? ロノスさんとキスをした事を言っているだけですよ? どんな誤解をされるんですか?」

 

 妹達の視線を浴びて、これ以上の誤解をされてなるものかと冷や汗ダラダラの僕。対するアリアさんは心底疑問って顔だ。くっ! 今の彼女が演技なのか本心なのか分からないだって!?

 

 

「アリア様は私同様に官能小説が愛読書ですし、分かっておいででは?」

 

「……てへ」

 

「キ、キス。ビックリしたぁ……」

 

「姫様もアリア様の冗談の内容が伝わったのですね」

 

 レナの指摘に舌を出して冗談だったと示すアリアさん。可愛いけれど心臓に悪いから勘弁して欲しい。にしても、空気読まないレナの発言に助けられる日が来るだなんて……。

 

 リアスもレナの指摘でキスについては頭から吹っ飛んだらしく、後は勉強に持ち込めば絶対に忘れちゃうだろう。リアスはそんな子だ。

 

「レナ、助かったよ。後でお礼でも……」

 

 まさか猥談大好きで空気を一切読まない事が僕を助ける事に繋がるだなんて意外にも程があった。

 

「では、痛かった、とは?」

 

 あれれ? 嫌ぁな予感。

 

「ちょっと驚く事があって歯がぶつかっちゃったんです。初めてのキスだったのに……」

 

 お陰で変な空気は何処かに行ったし、お礼は何にしよう? 何でも、とか言ったらナニを要求されるのか分かったもんじゃないし、僕のポケットマネーを使おうか。

 

「……ふむ。確か若様もキスは今までしてなかった筈ですよね? ならば互いの初めてを交換し、不慣れな為に痛い思いをしたのですか」

 

 ……おい、言い方。駄目だ、前門の虎後門の狼だ。レナのお陰でアリアさんの発言をどうにかしたと思ったら、今度はレナの発言で微妙な空気になったよ。

 

「さて、これは問題ですね。初めての行為で失敗したのがトラウマになって今後に響いてもいけませんし、若様にはキチンと学んで頂かないと」

 

「問題なのはアンタの発言よ、レナ」

 

「一番問題なのは君の思考回路だからね、レナ」

 

「おっとっと、相変わらず息ぴったりのご兄妹ですね。では、姫様も私と若様の口付けを見てお学び下さい。まあ、私が夢中になった挙げ句にどうなるかは保証致しかねますが。半々の確率で大丈夫でしょう」

 

「うん、ちょっと黙ろうか」

 

 これ以上喋らさせたら駄目だ。余計に変な空気になりそうだし、僕はリアスと一緒にレナを追い出そうと手を伸ばしたけれど、逆にその手を掴まれた僕はレナに引き寄せられる。

 

「では、練習を始めましょうか。最初は普通の、続いて舌を使った濃いのを。ええ、ご安心を。私が最初から最後までリードしますので。それで口を塞げばお望み通りに黙りますので黙らせて下さいませ」

 

 レナの頭には何時もは隠している角が伸び、眼鏡の奥が怪しく光る。ほ、本気だ! 練習の口実で僕の唇を奪う気だよ、この淫乱メイド!

 

 振り解こうとしてもレナの腕力はリアス以上、僕じゃちょっと難しい。リアスとアリアさんは慌ててレナを引き離しに掛かるんだけれど、まるで岩山みたいにレナは微動だにしないで掴んだ僕の手を自分の胸に押し当てながら唇を近付けた。

 

「……いただきます」

 

 本音が出たなあ。もう欲望を口実で隠す気も無いらしいレナが僕の唇を貪ろうとし、僕は思わず目を閉じる。そのせいで手に触れる柔らかい感触が鮮明に感じられるし、柔らかい物が唇の先に僅かに触れた事で僕は思わず目を開ける。

 

 目の前にはレナの顔。……僕じゃなくてポチにキスをしていて、ポチもレナもビックリしていた。

 あっ、レナったら嘴の先が歯に当たったらしく悶絶しているよ。アレは痛そうだ。

 

「キュイ? キュ……」

 

 さっきまで庭に居たのに気が付けば室内に居たらしく、屋敷の中に入った事で怒られるんじゃと不安そうに鳴くポチまあ、唇へのキスは別に気にしていない。だってグリフォンだから。

 

「それにしても……」

 

 一瞬だけ触れた唇の感触を思い出して恥ずかしくなる。アザエル学園に通う事になる迄は此処まで女の子に積極的に迫られるのって家柄目当て以外では一回しか無かったし、その一回はトラウマだから無かった事にしたい。ウサギが年中発情期って本当だったんだねぇ……。

 

「ふん。キスの一つや二つで大騒ぎするなど大袈裟だな。妖精の私には意味不明過ぎて余計な茶々を入れてしまったぞ」

 

「ああ、今の入れ替わりはレキアの魔法か。ポチ、部屋を汚しても気にしないで。怒られるのはレキアだから」

 

「……冗談だ。貴様を助ける為にやった。だから怒られるのは根本的な原因のエロメイドだけにしろ」

 

 レキアもメイド長が怖いんだね。こんな僅かな期間で妖精の姫さえ恐れさせる彼女って本当に一体……。

 

「でもさ、キス程度って言っているけれど、キスって妖精にとっては重要なんじゃないの? 認めた勇士に祝福を与える”フェアリーキス”って有名じゃないか」

 

「あれは余程信頼した相手じゃないと祝福を悪用されたら汚名になるからと滅多に行わないだけで、キス自体にはそれ程拘りは無い。……まあ、だからこれにも大した意味は無いな」

 

レキアはそう言うなり僕の頬に手を当てて下唇に軽い口付けをしたんだ。

 

「レ、レキア?」

 

「どうも面倒な事に巻き込まれそうな友に……もう一度言うが友を心配して祝福をくれてやっただけだ。詰まらん勘違いはしてくれるな。私にとって何ら特別な事では無いのだから」

 

 相変わらずの態度のレキアだけれど背ける前に一瞬見えた顔が少し赤かったんだけど、言わない方が良いよね?

 

 

 

 

 

 

「キュイ?」

 

 あっ、うん。風邪じゃないから心配は要らないよ、ポチ。




もう直ぐブクマ1000


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閑話・メイドの日常

 オッス! アタイの名前はツクシ! クヴァイル家に仕えるメイドの一人で今年で二十さ……十八歳の彼氏募集中さ。スタイルは平均的だけれど童顔で肌はピッチピチだから男から人気が出てもおかしくないってのに彼氏が生まれてこの方二十三年……じゃなくて十八年間出来た試しが無いんだぜ。何でだろうな?

 

「ツクシさん、掃除の手が止まってますよ?」

 

「は、はひ! ごめんなさい、メイド長!」

 

 おっと、危ねぇ。仕事中にボケッとしちまってたよ。メイド長ってば自分の仕事を完璧にこなしてるのに他人の仕事にも目を光らせいてるんだからなぁ。

 レナの奴なんてしょっちゅう怒られてるんだけれど、この、前なんて若様の洗濯前の下着を持ち出して堪能しようとしたのを見付かって……あわわわわ。

 

 あの時のお仕置きを思い出すと震えがやって来る。普段は温厚で優しいのに職務怠慢とかには凄く厳しい人だからなあ。

 

「……ツクシさん?」

 

「はい! 止まってません! 動いてますよ!」

 

 おっと、考え事をしていたら手が止まっていたよ。危ない危ない。やれやれ、アタイまで淫乱メイドと同じ目に遭う所だったぜ。

 

 てか、レナへのお仕置きの時に時々目にも留まらぬ動きをするんだけれど光の軌跡が見えるんだよなあ。あの人って本当に人なんだろうか?

 

 

「っと、駄目だ。ちゃんと仕事をしないと。こんな良い職場でちゃんと仕事しないとか有り得ないからなあ。天罰だよ、天罰」

 

 すっかり手に馴染んだ掃除道具を使って仕事を再開する。さーて、今日も頑張りますか!

 

 

 

 

「またですか! 貴女は毎日毎日! 天罰ですよ、天罰! 減給だけで済むとは思わないで下さい!」

 

 ……うわぁ。まーたやってるよ。レナ、流石に減給の連続で最低賃金ギリギリなんじゃね? 彼奴も本職はメイドじゃなくって若様や姫様の護衛とからしいけれどもう少し真面目にやりゃあ良いのに。真面目にやればメイドとしての腕前だって上の方なのにさ。

 

 

 

 

 

「まあ、そんな訳でアタイの前の職場は酷い所だった訳よ。豚みたいな糞貴族のエロ親爺でさ。しかもそろそろ孫が

生まれてもおかしくない年齢なのに十代半ばの子供が好きな変態でさ。アタイは大商人の娘で行儀稽古で働いてたから嫌~な目で見られる程度だったんだけどさ。まあ、親父が商売失敗したと知った途端にバックレたよ」

 

 昼休憩中、食事中の雑談としてアタイの身の上話を新米にしていた。この王国って王妃様が実権握っていた頃はひどかったし、まだ辺境じゃ糞貴族が糞みたいな統治をしてるっつーのに王族の耳には届かない。まっ、監査官の耳を塞ぐ耳栓は平民から幾らでも搾り取れるって思ってるっぽいからな。

 

「それでその糞貴族はどうなったんですか?」

 

「領地から攫って来た子達に虹色オオミミズのお香を使った結果、搾り取られ過ぎて死んだらしいよ。計画の無い開発で荒れた不毛の地だったけれど、其奴は毛も種も無かったみたいでさ。遠縁のが領主になったけれど終わっている領地だからって窶れながら仕事してるってさ」

 

「貴族ってのは大変ですよねぇ」

 

 貴族の生活ってのは外から見りゃ華やかでお気楽に見えるんだけれど、こうやって側で見てりゃ違うって分かるんだ。貴族、大変。

 

「それに振り回される庶民も大変だけどね。特に王国ではさ。でも、アタイ達みたいに此処で働けているのはラッキーじゃんか」

 

 マジでリュボス聖王国での、特にクヴァイル家での使用人の扱いってのは他と比べものにならないんだよなあ。給金だって高いし、ボーナスやら産休やらさ。

 

 それを推進したのってゼース宰相だって話だろ?

 

「いや、マジで宰相様パネェ。……ああ、確か”ギヌスの民”との友好だって宰相様の偉業だっけ?」

 

「そのギヌスの民だけれどレナの話じゃ族長の娘が若様にトラウマ植え付けたって話ですよ」

 

「それ、若様の前では絶対にしちゃ駄目な話だからね。……此処だけの話、ちょっと試合に勝った結果、子種を狙って襲われ掛けたらしいよ」

 

 さて、そろそろお仕事の時間だ。トチって夜勤の連中に仕事が増えたって叱られないようにしないとな。……アタイを拾ってくれたメイド長に恩返ししないとね。

 

 

 

「やあ、頑張っているね、ツクシ」

 

「ご苦労様、ツクシ」

 

「若様、姫様、お帰りなさいませ」

 

 アタイの主な仕事は掃除だ。午前中は屋敷中を掃除して、午後からは庭掃除ってのがスタンダードだ。庭師のゴブリンさん達(ぶっちゃけ見た目の区別が出来ない)の手伝いもだ。

 その庭の仕事なんだけれど、アタイにとって楽しみな時間なんだ。何せ若様と姫様が戦いの訓練をするんだけれど、眼福なんだよね。

 

 二人とも美形だし、それが汗を流して戦ってるって最高じゃね? 思わず涎垂らして眺めちまうんだけれど、ゴブリンさん達に叱られっちまう。大体ゴブリンさん達に叱られて仕事に戻るんだけどさ。

 

 若様と姫様は本当に良い主だよ。なーんか面倒な事に巻き込まれる星の下に生まれたっぽいから眺めているだけでお近付きになりたいとか思わないんだけどさ。

 

 

 貴族みたいなドロドロした世界に巻き込まれるのは沢山だって話だよって。想像するだけで全身が痒くなって来たし、特に痒い頭を掻く。

 

 あー、此処此処。猫の獣人のアタイにとって猫耳の辺りが一番気持ち良いんだ。思わず耳をピコピコ尻尾をフリフリ動かす。あれ? 若様が一瞬だけビクッとなった? こりゃトラウマは深刻みてぇだなあ。

 

 

「お兄様、どうかしたの?」

 

「いや、大丈夫。大丈夫だから、何でもないよ」

 

 若様の前では耳と尻尾を出来るだけ動かさない様にしないとなあ。

 

 あっ、ゴブリンさん達が怒ってる。”メイド長に言い付けるぞ”か。前は何言ってるか訛が凄くて全然分からなかったのに今じゃ何となく分かるんだからアタイも成長したよ。

 

 

 胸は十代の時から成長してない……いや、アタイは十代だ。誰が何を言おうが十代なり。誰にも異議は唱えさせない!

 

 

 にしても彼氏欲しい。厄介な身分とか親族とか面倒臭過ぎて悪臭騒ぎになりそうな沢山の財産とか持ってなくて、それで貧乏ではない、女の……女の子の胸の大きさに拘らないタイプで性格の良い美形!

 

 

 

 

「ってな訳でそんな彼氏が何処で見つかるのか妖精の力でどうにかならねえ?」

 

「知るか、馬鹿者。自分でどうにかしろ」

 

あっ、因みにレキア様とはそれなりに仲良くさせて貰ってるよ。明らかに若様ラブだし素直になれば良いのにってメイドの間で有名なんだよなあ……。



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純情エロ忍者

「さて、今日は久々に語らせて貰おうか。俺の先祖がどれ程の名工だったのかをな」

 

 灼熱の焔を内包する炉からの熱で室内の空気は吸い込めば肺が焼ける程に熱せられ、こうして正座をしているだけでも玉の様な汗が滴り落ちる。見渡さなくても数多くの工具や武具が並べられたこの場所は鍛冶屋の工房、職人達の戦場だ。

 

 並んで正座をする僕と夜鶴の正面にドッシリ座り込んで十中八九悪人だと判断されるであろう男の人が威圧感たっぷりに話す。どうやら職人の一族としての誇りを刺激しちゃったらしいな。

 

「あ、あの、リュウ殿? 私が言い出した事ですし、主は……」

 

「其奴はお前の振るい手だ。武器とは己の命を護る為の存在。故に絶対の信頼を向けなければならない。事情は察したが……それとこれとは別だ」

 

「……はい」

 

 目の前の人から放たれる威圧感に完全に萎縮した夜鶴だけれど忠義心からか僕だけでも解放しようとするけれど無駄だった。今まで何度も言い聞かされた言葉で却下されたら僕だってこの場から去る訳には行かない。うん、夜鶴と僕は運命共同体だ。

 

「では、先ずは先祖について再確認するぞ。夜鶴、貴様には言うまでも無いだろうがな」

 

 この状況に至った経緯をどうやって説明すれば良いかと言うと、ちょっと前まで遡るんだ。そう、あれはテストがいよいよ明後日にまで差し迫った日の事だった。最後の追い込みでストレスが限界に達したリアスを気分転換としてポチでの遠乗りに連れ出して部屋に戻ったんだけれど、ドアを開けるなりギョッとしたよ。

 

 

「主様。誠に勝手なのは重々承知では御座いますがお願い致したい儀が御座います。どうかお聞き届け下さい」

 

「夜鶴? どうしたのさ?」

 

 何せ夜鶴が床に片膝付いて深々と頭を下げてそんな事を告げて来たんだ。普段はお願いを言うとしても本体である刀の手入れとかの当然の事だし、此処まで畏まって言って来るだなんて珍しい。

 

「取り敢えず座ろうか? 落ち着いて話をしよう

 

 うん、お願いが有るのも話を聞くのも僕は別段構わない。夜鶴は大切な部下で愛刀だしさ。でも、今の姿はちょっと不味い。いや、見ていたいって欲望も少しは有るんだけれど、目の保養だし。

 

 此処で再確認だ。夜鶴の服装はどんなのだった? 答えは胸元が大きく開いたセクシー仕様の忍者装束。その下は網タイツなんだけれどスケスケだし、正直言って網タイツの方が素肌よりもエロい。……跪いてるとさ、この距離からだと谷間が嫌でも目に入るんだよ。嫌じゃないけれど。寧ろ嬉しいけれど刺激が強い。

 

「はっ! 主の寛大なお心に深く感謝致します」

 

 駄目だ。凄く嬉しそうに忠誠心を向けて来る彼女を見ていたら良心が痛む。胸の谷間が気になっていたとか絶対に言えない。言ったら”お望みでしたら”とか言って恥ずかしそうにしながら脱ぐだろうし、少し見たいけれどさせられない。

 

 何か夜鶴の色気を感じる時って自分が汚く感じるんだよなあ……。

 

「あ、主? 溜め息とはまさか……」

 

「違う違う。別の件だから君は無関係だ。じゃあ、話を聞こうか」

 

 自分のお願いに落胆したと勘違いしたらしい夜鶴が不安そうな顔になったし、早くお願いについて話を聞こうか。にしても忠誠心高いし仕事中は完全に道具になって心を殺すのに、普段はメンタルが弱いし残念な所が有るんだよね、この子ってさ。対になる明烏は明烏で喋れないけれど戦闘狂だし、打った職人ってどんな性格をしていたんだろう? 夜鶴を打って数年後に死んだし関わりが少なかったから彼女に訊いても分からなかったしさ。

 

 まあ、目元か作業日誌とかマメな人だったらしいから彼なら知っていそうだけれど……。

 

「長丁場になりそうで怖いから止めておくけれどさ。……おっと、独り言さ。じゃあ、言ってよ。僕に出来る事なら叶えるからさ。何せ普段からお世話になっている大切な夜鶴のお願いだ。愛妻家が妻の頼みを聞く位の心構えでいるからさ」

 

「つ、妻!? あわわわわ……」

 

 あーあ、やっちゃった。野球のバッテリーを夫婦って呼ぶみたいな事を聞いた事があるし、相棒的な意味で愛妻って例えた僕だけれども、夜鶴の純情さは計算外だったよ。

 信頼を示した積もりだったのに真っ赤になって顔から煙が出そうな勢いだし、これじゃあ話にならないね。

 

「おーい。夜のメンバーの内で誰か説明出来る子は居るかな? ありゃ? 返事が無いや。全員出払ってるっけ?」

 

 仕方が無いから分体の夜達に話を聞こうと呼びかけるんだけれど、何時もだったら直ぐに姿を見せるのに今回は返事すら無しだ。出せる限界数全員が既に何処かに出ているなら分かるんだけれど、そんな命令は出していないし……。

 

「もしかして何か怒らせてしまった? 心当たりは……有るな」

 

 思えば忠誠心が高く生真面目なのに変な所で色事に対する夜鶴を恥ずかしがらせるケースが何度かあった。僕としては悪気は無かったんだけれど、個性が芽生えて殆ど別人になっていても夜の面々からすれば自分を弄んでるって認識だったのかも……。

 

「僕が何か気に障る事をしたなら謝るよ。だけど、夜鶴も夜の皆も僕にとっては大切な存在だって事は信じて欲しい。君達にずっと側で支えて欲しいと思っているよ。だから、僕に悪い所が有るのなら……」

 

「あっ、いえ。何か深刻そうな感じだったので訂正しますけれど、別段不満は無いですよ? このまま放置した方が本体と主のやり取りが楽しめそうだなって満場一致になっただけで」

 

「ほら、起きて下さいよ、本体」

 

「じゃないと素っ裸に剥いて媚薬盛った主に差し出しますよ?」

 

「その時は私達も是非!」

 

 直すから言って、と最後まで言い切る前に夜鶴の中から数人分体が出現。最初の一人は気まずそうにしていたけれど、残りがちょっと。最後の一人なんて胸元を掴んで脱がす演技さえしてるしさ。まあ、出なかった動機が動機だから全員揃って問題でしか無いんだけれども!

 

「……お前達、幾ら主が温厚な方であっても無礼が過ぎるぞ」

 

 真っ赤になったまま”新婚”だの”ハネムーン”だのブツブツと譫言を呟いていた夜鶴も服を脱がす振り迄されていたら我に返った夜鶴は瞬時に表情を切り替える。生真面目で照れ屋な可愛い女性から瞬時に心を捨てた冷徹な忍者へと早変わり。慌てて逃げようとした分体に次々と拳を振るって行ったんだ。

 

「へぶっ!」

 

「ごふっ!」

 

 仮にも自分と同じ肉体相手に一切の容赦が無い姿は凄まじい物を感じたよ。鳩尾に肘鉄を叩き込み、横腹に回し蹴り。まったく容赦を見せないし、完全にキレてるな。

 

「ヤバっ……」

 

「何処に行く?

 

 逃げようとした一人の腕を掴み、ふざけて脱がす真似をしていた最後の一人に向かって振り抜く。その分体は逃げようとしたんだけれど網タイツが指に引っ掛かって逃げられず、見事に天井にまで吹っ飛ばされた。

 

「あべっ!」

 

「ぶべらっ!」

 

 あれ? 今、変な音がした気が……。

 

「成敗完了。まったく、アレが本当に私なのだろうか?」

 

 振り抜いた時に僕に背中を向けたまま夜鶴は呟くけれど、それには僕も同感だ。いや、本当に制作者がどんな人なのか気になって志方無いよ。

 そんな事を思いつつ最後に吹っ飛ばされた分体の方を見れば天井にぶつかった後で頭から床に落ちて居たんだけれど、指に何か網みたいな物が絡まって……。

 

「主、お見苦しい真似……を……」

 

「……あっ」

 

 さっき聞こえた何かの音と分体の手に引っかかった物の正体が判明した。吹っ飛ばされた時、網タイツに指が絡んでそのままビリって破けたらしく、大きく開いた胸元から押さえつける物の無い胸が飛び出して揺れていた。

 

 ……デカい。

 

「ひゃ、ひゃわぁああああああああああっ!? ……きゅう」

 

「結局振り出しに戻っただけかぁ。にしても凄くエッチな服装なのに純情過ぎない? まあ、それは置いといて……」

 

 今はキャパオーバーで立ち尽くしている夜鶴を座らせるなりして休ませるべきだ。だから僕は近寄ったのだけれど、気絶して転がっていた分体の一人に躓いて倒れ込んでしまった。

 

「おっと、危ない……あっ」

 

 咄嗟に前に手を突きだして触れた物を掴んで転ばずに済んだけれど、凄く柔らかいし、何だろうと思って顔を上げたら夜鶴の胸だった。どうやら転びそうになった僕を助けるべく動いた結果、タイミングが重なったらしい。幸か不幸かは別として。……幸寄りと言えなくも無いかな? 夜鶴は完全に気絶だけれど。

 

 

「取り敢えず誰かに見られる前に……あれ? 網タイツに僕の指も絡んで……」

 

 残った網に指が絡んで離れられず焦る僕。だけれども無情な事に背後で扉が開く音がした……。

 

 

 

 

 尚、露出した胸は掴んだままである。

 

 



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忍者には学んで欲しい

 今日この瞬間程に時属性が使える事に感謝したのは珍しいだろう。床に転がる夜の面々、そして胸をはだけさせて棒立ちの夜鶴とその胸を掴んだ僕。殆ど事故みたいな状況なんだけれど誰かに見られたら説明が困難な状況で突然開く扉。

 

 ドアノブが動く音を聞いた時、僕は既に動いていた。

 

「”加速(アクセル)”」

 

 最大速度を使っての急加速で夜鶴と夜達を回収、物陰に気絶した夜達を隠し、僕は指が服に絡んだせいで胸を掴んだままの夜鶴と共にベッドの反対側に身を隠す。頼むから気が付かないでね。

 

 ……誰が来たんだ? リアスには見られたくないし、レナならどんな解釈をするのか丸分かりだ。絶対自分も混ざろうとして、パンドラだったら説明すれば理解してくれる。レキアだったら何言われるか分からないし、メイド長だったらこんな状況に陥った不注意をお説教って所かな?

 

 下手に扉側を覗き込んで見付かっても厄介だし、耳を澄ませて来訪者が誰かを探った。

 

 

「あっれ? 誰も居ない。何か悲鳴が聞こえた気がしたんだけれど気のせいだった? アタイも気が弛んでるのか? ……まあ、ノック忘れたし、若様居ない方が助かったんだけれど」

 

 よし! ノックが無かったからメイド長とパンドラの線は薄いと思っていたけれどツクシで助かった! 猫の獣人だからか発達した聴覚で夜鶴の悲鳴を感じ取ったらしいけれど気のせいだと感じてか直ぐに出て行った。

 

「た、助かったぁ~」

 

 でも、ノックは忘れちゃ駄目だよ、ツクシ。マナーだし、メイド長に見られたら怒られるんだからさ。

 

 これで一息付けたし、次は今の状況をどうにかしようか。出来るだけ手に伝わる柔らかさや目に入って来る光景を意識せずに指に絡んだ網タイツを外し、また叫ばれたら困るので夜鶴の口を塞いで揺り動かす。

 

 ……胸がはみ出た女を物陰に連れ込んで口を塞いでいるって端から見たらヤバい状況だよなぁ。誰か来る前に起こさないと。声が聞こえたらツクシが戻って来るかも知れないし、声を出さずに肩を揺らす事数度、目が覚めた夜鶴は自分の状況を察したらしい。

 

 

「……」

 

 いや、恥ずかしそうに目を逸らしてから目を閉じないで。誤解だから。何となく誤解されているのは伝わって来てるから。アレでしょ? 僕が君を抱こうとしているとか思っちゃったんでしょ? それで身を委ねようとかって感じだろうけど違うからね?

 

 まあ、誤解はさっさと解くとして今は服を戻さないと。幸いにも彼女の服は肉体と同様に魔力によって形成した物だから出すのも消すのも楽だし、そっと耳元で囁く。自分で服をどうにかしてって、ね。

 

 夜鶴は静かに頷いたし、もう大丈夫だろう。口を塞ぎ続けるのも気まずいから手を離そう。僕が口元から手を離すなり夜鶴は何かを言おうとするけれど、口元に指を当てて静かにする様に指示すれば軽く頷く。さて、これで解決だ。

 

 

 

「……これで解決だと思ってたのに」

 

 何を勘違いしたのか床に寝ころんで目をキュッと閉じた夜鶴は服を全部消し去って、両手だけを僕に向かって伸ばしている。

 あっ、駄目だこりゃ……。

 

 

「夜鶴、夜鶴。違うから。全部事故だからさっさと服を戻して。……あっ」

 

 今更だけれども僕が戻せば良かったよ。此処に隠れるのに使った時属性の魔法を使えば楽勝だったのに、どうやら僕も状況に混乱してたみたいだ。

 

「……ち、違うのですか?」

 

「うん、違うから……」

 

「あわっ……」

 

 僕の指摘に再び真っ赤になった夜鶴は服を戻すのも忘れちゃって……危ないっ! また叫びそうだよ。

 

 だから静かにしようね? 僕は咄嗟に叫びそうになった夜鶴の口を再び塞ぐ。やれやれ、向こうに行ったみたいだから声を出すのは大丈夫だけれど大声出すのは止めて欲しい。

 

「大声を上げない。もー。夜鶴は仕事以外じゃうっかりしているんだから。可愛いとも思うけれど、特に今は勘弁して欲しいな。じゃあ、服を元に戻そうか」

 

 ベッドの陰に隠れて全裸で床に寝転がる夜鶴と覆い被さって口を塞ぐ僕。疚しい事は何一つ無いんだけれど、他人に見られたくない光景だ。

 言い聞かせれば夜鶴も落ち着いたのか直ぐに服を元に戻し、僕も彼女の上から起き上がる。

 

 何というか、今まで抱きつかれたりはしたけれど、こうやって女の子に覆い被さって密着したのは初めてだからドキドキして来た。

 多分僕が手を出そうとしても夜鶴は抵抗せずに受け入れるんだろうな……。

 

「それでお願い事って何なのさ? ちょっと時間使っちゃったし、余り時間が掛かると不審に思われそうだから手短にするか時間を置いて話す方向で頼むよ」

 

 まあ、興味は有るし、そんな欲望を向けてみたいとは思う。でも忠誠心に付け込むみたいな真似はちょっとな。

 

 

 

 ちょっとだけ理性が飛びそうになったのは絶対に黙っておこう。

 

「えっとですね、主殿は今後戦いに巻き込まれそうですし、私に新しい武器を与えて下さいませんか?」

 

「ん? 新しい武器が欲しいの? だったら勿体ぶらなくても買って上げたのに。戦力強化は必要経費だし、君が強くなるのは頼もしいからね」

 

 夜鶴のメイン武器は本体である大太刀だ。長さが長さだから取り扱いは難しいけれど、刃先さえちゃんと力の方向を向いていれば障害物なんて空気同然に切り裂く切れ味を持っているんだ。

 でもさ、手裏剣やらクナイみたいに体同様に自分の魔力で作り出している武器だって有るし、自分以外の武器が欲しいってのは別段変な話じゃない。

 

 寧ろ僕としてはお願いされて嬉しいよ。本当に役立って貰ってるんだからさ。

 

「えっと、本当に宜しいのですか?」

 

「夜鶴の本体の性能は僕が知っている。でも、君が必要と思ったなら、その判断も信じる。それだけさ」

 

 この様子じゃ自分の本体やら普段使っている投擲武器があるから渋られるとでも思ったのかな? 自分の性能を信じていないのかって言うとでも思ったんだろうけれど、そんなの杞憂なのにさ。

 

「じゃあ、明日にでも彼の所に行こうか。君を打った鍛冶屋の子孫であり僕やリアスがお世話になっている”リュウ・アランド”の所にさ」

 

「……うっ。彼…ですか……」

 

 僕の言葉にホッとした夜鶴だったのに、リュウさんの名前を出した途端に不安そうな顔をしちゃって、相変わらず苦手なんだな……。

 

 まあ、依頼するだけだから直ぐに終わるし問題は無いでしょ。あの人って確か今は国境近くの街の筈だったよね。じゃあ予め連絡しておこうか。今出せば夜の便に間に合って昼前には届くだろうしさ。

 

 

「大丈夫だって。じゃあ手紙出しておくから明日学校から帰ったら一緒に行こうか。……ついでに街でデートでもする?」

 

 おっと、軽口が出ちゃったけれど夜鶴の事だから真っ赤になって……。

 

「い、行きます。したいです、デート……」

 

「あっ、うん。楽しもうか……」

 

 確かに照れているんだけれどオーバーに反応するでもなくモジモジしながらも僕の目を見て来る。……これ、僕の方が恥ずかしくなって来た。

 

 そうか、デートかぁ。夜鶴の場合は家同士の関係を考えなくて良いから気楽そうだな。うん、楽しめそうだ……。

 

 軽口から始まったデートの予定に僕は思いがけず胸を弾ませる。

 

 

 そして次の日、場面は戻って国境近くの街。其処に在るリュウさんの工房に僕と夜鶴は足を運んでいた。

 

 古めかしい工房の中からは鎚の音が聞こえ続けて居るから目当ての相手は仕事中らしいし、邪魔しても悪いからお土産でも先に家の方に持って行こうってなった僕達は併設された小さな家に向かう。

 

「何というか相変わらず可愛らしい家ですね」

 

「リュウさんは子煩悩な人だからね。露骨に態度には出さないけれど、付き合っていたら色々分かるよ」

 

 ピンクの屋根や小さな庭に設置された遊具。工房とはまるで別人の家みたいな建物はまるで人形の家みたいで主の姿を思い浮かべるとギャップが凄い。

 

 さて、玄関先で立ち尽くすのも失礼だし呼び鈴を鳴らそうか。青い丸みを帯びた呼び鈴を鳴らして呼び掛けると黄色い扉の向こうから急いで向かって来る足音が聞こえて来た。

 

 

「あれ? 妙だな……」

 

 出て来るであろう相手を思い浮かべて疑問を抱く。

 

 

「……どうも」

 

「やあ、久し振り」

 

 実際、扉を開けて顔を見せたのは物静かな雰囲気の少女だった。

 

 



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閑話 とある鍛冶屋とその娘

私のパパは……訂正。私の世界一のパパは世界一の腕前を持つ鍛冶屋だ。元々は戦いを求め戦場を彷徨う放浪民族の出だったらしいけれど、今はこうやって平和に暮らしている。……昔の癖か定期的に居住地を変えるのは娘として困り物だけれど、孤児院から引き取ってくれたパパの為だから仕方が無い。

 

 それに変な虫が寄って来ないのも良い。居住地をコロコロ変える程度で付いて来ない程度の女であればパパに相応しくないし、そもそもパパに相応しい相手など存在しないから。それでも身の程を弁えずに近付く羽虫は……。

 

「……お客」

 

 パパの仕事中にご飯を作っていたら玄関の呼び鈴が鳴る。急なお客か、はたまた忙しいからパパが伝え忘れていた相手か、どっちでも同じ。パパと私の時間の邪魔者には変わらない。

 

「確か此処に……」

 

 パパが子供の頃からお世話になっているというクヴァイル家から貰った魔法のアイテムをタンスから取り出す。お金は十分稼げているし、何なら私が養えば良いのだからお帰りいただこう。取り出したのはペンダント。力を発動させれば私の見た目は幼い少女に。十歳は若返ったし、恐らくパパと出会った九才辺りの姿。

 

 さて、これで大袈裟に騒いで帰って貰おう。子供の姿って本当に便利だ。何せ理屈も何も無視して感情をぶつければ良いのだから。

 

 

 玄関を開ける前に鏡でチェック。不審者に怯えた子供の顔の完成だ。では、大いに泣き叫ぼうか。

 

 

 

 

 

「……どうも」

 

「やあ、久し振り」

 

「……ちっ」

 

 なんだ、クヴァイル家の奴か。流石にこの知り合いに子供を泣かせる不審者の汚名は着せられない。……残念だ。

 

 

「あっ、そうそう。これはほんの気持ちで持って来た手土産なんだけれど。リュウさんの好物のアップルパイだけれど……。所でその姿は?」

 

「…………ウザイ。

 

 

 

 

 手土産は受け取ろう。パパの喜ぶ顔の為だ。だけれど少し気に入らない。パパを喜ばせるのは私の役目であって、他の連中、特に女かも知れない奴の作った物ではないわ。貴方、付き合いが長いのだからその辺の気遣いをいい加減学んだらどうかしら? まあ、手土産にパパが喜ぶ物を選んだ所は評価するし、パパの腕前を買っているのは当たり前の事だけれど少しは認める理由にしてあげる。それとこの姿については言及禁止」

 

「相変わらずリュウさん関連だと饒舌だね」

 

 当たり前じゃない。此奴、何を言っているのかしら? 私はロノスの言葉に呆れながらも家の中に招き入れ、後から続いて入ろうとした女の前で扉を閉める。

 

「夜鶴の事はまだ嫌い?」

 

「ええ、嫌いよ。あの女、刀だって分かっているけれど、パパの興味を引いているもの。その気が無くても悪い虫を家に入れたくないわね」

 

 本当に此奴は当たり前の事を質問して来るわね。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 最後に大きく振り上げた鎚を振り下ろし、魂を込めた武器を完成させる。幼き日より続けた鍛冶仕事だが鍛冶場の熱気には心地良さを感じるものの相変わらず玉の様な汗が流れ落ち、首に掛けた手拭いで拭き取れば瞬く間に湿ってしまった。

 

 不意に炎の音に混じって聞こえた小さな音。鳴ったのは俺の腹からだ。仕事に熱中して気が付かなかったが、どうやら俺は空腹らしい。

 

「ああ、今日は昼から何も食べていなかったか。……ミリアムの奴も腹を空かせて待っているだろうし、一旦休憩にするとしよう」

 

 思い浮かべるのは十年前に引き取った娘の姿。俺は仕事中は一切他の事に気を取られないので飯すら忘れてしまうのだが、何度先に食べるようにと言っても彼奴は俺を待ち続ける。

 

 ……可愛い娘だ。白い髪に俺が初めて買ってやったカチューシャを飾り、俺の普段着と同じ極東の服を好んで着る。俺の世話ばかり焼いてないで彼氏の一人でも作れば良いものを、逆に俺に女が近付くのを嫌がって邪魔するのも子供としての我が儘ならば仕方が無いのだろう。そんな所も可愛い奴だ。

 

 十一歳しか年が離れて居ないから偶に夫婦に間違われるのは勘弁して欲しいがな。幼い頃から育てた娘を女として見る趣味は俺にはない。彼奴も俺にベッタリだが、そんな感情があるのかと知り合いに言われた時は珍しく声を上げて怒っていたし、俺もそんな風に勘ぐられるのは不愉快だ。

 

「ああ、俺と同じ様に妹を溺愛する知り合いが来る予定だったな。俺の娘は大人し過ぎるが腹黒く、あっちのはじゃじゃ馬で単純だ。……もしかすれば俺が作業中だからと遠慮して入って来ないだけで既に来ているやも知れん」

 

 彼奴と妹は何かと注文をして来る常連であり、祖父は一族の恩人で、俺個人にとっても世話になった相手だ。娘も他人は嫌いだがあの兄妹達にはちゃんと接するし、俺もちゃんと相手を……遅かったか。

 

 鎚の音が鳴り響かなくなったからだろう。家から工房に続く扉がノックされる。別に職人以外が作業中に入っても怒りはしないのだが、ミリアムもあの二人も変に遠慮してむず痒いばかりだ。

 

 いや、遠慮するのは兄の方だけか。アホの妹の方を制御していたな。

 

「構わない。入ってくれ」

 

 俺が許可を出すとミリアムに先導されて二人が入って来るが、今日は妹と一緒ではないのだな。銀の髪をした小僧の後ろからは青い髪をした少女……偉大なる我が先祖が打った最高傑作の片割れの姿があった。

 

「さて、用件を聞こうか。俺に何を打って欲しい?」

 

 此奴が何の目的でどの様な使い方をするのかは興味が無い。創り出した物に誇りはあっても巣立った雛の世話を焼く親鳥など居ないのと同じで、俺にとっては何を創り出すのかだけが重要だ。例え幾人の命を奪っても鍛冶屋は自分が創り出した物を誇りに思わなければならない。

 

 俺とミリアムにその武器で手出しするならば全力で抗うがな。例えばアース王国の亡き王妃の遣わした兵士みたいにな。王国に従えと高圧的に出て娘を人質に取ろうとした愚か者達。その愚かさの代償は払って貰ったが……。

 

 

 

 

 

「ああ、そのついでに夜鶴と明烏の手入れもしておこう。基本は教えたが、こう云ったのは定期的に本職に任せるべきだ」

 

「確かにリュウ殿は私と明烏を打った職人の子孫ですからね。……どんな人でしたっけ?」

 

「……何?」

 

 俺は一瞬我が耳を疑った。偉大なる先祖について忘れただと? よりにもよって最高傑作であると先祖が認めた妖刀がか?

 

 ああ、駄目だ。流石にこれは聞き逃せない。

 

 

「二人共、正座だ。それほど知りたいなら語ってやろう。二度と忘れる事など出来ない程にしっかりとな」



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ギヌスの民 ①

出勤前にブクマ1000突破

帰宅したら減ってました

短編書いてます


「先ずは俺の先祖の出身についてだが……お前には言うまでも無いか。何せお前の祖母も同じギヌスの民だからな」

 

「あの人にはお祖父様以上に会う機会が少ないんだけれどね。今頃何をやっているのやら……」

 

 リュウさんの所には夜鶴の新しい武器の依頼に来たのに変な地雷を踏んじゃって困るよ。この人、尊敬する先祖について語り始めると酔っ払いの武勇伝位にしつこいんだからさ。

 僕は聞いている振りをしながらも頭の中で他の事を考えてやり過ごす。工房は凄く暑いけれど我慢出来る範疇だし、正座だって鍛えている僕には平気だ。

 

 ただ、夜鶴はなあ……。

 

「リ、リュウ殿。足を崩しても良いでしょうか? 私、正座には不慣れでして……」

 

 忍者の”忍”って耐え忍ぶの”忍”だった気がするんだけれど、普段はお仕事大好きで一切の私事を忘れ去るのに、こうやってプライベートだと彼女は真逆だ。刀の整備をする時だって敏感に反応してエッロい声を抑えきれないし、今もすっかり足が痺れたらしい。

 本当に残念なくノ一なんだから、この子はさ……。

 

「お前、その体は魔力で構成しているだけだろう……」

 

「……無様」

 

 リュウさん、ごもっともです。でも、あくまで本体が刀だから人の体の感覚に不慣れなだけなんだ。許して上げて。

 そしてミリアムも指先で足を突っつくのは止めて欲しい。可哀想だからね。声に出さずに悶えているんだからさ。

 

 

 ……それにしてもギヌスの民か。僕にトラウマを植え付けた彼女を含めて深く付き合って行かなくちゃ駄目なんだよね。何というかリアスの単純さは恐らくお祖母様の遺伝だと思う。

 だってギヌスの民は基本的にレナスみたいな戦闘狂が多くって、性欲に奔放だからね。僕が逆レイプさせられたのもそんな所がが関係している訳だしさ。

 

 

「……ああ、これから長くなるから先に言っておこう。ギヌスの民から大量の発注が有ったが、その際に支払いは貴重な素材で払うと言って来た。どうやら大規模な狩りをする予定らしい。ナギ族の族長の娘が持ってくるらしいが、確かお前の許嫁だったな。……どうした?」

 

「パパ、駄目よ。彼、あの女がトラウマ。襲われ掛けたってマオ・ニュさんが話したじゃない」

 

「……すまん」

 

「ここぞって時に言わないと面白くないわ」

 

「……本当にすまん」

 ギヌスの民は元を正せば東の大陸全土を支配する”桃幻郷(とうげんきょう)”から追放された人達が集まった傭兵集団だ。

 レナスみたいな鬼族が中心になった”ナミ”と獣人が中心になった”ナギ族”の代表が全体を纏め、元々好戦的な種族だから長い間色々やらかした結果、安住の地を子孫が求めても何処も受け入れなかったんだ。

 そう、クヴァイル家を継いだばかりのお祖父様が受け入れる迄は……。

 

 色々と問題はあったらしいけれど今じゃ防衛の要になっているし、長い間ずっと敵対関係にある桃幻郷の牽制だってギヌスの民が中心だ。……所で源じゃなくって幻なんだね。

 

 

 

「顔合わせ? 急だなぁ……」

 

「ご馳走! ご馳走は食べられるの? 屋敷で出る丁寧な奴じゃなくって豪快な奴!」

 

「まあ、歓迎の宴で結構な物が出るんじゃないのかい? レナも別の職場での研修がなけりゃ連れて行ってやったんだけどね」

 

「でも四人は乗れないんじゃないの?」

 

「ロープで縛って吊せば良いだけさ」

 

 それは数年前の事、僕とリアスは朝早く起こされたかと思うと戻って来ていたレナスの相棒でポチの父親であるタローに乗って屋敷からずっと離れた場所に向かっていたんだけれど、訳も言わずに連れ出したかと思ったら”ギヌスの民との顔合わせだ”って言うんだから驚いたよ。

 

 因みに僕とリアスをロープで引っ張って森の中の荒れ道を走らせたのはタローの奥さんだ。今は仕事先で待機らしい。ポチも母親に会いたかっただろうにさ。

 

 ……あの凄くキュートで素直で賢いポチとお喋りがしたい。アンリみたいにどうにかならないかな? ……妖精の魔法なら出来そうだけれどレキアには嫌われているし、女王様には簡単に会えないし無理だよね、残念。

 

 

「それにしても急だね。一時帰宅したと思ったら二日後に連れ出してから理由を言うだなんてさ」

 

「……あー、帰った日に言うつもりだったのを忘れてたよ。悪いね」

 

 お祖父様は三人と結婚しているけれど、僕とリアスの祖母がギヌスの民だって聞いているし、向こうから会いに来た事はあるんだけれど普段はギヌスの民の集落で暮らしているから縁が薄い。

 でも、ギヌスの民はクヴァイル家と縁が深いし、ナミ族のお祖母様がお祖父様に嫁いだから次はナギ族から嫁ぐ予定だとは聞いていたけれど、まさか事前予告無しに向かうだなんて。

 

 リアスは単純に普段食べていない料理を楽しみにしているけれど、僕は少し緊張していた。そんな時、穏やかな声が背後からしたんだ。

 

「あらあら、ちゃんと言っていなかっただなんて駄目じゃないですか、レナス。ちゃんと伝えるように言ったのに、後から伝えるって酒を飲んで、それで結局忘れているだなんて。リアスちゃんも楽しみなのは分かりますが旦那様の顔を潰す真似は駄目ですよ?」

 

「は、はい!」

 

「良い返事ですね。良い子良い子」

 

 一切の敵意を感じさせない穏やかな笑みと声、そして僕たちより年下に見える外見。レナスの相棒であるマオ・ニュだ。彼女も飼い慣らしたドラゴンに乗って同行しているんだけれど、何故か彼女の乗っている黒いドラゴンだけ奇形で生まれたとかで前世のゲームやマンガに出るタイプの普通のドラゴンだ。いや、ペンギンがどう奇形になったらドラゴンになるんだろう? しかも凶暴そうな見た目だしさ……。

 

 マオ・ニュに窘められて素直に返事をしたリアスだけれど、僅かに怯えている。うん、気持ちは分かるよ。僕だってマオ・ニュが怖い。だってゲームの設定では僕達を殺そうとしてレナスと相打ちになった人だし、お祖父様への忠義が異常なレベルで、既に必要なら殺すって伝えられている。

 

 ”優しく殺すので安心して下さい”なんて殺気を向けながら言われても安心出来ないし、その後でお祖父様の身内を殺した罪を背負って自害するって告げられても余計に怖いだけだ。

 

 そんな理由で僕とリアスはマオ・ニュが苦手だ。ゲームの知識関係無く、人の良さそうな態度と口調のまま敵を殺す姿を見せられた事も有るんだからさ。あの時、僕達を狙って来た刺客だったとしても普段と全く態度を変えずに殺すマオ・ニュの姿は恐怖と共に刻み込まれている。

 

 ……普段は本当に感じの良いお姉さ……いや、レナスと同年代か。

 

「ロノス君、駄目ですからね? 女性の扱いは紳士の嗜みですよ?」

 

「はい! ごめんなさい!」

 

 笑顔が怖いし、普通に心読むのも怖いし、本当にこの人は……。

 

 

「あっ! 見えて来たわね」

 

 リアスが指差した先には何処までも広がる大海原と、海辺に築かれた木造の建築物。いや、よく見れば船だ。幾つもの船が繋がれて、その上に住宅が有るんだ。海の上に集落が有るって聞いていたけれど、まさかこんな感じだったなんて驚きだ。

 

 その船の一つ、広場代わりなのか建物が無い場所に人が集まっていて、僕達はその場所に向かって降りて行く。

 

「楽しみね、お兄様!」

 

 

 獣人自体は何度か会った事があるし、最近雇ったメイドのツクシだって猫の獣人だ。面倒なのか不得手なのか常に猫の耳と尻尾を出している。本来はレナが角を隠しているみたいな感じで消耗を抑える為に必要な時だけ変身みたいに出すとか。

 

 実際、僕達を待っている人達は一見すればヒューマンだ。でも一人だけウサギの耳が生えている女の子が居たんだけれど、特徴的なのはもう一つ……。

 

 

「……けっ!」

 

「リアスちゃん?」

 

 リアスがマオ・ニュの前で悪態をつく程に彼女の胸は大きかった……。

 

 

 



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ギヌスの民 ②

「うわっ。本物のバニーガーあ痛っ!」

 

 出迎えの大人達に混じっていたウサギの獣人の女の子を見た瞬間、その胸の大きさに悪態を付いたリアスは続いての呟きの途中でレナスのチョップを脳天に喰らって悶える。普段ならあの程度で手は出さない……事も無いんだけれど、今はマオ・ニュが居るからね。

 

「……まあ、今回は見逃しましょうか」

 

 既にこれで罰を受けたって事でリアスの発言の直後に細めていた目を元に戻しながら呟くマオ・ニュだけれど、今のチョップが無かったらどうなっていた事か。本当にリアスは困るよ。

 

「リアス、発言には気を付けなくちゃ。ほら、最近王国の方で起きた問題が結構な騒ぎになったでしょ?」

 

「うん、覚えているわ。エロ貴族がメイドにバニーガールの格好をさせて侍らせていたけれど、王国に住む獣人達がそれに抗議行動を起こしたって奴でしょう? 元々自分達の仮装をそんな感じに扱う奴に不満を持ってたとかで」

 

「覚えてるんなら言うんじゃないよ、馬鹿娘が」

 

「覚えてるから口から出ちゃったの。次は気を付けるわよ」

 

 リアスって元気で可愛いんだけれど、こんな風に単純な所が困るんだよね。最近増えてきた聖女としてのお仕事の時はキチンと役を演じているのに、仕事の後はまるでバネが上から押されたら反発するみたいに反動が出ちゃう。ストレスでも溜まっているのかも。どうにかしてあげたいんだけれど……。

 

「ロノス、アンタも平気なのかい? 最近じゃ旦那から随分と仕事が回って来ているんだろう?」

 

「……うん。まあ、平気かな。多分……」

 

「多分じゃないよ、多分じゃ。ったく、最近の餓鬼は妙な所で我慢強いんだから」

 

 ……色々と見抜かれているし、流石はレナスだ。本当に母親みたいな人だよ。僕がリアスを心配した事も、次期当主としてお祖父様から裏の仕事、それもリアスに任される筈だった分も引き受けているんだけれど、それすら見抜いているだなんてさ。

 

 この人には暫くは敵わない、そんな風に考える僕とリアスの頭が交互に撫でられる。リアスは素直に喜んでいたけれど、僕は少し気恥ずかしい想いをしていた。

 

 

「さて、それでは二人共、旦那様に恥じぬ振る舞いをなさって下さいね?」

 

 レナスによって何となく弛んだ空気がマオ・ニュによって一瞬で引き締められる中、僕達は船の上に降り立つ。その寸前、何となく海の上を見た僕が発見したのは少し離れた海面の一部に発生していた奇妙な淀みだった。

 まるで油でも浮いているみたいに濁った色になっていて、波の動きによって揺れている。その部分だけは海藻も浮いていないから変だなって思ったら……目が合った。

 まるでその部分が顔の表面だったみたいに小さな目が瞼を開けて僕の方を見て、僕も思わずそっちを見続けるって所でレナスの手が僕の視界を遮る。

 

「余所見するんじゃないよ。……あんまり見てると興味を持たれるよ。気を付けな」

 

 忠告と共に手が外されると淀みは最初から無かったみたいに消え失せて居て、不思議に思いながらもギヌスの民の出迎えに視線を戻したんだけれど、今のは何だったんだろう?

 

 

 

 

「よく来てくれた。宰相殿には世話になっている。歓迎しよう」

 

 最初に口を開いたのはナギ族の族長さん。褐色の肌に白い髪の色というウサギの子と同じ特徴だし、親子かなって感じの女の人だ。そう思えば少し似ている気もするな。何処かの民族衣装なのか肌の露出が多くって装飾品は綺麗な羽根飾りや貝殻だけで露出が多く、晒した肌には引き締まった筋肉が付いている。膨らました見せ掛けのじゃなく戦う為の物だね。

 

「久し振りだね、二人共。それにしても……大きくなった」

 

 そして次は年老いたナミ族の先代族長こと僕とリアスのお祖母様。こっちは日焼けを気にしてか露出は控えめだけれど腰は曲がっていないし、服の上からでも逞しいって伝わってくる。相変わらずだし、リアスはお祖母様の血を強く引いたって会う度に思わされるよ。しかもこの人、鬼族じゃなくってヒューマンなのに族長になった実力者だしさ。

 

 

 あれ? 先代族長のお祖母様が居るのは良いけれど、今の族長は? 三人以外は後ろに控えているし、まさかレナスと同じノリで常時戦場の心構えがどうとか言って不意を打って僕達を試して来るとか? いや、まさかね。

 

「ねぇ、ナミ族の今の族長はどうしたの、お祖母様? 私達を試す為に隠れてるとか?」

 

 リアスも僕と同じ結論か。それに素直に訊ける所は君の長所だよね。それは微笑ましくって可愛いけれども素直に教えたら意味が無いじゃないか。

 

「おや、リアスちゃんはこっち側に寄ってるみたいだね。貴族令嬢なのにレナスの弟子になってハルバートを振り回してるって言ってたけれど、思った通りだ」

 

「貴族令嬢としてはどうかと思いますけれどね」

 

「……ふん」

 

 お祖母様が嬉しそうに微笑み、後ろではマオ・ニュが苦笑した時だった。今まで黙って話を聞いていた少女が詰まらなさそうに鼻を鳴らしたのは。あっ、不味い。マオ・ニュの琴線に触れちゃったよ、あの子。

 

「……シロノ、無礼だぞ。娘が済まない。どうもギヌスの民以外を弱者と思っているのだ。母として娘の非礼を詫びよう」

 

 ナギ族の族長さんはシロノと呼んだ彼女の頭を掴んで無理に下げさせるけれど、本人は不満を隠そうともしていない。どうやら向こうの第一印象は最悪みたいだね。

 

 

「……やな感じ。私が弱いと思うんだったら試してあげようかしら?」

 

「駄目ですよ、リアスちゃん。御館様の命令で此処に来ているのですし、今日此処で力を示すのは貴女の仕事ではありません」

 

「……分かった」

 

 あーあ、リアスの方も印象最悪か。マオ・ニュが止めなかったら殴り合いになっていたかもね。似た者同士っぽいし、仲良くして欲しいんだけれどね。

 

「そういやイナバの姐さん。ロノスとシロノは初対面だし、此処は握手でもさせて仲直りって事にしないかい?」

 

「……だな」

 

 どうやらナギ族の族長さんはイナバさんって名前でレナスとは仲が良いみたいだけれど、母親に促されたからかシロノは全くの無表情で僕の方に手を差し出して来た。

 

「宜しくね」

 

 どうせだったら無表情じゃなくて笑顔を浮かべて欲しかったけれど、今後も付き合いがあるんだから仲良くなるのは今後で良いかな? 今は形式だけでも仲良くしよう。

 

 せめて僕の方だけでもと笑顔を浮かべて差し出された手を掴もうとするけれど、僕がシロノの手を掴むよりも前に向こうの手が伸びて僕の腕の肘辺りをガッシリと掴み取る。爪が食い込む位に強く握られているし、鍛えていない人なら骨が砕けるんじゃって力が籠もったかと思うとシロは右足を半歩下げた。

 

「所詮この程度。……認めない」

 

 そのまま繰り出されるのは頭を砕かんばかりの勢いで放たれたハイキック。右手を掴まれていて逃げられないし、防御にも使えない。咄嗟に出そうとした左腕も掴まれた。

 

 ……速度だけなら素の僕より上か。

 

「雑魚め」

 

 鞭を思わせるしなやかさを持つ長く力強い足から繰り出される蹴りは彼女が出せる最速で最大威力なんだろう。なすがままにそれを受ける僕に向かい、命中の寸前に勝ち誇った笑みと侮蔑の言葉を向けて来る。

 

 続いて聞こえたのは肉を打つ乾いた音と、それに僅かに遅れて肉と骨が軋む音。そしてシロノの驚愕と苦悶の声だった。

 

「ぬぅ……」

 

 蹴りは確かに僕に命中した。でも僕は微動だにせず、反動でシロノの足に痛みが走る。それでも隙が生じたのは一瞬で、僕の手を離すなり俊敏な動きでのバックステップを見せた。

 

 流石は戦闘民族、切り替わりが早い。口には出さないけれど僕を侮るのを止めたのは伝わって来るよ。

 

「レナス、こうなる事が分かってた?」

 

 介入が無い時点でこの戦いは予定されていたって予想出来るし、レナスならシロノの力と頑丈さの不足を知っていた筈だ。返事は無いけれどニヤニヤしてるから肯定したも同然だよ。

 

「一つ言っておくよ。リアスの蹴りならダメージを受けたのは僕だった。……”アクセル”」

 

 さっきまでの僕とシロノなら速度の軍配は彼女に上がるけれど、魔法で加速した今の僕なら圧勝だ。姿を一瞬で消した僕に驚き身構えるまで流石の速度のシロノだけれど、完全に身構える前に僕は背後に回って腹部を抱いて持ち上げる。

 

 

「離せ。何をする!」

 

「何って……リアス、この技名ってなんだっけ?」

 

 暴れて逃れようとするシロノを無視して勢い良く仰け反りながら問い掛ける。答えは直ぐに来た。

 

 

 

 

 

 

「ジャーマンスープレックスよ、お兄様」

 

 その返答が聞こえた瞬間、シロノは頭から床に突き刺さった。流石、リアス。君は頼りになる最高に可愛い妹だよ。



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ギヌスの民 ③

 私、弱い奴が嫌いだ。ギヌスの民、強い。それ以外、弱い。故に私はギヌスの民以外は嫌い。

 

「結婚相手? 嫌、断る、拒否」

 

「ちゃんと話を聞きなさい」

 

「了解。私、母の話ちゃんと聞く」

 

 ギヌスの民、昔は悪い集団だった。暴れて暴れて最後には故郷を追放されて、行き着いた先は仲の悪かったこの大陸。其処でも傭兵として戦って暴れて殺して、戦いが終わると次の戦場を求めてさ迷って、昨日力を合わせた相手を殺すのも躊躇わない。血の香りと血湧き肉踊る戦いが有ればそれで良い……筈だった。

 

「疲れたんだよ、そんな日々にな。ドラゴンやグリフォンのような大空の支配者でさえ翼を休め寛ぐ住処を持っている。だが、ギヌスの民にはそれが無かった。昔は頻繁にあった小競り合いも収まり、戦いに勝利した次の日には敵になるかも知れない我々を求める者など居なくなり、逆に危険な者達として放浪を続ける日々が何代も続き、それでも悪名は消えてくれない。……そんな我々を受け入れてくれたのがこの国で、それを決めた恩人とナギ族の先代族長が関係を深める為に結婚した。族長故に共には暮らさなかったがな」

 

 

 それは知っている。次の世代、互いに女ばかりで結婚しなかったのも、その受け入れた男が強かったのも。

 

「だから、次は私? 嫌、断る、却下、拒否、拒絶。私、認めない。その男、強い。でも、孫も強いとは限らない。私は強い。弱い男、相応しくない」

 

 鬼も獣人も、強い相手求める。それ、自然の摂理。強い私、強い男を好む。弱い奴、私を抱く資格無い。母、それが何故分からない?

 

 他の皆も同じ。獣人の力、普段は抑えている。確かに消耗する。でも、これは戦う為の力。余力残す、分かる。全く使わない、不可解。せめて耳と尻尾や角、常に出しておくべき。ナミ族最強の戦士のレナス、そうしている。鬼族も角出すの疲れる。でも、鍛えれば良いだけ。

 

 

「何というかお前は昔のロギスの民の血が強く現れたらしい。……だが、侮るな。レナス直々に鍛えた男だ」

 

 私、同期の中で最強。大人の戦士にも勝てる。故に私の願い、聞き入れられた。

 

「まだ正式に決まった訳じゃないし、別にお前じゃなくちゃ駄目って訳でもない。繋がりを考えれば次期族長候補のお前が最適なんだが……今度の顔合わせの時に戦え。その結果次第で他の者を選ぼう」

 

「母、感謝。私、絶対に勝つ」

 

 ギヌスの民の血を引いていても、優秀な戦士の指導を受けても、民とそれ以外の者では大きく違う。何一つ、負ける要素は無い。

 

 

 ……その筈だった。

 

 

 

 

「……ふう。まさかこれ程だなんて」

 

 只の顔合わせだって聞いていたのに問答無用で始まったシロノとの戦い。ハイキックが効かなかった事に驚いて生じた隙を突いて床に突き刺したんだけれど、多分この程度じゃ終わっていないだろうね。

 爪を立てられた腕をさすりながら改めて彼女を観察する。床からはみ出したのは腰まで届く長さの雪みたいに白い髪。三つ編みにした部分を腰まで伸ばし、他の部分は短い。

 

 服装は母親で族長のイナバさんと同じ民族衣装だけれど塗料で褐色の肌の足に何か模様を描いている。……あっ、駄目だ。スカート部分の丈が短いのに逆さまになってるせいでめくれそうになっているし直視出来ない。だってこの子、ハイキックの時にチラッとだけ見えたんだけれど凄く際どい奴を穿いてるんだもん。

 

「……むぅ。ちゃんと刺さったら良かったのに運の良い奴ね。お荷物に助けられるだなんて」

 

 そして観戦していたリアスが悪態を吐きながら睨んだ部分、彼女の豊満な胸によって上半身を突き刺す予定だったのに途中で止まってしまったんだ。今は胸が半分より少し上の部分まで床に刺さっていたんだけれど、ジャーマンスープレックスが決まった時、凄い弾力の物に邪魔されるのを感じた。触れる物を弾き飛ばす程の弾力だなんて触り心地がさぞ……じゃなくて只の脂肪の塊じゃなくって筋肉も結構な割合なのかな? 彼女も引き締まった体だし。

 

 そんな風に考えているとシロノが足をジタバタと動かし、刺さった上腕部の辺の床板にヒビが広がって行ったかと思うと柔軟な動きでブリッジの姿勢になったシロノが床板を割りながら起き上がって来た。結構分厚い板に刺したのに頭から血を流していない頑丈さに驚いたけれど、更に驚いたのは僕に向かって頭を下げて来た事だ。

 

「無礼、謝罪する。お前、強い」

 

「別に気にしていないよ。強く見られないってのは前からだしさ」

 

 色々あったけれどこれで和解して平和に顔合わせを、って行かないか。流石にこれで負けを認める筈が無いよね。

 頭を上げた後、シロノは改めて構えたんだけれど、肘と膝から手首足首の辺りにまで白くフワフワの毛が生え、目が赤くなっている。

 

「獣化……」

 

 それは鬼族同様に獣人だけが使える魔法みたいな物。使用前は僕達ヒューマンと変わりない見た目だけれど、消耗を激しくする代わりに獣に近付く事で五感や身体能力を大幅に引き上げる。その他にも何の動物になれるかで付与される能力に違いがあるって話だ。

 

「……知ってた?」

 

「獣人には知り合いが居るからね。彼女の場合は常に耳と尻尾が出ている状態だけれど君は……」

 

 その知り合いことツクシの話じゃ常時獣化状態の人は消耗も身体能力の底上げもそこそこらしい。目の前の子はそんな感じじゃないって思っていたけれど、段階を進められるって事は正解みたいだ。

 

 ……あれぇ? つまりは常時強化魔法を使っているのと同じなんじゃ。戦闘狂か、この子。

 

「君、じゃない。シロノ。私の名前、シロノ。ロノス、お前は強い。名前で呼べ」

 

 ”君”って呼んだ事に少し不満そうにしているし、嫌われた状態からは前進だ。これで戦いは止めてお茶でもしようとかなら助かったんだけれど、敵意は消えても闘志は更に燃えているし土台無理な話だったか。

 

「じゃあ、シロノ。君はなんで獣化状態を保っているんだい? 解除不可能って訳じゃないんだろう」

 

「常時戦場、それだけ」

 

「あっ、うん。納得」

 

 だよね、多分そんな所だろうと思ったよ。レナスなんて腕を組んで頷いてるし、リアスも真似しようかって迷っている感じだし。……さて、余所見はこの辺にしてシロノに集中しよう。正直言って望んで始めた戦いじゃないし、勝ち負けに拘る気は無いんだけれどさ。

 

 

「妹と師匠の前で情けない姿は見せられないよね。じゃあ、さっさと続きをしようか。勝つのは僕だけれどね」

 

「違う。勝つの……私!」

 

 僕が拳を構え勝利宣言をするなりシロノは四つん這いになり、叫ぶなり全身のバネを使って飛び掛かる。空中で身を翻し足を僕の方に向けて膝を曲げた。四つん這いになった時に強調された胸の谷間に思わず見入って……じゃなくて様子を見ていた僕に向かい両足を力強く伸ばす。

 

 渾身のドロップキック、咄嗟に間に入れた腕に衝撃が走り僕は数メートル後ろに下がった。速度も力もさっきまでとは桁違いか。

 

「次で最後……」

 

 僕を蹴り飛ばした勢いで後ろに飛んだシロノは着地するなり再び四つん這い。またドロップキックが来る! さっき防御に使った腕が痛いし、そう何度も受けるのはちょっと不味いか……。

 

「二度目は通じないけれどさ」

 

 タイミングは一度見た事で掴んでいる。真横から足を掴んで投げてやるよ。空中で其処までの速度を出していたんじゃ減速も急な方向転換も出来ないからね。

 

「”エアウォーク”」

 

 あっ、獣人って鬼と同じで魔法が苦手だから油断していたよ。僕の目前で飛び跳ねた事で足を掴もうとした手は空振り、シロノは僕に向かって飛び掛かると太股で顔を挟み込む。僕は太股を掴んで引き剥がそうとしたけれど、それよりも早くシロノはバク宙の動きで僕を巻き込んで回転、今度は僕が頭から床に叩き付けられた。

 

 

「立て。終わっていない筈だ」

 

 うん、終わっていないけれど一つ訊かせて。君、ミニスカートでフランケンシュタイナーって恥じらいとか無いの? 僕の可愛い妹もお淑やかさとか割りと無いけれど……。




無い!


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ギヌスの民 ④

「あー、頭がクラクラする。こんなのは久し振り……でもないか」

 

 シロノの太股による拘束から抜け出した僕は受けた衝撃にフラつきながらも立ち上がる。今のでちょっと首を痛めたかな?

 

「私並の強者、居る? レナス、私より遙かに格上。手加減、凄く苦手」

 

「随分と楽しそうに笑うね。魅力的で惚れちゃいそうだよ。まあ、それは冗談として、妹が君より強くてね。組み手の時に何度もこんなダメージを受けてる」

 

 随分と自信があるのか自分の与えたのと同じダメージを与えられる相手に興味津々って感じのシロノだけれど、甘いとしか言えないね。実際、レナスの娘であるレナだってこの程度のダメージなら与えて来るんだからさ。

 

「……そうか。お前との戦いの後、彼奴とも戦いたい」

 

「おいおい、止めておきなって。君よりリアスの方が強いから」

 

「……何?」

 

 僕の発言に聞き捨てならないって感じでシロノが睨んで来る。この手のタイプは自分の強さに誇りを持っているし、彼女はそれが変な方向に行って他人を見下しているタイプだ。だからこの程度の挑発に乗って来る。

 

「そして僕はリアスよりも強い。要するに君は格下の格下って事だ」

 

「……そうか。減らず口、減らしてやる」

 

 怒りと共に向かって来るシロノ。さっきよりも速度は上だけれど動きが悪い。ダメージと獣化を進めた事で疲労が蓄積、そして怒りでだろう。イナバさんが呆れ顔だから悪い癖って所かな? リアスと同類かあ。可愛さならリアスのあっしょうだけれどさ。

 

 

「もう終わらせようか」

 

 シロノの突進に合わせて僕も跳躍からのドロップキック。向こうは咄嗟にさっきの魔法を使ったけれど、即座に解除してやった。

 

「なっ!? ぐっ!」

 

 胸部に深々と突き刺さる両足。でも巨乳の弾力で威力が軽減されたのか地面に叩き付けても直ぐに起き上がるシロノ。だけれど反撃に出ようとした足が崩れ、僕に接近させる隙を見せた。

 

 腕を真横に伸ばし、シロノの首に絡ませる様にして振り抜く。この技の意味は”投げ縄”。分かり易く言えば……ラリアット!

 防御する暇も与えずに振り抜けばシロノの体は床へと叩きつけられ板が激しく割れる。それでもシロノは倒しきれない。即座に起き上がる事は出来ないのかその場で転がって起き上がろうとした時、僕は彼女の足を踏み台にして頭を全力で蹴り抜いた。

 

「シャイニングウィザードだったっけ? 確かそんな技名だった筈。って、マジか……」

 

 今度こそこれで決まったと思ったのに蹴り飛ばした先でシロノはフラつきながらも起き上がる。目を見れば殆ど意識が無い状態。意識の最後の一欠片を唇をかみ切った痛みで掴み取り、唇から垂れる血を拭こうともしない。

 

 これが戦闘民族であるギヌスの民の戦士か。僕は少し彼女に尊敬の念さえ抱いた。ああ、それでも負ける気はしない。僕も結構なダメージを受けたけれど、リアスが黙って見ているんだ。あの子の前で僕は負けられない。だって頼れる自慢のお兄ちゃんなんだから!

 

「これで決着にしようか、シロノ。もう一度言うよ。僕の方が強い。だから勝つのは僕だっ!」

 

 拳を振り上げて叫べば返事の代わりにシロノも拳を振り上げて互いに搦め手無しの只単純な直進からのストレート。腕が交差し、僕の拳はシロノの頬にめり込み、彼女の拳は僅かに届かない。ほんの僅かなリーチの差が勝負を決し……いや、侮るな。彼女は、シロノはこの程度じゃ終わらない。

 

 拳に伝わる押し返す力。もう気絶してるのと同じだろうに動きを止めず、僕に向かって体当たりをかまそうとして来る。気迫に圧されそうになるのを奥歯をグッと噛みしめて堪え、そのまま強引に振り抜いた。

 

「これで今度こそ終わりっ!」

 

 シロノは派手に吹っ飛んで、吹っ飛ぶ直前にシロノが放った蹴りが掠った鼻先から血が出ている。後少しで僕も終わっていたなと思いつつ、僕は倒れたシロノの姿を眺めながら呟く。吹っ飛ぶ直前にさっきから決まったと思っても動けたけれど、今度はどうやら終わったみたいだね。仰向けになって転がっていた彼女のウサギの耳が消え去ったし、スカートから飛び出していた尻尾も消えたみたいだ。

 

「ほらね。僕の方が強かっただろう?」

 

 勝ち誇って笑みを浮かべる僕だけれど、正直言って限界です。いや、彼処まで格好付けてギリギリの勝利とか情けないから必死に堪えて居るんだけれど微妙に膝が笑っているし今にも意識が飛びそうだ。多分今何かあれば気絶するんだろうって具合。まあ、もう何もないんだろうけどさ。

 

「あの魔法を使いたい気分だよ……」

 

 ゲームの僕もこの僕にとっても最大最強と言える魔法。その効果は”対象の状態を最善の状態に保つ”。負担が大きいから僕は弱体化する上に自分には使えない。更に対象は最大一人。

 効果時間は長いし、自分に使えれば便利なのに、どうして僕に使えないんだよ。ゲームのイメージのせいで自己暗示でも掛かってるのか。

 

 ……駄目だ。頭が働かない。ちょっとダメージが大きいや。でも、少し休めば強がりを続けられる、筈だったのに……。

 

 

「やったわね、お兄ちゃん!」

 

 僕の目の前には兄の勝利に興奮した様子の妹が喜びの余りに抱き付いて来る姿。その勢いは多分獣化二段回目のシロノよりも少し下位で、避けられる距離じゃない。避けられても避けないんだけれど。だって妹のハグを拒絶する兄が何処の世界に居るって言うんだ。

 

「でも、どうにかして欲しかった……ぐふっ!」

 

 本人には一切の悪意が存在しないヘッドバッドを胸に食らい、僕は抱き止めながら倒れ込む。その時、思わず呟きながら妹を止めてくれなかったレナスを見たけれど、その目が語っていたよ。

 

 

 ”強がりを通したいなら通せる強さを身に付けろ”、か。もっともなんだけれど、相変わらず厳しいなあ。幾ら期待している結果でもさ。

 

 気を失う寸前、倒れ込んで頭を打つのを防ぐ為か一瞬で背後に回り込んだマオ・ニュに受け止められる。こっちは僕の勝利を普通に喜び、倒れるのを普通に心配している顔だ。

 この人、スイッチさえ、スイッチさえ入らなければ本当に厳しいけれど優しい人なのにね……。

 

 

 

 本当にお祖父様への忠義心が関わりさえしなければ……。

 

 

 

「あらあら、強がりを通そうとしちゃって、ロノス君も矢っ張り男の子ですね。さて、お休み出来る場所まで運ぶとして……リアスちゃんにはロノス君が起きるまでお説教ですからね」

 

「は、はい!」

 

「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。レナスと違ってお説教程度で御館様の孫に手は出しません。怖がるなんて心外ですよ。御館様の不利益になれば殺しますけれど、拷問みたいな真似もせずに楽に殺すと何度も言っているでしょ?」

 

「いや、何度も笑顔で殺す殺す言ってりゃ餓鬼は怯えるだろ。アンタって本当にさあ……」

 

 この時の様子を後から聞いたんだけれど、レナスが呆れている理由を全く理解してなかったのかマオ・ニュは首を傾げていたらしい。普段は人が良さそうで穏やかなのに、任務であれば無力な子供でさえ容赦なく殺す、しかも何時もの表情のままでだ。

 

 お祖父様は”魔王”と呼ばれ、レナスは”鬼神”、そしてマオ・ニュの二つ名は”死神”。うん、本当に怖い人だよね。

 

 

 

 

 

「……うん。本当に困った」

 

 さて、気を失った僕だけれど大した時間経過も無く復活。後は用意された食事の席で親睦を深めるだけで、それは別に良いんだ。だって今回の顔合わせは将来的に力を貸して貰うからだから。

 だからシロノが僕に勝負を挑んだのは結果的に良かったんだろうね。戦闘民族には力を示すのが一番らしいしさ。

 

 

 でもさ……。

 

 

 

「我が夫、これも食え」

 

 なんかシロノがベッタリしているんだけれど、幾ら何でも態度が違い過ぎるよねっ!? 僕に横から抱きついてスプーンでスープを掬って僕の口に近付ける彼女の顔だけれど、レナが偶に向けて来たのと似た表情だ。こ、怖い……。

 

「えっと、未だ君が僕と結婚すると決まった訳じゃないんだしさ……。確か次の族長とって感じだよね?」

 

「私、若手最強。ロノス、強い。私も、強い。二人の子、強くなる。故に問題無い」

 

 答えになって無いよねっ!? 族長、強さ以外にも必須な物が有るんじゃ……。向けられた真顔に軽く恐怖を覚えた僕だけれど、この後に風呂で襲われてトラウマを植え付けられる事を知る由も無かったんだ……。



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ギヌスの民 ⑤

 はい、てな訳で場面は一気に飛んで露天温泉でゆっくりと入浴中の僕だったけれど、忍び込んで来たシロノに襲われています。一気に飛び過ぎ? じゃあ、ちょっとだけ経緯を話そうか。

 

 

 貴族の入浴ってのは色々と面倒臭い。リアスなんて大勢のメイドにお世話されてゆっくり入浴出来る日なんて偶に一人で入れる日が有る位で、そんな日だって何か起きないか脱衣所で控えてるのが居るから気分が落ち着かない。そんな僕にとって開放感のある露天温泉は願っても無い機会だった。

 

 マオ・ニュは少し渋ったけれどレナスが説得してくれて、周りに誰も居ないお風呂を満喫……の筈だったのに。

 

 お風呂に夢中になっていた僕は背後から気配を殺して忍び寄る相手に気が付かず、呼び掛けられて振り向くなり押し倒されそうになっていた!

 

 以上! 説明終了!

 

 

「何を拒む? 受け入れろ、ロノス」

 

「普通は拒むよ!? 未だ結婚した訳じゃないんだからさ!」

 

 有無を言わさずのし掛かって来るシロノの肩を掴んで押し返そうとするけれど、獣化二段階目状態の彼女には力じゃ敵わない。今はギリギリ堪えて居るんだけれど、此処の温泉って微妙に滑り気が有って今にも手が滑りそうだ。……しかも彼女の胸がさっきから当たっているし、凄い弾力を感じて意識を向けてしまう。

 

「問題無い。私、次期族長になる。つまり私とロノス、夫婦になる。だから、抱く」

 

「駄目だ、話が通じない! こ、この……あっ」

 

 シロノは僕の肩をガッチリ掴んでいるから時を操って抜け出そうにも抜け出せないし、さっきの戦いで体がガタガタなのに、向こうは平気そうな顔だ。獸人の頑丈さには感心するよ、本当にさ! だけど流されて関係を持つのは色々と不味い。立場的にも周囲の人間関係的にも!

 

 よ、よし! このまま抵抗を続けて向こうがバテるのを待つ耐久戦だ。無理に押しのけても再び来たら意味が無いからね。今の状態の彼女ならそんなに保たない筈。だから押し止める程度にして体力を温存しようとしたんだけれど、彼女の方を見た時、密着していたのを少し押し戻したから胸の先端が見えてさ……思わずビックリした時に両手が内側に滑って胸を掴んでしまう。

 

 うわっ、凄い弾力と重量感……じゃなくてっ!? 再び驚いた拍子に両手を思わず上げてしまう(間抜けな)僕。同じミスを繰り返す事を反省する暇も無く、これを好機と見たシロノに抱きつかれた。

 

「二回戦、私の勝利。今から、三回戦……」

 

 咄嗟に顔を動かしてキスを避けるけれど首に回した手がガッシリと絡み付き、腹部に膝を当てて下半身の密着を阻むんだけれど温泉の水質が水質だから上手く抑えられない。

 あれ? もしかして学園入学前に卒業しちゃう?  だ、誰か助け……。

 

 

 その時、一切の音を立てずにナイフが飛んで来て僕とシロノの顔の間を通り過ぎる。僕には掠りもせず、シロノにだけ頬に僅かな切り傷を作ったナイフはそのまま速度を落とさずに飛んで行き、投げた張本人の手に収まった。

 

 

「えっと、一応お聞きしますね? シロノちゃんはロノス君に何をしているのかな?」

 

「マ、マオ・ニュ……」

 

 五感が優れた獸人のシロノにさえ気取られる事無く僕達の側で座るマオ・ニュは足だけを温泉に付けて軽くバチャバチャ音を立てながら首を傾げる。ニコニコと笑ってはいるんだけれど、絶対にキレてるよ。相変わらず早い上に気配を感じさせない人だなあ。

 

 遠くで僕がシロノに襲われているのを察知して助けてくれたってのは分かるんだけれど、シロノだけに怪我をさせる超精密で超遠距離のナイフの投擲技術。そして自分が投げたナイフを追い越してキャッチする速度。そんな事が可能な人がキレているって思ったら、怒りを向けられていない僕でさえ恐怖を感じたんだ。なら、向けられたシロノならどれだけ怖いんだ?

 

「ねえ、どうしました? ほら、内容次第では許すかも知れませんよ? ……裸でロノス君を組み伏せようとしているとか、どんな理由なら大丈夫なのか私にはさっぱりですけどね」

 

「あ……その……」

 

 完全に固まっていて言葉が出ないシロノ。情けないとは口にしないし思わない。だって僕だって今現在威圧されているんだからさ。

 マオ・ニュは笑顔のままで口調も穏やか。一見すれば少しお小言で終わりそうだけれど、大事じゃないと終わらないのが彼女だからなぁ。

 

「はい、タイムオーバー。いえ、私も獸人の本能については理解しているんですよ? 私だって同じく獸人ですし、自分を負かした相手を求めちゃうのは仕方無いですよね? ええ、だから厳しい事は言いません」

 

 温泉から足を出し、そのまま一歩踏み出せばマオ・ニュは水面に立っている。まるで地面の上みたいにゆっくりとした動きでシロノに近付き、肩に優しく触れた。

 

 

「だから優しく殺してあげます。本能のままにクヴァイル家の者を襲った罪は命で償わないと」

 

「マオ・ニュ! ちょっと待ってっ!」

 

 それは紛れもない死刑宣告。僕は止めようと声を上げながらも二人の間の空気の時間を止めて攻撃を防ごうとしたけれど間に合わなかった。僕の魔法が発動した瞬間、既にシロノは天高く蹴り飛ばされていたんだから。

 全く見えなかった。人一人を彼処まで高く蹴り飛ばしたのに余波なんて全く存在せず、全くの無風で無音。少し遅れてシロノの体から骨が折れ内臓がやられる音が聞こえて来て、僕はマオ・ニュにこれ以上は止めさせようと手を伸ばしたんだけれどすり抜ける。

 

「幻? いや、違う。残像だ……」

 

 あまりの速度に僕の脳はマオ・ニュが消えた事を認識出来ていなかった。既に彼女は天高く飛び上がり、蹴り上げられて未だに上昇を続けるシロノさえも起こすと拳を振り上げる。

 

「ごめんなさい。シロノちゃんの成長を見誤っていたみたいです。一撃で死なせてあげられないなんて。……このまま何もしなければきっとロノス君のお嫁さんになっていましたのに残念です」

 

 聞こえた声は本心から知り合いの子の成長に驚いた上で残念そうに思っている物で、浮かべる顔もそれが口先じゃないと教えてくれる。

 でも、彼女はマオ・ニュを殺す気だ。そのまま腕を振り下ろし、今度こそシロノの命を絶つ。

 

 

「……あら? 邪魔したら殺せないじゃないですか、ロノス君。長引かせたら苦しむだけですよ? 相手をいたぶるのは悪趣味なのですから。めっ!」

 

 既にシロノの意識が途切れているから魔法を掛けられた。ギリギリ助かったよ。マオ・ニュの腕が振り下ろされ当たる寸前、時を進めて落下速度が上がったシロノは辛うじて死神の鎌から逃れ、腹部に僅かに傷を負っただけ。それでも最初の一撃の痕跡が足跡として深く体に刻まれているし、今度は落下速度を落としてキャッチしたけれど一刻も早く医者の所に行かないと危ない状態だ。

 

 一刻も早く、本来なら僕の得意分野なんだけれど、シロノを殺す事を決定したマオ・ニュから守りながらってのがハードルが高い。正直言って無理なんだけれど、それでもどうにかしないとシロノが死んじゃう。

 

「男とか女とか無関係で、こんな状況ならやるしかないよ」

 

「もー! 下手な情けだって同じく駄目ですからね?」

 

 まるで捨て犬を拾ってきた子供相手に困った時みたいな様子でマオ・ニュが告げる。既に落下が始まっているし、着地まで残り数秒。最大限まで加速すれば……こんな事になるのならお祖父様に例の魔法を使うのを遅らせれば良かったよ。今更後の祭りだけれどもさ!

 

 

 そんな緊迫した状況に突御飛び込んできたのは呆れた様子の声だった。

 

 

「……おーい、何やってるんだい。ったく、急に走り出したかと思ったら餓鬼相手に殺気向けて情けないねえ」

 

「レナス!」

 

「さっさと医者に連れて行きな。ほら、せめてタオルは巻くんだよ。……彼奴は私が説得するからね」

 

 僕の腰にタオルを巻いたレナスは早く行けと動作で示し、僕は頷くと慌てて駆け出す。背後から途轍もない覇気のぶつかり合いを感じたけれど振り返らずに足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

「……どうした?」

 

 あれ? 此処はリュウさんの工房? ああ、そうか。僕はホッと胸をなで下ろす。どうやらトラウマが蘇ったせいで意識が飛んでいたらしい。

 

 

 

「……良かった。本当に良かったよ……」

 

 

 



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閑話 驚愕の事実! リアス・クヴァイルは聖女だった!

「今日はお集まり頂き感謝します。縁が結ばれず集まれなかった人々にも祝福を! 神の慈愛は全ての人に注がれるのですから」

 

 祭壇に立ち、広場一杯に集まった人達に手を振る私。キラッキラの装飾がされたフリッフリの動き辛い衣装を着て、如何にも”聖女”って感じの笑顔を浮かべて演説するんだけれど、正直自分の事ながらさぶいぼが出そう。にしてもテスト前だってのに聖女としてのお仕事が入るだなんて迷惑ね。学生の本分は学業でしょうが! ……まあ、普段勉強を程々にしていて鍛える方を優先している私だけれどさ。

 

 さて、続き続き。こんな感じに普段の私を知ってる奴が見れば目と耳を疑うだろう演技を続けながら手摺りの陰に隠したメモ書きで復習をする。演説の内容はそれっぽい事をそれっぽい姿で言ってりゃ何とかなるんだけれど、勉強は細かい所を指摘されて部分点だけにされちゃうのよね。

 

「ああ、今日は何と良き日なのでしょう! こうして大勢の方と共に神に祈れるのですから!」

 

「……ぷっ」

 

 おい、聞こえたわよ、レナ。大袈裟な動作で演説を続ける私の背後からギリギリ聞こえる程度の大きさで吹き出した馬鹿には後でお仕置きするとして、そろそろ終わらせましょうか。今日は丁度お誂え向きに雨が降りそうだもの。体の弱い人が雨に濡れたら可哀想なのが普通だけれど、私の魔法をちょっと応用すれば……。

 

「”ホーリーレイン”」

 

 両手を広げて仰々しく詠唱すれば私と同じ位の大きさの光の玉が空へと昇り、その光に照らされながら見上げる人達の上から雨に混じって降り注ぐ。でも、誰も濡れていないし体も冷えない。反対に体はポカポカ暖かくなって、体の不調まで治っちゃうんだから。

 

「おお! これこそ正しく恵みの雨だ!」

 

「聖女様ー!」

 

「リアス様ー!」

 

「光の奇跡だー!」

 

 一斉に歓声を上げた人達に祭壇の上から手を振る。えっと、例の内乱が起こった年は……。

 私の魔法が混じった事で広範囲に癒しを振りまく雨が降り続ける中、私の頭は年号やら公式でパンクしそうだったわ。……帰ったら気晴らしに思いっ切り暴れたい気分だわ。さっきのお仕置きとしてレナに相手をして貰いましょうかしら?

 

 

 

 

「……あ~! つ、疲れたー! 肉体的には全然だけれど精神的に疲れたー! レナー! 何か甘い物頂戴」

 

「はいはい。レモネードを用意していますよ、姫様」

 

 帰りの馬車の中、私の魔法の効果が切れた雨が降り続ける音を聞きながらフカフカの座席に体重を預ける。向かいの座席に座ったレナが飲み物を出してくれたのを一気に飲み干せば少しはマシになった気分だけれど、テーブルに並んだノートと問題集が疲れを呼び戻したわ。

 

「お仕事帰りに勉強とか憂鬱だわ。馬車の中じゃ体も動かせないし、聖女の演技は疲れるし、テストは明日だし、本当にストレスが貯まるわね」

 

「今はダラダラしては? 私は見て見ぬ振りをしますよ?」

 

「……だ、駄目よ。お兄様に勉強を見て貰ったのに居ない時にサボって赤点でも取ったら恥ずかしいもの。いい点を取ったら誉めて貰えるし」

 

 レナったら誘惑なんかして来ちゃって、心が揺れたじゃない。こんな時はお兄ちゃんの顔を思い出して深呼吸。スーハースーハー、はい完了! やる気が微妙に出てきたから目の前の勉強に意識を向ける。あー、狭くて体が動かせないならトランプでもしたいわ。私、ババ抜きは得意なんだから。レナから”野生の勘”って誉められる位には。

 

 

「……あれ? 誉められてる? 寧ろ貶されてない?」

 

「大丈夫ですよ。ほら、進めて下さい。……何が大丈夫なのかは私も知りませんけれど」

 

「そうね。じゃあ、頑張らないと」

 

 何か最後の方が聞き取れなかったけれどレナが大丈夫だって言うなら大丈夫なんでしょうね。ペンを手に取ってひたすら数学の計算式に挑んで行く。……それにしても演説の時に口にした神が云々だけれども、現在進行形で人類を危険に晒しているのが神様関連の相手なんだから我ながら嘘臭いわね。

 

 そんな風に時々別の事を考えて意識が飛んだり、居眠りして意識が飛んだり、私を放置して居眠りしているレナの無駄な脂肪の塊をひっぱたいて起こしたりしながら勉強をしていたんだけれど、もう直ぐ屋敷がある街が見えて来るって所で馬車が止まる。

 

「……面倒ね」

 

「姫様はお勉強の続きを。雨に濡れて風邪でも引いたら……いえ、姫様ならば引きませんが。二つの意味で」

 

「二つ? 頑丈だからなのと、もう一つは何かしら?」

 

 外から感じる様子に私が立ち上がろうとするのをレナが制して来たんだけれど、本当に片方が分からない。壁に立て掛けた斧を担いで飛び出して行ったから訊けなかったし……まあ、勉強をしておきましょうか。どうも雑魚ばっかりみたいだし。

 

 

「……何処の誰かは知らないけれど大変よね。さーて、勉強勉強っと」

 

  雨風が吹き込まない様にドアが閉められる前にチラッと見えたんだけれど、前の方で馬車が怪しい連中に襲われていた。動きからしてその辺の盗賊崩れって感じでもなかったし、刺客の類?

 

 襲われている馬車の連中の敵なのか、それとも私達を狙った奴等に襲われたのかは分からないんだけれどレナ達が出たなら直ぐに済むでしょうね。襲われた連中も襲った連中もご愁傷様。

 

「姫様、行儀が悪いって。ほら、数学ならアタイの得意分野だから教えますよ」

 

 おっと、油断して机に足を乗せてたら怒られちゃったわ。戦闘力は低いからって残ったツクシが肩を竦めながら私の隣に座って数学のノートを覗き込んだ。

 

「ほら、此処の計算が狂ってるから答えが出ないんだって。公式はちゃんと出来ているけれどちょっとしたミスが多いし、このままじゃ赤点の危機ですよ?」

 

「う、五月蝿いわね。ほら、ちゃんと計算し直すわよ。はい、答え合わせの結果正解。楽勝ね、楽勝」

 

「いや、アタイが教えたから正解したけれど、本番は姫様だけで解くんですよ?

終わったみたいですね」

 

 私が最後の一問の答え合わせを終えた時、丁度のタイミングで扉が開いてレナが入って来る。直ぐに扉を閉めたけれど、倒れた連中は手足がグチャグチャになった上に歯がへし折られてるのも居るわね。

 

「毒でも仕込んでた?」

 

「ええ、奥歯に毒を仕込んで自害しようとしたのが居まして。随分と丁寧に訓練された連中みたいですし、刺客なのは間違いないでしょう。私達を襲ったのだから此方で尋問させて頂きますが、生半可な内容では吐かせるのに時間が掛かるでしょう」

 

「ああ、はいはい。”生半可”な”尋問”で終わらせる予定はないって事ね。黒いわー。流石クヴァイル家のメイドだけあって黒いわー。アンタ、マオ・ニュに似てるわよね」

 

「あの人にもお世話になりましたし、仕方が無いかと」

 

 やれやれ、頼りがいがあるわよ、レナは。……所で襲われていた馬車の紋様って確か帝国の……。

 

 

 



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化け物と怪物

 もう梅雨の時季だと云うのに空は晴れ渡り風は心地良い花畑にて一人の鬼族の女性が酒盛りをしていた。

 

 癖毛をそのまま伸ばしたままにした黄緑色の長髪によって目の辺りは隠されて顔の美醜の判断は出来ず、ニメートル近い長身に近い大きさのヒョウタンを片手で持ち上げ、手元に置いた川魚の塩焼きを骨ごと食べる。バリバリと骨を噛み砕き、最後に頭すら食らった後で刺していた串を歯の掃除に使い、出て来た食べ滓を酒で流し込む。その酒も常人ならば匂いだけで酔い潰れる程だ。

 

 そんな彼女だが、一番の特徴は大きく開いた胸元の傷だろう。着流しが辛うじて肌に引っかかっている状態で胸の谷間は殆どさらけ出され鳩尾の辺りまで見えている状態だが、その谷間の中心には同じく大胆に晒した背中まで貫通したであろう傷痕。常人ならば即死であろうこの傷跡の他にも首や手足、隠されている腹部にもとても軽いとはいえない物がちらほらと。

 

「ん~。梅雨の晴れ間に花を愛でながら釣った魚での酒盛り。まさしく風流でおじゃるなあ。……ああ、それに立ち込める血の香りも忘れてはならぬ。血と酒と花、鬼の宴にはそれが欠かせぬ」

 

 既に自分の体積の半分以上の量を飲んでいるにも関わらずホロ酔い程度の彼女の背後は花が咲き乱れ川が流れる風景とは打って変わっての地獄絵図。他の個体より二周り大きい物は人間を一口にしそうな程に巨大な金毛の狼の屍の山と、其処から流れ出した血の河だ。澄んだ清流には血を伝って血が流れ込んで赤く染まり、彼女はそれを満足そうに眺めながら酒を飲む。

 

「しかし気紛れで少し遠くに足を運べば、発見したのは酒を飲むのに丁度良い場所、そして何やら仰々しい封印。これは斬らねばならぬでおじゃる。ああ、マロの普段の行いは余程良いのだろう」

 

 ヒョウタンを傾けながら視線を向けた先には深い穴が開いており、穴の底には神々しさすら感じる石版。中心に描かれたのは光を司る女神リュキの紋章だ。そして切り刻まれて転がり、何時の間にか端の方から光の粒子になって消えている狼からも同じ神の気配がしていた。

 

「しっかし此奴等は一体全体何者か……まあ、考えても分からぬ事は忘れるに限るでおじゃるよ。マロは幼き頃からそうして来た」

 

 彼女に神の気配を感じ取れるのかは定かではないが、何かあると思って掘り起こしたら見つかった謎の石版。それを両断した結果が屍の山となった狼の出現だ。何か特別な存在だと気が付き、直ぐに興味を失って思考を停止する。酒の力か性分か、考えるのは苦手な模様だ。

 

「うむむ。酒が足らんでおじゃる。弟子が此処に居れば買ってこさせるのでおじゃるが、気が利かん奴め」

 

 既に自分の体積を上回る量の酒を飲んでいる彼女だが意識はハッキリとあり、全く衰えない速度で酒を流し込み、魚は全部食べたので皿に残った塩を指先に付けて嘗めるのを繰り返す。

 

 尚、弟子に関しては明らかに理不尽な言い掛かりである。

 

 彼女が知らない事なのだが、この狼達はリュキが人を滅ぼすべく創り出した神獸に属する存在。大勢の常人を殺す事に長けたタイプと神の祝福や天然で持ち合わせた英雄と賞される強者を相手取る為のタイプに分かれる中、珍しいその両方に該当する。

 この神獸の名前は”フェンリル”。単独で子を産み、群れで活動する性質を持ち合わせ、その子供の一匹一匹が並の英雄を圧倒する化け物だ。恐らく総合的な強さは神獸の中でも上位。

 そんな存在を相手取った彼女には今し方負った傷は皆無であり、邪魔だからと木に立て掛けた身長以上の大太刀にも刃こぼれ一つ見当たらない。

 

「……」

 

 そんな屍山血河の中、息を殺し殺気を抑え込んでいる幼いフェンリルの子の姿が一つ。真っ先に首を跳ねられた母親が産み落とした最後の一匹であり、兄弟達が戦う間に余波でズタズタになった地面に穴を掘って隠れていたのだ。

 本来ならば神獸とは人を抹殺すべく生み出された存在であり、殺戮本能は生存本能を上回る。特に群れとして存在するのが基本のフェンリルならば、例え自らが到底敵わぬ相手であったとしても一瞬の目眩ましの為に命を捨てる事さえ厭わない。

 だが、この個体は違った。母の腹で誕生を待っている間に封印されたからか、それとも創造主であるリュキが心変わりをした影響か、殺戮本能よりも生存本能が上回り、こうして必死に生き延びようとしている。

 土の中から鼻先と目の辺りだけを僅かに出し、人間を皆殺しにする為に生まれた怪物すら上回る怪物が去って行くのをひたすら待っている。その時間は幼いフェンリルにとっては長く感じられた事だろう。

 

「さてと、そろそろ帰るかのぅ。晩酌の準備もせねならぬしマロは忙しいのじゃ」

 

 効率良く対象を殺す為か神獸ならば大抵の者が人の言葉を理解する。当然言葉が分かるのと命乞いが通じるのは別の話であるが、兎に角脅威が去りそうだと子フェンリルは安心し、気を弛ませた。ホッと一息、必死に目を離すまいとしていた目を閉じ、開ける

 

 目の前で化け物がしゃがんで覗き込んでいた。

 

「……まあ、もう面倒でおじゃるし帰るぞよ。生きていれば弟子に対する試練にもなるであろうしな。その間に出るであろう犠牲は致し方なかろう。それも運命、マロじゃなくて弱い自分と神を恨むでおじゃる」

 

 殺されると思い頭の中が真っ白になった子フェンリルに彼女の言葉は届かない。立ち上がって歩き出した時、頭を踏み砕かれる事に怯え、去った後も出た途端に背後から殺されるのではと怯えて震える。皮肉な事にその恐怖は封印前の母が既に生まれていた兄弟と共に人々に与えていた物だ。

 

 因果応報ではないが、人にとっての神獸も子フェンリルにとっての彼女も大きく変わらないだろう。日が西に傾き、夜が訪れ、再び日が昇る。それを三度繰り返すまで子フェンリルは土の中に隠れて震えていた。

 

 

「あらあら、これはどうしたのかしら?」

 

「これは酷いな」

 

 三度目の朝を迎えた日、豪奢な馬車に乗った貴族の一家が現れる。空腹は限界を迎え、殺戮本能も刺激されるが子フェンリルは出て行かない。いや、出て行けない。戦いの痕跡を前に戸惑い右往左往する者達は明らかに弱者であるにも関わらず植え付けられた恐怖が身を竦ませる。出て来た時にあの化け物が現れる可能性が頭に浮かび、体が動かなかった。

 

 

 

「おや? おやおや? 宴のセッティングに来てみればこれはこれは。……まあ、随分と」

 

 その時、生まれたばかりの子フェンリルなのだから当然初めて聞く声であり、にも関わらず知っている声が耳に届く。若い男の声ではあるが布越しなのか少し変な感じがするその声の主を子フェンリルは本能で知っている。人間に対する殺戮本能と同じく持ち合わせて生まれた物。それは声の主に対する絶対服従。

 

「皆様、我らの商会をご利用頂き誠にありがとう御座います。本日は最高の料理をご準備させて頂きました。食後には余興を急遽用意しましたのでどうぞお楽しみに」

 

 男が細長い腕を折り曲げて深くお辞儀をすれば四季折々の花が一斉に咲き乱れた。花に漂って来る匂いが幻ではないと告げる中、子フェンリルの目に映るのは和気藹々とした家族団欒。フェンリルにとって母と子とは王と臣下に近いものの親子としての愛情は確かに存在する。

 

 恐怖によって抑え込まれていた本能が刺激された。家族が見ていない隙に男が待機を手の動きで伝えなければ今直ぐにでも飛び出していた事だろう。

 

 ”待て”が始まってから早数刻、宴もたけなわ、お開きの時間が迫る中、子供がふと思い出した。終わり頃に用意した余興とは何だと。

 

 

「ええ! ちゃーんと準備は終えていますともぉ! アヒャヒャヒャヒャ! ほらほら、何時までも埋まっていないで出て来なさい。神獸将シアバーンの名の下に命じます。でわでわ、お客様を神獸の腹の中にご案内致しましょう! 我らネペンテス商会がご用意した最高の余興ですよ、お客様ぁ!」

 

 その声と共に子フェンリルは飛び出した。生まれたばかりで小柄だった体は気が付かぬ間に数倍にまで成長し、状況を飲み込めず固まっている貴族一家へと迫る。護衛や給仕を飛び越え、困惑しながらも両親が守ろうと後ろに下げた子供の前に降り立ち一口で食い殺した。

 一瞬何が起こったのか理解出来ない両親だが、顔に掛かった我が子の血を拭った手を見て理解する。悲鳴を上げる、その前に夫婦揃って噛み殺された。残るは給仕や護衛が数人。護衛は貴族に雇われるだけあって精強な戦士であり、武器もそれなりの物だ。

 

 その程度、神獸にとって敵ではない。餌だ。

 

 

 

「アヒャヒャヒャヒャ! さあさあ! 余興はこれからです! 皆様、存分にご堪能下さいませぇ!」

 

 悲鳴と咆哮が響き鮮血が散る中、その様子を眺めるシアバーンは腹を抱えて笑う。まるでこれこそが最高の余興だと言いたそうに……。



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他の私が余りにもアレで困ってます

「……下郎が。貴様程度が主の命を狙うなど烏滸がましい。貴様が生涯掛けて刃を磨こうとも掠り傷すら付けられぬわ」

 

 路地裏に身を潜め、懐に忍ばせたナイフを抜いて人混みに紛れて襲い掛かる。その様な計画を立てていたであろう男の胸を背後から貫く。……ちっ! 口を塞いだ時に汚い唾液が手に付着してしまったな。

 一瞬男の服で拭き取ろうと思ったがどうも臭う。此奴、浮浪者に紛れる為に何日も路地裏で生活していたのか体も服も随分と汚いな。正直言って触りたくない。

 

「そっちの首尾はどうだ?」

 

「本命を気絶させた。これより尋問に入る。……主の余暇を邪魔しようなど腹立たしい事だ。その罪、”死なせてくれ”と懇願する程の罰で償えば良い」

 

 気配を周囲と同化し、広範囲に散らばって主と本体を見守りながら警護を続ける。それこそが我々”夜"に課せられた使命。我らは道具、我らは忍ぶ者。主の為に働く事こそ本望であり存在理由。

 

 我らが主は敵が多い。ご本人も手を汚す事を受け入れてはいるが、この程度の刺客ならば後から知らせれば良いだけ。安らぐ時間に無粋な情報をお伝えする必要は無い。

 

「しかし何時来るかも分からぬのに我らの打ち手の子孫の家周辺を張っているとはな」

 

「貴族を暗殺するとはそういう物なのだろう。……今始末したのも囮やも知れん。引き続き警戒を怠るな」

 

 最初に主を狙う四流を囮に二流の刺客が控えていたが、本命は別に居るやも知れない。気が弛みつつある他の私を叱咤し、護衛対象の警護に集中させる。例えどんな事が有ろうとも我等の役目は全うしよう。

 

 

 

 

「ほら、口にクリームが付いてるよ。クレープ食べるの下手だね。まあ、僕はホイップクリームの方も食べたかったから良かったけれどさ」

 

「ひゃっ!?」

 

 視線の先にはクレープを屋台で購入して並んで食べる主と本体。普段食べ慣れぬ物だからか本体口の周りにクリームをベタベタと付け、主はそれを指で拭って嘗めとる。

 

「……感覚共有。記憶想起」

 

 私達”夜”は本体である夜鶴から分裂した存在。故に記憶や五感の共有は可能であり、本体の見聞きした物を追体験可能だ。長期に及ぶ分裂した状態での行動の課程の影響か余計な個性が生まれつつあり主はそれを良しとしているが、私は不要な物だと断じる。故にこれは本体の目線で情報を得るための物。

 

 ……それ以外の意図は存在しない。

 

「きゃー! 本体ったら羨ましい」

 

「矢っ張り私達も追体験じゃなくって直に体験したいわよね」

 

 激しく同意……いや、違う。本当に情報収集以外の動機など存在しない。あっ、露天に買い物に行った。新しい髪留め? 私は赤が……いや、あれは本体に贈るものか。ならば私には無関係……。

 

 

 そもそも私達は道具であり、主に特別な感情など向けるべきでは無い。

 

 

 

「他の子の分も買おうか。色の好みは分からないから取り敢えず全色買って……」

 

 

 あー、もう! 本体はさっさと押し倒せば良いのに! 押し倒されるのでも可能! 

 

「……はっ!? 糞っ。余計な影響が現れたか……」

 

 一瞬だが私の頭に浮かんだ主への不敬に口から悪態を零す。本体が不抜けているせいか他の分体同様に私にまで余計な欲求が生まれつつあるらしい。

 

 この身は女の体であり、人格も女な我々だが、その本体は所詮刀、人切り包丁、道具の類。配下が主に恋慕の情を抱く事が不忠であり、私達ならば尚更だ。子を宿せぬ身故に主に求められれば相手をするが、自ら望むのは論外。

 

「なのにあの馬鹿共は……」

 

 心底呆れかえる事なのだが夜の中には本体と主がそんな関係に発展するのを望む者や、どうせなら混じりたいとまで言い出す救えぬ大馬鹿まで存在する。寧ろ私みたいなのが少数派であり、我等の数少ない欠点と言えよう。

 

 馬鹿が多いと真面目な者は損と苦労が耐えないと聞くが、これ程までとは思いもしなかった。ああ、叶うならば個性が生まれず完全に群にして個という状態だった頃に戻りたい。主が今を好ましいと願っても、それが私の願いだ。

 

「没個性万ざ……ぬっ?」

 

 気苦労が蓄積した為か少し変な方向に思考が進んだ私は本体と主の逢い引きの様子を見て歓声を上げる他の私を見るのが嫌で、一瞬だけ視線を逸らしてしまう。本当だったら有り得ない行為だ。職務放棄など後で悔やむ怠慢なのだからな。

 だが、これはその怠惰な行為故に気が付けた事だ。此度の任務、不敬な態度に見える者達も仕事はこなしている。少なくとも配置を間違う者や途中で抜け出す程の愚か者は存在しない。

 

 ならば離れた建物の屋上に潜んだ奴は何者だ? 元は一つであるが故に私達は互いを識別出来る。あれは間違い無く夜鶴より分かれた者の一人だと力が告げているが、私の心が告げている。あれは同じ分体ではないと。

 

「……全員警戒」

 

「御意」

 

「即座に本体に伝える」

 

「相手は此方の識別を誤魔化す。注意せよ」

 

 恐らく主に仇なす敵。個を持った我等が元に戻るには十分な理由だ。浮かれていた者達は即座に感情を消し、偽物を警戒する。いや、警戒すべきはあれだけでないな。何をして我等を騙そうとしたのかは知らないが、同じ方法で潜んでいる仲間も居るだろう。この街の住民全員を疑え。隣に立つ者すら完全に信用するな。

 

 我等は剣。我等は道具。己の全てを主に捧げよ。

 

 私達が警戒した時、偽物もそれに気が付いた。酷く慌てた様子で大きな隙を見せると異変が現れた。何らかの魔法で姿を変えていたのか、水面に映る像が石を投げ込まれて大きく歪むかの様に姿が歪み、泥を塗りたくった石像の如き姿に変わる。そのまま逃げようと飛び降りるが、既に一番場所にいた他の私回り込んでいる。

 

「死ね」

 

 奴は危険だ。何者か調べるよりも始末すべし。そう認識したのならば容赦は無用。クナイや手裏剣を投げつけ、怯んだ所を鎖付き分銅で動きを封じ、四方から刀を突き刺す。……ちっ!

 

 手応えは無い。本物の泥人形の如く形を変えて排水溝の中に逃げられた。鎖で縛った時には確かに感じた手応えだが、刀を刺す時には糠に釘を打ち込んだ時に似た感覚。何らかの能力だろうが不覚をとった。力を使う前に始末するのが最善であるのに……

 

 グッと奥歯を噛みしめ拳を握る。本来ならば道具には不要だと切って捨てていた感情。だが、今回だけは別だ。他の私達もそれは同じ。この失敗を、この屈辱を教訓としよう。

 

 

 

 

 

 

「情けない話だ……主の手を煩わせてしまったのだから」

 

 偽物が逃げ込んだ排水溝の分厚く重い石の蓋。それがガタガタと激しく揺れ、真下からの暴風によって飛び上がる。逃げ込んだ偽物も同じく、粘りけのある液体に近い状態のまま宙に浮かぶ。無理やり風から抜け出そうとしているが……。

 

 

「愚か者め。その程度で抜け出す事など叶わぬ。その風、主のペットであるポチの物だぞ」

 

 今風が吹き出している所以外の全ての排水溝の穴に風が入り込み、内部が耐えられるギリギリの風圧で突き進む。当然、その風の勢いや凄まじく、同時に自在に流れを変えて堅牢な檻になっている。脱出したくば一流の中でも上位の風使いになってから試みるのだな。

 

「キューイ!」

 

「ギキィ!?」

 

 風は自由自在に動きを変え偽物を中心に密集、巨大な竜巻から球体へと形を変えてやがて圧縮は偽物を内包可能な限度に達する。その風が黒く染まり、停まった。光すら通さぬ時の監獄。私達が複数で取り逃がした相手をこうもあっさりと。

 

 

「ああ、矢張り我が主は……」

 

 

 

 

 

「よーしよしよし! ポチは頑張りまちたねー! 帰ったらご褒美にお肉を沢山あげまちゅからねー!」

 

「キュイキュイ!」

 

 ……ふう。本当にこの方は……。

 

 

 



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秘密の多い人?

 執務机の上に積まれた書類、多分残りの書類も他の場所に準備されている。これ、サインだけじゃ終わらないし、僕だったら一日じゃ終わらない。そんな彼女に告げるのは凄く心許ないんだけれど、報告しないなら報告しないで後から迷惑掛けるしなあ……。

 

「成る程。若様も姫様も厄介な事に巻き込まれたのですね。その後、どう対処を?」

 

「レナに任せようと思ったんだけれど、流石に駄目かなってツクシに相談したわ」

 

 「まあ、事後対応はツクシに任せるのが正解だよね。メイド長からその辺は習っているし。……いや、そういうのってメイドの仕事なのかな? あの人、なんでその手の仕事まで出来るんだろう?」

 

「メイド長ですからね。あの方ならば何が出来ても不思議では御座いません。神対応で解決して下さるでしょう」

 

 しかし馬車への襲撃かあ。僕もそうだけれどネーシャも最近襲われたばかりだってのに運が悪いね。同時に二度もタイミング良く助けが入って、しかも商会という立場上近付いていて損は無い相手に助けられるんだからさ。

 

 ……彼女、ちょっと変な感じなんだよね。話していると心が何故かざわめくし、存在する筈のない一緒に過ごした記憶が蘇って来るし。……僕が前世の記憶を取り戻さなかったらあり得た事なんだろうけれど、そうでない以上は不思議な事だ。

 

 平行世界とかの僕の記憶でも受信してる? 僕って電波系だったのか……。

 

「そして若様の方は夜の面々さえ騙す程の擬態の使い手に遭遇したと。見た目や仕草だけでなく魔法的な繋がりまで模倣するのは厄介ですね。……ふむ。ちょっと似た存在の記述が古文書にあった筈。後で調べておきましょう」

 

 後でって、その量の書類を終わらせた後で調べ物までしてくれるの? 流石にそれはパンドラが大変だ。将来的にクヴァイル家を率いるのは僕だけれども、実質的に政務を担うのはパンドラだ。だからって甘え過ぎな気がするんだけれど、僕がそんな事を思うのなんて彼女にはお見通しだったらしい。

 

「お気になさらず。若様も姫様も明日はテストでしょう? 赤点など情けない真似を避けて頂くのが私としては助かりますよ、姫様」

 

「私だけっ!?」

 

「ええ、若様ならば大丈夫でしょうから。だから今はお勉強をお願いします。ああ、でも叶うのならばご褒美に若様のキスを……」

 

「うん、分かった」

 

「へ?」

 

 多分パンドラとしては僕をからかったんだろうけれど、僕だって何時までもそんな程度で大袈裟に騒がないさ。まあ、実際に体験したからって理由も有るけれどさ。

 

 そんな僕はパンドラの肩に手を添えるとそっと唇を重ねる。呆けた感じのパンドラって久々な気がするなあ。ああ、それにしても……。

 

 

「……恥ずかしい」

 

 冗談に対して本当にキスをしたのは僕なんだけれど、終わったら急に恥ずかしさが込み上げた。そりゃ経験したとはいえ、たったの二回。それも女の子側から急にって感じだ。自分からするのとは全然違う。違って当たり前だ。

 

 

「えっと、ゴメンね?」

 

「いえいえ、思わぬご褒美を頂きました。これでレナ……さんならば続きをおねだりするのでしょうが私には流石に無理ですし、その時がくれば宜しくお願いしますね?」

 

「う、うん……」

 

 そっと差し出された小指と小指を絡める。続きって、矢張りアレだよね? そのお誘いを今から。いや、結婚は決まっているし……。

 

 

 

「所で姫様が随分と大人しい……あっ」

 

 リアス、僕とパンドラのキスを近距離で見たせいで真っ赤になって固まって……。

 

「え、えっと、じゃあリアスを連れて行くね。勉強して来る。パンドラ、本当に何時も有り難う。君が居てくれて嬉しいよ。でも無理は禁物だからね。やつれたら折角の美人が台無しだ。それでも君は魅力的なんだろうけどさ。でも、どうせだったら輝きは大きい方が良い」

 

「……そんな言葉がどうして無自覚に出て来るのやら。まあ、今日はそれで良しとしましょう。若様も将来的には書類仕事を今の私位には捌いて下さいね? 私は更に成長しますが、さ、産休とか育児休暇を頂く予定ですので。ほら、若様との子を自らの手で育てたいなって……」

 

「そうだね。僕は両親については覚えていないけれど、他の家の子が親と一緒に居るのは羨ましいって思ったし、世間一般的に貴族の子供は乳母が育てるケースが多いけれど、君がどうしたいかが重要だ。僕達の子供は協力して育てよう」

 

「……だからどうしてそんな言葉が出て来るのやら」

 

 呆れられてはいないみたいだし、寧ろ嬉しそうにも見える。さて、さっさとリアスを連れて勉強しないと。

 固まったままのリアスの目の前で手を振っても反応が薄いし、呼び掛けても反応が無い。じゃあ、僕が部屋まで運ぼうか。

 

「よっと! ……あれれ?」

 

 他の女の子なら兎も角、実の妹をお姫様抱っこするのは恥ずかしい。だから今回は俵担ぎにしたんだけれど、気になる事が一つ……。

 

 

「リアス、ちょっと重くなったけれど太っ、たあっ!?」

 

「……そんな訳無いでしょ。聖女の仕事の帰りだったからコルセットやら装飾品やら暗殺防止に中に着込んだ防具とかで重くなっただけよ。お兄ちゃんの馬鹿ー!!」

 

 最初に背中に叩きつけられた拳の衝撃。ぐふっ! まだ熊の方がダメージが軽そうだ。僕に抱えられたままの状態でリアスはポカポカと背中を殴って凄く痛い。これ、洒落にならないぞっ!? 痛い痛いっ!

 

「ごめん、ごめんったらー!」

 

「ふふふ、仲がよろしいですね。でも若様……妹相手でもレディに対して太ったとか紳士失格ですよ?」

 

 はい、反省してるから助けて下さい。え? 駄目? そんな~。

 

 

 

 

「てな訳でメイド長にリアスの勉強を見てもらいたいんだけれど」

 

「承りました。テストに支障がでない程度に睡眠時間を削って赤点だけは回避……いえ、平均点以上は取らせてみせましょう。例え姫様に地獄を見せたとしても。ええ、私にお任せ下さい」

 

 即座に逃げに走るリアス。残念だったね。メイド長から逃げられない。光属性の魔法で強化したリアスは即座に捕まった。決して逃げられない。

 

「お、お兄様の鬼! メイド長の悪魔!」

 

「悪魔とは失敬な。邪神なら受け入れますので言い直しを要求します」

 

 僕にだって最後の追い込みがあるし、リアスの勉強を誰に見て貰うのが一番かと考えた時、浮かんだのはメイド長。幼い頃から屋敷に居るんだけれど、何でも出来るから本当に頼りになる。例外として容赦は一切出来ないんだけれどね。

 

 

 でも、何時も誰もがメイド長って呼んでいる彼女の名前が思い出せない。

 

 

「じゃあ、僕は行くけれど……メイド長って名前なんだっけ?」

 

 まあ、今更教えて貰うのも失礼な気がするんだけれど、知らないままなのっても気持ち悪い。だから助けを懇願するリアスは見えない事にして会話を振る。ごめん、後日埋め合わせはするからさ。それに勉強は君の為だから。

 

 僕の問い掛けにリアスを部屋に引っ張り込む動きを止めたメイド長は笑うんだけれど、これって誤魔化されるパターンだ。どうも彼女は自分の事を秘密にしたがる。

 

「女には秘密が必須なので教えません。……でも、若様と姫様が世界を救ったらお教えすると約束しましょう」

 

 ほら、矢張りね。それにしても世界を救えとか、無茶言うなあ。今は世界の危機なんて表面化してないのにさ。

 

「では、その日まで頑張って下さいね。名前も歳もそれまでは内緒です」

 

 

 うーん、本当に謎だらけの人だよね、メイド長ってさ。名前教えないって何なのさ……。



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忘れていた物

 この世の中は不平等だ。生まれ持っての身分や財産、頭の良さに各種才能。それこそ幾ら列挙してもし足りない位にはね。それは王侯貴族制度以外に魔法だのモンスターだの神様などが実在するこの世界でも同じで、ファンタジーだろうが夢がないし、暮らしている僕達からすれば紛れもない現実なんだ。

 

 それは恵まれた側の僕でも感じる事が多くって……。

 

「……ふう。まあ、こんな物かな? リアスは……頑張れ」

 

 明日はいよいよテスト、赤点は勿論として情けない順位になるのは避けたいと最後の追い込みをしていたけれど、明日早朝に起きて勉強する事を考えればそろそろ寝た方が良いだろう。窓から顔を出してリアスの部屋の窓を見てみれば明かりが漏れているし、多分メイド長はギリギリまでやらせる気だろう。あの子、絶対に朝早く起きて勉強する余裕なんて無いんだから。

 

 リアスは本当に朝が弱い。身嗜みを整えるのに時間が掛かるから朝は忙しいのに毎日毎日遅くまで寝ているんだし、メイド長でさえ起こすのに苦労するからね。毛布をはぎ取っても部屋に朝日を入れても体を揺すっても起きない。レナスがキレて拳骨を落としても……いや、あの時は気絶したんだった。

 

 そんなリアスとは反対にアリアさんは睡眠時間はそんなに要らないらしい。短い間寝れば頭がスッキリするとか。

 

 リアスとアリアさん、光と闇。運命なんて自分で作り出す物だってのは物語ではお決まりの言葉で似通ったセリフが幾らでも有るんだろうけれど、神に定められた役目ってのは存在するんだ。

 リュキが自ら切り離した悪心とテュラを封じる為に生み出した存在が光と闇の属性を操る二人であり、闇属性が裏切った事を教訓にして、次に光と闇が必要になった時に裏切った方を始末する役目を持って生まれたのが時属性の僕だ。

 

 光と闇は他の属性に対して絶対的な優位性を持つけれど、時間経過によって朝と夜が繰り返されるみたいに光と闇も時の支配からは逃れられない。故に光と闇の使い手達が”神殺し”なら、それを始末する役目を持って生まれた僕は”神殺し殺し”だ。

 

「……嫌だなあ。絶対にそんな事をしないけれど、そんな役目の為の力ってだけで嫌になるよ」

 

 勉強に使った机の上の整理をしながら呟く。自分で言える位には成績も運動神経も良い上にお金持ちで大貴族の次期当主って恵まれている僕なんだけれど、持ちたくなかった運命に関しては無関係な人が羨ましい。まあ、世の中って不平等って事だよね。

 

「……あれ? これってこんな所に有ったんだ。ちょっとだけなら良いよね?」

 

 問題集の棚に紛れていたのは一冊の本。持ち運びに便利な文庫本サイズで、他の出版元には不可能な高度の製本技術でお馴染みの所の物だ。

 タイトルは『パンダ探偵アンノウン ハシビロコウ帝国の逆襲 中 ~絶望の麻婆春雨~』。漉し餡と粒餡を入れ替えるとかの斬新なトリックで一部に人気の推理小説だ。発想と努力と才能次第で割と何でも有りの魔法の存在が推理小説の人気に火がつかない理由だけれど、このシリーズは別だ。

 

 ……まあ、表紙と中身は別物だけれどね。

 

 

「さてと、これの”中身”は何だっけ? ああ、確か……スパイ物だ」

 

 この小説、表紙と冒頭部分以外は別の小説になっている特別仕様。版元に匿名で発注可能な人気商品だ。実際は僕みたいな年頃の男の子の味方である官能小説なんだけれど、使用人が部屋の掃除をするのが当たり前の貴族だったらそのままで所有するのはちょっと厳しい。貴族に非ずんば人に非ず的な考えのも居るんだろうけれど、大抵の場合は性癖を知られるなんて真っ平御免って事だよ。

 

「まさかフリートがこんな物の情報を持っているだなんて驚きだった。持つべき物は友だね、全く。彼奴の紹介だからって直ぐに買えたし、さては常連だな。……チェルシーには絶対に秘密にしておこう」

 

 僕も隠し本棚とか活用しているけれど何故か中身が入れ替わってる事も有るし、こういった物は助かる。最近、ちょっと刺激が強い体験が多かったし、何とか理性で抑え込んでるんだけれど限界だ。

 

「……数人掛かりで体を洗われたり、裸で抱き付いてキスされたり、下着姿でベッドに潜り込んで来たり、本当によく頑張ったぞ、僕。その上で忙しいから発散するタイミングも困ったしさ」

 

 下着もベッドのシーツも部屋の掃除も毎日行われるし、下手な隠蔽工作じゃ僕が一人で何をしたのか分かっちゃうだろうし、変に気を使われるのを想像したら……うへぇ。

 

「今日はテストの追い込みに集中したいからと夜鶴にも入室は遠慮させているし、絶好の機会なんじゃないか? 普段は警護とかで側にいるからなあ。その上、あんな格好でさ。分体はあからさまに誘惑するし……」

 

 思い出すだけで衝動が込み上げて来る。駄目だ、落ち着け。ここぞって時に失敗して気まずい思いはしたくないし、先ずは……トイレに行ってこよう。

 

「うん、寝る前に軽く発散させて、後は直ぐに寝ようか……うん? 何か忘れている気がするんだけれど……まあ、良いか」

 

 僕は頭の中に引っ掛かる事を無視してトイレに向かう。うーん、小説をあの場所に入れた時に引き出しの奥にも何かを放り込んで忘れていた気がするけれど……。

 

「おっと、その引き出しが開けっ放しだ。トイレから戻ったら確かめてから閉じれば良いや」

 

 まあ、大した事じゃないでしょ、多分さ。忘れるって事はそういう事だ。

 

 

 

 

「……だったんだけどなあ。まさかあんな事を忘れるなんて」

 

 その後、トイレから戻った僕は……ベッドの上に押し倒されていた。

 

 夜鶴の顔は火照り、只でさえ露出の多い服を脱ごうと焦るけれど指先が震えているせいで上手く出来ない。息が荒いんだけれど完全に興奮している。漂って来る甘い匂いが僕の頭をボーッとさせていた。

 

「主、今だけは、今だけはご無礼を御容赦を。私の全身全霊に懸けて主に至福の時間をお捧げしましゅ……す」

 

 あっ、噛んだ。

 

 うーん、しかしどうしてこんな事になったんだろう? 普段のこの子だったらこんな事にはならないんだけれど……。

 

「実は明日の警護任務について相談したい事が有りまして、主の部屋の扉が開いていましたので覗いてみれば居らず、中で待たせて貰おうとした時に引き出しが開いていましたので閉めようとしたら引っ掛かっている物が有って……そろそろ頂きます」

 

「……あっ」

 

 あっ、そうだった。虹色オオミミズのアレ、後で始末しようと放り込んで……しまった。

 

 

 最近溜まりに溜まった物とか、媚薬効果のある匂いとかで流石の僕も……。

 

 結論から言おう。何時もは入る何らかの介入は今回は無かったし、僕も抵抗を諦めて……受け入れた。



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主従逆転

 うん、何と言うべきか、人には言いにくいと言うべきか、まさか腹心の部下に押し倒されて肉体関係を持っちゃうなんて思わなかったよ。

 

 時間は過ぎ、互いに服を全部脱ぎ捨てた(僕は脱がされ捨てられた)後、長い時間を掛けて色々やった後で夜鶴は僕の上で眠っている。指を絡めた状態で手を握り、普段は束ねている髪も下ろしているし、雰囲気が違って見えるよ。

 

 まあ、自分を押し倒して強引に関係を持った相手が普段通りに見えたらそれはそれでどうかって話だけれどさ。

 

「前から暴走してその手の事を言い出しては真っ赤になって自爆していたのに、まさか媚薬効果のあるお香の原材料で……うん? 夜鶴って肉体は魔力で構成しているよね? だから毒とかは効かないし……」

 

 もしかして手にしてしまった物が何か気が付いた瞬間に自己暗示にでも掛かった? それで興奮した挙げ句に暴走して?

 

「よし! この事に関する考察は終了!」

 

 じゃないとポンコツ忍者レベルが止まる所を知らないし、主である僕が忘れてあげないと可哀想だ。数度頷いて頭に浮かんだ疑念を忘れ去った僕は改めて夜鶴の姿を見る。……うん、凄かった。

 

 最近どうも色々と刺激が多い出来事に遭遇して蓄積した物が媚薬の力で暴走した結果だけれど、僕は夜鶴を抱いたのか。いや、最初は一方的にやられていたんだけれど、開き直って楽しむ事にしてさ。この子、凄い純情な癖に知識とかは凄いみたいだし、一度始めたらノリノリで明らかにキャラが変わってしまって……。

 

「笑いながら”このまま主を籠絡してみせましょう! 今この時より貴方は私に虜になるのです。ベッドの上では主従が交代ですね”とか舌なめずりしながら言うんだもんな。起きて冷静になった時に覚えていたらどうなるんだろ?」

 

 これは暫く目を合わせて貰えないかもなあ。それはちょっと困る。それなりの付き合いだし、流石に寂しい。さて、だったらどうする? 夜鶴は僕を襲ってノリノリだった事でパニックになりそうだし……。

 

 

「それなら主が本体を襲えば良いのでは?」

 

「次は私達も一緒に!」

 

「大勢でやれば恥ずかしさも分散です!」

 

「やけに姿を見せないと思ったら、まさか最後まで見てた?」

 

 普段はこんな状況になったら一緒に参加するとか口にする夜達が行為の最中には全く姿を見せなかったのは疑問だったんだ。出払っているか抑え込んでるかだろうと思ったけれど、こうもあっさり出て来るって事はそういう事なんだろうし、問い掛けにあっさり頷いたよ。

 

「もう夜鶴の切り離した欲望の部分が君達じゃないかって思えて来たよ」

 

「まあまあ、落ち着いて下さい。それともお乳突っつきますか?」

 

「……え? まさか本気で今から始める気じゃ……」

 

 冗談だよね? 今、余韻に浸ってる所で、それなのに複数相手とかはちょっと……。

 

「いえ、本気ですよ?」

 

「だよねぇ……」

 

 一斉に服を脱いでベッドに上がる夜達。顔は同じなのに個性の芽生えの影響か違って見えて、別々の魅力が……。

 

 

 ノリノリの表情でテキパキと脱いでるのも居れば真面目そうな顔で照れながら網タイツ姿から先に行けないのも居て、中には脱ぎかけの状態で真っ赤になって止まっているのも。……既に始めている二人に関しては知らない振りをしようと思う。あれかな? 自己愛とか同性愛とかの部分が強く出た個体なのかも。

 

 ……うーん、この分体の元になったのは夜鶴だけれど、その夜鶴を打った鍛冶屋がどんな人だったのか本格的に気になって来た。本人からすれば意図せぬ結果がこの性格だったんだろうけれど。

 

「ささっ! 主、続きを致しましょう。本体を直ぐに起こして……いえ、後で良いですね。記憶は後で追体験させて貰うとして先に楽しんだのですし、次は私達の番です」

 

「僕の自由意志は?」

 

「据え膳食わぬは何とやら。貴族としてはそれで正しいのでしょうが、我等は主の所有物ですし、子を宿して後継ぎ問題に発展する事も無いのですし、さあさあ

! これだけの数の美女を一度に抱くなんて男冥利に……あれ?」

 

 僕の意思は後回しって感じで迫る夜達。これは夜鶴から興奮やら何やらが流れ込んだなって覚悟を決めたんだけれど言葉の途中で消えてしまう。ああ、夜鶴が起きて無理矢理分体を消したんだ。

 

「馬鹿共が。恥を知れ」

 

「……ちょっと惜しい気もするけれど助かったよ、夜鶴」

 

 夜達が居た場所に向けたのは鬼の形相。僕の方を向いた途端に女の子らしい物に一瞬で変わったけれど、器用だなあ。

 

「い、いえ、下僕として当然です。ですが主、それでもお褒めいただけるなら……お情けを再び頂ければ幸いです」

 

 僕と手を繋いだまま夜鶴は身を乗り出して唇を重ね、そのまま続きを始める。夜もすっかり更けちゃって眠りたいけれど寝かせてくれる雰囲気じゃないよね。困ったなあ……。

 

「ねえ、明日の夜に続きをする事にして、今日はもう……」

 

 体力的にはまだ可能だけれど、明日はテストだ。早起きして勉強する予定だし、こっちのお勉強は後日って方が良い。惜しいけれど。凄く惜しいけれど!

 

「明日になればヘタレの私が続きを行える精神状態になれるとでも?」

 

「全然思わないね」

 

 うん、絶対顔も見られない状態だ。散々大胆な言動しておいて朝になったら羞恥心にもだえる姿が浮かんだよ。うん、見てみたくはある。欲求が有るのに口に出せず、そんな事を考える自分に恥ずかしがる姿とか絶対可愛い。

 

「な、なので今晩は存分に主を感じさせて貰いますのでご容赦を!」

 

 まあ、良いか。少し意地悪して拒絶するのも悪いし、どうせだったら僕も存分に楽しませて貰おうっと。そうと決まればいっさい抵抗をせず夜鶴のなすがままに身を任せる。

 

 

 ……分体達も出して欲しいって言ったら怒るかな? 怒るだろうなあ……。せめて網タイツ姿とか希望しまーす。

 

 

 

 そして朝、目を覚ませば起きる予定だった時刻より少し早い位。でも暫く寝ていたい気分。いやー、ちょっと張り切り過ぎちゃって、途中で何度か攻守交代したんだよね。最終的に僕が負けたんだけれど。

 

「知識は向こうの方が上だったか。所詮簡単に手に入る官能小説程度の知識しかない僕とくノ一の夜鶴じゃ勝負にならなかったよ。向こうは人間じゃないってのも敗因だけれどさ……」

 

 そんな彼女は現在居ない。枕元には置き手紙。”少し頭を冷やして来ます”と震えた文字で書かれている。

 

「……取り敢えず部屋の中をどうにかしないと」

 

 部屋に充満した濃い臭いとか、この部屋で何かあったか分かる人には分かっちゃう感じだ。うん、流石にメイド達の間で情報が共有されるのはキッツイし、いざ隠蔽工作。窓を開け、時間を操作して空気を入れ換える。

 

「おっと、ポチの方に流れて行かないようにするとして、さっさと痕跡を隠そう。レナやパンドラ、リアスに知られるのはちょっと嫌だ。どんな反応をされるのやら……。おっと、ちょっと冷たい水で顔を洗ってサッパリしよう」

 

 僕が一定の時間まで寝ていたら水の入った容器を持ったメイドが入って来るけれど、起きて既に顔を洗っていたら持ってこない。つまりは部屋に入って来ないって事だ。よし。もう放置してたら臭いは消え去るだろうし、一旦放置して顔を洗いに……。

 

 

 

「おや、お早よう御座います、若様。本日もいい天気でなによりですね」

 

「う、うん、お早う」

 

 そして部屋を出て直ぐの所でパンドラと遭遇。そして今更気が付いた。部屋の中だけじゃなく、僕にも臭いが染み着いているって。

 

 気が付くな。お願いだから気が付かないで!

 

「……成る程。昨夜は色々とあったようですね」

 

 あっ、速攻で気付かれた。鼻を何度か動かして納得のご様子のパンドラ。これは何かお小言かと思いきや、急に抱き付かれた。

 

 髪から漂う香り。夜鶴とは別の体の感触に僕がドキドキする中、耳にふっと息が吐きかけられる。そして甘え声で囁かれた。

 

 

 

「時期を見てお知らせしますので、その時は私も可愛がって下さいね? 色々と準備をして時期を待っています」

 

 普段真面目で知的クールなパンドラが見せる誘惑の仕草。夜鶴とは別の色気が有った……。



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コミュニケーションって大切だ

「全証拠隠滅完了。体力も回復させてミッションコンプリート。これで何一つ問題無し。……明烏が怒ってる以外は」

 

 昨晩……明け方近くまで行った行為の証拠隠滅自体は僕の魔法でどうにかなった。部屋で魔法を使った事で何かあったのかと駆け付ける誰かが居る事を心配したけれど、流石の僕の魔力コントロール、室外に異変を感じさせない程度の規模でどうにかなったよ。

 

 問題は睡眠不足なんだけれど、そっちは明烏の力でどうにかなった。その代わり、凄く怒ってるのが刀身から伝わって来るんだけれどね! ”情事の後始末に使うな!”そんな声が聞こえて来るみたいだうわぁ、あまりの荒々しいオーラで刃がカタカタ鳴ってるよ。これ、言葉が喋れないから鬱憤を吐き出す事も出来ないし、暫くは不機嫌な状態が続くんじゃ……。

 

「機嫌直してよ。テストが終わったらレキアの力を借りて妖精の領域で思いっきり暴れさせてあげるからさ。……痛っ!」

 

 何とか納得して貰ったけれど、最後に大きく跳ねて鞘と鍔に指の間を挟まれて少し赤くなってる。普段から力を振るいたがるのに、使われ方によっては此処まで怒るだなんて知らなかったよ。

 

「君ともコミュニケーションが取れたら良かったのにね」

 

 それにしても武器と意志疎通が可能なのは如何にもファンタジーって感じだけれど、仕事内容に不平不満を持たれるからコミュニケーションが必要ってのは人間相手と同じで夢が無いや。

 

 

 まあ、ゲームや漫画なら兎も角現実だから仕方が無いんだけれどさ。意思があるなら好き嫌いだって有るし、気を使ってあげなくちゃ。向こうは言葉で伝えられないから難しいけれど。

 

 大きく溜め息を吐けば何か文句があるのかと主張してくる明烏。この子に夜鶴の十分の一でも従順さが有ったら良かったのにと思わざるを得ない僕だった……。

 

 

 

 

 さて、明烏を宥めて煽てて誉めまくり、何とか機嫌を直して貰った僕はリアスと一緒に馬車で登校していた。何時もはギリギリまで寝ているこの子も今日ばかりはメイド長に起こされて、のんびり朝風呂も出来ずにお勉強。今だってノートを食い入るように眺めていた。

 

「リアス、少しはリラックスしたら? 十分頑張ったじゃないか」

 

「お兄ちゃんみたいに勉強が出来る人には分からないのよ。今日さえ、今日さえ終わったら夏休みに臨海学校ってイベントが盛り沢山」

 

「え? テストは今日と明日の二日間だよ?」

 

「あっ……」

 

 あっちゃあ、日程を勘違いしてたかあ。教科数と範囲は僕と一緒に勉強していた時に確かめてるから大丈夫だけれど、明日も有るって知った途端に絶望した顔を浮かべちゃってさ。リアス、君って本当に勉強が嫌いなんだね。

 ショックで固まって手落としたノートを拾って差し出しても受け取らないし、テスト直前にモチベーション大幅な低下は流石に見過ごせないな。

 

 よし、この手で行こうか。

 

 

「このままだったらフリートに負けるけれど良いの?」

 

「良くない! 俺様フラフープなんかに負けてたまるもんですか!」

 

 ほら、これで大丈夫。負けん気が強いリアスだから嫌ってるフリートを引き合いに出したらやる気を出して勉強を再開したし、これで大丈夫……かな?

 

 

「後は本人の学力次第だけれど、こればっかりはなあ……」

 

 メイド長のスパルタ授業が終わった後、リアスは憔悴していた。それ以上にリアスに勉強を教えていたメイド長が憔悴していた。うん、どれだけ大変だったんだ?

 

 せめて暗記問題で試験範囲から出そうな所を絞って覚えた所が中心に出題されるのを願おう。出題範囲全てを記憶すれば良いだけだって思うんだけれど、リアスは無理だって言うんだもの。ちょっと頑張れば可能じゃない?

 

 

 

「……は?」

 

 リアスに言ってみたら睨まれた。凄く怖い。……何で其処まで怒るのか解せぬ。

 

 こうなったらフリートに相談してみよう。彼奴なら僕に賛同してくれる筈だ。だって友達だからね。リアスよりは成績が良いし、多分大丈夫でしょ。

 

 

 

「一応言っておくけれど他の人に言っちゃ駄目よ」

 

「うん、分かった。リアスが言うなら従うよ」

 

 可愛い妹のアドバイスだし疑う余地は皆無だよね。僕は素直に頷き、リアス同様にノートを眺める。さてと、せめて五位以内には入りたいんだけれど……。

 

 

 

「矢っ張り男の人って馬鹿が多いんでしょうか? ロノスさんは除きますけれど」

 

 早朝、悪目立ちする黒髪と黒い瞳を隠すカツラと色付き伊達眼鏡を身に付けてカフェに来てみれば、普段の私を煙たがる同級生からナンパをされる。胸を見ているのが丸分かりで、カツラを外して誰かを教えてあげたら慌てて逃げ出す始末。

 ……生まれて初めて一人での外食を楽しんでいたのに最悪の気分。折角勉強の気分転換に朝早くからやっているオープンカフェで優雅な朝食の最中だったのに。

 

「……持って来たお金は結構有りますし、ちょっとお高いメニューでも頼んじゃいましょうか」

 

 ポケットから出した財布の中身はパンパンに膨れ上がり、小さい頃に母様から貰っていた以外でお小遣いなんて無縁だったから新鮮な気分。このお金、この前頼まれた領地でのモンスター退治の報酬を貰った……訳ではない。外聞のために私をギリギリ育てていた祖父母がそんな物を払ってくれる筈もなく、何故か急激に冷えた池の水のせいで参加出来なかった舞踏会の日に人目を忍んで訪ねて来た男から貰ったお金の一部だ。

 

 

 

「その形見の品、そしてその顔。間違いなくお前は私の娘だ」

 

 感想を言うならば”ああ、そうですか”だ。実の父親を知らない貧しい家の娘が父親と出会って全く無関係だった世界に足を踏み入れる。そんな夢物語は夢物語だからこそ面白い。現実だったら糞も良い所。

 

 実力で上り詰めた人でさえ家の歴史が浅ければ成り上がりだとばかにされる世の中で、貧しい下級貴族、しかも忌避される闇属性の私が上の上の格の家……よりにもよって王族なんかになったらどんな嫉妬や侮蔑を向けられるか、その程度も分からないからこそ先代の愚かな王妃の暴走を許し、次の賢い王妃には実質的に王座を奪われる。

 

 

「私にはどうしても掴みたい幸せがあって、それには父親が誰なのか分からないままが良いんです。だからどうか勘違いだった事にして下さい」

 

 涙を流して親子の絆を得ようとする男の差し出した手を私は取りはしない。だって王妃の甥こそが私が側に置いて欲しい人。でも、同じ国の同じ家の人に嫁に出せる程に王女の利用価値は低くない。

 

 

「”せめてこの位は”、そんな風に渡された装飾品も王家の紋章入りで売りさばく先を見つけるのに苦労したんですよね。……多分絶対足元を見られましたよ」

 

 まあ、これであの男との縁が切れたなら別に良い。じゃあ、さっさと朝御飯を食べて勉強をしよう。だってロノスさんが教えてくれたのだから悪い点は取れないから。

 

 

「……良い点を取ったらご褒美に誉めてくれませんかね? あの人なら多分誉めてくれるでしょうけれど」

 

 思い出せば色々な偶然が積み重なった結果、私と彼はキスまでしているのだ。変な邪魔さえ入らなければ更に先へと進んでいただろう。

 

 ちょっと私への悪評を思い出す。”体を使って取り入った”、そんなロノスさんまで馬鹿にした内容だけれど、別に良いのではないだろうか?

 

 あの人を誘惑し、全てを捧げる自分の姿を想像してみる。正直言って悪くない。いや、寧ろ良い。だって、あの人は手を出した相手を無碍に扱う人じゃない。手を出した相手を家の力を活用してまで必死に探さなかった何処かの国王とは違って。

 

 

「うん、もっと勉強しませんと……」



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現実は無情

「はーい! それでは効きもしない媚薬を嗅いで思い込みで暴走した馬鹿の裁判を始めてまーす! はい、拍手ー!」

 

「わーわー! ぱちぱちー!」

 

 私は今、山の中で正座をさせられて自分の分体に囲まれているのだが、この茶番は一体何なのだろうか? いや、此処で下らないと切って捨てて抜け出すわけにも行かない空気だ。その気になれば全員私の中に戻すのも可能だが、それを許さない何かを感じさせた。

 

 ……所でお前達、本当に元私? 主と過ごした年月で何が有れば此処まで元の性格と隔離するのだろう? 寧ろ私にこんな風になる要素が有っただの驚きでしかない。驚く事だけで、別段嬉しくは無いけれど。寧ろ悲しい。そうか。私って実はこんな感じだったのか。

 

 

 知りたくなかった、いや、今まで目をそらし続けた現実だが、受け入れなくとも時は進む。

 

「それじゃあ判決……有罪!」

 

「おい、これは裁判ではなかったのか? 茶番であろうと裁判だというからには……」

 

「茶番だから別に構うまい? 裁判など口実、貴様を問い詰める為だ、本体」

 

 暴君だ。腕組みをして見下ろしてくる分体には一切の慈悲が無い。他のは何だかんだで遊び半分の感じだが、此奴は私の冷酷な部分が強く出たのやも知れんな。どうせだったら真面目な部分も強く出て欲しかった!

 

 出ている奴は全員真面目組なのだろう。そうに決まっている。そうであって欲しい。

 

 しかし意図が分からぬ。確かに私は主に……駄目だ、詳しく思い出そうとすると恥ずかしさが込み上げて来て堪らない。

 

 頭に浮かぶのは理性を忘れ獣の如く主を貪る己の姿。奉仕だの何だの口にした事をかなぐり捨て、自らの情欲に突き動かされて腰を……きゅう。

 

「寝るな!」

 

「はっ!?」

 

 今、気絶していた? 僅か一瞬だろうがその間に夜の事が思い出される。主を求めて攻め続け、数度逆転されるも競り勝った。其処は人の身とそうでない者の違いだろうが、支配されるのも支配するのも悪くなく、夢見心地だった。

 その記憶は分体にも還元される筈だが、一体何を……はっ!?

 

 

 ま、まさか此奴達、混ぜなかった事を恨んでいるのか(・・・・・・・・・・・・・・・・)!?

 

「貴様等、まさかっ!」

 

 我々は決して暇ではない。主の警護に情報収集、時に敵対した者に警告をするのも仕事の内だ。この場に居ない者で最低限の職務は果たせるだろうが、それでもこれ程の数が集まる等と到底見過ごせない。

 

 此処は叱責すべきと睨むも向こうも睨んで来ていた。

 

「何だ? その場の空気と勢いで主を押し倒し、我に返った途端に恥ずかしさから逃げ出した本体」

 

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 それを言われれば反論の余地は無いが此処までの事をする程の事か? 記憶の追体験が可能な以上、主との甘い夜の事だって体験出来るだろうに。

 

 私からすれば分体の動機が理解不能だが、そんな私の思考は分体には筒抜けらしく、大きな溜め息を吐かれた。

 

 糞っ! どうも劣勢だ。神の加護でもあればどうにかなるやも知れんし、今からでも信仰心を持つべきか? 

 

「……これだから本体は困る。この純情ムッツリ助平がっ!」

 

 怒りのままに叫ぶ分体。凄く酷い。

 

「わ、私とお前達は元々一つだったのだぞ!? 其処まで言うか!?」

 

「足りない位だ、このエロ忍者! 確かに我等は汝であり汝は我等。夜鶴は個にして多だ。だが、幾ら追体験可能だとしてもその最中にも自らの感覚から情報が入って来る。つまり主に抱かれるのに集中出来ないから次からは混ぜろ!」

 

「結局はそれか!」

 

 ぐっ! 何を考えているのかと思いきや、まさかエロい事を考えていたとは、この夜鶴一生の不覚!

 しかし、次は、か。つまりは再び主に迫るのか? それとも迫られるのか? あの媚薬による思い込みも無いのに?

 

「むむむむ、無理だぁっ! とても私にはそんなはしたない真似などっ!」

 

「主に跨がって自分の胸を弄っていた奴が何を言う」

 

「主にすり寄って何度も甘えてたよね」

 

 全力での拒否はあっさり切り捨てられる。確かにそんな感じの事はしたけれど、自分と同じ顔の口から言われると流石に……。

 

 反論を潰され困り果てる私。その肩に優しく手が置かれ、誘惑の囁きが行われた。

 

「それに主だって年頃だし、一度味を知ってしまったなら……」

 

「我等があり集まれば連携して事に当たれる。様々な格好や方法が可能だっ!」

 

「変な相手に引っ掛かるよりも私達が相手をすべきかと。ほら、拒否する理由は見当たらない。全ては忠義故ですよ、本体」

 

 むっ、そうか。私が楽しむのではなく、主の為ならば致し方ない……のか? とそうと決まれば主秘蔵の本から好きな傾向を探ろう。

 

 詭弁? まさかそんな。

 

「確か大勢で迫った時だけれど網タイツだけのに視線が一番長く集まっていた気がするな」

 

 言いくるめられているだけと分かっていても誘惑は私の心に甘く染み渡る。そして一人が出した情報に分体達が沸き立ち私がそちらを見た時だ。何かが高速で迫って来たのは。

 

 気が付けたのは顔を向けていた私だけで、分体達は話に夢中で気が付くのに一瞬だけ遅れる。空気を切り裂きながら進む物体から響く轟音。気が付かない筈が無いが、気付けた時にはもう遅い。

 

 咄嗟に背後に跳んで回避した時、僅かに遅れて回避に移行した分体達の背後に飛来した物が着弾、地面に大穴を開ける程の威力で周囲に破壊をもたらした余波で全員吹っ飛ばされて頭から地面に刺さっている。……うん、自分とまるっきり同じ姿なだけに見るのが辛いな。

 

「しかし一体誰が何を……槍? いや、違う。あれは……矢だ」

 

 着弾の拍子に近くに居た者数名を吹っ飛ばし地面にクレーターを作る程の威力にも関わらず穴の中央に深々と刺さったその物体は折れていない。長い棒状の物体で先端が刃故に槍と思ったが、よくよく見れば矢羽根が付いている上に手紙が結わえ付けられていた。

 

 つまりは誰かが私達にメッセージがあって飛ばしたのだろうが、この様な事が可能な人物に思い当たるのは三人。

 

 先ずは世界最強クラスの戦士であろうレナス殿とマオ・ニュ殿だが、レナス殿ならば手紙を書いて矢で飛ばす等という手段よりも走って向かって口で伝える方を選ぶだろう。手紙を書くのを面倒だと思うタイプだし。

 マオ・ニュ殿は……基本的には常識人故に却下。目的の為ならばどの様な手段も選ぶ彼女であってもこの様な方法を選ぶ理由は無いだろう。

 

 ならば残るは一人。お二人には劣るものの……但し刀の扱いを除いて、ギヌスの民の中でも最強格の一人。ならばこの程度は朝飯前だ。

 

 

「……うーむ、矢張り彼女か。では、手紙は私達ではなくて主に宛てて書いた物だな。偶々私達を発見したから迷わず撃ったという所か……」

 

 いや、主に被害が出ずに良かったと言えば良かったのだが、分体達の今の姿を見ると複雑な気分になって来る。

 逆さまになって気絶し、褌をさらけ出しての痙攣。凄くみっともない。

 

「神よ。これは主を襲った罰ですか? ……途中からは主も私を組み敷いたりしたのに」

 

 矢張り私は道具だし、信仰心とかは不要だ、うん!

 

 

「さて、読むとしよう。……読めるかな?」

 

 本来なら私が先に読むのは憚られるが、結わえて飛ばしたせいで紙はボロボロで、更に酒やらツマミの物だろうソースが付いている。お酒を飲みながら書いたのだろう。その状態で矢を放ったのか。こんな威力の……。

 

「酔っ払った状態で書いたなら普段より……」

 

 この手紙を送って来たであろう風来坊の悪筆を思いだし、一気に解読する自信を失う。寧ろ暗号の方が読みやすいと確信していた……。

 



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暗雲

 その姿は端から見れば長らく続いた戦いを終えたばかりの騎士の様だった。一目見ただけでは怪我の類が無いけれども纏う空気は満身創痍。心の底まで力を絞り尽くして憔悴しながらも平和を掴み取った喜びも感じられる。

 

 

「お…終わった……。これ…で……平穏な日…々が……がくっ!」

 

 そんな感じでリアスは机に突っ伏した。その勢いで置いていた筆記用具は床に散らばるし、同じ様に開放感から晴れやかな表情になっていた数人が何事かって様子でこっちを見ている。

 

「リアスは大袈裟だなあ。テストが終わっただけじゃないか。ほら、迎えは既に来ているから帰ろう」

 

 落ちた筆記用具を拾ってあげて促すけれど、これは重傷だ。あー、とか、うー、とか譫言だけで返事になっていない。帰りにお疲れ様会でも開いてあげようと思ってたのに、本当に勉強が苦手なんだなあ。

 こんな風に机に突っ伏して精根尽きたって感じの子、他には……あっ、居た。

 

 

「アリアさんも限界って感じだね」

 

「うー」

 

 今にも魂が口から出て行きそうな状態の彼女の目は虚ろで譫言が口から漏れ出るばかり。これは寮まで戻れるのかな? いや、学園の入り口まで戻るのも無理そうだ。運んであげたいけれどリアスだって運ばなくちゃ駄目だし、一旦馬車に向かって手助けでも呼んでくるべきか迷っていた時、僕を呼ぶ声がした。

 

 

「おい、少し良いか? こっちへ来い」

 

 構わないかどうか訊ねている割には有無を言わさないって感じの強引な態度のルクス。まあ、相手は王子だし、マザコンからすれば母親が比較され貶められる(実際に酷い物だったけれど)相手の甥っ子には多少思う所があるんだろうけどさ。

 

「……チェルシー、二人を見ていて」

 

 此処で無視したい所だけれど、相手は王子だ。僕も貴族であるし別の国だろうと無碍には扱えない。取り巻きも居ないみたいだし、大体予想が出来るから行くか。

 

 一応変な事する奴(例えばアンダイン)が出ないようにとチェルシーに二人を任せてマザコン王子に付いて行く。でもさ、王子と隣国の有力貴族が連れ立って歩けば注目されるし、様子を伺おうとするのが教師にも生徒にも居るって分からないのかな? ほら、今も隠れてるつもりのとか本当に隠れられているのとか盗み聞きしようとしているし。

 

「……良いの?」

 

「何がだ?」

 

 あれ? まさかお気付きでない?

 

 だって片や姿は隠して静かにしているけれど気配は残っているし、もう片方は気配を隠せてはいるんだけれど、今度は隠し過ぎて気配の空白地帯が出来上がっている。多分後者は軍に所属していたけれど教師になってから実戦離れしているって感じかな?

 

 うーん、アース王国の王家ってのは気配を察知する訓練とか受けない感じ? それともクヴァイル家が変なだけ? クヴァイル家出身の叔母上様も王子の教育には口を出せる範囲が有るだろうし……。

 

「どうした?」

 

「周りを気にしているだけだよ。盗み聞きが得意な人って居るものだからさ」

 

 今周囲に隠れて居るのもそうだけれど、遠くでこっちの様子を観察すれば読唇術で会話は分かるし、風の魔法なら遠くから音を拾える。……なのにこの王子は不用心にも程があるよ。

 

「そうなのか? 周囲には誰も居ないみたいだが……」

 

 周囲を見渡し首を捻る彼は本当に気が付いてないみたいだ。

 

「そう思うのかい? ……そっか」

 

「そんな事よりも本題に入りたい。俺も用事があってな。呼び出しておいて悪いが、誰か来るかも知れないし話を進めさせて欲しい」

 

 いや、居るよ? 察知出来るって大っぴらに公言する気は無いから教えないけれど、君はもしかして侮らせる為に演じているのか? その上人の話を聞かないってのも。 あー、駄目だ。話していると心労が溜まって来た。さっさと終わらせよう……と言いたい所だけれど、彼が僕に教えて貰いたい事ってのは思い当たる事がある。

 

 ……アリアさんの事かな? ゲームでは禁断の逃避行をする位の仲になる二人だけれど、現実ではアリアさんからルクスへの好感度は悪いだろう。だって因縁ふっかけられて巻き込まれた決闘に敵として参加した上に母親の形見の首飾りを見た途端に敵意を向けて来た相手だ。

 

 そんな経緯が有ったにも関わらず妹かも知れないと思ったら気になって、どうせアリアさんに関する事を父親から聞いたんだろう。

 

 何もなかった風に振る舞うアリアさんだけれど王が人目を忍んで会いに来るだろうと見張りを付けていたから分かるんだ。

 

 まあ、血の繋がりよりもどんな繋がりを持っているかが大切だと思う僕だけれど、同じ兄としての想いからなら……。

 

 

 

「……リアスは何が好みだ? 贈り物をしたい。兄のお前なら喜ぶ物が分かるだろう?」

 

 ……外したかぁ。そっか、君ってリアスに惚れたもんね。リアスからの好感度もアリアさん同様だし、可愛い妹にお前みたいなのが近付くのを許す気は無いけれど。手の平返しは政治の世界じゃ珍しくないんだけれど個人的な印象は別だから。

 

「君はもう少し立場を考えるべきだね。クヴァイル家とルメス家位の差なら兎も角、君の所とウチ位の関係なら不用意に噂される行動は避けないと互いに不利益だ。次期国王ならば下手に贈り物をすれば何を招くのか分かるだろう?」

 

「むぅ……」

 

 分からない、って事は無いよね? 継母である叔母上様が嫌いなこのマザコンは出された指示を無視したりしてるって事だけどさ。うん、その程度の教育は1受けている筈。国王、息子にも母親の事で負い目があるって話だけれど。

 

 ああ、それとも実母が息子を傀儡にしたくて教育を歪ませたのかも。

 どっちにしても話は此処までだ。友好的なのも敵対的なのも大勢に盗み見されてる状態じゃねぇ。

 

「待て。未だ話は終わっていない」

 

「いや、終わりさ。そのリアスが待っているんだし早く戻らないと。それに……」

 

 反対を向いて帰ろうとすればルクスが止めるべき手を伸ばすんだけれど、そんな動きじゃ僕は止められない。スルッと抜けて、隠れていた連中が逃げ出すよりも前に真横を通り過ぎた。

 

「驚いた。本当に盗み聞きをしてるのが居ただなんてさ」

 

「ひゃっ!」

 

 足早に動いて逃げる暇を与えず、さも気が付いたのは今ですって感じで呟き、小さな悲鳴を聞き流して去る。ルクスが追いかけて来ようとしたんだけれど盗み聞きがバレて慌てたのか必死に弁明する連中に邪魔されていたよ。”これは違うんです。誤解です”ってね。だったら本当は何なのさって感じだし、ルクスが苛立っているのに気が付きなよ。

 

「……まあ、僕は助かるけどさ」

 

 中には僕の方をチラチラ見ながら足止めしてるのもいるし、どっちの味方をすべきか迷っていない感じだね。彼は……ああ、リュボス聖王国のパーティーで見た顔だし聖王国の貴族か。あっちは王国の貴族なのに王子の不興よりも僕の手助けとか、王国にはもっとしっかりして貰わないと。……裏切り者は寝返った先でも信用されない物なのにさ。

 

「退けと言っている」

 

「お待ちを! 弁明をお聞き下さい、殿下!」

 

 にしてもこれは王国内部で王族の権威が下がっているのか? 叔母上様が急速に改革を進め、王政を掌握した結果かもね。まあ、先代王妃のせいで一度落ち目になった以上は立て直しに仕方が無いんだけれど、背信者がすり寄って来るのは嫌だなあ……。

 

 裏切り者は信用ならないよ。大義による物でもさ。一度裏切った奴は二度裏切る。そんなものだ。

 

「起こるとしたら政務官の足の引っ張り合いか跡目争い、反乱や内紛って所か。叔母上なら最終的にはどうにかするから心配ないけれど、それまでアース王国は大丈夫か? 先代王妃の悪影響がくすぶっているし、その内大きな騒ぎにならなければ良いけれどさ」

 

 友人だって住んでいたり嫁いだりするし、四カ国のパワーバランスが大きく崩れるのも宜しくない。リアスの為にも無事を願うけれどさ。

 

「この世界の神様って信頼出来ないからね……」

 

 おっと、盗聴に注意だ。それにメイド長はこの手の話に怒るからな。

 不機嫌になったメイド長を思い浮かべ、少し身震いした。

 

 

 

 

 

 この時の僕は知らなかったんだ。王国の空を覆う暗雲の大きさをね。



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男の意地

 そのイベントは”魔女の楽園”では中盤で起きたイベントだった。一度イベント開始フラグが立つとプレイ時間が一定以上経過する前に進めないと駄目だ。失敗の代償はイベントフラグを立つ条件になる好感度が一定以上で王国出身のキャラの退場。但し流石にルクスは別で、彼はイベントには関わらない。

 

 いや、関われないって方が正しいかな? だってこれは王都から離れた土地で起きる事件。まあ、第一王子が関わるのも難しい。

 

 ああ、因みに一定時間以内に特定の所まで進めさえすればダンジョンとセーブ・回復ポイントを行ったり来たり可能だ。例え五百回宿で休憩してもイベント上は全く時間が経過しない。まあ、レベル上げはフラグを立てるまでと其処から先の所でしろって事だ。

 

 

 現実じゃちょっと休んで経過した時間で手遅れになる事も多いんだけどさ。何かしたら時間は過ぎるし、何かやってたら普通は行動を変えるものだからねえ……。

 

 

 

「”幸福の門”? 何だよ、その胡散臭い話はさ」

 

「俺様もそう思うぜ。まさかそんな馬鹿みたいな話が俺様の実家の領地にまで広まるとはよ。……どーも隣の隣の領地から伝わって来た話で、実際にその門を潜ったって奴が財宝を持って現れてよ」

 

 テストの翌日、珍しく気分的に疲れた顔のフリートから聞かされた話に僕は内心焦っていた。潜った先では本人が望む世界が待っていて、生き物以外なら持ち帰る事が出来るって都合の良い話。まあ、圧制とかで追い詰められていたりしたら縋りたくもなるし、僕だって興味半分、物は試しにって見に行くかも知れない。

 

 その裏に神獣将が関わってさえ居なければね。いやいや、凄く面倒だ。放置……は不味いよね。

 

「隣の隣の領地。……ああ、先代王妃の腰巾着だった所だっけ? 凄く評判悪い所」

 

「ああ、親父も頭を抱えていてな。罰せられるギリギリを保っていたが近々、っと、此処から先は他国には話せねえよ。悪いな」

 

 まあ、そうなるよね。フリートは喋り過ぎたって感じで口を塞ぐ。僕と彼は友達だけれど所属している国は別々だ。僕もそれ以上は聞こうとしない。だって叔母上様が王妃だろうと国の恥になる事を漏らすのは流石にね。

 

 

「それにしても驚いた」

 

「あっ? まさか俺がマトモな事を言っているのが意外だって言いたいんじゃねぇだろうな? ……おい、何を目を逸らしてやがる。俺様の目をちゃんと見て答えろ」

 

「ランチ何にしようか。今日は食堂で食べる予定なんだ」

 

「……ったく、お前はよ。まあ、んな訳で親父からちょっと調べて来いって頼まれてな。お前の所にも広まったら情報くれや」

 

「そうだね。互いに情報共有しよう。僕達の領地は離れて居るけれど、どうなるかは分からないからね」

 

「まあ、先に広まるとなるとお前の所より間にあるルメス家の領地だろうけれど」

 

「……あー、だよね。アリアさんの所って貧乏だから」

 

 その貧乏の理由が僕の家の領地の影響だから言い辛いんだけれど、アリアさんの所であっても僕は大っぴらに関われない。国が違うってのはそんな物だ。

 

 ゲームでは偶々領地に同行した時に情報が入って来て、仕方無く巻き込まれたんだけれど、僕はどうすべきか。ルメス家みたいに小さな家なら兎も角、クヴァイル家が関わるのは大公家が許してくれないだろうし。

 

 ……ゲームではイベント攻略に失敗すれば問題が起こった家のキャラは退場する。領地で対応に追われるからだけれど、そんな程度で済むとは限らない。最悪、フリートは死ぬ。僕は友人の為に何かしたいけれど、何をすれば良いんだろうか……。

 

「さて、マジでどうすべきかねぇ。俺様でも手に余るぜ」

 

 数少ないダチのロノスと別れた後、俺様はぼやきながら廊下を歩いていた。親父から送られてきた資料じゃ胡散臭い話の割には結構面倒な事になっているらしい。

 

 幸福の門とやらの話が最初に広まった領地じゃ農民はクワを放り出し、商人は店を開けずに上の空。

 お先真っ暗破滅へ一直線、一族郎党路頭に迷う感じだってのに何故か金だけは持っている。その出所こそが例の胡散臭い幸福の門だってんだから面倒だ。

 

「普通仕事を投げ出すか? 一人二人なら兎も角よ」

 

 マトモに働いているのは幸福の門を信じずに行かなかった連中で、行ったって連中は揃いも揃って働く事を放棄してるんだが、確かに働かなくても金が手に入るのなら怠惰になるだろうよ。

 でもよ、誰も彼もってのは変だろ。金が入ろうが働く奴は働くし、何時までもそんな幸福が続くなんて楽観的な連中ばかりってのもな。

 

「こりゃ相当面倒な奴が背後に居るな。何か企んで居るのなら力任せにどうにかするしかないんだが、俺と領地の騎士でどうにかなるか分からねえ。……もうちっと手助けが必要か」

 

 何かがあるのは間違い無いし、此処までの規模の真似をしてるのなら並の相手じゃねえ。間違い無く相当の魔法の使い手だが、どんな属性のどれだけの使い手なら可能だ?

 土なら金だのを作り出せるだろうし、後は洗脳の類。なら下手に数を揃えても邪魔になる。少数精鋭で行くしかない。

 

 ……こんな時こそロノスが居てくれたら心強いが、彼奴は隣国の有力貴族。アース王国の大公家がクヴァイル家に助力を求めるってのは後々火種になるだろうし、俺が何とかするしかねえか。

 

「先ずは騎士の選抜に連携訓練やら能力の把握。洗脳が直ぐに解けたら良いが、そうじゃない場合は……」

 

 貴族や王族ってのは背負う物が多い。領地内部の役所仕事やら軍務やらの最終的な責任を背負うからな。今回俺に任せたのは将来の為なんだろうが、ちょっと荷が重いな。

 

「ダンジョンに行くか。やる事は多いが、少しでも力を付けねえと。チェルシーは……連れて行かなくて良いか。これ以上差が開いたら一生尻に敷かれる」

 

 どんな理屈かは知らねえが、モンスターを倒してりゃ筋トレの効果が出るのとは別に強くなる。雑魚を倒しても意味が無いってのは厄介だがな。

 俺も次期当主としての教育の一部としてお供と一緒に戦ったりしたんだが、安全優先な上に人数が多いからかそんなに強くなったって感じたのは十回そこそこ。婚約者のチェルシーなんかロノス達の修行に巻き込まれて二十回は強くなったって感覚を経験してるのにな。……ぶっちゃけ彼奴の方が俺より強い。誘うのはちょいと危ないな。将来的な意味で。

 効率良くモンスターを倒すならダンジョンだが、この辺でダンジョン、それも俺が強くなる為に行くのは学園ダンジョンの中でも中級レベルの彼処か。

 

「……うん。彼奴は誘っても絶対に来てくれないな。一年生は入る許可が出るのはずっと先だし、出るモンスターがモンスターだし……はあ」

 

 力が足りないなら力を付けるべく鍛えるのは当然だ。だが、俺様にだって男の意地ってもんが有る。自信無いから一緒に来てくれって親友だろうが婚約者だろうが頼めねえよ。

 

 でも、溜め息吐いて肩を落とす程度は良いよな? ……まあ、誰も見ていないから良いだろ。

 

 

「さてと、行きますか。学園ダンジョンが一つ、アンデット系モンスターが蠢く”レイスハウス”にな」

 

 こんな風に格好付けている俺様だが、入っちゃ駄目なダンジョンに入るんだから人目を忍んでコソコソだ。情けねえなあ……。

 

 

 

 

「……此処か。絶対チェルシーは一緒に来てくれないだろうなあ。規則に五月蠅いし、何よりも……」

 

 俺様が木の陰から眺めるのは建物の周辺だけ空が四六時中暗雲に覆われたボロボロの屋敷。如何にも何か出そうって感じで、窓を見れば誰かが俺様を眺めてる気さえする。

 

「さて、行くか」

 

 近くに誰かが来る前に急いで中に入る。途端にカビと埃の濃密な臭いが漂って来た。

 

 

「やっべえ。俺様も速攻帰りたい」

 

「そうですね。帰るのをお勧めします」

 

「っ!?」

 

 背後からの声に思わず振り返る。俺様視界には誰の姿も入っていなかった……。

 

 

「おいおい、マジで出たのか? 本物が……」



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怪奇! 足元から聞こえた声

新喜劇は好き?


 アンデッド系モンスターは名前の通りに幽霊やらゾンビやらお化けっぽいのが特徴だ。学者の中にはモンスターを構成し、倒した奴を強くする特殊なエネルギーが人の持つ恐怖心と組み合わさった結果誕生したって主張するのも居るな。

 

 虫系モンスター同様に苦手な奴も多い。チェルシーの奴もそんな感じだな。ロノスの妹は蠅を素手で叩き潰すし怪談話を聞いてゲラゲラ笑うが……彼奴、貴族令嬢だよな? まあ、要するにそれっぽいだけで本当にお化けって訳じゃない。例えば青白い靄に包まれた人形やら積み木とかの玩具の集まりの”キラートイズ”だが、魂宿った玩具がそう何個も存在するかよ、普通。

 

「今、声がしたよな……。それも俺の独り言に的確な内容で……」

 

 そんなんだから喋れる連中も実際には特定の言葉を繰り返すか笑うだけで会話可能な知識は持っていない筈だ。上級アンデットなら知能が高くて会話だって可能らしいが、少なくてもこんなダンジョンには出ない。

 

 

 なら、さっきの声は一体何なんだ?

 

 カビと埃の臭いが漂い、踏む度にギシギシと軋む音が鳴る床。梅雨の時季だってのに湿気は多いが妙に寒気のする室温。如何にも出ますって感じの雰囲気がお化けが苦手じゃない俺様にすら嫌な予感を覚えさせた。

 

「あの~、聞いています? 今すぐ出て行きましょう」

 

 まただ! また声がした。背後を見ても誰も居ないのに声が聞こえて来る。おいおい、お化けみたいなモンスターに誘われて本物までご登場ってか? ……ふざけんな!

 

「俺様は強くならなくちゃいけないんだ。誰だか知らねえが邪魔すんな!」

 

「いや、誰だか知らないって。毎日会ってますよね!?」

 

「毎日……」

 

 そう言われたら知っている気がする声だ。だが声のした方向には誰の姿もない。おいおい、まさか生き霊って奴か? 俺様の知り合いが体から魂が抜け出して……。

 

 確かそれって早死にするって現象だよな? ったく、誰だか分からねえが手間掛けさせやがって。……気のせいか? どうも声は下の方から聞こえた気が……。

 

 

「おいおい、驚かしてくれるなよ……」

 

 半透明の知り合いが床を通り抜けて俺を見上げている姿を想像して身震いする。俺様は背が高いから普通にしてりゃ足下近くの地面が視界に入らないんだが、そんな近くに生き霊が潜んでいるのに気が付かないんじゃ別の相手なら危険だな。

 

 さて、幽霊とご対面と行こうじゃねえの。俺様は覚悟を決めて下を向く。

 

 

 

 

 担任教師のマナフ・アカーと目が合った

 

「お前かよっ!?」

 

「こらー! 先生に向かってお前とは何ですか、お前とは!」

 

「いや、何でアンタが此処に居るんだ……はあ」

 

 ビビって……いや、俺様はお化け程度でビビってねえが、まさか担任とはな。ハーフエルフのせいで見た目が十歳位な上に背が低めなせいで見えなかったのか。

 

「何で此処にってのは先生の台詞ですよ。見回りの当番だから来てみれば君が入って行くのが見えて驚きました。レイスハウスは一年生立ち入り禁止です! 実力があってもなくても許可出来ませんからね!」

 

 ……駄目だ。どう見ても背伸びしてる餓鬼にしか見えねえな、この先生確か俺様の記憶じゃ四十代妻子持ちだってのに、どう見ても十歳の子供だ。

 

「そもそも背後から声を掛けたのに下を見るまで気が付かないだなんて。声は聞こえど姿は見えず。見下げてごらんよ、下に居る。はっはっは、面白い面白い。……ちっ!」

 

 うおっ!? 急に表情を変えたと思ったら舌打ちの上に八つ当たりをし始めたよ。頼りない感じなのにおっかねえ所も有るんだな。

 

「悪かった。俺様が悪かったからキレるなや。壁を蹴ってんじゃねえよ。ボロボロなんだから穴が開いてるだろうが。……なあ、今日だけは見逃して貰えねえか? 俺様はさっさと強くならなくちゃ駄目なんだ。近々面倒な事が控えててよ」

 

「駄目です。フリート君の強さは先生だって認めていますし、このダンジョンだって相当無理をしなければ大丈夫でしょう。ですが、君だけを許可するのは道理が通らず、君が許されたのだからと忍び込んだ子が取り返しの付かない事になる可能性もある。先生は生徒全員を守り導く責務を背負っているんです。だから君の散策は許可出来ません」

 

「……そうか」

 

 最後に俺様は真っ直ぐに目を見て頼んだが、相手も同じく目を真っ直ぐ見て告げて来る。内容が内容だ、無視は出来ねえよな。

 この先生が大公家の権力に怯むのなら楽だったんだが、見た目と違ってしっかりしてやがる。

 

 こりゃ駄目だ。信念持ってやってる奴ってのはテコでも引き下がらないからな。

 

「アンタを可愛いとか言って狙ってる連中ばかりは何を考えてるんだろうな。表面しか見てねえよ」

 

「……僕も困っているんですよね。妻も僕もハーフエルフですけれど娘はヒューマンの血が濃く出たのか背が高くって、生徒達と大きな違いは無くって、そんな子達に狙われるのはちょっと……」

 

「えっと、元気出せよ」

 

 こりゃ相当参ってるな。まあ、端から見て近寄りたくねえし当の本人ならな。

 心底疲れた様子で少しやつれて見えた相手に俺様は同情するしかなかった。関わりたくないから何もしないけれどな!

 

「そうですね。娘が十歳の時には背を追い越されて、”パパはどうして小さいの?”と純粋な表情で訊かれた時に比べれば大丈夫ですから……」

 

 

 こりゃ言ってはならぬ事を言っちまったって感じだな。……さて、別の所に行くか。効率は悪いが此処で駄々を捏ねてもこの真面目な先公は折れねえ。

 

「じゃあ、俺はこの辺で……」

 

「駄目ですよ。ちょっと待って下さい」

 

時間を無駄にしない為に入り口の扉に手を掛けた時、服の裾を掴まれる。振り返って顔を見れば少し迷った顔だった。

 

 

「勝手に入ったのですから罰則が有りますよ。反省文と……先生の見回りに同行して貰いますから」

 

「……良いのか?」

 

 実質的に見張り付きでの探索を許可したのと同じだ。学年主任でも、いや、学年主任って立場だから尚更そんな事は責任を重くするだろうに。

 信念とか家族とか立場とか守る物が多いんじゃねえのか?

 

 

「言った筈ですよ。先生の役目は生徒を導く事だって。迷い焦っている生徒を見捨てるという選択肢は先生には在りません。じゃあ、行きましょう」

 

 こりゃ俺の目はマジで節穴だったわ。この先生、頼れる奴だ。

 俺は張り切って前を進む先生の背中を見る。小さな背中が大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「今日中に何度かレベルが上がったら良いですね。経験値を稼ぎましょう!」

 

「レベル? 経験値? 何だ、そりゃ?」

 

「ああ、有名な話じゃなかったですね。経験値とはモンスターを倒してたら貰える強くなる為のエネルギーで、レベルは強くなった回数の単位ですよ。とある女神様が口にしまして……」

 

「ふーん。先生は物知りなんだな」

 

 今までそんな言葉を聞いた事もなかったな。俺が感心していると前方から呻き声と共に骨が露出したボロボロの死体がフラフラしながら向かって来ていた。

 一見すれば本当に死体が動いてるみたいだがデザインが全部同じだ。手抜きだな、手抜き。

 

「”ゾンビ”ですね。本来この時期の一年生には難しい相手ですが、君なら倒せるでしょう。このダンジョンでは最弱ですし、フリート君一人で倒して下さい」

 

「上等! さっさと倒して先に進ませて貰うとするか」

 

「油断は駄目ですよ。侮って臭い液体を吐かれても知りませんからね?」

 

俺様は魔法の詠唱を始め、腰回りに炎の輪っかを作り出す。その光に誘われるみたいにゾンビ達は腕を振り上げながら向かって来た。

 

 

 

 

 

 

「矢張り彼は強いですね。近接も魔法も申し分ない。先生が信仰する尊き女神様も彼の事は気に入りそうです。その内引き合わせる機会が有れば良いのですが。彼もあの御方に出会えば威光を感じ取れるでしょうしね。さて、本日も信仰を捧げましょうか」

 

 



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女神の誘惑

「……んあっ!? ああ、寝てたのね」

 

 気が付けばベッドに寝転んで天井を見上げていた。知らない天井……な訳は当然無く、アザエル学園に通う為に住み始めた屋敷の自室の天井。体のバネを使って飛び起き床に立つんだけれど体中が凝り固まった気がするわ。矢っ張り試験の為に何日も机に向かい続けた疲労が一気に来てるのね。

 

「慣れない事はするもんじゃないわ。後で熊でも狩りに行って体を解さなくちゃ。あっ、ヨダレ」

 

 鏡を見れば髪は跳ねて頬には枕の跡、口元は寝ヨダレ。仕方が無いので手櫛で直してそのまま手で拭く。これも全部勉強で疲れた影響よ。凶暴な野生のドラゴンを狩れって修行メニューだって此処まで疲れた事はなかったのに。

 

「さてと、オヤツの前に軽い運動で狩りに行くのは決定として、お昼ご飯は食べ足りなかったし厨房に忍び込んで……いや、絶対にメイド長が見張っているわ」

 

 試験が終わったのがお昼前で、屋敷に帰ってから半分寝た状態でご飯を食べたんだけれど眠いのが勝ったからおかわりはしなかったのよね。お陰でお兄ちゃんの倍位しか食べてないし、少し小腹が減っちゃった。

 

「うーん、どうにかして厨房に忍び込みたいけれど私が小腹空かせているのはバレてるだろうし、どうにかこうにかメイド長の目を誤魔化す方法は……絶対無理ね。諦めましょう。それだったらレナの部屋に遊びに行ってお菓子でも(勝手に)食べる方が良いわ。私も普段から常備しておこうかしら?」

 

 有るだけ食い尽くしてしまう私の姿を思い浮かべて即座に却下するんだけれど、考える程にお腹は減って行く。時計を見たら勉強疲れで寝落ちしちゃったのが一時間ちょっと前。こんな時間にメイドに軽食を頼めばお昼にちゃんと食べろってメイド長に叱られるし、三時まで我慢させられるわね。

 

「街で買い食い? あっ、お小遣い日前日だから全部使っちゃってる。お兄ちゃんは何か用事があるって言ってたし居ないから……」

 

 あーうー、考えて頭を使っていたら余計に甘い物が欲しくなって来ちゃったし、机にお菓子のストックの残りでもないかしら? 多分無いとは思うんだけれど一応探そうと引き出しを漁る。当然お菓子なんて出て来ず、代わりに出て来たのは花の香りがする丸薬だった。真っ赤なバラと同じ色だけれどこれって何かしら? ……飴玉みたいに甘かったかしらね?

 

「えっと、本当にこれって……あっ!」

 

 口の中に放り込んだら花の蜜の甘みが口の中に広まって幸せ気分。噛み砕いてしまいたいのを我慢して嘗めていたら何の薬か思い出した。そうだ。これってドライアドからお礼に貰った薬だわ。

 

「”少しの間だけ神様の嘘すら見抜ける”だったわよね? 今嘗めて良かったのかしら? まあ、嘗めてしまった物は仕方無いわね。甘い物が欲しかった所…だし……」

 

 プルートが言ってたけれど私に必要な物らしい。なら甘い物が欲しい時に発見したのは必要だって事よ。薬が手元にある時に嘘を見抜きたい相手と出会うとは限らないし、必要な時は必要な時で……あれ?

 

 気が付けば知らない間に見知らぬ所に居た。此処、何処かしら?

 

「私、また寝ちゃった? 夢を見てるのかも。どうせだったらお肉食べ放題の夢が良かったけれど、急に眠るだなんて勉強って本当に疲れるのね。それにしても妙な所だわ」

 

 真っ暗闇にプカプカ浮かんでいる感じで変な感覚。顔の近くに手を寄せても全く見えやしないし昼寝には良さそうなんだけれど、体を動かすのは難しそう。いや、水中戦の擬似的な特訓になるかしら? でも呼吸が出来るなら水中戦とは別物だし……。

 

「武器でも持ち込めたら良かったのに。でも私の夢なら好きに出来ないかしら? 武器出ろー。お肉出ろー。……出ないわね」

 

 この夢に来て一分程度だけれど既に飽きたわ。何も出来そうにないし、夢の中なのに眠くなりそう。もう寝ちゃおうかしら? じゃあ、お休み……。

 

 

 

「女…よ……。聖女よ、私の声が聞こえるな?」

 

「全く聞こえないから黙ってて。五月蠅くて眠れない」

 

 折角夢の中でウトウトと心地良かったのに背後から聞こえた声が邪魔して来たわ。だから聞こえない振りをしたんだけれど、”聞こえない”とか”五月蠅い”って言っているのに黙ってくれない。夢の中で迷惑掛けるだなんて誰かしら?

 

 

「我の名はテュラ。闇の女神なり」

 

 あっ、何だクリア後の隠しボスか。舞踏会の日に接触して来なかったけれど、今頃私に接触して来たのはお兄ちゃんとアンリを襲ったって奴を使うのに力を消耗でもしていたんでしょ。

 

 ……よし! 無視してやりましょう。ぶん殴って鼻をへし折ってやりたいんだけれど何でか殴りたくないし、無視が一番ね。

 

「返事をせよ、聖女よ。人の頂点に立つに相応しき者よ」

 

 人の頂点って世界征服でもしろっての? そんなの毎日世界中の美味しい物が食べられて鬱陶しい問題に関わらなくて良いだけじゃない。ちょっと心が動いたけれど、そんなのお兄ちゃんに叱られちゃうわ。

 

「我に力を貸せ。そうすれば人の世の支配権は当然として願いも叶えてやろう。死者の復活すら可能だぞ」

 

 死者の復活? うーん、うっかり逃がしたら猫に食べられた小鳥のピーちゃん位かしら? 前世を思い出す前に可愛がってたのよね。お兄ちゃんにどうにかしてって駄々を捏ねたのは恥ずかしい思い出よ。

 

 んで、小鳥の為に闇の女神に協力しろとか神様の考えって分からないわ。頭がぺらっぺらの紙みたいなんじゃないの? 神だけに! 女神だけに!

 

「……ん? 何か……」

 

 小鳥以外に蘇らせたい存在? 両親……は違うわよね。二人の記憶なんて無いも当然だし、親の愛はレナスから貰ったわ。人を滅ぼそうとする女神に力を貸してまで会いたいかって言われても、別にって感じだし。

 

 ああ、でも普通は両親に会いたいって思うものなのかしら? 貴族なんて忙しい親より側に居る乳母とかの方が親密になりやすいし。でも女神にはそんなの分からないか。

 

 さて、此処まで考えたけれどどっちみち此奴には力を貸してたまるものですか。だってお兄ちゃんを襲ったのよ、お兄ちゃんを!

 

 薬の力かテュラが本当に願いを叶える気だってのは分かるんだけれど、別に願いなんて無いわ。

 

 

「……ふん。不甲斐ない兄を襲ったことを怒って居るのか? 普段から情けないだの頼りないだの言っておきながら、他者が危害を加えるのには我慢出来ぬか」

 

 ……はあ? 此奴、今なんって言ったの? お兄ちゃんを馬鹿にした? いやいや、凄く頼れる自慢のお兄ちゃんなんだけれど、何を根拠に言ってるのやら。

 

 流石お兄ちゃんを馬鹿にされたら腹が立つ。無視とか止めて言い返そうかしら? 凄く言い返したい。

 

 それかお願いの先払いで心が完全に折れて人間に手出ししなくなるまで殴らせて貰う? これ、結構良いかも。

 

 テュラに頼みたい事だなんてその程度。……うん、一つ有ると言えば有るんだけれど、少なくても此奴に頼んだら駄目。

 

 ”お姉ちゃんに会いたい”だなんて世界を滅ぼして叶える願いじゃないわ。だって私達みたいにお姉ちゃんまで転生していたらテュラのせいで死んじゃうかも知れないもの。

 

 嫌われてでも良いから会いたいけれど、私のせいで傷付くのは嫌。

 

「願いが浮かんだらしいな。その願い、叶えてやると言っている。我の復活に力を貸せ。そうすれば世界が手に入り、二度と会えぬ筈の会いたい者に会えるぞ」

 

 それにしてもむししてるってのに一方的にペラペラ鬱陶しいわ。社交界でも口説き文句や自分の自慢話ばっかり喋るのが居るけれど、それと同じレベルよ。無視続行に決定!

 

 

「会いたいのだろう? 幼き頃に死に別れた乳母に。レナスにな」

 

 うん? レナス、生きているけれど? あー、なんかお兄ちゃんが難しい話してて半分も分からなかったけれど、何となく正解っぽいわね。こうやって本人から話を聞いたら理解出来たわ。私達が記憶を取り戻す前の状態での未来、つまりゲーム通りの歴史を封印された状態で見たのよ、テュラって。

 

 情報収集はこの辺で良いかしらね? あー、早く戻りたいんだけれど話って続くの? 私が黙って聞いてるから続けるのなら歌でも歌って無視してるって伝えてやるわ。

 

 口ずさむのは前世で好きだった歌であり、お兄ちゃんが私が私だって気が付いてくれた切欠になった物。

 

 

「……その曲は」

 

 あら? 知らないに決まってるのに様子が変ね。妙に驚いて見えるわ。ちょっとからかってやりましょうか。

 

 

「貴女、この歌を知ってるの?」

 

「その歌、そして音程の外し方の癖。まさか、そんな……×××なの?」

 

「なん…で……」

 

 テュラが口にした名前。それはお兄ちゃん以外が知る筈のない……私の前世での名前だった。



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女神の思惑

 お兄ちゃんがテュラの手先に襲われたって聞いた時、込み上げて来たのは怒り、そして恐怖だったの。

 この世界に転生した時、私は大好きな人が居るけれど何処か孤独だった。リアスの部分は周りに沢山人が居るって言っているのに、前世の部分が違うと告げる。

 

 だってリアスを知っている人は多いけれど、前世の私を知っている人は一人も居ないんだから。

 だからお兄ちゃんがお兄ちゃんでもあったのは嬉しかった。

 

「……そんな、まさか」

 

 目の前に現れた女神テュラ。隙を見つければマウントポジションの状態で顔の形が変わるまで殴り続ける予定だったし、実際に会ってみたら更に胸を強制的に垂れるまで引っ張ってやろうと思ったのに、何故かそんな気が起きない。偉そうにしていて見当違いな事を言っているのにどうして敵だと思えないの?

 

 不思議で何処か懐かしい感覚。この感覚を私は知っている。そう、あれはお兄ちゃんと再会した時と同じで……。

 

 

「どうしてその名前を知っているの? だって、その名前は前世の……」

 

 テュラの口から出たお兄ちゃん以外は知らない筈の私の前世の名前。何でテュラが知っているのか私には分からない。読心術? それとも記憶を読まれた? まさか……いや、そんな事は……。

 

 最後に浮かんだ考えを否定しても頭の中がグルグル回って混乱する。でも、そんな状態なのに少しも怖いって感じなくて、どうして?

 

「おいで……」

 

 固まって動かない私に向かい、テュラは両手を伸ばして優しく呟く。抱き締める気だろうけれど、本当なら敵だから応じる必要もない相手。でも、声も見た目も別物なのにどうしてかあの人の……お姉ちゃんの姿が重なっていた。

 

「ほら、良い子だから。久々にお姉ちゃんに甘えて良いのよ」

 

「あっ……」

 

 気が付いた時、私はテュラに抱き付いていた。優しく抱き締めて貰って、頭を撫でてくれて、その全てがお姉ちゃんを思い出させる。前世でお姉ちゃんは私をこうやって抱き締めて撫でてくれていた。

 

「お姉ちゃん…なの……?」

 

「うん、そうだよ。久し振り……本当に久し振りね……」

 

「あぁ、ああああああああああっ!」

 

 テュラは優しい声で頷く。本当だったら倒す筈だった相手。でも、その相手はお兄ちゃんと同じ位に大切で絶対に会いたかった相手で、私は大きな声で泣いていた。

 こんな大きな声で泣いたのは何時以来だろう? 私はずっと泣き続けて、お姉ちゃんは前世と変わらない手付きで私を撫で続けてくれたわ。

 

 ああ、凄く嬉しい。だって家族三人が生まれ変わっても再会出来たのだもの……。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・何だ、これは」

 

 この地に封印され幾星霜経っただろうか? 人の身では途方もない時間も神からすれば欠伸の一つでもすれば過ぎ去る程度の感覚だ。だから私は人への憎悪を決して失わず、何時か復活して目的を果たす瞬間を待っていた。外に干渉するには力の消耗が激しいが不可能ではない。故に使えそうな駒を探そうとしていた時、我は思い出したのだ。

 

 この世界とは別の世界で幼き弟妹の世話を焼く人の子の娘としての人生を。最期には身を呈して二人を守ろうとした理由は愛。心の中が温かくなり、知らぬ内に涙が流れる。

 

 ああ、納得した。人の子が決して敵わぬ相手であろうと立ち向かう理由が分からなかったが、これならば当然だろう。今までの我が持たなかった心地好い物。

 

「だが、それだけだ。人は滅ぼす。神である我はそう決めた」

 

 切っ掛けは戦争が続くだの信仰や権威が欲でねじ曲がって行くからだのだった気がするが今ではどうでも良い。我が滅ぼすと決めたのだから滅ぼすだけだ。

 

 人としての記憶は確かに蘇ったが、前世の我がテュラの肉体と記憶を持っているのではなく、テュラが前世の記憶を持っているのだ。我の神の精神に大きな影響は無い。

 

 だが、だがな・・・・・・。

 

「待っていて。二人の事は今度こそお姉ちゃんが守るから。その為なら何を犠牲にしても構わない」

 

 この胸に宿った大切な物だけは、愛だけは手放さない。神の力によって二人もこの世界に転生した事を知り、守れなかった事への罪悪感と絶望、転生さきでも会える事への喜びが同時に押し寄せる。

 この世界を手に入れ、二人を今度こそ守り切る。だって我は・・・・・・私はお姉ちゃんだから。

 

 

「……使うべき駒はあの二人か。物語通りに進めれば問題無い。後は我を倒せる可能性を持つ者を確実に始末すれば」

 

 前世の我が持っていた知識は役に立つ。何せ散々やり込んだ物語。神の頭脳を使えば詳細な所まで思い出せ忘れない。

 

「いや、別に構わんか。別に多少変わっても。寧ろ都合が良い方向に変えるべきだ。悪役であったクヴァイル兄妹、兄の方は要らん。どうせ二人も滅ぼすべき存在には変わりないのだ。ならば操りやすい様に……」

 

 前世の私の価値観ならば思い付いても実行しないが生憎我の人格は我の物だ。人の子の記憶や経験が神の人格に影響を及ぼす筈も無い。

 

 封印された状態であるが故に手出し出来る回数にも方法にも限度が有る。ならば先ず何をすれば都合良く進められるのか。駒を動かしやすい駒に変える事が優先だ。

 

 光属性を持って生まれた悪役令嬢であるリアス・クヴァイル。母親として慕っていた相手を失い、その不安を兄に当たっていた小娘だが、同時に唯一兄を信頼し依存していた。その兄を失い、心の穴につけ込んでやろう。

 

 ……まさかそのリアスが会いたかった守るべき存在だったとはな。

 

 

「お姉ちゃん! ずっと…ずっと会いたかった……」

 

「うん、うん、お姉ちゃんもよ。ずっと二人に会いたかった。だから貴女にだけでも会えて嬉しいわ。お姉ちゃん、女神になっちゃったけれど二人のお姉ちゃんには変わらないからね」

 

「……うん」

 

 これは奇跡と呼ぶべきだろうな。利用しようと接触した相手が探していた妹だったなんて。……駄目だ、この子に関わると前世の私が強く出る。二人を守るにはそれで良いのだが、どうも釈然としないな。何故か最もいけ好かない女が関わっている気がしてならぬのだ。

 

 ……しかし、こうなるとロノス・クヴァイルをどうやって消すべきか。妹は原作のリアスとは違う。もし兄妹仲が良好であれば悲しむだろう。

 

「本当に会えて良かった。後はあの子を……お兄ちゃんを一緒に探そう。お姉ちゃんには分かるの。あの子もこの世界に転生して来るって。お姉ちゃんは動けないからクヴァイル家の力でどうにか探してあげて。私達は三人兄妹だから一緒じゃないと」

 

「……え? お兄ちゃんなら既に会っているわよ?」

 

「……え?」

 

 我の言葉に不思議そうな顔をする妹に嫌な予感が過ぎる。いや、そんな筈がない。膨大な人数の中、ピンポイントで物語の重要人物が転生先だなど。

 

「いや、お兄ちゃんは今もお兄ちゃんなのよ。私がリアスに転生したのと同じでお兄ちゃんはロノスに転生したの」

 

「そん…な……」

 

 嬉しそうに語る妹ととは真逆に我の心臓が高鳴る。だってそうだ。我は誰を殺そうとした? リアスを都合良く操る為にロノスを殺そうと……弟を殺そうとしたのか?

 

「お姉ちゃん? 一体どうしたの? あっ! もしかしてお兄ちゃんを襲ったのを気にしてる? 大丈夫。お姉ちゃんだって分かったし、謝れば許してくれるわよ」

 

「そう…ね……」

 

 世界が歪むのを感じ取る。今回の接触はこれで終わりか。次に会えるのはうん、うん、お姉ちゃん何時になるかは分からない。だが、我がすべき事は分かっている。

 

「また会いに来るわ。その時は三人揃って……」

 

 ずっと抱き締めていたいけれど無理だ。でも、何時か必ず三人で……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、二人を発見出来たのだ。これで復活後に手を拱く事も無い。二人以外の人間は滅ぼそう」

 

 

 



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閑話 幸福の門

 幸福の門の噂を耳にした時、多くの者は疑う事から入った。理想の世界が広がり、中の物を自由に持ち出せるだなどと誰が信じるのか。神話や子供騙しのお伽話の類いと思うのが関の山だ。

 

「そもそも門を潜った最初の方の奴はどうして潜ったんだよ。門を通るまで先は真っ暗で見えないって話じゃないか」

 

「遭遇したら全員死ぬタイプの怪談に似ているよね。僕だったら本当でも黙って居るかな。順番待ちしなくて良いしさ」

 

 噂によれば他にも制約があり、”一日に入れる回数は決まっており、同じ者が何度も出入りすれば他の者が入れる回数が減る”や”荷車は持ち込めず、門の中から何かを持ち出せば中に残っていても一回にカウントされる”等々。

 

 仮に本当だとして、それを広めれば先に入った者にはデメリットしかないだろう。それに夜の間しか現れないが、朝が来ても中に留まっていれば取り残されるとも噂されている。

 

「昔話じゃ似たようなケースで忠告を聞かなかった欲張りが取り残されるんだよな」

 

「ありがちだよな。本気にしている奴ってこの中にどれだけ居るのやら」

 

 そんな如何にも胡散臭い話を笑い飛ばす彼等が向かっているのも幸福の門が現れるという場所。手元の灯りは先頭の男が持つランタン一つだが、雲一つ無い夜空から満月の光が大地を照らして明るい程だ。

 進む道も舗装こそされていないが緩やかな丘を幾つか越えた所で、振り返れば遠くに街の明かりが見える。目指す場所は後二つ丘を越えた先の開けた場所であり、この辺りには厄介な獣もモンスターも出現しない事から子供だって足を延ばして遊びに行く候補になっている。

 

「にしても酒の勢いって凄いよな。誰だよ、”噂を確かめに行こう”って言い出したのは?」

 

「お前だろ。ついでに言うなら酒の勢いで女を買って女房に叱られたのもな。今日は出掛けているから平気だが、禁酒の約束を破ったらどうなるか分からないぞ」

 

 

 とある商会から門が次に出現する場所の噂を聞き、笑い話にする為に酔った勢いで向かっているのだ。歩きながら傾ける酒の瓶に入っているのは庶民には到底手が届かない筈の桃幻郷の酒。未だに険悪な他の大陸の国であり、正規ルートでは入らないその酒を彼等は安値で手に入れていた。

 

「あの商会の連中も話半分に聞けって態度だったし、絶対無いだろうけれどよ。もし存在したらどうする?」

 

「おいおい、ジャンケンだろ。実際、隣の隣の領地じゃ働かなくても贅沢な暮らしをしている連中が居るらしいし」

 

「先代王妃みたいにか? あの頃は酷かったよな。この領地は大公様がしっかりしてくれていたけれどよ。三日に一度は水で誤魔化すのがマシな暮らしだって感じだからな。未だ王族を恨んでる連中も居るだろうさ」

 

「おいおい、他の連中の前では言うなよ? 万が一ルクス殿下の耳に入ったら警備兵の職を追われるぞ。あの馬鹿王子、母親大好きだからな。前も陰口を叩いていたメイドを独断で追い出したとか。んで現王妃様が直ぐに撤回したってさ」

 

「いや、お前も言葉には注意しろよ。馬鹿王子って、そっちの方がヤバいだろ」

 

 アース王国の歴史において最大最低最悪の汚点とされる先代王妃。その暴政の被害は大きく、今の王妃が改革を進め回復を始めた王国でも各地に深い爪痕が未だに残る。口にした隣の隣の領地もそんな場所の一つであり、そんな土地で働かず贅沢に暮らしている者達の噂が彼等の心の奥にもしかして本当に存在するのかもと言う期待を抱かせていた。

 

 無かったら無かったで月見酒でもする気の彼等だが、このペースで酒を飲んでいては目的地までに飲み干してしまいそうだ。

 

 

「おい、酒が減ってきた」

 

「望む世界に繋がってるなら酒の泉位有るだろ。無かったら酔い醒ましに歩いて帰るぞ。泥酔して帰ったら母ちゃんが怒る」

 

「……殺されるかもな。っと、着いたぞ」

 

「無いな。所詮は噂か。じゃあ月見酒を……おい、チーズを食べ尽くしたのは誰だ?」

 

「さっきから自分がバクバク食べてただろうが、酔っ払い!」

 

「何だと、酔いどれ!」

 

「喧嘩するなよ。酒を飲もう、酒を!」

 

 酒が入ったことでの陽気さも何処へやら、少しだけ深刻な感じになった彼等は漸く最後の丘の上に辿り着く。噂では月の光を浴びて輝く門が現れるそうだが、信じていない彼等は適当に探すなり座り込んで酒盛りを開始した。速攻で陽気さを取り戻した一行は噛み合っているようで噛み合っていない酔っぱらい特有の会話を続け、道中で既に半分以上飲み干した酒を消費して行った。

 

「おいおい、宴は此処からだろ。あっ、もう一人分だけだ。俺が貰おうっと」

 

 結局最後の方には一人を除いて酔いつぶれ、その一人は仲間のイビキを聞きながら最後の一杯をチビチビと飲みながらピクルスを齧る。

 

「ちょっとだけ期待していたんだがな。まあ、そんな都合の良い話が存在する…訳……が」

 

 最後の一口をグイッと飲み干しコップを地面に置く。目の前から視線を外したのは僅かそれだけの間。時間にして僅か数秒の間に金色に輝く門が出現していた。

 言葉を失い、酒のせいで幻覚でも見たのかと目を擦り、頬を引っ張って確かめるも門は消えない。

 

「お、おい……いや、待てよ……」

 

 仲間を揺り動かして起こそうと伸ばした手を引っ込めた彼は足音を忍ばせて門へと向かう。目の前の門が噂通りならば宝が手に入るだろうが、どうせ持って帰っていれば仲間に見付かる。懐に隠せる量には限りがあるが酔っぱらいにはその考えには至れない。

 

「凄いな。神々しいと言うべきか何というか……兎に角凄い」

 

 近寄れば門の表面に刻まれた彫刻の繊細さに目を奪われた。神話の一場面を描いた物で、光の女神リュキが人々を守りながら戦うシーンだ。一目見れば心を奪われ、酔いはすっかり醒め、気が付けば門に触れていた。そのまま押せば不自然な程に軽く開き、原っぱの中央に存在するにも関わらず門の中は漆黒の闇。この時点で少し怖じ気付き、それでも恐る恐る一歩を踏み出す。

 

 

 

 

 その姿を酔いつぶれた筈の仲間の一人が楽しそうに眺めて呟いていた。その声は先程までとは別物だ。

 

「おやおや、本日最初のお客様ですねぇ。どうぞどうぞ。奥にはお客様の欲望を叶えてくれる全てが存在します。ええ、お金は一切頂きません。但しお分かりですか? この世の中は等価交換。生涯遊んで暮らせる程の財産の対価は……アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 一頻り嗤った後でその男は消える。姿だけでなく、共に出掛けた仲間の記憶からさえも……。

 



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魔女の誘い

 僕には高い地位を持つ家柄と未来の物と言うべき知識がある。本来ならば便利で強力な武器になる物だし、実際に使わせて貰っているんだけれど、使ってみた感想は思ったよりも不便だって事だ。

 

 先ずクヴァイル家の人間という事は家臣や領民の人生を背負うって事。物語じゃ貴族でも己の信念のままに動くけれど、そんな迂闊な行動の余波を最も受けるのは立場の弱い人達だ。地位ってのは武器であると同時に足枷にもなるんだよ。

 

 そして知識だけれど、当然ながら利用すればする程に役に立たなくなって行く。仮に道だとしよう。目的地までに通る予定だった道が歩き辛いからって僅かに横に逸れたとして、一度や二度なら程度によるけれど本来と大きく変わらない。まあ、片側一車線の道路を挟んだ反対側を通っても景色が大きく代わりはしないって事さ。

 でも、それが続くとどうなる? 選ぶ道が違えば遭遇する人や物も変わるし、前から人が来たら避けるけれど来ないなら避ける動作は取らないみたいに関わる人の行動も変わる。更に変わった人の行動に関わる人も、そんな感じにね。

 

 

「……どうしようか。迂闊に介入は出来ないけれど、このまま見過ごすのも……」

 

 お昼ご飯を食べた後、勉強疲れでグロッキーなリアスをメイドに任せた僕は公園のベンチに座って呟く。元からそうなる筈だったのか、それとも僕達の行動の影響なのか持っていた知識通りの出来事が知識よりも前倒しになって発生している。僕の責任とは言わないけれど、気にはなるよね。

 

「只事件が起きるだけなら対策を練っているだけなんだろうし、それで良いんだろうけれど……」

 

 友達(フリート)がそれに関わろうとしている。幸福の門の裏に潜んでいるのは恐らく知識通りに神獣将シアバーン。知識だけじゃなく実際に軽く戦ったから分かるんだけれどフリートじゃシアバーンどころか神獣にさえ敵わないだろう。戦いになる可能性は高い。その結果、彼がどんな事になるのか予想が的中する可能性も。

 

 あくまでも友人は友人で、優先すべきは自国の事だ。例え同盟国の有力貴族であっても危険を冒して他のを後回しにしてまで、とは行かない。僕が一般人なら兎も角、有力貴族の一員ならばね。

 

「幸福の門で手に入る物の正体は……忘れちゃったけれど、リュキの悪心の封印解除に関わっているのは覚えているし、それを邪魔するなら排除しに来るだろう」

 

 確かゲームでは好感度が高いキャラの実家の領地でイベントが発生、幸福の門目当てに来た領民が邪魔者として調査に来た次期当主を排除しようとして来る筈。この時、最初の遭遇時に戦うか否かの選択肢が出て、戦った場合は思わず小さな子供を殺してしまう。それが切っ掛けで先代王妃の暴政で溜まり、叔母上様に変わって沈静化していた鬱憤が爆発した領民が反乱を起こし、心を病んだキャラは退場してしまう。

 

 現実ではそうなるとは限らないけれど、どのみち卑劣な手段を用意して手ぐすね引いて待っているだろう奴を考えれば……。

 

「はあ……」

 

 僕が介入するにはフリートの実家の家柄が大き過ぎる。その上他国だし、弱小貴族の友人の危機を見かねてって訳にはいかないんだ。

 

 普段頼りにしている知識や家に困らせられ、空を見上げて大きく溜め息を吐いた時だった。

 

「ロノスさん、どうかしましたか? 大きな溜め息なんて吐いて。あっ! 私が誰か分かりますか?」

 

「やあ、アリアさん。うん、ちょっと悩みがあってさ。考えても良い答えは浮かばないし困ったよ」

 

 横を見ればテイクアウトのランチらしき物を持ったアリアさんがブロンドのカツラと色付きの眼鏡で変装していた。隣に座ろうとしたんだけれど、慌てた感じで眼鏡を外そうとしていた。

 僕も一瞬誰か迷ったけれど、声とか話し方で何とかって感じだ。後は僕に対する呼び方かな? そんな呼び方をする人は限られているからね。

 本人は分かるだなんて思っていなかったのかカツラに伸ばした手を止めてキョトンとしちゃったよ。

 

「わわっ!? 分かっちゃうんですね。少し悔しいけれど嬉しいです。こんな格好でも私だって分かって下さって。えっと、隣構いませんか」

 

 アリアさんったら意外だったのか驚いちゃって可愛いな。少し驚いた後で彼女は僕の隣に座ってバゲットサンドを食べ始めた。紙袋の店名は確かリアスが気にしていた店だ。出納を持って行けば容器の分だけ値段が安くなるんだよね。

 

 アリアさんってそんなにお金が無かった筈だけれど、カツラも眼鏡も認識を阻害する魔法の道具だし結構な値段の筈。犯罪にも使えるからアリアさんじゃ買えなかったけれど、矢っ張り舞踏会の夜に訪ねて来た国王から貰った物を換金したのかな? 裏ルートで王家の紋章付きの宝石が出回ってるって話だっけ? 叔母上様がその手の物は悪用される前に回収しているらしいけどさ。

 

 

「あ、あの! 私じゃ頼りないかも知れませんが、話を聞く位なら……」

 

「うん? ああ、溜め息で何かあったって思ったんだね。まあ、ちょっと面倒な噂を耳にしてさ。立場が関わる事だから下手に動けないし」

 

「そうですか……」

 

「でも、気にしてくれてありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ。アリアさんは本当に優しい人だね。美人だし、優しいのに変な言い伝えを鵜呑みにする連中が信じられないよ」

 

「もう、ロノスさんったら……」

 

 こうやって誉められただけで赤くなって嬉しがるだなんて誉められ慣れていないって感じるな。僕から目を逸らしてパンにかじり付く。

 

 ……確かゲームで彼女が巻き込まれたのはデートに誘われてだっけ? 彼女を自分の領地の見せ物に誘う程に仲の良い生徒は居ないし、精々がフリート程度? 皆でご飯を食べる時に文句を言わない程度だし、誘う程じゃないか。

 

 正直言って”闇属性の魔女”への悪印象は強い。ゲームでは面倒な事に一緒に巻き込まれて、吊り橋効果的なので好感度が上昇したんだろうけれど、その対象はリアスや僕だしさ。

 

 まあ、彼女には強くなって貰わないと神獣将だのリュキの悪心の相手はキツい。それはそうとして流石に今回の件に彼女が巻き込まれる事は無いだろう。僕としても巻き込む前提で彼女を誘う気は無いし、物語通りになる修正力でもない限りは……ははっ! そんな筈が……。

 

 

「あのぉ、ロノスさん。あの時の約束を覚えています? 私の水浴びを見ちゃった件で……」

 

「……あー、その後でキスされた時の約束だね」

 

 駄目だ、思い出したら恥ずかしくなって来た。そっか。僕は裸で抱き付いてキスして来た子と一緒に居るんだ。軽口で言ったんだけれど二人して恥ずかしくなったのか互いの顔を見られない。言わなかったら良かったなあ。

 

「えっと、可能な範囲でお願いを聞くって話だったね。じゃあ、僕は何をすれば良いんだい?」

 

「あの、ですね……。その、私とですね……」

 

 アリアさんはモジモジしながらパンを食べ、懐から何かを取り出した。折り曲げた紙? いや、チケットか。それが二枚。……うん? もしかして、いや、まさか……。

 

 

「実はランチを買いに行ったお店でくじ引きを引きまして、サーカスのチケットが当たったんです。レイム家の領地ですね」

 

 レイム家、つまりはフリートの実家の領地か。偶々このタイミングでそんな場所で開くサーカスのチケットを手に入れるだなんてビックリだな。修正力本当に存在するんじゃって怖くなって来た。

 

「だ、だから私と一緒に……ひゃわっ!?」

 

「アリアさん、ありがとう。君に出会えて良かったよ。お願いとは別にして是非行かして欲しい。君と一緒に行きたいよ」

 

 気が付いたら僕はアリアさんの手を握り締めていた。これで僕はフリートの所に行く口実が出来た。……何かあるだろう場所にアリアさんを連れて行くのは心苦しい。なら、僕が守り抜こう。

 

 

 

「私もロノスさんと出会えて良かったです。私、貴方が大好きですから」

 



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相談相手

 アリアさんからの思わぬデートのお誘い。それは立場的に介入したくても出来ない厄介事に関わるチャンスだった。だから当然受けたんだけれど、帰り道で思い浮かべるのは嬉しそうな彼女の笑顔だ。

 

「……うん。ちょっと良心が痛むかな?」

 

 彼女には想いを告げられたばかりであり、そんな事があって直後のデートだ。それを受けたのだから相手が喜ぶのは間違い無い事だし、それが分かっていながら僕は打算が含まれていた。

 即ち”偶々行ったら巻き込まれたから行動した”、そんな口実作り。つまりは彼女の好意を友達の為とはいえ利用したって事で、実際はちょっと所じゃない良心の痛みを感じている。貴族って立場上は誰かを利用して暮らすのは珍しくないし、自覚して行動して来た事も有ったけれど、こうやって自分に純粋な好意を抱く相手に対しては初めてだもんな。

 

「彼女は大切な友達……だし、それが違うんだよな。僕はどうやって彼女に償うべきなんだろう? ねえ、ポチはどう思う?」

 

「キュイ?」

 

「え? 詳しく知らないから分からないって? それはそうだね。どうやって償えばってしか言ってないんだから。ごめんごめん。うん、ちょっと悩んでいるだけだから心配ご無用だよ」

 

「キュイ……」

 

 流石に情けないから他の誰にも相談出来なかった僕はポチに話を聞いて貰っていた。そうやって情けないからとかプライドが勝つ時点でどうかとは思うんだけれど、貴族って面子で飯を食べている立場でずっと過ごしていたんだよ、僕は。

 ……幼かった前世では”何でこんな行動をしているんだろう”って思えた事が別の世界で貴族として育ってからは実際に自分でして居るんだから不思議だよね。これが大人になるって事なのかな?

 

「情けないなあ。本当に情けないよ。……うん。取り敢えずこんな感情をアリアさんには悟られないのが先決だ。只でさえ利用している失礼な状態なんだし、一緒に楽しむのが前提として、こんな時は僕がリードすべきなのかな? ……困った。何だかんだ言っても彼女とは付き合いが短いし、そんな相手とのデートってどうすれば良いんだろう?」

 

別に僕はデートの経験が全くない訳じゃない。うん、それは確かだ。夜鶴と買い物に行ったし、この間はパンドラの気分転換に散歩に付き合った。あれをデートじゃないなんて思ってはいないよ。

 

 でもさ、あの二人って付き合いが長いんだよね。貴族として関係の有る相手とのお茶会とかの行事に参加して、出会ったばかりの相手と二人きり(給仕のメイドとかは店の店員と同じ扱いでカウントしない)になった事は何度も有るけれど、それはあくまで仕事の感覚だった。

 

「大体どんな子かは分かっているけれど、付き合ってからそんなに経っていない女の子とのデートか。ヤバい! 緊張して来た! こんな時こそ誰かに相談したいけれど、頼りになりそうなのが誰かと云えば……」

 

 先ずレナは除外。何を言われるかとか、ナニを勧められるとか、簡単に想像が出来る。

 じゃあ、次にパンドラ? ……伝えておくべき相手だとは思うんだけれど、相談するのはちょっと。だって彼女からも好意を伝えられているし、他の女の子とのデートの相談は……、

 

「そうだ! リアス……も除外。恥ずかしいからってのも有るけれど、多分頼りにならない」

 

 妹に恋愛相談とか兄の威厳に関わるし、あの子に相談してもね。色気よりも食い気や戦いって感じの少しお転婆な子だもん。

 恋愛小説を好んで読んでる? いやいや、物語と現実は別物だし、あの子は五分で寝落ちするから。

 

 

「あれで読んだ気になっているんだからなあ」

 

「キュイ……」

 

 こんな時、恋愛相談が出来そうなのは……チェルシー? いや、フリート? 何というか一応フリートには領地に行くのを知られたくないし、この二人は駄目として、他には……。

 

 

「ポチ、ちょっと相談に乗ってくれる?」

 

「キューイ?」

 

 ”そーだん?”って感じに詳しく分かっていない様子のポチがあまりにも可愛いから気が付けば抱き付いていた。ああ、モフモフに癒される。悩みとかが全部頭の中から溶け出す気がするよ……。

 

「そうだ! 相談の意味を教えてあげよう。ポチは賢い子だから直ぐに分かるよ」

 

 こうして始まったポチのお勉強。凄く賢い子だから相談の意味だなんて本当にあっさり分かっちゃったよ。

 

「ポチは本当に賢い子でちゅね~! ポチは賢くて可愛い最高のグリフォンでちゅよ~!」

 

「キュキュキューイ!」

 

 頭を撫で回し、脇腹から脚、そしてひっくり返して両手を広げてお腹を撫で回す。モッフモフでフッカフカ。どんな高級羽毛布団よりも感触が良い。

 

 

「じゃあポチには早速相談に乗って貰えまちゅか~?」

 

 

 

 

 

「いや、何か知らんがデレッデレの態度でペットに相談するど阿呆が何処に居ると……目の前に居たか」

 

「あっ、レキア」

 

 声のした方を見ればレキアの姿。頭痛がするのか頭に手を当てている。

 

 どうも今日の僕は注意散漫らしく近くで話し掛けられてから相手に気が付くってのが続いている。誰か寄って来ているのは分かったけれどこれじゃあ落第点だ。レナスに知られたらお説教じゃ済まないぞ。

 

「全く貴様という奴は相変わらずだな。それで何か言う事は無いのか?」

 

 レキアは僕の顔の周りを飛び回り、亜麻色の髪を掻き上げて何かを待っている。スカートの端を摘まんでヒラヒラと動かしていた。

 

「……何か? うーん、その新しいドレスが似合ってるって事しか思い浮かばないな」

 

 何時もは葉っぱを思わせる緑色のドレスのレキアだけれど今日はちょっと違う。ノースリープの腰回りが少し細くなっている。ちょっと大人っぽいデザインだ。何時もとは印象が違うよね。

 

「君は色白だから黒が似合うよね。何時もは可愛いって感じなのに、今日は綺麗って感じになってるよ。ちょっと見惚れちゃいそう」

 

 普段は妖精らしいデザインなんだけれど今日は本当に大人っぽい。優雅さを感じるし、何時もよりお姫様って感じだ。

 

「だから貴様はどうしてそうなのだ……」

 

「何故か呆れているけれど、僕は思った事を口にしただけだよ? 本当に君は素敵だよ。今だけじゃなくって何時もね」

 

「むう……」

 

 どうやらお気に召したらしい。やれやれ、何か言えって感じだったけれど、本音で話して正解だったみたい。腕組みをして澄まし顔の癖に頬がピクピク動いていた。

 

「キュイキュイ。……キュ」

 

「おいおい、それは流石にレキアに悪いよ」

 

「おい、ポチは何と言った? 妾に向かって何って言った?」

 

「……さあ?」

 

 要約”レキアに相談したら良いかも。……無理か”。うん、言えない。凄い顔で詰め寄って来てるけれど言えないや。

 

「それで悩みとは何だ? 言え。妾が相談に乗ってやろう。まさかペットには相談出来て妾には出来ぬと言う事は……無いだろうな?」

 

 至近距離まで詰め寄って来たレキア、凄い怖いです。この迫力は妖精の姫の名に恥じないね。……どうしよう。これは誤魔化せる雰囲気じゃないぞ。

 

「実はさ……」

 

 仕方無いから此処はレキアに相談しよう。レキアもレキアで実は僕を友達だって思ってくれていたのに嫌っているって思わせる態度を取っちゃう子だし、とても恋愛相談が出来る子じゃないけれど奇跡が起きる可能性を信じよう。

 

 

 

 

「……ふむ。貴様も色々と悩んでいるな。此処は妾が力を貸してやる。……友だからな」

 

「あっ、友達だって素直に認めてくれるんだ。嬉しいな。僕はもっと前から君と仲良くしたかったしさ」

 

 僕なんか目障りって態度だったのに本当は友達だって思ってくれていて、今はこうして素直に友だって認めてくれているんだからね。

 

 

「本当に貴様は。……さて、デートの事が分からぬのなら慣れればいいだけだ。……こんな風にな」

 

 そんな事を言うなりレキアは人間サイズになり僕の腕に抱き付いた。

 

 

「さあ。妾の寛大な心に感謝して咽び泣け。今から妖精の領域で妾とデートだ」



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デートの練習

 何時もとは全く趣向が違うデザインのドレスを身に纏って人間サイズになったレキア。友達である僕の為にデートの予行練習の相手までしてくれるだなんて本当に良い子だ。

 

「さて、どうせポチに乗って行くのだろうが先に言って置くぞ? 何時もの変則飛行はさせるな」

 

「え? だったらジグザグ飛行とか錐揉み回転とか急降下からの急上昇とかは? ポチはあれが大好きなんだ」

 

「す! る! な! 普通に飛べ、普通に!」

 

 驚く僕の耳を引っ張り怒鳴るレキア。え~。それも駄目なんだ。うーん、ポチにはだいぶ我慢して貰う事になりそうだ。

 

「デートでペットを優先するな、ペットを。貴様がデートするのはポチか? それともアリアか?」

 

「アリアさんだね。今からデートするのは君だけれど」

 

「……調子に乗るな。妾とは練習に過ぎん」

 

「それでも折角出掛けるんだから楽しもうよ。ほら、お手を拝借」

 

「……うむ」

 

「確かに今からレキア妖精の領域に連れて行って貰うのは練習の為だけれど、どうせ一緒に出掛けるのなら互いに楽しみたいじゃないか。ささっ。それでは出掛けようか」

 

 手を差し出せば一瞬だけ迷った様子を見せるも握られ、そのまま腕に抱きつかれ肩に頭を乗せるレキア。今の彼女は人間サイズになったせいで普段より姿がハッキリ見えるけれど……。

 

 

 胸を明らかに盛っているのは指摘すべきなのかな? ほら、髪型の変化とかに気が付かずに何も言わないとか駄目みたいに、些細な変化を発見出来るかのテストなのかも?

 

 

「でもなあ……」

 

 ”胸が大きくなっているね”とか、言える? 言えないよね。よし、じゃあ言わない方向で……。

 

「所でロノス。妾について何か言うべき事が有るのではないのか? 十五秒だけ考える猶予をくれてやる。しかと考えよ」

 

「え? ……あっ」

 

 思わず驚いた声を出したら途端に不機嫌そうになったレキア。抱き付いたまま手の甲を抓って来るし、これは言うべきなのかな?

 いや、その前に改めて観察だ。髪型は同じで化粧も特に変えた様子は無くって、前に同じサイズになった時や何時もの姿から考えて明らかに一回り以上大きい胸に、痩せても太ってもいない腰回り。指先にマネキュアはしてなくって、靴? 

 

「靴も新しくしたんだね。赤いハイヒールか。慣れてないと歩くの大変じゃない? 挫いた時は何時でも言ってよ。運ぶからさ」

 

「……其処か。いや、それはそれで良いんだが、他に有るだろう? 肉体についてだ。……ちなみに運ぶのは許可するが荷物と同じ運び方は許可しない。妖精の姫に相応しい運び方をせよ」

 

「了解。お姫様抱っこで良いかな?」

 

 靴は不正解じゃないけれど満足行く回答じゃなかったか。ああ、でも普段から飛んでいる彼女が慣れない歩行で転ばないように気を配っていないとね。

 うーん、肉体。……矢っ張り?

 

 

「胸、大きくなってるね」

 

 次の瞬間、顔面に拳が叩き込まれた。

 

「このスケベ男が!」

 

 痛い。え? ええっ!? 違ったの!? レキアったら怒って顔を背けるし、それでも腕に抱きついたままって事は矢っ張り歩き辛いの? 今から抱っこした方が良いかな?

 

「……えっと、他には……あっ!」

 

 そうだよ。考えれば分かる事だ。レキアはデートの練習って言って今の大きさになった。でも、この大きさを維持するのは大変な筈だ。それも胸まで盛る無理をしてるのに平然とした様子だし……。

 

 

「気が付いたな。まあ、及第点はくれてやる。だが、胸については減点だ。女の見栄を指摘する物ではない」

 

 どうやら正解だったらしく、レキアは満足そうに笑うと空いた手で胸を触る。盛っていた胸は本来の大きさになり、見えていた谷間も僅かになっちゃった。うん、少しだけ……。

 

 

「残念か? ああ、貴様は胸が好きなのか。……これで良いのだろう?」

 

 突如腕に抱きついていたレキアに引き寄せられ耳元で囁かれる。息が掛かって少しくすぐったいな。あれ? ちょっと胸に当たる感触が……。

 

 密着しているせいかレキアの胸元は見えないんだけれど何故か腕に当たる感触はズッシリとした物に。その理由に思い当たった時、レキアの笑い声が聞こえた。僕を弄くって楽しんでいる声だ。

 

 

「この姿になれば多少体型が変えられる。ふふん。この位が良いか? 今の私はレナ達と同程度だ。まあ、この様に密着していたら見えないだろうがな。見たいか? 却下だ」

 

「君ってこんな悪戯が好きだよね。ヘッドバッドって言って頬にキスしたりとか、祝福を与えるって急にキスしたりとか」

 

「あれは本当にヘッドバッドで、祝福は他の方法が存在しないだけだ。言うな、馬鹿者!」

 

「そして指摘されたら照れちゃうし可愛い。頭を撫でちゃいたい位にね」

 

「……ならば撫でろ! ほら、どうした? 妾の頭を撫で……ひゃわっ!?」

 

 




応援待っております


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妖精の国

一昨日更新した短編もお願いします


 妖精の国”ターニア”。それは妖精の領域の中でも特に入る者を選び、本来は妖精と友好関係にあるリュボス聖王国の人間、それこそ女王様と面識のある僕やリアスでも特別に許可されて一度だけ来た事がある位だ。

 

「綺麗だなあ。本当に綺麗だね、レキア」

 

「わ、妾かっ!?」

 

「いや、妖精の国が。……君も綺麗だけどね」

 

 その景色を眺めながら呟けばレキアは早とちりしちゃってたよ。あれかな? 観光スポットって地元民は興味無いって感じの奴で、綺麗だって意識してないのかも。

 

 タニアは透明の球体の中に存在している。外側に向かって重力が働いていて中央には光る球体。時間帯によって明るさが変わってまるっきり太陽だ。夜は月明かり程度には明るいんだっけ? 周囲は周囲全て青空で、これも時間帯で夕焼け空や星空に変わる。

 

 今は丁度お昼過ぎ、気温は四季関係無しにポカポカと居心地が良いんだよね。

 

「所で妖精の中には回復魔法使える人も居るんじゃなかったっけ? 早速足を癒やして貰いに行く?」

 

「阿呆が。妾は姫だぞ。その姫が足を捻ったとか知られてたまるか。そもそも貴様がこの抱き方をしたいと言い出したのであろうが」

 

 確かにそういう事にするって話だったけれどさ、足を捻ってるから痛いだろうし。足を見れば腫れている様子は無いんだけれど、歩けないから運べって言われた結果がこの状況なんだしさ。

 

「うんうん、そうだったね。じゃあ、愛しのプリンセスをお姫様抱っこする名誉を堪能させて貰おうか」

 

「……ふん」

 

 さて、もうこうなったら続けさせて貰おうか。レキアだって妖精の王族、見栄を張りたいんだから。……うーん、僕のお願いってのは基本的に領域に籠もってる妖精相手だから良しとしよう。

 

 

「これで君と僕の関係が恋仲だとでも広まってしまうかもね」

 

「はっ! 怖気が走るが……まあ、妾も姫だ。自らの見栄で友に迷惑が掛かるのは矜持に関わる。そうだな。その時は本当に貴様の本妻になってやろう。だが、先に言って置こう。婚約が決まったとして正式に嫁ぐまで変な事を期待するな!」

 

「変な事? それって……」

 

 まーた勢いで変な事言って、それで恥ずかしがってるんだからさ。レキアったら相変わらずなんだから。僕の腕の中が気に入ったのか随分と御満悦な表情だったのが真っ赤になってテンパった様子で。

 

 それにしても婚約前は駄目な変な事って、アレだよね? 普通に考えて清く正しい男女交際じゃとても出来なくって、貴族同士で行ったらお家間の問題になる……。

 

 思い出すのは散々その手の誘惑を受け続けた僕が夜鶴と持った……肉体関係だよね? 何と言い表すべきか、兎に角凄かった。あの夜鶴が凄く大胆になって迫って来てて、お胸が凄く揺れてましたです、はい。ローアングルの迫力に圧倒されました。

 

 今までレキアをそういった事で意識してなかったけれど、なまじ経験した上にこうも正面から言われちゃったら意識しちゃうよね。

 

 レキアの場合は流石に夜鶴みたいなのは無理か。あの状態って媚薬の効果が出たって思いこんだ末の暴走だったし、見栄っ張りでプライドが高いレキアの事だから……。

 

 駄目な事だけれどちょっとだけ想像してみた。見られたくないと服と下着を僕に隠れて脱いだ後で不満そうにしながらシーツで体を隠すレキア。何とか宥めて隣に寝ころべば照れながらも首に手を回し、顔を見ないように命令して来ながらも徐々に甘えて……って、本当に僕は何を考えているんだ、情けない!

 

「ん?」

 

 不埒な妄想を追い出す為に顔を左右に振り、口の中を強く噛む。レキアは怪訝そうな顔をしているけれど僕の頭の中の事は感づいていないみたいで助かった。下手したら絶交されるよ。

 

 盛りのついた獣じゃ有るまいし、一度そんな体験をしたからって友達までそんな風に頭の中で汚すだなんて最低だ。

 

「……うん。確かにお姫様の君とそういう事をするのはちょっと問題だよね」

 

「当たり前だ。……ハグや添い寝なぞ夫婦になってからに決まっているだろう! キ、キスだってそうだぞ。この姿を長時間維持するのと貴様をターニアに招待するには祝福を与える必要があったからしたまでで、正式なキスにはカウントされない。良いな!」

 

「……了解」

 

 うわぁ、ピュアだなあ。こんな子の痴態を妄想した僕って汚れてる~。添い寝とかキスとかの段階で限界ギリギリなんて、本当に祝福の為のキスだったんだ。

 ああ、恥ずかしさが臨海点突破だよ。

 

「穴があったら入りたい……」

 

「急だな!? えっと、もしかして今の状態が嫌か? 妾としては姫の威厳の為にも今の大きさを保ちたいが、この状態で飛ぶ訓練は途中でな。だが、貴様が嫌なら歩いても……」

 

「大丈夫。君をこうやって運ぶのが恥ずかしい訳がないだろ? 無理をしなくて良いのはレキアだ。君の足と誇りを守る手伝いを続けさせてくれたら嬉しいな」

 

「……うむ」

 

 ふう、良かった。変な妄想の題材にしちゃった償いなんてこの程度だけだし、ちゃんとこなさないと。妄想に関しては墓の中まで持って行くべき秘密だ。レキアに知られてなるものか。

 

 さて、話をしていたからちゃんと見ていなかったし、前に一度来たのは幼い頃でお城の一部しか出歩けなかったから見下ろすか見上げるだけだったけれど、こうして落ち着いて観察すると本当に人間の街じゃないって思えるな。

 

 一目見た感想は”小さい子供が思い浮かべる妖精の街”って感じだった。大きい切り株やキノコ、中にはカボチャをくり抜いたみたいな家が立ち並び、女王様が人間サイズだからか道は人が二人両手を広げられる程の広さ。でも、人形サイズの妖精じゃ少し広くて困りそうだけれど飛んで移動するのが普通だからか見る限りじゃ不便そうじゃないな。

 

「ふふん。どうだ? 驚いただろう」

 

「何というか凄いとしか言えないというか……」

 

 大勢の妖精達の笑い声が響き、街の至る所にはお菓子が生っている木が生えている。粉砂糖をまぶしたのとかイチゴのチョココーティングしたのとか、柔らかいケーキは半透明の殻に入って枝に付いている。

 

「ゴキブリとかハエとか大丈夫?」

 

 これだけ甘い物が揃ってる所で増えた光景を思い浮かべると身震いがするなあ。レキアも嫌そうな顔をしていたよ。

 

「安心しろ。招いた客人や持ち込んだ物に虫やその卵が付着していても転移の時に弾かれる。……先々代の時に大量発生したらしい。アース王国が行った事に匹敵する悪夢扱いだ」

 

「害虫と同じ扱いなのかあ。王国も嫌われたものだね」

 

 妖精を飼う為に捕まえようとした事によって発生した確執だけれど、相変わらずアース王国の人間が妖精の領域に近寄れば悪戯程度の手荒い反応をされるし、その事がクヴァイル家と妖精の良好な関係に繋がったから擁護する気は無いけれど、ちょっとは同情するよ。

 

「妾は王国国民だからと無差別には襲わんからな。気に入らん相手なら手荒い歓迎をするが、そうでないなら無視をするだけだ。……それよりも分かっているな? お前が妾をこの様に抱きたいと言っているから許可しただけだ。……”オベロン”候補としてな」

 

「オベロン? それって確か……」

 

 最後に恥ずかしそうに言い淀んだ言葉、”オベロン”について思い出そうとした時、お喋りに夢中だった妖精達が漸く僕達の姿に気が付いた。

 妖精からすれば巨人みたいな大きさな上に片方はお姫様だってのに近距離で気が付かないだなんて、相変わらず種族の特長として王族以外はマイペースなのが多いんだから。

 

「わあ! レキア姫だ!」

 

「その人間は姫様が祝福をあげた人? お姫様だけにお姫様抱っこだなんてラブラブね」

 

「あっ! その銀髪はクヴァイル家の時間を操るって噂の子ね!」

 

 目をキラキラさせて珍しい物を観察するみたいに僕達の周囲を飛び回る妖精達。王族を前にした態度とは思えないけれど、自由で好奇心旺盛な妖精ならこれが普通なんだろう。僕が出会った他の妖精は王族だけだし。

 

「ねえ! お茶でも飲んで行かれないかしら? それとも女王様にご結婚の許しを得に行く所?」

 

「だってレキア姫がそんな事を許すなんてオベロンにしたい相手ですものね」

 

「あ、ああ。今日はこの国を案内してやろうと招待したのだ。お茶は後で寄らして貰おうか」

 

「やったわ! じゃあ最高のお茶会の準備をしないと! それにしてもレキア姫は素晴らしいオベロン候補を決めたわね! 他の姫様達もきっと素敵な殿方を見つけるわ。……ニーア姫のとは大違い」

 

 凄い勢いで次から次へと来るもんでレキアだって圧倒されてる。凄いな、妖精。これで成人した妖精なら並の宮廷魔法使いよりも強いのが当たり前なんだから、捕まえて鳥かごで飼おうとした王国が無謀だったのが分かるよ。

 

 言いたい事を言うなり妖精達は一斉に飛び去って行く。最後に不穏な事を呟いて。嵐にあった気分の僕はその姿を眺めていたんだけれど、すっかりオベロンについて忘れちゃった。

 

「所でオベロンって何だっけ?」

 

「……知らんで良い。話だけを合わせていろ」

 

「まあ、知られたくないならそれで良いんだけれど、”ニーア姫とは”ってのが気になるよね」

 

 ニーアはレキアの妹の一人で、前髪を目に悪い位に伸ばした引っ込み思案な子だったよね。何度か会っただけだけれど、その子が決めたオベロン候補の事を妖精達は気に入っていないみたいだ。

 

 僕は無邪気に笑っていた妖精達が最後に少しだけ見せた嫌悪が気になった。そして、その理由は直ぐに判明する。その事で面倒な事にも巻き込まれるんだ。

 

 

 

 

 

 

 



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妖精姫の思惑

 ……てしまった。認めてしまった。ロノスを軽い気持ちでデートに誘った私だが、足を挫いた勢いでお姫様抱っこまで要求して、その上で民の前でオベロン候補だと……。

 

「……いや、これで良かったのか? いや、しかし済し崩し的に進めるのもロマンが足りない気が……」

 

「何が良かったって?」

 

「な、何でもないから気にするな……」

 

 今のサイズの私達でも座れる大きさとクッション同様の座り心地を持つ花に腰掛けてジュースを飲んでいた妾だが、どうも先程の会話を思い出して自分の席に入り込んでいたらしい。思考が口から出るとは情けない話だ。ロノスが不思議そうにしているのを誤魔化して顔を背ける。……今は満足に顔を見る勇気が湧かん。

 

 民が口にし、そもそもそんな設定だと言い聞かせていたオベロン。そのオベロンとは妖精の姫が祝福を与えた者の中でも特別な一人……女王に選ばれた際の伴侶の事だ。運良くロノスは忘れていたみたいだが、思い出していれば今直ぐ逃げ帰っていた所だぞ。

 

 う、うん。もう民の前で婚約者だと告げたのとおなじであるし? 確かに歴代の姫も何度かオベロンを変えるのは珍しい話でも無かったが、妾が祝福を与えるに相応しい男はロノスしか居ないけれど? ま、まあ、クヴァイル家と妖精族の関係を考えれば政略結婚としても……。

 

「いや、いい加減素直になる機会なのかもな。この決断をしたのも妾の祝福の結果の可能性も否定出来ないし、与えた者として責任が……いや、この思考は素直と呼べるのか?」

 

「何か知らないけれど悩みなら相談に乗るよ? 僕に言える事なら何でも言ってよ」

 

「言えるかっ!」

 

「ええ……。まあ、言いにくい悩みって在るよね。それなら仕方無いけれど、僕が力を貸せる悩みの時は遠慮無く言ってよ。僕は君の力になれたら嬉しいからさ」

 

 ……悪いが言えん。ロノス、貴様にだけはな。そんな優しい言葉をくれて、本当に友だからと力を貸してくれる貴様でも、貴様だからこそ言えんのだ。だってそうだろう?

 

 ”貴様が好きだが、その好きという気持ちに素直になるべきかどうかに悩んでいる”、そんな相談が出来るならとっくの昔に好きだと伝え、母上に相談して正式に婚約を申し込んでいる。友としてではなく、婚約者として隣に居るのだろうから。

 妾は妖精の姫、誇り高くあらねばならぬ。故に己の恋心さえも見ない振りをしていたのだが、最近になってそれが間違っているのではと疑問を有するようになった。己の間違いを認められぬ者に成長は無く、民を導く王になれる筈も無い。

 

 だから少しは素直になろうと思ったのだが……。

 

「それにしても二人分を頼んだのにこんなのが来るだなんて。運んできたと思ったら直ぐに帰っちゃったから取り替えて貰うタイミングを失ったしさ。どうする? 今から持って行って取り替えて貰う?」

 

 その恋を民が応援してくれるのは嬉しい。妾が少しは慕われていると思えるからだ。だが、これは流石に無いだろう。ロノスだって困っているぞ。妾も当然困っている。

 ロノスの手の中には妾のお気に入りの店で注文し、此処まで持ってこさせた二人分のジュースが有るのだが、容器は一つでストローは二つ。いや、よく見れば途中で繋がっている上にハートマークの形をしているだと!?

 

 幾ら何でも段階を飛ばし過ぎだっ!

 

「……妾は構わぬ。そもそも貴様と妾の関係を偽って伝えた結果の心遣いだ。それに不平不満を付けるのは王族として恥ずべき行為。貴様は妾に恥を掻かせる気か?」

 

 まあ、こうは言ったものの流石にロノスは恥ずかしがって拒否するだろう。寂しい気もするが、未だ想いを伝えてもいない癖に期待する方が間違っている。

 恋をした相手との進展を期待するのなら、想いを伝える努力をするのは最低限の事だ。事実、ロノスの周りではストレートに伝える者が多いし、妾も何時かはな。……その”何時か”は己で決めねば”何時までも”やって来ないのだろうが。

 

 さて、そろそろ妾は一人で飲む提案を……おい、どうして片方のストローを咥えている?

 

「いや、何故貴様が飲もうとしている?」

 

「喉乾いていたし、嘘には僕も協力したからね。まあ、量が量だから共犯として付き合うよ。付き合うと云えば今の僕と君は恋人って設定だったし、それを続けないと中途半端な所で露見するのも駄目だろう?」

 

「そうか。……そうか」

 

 此方もストローを咥えてジュースを飲む。甘いジュースが普段よりも甘く感じられたのは気のせいだったのだろうか?

 

 

 

「うん、美味しかった。レキアがお気に入りって言ってたのも納得だよ。妖精の国でしか売っていないのが残念だけどさ」

 

「ならば次の機会が有れば連れて来てやる。ああ、その時に演技をするのを忘れるなよ? 此度と同じ茶番を行うのも暇潰しには悪くない」

 

 喉の渇きを潤し、冷たい飲み物で体を冷やした筈が火照って仕方が無い。だが、不思議と不快では無い。この火照りをもっと感じて居たいと思う程度にはな。

 だから少しだけ勇気を出し、ロノスにもたれかかって目を閉じる。肩に頭を乗せれば存在を強く感じられた。

 

「暫し眠る。そのまま動くな」

 

「はいはい。了解したよ、愛しのお姫様。なんちゃって」

 

「詰まらん冗談だな。センスを磨け」

 

 どうせならば冗談ではなく本心で言って貰いたい物だ。その為には妾も素直になるべきか。もう少し勇気が有ればな。……切っ掛けだ。次に切っ掛けが有れば必ず伝える。……多分。

 

 こうしていると安心するのか睡魔が襲って来る。ああ、心地良い。惚れた男の肩を枕にうたた寝をするなど少し前の妾からすれば信じられぬし、勝手に嫌っていない事を伝えた母上には感謝をせねば……。

 

「お休み、レキア」

 

「ああ、お休み。次は膝枕を……」

 

 ”妾が貴様にしてやる”、と伝える前に意識が飛んでしまう。少し惜しいが、今日は随分と勇気を出せた気がするから良しとしよ…う……。

 

 

 

 

 

 

「……どうしてこうなっている? おい、説明しろ」

 

「いや、だってレキアが……」

 

 目を開けた時、妾の頭が乗っていたのは肩ではなく膝だった。確かに次は膝枕だと言ったが、違う、そうじゃない。しかも仰向けだから顔をのぞき込むロノスの顔が間近に見えてドキドキする。

 

「……今か?」

 

 理不尽な文句を言った後のようだが、これは絶好の機会なのかも知れぬ。このまま想いを伝え、じゅ、順序が間違っているから唇に……いや、頬……額にキスをする。切っ掛けが有ればすると決めたのだから、一度決めた事ならば……。

 

「おい、どうして妾の頭を撫でている? いや、止める必要は無い。幼き頃を思い出すからな」

 

 まるで慈しむようにロノスの手が妾の頭を撫でる。幼子でもあるまいし頭を撫でられても不愉快でしかないと思って居たのだが、これは予想外だったか。不思議と安堵感が訪れ、妾はそっと瞳を閉じる。今暫くは堪能させて貰おうか。

 

 ああ、此度のお返しに次は妾が膝枕をしつつ撫でてやるのの一興か。寧ろそのタイミングの方が想いを伝えやすい。そうなるに至る口実は貰った事だしな。

 

 ”貴様が好きだ”、この短い言葉が容易には言えん。色恋のなんと複雑な事か。同時に面白くもあるものだが。

 

「本当に大丈夫? 続けて良いの?」

 

「構わんと言っている。続けよ」

 

 無粋な言葉を吐くな、馬鹿者め。嫌なわけが有るものか。少々不機嫌さを声で表した後は今の時間を堪能すべく意識を頭に触れる手にのみ向ける。

 

 

 

 

「えっと、あの、あ、姉上もお帰りでした…のですね……」

 

 どうやら無粋な者は一人ではないらしい。声を掛けられ目を向ければ相も変わらず気弱そうな末の妹が立っていた。

 

 それも、隣に見慣れぬ男を立たせて……。

 

 

 



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閑話 妖精の末姫

「おい、無茶はするなと何度も言っているだろう。全くお前は……」

 

 私達妖精の姫の中から誰か一人が次の女王に選ばれるけれど、私も、他の姉上達も自分が女王になれるだなんて思っていなかった。だって一番上の姉上こそが次期女王に相応しいんだって思っていたから。母上も期待しているのか姫の仕事である領域の管理だって一番難しい所を任せていたし、昔アース王国の人間に誘拐された妖精を助けてくれた聖女の血筋であるクヴァイル家の二人の子供とだって一番交流をさせていたもん。

 

 私はずっと姉上みたいになりたかった。少し意地っ張りで素直じゃないけれど、努力家で優秀で誇り高くって、きっとあの人が女王になるのが一番素敵だと思ったの。

 

 だから少し無茶をしては姉上に叱られちゃうってのを繰り返すんだけれど、毎回呆れながらも私を見捨てずに世話を焼いてくれるの。

 

「おい、ニーア。お前はニーアであって妾では、レキアではない。妾ではなく、お前がたどり着ける女王を目指せ。所詮自分には無理と諦めるな。この姉を誇りに思うのならば、その妹に相応しい行いをせよ」

 

「は、はい! でも、私なんて……」

 

「だから誇りを持てと……まあ、今はそれで良い。自信がないのなら、頑張る理由を見つけろ。それが自信に繋がるだろう」

 

「頑張る理由? 姉上は有るのですか?」

 

「当然だ。両親と妹、そして全ての民。それらが妾にとって背負うべき物であり、背負いたい物だ」

 

「凄いですね、姉上は。わ、私とは大違いで、オベロン候補だって見つけちゃうんだろうなあ。あっ! もしかしてロノスさんって姉上の……」

 

「ち、違う! いや、彼奴が嫌な訳ではないのだが、そのだな、何と言うべきか……」

 

 そんな自慢の姉上も好きな人の話になったら途端に恋する乙女になっちゃいます。本人の前じゃツンツンしてるのに、周りから見れば恋しているって丸分かりで、とっても素敵。

 

 私も姉上みたいに素敵な人を見付けたいな。お話に出てくるみたいな素敵な人。私だけの王子様……。

 

 

 

「今日も良い天気だなあ。姉上達の所はどうなんだろう」

 

 私が任されたのはアマーラ帝国に存在する妖精の領域、姉妹の中で一番安定している場所。期待されていない訳じゃないけれど、ちょっとだけ自分が情けないと思いつつ趣味の日光浴の為に領域の外に出る。アース王国の人には昔酷い事をされたから見掛ける度に悪戯をして遠ざける私達妖精だけれど、他の国の人達も妖精の領域に繋がる森には近寄らない。

 

 ちょっと寂しいな。私は初対面の人は怖いけれど、一緒にお喋りするお友達は欲しい。でも、領域の管理をしていたら出会いなんて存在しない。一番上の姉上は修行しているそうだけれど、偶に貰えるお休みに街に出掛ける事も可能だからその時にお友達を作れるけれど怖くて行けない。

 

 だから私には人間のお友達なんて永遠に作れっこないのね……。

 

 胸が孤独でチクリと痛んだ時、急に嫌な感覚が私を襲う。これが何か知っている。昔の事件が有ってから私達妖精にはとある魔法が掛かっているわ。これは警告。仲良くしちゃ駄目な相手が近寄って来ているって教えてくれている。

 

 

「助けてー! 誰か助けてー!」

 

 でも、その声は助けを求める声で、巨大なメタルボアに追われている馬の上には緑の髪の気弱そうな男の子。仕立てが良い服だけれど乱れている。

 

 あの人とは関わっちゃ駄目な人。でも、私が見捨てればあの人は死んじゃうから、私には見捨てる事なんて……。

 

 

 これが私と彼の出会い。今から三年前の事。姉上にも母上にもターニアの民にも秘密の関係。だって彼は……。

 

 

「……ニーア。その男が貴様のオベロン候補か? いや、連れて来ているのであれば間違い無いか。して……分かっているのだろうな?」

 

「は、はい……。彼、ヴァールは……アース王国の貴族です……」

 

 そう、ヴァールはアース王国の、数百年経っても未だに妖精族が嫌う国の貴族。あの時、彼は父親のお供で帝国までやって来て、散策の積もりで愛馬に乗って出た先でモンスターに襲われて、私が助けた。妖精らしい気紛れで、二度と会う事の無い……その筈だったのに。

 

 

「妖精さん! この間のお礼を持って来たんだ!」

 

 それから毎日彼は私が守る領域に続く森までやって来た。危ない事はしたくないから臭い木の実をぶつけたりする程度で追い返そうとしたんだけれど、彼は諦めなかった。直接お礼を言うまで諦める気が無いって感じで……。

 

 

 

「それでちょっとだけ会うだけの予定……だったんです。でも、ちょっとだけお話をしちゃって、それが楽しくって、それで何時の間にか好きになっていたんです」

 

「……貴様はそれがどういう事か分かっているのか? 其奴と妖精を攫った者とは別だろう。だが、妖精族とアース王国との関係を知らぬ訳があるまい」

 

 姉上は静かな口調で淡々と告げる。これは怒っている時。幼い頃、悪戯をして他の姉に罪を被せようとしたのを見抜いた時の顔。

 

 なんで私が姉上に怒りを向けられているのか、それはヴァールをオベロン候補に選んだ事。相談も無しに妖精族の敵と見なされているアース王国の貴族を選び、それを黙っていたから。

 

 

「……民はお前に侮蔑を抱いていたぞ。妾とて貴様に怒っている。何故事前に相談しなかった。たった一人で進めようとしたのは何故だ? 妾はそんなに頼りないのか? お前の姉なのに……」

 

 姉上が怒っているのはヴァールを選んだ事じゃなく、選んだ事で私がどんな風に思われるのか分かっていたのに相談もしなかった事。

 

 姉上に迷惑を掛けたくなかった。失望されるのが怖くて、その場凌ぎにしかならないのに黙ってしまった。それが駄目な事だって分かっていたのに。

 

 姉上は私のオベロン候補がアース王国の貴族だから怒っているんじゃなく、それによって私に起きる事を心配して怒っているのね。姉上は私に頼って欲しかった……。その気持ちを私は踏みにじったのね。

 

 

「あ、あの! 発言良いでしょうか!」

 

「ヴァール……」

 

 ターニアに彼を連れて来たのは認めて貰う為。三百年も前の事じゃなく、今の時代の人間である彼の事を知って欲しかったから。彼の事を知って貰えば皆分かってくれると思っていたのに……。

 

 

 

「何をお考えですか!」

 

「直ぐに変更を!」

 

 

 話すら聞いて貰えなかった。私と彼の仲は誰にも認めて貰えないのね……。



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茨の道の恋

ヤバい 評価の下落が


 何と言うべきか、妖精族とアース王国との間の問題って根深いんだよなあ。レキアの末の妹であるニーアとアース王国貴族だというヴァールの恋を巡っての問題に対し、黙っていた事に本気で怒っているレキアの姿を眺めながら僕は居心地の悪さを感じていた。

 

「……うーん、この部外者感。いや、実際に部外者なんだけれど」

 

 ヴァールが同国の貴族だったならクヴァイル家として何らかの関わりを持つんだろうけれど、彼はアース王国の貴族であり、ニーアだって祖国と仲が良い妖精族のお姫様だけれど僕とは顔見知り程度。長女であるレキアとは友達だけれど、友達の妹と外国の貴族の周囲から反対される恋に対して首を突っ込む訳にも行かない。

 

「あ、あの。君って確か王妃様の甥っ子の……」

 

「ああ、そうだね。確かに叔母上様が現王妃だけれど、其方は上級生?」

 

「う、うん。三年生です……」

 

 叱りつけるレキアと落ち込んだ様子で時折言い訳をするニーア。その勢いに圧されたのか一度は口を開いたヴァールも所在無さそうにして、完全に蚊帳の外だった僕に話し掛ける程にその勢いは凄まじい。まあ、レキアの迫力が凄いだけでニーアの方は気弱な態度なだけなんだけれど、此処で口を挟めないと彼の恋は難しそうだ。

 

「会話に入らないの?」

 

「え、えっと、入る隙が無いというか……」

 

 彼の顔は確か舞踏会で一度見ている。ダンスの合間に挨拶に来ていた貴族の中、何人かの後ろの方で固まって挨拶していたグループの一人だ。つまりは貴族としての地位はそれほど高くない。うーん、大丈夫かな? これは恋の障害は妖精族の持つアース王国貴族への敵愾心だけじゃ済まないんだけれど……。

 

 

「不躾な質問だし、答えたくなければ別に良いんだけれど、実家の方は君とニーアの恋については……いや、その態度で大体分かった。言えてすらないのか」

 

 僕に問い掛けにヴァールが返した反応は無言で俯くという物。この時点で丸分かりなんだけれど、反対するのは妖精族だけじゃないって事だ。三百年前のやらかしから妖精族に嫌われたアース王国の貴族だけれど、そのせいで酷い目に遭うものだから妖精族には苦手意識を持っている。大公家のフリートですらそうなんだし、父親のお供で向かった帝国で暫く通い詰めるって事は外交官の役目も持っている一族だろう。

 

「……分かっています。家族からは反対されるって。貴族の結婚って本人同士以外に家同士の契約でもあるから。ニーアと二人で妖精族とアース王国の関係を変えられるとも思っていないし……」

 

 思えないって事に情けないとは思わない。なにせ長年続いて互いの心に染み着いた軋轢だ。王族の一人が恋に落ちたから今日からは仲良く手に手を取って、とは行くはずがない。下手すればお姫様がアース王国貴族に誑かされたって余計に嫌われるだけだ。それが分かっているから今まで黙っていたけれど、今日は決心し、個人だけでも受け入れて貰いたいって所かな?

 

「君、家を出るの?」

 

「……はい。家には弟も居ますし、未だ婚約者も居ませんから」

 

「下手すれば妖精に連れ去られたって思われるよ?」

 

「……はい」

 

 想定済みか。家を出て、何とかターニアの民に受け入れて貰った後は妖精の領域で暮らす予定って所だったのかな? 街での反応からして茨の道じゃなくって有刺鉄線(電流付き)の道って所だけどさ。

 

 

「まあ、僕からはこれ以上何も言う気は無いし、此処から先は君達の問題だ。だから反対も手助けもしない。それだけの困難だって分かっていた筈だからね」

 

 実際はニーアを庇って話に割り込めない時点で覚悟に疑いの余地有りだけれど、僕が口を挟む事じゃない。恋は盲目、今の二人に何を言っても馬の耳に念仏って奴だ。まあ、これから引き裂かれるのか、それとも恋を貫くのか、それは二人の問題だ。

 

 ……ニーアが次期女王になれば強引にでも結婚が可能なんだけれど、能力以前にヴァールとの恋がそれを邪魔する。

 

「皮肉な話だよ」

 

 恋の障害を無理矢理にでも突破する方法が有っても、それを達成する為の障害がその恋なんだからさ。さて、姉妹の話もそろそろ終わりみたいだ。今はレキアがニーアをだきしめ、ニーアが泣きながら謝っているし。

 

 

「……あのお姉さんが女王になれば二人の恋を認めて貰えるのでしょうか」

 

「さあね。レキアは確かに姉妹愛が強い子だけれど、同時に王族としての誇りも強い。個人的な感情を優先するかどうかは分からないさ」

 

 いい加減アース王国との仲を改善する時期と彼女が考え、叔母上様が王妃である事を理由にしても抱き続けた敵愾心は簡単には消えない。何せ幼い頃から教わり、警告の魔法さえ反応する相手だ。時間が掛かりそうだね。

 

 

 

「さて、城の方から迎えが来たみたいだし話は此処までだけれど、一応言っておこう。僕はレキアの味方だ。君達のせいで彼女が傷付くのなら敵と見なす可能性は否定しないよ」

 

 わざわざ言う事じゃないし、心に仕舞って置くべきと分かっている言葉だ。でも、言っておかなければ駄目だとも思う。遠目に妖精騎士の姿を捉えつつ投げ掛けた言葉に対し、ヴァールは黙ったままだった。……此処で無言か。これは本当に苦労しそうだな。

 

 ヴァールは家を捨てる覚悟を決めたって言っているけれど、いざニーアの家族と対面すれば決意を伝える為に強く出れていないし、ニーアはニーアで覚悟が足りていない。自分達だけの問題だと……っと、いけないいけない。

 

 今回は関わり合いにならない予定だったのに、顔見知りな上に友達の妹が関わっているからついつい心配しちゃってるよ。僕は僕で決意がグラグラだなって思っていた頃に騎士達が到着した。

 

「レキア姫、ニーア姫。そしてオベロン候補候補の方々。女王様の命令によってお迎えに上がりました」

 

 現れたのは甲冑を身に纏い、兜とバイザーで頭を守った妖精の女騎士達。彼女達が囲むのは僕達四人が乗っても余裕なくらいに大きい馬車。質感リアルなカボチャの馬車で、馬が居ないのに動く上に宙に浮いていたその車体を地面に下ろし、扉を開けて座るように誘った。

 

「所で扉が変わっているね……」

 

 地面に垂直に開くカボチャの馬車の扉。確かガルウイングだっけ?

 

「母上の趣味だ。何か文句でも?」

 

「いや、別に……」

 

 内装は普通に豪華だ。それにしてもカボチャかあ。この大陸には醤油がないから長い間煮付けを食べてないんだよね。偶に裏で流れる桃幻郷産のでレナスが作ってくれたっけ。前世ではお姉ちゃんがカボチャ嫌いだから滅多に作ってくれなかった。

 

 ヴァールへの敵意は感じないけれど、騎士としての滅私奉公なのか隠しているだけなのか分からない。

 

「レキア、そういえば足は大丈夫?」

 

 ニーアと話している最中も抱き締めた時も座りっぱなしだった彼女だけれど、ターニアに来てからずっとお姫様抱っこをしていたのは足を捻ったからだ。だから心配したのだけれど、知られたくないだろうから小声で訊ねれば無言で両手を伸ばされる。

 

 あー、はいはい。お姫様抱っこ継続って事だね。妹やお迎えの騎士達の前でまで続ける事よりも足を捻って歩けなかった事を知られる方が屈辱なのか、僕にこうして抱っこされる事に抵抗が無いのかは分からないけれど一度引き受けたからには続けさせては貰うよ。

 

「ちょっと失礼。今日はこうやって運んでデートする約束だったんだ。女王様の御前までは続けさせて貰うよ」

 

 一応説明。心なしかレキアは嬉しそうだ。何故だろう? 

 

「はっ!」

 

 流石騎士、一切動揺を見せはしないな。僕がレキアをお姫様抱っこで運んでも無反応。背後でニーアが驚いているけれど。

 

 

「あ、姉上!? だ、大胆です。私も何時か……」

 

「分かったよ、ニーア。何時か必ず」

 

 そりゃ威厳のある尊敬していた姉が人前でお姫様抱っこされていたら驚くよね。僕もレナスが旦那さんにされていたら……あっ、駄目だ。あの人の場合はしている姿しか浮かばない。

 

 うん、それにしても本当の事を言いだし辛い。どうやって説明すべきだろう? 説明、しなくて良いか。する方が恥ずかしいしさ。

 

 

「では、参りましょう」

 

 

 僕達が座ったのを確認すると妖精騎士達と共に馬車は宙に浮く。今から向かうのはターニアの中心であり、その威光と実際の光で国を照らす女王の城。球状の国の中心に浮かぶ光の玉に向かって行った。



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閑話 神獣の戯れ

 この世界で最も神聖であり、同時に最も人に仇なす者達の拠点である聖地。人々が畏れ敬まい近付く事すら憚られる場所にて今日も邪悪な者達が集まっていた。

 

「スリーカード! むふふ。今回は勝たせて貰ったっすよ」

 

「あっ、フラッシュですね」

 

「またっすか!? 五連続で交換無しでそれとかアンタの幸運どうなってるんっすか!? リュキ様の恩恵がシアバーンに全振りしてない!?」

 

 部屋には山盛りのアップルパイにリンゴ酒、その他諸々のリンゴやそれを使った食べ物。テーブルを挟んでカードゲームに興じるのはシアバーンと、一度は拠点から出て行ったが戻って来たらしいラドゥーン

 

 覆面スーツの男と水着コートの女という両者共に変な格好ではあるが、勝負の腕前は明らかに差があるらしく、賭けの景品らしい物達は全部シアバーンの元に集まっていた。

 

 だが、どうも勝負の結果には明らかに不自然な事が有るらしく、ラドゥーンは不信感を滲ませた視線を送っていた。それに本人が明らかに煽っている。なので創造主の贔屓を疑うラドゥーンだが、その問い掛けにシアバーンは首を横に振った。

 

「いやいや、恩恵の偏りなど存在しませんよぉ! では、お先にいただきます。あっ、全部私が貰ったので”お先”とは妙な話ですねぇ。アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 両手で賭けの景品を持ち上げ、背中を反らす事で真上を向けた首の口に近付け、一気に飲み干す。首が一瞬で膨れ上がり、直ぐに元の大きさへと戻った所で姿勢を正すシアバーン。ニマニマと笑い、ラドゥーンを煽っていた。

 

 

「まあ、イカサマはしていますけれどね」

 

 手袋から溢れ出すトランプ。それをラドゥーンは暫く呆然として見つめ、先程まで大量の景品が有った場所を眺めて震えだした。

 

「もうこんな同僚嫌っす……」

 

「仕方無いでしょう。私って生まれつきこんな感じですもの」

 

「あーもー! せめて直す努力をしろー!」

 

「嫌です」

 

「な! お! せ!」

 

「嫌です」

 

 今にも殴りかかりたいのか拳を振るわせるラドゥーンだが、見えない糸にでも縛られているかのように動けない。せめてもの抵抗として歯をむき出しにして睨むも目の前の相手は嗤うだけ。

 

 結果、諦めたラドゥーンは机に突っ伏した。

 

「……サマエルは? サマエルは何処っすか? もうシアバーンとは遊んでやらないっす。ルールすらろくに理解していないあの子となら勝負になるっすから」

 

「そんな相手と勝負しようとか性格悪いですねぇ」

 

「おまいう!」

 

 この世でトップレベルの性悪から放たれた”性格悪い”。ラドゥーンはその言葉の意味を理解するのに十秒の時間を要し、再び殴り掛かろうとするも見えない力に邪魔されて出来ない。諦めて座るも不満は残ったままだ。

 

 

「将同士のじゃれ合い以外での戦いは禁止ですのに其処まで仲間を攻撃したいので? よよよよ、悲しいです」

 

 泣き声と共に覆面の目玉の部分を手で覆うも棒読みだ。明らかな演技、それも大根役者であった。わざとなのは明白だ。

 

「シアバーンが言うっすか。性格悪いってアンタにだけは言われたくないっすけれど……。てか、嘘泣きするなら騙す工夫位しろ。バレバレっすよ」

 

「私、正直者でして。サマエルの方は騙す気でもバレバレですが、私は騙す気にならないのでバレバレなのですよ」

 

「そのサマエルの姿がずっと見えないけれど何処っす? まさか出掛けた先で迷子になったんじゃ……」

 

「何処かの誰かじゃあるまいし、迷子にはならないでしょう。お馬鹿ですが帰巣本能は強い子ですしね」

 

「じ、自分だって迷子にはなってないっす! アンタ達が嫌だから出て行っただけっすよ!」

 

「誰もラドゥーンの事とは言ってませんよ? やれやれ、仲間の言葉を疑って有りもしない侮辱に反応するとは。神獣将としての誇りを持ちなさい。うちの紅一点ならお仕事ですよ。不安ですが。あの子一人にさせるのは不安ですが。とっても不安ですが」

 

 大事な事だから三度言うシアバーン。ラドゥーンもサマエル一人での仕事と聞いて不安そうだ。

 

「てか、紅一点とか酷くない? 自分だって一応は神獣将の一人っすよ? まあ、違うと言えば違うんっすけれど。解除方法分からないからだし」

 

 神獣将は三人であり、シアバーン以外は女の筈だ。それをサマエルに対して紅一点だとシアバーンが口にしてもラドゥーンは微妙そうな顔と共に言いにくそうに口を開くのみ。

 

 

 そんなラドゥーンの前に大きく切り分けられたアップルパイとアップルティーがシアバーンによって差し出された。

 

 

「大丈夫。貴女も神獣将の一部には変わりないから自信をお持ちなさい。今までだって立派にこなしてきたでしょう?」

 

「シアバーン……」

 

「ツッコミを」

 

「そっちっすか!? 他にも有るでしょう、他にも!」

 

「え?」

 

「え?」

 

 ラドゥーンは押し黙り、アップルパイをフォークに刺すと一口で食べ、アップルティーで流し込む。口元にはバッチリ食べかすが残っているが気が付いた様子は無かった。

 

 

 

「それでサマエルったらどんなお仕事っすか? 自分も手伝いに行くっすよ」

 

「いや、ラドゥーンには無理でしょう。だって恋愛に関する相談ですし」

 

「無理っすね! アップルパイお代わり!」

 

 即答と共に差し出した皿には再び大きいアップルパイが二個も三個も置かれて行って、それを見るだけでラドゥーンはご満悦の表情だ。

 

 

 

 この時、ラドゥーンは未だ知らない。その中の一つに練りわさびを圧縮した塊が存在する事を。紅茶には粘り気を僅かに加えており、辛さをどうにかしようと口に入れれば辛さが口の中全体に広がって更に悶え苦しむのを。

 

 

 

 そう。未だ知らないで居た……。

 

 

 

「あっ! 言い忘れてたけれど、今回の聖女と争ったっすよ。まあ、そこそこやるっすね」

 

「いや、そんな重要な事はもっと先に言って下さいって」

 

「今言ったから良いじゃないっすか。さて、じゃあいっただきまーす! 矢っ張り甘い物は味が口に広がる一口で行くのに限るっすね!」

 

 今選んだアップルパイに何が仕込まれているのか、それをラドゥーンは知らないで居た。匂う事での発覚は対処されているらしく、今にも丸飲みにしそうな彼女に気が付く様子は見られない。

 

「これ食べたら自分もお仕事の計画練るっすよ。人間を地獄に叩き落としてやるっすから。シアバーンより活躍するから見てるっす」

 

「ええ、じっくりと見させていただきます」

 

 今から地獄に叩き落とされる仲間を見ながらシアバーンは静かに頷くのであった……。

 

 

 

「しかし大丈夫っすかね? サマエル、アホの子だし」

 

「アホですからね、サマエル」

 

 

 



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母の重圧(物理)

「……あれ?」

 

 カボチャの馬車で空を飛んで妖精女王の城に向かう最中、地上を見下ろしたり見上げたりしていたヴァールが呟いた。

 

「今、近付いている筈ですよね? 地上だってあんなに遠くなって居るのに、城には全然近付いてないように見えますけれど……」

 

 女王様のお城は国全体を照らす輝きを放つ玉。巨大な球体の内側に存在する国を照らす程なのに近付いても一向に目が眩む眩しさにならない事が不思議そうだった彼だけれど、漸く気が付いたのか。

 

「そりゃそうさ。確かに城へは向かっているけれど、彼処は本来なら未だ大きくなれない頃のレキア達だって暮らしていた場所だ。だから向かいながらも僕達が小さくなっているのさ」

 

 女王様が国から出る時はこっちに合わせて大きくなるけれど、今回の僕達は正式な使者ではなくって姫とデートに来ただけの非公式訪問。だったらこっちが合わせるのは当然だろう。近付いても感じる眩しさがそれ程ではないのと同じで妖精の魔法なら城も中の人も大きくなれるけれどさ。

 

「随分と脳天気だな。母上が交際に何を言うか分からぬと言うのに」

 

 頬杖を突き、眉間にシワを寄せながら二人の楽観視をレキアは叱った。この二人は結局の所、上手く行った時の事しか考えていないんだ。最悪のケースでもヴァールが家を捨てる気だそうだけれど、これじゃあ仮に捨てたとしてその後はどうするんだって話だよ。人間の貴族と妖精の王族じゃ仕事も全然違うんだし。

 

「良いか? 妾達のように民の上に立つ者には行動に対する熟考と民のそれよりも遙かに重い責任が必要とされる。どうにかなると楽観的に行動する貴様達にはそれが欠けている。……先に言っておく。妾は母に対して賛同も弁明も提案もせぬ。貴様の恋だ。ならば守るのは誰の役目なのか分かるな? ニーア」

 

「……は、はい。分かっています、姉上……」

 

 きっと心の中では頼れる姉がどうにかしてくれるって思っていたんだろう。俯いて声を絞り出したニーアはドレスを握り締める。高価そうな生地にシワが寄って、一瞬だけれど紙みたいな音がした。何かポケットに入れっぱなしだったのかな? 僕だって偶に屋台で買った物の包装紙をポケットに突っ込んだまま洗濯に出しちゃって、洗う前にメイドが見つけるんだよね。

 

「……レキア、大丈夫?」

 

「何の話だ? 心配される事は何一つ無い」

 

 実際の所、レキアは責務と情の間で揺れ動いている状態だろう。ニーアの行動が迂闊だったから民の間に広がった不安や不満を先に目にしたり、ヴァールを完全に信用していない事で不干渉になったんだろうけれど、本来の彼女は身内への情愛に満ちた姉で、妹達から信頼されているからこそニーアも頼ったんだろう。リアスだって僕に絶対の信頼を置いてるし、何があっても僕は可愛い妹の味方をするさ。なにせ愛しているからね。

 

 

「僕が横から口を挟ませて貰うけれど、レキアの言葉は君への愛故だよ」

 

 そんな事は有り得ないだろうけれども、ニーアにレキアが誤解されるのは辛い。だから勝手だとは思ったんだけれども伝えずには居られなかった。

 

「姉上……」

 

 さてと、僕の干渉は此処までだ。この先は本当にこの二人次第。民が抱いている確執を和らげ受け入れられるのか、その日を待ち続けるのか、それとも諦めるのか。

 

 問題はヴァールがそれだけの価値を示せるかって事だ。民の不平不満を抑えて仲を認めるだけの価値が有るのか、アース王国との確執解消は叔母上様が嫁いだ後も進んでいない。相変わらずリュボス聖王国とは友好的でアース王国には関わりたくないから近付いたら追い返すって感じだ。

 

 まあ、歴史を動かす事態にまで押し進められるか、それに懸かっているんだけれど、ちょっと無理っぽいな。本当にどうするんだろう、この二人。ニーアは知り合いだし、何かあればレキアが悲しむからせめて円満に別れて欲しいんだけれど、二人が良い方法を思い付く間も無しに城へと到着する。光る表面に触れた車体はそのまま通り抜け、目の前には透明の外壁に囲まれた球状の城の内部が存在していた。

 

「おや? これはアレか。”楽にせよ”と言いたいらしいな。……とても楽にする気分ではないのだが」

 

 カボチャの馬車が到着した時、レキアもニーアも元の大きさに戻っていた。少し盛った胸まで戻っているからレキアの胸の辺りがダボッてしているのは見て見ぬ振りをしていると扉が開き、僕達は馬車から降りる。レキアは何時ものように肩に乗り、ニーアはヴァールの顔の高さで飛んでいた。

 

「君は飛ばないの?」

 

「……さあな」

 

 ありゃ? なんか誤魔化された感じだ。別に乗っていても良いけれど、ニーアが飛んでる事からして乗るのって普通じゃないんだよね? 少し興味有りそうにチラチラ見ているし。

 

「……君も僕に乗るかい?」

 

「だ、大丈夫。未だ恥ずかしいから。もう少し待って、ヴァール」

 

 ヴァールも乗って貰いたいのか肩を指さしたけれどニーアは真っ赤になりながらそれを拒否してる。ふーん。妖精からして恥ずかしいのか。僕が会いに行くと頻繁に乗り物にされていたけれどなあ。

 

「……何だ?」

 

「いや、何も?」

 

 友達の趣味に口出しするのも嫌だし、此処は黙っておこう。例えレキアが恥ずかしい事が好きって性癖であっても僕は彼女の友達を辞めたりはしないぞ。巻き込んで僕にまでやらせるのなら拒否するけれどそれだけだ。

 

「おい、貴様は何かを誤解している! 後でじっくり話をさせて貰うからな!」

 

「うんうん、分かった分かった。それにしても前に来た時と変わらないね。まあ、お城なんて簡単に変わるものじゃないけれどさ」

 

 昔を思い出しながら城の内装を見渡す。妖精の城は幼き日に訪れた時の記憶のままだった。

 

 ガラス玉の内部のミニチュアに居るみたいな景色だけれど、感じる力はそんなチャチな物じゃない。僕が一度招待されたのはずっと昔だけれど、見た目は変わらないのにあの時よりも更に力を増していると僕には分かった。それに今の女王様の状態にもだ……。

 

「怒ってるね」

 

「ああ、母上は完全に怒っている」

 

 真上から押さえ付けられるような重圧、空気すら振るわせる程のそれが娘二人とヴァールにのみ掛かっている。その巻き添えで僕の右肩にもズシッとした重量が。

 

「レキアと急に太った? ……はい、冗談です」

 

 場を和ませようと口にした冗談。その代償は拳だった。ポカポカとレキアが殴って来て地味に痛い。そんな僕達は少し落ち着いているんだけれどニーアは別だ。重圧で飛びにくそうにしながらも慌ただしく飛び回り、最後にレキアの正面までやって来た。

 

「あわわわわ。ど、どうしましょう、姉上」

 

「……言った筈だ。私は手を貸さんと。母上の説得が出来たなら民への説得に力を貸すのもやぶさかではないが、前段階の時点は知った事が。貴様の愛の試練だ、馬鹿者め」

 

 冷静に諭すレキアだけれど、微妙に声が震えている。流石の彼女も女王であり母親でもある相手は怖いんだろう。僕からすれば優しくて親切な方だけれど、家族だから分かる怖さも有るんだな。うちの身内は他人から見ても怖い人ばかりだったけれど。

 

「だ、大丈夫だよ、ニーア。僕、も居るから。女王様にちゃんとお話、をして……」

 

 励ましているつもりなんだろうけれどヴァールの声は震えている。それに彼への重圧が一番強いのか前屈みで動きにくそうだな。此処に来るまでの様子からして不安だったのに、女王様のこの対応からして思いっきり拒絶されてるよね。いや、城に入れて貰えないって事態じゃないだけマシなんだろうけれどさ。

 

 

「レキア、大丈夫かな? 二人の恋」

 

「……安心せよ。妾と貴様なら母上が反対なさる理由はない。個人的にも政治的に…も……。おい、もしかしてニーア達の事か?」

 

「え? そうだけれど、それが一体……あれれ? 重圧が消えた?」

 

 肩に感じていた重圧が何時の間にか消えている。でもニーア達はそのままみたいだし、さっきの会話が理由でレキアは見逃されたのか? ……何で? その理由とどうして僕達の恋だと思ったのかって二つの意味でさ……。



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母の悪戯

「この先で女王様がお待ちです。ですが、先ずはレキア姫とロノス様のみお先に入るようにとのお達しです。ニーア姫及びオベロン候補の方は少々お待ちを」

 

 僕はレキアを肩に乗せ、重圧に耐えるニーアとヴァールは並んで進みながら謁見の間の扉の前までやって来た。……所でずっと気になって居たんだけれど、僕とヴァールって此処に来る最中に小さくなった筈じゃないのかな? 普通にレキアが僕の肩に乗れる大きさのままだけれども。

 

 小さくなる事で城まで到着するのに時間が掛かったけれど、まさか時間稼ぎが目的だった? 女王様ったら何を考えているんだろうか?

 

「あ、あの、この椅子は……」

 

「この椅子に何か問題でも?」

 

「いえ……」

 

 先に入るように言われたからには従うんだけれど、待つように指示された二人の方に視線を向ければ用意されたらしい豪奢な椅子が視界に入る。貴族が座りそうな肘掛け付きのフカフカとしてそうな真っ赤な椅子が二つ。でも、その大きさは妖精サイズ。当然ヴァールは座れないし、ニーアも抗議しようとするけれど妖精騎士達にしれっと対応されたら黙ってしまう。

 

 此処に来て地味な嫌がらせ……なのかな? ヴァールが気に入らないにしても姫であるニーアへの態度は妖精騎士として間違っていると思うんだけれど。迎えに来た時の一切気にしていない態度と今の対応の違いに疑問を感じる僕だけれど、早く進めとばかりにレキアに耳を引っ張られる。

 

「早く行け。母上をお待たせする気か」

 

 不思議なのはレキアがニーアに助け船を出さない事。二人の恋に手助けも妨害もしないとは言ったけれど、今の対応に何も言わないのは彼女らしくない。……ああ、何となく分かった。

 

 

「前途多難だね」

 

 ……思い詰めた結果、変な事にならなければ良いんだけれど。僕はそれが心配で小さな声で呟く。それは後ろの二人には聞こえていないみたいだった。

 

 

 

 

 

「良い。此度は非公式な場だ。跪く必要は無いぞ」

 

 謁見の間にて玉座に座る女王様は跪こうとした僕とレキアを手で制する。ニーア達に重圧を掛けっぱなしにしていたから随分と不機嫌なんだなって思ってたのに、僕達には何時もの態度だ。関係無いから怒りを向けないのか、それとも……。

 

「女王様におかれましては……」

 

「堅苦しい挨拶も結構だ。おい、お前達は一旦席を外せ。二人と内々に話したい事がある」

 

 僕の挨拶を遮った女王様が指示すると部屋の中で控えていた騎士やメイドは迷わず横の扉から出て行く。こんな状況で出て行けと言われて出て行くのは女王様への信頼の証なんだろう。ちょっと盲目的に従っている気もするけれど……。

 

「驚いたか? 幾ら何でも一切迷わず出て行く事に。貴様の所では居ないものとして扱い、残った者も耳や目にした事を絶対に口外しない物だからな」

 

 あっ、思った事を感づかれている。まさか心を読める? いや、まさかね……。

 

 

「さて、それはそうとして。レキア、まさかお前がロノスをこうも早くオベロン候補……婚約者として連れて来るとはな。いやいや、冗談で結婚させてやるとロノスに言った事はあるし、政治的にも申し分ない話ではあるが……」

 

 ……婚約者? あっ、そうだった。オベロンって女王の夫の事だ。何となくそうじゃないかなって気はしていたんだよね。ニーアとヴァールを見てたり、街で出会った妖精達の態度を見る限りさ。どうりでニーアへの不満を口にする筈だ。

 

「は、母上! それはですね……」

 

 オベロンってのが何なのか思い出した僕に動揺はない。だってお姫様抱っこの状態で国を歩くんだし、その手の事かなって思ったからね。でも流石にレキアは動揺しているな。女王様に知られた訳だし。女王様、思いっきりニヤニヤ笑っているのに気が付いていないだなんてさ。

 

「レキア、女王様にはとっくにバレてるっぽい」

 

「んなっ!?」

 

 母親に友達を婚約者にした事を知られた事で真っ赤になっていたレキアだけれど、それが嘘だとバレて居たのを知って余計に恥ずかしいのか口をパクパクさせている。女王様、凄く楽しそうにしているな。

 

 うーん、流石は悪戯好きな妖精を統べる女王。娘さえも悪戯の対象なんだ。

 

「余に分からぬと思うたか? どうせレキアの事だ。足を捻ったのを誤魔化す為に抱き上げられる理由としてオベロン候補としたのだろうが……ちと相手が悪かったな。リュボス聖王国やクヴァイル家との関係を考えれば”破談になったが珍しい話ではない”とは行かんぞ?」

 

「うぐっ!」

 

「友……に故郷を案内する事で冷静さを失ったか。先に言っておく。暫しの間は本当にオベロン候補とした事にせよ。ロノスには迷惑を掛けるが付き合ってくれ。それなりの礼はしよう。……友だから礼は要らぬ、とは言わせんぞ?」

 

 何というか一から十まで見抜かれている。流石は母親と言うべきか、お祖父様の友人と言うべきか。所で最初の”友”って所が少し変じゃなかった?

 

「しかし、あのレキアに人前であの様な抱き方を許し、あまつさえ肩に乗る姿さえも見せるとは。まさかまさかとは思っていたが、レキアよ。随分と心を許したと見える」

 

「あの、母上。その話はちょっと……」

 

 しみじみとした感じながらニヤニヤと娘を弄くる感じの女王様には流石のレキアも押されっぱなしだ。慌てた様子でコレ以上話題を続けさせまいってしているんだけれど、その反応が面白いからしている訳で。

 

 それにしても普段は乗り物代わりにしているとか言っていたけれど、ニーアの反応からして何かしら意味があったんだね。それもお姫様抱っこ以上に人前じゃ恥ずかしい事なんだ。

 

「ロノスよ。貴様も大変だったであろう? ターニアに入ってからずっと娘を運んでいたのだからな」

 

「大丈夫でしたよ。レキアは軽いし、割と役得な感じもしたので。ほら、レキアって凄く可愛いし」

 

「そうかそうか。貴様からして娘は可愛いのか。そしてオベロン候補だと紹介された後でその意味を思い出しても恥じて慌てる事もない。随分とレキアを気に入ってくれて結構だ。本当に娘と結婚させてみたくなった」

 

「……母上、まさか来た時からずっと見られてました?」

 

「無論だ。余は女王。そして妖精の王族とは人の子と違って血筋や能力で選ばれるのではない。妖精の王族という種族だと知っているだろう。故にこそ強き力と……重き責任を持つ。来訪者の監視も責務の一つだ」

 

 来た当初からずっと監視されていたのだと知ったレキアは表情を固めてしまった。うーん、そりゃそうだ。ずっとお姫様抱っこされてデートしている姿を母親に見られていただなんて。

 

「お見苦しい所をお見せしました……」

 

「良い。余は随分と楽しませて貰った。ああ、そうだ。ついでに楽しませて貰おう。ロノス、妖精が相手の肩に乗る意味を教えてやろうか?」

 

「お待ちを! 母上、それだけはお待ちを!」

 

 レキアったら随分と慌てているな。正式な謁見じゃないとは言っても相手は女王、幾ら母親でも言葉を遮るのはレキアらしくもない。これは知られたくないって感じだね。

 

 

「固い事を言うな。どうせ後々知る事だ」

 

「いや、それでも良いです。教えなくて結構です」

 

「……退屈な奴め。余は話したい。それでも聞く気は無いと申すのか?」

 

 女王様から圧力が発せられる。この重圧、城の玄関で受けた物とは比較にならない。気紛れな妖精の注意点、それがちょっとした事での機嫌の変化。明らかに目つきが剣呑な物へと変わっているし、正直言って聞いてしまいたい。気にはなっているし。

 

 

 

「だってレキアが聞かれたくないと言っているので。友達が嫌がっている事をしたくないです」

 

「……結構」

 

 重圧が急に消え、女王様の機嫌も良くなったみたいだ。まさかさっきの演技? だったら聞かなくって良かったな。

 

 

「レキア、良い相手を選んだな。ふふん。本当にロノスをオベロンにしたくなったぞ。……何なら余の愛人になるか?」

 

 ……はい? いや、どうやって断ろう。女王様って小さな頃から知っている上に友達の母親で、更には祖父の友達だし。幾ら人間離れの美人でも流石にな。

 

「母上!」

 

「冗談だ。怒るな、娘よ」

 

 レキアが怒ってくれたからか女王様は肩を竦めて呆れた感じで溜め息を吐く。これは本気にするなって事か。流石は悪戯好きの妖精の女王様だな。結構な年齢なのに……。

 

「何か?」

 

「いえ、何も」

 

 睨まれた。……本当に心読めるんじゃないの?

 

 

 

 

「……本当にニーア達にも見習わせたい。少なくとも今の二人の交際を認める度量を余は持たぬ」

 

 あっ、反対するって断言したよ。大変だな、二人共。



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母の呟き

 試験も終わって生徒達は羽を伸ばす為にさっさと学園から去って行く。だが、普段と比べて閑散としていても人は残っているものだ。これから試験の採点が待っている教師陣、特に一年生の担当は臨海学校の準備もあるので忙しい。そして忙しいのは教師だけではなくて一部の生徒も同じ。学生の代表である生徒会のメンバーも多忙を極めているものだ。

 

「会長! 追試間違い無しの生徒が怒っています! ”私を誰だと思っている!”だそうです」

 

「試験を受けずに遊びほうけた上に酔って大喧嘩した馬鹿だと言ってやれ。曲がりなりにもこの学園の生徒なら家の地位は関係無い。生徒は平等だと知っているだろうに。建て前だけで形骸化しているとはいえな。それでも実家が何とか言って来たら教師に回せ。と言うか、担任ではなく生徒会に文句を言って来ている時点でお察しだ。大事にされたくないのだろうさ」

 

「あの~、校庭で決闘騒ぎが。痴情のもつれらしくって……」

 

「止めろ! 校内での申請無しの決闘は禁止だ。何処かの馬鹿共が手続きとか無しでやったがな! それも入学早々に!」

 

 その馬鹿は会長であるジョセフ・クローニンの従姉妹であり、アザエル学園が在るアース王国の王子である。生徒会のメンバーはそれが分かっているが敢えて指摘しない。机の上に積まれた書類の山、そして山。生徒会の仕事は教師の補助の他に教師の介入無しに生徒間のトラブルを解決する事。あくまでも生徒間のトラブルで済ますのだ。

 そして例年ならば自重して問題を起こす生徒は少ないし、貴族の家だけあって後々の問題となる事から教師が裏で解決して来たのだが、どうも今年は問題が多い。

 

「この3ヶ月余りの間に去年一年分より問題発生件数が多いだと……」

 

「会長! メーガネ書記が倒れました!」

 

「寝かせてやれ。起きたら寝た時間の分仕事を与える。……ぐっ。何で私が生徒会長になった途端にこんなに問題が山積みになるんだ?」

 

「まるで物語が始まったみたいですよね。王子とか大公とか伝説級の属性使いが入学して来るとか」

 

「……不穏な事は口にするな。もしその通りになれば今後も問題が多発するって事だ。……胃が壊れるぞ」

 

「もう半分壊れてます。最近の胃薬って凄いですね……」

 

「ああ、恨めしい程にな……」

 

「仮にこの世界が物語なら尺稼ぎの一幕しか出番の無いモブが良いです」

 

「激しく同意だ」

 

 生徒会メンバーは揃って遠い目で空を見上げる。雲一つ存在しない青い空。翼を持っていれば窓から飛び出したい気分だった。

 

 

 

「会長! 試験が終わって気が緩んだ馬鹿共が酒場で酔って大喧嘩だそうです!」

 

「警備隊が動くより前に鎮圧するぞ。……本当に胃が痛い。この世に神の救いは無いのだろうか。ああ、リュキ様。どうか私に平穏を……」

 

 だが現実は非常である。風属性の魔法ならば飛行が可能な者も居るのだろうが、先程潰れた書記だけが風属性。そして問題は今後も起き続ける。尚、彼が祈った対象である女神リュキが創り出した存在と切り捨てた悪心こそが今後起きる問題の原因であるのだが、胃の為にも知らない方が良いだろう。

 

 

「……恋人でも居れば少しはマシだったのだろうがな」

 

「まあ、多忙ですので破局は目に見えていますがね。実際にそれを体験したから分かります」

 

「そうか、そうだよな……」

 

 どちらにしても彼の胃はダメージを受け続けるのではあるが。この後、本当に警備隊が到着するよりも早く生徒会メンバーの手によって馬鹿な生徒達は鎮圧されるのだが、鬱憤を晴らす為かその気迫や凄まじい物だったらしい。尚、当然ながら書類作業はストップしたので戻るなり死んだ目になる。

 

 

 

 

 

「……さて、お前達に言うべき事はこの程度だな。ふふん。中々有意義な時間であったぞ」

 

「まあ、そうでしょうね、母上」

 

 女王様に弄くられるだけ弄くられたレキアが不満そうにして、女王様はそれさえも面白そうに眺めている。この親子、立場上は勿論だけれど、こう云った面でも力関係がハッキリしているんだよな。端から見ているだけなら面白いんだけれどね。

 

 じゃあ、話し合いも終わったし、次はニーアとヴァールの番かな? 重圧を掛けた状態でヴァールの分の椅子を用意してないとか地味な嫌がらせしていたし、さっきハッキリと仲を認めないと口にしたからなあ、女王様。何を言われるのか予想出来るから同情しちゃうよ。僕は取りなす気は一切無いんだけれど。

 

 

「さて、では……軽い酒宴を始めようか」

 

「これは予想出来なかった……」

 

 女王様が指を鳴らせば目の前に現れる軽食と飲み物。ちゃんとレキアの分は妖精サイズになっていて、更に僕の分のグラスにはお酒じゃなくてアイスティーが注がれている。女王様のは少し離れても酒気が漂う程に強いお酒みたいだけれど。あっ、レキアのもだ。妖精ってお酒に強いの?

 

「母上、ニーア達は……」

 

「待たせておけば良い。それよりも偶には気晴らしに付き合え。女王という立場も楽ではないのでな。娘やその将来の夫候補と交流を深めるのも悪くあるまい。……それに普段なら”酒を飲むから下がれ”と命令も出来ぬしな」

 

「は、はあ……」

 

 愚痴を言いながら女王様はグラスの中の酒を一気に飲み干す。テーブルに叩きつけると中身は並々と注がれた状態に戻っていた。グラスの力? それとも女王様の魔法? 

 

「諦めるしかないか。母上が言い出したら従うしかない。ロノス、貴様にも迷惑を掛けるな。……夫候補というのは忘れてくれ」

 

「レキアが望むならそうするよ。悪い気はしないけれどね」

 

 さて、どっちにしろ付き合わない訳には行かない状況だし、ニーア達の事は忘れよう。

 

「そうか、悪い気はせぬか……」

 

「うん、しないね」

 

 それはそうと実際の話、レキアと結婚するのは政治的な面では悪くない。個人的な面では……嫌では無いんだけれど、今は友達として見ているからなあ。急にそれを結婚相手として見るのは難しいよ。気心は知れているし、可愛いし、本当に悪い気はしないんだけれどさ。

 

「私も貴様なら悪い気はせぬ。……言っておくが今直ぐ結婚したいとか、そんな意味では無いからな」

 

「くくく。相変わらずだな、娘よ。ほれ、次はこの酒を飲め。強い酒だぞ」

 

「いや、妾も酒は好きですが、そこまで強い酒は好みでは……」

 

「余の酒が飲めぬのか? 肩に止まる意味を喋っても良いのだぞ?」

 

 あ~あ、女王様ったら酔っ払ってもいないのに絡み酒だよ。これは酒の席での勢いが混じっているな。レキアの周囲を相当度数が強そうなグラスが舞っているし、レキアも困った様子だ。やれやれ……。

 

「女王様、その事については話さないってお話じゃ?」

 

 レキアが大変そうだし、僕は止めるべく間に入る。これで矛先が僕に向いたら困るんだけれど、友達の窮地を見捨てるのは駄目だ。眺めてたら面白くって、放置を選んだ所で特に被害も出ない時は除くけれど。例えばフリートがチェルシーに怒られている時とか。

 

「冗談だ。ふふん、ちゃんと庇えるな。ニーア達とは大違いだ」

 

 割って入った僕の姿に女王様は満足そうにしながらナッツを摘まみお酒で流し込む。一口飲む毎に匂いが変わっているから中身が違うんだろうけれど、口の中で味が混ざったりしないのかな?

 

 それはそうと”ちゃんと庇えるな”か。あー、うん、確かに重圧を受けて飛んでいるニーアを掴まらせるとか、椅子が無い事にもっと怒るとか、細かい所を上げれば次々に出て来る。

 

「……もしかして嫌がらせの意味って」

 

「さてな。余は酒の席で呟いているだけだ。これを二人が聞けたとしても知った事ではないが、ついでに一言。……惚れた女との仲を認めて貰えぬだろうからと家族を捨てる決断をしたような者に家族を任せる気にはなれぬ。簡単に諦める根性無しがどうやって愛する者を守るのだ?」

 

 その呟きは僕達ではなく、此処に居ない誰かに語りかけるようだった……。



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タガタメ? ワガタメ?

 この城に到着した時から感じていた重圧はまるで人一人背負っているみたいで、疲労からか服の下で汗が滲み息が乱れる。座り込んでしまいたかったけれど用意された椅子は妖精用の小さな物。僕が座れば壊れてしまいそうで、だからと床に座り込む訳にもいかず、せめてもと壁に寄りかかる。

 

「ヴァール、大丈夫? ゴメンね。椅子を用意して貰えなくって」

 

「いや、良いよ。歓迎されないのは分かっていたから」

 

 僕と同じく重圧が掛かりっぱなしのニーアも椅子に座ってはいるけれど疲れた様子で僕を心配そうに見上げる。彼女は彼女でこんな重圧を受けながら飛んでいたんだから負担は大きいのだろう。そんな彼女の姿にも騎士達は眉一つ動かす様子は見せない。

 

 拒絶されるのは予想していた。でも、僕達が姿を見せた時の妖精達の姿は予想を超えて敵対的で、実の娘を巻き込んでまでのこの対応。言外に”帰れ”と言われているんだろうな。

 

「……はあ」

 

 ニーアと一緒になれるのなら僕は家を捨てる覚悟を決めていたけれど、今までの人生で他人から此処まで拒絶されたのは初めてだ。心は折れそうになり、溜め息が出てしまう。

 

 妖精の女王様が待っている謁見の間の扉に目を向ければ中の様子が宙に映し出されていた。羨ましいと嫉妬する程に僕達とは対応が違う二人の姿から目が離せない。ああ、何で僕達と此処まで扱いが違うんだ? ニーアだって妖精族の姫なのに……。

 

「矢っ張り姉上は心の底からあの人が好きなんだ……」

 

 姿は映し出されても声は聞こえない。でも、表情を見ればあの二人がどれだけ仲が良くて、そして女王様に認められているのが分かる。ニーアが羨ましがる筈だよ。だってお姉さんのレキアさんはオベロン候補の肩に乗っていたんだから。

 

 それが妖精の間ではどんな意味を持つか知っている。ちょっと前にニーアから教えて貰ったからね。

 

 

「肩に乗らないか? だ、駄目! 恥ずかしいよ……」

 

 あれはニーアと出会い、管理する領域内部での散歩デートの途中の事、肩に乗ったら楽そうに思えたから提案したんだけれど、ニーアったら急に恥ずかしそうに叫ぶと木の陰に隠れちゃったんだ。

 

「肩に乗るのって恥ずかしい事なの?」

 

「う、うん。だって肩に乗る……つまり座るって事はお尻を当てるんだよ?」

 

「……あっ」

 

 言われてみて初めて気が付いたけれど、確かに肩に乗ろうとすれば座るかうつ伏せになるか、どっちにしろ密着するのに変わりない。今の僕達は僕の指先にニーアが触れる程度の段階だし、それが急に腕に抱きついてみないかって提案したのと同じだ。

 

 

「……ご、ごめんね? その、下心があった訳じゃないんだよ」

 

「うん、分かってる。私も説明が遅れてごめんね? 妖精が人の肩に乗るのって愛情表現の方でも強い方なの。”好き好き大好き愛してる”って語り掛け続けるのと同じだから」

 

「う、うん……」

 

 話を聞く前は何となく提案する軽い認識だったのに、こうやって詳しく提案されると途端に恥ずかしくなって来た。だって僕達って手を握ってのデートでさえ未だやってないのに、最後の方まで一気に進もうと言ったのと同じなんだから……。

 

「私、ヴァールがす…好き。で、でも今は恥ずかしい…から……。肩に乗るのはもうちょっと待って…くれる?」

 

 恥ずかしそうに目を逸らすニーアと同じく僕も顔を真っ直ぐ見詰める事が出来ない状態で頷く。

 

 

「その内、君の家族に挨拶をしに行こう。アース王国の貴族が嫌われていても関係無いよ。僕達は愛し合っているんだから」

 

「ヴァール……」

 

 どんな困難が試練として立ちふさがっても僕とニーアなら乗り越えられる、本当に心の底から思っていた。そしてターニアまで一緒に向かう決意をしたのがつい先日。何でも神様の眷属に手助けをしてくれる約束を結んで貰い勇気が出たとか。

 

 

 僕も父から”そろそろ婚約者を決めねばならぬ”と言われ焦っていた所だ。どうせ行き遅れの凄い年上だろう。妖精との関係を考えれば反対は目に見えていて、僕達が和気和解の切っ掛けになれるとも思わない。だから黙ったまま一緒に来て、許しを得たら実家に別れの挨拶をする……その予定だったのに。

 

 

「僕はどうすれば良いんだ?」

 

 ニーアはお姫様だ。だからターニアと縁を切るのは無理だろう。僕なら可能だ。でも、肝心要の許しが得られるのか迷いが生じていた。二人で逃げる? ははっ! そんなの絶対無理だ。僕じゃニーアを守ってあげられない……。

 

 実家は外交官……但し立場が下の下。辺境の立場が低い貴族相手の所に行かされるような立場で、貴族としての地位が低い相手にもペコペコしている姿を見るのが苦痛だった。家の地位が地位だからか領地も貧しく、同年代が既に将来の結婚相手を決めている中、自分だけ見つからないのが屈辱だったんだ。何時か周りを見返せるだけの相手を見付けたかった。

 

 だから鬱憤を晴らす為に出た先でモンスターに襲われた時、怖かった。こんな惨めなまま生涯を終えるのかって。

そして 彼女に出会った……。

 

 

 

 命を救って貰った時、彼女の儚げな美しさに惹かれた。別れた後も彼女が忘れられなかった。言葉を交わして更に想いは募った。この歳まで婚約者が決まらない事がコンプレックスで、彼女のような王族と婚約出来れば周りを見返せると思った。妖精と王国の関係修復を期待されて地位向上だって可能だとも思っていた。

 

 こんな筈じゃなかった。もっと上手く行くはずだった。ああ、どうして駄目なんだ? このままじゃ笑い物だ。……邪魔する人さえ居なければ、それこそニーア以外の王族が……はっ!

 

 

「僕は何を恐ろしい事を……」

 

 自分の思考が行き着いた結論に怯える。周りが望む将来の障害になっているのなら、その障害を取り除けば良いだなんて。

 

「いや、しかし……」

 

 心配そうに僕を見つめる愛しい彼女の顔を見ていると、落ち込む姿を見せたくないと思って来た。家と懇意にしていた先代王妃のやらかしのせいで肩身が狭い思いをするだけの人生で終わるのを助けてくれたニーア。幼い頃から忌み嫌っているアース王国の貴族である僕と仲良くなってくれたニーア。そして、結婚が僕の人生に栄光をもたらしてくれるであろうニーア。

 

「ああ、僕は勘違いをしていたよ」

 

「ヴァール?」

 

「気にしないで。君と一緒になりたいって気持ちが強くなっただけだからさ」

 

 ターニアに来る為、僕と彼女は初めてキスをした。妖精として未熟らしい彼女の祝福は力のある同族と違って何か特殊な力を付与してはくれないけれど、恥ずかしそうに口元を隠すニーアは可愛かった。

 

 さっきから僕は何を考えていた? 自分の事ばかりじゃないか。それじゃ駄目だ。僕が考えるべきはニーアの幸せだ。ニーアの幸せな結婚の為、それの障害になる物を取り除く、それが正しいんだ。

 

 惚れた相手の為、愛しい人の幸せの為、邪魔な物を排除する、それが間違いな筈が無いのだから……。

 

 自分が何をすべきかは分かったけれど、それはどうやって行うのかは分からない。さて、どうするべきかと悩んだ時、ニーアのドレスの一部分が淡く光る。確かターニアに来る直前に領域内部で見付けたチラシ。願いを叶えるという文字と共にリンゴに巻き付く蛇が描かれていて、ニーア曰わく神の力を僅かに感じるらしい。

 

 そんな物が急に光ったと思えば僕は見知らぬ空間に立っていた。周囲一面が真っ白で地平線の果てまで続いている。そしてこの空間に居るのは僕だけじゃなく、見知らぬ少女。

 

「にょほほほほ! よくぞ私様を呼び出したのじゃ。我が名はサマエル。光の女神リュキ様直属の配下じゃ。さて、早速であるが願いを叶えてやろう。ささっ! 改めて願いを口にするのじゃ!」

 

 彼女からは神の配下と云うのを信じてしまう何かがある。僕は全く疑う事無く願いを口にした。ニーアの幸せな結婚の邪魔を全て消して欲しいと。

 

 

 

 

「良いじゃろう。では……死ね」

 

「へ?」

 

 あれ? 何で僕の胸に何かが突き刺さって……。

 

 急に感じた激痛。胸元を見れば純白の角らしき物が刺さっている。

 

 

 

「何じゃ、気が付かなかったか? お主こそがニーアとやらの幸せにとって最大の邪魔。ほれ、願いは叶えたし……私様の部下が復活する為の生け贄にしてやろう。復活せよ……あれ? 奴の名前って何だっけ?」

 

 薄れゆく意識の中で思う。よりにもよってこんなのに殺されて終わるのかと……。



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愚者

 ……実際の所、私はその事に気が付いていた。気が付いた上でそんな筈が無いと否定して、目を逸らしていたの。

 

「ニーア、僕は君が好きだ。立場なんか関係無い。君の為ならば家だって捨てられる」

 

 私がお姫様だとか、貴族である家とか、そんな事は本当に無関係で私の事を愛してくれているってのは本当で、それでも時々別の表情を覗かせていたヴァール。彼は私じゃなくて私が持っている物を見ている時があって、自分の家に関して嫌悪感さえ覚えているのを感じさせて、私と一緒になる事に野心を持っているって言葉では語らずに教えてくれた。

 

 彼は何時もは嘘は口にしていない。でも、心が傾いて嘘になっちゃう時があって、私はそれを見ない事にした。

 

 だって私はヴァールが好き。彼は私の初恋の相手で、ずっとこんな出会いに憧れていた。だから気にしないの。彼が私自身が好きだって言ってくれているのは本当で、日に日に野心的な部分が強まっているだなんて私は知らない。

 

 私は本当に彼の事が好き。偶々危ない所を救っただけなのにお礼を直接言う為に通い続ける誠実な所とか、私に好きって言ってくれる所とか。好きになった切っ掛けは初めて男の人と何日も会い続けてお話をしていたから。彼に恋したんじゃなく、恋に恋をしていた結果、ヴァールが好きになって行ったんだって、そんな事は……多分ないわ。

 

 

 彼が好きになった時とは違っても、この恋が本当の恋心から始まったのか疑問に思えても、私は知らない振りをして過ごす。だって彼との日々は楽しいから。領域の管理のお仕事があるから毎日は会えないけれど、休日にはヴァールが会いに来てくれる。

 

「……ちょっと困った事になった。本当に家を捨てる時かも知れない」

 

 そんなある日の事、ヴァールから聞かされた急なお知らせ。親から持ち込まれた縁談話。相手は親子くらいに歳の離れた人。……これでお別れ? そんなの嫌。

 

 

 

「ねえ、ヴァール。ちょっとだけ目を閉じてくれる?」

 

 だから指先を触るだけの関係だったのに、二歩も三歩も進んで彼にキスをした。妖精の姫にとって重要な意味を持つ祝福のキス。私は未熟だから何かしらの効果を与える事は未だ無理だけれど、これでヴァールをターニアに連れて行ける。国の皆に、母上に認めて貰って、そうすればずっと一緒に居られるから。

 

 これは私の恋。恋に恋していた私の初恋。この心地良い日々を手放したくはない。少し不安だけれど皆もヴァールの事を認めてくれる、そんな風に考えていた……。

 

 

 

 

「アース王国の貴族!?」

 

「ニーア姫様が誑かされた!」

 

「……本気ですか?」

 

 そんな都合の良い考えは拒絶という現実に押し潰され、久々に会った姉上には今まで何の相談も無かった事を叱られた。ヴァールを好きになった事じゃなく、私の立場が悪くなるのに頼ってくれなかった事を。

 

 その途中、ヴァールは一度だけ口を挟んだけれど、直ぐに黙らされて……。

 

 ねえ、私はもっと庇って欲しかったな。二人して決めた事なのに、どうして黙ったの? 拒絶されても諦めないって誓ったのに。

 

 

 ヴァールに抱いた小さな不信感。それは姉上とロノスさんとの仲の良さを見せられる間ずっと強くなって行く。母上からの重圧を受けながら飛んでいる間もヴァールは私に掴まるように言ってくれなかった。姉上がロノスさんの肩に乗っているんだし、結婚の許しを得に行く今なら構わないのに。

 

 

 でも、こんな不満は一方的な物。先に謁見の間に入り、門の前に映し出された室内の様子から歓迎されている姉上達の姿を眺めていた時、急に声が聞こえた。

 

 

 

「冗談だ。ふふん、ちゃんと庇えるな。ニーア達とは大違いだ」

 

 

 ああ、そうだ。私、ヴァールの椅子が無い事に怒るのを直ぐに諦めた。好きなのに、愛しているのに、そんな相手への対応になんで怒り続けられなかったの?

 

「私達、似た者同士だわ……」

 

 少しも嬉しくない気付き。互いに愛している筈なのに肝心の所で尻込みして相手を庇えない。保身を優先する二人。ちょっと不安になった時、ヴァールが何かを呟いていた。私が彼の方を向けば素敵な言葉を言ってくれたけれど何故か心に染み渡らない。

 

 

 ……どうして? だって私はヴァールの事が本当に好き……な筈なのに。今まで受けた拒絶が私の恋を偽物だと、恋をするという状況に恋をしてときめいていただけだと嘲笑っている気がした。

 

 そんな筈がない。そんな筈があって良い筈がない。なのに……。

 

 

「あれ?」

 

 

 何時の間にか母上から受ける重圧は消えていて体が楽になっていたけれど、別の物が私の心に重くのし掛かる。どれだけ否定したくても心の中を渦巻く迷いから逃れたくて私はヴァールの方を向こうとして、騎士達に目を塞がれた。

 

「え!? な、何ですか!?」

 

「ニーア姫、此方に!」

 

「増援を呼べ! 女王様の所には決して行かせるな!」

 

 何か起きているの? 騎士達は慌ただしく動き、私をこの場から一刻も早く避難させようとしている。さっきまでヴァールが居た方向から感じるのは神様の力の気配で、私が管理する領域で拾ったチラシに込められたのと同じ物。気が付けば内ポケットに入れていたチラシが無くなっている。もしかして私が持ち込んじゃったチラシのせい?

 

「……ヴァールは? ヴァールはどうなったの?」

 

 騎士達に運ばれる私は直ぐに曲がり角を曲がって遠ざかり、ヴァールに何があったのか見えない。私の問い掛けにも騎士達は答えてくれなかった。

 

 まさかヴァールになにかあったの? 私に見せられない何かが……。大丈夫だよね? だってヴァールと約束したもん。二人で幸せになろうって……。

 

 

 

「ブゥオォオオオオオオオオオオオオンッ!!」

 

 曲がり角の向こうから聞こえて来た獣の嘶き。それと騎士達の掛け声と一緒に武器を振るったり魔法を放ったりする音が聞こえて来たわヴァールの声は悲鳴すら聞こえない。幾ら嫌われていても何かが起きたなら見捨てられる訳が無いのに……。

 

 今この瞬間にも駆け足の音が聞こえ、心配させてごめんって言いながらヴァールが顔を見せるのを待つんだけれど、そんな事が起きないまま遠ざかって行くばかり。

 

「……やだ。やだやだやだやだ。ヴァールが死んじゃうなんて……やだ」

 

 実は目を塞がれる直前にちょっとだけ見えてたの。ヴァールの体が急に何かに貫かれて、それを中心に別の何かに変わっていくのを。

 

 そんな事、絶対に受け入れたくない。だから自分を誤魔化して見なかった事にした。初恋だったのに。好きだったのに。幸せな将来を夢見ていたのに。なのになのになのになのになのに……ヴァールが死んじゃっただなんて。もう、会えないだなんて……

 

 

「いやーーーーーーーー!」

 

 城の廊下に私の悲鳴が響くけれど、激しさを増す戦闘音で直ぐにかき消された。

 

 

 

 

 

「さて、ロノスよ。娘からの祝福の恩恵はどうだ? 散々受けたならば本当に娶って貰いたいのだがな」

 

 まるで水みたいに酒を流し込む女王様が不意にそんな事を言って来た。祝福の恩恵か。……困った。力のある妖精なら祝福の時に何か効果が有るって聞いているけれど、その内容は聞いていない。

 

 助けを求めてレキアを横目で見るんだけれど、あからさまに顔を背けられる。うわっ、自分が伝え忘れた癖に僕を見捨てる気か!? どうしようか。女王様、凄く上機嫌で訊いてきてるのに、恩恵の内容を知りませんとか言えないぞ。

 

 酔っ払いの扱いは面倒だよね、本当に。相手の方が立場が上なら尚更だ。

 

「……む? おい、どうした? 個人で内容は違うがレキアのは格別の内容だ。貴様も随分と助かっているのだろう? 余としてはゼース殿の孫である貴様とレキアが夫婦になれば安泰なのだがな」

 

 女王様は急に落ち着いた口調で告げて来る。い、言いにくい。段々言い出すのが無理になって行く! この真剣な人相手に聞いてないとか言える勇気は僕には無いよ!

 

 こんな時こそ舌先三寸で誤魔化してこそなんだけれど、女王様とはそれなりの付き合いだから下手な嘘は通じない。そして見破られたら間違い無く怒るぞ、この人。

 

 

「あ、あの、女王様。実は……」

 

 まあ、ここは正直に言おう。よく考えれば伝え忘れてたレキアの責任だ。僕、知ーらない。偶には母親に叱られれば良いよ。

 

 

「何だ? まさか大して役に立っていないと? 余の見立てではそこそこ役に立つと思ったのだがな。レキア、こうなったら抱かれろ」

 

「ふわっ!?」

 

 この人、一体何を言ってるんだ!? 完全に酔っ払ってるな、これは。だから思った通りの返答が来なくって気に入らないんだ。

 

「は、母上!? そんな事は正式に結婚してからで……」

 

「じゃあ祝福の重ね掛けだ。今すぐしろ。はい、決定。キース! キース! ……と言いたい所だが無粋な客人だな」

 

 完全に目が据わった状態だった女王様、キスしろとはやし立てての手拍子だ。僕とレキアはどうやって断ろうか迷っていたんだけれど、その必要は無かった。理由が理由なだけに良かったとは言えないんだけれど。

 

 女王様は急に酔いが醒めた感じになり、一瞬で剣呑な瞳を扉の方に向ける。視線の先を追えば誰かが立っていた。其奴に僕もレキアも見覚えがある。最近会ったばかりの奴だ。

 

「サマエル!」

 

「ふん! 相も変わらず無粋な奴め。前回と違い今回は最悪のタイミングだな」

 

 そう、神獣将が一人、サマエルが室内でリンゴの日傘を開いて立っていた。……あれ? 何か震えている気が。それに今にも泣きそうだけれど、なんで?

 

 

 

「だ、誰がブスな客人じゃ! 私様は美少女じゃぞ!」

 

 相変わらず馬鹿かあ……。ブスじゃなくて無粋って言ったんだけれど勘違いして泣いちゃったんだ。彼女、神の側近だよね? うわぁ……。

 

 

「何だ。彼奴、馬鹿か。レキア、ロノス、適当に相手せぬとお前達も馬鹿になるぞ」

 

 言っちゃった……。女王様ったら言っちゃった……。

 

 



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ギャグ担当の秘密

 思えばこの妖精の国ターニアに来てから驚きの連続だったよ。まさかレキアが僕を婚約者として国民に紹介したり、物凄く引っ込み思案で人見知りだったニーアが婚約者を連れて来てたり、それがよりにもよって妖精からの感情が最悪のアース王国の貴族だったり、女王様が暫くは嘘だった婚約者の件を事実としておけって言って来たりだね。女王様、本気で僕とレキアの結婚を考えている?

 

 前から冗談めかしては言っていたけれど、お祖父様と話し合いを進めていたりして。レキアが意地っ張りで誇り高いし、下手に押し進めるんじゃなくって良好な関係で当人達に望ませるようにして……とか?

 

 あ、有り得る。……何度か考えたけれど貴族としてのロノスとしては断る理由は無くっても受け入れる理由なら多い。なら、個人としては? 王侯貴族の結婚に当人の意志は介入する余地は殆ど無い。まあ、家によって違うし、親子や夫婦の考えを考慮すれば仲の良い相手に越した事はないんだろうけれど、位が上になれば家の意志の方が強くなりがちだ。

 

 それを抜きにして考えてみよう。レキアとの結婚を個人的にどう考えるのか。……正直言って直ぐに答えが出せる事じゃないんだよな。ちょっと嫌われてるって最近まで思っていたし、今は友達だって認識だ。

 

 まあ、未だ決定した話じゃないんだけれど、考えて置かなくちゃならない話でもある。可能性があるって認識はしておかないとね。

 

 

 さて、色々と考えたんだけれど、後は……人間を滅ぼそうとする連中の幹部がメソメソ泣き出したりしてる事だね。

 

「う、うう……。私様はブスじゃないのじゃ。それに馬鹿でもないのじゃ。それなのに何奴も此奴も馬鹿だのブスだのと……」

 

 馬鹿は兎も角としてブスとは言っていないんだけれど、無粋って言葉を聞き間違えたのか、それともサマエルの事だから無粋って言葉が難しくって知らなかったのか、僕は後者だと思うんだけれど、まあ、本人は散々言われたショックからかボロボロと涙を流して泣き声を出している。うん、幼い少女の見た目通りに中身まで泣き虫の子供だね。

 

 サマエルが創造されてから封印されるまでの期間を古文書から読み解く限りじゃ結構な期間活動してるっぽいけれど、種族が違うから時間感覚も違うんだろうし、理由が分からないけれどそんな風に創造されたのだから中身は子供のままなんだろうね。今は堪えているけれど何時大声で泣き出すか分からないって姿を見ていたら気になるものだ。

 

 

 

「まあ、領地を襲った敵なんだけれどね」

 

「ひっく! え?」

 

 泣く事に意識を持って行っていたサマエルの周囲の空気を停めて即席の檻を作り出し、何が起きたのか理解する前に先端を鋭く尖らせた巨大な杭の形で空気を停止させた物を落とす。相手の見た目も中身も子供だろうと明確に人間を殺そうって意志を持って行動している奴相手に遠慮する理由は無いって事だ。

 

 周囲を覆う黒い檻に驚き、足下に出現した影に反応して天井を見上げたサマエルに向かって落下する巨大な杭。それは勢い良く落ちていったんだけれどサマエルの体を押し潰せてはいなかった。あの日傘、一体何で出来ているんだ?

 

「ぐぎぎぎぎっ!」

 

 落ちてきた杭を咄嗟に日傘で受け止めたサマエルだけれど無事ではない。膝が半分曲がり、歯を食いしばりながら腕をプルプルと震えさせている。こっちを涙目で睨んではいるけれど結構限界が近いみたいだ。

 

「レキア、僕はあの檻と杭の時間停止を魔力で妨害されないように維持するから攻撃はお願い出来るかい?」

 

「もうしている。侮るな」

 

 あっ、本当だ。既に檻の周りには放電を続ける電気の塊が幾つも浮かんでパチパチって音を出している。僕が檻を出した時点で直ぐに用意してたな、これは。

 

 正直言って助かった。時間を完全停止させているから硬度は高いし、落下速度を早送りで上げたから衝突時の威力は高くても結局は空気だから軽い。今は衝突の勢いで押し込んだ状態で檻と結合させる事でサマエルの動きを封じたけれど、前みたいに無理矢理解除されない為の維持で追撃は不可能だったんだ。

 

 

「良く分かったね。僕のする事がさ。君と僕とはさしずめ良いパートナーって所かな?」

 

「伊達に貴様の友を長い間していない。では、追撃をさせて貰おうか、サマエル! 此処に来た理由は……必要有るまい。……其処はベストパートナーと言うべきではないのか? いや、良い。どうせ”最高に可愛くて最強に頼もしい妹こそがベストパートナーだよ”とか言いそうだからな、シスコンめ」

 

「ええっ!? 何で分かったのさ!? レキアって僕の事を理解してくれているんだね」

 

「……分からないでか」

 

 確か”分からないでたまるか”って意味だったっけ? 苛立ちの混じった声と一緒に迸る電流は四方八方からサマエルへと向かって行き、その全身を貫いた。

 

「あばばばばばばばばばばばばばばばっ!}

 

 凄い威力の電撃に全身を貫かれたサマエルは間抜けささえ感じさせる悲鳴を上げるんだけれど、それと同時に服が透けて中身が見えていた。変な意味は無いよ。服も肌も肉も透けて全身骨格が見えたんだよ、マンガみたいに。

 

「……はい? おい、妾の目が変なのか? どうして電撃を食らっただけで骨が見える?」

 

「さ、さあ。そんな風に創られたんじゃない? 僕もリアスも修行中に電撃を受けた事はあるけれど骨が透けて見えた事は一切無かったし……」

 

 そう、マンガやゲームじゃ有るまいし電気が流れたからって骨が見えるとか有り得ない。その有り得ない現象が目の前で起きたんだから仕方ないんだけれどさ……。

 

 あっ、そう言えばゲーム中でアンダインが”眼鏡が本体”って呼ばれる理由であるダメージを受けた時の演出だけれど、彼奴の眼鏡が割れるみたいにサマエルも”お笑い紅一点”だなんて呼ばれるだけあってダメージ時の演出が多彩だった。火を受ければお尻に火が付いて走り回ったり、やられた時は頭に大きなタンコブを作った状態で目を回して星を出してて、雷系の攻撃を食らった時は骨が見えてたっけ。

 

 ……いや、あくまでゲームの演出でしょ? 何で実際に見えてるの!? ……所でラドゥーンも居るのにサマエルがどうして紅一点なんだっけ?

 

 しかし口に出しちゃったけれど、まさか本当にそんな風に創られているなんて有り得ない話だよね……。

 

「ははっ! 奴を調べたら面白い事が分かったぞ。存在に関わる根本的な部分に雷系の攻撃を食らえばああなる風になっている。随分と変わった設計だ」

 

 有り得たっ! 女王様からのまさかの情報! リュキって一体……。そしてそんなのに滅ぼすべきだと一時的にでも思われていた当時の人間って……。

 

「……何が有ればそんな設計に?」

 

「余が知るか」

 

 うん、女王様もそう思うよね。実際、どうしてそんな設定に? まさかゲームとかマンガとかがある世界を認識していて、神獣将を創り出す時に遊び心を加えたとか? いやいや、ゲームとしてこの世界の事を描いた世界から転生した僕が何を言ってるんだって話だけれどさ。……案外リュキがお姉ちゃんだったりして。いや、無いな。

 

「ぐ、ぐぬぅ! 私様によくも雷を浴びせてくれたな! 怒ったのじゃ! お仕置きなのじゃ!」

 

 電撃が収まった時、サマエルは端から少しずつ崩れ始めた檻の中で叫ぶ。思ったよりも保たなかったな。速攻で作った檻じゃサマエルの魔力に耐えられないって事か。

 

 ……ゲームと同じダメージ演出を見ていたらゲームと同じく和解が可能なんじゃって思えてくるけれど、それは楽観的考えだ。外れた時、どれだけ犠牲が出るかかんがえろ。

 

 

 

 見事にアフロになったサマエルを見ながら考える中、今度は無数の氷の槍がサマエルに矛先を向けて出現した。レキア、この機を逃さずに倒す気か。

 

 

 

 

 

「去れ、道化。もはや宴もたけなわ。貴様の出番は終わった」

 

 冷たい声で言い放つと同時に未だ檻の中から脱出出来ないサマエル目掛けて氷の槍が殺到する。肉を貫く音が響き、鮮血が激しく飛び散る。間違い無く獲物を仕留めたであろう一撃だ。これを一瞬で出すんだから妖精は恐ろしい。しかし……。

 

 

 

 

「……ちっ。手下が……いや、待て。其奴は……」

 

 しかし、槍が貫いたのはサマエルじゃなく、異形へと変身したヴァールだったんだ。



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うっかりミス

 突如現れてサマエルを庇った異形の存在、あれは間違いなくヴァールだった。但し、ヴァールだと判断出来るのは顔だけだ。髪は炎や靄みたいに揺らめく金色の物になって頭頂部から背中へと向かって生えている。瞳は真っ赤に発光していて理性が感じられないし、歯も鋭く尖って伸びている。……顔も少し伸びているし鼻息も荒いな。

 

 

「フー! フー!」

 

 上半身の服はボロボロで布切れが僅かに体に引っかかっているだけだし、肘から先と足の出ている部分だって蹄だ。何よりも額から生えた純白の角。

 

「何だ、彼奴は……。まあ、良い。流石にあれだけの傷を受ければ既に死ぬだろうからな。しかし、あれは一応王国の貴族だ。母上、大丈夫か?」

 

 サマエルを狙った氷の槍は間に割り込んだヴァールの体を貫いて先端が飛び出しているし、今は栓になっているけれど、槍を抜くなり溶かすなりすれば血が大量に流れ出して終わりだ。いや、あれだけの槍が貫通しているんだから今のままでも直ぐに死ぬだろうね。

 

 但し……。

 

 

「にょほほほほほほ! 何だ、貴様。この程度で私様の部下を、ユニ……何とかを倒したと思っているのか?」

 

 サマエルは勝利を勝ち誇った笑みを浮かべ、それは実際にユニ何とか……いや、幾ら馬鹿でも部下の名前は覚えておこうよ。あの中途半端に人間の部分が残っているのってそれが原因じゃないの!?

 

 ゲームでは封印を解いても肉体が完全に残っていない神獣も存在したんだ。それを完全に復活させるのに必要なのが生け贄で、リアス達の決闘に乱入した神獣達も行方不明になった連中が生け贄になったんだろう。ただ、本来はあんな人間が混ざった姿になる筈がない。

 

 ユニコーンだよね、本来はさ。乙女大好きで、乙女じゃなかったら殺すって設定の実は凶暴な奴。

 

 ゲームではちゃんと伝承通りの一角馬の姿で登場したボスキャラで、その能力は角が万能薬になるとされる伝承から来ている。

 

 

「何だと……? あのユニ・ナントカとやら、まさか……」

 

 ヴァールの体に刺さった槍が盛り上がる肉に押し出されて床に落ちる。体中の穴は槍が抜けると同時に塞がって痕すら残っていなかったよ。矢張りゲーム同様に強力な自動回復能力を持っているのか。毎ターン回復する上に回復魔法が面倒だってお姉ちゃんが言ってたよ。

 

「所でユニ・ナントカじゃなくて、ユニの後が思い出せないんだと思うよ」

 

「いや、そんなアホが何処に居るというのだ。もし居たとすれば全世界一馬鹿選手権のグランドチャンプだ」

 

 信じられないって顔をしているね、レキア。僕も同意見だ。でも、そのグランドチャンプは目の前に居るんだよ。ほら、今にも泣き出しそうな顔をしている女の子。彼女こそがギャグ担当のお馬鹿チャンプだ。

 

 

「う、うう! こうなったら妖精国を……妖精…国を…あっ!」

 

 さっきから大泣きしそうなサマエルは遂に檻を破壊しながら一歩進み出て、そこで不意に何かを思い出したみたいに考え込む。おい、言葉からしてまさかとは思うけれど、もしかして……。

 

 

 

 

「しまった! 妖精は殲滅の対象外だったのじゃ!」

 

「なにやってるんだ、この大馬鹿!」

 

「うっ!」

 

 馬鹿だの間抜けだのとは思っていたんだけれど、まさか此処までだっただなんて!

 

 ヴァールが飛び込んで来る時に破った謁見の間の扉と、その向こうに見える妖精騎士や城内の被害。これが神獣将としての攻撃対象だったのなら納得はしないけれど一定の理解は示し、その上で怒ろうかでも、今なんって言った? 妖精は対象外? つまりは本来なら出さない筈の犠牲をうっかりで出したってのか!

 

 込み上げる怒りのままに叫べばサマエルは気圧されたのか後ろに下がる。その足下にはヴァールから抜けた時に散らばった氷の槍の破片。体温が高かったのか少し溶けやすくて滑る。

 

「あっ……」

 

 そんな物がギャグ担当の足下に存在するとどうなるのかってのは一目瞭然、踏んで滑って見事に転ぶ。そして床に頭を強打した。ゴツンと頭を打って大の字に転がり、何があったのか分からないらしい。目には涙まで滲んでいたよ。

 

「追撃して良いよね?」

 

「……どうだろうか。いや、しては良いと思うが、見た目のせいでしにくいな」

 

 本人も僕達もどうすれば良いのか全く分からないんだけれど、もう一押しすれば大泣きしそうなのが分かったよ。

 

「……ぐす。私様、もう帰る……。ユニ……何とか。あの男を始末するのじゃ。それならば二人に怒られまい」

 

 最後に泣き声で指示を出したサマエルが消えるなり女王様が少し驚いた風に呟いた。

 

「消えた。……転移か。余達妖精のように道を作り出すのではなく、現在地から目的地まで移動する神の魔法。馬鹿だから偽物だと思っていたが、本物だったとは」

 

「あっ、そう思います? 僕も初対面の時は信じなかった……いや、信じたくなかったので」

 

 

「おい、ロノス。母上と暢気に話をしている場合か! 来るぞ!」

 

 サマエルは神獣将、つまりは人間を滅ぼそうって連中の幹部だ。それがあのレベルの馬鹿だなんて信じたくない僕は現実逃避がしたかったし、女王様だって未だに半信半疑だな、これは。転移を見せられた程度じゃ信じられないか。

 

「ブルルルルルル!!」

 

 抹殺命令を受けたからか、話をしているのを馬鹿にされていると感じたのかヴァールは随分と興奮した様子で向かって来た。前足になった手は使っていないのに馬以上に速く、元が腕だけに器用な動きで僕の顔を狙う。馬が前足を振り上げて振り下ろすみたいな勢いで次々に繰り出す攻撃を左右に避け続けるけれど、コレは少なくても今の時点で身体能力は馬以上だって考えた方が良いな。

 

「……進行してるかもね。捕まえて元に戻す方法を探すなり、倒して証拠隠滅するなり、どっちにしろ時間は掛けられないや」

 

 こうやって間近だから分かるんだけれど、徐々に全身が馬っぽくなっている。顔なんて向かって来る前の一割増しにはなっている気がするし、三十分もすれば完全に変化するな、これは。

 

「レナが居たら”ズボンの中は既に馬並ですか?”とか平然と下ネタをぶっこみそうだ。おっと……」

 

 腕が肩から先まで完全に馬に変わった。変化速度が上がっている? サマエルが名前を思い出したのか、お馬鹿なせいで変化が遅れていたのが漸く進み出したのか。前言撤回! このままじゃ五分で完全に変わる!

 

「女王様、ニーアが戻って来たりは……」

 

「余に仕える騎士を侮るな。あの程度の小娘に出し抜かれ逃げられる程に間抜けでも軟弱でもない。守りきりながら安全な場所まで運んでいるだろう。……それにニーアでは今の奴の姿を確かめに来る気概は持ち合わせていない」

 

「随分と辛辣な評価な事で。娘なのに」

 

「娘だからこそ、姫だからこそ母として女王として評価せねばならぬ。貴様も将来的に必要だぞ。貴族として我が子を評価する時に私情を交えぬ事がな」

 

 女王様の言葉はズッシリとのしかかる。僕ってリアス可愛さに私情を挟むことが多いからね。自覚はあるんだよ。

 

「さて、本当にどうしようか……」

 

 ヴァールは遂に四つん這いになり、殆どユニコーンに変化している。辛うじて背中と頭だけが人のままだけれど時間の問題だ。このまま人の部分が残った状態で終わらせるのも情けの一つであるし、実際の所はどうにかする方法が一つだけ。ヴァールが助かるってメリットに比べてデメリットが大き過ぎるのがね。

 

 ちょっとだけそれを選ぼうか考えた時、浮かんだのはリアスの顔だった。

 

「余計な事を考えるなよ、ロノス。もしやゼース殿に使っている魔法を解除してまでヴァールを助ける気でもあるまい? 何の為に己に制限を掛けてまであの魔法を使い続け、それを隠しているのか考えよ」

 

 僕の心中を見透かした女王様の叱責。ああ、そうだ。僕が御伽噺の主人公なら後先考えずに彼を救うんだろう。でも、僕は貴族であり兄だ。何が大事か考えるんだ、ロノス。

 

 

 思い出す。お祖父様に交渉を持ちかけた時の事を……。

 

 



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VSユニコーン

そろそろ感想が  最近微動だ似せず状態ですからね 絵、発注予定です


 ゼース・クヴァイル、僕とリアス達兄妹や陛下の祖父であり、リュボス聖王国宰相であり、昔は政治だけでなく戦場でもって炎魔法で大暴れして”魔王”だなんて異名まで持っている。まあ、正直言って化け物みたいな能力を持っているし、身内だろうと国の為なら容赦無く手に掛ける。貴族としては優秀なんだろうけれど人間らしさは薄いってのが僕の評価だ。

 

 

 そんな怖いお祖父様に僕はとある理由で密会を申し出ていた。その内容は国にとって必要であるお祖父様の現役期間を伸ばす為の物であり、ゲームでの僕も行っていた事だ。

 

「……不老か。成る程、有用であり、同時に厄介な魔法を創造した訳だ。して、それを私に告げる理由は分かるが……何が目的だ? 予想は可能だが一応聞いてやろう」

 

 僕だけが使える”時属性”は基本的に生物相手には効果が薄い。意識がある相手には抵抗されてしまうんだけれど、それには例外も存在する。それこそが僕がお祖父様に使い続けている”肉体の時間の停止”、要するに不老を与えるって権力者なら欲しがるだろうから知られたら面倒な物だ。

 

「……僕が今やっている裏の仕事ですけれど、リアスには伏せておいて下さい。あの子は何も知らなくて良い。全部僕が引き受ける」

 

「そうか。良い。ならばさっさと使って帰れ。私は忙しい」

 

「……それだけですか?」

 

「それ以外に何がある。くだらない事を聞く暇が有れば腕を磨け。ああ、それと分かっているだろうが不老化の事は私が許した相手以外には内密だ」

 

 僕としては結構な覚悟を決めた交渉だったのに、お祖父様はこの塩対応。まあ、僕が適当な事を言っているって疑う事はしなかったのは信用はされているんだろうし、リアスには汚い仕事は一切させなくって良くなったんだけれどさ。

 

 

 さて、この魔法は凄い魔法だと自分の事ながら思うんだけれど、当然ながらデメリットが存在する。僕は何かあれば”今の僕には~”って考えたりする事が有るんだけれど、コレはこの魔法の負担が多いから。一定期間毎にお祖父様の所に通って使っているから負担で弱体化したままだし、それでもゲームではこの弱体化をした上でリアスには汚い仕事をさせていたし、何の問題も無いとは思うんだけれどさ。

 

 だってお祖父様って本当に有能な人で加齢による衰えが無くなるなら回り回って僕の利益になるし。……凄く厄介な人の支配が続くって事だけれど、本人は後進の育成が終わったら引退する気なのが救いか。

 

 何よりも可愛い妹に酷い仕事をさせなくて良いのは本当に嬉しい。裏の仕事の最中は心が麻痺を起こしているんだけれど、あの子の笑顔の為ならば喜んで引き受ける。

 

 

 

 さて、それらを踏まえて考えたら考える迄もなかった。事情を知る女王様の叱責の通り、それらを放棄して、助けた事で今後の似たケース発生時にも頼られる事等々のデメリットの対価がちゃんと顔合わせらしい顔合わせをしたばかりのヴァールを救える事で、僕が得するのは友達の妹が悲しまなくって良い事だけ。話にならないや。

 

 これでヴァールが友人だったら悩むんだろうし、後悔するにしても助けるって選択肢を選んだだろう。結局、人ってのは合理的な考えから他人に厳しくしても自分や身内には感情的で非合理的に優しさを向けてしまうものだ。でも、ヴァールは顔と名前を知ってるだけの他国の貴族であって身内じゃなく、リアスやお祖父様やクヴァイル家の領民は身内だ。

 

「迷いは晴れたか? ニーアのオベロン候補ではあるが所詮恋に恋する箱入り娘の恋愛ごっこの対象、新たな恋を見付ければ忘れてしまう程度の想いの相手だ。失えば泣くだろうが、貴様が憂う程の事ではない」

 

「妖精ってそんな所有りますよね。一度情を抱けば深く受け入れるけれど基本的に排他的で、恋に情熱的なようで冷めてしまえば一切どうでも良くなって次の恋を探す」

 

「種族特性だ。何か不満か?」

 

「いえ、まさか。そんな妖精全員に喧嘩売る気は無いので……さっさとヴァールを止めてレキアとお話でもします。レキア、一応婚約者って事になっちゃったし、今晩家の者にも説明するけれど良いよね? 勿論足を挫いたとかは省いてさ」

 

「……好きにせよ」

 

 おっと、足を挫いた事を持ち出したのが気に入らないのか背中を向けられたけれど、まあ後でご機嫌取りに尽力しよう。だから今すべきなのは……。

 

 

「ヒヒヒヒヒヒヒィィンッ!!」

 

「もう完全に怪物になっちゃってるな。さっさと終わらせるか。……うん、都合で見捨てるんだから白々しいけれど謝っておこう。ごめんね」

 

 ヴァールは既に顔以外の部分以外は殆どユニコーンになっていて、人面犬ならぬ人面馬状態。その顔も徐々に馬になりつつあって、このまま放置していたら完全に力を取り戻しそうで厄介だ。

 

 だからさっさと終わらせよう。武器を持って来ていないから空気を刀の形に変えてすれ違いざまに切り裂く。深く切り裂いたから内臓まで届いた感触があったんだけれど振り向けば既に傷は塞がっている。

 

「厄介……」

 

 角を突き出しての突進を空気の盾で防ぎ、そのまま空気を停めて鎖に変えてヴァールを拘束して首を切り落とす。

 

「これで終わり……じゃない!」

 

 頭を切り落とされて転がったヴァールの肉体は頭と一緒に流れ出す血が床の絨毯を汚すけれど、角が光ると同時に血が糸状に変わって首と肉体を結ぶ。ああ、面倒っ!

 

「なんとまあ、面妖な。おい、今度は間に何か挟んで……いや、氷の槍同様に押し出されるか」

 

「多分ね。ほら、再生時に結構な魔力が生じているし間で魔法を発動するのはちょっと難しいよ。いや、確かに厄介だけれどもしかしたら……試してみるか」

 

 まさか首を落としても復活するだなんて不死身といっても過言ではない上に傷を塞いで再生を阻害するってありふれた戦略も難しい相手だけれど、ちょっと思い付いた事がある。僕一人でもやろうと思えばやれるんだろうけれど、夕食があるからって用意された料理を控えめに食べていたし、そろそろお腹が減って来た所だ。

 

「レキア、ちょっと良いかな?」

 

 ヴァールの突進は切り返しも含めて普通の馬よりも速い。あんな速度で走っておきながら急角度で反転してくるんだから神獣の無茶苦茶具合が伝わって来るよ。まあ、それを言い出したら鍛え方次第で鉄を砕いたりトン単位の物を持ち上げられるようになるこの世界の人間も前世の世界からすれば有り得ないんだろうけれど。多分構造とか成分とか全くの別物だろうね。

 

 僕が左右に逸らして避けていると頭を左右に振って攻撃範囲を広げ、壁を作れば飛び越える。だったら拘束をすれば良いんだろうけれど……。

 

「げげっ!?」

 

 拘束された状態で無理矢理動くヴァールだけれど時間を停止させて作り出した拘束具は魔力による妨害以外に脱出する術は無い。だと思ってたんだけれど、無理に動く事によって自らの肉を抉りながら脱出した。肉片や血が床を汚し折れた骨が見える程の重傷なのに平気で動き、直ぐに回復する。此処まで来ると痛みで動きを止めるのも無理か。

 

 既にその大きさは人とは比べ物にならず、普通の馬よりも一回り二回り大きい。重量もかなりの物で、突進の威力も高いだろう。常人だったら一瞬で挽き肉だ。そんな体で馬よりも速いって本当に化け物だよ。

 

 まあ、一見すれば無理ゲーな相手だけれど、それでもユニコーンは神獣であって神獣将ではない。指揮する程の知能が無いのもあるだろうけれど、回復能力だって完全無欠では無いだろう。

 

 先ず、流石に挽き肉になれば回復は不可能だろうから回復能力速度以上の速さで攻撃を続ける。

 

 もしくは……。

 

 

「さっきの氷の槍なんだけれど一本に力を集中させて貰えるかな? 出来るだけ貫通力をあげて欲しいんだけれど」

 

「承知した。ふんっ! 貴様は妾が居なければ駄目みたいだな」

 

「ああ、そうだね。レキアが側に居てくれたら嬉しいし助かるよ」

 

 突進してくるヴァールを正面から見据え、その場でどっしりと構える。ギリギリで避ける気と思ったのか激しく角を振るヴァールだけれど、それじゃあどうしても重心が乱れてしまうよ? だから、こうして角を掴み取るのだって簡単だ。

 

「ブルルッ!?」

 

 両手でヴァールの角を掴み、突進を無理矢理止める。押し込もうと足に力を込めるヴァールだけれど微動だにしない。

 

「確かに僕って魔法よりの訓練受けたからゴリラなリアスより腕力は劣るんだけれど、それでも接近戦が出来ない訳じゃないんだ。じゃないとあの子を守れない。……もう完全に変わっちゃったね」

 

 既にヴァールは完全なユニコーンへと変わり、理性が感じられなかった瞳には憤怒と憎悪が宿っている。……もうヴァールとは呼べないか。せめて人扱いして殺す気だったけれど、コレで彼は完全に殺された。もう此奴はヴァールじゃなくてユニコーンだ。

 

「もう良いよ。……終わらせようか」

 

 そして角を掴んだままユニコーンの巨体を振り上げて叩き付ける。腕が軋んだし、床が割れちゃったけれど女王様は怒っていないみたいだからセーフ。

 

「後で直せ」

 

 ……ですよね。まあ、直すけれど。

 

「もう貴様もゴリラの範疇だな。では、そのまま押さえ込んでいろ。角の付け根で構わんのだろう?」

 

「ああ、そうさ。流石レキア、以心伝心って奴だ。僕もゴリラ……」

 

「不満か?」

 

「うん、良いね。兄妹お揃いで素敵じゃないか」

 

「だと思ったぞ、シスコンめ」

 

 レキアの背後には大きさだけなら同じ氷の槍。でも、感じる魔力は比べ物にならない上に風と雷まで纏う豪華仕様。随分と気合いが入っているけれど、僕が驚いたのは何処を狙うか言う前に分かっていた事だ。

 

 

「当然だ! 妾と貴様はパートナーだからな!」

 

 風と雷は槍の先端に集まり、僕が角を掴んで押さえ込んでいるユニコーンの角の付け根に突き刺さり、そのまま分厚い頭蓋骨の一部ごと角をえぐり取った。

 

「さて、狙いは……成功だ」

 

 首を落とした時、角は頭に残ったままだった。でも今は完全に切り離されていて、残った身体は塵になって消えていく。角が本体みたいなもんだったみたいだね。正解で良かったよ。

 

「それにしてもレキアも短期間で強くなったよね。僕が入学した頃はモンスター退治に助っ人が必要だって女王様に判断されたのに」

 

「置いて行かれるのが嫌だった、それだけだ。……それよりもそれも狙い通りか?」

 

 短期間での成長速度に驚かされた僕だけれど、レキアの言葉と共に角の重量が増して行く。光を放つ角の根元が少しずつ盛り上がって肉体を再生させようとしていた。

 

 

 

「うん、狙い通りさ。この程度は予想していたし、対処方法も考えているよ」

 

「だろうな。では、さっさとやれ」

 

 おや、これもお見通しか。レキアは凄いなあ……。

 

 

 

「レキアと結婚したら尻に敷かれるね」

 

「い、以外と尽くすタイプ……と思うぞ?」

 

「君は君のままで良いよ」



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家族

 ……前世の記憶は僕に多くの物を齎してくれた。強くなろうという意志を僕とリアスに与えてくれ、記憶が蘇る事が無ければゲームの通りに多くを失い、リアスとの関係も今とは大違いだったと思わされる時が多くある。

 

 でも、弊害だって存在する。この世界で平和に見えて裏ではかなり殺伐とした国の有力貴族であるクヴァイル家の次期当主としてのみ生きていたら平気だっただろう他人の命を奪うって行為は、平和な現代日本の倫理観を学びながら育った八歳までの前世の記憶によって平気な物ではなくなった。

 

 前世の人生が八歳で幕を閉じ、記憶が戻ったのも同じく八歳の時。これでどちらかがもっと長い間生きていたなら倫理観とかの感覚の違いに大きく戸惑い、自らの行為に心を病んだかも知れない。

 幸い……とは口が裂けても言えないけれど、国の為、家の為、大切な人達の為、そんな言い訳を自分にすれば人や、見た目は人でなくても言葉が通じる相手、そんな日本人なら攻撃するにも躊躇する相手の命を奪える。

 勿論、リアルな映像のゲームで攻撃するのとは五感から入って来る情報が段違いで最初は鬱屈とした気分になり、何も知らなくて良いから何も知らないリアスには心配をさせて時には泣かせた事も。

 

「何かあったなら話してよ、お兄ちゃん!」

 

 うん、本当にあの時は傷付けちゃったな。涙をボロボロこぼすリアスを誤魔化そうとするんだけれど、何時もと違って全然誤魔化せなくってさ。

 

 そして、そんな想いをしたくないから僕が意識しているのは戦いの中だからこそ普段通りに振る舞うって事だ。相手の命を奪う際に軽口を叩くなんて不謹慎で異常な行為だけれど、それが僕の心を保ってくれる。その点、夜鶴には感謝しなくちゃね。彼女には事務的に相手を始末する指示が出せる。誰かを挟む事で何処か他人事みたいに思えるんだ。命令している時点で僕が殺すのと同じなんだけれどさ……。

 

 

 

「終わりだよ、ユニコーン。君の相手はもう飽きた。さっさと死んでくれるかい?」

 

「戦闘中に余裕だな、貴様は。無理はするな……」

 

 そして今日も顔と名前を知っている相手の体を乗っ取って復活した神獣の命を奪う時に軽口を叩く。ああ、でもレキアには無理して見えるんだ。そっか、だったらリアスにも分かるだろうし、あの子が居なくて良かったよ。

 リアスは単純で……素直だからレナスの影響を強く受けて強い敵と戦うのが好きになっちゃったけれど、戦いをいやがったり人を攻撃するのが怖いって気持ちが分からない子ではないんだ。だから僕の内心を知られれば心配されるだろう。

 

「確かに君の再生は厄介だし、結合の邪魔も困難だ。でも、一から作り直すのを邪魔するのは別だよね。それに回復に必要な魔力って何時まで持つんだい?」

 

 既にユニコーンは頭の半分まで再生が済んでいて、神獣が生まれ持つ人への憎悪から僕を睨む。でも、僕の言葉に何をされるのか悟ったんだろうね。……ほら、恐怖が目に宿った。

 

「”時の檻(タイム・プリズン)”」

 

 魔法の詠唱ってのは本来必要ない場合が多い。まあ、力を磨けば無くっても使えるんだけれど、動く時の掛け声みたいな物かな? 気合いを入れたい時には口にする。今回もそう。頭一個が入りきらない大きさの空気の箱にユニコーンの頭を閉じ込めた。

 

「自動再生にも魔力は必要だよね? それに重傷でも一瞬で再生するのと不死身は別物だ。何時まで頭だけの状態で生きていられる? さあ! 根比べと行こうじゃないか」

 

 内側からの圧迫と魔力による妨害で空気を停止させて作った箱にヒビが入るけれど、即座に修復、更に外側から補強する。ユニコーンの命と魔力が尽きるのが先か、僕の魔力が尽きるのが先か勝負だ。まあ、勝つのは僕だけれどね。

 

 檻の中から感じるユニコーンの再生と妨害による抵抗、それは暫くの間続き、やがて感じなくなる。真っ黒の箱だから中身は見えないんだけれど、僕の魔法で構築しているから中から魔力を感じなくなったのを感じたよ。

 

「終わったのか?」

 

「多分ね。でも、罠の可能性もあるし暫くは様子見をするよ。多分大丈夫だとは思うんだけれど、万が一出した途端に復活されたら大変だからさ」

 

 謁見の間を見渡せばユニコーンが走り回ったせいで床には蹄の跡が刻まれて、所々に戦いの影響が出ている。先に相手をしていた騎士達は大怪我している人は居ないみたいだけれど、壁も床も調度品も傷だらけ。特に謁見の間なんて血で絨毯がドロドロに汚れてる上に大きく床が割れている所まで。

 

 結構疲れているんだけれど、これを直すのか。ちょっと骨が折れそうだな……。

 

「あーあ。……痛っ!」

 

 大きく溜め息を吐いた時、腕に痛みが走る。ああ、ユニコーンの突進を受け止めた上に持ち上げて床に叩きつけた時に痛めたのか。帰ったらリアスに回復魔法を使って貰おうかな? でも、心配掛けそうで嫌だし……。

 

「何だ。腕を痛めたのか? ……仕方の無い奴め。ほら、見せて見ろ。妾とて回復魔法は使える」

 

「そうかい? じゃあ、お願いするよ」

 

 腕を差し出すとレキアの手元に瑞々しい切り花が現れて、それから零れ落ちる雫が腕を濡らしたかと思うと痛みが嘘みたいに消えていた。

 

「助かったよ、レキア」

 

「……ふっ。友の為なら造作もない。それよりもそろそろではないのか?」

 

 レキアにも言われたし、直ぐに対応する為に警戒しながら檻を消せば中には角だけで肉片一つや血の一滴も入っていない。角の魔力を全部使い切ったから消えたのか。回りを見ればさっきまで悪臭さえ感じさせたユニコーンの血さえ消え失せている。そう、まるで最初から存在しなかったみたいにだ。

 

「……これでヴァールが存在した痕跡は消えちゃったね。家族もそうだけれど、あの子、最後のお別れも出来なかっただなんて……」

 

 サマエルがどうやってターニアに侵入したのかは分からないけれど、ヴァールが生け贄にされたのは唐突な事だった筈だ。心の準備をする前に大切な人を失うなんて幾らでも聞く話だけれど、だからと言って悲しみが減る訳も無い。ニーアはどれだけ落ち込むんだろうか……。

 

 それにヴァールの家の事も有るし、僕に何が出来るんだろう?

 

「……余計な気は回すなよ。あの小僧の死に関する後始末も、ニーアを慰めるのも余の役目だ。女王であり、母である余のな。まあ、今日だけは女王の立場を忘れ母として泣くあの子を慰めてやるさ」

 

「妾も今日は姉として彼奴に接する事にするか。おい、悪いが婚約に関しては今度にして貰うぞ」

 

 ……何だかんだ言ってもレキア達はちゃんとした家族なんだ。なら、僕が口出しする事じゃない。後は任せて帰ろうか。

 

 

「じゃあ、僕は此処を直したら帰らせて貰うよ」

 

「それは助かるが……その前にちょっと待て。目を瞑った状態でな」

 

「ん? まあ、良いけれど……」

 

 戸惑いながらも言われるがままにすれば首に手が回され、唇に柔らかい物が触れる。これってもしかして……。

 

 目を開ければ人間サイズになったレキアの顔が直ぐ近くにあって、少し怒った顔だ。

 

「祝福を重ね掛けしておいた。妾の祝福は”幸運”。運命の分岐点で都合の良い物が現れやすくなる。……目を瞑っていろと言っただろう」

 

 えっ、今のってキスされた? じゃあ、怒ってるんじゃなくって照れてるのか。うわっ、僕まで恥ずかしくなった来た。

 

 

 

「くくく。馬鹿娘が照れて言えないのなら余が教えよう。祝福を重複して与えた場合、その相手以外には二度と与えられなくなる。妖精にとって祝福とはそれ程迄に重要な物だ。心しておけ。……まあ、要するに”生涯貴方をあ……”」

 

「は、母上! そんな事よりもニーアの所にお向かい下さい! ロノスも母上の冗談を真に受けるな! 妾にとって貴様は大切な友人でしかないのだからな!」

 

「……お前、それは婚期が遅れる原因になるぞ? まあ、確かに余は一旦失礼させて貰おうか。では、未来の夫婦に後を任せよう」

 

「母上! いい加減になさって下さい!」

 

 おっと、また慌ただしくなった。家族って良いよなあ。

 

 

 僕にも血の繋がりの有無は関係無く家族と呼べる人達が居る。さあ、早く家族の待つ家に帰ろうか。



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頑張れサマエルちゃん

絵を発注すべく連絡したがログインしていない


 仕事に失敗した後というのは非常に気まずいものだ。特にそれを報告せねばならぬとなれば意気消沈は必須であり、此処で更にネチネチと嫌みを言う上司でも居れば尚更だろう。

 

「うっ、戻るに戻れないのじゃ……」

 

 そんな嫌な上司が居なくても、一晩眠れば嫌な事をケロッと忘れられるサマエルであっても同じであり、仕事を失敗して拠点まで戻って来た彼女は同僚二人が居るであろう部屋に続く曲がり角の前で立ち止まっていた。

 

 今回の仕事は願いを叶えるという契約を行う事で対象を生け贄に捧げられる状態にし、封印された状態の神獣を復活させるという物。契約無しで生け贄に出来たり、光の力と相反する闇の力で復活可能な大量生産の雑魚と違いゲームではボスとして登場した程に力を持つ存在。

 

「と、途中迄は上手く行ってたのじゃ。ただ、ターゲットを間違っただけで」

 

 それでは最初から失敗していたという事だろう。事実、願いを持つ者を見つけ、それが許されない恋仲の二人だからと密会場所に契約を結ぶ為のチラシを置いていたのは間違いでは無いが、その場所は創造主から滅ぼす必要が無いと言われており、同僚は用が無ければ関わらない事にしている妖精の領域。確かにシアバーンは一度レキアに近付いたが、それは彼女の管理する場所に封印が存在したからに過ぎない。

 

 そしてサマエルの失敗の結果、ユニコーンが復活したのは妖精の国の中であり、ブスだの(勘違い)馬鹿だの(こっちは正解。色々な意味で)言われた結果、目に涙を滲ませた上に転んで頭を打った事で泣きながら帰って行った。

 

 せめて八つ当たり気味にその場に居たロノスにけしかけずにユニコーンを連れ帰るなり、生け贄を別の場所でささげるなりすれば良かったのだが後の祭りという奴だ。

 

 流石のサマエルも三歩歩いた程度では忘れず、お昼寝をしてもいないので失敗を忘れていない。だが、何時までもこのようにしている訳にも行かないと思ったのだろう。頬を両手で挟むように叩き、込めた力が強かったのか痛そうにしながらも意を決した表情だ。

 

「ええい! パパ……じゃなくて、ままよ!」

 

 ”どうせシアバーンも好き勝手やってるから大丈夫だろうし、口八丁で誤魔化せば良い”、そんな歯も一口で溶ける程に甘い考えのサマエルだが、誤魔化せる弁舌など持っていれば仲間からアホ呼ばわりされる事も無く、二人が居るであろう部屋への扉が三つに増えていた。

 

「のじゃっ!? か、改装か!? 私様に黙って劇的に住環境を改善したのかっ!? ……ドッキリという奴じゃな」

 

 驚きはしたものの納得したのか腕組みをして何度も頷き、”直ぐに察せる自分こそ神獣将最高の頭脳の持ち主ではないか?”等と追加で三歩歩く前の悩みの理由をすっかり忘れた鳥頭。尚、封印の悪影響が頭に出てるとかそんな救いは一切無い。昔からこんなのだ。

 

「恐らく第二の個室になったのじゃな。ならば私様の新しい部屋は……当然リーダーらしく真ん中じゃ!」

 

 大きなリンゴの絵が描かれた壁に並んだ真っ白な三つの扉。上になにやらプレートが貼られているが注意散漫で気が付かず、真ん中の扉の取っ手を掴む。グニュッという感触後にベタベタの手触り。

 

「……甘いのじゃ」

 

 手に着いたそれを舐めてみれば優しい味わいの甘さ。何という事だろう。真ん中の扉は壁の窪みにぎっしりと詰めて形を整えた白餡だった。

 

「いや、なんでじゃ? 意味が分からんのじゃが。……うん? 何やら書かれているの。えっと……”大外れ 尚、サマエルは多分プレートを読まずにドヤ顔で引っ掛かる”? ……ドヤ顔とはなんじゃ?」

 

 此処で悪戯がまさかの不発。サマエルのお馬鹿な行動を読んだシアバーンでもお馬鹿加減の読みは甘かったらしい。まさしく彼女の手の中をベッタベタにしている白餡の如く。

 

 首を傾げながらも微妙に首が疲れる高さに設置されたプレートを見れば右から『本物』『大外れ 尚、サマエルは多分プレートを読まずにドヤ顔で引っ掛かる』『本物?』。真ん中の扉が白餡だったので直ぐに左の扉に向かうサマエルだが、ちょっと待てよと思いとどまる。

 

「……幾ら何でも怪しいのじゃ。あの性悪が素直に正解を提示する訳が無い! にょほほほほほほ! 私様の洞察力を甘く見たな、シアバーン! 正解は……”本物?”の扉じゃ!」

 

 左端に扉を開けようとして動きを止めたサマエルは華麗な横飛びで右端の扉の前に着地する。まっ平らな胸を反らして自信満々に笑い、取っ手を掴んで扉をバッと開ける。壁の凹みに扉をはめただけだった。

 

「……のじゃ?」

 

 何があったのか即座に理解出来ない彼女。ビックリして固まって、足下に覚えた違和感に視線を下げれば底が見えない程の空洞。簡単に言えば落とし穴だ。彼女が両手を広げでも足りない幅の穴。当然、落ちた。

 

「のじゃぁあああああああああああああっ!?」

 

 どうにか助かろうと壁に向かって手を伸ばすもツルツル滑る。掘ったのは最近の筈なのに苔だらけ。現実は非情、ただ落ちて行くのみ。

 だが、そのまま落ちて行くのならば神獣将など務まらない。実際に三歩で反省を忘れる鳥頭であっても彼女は人を一切合切滅ぼすべき創造された存在なのだ。何度伸ばしてもツルツル滑る壁であっても諦めずに掴もうとし、遂に指先が壁に刺さった。幾ら小柄な少女の矮躯でもそれなりの重量は有るのだが、壁に刺さった指先三本で止まっていた。

 

「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬっ! おのれ、シアバーンめ。私様を侮った報いを受けさせてやるのじゃ」

 

 曲げた指先に力を込め、勢いを付けて上に飛ぶ。深い深い穴を落ちていたにも関わらず指先の力だけで脱出し、勢いが付き過ぎて天井に激突してしまった。

 

「……こ、これで二つはクリアしたのじゃ。ならば最後の一つこそが正解」

 

 転んでぶつけた所を天井に更にぶつけ、頭の上を星が実際に回っている。これもまたリュキが創る時に設定した要素である。

 

 フラフラしながらも最後の一つの取っ手を掴む。そのまま開ければ今度は金ダライが降って来た。カーンッと良い音が響き渡り、今度こそサマエルは気絶した。目玉をグルグル回転させて、巨大なタンコブが腫れ上がる。

 

「のじゃ……がくっ!」

 

 大の字に伸び、星とヒヨコが顔の上をグルグル回り、その体は一瞬で転移した。

 

 

 

「ありゃりゃ、サマエルったら気絶してるっすね。シアバーン、急にリフォームするとか言い出したけれど何やったんっすか?」

 

「ん~? ちょっと部屋の配置換えですよ? こう見取り図を区分けしてランダムに配置換えしただけで、後は適当に罠を配置しただけですって」

 

「その罠に味方が引っかかってるんっすけれどね!?」

 

 何時も三人が過ごす部屋にて天蓋付きのベッドに寝かされたサマエルの顔を覗き込みながらラドゥーンは責める視線をシアバーンへと向けていた。その相手は安楽椅子でリンゴジュースを飲みながら気にした様子は微塵もないが。

 

「選択肢を三つ提示されたとして、その中に正解が含まれていると思うのは安直だと思いませんか? あひゃひゃひゃひゃひゃ! 敵も悪戯して来る相手も変わらないでしょうにねぇ!」

 

「敵って……自分達は兄弟みたいな物っすよ? 自分は長男……いえ、長女っすね」

 

「じゃあ私が今は長男で、その内次男ですね。そして我らが愛すべきアホの末っ子サマエルですが、多分自分が長女だと主張するんでしょうねぇ。後で悪戯の文句を言われそうなので暫く出掛けて来ますね。失敗の罪悪感については今回の怒りで忘れるでしょうし、今回の怒りも明日には忘れるでしょうけれど……長男復活の為に必要な物を帝国に取りに行かなくては」

 

 細長い腕で気絶したままのサマエルを撫でたシアバーンは少し傾いた帽子の位置を直すと飛び上がり、そのままその場から転移して消えた。

 

 

「自分の完全復活の為に帝国に? ……駄目だ。その辺も忘れてるっす」

 

 どうしても思い出せない記憶を取り戻そうと想起するも無駄に終わる。この記憶を戻すには何か特別な物が必要だろう。

 

 それこそロノス達も欲している帝国が管理するダンジョン”忘れじの洞窟”の”追憶の宝珠”でもなければ。

 

 

 

 そして同時期、帝国からクヴァイル家にとある申し出があった……。




これでエピローグ


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五章
ロノスの悩み


新章

絵を発注完了です


随分感想が来ずに進んだ


「さて、どうしたものかな……」

 

 深夜、寝付けなかった僕は天井を見上げながら呟く。どうも最近は考えなければならない事が多過ぎる。先ず最も重要なのはリアスからもたらされた情報。お姉ちゃんについての事だ。

 

 あれは僕が妖精の国ターニアから屋敷の庭に直帰した時、僕の姿に気が付くなりあの子は窓から飛び降りた。着地の時の音と地面の陥没は……うん、忘れよう。筋肉は脂肪より重いとか、衝撃を和らげる為に地面を強く踏みしめたとか、色々と理由は見つかるんだし、僕は庭の惨状なんて見ていないし、即座に響いた庭師の悲鳴なんて聞いちゃいない。……あっ、僕の個人的資産から普段のご褒美に特別手当てを出しておこう。

 

「ちょっとリアス。窓から飛び降りるのは良いんだけれど靴は履いておきなさいって。足の裏が汚れるんだから」

 

 ベッドで寝転んで僕を待っていたのかリアスは裸足だ。別に素足をさらすのがはしたないと迄は言わないけれど、流石に裸足で地べたを歩くのは見逃せないから注意したんだけれど、何時もは僕の言葉に直ぐに反省してくれる素直な妹はこの時は違った。えらく慌てた様子で周囲の様子を伺い、着地音と衝撃で何事かと慌てた様子で顔を覗かせた使用人達の姿を見るなり僕の腕を掴んで走り出す。

 

「お兄ちゃん、こっち!」

 

「ほら、人前ではお兄様って呼ばないと」

 

「今は許して!」

 

 今更リアスが窓から飛び降りた程度じゃ屋敷の者はメイド長以外は其処まで反応しないだろうし、実際リアスが原因だと察して直ぐに仕事に戻って行ってるのに何を慌てているんだろう? 急に引っ張られたせいで僕の体は凧みたいに空中をユラユラと動き、子供でもないのにちょっと楽しい。今度リアスにもやってあげたら喜びそうだな。

 

「リアス、何があったの? 君らしくもない……

 

 窓から飛び降りるのも、僕をこうやって強引に引っ張って行くのも何時ものリアスだけれど、窓から飛び降りるにしても着地の時に上手く衝撃を殺すのが何時ものこの子だ。でも、今日は乱暴に着地なんかしちゃって随分と慌てている。確かに落ち着きのない子だけれど、これは流石に変だ。

 

 クヴァイル家の令嬢ともあろう者が窓から飛び降りた衝撃で庭を荒らすだなんてさ……。

 

「うん、凄く良い事が判明したの! だから内緒の話をしに行くわよ、お兄ちゃん!」

 

「良い事?」

 

 普段ならレナも巻き込むだろうリアスが僕にだけ話すって、もしかして初恋でも……は絶対有り得ないとして、順当な所で前世関連か。あっ! もしかして二人共忘れていた情報を思い出したとか、帝国の例のダンジョンに入る方法を思い付いたとかかな?

 

 何せ情報が少なさ過ぎる。入って来る情報は前世での知識からして厄介な事件に繋がるって分かっていても、それをどうすれば丸く収められるのか、それを判断する為の情報が足りないんだ。だから忘れている情報を思い出す為に帝国に伝わる秘宝を使いたいんだけれど、リアスが何か思い出すなりしたのなら助かるや。

 

 

 

「それで何なんだい? ”魔女の楽園”絡みの事だろう?」

 

 リアスに連れて行かれたのは庭の隅に設置されたポチの小屋の前。窮屈なのは嫌いだから雨の日以外は自分で扉を開けて外に出ている賢い我がペットは丸くなって居眠り中だ。周囲には牛の骨が散乱しているし、ご飯の後だったみたいだね。

 

「……キュイ? キュイキュイキュイ!」

 

 スヤスヤ眠っていたけれど、僕が近付くなり気が付いて顔を上げる。そのまま”遊んで遊んで”と、鳴いて甘えてくる愛くるしい姿に胸を締め付けられた僕は思わず寝そべった背中にダイブして羽毛の感触を堪能させて貰ったよ。あっ、脇腹を撫でて欲しいんでちゅね~。分かりまちたよ~。

 

「ちょっとお兄ちゃん! もー! 相変わらずポチに甘いんだから。……お姉ちゃんの行方が分かったから教えてあげようと思ったのに」

 

「……へ? 今、何て?」

 

 左右の手でポチの脇腹をワシャワシャ撫でていた僕の耳に入ったあまりにも予想外の情報。思わず手を止めればポチが不思議そうに顔を向けて来る。ごめん、今はちょっと遊んでいられない。慌てて起き上がりリアスの目を見る。冗談じゃないのか。いや、そもそも冗談でこんな事を言う子じゃない。そして僕はお兄ちゃんだ。妹の言葉を疑うものか。

 

「えっとね、実はテュラが私に接触して来たの。ゲームでは私達の人生を狂わせた奴だし、何よりもお兄ちゃんを襲った奴だから気の済むまで顔面殴打してやろうと思っていたんだけれど……話をしてたらお姉ちゃんだった」

 

「ちょっと待って。お姉ちゃんが僕達みたいに転生している可能性は考えていたけれど、テュラっ!?」

 

「うん、そうなの。ドライアドから貰った嘘を見抜く薬を使ってたから騙そうとしていないって分かるし、抱き締めて頭を撫でて来たんだけれど、間違い無いと思うの」

 

「……そうなんだ。君はそう思うんだね」

 

 妹の事は信じる、それは間違い無い。絶対に僕に向かって嘘は言っていないんだろう。でも、テュラは別だ。そもそもゲームでも言葉だけで傲慢な悪役が従うなんて実に怪しいし、女神なら洗脳や精霊の薬を誤魔化す事だって可能な筈。記憶を読みとって話を合わせるって事も可能だろう。

 

「あのね、確かにお兄ちゃんも襲っただろうけれど、お姉ちゃんはお兄ちゃんがロノスになっているだなんて知らなかったし、私達が居るって事だけは神の力で知っていたらしくって……」

 

「……そう。安心して。相手がお姉ちゃんで誤解の末なら僕は恨まない。知っている話の世界でたった二人を捜す事になったとして、まさかドンピシャで悪役に転生しているなんてどんな低確率だって話だよ。それこそ誰かの意志で転生したんじゃなかったらさ」

 

 不安で悲しそうな顔の妹の頭に手を乗せる。兄と姉が敵対するだなんて甘えん坊の妹には耐えられないんだろう。だから嘘は言わない。本当にお姉ちゃんだとしたら、僕達を探す為の行為の末なら許すし、巻き込まれたアンリへの償いは僕がする。誰かの意志でのって話だけれど、テュラは女神だ。そんな存在に転生させられるだなんてどんな存在だから有り得ないとは思うんだけれど。

 

 いや、この世界への転生の時点で尚更か。それでも限度って物がある。

 

「相手がお姉ちゃんで、ちゃんと僕達の事が伝わっているなら何も問題無いさ。リュキの悪心と神獣にのみ警戒しよう」

 

 

 ……お姉ちゃんが転生したってのが本当なら、の話だけれど。

 

「良かった。お兄ちゃんが”例えお姉ちゃんでも絶対に許さない”とか言ったらって不安だったの」

 

「僕がリアスの話を信じないって不安は?」

 

「え? 何で? お兄ちゃんったら変な事言うのね。そんな事よりもご飯の時間が近いし急ぎましょう。ポチ、後で遊んであげるわね」

 

 すっかり安心した様子でポチを撫でたリアスは屋敷の方に向かって行く。多分メイド長が怒りのオーラで待っているんだろうけれど言わないでおこうか。

 

 ……あの子、分かっていないのかな? 僕達が前世の記憶を取り戻しても人格が塗り潰された物じゃなく混ざった感じになったみたいに、お姉ちゃんだって僕達の知るのとは別人なんだよ?

 

 前世のままの人格の僕達が武器を持って魔法で戦えた? 無理に決まっているじゃないか。日本の一般人として生きて来た僕達が転生して過ごしたのは魔法が存在する世界の貴族社会。二つの意味で別世界で別人として生きて、僕達がどうなったのか考えてごらん。

 

 ……僕達でさえこうなのだから、神としての人生を過ごした人がどうなるのか。あの人のままなら邪魔者だからって人を殺そうとはしなかった。

 

 

「でも、気持ちは分かるんだよね」

 

 僕がこうして考えていられるのは実際に会っていないから。会った時、僕はどんな風に考えるのだろうか……。



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続・ポンコツくノー夜鶴ちゃん

汚い仕事、するする詐欺にならない為に


 天網恢々何とやら、世の中に悪の栄えた例無しとは言うけれど、同時に悪の根も絶えた事が無いのが辛い現実だ。

 

「ひ、ひぃっ! 命だけは! 命だけはお助けを!」

 

 夜の闇が広がって、月の光も厚い雲に遮られた村の中、命乞いをする肥満体の男に刃を振り落とす。切れ味が鋭いからか手には殆ど感触を感じさせず骨まで切り裂いたけれど、それでも命を奪ったって感触は残る。

 

「……もう終わりか」

 

 村の周囲は時間を停めた空気の壁でグルリと囲み、抜け穴は途中で潰している。振り返れば村中に危険を知らせる為に半鐘を設置した見張り台が倒壊していて、直ぐ側の建物の陰ではさっき殺した男が視線で合図を送り僕を襲う筈だった男達が背中から刺し貫かれて死んでいた。

 

「主、掃討が完了致しました」

 

「そう。ご苦労様」

 

 僕の周囲に集まって跪いた”夜”達。ずらりと並んだ同じ姿の彼女達は皆揃って機械的な感情を見せない表情を浮かべ、村一つ皆殺しにしたのに返り血を浴びた様子は一切ない。当然だ。この程度の相手に返り血を浴びる筈が無いんだから。

 

 報告を受け、労いの言葉を掛けた所で僕は表情を緩める。ふぅ。こういった仕事中は心が死ぬから辛いんだよね。だからって僕がしないとリアスに回って来るしさ。ゲームでは”聖女の裁きよ”って言って盗賊の村に魔法を降り注がせていたっけな。

 

「それにしてもどれだけ片付けても次から次へとしつこいし、台所の油汚れを掃除する気分だよ。まあ、僕は台所の掃除とかしていないけれどさ」

 

 この日、僕は戦争中の敵国に攻め行った訳じゃなく、この村はリュボス聖王国の領土内の村だ。でも、僕は此処の連中を国民とは認めない。国を蝕む害悪だ。

 

「違法薬物の密売組織か何かは知らないけれど、共和国で活動中なら共和国だけで行動して欲しいとは思わない? こんな連中に舐められたって事実だけで国の名前に傷が付く」

 

 今日は偶に依頼される”汚いお仕事”。何でも開拓事業の一環で新しい村や町を作っているんだけれど、共和国で活動している悪党共が地方の役人に賄賂を渡して商品の原材料の生産拠点を作ってしまった。

 

 当然潰すんだけれど、舐められたって広まれば他の連中にも侮られる。だから闇に紛れてこっそり始末するんだ。……大勢を殺してでもね。魔法で遠くから攻撃すれば感じる物は違うんだろうけれど、それは逃げだと思う。僕は命を奪っている自覚を忘れちゃ駄目なんだ。

 

 ちょっと昔、未だ慣れていなかった頃の僕は酷いもので仕事後には気分が最悪で体調崩していた。それを見かねて夜鶴が提案して来たよ。

 

 

「主、人の命を奪うのは私にお任せ下さい」

 

 僕の事を思っての提案だけれど、受け入れる訳には行かなかった。だってさ、命令して殺させるのと自分で殺すの、この二つの何処が違うんだい? 人に任せれば目を逸らす言い訳が出来るってだけだ。

 

 

 

「じゃあ、帰ろうか。……ポチに乗って来られたら楽だったんだけどね」

 

 体力的にはほぼ万全で、精神的にはクタクタだ。それでも笑顔を浮かべながら明烏の柄に手を添える。僕が村の外に向かって歩く度に村の中心からひび割れる音と一緒に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、壁を消して村の外に止めてあった馬車に乗り込むと轟音と共に崩落。明日には災害で村が全滅したって発表されるだろう。

 

「捕らえて先に連れて行ったボスは何時まで持つかな? 事故が起きた時の為に幹部数人も一緒に連れて行ったけれどさ」

 

 フードで顔を隠して進んだ先には馬車で待つ顔を隠した御者の姿。そのまま乗り込んだ馬車に揺られながら呟き、備え付けのソファーに身を任せる。一般的には不幸な事故として、横の繋がりで村について知っていた連中からすれば関係各所に頻発する災害に見せしめだって分かるだろう。

 

 恐れて遠ざかるなら良し。報復に出るなら叩き潰す。……ああ、それにしても前世で好きだった魔法の世界も世知辛い。

 

「現実は結局現実だって事だね。さてと、今夜の宿までどうやって時間を潰そうか」

 

 ポチは目立って警戒されるから馬車で来たんだけれど、お陰で今夜中に帰れないからクヴァイル家の別荘に宿泊するんだけれど、村から別荘まで結構な距離がある。こんな仕事の場合は互いに顔を隠していて御者には関わらないのが暗黙の了解だし、だとしたら……。

 

「退屈だし話でもしよう。出ておいで」

 

「……はっ!」

 

 壁があるけれど一応声を殺し、御者からは死角になる位置に夜鶴が現れる。さっきまでの機械的な無表情は仕事用、今は少し緩んでる上に何かを期待している顔だ。

 

 あー、成る程。僕も分からないでもないんだけれど……。

 

「あ、主。退屈なのでしたらトランプでもしましょう。私、分体相手にポーカーで最近連戦連勝なので強いですよ」

 

 違ったか。いや、少しは期待したんだけれど、違ったなら仕方が無いね。夜鶴は胸元に手を突っ込んで谷間からトランプを取り出すんだけれど、まさか仕事中にずっとそんな所に仕込んでたの? 馬車に置いておけば良かったのに。

 

 得意そうに胸を張り、フンスって感じで鼻息をする彼女だけれど、谷間に仕込んだトランプを無理に取ったせいか胸に巻いたサラシが少し緩んで右側は少しピンクが見えている気がするけれどマジマジとは見ないでおこう。それが礼儀だ。気が付いたら直しちゃうし。

 

「所で何か賭けての勝負?」

 

「ええ! 何かあった方が盛り上がりますし、次に夜伽の機会があった時に参加する権…利……いえ、何でもありません。自分相手ですから賭事はしていませんよ」

 

 ドヤ顔だった癖に途中でトーンダウン、それで誤魔化せると思ったのとか、勝手に何を決めているんだとか、これってお仕置きが必要な案件だよね? うわっ、何とか誤魔化せたって顔だよ、あのポンコツくノ一。

 

「まあ、良いよ。早速始めよう」

 

「手加減はしませんよ!」

 

 ちょっと呆れそうになるけれど夜鶴は気が付いていないのか得意そうにシャッフルしている。でも、連戦連勝については詳細を分体である”夜”達から聞いてるよ?

 

「所でその勝負って一方的に視界情報を共有して手札見ているんだって? 幾ら自分の一部相手でも卑怯じゃない?」

 

「にゃっ!? 何でその事をっ!?」

 

「相談されたんだよ。本体が汚いって」

 

「ふぁっ!?」

 

 畳み掛けるように次々に指摘すれば動揺からかトランプを落とす。ドヤ顔を向けた相手からイカサマ指摘されたら恥ずかしいよね。でも、この程度じゃ終わらない。

 

「記憶の共有をする日まで間があるから分からなかったんだね。まあ、暇だから相手をするけれど……君が負けたら今夜泊まる宿での服装は全裸ね」

 

「んなっ!?」

 

 これで夜鶴は思考能力が激減、僕の勝利だ。最後の提案で限界まで達したのか固まってしまったし、勝負自体が無かった事になりそうだけれどお仕置きの意味も有ったから別に良いや。ちょっと惜しい気もするけれどね。

 

 あー、でもセクハラかな? 一晩中肉体関係結んだばかりだから調子に乗っちゃった。後で謝るとして、本当に罰ゲームをする事になっても全裸は無しにしよう。

 

 僕的には下半身だけ露出とか濡れて張り付いた服が透けてるとかの方がエッチな気がするんだよね。

 

 

「あ、あの、主。私はそれで構いませんので……えっと、護衛は密着して行った方が? ベッドでもお風呂でも……」

 

「いや、密着し過ぎると護衛が難しいよ?」

 

 この期待した顔、まさかわざと負けて、その後の事を期待しているな。

 

お仕事の後で気が高ぶっちゃった?」

 

 目を逸らしモジモジしている夜鶴は顔を真っ赤にして可愛らしいし、色気だって感じる。ちょっと前、肉体関係を持ってしまってから偶にこんな風になっちゃうのは仕様なんだろうか?

 

 前の世界じゃ柄頭から刃先までで三メートルもある太刀が記録に残っているらしいけれど、夜鶴は刃だけで三メートルの太刀……それが自分自身を使う為に作り出した肉体。昔はもっと無感情っぽかったのに、どんどん人間臭くなるのは良いんだけれどさ……。

 

 

 

 

「流石に戻って来てから毎日誘われるのは身と心が持たないから。……自重しようね?」

 

「は……い……」

 

 うーん、本当に夜鶴の扱いをちゃんと考えなくちゃな。しにくいけれどパンドラに相談しよう。

 

 

 

「あっ、お帰りなさいませ」

 

 そんな風に悩む僕を別荘で出迎えたのは手を使わず足と首だけでブリッジしているプルートだった。……はい?




絵、発注 次は誰でしょうねえ


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兄妹と臣下達

「大変お見苦しい姿をお見せしました。私は平気なのでお気になさらずに」

 

「いや、プルートのアレは予知が発動した時に無意識にしちゃうんだし、寧ろ君の方が気にして……って、こっちの言葉を予知して先に返事するのは止めなって」

 

「癖なもので。それに若様はお気になさりませんし、ボーダーラインはしっかり理解していますので」

 

 ちょっと妹には知られたくない仕事の帰り、知られたくないセクハラ的なやりとりを夜鶴に行いながら向かった先で待っていたプルートとの会話がこれ。うーん、相手の反応を文字通りに先読みしての会話って、流石は本物の予知能力者。ゲームでの好感度を教えてくれるポジションなだけあるね。

 

「それで……今回は僕の言葉を聞いてからね? それで何用なんだい? 今回は極秘の仕事、君には秘密だなんて無意味なんだろうけれど、その後の宿泊先に来るだなんて。……何か変な事言った?」

 

 今度は言葉を遮らないと思ったらクスクスと笑っているし、まさか直ぐ後に僕に何か起きるの!? それか僕がポーカーで勝ったら今晩は全裸って夜鶴に命令した癖にセクハラに怒った賭け事の女神に罰を受けたのがバレてる?

 

 いや、まさか何度やっても僕は全部ブタで夜鶴は交換無しで役が完成しているとかどんな偶然? マジで賭け事の女神が怒ったんじゃ……。

 

「ふふふ、申し訳有りません。この通り黒髪に黒眼、そして闇属性の使い手の私に備わった予知能力。侮蔑を向けられながらの会話に辟易して相手の言葉を先に知って返事をする癖が付いてしまったのですが、相手も私との会話が嫌なのか不気味がっても”ちゃんと会話をしろ”とは文句は言いませんでした。でも、クヴァイル家ではそんな事が無くて、知っていても変な気分なのですよ」

 

「まあ、ウチはお祖父様が使える物は徹底的に使うって方針だし、使用人も家の者もそんな躾を受けているからね。……あれ? だったら文句言われるの分かっていて先に返事してた?」

 

「ええ、していました」

 

 うわぁ……。しれって言ったよ、この人。なんかコミュ力低いのか高いのか分からないなあ調子が狂うね。ちゃんと会話をしないようで、こっちが怒らないラインを攻めて来るんだからさ。

 

「まあ、冗談は此処からもにして……」

 

「未だ続けるんだったら流石に怒るよ? 具体的には減給だよ?」

 

 うん、レナ達母娘もそうだけれどクヴァイル家の家臣ってどうも個性が強くない? メイド長もそうだけれど、主である側の僕が圧倒されてるって感じでさ。

 

 別に低姿勢のイエスマンな部下が欲しい訳じゃないけれど、どうもなあ。

 

「ええ、だから此処からは真面目にしますが、一昔前のアース王国ならば鞭打ちなり陵辱なりしていますよ」

 

「僕は王国じゃなくて聖王国の貴族だし、叔母上様が王妃になってから貴族の横暴な行動には規制されているよ。それよりもさっきから全然話が進まないんだけれど、会話を楽しみたいなら仕事を終わらせてからお茶でも飲みつつしよう」

 

「……読まれていましたか。実は明日から暫くパンドラ様のお供で聖王国の方に向かう事になりまして、先に若様にお伝えすべき予知が。帝国からあった養女とのお見合い話ですが……単眼単腕単足の巨人の姿が浮かびました」

 

「それって……」

 

 プルートが口にした怪物、確かゲームのボスとして終盤に登場した奴……だったとは思うんだけれど詳しくは覚えていない。どんなイベントで会うのか、どんな戦い方をするのとかも。その為にも帝国の例の秘宝を使いたいんだけれどさ。

 

 その怪物がゲームに出ていた奴だとも、そうだとしてもゲーム通りの強さとは限らないんだけれど、準備だけはしておこう。この世界じゃモンスターを倒す事で内部のエネルギー的なのを吸収する事でゲームみたいにレベルが上がって強くなるみたいな事は分かっているけれど、レベルが幾つなのかも確かめられないし、同じレベルでも元々強かったり普通に鍛えている方が強い。まあ、技術だけでも少しは磨いておかないと。

 

 待ち受けて居るであろう強敵の情報に頭が痛くなりそうになる僕だけれど、それは小さい頃から分かっていて、その準備は進めて来た。うん、どうにかなるさ。

 

「……それともう一つ。つい先程発動した予知ですが、第三演目が終わり次第抜け出して、連れの方と共にピンクの屋根の宿にお向かい下さい。その三階の部屋の窓から下を見れば良い事が有るでしょう」

 

「具体的な割には最後は抽象的だね」

 

「私の予言はそんな物ですよ? 使える時と使えない時の差が激しいので。どう致しまして」

 

「まあ、助かったよ。ありが……だから先に返事しない」

 

 ……本当にペースを握られるなあ。

 

「ああ、言い忘れる所でしたが……」

 

 未だ何かあるんだ。ちょっと疲れたから風呂に入って休みたいんだけれどさ。

 

 

 

「……生き返る」

 

 プルートから伝言を受けた後、既に用意がされているって言われたお風呂へと向かう。広いお風呂に一人きり、慣れてはいるんだけれど寂しいとも思う。所で夜鶴と夜が警備をしているらしいけれど、もしかしてお風呂場にも潜んでる?

 

 ちょっと見渡して探してみるんだけれど、どうやら隠れている様子はない。本職相手に完全に見抜けるとは思えないけれど、僕だって少しは訓練受けているしさ。

 

「この間は凄かったよね。……居ないのか」

 

 少し前に起きた夜鶴達によるお風呂場突入事件、アレは凄かった。正直一度体験してるし、次起きたら僕の方から関係を結びたいって言い出すかも。でも、どうやら今回はゆっくり休んで欲しいらしい。気遣いまで出来る良い子でうれしいんだけれどさ……。

 

「いや、厚意はちゃんと受け取ろう。そっち方面の働きばかり期待しちゃ駄目だ」

 

 湯の中に潜って煩悩を追い出し、そのままのぼせそうになるギリギリまでお風呂を堪能した僕はそのまま寝室へと向かう。

 

 

「……間違えました」

 

 そして開いた扉を閉めた。今、腕をベッドに縛り付けられた夜鶴の姿が見えた気が……。

 

 

 

 

 

 

 

「では行きますよ、姫様?」

 

 お兄ちゃんがお仕事で出掛けている間、私は私で修行を頑張っていた。レナスから受けた修行は兎に角ハードな基礎訓練と実戦形式の組み手の繰り返し、後は自分で要不要を判断して頑張れっていう物。

 

「バッチ来ーい! 今日こそ完全完璧にしてみせるわ!」

 

 時間は夕食後、私の足下には肩幅より少し直径が広い程度の円で、目の前には使いやすい大きさに割る前の薪の山とその隣のレナ。そして私の手にはハルバート。それを何時も通りに構えた時、常人の放つ弓矢以上の速度でレナが薪を投げる。私の顔面に向かって迫ったそれにハルバートを振るえば四つ(・・)に分かれて私の背後に置かれた荷車に落ちる。

 

「はい、一発目から駄目ですね。爪先が出ていました」

 

「え~!? マジでっ!?」

 

「ええ、マジです」

 

 レナったら何時もはおふざけ全開だったり、生殖本能のままにお兄ちゃんを誘惑してはメイド長に叱られてる癖に修行に関しては厳しいんだから。

 言われてみて確かめれば数ミリだけ足が円から出ていたし、私もまだまだね。

 

 この修行のルールは二つ。薪を綺麗に四分割する事と円から出ない事。つまり薪が刃が届く距離に来たら真っ二つにして、通り過ぎる前にもう一度斬れば良い。一見すれば簡単みたいだけれど、踏み込みの加減とかが難しいのよね。

 

「次っ! どんどん投げて!」

 

「ええ、勿論一切容赦無しで行かせていただきます」

 

 投げられる薪の速度は毎回微妙に変わり、私に向かって来る軌道も複雑。レナスが言うには速くて正確な攻撃の修行なんだけれど、苦戦する自分が未熟だって思わされるわね。

 

 

 

 

 ……でも、私は今よりもずっと強くならなくちゃ。お姉ちゃんを封印から解放する為にも今よりも遙かに、それこそ神様さえ倒せる程に……。

 



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決定事項

 それは遂に学園に入学する為に王国の屋敷に向かう前日、二人だけの前祝いと称して人払いをした僕達はこれからの方針について話し合っていた。

 

「先ず、大前提として僕達の目標が何かは分かっているね、リアス?」

 

「ええ、当然よ。お兄ちゃんったら私を馬鹿か何かと思っていない? ”女神テュラの口車に乗らず、破滅の未来を避ける”でしょう? 簡単じゃない」

 

「そうだよ。流石僕の可愛い自慢の妹だ。洗脳されたらどうしようもないけれど、ゲームの描写や古文書の記述を見る限りじゃその手の力を持っている可能性は低いだろうね」

 

 正直言って神の力で洗脳されたら人間にはどうしようもないけれど、そんな心配を妹にさせる必要は無いから黙っていよう。少なくとも僕達はテュラがどんな存在か知っているし、従った場合に待つ破滅の未来を避けたいって強く思っている。そんなのがどうにかして洗脳を妨げてくれないかなあ? ほら、違和感によって自力で解除するとかさ。……一応僕が魔法解除の魔法を定期的に使う事にはなっているし、誰かに見られても良いように理由を隠しつつも日記にも書いているからって安心しておこう。

 

「でも、僕達がやるのは他にもだ。それは分かっているね?」

 

「……うん」

 

 ……あれぇ? 今、変な間があった気が。まさか忘れたりしていないよね? テュラの勧誘を回避した後でやらなくちゃいけない事だし、二番目に重要な事なんだけれど。

 僕の言葉に行程はしているけれど眼を泳がせるし、これは忘れてたな。こうも顔に出すだなんて、僕の妹は素直だね。変に表面だけ取り繕うのが上手なのよりもずっと好感が持てるよ。

 

 うちの妹、超可愛い。もう少し眺めていたいけれど、話を戻さないといけないのが辛い所だ。

 

「僕達が勧誘に乗らなかったとして、別の誰かを使ったりして封印の解除を狙うかもって話だよ。確かに確認されている光属性の使い手はリアスだけだけれど、別の大陸にいたり、時と光と闇以外の魔法を使えるようになる”明烏”みたいに光属性を使えるようになる秘宝が存在しないとも限らない。復活した時の戦力として人を集める方針だけれど、封印解除を防ぐのが前提だ」

 

 あくまでも戦うのは最終手段。人材を集めておいて損はないけれど、女神なんかと戦うのなんて正直言って冗談じゃない。リアスは少しだけお転婆だから強そうな相手と戦うのにワクワクしているらしいけれど、兄として妹を危険に晒してなるものかってんだ。

 

 

「分かったわ。そんなのを探してぶっ壊せば良いのね?」

 

「う、うん、まあ、そうなんだけれど、そんな重要そうな秘宝が存在するのかか分からないし、優先順位的には低いかな? 僕達がすべきなのは神獣が封印されている物の確保だ。テュラの復活に必要なのはラスボス前のボスである”リュキの悪心”の完全消滅だけれど、そのリュキの悪心の復活を阻止すれば良い。その為には神獣が封印された物を一個でも良いから確保し、復活をもくろむ連中から守る事だ」

 

「えっと、確か全部の神獣が復活しないとリュキの悪心も復活しないのよね? 何だ、簡単じゃないの。楽勝よ、楽勝! もう勝ったも同然だわ」

 

「……うん、そうだね」

 

 リアスはそんな風に喜んで居るけれど、実はそんなに簡単な話じゃない。確保した所で奪う為に襲撃される事も有り得るし、可能なら複数個確保して点在させてしまいたい。

 

 でも、それをするにはどんな物に封印されているか、どうやって守り抜くのかって話になるし、その”どんな物”についてゲームで描写されていない物も多い上に、されている物だって何処に存在するのか、そんな事は殆ど覚えちゃいない。

 

 

「……矢っ張り帝国の例のアイテムが必要だよね。皇帝の弟が攻略キャラだった気がするし、何とかならないかな……」

 

 そんな風に考えていたのに入学した翌日にリアスに求婚したせいで冷静に相手できなかったり、その後で行方不明になったりで計画は頓挫した。今思えばもう少し冷静になるべきだったのに、僕達は何をやっているんだろう。

 

 

 まあ、あの流れで仲良くすれば皇帝を敵に回す可能性が高かったからセーフと言えばセーフなんだけれどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……回想という名の現実逃避完了。能力バグってる占い師が配下に居るし、探し物なら問題無いしね。そんな事よりも夜鶴に一体何が? 知りたいような知らない方が良いような……。全然理解不能なんだけれど。これ、一発で理解出来る人って世界に何人居るの? ぼくはメイド長以外に思い当たらないよ」

 

 

 鬱屈としそうな仕事を終えて、癒しを与えてくれる妹もペットも居ない別荘でのお風呂上がり、さっさと寝ようと思って扉を開ければ待っていたのは手を拘束されたくノ一の姿。”くっころ”からのエロ尋問に発展しそうな展開って思うのはそれ系の小説の読み過ぎだろうか。

 

 総評・訳が分からない。

 

「本当に何をやってるの? 僕の持ってる本にはその手の内容のは……無いとは言わないけれど。偶にレナによってコレクションが入れ替えられているし、それを見て勘違いしたって可能性も……」

 

 一瞬で扉を閉めたから断言は出来ないんだけれど、腕を縛っていたのは多分その辺から持ってきたタオルかスカーフ、彼女の力なら引きちぎれるし、縄抜けなんて得意な筈だ。

 

 忍者だからね。良いよね、忍者。分身の術っぽいのは使えるし、魔法は苦手なのか火遁の術を魔法で再現するとかは無理だけれど、縄抜けを見せて貰った時は心が躍ったよ。

 

 そんな彼女が縛られて身動きが出来ない? 馬鹿馬鹿しい! そもそもあの肉体はあくまで本体である刀が魔力で作り出した人形みたいな物だ。消せるんだし、誰かに捕まる筈もない。

 

「一瞬何者かに能力を封じられたのかと思ったんだけれど……うん。本当に何をやっているんだろ。真面目な君は何処に行ったのさ」

 

 窓の外を見れば警備の最中なのに姿を現して僕の方を困り顔で見ている分体の姿。分体が出ている時点で能力は健在だし、言いにくい事は有っても今すぐ伝えなくちゃ駄目な事は無いって様子だ。

 

 どうしよう? このまま別室で寝る? 放置して良いと思うんだけれど、叱らなくちゃ駄目なら叱るのも主の務めだし。

 

 出来るなら全部見なかった事にして眠りたいんだけれど、流石にそれは駄目だろうし、仕方が無いので僕の前にわざわざ姿を現した分体に事情を聞く為に手招きした。 

 

 おいで。そして可能なら気苦労が大した事が無い内容でお願いね。

 

 

 

「えっと、ですね。我々夜は元は同一存在だったのに主と共に暮らし、様々な体験をした影響で個性が芽生えていますが、アホ組……いえ、ちょっと行動が変な個体の集まりが暴走しまして。本当に情けなくて涙が出そうです。転んで滑って肥溜めに落ちれば良いのに……」

 

 僕に話を聞かせてくれたのは少し気弱な印象の分体。でも、元は自分だってのに結構な事を言っている。うわぁ、辛辣。

 

「それでアホ組がどうしたの?」

 

「”主はお疲れですが、疲れてる時こそ漲るそうなのでご奉仕すべきです。前回は攻める事が多かったので、そのお仕置きを受けて下さい”だそうで……」

 

「それで夜鶴が捕まったと。……分体って自由に消せたよね? 出し入れは夜鶴の自由なんじゃ……」

 

「複数人に敏感な所を刺激されつつ、本人達が自分でした刺激まで五感共有で味合わされてダウンしました。それでどうしますか?」

 

「どうするって……」

 

 どうしよう。本当に知らない方が良い内容だったよ。何で僕は別室でさっさと眠らなかったんだ? 後悔の念が押し寄せる。

 

 ……そっか。お仕置きされるの待っているのか。据え膳食わぬは何とやらって言うし、向こうが求めるなら……うん。

 

 嫌な仕事の後の気分を発散させたい思いと年頃故の欲望、そしてプルートからの最後の伝言の内容。休みたい気持ちにそれらが少しだけ勝って、僕は部屋の中に入って行く。

 

「あ、主……」

 

 羞恥心と期待の入り交じった潤んだ瞳、うっすら汗ばんだ肌が乱れた衣服から覗いている。まな板の上の鯉、後は僕のなすがまま。

 

 

 だから……。

 

 

 

「じゃあ、お休み」

 

「……え? えっと、主……?」

 

「今日は疲れているんだ。だから……」

 

 横に寝転がった僕に期待を寄せる彼女を余所に瞼を閉じれば戸惑った声が聞こえる。うーん、ちょっと良心の呵責。でも本当に精神的に疲れてるんだ。

 

 そんな僕は不意打ちで夜鶴を抱き枕みたいに抱き寄せると耳元で囁いた。

 

 

 

「明日起きたら思う存分相手をして貰うよ、夜鶴。……あっ、パンドラから伝言。”手を出したのに放置して気に病む位なら愛人扱いにしておきます。程々に”だってさ。じゃあ、宜しくね?」

 

「ひゃ、ひゃい……。お、お慕いしていまひゅ、主……ひんっ! 其処は……」

 

「此処がどうかしたの? 生憎僕は眼を閉じてるから何処なのか分からないんだ。何処を触られているのか教えてくれるかい?」

 

「……主のスケベ」

 

 今の顔、見なくても丸分かりだ。長い付き合いだし、どんな表情なのかが頭に浮かび、ついつい抱き締める力を強めれば鼓動が強くなるのが伝わって来た。じゃあ、明日に備えてゆっくりと眠ろうっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい。お仕置きお仕置き。主の命令だし、容赦しないから」

 

「せ、せめて主からの卑猥なお仕置きが……」

 

「反省してないね。……水ぶっかけようかな。それとも服の中に虫入れる?」

 

 尚、アホ組はマトモな分体達によって捕縛、一晩中逆さ吊りの刑になった。

 

 

 




そろそろ感想が欲しい


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少女は恋に浮かれる

「……ぷっ! ははは、あははははははっ!」

 

 私は手紙を貰った事そのものが少ないけれど、これ程までに笑えた手紙を貰ったのは初めてだ。表面だけ取り繕った”明るい少女”の演技の時に笑い声を上げたとしても、それは勿論演技で心の中は冷め切っている。

 

 ……だからこそ、ロノスさんとその周囲のごく少数と一緒に居る時に感じる楽しさや幸福が愛しいのだろう。

 

「この言葉、有名なお話の台詞そのままじゃないですか。私が知らないとでも思ったのでしょうか? 本当に浅知恵なんですから、あの二人は。……あっ、誤字発見。いえ、これは誤字というよりも……」

 

 手紙の送り主は実の祖父母であり、私からすれば他人同然の二人。向こうだって父親が分からない不義の子の上に忌み子の象徴である黒髪黒眼、その上で闇属性なんて判明してからの態度といったら。

 

 直接殺せば外聞が悪いから食事も衣服も禄に与えず(まあ、元から貧乏な上に、クヴァイル家の新しい街作りの影響で更に貧しくなったんだけれど)、”領地の為に働いた結果の名誉の死”を与える為に危険な仕事も振って来た。死ねば良しで、仕事をこなせば余所に依頼する金が浮く、そんな浅知恵の悪知恵を働かせる二人からの手紙は読んでいて笑いを堪えきれない。

 

「愛しの孫? 心から大切に想っている? ふふふ、変な人達。”娘が遺した”って所が”息子が遺した”ってなってますし、本を読みながら写す時に間違えたんですね。ほら、此処だって私の名前が登場人物の名前になっている」

 

 急にこんな手紙を送って来るだなんて私を笑い死にさせたいのかと勘ぐりながら読み進めていれば本題に入った。まあ、要約すれば”何が何でもロノスさんの寵愛を得ろ”だ。恐らく私と彼が仲良くしているのを噂で耳にしたのだろうが、一緒に届いた小包には”元気になる薬”やら向こう側が透けて見える下着等々、手紙の最後に”万が一学生の身で妊娠しても責めはしない”という文章に隠された本音が伝わって来るみたいだ。

 

「……誘惑するのは私の意志であって、貴方達の命令は関係有りませんよ。鬱陶しいのでこんな物を送って来ないで下さい」

 

 最後の最後で笑える手紙から不愉快な手紙に変わったのを魔法で跡形も無く消し飛ばす。私が彼と仲良くしたいのは私の意志で、家の利害なんて無関係だ。口出しするな、煩わしい。第一、学生の身で子供を作るなんてロノスさんの外聞に関わるだろう。

 

 続いて小包にも魔法を放とうとして手を止める。今度一緒に出掛ける……要するにデートだ。そのまま家にまで送って貰う? いや、恐らく遅くなるし、ちょっと何処かで休憩やら宿泊する可能性も捨て切れ無い。

 

「まあ、家族からの贈り物を消し去るのも悪いですよ。それなりに高価な物みたいだし、貧乏人が物を粗末に扱うべきじゃないし。貰っておきましょう」

 

 いよいよデートは明日、何時も心は冷めている心が踊るようだ。既に胸元が少しだけ開いた可愛い服も用意した。私と親子になれると勘違いしていた男から貰った物を売りさばいた金は結構残っているけれど、もう少し大切に使おう。……幸せが何時までも続くはずがないのだから。

 

「まだ数ヶ月しか経っていないのに遠い昔みたい。あの人達に出会えて私は本当に救われたんですね」

 

 もし階段から滑り落ちた時、ロノスさんが側に居なかったらどうなっていただろう? 大怪我をして、黒髪黒眼だからって助けてくれる人なんて一人も居ないまま道に倒れていた結果、一生残る怪我を負ったと思う。

 

 もし現在付きまとって来ている眼鏡に絡まれた時にリアスさんが助けてくれなかったらどうなっていただろう? あの男は正直言ってアホだ。校則の”生徒は平等”だなんて学校外の事を考えれば建て前でしかないとはいえ、初日から堂々と絡んで来た。アレでも良家の子息だし、そんなのに敵視されている忌み子の私なんて教師でさえ関わりたく無いだろうし、もしかしたら追い出す事であの眼鏡にすり寄ろうとするのも居た可能性も。

 

「……そう言えば上の人は最近静かですね」

 

 ちょっと前まではドタバタと五月蠅い足音で嫌がらせをして来ていた上の部屋の豚みたいな奴だけれど、最近は随分と大人しい。確か”アンダイン様を誘惑するな”とか事実無根の言い掛かりを受けたし、吐き気がするから止めて欲しい。

 

「……おぇ」

 

 想像しただけで気持ちが悪くなった私はベッドに寝転がり眼を閉じる。そうすれば自然と浮かぶのは愛しのロノスさんの顔。唇に触れた彼の唇の感触も蘇って来るし、あんな眼鏡を誘惑するだなんて有り得ない。

 

「だいたい、こんな風に寮住まいな時点で彼と彼女がくっつくのは無理なのに。だって学園近辺に住む場所を用意出来ない貴族が住む場所ですよ? 彼が未だに正式な婚約者が決まって居ないからって、自分が恋仲から玉の輿に乗れるとでもおもったのでしょうか?」

 

 あの眼鏡も豚も勘違いしているみたいだけれど、婚約者が決まっていないのと恋を自由にしても良いのとは全くの別物で、同様に兄弟が居るからって自由な立場と勘違いする連中にも困った物である。”立場が弱い”や”どうなるか未定”なのと”何をしても良い”は全くの別物。

 

 立場が不安定で権限が低くても、何かあれば実家に迷惑が掛かり、それが領民や関係する他の家にまで及ぶのは変わらない。……最近、私の実家と少し関わりのある家の先輩が妖精相手に何かやらかしたと耳にした。内々に処理したから詳細は知らないし興味も無いけれど、その先輩も自分には兄弟が居るから気楽だのと友達に話していたとか。その友達が馬鹿にした口調で広めているのだから笑える。それこそその先輩の影響からか先程笑った手紙が来た程だ。

 

 

「まあ、どうでも良いですね。今はデートの準備、デートの準備。……もう少し露出の高い方が良いでしょうか? いや、でも……」

 

 ロノスさんの屋敷にお邪魔した時に出会ったメイド……確かレナさんだった筈だが、どう見てもロノスさんを性的に狙っていた。あの色気は強烈だ。私が読み齧った知識で中途半端な真似をしても二番煎じ。……既に告白しているし、その上でデートを受けて貰った……脈はある筈。

 

「……んっ」

 

 布団を被り、一応声を押し殺してデートのイメージトレーニング。経験は無いけれど本で勉強はしているし、やっておいて損は無い筈。指先を色々な部分に持って行き、アレコレしていると時間が過ぎて行く。ああ、少しお腹が減ったから何か食べに行こう。

 

 火照った体を起こして部屋から出て、向かった先は食堂。談話室も兼ねていて、誰彼の取り巻き毎にグループに分かれて集まっているのを見かけるが今は少し遅いからか同級生が数人だけ集まって談笑していたが、私の姿を見た途端に固まった。

 

 

「あれ? 皆さん、どうかしましたか?」

 

 この時も私は普段の通りの仮面を被り、ニコニコと笑顔を向ける。ちょっと前までは聞こえる声で陰口を叩いたり、手が滑ったとか言いながら水をかけて来たのに、今じゃ恐怖で顔が引きつって……馬鹿みたいだ。

 

 

 ……夏休み前の試験、筆記はギリギリだった私だけれど実技の方は当然だけれど上手く行って、その結果がこの反応。見事な手の平返し。ああ、なんて馬鹿馬鹿しい連中だ。

 

 ……まあ、私だって幸運で今の力を手にした訳で、それがなければ何をされても黙って耐え、相手が飽きるのを待つしか無かったのだけれど。

 

 にしても最初の魔法実技の授業の時に力は示したのに今こうやって怯えているのは試験の時からだったのだから首を傾げたくなる。

 

 

 どの試験だが数人毎に分かれてのバトルロイヤル形式だった……。

 

 

 




絵は表情差分ありです


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運も実力の内 組み合わせも運次第

「ふふふ、これは試験だから仕方無いわよね?」

 

「そうね。これはそういう試験なんだから」

 

 臨海学校前の試験の最後は実技試験、校庭でのバトルロイヤルだったんだけれど、アリアさんと対戦する事になった女子生徒達は示し合わせたかのように取り囲んだ。いや、実際に示し合わせていたのかな? 対戦相手が発表されてからの短時間でよくやるよ。クジで選ばれたから派閥同士で集まるとかは無理なのに、アリアさんも嫌われたものだ。どうせ”闇属性をボコボコにすれば偉い相手に取り入るチャンス!”とでも思っているのだろうね。

 

「彼奴達、馬鹿ね。腹も立たないわ」

 

 試験だから仕方無いとか言いつつも顔を見ればアリアさんを集団で嬲りたいって感じだし、リアスに馬鹿と言われる始末。……所で馬鹿王子ことルクスが凄い顔で彼女達を睨んでいるけれど、彼女達って確かアース王国の下級貴族……あっ。成る程ね。彼女達は不干渉派か。

 

 アリアさんへの対応だけれど、現在の所は大きく二種類に分けられる。初日のアンダイン(眼鏡が本体)みたいに直接的な嫌がらせこそしないものの、陰口を叩いたりちょっとした陰湿な真似をする連中と、今の対戦相手みたいに話を聞くって形でさえ関わりになりたくないって連中だ。

 

 数百年続いた闇属性への嫌悪は根強いし、彼女達の気持ちも理解しない訳じゃない。友人であるアリアさんへの態度としては腹が立つんだけれどさ。まあ、そんな感じだから交友関係に関して知らないし、知っても有り得ない話だと否定する。大多数が嫌うのだから、噂で仲良くしているという人達も彼女を嫌っているだろうって感じなんだね。

 

「ねえ、フリート。どうなると思う?」

 

「掠り傷の一つでも負わせられたら満点じゃねえのか?」

 

「彼女達は実技の授業の間、ずっと今から袋叩きにしようとしている相手から目を逸らしているのか? それとも多少強くても囲めば勝てるとでも?」

 

 こんな風に僕の友人達もアリアさんが一方的に嬲られる事は有り得ないと考えている。大体、あからさまな事をしているのにアカー先生が注意しないのも実力差を把握しているからだ。この状態で漸く試験として成り立つってね。

 

「それでは場外か降参、もしくは気絶した生徒から脱落とします。始め!」

 

 試験の舞台は校庭に描かれた円の中で始まる。初期位置は自由とし、わざわざ真ん中にアリアさんが向かったのを好都合と円の端ギリギリに陣取った対戦相手達。開始の合図と共に次々に魔法が放たれた。

 

「狙いが雑。あれじゃあ隣を通り過ぎて向かいの味方に当たりそうだけれど、どうするのやら」

 

 炎の矢も隆起しながら直進する土も風の刃も確かにアリアさんの方向に向かっては行っているけれど、ちゃんと命中しそうなのはその内の半数にも満たない。彼女を取り囲むのは四人だけれど、次々に魔法を放ちながらも殆どが見当違いの場所に向かっていた。

 

 まあ、飛び道具を当てるのって難しいからね。実家で魔法を使う特訓は受けても、魔法で戦う特訓を受けているのはごく少数だろう。勿論中にはアリアさんに当たりそうなのも有るんだけれど、彼女には慌てふためいて逃げる様子は見られない。そんな必要が無いからだ。

 

「”ディスパイアレイン”」

 

 アリアさんの呟きは静かに響き、頭上に放たれたのは巨大で荒々しい魔力の塊。円よりも巨大で魔力が空気を叩く音が五月蠅い位に響く。あっ、一人があの魔法に込められた力に腰を抜かして、残りも固まってしまって魔法の連射が止んだ。でも、一度放たれた魔法は解除されず突き進む。詠唱無しで連射性重視だったから威力は低いんだけれど流石に命中すれば掠り傷じゃ済みはしない。残る傷でも負えば良いとでも思って放たれたんだろうね。

 

 此処まで考えた僕だけれど、アリアさんの心配はしていない。だって不要だもの。空に浮かぶ魔力の塊からは拳大の魔力が放たれ、地面に向かって降り注ぐ。

 

「ひっ!」

 

 腰を抜かした子がそれだけ口にして、後は彼女達も彼女達の魔法も数十秒間降り注ぐ闇の魔力の絨毯爆撃によって叩き潰された。それこそ身も心もね。アレは間違い無くトラウマになるだろうさ。

 

 魔法が終わり、朦々と上がった土煙が晴れればアリアさんの周囲だけが無事で対戦相手も地面もボロボロだ。そんな惨状を作り出した彼女だけれど、僕が軽く手を振れば嬉しそうな顔で大きく手を振る。

 

「……なあ、彼奴ってテメェに対して完全に依存しているだろう……おっかねぇ魔法だな」

 

「かもね。まあ、今まで寂しかったんかろうから当然じゃない?」

 

 フリートが少し警戒した様子を見せるけれど、僕にとって彼女はそんな必要の無い普通の可愛い女の子だ。……所で今の魔法って本人以外の敵味方に効果を及ぼす魔法だった気が。確かレベルアップじゃなくってイベントクリアで習得可能な奴。

 

 

「リアス、彼女に何か今の魔法の参考になる物教えた?」

 

「えっと、空中に飛んで相手の攻撃を無効化した上でのからの広範囲魔法なら見せたわ」

 

「そっか。なら安心だね」

 

 急にあんな魔法を創り出したのにはビックリだけれど、ちゃんと其処に行き着く理由が存在するなら問題は無い。

 

 

「いや、何処が安心なんだよ。お前達兄妹とチェルシー以外の殆どがドン引きじゃねえか!」

 

「え? あっ、本当だ。……大袈裟だなあ。フリート達、ちょっと闇属性にオーバーアクションなんじゃないの?」

 

「んなわけ有るか! 俺様は普通だ、普通! お前達が異常で、チェルシーはそれに慣れちまってるだけだ!」

 

「え~?」

 

 確かに速度も威力も申し分ないけれど、リアスの方がずっと上だし、今のアリアさんじゃ勝ち目が薄い相手だって結構知っている僕達からすれば怖くもないし、逆に特訓に付き合ったんだから誇らしくさえあるよ。

 

 

「ロノスさん! リアスさん! 勝ちましたよ! 間違い無く完勝です!」

 

 アカー先生から勝利を宣言されて、気絶した対戦相手達が担架で運ばれて行く中、アリアさんはこっちに駆け寄って来るんだけれど、今まで散々嫌がらせをしていた連中でさえ怯えた顔で道を譲っていた。

 

 そのまま抱き付くのかって勢いで迫った彼女はギリギリで止まり、誉めて欲しいと表情で伝えて来る。

 

「凄い凄い。じゃあ、次は消耗を抑えて完勝しようか? 僕やリアスも手伝うからさ」

 

 本当に人の縁ってのは分からない。最初は不干渉の予定で、会ってからは少しだけ鍛えるだけの筈で、今じゃ告白されている上に嬉しそうに報告までされるんだから。ああ、何か犬の尻尾が有れば激しく振ってそう。

 

 

「……さて、じゃあ次は僕の出番だね。君に言った以上は消耗抑えて完勝して来るよ」

 

 本音を言えばせめてフリートやアンリ、可能ならチェルシーやリアス相手が良かったんだけれど組み合わせに関われていないから諦めるしかない。うーん、この時点で不完全燃焼。

 

 

 相手を侮り過信している? いやいや、僕は自らの才能と努力の結果を確信しているんだ。そして師匠を信頼している。少なくても同年代で軍属の家系でも無い相手に苦戦するなら既に死んでいるだけの経験は積んでる。

 

「さて、さっさと終わらせようか」

 

 目標はアリアさんの半分の消費と試合時間かな? 

 

 

 

 

 

 因みにリアスの内容なんだけれど……僕よりも優先すべき可愛い愛しの妹なんだから記すね。

 

 

「よーし! 気合い入れて思いっきり行くわよー!!」

 

「えっと、君は少しは手加減をして下さいね?」

 

 リアスと組が同じになった生徒達はその時点で絶望し、アカー先生が手加減をお願いする程に気合いが入っている事に膝を折る。うんうん、流石は優秀な妹、凄い評価だ。

 

 

「先ずは”エンゼルウイング”! からの……”ギガントライトナックル”!!」

 

 光の翼で飛び上がり、振り上げた拳に纏うのは巨人の如き大きさの光の豪腕。それを振り下ろした瞬間、全てが吹き飛んだ。

 

 

 

 

「流石リアス! 強い可愛い逞しい!」

 

 

 

 




to4koさんに依頼 サマエル差分あり


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罪と罰

「……うぅ。主、少し長かったのでは?」

 

 一晩続いた生殺しの状態、一度互いを貪りあった仲である主に抱き枕にされるもそれ以上は何も無く、私を拘束するのは主の私物な上に拘束したのは私の分体。端からでは分かりにくいが縄抜けの要領で脱出は無理で、ましてや力業で拘束をはかいしてなど論外。朝日が射し込む中、未だに寝息を立てる主の顔を間近で見るのが恥ずかしく、ふと窓を見ればカーテン閉めていなかった。

 

「……」

 

「……」

 

 警護任務中の分体と目が合う。”アホ組に言いくるめられて何をやっているんだ”と言葉にせずとも伝わって来るようだ。……心を無にしろ。一切の感情を捨て、道具に戻れ。所詮私は意思を持つだけの人斬り包丁、”お疲れの時こそ殿方は漲りますし、鬱屈とした気分を別の何かで上書きするのも臣下の務め”と言いくるめられ、今みたいにまな板の上の鯉状態で主に犯されるのを待っていたなど……気のせいだ。

 

「私は主の道具として仇なす者と戦うのみ。それ以外の事など行うはずも無い。故にこれは泡沫の夢に過ぎない……」

 

「いえ、今は現実と戦って下さい、本体。いえ、ポンコツマゾ忍者夜鶴さん」

 

 

 自己暗示ならず。現実逃避を現実逃避と指摘した分体は窓を開けると(鍵していなかったのか)私に呆れかえったって感じの目を向けた後で鍵とカーテンを閉め、足音を忍ばせて部屋から出て行く。静かに扉を閉めたのに、僅かな音が私にはハッキリと聞こえ、何時までも耳に残るようだった。

 

 

「マゾって……。ポンコツマゾって……。私達、基本的に同一人物の筈なのに……ひゃっ!?」

 

 分体が消えた方に意識を向けていた私の首筋に触れる柔らかい物。それが主の唇だと理解した時にはベッドの中で服が剥ぎ取られ、最後にサラシが解かれる。つまりは主が目を覚まし、昨晩口にした通りに……。

 

 良し、此処は覚悟を決めて……。

 

 

 

 

「くっ! 外道め。何をされても私は情報を吐かん! 殺せ!」

 

 拘束されたくノ一というシチュエーションを存分に発揮して尋問プレイをお楽しみして頂くのみ! 最初は抵抗を見せるものの徐々に与えられる快感に身も心も支配され、最後に完全に支配下に堕ちる! 主の秘蔵の本にそんな感じの女スパイ物があったし、これで問題無いはず。

 

 

 最後に裏切った仲間の所に送り返されるシチュエーションは分体に協力して貰うべきだろうか? いや、蔑んだ目を向けそうなのがいるな。ならば既に仲間が裏切っていて、尋問役と共に捕らえたくノ一を責め立てるという展開で……。

 

 まさか自分が道具だと言い聞かせた後に好き放題されるというシチュエーションを楽しむ事になろうとは。まあ、勿論主限定ではあるが……あれ?

 

「……」

 

「ふふふ、怖じ気づいたか? ならば私を解き放て。それとも下郎らしく嬲る気……」

 

 主、引いてる? いや、確かにお好みの小説の展開の筈! ならば引かれる筈が……。

 

 主の顔を無遠慮に眺めれば困惑の表情を浮かべ、私の演技に乗って”捕らえた密偵の女を尋問と称して陵辱する男”の演技をするでもなく固まっている。……しくじったっ!

 

「えっと、あのですね……」

 

「う、うん。ま、まあ、そんな風なシチュエーションが良かった……んだね。わ、分からなかったや。はははは……。拘束解かない方が良かったかな?」

 

 不味い不味い不味いっ! 当初の予定ではノリノリの主に乱暴に扱って貰う予定だったのが、拘束に使っていたスカーフを解いて貰っていて、今から普通に楽しもうって主の前でとんだ醜態を晒した事に。

 

 尚、主は眼を泳がせている。気を使われているらしい。

 

 こんな筈では無かったのに、一体何処でしくじった? このままでは、このままでは主からの認識が本当にポンコツマゾくノ一になってしまう!

 

 私は思考を巡らせるが、此処から上手く逆転、”暗殺も警護も夜伽も完璧な凄腕くノ一”という認識に塗り替える為の策を練り、三秒で諦めた。

 

 いや、だってどうすれば良い? 手遅れだ、手遅れ。もう、どうしようもない。

 

 

 

「主! 好き!」

 

 こうなれば全部有耶無耶にするだけだ。何か言われる前に主に飛び付いて押し倒しながら唇を奪う。さて、密着した状態で主の服を脱がして……あれ? 

 

「体が…動かない? これは主の魔法……」

 

 起き上がって主に抱き付いたまでは良かったけれど、それ以上は体に絡んだ黒い鎖で動けない。ベッドの上で膝立ちになり、前に傾いた姿勢で時間を止めた空気の鎖で動きを止められていた。

 

「さてと、ちょっとお仕置きが必要かな? お望み通りにするのはお仕置きになるか分からないけれど……」

 

 少し怒った感じの表情を主に向けられ、拘束された状態なのに少し興奮した私に対し、主は先程のスカーフを猿轡にして口を塞ぐ。これから何が……。

 

 

「じゃあ、君のごっこ遊びに付き合ってあげようか。時間が許す限りね。……ポンコツマゾくノ一に相応しい扱いをしよう」

 

 あっ、もうそんな認識なんですね。まあ、良いか!

 

「次の機会があれば呼ぶように希望されていたし、夜からも何人か呼ぶね? 君が嫌なら別に良いんだけれど……」

 

 主の提案に静かに頷く。うん、ちょっと体験してみたいシチュエ……いえ、道具である私が主の提案に異など唱える筈もない。だから私の嗜好は一切無関係だった。

 

 

 だから私は興奮などしていないし、罰として甘んじて受け入れる所存である。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう。たまの休日にこうして読書をしながらお茶を飲むのは良いですが、矢張り仕事が恋しいですね」

 

 安楽椅子に座り、最近話題になっているという本に目を通す。正直言って人の考えは不合理で理解不能な部分も有りますが、それも楽しいとさえ感じてしまう。ああ、人生とは、人として生きる事とはなんと楽しいのでしょうか。

 

 最初は自らへの戒めとして始めた仕事も、それを行う日々は楽しくて時間が経つのを忘れてしまいそうになります。もう数千年……いえ、数十年でしたね。大して変わらないので間違ってしまいますが、もし同僚に知られれば面白くもないジョークを言ったと笑われるでしょう。私、ジョークを口にするタイプでは有りませんから。

 

「さて、ちょっと空気の入れ換えを……」

 

 私にあてがわれたのは指揮下の子達よりも些か広い部屋で、本棚とベッド以外は少々の服を入れた衣装ダンスがあるだけ。化粧鏡? いえいえ、私には不要な物です。化粧品で整える必要は有りませんからね。

 

 一旦本に栞を挟んで机に置き、わざわざ歩いて窓を開けるという少し非効率な方法で空気を入れ替えようとした時、上の階から誰かが……いえ、一人しか有り得ない子が飛び降りる。少し屋敷が揺れたと感じる衝撃音が響き、地面を見れば陥没した地面と私の罪の象徴であり、償いの途中である少女の姿。

 

「……これはお仕置きですね。お説教をしなくては」

 

 たった一人の協力者、それも自力で私の正体に辿り着いた子以外にとって私は普通の人間でしかないですが、彼女を叱るのは私の役目。ならば役目を果たしましょう。

 

「それにしても少し前までの私ならば想像も出来ませんでした。偶々読んだ本の彼が参考になりましたが、確か名前は……」

 

 おっと、私が考え事をしている間に少女は兄である少年を連れて離れて行く。きっと今から他の者には知られたくない話をするのでしょうが……。

 

 既に接触すべき彼女とは接触し、互いの状態を把握した以上はどう、展開は大きく変わるでしょう。あの様な無残な物ではなく、少しでも幸あらん事をと願う。私が願うのも変な話ですがね。

 

 それにしても、私が似ていると思った相手は誰でしたっけ?

 

 

「ああ、思い出しました。ギリシャ神話の太陽神アポロンでしたね。彼の場合は我が子を殺された怒りを敵本人にぶつけられない故の行為でしたが、私の方は愚行の後始末。比べ物にはならないでしょうね」

 

 まあ、地球とこの世界では常識も文化も別で、実在する私達と人によって考え出された神では別物。……しかし、私や彼女もギリシャ神話の神と同じく愚かな神というのは全く同じですが。

 

 国の名前もそうですが、本当に地球の神話とこの世界は名前が似ていたりしていますね。だから受け入れられたのでしょうね。あの作品、”魔女の楽園”が。

 

 

 

「しかし名前といえば、”人に仕えている間は名前を失う”という制約は面倒ですね。役職名を名前だと錯覚してしまいそうで困りますし……」

 

 それも罰の内なのですが、変な罰だとも思う私でした……。

 

 

 



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兄はペットからの評価をゴリラに伝えていない

 この世の楽園は此処に存在したんだと、僕はゆっくりと湯に浸かって目の前の光景を眺めていた。

 

「この石鹸、何時も使っているのと香りが違うな」

 

「潜入任務も有るんだから使う前に予定をちゃんと確認する事ですよ?」

 

「ひゃっ!? 何処を触ってるのよ!」

 

「基本的に自分なんだから良いじゃないの。……自分のを揉むのとは別の感覚」

 

 僕の目の前には泡だらけになって体を洗う夜の面々。僕の目の前で堂々としているのも居れば物陰に隠れて洗い、出て来る時にはタオルを巻いているのも。あの分体、行為の時の記憶を共有したらどうなるのかと悪戯心が湧き上がった。

 

「……向こうの分体ばかり眺めていますね。いえ、私には違いありませんが……嫉妬だってしますよ」

 

 背後からの拗ねた声に振り向けば膨れ面の夜鶴がタオルを巻いた状態で僕の方を見ている。湯船にタオルを浸けるのはマナー違反だって言って剥ぎ取って……いや、混浴の場合は話が別か。そもそも行為の後だからってそっちの方に思考が寄ってしまっているのは気を付けないと。……パンドラにも程々にって忠告されたばかりだし。

 

「ごめんごめん。じゃあ、君をじっと見ていようかな」

 

「……主のスケベ」

 

 冗談めかして口にしながらタオルで隠れていない部分に視線を送る。首筋や腕、至る所に虫さされみたいな跡が有るし、似たような状態な分体も数人。その内の何人かは同じように湯船に浸かった状態なんだけれど、タオルを巻いていたり巻いていなかったり。ベッドの上で散々見たんだけれど、それでも目の保養になる光景だ。

 

「スケベって、君が先に誘って来たんじゃないか。しっかし、本当に変わったよね、良い意味でさ。出会ったばかりの頃はこんな関係になるとは思わなかったよ」

 

「そりゃ主は当初子供でしたし、別段ませていた訳でもなかったですからね。私達も道具として誕生したのに人として扱われて感情や個性が生まれましたし、主への好意だって凄い勢いで増えているんですよ? それこそ主のお好きな本みたいに凄い勢いで」

 

 本体がすっかり照れて顔も合わせてくれない状態だけれど、こうやって返事をしてくれた分体はタオルも巻かずに僕の背中に密着して来る。うーん、一番ノリノリだった個体だな。

 

「僕の好きな本の話はしないで貰える? ったく、お仕置きだ」

 

「エッチなのですか!」

 

「そんな訳ないでしょう? いや、勘違いしても仕方無いんだけれどさ」

 

 何でそんな期待した声が出るのかと思ったけれど、直前まで”お仕置き”って名目で朝っぱらから昼前まで何をやっていたのかを考えれば否定は出来ない。でも、お仕置きはするよ?

 

 口の両端を摘まんで両側に引っ張れば予想以上に伸びる伸びる。

 

「はーい。後10秒。10、9、8、7、6……5秒追加ね」

 

「ふぁ、ふぁい」

 

 

 ふぁいだってさ、ふぁい! 顔も面白いし、ちょっと楽しくなったから上下にも引っ張ってみたんだけど、何処まで引っ張れるかは……試さないでおこう。

 

 何せ夜鶴と夜達は体験の共有が可能。下手に恨まれた場合、全員がその感情を共有する事だって有り得る。

 

「主、お風呂場で続きと行きませんか? 朝のに参加しなかったのも加えれば皆揃って……」

 

 つまりは肉体関係を持った場合、その体験を全員が自身の者と同様にするって事で、例えばさっきみたいに複数人で行った場合、その人数がそのまま回数になる訳で……自分の痴態を客観的に眺めていた記憶があるってどんな気分なんだろう? 味わいたくは無いんだけれどね。

 

「僕、君達とはずっと仲良くしたいと思っているよ。忠実で優秀な臣下としても、異性としても……」

 

「主……」

 

 感極まった感じの夜鶴と夜達。この時の感情も後で全員分共有するんだろう。うん、今の言葉は本心さ。でも、同時に夜鶴達には本当にこうした気遣いが必要だ。必要でない相手の方が珍しいけれど、特にこの子達はね。

 

 だってさ、ゲームで例えるなら個別のイベントでの好感度の増減が同じだけ他のキャラ全員にまで及ぶって感じだ。人間関係、マジで大切……。

 

 

 

 ゲームでは出てこなかった優秀なポンコツくノ一な彼女達だけれど、何かやらかしたんじゃ……。

 

 

 

 

 

 

 

「ポチー! ポチー! ご飯ですよー」

 

 ……うーん、むにゃむにゃ。ご飯? ……ご飯! 夢の中でロノスお兄ちゃんを乗せてお空の上から谷底までの垂直急降下を繰り返してたんだけれど、お馬鹿のリアスがゲハゲハ笑いながら追い掛けて来たのは怖かったなあ。まあ、良いや。お仕事に連れて行って貰えなかったし、後で何時もオヤツくれたり遊んでくれるメイドさん(お姉さん)達の誰かを乗せて飛ぶとして、今はご飯! ごっ飯、ご飯~!

 

 寝転がって居た状態から飛び起きて目の前のお馬さんに飛びかかる。えっとね、ロノスお兄ちゃんとお馬鹿のリアスの……お母さん? のレナスさんと一緒に居る僕のお母さんから教わったんだけれど、獲物をしとめる時は一撃なのが良いらしい。頭を掴んで骨を握り潰して首を引きちぎる。血がドバーッて出て、周囲が真っ赤になって面白いの。

 

「あ、あわわわわ……」

 

「おや? どうかしましたか? ……あぁ」

 

 あれれ~? 最近顔を見るようになったお姉さん……お姉さんだよね? この人、お馬鹿のリアスみたいにお胸が平らなの! もしかしてご病気?

 

「キューイ?」

 

「おや、どうかしましたか? 彼女はこの光景を始めて見るので……」

 

 僕が首を捻れば新しいお姉さんと一緒に来たお姉さんは不思議がるけれど、僕の言葉が分からないので通じない。僕は女王様のおかげで分かるんだけれどね。

 

 

「キュイ!」

 

 こっちのお胸がまっ平らな方のお姉さん、僕に慣れてないみたいだし、どうやって仲良くなれば良いのかな? うーん、矢っ張りあれだね! 僕の背中に乗せてあげるの! 僕も楽しいし、乗った人はキャーキャー騒いで楽しそうだし絶対仲良くなれるよ。

 

「えっと、伏せたと思ったら私の方をジッと見て見ていますけれど、これは?」

 

「背中に乗れと言いたいのでしょう。若様が言うにはこの子にとって友好の証だそうですよ。大丈夫、すっかりはまった挙げ句、オヤツをあげて乗せて貰っているメイドも居ますし、今まで怪我人は出ていません。ええ、怪我人は……」

 

「その含みを持たせる言い方からして怪我はしなくても……」

 

「漏らした者は居ませんよ? 白目を剥いて気絶したのは居ますけれど。ほら、お乗りなさい。ポチが待っています」

 

「ちょっ!? 何で押して……」

 

 背中をグイグイ押されたお姉さんが僕の背中に乗ったのを確認したし、じゃあ飛び立とう! えっと、一応屋敷の敷地内だけを飛び回るけれど、高さは何処までって言われてないし、向かい風はちゃんと操った風で防ぐんだから凄く速く飛んでも良いよね? 

 

「ポチ、その子は慣れていませんので今回は速度は控えめで」

 

 えー? ちぇ! まあ、良いや。じゃあ、次に乗せる時は全力で飛ぶとして、今回はゆっくり飛んだら良いんだね? 

 

 

 お馬さんの倍位にしておこうっと。僕、ちゃんと言いつけを守る賢くて良い子! お兄ちゃんが帰って来たら誉めて貰って遊んで貰うんだ。

 

 

「キュイ!」

 

「え? ちょっと、ほぼ垂直に上昇して……」

 

「キューイ!」

 

「あれ? 空中で一回転したと思ったら落ちて……ぎゃぁあああああああああっ!?」

 

 もー! このお姉さん、少し騒がしいなあ。何時もよりゆっくりと飛んだから回転中に落としちゃったけれど、ちゃんと背中で受け止めたのに。でも息が荒いし、興奮する位楽しんでくれているんだ。だったら僕も嬉しいな。

 

 

「キュキュキュキューイ!」

 

「あれ? まさか……」

 

 よーし! お馬さんの二倍から三倍に急加速だー! 行っくよー!

 

 

 

 

「加減しろと言ったでしょう!」

 

「キュイ……」

 

 地面に降りたら怒られちゃった。えっと、どうして? 全然分からないや。まっ平らなお姉さん、最後の方は静かになって今もお昼寝しちゃってるのに。

 

 

 

 僕はまだまだ子供だから知らない事が多い。お兄ちゃんが色々教えてくれるんだけれど、そのお兄ちゃんにも分からない事が有るし。でも、そんな時は僕が知っている中で一番賢い人に教えて貰うんだ。

 

 

「おや、どうかしましたか?」

 

「キュキュイ!」

 

 匂いがしたから窓から部屋をのぞき込めばメイド長が僕の方を向く。この人も僕の言葉が分かるし、知りたい事は何でも教えてくれる人なの。

 

 えっとね、ちょっと気になっていた事があるの。この前、凄くお馬鹿なサマエルって奴に会ったんだけれど、リアスと同じ金髪だったんだ。金髪だと頭が変になるの?

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いえ、違いますよ。その理論だと私も頭が変になるのですが」

 

「キュイ?」

 

 理屈? それって美味しいの?

 

「……もう少しお勉強も必要かも知れませんが、グリフォンに勉強させるのも妙な話ですね。おや? 未だ質問が?」

 

「キュイ!」

 

 えっとね! お馬鹿のサマエルって呼び方だったらリアスと同じだし、別の呼び方教えて!

 

 

「いや、姫様の方をその呼び方にしなければ……”アホのサマエル”とでもしておきなさい。悪いですからこのような事は言いたくないのですが、あの子は些か……いえ、想定以上に頭が足らない子でしたからね。……この会話については若様にも秘密ですよ? 守れるのなら若様には内緒でデザートに神級に美味しいケーキをこっそり食べさせてあげましょう」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 うん、分かった! ケーキだケーキだ、嬉しいな! メイド長のくれるお菓子はお兄ちゃんがくれる物より美味しいんだもん。それでお馬鹿のリアスに悪いから黙っておくんだね。了解だよ!

 

 

「……ええ、まあ、そんな所です。くれぐれもお内密に。じゃないと神様の罰を当て……じゃなくて、罰が当たりますからね?」

 

 

 



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六対四でギリギリ勝った

「……デートか。うん、デートだよね。デート以外の何物でもないんだけれど……」

 

 鏡の前で幾つか見繕った服を掲げてどんな感じなのかを確かめる。アリアさんから誘われたサーカスに行くにあたり、服にも色々と気を付けなくちゃならないからだ。ほら、彼女も良い服を選ぶんだろうけれど、正直言ってクヴァイル家とじゃ財力に差があるし、端から見て質に差が有りすぎるのも問題だ。

 

「ちょっとこれじゃあ貴族丸出しだな。もうちょっと地味な感じで、少し裕福なだけの家の感じで……」

 

 大勢が集まるサーカスだし、如何にも貴族でございますって感じの服装じゃ周囲の注目を集めて良くない。サーカスのチケットだってクジの景品程度だし、だからって僕が良い席のを買い直すのはアリアさんに失礼じゃないのかな? 彼女なりに勇気を出して誘ってくれたんだし、それを席が気に入らないみたいな対応で返すのもな……。

 

 だからこうして悩んでいる。今までデートは何度か経験している僕だけれど、その相手は幼い頃からの知り合いとだけだし、結構気軽な感じだった。ああ、クヴァイル家次期当主としての仕事としてエスコートした事も有ったけれど、あれはデートにカウントしなくて良いか。

 

「……夜鶴、所でプルートが言っていた建物だけれど、どんな所だった?」

 

「はっ! 俗に言う連れ込み宿の類で御座います。契約している店から娼婦を派遣して貰う事も可能で……」

 

「いや、其処まで詳しい説明はしなくて良いからさ。そっか、そんな所か。うわぁ……。最悪最低だな……」

 

 僕という男は時にぶれる事がある。貴族としての立場や兄として可愛い愛しの妹を守る事が最優先で他の事は二の次だと思っていながらも関わった相手の危機に無茶をしかねない。自分の立場からして何かあればどれだけの人数が不幸になるような影響が出るのか想像出来ない程に愚かではないんだけれど、分かってやってる方が愚かなのかな?

 人間である以上は感情を捨てるのは難しいけれど、なるべく捨てるように務めるべきなのが貴族って特権階級の義務だ

 

 そんな僕が最近肉体関係を持った夜鶴だけれど、こうして報告の時はそんな事があった様子は一切見せずに感情を捨て去った声での報告。いやいや、本当に凄いな……。

 

 おっと、思考がすっかり逸れた。理由は分かっているよアリアさんとのデートだけれど、僕はそれを素直に楽しむ気が無い事に罪悪感を抱えている。友人であるフリートの領地で起きている”幸福の門”に関わる騒動。ゲームでのイベントでも存在し、進め方次第ではキャラの永久退場まで有り得た厄介事の種。何とか関わりたいけれど他国の有力貴族が友人の実家であっても領地の問題に関わるのは越権行為。だから悩んでいた時に”偶然巻き込まれる”理由になるサーカスへのお誘いは有り難いんだけれど、それって告白の上にキスまでした彼女の好意を利用するって事で……。

 

「……他の女の子とも仲良くしてるのはお嫁さんを大勢持つ貴族だからって言い訳可能だけれど、こっちはどうなんだろう? いや、どの道他に方法なんて無いんだけれど……」

 

 誘われたから向かい、その先で巻き込まれたから関わる。それが友人を助ける為に介入しつつも通常なら起きた問題を回避する方法だけれど、サーカスの途中で抜け出す予定な時点でデートはデートで楽しむって事は不可能だし、しかも向かう予定の建物が建物だ。プルートも他の建物を予知で指定してくれたら良かったんだけれど、其処が最適なんだろうし内容は選べないから文句は言えない。そして感謝の言葉は言うべきだ。

 

「こんな時は恋愛相談だ。折角人脈を広げているんだし、相談しても問題無い僕個人の知り合いから選んでっと。先ずリアスは除外。あの子に恋愛相談とか絶対無理で、一番はチェルシーなんだけれど、実家の都合で臨海学校迄は聖王国に戻っているし。じゃあ……誰にしよう」

 

 よりにもよって一番頼りになりそうな彼女が居ないのは痛い。フリートの婚約者で端から見ていて仲が良いから協力を頼むのも楽だし、付き合いだって長いからこっちの情報を知られても問題無い仲だ。

 

 チェルシーが駄目なら情報が流れても大丈夫な相手で恋愛相談が可能そうなのは……居ない? プルートの能力とかフリートを助ける為に偶然を装って巻き込まれに行くとか、説明すべきだけれど説明したら不味い情報が多い本件。ど、どうしよう……。

 

 レキア……うーん、どうなんだろう? あの子も恋愛相談に乗れる程に経験は無いだろうし。

 

 パンドラ……どんな時も頼りになる彼女は今はお仕事で出ている。

 

 夜鶴……は多分駄目。ポンコツな所があるし、専門外だろう。

 

「アリアさんを置き去りにして一人で連れ込み宿に行く? いやいや、ちょっとそれはなあ……」

 

 友人であり、既に好意を伝えて来た彼女を利用するみたいだし、実際にそうなんだけれども、彼女の力は必要だ。プルートも闇属性だけれど、神獣対策として戦力に数えたいし、それには仲良くしたままじゃないと。

 

 目的の為に自分を好きな友達を利用する前提で考える僕って最低だよね。でも、そうでもしないと駄目な程に敵は強大だ。ゲームみたいに”勝てそうにないから何時間もレベル上げに費やしたけれど、ボスの所に行くまで事態は動かない”とかだったら助かるんだけれど、そんな都合の良い話は有り得ない。

 

「夜鶴、僕そっくりに変装……は流石に無理だよね」

 

「……申し訳有りません。そのような技術を持って生まれていれば良かったのですが、生憎持ち合わせず……」

 

「気にしないで良いさ。僕が無茶を言っただけだからさ」

 

 ほんのちょっぴり期待して夜鶴に身代わりを頼もうとしたんだけれど落ち込ませるだけの結果で終わっちゃうし、僕は何をしているんだろう。取りあえず肩に手を乗せてフォローしておこう。何時も世話になっているんだし、この程度を気にする必要は無いんだからさ。無茶ぶりは駄目だよ、常識的に考えてさ。

 

 どうすれば情報をアリアさんに伏せたまま……。

 

「……ん? ああ、そうか。どうせ神獣との戦いに参加して貰うんだし、多少の情報は渡すべきだよね。じゃあ、話しても大丈夫な範囲内を話してサーカスの途中で抜け出すとして、せめて先に何処かで本当のデートにでも誘おうか」

 

 彼女が願いとして要求したのはデートだし、それを途中で切り上げるなら埋め合わせだって必要だ。じゃあ、そのデートプランだけれど、サーカスの日までにちゃんとしたのが思いつくかどうか。……よし、最後の手段だ。

 

 

「ポチに……いや、彼女……ポチ? うん、彼女に相談してみよう。一周して逆に良い案を出してくれるかも」

 

 ……でもなあ。

 

 




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場合によってはポチで即決 逆は無い

 前世の時代劇で知ったアレ、何って名前だっけ? ほら、将軍のお城に住んでる女の人達の居住区。お姉ちゃんが”ドロドロしてるから見ちゃ駄目”って言ってチャンネルを変えてゲームを始めてたし、僕もそんなに興味が無かったんっだけれど。……ああ、大奥だ。

 

 僕達が学園に通う為に移って来たこの屋敷だけれど、当然ながら使用人の部屋が集まったスペースが存在する。そんな場所、しかもメイド達女性陣の部屋の辺りに僕が行くのはちょっと抵抗があるんだけれど、急用だからって言い訳しつつ利明日に同行をお願いして目的の部屋の前までやって来た。

 

「あっ、若様に姫様!」

 

「ごめんごめん。この奥の部屋に用があるだけだからさ」

 

 休日なのか気の抜けた表情で空を眺めていたメイドが僕達に気が付くなり姿勢を正して仕事モードの顔になる。うーん、会いに行く相手も休みだから私用で呼び出すのも悪いと思ったんだけれど、こうして僕達が足を踏み入れる事自体が他の人達に迷惑だったね。

 

「ちょっと急ごうか。ドタバタと足音立てて誰か出て来なかったら良いんだけれどさ」

 

 屋敷に住み込みで務めている人は多いし、この女性用の区画だけでもそれなりの数が居るから今日が休みの人は部屋で寛ぐか街に遊びに出ているだろう。そんな心を休める為の休日をこれ以上邪魔したら悪いし、さっさと行かないとね。

 

 足音を立てない程度に早足で進めば幸運な事に誰にも出くわさず目的の相手の部屋の前まで辿り着いた。扉に張られたネームプレートにはレナの名前が書かれている。

 

「しかしレナに相談する事が有るだなんてさ。自分の事ながらビックリだよ」

 

 そう、今回相談相手に選んだのは乳母兄弟であるレナだ。直ぐに卑猥な方向に話を持って行くから相談相手としてはポチと同レベルなんだけれど、信頼している度合いなら間違い無く上位に入る相手。

 

「レーナー! ちょっと入るわよー!」

 

「おっと、駄目だよ、リアス。休んでるメイド達だって居るんだし大きな声を出したら。それに部屋に入る前にはノックをして反応を待たないと」

 

 リアスったら廊下に響く声で呼び掛けるなりドアを開こうとするんだから。慌てて止めた理由は幾ら小さな頃からの付き合いでも最低限の礼儀が必要だし、どんな格好をしているか分かったもんじゃないからね。休みの日の自室だからって全裸でウロウロしているようなのが彼女だ。このままドアが開いたら見ちゃうだろうしさ。

 

 相手は文句を言わず、反対に冗談混じりに誘惑するんだろうけれど、デートの相談をする以上は言い出しにくくなるのはゴメンだ。”普段から好意を伝えてきている相手に他の女性との恋愛相談ですか?”とか泣き真似をしながら言われたら正直面倒だし。

 

「レナ、僕とリアスだけれど入っても大丈夫かい?」

 

「おや、お二人ともお出でですか。お呼びになったら向かいますのに。少々お待ちを。今、休みだから全裸ですので」

 

 ……セーフ! ノックをして呼び掛けたのは正解だった! 待つ事数分、入室の許可が出たので僕達は中に入る。スッケスケのネグリジェ姿のレナに出迎えられた。

 

「お待たせしました。部屋着ですが、それは休日と乳母兄弟という関係を考慮してお許しを」

 

「……」

 

 右手を胸元に当てて流し目で見ながら微笑みを向けるレナからは凄い色気を感じる。呼吸の度に胸が上下に揺れて……あれ? よく見たら透けて見える下着自体が透けて……。

 

「お兄様、ちょっと部屋の前で待ってって。はい、退室退室」

 

「え? う、うん……」

 

 つい邪な視線を向けた僕を咎めるように不機嫌そうな声を出したリアスに押し出され部屋から出ればドアが乱暴に閉められる。衝撃でネームプレートが傾き、中からは更に暴れる音。数分後、振動と共に音が響き続け、休日だったらしい子達が何事かと見に来た所で音が止む。

 

「良いわよ、お兄様。ちゃんとした服を着せたから」

 

 開いたドアの隙間から中を覗いてみよう。ああ、今はノースリーブのワンピースを着ていて隠れている肌面積が広い。……惜しい。

 

「……お兄様?」

 

「じゃあ、入ろうか」

 

 危ない危ない。心を呼んだみたいに厳しい声が向けられたし慌てて部屋に入る。それにしても元々の屋敷だったらレナの部屋に遊びに行っていたけれど、こうやってレナがこっちの屋敷に移ってから数年経つけれど部屋に来た事は無かったんだっけ?

 

 部屋に入るなり一番先に目に付くのは無骨で巨大なバトルアックス。その辺の肉体労働者なら腕を振るわせながら数十センチ持ち上げる事も無理そうな重量で、レナは片手で平気で振り回す。手入れもちゃんとされているし、流石は鬼族、好戦的な種族なだけあるな。

 

「にしても相変わらずゴチャゴチャした部屋ね。私には棚に何でもかんでも置くなって五月蠅いのに」

 

「私はあくまでメイドですので。それに掃除は私達の仕事なのですから構わないでしょう?」

 

「私には私の拘りと使い易い配置って物が有るの! 時々何を何処に置いたのか忘れちゃうだけで!」

 

「それって使い易い配置と言えますか? ……はぁ」

 

「う、五月蝿い! 第一、アンタの部屋が汚いのと私の部屋の棚がゴチャゴチャしてるのは無関係じゃないの!」

 

「……また始まった」

 

 レナの部屋はリアスの言葉の通り、物が至る所に置かれて全体的にゴチャゴチャした状態だ。聖王国の屋敷でもこんな感じだったし、掃除はされているんだけれど空いたスペースが少ない。持ち込めるだけの物を持ち込んで床や棚に置きまくったって感じだ。

 

 あれ? あの棚に平然と置かれているのってアダルトグッズじゃない? しかも虹色オオミミズのお香まで。卑猥な絵の本が開いて放置されているし、ベッドの上には脱ぎ捨てた下着が平然と置かれている。……大きいな。絶対アリアさんよりレナの方が大きいぞ。身長はレナスが上だけれど、胸の方は既に親子で互角じゃ……。

 

「欲しいのでしたら差し上げますよ? ええ、下の方も。使っている最中の方のが良いですか?」

 

「何の話?」

 

 ニヤリと笑い前屈みになったレナの胸元からチラッと覗く黒い布。リアスは理解してなくて良かったけれど、妹の前で何言ってるんだ、この淫乱メイド! 乳母兄弟だろうと度が過ぎたら流石に怒るよ?

 

「そ、そうだよ!」

 

 さて、何とか誤魔化そうとするけれど声が上擦って、リアスに何かあったと悟られたのか疑いの眼差しを向けられる。くぅ! 他の人なら迷い無く僕を信用してくれるんだけれど、幼い頃から一緒のレナが相手なら別だ。

 

「お兄様、何を慌てているの? 何か変ね」

 

「いえいえ、若様は何一つ変では御座いませんよ」

 

「そうだよ、リアス。誤解だって」

 

「そっか。変な事言ってごめんなさいね、お兄様」

 

 よーし、誤魔化せた! レナの事だからもう少しかき回しに来ると思ったんだけれど心配し過ぎだったかぁ。ホッと胸をなで下ろして一安心。リアスが素直な子で良かったよ。

 

「全く姫様ったら。そんな風に肩肘張って誰かを疑って過ごしていては疲れるだけ。私みたいに胸が大きいわけでもないのに肩が凝りますよ?」

 

「ふーん、そうなんだー。かたがこるんだー。しらなかったなー」

 

 うわっ、何やってるのさ、レナ!? わざとらしく胸を揺らして胸の大きさでリアスを弄くるなんて何が起きるか分かっているでしょ!?

 リアスの眼からは既に光が失われ、言葉も棒読みだ。……僕知ーらない。

 

「その胸、ぶっ潰す!」

 

「あらあら、血気盛んですね。姫様みたいな胸は嫌なので抵抗させて貰います」

 

 そっと目を逸らせば聞こえて来たのは飛びかかるリアスと応戦するレナの荒そう音。まあ、数分有れば収まるでしょ。

 

 

 

 止める必要? 無い無い。こんなじゃれ合い、昔からやってるんだからさ。……僕は巻き込まれないようにするだけさ。だって僕……この三人の中で一番非力だし。

 

 

 

 



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ゴリラ姫と鬼メイド

最近無風 がんばれ俺


 ……恨めしい。……憎らしい。……妬ましい。

 

 侮辱だ! 侮辱をされた! 誇りを笑い飛ばされ踏みにじられた。許してなるものか! 和解の余地は存在する? 否! 最早争いどちらかが果てるまで終わらせる事は叶わず!

 

「怨敵必殺! 仇敵必滅! 潰れろ! 萎め! 平らになれぇえええええええええっ!」

 

 怒りに任せ、それでも身に付けた技は一切乱れさせる事無く放った筈の連続平手打ち。でも、怒りは技を鈍らせる物。気が付かない内に力任せになっていた攻撃じゃレナには通じない。胸に向かって放った連打は分厚い脂肪と胸筋と技術によって威力を削がれ、只胸を揺らすだけ。

 

 勿論私の胸は微塵も揺れず、レナのがブルンブルン揺れる。タユンタユン弾む。バインバイン暴れる。そして私のは微動だにせず、驚異的な胸囲の格差を見せ付けられていた。最早私に許されたのは憤怒の叫びと共に手を緩めず目の前の不平等の象徴を叩き潰すべく動くのみ。

 

「姫様みたいにですか?」

 

「むっきっいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 そして、何度目か分からない程に見せられたお胸の乱舞を見せられ、私は言語を失った……。

 

 持つ者が持たぬ者をその事であざ笑う、そんな事が許されて良いわけが無い。私もお兄ちゃんもレナスから修行を付けて貰う時に教わったもの。

 

「良いかい? アンタ達は努力せずとも強くなれる才能に、努力を続けられる才能にも恵まれてるが、努力しても天井に行き当たる奴や努力出来ない奴だって居るんだ。だが、そんなのを笑っちゃいけないよ? アンタ達の努力や才能は他人を見下して気分を良くする為じゃなく、守りたい物を守る為の物なんだからさ」

 

 ……私は努力を重ねて来た。苦手な調べ物をしたり、胸が大きくなるって噂の体操を朝晩したり、胸が大きくなるって噂のクリームを購入したり、それが報われなくても努力を続けて来たの。

 

 何か一緒に体操してたり、同じ物を買ったメイドは大きくなってたけれど! 私には呪いかって位に効果が出ないのに、私と同レベルだった筈の子には僅かな膨らみが出来始めて来たんだけれど! 私は何時までも胸ってよりは胸板って感じなんだけれど!

 

 アレなの? 光の女神リュキって貧乳で、だから私も貧乳なのね。光属性には胸の成長を阻害する効果が有るわけ無いじゃない、現実逃避って分かってるわよ!

 

「許さない。許さない。許さないぁいいいいいいいいっ!」

 

 さあ! 全世界の貧乳を代表して無乳を見下す巨乳に制裁を! その爆乳をぶっ潰して報いを受けさせてあげる!

 

 

 

 そして五分後、遂に決着。

 

 

「……もう知らない。私お昼寝してるから勝手に話進めてて」

 

 レナのベッドに潜り込んで毛布を被って全部忘れる。まあ、この程度じゃ無理なんだろうけれど。おのれ、巨乳め。何時か貧乳の恐ろしさを骨の骨の……なんだっけ?

 

「ねぇ、お兄様。骨の何までだっけ?」

 

「急な話だけれど骨の髄までじゃないかな? ……ありゃりゃ。すっかり安心した表情で寝てるや。暴れるだけ暴れて眠るだなんて元気な」

 

 レナのベッドは母親のレナスに似た匂いがして私は安心に包まれて眠る。意識が沈む時、、お兄ちゃんが撫でてくれたからもっと安心した。何か良い夢が見れそうな予感。例えば胸が爆乳……平均より大きく……人並み……うん、まっ平らから卒業出来る夢とか、

 

 お姉ちゃんって今は神様だし、可愛い妹に胸が大きくなる加護とかくれないかしら? お姉ちゃんなんだからテュラと戦う必要は無いし、反対の光の力に影響出ても良い気がするわ。どーせ光属性である事に意味があるんだし、この前だって聖女のお仕事で全力で使ったら教会の偉い人が胃痛で倒れたって……すぅ。

 

 

「むにゃむにゃ、もう食べられないわ……」

 

 見た夢? 兎に角肉を食いまくる夢だったわ。素手で仕留めたイノシシをその場で処理して丸焼きにするのって最高なのよね。狩猟は貴族の娯楽だし、私って凄くお嬢様らしい夢を見ているわ。

 

 もうゴリラとは誰にも呼ばせない! だって私は立派な貴族令嬢だものね。

 

 

 

 

 

「……何故でしょう? ツッコミを入れるべき事が多い気がしますが、それが何かは分からない。でも一つ上げるとすれば、ベタベタ過ぎて逆にこんな寝言を言う人居ないって内容になっていますね」

 

「まあね。僕も何か間違いを指摘したい気がするんだけれど、可愛いから別に良いんじゃない?」

 

 姫様は眠り、今起きているのは私と若様だけ。その若様は私に背を向けて姫様の頭を撫でているけれど、幼い頃からの付き合いで起きる時間は把握済み。もう地震が起きても雷が鳴っても簡単には起きないでしょう。

 

 ふふふ、ベッドで行うのが最適でしたがソファーの上でもかまわないでしょうね。私、この時点で若様を食べちゃう算段です。

 

 若様が私から目を離している内に服の上からブラのホックを外す。若様が服を脱がした後で簡単にはぎ取れる状態にしておくのも側室の座を狙う私としては当然の事でしょう。その為に特注品で脱がしやすかったり破りやすかったりする服や下着を用意していたのですが、まさかこんなに早くチャンスが訪れるとは。

 

「これも神のお導きでしょうか?」

 

 鬼族としての本能で私は優秀で貴重な男を求める。若様は魔法面でも肉体面でも間違い無く優秀であり、同時に前代未聞で唯一無二の時属性。これに幼い頃から共に育ち、母様の修行という死線を共に潜った事が加味されれば何が何でも若様が欲しい。

 

 ……ええ、パンドラは私を側室にする気なのは知っていますよ? 既に何度も耳にした情報ですしね。でも、あの女に手を出した後じゃないと私の番が回って来ないのは面白くない。若様は律儀な方ですし約束を守ろうとするのでしょうが……前段階なら問題無いでしょう。

 

 姫様が横で寝ている所で致すのも一興。起きないと分かっていても見られるというスリルには妄想の時点でゾクゾクとさせられて……おや、下着が少々。

 

「不味いな……」

 

「あら、若様もですか? いえ、違いますね」

 

「僕もって、何の話をしているのさ?」

 

 何のって、ナニの話ですがそれが何か? それは後で囁くとして、今はちょっとした問題が。姫様が頭を撫でていた若様の手を眠ったまま掴んで離さないのです。これでは若様は片腕のみ、しかも姫様の頭を触った状態で姿勢が固定されていますし……。

 

 

「ちょっ!? 後ろから何処を触る気!?」

 

「何処を? 若様は私が何処を触る気なのかお気付きでは?」

 

 

 気配を忍ばせ若様の背後から抱きついて伸ばした腕は掴まれて終わる。ですが私の手はもう一本が空いていますし、私の方が種族特性で力が上なのですから無駄な抵抗ですよ。姫様には何故か瞬間的な腕力で負けていますが。長期戦なら私の勝ちですが、瞬間的に負ける時点でおかしい。

 

「……姫様ってどうしてゴリラなのでしょうか?」

 

「逞しいのもこの子の良い所だよ。そんな事よりもベルトから手を離して欲しいんだけれど……」

 

「嫌です」

 

 にしても姫様を溺愛する若様さえゴリラ扱いに異を唱えないとは。いえ、ゴリラ的な部分でさえ魅力だと本気で思っているから否定しないのですね。それはそうとして若様のズボンを脱がすのに苦戦する私。首筋とか弱い所に息を吹きかけ舌を這わせて魔法は妨害していますが、若様ったら最近少し力が強くなってます?

 

 それ、私を更に過激にするだけですよ? 母様は鬼族の特徴である強い戦闘欲求と性欲が戦闘欲求寄りですが私はその逆。だから強い雄には強く惹かれ手に入れたいという気持ちが高まる。

 

 

 

「さてさて、このまま相談には乗りましょう。何なりと質問なさって下さいね」

 

 ズボンは矢張り脱がさず、脱がされそうって感覚を与えつつ悪戯を続けましょうか。……その方が楽しそうですし。若様って妄想に使うよりも誘惑して反応を楽しむ方がそそるのですよね。

 

 

 それはそうと性欲抜きにしても若様は大切な相手ですし、相談にはちゃんと答えますよ。

 

 え? 他の女とのデートの手伝いをして平気なのかと? 若様は貴族ですし、クヴァイル家に役立つ相手なら引き込む事に何の問題が?



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誤解されるロノス

新作書いてます


 ”幸福の門”。何もない場所に突然現れて、門の先には理想の世界が待っている。そんなくっだらねぇ噂が広まった時には内心馬鹿にしてたんだが、流石に自分の実家にまで試しに行く奴が出始めたんなら話は別だ。さっさと終わらせて臨海学校でチェルシーの水着姿を堪能させて貰う為、俺様は久々にレイム領に戻って来ていた。

 

「お帰りなさいませ、フリート様!」

 

「おーう。俺様の出迎えご苦労さん」

 

 俺様を出迎えたのは餓鬼の頃から知ってる執事の爺さんを先頭に顔見知りの連中だ。この中には兵士達の姿は見えねぇが、既に調査にでも行ってるのか?

 

「んで、ウチの領地での広まり具合はどうなんだよ?」

 

 

 元々噂が広まったのは隣の隣の領地、同じ国の貴族だってのが吐き気がする部類の屑貴族の領地で、最近調査によって不正が不自然な程に発覚した事で首がすげ替えられた。ありゃ見せしめって奴だな。先代王妃の太鼓持ち、更にそれのそれのそれの太鼓持ちとなりゃ幾ら今の王妃が優秀でも完全に把握は不可能だ。まあ、結構な数が不正を暴かれてるから時間の問題なんだろうが。

 

 

 

 ・・・・・・正直言って俺様は恵まれた立場だって自覚は有る。家の力にも才能にも見た目にも周りの人間にも恵まれてるし、幸せが約束された世界の話を聞いても自分が居る世界の事だって思う位にはな。でもよ、そうでない連中が居るのも分かってる。胡散臭いと思っても縋りたくなる暮らしを送っているんだ。

 

 

 ・・・・・・俺様達の責任だよな。大貴族ってのはそんなもんだ。テメェの所だけちゃんとしてりゃあ下の連中が好き勝手しても良いなんてもんじゃねえ。そういうのに目を光らせる責任が有るから偉いんだよ。

 

「噂程度、ですな。”門の先に望む世界が広っていて、中の物を好きに持ち出して遊んで暮らせる”等と普通は信じないでしょう。面白半分、駄目で元々、そんな軽い気持ちで確かめるが簡単には見つかりませんしな」

 

「まーな。噂が最初に広まった所じゃ大金を手にして仕事を放棄する連中が出てるって話だが、そもそも誰がそんな話を広めたんだろうな」

 

 あまりにも都合が良さ過ぎる話だ。マトモに考えれば妙な連中が背後に居そうなもんだがな。俺様を呼び戻したのは次期当主が指揮を執る事で志気を上げて、領民には真剣に取り組んでるってアピールって所か。こりゃ責任重大だ。裏に誰か居るんなら、思惑通りにはさせねえよ。

 

 

「あぁ、面倒だな。さっさと噂を調べて、何かあるなら何とかして終わらさねぇとな」

 

 此処まで噂が急激に広まったんだ。裏に誰か居るのは間違い無くて、要するに俺様達に喧嘩を売ってるって事だ。上等だよ。俺様と、俺様の大切な宝である領民に手を出そうってんならその喧嘩を買ってやる。

 

 

 この領地は俺様が何が何でも守り抜く。それが貴族に生まれた俺様の責務なんだからよ。

 

 

 

 

「しかし各地で怪しい動きをしてるって連中……”ネペンテス商会”だっけか? どんな物でも用意する腕利きの商人って話だが、にしてはコネだの流通ルートが全然分かんねえ怪しさ満天のお手本だし、確かロノスの奴が注意しろって言ってたな。……敵と判明したら容赦なく燃やしてやるよ」

 

 俺様の炎魔法は臨機応変に戦える凄い奴だ。まあ、同年代には敵は・・・・・・まあ、友人とその妹と、自分の婚約者位しか居ないな、うん。ちゃんと周りは認めてるよ。将来的には俺様が最強だけれどよ。

 

 

 

 

 

 

 今日の天気は快晴で、気温も高くも低くもない心地良さを感じる程度。そんな恰好のデート日和の中、僕とアリアさんはポチの背中に乗ってレイム領のサーカス会場を目指していた。

 

「きょ、今日は普通に飛ぶんですね」

 

 ポチが風を操ってくれるからどれだけ速く飛んでも風が打ち付ける事は無いのに彼女は不安な様子で僕にしっかりと掴まっている。背中に柔らかい物が二つ押し当てられる感触は悪くないんだけれど、もしかしてポチが何時もの変則飛行をすると思っていたのかな?

 

「錐揉み回転行っておく? 普通に飛べってアドバイス貰ったからそうしているんだけれど」

 

 僕としてはレナのアドバイスを参考にしたんだけれど、レナのアドバイスだったから少し間違っていたみたいだ。ポチも普通に飛ぶのが嫌なのか時々こっちを見ながら甘え声を出して可愛いし、アリアさんが急降下とかジグザグ飛行とか錐揉み回転を期待しているのなら……。

 

「いえ、普通が良いです! このままロノスさんと一緒にのんびりと飛んで行きたいので」

 

「そう? まあ、無茶を聞いて貰う代わりに精一杯エスコートするって約束だしね。ポチ、もう少し我慢して貰えまち……貰える?」

 

「キュイ!」

 

 おっと、何時もの話し方になる所だった。デート中は止めろって言われてたんだよね~。それにしてもポチは我慢強くて聞き分けの良い子でちゅね~。帰ったら思いっきり撫で撫でしてあげまちゅからね~。

 

 

 

「それにしても折角のデートのお誘いだったのに僕の都合で台無しにしちゃってゴメンね?」

 

「いえいえ、こうしてロノスさんが私とのデート内容を考えて下さった方がずっと嬉しいですし、私は幸せです。……でも、あの時の勘違いだけは忘れて……いえ、忘れないで良いですが、決して口にはしないで下さいね」

 

 自分勝手なお願いを許してくれたアリアさんの優しさに癒されると同時に申し訳無くなる。僕、こんな子を厄介な連中との戦いに駆り出す気なんだからなあ。

 

 ポチに揺られ背中にアリアさんの存在(胸)を感じつつデートのお誘いを台無しにした申し出の事を思い出していた。

 

 

 

 

「えっと、サーカスの途中で抜け出して向かいたい所がある?」

 

「うん、僕の都合でね。だから更に勝手な申し出なんだけれど、せめて埋め合わせとして早めに出掛けて先に別の所を回りたい。駄目かな?」

 

 僕に対して正面から愛の告白をして来た女の子からのデートのお誘い。それを僕は家が困った事にならない方法で友人を助けたいって勝手な理由で台無しにしようとして、それを本人に頼んでいる。とんだ恥知らずでアリアさんを困らせ傷付ける行動だ。

 

「宜しくお願いします! ロノスさんからのデートのお誘いの方が楽しみですよ、私は!」

 

 ……って思ったんだけれどアリアさんは目を輝かせて嬉しそうだ。え? 演技とかじゃないよね? 僕に気を使っているとかじゃなくて?

 

「う、うん。それなら僕も嬉しいけれど……」

 

 普段の彼女と違って今の彼女には半分くらいしか演技を感じない。目をキラキラさせて少しテンションが上がって見えるけれど、こっちは演技。でも喜んでいるのは本当みたいだ。

 

「それでデートはどんなプランを……いえ、楽しみにしたいので今は良いです。でも、サーカスを抜け出して何処に行くのかだけは教えて欲しいなあって……」

 

「あっ、うん。連れ込み宿なんだけれど良いかな」

 

「連れ込み宿。つまりは……はわっ!?」

 

 あっ、ヤバい。結論だけ語って行程を言わないからとんでもない事になってるよ。えっと、この状況を再確認してみよう。

 

 告白して来た女の子からのデートのお誘いを受けたから途中で抜け出して連れ込み宿に誘う。うわぁ……。

 好意に下心でつけ込む最低野郎じゃないか!? あっ、これって幻滅されて関係が壊れる奴だ!

 

 不味い不味い不味い不味い不味いっ! さっさと詳しい説明をしないとっ! ……彼女の力が必要なのもあるんだけれど、大切な友人でもあるんだからこんな所で……。

 

 

「え……えっとですね。私、ロノスさんなら”初めて”を捧げても良いっていうか、本望というか。……でも、優しくして貰えたら助かります。だけれどロノスさんが強引なのが好きなら……」

 

「誤解ですっ!」

 

 顔を赤らめてモジモジするアリアさん。多分これも演技なんだろうけれど、言っている事自体は本音だ。いや、変な風に思われて嫌われるよりずっと良いんだけれどさ……。

 

 

 

 女の子ってよく分からないな……。



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魔女の幸福

 私の初恋、初めて抱いた異性への好意。忌み嫌われて育った下級貴族の私がずっと上の貴族のロノスさんと仲良くして貰い、こうして一緒のグリフォンに乗ってサーカスに行くだなんて夢みたいだ。いや、そもそも今までの人生が悪夢だったのだろう。

 

 闇属性? 黒髪黒目? そんな私にも母にも何の責任が無い事で何故嫌われなければならない? 何故虐げられなければならない? それさえなければ貧乏な下級貴族としての幸せは……幸せ…は……。

 

「ロノスさん。私、こうしているだけで幸せなんです。貴方と会えて、こうして仲良くなれて、こうして貴方に恋をして……」

 

 多分……いや、普通の貴族として生まれたなら絶対に彼とは仲良くも出来ず、精々が一度挨拶をする位。只でさえ彼には少しでも近付きたいと思う人は多く居て、そんな連中が私に積極的に嫌がらせをしている程だ。普通に考えて上級なら普通に話しかける機会があって、その取り巻きなら挨拶を一緒に出来て、下級なら運が良ければ……。

 

 本来なら顔を覚えて貰えるかも分からない関係。それがこんな関係になれるのだから闇属性に生まれて良かったとさえ思う。これが都合の良い泡沫の夢でない事を珍しく神に祈り、思いを口にしながら彼の背中に強く抱き付く。

 

 

 ……あの私と同じ闇属性の占い師の彼女の予言で友達を助ける手伝いをすれば私を好きになって貰えるだろうか? でも、何も起きなければそのまま流れで……。

 

 だって連れ込み宿だし、そんな展開を期待してちょっと用意しているし……。

 

「僕もアリアさんと知り合えて良かったと思うよ」

 

「それなら嬉しいです。本当に幸せで、こんな幸せがずっと続くと良いのに……」

 

 まあ、卒業すれば家の核の関係上、個人的に会いたくても軽々に会えない関係なのだが。しかし、世の中には例外だって存在する。私はその為に父だと名乗る男の申し出を断った。王の庶子の座より欲しいのは彼の側室、それこそ正式な妻でなく非公式な関係でも構わない。ずっと側に居られるのならば……。

 

 

「み、見えて来ましたよ。彼処がサーカスが開かれる街の”アッチーヤ”です。ポチ、そろそろ降りようか。直角急降下は……駄目だからね」

 

「キュイィィ……」

 

 ロノスさんに背後から強く抱き付けば向こうの動揺が伝わって来る。私の髪や瞳を見れば嫌悪や侮蔑、恐怖の眼差しを向ける連中が別の感情、どちらにしても鬱陶しいのを注ぐ場所である胸が強く彼の背中に押し付けられ、互いの鼓動が高鳴るのを感じさせられた。

 

 そうか、矢張りロノスさんも私の胸は気になるのか。他の連中に向けられる欲情の視線は鬱陶しいだけなのに、彼になら向けられて構わないとさえ感じる。普段は重いし動いたら揺れるし暑い時は汗が溜まるから邪魔なだけで、リアスの胸が羨ましいとさえ感じるけれど、彼の心を射止める切欠になるのなら役に立つ。

 

「ロノスさんって大きな胸がお好きですか?」

 

「……嫌いではないね」

 

 少し答えるのに抵抗が有るのは恥ずかしいのか溺愛する妹が実に軽そうな胸囲をしているのかは知らないけれど、好きなら良かった。ちょっと意地悪をしてみた楽しさを感じている間にもポチが(少し残念そうに鳴きながらも)ゆっくりと街の前に降下して行く。

 

 二人きりの時間はもうこれで一旦終わりか。余計なトラブルを避ける為に持って来たカツラと色付き眼鏡を装着すればロノスさんも特徴的な銀髪をカツラで隠す。

 

 

「じゃあ、行こうか。先ずはポチを宿に預けないと。……ほんのちょっとだけ我慢してね、ポチ。帰ったら一日中遊んであげるからさ」

 

「キュイ!」

 

 まるで今生の別れみたいな雰囲気でロノスさんはポチを抱き締め、ポチは一日中遊んで貰えると聞いて上機嫌な様子で顔をすり付けている。周りがギョッとしているけれど、変装済みだから構わないのだろう。……そう思おうか。

 

 

「ロノスさん、今日は思いっ切り楽しみましょうね!」

 

「わわっ!?」

 

 ポチを宿に預けた後も名残惜しそうに何度も振り返る彼の意識を私に向ける為、手を握った勢いのまま腕に抱きついて笑顔を向ける。胸で腕が挟まるように抱き付いて、歩きにくいとかいう意見は聞こえない振りをさせて貰おう。鬱陶しい他の生徒が体で取り入っていると噂を立てるけれど、彼の気を引けるのなら構わない。彼の私への認識はまだまだ友達だけれど、少しは異性として見て貰えている……筈。

 

 それが少しは異性として見て貰えるように頑張ろう。……正直言って本で読むのは好きだけれど、こうして実際にするのは結構恥ずかしい。男相手に密着するからではなく、彼だから恥ずかしいのだ。普段は完全に死に絶えたと思っていた私の心は彼と共に居れば蘇る。私は”魔女”から”普通の女の子”になれる。

 

 ああ、なんと幸福な事なのだろう。今までの人生では足を引っ張っているだけの要素もロノスさんと共に居られる理由になるのなら受け入れよう。正直、魔女だの何だのと忌み嫌われていなければ祖父母は私を金持ちのスケベ親爺に妾や後妻として売り渡していた可能性も有るし……。

 

 ただ、それだけに不安になる。

 

 

 

「えっと、今更だけれど大丈夫なのですか? 闇属性の私と仲良くしたり、プルートさんを雇ったりして……」

 

「プルートの場合はデメリット以上のメリットが有るし、アリアさんの場合は優秀な人材になり得るって評価だから大丈夫。神獣って分かり易い敵が居て、それに有利なのはアリアさん達だからね。僕達の代で闇属性の悪評を覆そう。それれに……いや、なんでもない」

 

「ええ、分かりました。最後のは聞こえなかった事にしますね」

 

 最後は言葉を濁らせたし、きっと言うべきではないのだろう。それは私関係で、黙っておくのは今だけだと思う。……もしかして。

 

 取り敢えず今は知らんぷり知らんぷり。こんな所で気遣いが可能な所を見せておこう。

 

「助かるよ。秘密にすべき事って、その存在自体が秘密だからね。口を滑らせるなんて情けない。……君って僕の仲では既に身内認定なのかなあ?」

 

 ああ、良かった。私は彼の側に居ても大丈夫らしい。それどころか……。

 

 

 ”身内認定しているって、まるでお嫁さんになったみたいですね”、そんな冗談も平民なら兎も角、貴族の間なら言わないのがマナーだ。貴族にとって婚姻ってのは重要な物だから。

 

 でも、それを笑って受け入れて貰えた上で本当に結婚するかって返しをして貰えたらどれ程幸せな事だろうか……。

 

 

 

 

 

「ロノスさん、ロノスさん! あれって何でしょうかっ! 凄く良い匂いがしますよ!」

 

「はいはい。落ち着こうね。屋台は逃げないからさ」

 

 ロノスさんとのデートならどんな場所でも楽しいと思える自身があるが、ルメス家の貧しい領地と学園のある街以外は行った経験が殆ど無いし、ましてや遊び歩く余裕なんて一切無かったからか、流石大公家の領地なだけあって目を引く物が沢山有る。……はしたないと思うが彼方此方の屋台で食べ歩きがしたい気分だ。

 

「今はサーカスが来ているし稼ぎ時なのかな? 僕の所もメイド長が五月蠅いから間食でお腹一杯になるだなんて無理だけれど、今日は良いよね。片っ端から回ろうか!」

 

「はい!」

 

 ああ、なんて私は幸せなんだろう。今までの人生はこの幸福の対価だと言われたら納得してしまいそうだ。

 

「おや、カップルでサーカスを見に来たのかい? あのサーカスは評判だからね」

 

 ロノスさんの腕に抱き付いたまま屋台に向かえば恋人に間違われ、変装しているし否定するのも面倒なのか彼は否定しない。まるで本当に恋人になれた気分だった。この時間が永遠に続いて欲しいとさえ思い、更に先に進んで欲しいとも思う。我ながら欲張りな事だ。

 

 

 

 でも、そんな幸せな気分を台無しにするお邪魔虫が現れた。

 

 

「えー!? リンゴ味は売り切れっすかっ!? そりゃ無いっすよ~」

 

 何やら評判らしい飴細工の店で私はリンゴ味の熊の形のを買ったのだが、店のテーブルで舐める前に眺めているとカウンターの方で何やら騒がしい声。な

 

「何でしょう? ……え?」

 

 私の目の錯覚だろうか? 水着コートの痴女が居た。



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彼女にとって……

 ……私が育った領地には頭が悪かったり性格が悪い連中はそれなりに居た。普通に考えて具体的な理由も知らずに持って生まれた魔法の属性だけで実の孫娘に死ぬ危険のある仕事を平気で押し付けたりする祖父母、一応は当主の直系なのに堂々と蔑む領民達。

 

 まあ、それが常識だとされているのだから少しは理解してやろう。納得はしないし、絶対にしてやる気はないが。だって私は本人だ。常識だからって理由で迫害を受け入れてやるものか。

 

「うわぁ……」

 

「変態ですね……」

 

 そんな私の人生だけれど、学園に入ってから随分と個性的な人に出会えています。一人称が”俺様”な人とか、名門中の名門で聖女って呼ばれているのに実際は戦闘好きなゴリラとか、ペットや妹を溺愛しているのに他はマトモで素敵な方とか、後は鬱陶しい眼鏡とかマザコン王子とかその他。

 

 でも、あんな奇抜な服装で堂々と出歩く人は生まれて初めて見た。ドラゴンの帽子は……男の子なら別に良いし、まだマトモな方だろう。趣味は人それぞれだし、子供っぽい服装でもそんなに驚かない。別に筋骨隆々の人がフリフリのピンクの服を着て町中を歩いている訳じゃないのだから。

 

「ねぇねぇ。お姉さん、一晩幾ら? 今からでも遊んで貰える?」

 

「……は? アンタ、初対面のレディに何を言ってるんっすか? 常識無いっすね。ったく、ウサギと人間は年中発情期なんだから。女を見たら抱く事しか考えられないとか……はぁ」

 

 真昼間の飴屋でお客相手に売春の交渉を仕掛けるという非常識な男。もう酔っ払っているのかお酒臭いし足取りもフラッフラ、サーカスが来ていてお祭り騒ぎだからって随分とご機嫌だ。……仕事は休みなのだろうか?

 

「あれは間違えますよね、絶対に」

 

 本人に聞かれたら悪いから小声で話すのですが、普通に考えて街中でコートの下は水着だけって普通に考えてその手の職業の人だ。まあ、今はお仕事の時間じゃないのだろうが、声を掛けられても仕方無いのでは?

 

 本人は真っ当な格好なのに馬鹿に声を掛けられたって迷惑そうな顔で随分と不機嫌なんだけれど、自業自得だ。私だってその手の人だと思うし、誰だって思うだろう。

 

「……あれ? あの人の髪って……金…髪…?」

 

 そう、あの露出狂の髪の色は金、光属性であるリアスさんと同じ。何割かの確率で属性と髪の色は関係しているから十歳になれば行う属性判断前に大体の属性は予想されるし、だから私も幼い頃から虐げられたのだけれど、あの人はもしかして……。

 

 そう言えばロノスさんが露骨に顔を逸らしているし、もしかして……。

 

「あの、彼女って……」

 

「……神獣。正確には神獣将。この前、リアス達が戦った相手」

 

「え……」

 

 まさかの発言に我が耳を疑う。あれが? え? ”巻き込むから”と読ませて貰った古文書の一部の翻訳に乗っていた人類の脅威。あの決闘騒ぎの時に乱入して来た怪物達を率いる存在。

 

「……ごめんね。三人中二人があまりにもあれな物だから言い出せなくってさ。それで今戦いになっても被害が大きくなるし、向こうも騒ぐつもりは無いみたいだから今は放置しようか」

 

 あの酔っ払いも相手がその手のお仕事をしているのじゃないと分かってか、散々言われても逆上する様子も無い。それにしても金髪なのに反応しないのは驚いたけれど、私みたいにリアスと知り合いじゃないのなら偶然似た色になっただけとでも思ったのだろうか? 金色っぽい色に生まれ、光属性だと期待されて実際は違ったってケースは実際に在るし。

 

「じゃあ、気付いて襲って来る前に……」

 

 相手がリンゴ味を諦め、違う味を何にするのかに夢中になっている間に私はロノスさんと共に席を立つ。折角のんびりとしていたのが台無しだが、あの痴女と一悶着あった場合は即刻デート中止になるのだから我慢だ。

 

 ……気が付いていない隙を狙って最高火力を叩き込むのは駄目なのだろうか? 世界の為だし、お店が多少壊れても構わないと思うけれど、ロノスさんが戦闘回避を選ぶのなら従おう。周りの被害を考えない野蛮な女だと思われたくはない、

 

 

「なあ、ちょっと待ってくれ」

 

「……何ですか? 今、恋人とのデートの最中なのですが」

 

 そんな風に葛藤しながらも店を出てデートの続きを楽しむ筈が、あの酔っ払いによって取り直したばかりの気分が台無しになる。初対面にも関わらず腕を掴もうとしたのをヒラッと回避、そのままロノスさんの腕に抱きつきながら背中に隠れる。こっちは迷惑だって感情を隠す気は無いのに向こうは気にした様子を見せず、胸や腰の辺りを無遠慮にジロジロ見て来た。

 

「そんな事言わずによ…ヒック! 俺と一緒に遊ぼうぜ。さっきカジノで一山儲けたから良い気分だってのに、エロい格好している癖にお高く止まった女が俺には買われないって言うんだよ…ヒック! 嬢ちゃんはあんなまな板と違って立派な体だし、ちょいと遊んでくれよ」

 

 下心を隠す様子もなく目の前の酔っぱらいは私に手を伸ばす。男連れなのも気にしないのか。私は恋人と一緒だと言った筈だ。……うん、勢いで言ってしまった。

 

「嫌です。向こうに行って下さい」

 

「まあ、そんな事言わずによ。俺も嬢ちゃんも気持ち良くなれる事だぜ? 金ならたんまり有るんだから……」

 

 まだ逆上しないだけ初対面で因縁付けた癖に今度は露骨に好意を向けてくる恥知らず眼鏡よりはマシだけれど不愉快なのには変わりない。話を聞かずに伸ばして来た手が向かうのは胸の辺り。触って良いのはロノスさんだけなのに不愉快だ。ちょっと痛い目に……。

 

「止めて貰える? 彼女は僕の恋人だ。……要するに触るなって事だ」

 

 無言で軽めの魔法を叩き込んでやろうかと思ったけれど、実行に移さずにいて良かった。まあ、流石にこのような人混みで闇属性を放てば大騒ぎになるし、益々”魔女”の悪名が広まってしまうだろう。だが、そんな事は特に重要ではない。だってロノスさんが私を庇ってくれた上に、恋人って……。

 

 この場限りの言葉だとしても胸の中が熱くなる。男の手を払った時の音が結婚式の鐘の音にさえ思えたけれど、こんな酔っぱらいの手を叩いた音なんて結婚式で聞きたくないか。

 

 

 ……ああ、駄目だ。ロノスさんと一緒に居ると何時もの私ではなくなってしまう。いや、駄目なのだろうか? よく…分からない。

 

 

「じゃあ、僕達は先に進むから。行こうか」

 

 ロノスさんは私の手を取り、酔っ払いを置き去りにしてこの場を後にする。曲がり角に進む時、あの痴女みたいな人類の敵が店から出て来るのが見えた。

 

「材料も残っていないって。超アンラッキーっすよ。あの馬鹿に秘蔵のお菓子を全部取られたし……」

 

 肩を落とし大きく溜め息を吐きながらトボトボと歩いている。どうやら私達には気が付いて居ないらしく、観察してたら気が付かれそうだしロノスさんが先に進みたそうだったので何処に行ったのかは分からないけれど、あんな存在を放置して良いのだろうか?

 

「それにしてもあの酔っぱらった人は言動の割に意外と大人しかったですね嫌いな人ですが、あの眼鏡よりはマシです」

 

「眼鏡って……アンダインの事?」

 

「……」

 

 おっと、口が滑った。流石にロノスさんが相手でも他の貴族への嫌悪は口に出来ない。

 

「今の僕達は変装中だよ。愚痴なら付き合う」

 

「嫌いです! 初対面であーだこーだ言って来たのは興味無いけれど、自分が何をしたのか忘れたみたいな態度で家柄が上なのも忘れたみたいに好意をぶつけて来るし……最悪最低です」

 

 これは紛れもない本音。演技ではなく、本気の嫌悪から言葉が湧き出る。だってロノスさんへの恋心を邪魔するのだから当然だ。

 

 

 私にとって重要なのは彼への恋のみ。それ以外は割とどうでも良い……。

 

 

 

 



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サーカス

 ……楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行く。チケットが当たったし、これを口実にロノスさんをデートに誘い、もっと親密に、可能ならベッド上での延長戦に持ち込もうって下心から誘ったデートプランより、ロノスさんが私の事を想い、私の為に考えてくれたプランの内容の方がずっと良い。……可能ならプランの最後は達成したいけれど焦りは禁物だろう。

 

「人が増えて来ましたね」

 

「うん、だからはぐれたら駄目だし、もう少しくっついて……たか」

 

「はい。私、絶対にロノスさんから離れませんね」

 

 サーカスは結構な人気らしく、あれだけの屋台が開かれていただけある。巨大なテントへと向かう人混みの中、私は彼の腕にしっかりと抱き付いて胸を押し当て、指を絡める。向こうからも握り返してくれたのは私のお誘いを一人称が俺様の正直言って見ていて痛い友人を助ける口実に利用する事の罪悪感からだろうけれど、嬉しい物は嬉しい。少しテンションが上がった気分だ。

 

「アリアさん?」

 

「……はっ!? す、すいません。ちょっと嬉しさの余りに」

 

 気が付けば鼻歌を歌ってロノスさんの言葉を聞き逃していたらしい。危ない危ない。……嫌われていないだろうか? いや、この程度で嫌って来る相手なら私は好きになっていない。こうして誰かの側に居る事を望むなんて昔の私では考えられなかったのだから。

 

 

「……第三演目迄だけれど楽しもうね」

 

「申し訳無さそうにしなくて大丈夫ですよ? 私のデートをお受けしてくれた事よりも、ロノスさんからデートプランを考えてお誘いして下さった事の方が嬉しいですし楽しかったですから。……正直言ってクジで当たったチケットの席にお誘いするのが申し訳無い位で」

 

「いや、大丈夫。偶には普段とは違った環境で楽しむのも良いからさ」

 

 ……駄目だ。こんな風に気を使ってくれる彼の隣で私はデートの後の”もしも”を考えてしまう。もしも、予言が外れた場合、若い男女がそれ用の宿の部屋で二人っきりな訳で。そのままの流れで私は彼と……。

 

 その場合、彼から迫られるのか私から迫るべきなのか……。

 

「あ、あの! 押し倒さ……いえ、何でも……」

 

「う、うん。僕は何も聞いていないよ……」

 

 思わず口に出た内容に慌てる私は誤魔化せない誤魔化しに走るけれど、良かった、引かれるんじゃなくって照れられている。彼の乳母兄弟だというメイドの言動からして誘惑めいた発言をする女は初めてでは無いだろうし、彼だって年頃だ。少し私を好きにするか私に好きにされる光景でも思い浮かべた結果なら嬉しい。

 

 さあ、それではサーカスを楽しもう。デートが終わった後のオマケ程度に過ぎないけれど、惚れた相手と一緒にショーを見に行くだなんてシチュエーションは非常にいい感じだから。

 

 

 

 

「さあ! 今宵は心行くまでお楽しみ下さい!」

 

 サーカスは本当に人気だったらしく人がひしめき合っていて、私達の席は安い席だったのか肩が触れる程に近い。要するに私はロノスさんと密着しても良いのだ。はぐれない為にって口実ではなく、こうして隣り合って密着して……。

 

「はぅ……」

 

 正直言ってショーは凄く興味無い。と言うより楽しくない。だって最初のショーは鳥型のモンスターを従えての曲芸飛行。最初からこれなんて流石は大人気のサーカスなだけあるだろう。サーカスなんて実は初めてで、見に行った時の話を聞かせてくれる知人も皆無だったので本で読んだり盗み聞きする程度だが、これが目玉になるレベルの内容だとは分かるのだけれど……。

 

「此処に来る迄に乗って来たのは……」

 

 そう、ポチだ。あのジグザグ飛行や急降下、目の前の歓声を集めているのが初心者用の安全飛行に見える程に荒々しくスリル満点。初めて乗ったモンスターがアレだったし、今日は安全……安全? な超高速飛行だったけれど、それでも目の前のモンスターの数十倍の速度。

 

「あ、あの、ロノスさん? なんかごめんなさ……い?」

 

 数度乗っただけの私でさえ思ったのだから、普段から乗り回し、あまつさえ気絶するかと思った変則的な高速飛行を”楽しい”だの何だの口にするロノスさんですが、何故か目を輝かせてショーを見ていつ。……え? いや、どうして?

 

 

「あの子も可愛いなあ……」

 

「……あ~」

 

 そうだ、この人って鳥派だった。何故かドラゴンまで同じ感覚で可愛いって言っているけれど、まあ、それは良いだろう。だってロノスさんが可愛いと思う物にケチは付けない。

 

 

「楽しんで居るなら嬉しいです」

 

「うん、鳥は見ているだけで癒されるよね。凄く癒されるよ。まあ、僕の可愛くって賢いポチが一番なんだけれどさ」

 

 私にとってサーカスがどれだけ凄いとかは重要ではなく、ロノスさんがどれだけ楽しめているのかが重要だ。だから良しとしよう。……うん。サーカスに来た意味とかは深く考えたら駄目だ。

 

 

「さあ! 続いての演目は怪力男カーリキの登場だ!」

 

 次に出て来たのは二メートル以上の巨漢。筋肉が凄くって頭はハ……スキンヘッド。如何にも力自慢ですって見た目で、自分と同じ大きさの岩を頭より上に持ち上げて自慢気に笑う。

 

 ……うん、確かに凄いけれど、

 

 

 

 知り合いのゴリ……怪り……力自慢の姿を思い浮かべる。何度か修行風景を眺めたけれど、自分の数倍の大きさの岩を持ち上げて颯爽と走り回っていたけれど。

 

「リアスさんの方がゴリラ……いえ、力が強いですよね?」

 

「あの子は幼い頃から頑張っているけれどね。まあ、実戦経験が違うかな? モンスターとも沢山戦って来たしさ」

 

「……ああ、成る程」

 

 どんな理屈なのかは詳しくないけれど、モンスターを倒し続ければ強くなれる。戦いが筋トレになっているとか、技術を磨いているとかではなく、どうも肉体の”質”が上がるらしい。それこそ剣に例えるなら素材になっている金属の純度が上がるとか、そんな感じだ。同じだけ鍛えても私みたいな”ヒューマン”では”鬼族”や”獣人”には勝てない。青銅剣では鋼鉄の剣には性能が劣るみたいに。

 

 でも、リアスみたいに鍛え上げて戦い続ければ超高品質の金属の武器の如き力を手にする。

 

「つまりメタリックゴリラ……とは、少し違うか」

 

「メタリックゴリ……?」

 

「あっ、忘れて下さい。絶対に忘れて下さい!」

 

 怪力芸に大勢が沸く中、私は思わぬ失言に慌てていた。……さて、そろそろ連れ込み宿に行く時間だ。

 



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俺様フラフープの冒険

 アリアが妄想を滾らせロノスが鳥の姿に目を輝かせている頃、広野にてフリートは部下達を率いて怪しい男達を追い掛けていた。

 

「待ちやがれー!」

 

「待てと言われて待つなら最初から逃げませんよ、お馬鹿さーん!」

 

 顔に目玉の描かれた布を巻いた怪しい男達。”幸福の門案内ツアー”なるものを開催して人を集めていたのを発見、今こうして追い掛けているのだが一向に追いつける様子が無い。

 

「わ、若様! 連中、どう見ても人間ではありませんぞ!」

 

「見りゃ分かる! 何処の世界に手足があんなに伸びる連中が居るってんだよ!」

 

 ガチャガチャと金具の音を立てながらも進むフリート達。鎧で武装しつつも軽く、こうして走るにも殆ど邪魔にならない。それどころか普通の者達入りも遙かに身軽に動き、余程レベル(肉体の質)を上げているのだろう。だが、それでも追い付けない。速度はフリート一行が上なのだが……。

 

「捕まえ……た!」

 

「ほいほいほーい!」

 

 一人の手が逃亡者達の襟首に迫った時、手足が伸びて掴もうとした場所がずっと高い位置に移動、その手は空振り、逃亡者は伸びた足で遠くに逃げる。先ほどからこれの繰り返し。フリート達の目の先で逃亡者達は手足の長さを戻し、ケタケタ笑いながら逃げ続けた。

 

「彼奴等、人間じゃないのは確かなんだが、一体何者だ? とっ捕まえて吐かせりゃ楽なんだが、ちょいと面倒だな。それに……」

 

 逃亡者達は逃げ切れる状況になっても伸ばした手足を元に戻し、フリート達を挑発するかのように立ち止まってピョンピョンと飛び跳ねる。何処かに誘導するにしてもあからさまであり、それが下手なのか、その下手くそな誘導も挑発の内なのか分からないが、どちらにせよフリート達には追わないという選択肢は存在しない。

 

 故の逃亡劇なのだが、流石に怒りが爆発したのかフリートは立ち止まると魔力を一気に練り上げた。

 

「”フレイムリング”!」

 

 フリートの腰回りに出現する紅蓮の炎の輪。ゲームにおいて”俺様フラフープ”のあだ名の理由であり、少々間抜けな見た目に反して高度な魔法だ。

 

「どんな奴が待ってるか分からないから抑えてたんだが、いい加減我慢の限界だ。それにこうしてても無駄に消耗するだけだから一気に行かせて貰うぜ。此処から先は俺様の独壇場だ!」

 

 足に力を込めて跳躍すると同時に腰部分の炎が揺れ動き、勢い良く噴射して彼を前方へと押し出す。本来ならば風属性の使い手が使う飛行魔法だが、彼のこれはそれを……いや、それも可能にしていた。

 

 高速で飛来するフリートの姿に今のままでは不利だと察したのか足を伸ばして一歩の距離を増やし、その上で身軽に走り出す逃亡者達。速度はフリートがやや上だが元の距離からして中々追い付けない。それどころか少々力業での飛行の為か小回りが利かないフリートに対して逃亡者達は異様に長い足で身軽に逃げて距離を稼ぐ。

 

 このままでは千日手と思われた時、フリートの腹側の炎が揺らめいた。

 

 

「”フレイムアロー”!」

 

「ぎゃっ!?」

 

 揺らめいた炎が矢となって逃亡者の足を貫き、そのまま一気に燃え上がる。長い足をもつれさせ勢い良く倒れ込んだ逃亡者に遂にフリートが追い付いた時、異変が起きた。

 

 

「フリート様っ!」

 

 彼を囲う形で盛り上がっていく地面。部下達が追い付いて壁を抜けようとするが、そんな相手に向かってフリートの声が響いた。

 

 

「来るんじゃねぇ! 俺様は良いから増援呼んでこい!」

 

 その言葉を最後に彼と部下達は完全に遮断され、彼が居るのは天井部分だけが僅かに開いた少々歪な形のドーム。その天井の穴の端に月をバックに腕組みをして彼を見下ろすラドゥーンの姿があった。

 

 

「見事に引っ掛かったっすね、フリート・レイム! アンタが死ねば民衆は不安に駆られ幸福の門を目指す筈! さあ! 覚悟しろ! とぅ!」

 

 コートを翻し飛び降りたラドゥーン。ただし、穴の端の突き出た部分に翻ったコートが引っ掛かった。

 

「……アホだ。アホの痴女が居る」

 

「だ…誰がアホっすか! 他人をアホって呼ぶ方がアホなんすよ! やーい! 世界一のアホー! ……あっ」

 

「此奴、一人で何をやってるんだ?

 

 ビキニの上からコートを羽織っただけの見るからに不審な相手。言動からして幸福の門関係に間違い無いのだろうが、それにしても見ているだけで力が抜けそうだ。

 

 引っ掛かった部分を外そうとジタバタ暴れるも多少揺れるだけで意味が無く、胸は絶壁なのでこっちも揺れない。

 

「……取り敢えず倒すか。今なら良い的だし。”ヒートジャベリン”!」

 

 放たれたのは炎の矛。無防備に晒された腹部を狙い、石突きの部分から炎を噴射させて進む。だが、間に逃亡者達が割り込んだ。先程迄よりも遥かに身軽であり、炎の矛を正面から受けてもダメージを受けた様子も見せずに着地した。

 

「此奴、強くなった?」

 

「へっへーんだ! 自分達神獣が簡単にやられたりはしないっすよ! もう封印は殆ど解けていて、残りは大きなダメージを受ければ良いだけだったっすからねさあ! 復活の時っす!」

 

 足止めの為の炎の矢でも足を貫けた相手が倒す為の炎の矛でノーダメージ。流石に動揺を隠せない彼をあざ笑うラドゥーンがぶら下がったまま両手を左右に広げれば逃亡者の体から光が放たれ、体格も感じる力も全く別の存在が現れていた。

 

 

「さてさて、復活早々、しかも部署違いではありますが上司は上司。あくまでも私達を指揮下に置くのはシアバーン様ではありますが、今はラドゥーン様の(メェ)により相手をさせていただきましょう。パフォメットと申します」

 

 一人は丁寧な口調でお辞儀をしながらも実際は慇懃無礼が透けて見えるスーツ姿の男。その顔は黒山羊であり、にも関わらず浮かべた笑みからは性根が主同様に湾曲しているのが分かる。

 

「……ミノタウロスだ」

 

 パフォメットとは対照的なのがもう一人である女。褐色の肌に赤い髪を短く切りそろえ、隣の同僚の態度に不愉快そうに腕組みをしている。牛の獣人を思わせる尻尾と角を持ち、服装は牛柄のビキニ。彼女からは威風堂々とした戦士の風格が感じ取れ、同時にピリピリと空気を振るわせる威圧感も放っている。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……こりゃ侮り過ぎたな。俺様が前に出るにも程があったぜ」

 

 本来ならば後方指揮が役目だったにも関わらず前に出過ぎた結果がこの窮地だとフリートは自嘲する。何かが領民の身に起きる前に解決する事を望んだが、それで次期当主の自分がこんな状況に陥っては意味が無いと自らを責め立てた。

 

「部下に責は問わないでくれって親父に頼むとして……先ずは生き残る事が先決だな」

 

 先ずは生き残る事が優先事項だと定め、脱出経路となりうる穴に視線を僅かに向ける。恐らく自分より格上だと感じる二人の妨害を躱わし、更にはどれだけ上なのか想像も出来ない化け物だとだけ感じ取れるラドゥーンに邪魔されずに逃げ切る。

 

「確率的にはほぼ無理か。あんな間抜けな癖によ……」

 

 コートが引っ掛かって宙ぶらりんという間抜けな姿を晒す彼女の力を感じ取り、軽口を叩きながらも流れるのは冷や汗で、脳裏に浮かんだのは婚約者であるチェルシーの顔だ。

 

「だが、俺様は死んじゃ駄目なんでな。部下の今後って意味でも、惚れた女を置き去りに出来ないって意味でもな。来いよ、化け物共。俺様が燃やし尽くしてやるよ!」

 

 腰回りの炎の輪に更に魔力が注がれる事で色が赤から青へと変化する。激しさも更に増し、盛り上がった地面によって暗くなった周囲が照らされる中、ラドゥーンは静かに呟いた。

 

 

 

 

「……なんだ。雑魚っすね」

 

 その声に嘲りも侮りも哀れみも籠もってはいない。只、感じ取った事を呟いただけだった。

 

 

 



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知らない自分

ヒロイン一応一覧

アリア 依存系ヒロイン 地の文と会話文が別物 これでもゲームの主人公

レナ 乳母兄弟なエロ鬼メイド 本能で主人公を狙っている

夜鶴 ポンコツくノ一 刀に宿る人格 忠義+恋慕 何気に初めての相手

パンドラ 才女で将来的に家を取り仕切る 文通を続けて好意を募らせた+家への忠誠

レキア ツンデレ妖精姫 普通に好意 勢いで主人公を婚約者だと国民に発表した

シロノ 肉食系ウサギ娘 本能で主人公を狙っている

ネーシャ 縦ロールお嬢様  打算で近付くが…… ゲーム内ではロノスとは悲恋の間 



尚、妹なのでヒロインじゃないリアス ブラコン系ゴリラ聖女


ポチ 主人公に溺愛されるペットのグリフォン 雄 実は口が悪い ヒロインではないがヒロインよりも主人公の扱いが良さそう


「へえ。以外と広いんだね。それに結構お洒落で……」

 

 サーカスの第三演目の途中で抜け出した私達。事前に部屋を取っていたので難無く入れた宿……連れ込み宿の一室でロノスさんは珍しそうにキョロキョロしていた。私もチラッと見るけれど、今まで読んだ本通りの内装。多少豪華だが予想の範囲内。内容は同じでも、質は全然違うけれども。

 

 安宿かと思いきや結構な値段を取るだけあってベッドはフカフカでシャワー室まで広くて清潔。確か読んだ本によればお湯を自動で沸かす魔法の道具で結構な値段がするらしい。広いし、二人で余裕で入れる、いや、そもそも二人で浴びる物なのか。

 

「透けてる……」

 

 そして一面ガラス張り。この前、水浴びの所にロノスさんがやって来たけれど、脱ぐ所とかを見られるのを想像すると少し恥ずかしい。矢張り彼とそういう展開になった時は密着して脱がして貰うのが得策だろうか?

 

 ああ、それにしてもシャワー室を眺めていると体が汗ばんだ気がする。夏だから暑いし、人混みを歩いたし、デートで緊張もしていた。汗がベタベタで気持ち悪い。まるであの眼鏡に好意をアピールされている時みたいだ。

 

 私は大丈夫だろうか? 実は鬱陶しいとでも思われていたら死にたくなる。彼に嫌われたら私が生きる意味は無いのだし。

 

「にしても此処に来れば良いって言われはしたんだけれど、その先をどうすれば良いかは言われてないんだよね。行動制限は受けていないから部屋で居れば良いんだろうけれどさ」

 

「じゃあ少しゆっくりしましょう。戦いになる可能性が高いでしょうし、リラックスしませんか? 変に気を張って……って、ロノスさんは私より戦闘経験が豊富でした」

 

 言うまでもない、という奴だ。私も面倒で危ない仕事を任されはしたけれど、彼とは比べ物にならないだろう。何を生意気な事をって思われないか心配だが、私が惚れた彼はそんな事を気にする様子も見せない。

 

「ルームサービスもあるし何か飲み物も頼もうか。勿論僕が奢るよ。好きなのを頼んで」

 

「じゃあ……」

 

 ベッドに座り込んだロノスさんの隣に座ってメニューを開く。戦いになるのなら満腹は厳禁だけれど喉は渇いているし、でも、流石にお酒は駄目。酔った勢いで”ロノスさんが食べたいです”とでも言って押し倒すのも悪くないけれど、事態が事態だから空気を読もう。

 

 適当に選んだ飲み物を受け取り喉を潤す。ポチが居るし、家の仕事で出たなら関係する貴族の屋敷や別荘に泊まるだろうから宿屋が珍しいって様子のロノスさんも時間が経てば落ち着いたのかキョロキョロしていないけれど、不自然な位に視線を向けないのはシャワー室だ。

 

 ちょっと意識してる? 水浴びの姿は見られているし、シャワーを浴びる私の姿を想像でもしているのだろうか? ……うん、ちょっと悪戯をしよう。告白後も私の恋心を変に刺激する彼への意趣返しだ。

 

「あ、あの、少し汗が気持ち悪くて……シャワー浴びても良いですか?」

 

 襟に指を引っかけて前に引っ張り手で風を送る。嘘ではなく本当に汗で服がくっついて気持ち悪いし変な提案ではない。あっ、ロノスさんが背中を向けた。

 

「ど…どうぞ。僕はこうやって背中を向けているからさ」

 

「はい! じゃあ、お言葉に甘えてサッと済ませますね。……一緒に浴びます? ふふふ、冗談ですよ」

 

 実は半分ほど本気だったのだが、今は此処で終わりにしておこう。こういうのは多分積み重ねが必要だ。兎に角全力で押せ押せばかりでは相手が疲れそうだし。

 

 私の提案に一瞬ビクッとさせた彼だけれど、脅えて見えたのは気のせいだろうか? 入浴中に襲われそうになった事が有るなら分かるけれど、そんな機会が彼みたいな立場の人に起きるとは思えない。さて、実際何時起きるか分からない介入の切っ掛けを待っている身だ。急いで服を脱いでシャワーを浴びる。軽く振り向くもロノスさんは背中を向けたままで私のシャワーシーンを眺める様子は無かった。

 

「……少し残念だ…です」

 

 まただ。防具として幼い頃から被り続けた明るい少女の仮面が剥がれていた。こんな事、彼に出会うまでは無かったのに。シャワーが汗を洗い流すのを感じつつ思うのは、この瞬間にも後ろから襲われないかって事。私の本性は分かっているみたいだし、今更別に構わないが、ロノスさんが私に何かしてくるかどうかは重要だ。

 

「後ろから乱暴に胸を揉まれて、強引にキスをされ、壁に手を付いて腰を後ろに突き出すポーズを取らされて……」

 

 いや、私が一方的にされる

のではなく、私がグイグイ攻めるのも良い。妄想が捗るが長居は無用だ。その時が来た時に裸だから待たせるとかになったら彼を困らせる。嫌な汗を全て流したからとシャワーを止め、体を拭いて出る。ロノスさんは私がシャワー室から出ても背中を向けたままだし、意識しないようにって思った結果だろう。

 

 

 

 ……あれ? 何か忘れている気がする。まあ、良いか。

 

「ロノスさん、お待たせしました」

 

「あっ、うん。もう少しゆっくりしたかっただろうに……」

 

 背後に座って肩を軽く突っつく。少し申し訳なさそうに振り返った彼が固まり、私は何を忘れていたかを思い出した。

 

「……慌てるにも程がありましたね」

 

 服と下着だ。今の私、バスタオルを巻いただけの状態でロノスさんと同じベッドの上に座っているのだ、それは彼だって固まりもする。

 

「は、早く着替えて来たら? 僕、ちゃんと背中向けているから……」

 

「は、はい!」

 

 確かにシャワーシーンを見られても良いはずだったし、寧ろ望んでいた私だが、こうして意図しない形でこんな状況になると話が違って恥ずかしい。慌てて立ち上がろうとしてしまい、ボケッとしながら巻いたタオルは簡単に落ちる。その上、ベッドはフカフカ。まあ、そんな上で立った上に慌てたらどうなるかは直ぐに分かった。うん、我ながら実に間抜けだな。

 

 

「きゃっ!?」

 

 実は冷静だけれど悲鳴は上げておこう。このままロノスさんに抱き付いて……あれ? ちょっと距離と角度が……。

 

「え?」

 

 思わず前のめりに転けて、悲鳴に振り返ったロノスさんの方に倒れ込む。押し倒すには彼の方がしっかりしていたから起きなかったが、座った状態の彼に裸で抱きつき、顔に胸を押しつける形になっていた。しかもお尻に感じる何かが食い込んだ感覚は多分指。

 

 私を抱き止めようとして失敗した結果だろう。まあ、作戦通りに抱きついたし、寧ろ顔に胸を押し当ててお尻を掴ませているって状況は……状況は……。

 

 あ、あれ? 頭が冷静に働かない。顔が熱い? な、何でだ?

 

「じ、事故です! 確かに何時かはこんな事をしたかったですけれど、今は本当に事故ですからね!」

 

 駄目だ、恥ずかしい。途中までは、途中までは妄想と同じで抵抗無く行えたのに、こうして一定の線を越えた途端に私は年頃の少女へと戻る。慌ててロノスさんの頭を解放し、シャワー室に駆け込んだ。

 

 

 拝啓、天国の(いや、存在するかも迎え入れられているかも知らないけれど)母様。貴女の残した本でエッチな知識を手に入れた娘は肝心な段階で急にヘタレになるらしいです。

 

 

「ロノスさんが瀬戸際で踏みとどまる姿に欲情する性癖なら良いのに……」

 

 今はそれを切に願う。しかし自分の事でも分からないものだ。本では私同様に未経験だった少女達は羞恥心を見せながらも行為が始まれば獣みたいに大胆になり、肉欲に突き動かされていた。私も同様……いや、色々妄想して行動にも移せるのだから余裕がある筈だったのに……。全裸で抱きついてキスから告白は出来たのに、何故先には進めないのかと情けなくなる……。

 

 

 彼はこんな私を変に思っていないだろうか? 嫌われていないだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……凄く柔らかかったな。それに大きさだって間近で見たら……って、僕は何を考えているんだ」

 

 

 

 

 



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神の気苦労 人の悩み

 時間は少し……但し、神にとっての基準だが遡り、ゲームの開始時期から二十年程前の頃、主人公と敵対して悲惨な最期を迎えるラスボスとなる兄妹が生まれるよりも前の事、神々が住まう世界にて、光を司る女神リュキの屋敷で交わされた会話だ。

 

 

「……はぁっ!? リュキ様、正気なのですか!?」

 

 光の女神の屋敷の一室、天蓋付きのベッドが設置され、甘い香りのするピンクの煙を吐き出すお香が焚かれた室内にて一人の女神が呆れと驚愕の籠もった声を上げる。

 それは銀色の髪を持つ美しき少女の姿をした女神だった。何故か燕尾服を着ているが彼女の美しさによって優雅さと高貴さを見る者に印象付け、前髪を伸ばして片目を隠した髪型もミステリアスだと言えるだろう。

 

 だが、その美しい顔に浮かべたのは声同様に呆れと驚きであり、苦労人的な印象を与えてしまう。そんな彼女の表情の理由であり、この屋敷の主である女神は相反して楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

「あら、悪くないと思うわよ、クノロ」

 

「悪いです。悪いですって。大体、”人間を一度滅ぼして一から新しいのを育てましょう”って頭に蛆でもダース単位でわいてる案を出して相談より前に実行した時も同じ事を言っていましたよね? 音の時間を戻して聞かせましょうか?」

 

「怖いわねえ。あの時の事は私だって反省しているし、だから悪い心をテュラ共々封印したじゃない。神獣達を一緒に封印した時は悲しかったのよ?」

 

「……あー、はいはい。そうですね」

 

 会話からしてこの銀髪の女神”クノロ”の方が神としての格が下のようだが、どうも普段から苦労させられているのか態度に不満と疲労が出ている。だが、それさえも仕方無いとさえ思わせる何かがリュキにはあった。

 

 その髪は太陽の光を思わせる眩い程の金髪であり、その肉体は豊満にて淫靡。胸に布を巻いただけの露出度の高い服装であり、光以外にも娼婦の守護神や美の女神も兼任していそうだ。

 その上、真面目そうなクノロと違って気紛れで行動する楽観的な雰囲気も感じさせ、今も同性でさえ見惚れてしまう色気を発しながらクスクスと笑っている。

 

「ええ、ええ、途中までは構いませんよ? 光の使い手と闇の使い手を再び誕生させ、封印が解けそうな神獣達と戦わせるのは良いでしょう。封印解除直後ならテュラさえも倒して再封印の可能性も認めますが……私が司る”時”を与えるのはどうかと思います!」

 

「そう? 貴女の力は格の差で私には通じないけれど、人同士なら問題無く効果があるでしょうし、前に恋心から闇属性の子が裏切ったみたいな事が起きれば処分可能でしょう?」

 

「確かにそうですが、その者が裏切ったらどうするのですか? それで世界に大きな影響が出たら? ご承知でしょうが、世界そのものの時を戻すには大きな代償、それもリュキ様クラスの神が支払う必要が有るのですが分かってますよね?」

 

「……え? そうだったの? それに時属性の子が裏切るのは考えてなかったわ。ほら、神から与えられた粛正の役割を果たしてくれるって思いこんでいて。……早まったかしら?」

 

「早まった? え? いや、冗談……ですよね?」

 

 ”このアホ女神、まさか既にやらかしたのか?”、そんな考えが頭に浮かんだ彼女は数歩後退りながら冷や汗を流し、リュキはそんな考えをお見通しとばかりに少し舌を出して誤魔化しの笑みを浮かべる。

 

「てへっ! もう数年後に生まれるようにしちゃった」

 

「何やってるんですか、このアホ女神! 報告連絡相談、略してホウレンソウをしっかりしろ、アホ女神! 色ボケが過ぎて遂に頭がやられたんですねっ!」

 

「クノロったら大袈裟ね。大丈夫大丈夫。私の勘が全部上手く行くって告げているし、何かあれば私がどんな代償を払ってでもどうにかするわ。私だって反省すれば真面目になるの」

 

「……これは言っても無駄ですね。本当に知りませんから。てか、今は不真面目な自覚があったのに驚きです。そして貴女が真面目にとか想像不可能ですし、実現したら裸踊りを披露しますよ」

 

「あらあら、でも反省する事にはならないだろうし見せて貰えないわね。……今度の宴で披露して貰えない?」

 

「断固拒否します。……はぁ」

 

 口元に指を当てて脳天気に笑うリュキに対してクノロは額に手を当てて深い溜め息を吐き出す。普段から積み重なった苦労がその顔に滲み出ていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 ……そして、その嫌な予感は的中する。光属性だから聖女の再来だと甘やかされて傲慢に育ち、リュキの口車に乗せられたリアスはリュキの悪心を取り込んで最期に彼女を止められなかった兄と共に全てを失い死を迎える事となった。その事はリュキでさえもショックが大きく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ~、ちょっと窓開けて風を入れ替えようか。ほら、僕の魔法なら直ぐに終わるしさ」

 

 最近、少し悩みが多過ぎない? モンスターなんて危険生物が存在していて、輸送とか医療とかインフラとかが日本とか程じゃないこの世界じゃ貴族の僕なんて悩みが少ない方だって理解しているつもりでも思ってしまう。本当に悩むべき事が多いと。

 

 人が変わってしまったみたいと言うよりは悪神に変わってしまったらしいお姉ちゃんの事とか、夜鶴から届けられたあの人からの手紙の事とか、次期当主への宿題としてパンドラから出されている領地運営の素案の事とか他諸々は忘れては駄目なんだけれど、今は個人的な悩みを優先させて欲しい。

 

「こ、この時間は未だ騒がしいですね。ほら、サーカスの方から歓声が聞こえますし」

 

「う、うん。防音設備はバッチリだから窓を閉めていたら気が付かなかったけど、随分と人気だったみたいだし、なんかゴメンね? アリアさんも楽しみにしていただろうに」

 

 この状況、凄く気まずい! 今まで気まずい状況に陥った事は数度あったけれど、これってプライベートでお祖父様と二人きりになった(色々な意味で奇跡の)時間の次に入るレベルだよ。いや、本当に奇跡に奇跡が重なってオフの日に二人になったけれど、あの人は次期当主の僕にしか興味が無いから祖父として孫に接するとか……はい、現実逃避終了! 今は彼女に集中するんだ、ロノス!

 

 普段から体を密着させている女友達(自覚はあるっぽい)に最近告白されて(裸で抱き付かれキスまでされて)、その子とのデートの最中に連れ込み宿にて事故から裸の彼女の胸を顔に押しつけられ尻を掴んでしまった。状況確認完了! 何処の官能小説の一場面だよ、現実なんですね、分かってますよ。

 

「さてと、そろそろ窓を閉めるよ?」

 

 何時もの態度と違って羞恥心たっぷりの表情を見せたアリアさんに感じる物が無いとは言えないよ、僕だって男だし。こんな状況をどう打破するか、ちょっと悩む。こんな時に誰か居ればアドバイス貰えたかな?

 

 いや、冷静になれ。ベッドの上で裸の女の子の尻を掴む姿をアドバイスくれるような親しい相手に見られるとか最悪だろっ!? でも、ちょっとだけ想像してみよう。見たらショックが大きそうなのは除外するとして、母親同然のレナスも却下。

 

 

 レナは……。

 

『そのままガバッと迫りましょう! 先程以上の事をすれば解決です!』

 

 却下。何一つ解決にならないし、問題が増えてるよ。

 

 フリートなら!

 

『いや、想像の中でもダチでも相談する内容は考えろや。答えにくいんだからよ』

 

 確かに僕も相談されたら気まずい!

 

 ポ、ポチ……。

 

『お尻触るの駄目なの~?』

 

 うーん、ポチには早かったでちゅね~。

 

 

 ……ネーシャ?

 

『……はぁ。しっとさせたいのですか? まあ、起きた事は仕方在りませんし、真摯に向き合って下さいませ。それでこそ私の愛したロノス様なのですから。……ですが、程々に』

 

 う、うん。分かったよ。矢っ張り君はたよりになるね。それとこんな事になって……あれ? あれれ? 僕、どうして彼女を思い浮かべたんだ? ネーシャと過ごした時間は短いし、打算的理由で積極的に迫られはしたけれど、この僕はゲームの僕とは別物だから彼女とは心を通わせた婚約者じゃないんだぞ? 知っている設定を混同するにしても……。

 

 僕はチラッと見ていただけのゲームに酷似した世界に転生した前世日本人、それは間違い無い。なのに、どうしてゲームでのロノスみたいな事を思う? ……時属性の知らない力に平行世界の未来を見る力でも在るんだろうか? 実際、プルートみたいな予知能力者が実在するんだし可能性は……。

 

 

 

「急げ! 若様を助けるんだ!」

 

「援軍を早く集めなくては!」

 

 ……ああ、世の中ってのは何時もやるべき事に必要な時間を余裕を持って与えてはくれないらしい。窓を閉めようとした時に下から聞こえて来た慌てた声に目をやれば武装した屈強な男達が何やら急いでいる。あの鎧は丈夫で軽い魔法金属製に見えるし、レイム家の家紋が刻まれている。つまりは……。

 

「アリアさん、ちょっと待ってて!」



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俺様フラフープの冒険②

感想が……


 魔法とは四つの行程に分けられる。弓に例えるとしよう。

 

① 魔力という矢を肉体という矢筒から取る

 

② 魔法の構築という方法で矢を弦につがえる

 

③ 狙いを付ける

 

④ 放つ

 

 呪文の詠唱は第二行程に必要なイメージの補助であり、慣れているなら不要である。基本的に新しく魔法を使うには第一行程から始める必要が有るのだが、何事でも例外は存在していて……。

 

 

 

 

「たぁっ!!」

 

 掛け声と共にミノタウロスが地面を踏みしめる。彼女の足を中心に激しく地面がひび割れ、地中から逆向きの杭の姿をした岩が次々と隆起しながらフリートへと向かって行く。同時にパフォメットも無言で右手を振るっており、彼の頭上に現れた巨大な炎の狼が巨大な口を開いて空中を駆け出した。

 

 地面からは岩の杭、空中は炎の狼が迫り、フリートが横に走れば岩の杭は軌道を変えて追い掛ける。

 

「ちっ! 追尾性能持ちかよ、面倒だな! ……だがっ!」

 

 スッと目を細めたフリートが見詰めるのはミノタウロスの姿であり、正確には魔法を発動中の彼女の肉体を覆う魔力。現在発動を続ける魔法を使用した時から体を覆い、時間経過と共に目減りして行く。

 

「どうしたっ! 得意なのは逃げる事だけかっ!」

 

「安い挑発だな、おい。まあ、逃げるのは此処までだ。大体分かったからな」

 

 ミノタウロスの挑発に対し、愚かにも乗ってしまったかのように足を止める彼だが、その顔に浮かべたのは余裕の笑み。反対にミノタウロスは不愉快そうに眉間に皺を寄せ、激しく隆起していた地面はフリートを目前にして崩れ落ちる。彼女を覆っていた魔力は全て消え去っていた。

 

「おや、練った魔力の消耗速度から魔法の継続時間を読まれましたか。大変ですね、ミノタウロスさん」

 

「黙れ。その頭蓋、叩き壊されたいか?」

 

「おやおや、怖い怖い。では、不愉快の元をさっさと始末しましょう」

 

 ニタニタと山羊の顔でも分かる嘲笑を浮かべたパフォメットは殺気を飛ばされても態度を変えず、炎の狼の速度を更に上げる。口は狼の構造上の限界を超えて大きく開き、パフォメットを覆う魔力量からして持続時間には問題が無い。例え逃げ切れたとして、既にミノタウロスが次の魔法の準備を進めていた。猶予は僅か数秒、彼女の魔法を再び逃げ切ったとして、その頃にはパフォメットの準備が済んでいる。

 

 二人の神獣による波状攻撃を前にして、フリートには何も出来ない……かに思えた。

 

 

 

「俺様がさっさと終わる雑魚かどうか、此奴で判断しやがれっ!」

 

 フリートの叫びと共に放たれたのは逃走中の二人を射抜いた物よりも幾分か小さい炎の矢。感じられる魔力の量は到底狼には及ばず、そのまま口の中に吸い込まれるように消える。

 

「弾けろっ!」

 

 再び響くフリートの叫び声、同時に狼の内部に吸い込まれた炎の矢が内包した力を外側に向かって解き放った。破壊するには至らず、破裂した風船人形を無理に膨らましたかの様に穴だらけの大きく破損した姿ながらも狼は一切衰えぬ勢いで彼へと迫る。そして、既にミノタウロスも次の魔法の準備を終えていた。

 

 

「雑魚でしたね」

 

「雑魚だったな」

 

 意志を持つかのように宙を駆ける狼と、追尾性能に割く力を強度と貫通力に注ぎ込んだ無骨な形の岩の槍。狼をギリギリ防いだとして岩に貫かれ、岩を避ければ崩れた体勢に狼が襲い掛かる。ミノタウロスは無駄な足掻きだと呆れ、パフォメットはフリートの死に様を想像してか嗤う。

 

 呆れと嘲笑、違いはあっても根本は圧倒的強者としてフリートを見下した結果。フリートはそれを仕方無いと実力差から受け入れ、それと同時に彼も自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。

 

「はっ! 雑魚はテメェらだよ、バーカ!」

 

 フリートの腰回りの炎の輪が激しく燃え上がり、炎の矢を放つと同時に真下に向かって噴射、真上に向かって急速で飛んだフリートの真下を岩の槍が通り過ぎ、炎の矢は先程と同様に狼の内部で破裂して今度こそ完全に破壊した。

 

「じゃあな、雑魚共!」

 

 同時に放たれた二種類の魔法に対して動きの止まる二人に目掛け炎の飛礫が雨霰と降り注ぐ。一つ一つは小さくても絶え間無く飛来する炎が合わさって巨大な炎と化し、二人を包み込んだ。

 

 

「……成る程ね。”炎を出す”って段階までを輪っか状に予め用意しておく魔法だと思ったっすけれど、どうやら”複数の魔法を凝縮した炎の輪”を作り出す魔法だったっすか。第二行程を更に三つに分けた時の”属性・形状・付与能力”を決定する工程を既に済ましているから違う魔法の連射が可能だと……」

 

 一時的とはいえ部下が炎に包まれた状況でも未だにぶら下がったままのラドゥーンは慌てる事無くフリートの魔法を分析する。魔法とはイメージの具現化であり、何処まで精巧にイメージを再現するかで効果に差が出る。

 

「結構複雑な魔法みたいだし、代々独自の鍛錬方で身に付けて来たって所っすね。へぇ、凄い凄い」

 

 本心から感心した様子で拍手をする彼女だが、パチパチという音はフリートからすれば罵倒にしか聞こえない。この様な状況での拍手など見下しているとしか彼には感じられなかった。

 

「おぅおぅ、そーかよ。俺様を雑魚とか散々馬鹿にしといて前言撤回か? 随分と言葉が軽いな、おい」

 

「いやいや、認める所は認めるべきっすからね。それで前言撤回についてっすけれど……」

 

 挑発と感じた行為に挑発で返すフリートだが、内心では焦っていた。初見殺しのお陰で隙を付いて二人に魔法を当てたが、あの程度で終わるとは思っておらず、目の前の相手には初見殺しでさえ通じないだろうと本能で感じ取っている。

 

(……多少はダメージがあったら良いんだが。こりゃ増援呼んだのは失敗だったか? 纏めて死ぬ未来しか浮かばねぇ)

 

 周囲を覆う土のドームは未だに健在、逃げるにはラドゥーンの正面を通り過ぎるしか無いが、正直言って厳しいだろう。つまり取るべき手段は逃げの一択。個人としては屈辱だが、彼は自分が大公の跡取りだという自覚を忘れていなかった。

 

 彼一人で戦っている時点で配下の不手際であり、これで戦死すれば命で償う事になる者も出るだろう。

 

 そして、そのチャンスは今だ。

 

「テメェも食らっとけや、痴女!」

 

「だーれが痴女っすか! 何奴も此奴も自分の事を痴女痴女って! 自分は薄着なだけっすよ!」

 

 この言葉を聞けば大体の者がこう答えるだろう。”水着コートだの下着エプロンだの露出狂のお前だよ”と。そんなラドゥーンの顔面に向かって放たれた炎の矢。どうせ効かないだろうと防ぐ気もない彼女だが、それこそが致命的な油断であった。

 

 炎の矢は確かに炸裂する。但しパフォメットの放った炎の狼を破壊した物とは違い、激しい閃光を前方に放つ形でだ。

 

「くっ!」

 

 特に警戒せずに漠然と前を見ていた彼女はもろに見ていた事によって目が眩む。だが、彼女とてサマエル(馬鹿)ではない。この隙に自分の近くをすり抜ける気だろうと目が見えない中で気配を探る。フリートの気配は後方の岩壁に向かって急加速していた。

 

「唯一の穴が通れないってんなら新しい穴を開けりゃ良いだけだろう!」

 

 この時、フリートは逃走用の噴射に使う用の魔力を除き残りの全てを注ぎ込んだ貫通性能重視の炎の槍を放っていた。何をするか喋ってしまうのは実戦経験の拙さを感じさせるも他の判断は悪くは無い。事実、彼の放った炎の槍は分厚い岩盤に穴を開け、加速したままの突撃で無理にこじ開ける。

 

 

 

 

「ああ、言い掛けていた事っすけれど……前言撤回するって程じゃ無いっすね。……その程度の速度で逃げ切れる筈が無いっすよ」

 

 岩のドームから脱出したと思った時、フリートの耳にそんな言葉が届き、褐色の腕が彼の襟首を掴む。

 

 

「一矢報いたな。喜べ、雑魚の中ではマシな方だ。雑魚にしてはな」

 

 振り向いた時、彼の目に映ったのは僅かに煤が付いただけで一切傷の無いミノタウロスの姿。振り解くよりも前に後方に向けて放り投げられた。

 

 

 

 

「……所でラドゥーン様。ずっと思っていたのだが……飛べなかったか、貴女って?」

 

「あっ!」

 

 その言葉によってハッとした彼女は空を飛び、コートの引っかかりを直して着地する。何とも締まらない展開だが、フリートの危機的状況は悪化した。

 

 

 



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俺様フラフープの冒険③

 急加速中の強制停止は俺様の肉体に負荷を掛け、その状態で投げ出されたまま受け身も取れずに地面が迫る。いや、地面だけじゃねぇ。パフォメットの放った炎の鮫が空中を泳ぎながら迫っていた。時々角度を変えればヒレが地面を擦り削る。どうも物理的な威力も付与されてるっぽいな。つまりは大口開けている鮫に食い付かれたら肉を食い千切られるって事だ。

 

「ちっ! こうなったら……」

 

 迫る地面と鮫のアギト。今は後先考えてる場合じゃないつーか、今どうにかしないと後が無いって奴だ。殺気の脱出に使った魔法で実は殆ど魔法が残っちゃいない。ギリギリ逃走用に足りれば良いなって程度だ。

 

「まあ、足りるかどうかも分からなかったし、実際に捕まったしな。……”フレイムバースト”!」

 

 後一秒も残っていないタイミングで残り全ての魔力を注ぎ込んで魔法を放つ。俺様の腰回りに展開した炎の輪が消え去り、その代わりに俺様を中心にして狭い範囲に威力を凝縮した爆発が起こった。鮫の頭を吹き飛ばし、地面に激突する衝撃を殺した瞬間に転がって鮫の突撃を避ける。俺様が居た場所に激突した瞬間、地面が抉れて火柱が上がる。周囲に一気に熱が広がり、肺の中まで燃えそうな熱さだ。

 

 あー、畜生。雑魚だのなんだの散々言われる訳だな。実力が……いや、そもそも種族としての格が違うのか。神獣だっけか? 混乱招くとかで一部にしか情報が回って来ないが、こりゃ大々的な討伐部隊が必要なレベルだろ。

 

「ったく、俺様も焼きが回ったな」

 

「それは炎を食らったからとからっすか?」

 

「違うっ!」

 

 一人でこんな連中の相手をする事になるなんざ判断を誤ったとかそんな感じだが、痴女にはギャグ的な勘違いをされる。おいおい、妹が関わった時のロノスじゃあるまいし、俺様が戦闘中にギャグに走るかよ。そんな馬鹿じゃねぇし、そんな余裕が有る程に強くも無い。

 

「それでどうします? 無惨な死体を晒せば絶望が広がって幸福の門を求める者が増えそうですがね。手足を生きたまま引っこ抜き、目玉を潰してしまいましょう」

 

「相変わらず悪趣味な奴だ。貴様には誇りが無いのか? ああ、情けない」

 

「……はぁ」

 

「おい、その溜め息はどんな意味だ?」

 

「あーもー! 仕事中に喧嘩するなっす!」

 

 

 俺様は目立った怪我を負ってないってのに向こうさんは随分と呑気にやり取りしてやがる。緊張感無いつーか、緊張する必要を俺様に感じて無いって事だ。

 

 ……魔力は既に空っ欠、そして向こうが格上で多勢に無勢。俺様が向こうでも勝ったも当然、緊張する方が間違ってるって話だ。

 

「おい、幸福の門ってのは一体何なんだ? 理想の世界が広がっていて、中の財宝持ち出せるなんて都合が良いにも程が有るだろ」

 

 諦め半分に問い掛ける。答えてくれるとは思っちゃいねぇし、禄でもない狙いが有るなら情報を何とかして残すのも無理だろう。今は少しでも時間を稼ぎ、魔力が僅かにでも回復するのを待つ。チェルシーの奴が待ってるんだ。こんな所で死ねないんだよ、俺様は!

 

「さて、死出の旅立ちに教えて差し上げても宜しいのですが。その方が死ぬ時に絶望が大きいでしょう? 実に楽しいと思うのですが、ラドゥーン様、どうなさいますか? 貴女の(メェ)に従いましょう」

 

「おい、何をふざけている、パフォメット。彼奴は敵であり、敵であるなら遊ぶな。わざわざ絶望を与える必要は無い。敵は殺す、それだけだ」

 

「相変わらず頭がお固い。その様な事だから恋人に振られたのです、よっ!?」

 

 どうも本当に禄なもんじゃなかったらしい。死ったら絶望を与えられるって、要するに関わったら駄目な奴だって事じゃねぇか。粗方予想はしていたが確信へと変わる中、俺様から仲間へと矛先を変えたパフォメットの横面にミノタウロスの拳が叩き込まれた。俺様じゃ完全には見切れなかった速く重い一撃。殴り飛ばされた彼奴は俺様が力の殆どを注ぎ込んだ魔法よりも大きな穴が開く程の威力で岩壁に叩き付けられた。

 

「んなっ!? 味方同士で争ったら駄目だって言ったっすよね!?」

 

 おいおい、魔法が厄介だから魅せ筋かと思いきや、さっき捕まえられた時と言い、戦士寄りじゃねぇか。死んではないが完全に気絶した様子のパフォメットにラドゥーンが慌てて駆け寄る中、ミノタウロスは拳で地面を叩く。広がった衝撃で地面がグラリと揺れて、周囲の地面がまた隆起する。

 

「あっ? こりゃ何のつもりだ?」

 

 だが、それはさっきの攻撃の為の逆杭じゃなくて岩製の多種多様な武器。身の丈程の大剣や斧、はたまたダガーまで幅広く揃っているが、俺様の近くにまで用意する理由は何だ?

 

「好きなのを使え。貴様の筋肉は武器を使い慣れた者の物だ。武器と武器、力と力、技と技のぶつかり合いだっ!」

 

「はっ! 上等だ! だが、良いのか? 露出狂の上司に怒られるからって急に話を変えるんじゃねぇかよ?」

 

「……舐めるな。今は諸事情で配属が変わっているが、私の本来の上司であるサマエル様は楽しむ事を否定はしない。それはパフォメットの上司であるシアバーン様もな。私にとっての楽しみは対等な状況での一騎打ち。貴様は雑魚だが、私と一騎打ちする資格は認めてやろう!」

 

 ミノタウロスは既にパフォメットから視線を外し、突起物だらけの棍棒を持ち上げて肩に背負う。ありゃ掠っただけで挽き肉になりそうだな。

 

「そりゃどうも。認めて貰えて嬉しい限りだぜ。俺様も雑魚だからって遊び感覚で多勢相手に弄ばれるのは勘弁だからな」

 

 ピンチなのは変わらないが、同時にこれはチャンス到来だ。三対一なら遊びながらでも瞬殺されて、それが二対一でもそんなに変わらない。だが、今からするのは遊び心無しの本気の殺し合い。チラッと見りゃラドゥーンはパフォメットの解放をしながら深い溜め息を吐いちゃいるが手の動きで許可を出している。

 

「首の皮一枚、いや、半分で繋がったか。良いぜ、殺し合おう。互いの得意武器を使ってな! でもよ、俺様は此処から武器は選ばねぇ。勘違いするなよ? テメェがナマクラだの戦いの途中で消すだの疑ってる訳じゃ無い。持ってるんだろ、俺様の獲物よ」

 

 わざわざ敵に武器を用意するなんざ普通は罠か、それとも余程の武人気質だ。そして目の前の女は後者で間違い無いのは今までの遣り取りで十分分かった。俺の得意な獲物が何か分からないからこそのこの種類だ。此処は心意気を勝ってこの中から選ぶのが男だが、生憎得意な獲物はこの中には存在しねぇ。そして俺は常に持ち歩いているんだ、特注の武器をよ!

 

「見せてやるぜ。此奴が俺様の相棒だっ!」

 

 何時も開いている胸元に手を突っ込み、腹に巻いた武器の柄をひっ掴む。そのまま引っ張り上げれば姿を現したのは白銀に輝く鞭。魔法の力を持つ金属糸を編んで造った特注品。細くて長くてしなやかで、そして硬い。その名も……。

 

「此奴の名は”スルト”! 魔法鞭スルトだ!」

 

 大きく振り上げたスルトで地面を叩けば地面深くまで食い込む。周囲に威力の拡散は無く、一点に集中されていた。これがスルトの力だ。手の内開かすのは馬鹿みたいだが、結構お膳立てして貰った以上は礼儀って奴だろ。俺様が地面からスルトを抜いて構えればミノタウロスは無言で笑い、向こうも武器を大上段に構えていた。もう言葉は不要、存分に殺し合おうって感じだな。

 

「こうなったらとことんやってやるよ! それで生き残ってさっさと帰る! 遅くなったら五月蠅いのが居るからなっ!」

 

 あの膂力であんな武器を振り回すんだ。掠っただけでぶっ飛ばされ、直撃すれば挽き肉だろうよ。だがな、そんなの掠りもしなけりゃ良いだけ……っ!?

 

 踏み出そうとした足の違和感。目を向ければ炎の蛇が足に絡み付き、熱が一気に押し寄せる。まさかパフォメットの奴、一騎打ちに手を出しやがったのかっ!

 

 

 この怒りは俺様個人だけの物じゃない。俺様に対し、格下の雑魚と認識しながらも敬意を払っていたミノタウロスの誇りをも侮辱する行為に腸が煮えくり返る気分になり……その顔が笑っているのに気が付いた。

 

 

 

 

 

「何だ、貴様如きに敬意を払うという戯れ言を本気にしたのか? 残念だったな、雑魚が」

 

 嘲笑と共にミノタウロスが作り出した武器が一斉に飛んで来た……。畜生がっ!

 



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魔女の気持ちと俺様フラフープの体臭

r短編書いてて遅くなりました


 プルートの予言の内容で連れ込み宿まで来た僕とアリアさんだけれど、まさかのハプニングでとっても気まずい空気になった時、タイミングを見計らっていたみたいに下を通り過ぎて行くレイム家の家臣達。会話の内容からしてフリートの身に何かあったのは間違い無い。

 

 そうと決まれば迷い無し。懐から取り出した笛を吹き、待つ事数秒、ポチがこっちに向かって飛んで来るのを視認した僕は窓から飛び降りる。アリアさんには悪いけれど待っていて貰おう。いや、最初は戦力として連れて行くって了承を得たけれど、流石にあんな事が起きたばかりだと気まずくって連携が取れそうにないし……。

 

 まあ、要するに僕は彼女を振り回しっぱなしって事で、その内埋め合わせが必要だな。どんどん借りが増えて行く事に悩みつつも落下する僕をポチは背中で受け止めて、アリアさんが身を乗り出した窓の高さまで飛び上がった。

 

「キュイ?」

 

「いや、彼女は良いよ。アリアさん、さっきみたいな事が起きたばかりだし、僕と一緒に居ると恥ずかしいよね? それじゃあ戦うに連れて行くのは危険だし、此処か元の宿屋で待っていてっ! 行くよ、ポチ!」

 

 彼女の返事を聞かないで置き去りにするのは酷い行為だけれど実際の話として動揺した状態の上に戦闘経験の少ない彼女を神獣との戦いに連れて行くのは論外だ。いや、本当にごめんよ。この償いはちゃんとするからさ。

 

「じゃあポチ、フリートの所に急いでくれ!」

 

 ……あ~、そういえばデートの途中で巻き込まれたって口実で向かう筈だったのに、僕一人で巻き込まれた時の口実はどうしようかな? デート中に二人っきりになるのは気まずい空気になったから? あっ、ヤッバ。それだとルメス家の長女がクヴァイル家の長男に嫌な思いをさせたって判断する連中が出て……。

 

「何だっ!?」

 

「キュイ!?」

 

 背後から感じる禍々しい圧力。ポチも一瞬身を竦ませて羽毛を逆立てる。ほら、落ち着いて。僕が何とかするから落ち着くんでちゅよ~。

 

「待って下さ~い。私も行きまーす!」

 

 ポチの首筋を撫でつつ警戒しながら振り向くと、炎みたいに揺らめく翼を広げて僕達を追い掛けて来るアリアさんの姿があった。リアスが使う”エンジェルフェザー”は本人同様に可愛らしい金色の天使の翼だけれど、アリアさんのは漆黒の翼。感じる力はちょっと禍々しいから僕やポチも警戒したんだけれど、実際に見ると違う。

 

「アリアさん、凄く綺麗だね」

 

 そう、その翼は妖しい美しさを持っていたんだ。

 

「き、綺麗!? ……あれ? 翼が……ひゃっ!?」

 

 だから思わず口から出た言葉なんだけれど、アリアさんったら耳まで真っ赤になって、魔法の制御まで乱してしまったのか翼が片方消える。本人は慌てて羽ばたくんだけれど、それで飛べる筈はないよね。

 

「ポチ!」

 

 当然の様に落下して行く彼女の真下にポチを回り込ませて受け止めるけれど、無理な体勢で受け止めたからバランスが悪い。アリアさんも慌てた様子で僕にしがみついた。もー、飛行魔法は制御が難しいんだし、創ったばかりの魔法なら低空飛行で慣れるのが基本なのにさ。

 

「危なかった。アリアさん、新しい魔法はちゃんと練習をしてから使わないと危ないパターンがあるんだからさ」

 

「ご、ごめんなさい。ロノスさんに置いて行かれそうになったから慌てちゃって。でも、こうやって受け止めて貰ったのはラッキーでした」

 

「……はぁ」

 

 落ちそうだからとしがみついていたと思ったら嬉しそうに密着して来るし、さっきハプニングで裸で抱き付いて来た時の反応とは全く別物だね、この子。なんか変に心配して損した気分だよ。ああ、でも……。

 

「僕に見捨てられると思ったのかい? 協力を頼んでおいて、いざ戦いに行くとなったら置き去りにしたから……」

 

「……はい。少し怖くて、それでつい……」

 

 嬉しそうな顔から一転して不安そうな顔になる彼女を見ていると良心が痛む。ああ、そうだ。彼女にとって僕は数少ない味方の一人で、他の味方も僕が接点となっている。さっきの飛行魔法の失敗だって基本を教えてくれる人が周囲に居ればこんな事にはならなかった筈だ。

 

 明るく振る舞って居るけれど内面は何も周囲に期待していなかったアリアさん。そんな彼女と友達になって、異性としての好意を向けられて、そんな僕は彼女を振り回している。結局、さっきの事だって自分が気まずいから置き去りにしたんじゃないのか?

 

 気が付けば僕は不安そうに震えている彼女を抱き締めていた。

 

「ごめんね、アリアさん。恥ずかしくって君を置き去りにしちゃったよ。でも、それが君を不安にさせたなら謝るべきだ。最低な事をした僕だけれど、今からでも力を貸して欲しい。僕の友達を助けるのに力を貸して欲しい」

 

「勿論です。私、大好きな貴方の為に張り切っちゃいますね。でも、その前に……」

 

 そっと彼女の手が僕の両頬に触れ、あの時と同じく唇が重ねられる。唇をこじ開け一瞬だけ入って来た舌は直ぐに引っ込められて、アリアさんは恥ずかしそうにしながら僕の胸元に顔を埋めた。

 

 これで彼女からキスをされるのは二回目。此処まで来たら彼女の想いに向き合わなくちゃ駄目だよね。

 

「えっとね、アリアさん。未だ伝えるべきか迷っていた事だし、これから情勢次第でどうなるかは分からないけれど、実はパンドラが選んだ側室候補の中に君の名前もあってさ……」

 

 これは本当に言うべきか迷っていた事だ。確かに彼女は可愛いし、異性として意識しているし、貴族の婚姻が当人達の恋心だけで決定される事じゃないって分かっている、分かってはいるんだけれど、未だ自分が彼女を妻に迎え入れたいと思っているのかは分からない。どうしても認識が友達なんだ。何だかんだ言っても出会って数ヶ月だし……。

 

 だから言い淀む僕だけれど、その唇を彼女の人差し指指が防ぎ、僕の唇に触れた部分を自らの唇に当てた彼女は笑顔を浮かべながら言った。

 

「ええ、分かっています。ずっと一緒に居られるかも知れない資格を貰えたのなら全力で挑みます。……私は貴方が好きで、それ以外の誰も考えられない。だから私は貴方に妻にしたいと思われる努力をするだけだ。だから……覚悟しておいて下さいね?」

 

 言葉の途中で素の自分を見せて来た彼女は最後には何時もの笑顔溢れる顔に戻る。端から見れば驚いたり滑稽だったり奇異に映るだろうけれど、僕の目には今までのどの彼女よりも魅力的に見えた。

 

 

「あれ? ロノスさん?」

 

 思わずボーッとしていた僕の顔をのぞき込む彼女にドキッとさせられる。またキスされると思ったよ。

 

「……ごめん、君に見取れていた。じゃあ、この姿勢は危ないし、何処かに一旦降りて僕の背後に回って。……アリアさん?」

 

 あっ、今度はアリアさんがボーッとしちゃった。こんな事している場合じゃないし、急がないといけないのにさ。ごめんよ、フリート。君は”要らない”と言いそうな助けに向かう途中で女の子とイチャイチャしちゃってて……。

 

 

「じゃあ、今度こそ頼んだよ、ポチ。最高速度最短距離でお願い。フリートの匂いは分かるよね?」

 

「キュイ!」

 

「こらこら、そんな言い方しない。じゃあ、これから帰ったら好きなだけポチの空中散歩に付き合うからさ」

 

「キューイ!」

 

 気を取り直してポチに乗り直し、背中に抱きつく彼女の存在を感じながらポチに指示を出す。さあ! さっさと助けに行こう!

 

 

 

 

 

 

「今、ポチちゃんが何を言ったから注意したんですか?」

 

「あっ、うん。フリートって独特に臭いから場所が分かるってさ。独特に臭いって、どんな風に臭いんだろう……」

 

 本人には聞かせない方が良いよね、これは……。

 

 



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不意打ち

短編 完結しました


「見えて来たよ。如何にもってのがねっ!」

 

 フリートの独特の臭さ……もとい匂いを手掛かりにポチが向かった広野の向こうに発見した天井部分と外壁の一部に穴の開いた大地のドーム。さて、彼処に何かがあるかは間違い無いんだけれど、フリートが戦っている以外の事はさっぱりだし、これであのドームはフリート側の作戦とかだったら……。

 

 ゲームではあんな物を作り出した場面無かったし、せめて有ったなら同じ事を誰が出来るとかの参考になったんだけれど……どうしようか、本当に。

 

「ポチ! あの中からどんな連中の臭いがする?」

 

「キューイキュイイイ」

 

「え? ”近寄りがたい臭さのフリートと、人間以外のが三つで、その内の一つはお馬鹿のリアスと戦ったらしい奴の残り香に似ている”だって? そうか、これは躊躇しちゃ駄目だな。どの道、脱出口は開いてるし。にしてもポチ、ちょっと口が悪いよ。めっ!」

 

 ポチの速度からして突入まで数十秒、迷っている暇は無い。今の僕達は説明を省く為に変装していないし、どの道、時と闇だ。変装が変装の意味をなさない。

 

「アリアさん、分かっているね? 僕達はサーカスに来たついでの空中散歩の途中で遭遇しただけだから」

 

「は、はい! 巻き込まれただけですし、私達は積極的にレイム家の問題に介入した訳じゃない、そうですよね?」

 

「流石はアリアさん。……あっ、こんなので誉めるとか馬鹿にしている訳じゃないよ?」

 

 

 そんな風にお喋りしている間にもポチは空中を突き進みドームへと迫る。穴から内部を見れば足に炎の蛇が絡み付いたフリートに向かって岩の武器が殺到している光景だった。あれを受ければフリートが確実に死ぬと感じた時、既に僕は魔法を発動していた。

 

「”マジックキャンセル”!」

 

 こんな時に声を出すのは此方に意識を向けさせる為。援軍が来たなら先に弱っている方を片付けるのが定石。なら、少しでもその判断を送らせる。今の僕達はドーム内部に進入したばかりで敵らしい連中とは少しだけ距離がある。声で存在アピールしても一秒しか稼げないだろうね。でも、一秒稼げれば十分だ。そうすれば……。

 

「ポチ! アリアさん、ゴメンね!」

 

 そうすれば、ポチが間に合わせてくれる! 僕がアリアさんを抱いて背中から飛び降りた。フリートに向かって飛んでいた岩の武器は来た方向へと戻り、そのまま大地へと帰る。僕はアリアさんを抱えたままフリートと神獣らしい牛柄ビキニアーマーの間に降り立ち、ポチは残った二人と僕達の間に割り込んでうなり声で威嚇する。さて、あっちの痴女一号は神獣将ラドゥーンか。リアスから貰った情報通りの相手だね。

 

 服装だけでなく感じる力も話の通り。普通の人間なんて大熊猫と蟻位の差が在る程に巨大な力が内包されているんだけれど、どうも僕が先に会っている二人に比べれば歴然とした差がある。……うん、このパターンはあれだよね。落ちこぼれだとかの判断は安易過ぎるし……。

 

「やあ、フリート。僕達、サーカスに来た後でポチに乗って散歩していたんだけれど、どうやらピンチみたいだね? これは見捨てたら問題だと思うんだけれど、どうする?」

 

「はっ! 俺様の返答前に介入してるんじゃねぇかよ。それにサーカスは未だ終わっちゃねぇだろ。あれ、夜通しやるので有名なんだぞ」

 

 え? そうなの? おっと、口に出す所だったな。どうせ途中で抜け出すからって下調べが足りなかったよ。フリートから知らされた情報に感じた動揺を隠しつつ僕は言い訳を考える。って、面白くなかったから抜け出した、とかで良いよね? 本当の事だしさ。

 

「どうせ途中で何処かに行ってたんだろ。連れ込み宿にでも行ってヤってたのかよ。……っと、この冗談は下品だな。チェルシーには言うなよ?」

 

「えぇっ!? どうして分かったんですか!?」

 

「アリアさんっ!?」

 

 ちょっと何正直に言ってるのさ!? あっ、未だに動揺が残ってたのか、彼女。だから占いの通りにしたからと言えど実際に行ったのを言い当てられて口が滑ったって所か。……そうだよね? 彼女、結構腹が黒いから外堀を埋める為とかじゃ……ないよね?

 

「おいおい、マジかよ。クヴァイル家の次期当主がルメス家の長女を連れ込み宿にねぇ」

 

「フリート、君、まさか……」

 

 もう結構なダメージを受けているし魔力だって尽きてそうな様子なのにフリートはフラフラしながらも臨戦態勢を取りつつ僕の方を見てニヤニヤと笑う。これ、何か理由があっての事だって分かってるな。

 

「……あくまでも普通のデートだよ。口止め料として個人間の貸し借りは無しだ」

 

「流石は親友! 話が早くて助かるぜ」

 

 元から個人間の貸し借りを言及する気なんて無かったけれど、これで絶対に口に出せなくなった。フリートだって僕が何か要求する気が無いのは分かってるだろうに、アリアさんの失言を使って僕を弄くる気だな。

 

 

「それで戦えるの? 随分と消耗しているみたいだけれどさ。あの三人程度に。僕が戦おうか? ポチもアリアさんも居るし、楽勝だと思うよ。君が戦うのと違ってさ」

 

「まあ、俺様が大分追い詰めたしな。弱った連中の後始末程度は譲ってやるよ。俺一人でも超楽勝なんだが、そっちは三対三でなら戦えるんだっけ?」

 

「「はっはっはっはっはっはっ」」

 

 ちょっとムカッとしたので脇腹を小突きながら嫌みを言えば足を踏みながら返して来る。うわっ、言うね。

 

 

「えっと、あの露出狂みたいな方が怒ってますよ? 良いんですか?」

 

「ああ、あのビキニ女の褐色の方はミノタウロスって名前らしいが怒っても別に良いだろ。俺様なら三人纏めて指先で勝てる相手だし、ロノスが言うには二人と一匹で挑む気らしいしよ。じゃあ、お手並み拝見だ。俺様は座って見学させて貰うぜ」

 

 そんな事を言って崩れるように座り込むフリート。強がってはいるけれど肩で息をしているし意地で意識を保ってるって状態みたいだ。……腹が立つなあ。僕の友達を此処まで追い詰めるだなんてさ。

 

 

「ラドゥーン様、彼奴の相手は私にお任せを。二度と大きな口を叩けなくして……」

 

「らぁっ!」

 

 目の前で敵じゃなく味方に意識を向けるだなんて侮ったな。意識を外した瞬間に魔法で加速させた僕の膝蹴りがミノタウロスの顔面に叩き込まれる。岩でも蹴ったみたいな感触と共に鼻の骨を潰したのが伝わり、着地と同時に鳩尾に拳を放った。

 

「うわっ。重っ!」

 

 またしても岩でも殴ったみたいな感触で、重量は巨岩だ。足が地面から離れたけれど予想に反してそんなに飛んで行かない。接近戦が得意なタイプか。内臓幾つかとアバラ数本は貰ったし深追いは無しだ。ああ、それに必要も無いし。

 

 僕がこれ以上の追撃を止めた時、鼻血を流しながらも鬼のような形相でミノタウロスが睨み付けて来た。

 

 鼻血のせいで全然迫力無いけれどね。

 

「貴様っ!」

 

「……パフォメット、一旦帰るっすよ。もう計画は失敗っすからね」

 

 ダメージはあっても闘志は更に燃え上がるミノタウロス。でも、ラドゥーンはそんな彼女の姿を冷めた眼差しで見詰め、無感情に呟くとパフォメットって呼んだ黒山羊頭の神獣の肩を掴んで転移して消える。その光景にミノタウロスは絶句した様子を一瞬見せ、続いて激怒へと変わった。

 

「あの女っ! 私が既に負けたみたいに扱ったのか!」

 

「いや、もう終わりだよ」

 

 ラドゥーンは気が付いていたみたいだね。魔力をギリギリまで抑える事で発動を遅らせてまで気が付きにくくしてたのに。それが将とされる者の実力なのか、アリアさんに注目していたのか。多分後者だろうな。

 

 

「”シャドーランス”」

 

 目の前の敵にばかり注目していたミノタウロスの体を周囲の影から伸びた槍が空中で貫き、内部で枝分かれして飛び出る。まるで昆虫標本みたいになったミノタウロスは断末魔の叫びも上げず痙攣する間も無く絶命し、その肉体は霧散して消え失せる。

 

 

 

「あっ」

 

 それと同時に崩壊を始める岩のドーム。ああ、矢っ張りこれって彼奴の魔法で形成してたんだ。だから死んだ途端に維持されないと。

 

 崩れ落ち降り注ぐ岩石。でもアリアさん達は一切慌てる事もなく逃げ出そうともしない。さて、期待に応えて全部防ごうか。落ちて来る岩の時間を急速に進めて風化させる。もはや砂粒同然になった物を風の時間を操って飛ばし終えた時、遠くから向かって来る集団が見えた。

 

 

 

「やれやれ、漸く俺様を助けに来たか。まあ、俺様なら一人でも大逆転勝利は間違い無かったけれどな」

 

「うん、そうだね。僕だったら楽勝過ぎて”逆転”って言える状況には陥らなかったと思うけれどね」

 

 全く口の減らない奴だなあ。ボロボロの癖に減らず口を叩く友人に手を貸して起こしてやる。次期当主が座り込んでお出迎えじゃ格好悪いからね。

 

 

 

「……助かったな、二人共」

 

 顔を見もせずフリートは呟く。全く相変わらずだよね、君はさ……。

 

 

 

 

 

「あっ、お礼はポチにも言って。君の独特に臭い……じゃなくて、君の匂いを頼りに此処まで来たんだしさ」

 

「相変わらずだな、テメェはよ……」



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閑話 とある婚約者達

「……あー、畜生。暇だ」

 

 幸福の門の調査中に発生した神獣を名乗る連中の襲撃から二日後、俺様はベッドの中で暇を持て余していた。回復魔法つーったって”どんな傷でも瞬時に回復!”って訳じゃなく、傷や骨が変な風に結合しないように固定したり、体内に異物が入り込んで居ないか、奥の方の重要な血管が傷付いていないか、等々の検査が必要って事だ。

 

「検査を怠った奴が後で急死したとか事例があるのは知ってるし、異物を体内に残したまま回復魔法を使うって拷問が在るのは知ってるけどよ、暇なもんは暇だぜ」

 

 頭の組んだ手を枕と頭の間に挟んで天井を眺める。シミを数えてる間に検査が終われば良いんだが、生憎大公家の次期当主が療養する部屋だ、シミが天井にあってたまるか。……所で拷問ってどんな奴だっけな? 肉が盛り上がって押し出されないように両側がフックになってる棒やら剣を突き刺して突き出た方を固定するんだっけか? だったら鍔が有るからどっち側だろうと抜けねぇし、塞がった瞬間には再び切れて……。

 

「いや、拷問の方法とかどうでも良いな。んな事よりも何か暇潰しを……仕方無いか」

 

 枕元にはロノスがクヴァイル家からとは別に持って来た非公式の品。暇潰し用の本だが、俺様って読書は嫌いなんだよな。官能小説だったら読んでやっても良いんだが、暇よりはマシかと思い表紙すら見ずに紙袋に入れっぱなしだった本の一冊を取り出す。

 

「”病院で本当に起きた怪奇現象 貴方にも起きる恐怖体験”……アホかっ!」

 

 あのボケ、俺様が幽霊とか苦手……嫌いだって知ってて差し入れしやがって。いや、怖いとかじゃなくて、馬鹿馬鹿しいから関わりになりたくないっつーか、そんな感じのアレだ。

 

 怖いけれど、じゃなくてアホみたいだから読みたくないが、それでもちょっとだけ気になった俺様は怖い物見たさでちょっとだけページを途中から読むんだが、どうも妙だ。これ、表紙と最初と最後と真ん中辺り以外は別物だぞ。

 

「ったく、妹やペットが関わっていなくてもアホの時が……いや、違うな。あの野郎、気を使いやがって。くくく、感謝してやるよ。これは悪くねぇ品だ」

 

 なんと中身は俺様でも読んでやっても良いと思う内容、しかも中々手に入らない人気作家のだ。貴族の子息だからこそこの手の物は簡単には手に入らないってのに、彼奴はこんな偽装工作ありの品を何処で買って来るんだ? 今度聞き出すか。

 

 

「さてと、暇潰しにじっくりと楽しませて貰おうかね」

 

 流石に俺様だって外聞を気にするし、検査中のベッドでエロい物を読んでるとか身内に知られるのもなあ、ロノスの奴なんか内容まで把握されてる上に中身を入れ替えられていた事もあったとか。……うげぇ、俺だったら耐えられる気がしねぇ。彼奴、女が近くに多いし、その気が無いんだろうが口説き文句を口にするよな、あの馬鹿。

 

「その内刺されるんじゃねぇの? 月夜ばかりじゃないんだぜ?」

 

「何ばかりじゃないって?」

 

 おっと、見舞い客のお出ましか。俺様は内心慌てて表面は冷静に振る舞って本を袋に仕舞い込む。俺様が怪談に興味が無いって知ってる数少ない奴だからな。……内容知られたらヤバい。

 

「あら? 読書なんて珍しいわね」

 

 ドアが開き、体の動きにあわせて揺れるポニーテールが目に入る。見舞いの品らしい果物の籠を手にしたチェルシーは俺様の読書に驚いている様子だった。

 

「お、おう。それよか見舞いに来てくれてありがとうな。家の用事は良いのか?」

 

「用事って言っても祭りの打ち合わせだし、家の誰かが関わるのだって名目上だけで良いのよ。お兄様が風邪を引いて、下のはチビだけだし私が参加するしかなかっただけで退屈な話し合いだったわ。はい、これお見舞いの果物。特産品だから持って来たわ」

 

 ふぅ、どうやら本から興味を逸らせたらしいな。このまま意識を向けさせまいと紙袋を床に起き、チェルシーが持って来た果物をテーブルに置く。そのままベッドの横に置いた椅子に座ったんだが、こうして見ると相変わらず美人だよな、此奴。

 

 顔の作りはチョイと地味だがオレンジの髪が派手だし、気が強くって気が利く。弟や妹が多いからか世話焼きだしな。

 

「ん? どうかした?」

 

「いや、お前って美人だなって思ってよ」

 

「あら、それは嬉しいわね。アンタも美形よ。少しガラが悪くって、一人称が”俺様”ってどうなのかって思うけれど」

 

「誉められて嬉しいと思った直後にそれかよ。相変わらず容赦無い奴……」

 

「容赦とか必要?」

 

 そして気が強くって俺様相手に物怖じせずに言って来る。それも此奴の魅力なんだよなあ今まで何度かした見合いじゃ下からペコペコしながら媚び売って来るのばっかだし、出会って五分で気に入ったのを覚えている。

 

「いーや? 俺様とお前の関係はこれで良いだろ? 公式の場では取り繕う必要があるだろうけどよ」

 

「大丈夫大丈夫。姫様だって聖女のお仕事の時はそれらしく振る舞うのよ、普段はブラコンゴリラなあの子が。見てたら笑えるけれど、笑っちゃ駄目だから無表情でいるのが拷問じみてるわ」

 

「……ああ、俺様も見た事があるんだが、偽物だって思ったぜ。笑えるってよりは不気味だろ、アレ」

 

「あのねぇ、私って姫様の幼なじみで側近っぽいポジションなのよ? そりゃフリートと結婚したらリュボス聖王国の貴族からレイム大公家の一員になるんだろうけれど、友達なんだからあまり変に言わないでよ」

 

「ゴリラは良いのか?」

 

「ゴリラは良いのよ。言うの私だし」

 

「清々しいな、おい」

 

 ああ、本当に此奴は最高の女だよな。振り回されてるだろうに其奴の為に文句が言えるんだからよ。腕を組んで不満そうに憤る姿に見惚れてしまう。思わず腕を掴んで引き寄せて頭を撫でれば驚いた風にしながらも抵抗はしなかった。

 

「……ったく。相変わらず強引ね、アンタ」

 

「駄目か?」

 

「別に駄目じゃないわ」

 

 にしし、可愛い奴だよ、お前は。そのまま頭に置いてない手を腰に回して抱き寄せ、下の方に持って行く。よっしゃ! このまま尻を撫で回して……あ痛っ!

 

「調子に乗るなっての。怪我人が盛ってるんじゃないわよ」

 

 唸る鉄拳、轟く打音。俺様の脳天にチェルシーの拳骨が叩き込まれる。かなり痛いし結構な音がしたってのに誰も慌てて入って来やしねぇ。さては俺様達の関係性を把握してやがるな。

 

「相変わらず馬鹿力だな、おい。俺の十倍は腕力あるだろ」

 

「そこまで無いっての。もう一発喰らっとく? そうすれば十倍は無いって分かるでしょ」

 

「いや、良いです」

 

 半目になって拳を見せるチェルシーから離れて両手を上げるb降参ポーズの俺様。空気が震える程の威力で頭が割れそうだぜ。あーあ、涙が滲んで来た。

 

「本当にいい加減にしなさいよ? こんな所で盛るだなんて。ほら、本を読んで大人しくしてなさいよ。ほら、さっき読んでたのってこれでしょう? ……珍しいわね。お化けが苦手なアンタがこんなの読むなんて」

 

「ま、まあな……。じゃあ、続き読むから……」

 

 表紙をチラッと見たのか取り出された本はよりにもよって官能小説。此奴は俺様が怪談が嫌いだって知っているし驚いている。ヤバい! さっさと取り戻さなくちゃ……。

 

「ふーん。確かに面白そうね。ちょっと読ませてよ。私がこの手の大好きだって知ってるでしょ? お尻触ったお詫びって事で」

 

 そうなんだ。チェルシーは怪談話が大好きで、読んだ事が無い話に強く興味を引かれたのか椅子に座って本を読み始める。大丈夫、最初の方は普通に怪談話だから誤魔化せる。

 

「”医師の耳に届いたズリッズリッという何かが這いずる音。それは直ぐ後ろから聞こえ、振り向いた時、其処には……”」

 

「……あの~、そろそろ」

 

 無駄に上手いんだよ、お前の朗読わよっ! もう今の時点で血塗れナースやら夢に出るの確定だわっ!」

 

「後少し後少し。一話だけ。……あれ? 此処から先って別物よね? メイドが組み敷かれて陵辱されているシーンが生々しく描写されてるし」

 

「おおぅ……」

 

 あっ、終わった。俺様が諦めの境地に至る中、チェルシーは無言で立ち上がる。覚悟を決めて次の一撃を待った俺だが、来たのは本による軽すぎる一撃。背表紙すら使わない拍子抜けな一撃に面食らう中、チェルシーは呆れた時の眼差しを向けていた。

 

 

 

「いや、本に嫉妬する器の小さい女だとでも思った? ったく、この位気にならない程度にはアンタが好きだっての。まあ、入院中なんだから程々になさい」

 

 あー、何度も言うが此奴は最高の女だわ。

 

 

 

 

「それは別として、反応が可愛いから続きね。”医師がヒッと悲鳴を上げて腰を抜かせば内臓を引きずりながら這っていた上半身だけの老婆はニタァと笑い……”」

 

「本当に止めてくれや、お願いします!」

 

 ああ、それと俺様が尻に敷かれているってのも再確認だな、畜生。



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不機嫌な女神

「……あー、結構疲れたな」

 

 フリートの救援から一夜開け、事情聴取を終えた僕とアリアさんは最初にポチを預けた宿に戻っていた。そこそこ値段が張る宿だけあってベッドもフカフカだし(ポチの羽毛には劣る)、個室一つ一つにシャワー室まで完備だから助かるよ。この宿、戦闘になった後で色々とゴタゴタするのを見越して二日分取っていたんだけれど正直言って良い判断だったよ。……アリアさんとは別の部屋にしたのもね。

 

「彼女も今頃は寝てるのかな。シャワーをちゃんと浴びてさ。……うん、これ以上は止めておこう」

 

 フリートは僕を通じて関わったから蟠りは殆ど無いんだけれど、基本的に闇属性の彼女は嫌悪の対象だ。事情聴取だって普通の対応がされるとは思わなかったから多少強引に同時聴取して貰ったけれど、フリートの口利きが無ければどれだけ面倒な事態になっていた事やら。

 

 そんな風に精神的な疲れを感じつつ目蓋を閉じれば思い出すのは連れ込み宿や水浴びの時に見た彼女の姿。戦いの興奮が冷めきってないみたいだね。ちょっとムラって来た。

 

「屋敷に戻ったら夜鶴に……いや、ちょっと恥ずかしいか、個人的にも人としても」

 

頼んだら受け入れてくれると思うし、大体最初にそんな関係になったのも二回目も向こうが積極的だったから問題は無いと思うんだけれど、そんな関係だからって平然と頼むのはちょっと倫理的問題が……。

 

「今の言葉、護衛として来ている分体に聞かれていないよね? 迫られたら拒みきれない気がするし。でも、アリアさんとデートに出掛けた先で他の子に手を出すのは失礼だし」

 

 色々と考えるも全く事態は解決してくれない。あー、今レナとかアリアさんからの誘惑を受けたら理性が持ちそうにないや。幸いレナは屋敷だし、アリアさんは疲れて部屋の前で眠っちゃったのをベッドまで運んだのは僕だ。

 

「あっ、フリートのお見舞いにその手の本を差しれようっと。どんなのが良いかは後で決めるとして今は……睡眠欲の解消だ」

 

 性欲は後回しにして今は泥のように眠りたい。興奮した状態でも目を閉じてあれこれ考えるのを止めていると頭が徐々に働かなくなって行き、多分僕は眠ったのだろう。

 

 

 

「漸く繋がりましたか。さて、仕事は山どころか山脈レベルで積まれていますし、さっさと用件を終わらせるので話を聞きなさい」

 

 目を覚ました時、何となく夢の中に居るんだって思ったよ。僕が居たのは壁も床も天井も古今東西の時計が埋め込まれた変な部屋。チクタクチクタク五月蠅いし、足元から鳩時計の鳥が飛び出していて鬱陶しい。何処かの神殿っぽいけれど、こんな場所を用意したのはどんな変人だろう?

 

「誰が変人ですか、誰が。イメージ商売なのでそれっぽいのを用意しただけですよ。ああ、でも確かに鬱陶しい」

 

 この時の僕は既に今自分が夢の中だと分かっていて、更には自然に心を読んで来た相手が呼び出したのだとも分かる。銀髪で中性的な男装の麗人。アンリは何とか性別を誤魔化して居るけれど目の前の彼女は男装と言っても燕尾服を着ているだけで男装としては微妙なライン。ビール腹でハゲた中年男性がスカートを穿いた程度の女装と同レベル。

 

「……私が何者か分かりますね?」

 

 あっ、またしても心を読まれたのか睨んで来たよ。この場所に来た時点で僕への不満を感じる態度だったし、初対面の好感度はイマイチだ。向こうだって僕への好感度は低いみたいだけれどね。

 

 そんな彼女は不満そうにしながら問い掛ける。面倒だからさっさと答えろって感じだし、正直に答えるか。……はぁ。夢の中でも休めないなんてさ。

 

「あっ、いえ……全然知りません」

 

 そう、僕は彼女を知らない。何時か何処かで見た気がするんだけれど、こんな感じの悪い相手なら印象に残るだろうし……そもそも人間じゃないからね。

 

 身長は僕より下なのに巨人でも目の前に居るかのような存在感。立っているのに玉座で悠々と君臨して居るみたいな風格。僕の知る中で最も威厳と圧力を見る者に与えるのはお祖父様だけれど、目の前の彼女はそれ以上。

 

 だから自然と敬語になるし、何となくどんな存在かは察したので跪いた。不満そうに鼻を鳴らされたけれどさ。相手が誰かは依然分からないけれど、相手が何かは分かる。

 

 

 神、絶対なる存在。それが僕の目の前に居た。

 

「余計な世辞も祈りの言葉も不要よ。時間が勿体ない。あの馬鹿……ではなく、あの御方が行った無茶な尻拭いの尻拭いの為に私は来たわ。流石に次は有り得ないし、適当だった恩恵を手直ししてお別れよ」

 

 神だとは分かったけれど、それ以外は全く分からない。ああ、でも一方的に用件を告げて話を進めるのは神らしいのかも。あくまでも僕のイメージだけれど、神様ってそんな感じだろう。

 

「ん? ああ、いや、違うな。これだけヒントが有るし……時を司る女神のクノロ様か」

 

「やっと分かったの、遅いわね。自分の属性を司る神に興味が無いの?」

 

 呆れ顔に呆れ声。出会って速攻で分からなかったのが気に入らないらしい彼女はポケットから取り出した懐中時計を僕に向かって乱雑に放り投げ、当たったかと思ったら体の中に吸い込まれる。僕の中で何かが変わった気がした。

 

 

「はい、終了。……ああ、最後に一つ、この言葉は忘れてしまうけれど聞きなさい。時間の無駄だと思ったら神罰を与えるわ。……貴方の所のメイド長には敬意を払う事。これを命じます」

 

 それだけ告げると目の前からは誰も居なくなり、同時に周囲も闇に包まれる。僕の意識もまた強烈な眠気によって閉ざされて行った。

 

 

 ……にしても女神様に敬意を払う事を指示されるメイド長って一体? まさか神様……な訳が無いか。なんで神様がメイドやってるんだって話だし、多分巫女とか司祭とか気に掛けていた信者の末裔だな、きっと。

 

 

「本人なら何か知って……あっ、忘れるんだった……」

 

 いや、忘れるなら何でわざわざ? 神様の考えって理解不能だね。それが神様なんだろうけどさ……。

 

 

 

 

「変な夢を見たって訳じゃなさそうだね。確かに体の中に変な力が漲るのを感じるし、あの夢は実際に神からの接触があったって事なんだろうけれどさ」

 

 目を覚ました途端に覚える強烈な違和感。僕に宿る時属性の力が変化した、それを感じていたんだけれど、例えるならば魔力という燃料を使って魔法を発動するエンジンの燃費が大幅に向上、より複雑で大きな力の行使が可能になったって所かな? 創作物に有りがちな唐突な強化イベントだけれど、その発生条件……あの時の女神が僕に力を与えた理由がさっぱりだ。

 

 リアスやアリアさんが強くなっているし、それを粛正する役割を僕が持っているから? 

 

「いや、違うな。うん、多分違う気がするし、そんなので力を与えられても従う気は皆無だけれど。うーん、少し気になる事を言っていたな。”尻拭いの尻拭い”とか、内容は忘れたけれど最後に告げられた何らかの言葉とか。なんか僕が嫌いみたいな態度だったけれど、何でだろう? ちょっと最近エロい方に思考が向かってるから? 唯一の時属性だから時の女神には全部筒抜けだとか? ちょっと迷惑な話だけれど……」

 

 何にせよ力を得たのは間違い無く、その理由は推測しか出来ない。ああ、力も朧気に可能になった事が分かるけれど、安定して使うには試行錯誤と反復練習が必要そうだ。まあ、それはそうとして……。

 

 

「急激なパワーアップとかお祖父様にどうやって説明しよう? 嘘は見抜かれるだろうし、でも”神様が力をくれました。多分妹や友達を殺すためです”とか正直に言うのもなあ……」

 

「ロノスさーん。起きてますかー?」

 

 思い悩んでいるとノックの音と共にアリアさんの元気な声が聞こえて来る。何か凄く上機嫌で、普段は明るい態度は演技なのに今は本当も混じっている。何故かは分かるけれどね。

 

 

 

「はいはい。起きてるよ」

 

 待たせるのも悪いからと鍵を開ければドアが開いて笑顔のアリアさんが飛び込んで来た。ただ、慌てていたから躓いて転びそうになったんだけれど。慌てて受け止めれば正面からハグする体勢に。

 

 

 あー、狙ってやったな。まあ、良いんだけれどさ。胸が押し当てられているし……。

 

 

 

 

「アリアさん、お早う。今日はデートの続きでもする?」

 

「え? どうして私がしたかった事が分かったんですか!?」

 

 可愛いなあ、アリアさんって。本気で驚いているよ。

 

 



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求められる自分

 この世の中が平等じゃ無いって事は幼い子供でも知っているだろう。貴族と平民、富豪と貧者、賢者と愚者。骨と皮だけになった我が子の心配をする親も居れば、豚の如く肥え太った子を心配する親も居る。平凡な人生を捨てざるを得ない程に苛烈な血の滲む努力で千の力を手に入れた者を、殆ど努力せずにほぼ才能だけで五千の力を得た者が圧倒する。

 

「見て。竜騎士様よ!」

 

「素敵ね。あの凛々しい顔立ち。男の中の男。憧れちゃうわ」

 

「あの旗はヒージャ家の家紋よね」

 

 期末テストが終わり、臨海学校まで少しの期間を利用してエワーダ共和国の実家に戻っていた僕は町周辺に出没する盗賊達を連行して凱旋をしていた。ミケの背中に乗り、ヒージャ家の家紋が描かれた旗を風になびかせて町を練り歩けば聞こえて来るのは賞賛の声。盗賊退治への感謝や賞賛、騎士に憧れる子供達の声援。そして僕を見て顔を赤らめる少女達。

 

 

 ……羨ましい。彼女達は思い思いの衣装で着飾り美しさや可愛らしさに磨きを掛ける。同年代の女の子達と恋やお洒落の話題に花を咲かせ、可愛い雑貨や人形を見て回って甘いお菓子を食べるんだろう。

 

 ”代々軍属の一族が信仰するのは戦いの女神。故に女児は成人するまでは男児として振る舞うべし”、それが僕の一族の掟。だから胸をサラシで潰し、喉元をチョーカーで隠して男装しなくちゃならない。

 

 僕だって女の子だし、女の子らしい事がしたい。大体、男装如きに騙される女神って信用出来るのか? 僕が女神なら馬鹿にするなと怒りそうなものなのだが。

 

 だが、掟は掟だ。僕は男らしいキリッとした表情を崩さず手を振って声援に応える。感極まって失神する女の子が数名。多分僕に恋しているのだろうが、僕が女だと知ったらどうなるのだろう? うん、僕は悪くないのに少し悪い気がして来たな。

 

「……恋か」

 

「ピッ?」

 

「いや、何でもない」

 

 僕の呟きが届いたのは幼い頃からの相棒であるサンダードラゴンのミケだけ。年頃の女の子達の注目と初恋を次々に奪っている僕がこんな事を呟いたなんて広まったら大騒ぎだな。……いや、男達は何をしているんだ? 男装しているだけの女に女性人気で負けるとか情けない。まさかこの国には同性愛に目覚めそうで必死に抑えている女の子が多いとかないだろうし。

 

「いや、本当に無いだろうな? まあ、良いさ。成人するまでの我慢だし、それからでも取り返せる。それにもう直ぐ屋敷だしな」

 

「ピッピッピピピー!」

 

 僕が楽しみにしているのが伝わったのかミケが楽しそうに鳴きながら軽快なステップで進む。おっと、ちゃんと進ませろとでも言わんばかりに叔父上に睨まれた。怒らせると後から面倒だし、此処は大人しくしていようか。

 

 このまま気を弛ませていたら説教を食らって貴重な楽しみの時間が削られかねない。口笛の音でミケに指示を出して大人しくさせる。道すがら目を引くのは似た色の可愛い服の女の子達。そうか、今のブームはピンクか。うん、僕の一番好きな色だな。なのに男らしい色じゃないって普段は使えないのが残念だ……。

 

 

 

「若様、お帰りなさいませ。武の女神の祝福によりご武運が御座いました事、お喜び申し上げます」

 

「ああ、出迎えご苦労」

 

 叔父上と別れ屋敷に戻った僕を老執事が出迎える。彼は僕の性別を知ってはいるが、屋敷に幼き頃から仕える身だ。瞳に懺悔と悲痛さが籠もってはいるものの僕を男として扱う。悪いな、巻き込んでしまって。

 

 彼と同様に相手に対する謝罪の念を感じながら自分の部屋へと戻っていった。

 

「……ふぅ」

 

 使用人によって念入りに掃除された僕の部屋は軍属の男児に相応しい少々無骨な感じのする内装。僕が初めて死に掛けた戦いで討ち取ったアイスドラゴンの剥製、愛用の武具防具、可愛らしさの欠片も見られない質実剛健な机。本棚には兵法書や教科書、歴史書が納められ、クローゼットの中の服もお洒落とは程遠い。ああ、パーティー用の礼服はお洒落か。このタキシードとか質が良い物だったか。

 

「……さて、メイド達には入らないように言ってあるし、夕食前までは大丈夫か」

 

 懐から小さな鍵を取り出してクローゼットの床の模様に紛れた鍵穴に入れて回す。カチッという音が僅かに聞こえ、僕は続いて本棚の前まで移動した。一段目から順番に本を押し込み、再下段の本を入れると床の一部が盛り上がった。そのまま飛び出た取っ手を掴んで持ち上げれば隠し階段が現れた。

 

 

 

 

 

「……暑い! 夏場は地獄だな。水風呂にでも入りたい」

 

 心を弾ませ階段を降り始めた僕だけれど、ムワッと来る湿気と熱気に汗が滲む。そういえば凱旋のパレードから屋敷に戻って部屋に直行したせいで汗を流してなかったな。ベタベタする汗が気持ち悪いし、潰した胸の谷間に汗が溜まって最悪の気分だ。

 

「急がば回れ……は違うか。幾ら楽しみでも楽しみ方考えるべきだったな。僕とした事が失態だ。まだまだ未熟者、心のコントロールが出来ていない」

 

 この熱気と湿気のせいで気分が落ち込んで来るが、階段の一番下が見えて来た事で再び心が弾む。待っていたのは熱気を放つ壁に囲まれた部屋。更なる熱気が僕を襲うが心はウキウキしたままだ。近付きたくないなら近付かずに居れば良い。壁が見える距離から魔法で冷気を発生させれば熱気が一気に消え、前方の壁が左右に開く。

 

 その先にも通路が続いていて……。

 

 

 

「わあ! 流行のドレスだ! それに新しいパンダのヌイグルミだってあるし、壁紙だって可愛い!」

 

 通路の先のドアを開けば見えて来たのはピンクの花柄の壁紙やフリル付きのドレス、沢山のヌイグルミが飾られた女の子の部屋。そう、此処は僕が女の子として過ごす事を許された第二の部屋なんだ。

 

 男性用の軍服なんて脱ぎ捨てて、苦しいサラシも外せば年相応の大きさの胸が解放される。

 

「苦しかったな。もう、これなら平らな方が良かったんじゃないか? リアスが羨ましいよ」

 

 この部屋の事を知っている数少ない使用人が用意してくれていた水の入ったタライとタオルで汗を拭き、女用の下着を身に着けたらお洒落の時間だ。

 

 先ずはピンクのドレス。鏡の前でスカートを摘まんで優雅にお辞儀。うん、僕なら社交界の華になれるな。じゃあ、次はワンピースにしよう。新しい服は沢山用意してくれているし、どれを先に着るのかは嬉しい困り事だ。

 

「あはっ! ……いや、流石にないな」

 

 今度はスカートを摘まんでクルッて一回転、そして可愛らしく声を出してみたんだけれど後悔だ。いや、女の子らしいのには憧れるけれど、流石にちょっとな。うん、忘れるとして、次は女生徒の制服だ。

 

 お洒落を楽しむ夢のような時間、女の子に戻れる至福の時。次々に新しい服を選び、最後に残ったのは水着だった。臨海学校には肌が殆ど隠れるタイプのを持って行くんだけれど、今の僕の手には髪と同じ水色のビキニタイプの水着。ちょっとドキドキしながらも着てみた後で鏡に向かって谷間を強調しながらのウインク。女の子らしい姿が映っていた。

 

「……早く成人しないかな。そうすれば普段からお洒落して、こんな風に……風に……」

 

 ちょっと恥ずかしくなって身を起こしながらも将来に夢を馳せる。今まで抑え込んでいた分、女としての楽しみを満喫するんだ。そんな風にウキウキしながら見た鏡には傷跡だらけの体が映っていた。

 

「……」

 

 右脇腹には砕けた岩の破片が刺さった傷跡が、左には出血を止める為に焼いて塞いだ跡、見えないけれど背中にだって切られた傷跡が存在するし、大小様々な古傷が僕の体には存在する。筋肉だってそれなりにあるし、とても女の子らしいとは言えない。

 

「女らしい人生か。僕には無理なのかなあ……」

 

 水着のままベッドに倒れ込み、枕に顔を押し当てて呟く。考えてみれば男として戦いと訓練で傷付く日々。許されたとして、今更女に戻れるか不安だ。それに僕って女扱いに全く慣れていないしさ……。

 

 

「家族も使用人も僕を男として扱う。女神が男にだけ加護を与えるだなんて直接聞いた訳でもないし、男装で騙せる筈もないのに。……ああ、ロノスに会いたいな」

 

 ライバルであり親友であり、僕が女だと知っていて二人だけの時は女として気を使ってくれる彼奴と最後に会ったのは数日前だ。でも、今は無性に顔が見たくなった。

 

 ……二人きりになって女の子扱いされたいんだろうな、僕は。

 

 

 

「僕がちゃんと女の子として過ごせる、そんな”理想の世界”に行けたら良いのだけれど……」

 

 皆、男としての僕を必要としている。でも、僕はちゃんと女の子として過ごしたいんだ。それは許されない願いなのだろうか……。

 



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交渉という名の強制

 僕にとってロノス・クヴァイルとはどんな存在だろうか? 親友であり、大陸最大の騎獣レース”アーキレウス”の優勝を何度も争ったライバルだ。……まあ、此処までは良いとして、他の事はどうだろうな。

 

 彼への印象としては基本的に真面目で次期当主としての責任感が強い。その立場を気にして動けない時も有るけれどな。妹と相棒のポチさえ関わらなければ突飛な言動も無いし、貴族としても親友としても頼れる相手だと認識している。

 

 

「……ヤバい。何で呼び出された? いや、大丈夫だ。予想通りなら何の問題も無い。そもそも叔母上様が僕達を呼び出す理由だなんて分かっているんだから」

 

「そんなに怖いのか、彼女は?」

 

 この日、僕達は急遽ある人の呼び出しを極秘に受けていた。その名はナイア・アース。アース王国王妃であり、ロノスの叔母だ。あの魔王と呼ばれたゼース・クヴァイルの娘であり、最も血を濃く受け継いだとされる王国の実質的支配者。

 

 成る程、こうやって対面したら分かる。大物なんて言葉すら生温い。間違い無く其処の見えない怪物だって僕の直感が告げている。可能なら即座に退室すべきだと警鐘がなる程だ。うわっ、これって敢えて威圧している? まあ、面倒を持ち込んだのは僕の方か。

 

 そんな彼女でも身内には情が厚いのかと思いきや、甥の姿からして身内にこそ厳しいのだろう。僕が親友であっても醜態を晒すのは珍しいと少し呆れる程に不安そうだ。

 

 僕達が呼び出されたのはアザエル学園が管理する校外施設の一つ。他校の生徒が交流で訪問する際に滞在する宿泊施設なのだが、その内部を歩く最中だった。

 

「ロノス、落ち着くんだ。僕まで呼び出されたという事は臨海学校の事だろう。君にサポートをさせる気だと思うぞ、僕は」

 

 僕の性別をロノスが知った事は既に実家にも伝わっているし、学園の一部の教師も連絡を受けている。臨海学校では僕の性別が知られる危険が大きいだろうが、それでも誤魔化す理由が家訓でしか無いのだから学園からはそれ程サポートが出来ないのだろう。まあ、僕の実家はそれなりの力を持っているし、ロノスにサポートを押し付けつつ恩を売りたいって所だろう。

 

「まあ、僕もそうだとは思うんだけれど、何処までサポートするかだよね。例年では一人に一軒のログハウスが与えられて使用人も一人までなら連れて行けるって内容だったけれど、噂じゃ今年から変えるって聞くしさ」

 

 その事を話してみればロノスだって予想はしていたらしい。それにしても使用人を連れて行く、か。臨海学校では経験を積んで心身を鍛えながら交流を深めるって目的だった筈だが、それなら僕は使用人は連れて行かない方向にしたい。

 

「どうせ一部の生徒の間では使用人を比べあういがみ合いでも起きるだろうね。ロノスは誰か連れて行くのかい?」

 

「うーん、レナはリアスに任せたいかな? 二人っきりでお泊まりとか何をされるのか分からないし」

 

「何をされるって、それは当然ナニを……ついたな」

 

 僕達は呼び出された部屋の前までたどり着き、ちょっと躊躇うロノスの代わりにノックをすれば静かな声が聞こえて来る。さて、此処まで来て僕も緊張して来たぞ。

 

 何せ先代王妃の影響で腐敗政治が続いたアース王国を建て直し、余所者なのに実権を握っている事に多くの者が賛同する才女。腹のさぐり合いは無駄だと諦めてドアを開く。

 

 

「よく来たわね、二人共。さあ、ソファーにお掛けなさい。お茶を用意しましょうか」

 

「お久しぶりです、叔母上様」

 

「ええ、暫く会わない間に随分とご活躍ね、ロノス。私としてはもう少し妹の手綱を握っていて欲しいのだけれど、どうせ”自由で元気いっぱいなのも可愛い所です”とでも言うのでしょう? さっさと座りなさい。本題に入ります」

 

 確かに言いそうだな、ロノスなら。その光景がはっきりと頭に浮かぶも笑いを堪えた僕はロノスと並んで座る。さて、極秘に呼び出したんだ。どんな内容なのか僕も不安になって来た。

 

 

「先ず少し後に知らせる予定なのだけれど、貴女の都合を考慮して今回は特別に知らせますね、アンリさん。臨海学校ですが、一人一軒ではなくペアで泊まる事になりました。尚、使用人は無しです」

 

「ええっ!? どうしてそんな事に!?」

 

「例年通りですと結局は派閥内の決まった相手とだけ交流を深めるだけの他、最近は色々と物騒です。使用人に自らやるべき事まで押し付ける者が多いですしね。故に他国や交流の少ない家の者同士でペアですが、貴女の場合は困った事になるでしょう?」

 

「うっ……」

 

 そう、この話は僕にとってピンチだ。着替えは部屋でするとしても臨海学校の間中、同じ建物で寝泊まりしながら性別を隠し通せるか疑問だからな。ああ、でも呼び出されたのがロノスと一緒って事は……。

 

 

「えっと、まさか僕とアンリが一緒って事ですか? 流石に年頃の男女が何日も寝泊まりを共にするのはちょっと……」

 

「別に僕は構わないぞ。君なら弱みに付け込んで無体を働きはしないだろうしな」

 

 ロノスの気持ちも分かるが流石に男子生徒として入学したのは僕側の都合だ。なのに女生徒と一緒が良いだなんて僕も学園側も言い訳が出来ない事を要求したりはしない。

 

「それに君には既に水浴びを見られているし、この前も媚薬のせいで情けない姿を見られている。僕としては今更って所だ」

 

「相変わらずサバサバしてるなあ、君」

 

「男として育てられた弊害かな? その時は羞恥心が強くても、喉元過ぎれば平気になるのさ。女の子としてはどうかって思うし、君が僕を女の子として気を使ってくれるのは嬉しいけれど、気を使わない方が僕は嬉しい」

 

 これは僕の本音だ。ロノスは僕を女の子として気遣いをしてくれるけれど、女の子扱いに慣れていない僕には合わない。周りだけじゃなく僕自身も女の子扱いしてないって事だろう。

 

「まあ、君が良いなら僕も何も言わないけれど、事前にルールは決めておかない? 一緒の建物で生活する以上はさ」

 

「うん、それには僕も賛成だ。……もう一度言わせてくれ。君に女の子扱いして貰えて僕は嬉しい。それだけで救われているんだ」

 

「アンリ……」

 

 気にしなくて良いのだと言葉だけじゃなく拳を突き出す事でも示す。コツンとぶつけ合わせ互いに笑う。ああ、これだ。此奴とは男も女も関係無い付き合いが出来る。女の子扱いも良いけれど、こうして親友と過ごすのは心が満たされるんだ。手に入らない物を求め続け、将来手に入ると知っても不安に襲われる。でも、ロノスが相手なら……。

 

 

「所で臨海学校までに泳ぎの練習をしておかないとね」

 

「このタイミングでそれを言うか!? ……言われたら余計に心配になって来たじゃないか」

 

 このタイミングでしれっと僕の最大の弱点を指摘するだなんて相変わらずだな、君は。だが、それは本当に深刻な問題だ。ずっとビーチでのんびりするにもカナヅチの疑惑は掛かるし、ほんの少しだけ泳げたなら誤魔化しも出来るんだけれど。

 

 僕、結構忙しい身だからな。叔父上が五月蠅そうだからギリギリ誤魔化せているけれど、泳ぎの練習をしに行くにしてもコーチが必要で、その手配をしていたら……。

 

 

「ああ、少し理事長としてお願いしたいのだけれど、ルール決めにしても泊まる場所の下見も必要でしょう? 宿泊施設周辺の様子見と未熟な生徒の為にモンスターの間引きをマナフ学年主任にお願いするのだけれど、生徒の中から助手を選ぶわ。貴方達、行く気は有るかしら?」

 

 ……あっ、これって僕の事情を察して都合良く使う気だな。それを隠す気も無いと。どの道僕としては願ったり叶ったりであり、同時に断る余地が無い。断った場合、ログハウスの場所を何処にされるか分からない。実際、位置が書かれた地図を指でなぞっているからな。

 

「他の生徒と離れた場所なら都合が良いでしょう?」

 

 確定!

 

 こうして僕はロノスと一緒に先生のお供をする事になった。……お泊まりかぁ。



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ミミズと毛玉

今回誰の台詞か少しわかりにくいです 相手は教師 敬語を使うさ


 数多くのログハウスが立ち並ぶ入江。少し建物から離れた水辺に極彩色の毛玉が蠢いていた。モッフモフのフッサフサで水を弾く毛艶の良い妙な物体。それらは並んで跳ね続け、まるで高さを競っているかの様だ。

 

「アレは”マリモス”。大人しい草食のモンスターでしたね、先生」

 

 本当の性別を知っているロノスと短期間とはいえ同衾生活。ルールを決めるにしても準備が必要な可能性も考えた僕達は臨海学校先の下見に同行していた。

 

 下見と言っても貴族が通う学園が利用する施設、普段から管理はされているんだが、現地に入ってこそ分かる事もある。後は”外部の者に任せきりなのか!”と五月蠅いのも居るとか。理事長も王妃様を兼任しているから学園長に普段は任せているし、責任だって誰が取るのかって言われれば……。

 

 まあ、年度ごとに問題児の種類も数も違うからな。今年は特に初日から決闘騒ぎ起こす王子とか居るし。

 

「ええ、近付いても逃げたりせず警戒心も弱いのですが、仲間を縄張りから連れ出そうとしたり傷付けたりすると凶暴化する面倒な連中です。ちゃんと事前に説明をしているのですが、それでも毎年のように……」

 

「ああ……」

 

 そんな理由で下見を任された学年主任のマナフ・アカー先生だが、何度見ても子供にしか見えない。成長が他の種族と違って遅く、寿命も長いエルフ族。その血を半分受け継いでいる彼だがエルフ側に天秤が傾いているらしく、見た目は十歳前後。小さな男の子が好きな女子連中がファンクラブを作り色々な意味で狙っている彼だが、こうやって話を聞いていると苦労が滲み出して見えた。

 

「僕も従兄弟が三年生に居るから聞いているけれど、”あの程度のモンスターに怯むものか!”って舐め腐った蛮勇持ちとか”可愛いからペットにする”って話を聞いていない脳内お花畑が毎年一定数居るとか。……マリモスって凶暴化したら本当にヤバいのにさ」

 

「おや? クヴァイル君もマリモスを怒らせた事が?」

 

「怒らせたって言うよりも、怒らさせらせたって言うべきで……。十二歳の時、修行の一環としてマリモスの異常発生の現場に連れて行かれたんですよ」

 

「四年前くらいですね。確か聖王国の方で通常の数十倍の数になった群れが居る上に、縄張りに入りきれずに少し凶暴化していたとか。……あれ? 今、怒らさせらせたって言いました?」

 

「ええ、その駆除の為、リアスと僕だけで群れに投げ入れられて地面スレスレを飛行した挙げ句に何体ものマリモスを跳ね飛ばして、止まった頃には怒ったマリモスの群れの中央。それをヒントにしたのが任された街から広まったボウリングです」

 

「ああ、あのスポーツは私も子供達も好きですよ。って、無茶な特訓ですね。君達兄妹の強さの秘密が分かった気がします」

 

 マリモスは”ペットにしたいモンスターランキング一位”にして”甘く見るんじゃなかったモンスターランキング一位”(共和国内部調べ)。二人の乳母であり師匠には会った事は一度だけだけれど、本当の母親みたいに見えた豪快で慈愛に満ちた感じの人だったのに意外だ。人は見掛けに……いや、しそうな見た目だけれど。

 

「……あれ? 先生ってお子さんが?」

 

「これでも四十路ですから」

 

 うん、この人は見掛けによらないな。……奥さんはどんな人なんだろう? 少し気になった僕だが敢えて尋ねはしない。だってほら、種族によっては並んだ時の見た目がさ……。いや、法的には問題無いのだろうが。

 

「どうかしましたか? 悩みが有れば先生が相談に乗りますよ!」

 

「いえ、大丈夫です……」

 

 この見た目は子供なベテラン教師は間違い無く善人で頼れる人だ。だから僕が疑問によって悩んだ事に心配したのだろうが、”貴方の奥さん次第では犯罪に見えます”だなんて口が裂けても言えないだろ!?

 

「……まあ、今は無理でも気が向いたらどうぞ」

 

 いえ、確かに話し辛い内容ですが、勇気を振り絞って口にすべき内容じゃ無くって……どうしよう。先生は凄く僕を心配してくれている。この気まずい空気を誰かどうにかして欲しい!

 

 

「おっと、これは予想外のお客さんですね。来て良かった」

 

 助かったと相手に感謝すべきなのか先生の意識は僕から海の方へと移る。砂浜と波打ち際で戯れるマリモス。あの動きは求愛とか順位争いじゃなく本当に遊びらしいのだが、その音を頼りに沖からゆっくりと近付く大きな影。マリモス達は一切気が付かずに相変わらず水辺での遊びに夢中だ。

 

『ムキュムキュ!』

 

 聞こえて来る楽しそうな鳴き声。うん、確かにあの見た目であの鳴き声は反則だ。危険だとは聞いていても、危険から遠ざけられて生きて来た世間知らずのお嬢様なら手を出してしまうかも。実際、僕も危険性は身を持って知っているのに飼いたいと思っているのだから。

 

「先生、それで彼奴はどうします?」

 

「いえ、少し待ちましょう。討伐対象同士で潰し合ってくれたなら都合が良いですからね。楽が可能なら楽をした方が良いでしょう? 要領良く行きましょう」

 

「は、はあ……」

 

 指示が出れば今直ぐにでも出る意思を宙を舞う氷の剣で示すけれど、先生は笑顔で顔を横に振る。子供らしい無邪気な笑顔にさえ見えたんだけれど、この場ではそれが恐ろしい。いや、軍属の身からしてもそっちの方が賢いと分かっているし、僕も同じ手を使った事も有るし……。

 

 

『モキュ?』

 

 最初に気が付いたのは一番沖に近い場所でプカプカと浮いていた一匹。早々に勝負に負けて拗ねていた奴だ。この辺りは潮の流れが緩やかだし、元々海に住むモンスターのマリモスは嵐でも来ない限りは流されたりはしない。それが徐々にだけれど確実に沖の方に現れた穴に引き寄せられていた。

 

『モッキュ!』

 

『モキュモキュ!!』

 

 それに気が付いたマリモス達が途端に騒がしくなるけれど遅い。海面に開いた穴に海水と共に一番近かったマリモスが落ちて行き、巨大なミミズが姿を現した。人の二、三人程度なら軽く丸呑みに出来る程の巨体。”ジャイアントシーワーム”、本来はこの辺に生息しない筈のモンスターだが……。

 

「随分と傷だらけですね。余所から逃げて来たのでしょうか?」

 

「……あ~、最近大規模なモンスターの討伐が近海で行われたそうですし、その時の生き残りでしょうね。おっと、そろそろ動きますよ。深い海底に住んで時々浮上するジャイアントシーワームと水辺を中心に海水淡水の違いなく生息するマリモスは本来なら出会わない。全く、無知とは恐ろしいですね」

 

 ああ、確かにな。人であってもモンスターであっても未知数の相手との戦いは避けるのが基本だ。見慣れぬ獲物にはモンスターであっても警戒するが、あれだけの傷を負って少しでも早く消耗をどうにかしたいのか手頃な獲物を狙ったのだろうが、それは早計だったとジャイアントシーワームは身を持って知る事になる。

 

 

 

『モッキュゥウウウウウ!!』

 

 

 マリモス達は仲間が食べられた事で異常な興奮を始め、より激しく飛び跳ねる。そんな姿を見てもジャイアントシーワームは一切気にした様子は無い。そもそもマリモスは幼い子供の両手に何とか乗るサイズだし、人を数人丸飲みに出来る大きさなら一切驚異に感じないのも無理は無いが、マリモスと生息域を重ねるモンスターならば積極的に襲いはしない。

 

 口を大きく開け、体の表面から吸い込んだ海水を吹き出しながらマリモスの群れを吸引しようとし、周囲の海水がジャイアントシーワームの口に向かって流れ込み、それが急に止まった。

 

『?』

 

 ジャイアントシーワームが何が起きたのか分からず動きを止める中、今度はマリモス達に向かって周囲の海水が引き寄せられていた。

 

「……あれ? 先生、砂浜が次々に盛り上がっていませんか?」

 

「砂に潜ってお昼寝でもしていたのでしょうね。……これはちょっと不味い事態です」

 

 

 砂の中から飛び出したマリモスも仲間に加わり、既に波打ち際は干上がっている。これは予想以上の規模だ。

 

「見通しが甘かった。……嫌な予感がするが、僕だけか、ロノス?」

 

「いや、僕もだ」

 

「先生もです……」

 

 

 海水があった場所では逃げ遅れた魚が何匹か跳ねている。乾いて萎んだスポンジに水を吸わせた時みたいにマリモス達の体は膨らみ、何時しかジャイアントシーワームに匹敵する程になっていた。

 

「”敵と判断した相手と同じ大きさにまで水を吸って膨らむ”、それがマリモスの特性ですが、ちょっと今度は相手が悪かったですね。……私達にとって」

 

 ジャイアントシーワームは凄く大きい。それこそ塔みたいに。そんな巨体に対抗して吸い込んだマリモスは結構な数に及んで、それが急速に海水を吸い込めば周囲は一気に干上がる。事実、ジャイアントシーワームは全長の半分程が露出していて、海水が干上がった部分には当然の如く周囲から水が流れ込んでしまったんだ。嫌な予感、的中だ!

 

 

 その結果、何が発生するのかというと……。

 

 

 

 

 

「……津波だ」

 

 流れ込んだ勢いのまま海水は陸地に向かって突き進もうとしていた。あっ、これって僕達の方にも届く奴だ……。

 




昨日七割書いて熱っぽいので休みました


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教師と生徒は違う

「二人共急いで退避を! 私が時間を稼ぎます!」

 

 ジャイアントシーワームの襲撃によってマリモスが引き起こした津波の勢いは凄まじく、干上がった海底を転がっていたマリモスやジャイアントシーワームをも押し流して陸地に向かっていた。

 

「時間を稼ぐって、それだったら先生はどうする気ですか!? そうだ、ロノス! 君の魔法なら津波を止められるだろう!?」

 

「いえ、クヴァイル君の魔法については予め情報を得ています。距離が離れれば効果が落ちる以上、彼に頼るなら置き去りにするしか有りませんが、私は教師ですよ? そもそも私は大人で二人は十代の子供。子供を守るのは大人に課せられた役目です。だから二人は逃げて下さい。そもそも私の見通しが甘かったのが原因。巻き込んだ事を謝罪すべき立場です」

 

 このままじゃログハウスは確実に壊されるし、泳げないアンリの顔は引きつりアカー先生も決死の覚悟で津波を押し止める気らしい。僕達を優先する彼の教師の矜持は立派だと思う。でも、駄目だ。先生じゃ完全には止められない。僕達は逃げられても先生は死んで、臨海学校だって台無しになってしまうだろうね。それは本人だって分かっているのかロケットに入れた妻子の絵に向かって微笑むと覚悟を決めた顔を迫る津波に向けた。

 

 

 そして……。

 

 

「大丈夫ですよ、先生。今の僕ならどうとでもなる。”ギガ・グラビティ”」

 

 そんな覚悟は必要無いし、先生の持つ情報は少しだけ古い。誰も犠牲になる必要なんて無いんだ。

 

 

 未だ使い慣れていない力だ、詠唱有りで行こうか。巨大化したマリモスやジャイアントシーワームをも運びながら迫る大津波。後数秒で陸地に到達、周辺一帯に甚大な被害を出すし、津波の時間を停止するだけじゃ時間稼ぎにしかならない。

 

 なら、別の方法を取れば良い。例えば水が流れ込む大穴を作る(・・・・・・・・・・)とかさ。空から降り注ぐ黒。光すら圧死させる高重力によってモンスターと海底の砂を押し潰し巨大な穴が開いた事で迫る海水は全て流れ込む。渦が出来ているけれど多分大丈夫、抜いた風呂の栓を戻した時みたいにその内収まるだろう。

 

 

「ほら、大丈夫だったでしょ、アンリ」

 

「……はっ!? い、今何をしたんだ!?」

 

 少し自慢を込めた笑みを向けたけれどアンリってば固まっていた。……っと、駄目だ駄目だ。僕が元々持ってる才能なら良いけれど、この力は明確に貰い物だと分かっている力。買って貰った玩具を自慢する子供じゃないんだし、調子に乗ったら駄目だよね。

 

 あ~、でも大きな力を振るうのって気持ち良いっ! 所でどうやって説明しよう? 僕だって明確な理論込みで使ってるんじゃないし……うーん。

 

「えっと、その場所に掛かっている重力を何十時間分も戻して重ねるのを繰り返した?」

 

「そ、そんな事が出来たのか……」

 

 唖然とするアンリの言葉に笑みで返す。うん、最近になって漸く使えるって言うか、ゲームには描写の無かった時の女神による恩恵の授与によって可能になった。

 

 今までの僕に可能だったのはビデオで例えるなら『早送り』『巻き戻し』『一時停止』の三つ。それを一定の物に使うリモコン程度の物だったんだけれど、今は『画像編集ソフト』っぽい力を手に入れて『前の画像を切り取って重ねる』って事も可能になった。説明した通りに秒単位で前の重力を重ねたんだ。……炎の熱とか電気とかは未だ重ねられないけれど、常に一定に掛かっている重力ならギリギリ可能だ。

 

「まあ、ちょっと力が強過ぎて地形が変わったし、潮の流れも変わりそうだけれど……。アカー先生、事後処理はお任せしますね」

 

「……頑張ります。家族サービスは犠牲になるけれど先生なので……」

 

 確か先生は臨海学校が終わったら夏期休暇を取って家族旅行に行く予定だっけ? ファンクラブというヤバいショタコン集団が会議していたのが聞こえたけれど、これじゃあ事後処理で延期かな?

 

「えっと、ごめんなさい? すいません、僕が加減無しでぶっ放したせいで……」

 

「良いんです良いんです。津波の被害を考えれば軽いものですし、私の見通しの甘さが理由なら耐えないと。うん、最近娘に”パパって最近臭い”って言われ始めまして。ははは……加齢臭が漸く出始めたらしいですね。先生って見た目は子供ですが、頭と体臭は大人なんですよ……」

 

 乾いた笑いを上げる先生に僕とアンリは何も言わない、何も言えない。生命的な死は回避出来た彼だけれど、家庭内の地位とか父の威厳は死んでしまったのかも。

 

 

「大人になるって大変だなぁ……」

 

 僕の前世の寿命は記憶が戻ったのと同じ十歳だ。だから大人になるって事を経験していない。只、先生を見る限りじゃ貴族でなくても大変なんだなって思えたよ。僕も家庭を持って子供が産まれたら分かるのかな?

 

 

 

『そうか。ならば今すぐ私と作れ。そうすれば、分かる』

 

「んげっ!? ……空耳か」

 

 今一瞬、子作りを迫る相手に逆レイプされかけたトラウマが蘇った。あの時はあの後も含めて怖かった。だから僕って自分から強引に迫れないんだよね。

 

「い、居ないよね? ひっ!」

 

 草むらから飛び出すウサギの耳に一瞬身を竦ませるけれど、直ぐに普通のウサギだって分かってホッと一息。やれやれ、思い出しただけでこれなら、実際に再会したらどうなるのやら。……シロノってナミ族の族長の娘だし、結婚相手としては可能性が凄く高いんだっけ? うわぁ……。

 

 

「さっきからどうした? 妹もポチも居ないのに様子が変だぞ」

 

「いや、ちょっとトラウマが蘇っただけだから大丈夫。じゃあ、次の場所の調査に行きましょう、先生。……あっ、でも」

 

「ええ、あれだけの騒ぎが起これば警戒して巣に籠もるか逃げ出すなりしているでしょうし、調査は一旦休憩、ログハウスで一旦休みましょう。明日早朝に再開です」

 

「え? 事後処理をお任せした身で言うのもなんですけれど、臨海学校前の書類業務とかその他業務がこの事で遅れるのに大丈夫ですか? 調査はモンスターだけじゃないですし……」

 

 僕の様子が変だから気を使って休ませようとしてくれているんだろうけれど、アカー先生の時間的猶予が余計に少なくなるだけだ。モンスター以外にも危険な植物の自生やら崖際や洞窟、調べなくちゃいけない所は数多い。だからこその僕達生徒の助手なのに、こんな早い時間に休んだら後から忙しくなるだけじゃ……。

 

 確かに使い慣れない力を使った疲労感もあるし、トラウマ発現で精神的に来る物があったけれど……。

 

「いえ、駄目です。教師命令として休んで貰いますからね。生徒の都合で教師が多忙になる事は有っても逆は有り得ません。一人でも大丈夫な仕事は私一人で済ませますので二人は休んで下さいね」

 

 ……うっ。これは反論出来ない。笑顔の圧力もあって僕はこれ以上何も言わず、彼に言われるがまま僕達が使用する事になるログハウスへと向かって行く。……矢っ張り先生は大人だなぁ。

 

 

 今回、僕は将来について考えさせられる事が数度あった。この前のアリアさんの事も、シロノの事もちゃんと考えて結論を出さなくちゃいけない。互いの立場上、パンドラに相談するのは当然だけれど、彼女に全てを任せて良いのかと言えば否だ。

 

 彼女は全てを任せられる天才で、将来的に家の実権を握るのは決まっている。だが、それでも自分でどうにか出来るようにするのは当然の義務なんだから。任せられるのと任せるのは別だと、それだけは忘れないようにしなくちゃ。

 

 ……尚、海底の穴は僕の魔法なら修復可能だって気が付いたのは少し後。高揚感やらトラウマで思考が働かないなんて、矢っ張り常に完璧には居られないらしい。情けないなあ……。

 

 

 

 

 

「……ふぃ~。疲れが溶け出して行く気分だよ。お風呂って良いよなあ」

 

 流石は貴族に用意されたログハウス、内装は豪華だし、お風呂なんて露天風呂だ。しかも魔法の力で汲み上げた天然温泉、効能は疲労回復その他諸々。少し熱いお湯は泳げる程に広い浴槽に並々と注がれ、アンリに先を譲って貰った僕は心行くまで堪能させて貰っていた。

 

「凄い開放感。家のお風呂も広いけれど、露天温泉ってのが良い。こりゃ毎年色々ある訳だよ」

 

 貴族の家で発生しがちなお家問題。後継者を誰にするかとか家同士の繋がりの為の婚約を揺るがす色恋沙汰。尚、この臨海学校後に発生してるのが使用人との間に子供が出来ちゃうって事だ。普段とは違う環境、お気に入りの使用人と近くで過ごし、この開放感たっぷりの温泉。

 

 うん、気持ちは分かるかな。その手の問題って凄く困るけれど。

 

 

 

「ロノス、湯加減はどうだ?」

 

「ああ、少し熱いけれど気持ち良い……はい?」

 

 背後から聞こえた声に何気なく振り返る。バスタオルを体に巻いたアンリが湯当たりしたみたいに顔を真っ赤にして立っていた。

 

 

 僕、未だ入っているんだけれど……。




尚、私の脳内イメージは何かとアンチが多い子供先生


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同類

 問題です。露天風呂に入浴中にタオルで体を隠した女友達が羞恥心でギリギリの状態で姿を見せました。この場合どうするべきでしょう?

 

 ①・一緒に入る

 

 ②・出て行って貰う

 

 ③・自分が出て行く

 

 ④・この状態で対応

 

 僕が魔法で自分を加速させる時、無意識の内に肉体と頭に力を振り分けている。じゃないと身体に思考が追い付かず、自分の速度に振り回されて自爆のバーゲンセールの開催だ。でも、この時の僕は瞬時に頭にだけ力を注いで加速させた。立ち上る湯気も僕の肌から滴る水滴も酷くスローに見える中、この状況の判断を慌てて進める。

 

 考えろ。そもそもアンリは何をしに僕が入っている所にやって来た? 湯加減を聞いたって事は自分も入る気だとして、タオルを巻いているんだから僕が入っているのを前提に来たんだよね? 彼女が普段からタオル巻いて浴室に入るのなら別だけれど。 

 

 

 じゃあ、何故来たのかって考えた時、頭に浮かんだのは三人だ。

 

 メイド長の目を盗んで僕の入浴中に侵入、身体を隠す事を一切せずに背中を流そうと提案し、最後はメイド長に連行される乳母兄弟のレナ。

 

 ”能力を知っている者が能力について忘れている時に初めて触れて血を垂らす”って無茶苦茶難易度が高い条件を満たせば契約してくれる妖刀の夜鶴。最近肉体関係を持った。

 

 そして僕のトラウマのシロノ。自分を倒した僕を本能から性的に狙い、入浴中に襲おうとした結果、マオ・ニュによって瀕死の重傷を負った。

 

 

 ……違うな。うん、アンリと三人は別物だ。

 

 

 だってアンリに僕を誘惑する理由なんて存在しない。彼女の家は軍門の名家で、何かあれば情報が入って来るから実は窮してる筈もないし。なら何故かと考えた場合、一つだけ思い当たった。

 

「温泉で泳ぐのはどうかと思うよ? まあ、アカー先生が居るから海で練習は難しいけれどさ」

 

「むっ。流石は親友にしてライバル、この程度の事はお見通しか。ああ、君の予想通りだよ」

 

 アンリは一瞬だけ驚いた後で納得し、バスタオルを外す。その下には僕が見抜いた通りの女の子用の水着。ピンクでフリルが付いた上下に分かれているタイプなんだけれど、アンリは身長は小さいんだけれど胸の大きさは並以上だからか上が少しキツそうだ。

 

 そっか、予想的中か。いや、少~しだけ期待しただけだからか。親睦を深める為って言いながらバスタオル巻いた状態で混浴とかさ。

 

「おや、僕の裸でも期待したのか? 嫁入り前の娘だぞ、僕は」

 

「嫁入り前の娘が男が入ってる風呂場に来るのが共和国の普通かい?」

 

「いや、そんな事は無い。誤解するな。からかったのは謝るから」

 

 

 まあ、それは忘れるとして、僕が気が付いた理由は彼女が本来したいと望む服装が男装じゃなく女の子らしい物だからだ。愚痴を聞いたり相談に乗ったりする僕だけれど他国の親戚でもない家の掟について口は出せないし、こっそり女物を着せて街を散策なんて真似も互いの家の間で起きる問題を考えて二人とも却下。

 

 そういう勝手な過干渉って”伝統を軽視された”って怒らせるから本当に厄介な事になるんだよね。面子、大切。

 

 だから僕以外の誰の目にも入らない場所でこっそり着たかったんじゃないかなって思い、泳ぎの練習ついでに着てみたんじゃないのかな? 

 

 

「似合ってるよ、可愛い可愛い。アンリは自分の体を女の子らしくないって思っているみたいだけれど、僕はそうは思わないよ。君にとって重要な事だから”言いたい奴には言わせておけ”なんて安易には言えないけれど、僕にとって君は親友でライバルな可愛い女の子だよ」

 

「ふっ。その言葉で僕は救われるよ。……あ~、でも親友かつライバルとして忠告しよう。ロノス、誉め言葉にも注意しないと何時か刺されるぞ。痴情のもつれとかで」

 

「……それ、フリートにも言われた事がある」

 

 うーん、二人揃って呆れ顔なんて酷い。僕ってそんなに暗殺されそうに見えるの?

 

「そうか。なら今後は注意しろ。……ほら、悪いが練習に付き合ってくれ。この水着で泳ぎたいがそうはいかないし今日だけはマナー違反を許して欲しい」

 

 僕の言葉にアンリは嬉しそうに笑うけれど照れた様子は無いし、僕が何を言うのか予想していたらしい。その上で言って貰えたのが嬉しかったみたいだけれどさ。そして何人目かからの似た忠告と共に男用の水着を投げ寄越した彼女は後ろを向く。あっ、そういえば僕って真っ裸のままだ。……アンリの角度から見えてないよね?

 

 少し心配しながらも水着を穿く。僕の荷物から出すのは気が引けたからアンリが持って来たんだろうけれど大きさはこれで良いや。

 

 

「さてと、何処まで上達出来るかな?」

 

「僕だって一日で完璧に泳げるとは思っていないさ。浅い所で適当に泳いで直ぐに飽きた事にすれば良い。今後は……まあ、泳げない事を口五月蠅い叔父上に知られないようにこっそり練習するさ」

 

「家のお風呂場で?」

 

 僕の所じゃ絶対に無理だな。リアスなんて小さい頃に入浴の世話をするメイドの注意を聞かずに泳いだせいでメイド長にこっぴどく叱られてたっけ。

 

 ”私は二度とお風呂で泳ぎません”って反省文まで書かされてさ。メイド長ってあの頃から変わってないんだよね、恐さも見た目も。・・・・・・”エイジングケアの賜物です”って言っていたけれど、凄くお金が稼げそうだ。本当に何者なんだろう、彼女。

 

「……前にそれをやって怒られた」

 

 ああ、成る程。アンリの所にも怖い使用人が居るって事か。僕の所のメイド長も恐ろしいし、彼女とは何かと共通点が多いね。

 

「ばあやが口煩くてな。僕どころか父上のオムツを替えてた人だから逆らえなくて困る」

 

 ああ、そんな事を聞いた覚えが有るな。メイド長もそうだけれど、長く仕えてると役職以上に力を持ったりするからね。頼れるなら良いけれどさ。

 

 他にも聞いた話じゃ……。

 

 

「ねぇ、君の所って弟が生まれたんだって?」

 

「ああ、凄く可愛い子がな。叶うなら一日中一緒に居たい位さ」

 

 弟の話をする時のアンリは凄く嬉しそうで、将来的にブラコンになりそうな気がしないでもない。本当は女の子として生きたい彼女からすればもう少し早く生まれてくれたらって思いそうだけれど、そんな様子すら無かった。もうヒージャ家の一員として軍での未来が約束されている今じゃ長男が生まれたからって今までの全てを無かった事には出来ないだろうし、複雑な気持ちになりそうなのにさ。

 

 

「……君を見ていれば言いたい事は大体分かるけれど、僕は平気だから安心してくれ。生まれる前には少し複雑な部分も有ったのは認めるが、弟の顔を実際に見た瞬間に全部吹っ飛んだ。あの子は僕の宝物だ。君だって妹が居るんだから分かるだろう?」

 

「うん、納得。そりゃ一切の悩みとか複雑な気持ちが消え失せて当然だ。だって可愛いし。リアスは未来永劫世界一……っと、こんな話題は揉め事の元だから心に仕舞っておこう」

 

「そうだな。僕も弟に対して同じ気持ちだし、ブラコンとシスコンの対決になってしまう。では、そろそろ本当に頼む」

 

 猫と犬のどっちが好きかって争いみたいに互いの意見を曲げられない対決をアンリと行う気は無い。まあ、僕は鳥派だし、ポチは下半身が猫科なので猫派といえば猫派なんだけれど、今はアンリの泳ぎを優先しよう。

 

 

「それにしても今の状況って……」

 

 時刻はお昼過ぎ、夕刻にまで少しだけ時間がある時刻。アカー先生は離れた場所で仕事中だから周囲に誰も居ないログハウスの露天風呂に水着の若い男女が二人きり。この状況って……。

 

 

「泳ぎの練習には最適だね」

 

「だろう? ……うん。流石に入って行く時は頼み事の内容が内容なだけに風呂で泳ぐ不作法とかに照れたのだが、君と一緒なら安心して練習が出来るな。この水着も無駄にならなくて助かった」

 

 え? こんな状況で安心されている事に少し男として傷付かないのかって? 襲われる心配をされる事で満たされるプライドなんて捨てちゃえば良いと思うよ、僕はさ。

 

 

「じゃあ、先ずはバタ足の練習からね」

 

「あ、ああ……」

 

 僕は彼女が泳げないのは知っているけれど、どんなレベルなのかは知らないから少し不安だけれど、彼女って運動神経良いから直ぐに泳げるだろう。さて、いったいどの程度までなら大丈夫なのかな?



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苦労人の日常

 私の名前はジョセフ・クローニン、何の因果か名前の通りの苦労人になりつつある十八歳だ。因みに”聖騎士”ロノス・クヴァイルと”聖女”リアス・クヴァイルの従兄弟である。……いや、本当に何であんな風に呼ばれているんだ、あの二人は?

 

 

 私の目の前には屍の山……いや、死んではいないが似たような感じだ。机の上に山脈のように積み重なって、終わりが見える度に神々が創造なさりやがったみたいに新しい山が出来上がった書類は消え失せて、今手元にある書類に判を押せば終わる。そう、漸く終わるんだ。

 

「皆、よく頑張ってくれた。この戦いは我々の勝利だ。犠牲は多かったが、それでも平穏な夏休み(明るい未来)は訪れる。これで……最後だっ!」

 

 最後の最後で印の押し損じなど手抜かりは許されない。朱肉を念入りに付け、スレが生じる事が無いように押せばミリ単位の狂いもなく僅かな掠れも存在しない印が私の目に映った。ああ、やったぞ……。

 

 血の気が失せて蒼白になり、目元にはクッキリとクマが見える生徒会役員達。私も鏡を見れば似た感じなのだろう。長かった。本っ当に長かった!

 

 

「大体、これを生徒に回すなと言いたい内容の物が多かったぞ。前年までは此処まで忙しくは無かった。なのに私の代になった途端にこれだ。情けなくて歴代の生徒会役員に顔向け出来ないが……この三ヶ月少しで去年一年間の書類より量が多いのは流石に私のせいじゃないよな? うん、そうに決まっている」

 

 王子や大公、大公の婚約者、そして闇属性やら我が従兄弟達。今年度は歴代の中でも立場の高い家の生徒が多い。その何奴も此奴も問題児と来たのだ。

 

「”闇属性の魔女をどうにかしてくれ”って声も多かったですね、会長。要するに退学にしろって事ですよ」

 

 

「……またか。いい加減にして欲しいのだがな。これで何件目だ?」

 

「四十九件目ですね」

 

「いや、答えなくても良い。生まれ持った属性だけで追い出せる筈が無いだろう。それにこの嘆願書は二年生からだ。少なくても今は殆ど関わりが無いだろうに、後釜狙いの業突く張り共が」

 

 闇属性に関しての嫌悪や恐怖は幼い頃に読み聞かされる物語において悪役として登場するのだから刷り込まれた物として仕方無いとは思う。だが、校則には生徒間の平等と尊重を重要な物とするとの記述が存在するのだ。

 

 まあ、それは建前だし、実際は闇属性の魔女への恐怖からではなく、クヴァイル家の兄妹と仲良くしているからだ。故に彼女が居なくなればチャンスが生まれると思っているのだろうな。私が考えるにロノスの奴は卒業後に一切関わる事が無い相手だからこそ家同士の事を考えずに仲良くしているのだろう。妹の方? アレに深い考えが出来る筈が無い。

 

「家同士の繋がり目当てで近寄っている時点で彼奴と交友を深めるのは難しいというのに。……あー、どうして私より三歳下じゃないんだ。そうだったら在校期間が重なったりしないのに」

 

 片付けをしながら愚痴れば自然と溜め息が漏れる。同じく苦労を共にする仲間達が肩を叩いて慰めてはくれるのだがキリキリと胃が痛むのは治りそうにないな。

 

「卒業さえすれば……」

 

 卒業さえすれば少なくても二人に振り回される事がなくなる。私の家もクヴァイル家には劣るもののそれなりの家だし、領地や領民など背負う物だって大きい。忙しいのは間違いないだろうが、今みたいに二人に関わる事は……。

 

「え? でも会長ってあの二人の従兄弟ですし、今後も付き合いがあるんじゃ……あっ!」

 

 そう、僕の呟きは現実逃避だ。流石は一年生の時から共に生徒会で活動する現副会長、最後まで口にせずとも言わんとしている事を察するなんてな。だが、どうせ察するなら今だけでも現実逃避をさせて欲しかった。

 

「……さて、帰ろうか。生徒会室に残っていては次の仕事が来るやも知れん。居れば受けるしかないが、居なければ知った事ではない」

 

「総員、急いで片付け開始! 即座に退避するぞ!」

 

 我ながら縁起でもない発言だとは思うが、同時に現実的に有り得る内容……いや、実際に去年起きた事だ。まあ、それでも仕事の総量は今期の方が多いのだが。

 

 

「もしもーし! ちょっと手伝って欲しい仕事が……あれ? もう居ないのか」

 

 ギリギリセーフ! そう、既に私達は不在だ。

 

 

「にしても新しい優秀な生徒が入らないですかね」

 

 急いで後片づけを終え、曲がり角を曲がった後で新しい仕事を持って来たらしい教師の声に胸をなで下ろす。後少し遅ければ見つかっていたが、どうやら諦めて戻ったらしい。漸く休めると安心する中、人手不足を一番愚痴る事の多い副会長が呟いた。

 

 ああ、それは皆が思っている事だ。見れば他の役員も頷いているしな。だが、賛同はするがそれは禁句だぞ。

 

「言うな。少なくても今期は難しい。上から数えた方が早い家柄の生徒が多い以上、生徒会役員の原則である平等性が保てない。……その王子達が入るのは構わないが、色々と問題が多いからな」

 

 幾ら将来国を背負う立場であっても初日から一方的な物言いで決闘騒ぎを起こしたりする奴に生徒の代表の座は相応しくないと私は思う。

 

 今期は何度も言うように家柄の良い生徒が多く、それ故に生徒会に入りたがる生徒は多いのだが、どうも地位を利用して媚びを売る魂胆が明け透けだ。入るならちゃんとした奴だが思い当たらない。

 

「ロノス・クヴァイルなんてどうですか? 学園での態度もちゃんとしているって噂ですよ」

 

「却下だ。彼奴には任せられん」

 

 言い触らすのも問題だから口にはしないが妹とペットが関わった途端にポンコツになる奴は流石にな。いや、それでもクヴァイル家次期当主としての教育を受けて身に付いた能力は惜しいが、心配事項が大きいんだ。

 

「え? どうしてですか?」

 

「妹まで一緒に来るぞ。拒否しても入り浸るだろうな。すると王子も彼奴に惚れているから理由を付け、時に権威のごり押しで……」

 

「あっ、今のは忘れて下さい」

 

 だって妹の方も兄への愛情が過剰だからな。しかし妹が来ると聞いた途端に無かった事にされるだなんて、ちゃんとしてくれリアス。お前、聖女だろう、一応、確か、そうだった……筈、だと思う気がしないでもない。

 

 あれだ。普段の姿と聖女の称号が恐ろしく噛み合わないぞ。

 

 

「……うん。仕方無いな。そんな理由なら行かなくては」

 

 だから生徒会長+従兄弟として少し注意しに向かおう。うん、目的は断じてそれだけだ。他に下心と言うか目的は無い。……本当だぞ。

 

 

 

「会長、途端に鼻歌なんて歌い出して、何か良い事でも待っているのかな?」

 

「ああ、惚れた相手が居るんだよ。名前は言えないけれど、巨乳眼鏡。そして清楚な感じだとか」

 

 

 

 

 

「お茶が入りました。姫様は只今参りますので暫しお待ちを。私がお話相手にでもなれたら宜しいのですが」

 

「いえ! 私がアポ無しで来たのが原因ですのでお気になさらずに。それに貴女との会話は実に楽しい物となるでしょう。是非お願いしたいです」

 

 幾ら従兄弟とはいえ急に来訪は無礼の筈だ。にも関わらず丁重に接してくれる彼女は相変わらず美しい。メイド服でさえ彼女が着れば一流のドレス。微笑む姿は女神を思わせる清楚な美しさ。知性と品性を併せ持った彼女は同時に妖しい色気も感じさせて……胸が大きい。

 

 

「ふふふふ、レディの胸を凝視しては駄目ですよ?」

 

「こ、これは失礼しました!」

 

 私は何をやっている!? 確かに彼女の胸は魅力的だが、だからと凝視するなど。だが、彼女は優しく微笑むだけで怒りもしない。ああ、本当に彼女は……。

 

 

 

 

 

 

「レナー! お待たせー!」

 

 そう。レナさんこそ私が知る中で身も心も最も美しく清楚な女性である。

 

 



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ゴリラの皮を……

 降り注ぐ陽射しを浴び、ながら庭の中心で私はハルバートを構え襲い掛かる敵を想定する。相手になるのは先日戦った水着マントの痴女こと神獣将ラドゥーン。強化魔法であるアドウ゛ェントを使った私と正面から殴り合えた相手。それなりにレベルアップ、この世界の認識じゃ互角以上のモンスターを大勢倒した事で魔力っぽいエネルギーを吸収して肉体の質を上げてる私でも素の力じゃ敵わない相手。

 

「・・・・・・駄目ね。心が! 血が! 高ぶって来ちゃった」

 

 今は勝てないなら今よりも強くなる。頭の中に作り出した敵の動きに合わせてステップ、しゃがみ、ハルバートを振るう。当然だけれど全力で! 向こうだって呑気に過ごさずに鍛えるんだろうけれど、私はそれ以上に強くなる。なら次は私の勝ちで決定じゃない?

 

 何故か知らないけれど前世や前世の記憶を取り戻す前の私と違って今の私は戦うのが大好き。鍛えてくれたレナスの影響だと思ってたけれど、それだけじゃない気もするのよね。まあ、別に良いけれど。だって考えても分からないし。考えても分からない事って考えるだけ無駄でしょ。

 

「ポチに手伝って貰いましょうか? 風の刃とか放って貰ったりして」

 

 言葉が理解出来るのはお兄ちゃんだけだけれどジェスチャーと単純な言葉なら通じるし。時々欠伸をして通じてないって時も有るんだけれど。あの子、実は私を馬鹿にしていない?

 

「まあ、良いか。そんな事よりも今は特訓ね。技を磨き、肉体を鍛え上げ、強い敵を倒して質そのものを上げる! もっと上に! 更に上に! 人を超えた存在を超える為に!」

 

 実際に敵が居なくても居ると仮定した相手に向かって殺気を放ち、闘志を燃やす。一切加減せず同時に正確無比に刃を振るい戦い続ける。一歩踏み込む度に地面が爆ぜ、刃先が掠った地面には摩擦熱で焦げ目が出来ていた。元々私は努力を殆どしなくても強くなれる才能の持ち主。じゃあ鍛えなかったら損よね。

 

「優れているなら更に研ぎ澄まし、装備を整え、頼れる仲間を集める。敵は強大だけれど、私達の勝利は揺るがないわ」

 

 向かって来た想像のラドゥーンを両断した所で息を吐けば身体中を流れる汗を感じて気持ち悪い。気を抜いたのを見計らって飛び出す新手の幻影に拳を突き出せば拳の圧力で庭木の枝が揺れた。

 

「惜しい。どうせならへし折りたいわ。レナスなら出来るもの。少なくても彼女くらいは強くならないと。つまり世界二位。更に磨いて二位で有りつづけるのも当然よね」

 

 一位は勿論お兄ちゃん! ・・・・・・って、お姉ちゃんも来てたんだし、三位で良いのかしら? まあ、強くならないと駄目なのは変わらないけれど。だって”レベルを此処まで上げれば此処までは楽勝で進める”なんて敵の強さが不動のゲームだけだもの。

 

 

 ・・・・・・この世界、正確にはこの世界に酷似したゲームでは私は悪役で、何も悪くない人達を苦しめて、それでもそれが結果的に主人公であるアリアを成長させて世界を救うのに繋がって、私は・・・・・・ゲームのリアス・クヴァイルは自業自得で全部失って死ぬ。一緒に居てあげたいからって本当は大好きなままだった兄まで道連れにして。

 

 

「さて、さっさと続き続き。馬鹿な考えは動けば忘れるし」

 

 この世界はゲームじゃない。好きなだけ強くなる準備をする猶予を敵が与えてはくれないし、こっちの行動に合わせて向こうだって行動を変えて来る。ハッピーエンドだって約束されてない。・・・・・・でも、それって逆に言えばバッドエンドだって決まってないって事でしょう? レベルカンストだろうと間に合わず防げない鬱イベントだってゲームじゃないなら防げるって事よ。

 

 ゲームと似た流れだったこの世界はとっくの昔にゲームとは変わって来ているし、あーだこーだ考えてもお腹は膨れない。お腹は膨れないといえば小腹が減ったし厨房に忍び込んで何か食べようかしら。

 

 

「メイド長にさえ居なければいける! ちょっと思い付いた魔法だって有るし・・・・・・」

 

 魔法って本当に便利。だってイメージと才能次第で大抵の事は可能だもの。お兄ちゃんは火は火属性の領域だってイメージがあるせいか何か強くなっても火に干渉して火力を上げるとか出来ないらしいけれど。

 

 

「おや、私が居なければ何をする気ですか、姫様?」

 

「うぉっほっ!?」

 

「その驚き方からして御自身の立場を忘れた内容らしいですね。嘆かわしい。後でお話をすべきでしょうか? 偉大なる聖女と同じ光の力を何やら妙な事に使う魂胆が見て取れますし」

 

 剣呑な瞳を向けるメイド長が何時の間にか私の後ろに立っていた。本当に何者なのかしら? 分かるのは長い間クヴァイル家に仕えているって事だけで、本名も年齢も知らないし、メイド長だから仕方無いとは思うんだけれど。

 

 あれ? どうしてメイド長だから仕方無いのかしら? 普通に考えてクヴァイル家位の家に仕えているメイド長が謎だらけって変よね? そりゃあ極秘部隊とかなら分かるんだけれど。マオ・ニュなら何か知って……聞いても答えてくれる気がしないし、苦手なのよね。

 

 

「マオ・ニュ様に尋ねても”知らない”と答えられるだけですよ。そんな事よりもお客様です。姫様がゴリラの皮を被ったゴリラ……失礼、言い間違えました。姫様がお転婆だと知っている身内の方ですが、流石に今の状態は見過ごせません」

 

「ゴリラの皮を被ったゴリラって何!?」

 

「言い間違いです」

 

 

 しれっと言い放つメイド長を前にしたらこれ以上何も言う気が無くなる。もう彼女について考えるのは止めましょうか。メイド長だから仕方無い、それで良いじゃない。少し不自然に納得した私だけれど、それにしても客って誰かしら? 私が少しヤンチャって知ってる相手で身内……まさかっ!

 

「もしかしてマオ・ニュじゃないわよね? だったら居留守使いたいんだけれど……」

 

 マオ・ニュは私の知っている中で一番怖い相手。クヴァイル家が有する裏の仕事をする部隊のトップで、その強さはレナスと並んで聖王国現最強。その戦い方は正面からよりも暗殺者とかそっち系だから厄介なのよね。

 

「聖王国にずっと居るって話だから油断してたけれど、まさか来ちゃった?」

 

 お祖父様への忠義が天元突破しているあの人は本当に苦手だから会いたくない。ゲームでは私達を殺そうとしてレナスと相討ちになった相手だし、多分私の両親を事故に見せかけて始末したんだもん。もう今から脱走しようかしら? メイド長が見逃してくれたら……あれ? そもそもメイド長がどうして此処に居るの?

 

「ねぇ、パンドラと一緒に仕事で出てたんじゃ……居ない。本当に神出鬼没ね、メイド長って」

 

 ちょっと考え事をしている間にメイド長の姿は消え去っていて、仕方無いのでさっさと汗を流して客に応対しましょう。それにしてもアポも無しに来るだなんて何処の誰かしら? その辺が平気な関係で、私に用が有りそうなのは……あー、うん。何となーく思い当たった。

 

「どうせ私に会いに来たって口実で目当ては別なんでしょうし、少し待たせても良いわよね? 寧ろ気を使ってやるんだから感謝して貰わなくっちゃ」

 

 足元を見れば汗で小さな水溜まりが出来ているし、偶には一人でのんびりとお風呂に入るのも悪くないわね。此処数年の間、私はメイド達に世話されるから一人でゆっくりと入浴した記憶が無い。身体の隅々まで勝手に綺麗にしてくれるのは楽で良いんだけれど、心の安らぎには程遠いもの。

 

「お風呂、おっ風呂、一人でおっ風呂!」

 

 ハルバートを肩に担ぎ、鼻歌交じりに屋敷の中に向かう。今日は花の香りの石鹸でも使おうかしら? でも、後で修行の続きをする時に気になるのよね。ちょっと悩みながらもバラの香りの石鹸を使おうと心に決めた私。

 

「うふふふ。お転婆とかゴリラとか色々言われている私だけれど、実に女の子らしい考えね。後からハルバート振り回して体術の稽古や筋トレで汗をかく事も想定するだなんて正にお嬢様って感じだわ」

 

 さーて、メイド達に感づかれる前にお風呂に向かいましょうか。じゃないと一人で入れないものね。

 

 

 

 

「……何で既に居るの?」

 

「メイド長より事前に指示を受けて待っていました。さぁ、私達がお世話いたします」

 

 脱衣所には準備を整えたメイド達の姿。流石はメイド長。……本当に何者なのかしら?

 



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酷い言い草

 私が彼女と出会ったのは……いや、正直に言おう。私が彼女に心奪われたのは七歳の時、従兄弟である二人の所に遊びに行ったのが切っ掛けだ。

 

「鬼族のメイド? ああ、”武神”レナスの娘か」

 

 従兄弟ではあるものの領地が離れているからか会う機会の少ない二人、その乳母兄弟だというメイドとは話は聞いていても会うのは初めてだ。まあ、従兄弟と遊ぶのは楽しい。それなりの家であるクローニン家の次期当主である私は周囲の遊び仲間は取り巻きと呼ぶべき者が殆どで、特に家同士の事を考えずに済む相手との遊びは本当に楽しかった。

 

 二人が二歳下だというのもあっただろうな。私は一人っ子だったから兄弟が居るみたいだったんだ。だから今回は遊び相手にメイド見習いの少女が居ると聞いて少し不満だった。子供心に嫉妬を覚えたのだろう。相手はずっと一緒に暮らしていると聞くし、従兄弟を盗られる気分だったんだ。

 

「……鬼族は戦闘欲求と性欲が激しい種族と聞く。二人に悪影響が無ければ良いのだが。うん、あの二人は私が守らないとな」

 

 今思えば何を思い上がった発言をしているのだと思うが、この頃の私は無駄に万能感を持つ子供。自分に根拠の無い自信を持ち、知識だけで相手を判断する愚か者。だが、その思い上がりは直ぐに消え去った。

 

 

「貴方様がジョセフ様ですね。私の名はレナ、クヴァイル家に仕えるメイド見習いで御座います」

 

 お初にお目に掛かります、そんな風に笑みを浮かべながらお辞儀をする彼女は想像の中の粗野で下品な親の七光りの娘とは違い、清楚で真面目で可憐な少女だった。何故か従兄弟二人が笑いを堪えている風に見えたものの気のせいだろうし、心奪われていた私には彼女について以外は殆ど頭に入って来ない。

 

「レ、レナさん。突然ですが好みはどの様な……?」

 

「好みですか? 甘い物でしょうか」

 

 子供の分際で、しかも初対面の相手に向かっての質問の内容としては問題があるが、初恋に突き動かされた私は衝動を押し止める事が出来ず、かと言ってそのままな愚か者では無かった故に我に返って羞恥心に襲われる。これで幻滅されたかと思いきや返ってきたのは少しズレた反応で、けれども表情を見れば全てを察して赦す慈愛に満ちた物。

 

 

 この初恋は未だに続いている。従兄弟に会うという口実で向かった先で彼女と過ごせるのは僅かな時間だが、それでも私の人生を彩った。……彼女は英雄であるレナスの娘であるし、地位としては問題無い筈。何時の日か求婚すべく私は己を磨きつつ彼女との絆を結んでいった。

 

 ああ、会う度に私は彼女の虜になる。レナさん、好きだー!!

 

 

 

 

「やっほー! 久し振り、って程でもないか。最近は忙しいみたいだったけれど今日は暇なのね、ジョセフ兄様」

 

「……ああ、久し振りだな」

 

 そんな初恋の相手との逢瀬の時間は脳天気で騒がしい声によって終わりを告げられた。その忙しさの三割はお前のせいだぞ、リアス。だが相変わらず元気で嬉しい。……はぁ、レナさんとの二人っきりの時間は終わりか。

 

「あれ? 残念そうね。レナの胸をチラッチラ見ていられないのが残念だった?」

 

「うわっほっ!? 何を言ってるんだ、馬鹿者っ!」

 

 此奴、本人の前で何を言うか!? チラッチラ見ていない! チラッと見ただけだ。ぐぬぬ、此奴は本当にとんでもない奴だな!

 

「えー? 何時もレナと居る時は胸を見ているじゃない。レナだって気が付いてるわよ」

 

 ……マジか!? 私、そんな分かりやすく胸を見ていたのか!? これは好感度が大幅に下がったのではないかと恐る恐るレナさんを見れば相変わらず美しい笑みを穏やかに浮かべているだけ。嫌悪も軽蔑も一切感じない。

 

「姫様、あまり悪戯が過ぎるならメイド長に言いつけますよ? ジョセフ様もお年頃の殿方。気にする事でも無いでしょう。寧ろ私が魅力的だと誉めて下さっている気分です」

 

「レナさん……」

 

 全てを理解しつつ包み込んで赦す慈愛。貴女は女神か! うん、駄目だ。此処まで美しい方に求婚など私には早過ぎる! 今日は帰って己を磨こう。所で私は何の口実で彼女に会いに来たのだろうか? うーむ、思い出せないが、それなら大した理由ではないのだろう。明日以降の私に丸投げだ。

 

 レナさんの素敵な所を沢山見られた喜びで心が弾み、何時の間にか鼻歌交じりに私は去って行く。送り迎えの場所が待ってはいたが、今日は歩きたい気分だとばかりにスキップで街に繰り出した。

 

 

 

 この三十分後、犬の糞を踏んだ事によってショックを受けた瞬間に今まで忘れていた疲れが一気に押し寄せるのだが、そんな事は今の私に知る由も無い。更に言うなら私の屋敷とクヴァイル家の屋敷の間は結構な距離がある上に坂道も多い。まさか自分から言い出した手前や受け入れた御者の為にもヘトヘトになって帰る訳にも遅くなる訳にもいかない私。

 

 結論から言おう。私ってポーカーフェイスの才能が有るのかも知れないぞ。

 

 

 

 

「ジョセフ兄様って頭は良いけれど何処かアホなのよね」

 

「姫様にアホと言われたのを知ったらショック死するでしょうから本人の前では言わないように。ですが少し気持ちは分かります。あの方、凄く面白可愛いのですよね。男性としては一切好みでは有りませんが」

 

 ジョセフ兄様は何というか、昔から打てば響く人で弄くるのが楽しかった。お兄ちゃんより年上だけれど、実年齢以上にお兄さんぶって背伸びして、それでヘマをする面白い人。まあ、遊んでくれたから会うのが楽しみだったわね。最近は口うるさくなったんだけれど。

 

 てか、何しに来たのかと思いながら話題を振ればレナは被っていた猫を脱いで腹黒い笑みを浮かべる。ほら、漫画とかで眼鏡キャラが浮かべる額から目の辺りが影になってる奴。それにしても勘違いしたのに気が付いてキャラ作りを続けるんだから。ったく、どうなっても知らない……事は絶対にないんだけれど。

 

「アンタ酷いわね……。あれ? 最初のって一体どんな意味? あれ? レナ?」

 

 突然周りから音が消え、周囲は途端に真っ暗闇。そして私の服はブッカブカ。うーん、何が起きているのか思ったけれど、よく考えたら誰の仕業なのかは丸分かりなのよね。

 

 

 

「お姉ちゃんったら、私じゃなくってお兄ちゃんの方に行けば良いのに」

 

「うう、だって襲っちゃったし……」

 

 振り返れぱ威圧感とかオーラは凄いのに妙に自信の無いテュラ(お姉ちゃん)の姿。あれ? 大きくなってない?

 

 



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肉体による変化

 この世に存在した瞬間から我には己以外に大切な物など存在しなかった。闇の女神としての責務だけが我を動かし、その果てに人の子に存在価値は無いと判断した故にリュキと組んで滅ぼそうとした。

 

 何故滅ぼすまでに思考が至ったか、それについては殆ど覚えてはいない。どの時代でも争いが耐えぬからか、優劣を付け合い些細な事で憎み合うからか、最早どうでも良い話だ。何せリュキの心変わりによって計画は破綻、我は我の領域である闇の中を漂い続けるだけだったのだから。

 

「……その筈だったのだがな」

 

 偶に顔を見せる忌々しい裏切り者、妙な格好をしている奴が顔を見せた後で回想を止めた我は静かに呟く。突如思い出した前世とやらの記憶。此処ではない世界で人として生きた僅かな期間。そして意志を持ってから初めて知った”愛しい”という感情。

 

「我の……私の可愛い二人。貴方達は私が絶対に守る。私には二人しか居ないから……」

 

 誰かを求めるなど本来の我ならば考えられぬ事。それ程までに二人の存在は大きく、実際に会うと”我”から”私”へと変わってしまう。

 

 

「もー! お姉ちゃんったら滅多に干渉出来ないのに私の方にばかり来てどうするのよ。しかも私に変な事しちゃってるし」

 

「ゴメンね。でも、こうしてたら落ち着いて相談出来るから……」

 

 だ、だから妹に叱られてしょげちゃっても、前世の姿に戻して抱っこしながら座っても仕方無いわ。神の肉体である私の姿までは変えられないけれど、他人に干渉するのなら簡単。ちょっと力の消費が多いから頻繁に使えないし、次に外に干渉するまでの期間が開いちゃうけれど、こうやって可愛い妹を抱っこするだけで癒されたわ。

 

 私がゲームの隠しボスだった闇の女神に転生するのは良いし、妹達がラスボス兄妹になっちゃっていたのも見つけるのが楽だったから良いだろう。……もし干渉した際に殺しちゃった相手に混じっていたかと思うと寒気がするから。そうなったら私は生きていけない。死ぬって事は全部失うって事で、テュラとしての私には大切な物が何一つ無い。

 

「それにしてもお肌プニプニね。ほーら、高い高い」

 

「お姉ちゃん! 私、十六歳!」

 

「……そっか。そうだよね」

 

 前世のお別れしちゃった時の姿に変えた妹を高く掲げれば頬を膨らませて怒られた。……そうだよね。もう二人共私が知ってる小さい子供の二人じゃないんだ。胸にチクチクと刺さるトゲ。漸く会えた可愛い二人が遠くに行ってしまった気がして寂しくって、気が付いたら妹を抱き締めてた。

 

「お姉ちゃん? ……仕方無いなあ」

 

 ちょっと驚いたみたいだけれど腕の中の妹は抵抗しない。ああ、良かった。確かに成長して変わっちゃった風に思えたけれど、転生してもこの子はこの子、可愛い妹のままなんだ。

 

「それでお兄ちゃんには何時会うの?」

 

「うっ!? つ、次に干渉するだけの力が貯まったらかな? ほら、お姉ちゃんって封印された状態でしょう? リュキの悪心の封印を解除した上で滅ぼさないと封印が解けないし……」

 

 私じゃなく我として排除しようとしたのがまさかの弟。妹と同じく命に代えても守りたい宝物。だから会いたいけれど会うのが怖かった。拒絶されるのが、怖がられるのが、敵として扱われるのが心の底から恐ろしい。我としての私なら愛しいという感情も恐怖も感じないのに、二人が関わって私が強く出れば途端に感じるその二つ。

 

「あのね、お姉ちゃんがテュラなのは言ったよね? あの子、何て言ってた? 今すぐ会いたいとか、妹ばかりずるいとか、そんな事を言ってくれていた?」

 

 そんな訳は無いと思っているけれど無駄な希望に縋り付く。愚かな行為だとは思うんだけれど、可愛い弟の反応が少しでも良い物の方が嬉しいと強く願った。

 

「……うーん、言いにくいんだけれど半信半疑? ほら、お姉ちゃん……じゃなくってゲームのテュラって私達を操ってたでしょ? 認識を操作したり記憶を読んだりしたんじゃないかって疑ってるの。で、でも、気にしないで。お兄ちゃんは私を守りたいからだから」

 

「うん、分かってる。私が貴女達を守りたいのと同じで、あの子もお兄ちゃんとして妹を守りたいと思ってる優しい子だから」

 

 ちょっと寂しいと思えたけれど、あの子が相変わらずお兄ちゃんだって知れて安心したな。あの子も変わってないんだ。そっか、妹思いの優しい子のままなんだ。

 

 そっか。……会いたいな。会えば良かった。会って抱き締めれば良かったのに。

 

「何かお姉ちゃんが裏で全ての糸を引いてる可能性もき、き……」

 

「危惧?」

 

「そう、危惧! 危惧してるみたいなの。裁縫は下手だったお姉ちゃんが引ける糸って納豆の糸が精々なのに」

 

「お姉ちゃん、これでも今は闇の女神だからね? 黒幕とか可能だから」

 

 うーん、この子って少しお転婆だったけれど此処までアホな感じだったかしら? アホだった気もするけれどリアスになった影響だと思いたい私は現実に目を向けない。うん、アホでも可愛い妹よね。

 

「それでお友達とかのお話を聞きたいな。お姉ちゃん、二人がどんな風に過ごしているのか気になるの」

 

「良いわよ。じゃあ、先ずはレナだけれど……」

 

 楽しそうに喋る妹の姿は可愛いけれど、実は友達については興味が湧かない。だって大切な二人じゃないから。

 

 

 

 いや、寧ろ煩わしい存在だな。我にとって宝に変な影響を与える害虫、駆除すべき相手。故に話を聞く。友が一人も居ないと悲しむだろう。保護者は私以外不要だが、友の数人は残しても良い。他の人間を滅ぼし、二人に世界をあげよう。

 

 

「ねぇ、今は無理だけれど二人に誕生日プレゼントをあげるね。何かは今は秘密だけれど」

 

「えー。お姉ちゃんって意地悪になってない?」

 

 少し拗ねた様子の妹の頭をクシャクシャと撫でていると一緒に居られる時間が終わるのに気が付いた。もう少し一緒に過ごしたいけれど、また会えるから我慢しよう。

 

「じゃあ、またね。お姉ちゃん、次は二人に会いに行くから」

 

 ずっと繋いで居たかった手は一度離れて、また繋ぎ直した。だからもう離さない。

 

 我が……

 

 私が……

 

 お姉ちゃんが……

 

 

 二人が絶対に傷付かず、何も奪われない楽園のような世界をあげる。だから其処で仲良く暮らそう。家族三人で一緒に……。

 

 

 

 

 ああ、その為なら神も人も幾らでも滅ぼし、世界だって一度壊して作り直そう。少しでも良い世界を、思い付く限り幸せに溢れた世界を大切な二人に与える為に。



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六章
弱肉強食 


新章


 満天の月が夜の闇を払い大地を照らす中でも深い海の底には一筋の光さえ差す事は無い。光が存在して当然の世界で生きている者が不用意に足を踏み入れれ海流に身を任せれば、忽ち上下の感覚さえも失い闇の世界で孤独を味わう事になるだろう。

 

 だが、闇の世界に生きる者にとってはこの世界は生まれた時から過ごして来た場所、光が一切無いのなら視覚ではなく嗅覚で獲物を探し、本能で上下左右の方向を察知する。今も海底付近に生息するカニや大型の貝類に向かって直進する怪魚の姿が在った。

 

 ”ランスフィッシュ”の名の通り、カジキマグロやダツよりも鋭利で頑強な長い口先を有するモンスターであり、時に金属に匹敵する甲殻を持つモンスターさえも襲い肉や血を啜る性質を持っている。人にとって幸いな事に滅多な事では海上付近に姿を見せないので人が襲われるケースは珍しいのだが、その滅多な事に繋がる原因が姿を見せた。

 

 海の底を平たい小島が……いや、海底に身を潜め獲物が通りかかるのを今か今かと待っていた巨大なエイの姿をしたモンスターが姿を現した。背に乗せた砂をふるい落とせば暗い海に紛れる漆黒の体が露わになる。その大きさは人が優に数人手を広げて並べる程であり、大型の鯨にさえ匹敵する巨体。それが口を開けば海流さえも変化し、ランスフィッシュ達が次々に飲み込まれる。そして口に入る瞬間、巨大な口から吐き出された無数の小さい泡に触れたランスフィッシュの体が溶かされ、ドロドロになって先端が刺さる事がなくなった状態で飲み込まれた。

 

 

 

 吐き出された強力な酸の泡によってランスフィッシュが溶かされた事によって周囲に広がる刺激臭。嗅覚で周囲の状況を把握している暗闇の住人には即座に危険が伝わり、吸い込みに巻き込まれなかった者達はパニックになって逃げ出した。

 

 このモンスターの名は”バブルレイザー”。極めて狭い生息域を持つが、活動範囲が僅かでも重なる生物の本能に危険性が刻み込まれる程の強さを持っている。

 

 本来は海底付近から離れないランスフィッシュだが今だけは上方向にすら向かう個体も見られ、巨体故に更なる獲物を求めるバブルレイザーが見詰めるのは群れの中で一際大きいリーダーだった。他の魚、特にモンスターではない相手には目もくれず、進路上を泳ぐ者のみを吸い込みながら迫るバブルレイザー。両者の距離は着実に狭まりつつあった。

 

 そもそもモンスターと普通の動物の違いは何かというと、それは魔力の有無である。人間以外の生物は基本的には魔力を持たず、何らかの要因で魔力を得て姿形が変わったり何らかの能力を得た者をモンスターと呼ぶ。そしてモンスターの性質なのだが、獲物を選べる時は魔力が多い相手を好む傾向にある。

 

 人が互角以上の相手を倒し続ける事で肉体の質を上げる、ゲームでのレベルアップを果たすのと同じで魔力を得る事で力の上昇を狙っているとされているが真実は未だに不明だ。只言えるのは強き者は更なる強き者に狙われるという事。バブルレイザーの巨大な口がランスフィッシュのリーダーを飲み込むべく開かれ、強酸性の泡が吐き出される。

 

 

 

 

 そしてランスフィッシュのリーダーがバブルレイザーに狙われたのと同じく、このバブルレイザーも更なる強者に狙われるという事であり、獲物をしとめる瞬間こそが最大の隙となる。バブルレイザーが小島ほどの巨体を砂を被って隠れていたのと同じく、海底の砂深くで潜んでいた存在が飛び出した。

 

 

「!」

 

 その勢いは凄まじく、移動の際に周囲の海流が乱れる程だ。バブルレイザーは己を狙う捕食者に即座に気が付くが、その姿を視認する前に切り裂かれ息耐えた。

 

 姿を現したのは異形が多いモンスターの中でも際立って異様な姿を有する存在。バブルレイザーよりも一回り大きいサメの頭は古代に滅びた巨大サメを連想させるが、その胴体は全長の半分ほどの長さのハサミを持つ赤黒い甲殻類であり、尾の部分は吸盤の付いた無数の触手、表面が常に泡だって瘴気を放ち続ける小豆色であり、鋭く尖った先端で周囲のモンスターを貫いて口元に運んでいた。

 

 このモンスターの名は”シャーロス”。この世界に酷似した”魔女の楽園”において臨海学校でのイベントボスであり、バランス調整を間違えたと批評される程の強力なボスだった。毒や麻痺を発生させる触手での全体攻撃や魔法も物理も効きが悪い強靭な防御力。ハサミや食い付きによる攻撃は防御バフ無しではタフなキャラでも一撃でやられる程。イベントでは一定ターン戦って体力を削るというのをダンジョンを歩き回って行う必要があり、ゲーム中でも屈指の難所とされていた。

 

 尚、戦闘が発生するダンジョン限定で特殊な条件(最初のイベントで助けてくれる相手や好感度チェックでは見られない好感度、隠しイベント等々)を満たした時のみロノスがNPCとして戦闘に参加、それを前提としているかのように戦闘の難易度が激減する。逆を言えば条件を満たせない場合は異常な難易度に挑む事となり、ゲーム動画の投稿では何十回何百回とやり直してでも主人公による単独撃破に挑戦するプレイヤーも見られた。

 

 シャーロスの設定としても学者の研究で分かっている事でもあるのだが、百年単位で休眠を行い、本能のまま生態系を荒らしては再び休眠するという悪夢の如き存在。シャーロスは周囲一体の生物、それこそ海草すら食い尽くすも獰猛な瞳を動かして次の獲物を狙い、鼻先を海上に向けた。

 

 光は届かずとも届いた強力な臭い。嗅ぎ慣れない陸の生物が海上を泳ぐのを感じ、臭いに混じって自分より高い魔力を察して本能を刺激される。これが相手が水性の生物なら戦闘を避けたが、陸の生物である事が補食本能を刺激した。本能だけでなく慣れない水中戦によって己に敗れた格上を何度も喰らったシャーロスは巨大な口を開き、一直線に獲物へと向かう。

 

 

 

 次の瞬間、海上から海底に向かって一直線に金色の光が落ちて行くのを遠くの生物達が目にする事となり、数分後、シャーロスの無残な死体が海中を漂い多くの生き物の糧となった。その肉体に刻まれたのは巨大な爪痕、そして巨大な牙で食い破られた傷口であった。

 

 

 こうして本来ならば臨海学校をしている所に現れた筈のボスモンスターは無関係な所で生存競争に負け、本来ならば一飲みで終わる雑魚の餌となる。その身体に刻まれた傷跡は肉食の四足獣による物。本来ならば起きなかった筈のこの戦いは今後の運命にも大きな影響を与える。

 

 

 それが吉と出るか凶と出るのかは不明ではあるのだが……。

 

 

 



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嫉妬

 欲しい物が手に入らない事を不満に思う人は羨ましいと思う。手に入らないのが当たり前だと思わない人生を送れているから。

 

 誰かに嫉妬するという事は、その誰かに自分は勝っている筈だと心の何処かで思っているから。嫉妬というのは恵まれた事があるから。

 

 

 

「……知らない天井です」

 

 カーテンの隙間から入る日差しで目を覚ました私は少しだけネタに走る。前に読んだ小説で酔いつぶれた女性が目を覚ませば見知らぬ天井の下で、しかも全裸な上に見覚えのない男とベッドの中で一緒。まあ、私は酒なんて飲んでないから昨夜の記憶は有るんだけど。

 

 ……因みに既婚者だった女性は男性に脅されて関係を続け、その内に快楽にズルズルと嵌まって行く。私も許されるなら意中の相手であるロノスさんと快楽に溺れたい。

 

 じゃあ、そろそろ起きようか。このベッドの寝心地は悪魔的だけれど、欲望に負けて何時までも惰眠を貪っていたらだらしがないと思われてしまう。メイドが起こしに来る前にベッドから出て着替えをしているとノックの音。招き入れれば紅茶の用意を済ませたティーセットをカートに乗せたメイドが入って来た。

 

「ルメス様、朝のお茶の準備が出来ました。目覚めの一杯に如何でしょうか?」

 

「はい。良い匂いですし、是非頂きます」

 

 ベッドの寝心地もそうだけれど、紅茶も匂いが良いし余程の高級品、ルメス家では購入出来ないし、出来たとしても私の口には出涸らしでさえ一度も入らないだろう一杯を味わって飲む。生憎私には紅茶の善し悪しは分からないので適当に味の感想を伝えておいた。

 

「それでロノスさん達は?」

 

「若様と姫様ならば朝の鍛錬の時間です。若様は庭で刀の型の稽古を、姫様は街を出て野山を走り込んでいらっしゃいます」

 

 朝から野山を駆け回る。それを平然と口にする辺り、もうこの家では当たり前になっているらしい。……うん。

 

「そうですか。臨海学校当日なのにお二人共張り切ってるんですね」

 

 本音を言えば私は惰眠を貪りたいし、睡眠欲に溺れた次はロノスさんとの性欲に溺れたいけれど、そんな話を聞いた後では”未だ早いのでもう少し寝ます”なんて口に出せない。凄くフッカフカで寝転がるだけで幸せな気分になれるけれど。だって私が居るのはクヴァイル家の屋敷の客間。上の部屋で嫌がらせのタップダンス擬きを激しく踊る豚みたいな女も居なければ私が困っているのに気が付かず待ち伏せして送り迎えを提案する眼鏡男が玄関近くで待ってもいない。気が抜けそうだけれど、気を抜いたら駄目な場所なのだから。

 

 それにしても私の実家のメイドとは違ってクヴァイル家のメイドは流石だと思う。闇属性の私に対する嫌悪を隠せていなかったのがルメス家程度に仕えるしかなかった連中で、実際は嫌悪しているだろうに一切表には出さず客人として扱っている一流の人達が彼女達。ちゃんと教育されているし、本当に家柄や財力による格差は凄い。

 

 ……アース王国の王族? さて、何の事やら? マザコン王子とか先代王妃とか……。

 

「あの、ロノスさんの稽古の見学ってしちゃ迷惑でしょうか?」

 

「いえ、大丈夫かと。終わり次第タオルや飲み物を渡せるように控えているメイドが居ますし、他に見学なさっている方も居ますので」

 

 朝食まで少し時間があるし、無駄に使うのなら彼の姿を眺めていたい。見学が邪魔になるのなら好感度に関わりそうだけれど、端から見るだけなら大丈夫みたいだし……。

 

「じゃあ、見学させて貰いますね。あっ! お仕事お疲れさまです!」

 

「恐縮です」

 

 私の目標はロノスさんのお嫁さん……立場から考えて側室だろうが、兎に角彼の側に居て良い公的な立場を手に入れる事。妥協しても別宅で通いに来るのを待つ非公式な愛人の立場。だから使用人に愛想や礼儀を向けておいて損は無い。ルメス家って下級も下級で凄い貧乏だから元から相手の方が上な気もするけれど、頭を下げて労えば向こうも一礼で返す。

 

 

「……本当に全然違うなぁ」

 

 客室から出ながら呟く。先程の彼女以外にも屋敷の中を動き回る使用人の姿は目に付き、そのどれもが優雅かつ無駄の無い動き。下手な貴族よりも気品を感じられる姿に少し落ち込んでしまいそうだ。何せこんな姿の人達を小さい頃から見て来たのだから。

 

 所でこの家の長女はどうして……うん、考えないでおこうか。世の中には触れない方が良い事が有る。

 

 

 

 

 

「なんだ、貴様も来たのか、ヘンテコ女……いや、アリア・ルメスだったか」

 

「お早う御座います、レキアさん! ……あっ、お姫様ですしレキア様の方が良かったですよね?」

 

 先程のメイドの言葉に出て来た既に見学している人、庭に来た私はその姿を発見出来ず、トイレにでも行ったのか飽きて去ったのかと思ったが、向こうから声を掛けて来た事で存在に気が付く。亜麻色の髪を風で揺らしながら宙に浮く椅子に座る小さな姿。妖精族のお姫様にしてロノスさんの正室候補のレキアだ。

 

 つまりは敵対しては駄目な相手なのでヘンテコ女と呼ばれても相手が言い換えたからには指摘せずにいよう。横から見ていて好意が明らかなのに素直になれない面倒な相手だし、刺激しない方が良い。まあ、心の中では”空回りツンデレチビ”と罵倒するのだが。嫌われていると思われているのは笑えそうだ。

 

「様は不要だ。今は一々畏まるべき場でもあるまいしな。……それよりも静かにせよ。妾の友の鍛錬中だ」

 

 彼女はそういうと私から目を離し、一度だけ軽く指を鳴らす。すると地面から芽が飛び出し、それが急成長して蔦が絡み合った。そうして出来上がったのは植物の椅子。もう私から目を離し、ロノスさんを愛おしそうに見ているが椅子を私に用意してくれたのだろう。……嫌われていなくて安心だ。何せ相手の立場が立場、味方に出来ずとも敵対だけは避けなければ私の望む幸福は手に入らないのだから。

 

 一礼し、静かに椅子に座る。私達の遣り取りに気が付いているだろうにロノスさんは一切反応を見せず、只ひたすら刀を振るい続けていた。振り下ろし、突き、払い。それを順番を変え、角度を変え、様々な型で振るい続ける。でも、余りの速さに私の目では追いきれず、その良し悪しは判別出来ないが、ロノスさんの事だから大丈夫だろう。

 

「……あの馬鹿者が。刃先が乱れているぞ」

 

「え? 分かるんですか?」

 

「僅かだが目で追えたし、表情も普段と微妙に違う。……思い当たる節はあるが、情けない奴だ。政略結婚で側室候補を一人決めるだけのくしぇ(・・・)に」

 

 あっ、最後噛んだ。私じゃ分からなかった事を二つも理解した事に羨ましさと悔しさを覚えたけれど、最後の最後で彼女も動揺しているのだろう。

 

 

 ……政略結婚か。まあ、仕方がない。私が唯一無二になれないのは当然なのだから最初から諦めている。だからだろう、嫉妬らしき感情は殆ど存在しなかった。

 

「……むぅ」

 

 反対にレキアは理解しながらも納得はしていない様子だが、望みは叶わないのが当然だった私と違い、望みは叶って当然だっただろう彼女故の苛立ちだ。

 

 貴族、特に上位の家なんてそんな物。私からすれば友人を得るのを通り越して好いた相手と結ばれるだけで幸福だ。

 

「妾も臨海学校とやらの見学に……いや、流石に自重しよう。迷惑だろうしな」

 

 少ししか接点が無い彼女だが、こうして相手の都合も考えて思い直す辺り成長しているらしい。……初対面の時に魔法で出したモンスターをけしかけられた事は未だ忘れていないのだ。

 

 さて、そもそも私がロノスさんの屋敷で過ごしているのか、それは恋の邪魔者である眼鏡男と臨海学校に関係していた……。



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この世界のドラゴン=ペンギン

爽やかな風が頬を撫で、夏草の香りが鼻に運ばれる。朝の走り込みに夢中になり、気が付けば見覚えのある街の前。国境付近の少し他より警備が厳重な街で、此処を通った時は不安を感じていたのを思い出す。

 

「あの時は本当に大変だったのよね」

 

 私達は王妃の甥と姪で入国には何の問題は無かった。ナイア叔母様は少し革新的な制作を推し進めているけれど、国境の街に配属されているのは優秀な騎士達だったし、得に揉めはしないで済んだ。まあ、それは別に良いのよ。あの人に反抗してるのは駄目な貴族が殆どなんだし。

 

 

 問題は・・・・・・ポチ。グリフォンってドラゴンに匹敵する危険で強力で狂暴な生物だし、飼い馴らせる方が珍しい。だから手続きに手間取って、お兄ちゃんったら本当に落ち込んでたのよね。これからゲームで描かれた学園生活が始まるって緊張感があったし考える事も多かったから表面上は取り繕って居たんだけれど。

 

 お兄ちゃんはポチを溺愛しているしポチだって凄く懐いてる。餌は生きた馬や牛だし、手続きが大変なのは解るし、王妃の身内だからこそ厳しく扱えと指示されてから。私の身内って本当に・・・・・・。

 

 

「私もペットが欲しいわよね。ドラゴンとか飼いたい。アンリの相棒のタマとかキュートだったし」

 

 この世界のドラゴンはトカゲの進化系みたいな格好良いのじゃなくってペンギン。野生のと敵対した時にぶん殴った時にフカフカの感触だったし、巨大なのにダイブして寝転がりたい。ポチはポチで良いんだけれど、お兄ちゃんと私に対する態度の差が見て取れるし。私に懐いてくれる子が良いわよ。

 

「犬とか猫も好きだけれど、私もお兄ちゃんと同様に鳥が一番好きだし。でも、チェルシーさえ”ドラゴンは止めろ”って言うのよね。あんなに可愛いのに分かってくれないし」

 

 小さい瞳に一見すれば短いけれど実は長い脚も、フッカフカの羽毛も、あの姿の可愛さを殆どの人が”恐ろしい”だの”勇ましい”だの口にする。いや、ゲームではドラゴンって名前のペンギンだったけれど、見た目の感想までペンギンなのにドラゴンって、本当にこの世界ってどうなっているの? 普通に鳥は可愛いって思われてるのにね。うーん、疑問だわ。本当に何で・・・・・・。

 

「よし! 分からないから終了!」

 

 思考開始から十秒、私は思考を放棄した。だって私が考えても分からないんだし、感性の理由とかは難しいもの。私は力任せにすればオッケーな事が一番好きだし。

 

「さて、小腹も減ったから何か食べようかしら。国境側の街ならリュボス料理も・・・・・・うん? 小腹? 国境側?」

 

 再び考え込む私。非常に嫌な予感がして、流石に考えなくちゃ駄目だと思ってたら理由が分かった。

 

 

 今日、臨海学校当日

 

 今、国境近く

 

 私、ちょっと汗ばんだ状態。

 

 

「やっば! 汗・・・・・・はどうせ海に入るから良いとして、朝ご飯食いそびれる! 今朝は私の大好物のシェフ特製フレンチトーストなのに!」

 

 こうなったら魔法で強化して一気に帰る。トレーニングの効果が落ちるのは嫌だけれどフレンチトーストが食べられないのも嫌だし、海でトレーニングすれば良いし。まあ、全力で走ればトレーニングになるわね。

 

「確か臨海学校のイベントボスは鮫みたいな奴だったわよね。戦ったら楽しそう!」

 

 ゲーム画面では広くて複雑な水没洞窟で何度もボスを追いかけ回してたけれど、お兄ちゃんの魔法で逃走経路を塞いだり壁を拳でぶち破ったりすれば良いから血がたぎって来た。帰り道、遭遇したモンスターを蹴り飛ばしながら突き進む。雑魚だからレベルアップには繋がらないんだけれどね。

 

 

「あら? 随分な大所帯が来るじゃない。朝も早くから大変ねぇ」

 

 その帰り道の事、向こう側から大急ぎで走って来る場所の集団が見えて来た。どの馬車も貴族の家の家紋の旗やら何やらで所属をアピールしているんだけれど、大きい旗に描かれた家紋と馬車の幌の家紋が別々のもチラホラと。

 

 大きな旗は王家のだったり眼鏡の実家のフルトブラント家のだったりで、そっちより目立たなくした家紋は取り巻きの貴族の家のね、確か。一応覚えていなさいとメイド長に同級生の家について勉強させられたからギリギリ覚えているわ。

 

「下っ端って大変ね。貴族なのに荷物運びまでしちゃって……」

 

 面倒な事に今回の臨海学校って現地集合なのよね。前世の学校なら遠足とかで遠出するなら一旦学校に集まってバスなり電車で行くんでしょうけれど。まあ、私って六歳で死んだから近所の公園に徒歩で行った事しか無いんだけれど。

 

 でも、今は私が帰るのを急ぐ時間帯とはいえ、時間的には未だ早い。じゃあ、何でこんなに慌ただしい集団なのかというと、現地に早めに向かって派閥の上の方や中心の奴等の為の下準備。合宿中は使用人は居られないけれど、合宿が始まる前に出来るだけの準備を整えて、ついでに荷物も運ぶ。後から来た連中は集合時間ギリギリに悠々と到着って訳よ。

 

「……うん、お祖父様には本当に感謝ね。クヴァイル家は既に絶大な力が有るからってリュボス以外の学校に通うんだけれど、そうでなかったら取り巻きが鬱陶しかったでしょうね」

 

 っと言っても他の国の貴族と仲良くなれってよりは力を見せつけろって意味が多いんでしょうけれど。

 

 それはそうとして、今必死になってる連中みたいにご機嫌取りに走る同級生が周囲をチョコマカ動くのを想像しただけで疲れを覚える。確かに身の回りの事は使用人にやって貰っているけれど、名を覚えて貰ったり機嫌を取ろうとしたりとか、事情は分かるけれど魂胆が見え見えの相手ばかり周囲にいるって耐えられそうにないわ。

 

「……そういうのは聖女の仕事の時だけで十分。派閥の連中みたいのが周りに居るなら色々と態度を変えなくちゃ駄目だろうし」

 

 お兄ちゃんだって色々頑張ってるんだし、私も聖女の時はそれらしい態度を頑張っている。下手な相手との戦いよりも厄介なのよね、あのお仕事って。ったく、勝手なイメージ押し付けるなってんの!

 

 正直言って私は演技が苦手で、聖女の役を演じている自分に鳥肌が立ちそうになる。貴族として色々得しているのは分かるるけれど、如何にも”お嬢様”って態度は難しい。

 

「あっ、”眼鏡が本体”の所の奴ね。あのストーカーの機嫌取らなくちゃ駄目だなんて同情するわ」

 

 集団に少し遅れるようにして走るのはフルトブラント家の家紋の旗を掲げる馬車。他の馬車より少し小さいし、多分家の力も弱いんでしょうね。今回の臨海学校では野営訓練みたいなのも有るし、上の連中の為の良い場所の争奪戦に遅れたら睨まれるでしょうに。アンダインは兎も角、派閥上位の貴族とかにね。

 

 その派閥の中心であり、ゲームでは攻略キャラの一人で、本来なら私が付けていた因縁をアリアにふっかけた癖に、その相手に惚れて待ち伏せとかしているストーカー男ことアンダイン。

 この国の価値観じゃ馬車で送る為に待ち伏せするとかは私からすれば気持ち悪いんだけれど、この国じゃ情熱的だの紳士的とか恋愛の常套手段とからしい。

 

「……嘘だぁ」

 

 思わず呟く程に実に理解不能な価値観だけれど、お姉ちゃんによると日本の漫画とかも昔はヒロインを待ち伏せとかしていたらしいし、価値観なんてそんなものかしらね? 本人が迷惑だって思ってるからストーカー確定だけれども。

 

 ざまあ!

 

 まあ、そんなストーカーだから当然アリアを臨海学校まで送るって申し出るのは読めてたわ。

 断るにしても家の力の差があって、それで仕方無いってしてたらチャンス有るって勘違いされちゃうだろうから私が先に誘ったわ。

 

 あの子、馬車持ってないから先生の馬車に同乗させて貰う筈だったから、頼みに行くだろうって職員室の前で待ってた眼鏡は爆笑だったけれど。

 何も知らずに待ち惚けてたから思わず指さして笑ったんだけれど、後でチェルシーに怒られちゃったのよね。

 

「思い込みが激しいけれど変に生真面目だし、下の奴に八つ当たりとかはしないでしょうけれど、落ち込んでいたり私達に逆恨みして不機嫌になってたりしたら下のは怖いでしょうね」

 

 だからと言って臨海学校中に彼奴とアリアが一緒に行動出来るように協力する気は少しもない。だってアリアはお兄ちゃんが好きなんだし、だったらお兄ちゃんとくっつけば良いんじゃない? 私も友達が近くに居るなら嬉しいし。

 

「あの子は私の友達だし、ちゃんと守ってあげないとね」

 

 前世の私も今の私も基本的に守って貰う立場だ。それは別に良いんだけれど、お兄ちゃん達に守られるだけなのもムズムズするし、私だって誰かを守りたい。私を守ってくれる人を守るだけじゃなく、私に一方的に守られるだけの相手でも守れるようになりたいの。

 

 だって強さってのは弱さを補う為でしょう? だったら当然じゃない。貴族だから守る相手に制限は有るんだけれど、それでもね。

 

 

 ……まあ、アリアは急激に成長してるから守られるだけの存在じゃないけれど。

 

 

 

「もし。すこし宜しいかしら? 道を尋ねたいのですが」

 

 街に入った時、不意に声が掛かる。……あれ? 何処かで見た気がする顔ね。

 

 

 

 



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悩みの理由

 今日も日課となっている鍛錬を続ける。僕は自分で言うのも何だけれどスペックが高いし、それほど鍛えなくても有る程度は強くなれるだろうそう、クヴァイル家の当主に相応しい程度はね。

 

 でも、それじゃあ足りない。リアスを筆頭にした大切な人達を守るには、この世界に存在する脅威は多くて大きい。だから更に、今よりもずっと強くなる。

 

 身体に染み込ませ意識しなくても自然と普段の動作を狂い無く反復し、同時に握る明烏に心で語り掛ける。夜鶴の様に言葉を発して明確な意思表明をする訳でも、素直に力を貸してくれる訳でもない困った奴で、同時に破格の性能である”ほぼ全属性の魔法を使える”という表に出せば無駄に警戒をされる秘匿すべき能力。……多分大っぴらに力を振るわないのも力を貸してくれない時がある理由なんだろうなあ。

 

 ねぇ、お願いだからもう少し力を貸して……あっ、駄目か。手に伝わるピリピリとした軽い痛みが拒絶を示す。うーん、今後が大変だ。気分屋でプライドが高いって本当に面倒な奴。でも有能って扱いに困るんだ。

 

 

「はあっ!」

 

 でも、その程度の困難がどうした? そんな物、大なり小なり誰もが抱えている問題だ。気合いと共に大上段から刀を振り下ろし刃先が目の高さに来た所で止める。足下に置いてあった砂時計を見れば最後の一粒が丁度落ちた。

 

「よしっ! 今日も同じ回数を時間丁度に行ったぞ」

 

「若様、お疲れ様でした。飲み物とタオルです。それと湯の支度は済んでいますので朝食前に汗をお流し下さい」

 

「うん、ご苦労様」

 

 明烏を鞘に収め、息を軽く吐き出せばメイドがタオルと飲み物を乗せたトレイを差し出して来る。滲んだ汗を拭き、乾いた二度を潤せば生き返った気分だ。

 

 

「毎朝毎朝ご苦労な事だな。そんなに汗だくになりおって」

 

「そう言うレキアも毎朝僕の素振りを見学しているよね。端から見て何か正す所は有るかい? 君の意見なら参考になるからさ」

 

「……少々迷いが見えた。何か心配事か? それが鍛錬に影響するならさっさと解決してしまえ。クヴァイル家の力なら多少の問題はどうにでもなるだろうに」

 

「うっ……」

 

 正直言って痛い所を突かれた気分だ。そう、確かに普段と同じ回数を同じ時間内丁度に終わらせた僕だけれど、その最中に何度か太刀筋が乱れた事が有ったんだ。自分でも僅かにしか感じ取れない程度だったけれど、レキアには分かっちゃったか。

 

 ちょっと今のレキアの表情は険しい。腕組みをしながら僕を睨んでいて、不甲斐なさを責めている感じだ。その隣のアリアさんは慌てた様子で成り行きを見ているし、これは誤魔化せる段階じゃ無いな。

 

「流石はレキア。僕の事を良く分かってくれているね。恥ずかしいような嬉しいような……」

 

 ああ、ちょっと自信喪失しそう。太刀筋がこんなに簡単に乱れるだなんて、精神修行も肉体の修行も足りないや。

 

「不備を見抜かれて嬉しいのか、貴様は。……まあ、問われたから答えたが、さほど気にする程では無かった。貴様は十分強くなっている。この妾が言うのだから自信を持て」

 

「そ、そうですよ! ロノスさんは凄く強いです! 今の素振りだって私には見えませんでしたし」

 

 途中までは腕組みをして厳しい表情だったレキアだけれど、急に僕の肩に乗って労いの言葉を笑顔でくれる。アリアさんだって慌てた様子でフォローしてくれるし、何とか自信喪失は避けられるかな?

 

 

「それで貴様の悩みとはなんだ? ……まあ、今は汗を流せ。それからゆっくりと聞いてやる。何せ紛いなりにも妾の婚約者(オベロン)に選ばれた男だ。多少なら力になってやろう」

 

「あのぉ、私も微力ながら力をお貸ししますよ? 頼り無いかも知れませんけれど……」

 

 二人の申し出は本当に有り難かった。僕が抱える悩みの種となった、とある問題。ちょっと自分から言い出すには抵抗があるからこれで話しやすい。

 

「え、えっと、もう少し一人で悩んでからにするよ」

 

 だけれども、この問題は別の理由で二人に話す事に抵抗を感じる内容だ。うん、他の悩みだったら話していたんだけれど、内容が内容だからさ。

 

 これ以上追求される前にぼくは足早にその場から去って行く。うん、これってその場しのぎにしかならないし、特にアリアさんは今日にでも関わっちゃう問題なんだけれどさ。

 

 この悩みが出来る相手として一番先に思い浮かぶのは矢っ張りリアスだ。あの子には大抵の事が話せるからね。頭を使う系以外の話なら本当に頼りになるんだけれど、今は居ないからなあ。

 

「何時まで走り込んでる気なんだろう? 朝ご飯食べる余裕はあるのかなあ。臨海学校に行く最中に食べるのはあの子が嫌がるだろうしさ」

 

 今度は可愛い妹の事で悩みが出て来る。生きて行くって事は悩む事なのかも知れないな。

 

 

 

 

「今直ぐ話せない事って何でしょうか?」

 

「女関係だな。……やれやれ。妾だけで不満なのか、そんな風には言えぬのが民を導く立場の辛さか」

 

「ああ……」

 

 

 ……あれ? 何か色々見抜かれてる気がするぞ。

 

 

 

「ふぅ……。極楽極楽。お風呂は良いなあ」

 

 汗を軽く流し身体を洗った僕は湯船にゆっくりと浸かる。臨海学校に現地集合する為の出発時間には余裕があるし、このまま暫く入浴していたいけれど、多分レキアとアリアさん達は朝ご飯を待っていてくれるだろうし、さっさと出ようか。

 

「……あっ、でも早く出過ぎたら気を使われたって気にするかな? 待たせるのは問題だけれど、待たせないのも問題か」

 

 天井を見上げ、心の中でカウントダウンを始める。疲れが湯に溶け出る気分の中、再び頭に浮かんだのは最近の悩みについてだ。

 

「結婚相手が増えるのは別に良いよ。それが貴族ってものだから。お祖父様の方針上都合良いだろうしさ」

 

 そう、僕の悩みは新しい婚約者についてだ。正確には未だ決まって居ないんだけれど、一人増える事だけは決まっていた。帝国からのお見合いの申し出。相手は皇女……但し本物ではなく、皇帝が養子に迎える事で書面上は皇帝の娘って事にした政略結婚の為の役職みたいなものだ。帝国では珍しい話じゃないらしい。

 

 それでも皇女は皇女、娶る事には大きな意義が在るから異議を申し立てはしないさ。何人も娶ろうって時点で同じ事だし、貴族だから理解はしている。

 

「最初の子はちょっと必死な感じだったな。ポロッと漏らした家名って確か没落した元名門だっけ? この前会った子はちょっと色仕掛けがあからさまで困ったよね」

 

 既に数人とは顔を合わせているけれど、著名な学者の娘だとか将軍の娘、片方の親に問題があって表立って娘とは認められないけれど上級貴族の血を引いている子とか、成る程皇帝が選ぶ訳だって子が多かった。後は無視は出来ないけれど手を差し伸べるメリットが低いから取り敢えず皇女の地位を与えたって感じのが数名。

 

 彼女達とのお見合いの席を思い出し、僕の後に顔を合わせる相手が良縁である事を望む。誰かを選べって言われてはいるけれど、選択権を与えられたからか何かが違う気がして今まで会った子達は断るかも知れないな。まあ、僕以外にも大勢相手は用意されているらしいし、選ばれなかったからって彼女達に何かあるって事がないのは安心だ。

 

「用済みでお先真っ暗……とかだったら後味が悪いからねぇ。それにしても帝国のお国柄なのかご立派な子達が多かったな。何処とは言わないけれど、タユンタユンでした」

 

 前世では複数の相手と結婚するとか想像もしなかったし、十歳でそんな想像していたら問題だったけれど、この世界でロノス・クヴァイルとして生きてきた僕なら受け入れている。

 

 ……後は家族となる相手達と仲睦まじく暮らせるかどうか、それが問題だ。

 

「彼女は少し嫉妬深かった……彼女って誰だ?」

 

 またしても記憶にない記憶を口にする僕。あれかな? 前世と今の間に別の人生挟んでいるとか? いやいや、まっさか~。

 

「……無いよね? 現にこうして転生している時点でアレだけれどさ」

 



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招かれざる客への対応

「ふぅ。良いお湯だった。おっと、今日も大量だね」

 

 風呂上がり、窓の外を見れば縛られている不審者達を囲んでいるメイド達の姿。彼女達には怪我が無いみたいで安心だ。不審者の方は……うん。口が利けるなら誰の差し金かは分かるかな? 殆どが気絶しているし、中には血溜まりに倒れているし、未だ未熟な子が相手したのか。

 

「毒とかは大丈夫?」

 

 僅かな切り傷であっても暗殺者相手に受けたのなら心配だ。但し今回は彼女達の心配だけじゃなく、口を割る前に毒で死なれたら厄介だって話だ。

 

「奥歯に仕込んでいたのを神経ごと引っこ抜きましたので安心かと」

 

 まあ、その辺はちゃんと訓練受けているから言うまでも無かったか。それにしても淡々と答えているけれど結構怖い事を言っているよね。クヴァイル家、正確には現当主のお祖父様は孫である陛下よりも力があるし、だから跡継ぎの僕の所にこんな感じの連中が現れる。何処かの誰かが送り込んだ暗殺者。年齢一桁の時から狙われている僕だけれど、うちの使用人は頼りになるからこうやって誘い込んで一網打尽に出来るんだ。

 

「……」

 

 但し、庭に居るのは第二陣。少し目立つ感じの第一陣を囮に侵入した本職達。拷問の訓練も受けているから吐かせるのが厄介な連中で、第三陣の本命が僕の背後に気配を消して忍び寄る。騒ぐ囮を鎮圧、忍び込んだ本職がやられたとしても安心した隙を狙う、そんな風に今まで大勢が失敗した事から使用人の力を計算しての策略。息を殺し、殺気すら感じさせない。いや、本当に凄腕になると殺しは作業、殺意なんて抱かない。

 

「若様、お客様がお見えです」

 

 そんな風に狙われた僕の背後からレナの声が掛かる。

 

「こんな時間に? アポがあるとか聞いてないけれどな」

 

 時間帯は朝食を摂る頃、普通だったら格下の相手であっても訪問は躊躇う時間帯だ。ましてや事前の約束も無し。侮られているのかと思ったけれど、それならレナが少しは怒るなりする筈だし、寧ろ目を逸らしているって事はもしかして・・・・・・。

 

「私が連絡を受けたのですが、若様に犯され逆に犯す妄想をしていたら伝え忘れていました」

 

 やっぱり!? じゃあ向こうからすれば約束したのに待たされてるって事はだよね。しかも伝え忘れって事は到着した時に面倒な事になってそうだし。いや、うちの使用人なら、うちの使用人ならどうにかしてくれている筈!

 

「何やってるのさ、レナ。二重の意味で……」

 

「ナニをやっているのかって、それは勿論オナ……」

 

「言わせないよ!?」

 

 レナったらメイド長が不在だからって気を抜いちゃってさ。あの人の事だから”神速で戻って来ました”とか言って失敗を聞きつける気がするんだけれどな。昨日だって僕の部屋の掃除を任せたんだけれど、隠していた読みさしの本が何処かに行ってしまってたしさ。

 

 少し責めるような視線を送れば彼女も気にしていたのか畏まった表情で頭を下げる。熱でもあるのなら休んだら良いのにさ。

 

「大変申し訳御座いません。こうなれば私を後ろ手に縛り、下着をずらして鞭でお仕置きをして下さいませ」

 

「それって見えなくなった本の内容だよねっ!? 読んだの!? そして持って行ったっ!?」

 

 反省していると思いきや、レナは壁に手を当ててお尻を突き出しながら鞭とロープを差し出して来る。照れた様子は勿論皆無だ。……尚、思わず目が向かった布は紫の上にスケスケ。

 

「恥ずかしいとかは……」

 

「羞恥や屈辱の表情がお好みならしますが、必死に耐えている感じと反抗するけれどなすがままのどっちに致しましょうか?」

 

 準備万端にも程があるし、まさか仕事のミスも口実作りじゃ無いよね? 流石に有り得ない……とは思いたい。いや、レナスが戦闘方面に欲求が傾いてるみたいに娘のレナも性欲方面に傾いているんだけれど……。

 

 そして分かっていたけれど無いかあ。だよねぇ・・・・・・。

 

「それでコレはどうします? お客様が居ないのならどうとでもなりますが困った物ですね」

 

 僕が乗って来ないと見るや何事も無かったみたいに向き直った彼女が持ち上げたのは本命の暗殺者。気配を消し、僕に襲い掛かる瞬間に更に背後で周囲と気配を同化させていたレナに一瞬で首をへし折られて絶命したのが床に転がされている。

 

「どうも本職の中でも熟練者みたいですし、吐かせるのは不可能だと判断したから殺しましたが不味かったですか? お仕置きにします?」

 

「しないしない。レナの仕事には僕達の護衛も含まれるんだし、何も問題は無いよ。……向こうの連中なら話が少しは通じそうだしさ」

 

 チラッと囮を使っての本命に見せかけた囮の暗殺者達に視線を送れば舌を噛んで自害するのを防ぐ為にか布を噛まされている。これが只の小物だったら依頼主の寝起きに生首とご対面のドッキリを開催するんだけれど、時期が時期だけに警告だけで済ませるのは駄目だろう。

 

「帝国関連だよね、時期的に。クヴァイル家の敵なのか、帝国と聖王国の結び付きの強化を嫌った連中に雇われたのかは分からないけれどね」

 

「その可能性は高いですが、そう見せ掛けた可能性もあるのでは? 連中も虚偽の情報を与えられている可能性も有りますが、裏で遣り取りする為にも今回は此方も本職に依頼しましょうか。”拷問貴族”ことルルネード家に」

 

 ルルネード家か。クヴァイル家傘下の貴族の一つであり、担う役目はレナが口にした異名から察する事が可能だ。

 

「ああ、じゃあリアスに頼んでおこうよ。一応彼はあの子の派閥だしさ」

 

 そして、次期当主は僕達兄弟と同じくアザエル学園の一年生。但し僕じゃなくリアス側。実はちょっと苦手な相手なんだよね。

 

 

「どんな目に遭うのでしょうね。詳細は知らなくても良いですが」

 

 僕と同様に捕まえた暗殺者達に視線を向けるレナ。その目は今から肉にされる家畜に向ける目の方が優しかった。

 

 

 

 

「所でこの死体ですがポチの朝ご飯にします?」

 

「いや、止めてね。あの子に変な物を与えたくないからさ。薬でも常用してたらポチが可哀想だよ。お腹でも壊したらどうするのさ」

 

「じゃあ刻んで庭の池の魚の餌に?」

 

「あの魚って時々食べるし、それも何だかなぁ……」

 

 さて、本当にどうしようか。暗殺者の死体とか何を仕込んであるか分からないから下手に焼いたり埋めたりは無理なので悩む。今は時間も無いし……

 

 

 

「あっ、居た居た。若様、レナさん。こんな所で何をしてるんですか? お客様がお待ちですよ。・・・・・・げっ!」

 

 そんなタイミングで姿を現したツクシ。よし、ラッキー! 彼女にとってはアンラッキーだけれども。

 

 悩んでいる所に掛かった声。そして死骸を見るなり猫の耳と尻尾が警戒からかピンって立ち、夜勤明けだったのか眠そうにした彼女は被っていた猫が剥がれている。視線の先には使用人達の部屋に続く階段。でも、声を掛けるよりも前に行う筈だった逃走はレナに捕まえられて失敗だ。

 

 ごめんね、ツクシ。

 

「ツクシさん、ちょっと死体を匿って下さい」

 

「は~な~せ~!」

 

 背後から腰と胸に手を回された彼女は逃げる事が不可能で、僕は申し訳無く思いながらもその場から去っていく。

 

 

「ごめん。臨時ボーナスは出すから」

 

 お金で釣るみたいでちょっと嫌だなあ……。

 

「お任せ下さい、若様!」

 

 あっ、これで良いんだ。じゃあ後はツクシに任せて僕はお客様の所に行くとしようか。………って、肝心な部分が未だだった!

 

 

「レナ、お客さんって何処の誰なの?」

 

「アマーラ帝国の方です」

 

 凄く重要な相手じゃないか、何やってるのさっ!?

 

 

 

 

「……レナ、暫く減俸ね。ボーナスも長期休暇も覚悟しておいて」

 

「ええっ!?」

 

 当たり前だよっ!

 

 

 



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借り二つ

 あくまでも焦って来た風に見せないかつ遅れずに応接室に向かう為、僕は加速魔法使って高速で歩く。防音仕様の壁と扉の部屋だけれど一応足音は殺し、扉の前にたどり着くなりノックをすれば聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「はい、どうぞお入り下さいませ」

 

 

 予め対応したメイドに相手が誰か聞いておいて良かった。心の準備をして迎えた扉の先には待たせただろうに欠片も不満さを見せずに笑顔を向ける水色の髪の少女の姿。

 

「やあ、久し振りだね」

 

 ゲームでは僕の婚約者だったネーシャ・ヴァティ……いや、今はヴァティ商会の令嬢じゃなくアマーラ帝国の皇女であり、僕の見合い相手の一人であるネーシャ・アマーラか。右足が悪く杖が手放せない体なのにも関わらず座ってではなく扉の前で僕が来るのを待っていた彼女を前にすると相変わらず何故か心がざわついた。

 

「待っただろう? ごめんね。ほら、一旦座ろうか」

 

 気が付けば自然と彼女の手を取ってソファーまでエスコートしていた。その時に気が付いたんだけれど、どうやらお供の人が風の魔法で彼女を支えていたらしい。成る程、それで僕を立って待っていられたんだ。……それでも大変なのには変わりないのに健気な子だよ。

 

 ……とまあ、此処まで思わせるのが彼女の演出の目的なんだろうけれど。侮ってはいけない。彼女はこと腹のさぐり合いと世渡りの腕前では同じ年頃の子達なんて比べ物にならない。生来の頭の回転と野心、それに努力によるもので、下手をすれば振り回されそうだ。

 

「待たせただなんてとんでもありませんわ。そもそも私が帝国での流儀と聖王国での流儀を混同していたのが原因。朝食の時間帯にお邪魔するだなんて軽蔑されても仕方のない事ですもの。……私の事がお嫌いになりまして?」

 

 そう言いながら不安そうに僕の顔を見上げる彼女に心を少し動かされそうになる。どうも僕はネーシャが苦手だ。ゲームと混同しているんじゃないのかな? それか何度か見た知らない記憶の内容で彼女と恋をしていたから。

 

 ……あ~、帝国じゃ食事時にお邪魔して食卓を共に囲むってのが普通だっけ? 隣接してる国でもマナーが全然違うんだから大変だよ。外交官とかにはなりたくないね。

 

「いや、大丈夫。こっちも不手際で待たせたし、お互い様って事で互いに許そうか」

 

 確かにネーシャは世渡り上手だけれど、僕だってその辺は学んで生きてきた。だから演技とかは見抜いているし、彼女も見抜かれたのを見抜いた上で接して来ている。今、僕に嫌わたって心配そうにしていたのは本心だ。それがどうも調子を狂わせる。僕を利用したいんだから当然なのにさ。

 

「……それで何の用だい? こっち側の不手際のせいで目的を聞いていなくってさ。君とのお見合いは先の話だし、他の候補との兼ね合い上大丈夫かい? 皇女同士でのいざこざとかさ」

 

 そう、ネーシャも僕のお見合い相手の一人。つまりは僕が数人の中から結婚相手に一人選ぶべき候補なんだ。うーん、何の因果かゲーム通りに進もうとしていない? いや、僕が選ぶ事になってるけれど……でも、結局お祖父様が何か言えばその通りになるし……。

 

 ……ちょっと深刻に考えすぎかな? ゲームの展開を気にする余りにちょっと細かい共通点を見付けては悩んでさ。

 

「その辺なら大丈夫ですわ。ほら、私はロノス様達と同年代ですし、今後は皇女として生きますので貴族の教育が必要でしょう? 関係の構築も兼ねてアザエル学園に通う事になりましたし、こうやって顔見知りに挨拶するのは当然ですから」

 

「へぇ、そうなんだ。問題が起きなくて安心したよ」

 

「ええ、聞き分けの良い方々で助かりましたわ。流石は皇帝陛下に選ばれた方々ですわ」

 

 嘘吐きめ。僕と、いや、クヴァイル家との婚約が掛かった中で唯一同じ学園に通い、更に事前に挨拶に訪れるだなんて事をやって他から不平不満が出ない筈がない。なのに本当に出なかったみたいに平然と言い切るだなんて女狐だな。狐の尻尾と耳を幻視しそうだけれど、腹黒い行動にそんな事をするのは狐の獣人に悪いか。

 

「……前回会った時は居なかったけれど、彼等は商会の人達?」

 

「いえ、陛下が付けて下さった護衛の人達ですの。曲がりなりにも皇女となるからには身の危険も増えるでしょう? ならばと数人ずつ選出された方が今のように同行してますのよ。この二人が商会の者ならば私とロノス様の出会いは大きく変わっていたでしょうし、優秀なお二人が別の所の所属なのは嬉しさ半分惜しさ半分でしょうか」

 

 ネーシャの背後に控えるのは結構な使い手らしき二人。これは同レベルの中からそれぞれの皇女につけたってよりは、皇帝陛下の配下の中でも指折りの使い手を彼女の護衛にしたって感じだな。

 

「……ふぅん」

 

 そんな二人が聖王国式の訪問マナーについて知らない筈も無いし、実際はゴタゴタで挨拶に来るのがギリギリになったって所か。

 

「他の人達の護衛も見たけれど、特に優秀そうな二人だね」

 

「そうですの? 私、他の皇女に選ばれた方々には数度しか会っていませんで、護衛の方もチラッと見ただけですので分かりませんでしたわ。でも、ロノス様が言うのならば間違いないのでしょうね。ふふふ、陛下は私に期待して下さっている……なんちゃって」

 

 最後に舌を出しておちゃらける姿は素直に可愛いと思う。真面目な感じが多いから尚更ね。

 

「ははは、そうかもね」

 

 ……うん、他の皇女の護衛の実力やら入学とかの扱いからして皇帝陛下が誰を選ばせたいのかあからさまだな。建前上は他の子にも僕とのお見合いをさせたけれど、これは既に他の誰かとの婚約が決まっているのも居そうだ。此処までなら僕が気が付くし、試された事にムキになる短絡的思考や気が付けない馬鹿なら操るのも容易い、そんな所だろう。

 

 居もしないのに感じる無言の圧力。お祖父様と同類かぁ。

 

「でも、それは冗談として、私は他の皇女よりもロノス様に相応しいと思っていますわ。何よりも初対面で助けて頂いてから貴方の事が……はしたない真似でしたわね」

 

 意を決した表情になり、終わりの方で急に少し自嘲的に笑うネーシャ。こうやって面と向かって女の子から告白するのは帝国でははしたないってされているんだったな。だからネーシャは途中で止めたけれど、既にこの時点で続きは伝わって来るし、同時に慎み深さもアピールか。

 

 一度色仕掛けをしておいて何をって思うんだけれど、やるだけならタダって所だね。相変わらず逞しい。

 

 さて、大体そろそろ終わる時間帯かな? 最後に僕も社交辞令は口にしておかないと。

 

「僕の方からは誰がどうとか言うには時期が時期だから言わないけれど、君とは学友として仲良くしたいと思っているよ」

 

 笑みを浮かべ、そっと手を差しだして握手を求める。ネーシャも笑顔で返し、握手をした後で何を思ったのか僕の手の甲を自分の顔に近付け……あっ、帝国じゃ確かこんな時に……。

 

「帝国貴族流の挨拶として目下の者が握手の後で手の甲に口付けさせて頂きました。親愛や忠義、……そして恋慕など色々な意味を含みますわ」

 

「……うん、知ってる」

 

 何をする気か分かっても振り解く訳にはいかないし、そのままネーシャの唇が触れるのを待つしかなかった。これは一本取られたな。前回会った時は貴族じゃなかったし、つい握手を求めてしまったよ。知ってたんだし、期待したみたいじゃないか。

 

 してやられたと僕が顔には出さずに思っている間、ネーシャの手は僕の手を掴んだままで、視線が手の甲に向かったままだ。既に終わったのにどうしたんだろう?

 

 

「……何時かロノス様と本当の口付けを……はっ!? い、今のは聞かなかった事に」

 

「了解。僕は何も聞かなかった」

 

「借り一つですわね。……これから借りを作れないかお願いしに来ましたのに情けない話ですわ。惨めな未熟者だと笑って下さいませ」

 

「借りを作りに来た?」

 

 本当に思わず口に出したのだろう、ネーシャは大きく溜め息を吐いて肩を竦める。うーん、こっちの姿の方が自然体っぽくて僕は好きかな? 彼女相手に油断は禁物だから言葉にはしないんだけれど。

 

 それは兎も角、わざわざ会いに来てまで頼みたい事って何だろう? 他の候補に会って居ないのに”自分を有利に扱え”とは出来レースだとしても言うお馬鹿さんじゃあるまいし。

 

 

 

 この時、僕は身構えた。そしてその嫌な予感の通り苦労がこの先に待っていたんだ……。



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皇女と空の旅

 さて、本日はいよいよ臨海学校当日。忙しい学生達は使用人達と共に朝早くから現地で準備を整え、余裕がある生徒は集合時間に間に合うようにゆっくりと向かう。”生徒同士は平等であり、互いに尊重する”って校訓は設立時から存在するけれど、設立時から何だかんだで形骸化してるんだよね。

 

 まあ、生徒自体は平等だったとしても生徒の家同士は平等でないって事で……うん。

 

「あっ、もう終わった人達も居るんだ。随分と手際が良いんだな」

 

 今回の臨海学校だけれど、ルールとしては①臨海学校中は使用人連れ込めない ②武器の持ち込み可(要するに戦闘の危険があるって事) ③ペットの連れ込み可。但し世話は自らであり、行動に責任を持つ。

 

 そう! 今回の合宿ではペットを! つまりはポチを連れて行けるんだ!

 

「いやぁ、最高だなぁ! ……こほん」

 

 手早く自分の主と自分の主が所属させて貰っている(・・・・・・・・)貴族の分の下準備を終えた使用人が操る馬車が急いで去って行く。薪や食料集めとかの最低限の準備を終わらせたのは良いけれど、原則として連れ込めない使用人が居たら体面が悪い。相手も理解している事であっても一応はね。学校側も合宿が始まる前だからと家の事情を汲んでの黙認だ。学校が終わっても家の格によっては付き合いは続くからね。……続いて欲しい側は大変だ。

 

「キューイ?」

 

「僕は準備をしなくて構わないのかって? 大丈夫大丈夫大丈夫。キャンプみたいな物だし、サバイバル訓練は受けている。住環境が用意されているんだから過程を楽しむさ」

 

 ポチの背に乗り臨海学校に向かう道中も心が躍る。ポチと一緒にお泊まりだなんて本当に嬉しいんだけれど、思わず気が緩んでしまったのを慌てて直した。

 

「キュイ……」

 

「駄目だよ、ポチ。今はネーシャだって乗っているんだからさ」

 

 そう、この空の旅は僕一人じゃない。僕の腰に手を回し、背中に密着するようにして身を預ける彼女との、ネーシャとの二人での飛行だ。

 

 彼女が僕にしたお願い、それは編入早々に参加する事になった臨海学校において世話になる事が多いとは思うが宜しくお願いしたい、そんな当然と言えば当然の内容だった。

 

「ええ、私もこの合宿は身の回りの事をなるべく自分で行うとは知っていますの。ですがこの足が問題でして、顔見知りかつ縁が出来たロノス様とリアス様を頼らざるを得ませんで。……あの、駄目でしょうか?」

 

 さて、此処でおさらいだ。右足が不自由で杖が手放せない彼女と僕の関係は? 答えはお見合い相手の一人であり、養子に迎えた事になっている実の母親の皇帝陛下からのごり押しが透けて見える。

 

「構わないさ。初対面って訳じゃないし、お見合い相手だとしても婚約はしていない男女だから制限は在るんだけれど、その範囲内なら君の力になるよ」

 

「うふふ。ロノス様ったらお優しい。ますます心を奪われてしまいますわ」

 

 ……断れるかっ! ただでさえ足が悪い知人って事で気になるのに、こうやってお願いに来られて堂々と断るとか無理に決まっている。それを分かっていて白々しくお願いして来るんだからなあ。

 

「では、何かとお世話になりますが宜しくお願い致しますわ」

 

 僕が読んでいる事なんて読んでいる癖に何も知らないみたいに恭しく頭を下げるネーシャ。あー、何か短時間で疲れたよ。今から臨海学校へ向かうってのにさ。

 

「ネーシャは準備の方は大丈夫かい? もう荷物は送ってるの?」

 

「ええ、勿論。ですので後は私の体を運ぶだけ。そうですわ! ロノス様、私の馬車で向かいませんこと? せめてものお礼に色々ともてなしますわ」

 

「いや、遠慮するよ。僕はポチに乗って行くから……あっ」

 

 これはちょっと不味いかな? 向こうからのお誘いを蹴って後は現地で会おうってのも愛想が無い。でも、ポチ一匹で来させるのは問題だし、かと言って使用人の誰かに乗って行かせても帰りの足が必要だ。リアスは既に出発しているから……。

 

 

「ネーシャ、君も乗って行くかい?」

 

「……え、ええ! 少し興味が御座いましたの。是非お願い致しますわ」

 

 まあ、これが落とし所であり、彼女が僕と一緒に現地に向かっている理由だ。不慣れな彼女に何かあっては駄目だとポチには安全飛行をお願いし、背中越しにネーシャを気に掛ける。

 

「……」

 

 うん、背中を気にするって事は当てられた胸に意識を向けるって事だ。そこそこの大きさだし柔らかい……じゃなく、バランスを崩した様子は無いな。

 

 

「ロノス様、お望みなら多少危険な飛び方でも構いませんわ。私、確かに足は不自由でも体幹は鍛えていますし、何よりもロノス様がお好きな事を体験したいと思っていますの」

 

「言葉は嬉しいけれどポチの飛行は本当に激しいからさ。僕が全力で守るんだけれど、万が一でも怪我を負って欲しくないんだ」

 

 何せ相手は皇女、しかも誰か一人選ぶ義務がある数人の中で選ばせたいであろう子だ。アリアさんは初飛行で危険な飛び方をしていたけれど、あの時の彼女は僕にとって”眼鏡に絡まれて可愛い妹に助けられた女の子”で”将来強くならないと困る相手”でしかなかった。今じゃ友達だし、多少の飛行には耐えられるから平気だけれど、ネーシャに無理はさせられない。

 

「あらあら、うふふ。私ったらロノス様に心配されて守って頂いていますのね。ならばお言葉に甘えて守られましょう。でも我慢の限界が来たら言って下さいませ。それに傷物になったらロノス様に責任を持って娶って頂けば良いだけですし」

 

 それって当たり屋みたいだなあ。自分から危険に飛び込んで怪我をすれば責任取れとかって。此処は”リアスが高度な回復魔法を使えるから傷跡は残らないよ”とか言うべき?

 

 いや、それだと”君とは結婚しない”っていってるみたいなもんか。うわぁ、難しい。この子、色々な意味で扱いが難しいや。

 

「……うーん、君をお嫁さんにするのは良いとして、そんな理由は嫌だな。ちゃんと候補全員に会い、その中で君が一番素敵で一緒になりたいって思ったからって理由が良いよ」

 

「まあ、お上手。……商人の娘のままなら少々はしたない真似をしてでも寵愛を受けようとしたでしょうね。……今だけでも戻りましょうか?」

 

「身分ってのは簡単に捨てられないさ。ほら、見えて来たよ」

 

 漂って来るのは潮の香りで、聞こえるのは波の押し寄せる音。名目上はサバイバル訓練の為の臨海学校で、実際はログハウス付き、事前に必要な物の収集可能、各種必要物品の配布有り、そんなサバイバルと呼ぶには生温い子供のキャンプ教室みたいな内容だ。

 

 つまりは殆どの生徒がそのレベルって事だね。いや、戦場に出もしなければサバイバル技術とか必要無いのが貴族なのだろうけれど。……例外はあるけれど。

 

 

「あら? そう言えばロノス様ったらサバイバル経験がお有りでして? 道中の会話でその様な事が少し出ましたが」

 

 だからネーシャも意外そうに質問して来る。まあ、クヴァイル家は大貴族だし、無縁だと考えるのが普通か。もしくはサバイバルごっこをサバイバル経験だと思う程度だろう。

 

「まあ、幼い頃に始めて今はちょっとだけね」

 

 初級としてナイフと寝袋と水だけ渡され、危なくならないと手助けも無しの状態で森の奥に放置。中級として山の中でナイフと初日の水だけ、魔法使用禁止。上級としてモンスター寄せの匂い袋を身に付け他の荷物は持たず、場所は……今は悪夢は忘れようか。

 

 

「まあ! ロノス様は頼りになりますわね。是非この機会にご教授願いたいですわ。勿論ご迷惑で無い範囲でですけれど」

 

「……うん、まあ手伝える事なら」

 

 多分サバイバルをキャンプ程度に考えているんだろうなって楽しそうな声を聞きつつ降下を始めた時だ。

 

 

「来るっ!」

 

 地表から僕達に向かって魔法が放たれた。



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誇り高き貴族(あくまでも個人の感想です)

 それは槍と呼ぶには余りにも粗雑な造りだった。お世辞にも鋭利とは呼べない先端で、微かに細長い楕円形に見えなくはない岩の塊。いや、岩と呼ぶには脆く、飛んでいる最中に自重で崩れ始めている。そして飛行速度はどうなのかと言えば何かの罠を連想させ、見た者に逆に警戒を与える程に遅かった。

 

「……えっと、何だったのでしょうか?」

 

 僕とネーシャを背に乗せたポチを狙って……多分狙ったんだろうなって感じの魔法で放たれた先端が少し狭まった細長い石材みたいな物体はヘロヘロって感じで勢いを失って地上に落下して行く。その際に中心からベキって感じに真っ二つになった断面からはスカッスカの内部が見えたんだ。

 

 攻撃と呼ぶにはお粗末で、悪戯と呼ぶにも脅かす程じゃないと言えども悪質。これが地上で接近戦の牽制として放つならば未熟な技程度で済むんだけれど、ドラゴンに並ぶ空の王者グリフォンが飛行中に放ったのだから一切意図が掴めなかった。実際、届きもしなかったし、分かっていたから対応すらしなかった。

 

 僕の背後からもネーシャの戸惑った声が聞こえる。例えるなら”お命頂戴!”って叫びながら両手両足に拘束具を装着した重傷の男が熟したバナナを手にトボトボ歩きで突っ込んで来た、そんな感じだ。

 

 ……いや、それは逆に怖いか。思わずポチでさえも動きを止める意味不明さだけれど、それが狙い? 動揺させて第二陣が本命を? でも、警戒するも同じ様に届きもしないショボい魔法が飛んでくるだけだ。

 

「……ハッ!」

 

 ポ、ポチが鼻で笑った。こんな行儀の悪い真似をさせるだなんて、あの魔法が当たっていた時よりもダメージが大きい。ま、まさか本命はこれだったっ!?

 

「……兎に角降りて事情を聞こうか。ネーシャ、君は僕が守るけれど、油断はしないで」

 

 魔法が放たれた方を見れば砂浜でこっちを指さして叫ぶ数人の男子生徒達。えっと、何って言っているんだ?

 

 

「見ろ! 僕の勇敢な行動にグリフォンは恐れをなして止まっているぞ!」

 

「はっはっはっ! 実技の授業なんかじゃ本番の強さは計れないって事だな!」

 

「ロノス・クヴァイル、恐れるに足らず!」

 

 ……あー、えっと、確か連中はルクスの取り巻き連中か。決闘の後くらいの時期から引っ付き虫みたいに側に居た奴らで、今のは僕を認識しての事だと。……ふーん。へー。そーなんだー。

 

 取り巻きと言っても入学時期が同じだから知り合う機会を与えられた程度の連中、派閥では下準備をしなくて良いギリギリの身分。こんな事をしている時点で反王妃派の連中なのは間違い無いと。

 

 自分達の為に他の貴族がせわしなく働いたって事への優越感や合宿というテンションが上がる状況で王子と仲が良くない僕の姿を発見したから驚かせようって魂胆だろうね。

 

「……君達、さっきのは何のつもりかな?」

 

「黙れ! 王国を乗っ取ろうとする悪女の身内め!」

 

「そうだ! この機に我々誇り高い王国貴族と貴様の違いを見せてやる!」

 

「……」

 

 あの決闘の一件の影響か馬鹿王子の巻き添えを恐れた貴族が幾らか離れたと耳にしている。目の前の三人はその空席に滑り込めた運が多少良い連中なんだろう。後はお供として雑魚モンスターの狩りでも経験して、少しはレベルアップも果たして気が大きくなっていると。

 

「喧嘩を売ってるって解釈しても良いかな?」

 

「喧嘩? はっ! これは正当な決闘だ!」

 

「俺達が勝ったなら貴様の妹はルクス殿下の物! そして俺達は殿下の側近だ!」

 

「お、おい。流石にそれは調子に乗り過ぎじゃないか!? ま、魔法だって俺は”やれ”とは言ってないし……」

 

 分かる分かるあの高揚感は慣れていないと徹夜明けの変なテンションになっちゃうよね直ぐに格上に叩きのめされれば起こらないけれど、その点では目の前の三人は運が悪いんだろうな。得意そうに僕達に向かって挑発的な言動を……あっ、一人は僕だけじゃなくネーシャにも気が付いて、それで冷静になっちゃったのか。

 

「何を言うか、臆病者め! 悍ましい魔女と交友を深める此奴を俺達三人で倒すんだろうが!」

 

「そうだぞ! 訳の分からない力を使おうが、三人で力を合わせれば問題無い!」

 

「い、いや、俺は……」

 

 すっかりテンションが上がってしまっている二人を余所に顔を青ざめ冷や汗を流し、頭にデバフが掛かった仲間に巻き込まれまいと焦った彼は視線で僕に助けを求めるけれど、僕に対して何か言っていたし、ネーシャだって一緒だったんだから穏便にって訳には……。

 

「ロノス様、此処は抑えて下さいませ。貴方が出るまでもありません。……貴方達もお下がりなさい。今なら私は何も無かった事にしてあげますわ」

 

 そのネーシャからの思わぬ言葉。……リアス関連でふざけた発言した奴はどうにかするとして、何で彼女は三人を庇う? 

 

「し、失礼しましたっ!」

 

 あっ、ネーシャに気が付いてた奴が慌てて去って行く。そう言えば彼女を見て直ぐに不味い事になったって分かったみたいだし、外交関連の家の出身かな? それで皇女に選ばれた子達の顔は肖像画で把握していたとか?

 

 この場では無かった事にするって言われても、正式な書面で契約を結んだ訳じゃない。あれは今後怯え続ける事になるぞ。まあ、ざまあみろって所だとして……残り二人が問題か。

 

「彼奴、何を怯えているんだ? 誇り高き王国貴族の一員に相応しくない姿だぞ!」

 

「殿下を裏切る気かっ!」

 

 ……これが高揚感からの知能デバフか。操られてるって疑惑すら感じるけれど、逃げた仲間と違って未だ戦う気みたいだね。

 

「さあ! そのグリフォンに守って貰わないで決闘に応じろ!」

 

「その偉そうな女も同時に相手をしてやるぞ!」

 

 おっと、名乗りもせずに攻撃を仕掛けてきた”誇り高き貴族”二人はネーシャも巻き込むのか。彼女の手にした杖で足の事は分かって居るみたいだし、知能デバフは中途半端な悪知恵には効果が出ないのか。

 

「……下郎が。私は、ええ、私はこの場で穏便に済ませる気でしたのに。折角の慈悲を……」

 

 私は、か。まあ、彼女以外の誰かが勝手に動くのは別の話って事だね。それこそ問題になる前に彼等の実家が……って事も有り得るんだしさ。

 

「ネーシャ、落ち着いて。……ほら、止めに来た」

 

 それはそうと怒りの演技は止めてくれないかな? 夏本番だからコートは脱いでるのに背中の方で氷属性の魔力から来る冷気を食らって辛いんだ。冷え性の僕には氷属性は天敵かも知れないや。

 

 それはそうとして一瞬だけネーシャの呼吸が変わり、直ぐに戻る。つまりは向こうから来た相手に意識を向けたって事だ。成る程成る程、仮にも第一王子の取り巻きの無礼っていう王国に対する交渉材料を手放そうって理由が分からなかったけれど、目の前の相手がやって来るのを見越していたんだ。

 

 

「あらあら、先程から妙な騒ぎが起きていると思ったら……随分な真似よねぇ。聞いていて耳が腐るかと思ったわよ」

 

 言葉の内容とは裏腹に声色は物静かで鼻歌さえ混じりそうな雰囲気。くびれた腰に手を当て、優雅な足取りはファッションショーの一場面みたいだった。さっきから止めもせず周囲で事の成り行きを見守っていた連中は恐れをなして逃げ出し、僕に絡んで来た二人もその姿を見て恐怖で固まった。

 

 その視線が向いているのは大きく開いた胸元から覗く右胸のタトゥー。頭蓋骨を囲むようにして己の尻尾を咥えた緑色の蛇。ある理由から国内外に名の知れた一族の家紋。

 

「ル、ルルネード家……」

 

 先程までの威勢の良さは消え去り、その目には恐怖が色濃く浮かぶ。

 

「……うん」

 

 僕の背後に居たネーシャも噂には聞いていても実際に見るのは初めてだったんだろう。僕の袖を摘まんで声を漏らしてしまっている。気持ちは分かる。あのインパクトある見た目は珍しいからね。

 

 スラッとした長身のモデル体系ながら細く見える腕には確かな筋肉の存在。少し濃いめのアイシャドーにプックリとした下唇に塗られた桜色の口紅などの化粧の出来映えは完璧で、長時間を費やした大人っぽい仕上がりだ。

 

「この場は私が仕切らせて貰うわねん。だってその為に夏休みを返上したんだもの」

 

 フワッとした柔らかそうな宍色の髪をモヒカンにして、アクセサリーをジャラジャラ付けた彼は僕達の間に割り込むように立ち、優しそうな声で告げるとウインクを向けて来た。

 

 うわぁ……。あっ、流石に失礼な反応か。

 



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拷問貴族

 一口に貴族と言ってもその役割は多岐に渡る。自分の特産品の生産を補助したりするなどして税を集めるのも居れば国境近くで警戒に当たるのも居るし、外交関連の役職に就いている一族だって存在する。

 

 そんな中、ルルネード家が担うのは罪人の収監や尋問。聖王国最大の刑務所を管理し、時にスパイから情報を引き出す。表向きは話術を中心とした取引で、当然必要とあらば拷問さえも行う。何代にも渡って拷問の技術や道具の研究は続けられ、どれだけの非人道的で恐ろしい行為が行われて居るのかが尾鰭背鰭付きで何時しか国の内外に広まった。

 

 ……いや、広めたのだろうし、実際は尾鰭背鰭が付く所か控え目に話されている可能性すら有るんだけれど。

 

「ど、どうして拷問貴族が臨海学校にっ!? お前は二年生じゃないかっ!」

 

「そうなのよう。折角の夏休みだし避暑地の別荘にでも行こうって話だったのに、強いからって監に選ばれちゃって。……って、その様子じゃ事前説明ちゃんと聞いて無かったのね。何か起きた時に先生方の補佐をすべく二人程監督補佐って立場で上級生が参加するって聞いていない?」

 

 結果、付いた異名が”拷問貴族”。彼はそのルルネード家の次期当主であるトアラス・ルルネード。物腰柔らかで飄々としたお兄さんだけれども幼い頃から拷問技術を叩き込まれた専門家。ついでに言うならクヴァイル家傘下の家の中では聖女であるリアスを支援している。

 

 戸惑っているし、浮かれて聞いてなかったな。先生は遠くにいて、今がチャンスだとでも思ったのか。

 

「お、おい! 貴様は聖王国の貴族だろう! そんな奴に平等な立場を期待出来ないぞ!」

 

「あら、それは困ったわね。でも、貴方の仲間は大人しく従うみたいよ?」

 

 でも、その浅はかさを彼等は代償を持って知る事になる。残った二人の内、片方は手を挙げて降伏のポーズ。まあ、リアス関連の発言した奴だから僕は顔を忘れないが、これで残ったのは魔法で攻撃……攻撃? を仕掛けて来た一人。取り残され引っ込むに引っ込めない状況の中、こんな事態を引き起こす馬鹿が反省を示すかというと、当然しない。

 

 

「お、お前如きに監督が務まるのか試してやる! 殿下のお供で向かったモンスター退治で飛躍的に強くなった俺の力を思い知れ!」

 

 彼が選んだのは最も愚かな選択、トアラスへの反抗。此処で彼を倒せば有耶無耶になると思いでもしたのか魔力を練るけれど正直遅い。練り上げた魔力を魔法として放つその前に砂浜から飛び出した何本もの鎖が彼の体を雁字搦めにして引き倒す。口さえも完全に塞いで鼻で息をさせている状態だ。

 

「んー! んー!」

 

「えっとぉ、確か”アーサー・クラディアス”だったわね。貴方、決闘を申し込むよりも前に相手に魔法を放ったでしょう? アレって普通に犯罪なのよねぇ。……ちょっと失礼」

 

 トアラスは砂浜に倒れ込んだ状態でもがくアーサーの頭に手を置き、髪の毛の中に指先を突っ込む。

 

「んっ!?」

 

「ほら、見ぃつけた。まったく、何処で悪さして来たのかしら? 一緒に出掛けた子達全員を調べないといけないわねん」

 

 ブチって感じに指先だけで引き抜かれるそれなりの量の髪の毛。一円玉サイズの範囲のハゲが出来て、その髪の中に小さなキノコが混じっていた。

 

「あっ! それって……」

 

「あら、知ってるのね。そう、”テンションマッシュ”よ。少しお馬鹿さんになっちゃう上に高揚感とか全能感を得ちゃうアレよ」

 

 見た目は彼の髪と同じ茶色で、カサから伸びた菌糸が髪の毛に絡みついている。あれって確か……。

 

 

「まあ! それって珍味として有名な高級食材ですわよね」

 

「ええ、そうね。自生はしてなくて、ドライアドちゃんとかの一部の精霊が悪戯や罰として住処を荒らした生き物に生やすのだけれど、わざと追い込んだ動物に生やすのは滅多に無い。凄く美容に良いから私も大金を出して買い求めているわ」

 

 そう、テンションマッシュは寄生した相手に無謀で馬鹿な行動を取らせるからって危険視されているけれど、同時に途轍もない美容効果を持つ珍味だ。実際、徹夜続きで肌の手入れをする暇も無くてガサガサ肌になっていた彼が一つ食べて一晩眠った翌朝、スベスベ肌になったのを覚えている。

 

 だからネーシャが身を乗り出して目を輝かせるのも無理はないけれど、これは自分が使うんじゃなくって商人として血が騒ぐって奴か。だって貴族でさえ簡単には手に入らないから値段だって凄い。

 

 ただ、今目の前にあるのは何処に生えてたかというと……。

 

「……ですけれど、人体に寄生したのは流石に買い手が付きそうにありませんわね」

 

「ネーシャ、商人の思考になってる。今の君は皇女、今の君は皇女」

 

「……コホン。今のは忘れて下さいませ」

 

「そうよねえ。流石に私も人間の栄養を吸って育ったキノコを食べたくはないわ。それにしても精霊にこんな物を生やされるだなんて、一体何を誰としたのかしら?」

 

 身を乗り出してテンションマッシュを見詰めるネーシャだけれど、即座に我に返ってくれて良かったよ。トアラスだって食べるのを躊躇った様子でアーサーを見下ろし、ちょっとだけ悩むとテンションマッシュをポケットに入れて拘束中の彼を担ぎ上げた。

 

「んー!?」

 

「ほらほら、暴れないの。テンションマッシュで変になってたんだから罪は軽いわ。今から他に寄生されている子が居ないか話を聞くだけよん。そっちの貴方……えっと、”フィン・ルクレティア”だったわね? さっき逃げた”アルジュナ・ノイルゼム”と一緒に来て頂戴な。検査と聞き取りをしたいから。ほら、一緒に寄生された子がやらかす前に止められたら恩を売れたって事よ?」

 

「は、はい!」

 

 これから何をされるのか怖いのかアーサーは暴れ、フィンは顔を青ざめるけれどトアラスの言葉と笑顔で大人しくなる。見た目は奇抜で一族の異名が拷問貴族って物騒な物だけれど、それとは裏腹に物腰柔らかな姿が意外性もあってか安心感を与えているらしかった。

 

「……おっと、皇女様に挨拶も無しってのは無礼よね。お初にお目に掛かるわん。私はトアラス・ルルネード。二年生よ」

 

「これはご丁寧に。私はネーシャ・アマーラですわ。以後、お見知り置きを」

 

「彼は僕とリアスとは幼なじみでね、リアスのお目付役でもあるんだ」

 

「まあ、学園じゃ殆ど会わないから名目上だけれどね。アッハッハー。所でリアス様ちゃんは何処に行ったのかしらねん? 先に到着した時には海辺で大はしゃぎだったのだけれど……」

 

 差し出された手を握るトアラス。ネーシャとは互いに初印象は良好って感じだ。そう見えるだけで腹の中じゃさぐり合いをしているんだろうなぁ。ニコニコと笑みを浮かべてはいるけれど、内外の敵を締め上げて情報を吐かせる役目を担ってきた一族と大商人の娘として育った腹黒、笑顔の握手なのに背後に黒いオーラを感じるよ。

 

「こ、皇女……」

 

 おっと、今更になってネーシャが誰なのか知ったフィンとアーサーは顔を青ざめて震えている。特にテンションマッシュの効果が切れたアーサーは血の気が完全に引いちゃっているし、貴族の教育を受けていないのかって感じの馬鹿な行動のツケについて不安なんだろう。しかも自分が寄生されてたから一緒に行動した格上の相手達も調べられるだろうし、不興を買うのが凄く不安だろうな。

 

 

「確かに何処に行っちゃったんだろう? 遠泳でもしているのかな? 桃幻郷(隣の大陸の国)まで行こうとしているとか」

 

「いや、それは流石に無いんじゃないかしら? リアス様ちゃんでも……多分無いわ。きっと、恐らく」

 

「あの、その反応だとリアス様ならばやらかす可能性があると考えているみたいですわよ? ちょっと遠くまで散歩にでも行っているのでは? おほほほほ。面白い方々」

 

 笑ってはいるけれど、多分内心では”何言ってるんだ? 面白くない”って思っているんだろうなあ。僕だって君の立場ならそう思うんだろうけれどさ、リアスは凄く行動力があって思い切りが良い子なんだ。

 

 

「……あら? 何かが海から飛び出して来ましたわ。あれは……モンスター! こっちに来ますわ!」

 

 どう説明しようか迷った時、沖の方で突如巨大な水柱が上がって巨大なモンスターが此方に向かって飛んで来た。

 

 

 

「アレは……不味い」

 

「キュィィ……」

 

 

 そのモンスターを認識した瞬間、僕の口からそんな言葉が漏れていた……。



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不味い相手

「確かに何処に行っちゃったんだろう? 遠泳でもしているのかな? 桃幻郷(隣の大陸の国)まで行こうとしているとか」

 

「いや、それは流石に無いんじゃないかしら? リアス様ちゃんでも……多分無いわ。きっと、恐らく」

 

 ……ふぅ。これが聖王国流のジョークなのでしょうか? 確かに”聖女”が国境近くまで走り込んでいたとかを聞いた時には自らの正気を疑いましたが、流石に隣の大陸まで泳いで行くのは無理があるでしょうに。ああ、いけないいけない。どうせ見抜かれるにしても取り繕う必要はありますものね。

 

 互いに相手の腹の中をさぐり合い、表面と中身が違っても素知らぬ振りをするのが貴族同士の付き合いというもの。長年商人として学んで生きてきた私ですが、その辺は同じで助かったと愛想笑いを浮かべる。ロノス様と拷問貴族の次期当主には見抜かれていますが、先程から遠巻きに見ているだけだった連中は騙せているみたいですわね。瞬時に周囲の貴族の顔と事前に入手した資料を頭の中で参照した私は彼等彼女等の価値を算出する。

 

 まあ、ルクス殿下の派閥の下の方の連中とクヴァイル家次期当主の争いに介入するのに躊躇する程度の時点で点数はお察し。価値判断に使った労力と時間は無駄でしたわね。

 

「……あら? 何かが海から飛び出して来ましたわ。あれは……モンスター! こっちに来ますわ!」

 

「アレは……不味い」

 

「キュィィ……」

 

 急に沖の方から聞こえた音。釣られて目を向ければ建物数階層分に達するであろう大きさの水柱が上がり、遠目に何とかモンスターと判断できる巨体が飛び出して来ました。この距離でも分かる大きさからモンスターだと判断した私ですが、ロノス様達はその正体さえも理解している様子。……グリフォンなら兎も角、どんな目をしているのでしょうか? 此方に向かって来る速度が速すぎて私には姿が捉えきれないというのに。

 

「不味いっ!? ロノス様でさえそんな事をいう相手ですのっ!?」

 

 彼の力は間近で目にし、助けて頂いた私が知っている。そんなロノス様が一目で不味い相手と判断したモンスターが向かって来ると分かった瞬間、その場の貴族達が一斉に逃げ出した。周りの事など気にした様子もなく一心不乱に逃げ出し、残ったのは私達三人と一匹……ああ、縛られた貴族が一人残って居ましたわね。

 

「うーん、相手というか、何というか……」

 

「直ぐに分かるわよ、皇女様。本当に酷いから……」

 

 何だか妙な反応ですわね。危険な相手なら逃げるべきですし、ロノス様ならば私を連れて逃げ出して下さいそうなものですのに。まあ、彼の勇姿を間近で目に出来るのは悪くないですけれど? 助けて貰ったからと心酔する程にチョロい私では有りませんが、価値の高い存在には心を惹かれますの。

 

 ……時属性という唯一無二の希少価値に加えてグリフォンを飼い慣らして接近戦でも強い。そんな存在が価値を示すだなんて心が踊るでしょう?

 

「……ロノス様、守って下さいますわよね?」

 

「うん、それは約束するよ。君は巻き込まないって」

 

 ……ふぅ。私は別に簡単に惚れる程に安い女ではありませんが、こうやって上の相手から守られるのは悪い気はしませんの。母に捨てられ、自分を守るのは私が上の存在だからって者達ばかりでしたし、多少の損得勘定はあってもこうして守ってくれる相手には心惹かれる。

 

 彼の背に隠れるように服を掴んだ時、砂浜にその巨体が姿を表しました。では、反応をしましょうか。

 

 

「きゃあ!? な、何ですの、この醜悪なモンスターはっ!?」

 

 その姿を目にした瞬間、私は迷わず叫んでいた。目の前に現れたのは巨大なタコの姿をしたモンスター。その頭は手を広げた大の男が三人掛かりで担げる程に大きく、八本の脚も頭の大きさに比例して太く長い。

 

「”ウツボダコ”、醜悪なモンスターは何だって問われれば候補に挙がる奴だよ。毒とかは持っていないけれど凄く不味い」

 

 ですが、それだけならば大きいだけのタコであり、帝国ではゲテモノとされて忌避される食材でも私にとっては大好物。趣味を疑われる程に嫌われているので堂々とは口にしていませんけれど。その姿を一層不気味にしているのは脚の姿。頭と同じく茹でダコみたいに真っ赤で無数の吸盤が有りますが、鋭利な牙を持つウツボでした。ウツボもタコと同様に趣味を疑われるレベルでゲテモノとされているけれど私の大好物。

 

「ネーシャ、大丈夫?」

 

「え、ええ、不気味な姿だったもので……」

 

 最近食べていないのでバター焼きにして食べたいという欲求を抑え込み、不気味な姿に怯える少女を演じる。醜悪なモンスターに怯えるか弱い少女って殿方の保護欲を刺激するでしょう? 姫を守るナイトって大勢の憧れだそうですもの。

 

「さて、トアラスはどうする? 僕としては逃げ出したい気分なんだけれどさ」

 

「そうねぇ。脱兎の如く逃げ出したい気分なんだけれど、時既に遅しって所かしらん」

 

「そうだね。……ポチ、君だけでも逃げて」

 

「キュ、キュイ!」

 

 ですが奴相手では思った通りには行きそうにない様子。あんな巨大な蛇に臆さず立ち向かったロノス様達がウツボダコを前にして及び腰になり、ポチは少し迷うも首を横に振って逃げるのを拒否する。此処までグリフォンと絆を結べるだなんて予想以上ですわ。力関係で従えているだけと思っていましたのに……。

 

 自分が嫁ぐ相手の価値を上方修正しつつも、今まで集めた情報から相当な実力と判断した彼が戦うのを躊躇うモンスターの危険度に少し怯える。ですが彼は言いました。

 

 私を守る、と。その言葉を私は信じます。だから怯える必要なんて有りませんわ!

 

「動きませんわね……。それにしても本当に奇妙な姿ですこと」

 

 モンスターは他の動物と比べて変な姿をしている事は確かに多いのですがウツボダコは今まで目にした中で頭一つ抜きん出た感じ。タコの部分とウツボの部分全てに口が有りますが内臓とかどうなっているのかしら?

 

 それに頭の部分が中央辺りまで陥没している上にグッタリした感じで動いていませんが、本当にどうなって……。

 

「まあ、既に死んでいるからね」

 

「頭があんな事になってたらねぇ」

 

「……はい?」

 

 し、死んでる!? だって凄い勢いで海から飛び出して来ましたし、まさかそれが理由で死にましたの? じゃあ、焦っていた理由は一体……まさか!

 

 

「寄生虫みたいなモンスターが居ますのね!」

 

「え? なんで?」

 

「此奴には居ないわよ。普通のはいるかも知れないけれど」

 

「じゃ、じゃあ”不味い”って一体何が?」

 

 一体全体どうなっているのか混乱しそうな中、海から誰かが姿を現す。両手には海底に生息する巨大なロブスターや貝を山のように持っている。アレは”オーガロブスター”!? それに”黄金ホタテ”までっ! 海のモンスターが好むから漁の危険性が高く、希少価値が出ているせいで私でさえ数える程しか食べた事が無いというか、あれだけの量が有れば売る所によっては一ヶ月は遊んで暮らせますわよっ! 

 

 

 彼女は一体何者……。

 

 

「お兄様ー! 沢山採れたから一緒に食べましょー! 未だ来てないアリアも誘って、チェルシーも呼んで、ついでにトアラスも一緒に食べて良いわよ」

 

「あらあら、私はついでなの? 少しショックねぇ。でも、折角のお誘いだから……ああっ! ちょっと監督補佐の仕事を思い出したわあ!」

 

 あら、逃げる気ですわね。トアラス様は慌てた様子で一気にまくし立てるとアーサーを担いで猛ダッシュ、この場から逃げ出しましたわ。

 

 

「ご飯は後だから楽しみにねー! 迎えに行くからー!」

 

 そして逃げられない。……結局お二人は何を怯えていたのでしょう? それはそうと大好物の二つが合わさるだなんて楽しみですわ。こんなモンスターが存在したなんて。

 

 この驚きは方向こそ違いますが、幼い頃に商用で向かった吸血鬼の国で愛人契約を持ちかけられた時に匹敵しますわ。……あのお姫様、諦めているのかしら?

 

 

 

「……さて」

 

 この臨海学校中、果たすべき目標がある。その為にもロノス様と二人きりにならなくては……。

 

 



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親愛? 恋愛?

「……何と言うべきか君も色々大変だな。あのヴァティ商会のお嬢様を皇帝の娘として嫁に迎えるのだからな」

 

 持ち込んだ釣り竿の糸を垂らし魚が掛かるのを待っていた僕の所に戻って来たのは精神的にくたびれた親友の姿であった。何があったのかと尋ねてみれば次のお見合い相手である編入生と一緒に現地にまで来たというのだが、その相手がよりにもよって……。

 

「彼女の事、知ってたの? アンリの家なら共和国内の商人と取り引きしていると思ってたのにさ」

 

「……まあ、会った事は無いけれど噂は耳にしていてな。随分とやり手だと取引のある商人が恐れていたんだ。調べる限りでは警戒に値する相手だとは思っているさ」

 

 未だ僕と同じ年頃の女の子だって言うのに物騒な情報は結構手に入ってくる。物騒な連中やら経験が段違いの相手と渡り合ったとか、戦闘力ではそれ程の噂は聞かないが頭と舌は危険視している。

 

「ヒージャ家が警戒するって余程何だね。まあ、確かに厄介な相手ではあるんだけれどさ」

 

 成る程、クヴァイル家でも彼女の厄介度合いは把握しているって事か。そんな相手が見合い相手の一人……いや、調べた限りでは皇帝の後押しが段違いだという事だし、娶るのは彼女で間違い無いだろう。そんな厄介そうな相手を身内に加えてやっていけるのか?

 

 僕の親友は随分と甘い。敵には容赦が無いくせに身内と判断した相手に対しては余計な甘さが出る程にな。そして調べる限りでは現在ロノスと結婚しそうなのはクヴァイル家傘下か強固な繋がりがある相手。だが、ネーシャは違う。帝国の娘として嫁ぐのだし……。

 

「いや、僕が心配する事ではないか」

 

 あの少女を嫁として迎え入れた場合、クヴァイル家が得るメリットは大きい。帝国との繋がりもそうだが、彼女の実家であるヴァティ商会の人脈は帝国だけに留まらない。聖王国が妖精や獣人、鬼族と友好関係にあるように帝国が親密にしている吸血鬼族と諍いがあった際も彼女が仲介の役目を果たすだろう。

 

 ……噂では以前までは小規模な商取引しかなかった帝国と吸血鬼族の間の取引が活発になったのはヴァティ商会の一員として向かった彼女の働きが大きいとか。吸血鬼族の姫と仲良くなり、それを切っ掛けに王との交渉を加速、見事に貿易に関わる税や規制の緩和を引き出したとか。

 

 未だ十代の娘が其処までの活躍をするだなんて嘘臭いが、そんな噂が立つ程の評価を受けているのは間違い無い。なら、そんな彼女が家に入る事で受けるデメリットはその影響力の大きさだが、所詮はロノスの親友でしかない僕が何を考えても無駄な事だ。国が違うし、成人したら女として生きる僕が何時までも近くでウロチョロするのも互いの立場的に問題がある。

 

 まあ、僕が悩むだけ無駄な話だし、心の中で応援だけしていようか。

 

「……それも僕が同じ様にすれば話は変わるが」

 

 自分にしか聞こえない大きさの呟きは波の音に打ち消され、背後で何かを悩んでいるロノスには届かなかった。

 

 そう、僕の家は王族でこそ無い者の名門の軍人一族、その影響力は強い。父上なんてドラゴンを従え乗りこなす竜騎士団の団長だし、親戚の多くが軍の重鎮。その血筋故に一族の者が婚姻関係を結んだ相手の家の格も高く、見劣りする程ではない。

 

 ”僕が彼奴に嫁げば今の関係のまま一緒に居られるし、手助けだってしてやれる”、そんな事を考えていた自分に驚いた。……駄目だな。どうも最近は色々とドキドキさせられる事が多いし、気を許せると同時に、同年代の男の中で僕を女の子扱いしてくれる唯一の存在だ。思春期特有のアレもあってそんな風に思考が持って行かれているのだろうが、それは恋じゃない。

 

 僕にとってロノスは大切な親友で、その親友との関係を壊しかねないのが今の僕の中に存在する一時的な感情だ。……でも、少しだけ考える。駄目だと分かっていても、憧れている普通の女としての人生の妄想に相手役としてロノスを選んでしまうんだ。他に誰も居ないからだけれど。

 

 

 好きだって言って貰えて、綺麗に着飾ってデートをして、良いムードの中でキスをして、ベッドの中で抱き締められながら甘えて、そのまま……。

 

「ねぇ、アンリ」

 

「ま、未だ早い!」

 

 ぼ、僕は何を考えているんだ。エッチな事だな、分かっているさ。年頃だからそんな風な事に興味を持つのは悪くないが、親友が近くに居るのに親友を相手役に選んで処女を捧げる光景を妄想するだなんて。しかも昼前に! 

 

 ロノスを使うのはギリギリセーフだとして、妄想の中で一気に話を進めていたのが災いしたのか思わず声に出ちゃった僕だが、変な風に思われてはいないだろうな? ロノスだって妹やペットが関わると変だし、妄想がバレなければセーフだ。

 

「え? ウキが沈んだのに引き上げないから声を掛けたんだけれど早かった?」

 

「そ、そうか。すまない、考え事をしていた」

 

 言われてみれば確かに釣り竿が大きくしなって獲物が掛かった事を知らせてくれる。慌てて引き上げれば口から針が外れ掛けているも大物を釣り上げられた。……うむ。だが、これは駄目な奴だ。

 

 

「ウツボダコの子供か」

 

「ピー! ピー!」

 

 餌を脚の一本の口に飲み込ませた子犬サイズのモンスターの姿に思わず顔が引きつり、タマは最大限の警戒を鳴き声で示していた。分かっているさ、相棒。君と僕とで挑んだ無人島サバイバルの時の悪夢は忘れない。

 

 そう、僕とタマは此奴の味を知っている。”味”と表現する事自体が食べる事への侮辱となる程に悍ましい。初めて一人と一匹だけで挑んだサバイバル訓練。一切の道具を持たされず、知識だけではどうにもならずお腹を減らしていた時に波で打ち上げられたウツボダコを発見した。口に出すのも嫌だとして噂にすらならない故に僕とタマは油断して口に入れ、その時の自分に強い殺意を覚える事となった。

 

「……うっぷ」

 

 エグい訳でも苦い訳でも生臭さが酷い訳でもなく、食感だって普通だ。……”これを食べる位なら飢えて死ぬ”と多くの者が口にする、それがウツボダコ、好んで食べる者は舌だけでなく頭がポンコツだと断言出来る味だ。あっ、少し口の中に蘇った。

 

「……ほれ、行け」

 

 当然僕はキャッチアンドリリース、見ているだけで口の中に地獄が広がるから戦うのも嫌だ。二度と釣り餌を狙うなと心の中で願い、新しい餌を付ける。さて、今のは忘れよう。じゃないと心が死ぬ。

 

 

「……実はさっきリアスが海に潜って黄金ホタテとか色々と穫って来たんだ。お昼ご飯はそれさ」

 

「高級食材じゃないか。この辺に生息しているんだ」

 

 まあ、僕じゃ潜水からの漁は無理だがな。しかし、何を悩んでいるのだ? 多過ぎで勿体ないなら皆で分ければ良いし、足らないなら他で補うだけだろうに。何故か嫌な予感がするな。本能が今直ぐ逃げろと警鐘を鳴らすが、流石に親友を見捨てては行けない。残るとするか。

 

「それでリアスの大好物だけれど滅多に手に入らないって事にして食卓には出さない奴に遭遇したからって海底から浜辺まで蹴り飛ばしたんだ」

 

「……凄いパワーだな。水中じゃ威力が下がるだろうに」

 

「うん、流石だよね。可愛いだけじゃなくって素直な上に戦闘も陸水空全部大丈夫なんだよ。あの子をゴリラって呼ぶ人も居るけれど、そんな甘いもんじゃない。グランドゴリラさ」

 

「おい、お前の妹が絡もうとゴリラは誉め言葉にならないぞ。ひとまず落ち着け、馬鹿者が」

 

 本当に此奴は妹関連だとポンコツになる。矢張り僕が親友として側で支えるべきなのか? いや、しかし……。

 

 

 

「その大好物ってのがウツボダコなんだよ。しかも成体、つまりは味が凝縮されてる奴」

 

 ……はい? いやいや、そんな事は有り得ない。あの様な”不味い”と評する事すら不可能な物が大好物? だが、此奴が妹を貶める冗談を言う筈もない。つまりは……。

 

 

 

「さっき君に抱かれる想像をしている最中に話し掛けられて驚かされたが、これはそれ以上の……あっ」

 

 妄想が少し頭の端に残って居たんだろう。その状態で受けたショックの余りに僕は口を滑らせてしまった。どうしよう……。




絵の新しいの欲しい


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時に人は裏切るが、筋肉は裏切らない

  今回の臨海学校はサバイバル訓練も兼ねている……とされている。実際は大貴族の派閥に所属”している”者達は食料の調達や薪等を準備する必要は無く、所属”させて貰っている”貴族達は朝から大忙しだ。使用人は臨海学校は現地の集合時間以降は連れ込めないので事前に集まって準備を行い、悠々と現地にやって来た貴族達は気軽なキャンプ気分だ。

 

「ねえ、本気で戦う気なの? それにこの辺は入っちゃ駄目だって言われてロープだって張られていたのに」

 

「当然。一流の職人に発注した剣の試し斬りに丁度良いさ。それに見つかる前に出て行けば良いだけだよ」

 

 この彼もそんな生徒の一人。立場は派閥の中の下で臨海学校中に遊ぶ余裕があった。今も下の立場の生徒達が必死に動き回っている間、護衛の者達の警護の下でモンスターの狩りを楽しんで自信を付けた彼は仲の良い女生徒を連れてモンスターを倒す姿を見せようとしていた。

 

 手には派閥内での躍進を約束し、その為の道具として用意して貰った剣を手にし、自分達に気が付いていないのか背を向けたままのモンスターに忍び寄る。

 

 モンスターの名は”ゴリラネコ”。猫の頭部と体毛を持つ小柄なゴリラである。それ程押し殺せていない小声と雑な忍び足。草や落ちている小枝を踏む音、彼や彼女から漂う香水の匂い、不意打ちが失敗する要因は整っていて、そもそもゴリラネコが見せた隙は偽物だ。

 

「死ねっ!」

 

 剣の練習も碌々受けていないであろう力任せの振り下ろし。だが、彼が特殊なのではなく、基本的に貴族は戦わない。時に大将として部下を率いる場合もあるが、作戦の立案等も軍師が立案し、部下達による討論で決まる。

 

 魔法とは全ての人に与えられし力であり、その強弱の差こそ在れど戦う為の力の有無と身分は無関係なのだ。確かに力持つ者が率いるならば志気が上がるのだろうが、基本的に死んだ時点で部隊の負けと同義な貴族は危険な接近戦の技術よりも学ぶべき事が多いのもある。

 

 故に彼が弱いのは彼の責任とは言い難く、情け無い姿でもない。

 

 

「ニャッホ」

 

「え?」

 

 だが、自分の迂闊な行動の責任は取らなければならないのがこの世の中だ。少なくても今は尻拭いをしてくれる相手は居らず、振り向いたゴリラネコが横から叩き付けられた腕によって剣が弾き飛ばされた後、彼の身を守るのは彼の行動だ。

 

「わっ!? た、助け……」

 

 剣を弾き飛ばされ無防備となった彼の頭を掴んで潰そうと肉球の付いた腕が伸ばされる。足腰を鍛えて居なかった事が幸いしてか、転んだ拍子に彼の頭は下に移動して避ける事が出来た。だが、それまでだ。腰が抜けて立ち上がれず、格好良い所を見せ、あわよくば物陰で、と邪な企みの対象としていた少女は剣が弾き飛ばされた時点で一目散に逃げ出していたのだから。

 

「ひっ! ひぃっ!」

 

 這って逃げようとするが剣を弾かれた時に痛めたのか力が入らない。それでも逃げたい、生きたい、そんな風に願い必死に動く彼の足がゴリラネコによって掴まれ、骨が折れる寸前の力で握られながら逆さに持ち上げられた。

 

「お、お願い。見逃して……」

 

「ニャッホ」

 

 股間を暖かい物が濡らし、服を伝ってアンモニア臭い液体が顔を垂れる。それに僅かに不愉快そうに鼻を動かすゴリラネコには当然だが人の言葉など分かる筈が無いし、そもそも分かったとしてもこんな風に返答されるだろう。”先に殺しに来たのはお前だろう”。

 

 先程同様に顔に手が伸ばされるが、触るのが嫌だったのか目の前で止まり、代わりに足を掴んだ腕を振り上げた。振り下ろす先には岩。このまま叩き付けられれば真っ赤な血が飛び散るだろう。前だけでなく後ろからも臭い物が漏れるのを感じた彼の脳裏に今までの人生が蘇った。

 

「た、助けて。誰かぁあああああああああっ!」

 

 木々の間に響く声。それに構わずゴリラネコは勢い良く彼を振り下ろそうとして、その脇腹に叩き込まれた強烈な蹴りによって吹き飛ばされた。

 

「ひっ!?」

 

 その際に足を掴む手が離されて宙に投げ出された彼は地面に点在する大小の石を目にして思わず目を瞑るも一向に痛みはやって来ない。代わりに感じたのは太い腕に受け止められ、そのまま優しく地面に置かれる感触だった。

 

「大丈夫かい! 俺が来たからにはもう安心だ!」

 

 妙に張りの良い大きな声に恐る恐る目を開けた時、彼の視界にはタンクトップの上からでも分かる程に鍛え上げられた鋼の肉体が君臨していた。

 

「ニャッホォオオオオ!」

 

「未だ動けるんだな! 彼を助ける為に手加減したが、それでも動けるとは見事な肉体だな! だが、俺の筋肉がお前の筋肉よりも優れていると教えてやろう!」

 

 何の覚悟も無しに冒した危険によって訪れた命の危機と、それを救ってくれた恩人の姿。彼が少女ならば一目惚れするのが物語の定番なのだろうが、彼は男だし、抱いた印象は別の物。

 

「あ、暑苦しい……」

 

 目の前の筋肉の存在だけで周辺の気温が三度は上昇したと錯覚する少年であった……。

 

 

 

「ニャッホォオオ!!」

 

 先に動いたのはゴリラネコ。その巨体からは想像できそうにないが、矢張りゴリラと猫が合わさった身軽な動きで木をスルスルと登り、暑苦しい男に向かって跳び掛かる。繰り出すのは両の拳を合わせての叩き付け(スレッジハンマー)。常人の頭を熟れた果実のように叩き潰す一撃だ。

 

「はあっ!」

 

 その常人ならば即死は必至の一撃に対して彼は回避ではなく迎撃を選択した。掛け声と共に力を入れた手足の筋肉が膨張し、強靭な足腰で踏み込んだ瞬間に地面が揺れる。そのままアッパーを振り下ろされる豪腕に叩き込んだ瞬間、僅かの拮抗も無くゴリラネコの両腕が真上に弾き上げられ、空中で後ろに反った体勢となった事で無防備に腹部を晒す。

 

 それでも常人には、例えば先程命を奪われそうになった少年が剣を振るおうと表面に僅かに傷が付けば幸運な程に強靭腹筋だ。金属に等しい程に頑強かつ柔軟なその筋肉はまさに天然の重装甲。だが、其処に目掛けて拳を突き出した彼の筋肉はそれ以上の物だった。本来ならば雲泥の差があるモンスターと人の肉体。それを補うのは過酷な修練。

 

 そしてこの勝負の勝敗は自らの肉体を苛め抜いた故に彼の勝利となる。

 

 

「惜しかったな。踏ん張りの効かない空中を選んだ事が、足腰の筋肉を蔑ろにした事がお前の敗因だ。覚えておけ。筋肉は! 決して裏切らない!!」

 

 鍛え上げた足腰による踏み込み能力を乗せたストレートがゴリラネコの腹部に突き刺さりった。雷鳴の如き轟音が響き、衝撃が腹筋を突き抜け背筋すら貫通する。天然の筋肉鎧を身に纏う重量級の筈のゴリラネコの肉体は木をへし折りながら突き進み、大岩に激突して漸く止まった。

 

「た、助かった……」

 

 危険から救い出してくれた相手は一見すると不審者で、二度見すると更に不審者でしかないが、よくよく見ればズボンは制服で、腰には制服の上着を巻いている。落ち着いたからか救い主の姿をしっかりと見る余裕が出来た。紫の髪をスポーツ刈りにして肌は健康的に焼けている。何よりも印象的なのは逞しい肉体。上はタンクトップだけだが腰に上着を巻いていた。

 

 この強さなら何処かの派閥による引き入れる工作を行いそうな物だが噂にさえなっていないし、目立つので見知らぬと言うのは不自然だ。

 

 つまり考えられるのは上級生。生徒が違反行為をしたり危ない目に遭っていないか警戒する監督の補佐に選ばれた優秀な生徒。……助かったと一安心した彼の中に現れたのは今はチャンスだという欲。何とか取り込めば派閥内での地位が万全の物となるという事。

 

「な、なぁ……」

 

「所で君! このエリアに入るのは禁止だった筈だ! しかも女の子を連れ込むのは頂けないな!」

 

 勧誘の言葉を吐く前に両肩に乗せられたのは凍傷という言葉とは無縁そうな太い指。濃い顔が間近に迫った。

 

 

 

「だが君も怖い目に遭って反省しただろう! そして今回みたいな行動は筋肉を鍛える事で得る強靭な精神力さえ有れば防げた! よし! 罰則の名目で浜辺で筋トレと行こうじゃないか! 先ずは軽めにスクワット三千回だな!」

 

「え、あの……」

 

「おっと、しまった! 名乗ってなかったな! 俺の名前はニョル・ルートだ。宜しくな!」

 

「あっ、はい……」

 

 ”勢いが凄くてそれだけしか言えなかったよ”、後に彼はそう語った……。

 



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ムッツリ

 ぬぁあああああああああああっ!? 僕は何をやってるんだぁあああああっ!?

 

 パニック状態になっていた事もあって口走ってしまった言葉に僕は混乱の極地に陥った。よりにもよって親友に対して”君をエロ妄想の相手役にしてました。近くに居る時に”だなんて。ロノスだってどう反応すれば良いか分からないだろうし、僕だって同じだ!

 

 これじゃあ誘っているみたいだと思ってしまった瞬間には頭が沸騰してしまう。ど、どうする、僕!? この状況で僕が口にすべき言葉はなんだ!?

 

 

 パターン① ”特訓に付き合ってくれ。ほら、戦場で女が捕まった時に考えられる状況があるだろう? 耐える為に慣れたいんだ”

 

 

 本当に誘ってどうする!? それで了承されでも……したら。

 

 頭に浮かんだのは裸で縛られた状態で体を弄ばれる僕の姿。彼の指先が敏感な部分を這い、欲望の捌け口にされる。何時しか僕は快楽の虜になって自ら彼を求めるように。そして、今後も訓練という口実を作って彼に身を任せ、そのまま僕は……。

 

 

 ……落ち着けっ!

 

 コホンッ! 本当に落ち着け、僕。これ以上余計な事を言うな。僕にとってロノスは親友、掛け替えのない存在だ。今の関係は確かに何時までも続けられる物ではない。男女の友情を僕は信じているが、結婚している訳でもない男女が何時までも仲良くしていれば世間は邪推するものだ。どれだけ潔白を主張しても余計な噂は立つし、僕達の立場からして迷惑の掛かる人達は多い。

 

 だから余計な噂の種になりかねない事は口にするな。ロノス以外に聞かれた時、足を引っ張りたい連中が喜ぶだけなのだから。

 

 パターン② ”よし! 君も僕を使って良いぞ。それでおあいこだ!” ……いや、何がだ。

 

 強引に下ネタで笑いに変えるのは確かに一つの手段だが、それって滑った時の空気が最悪って物じゃないだろう、僕っ!? それで”じゃあ早速使わせて貰うよ”とか返すタイプじゃないしな、相手は。

 

 ……くっ! 勢いに任せてしまうのは駄目だ、アンリ。今後の関係を考えた場合、現状維持が最適じゃないか。

 

「僕はアホかっ!? 本当にアホだなっ!」

 

 思わず叫んでしまうが、だってアホなんだから仕方無い。そもそも親友を妄想に使うのまでは良いとして、それの延長をしようって時点で狂っている。色狂い! 僕の色狂いめ! あれか? 此処まで来たら強引に突き進むのか!? 僕の方が格闘戦の実力が上だし、ベッドに連れ込んで寝技の特訓かっ!?

 

 

「本能でお乳突けっ! じゃなくて本当に落ち着けっ!」

 

「いや、本当に落ち着きなよ。ほら、深呼吸」

 

「すーはーすーはー! よし!」

 

 促されるままに深呼吸し、僕は何とか冷静さを取り戻す。ふふん。こうなれば煩悩は無縁だ。流石は僕だな。さて、こうなれば……。

 

 

 パターン③ ”今のは忘れろ。只の言い間違えだ!”

 

 多少力業だが、多分最善だしこれで行こうか。暫くは気まずい空気が漂うだろうが下手な事を口走るよりはマシだろう。

 

 ……ふむ。まあ、僕も年頃だし、女だって性欲が漲る事だってある。その時に相手役として考えた場合、僕を女として認識している相手じゃないと相手はホモだって事になるし、だからロノスしかあり得ないのは当然の帰結なのはロノスなら理解してくれる筈!

 

 ……親友との関係の危機を救うのは親友への信頼、か。ふふん。持つべき物は友だな。誇らしさに心が温かくなるのを感じ、ちょっと気が付いた。僕、さっきから黙ったり叫んだりで奇行が目立たないか?

 

 

 どうやら熟考が過ぎたらしく最初の失言から結構な時間が過ぎて追加まで散々してしまっている。これじゃあ誤魔化すにも誤魔化せないし、無かった事にするには……。

 

 

 

「それでリアスはウツボダコが大好物でさ。僕とポチは一口で気絶したのに気に入ってしまって、でも、あんな味でしょう? 料理人が誇りに反するからって絶対に作らないんだ」

 

 スルーしてくれた! 有り難う親友! そして大好物って正気か、親友の妹!? ……聖女って本当に特別な存在なのか、味覚とか特に。

 

 「無礼を承知で尋ねるが、君の妹は舌に呪いでも掛かっているのか? ……いや、言いにくいなら言わずに済まそう。大変だな……」

 

 あの拷問を好物と語る等有り得て良い筈が無い。だから呪いの類だと断言するが、ならば誰が何の目的で聖女を呪った? 呪いの内容もそうだが、これは複数の国に影響を及ぼす大事件の気配がする。迂闊に行動すべきではないと悟った僕はそれ以上の問い掛けを取り止めるが警戒は緩めない。何者かの魔の手が愛する祖国に伸びる事が恐ろしかったからだ。

 

 意味不明な内容の呪いに目的の識別は困難で、同時にクヴァイル家でもどうにもなっていない規模の呪いを扱うなど常人の域を遙かに越えている。

 

 

「いや、呪いとかじゃなくて、あの子は本気でウツボダコを美味しいって言っているんだ。だから美味しい物を皆で食べるって状況を楽しみにしてて、そんな姿を見ていたら”この世の物とは思えない味だから食べたくない”とか言えないし……どうしよう?」

 

「……済まない。僕に出来る事は無いな」

 

 うん、そうか。本当に美味しいと思っているのか。驚きしかないが、これ以上は巻き込まれたくないから話題を変えよう。”アンリも食べにおいでよ”とか言われたら絶交も辞さない可能性がある。

 

「あっ、釣れた」

 

 今度はウツボダコじゃなくて少々小ぶりだけれど、モンスターですらない普通の魚。ホッと一安心、話題を変える切っ掛けになるな。

 

「そう言えば誰も彼も水着を着ていたな。臨海学校だから仕方無いが、チラリとみた見ただけでも女子生徒の尻や胸をジロジロ見る不埒者が多かった」

 

「水着って露出度が高いからね。普段は制服で隠れている部分が見えているから気になるんだよ。まあ、好みによっては露出度が低い水着を好む奴も居るけれどさ」

 

「好みか。……選べるのは羨ましいな」

 

 僕が持って来たのは全身が隠れるタイプの可愛さの欠片も見当たらないタイプ。今は蒸れにくいシャツとハーフパンツだが、後で浅い所を軽く泳いで金鎚疑惑を払拭するだけだ。

 

「まあ、君に可愛いのを見て貰えたから良しとしようか」

 

 海でなく風呂場で、遊びではなく泳ぎの練習だったが心許せる相手に見せられたのだから文句を言っては贅沢だと自らを戒める。少々大胆な行動の気もしたが親友相手だから構わないだろうさ。……今夜辺り背中でも流してやろうか。実は可愛い方の水着も幾つか種類を持って来てはいるし、夜の海で泳いで万が一目撃されては困ると思って死蔵になる所だったが風呂場でなら……。

 

 我ながら大胆だが、それ程までに僕はロノスを親友だと思っている。多少は気になるだろうが、変な事にはならないという信頼だ。

 

「ああ、好みと言えばロノスは女の水着姿はどんなのが好みなのだ? 今度それに……じゃなく、話題になったからな。猥談をしよう、猥談を」

 

「アンリって結構ムッツリだよね。前から気が付いていたけれど、冷静さを失えば簡単にそっちに話が流れるんだから。……敢えて言うなら露出度の高い水着の上に薄いシャツを着て、濡れて張り付いたシャツが透けてるって奴」

 

「君も結構な方だな。じゃあ、次は僕だが……女の口から言わせる事じゃないし黙秘させて貰うよ」

 

「わあ、ズルい!?」

 

「駆け引き上手なだけさ。それに……タマ」

 

「ピッ!」 

 

 遠くから此方に向かって来る馬車の様な乗り物。ドラゴンであるタマの視力なら乗っている相手の姿をハッキリと捉えられ、それが誰か教えてくれた。

 

「ほら、君の客だ。迂闊に話を聞かれては厄介なのが近付いて来ているよ。僕はログハウスに戻るけれど、君は相手をしてあげるんだな」

 

 口実には十分だとログハウスに足早に入ろうとするが、ふと思い直してドアを開けた所で止まる。……うん、親友として良くない行為だった。

 

 

 

 

 

 

「……実はちょっとだけ緊縛に興味がある」

 

 僕だけ性癖を暴露しないのもアレだしな。まあ、今晩は労ってやるか。……背中を流す時に言っていた格好をするとか? いや、流石に友情の範疇を越えている気も。

 

 

 ……状況次第だな。臨機応変に決めよう。



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記憶と考察

 この日、僕は悪魔に魂を売ろうとしていた。具体的に言うと妹が大好物の”不味い”という言葉さえ生温い別次元の何かな味を持つウツボダコ。それを海鮮バーベキューで食べるのに友達を誘おうというのだからさ。

 

「……逃げられた。いや、僕だって逃げるだろうしさ。ポチ、君は来なくて良いよ。アンリを誘ったのも気の迷いだったんだ」

 

「キュ……キュイ!」

 

 自然な流れでログハウスに戻り、僕が引き留める寸前に性癖を暴露して余裕を奪う。そんな風になってから冷静になった僕は可愛いポチまで地獄に引きずり込むのを避けたいと願い、そっと首筋を撫でてやる。だけれどポチは一瞬迷った後で悲壮な覚悟を決めて僕と一緒に来てくれるってさ。

 

「アンリ、ごめん。そしてポチ、ありがとう」

 

 さて、次は彼女か。近付いて来るのは馬車の様な乗り物。”様な”ってのは正式には馬車じゃないって事。ガラスみたいに透明で形はカボチャみたいで絵本の挿し絵に描かれてそうな可愛らしい物。だけれど引く馬も居ないのに車輪が動いてる上に日差しを受けてキラキラと輝く姿は水晶みたいだ。でも、水晶じゃない。

 

「氷の車か。この気温じゃ快適そうで良いな。ああ、でも中は少し寒いのかな?」

 

 そんな氷の車内、窓から見える座席には純白の虎の毛皮、雪山に生息する”ブリザードタイガー”の物が敷かれ、その上から水着姿のネーシャが座っていた。空の色に似た青いハイレグで、車内は涼しいのか優雅に微笑んで居る。やがて車が僕の前で停止すると車輪が小さくなって行き、最終的に出入り口が地面と水平になった。

 

「凄いな……」

 

 彼女の使う氷属性は水の変異属性で、元々使い手が少ないからか魔法の訓練は難しい。ありふれた属性ならノウハウが有るんだけれど、複合属性なら二種類の特訓をすれば良いけれど、氷属性の扱いは水とは別物だからね。だから兎に角実践有るのみ。先人が残した僅かな資料を頼りに自分にあった使い方を探るしかないんだ。

 

 アンリの場合は家が家だから戦いの機会は多いし、訓練設備だって整っている。元々才能も有ったのか魔力量はネーシャよりもずっと多い。だから戦いの面において攻撃の規模も持続性もアンリの方が上だろう。だけれど繊細なコントロールの面においては別になる。

 

「あらあら、誉めて戴けるなんて光栄ですわね。嬉しさで胸が張り裂けそうですわ」

 

「うん、造形だって繊細だし造形物の形を変える速度も賞賛に値するよ。車体を降ろす時も殆ど揺れなかったよね。これは努力でどうにかなる範囲を超えているよ」

 

 嬉しそうに笑う彼女に素直に賞賛の言葉を贈る。土属性の使い手が岩や鉱物を魔法で加工して芸術品を造るのは見た事が有るけれど、ネーシャが操っていた氷の車程に繊細な造形は初めて目にする。正直言って……。

 

「美しいな……」

 

 そっと手を振れればヒンヤリとした感触が伝わって来て、それで体温で溶けた様子は無い。結構な暑さなのに車の近くだけ別世界だ。

 

「お乗りになります? と言うより、お誘いに来ましたの。リアス様が集めた食材を食べるのにお誘いいただいたでしょう? だからせめてものお礼に……とは口実で、私がロノス様とデートがしてみたくって、きゃっ!?」

 

 自然な動きで彼女は僕の手を取って引っ張るけれど、波飛沫で濡れた石を踏んでしまったのか足を滑らせる。転んだら大変だと受け止めたんだけれど、咄嗟の事だから抱き締めるようになっていた。

 

「大丈夫かい? 足を挫いたりしてない?」

 

 ……あ~、何か凄く恥ずかしい。でも、不思議と心地が良いな。

 

 何時もなら直ぐに離すのに、この時の僕は彼女を抱き留めたまま腕の力を少し強める。

 

「あ、あの……」

 

「あっ、ごめんね」

 

 不思議とこうすべきだと感じた僕に対し、ネーシャは戸惑った様子だ。こんな事を僕がするのが予想外だったのだろう。相手の鼓動が高鳴るのが伝わって来た。少し俯いて顔を赤らめ、チラリチラリと僕の方を見ている。籠絡する気で色々アピールして来る彼女だけれど、今の僕がこうするのは予想外で不意を付かれたのだろう。でも、不愉快に感じている様子は無かった。……何時もこうなら普通に可愛いだけの子なんだけれどなあ。

 

「どうですか? 私が編み出した魔法は。名前は未だ決めてませんの」

 

「へぇ、どうしてだい? 夏場とかは行楽に使えそうだし、自慢するにも噂して貰うにしても名前はあった方が良いだろう?」

 

「じ、実はロノス様とこうしてデートをする為に編み出して、始めに乗って貰いたいと、安全性を確かめたりするのに夢中になっていまして。実に情けない話ですわね」

 

 照れたように告げる彼女の姿に絶賛したい気分だ。さっきは不意打ちだったから慌てていたけれど、今は落ち着いてそれらしい理由を照れた演技で口にするんだから。しかも僕でもギリギリ演技だって気が付く自然さなんだからね。

 

 二人で肩を寄せ合って座るのに丁度良い大きさの毛皮の上に並んで座る車内は外の熱気なんて嘘みたいに涼しく、それでも水着のネーシャが寒いとは思わない程度に快適な温度だ。内部の冷気まで調整するなんて……。

 

「ふふふ、これはデートと考えて宜しいですわね? 他の候補には悪いですが、同級生の役得とさせて貰いますわ」

 

「うん、そうだよ。これはデートだ。折角だし楽しもうか。……近くに観光スポットが無いのが残念だね。綺麗な景色が見られるのは立ち入り禁止エリアだしさ」

 

 もう彼女と色々見て回るのは決定事項だから、出来るだけ楽しみたいんだけれど、そうは行かないらしい。

 

 

 確か初めて二人きりで海に行った時もこんな感じだったっけ。リアスってば普段は”嫌い”だの”情け無い”だの言いはするけれど、僕が他の誰かを優先したら拗ねるからデートだって滅多に出来なくって、あの日は僕が仕事で向かった先で偶々会ったから夜の浜辺で並んで星を……。

 

「……まただ」

 

「ロノス様、どうかされまして? もしや私が無礼な真似でも……」

 

「いや、大丈夫。ちょっと変な事を思い出しちゃってさ。君とのデートなら君の事だけを考えなくちゃいけないのにごめんよ」

 

 ネーシャに謝りつつも僕は有り得ない記憶について考える。時系列の問題もそうだし、前世の記憶が戻るって本来有り得ない出来事によって僕とリアスが変化し、それによって有り得なくなった未来の記憶。つまりは記憶が戻って行動を変えなければ訪れていた未来、ゲーム通りの展開って事だ。

 

 ……リアスが因縁を付けない代わりにアンダイン・フルブラントがアリアさんに絡み、決闘に勝利したら奴がアリアさんに好意を持った。まるでゲームで彼奴が庇い、共に戦った事で攻略キャラが主人公への好感度を高めるって展開に近付いたみたいに。

 

 ”修正力”、そんな言葉が頭に浮かぶ。こうして実体験のように有り得たけれど今は有り得ない記憶が蘇る事で僕はネーシャが気になっている。今は警戒が強いけれど、このまま押し付けられた好意が蓄積されて行くなら……。

 

 

「いや、それはそれで構わないのか」

 

 もう彼女と結婚するのは決められた事と同じ様子だし、それなら好意があった方が良い。まあ、それ以外は僕とリアス、周囲の助けでどうにかするだけだ。幾ら知らない記憶が蘇ったとしても、その結果行動を決めるのは本人なんだから。

 

「ロノス様、何か悩みでも?」

 

「ごめんね。さっき謝ったばかりなのにさ。まあ、婚姻を結んだ後の帝国との関係について考えていて……ん?」

 

 窓の外で繰り広げられる珍妙な光景に思わず声が出てしまう。夏の日差しの中、十人程度の男女がスクワットを必死にする中、それを監督しながら声を張り上げるマッチョの姿が見えたのだから。

 

「よーし! まだまだ行けるな! 五百回追加だ! 転ぶ度に五十回全員に追加するから注意しろ! 全身の筋肉でバランスを取るんだ!」

 

 普通に喋れないのかって感じの叫び声の連発と顔が引きつった男女の姿。思わず声が漏れる。

 

 

「……よし、去ろう」

 

 彼の事は知っている。ゲームでは攻略キャラの一人であり物理重視のパワーファイター。そしてアース王国の貴族の一員であり、先代王妃を拉致監禁して取り潰し寸前まで行った一族だと。

 

 ……関わりたくないなあ。

 

 

 




次の絵、誰にすべきだろうか


それはそうとして感想待ってます


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暑苦しい男

二百話達成


 アース王国における暗黒期は国の歴史からして少し前だし、短い。貴族の多くが悍ましいと感じ、それでも口を閉じるのは暗黒期を作り上げた女、先代王妃が関わっているのだから。

 

 夫である王が出先で浮気をした、それによる嫉妬で狂った王妃が行った悪政。取り巻きであった悪徳貴族がそれに追随し、王妃がそうなったのは自分の浮気が原因だとして強く止められない王。まともな貴族は王妃の権力によって力を削がれ、重税や無慈悲不公平な裁判によって多くの血が流れた。

 

 その王妃が酔って階段から足を滑らせた事で、宴に参加していた皇帝を巻き添えにして死んだ。暗黒期が終わったのはそれからだ。王妃への自責の念から愚行を止められなかった王は目を覚ましたかの様に政策を転換、漸く悪夢が終わったと喜ぶ人々。母を強く慕っていた王子だけは何時までも王妃の味方であり、新しい王妃と比べられた母が侮辱されるのに耐えられず継母の一族や父の浮気相手にさえ怒りを向けるのだが。

 

 

 

 

「君はロノス・クヴァイル! 君も筋トレに参加しよう。前々から俺は君の筋肉に着目していてな。魅せる為に膨らました筋肉ではなく戦う為に引き締めた良い筋肉をしている! 是非俺の下で更なる飛翔を目指そうじゃないか!」

 

 この暑苦しい上に喧しい男はそんな暗黒期に王妃を止めようとした一族の一人、ニョル・ルート。ルート家は王妃を諫めようとして粛正された貴族の一つ。”精神が荒れているのは生活が乱れているからで、体を鍛えて健全化を目指そう!”と王妃を連れ出し、屋敷で徹底的に管理をしながら筋トレを強制した。

 

「いや、デートの途中だから。楽しませるって約束をしたんだし、約束は守るべきだろう?」

 

 そんな家の暑苦しい男は車の窓を掴むと爽やかな様で暑苦しいだけの笑顔を浮かべて勧誘して来た。流石にネーシャは杖が目に入ったのか誘わないけれど、誰かと行動しているのなら誘わないで欲しい。ネーシャはネーシャでさっさと立ち去りたいのか車輪を凄い勢いで動かすんだけれどビクともせずに砂を舞い上げるだけ。どんな足腰をしているんだ、この男は……。

 

「うむ! それならば仕方無いな! 俺は何時でも君を待っているし、君の筋肉だって更なる高みに進むのを欲しているだろうからな!」

 

 一々言葉の一つ一つで叫ぶ彼には悪意も打算も一切無い。彼の身内で王妃を攫った人達も国を憂い王妃に変わって欲しくって筋トレで変われると思っていたのだろうね。……いや、確かに不健全な生活って心身共に悪いんだろうけれど、だからって貴族が王妃を攫って筋トレを強制って。しかも極秘に動いてなかったから直ぐに発覚したんだしさ。

 

 これが脳みそまで筋肉になった一族か。何と言うか、凄いって言葉しか浮かばないぞ。

 

 

 ……因みに王妃の救出後、軍の名門で功績は大きかったから一族郎党処刑で取り潰しは免れたけれど領地の殆どが没収されて監視下で謹慎という名の監禁、領民も大切にされていたから見せしめにかなり酷い目にあったとか。

 

 

 

「……何というか嵐の様な方でしたわね。ルート家の噂は存じていましたが、まさか尾鰭背鰭が付いた状態ではなかったとは」

 

 彼の姿が見えなくなってからネーシャは呟く。何とも言い難そうな表情だった。

 

「寧ろ控えめな方だと思うよ。誰もが耳にして思うんだ。”そんな馬鹿な話があってたまるか”ってさ」

 

「そうですわね。私、割と本気で振り解こうとしていましたのよ? なのに車輪は空回りするばかりで……」

 

 さっき彼が掴んでいた窓枠は既に直して居るけれど、さっきまで指の形に窪みが出来ていた。軽く叩いて調べた限りじゃ並の金属よりも頑丈だろうにどんな握力をしているんだ?

 

 ルート家、それはヒューマンながら筋トレによって鬼族に匹敵する筋力を自力で手に入れているという非常識な一族。僕やリアスはモンスターを倒して肉体自体の質を上げるのと筋力を合わせているんだけれど、ルート家の一族は生まれ持った物を信じ抜く事を心情にし、それを何代も重ねて続けていたからか素の力自体が常人を超越している。

 

 さっきのスクワットも巨大なバーベルを担いでやっていたし、過去に国同士の小競り合いでも先祖が肉体一つで大暴れして一兵卒から貴族にまで成り上がったって歴史を持つ。まあ、超実力派の戦士って事だね。悪人でないのが幸いだけれど、可能なら敵対以前に関わりたくない連中だ。

 

「あの方、何というか……」

 

「今回は通じたけれど、基本的に他人の話を聞かないって噂だよ」

 

 ニョル・ルートと関わった時間は数十秒だけれど、その暑苦しい雰囲気と迫力に疲れてしまった。ネーシャも少しグッタリとした様子で車の速度も下がっているし、そのせいか外からこっちの様子を窺っている連中がチラホラと。

 

「鬱陶しいですわね。”去れ、下郎”とか言えたら楽ですが、皇女が他国の貴族相手にその様な真似をしたと皇帝陛下が耳にすれば首が飛びかねませんわね」

 

「え? 矢っ張りそんなに怖いの?」

 

「ええ、怖いです。お目に掛かった時間は短いですが、その威圧感は凄まじく。……はあ。それにしても視線が気になって。ロノス様ならどんな意思が込められているかお分かりでしょう? 私も実家がそれなりの大きさでしたから幼い頃から浴びていまして」

 

 ネーシャがうんざりしたって感じに溜め息を吐くけれど、視線の内容が内容だけに賛同しかない。あれは取り入ろうって感じの、此方を成り上がる為の道具にしようって連中が向ける物だ。そんなのが明け透けな時点で三流の証拠、取り込んでも利益は薄い所か損しかない。派閥ってのは何らかの利益の為に作られるんだ。

 

「いやいや、ヴァティ商会って帝国以外にも販路を広げているんだし、それなりってレベルじゃないと思うよ。……視線については同感かな。素直にログハウスで夜に備えていれば良いのに」

 

 こうして出歩いてデートしている僕だけれど、友人であるフリートとは遊ぼうとしていない。いや、僕が誘っても文句を言われるだけだね。”夜に起きてなくちゃならないから寝るんだよ! 俺様の睡眠時間を奪うな!”って感じでさ。

 

 フリートだけじゃなく、ルクスやアンダイン、チェルシーだって浜辺には出て居ない。彼等以外にも半数以上の生徒がログハウスでお昼寝の最中だろう。

 

 

「僕達も何処かでゆっくりする? 並んで座ってさ」

 

「あら、素晴らしいですわね」

 

 何故ならこの臨海学校は遊ぶ場じゃなく、一応は学校行事の一環。一応今は自由時間になっているけれど夜になればレクリエーションって名前の訓練が待っている。僕やリアスは肩慣らしで食料調達をした後で休む予定だったけれど、今外で遊んでいる連中は分かっているのかな? 傘下の家の出身なら兎も角、今こうして入るのを狙っている連中はどうでも良いけれどさ。

 

「あの中の数人は先程私達を見捨てて逃げた連中ですわね。どんな言い訳をしてくるか楽しみ……ではありませんし、鬱陶しいので離れましょうか」

 

「それは良いけれど何処に行く? のんびりしていたら”お飲み物です”とか言いながらやって来られても嫌だけれど……」

 

「ええ、それならば私に思い当たる場所が……お耳を拝借」

 

 先程まで肩を寄せ合う程度だった彼女は急に密着して、腕に胸を押し当たる様にしながら耳元で囁く。まるで誘惑するみたいな声色だった。

 

 

 

 

 

「来る途中、立ち入り禁止エリアギリギリの所に離れ小島を見付けましたの。彼処ならゆっくりと休めますわ。……二人きりで誰の邪魔も入らない場所で……ふふふ」



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僕が好きなのは……

「所でネーシャ。この氷の車って船になるの?」

 

 波打ち際までやって来た僕達だけれど、ふと疑問が湧いて出た。氷って水に浮くから大丈夫とは思うけれど、小島って遠目に何とか見える距離だしさ。お昼ご飯の時間までのんびり過ごすにしても往復にだって時間が必要だし。

 

 ……正直こうやって他の事を考えていると楽になる。いや、だって誘惑っぽい事をされたばかりだし、二人きりで人目の届かない場所に若い男女が行くってのは。僕が体験していないのに蘇った事のある彼女との記憶には永久の別れになるのを察し、せめて存在を深く刻みつけるって理由で……うん。勢いで行動していたけれど、ヤったら不味い事も有るんだよね、後先考えずにさ。

 

「船にですか? 出来ませんわよ? 実家が所有する船には外輪を付けたパドル船って代物が御座いますが、氷では帆は張れませんし。ええ、ですが案はありますので。それでお願いが二つ程有りまして……」

 

「何だい? 今すぐ婚約者にしろってのは無理だよ?」

 

 平然と言い切った後でモジモジと言いにくそうにする彼女だけれど、僕は深く指摘せずに冗談で返す。やばい、少しドキッとした。知らない記憶だけれど関係を持った記憶が有るからなあ。本人からすれば勝手な妄想を現実と混同してるって感じだろうけれど。……普通に気持ち悪いよね。絶対言わないでおこう。

 

 って言うか絶対に言えない。

 

「ふふふ、そんな内容ではありませんわ。だって私は選ばれるのは自分であると絶対の自信が有ります。それだけの価値を磨いて来たのですから。だからお願いとは別の話。……先ずはこの氷の乗り物の魔法に名前を付けて下さいませんか?」

 

「魔法に名前を? 普通は制作者が付ける物じゃないのかな?」

 

 僕の葛藤なんて知りもせずに悪戯でもするみたいに笑う彼女のお願いは意外な内容だった。本来魔法を一から創り出すのは至難の業で、だからこそ創り出した人は誇りを持って名前を付ける。僕だってゲームで使われていた魔法はそのままだけれど、一部の僕が考えた奴には名前を付けているんだ。

 

「ええ、疑問に思うのはもっともでしょう。ですが、この魔法はロノス様の為に創り出した物。故に名前を付けて欲しいというのは浅はかな私の願いですの」

 

「うーん、そう言われると悩むな」

 

「あら、考慮して下さいますのね。胸が躍る気分ですわ。どんなお礼を差し上げるべきでしょうか」

 

 お世辞が混じっているとして、此処まで言われて断るのは失礼に当たる。それに引き受ける素振りを見せれば予想通りに微笑んでくれるし、別に良いかな? 名付けるデメリットは無いんだし。じゃあ、氷の車だし……。

 

「”アイス・ホイール”とか? 即興じゃこんな簡単な物しか浮かばなくてごめんね」

 

「いえいえ、素敵ですわ。私では変に凝って奇天烈名前にしそうですし、披露するのが前提ならば覚えやすくシンプルな物こそ最適かと。感謝致しますわ、ロノス様。では、図々しいお願いをもう一つ。……二人の共同作業で離れ小島に向かいませんこと?」

 

「共同作業?」

 

 我ながらセンスが皆無だって名前しか出ない中、それでもネーシャは誉めてくれる。身を預けるようにして抱き付くもんだからドキドキしちゃって冷静さを失いそうだ。それが目的? 今後の為に優位な関係作りとかさ。

 

 しかし共同作業かあ。うーん、変な妄想が働く予感。いや、変な意味では言っていないのは分かるんだけれど。

 

「私がロノス様に乗って動けば良いですわね」

 

「変な意味だったっ!?」

 

 幾ら車内で二人っきりだからってナニを平然と言っているの、この子!? レナでさえ誘う時はその手の顔になるのに、ネーシャは本当に平然と言い切った。だから思わず叫んじゃったけれど、僕の聞き間違えとか解釈違いって事じゃないよね? もしそうだったら僕は下半身で物を考えるスケベ野郎って事になっちゃうよ。

 

 果たしてネーシャの反応は……。今は叫んだ僕に戸惑っているけれど、もしかして本当に僕の間違いなだけで……。

 

「え? 変な意味? だって、私は今……」

 

 僕が何を言っているのか分からないって様子の彼女に一気に冷や汗が流れるけれど、急にその戸惑い顔が固まって耳まで真っ赤になる。小さな声で自分がさっき言った内容を呟き、途中で止まった。

 

 

「わっ、あわわわわっ!? ち、違いましてよ!? 私、そんな淫乱な女ではなく淑女ですの! ロノス様から求められたなら兎も角、私からそんなはしたない! もうロノス様以外にお嫁に行けませんわ!」

 

「落ち着いて落ち着いて。うん、言い間違いは誰にもあるし、もう一度、今度はちゃんと言おうか。僕へのお願いって何だい?」

 

 あーもー、すっかりパニックだよ。僕に軽い誘惑をして反応を試す筈だったのが予想以上に効果的だからって段階を飛ばせば、今度は飛ばし過ぎたって感じなんだ。

 

 

「は、はい。是非ロノス様の魔法で海の表面に道を作っていただきたく思いまして。その道の上を渡りたいって事で、ロノス様の上を動くというのは、その……」

 

「大丈夫。ほら、それならお安いご用だよ」

 

 肩を軽く叩いて未だにパニック状態の彼女を落ち着かせる。僕が停止させた海の上を動く、を、僕の上で動く、って言い間違えたのか。

 

 

「ほ、本当に今の間違えは忘れて下さいませ。私、殿方に跨がって積極的に腰を振る趣味は有りませんの」

 

 此処で”だったらどんなのが趣味?”って聞いて弄くってみたい衝動を抑える。セクハラ、駄目絶対。まあ、照れている彼女の反応を見ていたいけれど、今はお願いを叶えて空気を変えよう。

 

「”ストップ”」

 

 今回は小島まで離れているから詠唱込みで魔法を発動。万が一にでも落ちないようにガードレール付きの黒い道が出現した。……うーん、ちょっと問題があるな。

 

 

 

 

「きゃあっ! 結構揺れますわね。ロノス様、もう少し捕まっていても良いですわよね?」

 

 アイス・ホイールが少し跳ね、ネーシャは僕に掴まる。いや、此処まで来るとしがみ付くとかそっちだ。首に手を回して体を押し付けているし、水着だから感触が分かり易いんだよな。足がスベスベで……。

 

 落ち着け、ロノス。明らかに楽しんでいますって声じゃないか! これも彼女の作戦だから!

 

 この道だけれど平坦ではない。だって波がある海を停めたんだから。平坦な道を作ったら上にはみ出た部分で道が濡れちゃうからな。氷の車輪じゃ滑っちゃうよ。

 

「どうも波を停めた場合はこうなっちゃうんだよね。ほら、大丈夫?」

 

 よく考えれば少し高い道を空気で作れば良かったよ。海の表面に、ってネーシャが言うから。あっ、まさか展開を読んでいて上手く行けばラッキーって感じで? してやられたな……。

 

今からでも道を変える? いやいや、海の上と先に言いだしたのはネーシャだし、君の選択は間違っていたって突き付けるみたいだからな。それは駄目それは駄目。

 

 僕がすべき事は彼女のエスコート。うっかり怪我でもさせないように体を支え、あくまで荒れ道を通るのは僕の責任だって態度を変えない。

 

「……あら」

 

「……事故だよ、ごめん」

 

 でも流石にこれだけ揺れたら大変だ。ネーシャ自身もしがみついた状態で動いて体を擦り付けるし、それに跳ねた時の揺れが加われば事故だって起きる。具体的に言うと背中を支えていた手がずれてお尻に向かったり、更にその時に滑った事に慌てていたから咄嗟に掴んでしまったり。

 

「いえいえ、お気になさらずに。夫婦になれば幾らでも……これ以上ははしたないのでお口を閉じておきますわね」

 

 幸いなのは彼女が変に騒がない事で、不幸なのは手玉に取られつつあるって事。もう帰りはポチを呼ぼう。どうせ魔法で出した車だし、ポチの魔法で運べない事も無いからね。

 

「もう到着だね。……ゆっくり休みたいよ」

 

 周囲の取り巻きになりたい連中が鬱陶しいから島に向かったのに、その道中で精神をすり減らす事になった僕。しみじみと呟きながら今の所はネーシャに対して劣勢だと感じていた……。

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、ゆっくり致しましょう。……マッサージは如何ですか? 将来の旦那様にして差し上げようと婆やで練習していますの。お肩にします? それとも寝転がったロノス様の上に乗って腰や肩甲骨の間辺りでも? ロノス様、お尻はお好きですか?」

 

 どっちかと言うとお尻よりお胸の方が好きです。



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誤解

最近短編投稿が楽しい


 ……何と言うべきか、私の計画は思ったよりも順調に進んでいましたわ。駄目で元々、少しでも意識する方向に持って行ければ幸いという程度だったのに何故か予想以上にロノス様は意識した様子。初対面の時から観察していましたが、こんな簡単な色仕掛けや好意アピールでどうにかなるという相手では無かった筈なのですが。

 

 ……私の観察眼は自己評価過大だったのか、それとも彼は私に恋の片鱗でも抱いた?

 

 

「ロノス様、本当にマッサージは宜しいのですか? 未熟ですが気持ち良いさせる自信は有りましてよ。その後でロノス様も私を気持ち良く……というのは不敬でしょうか?」

 

「マッサージをお願いしたからって不敬に問われる立場じゃ無いでしょう、今の君はさ。まあ、元々ヴァティ商会の令嬢に多少の冗談で不敬だの何だの追求する気は無いしさ」

 

「それは安心しましたわ。貴方に嫌われでもしたらショックで寝込みそうですもの」

 

 思った以上に反応が返って来たから更に一歩踏み込む積もりだったのですが、マッサージは拒否されてしまったのは少し残念。私には男性との成功の経験も御座いませんが、将来的に結婚相手を籠絡、相手側が持つ物を実質的に掌握する為に高級娼婦を教師として道具を使った実践練習もしましたのに。

 

 マッサージに託つけて誘惑、本番とまで行かないまでも決定的な一手を打つ予定でしたがどうも急いていたらしいです。

 

「では、折角ですのでゆっくりと語り合いませんこと? 私、ロノス様の学園生活についてお聞きしたいですわ。授業をどんな風に受けているのか、先生は生徒から見てどんな方々なのか、学園の周辺についても。学園に通うのですもの。是非聞かせて下さいません?」

 

「そうだね。君は学友になるし……多分君と婚約するんだ。まあ、プライベートな事は控えめにするとして、先ずは何から話そうか」

 

 辿り着いた小島はモンスターが生息しない小さな花畑と岩場だけの地味な場所。それでも海から飛び出して来るのは厄介だから私の魔法で氷の壁を生成しました。……ロノス様ったらあっさりと受け入れましたが、自分が壁を作るとは言いませんでしたわね。

 

 ……あの街での戦いに敵と交わした会話とこの事からして、彼の魔法は一度使えば一定時間保持されるのではなく使い続けるタイプ? ”魔王”が未だに健在な理由として疑われる彼の魔法、前代未聞の時属性。その片鱗を掴んだ……のかしら? ええ、ブラフの可能性も考慮しませんと駄目ですわね。

 

 

「じゃあ学年主任のマナフ・アカー先生だけれど、一部の生徒に執拗に狙われているんだ」

 

「狙われている……ですか? 学園内で生徒から狙われるだなんて……」

 

 予想外の情報。確かに数年前まで暗黒期が続いていた王国ですが、教師を生徒が狙う程に物騒だなんて。マナフ・アカー、情報では”四属性を使いこなす複合属性”であり女神リュキの敬虔な信者である事は分かっていましたが、そんな彼が狙われるのは実力から目障りだと感じていた何者かが? これは情報を手に入れるべき?

 

 ですが同時に嫌な予感も覚える。聞いた事で同じく狙われる可能性も有り、しかしこの様な会話で……いえ、有り得ますわね。正直言って調子に乗りすぎた気もしますし、危険視されてクヴァイル家とは別の勢力に始末させる計画も考えられる。私が態度に出すか、彼が何かしらで漏らせば……。生徒という事は貴族。それが刺客になると言う事は裏に大きな力が?

 

 

「……厄介な話ですわね」

 

「ああ、僕も関わり合いになりたくない。エルフの血を引くってのは面倒だなって思うよ」

 

「エルフの血……?」

 

 その言葉で私は彼が何を伝えようとしているのかを察し、始末する気なのではと疑った事を恥じた。エルフの血を引く教師を生徒が狙う理由、それは多種族への排斥思考。四属性全てを扱い貴族の生徒相手に教鞭を執るのがヒューマンではないだなんて許せない、今時そんな鼻をかんだ後の塵紙一枚分の価値も無い思想の持ち主が裏で動いているのですわね。

 

 ……しかし何らかの既得権を脅かされるかでもした恨みの可能性も有りますが、生徒を動かせる時点でその者の立場も目的も油断して良いとは思えません。そんな事、悪徳貴族への締め付けを強める現王妃への挑戦……まさかっ!

 

「成る程、恐ろしい話ですわね」

 

「……理解したんだ。ネーシャも注意して。欲望のままに暴走した相手は後先考えないからさ」

 

 この様な場所で水着姿の若い男女が二人だけ。そんな状況でする話が教師に対して生徒が刺客として送り込まれたという血生臭い話だと思いましたが、私の予想をロノス様が肯定する。

 

 黒幕の目的。それは恐らくエルフとの関係を悪化によって小規模でも小競り合いを発生させる事。その混乱に乗じて現王妃を暗殺するという恐るべき計画ですわ! 反王妃派の王国貴族か聖王国の反クヴァイル派の貴族なのか、もしくは帝国や共和国の仕業なのか。

 

「ロノス様ったら相変わらず甘いのですわね。ふふふ、ご忠告は深く心に刻みましょう」

 

 それを私に教えるだなんて、計画の妨害に支障が出かねないというのに優しい方。私、そんなに気に掛けて下さる程に彼の中では大きな存在でしたのね。……助けて貰っただけで身も心も捧げる程に安い女ではありませんが、ロノス様相手ならば心を許し共に居る事で安らげる相手になるかも知れませんわね。

 

「え? 何の事? 僕はその生徒達が見た目が美少年の先生を……」

 

「皆まで仰らずとも大丈夫。ちゃんと注意はしますので、それよりも私はロノス様のお話が聞きたいですわ」

 

「うーん、何か妙な感じだけれど、君がそれで良いなら話すよ。僕とリアスは基本的に屋敷から馬車で通学しているんだけれど、放課後になったら時々直帰しないで……」

 

 私の役目は皇女としてクヴァイル家に嫁ぎ、少しでも帝国の利益に結びつける事。それは正式に命じられた訳ではなく、私が理解すると評価しているのと、何かあった時に全責任を押し付ける事になっているのでしょう。

 

 私は別にそれで良かった。このままクヴァイル家に嫁げなければ別の嫁ぎ先、つまりは帝国貴族の妻として一切合切凡庸な双子の妹に忠誠を捧げなくてはならないという事だから。それに上手く行けば私を不要として妹を選んだ母に認めて貰えると思った。

 

 でも、今は別の目的も生まれましたわね。一緒に居るのが楽しいと思える方と、ロノス様と一緒に居たい。恋心とまでは行きませんが、親愛や憧憬に似た何かは私の中で芽生え始めたのを自覚していました。

 

 そして色々と話を聞かせて貰い、そろそろ島から出る頃だと名残惜しい思いを感じた時でした。不意にロノス様からこんな事が告げられたのです。

 

「あっ、そうだ。ネーシャも話を聞かせてよ。僕も君の事が知りたいな」

 

「私の事を、ですか?」

 

 一瞬何かの策かと疑ったのですが、今までの人生で培った対人の観察眼がそれを否定します。ああ、この方は本当に私の話が知りたいのですね。私が籠絡する筈なのに、もしかしたら……。

 

 ロノス様は狡いです……。

 

 もう予定を変更して色仕掛けでも使ってみましょうか? そうすれば私の目的は色々と叶いそうですし、彼だって私を特別視してくれるかも知れませんから……。

 

「じゃあ、ポチを呼ぶね」

 

 彼が浜辺を向く為に背を見せた時、私の手は水着の肩の布地に指先を滑り込ませます。でも、こんな方法で本当に後悔しないのかという想いが浮かび上がった私は動きを停めてしまいました。野望の為のチャンスは目前なのに、何故か動けません。

 

 

 

 

「あっ、ロノスさーん! そんな所で何をなさっているんですかー?」

 

 そして、そんな彼との二人きりの時間に水を差す野暮な声。黒い翼を羽ばたかせた魔女が私達の前に舞い降りたのです。

 



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考える事

やっば! 短編楽しい


「ちょっと大胆……かな?」

 

 クヴァイル家の客間の鏡に水着姿を映す。始めての水着は胸元が大きく開いた白のビキニ。私の肌は少し白いから遠目に見れば……まあ、それは良いとして、少し小さい気がするのは食い込みのせいと思いたい。だって私の栄養状態は学園に来てから改善している。

 

 雨漏りも隙間風も耐えないボロ屋敷の中でも一番酷くジメジメした隅の部屋が私の自室で、メイド達だって偶にしか掃除すらしてくれない。”魔女の部屋に入って呪われるのが怖い”と近くで私が床に座って残飯を食べている時に話すのを見た。

 

 大雨の日、掃除をするからと部屋だけでなく屋敷自体から追い出されて裏の山にある大木のウロに入り込んで酸っぱい木の実で空腹を誤魔化していた頃は知らなかった”満腹”。それを学園では毎日のように感じているし、ちょっと食べ過ぎなのも認めよう。……おかしい。人間は動けば食べた分はチャラになるのではなかったのだろうか。

 

「わき腹は……うん、この程度なら大丈夫な筈」

 

 昔から何故か胸にだけは贅肉が付いたけれど他の部分は少し肉が足りない程度だった。それが今では人並みに少し足りない程度。今は大丈夫だけれど、その内少し多くなるのでは? いや、大丈夫な筈。もっと、もっと動けば何一つ問題は無い筈だ。

 

「この水着でウロウロするのは少し抵抗が。いや、でも……あっ、そうだ」

 

別にロノスさん以外に見られても何も感じない。他の友人だと思えるのは同性だし、そっちは胸が貧相だけれど身体が締まっているので私が少し太って見える気がしないでもあるが、気にしなければ良いだけだ。……多分。

 

 思考が逸れていたので慌てて目当ての物を取り出す。何せ時間は有限だ。楽しい楽しい臨海学校だけれども、学校行事という事で自由時間ばかりではない。

 

「”最低限の荷物だけ用意して後は現地調達で”って言っていましたし、あまり遅くなると迷惑ですからね」

 

 手に取ったのは少しブカブカのシャツ。一山幾らの叩き売りで購入した服の中に混じっていたサイズ違い。本当は一サイズだけ大きめのを着れば胸が苦しく無いけれど、これはこれで着ていて楽だから寝間着にしようと思っていた奴だ。水着の上から着てみれば余計な肉が付き始めた体をちゃんと隠してくれる。激しく動かなければ下の布地が見える事も無いだろう。

 

「じゃあ、そろそろ行きましょう。リアスさんが乗る馬車で一緒に送ってくれる筈ですが……今頃皇女様と過ごしているんですよね」

 

 元々の予定では今の時間まで屋敷で一緒に過ごし、その後でポチに乗って二人で楽しい空の旅の予定だったのに、急に現れたお見合い相手の横槍のせいで中止になった。いや、それだけじゃない。私じゃなくて彼女がポチの背に乗ってロノスさんと現地に向かった。

 

 ……他人に此処まで不愉快にされたのは何時以来だろう? 泥棒猫だの言う気は無いけれど、想い人との幸せな時間を横取りされれば不満に思う。そして、今もこうして居る間にもロノスさんと一緒に居るのだと思うだけで胸が締め付けられた。

 

 

「姫様、馬車を用意して居ますので其方にお乗り下さい!」

 

「良いじゃない。走って向かった方が早いわよ。じゃあ、行ってきま~す!」

 

 窓の外では荷物を抱えたリアスさんが制止も聞かずに走り出し、あっという間にグングン進んで行く。強化魔法も飛行魔法も使わないで馬車より速いって、本当にどんな鍛え方をしているんだろう? 常人には耐えられない鍛え方には間違い無い。

 

「……私も自力で行きましょう。”ダークウイング”!」

 

 広げるのは魔法で生み出した漆黒の翼。まるで堕天使みたいな姿になった私は荷物を押し込んだ鞄を手に提げて窓から飛び出した。

 

「私だけ馬車に乗せて頂くのも何か言われそうですし、このまま飛んで行きまーす!」

 

 一応馬車を用意してくれた人に伝え、私も制止を聞かずに現地に自力で向かう。飛ぶ事で最短距離を進んでいる筈なのに遙か彼方のリアスさんには追い付けず、逆に離されて行くばかり。

 

「あっ、水着にシャツのままでした……」

 

 どうせ向こうに行ったら直ぐに着替えるのだから構わない気もするけれど、少し浮かれていると思われる気がしないでもない。だが、別に良いのではないだろうか……。

 

 この臨海学校で私はロノスさんと更に関係を進める。確かにクヴァイル家は私を嫁の一人として迎え入れる可能性が有るけれど、正式に選択肢に入る時に椅子が幾つ残って居るかは分からない。クヴァイル家はそれ程の家で、ルメス家はその程度の家だという事。それでも王の庶子では無理だった事だ。

 

「矢っ張り岩陰に誘い込んでお尻を突き出して”ロノスさんが欲しいです……”と恥ずかしそうにとか、いっそ夜の浜辺に誘い出した後で押し倒して”ロノスさんを食べちゃいますね”と妖艶な感じで? ……ど、どっちが良いでしょう?」

 

 その光景を思い浮かべて唾を飲み込む。出来れば押し倒されてラブラブな雰囲気の中でってのも憧れるけれど、海に行くなら海ならではのシチュエーションが……。

 

 

「所で本当にリアスさんはどれだけの速度を出しているんでしょう……」

 

 色々と妄想しながら飛んでいる間に街はとっくに遠ざかり、海が僅かに見えている。なのにリアスさんの姿は全然見えない。……まあ、良い。今は一刻も早く海に入りたいのが一番の感想なのだから。

 

「もう……。ロノスさんのせいで濡れちゃったじゃないですか……」

 

 この言葉、ロノスさんとイチャイチャしている時に言いたい。その時の姿を思い浮かべながら進んでいると海中からタコみたいなモンスターが飛び出した。あっ、リアスさんだ。浜辺に向かって考えなしに落とす辺り、そうとしか考えられない。

 

「先ずはログハウスに行きましょうか?」

 

 浜辺を見ればロノスさんが居たけれど、横にはポチと例の女。

 

「……ちっ」

 

 おっと、思わず本性が表に出てしまった。あくまでも私は”辛い境遇に耐える健気で明るい少女”でなければならない。舌打ちなんて以ての外。

 

 今此処で彼の所に行くのは少し不味い。あの女の前で冷静でいられるかどうか。相手は他国にも影響力を持つ大商人の娘で現在は皇女様。下手すれば縁を切った筈の王家が顔を出すかも知れないのなら喧嘩を売る真似は避けたい。

 

 

 

「でも、絶対に邪魔してやる。……あの女だけは気に入らない」

 

 本当に何故かは分からないけれど、あの女……ネーシャだけは仲良く出来る気がしないのだ。まるで好きな人の元カノを前にした様な、そんな複雑な心境で……。

 

 

「あっ、アリアさん!」

 

「えっと、今急いでいるのでごめんなさい!」

 

 地面に降りてログハウスに入ろうとした時、声が掛かる。色々と用意しなくてはいけない立場ではないし、男子なので女子である私の所とはログハウスが離れている筈のアンダイン。……待ち伏せでもしていたのだろう。随分と暇で余裕があって夜の事を考えてないのだろう。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 慌てて扉を閉めれば誰も居ないし、誰かが居た痕跡もない。だって女子の人数は奇数、魔女の私と一緒になるのは嫌だと生徒と保護者が騒ぐのを考えれば妥当な線だろう。

 

「ロノスさんをどうやって連れ込もう……」

 

 

 

 ソファーに座り込んで考えるのはそれだけだった……。

 



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修羅

「こっちに到着したのにロノスさんの姿が見えないのに心配して探してたんですけれど、氷の壁に囲まれた島が見えたので来てみたんですよ」

 

 何時もの明るい声と明るい笑顔、普段通りのアリアさんは黒い翼を羽ばたかせて舞い降りる。あっ、服の裾から見えたら駄目な所が見えたとビックリしたんだけれど、よく見たら水着だ。アリアさん色白だし、逆光の状態だと白い水着が肌に見えたんだよな。……流石に素っ裸にシャツだけって有り得ないよね。

 

「アリアさん、その魔法をちゃんと使えるようになったんだ。あっ、紹介するよ。彼女は……」

 

 ネーシャを紹介しようと思ったんだけれど、ちょっと思う。気まずい、告白して来た相手に婚約者候補を紹介するとか凄く気まずい。でも紹介しようとしたのに途中で止めるのもどうかと思うし、ちゃんと紹介した方が良いよね。じゃあ、ちゃんと彼女を……わあっ!?

 

「ネ、ネーシャッ!? どうして少し脱いでるの!?」

 

 振り返ったらハイレグの肩の部分の布地をずらして胸の谷間を大きく晒した彼女の姿。ちょっと間近で上から見れば先端部分の肌色じゃない部分が見えてしまいそう。僕は慌てたんだけれど、そんな格好の彼女は余裕の笑みだ。え? アリアさんが居なかったらどんな状況になってたの!?

 

 

「いえ、ちょっと暑くてずらして冷気で冷やそうと。汗ばんで気持ち悪かったですので」

 

「あら、ビックリしちゃいました。だってこんな野外で脱いで迫ろうとしたと勘違いしちゃいましたよ」

 

 そんな明らかに嘘だけれど見えている本意を指摘するのも難しい。”君、僕を誘惑する気でしょう”とか言えないからね。だから僕はスルーを選んだけれど、アリアさんは違った。氷の壁の上に降り立ちながら自然な口調で皮肉をぶつけた。

 

「まさか。ちゃんとロノス様が背中を向けている間に済ませる気でしたもの。しかし私もビックリしましたよ。太陽を背にしていたせいで白い水着が肌に見えて……変態かと思いましたわ」

 

 そして返される皮肉。あっ、ちょっと不味い状況? 互いに平気な顔をしているんだけれど火花が散るのを幻視した時、波の飛沫で濡れていたのか氷の壁に降りたったアリアさんが滑って海に落ちた。

 

「あっ」

 

「アリアさんっ!?」

 

 慌てて駆け寄ると氷の壁の向こうから恥ずかしそうに顔を出す。良かった、落ちた勢いで溺れないかと心配したよ。

 

「大丈夫? ほら、掴んで」

 

 それでも海に落ちたばかりだし心配して手を差したんだけれど、彼女がそれを掴むより早く氷の壁がその部分だけ低くなって必要が無くなる。ちょっと惜しそうな表情を見せたアリアさんは起き上がったんだけれど、これはちょっと直視出来ないや。

 

 黒髪もシャツも濡れて肌に張り付いて、透けたシャツと水着の色が同じなせいで逆に肌色が目立つ。さっき以上に裸の上からシャツを着ているだけみたいだ。

 

「……ロノス様、その格好ですと動きにくいでしょうから魔法で濡れる前の状態に戻して差し上げたらどうでしょうか?」

 

「う、うん……」

 

 間近で見ると本当に恥ずかしくって顔を逸らす僕にネーシャが提案するんだけれど、少し不機嫌に感じるな。アリアさんに色々邪魔されたから、だよね? 数秒間見とれて居たからじゃないよね? そんな事よりも……。

 

「えっと、どうして腕に抱きついているの?」

 

「あら、迷惑ですの? ロノス様が私と密着するのが嫌だと言うのなら離れますが……」

 

「迷惑……じゃないけれど」

 

 僕の腕に抱きつく彼女は肩の布をちゃんと戻していない。つまりは谷間をさらけ出しているから肌と肌が直接触れる上に、アリアさんから目を逸らして向いていた方向からだから、その、上から見るとギリギリ布で隠されている部分がね……見えているんだ。

 

 迷惑ってよりは嬉しいんだけれど口には出せない。そんな僕の背中に押し当てられるのはネーシャよりもボリューム大な二つの塊。ずっしり柔らかな二つが濡れた薄布を挟んで背中に押し付けられた。

 

「いえいえ、ロノスさんにそんなお手間はお掛けさせられませんし、シャツを脱いでしまえば良いだけですから。それよりもロノスさん。この姿を見るのが恥ずかしいのならこうやってくっ付いていますね」

 

 これまで何度か当てられた事は有ったけれど、それは自然な形でだ。でも、今は何時もより強い上に上下左右に動かして擦り付ける感じで存在を嫌でも意識させられる。

 

「あっ、申し遅れました。私、アリア・ルメスと申します。ロノスさんとは入学当初から仲良くさせて戴いていて、何度か一緒にお出掛けもしているんですよ」

 

「あら、じゃあ私も挨拶をしませんと。ネーシャ・アマーラ、ロノス様の婚約者候補ですが、もう後押しからして決まった物だと思いますわ」

 

 僕を挟んで再び火花が散っている。これが修羅場って奴なのか。……頑張れ、僕! 何人もお嫁さんにする以上、こんな展開になった時にちゃんと仲裁するのも役目だ。経験が足りないのなら今回の事を経験にするんだ。

 

 うう、それにしても腕と背中に当たる胸が気持ち良い。

 

 二人は僕を挟んだまま離れる気が無いらしく、顔を見ればニコニコと笑みを浮かべたままだ。アリアさん、君って争ったら面倒な相手とは争わないタイプだったよね? ネーシャも合理的に考えて無駄な争いをしないタイプだと思ったのに……。

 

 自分を挟む二人の匂いが鼻に届いて変な気分になりそうだ。このまま二人を襲ってしまうとかは有り得ないけれど、ちょっと意識を外すのは無理だ。

 

 

「あの、ロノスさん。……ちょっと変な気分になっちゃいました。エッチな事が頭に浮かんじゃって……」

 

「わ、私もこうやっていると息が苦しくなって来て……。ロノス様って逞しいですわよね。実はアリアさんの勘違いについて聞いた時から頭の隅で思い浮かべてしまって……」

 

 あれれ? 僕を誘惑しているだけだよね? もう顔も見れないから上を見ているんだけれど、聞こえて来る二人の声は艶っぽい。まさか場の空気に任せて僕を誘惑しているせいでそんな気分になったとか?

 

「私、貴方にならこんな場所でも……」

 

「ロノス様と私は将来結ばれるのがほぼ決まっていますし、今から練習として……」

 

「ちょっと落ち着こうか!? 此処、屋外だから! 二人共、一旦離れて……」

 

 僕に密着する力は強くなるばかりで離してくれる気配は無い。ちょっと僕の理性も崩れそうで視線を二人に向けそうになった瞬間、空から向かって来る影が視界に映った。

 

「っ!」

 

 それが何か即座に理解した僕は咄嗟に二人を小脇に抱えて正面に飛ぶ。次の瞬間、硬質な物に重い物が勢い良く衝突する音と鳥類の悲鳴が聞こえた。

 

「ロノス様……?」

 

「敵だよ、ネーシャ」

 

 これは経験の違いなんだろうね。アリアさんは直ぐに我に返った様子だけれどネーシャは少し戸惑った様子で襲来して来た存在を目にする。

 

 その正体は大型のドラゴン。クチバシを真下に向けて急降下して来た所に時間を停めた空気を用意したから見事に激突しクチバシが砕けているけれど動けるみたいだ。いや、ちょっと怒り心頭って所かな? 羽毛は紫の斑模様がある青。

 

「”ポイズンドラゴン”か。それに……」

 

 体内で生成した毒を吐き出す少し面倒な相手、更にはその背中に乗っていた仮面の男。ネーシャと出会った日に襲って来た神獣将の手駒。その手には大きな鎌が握られていた。

 

「やあ、久し振り。今日は一人かな?」

 

「……」

 

「黙ってないで何か話そうよ。君の名前くらいは教えてくれるかい? ……無視か。嫌われているね」

 

 僕の問い掛けに鎌を振り上げるって反応で返す。まあ、敵なのだから予想内の反応だけれど、相変わらず喋らない奴だな。お喋りな奴なら情報を漏らしてくれるんだけれど、喋らないのか喋れないのか望みは薄い。僕の予想では喋れないんだろうね。

 

 ……正直これで臨海学校が中止になったらトラブルに巻き込んだって見当違いの恨みを同級生がぶつけて来そうだから嫌なんだよね。

 

 

 今はそれよりも……。

 

「み、見ないで下さいませ!」

 

「あっ、ごめんね」

 

 さっき咄嗟に掴んで跳んだ勢いなのか大きく水着がめくれたネーシャはいざ肌を見せると恥ずかしいのか顔を真っ赤にして両腕で胸を隠している。

 

 

 ……うん。あの鎌から嫌な予感がするけれど、彼女との事でも嫌な予感がするなあ……。

 




…場


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特殊な兄 馬鹿威力の妹 なら、彼女は?

 私の友人はアホである。そしてゴリラである。……あと、序でに言うなら凄い家のお嬢様で聖女(笑)。

 

 幼い頃から一緒に居て、色々とお世話をして、地獄にだって巻き込まれた。いやぁ、修行という名の殺人未遂をドン引きしながら眺めていたら巻き込まれるだなんて。おのれ、あのゴリラ姫。咄嗟に私に助けを求めるなんて殺す気か!

 

 

「チェルシーさんは泳ぎに行かないのですか?」

 

「……今寝ておかないと夜が辛いわよ?」

 

「大丈夫! これでも夜遊びには慣れてますので!」

 

「あっ、そう。悪いんだけれど出掛けるんだったら窓とカーテン閉めてくれない? 潮の香りって苦手だし明るいと眠れないのよ」

 

 えっと、彼女の名前は……エリネだったわね。どうやら大公家に嫁入りする私と仲良くなりたいらしく、エリネはしきりに私を遊びに誘おうとしているんだけれど逆効果だって分からないのかしらね? 

 臨海学校のスケジュールに書いていたじゃないの、夜に備えて身体を休めておけって。夜遊びなんかとは比べ物にならない面倒なイベントの匂いがプンプンするからフリートですら私を誘わずに身体を休めているってのに。

 

 正直言って危機管理能力その他諸々が不足よ。羨ましいレベルでね。どれだけ呑気に暮らして来たのやら……。

 家柄とは関係無しに彼女を派閥に加える事のメリットが低い事を確認しながら布団にくるまる。潮の香りが苦手なのは本当の話だし、風を操作して誤魔化しながらウトウトしていた時、私の耳に僅かに鳴き声が届く

 

「ロノス様の友達のペットかしら? 昼動いても平気な体力お化けは羨ましいわね。……って、違うっ!」

 

 遠くから聞こえて来たから確証は無いけれど、あの鳴き声はドラゴンが威嚇をする時の物。一瞬だけ面倒臭いと思いながらもログハウスから飛び出せば遠くの島の上空を飛ぶポイズンドラゴンの姿が目に入った。

 

「あれ? チェルシーさん、矢っ張り外で遊ぶんですね。だったらご一緒に……あれは何でしょう?」

 

 エリネじゃ距離が結構ある位置のドラゴンは豆粒程度にしか見えないのか呑気にしている。あー、これだから普通の連中は! いっぺん地獄を見なさいっての!

 

「先生か監督補助の先輩達を呼んで来なさい! 緊急事態だからって!」

 

「え? それは一体……」

 

「さっさと行く!」

 

 こんな生息地から遠く離れた場所にポイズンドラゴンが来るなんて普通は有り得ないし、そんな普通じゃない事態が起きた場所に居るであろうなのは一瞬見えた魔法からしてロノス様やアリア、後は氷の壁からしてロノス様の友人であるアンリか皇女! 偶然にしては最悪な展開。

 

「これが偶然なら神様ってのはどれだけ性格悪いのよ……」

 

 エリネをさっさと行かせた私は一気に魔力を練り上げる。私はリアス様みたいなバトルジャンキーゴリラじゃないのに本当に面倒。でも、面倒だからって見過ごしちゃ駄目よね、流石に。

 

「さっさと終わらせてさっさと寝る! 寝不足はお肌の大敵なのよ!」

 

 相変わらず不愉快な潮風を感じながら私はポイズンドラゴンと、その背中に乗っていた人物を睨み付けた。肌荒れでも起きたら香油代とか請求してやろうかしら、割と本気で!

 

「”メテオサイクロン”!」

 

 私の周囲の空気はゆっくりと渦を巻き、それは急速に規模を拡大させて行く。そして……。

 

 

 

 

 

「おっと! よっと! 下手糞さん! 鬼さん此方、手の鳴る方へ」

 

「手は鳴ってませんけれどね」

 

 巨大な鎌を振り上げて飛び掛かって来た仮面の男。あれだけ大きな鎌を楽々と振り回す姿からは小柄でモヤシみたいな肉体からは想像も出来ないけれど、動きは正直言って雑を通り越している。振り回されているって感じかな。

 

 因みに両手が塞がっているから実際手は鳴っていない。それよりも水着を直した途端に余裕になったね、君。

 

 殺気はビンビン、それもアリアさんを無視して僕とネーシャをあからさまに狙っていた。巨大な刃で二人纏めて切り捨てようとしているけれど足の運びはガタガタで鎌を振った勢いで前につんのめり、ネーシャを掴んで後ろに跳べば無理に追おうとしてローブの裾を踏みつけ転んでしまう。

 

「……」

 

「かんしゃくでも起こしたのかな?」

 

 転んだ姿勢のまま片手で力任せの投擲。回転しながら飛んで来た鎌を空気の壁で弾き返し魔法を掛ける。経年劣化でボロボロに……ならない?

 

「……あー、まさか」

 

 頭を過ぎった嫌な予感。

 

 

 

 甲高い金属音を立てて跳ね返った鎌の刃は岩に深々と突き刺さる。普通の鎌じゃないとは思ったけれど、かなりの切れ味みたいだ。だけれども僕が警戒したのは別の事。妙な魔力を感じたから呪いの類でも込められていると思っていたら誰も触っていないのに揺れながら刃を引き抜こうとし、柄の一部が盛り上がってコウモリの翼を広げる。同時に刃の腹に切れ目が走り、爬虫類に似た瞳が見開かれた。

 

『キィヤァァァァァァァァァァァァッ!』

 

「な……何ですの、アレは一体!? まさかゴーレム!?」

 

「ゴーレムだったら良かったんだけれど、アレは似ているけれど別物、”憑喪神”。要するに命を与えられた半物半命の存在さ」

 

 憑喪神、器物百年何とやらって前世では伝わっていた妖怪の類。カサバケとか琴古主とかの類だけれど、この世界では魔力で動くゴーレムと同様に魔法によって生み出される存在だ。

 

 但し厄介さではゴーレムよりも上。命を持つからゴーレムみたいに魔力を使い切った事で活動停止もしないし自立思考しているから創り出した奴が死んでも問題無く動ける。身体も特別だから回復魔法だって効果が有るんだ。逆に物体だから毒や洗脳の類は効かないし、出血や痛みも無い。

 

「……東の大陸に存在する桃幻郷の魔法技術による物だけれど、協力者に出身者が居るのかもね。あの国とは四カ国全部が敵対しているしさ」

 

『キィギィィィィィィィィィィィッ!』

 

「きゃっ!? なんて声ですの!?」

 

 金属を擦り合わせる音に似た不愉快な鳴き声が響くけれどネーシャをお姫様抱っこしているから耳を塞げない。あー、面倒だ。仮面の男も手を前に突きだして火球を徐々に巨大化させながら放つ機会を伺っているし、鎌だって刃を引き抜くと威嚇するように刃を上下に激しく振る。

 

 

「せめて武器が有ればな……」

 

 素手で勝てないのか、と問われれば勝てると答えるし、苦戦だってしない自信がある。でもさ、正直言って格下である仮面の男と鎌の憑喪神なんだけれど、強化された力を全く見せずにってなると話が違って来る。

 

 あの男は捨て駒だ。つまりは本命が様子を伺っている可能性が高い。なのに全力を出すのはちょっとな……。

 

「ロノス様、私が戦いましょうか? ……私も他人事ではありませんし。襲われたという意味でも、将来的にって意味でも……」

 

「いや、断らせて貰うよ。気持ちには感謝するけれど、意地を通す為に守ろうとした女の子に戦って貰うのは格好悪くないかい?」

 

 この場で力を隠していたとしても、控えて居るであろう本命相手に使えるアドバンテージは一回。たかが一回、されど一回、それでも一回は一回だ。正直言って手間取っているのは無価値な意地なのが大きい。もっと強い相手と戦う気なんだから武力偵察の捨て駒相手に舐めプで勝たないでどうするんだって馬鹿みたいな理由さ。

 

「あら、でしたらロノス様の格好良い所を間近で見せて頂けるのですわね?」

 

「格好良いと思えるかどうかは君次第だけれど、君の心を射止める出来映えを目指そうかな」

 

 まあ、女の子を巻き込んでまで通す意地じゃない。どの道直ぐにバレる手の内だったらバレた上で相手を叩き潰せば良いだけだし……ネーシャには良い所を見せたいって何故か強く思うんだ。どうしてかな? 記憶が蘇っていない僕の大切な相手だったけれど、僕にとっては違うのに。

 

「……って思ったのに、ナイスタイミングって言うべきかタイミングが悪いって言うべきか」

 

 仮面の男の背後、かなり遠方の浜辺で中規模な竜巻が発生する。それは先程まで確実に浜辺には存在していなかった牛ほどの大きさの岩だけを巻き込んで宙を舞わした。

 

「砂の瞬時の超圧縮。そして風に乗せて……。何と言うべきか、これ程の実力者が未だ居たなんて……」

 

 

 ネーシャが感嘆の声を漏らし、岩は風によって削られ鋭角を付けられて行く。回転の速度は急激に増し、遠心力を乗せた勢いで岩が次々に放たれた。

 

 

「チェルシーったら、相変わらずえげつない射程の魔法だなあ……」

 

 僕やリアスなら広範囲を巻き込む感じだけれど、彼女の場合は正確無比なコントロールが売りだ。授業の時はわざと隙を見せる為に適当に手を抜いているけれどさ。

 

 ……それにしてもイキッた直後に援護が入るなんて少し情けない気がして来たよ。

 

 飛来した一つ目の岩が命中して柄が折り曲がりながら吹っ飛ぶ憑喪神の姿を眺めながら肩を落とす僕だった。

 



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閑話 頑張れトアラス By一同

 食に関する文化や好みは様々であり、本来は優劣を付けるべきではない。とある地域の住民にはゲテモノとして扱われ食べるという事を嫌悪する程の物であっても別の地域では普通に屋台で売られている身近な料理として扱われている。

 

 好みだってドレッシングの類が一切駄目な者だっているが、外食に行けば多くの店でサラダにはドレッシングが添えられている。こんな風にそれこそ毒性が有るが特定の部位を取り除く事で回避したり無効や軽減する事が不可能でもない限りは大抵の物は何処かでは食べられている。

 

 但し、毒も存在しないにも関わらず世界中で食べ物とは認識されず、する事は食事という行為への侮辱とされる物も存在するのだが、これは本当に例外だ。寧ろ食べてしまうという割と最大最悪最低最高の愚行を選んでしまった者達は口を揃えてこう言うだろう。”あんな物が他にあってたまるか!”と、普段は上品ぶっている者でさえも鼻息荒く叫ぶ。だが、例外は人物にも当てはまり……。

 

「さーて。早速食べやすい大きさに切るとして、ぶつ切りで良いわよね? 味は変わらないし」

 

 その食材とはとても言えない物こそがリアスの好物であるウツボダコ。毒々しい見た目だが身体が食べるのを拒絶するような毒物は無く、アンモニアを大量に含むことで発生する尿臭さも存在しない。

 

 ただただ不味いのだ。もう”不味い”と言い表すのが味という概念に失礼なレベルであり、試しに食べた者の心にトラウマを刻み込む程に強烈。そんな物を大好物とする彼女は触手の一つであるウツボの頭を無造作に掴むと手首の力だけで巨体を天高く投げ飛ばした。

 

「”シャイン・スラッシュ”!」

 

 二百キロは軽く超える小屋程の大きさを半透明の光の幕が包んで宙に浮かせる。内部で無数の光の筋が走り、次の瞬間にはウツボダコは一口大にバラバラになった。噴き出した血は膜の下に溜まり、細切れになった肉片は中央に浮いたままだ。

 

「……あっ、この後どうしよう? 魔法を解除したら他の食材にまで血が付いちゃうわよね?」

 

 どうやら後先考えない行動だったらしい。何時もの事、これがリアスの平常運転である。膜の底に貯まった血を見上げながら後ろ頭を掻きながら呟く中、リアスの背後から呆れ声が聞こえた。

 

 

「リアス様ったら相変わらずねえ。もう少し考えて行動しなさいよう」

 

「トアラス。おっ久~」

 

「ええ、最近校外学習やら家の用事で出ていたからねん」

 

 背後から忍び寄って来た相手だが誰か分かっていたのか警戒する様子を見せずに振り向いたリアスはその勢いを殺さずに前方に向かって平手を振り、トアラスも同じく平手を向けて叩き合わせた。

 

「それでこれってどうすべきだと思う?」

 

「……吹き飛ばすとか? 私の魔法じゃ……ほら、こんな感じだから液体には効果薄いのよね」

 

 トアラスが服の襟を捲ると見えたのは体に巻き付いた鎖。意志を持つかのように彼の身体を優しく締めて動いていた。

 

「確かにトアラスじゃお漏らししちゃうかぁ……」

 

「ちょっとっ!? 私がオシッコ我慢出来ないみたいに言わないでよんっ!? それにクヴァイル家のご令嬢がお漏らしとか言わないの」

 

「はいはい、今度からは気を付けるわよ。よっしゃ。ぶっ飛ばすか」

 

「だから……はぁ」

 

 その溜め息は呆れなのか諦めなのか分からないが、兎に角彼の顔からは苦労が滲み出しており、飄々として本心を掴ませない謎めいた感じの彼はこの場に居ない。

 そんな事など気にも止めず、リアスは右腕を越しだめに構えると真上のウツボダコを視界に納めながらニカッと笑う。これから使う魔法を彼は知らないが、何をする気なのかは少しの動作で察した彼は慌てて飛び退こうとし、間に合わなかった。

 

「”ゴッドハンド・デストロイヤー”!」

 

 強烈な踏み込みと同時に真上に突き出されたアッパーは衝撃と拳圧によって周囲の砂を舞い上げる。トアラスは砂を真正面からもろに被り、リアスの拳から巨大な光の拳が放たれた。

 猛烈な勢いで加速しながら進む姿は正に神の拳の如し。空気を切り裂いて進みながら瞬時にウツボダコを包む光の膜に到達すると勢いを一切殺がれず突き進み、更に上空まで達成した所で弾ける。ウツボダコは血の一滴、肉片一つ残さずにこの世から消滅した。

 

「……」

 

「あっ、やっちゃった」

 

 それを眺めて残念そうにリアスが呟く中、トアラスは服の内側から小さい箒のような物を取り出し先にリアスが被った砂を払い、続いて自分の砂を払いのける。この間、一切迷う様子は無く無言のまま。

 

 だが、改めてウツボダコの完全消滅を確かめた後、彼の両腕は頭の上まで掲げられる。

 

「しゃぁあらぁああああああっ! いえーいえー! はっはっはっ! ……こほん。ちょっと取り乱しちゃったわね」

 

「アンタが叫ぶとか驚きね。何か良い事でも有ったのを思い出した?」

 

「ええ、地獄を回避出来たのよ、リアス様。さてさて、残った食材でお昼ご飯を食べて……あらん? こんな所で珍しいわねん」

 

 異様なテンションに達した彼は瞬時で普段の態度に戻り残った高級食材を眺めるが、聞こえて来た鳴き声に表情が一変した。声は飄々としたまま目は鋭い物となる。彼が睨む先には天空より急降下して来るポイズンドラゴンの姿。

 

 ……その背中に乗るフードの男の姿にも彼は気付き瞬時に魔力を練り上げるも、腕をリアスに掴まれた事で静めさせた。

 

「あら? 私が動かなくても良いのかしらん? 言っておくけれど立場からして大丈夫だろうとリアス様を向かわせられないわよ? ルルネード家としても監督補佐としても」

 

「氷の壁って事は変異属性の持ち主から考えてお兄様の友達かお見合い相手でしょ? そしてお兄様が止めたみたいだしこっちを優先させましょ。ほら、もう動いているのが居るし」

 

 リアスが指差した先にはログハウスから飛び出したチェルシーの後ろ姿と、彼女の周囲に発生した小規模な竜巻の中を舞う岩の姿があった。

 

 

「まあ、彼女なら大丈夫ね。じゃあ動いてお腹を減らして来るだろうから用意を進めましょうかしら」

 

「じゃあ、私は追加のウツボダコを……」

 

「マジでやめてっ!?」

 

「うわっ!? わ、分かったわよ。理由は聞かないでおくわ」

 

 此処で止めなければ犠牲者が出るとあってトアラスは必死の形相で今にも海に飛び込もうと屈伸していたリアスを止めに掛かる。普段の彼からは想像出来ない様子にリアスも圧倒されたのか若干引き気味に承諾するが、彼からすればウツボダコが好物という彼女の舌にどん引きだ。

 

 まさか”お前って頭も舌も馬鹿だから!”などと彼女の舌についているトアラスが言える筈もなく、何とか止まった事にホッと一息。

 

 

 

「って、小島に向かって言ってる子が居るわねん」

 

「うっわ。海面を走ってるじゃない。あれって難しいのに。私だって偶に失敗するのよ?」

 

 基本的には可能な時点でどん引きだ、そんな風に言いたいトアラスであった……。

 



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魔女と毒の竜(ペンギン)

書きたい短編2浮かんだ


 惚れた相手が他の相手との逢い引きをする場に乗り込んだ時、アリアは偶然を装って現れて邪魔をした。その際、足を滑らせて海に落ちた事によってシャツが濡れて張り付き、水着が透けて見えるという事になったが、それが好意を向けるロノスの嗜好に当てはまったのは幸運だっただろう。

 

 相手の視線が自分に向けられ今の姿に見取れている事に気が付いて表情には出さずともネーシャに勝ち誇り優越感を覚える。だが、次の瞬間に襲撃が起きた事で再び形勢逆転だ。

 

 敵を目視した瞬間、アリアの心の中では拍手喝采賞賛の嵐が名も顔も知らぬ襲撃者に向けられた。二人きりで水着姿、そして易々と誰かが立ち入れない地形。何が行われるのか俗な推察が余裕であり、事実ネーシャは思い切って事を進める腹積もりだった。

 

 此処で重要なのは”故意に邪魔した訳では無い”と主張可能な範囲の邪魔だった事。状況が状況であるし、偶々出会した同級生に声を掛けたら偶然妨害してしまった、そんな言い訳が通る範囲ならば恋路を故意に邪魔したとしても大きな騒ぎにはならない。何せ二人はあくまでもお見合いをする予定でしかないのだから。故に”情事に及んだり誘惑をする気だった”とは大っぴらに抗議など出来る筈もない。

 

 二人が向かった島の状況を目にし、幼い頃から読んだ官能小説による(偏った)知識によってネーシャの狙いを察したアリアは策を練った。厄介な相手と想い人の逢い引きを台無しにしつつ面倒な反撃を躱わす方法を。

 

 故に良い雰囲気になる前に場をかき乱し、偶然だが自分の肉体に注目させる事に成功した時点でアリアの目的は半ば成功し、同時にこれ以上の邪魔は禁物だとアリアは悟っていた。

 

 其処に現れた襲撃者によって先程まで行われたデートは完全に妨害された、そんな風に安堵するも直ぐに焦燥感に包まれる事となった。

 

「狙いは僕と……ネーシャかっ!」

 

 大きな鎌を持った仮面の男はロノスとネーシャを狙って刃を振るい、足が不自由な彼女を守る為に当然行われたのはお姫様抱っこ。咄嗟の事に驚いた様子のネーシャであるが、流石は帝国最大の商会の娘として鍛えられた胆力と賞賛すべきなのかロノスの邪魔にならない範囲で抱き付き密着してみせる余裕を見せる。然も抱えられた時に脱げた水着を着直してさえいるのだ。

 

「……むっ」

 

 怯えと動揺の表情を浮かべるネーシャだが、ロノスが仮面の男に意識を向けた瞬間にアリアに向かって勝ち誇った笑みを浮かべたのを彼女は見逃さなかった。

 

 今まで危ない場面に巻き込まれた場合、自分がして貰った事を別の誰かがして貰っている。それも自分が座りたい席の数を一つ奪うであろう恋敵がだ。

 基本的に他人へ抱く感情は薄く、蔑まれても少しも心が痛まないアリアだが、この瞬間は激しい嫉妬の炎が燃え上がる。ロノスに恋をした時と同様に感じる激しい感情にアリアは我を忘れようとしていた。

 

「”デモンズ……”」

 

「アリアさん、悪いけれどドラゴンをお願い! 君なら勝てるって信頼しているよ!」

 

「はい、お任せ下さい! ロノスさんの期待に応えて見せますから!」

 

 だが、矢張りロノスを除けば他は僅か数名にしか彼に対してより大きく劣る感心を向けていないアリア。恋する相手に頼られれば嫉妬の炎よりも歓喜の感情の方が上回ってネーシャへの感情は何処か彼方へと飛んで行く。今は戦闘中に僅かに意識を向ける密着よりも頼まれ事をこなす方が大切だった。

 

「待っていて下さい、ロノスさん! 速攻で倒してお手伝いします。私とロノスさんなら楽勝ですね!」

 

 要約すると”速攻で倒して密着状態を終わらせてやる”、そんなネーシャへの宣言であった。

 

 

「あら、頼もしい。ですが無理は禁物ですわ。ロノス様ならばこの程度の相手に負ける筈も無いのですから。だから焦らず慎重に戦って下さいませ」

 

 要約すると”余計な事をするな。もっと密着状態を長引かせろ”だ。

 

 互いに相手の本音を感じ取っており、それを貴族らしく上辺を取り繕って隠している。この世界では恐ろしき風貌とされるペンギン(ドラゴン)とそれを従える正体不明の刺客を前にして別の意味で恐ろしき女の戦いが始まろうとしていた。

 

 

「……さてと。本当にさっさと倒しちゃいますからね」

 

 自らより巨大なポイズンドラゴンを前にしても一切臆する様子を見せないアリア。以前の彼女、ロノスと出会って関わる過程で少ない数だが濃度は一般的な物とは比べ物にならないレベルの鍛錬や実戦を体験する前の彼女ならば怯えた振りこそすれ”まあ、仕方ない”と心の中で諦めるだけで今のように張り切って見せる事は無かった。更に言うなら今の彼女は心の底からの発言だ。

 

 それ程に彼女はロノスによって変わり、彼に心を奪われている。

 

「ピィィィ……」

 

 その様に明るく振る舞っての勝利宣言を行うアリアに対してポイズンドラゴンは威嚇として低く鳴きはするけれど獰猛な気性に任せて飛び掛かりはしない。

 ポチやタマの場合は主が特殊なだけで本来ドラゴンと人は言葉での意志疎通は不可能であり、故に妙な自信に何か裏があると勘ぐっての警戒ではない。先程アリアが唱えようとした魔法の発動前に発せられた僅かな力の波長を本能で感じ取った結果だ。

 

 故に動かない。

 

 ゲームであれば”魔女の楽園”はターン制のコマンド入力式だったが、現実はリアルタイム式、それも平気で連続行動を行う物だ。

 

「来ないのなら……私から行きます!」

 

 そして、ポイズンドラゴンが動かない事がアリアが動かない事に繋がりはしない。

 

「!」

 

 魔力を練り上げ両手を前に突き出す動作によってポイズンドラゴンの視線がアリアの腕に注がれる。言葉は分からずとも何かをする気なのは伝わり、故に手元への警戒。咄嗟に飛び立てるように両翼を広げ脚に力を込める。

 人は特殊な例を除いて飛べぬ生き物であり、アリアがその特殊な例ではあるがポイズンドラゴンは知りはしない。

 なのに直ぐに飛び立たないのはアリアが何をするか分からないから。

 闇属性という未知の力の波動によってポイズンドラゴンは彼女を危険な存在と見なし、慎重に動くという選択肢を選ばせた。

 地上ならば脚と翼の二つの選択肢が存在する故の行動は間違っては居ないだろう。

 宙で翼に痛手を負えば無防備な姿を未知で危険な相手に晒す事になるのだから。

 

「……掛かりましたね」

 

 何を言っているか分からないがアリアの表情から既に何かを行って勝ち誇っている事を察したポイズンドラゴンはこの時になって漸く気付く。

 アリアの手元に意識を集中させていた事で注視が疎かになっていた彼女の足下に存在する影が二股に分かれ、それが大きく迂回しながら自らの背後に伸びていた事に。

 

「ピッ!」

 

 それはグリフォンさえも集団でなければ襲わない程に強力な種族としての本能だったのだろう。

 ポイズンドラゴンは咄嗟に前に向かって転がるように飛び出す。

 

 だが、一歩遅かった。

 

 左右から水平に振るわれた漆黒の剣はポイズンドラゴンの両翼を深く切りつけ右翼を完全に切断、左翼も骨に僅かに届いて血が流れ出る傷口から断面が見えてしまっている。

 

 思わずアリアから視線を外して背後に頭を向けたポイズンドラゴンが目にしたのは悪魔……と見紛う漆黒の騎士だ。

 地獄に存在するという黒い炎が騎士鎧と剣を形どったような風貌。

 見る物の恐怖を煽る騎士達の足元は影と同化し、その影はアリアの影と繋がっていた。

 

「”シャドーナイト”、無詠唱で使える中では一番便利な魔法です。では、さようなら」

 

 死を悟ったのかポイズンドラゴンの口の中に全魔力が集中する。

 これより放たれるのは鉄さえも溶かし、一滴だけでも肌に付着すれば骨肉を腐らせ内臓を蝕んで人を絶命に至らせる毒液のブレス。

 

 アリアの対応次第では本来はこれより弱い代わりに速射性能が高い毒液を次々と吐き出し、それに対抗する彼女の水着が僅かな飛沫によって溶け落ちるといった展開もあったのだろうが、今回の彼女はやる気に満ち溢れ、直ぐに終わらせる事で恋敵の邪魔を合法的に行う気だ。

 更に言うならば皇女を助けるという実績を得る事でクヴァイル家の嫁の座に近付く魂胆もあった。

 

 

「じゃあ、さようなら。……最初に飛ばれなくて助かりましたね」

 

 ポイズンドラゴンが毒液のブレスを吐いた瞬間、アリアの影が更に分岐し大きな盾を構える三体目の騎士がポイズンドラゴンの真正面に現れる。

 毒を含む吐息も、煙を上げながら岩を溶かす強酸性の滴り落ちる血も、魔法によって生まれた騎士には一切の痛痒を与えはしない。

 

「ピィイイイイイイイイッ!」

 

 意味を理解出来ない言葉だが自らを既に倒した気なのだと察したポイズンドラゴンの死力を尽くした生涯最大威力のブレスは自らのクチバシをも溶かし肉を蝕む程の濃度の毒を含み、勢いは普通の水であったとしても岩を貫通する程。

 

 だが、通じない。

 

 巨大なタワーシールドに阻まれたブレスは左右に弾かれ島の形を変えるだけで仇敵には一滴すら届かず、背後より頭と心臓を貫かれた事でポイズンドラゴンは絶命に至る。

 オマケとばかりに盾が叩き込まれ、三体の騎士を構成する闇の魔力が至近距離で解放される。

 一切の音はせず、ポイズンドラゴンの巨体を飲み込んだ闇が晴れた時、其処には毒液と血によって溶けた岩以外にポイズンドラゴンの存在した痕跡は微塵も残っていなかった。



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× 笑わない ○笑えない

「やりました! 大勝利です!」

 

 正直言って本当の私の柄ではなく、私が演じている”前向きなアリア・ルメス”ならやるであろうブイサインをしながらの勝利宣言、だけれどもポイズンドラゴンという少し前の私なら苦痛が少ない死を願うしか……いや、願っても神は私を救わないと諦めていただけの敵。

 それを倒した時、久々に自分の力が上昇するのを感じ取り、珍しくロノスさん以外の事で高揚感を覚えている自分に驚かされた。

 

 強いモンスターを倒し続ける事で起きる”肉体の質の上昇”が嬉しい……だけでなく、それによって夢に一歩近付いた事への歓喜だ。

 宰相の孫で国王の従兄弟であるロノスさんと皇帝の養女となったお邪魔虫の恋敵、ネーシャを襲った刺客が引き連れていたドラゴンの撃破は間違い無く功績として認められる物で、一部以外からの評価は基本興味が無い私でもクヴァイル家の当主の妻の座に末席であっても座る事に繋がる。

 

 ああ、何と素晴らしい事だろうか。

 正直言って闇属性の私が誰に認められようが良いのだけれど、ロノスさんがそれを望むのなら目指そう。

 

 魔女と私を蔑み忌み嫌った連中が手の平を返して称えて来た場合、もしかしたら笑えるかも知れない…‥いや、無理か。

 うん、だって私にとってそんな連中は一切合切無価値なのだから。

 

 

「ロノスさん! 今直ぐお手伝いをします!」

 

 さて、だったら私は彼の為に功績を稼がせて貰おうか。まるで生きて居るみたいに動き迫る大きな鎌。目玉があるし鳴いている……気持ち悪いな。

 芋虫以外で嫌悪感を覚えさせられたのは久し振りだ。

 幼い頃、ご飯が少なくて仕方無く自分で食べ物を探した時も芋虫だけは食べる気になれなかった程に苦手な生き物だし……おっと、いけないいけない。

 

 考え事をする時間なんて無駄だったと察した私は慌てて加勢をすべく魔力を練り上げ、ちょっとだけ”あの女を少し巻き込めないか”と割と本気で思ったけれど、そんな事をすればロノスさんに迷惑が掛かるし、任されたのだから仕事は全うしないと期待を裏切る事になるのだから。

 

 彼なら速攻で倒してしまいそうだし、本当に急がないと…‥本当にちょっとだけでも巻き込んだら駄目かな?

 何故だか彼女にはロノスさんが何かを向けているって嫌な予感がするのだから……。

 

 嫉妬か憎悪か今までの私には無縁だった何かに気を取られて一瞬動きが止まった時、私はチャンスを逃したと気が付く。

 

 私が何かをする前に先端が鋭利で巨大な岩が飛んで来て鎌を粉砕、私より先にロノスさん達を助けてしまう。

 いや、それだけでは終わらない。次々と飛来する岩は仮面の男へと向かい、避けようと動くけれど急に進行方向を変えて後を追う。

 

「……風?」

 

 そう。岩が宙を動く際に砂を舞い上げている事から私は風が岩を運んでいると気が付いた。

 だが、ロノスさんは勿論、ネーシャでも無いのなら一体誰が?

 島に居るのは私達三人を除けば襲撃者だけで、流石にリアス級の馬鹿だとしても自分を狙ったりはしないだろう。

 まさかと思い陸の方に視線を向ければ岩を舞い上げ削りながら飛ばす竜巻。

 

 ポチ……では無い筈。岩は恐らく地中の土砂を凝縮て量産した物で、土属性でなければそんな芸当は不可能だけれどもグリフォンに土属性の魔法、それもかなり上位の物が使える筈が無い。

 

「チェルシーだよ。彼女、魔法の射程と精密コントロールでは天才的だからさ」

 

「えぇっ!? あの人がですか!?」

 

 そんな私の疑問を見事に察し、優しく教えてくれるロノスさんは矢張り素敵だ。

 でも、普段はリアスの行動を窘める役で、ちょっと苦労していそうな彼女が此処までするだなんて。

 ……いや、此処までの事が可能だからこそリアスの窘め役を任されているのか。

 

 私に対しても最初は面倒事の種と見つつも嫌悪感を見せずに接して来た彼女だけれど、これは評価を改め……他人の評価に興味が無い私が他人を評価しようなんて笑える話だ。

 ……笑わないけれど。

 いや、”笑わない“ではなく”笑えない”の方が正しいだろう。心の底から笑った記憶など私には存在しない。

 

「……」

 

 次々に迫る岩をバックステップで回避しつつ、当たりそうな物だけ魔法で打ち落として行く襲撃者は相変わらず無口で、仮面もあってか体格から性別を察する事しか出来ない。

 

 それにしても妙だ……。

 

「あの人、尋常じゃない魔法の腕前……なのでしょうか?」

 

 思わず口から疑問が出る程に妙な点が男には存在する。

 

 地面を隆起させる土属性に風を正面からぶつけて勢いを殺す風属性、炎の矢を真横からぶつけたり水流の壁を周囲に展開もして見せた。

 四属性全てを網羅した複合属性、担任であるマナフ・アカーも同じだけれど、極めて希で扱いこなすには一種類の時の四倍の努力じゃ足りないとされている。

 それに加えて少し動きを見ただけでも普通の身体能力じゃなく、こんな人が居れば有名になっていた筈。

 

 でも、凄く魔力のコントロールが雑だった。

 隆起した地面は飛んで来た岩と少しずれた場所に出現したり、炎の矢はあらぬ方向に飛んで行き、水流の壁に自分を巻き込んで内部でグルグルと回される等々、魔力の高さや魔法をちゃんと発動可能な癖にコントロールが出来ていない。

 それは動きも同じでジャンプの距離を見誤って背中を岩にぶつけたり、足下を強く踏みしめ過ぎて軽く陥没して脚が引っかかったり、どうも”扱いきれない程に一気に肉体の質を上昇させられた”、そんな有り得ない想像をしてしまう程だけれど……。

 

 

「どうも力に振り回されているみたいだね。魔力だって無駄に注ぎ込んで大半が無駄で、全体的に見て歩き始めた頃の小さい子が急に鍛えた大人並の力を得たって感じだ。……無理に引き上げられたのか」

 

 ロノスさんが言うなら多分正解だろう。

 だってリアスだって身体能力に対する強化魔法を使えるし、私だって……。

 

 

「ちょっとアリアさん、ネーシャをお願い。僕は奴をさっさと片付ける」

 

 確かに飛んでくる岩は仮面の男に絶え間なく襲いかかるけれど一向に当たる気配は見られない。

 あんな雑な動きと魔力のコントロールでも能力が高いから凌げているからだけれど、ロノスさんが動くなら勝負は着いたも当然だろう。

 

 

「お任せ下さい。ロノスさんの頼みなら何でも聞いちゃいます」

 

 実は心底嫌だけれど、彼に頼られる喜びがそれを遙かに凌駕する。

 私はロノスさんの腕の中から降りたネーシャを支えるようにしながら立って彼の活躍を楽しみにしていた……のに。

 

 

 

 

 

「不審者発見っ! この一撃で沈むが良い!」

 

 何か水柱を上げながら海面を走って来た筋肉の跳び蹴りが仮面の男を吹っ飛ばした。

 海面を何度も跳ねながら遙か遠くまで飛んでいき、最後に海の中に沈んで行く襲撃者の姿に私やネーシャは勿論、ロノスさん迄もが唖然として見ているだけしか出来ない。

 

 

「君達、怪我は無いかっ! 無いみたいだな、結構! 後輩が無事で俺も嬉しいし、俺の筋肉も喜んでいるぞ! ……しかし、さっきの感触からして奴の筋肉は余りにも未熟! 機会があれば心と筋肉を鍛えてやりたいものだ」

 

 ……いや、誰? え? 先輩……つまりは彼も貴族。えぇ……。

 

 こんなに驚いたのは……いや、どん引きしたのは生まれて初めてな気がする。

 それほど迄に目の前の筋肉は濃い人だった……。

 

 

 

 

 



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巨狼

「むっ! どうやら肉体の筋肉は兎も角、心の筋肉は鍛え上げられているようだな!」

 

「心の筋肉って何っ!?」

 

 襲撃者である仮面の男に不意打ちで飛び蹴りが叩き込まれて水平線の彼方へ飛んで行く。

 それを行った筋肉の塊ことニョル先輩は何故か上半身裸で二の腕と胸筋をピクピク動かしながら男を飛んでいった方を眺めているんだけれど、色々言いたい。

 いや、捕まえる気だったから吹っ飛ばされると困るとは言え、明らかに僕達と戦っている不審者だから攻撃するのは別に良いんだけれど……何で裸?

 

「そして先輩はどうやって水の上を走っていたんですか? まさか右足が沈む前に左足を出すとか?」

 

「そんな行為は無理だな! 俺は魔法で足場になる物を生成し、それが沈む前にもう片足を出すというのを繰り返しているが……足裏の面積を広げれば可能なのか?」

 

「意外と力業じゃ無いのですね。どう見ても脳味噌まで……」

 

 ……あっ、こんな事を話ている場合じゃない。

 仮面の男が沈んだ方を見れば水面が膨らみ、何かが水中から飛び出そうとしているのを感じる。

 

 ああ、成る程。手応えがあったのに出てこようとしているから精神力を誉めた……のか?

 何か僕まで彼の筋肉思考に染まりそうで理解したくはないけれど……。

 

 

「……リアスさんの同類?」

 

 アリアさん、それ言っちゃ駄目だから! 確かにリアスはゴリラだけれど、それは野性的な逞しさを持っているって誉め言葉になる位に可愛い妹だからで、あんな”力こそパワー”って感じの人と一緒にしないで!?

 

 おっと、今はそんな事を気にしている場合じゃないし気を引き締めよう。

 相手がどんな力を持っているのか把握しきれていない今、(戦闘面では)頼りになる先輩も……っ!?

 

 「月? いや、違うっ!」

 

 海中から飛び出したその姿が見えた時、僕は一瞬月が昇ったのだと思ってしまった。一目見ただけで美しいと見取れてしまいそうな黄金は日の光を浴びて眩い程に輝いている。

 

「狼っ! それも異常な程に巨大なっ!」

 

 そう、姿を見せたのは黄金の毛並みを持つ巨狼。どういう理屈なのか水面に立つけれど、魔法が存在する世界で物理法則を気にするのは徒労だろう。

 その狼は小型の鯨程の体格を持ち、その口にはグッタリとした仮面の男を咥えているけれど、かみ殺す気はなくても牙が余程鋭利なのか血が流れ出していた。

 

「あの男の味方だな! 野生によって鍛え上げられた素晴らしい筋肉をしているが……ふむ、まさかフェンリルか? 文献で目にした覚えがある。水面をも走り抜く巨大な狼の姿をした神獣とあったが毛色は違うな」

 

「フェンリル……。それにしても先輩はよくご存じですね」

 

「それは勿論だ! 頭の筋肉も鍛え上げねばならん! 俺の趣味は読書だ!」

 

「筋トレは?」

 

「それは俺にとって食事と変わらん! まあ、生活の一部であり必要不可欠な行為だな!

 

 ……あ~、近くで大声を出されてると耳がキンキンして来るよ。

 それにしてもフェンリル……ゲームとは見た目が違うし、一匹しか居ないな。別物か、それとも何か策があっての事なのか……。

 

 僕の記憶に残るフェンリルはルート先輩と同様に聖女が活躍した時代でに記された神獣に関する物と、お姉ちゃんが何度もタイトル画面に戻されながら挑んでいたゲーム画面。

 

 フェンリルは狼の姿をしているだけあって、モデルになった北欧神話の怪物と違い群れで襲い掛かって来る。

 倒しても倒しても次々に現れるのを特定ターン経過と特定数撃破という勝利条件を満たす事で撤退させられ、最後にはパーティーメンバーが二手に別れて群れのリーダーとそれ以外複数をそれぞれで倒すという難易度の高い物。

 

 でも、僕の記憶にあるフェンリルの毛は黄金ではない。

 いや、待てよ? 設定だけ存在してゲームでは詳しく語られないけれど、黄金の毛並みのフェンリル……うん?

 

「黄金の毛並み? ちょっと待て。最近それを何処かで…読んだ…あっ!」

 

「どうした? 君は何か奴について知っているのか? 例えば鍛え方が足りない筋肉の部位などであれば助かる!」

 

「いや、そうじゃなくて……師匠からの手紙に……」

 

 殺気をビシビシ送っては来るけれど向かって来る様子は見せないフェンリルを警戒しつつも溜め息を吐き出したくなる。

 少し前、夜鶴達が持ち帰った矢文があった。

 

 

 

「……師匠かぁ。読みたくないなあ……」

 

 どうせマトモな内容じゃなく絶対に面倒事の始まりなので読みたくないけれど、読まなかったら余計に面倒な事に巻き込まれるのは分かっているので手紙を手にして逡巡したし、そんな手紙を持って来た彼女も申し訳無さそうだ。

 僕の為に持って来たんだし、彼女には気にしないで良いって伝えておかないとな。

 

 

 ……僕には戦いの分野における師と呼ぶべき相手が二人居る。

 一人はレナス、乳母であり基本的な肉体作りや近接戦闘全般を叩き込んでくれた相手であり、頼り守って貰える大切な家族だ。

 彼女が課す修行内容はハードであり、限界を超えればギリギリこなせるラインを見極め、取り返しが着かない瀬戸際で助けてくれる。

 まあ、二つの意味でレナスは鬼だ。

 

 もう一人の師匠は戦闘技術全体で見ればギヌスの民の双璧であるレナスとマオ・ニュには一段劣るけれど、こと刀の扱いに限っては二人の上を行く天才。

 僕も夜鶴と明烏の二振りを扱う以上は刀術をしっかり身につけようと彼女にお願いして……しまった。

 お酒と戦いが大好きな風来坊で、刀の扱いの指導の腕は高いけれど、時折気まぐれで課す試練は難易度がピンキリ、成長速度や今の力量なんて考慮しない思い付き。

 ……いや、僕だって当初は意味があると思っていたんだけれど、子育ての時期で気が立っているドラゴンの縄張りで大暴れして周囲一体のドラゴンを集めて一度に相手するとかさせられた時、ポチが呼んでも居ないのに僕の危機を察知して助けに来なかったら腕を一本失っていたかも知れない。

 あの時、レナスが完全にキレて問い質したそうだけれど、”何となく思い付いた”と答えたそうだ。

 

 ……うわぁ。

 

 まあ、そんな事もあってよく考えてから課題を出すようにって結論に達する辺り、レナスも大概なんだけれど、偶に旅先で課題を思いついたら唐突に出して来るんだ。

 

 

 

「”金ピカの綺麗なモンスターに匂いを覚えさせたから相手をしろ”、か。……あの人は本当に酷い」

 

 視線の先の巨狼が課題の内容だと悟った僕は精神的疲労に襲われる。あの人がけしかけた相手だし、絶対厄介な相手だよ。

 

 

 武器が手元に無いけれどどうしようか……。



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狼の恐怖 筋肉の魔法

 勇猛果敢にして獰猛で、されど仲間の絆を何よりの宝とする誇り高き神獣。

 フェンリルである我に恐れる物など創造主の怒り程度だと、我は信じて疑わなかった。

 

 だが、違ったのだ。

 

 幾夜明けようとも決して覚めぬ悪夢がある

 

 幾人屠ろうとも決して拭えぬ屈辱がある

 

 幾ら力を得ても決して消えぬ恐怖がある。

 

 あの日、我……いや、我等”神獣フェンリル”は圧倒的な力の差によって壊滅的な被害を受けた。

 同族の屍の山に隠れ息を殺し、それでも存在を悟られながらも気紛れで見逃された後、感じたのは安堵ではない。

 あの様な化け物が存在する世界で生き続けるという地獄に震えたのだ。

 

 我等は人を滅ぼす為に光の女神によって創造された存在であり、生物として人間を圧倒している。

 例え同じだけ肉体の質の上昇を体験したとして、それは差が開く一方で、生半可な数の差では埋められぬ……筈だった。

 

 だが、あれは一体何なのだ?

 鬼族、女だけしか存在せず、魔法に関する力が劣るものの埋め合わせ余りある身体能力を持ち合わせた種族。

 しかし、あれは綻びが生じていたとしても我等の封印を解き放ち、酒盛りの前の軽い余興の代わりに我等を屠った。

 

 才も、肉体の質を上げた回数も、既に常人が百度の生涯を繰り返し経験を蓄積しても至れぬであろう領域。

 

 敵を討とうとは思わず、関わるくらいならばこの心の底に存在を続ける人を滅ぼしたいという欲求すら捨て去り自害を選びたい程に我の心は敗北している。

 

 血煙が香る中、ほろ酔い気分で去って行った女だが、去り際に我の鼻に残り香が届くように布を落とし、我の方を見向き見せず指で指図する。

 

 ”この者を襲え”、人に従う謂われは無いのだと無視できる筈も無く、どの様な形であろうと奴と関わり合いになりたくないと引き伸ばしにしていた先日、風上に立った奴の匂いと僅かな殺気に心臓が止まりそうになった。

 

 

 

 

「ちょっとお前に命令するのじゃ。捨て駒にした人間じゃが、送り込むタイミングを間違えたので回収して来い。私様のミスが露呈する前にな」

 

 そんな折り、一刻も早く襲うべき相手を捜し出そうと焦る我に少し頭の足りなさそうな将が命令を下す。

 どうも操っている人間だが、捨てる際にさせる事があったにも関わらずそれより前に複数の命令を下して出発させてしまったとか。

 

 最終的に向かう場所は分かっているので先回りしていたが、漂って来た匂いは恐怖の対象から命じられたターゲットの物。

 想起してしまった女の姿によって心臓を潰されたと錯覚する程の恐怖に失禁し、意識が僅かな間だが完全に失われてしまう。

 

 

 だが、此処で奴を仕留めれば良いはずだ。

 奴なら容易く屠れる相手を何故我に任せたかは知らぬし、命令は今咥えている人間の回収。

 しかし、此処で殺してしまえば奴との関わりが切れる筈だ。

 

 

 

 神が従えと命じた将の命令に背こうとも、想起を続ける恐怖に震えようとも、奴との関わりを断ち切れるのならば……。

 

 

 むっ、別の人間が何かする気だな。

 練り上げている魔力からしてそれなりに鍛えられたようで、普通に戦えば我とて手こずるだろう。

 

 

 普通に戦えば、我がフェンリルでなければ、奴と同等の者が複数居て武装などの準備を整えていればの話ではあるのだが……。

 

 

 ……所で水着でもないのに何故上半身裸?

 露出狂の変態ならば少し怖いと思う我であった。

 

 

「先ずは様子見……等とまどろっこしい事をするべき相手では無さそうだ! 最初から全力で行くぞ!」

 

 ……ほほぅ。頭の変な人間かと思いきや、我の力を察して格上と判断したか。

 変態ではなく、それなりに出来る相手だと我も相手を評価し、獲物ではなく敵と見做す。

 もし奴がフェンリルを知っている様子なのに我に対して舐めた様子を見せるのならば様子見の攻撃の被弾など無視して突っ込み、絶望と後悔の表情を浮かべた頭をかみ砕いてやっていた所だが運の良い奴め。

 では、此方は何をするのか見せて貰おう。

 

 相手は此方を知っており、此方は相手の姿だけでは何をするのか皆目見当も付かない。

 未知とは戦いにおいて警戒に値すべき物の一つであり、敵と見なすべき相手なら尚更だ。

 

「大地よ! 筋肉を震わせ力を示せ!」

 

 ……うん? 大地の……筋肉? 全く意味が分からない!

 

「”ザ・フォーマー”!」

 

 半裸の男が大地を殴りつけ魔力を流し込んだ瞬間、土が耕され緑が芽吹く。

 ……植物操作、変異属性という奴か。

 

 人の子が使う魔法には時として他とは全く別物の場合が存在するのは与えられた知識で知ってはいたが、植物操作とは珍しい。

 我はこの時代に復活した瞬間に母の腹から生まれ落ちた身故に知らぬが、封印される前から存在した大人達ならば相対していたかも知れんな。

 

「”キャロットボム”! ”パンプキンクラッシュ”! ”ビーンズガン”!」

 

 相手の実力評価を上方修正、頭まで筋肉で出来ているタイプ(鬼族の同類)かと思いきや、連続して別種の魔法を放つとは。

 最初の魔法が下準備を担っているのか? 宙や水上等大地が手近に無ければ使えぬのだろうが……ふむ。

 

 逆向きに生えた人参が葉の部分から魔力を噴出しながら飛び出し、小屋ほどもある巨大なカボチャが我に向かって弧を描いて飛び出す。

 最後の魔法は巨大な豆の木が地中より出現し、膨らんだ鞘の部分が破裂し中身が高速で飛んで来る。

 

 左右から挟み込むように人参が、頭上よりカボチャが、正面から豆が我に襲いかかる中、前足に力を入れた事により咥えた男の肉体に食いしばった牙が少し深く入り込んだ。

 

 だが、生きていれば使えるのなら些事である。

 この男、我と同様に力を底上げされているらしいが、その方法が全く違い、故に使い捨てだと判断可能だ。

 力を水、扱う肉体を水差しに例えた場合、我が神獣将シアバーンに水差しそのものを変えられたのならば、この男は注ぎ口が小さく一度に出る量が少ないからと上の部分を切り落とした、と、その様な負担を考えず切り口から亀裂が広がる方法を選んだのだから間違いは無い筈。

 

「ウゥゥ……」

 

 まあ、故に多少手荒に扱っても出血死に繋がる四肢欠損等に至らなければ良いのだろう?

 首を動かし男を後方に放り投げる。

 放置すれば海に落ち、出血が悪化するか溺死するかだろうが、その前に回収すれば良いだけ。

 

 この程度の者を背中に乗せる屈辱に耐えられぬ以上、今から行う事に邪魔なのならば許される筈!

 

 

 さて、とくと見よ、人間。

 これが我の……否、フェンリルに眠っていた力。

 圧倒的な肉体の差を埋めるべく代々積み重ねて来た弱者の研究と研鑽を嘲笑う……強者の咆哮だっ!

 

 

「アァァァァァァァァァオォォォォォォォォォォォンッッ!!」

 

 我の声は物理的な破壊力を持って前方広範囲に広がり、海水を押し流しながら突き進む。

 空気が震え、声量に人間の女達が思わず耳を塞いで竦む中、我の咆哮と男の魔法が正面からぶつかり合った。

 

 拮抗? 威力の削減? その様な物は一切存在しない。

 

 

「なっ!?」

 

 どうやらフェンリルは知っていても黄金の毛を手に入れたフェンリルについては知らなかったらしく、男は自らの魔法が消え失せた事に動揺を見せる。

 

 

 これこそ我の力、人間を滅ぼす為の牙。

 今の我の咆哮には四属性全てを消し去る力が存在し、それは複合も変異も力の大小も無関係。

 

 磨き抜いた技は圧倒的な力の前には無意味なり。

 では、先程投げ捨てた男を回収しよう。

 

 余計な荷物を抱えた状態ではあの化け物が我をけしかけた相手と戦う危険は犯せない。

 今は去り、直ぐに戻って来よう。

 

 万全の状態で正面から叩き潰し、その肉を食らう事で我はあの恐怖から解放されるのだから。



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徒労

抜けてたよ


「逃げた……いや、退いたのか。何にせよ助かった」

 

 突然の襲撃者、更にそれに不意打ちを食らわせた半裸の先輩、そして現れた通常とは違う個体の神獣。真ん中は何か違う気がするけれど、巡るましく変わる事態に僕は精神的に疲れていた。

 

「あ、あの、ニョル先輩? 水着でもないのに何故裸ですの?」

 

 あー、ネーシャったら気にしなくて良いのに。

 まあ、これで”趣味だ!”とか”俺の筋肉を相手に見せる為だ!”とか言われたら金輪際関わりを断ちたいけれど、あの植物を操る魔法は興味深いからね、少し分かるよ。

 実益と忌避感の狭間で僕の心は揺れ動き、後者に傾きながらも返答を待つ。

 

「うむ! 海の上を走る際に最低限の消費で済ませる為に草を足元に出現させる事にしたのだが、落ちた時に服を着ていたら泳ぎ辛いからな! 未熟で恥ずかしい事に金鎚では無いが泳ぎが達者でも無い!」

 

 因みに”!”一回につきポーズを変えているけれど、その理由については誰も尋ねようとはしない。

 尋ねたくない、の方が正しいか。

 

 だって、尋ねたくないんだから。

 

「……尤もですわね」

 

 あっ、質問の答えはマトモな内容だよ。

 確かに筋肉は沈むし脂肪は浮かぶから体脂肪率が少ない上に筋肉量が凄い彼では確かに泳ぐのは大変と納得させられる一方、先代王妃の一件や普段の筋肉信仰的な発言に僕は混乱させられる。

 この人、マトモなのか変なのかどっちか分からないんだよなぁ……。

 

 まあ、筋肉信仰の時点でアレな人には変わりないんだ、善人には違いないんだけれども。

 何でも筋肉に変換しちゃうし、何となく理解している自分が嫌だ。

 レナスとかリアスなら息をするように理解しそうだけれど僕には到底だろうね。

 

「しかしあのモンスター……フェンリルでしたっけ? 魔法を咆哮でかき消した風に見えましたわ。神獣と呼んでいましたが、一体アレは……」

 

 一度サマエルに襲われたネーシャだけれど、流石にリュキに関わる存在だとは思い当たらない様子だ。

 まあ、”神獣”って総称は知っていたとして、所詮は伝説上の存在だから個体名全てを把握してしている訳も無いだろう。

 

 だから神獣と呼んでいても神が創造した本物ってよりは伝説のモデルとなった珍しいモンスターって認識だろう

 サマエルとかに関しては宗教関連の組織の構成員って所だと思う。

 まあ、宗教関連には違いないけれど。

 

「ロノス様、あのモンスターに関して何か情報は御座いまして?」

 

 うーん、未だちょっと話すのは早いかな? 話すとしても、それを切っ掛けにお別れって事になれば情報だけ持って行かれ、弱みとなりかねない。

 巻き込んでおいて不誠実な気がするけれど、ごめんね。

 

「ちょっと情報が少なくて何とも言えないよ」

 

 ……それに今は黄金の毛を持つフェンリルについて考える時だろう。

 あの咆哮による魔法のかき消しは力技で相殺した風には見えず、魔法を魔力の段階まで巻き戻す”マジックキャンセル”って魔法を使う僕だから理解した事がある。

 あの咆哮に込められた力も魔法の強制解除、それも広範囲に及ぶ上に咆哮自体に攻撃能力がある厄介な代物だ。

 

 ……光と反する闇にも有効な風に魔法の属性を無視して解除可能なのか、力の強弱によっては解除されないのか、消耗具合や前方にいる味方の魔法は解除しない取捨選択が可能な物なのか、そんな風に分析すべき事は多いけれど流石に一度見ただけで分かる程に僕は頭が良くない。

 

 いざ戦闘になった際、時属性なら平気なのに駄目だと判断して使わずにいたり、逆にあの力を使っていない咆哮を先に出して油断した所を魔法解除を込めた咆哮を使う可能性も有るし……。

 

「……今は考えても無駄か。ネーシャ、悪いけれど襲撃があった以上は報告が必要だし、四方を海に囲まれた此処に何時までも居られない」

 

「あら、それは残念。折角ロノス様と二人きりで居られましたのに。まあ、途中でお邪魔虫が……失礼、ちょっと迷い込んでしまった方が居ましたけれども」

 

「……それにしてもビックリしちゃいました。急に襲ってくる人が居ましたし、私とロノスさんの共同作業で無事に済みましたけれど」

 

 ネーシャとのデートが台無しになった事を謝るけれど、彼女は気にした様子を見せずに僕に歩み寄り、密着まで後少しという距離でニコニコと笑顔を向けてくる。

 これで安心、とは行かないんだよなあ。

 

 明らかにアリアさんに言葉を向けているけれど、状況が状況だった上にポイズンドラゴンの相手を任せた以上は強く言及は出来ない。

 でも、迷惑だったと言外に伝えているし、アリアさんも笑顔だけれどネーシャには遠回しに戦いで活躍しなかった事を指摘する。

 

 これが女性同士の戦いって奴、なのか……?

 

「まあ、何はともあれ今は向こう側に戻ろう! 酷使した筋肉は心身両方休ませねばならないからな! では、俺は再び走って戻る!」

 

 そう言うなりニョル先輩は海面に僅かに草を出現させ、それを足場にもの凄い勢いで走り去って行くけれど、出来れば置き去りにしないで欲しかった。

 この状況で去るってまさか逃げ……いや、止そう。

 

「と、兎に角僕達も戻ろうか。ネーシャ、氷の馬車ってもう一度出せる?」

 

「あら? 帰りはポチに乗って戻る筈と記憶していますわよ? 私、もう一度ロノス様と相乗りするのを楽しみにしていましたの。それに……」

 

 僕の真正面に居た彼女は立ち眩みでも起こしたかのように倒れ込み、僕の胸に受け止められる。

 慌てて肩を押さえれば上目遣いで此方をのぞき込んでいた。

 

「未だ元気そうなルメスさんと違い、情け無い事に私はもう限界でして。か弱い姿をお見せして情け無い限りですが、運んで下さると幸いですわ」

 

「う、うん……そうだね」

 

 この状況で断る事が出来るのは無謀な奴だけれど、ポチを呼んでから来る時間がこれ程長く感じたのは初めてかも。

 

「じゃあ、私も並んで飛んで行きます。前に一日使ってデートした時には未熟だった魔法も使いこなせるようになって来ましたし、ロノスさんに見ていただきたくって」

 

「一日使ってデート……」

 

 だって二人共、笑顔なのに凄く怖い。

 アリアさんの好意は知っているけれど、ネーシャの場合は籠絡の邪魔だからか?

 少しは好意を感じるけれど恋愛には発展していないだろうし……。

 

 アリアさんからは想いを伝えられていて、彼女が側室候補に挙がっている事も伝えているけれど、ネーシャの場合は存在する筈のない記憶が明確な臨場感やらその時の感情込みで蘇る事がある。

 

 これが修羅場とか複数相手に恋をする場合の心境って奴なのかと思う中、少し眠そうにしているポチが降り立った。

 

 

 ……寝ていたんだね。ごめんよ、ポチ。

 お昼御飯食べたら好きなだけ寝て良いし、遊びにも付き合ってあげるよ。

 

 眠そうにしながらもネーシャが乗りやすいようにとポチは自分から伏せの姿勢を取り、僕達が乗るのを待ってくれている。

 その姿に癒される反面、自分が疲れているのに気が付いた。

 

 クヴァイル家のアレコレに神獣やら何やらのゴタゴタは貴族としての教育を受けていても重く、時に貴族として育ったからこそ負担が増してしまっている。

 

 そうか、僕って本当に疲れていたんだね……。

 

「キューイキュイ?」

 

 そんな僕の心を察したのかポチは”大丈夫?”と心配そうな鳴き声を出し、頭を撫でやすいように持って来る。

 気が付けば触れていて、存分にモフモフの羽毛を堪能していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ~も~! か~わ~い~い~! 僕、完全回復! アニマルセラピー最高!

 

 こうして疲れからの脱却を果たした僕はネーシャと共にポチに乗って砂浜を目指し飛び立った。

 

 さて、リアスにも相談してみよう。

 野生の勘的な何かで良い案が出る可能性は0ではないし。

 



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許すからこそ

「リュボス聖王国の金山町で起きた襲撃事件の犯人と憑喪神、そして魔法を打ち消す咆哮を放つ巨狼、ですか……」

 

「うむ! にわかには信じられぬ話だろうが、信じて欲しい! この俺の筋肉に誓って嘘偽りは存在しないと誓おう!」

 

「筋肉に誓われても……」

 

 

 臨海学校、それも初日の午前に起きた襲撃事件。

 当然僕達は引率のマナフ先生に報告をしたけれど、話が進むにつれて胃痛でも発症した様子を見せた彼の言葉は予想の範疇ではあった。

 

「では、私が警戒を強めますので皆は夜に備えて休んでいて下さい。あっ、監督補佐の二人には働いて貰いますが、昼と夜で交代するように。どっちで休むかは二人で話し合って下さいね」

 

 

 僕達の話……気のせいでなければ特にルート先輩の話を聞いた事で困り顔になった彼だけれど、結論を口にする時には普段の教師としての物に戻り僕達に指示を出す。

 

 先輩は去年の付き合いがあるし、僕やチェルシーは何となく察しているんだけれど、アリアさんとネーシャは驚いている。

 アリアさんは僕達の様子から何かを察した様子だけれど、ネーシャは別だ。

 まあ、アザエル学園の詳細な学園生活については校外の人間には秘密にされているし、当然だろう。

 

「え? あの、先生? 今回は不測の緊急事態として臨海学校を中止にしませんの? 此処に来る間に冷静になって考えれば中止が望ましいのでは?」

 

 その結果、先生が下した結論は予定の継続で、ネーシャは当然だけれども理解出来ていない。

 まあ、普通ならば中止が当然なんだろうけれど、それはあくまでも普通の場合でしかないし、アザエル学園は普通の貴族が通う名門校って訳じゃない。

 ……王子やら大公家の嫡男、他国の貴族やらが通うんだから当然なんだけれども、そんな普通の対応をしないからこそ今回の合宿があるのさ。

 

「ええ、確かに不測の事態ですが……世の中には不測の事態がありふれていますよね? モンスターの異常発生や縄張りの変化から来る予想外の遭遇、そして王侯貴族ならば国内外に敵が多い筈。そんな生徒達だからこそ今回の合宿で鍛えるのですよ。不測の事態に対する対応を。だから不測の事態が発生したからと尻尾を巻いて逃げ出す訳には行きませんし……対処出来ない生徒は可哀想ですがふるい落とさせて貰うので大丈夫でしょう」

 

「振るい落とし? それは一体……?」

 

「おっと、話し過ぎですね。ルート君、後輩達には内緒で。ルルネード君にも伝えて下さいね」

 

「うむ! クヴァイル家の関係者の家だが黙っておかないと不公平だからな!」

 

 マナフ先生は口持ちに人差し指を当ててはにかみ、ルート先輩は豪快に頷く。

 振るい落とし……まあ、予想は出来るけれど、どちらにしてもトアラスが教えてくれるとは思えない。

 お祖父様がそんな甘やかしを許してくれるとは思わないから絶対口止めされているよ。

 

「大丈夫、僕達も聞き出す気は有りません。じゃないと今回の合宿を厳しい物にしている意味が無いですし」

 

 使用人は連れ込めない? 身の回りの事を自分達だけでする?

 甘い甘い、そんなのは序の口で、運動で例えるなら動き出す前の深呼吸みたいなものさ。

 

「……あ~、君は気が付いてましたか。でも話したら先生が困っちゃいますから勘弁して下さい。緊張で力を出せない生徒が居ると困りますし……昼に遊んでも夜に動ける力も無いのに遊び回っている子達は放置の方向で居たいので」

 

 相変わらず子供みたいな見た目に見合った物と教師としての顔が混じるなあ、この人。

 ……サラッと恐ろしい事を口にしているし。

 

「さて、僕達もご飯を食べたら休もうか。……リアスにフェンリルの件を話さないとね」

 

 あの子がどんな反応を見せるのか、怖い想いをしないのか、それがちょっと心配……なような、杞憂なような……。

 

「リアスだからなあ……」

 

 僕の呟きにネーシャが不思議そうにしているけれど、チェルシーとアリアさんは察した顔をしていた。

 

 

 

「え? 魔法を消したんだ、そのモンスター。厄介ね、少し。あっ、チェルシー、ソース取って。辛口の奴」

 

「はいはい、それよりも口元のソースをどうにかして下さいね。ほら、ジッとして」

 

 フェンリルとの遭遇を報告してから戻って直ぐ、ちょっとアリアさんとネーシャが笑顔で怖いオーラを放ちながら喋っていたんだけれど、砂浜では既に網焼きの準備がされていて海産物が並べられていた。

 ……ウツボダコは何故か無いけれど、下手な事を言ったら出て来るかも知れないんだから黙っておかないと。

 だってリアスの事だから忘れている可能性が有るんだし、沈黙は金なりって奴だ。

 

 そんなリアスはフェンリルの咆哮について聞いても平気な顔でホタテに真っ赤な激辛ソースをダバダバ掛けて食べている。

 それじゃあ味が全然分からないだろうにさ。

 

 それと口元は自分で拭きなって。

 

「ええっ!? 魔法が無効化されるんですよっ!? リアスさん、どうしてそんなに冷静なんですか!? まさか何も考え……いえ、何でも無いです」

 

 アリアさん、大丈夫。

 リアスはちゃーんと考えているからさ。

 ……気持ちは分かる。

 

「ええ、本当に怖いですわ。私なんて襲われたら何も抵抗出来ませんし……ロノス様、守って下さる?」

 

「……そうだね。”絶対に守る”なんて平気で言える事態じゃないけれど、君を守るのに全力を尽くすよ。でも、手が届かない時に何かあるといけないから可能な限り僕達の誰かと一緒に居た方が良い」

 

 不安そうにしながらもネーシャは計算高く僕に密着して顔を見上げて来る。

 まあ、これで二回目の彼女からすれば自分が狙われたのだから不安になるのも仕方が無いよね。

 

「そうですわね。ルメスさんと違ってドラゴンと正面から戦う力も持っていませんし、是非ロノス様のお側に置いて下さいませ」

 

 

 腕に抱きついて押し当てられる胸の感触にさっきの光景が浮かびそうになる。

 戦いの最中で集中して見なかったけれど、奇襲を避けた時に水着がズレて……いやいや、忘れろ!

 そもそも彼女が半分脱いでいたのが原因だし、意識しなければ……。

 

「あら? 私がどうかしまして?」

 

 意識しちゃ駄目だと言い聞かせたとしても視線はついつい向いてしまう物。

 当然彼女はそれを見逃さず、微笑みながらも更に胸を強く押し当て、時折左右に動かす。

 この子、予定外の露出には恥ずかしがって居たのに、今は平気だなんて……。

 

 短い付き合いで分かったけれど、彼女は利益や目的達成の為ならば感情を切り捨てられるタイプの人間だ。

 だからこうして色仕掛けを行っても平気だし、戸惑う僕を見て嬉しそうにしている。

 僕もレナが何かとボディタッチとかセクハラとかセクシャルハラスメントとか猥談を仕掛けて来るのもあって普通の相手なら受け流せる。

 心にちゃんと防具を装備して接するのさ。

 

 でも、心を許しだした相手なら防具を貫通して来るし、ネーシャにこうも反応させられるのはそんな理由からだろうね。

 これがリアス相手なら実の妹だし(しかも前世から)、素っ裸で寝ている姿を目にしてもお腹を冷やさないか心配するだけ、風邪は多分引かない。

 そんな当たり前の事は兎も角として、僕って経験有るのに動揺が酷くない? 

 

 寧ろ経験があるからこそネーシャをそんな光景に頭で当てはめてしまう事に戸惑いやら罪悪感を覚えつつある時、片方の腕にも少し違う質感の物が押し当てられた。

 

「あ、あの、私は魔法が通じなければ無力ですし、ロノスさんの側で守って頂けたら……嬉しいです」

 

「……私はこの足ですし、お邪魔でしょうが本当にお願いしますね」

 

「それならポチちゃんに乗ればロノスさんの危険も減りますね」

 

「ええ、貴女は飛べますし、私とロノス様で乗れば良いですわ」

 

 当然それはアリアさんの胸でネーシャ同様に不安そうにしながら強く抱き締めて来て、僕を挟んで火花が飛び散る光景を幻視する。

 うーん、奥さん複数人居る場合はこんな光景を前にどうにかしないといけないのか……。

 

「……」

 

 そしてリアスの沈黙が怖い!

 二人の胸に視線が注がれて居るし、根深い問題だぞ、これは。

 

 

 

 

「キュイ……」

 

「あっ、ごめんごめん。ほら、食べなよ、ポチ」

 

 ヨダレを垂らしながら良い焼き加減の海老を眺めるポチ。

 慌てて与えたら飛び跳ねる勢いで喜んで、殻をバリバリと噛み砕きながら食べている。

 

 可愛い! 凄く可愛い! 超癒される!

 

 

 ……ああ、今度時間を作れたらポチと一緒にのんびりしよう。絶対に!




短編も書いてます


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男装少女への冤罪

「いや、僕の相棒であるタマだって居るんだし、ロノスの負担にならないように状況を見て二人を避難させるが?」

 

 食事中に開始された痴話喧嘩や修羅場の類、それに呆れた僕がしたのは当然の提案だろう。

 今の時点では誰が狙われているのか分からないし、標的がロノスだったなら守らずとも良い相手を守りながら戦うという危険を冒すのだし、複数を狙っているにしろ彼女達が狙いにしろ、魔法が通用しない相手なら避難させておいた方が良い。

 

「ロノス、そのモンスターは海面を移動していたけれど宙を走っては居なかったんだな?」

 

「うん、実際走れないかどうかは別として、海の上を走ってはいたよ」

 

「……ならば最悪走れると想定しておこう。なら、走れないにせよタマかポチに二人を乗せて逃がした方が得策か」

 

 グリフォンであるポチとサンダードラゴンであるタマ、この二匹なら相手が宙を走れても逃げ切れる筈だし、相手の方が速いならどっちにしろ守りながらの戦いは厳しい。

 なら、二人を逃がして残った者で戦うべきだと提案すれば、守って貰いたいと言いつつ実際はロノスにくっついている方が重要だった二人も納得はしたようだ。

 

「まあ、それが一番ですわね。もしもの時はロノス様のご迷惑にならぬようにお願い致しますわ」

 

「わ、私もロノスさんのお役に立てない所かお邪魔になるのなら……」

 

 二人共ちゃんと分かっているな。

 此処で諦めの悪さを見せてごねたとして、それが通ってもロノスの心証は悪い物になってしまう。

 なら、せめて聞き分けの良さを見せる、それを瞬時に選んだのだから大した物だ。

 

 

 ……所で納得しつつも離れはしないんだな。

 ちょっと動きにくそうだし、食事中なんだから離れてやれ。

 

「ほら、ロノスの両腕を拘束してたら何時まで経っても食事が出来ないだろう。羨まし……いや、何でもない」

 

 思わず口が滑ったが、これは別にロノスに抱きつきたいとかではなく、彼女達のように女として誰かに甘えてみたいと思っただけだ。

 好意を持った相手に対し(皇女の方は何やら魂胆が有りそうだが)、それを隠す事もせずアピールまで行う。

 女である事を隠し、性別を偽るのを辞める事が許される年齢になれば気軽に誰かに甘えれはしない、そんな僕からすれば二人は心の底から羨ましい。

 

「そ、そうですわね。名残惜しいですが離しましょうか。ロノス様のお邪魔ですし」

 

「ですね……」

 

 僕の言葉に渋々離れる二人だが、さっきより少し僕から距離を取っている。

 ……複雑な心境だが、大して親しくもない異性から好きな相手への好意からの行為を羨む発言を向けられれば少しは感じる物があるだろう。

 

 この状況、胸を両側から強く押し当てるという、やっていた事がやっていた事だけに僕がドスケベ発言を平気で行う奴と思われてはいないか? 

 

「あらん、ヒージャちゃんったらロノス様みたいにモテたいのね。でも、名門一族の跡取りなのだしモテるんんじゃないのかしらん?」

 

 僕の性別を知っているのはロノスだけなので女性陣からの視線が少し冷たい物に変わった時、隣から楽しそうに茶化す声が聞こえる。

 拷問貴族ことルルネード家の嫡男、助け船を感謝しよう。

 

「いや、訓練訓練で女性と接する機会は少なくてな。女性軍人も居るには居るが、風紀の問題で軍内部で異性と堂々と親しくは出来ない」

 

「職場恋愛禁止なのね。大変よねえ、軍のお仕事って」

 

「……ああ、大変さ。だから嘘かどうかは知らないが、共和国の軍部内には同性のカップルが多いらしい。禁止はあくまでも異性間だからな」

 

 この状況、そのまま放置される方が辛い物があり、無理に話題を変えようにも頭の片隅には残ってしまうだろう。

 ならば冗談を交えつつ話題を変えるのが一番で、彼の言葉はその切っ掛けとなってくれた。

 

 ウインクを飛ばす彼に僕もハンドサインで感謝を伝える。

 

「恋愛と言えば君は大公家の次期当主の婚約者なのだろう? 彼は呼ばなくて良かったのか?」

 

「一応呼びには行ったんだけれど、あのアホ、相部屋になった奴と猥談で盛り上がってたのよ。ベッド同士の間を遮るカーテンを開けて寝転がって体を休めながらね。余りに酷いから誘うの止めたわ。……それにリアス様と仲が悪いし」

 

「仕方無いじゃない。彼奴がアンタを王国の方に連れて行くんだし、何か気に入らないのよ。仲が良いから婚約に反対はしないけど、友達を取られるみたいで嫌なの」

 

 嘆息しながら婚約者を誘わなかった理由を話す彼女に対し、ロノスの妹は拗ねた様子で語る。

 家同士の関係で幼い頃から付き合いがあるとは聞いていたが、上下関係が有っても、それ以上に友人として随分と仲が良い事だな。

 

 ……僕の場合は同性の友人は居ても実の性別は知らない。

 女同士で気軽に付き合える相手は羨ましいな。

 

 

「あっ、そうだ。ご飯食べたらお風呂に入りましょう! 潮風で髪がベタベタするし、お互いの背中を流しましょう」

 

「いや、私と貴女のログハウスは別じゃないですか。確かご一緒の方は……」

 

 少し甘える態度を向けられた彼女が視線を向けるのは皇女だ。

 本来は特に関係が無い家同士で組む事になっていて、僕とロノスの場合は事情が事情だけに仕方が無かったんだが、急遽転入が決まった彼女の組み合わせに教師陣は悩んだとか。

 彼女が入って来るまで女子生徒は偶数人だったのだが、二人用のログハウスを三人で使わせる訳にも行かない。

 ならば一人だけペアが無しになるのだが、誰が適切かと言えば……。

 

 

「あっ、じゃあ私の所に入りに来ませんか? 他に誰も居ませんし、気兼ねしなくて良いですよ」

 

 まあ、闇属性であるアリア・ルメスしか居まい。

 忌み嫌われている闇属性な上に入学早々に王子から敵視される姿を目撃された彼女と同じログハウスに自ら志願する所か割り当てられるのもごめん被るという生徒は多い筈。

 まさか脚の悪い皇女を一人部屋にも出来ず、その結果がこれだ。

 

 そんな彼女からの提案だが、既に交友のある二人は受けるらしい。

 友人同士で一緒のお風呂、か。

 僕も水着姿で泳ぎの練習をする時に風呂場を使ったが、あの時と違ってワイワイキャイキャイ騒ぎながら入るのも楽しそうだ。

 何せ貴族の入浴なんて使用人の世話付きが当然で、リラックスするにしても横からあれやこれやと手や口が出ていては出来やしない。

 それが当然という生活を送っていれば平気なんだろうが、僕の家は自分でやっているからな。

 使用人に世話されながらの入浴なんて想像も出来ないな。

 

 

「まあ! 皆様でお風呂なんて素敵ですわね。私もご一緒願いたいですわ」

 

 当然、その輪に皇女も加わりたがる。

 ロノスの妹であり、聖女と称されるリアスとの繋がりも強めたいのだろう。

 

「……私は行くとは言っていないけれど、これって行く流れですね。じゃあ、お流ししますけれど、リアス様のゴリラパワーで洗われたら皮膚が不味い事になるので私は自分で洗いますから」

 

「ちょっとっ!? ゴリラパワーって流石に少しだけ失礼じゃないの?」

 

 ……いや、ちょっとで済むレベルじゃないと思うのだが、当人が良いなら大丈夫……なのか?

 

「……僕もさっさと風呂に入って休むとするか」

 

 夜中に行事があるとは伝えられてはいるものの、詳しい内容は秘密になっている。

 だからこそ軽いレクリエーションと思って日中から遊び回っている連中が居るが……それと強制的に筋トレをさせられているのも若干名。

 

「皆、分かっているとは思うが油断無きように」

 

 一応忠告だけ済ませ、僕はひとまず先にログハウスに戻らせて貰う。

 ……一度眠ろうとした所を食事に誘われて来たからか少し眠いな。

 風呂で眠らないようにしなければ……。

 

 

 この時、少し寝ぼけた頭でいたせいでハプニングが待っているのだが、この時の僕は想像すらしていなかった……。



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寝ぼけたアンリちゃん

「あ~! この開放感が堪らない! 矢張り風呂は何よりの幸せだな」

 

 大きくなりつつある胸を締め付けるサラシも、喉仏の有無を隠す為のチョーカーも脱ぎ捨てた僕は生まれたままの姿で風呂を満喫していた。

 この前此処に入った時は水着だった上に泳ぎの練習という余計な要素があったが、今はたった一人で風呂を独占、ゆっくりと日頃の疲れを癒やせた。

 

 普段は特訓特訓と気が休まる暇も無く、性別を隠す為に人目を気にしなくてはならない毎日は本当に窮屈だ。

 だからこそ、ロノスという僕の性別を知る友人は貴重かつ有り難いのではあるのだが……。

 

「うっ。今更ながら意識してしまうな。落ち着け、僕。向こうは僕をちゃんと女の子扱いはしてくれるが、異性として意識している様子は無いだろう。変に気にしなくても良い」

 

 年頃の男女が一つ屋根の下、しかも軍の任務で同行している訳でもないのにだ。

 さすがの僕でも色々と考えてしまうものの、肝心の相手は僕の性別を隠すのには丁度良い程度にしか考えていないらしいのが少しだけ腹立たしい。

 

「いや、意識されても困るが、全くされないのは複雑だぞ?」

 

 自らの胸を持ち上げて揺らしながら体をマジマジと眺めれば、細身ながら筋肉質で傷跡だらけの女の子らしさが足りない体。

 これでは意識されない筈だと口元まで潜って泡をブクブク出しながら水練の時の様子を思い出していた。

 

「わわっ!? 離さないでくれ!」

 

「浅いんだから大丈夫だよそれよりもしがみついていたら練習にならないよ」

 

 可愛い水着は人前で着られないから、そんな理由から女の子らしい水着を彼奴に見せて、そのまま練習に付き合って貰った。

 まあ、途中で沈んだ状態から起き上がった時に紐が解けるってハプニングも有ったが、直ぐに目を逸らしたから見られてはいない……筈。

 裸を見られたのは初めてではないが、僕だって女の子だから一瞬だろうと恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「今思えば凄い事をしたものだ……」

 

 年頃の男女が二人きり、邪魔の入らない場所で水着姿だろうと混浴。

 いかがわしい事が起きそうなシチュエーションであり、ロノスが僕を組み伏せるのは有り得ない上に腕力的問題で無理だが、勢いに流された僕がどうかしてしまう可能性だってあった筈だ。

 

 虹色オオミミズの一件で体験した性的興奮、効果が切れた今でも時折疼きを覚える事がある。

 あの時、ロノスが迫って来て、僕が受け入れた場合、どうなっていたんだろうか。

 

 水着を剥がされ、胸を乱暴に触られながら唇を奪う事で黙らされる。

 

「……んっ! あぁ……うっ」

 

 彼奴の指が僕の体を這っている妄想をしながら指を動かし、一番刺激が強い所を集中的に力を込めた。

 

 ……もし今の想像通りの事態になっていた場合、家は弟が継ぐとして僕は何処かに嫁入りする事になるだろうし、だったらその先は……。

 

「その場合、今頃は女の子として……ひゃっ!?」

 

 快感が上限まで達し、暫く呆けながら呟いた僕は視線を感じて窓を見上げる。

 

「ピッ?」

 

 僕の変な声が聞こえて気になったらしいタマが心配そうにこっちを見ていた。

 

 ……見られたっ!? い、いや、大丈夫! 

 

 タマの言葉が分かるのは僕と同じ訓練を受けた龍騎士の面々だけだし、次に会うまでは暫くあるから話題に上る事も……あっ。

 

 

 

「タマ、何でもないからポチにも秘密にしてくれ」

 

 ポチはグリフォンで、グリフォンだからドラゴンの言葉は理解可能、つまり……。

 

「ピー?」

 

「ああ、本当だ。強がりじゃない。何かあれば君には話すだろう?」

 

 タマからポチに伝わり、それがロノスに伝わった場合、僕がナニをしていたのか知られてしまう可能性がある。

 それだけは避けなくてはっ!

 

「そろそろ出よう。頭がボーッとするしな……」

 

 息が少し荒くなったし、体も熱い。

 夜に備える為に風呂から上がり、体を拭いたバスタオルを体に巻いて脱衣室を出た。

 寝間着は持って来ていない。

 いや、そもそも寝る時は全裸派の僕は屋敷で風呂場から部屋に移動する時のみ着る服こそ持っているが、部屋に戻って寝る時は下着すら脱ぎ捨ててベッドに寝転がるんだ。

 

「ロノスは……居ないな。出ているのか?」

 

 ドアを少し開いて部屋を見れば既にカーテンでベッドの周りが仕切られた部屋が目に入るが彼の姿は見当たらない。

 バスタオル姿でも……ああ、眠くて頭が働かな…い……。

 

 半分寝た状態でフラフラとベッドまで向かい、バスタオルを脱ぎ捨てて飛び込む。

 ……あれ? こっちが僕のベッドだった?

 

 まあ、良い…や…。

 持って来た覚えのない抱き枕が有るけれど、多分忘れていなかったのを忘れて……。

 

 

「すぅ……」

 

 少し暑いから邪魔とばかりに掛け布団を投げ捨て、何時もみたいに腕と足を抱き枕に絡めて眠る。

 少し抱き心地が変な気もするけれど眠気が勝ったから僕は……。

 

 

 

「キュイキュイキューイ!」

 

「ピーピーピー!」

 

 ……何だ、もう起きる時間なのか。

 二匹の腹時計を当てにし、夕食の時間少し前に起こすようにしていたので可愛い鳴き声に起こされたのだが、どうも訓練の時と違って瞬時に頭が働かない。

 起床の掛け声と共に起きる時とはリラックスしているかどうかの違いがあるからだろうが……。

 

「うん?」

 

 あれ? 僕のベッドに何故ロノスが……。

 

 頭がハッキリして来ると目の前にロノスが居るのに気が付き、徐々に寝る前の事を思い出す。

 僕、間違ってロノスのベッドに潜り込み、その上で先に寝ていた彼に抱き付いた?

 しかも全裸で……。

 

「ひゃ、ひゃわわわわわっっ!?」

 

 思わず大きな声が出たけれどロノスが起きる様子は無い。

 

「……無かった事にしよう」

 

 このまま起きる前にベッドから去って何食わぬ顔で接すれば良い、そんな風に考えた僕は移動しようとし、緊張でバランスを崩す。

 そのまま僕の顔はロノスの顔に向かって行き……。\

 

「あ、あう……」

 

 咄嗟に腕を出して顔面衝突は避けたけれど、それでも唇が僅かに触れてしまう。

 事故ではあるが、キス、それも生まれて初めての物となれば乙女として少し複雑な物がある。

 何せロノスは親友ではあるが恋人ではないのだから……。

 

「うん。少し慌てるのが馬鹿馬鹿しくなって来たぞ。考えれば此奴にそこまで意識してやる必要は無いじゃないか。しかし起きないな。乙女のファーストキスを奪っておきながら目覚さえしないとは」

 

 普段の此奴ならポチが鳴いて起こそうとした時点で目を覚まし”よく起こしてくれまちたね~。ポチは本当に賢い子でちゅね~”とか言うはずだ。

 まあ、過去現在未来において世界一可愛いタマには劣るものの可愛いのは理解出来るし、ペットなんだから溺愛して当然だろう。

 

 そんな彼が起きない所を見ると余程疲れているのだろうか?

 

「……もうちょっとだけ」

 

 今の僕は全裸で彼のベッドにいる訳だが、直ぐに服を着るべきと分かっていても興味が湧いて顔に手を伸ばす。

 頬を引っ張ったり耳に息を吹きかければ反応はするが起きはしない。

 此処まで来るとどのタイミングで起きるのか気になって来たな。

 

「……ほら、今直ぐ起きたら好きに触らせてやるぞ」

 

 彼の上に座った状態で腕を掴み、胸の近くまで持って行く。

 ……そこで正気に戻った。

 

「僕は何をやっているんだ……」

 

 今の状態で起きてしまった場合、両足の間が丸見えな上に事故で本当に胸を触らせてしまうだろう。

 ……うん、ちょっと寝ぼけが過ぎたな。

 

 慌てつつもロノスを起こさないようにベッドから飛び降り、慌ててパンツを穿きサラシを締める。

 また締めるのが大変になって来たな……。

 

「……どうにか小さくならない物だろうか」

 

 さて、着替えは更衣室に置き去りにしていた筈。

 ロノスが起きる前に着ておかんとな。

 

 さっきまでの事は忘れて何時も通りに接しよう。

 向こうは寝ていたから態度が変わっても理由が分からないだろうし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、ベッドに入り込むとか恥ずかしいだろうから寝たふりをしていたけれど、これなら拘束から抜け出した方が良かったかも。でも、アンリって力が強いから無理にしか引き剥がせないんだよな……。それにしても寝ぼけにしても暴走していたし、疲れているのかな?」




そろそろマンガ第二段発注予定


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夜のイベント

マンガ、見積もり出しました 返事は未だです


 お昼寝中、目を覚ましたら親友が裸で抱き付いていたらどうするべき?

 

「困った……」

 

 苦しさから目を覚ませばアンリの手足が僕に巻き付いて締め上げている。

 ……彼女、寝ぼけた時は酷いからボケッとしながらベッドに入ったんだろうなあ。

 

 彼女の家では相棒であるドラゴンとの意志疎通を図る為に一緒に過ごすけれど、抱き付いて眠るからか何かに抱き付いて眠らないと落ち着かないと聞いた事がある。

 今は抱き枕を使ったり、掛け布団を丸めて抱き付いているけれど、寝ぼけて僕のベッドに入ったら僕が居たから抱き付いた、って所だろうね。

 

「でも裸で眠る癖があるとは知らなかった……」

 

 レースでデットヒートを繰り広げた僕達だけれど、数日に渡るサバイバルの時も一緒に夜を明かしたって訳じゃないし、親友であっても異性相手に裸で眠っている事を伝えばしない。

 

「抜け出せ……無いよね」

 

 彼女の手足の力は凄まじく、無理に跳ね除ければ起こしてしまいそうだ。

 そう、親友に寝ぼけて裸で抱き付いたって不味い事態に陥っている事を知らせるって事で、絶対恥を掻かせる事に繋がる。

 

 多分少しの間は気まずいだろうし、僕が取るべき選択は一つ……。

 

「よし! 寝たふりをしていよう。……こんな事なら風呂を待って起きていれば良かったよ」

 

 魔法が効かない相手という精神的負荷がリアスの言葉で無くなった反動からか一気に眠くなり、僕は少し海水でべたつくのも気にせず眠ってしまったけれど、その結果がこれだ。

 

「だから私は前々から入浴はきちんとするように……」

 

 あっ、メイド長の小言が聞こえた気がした。

 

 普段の小言を無視した結果がこれだし、反省するしか無いけれどさ……。

 

 

「流石にこの状況は無いよ……。僕が何をしたって言うんだ……」

 

 視線をアンリの方に向ければ気持ち良さそうに眠っているけれど、身動ぎすると時々……まあ、何処とは言わないけれど見えるんだよ、先端がさ。

 

 

 結果、僕は狸寝入りを決め込むけれど、テンパって暴走したアンリが無理に起こそうとしたりして……。

 

 

 

「僕は何も見ていない……」

 

 一瞬だけ薄目を開けた時、僕に跨がる彼女の全身、それも重要な所は……うん。

 僕は何も見ていない……そう思っておこう。

 

 

「お兄様、こっちこっちー!」

 

 軽く夕食を済ませ、ポチと遊んで気力を充実させた僕が集合場所である森の前まで来れば既にリアスの姿があった。

 ハルバートの柄を持って肩に担ぎ、同部屋のネーシャと話をしていたけれど、僕に気が付くなり手を振って来る。

 

「ちょっと良いか? この行事だが一緒に……」

 

「もー! 一番先に来たら待ちぼうけで退屈だったのよ」

 

「あ、あの、ルクス王子が何やら話し掛けて居ますわよ?」

 

 僕と同じタイミングで来ていたらしいルクスが何やら話し掛けているけれど完全に無視し、それに困惑するネーシャと一緒に向かって来る。

 って、周りに人が居るんだからハルバートは布にくるんで背負わないと。

 持ったままの手を振らない!

 

「リアス、ハルバートを周りにぶつけないようにね」

 

「大丈夫大丈夫。素人じゃないんだし、その程度分かってるって」

 

 この臨海学校は武器の持参が許可されているだけあって他の生徒にも武器を持参しているのがチラホラと。

 持って来ていないのは魔法に自信があって武器の扱いを疎かにしているのか、それとも所詮は学校行事だと侮っているのか。

 それに……。

 

「見てよ、この宝石細工。綺麗でしょ」

 

「私なんて黄金製の槍よ」

 

 戦う為の道具としての武器じゃなく、装飾品の意味合いが強い物を持参している。

 普段は学校に持ち込めないし、これを機に財力を見せびらかす事で家の力をアピールしたいって所か。

 

「……アレがロノス・クヴァイルの武器!? 変な形の剣だし、ボロボロだな」

 

「武器は飾りですって感じでゴミ捨て場から失敗作を拾って来たんじゃ……」

 

「此処は武器をお貸しして交流を深めるチャンス? 周りがちゃんとしたのを持っているのにガラクタなんて恥ずかしいだろうし」

 

 おーっと、確かに刀は東の大陸の武器だから一般的じゃないけれど変な形とは失礼な。

 それにボロボロって……怒ってるよ。

 

 僕が持って来たのは夜鶴と明烏だけれど、夜鶴は刀身だけで三メートルもある大太刀、森の中で戦うのはちょっと扱いづらい。

 だから今は明烏だけを携えているけれど、喋れはしなくても意志は持っているから侮辱の言葉に怒って僕に八つ当たりとしてビリビリと軽い静電気っぽいものを送って来ている。

 

 はいはい、生徒同士の戦いがあったら武器をへし折ってやるから我慢してよ。

 鞘の上から刀身を撫で、心の中で宥めれば怒りを収めてくれはしたけれど、今回のイベントで思う存分振るってやらないと暫くは不機嫌が続きそうだ。

 

「はーい。皆さん、お喋りは一旦止めて話を聞いて下さいね」

 

 これから始まる行事がどんな内容なのかは事前に説明されていなくて、武器の所持が許可されているから戦いがあるとは分かるけれど、矢張り気が弛んでいるのかお喋りをしていたし、中には遊び呆けていたのか眠そうにしているのも。

 

 そんな生徒達に向かって台の上から話し掛けたマナフ先生は、小さな珠が埋め込まれた地味な腕輪を掲げて見せた。

 同時に先生が操作するゴーレムが腕輪を入れた箱を差し出しながら回っている。

 どれを選ぶかは自由……って事はこの時点から始まっているのか。

 

 ゲームにはなかったイベントだし、特にヒントは無いので僕は直感で選ぶ事にした。お

 

「今から初日の行事の説明をしますからちゃんと聞いて下さいね。簡単に言うとポイントを稼ぐハンティングです。森に生息するモンスターや先生が放ったゴーレムがポイントを持っていて、倒した相手のポイントが手に入ります。強い相手程ポイントは多いですよ」

 

 説明を聞き、臣白そうだと盛り上がる生徒や面倒そうな表情を見せる生徒と反応はバラバラで、少しザワザワし出したけれど先生が手を叩く音で静まった。

 

「はいはい、静かに静かに。このハンティングはペアで行いますので腕輪に魔力を流して下さい。同じ数字の人がパートナーであり、一度流した魔力の持ち主にしか反応しないので交換は無理ですよ。ああ、でも数字無しの人が一人だけ居ますが、パートナー無しです。……では、此処から重要ですけれど……ポイントが一定以下の人は帰って貰いますからね」

 

 その言葉に動揺が走る中、大きな声と共にアンダインの挙手が突き出された。

 

「質問宜しいでしょうか! 各モンスターごとのポイントと必要ポイントはどの程度なのでしょうか!」

 

「秘密です。もう説明は終わりですよ」

 

「なっ!?」

 

 普段は優しいってよりは甘い感じのマナフ先生はアンダインの質問を切り捨て、動揺する生徒達に背を向けて台から飛び降りる。

 

「じゃあ、スタート!」

 

「え? ちょっと待って……わっ!?」

 

 引き留めようとしたアンダインと先生の間で地面から壁がせり上がり、それが沈んだ時には既に先生の姿は無い。

 

「ど、どうしよう!?」

 

「先ずはえっと……」

 

 カウントダウン無しの開始宣言、当然呆然と立っているだけの生徒が多い中、僕同様に素早く魔力を流した生徒の中にパートナーが居たのは幸いだっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……げっ」

 

 それが”よりにもよって”な相手でさえなければなんだけれど……。

 だから思わず漏らした声が小さかった僕を誉めてあげたい。

 

 

 



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最悪の組み合わせ

 貴族社会ってのは面倒な物で(それは貴族以外でも同じだけれど)、ぶん殴って地面に叩き付けた後、馬乗りになってラッシュをお見舞いしたい相手であっても表面上は愛想良くし、裏では足を引っ張り踏みつけにするチャンスを窺っているものだ。

 勿論それは相手も同じだから余計に厄介な話で、僕も両親を暗殺した上に自分達兄妹を必要とあらば始末する(確信!)お祖父様が好きじゃないけれど敵対したら手痛い所じゃない反撃を受ける。

 レナスが味方をしてくれる可能性は高いとして、ゲームでの過去設定として存在するマオ・ニュとの相討ちだって可能性が高いし、正面戦闘より暗殺とかの不意打ちを得意なあの人相手じゃ僕達が殺される可能性の方が高いか。

 

 未熟な子供じゃなく、経験を積んで力を手に入れた今だからこそ、正面戦闘でもキツい厄介な相手が本来のスタイルで命を狙って来るんだからさ。

 

 ……僕達は”最強のラスボス”じゃなかったのかって?

 いや、ゲームで最強だったのはリュキの悪心の力を吸収したからで、ゲームよりも鍛えていたとしても経験が段違いだ。

 使える魔法や装備には自信があっても相手は倍以上の年月を生きている戦闘の本職、何時かは勝てるだろうけれど、今はその時じゃない。

 

 

 勝てる勝てない以前に敵対しないのが一番なんだけれどさ。

 

 

 

 

 まあ、此処までは”身内だけれども敵でもある”ってパターンの話で、僕の目の前に今存在する男は立場的にも個人的にも味方ではない、寧ろ敵寄りの相手だ。

 

 

「ロノス、お前が俺のパートナーか。……リアスが良かった」

 

 相変わらずのクール系の顔を少し残念そうにするのは僕にとって気に入らない同級生の中でもトップに入る男だ。

 よくもぬけぬけと言うもんだよ、全くさ!

 嫌われているのに気が付いていないの?

 

「君が妹のパートナーで無いって点では僕が君のパートナーで良かったよ、ルクス」

 

 そう、僕と今回限りとは言えパートナーになったのはアース王国第一王子であり、初日からリアスに喧嘩をふっかけた男でもあるルクス・アース。

 陰口でマザコン王子って嘲り笑われている奴で、アリアさんとは非公式ながら腹違いの兄妹でもある。

 

 ルクスと僕は互いに嫌そうな顔を隠そうともしないけれど、敵対感情を今更隠す必要の無い相手だから別に良いだろう。

 いや、隠しても無駄だって話か。

 

 何せ入学初日から僕の可愛い妹に叔母上様の身内だからと喧嘩を売り、それに負けたら付きまとうって奴だし、大勢の前で暴力を振るう程に敵意を送っていた(今は違うみたいだが周囲からすれば同じ)アリアさんと僕達は仲良くしている。

 

 大体、此奴の母親の駄目っぷりと現在王国の実権を握っている叔母上様が比べられて貶されるからマザコン男からすれば気に入らないし、王子派からすれば僕達は現王妃派みたいなものだろう。

 

 ……政争を避ける為に叔母上様は王との間に子供を作らない方針だろうけれど、あの人が気に入らない連中が信じる筈もない。

 

 結果、今現在リアスを除くクヴァイル家の人間が気に入らないルクスと僕は政敵だと認識されている訳で……。

 

 

 

「え~! お兄様達と一緒じゃないの~? って言うか私だけ一人かあ……逆に楽しそう! じゃあ、張り切って行こうっと!」

 

 そんなリアスがまさかのパートナー無しで少し心配。

 

 いや、後先考えず居眠りで時間オーバーとか有り得るし、それ以外にも周りの被害を考えずに暴れて木をなぎ倒したり魔法を放ったりとか……。

 

「ロノス、君の妹も心配だが、僕は君達が心配だ。喧嘩して共倒れは避けてくれよ? 確かに暴走したゴリ……暴れ馬を放置するのは心配かも知れないが彼女だって一流の戦士だ。信じてやったらどうだ?」

 

「うん、そうだね。あの子は自分の力の使い方を心得ている。心配も度を超せば侮辱だった。ありがとう、アンリ。じゃあ、お互い頑張ろう。競争する?」

 

「ああ、順位が知らされるかは分からないが互いに撃破数を覚えておけば良いだけだ。悪いが負ける気はない。この勝負、僕の勝ちだと先に言わせて貰うよ」

 

 アンリが突き出した拳に向かって僕も拳を出してぶつける。

 ふふん、後で赤っ恥を掻くぞ、その言葉は。

 勝つのは君じゃなくて僕なんだから。

 

「じゃあ、僕は行くよ。……パートナーが即座に動けなかった生徒なのは心配だが、軍属の僕ならハンデに丁度良い」

 

 アンリの腕輪と同じ数字の物を装着しているのは先生の説明後に即座に動けなかった生徒の一人、但し眠そうにはしていないから体をちゃんと休めたグループか。

 チラッと見ればフリートは半分眠っている女子生徒に頭を抱えているし、チェルシーは直ぐに動けた相手と既に森に入ろうとしていた。

 アンリも駆け出して居て……。

 

 

 

「所でアンリ、リアスを暴走ゴリラって言わなかった?」

 

「……言い間違えだ。暴走した暴れ馬と言い直しただろう。では、お先に!」

 

 これ以上は不味いと思ったのか去って行くアンリ。

 ……いや、馬やゴリラってのは別に良いんだけれど、”暴走した”とか”暴れ”ってのは酷いからね?

 

「あの子は滅多に暴走しないし暴れ回ったりしないのにさ……」

 

 偶にするのかって? するよ。

 あの子は決断力と行動力が盛んだし、それが長所なんだから、時には行き過ぎてしまうものさ。

 周りが助ければ良いだけだし、直す必要は無いんじゃないかな。

 

 

「……アリアのパートナーは誰だ? 妙な真似をしなければ良いが……」

 

 ルクスが心配そうに呟きながらアリアさんを探すけれど杞憂とは言い切れないのが闇属性である彼女の現状だ。

 この機に闇討ちを狙う者、そこまで物騒でなくともモンスターとの戦いを邪魔して今回の臨海学校から早期脱落をさせようとする者。

 ちょっと考えただけで思いつくし、他にも居るだろうね。

 

「まあ、問題は相手が誰かで……うげっ!」

 

 当初は敵意だらけだった癖に、ルクスは急に兄貴面で彼女を心配している。

 ちょっと虫が良すぎるとは思うけれど、アリアさんの味方が増えるのは悪い事じゃないとは思うんだ。

 彼の僕らへの敵意は母親への……身内への愛情を拗らせた結果であり、根本的には身内への愛が強い奴なんだろう。

 ……ゲームでは腹違いの妹と知りつつ愛の逃避行を選ぶ程の拗らせっぷりだけれど。

 

 だから今回は彼の言葉に反発の意思は示さずにアリアさんを探し、パートナーを見つけたらしい彼女を発見、それが誰かを認識するなり声が漏れ出た。

 

 だって……。

 

 

 

 

「あら? 私のパートナーは貴女ですのね。運命の悪戯って恐ろしいですわ」

 

 今日修羅場になっていたネーシャが彼女のパートナーだったのだから……。



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弱点発覚

ダウンロードしたテリワンのレトロやってた

二日目でキングレオとゴールデンゴーレム作成

神父の 約束ですからね……の……はモンスター奪われた恨みだと思うww


 アマーラ帝国皇帝の養子であり国を跨いで商売を行うヴァティ商会の娘である私には多くの敵が存在しますわ。 

 それは他の養子を少しでも良い場所に嫁がせたい者達であり、商売敵であり、帝国そのものの敵なのですが、敵だろうと味方だろうと重要なのは利用価値が存在するかどうかであり、個人的な感情は無視すべきであるというのが私の考え。

 

 それが出来ず、庇護対象として下に見ていた二人に良い所を見せようとした結果が現在の私。

 右足に不自由を抱え、皇族との血の繋がりを無かった事にされてでも、次期皇帝となった妹よりも低い地位に就いている。

 

 私の存在を知る者は僅かながも存在しますが、記録上の存在が否定されれば実在していても存在を否定されるのがこの世の中。

 だからこそ利益こそを第一とし、個人的な敵意など抑え込もうと思っていたのですが……。

 

「……よりにもよって」

 

 自分の番号を確認し、人混みの中に遅れずに腕輪に魔力を流した事で表示された同じ番号を発見した時、愚鈍な輩と組まされずに済んだ事に一安心し、誰なのかを認識して歯噛みする。

 

 アリア・ルメス、無駄な争いは周囲からの好感度を下げるだけと止していますが、どうも仲良くしたいとは思えない相手。

 私が嫁ぐ事になりそうな相手であり……まあ、どうせ婚約するならば心を通じ合わせた方が色々と都合が良いロノス様に好意を抱く恋敵のような存在。

 

 未だ私のこれは恋心とまでは言えず、心を許しても良い寄りかかれる相手程度の認識ですが、本当に何故か彼女は気に入りませんわ。

 

 まるで彼女の存在によって一度も恋をした事のない筈の私の初恋が悲恋に終わったかのような錯覚が消えず、そして家の力ではなく私自身の力で彼女に勝ちたいと思ってしまう。

 

 ……本当にどうしてしまったのかしら?

 命を救われ、何度も守って頂いたからと恋に落ちるような恋に恋する生き方はしていませんのに、家同士の繋がりの為の結婚相手と強い心の繋がりを欲し、利益を生まない争いをしようだなんて私らしくも無いですわね。

 

「……ですが、私的感情は捨て去りませんと」

 

 それでも一縷の望みに掛けてお互いの数字を確認し、矢張りパートナーであると確認。

 この世に神は居ないのか、余程ろくでもない性格なのでしょうね。

 

 「……裏に気が付いています?」

 

 まあ、理由の分からない敵意は受け入れるとして重要なのは彼女が明言されていないルールに気が付いているのかどうか。

 未だ周囲にいる連中に序盤で知られるのも面倒ですし、私も明言せずに問い掛ければ静かに頷いたのが見えましたし、戦う力だけのお馬鹿さんではないのですね。

 ……そうだったら楽でしたが、今は助かった。

 

 

「一つ提案がありますけれど、今回は最初から最後まで力を合わしませんこと?」

 

 説明されたルールでは①モンスターやゴーレムがポイントを持っている ②倒した相手のポイントが手に入る ③時間終了までに一定以下のポイントだった場合は帰宅

 

 ……ですが、集めるポイントは二人の合計値なのか各自なのか、そして二人が合格ラインに達する必要があるのか、それらの説明はされていません。

 二人でポイントを分け合う事に集中しすぎて二人共足りない場合、片方にポイントが偏り過ぎている場合、それを考慮して進めるべきですが、どれだけの者が理解しているのやら。

 

 いえ、どうせ行事の一つだと侮り、簡単にクリア可能な基準だと思っていそうな人もチラホラと。

 そんな危機感が足りない者と組まされるのならば恋敵(・・)と組む方がマシでしょう。

 

「はい! パートナーとして支え合いましょう!」

 

 ……向こうも同じ考えで結構ですが、その演技は白々しくありません?

 心配そうに此方を見ていたロノス様に視線を向け、その後で目の前の彼女と握手を交わす、

 

 ああ、そうそう。

 行ってしまう前に言わなければならない事がありましたわね。

 

 

「ロノス様、少し競争をしませんか? 先ほどアンリ様となされていた競争に私達も加えて下さいまし。個人の撃破数を競い勝った方が個人間で済む範囲で一つだけお願いが出来るというのではどうでしょうか?」

 

「え? まあ、家が関係しない範囲なら良いよ」

 

「まあ、嬉しい。ロノス様ならば受けて下さると思っていましたわ」

 

 ふふふ、寧ろ大勢の前で申し込まれて断れる筈が有りませんわよね。

 こうやって機会を逃さずに動くのも力の内。

 チャンスが現れるかどうかの運も同じく……。

 

「では、お先に。”アイス・チヤリオット”」

 

 スカートを摘まんでお辞儀をし、頭を下げた後で出したのは全て氷で作られた二頭の牛が引く戦車。

 これを使う機会の為に用意しておいたクッションを敷き、アリアと共に乗り込む。

 

「……会った時から凄い成長だね」

 

「いえいえ、ロノス様に命を救われた代わりに心を奪われた日からそれほど経っていませんし、種がありますの。でも、種を手に入れるのも力の内でしょう?」

 

 理想も夢も力が無ければ所詮は絵空事、お馬鹿さんの妄想。

 でも、力さえあれば現実ですの。

 

 

 もう私は何も手放す気も、欲しい物を諦める積もりも御座いません。

 ええ、全て手に入れてみせますわ。

 

「では……蹂躙を開始致します!」

 

 別に掛け声を出せば何かあるという訳では有りませんが、此処は気分を盛り上げる為にと叫びながら右腕を前に突き出す。

 声が響くと同時に二頭の牛は前足を高く上げ、一気に掛けだした。

 

 まあ、自動で動くタイプの魔法では有りませんので私が動かしているのですが、激しく地面を踏みしめる度に蹄の触れた地面が凍り、そして踏み砕かれる。

 

「……未だ余裕が有りますわね」

 

 危急の事態に備えて魔力を温存しつつも使うべき時には使う。

 皇女に戻った時、母から預かった腕輪を指先で撫でて埋め込まれた石の輝きを確かめましたが、この日まで節約をしていましたし臨海学校の間は保つでしょうね。

 

 ……危急の事態にさえならなければ、ですが。

 

 日中に戦った相手といい、ルールが不明確なハンティングといい、嫌な予感の根拠は揃っている。

 楽しい臨海学校で開放的になったのに付け込んでロノス様を籠絡する予定でしたのに予定通りには行かない物ですわね。

 

 少し腹立たしさを覚え始めた時、目の前に大型犬程の巨大な芋虫が現れました。

 頭が幾又にも分かれていて体色自体は普通。

 頭それぞれが別の方向に行きたいらしく一向に進めていない。

 

「何たる無駄無意味。余分な頭を活かせて居ませんわ」

 

 図鑑で一度見た覚えがありますわね、あのモンスター。

 確か”ヤマタノイモムシ”でしたっけ?

 

「突っ込みますわ!」

 

「えぇっ!? あ、あれにですかっ!?」

 

「当然でしょう!」

 

 此方が向かって行く事により、敵の排除を優先すべきと全ての頭が判断したのかヤマタノイモムシの頭が一斉に此方を向き、小さい牙をビッシリ生やした口を開いて向かって来ようとする。

 

「遅いっ!」

 

 

 そう、あまりにも判断が遅かった。

 結論に達したばかりの頭は牛の角によって貫かれ、瞬時に芯まで凍り付いて砕かれる。

 端の頭は凍るよりも前に衝撃で千切れて飛び、戦車の真横すれすれを通って行ったのですが……妙ですわね。

 

「ずっと黙っていますが、一体全体……あぁ」

 

 短時間の付き合いでもモンスターに恐れをなし動けない腰抜けではないと分かっていたのに援護すらなく、様子見かと思いきや顔が真っ青。

 明るく活発なのは演技で実際は殆ど感情の動かない女だと思っていましたが、完全に動かない訳ではないのですね。

 

「あら、その様子じゃ同じモンスターの相手は私がした方が宜しいですわね。今と同じく挽き潰してやるのでご安心を」

 

 彼女、芋虫が苦手ですのね。

 良い情報を手に入れましたわ。

 

 

 目下の敵であり目の上のたんこぶである相手の弱点を知り、暗に今後も突撃すると伝えるような油断っぷり。

 後で思えば所詮私は戦士ではなかったと、そういう事ですわね。

 

 

「キキッ!」

 

「”トリオモンキー”!?」

 

 僅かに生じた隙を見計らい、隠れていた木の上から現れた三匹の……いえ、正確には三匹で一匹の猿。

 尻尾にリンゴの実が成っている”フルーツモンキー”、尻尾がガスを詰めた袋になっている”バルーンモンキー”、尻尾が岩の”ロックモンキー”。

 命を共有するという他に類を見ない珍しいモンスター、それが私に迫り、迎撃は間に合わない。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に腕で顔を庇おうとした時、影が槍の形になって伸び、トリオモンキーに突き刺さると内部で枝分かれしながら貫きました。

 

 

 

「じゃあ、今みたいにネーシャさんが危ない時は私が対処しますね」

 

 ……あら、言いますわね。

 

  どうやら思った以上に強敵らしいと認識を改めつつ、私は戦車を前に進める。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 そして、音も無く、姿も見せず、一切の気配を感じさせず忍び寄る異形の影に私達二人は気が付いていませんでした。

 



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ポチとタマとアホの子

「キュィィィ」

 

 ふあ~あ、眠くなっちゃったよ。でも、何か食べたいしなぁ……。

 

 お兄ちゃんもリアスも学校の行事で出ちゃったし、僕は退屈で大きな欠伸をしながら砂浜をゴロゴロ転がるの。

 砂浴びは楽しいな。

 

『ポチ殿は随分と食べていたが不足か。矢張り育ち盛りよの』

 

 僕が砂を沢山浴びた後で体を振るって砂をばらまいているとジッとしていたタマが話し掛けて来た。

 めーそう? とかをしたけれど飽きたのかな?

 

「キュイ!」

 

 うん! 沢山貰ったけれどまだまだ食べられるよ!

 でも、お夜食はお肉を食べたいな。

 僕はお魚も好きだけれどお肉の方が好きなんだ。

 

『左様か。小生は肉よりも魚が好き故に満足であったが、それならば共に狩りにでも行きたいのだが……』

 

「キューイ」

 

 うーん、でもお兄ちゃんが”誰のペットなのか分からないから無闇に狩っちゃ駄目”って言っていたし、お留守番していないとね。

 ドロボーが来たらいけないし。

 

『然り。此処暫くはアンリ殿の転校に同伴した事により自由に飛べなくなっていた反動か、この様に広い場所でいると野生の血が騒ぐが命令は絶対なり。まあ、ロノス殿は森に向かった事だし、土産を狩ってくるかも知れぬぞ』

 

「キュイ!」

 

 お肉! 僕、お肉が良い!

 そっかー! お馬鹿のリアスだって何か持ち帰ってくれるかもだし、いい子にして待っていないとね!

 

『ポチ殿は普段から良い子であろう。だが、リアス嬢への呼び方には少々問題があるな。親しき仲にも礼儀は必要で……デカい魚が跳ねた! すまぬ! ちょっと狩って来るので待たれよ!』

 

 話の途中、海の方で大きな魚が飛び跳ねたのを見た途端にタマは野生の本能に従って飛んで行っちゃった。

 僕にも分けてくれるかな?

 鯨とか出たら嬉しいんだけれど……。

 

 

『獲物が沢山! 一匹たりとも逃さぬぞ!』

 

 あっ、タマったら雷落とす気だ。

 そう言えばお兄ちゃんに教えて貰ったけれど、表面を流れるだけの普通に落ちた雷と違ってサンダードラゴンの雷は……。

 

「ピィィィィッ!!」

 

 タマが激しく翼を動かしながら叫ぶと全身の羽毛が膨らんで、周囲に電気の球体が幾つも現れる。

 勿論タマの全身からもパチパチって音がしてたんだ。

 

『夜食万歳!』

 

 その球体とタマの体から放たれた電撃は海面を貫き、そのまま其処を中心に半径十メートル位に広がっていったんだ。

 円の外には一切電気を漏らさず、中に居た魚達にはちゃんと届いて次々に浮かんで来る。

 電気の熱で焼けたのか美味しそう!

 

『少し範囲を広げすぎたか。ポチ殿、回収をお願いしたい』

 

「キュ!」

 

 うん! 分けてくれるなら良いよ!

 僕も海の上まで飛んでいくと翼に風を集め、海の中に送り込む。

 海面に現れた渦を中心に海水が盛り上がり、空に向かって水を含んだ竜巻が昇って行った。

 じゃあ要らない海水は捨てて、魚だけ回収を……あれれ?

 

 

 沢山の魚やエビの中に変なのが混じって居るや。

 赤いドレスとリンゴみたいな日傘の……思い出した!

 

『ぬっ!? 人の気配は感じなかった故に居ないと思ったが、まさか巻き込んだ?』

 

「キュイ」

 

 大丈夫、大丈夫。

 此奴、お兄ちゃんを狙って襲って来た敵で人間じゃないから。

 それにしても海の中で日傘ってアホだよねー。

 

『左様か。して、名前は?』

 

 ……あれ? このアホの子の名前って何だっけ?

 お兄ちゃんに名乗っていたけれど僕は聞いていなかったからね。

 えっと、えっと……サマエル! 此奴、アホのサマエルだ!

 

『アホノ・サマエルか。しかし敵、それも人外ならば……小生の全力を叩き込んでも問題あるまい?』

 

「キュイ」

 

 僕は構わないと思ったから合図すると同時にアホのサマエルを竜巻の中から放り捨てる。

 濡れた髪が電気で少しチリチリになっていたサマエルは白目を向いたまま宙を舞い、それを狙って雷を纏ったタマが高い場所から急降下、体当たりすると砂浜に突っ込んだ。

 空に向かって凄い雷が昇り、周囲が照らされて眩しいや。

 砂煙だって凄くって様子が分からないね。

 

 そして砂煙が晴れた時、少し疲れたタマの足下ではアホのサマエルが白目を向いて気絶していて、髪の毛は完全にパーマになっていた。

 

「キューイ!」

 

 面白い! もっと遊ぼうっと!

 

 僕は砂浜に降りるとアホのサマエルの頭を踏んで押さえつけ、嘴で髪の毛を咥えながら色々な形に伸ばしていった。

 一束ずつ面白いように形が変わって行くし、タマも加わって変な髪型にしていったんだけれど直ぐに飽きちゃった。

 

 うーん、次に多めに咥えて髪型を変にしたらお魚を食べようっと。

 早く食べないとお兄ちゃんに夜食のバレちゃうもんね。

 

『……同意だ。アンリ殿もロノス殿も間食には良い顔をせぬからな。では、小生が右側を弄くるからポチ殿は左側を頼む』

 

「キューイキュ」

 

 じゃあ、どんな風にしようかな。

 僕は左側の髪を大量に咥えて軽く引っ張ろうとして、大きく目を見開いたサマエルにビックリしちゃった。

 思わず前脚と嘴に力を込めて、大きく頭をあげちゃったよ。

 

 もー! ビックリさせないで。

 

 僕とタマが一応距離を取って臨戦態勢に入る中、アホのサマエル……いや、サマエルはフラフラしながらも立ち上がった。

 

「ぐぬぬ。夜襲を掛けるべく海中に潜んでおったのに何事じゃ? 私様の身に何があった?」

 

 成る程なあ。じゃあ、此奴の作戦を邪魔したからって夜食は許して貰えるね。

 

『ん? ポチ殿、嘴に何か金色の束が……』

 

 そんな事を言うタマだって金色の束を咥えていて、その時に風が吹いてサマエルの髪がなびく。

 さっきまで隠れていた部分が見えて、ゴッソリと髪が抜けた部分があったよ。

 そっか! 僕達が咥えているのはサマエルの髪か。

 

 ぺっぺ! 気持ち悪ーい!

 

「ふん。変な物を咥えて居るな、貴様達。金色じゃが、私様のこの美髪…には……」

 

 サマエルは髪の毛を掻き上げようとし、髪が抜けた部分を指先が撫でる。

 何度かそれを繰り返すけれどハゲた所は戻らないよね。

 

 

「わ、私様の髪が……」

 

 俯いて震えちゃってるし、もしかして泣いてる?

 もー! 自分はお兄ちゃん達を襲っておいて、髪が抜けたから泣くとか勝手だよ!

 

『……これは好機か。昼間の襲撃者の仲間ならば……この機を逃す理由無し』

 

「貴様達っ! よくも私様の髪…を……」

 

 顔を上げて泣き顔のまま拳を振り上げたサマエルをタマが出した巨大な電気の球が照らす。

 僕は眩しいから屈んで目を細めたけれどサマエルは驚いたのか固まっていて、そのまま雷が頭の上から落ちた。

 

「あばばばばばばばっ!」

 

 うーん、どうして雷を受けている間、ずっと骨が透けて見えているんだろう。

 変なのっ!

 

「がっふっ!」

 

 雷が収まった後、サマエルは凄いパーマになっていた。

 いや、どうして其処まで凄い事になってるのさっ!?

 

 

 

「……覚えておくのじゃっ! バーカバーカ!」

 

 サマエルは子供みたいな捨て台詞を吐くと凄い速さで走り去って行く。

 上げる砂煙が向こうの山の方に行っても見えていた。

 

 

 変なのっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬっ! 完全に油断したのじゃ。まさかあんな連中に……」

 

 遠くからでも上げる砂煙が見える逃走を行ったサマエルは遠目に見える砂浜を睨みつけながら脳天の皮に爪を立て、両側に開くようにして剥ぎ取る。

 そのまま服を脱ぐようにして全身の皮を着ていたドレス諸共引き裂き脱ぎ捨てた彼女の姿は傷一つ見受けられず、抜けた髪すらも生え揃っていた。

 

 その様子は不死鳥の復活に似ており、そして蛇の脱皮に近い。

 但し身長も胸も一切成長が見受けられないが。

 

 ただ、その姿は神秘的である。

 

 

「脱皮は疲れるから嫌なのじゃが。……あっ、勢いでドレスまで破ってしもうた。着替えも持って来ておらんのじゃ」

 

 そして彼女はアホである。

 

 生まれたままの姿のまま、サマエルは山の中で立ち尽くすのであった……。



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有り難迷惑

「ギィィッ!!」

 

 木の上から飛び降りて来たのは鋭い角を持った巨大なカブトムシ”ギガビートル”。

 枝葉の中に姿を隠し僕に向かって来たのを真横から峰打ちで甲殻を砕きながら弾き飛ばす。

 

「斬らないのか?」

 

「斬ったら血や内臓を浴びるからね。特に虫とかグロいし」

 

 今まで狩りで動物を捌いた事はあるけれど、どうも虫をバラすのは気持ち悪い。

 いや、虫だって食べるんだけれど、虫系のモンスターの体液ってベタベタしているんだ。

 

あー、でも明烏が”鈍器にするな”ってお怒りだ。

 夜鶴も”肉を切り裂き骨を断つ瞬間、途方もない快感を覚えるのです”とかピロートークで語っていたっけ……。

 

 ……うわぁ。

 いや、刀を使う人じゃなく、斬るための存在である刀自身の感想だから悪いとは言わないけれど、それでもなぁ。

 

「斬るべき相手はちゃんと斬るさ。此奴の切れ味は凄まじいから斬った感触を感じないんだけれどさ。おっ、こうなってるのか」

 

 倒したモンスターから赤い光が飛び出し、僕の腕輪に吸い込まれる。

 ルクスの腕輪には入っていない所を見るからにポイントは分配じゃなく各自か……。

 

「次の獲物は君に譲ろうか?」

 

「いや、お前の世話にはならない。俺は俺で相手を見つけて倒す」

 

「あっ、そう。じゃあ頑張れば?」

 

 ルクスは僕の提案に不愉快そうにしながら魔法で創り出した剣を構える。

 ”ソードクリエイト”、アース王国の王族に伝わる土属性の魔法であり、代々使い手から使い手に継承される。

 彼は歴代の中でも特に秀でた使い手だって情報だけれども……。

 

「ブモォオオオオオッ!!」

 

「おや、メタルボアか」

 

「……来い」

 

 うなり声と足音を立てながら鉛色の猪が突進して来る。

 大きさは大型犬程、大人になったばかりって所かな?

 

 僕の横をすり抜けて駆け出したルクスは正面から片刃の剣を振り下ろし、金属が混じった毛皮を切り裂いて鮮血が散る。

 でも、致命傷には至っておらず、分厚く毛皮よりも頑丈な頭蓋骨は斬れず突進も止められない。

 

「あっ、跳ねられた」

「強いな。この森では敵無しか?」

 

 跳ね飛ばされ宙に放り出されたルクスだけれど、無理に抵抗せずに自分から飛んだのかダメージはそんなに見られない。

 ……まあ、あのメタルボアは森に生息するモンスターの中では強い方だろうね。

 僕とアンリは事前に危ないモンスターの駆除を行ったから分かっているけれど、生徒の大半はメタルボア一匹を倒せるかどうか。

 

 宙を舞い着地しようとするルクスに向かって突撃して行くメタルボア。

 額から血が流れているけれど歩みにもたつきは見られず、こっちもダメージは少ないのだろう。

 

 平均的な力の生徒なら此処で終わり。

 多分見張っているマナフ先生が助けるだろうけれど今回は其処までだ。

 

「”ソードレイン”!」

 

 そしてルクスは平均よりも上の力の持ち主、こんな所で終わりはしない。

 着地と同時に両手を地面に叩き付ければ無数の剣が飛び出して真上からメタルボアに向かって降り注いだ。

 

 次々と毛皮や肉を貫いて剣が刺さる中、それでもメタルボアは止まらない。

 口から血を流し転びそうになりながらもルクスに迫り、彼は再び剣を大上段に構えて振り下ろした。

 

 金属同士がぶつかる音が響き、火花が散る。

 ルクスが手にした剣は折れて刃が明後日の方へと飛んで行き、メタルボアは前のめりに倒れ込んだ。

 

「むっ。少し強くなったか」

 

「ふーん。じゃあ其奴は君にとって丁度良い相手だったって事か」

 

「ああ、此奴は強かった。それに勝てた俺は入学当初よりも……リアスに真正面から負けた時よりも強くなったのだろうな」

 

「否定はしないよ。実技の授業を見た所、あの頃の君じゃメタルボアには勝てなかっただろうからね」

 

 まあ、ゲームでは中盤の最初頃に現れるモンスターだし、王子なら他にやる事が多いから強くなる為に使う時間が少ないのは仕方が無い。

 だから強くなったって認めてはやるよ。

 

 まあ! リアスは君が倒した奴の数倍の大きさのメタルボアを素手で圧倒したけれどね。

 そして僕達も君と同じく成長を続けているよ。

 

 メタルボアから出て来た光が腕輪に吸い込まれる様子を眺めている時の彼は何処か満足そうだ。

 ……甘いなあ。

 

 学校の行事で向かう所程度、学園ダンジョンのモンスターと大差無い。

 それで本当に満足なのかい?

 

 ……っと、危ない危ない。

 神獣だの何だのの危険を知らないなら王族や地位の高い貴族が力をがむしゃらに求めるよりも他のことを優先すべきだし、それで良いんだ。

 だからすべき事をやってそれ程力を求めていない相手と自分を比べていたら、それこそ油断と不要な満足だ。

 

「……まさかこんな所で学ぶなんてね」

 

 嫌いな相手と組まされた時は最悪だって思ったけれど、敵の中でも強いであろう相手に勝ったり神様にパワーアップして貰ったせいで傲慢になっていたらしいね。

 

「じゃあ、先に進もうか」

 

「……待て」

 

 周りにモンスターの姿は見られないし先に進もうとしたけれどルクスに呼び止められる。

 不満そうだし僕に指示されるのが嫌って所かな?

 

 おいおい、そうだったら勘弁してくれよ。

 

「えっと、何かな? 必要数が分からない以上は時間が惜しいんだけれどさ」

 

 先生が明言しなかった隠しルールは活用したくないし、二人揃ってクリアする必要の可能性を考えればルクスにも多くのモンスターを狩って欲しいし、広範囲の探知に優れていない僕達じゃ運良く遭遇するか住処の特長を元に巣に向かう必要があるんだからさ。

 

 相手が敵意を隠す気がないし、僕も不満を隠す気はない。

 大勢の前なら受け流すんだけれど、覗き見をしている連中も居ないわけだしさ。

 

「アリアの事だ。……分かっているだろう?」

 

「いや、主語がなければ分からないよ。アリアさんがどうして、君が彼女を何故気にするのかもね。君、王子。彼女、貧しい下級貴族。敵意は向けていたみたいだけれど、それなら尚更だよ」

 

 彼女が王族に血を引いている、それは知っているけれど、本来はその筈が無い情報だ。

 ゲームでの知識があるか、それとも密偵を送っているか。

 

 まあ、”手の者を送り込んでまーす”って馬鹿みたいに認めないし、僕は当然知らない振り。

 怪訝そうな顔を向ければ困惑を浮かべられた。

 

「……知らなかったのか? 彼奴から聞いていると思ったのだが」

 

 いや、その本人が王族との関わりを拒絶したって聞いていないの?

 

 

 情報伝達…いや、この場合は親子の意志疎通か。

 その難しさを僕が再認識する中、僕の言葉を信じたらしいルクスは腕組みをして悩み始める。

 世の中には言わない方が良いって事も有るんだし、本人と父親が沈黙を良しとしたならば黙っておくべきだと僕は思うのだけれど、どうも彼は違う意見らしい。

 

 それでも本人が話していないと知り、ルクスは妥協点にならない妥協点を選ぶ事にした。

 

 

「ならば理由は言わないが、彼奴のお前への想いには気が付いているのだろう?」

 

 まあ、本人から面と向かって好きだと伝えられたしね。

 所で君に好意を向けられて迷惑しているリアスの気持ちに気が付いて欲しい。

 あっちも口にしているんだからさ。

 

 

 

「彼奴の想いに中途半端に応じて弄ぶのなら俺はお前を許さない」

 

 ……っと、大勢の前で王子が敵意を向けていると広めさせる行為をした男が口にしています、なんちゃって。

 

 

 

「君に言われる筋合いは無いと思うし、彼女を弄ぶ気だって無い。君こそ迂闊な行動はアリアさんの迷惑になるだけだ。ああ、それともう一つ……邪魔だから動くな」

 

 地面を踏みしめ、ルクスに接近した僕は明烏を突き出す。

 皮も肉も骨も貫いた感触と明烏の歓喜が伝わって来た。

 

「此奴は決闘の時の……いや、少し違うか」

 

 

 

 

 背後から一切何も感じさせず忍び寄り、僕に貫かれて息絶えたモンスターを目にしてルクスは目を見開く。

 人とトカゲを合わせた姿の神獣”リザードマン”。

 少し前に襲って来た相手の仲間だ。

 

 

 そして……。

 

 

「他にも居るね。四匹……三匹は任せて。一匹は譲ろう。じゃないと君は納得しないだろうしね」

 

 ……ああ、面倒だ。

 最初に倒した奴からしてポイントは貰えないみたいだしさ。

 

 

 

 

 



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その言葉を辞書で引こう

「……困ったわね」

 

 愛用のハルバートを肩に担ぎ、浅く溜め息を吐く。

 ”聖女”で居る時は溜め息をしたら注意されるんだけれど、堅苦しいあの時が正直言って一番溜め息を吐きたくなるのよね。

 

 この前だって他の奴が居ないからって控えてた部屋で欠伸しながら脇腹掻いていたら同行してたメイド長に叱られちゃったし。

 

「姫様。聖女らしくするのは仕事以外結構ですので、せめて仕事として出掛けている時に年頃の女性らしくないのは胸だけになさって下さい」

 

 ……今思えば最後に言われた言葉ってどんな意味かしら?

 気が付いて怒った方が良いような、このまま気が付かない方が良いような。

 

 あっ、でも過ぎた事を蒸し返してウダウダ言うのもアレよね~。

 

 あーあ、お兄ちゃんだって色々頑張っているし、クヴァイル家の令嬢だからって贅沢とかさせて貰ってお兄ちゃん以外の大切な人達にも出会えたんだから、働くのは嫌なんて仁義が通らない事を言い出すのは女の子らしくないわよね。

 

 でも、聖女らしくってのが面倒なのが問題って言うか、気心の知れている連中は聖女時の私を見て笑いを堪えるかゾッとしてるし、私だって寒気がするわよ。

 

 なーにが”神は我々を常に見守って下さっています。今は辛くとも希望を捨ててはなりません”よ。

 私は神様に祈るよりも腕っ節を鍛えた方が良いと思う……って、現実逃避は此処までにしておかないと。

 

 ついつい思考が横道に逸れるのを首を数度横に振って軌道修正、今の深刻な悩みに切り替える。

 

 私が何を悩んでいるか、それは今のハンティングに関係していたわ。

 

 一人だから厳しい?

 

 いいえ、私ならこんな所に住んでるモンスターなんてワンパンで仕留められるわよ。

 それこそ貴族令嬢らしく余裕を持って優雅に正拳突きを叩き込んだり手刀で貫通してやるわ。

 

 索敵だって全速力で駆け回れば見つかるでしょう、普通に考えて。

 障害物は薙ぎ倒し、穴があったら飛び越えて、お嬢様に相応しく無いウロウロ迷い続ける無様な姿は見せないっての。

 

 ……こう考えると私って普通に貴族のお嬢様よね、実際にお嬢様だけれども。

 ゲームの私みたいに陰湿で傲慢な意地悪とかしないし。

 

 周りから色々言われる私だけれど、いざって時はちゃんとお嬢様らしく優雅で余裕綽々と振る舞えている事を認識した私は満足していた。

 

 まあ、問題は解決していないけれども。

 

 じゃあ、問題はモンスター以外かって?

 

 そう、モンスター以外。

 ……言っておくけれどトイレじゃないわよ?

 

 そんなの先に済ませたし、イザッて時は木陰ですれば良いんだからお嬢様が漏らして下着を濡らすもんですかってのよ。

 

 

「先程から溜め息を吐き、黙っているばかりで向かって来る様子もない。諦めたか?」

 

「何せこの数よ。授業やら活躍がお膳立てされた任務で力を見せいうとも我ら本職には敵うまい」

 

「ふふふ、クヴァイル家には煮え湯を飲まされているからな。存分にいたぶり、涙と鼻水で顔面を汚し、糞尿を垂れ流した状態の死体を晒してやる」

 

 今、私は如何にも暗部って感じの格好で獲物を前にペラペラ喋っている連中に囲まれているわ。

 覆面に全身が隠れる衣装っていう不審者丸出しの典型的なアサシンって感じの連中。

 話からしてクヴァイル家に色々邪魔されて、それでも残ってるって言うか残されている連中って所ね。

 

「おいおい、僕も混ぜろよ? 聖女ってチヤホヤされてる女を殴りながら犯したいんだ」

 

 その理由は不審者を率いてる男子生徒。

 私でもお兄ちゃんの話を聞いて、こんな連中が生かされてる理由はギリギリ分かっている。

 こんな風に襲って来る程度の知能を持っていると判断されたから、ですって。

 因みに悪い意味で。

 

 如何にもゲスって顔で私をなめ回すように眺め……おい、今胸を見て鼻で笑ったでしょう?

 

「馬鹿力だから毒でジワジワ弱らせて手足を折ってから犯すぞ。最初は僕がやる。準備も無しに貫通式だ」

 

 あー、腹立つわー。

 多分領地で好き勝手やってる感じだろうし、前王妃の腰巾着として甘い汁が忘れられないって奴でしょうね。

 マザコン王子も嫌いだけれど、私的には此奴の方が嫌いね。

 

 ……パートナーの生徒はどうしたのかしら?

 

 弓やら投げナイフを構える部下を眺め、撲殺確定ゲス男の方を見るけれど返り血とかは浴びていないし、縛られて放置……もモンスターに襲われたら危ないけれど、殺されているよりはそっちの方が良いし、今後のことを考えれば置いてけぼりか眠らされているって所かしら?

 

「行け! 魔法を使わせる暇を与えるな!」

 

 ゲス男が叫べば部下達が一斉に襲い掛かって来る。

 毒を塗っていそうなナイフや矢が私に殺到、ゲス男はこれからの事を考えてか嗤っている。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 魔法を使わせるな? いやいや……この程度なら使えるし、使う必要無いけれど?

 

 向かって来た矢を掴み、それを振るって次の矢やナイフを払い除ける。

 折れたら次の矢やナイフに持ち替え、攻撃が途切れるよりも前に矢を投げた。

 

 

「ぎゃあ!?」

 

 矢は見事にゲス男の股間に命中、二度と使い物にならないわね、ザマーミロ。

 ズボンを真っ赤に染め青い顔で泡を吹いて気絶するゲス男に部下達の意識が私から移る。

 

 そんなんだから即全滅って選択肢じゃなく、こうやって堂々と大元から叩き潰す理由欲しさに見逃されるのよ。

 

「取り敢えず他の連中の玉も射抜いて……いえ、蹴り潰すわ。だから少しだけ立った姿勢で固定宜しくね、アラスト」

 

 無様に動揺する三流アサシンを放置して声を掛ければ了解の言葉の代わりに地面から伸びた鎖がゲス男と部下達全員を拘束し、鎖を出した男が木陰から体をクネらせながら出て来た。

 

「驚いたかしらん? 貴族同士が集まるのだし、ちゃーんと政争から来る闇討ち対策はしてるのよん。例えばぁ、私みたいにねん。コソコソしている積もりでも、森に入った段階で先生が感知してたわよん」

 

「き、貴様は拷もっ?」

 

 ”拷問貴族”、部下の一人がアラストの家の異名を口に出そうとした瞬間、鎖が有刺鉄線みたいにトゲトゲになった上に真っ赤になった。

 

「口の中に含み針や自害用の毒薬は無し、と。まあ、主犯は姫様が倒しているし、さっさと連行するわね。じゃあ、他にも見回りが有るから全員の玉を蹴り潰して貰える?」

 

「はいはい、分かっているわ。”アドヴェント”!」

 

「……強化まで使う? 容赦無いわねん。必要無いけれど、同じく玉二つぶら下げたオカマとして同情するわん」

 

「だって早く済ませた方が良いんでしょう?」

 

 アラストだって忙しいみたいだから急いで蹴らないと。

強化した肉体で骨を全部砕かない程度の力を出しながら股間を蹴り上げて行く。

 あら、怖がってるわね。

 

 ……でも、相手をいたぶって遊ぶのに慣れていたみたいだし、良いじゃない。

 

 

「ぎゃあっ!」

 

「か、勘べっ!?」

 

「勘弁しなーい。はい、次ー! あっ、そうそう。アラスト、此奴のパートナーになっちゃった生徒は?」

 

「勧誘を断って逃げ出していたから、追っ手の一人を始末して助けたんだけれど、目の前で心臓を貫かれた人間を見ちゃったもんだから気絶しちゃったのよん。安全な場所まで運んでいたから遅くなっちゃったけれど、ゼース様には内密で頼むわね」

 

「了解。じゃあ、此奴で最後!」

 

 ウインクしてくるアラストに返事をしながら足を振り上げるけれど、ちょっと気合いが入っちゃったわね。

 グチャって音だけじゃなく骨が砕ける音までしちゃったじゃないの。

 ……死なない程度に回復しておきましょ。

 

 流石に人を殺せばお兄ちゃんが悲しむものね。

 

 

「じゃあ、パートナーの証言もあるし、遣り取りは映像記憶のマジックアイテムで撮影して証拠も集まってるし全員連れて行くわ。……楽しみねえ。裏に居るかどうか不明確な組織の情報を聞き出そうとするのが」

 

 森の中を腰をクネらせながらアラストが進み、ゲス男と部下一同を縛った鎖が片手で引っ張られてジャラジャラ音を立てて行く。

 

 

 これで問題は解決……していない。

 

 

 

 

 

「鼻くそのデカいのが有るのにちり紙忘れちゃって困ってるってのに貰い忘れてたわ。ほじるのはちょっと抵抗が有るし。……あら?」

 

 向こうの方から光が漂って来て私の腕輪に吸い込まれたけれど、モンスターは倒していないわよね?

 それにアラストが向かった方角じゃないの、あっちは。

 

 

 

「……何故かしら? 終わったらお兄ちゃんに教えて貰わないと」

 

 お兄ちゃんなら絶対に答えてくれるわよね。

 だってお兄ちゃんだし!



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安堵

「すぅ……はっ!」

 

 風に乗って潮の香りが届く崖の上、私は日々の過労と激務から来る睡眠不足から寝入ってしまい、ストレスと不摂生から来る胃の荒れが理由の胃痛で目が覚める。

 あぁ、キリキリする……。

 

 

「いけないいけない。お仕事お仕事……

 

 私はエルフの里で生まれ、今は故郷を遠く離れた地でまさかの教師。

 毎日狩りをしていた日々を思い出し懐かしみますが、やるべき使命が有るのならば今の仕事をやり抜くだけです、

 

 

「教師という仕事も楽しいですしね」

 

 見た目は子供でも私は既に四十代の妻子持ちであり、生徒達にも慕われている。

 ……一部は怖いけれど。

 

 あの日、私に届いた声に従い今もこうして動いていると、森の侵入者に動きがあったと連絡が入った。

 

「ああ、嘆かわしい。都会ってこれだから……っ!」

 

 家同士の争いやら政争やら身内間での潰し合い、森にいた頃は一切関わらなかった権力闘争のドロドロ具合に故郷を懐かしみ、次に纏まった休みが有れば親に孫の顔を見せに行こうと思った時でした。

 

「此奴はっ!」

 

 私の関知を潜り抜け背後に迫った気配を感じ取ったのは爪が今まさに振るわれる瞬間。

 

 此処まで接近したにしては急に足音と息遣いで存在を感知させる不手際に違和感を覚えつつ前方に跳びながらの反転。

 私は接近戦が出来ないわけでは有りませんが、体格の問題で相手を攪乱する為に動き回ったり、ゴーレムを盾にしつつの遠距離戦が得意です。

 

 ですが今は突き出した崖の上、動き回るにしてもゴーレムを呼ぶにしても狭く危ない。

 万一の時は飛び降りる事も視野に入れて崖際で止まれば気配の主は影すら見えず。

 

「あれ?」

 

 上に飛んだり崖下の岩壁に張り付いてもいない。

 まさか姿を消す能力の持ち主かと聴覚に神経を集中させた時、不意に視界が塞がれた。

 

「だーれだ?」

 

 目を塞いだのは柔らかい手で、背後から聞こえた声の主は女性の物。

 楽しそうな声で親しみが籠もってはいたのですが、その声の主が誰なのか理解した瞬間、私は跪いて再び反転、頭を深々と下げる。

 

「お戯れは程々になさって下さい、女神様」

 

「……そうね。ちょっとお仕事を抜け出したテンションのままでした。我が忠実なる信徒の忠言、喜んで受け入れましょう」

 

 頭を垂れたまま意見を述べれば相手も真剣な声に戻して返事を返す。

 ……ふぅ、助かりましたね。

 

 正直、妻や娘以外にされても困惑しか有りませんから、私の年齢では。

 ちょっと対応に困って精神的に疲れる事は伏せ、身分に相応しい振る舞いを信仰の対象へと向けるのですが心労が凄い。

 

 ……もう昔からの部下が何か言って下さいよ。

 

「顔を上げなさい、マナフ・アカー。私の姿を直視する権利を与えましょう」

 

「いえ、身に余る光栄故に慎んで遠慮させて頂きます」

 

 本音を言えば今の貴女の服装にあるのですけれど、黙らせて下さいよ。

 頭を伏せる瞬間、僅かに見えたのはメイド服。

 

 事情は知っていますし、本人が楽しんでいるのなら今すぐに止めて下さい等とは言えませんが、信者としては思う所が有ります。

 

 

「それで本日は何用で? 少し前に彼女と話し合ったばかりですが……」

 

「貴女を労いに来たのです。彼女の方も労いの言葉を与えておきました」

 

「そう…ですか……」

 

 感極まるとはこの事なのでしょうね。

 私は跪いたまま打ち震える。

 頭に数度触れる手の平の感触を感じ、やがて風が吹くと目の前から消え去っていた。

 

「教師として生徒である二人のお世話をお願いしますね。ねじ曲がった物語は元の悲劇には戻りませんが、それでも別の何かが起きるでしょう。私は立場上、それ程干渉出来ません。貴方と彼女だけが頼りなのです」

 

 少し悲しそうな声が聞こえて、私は少しだけ固まっていましたが、立ち上がるなり頬を両手で挟むように叩いて気合いを入れ直す。

 

 

「ええ、お任せ下さい、リュキ様。元より先生として生徒達は守る気でした。信念と信仰、この二つを力に変えて務めを果たして見せます!」

 

 

 

 ……ただ、メイド服のまま現れるのは勘弁して欲しいです。

 いや、最初に姿を見せた時の痴女みたいなのもアレですけれど。

 

 

「え? 奥さんに似た格好させて、それが娘さん誕生に……」

 

 帰ってなかった上に心読まれている!?

 

 確かに新婚の熱も冷め始めた頃、再燃の為にと色々とやった結果、信仰対象が着ていた痴女みたいな格好(上半身胸に巻いた薄布だけ)をして貰い、それが互いに気に入った結果、愛する娘を宿した訳だけれど、どうして知っているんですか!?

 

 記憶を読まれたにしろ、プライベートな時間を覗き見されていたにしろ、ちょっと信仰心に支障が出そうな気分です……。

 

 

 

「安心なさい。馬鹿女神は時の女神の名に誓って殴っておくから」

 

 また別の方の声がっ!?

 

 聞こえてきたのは知らない女性、多分女神の物。

 しかし、私が先程まで話していた方と違い、実際は気安いなんて事は無い正しく”女神”という感じ。

 いや、あの方も一時期は人類全滅計画とか立てて居たんでしたっけ?

 

 じゃあ、取っ付きにくくてもわざわざ報告してくれる此方の方が?

 

「では励みなさい、人間。……それと信者を奪うのは神の間ではかなりヤバいから止めなさい。あの女神、ねちっこい所があるのよ」

 

「あっ、はい」

 

 声はやがて聞こえなくなり、聞こえてくるのは波と風の音、時折森の方から戦いの音が聞こえて来た。

 風を操り森の中の情報を把握し、怪我をしている生徒や不審な行動をしている子が居ないか確かめる。

 さて、今の所は一名のみ、毎年毎年”この機に乗じて!”と動くのは対策を想定していないお馬鹿な子のみ。

 

「これは勘当と慰謝料だけで済むレベルではありませんよ? もっと思考を働かせないと」

 

 ルルネード君が所定の場所に捕縛したお馬鹿さんを連れて行く中、別の場所では獲物の取り合いから喧嘩する生徒が数グループで。

 確かに二人揃って所定数のポイントを集めるとは言っていませんが、だからとグループ間で潰し合いなんて悲しいですね。

 

「ちょっと止めま……え?」

 

 今回の二人組でのハンティングもそうですが、毎年内容を変えても起きる諸々の問題に対処すべく私は森全体に風を張り巡らせていました。

 少し程度なら寝ていても解除されず何が起きているのかを把握可能であり、想定外の事態には直ぐに気が付ける。

 

「一体何が現れたんですか!?」

 

 その風の網を張っていたにも関わらず、気が付けたのは戦闘が始まったから。

 それまでは一切存在を察知出来ず、今だって場所が分かっているのに見失いそうになる程の隠密性。

 

 その様なモンスター、この森には生息していない筈だし、何処からか移って来たにしても聞いた事が無い相手。

 自惚れかも知れませんが私は自分の魔法による感知には自信がありますし、生徒を守る為に磨いて来た。

 

「直ぐに助けに……いや、今感知している場所以外にも居るのなら、戦えている子達よりも戦う力の低い子達の避難を優先させた方が……」

 

 学園の方針では生徒の家柄に関わらず平等……形骸化しているにしていたとしてもです。

 今は生徒達をどう避難させるのか、それを必死に考えていた時、背後から感じる気配。

 

 また女神様が現れた、訳じゃないですね。

 足音からして足運びも体幹も落第点で殺気が漏れ出している。

 

 

「……こんばんは。今宵は月が綺麗ですね」

 

「……」

 

「無視ですか。一応言っておきますが、大人しく投降して下さい」

 

 彼が報告にあった仮面の男ですか……。

 

 仮面の男は昼間の戦闘のダメージが残っているのか右手がダラリと垂れ下がって力が入っておらず、上半身は左側に傾いている。

 捨て駒だろうとの意見がありましたが、怪我を放置されるあたり正解らしいですね。

 返事が無いのも返事を”しない”のではなく返事を”出来ない”のでは?

 

「お顔を見せて下さいよ。ああ、こんな事をする理由を教えてくれますか? 私、これでも教師歴二十年以上なので相談に乗れますよ」

 

 ……まあ、ベテラン教師なのに見た目が子供だからって侮る生徒も居ますし、性的に狙って来る子達……ううっ、忘れましょう。

 

 どうも体を見る限りでは若い、それも生徒達と同程度程なので洗脳されていると思いつつ説得を試みますが返事の代わりに飛ばそうとしたのは炎の矢。

 彼の周囲に煌々と燃える炎の矢が十本程。

 

 

「……そうですか。実に残念で、”ウインドプレッシャー”」

 

 要するに返答は否って事ですので会話の最中ですが先制攻撃です。

 大瀑布のように上から降り続ける暴風に仮面の男は膝を突き、両手で踏ん張ってうつ伏せになるのは防ぐけれど震えていますから時間の問題でしょう。

 

「随分と力が有るらしいので強めにさせて貰っていますよ。でも、小屋が倒壊する程度なので安心して下さい。指一本動かせないだけで全身の骨が折れたりはしませんから」

 

 どんな理由が在るにせよ、どんな状態にせよ、彼は私の生徒を襲った相手です。

 教師とは生徒を守り導く存在であり、生徒という宝を守るドラゴン。

 ドラゴンは己の宝を狙い脅かす相手には容赦しない生物だから、私は危機を許しません。

 

「では、捕らえさせて貰いますよ」

 

 無詠唱魔法を使おうにも今の状態なら対処可能。

 私、魔法の速射には自信が有りますので。

 

「崖を崩そうにも先に強化しましたので無駄です。では、先に仮面を剥がさせて貰いましょう」

 

 私が通る所だけ風を止ませ男に近付いた私は風を瞬間的に強め地面に這い蹲らせると仮面を無造作に剥ぎ取る。

 

 

「え? 君は……」

 

 それは正しく悪手でした。

 仮面の下の虚ろな表情を浮かべた顔を見た瞬間、私は思わず魔法を解除してしまう。

 いえ、解除しなければならなかったのです。

 

 だって私は……教師なのですから!

 

 私の魔法が消え、更に動きを止めてしまった事で彼にとっては絶好の機会が訪れる。

 振り上げたのは私の魔法に耐えていた事で完全に折れてしまったらしい腕であり、その様な状態にも関わらず私に叩き込まみました。

 

 骨が折れた音は私からだけでなく、彼の腕からも聞こえ、その一撃の衝撃は私を通して足場を砕く程。

 私の魔法で崩れないようにと予め固めておいた足場は砕け散り、飛び退く彼とは違い私は崖下に落ちていく。

 

 

 

「……良かった。不幸中の幸いですね」

 

 あのね、あの状態の腕での攻撃。

 それが彼が操られている証明であり、自ら行った加害者ではなく無理にさせられた被害者であるという事。

 

 

 大切な生徒である彼にはまだ助かる見込みがあると察し、私は安心しました。

 

 

 



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七章
俺様フラフープの戦い


 同じ王国の貴族っつって戦いの時のスタイルは家によって大きく違う

 まあ、全部部下に投げ出して屋敷でガタガタ震えていた癖に、勝ったなら自分の手柄だと誇る糞じゃなけりゃ別に良いんじゃねーの?

 戦えないなら内政だの外交だの物資をどうこうするとか働き方は色々あるんだしよ。

 

 後方で指揮をするのも軍師として策を考えるのも其奴の得意分野を活かすなら正解だろうし、何も先陣切って勇ましく突撃するだけが貴族の戦いじゃねぇんだ。

 だから貴族の中には接近戦か魔法での遠距離戦のどっちかしか得意じゃ無いって奴も居るし、俺様が両方得意だからってそんな連中を見下しもしねぇ。

 俺様の家じゃ大将の役目は前線指揮官だって事だけなんだからな。

 

 ……だからまあ、弱い奴が居ても仕方無い。

 でもよ……。

 

 

「いや、幾ら何でも弱過ぎだろ。戦闘の授業があるって事は貴族なら少しは戦えないといけねぇって事だろうによ」

 

 モンスターを倒してポイントを稼ぐ今回のハンティング、俺様のパートナーは正直言ってハズレだった。

 夜中に行事があるから休んでろって言われてたのに、大丈夫だろうと昼間っから遊び呆けていたのか眠そうにしている上に酒臭ぇ。

 

「大丈夫だいじょーぶ! 私がお守りしましゅよぉ、ひっく!」

 

 こんな風にろれつが回っていない状態でフラフラしながら半分寝た状態でモンスターに向かって行くし、仕方無ぇから俺様が守ってやりながら戦ってたんだが、流石に体力より精神に来るぜ、こりゃ……。

 

 まあ、その挙げ句に木の上から落ちてきたヤマタノイモムシの下敷きになってゲロ吐きながら気絶してやがるし、ポイント数を基準に達成するのが各自で良いなら嬉しいんだが、組む以上は二人揃ってだよな。

 

「……ど派手に魔法を使えたら良いのによ」

 

ヤマタノイモムシの頭の一つを切り飛ばすんだが、他の頭が残っている限りは動く上に、地面に落ちた頭ものたうち回って気持ち悪ぃ。

 

 気絶したゲロまみれの介抱を後でやって、起こした後はポイント稼ぎを手伝って、考えるだけで疲れてくるな、おい。

 しかも森の中じゃ俺様が得意な火属性の魔法は殆ど使えねぇ。

 自分は水属性だから大丈夫だの何だの言って来たパートナーは使い物にならねぇし、このままじゃ共倒れで俺様も家に帰る事になっちまう。

 

「ざっけんな! 未だチェルシーと遊んでねぇんだよ!」

 

 一日目は夜中に行事があるからって海でのデートが出来てねぇんだし、こんな所で終わって堪るか、ボケ!

 

「この程度なら大丈夫だろ! ”バーニングフィスト”!」

 

 何処かの馬鹿じゃあるめぇし、俺様はちゃんと周囲の被害を気にして戦う。

 俺様の右腕に炎が灯り、このまま殴り飛ばせば燃えた状態で飛んで行っちまうから、俺様が選ぶのは……。

 

「潰れやがれぇえええええっ!!」

 

 俺様に向かって残った頭が向けられる中、跳躍で避けた勢いそのまま大きく体を捻り、全力で振り下ろす!

 前後左右と上が駄目なら下に向かって殴るだけだよなぁ!

 

 陥没する地面、燃えながら崩れていくヤマタノイモムシ。

 さて、後は土でも掛けて消せば……ちぃっ!

 

「おいおい、不意打ちたぁ上等じゃねぇか、糞野郎」

 

 咄嗟に伏せた俺様の頭があった場所を通り過ぎる強靭な脚による回し蹴り。

 伏せた体制のまま軸足に水面蹴りを叩き込もうとするが軽快な動きで避けられる。

 それでも距離が開いたからと構える余裕が生まれた俺様だが、相手の姿を目にして舌打ちをしてしまった。

 

「おいおい、”無頼カン”じゃねーかよ。こんな所で棲んでるなよ、馬鹿野郎が」

 

 一見するとカンガルーだが、脚は前後揃って筋肉と骨が膨張していて金属製の防具でも着けているかのよう。

 その上、強く握った前脚には三つ横に並んだ突起。

 

 俺様が生まれるよりもずっと昔、当時から既に敵対していた桃幻郷の連中が兵器として持ち込んだモンスターであり、大規模な掃討作戦で片付けた筈だってのに各地に生き残りの子孫が居る。

 目の前の此奴もその内の一匹なんだろうが、こんな時に出て来るなよな。

 

 この無頼カン、大昔に先祖が教え込まれた武術を子供に教え込むって厄介な習性を持っているらしく、気絶している奴を守りながら戦うのは面倒な相手だ。

 

「まっ、しゃーねーな。来いよ、糞野郎。俺様が相手だ」

 

 守るのが面倒な奴が居ようが、厄介な敵だろうが、守りながら戦わなくちゃいけねぇのを投げ出せるかよ。

 そんな事をしちまったら俺様は俺様じゃなくなる。

 

「どんな相手だろうが臆さず立ち向かう。それが俺様、フリート様だ!」

 

「……キュ」

 

「あっ? その腹の袋がどーしたよ?」

 

 何処か不満そうな鳴き声を出しながら腹の袋を摘まむ無頼カンだが、それがどうしたってんだ?

 餓鬼は入ってねぇみたいだから、襲って来た癖に腹を攻撃するなって言ってる訳でも……成る程ね」

 

「”野郎”じゃないって事かよ。細かい奴だな、テメェ」

 

「キュ!」

 

 だったら糞女郎とか言ってりゃ良かったってか?

 つーかモンスターに言葉を正される俺様って……。

 

「……取り敢えず死ね!」

 

「キュ!」

 

 地面が爆ぜる程の勢いの踏み込みによるストレートを無頼カンの頭部に放てば、向こうは渾身の右フック……と見せかけたローキック。

 ぐっ! 足の骨に響く一撃に俺様の体勢が崩れ、すかさずラッシュが叩き込まれた。

 前足に生えた突起を食らえば体中穴だらけだ、当然剣の腹で受け止めるがラッシュは一向に止まず、俺様がジリジリ押し込まれる間も激しさを増すばかりだ。

 

 俺様は実は数度無頼カンとタイマン張って倒した事があるんだが、此奴はその中でも頭二つ三つ抜きん出ている。

 

「……はっ! 上等上等! 良いぜ、もっと来いよ!」

 

 つまりは此奴を乗り越えれば俺様も一気に強くなるってこったな!

 

「さあ! 来いや! ……へ?」

 

 

 

 

 次の瞬間、巨大な何かが木をへし折りながら飛んで来るのを察し、咄嗟に後ろに跳んだ俺様が居た場所の側を通常の四倍近い大きさの猪が通り過ぎた。

 無頼カンは間に合わずに跳ね飛ばされたらしく、そのまま飛んできた物体と大きな岩に挟まれて口から内臓を飛び出させてお陀仏だ。

 

 いや、今って俺様の見せ場だし、此処から熱い戦いが始まる筈じゃ……。

 

「一体何が飛んで来たんだ? 猪……だよな?」

 

 毛皮が金属っぽいしメタルボア、それも青銅や鉛より上の鋼鉄の毛皮を持つフルメタルボアじゃねぇか。

 

「俺様を狙った横入りって訳じゃねぇな」

 

 岩に弾かれた勢いで地面に突き刺さって漸く止まったメタルボアは突進じゃなく、尻尾の方向にぶっ飛んで来た。

 

「額が陥没してやがるし、考え無しの馬鹿が吹っ飛ばしたな、こりゃ」

 

 一体誰の仕業なのか、考えるまでもなく分かっていて、飛んで来た方向を見るまでもなかった。

 

 

「あの馬鹿、少しは兄貴を見習えっての……」



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優雅で可憐?な聖女様

……格好良い勝ち方とは何かしら?

 

 少し武術を習ってるっぽいカンガルーを山積みにして、その上に座りながら考えるけれど座り心地が悪いから頭が働かない。

 

 強い相手に正面からステゴロで?

 

 大逆転勝利とかも主人公っぽくって良いわよね……。

 

 でも、圧倒圧勝大勝利! とかが好きなのよね。

 

 

「何時かレナスとの正面戦闘で勝ってみたいのよねー。子供は親を越えてこそだし?」

 

 前世ではお姉ちゃんが親代わりだったし、今の人生じゃ直ぐに死んじゃったからレナスがお母さんだし、越えるならレナス、それもリュキの悪心の力を吸収してのドーピング勝利とかじゃなくって、私自身の才能と努力での殴り合いよ。

 ほら、ドーピングで勝って喜ぶってお嬢様として失格じゃない?

 私だって貴族のお嬢様の上に聖女の再来って称えられているし、貴族令嬢らしく優雅に可憐に殴り合いで大勝利しないと駄目だもの。

 

「ポイントどの程度貯まったかしら?」

 

 モンスターとは結構な頻度で出会しているし、鼻くそが気になるけれど結構順調に進んでいるからと今は休憩、疲れていないけれど。

 足をブラブラ動かしながら空を見上げると星が綺麗だった。

 

「あっ、流れ星!」

 

 まあ、お姉ちゃんとは再会出来たし、レナスとは自分だけで勝ちたいからお願いは無いんだけれどね。

 ……お姉ちゃんって今は神様だし、お願い事が出来たらどうにかならないかしら?

 

「取り敢えず明日こそウツボダコが食べたい。今日食べ損ねたから明日は二匹捕まえないと。それなら皆食べ放題だし」

 

 この森のモンスターだけれど一年生が入っても良い学園ダンジョンをちゃんと探索して体を鍛えていたらギリギリいけるって感じだし、時々風に魔力が流れているのを感じるから先生が様子を見ていると思う。

 

「あっ、発見」

 

 少し離れた崖の上に先生が立っているのを見つけた私は手を振るけれど反応無し。

 あれって寝てない?

 

「もー! 仕方無いわねー」

 

 先生が安全確認をしているなら、エンゼルウイングで飛び上がって空の上から絨毯爆撃って手を選らんでも大丈夫だと思ったのに、これじゃあ発見するなり殴り飛ばすってのを繰り返すしかないじゃないの。

 

「レナに土産話で私の活躍を話そうと思ってたのに想定外ね。どうせなら森の主っぽいのが出て来ないかしら?」

 

 お姉ちゃんがやっていたゲームでは登場しなかった森だし、これで出て来たダンジョンならボスモンスターを探せば良いんだけれど、この森も一応ダンジョンとはいえ全く事前の知識が入っていないから面倒だわ。

 

 此処で何時までも休んでいるのも時間の無駄だし、さっさと次に行こうかとカンガルー達から飛び降りた時、木をかき分けながら巨大な猪が姿を現した。

 

「あら、メタルボアね。しかも鋼鉄っぽい」

 

 私が少し前に相手をしたのはレキアの魔法で創り出した偽物な上に青銅だったけれど、此奴はその時のよりも大きいし重そう。

 鋼鉄だってんなら強いんでしょうね。

 

 ノッシノッシと巨体を揺らしながら私の前に現れたメタルボアは鼻先を地面に擦り付けるようにしながら後ろ足で地面を掻く。

 出会って早々に突進して来る気らしい。

 

「前回は受け止めてから蹴り上げたのよね。うーん、ワンパターンってのも面白くないし……」

 

 私はメタルボアに構わず腕組みをしながら土産話に相応しい勝ち方を考えるけれど、既にメタルボアは軽トラックみたいな大きさで鋼鉄の塊みたいな堅さと重さの体で馬みたいな速度を出しながら突進して間近に迫っている。

 

 矢っ張り受け止める? それがベターとは思う……いや、違うわね。

 

「わざわざ受け止める必要無し! 可憐に優雅に……真っ向勝負!!」

 

 突進して来るメタルボアの脚が地面から離れた瞬間、私は背中を後ろに剃らし、瞬時に頭を前方に突き出す。

 

「どっせい!」

 

 巨大なハンマーを振り下ろしたみたいな音と共に私の頭突きはメタルボアの顔面に叩き付けられ、突進の勢いを殺すに止まらず反対方向にぶっ飛ばした。

 

「うっしゃっあ! 私の可憐で優雅で素敵な勝利ね。真っ向勝負こそ華のある戦いってもんだわ。いえーい!」

 

 何本も木をへし折りながら飛んで行くメタルボアを見ながら私は嬉しさのあまり飛び跳ねる。

 ふふん! 普段私をお嬢様らしくないって言ってる連中にこの真っ正面から相手の得意分野を叩き潰す貴族らしい戦いを見せたいわ。

 きっと言葉を失うでしょうね。

 

「うん? 誰か向こうに……げっ!」

 

 倒木の向こうに見えるのは如何にもチンピラ系とかって感じの俺様フラフープことフリート……何とか。

 

「彼奴の名字ってなんだっけ? まっ、別に良いわ」

 

 お兄ちゃんの友達でチェルシーの婚約者だけれど、そのせいでお兄ちゃんが構ってくれる時間が減るし、チェルシーだって王国に行っちゃうんだから。

 あー、でも獲物を横取りしちゃったっぽいし、こんな時は声を掛けるべきよね?

 

 確かレナスから習った戦士の流儀にそれっぽい事が有ったもの。

 

「……悪…いわね。獲物を横撮りしちゃって」

 

「心底嫌そうな謝罪だな、おい。苦虫を噛み潰したみてぇな顔じゃねぇか。まあ、テメェが大人しく謝る姿なんざ想像もしたくねぇんだが」

 

 こっちが折角歩み寄ってやっているのにこの態度、だから嫌いなのよ。

 もう謝ってやったし次に行こうと思ったのだけれど、視界の端に気絶した同級生が映り込む。

 え? まさかやられちゃった?

 

「そのゲロ塗れで気絶している奴、まさかアンタが巻き込んで攻撃しちゃったんじゃないの? 馬鹿っぽいからやりそうよね」

 

「いや、テメェが言うな。テメェにだけは! 言われ! たくない!」

 

「はいはい、めんごめんご。私が悪かった……あっ!」

 

 流石に巻き込み掛けた手前、それほど強く抗議出来ない私は顔を見たくもないのも相まって先生が立ち寝していた崖の方に顔を向ける。

 俺様フラフープが呆れたように溜め息を吐き出すのが聞こえてムカついた時、崖が崩れた。

 

 月明かりに照らされて見えたのは血を吐きながら落ちていく先生と逃げて行く半壊した仮面の男。

 彼奴がお兄ちゃんを二度も襲ったって奴。

 

「って、助けなくちゃっ! ”エンゼルウイング”!」

 

 あの高さから落ちたら多少鍛えている程度じゃ洒落にならないし、私だって寝ている状態だったら怪我しちゃうかも!

 

 最高速度で木の上をかっ飛んで先生の方へと向かう。

 

「間に合え間に合え間に合え……間に合えっ!」

 

 必死に手を伸ばして接近する中、先生は地面に向かってどんどん落ちて行って今のままじゃ間に合わない!

 

 ……駄目。もう二度と目の前で助けられないって事は嫌なのっ!

 

「掴……んだっ!」

 

 地面まで一メートルもない所で指先が触れ、咄嗟に掴んで引き寄せる。

 目の前には岩壁、上からも崩れた崖から石やらが降り続けて、急ブレーキは間に合わない。

 

 

「だっ……らしゃぁあああああああああああああっ!!」

 

 私は咄嗟に先生を庇うようにして反対側に向け、そのまま……全力で岩壁を殴りつける。

 拳が岩壁を砕いて私の体は反作用で止まり、更に蹴りを叩き込んで下がれば完全に崩壊して大規模に崖が崩れていった。

 

「良し! 優雅に可憐に余裕を持って解決ね! 後は先生に回復魔法を使うだけよ」

 

 流石ね、私! 凄いわ、リアス!

 

 結構な重傷みたいだから回復魔法を使っていると先生方が何か言っている。

 えっと、何々?

 

 

「助け…て貰っていて言い辛い…のです…が、”優雅”と…”可憐”を…辞書…で調べて…おいて下さい」

 

 え? なんで?

 

 先生は何でか理由は分からないけれどそんな事を言った後で気を失ってしまう。

 ……うん?

 

 

「誰か落ちて来た……」

 

 崩れ続ける崖に巻き込まれたのか誰かが落ちて来るのが見えて、助けようと思ったら先生と戦っていた奴だった。

 

 

「取り敢えず岩を投げてぶつけましょう。敵だし」

 

 

 

 

 

 



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無力を知る者

「おーい! 大丈夫かよ?」

 

 激しく崩壊を続ける崖から離れていたらフリート奴が飛んで来たんだけれど、腰回りの炎のリングから炎を噴射しながらだから見る角度次第じゃ……。

 

「アンタ、それって屁で飛んでるみたいに見えるわよ。ブーブーブーブー臭い物出し続けてるみたいじゃない」

 

「テメェ、自分が貴族令嬢って自覚あんのかよ……」

 

 有るに決まってるのに何言ってるのかしら? 此奴。

 私に呆れ顔を向けて来たからこっちも溜め息を吐いてやったけれどさ。

 

「……って言うか、その言葉は私が貴族令嬢らしくないって言ってる風に聞こえるんだけれど?」

 

「寧ろテメェの何処が貴族令嬢らしいって話だろ。……ったく、チェルシーも苦労すんな」

 

「喧嘩売ってる? 今なら買うけれど?」

 

 前から此奴は嫌いだったし、喧嘩売って来たんなら買っても良いわよね?

 チェルシーが後で文句を言いそうだから重傷は避けるとして……って、駄目ね。

 

「今は大人しくしておいてあげるわ。先生は一応回復させたけれど、ちゃんと休める場所の方が良いでしょ」

 

「ああ、俺様の方もこの通り邪魔なのを背負っているからな」

 

 私の腕の中の先生とフリートが背負った同級生、流石に気絶しているのが居るのに喧嘩する程馬鹿じゃない。

 それにグッと堪えるのも大切だし、ちょっと気になる事があるのよね。

 

「あの時……」

 

 先生を助けようと全速力を出していた私は強く思った。

 ”目の前で誰かが助けられないのは嫌だ”と。

 その時、私の頭にはレナスの死体に泣きついている幼い自分の姿が浮かんだんだけれど、レナスはちゃんと生きている。

 

 そのモヤモヤがイライラになって売られた喧嘩を買おうとしたんだけれど、本当に起きていない悲劇の記憶が蘇るのってなんで?

 

「じゃあ、直線方向最短距離で進んで安全な場所まで運んで来るから首洗って待ってなさい」

 

「おい、一応言っておくが木をなぎ倒しながら進むのは止めろよ? 背負われてる奴にも負担が掛かるんだからよ。飛んで行けば良いだろ、飛んで行けば」

 

「……それもそうね」

 

 嫌いな奴の言葉に従うのは嫌だけれど、今優先する事は一つ。

 気を失っている先生を安全な場所に運ぶ事よ。

 

「あっ、その崩れた崖の下に先生を襲った奴が居るわ。落ちてる最中に岩をぶん投げてやったら埋まってるの」

 

 私は岩が積み重なっている場所を顎でしゃくると光の翼を広げて飛び上がる。

 

「……大丈夫か?」

 

「死んではないんじゃない? 情報は惜しいけれど死んでいても構わないんだけれど」

 

 あの程度の身のこなしで、岩をぶつけた程度で崩落に巻き込まれる脆弱な耐久性、生きていても動けないでしょうし今は放置ね。

 ……後でお兄ちゃん達と一緒に戻って囲んでボコって捕まえて色々吐かせりゃ良いわ。

 

 

「身内認定した相手には馬鹿みたいに甘いロノスのヤローもそうだが、テメェも相手が敵なら容赦無ぇな、全くよ」

 

「あら、分かってるじゃない。そう! 私とお兄ちゃ……お兄様は一緒なの! ふふふ、その誉め言葉に免じてさっきの暴言は許して上げるわ。だって私もお兄様と同じで心が広いから!」

 

「……そうか」

 

 此奴、何だかんだ言ってもお兄ちゃんの友達なだけはあるわね、嫌いなのには変わりないんだけれど。

 私は上機嫌になりながらその場を離れるけれど、彼奴は見張りなのか残るのね。

 まあ、私の後始末を任せてやるわ。

 

「それにしても本当に空が綺麗……」

 

 先生を運びながら再び空を見上げる。

 何度見ても目を奪われそうな星空の輝きは宝石箱でも眺めているみたいだった。

 

 

 

 

 

「さてと……本当に生きてりゃ良いんだがよ」

 

 崖が崩れ岩が山になって積み重なっている様子を眺めながらフリートは呟く。

 伝説上の存在である神獣と、その将を名乗る者達と行動を共にしていたという謎の男に対し、彼は警戒心を向けていた。

 

「あの馬鹿が二回も取り逃したって相手だ。妹の方は楽観視してやがったが、生憎俺は違うんでね」

 

 背負ったパートナーをやや乱雑に下ろすなり、フリートは岩山に向かって手を向け、一気に魔力を練り上げる。

 

「今度も取り逃したとして、次はチェルシーが巻き込まれる可能性が有るってるんならよ……テメェは俺様の敵だ。この状態なら延焼はしねぇよな! ……”ヒノトリ”!」

 

 体から抜け落ちた魔力の量にフリートは軽い立ち眩みを覚える。

 彼が発動しようとする魔法に注ぎ込んだのは全魔力の九割以上であり、この時点で彼はハンティングでのポイント稼ぎを捨てていた。

 ただただ彼が願うのは愛する婚約者の身の安全のみ。

 

 彼にとってリアスは子供っぽい嫉妬で突っかかってくるゴリラみたいなアホの子であり、愛する婚約者の一番の友達であり、自分の一番の友人がペット同様に盲目になる程に溺愛している妹であり、ロノスは前述の通りに一番の友人であり、当然ながら対等な存在だ。

 

 だが、関係としては対等な相手であるが、戦闘力としては対等でない事をプライドが高い彼でさえ認めている。

 彼自身もそれなりに戦うための力を重視する家の出であるし、婚約者であるチェルシーもリアスとロノスに巻き込まれてレナスによる修行を受けさせられていており、正直彼よりも強い。

 

 

 特にロノスに対してなのだが、リアスは当然気が付いておらず、彼自身は気が付いているのかいないのか分からない事だが、ロノスの持つ力の大きさは異常である。

 ゲームでラスボスになった時、確かにリアスはリュキの悪心の力を吸収して途轍もない力を手に入れた。

 だが、その時に力を得たのはリアスだけでロノスは別、にも関わらず”最強のラスボス兄妹”となるのだ。

 

 ”神殺し殺し”、シアバーンが彼に向けた呼び名が関係しているのかも知れない。

 

 故にその様なロノスから逃げおおせた相手を警戒するのは当然であり、もし三度目の逃走が成功してしまい、その時にチェルシーが遭遇し襲われたならば、そんな不安を抱き自らの力不足を自覚した彼が仕留める好機を逃す筈もない。

 

 フリートの詠唱と共に現れたのは周囲一体を照らす程に煌々と燃え上がる炎の鳥。

 ”魔女の楽園”において彼のルートに突入、特殊イベントをクリアする事で彼が父親から継承して貰う一族相伝の魔法。

 ロノス兄妹の影響でチェルシーが強くなり、その影響でゲームでは必須だったイベントを前倒しして継承したのだ。

 

 周囲の空気が一気に熱せられ、魔法の使用者である彼の肌にすら汗が滲む。

 息を吸うだけで肺が焼けそうになる熱気に驚いたのか火に誘われて寄ってきたモンスター達も逃げ出す中、フリートが人差し指と中指のみを伸ばして前方に向けると火の鳥のクチバシが仮面の男が埋まった岩の山に向けられ、勢い良く振り下ろすと同時に向かって行く。

 

 岩に火の鳥が触れた瞬間にその場所が燃え上がり融解を始め、体を崩壊させるのにも気にせず火の鳥はフリートの意志に従い突き進む。

 

 

 

 

 

「おやおや、困りますね。我が主であるシアバーン様の(メェ)によりサマエル様がポカをして暴走すれば回収しに来たのですが……またしてもお会いするとは。矢張り頭の足りないサマエルや本当の自分を忘れてしまったラドゥーン……様とは格が違う。ああ、格が違うと言えば……貴方だってご友人とは格が違いますねぇ。シアバーン様とは逆の意味で」

 

 突如岩山に降り立つ人影、フリートの耳に届く嘲笑混じりの聞き覚えのある声。

 同時に岩を融解させながら進んでいた火の鳥が消え去った。

 

 

 

「こんばんは。今宵は素晴らしい夜ですね、フリートさん」

 

「はっ! 相手が居ない時にあーだこーだ言ってる卑怯者の臆病者にさえ会わなかったらな、ビリワック」

 

 魔力の急激な消費と魔法の強制消去によって疲労感に襲われながらもフリートは自らを見下ろす相手を睨む。

 そんな彼の状態を見抜いているのかビリワックは黒山羊にも関わらず性根の悪さが伝わって来た。

 

 

 



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ゴリラの兄が非力だとでも?

「此奴は一体……。話で聞いたのと似ているが知っているか?」

 

 突然現れたモンスターにルクスからは戸惑いの声が漏れた。

 どうやら彼が今言った一件、リアスに因縁を付けて決闘になり、秒殺で気絶させられた後に襲って来た神獣”リザードマン・ホーリーナイト”と特徴が酷似しているし、色々と気になったのかモンスターについて調べているって聞きはしているから、だからこそ図鑑に載っていない相手に動揺しているとは分かるんだけれど……。

 

「ボサッとしない! 此奴等、毒を持っているだろうからね!」

 

 リアスやアリアさんから聞いた神獣の特徴は武装したリザードマンだけれど、目の前の連中は武装の代わりに前足の爪が細長く先端が尖っている。

 それだけじゃなく全体的に流線型の体格であり、尻尾は胴体と同じ程の長さの上に先端が鋭利な上に爪共々先が色が違っていた。

 

 体色もも夜闇に紛れるし、まるで暗殺者だな……」

 

 ゲーム画面にこの連中が登場したかどうかは不明、覚えていない。 

 あー、こんな事なら画面をしっかり見ていれば……いや、ゲーム世界に生まれ変わることを想定する八歳児とか普通は居ないか。

 居たとしても姉がやってる乙女ゲームじゃなくって自分がやってるゲームだ。

 

 取り敢えず暫定的に命名すると”リザード・アサシン”だな、何となく。

 

「シャァアッ!!」

 

 知能が足りないのか喉の構造の問題なのか、体の作り自体は人間に似ているけれどリザード・アサシンの口から漏れたのは獣の鳴き声。 

 三匹同時に前から飛びかかるけれど邪魔にはなっていないから意志疎通は取れて居るのかな?

 激しく振るわれる爪を避けながら観察すれば先端から僅かに刺激臭が漂い、枝葉の間を通り抜ける時に摩擦を避ける為にか粘液みたいな物が体を覆っている。

 

「おっと」

 

 地面スレスレからすくい上げる様に迫った尻尾が僕の背後に回り込んで首を狙って来たのを片手で掴めば僅かに感じるヒリヒリ感。

 あー、これは粘液自体に毒があるな。

 

「ルクスー。其奴に触ったら毒を受けるから注意して。毒の訓練受けていないと動けなくなるよ、多分」

 

「言われるまでもない。俺に指図するな」

 

「はいはい、そうですか」

 

 リザード・アサシンの振るう爪を両手に持った剣で防ぐルクスだけれど、放置していても大丈夫かな?

 ……叔母上様関連で僕も嫌われて居るし、将来的に彼が王になった後を考えれば……正直此処で何かあっても構わない。

 でもまあ、その場合はアリアさんが拒否を許さずに王族にされて望まない結婚をさせられる可能性が高いのか。

 貴族なら仕方無い話だけれど何か嫌だ。

 彼女の想いに応えるって決めた訳じゃ無いのに勝手な話だけれどさ。

 

「……もう良いや。そろそろ死になよ」

 

 ルクスを見れば拮抗状態だし、伏兵が居たらと思って三匹相手にグダグダ時間を掛けて戦ったけれど、僕に悟られずに潜んでいるにしても参戦してくる気配も無い。

 何も居ないのに背中をお留守にする必要は無いな。

 

「ギッ!」

 

「五月蝿いから黙れ。いや、もう黙らせる」

 

 粘液で滑りやすい尻尾を動かして僕の手を外そうとするリザード・アサシン。

 だが、僕は握った場所が変形する程の力を込めた。

 激痛からか悲鳴を上げた其奴を力任せに振り回して叩き付ける事で二匹と距離を取った。

 粘液で接触のダメージは多少減退したみたいだけれど、武器にし一匹は流石に動けない程のダメージなのか暴れない。

 

 じゃあ楽にしてやろう。

 大丈夫、直ぐに仲間もやって来るさ。

 

 

 虫の息のリザード・アサシンを地面に叩き付けるなり逃がさないように胸を踏みつける。

 肋骨が砕ける感触が伝わる中、尻尾と爪が僕に届くよりも前に頭を刃で貫いた。

 

 その瞬間、柄から強い抗議の念が送られる。

 

 え? 突くんじゃなくって斬れって?

 

 明烏からの抗議を痛みとして感じつつ引き抜けば、仲間の死を構う事無く二匹が左右から迫っていた。

 片方に背中を晒す事を気にせず右のリザード・アサシンへと迫り、そのまま首を跳ねると同時に振り向き、三匹目の脳天から股まで大上段の一撃で両断する。

 左右に分かれて崩れる死体から溢れ出る血を避ける為に飛べば足元の草がしおれて行くのが見えた。

 

「血にも毒が含まれているのか……」

 

 此処まで毒だらけならリザード・アサシンじゃなくって”ポイズンリザードマン”の方がピッタリかな?

 そんな風に無駄な事を考えながら視線を向ければルクスが絶賛ピンチ真っ最中。

 

「くっ!」

 

「シャシャアアアっ!」

 

 爪は二本の剣で防いでいるけれど片膝を折り、真上から押し込まれそうになっている状態だ。

 そして勿論彼が相手をしているリザード・アサシンにも尻尾がある。

 僕が相手をしていたのと違って使っていなかったのかルクスが意識している様子は見られず、背中でタイミングを今か今かと伺うように動いていた。

 

 ……仕方無いから助けるか。

 助けたらお礼じゃなく手を出した事への文句が返って来そうだけれど手出しの為に彼の方に足を踏み出し、背中に向けて飛ばされた無数の毒牙をバク宙で避ける。

 首を切られ地面に転がったリザード・アサシンの目に驚愕の色が浮かんで見えた。

 

「首を跳ねられた怒りかな? 殺気が漏れていたよ。まあ、飛ばしてからでも気が付いて避けられただろうけれど」

 

 まさか首だけになっても牙を飛ばす位は出来るだなんて驚きだけれど、人間だってギロチン後に少しだけ生きているって聞いた事があるから神獣なら当然なのかな?

 ゴキブリだって頭潰されても餓死するまで生きているって何処かで……うん、あれについて考えるのは止そう。

 

「へい、パース!」

 

 声を掛ける事で此方に意識を向けさせ、ルクスに迫った尻尾を弾く……その筈だったんだけれど、木々の隙間を縫って飛んで来た鎖付きのハンマーがリザード・アサシンの頭部に命中し、横倒しにさせる。

 

「がっ!?」

 

「あっ」

 

 その結果……うん。

 

 蹴り飛ばした頭はぶつける筈だった尻尾が進路から消えた事でそのまま直進、リザード・アサシンに集中していたルクスの脇腹に命中してしまったんだ。

 仮にも神獣であろうリザード・アサシンの攻撃を弾く威力の一撃だ、そりゃ結構重いし、そんなのを脇腹に食らったルクスは衝撃で気を失ってしまった。

 

 

 

「……あー、もしかして余計な真似をしてしまったか? もしそうなら悪かった、謝罪しよう」

 

「れ、連帯責任って所かな? まあ、事故みたいな物だけれど、どうしようか? アンリ」

 

 木の枝をかき分けてこっちに近付いて来るアンリは凄く気まずそう。

 これは全部察してるな。

 

 しかし、本当にどうしようか……?

 

 気を失っているルクスに目立った外傷は見当たらない事を確認しながら悩む。

 これ、安全な場所まで連れて行くべきかな?

 ……べきだよね。

 

「……仕方無い、背負うか」

 

「僕も一緒に行こう。……ちょっと僕のパートナーも張り切りすぎたらしくてな。ゴリラネコの群れに正面から挑んでこのざまだ。まったく呆れるな。勇敢と無謀は別物だというのに……」

 

 見ればアンリは氷の台車に気絶した男子生徒を乗せている。

 こっちも命に別状は見られないけれど、防具や顔がボッコボコにされているし、安全な場所で休ませた方が良いだろう。

 

 

 ……いや、そもそもハンティングを続けるべきなのか?

 

「アンリ、ちょっと見慣れないモンスターに襲われたんだ。ルクスが一対一で手間取る強さなんだけれど、君から見て一匹相手に……いや、複数相手にして無事で済みそうな生徒は何人居ると思う?」

 

「彼が苦戦する程度なら……僕と君以外じゃリアスとアリア、チェルシーにギリギリでフリートじゃないか?」

 

「……だよね。どう意見だ。此処は先生に言って今すぐに……」

 

 マナフ先生が森全体を見張っていそうな場所は森の端にある崖だろう。

 早速向かおうと思った時、崖の一部が音を立てて崩れ、死角になっていて見えにくいが誰かが落ちていくのを僕は目にする。

 

 

 その直ぐ後、高速で接近するリアスによって崖は完全に崩壊した。

 

「うわぁ……」

 

 

 




ロノスもそれなりにゴリラ


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口にする時、腹パン確実

 日本で育った前世の僕も記憶を蘇らせる迄のロノス・クヴァイルも八歳には変わらないけれど、育った環境が違うせいで片方から見れば異、様だと思える事が沢山あった。

 身分や一般常識、戦い……そして殺人行為、ある人から見れば異常だの狂気だの思える内容だとしても、それが当然な人から見れば異常だと叫ぶ人の周囲こそ異常だと感じるだろう。

 

 同じ環境で育った血縁者でも物の考え方に違いが出て、どんな環境でも変わらない人も居れば、環境次第で聖人だったり悪人だったり様々だ。

 結局の所、常識も善悪も……狂気か正気かさえも個人や状況、環境によって大きく変わるって事で……。

 

 

 

「女神テュラのご意志を全うする為にも貴様等には死して戦争の火種になって貰う!」

 

「生き残って良いのは我々選ばれし者達のみだ!」

 

 故に森から出て来た僕とアンリを待ちかまえていた言動からして如何にも”カルト教団の狂信者”って感じの連中も、彼等からすれば正常であり、崇高な使命を果たそうって事なんだろうさ。

 テュラが司る闇の象徴である黒い服に身を包み、胸には大きくテュラ信仰のシンボルになっていた紋様が銀色に輝いている。

 

「この連中、最近活発になっているって噂の……。ネペンテス商会というのがバックになっているらしいな」

 

「ああ、神の奇跡みたいな力で願いを叶え、テュラ信仰の教えを説いてるって聞いたよ。少し前までは怪しい商会程度だったのに、急に活発になるんだからさ」

 

 前々から怪しいからと色々と目を付けている貴族が多い中、目が届きにくい僻地を中心に動いていたし、一見すれば薄利での人助けみたいだから規制を強めるのも難しかったけれど、まさかカルト教団を結成していたなんて。

 

「まさかクヴァイル家の情報網からさえ逃れるなんてね。……本拠地にどうやって出入りしているんだか」

 

 目を付けた連中を見張る際、重要な情報となるのが人の出入りであり、其処から活動拠点やら動きを特定するんだけれど、神獣将であるシアバーンだけなら警戒に動けても目の前の連中みたいな駒を使うなら粗が出るし、手繰る糸になる。

 

「テュラ教……人の全滅を目論んだ女神を信仰してるだなんて正気とは思えないな。それに僕達相手に勝機があると思っているのか?」

 

「はっはっは! 我々が神より授かった下僕が見えないのか! この精強なるモンスターの姿が!」

 

 アンリ、今のって正気と勝機を掛けたネタ……な訳が無いか。

 天然だけれど堅物な友人が怪我人背負った状況で敵を前に冗談を口にする筈もないし、指摘したら恥ずかしいだろうから止めておこう。

 

「……あっ。僕、今……」

 

「アンリ、何に気が付いたのか分からないけれど、今は集中して」

 

 あーあ、気が付いちゃったか。

 口元に手を当てて耳まで真っ赤になった彼女の気をテュラ教徒に向けさせつつ気が付いていない振りを続ける。\

 

「……しかしテュラ教徒ね。こんな連中を使うのに本当の主の名前は使いたくないってのか。立派な忠義だよ。それなら気が変わったのに合わせれば良いのにさ」

 

 テュラ教徒達が引き連れているのはヘビガエルやウッドゾンビ、その他見た目がおどろおどろしい不気味なのばっかりだし、確かに如何にも闇の女神の下僕って感じだ。

 

 実際の所、ネペンテス商会を率いるシアバーンは光の女神が己の悪心と一緒に封印した存在であって、同じく人間を皆殺しにしようとしたのには変わりないんだけれどさ。

 

「ねぇ、アンリ。物語とかでも具体的に従える方法もないのに野望の為に封印された怪物を復活させようとする悪人って出て来るけれど、相手が封印を解いたからと義理人情を発揮するの前提って有る意味笑えるよね」

 

「自分は人道を省みないのに怪物には人道を求めるって所がか? 僕には滑稽を通り過ぎて薄ら寒い物に感じるな。実際にそんな思考に至る連中を目にしてる今、人間不信になりそうだ。……何かを信じる姿を見て不信感を覚えるのも変な話ではあるが」

 

「貴様っ! 我々の信仰を愚弄するかぁー! この目で奇跡を目にする機会を与えられ、神の下僕という名誉を与えられし我々を侮辱するのは許さん!」

 

 どうやら捨て駒にされるって遠回しに言ったのが伝わったらしく男の一人が怒り出した。

 他の連中はポカーンとしているし、気が付いていないのか。

 

「いや、当時だって信者が居た筈なのに皆殺しの対象外だったって記録は残っていないし、君達だって例外ではない筈さ。だから投降をお勧めするけれど、駄目みたいだね……」

 

「無駄だぞ、ロノス。僕はこんな連中を何度も相手しているから知っている。盲目的に信じ、それを否定する言葉なんて耳に入らないさ。……ほらな」

 

 アンリは深く溜め息を吐くと姿勢を低くして背負ったパートナーを静かに下ろす。

 その時の顔は伏せていたから見えなかったけれど、立ち上がって前を見た時に見えた彼女の顔は学生から敵を前にした軍人へと変わっていた。

 元から中性的だった顔は凛々しい表情を浮かべる事で男性寄り……本人に言ったら怒られるだろうけれど色男に見えた。

 

 あ~、これは人気が出る筈だ。

 既に学園の女生徒の中にはアンリのファンが結構居るらしいし、祖国でも本当の性別を知らない相手から告白されているとか。

 僕も頭や胸を打たない程度にルクスを適当に地面に転がした。

 

「か、掛かれっ!」

 

 元々が捨て駒である事に気が付けていなかった程度の連中、しかも僕達の事を知らない様な連中が本職の威圧に耐えられる訳が無くって及び腰になりながら従えたモンスターをけしかけて来た。

 

 リーダーらしい奴は何となく気が付きながらも目を逸らしているみたいだし、敢えてそんなのを選んで捨て駒にしたのなら性格が悪いって思うけれど、性格悪そうだからなあ、シアバーンって。

 

「ロノス、モンスターは僕に任せろ。人間は任せた」

 

 返事も待たずに前に踏み込み、先頭を駆ける無頼カンの首に命中、深々と突き刺さった刃に重要な血管を破られたのか動きを止め、直ぐ後ろを走っていたモンスターが追突しもつれて転ぶ。

 

「大した知能を持っているのは少しか」

 

 次々に転んでいく中、巻き込まれなかったのは極少数。

 転んだ所に背後から迫った仲間に踏みつけられて圧死、酷い有様だ。

 

 そして続けざまに投げられるナイフが次々に突き刺さり、仕込まれた爆弾が炸裂した。

 一度に爆殺する為なのか最初の方のは時限式でなく誘爆によって生き残りを吹き飛ばし、直撃は逃れたのも爆風で体勢を崩した所にナイフを投げられる。

 

 戦闘開始から一分足らず、神から与えられたという兵隊代わりのモンスターは全滅した。

 

 

「あ、あれだけの数……」

 

「”加速(アクセル)」。

 

「あぐっ!?」

 

 テュラ教徒達が唖然とする中、言葉を遮るかのように超高速で意識を刈り取って行く。

 こんな不測の事態に陥ったなら戦略的撤退か降伏、せめて悪足掻きの応戦を選ぶべきなのに此奴達はそのどれでもなく立ち尽くすだけ。

 

「それじゃあ駄目だね。見逃す程の働きが可能だとは思えないよ」

 

 最初にリーダーを気絶させた事で失った判断力が戻るのを防ぎ、余計な事をする前に最後の一人を倒す。

 ちょっと身体検査……自害用の毒薬や短剣は隠していないみたいだし、重要な情報とかは最初からしてないけれど余計に期待は出来ないな。

 

「……どうする? 最後の一人は気絶させていないらしいが……僕が聞き出すか? 尋問は得意分野だし、何なら拷問貴族殿に頼めば良いが、仲間が既に森に居るのなら時間が足りないな」

 

 アンリが懸念する通り、森にリザード・アサシン以外にもこんな連中が居るのなら面倒ってレベルで収まらない。

 

「そうだね。仕方無いし、僕が森を走り回って探すからアンリは其奴から聞き出していて。その後でタマに乗って空から教えてくれたら……いや、刺激するか」

 

 もう生徒全員集めて管理するしかないか。

 話をしていると時間の無駄だし……はあ。

 

 

 

 何と言うか……本当に面倒だ。

 

 

「あっ、リアスの所に現れたら厄介だぞ」

 

 本当に本当に面倒だよ……。

 

 何せあの子はテュラがお姉ちゃんだと本気で信じているし、その名前の下に悪事を働こうとか見逃せない筈……あっ。

 

「遅かったか……」

 

 少し離れた場所を見れば天高く打ち上げられて行くテュラ教徒らしい連中の姿を発見する。

 アレは絶対リアスの仕業だと確信出来たよ、僕はあの子のお兄ちゃんだもん。




絵も発注 マンガ制作は十二月から


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想いは届く(但し相手は受け取り拒否可能)

 俺はアンダイン、アンダイン・フルブラントだ。

 アース王国の貴族の一人であり、アザエル学園新入生の中では上位の実力者だと自負している。

 

 む? 上位は上位でも越えられない壁の先に何人も居るギリギリ上位だろう? 眼鏡が本体の男だというのを忘れている?

 妙な事を言うな。

 確かに眼鏡は掛けているが、戦闘で割れた時のために幾つもの眼鏡を持っている俺は本体が幾つも存在する事になるじゃないか。

 

 まあ、呪いなのかって頻度で眼鏡が割れるのは困った物だが。

 どうして腹に食らった時も眼鏡が割れるんだ?

 

 

 

「くっ! こんな事ならあの時に……」

 

 さて、突然だが俺には後悔している事が幾つか存在するんだ

 勿論貴族である以上は領民や家臣に関わる判断を迫られるし、常に正解を引きたいと思っていても、不正解を選んでしまったり、そもそも迫られた選択肢に正解が存在しない時もあるだろう。

 

 だが、今抱いている後悔は貴族としてよりもアンダイン個人としての物だった。

 

 

「ねぇん、アンダイン様ぁん。メター怖いぃん」

 

「そ、そうか。それはそうとして動きにくいから離れてくれるかい? ボリックさん」

 

「メターって呼んで欲しいですわぁ」

 

 今最も切実な後悔はパートナー決めのクジで今隣にいる彼女を引き当ててしまった事だ。

 女性に対して失礼だとは思うが、まるでボールに頭と手足を付けたみたいな体型の些か……いや、かなり太っている彼女の名はメター・ボリック。

 畜産品を主に貿易品にしているボリック家の令嬢で、俺の家とボリック家は懇意にしている事もあって知り合いではあるのだが、どうも彼女からは強烈なアピールを受けている。

 

「俺には婚約者も居る事だし、あまりベタベタされるのも……」

 

「あら、魔女と仲良くしようとしているのにメターとは駄目なんて泣いちゃうぅぅ」

 

 ……これだ、これが苦手なんだ。

 別段太っている女性がとっては駄目な態度だとは言わないが、彼女は昔から妙に自分に自信がある上にぶりっ子って呼ばれるタイプ。

 今だって粘着質な声を出しながらくっついて来ているし、夜に食べたらしい肉の脂やニンニクの臭いと香水のドギツイ臭いが混ざって鼻がもげそうだ。

 

「メターは世界一の美少女でモッテモテだけれどぉ、アンダイン様が相手なら側室になって良いなぁ」

 

 人差し指で俺の胸の辺りをグリグリしながら出す猫撫で声に背筋がゾッとした。

 彼女の父親には世話になっているし、兄は友人だから邪険に扱えないのだが、俺はどうすれば良いんだ。

 

 だって俺はアリアさんが好きなのに……。

 

 

 彼女に関わる事が抱える後悔の一つであり、今現在の悩みは現在進行形で影響を受けているクジについてだが、大きさを比べればこっちに傾く。

 

 あの日、俺は混乱を招く存在であると何も知らないのに彼女に他者との関わりを控えさせようとし、その結果決闘に発展、惨敗した。

 

 一度負けた(まあ、クヴァイル家の令嬢一人にだが)後、見方を変えて彼女の事を考えると胸が高鳴るのを感じ、恋であると察した。

 

 ……何度か馬車で送り、その道中に話をしているから今の印象はそれ程悪くはないと思うのだが、クヴァイル家の令嬢が俺から彼女を庇った事で関わるようになったロノス・クヴァイルとアリアさんの仲を見ていると、俺の出方次第では彼女の隣に居るのは俺だった可能性を感じてしまう。

 

 ああ、アリアさん、好きだ。

 周囲から虐げられて来ただろうに明るい笑顔を絶やさず太陽のような心を持つ貴女に俺は心惹かれています。

 貴女の為なら、俺は全てを投げ出してでも……。

 

 今は家柄を気にしてか俺を家名でしか呼んでくれないし、ロノス・クヴァイルと接する時間が多くて言葉を交わす時間も少ないが、何時の日か名前で呼び合える日が来ると俺は信じているんだ。

 

 

「あっ、虫! メター、虫怖~い!」

 

「がふっ!?」

 

 その鈍重そうな見た目からは予想不可能な動きで抱き付かれた瞬間、衝撃で俺の眼鏡は砕け散った。

 ……新しいのを出さなくては……。

 

「てへっ! 壊しちゃったあ、ごめんなさ~い。お詫びにぃ、メターが掛けて……あ・げ・る」

 

「ちょっ!? レンズに触っているっ! 何か凄く油が付いてるのだがっ!? そして何故眼鏡を掛けるだけなのに唇を突き出しながら顔を寄せているんだ、君は!?」

 

「えへ! 少しはしたないけれどお、メターのファーストキスをプレゼントォ」

 

「いや、俺もキスは未だ誰とも……」

 

「なら、交換交換。アンダイン様のぉ……初めて貰いまーす!」

 

 ああ、本当に俺はあのクジを選んでしまったんだっ!?

 最後まで悩んだ片方はアリアさんとパートナーになれる奴だったかも知れないのに。

 

 

 

 油まみれの指でレンズに触れながら眼鏡を掛けるまでは我慢したが、肩を掴んでテカテカ光る顔を近寄らされるのには心の底から恐怖した。

 

 

 だ、誰か! 誰か助けて下さい!

 

 

 

 

「……うわあ」

 

「うわあ……」

 

 今回の夜間ハンティングだけれど私と隣の女は隠されたルールに気が付いていた。

 先生が言ったのは”ポイントを持ってる相手を倒せばポイントが手に入る”、つまりはモンスターやゴーレムだけでなく、それらを倒して手に入れたポイントを同じ生徒から奪えるのだ。

 

 ……正直言って私だけならば夏休み明けに恨みを残したままになる事態は避けたいが、今は私だけではない。

 要するに下級貴族の私では皇女の提案に異を唱えられない、そんな所だ。

 

 そして、既に時間がそれなりに経過しているし、ポイントを貯めた所を横から奪おうとなりはした。

 これがその時の会話だ。

 

 尚、互いに遠回しに相手がルールを理解しているのは確かめている。

 

「流れ弾で他の生徒を巻き込んでしまったら大変ですよね。特にゴーレムなんて倒したら土に戻りますし、近くで戦っていた証明は難しいですし」

 

 要約・ゴーレムと戦っていた事にすればわざと狙った訳ではないと言い訳になるよね。

 

「まあ、それで相手が気絶した場合、後で誰が誰を攻撃したかなどは学園側が公表しないでしょうから禍根は残りにくいでしょうが、広範囲の魔法は巻き込んでしまう可能性が高そうですわね」

 

 要約・こっちの姿を見られる前に気絶させれば万事解決だから広範囲の魔法で狩ろう。

 

「夜の森ですから視界も危ういですしね」

 

「ええ、事故が起きやすいでしょう」

 

 薄々感じていた事だが、ネーシャは私と似ている所がある。

 表面は明るく愛想が良い人物を演じているが、内面は全くの別物という所だ。

 

 

 取り敢えず今この時だけの同盟を結んだ私達が最初に発見した獲物……もとい生徒は妙に猫撫で声を煩わしいレベルで使っている首が顔の肉に埋まって見えない女子生徒と、それに抱きつかれている眼鏡。

 片方は体が丸く、もう片方は眼鏡が丸いからお似合いのカップルだろう。

 

 ……ちょっと見ていて鬱陶しい感じがしたので変な声は出たけれど。

 

 

「彼は……」

 

 付きまとって来る鬱陶しいストーカーで、フルブラント家という大きい家柄だから面倒な相手で、名前は……ア、ア、アイライン? 

 

 確かそんな名前だったと記憶している。

 出来れば一切したくないのだが……。



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あくまでも事故である

「……少し思ったのですが、私達の魔法を彼等に放ったとして……ではなく流れ弾が向かって当ててしまったとして、私達の魔法だと気絶する直前に見られてしまいません?」

 

「あっ! でも、大丈夫です。確かロノスさんと組んでいる方も……いえ、ロノスさんを巻き添えにしてしまうのは心苦しいですよね。ネーシャさんなら問題になっても家が家ですから姿を見られても……」

 

「あら、姿が見える位置ですと巻き添えにしてしまった時にどうして見えている相手に注意しなかったのか問い質されそうですわね……」

 

 ポイントを効率良く稼ぐ為に生徒を狙う事に決めた私達だが、此処で少々問題が発覚した。

 闇と氷、特異的な力は印象に残るだろうし、押し付けられる相手はロノスさんに迷惑が掛かる相手のみ。

 

 あくまでも私達は腹黒い事とは無関係であると、既に互いの事を把握していても素知らぬ振りで会話を続ける。

 その間にも眼鏡の彼は随分と恰幅の良い女子生徒にキスを迫られて居るけれど、これを切っ掛けに仲良くなってくれれば私に付きまとう時間が減るだろう。

 

 ……彼女は随分と自信があるみたいだし、このまま放置すれば彼が私にしたみたいに付きまとうだろうから丸投げすれば……丸投げ?

 

 

 

「ネーシャさん、偶にはその辺の物を魔法で投げてみるのも良いかもしれませんね。モンスターをモンスターにぶつけるとか」

 

「あら、それは中々の案ですわね。早速練習致しましょうか。ぶっつけ本番は宜しくありませんもの」

 

 話が早くて助かるし、似た相手というのはそれなりに良い物なのかも知れない。

 だが、矢張り何故かこの女が対象となった途端に不快感が姿を見せる。

 

 母を失ってから仮面を被って心を殺して生きてきた今までの人生で此処まで敵意を向けてしまう相手は初めてで、実はと言うと少し困惑する程。

 

 一体何故なのかと自問自答すれば一つだけ浮かぶ。

 それは”嫉妬”だ。

 

 思えばロノスさんと親しい女は私よりも先に出会い、私と過ごした時間の何倍もの付き合いだったので仕方が無いと思えたのだろうが、この女は突然現れて彼の隣に立とうとしている。

 

 成る程、私にも誰かに嫉妬する心が残っていたのか。

 

 ……さて、その気に入らない相手と意見が一致し、今から実行に移す所なのだが、チラリと横顔を見ながら考える。

 最初、裏ルールで許可されている事と養子ではあるものの皇女である事を背景にして実行に移すと思たのだが……。

 

「……慎重なのか、それとも実は力がそれ程でも無いのか……」

 

「あら? どうかなさって?」

 

「いえ、独り言ですから気にしないで下さい」

 

 つい口に出してしまったが、牽制になりそうなので良しとしよう。

 表情には出さなかったので探りを入れた事としては失敗ではあるが、此方が一歩踏み込んだと思わせる事が出来たのなら。

 

「砲台……準備完了」

 

「”シャドーハンド”」

 

 アイスチャリオットに大砲を設置した屋根が出来上がり、私も同時に影の巨腕を創り出す。

 拘束魔法のシャドーバインドは複数の腕が鋭い爪を突き刺して対象を拘束するけれど、この魔法は複数の腕を一本に纏めて質を高めた物。

 

 氷の砲口に石が詰められ、影の腕が近くの当たっても死にそうにはない程度の細い木を地面から引っこ抜いて振りかぶる。

 

 向こうから姿が見えはしないが随分と騒いでいるし大体の位置は分かるので外しはしないだろう。

 数秒間、相手だけがやらかした事にならないかと互いに待つが考える事が同じな為か時間の無駄になりそうだ。

 

「モンスターが居ますわね」

 

「ええ、何やら怪しい物音と気配がします」

 

この女も中々の役者だ。

私同様に本気で気が付いていないという8演技をしているし、この部分だけ聞けば騙されていただろう。

 

 全部知っていながら続ける演技など我ながら白々しいと思うがお互い様だろうし、見えない場所という事もあって相手が生徒だと判断不能なので事故が起きても仕方が無い。

 相手が此方に近寄るなど攻撃を止めるべき材料を手に入れてしまう前に終わらせよう。

 

 だってこれはあくまでも事故、故意に生徒を狙った訳ではないのだから。

 

 

「おや、相手はモンスターでなかったのですわね」

 

「ど、どうしましょう!? 取り敢えず安全な場所まで運ばないと……」

 

 此方の攻撃は見事命中、期待外れだとしか言い表せない量の光が私達の腕輪に吸い込まれるが、私の方が光の大きさが圧倒的に少ない。

 私が投げた木は女の方に当たったらしいが、媚びを売る事に熱中していてポイントを殆ど稼いでいなかったらしい。

 

 ……役立たずだな。

 

 

「……所で此処は内密の相談なのですが偶然(・・)自分の属性だとは分からない方法で倒してしまいましたし……」

 

「私達はあくまでも気絶したのを発見しただけ、ですよね?」

 

 最初から決めていた事を本音を隠して確認しあう。

 此処で売った音を理由に眼鏡の方が付きまとって来そうではあるし、デブと二人っきりの状況にして先程の続きをしていて貰いたい物だが、ネーシャがそれを許さないだろうか?

 

 この二人、レンズの形と体型がそっくりでお似合いだし私は応援するので此方には関わらないでくれたら嬉しい。

 

 アイスチャリオットの後ろに鎖で繋がった車輪付きの台車が現れ、私はシャドーハンドを使って適当に乗せるのだが、デブを上にして眼鏡の背中に乗せたら何故か眼鏡の眼鏡が割れてしまう。

 

 ……何故?

 まあ、ストーカー眼鏡の眼鏡がどうして割れても別に構わないか、他人の眼鏡だし。

 

 こうして私達は少しだけポイントを稼ぐのに成功したものの余計な荷物を運ぶ手間まで手に入れてしまう。

 タイムロスを犯してまで人助けをしたという事実……実際は違うのだが、それを手に入れるのは今後の為に良いとはいえ、出来るならば放置しておきたいという葛藤もあるのが事実だ。

 

 

 

 

「おっと、漸く追い付いたぜ。ったく、森の中をドンドン進みやがって」

 

 木の枝をかき分けながら現れた見知らぬ男は少し不機嫌そうに私達を見ながらそんな事を言ってくる。

 どう見ても部外者な上に、着ているのは黒いローブ、それも私に関係する事もあって知っている物。

 

「テュラ信仰の紋様……」

 

 そう、私が疎まれながら生きる理由になった女神を信仰する者達の証であり、大昔に滅びた筈の物だ。

 なにせ闇の女神は人を滅ぼそうとし、それを防いだのが光の魔法を操る聖女、つまりクヴァイル家の祖先だ。

 破滅願望でも持たない限り身に付けず、危険思想の証とされるその紋様を堂々と見せている男の手には両刃の片手剣。

 構えからして素人ではなく、少なくても一般的な強さの生徒ではとても太刀打ち出来ない相手だ。

 

「……」

 

 少なくても味方でない事は確かであり、そんな相手を前に誰なのかを尋ねるような無駄な事は私もネーシャもしない。

 ああ、無駄に喚いたり刺激しないだけ他の生徒よりも彼女がパートナーで助かったのかも。

 

 その点だけ、ではあるけれど。

 

「その黒髪、嬢ちゃんがアリア・ルメス、我らが神が欲する贄か。もう片方には死んで貰うとして、痛い思いをしたくなけりゃ……」

 

 相手は間違いなく強く、私は痛い思いをしたくない。

 なので騒ぐ事もせず……無詠唱で魔法を放った。

 

 選んだ魔法はシャドーランス。

 幸い今は夜の森の中、私の影は周囲に紛れ、男が反応する間も与えずに手足の付け根を貫いた。

 肉と骨を穿って反対側から飛び出した先端は引き抜かれないように枝分かれして返しとなり、同時に体内で枝分かれした先が次々に飛び出しながら手足の先へと伸び、手の平と足の甲から飛び出して漸く止まった。

 

「あ、あがっ……」

 

 ああ、助かった。

 だって痛い思いをしたのは気を失っている目の前の男だけなのだから。

 

 

 

「エッグイ真似をしますわね……」

 

「え? だってネーシャさんを殺す気でしたし、何もさせない事が大切と思いまして……」

 

 さて、重要なのは此処から。

 あの自信が過信ではなく私達に勝てると確信させるに至った理由、それが姿を見せたのだから。

 

 

 

 

 

「シャァアアアアア」

 

 あの決闘という名の蹂躙の後に現れたモンスター、それに似たモンスターが男の腹を尻尾で貫いていた。

 

 

 



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閑話 死に際に嗤う

 俺は自分が神に選ばれた人間だと信じていた。

 

「ええ! ええ! 勿論ですともぉ! 貴方の内に眠りし力、それこそ腐敗してしまった他の人類とは違う者の証! 新世界に存在すべき者なのです!」

 

 物心付いた時、俺が居たのはアース王国の辺境の領地でも特に治安の悪いスラム街。

 既に今の王妃の改革で孤児院やら職の世話やら貧しい連中の為の病院やらで様変わりしちまったが、あの頃は本当に酷い場所で、俺はそんな場所でしか生きられない屑に育っちまってたのさ。

 家? ボロ切れをボロ壁に引っ掛けてボロ布を垂らしただけの立派な家に住んでいたぜ。

 

 親? 自分達が腹を空かせたからって自分の餓鬼を食っちまわずにこき使い、バカな金持ちの同情を買えるようにってわざわざズタボロにする手間を惜しまなかったし、病気になっても殺さず雪空の下に放置して居なくなる立派な親さ。

 

 名前? ”アレ”だの”おい”だの”お前”だの”クソガキ”だの俺の名前はいっぱいあってな、どれを名乗れば良いか分からねぇよ。

 

 そんな俺は盗み奪い殺し、そんなのを繰り返し、特に大物でもないチンケな悪党になってたんだが、先代王妃の時に少しはマシになったよ。

 

 陛下万歳! 王妃の言いなりで好き放題させているお陰で俺達みたいな人間扱いされない連中がその辺の人間様より上等な思いを味わえる。

 秩序も良識も丸でない人間様には地獄みたいで、俺達ゴミには最高の世界。

 

 ……まあ、今となっちゃ今の王妃様のお陰で過ぎ去った地獄、思い出したくもない悪夢とされているんだが、余計な夢を見出す奴まで生まれちまったんだ。

 

「なあ、聞いたか? ちゃんと罪を償いさえすれば……」

 

「俺達だってマトモになれるかも知れないぞ」

 

「俺達やり直せるかもな……」

 

 牢屋での囚人への扱いもマトモになり、出た後で困らないように職業訓練も受けさせてくれるって話だし、ゴミの分際で人間になれるだなんて本当に信じているのか?

 

 どれだけの物を盗んだ? どれだけの奴を傷付けた?

 

 俺達みたいなのがやり直せる筈が無い。

 

 俺達みたいなのが変われる筈が無い。

 

 ……()みたいなのが許される筈が無い。

 

 どうせ夢は夢、儚く覚めて綺麗な花畑からゴミ溜めに引き戻されて絶望するだけだってのによ。

 

 

 だから俺は変わる気はなく、未だ現王妃の影響が及びきっていない屑貴族の領地に向かって……ちょっとしくじった。

 ああ、俺じゃねぇよ。

 

 商売がしにくくなったからって手を組んだ連中の内、一人が叶わない夢を見てしまったんだよ。

 

「これを最後の大儲けにして、堅気になって暮らす。俺は人間らしく生きるんだ!」

 

 其奴がどうなったって?

 調子に乗って派手に儲けたのが周辺を縄張りにしている連中に知られて真っ先に殺されたよ。

 

 有り金全部奪われて道に捨てられて、俺が見つけた時には靴も服も誰かに盗まれて裸同然、ゴミに相応しいゴミらしい最期って訳だ。

 一定以上の底まで落ちた奴がマトモになれると思ったのか?

 仮に其奴にマトモになれる何かがあったとして、其奴が落ちた場所にいるのは自分の利益にも不利益にもならなくたって這い上がる奴を引きずり降ろそうとするってのによ。

 

 そして手を組んでいた俺も他の連中と同様に捕まり、ついやり過ぎて殺しちまった彼奴の代わりの見せしめに使われる事になった。

 

「大丈夫だ。直ぐに誰か来るだろうよ。血の臭いを嗅ぎ付けてよ」

 

 ある奴は手足の骨を折られた状態で木から吊され、俺は頬を深く切った状態で頭だけ出して地面に埋められる。

 俺を埋めた男はナイフを仕舞いながら大丈夫だの言ってるが、来るとしたら俺を獲物だと思っている肉食獣かモンスターだ。

 

 

 

 

 

「おやおや、大変な事になっていますねぇ! アヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 そんな時に現れたのが彼奴……最近噂を耳にするネペンテス商会の商人だ。

 俺達の前に現れた彼奴が指を鳴らすと俺達は地面の上に座っていて、しかも怪我が癒えている。

 何が起きたのか理解出来ず間抜けに呆けるだけの俺達に向かって奴は言った。

 

 ”女神の為に力を貸して欲しい”と。

 

 何でも俺達は闇の女神が祝福を与えた者達の子孫であり、代を越えて蘇った力を感じ取った事で底の底まで落とされる暮らしを送っていたとか。

 

 

「お詫びとお礼をかねて約束しましょう。我等が主テュラ様が世界を手にした暁には貴方達を王にすると!」

 

 ……今にして思えば胡散臭く酔っ払いか世間知らずの無知な餓鬼ならギリギリ騙されるかどうかって内容だったが、不思議と俺達は信じてしまった。

 どうせ洗脳でもされていたんだろうな、間抜けな話だよ。

 

 商人から力を与えられ、モンスター共を従えて俺達は任務に赴く。

 他にも大勢似たようなのが居て、一番貢献した奴に一番大きな国をくれるってんだから俺らしくない張り切りをしちまって……。

 

 

 攫って来いって言われた小娘の魔法によって手足を貫かれ気を失ったんだが、その瞬間でも俺は何処かで大丈夫だと信じて疑わない。

 だってよ、取って置きのを連れているんだ、其奴がどうにかしてくれる。

 俺に代わって貴族に生まれて何の苦労もせずに育った小娘を俺達の所まで引きずり降ろしてくれるってよ。

 

 人間、底の底まで落ちたとしても手を伸ばして上の奴を引きずり降ろせば少しはマシな思いが出来る。

 死ななけりゃ、死んでさえなけりゃどうとでもなるんだよ。

 

 

 

 

 

「シャァアアアアア」

 

 その取って置きのモンスターの爪が俺を貫く激痛で覚醒させられた俺は全部察した。

 俺は此処で死ぬし、あの商人は嘘ばっかり言いやがっていた、ってな。

 

「糞…が……ごふっ!」

 

 つい数秒前まで信じていた事が一瞬で疑わしくなった。

 体を背中から貫く爪を目にし、傷が焼けるように熱いのを感じながら声を出せば血が同時に出て来る。

 

 

 ああ、どうして自分がゴミだって事を忘れていたんだよ、俺。

 俺なんかが王になれる? 神に選ばれた?

 

 

 はっ! んな訳がねぇだろうが!

 

 

 爪が引き抜かれ俺は前のめりに倒れ込む。

 元々手足を貫かれ潰されていたんだが、死ぬ奴相手に続けるのは無駄だと思ったのか影の槍は消えて地面に倒れ込んだ時に思い出した事が一つ。

 

 

 俺に魔法を使った誘拐対象の小娘の目だ。

 俺はあの目を飽きる程に見て来た

 そう、あのゴミの集まりの中じゃ当たり前で珍しくもない、自分の人生に期待をしていない奴の目だよ。

 

 

「はんっ! 貴族にも底まで落ちたのが居やがったか」

 

 貫いた背中を踏まれる痛みを感じながら呟き、頭に向かって踏み降ろされる足を眺めながら俺は嗤う。

 

 少しだけ違ったから先に死んだあの馬鹿みたいに這い上がろうって奴だろうが絶対に無理だ。

 どうせなら俺が引きずり卸したかった、ってな。

 

 頭を踏み潰されるその時まで俺はそんな事を考えていた……。

 

 



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闇と氷と蜥蜴

評価遂に七を切ったか 感想も来てないしなあ


わか太郎さんに依頼  アンリ・ヒージャ&タマ


【挿絵表示】


話追加 前の章に忘れていたのを

徒労   ってタイトルです


 リザード・アサシンを視認し見覚えのある相手だと判断した瞬間、アリアは動いていた。

 

「”ダークバインド”」

 

 周囲からリザード・アサシンに目掛けて伸びる闇の腕は鋭い爪先を肉に食い込ませようと迫る。

 相手の力がどれ程なのか分からない以上は何もさせないのが常套手段と判断したアリアは間違ってはいないだろう。

 詠唱を行う事によって速攻よりも安定を選んだのだが、この魔法は周囲から対象に襲いかかる故に多少の発動の遅れは殆ど関係無いのもあっただろうが、実際にリザード・アサシンが動いて包囲から逃れるより前にその体に届く。

 

「……シャア」

 

 ヌルリ、そんな効果音と共に鋭利な爪先は体表を滑り、リザード・アサシンは拘束魔法が届いてから動いても闇の腕の包囲から逃れてしまった。

 

「っ!?」

 

 

 まるで幻の如く一切の抵抗を見せずに拘束を逃れたリザード・アサシンが跳躍によってアリアへと迫り、彼女は硬直を見せてしまった。

 

 今までの人生でアリアは戦いを何度も経験して来たし、闇属性である事が判明し、更に母が死んでからは実の祖父母から”死んだら死んだらで構わない”という考えの下にモンスターの討伐を命じられていたからだ。

 更にロノス達と関わりだしてからは将来的にリュキの悪心や神獣との戦いがある事を見越して戦う為の力を付けて実際に敵に打ち勝って来た。

 今の彼女は既にか弱い少女ではなく、ゲームで例えるならばレベリングをしっかりとして今のダンジョンの適正レベルよりもずっと強くした状態。

 

 ……だが、それでも強さが足りない場合は存在する。

 何せこの世界は現実であり、ストーリーの進行に合わせて徐々に敵が強くなる訳でもなければ強制敗北イベントの様に強敵に破れても重傷を負ったり死んだりしないなんて事は有り得ないのだから。

 

 幼い頃からの戦闘経験は確かに存在するがルメス家の領地は荒れ果てており、獲物を求めるモンスターとしても賊の類としても旨味が少なく、更に手に負えない程に強い相手ならば流石に国から兵が派遣される事もあってか(但し先代王妃の時代は大きく遅れる等したり、役人への心付けが必要だった)彼女が相手をして来たのは雑魚に分類されるモンスター。

 元より高威力の闇属性の魔法ならば多少の力量の差は覆せる程度であった。

 

 そして学園に通い出してからの急成長は確かだが、それでもリザード・アサシンの相手を正面からするには足りない。

 ……正確に言うならばもう少し距離がある場合や初手に拘束ではなく速度を重視した攻撃魔法を使っていれば展開は変わっていただろう。

 このリザード・アサシン、ルクスが何とか拮抗する位でロノスならば瞬殺が可能な相手ではあるが、今のアリアとの力の差をゲームに例えるならば二つ先のダンジョンの中ボスとの戦いである。

 そしてルクスと戦った個体は彼を侮っており、この個体は違う。

 その違いは余りにも大きかった。

 

 今までが順調に行っていた為に生じてしまった隙は大きく、後一度の跳躍で猛毒を宿す爪は彼女の身へと届く。

 

 

「シャ!?」

 

「全く……これは貸しですわよ」

 

 但し、この戦いが一対一だったらの話。

 着地の寸前に地面が氷に覆われ、元より潤滑剤の役目を担っていた粘液と合わさって滑りを良くした事でリザード・アサシンは前のめりに倒れ込んだ。

 

「”シャドーランス”!」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべるネーシャに内心で舌打ちをしながらもアリアは魔法を放つ。

 大きく体勢を崩した異形の体に向かって行く鋭い槍、しかも幾つかは口や目など粘液で滑って外れる事が無さそうな場所を狙いに定めていた。

 今度こそ決まった、そんな風に考えていたアリアとネーシャの視界からリザード・アサシンの姿が掻き消える。

 身長に匹敵する程に長い尻尾が周囲の木に突き刺さって体を引き寄せたのだ。

 そのまま木に抱きついた姿勢でリザード・アサシンは口を開けば毒牙が一斉に飛び出して行く。

 氷の戦車を瞬く間に貫通し破壊する牙、だが二人の無惨な死体は其処には無かった。

 

「シャア!」

 

 鋭い嗅覚で居場所を察知、上を向けば黒い翼を広げ飛び上がっていたアリアの姿。

 ネーシャも彼女が荷物か何かのように抱えているではないか。

 

「えっと、これで貸し借りは無し……ですよね」

 

「ええ、実際助かりましたし」

 

 この時になっても上辺だけの友好的態度を崩さない二人に対し、リザード・アサシンは閉じた口をモゴモゴと動かしていた。

 この短時間で牙の再生は不可能らしいが、唾液が急速に凝固する事で代替品と化す。

 再び口を開いた時、牙の形に固まった唾液が牙の存在した場所に生え揃うように存在し、再び放たれる……かに思えた。

 

 

「シャッ!?」

 

 背後から心臓を貫く一撃を喰らい硬直するリザード・アサシン。

 続いて腹を貫くのは影の剣。

 二体の影の騎士がリザード・アサシンの動きを今度こそ止め、口に片手を突っ込んで無理やり開いた状態に。

 

 

 

「あら、ご苦労様でしたわね。段取り感謝致しますわ。……”ブリザードスフィア”」

 

 その口の中に飛び込んだのは拳サイズの冷気の球体、本来は内包した冷気を周囲に解放する魔法だが、解放の前に食道を通って胃の中に到着してから漸く解放される。

 体内を猛烈な冷気が駆け巡り内部から凍り付くリザード・アサシン。

 

 だが、切り落とされた頭部でも攻撃を行える程に強い生命力を絶つまで要する時間は残り数秒、脳が凍り付く寸前に猛毒の臓腑を吐き出すには充分な時間……だった。

 

 

「じゃあ、最後の一撃は貰いますね」

 

 この影の騎士は三体で一組、最後の一体が臓腑を吐き出すよりも前にフレイルを頭部に叩き込み、完全に凍り付くよりも前に打ち砕く。

 

 皮肉な事に先程リザード・アサシンが踏み潰した男の頭と同じように破壊された頭部。

 リザード・アサシンも此処までされれば流石に死に絶えた。

 

 

 ……但し、それで終わりはしない。

 

 虫の中には危険を感じた際に仲間を呼ぶフェロモンを発するのも存在する。

 そして、リザード・アサシンも同じであった。

 

「囲まれて居ますわね……」

 

「近くに居たんですね……」

 

 二人を囲むようにして現れるリザード・アサシンの数はおおよそ十匹。

 それが示し合わせたように同時に口を開き毒牙を飛ばそうとしている。

 

「このまま上空に逃げれば……え?」

 

 翼を羽ばたかせ上へと逃れようとするアリアと、それを顔で追って狙いを付け続けるリザード・アサシン。

 この場に居た者達がほぼ同時に上空に視線を向けた時、空が眩く光り輝いて目を眩ませた。

 

 

「そのまま動かない! 当たっても回復魔法しかしてあげないからね!」

 

 響き渡る力強い声と共に空から光が、いや、空を覆う程の光の矢が降り注ぐ。

 ほんの僅かも逃れる隙間は存在せず、範囲から逃れるには速過ぎる矢の雨はそれでも逃れようと反転したリザード・アサシンが第一歩を踏み出すより前に頭を貫き、崩れ倒れる死骸も撃ち抜き続ける。

 木々は粉々に砕かれ地面にも穴が空く。

 

「し、死ぬかと思いました……」

 

「心臓に悪いですわね……」

 

 最後の矢が地面に深い穴を空けた時、原形を留めていたのは降り注ぐ矢が直前で軌道を変えて当たらなかった二人だけ。

 それでも魔力で作ったアリアの翼には所々穴が出来上がり、恐らく当たっていたら回復魔法では足りなかっただろうが。

 

 この時ばかりは二人も本気で冷や汗を流すが、当たれば体が穴だらけになっていたのだから当然ではあるのだが。

 ドッと力が抜けたのかゆっくりと地面に降りたアリアは力が抜けたかに振る舞いながらネーシャをやや雑に降ろす。

 

「ご、ごめんなさい! もう限界でして……」

 

「いえ、お気になさらずに……」

 

 二人が白々しい態度で言葉を交わす中、呑気な声が耳に届く。

 

 

 

「いやー、ちょっと加減を間違えちゃってさ。ごめんごめん。怪我が無いなら良かったわ」

 

「「ええ、お気になさらずに結構です」」

 

尚、二人の内心は別だ。

 

 



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恐らく彼には誉め言葉

 ……ふう。

 今まで色々な方と関わって来た私ですが、此処まで無茶苦茶な人とは関わって来ていませんわ。

 

 周囲を見渡せばつい先程まで森だったとは思えない更地っぷり、多少の破片は残っていても木は根本からひっくり返されていますし、これだけの広範囲殲滅魔法を直前まで察知されずに放った事で伝説の存在であった光属性の規格外さが理解出来る。

 伝説で光属性を扱っていた聖女の末裔であるクヴァイル家の令嬢として厳しい訓練を受けた結果でしょうが、先程力が抜けた振りをして文句を言えない程度の雑さで私を取り落とした闇属性の彼女も魔法を極めればこの段階まで……いえ、個人の才覚の差があるので一概には言えないのでしょうが、先程の戦いを見る限りでは……ふむ。

 

 

 利用価値は充分、但しハイリスク、ですね。

 個人として関わりがある相手ならば話は変わるのでしょうが、正直言って闇属性への悪感情は並大抵の事では払拭されませんわ。

 

 

 

「それしても本当に助かりましたわ、リアス様。アリアさんも一緒に戦って思いましたが、私達は仲良くなれそうですわね」

 

 さて、そんなハイリスクな彼女ですが、ロノス様達が幾ら個人的に仲良くなるのを望んだとして、クヴァイル家が不利益でしかないと判断したならば今のような関係にはなって居ないはず。

 

 つまりは多少のリスクを無視しても引き入れる気でしょうし、その辺のリスクを勝手にどうにかして下さるならば私の選択肢は一つだけ。

 

「この機会ですし、本当にお友達になりませんこと? 互いに支え合えるそんな友人になりたいと思いますの」

 

 リスクが下がるならば迷う理由は無いでしょう?

 あの日、別に利益にならない事を無駄なリスク取ってまで行った結果が何もせずとも手に入った物を失いました。

 

 今回の事も多少ならばリスクは存在しますし、余計な事をしてしまったと後悔するやも知れないとは理解しながらも私は彼女に握手を求める。

 

 だって時にはリスクを犯さない事がリスクなりえるのですから。

 

「は、はい! お願いします……」

 

 私が差し出した手を慌てた様子で握り返す彼女ですが、嬉しそうなのは表面だけで目は笑っていませんでした。

 まあ、それは私も同じ事であり、別に上辺だけの友達関係こそを望んでいるのは伝わった方が都合が宜しくてよ。

 

 互いの利益の為に仲良くしましょうか、癪ですけれども。

 最後に笑えるのならば多少の不愉快は我慢して差し上げますわ。

 

 

「あっ、そうだ! 聞いてよ。私の腕輪が故障しているらしいのよ」

 

「……故障ですか?」

 

「大変じゃないですか!?」

 

 ゴリラ……ではなくリアス様が困り顔で見せて来た腕輪には何らかのトラブルが発生している様子は見られず赤く光って結構なポイントを稼いでいるのが見て取れますが、もし故障が本当ならば初日で彼女が脱落となりますが、クヴァイル家に入る予定の私からすれば彼女の経歴に傷が付くのは避けたいのですが……。

 

 

「いや、何か絡んで来た馬鹿をぶっ飛ばしたら其奴からポイント得ちゃったのよ。ほら、変でしょう?」

 

「えっと、それは……」

 

 故障じゃなくて仕様なのですが、その事には気が付いて無い事にしていますし、指摘しようにも出来ませんわね。

 

「あっ! さっき事故で戦いに巻き込んでしまった二人ですが……うわぁ」

 

「何とも……」

 

 どうやって話を逸らそうかと思っていた時にアリアさんが今思い出したって風に眼鏡とおデブのお二方について話を持って行きましたので一安心です。

 この機を逃さない為にと居た方向を見れば二人にも矢を当てないようにしたのか目立った怪我は御座いません。

 

 御座いませんのですが……。

 

「いや~、木の枝が無くなってから倒れている二人に気が付いてさ。ギリッギリで怪我はさせてないから大丈夫よね」

 

 穴だらけの地面に倒れる二人には確かに怪我は無いのだけれど、リアス様の目が泳いでいるのが事態を物語る。

 

「凄く愉快で痛快……ではなく色々と厄介な事になりましたわね」

 

 正直言って太った方の言動は同性の私でもイラッとする物でしたし、眼鏡の方は確かフルブラント家の跡継ぎな上に仕入れた情報ではアリアさんにお熱との事で、正直言って邪魔ですわ。

 

 ええ、明らかに無関心と僅かな不愉快を混ぜ合わせた感情を向けられていましたが、それでも貴族同士の婚姻って家が決める物ですもの。

 

 そんな二人は光の矢の回避が僅かに遅れたからか制服が殆ど吹っ飛んで見苦しい姿を晒しています。

 下着が残っているだけマシなのでしょうが、出来れば放置したいものですわね。

 

 この面倒事をどうすべきなのか悩む中、私は少し冷静になったからかリアス様が誰かを脇に抱えているのに気が付きました。

 

 

「あれ? まさかアカー先生ですの!?」

 

「まさか先生を攻撃しちゃったんですか!? ……じゃなくて、何かあったんですね?」

 

 今、本音が出ましたわね。

 って事は短い付き合いでそんな事をしでかす問題児だという認識になったのでしょうが、リアス様に特に気にした様子は無し、と……。

 

 本人の気性なのか仲が良いからなのか、私としては前者を望みますが、今は先生ですわね。

 一年生の学年主任であるマナフ・アカー、彼については事前調査の対象になる程の実力者だったと認識していますが……。

 

 

 長命なエルフの血が流れている事で見た目は十歳そこそこの子供であり、子供先生と弄るエルフ差別発言をする生徒も居ますけれど基本的には慕われている四十代妻子持ち、悩みは加齢臭を娘が嫌がる事……と、此処までは対して重要な物ではありませんでしたわね。

 

 問題は彼が複数の属性を使えるが、一つ一つの力は同じ才能で一つしか使えない時に比べて劣る複合属性の中でも異例である四属性を使え、更に言うならば一つ一つが一流以上。

 もし複合属性でなければどれだけの使い手になっていたのかと敵対勢力から恐れられる存在。

 

 ああ、熱心なリュキ信者であり、新米教師時代に女神の声を聞いたと騒いで変人扱いされた、そんなエピソードも有りましたわね。

 

「取り敢えず内臓とかに結構ダメージ負ってたみたいだから回復魔法は使ったけれど休ませた方が良いわよね」

 

「ええ、あの二人も一緒に連れて行きましょうか……」

 

 そんな先生が大怪我を負わされた、そんな事態にも関わらずリアス様は平然とした様子ですが、私は恐ろしいと思いつつもそれを何とか隠す。

 貴族たる者ならば……いえ、貴族でなくとも競合相手が居る立場に就いたのならば他者に弱みを見せるべからず、ですわ。

 

「人数が人数ですし先生も一緒に私の魔法でお運びしましょう。気を失っている時に襲われれば危険ですし、リアス様には周囲の警戒をお任せして……」

 

 先程の未知のモンスターもそうですし、一旦森から抜け出す必要があると思った私は流れでリアス様を護衛に出来るように働きかける。

 あくまでも自分が怖いからではなく、他者の為だと取り繕って。

 

 ……はあ。

 我ながら姑息な気がしますし、ロノス様には知られたくありませんわね。

 

 

 

「森を出る必要は無いぞ! 他者の為に己のポイントを省みないその仁義の筋肉見事なり! だが、戦えぬ者の保護は監督補助の役目。俺に任せて戦い続けて肉体の筋肉を鍛えるんだ!」

 

 そんな算段は真横から耳が痛い程の声量で叫ぶ男の善意によって打ち砕かれる。

 昼間も思いましたが暑苦しい印象を与える男ですわね、ニョル・ルート。

 

 彼の後ろには巨大な花が浮遊していて、彼が口にした義務とやらの結果なのか気を失った生徒達が花一つに一人乗せられていました。

 あのデブ二つ必要ですわね、絶対。

 

 いえ、三つかも……。

 

「という訳だ! 全部俺に任せて君達は戦うんだ! 心身と魔法の筋肉を鍛え強くなれ!」

 

もう! 邪魔しないで欲しいと思いますけれど、今は他にも言いたい事が。

 

「仁義の筋肉って一体……」

 

「伝わりにくいならば謝ろう! 俺が悪かった! 仁義の筋肉とは……仁義を大切にして貫いた結果、多くの者が自分を優先すべき時だろうが仁義を通せるようになった状態の事だ!」

 

 分かり難いにも程がありましてよ!?

 いや、分かる気もしますが、分かったらお終いだという気もしますわね。

 ……分からないままでいましょう

 

 彼は腕組みをし、空気が震える程の大声で叫びますが、これだけ騒いだらモンスターを呼び寄せるのではなくって?

 

「……何か頭の中まで筋肉っぽい奴ね」。

 

 そんな時、リアス様の口から漏れた共通認識に私とアリアさんは固まります。

 私は何とか言葉を飲み込みましたのですが……。

 

「え……」

 

 おっと、アリアさんの失言二つ目。

 ブーメラン発言だと気が付いたのは当然ですが、口に出すべきではありませんのに。

 

……彼女は私と同類ですが、どうも所々甘い所が見受けられ、私はそれを親しみを持った相手だからこそと判断した。

 

 情は大切な原動力ですが、時に命取りとなる物。

 ふふふ、これは利用する為の材料になりますわね。

 

 

 表情に出さずにほくそ笑んだ時、一人の生徒に気が付く。

 

 

「その彼、ほっぺに手形がついていません?」

 

「うむ! パートナーで婚約者が居る女性とをしつこく口説いてビンタを喰らってな! 技も肉体も良い筋肉だからか一撃で気絶したぞ! 彼女は一人で戦うそうだ!」

 

 あら、こんなタイミングでなんて運が悪いですわね、その方。

 

 アクセサリーをジャラジャラと身に着け、気絶している状態でも軽薄さが透けて見える男には見覚えがあった。

 昼間は女生徒を侍らせて酒を飲んで大騒ぎしていた男であり、羽振りが良い風に装ってはいるが実際はヴァティ商会への支払いが滞っている家の三男だった筈。

 

 主要産業だった銀山が枯渇しても贅沢が忘れられずに浪費を続ける愚かな一族でしたが、商会の一員として接した時にしつこく口説かれたのを覚えていますわ。

 

 そんなのと組まされるなんて一体誰なのでしょうね。

 

 

 

 

「あれ? 其奴ってチェルシーの……」



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黒山羊とフラフープ

ブクマ千五百まで後少し それが遠い


 振り抜かれる拳、空気を切り裂き細い木ならば容易にへし折ってしまいそうな一撃は技も肉体も十分に鍛え上げられているものだ。

 実際、彼は強い。

 

 レベルに対する認識についてだが、レベルという名称で認識はされておらず、ステータス画面なども存在しない故に確認も不可能ではあるものの肉体の質が急に上昇する現象は確認されている。

 勿論同じだけのレベルならば個人が生まれ持った肉体の質や、鍛えあげる事によって筋肉量を増やすなどで強さは大きく変わって来るのだが、フリートは十分に肉体を鍛え上げている上に体格にも恵まれて居る部類だろう。

 更に付け加えるならば婚約者であるチェルシーが鍛えている事で広がった実力差に危機感を抱いてレベルだって同年代に比べ高い方だ。

 

 

「ふむ。毛皮が無ければ怪我をしていたかも知れませんね」

 

 そんな彼の拳でもビリワックには通用しない。

 避けられる事も防がれる事も……いや、あえて無防備に拳を受けたにも関わらずビリワックの体は微動だにしておらず、足元を見れば踏ん張った形跡も存在しない。

 

「ちっ!」

 

 鳩尾に打ち込んだ拳に伝わったのは砂鉄を詰めた袋でも殴ったかのような感触。

 一見すればゴワゴワしている程度の毛皮は並の金属製の鎧ならばへこませる拳撃を受けても毛先の乱れすら無かったのだ。

 

 これには彼も苦々しい表情を浮かべながら後ろに下がり、ビリワックの足元から伸びた炎の槍が彼の前髪を少しだけ焦がした。

 

「もうおかえりになれば如何ですか?」

 

「おいおい、前に盛大に喧嘩売ってくれた癖に何を言ってやがるんだ! 俺様が怖いならテメーが消えろや!」

 

 続いて放たれるのは顎を打ち抜く軌道で放たれる蹴り。

 挑発なのか先程と同様に一切避ける素振りを見せないビリワックだったが、直前で咄嗟に腕で顔を庇う。

 フリートの狙いは蹴りではなく、足先で掬った砂による目潰し。

 顔面に向かって放たれた砂は腕で塞がれるが、同時にその腕は視界を塞いで視野を狭める

 

「この距離だったらどうだっ! ”フレイムアロー”!」

 

 腕で死角となった顎下に持って行った手の平から放たれるのは至近距離からの炎の矢。

 

「おや、惜しいですね。狙いは良かった」

 

 それがビリワックに届くまでの時間は瞬きする程度の間。

 その僅かな瞬間にも関わらずフリートの放った炎は消え、ビリワックの服の表面が僅かに焦げただけだ。

 誉め言葉でありながら表情からあざ笑っている事を伝えるビリワックが顔を守った腕を真横に振り、フリートはバックステップで避けるも爪の先が触れたのか胸に横一文字の傷が走った。

 

 

「ああ、そうそう。貴方、勘違いしています。私は”おかえりになれば良い”とは言いましたが、帰宅という意味では無く……土に還れば良いという意味ですよ。焼き畑の為の灰におなりなさい」

 

 侮っていた相手に意表を突かれた事が不愉快だったのか焦げた上着を破り捨てたビリワックが両手を横に広げれば手の平から炎が吹き出す。

 周囲を煌々と照らす巨大な炎であり、熱気によりフリートは肌がチリ付くのを感じ、それでも彼は笑っていた。

 

 自分の死の運命を悟っての諦めの笑みなのか? 否、である。

 

 

 

「……矢っ張りな。分かったぜ、テメェの能力の弱点がっ!」

 

 直撃すれば軽傷では済まず、生き残っても追撃で命を奪われる程の炎を前にしてもフリートは一切臆した様子を見せず剣を構えて一直線に駆け出した。

 

「貴方に死んで貰った後は……あの役立たずの人形を回収してから森林火災で死ぬ人間の姿を楽しませて貰いま……がっ!?」

 

 それを無能の無謀な行動だと嘲笑い、一切の慈悲を込めない無情なる灼熱を叩き込もうとした瞬間にビリワックの後頭部、延髄の辺りに強烈な衝撃と熱気が叩き込まれた。

 発動中に術者がコントロールを失ったからか両手の炎は霧散し、意図せぬ方向から受けた攻撃に前のめりに倒れそうになり何とか踏みとどまった時、開いた口に目掛けて刺突が放たれていた。

 

「ぐぬっ!」

 

「流石に口の中には毛皮は無えだろ!」

 

 フリートの拳を無効化した毛皮は当然ながら口には無く、口の中は神獣であっても弱点となるのだろう。

 ビリワックの表情に初めて焦りが生まれ、咄嗟に後ろに跳んで避けようとするがフリートが足の甲を踏んでそれを防いだ。

 ”逃がさねぇぜ”、そんな風にフリートが目で語っているのを感じ取ったビリワックの口に迫る切っ先。

 唇の下を切っ先が通過する寸前、ビリワックは無理に体勢を変えて口内への侵入を防いだ。

 唇を切り裂き、毛皮の上をガタガタと不安定に動きながらビリワックの顔の上を滑った剣はビリワックの左目を深く切り裂いた所で遂に跳ね上げられる。

 

「ぐっ! ぐるぅああああああああああっ!!」

 

 苦痛と怒りの両方を込めた方向と共に唾液を飛ばしながら拳を繰り出すビリワック。

 咄嗟に剣を振り下ろすフリートだが力負けして再び弾かれ、大きく後ろに体を反らしてしまった彼はビリワックの腹部を蹴る事で勢いを付けて後ろに跳んで距離を開かせる。

 刃は拳を受けた部分が僅かに潰れ、ビリワックの手は毛が少々散った程度。

 

 フリートは胸部、ビリワックは左目から血を流し硬直状態に陥るかに思えた瞬間、フリートが足下の意志を蹴り飛ばした。

 避けるまでもないと受けようとするビリワック、そんな彼の右の岩影から炎の矢が飛び出した。

 

「……」

 

 視認するなり手を向ければ瞬時に消えるがビリワックがフリートを嘲笑う様子は見られない。

 無銀を貫き、俯きながらフリートを睨んでいた。

 

 

「戦っていて分かったぜ。テメェが相手の火の魔法に干渉出来るのは厄介だが認識してねぇと無理だろ。そしてわざわざ消すって事は当たれば痛いって事だ。範囲もそれ程って所だな。……教えておいてやる。俺様は周囲に幾つも炎の矢を忍ばせてテメェを狙っている。気ぃ付けて戦いなっ!!」

 

 相手の手の内を見抜いた事を伝えるのは動揺を誘う為の手だとして、此方の手の内を知らせるのは間抜けに思えるだろう。

 だが、フリートには考えがあっての事だ。

 

 確かに毛皮は鉄壁の防御を持っているが全身くまなく覆われている訳でもなく、薄かったり存在しない場所もある。

 その場所への攻撃を警戒しつつ不意に撃たれる魔法を気にしなくてはならないのだ。

 真正面から来る魔法も目眩ましにはなり、そもそも勝利条件が違う。

 

 フリートからすればこの場でビリワックを倒すのではなく、岩に埋もれた仮面の男を一応抹殺する事であり、派手に使った最初の”ヒノトリ”に気が付いた頼れる誰かが来てくれれば良い。

 最悪、ビリワックを逃してしまい仮面の男を連れ去られても敗北とまでは言い切れないのだ。

 

 

 対するビリワックだが、彼もフリートを殺す必要は存在しないものの任務達成には彼が邪魔であり、こうして時間が経過する程に敗北が近付いて来る。

 既に片目を失い戦況は彼が不利な状態。

 

 既に彼には余裕が存在しなかった。

 

「……けるな」

 

 それは時間を含む戦況的な余裕であり、肉体的な余裕であり、……精神的な余裕でもある。

 

 

 

「ふざけるなぁああああああああっ! このっ! 人間如きがぁああああああっ!!」

 

 叫び声と共にビリワックの全身は震え、そして膨れ上がる。

 両の角には青い炎が灯り、身長は倍以上、数倍に膨れ上がった四肢は人間に似た物から山羊の物へと変わり、服は肉体の膨張に耐えきれず完全に破れる。

 

「はっ! 目立ってくれたお陰で誰か直ぐに……っ!」

 

 ”やってくる”、そんな挑発の途中で咄嗟に跳んだフリートが居た場所に振り下ろされるのは巨体になったにも関わらず速度が段違いになったビリワックの腕。

 空中のフリートを押し込む程の一撃は地面を広範囲に渡って激しく割り、割れ目の底が赤く染まる。

 

 

 数瞬後、地面から火柱が噴き上がった。

 

 

 

「私を誰だと思っているっ! 頭の足りぬサマエルとも真の姿を封じられたラドゥーンとは段違いの頭脳と力を持った神獣将シアバーン様直属の配下であるビリワック・パフォメットだ! 貴様如きが舐めて良い相手じゃ無いんだよっ!」

 

「はんっ! 口調変わってるが、そっちが素かよ? それにしても誰かの何かでしかない程度の奴が俺様を舐めるんじゃねぇ!」

 

 互いに叫び、そして同時に動いた。



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黒山羊とフラフープ ②

 体がデカけりゃ強いのか?

 

 そんな風に問われたら俺様は”そりゃそうだ”と答えるだろうよ。

 先ず、デカいって事は重いって事だ。

 同じ体型でも二倍の大きさなら縦横高さで二倍二倍二倍の八倍って事になるだろう?

 

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!」

 

 唾液を撒き散らしながら腕を振り回すビリワックは、俺様に向かって頭を頭上に上げて倍になった身長から巨大化する前の倍以上に膨れ上がった腕を振り下ろす。

 糞みたいに重くなった腕を膨れ上がり強くなった筋肉で振るうんだったらそりゃ強いに決まってるわな。

 一撃一撃が地面を砕く位の強さで風圧が凄まじい、更にデカくなって重くなった体重を支えるってのに速度は段違いに上がってやがる。

 大振りの攻撃で単調な動きになってるが、冷静になったら話は変わるだろう。

 

「こりゃ変身ってよりは……こっちが元の姿か」

 

 急に体がデカくなったなら振り回されるもんだろうがビリワックは戸惑う様子も無ぇ。

 一時的な変身に慣れてるってよりは自然体になったと感じた俺様はビリワックの姿からそう判断し、ついでに疑問が生じる。

 

 なら、普段は小さくなってるのは何故だ? ってな……。

 

 

 

 そりゃ少し考えれば馬鹿でも思い付く。

 いや、あのゴリラ娘なら厳しい……いや、野生の直感で見抜きそうだな。

 

 わざわざ制限してるって事は何らかのデメリットが有るって事だ。

 プライドの問題だってんなら意味が無ぇんだが、試してみる価値は有るか。

 

「先ずは接近する所からだな……」

 

 砕いた地面の底から噴き上がる火柱に汗が滲むのを感じつつ岩の方に視線を向ける。

 俺様の魔法を邪魔した事からも分かるんだが彼奴は岩に埋もれた奴を殺さず回収したいって事で、実際に常に背を向けて火柱に巻き込まないようにしている。

 なら、あの辺りに陣取れば有利に戦えそうなんだが拳の風圧と火柱で近寄れねぇ。

 

「はははははっ! のんびりとしていても宜しいのですか? それにしても随分とお隠しになっていたらしい。逃げ隠れもお得意で?」

 

 さっきから広範囲をバカスカ攻撃されるもんだから隠しておいたフレイムアローが次々に見つかっちまう。

 苦々しい思いをする俺様にビリワックは愉快そうな声を向けた。

 

「うっせぇ。獣臭い口開けるな。鼻が曲がりそうだ。ったく、人が仕掛けた物を全部ぶっ飛ばしやがってよ」

 

 俺様が突っ込めずに攻め倦ねいているのを大笑いするビリワックに向けてわざとらしく鼻を摘まんで顔をしかめる。

 奴の眉間の辺りが歪み、どうやら挑発は効果的だったようだと笑みを浮かべた。

 

「ええい! 人形の回収さえ(メェ)じられてさえいなければっ!」

 

「そりゃ大変だったな。面倒を命じる無能な上司を見限ったらどうだ?」

 

 返事は歯を食いしばりながらの腕の振り下ろし。

 宙に居たら風圧で飛ばされるからとバックステップの連続で避け、火柱の熱気から腕で顔を守る。

 

「ったく、面倒だぜ……」

 

 さてと、次の予想は接近しなきゃ検証不可能なんだが、こうも近寄らせまいとしてたらな……。

 ん? そういやさっきから一撃一撃の間に間があるな。

 

「試してみるか……」

 

 どっちにしろ接近出来ないならにっちもさっちも行かないし、危険を冒さずに倒せる相手でもないし……いい加減倒さないと援軍が来そうだからな。

 

 ビリワックが勝負を急いでいるのも同じ理由、ロノスの馬鹿がやって来る前に俺を何とかしたいんだろうが、それにしては連打して火柱を上げ続けながら接近するって真似もしやがらねぇのは不自然だ。

 

「いい加減にくたばれっ!」

 

 振り下ろされる蹄の軌道を見極め、ギリギリで回避する。

 火柱の熱気に頭はクラクラ、肺は焼けそう、それでも俺様は前に進むだけだ。

 

 この火柱は燃え続けはせず、消えてから次の一撃と一緒に噴き上がっている。

 ならよ、消えてから次の一撃までの間に接近するに足りる時間が存在するって事だ。

 

 火柱が消える直前に足に力を込め、消えた瞬間に一気に体を前に押し出す。

 既に腕が振り上げれちゃいるが気にせず進み、股の間をスライディングで通り抜けた。

 

「一応確かめておくか」

 

 飛び跳ねて起き上がり、ビリワックが振り向く前に尻尾に向かって刃を振るえば少し潰れていたからか両断には至らず骨で止まってしまったが、最初の時みてぇに毛皮で防がれはしていない。

 

「はははっ! まさかの大当たり、俺様天才だな!」

 

 俺様が接近前に浮かべた今の姿の問題点の候補は消耗の激しさと仮面の野郎を巻き込まない為で最後の一つ、攻撃面の上昇の代わりに防御面に問題が出るってのを期待せずに浮かべていたんだがまさかの正解だ。

 

「神に感謝って所かっ! らぁ!」

 

「ぐおっ!?」

 

 尻尾から無理矢理刃を引き抜き、左足の膝裏辺り、関節によって肉が薄い場所を切り裂けばビリワックは膝を付いて悲鳴を上げる。

 

 だが……。

 

「ちっ! 本命の武器を持って来るんだったな」

 

 無理が過ぎたのか俺様が持ち込んだ剣の刃はボロボロ、切るのはこれ以上無理そうで、突くのを一回すれば完全に折れてしまいそうだ。

 

 一撃か……。

 

 首や心臓辺りも筋肉の膨張が凄まじいし、少しキツいな。

 なら、このままロノスでも来るのを待つか?

 

 

 いやいやいやいや、有り得ないだろ。

 ”友達なら助けて当然”とか言い出すタイプの彼奴だが、危ない時に助けられるの前提で戦うかよ。

 

「しっかりしろ! 俺様と彼奴は対等だろうがっ!」

 

 頼るのは良いが、頼る事を前提に動くのは気に入らない。

 彼奴と対等でいる為にゃそれじゃ駄目なんだ。

 

「ふん。何を叫んでいるかは知らないが、いい加減これで終わりにして差し上げましょう」

 

 ビリワックは一抱えもある巨大な岩を持ち上げ、頭の上に投げると同時に真上に向かって殴り飛ばす。

 砕け散る岩が広範囲に散らばり、落下を始める直前に真っ赤に染まった。

 

 まさか……。

 

 嫌な予感を覚え、それは目の前で的中する。

 

「げっ! おいおい、マジかよ……」

 

「これで死ね。人間如きが神獣に挑むからこうなるのだ」

 

 降り注ぐ石礫、その一つ一つから灼熱の火柱が四方八方に放たれた。

 

「防御魔法……無駄か」

 

 消される以前にもう俺様の魔力は残っちゃいねぇんだ。

 ”ヒノトリ”の発動に絞れるだけ絞り出し、さっきから使ってるのは全力で絞った雑巾に残った湿り気程度の残量の魔力。

 動いてどうにかなると必死にやってたが……もう終わりだな。

 

 

 

「情けない……」

 

 諦めて深く溜め息を吐き出した俺様の視界が赤に染まり、そして闇に閉ざされた……。

 



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黒山羊とフラフープ ③

 上から降り注ぐ礫の一つ一つから灼熱の炎が吹き出した瞬間、感じたのは火の中にでも突っ込んだ時みてぇな痛みだった。

 俺様みてぇに火属性持ちは持つ魔力の影響なのか火に強いし、戦う上で火に囲まれる事も有るから火に慣れる為に多少の無理な訓練を受けさせられて育った。

 篝火に囲まれた状態で耐え続け、火の中の物を素手で取り出し、時に火に突っ込んだりな。

 それで火が怖くなるなら其奴は其処までだったって厳しい内容だったんだが俺様は無事に耐え抜いた。

 だって俺様だぜ?

 親父だの祖父さんだのが耐えきったのに俺様が駄目な訳がねぇだろうがよ。

 

 そんな俺様でも死を覚悟する程の熱量は息をすれば肺が焼き尽くされるのを悟る程で、思わず目も閉じちまったが瞼を貫いて熱と赤い光が届く。

 

 だが、それは一瞬だった。

 声が聞こえたと思ったら周囲は闇に包まれ、周囲の熱が遮断されたまま浮遊感の後に落ちて行く。

 

 ああ、声の通りだ。

 俺様は本当に情けない。

 

 足元がせり上がり、周囲の炎から俺様を守った岩の壁が崩れて周囲の景色が目に入る中、俺様はテメェの情けなさに泣きたくなりつつも嬉しさから笑みを浮かべる。

 

 

 

「助かったぜ、チェルシー」

 

「ったく、どうせ変な意地張って無理してたんでしょ」

 

 背後から聞こえる呆れかえった声。

 オレンジの髪を揺らしながら歩み寄って来たチェルシーが俺様の横に並んだ。

 

 

「アンタの義務は何? 死んでも男の誇りを貫く事? それとも生きて大公家の次期当主として努力を続け、ちゃんとした領地経営を行う事?」

 

「へいへい。後者ですよ。俺様が悪かったでーす。ああ、それと……」

 

 チェルシーの腰に回して引き寄せようとした腕ははたき落とされる。

 照れるな照れるな

 

 ……おっと、こりゃ後で怒られそうだ。

 

 こんな状況でしたのが不満だったのか威圧だけで殺せそうな勢いで睨んで来るチェルシーから目を逸らし、忌々しそうに俺様達を睨むビリワックに勝利を確信した笑みを向ける。

 

「そしてお前を愛して生涯を共に歩む事だっ! ってな訳で、テメェはもう用済みだ。さっさと倒されろや、やられ役の怪物野郎っ!」

 

「……やられ役? 貴様、私に今……」

 

「”グランロック”!」

 

「ぎっ!? お、女、貴様……」

 

 俺様の挑発に乗って怒りで震えるビリワックの両側から地盤が持ち上がり、本を両側から閉じるみてぇに挟み込む。

 

 

「相手の言葉の途中だろうと攻撃をしちゃ駄目ってルールはねぇんだ、悪く思うなや。チェルシー、そのまま抑え込んでくれ。美味しい所は俺様が貰うからよ」

 

 返事は聞かずに直ぐに駆け出す俺様だが、返事なんて聞く必要は無いんだよ。

 左右の岩を力で破壊したビリワックは今度は地面の表面を削るように腕を振るい、赤く染まった土を俺様に振り掛けようとした。

 

「”デスロックロール”」

 

 俺様が跳んだ瞬間、背後から回転する極太の岩の柱が突き進み、炎を吹き出そうとした土砂を弾いてビリワックに迫る。

 回転速度は上がり続け、表面はヤスリみてぇに細かく鋭利な刃がビッシリ生えている状態だ。

 

「この程度……ぬぅっ!?」

 

 破壊しようと腕を振るうも反対に蹄が削られ腕は跳ね上がる。

 まあ、俺様が片足潰してるしな。

 踏ん張りは効かないだろうよ。

 

「良くやったぜ、チェルシー。んじゃ、締めは貰ったぜっ!」

 

 そのまま柱はビリワックの肉体をガリガリ削りながら後ろの岩壁まで押し込んだ。

 

「このっ! この程度の物など破壊してくれる!」

 

 腕を振り上げ蹄を何度も叩き付けるビリワックだが表面が僅かに壊れるだけで直ぐに再生する。

 体の表面が削られ血飛沫が上がり、抜け出そうとするも抜け出せない。

 

「無駄よ、無駄無駄。ぜーっんぶ無駄っ! それにはたぁ~っぷり地中の鉱石を練り込んでいるんだからっ! ……まあ、消耗が激しいからさっさと決めちゃいなさい、フリート!」

 

「糞っ! こうなったら……」

 

「何かする気だろうが……させると思ったのかよっ!」

 

 俺様はビリワックの頭に向かって剣の切っ先を突き出す。

 毛皮を突き破り、分厚い頭蓋骨すらも貫いて突き進む中、激しく暴れるビリワックに仕留め損なってなるものかと力を込めていたんだが、手元に嫌な感触が伝わる。

 

 

「うぇっ!? マジか……」

 

 思った以上に負担が大きかったのか手にした剣は途中からポッキリと折れてしまっていた。

 刃はビリワックの頭に刺さったままだが柄に残った部分はとてもじゃねぇが鈍器にすらならねぇガラクタ同然の状態だ。

 

「馬鹿っ! 何やってんのっ!」

 

 思わず固まってしまったって様子の俺様に向かって慌てたって様子のチェルシーの声が響き、ビリワックの口が開かれる。

 喉の奥が真っ赤に染まり、俺様は咄嗟に顔を両手で庇いながら後ろに向かって飛び退き、岩の壁が俺様とビリワックの間を遮る様にせり上がるが、灼熱の炎は壁をぶち破って届いた。

 

「熱っ!」

 

 火に耐性がある俺様だからギリギリ耐えられたが、雑魚生徒なら炭すら残らないぞ。

 

「フリート!」

 

「はははっ! すいませんね、強過ぎてっ!」

 

 激痛で意識が飛びそうになる中、聞こえたのはビリワックの得意そうな声。

 体から血を流しながらも柱と岩の間から抜け出す中、笑い声が耳障りだ。

 

 

 

 

 

「ああ、俺様も悪かったな。騙しちゃってよ」

 

「魔性の美少女でごめんなさいね。……おい、笑ってんじゃないわよ、殴るわよ」

 

 俺様とチェルシーも同時に笑う。

 くっくっくっ、チェルシーの奴って偶にノリが良くなるけれど自爆もするんだよな。

 

 つい吹き出しそうになるのを堪えつつ不審そうにしているビリワックにネタばらしだ。

 但し、知った時がテメェの最期なんだがな。

 

 

 

 

 

「さっき炎の矢は全部無くなったと言ったよな? ありゃ嘘だ」

 

 ビリワックの背後から忍び寄る炎の矢は明るさに気が付いて振り向いたビリワックの頭に刺さった刃に命中、それと同時に炸裂して押し込む。

 

「じゃあな。強過ぎて悪い」

 

 さっき言われた勝利宣言を真似して返す。

 ちょいと性格悪い気もするが、まあ良いだろうよ。

 

 

 

「……あー、疲れた。もう限界だわ。チェルシー、森の外まで運んでくれや」

 

 ビリワックが動かなくなったのを確かめた俺様は安堵からかドッと疲れが押し寄せるのを感じて座り込む。

 多分ポイントが足りなくて失格だろうが流石に無理だわ。

 せめて此奴からポイントを貰えれば良かったんだが、そんな様子は無いし……。

 

 

 

「はいはい、しょうがないわね。相変わらず世話が焼けるわね……」

 

 チェルシーは相変わらずの呆れ顔だが俺に肩を貸して……うん? いや、これは……マジかっ!?

 

 

 

「何か文句有るの?」

 

 俺様、只今お姫様抱っこ中……。

 そして先程吹き出したの怒ってる様子の婚約者。

 

 

「なあ、本当に止めて……」

 

 突如響く衝撃音と振動、そして周囲一帯の地面が真っ赤に染まる。

 

 

 

 

「最早、最早此処までっ! こうなれば……任務など知った事かぁ! あの人形も貴様達も纏めて焼き尽くしてくれるわぁああああああああっ!!」

 

「彼奴生きてたのかっ! てか、マジギレしてやがる! おい、チェルシー! さっさと降ろせ!」

 

 今から近付いてトドメ刺すのは難しいと判断した俺様は逃げる為に降ろすように指示したんだが、チェルシーは降ろす気無しって感じで速度を上げる。

 

「アンタが走るよりも私が抱えて逃げた方がずっと速いっ!」

 

「あっ、はい」

 

 言うなよ、傷付くだろうが……。

 確かに俺様よりもチェルシーの方が強いんだが、こうも堂々と言われると落ち込むんだよな。

 

 

「あー、糞っ! 加速するから黙っていなさいよ、舌噛むから! ”エアロブースト”!」

 

 チェルシーの背中に風が集まり、後ろに向かって吹き出して前方へと押し出した。

 

 

 

 

「なあ、流石に糞ってのは……」

 

「アンタだって言ってるじゃないの。文句有るの? 有るなら言ってみなさい。聞いてあげるから」

 

「……無いです」



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黒山羊とフラフープ  ④

 地面が赤く染まって行く。 

 まるで赤い水でも石の床にぶちまけたみてぇに、大地を夕日が照らすみて

に。

 

「追い付か…れるっ! こんなんなら飛行魔法とか覚えておけば良かったわ! 高い所苦手だから無理だけれど!」

 

「あー、俺様が抱っこしてやるから空中散歩を楽しもうって言っても断ったからな、テメェ。俺様が飛ぶだけの魔力を残しとけりゃ良かったんだがよ……」

 

 迫り来る”赤”から俺様を抱えた状態で逃げ続けるチェルシーだが、迫って来る速度は徐々にだが上がってやがるし、響いてくる音からしてビリワックが途中でくたばる事で発動前のがパッと消える保証も無ぇ。

 てか、途中で死んだ事で変に暴走する方が怖いか。

 

「たられば言っても意味が無いわ。男だったら自分が進む道だけ真っ直ぐに見据えなさい! 私が惚れているアンタはそんな男でしょうがっ!」

 

「……だな」

 

 まあ、あの場でビリワックをぶっ殺して終わりにするって未知を選ばなかった時点で今する事は逃げる事だけだ。

 今更やいのやいの言っても何も解決しねぇってな。

 

「にしても他の生徒が居ないが何かあったのか知ってるか?」

 

 今の俺は婚約者っつっても女に姫抱きされてるって泣きたい位に情けない姿。

 森は広いし赤はビリワックを中心にして全体に向けて広がっていたから真っ直ぐ逃げている俺様達と出会わなくても不思議じゃないが、声も戦う音すら聞こえないってのも妙な話だぜ。

 

「なんか脱落した生徒は監督補佐の二人が回収しているらしいわよ。私もパートナーがしつこく口説いて来たから魔法込めたビンタ喰らわせて気絶させてやったんだけれど、一々五月蠅い先輩が回収したもの」

 

「あー、ルート家の奴か。じゃあ心配せずに俺様達は逃げると……チェルシー!」

 

 話を聞き、彼奴なら大丈夫だろうって顔が思い浮かび、同時にチェルシーのパートナーだった野郎は俺様からもちょいと手を出す事を決めた瞬間だった。

 大地を染める赤が一層濃くなり、遠目に見える崩れた崖は太陽でも大地に現れたのかって程、周囲より魔力が籠もってそうだし気に入らない相手みてぇだからボロクソにやられた八つ当たりを仮面の男にする気だな。

 

「ざまぁみやがれってん、だっ!?」

 

「だから舌噛むから黙ってろって言ったでしょ!」

 

 舌を噛んで痛がってちゃ格好が付かないが、俺様の目的はこれで、それも当初よりも良い結果で終わりそうなのは嬉しいぜ。

 

 今の言葉を向けたのは三人、仮面の男とビリワック、そしてアバーンにだ。

 

 仮面の男は言わずもがな、どうも利用されていたっぽい様子だったが俺様のダチに二度も手を出したんだから同情する気も起きねぇし、最期は敵じゃなく味方の癇癪に巻き込まれてって冴えねぇ終わり方だ。

 

 ビリワックはビリワックで俺様の実家で随分好き勝手してくれたし、正面から戦ってほぼぶっ倒したみてぇなもんだから逃げ切れりゃ俺様達の完全勝利って寸法よ。

 

 シアバーンはわざわざ”仮面の男を回収しろ”って命令したんだから何か使い道を計画していたんだろうが、部下に恵まれず計画が頓挫する結果だ。

 

 もう一度言うぜ。ざまぁみやがれってんだっ!

 

「もう限界みたいね。でも、一応加速を続けるわ。……ロノス様が途中で止めてくれたら良いんだけれど」

 

 背後を見れば赤が広まる速度の上昇も頭打ち、少しずつ距離が広がり始めている。

 後は徐々に内側から火柱が上がって行く事で舞い上がった土砂から火が広範囲に散らばる事だが、ロノスの奴が消しちまって仮面の男も助かるってパターンも有り得るのか……。

 

 だが、速度が上がらないのは上げる必要が無い程に威力が高く、直撃じゃなくても十分俺達をぶっ殺せるって考えも有るからかチェルシーは更に速度を上げるんだが、もしもの時は俺達が盾になってでも守ってやらねぇとな。

 

「言っておくけれどアンタが庇うより私が魔法で防ぐ方が確実だから。・・・・・・何よ、その目は。顔見りゃお見通しだっての」

 

 本当にチェルシーには隠し事なんざ無理だ。

 絶対にしねぇが、浮気したら即効でばれるな。

 

「へいへい、愛の力は凄いもんだ。んじゃ、その時は礼にキスしてやるよ」

 

「まあ、もしもの場合の話だけれどね」

 

 その”もしも”を割とどうとでも出来そうで、だからこそ介入前に勝敗を決すべく焦っていた理由がロノスなんだがよ。

 次の瞬間にもどうにかしてくれるんだろうが、今この時にどうにかしていないからこそチェルシーは用心している。

 

「ったく、時間を操る奴が対応遅れとか何やってんだ。犠牲者出たら学園が荒れるだろ! まあ、どーにかするんだろうが、するならさっさとしろや!」

 

 まあ、俺様が始末しようとしたのも万が一彼奴が取り逃がした時に備えてだからと残念な気持ちを抑えた時だ。

 

 月の光を思わせる”黄金”が横を駆け抜けた。

 

「っ!?」

 

 その光に直接何かされた訳でも無いのに俺達は巨大な獣に食い殺される姿を幻視した。

 それはチェルシーも同じなのか危うく目の前の木にぶつかりそうになって慌てて回避する。

 危ねぇ危なねぇ。

 

「今のは殺気・・・・・・それに憎悪か」

 

 俺様の家は当主が前線で部下を率いて戦うのが慣習だから幼い頃からモンスターやら盗賊やらと戦って来たんだが、今感じたのはその時とは比べ物にならねぇ濃度の物だ。

 一瞬息が出来ない程で、それでも横を通り過ぎただけって事は俺達個人へ向けた物ではなく、人間全体へ向けた物って所か?

 

「チェルシー」

 

「分かってる! さっさと距離を稼ぐわよ!」

 

 俺様達を通り過ぎるついでに攻撃しなかったって事は他にする事があるからだろうが、だからって安心なんか出来ねぇよな。

 あの光の正体が何にせよ、今やるべきなのは目的を果たした後でこっちに来られる前に逃げ出す事だ。

 今の俺様は魔力切れな上に結構ダメージ受けているし、足手纏いを担ぎながら勝てる相手じゃないのはチェルシーも理解しているっぽいしな。

 

 敵前逃亡? いやいや、戦略的撤退だ。

 自分の状態を把握し、相手との実力差を認識し、冷静に行動するのは生き残る上で必要だし、何時か強くなれるのはそんな奴だからよ。

 

 

「次だ。次会った時はぶっ倒す」

 

「はいはい。次があったらね」

 

 ……ちっ。

 

「こんな時にノリが悪い事を言うなよな。さっき滑ったの気にしてやがるのか?」

 

「投げ捨てて良い?」

 

 ……さーせん。

 

 



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道化

「にょほほほほほほ! 私様がシアバーンからお主の指揮権を預かったのじゃ。まさか不満など一欠片も無かろう?」

 

「はっ! 我等神獣は将たるお三方の指揮下で動くべく創造されていますので」

 

 何時も通りの馬鹿みたいな笑いを馬鹿面でする小娘……正確には私よりも先に創造された存在ではあるが、見た目も中身も餓鬼であり、付け加えるならば少々どころではなく頭が足りないサマエルが嫌いだった。

 

 難しい言葉は理解せず、教えて貰った事も直ぐに忘れ、炎を真正面から受けても何故か尻だけが燃え上がり、大きなダメージを受ければタンコブが異様に膨れ上がって小さな星が目の前を回る。

 

 ……正直言って何故この様な者なのか理解に苦しむばかりだ。

 将でさえなければ、それこそネームレスだったならば邪魔だとして始末している所だ。

 

我等神獣は女神リュキ様の御手ずからお創りになられた特別な存在であり、私はその中でも自分は特に優れた存在であると自覚していた。

 

 神獣は三つに分けられる。

 

 ”リザードマン・ホーリーナイト”の様に種族名は持ち、複数体居るが個体名を持たぬ”ネームレス”

 知能もさほど高くなく、命令に従うだけの飼い慣らされた獣のような存在だ。

 

 そして私がビリワック・パフォメットという名前を持つのと同じく個体名と言葉を扱える程に高い知能、そして高い戦闘力を持ち合わせた”ネームド”

 単純な身体能力であればネームレスに軍配が上がるのだろうが、各自が持つ独自の能力や知能によって埋め合わせ余りある。

 それに一部の者は私と同様に変身能力によって真の姿になれば更に強化される。

 

 最後はネームレスとネームドを統率する存在であり、圧倒的な力を持つ三体の”神獣将”。

 私はその中でも特に優秀なシアバーン様に選んで頂けた。

 

「君は面白い。私と考えが似通って居ますねぇ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 残忍にして狡猾、そして執拗。

 他の二体は理解不能な程に頭の足らぬ小娘や、雄々しいを通り越して鬱陶しい程であり、独断行動の末に厳しい罰を与えられた愚か者。

 

 並べる事など許されない程に優れたシアバーン様こそが神獣将のトップであり、その様なお方に直々に選出された私はネームドの中でも特に優秀に決まっているだろう。

 

 ネームレスはネームド以上にとって道具同然、獣同然、一部の者を除いて同胞だとは思っていない。

 数ばかりで知能も力も足りないからだ。

 

 そしてネームドもベッドネームレスも等しく神獣将に付き従う。

 ……リュキ様も何を考えてあの様な愚か者を将にしたのやら。

 

 我等神獣は人類殲滅を目的として創造され、リュキ様の心変わりによって闇の女神であるテュラとリュキ様の悪心と共に封印された。

 悪心を捨てた、そんな風に語る者も居るのだが、私はそう思わない。

 

 悪心を捨てたのではなく、悪心が他の部分を不要として自ら別れたのだ。

 

 その様な不要な部分がサマエルという愚かな小娘をシアバーン様と同等の地位に据えたのだから、後から変えても構わないでしょうね。

 

「さあ! 私様について来るのじゃ!」

 

「御意」

 

 今は従ってやるが、機を見てその地位を必ずや頂こう。

 ネームドの中でも特に優れた神獣である私にこそ将の座は相応しい。

 

 私の野望に気が付く様子も見せぬ小娘に表面上だけは従いながらも首に視線を送る。

 

 ああ、あの首を背後からかっ切る日が実に楽しみだ……。

 

 何時か将の座を手に入れる私が人間如きの回収を任される等と屈辱でしかなく、更には私への指揮権を預かっただけの愚かな小娘の尻拭いなのだから怒りは頂点に達しようとしていた。

 

 何時か抹殺し、私が神獣将の一体になる事が最も神獣の為であると確信しながらの任務は邪魔な人間を消して直ぐに終わる……その筈だった。

 

 

 

「おのれっ! おのれっ! 死ね死ね死ね死ね死ねっ!」

 

 頭に深々と突き刺さった剣によって私の命は間もなく尽きる事だろう。

 神獣と同じく神の力によって誕生した神殺し達でもなく、それらが再び裏切った時に抹殺する為に生まれた神殺し殺しでもない火属性の小僧と風と土の複合属性の小娘の手によってだ。

 

 

 許されぬ!

 

 許してはならぬ!

 

 許される筈が無い事だ!

 

 選ばれた存在である私が選ばれていない凡夫の手によって死ぬ?

 それも凡夫の中でも特に平凡ですらない出来損ないで嫌がらせ道具の回収の為に?

 

 その様な事、あってはならぬ!

 だから消そう。

 回収が出来ぬのなら消してしまえ!

 敵の手に渡す位なら私の手で消し、この様なゴミの為に死んだのではないと証明するのだ!

 

 文字通り死力を尽くし、残った生命力さえも魔力に変化させて大地に送り込む。

 このまま森全体に広げ、一人でも多くの餓鬼共を焼き殺して争いの火種としてやろう!

 

 

「ははははははは!」

 

 子を失った事で貴族が引き起こすであろう争いを思い浮かべ、それが己の手で引き起こされる物であると考えるだけで笑いが込み上げて来る。

 

 

「さあ! このまま何もかも焼き尽く…し……?」

 

 何故、体を動かす感覚が伝わって来ない?

 

 何故、私は首から上が存在しない己の体を目にしている?

 

 何故、私の頭をフェンリルが咥えている?

 

 有り得ない事態であり、理解が全く追い付かない。

 首から上が切り離された影響か私が命を注ぎ込み周辺一帯を灼熱の業火で焼き尽くす炎の為の魔力が急速に失われていった。

 

 

「フェンリル! 貴様、まさか裏切り、人間に尻尾を振って……」

 

「駄目ですねぇ、ビリワック。命令違反は重罪ですよぉ」

 

 こ、この声は……。

 

 私の耳に届いたのはシアバーン様のお声。

 だが、姿は見えず……。

 

 よく見ればフェンリルの額の毛の奥に僅かに光る魔法陣。

 其処から声が出ているのだ。

 

 

「役立たずの上に命令無視とは……前から思っていた通りの無能ですし、せめて賢く優秀なフェンリルを夜食になって下さい。それが君の働きの中で最も私の役に立つ事ですよぉ。アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 そん…な……。

 

 餌?

 私が餌?

 

 ネームレス如きの餌……?

 有り得…ない……。

 

「尚、この音声はこの展開を予想して予め録音した物ですよぉ。君には端から性格の悪さ以外は一切期待してませんでしたからねぇ」

 

 予想して…いた?

 そんな……。

 

 誰よりも優秀な私が失敗するのを最初から計算に入れていただなんて……。

 

 

 

「ああ、一つ教えて差し上げましょう。……貴方、本当はネームレスですよぉ。知能の低いネームレスを改造し、精神と記憶を弄くったのですが、将に逆らおうとする失敗作に終わって残念です。まあ、リュキ様の創造物に手を加えた事自体が間違いだったと反省し、これ以上は行いませんが」

 

 

 最後に聞こえた声の内容を受け入れられないまま私の頭は噛み砕かれた……。




パワハラ受けたので明日休みます

最近感想こないなあ 評価やブクマもほぼ凪だし


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肉を切らせろ、骨も断つ

「発見っ! そして排除!」

 

 ゴリラネコを二人掛かりで追い詰めていた生徒の背後から忍び寄るリザード・アサシンの首を狩り、次の場所へと向かう。

 

「あれ? 誰か通った? うわっ!?」

 

「油断するな、馬鹿!」

 

 背後からゴリラネコの一撃を貰って驚く声が聞こえたけれど気にしない気にしない。

 だってリザード・アサシン以外には事前の間引きで本当に厄介なモンスターは居なくなっているし、本当に戦いの鍛錬を怠っていなければ倒せる相手だし、その辺りは自己責任って事で事故みたいな物だと諦めて貰うしかない。

 まあ、監督補佐だって居るし、死にもしなければ重傷だって防げるだろう。

 

「えっと、大体こんな所かな? 流石に疲れたな。肉体的には楽勝だけれども、精神的に……」

 

 今の僕は”加速(アクセル)”によって超高速であって広い森を端から端まで駆け回って三分の一位まで到達しら所だ。

 右から左と駆け、端に到達したら奥に進んで再び端へと虱潰しに進んで行くんだけれど、予想通りに入らない筈のエリアにまで入っている生徒が少ないとはいえ幾らか。

 

 話を聞いていなかったのか、それとも甘く見ていたのか、腕試しだったり普段は家が許してくれない夜の森の探索が物珍しいのか……凄く迷惑な話だよ!

 

 血気盛んは大いに結構、敵じゃないなら別に良い……んだけれど、時と場合によるんだよね。

 特に今は非常事態、自信に実力が伴っているなら気にしないけれど、明らかに慢心や学校行事の範囲だからと甘く見ているんだろうって感じのもチラホラと。

 

 何と言うか、事前に森の特定エリアの間引きを行ったのが何の為なのかって溜め息が出そうだ。

 

「……もう事故死で済ませようかな。駄目だよなあ……」

 

 エリア外にも居たリザード・アサシンの頭を切り落としてから蹴り砕き、パートナーになった事と夜の森ってシチュエーションに興奮したのか野外でおっぱじめた二人を発見して余計に疲れた所で余計な疲労が押し寄せる。

 ……近くに石を投げて驚かせば少しは緊張感を持つだろうか。

 

「あっ、逃げ出した。まあ、武器と服は掴んでいるから大丈夫か。あーあ、平和になったのは良いけれど、平和ボケで緊急事態に対応出来ないのは問題だよ」

 

 前世よりも増えた独り言を呟きつつ動き出し、本来は監督補佐の役目だけれども気絶したりで動けない生徒を発見すれば森の出口まで連れて行き、また森でリザード・アサシンを狩って行く。

 

 先代王妃の死と共に追随していた膿共の排除が始まって、デカい顔をして大っぴらに動いていたから逃げ隠れが難しかったのだろう。

 現王妃こと叔母上様の手腕もあってか今や僅かにこびり付きが残っている程度の感じな為か基本的に王国は平和だ。

 尚、残った膿に例えた貴族の領地は除く。

 領民にとって必要な事であっても国の介入に対し、被害の報告をしない等あの手この手で防ごうとして、ただ今絶賛叩き潰され中だ。

 

 叔母上様が実質的に国を運営する事に反発する貴族が多少なりとも居るとは言え、今まで行った国策によって今までは存在する領地の領主任せだった……尚、管理がどんなのだったのかはお察しなダンジョンの国による管理やモンスターの駆除によって人的被害は減ったし、周辺国間で目立った小競り合いも無し。

 昔は懸念材料だったらしい桃幻郷の侵攻だってギヌスの民をリュボス聖王国が受け入れてからは特に被害報告は上がっていない。

 

 だからだろう、家の方針として領主一族が戦う事にしている一部の家を除いて王国の貴族は弱い。

 いや、貴族の本分は領地を如何に富ますとかだけれども、実力主義のアマーラ帝国や険しい山岳地帯が多く、竜騎士を筆頭にした強大な軍を持つエワーダ共和国、そして桃幻郷の侵攻ルートの最前線であり、お祖父様による改革で戦力増強に熱心なリュボス聖王国に比べるとどうしてもね。

 

 ……あれれ? 叔母上様は王国に嫁いでからは先代王妃によって衰退した王国の立て直しに尽力なさってはいたけれど、まさか王国貴族が平和ボケで弱いのって……いや、考えるのは止そう。

 政治闘争を避ける為に子供は作らず、先代王妃の息子であるマザコ……ルクスに次期国王になって貰う予定だしさ。

 彼奴、母親が継母と比べられ貶されるからって叔母上様に対して強い敵意を持っているけれど政治関連の教育の方は大丈夫なのかな?

 

 僕の両親はお祖父様に暗殺されたし、叔母上様はそんなお祖父様に性格も優秀な所もそっくりで、大義の為ならば身内を排する事も厭わない人なんだけれど、身内なのには変わりないから王座を手にしたマザコン王子に何かされないと良いけれど。

 

 ……あの人なら自分の死を織り込み済みで王国や聖王国の敵も纏めて道連れにしそうではある。

 

「……癒やしが欲しい」

 

 さっさとリザード・アサシンの駆除を終えてログハウスに戻ったらポチに癒されよう。

 

「ああっ! 寝ていたら起こすのは可哀想だから無理だ。夜更かししていたらそれはそれで駄目だけれど、ポチは言いつけを守る賢くて素直な良い子だからな。……それにしても何匹居るんだ、此奴等」

 

 今、僕を取り囲むようにして接近して来る神獣を目測で数えれば少なくても十匹、リザード・アサシンも何処かに隠れているだろうとも思う。

 そう、目の前に居るのはリアスが戦ったリザードマン・ホーリーナイトらしき武装したリザードマンや妖精郷で僕が倒したユニコーン。

 神獣って大層な肩書きの割には量産されているんだと思いつつ、これもゲーム関連の記憶が朧気なせいかと思う。

 

「……矢っ張り帝国との政略結婚をさっさと進めて追憶の宝玉を使わせて貰わないとな。予想外の事態に困る事になる」

 

 今の所、ゲームに関する記憶と現実との違いは行動内容に関する事が殆どだけれど、ゲームの記憶を取り戻す事で認識が固定されて痛手を負う可能性だって有るんだけれど、参考にはなるだろう。

 そう、あくまでゲームはゲームで現実は現実、あくまでも参考だ。

 

「君達がこうして此処に居るのに何処の誰が犠牲になっているのかは知らないけれど、確証を得る切欠やこんな事態を防ごうってモチベーションにはなるしさ。って、何を言っているのか分からないか」

 

 明烏を抜けば手に興奮が伝わって来る。

 

 ”早く斬らせろ。じっくりと肉を切り骨を断つ感触を味わいたい”ってさ。

 

 

「あの時のユニコーンからして神獣の復活には生け贄になる人間が必要。つまりは元人間だってのにさ」

 

 いや、だからこそ尚更興奮しているのか。

 

「うん、君って矢張り妖刀だね。夜鶴とはだいぶ違うよ」

 

 彼女も実は人を斬る事に興奮しているんじゃって疑問が脳裏を過ぎるけれど無視をする。

 

 あっ、夜鶴といえば屋敷に戻ったらまた相手を頼みたくなって来た。

 さっき森の中で堂々と始めていたバカップルを思い出した僕はそんな風に考えつつ一歩踏み出す。

 

 それと同時に先頭のユニコーンが角を突き出しながら突進して来た。

 



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我が目を疑う

「あら? あらあら、貴方はもしかしてあの子の所の子ね?」

 

 未だゼースが魔王の異名を持たず、クヴァイル家の当主になったばかりの頃、父の戦死により十五という若さによって権力を手にした彼は急速な勢いで国内の改革を押し進めていた。

 腐敗貴族を時に正面から、時に裏から手を回し、見せしめに堂々と、そして時に秘密裏に。

 全ては祖国の発展の為、どの様な犠牲も厭わずに。

 一切の慈悲無く、その熾烈さは身内さえも恐れる程。

 魔王の片鱗は既にこの頃から姿を現していたのだ。

 

 そんなクヴァイル家の屋敷の裏庭に雇われたばかりのメイド長の姿があったのだが、自分を訪ねて来た客人への対応をロノスが見たとすれば、七十年以上前の事とはいえ、双子かそっくりな別人であると確信する、其れ程までに表情も態度も別物であった。

 容姿だけは変わっていないのだが、何があれば此処まで変わるのかと知人一同は首を捻る事になるであろう。

 

 その様に今は厳格さがメイド服を着て歩いているようなメイド長だが、この時の彼女は少々軽薄で淫蕩な印象を見る者に与え、クヴァイル家程の家ならばそれなりの立場の生まれが行儀稽古に来たり、使用人としての教育を受けた者が仕えている筈なのだが、どうも彼女からはそれが感じられない。

 

「ククク、ご明察だな。しかし、貴女程の存在が貴族の屋敷でメイドとして働くとはな。いやいや、世の中は信じられぬ事ばかりだ。ミサで語っても信者は信じぬだろうな」

 

 最早色ボケ貴族が愛妾にメイドの地位を与えて側に置いていると言われた方が納得出来るであろう中、その客人は庭に飾られた自由を司る神の石像に腰掛けて彼女と向かい合う。

 

「ミサ? 貴方、もしかして教会で働いているの?」

 

「ああ、この姿ではない時は光の女神を信仰対象とした教会で神父をやっている。これでも信仰心は浮気性ながら豊かであり、我が主はその性質上教会は要らぬのでな」

 

 声からして客人は男、ただし表情は伺い知れないのだが、それでも何処か性格が破綻して良識とは無縁な印象さえ与える事も有るだろう。

 何故表情が伺い知れないのか、その理由は彼の服装、全身を包み隠す其れには長いクチバシがあり、両腕は翼、一言で説明するのならばキグルミだ。

 更に言及するのならばハシビロコウのキグルミであり、奇しくも彼が座っている石像の神も人の姿はしていない。

 

「さて、言いつけ通りに様子を見た事だし、私は帰らせて貰おう。これでも主と同様に忙しい身なのでな。次の祝日には教会主催のバザーがあるのだ」

 

「忙しい? あの子と忙しいって言葉が組み合わないのだけれども……」

 

「お菓子を食べながらゴロ寝をし、我が同僚に行う悪戯を考えるという用事があるのだよ。では、前回の失敗を繰り返さない事を願おう。神と違い世界は何度もやり直しを許してはくれないのだろうからな。尤も、神ならざる我が身では分からぬさ。文字通り神のみぞ知る、という奴か。……ククク、さてさて、どうなる事やら。聞きたいと所ではあるが、その時まで楽しみにしておこう」

 

 首を捻り呟く彼女に対し、一瞬で塀の上に飛び上がった彼は失敗するなら其れは其れで楽しいとでも言い足そうな口調で呟いて去って行く。

 そんな彼を見送った昔のメイド長は再び首を捻った。

 

 

「あの子、なんで神父なんてやっているのかしら? 絶対信仰心なんて誰にも向けていないのに。私にリュキ信仰について語って伝わらないとでも思っているのかしら? ……絶対知っているわよね、伝わる事」

 

 そんな風に呟く彼女の名を呼ぶ当時のメイド長の声が聞こえ、慌てる様子もなくその声のする方へと向かう。

 もし現在の彼女が当時の自分と会ったならばリアスやレナが頻繁にされているように長時間のお説教が行われた事だろう。

 

 其れ程までにこの時代の彼女は今とは違っている。

 同じなのは見た目だけであった……。

 

 

 突進して来たユニコーンの角を掴んで突進を止め、もう一匹に向かって投げつければ角が腹に貫通し、勢いで地面に転がった所に足下の石を蹴り飛ばす。

 拳よりもやや小さめの石は音速に近い速度で命中し、二匹の頭を砕いた。

 リザードマン・ホーリーナイトが石を蹴り飛ばした隙を狙って槍を振り上げ襲い掛かって来たのはその時で、僕が矛先を掴むと槍から光が放たれる。

 発火する程に強烈な熱を持っており、僕の手の平を焼こうとするけれど、それを防いだのは時間を停止した空気。

 一切の熱は僕の手の平には伝わらず、そのまま引き寄せて腹部に拳を叩き込めば衝撃が背中にまで貫通して内臓が地面にぶちまけられる。

 

 この時になって怯えを見せる残りの神獣達、人を抹殺する為に創造され、本能のままに僕を殺そうとして来たんだけれど、自分達が負けるだなんて思ってもいなかったのか。

 

 

「捨て駒……かな?」

 

 女神によって創造された人類を殲滅する為の存在”神獣”。

 だけれども今まで戦ったり関わった限りじゃ此奴達は末端であり、有象無象の兵隊だ。

 

 本来ならば一方的に殺戮を行う絶対的強者ではあるけれど、僕みたいな例外が存在する事を神獣を率いる将は身を持って知っている筈。

 何せご先祖様が大昔に暴れていた神獣やら切り離した悪心やらを倒したんだし、其れを考えると目の前の連中が返り討ちに遭うのは分かっていただろうに、この反応からして教えてはいないのか。

 

「手の内を探る気なのか、不意打ちを狙っているのか。……取り敢えず時間稼ぎの場合に備えてさっさと終わらせようか。……周囲に人は居るのかな?」

 

 僕は確かに気配を探ったり魔力を関知する訓練は受けてはいるけれど、獸人が生まれ持つ優れた嗅覚や聴覚を使った察知や、風の魔法による広範囲の関知には大きく劣る。

 いや、感覚を研ぎ澄ますにも限度があるって話だよ。

 

 だから広範囲の関知をしたい時は得意な奴に頼めば良い。

 今の状況ならば肉を切り骨を断ち血を啜るのが大好きで、獲物を探す為の能力も優れている妖刀にさ。

 

 

「そう。人の気配はしないんだね。……うん、今度沢山斬らせてあげるからさ」

 

 他の生徒を探す時も使って貰った感知能力によって明烏は僕に情報をもたらす。

 即ち”周囲一体を更地にしても構わない”ってね。

 

「……じゃあね」

 

 僕が何かをする気なのを察し、何かをする前に何も出来なくするべく神獣達は周囲から一斉に襲いかかるけれど、僕を止めたければ時の流れを越えて来い。

 簡単に言うなら……あまりに遅いんだよ。

 

「”ギガグラビティ”」

 

 周囲一体の時間の流れを分割し、重力だけを重ねる事、約百。

 僕を除く周囲一体全てに百倍の重力が急激に掛かった。

 

 空気も押しつぶされ息すら叶わず、地面に吸い寄せられるように倒れた神獣達は百倍になった自重で肉体の崩壊を始めながらも逃げるという選択肢を取ろうとするけれど、指先一つ動かす事が出来なかった。

 地面は綺麗に陥没し、木々はペチャンコになって隠れ潜む場所が無くなればやはり潜んでいたリザード・アサシンも他の神獣と同様に内臓と骨が潰れて息絶えるだけだ。

 

「もう良いかな?」

 

 ……この魔法、僕の呼吸の為に空気の通り道だけ重力を緩めたり、解除した時に空気が一斉に流れ込まないように徐々に重ねた時間を外していくのが手間なんだよね。

 他に時属性の使い手は居ないから試行錯誤で魔法を創って行く苦労を改めて実感した時だった。

 

 明烏が教えてくれるよりも前に僕の探知可能な範囲内に誰かが入り込んだのは。

 

 速度は遅いし、地面スレスレなのからして這いつくばって進んでいる状態……匍匐前進だったっけ?

 其れをしながら近寄って来る相手の姿を捉えた時、僕は幻覚に掛かっているのかと我が目を疑った。

 

 

 

「……」

 

「オールナイトパンダフィーバー!」

 

 近寄って来たのは二人……いや、一人と一匹。

 這々の体で何とか近寄って来る小柄な黒子姿のと、その背中に乗ってムーンウォークでの往復を繰り返す小さなパンダだったのだから……。

 

 

「僕、疲れているのかな?」



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せめて魔法は使いなさい

「終わったみてぇだな……」

 

 私が兎に角前に進む事に集中する中、お姫様抱っこされている状態のフリートが背後を確かめて呟くけれど、あの山羊みたいなのが地面にした炎が吹き出す仕掛けは解除されたみたいね。

 さっきの黄金の光……それを放つ何かが彼奴をどうにかしたらしいけれど、逆に言えばすれ違い様に憎悪と殺気を向けて来た奴が意識を向ける対象が一つ無くなったって事で、だったら次にやって来るのは何処かと言ったら、さっきすれ違ったばかりの私達よね、私ならそうする。

 一から探すより、存在を確認している相手の方が楽だものね。

 

「進路上に他の生徒が居るかロノス様やリアス様が来れば良いんだけれど……」

 

「おい、来るだろうからさっさと降ろしてくれや。こんな姿を見られたくねぇよ」

 

「駄目よ、何言ってるのよ、馬鹿。未だ何時来るか分からないんだからアンタを今降ろせる訳が無いでしょう」

 

 私達を無視して進んだって事は他に目的があったんだろうけれど、殺気の濃厚さからして彼奴を始末するなりしてから戻って来る可能性は高いでしょうに、プライド優先してどうするのよ。

 

「私と結婚して生涯愛する義務を放棄するってんなら殴って潰すわよ」

 

 

「お、おう……」

 

「照れるんじゃないっての。言った私が恥ずかしいじゃないの。にしても速攻で解除されたって事は共倒れは期待出来ないわね。役立たずな奴」

 

 ……いや、そもそも回収しに来た奴を殺そうとしていたからって仲間に殺されるって判断するのは早過ぎじゃないかしら?

 さっきすれ違ったのが説得に成功したのなら一緒に襲って来る可能性も……。

 

「避けろっ!」

 

 走りながら最悪のケースを考えていた時、急に影が掛かり、同時に聞こえたフリートの声に反応すれば何かが落ちて来るのが感じられたので斜めに向かって軌道を変えれば私が進んでいた場所に落ちて来たのは大きな岩。

 何事かと思いながらも走り続けるけれど、私達を中心にした周囲一体に岩が次々と落ちて来た。

 どうやら完全に狙われているっぽいわね。

 

「フリート、どうなってるのか報告!」

 

 後ろを気にする余裕は無いし、それなら後ろを向ける奴に任せれば良いだけよね。

 

「デケェ狼が後ろ足で岩を飛ばして来てやがる! 金ピカだから多分さっきの奴だ!」

 

「了解! 掘り出すついでに攻撃って事ね。捕捉されてるみたいだし、最短距離で逃げるからぶつかりそうな岩だけ教えなさい!」

 

 空から岩が落ちて来ようと当たらないのなら小雨と変わらないし、要するに当たらなければどんな威力だろうと無関係。

 見る限りじゃ魔法は掛かっていない身体能力と五感任せみたいだし、追い掛けて来ないって事はついでなんでしょうね。

 

 ついでだったら攻撃しないで欲しいんだけれどっ!

 

「まあ、時間稼ぎに協力してくれているなら都合が良いけれど、狙われてるなら安心出来ないわ。……いえ、もう大丈夫みたいね」

 

 防御に使う分の魔力も全て速度に注ぎ込んで進み続けるけれど依然降り注ぐ岩からして何処かに身を隠したりするのも難しいだろうと判断、嗅覚なのか視覚なのか捕捉に使っている能力を封じる方法が無いけれど、この程度で絶望する程に柔な鍛え方はしていないわ、私って。

 

 

「アハハハハハハッ! な、何よ、何があったの!? 兎に角面白い状況ね、チェルシー。乙女になった婚約者にお願いされた?」

 

 ほら、どんなに暗い絶望の闇が迫っても、考え無しに笑い飛ばしてしまう希望の光が目の前に現れたんだから。

 

「ひ、ひいっ! お腹痛い! 笑え過ぎてお腹痛い! 鼻水出て来た!」

 

「いや、本当に立場を考えて下さい、リアス様。メイド長に言いつけます」

 

「言うの確定!? え~!? チェルシーったら頭カチンコチンじゃなんだから」

 

 別に笑いたい気分は分かるんだけれど、その場でうずくまってお腹を押さえて爆笑するのは問題ですよ、リアス様ったら! 

 私、一応学園内でのお目付役を任されているのに、こんなんじゃ怒られちゃうじゃない。

 

 だから軽く睨めば少し気まずそうな顔をしながらも立ち上がるリアス様……の鼻には実際に笑い過ぎて出てしまった鼻水の痕があったのでフリートを(やや雑に)降ろしてティッシュを渡しておく。

 

 ……ふう。

 これでも聖女のお仕事の時は初見の私が正気を疑って慌てて医者を呼びに走っちゃう程なのよね。

 今の彼女にはその面影一切無いんだけれど、悲しい事に。

 お目付役云々ってよりは友達として心配になるわよ、兄はシスコンだから諫め役として一切当てにならないから私がどうにかするしか無いってのが現状だし。

 

 

「ごめんごめん。いや、屁で飛んでるみたいな姿見た後で今度はお姫様抱っこされて運ばれてる姿でしょ? 我慢出来なくって」

 

「屁で飛ぶ……?」

 

「はっ! んな発想するのはテメェだけみてぇだな。なあ、チェルシー」

 

 もう少し言い方って物が有るだろうと言いたい発言に反応したのかフリートが同意を求めて来るんだけれど、私はそれに頷けずにいた。

 友人と婚約者に挟まれ、どっちの味方をするべきか困った訳じゃなく、反応をどうするかってのが理由。

 だって私も前からフリートが使う飛行魔法って見る角度によっては尻から炎を噴射して飛んでるみたいだとは思っていたんだけれど、一応嫁ぐ家で伝承されてる魔法だし、内容が内容だから私だけが変に見てるんだって思っていたからリアス様に言われても一瞬何の事か分からなくって……結果、微妙な反応となったって訳よ。

 

「お、おい。どうして目を逸らして……」

 

「そ、そんな事よりも岩が飛んで来たわよ!

 

 よし! 此処は誤魔化してどっちつかずにすべきだし、その方向に持って行く為の理由だって敵が用意してくれるんだから希望は捨てたもんじゃない。

 私達が止まっているからか、それともコツを掴んだのかは分からないけれどさっきまでよりも正確な軌道で岩が次々に飛んで来たけれど、もう私もフリートも逃げ出さないし、正確になって来たのなら逃げ切れ無いし、そもそも逃げる必要が無いんだから、その場で堂々と構える。

 

 

「チェルシー、削るのだけお願い」

 

「ええ、了解しました」

 

 蹴り飛ばされ向かって来る岩はどれも人間サイズで、普通の人間が当たったら間違い無くペッチャンコ、アリアやレナさんサイズだってリアス様と同じに……。

 

「今、変な事を考え無かった?」

 

「いえ、全く」

 

 リアス様の野生の勘で余計な思考を読まれたけれど真顔で誤魔化した頃には岩は手を伸ばせば触れられる距離にまで迫り、実際にリアス様がその場で手を伸ばして触れる。

 

「やっ!」

 

 普段だったら殴って砕いて終わりなんだろうけれど、リアス様って実は信じられない事に意外と有り得なさそう…他に思い浮かばないからこの辺にするとして、戦闘において何時も何時も柔剛の剛ばかりじゃなくって、柔の方も場合によっては使う……但し基本的に力業に頼りがち。

 

 岩が手の平に触れた瞬間、腕の引きと後ろ足の踏み込みだけで岩の勢いを殺し、そのまま空中へと放り投げる事数十、飛ばせる岩が流石に減って来たのか崩れた崖の辺りがスッキリした頃、最初に宙に向かって投げ飛ばされた岩が自由落下を開始、尚、形は私が風で削って少し先端を鋭利に加工済み、例えるなら水滴状ね。

 

「行っくわよー!」

 

 其れを掴んでは投げ、掴んでは投げ、タイムラグが少ししか無いって事は一切影響を与えず、飛ばされた岩は鋭利な先端を前方に向けて崖の方へと飛んで来た時以上の速度で戻って行く。

 

 

この力業、誰が聖女の再来が腕力だけでやっているだなんて信じるかしら?

 ……知り合いじゃなくちゃ信じないし、知らないのに信じる奴の正気を疑うわ。

 

 

 

 

「なあ、彼奴、妙に張り切ってんな」

 

「そりゃ私に良い所を見せたいってのと、私が狙われていたからでしょ」

 

 そういう方よ、リアス様って。

 じゃないとあれだけ振り回されているのに友達なんか続けないわよ。

 

 



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本日は厄日

 私が腕力と技術だけで投げ返した岩は速かったけれど、黄金の狼、お兄ちゃん曰わく”フェンリル”の判断も速く、岩が飛んで来るなりこっちを向いて大きく息を吸い込めば、まるで風呂の栓を抜いた時みたいに空気が流れ込んで行く。

 

 ……彼処に大量の香辛料とか投げ込んだらどんな反応するのかしらね。

 

 その間にも切っ先を鋭く尖らせた岩が迫るんだけれど、フェンリルは避ける素振りもなく迎え撃とうとしていたわ。

 聞いた話じゃ結構素早いみたいだし、それなら避けた方が確実なのに避けるって選択肢を選ばない理由は足下、私が崩した崖の下敷きになって漸く掘り起こされたばっかりの仮面の男。

 流石に離れ過ぎで顔はよく見えないけれど動く様子も無いし、守っているんだから死んでもいない、要するに必死に守らなくっちゃいけない相手ね、昼間の話じゃ扱いが凄く雑だったらしいのに。

 どうしてそんな相手をって疑問が浮かぶんだけれど、考えるのはお兄ちゃんやチェルシーに任せれば良いんだから私は暴れるだけよ。

 

「アオォォォォォォン!!」

 

「うっるさっ!」

 

 私が投げてから岩が届くまで数秒、避けると思って予想した軌道上に目掛けて投げたのは無駄になるだろうけれど、避けないのなら丁度良いと次々に投げていた時、周囲一帯の木を揺らす程の咆哮が響き渡り、鳥や獣が怯えて逃げ出す中、岩にも正面から圧力が掛かったのか僅かに減速したわ。

 

 ええ、ほんの僅かだけ、ね。

 

 その咆哮って魔法を解除するんでしょうけれど、残念、岩が飛んで来るのは魔法じゃないのよね。

 

「グクッ!?」

 

 咆哮の圧力で軌道が変わった岩は頭を貫かずに右耳の端を切っ先で僅かに切り裂いただけに終わる。

 でも、それだけで、殆ど速度が落ちなかった岩に動揺した事で岩を掠らせてしまったフェンリルに後から投げた物も殺到して行く。

 

「ふっふーん! 魔法を解除させられるそうだけれど残念でした。魔法が駄目なら物理で倒せば良いだけじゃない。馬鹿ね、彼奴」

 

 昼間にお兄ちゃん達と遭遇した時の話は聞いていたし、”特性が分からない以上は全部の魔法を解除可能と考えよう”ってお兄ちゃんが言っていたんだから魔法で攻撃する訳ないじゃない。

 

 ストラ~イク! 私がぶん投げた岩は崖の所で此方を向いた狼の方に飛んで行ったけれど、その口には誰かを咥えていて、それで激しく動けないのか前足で次々に叩き落としていた。

 ふっふっふ、私が崖を崩落させたせいで生き埋めになってた奴を救出に来たんだろうけれど、そりゃボロッボロになるわよね。

 生きたまま連れて来いって命じられたんだろうけれど、その命令が命取りって奴ね

 

 

 

 連れて撤退する気なのか咥える為に後ろに跳んだ時に一つを脇腹に、怯んだ所を最初に食らった耳に受けてフェンリルからは血が流れる。

 だけれども大半は叩き落とされているし、最初の数個が当たらなかったのは結構痛いわね、残った岩の個数的に。

 見上げれば落ちて来る岩は残り五個、お兄ちゃんを二度も襲った仮面の男やチェルシーを狙ってたフェンリルは私の手で叩きのめしたいんだけれど攻撃の手を緩めたら逃げ出しそうね、逃がしたくないからどうにかしたいけれど。

 

「森の中を走って向かってたら逃げられそうだし、飛んで向かったら解除されそうよね。……最後の一個!」

 

 悩んでいる間にも岩は次々落ちて来て、次々に投げていたら最後の一個まで数を減らしちゃったのは、まるで後少し後少しって思っている間にお菓子を食べ尽くしちゃった時みたい。

 

「あっ、そうだ」

 

 強化魔法や飛行魔法で接近しても途中で解除されるんだったら、別の手段で近付けば良いだけじゃないの。

 最後の一個は指が食い込む程に強く握り、振りかぶっての投擲は精密性よりも速度を優先した物だから今のまま向かってもフェンリルには当たらないのは明らかで、そもそも私は最後の一個を当てる気なんて端から無いから問題無しよ。

 私の手を岩が放れた瞬間に私は駆け出し、岩を追い越すなり高く飛び上がって足元まで来た岩に着地、そのままフェンリルへと迫った瞬間、私は岩を足場にして飛び上がり、空中で岩を蹴り飛ばした。

 爪先が触れた瞬間に砕け、速度を更に上げて飛んで行くのは無数の石礫、勿論私だって着地するなりフェンリルへと飛び掛かる。

 

「貰ったっ!」

 

「ガウッ!」

 

 石礫程度じゃフェンリルは全身を打たれても少し怯む程度だけれど、私は違う。

 私に向かって振り下ろされた爪を宙で身を捻って避け、足を高々と振り上げて全力の踵落としを脳天に叩き込んだ。

 踵が毛皮を貫いて破るけれど肉には届いていない。

 私の踵落としが当たった時、フェンリルは後ろに跳んで直撃を避け、そのままグルッと回って一気に駆け出し逃げ出して、その際に着地する前の私に尻尾での殴打を私の顔に向かって放った。

 フサフサだったら良かったのに毛質は悪いボッサボサでポチの足下には及ばないし、掴もうと手を伸ばすけれど毛を一掴み引きちぎっただけで、血を流しながらも私から文字通りに尻尾を巻いて逃げ出した。

 

 

「逃っがすもんですか! その毛皮を剥いでやるんだか、らっ!?」

 

 踏み込もうとした足場が急に陥没、地面の下にあった空洞に向かって足場がガラガラと崩れるから慌てて退避、そんな事をしている間にもフェンリルは走って走って豆粒みたいになっているし、今から強化して走れば追い付けるんだけれども、そうはさせて貰えないらしい。

 

「もー! 次から次に鬱陶しいわねっ! 次は一体誰なのよ!」

 

 追い掛けようとした私に向かって来るスイカ位の大きさの火球、しかもよく見れば中に頭蓋骨みたいなのが見えるし気持ち悪いと思いながら避けたら骸骨が顎をカタカタ鳴らして私を追い掛けて来た。

 これ、間違い無く誰かの魔法、それも結構上級だし、多分生徒じゃないから神獸の新手か変な刺客か分からないけれど、本当に今日だけでどれだけ新手が現れるのよ。

 

「ほっ! よっ! はっ!」

 

 火球は大体五個程度、速度は其れ程じゃないけれどバラけて襲って来るから鬱陶しいし、フェンリルは本当に遠くまで行っちゃってるから追い付けなくなるし、この魔法を使ってる奴をぶん殴って急がないと逃がしちゃう。

 私が激しく動けば火球も結構な軌道で動くし、それならば……って感じで最低限のステップで避けていれば狙い通りに固まって、私を追う動きから急に変わって散開しようとしたんだけれど、これって多分操作も可能なのね、判断が遅かったけれど。

 

「”ライトブラスター”!」

 

 突き出した手の平が光り、放たれたのは極太の光の奔流、其れが至近距離で火球全てを飲み込んで消し去った後、私は突き出した手の拳を強く握り締め、全力で地面を殴打、そして殴打、更に殴打。

 全力で、最速で殆どインパクトの時間差が起きないように殴った地面は広範囲に蜘蛛の巣状にヒビが入り、最後の一撃で崩落を開始、崩壊の轟音が響く中、私の耳に聞き慣れない声が届いた。

 

「きゃっ!?」

 

「其処っ!」

 

 私と同年代の女の子の声がした方に向け、手元に舞い上がった石を掴み全力投球、崩落する地面に巻き込まれて落ちて行く見慣れぬ女の子に吸い込まれるように向かって行った。

 気の強そうな栗毛のボブカット、手には何故かランタンを持っていて、服装からして学園の生徒じゃないのは間違い無いから攻撃しても良かったみたいね……セーフ!

 それじゃあこの女を一撃でシメて捕らえてチェルシー達の安全を確保してからと次の魔法を放つ準備をした時、石が栗毛の額に当たり、怯んだ瞬間に放とうとする。

 

 

 

 

 

「させない」

 

 って、二人目の新手っ!? もー! 今日は本当にどうなってるのよ!

 



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ネームド

 その姿を見た時、一番印象的だったのは濃い青色をした長髪で、次に印象的だったのは感情が読みとれない人形みたいな目、顔はフルフェイスの兜が邪魔で見れない。。

 私よりも髪艶が良さそうな髪を風に靡かせ、腰に差した剣を抜き払って私へと切り掛かるけれど、私の手には愛用のハルバートは邪魔だからと先生と一緒にアンリに預けていて存在していない、つまりは素手。

 

「死んで」

 

 綺麗なんだけれど敵意も殺意も感じさせない人形めいた無表情のまま、感情の籠もっていない大根役者みたいな棒読みの言葉で、其れでも剣筋は性格で速いからかなりの使い手ね。

 

「死ねと言われて死ぬ訳無いでしょ!」

 

「あっ……」

 

 そして私は”かなり”以上の強さだから白刃を易々と真剣白刃取りから、間を置かずにの蹴りを叩き込む。

 剣を素手で止められ唖然とした所に蹴りを食らったからか、青髮はあっさりと剣を手放し、即座に私は全力投球、今度は向こうが白刃取りで受け止めた。

 

「甘い」

 

「いや、アンタは蹴りも食らってるじゃない、しかも不意打ちで。どう考えても私の勝ちよ」

 

「負けてない」

 

 あっ、今少しだけムスッとして感情を見せたし、負けず嫌いかと思いつつも私は絶賛落下中、足場が無いから当然で、踏ん張りが効く足場さえあれば蹴りで私が速攻勝利だったのに。

 まあ、飛べば良いんだけれど、向こうは私と違って空中に立っていて、足下の空気が微妙に歪んで見えるから魔法でどうにかしているのかしら?

 

「もう……油断しない」

 

「本気でやっても私に勝てないわよ!」

 

 私に向かって空中を駆け出す青髮の胸が揺れ、私は少しムッとしながらも迎え撃つ。

 決めた、この女は飛ばないまま舐めプでぶっ倒す。

 

「”ツインセイバー”!」

 

 両手に出現させた光の剣で今度も相手の剣を受け止め、そのまま真下からすくい上げるようにして力任せに跳ね上げ、その途中で片方の剣を真横から叩けば手から剣が弾き飛ぶ。

 

「飛んだらもっと楽勝だったけれど、飛ばなくても楽勝ね、楽っ勝!」

 

「未だ終わってない」

 

「いーえ、終わりよ!」

 

 挑発を受けて眉間に皺を寄せるけれど、剣を取りに行こうとしたのか方向転換する前に私も両手の剣を捨て、正面から指を絡ませるようにして手を繋ぎ、そして何時も通り力業で引き寄せてからのヘッドバッド、惜しくも鼻血は出ていないけれど兜の表面はヒビだらけで怯んだし……もう一発!

 

 背中を反らし、もう一度引き寄せてヘッドバッドで今度こそ鼻血ブーにしてやろうとした時、轟音が下から迫り、見れば穴の底から凄い勢いでせり上がる地面、その上には額から血を流しながら私を睨んでる栗毛の姿。

 しまった、彼奴の事を忘れていたわ!

 

「さっさと引くわよ、ロザリー! 四人目になれる子は逃がせた!」

 

「やだ。ミントだけ帰って」

 

 栗毛はミントで、青髪はロザリーって名前だって分かった私はせり上がる地面を無視してもう一度ヘッドバッドを喰らわそうとするけれど、ロザリーの目が光ったかと思うと一筋の光が放たれたって思わず顔を逸らした瞬間に振り解かれたって言うか、目からビームだ、羨ましい!

 私、同じ事をしようとしたけれど上手い事魔法を作れないのよね。

 

「良いから帰るわよ! 言う事聞かないなら三日間デザート抜き!」

 

「……分かった」

 

 そのまま剣に向かって走り出したロザリーを制したのはミントの怒鳴り声で、どうも力関係が見て取れるって言うか、見覚えがあるって言うか、思いっきり私とチェルシーの関係に似ているわね、あの二人。

 ロザリーは少し不満そうってのが見え見えなんだけれど、キッと睨まれたら何も言えずにミントの隣に立って、そのままお姫様抱っこで持ち上げた。

 

「ぶふっ!」

 

 あっ、ヤバい、さっき見たチェルシーと俺様フラフープの姿思い出して笑いが込み上げて来た。

 こ、堪えきれない……。

 

「聞いた通りの化け物だったけれど変な奴ね……」

 

「化け物で馬鹿者?」

 

「誰が馬鹿よ、馬鹿が! 馬鹿って言う方が馬鹿なのよ、馬~鹿、馬~鹿、もう一丁馬~鹿!」

 

「いや、貴方が一番言ってるじゃない。……まあ、箇々で名乗ってお別れさせて貰うわよ」

 

「ロザリー・エリゴール、ネームドの一人」

 

「同じくネームドのミント・カロン。……”ハイ・フラッシュ”」

 

 向こうが名乗ってるし思わず意識を向けた時に放たれる眩しい閃光、多分森の全域を照らす位の強さで、私は咄嗟に目を閉じると同時にツインセイバーを無詠唱で発動、二人の気配に向かって全力投球……でも、目を開けたら血は飛び散っていたんだけれど二人の姿は見えないから掠っただけね。

 投げつけられたのかこっちに飛んで来て、狙いが雑だから真横を兜が通り過ぎる。

 ノーコンね、彼奴。

 

「……フェンリルにも逃げられたし、なんかムシャクシャして来たわね」

 

 せり上がった地面は穴を飛び出し遠目に見れば大地の塔って感じになっていて、私はその上で少しの間座っていたんだけれど、仕方が無いから飛び降りた。

 

「よし! モンスターでも適当に狩ってストレス解消しようっと!」

 

 苛立ち紛れに足下の小石を拾って全力投球、木を何本か貫通しながら飛んで行き、無頼カンの頭を砕いて漸く止まったんだけれど、飛び散った脳漿や血をアリアとネーシャが思いっきり浴びちゃった。

 

 し、知らない、私知らないったら知~らない!

 

 

 

 

「ガゥゥ……」

 

 今直ぐにでも噛み殺したい相手を口に咥えながらの逃亡に成功したフェンリルは足を止め、その場に崩れ落ちるように倒れたかと思うと荒い息をし始めた。

 リアスに負わされた傷は見た目よりも重篤であり、本来ならば全力疾走等以ての外、歩く事さえ激痛によってままならない筈の状態にも関わらず守り抜いた仮面の男も崖の崩落に巻き込まれた事もあって重傷だが、フェンリルも今直ぐに命を落としてもおかしくはない状態だ。

 倒れる際に口から零れ落ちた男が地面を転がる中、フェンリルが霞む目で月を眺めていると急激に鼓動が高鳴って行き、その音は周囲にも聞こえそうな程。

 同時にフェンリルの息も荒くなり、その黄金の毛は風も無いのに揺れ動き、遂に激しくなる鼓動によって体全体が振動を始めたその時、巨体が収縮を始め、全身の毛も抜け始めた。

 頭の一部分だけが残り、色も金から銀へと変わる中、徐々に肉体の形も変わり始め、そして内包する魔力も異常な迄に膨れ上がっているではないか。

 

「……我に何が起きたのだ?」

 

 やがて鼓動が静まる中、フェンリルだった存在は狼から人に似た姿へと肉体を変化させ、鳴き声ではなく明確な言語で己に起きた変化に戸惑いの言葉を呟く。

 月を思わせる銀色に変わった頭の毛は長く、身長は小柄ながら、その小ささに似つかわしくない豊満な体付きを余計に強調する事となっていた。

 髪と同じ銀の月の明かりを白い肌に浴び、幼さが残りつつも何処か艶やかさを見る者に印象付ける顔を挟む両手の爪の先は小さな口の中の犬歯と同様に鋭い。

 

「これは一体どうなっている? まさか先程の女に何か……っ!」

 

「違う。原因は君」

 

「……こらこら、言葉が足りないわよ、ロザリー。それじゃあ分からないっての。ほら、アンタも人の姿になったからには着なさい。……って言うかメスだったんだ」

 

 戸惑いを続けるフェンリルが人の姿になっても健在な嗅覚によって神獸の接近に気が付いた時、無表情で無感情の声を出すロザリーが側に来ており、その隣に立つミントは呆れ顔のままフェンリルにドレスを投げ渡した。

 

 

「この子が説明下手だから私がちゃんと教えるけれど、その姿は貴女がネームレスからネームドに進化するだけの才能を持っていたからよ。まあ、詳しくは追々説明するとして、名前を決めなくちゃね」

 

「……ハティ、ハティ・フェンリルだ。その名が我の頭に浮かんだ。さて、同胞よ。一つ質問がある」

 

「何かしら?」

 

「服の着方が分からぬ。もう先ほど同様に全裸で良いか?

 

「……教えてあげるから服は着なさい」

 

 よく考えれば先程まで狼だったのだから仕方が無いのか、そんな風に思うミントであった。

 

 

 

 

 

 

 その後、服を着る事に違和感を覚えたのか何度も脱ごうとするフェンリルを宥め、夜が明けた頃に巨大な塔の前に辿り着いた三人の姿があった。

 

「さて、此処が今日から我の巣か。早速中を案内して貰おうか」

 

「……私先輩。敬うの常識」

 

「アンタ達、仲良くしなさい」

 

 上から目線で見上げてくるハティの態度が気に入らないロザリーは不満そうに見下ろし、そんな二人を見るミントはこれから増えそうな苦労に溜め息を吐くのであった。

 

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エタッた作品のリサイクル! 最大幹部だけじゃね


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自由大熊猫UNKNOWN

 百倍の重力によって黒子が動けない中、小さなパンダは謎の歌を歌うんだけれど、曲名”メロリンパッフェ”という妙な歌詞はこれがポエムだったのなら間違い無く黒歴史になりそうな内容、聞いているだけで力が抜けそうだった。

 そもそも小さなパンダ(ヌイグルミ)が何故喋って動いてるのかと思いきや、よく見てみれば胸には名札が付いていて、書かれているのは”喋るパンダ”と成る程納得可能な内容……な訳があるか!

 書かれているから一体どうした、どうしてそれで納得しようとしていたんだよ、僕!?

 

「そりゃ僕の洗脳能力によるものだよ。ツッコミ役には効果が薄いんだけれど、君はボケ役でもあるから少し効果があるみたい」

 

「洗脳っ!?」

 

 何でもないみたいに言っているし、洗脳に近い教育で自分達の地位を守っているのが王侯貴族ではあるんだけれど悪徳貴族が開き直っても平然と洗脳をしているなんて言わないぞ、普通はっ!?

 

 それにボケとかツッコミとか、意味が分からない事まで言っているし。、このパンダ!

 

「おや、知らなかったのかい? 僕達パンダは主食である笹を守る為に伐採しようとする奴を遠ざける為に洗脳を親から子に受け継ぐのさ。詳しくは僕が出版した全パンダ愛読の”パンダでも可能な洗脳”を買ってよ。売ってないけれど」

 

「売ってないの!?」

 

 パンダが差し出した分厚い装丁の本で、この世界では高い料金を払わないといけない写真が表紙なんだけれど、常夏のビーチでパラソルの下、カイゼル髭のパンダがビールジョッキを手にしているって物だった。

 尚、中は白紙だ。、手の掛かる悪戯だなぁ・・・・・・。

 

「売ってる訳ないじゃない。そんな本なんて出版してないのにさ」

 

 やれやれって感じで肩を竦めながら溜息を吐くパンダ、其れを物凄く蹴り飛ばしたい葛藤に襲われながらも、”パンダは絶滅危惧種だから蹴っちゃ駄目だ”と謎の声が頭に響いて動きが止まる。

 

「それも洗脳さ」

 

「パンダでさえ、パンダでさえなかったら……。怪しいから使いっぱなしだったけれど、彼に悪いか」

 

 苛立ちのせいかコントロールを誤り、百倍から一気に通常に戻してしまった重力によって押しつぶされて空気が希薄になっていた場所めがけて風がなだれ込む中、百倍重力の中でも辛うじて這って動けていた黒子は少しフラつきながらも立ち上がる。。

 ……彼、彼だよね、多分、は結構な使い手っぽい。

 百倍の重力に襲われて立てない状態だったのに今は平然として居るし、骨や内臓が自重でどうにかなった様子も無い。

 少なくてもユニコーンやリザードマン系の神獣なら即死ではなくても瀕死だろうにさ。

 

「そりゃそうさ! 何せこの子は僕の創造した神獸達のリーダーだからね」

 

「神獸……矢っ張り神か」

 

 感じる力が妙だと思っていたんだけれど、神獣だったらなら納得するし、人並み所か並の化け物並を外れた頑丈さにも説明が着くんだけれど、どうも彼がリーダーって聞いても信憑性が無いんだよな、声すら聞いていないし、体格だけで判断は出来ないんだけれども。

 

 彼、筋肉の付きは服装が服装なだけに分からないけれど、どうもウチのメイドのツクシみたいに何処か抜けている上に苦労人で気弱、そんな感じがするんだよ、根拠は無いけれど。

 

「うん! アイアムゴッド! アーンド、プリティーパンダ!」

 

 そしてこのパンダは神の中でも特に性格が面倒だなって確証があったよ、短時間の会話だけれども充分だ。

 

「そう。神様だったかぁ・・・・・・」

 

 さっきから普通に心を読まれていたからって言うのも有るけれど、見た瞬間から感じていた妙な感覚、其れが何かを察したから僕は連れである黒子を重力から解放したんだ。

 でも、其れを本人……本熊? の口から聞くまでは何となく目を逸らしたい現実だからと確かめなかった、そして遂に言われてしまったから、其れを前提に進めるしかないのかぁ……。

 

 このパンダ、神であり、何を司る神なのかは短い会話で検討が付くけれど、これは関わらない方が良いと降臨した神の口から出る訳だ。

 

「僕の名前はアンノウン! 自由と悪戯、そして最近はパンダを司る神にもなったのさ! 森の安全は僕が保証するからお話ししよう! 因みに強制!」

 

「最近なったのか。自由だなぁ……」

 

 その他はスルー、そっちの方が良いと本能で察した。

 

「僕だからね!」

 

 両手を腰に当てて自慢する風に胸を反らすアンノウン・・・・・・様をどうにかして欲しいと黒子の方を見れば助けを認めたのが伝わったのだろう、自分を指さしてからサッと顔を逸らされ、それから顔を左右に振って”無理”だと伝えて来た。

 

「うーん、流石に彼に僕のコントロールを任せるのは無理があるんかないのかな? だって僕は僕だし! それに彼……リッ君は僕の神獸の中でも一番若手で一番小さい女の子が好きで一番気弱で一番って言うか唯一のロリコンで一番ヘタレで一番未熟だからね!」

 

 

「……ロリコン関連を二回も言ったのはスルーとして、どうしてそんな人をリーダーに?」

 

「そっちの方が面白いから! それに今の君もリッ君同様に本来の君達兄妹と違って面白いからお気に入りなんだ。POP高めだよ!」

 

「POP……?」

 

「パンダのオモチャポイントさ!

 

「うわぁ……あれ?」

 

 予想以上に邪悪な存在っぽいし、撤退も考えていた僕が気が付くのが遅れたのは仕方が無いと思うんだけれども、流石に気が付いたなら流せない。

 今、”本来の”って言ったよね?

 

 神様なら僕が前世の記憶が有るって事に気が付いたとしても不思議じゃ無いのだけれど、今の言い方ならば本来の僕……つまりはゲーム通りの僕の事を知っている、それも詳しくだ。

 

 記憶を読んだ? それともそうならなかった歴史について知っている?

 

「知ってるよ~! 君達三兄弟がどんな理由で転生したのかもちゃ~んと知ってる。まあ、教えてあげる気は今の所無いんだけれどね」

 

「僕達が転生した……理由? それは自動車事故で……」

 

「ふっふっふ、湯どーふ! まあ、僕は濃い味が好きなんだけれどもさ。違う違う、それは死因であって……君達があの世界に来た理由は別……おっと、今日は此処までだ。帰るよ、リッ君」

 

「あの…世界?」

 

「さっきも言ったけれど、今は語るべき時じゃないんだ、面白くないし。ほら、僕って君みたいに面倒な運命の子を弄くるのが好きじゃないか、知らないだろうけれどさ。リュッッキーが神として動けないんだから僕が代理で来たし、今は言える事だけを教えてあげよう」

 

 目の前の神様が何を考えているのか、何を知っているのか、そして僕達兄妹に何が起きたのか、気になる事は多いけれど、少し安心した事も。

 今、”三兄弟”って言ったし、つまりはテュラは本当に……。

 

「うん、そうさ。君達のお姉ちゃんはテュラだったのさ!」

 

 ……また変な言い方をしているな。

 それでも……良かった。

 そっか、本当にお姉ちゃんもこの世界に来て、リアスはちゃんと会えたんだし、僕もきっと近い内に……。

 

 

「それで君って運命変える為に色々として来たでしょう? それで良い効果が出ているけれど、悪い効果だって出ているんだ。その責任を追求する気は無いけれど責任は取って貰うよ、どうせ巻き込まれるんだけれどさ」

 

「……それ、責任取らせる気なのと同じじゃない?」

 

「同じだけれど?」

 

 キョトンとした感じのアンノウン様、黒子はペコペコ頭を下げて謝って来ているし、この短時間で疲れた……本当に疲れたんだけれど、本当に知りたかった情報を手に入れたんだから会えて良かった……のだろう。

 

 どうせやる事は変わらないし、何か起きたなら立ち向かうだけだ。

 

 

「ふっふっふ! それでこそだね。POPを多めにあげちゃう」

 

「要らない」

 

 うん、本当に要らない。

 

 

 

 

「……まあ、本当に今日は帰ろうか。今後何かしらの手助けをするだろうから僕と僕の神獸である”偽獣師団キグルミーズ”の絵を渡しておくね」

 

 そんな言葉の後で瞬きをしたら目を開けた瞬間に既にアンノウン様と黒子の姿は消えていて、邪魔になりそうな位巨大な絵が置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「因みにメロリンパッフェを作詞したのはウサギのグレちゃん、実は君の身内だよ!」

 

 あっ、何か聞きたくなかった情報を伝えられた。



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パンダは親切か否か 

「何処からどう見ても不審者だよなぁ……」

 

 バーベキュー串みたいなのを持ったハシビロコウと黒子、そして灰色の……兎、少しトラウマが蘇るけれどグッと堪えて何とかシロノの姿を頭の中から追い出した。

 

「大丈夫大丈夫、此処は露天風呂じゃないし、ギヌスの民は此処には居ないんだから……」

 

 それでも体がガクガク震える中、チラッと兎のキグルミを眺めるんだけれど、さっき聞いた奇妙キテレツな歌の歌詞を考えたのはこの兎なのか、絶対に変人だな、身内というのは嘘だと思いたい。

 いや、絶対そうだな、間違い無い。

 

「リアスが知らないで会ったら不審者だから敵認定で即攻撃って事になりかねないし……」

 

 よく見れば描かれた人物の下の辺りには名前らしい物が書かれていて、パンダは当然”アンノウン”、黒子は”リゼリク・ハベトロット”、ハシビロコウが”キレース・フレスベルク”、そして……兎が”グレーシア・アルミラージ”。

 

「……いや、偶然か。名前に著作権が有る訳でもないし、神獸だって話だしさ」

 

 書かれている名前の一つが知っている名前だったけれど、只の偶然と切り捨てて絵に手を伸ばし、そのまま指を突っ込んで一部を破り取ってポケットにしまう。

 絵は僕より大きいし、持ち運ぶのが大変だったら必要な時に破った一部を核にして時間を戻せば良いだけだと、もう周囲に誰も居ない事を確認して明烏の力を借りる。

 絵を、特にパンダの部分を念入りに風で切り刻み、破片を燃やして灰にした後で風で飛ば

 

「しかし会話をしている間は自由な言動に振り回されたけれど、わざわざ情報をくれた上に今後は手伝ってくれるって……悪い神様じゃないのかな?」

 

 邪神悪神の類だと勝手に思ったし、心を読んでいたから伝わっていただろうに親切にしてくれたのだから反省が必要だと思いつつもポケットに手を入れれば上質な紙の感触が伝わって来た。

 絵を見ただけでトラウマが想起される兎の絵、其処を選んでしまった理由は分からないけれど、無意識のままにやってしまったのは何か理由が有るのかもね。

 

「さて、行こうか」

 

 アンノウン様が言っていた僕達が運命を変えた事で起きているという悪影響、其れがどんな内容でどの程度の規模なのかは分からないけれど、立ち向かわなくちゃ駄目なのなら立ち向かうだけ、それでも不安があるのは否定出来ないし、其れをどうにかする為に自分が何をすべきなのかは分かっている。

 

「気が進まないけれど、何時かはやらないといけない事なんだよな。もう早い方が良いんだけれど……」

 

 それこそ合宿中にでも行うべきなんだよな、憂鬱だけれども、リアスや他の身内を守る為、僕は覚悟を決める事にした。

 

 

「……今はハンティングの続きがあるから集中しようか。ルクスが気絶しちゃったのは痛いよなぁ……」

 

 正直言って臨海学校をさっさと終わらせて目的を果たしたい僕としてはパートナー二人共の条件クリアで合格な方が嬉しいけれど、一日目で失格になっただなんて知られたら恐ろしい人達も居るし、どうせなら友達と臨海学校を楽しみたい。

 ……まあ、ルクスに関しては僕の責任が無いとは言えないから彼奴だけ失格になって家に帰らされたら面倒な予感と良心の呵責が有るし、少し様子を見に行って叩き起こしてでも……へ?

 

 空を何気なく見上げれば白み始め、朝日が大地に広がろうとしているんだけれど、僕は其処まで時間を使ってしまった覚えはないし、これは一体……いや、まさかね。

 

「アンノウン様が何かしたって事……なのか? そんな気しかしない……」

 

 只の悪戯なのか、森で何か起きているけれど僕を介入させたくないのか、それとも無関係なのか、三つ目は有り得ない気がするけれど、兎に角これでハンティングは終了、会話時間は短かったと思ったのに随分と時間が過ぎているみたいだ。

 

 

「……もしもの時はデートに誘って、その場で行おう。向こうだって僕が理解している事は理解しているだろうし、残りとは失礼じゃない程度に適当に終わらせて……」

 

 出来れば行った方が良い、その程度に考えていた事がアンノウン様の情報によって急いでやった方が良い事へと変わってしまった。

 だから覚悟を決めろ、僕。

 運命はゲームみたいにイベントを起こさない限りはやって来ないなんてあり得ないんだからさ。

 逃げても目を逸らしても何をせずとも来るなら万全の準備で待ち構えるだけで、しかも行おうとしている事は僕にも彼女にもデメリットが無く、寧ろメリットの方が近いんだしさ。

 

 

 僕がやるべき事、それは……ネーシャを口説いて少しでも早く婚約を確実にする事だ。

 彼女との婚姻は決定しているのと同じだけれど、他の目的の為に口説くとか、……うわぁって感じなんだよなあ。

 

 

「頑張れ、ロノス。貴族だったら目的の為に感情は切り捨てるんだ。今までそうして来ただろう! うーん、でも少し気が重い。少なからず交流がある相手だし。……あっ、聞けば教えてくれたかも知れなかったな」

 

 森の出口に向かって歩きながら呟いていると徐々に他の生徒の姿も見えて来て、誰も彼もが徹夜で戦い抜いたのか酷く疲れた様子……そう、この場所に集まれているのは一晩中戦うなどしてハンティングを耐え抜いた生徒のみが居て、戦い抜く力が無い生徒は脱落後に回収されているのだろう。

 一年生の内、残ったのは二割以下なんだから今回の行事が厳しいのか、残った生徒が逞しいのか、それとも脱落した生徒が情けないのか、それは兎も角として未だリアスや他の身内の姿が見えないので待つ事数分、土煙が上がる程の勢いで僕の方に向かって来る愛しの妹の姿を発見した。

 

 

「見ぃ~つけたっ!」

 

 射程圏内に僕を捉えるなり大穴が開く程の勢いで地面を蹴り、巨岩をも砕く威力で飛びつき、大木をへし折る事さえ可能な力で抱き付くリアスだけれど、人前だし止めさせるべきか、それとも可愛い妹のする事だからなすがままにされておくべきか、其れが問題だ。

 

「リアス、お早う」

 

「うん! お兄様、お早う!」

 

 僕のパートナーであるルクスが側に居ない事を気にした様子もなく元気に挨拶するリアスに癒される中、カボチャ型の馬車が近付いて来る音に顔を向ければ目の前で氷の馬車が止まり、徐々に車輪が小さくなって車体が地面に着いたかと思うと扉が開いてネーシャが顔を覗かせる。

 

「ロノス様! お会いできて嬉しいですわ。お早う御座います」

 

「う、うん、お早う、ネーシャ。おっと、大丈夫?」

 

 僕を視認するなり嬉しそうに歩み寄って来た彼女が途中で躓きそうになったのでリアスが抱き付いた状態のまま受け止めたんだけれど、今度は彼女まで腕に抱き付いて来た。

 

「ロノス様には侮辱に思えるかも知れませんが、万が一の事が有るかもと心配していましたの。でも、こうして愛しいお顔を拝見出来て何よりですわ。……ですが少しの間こうしていても宜しいでしょうか? ロノス様の存在をしっかりと感じ取りたいのですわ」

 

 目を潤ませ不安そうな表情で見上げてくる彼女の頼みは断りにくい、例え演技と分かっていてもだ。

 ……リアスが不満そうにして僕を締め上げる力を強めているし、どうにかしたいんだけれどチェルシーが居ないからどうにもならないし……。

 

「と、所でパートナーのアリアさんは?」

 

「ええ、ちゃんと馬車の中にいますわよ? 朝になった途端に虫が増えて木の上から落ちて来るので屋根と壁に覆われた馬車に変えたから外からは……あら? あっ! うっかり出た後で扉を閉めたままにしていました!」

 

 本当にうっかりって感じで慌てた様子を見せながら馬車の扉を開くネーシャだけれど、多分これも演技なんだろうなあ……。

 

 

 まあ、これから大切なお願いを聞いて貰う立場だから指摘しにくいんだけれどさ。



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皇女様は認めない

感想こないなあ


「もう夜明けですわね。……夜更かしは美容の天敵ですのに困りましたわ。戻ったらパックをしませんと」

 

 夜明けが迫る中、流石に疲れが限界に達してしまった私は馬車の運転が少し荒くなりながらも森の出口へと向かいながら大きな欠伸をしそうになるも何とか堪える。

 隣に居るのは私が婚姻関係を結ぶ予定の相手、元々商家の娘としても皇女としても隙を見せるべきではありませんし、相手が相手ならば尚更ですもの、本来ならば操作が乱れる事自体がお粗末ですわね、情け無い。

 

「そうですね。私も魔法を使い過ぎてクタクタです……」

 

 そんな私を余所にアリアはうつらうつらと舟を漕ぎ、このまま落としてやりたい衝動に襲われながらも利用価値を自分に言い聞かせて堪えるのですが、皇女である私が手綱を握って夜通し働く御者で、下級貴族の彼女がゆっくり休むって普通逆じゃありませんこと?

 

 いや、この馬車は私が動かしているのだから当然ですが、どうも納得が行きませんわ。

 

「……それにしてもアリアさんの魔法は素晴らしい威力でしたわ。私もそれなりに自信があったのに、まさか彼処まで威力に差が有るだなんて」

 

「い、いえ。私は空を飛ぶ以外は攻撃にしか使えませんし、ネーシャさんの魔法の方が応用が効いて凄いと思いますよ」

 

 私の賛辞に慌てて謙遜する彼女ですが、本当にあの戦闘力は……ええ、兵器としての能力だけは素晴らしいと認めましょうか。

 只でさえ闇属性は持って生まれただけで迫害の対象となる上に数が少なく未知数、本能的な恐怖に加え実際に威力まで高いとなれば相手の志気を折るのは勿論、保有しているというだけで交渉においても優位性を勝ち取れるでしょう。

 ふふふ、後は其れを上手く運用するだけの力、所属する家の権力や扱える頭を持つだけの人間が居れば価値は何倍にも膨れ上がり、闇属性への嫌悪というデメリットを補って余りあるでしょう。

 

「私、今回パートナーになった事でアリアさんと仲良くなれて嬉しいですわ」

 

「わ、私もです」

 

 互いに相手の本音も本性も見抜いていると分かっているのに白々しい遣り取りだが、私達が交わすのはあくまでも友好的な握手であり、実際は互いに利用してやろうという考えが透けて見える。

 私は彼女の持つ所持だけで抑止力となり敵を牽制出来る力を利用し、彼女はクヴァイル家に嫁ぐ際や嫁いだ後のあれやこれやをヴァティ商会とアマーラ帝国二つの力を使った私による後押しを得る、そんな取引だ。

 

 ロノス様の交友関係にクヴァイル家からは苦言が呈された様子はありませんが、家の地位が低く、未だ闇属性への嫌悪感が逆に際立たせる程の名誉も得ていない彼女が取り込まれるかどうかの可能性は未知数ですし、私の協力が欲しいでしょうからね。

 ……私はクヴァイル家への嫁入りを利用して地位を得て、アリアは惚れている相手の傍に居る権利を得る……惚れた相手、ですか。

 王侯貴族が複数の相手を娶るのは血を残す意味でも、政治的な繋がりの意味でも不思議な話ではありませんし、仲が良い事に越したことはないですのは分かりますが、第一に考えるべきは自分に課せられた役目……なのですわ。

 

「……本当にどうしたのかしら?」

 

 既に得ている情報によればロノス様に嫁ぐであろう相手は妖精族の姫レキア、桃幻郷に対する防波堤となっているギヌスの民の二つの部族の内の片方であるナミ族族長の娘シロノ、魔王ゼース・クヴァイルが直々に育てたパンドラ、この三名まではそれなりの手間と費用を使えば得られますが、それ以上は何人を娶らすのか、誰を娶らすのかは全くの不明であり、掴んでいる情報も掴まされたと考えるべきでしょう。

 そんな中、帝国随一の商会の娘であり皇帝の養女となり……実の娘である私が嫁ぐのも確実なのでしょうが、その事に嬉しさを感じ、同時に他の女に嫉妬めいた物を感じる私に気が付いていた。

 彼に惚れてはいない、惚れる程の関係は結んでいない、理屈でそう分かっているけれど、私が感じる嫉妬めいた物は地位を得る邪魔になるからではなく、私よりも付き合いが長く関係も深い事に対して。

 ……まあ、シロノに関しては何かあって苦手視されているようで除外ですが。

 

 まさか数度助けて貰っただけで心を奪われる筈もなく、精々が優しく強くて頼りになって見た目が良くて側に居たいと思う程度、だって私はお伽話の姫みたいに簡単に結婚を望む程に恋に恋してはいませんもの。

 

 ま、まあ、同じく付き合いの短いアリアを利用して他の連中を出し抜くのは目的達成の為に必要でしょう。

 だってロノス様を籠絡し私に夢中にさせた方が都合が良いですし、先程も思った通りに夫婦仲が表面上も裏でも良い事に対する不利益は情に流されるという私では絶対に有り得ない事のみですもの。

 

「……はっ!」

 

 考え事をしていた為に回避が遅れ、細い木に車体を擦り付けてしまいましたが、この程度で壊れる柔な構造でも無く、木が大きく揺れて葉っぱやら何やらが落ちて来ただけ。

 少し汚いし屋根付きにするべきかと思った時、足下の葉っぱの中で蠢く何かを発見、拾い上げてみれば芋虫の姿をしたモンスターでした。

 

「”ヒールアゲハ”の幼虫ですわね。この森に生息していたなんて……」

 

 モンスターにのみ有効な回復効果を持つ鱗粉を振り撒く蝶の姿を思い浮かべながら手の平で進む芋虫を眺める。

 世の中には虫が苦手な人も多いらしいですが、商会の娘として様々な商品に触れ、虫食文化のある聖王国で接待を受けたりする身からすれば悲鳴を上げて逃げ出したりなんて出来ませんわよ。

 寧ろヒールアゲハは餌代も掛かりませんし小さい虫かごに入れておけばかさばりもしませんので、軍などでは飼い慣らしたモンスターの運用の際に回復薬を節約出来ると重宝していますのよね。

 

「い、芋虫……」

 

「……ああ、成る程」

 

 妙に静かだと思いましたが、あらあら……あらぁ? 表情が作り物の笑顔でも彼女みたいな方に有りがちな仮面の下の人形めいた物でもなく、心の底からの恐怖で顔を青くしていますし、弱点発見ですわね。

 

 ふふふ、弱点ゲット、今後に使えそうですわ。

 

「アリアさん、もしかして芋虫が苦手ですの? あらあら、ならば急ぎませんと。ヒールアゲハの習性として夜は眠って動きませんが朝になると活発に動き……周囲と温度が大きく違う場所に引き寄せられますの」

 

 さて、私達が乗っているのは氷の馬車で、今は夏。

 明け方でも汗ばむ程に蒸し暑く、ですが氷の冷たさのおかげで馬車の周辺は快適な涼しさ……まあ、当然ながら起こるべきして起きる事が一つ。

 周囲の木が揺れ、小さい芋虫達が一斉に飛び出して来ましたわ。

 

 

「~っ!?」

 

 言葉にならない叫びを上げながら馬車を飛び降りようとするアリアの服を掴んで止めるが、かなり必死なので長くは難しいでしょうね。

 思わぬ所で弱点発覚、これが演技ならば到底私が及ばぬ程の演技力であり、感服物では有りますが、流石に違うのでしょうし、今は落ち着かせましょう。

 私達が腰掛けている椅子以外の床を抜いて芋虫を落とし、これ以上入ってくる前に元のカボチャ型に戻す事で芋虫の侵入を防ぐ。

 ヒールアゲハが厄介なのは短時間で大量に生成される鱗粉だけであり、他の能力は少し丈夫な虫程度、幼子が振り回す棒切れでさえ一撃で仕留められる相手に私の氷は破られませんわ。

 これで大丈夫でしょうと手を離し、アリアは飛び出そうとしていた勢いを殺しきれず天井に頭をぶつけて悶えている。

 

 

「少しは落ち着きなさいな。淑女にあるまじき行動でしてよ」

 

 利用するだけ利用する気なのですし、価値を下げる行いは謹んで貰いたい物ですわね。

 

 

「あら、最先が良いですわ……」

 

 そして辿り着いた集合場所には既にロノス様の姿、遠くで地面が赤く染まり何やら不味いと逃げ出した時と同じく速攻即決で彼の元へと向かう。

 

 

 

 勿論、うっかり扉を閉めて開かなくするミスを忘れずに、ですわ。



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リンボーが好きなパンダは自重しないが策には溺れる

 ある日の事、少し長めの居眠りから目を覚ましたら大勢の神が生まれていて、二度寝したら人間が誕生していたんだけれど、その暮らしを眺めて思ったのが”随分と不自由だなぁ”って事だったよ。

 大勢で暮らしているから決まり事は必要だし、誰も彼もが自由気ままに過ごせないからね、僕は自由気ままに好き勝手に過ごすんだけれど。

 まあ、自由を司る僕から言わせて貰えるなら自由ってのは不自由が在ってこそ成り立つ物で、それが無いならそれは自由じゃなくって無秩序だと言えるからこそ人は自由に生きられないんだろうねぇ、僕は自由に生きるんだけれどさ。

 

 祈る為に決まった場所なんて用意させず、どんな事を伝えるのかっていう教えも存在しないってのが僕、自由と悪戯、そして最近気が向いたからパンダも司る事にしたアンノウンの信仰に関するあれやこれやだよ、何となくそうしているんだ。

 まあ、像を作ったり教会を建てたりしたいって子は好きにすれば良いよ、そういう事をするかしないかで祝福の有無は決まらないし。

 

 結局何が言いたいかと言うと、何をするのも、どんな掟を守るも破るも自分次第って事さ、遊びはルールがあってこそ、僕だって破った方が面白い時以外は守るんだよ?

 

 

 気まぐれを起こさない限りはね! その場のノリって大切だもん!

 

 

 え? お前は自由の神じゃなくって賢者の使い魔の筈じゃないかって? 

ふっふっふっ、作者の別作ひ……別の世界線の話をされても困るし、其れを言ったら僕って元々は二次創作の……げふんげふん、これ以上は流石の僕でも規制を掛けるよ。

 僕、自由の為に必要なら時には自重するのさ。

 しなくちゃ駄目でも時も僕の不利益にならないならしないけれどね。

 

 

 

 

 

「はーい! キグルミーズ全員集合!」

 

 昨日はロノッチ(ロノス君)と夜遅くに出会い、その場の流れで時間の流れを周囲から切り離しちゃった僕は結構疲れていたんだけれど、今後の作戦会議の為に部下の皆と会議をするのさ!

 因みにどの位疲れているかと言うと、十億不可思議無量大数分の一程度の体力を使ったよ、矢っ張り時の神じゃないと難しいし、専門外の事を感覚でするもんじゃないね。

 

 両手……パンダなら前足だろうって指摘は受け付けないよ、僕はパンダじゃなくってパンダを司る神だもん、だから両手! 両手をポフポフと鳴らしながら皆を呼んだら即座に来たよ。

 

「!」

 

 うん、その場でリーダーにしようって思ったからリーダーのリゼ君(リゼリク)だけだね、分かってたよ、いえーい、正解正解大正解!

 

 残りのキグルミーズは特に名前の無い下っ端(但しその時だけ浮かんだ名前で呼んだり呼ばなかったり)を除いてリゼ君以外は黒歴史ポエムのグレちゃん(グレーシア)と外道神父のキレーちゃん《キレース》の二人、ちゃんと声が聞こえる場所に居るのにキレーちゃんはお料理しているし、グレちゃんは完全にシカト、何時もの事だね、自由で良いよ!

 

 そんな中でもリゼ君は素直で真面目だから弄くり甲斐が……ゲフンゲフン、頼りになるんだよね。

 何時も僕がリゼ君に乗って移動しているから乗りやすいように膝を付いて姿勢を低くする。

 尚、別に不要なんだけれど気持ちの問題なんだよね。

 

「それじゃ……メロ! リン! パッ、フェ!?」

 

「!?」

 

 リゼ君の頭に飛び乗ろうと華麗にジャンプ、空中で三捻り四回転で着地の瞬間、リゼ君の顔の横スレスレを音速に近い速度で槍が通り過ぎ、僕のお腹に命中、何が起きたかって説明すると、グレちゃんが燃えてる槍を全力投球、僕に命中し、僕はそのまま壁にめり込んだんだ。

 いや、僕を貫けないんだけれど、勢いが強過ぎて僕の体と槍の先が壁に穴を開けて突き刺さってさ、出られないな、面倒だから。

 

 

「……父上から教わった槍投げ術でも駄目ですか」

 

 見た目は灰色をして笑顔が張り付いたウサギのキグルミだってのにグレちゃんったら不機嫌そうな声を出すだなんて、その日の内に理由を忘れた命令で喋らないリゼ君を見習いなよ!

 

「グレちゃん酷い! ちょっと黒歴史ポエムを勝手に歌にしてキグルミーズの前で歌った後、もう歌わないって約束を破っただけなのにぃ! ……あっ、リゼ君、朝ご飯持って来て、ついでに食べさせて」

 

「……」

 

 あれれ~? リゼ君ったらグレちゃんの槍にビビって腰を抜かしちゃってるけれど、リーダーやれるのかなあ?

 お気に入りの部下(玩具)が少し心配になる中、やや不機嫌そうにしながらもグレちゃんが槍を抜き、僕の頭を掴むとリゼ君に向けて放り投げ、彼は慌ててキャッチして頭に乗せた。

 

「今度同じ事をしたらこの程度では済みませんよ」

 

「うん! 同じ事はしないよ!」

 

 だって同じ事ばかりじゃ飽きるし、次は大空に映像を映してロックバージョンを披露しようかな?

 

 

 

 

「よっ! はっ! 所でグレちゃん、何か不満があったら言ってね。今回のお仕事で君を同行させなかったの不満みたいだし、僕にしては真剣に聞いてあげる……あっ、ヤバい! リゼ君、キレーちゃん、腰がヤバイから棒を高くして、棒を!」

 

「真剣に、と言いつつ何をやっているのですか、貴方は」

 

「え? グレちゃん、リンボーダンス知らない? 勧誘に来た時に余興の一つで見せたよね?」

 

 僕だって昨日の一件以外のお仕事をグレちゃんに任せちゃった事を気にしているし、ちゃんと話を聞くのが僕の役目だと思った事もあってグレちゃんが投げた槍でリンボーをしながら聞いてあげようとしたのに不満みたいだよ、何故だろう?

 

 所でさっきからキレーちゃんが棒を上から押し付けるようにしているから辛いんだけれど、僕はちゃんとリンボーをしながら話を聞くって決めたんだ!

 グレちゃんの為にも途中で止めてたまるもんか!

 

「……別に構いませんよ。向こうも私が会いに行っても困るでしょうしね」

 

「確かにね!」

 

「今の私はグレーシア・アルミラージ、それが契約条件でしたからね」

 

「うん、ゴメンね? でも、神の力が人間の世界に留まり過ぎるのって危険なんだ。皿回しの更に物を乗せるみたいな物なんだから……って今更か」

 

「……ふむ。主よ、其れは食器の皿と更を掛けた冗談か?」

 

 ぐぬぬぬ! ギャグの解説をして確認まで求めるだなんて相変わらず”人の嫌がる事を進んでしましょう”を間違った解釈だと認識しつつ行う男、だが、其れが良い!

 

「ふふふふふっ! 相変わらず自由だね、キレーちゃん」

 

「ククク、主には及ばぬさ」

 

 其れはそうとして、キレーちゃん秘蔵のスパイスを味以外は忠実に再現した黄粉に交換してやるんだよ。

 

「……相変わらずですね、貴方達は。私が神獸になる前にも大勢と関わって来ましたが、曲者揃いのあの場所でさえ此処までの者達とは会った事がありませんよ」

 

「そう誉めてくれるな、アルミラージ」

 

「照れちゃうじゃないか、グレちゃん」

 

「誉めていない……等と言うのは無駄でしょうね」

 

 因みにこの会話の途中もキレーちゃんは槍を上から押し付けて来たから僕の腰は本当に限界が近かったんだ。

 

 

 

「さて、今回の件は他の仕事を受け持ちましたが、次からは私が出向きます。もう顔合わせはしたのですし、別に構いませんね?」

 

「うん、いーよ。グレちゃんの好きにすれば? 僕も会いに行きたくなったら会いに行くけれど、グレちゃんは一ヶ月以上会ってないんでしょう? ロノッチとリーアちゃんにさ」

 

「会っていないのはその様な期間では有りませんが、神からすれば十年も十ヶ月も十日も十秒も全て同じなのでしょうね。兎に角、有象無象を気にしなくても良いようにサポートは私が行いますので余計な手出しはなさらぬよう」

 

 それだけを言うとグレちゃんはキレーちゃんが用意したカレーを食べずに何処かに去って行ったんだ。

 

「さて、食事にする時間だが……リゼリク、ちゃんと洗濯物は出して置けと言った筈だ。アンノウン様がお前の部屋から大量のタオルを出して来たぞ。全く、最近は風呂場のタオルの紛失が相次いでいるというのに」

 

 流石家事が趣味だって言いつつも他の人が嫌がる仕事まで進んでやってるキレーちゃん、しっかりしているね。

 そして注意されたリゼ君は本気でへこんでいるし、此処は励ましてあげないと。

 

 

 

 

「元気出してよ、リゼ君。幼年組の女の子が使ったタオルを回収して残り香を楽しんでいたのに残念だっただろうけれど、また次のを集めたら良いじゃない」

 

「!?」

 

「……ほぅ。貴様の仕業か、リゼリク」

 

 あっ、いっけなーい! うっかり喋っちゃったよ、テヘペロ。

 

 

 自由で外道なキレーちゃんだけれど、自分が定めたルールには忠実で、子供組の世話をちゃんとしているから見過ごせなかったみたいだね!

 

 

 

 

「……今日は飯抜きだ。反省しろ」

 

 ふっふっふっ! これでリゼ君の分の幹部用の特製カレーは僕の物、勿論グレちゃんの分も……カレー?

 

 

 

 

「ねぇ、キレーちゃん。今日のカレーはどんなスパイスを使ってるの?」

 

「私秘蔵のスパイスを大放出しているぞ、主。ああ、私は今日は子供組と一緒に食べるから、幹部用の特製カレーは主が独占すると良い。お残しは許さない。残せば一ヶ月カレー抜きだ」

 

 ……い、いやぁあああああああああああああああああっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、リゼ君のご飯抜きが可哀想だし、せめて僕の代わりに味を感じるようにしてあげようか。

 ザ・ギブアンドテイク!

 

 



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聞けなかった原因

感想…こねぇ


「皆さん、此処に残っているだけで賞賛に値します。生き残る事、それが戦いで一番重要な事ですからね」

 

 一晩森の中でモンスターを狩り続けたからか疲れた様子の生徒も多いけれど、一晩森の中に居るだなんてサバイバル訓練に熱心な家の子息子女でもなければ仕方が無いのだろう、但しエリア外でイチャイチャしていた馬鹿ップル、お前達は別だよ、一応エリア外にまで足を運んで良かったよ、納得出来はしないけれど!

 

 ……うん、神獸なんてのが出て来なければ放置していたよ、自己責任だとしてさ。

 だけどさあ、これで犠牲が出たら、其れを利用して云々とか企んでいたら阻止したいし、無駄とも思う労力を使わされて、逆にそれが目的だったんじゃないかってさえ……。

 

 良し! 落ち込んだからポジティブな事を考えようか、例えばマナフ先生!

 聞いた話じゃ結構な怪我をしたらしいけれど、今じゃ何処か痛い様子すら見せていないのは凄いんだよな、リアスの使った回復魔法がさ!

 

 リアス、素晴らしく可愛くて強くて凄い自慢の愛する妹!

 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……ふう。

 

 

 

「なあ、チェルシー。彼奴、真顔で話を聞いているが……」

 

「ええ、何を考えているか分かるわね、フリート」

 

 少し視線が痛い気がするけれど、僕は可愛い妹を可愛いと再認識しているだけでポーカーフェイスも保っているので別段困る事も恥じる事も無いからと先生の話を聞きつつも周囲を伺う。

 

 アンダインは居ないのか、アリアさんが付き纏われて迷惑だと言っていたし、脱落したのなら嬉しい限りだが意外と言えば意外だろう。

 アレでも生徒内では上位に入る、但し高く分厚い壁を挟んで一握りの異常な強さのが数名、僕とリアス、それに付き合ったチェルシー、チェルシーに触発されたフリートは壁を乗り越えている途中で、アリアさんは多少の無理もあって魔法のみなら壁を越えている……この辺りは神殺しである闇属性たる所以って所かな?

 

 

「殿下、一時脱落していたにも関わらず復活お見事です」

 

「何でも新種のモンスターに遭遇したそうですが、初見の相手にも関わらず戦ってみせたとか!」

 

 意外と言えばルクスの奴、気絶から目覚めてハンティングを再開していたらしく、取り巻きの賛辞を受けて少し複雑そうな面持ちだ。

 僕も助ける時に少し遊びを入れてしまったし、ちょっとは気にしていたんだよ。

 アンリも助けようとした結果が余計な真似になったからか少し安心した様子だけれど、僕としては彼奴には脱落して欲しいんだよなあ、だって可愛い可愛い可愛い妹に惚れて言い寄っているんだから、あのマザコン。

 モンスター討伐によるポイントが足りないと帰宅が決定するけれど、パートナーの僕も一緒だったらって思うと足りて欲しいとも思う。

 

 

「さて、既に予定外の事態が起きていますが、それによって臨海学校は……」

 

 此処で学校の都合で中止ってなったのなら僕の責任じゃないから安心出来る、じゃないとレナに鍛え直しの為に地獄のメニューを用意されるんだよ、絶対に。

 僕以外にも中止になるかどうかを気にしているのが数名居るけれど、想定外の事態が発生した事に怯えているのか中止を願っている様子のも数名、取り入るチャンスだから中止にならないで欲しいと願っているらしく先生と家柄の良い生徒を交互に見ている生徒も数名、リアスは……友達と海で遊べるから続いて欲しいとアリアさんに話している。

 

 うん、あの子が望むのなら続いて欲しいかな?

 

 

「中止……にはしません。領地を背負い、家によっては兵を率いて戦場に立つ以上は全てを想定しつつも想定外の事態にも対応する必要が有りますし……怖いからと逃げ出せば威信に関わりますからね」

 

 一瞬ビビったけれど、何とか続くらしいとホッと一息、後はルクスが不合格かどうかで、それに僕が巻き込まれるかどうかだけれど、不安でいると腕輪が光っているのに気が付き、目を向ければ”合格”の文字が。

 

 ルクスも合格か……ちっ!

 

 片方さえ条件を満たせば良いのか両方の合計なのかは不明だけれど、理想を言えば僕だけが合格だった……贅沢は此処までにしようか。

 不合格になったなら僕が気に病んだだろうし、どうも僕が気絶させた事に気が付いて居ないらしいから一安心だしさ。

 

 

「ですが、想定外の事態に対して退く事を選ぶのも勇気の一つ。自分に何かあった事を考え、家に戻る事も許可しましょう。明日の正午、次の訓練を開始しますので、其れまでに用意した馬車に乗らないと歩いて帰る事になりますよ。取り敢えずログハウスに戻って休んでから考えて下さい」

 

 ……ああ、学園からすれば逃げ帰るみたいな真似は出来ないけれど、顔を立ててやった上で生徒が帰るのは許可しようって事か。

 退く勇気、そんな言い訳を与えられてしまったら何人か帰りそうだけれど……。

 

 

 まあ、帰りの馬車は既に用意されているらしいけれど、考える時間は丸一日与えられた、つまりは御者の皆さんは明日の正午ギリギリまで待たされるって事で、ご苦労様としか言えないや。

 其れはそうとして今は……。

 

 

 ネーシャに視線を向ければ気が付いたのか笑顔で軽く手を振って来て、少し可愛いと思ってしまう。

 

 

「ああ、演技とは分かっていてもあんな笑顔を見ちゃうとね……」

 

 思い出すのは彼女との日々、リアスの取り巻きの一人ではあるけれど貴族じゃない彼女は少し居心地が悪そうにする毎日だったし、二人きりになれる時も珍しかった。

 自然と浮かべるのは卑屈そうな愛想笑いで……おっと、まただ、また僕が辿っていないし辿る筈のない人生を思い出していた。

 

 アンノウン様は”本来の僕と違って”と僕を評したけれど、その本来の僕って言うのは前世の記憶を蘇らせずにゲームと同じ流れになった僕なんだろうけれど、蘇った記憶には時系列的に未来の物まであったし、他にも奇妙な言い方をしていたな、それこそ文章なら誤字だと思われそうな内容をだ。

 

 

「……しまったな。あの時に質問すれば良かったかも」

 

 教えてくれるとは限らないのだけれど、こうしてモヤモヤ悩むよりはマシだった筈、なのにしなかったのは言い訳になるけれど他の生徒を助ける為に神経を使い過ぎた事にも原因があるだろう。

 防いだ方が良い事は沢山あって、僕には防ぐ力があるとはいえ、気になった事全てを防ごうとするのは思い上がりじゃないだろうか。

 

 

 少なくても一人で背負うべきではないし、人材を集めていたのは何の為だって話だよ。

 

 

 

「尚、残る場合は緊急事態として一人だけ護衛を呼ぶ事を許可します。伝書鳩を今日の正午に飛ばしますので必要な人は先生の所まで手紙を持って来て下さい」

 

 おっと、これで今回何かあっても頼れる味方が今より増えるのなら安心だ。

 

 

 じゃあ、誰を呼ぶかとかも含めて一番信頼する仲間に相談するとしようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュイ?」

 

 おっと、誰かが勘違いした気がするぞ、何故か凄い可愛い気もする。




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妹はヒロインですか? いいえ、相棒です

 自由と悪戯とパンダを司る神……いや、こうして確認するとパンダを司るとか何なのさって感じだし、最近司るようになったのならパンダのヌイグルミみたいな見た目は一体なんだって言いたいけれど、世の中には沢山の生物が存在するんだから神様が人間の姿なのばかりだってのは人間の思い上がりなのか?

 

 

「パンダ!? パンダのヌイグルミみたいな見た目の神様だったの!? お兄ちゃん、ズルい! 私もその神様に会ってみたかった!」

 

「いや、正直言って根腐れしてる神様だったよ? 後、結構意味不明な事をその場のノリでやってるっぽいし、最初の感想がそれで良いの?」

 

「え? だって私も結構ノリで動いているし、パンダはパンダじゃないの」

 

「そっか……」

 

 そんなアンノウン様はゲーム通りの僕達を知っているっぽい事とか、未来を変えた事で悪い方向に進んでいる事も有るとか、結構色々重要な事を話したけれど、リアスが一番に反応したのはアンノウン様の見た目で、正直叶うなら変わって……いや、駄目だ。

 あんな関われば関わるだけで精神と胃に影響が出そうな神様と大切で可愛い愛しの妹が関わる、しかも代わって欲しい?

 ふざけるのも大概にしろよ、僕!

 

 

 

「だって未来なんて普通は全然分からないものだし、嫌な未来を避けようとする私達の行動は間違っていないでしょ? それで何かが立ちふさがるなら全力で殴ってぶっ飛ばす、それで良いじゃないの」

 

 平然と言い切るリアスの姿に僕は安心を覚える。

 ああ、これだから僕にとってリアスが一番信頼出来る味方なんだよな。

 

 この場で自分がどう動けばどんな影響が周囲に及ぶ、その事ばかりを気にして雁字搦めになっている僕と違い、この子は前だけを見て突き進む。

 どっちか一方だけが正しいって事は無くて状況次第だけれど、だからこそ互いに支え補い合えば良いだけなんだ。

 

「お兄ちゃん? もー! 私、もう十六なんだからね!」

 

「はいはい、ごめんごめん」

 

 気が付けばそんな妹の頭を撫でてしまっていたし、確かに十六の女の子相手にする事じゃないんだけれど、相手は他人じゃなくって妹だし、今は双子でも僕の中では何時までも年下のままなんだ。

 それに口では文句を言っているけれど振り払いもしないし、甘えん坊だから意地は張ってても此処で止めたら不機嫌になっちゃうんだよね。

 

 さて、此処からちょっと話し辛い事を相談しないと……。

 

 

「矢っ張りリアスは頼りになるよ」

 

「でしょ! だって私はお兄ちゃんの妹だもの!」

 

 貴族として生きていると周囲から聞こえるのは血を分けた兄弟であっても信用出来ないって言葉だ。

 領地を受け継げなかったら余所に嫁や婿に行くのだろうけれど、同等の家柄なら幸いで、家を出ても兄弟との折り合いが悪ければ気に入らない事も多い。

 大勢を娶る予定の僕も他人事じゃないけれど、腹違いの兄弟と跡目争いなんて頻繁に聞く話でもあるし、家族イコール味方って訳じゃないんだよ。

 

 でも、少なくても僕とリアスの絆は確かな物だし、本当にそれは幸福な事なのだろうな。

 

 

 

「あっ、でもノリだけで動くのは控えようね」

 

「え? なんで?」

 

 いや、なんで、って……。

 

 

 こういう活発で即決断って所がこの子らしいなあ。

 

 

 

 

 

「それでお兄ちゃん、帝国のダンジョンに何の用なの? えっと、何って名前の洞窟だっけ?」

 

 さて、此処から先が言いにくい箇所だけれども、先ずは説明が必要か。

 

「”忘却の洞窟”だよ。正確には奥に存在する”追憶の宝玉”に用があるのさ」

 

 何となくだけれど覚えている”魔女の楽園”に関する知識の中、どうにか利用出来ないかと学園に入学する前から考えていて、一時は頓挫したと諦めていた物がある。

 ゲームにおいて終盤近くまで最弱の性能を持つヘタレ皇弟ことアイザック・アマーラ、彼の好感度とレベルが一定以上になると発生するイベント中のみ入れるダンジョンこそが今回の目的地だ、

 宝玉事態はダンジョンに潜って最深部までたどり着くという儀式をこなす事で生成される使い捨ての魔法のような物で、使用者が思い出したい事を明確に思い出させてくれる。

 それで朧気なゲームの知識を思い出したいと当初はアイザックと仲良くなる事を狙っていたんだけれど、よりにもよって街中でリアスに求婚した上に行方不明になった事もあり、さっきリアスが口にした通り何か起きたら対処すれば良いんだと一度は諦めた。

 

「今頃になって計画を再開するのはなんで?」

 

 リアスの疑問も尤もだろうね。

 だってあくまでもゲームはゲームだって事になったんだから。

 実際、あんな風に気になる事を言われなかったら考えもしなかっただろうし、こんな風に悩んでもいない。

 

「わざわざ神様が警告に来る位だし、”どうにかなるさ”って楽観的になるのもどうかと思ってさ。予兆を見逃さない為にも取り戻しておきたいんだよ」

 

 力は付けた、味方も大勢作った、だけれどもその分大切な物も増えたし、念には念だ。

 問題は国が管理するダンジョンで、”前世の記憶を取り戻したい”だなんて世迷い言や生半可な嘘じゃ入れる所じゃない。

 なにせダンジョン内で生まれるモンスターの素材もダンジョンによって違うし、手っ取り早く強くなるにはモンスターとの戦いが一番だからこそ管理している。

 幾ら養女を娶るといっても僕が入れて欲しいと言ったら無条件で入れて貰える筈もなく、世の中には例外もある。

 

 ゲームで知った知識に関する詳細は忘れていて、調べても皇族の秘密だからと理由は判明していないけれど、それでも分かったのは皇族と一緒に入るのならば難しい許可は要らないらしいけれど、但し入るには別の条件が有るらしい。

 

 

「別の条件って?」

 

「其れをどうにかネーシャから聞き出したくってさ。かと言って下手に弱みを見せたら足元を見られる相手だし、慎重にならないと」

 

 詳しい理由を話せない以上、後ろめたい物があるって言っているのと同じで、他国から迎える結婚相手に優位性を与えるのは今後の火種になりかねない。

 

 何せ頼む相手はまだ正式には婚約者候補でしかないんだ、確定だとしても。

 入る為に色々無茶をしたとか言われたらこっちが困るし、此処はもうネーシャを確定にして、クヴァイル家の後ろ盾もあって頼むのが望ましい。

 

 ……他の情報では皇族への試練の場二使われているらしいし、其れを受ける事でネーシャの皇帝の養子としてのランク上げにしたい、って口実でさ。

 

 

 

「もう彼女と結婚したら受けさせられる、とかなら手っ取り早いんだけれどさ」

 

 どうせ政略結婚が決まっていて、候補から選ぶって名目上の事でしかない。

 ああ、それでも目当ての為に求婚するみたいなのは良心が痛むよ。

 

 

「こんな時、お姉ちゃんに相談出来たらなあ」

 

 そもそも知りたい情報を直接聞けばこんな風に悩まないで良いと思った時、突然目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

「え、えっと……会いに来ちゃった」

 

 お姉ちゃん、来ちゃった……。



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昔のままの……

ブクマ千五百まで後少し


 気が付けば周囲は一面の闇、だけれども自分の手と目の前の相手の姿だけはハッキリとみえていた。

 

「えっと、あの子から聞いてる? お姉ちゃん……よ。そんな資格はないかもだけれど」

 

 前世の記憶が蘇って八年程、この世界での僕としてだけ生きた期間の記憶も当然ながら有る訳だから随分と記憶が朧気になって行く中、それでも家族の記憶だけは完全には失わない。

 声は正確に思い出せないし、どんな事を話したかも詳細に思い出せる訳じゃないけれど、年の離れた弟と妹の世話を焼いてくれるお姉ちゃんの温かい笑顔は薄れる事無く思い出せるし、あの側に居るだけで感じられた安心感だって同じだ。

 

「え、えっと……元気だった?」

 

 目の前には初めて会う女の人、今まで会った三人の……三人? いや、二人だ、二人の神と同様に会うだけで相手が神様だと分からせる存在感、そんな物を放ちながらも少し慌てて不安そうな表情を浮かべる姿は少し奇妙で、同時に懐かしさを感じさせた。

 

「うん、元気にやってたよ……お姉ちゃん」

 

 リアスの話を聞いた時、僕は半信半疑でしかなかった。

 僕とアンリに手下を差し向けた闇の女神がお姉ちゃんだっただなんて、思い出の中の姿とあまりにも違い過ぎたから、記憶を読んで演じているだけか、それとも洗脳をされているのか。

 

 もしそうなら僕だって洗脳された状態だけれど、そうでは無いと目の前の相手を見ていると思ってしまう。 

 

 僕や前世のリアスが泣き出した時、こんな風に慌てながらも泣き止ませようとしていたのを今でも思い出し、その時の姿が重なって見えたんだ。

 姿や服装、声だって朧気ながらも違うと確信出来るけれど、こうして対面しているだけであの時の安心感が蘇って来る。

 ああ、あの子が迷い無くお姉ちゃんだと信じる筈だ。

 

 

 こうしているだけで前世の幼い頃の思い出が蘇って来る中、おどおどとした様子のお姉ちゃんの顔が近くにあった。

 懐かしんでいる間に近寄って来たらしくって、僕の顔をペタペタ触ったかと思ったら今度は体に移って行く。

 うーん、凄い美人、女神だけに人離れした神秘的な美貌だし服装は砂漠の国の踊り子とか下着みたいな露出度だし、この距離だと谷間が見えちゃうんだけれど中身が誰か知っていると何も感じない。

 アレだよ、身内が薄着をしていたら体を冷やさないかって心配する感じ、実際に前世の姉だし。

 

 でも、身内だからこそ此処まで露出度が高い格好をしているのを見るのは恥ずかしいな、有る意味。

 

「え、えっとね、この前は中身が貴方だって知らなかったとはいえ襲っちゃってごめんね。お姉ちゃん、本当に反省しているから。そ、それで怪我とか残ってない?」

 

「大丈夫、怪我事態していないし、お姉ちゃんがテュラだって知ったら気にしなくなったから」

 

「そっかぁ。お姉ちゃん、一安心だよ。だって私には二人しか居ないし、もし嫌われたりしたかと思うと……うぅ」

 

 ホッと安心したのも束の間、目に涙を滲ませて今にも泣きそうな顔に僕は固まってしまい、どうして良いか分からなかったんだ。

 リアスが泣き出した場合は前世も今も慰めるのに慣れているし、即座に動かなくっちゃって使命感さえ持っているけれど、相手がお姉ちゃんだったなら話は変わってくる。

 姉と妹の間に価値の差は無いけれど、僕が妹を何が何でも守り抜くって決めたのはお姉ちゃんが僕達を守っていてくれたからだ。

 僕達とは十歳近く離れていたお姉ちゃんは不在がちな両親に代わって僕達の世話を焼いてくれて、僕達にとっては姉であり親、誰よりも頼りになる人で、僕達が怪我をしたり泣いたりするのを見てあたふたと慌てる姿は見たけれど、泣き出した姿なんて見た事がなかった。

 

「あの、お姉ちゃん……」

 

「えっぐっ! だ、だって、私はずっと一人で二人とはもう会えないって思ってたから。だからあの子がリアスだって知った時も泣きそうになって、でも私はお姉ちゃんだから情けない姿を見せちゃ駄目だって言い聞かせて耐えてたのに……」

 

 お姉ちゃんは僕の前で気持ちが抑えきれずに泣き続ける。

 情けない僕はどうして良いか分からずオロオロとするばかりでどうやって慰めて良いのか分からず固まったままだった。

 

 そうして暫く泣き続ける姿は僕が知っている頼もしくって目標にしていたお姉ちゃんでもなく、ましてや人間を殲滅しようとした闇の女神軟化じゃない。

 ……僕が襲われた事は良いとして友達であるアンリまで襲われた事には文句を言おうと思っていたんだけれど、言う気が失せちゃったよ。

 

 説明不可能だから僕が代わりに謝っても困らせるだけだし、友人として何か奢って、互いに大人になった時に可能な範囲で取引を譲歩するとかその辺りしかないか。

 

 この時の僕はテュラがリアスを騙しているか、本当だったとしても記憶があるだけで別人同然になっていると危惧していたんだけれど、目の前で泣く姿や再会した時に感じた物によって僕が知るお姉ちゃんのままだと安心した、安心してしまった。

 

 だから気が付け無かったんだ、僕やリアスが前世と比べてどうなったのかって事を忘れてしまって……。

 

 

 

「……情けない所を見せた。許せ、我が弟よ」

 

 そして暫く経って漸く泣き止んだお姉ちゃんだけれど、前世では何かゲームキャラの真似かと思っちゃいそうな口調で話す。

 但し褐色の肌を恥ずかしさで赤く染め、目を逸らしていた。

 

 うわぁ、前世でも恥ずかしい時はこんな表情になっていたよね、この人。

 

「え? その口調、何?」

 

「……普段のお姉ちゃん。二人に会えた事で昔に戻っちゃったけれど、基本これなの」

 

「あっ、うん……」

 

 だからつい指摘しちゃったけれど、僕達だって前世の僕がそのままロノスとして育ったんじゃなく、前世と今の記憶を両方持っていて、其れまでの人生で得た価値観を混ぜた状態だ。

 だから前世では無理な非道な選択だって出来ちゃっているし、貴族として複数の相手と結婚する。

 リアスだって前世でもお転婆だったんだけれど、今みたいにゴリラの如き力強さは無かったし。

 

 だから女神としてずっと長い時間を生きていたテュラとしての人生で使っていた口調が出ても仕方が無いのかぁ。

 

「じゃあ、貴方ともお話を……あっ! もう時間切れになっちゃう!」

 

 お姉ちゃんが慌て出すと共に一面の闇に少しずつ光が混じりだし、二人の再会の時間が終わるのを告げていた。

 そっか、相談したい事もあったし、もっと話したかったけれど……。

 

 

「お姉ちゃん会えて良かったよ。じゃあ、次に力が貯まったらあの子の方に会いに行ってあげて」

 

 僕はお兄ちゃんだ、二度と会えない訳でもないし、妹を優先しないとね。

 ちょっと寂しいけれど、僕よりもリアスの方がお姉ちゃんにベッタリだったから……。

 

 

 

 

「良い子良い子、転生してもちゃんとお兄ちゃんやっているのね。何か悩んでいるみたいだけれど、貴方なら大丈夫。ちゃんと妹を守ろうとするんだから間違った選択肢を選ばないわ」

 

……ああ、この人は凄いなぁ。

 

 頭を優しく撫でられながら前世を思い出せば、僕やリアスよりもずっと長い時間別人として生きて来たのに、お姉ちゃんはお姉ちゃんのままだったんだから。

 

 

 

「うん、そうね。……二人に褒美を与えよ……ご褒美をあげるわね」

 

 あっ、今、テュラの面が出ちゃった……。

 ご褒美かぁ、前世ではお菓子を作ってくれたっけな。

 

 

 

 

 

 

 

「二人を除いて人間は皆殺しにする予定だったけれど、友達だっているだろうし、二人がお世話になっているから聖王国と二人の友達だけは生かしておいてあげる。二人は人間の王になるの、凄いでしょ!」

 

 前世の記憶のまま、僕達が大好きだったお姉ちゃんのまま、そんな事を言われ、僕は言葉の意味が直ぐに理解出来なかった……。

 

 

 



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守る → 寧ろ邪魔

もう直ぐ感想無しのまま二ヶ月が、がががが

ブクマも行ったり来たり……もう此処は漫画について連絡が来ないとショックが強いぞぃ


「お兄ちゃんっ!? ちょっとお兄ちゃんってばっ!」

 

 目の前に光が戻り、前に居るのがリアスに戻っても僕は直ぐに我に返れず、その様子に戸惑ったリアスに胸ぐらを掴まれて前後にガクガクと揺さぶられて漸く落ち着いた。

 そうだ、落ち着くんだ、僕。

 

 あの人は間違い無くお姉ちゃんだったけれど、其れと同時にテュラでも……。

 

 

「お兄……ちゃんっ!」

 

 あっ、やっば。

 

 我に返っても直ぐに動かなかった僕に慌てたのかリアスは平手を大きく振りかぶり、僕が返事するよりも前に振り抜く。

 空気の時間を止めて防御……は手を痛めたら可哀想だし、回避も胸ぐらを掴まれているから無理だし、これは仕方無いか……。

 

「へぶっ!?」

 

 僕の頬に叩き込まれたのは鋼鉄の巨大なハンマーもかくやって感じの強烈な一撃、流石だよリアス。

 足が地面から離れそうになったのをギリギリで堪え、痛みに耐えて僕を心配するリアスに笑いかける。

 

 

「ごめんね、リアス。ちょっとお姉ちゃんが会いに来てさ。……うん、本当にお姉ちゃんだったよ。僕達が転生しても僕達のままなのと同じでさ」

 

……そう、僕達が前世と今の人生を送った自分が混じっているのと同じで、あの人もテュラでありながらお姉ちゃんでもある。

 いや、一部分がお姉ちゃんになったテュラだって評する方が正確なのかも知れないな。

 僕達に対しては優しく温かい家族のままだけれど、それ以外の人間に対しては皆殺しの対象でしかない冷徹な女神なんだ。

 

 

「ねっ! テュラになってもお姉ちゃんはお姉ちゃんだったでしょう!」

 

「……そうだね」

 

 嬉しそうに語るリアスの姿を見ていると、話すべきと思っても話し辛い、先送りにするべきでは無いと感じてもだ。

 なら、リアスに優先的に会うように頼んだけれど、その時はテュラの面が強く出ない事を望むのが今出来る事だろう。

 せめて妹の前だけでは優しいお姉ちゃんのままで居て欲しい。

 

 

 説得は出来るのか、説得出来ず更に復活してしまった時にどうやって止めるのか考えて置かないとな……。

 

 

「どうやって話をしたら良いものだろうか……」

 

 リアスとの話を切り上げてログハウスに戻る最中、考えるのはさっき言えなかった事だ。

 単純に強い敵が居るというのなら倒せば良いし、厄介な事が待ち受けているのなら頼れる相手に頼れば良いが、これは家族の問題だ、簡単には済ませられないよ。

 あの子は末っ子であり、上の僕達二人は頼るべき存在で、絶対的な信頼を向ける味方だ。

 あの子はテュラとして人類を滅ぼそうとして封印されてから前世の記憶を取り戻し、ちゃんとお姉ちゃんのままだったからテュラとしての部分は気にしなくて良いと思っているみたいだけれど、大好きなお姉ちゃんが未だに人類を滅ぼしたいと思っているだなんて、ましてやそれを僕に平気で言うだなんてショックでしかないだろう。

 僕とあの子が大切な家族という認識のまま人間は滅ぼすべき存在だとも認識しているだなんて知らせる訳には行かない。

 

 なら、どうする?

 当初の計画通りに復活したら集めた戦力による数の暴力で挑む、そんな真似は到底出来やしない。

 あの人の計画を止める、それもリアスが知る前にだ。

 根気強く説得するしかないだろう、例え女神としての部分がそれを拒絶したとしても、僕達の為に聖王国と友人は生かしておくと妥協してくれたのなら、その選択を取ったお姉ちゃんの部分を信じるしかない。

 

「……封印を解かない、ってのは論外だよな。封印されたままだなんて可哀想だし、そもそも方法を知らないし……」

 

 確かリュキの悪心をリアスが取り込んだ上で死ぬ事が封印解除に繋がった筈だけれど、その他にも必要な事が有った気もする。

 それが分からないのが問題で、更に言うならちゃんとした知識を持っていそうなお姉ちゃんが僅かだけれど外に干渉可能な以上、リアスとの話す前にも考えた通りに何か兆候を掴む必要が有る。

 

 それを解決する方法に少し悩み、後押しされたけれど……はあ。

 

「ネーシャに会いに行こうか。……未だ起きているなら良いんだけれど」

 

 口から出るのは情けない言葉と溜め息のみで、そのまま歩いていると何やら騒がしい。

 敵対する家の間で何かあったのかと物陰から様子を窺えばアンダインが必死な様子で騒いでいた。

 

 

「頼む! 俺はこんな所で帰る訳には行かないんだ。初日で失格になったと広まればフルブラント家の名前に傷が付く!」

 

「うむ! それは大変だな! だが、駄目だ!」

 

 どうやら彼奴はハンティングで条件を満たせず帰宅を命じられた事に対して嘆願しているみたいだけれど、周囲の取り巻きも必死な表情で頼み込む。

 あの中の何人かは合格者に含まれていたっけな、可哀想に。

 

 成績が上位に入っていない生徒にも合格者は居たし、成績上位で家柄も上位な彼奴が初日で帰されただなんて広まれば暫くは物笑いの種だろう。

 敵対相手の足を引っ張る機会を窺い続けるのが貴族だしさ。

 同じく初日だけ終わらせて帰るにしても合否がどうだったかは他の派閥から広がるし、格下と比べられ貶さればわだかまりも出来るだろうさ。

 

「其処を何とかっ! 貴方だって此処で帰った場合にどんな目に遭うかは分かるでしょ!?」

 

「分かるな! そして駄目だ!」

 

 そしてそんな彼等の対応をしているのが一晩中森の中を巡回して負傷者の救護を行っていたのに凄く元気なニョル・ルート、まさに取り付く島も無しって感じで受け付けない。

 

 彼処まで思い切りが良かったら僕も迷わずに済むんだけれどなあ……。

 

 最終的に強引に帰りの馬車に乗せられる一行を見ていたんだけれど、考えれば此処でゆっくりだなんてしていられなかったよ。

 ネーシャとアリアさんのログハウスは近くだけれど、早く行かないと休むために眠り出すかも知れないからな。

 

「……どうやって切り出そう?」

 

 ”追憶の宝玉”を使いたいって正直に言うのはちょっと良くないし、遠回しに頼むのもちょっとな。

 

 

「おい、ちょっと良いか?」

 

 

 僕としてはさっさとネーシャとアリアさんが居るログハウスに急ぎたい。

 流石に就寝中に訪ねるのは気が咎めるし、少しだけ質問をして……いやいや、色々有りすぎて混乱した結果焦って行動してしまったけれど、二人は残るって言っていたんだから時間を置いて行くのが一番じゃないか。

 まあ、夜中に女性のログハウスを訪ねるのは外聞が悪いから明日以降になりそうだけれど、迂闊に行動した結果が今の面倒な状況だ。

 

 

「……何か用?」

 

 敵意を含んだ複数の視線、向けられるだけなら無視していたんだけれど、こうして声を掛けられたからには立ち止まって応対する必要があるんだけれど、目当ての道具の為にネーシャとの婚約を急ごうとした天罰なのかな?

 ……闇の女神は前世の姉で時の女神は力を貸してくれているけれど、婚姻関連の神が怒った?

 とまあ、現実逃避は即座に終了、声に敵意を込めたままの未熟な同級生の方を振り向けば、さっさと無視して行きたいのに、身分的に無視しては行けない相手であるルクスと取り巻き数人が立っていた。

 

「俺は戻る事にした。その前にリアスと……いや、リアスに一言告げてからと思ったのだが、お前にも言うべき事がある」

 

 まあ、兄弟が居ない以上はその選択は評価するよ、前者だけは。

 リアスのログハウスを訪ねるとかは評価に値しない選択だと言ってやりたいよ。

 

 言葉を濁したのは取り巻きにはアリアさんについて話せないからだろうと思うけれど、そんな配慮をするなら僕への敵意を隠せよ、正確には叔母上様への敵意を僕にも向けているんだろうけれど、王国が実質的に叔母上の統治下なのは王が悪いんだからさ、王が!

 

「本当は殿下は戻らずとも宜しいのに!」

 

「我々とて脱落しなかった者は共に残り御身をお守りする筈があの女が……」

 

 取り巻き達の言葉で僕は叔母上様が先に何かあれば戻るように命じていて、王もそれに賛同したから逆らえないけれど不満を隠せないってのは分かったよ、ちゃんと隠せよ。

 跡目争いを避ける為、叔母上様はルクス以外の王位継承者は要らないって思っているから子供は居ないけれど、ルクスに何かが有れば面倒は目に見えている。

 実際は王家の血の濃い家から用紙を貰うんだろうけれど、取り巻き達からすればそうは無らず王と現王妃の間に跡継ぎを設けるだろうって所か。

 もう少し位が高ければ自分達が次期国王にって野心を抱くんだろうけれどさ。

 

 まあ、こんな腹芸すら不慣れな連中じゃ家が相応しくても本人達が相応しくないって評価されるんだろう。

 マトモな貴族、余程の所じゃないと先代王妃の下で色々と不遇な扱いで力を落としたりしたからなあ、だから王子の取り巻きがこんなのしか……。

 

 

 

「……正直言えば俺は彼奴た……彼奴を守りたいが俺の一番の義務は生き残る事だ。不要な危険は犯せない」

 

 彼奴……達を守りたい、か。

 リアスとアリアさん、惚れた相手と妹を守りたいが、王族の立場を優先するべきって選択は正しいよ。

 

 でも……いや、言ったら取り巻きが五月蠅いだろうから黙っておくか。

 

 

 

 

 

 

「うむ! 話は聞かせて貰ったが、大丈夫だろう! 何せリアス・クヴァイルは肉体も魔法も技術面も筋肉の領域で殿下を凌駕しているから逆に守って貰う立場だ! だから安心しろ!」

 

 まさか王国の貴族が言っちゃうとか……。

 

 突然響いたルート先輩の声に僕は少し脱力し、此処に来て疲れがやって来た……。

 うん、一旦ログハウスに戻って一眠りしたら食事に誘うって口実で訪ねようか。

 取り敢えず洞窟について聞くだけなら会話の一つだしさ。

 

 

「先ずはこの状況をどうするべきか。僕、巻き込まれてるよね?」

 




感想待ってます


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あにまるせらぴぃ

漫画、下書き届いた 完成楽しみ


貴族ってのは面子が命、家や領地は勿論の事、余所に嫁いだ身内の事も侮辱されたなら面子が傷付くし、黙って耐えてても相手が格上で逆らったら不味い以外は黙っている訳には、って事……要するに黙っていたら相手に頭を垂れて侮辱を受け入れるって事さ。

 

 だからまあ、今回はちょっと面倒なパターンだったかな?

 

 ”あの女”とか何処の誰かは何となく分かっていても明言はされていないし、侮辱らしい侮辱をされて居ないけれど敵意はビシビシ感じていたし、睨んだ睨んでいないの論争は難しいからスルーした方が良いけれど、こんな状況で睨む馬鹿は調子に乗るだろうから面白くない、要するに僕の気持ちの問題なんだ。

 

「貴様! 殿下を侮辱するのか!」

 

「むっ? 妙な事を言うのだな、君は! 俺はルクス王子が自分より強い相手を守れないと心配していたから安心させようと思っただけだ! 言い掛かりは止めて貰おうか!」

 

 うーん、この話の通じなさ、だけれども敵意が僕じゃなくってルート先輩に向けられたから都合が良い、寧ろよくぞ言ってくれたと褒め称えたい!

 だってルクスってリアスより弱いのは本当だし、使い捨ての壁にしかならないし、それで怪我したら面倒な事になるって言うか、反応速度からして……おっと、思考が逸れちゃった。

 

 自分達の地位を脅かす可能性があるからか、はたまた他国から嫁いだ王妃が自分達の親より国に貢献しているって事実が気に入らないのか、兎に角取り巻き達は本当の事だけれど侮辱と言えば侮辱と言える発言にお怒り、本人は自覚があるのか黙り込んでいる。

 

 只、その懸念は杞憂では無いんだよね、だって馬鹿だから。

 現在のアース王国は先代王妃の圧政で陥った危機からの建て直しの真っ最中、大きな腐敗箇所を切除して、今は全体を立て直しつつ末端に残った小さな腐敗箇所を潰している最中だ。

 今は毒にも薬にもならない連中は放置されているし、学年も同じで王宮へ出入りが可能だから取り巻きになれているけれど、将来的にどうなるか分かったもんじゃない。

 少なくても感情を格上の、それも政敵の前で露骨に表情に出すんじゃ駄目だよ、王子の取り巻きなんだからさ。

 

「じゃあ、僕はこの辺で失礼させて貰うよ。ああ、それと……」

 

 どうやら矛先は僕から移ったみたいだし、他国の貴族通しの争いに首を突っ込むのも不利益にしかならないし、僕はルクスが僕に何か言いたそうにしているのに気が付かない振りをして横を通り過ぎる。

 リアスには挨拶をする腹積もりだったみたいだけれど、僕にはアリアさん関連で警告でもする気って所だろうね。

 

「会話中はもう少し感情は抑えてくれたら嬉しいな」

 

 それはそうと舐めた態度を取ったのなら見過ごせないし、笑顔のまま取り巻き連中に殺気を送れば竦み上がり顔を青ざめる

 おや、本気じゃないのに臆病な事だね。

 

「どうしたんだい? 気分が優れないなら早く馬車に乗って休むべきだ」

 

 ルクスには向けていないから気が付かずにいるし、ルート先輩は気が付いて少し何か言いたそうにしていたけれど、言葉が通じないタイプの人であっても全くの馬鹿って訳でも無いからか何かあったのかと察してはくれたようだ。

 

「程々にな!」

 

「何の事かは分からないけれど了解しました、先輩」

 

 おっと、叱られちゃったよ。

 ……それに僕の所だって優秀だからと将来的にパンドラが実権を握る予定で、僕の仕事は当主としての顔を使ったり軍務や裏の仕事が中心だ。

 その裏仕事だって僕だけじゃなく部隊が存在するけれど一員って立ち位置だしさ。

 これじゃあ他人の事をあれこれ言うべきでは無いのかな?

 まあ、それはそうとして、侮られたままには出来ないけれどさ。

 

 

「……守れ」

 

「何の事かは分からないけれど、守るべき相手なら守るさ」

 

 去り際で結局ルクスから言葉が向けられたけれど、この場では僕以外は理解出来ていなかった。

 まあ、アリアさんを……公式に認められない腹違いの妹を守れだなんて王子の立場から言える筈も無いし、ボカシで正解、そうした事と身内を頼むってお願いが言いたい言葉だった所は見直してあげるさ。

 

 僕は顔を向けず手を軽く振りながら場を去って行く。

 さてと、本当に疲れたから少しだけ眠らせて貰おうか……今日は熟睡出来ると良いなあ。

 

 夜中は森の中を駆け回った上に相手にするだけで疲れる神様と出会い、昼の仮眠は途中で素っ裸のアンリが抱き付いて眠っていたからおちおち眠れもしなかった。

 だから今からはゆっくり休みたいんだけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

「キュイ! キュイキュイキューイ!」

 

 僕とアンリのログハウスが見える位置まで来た時、甘えた声と共にポチが突撃して来たんだったら直ぐに休むとかは有り得ないよね、仕方が無いさ。

 だってポチが可愛いんだもの!

 

 僕の接近を察するなり地面スレスレを最高速度で突っ込んで来るポチを両手を広げて受け止めれば、勢いが強過ぎて足が地面から離れるし、結構衝撃が体の芯まで響くんだけれど、それはそうとしてポチの羽毛はフッカフカのモッフモフで気持ちが良い。

 両手で抱き締めれば夢見心地だし、狩りでもしたのか少し血生臭いけれど低空飛行の真っ最中であっても寝てしまいそうだ。

 ポチが動きを止め、僕は勢いのままに飛んでいきそうになるのをグッと堪えると全力で撫で回した。

 

「ほ~らほら、ポチは此処を撫でられるのが好きでちゅよね~。ほらほら、此処もモフモフでちゅね~!」

 

「キューイキュイ!」

 

「そうでちゅか~。リアスみたいなのが襲って来たから返り討ちにしたんでちゅね~! 偉いでちゅね~。凄いでちゅね~。……その事、もっと詳しく」

 

 一頻り撫で回した頃にポチからもたらされた何者かの襲撃の情報、ポチを襲うとかサーチアンドデストロイ案件なんだけれど、先に情報を集めないと。

 リアスみたいな……うーん、可愛さは唯一無二だから違うとして、ゴリラ的な奴?

 

 え? 金髪で馬鹿で貧乳?

 

「も~! リアスをそんな風に言ったら駄目だからね。めっ!」

 

 ああ、それにしても一晩の疲れでもポチと過ごせば秒で癒えていくんだからグリフォンは、いや、ポチの放つ癒しのオーラは魔法級だ。

 温かいし寝心地良いからポチをクッションにして眠りたいんだけれど、心なしか海の方を見てソワソワしているから海で遊びたいのかな?

 

「他の家のペットには手を出さないようにね~」

 

 名残惜しいし寂しいけれどポチから離れてログハウスに入る事にした。

 一緒に遊びたいみたいだけれど、起きたら遊ぶと約束すれば快く了承してくれるポチは矢っ張り世界で一番可愛いペットだ。

 

「しかし金髪で馬鹿で貧乳……サマエルだよね」

 

 今までお間抜けな姿しか殆ど見ていないから忘れそうになるけれど、あれでも神獣将の一員、油断は禁物だ。

 入り口付近ではタマが番をしているし、アンリは既に戻っているみたいだね。

 じゃあ厄介な敵が来る前に僕も休んでおきたい……けれどさ。

 

 

「アンリ、大丈夫かなぁ」

 

 昨日、苦しさを覚えて仮眠から目覚めると裸のアンリが寝ぼけて僕のベッドに潜り込んで来た上に抱き付いて……おや、締め上げながら眠っていたからなぁ。

 彼女が恥を掻かない為に起こさず抜け出したけれど、少し刺激が強いから勘弁して欲しい。

 

 ……ちょっと良い匂いだったとか、筋肉質でも柔らかい所は柔らかかったとかは墓まで持って行くべき秘密なんだよ、友達だから。

 

 

「まあ、流石に二度目は無いだろう。カーテンも有るから裸で寝る習慣があっても気にならない…し……」

 

 カーテンが閉めてあったので僕の方のベッドに向かえば横向きに眠るアンリの姿、当然のように裸で、毛布を掛けていたみたいだけれど寝返りの時にずれたのか小振りで引き締まったお尻が……って、見てんじゃない!

 

 

「こっち、僕のベッドなのに……」

 

 二日続けて寝ぼけている友人の睡眠の質が少し気になる僕だった。




感想、二ヶ月無しになる前に!

尚、この章は多分残りはイチャイチャで終わる予定


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一難去って……無いんだけれど

 どうしようか、凄く大変な状況なんだけれど解決策が即座に思いつかないぞ。

 

「うぅん……」

 

 僕のベッドの上で中途半端に被った毛布から見えるのは褐色の形の良いお尻、まあ、僕はお尻より胸派なんだけれど……って、そうじゃない!

 兎に角騒がずアンリを起こさないようにしなくちゃ駄目だけれど、彼女って結構寝汚い所が有るから簡単には起きないか、せめて裸で眠るのは目のやり場に困る、見なければ良いんだけれど、僕も眠りたいんだよ。

 

 

「うん、カーテン閉めて僕がアンリのベッドで眠れば良いだけか」

 

 速攻即座に完全解決、アンリが一度使ったベッドなら少し気まずい気もするんだけれど、昨日だって僕のベッドで眠ってたから未使用だし……てか、二日続けて僕のベッドで裸で眠るとか何を考えてるんだよ、僕が勘違いしないだろうって信頼感から気が抜けて間違えたんだろうけれど……。

 

 そうと決まれば眠気が酷いからベッドにダイブ……したい所だけれど、お尻からは目を逸らしながらアンリへと近付いて行く、寝る時に邪魔だからか髪を束ねているからか背中やうなじが見えて素直に綺麗だって思ったよ。

 

「何で男装が見破られないのかな、君ってさ。こんなに可愛い女の子なのにさ」

 

 普通に評価してアンリは美少女だろう、それでも友情には影響しないんだろうけれど。

 さて、僕が何の目的で眠っているアンリに近づいているかって言うと、当然ながら寝込みを襲うためじゃなく、ちゃんと毛布を被せる為だ。

 冷房機器なんてファンタジーな世界には存在しないけれど、貴族の学校が用意したログハウスだけあって夏場でも快適に過ごせるように魔法が使われているから室内は夏場でも少し涼しいし、少し髪が湿っているから軽く汗を流したんだろう、僕がマザコンと話した後で小一時間程ポチを撫で回している間にさ。

 

 いやぁ、ポチと過ごすと時間が経つのを忘れちゃうよね!

 だって可愛いから、凄く可愛いから!

 

 

「ムニャムニャ…タマは世界一可愛いなあ……」

 

「何を言っているのさ、一番はポチだよ、それだけは譲らないとして、流石に体を冷やしちゃうよ」

 

 結構な勢いで照りつける夏の太陽により、歩いていれば汗ばむ位の暑さになった外の気温に比べ、直ぐに汗が引きそうな位に涼しい室内はまさに別世界、幾ら体を鍛えているアンリだって濡れた状態で毛布をちゃんと被らず寝たら風邪を引いてしまうだろう。

 

「途中で起きたら変な誤解をされる、とかは無いのが僕達の関係だけれど、起きたら恥を掻くのは君なんだから眠ったままでいてよね」

 

 起こさないように小声で頼みながらアンリに近付いていけば、汗を流した後でちゃんと体を拭かなかったらしくシーツまで湿った状態、魔法で湿る前の状態に戻すにしても魔力に反応して起きるだろうし、これは本当にベッドを交換して貰わないと。

 

 軍人としての訓練の賜物かアンリは眠っていても近付く相手に反応するらしく、目覚めたら大きな虫を叩き潰してしまっていた事もある程だ。

 故に僕は気配を殺し、ゆっくりと近付いて毛布に指先を掛けて軽く持ち上げる。

 至近距離だから視線を外そうとしても端にお尻が入っちゃうけれど、それは役得……じゃなくて不可抗力として良心を誤魔化した。

 

 ……横向きになって体を抱えて丸まって眠っているから前側は腕と足が邪魔して見れないのが惜し……幸いだろうな。

 

「……うにゃ」

 

 起こさないようにと慎重になっていたからか毛布を掛け直すのが少し遅れた僕、そして寝返りを打ったアンリ、当然の事ながら前面が全面的に見える状況になり、僕の動きが鈍って乱れる。

 

 お、落ち着け! 女の子の裸を見るのは初めてじゃないだろう!

 

 確かに自己を含めて見たし、何なら複数相手に行為をした経験がある僕だけれど、そんな風に言い聞かせても恥ずかしい物は恥ずかしい。

 異性の友人の裸を間近で見てしまった事への羞恥に耐えつつ、何とか目を逸らしながらも毛布を肩まで掛けた。

 起こした場合、僕よりアンリの方が恥ずかしかっただろうから成功して良かったと安堵した、つまり僕は気を抜いてしまって前のめりになった瞬間にベッドに手を置いてしまう。

 沈む表面、僅かに軋む音、その程度じゃアンリは起きないが、寝たままの状態で反応するには十分だった。

 

 ベッドに置いた右腕が掴まれて引き寄せられ、そのまま僕はアンリの上にダイブ、する寸前に停止した空気の板を作り出して防いだけれど、魔力に反応したのか眠ったアンリは更に動く。

 両足が僕の腰に絡ませて引き寄せながら締め上げ、もう片方の腕も掴んで離さない。

 これ、本当に眠ったままなのっ!?

 

「っ!」

 

 アンリは肉体面だけなら僕より強い、総合的には僕が圧勝するだろうけれど、相手を刺激せずに拘束から抜け出すのは少し厳しいし、間の板は咄嗟に作った物だから僕と彼女の間には殆ど距離が無い、それこそ息が掛かる程、少し動けばキスが可能な位だ。

 

 何とか声が出るのを抑えたけれど、これって状況が悪化しているし、これならカーテン越しに起こせば良かったと凄く後悔する状況。

 アンリの顔が間近にあるし、距離が距離だから今は見えないけれど彼女は裸で二人してベッドの上って不味い状況、本当にどうするべきか迷う中、奥の部屋から気配を感じた。

 

 あっ、誰かは知らないけれど、この状況を見られたら色々な意味でヤバイぞ。

 アンリが女の子って事もだけれど、どう見たって行為の真っ最中、嫁入り前所か結婚相手さえ決まっていない彼女の経歴に傷が付く。

 

「……いや、待てよ。一体誰だ?」

 

 そもそも誰が居るんだって疑問が湧いた。

 ログハウスはリアスを除いて二人一組、他の生徒が居る筈もなく、タマが見張っていたんだから並の相手が侵入出来る筈がないんだ。

 

 だったら招かれた客人……ならポチが何か教えてくれる筈だし、それなら一体何処の誰だ?

 

 恐らくは余程の使い手かタマの察知を欺ける程の切れ者……。

 

 近付いて来る気配を探りつつ耳を傾けて情報を集める。

 せめて足音から体格とかを探れれば良いんだけれど、達人や切れ者だった場合はその程度想定してるだろうけれど。

 

 

「にょほほほほっ! 流石は私様、こっそり侵入成功なのじゃ! このまま全部の服を台無しにしてやろうぞ!」

 

 少なくても切れ者じゃない、それだけは確かだった……。

 

「矢っ張り昨晩の馬鹿ってサマエルか……」

 

 ドタバタと家探しする音と聞き覚えのある少女の大きな独り言、どうも忍び込んだ手際の割に目立ち過ぎるし、此処まで馬鹿なら寧ろ馬鹿の演技の切れ者で、全部悟ってるんじゃって警戒しちゃうけれど、あれはそのレベルの馬鹿だから警戒しちゃうと恥を掻く。

 

 ラドゥーンとシアバーン、ちゃんと手綱を握れ:。

 それともこの精神的疲労の為の作戦なの?

 

 寧ろそっちの方が有り難い!

 

 

 

「……彼奴は恥を知らないのかなぁ? 仮にも神に仕える獣の将だろうに家探しとか……」

 

 今後敵対する相手の惨状にドッと疲れが押し寄せ、同時に焦りが生まれる。

 今、手元に武器が無いし、もしもの時には夜鶴の情報を渡す必要も出て来るけれど、こんな状況で切ってしまうのは惜しい手札だ。

 

 いや、素手で勝てるかどうか分からない以上、侮らずに此処で仕留める必要があるか。

 

「ままならないなあ……」

 

「にょほほほほっ!」

 

 愚痴をこぼせば被せるように聞こえて来るサマエルの声に大きな溜め息を吐きたくなるんだけれど、アンリが起きる可能性があるから無理だ。

 

 ……あれ? 常人の背骨ならへし折る力で締め付けていた足の拘束が解けて……。

 

 

「ロ、ロノス?」

 

 アンリと目が合った。

 一難去らずに一難追加!

 



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絵面は最悪

漫画、来月13にちごろらしいです


 不味い不味い不味い!

 この状況、凄く凄く不味い!

 

 異性の友人に毛布を掛けようとしただけなのに、その友人の上に覆い被さった状態で腰を足で締め上げられている状態で目が合った状態の上、敵幹部が同じ建物内に侵入中、馬鹿でなければ更に不味かった!

 

「えっと、これはだね……」

 

 裸で寝ていた女の子に覆い被さっている(誤解)状態なんて何処からどう見ても問題な状況、幾ら友人であっても誤解されるのは間違い無さそうだ。

 ど、どうやって弁明するべきか……。

 

 

「いや、分かっている。何も言うな……」

 

 あれ? もしかして大丈夫なパターン、かな?

 僕の顔を起き抜けに見た時には戸惑った様子だったけれど、何やら考え込んだ後で悟った顔だ。

 よっし! 日頃の信頼が物を言った!

 

「……君のベッドに裸で寝ていたのだろう? 誘っていると思われても仕方が無いさ……。うん、ロノスは僕を親友と思いつつも、傷だらけで筋肉質な僕でもちゃんと女としても見ていたからな。戦いの後で高ぶってしまうのも知っているさ。じ、実は僕もそんな時が……ある」

 

 ご、誤解のままだった……。

 そして友人の話したくなかったであろう事まで聞いちゃったよ。

 

「だが、ちょっと恥ずかしい。顔を合わせるのが無理だ……」

 

 アンリは顔を紅潮させて目を逸らし、其処には嫌悪感は見て取れないから嫌われてはいないみたいで先ずは安心、だけれども問題は多しって感じかぁ……。

 この誤解を即座に解かないと……。

 

「あ、あれだ。誤解だからな? ぼ、僕に誘う気なんて無かったし、お互いこの事は事故って事で済ませよう……」

 

 僕が襲ったってのも誤解なんだけれど……。

 

 って言うか、腕を掴んで腰を足でホールドしたままだから離れたくても離れられないんだけれどさ。

 

「えっとさ、寝冷えしたら駄目だと思って……」

 

「む? 誰か来たみたいじゃな」

 

 弁明の途中に被さったサマエルの声、僕に襲われたのだと誤解し、嫌悪ではなく羞恥を浮かべいた顔が瞬時に戦場に赴いた戦士のそれへと変わり、視線で二人の間の黒い板、そしてベッド端に視線を向けるなり体を傾けた。

 僕も瞬時に停止させた空気を停止から解放、アンリに身を任せてベッドから転がり落ちると解放された手を使って落下の衝撃を殺し、落下音を和らげた。

 

 それでも僅かに鳴った床の軋む音、それは内側から扉が弾け飛んだ音によって掻き消され、扉の破片は壁や床に突き刺さり、カーテンを貫いて窓を割る。

 扉が破壊された奥の部屋にベッドの影から視線を向ければ姿を見せたのは矢張りサマエル、靴は室内だからか履いていない所が少しだけ見直させる。

 

「……むむ? 誰か居た気がしたのじゃが私様の気のせいじゃったか。完全無欠の潜入テクによって気が付かれはせぬじゃろうが、居たら居たらで厄介じゃから……なっ!?」

 

 あんなに大きな音と声で存在をアピールしておきながら完全無欠の潜入テクとはこれ如何に。

 しかも不用心に足を踏み込んだ先には自分が破壊した扉のノブが転がっていて、滑って転んで後頭部を強打、なのに大きなタンコブが出来たのは頭の天辺だ。

 

「……僕の気のせいだろうか。頭の上に星が出て回っている上にぶつけていない部分にタンコブを作って目を回しているみたいだが。……と言うより、タマに悟られずに入り込んだ方法は兎も角、あの子が本当に敵なのか?」

 

「疑わしいけれど敵なんだ。……ああ、それと君の上に乗っていた理由だけれど、毛布がちゃんと掛かっていなかったから被せようとしたら腕を掴まれて引き込まれたんだよ」

 

「……心の底から申し訳無い。そして、あの子は本当に敵で良いのだな?」

 

 目を回している隙に小声での情報交換、僕の行動については信じてくれたけれど、僕でも疑う、あのアホが敵だなんてさ。

 

「人間ではないのは確かだよ」

 

「……分かった」

 

 僕の言葉にアンリが頷いた時、サマエルが涙目になりながらも起き上がる。

 頭をぶつけた部分は頭の形にへこんでいて、それがアホの少女だけれど人間じゃないって証拠になっていた。

 

「強いよ。流石に武器が無いと……」

 

「武器なら……有る!」

 

 アンリはベッドの端を持ってひっくり返しながら飛び起きる。

 その時に見えたのはベッドの下に仕込んでいた二振りのナイフ。こっちは僕のベッドだって事は忘れるとして、アンリはナイフを引っ剥がすなりベッドをサマエルに向かって蹴り飛ばした。

 

 

「ふん。ネズミが居ったか。ベッドから落ちておったのじゃな」

 

「いや、お前から一旦身を隠しただけだ」

 

 蹴り飛ばしたベッドは片手で簡単に止められたけれど、間髪入れずアンリはベッドを更に蹴って壁にまでサマエルを押し込む。

 

「ぐぇっ!?」

 

 蛙を潰したみたいな声がサマエルから漏れる中、アンリはベッドを飛び越して切っ先をサマエルに向けたナイフを振り下ろした。

 敵と僕が言ったとはいえ、顔面を貫こうとする容赦の欠片も感じられない一撃、でも聞こえたのは刃が肉を貫く音じゃなく、真横からの一撃でナイフが両方ともへし折られた音だった。

 

「人間如きが私様を侮るでないのじゃっ!」

 

 右腕を横に振り抜いた姿勢のまま叫ぶサマエル、間髪入れずアンリが蹴り飛ばした時の数倍の勢いでベッドが反対側に向かって吹き飛び、途中でバラバラになると次々に壁や床に突き刺さった。

 そんな中、アンリは間一髪真上に飛んで避けていたけれど、サマエルは日傘を彼女に突き出すべく構えていた。

 

「させるかっ!」

 

「なぬっ!? 貴様まで居たのかっ!」

 

 停止した空気に日傘が止められる中、僕の存在に漸く気が付くサマエル。

 その隙にアンリは僕の真横に着地した。

 

「成る程、強いな。……しかし、さっきから思っていたのだが、あの服装は君のだろう?」

 

「うん、僕のお気に入り、何せポチの羽毛を使っているんだから」

 

 さっきから裸のまま飛んだり跳ねたりしているアンリの格好もだけれど、サマエルはサマエルで服装が気になるって言うか、袖も裾も捲ってはいるんだけれど落ちて来て余った状態、要するにブッカブカ。

 そんな小柄な少女の背丈に合わない服は僕の服、夏になって生え代わりの為に抜けた羽毛の魔力によって微弱な風で夏でも涼しいって特注品。

 サマエルが出て来た部屋に置いてあったんだけれど、盗まれたのか……殴り倒してでも取り返す!

 

「それにしても、なんであんな格好なんだ?」

 

 ワイシャツ風の服だけれど、サマエルが小柄なせいで襟の辺りもブッカブカで肌が見えているんだけれど、もしかして素肌の上に直接着てる?

 うへぇ、彼シャツならぬ敵シャツ状態だけれど、取り戻したら念入りに選択しなくちゃな……。

 

 

「お気に入りなら取り返すとして……見た目が犯罪的だなしかも頭に性が付く」

 

「言わないでよ……」

 

 素っ裸のままの君に言われたくないんだけれど、指摘したら駄目かな?

 

 

 

 

「……の、のう。お主、何故裸なのじゃ?」

 

 あ~あ、敵に言われちゃったよ……。

 しかもドン引きしてる様子だし……。

 



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閑話 その頃の才女

今年最後! 来年も宜しくお願いします


 ロノスがベッドの上で裸で眠るアンリに覆い被さり、その後に色々あってアンリがベッドを使って激しく暴れていた頃、遠く離れた聖王国にて幼き頃よりロノスの婚約者であったパンドラが一仕事を終えた所であった。

 将来的にクヴァイル家の政務を受け持つ事になるであろう才女の胸にはゼースから当主代行と認められた証である装飾品が魔力の輝きを見せる。

 

「さて、この辺り一帯の領地改革の草案はこの程度で良いでしょう。後は領民の努力と運だけですし」

 

 今回任されたのは困窮こそしていないものの目玉となる特産品も観光地も存在せず、周囲の領地の発展によってはジリ貧で貧困へと続くであろう領地の運営を如何にして進めるかの考案。

 この領地に多く自生する果物をどうにか有効活用出来ないかや古くから存在するが周辺に人家が存在せず祈りに行くには不便な教会等の幾つかに着目、草案を出した所で一旦終了だ。

 後は草案を元に立てられた計画を精査、再提出の指示や金銭的な物を中心とした支援を行うのみである。

 

「……ふう」

 

 季節別の人流の動向、周辺の領地の資金源、出入りする商人の取り扱う物、その他諸々のデータを分析し、現在の人材で可能な範囲の案を纏める、既にそれなりの年月を掛けてデータを集めていたとしても、彼女が実際に現地に赴いて領地経営に関わる人材や領地の文化やそれに伴う価値観等々に触れたのはほんの僅かな月日に過ぎない。

 未来の話になるが結論から言って今回の仕事は大成功、クヴァイル家傘下の家が保有するこの辺り一帯は栄える事となる。

 

「流石に今回は疲れましたが、御館様のご期待に応え、若様も私に感心なさって下さる事でしょう。……本当にこんな事になっているだなんて思いもしませんでした」

 

 椅子に体を預け、長い赤紫の髪が顔に掛かったのを指先で軽く払った彼女は天井を見上げながら呟く。

 普段は知的な顔に余裕さえ浮かべる才女も今回ばかりは疲れたらしく少々余裕が剥がれつつあるものの、とても領地一つという大勢の人間の人生を背負った仕事を達成したにしては疲れの色が薄くも感じられるだろう。

 長身の彼女が身を預けても軋む事が無い高性能の椅子に身を預ける姿は優雅であり……とても貧しい村から逃げて来た難民の少女だったとは誰も思えない程。

 

 

 幼い頃より頭が回ったが故に自分の未来に悲観し、行き着く先は乞食をするか体を売るか、それとも貧しい村では宝の持ち腐れな頭を活かして犯罪に手を染めるか、そんなのはどれも嫌だったから村を捨て国を捨て、辿り着いた先で魔王と恐れられる男に才能を見出された。

 彼に才知を披露する機会に恵まれた事は幸運だったのだろうが、それからは自らの努力と才能でのし上がって来たパンドラ、幼い頃に既に決まったロノスへの嫁入りも今に行き着く迄の課程次第では消え失せていただろう。

 だが、彼女は現にロノスとの婚約を確定し、その才能を信頼され、既に当主代行の地位までもを手に入れる程に成長した。

 その美貌で取り入った、等と陰口を叩く者はゼースの恐ろしさを知る者からは出る筈もなく、認めたくない者も彼女の能力を知れば何故自分が引き込める運命に生まれなかったのかと神を恨む事だろう。

 

「さてと……誰も覗き見はしていませんね」

 

 執務中、護衛が周囲を警戒してはいるが室外での話であり、今回の仕事で秘書のような役割を与えられているプルートも身の回りの世話役として同行したメイド長も席を外している今、室内にはパンドラ一人だ。

 それでも一応と魔法を使い、細かい砂粒を部屋中に這わして探りを入れ、大丈夫だと分かるなり引き出しに入れた小箱から古ぼけた紙の束を取り出すパンドラだが、これこそがプルート達が席を外した理由であり、仕事を終えた彼女のお決まりの楽しである。

 

 紙の束の正体は離れていた期間も交わしていた文通によりロノスから届いた手紙、その中でもお気に入りの物を取り出し、優しい手付きで慎重に開いた彼女の顔は強大な力を持つクヴァイル家を実質的に背負う事になった才女のそれから恋する乙女の熱っぽい表情へと変わっていた。

 

「若様……お慕いしています」

 

 初対面の時に既に一目惚れし、恋に恋したまま日に日に大きくなる恋心を支えたのは友人から”何時か刺される”と認識される無自覚の口説き文句を手紙で、そして会う度に受け、当初は結婚するのだから仲が良い方が得だと考えていた程度から直に惹かれた事によって徐々に熱烈な恋心へと変わって行く。

 ゼースがそんな性質を見抜いていたのかは本人にしか分からないが、依存とも受け取れる想いを膨らまし続け、ロノスへの想いが更に前に進む動機となっている。

 

「……んふ。うぁ……ん」

 

 残っている筈も無い残り香を嗅ぐように手紙に鼻を近付ける姿は第三者として本人が見たらドン引きするのは間違い無く、ロノスに関わる際の邪魔者だとして敵対心を向けるレナがやっていたならば毒の一つも吐いただろう。

 だが、今この時にそれを行っているのはパンドラであり、口から漏れるのは熱っぽい吐息であり、表情は艶めかしい物へと変わってしまっている。

 

「この手が若様の手であったならば……。仕事を終えた私を机に座らせたあの方は強引に迫り、服を少し乱暴に乱して唇を奪い、それから……」

 

 手紙を片手で持つと空いた手は指先を己の唇に優しく当てられ、目を閉じて浮かべた光景の中でロノスの唇に置き換わり、徐々に体の方へと表面をなぞりながら向かって行く。

 

 妄想の中ではやや乱暴にされたにと同じく執務机の上に横たわり、声だけを聞いたならば既に情事の真っ最中だと思われそうな声を出し、自らの胸を軽く触った……所で急に扉がノックも無しに開いた物だから慌てて飛び起きた彼女は慣れた動きで服を整えると何食わぬ顔になるのだが、息は未だ乱れているし汗も滲んでいる。

 

「何用ですか、プルート? 入室はノックをしてから許可を得て行えと指示した筈で…す……」

 

 瞬時に表情も仕事モードに戻したパンドラが苦言を呈しながら見詰める先には妙なポーズで開いた扉の廊下側に立つプルートの姿であった。

 右目の眼帯こそしてはいるが色褪せた上にボロボロだったローブはアリアに貸し出された物と同じく高価な白い物へと代わっており、黒髪は面倒な遣り取りを減らす為か結んでフードの内側に仕舞っている。

 前までの彼女は少し不気味で怪しい女だったが、今は怪しさが美しさを際立たせていた。

 

 尚、ポーズのせいで台無しである。

 

「急に予言が来まして、手が触れた勢いで偶々開けてしまいました」

 

 同じく何食わぬ顔で返答するプルートが取ったポーズは直立姿勢から片方の足を直角に曲げた上で軸足の膝に重ね、曲がった足側の腕を垂直に伸ばして手首を体側に曲げ、余った腕の肘を胸の前で曲げて横に伸ばした、そんな奇妙なポーズであった。

 

「貴女の予知能力は欠点こそあれど価値は計りしれませんが……その勝手に来た予知の際に妙なポーズを取るのはどうにかしたいものですね」

 

「どうにもなりません。既に占っていますので。あっ、それと受信したのは重要度の低い個人的な内容ですので」

 

「……それで何用ですか? 私の力が必要だから来たのでしょう?」

 

「はい、別室で頼まれた占いに集中した結果、若様と姫様の所に誰かを派遣する事になると出まして。パンドラ様が若様をオカズにして楽しんでいる最中だとは知っていましたが……」

 

「では、その旨を直ぐ様に屋敷の方に伝えて下さい。余計な事は書かないように」

 

 パンドラは思う、”この部下、引き込んだのは自分だけれど少し苦手だ”と。

 もう少し言葉に配慮が欲しかった、特に自分の行為について。

 

 尚、プルートは今感じ取った予知の内容を理由に顔には出さないがパンドラに同情の念を送っていた。

 ”この人、恋愛が絡むと途端にポンコツになるんだ。でも、願いは叶うのだから良いのでしょうか?”と。

 その予知の内容が実現する日は遠くない。

 




お年玉代わりに感想くれても良いですよ? むしろ下さい


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アホ故にアホである

今日感想なければ二ヶ月経過ですの


 今日はちょっと色々有りすぎて疲れちゃったなぁ……。

 

 ちょっと婚約者候補に相談しようとしたらマザコンに話し掛けられて、戻ったら異性の親友が僕のベッドで裸で寝ていて、色々あって上から覆い被さった事になったと思ったら敵が侵入していた上に僕の服を素肌の上から着ていて、裸で戦っていた親友にドン引き……何これ。

 

「ま、まさか真っ昼間から……ぴゃぁああああああああああっ!?」

 

 アンリの次に僕の方を指差して顔をトマトみたいに真っ赤になり、実際にボンって音と共に湯気が出たよ、凄いなギャグ担当!

 そして僕の姿を見てみるとアンリに引き寄せられてアレコレしている間に服のボタンが外れて胸板が見えている状態、暑いからって上の方のボタンを外したままにしていただろうけれど、この状況を第三者の視線から見てみようか。

 若い男女が二人きり、女は裸で男は胸をはだけさせている……うん、情事の真っ最中だったと思われるよ、僕だって思うに決まっている。

 

「僕が裸になっている事に何の問題がある? 別にロノスに見られるのは初めてでもないし、どんな格好で何をしようと君には無関係だろう」

 

「な、ナニを……?」

 

 うん、水浴びの姿に遭遇したのが性別を知った理由だけれど、勘違いを加速させるよね、その発言。

 

 ベッドの上で僕の下になって腰に足を絡めて……うん、確認すると卑猥なんだなって時は顔を赤らめて恥ずかしがっていたアンリは戦いとなって敵を前にした途端に恥じらいなんて捨て去ったとばかりに堂々とした態度で折れたナイフを投げ捨てて拳を構える。

 

 ……誤解、深まってないかな? 

 サマエルは真っ赤な顔のまま口をパクパクさせているし、実年齢は分からないけれど中身はマセガキか、見た目通りの。

 

「それに僕の姿を指摘する自分こそどうなんだ? 見た所、裸になった上でロノスの服を着ているじゃないか。まるでロノスと……な、なあ、ロノス。君、あんな小さい子に手を出してから自分の服を着せていないよな? 匂いで包んであげる、みたいに……」

 

「失敬にも程があるよっ!?」

 

 ほんの僅か前まで戦闘に頭を切り替えていたのに余計な事を思いついたばかりにサマエルを指差しながら不安そうに問われるけれど、断じて否!

 第一、僕は巨乳が好きなのであってサマエルみたいな子供に興味は無いんだから冤罪でしかない”

 

 まさか友人にそんな疑惑を持たれるだなんて割とショックな展開に思わぬダメージを受ける中、サマエルも冷静では居られなかった。

 今更ながら素っ裸になった上で異性の服を着ているって状態に気が付いたのだろう、服を脱ぎ捨てようとし、僕に見られているからか動きを止めた。

 

「あっちを向くのじゃ、変態が! 私様の柔肌は易々と見て良い物ではないのじゃぞ!」

 

「いや、貴様が勝手に素肌の上からロノスの服を着て、勝手に脱ごうとしたのだろう、露出狂め」

 

 この場に居る三人の服装、僕は前側のボタンが外れて胸元が見えているけれど他は至って普通、サマエルは素肌の上からブカブカな僕の服を着ていて、アンリは全裸で手で隠すべき所を隠そうともしないから正直言って目のやり場に困る。

 

 えっとね……君が言うのかい、アンリ?

 着替えている暇が無いとかは分かるんだけれど、年頃の女の子が親友とはいえ異性の前で裸のままってのはどうかと思うよ?

 

 

「き、貴様が言う資格は無いのじゃ! 私様とて好きで全裸になったのではなく、森の中で脱ぎ捨ててしまったから服を奪いに来ただけ! こんな時間からじょ、情事に熱中する色狂いにとやかく言う資格は無い!」

 

「誰が色狂いだ。僕は全裸で寝る習慣が有るだけで、森の中で全裸になってしまったから困っている時点で露出狂は露出狂だろう! 敵である貴様さえ居なかったら僕は男の前で肌を晒してはいないさ」

 

 完全にサマエルの中じゃ僕とアンリが昼前の時間からベッドでイチャイチャしてるのが確定してるらしいけれど、アンリの中でもサマエルの露出狂は決定していて、互いに分かっているのかアンリは眉を顰め、サマエルは歯噛みしながらグヌヌって感じ、僕は口を挟める状態じゃないけれど、取り敢えずサマエルから服を取り返したい。

 

 あー、でも脱げとか言ったらロリコン認定待った無しだからな、敵からは構わない……事も無いんだけれど、アンリからは少しキッツイ。

 

「……取り敢えず気絶させるか」

 

「なぬっ!? 私様を気絶させてどうする気なのじゃ!? まさか手込めにでも……」

 

「しないからね、子供相手に」

 

「子供でなければするのか、色情魔めっ!」

 

「……アンリ、どうにかして」

 

 言葉が通じないって言うか、何を言ってもそんな方向に持って行かれる予感ヒシヒシで、実は精神的に追い詰められつつある状況。

 気絶させてアンリに服を剥ぎ取って貰うだけの予定だったのに脳内ピンクのエロガキのせいで台無しだよ。

 

「どうにかと言われてもな……」

 

 助けを求められたアンリは少し困った様子で僕に視線を向け、続いて自分のベッドに、正確にはベッドの下に目を向ける。

 ああ、僕のベッドに武器を隠していたんだし、自分の方にも隠しているか。

 

「流石に見られているよね?」

 

「見られていなくても感づいてはいそうだ」

 

 ベッドの陰から飛び出したのだし、ナイフを隠していたと見抜かれるのは当然で、だったらもう片方のベッドにも隠しているのは見抜かれるだろう。

 武器を奪われても、武器を取りに行く際の隙を狙われても厄介極まり、相手をどう抑えるかが問題となって来るだろう、アホだけれど女神に創造された存在の幹部なんだから、凄いアホのギャグ担当だけれども。

 

「ぬぅ、不用意には動かんか。ベッドの下から使い込まれた武器の香りがするから取り出す時に背中を串刺しにしてやろうと思ったのじゃが……」

 

 アホだけれど見抜いていたよ、アホだから自分の狙いもペラペラと話しているしさ。

 ……武器の香り、要するに嗅覚での察知とかが可能って事か、今知れて良かったと思う反面、話してしまった事を仲間に話して対策への対策を練って来る可能性も有るし、嗅覚の鋭さを利用した作戦は成功すればラッキー程度に頭の隅にでも置いておこう。

 

「ロノス、あの子って……アホだな」

 

「うん、アホだけれど油断は禁物だよ」

 

「にょほほほほほほほほほっ! 良い事を思い付いたのじゃ! 貴様、この服が大切なのじゃろう?」

 

 僕とアンリの警戒を余所に高笑いを始めたサマエルは着ている服を左右に引っ張り嫌らしい笑いを浮かべて得意顔、但し気が付いていないけれど力が強過ぎたのかボタンが外れて胸がチラチラ見えるようになっていたよ。

 いや、美少女といえば美少女だけれど見た目が年下過ぎて何とも感じないんだけれどね。

 

 

「この服を守りたければ私様の攻撃を防がずに受け続けるのじゃ! もし反撃でもすれば私様の血で汚れるし、避けてもソースか何かで汚してくれようぞ! にょほほほほほほほほほっ! まさしく外道の極み! 私様は天才なのじゃ!」

 

「「……」」

 

「言葉も出ない程に恐れおののくか、身の程を知ったらしいな、人間」

 

 いや、呆れて声も出ないのであって、フリートが戦った神獣がボロクソに貶すだけあるなってのが正直な意見で、此処まで来ると苦労させられる仲間に同情さえ覚えているんだ。

 どうして子供の悪戯みたいな作戦で此処まで得意になれるのか疑問は尽きない、それはアンリも同じらしく、呆れつつもハンドサインを送って来ていた。

 

 ”隙を作れ、武器を回収する”か、了解了解。

 

 

 

「むっ? 貴様、服を盾にされているのに何をする気なのじゃ?」

 

「何って……このまま突っ込むのさ」

 

「突っ込っ!?」

 

「いや、変な誤解するなよ、脳みそピンク」

 

 自分の作戦が成功すると信じて疑わないのだろう、構えた僕に怪訝そうな表情を向けて服を更に引っ張るサマエル。

 おい、魔力が籠もっている物は時間の巻き戻しが面倒なんだぞ、変に扱うな。

 

 ……まあ、時間を掛ければ良いだけだし、僕が時使いだって分かっているだろうに本当にアホだと呆れかえった時だった。

 

 

 

「誰だ、彼奴は……」

 

 アンリは呆然とし、僕も固まる。

 何時の間にかサマエルの背後には貼り付けたみたいな笑顔をしたウサギのキグルミが立っていたのだから。

 

 

 

 

 そして、ログハウス内に奇妙な歌詞の歌が響き渡った……。

 




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灰色の黒歴史

 先ず最初に耳に入ったのはサンバを思わせる賑やかな音楽、続いて小さな女の子の無感情で棒読みの歌声……もう歌詞を淡々と読んでいてギリギリ歌って思える、そんな奇妙な物だった

 

 

『メロリンパッフェ メロリンパッフェ

 

 恋はメロリン、あなたの眼差しシューティングソーダ    私のハートはメロリンパッフェ とろけとろけてチョコフォンデュ

 

 ピピピッ、ピクシー! わたしは小さなアクマ~ アナタに刺☆激的なトリックをあげーる

 

 ピピピッ、ピクシー! わたしは恋するようせい~ アナタに過☆激すぎるセクシーをみせーる

 

 ピピピッ、ピクシー! わたしはユメみるオンナノーコ ワタシはダイタンなアプローチをあげーる

 

 ピピピッ、ピクシー! ピピピッ、ピクシー! ピピピッ、ピクシー!

 

 ワタシにふりむかなーいアナタにDESをあげーる

 

 だけど嫌な予感が落雷エクレア パリパリ弾けて お口でとろける 蕩けちゃう

 

 恋を阻む障害はポポロン投げ……』

 

「それ以上聞くなら殺しますよ、小娘」

 

 ……はっ!?

 

 余りの内容に途中で意識を閉ざして続きを聞くのを無意識に拒絶する中、灰色のウサギのキグルミ……キグルミーズのグレーシアさんだったっけ?

 アンノウン様が呟いていた奇妙キテレツなポエムを教え歌にしたそれは途中で途切れ、グレーシアさんは真後ろからサマエルの側頭部を拳で締め上げながら持ち上げていた。

 

「にょほぉおおおおっ!? この中々素晴らしい歌を聴くのがどうして……ぎにょぉおおおおおおおっ!?」

 

 よりにもよってサマエルは歌が気に入ったのか目を閉じて軽く軽快なリズムに合わせて体を揺らしていて、グレーシアさんはそれが気に食わないのか冷静な声ながら怒気を通り越して殺意すら感じ取れる。

 ……直接向けられていない僕にまで届くなんてどれ程の物を抱えているんだろうか、このポエムって確かグレーシアさんの作品……。

 

「ロノス……さん、貴方も余計な事を考えないように。顔を見れば分かりますよ。……ああ、それと毛布をお貸し頂けますか?」

 

「は、はい!」

 

 バレてたよ、って言うか何となくこの人には逆らえない気がするし、何処かで聞いた事のある声な気がするんだけれどな?

 僕はビクビクしながらもジタバタ暴れるサマエルを締め上げ続けるグレーシアさんの所まで毛布を持って行くと彼女はサマエルを解放するなり毛布を巻き付け、着ていた服だけは器用に引っ剥がした。

 え? どうやったの?

 

「次はあの腐れパンダ擬きですが……今は貴女ですね」

 

「お、おのれ! 私様を誰だと思って……」

 

「せい!」

 

「のじゃぁあああああああああっ!?」

 

 当然ながらサマエルの力なら毛布程度は拘束の役目を果たさないんだろうけれど、頭を締め上げられた状態から落とされた時に強かにお尻を床に打ち付け、怯んだ僅かな隙に髪の毛をひっ掴んでからの回転による振り回し、凄いな、目玉がグルグル回っているのが分かるぞ。

 そのままやる時の感じられない掛け声と共に投げ飛ばせばドアを突き破って外へと放り出される。

 

「ピッ!? ……ピピッ!」

 

 飛び出して来たサマエルを見てタマが一瞬だけビクッとしたんだけれど、其処はアンリの相棒なだけあって瞬時に凶暴なドラゴンの一面を覗かせる。

 全身を震わせて間髪入れず放たれる全力の電撃は放物線を描きながら飛んで行くサマエルに見事直撃、頭をアフロにして海へと叩き落とした。

 

 

「あれは流石に死んだ……かな?」

 

「いえ、あの程度では死なないでしょう。だから倒しなさい。神獣将を倒すのは今の世界に生きる者達の役目です」

 

 冷徹な声で僕の言葉を否定するグレーシアさん、神の遣いなだけあって人間じゃないのは確定らしい。

 そうか、あれだけされて生きているのか、改めて相手が人間ではないのだと認識させられる中、一瞬視線を外しただけで彼女の姿は消え去っている。

 アンノウン様も急に現れて帰っていったけれど、彼女もそうなんだな。

 

「……うーん、それにしても本当に何処かで聞いた気のする声なんだけれど、何処で聞いたんだっけ? アンリ、君は何か心当たりが……あれ?」

 

 多分無いとは思いつつもアンリならば知っているかも知れないから訊ねてみようと顔を向ければ両耳に指でに耳栓をしていたのを外す所だった。

 

「なんで耳を塞いでいたんだい?」

 

「これ以上聞くな、そう言われたのは僕もなのさ。”小娘”と呼びながら殺気を向けたのはあの少女だけではなかったぞ。……君が入っていなかった理由はわかるかい?」

 

「……さあ?」

 

 寧ろ僕はあの歌詞の元になったポエムの作者が彼女だと知っているし、その事を考えたら悟られて叱られた位、僕だけ殺気を向けられない理由にはならない。

 ……一度聞いてしまっているから?

 

 

「さて、僕は二度寝するから君はドアの修繕を頼んだ。と言うか……い、何時までも見ないでくれ。恥ずかしいじゃないか……」

 

「ご、ごめん!」

 

 つい数秒前までは平気な顔をして全裸で暴れ回っていたアンリは戦士の顔をしていたけれど、今は手で大切な部分を隠しながら恥ずかしがる女の子の顔、僕も急に直視出来ない程に恥ずかしくなったから背中を向けてドアや室内の時間を壊れる前に戻して行く。

 その間にアンリは今度こそ自分のベッドに寝転がって毛布を被るのが音で分かったんだけれど、僕の分の毛布は……。

 

「サマエルに持って行かれちゃったか。……嫌がらせは成功だな」

 

 グレーシアさんがサマエルと一緒に投げ飛ばしてしまったから毛布は無く、毛布が無いと少し冷える、だからポチを部屋に連れ込んで引っ付いても許される筈だよ、結果オーライ、毛布が無いんだから方法はそれだけだ、ポチを速攻呼び寄せようっと。

 

 サマエルの襲撃は面倒だったけれど怪我はしていないし、ポチを連れ込む口実になるんだったら逆に嬉しい、襲撃が起きなくって連れ込めるだけだったら更に嬉しい。

 

「アンリ、悪いんだけれど……」

 

「悪いと思うならポチは連れ込まない事だ。可愛いペットであろうとも室内に大型の獣を入れないのはマナーだぞ」

 

「な、なんで全部言う前に分かったのさ……」

 

 口実は出来たし後は勢いで押し通すだけだと企んでいたら、勢いを付ける前に叩き潰された、これでポチは連れ込めない……。

 だけれども僕は諦めないぞ、この失敗を糧に次こそ成功させる為、何故出鼻をくじかれる事になったのかを探るんだ。

 

 

「僕は君の友人だぞ。大体分かるさ」

 

 ぐっ! 表情を作る事は得意で考えを表に出さない訓練はして来たのに、努力が友情の前に敗れただなんて。

 でも、その友情に訴えればもしかしてチャンスが……。

 

 何故なら僕は春先でもコートが必要な位に冷え症だから眠る時は温かくしたいんだ、故にポチが必要なんだけれど、その辺を理由に何とか説得しようとアンリに目を向ければ毛布で体を隠しながらベッドを軽く叩いて手招きをしている。

 え? まさか一緒のベッドで眠ろうとか、そんなお誘い……の筈がないか、一瞬そっち方面に誘われたと勘違いしたけれど有り得ないよね。

 

 きっと他の意味が……。

 

 

「君は寒がりだろう。ベッドも毛布も大きいのだし、互いに背を向けて眠ろう。大丈夫だ、君は眠る僕に変な手出しをする男ではないと知っている。遠慮せずに来ると良い」

 

 有り得たよっ! そして変な勘違いしてごめんね!

 

「あっ、うん。そうさせて貰うよ。……その前に汗を流さないとね」

 

 此処で断ったら変に意識しているって思われるし、僕は彼女の提案を受け入れる事にしたんだ、直ぐは無理だから一旦お風呂に逃げたけれどさ。

 

 

 

 

「この前みたいに背中を流してやろうか?」

 

「ははっ、僕もお返しに長そうか?」

 

 軽口を言い合えば変な勘違いで乱れた心も落ち着いて来たし、お風呂でゆっくり汗を流せば隣にアンリが居ても平気で眠れそうだ。

 

 

 

 

 ……この時、僕はトラウマの再来が有るだなんて思いもしていなかった。

 露天風呂でシロノに襲われた時のトラウマを……。

 

 



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ウサギとお風呂

漫画、今日くらいに線画が来るらしい


 湯船に入って少し熱めのお湯に浸かれば一晩魔法を使いっぱなしだった事の疲れが溶けて消えて行くみたいで、僕は気分上々のまま気が付けば鼻歌まで歌う程の上機嫌、但し曲はさっき聞いたばかりの”メロリンパッフェ”、気が付いて歌詞を思い出したら精神的な疲れが襲って来た。

 あの曲の元になったポエム、どんな心境で考えたんだろうかと気にはなるんだけれど、考えた本人であるグレーシアさんからすれば曲を聴くだけで殺意を覚える程の黒歴史だ、触らぬ神に何とやら、わざわざ蜂の巣を刺激する必要は無いさ。

 

 

「よし! 他の事を考えよう。ポチの事! ……は時間が掛かって湯当たりしちゃうから他の事で何かあるかな? 今、一番印象的だったのは……アンリからのお誘いだよなあ。いや、向こうは親切心と友情から提案したんだし、変に取るのは悪いんだけれどさ」

 

 臨海学校開始前の下見で水着姿の彼女とお風呂で泳ぎの練習をしたけれど、あの時みたいに一緒に浴室に行こうって感じのは冗談で、僕も冗談で返した。

 変に取る必要は無いんだからさ、親友だよ?

 

 先ずそもそもの話からしてアンリに僕を誘う理由は無い、強いて上げるとしたら戦闘で気分が高ぶった事と年頃から来るその手の事への好奇心、だってヒージャ家には特に問題は起きていなんだし、僕を誘惑する筈が無いんだ。

 まあ、気分と興味で関係を持ったとして、それで二人の友情が壊れちゃったら最悪のパターン、気まずい関係性じゃ関係を持ったからって婚姻を結ぶのも……って、だからアンリにその意図は無いんだよ。

 

「これは僕も随分と気分が高ぶっているのか……。アンリが寝ているなら、いっその事、夜鶴に頼んで……って、友人が居る所で何をやろうとしているんだ、ナニを……」

 

 知らない声が聞こえたら新手かと思って僕を助けに来るだろうし、夜鶴に消えて貰ったとしても誤魔化すのは大変に決まっている、色々な理由で却下だよ、却下。

 

「はあ……。まあ、落ち着いてから速攻眠れば……って、体は洗ったのに髪は洗ってなかったよ。やれやれ、ちょっとした事で慌て過ぎじゃないか。何をやってるんだ……」

 

 体は洗っているのはセーフだけれども、髪もちゃんと洗わないと、そんな風に自分に呆れながら湯船から上がり、外から聞こえる海の音に少し記憶が蘇った。

 

「……うん、可能性は絶対に無いけれど、一応ね?」

 

 思い出すのはギヌスの民の所に行った時、こうして一人で露天風呂に入っていた僕を襲おうとしたシロノ、あの胸は魅力的だったけれど、急に子作りを迫られて了承する筈が無いじゃないか、胸は凄かったけれど、二人とも子供なんだからさあ。

 あの時に僕の中にはウサギへの恐怖心が植え付けられ、思い出しただけで体はポカポカなのに寒気を感じるし、誰も来ないだろうけれど腰にタオルを巻き、結び目の時間を停止して補強。

 

「ま、まあ、寝ぼけもあってアンリがさっきの冗談を続けて顔を出す可能性も有るんだ…し……」

 

 急に感じた隙間風、風が来た方を見れば今開いたばかりのドアの隙間からウサ耳が覗く。

 

 ひぃ!?

 

 思わず出そうになった悲鳴を押し殺し、恐怖も顔に出さないように頑張るけれど冷静に判断出来そうにないかも……あれ? あの耳の色って……。

 

 

「情けない。ナミ族の小娘に襲われたとは聞きましたが、それでもクヴァイル家の当主ですか」

 

 もしやと思えば正解で、辛辣な事を言いながら顔を覗かせたのは灰色をしたウサギのキグルミ、神の配下が覗き見ですか、グレーシアさん。

 

 

「……いや、何の用?」

 

「おや、冷たい対応ですね。まあ、あのパンダの仲間なのですから警戒も仕方が無いのですが」

 

「それはそうとして対応の理由は別だから」

 

 年上だろうし一応神の配下だしサマエルから服を取り戻した上で追い払ってくれた恩もある、本来なら丁寧に接するべき相手だろうけれど、トラウマはトラウマなんだし、部外者に家の事をとやかく言われたくはない。

 

「伝え忘れた事がありまして・・・・・・あのパンダがですよ? 適当な仕事をしたのが私ではない事を念頭に置き、伝え忘れを知って戻って来た私に妙な誤解を向けぬように」

 

 言われたくはないんだけれど・・・・・・この人の声って既視感と共に逆らえない何かがあるから反論はしない・・・・・・出来ないんだ。

 うーん、グレーシアって名前も同様に何処かで聞いた憶えはあるんだけれど、何処でだっけか?

 

 淡々と事務的に用件を告げる彼女に好感は持てないけれど、アンノウン様が伝え忘れたのなら重用だろうし聞いておくか、大人しく。

 そして速攻で帰って貰わないと、だって髪を洗う前に現れたんだからさ。

 

「では、報告と共に少し聞き取りをさせて貰いましょうか」

 

 ……嫌だなあ。

 

 どうも上から目線で物事を決める相手だなと思いつつも、所詮は人間じゃなくて神獣なのだからと諦めるしか無いのだろう。

 情報は欲しい、味方は多い方が良い、僕の少しの我慢で済むのだったら仕方が無いか……。

 

 

 

 

「それで学園はどうですか? 他の国に行くのですし、苦労は多いでしょうが情けない姿は見せないように。ロノス個人としてではなく、クヴァウル家の代表として向かっていると忘れぬように」

 

 そんな理由で多少の事は受け入れる予定だったけれど、今の状況は少し意味が分からないんだ、ウサギのキグルミに髪を洗われているんだからさ、どうしてだろう?

 

 

 何で僕の頭を洗おうって思ったのかは知らないけれど、向こうから結構強引に申し出て来て、冷静な感じの態度を見ていただけに思わず了承してしまったけれど、実は只今絶賛後悔中なんだ。

 先ず、キグルミのまま他人の髪を洗う事に慣れていないのか……いや、キグルミのまま髪を洗うのに慣れているってのも妙な話なんだけれど、兎に角下手だ。

 それにシャンプーの泡がポタポタ落ちている最中だから口は開けられないのに一方的に話し掛けて質問ばかり、それも親戚の子供にでもするような日常の些細な事、それと貴族としての小言だ。

 

「……しかしウサギのキグルミを相手に少し怯えたのが一瞬ですが見えました。風呂で兎の獣人に襲われたとのが理由でしょうが……情けない。ほら、流しますよ」

 

 これまた慣れていないのか大量のお湯を頭から掛けるんだけれど前髪の先に少し泡が残っているのを感じるし、事情を知る理由は聞いたからだけだろうにちょっと失礼じゃないかな?

 

「貴方は事前の手合わせで勝ったからこそ配偶者として認められ、それ故に種を求められたのでしょう? クヴァイル家に嫁いで来るという関係性上、貴方が優位に立たずにどうするのです。組み伏されそうになるのではなく、組み伏せて力の差を再認識させなさい。私も夫には抱くのではなく抱かれるのだと教え込みました」

 

「言っている事は尤もなんだろうけれど、他人にその辺の事まで言われたり教えられるのはなあ……」

 

 いや、相手は戦闘民族だし、向こうの方が強いとか思われたら今後の生活に関わるから何としてでもねじ伏せろってのは理解するけれど、だからって初対面の相手に此処まで言われる事に僕は流石に怒りすら僅かに覚えていた。

 

「他人……そう、私達は赤の他人……忘れる所でした。では、一番大切な用件を。今後、広範囲に散らばった大勢を守らなくてはならない状況に陥った時、毎回その全てを背負う必要はありません。私……私達が貴方の代わりに守りましょう。勿論、頼り切りになっても困るのでその時だけ顔を出しますが」

 

 急に優しい声になったグレーシアさんは僕の頭を洗ったせいで水を吸ってビチャビチャの手で僕の頭を慣れない様子で数度撫で、振り返った時には既に何処かに消え去っていた。

 

 

 

「絶対に妹を守り、そして守られなさい。今度こそ失敗しないように」

 

 最後に耳元で囁かれたみたいに聞こえた声、本当に何処かで聞いた筈なのに何処の誰なのか全く思い出せない。

 

 

 ……あの人、本当に神獣なのかな?

 

 

 

 

「アンリは……既に寝ているのか」

 

 体を拭いて出て来れば静かに寝息を立て、枕を抱きしめながら眠るアンリ姿。

 今はしっかりと毛布が掛かっているのを確認しつつ僕も同じベッドに入り込み、彼女に背中を向けて目を閉じる。 

 気になる事は沢山あって、問題も山積みだけれども……いや、だからこそ今はゆっくりと休もう。

 休んで万全の体調で立ち塞がる壁に立ち向かう、だって現実にはコンテニューも無ければ失敗してもやり直せるセーブポイントも存在しないのだから。

 

 

「……お休み」

 

 まあ、あの人が言った通りに僕には守り守られる相手である頼もしい妹が居て、仲間だって大勢居るんだ。

 だから大丈夫、何とかなる筈さ……。

 

 

 

 ああ、こうやって寝る瞬間には昔を思い出すけれど、どうしても思い出せない事が。

 誰かが歌ってくれている下手糞な子守歌、誰が何時まで歌ってくれていたのか、それが全く思い出せない。

 

 誰だったっけなあ……。

 

 




あと2!ブクマ残り2で1500突端のに中々進まない


アンノウンのシーンも発注予定


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八章
ブラコングは寝相が悪い


 ……夢を見る、何度も繰り返す悪夢を見る、幼き日の悪夢のような過去を夢見る。

 

「下らん真似をしたな。貴様には期待していたが、どうやら見込み違いだったらしい」

 

 滅多に会えない母、認めて欲しい相手、期待してくれていた皇帝陛下、その人が私に向ける目は冷たく、私に今まで向けていた眼差しは温かみこそ感じられなくも後継者として認めれてくれていた筈の物、それがたった一つの間違いで一切の興味を失い、まるで路傍の石ころでも見るよう。

 

 凡庸な妹と何処までも並以下の伯父、双子という帝国では禁忌とされている風習、母自体は些末な事だと鼻で笑う事であっても皇帝として古い価値観を持ち続ける臣下や国民の心情を加味して隠し続けられた私達双子の姉妹は高い皇位継承権を持ちながらも存在を秘匿して育てられ、客観的に見て私が次期皇帝になるのは間違い無かった……それなのに。

 

 俯きながら椅子の肘置きを強く握って奥歯を噛みしめ、母の背後でオドオドしながら此方を見る二人、私からすれば同情の対象であり、常に尊敬を求めるべく動いていた相手。

 そして、その行動の結果が手に入る筈だった………いや、手に入れるべきだった地位を手放し、豪商とはいえ貴族ですらない家に養子に出されるという末路。

 

 ……おい、何を同情した目で見ている?

 お前達程度が私に同情するな、哀れむな、見下すな!

 

 

 ……絶対だ、絶対に成り上がり、傀儡にしかなり得ない凡人皇帝や何処かに婿養子という道具として出荷されるだけの出来損ないよりも高い地位を、名声を得てやる。

 その為ならば私は何でもしてやろうじゃないか。

 

 

 何十、何百、何千と繰り返した誓いを今日も行い目を開ける、朝食を食べずに直ぐに寝てしまったからか、今朝までの疲労が抜けきらない体は万全ではなく少し動き辛かった。

 

「……さて、二度寝しましょう」

 

 皇族だった時も、商人だった時も朝は早かったけれど、私の目は何時もその早い時間よりも先に目覚める。

 でも、だからといって直ぐに行動はせず二度寝を結構するのが私の習慣、あの夢を見た時は尚更、何故ならば将来の幸せを望む夢を見た後だからか何時も二度寝の時の夢は心地良いから。

 

 でも、この日に見た夢は少し違って、どちらかというと悲劇の類、それでも夢の中の私は悲しみと共に幸福も感じていた。

 

 

 

「本当に良いの?」

 

「……これ以上何も言わせないで下さい。これでお別れだから、せめて貴方の存在を刻み込みたいのです」

 

 悲劇というか悲恋というか、その手の芝居の一場面みたいな状況で、私は星空の下、ロノス様と共に花畑で寝そべって、これから何が起きるのか分からない程にウブではない。

 

 ……詳しい状況は分からないけれど、馬鹿な真似をしようとしているのは何となく伝わっては来る。

 もう二人は別れるのだろう、彼は死を覚悟した顔をしているから二度と会う事は無いのだろう、なのに体を重ねるだなんて本当に私なのかと夢ながら呆れてしまう。

 

 

 でも、夢の中の私から伝わって来るのは彼への愛しさと求め合う事への幸福感、そして今生の別れとなる事への覚悟、この行為が自分に何をもたらすのか分かっていても、それでも夢の中の私は……って、このままではっ!?

 

 そういった知識は持っているし、相手を籠絡する為のテクニックも学んではいますが、実体験は未だ行っていない、そういった事に価値を見出す殿方は多いからと教師は言っていた。

 

 そんな私は空の下で服を脱ぎ、同じく服を脱いだロノス様に身を委ねる。

 唇を重ね、全身を触り合い、とても未経験の私の知識から来る妄想の範疇を超えた内容、私にはこんな願望が有ったのかと起きている時と同じ程にハッキリとした頭が困惑する中、遂にショーツがずらされて……。

 

「ま、待って……」

 

 止めようとする声は出ず、夢の中の私は寧ろ受け入れているだけ、つまりこのまま……その時、爆裂音と振動が響いて私は目を覚ました。

 

 

「ひゃっ!?」

 

 慌てて起き上がり夢が終わったのを察する。

 惜しい……何故かそんな風に思う自分が居たけれど安堵も同時に存在してホッと一息、ショーツが少し湿っているのは寝汗だと言い聞かせ隣を見ればリアス様のベッドが真っ二つに割れていた、それも土台だけではなくマットまで完全にでリアス様はずれ落ちながらものんきに寝ている。

 

 

「え? 一体何が……」

 

 思わず呟く疑問の言葉、でも仕方が無いだろう、だって貴族用なだけあってフカフカで丈夫な高級品、それが真っ二つになるだなんて異常事態、まさか敵襲かと焦ったけれど、彼女が寝返りを打った事で疑問が解消した。

 

「うーん……」

 

 寝返りと同時に私では目で追えない速度で振り抜かれる拳、それが頑丈な筈の床を粉砕、分厚い床板を叩き割ったのに手には傷一つ無く、本人も起きる様子が見られない。

 つまりは無意識に放った拳が巨大な鋼鉄のハンマー以上の威力を持っている、そういう事だ。

 

「身の回りの世話をする使用人達も大変ですわね。いや、本当に……」

 

 昨日の仮眠の最中は此処まで酷くはなかったのに、まさか寝相でベッドと部屋を破壊する程にまでなるだなんて、これでは添い寝をする相手は大怪我は必須。

 貴族令嬢なのだから普段の生活ではメイドが色々と世話を焼くのだろうが、朝起こすのも命懸けになりそうだが、何か起きたとは聞こえて来ないから何とかなっているのだろう、クヴァイル家の使用人恐るべし。

 

「噂では”聖女の再来の血を余所に渡さない為に彼女は嫁がせない”とされていますが、この歳で婚約者の噂も聞かないのって見付からないからでは? ……ブラコンでゴリラ……ブラコングですし」

 

 あっ、これだとブラをしているゴリラみたいだ、必要無いんじゃって貧乳ですけれども。

 

 はっ! 殺気っ!?

 

「き、気のせい……ですわよね」

 

 寝ているリアス様の方から感じたプレッシャー、まるで山より巨大なゴリラが拳を振り上げたみたいな恐怖、気のせいだと言い聞かせるも冷や汗が背中を伝うのを感じ、時計を見れば昼過ぎ程度で徹夜で森の中で戦っていた事を考えれば起きるには少し早い時間……だけれども。

 

 

「一旦起きて汗を流しませんと。グッショリですし、色々と処理する必要が有りますわ」

 

 杖を手にして起き上がり、大きく溜め息を吐く。

 認めざるを得ない事実を夢を通して認識させられたからだ。

 

 

 

 

「私、結構チョロかったのですね。……それにあんな内容だなんて悲劇のヒロイン願望がある上に欲求不満みたいで……はあ」

 

 自己認識の甘さがつくづく嫌にはなるが、自覚した恋心は意外と心地良い物だった……。

 




新章

そろそろ感想欲しい


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変わる物 変わらない物

 

「むっ? もう起きるのか。なら、昼食を共に……いや、僕はもう少しだけ眠ろう」

 

 アンリと共に眠っていたベッドから起き上がり着替えていると寝ぼけ眼の彼女から声を掛けられるけれど、毛布で胸を隠しながら起き上がったアンリは言葉の途中で寝直した。

ご飯か、確かに朝食を軽く腹に詰め込んで今は昼過ぎ、ずっと寝てはいたけど空腹を覚える時間帯だ。

 

「君、本当に寝るの好きだよね。不眠不休の訓練とか大変じゃない?」

 

「不眠不休も絶食での行軍も経験しているし平気だけれど、寝て良い時と食べて良い時は好きにする、君だってそうだろう?」

 

「それもそうか。じゃあ、僕はネーシャとリアスの所に行って来るよ。どうせリアスが寝相の悪さを発揮してベッドや床を破壊している頃だしさ。そうそう、泳ぎの練習はどうする? 男装のまま海でする予定だったけれど初日から流れたし、僕が戻ったら始めようか」

 

 まさか初日から徹夜で戦わされるだなんて予想外、体を休めて備えていたから約束の練習は出来なかった。

 あんな襲撃があった後だから外じゃなくてお風呂でやっても良いとは思うんだけれど、アンリの意見も聞かなくてはと問い掛けながら振り向けば今にも眠り出しそうな顔で考え込んだ。

 

「そうだな、君が戻ってから二人で決めれば良い事だし、今は婚約者候補を優先的に構ってやれ。ああ、でも僕の相手をする時間も忘れずにな。……うむ、この格好でこんな事を言うと不倫でもしている気分だな」

 

 裸のアンリと同じベッドで眠り、婚約者候補へと会いに行く時に自分にも構えと言われる、確かに浮気相手との一幕に見えない事もない。

 

 

「確かにそうだね。でも、僕と君の間にやましい事は無いし、やましい事になりそうな事をする時は正式に君に婚約を申し込んで受け入れられてからだ。アンリと僕は親友だけれど、仮に婚約してもその関係性は変わらずに楽しく過ごせそうだよね」

 

「……そういう所だぞ、ロノス。どうせ無意識の口説き文句を言っているのだろうな。まあ、君と僕が結婚しても関係が変わらないというのは同意だ。ははっ! いっその事、生半可な男に嫁ぐよりも君の所にお世話になろうか。っと、冗談は此処まで…で……すぅ」

 

 僕の冗談に笑って返していたアンリはスイッチでも切れたみたいに急に眠り始め、僕は今度は引き込まれないようにしながら毛布を掛け直す。

 そっか、自分で言って気が付いたけれど、それなら性別を公開したアンリと仲良くしていても変な勘ぐりを向けられないのか。

 僕は貴族、結婚、特に他国の相手との物は個人の意思だけではどうにか出来ない物なんだけれど、頭の片隅に留める位は良いかな?

 

 まっ、女の子として認識していても、惹かれている訳じゃないんだし、アンリにだって恋が芽生える相手が出るだろうしね。

 

「今は動くべき内容じゃないか互いに冗談で言ったんだしさ」

 

 って、僕だけで何を考え込んでるんだか。

 今は寝起きの頭での冗談だけれど、冷静になったら互いに恥ずかしいぞ、これは。

 

 僕とアンリの間柄だから気まずいのは僅かな間とはいえ、最近はその手の事に思考が寄っているのは普通ならば学園在籍中に相手を決めるか、入学前には既に決まっている、そんな年頃になったからだろう。

 

「何時までも子供ではいられないって事だよね。……まあ、僕に関しては今更だけれども」

 

 次期当主として表のも裏のも多くの仕事をこなし、女の子だって既に抱いているし、その程度で大人になった気なのかとあざ笑うか苦言を呈する大人は周囲に居るけれど、成長している、成長せざるを得ない時期や状況に一抹の寂しさを覚えた。

 前世の人生、平和で温かい兄弟三人での暮らしが遠い過去になり、大切な人達との関係も多かれ少なかれ変化が訪れるのだから……。

 

 

 

 そう、世の中には変わって行く物が多く……それでも変わらないのだと確信を持って言える物だって存在するんだ。

 それは家族の絆等の大切で掛け替えの無いもので……。

 

 

 

 

 

「キュイ! キュキューイ!」

 

「ポチ!?」

 

 そしてポチの可愛さだっ! 

 

 ドアを開けようとした僕の耳に届くのはポチの助けを求める声、それを聞いたなら黙っている筈もない。

 後で直すからとドアを体当たりで破壊する勢いで外に飛び出せば、僕の顔を見て安心と喜びの表情を見せるポチの何と愛くるしい姿、至高の芸術といっても過言ではないぞ!

 

「ポチ、大丈夫? どうしたのか言ってごらん」

 

「キュイ……」

 

 ”これ、取って”とうなだれながら差し出された右前脚の鉤爪には上下の殻でしっかりと挟み込む牛柄のホタテの姿。

 嘴でコツコツと叩くけれど前脚ごと突っついてしまうのが怖いらしく表面に小さなヒビが入る程度で、振り回す程度じゃ開きそうにもない殻の隙間からは肉食獣を思わせる牙を持った獰猛そうな牛の頭が此方を睨んでいる。

 

「”牛ホタテ”か、ポチの好物の一つだけれど、先に殻を砕かないと駄目じゃないか」

 

 見ての通り、身の一部が牛の頭部になったこのモンスター、凶暴な肉食のモンスターながら食材としての人気はそれなりだ。

 名前や殻の見た目はホタテだけれど、食感がコリコリした感じの貝で味は牛、僕はどの部位も貝の触感に牛の味ってのが少し受け入れられず嫌いじゃないけれど好きでもない、けれどポチはそれが気に入ったのか周囲には海から捕って来たらしい牛ホタテの殻が散乱していた。

 殻が開いている時は可愛らしく弱々しい子牛の見た目で油断させ、本性を現しシャコ貝の十倍の挟む力を発揮する時は凶暴な顔に戻る此奴を食べる時は事前に殻を砕くのが一番安全で、実際に散らばっている殻は片側が砕かれていた。

 

「キュイィ……」

 

「砕いたら細かくなりやすい上にツンッて染みる感じだから殻は嫌い、だって?    

 確かに細かくなりやすい上にワサビと同じ味だからね。好きな人は好きだけれど、ポチは嫌いだったか。うん、それでも我慢して食べていたのは偉いよ」

 

「キュイ!」

 

 痛くはなく鬱陶しい程度なのか、僕が頭を撫でている最中は挟まれている場所が気にはならないみたいだけれど、細かい殻を風で飛ばして僅かに残った部分は我慢するのを嫌がって横着した結果とはいえ可哀想だ、取ってあげよう。

 

「ほら、ジッとしててね」

 

 直ぐに殻の隙間に指を入れて力任せにこじ開ければ凶暴顔のまま驚いて呆ける牛ホタテ、それでも習性なのか子牛の顔になって媚びを売るように鳴くけれど、そんなのに騙される奴だと僕を馬鹿にしているのか、そんな風に怒るより先に上顎より上の部分をポチが一口で食べてしまう。

 そして一番好きな部分、僕も唯一好んで食べる舌を根元から千切り取ると僕に差し出して来た。

 

「くれるの?」

 

「キュイ!」

 

「そっかー! ポチは優しくって賢い最高に可愛い子でちゅね~! 帰ったら好きな物沢山食べさせてあげまちゅからね~!」

 

「キューイ!」

 

 舌を持ったままポチに抱き付きモフモフでフワフワの羽毛を存分に堪能すれば海に飛び込んだのか潮臭い感じはしたけれど、その程度じゃポチの魅力は揺るぎもしなかった。

 

 

 あ~、本当にポチの可愛さって世界一!

 

 翼が砂まみれになるのも気にせず腹を見せて寝転がるポチの腹の上で両手を広げて寝転がれば全身でその感触を感じられ、時間が経つのも忘れそうだ。

 

 

 

 

 

 

「……寒いと思ったらドアが破壊されているし、出掛けると言ってから三十分が経っているぞ。君は全く相変わらずだな。僕ならタマが相手でも二十五……二十分で中断出来るというのに」

 

 その後、アンリに凄く怒られた……反省! 但し後悔は無い!

 

 

 

 

 

 

「……ふぅん。あれが神殺しを殺す為の存在なのね」

 

 そんな僕達を遠くから観察する少女が一人、昼間なのに青白い炎が灯るランタンを掲げ、人外の視力で人間の認知可能範囲外から僕達を観察する彼女に僕もアンリも気が付いてはいなかった……。



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カニとカニカマ、君ならどっち派?

ブクマ千五百突破

尚、アンノウンが登場するシーンを漫画で依頼しました


 私の名前はミント・カロン、今朝増えたハティを入れて三体しか居ないネームドの内の一体、ネームレスを少し弄くってネームドっぽくしたのとは別物、何処かのパンダっぽい神には”カニとカニカマの違いだね! 安いカニは臭くて水っぽいからカニカマの方が好きだな、僕は”と意味不明な事を言われたのだけれど、カニカマって何かしら?

 

「さてと……どう仕掛けようかしら?」

 

 予定以上に集まった闇の力によって(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)私達に掛けられたリュキ様の封印は大幅に解け、予定以上の力になっている……らしい、その辺は神獣将の方々が詳しく知っているけれど語ってくれないのよね、

 

「流石に私だけで勝てるって思う位には自信が無いし、正面からの戦いはちょっとキツいから策を練って向かわないと。……いや、もう神獣将の方々にお任せして他の人間を殺して回った方が良いわね。勝てない相手に正面から挑むとか何処の馬鹿よ」

 

 何度も挑んでは毎回酷い目に遭っている上司の事は一旦忘れ、この場から退く理由を自分に言い聞かせるけれど、これは敵前逃亡じゃなくて戦略的撤退で、”今直ぐ倒せ”とかは命じられていない。

 

 ……捨て駒として命じられる可能性が存在するのは確かだけれど、それは今じゃないし。

 

「はあ。……そもそも重すぎるのよ、神獣将様達の忠誠って」

 

 大きく溜め息を吐く私だけれど、一応はリュキ様に忠誠心はある、だけれども将たるお三方の兵士として生み出されたネームレスの中で偶々段違いの力を持っていたからネームドという名称と地位を与えられたに過ぎない私が当時滅多に地上に姿を現さない……いえ、現せなかったリュキ様と面識がある訳もなく、生まれ持った忠誠心で従っているだけ。

 

 神が不用意に力を振るえば地上に悪影響が出る、そんな理由から創り出され実際に行動していたのが神獣だし、だからこそ人間を守ろうって神々も直接的な手出しは控えていた、それこそ自由を司る神さえも遊び場が壊れるのは困るとして……。

 

 

 

そもそも、人間は確かに嫌いだけれど、嫌いになる理由が思い当たらないんだし、積極的に滅ぼそうって気にはならないのよね。……そんな事を口にしたら殺そうとする連中多いだろうけれど」

 

 リュキ様は人間を滅ぼすべく私達神獣を創り出し、憎悪を本能として埋め込んだのだけれど、それって要するに人間を憎むに値する出来事とは無縁って事で、なんかダラダラと惰性で憎んでいる気がするのよね、正直言って。

 

「あ~あ、上の方々は直接お会いしたから良いけれど、私達は封印された時に声を聞いただけだってのに」

 

 どうもやる気が出ない、だって動機が理由無き憎悪ってだけじゃ原動力に欠けるから。

 故に私には”女神が一度決めた事を人間の為に変更すべきではない”とか”切り捨てた悪心だろうとリュキ様の一部には変わらない。故に復活させるべき”だの賛同はしても積極的に思ったりはしないわ。

 これで人間を殺すのが楽しいとかなら変わって来るのだろう、そんな風に思いながら私は木の上から飛び降りようとジャンプをして、それが生死を分けた。

 

「え? きゃかああああっ!?」

 

 木の枝から跳躍、体の位置が足場にしていた枝から僅かに前の場所に移動した時、乱気流を引き起こしながら槍のように巨大な矢が私が先程まで居た場所を通過した。

 直線上の木々は尽く粉砕され、僅かに逸れた場所にあっても高速で飛ぶ矢によって引き起こされた荒々しい風は容赦無く襲い掛かる。

 なすすべなく吹き飛ばされ風に弄ばれる中、私が見たのは幾つもの木を粉砕しながらも一切勢いを衰えさせずに王都の方向へと飛んで行く矢に手紙らしき物が結ばれている事。

 

「矢文? 一体誰が……くっ!?」

 

 空中で上下左右に振り回され、背中からへし折る勢いで木に激突した所で漸く止まる。

 それでも残った余波を木に腕を突き刺して耐えた私の中に芽生えた物、それは怒りだった。

 

「ふざけんなっての! 癖毛だからセットするのが大変だし、何より手紙を届けるのに攻城兵器みたいなのを使ってどうするのよ!」

 

 お気に入りのコンパクトは風に振り回されている時に落としたけれど間違い無くセットは乱れに乱れているだろう、帰ったらロザリーが何か言いそうね、悪気無しに天然で。

 それもこれも矢文を放った奴のせい、要するに人間の仕業。

 

 ……って言うか、ハティがビビりながら語った人間が同じ事をしていたらしいし……本当に人間なのかは疑わしいけれど。

 

 八つ当たり? 理不尽?

 

 それで結構、人間を滅ぼすべく為に積極的になる理由を手に入れたわ。

 

「ふふ、ふふふふふふふっ! 上等! 売られた喧嘩は百倍にして……あれ? まさか……」

 

 何かスカートの中がスースーすると思ったら、ラドゥーン様から贈られた紐パンが何処かに消えていた。

 ……絶対に殺してやる。

 

 

「先ずはパンツ! パンツを探さなくちゃっ!」

 

 私とロザリーは拠点の一つとして使っていた塔、通称”バベル”と一緒に封印されていたんだけれど、封印されていた場所が泥沼の真ん中だったから大変大変、しかもせり上がる感じだったせいでガラスなんて無い窓から泥やらが入り込んで復活早々に大掃除、ラドゥーン様が気を利かせて服を差し入れてくれなかったら汚れた服を着たまま掃除やら洗濯をしなくちゃいけなかったもの。

 

 ……ただ、あの方が下さった下着ってどれも派手なのよね、露出狂だからかしら?

 

 その中で一番地味だった紐パンを穿いて鏡に映ったけれど恥ずかしいにも程がある。

 更にノーパンで戻ったり脱ぎたてパンツを誰かに拾われるとか顔から火が出そうだわ。

 

 ハティなんか昨日まで狼だったから下着も服も必要性を理解していないけれど、元々人型だった私の羞恥心は人間に近い。

 パンツは何処か必死に探すわよ、そりゃ!

 

 

 

 

「見つけたっ!」

 

 幸い、一番地味でもキラキラ光るラメ入りだったから太陽の光を浴びて直ぐに発見出来た。

 魔力を練り上げランタンを軽く振れば青白い炎が吹き出して小舟を形作る。

 

 

「行っけぇええええええええええええっ!」

 

 

 船首に足を乗せ、トップスピードで空を飛ぶ。

 ……この時、私は羞恥心と焦りで我を忘れていたのだろう、周囲に気を配る事を忘れていたのだから。

 

 

 速度を上げる度に強くなる前方からの強風をも物ともせず、私はパンツに向かって手を伸ばす。

 そして……。

 

 

「パンツゲット!」

 

 私の手は脱げてしまったばかりで少し体温が残っているパンツを掴み取った!

 

 

 

 

 

「……あっ」

 

「……え?」

 

 風で翻るスカート、目の前には私の方を見た後、直ぐに顔を背けた時使い……つまり男。

 見ら…れた……。

 

 

 

 

「キュイ_」

 

「こら! 露出狂の痴女とか言っちゃいけません」

 

 ……殺す!




応援 感想待ってます


私はカニカマ!


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痴女(誤解)との遭遇

「じゃあ、行こうか、ポチ」

 

 朝に出向いた時はルクスに遭遇しちゃったからネーシャの所にはポチに乗って行く事にしよう、お土産は牛ホタテの牛タン……牛タンで良いのかな?

 取り敢えず昼食の足しにはなるだろうし、食べた後だったら夜ご飯に回せば良いと袋に入れ、一応用心として夜鶴を携えてポチに乗り込めば垂直に上昇した、どうも最近やってみたら出来たらしい、凄いな!

 

「それにしても妙な夢を見たけれど……矢っ張り溜まってるのか。そりゃそうだよね、色々とあったし……」

 

 今までフラッシュバックしたり前にも見た変な夢、アンノウン様が言っていた”本来のロノス・クヴァイル”がゲームでの終盤に体験したであろう事、婚約者であり愛し合っていたネーシャとの最後の逢瀬を明確な意識を持ったままでの追体験、今回は一番長く、自分だけでなくネーシャの鼓動や体温までリアルに感じられたんだ。

 

「ちょっと顔を合わせるのが怖いな、変に意識してしまいそうだ」

 

 夢は途中で終わってしまったけれど、胸の形とかホクロの位置とか昨日色仕掛けをされた時にチラッと見たのと同じだった、つまりはそれが理由であんな夢を見たのだろう。

 

 ……意識させるって目論見は見事に成功、会った時に変に反応をすれば向こうの思う壺だ、それは悔しいし、今後の主導権にも関わって来る。

 

 ああ、それにしても本当に……。

 

 

「ムラムラしてますね、主」

 

「直接的過ぎるからね、夜鶴」

 

 何処に誰の目が有るのか分からない状況、昨夜リアスを部下と一緒に襲おうとした徹底的に叩き潰すのが確定な奴も出たから警戒も強まっているだろうし、それは彼女も分かっているのか人の肉体は出さずに声だけ。

 それは良いんだけれども、内容はオブラートに包んで欲しい、事実だけれどっ!

 

「仕方が無いだろう? 色仕掛け受けて直ぐに戦って、一晩戦ってアンリの裸を見て戦って、そして淫夢見て、年頃の僕じゃそうなるよ」

 

「で、では、私がお相手致しましょう。……”夜”に見張らせれば目撃者も出ないでしょうし……私もお情けが欲しい頃なので」

 

「……臨海学校中は駄目。それに見張りの何割かが乱入する姿が浮かんだよ」

 

 最初に夜鶴を抱いた日、感覚共有のせいか我慢が利かなくなった分体達を加えての乱痴気騒ぎ、良かった事は良かったんだけれど、警戒の方法は何も目だけではない。

 今だってポチが纏う風で誤魔化せているけれど、風を使った広範囲に対する感知は見張りじゃ防げない物だ。

 

「つまりは臨海学校が終わった後は存分に可愛がって戴けると?」

 

「君もすっかり染まったね。分体みたい……いや、君から生まれた存在だから素直になったって事か」

 

 ウキウキした声に僕は少しだけ呆れそうになり、それに気が付いて意識を切り替える。

 

「キュ!」

 

 僕よりも先に気が付いていたのはポチだ。

 その場に留まって姿勢制御に集中すれば、この世界には存在しないジェット機でも飛んでいるのかと勘違いしそうな轟音の後にポチが纏う風に暴風が叩き付けられる。

 飛んで来たのは槍のような太さと長さの矢で、僕達の目の前を通り過ぎながら王都の方へと飛んで行くそれには手紙が結び付けられ、誰の手による物なのか直ぐに分かった。

 

「……師匠か。この前の手紙の続きだな」

 

 少し前に夜鶴が発見して届けてくれた矢文、それは目の前を通り過ぎた物と同じで、内容も思い当たる。

 この前の手紙は汚い字を酒やツマミのタレとかをこぼした汚い手紙に書き、酔っ払って内容がコロコロと支離滅裂な無駄話に変わって行ってたけれど、要約すると”強くなりそうなのにお前の匂いを教えてけしかけた”、だ。

 多分フェンリルの事で、ちゃんと倒したか確認する手紙だろう、逃げられちゃったけれどさ。

 

 ……遭遇した時は守る対象が居たから、とかは通じないのは考える迄もない。

 

「お、怒られる。理不尽に怒られる。あの無茶振り師匠に怒られる」

 

 僕の刀の師匠である彼女は鬼族で、それ故に脳味噌まで筋肉っぽい上に思い付きで動く酔っ払い、教え方は上手いけれど唐突に難易度調整せずに試練を与えて来る。

 ……倒せって言われた彼奴に逃げられたの知ったらお仕置きが待っているのは確実だ、それも死に掛けるのは間違い無い奴。

 

 

 そう、剣術の教え方は上手なんだ、あの人自体が刀の扱いに限定すればレナスやマオ・ニュ以上、そして天才でありながら不慣れな相手がどうすれば理解出来るのか分かっている。

 

 まあ、それ以外が問題で、レナスなら組み手は血反吐吐いて気絶する回数を一定上になったら終了するけれど、師匠は気絶したら命が終わる相手を用意する、何でも”知り合いばかりじゃ駄目だと思って”だってさ。

 それは分かる、分かるんだけれど、素振りを何となくって理由で二日間ぶっ続けでさせた上に、良さそうって思ったからって当時の僕よりも格上のモンスターを連れて来るのはどうなのさ!?

 

 ……うん、レナスがブチ切れたの見たのってあれが最初だったよね、それでも剣術の稽古を辞めさせはしなかったけれどさ。

 ”死に掛けるのも、戦闘中に一段階強くなれずに死ぬのも自己責任、其奴が其処までだったって事さ。でも、成長する間を一切与えてくれない位に格上に挑ませるのは指導者として間違いだ”、だからね、矢っ張り鬼族って戦闘民族だから……。

 

「はあ、何とか乗り切るしか……ん?」

 

 何か強大で妙で、そして危険な感じのする魔力が迫って来ると思ったら、正面から青白い炎の船に乗った女の子が船首に足を掛けて向かって来たと思ったら目の前で急停止、空中だったし速度が結構出ていたからかスカートが大きくはためく。

 パンツがどうとか言っていたけれど、彼女の方を妙な魔力が気になって見ていたけれど……ノーパンだった、穿いてなかったんだ、生えても……いや、言わずに置こう。

 

「……あっ」

 

「……え?」

 

 直ぐに目を逸らしたんだけれど、モロに見ちゃった、彼女の方が僕より少し高い位置に居たってのもあり、目線の高さが丁度さ……。

 

 

 

「キュイ_」

 

「こら! 露出狂の痴女とか言っちゃいけません」

 

 そんな事があったんだ、動揺だってしてしまい聞こえる声でポチに注意してしまった。

 でも、急にノーパンの女の子が現れてスカートの中を見ちゃったら……ねぇ?

 

「死ねっ!}

 

 当然、間髪入れずに飛んで来る蹴り、怒りは尤もだろうけれど、僕だってそれ程悪いとは思っていないから大人しく受けてあげる気はない、蹴りの軌道がポチに向かっているなら尚更だ。

 繰り出されたハイキックを身を乗り出して受け止め……正面からもう一度見てしまった。

 

 

「……パンツ位穿いてよ」

 

「穿いてたわよ、ちゃんと! 何か凄い矢の勢いで脱げた上に風で飛ばされちゃったから取りに行ったらアンタに見られちゃったの!」

 

 怒りながら突き出された手には確かにキラキラ光る紐パンが握られていて、どうやら原因は師匠だったらしい。

 

「……ごめんなさい」

 

 大人しく足を掴んだ手を離し深々と頭を下げる、下げるしかないよね、この状況じゃ。

 でも、彼女の怒りは収まらず、一旦しゃがんでパンツを穿いたらしい彼女は怒りの表情でランタンを掲げて髑髏が中に浮かぶ青白い炎を幾つも出現させたんだ。

 カタカタと顎を鳴らし、空虚な瞳の奥が怪しく光る中、僕は漸く彼女に覚えた違和感の正体に気が付いた。

 

 

「神獣!」

 

「ええ、その通り! 私の名は……」

 

「キュイ!」

 

 そう、彼女の魔力の気配は今まで戦った神獣とは大きく違うが、それでも本質は同じ物。

 僕の言葉に彼女は名乗りを上げようとし、ポチが平然と鉤爪で切り裂いた。

 

 

「……ほへ?」

 

 僕の敵だと察したのか割と容赦の無い一撃だったけれど、相手が予想以上に頑丈だったのか傷は付いていない、但し首から股に掛けて服と下着は綺麗に切れて、その時に強い風が吹く。

 切り裂かれた服は左右に大きくはためいた。

 

 

「き、きゃぁあああああああああああっ!? お、覚えてなさい!」

 

 自分の体を抱きしめ、涙目になった彼女は去って行く、ちょっと追撃する気にはなれなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、此処で始末した方が良いのかな?」



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パンツが無ければ危なかった

アンノウンの漫画、活動報告で公開


「まあ、普通に考えて敵をやる気の有無で見逃すかどうかってのは有り得ない話だよね。……最近は真っ当な相手が多かったから平和ボケしちゃったのかな?」

 

 人間を全滅させようと殺意バリバリで向かって来る相手が”真っ当”ってのも変な話だけれど、今まで始末した聖王国に仇なす敵に比べれば真っ当と言えるのかな?

 ……それだけに一連の流れでやる気が殺がれちゃったけれど、此処は殺る気を取り戻さないとさ、今までどんな手段を使ってでも助けて貰おうとした敵に悪いよね。

 

 ”闇の存在を知れ、闇を背負え、闇を体験し理解しろ”、そんな感じの事をお祖父様に言われ始める事になった裏の仕事、泣き叫んだり色仕掛けとかの買収で助かろうとした相手を何度も始末したのなら、ギャグみたいな展開が起きた後だろうとなかろうと……此処で始末するのは僕の仕事だ。

 

「形状は……槍。ポチ、補助は任せた」

 

 遠ざかる背中を見据え、空気の時を三つ叉の槍に変化させれば女神から力を与えられる前よりも精密な作りの物を今までよりも速く造り出せ、手によく馴染む。

 前までは形をそれっぽく整えただけだったけれど、今はイメージを正確に魔法に乗せられていたよ。

 

 空中で停止したポチの背の上で立ち、大きく振りかぶれば槍の周囲を風が渦を巻き、全身の力を込めて投擲した。

 

「ぜやっ!」

 

 掛け声に合わせるように風は槍を押し出して加速、涙目で逃げ出していた彼女は殺気と音で気が付いたのか此方を振り向き、僕と同様に瞬時に切り替えて無数の火球を出現させる、その中に存在する髑髏が意志を持って彼女を守ろうとするように何重にも重なって迫り来る槍の前に立ち塞がった。

 

「”加速(アクセル)”」

 

 

 感じる魔力はこの間会ったビリワックとは比較にならない程に強力で、前の僕なら最大限に加速させても槍自体に質量が殆ど無い事もあって威力を減退され、届かなかっただろう。

 前の僕……ならね、今は違う。

 

「くっ! このっ……!」

 

 簡単に貫かれた髑髏達は霧散して消え失せ、槍は一切減速せずに彼女の背中へと向かって行き、何かしようとするけれど遅かった。

 背中の真ん中に槍が根本まで突き刺さり、前のめりになった彼女は血を吐きながら僕とポチを睨み付けた後で乗っていた船も消え去って真下の海へと落ちて行く。

 槍を消した事で栓が無くなり、体に三つも空いた穴から血を流して海に墜落した彼女は海面を少しだけ赤に染めたけれど潮の流れの影響か直ぐに消え去り、彼女の痕跡はあっという間になくなった。

 

 

「さようなら、名前も知らない神獣。……何か妙に呆気無かったな」

 

 今までだって楽勝な敵ばかりだったけれど、今回は相手に名乗らせる事無く終わってしまった、理由は大っぴらに口に出来ない物も含まれるんだけれど、少しだけ違和感を覚える、何かが頭の中で引っ掛かるというか、知っている知識に関わる重要な事が関わっていそうというか……。

 

「今は考えても無駄か。色々見てしまった事を知っている相手が消えたと今は喜んでおこう。何かあればその時に対応すれば良いしさ……」

 

 言い表せぬ不安は残るけれど、今はどうしようもないのが現状、だったら今は出来る事をやろう、例えば今なら目的だったネーシャの所への訪問だ。

 

 ……でも、その前に。

 

 

「ポチ、僕があの子の服の下を見ちゃった事は秘密だよ? タマからアンリに伝わっても困るから誰にも内緒で。……”G・グラビティ”」

 

 ポチに口止めをし、一応さっきの子が生き残っていた時に備えて落ちた辺りに魔法を打ち込む、海の一部がくり抜かれたように押し潰されて消え去れば底の方にグチャグチャに潰れた死骸が見えた。

 

「よし、多分これで大丈夫だ。”スロウ”」

 

 安心した僕は海水が急激に戻るのを時間の流れを遅らせて防ぎ、そのままネーシャ達のログハウスへと向かって行く。

 まあ、流石に彼処まですれば大丈夫だろう……そう思った。

 

 

 

 

 

「じゃあ、此処でいい子で待ってて、ポチ。後でご飯を分けてあげるからさ」

 

 あの後は特にトラブルも起きず、目の前にはログハウス。

 ポチを入り口近くに座らせた僕はノックしようとして動きを止める、一つ懸念事項が有ったからだ。

 あのノーパン神獣のせいで余計に高ぶってしまったし、正直言ってさっさと発散したい気分、そんな中でリアスは兎も角としてネーシャに会うのは少し不味いかも。

 

「い、いや、流石にリアスだっているんだし、あからさまな色仕掛けはされない筈……多分、きっと」

 

 そう、あからさまな事はしないとして、さり気なく下着をチラ見せしたり偶然を装っての密着、普段だったら意識してない演技には自信があるけれど、今はちょっとね、帰ろうか、割と本気でそう思う。

 今の状態では軽い内容でも反応を見透かされてしまいそうだと怖くなるが、怖いからと逃げてばかりはいられない。

 先ほど覚えた奇妙な感覚にも後押しされ、僕はノックをして声を掛ける事にした。

 

「リアス、ネーシャ、僕だよ、ロノスだよ。ちょっと入っても良いかい?」

 

「え? お兄ちゃん? 別に良いわよ」

 

 お兄ちゃん、そんな風に呼ぶって事は近くにネーシャは居ないって事か、ちょっと落ち着く余裕が出来そうかな?

 許可も貰ったって事で開ければリアスの姿、半壊したベッドに腰掛け、割れてしまった床から目を逸らしている所を見ると心配していた事が現実になったか。

 相変わらずの寝相の悪さ、それはそれで良いんだけれど、今気になるのは別の内容だ。

 

「リアス、ちゃんと着替えないで寝たでしょう。それに座り方に気を付けないとパンツ見えてるよ」

 

「え? 別に裸じゃあるまいし、兄妹なんだからパンツ位別に良くない?」

 

「いや、恥じらいを持ちなって事だからね? レナと一緒になっちゃうよ?」

 

 入り口の方を向いて座るのは良いんだけれど、足を広げている上にスカートが少しめくれているのも気にした様子は無い。

 兄としては気にして欲しいんだけれど、僕が少し注意した程度じゃ何となくって感じで隠しただけだ。

 僕への親しみと理解しなくても従う程の信頼あってこそ、こんな所も可愛いんだけれどね。

 

 あー、でも少し助かったな。

 

 妹がだらしない姿でパンツ丸見えにしている所を見たら一気に萎えた気分になったし、これなら裸でも見せられない限りは色仕掛けに動揺なんかしないだろう。

 

「牛ホタテの牛タン持って来たよ。お昼は未だでしょ? ご飯にしよう」

 

「牛タンッ! じゃあ、私も今から何か捕って来るわ。ウツボダコとか見付かれば良いけれど」

 

「ウ、ウツボダコに拘る必要は無いと思うな、うん。拘ったって時間を掛けたら意味が無いし、直ぐに見付かる物で済ませようよ」

 

 今から素潜りをするのは別に良い、大型のモンスターを狩って来るのもリアスの魅力が現れているんだから誉めてあげたい、けれどウツボダコだけは、ウツボダコだけは駄目だ!

 

 妹の大好物であっても悪夢のような不味さのウツボダコは防ごうと言いくるめていた時だ、声がしたからか浴室の扉が開き、風呂上がりらしいネーシャが姿を現した。

 

「リアス様、どうかなされまして?」

 

 ドリルヘアーは水気を含んで肌に張り付き、湯気が上がる肌はほんのり赤く、肢体の上にバスタオルを巻いただけだから体のラインが丸分かり、しかも結び方が悪いのか谷間の辺りが……まさかっ!

 

 一見すれば僕の来訪に気が付いていない故に無防備な姿を現した、けれども実際は僕に気が付いて現れたんだ。

 昨日の昼も色仕掛けをしても不慣れな為か恥ずかしさが出てしまっていたし、今だって僅か一瞬だけ表情に羞恥が見えた。

 

「ロノス…様……? ひゃんっ!?」

 

 動揺からタオルを握る手が緩んだ……そう思わせる動きによって床に落ちるタオル、さらけ出されるネーシャの肢体。

 右足の古傷以外は綺麗な肌で、色気を持ち始めた肉付きの肉体、一瞬だけ見てしまったけれど、直ぐに視線を外した。

 

 

 

 

 リアスのパンツがなければガン見していたよ、危なかった!




感想、もう二ヶ月来てないんですよ 残念


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何時もの……

「もう、ロノス様ったら。裸を見られてしまうなんて、貴方以外には嫁げませんわね」

 

 あの後、一旦外に出た僕は着替えたネーシャと向かい合って話をしているんだけれど、どうも”裸を見られて恥ずかしい”ってよりは”作戦が上手く行って嬉しい”といった様子、元々色仕掛けをされていたし、チャンスを掴んだと冗談めかした態度を取って居るんだけれど……どうも妙だな。

 僕ってよりはクヴァイル家の持つ力を見ている風に見えた彼女だけれど、今は熱が籠もっていると思える、ちょっとアリアさんが僕を見るb目に似ている……な訳がないか。

 

 この短時間に恋に落ちるとは思えないしさ。

 

「あらあら、私の方をジッと見てどうなさいました? ……まさか私の裸を思い出しているとか? そうなら嬉しいですわね」

 

 バスタオルが床に落ちた前後の恥ずかしいって態度は何処に行ったのやら、今はニコニコと嬉しそうで冗談まで向けているし、ちょっと真意が分からない。

 ……あ~、駄目だ、あんな夢を見たせいで変な意識をしているよ、だからネーシャの瞳が恋する瞳に見えているんだよ、自意識過剰だぞ、僕。

 

「……えっと、ごめんね。もう少し声を掛けるべきだったよ」

 

「いえいえ、どうせ何時かはお見せする予定でしたし……昨日、私がやろうとした事だって忘れてはいませんわよね? あの時は勇気を振り絞ったのに邪魔が入って……」

 

 今の僕とネーシャは二人きり、リアスには少し席を外して貰っていて、外からポチと遊ぶ音が聞こえて来る。

 向かい合わせで座り、微笑むネーシャと、彼女を抱く夢の途中で起きたばかりのせいで変に意識してしまう僕、どうも今は僕の方が不利な流れだ。

 

 そんな話し合いの中、向かい合わせで座っていた彼女はテーブルを挟んでの状態から隣に座ろうと移動、途中でフラついたから咄嗟に支えると嬉しそうに僕に掴まってそのまま隣に座り込んだ。

 あっ、谷間が見えた。

 

 少し大きめの服を着ている為か首の辺りに余裕があって前屈みになると間近からなら見えるんだよ……ワザとかな?

 

「す、少し服が大きいんだね……」

 

「あら? あらあら、見えてしまいました? ……まあ、見せる為に用意した服ですから。お気に召して下さいまして?」

 

 ネーシャは僕が反応するのが嬉しいのか、少し照れた様子だけれどグイグイ来て、余計に谷間が見えてしまう。

 ピンクか……はっ!?

 

「あのさ……少し離れようか。確かに婚約者……候補だけれど、正式に決まる前から……そのさ」

 

 自分の事ながら情けない言葉だとは思うよ、突っぱねるなら突っぱねて、受け入れるなら受け入れろって話だけれど、普段ならあしらえているのが、どうしても彼女には上手く行かない。

 え? まさか自分では上手く行っていると思っていただけ?

 

 自信を喪失しながらもネーシャの肩を掴んで少し離す、石鹸の良い香りが漂って風呂上がりだと改めて意識してしまった。

 だが、普段の彼女なら此処で無理にグイグイ来ない、焦って仕損じる事を避ける慎重さを持って居るからね。

 皇帝の本当の娘であり、帝国有数の大商人の養女、クヴァイル家との婚約を誰にするか決めるなんて結果の決まった出来レース、色仕掛けはそれを更に確実にする為に僕を籠絡する為だけ……。

 

「嫌です」

 

「えぇ……」

 

 その筈、だったんだけれど今日の彼女は何かが違う。

 僕の拒絶に拗ねたように頬を膨らませ、気遣ってそれ程力を込めてなかった手を振り払うと僕に抱き付く。

 ど、どういう事!?

 こんなの、僕の知るネーシャらしく……。

 

「私らしくない……そう思っていらっしゃるのでしょう?」

 

 今の彼女は僕の胸に顔を押し当てているから表情は分からない、分かるのは密着しているからかドキドキと鼓動が高鳴っている事。

 この子、色仕掛けを平気でする割には根本的にウブで目的よりも羞恥が勝つ、だから今まで中途半端だったり失敗したりするんだけれど、今回は意を決したって様子。

 少し心配になる僕の心を見抜いたネーシャは少し震えた声だった。

 

「今までは婚姻後に有利になる為に好意を持っている演技をしていましたし、色仕掛けだってしました。……お分かりだったでしょう?」

 

「……さあね」

 

「私が皇帝陛下の実の娘である事から婚姻がほぼ決まっているからと気を使わずとも宜しいですわ。……急にこんな事を話されて困惑なさっているでしょう?」

 

「……」

 

 沈黙だけれど肯定も当然だろう、ネーシャが僕に抱き付く力は強まって僕まで鼓動が高鳴りそうだ。

 ……それにしても一体どうしたんだ?

 僕が知っている事を知っていても、知らない振りを続けて来たのに、昨日までとは違って自分が不利になりそうな事を急にどうして?

 

「……私、ずっと否定していた事がありまして。自分がそんなに単純な筈が無いと言い聞かせていましたの。……命を救って頂いた時からロノス様に心惹かれていた事を」

 

「え? ちょっ……」

 

 急な告白に僕は何かの作戦かと疑うけれど、上げた顔に浮かんでいたのは不安からの泣きそうな表情、演技ではないと伝わった事で固まる中、不意を打たれて顔を近付けられ……唇が重なった。

 強く求めるように押し付けられ、離した時には顔を紅潮させて惚けた表情に色気を感じる。

 ……あっ、駄目だ、抑え込んでいた物が出てきそうになっている。

 

 このままネーシャを押し倒し僕から唇を奪いたい衝動を抑える中、耳に息が掛けられ囁かれる。

 

「愛は時間を掛けて育めば良いだけ。……私を好きにして下さいませ」

 

「っ!」

 

 後少し、後少しの所で踏みとどまれた。

 それでもネーシャと密着して体を擦り付けられる状態じゃ何時まで持つかは分からない。

 それでも彼女の存在を間近に感じ続けていたいと理性が飛びそうになる中、再びのキスの後に耳元での囁きが繰り返された。

 

「私にロノス様の存在を刻んで下さい」

 

 その言葉は夢の中で目の前の少女から向けられた言葉、偶然にしては出来過ぎて戸惑いが生まれる中、僕の中に強い感情が流れ込んだ。

 

「ネーシャ!」

 

「きゃっ!?」

 

 僕に流れ込んで来たのは彼女への想い、今まで何度か起きた事と同じく知らない記憶、彼女と過ごした日々と共に何が何でも手に入れたいという執着めいた物さえ生まれ、気が付けばソファーの上で覆い被さった体勢になっている。

 此処で止める……気にはなれない。

 

 

 

 

 

 

 

 



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気まずさしかない

「あ、あの……」

 

 僕が急に押し倒したからかネーシャは戸惑いの表情を見せる、今まで受け身になりはするけれど受け流していたからね。

 正直言って僕がこうしているのは昨日から色々あった事といきなり流れ込んで来た僕じゃない僕の記憶と感情によるもの、要するに目の前のネーシャじゃないネーシャへの物だ。

 

 好きだと、そう告げられた事に付け込んだ行為だから止めろと理性が告げるが止められそうにない。

 

「宜しくお願いします……初めてですので優しくして下さい」

 

 拒絶の意思は見せず、寧ろ受け入れる姿を見ると止まれない、服に手を掛けて脱がそうとするけれど脱がした事が無いから難しくまどろっこしい、でも破って無理に脱がす気にはならない。

 どうしようと思った時、さっき倒した神獣の少女の姿が浮かんだ。

 

 

「脱がすよ?」

 

「……はい」

 

 潤んだ瞳で向けながら頷くネーシャの胸元に指を当て、感触を味わうようにしてゆっくりと下へと這わせて行く、指が通った部分の布は急速に時間を進めて風化させ、その部分だけ肌と下着が露わになった。

 

「んっ……」

 

 恥ずかしいのか目を閉じる彼女を引き寄せ、今度は僕からキスをしようとするとネーシャが僕の服に手を掛けて脱がそうとした。

 

「さっさと始めたいの?」

 

「……意地悪を言わないで」

 

「ごめんごめん」

 

 少し怒った様子で脇腹を叩かれたから軽く謝り、上着を脱ごうとするけれど焦りから戸惑う。

 ……夜鶴達との時はこうはならなかったけれど……わっ!?

 

 

「今、他の女の事を考えましたね? ……家柄上、数人を娶るのは当たり前ですし、一人一人と仲良くするのは悪く無いのでしょうが、今は私だけを見るべきですよ? ……結婚したらその辺は学んで下さい」

 

「……はい」

 

 また怒られた、恥ずかしそうな顔から拗ねた顔になってさっき叩いた部分を再び叩かれて今から尻に敷かれている気分だ。

 

「宜しい。……こほん。では、続きをお願いしますわ」

 

 何というか既に主導権を握られた気分になりながらも服を脱ぎ捨て、そのまま表情を戻したネーシャにキスをしようと顔を近付けて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~い! ちょっと良いかしら…ん……」

 

 そして知り合いが急に現れた。

 

 笑顔で飛び込んで来たトアラスは足取り軽く何時もの笑顔を浮かべていて、服を脱ぎかけの僕と、体は背もたれに隠れているけれど伸ばした手だけは見えているネーシャの姿に言葉が途切れる。

 この瞬間、この場の時間が魔法を使っていないのに完全に停止してしまった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 三人揃って完全に沈黙、トアラスが何事も無かったみたいに外に出てドアを閉め、僕はネーシャの服を戻すと素早く服を着る、それを見計らったかのようにノックの音が響く。

 

「もしも~し、トアラスだけれど入っても良いかしらん?」

 

「えっと、良いかな、ネーシャ?」

 

「ええ、見られて恥ずかしい物も無いですし。強いて挙げればお風呂上がりの姿でしょうか? ……ロノス様にならどれだけ見られても構いませんけれど今は大人しくしましょうか。ええ、今は」

 

 今のは互いに無かった事に、全部最初からやり直し。

 僕は何とか平然と、ネーシャも慣れた様子ながら少しだけ目が泳いでいる。

 まあ、”自分は何も見ていないし、其方も何もしていない”と言葉は交わさずともそれを理解した僕とネーシャが招き入れれば最初と同じテンションで扉を開けて飛び込んで来る、これで何の問題も無いんだ。

 

 ……まあ、流石に僕とネーシャの間は何も無いって訳には行かず、僕は意識しているし、彼女だって少し発言が大胆だ、今後は積極的に行くって言外に告げられている気がした。

 

「いや~、急に来て悪かったわねん。ちょっと相談したい事が有ったのと、若様にお客様よん。他の家の子も居るし、見られたら不味い物があったらって思いはしたけれど無駄だったわねん。一緒にくれば良かったわあ」

 

 ついさっきまで見られたら完全に不味い光景を目にしたけれど流石はクヴァイル家側の家、完全に無かった事にしている。

 うん、彼がリアスの味方で良かったよ。

 僕が可愛い愛する妹と仲違いの末に一族内で派閥に分かれて敵対するなんて事が起きるか、彼の家が離反するかしない限りは頼もしい味方、此方が裏切らなければそれで良いだろう。

 

「お客様? まあ、ロノス様をわざわざ訪ねて来ましたのね。では、私も側室候補としてお知り合いに挨拶を致しませんと」

 

「……う~ん、確かにそうなんだけれど、本当に良いのかしら? 迷うからってあまり待たせる訳にも行かないし、困ったわん」

 

 クヴァイル家との繋がりがある相手、それも拷問貴族と恐れられる一族のトアラスに案内やらを頼める程の相手だ、ネーシャは興味津々、将来の為に仲良くしたいって所だろう。

 ……でも、使用人は連れて来れない臨海学校で、助っ人を呼んで良いと知らされたのは今日の早朝だ、今が正午を少し過ぎた程度だし、そんな短時間で誰が来たんだろうか?

 

 ……って言うか、トアラスがネーシャを見ながら言いよどんでいるし少し嫌な予感がするんだけれど。

 

「皇女様が居る事は姫様から聞いたけれど……ねぇ、若様。流石に貴族令嬢が素潜りで大型の獲物を狙うとか、流石に控えさせた方が良いんじゃないかしらん? 私からじゃ言い辛くってね……」

 

 頬に手を当てて深い溜め息を吐く姿からして普段はリアスの元気な所に振り回されているのが分かる、けれど行動力はあの子の魅力なんだし、受け入れさえすれば大丈夫さ。

 

「うーん、多分通じていない予感。そうね、そうよねぇ。若様だものねぇ……」

 

「あの~、それでお客様をお待たせして宜しいのですか?」

 

「あっ! そうね、怒られちゃうもの、お呼びするわん。もういらしても構いませんわよーん!」

 

 話が客人から逸れつつあったのに気が付いたトアラスは慌てた様子で立ち上がり外に向かって声を掛ける。

 うん、本当に一体誰なんだろう?

 

 

 僕が来客の名を気にする中、その相手が入って来る様子は全然無い。

 

「あらあら? 変ねぇ、ログハウスの近くに繋げるって仰ってたのに」

 

「繋げる? ……ああ、成る程ね」

 

 来客が誰なのか分かった時、不意に肩に軽く触れられる感触を覚え、続いて不機嫌そうに鼻を鳴らすのが聞こえる。

 もう誰なのか目で確認する必要も無い、声だって聞かなくて大丈夫さ。

 

 

 

 

「レキア、一体どうしたんだい?」

 

 そう、レキアだ。

 僕の問い掛けに不服そうな声色で、でも顔は嬉しそうに彼女は答える。

 素直じゃないなあ。

 

「……ふんっ。偶々……そう、偶々海で遊ぶのも悪くはないと思っていた時に早馬で知らせが届いてな。過ごす場所を用意するのも面倒だし、リアス(ピカピカ女)と貴様の魔力を座標にしてこの地と妾の家を結ぶ門を造ったのだ。ロノス、妾の夫候補《オベロン》であるならば相応の歓待をしてみせよ」

 

 僕の肩から飛び上がったレキアはその場で一回転、何時もの緑のドレスから花柄の競泳用みたいな水着になり、麦わら帽子まで被っている。

 

「わあ! 凄く可愛いね、新鮮な感じで魅力的だよ」

 

「……はんっ。ありふれた言葉だが臆さず言えた事に免じて及第点はくれてやる」

 

 そんな風に言うけれど、既に表情だけでなく声にも嬉しさが現れていた。

 

 本当に素直じゃないんだよな、この子。

 実は嫌われていなかった事を知った後から分かるようになったんだけれど、これがツンデレって奴か。 

 丸分かり過ぎて可愛いとしか思えないね。

 

「妖精……」

 

「……ん?」

 

 ついつい蚊帳の外にしてしまっていたけれど、そう言えばサマエルと最初の遭遇をした時に会ったと思っていたけれど、思い出してみれば基本的に姿を消していたっけ?

 

 

「ああ、そうだ。妾の名はレキア、妖精の姫にして……」

 

 珍しい事もあるもので、レキアから人間相手に名乗るなんて驚きだ。

 そんな彼女は僕の胸の前にまで来ると指を鳴らし人間サイズになる……何故か僕の膝の上に座った状態で。

 

 

 

 

「此奴の正妻になる者だ。覚えておけ、側室候補」

 

 僕の顎を撫でながら挑発的な声で告げたレキアは得意気に鼻を鳴らした……。

 

 

 

 

 

 あ~、トアラスが言いよどんだのって成る程……。

 

 



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誰が見ても面倒臭い

 私は婚約が決まった頃から既に分かる範囲でクヴァイル家に関わる年頃の娘について調べていた、婚約者になる可能性があるからだ。

 

「ふんっ。どうした、ロノス。妾が気になるのか?」

 

「いや、まあ……」

 

 そんな中、間違い無く婚約者、それも正妻になるだろうと思われるのは二人、そのどちらかが選ばれるだろうが、目の前に居るのは選ばれるであろう相手、妖精族の姫であるレキア。

 

 そんな彼女は水着姿でロノス様の膝に乗り、それが気になっているのがロノス様の様子で分かるのだが、当初は気にならなかっただろうに、今は笑顔を浮かべているが嫉妬の炎が燃え上がるのを感じる。

 

「お二人共、仲が良いのですね。羨ましいですわ」

 

 そう、私は二人の姿が羨ましい、少し前ならば上手く取り入る相手でしかなく、クヴァイル家内での高い地位を確立するのならば問題は無い。

 何故なら既姫の中でも女王最有力候補だと聞いている、ならば子供が生まれても妖精だ、クヴァイル家の跡取りにはなれはしない。

 つまり私の産む子は彼女の子よりも国内で高い地位に就ける可能性が高いという事……複数人生まれたのなら女王に選ばれない子供達はどうなるかは分からないけれど。

 

 

「仲が良い、か。まあ、他人から見ればそう思えるのかもな。だが、覚えておけ。此奴と妾、どちらが上なのか、それを……」

 

 ロノス様の膝の上でふんぞり返ったまま彼女はポンッという音と共に煙に包まれ元の大きさへと戻る、ロノス様はむせていた。

 

 

「……こほん」

 

 何事も無かったかのように咳払いをしてから肩の上に座る姿に思った、”面倒臭い”と。

 彼女についてはリアス様から話を聞いていた、あの方、本当に口が軽いし脳味噌筋肉だし、聖女としての彼女の噂とは大違いで戸惑う、いや、本当に

 

「お兄様の婚約者?」

 

「ええ、パンドラ様以外の方について詳しく……」

 

 話を少し聞ければ良いなって程度だったけれど、案外あっさり話してくれたのは確定している婚約者二人の事、妖精国の姫君レキアとギヌスの民ナミ族の族長の娘であるシロノ……後者については少し嫌そうにしていた。

 ……立場は兎も角、あの溺愛されている妹に嫌われている相手ならどうとでもなると思っていたのだけれど……。

 

「お兄様に兎に対するトラウマ与えちゃうし、脳味噌筋肉だし」

 

「え? 脳味噌が筋肉……ですの?」

 

「あら? 驚いて……ああ、違うわよ。本当に頭の中身まで筋肉になっているんじゃなくって、そうとしか思えない程に馬鹿なのよ、あの女」

 

「……はあ」

 

 憤慨しているけれど、憤慨したいのは私の方だと叫びたい。

 誰が本当に頭の中まで筋肉だと思うのか、本当に筋肉が詰まっていそうな相手に教えられるなんて……。

 

「それにしても……それ程ですの?」

 

「ええ、その通り!」

 

 いや、よく考えてみれば少し関わっただけでも頭の中が筋肉で覆われていそうな彼女でも、聖女としての噂は本物で、貴族としての教育は受けている。

 蛮族……とまでは言わないが、戦闘民族とは教育の質で違いが出るのだろう。

 一応もう少し詳しい情報を得ようと聞き出せば、嫌いな相手の事だからか口が随分と軽い……味方にするのは当然として、その後の扱いに困りそうな気がした。

 

 

「例えばゴリラだの同じく脳味噌筋肉だとか言われる私が敵かどうか分からない相手に遭遇した時、一応お兄様とかの判断を待って、敵だと分かったら速攻で殴るのよ」

 

 脳味噌筋肉に間違い無し、私は確信した。

 

「でも、あの女は違うわ。怪しいから殴り、それから考えるのよ」

 

「成る程、後から考えるのですね」

 

 ……確かに後者の方がどうかとは思う、だけれど考える事を誰かに任せるのが当たり前になっていて、結局殴るのならば……。

 

 ”五十歩百歩”、その言葉を私は静かに飲み込み、友人だと聞いているレキアについて尋ねる。

 

「うーん、一言で言うのなら……恋愛に関して面倒臭い」

 

「は、はあ……」

 

 この時、私はその言葉の意味が理解出来てはいなかった。

 今まで商会の一員として働く中で面倒な性格の者とは少なからず関わっては来たが、ゴリラなリアス様の言葉だけに何か分かり難い事が隠れているのではと疑い……違うと確信したのは今だ。

 

 

 

「それにしてもレキアが堂々と僕の事を婚約者として扱うだなんてさ。嫌いだ嫌いだって意地を張っていた時期が長いから嬉しいよ、仲良く出来てさ」

 

「ば、馬鹿者めっ!? た、確かに友としては認めたが……婚約者については母様が決めた事だから名乗ったまでだ。……調子に乗るな、愚か者め」

 

 他人から見れば”好き好き大好き”と丸分かり、小さいお顔で必死に不機嫌そうな表情を作っても隠しきれていない、本人は隠し通せていると思っているのだろうけれど。

 気位の高さは妖精の王族だからと皇族である私も理解するが、それでもこれは……。

 

 私も私でプライドから好きだという気持ちから目を逸らし、利用する為の存在でしかないと自分に言い聞かせていたのだから同類ではあるけれど……流石にアレよりは絶対にマシだと思う。

 

 腕組みをして上から目線の発言の割には肩に乗って今にも鼻歌でも始めそう、隣のトアラス様も苦笑……ああ、私、随分と彼女を敵視しているのか。

 好きな相手に好きと言えない、それも立場等の障害がある訳でもなく、寧ろ仲良くする方が良い相手、それなのに素直になれず、相手が怒ったり呆れたりしないからと甘えている。

 

 ……だから癖もあって脳内で相手の名前に様付けをしているのに彼女は呼び捨てにしているのか。

 

 

「しかし海か。……初めて来たな」

 

「あら、そうなのですね。それにしてもレキア様は妖精の姫君ですが、婚約者とはいえ此処にいらしても宜しかったのですか?」

 

 普通に考えて王族が危険な場所に助っ人に来るだなんて有り得ないだろう、何かあったらどうするのだ。

 私の問い掛けは当たり前の物だろう、けれどレキアは得意気な笑みを浮かべ、私に”その程度も分からないのか”と言っているようだった。

 

「妾が此奴を助け、此奴が絶対に妾を護りきる。それに……ふ、夫婦になるのなら助け合いだ。まあ、長い間の付き合いだ、信頼という物が……こほん」

 

 途中からロノス様に寄りかかって自慢するように語っていたのに気が付いたのだろう、咳払いをして誤魔化そうとする、誤魔化せていないけれど。

 肩に乗ったままなのも恥ずかしくなったのか頭に乗ってロノス様には顔を見られないようにするけれど、自爆にも程がある。

 

 

 

「貴様が勘違いせぬように何度も言い聞かせるが……あくまでも母様が決めたから婚約者と口にするが、妾の中では貴様は……友でしかない。まあ、貴様が頑張れば夫として見てやらない事もない。精進を忘れるなよ?」

 

「そうだね。せっかく君に友達だと認めて貰えたんだ、頑張って君に認めて貰うよ」

 

「……ふ、ふん! 口だけで終わらぬようにな」

 

 ロノス様、本当に口説く気で言っていないのだろうか?

 レキアは完全に顔が真っ赤になっているし、彼には見えていないからとニヤニヤが隠せていない。

 

「まあ! 本当にお二人は仲が良くて羨ましいですわ。私もロノス様とレキア様のような関係になりたいですわ。長い付き合いになると思いますし、色々とご教授お願いいたしますわ」

 

 まあ、私のロノス様への恋心が本物で、彼女とは仲良くしたくない……けれどクヴァイル家内での高い地位を得たいという事には一切変わりはない。

 彼の愛と高い地位、その二つを手に入れる、それだけだ。

 

 

 

 ……それにしても人がヤろうとしている時にやって来ていて、何を人前でやっているのだろうか。

 押し倒して想いを伝えたら逆に押し倒されて私が欲しいと言われたのに良い所で邪魔をされたから……正直言ってムラムラして来た。

 

 後で二人きりになれないだろうか?

 



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一応仕事は出来るらしい

漫画、活動報告に合計9p有ります


感想二ヶ月以上来ていないんだ モチベーションががが


 そもそも妾がどうして臨海学校に赴いたかというと、朝まで時間が遡る。\

 

 

 クヴァイル家の屋敷の庭と妾の管理領域を繋いでから、妾は屋敷に入り浸っていた。

 

「レキア様、お茶の準備が出来ました」

 

「うむ。ご苦労。下がって良いぞ」

 

 恭しく差し出されたのは妖精サイズに作られたティーカップ、子供のままごと遊びに使われるような安い作りの玩具ではなく、サイズこそ小さいが貴族御用達の物とサイズ以外は寸分違わぬ……人間の技術は凄いな。

 妖精族と交流のある聖王国の職人ならば我々が使う事も想定して技術を高めているだろうが安くはないだろうに。

 

 紅茶と茶菓子を用意したメイドは妾の言葉に素直に下がり、妾は誰も見ていない事を確かめると体のサイズと比べると小さいベッド程もある皿に載せられたマシュマロを両手で持ち上げた。

 一口噛めば口の中に広がる甘み、質は妖精の国の物も負けてはいないが、このサイズは人間の国に行かねば容易には手に入らんからな。

 

「……むふふ~」

 

 妾は姫、そして長女、そう簡単に見られてはならぬ顔がある。

 特に大好物の菓子をほうばって満面の笑みを浮かべる所とかな。

 

「普通のと……チョコとイチゴか! 流石は人間、菓子の開発に関しては侮れぬ」

 

 妖精族の菓子作りは基本的には魔法によるもの、故にオリジナルの魔法を創り出すのと似ていてどの様な物なのか明確にイメージが出来なければ難しい。

 一部の天才が居なければ新しい物は生まれず、人間は多くの物が技術を共有し案を出し合って試行錯誤で日々新しい菓子を作り続けるのだ。

 

 

「ふふふ、マシュマロ最…高……」

 

 今度はチョコのとイチゴのを千切って同時に口に運べば新しい味わい、思わず両頬に手を当ててウットリしているいた時、視線を感じて木の方を見れば庭師をやっている老ゴブリンと目が合った。

 

 見ら…れた……。

 

 

 妖精族はゴブリンをモンスターの一部と見下していた歴史があるし、妾とて魔法で創り出した偽ゴブリンでロノス達を襲った事もあるが、徐々にその考えは消えつつある、消えつつはあるのだが……。

 

 く、屈辱だっ! まさか妾がお菓子に夢中になっている姿を見られてしまうなど……屈辱でしかない!

 

「……ピュー」

 

 顔に出ていたのか庭師は妾から視線を外し、下手な口笛を吹きつつ何処かに去って行く、何も見ていない、無言でそう言っているのだろう。

 

「よし、それで良い。妾も忘れよう」

 

 昔の妾ならばゴブリン如きに気を使われてしまったと屈辱に感じるのだろうが、ロノス達と関わって変わったのだろう、そう、妾は変わり続けている。

 友とすら認めなかったのに、今では友として認めて、更には将来の夫として妖精郷にまで連れて行っているのだからな。

 

「いい加減気持ちに素直になれば良い物を……」

 

 何を言っても文句すら言われず接し方が変わらない彼奴に甘えているのだなと思う。

 愚か者は妾だというのに何かある度に愚か者と連発し、後から考えれば面倒な女だと我が事ながら思ってしまうな。

 

「昔から好きだ、愛している……そんな風に伝えねばな。正妻候補は妾とナミ族の脳味噌筋肉娘、付き合いの長さから妾が選ばれるとは思うが……」

 

 このまま変な態度を続けた場合、デカい胸が好きなロノスがコロッと参ってしまうやも知れん、それは嫌だ。

 奴の立場からして複数の女を娶るのは納得せぬが理解を示そう、そもそも妖精族の妾は妖精郷の将来を背負う姫達を産むのだし、後継者は別の女の子だ。

 

 だが、一番奴に近い者は決して譲らん、絶対にな。

 ロノスの隣は妾の居場所、他の女には数歩後を歩いて貰うぞ。

 

「さて、その為に何をすべきだ? ロノスの心を妾で染め上げるには……」

 

「それならば素直になる事ですね。レキア様は若様の前では意地を張っていますからね。端から見れば好意が丸分かりだというのに……はあ」

 

「五月蝿いぞ、レ…ナ……。貴様、何時から妾の後ろに?」

 

 妾は恋愛には疎い、政治的な事ならば学べば良いが、恋愛はどうも本を読んでも分からぬのだ。

 だから思い悩んで呟けば急に背後からレナが現れた。

 此奴、本当に何時の間に現れたのだっ!?

 

「まあ、それは別に良いでしょう。ちゃんと”昔から好きだ、愛している、抱いてくれ”と伝えられるように協力しましょう。どうぞ此方に」

 

「おい、妾は”抱いてくれ”とまでは言っておらぬ! おい、聞いているのかっ!」

 

 くっ! まさかその発言まで聞いていたのか、と言うより端から見て丸分かりとは本当なのか、流石に嘘だな、うん。

 

 

 

「大丈夫私の教え通りにすれば若様に対して自分に素直になれますよ」

 

「……そうか」

 

 妾の好意がダダ漏れ等という大嘘を吐いたレナだが、此奴はロノス達の乳母兄弟、付き合いの長さも関わる頻度も段違い、悔しいがそれは認めてやろう。

 ……一番の敵の可能性すらあるが、クヴァイル家の不利益になる真似は絶対にしない味方だとも思っている。

 ならば此処は信じるとして、一言伝えるべき事がある。

 

 

 

 

 

「貴様はロノスに対して素直過ぎるぞ、己の欲望に」

 

「私の肉欲を刺激する若様が悪いのですよ」

 

「悪いのは貴様の頭だ。舌なめずりをしながら何を言っている」

 

 此奴を信じて良いのか少し不安になって来た。

 

 

 

 

 

 

「さて、ロノスの部屋まで来たが何をやっているのだ?」

 

 妾が案内されたのはロノスの部屋、今は臨海学校に行っているので主の姿はなく、気軽に会えるようになったからこそ会えぬ時間が寂しくなる。

 妾がロノスの姿を思い浮かべ胸を締め付けられる気分を味わう中、レナは躊躇無くベッドにダイブするとシーツを掴んで顔を埋めて吸い続け……これ以上は見るに耐えん。

 そもそもベッドメイクしてあるのを崩すな、同僚に悪いとは思わんのか!

 

「どうなさいました? レキア様も若様のベッドに顔を埋め、洗濯で感じない筈の残り香を妄想するのです」

 

「そうか、遂に頭が暑さでどうにかなったのか、哀れな」

 

「……確かにそうですね。レキア様に言われた通りです」

 

 急に真顔になって起き上がる姿に安堵を……全然覚えん。

 絶対に何か頭のおかしい事を考えていると思ったら、立ち上がっての深呼吸、本当に何を考えているのやら……。

 

 

「この部屋は常日頃から若様が居られる場所、つまり若様を包み込んだ空気が充満しているという事で、その空気は服の隙間から体を包む。つまり……この部屋に入るのは若者と裸で抱き合うのと同義!」

 

「そんな訳があるか、愚か者。この家では換気をせぬのか、阿呆め」

 

「おや、何やら不機嫌ですがどうかしたのですか?」

 

「どうかしているのは貴様の頭だ、淫乱メイド……いや、貴様はもうメイドを名乗るな。そして真面目に仕事をしているメイド全員に謝れ、今すぐに!」

 

 本当に此奴は母親が戦闘欲求と性欲の傾きが真逆だな、目も当てられぬ程に。

 

「おい、何をやっている? 何故全裸になっている?」

 

「メイドを名乗るなと言われ、思い付いたのです。メイド服を脱ぎ捨て、若者のベッドで眠る事で私の匂いで戻って来た若者を包み込めるのではないかと。感謝しますよ、レキア様」

 

「するな」

 

 全裸になったレナは先程クシャクシャにしたシーツの上にダイブして体を擦り付けるようにしている、もう関わりたくないので部屋から去ろう。

 それにしても……彼奴は相変わらずデカいな。

 

 妾も小さくはないのだが、どうもロノスの周囲にはデカい奴が多い、妹は平らだが。

 自分の胸を軽く触りながら大きく育てと念じ、母様に胸の大きさを変える魔法でも習おうかと悩んだ所で背後から叫び声が轟いた。

 

 

 

「あー!? 何やってるんっすか、先輩! 折角ウチがベッドメイクしたばかりだってのにグチャグチャじゃないっすか!」

 

「おや、ツクシがやったのですね。少し右に偏っていましたよ。練習しなさい。それで手に持っているのは緊急用の手紙のようですが?」

 

「……何か叱られるのは納得いかないっすね。って、それは後で良いとして、どうもトラブルがあったらしくって若様と姫様の所に誰か送るそうっすけれど、レナ先輩はどうします?」

 

 ……ほう、誰か行っても良いのか。

 

 

 

 

 

「まあ、未来の正妻として様子を見に行くか。では、早速母様に許可をいただいて……」

 




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活動報告の漫画へのコメントあったら嬉しいです 書いて貰ったので


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乳母兄弟への認識は残当

 人間、集まれば派閥が出来る。

 そうして生まれた問題には、利害の問題誇りの問題、理屈で片付く問題と感情が邪魔をする問題があって、僕は王侯貴族や大富豪、一部の男が直面し、何とかしなくてはならぬ問題を抱えている真っ最中だ。

 

「それでな、妾はロノスとは付き合いが長い故に仕事の手伝いも母様から依頼される程に親からも信頼される仲になっている。今になって思えば仕事ついでに散策を共にしていたのだからデートのような物だな」

 

「あら、随分と仲の良いご友人だったのですね。お仕事が前提とはいえ羨ましいですわ。私など、出会った初日にお茶にお誘いしたのと、昨日水着のまま離れ小島でのんびりしていただけで、どちらも邪魔が入る始末。でも、今後はもっと張り切ってお誘いしたいと思います」

 

「ふむ。まあ、皇帝に決められた相手とはいえ、出会って間もない相手なのだから距離を縮めようとするのは悪くないだろう。……さて、ロノス。折角貴様の家と妾の家を繋げたのだ。共に暮らしているにと変わらぬし、もっと友好を深めるべきやも知れん」

 

 僕の頭の上に寝そべったレキアと真正面に座り、時々足を不自然に組み替えるネーシャ、偶に下着が見えそうになるけれど、トアラスだって”婚約者同士の会話に入る野暮は嫌だし離れているわねぇん”とか言いつつも少し離れただけの一人用ソファーに座っているだけだし、何で伝わるのかは分からないけれど軽く足を上げると魔法で強化した膝を打ち込んで来ている……はい、視線だけ微妙に下に向けるのは止めます。

 

 そんな訳で僕は静かに二人の会話に耳を傾け、何か求められた時だけ返事をするって無難な対応だ、何故ならそれしか出来ないからね。

 

 初対面なのに僕という繋がりがあり、関係性も近しい物になるからか短時間で打ち解けて仲良く会話をしている二人、実際はドロドロとした物が渦巻いていたんだ。

 

 表面上は僕とどれだけ仲が良いのかレキアが自慢し、ネーシャが羨ましがるという内容だけれど、腹の中ではドロドロとした感情が渦を巻き、マウントの取り合いだ。

 付き合いの長さを強調し、その間に培った絆を絶対防壁とするレキアに対し、ネーシャは短期間で急速に接近したというのを強力な矛にしている。

 

「二人共、仲良くなったみたいで良かったよ。喧嘩でもしたら悲しいからね」

 

「ふんっ。安心せよ。妾が此奴に対抗する理由が何処に存在する? 全く思い当たらんな」

 

 レキアは……僕やリアス以外は同年代の知り合いは姫と国民って立場だろうし、友達だって少ないだろう。

 だから今は大切な友人止まりの僕との婚約に際し、他の見知らぬ相手が割って入って来た気分だろうね。

 後は意地っ張りで誇り高いし、今の内から正妻としての立場を確立したい……そんな所かな?

 

 何にせよ、あれだけ悪態だらけだった彼女と仲良くなれているのは嬉しい。

 僕にとって大切な存在だし、結婚するのなら大切にするよ。

 

「ええ、レキア様にはロノス様について多くの事を教えて戴きたいですし、そうでなくとも仲良くしたいですわ。気が合いますもの、私の勝手な思い込みでなければの話になりますが」

 

 ネーシャは僕にとって……押し倒しておいて最低だけれど分からない所がある。

 前提として帝国との関係を考えては勿論、交流だってあるし結婚するのなら絶対に大切にする、それは必要な事だし、義務でなくしたいからする位に彼女とは絆を深めるのを望んではいるんだ。

 実は今も彼女に強い好意を抱いてはいるけれど、それは僕じゃない僕が体験した彼女との思い出による物、それは僕自身の気持ちではなく、相手だって目の前のネーシャじゃないネーシャへの物、一緒にしてはいけない。

 

 でも、彼女から伝わる好意は本物で、だからこそ流れ込んで来た想いに押し流されてネーシャを求めてしまったのだろう。

 そんな彼女はレキアには目上の相手として接し、言うなれば将来のクヴァイル家内部でレキア派に入る、そんな態度だった、表面上は。

 

 これ、対抗心燃やしているし、後から会った相手だろうが抜かしてやるって気概が伝わっている。

 僕だけじゃなくレキアも同じみたいで、大勢の異性に好意を向けられ囲まれるのなら必要なスキルが必要とされる場面だ。

 

 まあ、ネーシャの場合は好意を多く自分に向けて欲しいってのもあるんだけれど、同時に会った当初から感じている家の力を利用してのし上がろうってのも伝わって来るんだけれどさ。

 

 

「しかし、会ったばかりの相手と婚約とは驚いただろう? 妾とロノスは幼き頃からの付き合い、何せ妖精族とクヴァイル家には強い繋がりさえある故に驚きが薄かったが」

 

「ええ、ですが聞いた瞬間から夢見心地でしたわ。だって一目惚れし、日に日に恋心が募る殿方との婚約ですもの、神のお導きとさえ思いました。レキア様こそあくまでも友人だったのでしょう? 抵抗があったのでは?」

 

「いや、幼き頃よりの大切な友、家族同然の相手だ、そういう目こそ向けないが、結婚するのならば此奴しか居ないだろうと思っていた。今思えば母様もそれを望んでいた節があるな」

 

 この友好的な態度を崩さずに発生している修羅場、二人がちゃんとした教育を受けて感情に流されず冷静に対処出来ているから平和は保たれている。

 つまり、僕の今後の動き次第では平和なままだ、そうじゃない場合は今だけ無視しよう……。

 

 いや、無視しても無駄というか、今どうにかしておかないと後々面倒になるからフォローはしておかないと。

 他の子達は……アリアさんとパンドラか。

 

 パンドラは随分と世話になっているし、特に同行に注意しなくちゃいけない相手だ、だってクヴァイル家を実質的に掌握するの彼女だし、支えてくれる側じゃなく僕が支える側なんだから。

 

 アリアさんは未だ正式に娶るって決まった訳じゃないけれど、結構腹黒いからなあ、彼女。

 戦闘力はどんどん上がっているし、怒らせて暴走されたら本当に……。

 

 夜鶴は任務とか正体の事もあって正式には娶れないけれど、最初の相手だし長年好意と忠誠を向けてくれているから報いたい。

 

 レナはレナスが何やら考えているみたいだけれど……まあ、レナはレナだからね、うん……。

 

 

 こう考えると大勢と結婚するってこんなに大変なんだね、未だ実際には結婚していない状態なのに、今から悩む自分に呆れるよ。

 家を背負う、大勢のお嫁さんを背負う、領民を背負う、これは必要な事なんだけれどな。

 

 

「そう言えば……シロノ様はどの様な方なのですか?」

 

「……あ~」

 

「うっ……」

 

 ネーシャの何気ない言葉、本当なら何も無い振る舞って当然なのに言葉に詰まる、それはレキアも同じ事で、今は帝国所属の彼女に弱みを見せる訳には行かないと察してくれたのだろう。

 普段は脳筋だの蛮族だのとシロノを嫌っているレキアだけれど、ならばどんな風に説明すべきかは分かっていない、僕も分からない。

 

 リアスと少し似ている様で似ていなく、あの子がゴリラならシロノは揺れ動く赤布を前にした猛牛、戦闘欲求も凄まじいけれど性欲も凄まじく、初日に僕を逆レイプしようとしてマオ・ニュに殺され掛けたのは少し懲りたみたいだけれど、クヴァイル家の仕事で会う度に露骨に誘われている。

 

 でも、婚約者候補とはいえ他の国の所属のネーシャに情報をホイホイ渡していたらどんな風に利用されるか分かったもんじゃないし……。

 

 よし! 無難なのを思い付いたぞ。

 

「だ、大胆で積極的、真っ直ぐで気が強い子……かな? そして健康的な肉体だよ、余計な脂肪は殆ど無いし」

 

 考える前に動くと言うより考える事を忘れがちで年中発情期、そして短気、とはとても言えないから言い換えたけれど、これで良かったのか迷ってしまう。

 

 でも、言い方次第だし問題は無しって事で良いのかな?

 膨らむんじゃなくって凝縮された筋肉が全身についているし、大きな胸は余計な脂肪じゃないから嘘じゃない。

 シロノの胸って本当に凄いからな。

 

 レナやパンドラ、そしてアリアさん、大きな胸の持ち主は知り合いにそれなりに居るけれど、シロノは別格だ。

 顔も野性的だけれど整っているしあからさまに性的な欲求を向けられなかったら会うのが楽しみになるんだけれどさ。

 

 あっ、そういう面でもリアスとは違うのか。

 

 

「……ん? 今、寒気が」

 

 多分部屋が涼しいからだと思い、話を聞き終えたネーシャを観察すれば興味深そうにしていたけれど、実際は有益な情報とは言えずに残念って所だろう。

 ただ、気になるのが彼女の視線と瞳に宿る感情、シロノを彷彿させているけれど、彼女まさか……。

 

 ……うん、まあ、押し倒されたのを押し倒して服を脱がしていた途中だったし、気持ちは分かるんだけれどさ。

 

 

「……おい」

 

 頭の上から聞こえる不機嫌の塊の声、僕、今は超絶ピンチ!

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、そろそろお話良いかしらん? 後処理に追われて寝てないの。寝不足はお肌の大敵だし、皆にも関係のある話なのよぅ」

 

 流石に話が長引いたのか痺れを切らせて入って来るトアラス、正直言って助かった!

 

 

 

 

 

「それで用件なんだけれど……皆で別の所に移って貰えないかしら? 具体的に言うなら全員直ぐ近くで行動して欲しいのよ」」

 

 ……あれ? 新しいピンチの予感がするぞぉ。

 




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男装少女のお楽しみ

「全く、何をやっているんだ、僕は……」

 

 家の掟で成人までは男として過ごす、それは生まれた時から決まっている事だから違和感も覚えないし嫌だとも思えない、秘密の部屋で女の子を堪能するのは好きだけれど、男として振る舞い力を鍛え上げて行くのにも誇りを感じているんだ。

 

 でも、中身は男になったって事も無いから男なら平気でも女なら駄目な事は駄目なんだ。

 僕は跡取りの男児……ではなく、跡取りである弟を持つ女の子なんだから……。

 

 何度か起きるけれど眠気に負けて惰眠を貪る事数度、頭がボケッとするのに耐えつつ毛布をはねのけてベッドから起き上がり、全裸のままで歩き回る。

 あっ、鏡を見たら涎が垂れてるのに気が付いたし、もう一度風呂にでも入ってスッキリ綺麗になろうか。

 

「ピッ」

 

「え? 風呂で寝たら危ないからついて来るって?」

 

 敵が一度襲って来ているからとログハウスの外ではなく中で待機していたタマは僕が風呂場に向かおうとすると器用にくちばしで着替えを持ち上げて後を追って来る、僕だって風呂場で寝たりなんか……した事有るな。

 不眠不休での行軍訓練とかは頻繁に受けているんだが、どうも普通の時は起きるのが苦手になる。

 

 戦場で死ぬのは仕方無く、老いてから家族に看取られて逝くのは理想、でも風呂で寝て溺死するのは勘弁して欲しい。

 ロノスにはポチを風呂場に入れないように言った手前、タマを連れて行くのはな……。

 

「まあ、謝った後でポチの入浴も許してやれば良いだけか。何なら背中でも流してやって機嫌を取れ…ば……」

 

 一緒に風呂、つまり混浴、要するに裸の付き合い……つまりは僕がさっきまでベッドの中でやっていた事で……この言い方だとヤったと間違われそうだな、頭の中のことを誰が間違うんだ、落ち着け、僕。

 

 混乱しながらも思考を続け、冒頭の呟きに戻る、今更ながら羞恥心で頭が働きそうにないのだが……。

 

  僕は彼に何をした?

  答えは簡単、裸になって同じベッドに誘ったんだ。

 

 彼奴の分の毛布が無かったし、僕は裸じゃないとゆっくりと眠れない、そんな理由に付け足して彼奴が変な勘違いをして襲っては来ないと信頼しているし、その信頼も伝わっているから、何も疚しい事は無かったが……。

 

 端から見ればそんな関係に見えるのだと、今更ながら自覚してしまった途端に恥ずかしいし、他人がしそうな何があったかの想像を僕もしてしまった。

 

「……そうだな。僕が目を覚ますと後ろから抱き締められて、抵抗するんだけれど敵わずに……」

 

 正直言って魔法無しの単純な近距離戦なら僕が有利だろうが、想像の中で僕はロノスに敵わずに押さえ込まれ、そのまま純潔を奪われる。

 やがて快楽に負けた僕からも彼奴を求め、彼奴の前では完全に女にされて……。

 

「はっ!?」

 

 我に返った時はもう遅い、頭の中はピンクな妄想で一杯で追い払おうにも追い払えない。

 軍での仲間達は男が多く、猥談を結構しているから性欲は男の方が強いのかも知れないが、女の子だってそんな気分になる時があるんだ。

 

「彼奴のせいだ……」

 

 理不尽だとは思うが、目を覚ましたらロノスが多い被さっていて、その後で何も無かったが僕が裸のまま一緒のベッドで眠ったし、責任を頭の中だけでも押し付けさせて貰う。

 

「……ピ」

 

「分かっている、分かっているさ……」

 

 ”理不尽かと”、そんな風にタマに言われるまでもないが、別に責任を本人に追求する訳じゃないんだ。

 別の形で僕の中だけで責任を取らせる、それだけだ。

 

「タマ、ちょっと脱衣所で待っていてくれるか?」

 

「……ピィ」

 

 僕が今から行うのが、その時に思い浮かべる相手が誰なのか察したのか、タマは困った風に溜め息を吐きながらも脱衣所への扉を閉めた。

 タマはサンダー・ドラゴン、価値観も種族も人間とは違うけれど、知能は高いし言葉が通じる相棒だ。

 以心伝心、一心同体、そんな存在とはいえ、見られたくない姿だってある。

 

 

 

「ひゃっ、ロ、ロノス……」

 

 誰も居ないからと妄想の中の言葉を実際に口に出し、溜まった物を発散させる。

 親友をそんな事に使う背徳感は興奮を加速させる反面罪悪感すらあるが、僕の本当の性別を知っていて、ちゃんと女の子扱いしてくれるのは彼奴だけなのだから許してくれ、絶対に教えないから謝る機会は無いだろうが。

 

 ポチと一緒に出たし、妹の所に行ったのなら帰るのに時間が掛かるだろうが、何かあった時の為に早く終わらせよう。

 

「……何をやっているんだ、僕は」

 

 我に返る事数度、僕は普段から溜めている欲求を何度も何度も発散させるのだった。

 

 

 

「さて、後一度だけ……」

 

 もう何度もロノスを使って……うん、色々と気持ち良くなったが、流石に疲れて来た。

 でも、これで彼奴の顔をちゃんと見れるだろう。

 ”ムラムラしたから君の顔が見れない”、だなんて親友に対して言えないからな。

 

 

 ……ちょっと思う、僕と彼奴は性別関係無しに友情を結んでいるが、芽生えたのが恋愛感情だったらどうだったのかと。

 恋愛と性欲は別だからそんな目で見てしまったが、恋をしているのかと問われれば答えられない。

 

 只、一つだけ言えるのは……。

 

「ロノス、君は何があっても僕の親友だ。例え祖国が争い敵に回っても、それこそ君の所に嫁入りしてもな」

 

 何となく口にしたが、気軽に関わる事を考えれば悪寿はない考えだが……うん、”友情に口出しされるのは嫌だから結婚してくれ”とか言われたら彼奴は困るだろうし、僕だって困る。

 

 だからまあ、これは笑い話の種にしかならないが……ちょっとだけ面白そうと思った。

 

 

「さて、残り一回はどの様なシチュエーションにすべきだろうか? 強引に迫られるのも、恋人として人目を忍んでのもやって……ふむ、矢張り互いにおふざけで触り合っていたら興奮の勢いで、これだな」

 

 そうと決まれば邪魔が入る前に、僕は早速状況を思い浮かべながら胸に手を持って行き、魔法で桶の中のお湯を冷水に変えるなりのぼせた頭に被って冷やす。

 

「……お客様か」

 

 軍人一族としての物か、それとも男装を続けて身に付いたのか、直感がログハウスに接近する存在を知らせてくれる。

 文字通りの意味の客か、招かれざる客かは知らないが、真正面から迎え撃とうじゃないか。

 脱衣所に飛び込んで手早く体を拭くとサラシで胸を潰し、チョーカーで首を隠す。

 武器は持ち込んでいて、タマも臨戦態勢を整えて全身が膨らんでいた。

 

 

 

 

「お楽しみを邪魔してくれたんだ。招いていない無粋な客人には早々にお引き取り頂こうか」

 

 

 

 

 



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嵐の如き男(尚、草属性)

 お楽しみ中に訪れた招かざる客人、敵か味方か判断出来ず、僕とタマは敵の侵入や外からログハウスを巻き込む大掛かりな攻撃など敵だった場合を前提に構えていた。

 

「来たか。ただの客人だった場合、武器を向けられドラゴンに威嚇され、随分と驚くだろうな」

 

 なあに、元々異常事態が発生したから帰宅者が出ている現状、謝れば普通の客でも問題無いだろう。

 ……実の所、僕もタマも敵である事を内心では期待している節があったのは否定出来ない。

 

 タマはサンダードラゴン、元々好戦的で気性の荒い種族であり、僕だって幼き頃より軍事訓練漬け、何かを、誰かを守るのが役目だとは分かっているが、力を付ける事と、それを強敵相手に試す事に快感を覚える人種だ。

 

「さあ、敵だったならば楽しませてくれ」

 

「ピィィィィ」

 

 だが、相手はドアの前で立ち止まるとノックを数度、敵でなかった事に安堵と落胆が入り混じるも、次の瞬間には雷鳴の如き轟音によってログハウス全体が振動する。

 

 

 

 

「失礼するぞ! 入っても構わないだろうか!」

 

 ドアを隔てているというのに耳を塞ぎたくなる程の声量を出してニョル・ルートが来訪を告げていた。

 

「有り得ないだろう、普通……」

 

 とても人間が出して良い声量じゃない、大型のドラゴンの咆哮を間近で聞いた気分だと、半分くらいドアの向こうの先輩が実は人間ではない説を抱く僕なのであった。

 

 って、窓ガラスにヒビが入っているじゃないか……。

 

 

 

「そうか、声が大き過ぎたのか。今後は気を付けよう」

 

 正直言って直ぐに帰って欲しい所だが、相手は先輩な上に監督補助の役目を背負っている、何か重要な用事があるのなら二言三言話して即帰って貰う訳にも行かず、今は通して先に言うべき事だけは伝えたのだが、どうやら話せば分かる相手らしい。

 ふむ、勝手にロノスの妹の同類だと思っていたが、僕が彼について知っているのは噂の内容が中心なのだ、判断するには材料が足りないだろうにな。

 

 

「本当に! 申し訳無い限りだ!」

 

 テーブルに指を食い込ませながら握り締め、ぶつかった分厚い板が陥没する勢いで頭を下げる。

 その時の声は鼓膜が破れるかと思った程で、頭がクラクラする。

 

 

「反省だけならゴリラでも可能だぞ」

 

「ぬっ!?」

 

 何故驚く……。

 

 噂には聞いていたが、此処までとはな。

 将来的に王国との付き合いを控えろと父や弟に提言すべきだろうか……。

 

「取り敢えず普通の大きさの声で用件を告げろ、そして即座に帰れ」

 

 訂正、此奴は間違い無く頭の中まで筋肉が詰まっている、完全にリアス(あの子)の同類だ。

 僕は耳がキーンとなる中、最早先輩だからと丁重に接する気が失せていた。

 

 うん、本当に何を伝えに来たのやら。

 くだらない内容なら殴って良いよな?

 

 まあ、声が五月蠅いのもあるが、僕の性別が発覚するのも不味いからな。

 ずっと隠し通して来たんだ、今更少し話した所でとは思うのだが、この手の馬鹿は妙に鋭い、ロノスもそんな所があるから用心だ。

 それでも余程の事が無ければ安心出来るか……。

 

 

「実は帰宅する生徒も多く、男子生徒は君達四人なの……だ」

 

 今、大きな声を出す所だったな。

 

「ふむ、もしかして帰宅者が多いから結局中止か?」

 

 そうならば僕の水練は実家で行うのか、少し困ったな。

 浅い所なら何とかなるが、足が着かない所や流れや波によっては未だ駄目な場合もあるし、どうせなら友人と仲良く練習をしたかったのに残念だ。

 

 

 

 

 

「いや! 我々が屈しないのは変わりなし! 人数が減ったのを幸いとし、全員で固まって生活する事になったから安心すると良い! 共同生活だが、全員全く無関係でもないのだから安心だな! おっと、声が大きくなっていた!」

 

 

 前言撤回、安心不可能っ! 

 ちょっと待て、固まって暮らすって、ロノス以外の奴と共同生活って……不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 尚、ガラスは今の大声で完全に割れた。

 

 

「それでは俺は残りのログハウスを回るから失礼させて貰おう! ロノス・クヴァイルには修繕の手間を掛けさせたと伝えてくれ! 俺も改めて謝罪に伺うがな!」

 

「来るな。もしくは外で謝れ。ガラスがまた割れる」

 

 まさに嵐の如き男だったルートは騒ぐだけ騒いで帰って行った、本当にまた来るんだろうな。

 真っ直ぐな男ではあるし、善人なのは間違い無いのだろうが……暴走が激しい所があるのは本当に厄介だ。

 

 

「……本当に来ないでくれ」

 

 心の底から思う、王国貴族に生まれなくて良かった、と。

 

 

 

「ロノス、君はどうするべきだと思う? 本来ならば帰るべきなのだろう、一族の掟は絶対だ。いや、君にバレている時点で問題だし、学校側にも協力要請をする時点で……うん」

 

「もうグダグダな気もするけれど……それでも掟は掟だ、無視は出来ないってのは分かるよ。君は帰りたくないんだよね?」

 

「ああ、のんびり過ごせるのは今だけ、軍に正式に配属されれば国外の友人は勿論、国内の知人とも中々会えなくなるだろうし、嫁ぐ家によってはアッキレウス(レース)に出場することすら無理だ。君は僕にとって大切な相手だからな。まあ、普通に逃げ帰るみたいな真似は誇りが許さない。軍人ってのは舐められたら終わりだよ、貴族以上だと僕は考えている」

 

「……僕もアンリとは一緒に臨海学校を楽しみたいな。さて、どうやって隠し通すかだけれども、アカー先生にも手を貸して貰わなくっちゃね」

 

 ネーシャに用があると出掛けたロノスだが、向こうで僕と同じ話を聞いたらしくて用事をすませるなり飯も食べず妹に会う事すらせずに急いで帰って来てくれた。

 あの妹とペット相手には馬鹿になるロノスが……あの妹とペットが関わると頭のネジが半分以上吹っ飛ぶロノスがだ。

 ……僕の事を心配してくれたんだな、僕は本当に素晴らしい友人を持ったよ。

 

「……君を使った事に今更ながら罪悪感が物凄い」

 

「うん? 僕を使う?」

 

「……何でも無い。と言うか……聞くなっ!」

 

 君をっ! 性欲発散の為にイメージの対象として使っただなんて! 言えるかぁああああっ!!

 

「そっか。聞かれたくない事なら僕は何も聞かなかった事にするよ」

 

 ぷいっと顔を逸らせばロノスは何時もみたいにヘラヘラ笑っているんだろうって声で告げて来て、罪悪感は消えたんだけれど恥ずかしいな、これは。

 顔見るの、余計に辛くなったぞ……。

 

 

 

 

「だからこれは一人事だけれど……僕で良ければ何にでも使って良いよ、家に迷惑が掛からない範囲ならね。ああ、僕も君を……」

 

「つ、使うなっ! 良いか? 絶対にだぞ!」

 

「あっ、うん……」

 

 




応援待ってます


二次創作新作やってます


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相性

 水死体はかなり悲惨な見た目になりがちらしい。

 体は海水を吸って膨らみ、柔らかい部分を魚に食われて傷口から肉がはみ出る、とても溺死体を見ても身元の判別は難しくなるのだ。

 

 ロノスとアンリが話をする中、体を三つ叉槍で貫かれ高重力で潰されてグチャグチャになったミントの死体は海中を漂っていた、

 潮の流れが停滞しているのか殆ど動かず、餌を求めて寄って来たらしい魚が顔の近くに寄って来る。

 柔らかい唇を狙って口の先でツンツンと数度突っつき、噛み付こうと口を開け、そのまま動き出したミントの手に胴体を掴まれる。

 ジタバタと暴れるもミントの指はガッシリと食い込んで逃れられず、鱗を指先が貫いて絶命させるなり逆に魚の頭がミントによって食い千切られ、そのまま頭が無い死体が海中に捨てられて血が流れ出していた。

 

「……不味っ」

 

 口から泡を出しながら呟き、そのままミントは泳いで海面に顔を出した時、服に穴が開いたままだが肉体には傷一つ無い綺麗な肌のまま、不愉快そうに顔を歪めて咀嚼した魚の頭を吐き出した時、ミントと同じく白い細腕が差し出された。

 

「……大丈夫?」

 

「一度死んで体グッチャグチャにされた以外は何とか。あー、お腹減った。お菓子持ってる?」

 

 ミントに手を差し出したのは海面を走る馬に乗ったミント、彼女自身も海面に立ったまましゃがんでミントを海中から引き上げ馬の背中に乗せて心配しているのかしていないのか伝わり辛い声で小首を傾げる中、上半身を起こす余力も無いらしいミントはへばった姿勢のまま、口にお菓子の食べ滓をつけたままのロザリーに手を差し出した。

 

「ミントがお腹減ってると思ったからクッキー持って来た」

 

「それで全部食べちゃった?」

 

「美味しかった」

 

「そっか、美味しかったかぁ……」

 

 お菓子を要求した時から何となく察してはいた、そんな様子を見せながらミン

 

トは深い溜め息を吐き出すので合った……。

 

それに続く様に鳴り響くミントの腹の音、ロザリーはそれを聞いてから彼女と彼女を乗せた愛馬を交互に見やり、そっと馬のたてがみを撫でた。

 

「ミントの為だし食べられてあげて」

 

「止めなさいよ、可哀想でしょうが」

 

「食べないの?」

 

「食べられるかっ! ……ったく、さっさと塔に戻るわ…よ…マジか」

 

 余力を振り絞り怒鳴ったのか先程よりも力が足りない様子のミントは途中で言葉を止め、その落胆した姿にロザリーは疑問符を浮かべていそうな顔で首を傾げている。

 

「パンツ無くした……。パンツ、また失った……」

 

「また?」

 

 それだけ言い残しミントが意識を手放す中、愛馬の手綱を握って引き返そうとしたロザリーは途中で足を止めると馬に囁いて先に行かせる。

 僅かではあるがその瞳には決意の炎が宿っていた。

 

 

「任せて。パンツ、探し出すから。私が絶対にパンツを見付けて見せるから。だから、お腹一杯食べて待っていて。例えノーパン状態が辛くても」

 

 先程からの溜め息を含むミントの落胆した様子、ロザリーの中ではパンツを紛失したからだと結びつく。

 だから決めたのだろう。

 ミントの紐パンは自分が絶対に探し出すのだ、と……。

 

 

 尚、ミントがこの言葉を聞いていたら頭痛を覚えながら言うだろう、”私、他にもパンツを持っているんだけれど……”と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ! それでは離れていてくれ!」

 

 帰宅の期限である臨海学校三日目の正午、残った全員での共同生活をする事になった臨海学校、アンリの性別をどうやって誤魔化すのか明確な答えが出ない問題を抱えつつも僕は砂浜に出て、マナフ先生の魔法によって大量に切り出された木材の山を見ていた。

 

 自分に何かあった時の事を考えて一時の屈辱を選んだ帰宅組や、口では帰宅組の振りをしているけれど怖かっただけの逃走組、そもそもハンティングで合格ラインに達しない失格組、それらを省き、残ったのは僅か数名。

 

 男子(と男子って事になっているのは)僕、フリート、アンリ

 

 女子 リアス アリアさん ネーシャ チェルシー

 

 そして助っ人としてフリートとチェルシーは家の騎士(フリートが男でナタリーが女)を呼び、アリアさんは呼ぶ相手が居なくって、ネーシャはこれだけの人数が居るのだから呼ぶ必要はない、との事。

 

「ふふふ、ロノス様に守っていただけたなら幸いですわね」

 

 まあ、こんな感じだ。

 何かあった場合が怖いな……。

 帰れと言って帰る性格じゃないだろうしさ。

 

 そして僕の所にレキヤが来た……迄は良かったんだけれど、レナでも来ると思っていたら来たのは別の人、来なくて寂しいのと安心したので半々だ。

 いや、開放的な場所な上に周囲に人が居る所で誘惑されでもしたらさ、しかも水着で。

 

 うん、ちょっと残念かな? ちょっとだけ……。

 

 

 兎に角、此処のメンバーは襲撃されている身だ、要するに侮られたって事で、簡単には帰る訳にはいかない。

 狙われたからこそ帰るべきと言う意見も有るだろうが、国がバラバラなせいで自分だけ逃げ出せはしないってのが面倒だ。

 まっ、家の面子を背負うのも僕達の役目だよね。

 

 

 僕達が砂浜で見守る中、ルート先輩の魔法によって木材が組み合わさり、巨大な建物へと変わって行く。

 頭の中まで筋肉で一杯で、なんでもかんでも筋肉で例える熱血漢な一族、それが僕が知るルート一族だけれども、同時にこの一族の特徴として植物を操る変異属性の使い手が多く生まれ、秘伝魔法を継承し続ける。

 尚、ゲームでは攻略キャラだ。

 

「俺様って攻撃力最高の火属性の名門だがよ、偶~に珍しいのも使いたくなるんだよな」

 

「まあ、アンタの魔法って破壊一辺倒だものね」

 

 僕達が共同生活を送るのは彼が現在建設中の巨大な木造建築、何故か丸みを帯びたキノコ型の可愛らしい見た目なんだけれど、趣味だろうか?

 いや、しかし聞き辛いよね、可愛いのが趣味なのかって。

 

 

「ねぇ、ニョル。随分と可愛らしい建物だけれど趣味なのん?」

 

 

 

「趣味だ! 俺は可愛い物が好きで、女の趣味も美人よりは可愛い系だぞ!」

 

 こんな時、空気を読まずに質問してくれるのはリアスなんだけれど、今回はトアラスだ。

 おっと、僕達を見てウインクしているし、流石は拷問貴族、表情から心の機微を読みとったな。

 

 そして趣味か、そうか、趣味なのか……。

 

 

 

「よし! 完成したぞ!」

 

「あらん、素敵になったわね」

 

 木材を自由自在に組んでキノコ型の建物に変えた上、表面に苔を生やしてカラーリングも絵本に出て来そうな見た目、でも、防衛設備としては足りない気がするんだけれど……。

 

 

「内部は勿論、一人一部屋、男女は談話室を挟んで分けている! 当然ながら風呂も別だぞ!」

 

 可愛さばかりを追求したかと思ったら、内部もちゃんとしているらしい。

 

「男女別……」

 

 困った様に呟くアンリ、そりゃそうだ、誤魔化すのに都合が悪すぎるんだ。

 先生が二年生二人を押さえてくれるとして、フリートをどうやって誤魔化そうか。

 ルート先輩の気遣いは当然の事なんだけれど、それが彼女を追い詰めるんだから困ったな。

 

 そもそも性別を偽るとか、どうしてそんな掟があるんだ、ヒージャ家にはさ。

 国には国、家には家の掟とその理由が有るにしろ、今だけは文句が言いたかった。

 

 

 

 

 

「でもん、ちょ~っと防衛性能に問題が有るしぃ……私も手を加えさせて貰うわん」

 

「手を加える? それは一体どういう意味……」

 

 これが返答だとばかりに地中から飛び出す有刺鉄線、そしてアイアンメイデン。

 アイアンメイデンが建物を取り囲む塀になり、入り口と窓を除く全てが覆われて……。

 

 

「お、俺のキノコハウスが……」

 

 随分と厳つくなりました。

 寧ろ可愛いキノコ型だったせいで余計に厳つさが上がっているような……。

 

 

「ごめんなさいねん。でも、こっちの方が良いと思うわん」

 

 呆然とした様子で要塞と化した建物を見るニョル先輩、そしてケラケラ笑いながらその姿を見るトアラス。

 この二人、仲が良さそうに見えたけれど相性悪いのかな……。

 

 



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フラフープは意外と鋭い

難産!


 敵の敵は味方、そんな言葉があるが俺様は肯定も否定もしねぇ、いや、しちゃいけねぇんだよな立場的によ。

 強敵が現れて、其奴に恨みを持ってる奴が居るから力を合わせる、これは珍しい話でもねぇ、利害の一致で手を組むのは普通の話だな。

 面倒な奴に他のをぶつけて消耗させる、あわよくば弱った両方ともぶっ倒して利益総取り丸儲け……ってのはこっちも向こうも考える事、自分と自分の大切な部下の消耗をどれだけ抑えられるか、敵の敵なんてそんなもんだし、三つ巴だって有り得れば共通の敵を倒した瞬間に味方が即座に敵になるってのも考えるのが俺様みてぇに部下を率いて前線に出るタイプの司令官の役目だと親父からは教わって来た。

 

 そんな中であっても人は信じたいし、ずっと味方で居てくれる相手だって欲しい、内部分裂で勝手に弱まるのは敵だけにして欲しいぜ。

 同じ国内でも権力争いが起きるし、それは血の繋がった兄弟、時に親子の間でも起きちまうのが悲しいが、俺様には血縁者じゃねぇものの味方で居続けて欲しい奴が居る。

 

 個人的な意味でも、戦力的な意味でもな。

 

 ロノス・クヴァイル、俺様のダチで愛する婚約者の幼なじみの一人、此奴は敵にはしたくはねぇな。

 妹の方も厄介だし強いんだが、こっちが使った魔法の時間を操って魔力に戻すってなんだよ、反則だろっ!?

 その癖、向こうは好き放題魔法を使う上に魔法無しでも強いんだから、どれだけ戦って肉体の質を上げ続けたんだよ。

 

 

「……妙な話なんだよな」

 

 まあ、絶対に追い付いてやるよって感じのダチは別に今は良いんだよ、今は。

 ベッドに寝転がり天井を見上げれば妙にラブリーな猫が描かれているし、普通に建てただけじゃなくて所々にこんな感じの物がチラホラ、窓なんてハートや角が丸い星形……とかも気にはなるが今は別の事だ。

 

 敵の敵が味方とは限らねぇが、友達の友達は友達じゃねぇ、例えばモンスターに騎乗して挑むレース”アッキレウス”で知り合ったっていうアンリ・ヒージャ、エワーダ共和国の軍門一族の長男……どうも変だ。

 

 

「風呂を一人にして欲しいだぁ? 別に野郎と裸の付き合いをしたいとか思ってねぇが、わざわざ言って来るだなんてどうしたんだ?」

 

 それは共同生活をする為の巨大ログハウス(絵本に出て来そうな丸っこいキノコ型で有刺鉄線が張り巡らされ、アイアンメイデンが塀の替わりに立ち並ぶ……怖いだろっ!?)でのルール決めの話し合いの途中、取り敢えず俺様は温ぃ風呂が好きでロノスとアンリは熱いのが良いから後から沸かすか冷やすかするって纏まった後、そんな事を言い出された。

 

 ……まあ、他人との風呂が嫌だって奴は居るんだろうが、どうもロノスまで加わって頼んで来るのはどうも怪しいんだよな、おい。

 

 

「傷……は見えている所にも有るし、そもそも軍人なら名誉の傷跡は勲章物……だったら逃げ傷か? それならまあ……いや、本当に俺様は何を気にしているのやら馬鹿馬鹿しい。チェルシーの所にでも行くか」

 

 知り合ったばかりだし、共闘を一度だってした相手でもない、そんなのが他人に裸を見られたくない理由を考えてもどーでも良いや。

 そうと決まれば早速出ようとベッドから起き上がった時、庭で安楽椅子に座ってボケーッとしているアリアの姿。 

 それを見た時、ある考えが頭を過ぎる。

 

「まさか傷以上に見られちゃ拙いもんでも体にあるとかか? 例えば……テュラ教徒の証の入れ墨とかよ」

 

 ロノス達の先祖である先代の聖女……いや、あの馬鹿が今代の聖女だってのは意味不明だが、その先祖はきっとマトモだった筈、その聖女が倒して封印したとされる闇の女神テュラ、人間を滅ぼそうとした存在。

 それを信仰する証として消えない印を肉体に刻み込んで……其処まで考えて吹き出す。

 

「有り得ねぇ有り得ねぇ。実は女だって位有り得ねぇ。……女じゃねぇよな?」

 

 喉の辺りをチョーカーで隠しているし、ゴリラ娘みたいに平らだってんなら誤魔化せるよな、顔も中性的だしよ。

 こんな考えが浮かぶのもビリワックの野郎に勝てなかったからだ、俺様は絶対に負けてはいないが、勝ちだって言える程に面の皮が厚くもない。

 

「うっし! さっさとチェルシーを誘って来るか。大切なモンを再確認するのが強くなる為の近道だ」

 

 家、領地、領民、ダチ、好きな女、守りたいと思う存在は沢山あって、背負うモンのお陰で俺様は強くなろうって思い続けられる、対等なダチなのに強さじゃ到底敵わない奴が居ても心折れずに居られる。

 

「本当、彼奴には頭が上がらねぇぜ。……将来絶対尻に敷かれるな」

 

 それはそれで悪くはねぇが、ちょっと複雑な気もするがよ……。

 

 

 

 

 

 

「ロノスさん、私と遊びに行きませんか? えっと、出来れば二人っきりで……」

 

 僕が外の空気を吸おうと部屋から出た時、アリアさんにそんな風に誘われた。

 水着の上からシャツを着ただけで下の部分は見えているし、何というか……うん、普通に水着なだけよりもこっちの方が僕の好みだ。

 

 顔を赤らめモジモジしながら上目遣いで期待を込めた表情、何を期待しているのかは何とな~くだけれど予想出来るんだよね。

 彼女に好意を伝えられていて、僕も拒否する所か個人としても家としても受け入れる可能性を出していて、今回の臨海学校では他の女の子と過ごす事が多かった。

 ネーシャと一緒に居た時に急に乱入して来たし、彼女の予定では僕ともっと仲良くなる気だったんだろうな。

 

 

「うん、じゃあ二人で遊ぼうか。折角の海なんだし、君と楽しみたいからね」

 

 アリアさんは僕にとって大切な存在だ、ないがしろになりがちだったのは間違い無いし、可愛い子と二人で遊ぶのは絶対に楽しいだろう。

 じゃあ、思い立ったら吉日って事でアリアさんがしたみたいに邪魔されないように行こうか。

 

 アリアさんの手を取り、気が付かれないように急ぎながらも静かにログハウスから抜け出していった。

 

 

 

 

 

 

「所でリアス達の姿が見えないけれど何をしているんだろうね? お陰で見つからずに抜け出せんだけれどさ」

 

「実はネーシャさんの発案で女子会で親交を深める事になったんですが……疲れが残っていて眠いと騙しちゃいました。えへへ」

 

 悪戯が成功した事を誇る子供のようにアリアさんは舌の先を出して笑う。

 普段から明るい振りをしているだけの彼女だったけれど、この時は心の底から楽しんでいるように見えて、今までの作り物の笑顔の何十倍も魅力的に見えた。

 




感想でモチベーション上げたいのです


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ゴリラin女子会

「妾毛が思うに貴様には余裕が足らぬ。故に恋愛が上手く行かんのだ」

 

 本当は今日の午後から行われる筈だった課外授業だけれど、予想以上に帰った生徒が多いせいで中止になっちゃって、マナフ先生は私達に本日丸々休みを言い渡した。

 だから遊んで遊んで遊びまくる気だったんだけれど、女子会をやろうってネーシャが言い出したからお菓子目的で参加したのだけれど・・・・・・。

 

「そ、そうっすか。まあ、アタイ・・・・・・ウチは未だ十八っすし、彼氏すらいなくたって平気っすよね」

 

 レナが来ると思っていたら、何故か来たのはツクシで、始まっちゃった恋バナ。

 お兄ちゃんの事が大好きなのに嫌いだって言い張って、祖国の婚約者として妖精達に紹介しておきながら友人としか認めない、けれどもお兄ちゃんには分からないようにしながら傍から見ればデレッデレ、そんなレキアが偉そうに恋愛について語ってた。

 よーく知る奴なら口を揃えてツッコミもを入れるんじゃないかしら?

 

「いや、アンタが言う?」

 

「なぬっ!?」

 

 当然私は指摘するわ。

 ネーシャは将来は正室と側室の関係だし、チェルシーは恋愛関係は一番充実しているからか余裕で流しているし、その相手は大嫌いだけど、私。

 まあ、そんな風に自分の恋愛が一歩前進、普通の恋愛まで一万歩は残ってそうなレキアが偉そうにツクシに語る資格って無いわよね?

 

「先程から菓子を貪るだけの貴様が何を言うか!」

 

「だって私は恋愛とか興味無いし、それよりも戦いの方が好きだし、アンタは面倒だし。あっ、ツクシ。そーいやアンタって十八じゃなくって二十・・・・・・」

 

「十八っす! ウチは十八っすから余裕があるっす! あーもー! ウチの事ばっかりじゃなくって姫様以外のお嬢様方恋愛話をするべきじゃないのさ!」

 

「いや、彼氏が見付からない事を愚痴ったのは貴様・・・・・・いや、良い、妾が悪かった」

 

「確かに酷いわね。ツクシって彼氏いない事に焦ってるんだから。ほら、今年で二十四……十九だったわね、うん」

 

「ええ、十九っすよ!」

 

 

 うん、今のは私が悪かった、だから直ぐに黙ったけれど……ツクシって元ヤン?

 何か凄くメンチ切って来たんだけれど。

 

「うーん、じゃあ次はレキア様に聞きたいんだけれど、若様とはどんな風にイチャイチャしたいっすか?」

 

「妾は別に奴とは……

 

「あー、はいはい。例えばの話で良いっすから」

 

 メンチを切ると言えば……メンチカツ食べたい、中にチーズ入ったのでお肉は粗めの食感ゴロゴロの奴を希望。

 アリアは眠いからって参加してないし、チェルシーはフラフープとの惚気話になっちゃうし、ツクシは妙に必死な感じだし、私には話が振られないし、振られても困るんだけれど。

 

 女子会って響きに何となく誘われてお菓子も出るからと参加したんだけれど、私としては何処の店でガッツリ系の肉料理を出しているかとか、どの屋台の麺料理が大盛りだとかの情報交換をしたかったのに……。

 

「仮に、仮にだぞ! ……お互いに好きだと言いつつゆっくりと過ごしたい」

 

 過ごせば良いじゃない、好きだって素直に言ってさ。

 何時も偉そうなレキアがお兄ちゃんとの恋愛の話になった途端に恋する乙女になっちゃうのは可能なら動画に撮りたいけれど魔法でどうにかならないかしら?

 まあ、そんな感じで私はボケーッとしながらお菓子に手を伸ばす。

 

 食べ過ぎ?

 まあ、私だって女の子だから気にするし、後でモンスターの二、三十匹でもぶっ倒すべきね。

 

「それでこの前なんてアイツったら……」

 

「ふーん」

 

 乙女として守るべき物を守る決意をしながらチェルシーの惚気話を聞き流し、砂糖を入れていないのに甘い気がする紅茶を飲み干す。

 直ぐにツクシが新しいのを注いでくれるけれど、恋バナに参加しながらもよく働くわね。

 

「にしてもレナが来なかったのはどうしてかしら? ツクシが悪いって事じゃなくって、レナって私達の護衛でもあるじゃない?」

 

「レナ……先輩は、うん。ちょっとありまして」

 

「彼奴は気にするな。何時も通りだ、問題しか無い……ではなく、問題無い」

 

 二人にそう言われたら何も言えないんだけれど、何時も通りだからツクシが代理で来たって、レナが年中発情期でお兄ちゃんへのセクハラ常習犯って事しか思い浮かばないわ。

 

「姫様も退屈そうにしてるっすし、話を変える前にネーシャ様の方はどうっすか? 若様とはどんな風にイチャイチャしたいっすか?」

 

 話を振られたネーシャだけれど、彼女ってどうもクヴァイル家を見てる感じだから苦手だわ、私。

 そりゃゲームでは私に邪魔されていたけれどお兄ちゃんとは心通じ合った婚約者よ?

 でも私も向こうも全然性格違うし、どうせ上辺だけの事言うんでしょ。

 

「私は……愛するロノス様にご奉仕がしたいですわ。一緒に居るだけで幸せをいただいていますもの、お返しがしたいのです」

 

「……ぬぅ」

 

 レキアが僅かに警戒した感じだし、私もちょっと驚いた。

 えっと、何か悪い物でも食べたのかしらね?

 私だって偶に変なモンスターを食べようとするし、ネーシャも珍味と思って食べたせいで今みたいに本当に恋した感じになってるのよ、多分。

 

 自分の発言が恥ずかしいって感じで両手で顔を覆う姿を見た辺りで私はお菓子を掴んで口に押し込むと立ち上がった。

 

 

「ちょっとトイレに行ってくるわ」

 

「姫様、そこは別の言い方で。お花を摘みに行くとかあるっすよ?」

 

 溜め息混じりのツクシの注意、何か諦めてるって感じもするわね。

 ……何故かしら?

 

「どうせ伝わるなら同じじゃない?」

 

 さっきから紅茶をガブガブ飲んでいたからトイレに行きたかったのよね。

 別に”小便してくる”や”糞垂れてくる”って言った訳じゃ有るまいし、今は聖女のお仕事中じゃないんだから勘弁して欲しいわよ。

 

 

「姫様、そういう所っすよ」

 

「そういう所ですよ、姫様」

 

 ……どういう所?

 

 チェルシーとツクシの盛大な溜め息を背後に感じながら私は一旦部屋から出て行く。

 貴族の為の部屋だけあってそれなりの人数が入っても余裕があったけれど、こうして廊下に出れば覚えるのは開放感、グッと伸びをしてトイレへと向かって行った。

 

 

 

「ふぅ、スッキリ。……ん? アレってアリアとお兄ちゃん?」

 

 窓から庭を見ればコソコソと出て行こうとする二人の姿、私は瞬時にピーンと来たわ。

 

 

「二人だけで美味しい物食べに抜け出すのね! 面白そうだし私も付いて行こうっと!」

 

 私に気が付いたら誤魔化されちゃうかも知れないし、秘密にするって事は客が増えて並ぶのが長くなる位に美味しい物って事。

 もしかしたら全然見掛けないウツボダコ料理の専門店とか?

 

 窓から飛び降りつつも着地の勢いを足で殺して音を消した私は二人が向かった方に向かおうとして、不意に背中に堅い物が触れる。

 

「どうしたのよ? ポチ。遊んで欲しいの?」

 

 私の背中に当たったのはポチが気に入っている牛の骨、犬みたいに投げたのを取って来る遊びも変則飛行と同じ位好きらしい。

 キラキラとした目で私を見ながら頭を擦り寄せて甘えて来るし、遊ばないとか言えない状況ね、これは。

 

「仕方無い子ね。ほら、取って来なさい!」

 

 骨を手に腰を捻り投げ槍の要領で全力投球、でもポチは庭の敷地から出る前に空中でキャッチしちゃったわ。

 うーん、ちょっと悔しい。

 

 

「キュイキュイキュイ!」

 

 言葉が分からない奴でも今のポチが何を言っているのか簡単に分かるわね。

 もっと投げて、今度は更に速く……そんな所でしょう。

 

 

「はいはい、じゃあ、次は……”アドヴェント”!」

 

 魔法で全身の力を高め、今度は助走込みでの投擲。

 牛の骨は見事に……砕けた。

 

 

「キュイ!?」

 

「やっちまったわね。……お兄ちゃんなら直せるけれど私ももう少し遊びたいから別のを探しに行きましょうか」

 

 そうと決まれば即行動、私はポチの背中に飛び乗った。

 

「じゃあ新しい玩具探しに出発よ!」

 

 

 

 

 所で何か忘れている気がするんだけれど……気のせいね、多分。




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主が手を出す、ではなく、主に手を出す

 照り付ける太陽、青い空、そして押し寄せては砕ける白い波と・・・・・・。

 

「クエェェェ!」

 

「シャドーランス」

 

 そして飛び散る血の飛沫。

 丸々と太ったペリカン”メタボペリカン”は魔法を放った彼女に見向きもされない状態で影から伸びた槍に貫かれ、そのまま海に落ちて行く。

 周辺の危険なモンスターは事前の間引きをしたけれど、あんな弱いモンスターは逆に安全だと察して集まったんだろうね。

 

「野生の勘でアリアさんの強さを察したら良かったのに無理だったか・・・・・・」

 

 ゲームに中には接触すると戦闘になる敵シンボルがレベル次第では逃げ出したりしていたけれど、人間を警戒する野生動物と違って元来狂暴なモンスターは相手が強いとは中々察しない。

 グリフォンとかドラゴンみたいな種族として強い相手は別として、ちょうど良い獲物の同種程度の認識なんだろうさ。

 

「ロノスさん、何もない所を見ていたら追い付いちゃいますからね」

 

「何も無い・・・・・・うん、そーだね。ちゃんと逃げなくちゃ」

 

 胸と頭を正確に貫かれたメタボペリカンの死骸は波に揺られて浮かんでいるけれど、倒した張本人は存在自体が無かったみたいな態度、これは自惚れみたいだけれど自惚れじゃなく、彼女は僕しか見えていないんだ。

 砂浜での追いかけっこを希望したから要望を叶え、僕がバック走で彼女から逃げる。

 何でバック走なのか、それはうっかりと置いてけぼりにしたり、後から追いかけて来る誰かに直ぐに気が付く為と・・・・・・下心もちょっと。

 

 

「ひゃんっ!? ・・・・・・水着がまた外れちゃった」

 

 色白のアリアさんが着ている白いビキニはちょっと小さくって、大きな彼女の胸を納め切れずにブルンブルンと走った振動で揺れるんだよ、見事にさ。

 アリアさんって短期間にレベルアップを繰り返したから身体能力は上がっても動き方は要練習だから走れば上下に揺れて、胸が暴れ回った挙げ句、もう五回も水着のヒモが緩んで落ちている。

 咄嗟に胸を押さえて結び直すけれど僕の方に向かって前屈みになるもんだから谷間が強調されるし、一度は先端も・・・・・・。

 

 紳士としては直ぐに視線を外すけれどアリアさん相手なら警戒する必要も無いから男の性で数秒見てしまう、それも水着が外れる度に。

 僕、脱いだ後よりも脱ぐ最中がエロいと思うんだよね。

 こう思わぬ事態によって服が脱げて胸が露出する瞬間とか、焦らしながら徐々に脱いで行くのとかそそるよね。

 僕が好きなエロ小説のシリーズはその辺の描写が最高で、特に知的で生真面目な秘書が見せびらかすように脱ぐ描写だけで五ページを使った新作とか……何故か隠した時と並び順が違ったけれど気にしちゃ駄目だよね?

 

 まあ、そんな理由から走っていたら紐が解けて水着が脱げるって僕の欲望が刺激されるシチュエーションだったし、向こうだって結び直す時に緩めに結んでいたんだから見ても問題は……うん。

 

 その視線にはアリアさんだって気が付いている訳で、だって全部が彼女の計画なんだから。

 

「ロノスさんのスケベ・・・・・・」

 

 最後に拗ねたり照れた感じに頬なんか膨らませちゃったりして可愛らしいんだよ、演技だけれどさ。

 実際は結構心が冷えきっている彼女だけれど、さっきからのあざとい流れが僕へのアピールと思うとなんとも・・・・・・流されてるなあ、僕も。

 

 最初は関わりを薄くする予定だったのに、リアスがいざこざに巻き込まれたというか首を突っ込んで決闘の為に彼女を鍛える事になって、その後もリュキの悪心対策に力を付けて貰いつつも将来家柄上関わりが薄いから安心して付き合える友人程度の筈だった、出会ってから数ヶ月しか経っていない今じゃ全然違うんだけれどさ。

 

 うーん、どうしてこうなった?

 

 正直言って短期間で此処まで他人に心を許せるような育ちはしていない。

 アリアさんがゲームの主人公で大体の性格がそのままみたいだって印象が腹の中を探らずにすむって印象を抱かせたんだろうけれどさ。

 

 最初の出会いで彼女を助けて、リアスが彼女を気に入って仲良くなって、僕が告白された。

 社交界とかで寄って来る相手はそれなりの数で、結構な割合で審査すら禄にせずに突っぱねているけれど縁談の申し込みは多い。

 上っ面だけ好きだの何だのと言われた事だってあるし、色仕掛けだって経験済みだ。

 

「何でかな?」

 

「?」

 

「いや、こっちの話さ」

 

 

 思わず出た呟きに首を傾げるアリアさんに笑いかけながらジッと見詰める。

 明るい顔は演技でしかない彼女だけれど向けて来る好意は本物で、近くに居ると楽しいって感じてしまう。

 卒業後は関わらないと思っていたのに、今じゃ近くから居なくなるのは寂しいとすら感じるんだからさ。

 

「あの、ロノスさん、前に仰いましたよね? わ、私も結婚相手の候補に挙がっているって。でも、闇属性ですし家柄が家柄ですから周囲を納得させるだけの活躍が必要だって……」

 

 彼女の顔から表面上だけの明るさが消え、僅かな期待が混じってはいるけれど自信の無い顔が除く。

 否定は……出来ないや。

 

 数百年にも及ぶ闇属性への悪感情は体験から来る憎悪ではなく、”そういうもの”という存在して当然の認識になっている。

 それでもパンドラは彼女自身の能力に目を付けて候補に挙げてはいるけれど先行投資の範囲であり、候補は候補でしかない。

 

 そして周囲を黙らせる程の活躍、それも”闇属性だろうが彼女は凄い奴で大勢の役に立っている”と納得させられるだけの物が必要だけれど……僕やリアスが強いからなあ。

 どうとでもなる事を任せただけって言われたら終わりだろうし……うーん。

 

「あ、あの! 私、ちょっとした案がありまして。そもそもロノスさんが私をお嫁さんにしたいかどうかは別として見た目は嫌っていませんし……メイドとして側に置くのはどうでしょうか?」

 

「メイド?」

 

 うん、確かに僕からは結婚したいとまでは言っていないけれど、其処までは分かるんだ、何故メイド?

 確かに他国だろうとクヴァイル家とルメス家の差を考えれば使用人に出来るだろうけれどさ。

 ぶっちゃけ今の困窮したルメス家で自分を疎む祖父母と暮らすより待遇が良いから?

 

 何で結婚が難しいならメイドになるって話になるのか、それが僕には理解が出来なかった。

 

「確かに同じ屋敷で暮らせるけれど、主と使用人って関係で良いの?」

 

 アリアさんとは卒業後も関わりたいと思う反面、婚姻後に絆をいっそう深めるって解決法があったとしても今は生涯添い遂げたい相手なのか、それは分からない。

 否定も肯定も浮かばない現状、彼女の申し出の意図が分からないまま対応に困った僕だけれど、彼女は言いにくそうにしながらモジモジとして目を逸らす。

 

 

「え、えっとですね。お母さんから受け継いだ本の中では主がメイドをですね……私がロノスさんにされたい扱いをされていて……」

 

「……へ?」

 

 え? いや、メイドになりたいってそういう事? 

 男女の関係とメイド、その二つが何となく頭の中で結び付いた。

 

「物陰に連れ込まれてメイド服のまま……だったり、ベッドメイク中に押し倒されて乱暴に……だったり……」

 

「アリアさん、ちょっと落ち着こうか? 妄想の中から出て来て、カムバック」

 

 メイド物の官能小説でありそうな状況を語る内に妄想に引き込まれてしまったらしく、アリアさんの口から次々に出て来る淫靡な状況。

 あーうん、うちの家じゃ使用人に手を出したら普通に怒られるだろうし、手を出そうとして怒られているメイドがいるせいでメイドとして非公式の愛人になるって事が分からなかったよ。

 

 

「それで命令でスカートをたくし上げたり、メイドの仕事のミスをしたお仕置きにお尻を叩かれながら……」

 

 あー、すっかり妄想の世界に行っちゃって簡単に戻ってこられそうにないな、これは。

 それはそうとしてメイド服のアリアさんか……。

 

 長袖ロングスカートにメイドキャップ、胸が少し苦しそうな姿を思い浮かべる。

 

 

「悪くは無い……かな?」

 

「で、でしたら今日からでもっ!」

 

 違う、そうじゃないから少し落ち着こうか。

 



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その設定は実はある

本日誕生日


「ロノスさんって胸がお好きですよね。……男の人って大体そうですよね」

 

 散々自分がメイドとして僕に仕え、クヴァイル家じゃ絶対に有り得ない主人に手を出されるメイドとしての妄想じ浸っていた癖に我に返った途端に胸を両手で隠しながら拗ねた表情だしさ。

 胸が好きなのかって? 好きです……。

 

 リアスの前では言えないし、レナの前だと好きだったらって感じで迫って来そうだから言えないけれど、僕は大きな胸が大好きです。

 小さい服のせいでパツンパツンになっているのとか、激しく揺れるのとか、近くに寄ったら胸が押し付けられたりとか……。

 

「……否定はしない、かな」

 

「昔から嫌そうな目を向ける癖に嫌らしい目を胸に向けて来る人も居て……でも、ロノスさんだったら平気ですよ。貴方だったらジロジロ見ていた人がしたかった事を好きなだけ」

 

「いや、本当に落ち着こうか? 君、まだ変な妄想に浸っているよね?」

 

 拗ねた感じから両頬に手を当ててイヤンイヤンと顔を横に振る、完全に発情……いや、興奮……じゃなくて、我を失っているぞ、彼女。

 

「……其処の岩影に行きません? オイルを塗ってあげますから」

 

「オイル持ってないよね? それに岩影に行くのならオイル塗る意味って……」

 

「えっと、胸を使って塗りたくる?」

 

 アリアさんは胸に手を当てて回すような動きをしながら首を傾ける。

 つまり僕が寝転がって、アリアさんがオイルを塗った胸を当てて、うん……うん。

 

「本当に落ち着こうねっ!?」

 

 一瞬期待しちゃったけれど、流石に超えちゃいけない一線ってのが有るからさ……。

 

 

 ネーシャを押し倒して脱がせた件は……それはそれって事で!

 彼女は建前上は候補ってだけで実際は確定だし……だからって他にお見合い相手が残っているのに手を出すとか問題で、婚約前から優位に立たれちゃうんだけれど。

 

 

「しっかりしなくちゃね。幾ら年頃っていっても……」

 

 最近、ちょっと誘惑を受けたりとか性欲を刺激されがちとはいえ、何をやっているんだ、僕。

 アリアさんは乙女ゲームの主人公だったけれど、僕は別にエロゲーの主人公じゃないんだし、ムラムラするにしても他にさぁ……。

 

 それは後で考えるとして……。

 

「それにしてもアリアさん、一体どうしたのさ? 今日は妙に積極的を数歩飛び越えてレナみたいになっているよ? そういうの嫌いじゃないけれど、見習ったら駄目な奴だからね?」

 

「それは……」

 

 普段から事故とかに見せかけて接触とかはされているし、アリアさんの恋愛関連の知識が官能小説で養われた物とは知っているけれど、今日はちょっと変だ。

 不安から余裕が無いのは何時もの事だけれども、それが増しているように見える。

 

「もしかして僕の周りの子達の事で不安になった」

 

「……」

 

 思えば臨海学校に来てからアリアさんよりも他の女の子と関わる時間が増えていた。

 ほぼ婚約が決定しているネーシャ、男として通しているから僕が何かと気を使って他より優先する事が多いアンリ、最近まで友達とすら認めてくれなかったのに婚約者呼ばわり(あくまでも友達と主張されるけれど)を始めたレキア。

 無言で頷くのが肯定の証拠、今まで母親以外に居なかった味方が他の誰かにかまけて自分を放置していたからだろうけれど……。

 

「アリアさん、ちょっと寄って。このままじゃ手が届かないから」

 

「手が? ……!」

 

 最初は意味が分からなかったみたいだけれど途中で思い当たったのか寄って来た彼女は手を後ろで組んで胸を僕の方に突き出すと目を閉じた。

 

「……はい?」

 

 あれ? 彼女、一体何を?

 な~んか変な誤解の予感。

 

 

「揉まないんですか? ……後ろからが良いならどうぞ」

 

 矢っ張り誤解していたアリアさん、寂しいなら相手をしてやる代わりに胸を揉ませろ、そんな外道な提案を僕がすると思う程に思い込んでいたのだろう。

 背を向けると僕にもたれ掛かって手が胸に伸びるのを待っている。

 

 至近距離、しかも背後から見ているせいで谷間が間近にあるし、何度か押し当てられてはいるから柔らかさだって知っている。

 揉みたいか揉みたくないかで言えば揉みたいし、据え膳食わぬは男の恥、此処までした彼女の恥でもある。

 

 

 僕はそっと両側からアリアさんに手を近付けた

 

 

 

 

「取り敢えず本当に落ち着こうね。揉まないから……今は」

 

「リョ、リョノスしゃん!?」

 

「はっはっはっ、言えていない言えていない」

 

 両側から伸ばした手でアリアさんの両頬を引っ張ればよく伸びる。

 恥だろうがなんだろうが、こんなタイミングで揉んだら駄目だし、揉む気だって思われたからお仕置きさ。

 ほっぺプニプニでよく伸びるな……。

 

 

 

「あのさあ、どれだけ周りに人が増えて他の子達の関係が変わったとして、君を放り出すとか有り得ないから。だから胸を揉ませるとかは別の機会にしておこうか。僕と君はずっと一緒、はい、復唱!」

 

「わ、私とロノスさんはずっと一緒……あっ、あぅ……」

 

「ほら、これで不安なんて無くなったね?」

 

 ちょっと求婚みたいに聞こえるけれど、それは別として彼女には深く関わったし、リアスとだって仲が良い。

 だから勝手に聞こえるけれど、ルメス家は兎も角、アリアさんは僕の陣営の人間だ、離れるのは嫌だと思うよ。

 

 引っ張る為に摘まんだ指を離し、今度は掌で優しくグニグニと回す。

 この柔らかさ癖になりそうだ、止め時が分からないぞ。

 

 プニプニムニムニグニグニとアリアさんの頬を弄くるけれど全然飽きない、超楽しいし触り心地が最高だ。

 

「ひゃうっ!? ロノスさん、あの……」

 

「ごめん、もう少し君に触れていたい」

 

 すっかり癖になっちゃってアリアさんが戸惑うけれど手は止まらない。

 後少し後少しと、悪いと思いつつ指先でこねくり回し突っついて遊んでいたけれど、こっちを向いた顔を見て動きを止める。

 

 あっちゃ~、ちょっと調子に乗り過ぎたか……。

 

 

「ロノスさん、私は怒っています。女の子の顔で遊ぶのは駄目ですよ!」

 

「ごもっともです、はい……」

 

「私の水着が脱げた所を上も下もしっかり見た事を口が滑って言っちゃうかも知れませんよ!」

 

「……ごめん、勘弁して欲しい」

 

「じゃあ、私のお願いを聞いてくれます?」

 

「い、家が関わらない範囲でなら……」

 

 うん、矢っ張り最近の僕はどうにかしてしまっていたらしい。

 だからやらかしてしまい、こうやって弱味を握られてしまいのだから……。

 

 

 

 

 

「其処の岩影で私の胸を……じゃなくて小島まで私をおんぶして運んで二人でノンビリしましょう」

 

「あっ、はい」

 

 今、胸をどうにかして貰おうとかしてなかった?

 僕としては胸をどうにかしてから島に行っても……いや、言わないでおこうっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ロノスさんがお望みなら胸でもお尻でも.好きな所を好きなだけ触っても良いですよ?」

 

 ……心読まれてる?

 

 

 

 



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覚悟

「女の子の胸には夢や希望が詰まっているのですよ。挟まれても、挟んでも良いものです。因みに私は挟みたい」

 

 ある日、年々大きくなってリアスに凄まじい目で見られる事が時々ある胸を手で揺らしながらレナが言っていた、君は何処のセクハラ親父なのかと思ったけれど、よく考えればウチのセクハラメイドで僕とリアスの乳母兄弟だったよ、忘れたかったな、この時だけは。

 

 でも、この時の僕は思ったんだ、胸に夢や希望が詰まっているのならリアスには夢や希望は無いのかって。

 気になったから訊ねてしまって、レナは平然と答えたよ。

 

「大丈夫です。姫様の頭の中のお花畑には幾らでも存在しますから。では、早速私の夢と希望に触れてみて下さい。私も若様の若様に触れて若さを堪能させて貰いま、すっ!?」

 

 僕の手を掴んで自分の服の中に滑り込まそうとし、片方の手を僕のズボンの中に滑り込ませる寸前、レナの頭から響いたのは雷鳴に匹敵する程の拳骨の音で、落雷を受けたみたいにその場で伸びる。

 

「ったく、庭で何やってんだい、馬鹿娘が。掃除のメイドや庭師が見ちまったら気まずいって考えなっ! やるんだったら部屋に連れ込みな。勿論ベッドメイクやシーツの交換は自分でするアンタの部屋だ!」

 

 既に気絶して声なんて届かない実の娘の先程拳骨を落としたばかりの頭を踏みつけてグリグリと踏みにじるレナスだけれど、真っ昼間に庭で一応主に盛って迫った事を注意すると思いきや内容が内容だし、この親あってこの娘なのだろう。

 尚、この時の僕達は十歳、色々と言いたいけれど、僕とリアスにはレナスが母親だし、今になって思えば僕もレナの同類なのかも知れない、リアスが違うのは本当に良かった。

 

 だってさ、軽いノリで可愛い愛する妹に手を出そうとか……お祖父様に使っている肉体維持の魔法を一時解除しても全力で其奴を徹底的に潰しただろうね。

 この世界に存在する事を後悔させて、リアスにも尻叩き百回はするべきだろうけれど、あの純粋な子がレナみたいなノリで男を誘惑する筈が無いし、レナだって僕だけを誘惑している。

 

 さて、じゃあ僕がどんば所でレナの同類なのか、それは最近の欲に傾きがちな所であり、今はそれに絶賛落胆中で、同時に自覚させられている最中だ。

 

 

「わあ! 海の上を歩いているみたいです! こうやって海の上で見ると砂浜からとは違って見えますね」

 

「みたいも何も実際に時間を停止させた海の上を歩いているんだけれどね」

 

 海を二つに割って小島まで伸びる黒い道、時間を停止させた海水の上を僕は歩き、背負っているアリアさんは大はしゃぎだ。

 あの後実際に揉んだのかって?

 

 彼処まで言われたなら仕方が無いかと、人目に付かない所に連れ込んで邪魔な水着をはぎ取って好き放題に揉んで……無いからね。

 僕だって年頃の男の子だし、あんな流れなら流されたいさ、巨乳の美少女が”好きです、自分を好きにして”と迫って来るんだから。

 でも、何とか抑え込み、今は触れている所からだけアリアさんの存在を感じている。

 手に触れる細い足、肩に触れた小さな手、そして僕の背中に体重を掛けて押し付けられる立派胸……は感じない、体を起こして触れないようにしてあるからだ。

 今まで何度か押し当てられたご立派なあの胸はアリアさんの動きによってポヨンポヨンブルンブルンと動くのは感じるけれど背中で気配は感じ取れても見えはしないんじゃ意味が無い、まさか振り向いて凝視ってのは勘弁だ。

 

 

「ロノスさん、どうかしましたか?」

 

「いや、何でもないよ?」

 

 まさか”君が密着して胸を押し付けないのが気になってます”とか普通は言えないよね、だから僕は平然と答える。

 誤魔化せてるよね、大丈夫大丈ー夫!

 

 アリアさんの方もこれ以上は何も言わないし、僕もそれ以上は言及しないから小島にはスムーズに向かって行けているし、彼処でのんびり出来そう。

 

 思えば臨海学校に来てから色々とあるし……襲撃とかアンリの手伝いとか警戒したり気疲れしたり修羅場みたいだったり、だけれど今は他の誰かの乱入で騒がしくなったりはしない……とは思うし、先生だって警戒を一層しているだろうから敵襲もね?

 

 ……いやー、どうだろうなあ。

 僕、本当に狙われているっぽいし……うん。

 

 

 

 

 

「到着っ! ちょっと荒れているのが残念ですが、此処でならのんびりと出来そうですね、ロノスさん。共同生活になって大勢と一緒に居るとちょっと疲れちゃって。ほら、私って……」

 

 僕とネーシャが来た時には綺麗な島だったけれど、今はフェンリルの咆哮の余波で地面が掘り返されてしまっている。

 それでも地面は柔らかいし目立つ石も無ければ波だって中央辺りには届かない。

 後は僕の魔法で日差しを遮る物でも作れば時間をゆっくりと使うには良いだろう。

 正直、敵の襲撃や女の子にドキドキさせられる事ばっかりで僕は疲れていたんだ。

 アリアさんを背中から降ろすと、空気の時間を停止させて二人が寝転がるのに十分なスペース分だけ日差しを遮る屋根を作り出す。

 どうしても硬いから椅子とかは作れないけれど、地べたで構わないと座り込んで島をグルッと見回した。

 

 

 此処でネーシャが胸の辺りを露出させて迫ろうとした時にアリアさんが飛んで来て邪魔をして、更にフェンリルに襲われて散々だったけれど、怪我もなかったし咆哮に魔法を霧散させる力があると知れたのはラッキーだったよね。

 

 

「お、お隣失礼します!」

 

「どうぞどうぞ」

 

 僕が座るのを見計らってかアリアさんも少し遠慮がちな様子で座ったんだけれど、僕が胡座で彼女は正座、わざわざ正座なんてしなくても良いだろうに何故かなって思っていると、彼女の指先が僕の肩に触れ、続いて自分の膝の上を示す、これは膝枕をどうぞって事だろう。

 

「どうしたんだい?」

 

 此処でちょっと意地悪、分かっているけれど分かっていない振りをして彼女の反応を伺えば、僕の意図に気が付いたのか少し拗ねた風に頬を膨らませる。

 さて、そろそろ僕の方から膝枕をお願いするべきだなと口を開き掛けた瞬間、それよりも前にアリアさんの頭が僕の膝の上に置かれてしまう。

 

 え?

 

「ロノスさんは意地悪です! ……それでも好きですが」

 

 此処で改めての告白に僕が照れる中、真上を向いて僕の顔を見ていた彼女は急に横を向き、手で顔を隠す。

 恥ずかしくって顔を見せられないみたいだし、ちょっと弄くって遊ぶべきか、照れ隠しにしては酷い気もするし悩んでいた時だ、アリアさんが何時もとは違う感じの声を出したのは。

 感情豊かではない冷たく無機質な感じの声、それを出すに続いて見せたのは明るい笑顔ではなく人形めいた無表情……いや、僅かに照れと覚悟と不安と期待が混じっている。

 

 

 

「ロノスさん、これが本当の私です。……既にご存知でしょうけれど、何時もの私はそれらしく振る舞う為の仮面に過ぎません」

 

 うん、何となく知ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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安堵

 母は私に笑っていて欲しいと言っていて、感情の無い人形みたいな顔を晒していれば面倒な事になるとも知っていた。

 だから仮面を被る、明るい無邪気な女の物を。

 

 闇属性で黒髪に黒い瞳、そして貧しい家と私の事が嫌いな祖父母。

 母が死んで、もう私にとって大切な人は一人も居なくて、二度と誰かと関わりたいとは思わないのだと、そう思っていたのに……。

 

 事故に遭いそうになり、死ぬかと思った、それならそれで別に良く、中途半端に痛い思いと怪我での不自由さだけは勘弁して欲しいと思い……運命の出会いを果たした。

 

 ……好きになった、側に置いて欲しくなった、だから絶対に仮面の下は見せないと決めていたのに……全てを受け入れて欲しいと思った。

 どうせ気が付かれているし、彼なら大丈夫、彼ならどんな私でも受け入れてくれるのだと確信しつつも残るのは僅かな不安、分かっていても実物を前にして気が変わり、放り捨てられるのではないかと。

 

「どうですか? こんな私でも一緒に居てくれますか?」

 

 自分の事なら感情が籠もっていない声だと思う、普段の私が精一杯それっぽく振る舞って出している物とは正反対の物、不気味だと思う人は多く、あの眼鏡……名前は忘れたけれどウザいのも離れて行くだろう。

 この私に此処まで嫌悪感を覚えさせるとはある意味凄い、誉めてやるから居なくなれ。

 

 

 母以外で側に居たいと思った人、初恋の相手、彼の側に置いて貰えるのなら、私はどんな扱いだって構わない……。

 

 

「え? いや、当たり前だけれど? どうせ分かっていたし、それで急に”お前なんて居なくなれ”とか言い出すとでも思った? ……心外だなあ」

 

「……ごめんなさい」

 

 分かっていたし、期待していた、そんな返答だ。

 私の不安を失礼な話だと軽く憤慨する顔に謝るしか出来ないし、嬉しい。

 こんな時、物語だったら涙を流したりするか、ムードが盛り上がってキスから押し倒して処女喪失からのイチャラブ化……それも良いけれど、今は余韻を味わいたい。

 受け入れてくれると分かっていた相手が受け入れて貰えた事を実感したいのだ。

 

 

「じゃあ、今の私と普段の私、どちらが良いですか?」

 

「普段の君は明るくて可愛いし、今は今でクールビューティ的な魅力があってさ。それにどっちもアリアさんでしょ? 他人に良い顔がしたいとか自衛とか策とか誰も彼も大小の差あるけれど演じているしさ。腹の中を全部ぶちまけて自由に生きているのはリアス位じゃない? ……いや、あの子はあの子で仮面を被る時があったか。忘れたい事実だったよ」

 

 

「えっ!?」

 

 思わず出てしまう大声、けれど彼の言葉だ疑いはしない。

 

 でも……。

 

 いや……。

 

「……そう言えば普段はゴリラだけれど聖女のゴリ来と呼ばれて、……じゃなく、普段はお転婆だけれど聖女の再来と呼ばれる位には聖女として振る舞えているって……」

 

「お付きとして行動しているレナは笑いを堪えるのが大変だそうだけれど、兄としては全く違う自分を演じるのは少し心配かな?」

 

 私の言葉に頷きつつもロノスさんは深い溜め息を吐く。

 成る程、私は母の願いもあるが基本的には都合が良いからと自己の意思で仮面を被っているが、同じく正反対の性格の仮面でも他人の意思で被るのは苦痛なのだろう。

 普段の自由な振る舞いからして私とは気苦労が大きく違う、それは彼女を溺愛する彼にとっても辛いと理解した。

 

「それで今後はどちらで接しますか? あの鬱陶しい眼鏡も勝手に幻滅してくれそうだから今の素顔が良いのなら構いません。ロノスさんのお望みのままに」

 

「それは君が決める事だよ。僕はどっちの君も魅力があると思うからね。……でも、あの眼鏡が本体の男なら今の君を見ても”素敵だ!”とか言って勝手に盛り上がりそうな気が」

 

「ぶふぉ!?」

 

 吹いた、吹いてしまたではないか。

 眼鏡が本体、その呼び方に本当に久しくツボに入る私であった。

 

 

 今は仮面の笑顔だけれど、彼と一緒ならば何時の日かは本当に心の底から笑える日々を送れるのだろう、そんな風に思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ。嫌いな相手だからと酷いですよ、ロノスさん」

 

「おっと、そうか。じゃあ、アンダインには秘密ね」

 

「アンダ……ああ。ええ、分かりました、内緒です!」

 

 アリアさんは普段の笑顔に戻り僕の言葉に笑い声を漏らす。

 うんうん、さっきのは綺麗って感じで、今は本当に可愛いな。

 

 

 

 

「……あぅ」

 

 それを伝えた時がこの反応、ムクッと起き上がって暫く無言でポカポカ叩かれた、痛くない。

 

 

「ロノスさんって偶に意地悪ですよね。私だって怒る時は怒るんですから」

 

 抗議しながらポカポカと軽い拳を何度も繰り返すけれど、顔を見れば笑っているしふざけているだけなのは丸分かりだ。

 まあ、女の子の悪ふざけを受け止めるのも男の甲斐性って奴って事で……。

 

 

 

「あー、疲れました。ロノスさんのせいで疲れましたー」

 

 棒読みなのが丸分かりのまま僕の膝に再び頭を乗せようとしたアリアさんだけれど、急に何を思ったのか地面に寝転がる。

 どんな考えがあっての行動なのかと怪訝に思う中、ソッと手が差し出された。

 

「水着が脱げた所を見た事と私を疲れさせた事を黙っている代わりに一緒にお昼寝をしましょう。手を繋いでのんびりとしませんか?」

 

「のんびりと、か。……良いね」

 

 実はと言うと二人きりで小島に来た時は内心で期待していたんだ、下心的な展開をさ。

 人目が無いけれど、実際は先生が常時魔法で警戒しているから変な事をすれば伝わるけれどさ。

 

 

 実際は勇気を出して隠していた素顔を見せて、それでも受け入れて欲しいとお願いされるシリアスな展開で、続いては水着姿とはいえ二人並んで手を繋いで眠るだけ。

 でも、それで良いのだとも思う。

 

 ちょっと気を張る事が多かったし、ダラダラしたって罰は当たらないよ。

 あっ、大勢の女の子と仲良くなって一線を越えそうな事については女神でもあるお姉ちゃんから何かあるかもね……。

 

 

「じゃあ、お休み」

 

「ええ、お休みなさい」

 

 念の為に島の周囲の空間の時間を停止させて塀を作り出す。

 これで海からモンスターが出て来ても大丈夫、そもそも寝ていようが襲われそうになったら目が覚めるしさ、僕。

 

「……すぅ」

 

 繋いだ手から伝わって来るアリアさんの体温を感じながら瞼をそっと閉じる。

 アリアさんの静かな寝息も聞こえて来るし、僕も安心して眠る事にしようか。

 

 




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馬鹿って言う方が馬鹿と馬鹿が言う

 ポチと一緒に空を飛ぶ、但し私は自力じゃない。

 

「いやっほー!! 楽っしー!」

 

「キュイ……」

 

 お兄ちゃんはポチの背中に乗るのが好きだけれど、私は普段は自力で飛ぶのが大好き。

 基本的に地面を行くのも空を飛ぶのも普段は自力、だけど今はポチの脚に掴まってぶら下がって景色を眺める。

 普段とは少し違う感覚にワクワクしていて何度も叫んじゃう。

 

 所でポチの鳴き声が妙に迷惑そうなのは何でだろう?

 

 え? どうして自力で飛んでないのかって?

 

 そりゃあれよ、走るのは好きでも乗り物乗ったりするでしょう?

 それと同じよ。

 

 

「あれ? 何か忘れている気がするけれど、そもそも出掛けた理由って何だっけ?」

 

「キュイィィ」

 

「あっ、そっか」

 

 ポチの恨みがましい鳴き声と嘴の先で咥えた牛の骨(お気に入りの玩具)の欠片。

 投げて遊んで欲しそうだったから全力で握った時点でヒビが入って、風圧で完全粉砕、お兄ちゃんなら簡単に直せるんだけれどアリアと何処かに行っちゃったから直ぐには無理だし。

 

「もー! アリアったら眠いとか言って女子会不参加だったのにお兄ちゃんとは遊びに行っちゃうんだから。絶対に人には知られたくないお気に入りのお店とか行ったのね。良いもん。私も後でお兄ちゃんに教えて貰うんだから!」

 

 ふーんだって感じで唇を尖らせて拗ねた声を出す私、それにしてもさっきから凄いわね。

 

「何か今日は動きが普段より激しくない?」

 

「……」

 

 無言を貫くポチ、それでも錐揉み回転をしたり横回転立て回転、急降下からの宙返り、掴まっている私に掛かるAが凄い……Cだったかしら? 

 いや、Dじゃなくて……G! そう、Gが凄いのよ!

 

 お兄ちゃんを乗せての曲芸飛行だって滅多にしない凄まじい動き、其処から出される計算は一つだけ。

 

 

「ポチ、アンタってもしかして……」

 

 そうよ、脚に掴まってぶら下がる私を振り回す理由なんてただ一つ、大好きなお兄ちゃん相手でも余程嬉しさが振り切らないとしない飛び方をするだなんて他に考えられないわ!

 

 

 

 

 

「私とお出掛けするのが新鮮で楽しんでいるのね!」

 

 絶対そうよ、間違い無いわ!

 

「……キュ」

 

「もー! 玩具壊されたからって、怒って私に言葉を通じさせるの拒否してると思ったら私とのお出掛けが嬉しいのね」

 

 私もポチとお喋りしたいからって女王様にお願いしたのに今日は喋ってくれないし、昨日は昨日で”お馬鹿のリアス”なんて変な呼び方をするんだもの、実は普段からこっそりしている呼び方だって思っちゃったわよ。

 私って馬鹿じゃないもん、そんな筈が無いわよね。

 

「キュイ……」

 

「あら? 疲れちゃったみたい」

 

 私の言葉を聞いた途端にポチは溜め息を吐いて普通に飛び始める、結構楽しかったのに残念ね。

 

「さっきからはしゃぎ過ぎたのよ。もう少し後先考えなさいよ、馬鹿ね」

 

「キュイ? ……キュイ! キュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイッ!」

 

「え? いきなりどうしたのっ!?」

 

 私の言葉に首を傾げ、何かに気が付いたと思った途端にけたたましい鳴いて暴れて、急に言葉が通じ出す。

 

「”お馬鹿のリアスにだけは言われたくない”って、この場に居るのは私だけじゃないの。変な事を言うわね。それに知っているかしら? 人間、馬鹿って言った方が馬鹿なのよ!」

 

「キュイ……」

 

「え? ポチがグリフォンなんて知ってるわよ。馬鹿ね」

 

「キュキュイ……」

 

 また溜め息なんか吐いちゃって、慣れない海辺に来たから気分的に疲れちゃったのね。

 うーん、どうせ大きな骨を手に入れる為に狩りに行くんだし、どうせだったらデッカい凄い骨が欲しいわ。

 

「じゃあ、洞窟が近くにあるから行ってみましょう! 鯨とか居るかしら? ベーコンにすると美味しいのよね、確か」

 

「キュイ!」

 

 あらあら、ポチったら単純なんだから、美味しい物と新しい玩具の予感にワクワクしちゃってご機嫌な様子。

 グングンと速度を上げていったら洞窟が見えて来る。

 

「確か所々水没しているんだっけ? うーん、ジメジメしていそう」

 

 真下を見れば海側に入り口を開いた洞窟、ポチに頼んで下に降りて貰ったら脚にぶら下がっていたから足先が海に入ったり入らなかったり、靴の中がビチャビチャになっちゃうじゃない。

 横に広い入り口はポチが私をぶら下げてギリギリ通れる程度で横は高さの五倍位、奥に向かって潮の流れが続いていて、それを挟んで砂の道。

 着地して踏みしめてみると湿った感じだし、壁にも半分くらいまで水没した跡、これじゃあ満ち潮の時に面倒な事になりそうね。

 試しに壁を拳でコンコンとノックしてみれば大体の堅さが伝わった。

 

「これなら魔法無しでも殴って……いや、流石にそれは無理ね」

 

 外から見た限りじゃ結構分厚いし、崩落しても大丈夫な規模でぶっ壊すのは拳じゃ無理、レナスなら絶対に可能だけれど、今の私じゃ無理よ、無理。

 

 

 

「蹴りじゃないと無理ね。蹴りなら絶対に楽勝でぶっ壊せる」

 

「キューイ」

 

 ”ゴリラパワー全開”ってどういう意味?

 ちょっと目を逸らさずに答えなさいよ、ねぇ!

 

 ポチの首の辺りに腕を回してグイグイ引っ張るけれど顔を合わせようともしない中、私は一旦外に出る事にした。

 

 

「魔法で倒すのも良いけれど、何だかんだ言っても最後に頼れるのは己の肉体と手に馴染んだ武器だし、ちょっと取りに行くわよ」

 

「キュキュキュイ」

 

「計画性? 良いじゃない、ノリで行動しても。考える時は考えるし、大体お兄ちゃんがどうにかしてくれるじゃない」

 

 ポチったら私に対して随分と失礼だと思うんだけれど、お兄ちゃんと扱いの差が激しいわよね、この子。

 普段の態度を思い出して悶々とした気分になる中、何かが波の音に混じって聞こえて来た。

 

 

 

「ぱっからぱっから、ぱっからぱっから」

 

 馬が蹄で地面を踏み締める音……の口真似、しかも棒読み。

 何処の馬鹿だと思って声のした方を向いてみれば空の上を歩く馬に乗った青い髪の少女の姿、その口から聞こえて来ていたのよ。

 

「ぱっからぱっから、ぱっから……誰?」

 

「いや、アンタこそ誰よ」

 

 洞窟に入ろうとした所で私とポチに気が付いたらしい彼女は私に指先を向けて小首を傾げているんだけれど、急に現れて誰も彼もないっての。

 

「私、ロザリー。友達のパンツを探してる。見なかった?

 

「見ていないけれど……何で口でぱっからぱっから言っているの?」

 

「空を歩いていると蹄の音が鳴らないから寂しい」

 

 感情の無い人形ってよりはボケーッとした天然みたいな女の子なんだけれど……変な子ね、この子。

 まあ、友達のパンツをわざわざ探しているってんなら悪い子じゃないのかしら?

 

 この広い世界で一枚のパンツを探す……それがどれだけ大変な、うん?

 

 

「じゃあ、その友達ってノーパン?」

 

「うん、ノーパン。パンツを失った上にスカートの中を見られたらしい。今もノーパンだと思う」

 

「ノーパンなのかあ……」

 

 この子も変な子だけれど、その友達も友達で多分変な子な気がするわね……。

 

 

「じゃあ、私はこの子と洞窟の中を探索する予定だから」

 

「……この中」

 

 ハルバートが無いのは予定と違うけれど、ノーパン女とその友達の天然女と関わるのがちょっと嫌になった私は洞窟の奥に進む事にして、ポチも私に続いてくれる。

 その様子をロザリーはジッと眺めていて、何を思ったのか馬から飛び降りる。

 

 

「パンツ、此処に流されてるかも。私も行く……あっ」

 

 そんな声に続いて聞こえたのは海に何かが落ちる音、馬は空中で下は海、つまりは……。

 

 

 

「……困った。私、泳げな……」

 

 全部言い終わる前に沈んでいくロザリー、声からは危機感が感じられないんだけれど、私は思わず飛び込んだ。

 

 

 

 

「あーもー! このお馬鹿っ!」

 

 

 

 

 




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泣かないように空を見ろ

 何か重りにでもなる物でも持っているのかと思いながら沈んでいくロザリーを海中で掴んで海面を目指す。

 胸に余計な浮き袋持っている癖に全部無駄じゃないの、胸の脂肪なんて本当に邪魔だわ。

 

「ぷはっ!」

 

 海面から顔を出し、片手で無造作に投げ飛ばす。

 地面に叩き付けられるのを防ぎたかったのか馬が真下に入り込んで受け止める、ちゃんとしたペットね、御主人様思いじゃないの。

 

「ポチ、その子みたいに私にちゃんと接するって気はないの?」

 

「キュ?」

 

「アンタねぇ……」

 

 一切その気は無いって態度に少しムカッとしたけれど今は全身ビョショビショなのが気になった。

 髪からは海水がポタポタ垂れているし、下着も靴下もビッチョビチョ。\

 

「うへぇ……」

 

 服を絞って少しでもどうにかしようとするんだけれど焼け石に水な中、真横から、水滴が飛んで来る

 

「いや、何やってるのよ……」

 

「?」

 

 まるで犬みたいに全身をブルブルと振るわせて水滴を周囲一体に飛ばす、私の方にも飛んで来るし、馬はとっくに避難していたわ、畜生が。

 私が文句を言っても首を傾げるだけで私が怒っている理由を理解していない。

 ……ちょっと殴ってやろうかしら?

 

 

「……はぁ。”ライトボール・熱中心バージョン”」

 

 唱えた魔法は光魔法の資料に書かれていた周囲を照らす直径八十センチ位の光球を出す物、それを私が今回みたいにずぶ濡れになった時の為に改良した物よ。

 町の外まで走り込みをした時に雨が降ったり服のまま川に飛び込んで泳いだりする時の為で、名前の通り焚き火か何かみたいに周囲を熱して濡れた服を乾かしてくれる。

 

「ほら、服をちゃんと脱いで乾かしなさい。ポチ、風で乾かすついでに翼で私達を包んでくれる?」

 

「キューイ」

 

 私は迷わず服を脱ぎ捨て、ロザリーも私の言葉に素直に服を脱ぐ。岩に下着や服や靴を貼り付けてポチの翼にくるまった。

 

「……フワフワでモコモコ」

 

「でしょ?」

 

 お兄ちゃんがちゃんと洗っているから臭くないし、最高級の羽毛布団みたいに暖かいし気分が良いわ。

 

「……ヒヒン」

 

 馬が拗ねたみたいに鳴いているけれどロザリーはポチの羽毛にウットリして目を閉じている。

 まあ、気持ちは分かるのよね。

 

「……お礼言ってなかった。助けてくれてありがとう」

 

「はいはい。気にしなくて良いわ。見捨てる気にならなかっただけだし。それよりも今後は下がどうなっているか確かめてから降りなさいよ」

 

 こっちを向いて軽く頭を下げて来るロザリーに適当に返事をしつつ頭をガシガシと掻く。

 もうちょっと熱量を上げないと私は兎も角ロザリーの方は長髪だから乾かないわよね。

 

 

「……乾いた。これでミントのパンツを探せる」

 

「そう? 未だジトッと湿っているし……てか、そのパンツの持ち主は何処に居るのよ? 自分のパンツじゃない」

 

「パンツ脱げた状態でスカートの中を見られたらしい。その後で逃げたら後ろから貫かれて」

 

「……成る程」

 

 ちょっと前の私なら分からなかったけれど、最近アリアに借りた本に同じ描写があった。

 後ろから貫かれる……うん、成る程。

 

 変な奴に遭遇しちゃったのか。

 酷い奴ね、お兄ちゃんとは大違いだわ。

 

 さてと、友達の為に頑張っているみたいだし、私は私の用事があるから後は知らん、とか言えないわ。

 

「しょうがないわね。何か良い感じの骨を見つけるついでにパンツ探しに付き合ってあげるわ」

 

 立ち上がり胸を張ってからドンって感じに叩く。

 揺れてはいない。

 

「良いの? 感謝する」

 

 ロザリーも立ち上がって頭を下げる。

 こっちは揺れていた、潰れるまで叩いちゃ駄目かしらね?

 

「キュキュキューイ、キュッキュッキュー♪」

 

「……ポチ、帰ったらお兄ちゃんに叱って貰うからね」

 

 ったく、”ボンッキュボーンとキュッキュッキュ”なんて歌詞、何処で覚えて来たのよ、お兄ちゃんが泣くわよ。

 

「キュッ! キュイキュイ!?」

 

「はいはい、ちゃんと謝れば良いのよ、謝れば。次同じようなの歌ったら言い付けるからね?」

 

「キュイ……」

 

 お兄ちゃんはポチに凄く甘いけれど、私も大概甘やかしているわね。

 ちゃんと反省したから今度は許すけれど、私の胸を弄くる歌を今度歌ったら殴る、それも割と全力で!

 

 

「じゃあ、行くわよ。……流石に二人と二匹じゃ狭いわね。ポチの骨探しに来たから入り口で待たせておけないし……」

 

 三分の一は水没しているし、足場を考えたらポチを連れて行ったらギリギリ、天井の高さだって其処まで高くないんだから常に飛んでいるってのもね。

 ロザリーも私と同じ意見なのか洞窟の中をのぞき込んで腕組みを始め、同じように洞窟に頭を入れた馬に指先を向ける。

 

 

「スキヤキ、此処で待ってて」

 

「その馬、スキヤキって名前なんだ」

 

「うん、少し前までは別の名前。極東の大陸の料理のスキヤキが美味しかった。特に馬肉。だから改名した」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 スキヤキかぁ、転生してから食べてないのよね。

 あの甘辛い味付けをした牛肉に生卵を付けたり、〆にはうどんを入れたり、お兄ちゃんは雑炊の方が好きだったからスキヤキの時だけは喧嘩したのよね。

 ……ギヌスの民なら作り方知ってるかも。

 

 あの脳味噌まで筋肉の発情ウサギ女には会いたくないし、お兄ちゃんを会わせたくないけれど、今度顔を見せに行った時に聞いてみようっと。

 

 

 

「因みに前の名前は?」

 

「コロッケ。馬肉のコロッケが美味しかった」

 

 コロッケかぁ。

 私も食べたいなー。

 

 

 

「……ブルル」

 

 うん?

 何かあの馬が物悲しそうに鳴いた気がしたけれど、空を走る以外は普通の馬っぽいから気のせいよね。

 

 

「置いて行って大丈夫?」

 

「スキヤキは強いから大丈夫。……死んでたら今晩のメニューはスキヤキのスキヤキ。一緒に食べる?」

 

「食べる!」

 

 他人のペットが死ぬのを期待するのは悪いけれど、スキヤキを食べられるなら食べたいな。

 どうせだったら街まで行って牛肉とか鶏肉を買いに行っても良いわよね。

 

 

「〆はうどん」

 

「やった!」

 

 お兄ちゃんも誘ってあげたいな。

 それが駄目ならレシピとか調味料とか分けて貰えないかしら?

 

 

 

「ヒヒン……」

 

 あれ? スキヤキ、泣いてない?

 

 

 

 

 

 

「リアス、最初に言っておくけれど……私は魔法が使えない。才能皆無だった。でも、槍は得意」

 

 洞窟に入って曲がり角を右に曲がった時、天井で蠢く無数のカニ”コウモリキャンサー”と遭遇する。

 ハサミを振り上げて威嚇しているけれど、どうやって天井に張り付いているのかしら?

 

 その姿を見たロザリーが呟くけれど、別に魔法がなければ戦えない訳じゃないし、別に良いでしょ。

 魔法のみ得意で今は魔力切れとかなら兎も角として、戦えるんだから。

 

「私もハルバートの扱いには自信があるわよ。まあ、忘れたけれど」

 

「私も忘れた。でも、槍が無いなら殴ればいいだけ」

 

「分かるー」

 

 あー、気が合うわね、この子。

 友達になれそうな予感がするわ。



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頭の良さ ペット>聖女

懸賞で当たったカードが高く売れた これは新しい絵を発注? 1p漫画でも良いか


 洞窟で出会ったのはパンツを探しに来た変な女の子だった。

 

「……不味い」

 

 襲い掛かって来たコウモリキャンサーを一蹴した後で私が思い出して呟いたのよ、”そう言えば此奴って美味しいのよ”、って、

 塩茹が一番美味しいんだけれど、焼き蟹も美味しい、但し問題が一つだけあって甲羅が異常にエッグイ味がするから身とミソだけ取り出して調理するんだけれど……。

 

「いや、どうして甲羅ごと生で食べるのよ。確かに生で食べても美味しいけれど」

 

 この子、何を思ったのか辛うじて生きていた一匹を手に取るとハンバーガーみたいにガブッと行って、ガリガリ甲羅を噛み砕いて飲み込み、数秒後に口元を押さえて表情を変える。

 ロザリーとは出会ったばかりだけれど、無表情だった彼女が一番表情を変えた瞬間だったわ。

 どうして生きているのをわざわざ選んだのかって訊ねたら、”活きが良いのが美味しいって聞いた”、ですって。

 なら甲羅は一緒に食べるなって教えておきなさいよ。

 

「嘘吐き……」

 

「甲羅ごと食べるからって言ってるでしょ! こうやるのよ、こう!」

 

 私は甲羅を素手で握りつぶして欠片を取り除き、そのままプリップリの身をロザリーの口に突っ込む。

 僅かに驚いた顔をした後で甲羅と一緒の時よりゆっくりと時間を掛けて食べて、飲み込むと私の手の中のコウモリキャンサーの残りをジッと見ながら餌を強請る小鳥みたいに口を開けた。

 

「おかわり」

 

「いや、自分で食べなさい」

 

「うん、そうする」

 

 ロザリーは残ったコウモリキャンサーを手に取ると素手で甲羅を引き剥がして顔を付けて身を食べる。

 ズルズル音を立てるなっての、私がやったらレナスかメイド長に大目玉よ、それ。

 

「それ、塩茹でにするか焼くかした方が美味しいのよ」

 

「……やってみる!」

 

 そのまま残りを纏めて手に取るとダッシュで外に向かおうとする、慌てて首根っこを掴んで止める。

 

「こらこら、何処に行くのよ」

 

「?」

 

 え、いや、蟹を見せて”教わったばかりの美味しい食べ方を試すけれど、わざわざ聞くのは何故?”って顔されても困るんだけれど。

 

「パンツを探すんじゃなかったの?」

 

「……パンツ? パンツなら穿いている」

 

 ほら、この通り、とスカートを捲り上げて青と白の縞パンを見せて来たロザリーだけれど、そうじゃないでしょ!

 

「アンタの友達のパンツを探しに来たんでしょうが!」

 

「……あっ。蟹に夢中で忘れてたけれど、ミントの紐パンを探しに来たんだった」

 

 ハッとした顔で我に返ると捨てていくのは勿体ないとでも思ったのかその場に座り込んだロザリーは次々に甲羅を剥ぎ取っては身を啜る。

 本当にマイペースな子ね。

 

「ったく、しかりしなさいっての」

 

 馬鹿だのゴリラだの言われる私だけれど、この子の天然っぷりはそれ以上ね、絶対に。

 食べ物に夢中で紐パン探しを忘れるだなんて……。

 

「……あれ? 私は何をしに来たんだっけ?」

 

 何かを壊しちゃったから代用品を探しに来たのは覚えているんだけれど、ロザリーを助けたり蟹を食べるのに夢中になっていたら忘れちゃったわ。

 

「ねぇ、ポチ。私達は何を探しに……あっ」

 

「キュイィ」

 

「わ、分かったわよ。悪かったから恨めしそうな目で見ないでって。屋敷に戻ったらお兄ちゃんに内緒でお菓子沢山あげるから」

 

「キュイ! キュキュイ、キュキュイ、キュキュキュキュイ!」

 

 ふぅ、危ない危ない、玩具に良さそうな骨を探しに来たんだった。

 何とかポチの機嫌を取って先に進もうとするけれど、足下に転がったコウモリキャンサーに視線を向ける。

 その中でも一番大きな奴のハサミの部分を手刀で切り落としたら堅さも重さも中々の物。

 

「ねぇ、これって骨の代わりにならない? ちょっと生臭いし、中身が腐るけれど」

 

「……ハァ」

 

 私の質問にポチは溜め息と同時に奥へとスタスタ歩いていく。

 呆れられたっ!?

 

「ちょっと待ちなさいよ、ポチ! 行くわよ、ロザリー!」

 

「……待って。あと三匹食べたら行く」

 

「良いから来なさい!」

 

 未だ蟹の身に夢中になっているロザリーの手を引っ張って慌ててポチを追い掛ける。

 

「ちょっとポチ! ったく、お兄ちゃんと私じゃ扱いが天と地の差よね、彼奴」

 

 何で此処まで態度に違いがあるのか首を傾げたくなった時、不意にポチの動きが止まり、私に向けていた呆れかえった感じの眼差しから鋭い捕食者への物へと変わっていた。

 翼も大きく広げ、全身の羽毛を膨らませて体を大きく見せながら威嚇の鳴き声を出す中、静かに奥へと流れていた水面が波打ち、通常の三倍は有りそうな巨大なイルカが姿を現した。

 

「クゥイィィィィ!」

 

「キュイィィィィ!」

 

「あのイルカは……」

 

 私達の目の前に現れた巨大なイルカ、特徴的なのは全身に血管のように走った赤い模様、血が流れて居るみたいドクンドクンと脈動するそれは時々鈍く光っていた。

 そして錆色の皮膚の上からでも分かる程にゴツゴツと盛り上がって浮き出た骨にポチの視線が奪われ、尻尾が無意識なのか左右に揺れている。

 どうやら彼奴の骨を新しい玩具にしたいみたい。

 左右に三つ、合計六つの瞳は白銀に輝きながら知性を感じさせ、頭には水晶か氷みたいな透明の王冠っぽい突起物。

 このモンスターの名前は……。

 

 

 

「此奴、何って名前だっけ? 図鑑で見た覚えがあるのよね」

 

「……私も忘れた」

 

 まあ、その図鑑も途中で寝落ちしてヨダレで大きな地図を描いちゃったんだけれど。

 忘れているのが私だけじゃないと安心する中、ポチは知っているらしく小さな声で教えてくれる。

 

「へぇ、”イルカイザー”って名前なのね」

 

「ハァ」

 

「溜め息がわざとらしいわよ、ポチ。それで何処の骨が欲しいの?」

 

「キュ!」

 

「尻尾の辺りね? 了解したわ」

 

 人が素直に感心してやったのに酷い態度だと思いつつも目的を思い出したからには達成しようと構えればイルカイザーも全身を震わせて額に魔力を集中させるんだけれど、よく見れば鼻先に何かを引っかけている。

 

「……あっ。ミントのパンツ」

 

 そう、紐パンが全然可愛くないイルカの鼻先に引っ掛かっていたのよ。

 まさか本当に洞窟で発見するとは思わなかったと私がビックリする中、明らかに何かする気のイルカイザーにロザリーは不用心に接近すると思ったら腰を屈めて目線を合わせると手を差し出した。

 

 

「そのパンツちょうだい。……ついでに尻尾の骨も」

 

 いや、くれる訳無いじゃない。

 うん、ハッキリと分かったけれど……この子は馬鹿だ。

 

 

 

 

 




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残り香(臭くはない)

「ふふふ、大丈夫よ。魔力が無いだなんて気にしなくても良いの。貴女には貴女の長所があるのよ」

 

 お母さん……、仲間(というより兄弟?)が聞いたら怒り出すような呼び方だけれども、私は二人きりの時と心の中だけで呼んでいる。

 人間なら誰でも持っている魔力を私は持っていなくて、仲間みたいに野生のモンスターならある程度従えられる、という事もないから色々困ったし、私を馬鹿にする連中は仲の良い友達が始末してくれた。

 

 

「信じられない! ったく、貴女の地位が意味なく与えられた物とでも思っていたのかしら!」

 

「……凄い剣幕」

 

「アンタは落ち着き過ぎ!」

 

 私より怒っている友達は消し炭にした子達を蹴り飛ばしながら怒鳴っていたけれど、私はお母さんと友達が味方をしてくれたらそれで良いのに。

 

 

 ……ある日、お母さんが私達を捨てた。

 私達が生まれた理由が間違いだって思ったらしい。

 色々捨てて、それでも皆はお母さんが一度決めた事をあんな存在の為に変えるのは有り得ないからって意思を引き継ごうって言っている。

 私は別にどうでも良いけれど、友達がそうしたいなら構わない。

 

 

 

 

「どうしたの? パンツと骨、ちょうだい」

 

 そんな友達がノーパンだったから失ったパンツを探しに行った先で出会ったリアス、多分新しい友達と呼んで良い相手。

 スキヤキからうっかり海の上に降りて溺れていた私を助けてくれて、服を乾かしてくれて、パンツを一緒に探してくれる事になって、一緒に戦って、蟹の美味しい食べ方を教えてくれた。

 

 此処まで来たら、姉妹同然の友達がミントなら、リアスは親友?

 

 

 だから親友のペット(にしては馬鹿にされているっぽい?)の為に探しているらしい”良い感じの骨”を持っているイルカイザーを見つけたなら骨を貰いたい。

 パンツも持っていたし、蟹が傷む前に持ち帰れそうだから一石二鳥……三石?

 

 ”頼み事をする時にはちゃんと相手の目を見てしなさい! ボケーッとしながら頼んでんじゃないわよ”、ってミントが言っていたからイルカイザーと視線を合わせてパンツと骨を受け取ろうと手を伸ばす。

 

「クゥイィィ」

 

 なのに太い声で鳴いたイルカイザーはパンツを咥えたままで骨もくれないでジャンプして、着水の時に私の顔を尾鰭で強く叩いて潜って消えた。

 私は頑丈だから叩かれてもそんなに痛くは無かったけれど、水飛沫を凄く上げたから全身ビショビショになっちゃうし、口や鼻にも入ったから鼻がツンッてしたし塩辛い。

 

「……むぅ」

 

 私、モンスターと会話が出来る能力を持ってたのに骨もパンツもくれないなんて何故だろう?

 ……ちょっと腹が立ったし、追い掛けて懲らしめよう。

 

 洞窟の中は薄暗いけれど神獣の私には問題無くて、濁ってもいないから海水の底まで見えている。

 だから私は迷わず飛び込んで直ぐに自分が泳げない事を思い出した。

 

 

「あっ……」

 

「何やってるのよ、馬鹿っ!」

 

 両手を伸ばして頭から飛び込んだ私の目前に水面が迫った時、不意に脚を掴まれて動きが止まる。

 そのまま顔面を水面に叩きつけちゃった私の鼻と口に海水が入っちゃってせき込みそうになりながら砂の上に引っ張り上げられた。

 

「助かった、ありがとう」

 

「どう致しまして……じゃないわよっ! 泳げない癖に水に飛び込むなってのっ!」

 

「でも、パンツ持ってた」

 

「だからって他に方法が有るでしょうが。ほら、未だ見えているんだから追い掛けるわよ。浅い所まで追い詰められるかも知れないし、見失う前にさっさと追う!」

 

 凄い、リアスも水の底が見えているんだ。

 私が感心する中、リアスは手頃な大きさの石を拾って投げる。

 水の中を突っ切って進む石に気が付いたイルカイザーは驚いた顔で身をくねって避けて、外れた石は底に激突して突き刺さった。

 

「ちっ。外れたわね。ポチ、アンタも何かしなさいよ」

 

「キュイ!」

 

 リアスのペットらしいグリフォン、ポチって言うんだけれど変な名前だと思う。

 そのポチが天井近くまで飛び上がり、風の球体を次々に海中に放って行けば、水底ギリギリで圧縮された風が解放されて周辺の水を吹っ飛ばした。

 

「「あっ……」」

 

 イルカイザーは真上じゃなくって正面に吹き飛ばされて更に奥に進み、周囲全体に向かう海水は当然私達の方にも津波みたいに押し寄せる。

 一番近かったポチは自分だけ風を纏って水を跳ね返す中、リアスは私を庇うように間に割って入ると拳を突き出した。

 

「やあっ!」

 

 踏み込みの威力で足下の砂が吹き飛んで開いた穴に海水が流れ込み、拳の勢いで生じた風が向かって来る水を全部跳ね返す。

 

「ちょっと、ポチ! ちゃんと考えて使いなさい!」

 

「キューイ」

 

「”その青い髪の奴、何か嫌い”、とか言ってるんじゃないわよ。もー!」

 

「キュ……」

 

 叱られてしょげたポチは素直にリアスの前まで戻って来て、彼女はそんなポチの顔を両手で挟むと手の平でグリグリとし始める。

 何か仲が良い。

 

 

「……むぅ」

 

 何故だろう、羨ましいというか、妬ましい?

 

 私は今、自分じゃなくポチが相手をして貰っている事に少しだっけ嫉妬を覚えていた。

 でも、リアスは友達だけれど出会ったばかりだし、他の友達は一人だけ、新しく出来た仲間は友達じゃない。

 

 あの子、直ぐに下着を脱ごうとするし、服を着るのを面倒臭いとか言ってるし、ちょっと困る。

 ミントがノーパンならハティは全裸派、当然ミントが服を着せようとして、私に構ってくれない時の寂しさと今の感情は何かが違う。

 

「本当にお兄ちゃんに叱って貰うんだからね!」

 

「……あっ」

 

 リアスが兄の事を口に出す時の表情で正体に気が付く、お母さんに感じていた物と同じだ。

 リアスは私のお母さん……じゃない、お母さんの胸は大きかったし、種族が違う。

 何かが似ている気がするけれど、お母さんを前にしている時の温かさとは似ているけれど別物で、例えるならお母さんがついさっきまで座っていたソファーに寝転がった時に感じる体温と残り香。

 

「ちょっとロザリー、本当に急ぐわよ。このままじゃ逃がしちゃう」

 

「うん、分かった、リアス」

 

 所でリアスの名前って何処かで聞いた覚えがあるし、結構重要だった気もするけれど……忘れた。

 

 

 

「リアス。リアスは私のお母さんと会った事がある?」

 

「へ? いや、そもそもロザリーのお母さんについて知らないから分からない」

 

「……うん、分かった。多分無い」

 

 きっと気のせい、お母さんが人間のリアスの近くに居る筈がないから……。

 



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ほんじつはおたのしみでしたね

忘れかけていた アリアはメインヒロイン!


 僕にとって昼寝は滅多に出来ない贅沢だ。

 確かにクヴァイイル家の政務に関わる実権はパンドラが握る事になってはいるけれど、それは僕が何もしなくて良いという訳では無いから政務の勉強だってしているし、お祖父様の命令で裏の仕事を担う事もあれば、僕の一番重要な仕事は存在そのものが抑止力となる事、その為の修業だって行っている。

 

 正直所々で時間を操作しているからこそこそ上手く回っているけれど、別の属性なら途中で回らなくなる・・・・・・いや、前例の無い属性だからこそ今の大変さだけれどもさ。

 

「・・・・・・何だろう? 温かくて柔らかい?」

 

 アリアさんと手を繋いでの昼寝開始から体の調子とかからして一時間程経過した頃、目を閉じたまま目覚めた僕は顔に押し当てられた感触と鼻孔をくすぐるほんのり甘い香りに気が付いた。

 この感触と香りには覚えが有り、頭に手が回されているU感覚もある事から状況を察するけれど、未だ慌てる状況下は決まっていないのだと自分を安心させる。

 

 実際にはそうしないと不安なんだけれど、別に夜鶴と夜の面々に夜伽を任せている最中を目撃された訳じゃなく、水着の女の子に抱き付かれているだけ、結構な大事だけれども……。

 

「……良し、目を開けようか逃げちゃ駄目だ、事態が悪化するだけだし」

 

 頭の上から聞こえて来るのは静かな寝息、アリアさんが眠っているのは間違い無く、このまま起きて離れてしまうのが一番だろう、このまま何もせずに誰かに見られてしまった方がね……。

 

 只、顎に当たっている感触が凄く嫌な予感を与えて来るんだけれど……。

 

 目を開ける、少し白いのが日焼けし始めている肌が目の前にあって、大きな胸が顔を挟んで両腕は頭を抱えている状態だ。

 うん、この時点で分かる事だけれど、水着がね、元々小さめの物だったからか脱げて下にズレているんだ。

 つまりはアリアさんは上半身裸で僕の頭を抱き寄せているって事で、結構な力だからコッソリと抜け出すのは難しいかな?

 

「……うぅん」

 

 彼女の足は僕の足に絡み付くように動き、頭を一層強く抱き寄せる。

 悪い気分は無いんだよね、この状況。

 そう、悪い気はしないし、ここ数日は刺激が強い事が多かったから目の前に餌を見せられてからお預けを食らっている状態だし。

 

 此処で僕や彼女が読んでいる本なら流れで始めちゃうんだろうけれど、まさか婚約もしていない相手に、しかも野外でやっちゃうのはな。

 この状況をもう少し満喫したい、けれど起こさない訳にはいかないと起き上がればアリアさんも目を覚ます。

 

「……あれ?」

 

 何が起きたのか、それが理解出来ないって状態なのか目をパチクリさせて僕の顔を見て、次に水着がズレて胸が丸出しになっている状態なのに気が付いたらしい。

 寝ぼけ顔で自分の胸をペタペタ触り、続いて掴んでユサユサ動かす、眼福な光景で可能なら見ていたいな、大きな胸は好きだし。

 

 

「ロノスさん……」

 

 大きな声で叫びもせず恥ずかしがって胸を手で隠す事もせず、彼女は僕の首に腕を絡めて抱き付いて来る。

 水着はズレたまま、強く僕に体を密着させて蕩けた顔で顔を近付け、僕は引き離す事も出来ずになすがままで、そのまま抵抗する事も出来ずに二人の唇が重なって……。

 

 

「んっ……」

 

 目を閉じた彼女は唇の間から舌を入れて僕の舌に触れ、其処で驚いたように目を見開いてバッと離れる。

 その勢いで胸が揺れるのに視線が奪われた。

 

「あ、あれ……? 夢……じゃない?」

 

「えっと、取り敢えず胸を隠そう……か?」

 

 急に大胆な行動に出て来た彼女は寝ぼけていたらしい。

 これは夢だと思っていても迷わずキスの更にその先まで行く辺り、普段からどんな夢を見ているのか気になるけれど、気が付いたのなら落ち着かせるには良いタイミングだ。

 

 僕は後ろ髪を引かれる思いをしながらもアリアさんの胸を直視しないように顔を背けた。

 流石に抜け出した事に他の皆が気が付く頃だし、眠いからと女子会に参加しなかったアリアさんが僕と一緒に居て、しかも水着が脱げていただなんて知ったら何を思うか分からない子も居るし、この辺でログハウスに戻るのも良いかな。

 

「……えいっ!」

 

 っと思っていた僕はアリアさんが抱きつこうとしているのを感じ取った、しかも解けた紐を結び直す音は聞こえなかったし胸は露出したままだ。

 このままじゃ上半身裸の彼女に抱き付かれる、そう感じたけれど手を広げているのがチラッと見えた影で分かったし、僕が避けたら顔面を地面で打つよね……。

 

 

「アリアさん、胸を隠そうって言ったのに、どうして抱き付いているのかな?」

 

 だから正面からアリアさんを受け止めたのは彼女の胸が密着するのが目的だなんて事は……無い。

 僕は回復魔法は使えない(事になっている)し、女の子が顔に怪我でもしちゃったらさ。

 

 これが敵なら顔面だろうがお腹だろうが平気で攻撃するんだけれど、彼女は友達、しかも僕に好意を向け、非公式の愛人みたいな関係でも良いから近くに居たいとかまで言われたら、怪我をするのを見過ごせなかった。

 

「えへへ。これなら密着しているから見えないと思いまして。……見られても私は構いませんよ? ロノスさんが望むなら好きなだけ見られても触られても吸われ……」

 

 何か僕の考えを見透かされている気がするんだよなとアリアさんには。

 表向きの顔は兎も角、本当の彼女は感情が殆ど動かないってタイプだったのに、だからこそなのか、実際は乙女ゲーの主人公に相応しいコミュ力を持っていても発揮出来なかっただけなのか、それは分からないけれど。

 

 僕に体をギュッと押し付け若干体重を掛けているからか確かに胸は潰れてしまって一部が隠れているし、この距離なら谷間だって見えないけれど、肌で彼女の胸を感じるんだよな。

 体温が熱くなり、鼓動が高鳴っているアリアさんだけれど、僕も同じ状態なのは伝わっているのだろう。

 少し迷いながらも告げられた誘惑の言葉に悪魔が囁く。

 

 ”このまま彼女で溜まった物を発散させてしまえ。嫌がる所か喜ぶだろう”ってさ。

 

 

「本当に落ち着こうか。ここ、野外。壁で周囲から見えないとしても、離れて高い所に行けば見えるだろうし……」

 

 その誘惑を必死で振り払うけれど、アリアさんは離れてくれそうもなく、寧ろムキになって強く抱き付いている。

 上半身を起こして座り込む僕に正面から抱き付いて体重を預けた彼女の存在を意識させられる中、耳に息を吹きかけられた。

 

「……此処までしちゃったら他の誰かにお嫁になんか行けませんから。私の想いを分かっていて駄目なら駄目と突き放さなかったロノスさんの責任ですからね」

 

 それだけ言うと再びアリアさんは僕と唇を重ね、小さな声で何かを唱える。

 日差しが降り注ぐ雲一つ無い空が僕達二人の居る小島だけ闇に覆われて見えなくなった。

 恐らくは蓋を被せるみたいにドーム状に闇の魔力を構築しているのだろう、闇は島の周囲からジワジワと広がって行くのが見えていて、唇を離した彼女は空を見上げて静かに微笑む。

 

「皆さんには夏の日差しに耐えかねたとでも言っておきましょう。外から誰か来ても気が付かなかった事にして。……大丈夫です、ロノスさんが望まないのなら途中で止めておきますから。だから、私にご奉仕させて下さい」

 

 三度目のキス、今度は一度目と同様に激しい物で、僕は一切抵抗をしない。

 闇に覆われた空の下、アリアさんはそのまま僕を押し倒した。

 

 

 

「アリアさん……」

 

 僕が肩を掴んだ瞬間、アリアさんは離れたくないとばかりに抱き付く力を強めるけれど、僕はそのまま半回転して彼女と上下を入れ替わる。

 そして、そのまま……。



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事が終わって

 空を覆う闇の蓋が中心からジワジワと消えて行く中、僕とアリアさんは海に浸かって色々と洗い流していた。

 地面に寝転がったし、土やら草やらくっつくし、夏だから汗だって……。

 

「……凄かったです。本で読んで妄想……想像してみたのよりずっと……」

 

 解けやすくなっていた水着の紐を結び直したアリアさんは汗やら何やらが溜まった物を念入りに流している。

 普段から汗が溜まって肌が荒れやすいらしく慣れた手付きで洗いつつ、うっとりした顔で僕に話しかけて来るんだけれど、さっきまで何をしていたのかを考えると目を合わせられない。

 

「……ロノスさん、実は初めてじゃないですよね」

 

「あっ、うん。実は……」

 

「良いですよ、別に。……途中までで終えましたけれど私は気持ち良かったですし? ロノスさんはどうでした?」

 

「け、結構な胸をお持ちで……はい、黙っていてすいません」

 

 事の最中、僕が慣れた様子だったから経験者だと気が付いたらしく、指摘する時の彼女は何処か拗ねた風に見えるし、暗黒のオーラを纏って見える。

 ……うん、夜鶴達に”私達が女体の扱いを学ばせて差し上げます”とか言われて色々としたけれど、それを彼女で試したのは失敗だったか。

 

 

「……だから良いですって。じゃあ、そろそろ帰りましょう。あっ、お姫様抱っこで運んで下さいね?」

 

「……はい」

 

 ヤバいな、暫くは頭が上がりそうにないぞ。

 

 体を洗い終えたのか海から上がった彼女は持ち上げやすいようにする為か手頃な大きさの岩に座って僕に向かって手を伸ばしている。

 暗黒のオーラは既に消えていて目の前に居るのは何時ものアリアさんである事にホッとするんだけれど、要求通りに抱き上げると首にしがみついてほっぺにキスをされ、耳元で囁いて来た。

 

 

「またの機会に宜しくお願いしますね。お嫁さんになる前に最後までやっても私は構いませんし、ロノスさんが望むなら何でもしてあげますから」

 

「それでアリアさん、これからどうする? 未だ時間はあるし、したい事があったら付き合うよ。ほら、デートだし」

 

「し、したい事ですかっ!? あの、その……」

 

 汗やら土やら体に付着したあれやこれやを海水で洗い流し、その海水も僕の魔法で取り除いたから島から浜辺を目指す途中、僕の問い掛けにアリアさんは何を誤解したのか真っ赤になってゴニョゴニョと口ごもる。

 成る程、したい事って聞いて何の事か勘違いしているのか察しが付いた。

 それにしても前から思っていたんだけれど……。

 

「アリアさんって髪の色は黒だけれど、頭の中は割とピンクだよね」

 

「うぅ……。意地悪です……」

 

 抗議の意を込めてポカポカと叩かれたけれど痛くはないし、笑いながら謝っていると浜辺に到着した。

 アリアさんは未だ拗ねているのかそっぽを向き砂で山を作り始めている。

 

 砂遊びか、前世の記憶が戻る前はしなかったよ、服が汚れるからってさ。

 リアスも僕の方も記憶が蘇ったと知るまでは暗かったし、明るくなってからは付き合って遊んだけれど、もう少し早くしてやれる事があったと思う。

 

 だから同じ過ちを繰り返さない為にも僕はアリアさんの正面に回って砂山作りを手伝い始めた。

 空気をスコップの形に固定すれば楽に作れるだろうけれど素手で作る醍醐味ってあると思う。

 暫く無言で作業して、最後はトンネルの開通だ。

 何も言わずとも二人揃って真ん中を目指して掘り進めば土にまみれた手と手が触れ合い、ギュッと握られた。

 

「これで良かった? 他にしたい事はある?」

 

「……このまま暫く手を握っていて下さい」

 

 砂山で顔を隠しながらした返事の声は仮面を脱いだ時の彼女の物、きっと反対側では本当の彼女の表情が見えるんだろうけれども、敢えて隠れているのなら見るのは野暮って物だろう。

 

「うん、良いよ。じゃあお話でもしていようか。この辺には満潮になると水没する洞窟があるんだけれど、海賊の宝の伝説があるんだ」

 

「海賊の宝?」

 

 少し興味を引かれたらしい彼女に話し始めるけれど、僕もチラッと聞いただけの話で真偽は不明。

 実際、洞窟には伝説を聞いてやって来たトレジャーハンターが数多く居るんだけれど、実際に宝を発見したって話は聞かない。

 

 だから嘘だとは思うんだけれど、話としてはそこそこ面白い。

 

 

 この伝説の元になったのは散々悪事をやらかした上に最後は部下を囮に逃げ出そうとして、その挙げ句に部下に捕まって囮にされた馬鹿な海賊船長の手記、彼が見習いとして乗っていた海賊一味での話だ。

 

 その船長の名は”キャプテン・シャーク”、海賊からのみ略奪を行う変わり者……結局は一般市民から奪われた物なんだろうけれど、そんな彼はとある種族と恋に落ちた。

 それは命懸けの恋、何せ相手は人魚だからね。

 人魚ってのは美女ばかりって言われているし、言葉だって通じるから心奪われる船乗りは多かったけれど、問題なのはその生態。

 他の種族とも恋をして子供を作る、それで終えれば恐れられはしていない、簡単に例えるならばカマキリと同じなのさ。

 

 本能として交わった相手を殺して食べる、性的興奮が途端に補食本能に変わって自分を抑えられず、恋した相手を殺した事に絶望してなのか自殺率がダントツで高い難儀な種族さ。

 まあ、あくまでそれは他の種族が相手の場合、だから人魚の掟で多種族との関わりは制限されていて、それでも恋は燃え上がる。

 

 ある日、襲った海賊船に捕まっていた人魚を助けた彼は一目で恋に落ち、人魚だって彼に恋をした。

 掟は厳しいし、本能の恐ろしさを知っているからキスで終わりの恋を続けた二人だけれど、前々から彼に不満を持っていた船員……例の手記の海賊の裏切りで深手を負った彼は命の終わりを悟ったのさ。

 

 手下の裏切りでなく、恋した相手の手に掛かりたい、向こうからすれば残酷な願いを受け入れた人魚はシャークと交わり、子供の為にと渡された財宝を洞窟の何処かに隠した。

 

 

 この時、手を貸したのは古在の船員だったらしい。

 海賊家業に奇麗事を持ち込んでいると他の船員が不満を持つ中、彼だけは最後まで手を貸して、家族を人質に取られても人魚が逃げた頃まで時間を稼いだ。

 

 

 その後、蟻の巣みたいに入り組んだ水路が数多くある洞窟を探し回った海賊だけれど、人魚は独自の魔法で仕掛けを用意し、愛しい男が残した宝を隠し通した。

 

「人魚の魔法で厳重に隠された財宝を探すのを一旦は諦めた海賊だけれども、何時の日か見つけようと手記に残し、それが伝説になったと、そんな訳さ」

 

 ああ、確か宝の中でも最も価値があったのは二本で一対の武器だとか。

 ……ゲームではどうなってたっけ?

 



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今はこれだけで

「おや、お早いお帰りだったな。今は日差しが強いのだし、わざわざ魔法で遮るのならば建物の中で良かったのではないのか?」

 

 一頻り砂遊びをしたんだけれど、童心に帰ったみたいで楽しかった。

 前世では庭木に水をやる為に外にも蛇口があったからバケツとスコップで山や池を作ったりした思い出が蘇り、ついつい夢中になっていたんだけれど何時までも遊んではいられない、何せ僕達二人は抜け出した身だ。

 

「特に貴様。出会った時にヘンテコな奴だと思ったが、眠いからと茶会に参加しなかった者がまさか外で遊んでいたとはな」

 

 特に今こうして玄関で腕組みで待ち構えたレキア。

 そんな彼女に不満そうな顔でビシッと指先を向けられているアリアさん、彼女は嘘ついて抜け出したからなぁ。

 ”これだから王国貴族は信用出来ぬのだ”、とか目で訴えて来ているよ。

 アリアさんの方を見たら誤魔化す事を考えてなかったみたいだし、僕にまで波及しそうな気が……。

 

「貴様もだぞ、ロノス! ……貴様は妾の婚約者(オベロン)候補という自覚が不足している。改めよ」

 

 波及、しちゃったかぁ……。

 責めるように強い口調の後、ジト目で呟くような口調、怒っているってよりは拗ねている感じ。

 長い付き合いだから僕は知っている、こんな時のレキアは本当に面倒だ。

 

 何かは分からないけれどして欲しいのは分かる、でも彼女は素直に口に出来ないし、プライドが高いから聞き出すのは困難だ。

 でも、今回は何となく分かるんだよね、レキアが何を望んでいるのか。

 

 

「そうだね。じゃあレキアから君の夫に必要な事を教えて欲しいな。海岸を散歩でもしながらさ」

 

「ふんっ。少しは自覚を持ったか。良かろう、じっくりと教えてやるから暫し待て」

 

 ほら、矢っ張りだ。

 僕が散歩に誘うとレキアは仕方無さそうにしながら部屋に戻って行き、妖精サイズの日傘を持って窓から出て来る。

 普段は妖精の領域を管理している忙しい身だし、折角海に来たのに友達の僕が他の子と遊びに行って自分は放置されていたのが面白くないんだ。

 相変わらずの定位置として僕の肩に座り、一瞬だけ楽しそうに笑うと直ぐに不満そうな声を出しながら僕を急かす。

 

 

「未だ日は高いが急げ。貴様には普段から言い聞かせるべきだと思っていた事が多くある。夕食時まで戻れると思うなよ」

 

「はいはい、覚悟しているよ。大変だけれど、君と一緒なら楽しい時間だ。寧ろ直ぐに終わってしまったと残念に感じるんじゃないのかな?」

 

「……無駄口を叩かずに行け」

 

 本当に素直じゃないんだから、この子は。

 一緒に遊びたいならそう言えば良いのに、僕やリアス以外に友達が居ないんだからどうやって接するべきか分からないんだよね。

 一番優秀な姫で長女だし、母親には気軽に相談出来ないんだろうし、だからまあ、僕が気持ちを汲んであげれば良いか。

 それが友達ってものだし、このままじゃ結婚するんだしさ。

 

 

 

 

「大体、貴様は妾への敬意が足りておらぬ。姫であり、やがて妖精の女王となる者だぞ」

 

「うん、君は優秀だしね。君の事は本当に凄いと思っているよ」

 

「ふふん。ならば良い。分かっているのならば態度に出すべきだが、貴様は素直では無いせいだろうしな。もう少し己の本心を表に出せ」

 

 それ、君が言う?

 言ったら怒り出して拗ねるだろうし、少し可哀想だからね。

 

「そうだね。君にはもっと素直になりたい。夫婦になっても誰にも見せたくない部分があるだろうけれど、君相手には出来るだけ減らしたいよ」

 

「……そうか。精進せよ」

 

 話は終わったし、丁度良いタイミングだからと岩に座り込んで海を眺める事にすると不意に肩が軽くなる。

 ……こう言うとレキアが重いみたいだけれど、かなり軽い。

 人間サイズになった時に見た限りじゃ胸やお尻の肉付きは悪く無かったし。

 

「こうして貴様と並んで過ごすのも久し振りな気がするな。ロノス、お前の肩や頭は乗り心地が良い。喜べ、妾が誉めてやっているのだぞ」

 

「それは嬉しいね。誰かに誉められ認められる、それが君なら尚更だ。大切な相手だからね」

 

「妾にとってもな。貴様は妾の大切な……友人だ」

 

 真っ赤になりながらプイッと顔を背けるレキア、思わず”可愛い”とか口にしちゃったら石を投げられたけれど、本当に可愛いよね。

 

 

「ああ、そうだ。貴様の学習態度を評価し、少し褒美をくれてやろう」

 

 パチンと指を鳴らす音、ポフっと煙が手元で広がって、僕の手には蜜がタップリ詰まった花が握られていた。

 横を見ればレキアも両手で花を酒杯みたいに持って蜜を飲んでいる。

 ちょっと舌先で触れれば蜂蜜に似た少し濃密な甘味が広がって、マッタリとしているけれど全然しつこくないし、直ぐに飲み干してしまった。

 

「美味しいね、これ。初めて飲んだや」

 

「”王花(おうか)”、妖精の城にのみ年に一度咲く花で、私とて初めて飲んだ。女王とて気軽には飲めぬ。結婚記念日と……求婚する時に姫が相手に渡す物だ。あれだ、済し崩し的に婚約が決まったから事だしな」

 

「そう」

 

 思わず短い返事をしてしまったけれど、要するにその場しのぎの婚約者の演技だったのを正式にしようって事だ。

 互いの家が決めた事だけれど、ちゃんと自分の意思が在るって事で……。

 

 うわぁ、恥ずかしい……。

 

「勘違いはするな。貴様が考えている事とは全くの別物だ。ただ義理を通したそれだけだ、良いな? ……良いな?」

 

「あっ、うん。分かった」

 

 これは勢いに任せた結果、凄く恥ずかしい事になったって所だな。

 蜜を一気に飲み干したレキアは僕の隣から飛び上がって頭の上に乗る。

 これをやられると顔が全く見えないんだけれど、見られたくないんだろうな。

 

 それにしてもレキアも乙女だったって事か。

 いや、リアスとは違うタイプって分かってはいたんだけれど、普段が普段だから忘れちゃうんだよね。

 

 彼女の婚約者として妖精国に行った時はあくまでも演技だったけれど、妖精の姫らしく恋した相手に花を贈って求婚するってのをやってみたかったんだろうな。

 

 

「じゃあ、これで君と僕は正式な婚約者って事で良いのかな?」

 

「母上が決めてしまった事な故に不平不満を口にはせぬが、貴様次第だ。……いや、そもそも勘違いをするなと言ったはずだぞ、妾は。話を聞いていなかったのか、全く」

 

 不満を装いながらポカポカと頭を殴り続けられる。

 おっと、そうだった、あくまでも憧れていた事をやってみただけか。

 

 

「それでも君に相手として選ばれたのは嬉しいかな」

 

「……ふん」

 

 照れ隠しなのか割と強めの一撃を食らったけれど、僕は本心で言った事だから後悔は無い。

 

 

「そろそろ散歩に戻る?」

 

 暫くの間、僕とレキアは無言で海を見つめ、波の音に耳を傾ける。

 こうしてのんびりするのも良いけれど、滅多に海に遊びに行けないレキアが存分に海で遊べたら嬉しいし、何処か体の小さな彼女でも遊べる場所が無いか探そうと思ったんだけれど、レキアは僕の頭から降りたと思ったら大きくなって僕の隣に再び座り込んだ。

 

「ああ、そうだな。だが、暫し待て、妾が元の大きさに戻ってしまうまでの僅かな時間だけ、それまではこうしていたい……」

 

 レキアの手が僕の手に重ねられ、体が預けられる。

 顔を見ようとしたら空いた手で邪魔をされて見れなかったけれど、レキアの静かな息遣いは感じる。

 

「そっか。じゃあ少しだけ休憩を続けよう。何かお話は……別に良いや」

 

 今は言葉を交わすよりもこうしているだけが良い、そんな風に彼女が思っているのが伝わって来たから僕も隣に居るレキアの存在を感じる事だけに意識を傾ける。

 

 

 やがて、レキアが今の大きさを保っていられなくなる時間がやって来た頃、頬に柔らかい物が一瞬だけ触れた。

 

 

 

「思い上がるな。何となく、その様な雰囲気だと思った、それだけに過ぎぬ。……それだけにな」



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グリフォンの憂鬱

「ねぇ、この道って三回目じゃないの?」

 

 ダメージがあったのか水路を泳ぐイルカイザーの動きは何処かぎこちないし、縦穴や横穴に逃げ込まれたら面倒だから石を投げたりして進路を強制していたんだけれど、十字路になっている場所で逃げられた。

 最初この道に来た時には直ぐ近くに居たのに、一本道がずっと先まで続いていた筈が端から端まで移動した途端に目の前にまた十字路が現れて、イルカイザーとの距離が開いたのよ。

 左右は岩壁だったのに道が出てくるなんてビックリね、死角になっていたのかしら?

 

「ポチが一撃入れる前から彼処まで速くなかったわよね?」

 

「うん、私が泳げていたら走って前に立ちふさがっていた」

 

 単純な速度なら湿った砂地の上だろうと私達が走った方がイルカイザーの泳ぎより速いんだけれど、ずぶ濡れになるのは嫌だから水に飛び込むのは避けていたし、だから水路に点在する穴に逃げ込まれないように牽制しつつ捕まえやすそうな場所まで追い込む予定だった。

 でも、今はこうして一気に距離が開いちゃったわ。

 妙だなって思ったけれど、本気で逃げたんだって思ってもう一度端まで行ったら更に距離が開いて十字路がまた出て来る、これの繰り返し。

 

「・・・・・・ループしてる?」

 

 ロザリーの言葉を聞いて考えて見れば、確かに壁には私がモンスターと一緒に手刀で切り裂いた跡が残っていて、天井にはモンスターを投げ付けた上で拳を叩き込んで開けた穴から日差しが差し込んでいる。

 死骸は邪魔だから水に投げ込んだせいで気が付かなかったけれど、これって最初に通路に来た時の物よね、多分。

 

「試してみるか」

 

 後ろを振り向けば見えた景色は十字路じゃなくって、最初に十字路に足を踏み入れた時の物。

 振り返らずに前進あるのみって感じだから気付けなかったわ。

 

 でも、一応検証してみないと。

 

 壁の岩をむしり取り、何個か投げる。

 全部で三個、通路の向こう側に消えて行った物の内、二個が後ろから通り過ぎて、二回目で漸く地面に落ちたけれど、イルカイザーに目掛けて水中に投げた物は戻って来ていない。

 

 

「これ、どうやって進むのかしら?」

 

「分からない。困惑」

 

 戻るのは出来るみたいだけれど、進むのは無理みたい。

 でもイルカイザーは普通に進んでいるし、パンツと骨を諦めるのは悔しいのよね。

 

 未だ遠目に姿が見えるイルカイザーだけれど、ここまま見えない場所に逃げ切られて穴の奥にでも隠れられたら捕まえられないじゃない。

 

「このまま見付けられないなら洞窟ごと跡形も無く吹き飛ばすって最終手段があるけれど……って、何よ、ポチ。お腹が減ったなら適当なモンスターを食べなさい。お菓子とか持ってないわよ」

 

 パンツを取り戻して尻尾の辺りの骨を手に入れる為にループする通路をどうにかしないと、そんな風に悩む私の肩をポチが突っついて自分の羽を二枚だけ抜くと片方を風で包んで水中に入れて、もう一枚は水面に浮かべて流す。

 浮かべた羽根は十字路の端まで行った途端にその先の一本道じゃなくって反対側から流れて来て、風の玉に包まれた羽根は十字路端を抜けて向こうまで行った。

 

 つまり……。

 

 

「水中を通ればループを抜けて先に進めるって事ね。他には外から天井に穴を開けるって手も有るだろうけれど、崩落してパンツが埋まったら厄介だし」

 

「キュキューイ」

 

 ”そもそも最初の段階で壁や天井の状態から違和感に気が付くべき”?

 五月蠅いわね、羽根全部毟るわよ。

 

「解決した。行こう」

 

 まさか、そんな風に思ってロザリーの方を見れば既に水路に向かって飛び出した後、空中で上下逆の体制になって頭から水に突っ込んで行く、カナヅチの癖に。

 

「あっ……」

 

「馬鹿っ!」

 

 何が最善なのか考える前に体が動いた私はロザリーの髪の先が水面に付いた瞬間、胸に跳び蹴りを叩き込んでいた。

 爪先から感じ取ったズッシリと肉が詰まって張りのある感触、自ずと力が漲って反対側の足場までロザリーの体を蹴り飛ばし、飛び込んだ後で泳げない事を思い出したらしい顔が胸に食らった衝撃で驚きに変わり、次の瞬間には頭から砂に突き刺さる。

 頭は砂に沈んだけれど、胸はつっかえて砂の上……けっ!

 

 

「アンタねぇ、もう少し考えてから行動しなさい。本日二回目でしょ! 私に天才的な閃きがあるわ。ポチに乗った上で風に包まれて進めば良いのよ!」

 

 ふふんっ! 普段から私をゴリラとか言ってる連中も驚くでしょうね!

 お兄ちゃんは誉め言葉としてのゴリラだけれど、他の連中は反省しなさい!

 

「ふふんっ! どーよ!」

 

 腕を組んで胸を張っての得意顔、張っても平らは平らだって思った奴はぶん殴る、

 

「……キュイキュイキュー」

 

「え? ”閃きも何も、僕が解き明かして検証の為にやった事のパクり”、ですって?」

 

「フゥ……」

 

「う、うっさい! そんな事よりもさっさと追うわよ! ロザリー、さっさと起きなさい!」

 

 わざとらしく溜め息を吐くだなんて、本当に私への態度が悪過ぎじゃない!?

 

 お兄ちゃんへの従順かつ大好き全開って対応に比べ、何故か私には舐めきった態度を崩してくれないポチに飛び乗り、未だ頭から砂に刺さったままのロザリーにもさっさと飛び乗れとばかりに声を掛ける。

 足をジタバタさせた彼女は胴体まで刺さるのを防いだ胸が支えになっているのか体を倒すのに苦労していたけれど、あの姿を見ていたら胸が大きくても何の役にも立たないって分かるわよね。

 それはそうと貧乳とか平ら胸とかツルペタとか言って来る奴はお仕置きするけれど、それはもう好きに勝手に大袈裟な仕置きを。

 

「キュキュイ?」

 

「え? ロザリーを背中に乗せるのがなんで不思議なの?」

 

 何とか起き上がったロザリーが砂まみれになった髪の毛をブルンブルンと振って砂を飛ばし、ついでに胸をブルンブルン揺らしているのを見た私が置き去りにするか一瞬迷った時、不意にポチから妙な質問が投げ掛けられるけれど、私の心を読んだのかしら……ポチって実はエスパーだったっ!?

 

「す、凄いわ! お兄ちゃんはこんな事を言って無かったし、多分気が付いたのは私が先ね!」

 

「キュ?」

 

「何の事かって聞いて来なくても大丈夫、私にちゃんと考えが……は? ”お馬鹿のリアスの考えは信用出来ない。僕はお前の事は信用するけれど、お前の頭は別だ”、ですって? ……誉められているのかしら?」

 

 何か微妙な感じを覚えた私だけれど、信用しているってそういう事よね!

 あらあら、まあまあ、普段から馬鹿にしている癖に実は私が大好きなんじゃないの。

 

「お待たせ」

 

 私がポチが実はエスパーでツンデレだったって事にニンマリしている間に砂を粗方払ったロザリーがポチの背中に飛び乗り、ポチがちょっと嫌そうな風に鳴いたけれど私をチラッて見て風で一緒に包んでくれる。

 ポチ、もしかしてロザリーが嫌いなのかしら。

 

「ねぇ、ロザリーってお風呂はちゃんと入ってる?」

 

「?」

 

 唐突な質問に首を傾げるロザリーだけれど、大好きな私と直ぐに仲良くなった彼女に嫉妬しているって線はお兄ちゃんが一番大好きで周囲に嫌そうな態度を取らない事から違うでしょうし、青色が嫌いって事も無いと思う。

 

 じゃあ嫌う理由は何かって、多分グリフォンにとって嫌な臭いがするんじゃないかって思ったわ。

 

「お風呂……多分入っている……と思う」

 

「疑問系なの? しっかりしなさい、うっかりするな」

 

「夜は眠いからボーッとしてたらミントが身の回りの世話をしてくれる。だから覚えていなくても問題無し」

 

「問題だらけじゃないの、それって」

 

 風で全身を包んだポチは水中で慣れていないのか飛びにくそうにしながらもイルカイザーを追い掛け、十字路のループを突破する。

 

 

 

 

「キュキューイ」

 

「駄目に決まってるじゃない」

 

 ロザリーだけ落としても良いかって、何を考えているのよ、ポチったら。

 



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どっちだろう

 ……お馬鹿のリアスにお気に入りの牛の骨(オモチャ)を壊されちゃった。

 お兄ちゃんが出掛けてしまったから遊んで貰おうとしたんだけれど、骨を全力で投げてくれた迄は良かったのに、あの馬鹿は力加減を知らないから空中でバラバラ……酷いっ!

 

 まあ、その後で新しいオモチャを探しに行くのは良かったけれど、其処で変な奴と出会った。

 青い髪の変な奴、リアスと似た感じの魔力を持つ変なのの髪の毛を抜いてやったけれど、此奴は此奴で彼奴に似た嫌ーな感じ、何にも感じないし、美味しそうな馬を連れていたから後で食べさせて貰えるかも知れないし一緒に行動したんだけれど、背中に乗せてやるのはヤダーーーーー!

 

「キューイ!」

 

「駄目だって言っているでしょ!」

 

 だから背中から捨てて溺れさせてやろうって思ったけれど、お兄ちゃんに叱られるのも嫌だから一応リアスに聞いてからにしたんだ。

 そうしたら駄目だって叱られちゃったよ、お馬鹿の癖に! おー馬ー鹿ーのーくーせーにー!

 

 ロザリーって奴、多分人間じゃないし変だから気を付けろって伝えようとしたけれど、伝わっているよね?

 彼奴、凄く変なんだから分かっているよね、ちゃんと確かめたんだしさ。

 

 

 リアス、ちゃんと考えがあるみたいに言っていたし、凄く心配だけれども強いんだからどうにかなるだろうしさ。

 

 

 そもそも僕ってジメジメした所が嫌いで狭い所にも居たくないのに洞窟の中を飛ぶだなんて。

 あのモンスターが持つ、皮膚の上からでも分かるくらいに良さそうな骨が無かったら直ぐに出て行ってたよ。

 

「ヤキタテー!」

 

 そんな風に色々と気に入らない所を進む中、”タコヤキソルジャー”とか美味しいモンスターが襲って来たのは嬉しかったな。

 胴体はカステラボールみたいな見た目でカリカリなのに、体内はトロトロで脚はプリップリ、持ってる壷の蓋を取れば絶品のソースが入っているし、帰ったらお兄ちゃんへのお土産にするんだ。

 

 だから風で切り裂いて、すれ違い様に壷だけ貰ったら身は少しだけ食べる。

 水中だと風を飛ばしても弱くなっちゃうけれど、僕は元々強いから少しぐらい威力が下がっても平気なんだ。

 所でタコヤキソルジャーだけれど、水中に居たのに熱々なのはどうしてだろう?

 美味しいから良いけれどね!

 

「うわっ、良いな。ねぇ、ポチ。私にも少し分けなさいよ」

 

「キュイ!」

 

 

 やーだー! 僕が全部食ーべーるーのー!

 

 

「クゥイイイイイ!」

 

 僕達の追跡が鬱陶しいのかイルカイザーは何かを飛ばして来る。

 後からお兄ちゃんに聞いたら音波? よく分からないけれど、それを飛ばしていたらしいんだ。

 

「キュキュキュイ!」

 

 ふふーんだ! 僕の風はその程度じゃ突破出来やしないもんねー!

 あっ、でもわざと風を解いてロザリーだけ水中に置き去りにするのは良いかな?

 変な奴が何時までも背中に乗っていたら気持ち悪いし、此処では錐揉み回転も急上昇も出来ないんだもん、野生の勘が鋭いリアスが居なかったら直ぐにそうしていたぞ!

 

 だってお兄ちゃんが駄目って言ったなら我慢するけれど、リアスの命令で我慢したくはないんだもーん。

 

「ポチ、もっと急ぎなさい!」

 

「キューイ……」

 

 リアスが急かして来るけれど、逃げ込めそうな穴は無いし、美味しいモンスターは向こうからやって来るし、見失わないなら今のままで別に良いよね?

 

 

「戻ったらシュークリーム買ってあげるわ!」

 

「キュイ!」

 

 シュークリーム! 僕、あのお菓子大好物!

 

 お兄ちゃんには内緒で屋敷のメイドさん達や庭師のゴブリンさん達がオヤツをくれるんだけれど、お肉とか果物が多いからお菓子は滅多に貰えないんだ。

 お兄ちゃんの前では良い子で居たいから欲しい物を何でもかんでもお願いしたくないし、クッキーとかなら焼き上がりに窓から顔を入れたらコックさんがくれるんだけれどシュークリームとかは買って来る以外じゃ食べられない。

 

 エクレアもマカロンもチョコも好きだけれど、シュークリームはお肉の次に好きだから、買って貰えるんだったら頑張るぞー!

 

 立ちふさがる美味しそうな魚介類のモンスター達を跳ね飛ばし、途中”エビフラナイト”だけは一番美味しいカリカリの尻尾を食べ、僕の目の前にはイルカイザーの姿が迫る。

 さっきから水の流れが速くなって水路も坂になっているけれど無視して体当たり、水中から弾き出して天井にぶつけてやった。

 

 ふふんっ! どーだ!

 

「クィイ……」

 

 苦しそうな鳴き声と共に口が開いてパンツが宙を舞う、それを取ろうと僕も空中に飛び出せば地下に向かって海水が激流になって落ちていく滝が姿を現して、イルカイザーは其処に落ちていったけれど、パンツはリアスが飛び出してキャッチした。

 パンツは手に入れたし、もう余計なのは落として良いのかな?

 

 そもそも人間ってどうしてパンツを穿くんだろう?

 レナは週の半分はノーブラノーパンらしいし、絶対に必要な物でもないんだよね?

 

 

「ほら、さっさと彼奴を追うわよ! アンタの玩具にするんでしょ!」

 

 あっ、そうだ、リアスに指摘されるだなんて凄くショックだけれど、僕には僕の目当てがあったんだよ。

 じゃあ、ロザリーにも手伝わす為に背中に乗せるのは我慢してやろう、感謝しろよ!

 

 僕はイルカイザーを追ってほぼ垂直に飛んで地下を目指し、漸く広くなった空間で水から飛び出して翼を広げる事が出来た。

 イルカイザーは落下するだけで、僕は自由自在に動けるからもう逃がさない。

 さっさと倒して骨を手に入れたらお兄ちゃんに遊んで貰うんだ。

 

 背中に乗せている二人の事は一切気にせず(どうせリアスは頑丈だし、ドロシーはどうなっても良いし)一気に加速して迫る。

 先ずは逃げられないように首を鉤爪で切り裂こうとした時だった。

 滝の裏側に穴があったのか潜んでいた巨大な何かと目が合って、八匹の巨大なウツボが姿を現す。

 一匹一匹が塔みたいに大きくって、その体には吸盤が……吸盤?

 

 

「キュキュキュキュイ!?」

 

「ちょっといきなりどうしたのよ、ポチ!? 落ち着きなさい!」

 

 滝の裏側に潜んでいた奴の正体が分かった瞬間、僕は恐怖で顔が引きつって、胃の中の物が逆流しそうになる。 

 僕めがけて体をクネらせ牙をガチガチと合わせながら迫るウツボの根本、八匹の尻尾が集まった先にそれは居た。

 そう、何かの正体はウツボダコ、それもお屋敷位に大きな奴だ。

 

「”ホーリーブレード”!! デッカいバージョン!」

 

 だから僕は逃げたいけれど、どうやら遅かったらしい。

 お馬鹿のリアスが僕の背中から飛び出す、その手に城さえも両断出来そうな程に巨大な光の剣を持って。

 

「光の剣……?」

 

 その姿にロザリーが呟く中、自ら迫る獲物にウツボダコの脚が一斉に迫り、リアスがその間をすり抜けたと思ったけ瞬間、八本の脚は向こう側が透けて見える程の薄さに切り裂かれた。

 

「ウツボダコ食べ放題! 皆絶対喜ぶわ!」

 

 皆、絶対喜ばない。だって凄く不味いから!

 

 ……お馬鹿のリアスは頭だけじゃなくって舌までお馬鹿だからウツボダコが大好物、

 だから僕は恐怖を覚えたんだ、今晩のオカズにするだろうからさ。

 

 

「……それ、美味しいの?」

 

「凄く美味しいわよ!」

 

 あっ、今この瞬間はロザリーが居て良かったと思った。

 おい、お前! お兄ちゃんと僕の分のウツボダコを食べるんだ! デザートがあったら代わりに貰ってやるから!

 

 

「キュ……キュイ!?」

 

 って、ウツボダコに気を取られて忘れちゃっていたけれど、イルカイザーを忘れちゃってた!

 

 慌てて下を見れば暗闇の中、滝壺に落ちたのが見えたから改めて一気に急降下、今度こそ逃がすものかと思って降りていった僕達の前には妙な景色が広がっていて、こっちを一斉に見る女の子達の顔があった。

 

 

 その中の一人、一番強そうなのが僕達を指差して呟く。

 

 

「グリフォンに女の子に……金髪のはどっちだろう?」

 

 えっとね、お胸が小さいけれど男じゃないよ、ゴリラだけれど。

 

 




次に漫画発注するならこの話!


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人魚の宴

「久々のお客様、存分に歓迎致します」

 

 ループする十字路を抜け、地下に向かう滝を下り、やって来たのは壁一面が金ピカの空間、空間の中心にウェディングケーキみたいに平らの岩が幾つも重なった上に乗った水晶みたいな物が光を放って周囲を照らすんだけれど、それでも奥の方には光が届かない位に広くって、向こうの方にもぼんやり光るのが見えたから同じ物が有るんだろうけれど、私は別の物に目を奪われていた。

 

「パンツ、沢山。ブラも……あっ、私のと同じ位」

 

 そう、滝壺に一番近い岩に私達は座っているけれど、水晶の周囲には古いのも新しいのも合わせて沢山の女性用下着や水着、ロザリーはメロンが収まりそうなブラを手に呟いている……けっっっっ!!

 

 そんな私の周囲を泳ぎ回るのは此処の住人達、濡れた髪が張り付いたのはボンッキュッボン! だらけの(……けっ!)女達、胸にホタテみたいな貝殻を貼り付けただけで動く度に容赦なく揺れ、私を苛立たせる。

 ジャブジャブと水面を揺らすのは下半身の魚の尻尾、此処の連中、全員人魚。

 

 私達に魚や海草の料理を出し、見事な舞を見せて宴を開いてくれているから気分は浦島太郎って所。

 亀を助けたんじゃなくってイルカを追ってやって来たんだけれど。

 歓迎の理由? さあ? 分からない……ってか分かりたくない。

 

「綺麗な金髪ですね」

 

「ふふふ、素敵な方」

 

 宴の主賓は二人と一匹、なのに人魚達の殆どが集まっているのは私の周囲、ウインクしたり谷間を見せるようにしたり、これって誘惑されていない?

 私、そっちの趣味は無いから困るのよね。

 

 

「キュイ!」

 

「うっさい、黙れ。羽根全部毟るわよ?」

 

 ポチが余計な事を言って来るけれど、私はそれを否定する、だって私が男扱いされる筈が無いんだから。

 胸がまっ平らだから男かもって言われてなんかいないんだから!

 

 

 だから少しふてくされた気分になりながら料理を食べていた頃、一番年上っぽい、それでもボインな美女の人魚が私を取り巻く若い人魚を追い払い、急に頭を下げた。

 

「あの、お客様。突然の事で失礼ですが……此処の娘達と子供を作って頂けませんでしょうか?」

 

「……は?」

 

 言葉を失うとはこの事だろう、此奴等の目は節穴だっ!

 

「突然の事で驚きでしょう。ですがこれには訳があるのです。我々人魚族は遥か昔に一人の人魚が恋人から譲り受けた宝を換金し、人目から離れた場所で暮らしていました」

 

 私が大勢の人魚との子作りを頼まれた事に驚いているとだけ思ったのかその人魚(どうやらこの周辺の人魚族の長らしい)は色々と事情を話し始めた。

 

 人魚族は子作りをした相手を食べる習性があるから恐れられているし、繁殖行為の時にしか食べないにも関わらず(十分怖いけれど)モンスターのように扱われているらしい。

 だから人間に化けられる魔法を使える人魚が調教したモンスターに着る物を盗ませるんだけれど、何を勘違いしているのか、それとも人魚族って胸を隠す貝殻しか着けないからか、今この場にあるような下着や水着で出歩くらしい。

 

「そうしたら何故か襲われ、その結果本能から相手を食べようとして更に恐れられる結果に。人間は本当に恐ろしい種族です。だから我々はこの様な場所に引きこもっていたのですが……」

 

 因みにあのウツボダコは住み着いた野生ので、盗んだ物を持って帰って来ても途中で食べられてしまうから面倒だったらしい。

 

 ……にしても、そりゃ強姦魔が悪いけれど、美女が水着や下着姿で更に金目の物を持って歩いていたらカモがネギと鍋とガスコンロ持ってやって来たみたいじゃない。

 いや、本当に種族間の価値観の違いって面倒だわ。

 てか、買い物に出た先で明らかに服装が違うのに気が付きなさいよ、それと着る物も買えば良いでしょう。

 

 それを伝えると長は驚いた様子だけれど、誰も出先で注意されなかったのね。

 裸の王様は見栄で大人は何も言わなかったけれど、裸同然の美女には何か言いなさい。

 

「そ、そうなのですか!? まさか服装が変だったとは。いえ、宝を残した男はこの様な服装ばかりをその人魚にさせていたそうでして……」

 

 

 その後の話を要約すると、今のままじゃ子孫が絶えてしまう、だから伝承された本能を抑える為の結界を張ったまでは良かったけれど、古代の魔法なので伝わって無かったけれど一歩でも出れば戻れなくなる類の物だったらしい。

 

 因みにあのウツボダコは番人みたいな物で、私の強さを見て是非……殴ってやろうかしら、此奴等。

 

「私、男じゃないんだけれど」

 

「……は?」

 

 長の話が終わる途端にすり寄って胸で腕を挟んでみたり投げキッスしたり本格的に誘惑を開始した連中も長も私の言葉に固まり、証拠とばかりにスカートを捲って見せてやる。

 

 本当にどうして私を男と間違えたのやら。

 ……胸? 胸とか答えたら全員が泣いても殴るのを止めない。

 

 一旦私から離れて何やら相談を始める人魚達。

 やがて長が私の前までやって来た。

 

 

 

「な、なーんちゃって! 人魚風冗談でーす!」

 

 テヘペロって感じに舌を出し、一斉に頭をコツンと叩く人魚達、うわぁ、ムカつく。

 

 

「……そう。冗談よね。そうに決まっているわ。まあ、冗談なら別に良いわよ。胸を原型無くなるまで叩き潰すのは勘弁してあげるわね」

 

 ぶっちゃけ冗談じゃ無かったんだろうけれど、それを指摘するって事は、私が男と間違われたって認める事になるもの。

 だから受け入れてあげようじゃない、冗談だったって嘘を。

 

 

 

 

 

「でも、一応全員殴らせなさい」

 

 これはこれ、それはそれ!

 

 

 

「あのさ、私は思うのよ。人死にと体型に関する冗談は駄目だろうって。私は確かに小さいわよ? でも、別に貧乳って程じゃないし、それを男扱いするのはどうなのかしら?」

 

「大変申し訳有りませんでした……」

 

 これが漫画の中だったらデッカいタンコブが出来ていたんだろうって思う状況、この場の人魚全員の頭に拳骨落としてやったから。

 

「キュィ……」

 

 ついでにポチも、だって私が男扱いされたのを知って笑ったもの。

 頭を押さえて涙目になってうずくまって、ロザリーが拳骨落とした所を撫でている所。

 

「ったく、今回はこの程度で我慢してあげるわ」

 

「はっ、はい! あの、お詫びと言っては何ですが、宝物庫にご案内致します。ウツボダコを退治して下さったお礼も兼ねてお好きな物を一つ持ち帰って結構ですので」

 

「……お宝あるの?」

 

 ロザリーは反応したけれど、私は正直言って興味無いのよねー。

 装飾品より武器の方が好きだし、家は大金持ちだもの。

 

「珍しい武器とかある?」

 

「珍しい武器ですか。何やら伝承が残っている物があったらしいのですが、今はなくなっていまして……」

 

 さっきの話からして売り払った宝の中に私の興味を引く物があったらしく、長が言いにくそうにするから察した。

 ふーん、だったらイルカイザーの骨を貰って帰りたいんだけれど、ロザリーは興味深々って感じなのよね。

 ポチは……。

 

 

「キュイ?」

 

 あるわけないか。

 だってグリフォンだもの。

 

「まっ、土産話にはなるでしょう」

 

 大昔のお宝、結構換金してしまったらしいけれど話の種になる位は残っているでしょうし、旅行先で温度計付きの置物を買って帰る位の気持ちでお兄ちゃんへのお土産選びましょう。

 ……お姉ちゃんが次に接触してくれた時に渡すのでも良いし。

 

 

 

「此方です」

 

 長に案内されてやって来たのは岩壁の前、二枚の壁がくっついて間に僅かに隙間が見える。

 これって”開けゴマ”って感じに開けるのかと思ったら、手で触れただけで前方に向かって左右に開く。

 

 

 

「此処が宝物庫です。かなりの額を換金しても殆ど残っているのですが……先程言った”珍しい武器”、それを誤って売ってしまった事で今、大いに困っていまして……」

 

 金銀財宝の山を左右に置いて中央の台座に飾られたのは刀を置く為の台座。

 片方は普通サイズだけれど、もう片方は槍位に長い刀を乗せるようになっていた。

 

 

 

「彼処に納められていた二振りの妖刀、それが無い事で部族間の抗争が起きそうなのです」



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宝物庫

「うーん、良い物が無いわね。ロザリー、アンタは何か気に入った物でもある?」

 

 人魚の宝物庫で宝の山を漁るけれど、どうやら高く売れそうな物を優先的に売ったからか、これ! って感じの物は見当たらない。

 いや、それでもそこそこの商家なら家宝にしてそうな物は有ったのよ? 今私が持っている金貨だって聖女として演説をした教会に代々伝わってるっていう物と同じ記念硬貨らしいし……この横顔が初代聖女、要するに私のご先祖様って訳ね。

 お小遣いには良さそうだけれど、こんな場所まで来てお小遣いを稼いでも何だかなあって感じだし、普通の武器も幾つか有るけれど、宝石がジャラジャラ付いたハルバートとか実戦じゃ使い物にならないわよね。

 

 

「……うん、これはミントへのお土産に良さそう」

 

 ロザリーもさっきから金細工の装飾だらけの槍を眺めていたけれど、直ぐに興味無さそうにして一つの兜を取り上げた。

 何というか、どうしてそんな物が宝物庫にって感じの変な一品、アホ面をした猫の顔の形をしていて、大きく開いた口の部分から顔が見えそう。

 

「ミント、猫が好きだから喜ぶ」

 

 うん、友達の為に選ぼうって考えは悪くないわ。

 わざわざ紐パンを探しに此処まで来る位の友達何だし。

 でも、それで喜ばれるって思うなんて……。

 

「それを喜ぶのは猫好きでも少数だと思うわよ?」

 

 でもまあ、私の物にしようって思うから選べないだけで、そもそもお土産が欲しいとも思ってたんだからそれで良いのよね。

 ……巨乳になれるアイテムとかあれば良いんだけれど。

 

「ねぇ、胸が大きくなる物とか無いの?」

 

「僅かな時間ですが身長が五倍になる腕輪が有りますし、それを使えば胸囲だって……」

 

 長ってんなら把握しているだろうし、聞いてみたらヒビやら錆やらで結構壊れるのが早そうなボロッボロの腕輪を差し出される。

 

「うんうん、これを使えば胸の大きさも今の五倍の超巨乳になるって寸法ね!」

 

 ……いや、ならないか、胸だけ五倍なら良いけれど、他も五倍なら貧乳のまま……いや、私は貧乳じゃないけれど!

 

 実の母親は……前世も今も殆ど覚えていない、前世に世話をしてくれたのはお姉ちゃんで、今の私の母親だって物心が付く前に死んだから肖像画でしか顔を知らない。

 まあ、私の母親だから胸囲の方はお察しでしょうね。

 

 でも、乳母であり私にとっては実の母親同然のレナスは大きいし、レナだって大きい、お姉ちゃんの前世の胸は……うん、でも、今のお姉ちゃん、テュラの胸は凄いし、戦う時に邪魔になりそうとは思うんだけれど、大きな胸には憧れるのよ。

 

 まあ、私って別に貧乳って程じゃないし?

 それでも貧乳貧乳って言ってくる連中が鬱陶しいだけだから大きくしたいだけだし?

 

 

「アンタ、ちょっと私を馬鹿にしていないかしら? 男扱いしたり、胸を大きくするんじゃなくって全身を大きくするのだったり」

 

 ”お前もこうしてやろうか?”、そんな意思を示すみたいに長の目の前で腕輪を握り潰す。

 見た目はボロボロでも、魔法の腕輪だから鉄よりは丈夫な腕輪は私の手の中でクッキーか何かみたいに砕け散って、その破片を振り払う。

 壊しちゃったけれど、これを私の分だって言えば良いわよね。

 

 本当はポチの分をお土産にすれば良いけれど……。

 

 

「キューイキュイキュイ!」

 

 ポチはお宝に興味が無いからと元々の目当てだったイルカイザーを貰う事にして、今は仕留めたのを岩の上に乗せて顔や前脚を血塗れにしながら解体している所だった。

 

「な、何と……」

 

 いや、その光景に引いているけれど、人魚って人間を食べるじゃない、そっちの方がドン引きよ。

 

「取り敢えず壊しちゃったから私の分はこの腕輪で良いとして、謝罪を要求する」

 

「申し訳御座いませんでした。その腕輪は別で宜しいのでお好きな物をお選び下さい。……どうも部族間の抗争が起きそうで気が気でなく、何度も失礼な真似を」

 

 深々と頭を下げる長、彼女から何となく話を聞いてみたんだけれど、宝を手に入れた頃、部族が二つに分かれたらしい。

 この周辺は目の前の長が仕切る”セイレーン族”で少し離れた場所に”ウンディーネ族”って連中の里があるらしいんだけれど、宝はちゃんと分けたけれど、一番価値のある二振りの刀だけは結束の証として一定周期で相手に渡す……予定だったけれど。

 

「まさか酔っ払って”買い直せば良いや”という感じで売り払ったらギャンブルでボロ負け、損を取り戻した頃には行方知れずになるとは。あの時、ジョーカーさえ来ていれば負けなかった物を」

 

「いや、何やってるのよ。取り敢えず反省しなさい。絶対していないでしょ」

 

「此処数十年は仲違い気味ですし、前回向こうに渡した時に”紛失でもしてみろ。敵として徹底的に叩き潰す”と言ってしまって。一体どうしたら……」

 

 大きく溜め息を吐く長だけれど、知った事かって話なのよね。

 人魚って基本的にボンッキュッボンって感じだし……なのは微塵も関係無いとして、別に人魚族とは友好的な関係じゃないし、此処って王国の領土、私が何かやる理由が分からない。

 ……幾ら本能で普段は別として、人魚族が人間を食べるのには代わりが無いのだし。

 

「……出来れば臨海学校が終わった後にしてちょうだい。さて、何か良さそうな物は……うん?」

 

 カタカタと金属がぶつかるみたいな小さな音に横を見ればロザリーが短剣を差し出して来ている。

 切るってよりは刺すって感じの形の刃をしているのが鞘の上からでも分かるんだけれど、その鞘ってのが凄く不気味。

 黒っぽい紫色が毒々しい感じで、中心辺りに目玉の装飾……装飾よね?

 ロザリーの親指が丁度目玉の中心辺りに触れているんだけれど、まるで目玉に直接触られる痛みに悶えるみたいにギョロギョロ動いているし瞬きしようと目蓋が動いている。

 

「はて? その様な短剣、有りましたっけ?」

 

「真っ黒い箱の中に入ってた」

 

「ああ、例の全く開かず壊せもしないので放置して忘れていた箱ですね。妙な見た目ですし、売っても二束三文でしょう」

 

「何か適当な感じね。……あれ?」

 

 妙に引っ掛かる感じがしたから短剣を改めて観察する。

 柄も鍔も真っ黒で装飾は無し、鞘から伸びた細く小さい鎖が鍔に絡まって刃は見えないけれど、これじゃあ確かに使い道が無さそう。

 長も覗き込んだ後は直ぐに無関心って様子だし、私的には格好良いとは思うけれど……。

 

 

「まあ、良いか。何か気に入ったし、これを貰って行くわね。……箱はセットかしら?」

 

 因みに腕輪の破片は腕輪の破片で貰って行くわ、お兄ちゃんに直して貰ったら使えるだろうし、ポチを巨大化させたら面白そうだもの。

 

 

「じゃあ、そろそろ帰るわ。ポチ、もう解体は済んだでしょ! 帰ったら遊んであげるから行くわよ!」

 

「キューイ!」

 

 お気に入りだった牛の骨の代わりにはなったのか、イルカイザーの尻尾の辺りの骨を前脚で掴んだポチは嬉しそうにしていたわ。

 私は壊れた箱に腕輪の破片と短剣を……どうせだったら名前を……。

 

「ねぇ、ロザリー。この短剣の名前って何が良いと思う?」

 

「……”ダークマター”、その短剣の名前はダークマター」

 

「よし! じゃあダークマターに決定!」

 

 何故かしっくり来たし、ロザリーの言った通りの名前で良いわよね。

 私はダークマターも箱に仕舞い込むとポチの背中にロザリーと一緒に飛び乗る。

 

「キュイ!」

 

 その鳴き声と共にポチは翼を広げ、私達は滝に向かって飛び上がった。

 

 

 所でうっかり売っちゃった刀ってどんなのだったのかしら?

 まあ、気になるけれど、とっくに売り払ったんだから今は無いんだし、どうでも良いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、困った。”夜鶴”と”明烏”を見つけないと争いが起きてしまう」



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聖女の場合 『デッカいのぶち込んだ後で私が突っ込めば良くない?』

次回新章!


 リアスがロザリーの正体に気が付かぬまま、彼女の選んだ短剣”ダークマター”を手に入れたセイレーン族の隠れ里から沖の方に少し離れた島、ドーナツ状で周囲が断崖絶壁になっており、踏み入るには空を飛ぶか、もしくは深い海の底に存在する海中トンネルを通って出口である島の中央に向かうのみ。

 

 その中央に存在するのがセイレーン族とは遙か昔に袂を分かった、但し人間の基準であり、長命種である人魚からすれば精々一代二代程度前でしかないのだが、お世辞にも友好的な関係では無い”ウンディーネ族”の隠れ里が存在した。

 

 カマキリと同じく交わって受け止めた種の持ち主を食べ尽くすという本能、人と同等の知能を持つ人魚であっても理性が吹き飛び食欲に完全支配される、そんな彼女達の特性だが、それに対する価値観が元々一つの部族だった物が二つに分かれてしまった理由だ。

 

 セイレーン族は本能を情を通じ合わせた相手……豊満な肉体を持つ美女揃いの上に人間社会の常識に疎い彼女達は水着や下着を身軽に動きやすいファッションの一種としか認識していない故に悪漢の目に留まり、その結果から望まぬ行為も行われるのだが、基本的には合意の下だ。

 そんな相手を食べてしまい、血を浴びた状態で我に返るのだ、自分達の愛の前には本能すら障害にはなりはしない、そんな愛と絆をテーマにした御伽噺のような展開にはならなかった。

 故に隠れ里の内部のみ本能を抑え込む魔法を心血を注いで生み出したのが今の長、彼女がかつて何を失ったのか、その答えは簡単に出るだろう。

 

 だが、ウンディーネ族にとっては愛し子を成した相手を喰らうのは忌むべき行為ではない。

 セイレーン族が思い描いた、愛によって本能を乗り越え共に手を取って生きて行く、それを本当の幸福ではないと吐き捨てる。

 病、事故、闘争、そして寿命、どれだけ深い愛を交わし、本能さえも乗り越えたとして、死が二人を分かつ迄、つまりどちらかの死をもって終わるのでは意味が無いと言うのだ。

 死後の世界を人魚族の信仰は認めていない、死を迎えた者は次の一生を送る為に生まれ変わる、だが、愛した者の血を肉を魂を喰らう事で取り込む、死が二人を分かつ迄、ではなく、死さえも二人を分かたず。

 故に本能を抑え込もうとするのは自ら愛を手放す愚かな行為とし、その思想故に

 

 忌むべき本能か愛を貫く為の行為か、その解釈の違いが対立を生み、今も本格的な闘争こそ無いが一触即発の関係が続いている。

 決定的な一歩を踏みとどまっている理由は一定周期で行われる儀式、人魚族に莫大な財産を与えたキャプテン・シャークの遺産の中、最も価値があるとされ、されど秘めた力を解放する方法は失われている妖刀を交互に所有、主と認められた者が所属する部族が主となって再び一つの部族に戻る。

 

 

 言ってみれば闘争を防ぐ為の抑止力、例え二つに分かれてしまっても元は仲間、故に思想の違いから起こる争いを止める為、自らに行う言い訳だ。

 

 その同族の絆も代を重ね、相手と共に過ごした記憶も無く、不倶戴天とまでは行かなくも険悪な関係としか認識しない今の世代が発言力を増す事で弱まって行く。

 そして、抑止力たる二振りの刀は今現在、持っている筈のセイレーン族の手元には存在しない。

 

 

 セイレーン族の長が恐れ憂う闘争の時は刻一刻と近付く、愛した者の血を浴びる行為への考えの違いは今、同族の血を浴びる行為の理由となろうとしているのだ。

 

 

 

「お客人、此度はよくぞいらっしゃいました。我々に出来る最大限の宴をご用意い致しました」

 

 ウンディーネ族の隠れ里、光を放つ苔に岩壁が覆われた洞窟の中、長ではなく、人魚ですらない少女が上座に座って歓待を受け、余興の演奏が流れる中、長が恭しく頭を下げると共に自ら大皿を彼女の前に差し出した。

 盛られているのは牛の頭に人によく似た少々弛みがちな上半身とエビの尻尾を持つ”シーミノタウロス”の丸焼き。

 成人男性程の全長を持ち、これ一皿で大勢が宴に参加出来そうに見えるが皿の前には一人のみ、魚を頭から骨を噛み砕きながら食べる彼女は躊躇う様子すら見せず、尻尾までバリバリと食い尽くすと、手元のナイフで肉を大きく切り分けて口に運ぶ。

 洗面器程の大きさのジョッキに注がれた酒で口の中の物を胃に流し込み自らの頭と同程度の大きさのパンにかぶりついて口の中に残った脂を取って行った。

 

「お口に合いましたかな?」

 

 長の問い掛けに彼女は頷く事すらせず、美味いのか不味いのか黙々と食べ進む姿からは判別不能だが、豪快に食べ続けているのだから少なくても口に合わない事はないのだろう。

 その褐色の肌を持つ腕は逞しく、アンリも引き締まった筋肉の持ち主だが、彼女はアンリよりも僅かに太くゴツゴツとした印象、腹筋等は見事に六つに割れて岩石のようであり、体重を超えた量を既に胃の中に収めているようなのに膨らむ兆しすら見せない。

 唯一脂肪があるとすれば胸、殆ど露出している民族風の衣装を纏った双丘は凄まじい大きさだが、天然の顔料で模様を描いた顔は美しいが、それ以上に狂暴さを感じさせる戦士の物、不埒な視線を送る男性は限られていそうである。

 

「……馳走になった」

 

 やがてシーミノタウロスが骨だけになり、食後のデザートとばかりに角を片方へし折って噛み砕いた後、彼女は漸く動きを止める。

 頭の上のウサギの耳、食事中はピンッと立っていた耳だが、食事が終わった途端に右耳だけが折れ曲がったり伸びたりを繰り返しているのだが、無意識でやっているのか何か理由があってやっている様子は見れない。

 

「お口に合ったならば何よりです。さて、改めてモンスターに襲われていた同胞を助けて戴き、長としてお礼申し上げます」

 

「助けた覚え、無い。目に付いたの、倒した。お前達、宴に招待して来た。それだけ」

 

「おやおや、恩を着せようとしないとは、これはこれは……」

 

 話に出て来た助けて貰ったという者らしき人魚が前に出て、長と共に頭を深々と下げるも礼を言われた本人は興味を示さず、助けた相手が言われるまで誰なのか忘れていた様子、そのまま無愛想に言い切る彼女だが、長は愛想笑いを浮かべたままお世辞を幾つか向ける。

 それを止めたのは不愉快そうに顔を歪めた少女の舌打ちであり、続いて放たれた怒気に全員が竦み上がり、比較的若い人魚など水に潜って逃げ出す程だ。

 

「御託は不要。我に誰を倒させる? 下らない言葉、不愉快。我求めるの、闘争。戦って戦って強くなる。レナスも、マオ・ニュも必ず超える」

 

 その言葉は決意というよりは既に決まった事を述べているだけに聞こえる。

 彼女の中では”したい事”ではなく”当然の様にする事”なのだろう。

 

「そ、そうで御座いますか。これはご無礼を致した事を謝罪させて頂きます。……貴女様に助力を望むのはセイレーン族との闘争、”万が一失えば闘争だ”、その様にほざいて起きながら二つの部族共有の秘宝を売り払ってしまった者達への罰を与えて頂きたい」

 

「セイレーン族……強いか? 我が助けた奴、弱かった。弱者、興味無し。我が喰らうの強い者の肉。真の強者、弱肉食らわない」

 

「救っていただいたのは年端も行かぬ子供でしたから、その辺はご安心を。人数は我等よりも少々上、しかし数多くのモンスターを飼い慣らし、秘術も多く身に付けています」

 

「そうか、強いか」

 

 長の謝罪の効果もあってか怒気は抑えられていたが、様子を見に戻って来た一度逃げ出すも者達はその行為を悔いる事となる。

 元より気が強いというよりは狂暴という言葉が似合う顔を更に恐ろしい物へと変えた強敵相手の戦闘欲求を前に恐ろしさで次々と気を失う者が現れ始めたからだ。

 先程逃げ出さなかった者ですら肉食獣の口の中に入り込んだ肉の気分を味わう事になる中、その様な人魚達の反応に一切の興味を示さず、元より路傍の石ころ程度にしか認識していなかたった彼女は空に向かって笑みを浮かべる。

 気高さを秘めた美貌を台無しにする怪物の如き恐ろしき笑みだった。

 

 

 

 

「はは、はははは。待っていろ、ロノス(・・・)、我が夫。お前を組み敷き、他の女の分まで種を搾り取る。お前、我だけの物だ」

 

 彼女の名はシロノ、ギヌスの民ナミ族族長の娘であり、ロノスの許嫁である少女、そしてロノスを風呂で襲ってウサギに対するトラウマを植え付けた相手、リアスにさえも脳筋と呼ばれる人物である……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「長、本当にあの様な者で大丈夫なのですか? 策を伝えようとした際、”知るか、突っ込むだけだ”、と言われてしまいまして……」

 

「あの者だけなら不安だが、我らには他の切り札がある。ネペンテス商会より莫大な値段で購入した化け物がな。あの女に場を混乱させてから放てば良いだろう。所詮は獣人、巻き添えになろうと構わん」

 




次の絵は彼女かなー?


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九章
悪夢


新章! この章で臨海学校編終わりです


 これは夢だと僕は認識している、リアスとポチの話を聞いて、一緒に人魚族と会ったっていう少女、ドロシーが神獣だったんじゃないかと思ったんだけれど、本人はお土産で持ち帰った馬肉を美味しそうに食べていたし、何か損がある訳でも無いんだから今後僕はどうにかすれば良いか、みたいに思ってベッドに入ったんだ。

 

「……明晰夢って奴か。脳が休まないって聞いた覚えがあるから困る気もするけれど」

 

 悪い内容じゃない、寧ろ良い夢だとクヴァイル家所有の別荘の露天温泉(主な効能は疲労回復)に浸かって目の前の光景を眺めているけれど、これが極楽か。

 

「主、私も其方に行っても宜しいですか? 分体(他の私)の邪魔も居ない事ですし……」

 

 目の前には風呂の中で立っている夜鶴の姿、タオルで体を隠そうともしないけれど、少し照れた様子で顔に張り付いた髪を指先で除け、そのまま僕を背もたれにするように座り、僕の肩にそっと手を当てて体重を預ける。

 お湯は濁り湯なので浸かっている部分が見れない(惜しい)。

 

「あらあら、私の方も見て欲しいですわ。その代わり……私をお好きになさって下さい」

 

 左手を挟み込む柔らかい物と耳に吹きかけられる息、甘えるような声でネーシャが僕にしなだれかかり、胸板を手の平をさすって来ていた。

 この状況で好きにしてくれって、普通に考えて乱こ……いや、これって夢の中なんだけれども。

 

「……ネーシャ様は普段から共に居られるでしょう? 今くらいはお譲り下さい」

 

「あら? 私とロノス様の関係を考慮すれば構わないでしょう? 貴族の妻達の中にだって序列という物がありますもの」

 

「主の初めてをいただいたのは私ですけれど」

 

「つまり経験を重ねたロノス様に相手をして貰えたのですわね」

 

 これが修羅場か、僕は何か言うべきだろうと思ったけれど、彼女達の言動は僕の頭の中で作られた物だし、どうせ夢何だから波風立たせないようにしよう、うん。

 僕に密着しながら睨み合って火花が散る幻覚さえ見えるけれど、夢って幻覚みたいな物か。

 

 知らない、知らない、僕、知ーらない。

 

 

「あ、あの、ロノスさん。私も混ぜて下さったら……嬉しいです」

 

 そんな風に前と左で二人が修羅場を繰り広げる中、右に座っていたアリアさんはタオルを体に巻いた状態で僕に肩を寄せ、上目遣いになりながらコソコソと耳打ちしている。

 この恥じらう様子が可愛いなあ……夢だし、現実では演技なんだけれどさ。

 

 

 ……こんな夢を見るとか、僕は将来起きるだろう娶った相手同士の仲違いの仲裁に悩んでいるんだろうか?

 既に一線を越えている相手ばかりだし(全員とは本番までは行っていないけれど)、都合の良いピンクな夢を見ているだけ……ってのは考えないでおこうか。

 

「どうせ夢だったら……」

 

 未だ学生だし、正式な婚姻を結んだ相手じゃないんだから現実では口にも出せないけれど、本とかでは登場するシチュエーションで複数人相手ってのがあるし? 頭が休めないのならいっその事、好き放題するのも……。

 

「「「きゃっ」」」

 

 

 思い立ったら即行動、どうせ夢なのだからとネーシャとアリアさんの肩を抱き、真ん中の夜鶴と一緒に抱き寄せて、アリアさんが巻いているタオルを逃がし三人纏めて押し倒した。

 三人は悲鳴のようだけれど嬉しそうな声、夢の中だし、これは同意の上だ。

 

「……あれ?

 

 ……腕の中の感触が変わる。

 

 三人から一人に、僕の首に絡まる腕はアンリより逞しいゴツゴツしていて、より色が濃い褐色の肌に、押し当てられる今まで触れた物の中で一番弾力のある物に。

 

「ふふふふふ」

 

 僕を抱き寄せる腕に真っ白い毛が生えて力が一層強くなり、耳に届いた笑い声は捕食者を連想させる恐ろしい物。

 狙った獲物を捕まえた歓喜、それが伝わって来て、夢の中だと言うのに僕は押し倒しているのが誰なのか確かめるのを躊躇していた。

 

 

「その気になったか、我が夫。良いだろう、孕んでやる」

 

「んげっ! シロ…ノ……」

 

 間違い無く美少女の部類に入るんだけれど、同時に間違い無く狂暴な表情、自信と気高さに満ち溢れていて綺麗ってよりは格好良いって思う。

 

 さて、夢の中だけれども現実逃避は止めるとしようか、夢の中だから逃げても良いんだけれど。

 気軽に接せる三人と違い、僕にトラウマを植え付けた強姦未遂犯、出会って早々に敵意を向けて、手合わせで勝ったら認めてはくれたんだけれど、その後で風呂で襲われるだなんて思ってもいなかったんだよね。

 

 そんな彼女は両腕で僕を拘束し、唇を奪って行為に及ぼうとして来る彼女からは恐怖しか感じない。

 

「覚めろ! 覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ……」

 

 幾ら夢の中だろうと強姦は勘弁だ、必死に抵抗する。

 シロノは政略結婚をするのが決まっている相手、何時かはトラウマを払拭しなくちゃいけないけれど、エロい夢の中で急に現れて襲われるとか克服するしないの問題じゃない、腰回りを魔法で保護し、必死に目覚めようとすれば目の前が光に包まれ、何処からかポチの餌を欲しがる声が聞こえて来た。

 

 ああ、目覚めの時だ、助かった。

 夢の中だけれども僕は安堵で胸をなで下ろす。

 

 

 

 

「逃げるか。次は、無理」

 

 ベッドの中で目を開ける直前、そんな声が聞こえた気がしたんだけれど夢の中でしかないから大丈夫……の筈。

 

 

 前世でお姉ちゃんが似た感じの怪談を教えてくれたなあ、二人揃って怖くて泣いたら慌てていたけれど。

 

 

 悪夢を見たせいか寝汗でビッショリで心臓が高鳴ってしまっている、気分が凄く悪い。

 汗は魔法でどうにかなったけれど寝起きの気分は最悪で、窓をコツコツ叩く音、見ればポチが嘴でコツコツと窓(ガラスの部分は一度壊してメイド長に叱られたから窓枠の部分)を叩いて甘える声を出していた。

 餌の馬は小屋に繋いでいるから食べようと思ったら食べられるんだけれど、僕の許可が欲しいって事らしい。

 

 

「やあ、良い朝だね、ポチ。良い子だったよ」

 

「キュイ?」

 

 この子のお陰で悪夢から覚める事が出来たから窓を開けて頭を撫でたけれど不思議そうにしていた。

 そりゃそうだ、分かる筈がないか。

 

「食べて良いよ。でも、食べ過ぎは駄目」

 

「キューキューキューキューイ」

 

 馬小屋の中にはポチの餌として連れて来た家畜達の姿、覗き込んで順番に視線を向け、”どーれーにーしーよーうかーなー”と迷っていたけれど、今日は豚の気分らしく丸々と太ったのを風で運んで小屋から出す。

 

「ちょっと太らせ過ぎかな? 脂肪が多いみたいだし、ポチが太ちゃったらいけないや」

 

 街中じゃないから普段よりも運動させてあげられるけれど、その分食べ過ぎている気もするんだよな。

 でも、メイド達がコッソリとお菓子を与えたりもしていないし、お出掛けの時くらいは見ない振りをしよう。

 

 ポチによって外に出された豚は涎を垂らしながら自分を見下ろす巨体に怯え、前脚をゆっくりと上げた途端に脱兎の如く逃げ出した。

 二匹の距離が自分の全長の五倍程度まで開いた時、ポチは翼を広げて飛び上がり、あっという間に豚に追い付いて鉤爪で頭を掴み、体重を掛けて押し倒す。

 首の骨の折れる音と共に豚の動きが完全に止まり、鋭い嘴が分厚い皮と脂肪を突き破って心臓を食いちぎった。

 顔を血で汚しながら夢中で豚を貪る姿を僕は暫く見詰めていたけれど、寝起きの悪さはそれだけじゃ解消してくれやしない。

 

「朝風呂にでも入るか」

 

 今は早朝とはいっても他の皆との共同生活の途中だ、リアスなら良いけれど、夜鶴達との組み手は出来ない。

 だから軽く体を動かしはするんだけれど、今は気分をスッキリさせたかった。

 

「途中までは良い夢だったんだ。あのまま色々として……妖精の魔法なら好きな夢を見せられるかな? 頼める訳が無いんだけれど」

 

 まさかレキアに”他の子達とイチャイチャする夢を見せて”とか頼める筈もない、頼んだが最後、ゴミを見る目で見られるだけだ。

 馬鹿馬鹿しい考えを頭から追い出し、そのまま僕は風呂場へと向かって行く。

 

「これで男湯と女湯を間違えたらとんでもない事になりそうだなっと」

 

 勿論そんな間違いをする筈もない僕は脱衣所で服を脱ぐと腰にタオルを巻いて露天風呂への扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「む? 妾以外にも朝風呂に入…る…」

 

 目の前にはレキアの小さなお尻、扉が開いた音に気が付いたらしく僕の方を振り向いて、そのまま固まった。

 僕は間違えなかったけれど、女の子の方が間違えちゃったよ。



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妖精姫の夢

 夜の帳が降りる頃、本来ならば美肌の為に早く眠らなくてはならないのだが、月明かりに照らされた海岸を眺めながら魔法を使い体を大きくしていた。

 

「……ふぅ」

 

 人間大の大きさになれるのは僅かな時間、一度元の大きさに戻ってしまうと次に大きくなれる迄時間が開いてしまうのが難点……母様は人と会う時は人間サイズになっているが、威厳を保つ為にどれだけの修行を重ねたのやら。

 今の妾では母の足下にも及ばない、これではロノスに嫁いでも苦労しそう……いや、妾が奴に合わせる為に努力せねばならぬ理由など無いのだが。

 

「いや、妾とて女王になれば母様と同じく威厳を保つ必要が有るのだし、次世代の姫達を産むという事は……うむ」

 

 わ、妾とて己の誇りの為だけに責務を放り出すなど逆に誇りの欠片も無い行為は避けたいし、これは仕方の無い事なのだと自らに言い聞かせる。

 

 

「ロノスが妾を抱き締めるのに小さな体では不便だろうしな……」

 

 妾と奴では種族の違いもあって大きさが違い過ぎる、頭や肩に乗って……やる、のも良いが、妾にも譲歩してやる程度には奴に親しみは持っているし、妾と結婚したいとロノスが思っているのなら……。

 

 

「それに妾が自分の為にどれだけの事をしたのか言い聞かせる事で夫婦であっても上下関係を結べるであろうしな。妾が特別に結婚してやるのだ。奴は喜び咽び泣くべきだ」

 

 妖精は人間よりも優れた種族、ならばこそ妾が上だと奴は自覚すべきなのである。

 友相手に上下関係を迫るのは抵抗があるがな。

 

 だからこそ威厳が必要であり、第一歩が魔法の持続時間の増加なのだ。

 

「昨日の散歩……いや、デートも悪くは無かったしな」

 

 相手の肩に乗って移動するのは妖精族にとって信頼の証、何ならロノスの頭の上で眠る事さえ出来るだろう。

 だが、共に肩を並べて歩くのも心地良かった、それを認めてやろう。

 

 今は妖精国の中か僅かな時間のみ同じ視線で物を見られるが、何時かはもっと同じ視線と時間を共有したいと、心の底から思う妾であった。

 

「そ、それに褒美としてキスをしてやるにしても、あの大きい体ではないと不便であるしな。……寝るか」

 

 己を高める為の決心の筈が、余計な思考……ロノスの奴の事ばかりになりつつあるのは大変不愉快だ。

 だから寝ようと思ったが、このままでは夢の中にまで奴が現れてくれる……現れてしまう。

 なら、何をすべきか考えた時、アリアから借りた本を読まずに置いていたのを思い出した。

 

「まあ、あのヘンテコ女の趣味だから期待はせぬが暇潰しにはなるだろう」

 

 机の上にはカバーを掛けた本が数冊、わざわざ妾の部屋にまで運ばせた物だ。

 タイトルは開かぬと分からんが、一番古ぼけた奴にするか。

 

 くたびれた大きめの本と本の間に挟まっていた一冊、恐らくはうっかり紛れ込ませた物だろうが、ならばこそ人に勧めるような当たり障りのない物ではなく珍しい内容の可能性も考えられる。

 

 指を鳴らせば選んだ本が浮かび上がり、妾の体に合った大きさにまで収縮して宙に浮かんだ。

 妾は妖精の姫だ、本など持たずとも良い。

 お気に入りのクッションに腰掛け、本のタイトルを読んだ。

 さて、どの様な内容やら……。

 

 

「『獣人メイドの野性的ご奉仕日記』? 妙なタイトルだが、あのボンヤリした奴の好みだ、平和的な物語だろう」

 

 野性的、と言うのが気になるのでもしかすれば男児が好みそうな冒険物かも知れぬが、滅多に読まない内容だ、軽くからかえるかも知れぬのだから読む事にした。

 

 

 ……後から妾は思った、アリアを見誤っていたのだと。

 

 

 

「胸でっ!? しかも終わった後で綺麗に……」

 

「ふ、風呂場でこの様な真似を……」

 

「これでは本当に獣だな……」

 

「この様な言葉で男は喜ぶのか……」

 

 内容を簡単に言い表すなら……”過激”、そして”淫靡”。

 最初はメイドと主の恋愛物かと思いきや、メイドが主にグイグイ迫り、何度も関係を結ぶという物。

 主が結婚して距離が開いたかと思いきや、正妻が眠っている横で主に跨がって……。

 

「アリア……あの女狐め、妾が試しに読んでみるのを見越していたな。おのれ、おのれぇ。……此処で退いては妾の誇りに傷が付く。良いだろう、その挑発に乗って読破してくれる」

 

 正直頭が沸騰しそうな気分ではあるのだが、妾は意識をしっかりと保ちながら読み進める。

 さて、情景を浮かべる場合、登場人物に姿を与えねばならぬが挿し絵は無しか、仕方無いから、ああ、只何となくに過ぎないがロノスと妾に置き換えるとしよう。

 

 メイド服で付き従うなど屈辱ではあるが、主従でありながら明らかにメイドの方が上位に立っている、ならばと我慢をしていたのだが、急に展開が大きく変わる。

 この小説の主人公は獣人、何の動物の特徴が混じっているかで大きく変わるが、この女はウサギと同様に性欲が強いライオンの獣人ではあったのだが、物語中は特定条件下で発動する弱点が発生していた。

 だが、今読んでいるシーンでは弟とのお家争いに破れて妻も地位も奪われた主が唯一付き従い続けてくれた主人公に思いを伝える所だ。

 奥手だった主が急にグイグイと来て、今まで押す側だったのが完全に受け身になってしまい……。

 

「……ふん」

 

 ロノスと妾に置き換え、妾に魅了された奴が愛を伝えて来る姿を想像し悪くはないとは思ったがそれだけだ、ああ、それだけに過ぎない。

 別に変な意味ではないが、妾に愛を語って良いのはロノスだけなだけ、それも他のが不合格なだけなのだ。

 

 

「寝るか」

 

 余韻を楽しむ必要は無い、あくまでも挑戦を受け、そして勝っただけだからだ。

 本を元の位置に戻し、妾はベッドに横たわると直ぐに睡魔がやって来た。

 さて、今宵はどの様な夢を見るのやら。

 

「ふふん、妾にかしずいて椅子になっているロノスに座ってやる夢でも一向に構わんぞ。予知夢の類やも知れんからな」

 

 本は一切興味を引かれぬ物だったが暇潰しにはなったのだろう、わざわざ読んだ事を伝える必要も無く、気が付かなかった事にしてやるがな。

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 空が白む頃、妾は夢にビックリして目を覚ます。

 ロノスと風呂場でイチャイチャしている夢を見た。

 

「おのれ、あの女狐めが。これが狙いか……」

 

 あの様な夢を見せる為に本を紛れ込ませるなど予想もしなかった。

 寝汗が……そう、寝汗が一部分に集中しているし、未だ眠いが風呂に入るとしよう。

 

 

 ボケーッとする頭のままフラフラと風呂場まで飛んで行き、脱ぐのを忘れて脱衣所から出たので魔法で裸になる。

 

 

 

 む? 妾以外にも朝風呂を浴びに来た奴…が……。

 

 

 

 

 振り向けばロノスが立っている、妾は全裸だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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過保護姉&ブラコング『それを言ったら流石に怒る』

ちょい長め


流石に感想がこなさ過ぎて……


 蝶を連想させる形をした羽は透き通り、漸く大地を照らし始めた朝焼けの光が通過すると七色に光り輝く。

 亜麻色の髪を靡かせる風が石鹸のほのかに甘い香り香水の香りを僕の鼻に届かせた。

 幼い頃からの知り合いだけれど、こうして見るのは初めてなレキアの裸体、妖精という事も合ってか何処か神秘的な印象さえも僕に与え、一種の芸術品を眺めている気さえする。

 女の子の裸を前にして、僕は邪な理由以外で正面から見続け、向こうは僕と風呂場で遭遇した事に混乱したのか固まったままで一言も発しない。

 

「美しいな……あっ」

 

 暫く時が停まったかのように静寂が周囲を支配する中、再びレキアの髪を風が靡かした瞬間に僕の口からその言葉が漏れ出て、漸くハッと我に返る。

 この様な場合、まずは視線を外して謝罪の一つでも口にするのが礼儀だろう、それが幼なじみで婚約者出会ってでもだ。

 これが姉や妹なら”少し太ったね”とジョークでも言えば良いが、彼女は妖精国の姫君で次期女王筆頭候補、此処は男風呂なのだし間違って入り込んだ事を後から説明すれば関係性もあって大きな問題にはならないけれど……。

 

「ご、ごめん、つい!」

 

 だけれども、それはあくまで僕が対応を間違えなかった場合の話、自己で裸を正面から見た後、見続けて感想まで口にした場合じゃない。

 

……新婚初夜に初めて相手の裸を見た時じゃないんだし、本当に僕は何を言っているんだ!?

 でも、それ程までにレキアの裸体は美しかった、顔を逸らした今もハッキリと思い出せる程に強く印象付けられている。

 

 謝罪を行い、顔を逸らしながらレキアの反応を待つ間、僕は少し怖かった。

 何時もの様に怒鳴り散らし罵倒して来るのを想像して、じゃなく、僕の反応に嫌悪したり悲しませ、絆が壊れてしまう事にだ。

 いや、嫌われるのは仕方が無い、僕の責任だし、それを含めた罰も甘んじて受け入れよう。

 

 しかし、大切な相手である彼女を傷付けてしまったのなら、それはどんな罰よりも辛い事かも知れない。

 

 

「そ……、そうか、貴様は妾の身体を美しいと感じてくれるのだな……」

 

 だけど、僕の不安は杞憂だったとでも告げる様にレキアの反応は予想外の物だった。

 とても平気な訳では無く、羞恥からか赤く染まり、目も合わせてもくれないが、不快や嫌悪、失望の色は感じさせず、逆に口元は嬉しそうにさえ見えた。

 両手で胸などの大切な部分は隠してはいるけれど物陰に隠れたり僕に何処かに姿を消せと命じる事も無く目の前に居続ける。

 

 

 僕まで余計に恥ずかしくなる中、再び沈黙が周囲を支配し、静寂が包み込んだその時、廊下から脱衣所に続く扉が開く音が耳に届いた。

 

「あらん? ニョルも朝風呂なのねん」

 

「ああ! 夜明け前から体を鍛えていたので汗をかいてしまった!」

 

 この声はルート先輩とトアラスっ!? 拙いっ!

 

 普段なら朝の挨拶の後、幾らか言葉を交わすだけで終わっただろう、別に慌てる必要は無いけれど、今此処にはレキアが居る。

 学校の宿泊先の風呂場で婚約者と一緒に居ることで生まれる誤解もそうだけれど、レキアの裸を見られるのは防がないと駄目だし、まさか”間違って男風呂に入り込んだから少し待って”と説明するのもレキアの名誉に関わってしまい、二人が服を脱いで入って来るまで時間も……。

 

「ふむ、これは困ったな」

 

「いや、レキアは何をそんなに落ち着いて……いぃっ!?」

 

「少し声を抑えろ。何事かと思って飛び込んで来られては敵わん」

 

 焦燥感を覚える僕とは真逆の落ち着いた様子の彼女は小声で僕の声の大きさを咎め、そのまま僕の胸に自分の胸を押し付けるようにして密着する。

 小さいからか分かり辛いけれど柔らかくスベスベの感触が伝わって来て、顔を見れば少し睨んでいて何時もの彼女らしい表情に戻ってはいる物の、矢張り恥ずかしいのか顔が完全に紅潮して目は泳いでいる。

 

「貴様の体で妾の体を隠せ、このまま見られるのも場所を移動するのも気が進まん、妖精の姫が人間に完全に合わす必要は無いからな」

 

 ああ、良かった、意地っ張りで変な方向にプライドが働く普段通りの彼女だ。

 裸を見られたくは無いけれど、間違えたから素直に女湯に移動するって選択肢も間違いを完全に認めるみたいで嫌なのだろう。

 その結果、僕に裸で密着する結果になって、胸は見えないけれど感触は伝わる上にお尻は見えるけれど、そっちの方が恥ずかしいだろうに相変わらずの自爆っぷりだ。

 

「はいはい、分かったよ。新しい魔法の実験も兼ねて、君の美しい裸を目にした上に密着して貰えたんだ、壁役を引き受けた」

 

「……それで良い。それで本心なのだな? その、私の裸が美しいというのは……」

 

 二人が入って来る前に奥の方に移動したいから話しながらもお湯に入るとレキアがそんな事を尋ねて来た。

 改めて口にするのも恥ずかしいからか頷いただけに留めれば、軽く叩かれた。

 ちゃんと言葉で伝えろと、そんな所かな?

 

「レキア、君の裸は美しいよ。他の誰の裸よりもね」

 

「そうか、……そうか」

 

 自分から口にさせた癖に、いざ耳にすれば恥ずかしくなったのだろう、気のせいか嬉しそうに呟いた後、彼女は僕の胸に顔を押し当てて一言も発しない。

 そのまま僕が風呂の端の岩陰まで移動した時、脱衣所に続く扉が開こうとした。

 

「”タイムミラージュ”」

 

 おっと、此処に来る前に使っておけば良かったのに、僕も恥ずかしさから頭が働いていなかった。

 

「む? 誰かの気配がしたかと思ったが気のせいか?」

 

「刺客が湯の中に潜んでいる……とかは無いみたいね。お湯は透明だし」

 

 入って来た二人は僕とレキアが潜んでいる方に視線を向けたけれど、気が付いた様子も無く体を洗い出した。

 

 ああ、僕も先に洗っておくべきだった、これはマナー違反だな。

 

「おい、どうなっている?」

 

「ちょっと声は抑えて。あまり大きいと誤魔化すのが大変だからさ」

 

 思わぬ失敗に反省する僕に投げ掛けられるレキアからの問い掛け、僕の方だけをジッと見る彼女は僕が何かをしたかだけは分かっているらしいけれど、何をしたか迄は分かっていないらしい。

 付き合いの長い彼女だからこそ、僕が今まで必要な場面で使っていなかった……いや、使えなかった魔法の原理が気になるのだろう。

 最近時の女神クノス様から力を貰った云々はパッと説明出来る事じゃ無いけれど、何が出来るようになったのかは教えても良いだろう。

 

「景色の再生と音の伝播の遮断だよ、修正の余地が有り過ぎな未完成魔法だけれどさ」

 

 今僕がやっているのは光の時間を操作し、鏡が光を反射して景色を映し出すように、その場所の光の動きを戻して再生するのを繰り返す事で僕達の姿を隠し、空気の時間を操作して音が届くのを阻止するって事だ。

 

 コントロールの難易度が尋常じゃないし、あくまで前の景色の再生だから向こうから湯面に波紋でも起きれば途中で途切れ、匂いまでは誤魔化せない。

 レキアは魔法で、僕は技術で気配を消しているけれど、そうしなければ敏感な二人には気付かれていただろう。

 

 うん、本当に未完成だな。

 

 二人が体を洗い終え風呂に入るまでの間にレキアに軽く説明すれば、少し驚いた様子だが納得してくれたらしい。

 

「……理解した。では、気付かれぬように注意せよ。妾はゆるりと湯を楽しませて貰うがな」

 

 いや、急に其処まで高度な魔法が使えるようになったんだ、”今度詳しく説明しろ”ってのが視線で伝わって来た。

 

 まあ、そんな魔法だ、コントロールに集中する為に気が休まらないけれど、それを理解可能な筈のレキアは僕に掴まりながら体を湯に浸ける。

 少し斜めになった僕の上に密着するようにして、流石に自重してくれてはいるけれど今にも鼻歌を歌い出しそうでさえある程に上機嫌な様子だ。

 

「まあ、君との混浴を代価だ。贅沢を言えば二人きりが良かったけれど状況が状況だからね」

 

「そうか、二人きりでゆるりとしたかったか。……そうか」

 

 三度目の沈黙が続く中、背後の方で二人が風呂から上がり出て行く音が耳に届く。

 随分な早風呂だけれど、会話から先生の補助の仕事が山積みだと伝わって来て、お疲れ様だと心の中で呟いた。

 

「……うん?」

 

 今思ったけれど、僕の服って普通に脱衣所にあった筈、端の方だから目に入らなかったのか、それとも何らかの手段と理由で僕が隠れていると察してくれたのか……そもそもレキアも幻術が使えた筈だとか今更ながら思い出したけれど、言わない方が良いかな?

 

 

「じゃあ、僕はそろそろ……」

 

「まあ、待て。貴様の普段の働きは妾とて評価している。その褒美をくれてやろう」

 

 二人が出て行った扉を暫く視界に入れ、乗っていたレキアが何故か退いたから僕も上がろうとした時だ、レキアにぶつからないようにゆっくりと立ち上がろうとした僕の腕を彼女は掴み、普段の高飛車な態度で楽しそうに告げる……少し上擦っている声でだけれど。

 

 いや、待て、腕を……掴んだ?

 

 そう、今の彼女は人間サイズに大きくなり、腕を引っ張ると再び僕に密着して来る。

 首に腕を絡ませ、耳元に息を吹きかけて実に楽しそうだ。

 

 但し、余裕なのは態度だけで実際は鼓動が凄い事になっているのは密着した胸から伝わって来るけれど、大きさが同じなせいで彼女の存在が強く伝わる事もあってか僕の鼓動も高鳴った。

 

 

「褒美って……君との混浴?」

 

「それ以上を望むのは不相応だ、弁えよ。だが、貴様が妾の高尚さと美しさを認識した褒美を与えてやらなくもにゃい……ない」

 

 あっ、今完全に噛んだ。

 

「理由は分からぬが急成長もしたのだし、少しは妾の伴侶足り得るようになったと認めてやろう。喜べ、貴様は世界で唯一妾の夫になるに相応しい可能性がある。だから……これは褒美だ」

 

 重なる唇と唇、時間は僅かな間だけれど、気が付けば僕の腕はレキアの細い腰に回って抱き寄せ、驚いた様子の彼女だけれど抵抗もせずに受け入れていた。

 キスを止め顔を離した彼女は再び僕に体重を預け、目を閉じれば彼女の体温と鼓動が伝わって来る。

 温泉の湯よりも彼女の体温の方が僕を温めてくれている気が……。

 

 

 

 

 

「……所で妾の裸体を賛美する際、”他の誰の裸よりも”と言ったが、それは要するに他の女の裸を目にしていると、そういう事か? それも複数の女のをだ」

 

「……」

 

 あれぇ? 急に冷えた気がするけれど、気のせいと思いたいけれど気のせいじゃないよね?

 

 

 

「……仕方無い、この際四の五の言っては居られんな。手を離せ」

 

 言われるがままに手を離せばレキアは人間サイズのまま僕の目の前で立ち上がり、今度は体を隠す事もせずに普段の腕組みをしての尊大なポーズ、但し顔は羞恥心を抑え込もうとしているのが丸分かりだ。

 

「わ、妾の絶世たる美しき肉体を目に焼き付けよ。他の女の物など記憶に残らぬ程に、にゃっ!?」

 

 そんな風に目の前で胸を張る彼女の姿に思わず見惚れてしまった瞬間、目の前から姿が消え去り、時間切れで元の大きさに戻ったレキアは無言で再び僕に乗ってゆっくりと湯に浸かり出した。

 

 

 

 

「可愛いなあ……あっ」

 

 思わず呟いたけれど、割と本気で怒った時の顔で睨まれてしまう。

 え? 何で……?

 



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恐喝じゃないです、脅迫です

「何か態度が妙っすねぇ。今朝何かあったんだろうけれど」

 

 普段はメイド長やら数人のメイドに起こされて、そのままお風呂で全身を洗われるんだけれど、ツクシに体を洗って貰った私が見てみればレキアが随分と不機嫌だったわ。

 お兄ちゃんが何を言っても顔を合わせようとはしないし、顔を背けてしまう。

 

 ……まあ、肩に乗ったままなんだけれど、あれって本当に怒っているのよね?

 

 

「レキア、好い加減機嫌を直してくれないかい? 僕に出来る事なら何でもするよ。君に怒られっぱなしは悲しいんだ」

 

「……ふんっ」

 

 今は全員揃って浜辺や森の仲を走り込み中、背後からはアカー先生のゴーレムが追い掛けて来て、捕まったら罰のプリントが用意されているから絶対に捕まる訳にはいかないのよね。

 いや、マジで。

 

 他の連中の助っ人も参加する中、私達は三つのグループに別れていたわ。

 

 先ずは先頭集団、お兄ちゃんが楽勝で入っているのは当然で、ルート先輩やトアラス、そしてアンリも含まれるわ。

 まあ、曲がりなりにもクヴァイル家の側近の家の跡取りだし、他が筋肉信仰と軍門の一族なんだから当然よね。

 

「ぐっ……」

 

 ……ああ、そうそう、フリートの奴も何とか先頭集団に食らいついてはいるわ。

 必死に走っているのが端から見て丸分かりだけれど、お兄ちゃんのずっと後ろを走るのは嫌って感じなのかしら?

 

「おっ先~!」

 

 だから後続集団に居た私は涼しそうな顔で真横をすり抜け、そのままUターンして元の位置に戻るってのをこれで五回繰り返した。

 

 

「リアス様、意地が悪いですよ? 他の家の方も居るんですから。もぅ」

 

 そんな私に注意するのは中間集団の中で走っているチェルシー、他はフリートやチェルシーの所の助っ人が何があっても対応可能な様に警戒して走っていたわ。

 

「リアス様ったらお茶目ですわね」

 

 ネーシャも中間集団の一人なんだけれど、足が不自由だから氷の馬車に乗って走っていたけれど、どうして先頭集団に加わらないのか気になるわね。

 

 うん、訊いてみましょう。

 

「お恥ずかしながらロノス様の横を走りたくても、あの速度に合わせると長時間の使用は難しくなりまして……」

 

「ふーん、まあ砂浜や森の中に合わせて車輪を変えているし魔力の消費も激しそうね、確かに」

 

 ネーシャの馬車が遅いんじゃなく、お兄ちゃん達が速いのよ(俺様フラフープは除くけれど)。

 

 気になっていた事が分かったから私は元の位置である後続集団、アリアとツクシの所にまで戻って来た。

 後ろから迫るゴーレムは一番遅い人が全速力で走れば追い付かれない速度を維持するってアカー先生が言っていたけれど、空を見れば太陽は東から西に傾き始めた所、開始時刻が八時半位で今は二時程度かしら?

 

「ひぃ、ひぃ」

 

 確かに此処最近一気に強くなったアリアだけれど、長い間食生活が悪かったせいで不健康な痩せ型だったし、……何故か胸は大きいけれど。

 

 何故か! 胸は! 大きいけれど!!

 

 アリアは確かに強くなった、短期間での大幅な肉体の質の向上……要するにレベルアップを繰り返したし、元々闇属性は高威力で才能自体も有るんだけれど、体の動かし方がイマイチ何だよね。

 少しはマシになったけれど、正直言ってまだまだ未熟、こればっかりは時間を掛けなくちゃ駄目な物だわ。

 

 私とお兄ちゃんは前世では運動神経普通だったのに、今じゃ運動神経バツグン……欲を言えばもうちょっと胸が欲しいのよね。

 戦いの時は邪魔になるから絶対って訳じゃ無いのよね……本当だからね?

 

 それを証明しているのが無駄に体を上下させているから大きく揺れる胸、ちゃんとブラジャー着けてるのって疑問に感じる位に揺れている、一歩踏み出す度にブルンって揺れて羨まし、動くのに凄く邪魔になっている。

 レナスやレナが激しく動いてもああはなってないし、今後の課題かしらね。

 

 おい、男子、チラチラ見るな。

 

「フリート、後でログハウス裏ね。絶対来なさい、来ないと潰す」

 

 ほらさりげない気だろうと丸分かりだっての。

 

「お、おう……」

 

 そして俺様フラフープ、ざまぁ!

 ……チェルシー、マジのトーンだったわね。

 

 

「ったく、これだから男は。んで、大丈夫なの? 大丈夫な訳無いか」

 

 折り返し地点を通過して、正面から捕まえに来るゴーレムを避け、時々襲って来るモンスターの相手をしながら走り続ける事、結構な時間。

 遠目にログハウスが見えて来たし、このペースならそんなに掛からずゴール出来そうだけれど体力的よりも精神的に限界って感じなのが今のアリアの表情。

 何て言うかお兄ちゃんにはあまり見せちゃ駄目って感じ、漫画だったら涙を噴き出す凄い必死な感じ、だから私が一緒に居るからとお兄ちゃんを先に行かせてツクシも付き合わせて後続組に居るんだけれど、その理由は追い掛けて来るゴーレム。

 

「いや、何でわざわざ芋虫なのよ・・・・・・」

 

 そう、追い掛けて来るのは背後にズラッと並んだ子犬サイズの芋虫の姿をしたゴーレム、しかも形だけじゃなく着色までリアル、それが縦横八体ずつ並んで時々飛び跳ねたりしながら追い掛けて来るんだし、芋虫系が苦手なアリアじゃ必死にもなるわ。

 私も勉強が苦手だから罰のテストは嫌だし全力で逃げたいんだけれどアリアを見捨てては行けないし。

 因みに今の彼女はガチで助けを求める必死で限界ギリギリって表情よ。

 

 

 写真とか撮れたら撮りたかった位には珍しいのよね、そんな風に思っていると左右の草むらから宙に浮くデザートカップに乗って小さな手でスプーンを持ったプリンみたいなのが飛び出して来た。

 いや、青い半透明だからプリンじゃなくてゼリーかしら?

 

 確かつぶらな瞳が可愛いコイツの名前は・・・・・・。

 

 

「”ブルーゼリー”ね。餌でもやれば直ぐに戻って行く大人しい・・・・・・」

 

「ナー?」

 

 あっ、可愛い。

 

 猫のデフォルメしたイラストみたいな顔に鳴き声、私と目があった途端に体をプルプルと震わせて体を横に傾けるけれど、多分首を傾げている感じなのね。

 

 流石は”女の子が選ぶ飼いたいモンスターランキング”上位独占の”ゼラチン種”(男の子はドラゴン)、うちはポチって捕食者が居るから飼えないけれど、ちょっと餌をあげる位は良いかなとポケットの中に入れていた飴玉を取り出した。

 

「ムー!」

 

 モンスターの癖に人懐っこくって犬程度の知識があって、甘い物が大好物、大人しい方だとは言っても野生の個体なら空腹時には人を襲う事もあるから、実際に躾とかの問題で飼える家は少ないし、こうやって野生のとしか触れあう機会が無い。

 私が飴玉を見せれば目をキラキラと輝かせて短い手を伸ばしながら私の方に寄って来たから飴玉を投げてやったんだけれど、何匹も居るから殺到した時に衝突しそうになる。

 

 でも、結果から言えばブルーゼリー達は衝突しなかったわ。

 

 

 

「”シャドーランス”」

 

「ム……ムゥ……」

 

 一カ所に集まったブルーゼリー達を貫いて体内で枝分かれした影の槍、乗っていたカップも割れ、スプーンが地面に落ちる。

 苦悶の表情を浮かべ、苦痛の断末魔を上げて息絶える姿からはさっきまでの可愛さは微塵も感じられなかった。

 

 

「リアスさん、流石ですね。あのモンスターに纏わり付かれたら芋虫に追い付かれる所でした。私、本当に芋虫が苦手で、こうやって芋虫って口にするだけでも背筋が凍って鳥肌が立ちそうになるんですよ。ああ、良かった。私が芋虫に捕まるようにする連中がアッサリと死んでくれて」

 

「ア……、アリア? ちょっと目が怖いわよ」

 

 急に魔法を放つもんだから思わず見たら、目から光が消えた状態で、一気にまくし立てている。

 これは見なかった事にするべきなのよね、ツクシだって視線を外して見えない振りをしているし。

 

 

「……あっ、でも後少しですね。私、お腹が減って来ました」

 

 ふぅ、目が元に戻ったわ。

 

「あの、所で私の目がどうとか……」

 

「私もお腹が減ったわね」

 

「それにしても……先生は背後のアレをどうしてアレの姿にしたのでしょう? もう、何でアレなんでしょう」

 

 もう”芋虫”って口にも出さない気なのは伝わって来て、私はこれ以上の言及をしない事にした。

 見ざる聞かざる言わざる、友達だろうとそれが必要な時はあるものよね、うん!

 

 

 

 

 

「……もうこれ(・・)を使っちゃって良いでしょうか」

 

 一瞬だけハイライトの完全消滅した瞳になったアリアは私がお土産で渡した”ダークマター”をポケットから取り出す。

 鞘の目玉が私の方を睨んで見えたので睨み返してやるとサッと目を逸らす。

 

 

 

 

「勝ったっ!」

 

「いや、何の勝負をしているんっすか?」

 

「野生動物的な、目を逸らした方が負けな奴?」

 

 え? どうしてツクシったら深い溜め息吐いているの?

 全然理由が分からないわ。

 

 

 

 しかし、お兄ちゃんがダークマターについて知っていたからどんなのか聞いたけれど、まさかそんな物が手に入るだなんて驚きね。

 



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チートアイテム 依存系腹黒ヒロイン専用装備

「さてと、懸念事項はこの辺かな? 後はその時その時で臨機応変に対応しようか」

 

 これは僕達がアリアさんと出会う前、乙女ゲーム”魔女の楽園”の開始イベントよりも前、僕達がリュボス聖王国の実家で留学の準備を済ませ、ゲームでは起きていた事が実際に起きればどうやって解決するのか、曖昧な記憶を元に基本的な方針は決まった。

 

「けね…ん…? うん! 大丈夫! ”けねん”ね、けねん!」

 

 何時も明るく元気なリアスは”懸念”の意味が分からなかったのか目が泳いではいたけれど、ちゃんと勢いで誤魔化そうって思い付いたみたいだから僕は安心したんだ。

 僕達が知っているのは未来で”起きる出来事”でなく起きる”かも知れない”出来事、仮にゲーム通りにイベントが起きたとしても対応が違ったら結果も変わる、行動Aの結果がA+になるなら行動BならB+になるみたいにさ。

 そしてB+に分岐したならアミダクジで選んだ場所を変えた時と同じで行き着く先も変わる物さ。

 

 だからイベントについては最初の行動次第でどうにかなる……でも、最悪の事態は想定しておかないと。

 

 

「一応考えて置くべきだろうけれど、原作主人公……アリア・ルメスと敵対問題が起きたとして、”強くてニューゲーム”的な例の武器はどうにかしておかないとね。もし存在した場合は厄介だ」

 

 ”魔女の楽園”は乙女ゲーム系のSRPG、レベルや装備だって存在するんだけれど、クリアデータを読み込んでも、受け継がれるのはイベントCGとクリア回数の記録だけで、レベルは一から上げなければならない。

 但し、クリア回数や隠しボスを倒したかどうかによって好感度を教えてくれる占い師ことプルートから序盤にアイテムを貰える。

 経験値を増加してくれる装備だったりで、特に隠しボスを倒した場合に貰える主人公専用装備”ダークマター”は破格の性能だ。

 

 設定上は闇の女神テュラ……ゲームにおいて僕達兄妹を操っていた黒幕であり、一番警戒していた存在……そして当時は知らなかったけれど、僕達同様に転生していたお姉ちゃんでもある……が己の力の一部を結晶化した物。

 全能力及び魔法威力に乗算で補正、更に装備時間によって性能向上、テュラ自体が馬鹿火力である主人公の闇属性魔法の威力を九割以上減らし、自分は物理魔法共に広範囲高威力、ゲーム中ではリアスを先に倒した時の僕に匹敵するレベルの鬼畜難易度らしいから納得の性能だ。

 

 ……お姉ちゃんが何十回も挑んで漸く勝ったからって熱く語っていたんだけれど、聞き流してなくて良かった情報だ。

 プルートを探していたのは戦力と占いの能力もあったけれど、この二周目以降の特典の事も有ってだ。

 

 まあ、実際はそんな異常性能なアイテムを持っては居なかったし、それとなく聞いてみても首を傾げられたからね。

 

 『成長の効率を上げる装飾品ですか? 占いますが……』、と言って存在を確かめては貰ったけれど、僕達や敵対する相手が手に入れる事は絶対に無いって結果が出た。

 いやいや、この時にはアリアさんと仲良くなっていたから忘れていたけれど、敵が手に入れる可能性や戦力増強の為にも”ダークマター”についても訊ねて置くべきだったよ、結果的には無駄に終わったとしてもね。

 

 

 

 

 そして今、そのチートアイテムは原作主人公ことアリアさんの手元、後は何か起きたらって心配だけが残るけれども……。

 

 

 

 

「”捜し物来る、安心して友に渡すべし。尚、女難の相強まりし”か、妙な物を手に入れたら伝えて欲しいとレキアに伝言を頼んだらしいけれど、そうでなかったら不安だったろうね」

 

 原作で悪人じゃなかったから、そんな理由ではなく、パンドラの人選と実際に顔を合わせて接した結果、僕達はプルートを信頼している、あの突如予言が舞い降りた時の変なポーズはちょっと引くんだけれどね……。

 

「それにしてもリアスったら僕に相談する前にアリアさんに渡すだなんて、さては入学前の話を忘れて、ナイフから闇っぽい力を感じたからってアリアさんに渡したな」

 

 過去は振り返らない前向きな性格、って言えば良い感じだし実際にそれが長所なんだし、あの子の自立の現れみたいな物だけどさ。

 ちょっと”ゴリラ”を悪い感じの意味で……いや、無いな、だって可愛い妹だから僕が何かフォローしてやれば良いだけだし。

 

 

 

「それにまあ、一応何かプルートの予知を欺くような仕掛けがあるのなら本人に聞けば良いだけだし……」

 

 正直言えば会いたいのと会いたくないのが……いや、会わせたくないのが半々だ。

 たとえ生まれ変わっても大切な家族なのには変わりないけれど、あの人は僕達の姉でもあるけれど、同時に人間を滅ぼそうとする女神でもある。

 リアスは素直に再会を喜んでいるけれど、出来る事なら妹の前では女神としての側面を出して欲しくは無いんだ。

 

「……どうなる事やら」

 

 敵には絶対に回したくない相手、絆の問題以外にも強さ、そして僕達以上に詳しい原作知識、向こうが僕達だけは姉として接しようとしている事だけが救いだけれど、それを受け入れる気は毛頭無い。

 

 まあ、どうにかするしか無いって何度も確認している事だけれど、飽きる位に。

 

 

「……所であれはどうしよう? 放置……かな?」

 

 今は朝から始まって昼過ぎに漸くランニングが終わったって頃、後から追い掛けて来た芋虫ゴーレムを操っていたアカー先生に芋虫が嫌いなアリアさんが詰め寄って居るけれど、誰も止める気配が無い。

 いや、だって目がマジの奴だから怖いし……。

 

 

「え? 何故芋虫なのか? 教えましょう! 芋虫とは美しい蝶になる為の前段階、つまり成長の可能性の象徴だと先生は考えています。だからこそ今回みたいな時には芋虫を模した姿にするんです」

 

 アリアさんは一見するとニコニコと何時もの明るい笑顔なんだけれど、目は明らかに笑っていない、それどころか一筋の光さえ感じられない闇そのもの……芋虫が本当に嫌いなんだって分かるよ。

 演技が崩れる程のストレスだったのかゴーレムを操っていた張本人に問いただすけれど、本人は分かっていてスルーしているのか、それとも分かっていないのか平然と芋虫を使った理由を話している。

 

「そうですか、私は芋虫が苦手でして」

 

 埒が開かないとでも思ったのか、先生と聞き耳を立てていた僕にギリギリ聞こえる程度の大きさの声で彼女は呟く。

 トーンは落とされ、普段の彼女とは真逆の印象を聞いた相手に与える物、アリアさんは演技を完全に忘れてていた。

 

「そうだったんですか? それは大変でしたね。じゃあ、次はもっと速く走って距離を取りましょうか。ルメスさんは体力や脚力はあっても体の動かし方が未熟ですし、戻ってからもその辺を頑張りましょうか」

 

「……はい」

 

 でもアカー先生は少しも動じる事が無かった。

 強い……ってよりは長年の教師生活による慣れって感じだ。

 見た目が少年の四十代、合法ショタとか(既婚者だから場合によっては不倫という違法行為だけれど)一部の変態生徒に騒がれても(それ程)動じた様子も見せず、闇属性のアリアさんにも平等に接する、それがマナフ・アカーって人だ。

 

 アリアさんも諦めたのか演技を再開すると肩を落としてトボトボと歩いて僕に横に座り込んだ。

 

 

「今頃になって芋虫に追われる恐怖が増しちゃいました。ロノスさん、暫く隣に座っても良いですか?」

 

「うん、好きなだけ隣に座っていて良いよ」

 

 ……所で思ったんだけれど”女難の相”って一体何が起きるんだろうか? 

 臨海学校中にネーシャを押し倒して服を脱がしてアリアさんとは色々とあってレキアとは混浴しちゃったし、少し怖くなって来た。

 

 

 

 

 

 この時、僕は油断していた、プルートの忠告を甘く見ていたんだ。

 わざわざ”女難”って忠告をする、その意味を理解していなかった……。

 

 



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釣果

「うおっ!? これってどうすれば良いんだ?」

 

 走り込みの後、僕とフリートは崖の上から釣り糸を垂らして魚が食いつくのを待っていたんだけれど、フリートは釣り針にミミズを付けるのに四苦八苦している。

 まあ、釣りに慣れていないのならそんなもんか、護衛の人も敢えて我関さずって感じで見守っているだけ。

 うーん、厳しいな、レイム家。

 一人で頑張れって事なのかって思いながらフリートを観察する、特に目立った箇所は無いんだけれど……。

 

「チェルシーにビンタとかでもされていたと思ったんだけれど、特に何も無いね」

 

「当たり前だ、チェルシーだぜ? 目立つ場所をぶっ叩く訳がねぇだろ」

 

「……あっ、うん」

 

 そうだ、チェルシーってそんな子だったな。

 リアスのお目付役っぽいのを任される子だもんね。

 

「あっ、来た!」

 

 それ以上は僕は言及しない事にして釣り糸を引き上げる、ウツボダコが絡まっていた。

 

「逃がせ、あのゴリラに見付かる前に」

 

 どうすべきかと釣り糸の先を見つめる僕の肩に置かれるフリートの手、目を見ればマジの目だ。

 

「だね」

 

 人魚の所で巨大なウツボダコを置き忘れてしまったらしいし、此処で見つかってしまったら食べたがるだろうから逃がしてやり、暫く待ったら再び釣り糸を引く感覚が伝わって来たから引き上げる、ウツボダコとそのウツボダコを補食中のウツボダコ、無言で糸を切って海に逃がす。

 

「もしかしてあのウツボダコはメスで、これが女難……?」

 

「いや、何言ってんだ?」

 

「さあ? 僕自身もサッパリだ。……またもや、か」

 

 それを逃がして数分後、またしてもウツボダコ、その次も、更に次も……。

 

「これ、同じのが掛かってるってパターンかな? だったらさ、もう此奴を切り刻んで捨てれば良いんじゃないかな?

 

「おい、止めろ、馬鹿。糞不味ぃ血が広がって魚が逃げる」

 

「もう呪いかもね。ほら、初日にリアスがデッカい奴を捕まえたし、あれが呪ってるとか。それならリアスの代わりに呪われたのが僕で良かったよ。色々な意味で」

 

「そりゃ彼奴が釣るのがウツボダコばかりだった場合、俺様達に呪いが来てるのと同じだからな」

 

 可愛い可愛い大切な妹、絶対に守るべき存在……でも、あの子の大好物であるウツボダコは無理、食事に出すのは拷問の一種にさえ思える不味さだし、早い所他の魚を釣り上げたい。

 

「それこそ初日のリアスみたいに海に潜って捕まえるのが一番手っ取り早いのにさ。まさか臨海学校に来て海に入るのを禁止されるだなんて」

 

「しゃーねぇだろ、人魚が絡んでやがるんだ。此処で逃げ出すとかにならないだけマシと思えや」

 

「……そうだけれどさ」

 

 そう、予定されていた訓練の一つとして食料調達を始めた僕達だけれども、海に潜る事は勿論、波打ち際にも近寄らず、こうして高い場所から釣り糸を垂らすのみになっている。

 アカー先生がそれを決めた理由は理解しているけれど、こうも釣果が芳しくないと愚痴の一つでも零したくもなるってもんだ。

 

 さて、そもそも海に入らないって決まった理由だけれど、それは二時間程前まで遡り、釣り具を始めとした食料調達の道具を集めた倉庫まで集まった時の事だった。

 

 

「じゃあグループに分かれて食料を集めますが、海には入らないし、波打ち際にも近寄らないようにお願いしますね」

 

「え? なんで? 釣るよりも水中で蹴り飛ばすか殴り飛ばした方が手っ取り早いのに」

 

 リアスの言っている事は確かだけれど、同時に僕は理由を理解してもいた。

 人魚がこの周辺に隠れ里を持っている、それならば教師としては海に入る許可を与える訳にはいかないのだから。

 

 あっ、でも普通は水中で打撃技での戦いは難しいよ、特に食べる目的なら原形残す必要があるし。

 

 

「え? どうして人魚が居たら海に入っちゃいけないの? 私なら絶対に勝てるわよ?」

 

「そうだね、リアスなら勝てるだろうさ。でも、それだからって容易に危険を冒せない先生の立場も考えて欲しいな」

 

 アカー先生の決定に不満があるリアスは目の前に海があるのに飛び込めも出来ないのは嫌らしく、森の中で狩りをする事にしたんだけれど文句を言い通しだ。

 何とか宥めている最中、人魚の特性に詳しくないらしいアリアさんが訊ねて来た。

 

「あの、人魚さん達ってその……こ、子作りをした相手を食べる以外は凶暴でもないはずですよね? 誘われても断れば良いですし、危険だと知っていれば安全なのではないでしょうか?」

 

「うん、それなんだけれど、別の要素も絡むんだ」

 

 その要素ってのが本当に面倒で先生が慎重に行動しようってなるに値する内容、幾ら寿命が長いとしても特性を知られている筈の人魚が今まで危機的な程に数を減らしていない理由だった。

 

 

 

 

 

 その話は人魚について調べれば直ぐに知る事になる内容で、リアスだって学んでる筈なのに忘れちゃうだなんてうっかりさんめ。

 

「俺様も家庭教師から習ったがよ、人間が使う魔法とは全くの別系統……魅了(チャーム)ってのは本当に面倒なのを使うもんだぜ。まあ、俺様には効かねぇんだがな」

 

 餌だけ綺麗に取られた釣り針を見ながらフリートは少し自信有りそうに胸を張る。

 あー、はいはい、惚気話はしなくて良いから一匹は釣って欲しいもんだよ。

 

 惚れた相手であろうと交わった後で強烈な補食本能の対象としてしまう人魚、そんな存在と子作りしようだなんて普通は思わない。

 自分達の愛なら本能を乗り越えられると自信が過剰だった人、人間に擬態している人魚と合意の有り無しは関係無く関係を持った不運な人、人魚の本能の事を知らず相手も教えてくれなかった人、まあ大半はこんなものだろう。

 リアスが言うにはこの一帯に住むセイレーン族って部族は本能を抑える為の結界を編み出したそうだけれど自己申告だし、そもそも。

 

 なら、どうやって相手と行為に及ぶのか、人間に擬態する魔法よりも簡単に使える魔法が存在する。

 それこそが魅了(チャーム)、美女揃いの人魚に対して抱いた恋心とかを増幅させる恐るべき魔法、他に恋する相手が居るから人魚は眼中になかったり、魔力で中和する事で防げるから完全ではないけれど、人食いをする連中が持ってるなんてさ……。

 

 ああ、相手を食った後の事も警戒に値したっけ。

 それこそが先生が最も警戒する理由、他の部族間で争いが起きそうなら尚更だ。

 

「所でフリート、君は魅了されないってどうしてだい?」

 

「言わせんな、ボケ。……チェルシーにベタ惚れしてるからに決まってるじゃねー……」

 

「おっと、今度は引きが違うぞ!」

 

「聞いたんなら聞けや!」

 

 竿が今までで一番強くしなり、引きの強さも感覚も連続で釣り上げたウツボダコとは全くの別物。

 漸く訪れたマトモな釣果に期待しつつ糸を巻き上げようとした時だ、海の中から伸びた手が糸を掴み、そのまま海中から手の主が顔を覗かせた。

 

 

 

 

 

「リアス様、発見!」

 

 それ、双子の妹。



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人魚のお願い

 成る程、人魚に特性を知っていても恋に落ちる人が居るだなんて信じられないって思っていたけれど、実際に目にすればそれ程馬鹿馬鹿しい話でもないのかも……と思わなくもない。

 海の中から顔を覗かせたのは海のように深い青色の髪をした人魚の少女、貝殻の髪飾りをして服は胸を隠すヒトデっぽい水着(?)。

 こんなのが下着や水着姿で路地裏を歩いていたら不埒な悪漢が襲い、そして食われて来たのだろう。

 

 

「……失礼な子だな」

 

 そんな彼女に対する第一印象はあまり良くない、僕をリアスと間違えた事が要因で、最悪じゃないのは妹が可愛いし双子だから仕方無いって感じかな?

 

 

 大体、昨日だってリアスは男と間違われた事を憤慨していたし、戻って話す途中で怒りが再燃したのか組み手を頼まれたんだ。

 そんな失礼を再び行っている人魚が何の用なのか、それは状況と言葉から何となく分かるんだけれど、一応警戒して崖の上から観察すれば、フリートの家の人も警戒した様子で武器に手を掛けていた。

 

「あのー! ……聞こえてないのかな?」

 

 健康的に焼けた小麦色の肌、そして立派な胸、好色な貴族が見れば観賞用にと捕まえそうなものだけれど、此方に呼び掛ける姿に警戒の色が見られないのは余裕なのか無知なのか。

 まあ、少しでも人魚について知っていれば敵対も厄介だと分かるだろうし、不干渉が最適なのだし、向こうの無警戒も分かるか。

 

 独自の魔法を使い海を自由に泳ぐ、そんな連中を敵に回せば船は沈められ港町は大打撃間違い無し、そして人食い故に友好的な関係は難しい。

 だからこそ関わりにならない道を選ぶ。

 でなければ危険なモンスターとして戦力が送られている所だ。

 殲滅しなければ、それは相手が相手だけに僕だって思う時があるけれど、逃げられてからの報復が怖いし、魅了の防御だってそれ程難しくも無い、恐怖が好意より勝っていればそもそも効かないし。

 

「よし! そっちに行きますねー!」

 

 呼び掛けを続ける人魚だけれど、このままじゃ埒が開かないとでも思ったのだろう、その手の平で海面に触れれば彼女の周囲だけ盛り上がり、崖の上まで昇ろうとしていた。

 

 これで完全に海に近寄れなくなったな、臨海学校なのに。

 もう、逃げ出した事になるからって理由で中止にしないの中止にすれば良いと思う、もしくは場所変更?

 

「関わりたくないし、僕の魔法で落ちて貰おうか。……四属性でも変異属性でもないんだからバレないだろうし、魔法を解除してさ」

 

 こう何時もみたいに魔法の魔力を解除して海にドボンとって感じで落ちている隙に……駄目かなぁ、駄目だよなあ。

 此処で有無に落として知らぬ存ぜぬで終わらせても解決しない、それは分かっているんだけれど……。

 

 

「気持ちは分かるが止めとけ。どうせ他で接触して来るだけだ。なら俺様達でどうにかすれば良いだけだろ」

 

 火で炙ったり風で飛ばしたり岩を落としたり水……は効果が薄そうだけれど、そんなあからさまな攻撃じゃないなら問題が無いのかと思ったけれど、フリートだって面倒そうな顔をしているし、魅了されないように警戒しながら相手をして、その上で諦めてお引き取り願うしかないか。

 

「はぁ……」

 

 楽しい臨海学校は何処に行ったのやら、初日から襲撃があって、人魚にまで関わって、……自分の屋敷の庭でポチとお昼寝でもしていたい気分だよ。

 

 

 

「初めまして! クアアはクアアっていうの。あっ、食べようとかそんな気はないから安心して!」

 

 水柱を崖の高さまで伸ばした人魚は僕達の前目掛けてジャンプ、着地するなり右手を高々と上げて名乗って来た。

 態度は友好的、見た目は美少女、服はもう服ってレベルじゃなく、ヒトデみたいなのを貼り付けているだけだしクアアが動く度にユッサユッサ揺れる、詰まってますよって重量感だ。

 おっと、それは重要な事じゃ無い、今は頼み事の確認をしよう、どうせ争いになった時の助っ人とかだろうけれどさ。

 

 

「うへぇ……」

 

 そんな彼女を前にして露骨に嫌そうな顔をするフリート、気持ちは分かる、一人称がどうとか以外にポヤヤンってした顔で、とても下手すれば部族間の争いになりそうって緊張感も感じられない子で……まあ、ちょこっと頭が悪そうな感じだった。

 

「それで君は何をしに……いや、その前に教えて欲しいな。君はセイレーン族? それともウンディーネ族?」

 

「? クアアはセイレーン族だけれど、それがどうにかしたの?」

 

 質問の意図が分からない、そんな風に首を傾げるクアア、表情を見る限りじゃ嘘ではないか。

 何でこんな子がやって来たんだと思ったら、もしかして罠じゃないのかって疑念は培った観察眼が否定する、否定してしまったんだ。

 

「此処まで来ると演技じゃねーの? こんなのが使者とか有り得無ぇだろ。馬鹿の極みか舐めてるって所だ」

 

 フリートがボソッと呟き、僕もそれに同意したい、自分の観察眼を否定したくなったのは本当に久々な気さえして来たよ。

 いやまあ、神獣将って色々と変なのが居るし、ギャグ担当のサマエルとか、オカマ……じゃなく水着コートのラドゥーンとか。

 

 あれ? 何故ラドゥーンにオカマって思ったんだろう?

 どう見ても女……だよね?

 

「それでねそれでね、クアアのお願いを聞いてくれたらお礼して上げるよ! リアスの所に案内して欲しいな!」

 

 またもや勢い良く挙手して頼み事を口にするクアア、少し幼さを残す顔付きで言葉選びも子供っぽいけれど、見えた口の中の歯はギザギザで肉を食うのに適した形状、肉食獣に多く見られる物だ。

 

 上半身が人間で言葉が通じる、それで警戒を解いてはいけない相手だと、実物を目の前に置いてみて実感出来た。

 

「リアスに何のお願いか教えてくれるかい? じゃないと兄として君を会わせる訳には行かない」

 

「えっとね、長が言うには争いが避けられそうにない上に、ウンディーネ族にはクアアの友達が居るんだけれど、凄く強い助っ人を呼んだんだって! 人魚の部族同士の戦いって一人だけ部外者を呼べるの」

 

「……成る程」

 

 結論、此奴は嫌いだ。

 強い敵を相手するのが怖いから、昨日会ったばかりのリアスの力を借りたいだなんて正直言って腹立たしい、今すぐ海に蹴り落としたい気分を抑え、平静を装いながら頷いた。

 

「そんな話だったらお断りだ」

 

「えー!? 誰か怪我しちゃうだろうから助っ人が必要なの。クアア、ちゃんとお礼はするよ? えっとね……会わせてくれたらキスしてあげる」

 

「要らない」

 

 出掛けた先が偶々人魚の隠れ里だった、それは良い。

 其処で男と間違えたお詫びにナイフを貰った、それも良いだろう。

 

 だが、人魚同士の争いに介入する、それは駄目だ。

 人間を食う本能を憂いている? それを克服する為の結界を用意した?

 それをどうやって証明する?

 

「君は何か勘違いしているみたいだね。別に親しくもない相手とのキスじゃ、その要求には釣り合わない。意味の無い交渉を望む暇があるのなら争い回避に尽力すべきだ」

 

「え? 何で何で? 人間からすれば人魚って可愛い子や綺麗な子ばっかりだってクアア知ってるよ?」

 

 敵意が無い、仲良くしたい、そんな意思を告げられたとして、ホイホイと信じて良いのは個人レベルでの話、周囲は無関係だって幾ら言っても意味が無い立場の者だけ……この臨海学校に参加している生徒も教師も誰一人として条件には当てはまらない。

 

 

 人魚同士の争いは人魚同士でどうにかしてくれ、それが僕の意思だ。

 

「ぶー! ケチ! そんなんじゃモテないよ? ……エッチな事をしても良いよ? ほら、結界については知ってるんだよね?」

 

「ケチで結構、コケコッコー、だ。それにケチだろうと僕はモテるから平気だよ?」

 

 ……あっ、フリートが”確かにそうだが自分で言うか?”って目で見ている、辛い!

 

 

 

 

 

 

「で、でも、争いになったらウンディーネ族は男の人に魅了(チャーム)を使うと思うよ!? だって人魚は……」

 

「……強い相手と交わり、その肉を食う事で大幅なレベルアップ(肉体の質の向上)が出来る、だね?」

 

 ああ、それが本当に面倒だ……。

 



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釣果は……

「もー良いよ! 馬ー鹿ー!」

 

 あれから何度もリアスに会いたいとか、僕達も強そうだからウンディーネ族の助っ人の相手をして欲しいとか、お礼はするそうだけれど、僕達は高位の貴族の上の後継ぎだ、リアスの話を聞く限りじゃ確かにお宝は多そうな感じだったけれど、だからって全部寄越すのは今後の生活に関わるだろうから無理な話だし。

 

 僕達が何度頼んでも受け入れないからだろう、子供みたいな事を言って水柱を急速に戻して海に飛び込むと最後に僕達の方を振り向いた。

 

「アッカンベー!」

 

 眼の下を指先で引っ張り、舌を出して左右に激しく動かす。

 ちょっと馬鹿っぽいって思ったけれど、子供っぽいし馬鹿っぽい……彼女だけじゃないけれど、あんなのを見ているとさ……。

 

「凄く時間を無駄にした気分だし、僕達に侮らせる演技だって思いたいな。そっちの方が厄介だけれど」

 

「……だな。いや、演技だとすると名役者も良い所だし、騙されたって事だからな」

 

 正直言って疲れたとしか言えない中、僕達は一旦他の釣り場に向かおうって話になった。

 この場所で居続けるとクアアをどうしても意識してしまいそうだからね……。

 

 

 

 

 

 

「しかし”モテているから”って自分で言うかよ、普通」

 

 うわっ、それを敢えて言う!?

 釣り具を片付けて移動しようとした時に不意に告げられる弄くる言葉、自分でも何となーく感じた事だし、向けられた視線で分かっていた事だけれどさあ。

 

 ニマニマしている顔が腹立たしい、”俺様”みたいな一人称とか平気で使っている癖にさ。

 そっちがそう来るならさ……僕にも考えがあるよ?

 

「そのネタ、今度口にしたらチェルシーには黙っていてあげているネタを告げ口するからね? 彼女、小さい頃からの知り合いだから、熱々の君の言葉だろうと信じてくれるかな?」

 

 学園にコッソリ持ち込んでチェルシーに隠れて回し読みしている本とか、遊びに行った時に見た、幼い頃から仕えているメイドさんへのスキンシップ(過剰)とか……いや、レナには負けるって言うか、彼女の場合は過剰を遙か彼方に置き去りにしているけれどさ。

 

「はっ! 俺様についての事だからこそ、お前が言うようなネタの内容を信じるだろうさ。甘いんだよ。……いや、これって自慢気に言う事じゃねぇな」

 

「だね」

 

 一ミリたりとも自慢にならない、分かっていたけれど僕も家臣の人も口には出さない、表情を見れば本音が丸分かりな感じだった。

 

 

 

 さて、それからの事を軽く語ろう、結論から言うと僕達はそれなりの数の猪を狩る事が出来た。

 

 ……釣りじゃなかったのかって?

 僕は矢っ張り呪われているっぽくって、フリートは餌を針に付けるのも一苦労している有り様なんだ、詳しくは聞かないでやって欲しい。

 彼は何だかんだ言っても友人だしね、恥を広めてやりたくないんだ。

 

「結構な量になったな」

 

「どうやって持ち帰ろうか……」

 

 目の前には積み重なった猪の山、海釣りの釣果がサッパリで、このままだと集合時刻を超過するまで粘っても手ぶらで戻らないと行けないからと、何度も海釣りのポイントを変えて最終的に川釣りをするかと森に入ったんだ。

 

 その結果、何かから逃げていたのか恐慌状態に陥った猪の群れに遭遇、それを狩ったのが今現在って所だ。

 

「所でフリート、体の方は大丈夫なのかい? まあ、リアスの回復魔法は凄いからね。可愛い上にゴリラみたいに強くって魔法まで凄いだなんて本当に自慢の妹だよ」

 

「心配したり妹を誇ったり忙しい奴だな、テメェ。まっ、あの程度の奴に負わされた怪我なんざ俺様にとっては掠り傷よ。……てか、俺様が言うのはアレだけれど、ゴリラって言ってやるなよ」

 

「……何で?」

 

 力強く純粋、そして群れで暮らす動物みたいに仲間を大切にしていて、野性的な逞しさも持ち合わせている、僕が妹をゴリラ呼ばわりするのはそんな理由からだ。

 その程度は知っているだろうに、フリートったら何を言っているのやら。

 

「いや、もー良いわ。あのブラコンの事だ、テメェの場合のみ気にしてねぇだろうしよ。にしても……テメェとこうやって行動すんのも久し振りか?」

 

「言われてみれば……」

 

 ”偶には俺様に付き合いな”的なノリで釣りに誘われたから今こうして狩りをしているんだよな、僕達。

 勢いがあったとはいえ、自分でモテるって口にする程度には女の子に囲まれていて、最近は彼女達と連む事が多かったし、フリートと行動する時に他の友達が居ないのは学園で馬鹿話でもする時程度か。

 

 ……護衛の騎士が居るけれど、一緒に遊ばずに遠巻きに警護している状態だしさ。

 

 

 

「もしかして寂しかった?」

 

 僕も家が家だけに友達と呼べる相手は少ない、国内部のパワーバランスを考えれば仕方が無いんだけれど、寂しい話だとも思う。

 前世では友達がそれなりに居た事を思い出しつつ今の状況を当てはめてみれば納得いく答えが出た。

 

「君も友達少ない方だし、その少ない友達の僕が他の人と仲良くしているからだね」

 

「殴るぞ、ボケが」

 

 おっと、危ない

 本気では無いけれど、殴るぞと言いながら振るわれた拳を避ける。いや

 

 ……これってツンデレって奴なのか?

 うん、基本的に素直じゃないだけって判明したレキアに聞いてみようか、分かるかもだよ、同類だったら。

 

「……おっと、そろそろ夕暮れ時、集合時刻か」

 

「大量は大量だけどよ……殆ど時間を無駄にしたよな」

 

 空を見れば西側が赤く染まり、もう直ぐ夜の帳が降りる頃だ。

 猪の血抜きは済まているし、僕の魔法で担架みたいなのを作って運ぶしかないのかな?

 

「……それにしても、此奴達は何から逃げていたんだ?」

 

「テメェの妹じゃねぇの?」

 

「かな?」

 

 この猪達はダンジョンから湧き出し、魔力を持つ存在であるモンスターとは違う普通の獣だ。

 フリートが相手をしたビリワックって神獣のせいで森の獣の縄張りが乱れてしまったのは予想が可能だけれど、この猪達を一体何が追い詰めたのか、リアスだというのは早計だろう。

 

 ふと一番後ろを走っていた小柄な猪の臀部を見てみれば鋭い爪で切り裂いたみたいな傷痕、他にも拳がめり込んだ痕がクッキリ残っているのも居たんだけれど……。

 

 

「いや、リアスじゃないよ。あの子なら逃がす不手際をするしないとかじゃなく、この拳の痕でハッキリと分かった。あの子にしては拳が大きい。……いや、成長期だし分かれた後で大きくなった可能性も?」

 

「有るか! 本当に妹が絡んだらポンコツだな、テメェは! ……なら、一体誰が逃がしちまった? 他に素手で切り裂いたり拳の痕を残せる奴が居たか?」

 

「拳だけなら数人居るけれど、爪痕や逃がす不手際を考えたら多分居ないから、僕達以外の誰か、かな? それこそウンディーネ族の助っ人とかさ……」

 

 今更だけれど人魚の戦いに首を突っ込もうって奴だ、正直マトモなのを想像出来やしない。

 いや、問題は其処じゃなく、話を聞く限りじゃ強いみたいだ。

 何が目的なのか、それこそ本当に人間なのか、そんな疑問ばかり浮かんでいた。

 

「一応先生が昨日の内に学園に報告して指示を仰いだらしいけれど、人魚の争いとかどうなる事やら」

 

「まあ、俺様達が考える事でもねぇだろ。テメェは他にも悩む事が多いんだからよ」

 

 

 本当に厄介な事に巻き込まれそうだ、と、僕とフリートは顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろ到着か。全く、どうしてこうなった」

 

 一方その頃、僕達が泊まっているログハウスに近付く馬車があった。

 幌には学園のエンブレムが刺繍され、学生が一人乗っている。

 

「いや、本当に私の代でこんな事態が起きるだなんて……胃が痛い」

 

 キリキリ痛む胃を押さえながら彼、生徒会長ジョセフ・クローニンは深い溜め息を吐き出した。

 

 




絵、依頼しました


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熊の首

 目の前には後ろ脚で立てば私の倍近い大きさの熊、お兄ちゃんが先に間引きをして危険なの(但し、私達以外にとって)は間引いた筈なのに森が広範囲に渡って焼かれたせいか周辺の生態系がグッチャグチャになったせいで外からやって来たみたいなのよね。

 

「……熊肉、鍋……は夏だから焼き肉? 野生の熊って臭みがあるのよね。こうガツンと来る系の……」

 

「グルルルルッ!」

 

 腕を組んで熊の顔を見上げれば唸り声を出しながら前足を振り上げる、普通の熊よりも少し太いし古傷だらけの体からして相当な期間をモンスターとの生存競争を生き抜いたって感じなのかしらね?

 口から涎を垂らし血走った眼からして空腹な上に縄張りの異変で気が立ってる、そんな時に私達を餌だと決めたのね。

 

「……五月蝿い」

 

「グルッ!?」

 

 私の顔面に目掛けて振り抜かれた前脚を気にせず、熊の目を見ながら静かに呟き、熊の動きが硬直する。

 動揺した様子から震えだし、怯えた様子での後退りを数歩、背を向けて四つん這いになると一目散に逃げ出そうとし、尻尾を片手で掴んで動きを止めれば必死に四肢を動かして爪で地面に穴を掘っていたんだけれど、掻き出した土が私の方に飛んで来て、その上足元からの異臭。

 

 

 熊、脱糞して私の靴先が汚れた、服にも土が掛かった、靴先に金属を仕込んだお気に入りの靴なのに……。

 

「……ぶっ殺す」

 

 ちょっと技の練習台にしてから狩ろうと思っていた私だけれど、この時点でその気は失せる。

 宜しい、全力で相手をしてやろうじゃないの。

 

 尻尾を掴んだ手に力を込め、ブチブチと尻尾が千切れそうな音を立てているのも気にせずに真上に向かって放り投げ、地面が爆散する勢いでの踏み込みでの跳躍。

 天地逆転の状態で宙を舞う熊に追い付いた瞬間に回し蹴りを叩き込む、首が飛んで段目から血が噴き出しそうになったので胴体に力加減した蹴りを放って距離を取り、私が木の上に着地すると熊は木を何本も薙ぎ倒しながら突き進んで地面を削りながら岩にぶつかって漸く止まった。

 

「さて、他にも獲物を探さないと」

 

「リアスさーん! そっちは何を仕留めましたかー?」

 

「あら、アリアも獲物を手に入れたのね」

 

 熊一匹じゃ物足りないかも知れないし、他にも探す前に熊の死骸を運びやすい様にバラそうと手刀を構えた時、鹿の足を掴んで引っ張りながらアリアが近寄って来る、

 ちゃんと教えた通りに血抜きをしたのか首の辺りの皮が赤く染まっているみたいね、結構結構。 

 でも、ちょっと傷が大き過ぎかもね。

 

 角だって地面で擦れた時に折れたのか片方しか無い上に、残った方も途中から折れてしまっている。

 

 

「立派な鹿じゃない。血抜きの奴の他に傷が無いけれどどうやったの?」

 

「シャドーナイトで動きを止めて、リアスさんから頂いたこのダークマターで頭をガツンとしたんです。その後で影の剣で血抜きを」

 

 少し嬉しそうにしながらアリアはダークマターを掲げて見せる、流石は二周目からのチート武器、鞘から抜けないから鈍器にしかならないけれど、鈍器としては優秀みたいね。

 鞘の目玉が泣きそうな感じでこっちを見ているわね、プライドが傷付く使い方だったのかしら?

 刃が使えない時点でアリアの全能力と闇属性魔法の威力を底上げする以外にナイフとして破綻している癖に生意気ね。

 

「服に返り血が付いているわよ。ちゃんと洗いなさいね」

 

 本人は気が付いていないみたいだけれど袖に血の染みが出来ているし、靴だって血を踏んだらしい状態、全くこの子ったら……。

 

「はい! 実家では殆ど自分でさせられていたので洗濯は得意なんです。血の染みとか落とすのは慣れていますので」

 

 ニコニコしながら話すけれど、貧乏貴族だろうとお嬢様が自分の服を洗濯するとか普通じゃない、私はルメス家の狂いっぷりに絶句しそうだった。

 

「いや、唐突に重い過去ぶち込むわね、アンタ。まあ、話は帰ってからにしましょう。面白い怪談話を思い出したし、夜は怪談大会ね」

 

 お兄ちゃん、もうアリアをお嫁さんにしてあげれば良いのに、私の友達でもあるし、強いんだから大丈夫じゃないの?

 プルートだって居るんだし、こう光の聖女の血筋に闇が合わさって凄い事に見える、とか。

 

 私は熊を担ぎ、頭が何処に行ったのかキョロキョロと周囲を見回して探すんだけれど、蹴りの衝撃で飛び出した目玉が地面に落ちて潰れているのが見つかっただけで何処に行ったのかサッパリ分からない。

 脳みそは別に好きじゃないんだけれど、顎とか発達している部分の肉の噛み応えの良い部分が好きなのに、こうやって見つからないとモヤモヤするわ。

 

「ねぇ、アリア。熊の頭が何処かに飛んで行ったんだけれど見なかった?」

 

「頭ですか? えっと、此処に来る途中、木の隙間を縫って何かが飛んで行っていましたけれど……」

 

「向こうに飛んで行っちゃったかあ。……今から探しても大丈夫かしらね?」

 

 やってしまった、私は頭に手を置いて空を仰ぐ。

 どうせなら大物が良いと思って中途半端な獲物は見逃したし、頭の無い熊一匹ってのは中途半端よね。

 

 空を見れば遙か彼方がうっすらと赤く染まり始めているし、熊の頭一つを探すには集合時刻まで間に合わないかも知れないんだけれど、こうやって食べられる筈だった好きな物が食べられないモヤモヤって後を引く訳だし……。

 

「うっし! アリア、ちょっと熊見てて。パッと行って、ザッと探して来るから!」

 

「え? リアスさん、もう急がないと間に合わない……」

 

「じゃあ、行って来るわね!」

 

 担ぎ上げていた熊の胴体を一旦地面に置いて、アリアが指差した方向に向かって一直線に走り抜く。 

 目の前の木は軽く手で触れるだけでなぎ倒せるし途中からそれも面倒になったから強引に弾き飛ばしながら進めば森の端が見えて来て、熊の頭も発見した。

 

「発見っ! って、あの馬車は……」

 

 どうも蹴り飛ばした熊の頭は森を抜け、直ぐ横の道を進んでいた馬車の幌を反対側まで貫いてしまったらしい。

 停止した馬車の幌に見事に開いた二つの穴、馬車を挟んだ反対側に頭が転がっていたんだけれど、もしかして怪我人でも出しちゃった不味い状況?

 

 って慌てて止まったら幌に描かれた学園の紋章、つまり学園関係者が乗ってるって事なんだろうけれど、穴から顔を覗かせた人と目が合った。

 

 

 

 

「やっほー! ジョセフ兄様、どうしたのー?」

 

「うげっ!? リアス!」

 

 ……わーお、失礼な従兄弟ね。

 

 父方の親戚と会ったから挨拶しただけなのに、向こうはこっちを見るなり顔を青ざめさせる。

 スッゴく不愉快!

 

 

 ……戻ったらレナに言い付けちゃえ、ジョセフ兄様がレナに惚れているって知ってるんだからね!



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生徒会長は苦労人

 恋とは素晴らしい物だと私は思う。

 時に恋によって身を滅ぼす事も有るのは貴族社会に生きる者としてウンザリする程に目にして来たが、それは恋心を捨てる理由にはならないのだから。

 

「ああ、レナさん。お会い出来る日を一日千秋の想いでお待ちしています」

 

 ガタガタと揺れる馬車の中、懐に忍ばせていた愛しい相手の肖像画を手にして眺める、描かれている彼女は真面目な凛とした表情の彼女、これが私の前で笑顔になって欲しいというのが私の願いだ。

 

 

 ああ、名乗っておこうか、ジョセフ・クローニン、アザエル学園生徒会長にして、入学初日からトラブルを起こした馬鹿の従兄弟である。

 

 

 ……私が彼女に出会ったのは幼い頃、父の弟が婿入りした先であるクヴァウル家に顔を見せに行った先での事、従兄弟二人の乳母兄弟であるレナさんを一目見て私の心は奪われた。

 品行方正で真面目、それでもって色気がある知的な美少女……それはやがて怪しい色気を持ちながらも知的で真面目ながら親しみの持てる柔らかさを持つ彼女に私の心は惹かれ続ける。

 

「レナさん、失礼な話ですが、お付き合いしている方はいますか?」

 

「いえ、残念ながら。ですが素敵な殿方と幸せになりたいとは思いますね」

 

 ”鬼神”レナスと”死神”マオ・ニュ、祖国であるリュボス聖王国の双璧とされる二人の片方の娘にして、従兄弟の私から見ても異常な強さを持つ二人の護衛を任される程の実力を持つ有能な女性。

 鬼族は戦闘欲求や性欲が私達ヒューマン等の種族に比べてとても強い……だが、彼女はそんな様子すら一切見せず、その姿に私の心は彼女に支配されて行くばかり。

 

 

 クヴァウル家に親族婿入りし王家との強い繋がりを得た影響か、牽制をしあっているのか婚約者は決まっていない、当の従兄弟であるロノスは見付かっているのに、何故私は?

 あれか? 先にクヴァウル家にアプローチ掛けて、それが駄目ならクローニン家にって思ったが、父が妙な対抗心を抱いて拒否でも……いやいや、好意的に考えよう、じゃないと胃痛が酷い。

 

 

 思えば私は物事を悪く考える悪癖持っている、故に苦労が絶えず胃痛に悩まされるのだろう。

 

 四ヶ国の生徒が集う学園にて生徒会長に選ばれる、それは名誉な事であり、同時に多大な責任が伴う。

 そんな私の任期中に入学して来たのは王国の第一王子や大公家の跡取り、聖王国からは我が従兄弟であるロノスとリアス、最近は帝国の皇帝の養女まで転校して来たし、共和国の彼だって群の名門一族……何故だっ!

 

 何かもう、如何にも問題が起きて大事になって下さいとばかりの豪華な面々選り取り見取り、一人だけでも問題なのに此処まで一学年に集中するとか私の胃を破壊する気かっ!?

 

 しかも今上げたメンバー以外にも有力な家出身の一年生はちらほら居るし、家の格は最低だろうとルメス家の彼女、アリア・ルメスは……まあ、闇属性の彼女が居る事で不穏な空気になってトラブルが起きるだろうと不安だったし、実際に彼女に絡んだ馬鹿が居たが、我が従兄弟の馬鹿の方のせいで初日からの決闘騒ぎ、しかも王子まで巻き込んでだ……。

 

 

「ロノスの奴でも生徒会に誘うべきだろうか? 妹が関わらなければ彼奴は頼りになるし……」

 

 思い出しただけで訪れた胃痛の波を堪え、どうにか今後のストレスを軽減する方法を思案すれば、従兄弟の基本馬鹿じゃない方に頼れば良いのではないか、そんな案が浮かぶ。

 思い付きだが一番の悩みの種であるリアスの扱いは心得ており、他の悩みの種についても上位の過半数は奴の周囲に居るのだ、頼らないという選択肢は有り得ない。

 

 ……それにまあ、生徒会の仲間として奴の屋敷に相談に行く事も有るだろうし、レナさんと顔を合わせる機会も増えるだろう。

 下心からではなく、学園に通う生徒の代表としては学園の為に動く必要が有るのだから、その結果美味しい思いをしても致し方無い。

 

「……待って居てください、レナさん。貴女に想いを伝えても何も問題が起きない程の実績と力を手に入れて見せます」

 

 彼女は貴族ではないが英雄的な存在の娘、それこそ正妻にするのも不可能ではない筈。

 ならば今はコネと実績によって実家での発言権を強める事こそ最優先、今現在婚約者が一切決まらないのも親が私の望む相手を探せと言葉に出さずに伝えていてくれるのだ……と思う。

 

 

「その為には今回学園からの依頼、完璧にこなして見せよう。見ていてくれ、エリちゃん」

 

 レナさんの肖像画を胸元に仕舞い込み、次に出したのは可愛い可愛い可愛い愛しのペットのエリーの肖像画。

 大型犬に匹敵する体の大きさを持ち火を吐く真っ赤なトカゲ、”デミサラマンダー”のエリー、愛称は”エリちゃん”。

 私にとって最大の癒しであり、鱗に汚れが溜まったら病気になるので水浴び等が必要なのに、湿ったタオルで体を拭く事さえ私以外にはさせない程に水が嫌いだから海辺には連れて行けないのが残念な所だ。

 昨晩は久々に一緒に寝たのだが、今もエリちゃんの体温が残っている気がしてエリちゃんの肖像画にキスをしようとした瞬間だ、片目の無い熊の頭と視線が重なった

 

 

「……ふぁっ!?」

 

 幌を突き破り入って来た熊の頭は反対側から突き抜け、それで勢いが弱まったのか数度地面を跳ねた後で漸く止まる、一体何が起きたのか一切分からなかった、分からない方が良い気もするが。

 

「うっ!? 何だ、急に胃が……」

 

 馬車を慌てて止めた私は飛び散った血で端が汚れてしまったエリちゃんの肖像画を前にワナワナと震える中、何かを無意識で察したのか胃が急激にキリキリと痛み始め、さっさとロノスに汚れた肖像画を元に戻して貰おうと思う反面、兎や鳥などの獲物を半殺しにして楽しむ残虐性も可愛いし、血塗れの姿も魅力なのだからこれはこれで良いのかも知れないな。

 肖像画なら他にも……いや、血飛沫をアクセントにするならするで大きさや場所、形を厳選したい所だ。

 

「だって最高に可愛いエリちゃんの肖像画なのだからな」

 

 ロノスの奴はグリフォンのポチを世界一可愛いと口にするが、私はエリーこそ最高に可愛いと思っている。

 鳥よりもトカゲだよ、トカゲ。

 

 まあ、エリちゃんはトカゲというカテゴリーに当てはまらない最高の子なんだけれどな!

 

 

 そして何やら足音が聞こえたので警戒しながら穴から顔を覗かせる、見知った金髪が目に入った。

 

「やっほー! ジョセフ兄様、どうしたのー?」

 

「うげっ!? リアス!」

 

 

 私の顔を見るなり笑顔で手を振る姿は呑気その物……ロノス(保護者ぁ〉! |ロノス《保護者)は何をしているんだ、妹が関わると途端にポンコツになろうと貴様が居ると居ないでは大きな差があるんだぞっ!?

 

 キリキリと痛みを増して行く、胃。

 限界は近いぞ、実際にな。

 

 他にも学園は有るのにアザエル学園にばかり面倒な連中が集まり、更に取り巻きや派閥に入りたい者達も集まった事で学園内は今や火薬庫、その中で松明両手に踊っているような馬鹿は私が自分を見るなり嫌そうにしたのが不満なのか拗ねた顔をしている。

 

 

「頼むから今回の面倒事の最中は面倒な真似をしないでくれ、無駄だろうが」

 

「え? ジョセフ兄様ったら何か用事があって来たの? よーし! だったら私も手伝うから、何をぶっ飛ばすのか教えて!」

 

「先ず”ぶっ飛ばす”という選択肢が最初に出る所だからな、本当に。それに草をかき分けて進むような気軽さで木を薙ぎ倒しながら進むのは止めろ」

 

「……はーい。分かりましたー」

 

 ……本当に分かっていないだろう、絶対に。

 頬を膨らませてそっぽを向く従兄弟の姿に私はそんな確信しか出来はしない。

 

 

「まあ、お前やロノスの力を借りる事にはなりそうなんだがな。……ロノスだけなら、ロノスだけなら私の胃に平穏が訪れたのだが!」

 

「何かさっきから私に問題があるみたいじゃないの。失礼しちゃうわね」

 

 問題しか無いから言っているのだが……。

 

 

 又しても拗ねた様子のリアスの姿に私は深い嘆きを覚え、この場所に来る事になった理由を思い出して呪いの言葉を呟く。

 

 

 

 

「下らない権力争いに生徒を巻き込むな、どうせ潰されるだけだというのに、あの老害達め……」

 

 

 

 

 

 

 

「その老害達をぶっ飛ばすのね!」

 

「いや、本当に話を聞いていた?」

 

 

 本当にこの従兄弟が聖女の再来等と呼ばれるのは甚だ疑問でしかなく、”聖女のゴリ来”に変えた方が良いのではないだろうか。

 

 

 

 ああ、エリちゃんを抱き締めて癒されたい……。

 



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クローニンは胃が痛い

半分ほどメモアプリで書いててコピーしようと全体を選択  指先がキーボードに触れて一気に消えた バックアップ無いタイプのだったから


「さて、マナフ教諭、そして勇敢なる生徒諸君。私が此処に来たのは人魚の件について報告を受けた理事のお歴々から諸君を勇士と見込んでの依頼を告げる為だ。……以上、建て前は終了とする!」

 

 突然ログハウスを訪れたジョセフ兄様、どっちのペットが世界一可愛い生き物かという不毛かつ絶対に譲れない事を除いては話が合うし信頼も出来る数少ない味方、その能力は魔法を中心とした戦闘力や別の国の貴族が集まった学園で生徒を纏める統率力や生徒と教師陣の橋渡しとなる政治的能力等々、他の国や自国内でも派閥争いが有るにも関わらず票を集め生徒会長に選ばれるだけの事は有るのだと認められる程。

 

 まあ、彼の任期になった途端に王子や大公、王の従兄弟や闇属性という伝説級の存在まで一学年に集まるって言う政治的な火薬庫状態で心労が溜まる一方だろう。

 僕達の前で真面目そうな顔で話をしている彼は精神的に疲れ切っている顔をしていた。

 目元には僅かにだけれど隈が僅かにあり、微妙にだけれど痩せた気もするし、今はしていないけれど、馬車から出る時に胃の辺りを抑えてもいたから間違いでは無いと思う。

 

「理事達の話を纏めるとだな……その前に先程も言ったが建て前は抜きで話をさせて貰おう。支援をするから人魚の件を生徒達に任せたいそうだ。指揮権という名の責任を押し付ける役はマナフ教諭に押し付けてな」

 

「……えぇっ!? いや、先生、何となくこんな事態になると予想はしていたんですよ、予想はしていたんですが……はぁ」

 

 

 流石に人魚の件は事後報告には出来やしないとアカー先生が学園に連絡をしたのが昨日の夕方近く、それが夕方が過ぎたばかりの今頃にどうするか指示があるなんて驚きだ。

 人魚か居たからと中止にしては逃げ出した事になると即帰宅は命じられないと思っていたけれど、まさか刺激するなとかじゃなくってどうにかしろってあやふやな内容だ。

 

「失敗したらアカー先生の責任と僕達の実力不足、成功すれば自分達の支援の成果と喧伝して学園内での発言権を、って所だろうね。浅ましい腐敗具合だ。どうせ叔母上様に消されるだけだろうけれど……」

 

「ああ、全くだ、老害達めっ! 各方面で好き勝手して仕事も杜撰だった連中が王妃でもある現理事長の改革の煽りを受けて飛ばされた先が今の閑職であり、理事と言っても名ばかり。昔の体を成していない書類を見る限りでは成績の操作等が寄付金で行われていたらしいが……いや、此処までにして置こう。どうせ時間の問題だしな」

 

「ジョセフ兄様、余程鬱憤が溜まってたのね。そう言えば生徒間とかのトラブルの後始末も生徒会の仕事だっけ?」

 

「……ああ、何処かのゴリラが実技の授業で大いに破壊してくれている備品の修理やグラウンドの整備はロノスが戻してくれているが、それ以外にも派手に動いてくれているみたいだからな。授業中の轟音とか振動とか」

 

 藪蛇って奴だね、これは。

 貴族が集まる学園に腐敗が横行したら卒業する生徒も腐ってしまう、そんな考えから理事長に就任、実質的に権限を持たない島流し的な立場の理事達を自らの不在時も手の者に見張らせている叔母上様だけれど、今回は偶然が重なって隙を見せたのか、それとも……。

 

「ふんっ。ナイア理事長……いや、王妃の事は僕の祖国であるアマーラ共和国にも伝わっている。その理事達がどうかなるのも時間の問題だろう。ならば人魚は放置……とは行かないか」

 

 アンリは理事達について不愉快そうに鼻を鳴らし、末路を浮かべたのか肩を竦める、考えるのも無駄だと思ったんだろうね、僕も同じさ。

 

「矢っ張り私が暴れた方が良くない?」

 

「いや、忘れがちだし、従兄弟ながら信じられないがお前は聖女という扱いだからな、信じられないが。私もその手を選びたいとも思ったが……どうせ直ぐに潰せないからと機を狙われていた連中だ、何かすれば面倒だし、理事長に予定が狂ったと怒られるぞ?」

 

「うっ!? あはは……叔母上様は怖いから止めとくわ」

 

 リアスったら相変わらず猪突猛進、思い切りがあって行動力抜群なのは良いんだけれどジョセフ兄様は苦労してるんだから話はちゃんと聞いて上げなくっちゃ。

 首を傾げながら訊ねるリアスにジト目を向けるジョセフ兄様だけれど、叔母上様の名前を出された途端に目を逸らすし語尾が弱々しい、そうだよね、怖いもんね、あの人。

 

「ううっ、今年の入学生はどうして血の気の多いのが大勢居るんだ? 三日に一度は上級生相手にでも喧嘩を売ったりしているし、そのせいで他の学年もピリピリしているし……」

 

「胃薬要る? 確か薬箱にあった筈」

 

「いや、私は家お抱えの薬師に体に合う物を作らせている」

 

 学園の生徒会長って大変なんだよ?

 生徒間の諍いって大事になりがちな物なんだけれど、それの仲裁も生徒会の仕事の一つなんだよ。

 学園の教師陣も貴族だったり上位の神官だったりで、家同士の争いに関わりそうって事態に発展する可能性がある時点で手を出すのに躊躇いが生じるだろう。

 学生の場合は建て前だけだろうけれど”学生は互いを尊重する”って校則がある、建て前だけとは言っても校則は校則、後で家が関わったら”情けない”って顔を潰す噂が流れる物だからね。・

 

 

 ……それでもジョセフ兄様の様子を見る限りじゃ随分と苦労しているみたいだけれど。

 

 

 

「にしても人魚の争いをどうにかしろって、俺様は火属性だから力でってのは役に立てそうにないな」

 

「命令がアバウトなのよ、閑職に回されるのが良く分かるわね。……出来るなら放置したい所だけれど」

 

「二人共、未だ力で解決するとは言っていませんよ!? 先生は暴力よりも話し合いの方が助かるのですが……矢張り駄目ですかね?」

 

 何とか同意や励ましの言葉が貰えないか、そんな意思を感じさせる声色と目をアカー先生が向けた先にはアンリの姿、ちょっとだけ躊躇った彼女は静かに首を横に振った。

 それは無理だろうと、そう伝わって来た。

 

 

「先生、争いを起こしたくないのも、争いに関わりたくもないのも理解するが、ウンディーネ族は助っ人を雇っている。既に部族同士の争いに繋がる一歩は踏み出されていると思った方が良いだろう。ならば僕達がすべきなのは”大海戦争”の二の舞を避ける事だ」

 

「大海戦争……海に住む強者の恐ろしさを再認識させられた例の悪夢ですわね。私の生まれる前の話ですが、ヴァティ商会の船も随分と被害を受けたと聞いていますわ」

 

 大海戦争、ね。

 二十年程前、海底火山の噴火によるシードラゴンの生息域の環境変化が原因で起こった事件だ。

 住処を追われたシードラゴンの群れが別の群れの縄張り近くまで移動、周辺の海域を航海する船や、その周辺に住んでいた人魚達、そしてウミボウズ達まで巻き込んで、複数の種族入り乱れる争いだったとか。

 

「……結局ギヌスの民が出張って鎮圧するまで戦いの余波を食らった船が沈没したり、屈強な船乗りに目を付けた人魚による魅了が多発したり、下手な伝染病より死者が多かったんだっけ?」

 

 そう、結局最後はギヌスの民が解決したせいか、彼等を受け入れたリュボス聖王国の住民からすればそれ程大きな事件扱いはされていない、交易とかは別のルートが多かったから被害も少ないしさ。

 

 

「……それにしても学園の理事さん達ってそんなに酷い人達なんですか?」

 

 普通の学生生活を送っているから関わらないし、アリアさんからすれば少し気になった程度だろう。

 随分とボロクソに貶されていたしさ。

 でも、そんな何気ない問い掛けはアカー先生とジョセフ兄様の変なスイッチを押してしまった。

 

 

 

 

「実質的には大した権限も無いのに権威を示したいのか毒にも薬にもならない提案をごり押しして来るんですよ。ボーナス査定に多少関わる程度なら可能なので子供にお金を掛けたい先生からすれば本当に邪魔な存在です」

 

「それだけじゃなく、理事と関わりが深い家の親族や生徒が無茶な要求をして来る事が多くてな。家を潰す程じゃないが悪事は働いているからと、革命が進む間だけの閑職だというのに全く迷惑な」

 

 実際は二人の愚痴はこんな物じゃない、十倍以上出て来たけれど、本当に苦労しているんだって伝わって来たよ。

 

 

 

 

「取り敢えず話が通じそうなセイレーン族の所には行くとして……」

 

「ねぇ! セイレーン族の所に行くのなら私も一緒に行くわ!」

 

「……は?」

 

 うわぁ……ジョセフ兄様、リアスに対して露骨に嫌そうな顔だぁ。



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皇女陶酔

 沈黙、静寂、それが今この場所を支配している物の名前だ。

 僕達が先ずすべきなのは情報収集、決して殴り込みではないのだけれど、それに自分も同行するとリアスが口にした瞬間、ジョセフ兄様が思わず発した一言を除いて誰も言葉を発しない。

 

 

「もー! 何よ、その反応は! 私は一度隠れ里に行ってるんだし、一緒に向かった方が交渉しやすいでしょう?」

 

「確認するが、お前の言う”交渉”とは殴り合いではないな?」

 

 この時、兄様は真面目な顔で少し心配そうにしている。

 これはリアスが拳で語り合う気だと思っているな、僕も一瞬思った。

 

「そんな訳が無いじゃない! 私を何だと思ってるのよ、全く」

 

 喜び勇み、手を高く挙げての提案に返って来た反応が不満だったのだろう、腕を組みながら頬を膨らますリアスは賛同を求めるように僕達の方を見る。

 僕とトアラスは笑顔で誤魔化し、他の皆はサッと顔を背けた。

 

「ゴリ・・・・・・いや、確かにお前を連れて行く事にメリットはある。少なくても初対面の私達よりは頼られる程に信頼されたお前が居た方が良いのだろうが・・・・・・交渉とは基本的に言葉で行うのだぞ?」

 

「今、ゴリラって言わなかった? ねぇ、チェルシー。今、ジョセフ兄様ったらゴリラって言いかけたわよね?」

 

「……さあ? すみません、リアス様。ボケッとしていました」

 

 釈然としない、そんな風な顔のリアスだけれど一旦は話を聞く事にしたらしく、ジョセフ兄様の方に向き直る。

 少し睨みつける年下の従兄弟に気圧された彼だけれど、グッと堪えて後退りまでは行かなかったらしく、一度大きな深呼吸をすれば元通りの真面目な顔に戻って言った。

 

「分かった、連れて行こう。本来ならば危険な行為は教諭や生徒会長である私の仕事なのだがな……」

 

「えー? 私、ジョセフ兄様より強いじゃない」

 

「その程度分かっている、良いから話を聞け。例え自分よりも強くても、年下や生徒を守るのが私達の役目だ。故に交渉は私達が行う。お前は橋渡しだけを頼めるな?」

 

「……はーい」

 

 普段は行動力の塊で動かないで居るのは我慢出来ないって元気なリアスだけれど、信頼している相手の言葉なら大人しくもしていられる。

 僕やレナスやレナ程じゃないけれど、ジョセフ兄様だって信頼の対象なんだ。

 

 

「一応言っておくが暴れるなよ? 本当に暴れられたら困るからな。大切な事だから言うが大人しくして、決して暴れない事だ。……暴れないでいてくれると助かる」

 

「いや、四回も言う? ……お兄ちゃーん」

 

「はいはい、拗ねない拗ねない。よしよし、人前じゃお兄ちゃんじゃなくってお兄様だからね」

 

 まあ、ジョセフ兄様もリアスの事は小さい頃から知っているけれど、言わずには居られないんだろうなあ。

 あんまり念押しされる物だから僕の袖を掴んでジョセフ兄様を指差すリアスの頭を撫でて慰めてやる。

 うーん、これは僕もクアアと接触した身として同行すべきかな?

 

 

 

 

「そうか! お前が同行してくれるならば助かる。年上として情けないが、頼らせて貰うからな」

 

 それを伝えると途端に嬉しそうな顔で肩に手を置かれるんだけれど、リアスが不満そうだな。

 

 

 

「……ねぇ、チェルシー。幾ら何でも私とお兄様の扱いが違わない?」

 

「普段の行動の違いですよ?」

 

 膨れ面のリアスにチェルシーは溜息と共に告げるけれど、納得は行ってないみたいだ。

 

「……むぅ」

 

 あーあ、これは後でちゃんと慰めて置かないとね。

 チェルシーにもお礼を言っておくか、苦労掛けてるしさ。

 

 

 

「じゃあ、先生は何とかウンディーネ族の隠れ里の在り方を探ってみます。何せ妻子持ち、ラブラブですから誘惑されても無効ですよ」

 

 そんな風に惚気るアカー先生の手の中には奥さんと子供と一緒に描かれた肖像画、先生も奥さんも十歳そこそこの見た目なせいで……これ以上は止そう、他の皆も顔見れば同じ事を考えても口には出さないみたいだし……。

 

 

 

 

 

 

 そして今後の方針が決まった後、僕達は庭に出て巨大な鍋を囲んでいた。

 鍋の具は熊、鹿、野鳥、猪、野兎に虫、皆バラバラに獲物を求めた結果、最初に何を誰が集めるのか打ち合わせの大切さを改めて認識させられる事に。

 

「うんうん、ネーシャが野草を集めてくれて良かったよ。助かったよ、ありがとう」

 

 そう、僕とフリートは海に行ったけれど、リアス以外はトラウマ級に糞不味いウツボダコしか釣れなかったし、リアスとアリアさんは熊と鹿、アンリが野兎でチェルシーは虫、聖王国では虫食が普通なんだけれど他の国では食べないからか気味悪いだろうって鍋には入れずに枝に刺して火で炙っている、食べてみれば香ばしかったり甘味があったりで結構美味しいけれど、まあ、食文化の違いは仕方無いか。

 

 

「いえいえ、ロノス様がしっかりと獲物を持ち帰って下さると信じていますので。ならば将来の妻……いえ、妻になるであろう私の仕事は野菜類を集める事、うふふふ”妻”は気が早かったですわ」

 

 そんな風な僕達の夕食は見事にタンパク質ばかりになりそうだったんだけれども、ネーシャが野草を大量に集めてくれたから助かった、氷の荷車に大量に積んで来てくれて一安心だ。

 そんな彼女は僕の横に置いた椅子に座って笑っているけれど様子が妙、変に機嫌が良いというか浮かれている。

 もう少し大人しくしているというか……うん?

 

「ネーシャ、お酒飲んだ?」

 

「ほへ? お酒でしゅの?」

 

「あっ、これ確定だ」

 

 隣に座ったし食事中の顔をマジマジと眺めるのも悪いから分からなかったけれど、お酒の匂いがネーシャから漂っているし顔だって赤味が差している。

 アカー先生がジョッキで酒を飲んでいるせいか隣で飲んでいても匂いで分からなかったよ。

 

 にしても誰がネーシャにお酒を?

 

 

「おい、ロノス。果物を集めて来てやった私には礼の言葉はどうした?」

 

 僕の肩の上で小さくカットした果物を食べているレキア、更に隣には宙にはお酒が浮かんでいて、数滴ずつ彼女の口の中に向かって行くんだけれど漂って来るのは強烈なアルコール臭、それが鼻に届くだけでクラクラしそうだ。

 

「うん、レキアも気が利くからね。果物は嬉しかったけれど、そのお酒は?」

 

 先生はビールだし、微妙に甘い香りがするから果物系なのかな?

 

「ふふん、分かれば良い、貴様もマシになったな。この酒は猿酒を運良く見付かったのだ。随分とアルコールが強いが、まあ、妖精の私には大して堪えん」

 

「それ、ネーシャに分けた?」

 

「ちょっと興味が有りそうにしていたからな。コップ一杯だけくれてやったが人間にはキツいのか?」

 

「うん、ちょっと僕も匂いだけで酔いそう……」

 

 これ以上は嗅ぐだけでダウンしそうな程、鍋の臭みが強くなかったら早く気が付いたんだろうけれど一度気が付いたら気になってしまえば意識してしまう。

 

 

 それはそうとして……。

 

 正直に言おう(口には出さないけれど)、酔ったネーシャが色っぽい。

 熱っぽい表情も、体が熱いのか僅かに胸元を緩ませている所も、僕に寄りかかっている所もドキドキしていた。

 これ、実は色仕掛けだったりするのかな、それでも少しは構わないとも思ってしまう僕が居るのにも気が付いて居て、どうやら彼女への警戒は随分と取り除かれているらしい。

 

 

「ネーシャ、大丈夫? ほら、落としたら危ないからお皿を僕に預けて」

 

「ふぁーい」

 

 フラフラしながらも僕にお皿を預けたネーシャは僕に寄りかかり、そのまま寝息まで立て始める。

 

「お酒、弱かったんだ」

 

 こうなってしまったら仕方が無いし、僕は彼女を部屋へと運ぶことにした。

 レキアには一旦肩から降りて貰い、ログハウスに入って皆の目が無くなった時、不意に僕の頬にネーシャの手が触れる。

 

 

「……ふぅ。キツいお酒ですこと。顔は赤くなりやすくてもお酒には強い方でしたのに、本当に酔い潰れるかと思いましたわ」

 

「演技?」

 

「ええ、こうしてロノス様と二人っきりになる為、一芝居打ちましたのよ。……あんな事をされたのに邪魔が入ってそれっきりですもの」

 

 少し拗ねた様子のネーシャに何も言えない。

 誘惑された後で押し倒して服を脱がせて、それから邪魔が入った後は……って感じだからな。

 その後でアリアさんやレキアとは色々とあったし……。

 

 

 

 

 

「もうお母様に告げ口する段階ですが、それで結婚がご破算になるのは避けたい所。……口止め料を頂けますか?」

 

 僕の顔を引き寄せて一瞬だけキスをした彼女は悪戯を思い付いた子供のような顔で僕に囁いた……。



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夢であったら

新しい絵が届きました!




「口止め料……?」

 

 少し動けば再びキスをしてしまう距離のネーシャに対し、僕は困惑の声を漏らすけれど、内心はドキドキだ。

 彼女との結婚は確定と言って良い、けれども正式じゃない、建前だけの話だとしても。

 

 何を要求されるのか、ちょっと不安になって来るんだけれど、ネーシャは僕に密着すると耳元に息を吹きかけ、クスクスと笑ってから囁く……ちょっとくすぐったい。

 

 

「そんなに警戒しないで下さいませ。私、ロノス様に酷い要求をする女だと思われて居たのですね。悲しいですわなよよよよよ……」

 

「……そんなことはないよ?」

 

 我ながら棒読み何だけれど、ネーシャだって泣き真似が態とらしいんだから別に構わないだろう、首の辺りを抓られたからネーシャとしては不満みたいだったみたいだけれどさ。

 

「こういう時は”君にそんな印象を抱く筈が無いだろう? ほら、これで信じてくれるかい?”とでも言ってキスのお返しでもするべきでは?」

 

 ……えー?

 

 この子、ちょっと変わり過ぎじゃない?

 出会ったばかりの頃は僕を利用しようと媚びを売るって言うのか下から目線だとでも言うべきなのか、兎に角ズバッと言うタイプじゃ無かったけれど、今は少し拗ねた様子でビックリな事を要求までして来て……。

 

 

「僕、そんな事をするタイプだと思われてたの?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 僕の問い掛けにネーシャは本気で驚いた感じ、思わず僕も聞き返した。

 そっかー、そんな風に思われていたのか。

 

 なら、仕方が無いか……。

 

「分かったよ……これで良いかい?」

 

 だから本当にキスをした、ネーシャがしたキスよりも数倍の長さの物、唇を離したらネーシャは真っ赤になっている。

 おやおや、自分で要求しておいて可愛いなあ。

 

 敢えて何も言わずにニマニマしているとハッと我に返った彼女は無言でポカポカ殴りながら僕に顔を見られない様に顔を密着させている。

 

 

「……」

 

 あっ、急に僕まで恥ずかしくなって来た。

 

 

 あれだけ濃密な酒気を纏ったネーシャをこうやって抱っこして、更にはキスまでしたんだ、僕も彼女も酔っているのかも知れない。

 足取りはしっかりしていても頭が上手く働かない気がして来た……。

 

 

「それで口止め料だけれど、僕は何をすれば良いのかな?」

 

 僕は若干の下心を込めて、それでも声にも表情にも出さないようにと務めながら問い掛ける。

 今頃になってネーシャを押し倒して服を脱がそうとした時の熱気が蘇り、彼女の返答次第ではこのまま欲に身を任せてしまっても構わなかったんだ。

 あの時と同じ様にネーシャをベッドにまで運んで覆い被さり、一度キスをしてから貪る様に彼女を求める姿を妄想するのを止められず、口止め料の内容がそれであると期待しながら返答を待つ。

 

 多分、一度始めてしまえば彼女が泣いて懇願しても止まる事は……。

 

 

「明日の朝、この様に抱いた状態で散歩に連れて行って下さいませ。初日のデートは邪魔が入りましたし、今度はちゃんとしたのを」

 

「うん、分かった……うん? デート?」

 

 えっと、普通のお散歩のお誘い? 

 間違っては無い……よね?

 

「あら? どうかされまして?」

 

 思わず聞き返した僕にキョトンとした顔を向けるネーシャを見て、途端に先程まで押し寄せていた欲情が押し寄せた時以上の勢いで引いて、変わりに恥ずかしさがやって来た。

 普通のデートを望んでいた相手に対し、僕は、僕は……。

 

 

「わわっ!?」

 

 耳に感じた奇妙な感触、ネーシャの歯が僕の耳を甘噛みした後で舌先が這う、背中に走るゾワリって奴、僕って耳が弱かったのか?

 

 

「あらあら、うふふ。ロノス様ったら耳が敏感でしたのね。これは良い事を知りました」

 

「ネ、ネーシャ、一体何を……」

 

 抱っこしている状態だから耳を押さえられない僕を見て笑いながら彼女は舌先を出す、まさか今の彼女が本性なのか?

 糞ぅ、僕も駆け引きは習って来たけれど、男女間の駆け引きはネーシャに完全に負けている気がした。

 さっきまで彼女を組み伏せて犯して自分の物だと感じたいと思っていたんだけれど、どうやら甘かったらしい。

 このままベッドに運んでお別れになるのは良いけれど、何か完全敗北の気分だ。

 

 良いけれど! 確かに期待はしたけれど、それで良いとは思ってはいるんだけれど……。

 

 

「ちょっと悪戯をしたくなりまして。それにしても一瞬だけですがデートの申し込みをした時、残念そうに見えましたが……何を期待しましたの?」

 

「別に何も?」

 

「そうですの? ええ、それなら別に構いませんわ。……ロノス様がお望みですのなら私は何をされても構いませんのに」

 

 ぐっ! 上手い事誤魔化せたと思ったのに、分かっていない振りをしているけれど、これは絶対分かっている。

 首を傾げ、納得した様な顔をしつつも最後は照れと妙な色気を混ぜ合わせた顔の後、またしても耳に息を吹きかけて囁く。

 だからそれは止めてって……。

 

 

 

「取り敢えず部屋に行こうか。疲れているならベッドで休もう」

 

「休めるでしょうか? ロノス様が休ませて下されば良いのですが、休ませて頂けないのも期待して良いのでしょうか?」

 

「期待しなくて良いから」

 

「残念ですわね……」

 

 本当に残念ですって顔をしているネーシャから顔を背けて部屋まで連れて行く、ちょっと甘い感じの良い香りがしたのは僕だけの秘密……になっていたら助かる。

「……うん、酒だ、酒のせい……って思おう」

 

 ネーシャを部屋に送り届けた後、体内の時間を操作して彼女を抱っこする前の状態、つまり酒の影響を受ける前にまで戻し、扉にもたれ掛かって一息付いた。

 体力的には余裕があって、精神的には疲労困憊な状態、自分が酔うとどんな風になるのか、聖王国での成人前に知れたのは幸いだけれど、彼女に知られたのはちょっとな…。

 

「”添い寝をして欲しい。自分は眠りが深いから何をされても朝まで起きないと思う”、とか言われたけれど、明らかに誘われてた……」

 

 あのまま誘いに乗っても良かった気さえして来たけれど、気の迷いだと自分に言い聞かせて自室へと戻る。

 屋敷の自室で夜鶴と夜達(複数人相手)とした僕だけれど、流石に先生や学友、その他が居る場所ではちょっと勇気が出ない。

 アリアさんとのアレコレやレキアとの混浴は……。

 

 

「僕も休もう……」

 

 体力的には元気だけれども精神的な疲労から食事に戻る気にもなれず、僕はそのままベッドへと倒れ込む……あっ、歯を磨かないと。

 ムクリと起き上がり、洗面台まで向かった僕は鏡に向かい合って歯ブラシを咥える……目の前が真っ暗になった。

 

 

 

「あ、会いに来ちゃった……元気?」

 

 目の前だけでなく周囲全体が一面の暗闇の中、僕の精神を呼び出したお姉ちゃんは目を逸らし指先を合わせてモジモジしながら問い掛ける。

 いや、本当にこの姿を見ていると人間を滅ぼそうとしているとか勘違いだって思いそうだ……思いたい、のかも知れないけれど。

 

 

「僕も元気だけれどそっちはどう? って言うか、僕よりリアス(あの子)の方に行ってあげたら良いのに」

 

「お姉ちゃんも勿論元気。ふふん! これでも女神だもん。それにしても……相変わらず仲良しで嬉しいわ」

 

 不意に優しく抱き締められる、その時に見えたのは嬉しそうな安堵の表情。

 例え生まれ変わって肉体が変わっても、例え人間を滅ぼそうとしていても、僕の記憶に強く残るお姉ちゃんのまま。

 僕達が転んだりした時に心配そうに寄って来て、怪我をしていなかったり泣き止んだ時に向けてくれた笑顔は失われていない。

 

「実はあの子の方に先に行ったんだけれど、”私は二回連続で会ったからお兄ちゃんの方に行って”って少し怒られちゃった。リアスになってもあの子はあの子ね。お兄ちゃんがしっかり守ってくれているからかな?」

 

「そうだね。でも、僕もあの子に支えられているよ」

 

 ああ、駄目だ、決意なんて簡単に揺らいでしまう。

 

 本当に最後の最後、何度も何度も説得して、それでも止まらないのなら、戦ってでもお姉ちゃんが人間を滅ぼすのを止める、そんな覚悟を決めたと思っていたけれど、こうして顔を合わせ、ベースはテュラだろうとお姉ちゃんなのは変わらないと知る度に、水中に泥団子を投げ入れたみたいに簡単に崩れて来た。

 

 いっそ、全てが嘘なら、僕達の記憶を読んでの演技だった方が良かった……そんな考えも自分を抱き締める相手が間違い無く姉だという確信が打ち消した。

 嬉しいんだ、幸せなんだ、生まれ変わっても二人と再会出来た事が。

 

 奇跡ってのは本当に幸福で、同時に残酷な物だと思った時だ、暗闇に一筋の光が差し込んだ。

 

「無粋な無礼者…め……が」

 

 一面暗闇の空間に突如差し込んだ一筋の光、それはまるで深い洞窟の天井を綺麗にくり抜いたみたいな穴から入って来た物。

 優しく心配性の姉の声から一変、冷徹で傲岸不遜な女神の声へと一瞬で戻り、そして戸惑いが混じる。

 

 

 

 一体どうかしたのかと視線を向けていた穴をまじまじと見てみれば……無数の小さなパンダのヌイグルミが此方を見下ろしていた。

 

 

 




ネーシャとのデート回で新しい絵を乗せます


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問四.パンダビームに含まれる粒子の名前と、それが人体に及ぼす影響を述べよ(配点二十)

パンダビームとキグルミの謎が今、明かされる




「皆~! 下降するよ~!」

 

 突如闇の空間に開いた穴、其処から僕達を見下ろす無数の小さなパンダ達、それが微妙に野太い声の一匹の号令によって重なって行く。

 肩車の上に更に肩車して、バランスが悪いのかグラグラと揺れて今にも崩れそう、一番上の方は穴から見える範囲では死角になっていて完全には見えないけれど、何か素早く動く人影がパンダ達の上を駆け上がる。

 

「……アレは一体何だ?」

 

 呆然、意味不明の状態で流石の隠しボスも動けない、そりゃそうだ、何か予想が付いている僕でさえ声が出ないのだからさ。

 

「多分……アンノウン様の関係?」

 

「アンノウン? あの性根が根腐れした、その場のノリと勢いだけで行動し、何をするのか未来予知が可能な神でさえ予想が不可能な自由と悪戯の神か」

 

「あっ、矢っ張りパンダの神なのは最近の話なんだ」

 

 って言うか、他の神からもそんな認識なんだね、心底嫌そうな顔をしているし、本当に自由なんだ、自由の神だけに。

 前世では優しい人だったのに、こんな顔をするだなんて闇の女神の部分が影響して……いや、アンノウン様が問題だらけなだけか。

 

 

「パンダ……? ……いや、熱でもあるの? 疲れているなら休まないと駄目だからね? お姉ちゃん直ぐ側に居てあげられないんだから注意して。 ……うん、本当に人間を滅ぼして大変な生活から解放してあげないと」

 

 そして何をしに来たのかは分からないけれど、余計な事をしちゃったのは間違い無いな!?

 

 自由と悪戯に加えてパンダまで司る物に加わっただなんて僕が言っちゃったもんだから日々の苦労から来てると思われちゃって、僕でも思うんだろうけれど。

 

 

「下降開始~!」

 

「まさかカッコウのキグルミを来たのが降りて来たりはしないよね?」

 

「無いと思うな、お姉ちゃんは」

 

 パンダのタワーがグニャリと撓み、パンダ達は上が逆さの状態になって穴から降りて来る。

 一番上のパンダの両手でカッコウのキグルミの足をしっかりと掴んだ状態で。

 この瞬間、凄く気まずい空気が流れる。

 

「……ワンモア」

 

「撤収! うんしょ! うんしょ!」

 

 ユラユラと揺れながら引き上げられて行くパンダとカッコウ、何とも言えない光景に僕達二人は何も言えず、関わりたくなかったから黙って見守る。

 あっ、何か落ちて来たけれど……キグルミの頭?

 

 

「……」

 

 地面から突き出される無数の杭、一本一本が木程の太さと長さを持って居て、カッコウの頭部を貫いて、そのまま細切れに切り刻む。

  同じ様な魔法ならアリアさんも使えるだろう、同じ様な魔法なら、だけれど。

 魔力の無駄が一切無く、密度も段違い。

 練度、濃度、速度、その全てがアリアさんを超越している、それこそダークマターを使った状態であってもだ。

 

 恐らく今の一撃だけで今のアリアさんの全魔力の二割相当が注ぎ込まれているだろうに、放った本人は涼しい顔でズタズタになったカッコウの頭の破片を眺めているだけ。

 

 これが闇を司る女神テュラの実力、神と人の差か……。

 

「全く、急に現れたと思いきや、謝罪も無しに直ぐに去るとは。つくづく他者を馬鹿にするのが好きらしい。……次が来たか」

 

 お姉ちゃんが女神の顔を浮かべながら不愉快そうに見詰める先、先程パンダタワーとカッコウが逆向きになってぶら下がって降りて来た穴の向こうでは、再び誰かがタワーの頂点に飛び乗り、僕達に視線を重ねる高さで止まる。

 

 先程のカッコウの轍を踏まない為か片手で頭を押さえるのはグレーシアさん、その瞳は無機質な作り物だから何を考えているのか分からないけれど。

 

 

 いや、パンダタワーにぶら下がって逆さまの状態で姿を見せるウサギのキグルミって時点で思考が意味不明なのか……。

 

 

「お初にお目に掛かります、女神テュラ。私の名はグレーシアと申します」

 

 逆さ吊りの上に頭が落ちないように押さえている、そんな状況を除けば貴族の挨拶を思わせる優雅で丁重なお辞儀が向けられる。

 

「此方としては珍妙な格好の者を視界に入れたくは無いのだがな」

 

 但し、どう足掻いてもパンダのヌイグルミに逆さ吊りにされたウサギのキグルミ、優雅な分、寧ろ滑稽にしか映らず、丁重なだけに却ってふざけて見える。

 お姉ちゃんも絶対相手が馬鹿にして来ていると思ってるな、これは。

 

「先程は申し訳御座いません。何せこの空間は貴女が支配する場所、坑道の奥に進むにはカナリアが必要ですので。無礼を謝罪致します」

 

「現在進行形で無礼を働いているのだがな、女」

 

 うん、ごもっとも。

 キグルミの上に逆さまって礼儀を払った態度とは言えないよね。

 

「そもそも何故キグルミなのだ? アンノウンの趣味であろうと拒否すれば良いだけだろうに、従う時点で貴様の趣味も入っているだろう。故にその不敬、万死に値する」

 

 当然お姉ちゃんは先程の怒りも含めてなのか全身に闇のオーラを纏い、片刃の大剣を出現させた。

 全長は使い手と同程度、刃の腹には毒々しい紫色をした血管のような物が脈動しながら浮かび上がり、ダークマター同様に巨大な目がギョロギョロと忙しなく動き続けている。

 

 今即座に切り捨てる、その意思を感じさせる程に濃密な怒気を向けられながらもグレーシアさんは微塵も動じず、寧ろ自分の方が不服だとでも言いたい、と、そんな風に見えるんだけれど……いや、本当に着替えれば良いだけじゃないのかな?

 ”擬獣師団キグルミーズ”だっけ? 

 そんなのに参加している時点でさ……。

 

「この格好の事でしたら腐れ糞パンダ擬きの性悪に苦情をお願い致します。私は心底心外であり屈辱の極みではありますが、奴の配下ですので”パンダビーム”を受けています」

 

「パンダビ……い、いや、待てっ! その情報、頭に入れてはならぬと本能が告げているぞ!?」

 

 

 

 

「”パンダビーム”とはアンノウン様の目から生成される”アンノウン粒子”を放つ白黒の光であり、食らった者は体表面に付着した”キグルニュウム”の活性化によって衣服が強制的にキグルミ、極希に黒子衣装になってしまい、それ以降も服を着れば自動的にキグルミに変化します」

 

 

 

 

 これ程までに頭に入れたくない情報が有っただろうか、無いだろう。

 何かを察したのか慌てて止めようとするのも気に止めず説明を続けるグレーシアさん、僕の頭は情報量過多でパンクしそうだ。

 

 

「止めろと言ったはずだぞ、女。貴様、正気かっ!?」

 

「……正気でなかったならばどれ程良かった事かと思いますよ」

 

「いや、何だその……すまぬ」

 

 謝った、謝ったよっ!?

 

 余りに哀愁漂う姿に女神の側面を見せたままお姉ちゃんは謝罪を口にし、そのまま柄を握る手に力を込めた。

 グレーシアさんもそれに気が付いたのだろう、咄嗟にバリアみたいな光の膜を目の前に出現させるけれど、周囲の闇が集まって浸食されて消え去った。

 

 

 

「慈悲だ、死ね」

 

 剣を振り抜く、そう判断した時には既に横一文字に振り抜かれた後。

 グレーシアさんに向けて放たれた女神による斬首の一撃は片方の耳を切り落としただけであり、既に彼女は穴の近くにまで引き上げられている所だ。

 

 

「今日は帰らせて頂きましょう。では、用件として一つだけ述べましょう。……真に家族を思うのなら、真に家族の為に何をすべきなのかを考えなさい。実の父によって我が子二人と引き離された愚かな女からの忠告です」

 

 返事代わりとばかりに振り抜かれた大剣から闇の刃が飛び、それが命中する前に彼女が出た直後に穴は消え去って再び周囲は一面の闇、僕達二人の姿だけがハッキリと見えていた。

 

 いや、僕の視界も徐々にぼやけ始めている、そろそろ意識が戻る頃なのだろう。

 

 

「……待ってて。お姉ちゃん、必ずまた二人に会いに行くから。絶対に封印を解いて、三人で一緒に……」

 

 泣きそうな声は途中で聞こえなくなり、僕の目の前には鏡に映った僕の顔だけが見えている。

 

 

「矢っ張り戦えないな……。いや、戦ったらいけないんだ」

 

 自分に言い聞かせるように、静かにそう呟いた。




そろそろ感想欲しいなあ 絵、次回掲載したい
肌面積広めのヒロインの絵


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服選び

「うみゅう……」

 

 私は朝が弱い、起きたばかりの時間帯は頭が禄に働かず、会話もマトモに出来ないでしょう。

 だから私に必要なのは朝早く起きる事、朝日が大地に行き渡るよりも早く目を覚まし、身嗜みを整える必要が有るのですが、今日は普段よりも早起きを行いました。

 

「デート、ロノス様とデート……」

 

 寝癖が酷い髪にブラシを掛け、化粧を軽く行いながら呟けば顔が一気に熱くなり、漸く働き出した頭が鈍くなってしまう。

 

 ああ、どうして私は自覚してしまったのでしょうか?

 

 胸に手を当て、自分の恋心に問い掛ける。

 悪い気はしない、悪い気はしないのですが、私が普段の私ではなくなってしまうのは戸惑ってしまいました。

 

 どれだけ相手を想っていても、私人としての物よりも個人としての物を優先する、それが本来の私の筈、恋を認め始めた頃、私は確かにそうだった筈。

 それが一度認めてからは恋さえも相手の心を得る為に利用する気でしたのに、相手から利益を引き出す予定が、今は私が相手に多くを捧げたいと思っています。

 

 

「ロノス様はどれが好みでしょうか……」

 

 こんな状況……ロノス様とのデートの機会を想定して用意した服、普段着やドレス……そして下着、どれを着るべきなのか私自身で考えたく、今はこうして自室で悩んでいる最中、服を並べたベッドを見ていると昨夜を思い出した。

 

 

「忘れてはなりませんわよ、ネーシャ。私の目標は側室の中で最も高い地位を手に入れる事、それこそ凡人でしかない妹が皇帝になっても敵わない程の。……そして、新しい目標はロノス様に最も愛される事」

 

 昨夜の醜態を思い出すと顔から火が出る気分になって、思わず両手で顔を挟み込む。

 酒に酔って本心ではない事を言った訳ではなく、アレは紛れもない私の本心、私がしたいと思いつつも実行には移せない行為、耳を舐めるとか多少性癖が発露してしまいましたし、何かに目覚めそうではありますが後悔はしていないのは確か。

 

「本当にあの記憶は何だったのでしょう?」

 

 少し前、不意に私の中に蘇ったロノス様との逢瀬……但し最後の逢瀬であり、悲恋で終わったであろう存在しない出来事。

 妄想とか夢だと切り捨てるにしては鮮明で、切り捨てたくはない。

 あの方と野外でとはいえ結ばれたという物であり、抱く恋を後押ししてくれた。

 あの記憶が無ければ恋を認めつつも地位の為に利用する対象としてロノス様を見ていたのでしょうが、今は地位も財も失ったとしても共に人生を歩みたいとさえ思う。

 

 まあ、地位は地位で欲しいのですが、はい。

 最善の結果は全てで、僅差で優先順位が決まっている状態ですわ。

 

 他の妻候補に色々と先を越されている気もしたので(あろう事か同盟を結んだアリアさんにまで)、誘惑したけれど私の純潔は保たれたまま、勢いで失うのも後から悩んだのでしょうが……。

 

「ロノス様ったら、折角勇気を出してお誘いしましたのに……」

 

 もしロノス様が私の誘いに乗っていたならば、今頃は彼の腕の中で生まれたままの姿のままで眠っていただろう、その光景を想像するだけで胸が熱くなる。

 皇帝になれる筈だったのに下らない見栄から片足の自由さと共に失い、手に入る筈だった物以上の物を手に入れる事だけに躍起になっていた今までの人生、それなのに彼が相手ならば、それだけでも構わない、と、そんな風にさえ思ってしまう。

 

「眠った振りをする私の服をロノス様が静かに脱がし 後に下着すら奪ってから足を広げさせ、そのまま一気に純潔を……」

 

 起きたかも知れない光景は純血を保ったままの私には未経験の内容だけれども、知らない記憶のお陰で鮮明に思い浮かべられる。

 

 只、欲を言えば私の性癖は女優位、奉仕の名目で一方的に攻め立てる、みたいな内容、誘い受けではありませんわ。

 

「本当ならあの時、ロノス様が私を欲して服を脱がしていた時に邪魔さえ入らなければ……あっ」

 

 時計を見れば考え事を開始してから二十分程、このままじゃ妄想をしているだけで時が過ぎてしまうと慌てて今の下着を脱ぎ捨てて、三つの候補に手を伸ばした。

 大人の黒、純潔の白、可愛らしいピンク、見られる事を前提に悩むけれど決めきれない。

 ロノス様のお好みはどれなのかしら?

 

 

「先ずは服から選びましょう。先ずは……ワンピースで」

 

 一旦下着からは目を離し、先程までの下着を洗濯物を入れる箱に放り込むと服を体に当てて鏡で確かめる。

 

「この水色のワンピースならピンクかしら? 可愛らしい感じですし。でも、ノースリーブは少し恥ずかしい気が……」

 

 夏なのですし、健康的な感じもするのですが私私は足の事もあって室内での行動が多く、出掛ける時も乗り物の内部、ちょっと色白ですし、それはそれで悪くはないけれども……。

 

「じゃあ、此方?」

 

 次に選んだのはロングスカートのパーティドレス、長袖で上品な感じが……暑苦しい。

 

「夏ですし、外に行くのですから。でも、活発に見える物は私のイメージにはは合わない気も……なら、これでしょうか?」

 

 手に取ったのは薄手のスパンコールドレス、色は白。

 キラキラ光る金属片で舞台映えはするのでしょうが、デートの衣装としてはどうなのでしょうか?

 

「何か他に良い物は……」

 

 デートと言っても事態が事態ですし、臨海学校中にはお散歩デートが関の山、ならば煌びやかに着飾る必要も有りませんし、ワンピースが無難かと妥協しようとした時だった。

 鞄の奥、今回のような事を想定して用意していた衣装の中にそれを発見したのは。

 

 

 手にすると伝わって来たのは上質な布質、商会で貴族相手に取り扱っている衣服であっても、此処までの布地は中々無い、それこそ皇帝に献上するような程に高価で上質で貴重な一品。

 真っ赤な布地に施されたのは金糸による鳥の刺繍、確か”桃幻郷”に生息するという”鳳凰”なる存在。

 この服、東の大陸の衣服の一種で、確か名称は”チャイナドレス”。

 下半身の丈は長いものの、深く入ったスリットは足の付け根付近まで。

 

 試しに着てみれば魔法でも掛かっているのか私の体にフィットして、スリットの影響なのか下半身がスースーするけれど動きやすい。

 

 只、どう考えても帝国一の商会である実家の財力でさえ、個人的に使える金銭の一年分を優に越えるであろう品、黄金製で宝石が散りばめられた鎧の方が安価だと思う。

 

 

「どうしてこれ程迄の品が私の鞄に?」

 

 皇帝より下賜された養女というのもあるのでしょうが、私は血の繋がっていない方の両親には厳しいながらも不自由なく育てて貰っている。

 そんな私であっても財産を集めたとして、着ている最中の服の半額にすら及ばない。

 

 毎月それなりに金を湯水のように使ってはいても、これ程迄の品をローンであろうと買えば記憶に残り、値踏みに間違いの無い自信がある。

 

 ならば何故、その答えはチャイナドレスの下に置かれていた小さな紙に書かれてあった。

 

「”婚約おめでとう、愛しの娘ネーシャ”……未だ公式には未定ですのに気が早いですわ」

 

 これは両親からの贈り物、血の繋がっていない私の幸せを願って多少無理をしてでも手に入れた品だと理解して、思わず涙が流れそうになるのを指で拭う。

 

 

「泣いたら折角の贈り物が台無しですわね。それじゃあ、デートの服も決まった事ですし、ロノス様をお誘いしましょう」

 

 窓の外に目を向ければ早朝から素振りをする姿が目に映る。

 汗臭さを気になさるでしょうが、時間が勿体ないので多少強引にも連れ出しましょう。

 

 

「うふふふ。楽しみですわ」

 

 杖を手に取り鼻歌を歌いながら部屋を後にする。

 この時、重大なミスをしているのに気が付きもせずに……。




次回ようやく絵が乗せられる  

感想欲しいです 本当に欲しいです


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誘惑皇女 (挿し絵あり)

わか太郎さんにイラスト依頼です


「……っていた、我、待っていた。この時、この瞬間、我が望み叶う時」

 

 僕の目の前に今、完全に発情した女の子が目をギラギラよ輝かせながらにじり寄り、力強く踏み込む度に大きな胸が揺れる、薄い布で押さえている程度だから、それはもう揺れる。

 でも、幾ら大きな胸が好きな僕でも、目の前の子がワイルド系の美少女だろうと視線が釘付けになったりもしない。

 

 ……眼鏡にスーツか燕尾服、頭の良さを連想させる服装をすればギャップ的な魅力が感じられるとなんか思ってはいない。

 腰が抜けて立ち上がれない僕の目の前までやって来た彼女はその場でしゃがみ込み、僕の顔を覗き込んだ。

 獣を思わせる鋭く力強い瞳、腕も腹も筋肉で逞しく、肩をガシッと掴んで僕をこの場に縫い付けた状態で舌に唾液を絡ませ、僕の頬を舐める。

 

 わあっ!?

 

 声を出すのは意地で堪えた、正直言って逃げ出したい、何故かと言うとトラウマが絶賛蘇り中だから!

 

「……何で舐めたの?」

 

 唾液がベットリと付着した頬を押さえながら問い掛けるけれど、ぶっちゃけ勢いで聞いてしまっただけで答えを知りたいかどうかと問われれば……。

 

「貴様、夫。我、妻。再会、久方。故に、抱く」

 

「何でそうなる!?」

 

 はい、知りたくなかった内容、そして予想の範囲内!

 手をワキワキと動かし、息を荒くする彼女……シロノは今にも僕に襲い掛かりそうな状況、此処で”抱くのはそっち?”とでも言ってしまえば”其方が抱きたいか。了解。先ずは我、お前は後から”とか言い出して無理矢理一気に……。

 

 

 

「待たされた分、搾り取る。貴様も欲望に身を任せろ。我に抱かれ、此度は寝技での優劣を競え」

 

「寝技……」

 

 寝技は寝技でも意味深な方だよね、お子様お断りなジャンルでの寝技って事で間違い無いよね、そうですか!

 

 

 

 そもそも(性的な意味で)絶体絶命のこの状況、どうしてこうなったのかは少し時間を遡るんだ、勿論僕の魔法で世界の時間を戻すとかでは無ない意味で……。

 

 

 

 

 

「……駄目だな。ちょっと調子が出ない」

 

 早朝、日の出より前に中庭に出て夜鶴の本体を振るう。

 刃先が振るう方向に向けていれば、妖刀の名に相応しい切れ味からどれだけ長くても壁だろうが木だろうが遮蔽物が邪魔になんてなりはしない。

 ……じゃないと刃だけで三メートル近くとか、大型のモンスター相手なら兎も角、振り回す事なんて出来ないから槍みたいにしか使えないからな。

 因みに鞘も妖刀の一部だから切れないし、鞘に納めた状態なら物に引っかからない、妖刀って便利~。

 

「夜鶴達を出せれば対人戦の練習になるけれど、流石に忍者軍団を出せるとか知られるのは不味いからなあ。……刺客を消すのに便利だし、裏案件で頼りになる配下は秘密にする物だし。自慢したいけれどさ」

 

 それでも長いから重心が定まらないし使いこなすのは難しいんだけれど、僕は先生の教えでどうにかなっている……んだけれど、こうして振るうだけでは本当の価値を引き出せないし、修行だって本来の性能を発揮できていないんだよなあ。

 

「ゴメンね、夜鶴」

 

 コソコソ隠す真似をさせる事に負い目があるし、小声で謝ると鞘が小さく鳴る、気にしないで欲しい、と、伝えたいんだろう。

 

 

「気にしていないなら安心したよ。でも、何か要求が有れば……痛っ!?」

 

 一瞬だけ体に走る鋭い痛み、夜鶴は気にしていなくても、明烏の方はご立腹か。

 今の一瞬だけで”もっと自分の能力を使え。但し相応しい者のみに”という意思が伝わって来る。

 君の場合、満足する相手とは滅多に遭遇しない上に大っぴらには使えないんだから我慢をお願いしたいんだけれどな。

 雑魚を食う事に興味が無いなら、相応しい相手が現れるまでは辛抱強く待って……え? 探しに行けば良いだけだって?

 それかリアス相手に使え、とか、欲求不満の明烏からは不機嫌さがどんどん伝わって来ていた。

 

「そりゃそうだけれど、今は感謝の言葉か刀として振るうだけで耐えてくれないかな?」

 

 もう一度痛みが手に走り、心の中で呼び掛けても明烏から反応は返って来ない。

 ”私から一度厳しく注意します”、だなんて夜鶴が言ってくるけれどさ、彼女達みたいに人型の肉体を作り出す能力を持っている訳でもなく、元々が武器として生まれた存在。

 他の事で気を紛らわせる事も出来ないのなら、この反応だって当たり前だ。

 意思を持って僕に力を貸してくれている以上、最低限の報酬すら用意出来ていない僕が責められても当然の事なのさ。

 

「分かった。夏休みに入ったらお祖父様に頼んででも強い奴を探し出すし……神獣との戦いに君を使おう。……それで良いかい?」

 

 呼び掛けてながら鞘を撫でる。

 心の中でも伝わるけれど、僕はちゃんと言葉に出して伝えたかった。

 返答は無し、それでも微弱な痛みが走ったし、一旦はそれで納得してくれたって事だ。

 

「じゃあ、それ以外にも今日は夜鶴と揃って手入れを……っと、誰か来たか」

 

 素振りの最中、ネーシャが窓から見ていたし、昨日約束したデートに誘いに来たのだろう、ぶり返す恥ずかしさを抑え込み、少しぎこちない感じのする足音が聞こえた方向を向けば、矢張りネーシャがやって来ていた。

 酒の勢いで大胆になり、それをちゃんと覚えているのは向こうも同じなのか、耳まで真っ赤にして視線はチラチラと向けたり離したり。

 その様子は可愛いと思う反面、余計に恥ずかしくなったけれど、僕は彼女から視線を外さない。

 

「凄く似合っているよ、ネーシャ。月並みな誉め言葉しか出ないけれど、その服が君の魅力を際立たせているって素直に思うよ」

 

 いや、外せない、の方が正しいのだろう。

 恐らくはかなりの高級品、あの見た目でも魔法の力で分厚い金属製鎧よりも身を守る性能が高いのだろう、そんな事も少しは思ったけれど、それよりも彼女のチャイナドレス姿に視線を奪われていたんだ。

 スリットとか胸の辺りが苦しそうだとかセクシーな部分はあるけれど、それ以上に美しいと思ってしまい、誉め言葉が自然と口から出たよ。

 

 言った後で僕も彼女も羞恥心が凄い事になったけれどね。

 

 

「あ、あの、お早う御座います、ロノス様。えっと、その……」

 

「お早う、ネーシャ。じゃあ、早速デートに行こうか。ほら、失礼するよ」

 

「きゃっ」

 

 完全に視線を外し俯いてしまった彼女に近づき、問答無用でのお姫様抱っこ、驚いた声を出したけれど抵抗もせず、抱き上げた後は僕にしっかりと掴まっている。

 

「海の方は人魚が出たら厄介だし、森の方に散歩に行こうか」

 

「は、はい。……二人きりになれる場所が良いです」

 

 あの自信に満ちあふれた彼女は何処に行ったのやら、か細いながらも何かを期待する声に従い僕は森の方に行くんだけれど、二人きりになれる場所かぁ……もしかして、そういう事?

 

 

 朝も早くから驚きつつも、勘違いなら恥ずかしいから敢えて口にはしない、期待も顔には出さず、知らない振りを続けよう。

 

「あの、ネーシャ……いや、何でもない」

 

 外から見た感じとか押し当てられた時の感触で少し思ったけれど、流石に聞けない、下着の有無は。

 そう、どうも彼女はノーブラノーパンの可能性がある。

 

 そんな状態で二人きりか……矢っ張り誘われてる?

 

 

 

「所で僕、汗臭くない?」

 

「ロノス様の臭いなら汗臭さでも……なんて冗談を言ったら引きまして? ふふふ、川で水浴びでも致しましょう。ロノス様の魔法ならば服も直ぐに乾くでしょう?」

 

「じゃあ、川に行くとして人魚が昇って来たりは……」

 

「それならば私に考えがありますので大丈夫ですわ」

 

 ログハウスを出て歩く事数分、余裕が出て来たのか冗談を口にする程度にはネーシャは落ち着いたらしい。

 

 うん、冗談だ、そうに決まっている。

 だって、僕の胸元に顔を近付けて臭いを嗅ぐ筈がないんだから。

 

 ネーシャって臭いフェチでもあったけれど……いや、それ何処情報だよ、僕。

 

 またしても知らない記憶が蘇り、ネーシャの情報を得たけれど、酒が残った影響とでも思う事にする僕であった。

 

 

 

 

「それではこの辺で良いでしょう。ほら、こうすれば……”アイスウォール”」

 

 僕達がやって来たのは一番深い所で川の水が膝までの深さがある辺り、地面が斜めになって少しずつ深くなっていて、僕達を囲むように氷の壁が出現する。

 朝早くても少し暑かったけれど、氷に囲まれたからかヒンヤリするとさえ思えた。

 

 

「じゃあ水浴びにしましょう。ロノス様、服が張り付いては気持ちが悪いでしょうし、上だけお脱ぎになっては? 私は……下着姿で浴びますので」

 

「え? 脱ぐの?」

 

 この場で下着だけになるって大胆発言、思わず聞き返してしまったら、ネーシャは恥ずかしくなったのかプイッて顔を背けてしまった。

 

「……別に平気ですわ。私が欲しいと仰ったロノス様に見られていますもの。このドレスは大切なので元に戻せても濡らしたくないですし……脱ぎます」

 

「そう……」

 

 それを言われたら何も言えず、目の前で服を脱いで下着姿になる女の子をジロジロ見れもしない僕は背中を向けて上だけ脱ぐ。

 

「……あ、あれ? どうしてこんな事に?」

 

 背後から聞こえた服を脱ぐ音の後、戸惑う声。

 何が起きたのかと思わず顔を向けてみれば、下着姿じゃなく生まれたままの姿のネーシャが其処に居た。

 

 

 下着、矢っ張り着てなかったんだ。

 

 

「下着、後で選ぶ気だったのに……」

 

「そのまま着けるのを忘れちゃったか。……服着る?」

 

 これは今日は帰った方が良いのかと直視しないように視線を外して訊ねたけれど、ネーシャの方から近寄って来る音が聞こえ、正面から抱き付かれる。

 本来なら耐えられたけれど、今は動揺からかそのまま強引に体勢を崩され、尻餅を付いた僕の上にネーシャが乗っていた。

 

「「……」」

 

 互いに声が出ない中、ネーシャの方から唇を近付けて来る。

 僕も彼女の背中に手を回し、そのまま抱き寄せて唇を重ねてしまった。

 

 

 ああ、僕じゃない僕の、目の前のネーシャじゃないネーシャへの想いが溢れかえり止められそうにない。

 そして、そのまま……。

 

 

 

 

 

「見付けた」

 

 彼女を押し倒す寸前、聞こえた声に硬直した瞬間、分厚い氷の壁を突き破って腕が出て来る。

 二人してその光景に固まる中、腕は引き抜かれ、氷の壁めがけて向こう側から振り抜かれたと思ったら、易々と砕いて……彼女は僕達の前に現れた。

 

 誰だか一瞬分からず、ネーシャを庇おうと背中に隠した僕は直ぐに相手が誰なのか理解してしまった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「シ、シロノ……?」

 

 

 トラウマとの再会、そして冒頭へ時間は戻る。

 

 

 

 



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発情期(半裸)と臭いフェチ(ほぼ全裸)と巨乳好き(半裸)

ちょいとエロ要素多め


「……誰だ?」

 

 僕に迫るシロノの腕、それが不意に現れた氷柱で防がれる。

 途端に不愉快そうに僕の背後のネーシャに視線を向けるシロノだけれど、この時になって僕は落ち着けた。

 蘇るトラウマ、襲われそうになった時の記憶が頭に浮かんで来るけれど、僕の背後には守るべき相手が背後に居るんだ。

 

 

「其方こそ何方ですの!? こんな所で何をおっ始めようとしていまして!?」

 

「子作り。我、シロノ。ロノス、夫」

 

「こ、子作りっ!?」

 

 えらく簡潔な説明だし、ビックリした様子のネーシャだけれど、君も素っ裸なのを忘れて居ないかい?

 実際、僕と君ってシロノが話って入らなければしていたよね、何処まで進んだのか分からないのに。

 

「理解したか? ならば退け。邪魔だ」

 

「じゃ、邪魔っ!? 貴女こそ邪魔なのですがっ!?」

 

虫でも追い払うかのように手を振って向こうに行けと動作で示すシロノ、急に現れて一方的に要求を突きつけられる事に我慢出来なかったのだろうね、彼女ってプライドは高そうだし。

 僕の背後から出て来たかと思いきや、額がぶつかりそうな距離で睨み合っている。

 

 目の前にはネーシャの小さな引き締まったお尻、彼女の綺麗な後ろ姿に一瞬視線を奪われたけれど、そそくさとチャイナドレスを手に取って彼女に被せてあげた。

 

「……誰だ? 先程も聞いた、答えろ」

 

 

 守らなくては、そんな風に思った彼女(ほぼ全裸)とトラウマの理由になった相手(殆ど半裸)が火花を散らすのを見ているだけの情けない僕(半裸)

 

「これ名乗りが遅れましたわね。私はネーシャ、ヴァティ商会会長の娘にしてアマーラ帝国皇帝が養女、そして……」

 

 シロノと睨み合っていたネーシャだけれど、戦士として育ったシロノと令嬢として育った彼女じゃ土台が違う。

 無碍に扱われた事での怒りと良い雰囲気を邪魔された不満が合わさってか対抗していたけれど、二度目に名を聞いた時の威圧的な態度で怯んだのだろう、僕の方に背中を預けたけれど、最後の意地なのか名乗りは堂々としている。

 

 そんな彼女は言葉を途中で区切り、羽織っていたチャイナドレスを脱ぐと再び正面から僕に抱き付いた。

 首に手を回し、胸板に胸を押し当ててからのキスはシロノに見せ付けるように時間を掛けて行う。

 

「……ぷはっ! そして、この通りにロノス様とは大変仲の良い婚約者ですの。此処数日で二度も押し倒されましたし、キスだって。……貴女はどうですの?」

 

 息継ぎの為に口を離したネーシャは唾液の糸を指で絡め取って舐めた後、勝ち誇った顔をシロノに向ける。

 この全裸で抱き付いて挑発を行う彼女が、実際は途中で邪魔が入って終わっているとは分からないだろう、シロノの不満そうな顔からして完全に騙されている感じだ。

 

「ああん、ロノス様ったら素敵な汗の臭いですわ。私の臭いで混ざり合って……」

 

 落ち着こうか、ネーシャ。

 体臭フェチなのは確信したけれど、本っ当に落ち着こうか!

 

 僕の胸板に顔を押し付けながら身をくねらせる彼女は完全に興奮してしまっている。

 あれ? もしやシロノが大人しいのはドン引きしているから?

 

 尚、僕はドン引きなんて……してないよ?

 

 

「……成る程、理解した」

 

 あれ? 意外と声が静かな気が……え?

 

 怒り出すかと思いきや、落ち着いた声で頷くシロノに僕もネーシャも拍子抜けだ。

 ネーシャなんて勢いで挑発してしまった事と全裸で抱き付いている状況で鼓動が高鳴っているってのに、向こうは怒り出す様子すら見られない。

 

 ホッと一息……。

 

 

「なら、貴様の倍の回数すれば良いだけ」

 

 ホッと一息は流石に早かったらしい、後の祭りって奴で、気を抜いた僕は伸びてきた腕を躱せず後頭部を掴まれて、ネーシャを間に挟んだまま無理やり唇を奪われる。

 雰囲気も何もあったもんじゃない力付くで乱暴なキスが終わり、唇を離したシロノは唇の唾液を舐めとるけれど、その顔は完全に達していた。

 

「良いものだ、キスとは。もっと、もっと」

 

「やばっ! まさか……発情期っ!?」

 

 そう、獣人には発情期が存在する。

 特徴を持つ動物の種類や個人差は大きいけれど、意中の相手が存在する獣人は一定周期で性欲が過剰になり、常に気が高ぶっている状態になるんだ。

 納めるには気が静まるまで待つか、戦うとかの手段で動き回っての発散、それか実際に行為を行う事だけれど、元が異常な体力の持ち主である獣人、それが満足行くまでだなんて冗談じゃなく搾り取るまで終わらない。

 

「こうなったら逃げるしか。いや、しかし……」

 

 逃げたいけれど、ネーシャはウサギの獣人、鼻も耳も優れているから、逃げ切れてもログハウスの場所を探し当てられるだろう。

 此処で気絶させる? それしか方法は無いのか?

 

 

 

 

「ロノス様、彼女の胸を揉んで下さいませ!」

 

「え?」

 

「早く!」

 

 ネーシャを庇いながらの戦い、それも発情期で気が高ぶっているシロノ相手だ、リアスにすら脳筋呼ばわりされる身体能力と年中磨いている技量、苦戦は免れないと焦った時、ネーシャの叫びに咄嗟に従ってしまった。

 

 両手に伝わったのはずっしりとした重量感と、筋肉も混じっているのか少し堅く弾力が強い張りの強い手触り。

 思わず数度揉んでしまった僕だけれど、当のシロノは抵抗もしなければ続きを要求もして来ない。

 

「……ぁん」

 

 代わりに口から切なそうな声を漏らし、その場でヘナヘナと崩れ落ちる。

 息がすっかり荒くなって、まるで事後の様だ。

 

 

「あら、噂は本当みたいですわね」

 

「何か知っているの? ネーシャ」

 

「ええ、噂程度ですし、ロノス様が知らずとも仕方が無い事なのでしょうが、獣人の中でも特に発情期に性欲がより高まる一部は……意中の相手に限り、性感が桁違いに強くなる、と聞きました。実際、胸を揉まれただけでこの有り様。つまり……」

 

「つまり?」

 

 ”何その官能小説みたいな特徴!?”、と言いたいのを我慢してネーシャの言葉に耳を傾ける。

 彼女の言う通り、胸を数度揉んだだけでヘナヘナと崩れ落ち息が荒いシロノの姿を見れば信じるしかないな。

 夜鶴も最終的にはこんな感じになったけれど、分体達に感覚を強制的に共有されて何倍にもなった快感をぶち込まれた結果だったし……。

 

「つまり、彼女はロノス様が相手の場合、虎に見えるだけでか弱い子猫も同然、ベッドの上では糞雑魚ナメクジだという事ですわ。ってな訳で、全身を隈無く撫で回すなり舐めるなり好きにして下さいませ」

 

「てな訳でって、どんな訳でさ!? いや、さっさと解消させないと面倒になるのは分かっているけれど……」

 

 チラッと見れば荒くなった息も少し落ち着き、ネーシャを睨む余裕すら生まれて来た。

 金棒は落としちゃっているけれど、短気な彼女の事だし、発情期って気が立っているから怒りやすいらしいから……免罪符っ!

 

 先ずは脇腹を撫でる。

 

「ひんっ!?」

 

 続いて耳の付け根。

 

「やっ……」

 

 胸。

 

「あ、あうぅ……」

 

 首筋から背中を指先で。

 

「きゃっ…くぅぅ……ひゃんっ!?」

 

「あっ、何か楽しい」

 

「あら、そうですの? 確かに荒々しい態度だったのがすっかり大人しくなってはいますが……私も忘れられているみたいで寂しいので何かをしたい気分ですわね。例えばロノス様の耳をこの様に……」

 

「わっ!?」

 

 シロノの反応が可愛かったり妙な色気があったりで夢中になってしまった僕の背後に回ったネーシャの声は少し不機嫌さが含まれている、自分がしろって言ったのに……。

 そのまま背中に体を押し付けた彼女の息が耳に掛かり、続いて唇で耳朶を挟み込んだ物だから堪らない。

 つい力を入れて胸を掴んでしまったらシロノの体がビクッと跳ねて、意識が朦朧とした様子だ。

 

 これで解消出来た……よね?

 

 

「さて、ロノス様。彼女の様子を確かめる必要がありますし、起きるのを待つと致しましょうか。……ええ、その間、彼女にした事やその他色々をちゃんと私にして下さいませ。様子を見ながらロノス様の汗を嗅いでいたら恥ずかしながら……これ以上は言わせないで下さいませ」

 

 もう一度耳に息を吹きかけた後、彼女はシロノが壊した氷の壁を直す、これで周囲からは見えなくなった。

 

 今度はネーシャかぁ……。

 

 耳元で聞こえる声は蠱惑的な上に僕も色々な事が起きた事もあり、この後、シロノが目を覚ますまで……。

 

 

 

 

 

 




しばらく感想来ていないんだ


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甘い時間

ヤべぇヒロイン四天王を紹介するぜ

アリア・ルメス  明るく素直なのは表向き、実際は色々と諦めて心が死んでる。期待しても良いと感じた主人公に依存してるぞ!

ネーシャ・ヴァティ  礼儀正しいお嬢様、主人公に惚れてはいるが、その地位を野望の為に利用する気でもあるぜ”

レナ   セクハラエロメイド 不在のベッドに裸で潜り込むんだぜ、同僚が目の前に居てもな!

シロノ  主人公へのレイプ未遂犯 トラウマ原因  一滴残らず搾り取るってよ!


 事が終わってからの会話、それは強制的に行われたり金銭の授与が発生する場合、はたまた行為を行う事だけが目的の場合を除き、余韻に浸る甘い時間だと思っていたし、実際経験則で知っていた。

 

「・・・・・・ロノスよ、私の夫よ。妻である私、不満。理由理解する、当然の事。その当然、出来ている?」

 

 だからまあ、膝枕要求された上でそっぽを向かれ、不満たらたらの声を向けられるとは思わなかったよ。

 確かに好き勝手に触り続けたけど、行為を再会早々に迫った逆レイプ未遂の前科持ちにはそんな態度を取られるなんて心外だ。

 

 そして不機嫌ですって態度を取っている癖にウサ耳が折り曲げ続けられているけれど、これって実はご機嫌な証拠だったような。

 今の状態は状態で気に入っているけれど、敏感になっている状態で触られてしまったのは気に食わない、そんな所だろうか、面倒臭っ!

 

「散々一方的にやられたから? 調子に乗って此処に触りながら”そこは駄目って、何処が駄目なんだい?”って挑発したのは認めるけれどさ」

 

 だからちょ~とだけ文句を言わせて貰おうか。

 

「くぁ・・・・・・」

 

「あははは。発情期の症状が治まっても、快楽堕ちでの無様敗北の影響が残って・・・・・・あだっ!?」

 

 僕にだって不満があるのだと、シロノが強く反応した場所に指先を当てて軽く刺激すれば敏感なままなのか声が漏れた。

 コリコリとした触感を指先で弄るのが楽しく円を描く様に動かせば彼女の息が再び荒くなるのを感じたし、指を追加して刺激を強める。

 

 何だろうね、実は一方的に攻め立てた事で少しトラウマが軽くなったけれど、それでも襲われた時の恐怖が残っている訳だ。

 でも、こうして攻めて反応を楽しんでいると更に軽くなって行く気がするよ。

 

 そんな風に調子に乗って気が緩んだからだろう、足に手を伸ばされても警戒なんかしていなかった僕は割と洒落にならない力で抓られた。

 具体例を挙げるとペンチで思いっきり挟まれた感じだ。

 ちょっとウサ耳の付け根を弄っただけなのに・・・・・・。

 

 

「今回は不覚。私、強さは磨いた。でも、快楽に対する鍛練は不足。一度勝ったからと調子乗るな。次勝つの、私」

 

 膝枕の状態から起き上がったシロノは上半身を起こして僕に向き直るけれど両手はウサミミの付け根を庇い、少し涙目の状態だ。

 うーん、散々抱くとか搾り取るとか強い言葉を使っておいて、発情期って理由でされるがままだったのに自信喪失してないな。

 それでこそ彼女だけれども・・・・・・。

 

「取り敢えず服を着ようか?」

 

 そんな彼女は只今全裸、鍛えられた褐色の肉体が健康的だし、水着並の露出度だったのに着痩せするタイプだったんだ、上半身の一部が。

 何処なのかってのは言わないけれど、あの水着みたいな布面積の服でどうやったら抑え込めてていたんだろうか?

 散々触った僕だけれど、行為が終わって落ち着いたら至近距離で直視はちょっと恥ずかしい。

 

 

 いやいや、本当に僕はどうしたんだろうか?

 野外で襲われたから全身弄って返り討ち、そのまま気絶したシロノの横でネーシャと色々と行ったからなぁ。

 

 

 お年頃でもちょっと羽目を外し過ぎている、何がどうなっているのやら。

 僕はもう少し自制が出来ると思っていたんだけれど。

 

「それはそうと本当に服を着ようね?」

 

「何故? 脱がしたの、夫。私の裸、見たかったのだろう? ならば見ろ」

 

 僕が顔を逸らして服を差し出してもシロノは受け取らずに不思議そうにしていた。

 確かに脱がしたし、見たかったのは認めよう。

 でも真正面から指摘されると恥ずかしいなんてレベルじゃない。

 

 うーん、獣人とヒューマンの価値観の違いと言うべきか、性への旺盛さには差が大きい。

 至近距離だから堂々と張った張りの良い胸が動くのも分かってしまう。

 

 

 

 まさか発情期が治まったから改めて、とか言い出しは・・・・・・。

 

 

 

「触るのは・・・・・・ちょっと待て。私も恥ずかしい」

 

 あれ? 恥ずかしがっている? シロノが?

 口を半開きにして呆けてしまいそうな僕の目の前ではバツが悪そうな照れ顔で上目遣いをするシロノの姿。

 

 

 

「ちょっと撫でて良い? あっ、いや、可愛くてつい・・・・・・」

 

「待てと言っている。頼む、夫よ。私は誇り高きナミ族の戦士。無様な敗北は繰り返せない」

 

「君が嫌なら良いんだ、思わず言っちゃっただけだし。・・・・・・少し惜しいけれど」

 

 手を伸ばしそうになって慌てて止め、シロノは真摯に僕の目を見詰めながら服を受けとると立ち上がって身に付ける。

 目の前で立ち上がってしまうもんだから直視出来ない。

 

 服ってさ、脱ぐ時と着る時が同じ位にエッロいんだよね。

 

 

「……あらあら、遭遇した時には友好的な関係ではないと思いましたのに、私の観察眼も未熟なのか……散々可愛がった婚約者候補の水浴び姿も水に別の女性を口説き落としたのでしょうか? これは結婚後も苦労しそうですわね」

 

 真横から聞こえたネーシャの声に思わずビクッと体が跳ね上がる、視線を向ければ足も悪いから直ぐ近くで水浴びしていたネーシャがニコニコと。

 表面上の笑みじゃなく、別に気にしてはいないみたいでホッとする、僕をからかっているのだろうね。

 

 視線で不満だと抗議の意を伝えてみるけれど、伝わっているだろうに素知らぬ振りで僕の隣に座ると肩を寄せて手を重ねる。

 さっきまでの素直さとか可愛らしさは何処に行ったのかと思ったけれど、矢張り可愛いな、この子。

 随分と機嫌良さそうにしているネーシャに視線を向ければ一番目立つのは髪だろう。

 普段は”ザ・ファンタジー物のお嬢様”って感じのドリルヘヤーな水色の髪の毛が、今は水浴びをしたから湿って体に張り付いている状態で、胸の前側を上手い事隠してしまっているのは惜しい。

 

 てか、長いな……。

 クルンってなってたから分からなかったけれどもネーシャは随分と髪の毛が長く、ややウェーブが残っているけれどストレートヘヤーにしているのも似合う。

 夜鶴もそうだったけれど、普段と髪型を変えた女の子って魅力が数割り増しに見えるんだな。

 

「ロノス様ったら私を見ながら他の女性の事を考えていらっしぃます? ちょっと不満ですが、その方と関係を持っているからこそ私を気持ち良くさせて貰えたのなら良しとしますわ」

 

「確かに手慣れていた。レナか?」

 

「レナには手を出していないさ。……それよりも流石に戻る時間帯だし急ごうか」

 

 み、見抜かれている、既に童貞じゃないって事が。

 其処で直ぐに出て来るのがレナの名前って、僕とは別に出会った時に何を話しているのか気にはなるけれど知らない方が良さそうだ。

 

 何処の誰なのか、婚約者だと正式に決定したら結婚後のアレコレの為にも聞き出そうとして来るだろうけれど、一旦先延ばしだ。

 

「じゃあ、先ずは水をどうにかしようか。直ぐに終わるけれどね。……わっ!?」

 

 今は皆の所に戻るのを優先しようとネーシャの体を濡らしている水だけ時間を操作すれば即座に乾いて息んだけれど、見えない指で丸めているみたいにストレートヘヤーがクルクルと螺旋を描いてドリルヘヤーに戻って行く。

 

「その髪型って……癖毛だったの?」

 

「ええ、お恥ずかしながら濡らして無理に伸ばす以外の方法で変えられませんの。あら? これで一つ私の事を知って頂きましたわね。……所で下着は本当にどういたしましょう?」

 

 意外な事実を教えてくれながらチャイナドレスを着るネーシャだけれど、下着は最初から忘れているからこの場には無い。

 

 そうか、ノーブラノーパンなのか。

 

「い、意識したら恥ずかしくなりましたわ……」

 

「お前、下着付けていない? それで外出……痴女?」

 

「貴方には言われたくなくてよっ!? そもそも私は痴女ではありませんわ!」

 

 

 本人は憤って抗議するけれど、普段のネーシャじゃ有り得ない行動に出てたから。

 シロノを触ってる間も後ろから次にどうすべきかとか提案したり、人前で求めて来たりとか、幾ら何でもハニトラ系の誘惑の段階じゃない。

 

 何かあったのか?

 

 

 

 

「私の行動は発情期の獣人が意中の相手を前にした時に放ち、興奮が高まる程に効果を増す催淫効果のフェロモンの影響……あっ」

 

 しまった、とばかりに口を塞ぐネーシャだけれど聞いちゃったからね?

 何かあった、って言うか、ああなる事を分かっていて進めたんだね、君。

 

 

 説明、して貰わないと……。

 

 



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怪しい客人

新しい漫画注文予定


「大変申し訳御座いません、ロノス様。出来心でとんでもない事をしでかしましたわ。折角結ばれると思いきや又しても乱入者、しかもロノス様を狙った女性。嫉妬と焦りからつい……」

 

 素直な謝罪と明らかな好意の伝達、交渉が上手いと評価すべきか謝罪のコツを理解していると感心すべきか。

 

 幾らムードに流されたとは言っても少し行き過ぎに思えたシロノを撫で回した後に彼女の隣でネーシャと色々と行うなんて真似、それがシロノが発情期に発していたフェロモンで引き起こされた物だと知っていながら煽った事、僕の無知と結局は同意の上だったという事を考えたら……。

 

「ま、まあ、どうせ君達皇帝陛下の養女達とのお見合いは結果が決まった出来レースだ。今回の事に至った経緯は互いの為に黙っては置くけれど」

 

「まあ! それでは私を伴侶の一人に選んで下さるのですね! うふふふ、プロポーズされた気分ですわ。それは勿論私達の間の内緒事という事で」

 

 唇に人差し指を当てて”しー”と冗談混じりの笑顔は年頃の女の子らしい可愛らしい物。

 今は野心も背負う物も忘れて彼女自身の魅力が現れているんだろう、普段からこうなら

 

 婚約決定前に手を出しただなんて少なくても良い事態を招かない好意だ、僕も彼女ね。

 今回の一件、僕が知らなかった事への責任を差し引いてもネーシャの方も結婚後のクヴァイル家内での立場に響くけど、関係を持った以上は他の御しやすい子を気に入ったと言って強引に選べない。

 

「む? 二人共、結婚は確定で無かった? 私、確定」

 

「色々有るのですわよ。……一人称変わってません?」

 

「気の高ぶり収まった」

 

 ああ、会った時は我じゃなくて私だったからね、つまり我になったら発情期だと覚えておけば良いのか。

 シロノ対策に役立つ情報に安堵しながら改めて彼女を見る、もう不完全ながらトラウマは解消されたのか興奮が落ち着いた今でも大して恐怖は感じない。

 (性的に)襲われた恐怖は発情期で激増した性的感度を刺激しまくった事で乗り越えられたって事だね。

 

「……改めて見ると凄いな」

 

 だから落ち着いて観察する僕は思わず呟く。

 

「お胸ですか? 確かにシロノ様は立派な物をお持ちですが、筋肉の割合が少ないから柔らかさでは勝っていますし、形には自信がありましてよ?」

 

「違う、そっちじゃない。額だよ、額」

 

 ったく、僕を何だと思っているんだ? 

 確かに大きな胸は好きだ、柔らかい肉に指がズブズブと沈んで行くのも、弾力がある胸に指が押し返されそうになるズッシリとした感じも、おっと、今はそれは別の話、今は関係無い話だな。

 

 ……尚、この事は絶対にリアスには言えない、妹へのセクハラだって理由以外でも、あの子が怒るって事でも。

 

「額? この傷か? 何を気にする? ロノス、貴様は女の顔に傷が有ろうと拒絶しない、そう知っている」

 

 僕の視線の先が自分の額、僕を襲おうとしたせいでマオ・ニュに制裁された結果負った傷を指先で撫でながら不思議そうにしている。

 おっと、結婚相手の顔に傷がある事を気にする男だって思われる可能性も有ったのか、今の言い方じゃ。

 

「うん、気にしない。君の魅力は傷なんかで台無しになる程度の物じゃないからね。だけどまあ、一般的に顔に傷が残るのって女の子は気にする物だからさ。……あの時、僕に何かが出来たのなら傷が残らなかったんじゃないのかって思うんだよ」

 

「私、気にしない」

 

 確かに戦闘民族のシロノにとって傷は勲章同然、それがギヌスの民最強の二人の片方であるマオ・ニュならば誇りに思うんだろうけれど、それは戦いにおいての話、勝手な行動に対する処罰で受けた傷は何かが違うと彼女も思っていそうだ。

 まあ、シロノならマオ・ニュから殺意の込められた一撃を与えられた事さえ糧の一つだと思っているんだろうけれど。

 

「僕が勝手に気負っているだけさ。……そろそろ戻らないとね」

 

 要するに自己満足、大きなお世話、トラウマが少し収まって親近感を覚えたからって急に気にしているだけって事で、これ以上は侮辱か。

 じゃあ、この話は此処まで、例え気にしていたとしても額だけでなく全身まで傷を負う前に戻したら今までの積み上げを崩す事になっちゃうしさ。

 

「帰るのか、残念だ」

 

 ポチにご飯をあげなくちゃいけないし、僕達の朝ご飯の用意も必要だ。

 運動した後だからお腹も減っているし何か腹に入れたい気分。

 ……この”運動”は下半身のって意味じゃなく、素振りとかの日課的な意味で。

 

「飯か、夫と食卓を囲みたいが、私にも予定有る。では、また会おうか、ロノス」

 

 金棒を拾い上げ立ち去ろうとするシロノだけれど、そもそもどうしてギヌスの民の生活圏外に彼女が居たのか今更ながら気になった僕は呼び止めようとしたけれど、声を出す前にその腕を掴まれ引き寄せられる。

 

 

「此度、私の不覚。次は勝つ。ねじ伏せ、搾り取る。……手付けだ」

 

 そのまま胸倉も掴んで顔を寄せての強引で乱暴なキスは当然の如く舌を口の中にねじ込まれて水音をわざとらしく立てる物。

 十数秒後、今は満足したとばかりに舌なめずりをしながら捕食者の視線を僕に向ける姿に動けず、鼻歌交じりに去って行く後ろ姿を黙って見詰める中、トラウマがぶり返してしまうかと思ったのは言うまでもないだろうね……。

 

 

「じゃあ行きましょうか、ロノス様。帰りも運搬お願いしますね」

 

 僕の心境なんて分かっていても気にした様子すら見せず、ニコニコと僕の首に手を回してくるネーシャの図太さが羨ましくなって来た僕は溜め息と共に彼女を抱き上げる。

 来た時は体が柔らかくて軽いって思ってはいたけれど、ノーパンノーブラ状態だと知った今では気になって来たな。

 胸とか腰の辺りとかドレスの薄い布の下もバッチリ見てるから頭に浮かんでしまう、駄目だ駄目だ考えないようにしないと。

 

「私の服の下が気になりますの?」

 

「何の話だい? ほら、ちょっと急ぐから揺れるよ。……”加速(アクセル)”」

 

「きゃあっ!?」

 

 見抜かれたのか、それとも取り敢えずからかって来ただけなのか誘惑するみたいな声で囁いて来たネーシャをしっかりと抱き、魔法で一気に速度を上げて悲鳴が上がっても気にせずに走り抜く。

 スリットの辺りが風でヒラヒラ動くからだろう、慌てて手で押さえる姿に可愛いと思いつつ態とでこぼこ道を選んで飛び跳ねてみれば、うなり声と一緒に抓られるけれどシロノに比べれば全然痛くない。

 いや、戦闘民族と一緒にしたら悪いんだけれど。

 

 

「……所でロノス様、結婚が決まった事ですし、今後も可愛がって下さいね? たぁ~っぷりご奉仕致しますので」

 

 

 ……意趣返しか本気なのか余裕も無いだろうに甘え声で耳に息が掛かる距離で囁く。

 そんな事をして、する注意散漫だからスリットの布が激しくめくれ上がって下っ腹の辺りまで丸見えになったのを慌てて押さえたのは可愛かった。

 

「……見ました?」

 

「何を? 僕が何を見たと言うんだい? ほら、言ってご覧」

 

「っ~!」

 

 ポカポカと殴ったり抓ったり、そんな事をして来る姿も愛おしい。

 ああ、彼女と今度こそこんな日々を……またか。

 

 

「何か水を差された気分だな」

 

 嬉しいという気持ちが込み上げて来たけれど、又しても僕じゃない僕の記憶が関係した物だ。

 僕の呟きにネーシャが首を傾げる中、幸福な気分に台無しにされるって奇妙な感覚を覚える中ログハウスが見えて来る。

 ほら、ポチが僕を呼ぶ声も聞こえて来たよ。

 

「キュ~イ!!」

 

「あれ? 普段なら飛び込んで来るのに……」

 

 僕に気が付いて大喜びのポチだけれど、今朝に限っては何故かその場から移動もせず、飛び跳ねすらしていない。

 怪訝に思って近寄ればポチの足に踏んづけられ、鉤爪の先がほんの僅か……数ミリ程度肩に突き刺さった状態で押さえ込まれている男の人の姿。

 日に焼けた逞しい腕からして肉体労働者、海の近くだから船乗りかもってのは短絡的かな?

 

 それにしても……おいおい、ポチったらどうしたんだ!?

 

「糞っ! 退けよ、このゲテモノ! ぶっ殺すぞ!」

 

 その男が必死に手を伸ばす先に有ったのは毒を塗っているのか刃先が僅かに錆びたナイフだ。

 成る程、ポチがあんな事をしている理由が判明、明らかに不審者だ。

 

 暗殺者かな? 暗殺者っぽいね、問い質して暗殺者を確定させたら、土に還って二度と喋れなくなる前に歯をへし折って喋りにくくしてやろう。

 

 ははははは、誰がゲテモノだって? 誰をぶっ殺すって言ったのかなぁ、彼は。

 

「あら? 彼は確か……」

 

 おっと、この男とネーシャは知り合いみたいだね。

 

 

 



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動機

漫画発注


「さて、此処に毒を塗ったナイフを持って侵入を計った理由を話して貰えますか? リカルドさん、でしたよね?」

 

 ポチに取り押さえられていた男性の名前は”リカルド・ボッシ”、ヴァティ商会が関係している港で働く男で、視察に向かった時に期待されている優秀な船乗りとして紹介されたらしい。

 それがアイアンメイデンと有刺鉄線の塀を乗り越えて侵入、あのナイフにはちゃんと魚の肝に含まれる麻痺毒が塗られていたとかで今は拘束されてアカー先生に尋問を受けているけれど顔を背けているから素直に話す気は無いみたいだね。

 暗殺か誘拐か、目的は分からないけれど、単独犯なのか仲間が居るのか……彼が囮の可能性も有るから既に忍び込むか見張っている本命が居ないか何人かが警戒して居るけれど、どう見ても普通の船乗りだ、それがどうして?

 

「答えて下さい。私の生徒を狙って来たと判断して良いんですよね!」

 

「……はっ。餓鬼が教師? 貴族の学校っていうのも頭がおかしい……」

 

「……あっ?」

 

 床に唾を吐き捨てながらグラフゥが悪態を付いた瞬間、先生の声色が急変する、ドスが利いていた、見た目も声も子供なのに裏家業の人のようだ。

 

 相手がどう見ても子供だからと侮って居たらしいリカルドはビクッと体を跳ねさせるけれど、トアラスの魔法で拘束されているから逃げられる訳もない。

 ……この状況で黙りを決め込むとか何を隠しているんだろう?

 

 まあ、毒を塗ったナイフを持って忍び込もうとしていたんだ、穏やかなアカー先生だって穏便に済ませはしないだろうね。

 

「私はエルフの血が濃く受け継がれたから見た目が若いだけで、実際は四十代、二十そこそこの貴方の倍は生きているんですよ。……いい加減に話してくれませんか? 生徒を狙った刺客にまで”優しい先生”を続ける気は有りませんからね」

 

 右手に炎、左手に渦巻く風を出現させてリカルドの眼前に翳すアカー先生、無詠唱で異なる属性の魔法を同時使用か、相変わらずとんでもない人だ。

 見た目は十歳そこそこ、浮かべる笑顔も見た目年齢相応、但し纏う威圧感は四属性全てを使いこなす経験豊富な教師に相応しい物。

 

 ……先生を”合法ショタ”とか呼んで性的に狙っている変態女子生徒達も今の姿を見れば諦めるだろうね。

 でも、多分それは無い。

 

 もっと厳しくして締め上げれば落ち着くだろうと他の先生に言われた時、”どんな時でも生徒に対しては親しみの持てる優しさを忘れない”、それが教師としての信念だと話すのを聞いた事があるからね。

 

 

「……頼みがあってやって来た。人質を取る気でナイフは持って来たが殺す気は無い」

 

 そんな先生の信念も相手が生徒ではなく、生徒の敵だったのなら話は別だ。

 心身共にタフな事が求められる船乗りだろうと先生の脅しには屈してしまい、言いにくそうに顔を背けるのは怖いからか、それとも恥から直視出来ないのか……。

 

「頼み……ですか。それは確かに貴族の子息子女が集まる場所なんて直接頼みに来るには敷居が高い場所でしょうが、ナイフを持って忍び込もうとか交渉しようって態度じゃありませんよ? ……話しにくい事でしょうが話して下さい。貴方にはその義務があります」

 

 真摯にリカルドを見詰めて語り掛ける姿は実年齢相応の姿に見えて、リカルドもそれを感じ取ったのか、行いが行いだけに最悪一族郎党死刑も有り得るであろう行動の理由を語り始める。

 いや、この話を聞いた後で思えば最初から命と引き替えにしてでも目的を成そうとしたのかも知れないと思えて来る、そんな内容だった。

 

 

「俺が生まれたのは小さな港町、親父が波に浚われて死んじまったから、あの頃、俺の家族は病気がちなお袋と……兄貴だけ。その家族の為に此処まで来たんだ」

 

 成る程、今までの話に偽りが無いとして、貴族の生徒を人質にしてまでの頼み事だ、家族の為だって動機には納得出来なくも無いとして、先生の反応から分かるように完全には信用していない。

 全てが虚偽で何かを企んでいるのか、虚偽ではないけれど騙され利用されているのか、僕達生徒を守る役目を負った先生はそれらを警戒しているんだろう。

 

 ……情とかで雁字搦めで視野狭窄状態の人って利用しやすいからなあ、クヴァイル家だって普通にそんな感じの相手を利用するし。

 

 横で見ているとリカルドにもそれが伝わったらしく、途中で言葉を途切れさせたけれど、”ちゃんと話せ”という無言の圧力に耐えられなかったのか再び口を開く。

 

 

「……人魚だ。姪の名前はサンズー、今年で十六になる子でウンディーネ族の族長の娘。近々ウンディーネ族とセイレーン族が争いになるかも知れないとサンズーから聞き、人魚の討伐が始まるのではと警戒して……ガハッ!」

 

「下がって! 口も塞いで下さい!」

 

 真剣な顔で話していたリカルドの突然の吐血、せき込みながら血を吐き続ける彼の姿を見るなり先生は大声を上げて僕達をリカルドから遠ざけようとしつつ自らも袖で口を塞ぐ。

 体内に毒を仕込んだか、それとも感染力の高い病なのか、そのどちらでもなくたって今この瞬間は判断材料が足りやしない。

 

「落ち…着け……たって無理だろうが、別に伝染する病気じゃねぇよ」

 

「信用出来ると想いますか? ……君達生徒も同席させたのは完全なるミスでしたね。……ロノス君、確かレキア姫達妖精はは相手の体内を調べて毒や病の有無を知る魔法を使えましたよね?」

 

「あっ、はい。僕も少し体が怠い時、”体調管理がなっておらんぞ、馬鹿者が。調べてやるから其処になおれ”って言いながら調べてくれた記憶が……」

 

 あの時って改めて思い出せば心配してかオロオロしていたのが今になって分かる。

 本心を隠して意地を張り”嫌いだ”とか言いながらも友達だって思ってくれていたのに当時は分からなかったのは情けないなあ。

 身内みたいなものだとは思っていただけに、逆に判断力が低下していただなんてレキアに悪い事をしたよ。

 

 素直になれない友人の本心を察してあげられなかったなんてさ……。

 

「じゃあレキアを呼ぼう……って既に居るや」

 

 ドアを見れば僅かに開いた隙間の下の方から此方を心配そうに覗き込むレキアと目が合って、彼女は直ぐに表情を変えて何時もの偉そうにふんぞり返った態度になった。

 

「……ふ、ふん。妾が滞在する場所に不埒な侵入者が現れたのだ。ロノスとて発見者として同行している以上、同席させて当然であろう。……安堵せよ、既に調べは終わったわ。祖奴の病に感染力は無い。但し、精々……」

 

 僕がそのままドアを開ければ肩の上に乗って、声色では少しも心配なんかしていないって風に装いつつ、壁の鏡にはほっと胸をなで下ろす姿が映っているんだから最初から心配して見に来てくれたんだろう。

 だから侵入者が気に入らないのか最後の方は嘲笑った様子で指差してリカルドに何かを告げようとするんだけれど、その声は諦めの混じった声に遮られた。

 

「長くて2ヶ月しか生きられない、だろう?」

 

「知っていたか、人間。……おい、ロノス。妾は低い場所から様子を伺って疲れた。マッサージ事を許可する」

 

 言葉を遮られた事に少し不愉快そうにしながらもレキアは僕の袖を引っ張って連れ出そうとする。

 うーん、ちょっと話が気になる所だけれど、これは従わないと拗ねて面倒になるな。

 

「あの、先生……」

 

「ええ、レキア姫にはお世話になりましたし、恩返しも兼ねて労って差し上げて下さい。後は先生が話を聞き出しますので。トアラス君、ちょっとお手伝いをお願い出来ますか?」

 

「……ええ、勿論」

 

 この時、ずっと黙っていたトアラスが口を開く。

 リカルドは怪訝そうな顔だけれど、彼が普段の軽い声色も表情も何処かに置き忘れたみたいに真剣な様子な理由は分からない方が幸せだろう。

 

 

「許しが出たならば行くぞ、ロノス。マッサージの最中は歌を聴かせてやろう。妾の寛大な心に咽び泣くが良い」

 

「そうだね。僕はレキアが好きだから嬉しいよ」

 

「すっ!? そ、そうか。……そうか」

 

 あっ、レキア”の歌”が好き、だった。

 でも、友達だし好きで間違っていないんだから訂正の必要は無いだろう。

 

 

「じゃあ、失礼します」

 

 妙に上機嫌のレキアと部屋を出る時、一瞬だけリカルドに視線を向ける。

 ”拷問貴族”と恐れられる一族の次期当主が目の前に居て、真偽を確かめる気でいるだなんてギリギリまで知らない方が良いだろう。

 

 

 どの道、苦痛と恐怖で支配されるんだ、それなら恐怖が続く時間が短い方が良いだろうからね。

 

 

 

 

「くっくっく、そうか、妾が好きか」

 

「うん、(友達として)好きだよ、(歌も)好き」

 

 あー、それにしてもレキアが上機嫌で助かった。

 これならお詫びに遊びに連れて行けそうだな。




ホラー短編書いてます 読んで こっちにも感想ちょうだい!


最初は恋人  彼の名前は別の物で グラフゥ・ボーシ でした逆から読めば


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鈍感フィルター(妖精相手のみ発動 理由・幼少期からのツン)

漫画のついでに三面図も


「ええっ!? トアラスがお仕事するの!? あの男、ちゃんと話したんでしょ?」

 

 リカルドの来訪によって出発が遅れたセイレーン族の隠れ里への訪問、尋問に参加させて貰えなかったから暇を持て余したリアスは中庭でハルバートを振り回して時間を潰していたんだけれど、レキアの希望で日光浴をしながらのマッサージの最中に説明をしたんだけれど、ちょっと不思議そうにしているなあ。

 

 ……その変についてはこの子も習っているのに。

 

「おい、指が止まっているぞ」

 

 僕の膝の上にハンカチを敷き、その上に寝転がったレキアが顔を上げて睨んで来たから人差し指を腰に当ててゆっくりと力を込める。

 結構頑丈だから余程加減を間違えない限りは怪我とかはしないだろうけれど、友達に怪我とかさせたくないしね。

 

「お仕事って言っても本格的な物じゃないさ、今回の様なケースだとね。隠し事や虚偽、誰かに何かを吹き込まれている可能性は有るし……」

 

「一般人に紛れて潜伏している本業の可能性も有るからな。それでも奴なら調べるのは容易だろう。……っと言うか、奴は貴様の派閥だろうに何故分からぬ?」

 

「……さあ?」

 

 何が分からないのか、何で分からないのか、それが分からない……って厄介だよね。

 

「おい、何をやっている。手が止まっているぞ。肩を揉まぬか」

 

 手の平で指をペチペチと叩かれ、僕は慌ててレキアの肩に指を伸ばすけれど、今の大きさじゃ人差し指ではマッサージは難しいかな。

 仕方が無い、ちょっと難しいけれど小指でするか。

 

「ちょっと動かないでね、レキア。力はこんな物で良いかい?」

 

「あっ、くっ……ふぁ……。そう…だな……。悪くは無い。いや、寧ろ良いな。これは褒美を多めにくれてやらねば妾の沽券に関わりそうだ」

 

 小指の先を小さな肩に押し当てて慎重に力を入れて行けばレキアの口から気持ち良さそうな声が出て、珍しい事に素直に認めるまでして来る。

 それにしても結構凝ってるな……。

 

 レキアは肩も背中もガチガチとまでは行かなくても随分と固まってしまっていて、僕は書類仕事を大量に終わらせた後の自分に重ねてしまった。

 僕は屋敷に帰ればマッサージを頼める使用人が居るし、パンドラだって事務仕事が大変だからって部下の中にはマッサージを習っているのも居る。

 見様見真似の僕のマッサージでさえ効くんだ、レキアは相当こくししているな、これは。

 

「……ねぇ、レキア。今度から定期的にマッサージが欲しい? 見真似程度の僕じゃなくって、ちゃんと習っている人のをさ」

 

 基本一人で領域の管理をするのが妖精の姫達の仕事だし、マッサージを目的に祖国と持ち場を行き来するってのは本人の誇りがゆるさないだろうけれど……普段から僕を乗り物にする辺り、背中の羽で飛ぶのって相当疲れるんだろうと思うよ。

 

 そんな友人の助けになりたいと思っての申し出だったけれど、断られる可能性も考えていた。

 意地っ張りだからなあ、レキアってさ。

 

「そうか。貴様が言うのなら言葉に甘えよう」

 

「うん?」

 

「何だ、その反応は? 言い出したのは貴様だろうに」

 

 ありゃあ、まさか素直に受けるなんて思ってなくて、何度か勧める内に渋々受け入れるって思っていたのに速攻か。

 これは素直になった……つまり僕を信用してくれているって事で良いのかな?

 

 

「但し、但しだ。当然なのだが妾に触れて良い男は貴様だけだ。特別扱いをしてやろうというのだ、有り難く精進せよ」

 

「え? 僕がしっかり学んでマッサージするの? 別に男じゃなくてもマッサージとかは出来るじゃないか。メイド長とか他のメイドに教えているし、既に本職に匹敵する腕前らしいよ、あの人」

 

「ぐっ! そ、それはだな、貴様が……」

 

 あれ? レキア、何か変だな。

 悔しそうにしながら何か言いたそうにしているけれど内容が思い浮かばない、そんな所かな?

 

「ええい! 其処は”分かった、君が満足するように頑張るよ”とでも言う所だろう!」

 

 だって仕方が無いじゃないか、他にも学ぶ事が多いんだからさ。

 

 膝の上でバタバタと手足を振り回して抗議して来るレキアのマッサージは継続しつつどんな風に落ち着かせるべきなのか迷っていたけれど全く思い浮かばない。

 流石に理不尽だし、もう甘い物でも与えておけば良いんじゃないのか、そんな風に考えていると……。

 

 

「お兄様、ちょっと違うわよ。レキアったら甘えているだけで、マッサージを大好きなお兄様にして欲しいの」

 

「大好っ!? いやいやいやいや、待てっ!? 誰が誰を大好きだというのだ、このピカピカ女っ! 妾はロノスの事など好きだっ! ……じゃ、じゃなくて、嫌い……では無くて……そうだ! 友だ! 友として好きなのだ!」

 

 まさかリアスが他人に呆れ顔を向けるだなんて驚きだけれども、信じられない事に溜め息混じりの言葉をレキアに向けていた。

 言葉と表情の意味を理解出来なかったのかポカンとしていたレキアだけれど、普段呆れる対象に呆れられたんだからプライドが傷付いたのだろう、真っ赤な顔でリアスの顔近くまで飛び上がると指を突きつけながら怒鳴り始めた。

 

「アンタねぇ、ツンデレもその辺にして置きなさいよ? じゃないと横からかっ浚われるんだから」

 

 其処にトドメの一撃、まさかリアスの二段構えの口撃、そのお陰でレキアの真意を僕は悟った。

 

「そうか。レキアはちゃんと僕の事が好きで居てくれたんだ。まあ、友達だから不思議じゃないけれど、僕も君が好きだからおあいこだ」

 

 

「……おい、肩に乗せろ。マッサージはもう良い、報酬の歌を聴かせてやろう」

 

 僕がレキアの要求の理由が友達にもっと構って欲しいからだと納得したみたいに、彼女も僕の言葉に何か納得する物でも有ったのか、普段は取らない事が多いのに許可を求めて僕の肩に座ると静かな声で歌い始めた。

 

 何時もの少し偉そうな声とは違って心に染み渡る優しく美しい歌声、それに目を閉じる事で集中すると体の疲れが溶け出し、最近の神獣や家族関係で鬱積した物が心から消えて行くようだった。

 

「相変わらず凄いわよね、このツンデレ妖精の歌って」

 

 歌声に混じって聞こえるリアスの呟きや、花に届く甘い香りに目を開ければ足下が花畑になって色取り取りの美しい花が心を和ませる。

 

 これら全てがレキアの歌によってもたらされた物であり、王国貴族が妖精を飼いたがった理由の一つだ。

 可愛らしい見た目だけでなく、心身を癒す歌声まで持っているからこそ狙われた、抵抗する力だって持っているし、それでも油断や策略、純粋さにつけ込む等で捕まった妖精はクヴァイル家によって助け出されたけれどね。

 

「……あれ?」

 

 ただ、ちょっと歌の内容で気になった事が有るから呟いたけれど、頬をペチンと叩かれたから黙る。

 そうだね、今は歌に集中する時間だ、考え事は後にしようか。

 

 

 ……この歌、確か愛を伝える為の歌だった気がするんだけれど、何故選んだのかって理由への疑問より、歌を楽しむ方が重要だしさ。

 

 ”何を”歌ってくれているかじゃなく、”何故”歌ってくれているのか、その方が余程大切……っ!?

 

 

 花の香りに混じって届いた濃密な甘い香り、魔力を込めたそれは沖の方角から潮風に乗って届いていたんだ。

 

 

 ゆっくりと臨海学校を楽しむ時間はこれで終わりを告げ、争いが始まろうとしている……。

 

 

 

 

 



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 船乗りの仕事は過酷であり、どれほど熟練の船乗りでさえも呆気なく死を迎える時がある。

 

 大海原で迷えば水や食料が尽きて死に、嵐にあって船が沈めば死に、海に落ちて仲間に助けられる前に鮫やモンスターの餌食になり、甲板で働いている時に鳥のモンスターに浚われて、病気になっても受けられる治療には限りがある。

 

 遭難、沈没、モンスター、海賊、船乗りが恐れる物は数多くあれど、それでも海を愛し海で生涯を終えようとする彼等の肉体と心は逞しく、結束は強い。

 海賊でさえ何かを決める時には船長も同じ立場になっての多数決で決める程だ、軟弱なままでは生きて行けず、脆い結束では立ちふさがる壁に当たって砕け散って終わりだ。

 それでも海を愛し、その程度の事は承知の助だと笑い飛ばしてこそ海の男なのだろう。

 

 

 そんな船乗りが口を揃えて”恐ろしい”と言うのは人魚だった

 

 

 

 

「なあ、聞いたか? この前寄った港の網元の息子が人魚に食われたってよ」

 

「ああ、聞いたぜ。何でも嵐にあって溺れている所を助けられたらしいな。その時に怪我をして遠くの住処に戻れなくなった人魚を匿っている内に……馬鹿が。義理だの何だのは捨てちゃならねぇ、匿うのは別に良いが、人魚との恋だけは御法度だろうがよ」

 

 今も商船の甲板で掃除を終えた船乗り達が立ち話をしているが、人魚の話題になった途端に顔を曇らせる。

 人魚は契った相手を食らうという本能を持っているのを知っていても、分かり合える頭と心、共通の言語を持っている事から心を通わせ愛を育むケースは珍しくはなかった。

 その者の中には海に生きる船乗りの割合が必然的に多くなり、この二人も人魚と会った事があり、本能さえ無ければ見栄麗しい人魚達に恋をしていただろうと認めているのだ。

 

 

「テメェが勝手に死ぬと分かって死ぬのは結構だ。だがな、親とダチと惚れた女を泣かせるのは救えない馬鹿だろうがよ」

 

 自分達ならば本能を乗り越えられる、自分達の愛は誰にも負けない、そんな風に思い上がった結果、人魚は我に返った瞬間に愛した男の亡骸を食らっている事を自覚するのだ。

 そのまま悲しみの余りに自死を選ぶ事が無いのは人魚の妊娠確率の高さから、男の種に問題でも無い限りは愛の結晶をその身に宿す。

 今までの恋人達の愛が自らの愛に劣るというのは思い上がりだと、本当に愛するのなら一線だけは越えずに側に居続けるべきだったと、死んだ男に怒りを覚えた時だ、潮風に混じって歌声が聞こえたのは。

 

「不味いっ! 鼻を潰して耳を塞げ!」

 

 二人の男の年上の方は叫ぶなり自ら鼻が折れる威力の拳を叩き込み、即座に耳を両手で塞ぐ。

 

 その歌は心地良く、まるで幼き日に揺りかごの中で聞いた母の子守歌の如く心に染み渡り、このまま身を任せていたいという誘惑が心の底から湧き上がる。

 

 その匂いは甘く、まるで水飴に似た粘度を持っているかの様に纏わり付いて離れない。

 それでも不愉快さは無く、歌と合わさって思考を放棄させる程に心を蕩けさせた。

 

 母から与えられる安らぎの如き心地良い歌、愛しい相手との睦言を思わせる甘い香り、その二つが男達の乗る船に届いた時、潮の流れもゆっくりと変わり、風が止んだにも関わらず船は進む。

 より強く歌と匂いを感じたいとばかりにフラフラとした足取りで次々に船員達が甲板に現れ、互いにぶつかって転んだ後も起き上がる様子も見せず、酩酊状態の様にヘラヘラとだらしない笑みを浮かべながら四肢を投げ出すばかり。

 

 

「何やってやがるんだ、馬鹿共っ!」

 

 響く怒声、それに僅かに遅れて座り込んだ男の顎を蹴り抜いた音が甲板に響き渡る。

 蹴ったのは歌と匂いに最初に気が付いて鼻を潰し耳を塞いだ年配の男だ。

 

「おい、片っ端からぶっ飛ばせ!」

 

 耳を塞いだ状態の彼は鼻血も気にせず、蹴りを叩き込んだ仲間が先程までとは別の理由で四肢を投げ出しているのも構わず次々に他の仲間も抵抗が無いのを良い事に蹴り上げていた。

 

 耳を塞いでも歌や同じく耳を塞いだ仲間に向けた叫び声を完全に遮断出来る訳は無く、聞こえにくさは有るものの指示に従った仲間と共に彼は甲板の仲間を片っ端から気絶させたかと思うと足の先で一人が腰に携えたナイフに視線を向ける。

 もう一人も同じ動作を行い、次の瞬間には口を使ってナイフを引き抜くと片刃の峰の部分を咥えるなり自らの腕を傷付いた。

 

「ぐっ!」

 

 決して浅くはなく、当然ながら血が流れ出し、眠っている状態なら一瞬で覚醒するであろう痛みに声を漏らしながらも転がった仲間を置いて半開きの扉から船の中へと駆け込んで行った。

 

 二人が船内に入った後も船は潮の流れに導かれながら進み、やがて霧が周囲に立ち込め始める。

 船が向かう先は鋭い先端を覗かせた岩場がある地点、普段ならば海図に記された危険地帯として避ける場所でも船は現在ご覧の有り様、このまま船底に大穴が開いて沈没するのみ。

 

 そして歌と匂いは岩場を挟んで反対側の辺りから響き漂って来ていた。

 

 

「ふふふふふ」

 

「あはははは」

 

「素敵な殿方の気配がするわ。さぞかし鍛え上げているのでしょうね」

 

 歌に混じって聞こえたのは愛しい恋人との逢瀬を待ち望む少女を思わせる恍惚と期待を含んだ表情を浮かべる人魚達……ウンディーネ族だ。

 交わった相手を食し、その存在を取り込んで己の力を増す事で愛しい相手と生涯を共にする、それが彼女達の間に伝わる教え、この人魚達にとって今まさに向かって来る船を沈めるのは社交界で素敵な相手との出会いを待ちわびる事と似ている。

 

 

「さあ、歌を続けましょう! 次世代の子供達を宿す為に、愛しき伴侶を見付ける為に……セイレーン族を滅ぼす為に。愛しい男達を私達の下まで誘うのです」

 

 年若き人魚達の中心に陣取ったのは高貴さを感じさせる凛とした顔付きの人魚の少女、中には彼女よりも年上らしき人魚も居るが指示される事に不平不満を感じさせずに一層大きな声で美しい歌を響かせる。

 

 

 ……人魚の歌には魔力が籠もり、妖精の歌が歌い手にとって聞かせたい相手に癒しをもたらし花を周囲に咲かせる様に、男と交わり子を成す為に広範囲に魅了効果を持った声と甘い匂いを届けるのだ。

 長く聞けば聞く程、近ければ近い程に歌声と匂いによって心と頭を支配され、死への恐怖すら忘れて人魚達の虜となってしまう。

 

 これこそが人魚が恐れられる理由、主に水を操る魔法を得意とする彼女達に一度魅入ってしまえば夢見心地のまま生涯を終えるのだ。

 

 

 

 ……だが、人は恐怖を乗り越えようとする物、恐怖への対処法を見出そうとする物だ。

 

 歌声を聞いてしまえば終わりなら、何故それが伝わっているのか、その疑問の答えは諸説有り、偶々条件を満たした者の証言、人魚自ら教えてくれた等々確証を持って真実と言える物は無くも対処法が真実だとは語り継がれていた。

 

 

「さっさと馬鹿共を運べ、ビヤード! 俺は舵を切る!」

 

「了解だ、レック!」

 

 年輩の男、レックの指示に従った男、ビヤードは次々に転がった仲間を船内にまで運ぶなり鼻を拳で潰し、耳に紙屑で作った耳栓をねじ込んで行く。

 二人の耳にも同じ物がねじ込まれ、それによって両手が空いているのだ。

 

 耳を塞ぐ、匂いを防ぐ、完全には遮断出来なくても”遮断している”という条件を満たすか、二人が準備の前にしたように強い痛みで一時的に気を紛らわしている間、人魚達の歌の魔力は届かない。

 人魚の持つ固有の特殊な魔法なだけに防ぐ方法も特殊であった。

 

 

 

「根性入れろ! 絶対に生きて・・・・・・」

 

 帰るぞ、その言葉は突如響いた轟音によって掻き消され、レックの目の前でメインマストが根本からへし折られた状態で持ち上げられていた。

 

 

 

 

「残念だったな。貴様達の航海は今この時を持って終わる。ハティ・フェンリル、我が名を死出の旅路の土産に聞かせてやろう」

 

 鋭い犬歯を覗かせながらの笑みの後、マストは天高く放り投げられて、舟に深々と突き刺さり、衝撃で大きく揺れた後、舟は浸水によって沈み始め、気を失った船乗り達を海が飲み込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ほぅ、来たか」

 

 海に投げ出された船乗り達に人魚が殺到する中、海の上に素足で立つハティは嬉しそうに彼方を見詰め、獰猛な光を瞳に宿らせたハティが腕を振り抜いた瞬間、五本の爪痕が海を切り裂きながら向かった先、そこに居たのは・・・・・・。

 

 




感想・・・下さい


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このゴリラ、話を聞かない

「ポチ! 音と匂いを防いで!」

 

 何か急に漂って来た甘い香り、ちょっと甘いってよりは甘ったる過ぎるって感じだったんだけれど、お兄ちゃんは急に顔を険しくすると海の方角に向かって高く跳びながらポチに声を掛けた。

 有刺鉄線とアイアンメイデンの塀を飛び越えて、ポチが真下に入り込んで背中でキャッチしたんだけれど急にどうしたの?

 

 

「近くで歌が聞きたいのかしら? 誰が歌ってるのかは知らないけれど」

 

「戯け者。人魚の歌について位は習っているだろう、馬鹿者め」

 

 

 戯け者って言った上に馬鹿者ってまで言ったぁ!?

 何よ、横から見てるとデレデレの癖にツンデレ拗らせて素直になれないツンデレチャンピオンの分際で!

 

 ……所でこの歌と匂いがどうしたって?

 

「人魚の……歌?」

 

「おい、まさか貴様……」

 

「だ、大丈夫よ! うん、知ってる知ってる!」

 

 えっと、誤魔化せている今の内に何とか思い出さないとアホとかまで言われちゃうわ!

 レキアが忌々しそうに呟いてて、お兄ちゃんが慌てて向かって行くんだもの、きっと良い物では……あっ!

 

「思い出したわ!」

 

「何だ、矢張り忘れていたのではないか。……まあ、思い出せただけ貴様(ゴリラ)にしては及第点か」

 

「何よ! ちょっと忘れてただけじゃない! ……所で及第点って何?」

 

「貴様は本当に……」

 

 レキアはガックリと肩を落としてわざとらしく深い溜め息を吐き出したんだけれど、流石に失礼じゃないかしら?

 

 

「まあ、良い。人魚が男を誘惑する際に魅力(チャーム)を使うのは知っているな? 今では邪道と嫌われると聞くが、それを広範囲にバラまくのがこの歌だ。歌に含まれる魔力が音と匂いで聞く者の精神を支配する。……ふんっ。くだらん真似をしているが、此処に居る男共はちゃんと対応しているみたいだな」

 

 ありゃあ、レキアったら随分と機嫌が悪いし、気に入らないっぽいわね。

 お兄ちゃんの為に歌っていたのを邪魔されたからね、絶対。

 

 窓が開く音に目を向ければログハウスに居た連中も気が付いたのか顔を出すけれど、全員揃って魔力を顔に周囲に留めて歌による魅了を防いでいた。

 聴覚と嗅覚の二つを塞ぐ、完全じゃなくたってこの行為を行う事が歌の力を防ぐ手段……だった筈。

 まあ、有る程度魔力のコントロールが出来るのなら頭に留めて歌の魔力を中和すれば良いんだけれど、あれって集中力使うのよね。

 

「てか、他の皆はちゃんと覚えてたんだ。……ねぇ、所で前から思ってたんだけれど」

 

「忘れていた方が問題なんだが……何だ?」

 

「お兄様が面倒な相手に好かれるのも天然で魅了の魔法でも使ってるのかしらね?」

 

「……馬鹿を言え。私が奴に惹かれたのは……何でもない!」

 

 はい、自爆貰いました。

 さーて、お兄ちゃんは行っちゃったけれど、何やら面白そうな気がするのよね。

 シロノが来てるって知ってイラッとしたし、この状況じゃセイレーン族の所に行くって雰囲気じゃ無いだろうし……。

 

「皆さん、落ち着いて行動しましょう。先ずは……」

 

「殴り込みね! じゃあ私もお兄様に続くわ! ”ホーリーウイング”!」

 

 ふっふっふ、先生の言葉を全部聞くまでもなく、私が何をするべきなのは分かっているわ。

 この歌を防ぐ為に鼻や耳を塞ぎながら行くのも頭を魔力で覆うのも何か起きた時の対応に困るけれど、女の私には人魚の歌は効かないもの、此処は私がバッと行ってお兄ちゃんの手助けをするべきね。

 思い立ったら吉日、光に翼を出してお兄ちゃんの後を追う気だったけれど、背中にツクシがしがみついた。

 

「ちょっ!? 姫様、何やってんだいっ!?」

 

 落ちたら危ないし、ビックリするじゃないに。

 あー、それは兎も角、背中に当たる薄い肉の感触は落ち着くわね、ペッタペタって感じで。

 それにしても急に何を言って……成る程。

 

「ツクシも来るのね? よっしゃ!」

 

「ええっ!?」

 

「じゃあ、最高速度で……出発っ!」

 

 耳元や後ろから何か叫ばれたけれど気にせずに加速、また加速、そして加速!

 

 最近お兄ちゃんったら妙にパワーアップしたみたいだし、偶には一緒に戦いたいし、アリアには悪いけれど今回は私とお兄ちゃんの共闘回!

 ツクシは……まあ、メイドだし?

 

 

「んぎゃぁあああああああああああああああっ!?」

 

「気合い入った叫びね、ツクシ! じゃあ、更に加速するわよ!」

 

 周囲の船が襲われるのを気にしたのか、お兄ちゃんったらポチに全速力を出させていったもんだから私も最高速度を出さないと追い付けそうにないわ。

 私の首にしがみついたツクシがブランブラン揺れているけれど歓声を上げる余裕が有るんだから余裕が有るみたい、だったら更に先へ、限界の向こう側へ……突き進むのみ!

 

 全力で飛ばしていると漸く遠目にお兄ちゃん達の背中が見えて来て、歌の発生源も近い。

 

「お兄様、どうしたのかし、らっ!?」

 

 更に遠くに人魚の姿が見えるし、船が沈没寸前で海に投げ出された人達に集まろうとしているのに助けに行かずにその場で激しく動いている。

 観察しようと動きを止めた時、五本の巨大な爪痕が海に深く刻まれながら向かって来た。

 流石にビックリしたけれど楽々回避、真横を巨大な斬撃が通り過ぎ、巨大な獣がその場で爪を振るったみたいに海が切り裂かれ一瞬だけれど海底が見えた。

 

「ななな……何だいありゃっ!?」

 

「え? 私だって手刀を思いっきり振り抜いたら似たような感じになるし、多分引っ掻くみたいな指の形で腕を振り抜いたんじゃないの?」

 

 多分魔法か何かで規模を底上げしているんだろうけれど、ツクシったら大袈裟よね。

 全力出せば手の届かない範囲を殴ったり切り裂いたりするなんて普通じゃないの?

 

「それは一部の戦闘民族のみっすよ!? ウチ……アタイみたいなちょっと強いだけの一般人は出来ないっす!」

 

 それを言ったらこの反応。

 いや、一般人って。

 

「別にこの場には私とアンタしか居ないんだし、言葉遣いは気にしなくて良いわよ。ってか、一人称だけ整えても今更じゃない?」

 

 地方の慣習らしいけれどウチでもアタイでも同じ気がするのよね、私にとって。

 どうも巨大な爪痕刻んでいる奴とお兄ちゃんが戦って居るみたいだし、此処は私も参戦して大暴れの時間よね!

 

 共闘共闘、お兄ちゃんと共闘!

 

「……あー、行く気っすか? 行く気っすよね。まあ、姫様が謎の相手を相手するのなら人魚は引き受けたっすよね。あの程度の数なら相手出来るんで……ぶんn投げて下さいっす」

 

「任せなさい!」

 

 ツクシ、此処でぶん投げろって選択肢が出る時点で一般人じゃないわよ、多分。

 そもそもクヴァイル家のメイドが普通な訳がないのに、そんなのの中で暮らしているから感覚が狂うのよ。

 

「せーのっ!」

 

 ツクシの背中に手を当てて腰を捻り、沈みかけてる船を見定める。

 メインマストが逆さまになって甲板に突き刺さってるし、あれは完全沈没数分前と見た。

 

「飛んでけぇええええええええっ!」

 

 その船の割と面積が残っている場所に向かってツクシを投げれば流石は猫の獣人、空中でクルリンパって感じで体勢を整え着地に備えていた。

 

 まあ、大丈夫でしょ。

 

 

 

 

「いぃやぁああああああああああっ!? ちょっ!? これ、予想以上に速っいぃいいいいいいいいいっ!?」

 

 ……まあ、大丈夫でしょ!

 

 

 

「さてと……お邪魔虫を速攻で倒さないとね」

 

 ツクシは大丈夫だろうとお兄ちゃんの方に向かいたいけれど、その前に空飛ぶ船に乗って雲に隠れてながらこっちを見ていた奴の相手をしなくちゃ。

 

 降りてきたその女は私に向かってカンテラを振りながら自信たっぷりに笑みを浮かべていた。

 

 

「こうして名乗るのは初めましてね、聖女さん。私の名はミント・カロン。ちょっと相手をしてくれるかしら?」

 

 ミント……何処かで聞いた名前ね。

 

 

 

「先に言っておくけれど、貴女の魔法じゃ私には勝てないから覚悟……」

 

「思い出した! ノーパンになった奴ね!」

 

 うん? 何か偉そうに言って途中だったような……。

 

 

 

 



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物じゃない、者だ

活動報告で募集あります


「キューイ!」

 

 甲高いポチの鳴き声と共に僕達を風の膜が包み込む。

 吹き続ける風が海に近付くに連れて強くなる人魚の歌の力はこれで完全に避けられ、ポチにとっては手招きの音にしかなっていなかった。

 

「キュ……キュイ?」

 

「食べちゃ駄目だって。人魚は扱いとしては人間でもモンスターでもないけれど、それは本能で人間を食べるからだからね」

 

 上半身は人間な相手を攻撃するなら良いし、野生のグリフォンが人間を浚って食べるって被害は実際に出ているけれど、だからこそポチには人間の姿をした相手を食べるのは基本的に禁止している。

 それは人間の生活圏内で人間と一緒に生きる上で必要な事だからね。

 

「キュイ!」

 

「うん、良い子だね、ポチは」

 

 ちゃんと躾はしているし元々賢い子だ、渋ったり食べられない理由を尋ねる事も無く飛び続け、出発から数分で沖の方で沈没寸前の船が見える所までやって来た。

 船は操作されている様子も無いのに先端が尖った岩の小島へと吸い寄せられて激突しそうだけれど、甲板では耳と鼻を塞ぐのが間に合ったのか二人無事に動き回っている人達の姿があって、僕は人魚を止めるべく小島を挟んだ反対側の海面で歌っている人魚達の所に急ごうとした時だ、雲の上から飛び降りた銀髪の少女が甲板に降り立ったのは。

 

「人間……じゃないな。神獣か。ポチ、船まで連れて行って!」

 

「キュイィイイイイイイイイッ!!」

 

 僕の指示と同時にポチは高速の垂直下降、海面ギリギリで体勢を変えると海を割りながら船に向かって突き進む。

 少女はマストを根元からへし折ると真上に放り投げ、落ちて来たマストが船に突き刺さった。

 船が激しく揺れて二つに割れ始め、投げ出された船乗りに人魚が殺到する。

 

「僕は女を片付けるから、ポチは人魚から船乗り達を守って……っと、大人しく目論見通りにはさせてはくれないか」

 

 遠く離れた彼女と目が合い、まるで何かを引っかく様な動作を行った時だ……海底まで届く程に深い五本の爪痕が海に刻み込まれ、威力を落とす事無く巨大な爪の一撃は僕達にまで到達する。

 

「……キュッ!?」

 

 翼を折り畳んで咄嗟に爪と爪の間に入り込んだポチが上げた驚きの声、周囲を渦巻く風の一部を爪痕が通過した瞬間に霧散したからだ。

 風を操る? 今のも腕を振るって放つ巨大な風の刃なのか?

 

「いや、違うな。ポチ、風の膜を更に広げて。それで軌道が読めるから」

 

 波間を漂う船の残骸の上に体重なんて無いとばかりに平然と立つ少女は目を鋭く輝かせながら両腕を左右に大きく広げ、そして振るう。

 さっきのはほぼ垂直に振るわれた五本の爪による攻撃は子供が腕を振り回すような無茶苦茶な動きで向きも何もかも考えず、兎に角放つ事だけを考えて放たれ続けた。

 

「キュッ! キュッ! キューイ!」

 

「うん、矢っ張りね。あの姿の理由は分からないけれど……彼奴の正体と能力は大体分かった」

 

 最初の一撃を簡単に避けられたのは海に爪痕を刻みながら向かって来たかけれど、今は目測でどの様に向かって来ているのか判断する指標が足りない時もある。

 向きも爪と爪の間もバラバラ、くぐった先で次のと正面からご対面って事も。

 

 でもまあ、それなら別の探知方法を使えば良いだけだ。

 

「あの女の子の爪による攻撃、魔力を霧散させているんだ。……普段から使っているだけに凶悪だと分かるよ」

 

 生乾きの塗料で描かれた絵を引っかいたら爪が通った場所は剥がれる様に魔力が魔法の形を保てなくなっている。

 普段は僕が魔法の時間を戻して発動前の魔力にしているからこそ一度で判断出来たんだ。

 

 触れた部分の魔力を霧散させるなら、常時広範囲に張り続ければ目視が難しい攻撃の軌道を向こうから教えてくれるってね。

 ・・・・・・まあ、咆哮で前方の魔法を消し去ったらしいし完全では無いけれど。

 

「くっ、ははは、はっはっはっはっはっ! 良いな! 良いぞ! 最高だなお前達!」

 

 爪による攻撃は巨大化しながら飛び続けるけれど、それは同時に隙間も大きくなるって事で、近付けば当然の如く攻撃範囲は狭まる。

 もう彼女が腕を振るって爪の一撃を放とうとも、ポチの速度なら僅かに上下左右に移動すれば避けられる距離まで近付いた時、愉快そうな大笑いの声を響かせながらフェンリルらしい少女は腹を抱えての大爆笑、遂にその場で座り込んで腹を抱えた。

 

「随分と余裕だね、君は」

 

「いや、そうでもないさ。我は強いが貴様も強い、そうだろう? だからこそ・・・・・・楽しい!」

 

 彼女が大きく足を振り上げた瞬間、雲が切り裂かれた。

 元がフェンリルならさっきから振るっているのは手じゃなく前足、ならば後ろ足だった足でも爪による攻撃は可能だろう。

 

 

「ちっ! 読まれていたか」

 

「まあ、当然ね」

 

 その程度、勿論考慮している。

 僕達に向かって足を振るった瞬間、既に崩壊した舟は時間を戻して彼女の位置を変えていたんだ。

 

 崩壊前に戻った舟の甲板の上、起き上がった彼女は舌打ちをしながらも鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌の表情で僕とポチが正面に現れるのを待っていた。

 ご大層な事に腕組みまでしちゃって、やっぱり余裕じゃないか。

 

 

「キュイ?」

 

 そんな中、ポチは短く”良いの?”と聞いて来る。

 視線は前方を向いたままだけれど何がかは分かっているさ。

 

「うんうん、ポチは優しい子だね。でも、船員達は大丈夫さ。ほら・・・・・・頼もしい助けが来ているからさ」

 

 遥か後方、振り返らなくてもあの子が来ているのは分かっている。

 此処に来てしまった僕が言えないけれど、先生が止めようとしても話をちゃんと聞かずに来ちゃったんだろうな。

 最初はポチに救助に行ってもらう気だったけれど、リアスが来たなら大丈夫、僕は目の前の敵に集中するのみ。

 

 うん? 何かを投げた気配が・・・・・・。

 

「止めて止めて止めてぇええええええええええっ!?」

 

「ツクシッ!?」

 

 何かじゃなくって誰かだったって言うか、ウチのメイドのツクシを投げたっ!?

 

「つれないな。今は我の相手をしてくれるか?」

 

 高速で飛来するツクシの絶叫に意識を割いてしまった瞬間に彼女は僕の目前まで跳躍し両手での貫き手を至近距離から放った。

 当然爪先から魔法を消し去る力を込めた物が放たれる。

 僕の時間停止した物体による防御はあくまでも魔法の範囲、純粋な魔力による中和は効くし、多分この攻撃も有効だ。

 後ろも左右も退避は間に合わず、防ぐのも無理な命を刈り取る一撃に対し、僕はポチの背中から飛び出して相手の懐に飛び込んだ。

 

 頬を放たれた直後の爪痕が僅かに掠り血が出るが怯む程じゃない。

 

「捕まえた」

 

 右手の手首を掴み、左手は停止させた空気の鎖を使っての拘束、片腕に全力を注いで無効化される迄の時間を稼ぐ。

 これで両腕は封じ、僕の腕は一本残っている。

 だけれど相手も至近距離で咆哮を叩き込む気なのか大きく息を吸い込み、鳩落に僕の膝蹴りが叩き込まれて強制的に吐き出させた。

 

「ぬぐっ!?」

 

 相手の見た目は女の子、それが苦悶の表情を浮かべた事に迷いは生じない、僕の手は既に血で染まっているし、これからも自他の手を染めさせる。

 

 

 だから容赦は一切無しだ。

 

 首を掴んだまま甲板の板が激しく割れる威力で背中から叩き付ける。

 両腕を拘束し受け身を取れない状態での一撃、これには神獣であっても効いたのか抵抗する力が鈍り、首から手を離すなり顔面に握り拳を全力で振り下ろせば完全に床が抜けて落ちて行くけれど、咄嗟に飛び退けば真下から放たれた咆哮によって甲板の大部分が吹き飛んでしまった。

 

 

 

「・・・・・・うん、決めたよ」

 

 船内から飛び出して来た彼女は非常に嬉しそうにしながら呟く。

 口の中を切ったのか血が垂れ、服だって所々が危うい感じになっているのに気にもせず、僕の方に指先を向けた。

 

 

 

 

「我の名はハティ・スコル。”神殺し殺し”ロノス、我が下僕になれ」

 

 何かまーた面倒な相手に気に入られた気がするなあ、うわぁ・・・・・・。

 

 

 



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純情系痴女

https://mobile.twitter.com/ei7untyev36owgl


重くて乗せられないので新し漫画をこっちから









 僕も決して謙虚な人間じゃない、思い上がってしまっていると何度反省を繰り返していた事か。

 

 そんな僕だけれど、流石に敵対している途中の相手をスカウトはした事は無いなあ……。

 

「うん? 聞こえなかったか? ああ、我に目を奪われていたのか。くっくっく、我は魅力的だからな。今も組み伏せ、欲望の果てるまで犯したいのだろう?」

 

「いや、別に?」

 

「遠慮せずとも構わんさ。ほれ、試しに触れてみるが良い!」

 

 確かに美少女かどうかって聞かれればそうなんだけれど、戦いの最中に敵に欲情しないし、おっ始める性癖なんて持っていない。

 だから普通に断ったのに何を勘違いしたのやら自信有り気に笑うと右手を差し出して胸を反らした。

 

 

 

「手を握らせてやろう! 頭を撫でても良いのだぞ? ふふんっ。嬉しいだろう?」

 

 ドヤ顔で堂々と言うにしては妙にウブだな、この子。

 手を握るのがまるで凄い事みたいに言ってさ……。

 

「まあ、良いか。どうせ敵だ」

 

 手を差し出して僕が喜んで握るのを信じて待っているハティに近寄れば体をビクッと振るわせている。

 目を泳がしてモジモジしているし、もしかして握手程度も恥ずかしいの?

 

「ひゃっ!?」

 

 そっと肩に手を置けば体が飛び跳ねて目を瞑る。

 その腹部に拳を叩き込んだ。

 

 

「がふっ!?」

 

 ハティは体をくの字に曲げて後ろに飛んで行く……いや、咄嗟に後ろに跳んで衝撃を殺したのか。

 口元を手で拭ったハティはその場で四つん這いの体勢になり、此方を見て歯を剥き出しにして唸る姿は狼を思わせる。

 目も剣呑な感じだし、此処からが本番、茶番は終了って所だね。

 

「……ちっ」

 

 背後に意識を向ければ海に投げ出された船乗りと、それに群がる人魚達の相手をしているポチとツクシが居る。

 この辺を航海するって事は王国民か……王国民かぁ。

 

 聖王国の民ならば何が何でも助けたいけれど、王国の民の為に危険を冒すのは少しやる気が下がる。

 薄情なようだけれど貴族なんてそんな物だ。

 只、貴族だからこそ気にせず戦う訳にも行かないし……。

 

 

「理由は分からんかったがミントの奴が言っていたぞ。貴様等は邪魔にしかならぬ弱き者を見捨てられぬから、巻き込むように戦えば良いとな」

 

「さて、それはどうかな? 死んでまで守りはしないさ。巻き込んで死なせた事への政治的な問題も後で考えれば良いしね」

 

「……そうなのか? 奴め、いい加減な事を教えたな」

 

 実際は巻き込んでしまった場合、これ幸いと色々言って来そうな貴族が王国に、正確には僕の叔母である現王妃に反発する派閥に居るんだよな。

 王子がその一人ってのが厄介だし……別に死なせて平気な訳じゃない。

 

 ハッタリとは言えないハッタリをかまして見たけれどハティは信じたのか起き上がって腕組みをしながらリアスが居る方向を睨んでいるし、そのミントってのが居るんだろうね。

 

「しかしまあ、先程はやってくれたな。我を孕ませる気かと思ったぞ」

 

「まさか。こんな所で君を裸に剥いて犯す気なんて無いさ」

 

 再び四つん這いになったハティは頭部の方を低くしてお尻の方を持ち上げ、今にも飛びかかって来そうで、僕は会話に応じながらも気は抜かない。

 こんな事なら武器を持って来るべきだった、神獣がウロチョロしているのは分かっていたけれど、人魚の歌が聞こえ始めたからって慌て過ぎたな。

 

「裸? 何故孕ますのに裸にする必要が有る? 服のままでも……いや、成る程な。貴様、箱入り息子で知らぬのだろう? 下僕への教育だ、我直々に教えてやろうではないか」

 

 うん? 裸にする必要が無いって、何を言っているんだ?

 確かに着衣プレイってのは有るし、実際やってみたら裸の時とは別の興奮……は今は関係無いとして、何を教える気なのやら。

 

 そもそも手を握ったり頭を撫でられるだけでも精一杯な純粋な子が教えられる事は限られているだろう。

 

 

 

 

「良いか? 我の今の肉体とて性能は兎も角、作りの基本は人間に似ていて子も宿せる。貴様が我の下僕になって働くのならば働き次第では貴様の子を孕んでやろう」

 

 組み伏せる気だろうとか言いながら手を握らせるので限界を迎えている奴が何を言っているのやら……。

 組み伏せて手を握るって、犬をひっくり返して肉球を触るんじゃ無いだろうに、何か話すのも馬鹿馬鹿しい。

 

 ……魔法を解除する攻撃?

 ははっ、その程度ならどうとでもなるんだ、例え武器が無くたってさ。

 

 数秒有れば良い、それで準備は整うだろう。

 

 

 

「聞いて驚け! 人の子は口付けをしながら相手の口に舌を入れれば子を宿すのだっ!」

 

「違うけれど?」

 

「なぬっ!?」

 

 口をあんぐり開けて驚いているけれど、驚きたいのは僕も同じだ。

 神獣の性教育はどうなって・・・・・・いや、別に良いか。

 

 

 

「目の前の相手は敵で、敵は殺す。巻き込まれそうなのが居るなら巻き込まない。状況に流され過ぎなんだよ、僕は。ああ、自分が腹立たしい」

 

「そうだな。今まで神獣を返り討ちにして来た貴様を言葉だけでどうにかしようなど無理な話であったか。打ち倒し! 心をへし折って下僕にすれば良いだけだ!」

 

 叫びと共にハティは四つん這いの姿勢で指先と足に力を入れ、一気に体を押し出す。

 爆発的な加速で僕の眼前まで迫った彼女の爪には魔力が凝縮され、防ぐ事も叶わず、一歩前に出て懐に潜り込むのも間に合わない。

 

 魔法無効化の前では防御も・・・・・・無意味だ。

 

 大きく振るわれた爪は攻撃範囲を一瞬で膨れ上がらせ、巨大な船を輪切りにした。

 

 

 

「・・・・・・貴様、何をやった」

 

 確かに僕に向かって振るわれたのは回避困難な一撃、今まで戦った神獣の誰よりも速い、それこそ神獣将でさえもハティの動きには劣るだろう。

 でもまあ、爪を振るった先に僕が居ないのだから傷なんか僅かも負ってなんか居ない。

 腕を振りきったばかりのハティの横、大きな隙を晒した彼女が驚愕の混じった横目で睨む先に僕が居た。

 

 

 

「種を明かしたら手品は面白く無いだろう? もっとも、直ぐに気付くんじゃ君には二度と通じないだろうけれど、この場で倒すなら問題解決だ」

 

 向こうに届く光と臭気の時間を操作して、だなんて言わない。

 手の内明かして勝利宣言とか格好良いとは思うんだけれど、直前に気付かれたって事は違和感がって事か。

 

 その辺、敵でなければ詳しく聞くんだけれど・・・・・・。

 

 

「”エアボム”」

 

 ハティの周囲にを取り囲む黒い球体、空気の流れの時間を超高速で操作し一カ所に留めた物。

 以前は一個展開にするのに数秒掛かった物だけれど、時の女神ノクスに力を底上げされた今ならより多くをより早く展開可能だ。

 

「愚かな。何をする気は知らぬが、この程度何かをする前に霧散させるだけだ」

 

 そうだね、君なら全て破壊可能だろう、それが狙いなのだからさ。

 

 足元を踏み締めてその場から離れると同時にハティの周囲の空気に意識を集中させる。

 エアボムは空気を圧縮して解放させた時の衝撃を叩き込む魔法、要するに元から解除するのが前提だ。

 

「ぬっ!?」

 

 何かが起きると見抜いたのだろう、同時に周囲を囲まれて逃げ場は無い事も。

 腕で防御を固め防御に徹しようとする中、衝撃を周囲に逃さない為に空気の檻を作り出して・・・・・・。

 

 

「きゃっ!?」

 

「ぐぬっ!」

 

 檻を展開し終わる寸前、栗毛の女の子が鼻血を流しながら飛んで来て、取り囲む僅か前に空気の檻の中からハティを弾き飛ばしてしまった。

 コンマ一秒程の差で檻が閉じ、二人は海に落ちて水柱を上げる。

 

 

「今のは・・・・・・ノーパン神獣?」

 

 そうだ、間違い無く僕が後ろから串刺しにして倒した筈だ。

 空気の槍で心臓を貫いて、槍を消して風穴開けて海に落とした筈なのに。

 

 

「いや、ノーパン神獣って認識はちょっとアレか」

 

「お兄ちゃーん! そっちにノーパン神獣飛んで行かなかったー?」

 

 リアスの方もそんな認識なんだね、うん・・・・・・。




感想欲しいでー

実はラブコメ新作書いたので読んでください

 反応薄くてショックなんです



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聖女系ゴリラ

miskaさんから漫画依頼の際にいただきました

【挿絵表示】


女神テュラ  


「魔法が効かない? ふーん、じゃあ試してみましょうか、ノーパン女。”ライトリング”」

 

 さっさとお兄ちゃんの所に行って兄妹共闘とかやってみたいのに邪魔しに現れたノーパン女ことミントに向かって光の輪を放てば、向かいながら大きくなって体にはまり、収縮して締め上げて・・・・・・消えた。

 

「ありゃりゃ、本当だわ」

 

「随分と余裕なのね、神殺しさん」

 

「神殺……何?」

 

 なーんか聞いた事がある単語だけれど思い出せない。

 わざわざこのタイミングで口にするって事は神獣に関係するのかしら?

 

 

 頭を捻ってウンウンと悩んでも答えは出ない、だったらどうするのか……。

 

「あらあら、貴女は何も知らないのね。……テュラ対策に死んで貰ったら困るんだけれど、アンタのお兄さんにやられた恨みは晴らさせて……」

 

「取り敢えずアンタをぶっ飛ばして聞き出せば良いだけよね! ”アドヴェント”!」

 

「貰……はあっ!?」

 

 全身を強化して言葉を発している途中のミントに向かってハルバートを真上から振り下ろします。

 頭から股まで切り裂き、ついでに乗っている船まで完全両断、大勝利!

 

 

 

「って、殺しちゃったら駄目じゃないの。まっ、別に良いか」

 

 ぶった切って勢いそのまま前方に通過した私はハルバートを振るって血を払い除けるとお兄ちゃんの所に向かおうとして、背後から向かって来る熱に向かって振りまき様に拳を振るう。

 中に頭蓋骨が入った青い火の玉は拳の圧力で霧散して、私が真っ二つにしてやったミントは驚き顔、って、元に戻ってるっ!?

 

 

「アンタ、聖女よね? 聖なる力を使って人を導く清らかな乙女なのよね?」

 

「何言ってるのよ。そんなの演技に決まってるじゃないの。……これが私の魔法が効かないって事かあ」

 

 頭をボリボリと掻きながらミントの言葉の意味を理解する。

 手応えはあって、服は確かに両断している、だけれど船と体は無傷……血は飛び散ったし、ハルバートの刃先に残ってるのに何故かしら?

 

 

「不思議そうね。今まで倒した神獣は普通に死んだ筈だって思っているのでしょう? 答えは簡単、今までの神獣は名無しの雑魚の”ネームレス”、自分達を特別な”ネームド”と思っている連中も居たけれど、ネームドは将の方々を入れてたった五体。そしてネームドは光の力じゃ殺せない」

 

「ふーん、じゃあ、これはどうかしら?:

 

 再び接近、首をはねるなり頭を海に向かって蹴り飛ばす。

 再生するなら重要そうな頭を体から離せば良いだけでしょ。

 

 

「って思ってたんだけれど、まさか瞬きの瞬間に元に戻るだなんてね」

 

「ええ、だから言ったでしょ? 貴女の攻撃は効かないのよっ!」

 

 ハルバートを振りかぶった姿勢の私の顔に向かって手の平が向けられ、其処から青い炎が放たれる。

 顔面に直撃したかと思ったら、ミントは船を操って距離を取りながらも次々と放って来た。

 

 

「何これ、うざったい!」

 

 飛び回って避けても追い掛けて来るし、次々に数は増えるし面倒にもほどがあるでしょ!

 

「この程度じゃないわ。人と神獣の差を見せてあげるわ。出よ、冥府に落ちし魂達よ。冥府の炎を纏い生け贄を食らえ!」

 

 ミントがカンテラを振るう度に中の青白い炎が揺らぎ、頭蓋骨を内包した炎が次々に出て来ては私に襲い掛かって来て、振り払っても振り払っても追い掛けて噛み付いて来た。

 

「あーもー! あーもー! 乙女の柔肌に何するのよ!」

 

 朝起きるの苦手なのに、凄く凄く苦手なのにお肌の手入れ必要とか言われて朝からお風呂に連れ込まれた上に全身をピカピカに磨かれて落ち着いてお風呂も入れないのに……地味に熱いし微妙に痛いし鬱陶しいのよ!

 

「ぶっ飛ばす!」

 

 その場で止まれば殺到する頭蓋骨、私の手足や服に噛み付いて、噛み付けない奴も集まって一塊で私を焼こうとした、

 

 

「呆気無いわね。……って、殺しちゃ拙い!」

 

 炎の向こうから聞こえる慌てた声、そうなのね、既に勝った気で居るんだ、ふ~ん。

 

 たかだか光属性の魔法の効き目が薄くって、両断しても直ぐに再生する程度の力で私に勝てると思っているんだ。

 

 

「”ホーリーフレア”」

 

 空から落ちて来た光り輝く炎、それは頭蓋骨と一緒に私を飲み込んで炎すらも焼き尽くす。

 冥府の住人? 生け贄? 馬鹿馬鹿しいわ。

 

 

 

「言わせて貰うわ、舐めるんじゃないわよ。確かに全体的に見て神獣の方が人間より強いんだろうけれど、個別に見れば私の方がアンタよりも遥かに強いわ」

 

「……は?」

 

  ミントの額に青筋が浮かび、ランタンの火が更に激しく燃える中、体と一緒に両断した服が修復されて行き、一迅の風と共に背後をパンツが舞う。

 

「……あー、両断した時に落ちてたのね。矢っ張りノーパン女じゃないの」

 

「五月蠅い……貧乳貧乳ど貧乳! ペチャパイ無い乳平ら胸っ!」

 

 その罵倒に激昂叫びは不要、この時私は静かに怒ってミントの顔面を殴り飛ばした。

 足が船から離れて飛んで行くのに追い付き、頭の上まで振り上げた踵を鼻に叩き込んで真下に叩き落とすなり顔面を掴んで振り回して斜め上に投げ、回転をしながら追い掛ける。

 

 

 

「超超超超超超超ローリングリアスアターックッ!!」

 

 回転の勢いを込めたハルバートの刃の裏側を再び顔面に叩き込み、船の方でお兄ちゃんに追い詰められている奴に向かってぶっ飛ばす。

 再生だって無限じゃ無いでしょうし、魔法の効き目が薄いなら数を与えるか、それか物理で攻めれば良い。

 

 

「やった! ストライク……あれ?」

 

 見事に飛んで行ったミントだけれど、お兄ちゃんの大技を食らう直前の敵にぶつかって海にまで弾き飛ばしちゃった。

 

 ……失敗かしらね?

 

 

 

「ま、まあ、襲われてる船乗りを助けさえすれば大丈夫、全部解決ね。……”ルナ・ヒーリング”」

 

 実はと言うと少しだけ楽しかった。

 全力を出せば秒で終わる雑魚じゃなく、ちゃんと”戦い”になる相手。

 大した物じゃ無くたって、私に回復魔法が必要な怪我を負わせたなんて誉めてあげるわよ。

 

「もうちょっと戦っていたいわね。生きてるかしら? 生きてるわよね? じゃあ、生きてるだろうからお兄ちゃんと合流した後で大技ぶち込んで炙り出しましょうか

 

 戦闘中の高揚感と倒した時の爽快感、これだから戦いは止められない。

 血湧き肉踊る、そんな戦いは私にとって何よりもの娯楽なのよね、物騒だとは我ながら思うんだけれど。

 

 矢っ張り前世より長い今の人生の方が強く出てるわ。

 つまり今の私は貴族令嬢らしいって事で良いわよね?

 

 

「所であの女、既に会ってるらしいけれど何処でだったかしら? ごく最近の気もするんだけれど、ノーパンの印象が強過ぎて思い出せないのよね」

 

 あと、地味な上に自分だって大した胸じゃないし、それと凄く地味だし。

 そして……。

 

 

「どっちにしろ私より弱いんだから別に良いわよね、うん!」



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痛手

評価下がっちまった

活動報告で色々絵とかマンガ載せてます


「……はぁ。はぁああああああああああああ……良しっ!」

 

 久々にマトモな戦い、そして大技、僕にとって戦いは”やらなければならない事”でしかなく”やりたい事”じゃなかったんだけれど、強い相手との戦いでの高揚感や達成感と無縁な訳では無いし、強くなっていて行く自分に誇りを覚える。

 

 ……あれだ、人間は争うのが本能だと女神テュラ(お姉ちゃん成分皆無)が絶滅させようとするのを自己分析で理解するだなんてね。

 

 

 それはそうとして、吹っ飛んで行った二人の様子を伺う振りをしながらリアスに見られない様に溜め息を吐いた後で何時もの笑顔、可愛い可愛い愛しの妹に向ける兄の顔に戻した。

 

「リアスも手伝いに来てくれたんだね。助かったよ。……まさか一度殺した筈の神獣が生きていたなんてね」

 

 僕の背後に着地したリアスの方に振り返る、大丈夫だな、兄の顔になっているな。

 

「えっと、凄そうな技を放とうとしていなかった?」

 

「大丈夫だよ、あの程度ならさ。広範囲攻撃を複数発動しながら相手を狭い範囲に閉じこめて威力を集中させる、直ぐ放てるからさ」

 

 作った顔? いやいや、どちらも僕だし、割合的にも重要度的にも兄としての顔が上だ。

 ハティは久し振りに本気で戦える敵、ちょっと惜しい気もしたんだけれど……妹が申し訳無さそうな顔をする事に比べればね。

 ぶっちゃけレナスとかマオ・ニュとかの方が強いし、殺気を向けて本気で戦っても大丈夫な相手が居るし。

 

 

「本当? 怒ってない?」

 

「僕がリアスに対してこの程度の事で怒るはずが無いじゃないか。僕はお兄ちゃん、何時でも妹の味方さ」

 

 本当の自分とは正反対な聖女として振る舞うだなんて面倒な仕事をしているし、僕は裏の仕事を全部引き受けている程度だ、戦いの邪魔な程度で怒るはずが無いのに気にしすぎだよ、ゴリラだなぁ……じゃなくて馬鹿だなぁ。

 

「ほら、良い子良い子」

 

 大丈夫だって言っているのにシュンとしたリアスを手招きして頭を撫でてやる。

 十六歳だし他人相手だったら女の子の頭を撫でたりなんかしないけれど、この子って何だかんだ言いつつも寂しがりやで甘えん坊の女の子なんだ、誰も他に居ないのなら構わないだろう。

 

 

 

「キュイキュイ!」

 

 おや、ポチが風で運びながら船員を全員甲板まで連れて来た。

 気絶しているし撫で撫では続行、ポチも撫でて欲しいの?

 もう片方の手ですり寄って来たポチの顎のモフモフした羽毛を撫で回す。

 

 

「戦いなんかよりもこれだよね……」

 

 大切な家族とペットとの触れ合いの時間に比べれば戦いの楽しさなんて糞だよ、糞。

 

 

「ちょっ!? 避難が済んだならさっさと手助けに来るっすよ、ポチ!」

 

「キュイーイ?」

 

「あー! 言葉が基本的に通じないの忘れてたっす! 避難させろって動作で通じたんっすね、姫様若様さっさと助けて!」

 

 絹を裂くような声……にしては少々慌ただしい声で名前を呼ばれてもポチには通じないので首を傾げてる。

 ”僕に何か用?”って声の主のピンチを分かっちゃいなかった。

 

 そりゃ僕の言葉は妖精の女王様によって通じるのであって、その他の人の言葉は犬が教えられた命令を何となく理解している程度、海に投げ出された人達を甲板にまで連れて来たのだって言葉と同時にジェスチャーでもしたのが通じたってだけだろう。

 

 普段からメイド達にお菓子を貰って芸を仕込まれて居るからね。

 取って来いとか持って行けとか、そんな遊びの延長線だろうし、だから今現在海に置き去りで悲鳴を上げる結果になっている。

 

「ツクシ!」

 

 慌てて海面を眺めるけれど、ポチだってツクシを見捨てた訳じゃない、此処を任せても大丈夫だって判断したからだ。

 

「本当にっ! 助けて! 欲しいっす!」

 

 人魚だろうと海中じゃ言葉を発せず、だから海面に顔を出して魔法を使おうと詠唱を始めた相手の顔に両足で着地し、周囲から飛び出して来た相手には跳躍で包囲をすり抜ける瞬間に爪で目の辺りを爪で切り裂く。

 潜ろうとした相手には尻尾の先が海面に出た瞬間に懐に隠したダーツの矢を投げて、次から次、源義経や因幡の白兎もかくやって具合に人魚から人魚へと飛び交って翻弄しながら戦い続ける。

 

「流石は猫の獣人、曲芸紛いはお手の物か。このまま見学をしたい気分だけれど……」

 

 空からの奇襲と目当てだった船乗り達の奪還、ホームグラウンドである海で人魚達が陸の住人であるツクシにあしらわれて居るのは動揺とかがあってこそ、冷静さを取り戻されたら危ないからね。

 

 

 顔面を踏み抜かれたりダーツを急所に食らったりと意識を奪われた人魚がプカプカと浮かぶ中、僕はポチに見える様に人魚を指差しながら口笛を吹いた。

 

 

「キュイキュイ!」

 

 了解とばかりに激しく動かされる翼、ツクシを中心に海面が渦を巻き、それはは海水を巻き込む竜巻になって人魚達を舞い上げた。

 そのまま人魚達は甲板上に積み重ねるように落ちて来るけれど、ツクシだけはびしょ濡れの状態で残された人魚の上に乗って恨みがましい目で見ているし、これは怒ってるな。

 普段は憧れているレナスの口調を混ぜているのが無くなって話し方を素に戻しているし、余裕が無い。

 

 

 えっと、何をされたか確認しようか。

 

 ……リアスに空高くから投げられて、ポチに置き去りにされて人魚と戦い、最後は水竜巻の飛沫で全身がビッショリだ。

 

「わ~か~さ~ま~!」

 

「ごめん。特別ボーナスを僕の財布から出すよ」

 

 指で給金の二割を示し、渋顔なので三に変えたら、気絶した人魚に乗った状態で真顔になって跪く。

 

「任務完了しました、マイロード! 何一つ問題は無いっすよ!」

 

 うんうん、現金で良かった良かった。

 

「じゃあ、濡れた服をどうにかしてあげるから船に上がって来てよ」

 

 

 しかし月給の三割かぁ……流石に痛いな。

 

 入る金も出る金も多い僕の懐事情、クヴァイル家のメイドの月収は普通の家よりも多いし、ダメージは決して軽くない。

 ……はぁ。

 

 

 

 

「疲れたねぇ。姫様、ちょっとメイドの扱いが雑じゃないかい? メイド長に報告させて貰うっすからね!」

 

 人魚を踏み台に甲板まで飛び上がって来たツクシはその場で座り込み、大きく溜息を

 耳も尻尾も垂れてしまっているし随分とお疲れらしいね。

 

「疲れたのは分かるよ。でも、臨時ボーナスで手を打っただろう?

 

 高速で飛ぶリアスにしがみついて来たんだから、うちのメイドだろうと仕方が無いんだろうけれど……。

 

 でもレナスの口調を真似る余裕が有るじゃないか、普段も時々外れるのにさ。

 

 

「ツクシ、気を抜かないで。お代わりが来るからさ。……此処で確実に仕留めようか」

 

 響いた口笛らしき音にツクシは立ち上がり、僕に向かって小太刀を投げて寄越した。

 

「夜鶴は無理でも明烏は持って行って欲しいねぇ、若様」

 

「肝に銘じておくよ。……帰ったら五月蠅そうだ」

 

 僕でさえ少し楽しいと思った相手、そんな貴重な敵との戦いの機会を逃したと明烏が知ったら普段の数倍の怒りを受ける事になりそうだ。

 だから今回は戦果がそれなりに欲しい、出来るなら情報を吐かせた上でハティと僕が倒した筈の奴の二体の討伐、せめて一体、最低でも更に詳しい情報を得て次に遭遇した時に確実に葬れる様にする。

 

 

「やってくれたな。光の神殺しの介入が無ければ危なかった。ふむ、我の能力にも穴があったと知れただけでも良しとするか」

 

「……先ずは情報を入手か」

 

 海の上に立ったハティは白目を剥いた栗毛の神獣を肩に担いで僕達を睨むけれど、気絶した女は鼻血をダラダラ流している状態だ。

 胸に穴を開けられても生きている奴があの程度も治せない……つまり条件が有るという事、リアスからの情報と会わせればそれなりの推論が……リアスからの情報かぁ。

 

 

 ちょっと不安になった時、ハティ達に向かって空の上から急降下して来る物があった……いや、者が居た。

 

 

 

「妙な奴、発見。我の敵……恐らく!」



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肉食系バニーガールと純情系狼娘

 我が生まれた時に遭遇した化け物……そう、神獣である我でさえも恐怖を魂の奥まで刻みつけた女が我を見逃す時に告げた言葉、それは先程の事のように思い出せる。

 

 いや、違うな、頭の中に声が届いたのか?

 ……駄目だ、記憶が混濁する、何が思い出せる、だ。

 

「貴様がマロの弟子の相手をするでおじゃる。貴様の潜在能力、あの男を鍛えるのに丁度良い」

 

 要するに我は踏み台、という事か。

 血が染み込んだ布を取り出して我の鼻に届けた……屈辱だ、屈辱でしかない。

 

 

 ああ、良いだろう、必ず弟子とやらを探し出し、我の糧にしてやろう。

 ……っと、思っていたのだが、狼の肉体から人型の肉体を手に入れた後から考えが変わる。

 

 

 

 ああ、そうだ、奴の弟子とやらを屈服させて我の下僕にしても面白いであろうな。

 

 

 

「取り敢えず何を対価にしてやれば良い?」

 

「分からない」

 

 だが、力で屈服するだけでは品が無い、鞭だけでなく飴もやってこそ真に高貴なる者。

 故にロザリーに相談したのだが、相手が悪かった。

 

 

「……矢張り肉体か? この体は絶世の美女だからな。ミント、色仕掛けは何をしてやれば良いのだ?」

 

「さあ? 手を握らせたり頭でも撫でさせたら? キスはやり過ぎね、絶対」

 

 ミントの方は少しはマシかと思って頼ったのだが夕食の準備をしている時に尋ねた時の反応がこれだ。

 手を握る……頭を撫でさせる……素肌と素肌の接触……ふぁっ!?

 

 

 出会ったばかりの男女がだな、流石に……いやいや、余裕を持って提示してやってこそ我の偉大さが通じ、弟子とやらも感涙を流し喜びの境地に達する事であろう。

 

 しかしキス……そうか、それが駄目という事は最後の最後の行為、つまりは……子作りの方法なのだな!

 

 

 我はフェンリル、群れで存在する……していた誇り高き神獣。

 やがて子を成し正しき状態に戻るが……流石にキスをして、し……舌を絡ませて孕むのは早いだろうな、うん。

 

 

 

 

 

「良いな、良いな、貴様はっ! 滾る、血が滾るっ!」

 

 全身を蝕む激痛、直撃こそ避けたが全身に衝撃波を食らって内臓も骨も何ヶ所かイかれてしまっているのだろう。

 我にぶつかり、我を結果的に助けた盟友を肩に担ぎながら自らを追い詰めた男を睨み、舌なめずりをする

 

 

 

「ああ、良いな、良いな、貴様はぁああああああああっ! 必ず心身を屈服させ、我の下僕にしてくれる! よろこべっ! 我は貴様が欲しいぞぉおおおおおおおおっ!」

 

 

 歓喜! 興奮! 心の底からの……魂からの欲求!

 気を失った友さえ守りながらでなければどうなっていたか分からぬ程の欲求を叫び声に変えた時、それを打ち消す程の轟音が響く。

 

 

「そうか。なら、私の敵だ。敵は殺す」

 

 

 

 声のする上方から叩き付けられるのは純粋な殺気、私を殺す為に殺す、戦いを楽しむ等々ではなく、それ以外の理由など含まれてはいない感情に闘争本能が刺激されてしまう。

 ああ、今はねじ伏せて我が物にすると決めたばかり相手に集中したいのだ、浮気してしまいたくなるから別の機会にしてくれれば良い物を。

 

 素晴らしい殺気を向けてくれた相手に視線を向ける。

 褐色の肌に白い毛、そしてウサギの耳。

 獣人……それも典型的な獣人の戦士ではなく魔法も使いこなせる器用な者か。

 足下の空気が歪んでいる所を見ると高濃度に風が圧縮されているらしいが、肉体を見れば魔法の鍛錬にかまけて戦士としての物が疎かに成っていないのが見て取れる。

 

 あの風の濃度は踏み込みに耐えられる程の物、空中戦だろうと地上と同程度に動けると見て良かろう。

 

 ああ、ああ、何と素晴らしき相手の登場なのだ。

 戦え、殺し合え、我の本能が告げる。

 

 只、惜しむらくは……。

 

「貴様、我が許す。名乗れ」

 

 叶うならば別の場所、他に集中したい相手が居ない時に出会いたかった。

 ロザリーの奴が馬肉のすき焼きかステーキのどちらを食べるべきか迷い、片方を気にしているが故に食べている物に集中出来なかった事を嘆いていたが、さもありなん。

 

「シロノ」

 

 素晴らしい物が同時に複数在る事が素晴らしいとは限らない、気がそぞろになって堪能出来ないからだ。

 

「そうか、我が名はハティ・スコ……急だな」

 

 奴の名は知った、次は我の番だと名乗りの最中に振り下ろされる金棒。

 咄嗟に頭との間に空いた腕を滑り込ませるが防御したという程の成果は得られない。

 突起が肉を貫き、殺し切れない衝撃が骨を砕きながら腕を押し込める。

 真下に弾かれる腕、多少威力を落としたものの我の額を割るには十分。

 

 やれやれ、相手は誇り高い戦いを望むのではなく、我の死を望んで居るのを忘れていたか。

 しかし、何故此処まで?

 

 ……ああ、そうか。

 

 異様なまでの殺意、その理由に疑問符が浮かぶ我だが、思い返せば答えは得ていた。

 ロノス・クヴァイルを屈服させて下僕にすると口にした事で我を敵と見なしたではないか。

 

 

 再び振り下ろされる金棒を後ろに下がって避け、シロノの頭に向かってハイキックを叩き込もうとするが宙を蹴って飛び上がられてしまう。

 

 

 だが、確信が持てたぞ。

 この純粋な殺意の理由がな。

 

「あの男は貴様の男か」

 

 成る程、それで我に殺意を……。

 くだらん。

 己の物ならば守れば良いだけ、奪われる方が悪い。

 

「そうだ。奴は我が夫になる。奴を組み伏せ、口付けを交わし、それから犯し尽くして子を宿す。故に貴様は死ね」

 

「……ふんっ、愚かな」

 

 成る程、獣人の特性からして強い者を伴侶に選ぶのは当然だが、此奴は物を知らんと見た。

 

 しかし、連戦での体力の消耗とダメージの蓄積は重大だ。

 何か隙を見て戦略的撤退……いや、認めよう、逃走をせねば己だけでなく同胞すら危うい。

 

 故に少しだけだ、知恵を授けてやるのはな。

 

 

「子とは口付けをし舌を絡める事で宿すのだ。貴様、他の方法があるとでも思っているのか?」

 

 無知とは時に罪となる。

 何も知らぬ小娘を見下すように自らの人差し指を唇に当てて口付けを示す。

 

 

 喜べ、我を歓喜させた礼に一つ教えて…やった…。

 何だ? 馬鹿を見る目を向けられている気が……。

 

 いや、違う! 実際に馬鹿にされているのだ!

 

「貴様が馬鹿だ。子とは男の(自主規制)を女の(自主規制)に(自主規制)して、その後は(自主規制)すれば心地良くなるし(自主規制)するので(自主規制)すれば孕む」

 

「は?」

 

 此奴…一体何を……?

 

 

「うっ!?」

 

 混乱の最中、我の頭に意味不明の単語の情報が入り込む。

 生まれて直ぐに言葉を発し、人を効率よく抹殺する為に刷り込まれた知識、それは少々特殊な我のは当然特殊であり、偶に知らぬ言葉の意味が……。

 

 

 

「うきゃぁあああああああああああっ!?」

 

 (自主規制)!? (自主規制)!? (自主規制)!?

 

 気が付けば生娘のような叫び声を上げ一目散に逃げ出していた。

 今まで平然と口にしていた言葉、それを今頃得た物と照合した結果……。

 

 

「んにゃぁあああああああああああっ!?」

 

 は、恥ずかし過ぎて死にそうだっ!

 

「逃がさない」

 

 背後から空気を踏みしめて迫る気配、逃げられない。

 死……。

 

 

「転移しなさい!」

 

 我の頭を砕くまで後数ミリまで金棒が迫った時、ミントの声が響く。

 咄嗟に言われるがままに転移を発動させて……。

 

 

 

 

「危機一髪……か」

 

 すんでの所で転移が間に合い、ミントを担いだままの状態で少し高い場所から着地する。

 咄嗟の転移故に座標の指定にミスを……。

 

 視界が暗転し、意識が途切れそうになる。

 

「ちっ! 微かに当たっていたか」

 

 後頭部に走る痛み、足がふらつき意識を保つのも限界だ。

 まあ、良い、此処が我等の帰るべき場所なのだ、安心して気を失える……。

 

 倒れる瞬間、ロザリーが慌てた様子で駆け寄って来るのが見えた。

 



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恐怖

 シロノの出現、ハティの逃亡、目まぐるしく変わる戦況であっても僕は落ち着いて小太刀を鞘から抜き放ち、海中より船を囲んで出現しようとしている存在の圧を感じ取っていた。

 

「雑魚だけれどもデカいな……」

 

 海の底から迫るにつれて海面に現れる八つの影、船の上の戦力は四つ、お荷物は沢山で此処は海の上。

 そう、たかがそれだけの状況に焦る必要は微塵も存在しないんだ。

 

 まあ、デカいから大規模な技じゃないとしとめるのが面倒…な……なあっ!?

 

「此奴…は……」

 

「ちょちょちょっ!? ヤバいっすよ、若様!」

 

「キュキュイィイイイイイ!?」

 

 勘違いであってくれ、普段は祈りを捧げない神様にさえも請い願い、困った時の神頼みだの受け入れられるか等と言わんばかりに裏切られた。

 僕だけでなく、ツクシやポチでさえも恐怖で震え、胃の奥から込み上げて来る物を感じて……。

 

海面を突き破り水飛沫を撒き散らして現れたのは船を一口で飲み込んでしまいそうな巨体、鋭利な牙がビッシリと生えた口に凶暴そうな鋭い瞳、太陽光を反射して光る全身の鱗は少し濁った緑色で、所々に巨大な吸盤が。

 船を取り囲む巨体の瞳が一斉に僕達を睨む中、少し離れた場所に山を思わせる巨大な肉塊が現れて、発生した波によって船が激しく揺れる。

 

「そ、そんな……」

 

「勘違いであって欲しかったっす……」

 

「キュィイイイイ!?」

 

 

 

 その姿に僕とツクシが青ざめ、ポチが慌ただしく翼を動かす中、響いたのはリアスの叫び声。

 僕達が最も恐れていた物だ。

 

 

 

「やった! 巨大なウツボダコじゃないの! 今日はご馳走ね!」

 

 心底嬉しそうな声、敵が逃げたのも忘れて目の前の大好物に夢中な瞳、ああ、うちの妹は可愛いなあ……。

 ウツボダコを見るだけでトラウマレベルの不味さの極地が蘇り、”君の好物ゲロ吐くレベルの方が千倍マシだよ”って言葉が出そうになるけれど必死で堪える。

 

 好みは人それぞれだし、傷付けたくないし……でも、絶対にアレは食べたくない……いや、アレを口に入れて咀嚼して飲み込む行為を食べるって表現するのは食に関わって来た人、これから関わる人、食の歴史その物への明確な侮辱だ。

 

「ツクシ、ポチ」

 

「っす!」

 

「キュイ!」

 

 それ以上の言葉は要らない、以心伝心……目的は只一つ!

 

 

「じゃあ気合い入れてぶっ倒してご馳走を手に入れるわよ! エイエイオー!」

 

 拳を握り締めて空に向かって突き上げるリアスに合わせて僕とツクシは拳を、ポチが前側を持ち上げて心に決める。

 

 ウツボダコをリアスに入手させずに始末するぞ! ってね。

 

 

 

「リアス、ちょっと暴れたりないから任せてくれないかい? お兄ちゃんからのお願いだよ」

 

「アタイもクヴァイル家のメイドとして経験積んでおきたいし」

 

「キュキューイ!!」

 

「皆、気合い入ってるわね。じゃあ私は人魚を見張っておくから美味しい所を取り損ねないでね?」

 

「ああ、勿論さ」

 

 妹に嘘を吐く事への罪悪感?

 ウツボダコに美味しい所なんて無いし、全然嘘なんかじゃないよね?

 

 

 ……ハティの方はシロノに任せるしかないか。

 直撃こそ避けられたけれどダメージは与えた筈、シロノだって僕に負けてマオ・ニュに殺され掛けて、色々あってから鍛えているみたいだし……。

 

 

「来たっす!」

 

 脚のウツボ一匹一匹に脳味噌があって意思があるのか我先にと迫るウツボ達、それが真上から数百重に及ぶ重力によって凹んだ海面ごと押さえつけられる。

 続いてはポチの風、帆に風を当てて当てて船を動かし、脚の隙間から船を無理矢理脱出させて、僕はその場の重力を重ねた状態を解除した。

 押さえつけられ窪んだ場所が膨れ上がりそうになる中、ウツボダコは海流に翻弄されながらも僕達を追って来るけれど、僕とツクシは真正面から迎え撃つべき飛び出している。

 

「「はあっ!」」

 

 周囲を囲む状態じゃなく、こうして真正面から向かって来るのなら迎撃はし易く……肉片をリアスに回収されなくて済むから、後は回収失敗をどうやって言い訳しようかな?

 振るわれる樹齢数百年の大木並の太さを持つ脚の上を駆け巡りながら切り裂き、二人同時に本体に向かって拳を叩き込めば山ほどの大きさを持つ頭が激しく凹み、僕とツクシは後ろに飛び退いた。

 

 

「ポチ! バラバラに!」

 

「キューィイイイイイイイイ!!」

 

 此処まで僕とツクシだけが戦っていたが、ポチだって見ていただけの訳が無い。

 前衛が足止めをする中、後衛がすべきなのは準備に時間の掛かる大規模魔法。

 普段僕達が詠唱をするなり発動させている魔法とは規模の桁が違い、合図と共に響いた嘶きで練り上げられた魔法が解放された。

 

 最初に異変が現れたのは海面、ウツボダコを中心に渦を巻き、それが高速で規模を拡大させると周囲の海水を巻き込んだ巨大な竜巻となってウツボダコの巨体を舞い上げて振り回す。

 中では水と風の刃による超巨大なフードプロセッサーの如く獲物をズタズタに切り裂き、脚が全て切り離された瞬間に威力を落とさず球状に収縮、内部では全ての刃が暴れ狂い、離れた場所からでも分かる程に毒々しく濁った海水の塊が最後に広範囲に雨のように降り注げばリアスの声が響く。

 

 

「あ~! 何やってるのよ、ポチ! あれだけの大きさなら熟成された味になってたのに!」

 

「キュイ?」

 

 秘技! 何を言っているのか全く分からない振り!

 

 海に降り注ぐ血の雨を見ながらポチをキッと睨むけれど、ポチは怒っている事さえ理解してない感じ……の演技をしてくれているし、多分これで大丈夫だろう。

 後はハティだけれど、視線を向ければ決着は間近。

 

 海を上を仲間を担ぎながら走るハティの動きには精彩を欠いた印象を受けるし、僕とシロノとの連戦、あの爪の攻撃を巨大化させて飛ばす技の疲労も影響を出しているんだろう。

 反面、シロノも怒りからか動きが雑に見えるも互いの距離は確実に狭まり、逃走中で無防備な後頭部に向かって空中を踏みしめたシロノ渾身のフルスイングが叩き込まれ……無いっ!?

 

 

 

「消えたっ!? しかもアレは……転移」

 

 妖精が得意とする似て非なる技術は目的地への道を作り出す、例えるなら台から台にボールを移動したい時に橋になる物を置く、そんな感じだけれど、目的地への道を繋げるには場所の相性やら事前の準備が必要なんだ。

 でも、今のは、転移は台から台へ瞬間移動させる物、事前準備も場所の相性も不要で……それこそ神か神獣の将であるシアバーン・サマエル・ラドゥーンの三人にしか使えない……だったのに、確かにハティは……。

 

 

「……新しい将?」

 

 僕達が変わったなら向こうだって対応を変えるのは分かっていたし体験済みだ。

 それでも今回のは予想を超えてしまっている。

 

 原作の事は気にしない方針で参考程度の予定だったけれど、全く信用しない方が良いのか?

 少なくともストーリーについては既に破綻しているし……。

 

 だってゲーム序盤の時点で主人公であるアリアさんとラスボス兄妹が仲良くしてて、告白されているんだから。

 

 

「若様、どうかしたっすか?」

 

「いや、今は船に戻ろうか」

 

 時間を止めた海の上を歩きながら考えていたらツクシに心配されちゃったみたいだね。

 まあ……今は目の前の一大事を、人魚同士の抗争について考えないと。

 

 

 ほぼ確実に船を襲った人魚はウンディーネ族、しかも神獣が絡んでいるとなると他にも何かがありそうだ。

 もしもの時は……。

 

 

 リアスには知られずに行う仕事について考えを纏めている内に船まで到着すれば、敵を逃がしたからか不機嫌そうなシロノがリアスと言い争いをしていたよ。

 

 

 

「この戦闘隙の脳味噌筋肉!」

 

「なんだ、相変わらず無乳か。首が背中を向いていると思った」

 

「な、何ですってっ! この馬鹿アホ馬鹿アホ馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿アーホ!」

 

 罵倒の語録が余りにも少ない……うん、罵倒の言葉をそんなに知らなくて何が不自由だ?

 だから良いんだよ、別に。

 

 

 

「取り敢えず落ち着いて。ほら、この子達……ウンディーネ族から話を聞かないと」

 

「……ウンディーネ族? 違う、此奴達ウンディーネ族ではないぞ」

 

「……え?」

 

 シロノからもたらされた情報、それは事態が一層深刻なのだと知らせて来た。

 



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モッフモフのフッカフカ

前回で百万文字突破

ラノベだと十冊程


所で最近評価がががががががが


 ギリギリと奥歯を食いしばる音、額がぶつかり合う距離で目と目の間に火花が散るのが見える気がする。

 そして……。

 

 

「はっ? アンタ、適当な事を言ってるんじゃないの? あっ、無理か。アンタ、脳味噌まで筋肉だもの。そんな知能無いわよねぇ」

 

「貴様が言うか、貴様が。胸も脳味噌も足りていないだろう? 私、根拠有って言っている。分からない、貴様では」

 

「はっ?」

 

「あっ?」

 

 二人はメンチを切りながら言い争いを続け、僕もツクシもポチも間に割って入れる雰囲気じゃ無いんだけれど、同時に見過ごせる状況じゃないよな。

 リアス、その顔は駄目、貴族令嬢以前にその顔はアウト!

 

 

「ツクシ、主として命じるよ。あの二人を止めに……」

 

「あっ、今日この時を持って辞めさせて頂くっす。無理強いが過ぎるとか無理なんで」

 

「ごめんね、今の無し」

 

 速攻即座に辞職宣言、うん、今のって僕が悪かった…よね…?

 

 

 

「「ぐぎぎぎぎぎぎぎっ!!」」

 

 ああ、ちょっと目を離した隙に両手で組み合って争う二人、仕方無いから僕が止めるか。

 お兄ちゃんだし、一応は婚約者だし……。

 

 

 

「ほら、二人共落ち着いて。リアス、ちょっとシロノに話が聞きたいからさ」

 

「……はーい」

 

 二人の肩に手を当てて軽く押して引き離したけれど、リアスは渋々ながら説得に応じてくれて助かったよ。

 頬を膨らませてむくれているけれど、問題はシロノの方か。

 手首を掴んで肩から引き剥がされたけれど、何をする気だろう?

 

「シロノ、ちょっと確かめたい事が有るんだけれど」

 

「……ふむ」

 

 僕に問いかけられたのが意外だったのか少し驚いた様子で何やら考え込むけれど、凄く不安。

 同時にリアスにとってはシロノに頼るのが凄く不満らしい。

  

「お兄ちゃんはこんなのから何を聞きたいの? それこそ人魚達に吐かせれば良いだけじゃない。戻ったらトアラスだって居るんだし」

 

「うん、ちゃんと彼には任せるよ。敵から話を聞き出すのなら拷問貴族(その手の専門家)に任せるのが一番だ。でも、情報源は一本化しない方が良いんだよ。だから少し大人しくしてくれるかい? それとお兄様ね、ちゃんじゃなくって様」

 

「……はーい。分かったわよ、お兄様」

 

 まだまだ不満は残っているみたいな顔をしているけれどリアスが僕の頼みを断るだなんて余程の事、それも僕に非がある時だろうさ。

 肩に置いた手を頭に乗せて軽く撫でた後、こっちも制止が聞いたのか動きが止まっているシロノの肩からも手をどかすけれど、リアスと違ってシロノはなぁ……。

 

 トラウマは何とか九割方は克服済みだ、襲われた事へのトラウマを逆に向こうが発情期で凄く敏感になっている所を攻めて勝ったからなんて大っぴらには言えないけれど、リアスは僕にトラウマを与えたシロノに怒っていたから。

 

 あれ? じゃあ、さっきの喧嘩は僕にも責任が有るって事なのか?

 

「シロノ、この人魚達がウンディーネ族じゃないって根拠をおしえてくれるじゃい? 僕達はウンディーネ族とセイレーン族の争いを止めるべく動いている。情報は多い方が良い」

 

 こうやって彼女へトラウマを大体は克服した僕だけれど内心では少し怖い。積極的な女の子には縁があって既に関係を持ったりしているけれど、襲われたのはどうもね。

 

 それでも役目を果たす為には彼女の持つ情報が必要だ、対価を要求される危険があるのは玉に瑕だけれど……。

 

 

「私、修行の旅の途中で雇われた。雇い主、ウンディーネ族。抗争が起きる、だから戦力が欲しいと言われた。……この連中、隠れ里で見覚えもない、臭いも知らない」

 

「じゃあ、この人魚は一体……」

 

 シロノと関わった時間が短いから信用に値するのか迷う人も居るだろうけれども僕は疑わない。

 ギヌスの民が持つ戦士の誇りは適当な情報を渡すなど許さないから。

 己の感覚で手に入れたと情報を捏造する筈が無いさ。

 

「私、一つ思い当たるのある」

 

「それを教えてくれるかい? そうしてくれると僕は助かる」

 

 だから続けて出そうとしている情報だって信用するさ。

 シロノの情報が正しいのなら船を襲った人魚達は別の場所から来た第三勢力、もしくはセイレーン族がウンディーネ族の振りをして人を襲ったという事だ。

 

「え? 他の部族が来てるかもしれないの?」

 

「……そもそもセイレーン族が人を襲うのを忌避しているのは個人の申請、それが正しい前提で動くのは第三勢力の介入を考えないのと同じさ」

 

「成る…程……?」

 

 分かってるのかなあ、本当に……。

 

 

「分かった、教える。でも、条件一つ」

 

「家に相談すべき内容じゃ無かったら……」

 

 今はリアスが状況を分かっているかどうかじゃなく、シロノが持つ情報の内容だ。

 訊ねた僕に向かって人差し指を一本だけ立てた手を見せて来たんだけれど、シロノの交換条件って不安だな。

 

 肉体関係とか正妻の座とか、そんな感じの気が……。

 

 

 

「キスだ。前回は私から。次は貴様からだ、我が夫。キスするのなら情報を渡す」

 

「ええっ!?」

 

 僕の胸元を掴んだシロノは人差し指を僕の唇に当てた後で自分の唇に触れる。

 キス? キスって唇を重ねるだけのキス……まあ、キスってのはそんな簡単に言うもんじゃないんだろうけれど出会った初日で逆レイプしようとして来た相手からの要求がキスだなんて……。

 

 今朝されたばかりの僕からすれば信じられない、頭の中に浮かんだのは素直に信じてキスをした途端に抱き締められて連れ去られ、そのまま肉体関係を強制的に結ばれる姿だ。

 女の子相手に酷くないかって?

 

 肉食系にも程がある相手に対しては酷くなんか無いさ。

 逆レイプの被害者になる所だった僕が言うんだから間違っちゃ居ないだろう。

 

「どうした? キスで、照れてる? ……私、散々体を弄られた」

 

「……は?」

 

 あっ、そうですね、発情期の君に襲われそうになったけれど全身が敏感過ぎたから大人しくなるまで全身を撫でたり突っついたりしたよ。

 でも、この場にリアス居るから、ツクシも居るから。

 妹にそんな事をしたのを知られるのはきっついし、ついでにツクシを通して家の人達にも伝わっちゃうし、顔を赤らめながら言うのは勘弁して欲しいなあ。

 

 ほら、リアスが完全にジト目になって僕を見ているじゃないか。

 

「その後、私の横で髪がグルグルの女と……」

 

「それでキスをしてくれって言うのは何故?」

 

「して欲しかった。するの、嬉しい。されるの、多分嬉しい。両方感じたい」

 

 思ったよりも真っ当な理由、これは信じても良いかな?

 シロノとは只の知り合いじゃなぐって結婚が決まっているし……。

 

 正直言えばワイルド系の美少女とキスをするのは悪い気はしない、僕だって女の子だし、その際に弾力と重量感が凄い胸が密着しないかなって余計な下心も出てるし。

 

 でも、大きな問題が、途中で遮ったけれども余計な事まで喋られたから発生している緊急事態をどうにかしないと。

 

 

「……ふんっ! お兄様のスケベ、変態」

 

 頬を膨らませてプイッて横を向くリアスの姿を可愛いと思いつつも慌てるしか出来ない。

 うん、スケベとか言われても否定出来ないけれど、本当にどうしよう。

 この子は拗ねたら機嫌を直すのが大変なんだよ、この子の為なら手間を惜しまないけれど!

 

 

 

 

  だが! この状態のリアスの機嫌を直ぐに直す手段が存在する。

 それはポチの羽毛の中でも特にモフモフフワフワのお腹の部分、僕か僕が誰かの為にお願いした時、後はお菓子をくれたメイドにしか触れさせない超最高の天然羽毛布団なのさ!

 その魅惑の柔らかさはウチの真面目なメイド達でさえ軽く触れるだけの筈が倒れ込んで全身で堪能、いつの間にか眠ってしまいメイド長に叱られるってのを繰り返す程。

 

「ポチ……あっ」

 

 だから今すぐこの場で機嫌を直して貰おうと思ったのに肝心のポチは退屈していたのかツクシの髪を嘴でハミハミするって遊びに夢中、親愛から来る行動だからかツクシも諦めた顔で髪がヨダレでベッタベタになるのを抵抗せずになすがまま。

 

 ……仕方無い、後にしようか。

 

「分かったよ。じゃあ、キスするからね」

 

 背後からリアスが甲板の床を踏み砕いたけれど気にせずシロノの顎に手を当て、少し持ち上げて唇を一瞬だけ重ねる。

 無理にされた時は分からなかったけれど柔らかいな……。

 

 ……さーて、リアスの不機嫌ゲージが臨界点突破しそうな気がするよ、さっさと戻ってご機嫌取りに集中だ。

 

 

「良いだろう、人魚達の髪飾り、見れば分かる」

 

 僕が手を離すと名残惜しそうな表情をしながらシロノが教えてくれた通りに人魚の髪に目を向ければ確かに似た感じの髪飾りを付けていた。

 

「あの髪飾りを調べれば良いんだね。……あれ? その程度だったら……」

 

 この後でトアラスが少々Rが18でGな方法で話を聞く予定だし、その時に分かったんじゃ、とか、リアスの機嫌を損ねてまで無駄だった、とか考えてしまうな。

 

「キュイ? キューイ!」

 

 ポチは癒されるなあ、君と出会えた事が僕の人生において五本の指に入る幸せなんじゃないのかな?

 ”髪飾りが欲しいの? だったら僕が取ってあげる!”と無邪気で良い子な言葉と共に人魚達の髪飾りを咥えてブチブチと髪の毛と一緒に取って行く。

 

 禿げちゃってしまったけれど、相手は船を襲ったし……別に良いか!

 

 

「キュイ!」

 

「うん、ありがとう。って、これは簪……?」

 

 髪の毛と一緒に受け取った髪飾りは真珠を幾つも飾った簪、この大陸じゃ出回っていない物、そう……東の大陸に存在する、この大陸の国とは敵対する”桃幻郷”の物だった。

 




応援待ってます 応援待ってます 応援待ってます 応援待ってます

ネタが被るのでこの程度で


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おかえりください

あと24人で1600になるんだブクマ!  感想も欲しいな!


  俺が初めて兄貴の船に乗せて貰った日、船酔いでゲェゲェ参ってた俺の頭をワシャワシャと撫でながら兄貴が言った事を今でもハッキリと覚えている。

 

「リカルド、さっさと大きくなれ。そんで強くなれ。こんな生業だ、嵐だのモンスターだので何時死んじまうか分からない癖に俺達にはこれ以外は無理だ。だから……俺に何かあったら家族を守るのはお前の役目だぞ」

 

 朝にちょっと食べた程度で殆ど入っちゃいない胃の中の物を吐き出しながら兄貴の言葉を聞いていたが、餓鬼にとっちゃ親ってのは凄い存在、親父が居ない俺にとっては兄貴が親父同然だったんだ。

 

 だから兄貴が死ぬなんて、俺が守る立場になるだなんて想像すら出来なかった……。

 

 

 拷問貴族ルルネード家、そんな相手が俺の尋問をすると聞いた時は何をされるかと恐れた物だが、所詮は学生、餓鬼のお飯事って奴だ。

 

 水責め? 鞭打ち?

 

 その程度の拷問、ボロボロの船で海に出ていた事に比べれば大した事ではないんだよ。

 海は直ぐに表情を変える、晴れていると思えば急に嵐になって横波を食らえば海に飲み込まれる、俺も何度も海に投げ出され、板切れに掴まって浜辺まで辿り着けたのは本当に運が良いのだろう。

 

 だから今、こうして俺は忍び込んだログハウス……ログハウスだよな? から抜け出せていた。

 忍び込んだ時にグリフォンに捕まっちまったのは不運だが、随分と甘い待遇をする連中だったのには本当に安心だぜ。

 貴族のボンボン共には人をマトモに傷付ける事は出来ませんって事か?

 

 

 ……俺が育ったのは貧しい漁村、先代王妃の時代は本当に俺達の生活は糞で三日に一度は水を飲んで空腹を誤魔化す、育ち盛りの俺には本当に辛く一日中イライラして喧嘩ばかりしたもんだ。

 そんな俺が生きていけたのは、立ち直れたのは兄貴のお陰、兄貴がいなかったら体の弱いお袋と俺はとっくに死んで居ただろう、親父が生きてさえいれば最初からマトモに生きられたもんかね?

 

 

「待ってろ、兄貴。アンタの娘は俺が守る」

 

 自分の食い扶持を減らしてまで俺に飯を食わせてくれて、他の漁師が出ないような時でさえ海に出て稼いでくれた兄貴、甘ったれていた俺を厳しく叱って簡単な手伝いから漁師の仕事を叩き込んでくれていなきゃ今頃俺は飢え死にだ。

 

 今の王妃になって随分とマシな生活になった頃、これから俺達の生活も楽になると思っていた時に兄貴は死んだ。

 最初は気になる女が居ると言っていて、今は会わせられないとどんな相手かは教えてくれない。

 

 

 だから後を付けてみれば相手は人魚、交わった相手を喰らっちまう見た目は美人な化け物さ。

 

 

 

「もうお袋は居ないしお前も一人前だ。それに俺と彼奴は大丈夫、本能だろうが乗り越えてみせる」

 

 俺にとって兄貴は誰よりも凄い、だから本当に兄貴ならば大丈夫だろうと信じ、だから今この世に兄貴は居ない。

 そんな兄貴が大丈夫って言ったんだ、俺は信じて止めないで、今考えれば止めれば良かった、殴り合いになったとしても兄貴が生きる道を選べば良かったのに俺って奴は……。

 

 兄貴が人魚の所に行って一日、随分とお楽しみなのだと思った。

 

 二日目、引き留められているんだって不安にもならなかった。

 

 三日目、女の側を離れたくないんじゃって少し不安になって、四日目に兄貴を探しに行っても見付からない。

 

 ああ、兄貴は食い殺されたんだって分かっちまったよ。

 

 家族の敵を討つ、それだけが俺の人生になった瞬間だ。

 人魚の顔は覚えている、だから人魚に関する噂を追って各地を回り、人生を捧げて見つけたのは人魚の餓鬼、親とはぐれてモンスターに襲われて死にかけていた其奴は兄貴が愛した人魚に瓜二つ、つまり此奴が兄貴を殺した怪物の娘だと一目で理解して……殺せなくなった。

 

 もう兄貴は居ない、目の前の人魚だけが兄貴が存在した証だと思うと憎む事なんて出来ず、俺は其奴を助け、身内として偶に会う様になった。

 

 彼奴は親も兄貴も居ない俺にとって唯一の家族だ。

 

 

 

「待ってろ。俺が守ってやるから」

 

 気を失った振りをしているのにも気が付かずに俺を放置した間抜けの目を盗み、窓から脱出した後は塀の役割として設置されたらしいアイアンメイデンをよじ登り、有刺鉄線で怪我を負いながらも抜け出せた。

 

 次の世代を担うのがあんな連中だ、俺みたいに貧しい生まれの奴は何時までも貧しいままなのだと思うと気が沈みそうになるが頭に浮かぶ兄貴の言葉とそして兄貴の血を引く姪……俺に残された唯一の身内の顔が奮い立たせ今やるべき事は何かと問い掛ける。

 

 

「人魚同士の争いも、人間の相手も勝手にやっときやがれ。……待ってろ、無理にでもお前を連れ出すぞ」

 

 温い拷問を受ける前にグリフォンから受けた傷が痛み、貴族の所在を確かめる為に数日間動き続けて疲労が溜まっているが、死なせてはならない相手の存在が俺を突き動かす。

 

 気絶の振りの最中、思わず寝てしまっていたのが功を奏して頭が冴えた気分だ、今の俺には不可能など無いとさえ思えて来た。

 

「そうだ、最初からこうすれば良かったんだ。そうだろう? ミュズ」

 

 ミュズ、兄貴の血を引く人魚の娘の顔を思い浮かべ俺は脚に力を入れると更に速度を上げて海岸へと走り抜けた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ! 行ったようだな!」

 

「ちょっと声が大きいわよ、ニョル。拷問は軽~くに留めておいたけれど、随分とお疲れだったから心配したのよねん。でも、元気で何よりよ。……さてと、鞭で撫でた程度じゃ吐かなかったウンディーネ族の隠れ里まで案内して貰えるかしらね? ……途中でモンスターに襲われても困るから見つからないように周囲で戦うわよ」

 

「了解した! 気取られぬように最速最小限で静かに戦おう!」

 

「いや、貴方は一旦ログハウスね、五月蠅いから。……ヒージャ、ちゃんで良いかしらん? ああ、さん付け? それは後で聞くとして、今は追い掛けましょうか」

 

「さん、でお願いしよう、先輩。承った、僕も尾行の訓練は受けているし、任務で経験している。……ルート先輩は本当に帰ってくれ。見つからぬように静かにな」

 

「了解し……」

 

 

「「だから声が大きいのよん(です)!」

 

 

 

 リカルドが罠に気が付かずに未来を嘆きながらも突き進み、トアラスとアンリが人の話を聞かないルートに溜め息を吐きそうになる頃、ウンディーネ族の隠れ里がある孤島より少し離れた海上、其処で腕組みをしながら島を眺める少女が居た。

 

 服装はロングスカートのワンピース、膝から下が海に浸かった状態で直立する彼女は目元を隠した状態の群青色をした前髪の隙間から島を眺め、憂鬱そうに溜息をこぼす。

 

 

「む? どうしたのじゃ? 私様が見ていてやっている、大船に乗った気で励むが良いぞ、にょほほほほほほほ!」

 

 その背後には神獣最アホの子ことサマエル、憂鬱そうな少女とは対照的に脳天気に笑う彼女が立っているのは海から顔を出した巨大な犬の頭の上、時々ヒールの踵が目の上や耳の穴付近に当たって犬が困った様に鳴いていても気にした様子が無いので気が付いていないのが見て取れる。

 

「……サマエル様が居るから不安なのに」

 

「む? 何か申したか?」

 

「いえ、サマエル様が素敵で溜め息が出るなあ、と」

 

「そうか! そうかそうか。まあ、私様の魅力ならば当然じゃ。にょほほほほほほほ!」

 

「……はぁ。死なないかな、死んでくれないかな、死んで欲しいなあ……」

 

 矢継ぎ早に出される毒舌もサマエルには自身の高笑いに紛れて届かず、少女はそれに気が付いているらしく声の大きさを小さくしては呪詛を送り続けている最中だ。

 

 

 

「して、此度の任務の確認をしたいのじゃが、桃幻郷の連中に力を貸してやる理由は分かっているのか? わ、私様は……うん。忘れてはおらぬぞ?」

 

「絶対忘れているし、それを理由に落としたい。海の藻屑になってくれないかな? 帰りたいし、サマエル様には還って欲しい、土に」



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尚、兄のゴリラ呼びに悪意は無い 故に辞めない

昨日短編投稿しました! 未だUAが少ないので読んで欲しいな


 ”桃幻郷”、聖王国含む四ヶ国が存在する大陸より東に海を渡った大陸に存在する国で、仲はあんまり良くない……いや、敵対しているし、向こうも此方も攻撃を仕掛けている。

 ギヌスの民が聖王国に受け入れられるより前に所属していた国でもあって文化的には東洋風……擬き、刀とかそういった感じの物も向こうから流れて来ているけれど、色々と高く売れるから商売としては美味しいんだよね。

 

 

「キュッキュッキュッキュキュユキュキュキューイ! キュキュキュイキュキュキュイキュキュキュキュキューイ!」

 

 そんな連中に関わりのある人魚、シロノ曰く”マーメイド族”って部族らしいけれど髪の毛を一度抜いてみたら普通とは髪質が違うからって上機嫌だ。

 ブチブチブチーって感じに髪を引き抜いている姿は行為こそえげつないのに可愛いなあ。

 こう首の辺りに抱き付いてギュッとしながら頭を撫で撫でしながら首に顔を埋めてクンカクンカしたい、今すぐしたい。

 

 ……しようかな? でも、今はやりたい上にやらなくちゃならない事があるからね。

 

 

 モフモフ撫で撫でクンカクンカしてフッカフカの羽毛でスヤスヤしたいけれど!

 

 

 

「お兄様、怪我の治療終わったわ! ほらほら、もう終わったのよ、見て……」

 

 この中で今現在回復魔法が使える(という事になっている)のはリアスだけだし、頼んでみたら全員一斉に治療しちゃって凄いよね。

 治療を終えた途端に誇らし気に胸を張りながら寄って来て、誉めて欲しそうにしてたのに途端に不機嫌モードで頬を膨らませて可愛いなあ……いや、この状況で可愛いと言っている場合じゃないんだけれど。

 

 

「ねぇ、リアス。どうしたら機嫌を直してくれるんだい? 兄妹で仲良くしたいんだ」

 

 元々僕の不始末が理由だ、あれこれ言い訳はしたくないんだよな、女性関係の言い訳を妹にするのも何か違う気がするし。

 

 

「……じゃあログハウス迄お兄ちゃんに背負って貰って帰る」

 

 ほら、それにリアスだって僕が嫌いになった訳じゃない。

 ちょっと不満に思ったから素直になれないだけだし、僕がちゃんと”理想のお兄ちゃん”で居られてなかったから拗ねはしたけれど僕達の絆はこの程度じゃ壊せはしないんだ。

 

 お兄様と呼ぶように注意するのは今回は止めて、お願いされるなり背中を向けてしゃがめば即座に飛び乗られる。

 

「キュイ……」

 

 ああ、ポチも羨ましいんだね。

 思い返せば直ぐに大きくなっちゃったけれど、卵から孵ったばかりの頃は僕の頭や肩に乗るのがお気に入りだったんだからね。

 

 背中に妹の軽さを感じれば、聖女だのゴリラだのゴリラ系聖女だの聖女系ゴリラだの呼ばれていても本当は可愛い女の子なんだって確かめる迄もない事を再認識させられて、同じ様にお願いされて背負っていた小さい頃を前世も今世の両方を思い出す。

 僕はお姉ちゃんに背負われていたけれど、この子は僕とあの人の二人に背負われていたんだって。

 

 ……矢っ張り寂しいのかな?

 

 僕が他の女の子と仲良くしてて放置された気分になっていたり、お姉ちゃんと再会した事が切っ掛けで甘えん坊な部分を抑え切れなくなってさ。

 

 

「僕が守るって決めたのにな……」

 

「何を? お兄ちゃんって何時も私を守ってくれているでしょ?」

 

 思わず出た呟きに背中の上から不思議そうな声が掛かる。

 僕、リアスの事とは言っていないのに伝わってるな、これが以心伝心って奴か。

 反対に僕はリアスの心を分かって居ないんだから情けない。

 

 認めてくれている事は嬉しいけれど、僕にだって意地があるから認める訳には行かないさ、リアス。

 体と心、二つとも守らないと、お兄ちゃんは君を守れていると誇れないんだ。

 

「うん、守ろうとはしているよ。リアスは大切で愛しの可愛い妹なんだからさ」

 

「だから守れているわよ?」

 

 だから、本人は守れていると思ってくれているけれど、僕は自分がちゃんと出来ていない情けない奴だと思っているんだ。

 

「お兄ちゃんったら変なの。それよりもログハウスに帰りましょう。どうせだったらポチと競争する? ポチにはツクシを乗せれば良いし」

 

 僕が僕を認めてやれる日が何時になるのか、少なくても今の僕には見当が付かなかった。

 

 それにしても競争か、面白そうではあるし、ワクワクしているのが伝わるからやってみたくはあるんだけれど、そのリクエストには応えられないのさ。

 

 早速提案を却下する事になっちゃった……。

 

「競争は今度にしようか。リアスも加わってさ。ほら、今日はログハウスに連れて行かなくちゃならない相手が居るだろう? 気にする事が無い状態で楽しもうよ」

 

「そうっすよ、姫様。人魚とか気絶したままの船員とか居るっすし」

 

 さっきまでポチの唾液でベットベトだったツクシの髪は人魚にターゲットが移っている間に僕が唾液の時間を操って綺麗な状態に戻したんだけれど、髪型まではそうは行かなかったよ、ごめんなさい。

 

 うっ、手櫛で直す最中に味方をしてくれたけれど目が怖い、絶対怒っているな。

 

「……はーい。じゃあ、今度絶対ね! 絶対競争するんだから!」

 

 あらら、折角機嫌を直したのに残念な想いをさせちゃった、

 でも、山積みの人魚とか治療したばかりの船員達を放置しても居られない。

 

 それがちゃんと分かるんだからリアスは馬鹿なんかじゃないよ。

 馬鹿なのは此処で始末しろとか庶民は放置しろとか目先の厄介事しか考えない連中の事なんだから。

 

 

「おい、夫」

 

「未だ違うけれど何だい? シロノ」

 

 この船をどうするべきか、ポチに風を操って動かして貰うにしても制御が難しいから困っていたらシロノが何やら用がある様子、途端にリアスが不満そうに僕の肩に置いた手に力を込めちゃうし面倒な内容なら勘弁して欲しいと思っていたら、船を指差した後で自分の顔を指し示す。

 

「私が運ぶ。先に戻っていろ」

 

「え?」

 

 運ぶって言ってもどうやって運ぶ気なのか聞く前に彼女は海に飛び込んで船尾まで泳ぐ。

 そして船に手を当てたと思った瞬間、泳ぐ彼女に押された船は通常よりもずっと速く動き始めた。

 

 

「うわぁ……」

 

 風の魔法は使っていないみたいだし、まさか素の力で船を押してるの!?

 凄いって感心するよりも恐ろしさが勝るけれど、後はツクシに見張りを頼んだら大丈夫か。

 

 先に戻っていろ、つまり後からログハウスまで来る気……うん、説明の為にも彼女には居て貰った方が都合が良い、立場も僕の婚約者だし問題は……多分無い。

 

 

 他の問題が山積みだけれどね!

 

 

「ポチ、じゃあ競争しようか?」

 

「キュイ!」

 

 空中に停止した空気の道を造りだしてリアスを背負ったまま飛び移る。

 じゃあ、ツクシにスタートの合図を頼んで楽しい楽しい競争の始まりだ!

 

 

 現実逃避? はっはっはっ……ナンノコトヤラ。

 

 

 もう直ぐ訪れる問題から目を逸らしつつ僕はスタートの合図を待つ。

 ポチには悪いけれど負ける気は無いからね!

 

「それにしても凄いな。……バタ足で船より高い水柱が上がっているや。船、大丈夫かな?」

 

 シロノが推進力となった事で帆船は船首が持ち上がってしまう程の速度になっていて、船が壊れないか心配になってくる。

 船の上の人達が心配だけど、きっとツクシがどうにかしてくれるさ!

 

 

 

 

 

「所でお兄ちゃん。……私だってその気になれば船を泳いで押す位(あの位)出来るからね?」

 

 僕がシロノを誉めたからか又しても拗ねた様子のリアス、そっかー、出来るのか。

 まあ、リアスだからね。

 

「そうだね。リアスは強い子だから出来るさ」

 

「ええ! だって私はお兄ちゃんの次に強いもの!」

 

 どうしよう……ウチの妹が最高に可愛い。



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妖精姫は気にくわない

レキアの絵は活動報告の漫画で


「……気に入らんな。ああ、気に入らん」

 

「キューイ?」

 

 人魚の歌に反応して向かっていったロノス達が面倒な話を持って帰って来たのは別に良い、妾とて厄介事に巻き込まれた事で怒る狭量な女ではないのだから。

 桃幻郷の人魚共がやって来た、確かに面倒な話なのだろうが海は広く深いのだ、連中を相手しているギヌスの民とて全土を守るのは無理であるし、そもそも聖王国以外の地を守る気も義務も無い。

 

「おい、もう少し仰向けになっていろ、ポチ。妾は貴様の羽毛の寝心地が嫌いではない」

 

 元々同じ部族が分かれただけの人魚共のいがみ合い、それをどうにかしろ等と学生に押し付ける老害にも腹が立っていたが、ロノスならばどうとでもなったのだろうよ。

 少々難しい課題程度だったろうが桃幻郷が関わっているのなら話が変わって来る。

 

 

「まあ、妾には無縁の話。人間同士で話し合っていれば良い。だろう? ポチよ」

 

 当然妾はその様な話し合いに参加してやる云われは無いのだからポチの腹の羽毛を堪能しつつ時間潰しだ。

 妾は妖精の姫、優雅で高貴な存在は……ぬぅ!?

 

「あの女、幾ら何でも密着し過ぎだ!」

 

 あの蛮族中の蛮族の様なウサギ女、ピカピカ女ことリアス以上に脳味噌まで筋肉で構成されたシロノはウンディーネ族に関わっていたそうだが、だから話を聞き出すのは別に良いだろう、その程度なら妾の半径二百メートル以内に入る程度は許してやるが、どうしてロノスの隣に座らせている!?

 

 そもそも、そもそもだ!

 妾と奴、そのどちらかがクヴァイル家に正妻として嫁ぐ、つまりシロノと妾が現在同等扱いをされているという事になるのだ、信じられるか?

 

 まあ、ギヌスの民であるナギ族とナミ族とクヴァイル家の関係は知っている、我等妖精族と同じ程度の重要性なのも……防衛で重要な役割を担っているのだから受け入れてやろう、妾は度量は並ではない。

 

 だが、シロノは別だ、奴だけは気に入らん。

 ロノスに対して馴れ馴れしいし、戦闘民族にしても奴は行き過ぎなのだ!

 

 

「まあ、馬鹿馬鹿しい怒りではあるが。妾が選ばれるのは揺るがない事実。これは感情の問題でしかないが……」

 

 人の心は複雑怪奇、悩む必要の無い事で悩むなど、妾も王族としては未熟なのか。

 

 

 

「いや、これでは妾がロノスの正妻になりたい様ではないか。いやいやいやっ!? 正妻でないなど妾の誇りが許さぬだけで、別に男として好きな訳では……」

 

「キュイ?」

 

「”違うの?”ではない! 違うのだ、覚えておけ」

 

「キュイ……」

 

 ”素直じゃないなあ”とはどういう意味だ、邪推しよって!

 

 ……いかん、長年の癖が出てしまったではないか。

 好意を認める、但し己を騙さぬだけ、そう決めたのだが、どうしても否定する方向に頭が働いてしまうとは。

 大っぴらに認めてしまえば楽なのだろうがな。

 

「馬鹿馬鹿しい。何があっても決して妾の口からは奴を好きとは言わぬ。正妻になって欲しいと頼まれれば受け入れよう、妻になったのなら夜の営みに応じてやっても……」

 

「キュイ?」

 

「……貴様には少々早い話だったか。直ぐに忘れよ」

 

 さっきから私は子グリフォン相手に何をやっているのやら。

 

 純粋な瞳で首を傾げて”夜の営み?”と理解出来なかった言葉の意味を尋ねられても答えようが無い。

 忘れろ、後で絶対にロノス達に意味を尋ねるでないぞ。

 お菓子を与えてやる、だから絶対だ。

 

「動きがあったか……」

 

 窓から室内の様子を伺えばハーフエルフの教師が何か説得しようとし、赤髪の男が不満そうにしているがチェルシーが後頭部を叩いて何か言い聞かせているらしい。

 

 おい、それは良いとしてロノスに抱き付こうとするな、脳筋ウサギ。

 リアス、そのまま引き剥がして近寄らせるな、何なら殴って気絶させても構わぬぞ。

 

「ぬぅ……」

 

 あわや殴り合いにまで発展しそうな時、ロノスが何やら言って二人の間に仲裁に入っている様子を眺めていたのだが限界が近い。

 このフカフカの羽毛の持つ極上の寝心地が妾を睡眠に駆り立てる。。

 

 苛立ちも魅惑の寝具の前には無力で、睡魔に負けた妾は眠ってしまうのだが元より妖精族は自由に生きる存在、こうして夜でもないのに眠る姿も優雅なのだ、何一つ恥じる必要がな…い……。

 

 

 

「すやぁ……」

 

 

 

 

 

 ふと、目を覚ませば見知らぬ部屋のベッドの上、更には妾は人間サイズ、一体何があったのかと首を傾げるも分からん。

 そう、全く分からんのだ。

 

 

 

「何故ロノスが隣で寝ている? しかも妾も此奴も裸ではないかっ!?」

 

 ベッドの下に視線を向ければ寝間着らしき衣服や下着が乱雑に脱ぎ捨てられ、この状況は誰が見ても事後、認識した途端に足腰が立たない気がして来たのだが……。

 

「取り敢えず起きろ、ロノス! 状況を説明せよ!」

 

 窓を見ればカーテンの隙間から月明かりが差し込んで時刻が夜だと教えてくれるが他は不明。

 だが、流石にロノスならば何かが分かるだろうと声を掛けても起きぬ。

 ならばと上に乗って体重を掛けながら揺れ動かすが……何か忘れていないか?

 

 確か重要な事を……今は後回しにしよう。

 

「ええい! 呑気に寝ている場合じゃ……ひゃっ!?」

 

 そうだ、妾、今裸であった。

 

 全裸で全裸の男の上に乗っている、そんな状況に気が付いて羞恥心が頂点に達した妾の腰に回される腕、そのまま引き寄せられてロノスと視線が交わるのだが、普段向けられている親愛の籠もった物とは違う気が。

 第一、何故この様な姿でこの様な所に居るのだ?

 

 何か妙な感じ…が……。

 

 

「未だ足りないのかい? そうだね、新婚初夜なんだから楽しもうか」

 

「……うん?」

 

 今、新婚初夜と言わなかったか?

 言われてみればその様な気もするな、そうか今は新婚初夜だったのか。

 

 腰に回された手も新婚初夜ならば振り払う訳にも行かぬだろうし、なすがままにされてやろう。

 

「それでどうする? さっきは僕が奉仕する感じだったけれど……」

 

「さっきまでと同じで良い。貴様が妾に奉仕するのだ。だが、その前に一つ……」

 

 抱き寄せられ耳元で囁かれるだけで身震いがして、先程までと言われても全く思い出せない行為も余韻だけは残っている気がする。

 主導権を渡す訳ではないが同じで良いだろう。

 

 先に条件を提示せねばつけあがりそうなのが困り物だがな……。

 

 

 

「妾に愛を囁いて……それからキスをするのだ。さすれば妾を抱かせてやろう」

 

「愛しているよ、レキア」

 

 頭の中が沸騰しそうな中、ロノスの唇が近付いて、妾もそれを受け入れる準備を……。

 

 

 

 

「キュキューイ!」

 

 準備をした所で目が覚める。

 

「夢か。……そうか、夢だったのか」

 

 右を見ればポチが仰向けの姿勢のまま鼻提灯を膨らませながら寝ているが、今のは寝言か。

 折角の……いや、ベ、別に惜しい夢でもないのだし、もう一度寝て続きが見れるとかは無関係に二度寝を……。

 

「みにゃっ!?」

 

 左には仰向けになってポチのお腹を枕にスヤスヤ眠るロノスの姿……心臓が止まるかと思ったではないか、戯け。

 

「どうしてくれようか。……ふむ」

 

 恐らくは少し枕にするだけの予定が眠ってしまったのだろう。

 ならば何かあれば直ぐに起きるであろう、その時に悪戯をしてやる。

 

 人間サイズになり、ロノスの唇に唇を近付ける。

 ふふふ、この距離で止めて声を掛けて起こした時、どの様な反応をするのか実に楽しみ……。

 

 

 

 

 

「おい、ロ……」

 

「先客か。早くすませる。次、私」

 

 突如後頭部を軽く蹴られた勢いで妾は前に押されて、その勢いでロノスに抱き付いた姿勢で唇を重ねてしまった。

 

 

 

「……貴様、妖精の姫たる妾の頭を蹴ったな?」

 

 ロノスが目を覚ましたが素早く起き上がり背中を向ける。

 別に恥ずかしいからではない……ぞ。

 

 今は睨まねばならぬ無礼者が居るだけだ。

 

「うん? ああ、レキアか。大きくなれたか、驚き」

 

 ええい! 不愉快だ!

 




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バニーガールは分からない

「私、シロノ。ロノスの妻」

 

「妻になる予定の相手でしょ、忘れたのね、覚えられないのね、頭の中まで筋肉なんだから」

 

 浜辺まで押して運んだ船をツクシに任せ、私はログハウスに来ている。

 鉄製の人形と茨みたいな鉄の縄に囲まれた変な建物、王国の建物は変、よくこんな建物で過ごせるな。

 

 小さいハーフエルフ……強い

 

 五月蝿い男……そこそこ

 

 胃の辺りを押さえている眼鏡……強い……のか?

 

 オレンジ髪の女……そこそこ

 

 グルグル頭……弱い

 

 その他……赤髪がそれなりだが未熟で他は弱い

 

 問題は……。

 

 

 黒髪……黒髪はよく分からない、妙な感覚、戦わなければ分からないの、久し振り

 

 面倒なので名乗りはしたがリアスが五月蠅い、相変わらず声が大きいが胸は小さい。

 だから聞き流しながら室内の連中を観察、強さを計るが妙な女に戸惑う。

 ザワザワって変な感覚、これは恐怖、いや、警戒。

 

 

「あの、私が何か?」

 

 私の視線に黒髪が気付く、怯えた様子……多分嘘。

 気弱で取るに足らない相手、それは演技、この女、私に何も感じていない。

 何故演じる?

 何故本当の顔、出さない?

 妙だ、変だ、敵ならば倒す、そうでないのなら関わらない。

 

 深い深い闇、それが日との姿を取っている、そんな女だ。

 

 

「シロノ?」

 

「……」

 

 ハーフエルフが何か言って、赤髪が反発している。

 ”事態が変わった、帰るべき”、”ビビって帰れば名折れだ!”、声は届くが内容は頭に入って来ない、黒髪の存在だけが私の視線を奪い、警戒を独占する。

 毛の一本程も意識を逸らすなと本能が警告する中、気が付けばロノスの腕に抱きつ付いていた。

 

 私、不安になっている?

 

 無意識にロノスに頼った?

 

 私を守れる存在だと、守ってくれると頼っている?

 

 そうか、成る程。

 

 

「ロノス、私は思っていた以上にお前が欲しいらしい。番、なりたい。子供、絶対に生むぞ」

 

「アンタねぇ、急に何を言ってるのよ。ちょっと殴って目を覚まさせてあげようかしら?」

 

 ロノスの目を見つめ告げている途中でリアスに引き離される、鬱陶しい。

 私との戦い望む? 良いだろう、私も戦ってみたかった。

 

 

「手加減しない。お前、強い。全力で行く」

 

「上等! 顔の形が変わるまで殴る」

 

「胸が腫れ上がるまで蹴る。大きくなるぞ、嬉しい?」

 

「……ぶっ殺す!」

 

 殺気を全身に感じ、気分が高揚する。

 ああ、矢張り私、戦闘民族、生粋の戦士。

 

 私、ロノス求める。

 私に勝った、私に相応しい男。

 だから犯す、これは決定。

 ……只、思う。

 

 ロノスならば良い、それが最近まで、再会後は変わった。

 ロノスならば、ではなく、ロノスが良い、何故だ?

 分からない、分からないが……心地良い。

 

 キスした時、下半身が疼いた。

 キスをされた時、心が疼いた。

 

 どちらも良い、一方的に蹂躙し私の物にする、同時に私を奴の物にする、絶対に譲らない。

 

「嬉しい、楽しい。リアス、一度本気で戦いたかった」

 

 だが、今は目の前の相手との戦いを楽しもう、心の奥底からの歓喜に身を任せよう。

 邪魔は許さない、邪魔はさせない。

 敵意濃い眼差しを向けられて、獰猛な笑みを抑えられなかった。

 

 お前もそう、私には分かる。

 ロノスとリアスの祖母、ナギ族の出身、鬼族ではないが戦闘民族で、二人を育てたのもナギ族最強の戦士レナ。

 だから同じ、戦いを楽しむ者。

 

 全身の血が沸騰しそうな程の熱を感じ、挑発の追加だと体を揺すると同時に胸筋を動かし胸を揺らす

 

「潰す。徹底的に潰す。形を絶対崩してやる」

 

 ほら、挑発になった。

 殺気は増すが、無駄な力みは無い。

 そうだ、それでこそ戦闘民族だ、ギヌスの民の血を引く者だ。

 

 ……しかし。

 

 胸、戦いの邪魔、大した防具にもならない障害。

 何故、それを羨む? 何故、それを欲す?

 不要なの分からない、だから脳筋。

 

 

 

「あと、見てるんじゃないわよ、野郎共!」

 

 それと胸が揺れただけで男の視線集まった……何故?

 あっ、赤髪がオレンジ髪に連れて行かれた。

 

 

 さて、我慢、限界。

 

 私とリアス、互いに睨み合って同時に踏み込み拳を叩き込んで、同時に後ろに吹き飛んだ。

 足で床を削りながらの後退、踏みとどまるの、無理な剛撃。

 互いに体勢は崩さず、

 

 

 一撃の威力、私の勝ち。

 後退の距離、リアスの方が僅かに長い。

 

 でも、一撃入れる間に三発食らった。

 ダメージの大きさ、私の方が大きい。

 

 私の方がタフ。

 だが、同じ殴り合いだけなら不利。

 

「遊びは此処まで。次から本気出すわよ」

 

「同じく。魔法は無し。力と技、それで決着」

 

 そう、殴り合いだけなら。

 この戦い、魔法は野暮。

 己の肉体だけで戦うの、戦士の美学。

 

 持てる技を全部ぶつけ、私が勝つ。

 

 

 

 

 

「待った待った! 二人共、争いは一度止めて!」

 

「お兄ちゃ……様、邪魔しないで!」

 

「そうだ。後で寝技の相手してやる。今は下がれ」

 

 間に入り込むロノス、野暮な奴だ。

 だが……。

 

 

「……気が変わった。良い、今は止める」

 

「はぁ!? アンタ、逃げる気!?」

 

「リアスもお願い。僕からの頼みだからさ」

 

「……はーい」

 

 ロノスに手を合わせて頼まれ、リアスはむくれながらも承諾。

 この兄妹、相も変わらず仲が良い。

 一見、兄が妹を甘やかして言われるがまま、実際は兄も妹を上手く動かしている。

 家族の絆、兄妹の信頼、それがリアスが制御されている理由、でなくば私との戦いは続いている。

 惜しい、と思う。

 何故か、羨ましい、とも思う。

 

 リアスが止まった理由はこれ、ならば私は?

 

 

 

 私にとって強敵との戦い、飢えた獣の前に差し出された肉と同義。

 何故、ロノスに素直に従って止めた?

 ……ロノスの言葉だから?

 

 多分、そう。

 困らせる、嫌だった。

 何故? 私とロノス、盟約で結婚する。

 私、納得、奴ならば文句無し。

 困らせるの、子供作るの無関係、それで盟約破棄されない。

 

 

 分からない、何故だか理解出来ない……理解したいと思う。

 こんな想い、初めて。

 どうすれば分かる?

 知りたい、何故ロノスを困らせるの嫌なのか。

 

「ほら、良い子だね」

 

「もー! こんな所で撫でないでよ」

 

考え事、二人の声で中断。

ロノス、リアスを撫でて、文句言ってるリアス、表情は嬉しそう。

気が付けばロノスの空いた手、掴んで頭に乗せていた。

 

「私、先に止めた。撫でろ、誉めろ」

 

「え? あっ、うん。……そういえば戦闘民族(ナミ族)の君が止めるなんて意外だったよ。有り難う、今は戦っている場合じゃないから助かった」

 

 私、親に甘える幼子違う。

 何故こうしたか、分からない。

 でも、戸惑いながらも頭を撫でるロノスの手、心地良い。

 

 耳の付け根が特に気持ち良い。

 触れられると、下半身が疼く。

 心の暖かさ、それ以上に夢見心地。

 

「んっ……」

 

 目を閉じ、頭に触れる手の存在に集中。

 この気持ち、本当に分からない。

 不可解、不明、それらは本来は警戒対象。

 

 でも、この気持ちを知りたい理由、多分別。

 根拠無い、けれでも分かる。

 ロノスと触れ合って、ロノスの事知れば、分からない理由、分かりたい理由、全部分かる気がした。

 

 

 

「取り敢えず休憩にしましょう。今後の動きを決めるにしてもトアラス君達がリカルドさんの尾行を終えて戻ってからですし。ですが、積極的に打って出る事は無いと覚えていて下さいね。先生からのお願いですから」

 

 ロノスの手が止まり、少し惜しんでいる時にハーフエルフが提案する。

 此奴、この場の責任者、そして実力者。

 

「ちょっと僕は寝転がって来るよ。色々と疲れたからね」

 

 だから皆、従っている。

 ロノスも手を当てた首を鳴らしながら部屋を出るけれど、私はどうする?

 

 追い掛けて押し倒すか、休みたいなら添い寝で我慢するか……。

 良い、疲れているのなら無理はさせない

 だから添い寝、互いに服を脱ぐ程度で許す。

 

 「……その前にトイレ」

 

 事の最中に漏らすのは避けたい、情けない。

 

 

「……居ない?」

 

 トイレから出て、ロノスの気配探る。

 建物内、気配しない、ならば外か。

 窓の外、見ればグリフォンの腹を枕に眠るロノスの姿。

 

「丁度良い、犯すか」

 

 寝ているのならば抵抗も無い、そう思った窓から飛び出すが、近寄った途端に邪魔者が現れた。

 眼中に無かったから気が付かなかったが妖精……見覚えはある。

 挙動不審、ロノスに何用だ?

 

 警戒する私に気が付かず、其奴はロノスに顔を近付けて……察した。

 キスする気だ、何故か途中で止まったが。

 

 

 

 この後、キスしそうでしないので頭軽く蹴ってさせた。

 それで何故怒る?

 全く分からない……。

 

 

 

 



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乳母兄弟は頼りになる……のか?

唐突に浮かんだタイトル

マッチョが売りの少女


「相変わらずの様だな、貴様は。短絡的が過ぎるな。先ずは謝罪せよ、他者の頭を蹴りつける等な」

 

「力、入れていない。お前、キスしたくてもキス出来ないのを助けた。感謝すべき」

 

 額がぶつかりそうな距離で睨むレキアと睨まれている理由が分かっていないシロノ、怒鳴り声でもないのにレキアの声には敵意が籠もっているけれど、シロノは全く気にした様子は無い、分かっていない筈がないのにさ。

 

 妖精と獣人は別に仲が悪いって訳じゃ無い、元々ギヌスの民は海辺で暮らすし、溶性の生活圏は妖精の領域か其処に繋がる森、クヴァイル家って共通点が無かったら関わる事も無かっただろうに。

 

 でも、この二人って本当に相性が悪いんだよなぁ。

 

 

「そもそも貴様と会う機会は数える程度だが気に食わんと思っていた」

 

「そうか。私、お前はどうでも良い」

 

 ほら、プライドが高いレキアと唯我独尊なシロノじゃ相性が悪いんだからさ。

 

 そんな風にやりとりしている間にレキアの大きさは元の大きさに戻り、一瞬怯んだけれど歯噛みしていて、小さいのもあって可愛い。

 ……小動物扱いしたら怒るんだから言えないけれどさ。

 

 

 

 

「何で貴様と妾のどちらが正妻なのかが納得行かん」

 

「同感、正妻なるの、私」

 

「ふんっ! その根拠の無い自信は何処から来ているのやら」

 

 あれ? 何か変な流れになって来ている様な。

 この、前から気に食わなかった、って感じを二人して出し始めているし、話を切り替えないと不味い感じじゃないだろうか?

 

「キュピ~」

 

 こんな状況でもポチは鼻提灯を膨らませて眠っていて、見ているだけで癒される。

 このまま眠ってしまいたい気分だけれど、このまま眠ってしまっても二人に叩き起こされる気がして怖い。

 

 

 癒されたい、ポチやリアスに癒されたいし、夜鶴に甘えたい、彼女相手だったらどんな姿を見せても平気なんだし。

 

 

 修羅場ってこんな感じなのも有るのか。

 いや、どちらかと言えば僕じゃなくって立場を取り合っているんだから違うのかな?

 じゃあ、下手に割って入らない方が良いかもね。

 

「……今直ぐにどちらにするか選べとか言われても困るし。決定権を持つのはお祖父様であって、僕が選ぶんじゃないから無理だって言っても無駄だろうな」

 

 睨み合う二人を見ながらそんな言い訳を行い、ポチを枕からベッドに変更して全身で羽毛の感触を堪能する。

 この空中に浮いてるんじゃないかって錯覚しそうな柔らかさは心身の疲れを取り除いてくれていた。

 

 こんな風に家の力が通じない……いや、家の力を使う方が厄介な事になる相手の説得に慣れてないよな、僕って。

 そういった経験を今後積むとして、今はどうやって穏便に済ませるべきなのか、下手に首を突っ込まない方が無事に終わるかも知れないし。

 

 何だかんだ言って気位が高かったり血の気が多い二人だけれど、だからって安易に気に入らない相手に手は出さない。

 力の振るうべき時ってのを弁えているんだよ。

 

 

 どうするべきか悩み迷い、結果、僕以外の誰かなら何とかなるのではとの考えに至った。

 

「こんな時、レナでも居れば何とかなったのかな?」

 

 この状況、第三者が入るには難しく、僕が入るにはややこしい。

 リアスは説得に向いていないし、ツクシならクヴァイル家のメイドだ、将来従える相手の言葉なら耳を傾けるだろうけれど、ツクシは遠くから首を左右に激しく振って介入を拒否……さっき決めたボーナスの増額量を減らすとしよう。

 

 実力的にはレナでも、問題も多いからって彼女の代わりに来たのがツクシだけれど、レキアとは古い付き合いで、実力者でありレナスの娘だからってシロノからも一目置かれているんだ、レナなら説得出来た筈。

 

 ……どんな風に説得するのか考えてみれば参考になるかな?

 レナとは赤ん坊の時から付き合い、乳母兄弟なんだから何となく予想が出来る……。

 

 

 

「まあ、お待ち下さい。この場でお二人が争っても解決致しません」

 

 争っている二人の間に割って入るレナ、妖精の魔法も獣人の拳も恐れず行動するだろう。

 

「此処は若様と夫婦の営みをじっくりねっぷり行い、体の相性で決めるべきです。お二人同時に若様と……いえ、言い出しっぺの責任としてご相伴に……私も審判の役割を兼ねて参加させて頂きます」

 

 はい、余計に悪化する光景がはっきりくっきり浮かんだね、レナだから当然だよ。

 乳母兄弟だから信頼しているし慕っているけれど、本当にレナはレナだからな……。

 

 うーん、傍観して事の成り行きを見守ろうかな、それが良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 今の僕の心配事は目の前の二人だけじゃない、シロノから伝えられたセイレーン族とウンディーネ族に受け継がれていた絆の証である二本一対の武器の名前が”夜鶴”と”明烏”だったって事さ。

 

 酔った勢いで売り払ってしまっていた妖刀であり、現在は僕が主として認められたけれど、その条件が”能力を知っている上で忘れた状態で鞘から抜く事”だからな。

 代々主に選ばれないかと人魚達が挑んでも無駄だった筈だよ……。

 

 

「返せと言われても返す気は無い。向こうは対価を受け取って手放して、どんなルートかは不明だけれどクヴァイル家に来たんだから」

 

 分体を生み出す力を持った忍者の肉体を作り出す夜鶴と闇や光といった特殊な属性以外の魔法を扱えるようになる明烏、そんな物を人魚に渡す訳には行かないし、個人的な面からしても渡したくは無い。

 

 特に夜鶴は部下として諜報とか暗殺とか護衛とか色々と世話になっている相手で……初体験の相手だ。

 あくまでも魔力で形成されただけの肉体で、当然ながら他の誰かとの間のしがらみだって存在しない。

 そんな事もあって分体含めて彼女には色々とね……。

 

 明烏だって忠誠の”ち”も知らないって感じの戦闘狂で問題児、気に入らない事が在れば痛みを与えて抗議してくる困った奴だ。

 それでもその能力は頼りにしている。

 

 どちらも僕の愛用する武器であり頼れる部下、譲る理由は何一つ無い。

 只、問題は力で手に入れようとした時じゃなく、僕が二本に選ばれた事を知った人魚がどんな行動に出るか。

 正面から叩き潰せる場合が一番望ましいけれど、そんな風には行かない気がした。

 

 

「桃幻台の連中が何を企んでいるのか、それも不安だ。せめて部族間の揉め事が有耶無耶になってくれれば良いのにさ」

 

 海は広くて深いからギヌスの民だろうと深く潜った人魚達を完全には補足出来なくても、他の連中は別だし大隊ならば深く潜ってもギヌスの民を誤魔化せる筈がない。

 

 

「まあ、全部はトアラス達が戻って、人魚達から話を聞きだしてからか」

 

 何というタイミングの悪さで逃げ出してくれたよ、リカルド。

 ウンディーネ族の隠れ里に案内してくれるならラッキー、何処かに消えるなら捕らえて兵士に引き渡す、只それだけだ。

 

 

「セイレーン族とウンディーネ族の争いを始めようって時に周辺の海域で人を襲うだなんて、まさか二つの部族を狙っての……? 駄目だ、ヒントが足りない」

 

 そう、考えて備える事は出来たとして、実際に動いて解決に持ち込むには早過ぎる。

 共倒れとかしてくれないかな……?

 

 

 神に……取り敢えずお姉ちゃんに祈っておこうか、闇の女神だし。

 

 

「早く帰って来ないかな……」

 

 戻って来たら話し合いの続きをするからと集まれる

 この場から逃げ出すのも二人に捕まりそうだし、居なくなる口実が切実に欲しかったんだ……。



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閑話 くノ一会議in妖刀

「では、話し合いを始めましょう。分体達、何か意見はありますか?」

 

 周囲を竹藪に囲まれた平屋建ての屋敷の一室、東の大陸で”忍者屋敷”なる物に酷似したその場所の上座に座った私の目の前には跪いた自分と同じ顔の面々。

 此処は私こと妖刀・夜鶴の精神世界、本体である大太刀の内部に潜んでいる時に過ごすのがこの場所で、今出ている分体を除く数十人が揃っていた。

 

 ……まさか人魚共が私と明烏を秘宝として保有していたとは。

 主ならば私達を明け渡す事は無いでしょうし、売り払った上に元々私達の主に選ばれた訳でもない連中に引き渡されたとして、それは残りの宝を奪って戻って来いという無言の指示だとは思っていますが、一応会議をば。

 

 ちょっと昔……妖刀の感覚での期間ですが、僅かな間に本来は無個性だった分体がすっかり自我を手に入れて、主は嬉しいらしいので私も嬉しいですが、この様な場合は少し面倒。

 私が大元なんだから、私の意見に従えってなっているのが手っ取り早いのに……。

 

 

 それでも今の関係はそれ程嫌いでは無い。

 

 

「はい! 主が私達を捨てるはずがないし、そんな事よりも次の夜伽に向けての会議が良いと思うよ」

 

 ただ、ちょっと困る事も多いけれど。

 私、割と真面目な話をしていたのに、この分体は本当に……。

 

「さんせーい! 前回は褌一丁で拘束された状態での尋問プレイだったっけ?」

 

「くっ殺からの即落ちだったけどね、本体」

 

 おい、分体、少しは真面目に……夜伽の相談か。

 夜伽……夜伽かぁ。

 

 その言葉を思い返せば明確に浮かぶのは主と最初に交わった時の事、その後に幾たびも様々なシチュエーションやら行為の内容を楽しんだが、私としては主と一対一で愛して欲しい。

 

 それと即落ちと言うが、そうさせたのは、手が空いている間、自分の指で気を紛らわせて居たのは誰だと?

 

 毎度毎度、分体達まで加わる上に感覚を強制的に共有させられるせいで常に感じさせられる通常の数十倍の快楽。

 私の肉体が魔力で形成された存在でなければ頭が焼き切れそうな快感を常に感じ続け主に情けない姿を晒す事に一種の楽しさを覚える今日この頃……ではなくてっ!

 

「お前達、少しは真面目にやれ。夜伽など主が望まれた時に望まれる内容のを行えば良いだけの事。それよりも重要な仕事は多いのだぞ」

 

「分かってるよ、ちゃんと仕事はする。……他の家の連中の目があるから朝の修行でお相手を任される事も無いし寂しかっただけよ、本体」

 

「我等”分体()”一同、主に仕えし誇り高き忍びの者として役目を全うする」

 

「既に我等分体……夜から二体が出ているのは分かっているでしょう? 一体はセイレーン族の里の入り口を、もう一体はリカルドとやらを追うお二人の更に後方からウンディーネ族の里を探っている」

 

 

 やれやれ、自我が芽生え個性が分岐してしまった分体達だが根本は私だ、心配は要らぬと分かっていたが、こうして神妙な顔で応える姿を見れば余計な不安も消え失せる。

 

 食事を楽しむ事も、余暇はのんびりと過ごしたいという欲求も、主と肉欲に溺れたいという欲求も存在するが、飢えず眠らず孕まず、三大欲求は人の姿を得た事で発生した真似事の類、つまりは偽物だ。

 

 つまり、忍びとして、道具としての滅私奉公こそ我等の願い、我等の誇り。

 妖刀夜鶴とはその様な存在で……。

 

 

「じゃあ、次の仕事は報告待ちとして、次はどんな風なのが良いかって話に戻ろうよ。うーん、婚約者様達には恥ずかしかったり遠慮してお願い出来ない内容が良いかな?」

 

 いや、再開するの!?

 ええ、まあ、どの様な内容でも応じますが、確かに。

 

「全てを受け止めるという意思を示す為として構わないでしょうね。……私は前回とは逆で私達が尋問する側が良いかしら」

 

 主を数人で押さえ、快楽責めにする……うん。

 

「メイドとか花嫁衣装も……」

 

 レナ様ならメイド服を貸して頂けそうですね。

 洗う前にお返しするという条件で。

 

「何というか煩悩が凄い……」

 

 次々に出て来る性癖に思わず呟いた。

 

 これが本当に私の分体?

 

 え? 実は心の奥でこんな風な部分があって……。

 

 

 知りたくなかった事実に打ちのめされそうになりながらも堪える。

 私が本体なのだし、制止するのも私の役目!

 

 

 

「静粛にせよ!」

 

 背後の壁を拳で叩き、猥談に夢中になり始めた分体の意識を己に向けさせる。

 ああ、本当に我が分体ながら呆れ果てる連中だ。

 

 さて、ちゃんと言わねば。

 役目の時に備え、各々意識を集中させろ、とな。

 

 

「私は背後から抱きしめられ指で全身を撫でて貰……ではなくっ! 各自、任務に備えて気を引き締めよ!」

 

 あっ、完全に間違えて誤魔化しになっていない。

 分体のニヤニヤとした笑みを見ていられず思わず知らん振りを決めた時、追跡をしている方の分体から感覚の共有が届く。

 

 沖より少し離れた孤島近く、トアラス殿達がタマの背に乗り遠くから様子を伺う中、リカルドは息を吸い込んで海中に潜る。

 分体もまた潜れば完全に油断したらしい男が島に繋がっていそうな穴を進もうと……ちっ!

 

 

「分体がやられた」

 

 獲物を狙う時こそ最大の隙が生じる。

 分体もまた、リカルドの追跡に夢中で背後より迫った相手に直前まで気が付いていなかったのだ。

 最後に見たのは巨大な獣……恐らくは犬か狼の頭。

 それが触手の様な物の先から生えて何処かに繋がっている所だった……。

 

 

「本体、やられた分体の復活に必要な時間は?」

 

「……一ヶ月。今回は不意打ちで情報の保存が間に合わなかった。再現には時間が必要だ」

 

 空気は一変、分体達が殺気立つ。

 私も同様、内部で怒りが燃え上がる。

 

 分体は私の内部から出でし存在故に例えやられても復活は可能……単純な復活ならば。

 減った分を補うだけなら即座に、個性を得た状態……消えた分体本人の場合は私の内部の情報から復活させるのは容易ではなく、本体に戻るべく情報を送る時間の無かった今回のケースなら尚更。

 

 それでも復活の効く存在、結局は私自身……そんな言葉では済ませられない。

 

 主は個性の芽生えを喜び、私も分体の起こす騒ぎに気苦労を覚えつつも徐々に別の存在となっていく彼女達に親しみを持っていた。

 

 

「これより主に願い出て出陣の許可を得る。夜一同、私に付き従え」

 

「「「御意」」」

 

 故に今回の一件、我が手によって落とし前を付けさせて貰おう。

 私の仲間を傷付けた罪、命を持って償うが良い。



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名前 タマ 種族 ドラゴン 見た目 ペンギン

短編の マッチョが売りの少女もお願いします


「ピッピピピ」

 

 小生は雷を操りし天空の支配者サンダードラゴン。

 その飛行速度は凄まじく、匹敵するのはグリフォン程度だろう、無論あくまでそれは通常のドラゴンとグリフォンの話、小生は主であるアンリ殿と幼い頃よりこの身を鍛え上げて育った、生まれ持った能力に胡座をかいて漫然と狩りをしながら生きて来た同族とは違うのだ。

 

 ……だからまあ、最大速度で飛行するのが好きな小生が人の子が手で漕ぐ小舟の後を上空から追うのは一向に構わん、構わんのだが、

 

「タマ、もう少し我慢してくれ。奴は迷わず進んでいる、そんなに時間は掛からないだろう」

 

 体がウズウズするのを察したのだろう、アンリ殿は小生の後頭部のやや右側を指先で強めに掻く。

 あっ、もう少し上を強めにお願いしたい。

 

 

「それにしても随分と簡単に騙されてくれてるのねん。私達が随分と間抜けだと思ってくれていて、仕事が楽だと言えば楽なのだけれど複雑と言えば複雑で……」

 

「確かにもう少し疑ってみるものだが、身内が絡んでいるのだ。焦りから思考が乱れても仕方が無いだろう」

 

 問題はわざわざノロノロと飛ぶ事だけではなく、背中に乗った男……臭い、香水臭い。

 それだけでは無く、香水に混じって感じるのは血と鉄と薬品……その上、血に混じっているのは追い詰められた獲物に特徴的な物、恐怖やら苦痛を強く感じた者に特徴的だろう。

 

 獲物をいたぶって楽しむ性質を持っているか、もしくは人間特有の役割である……。

 

 小生は軍属のドラゴン、それなりの事は理解している。

 今は味方だが、何時か敵対するのならば警戒せねばならぬ相手として認識しておくべきか。

 

 あの男……アンリ殿の秘密を知るロノス殿によって身内にでもなれば警戒を下げても良いのだが……。

 

 

 そもそも雌として生まれながら雄と偽って生きる事を強いられたアンリ殿が哀れでならん。

 確かに群れには掟が必要だ。

 獲物を食べる順番、群れの中の上下関係、人ならぬ小生には人の中でも稀な掟について理解出来ずとも仕方が無いが……。

 

 せめて雌として接する事が可能なロノス殿と過ごせる時間がもう少し有ればと切に願う。

 欲を言えば成人する事で雌として過ごせる様になったとしてもだ。

 

 きっと周囲が扱いに困るであろう時も変わらず接して下さるであろう彼の御仁であれば……。

 

 その様に小生が考え願っても何にもならないよしなし事を思案するに浸っていた時、遠方に見えたのはドーナツ状の形をした島。

 此方から見る限りでは周囲は断崖絶壁な上に鋭い岩が海面に突き出している故に船で入島を試みるのは無謀ではあるが、小生の鼻にドラゴンやグリフォン等の空を支配する種族が厭う植物の香りが届き思わず動きを止めた。

 

 

「ピッ……」

 

 人の場合に例えるならば糞便を溜めて発酵させた物の臭いを濃縮させた様な感じ、あれでは野生のドラゴン等は近寄るまい。

 酷い臭いに思わず動きを止めそうになるも、小生は鍛え抜かれたエリート軍ペンギン……ペンギン? 

 鼻のあるクチバシごともげそうな悪臭に思考がおかしくなるので再考、小生はエリート軍属ドラゴン、この程度の障害で任務を放棄する等は有り得ない。

 

「タマ、無理はしなくても良い。僕にもこの臭いは感じている」

 

「人にとっては特に気にならない臭いだけれど、ドラゴンにはキツいのよねえ。私の所にも拷も……尋問に協力して貰う為にドラゴンを飼っているのだけれど、この臭いは嫌いなのよ」

 

 アンリ殿は小生を気にしたのか頭を撫でてくれるも頭を数度横に振ると男の尾行を続ける。

 主は本当に優しい御仁だ、ポチ殿は"お兄ちゃんは凄く優しいよ”と嬉しそうに語っていたが、我が主とて負けてはおらぬ。

 ……ふむ、矢張りあのお二方は相性が良いのでは無いのか?

 我等は裸だが、人は違うにも関わらず裸のままロノス殿のベッドに入るアンリ殿の姿を窓から目撃した事だし、本当にアンリ殿と番になってはくれぬだろうか?

 

 男の方は人語の為に小生には分からぬが”ドラゴン”という単語は理解出来た、恐らくはこの臭いについて話しているのであろう。

 ロノス殿の群れの一員らしいが、この御仁も嫌な印象だけでは……ぬっ!?

 

「ピッ!」

 

 拒絶したい悪臭に混じって漂って来た、残り香と呼ぶにはあまりにも強烈な存在感を持つ体臭。

 これは小生とポチ殿が不意打ちと相手が本気でないが故に追い返した人外の少女の物。

 敵だ、それも間違い無く難敵、それがこの場に先程まで来ていたのだと警告し、口内に電撃を溜める

 

 

 海は一見すれば凪の状態、海流も穏やかで船が進むには面倒な事だろう。

あの追跡の対象である男は島の近くまで船を漕いだ後は海に飛び込んだ。

 

 崖を上る様子は無く、それどころか海面に顔を見せもしない所を見ると海中に抜け穴でも有るのだろうが……流石に其処までは追っては行けんか。

 

 小生は陸棲のドラゴン、泳げない事は無いがシードラゴン等の海に住む者に比べれば水中での戦闘能力は劣るだろう。

 味方の巻き添えを考えれば電撃は使えず、水中での機動力の差を考えれば水の魔法を得意とする人魚を相手にするは愚策……空中より電撃を使って一方的に攻撃するという方法を取れれば良いのだが……この様になっ!

 

 穏やかだった海面が盛り上がり、大猪程の大きさを持つ犬の頭が大口を開いて飛び出して来た。

 毛の色は濃い青で、首から下は同じ色の毛に覆われた蛇かタコの触手の類、小生の知識には存在せぬモンスターだ。

 

 獰猛そうな目を血走らせて胴体をくねらせながら襲い掛かって来る犬、その姿が見えた瞬間に既に吐き出していた球状の電撃が正面から炸裂した。

 全身に分散されるのではなく、圧縮した電撃を鼻先で解放させる事で無駄無くエネルギーを頭部に叩き込まれた犬から漂う肉の焦げた匂い。

 

 思わず食欲が刺激された時、犬の頭が膨れ上がって弾け飛んで内部から傷一つ無い頭部が現れた。

 

「ピピッ!?」

 

 此奴、再生能力持ちかっ!

 

 エネルギーの消耗か回数制限、はたまた海中から出て来ている事から海水を吸い取って回復しているのか、幾つかの能力のタネが浮かぶも断定するには根拠が足りない。

 

 腹部を狙っての噛み付きを旋回して回避、背中の二人を考えて全身からの放電ではなく口内からの発射を胴体に食らわせれば容易に焼き焦げ、先程と同じく再生だ。

 

 動きは鈍く耐久性も低いが……面倒な奴っ!

 

 上下左右に飛び交う小生の動きを追うのがやっとの犬ではあるが、伸びる体で何時までも追い続け、柔軟さ故に動きを読むのも困難。

 蛇か触手だと思ったが、この柔軟性からして後者の方。

 

 良いだろう、こうなれば全身に電撃を吐き続けてやろう!

 

 

 ……思えばムキになっていたのだろう。

 今まで電撃を食らわせて平然と追い掛けて来た者など小生の戦歴には存在せず、戦士としての誇りを傷付けられた故に。

 相手の胴体スレスレを這うように急降下、海面ギリギリを飛んで追って来た所を口内で凝縮した雷の矢でぶち抜いてやろうとした小生の真後ろからもう一匹の巨犬の頭が現れた。

 

 挟み撃ちっ! 不覚っ!

 

 

「”フリーズキャノン”」

 

「”スパイクバインド”」

 

 小生の背から響く声、続いて放たれた青白い冷気の奔流が正面の巨犬を凍らせ、背後の全身をビッシリと棘の生えた鎖が雁字搦めにして止める。

 

 

「ピピッ……」

 

 むぅ、これこそ本当の不覚である。

 小生、一匹で戦っている訳では無いというのに。

 

 凍った方の頭部に降り立って、縛られてもがくも肉に食い込んだ棘が外れず悪戯に傷を大きくするだけ。

 傷の周囲が盛り上がり破裂して肉体を新しくしても直ぐに鎖の棘が突き刺さって肉を抉った。

 

 この二人の方が相性が良いみたいだな。

 

 

「さてと、此処からが本番だ。僕達も、向こうもな」

 

 アンリ殿の言葉に合わせるように周囲から姿を現す六頭の巨犬、そしてワンピースを着ており、濡れて張り付く前髪を鬱陶しそうに弄っている少女……人のようで人ではない存在だった……。

 

 

 

 




最近ブクマ一減って戻っての繰り返し 


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情報漏洩注意

「トアラス、×××が死んだ。殺されたのだ」

 

 拷問貴族ルルネード家、リュボス聖王国の闇の一部を引き受ける一族、それが私の一族、当然だけれども敵は多い。

 スパイや裏切り者、組織犯罪者、私達の一族が恨まれるのは、まあ、そうなのでしょうね。

 誰にも憎まれず恨まれず妬まれず、そんな人間なんて一切誰とも関わらず知られず山奥で生涯を終えるでもしないと無理でしょうし、私だって七歳の時には既にそれを受け入れていたのよ。

 

 ……でも、だからって一歳下の妹が殺されるのまで受け入れた覚えはないわ、ましてや陵辱と拷問の末の惨殺だなんてね。

 家柄上、七歳だからって妹の無惨な死体を見せないとかは無かったけれど、急に呼び出された上で見せるとかは今でも父上の神経を疑ってるの。

 

「既に関係者は捕まえた。裏に誰が居るのかお前が聞き出せ、トアラス」

 

 実際は私が任されたのは末端の末端もいい所の雑魚、私が感情に流されてしくじって挫折するなら親戚の子と交換するって腹積もりだったらしいわん。

 

 

 結局どうなったって?

 ええ、今現在もルルネード家の一員で、聖女のゴリ来……じゃなくて再来のリアス様ちゃんのお目付役を任されてるから分かるわよねん?

 

 

 まあ、あの子は自由にするのが一番楽しそうだから名目上でしかないし、小言程度なら受け入れるわよ。

 ああ、先に言って置くけれど、妹は妹、リアス様ちゃんはリアス様ちゃん、同一視はしていないから。

 

 

 ……正直、無駄な事はしたくないのよ、普通に無理じゃない?

 あの子のお目付役とか無茶振りは困るのよ。

 

 

 私は正直言って面倒な事は嫌いだし、拷問だって可能なら選ばして欲しい位。

 

 

 

 

「厄介な相手ね。一応聞くけれど人違いで襲ったとかじゃ無いわよね?」

 

 リカルドの追跡途中に現れた巨犬、見た事も無い相手に面倒さから辟易する私は如何にも関わっていそうな女の子に出来るだけ穏やかに話し掛けるけれど殺意はビンビンだし敵意が凄いわん。

 裏切り者を取り調べる時に感じた物を目の前の相手から感じているのは私だけじゃなくアンリちゃんも同じらしく、袖に隠した武器をそっと握り込んでいる、私とお揃いね。

 

 

「……」

 

 此方の問い掛けには黙り、調子に乗ってペラペラ喋ってくれる相手だとは思っていなかったけれど、この反応は寂しいわぁ。

 ドラゴンという飛行手段を持っている以上、何とか撤退する前に情報を集めたいし、せめて会話の糸口でも掴めれば良いのだけれど……。

 

「あら? あらあら、私とした事が失礼だったわね。トアラス・ルルネードよん。トアラスでもルルでも好きな風に読んで頂戴な」

 

「アンリ・ヒージャだ」

 

 リアス様ちゃんと違って察しが良いから助かるわね、彼。

 彼……彼、よね?

 

 私の名乗りに続いて名乗る後輩の顔を目の前の敵から意識を向けつつ横目で観察する。

 腰回りは服で、喉仏の辺りはチョーカーで見えないし、女の子なら女の子だって直ぐに分かるから、女の子だって思わない以上は男の子なのでしょうけれど……うーん。

 

 まあ、別に良いわね。

 今は目の前の相手の情報よ。

 

 

「確かサマエルって子が来ていたらしいけど、貴女の雇い主なの?」

 

「……違う。あのアホとシアバーン様を一緒にしないで」

 

「あらあら、随分と嫌っているのね。怒りで震えるだなんてどれだけアホなのやら」

 

 試しに話題にしてみたんだけれど、まさか本当に反応してくれるだなんて。

 正直ちょっと驚きね、神獣……神によって創造された存在であっても組織は一枚岩じゃなく、将の名を冠する者が相手でも嫌悪感を隠そうとしないだなんて。

 

「もう良い、凄く不愉快。寒いし、痛いし、どちらにせよ人の子は皆殺しだから。冥土の土産に教えてあげる。私はスキュラ」

 

 最初は全くの無反応だった少女……スキュラの怒りが伝播した様に巨犬達もうなり声を上げているし、拘束中の一匹は毛皮がズタズタになっているのに気にせず激しく暴れている。

 

「そうなの、スキュラちゃんって呼ばせて貰うわねん。教えてくれて有り難う」

 

「……気安く呼ばないで。不愉快だから」

 

 調子に乗ってペラペラ喋ってくれるタイプじゃなかったけれど、重要な事を怒りに任せて喋ってしまうタイプではあったってわけね、彼女。

 

「死んで」

 

 スキュラが私達に向かって右手を振り抜くと同時に左右と上から巨犬が迫る。

 途中、凍った仲間を砕いて解放しようとしたけれど、残念ね、芯まで凍っているわ。

 

「”メタルネット”」

 

 でも、断面が震えて凍った部分が徐々に砕けて行っているから再生までそんなに掛からないでしょう。

 アンリ君に目配せすれば、口笛に反応したタマちゃんが正面を向いたまま後ろに待避、一ヶ所に集まった頭に向かって有棘鉄線で編まれた大きめの網を放てば四匹纏めて捕らえれちゃった。

 

 じゃあ……本体を叩きましょうか。

 

「アンリ君、続けてくれるかしらん?」

 

「了解した」

 

 五匹は拘束、一匹は再生に手間取って残りは二匹。

 空中を激しく飛び回って猛追から逃げつつ小声で頼むなりタマの背中から飛び出した。

 

 

「ピッ!」

 

 鳴き声と同時に私は両手で目を覆い、足下を電撃が通り過ぎて眩い電光で周囲を照らす。

 ちょっと計算外、眩しさが予想以上で目を庇ってもチカチカしたんだけれど、もう相手の位置は頭に入っている。

 

 

「”アイアンプリズン”」

 

 巨大なアイアンメイデンがスキュラの背後に扉を開いた状態で現れて、目眩ましを食らって目を押さえている彼女を中に閉じこめた。

 パタンって扉が閉まって行く音を聞きながら回復した目で見てみれば扉は完全に閉まってはいなかった。

 

 

「寒いとか言ってたけれど、矢っ張り繋がってたのねん」

 

 

 ええ、当然予想通りよ、だから下の部分に何かが挟まってちゃんと扉が閉まらないのも分かっていたわ。

 海への落下が始まった私の下にタマちゃんが滑り込んでくれたからびしょ濡れは回避、このモヒカンが台無しになるし海水ってベタベタするから嫌いだし助かったわ。

 お礼に撫でてみたけれどバチって来たから主以外に撫でられるのは嫌なのね、この子。

 

「海に隠れた部分がどれだけ長いのやら」

 

 未だ目が眩んでいる巨犬達から一旦距離を取ったけれど、相手の姿が一部しか見えないのって嫌よね。

 喋ったけれど実は切り離し可能で壊されても平気な部分だったら無駄遣いしちゃった事になるし。

 

「あの犬と繋がっているだろうからな。八匹だし、足首から下にタコの頭があるのではないか?」

 

「成る程、ウツボダコみたいに脚が犬になっているのね。有り得そうだわ。……さてと、思った以上に面倒な敵さんねぇ」

 

 閉まる力は継続中だってのに内部から無理矢理こじ開けられて、最後には扉が飛んで行っちゃうんだけれど、内部の突起物がひしゃげているのはちょっとショック。

 鋼鉄製の鎧すら貫通するのよ、なのにスキュラったら服に穴が空いただけで血が流れた形跡すら無いんだもの。

 

 

「……無駄。私にはもう貴方達の魔法は効かない。だから大人しく死んで」

 

「大人しく死ねと言われて死なないわよぉ。……それと有り難うね?」

 

 この子、結構口が軽いわ。

 

 私は相手の能力のタネの糸口を掴み、ヒントをくれたからお礼を言うけれど通じていないのか首を傾げるだけ。

 足が痒いのか指先で掻いていたわ。

 

 

「スキュラちゃん、私が魔法で攻撃するのにわざわざ近寄る理由は考えた? まあ、これ以上は教えてあげないわよん」

 

 さてと、このまま戦いを続けようかしらねぇ?



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死ねと言われて誰が死ぬ?

「スキュラ、準備は良いですか? 君には期待していますよ、人魚共を動かす役目をねぇ! アヒャヒャヒャヒャ!」

 

 シアバーン様、私を率いる将にして、アホと馬鹿でしかない他の神獣将とは違って頭を使える方。

 ラドゥーンとサマエルだったら頭を使うという言葉に対して直ぐに諦めるか頭突きを自信たっぷりにする姿がハッキリ浮かぶ問題外。

 でも、お強いから御二方を創造なされたリュキ様の判断には間違いは無い、有るはずが無い。

 

 どうせ人間の愚かさに疲れて手抜きが入った結果があれなだけで、シアバーン様が居るから大丈夫だと思われたのだろうし、多分、きっと、もしかしたら・・・・・・。

 

 

 

「鬱陶しい。死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んでっ!」

 

「動きが雑になってるわよ? ほら、こんな手に引っ掛かるだなんて」

 

 私は神獣、偉大なる光の女神リュキ様の手で人間を世界より排除すべく創造された存在。

 ネームレスでしかないけれど、海で戦うならネームドにすら匹敵する強者!

 

 自分がネームドだと思い込んでいるビリワックみたいな馬鹿とは違う存在なのに、何で何で何で目の前の人間二人とドラゴン一匹すら満足に始末出来ていないの!?

 

 

「何をやってるの、役立たず!」

 

 犬達は私の体の一部で武器でもある能力なんだけれど、私の意思で動かしている訳じゃない。

 私の支持を受けながら各自が考えて動くから、向こうに翻弄されてしまっていた。

 

 縦横無尽に飛び回るドラゴンに噛みつこうと牙を打ち鳴らしながら追い掛けるけれど掠りもしないし、遂には犬達の体が雁字搦めになってしまう。

 こんな手に引っ掛かるだなんて本当に情けない!

 

 金属製の網に絡められた子達や氷漬けにされて再生に時間が掛かる子も居て、私がちゃんと指示を送っているのに何をやってるの!

 

 

「あっはっはっはっ、随分と賢いワンちゃん達ね。ちゃーんと私達を追い掛けるなんて」

 

「おい、挑発は止せ。……泣かしたら可哀想だろう?」

 

「ピッピッピッピッピッ!」

 

 ぐっ! こ、此奴達、人間とドラゴンの分際でっ!

 

 ドラゴンなのに私を笑っているのが鳴き声で分かってしまう。

 拳を握りしめて振るわすけれど、足にさっきから感じる痒みがそれを許さなかった。

 

 痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒いっ!

 

 ガリガリガリガリと爪を立てて掻き毟るけれど痒みは収まらず、血が出ても寧ろ痒みは激しくなるばかりで犬達への指示も遅れて来た。

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、こっちよん。追い付けるものなら追い付いてご覧なさーい」

 

「何をしているの? さっさと食い殺しなさい!」

 

 

 犬達は伸ばせるけれど、頭の方で絡み合った状態じゃ戦うのは難しい。

 でも大丈夫、氷漬けになっていた子が凍った部分を全部砕いて復活したから、絡まった子達の胴体を食い破らせれば復活よ。

 

 ……痛みはあるし、余計に足が痒くなって既に爪の先は滲んだ血で赤く染まっているけれど、今は目の前の敵を悔い殺すのが先。

 四方から胴を伸ばしても翻弄されて雁字搦めにされるなら同方向から襲い掛かれば良い。

 犬全部に一塊になって面積を広げさせて追い掛けさせた。

 

「ほら、これでも食べると良い」

 

 大きく開けた口の中に赤髪がナイフを投げ込むけれど、あんなに小さなナイフじゃ喉の奥に刺さっても小骨が刺さった程度。

 そんなの盛り上がる肉に押し出されるだけなのに苦し紛れに行動するって事は追い詰めている?

 

「なら、乗ってあげる。だから効かなくって絶望する顔を見せて?」

 

 投げられたナイフを犬の全ての口で受け、平気だとばかりに刺さっても平気で動いているのだと口を開いた状態で追わせれば舌打ちをするのが聞こえた。

 

 

 所詮は人間、この程度。

 

 リュキ様は人間を滅ぼすのを途中で止めて、私達と一緒に憎しみの心を封印したけれど、あの方が間違える筈が無いのだから、絶対他の神が何かしたに決まっている。

 怪しいのは側近だった時の女神ノクス、彼奴なんかのせいでリュキ様の選択が間違いだったとする訳には行かないから、切り離された心も復活させて人間も滅ぼして、間違いなんかじゃ無かったと証明してみせる。

 

 

「口を閉じていてくれた方が良かったのだがな」

 

「そんなに無駄な抵抗だって証明されるのが嫌? なら、もっと見やすいよう、にっ!?」

 

 赤髪の言葉をあざ笑う途中、耳を塞ぎたくなる轟音と衝撃と熱、犬達の口内が弾け飛ぶ。

 

 

「爆…弾……?」

 

「ああ、爆弾ナイフだ。口を閉じていれば衝撃の逃げ場が無かったのだがな。ほら、追加だ」

 

 犬の口内に発生した熱と衝撃から来る激痛に歯を食いしばりそうになるけれど、それ以上に強くなる痒みに耐え切れない私は指先を特に痒みの強い太股に突き刺して中をかき乱す。

 痛いけれど、これだけすれば痛みで痒みが……幾らなんでも妙だと気が付いた時、意識を外した隙を狙って投げられた爆弾ナイフが私に迫っているのに気が付いて慌てて犬達を盾にしたけれど、これは気付かれたらしいわね。

 

「あら? 魔法は効かなくても他の攻撃は効果有るみたいねぇ。なら、どうとでもなるわ」

 

「黙れ、人間如きが私の能力の一つを理解したからと調子に乗らないで」

 

「嫌よ。調子に乗らせて貰うわ。だって貴女のお願いを聞く理由なんて無いものね」

 

 私に怒りを向けられても平然と受け流す姿に腹が立つ。

 だけど、流石に私も気が付けた事が一つ、この異常な痒みは目の前の男に何かされたからだろう。

 

 

 

「楽に死にたいなら教えて。私に何をしたの?」

 

「敵に情報をあげる程、私はお人好しじゃなくってよ? ……そうね、貴女が何の目的で来たのかを教えてくれれば考えてあ・げ・る」

 

 わざわざ最後を一文字ずつ区切りウインクまでして来ても腹が立つだけ。

 私の目的……教える必要は無い。

 何かされた、それが確定しただけで十分。

 

 

 

「言わないし、言っても無駄。もう桃幻郷の人魚達が集まっている頃よ。貴方達が何をしても遅い。後は交わった男以上に栄養豊富な……」

 

「……あら、桃幻郷の連中が絡んでいるのね。所で貴女、馬鹿だって言われない? サマエルって子をアホだと言っていたけれど自分も大概だって自覚なさいな」

 

「無駄だと思うぞ、ルルネード先輩。理解出来ないからこそアホなんだ」

 

「……今、何て言った?」

 

 あからさまな挑発に頭に血が登り、一斉に犬達をけしかけようとした瞬間、右腕にチクリと鈍い痛み。

 これは……針?

 

 精々爪程度の長さの針のような物が刺さっていて、あの男の手には小さな筒のような物。

 多分アレに針を発射する仕掛けでも有るのかと思っている間に針は溶けるように消えて行った。

 

 

 同時に途轍もない痒みが私の全身を襲う。

 

「あがぁあああああああああああっ!?」

 

 痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒いっ!?

 

 痛みも怒りも痒みに塗り潰され、皮膚が破れ肉が裂けるのも構わず掻き続けるけれども痒みは増して行くばかり。

 もう、他の事は何一つ……。

 

 

 

 

「先輩、何を打ち込んだのですか?」

 

「”ヒポポイズンタマス”が尻尾に持つ毒に他の薬品を混ぜ合わせた物を凝固させた皮膚の温度で溶けて吸収される針、とだけ言っておくわ。痛みを感じれば感じる程に痒みは増して行くの。皆、結構お話をしてくれるようになる便利な物よ」

 

「またえげつない物を……」

 

 

 



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忠ペンギ……ドラゴン

「終わったな。じゃあ、僕も最後に一仕事させて貰うとするか」

 

 散々犬達に攻撃を叩き込んだからかスキュラは錯乱した様子で血塗れになりながら全身を掻き毟り、もう戦える状態では無いらしい。

 厄介な敵だと思ったが、案外何とかなったな。

 

 

 それでも仕留めた訳では無い、今は毒が効いているが……。

 

 本体が錯乱状態だからか巨犬達も指示が来ずに固まってキョロキョロと戸惑うばかり、頭はそれ程良くないらしいな。

 此処までルルネード先輩とタマに働いて貰ったんだ、僕も少しは動かないとヒージャ家の者として情けない。

 獲物である鎖付きハンマー”ミョルニル”を取り出し回転させ、勢いを付けての投擲、スキュラの頭に命中しザクロの様に打ち砕いた。

 

 

「しかし、再生能力は凄まじかったが、正直言って拍子抜けな気がするな。……本当に死んでいるのか?」

 

 頭を叩き割られたスキュラは脳漿を周囲に撒き散らし仰向けに倒れ込み、本体が死んだ影響か巨犬達も絶命したのか力無く倒れ込んだかと思うと鼻の先から徐々に光の粒子になって消えて行く。

 

 どうやら本当に死んでいるらしいな。

 

 仰向けに倒れた事でワンピースのスカート部分で隠れていた足が露わになるが、膝から下が犬達の胴体と同様に青い毛に覆われている上に足首から先が普通の足ではなく徐々に太くなりながら海中に伸びていて、恐らく途中で枝分かれして犬達に繋がっているのだろうな。

 

「本人が迂闊故に情報を漏らしてくれたが、それにしても弱い部類だったのか? 少なくともレイム大公家の息子が戦った奴の方が話を聞く限りはずっと上だがな」

 

 巨犬達は首を切り落とそうが凍らせて砕こうが電撃で焼こうが即座に復活したが、人の姿をした部分は頭を砕かれたまま浮かんでいる。

 この本体がペラペラと情報を漏らし、それで追い詰めて行っている間は罠を警戒したが、結局はこれだ。

 神獣……伝説の存在であり、虚偽で無かったのならば強く創られるも経験を積む前に封印された未熟な相手だったのだろう。

 これで虚偽の情報を織り交ぜてくる相手ならばどれだけ恐ろしかった事か。

 

「一応念には念だ」

 

 爆弾ナイフを心臓の辺りに投げて突き刺し、爆発すれば骨も四散する、これならば大丈夫だろうと一旦は判断した。

 

 

 犬達の単調な動きも込みで相手の未熟さに感謝だな。

 これで無意識に相手全体を侮ってしまわなければ良いが……。

 

「じゃあ、一旦戻りましょうか? 結構騒いだし、尾行は失敗だと思った方が良いでしょうねぇ。まっ、隠れ里が分かったんだもの、問題は無いわよん」

 

「そうだな。思わぬ邪魔が入ったが。……しかし、此処に来た理由について妙な事を口にしていなかったか? 交わった男以上の栄養がどうとか……」

 

「それなら知っているから帰ってから教えるわ。皆と情報共有が必要だもの、此処で言っても二度手間よ。あー、潮風でベタベタするし、お風呂に入りたいわぁ」

 

「ではタマ、戻るとしよう」

 

「ピッピッ!」

 

 顎に手を当てて考えても知らない事ばかりでは今は詮無き事か。

 僕も髪に潮風が張り付いて気持ちが悪い、尾行は失敗だが見張りを置ける状況でも無いのなら二人で帰るしかないと悔しさを覚えながらも帰還を選ぶ。

 タマは浮かぶ死体をジッと眺め涎を垂らしていたが人型の存在は食わせないからな。

 

「ほら、帰るぞ。食べる物は僕が決める。人でなくても人の姿をしている存在は食べるな」

 

「ピピッ……」

 

 

 一言命じれば直ぐに意識を切り替え島に背を向けてログハウスに最高速度で戻ろうと空中で力を貯め始めた時、背後のスキュラの死体の辺りから破裂音が響いた。

 

 

「……拍子抜けと判断するのは早計だったか」

 

「倒したと思って去ったら実は生きていたってよりは良いんじゃ無いかしらん?      ……妙に口が軽いのは自信からだったのね。絶対に殺されないってね」

 

 犬ならば胴体が異常なのだから弾け飛んでもそれ程気持ち悪く無かったが、人型の存在が膨れ上がり砕けた骨に付着した肉が盛り上がって再生して行く姿は随分と気持ちが悪い。

 僕は軍属だ、吐き気を催す死体だって何度も目にして来たがこれは随分と……。

 

 盛り上がった肉は徐々に元の形に変わって行き、内部の空洞だった部分が周囲の肉が入り込んで再生し、皮膚が戻ればスキュラの姿は元のままだ。

 但し、服までは元に戻っていない、僕も男装のままだからかスキュラは胸と股間を手で隠しながら顔を赤らめ此方を睨んでいるが……経験が浅かったのは本当か。

 

 戦場で服が脱げるのは仕方が無く、羞恥で動けなくなるのは経験が浅い証拠、僕は男装がバレたら問題だからアレだが……。

 

「遊びは此処まで。今から貴方達は獲物じゃなくって明確な敵と見なすから覚悟して。もう勝機は無いんだから」

 

「成る程、どうやら負け惜しみでは無いらしい」

 

 ピリピリと空気を震わせているかの様に濃厚な殺気が肌を打ち、光の粒子になって消えていた筈の巨犬達が根元から再生していく。

 但し八匹から六匹へ、胴体部分は筋肉で盛り上がり牙もより鋭く長くなっていて、威圧感も二匹分の力を分配したにしては増量分が多過ぎる風に感じた僕は言葉の終わりと共に爆弾ナイフをスキュラの顔面に投げ付けると同時に口笛でタマに退避を命じた。

 

 見かけ倒しだと判断するのは愚か。

 途中までは傷が塞がらず巨犬に守らせていた本体も頭を潰すと同時にの復活だ、流石に準備不足で挑む相手ではないな。

 ……それに巨犬達の時は体積が大きい故に気付け無かったが、今戻るに値する情報は得た。

 スキュラが復活した直後、足下で……。

 

 無茶をすれば勝てる可能性はある相手だが、無茶をしてまで倒すべき相手ではなく、それよりも情報を元に対策を練って叩き潰す方が賢い相手、此処で退く事のデメリットよりも負けた際のデメリットの方が勝っているのはルルネード先輩も分かっているらしく、爆発での目眩ましと同時に鉄の網を同時に六個犬達に放った。

 

「無駄。逃がしもしない」

 

「……はっ?」

 

 口元に迫った網に対し、巨犬達は大口を開いて食い付こうとするも網の大きさからして口に収まりはしなかっただろう。

 口元に切れ目が走り、胴体と頭の境まで裂けた事で遥かに大きく開く事が無かったらの話だが。

 例えるならば両手の手の平を合わせ、指先だけ開いていたのを指の根本まで開いたような物、大きさが段違いだ。

 

 犬の見た目をしているからと体の作りも犬からそれ程離れまいと心の奥で油断していたか。

 だが、良いのか?

 

 

「口の中が無防備だ、愚か者」

 

「ピピピィッ!」

 

 巨犬の口が網を食い破ろうと閉じられる寸前、タマの口から電撃の矢が六発同時に放たれ口の中から体内へと入り込む。

 そして圧縮された膨大なエネルギーが解放され、巨犬達を体内から焼き尽くし……瞬時に再生した巨犬の一体が先程までとは比べ物にならない速度で迫り、一瞬呆然としていたタマの胴体に食い付いた。

 

「ピッ!?」

 

 ドラゴンの強靭な毛皮と骨肉は簡単には食い破られず、噛み付いたといっても口の先、それでも牙が突き刺さり暴れても脱出出来ない。

 更に周囲から他の犬も迫り来た。

 

「ピッ!」

 

 ”小生を置いて逃げろ。凍らせた海面を駆ける程度なら、全力の放電で時間を稼ぐ”?

 

「馬鹿を言うな! お前を見捨てられる筈が……っ!」

 

 一瞬だけタマの全身に走った電流は僕達を体の上から弾き飛ばし、クチバシから血を吐きながらもタマの目は笑いながら僕を見詰める。

 

 そんなっ!?

 

「駄目だっ! お前も逃げるんだ、タマァアアアアアアアッ!」

 

 巨犬達はタマの全力の放電によって体を痺れさせつつも目前の相手から仕留める気なのだろう、電撃によってボロボロになる体を即座に再生させながら食らい付こうと迫り……。

 

 

 

 僕の目の前で大量の鮮血が散った……。

 

 



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義理と筋

 僕、アンリはエワーダ共和国の軍門一族の一員、竜騎士として幼い頃よりドラゴンと寝食を共にし意志の疎通を可能とする。

 無論、物心付いた頃より戦場の空気を肌で感じ、耳や頭で知るだけの物との違いを経験せよと同年代の者達と共に賊やモンスターの討伐に参加させられたのだが、性別を隠す必要があるから苦労したよ。

 

 ……中には僕と同じく男装をしているのではと思わせる子が居たが、端から見れば分かってしまうのではと不安になったのを覚えている。

 

「覚えて置きなさい。例え親兄弟、相棒であるドラゴンであろうとも屍になれば顔も名前も知らぬ者達と同じ。屍に縋り付いて泣くよりも成すべき事を優先せよ。さもなくば犬死にだと心得るのだ」

 

 この時の任務は異常発生した”ヒポポイズンタマス”、尻尾に隠された針と唾液に毒を持ち、増え過ぎれば水質汚染が起きる厄介なカバだ。

 僕が配置されたのは前衛が取りこぼしたのを狩る為の部隊、成体は前衛が優先的に狩るも濁った浅い川や水草に隠れられる小さい幼体は数匹取り逃す事があるが、その程度の個体ならば大きな被害も無く終わる……この時は実際に怪我人が少し出たものの幼体の持つ毒の致死性は低く、僕も無傷で終わらせたよ。

 

 ……そして自分で言うのもどうかと思うが、僕は優秀だ、同期の仲間だって今まで殉職したとは聞いていない。

 任務やら家庭の事情があるとやらで全く顔を見ない奴も居るが、殉職であれば別に隠す必要も無いし、何かしらの理由があって隠すというのなら理由は心当たる、

 

 だからだろう、あの時の父の言葉を本当の意味で理解等出来ていなかった、本や先達の話で得た物と肌で感じる物がどれだけ違うのかを。

 

 

 タマ、僕の大切な相棒、家族、一心同体の相手。

 それが僕の目の前で喪われようとしている、その瞬間まで僕は全く分かってはいなかったんだ。

 

 

 

「忠節見事。我等一同、義と怨によりこの者の討伐に参加仕る」

 

 タマに食い付いた巨犬の頭が音も無く切り落とされ、周囲から迫った者達の肉に鎖が絡み付き動きを封じられていた。

 鎖の先の鎌が眉間に突き刺さり、口先から胴体の中間辺りまで雁字搦めになって縛り付け、巨体に相応しい剛力を封じ込めていた。

 

「誰だ……?」

 

 鎖の先には海面に立つ覆面の女達、見覚えは無いが服装からして表沙汰には出来ない者達なのだろう、全員覆面からはみ出た毛が同じ色なのは気になるが……そういう一族か?

 

「ピピピィッ!」

 

「タマ!」

 

 巨犬の牙から解放されると同時に僕とトアラス先輩の足下に割り込んで受け止める。

 傷はそれ程浅くないだろうがドラゴンの肉体は強靱、傷を肉体が自動で締めて止血しているが、一応凍らせておこう。

 

「安心なさい。味方よ」

 

「……成る程」

 

 詳しくは聞かない、トアラス先輩の表情からして彼女達を知っているのだとすれば所属も自ずと判明だ。

 本来ならば人前には現れないのが掟だろうに、それが姿を見せたのはタマを救う為。

 

 ……僕に出来るのは知ろうとしない事、それが恩と仁義という奴だ。

 共和国の軍人とすれば問題なのだろうがな。

 

「……また邪魔が入った」

 

 巨犬達がもがく事で穏やかだった海面が波打ち水が飛び散る音が聞こえる中、スキュラの静かで不愉快そうな声が響く。

 それに対して彼女達の返答は武器を構える音、確か東の大陸の武器でクナイや下げ尾の長い直刀、鎖鎌や鎖分銅等を手に、どうやっているのか水面に平然と立っている。

 

「お命頂戴仕る」

 

 服装も武器も彼の大陸の物では無いので少々異様な集団であるが、特に異様なのはリーダー格らしき女が手にした大太刀。

 巨大なモンスターを討伐する事を目的に打たれたのかと思う程に刃が長く、あの部類の武器は全長で三メートル程になる物が存在するとは知識で知っているが、彼女が手にしたのは、真新しい布を巻いた柄を除いて三メートルに匹敵するであろう、扱いが困難なのは間違い無い。

 何せ刃に対して柄の長さはそれ程長くないのだ、アレでは素振りすら難しく、振るう軌道上に物が在れば直ぐに引っ掛かる、観賞用で実戦向けでは無い物に見えたのだが、復活した巨犬に振るう姿がそれを否定した。

 

「貴女から食い殺してあげる」

 

 向かって来る巨犬に向かって大太刀が振るわれば、刃が骨肉を断つ音すら立てず、存在するように見えるだけで実際は刃は無いとさえ思ってしまう。

 まるで幻を通り過ぎたかの様な感覚に痛みすら無いらしき巨犬が戸惑ったのは一瞬、直ぐに動こうとして頭が落ちた。

 

「幻? いや、違う。切れ味が凄まじいんだ、異様な程に」

 

 切られた事すら感じない程の切れ味、成る程な、あの様子なら振るう向きと刃先が合わさってさえいれば障害物等一切の障害になりはしない、そういう事だろう。

 だが、それで振るうのに問題が無いのと、あれだけの長物を自らの体の一部の如く扱えるのは話が別だ。

 彼女自体がかなりの使い手らしいが、ロノスも随分と長い刀を持っていると聞いた。

 もしや同じ流派……いかんな。

 

 通すべき筋として詳しく知ろうとしないと決めた僕だが、どうしても情報収集の癖が出てしまう。

 何か枷になる物がないかと思う最中、自然と指がチョーカーに触れていた。

 喉仏の有無を隠すだけでなく、他の点から僕の性別に気付かれるのを防ぐ魔法の力を持つ特別製、それを意識すれば枷に何をすべきか分かる。

 

 いや、枷以前にこの場ですべき事か。

 

「無駄。幾ら犬達を倒しても、私を斬ったとしても、その程度じゃ私は……」

 

 ”殺せない”、とでも言おうとしたのだろうが、スキュラの言葉は口の中に飛び込んだクナイによって途切れさせられる。

 内部から盛り上がった肉がクナイを押し出すが、指示を出している彼女の意識が途切れたからか動きが鈍った巨犬達の目や鼻にもクナイや手裏剣が突き刺さった。

 

「確かに厄介ですが目やら鼻やらに突き刺せば此方の動きを察知し辛く時間を稼ぐのも容易でしょう。後は再生の種さえ見抜けば……」

 

「種は分かっている。少しの間時間を稼げるだろうか?」

 

「……御意。それでは我等一同時間稼ぎを承りましょう」

 

 僕が何故信用されているのかは不明だ……彼が何か話しているのだろうか?

 詮索は……止めておく。

 

 

 スキュラの本体が復活し、消えかけていた巨犬達が再生する直前、異様な回復能力の弱点のヒントとなる光景が視界に入ったんだ。

 まるで水が並々と入った容器の底に穴を開けたかの様にスキュラを中心として海面が窪み、海水が急激に流れ込んでいた。

 

「スキュラ、君の回復能力は海水、もしくは水を吸収して行う物だろう? 違うかい?」

 

「それがどうかした? 私は大きい。貴方は変異属性で氷を扱えるみたいだけれど、感じる魔力じゃ周囲全体を凍らせるだなんて無理よ」

 

「ああ、その通り。今の僕なら無理だろう。今の、ならば……」

 

「だから無駄でしょう? 人魚の見張りもあるし、さっさと死んで。神に直接創造された私の方が偉いんだから言う事…を……」

 

 僕を嘲笑する目で見ながら見下す態度を一切隠さぬスキュラだが、僕がチョーカーを外した瞬間に表情を豹変させる。

 僕の魔力は十倍ほどにまで爆発的に跳ね上がっていた。

 



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命張る時

感想来ずに早数ヶ月 ブクマは増えてます


 ……そうか、外す事にしたのだな。

 

 小生は背の上で主の魔力が跳ね上がるのを総毛立ちながら感じ、要因となった敵に視線を向ける。

 小生の種族であるサンダードラゴンは温暖な山岳部に生息する種族、潮風の香りには慣れておらず、主の魔力の余波によって羽毛に霜が付くものの気にはして居られない。

 

 一族の掟によって雌ではなく雄として生きる事を強いられ、不自然さによって隠すべき事実を悟られぬようにする為の忌むべき道具は我が主たるアンリ殿の魔力を平常時に微量吸い取り続けて発動するのだが、それに魔力が十分に貯蔵された状態で外せばどうなるか。

 

 答えは簡単、その身に受け止め切れぬ程の魔力が逆流して溢れ出す、制御不能な程になって自己の意思で発動せずとも氷の魔法が自動発動してします程にな。

 

 

「ルルネード先輩、そして何処の所属かは分からぬ援軍の淑女達、これで僕の方も機密を明かした事になる。これで互いに枷を填めた結果だな」

 

 皮膚が凍り付き裂ける小さな音が聞こえ、クチバシを強く閉じる。

 不甲斐無い不甲斐ない不甲斐無い!

 

 小生の力が足りてさえいればアンリ殿にこの様な無茶などさせずとも済んだ。

 あのチョーカーを外すのはこれで二度目、互いに領土だと主張している国境付近の荒れ野にて吸血鬼共の斥候に遭遇してしまった時以来だ。

 あの時、矢を翼に受けて飛んで逃げる事を封じられた小生を庇いながら戦うアンリ殿の姿に生涯の忠誠と奉公を誓った筈だ、それなのにこの様とは!

 

 結局、帝国の介入によって連中との決着は有耶無耶となり、小生にとって悔やむだけになった経験、二度と繰り返さぬと誓った筈なのに!

 

「何をしたかは知らないけれど、自分を傷付ける程の魔力、そう簡単に魔法を構築するのは無理でしょう? 何かする気なら……何かする前に殺すだけ」

 

 敵が何やら言葉を向け、犬共も鎖で縛り付けられながらも無理に動いて海面に口を付け、海水を一気に吸い上げて膨れ上がった。

 続いて放たれるのは僅かに開いた口の隙間からの高圧水流。

 無理矢理首を動かしなぎ払えば鎖こそ壊せぬものの鎖を手にした者達は吹き飛ばされ……いや、消えたのだ!

 

 シードラゴンの水のブレスにすら匹敵する放水が直撃し身体がバラバラになる直前、霞の如く消え去った彼女等は全く違う場所に現れてクナイを投げ付け、再び鎖を握ろうとするも別の犬が放つ水流で邪魔をされ、その間に犬共は身体を振るって鎖から抜け出す。

 

 

「”ギガ・メタルウィップ”」

 

 その脳天に合計数十にも渡る巨大な金属製の鞭が振り下ろされた。

 宙の空間の歪みより出でし突起物だらけの鞭は犬共の肉を引き裂き、回復されるも時間を稼ぐ。

 四本のクナイが本体の両目両耳に突き刺さり、盛り上がり破裂寸前の肉に押し出されそうになっているが、この瞬間はどちらも使えないだろう。

 

 機はこの時だ!

 

「ピピピィッ!」

 

 この鳴き声は警告だ、アンリ殿以外には小生の言葉は通じなくとも意図は伝わるのだろう、小生の口内で激しく放電が始まった事で一斉に海面から離れる。

 サンダードラゴンは雷を吐き出す能力を持ち、耐電性も極めて高い。

 ……但しそれは耐性があるというだけで全く効かないという訳では無いのだ、特に今の如くブレスを吐き出す為に耐電性能が他の部位よりも高い口内にさえ大きな負担が掛かる程の出力ならば。

 全身が悲鳴を上げ、これ以上は無茶だと警鐘を鳴らすが、主であるアンリ殿が体を張っているにも関わらず家臣である小生が此処で身を張らずして何時張るというのだ!

 

 溢れ出した電撃だけで吐き出す己の身すら焼き焦がし、傷が開くのを感じながら敵を電撃で包み込み続けた。

 皮膚を焼き、肉を焦がし、痺れた肉体から自由に動く力を奪うも瞬時に再生を始める。

 されど、再生を続けるのならば追い付かれぬ威力を浴びせ続ければ良いだけだろう?

 

 小生の役目はアンリ殿の最大威力の魔法を放つまでの時間稼ぎ、それはこの身を焦がしながらも続けるべき事ではあるが、倒しても構わぬという意気込みで挑まずしてどうするのだ!

 

 

 

「ピッピピピィ!」

 

 我が名はタマ! 誇り高きサンダードラゴンの戦士なり!

 

 

 

「もう構わないぞ、タマ。皆、時間稼ぎ感謝する」

 

 溢れ出していた冷気が瞬時に消え、小生もブレスを止めれば芯まで電撃で焼き焦がされ口から煙を吐き出しつつも再生の為の破裂が始まる寸前の少女と犬共の姿が見え、小生の背からアンリ殿が腕を前に突き出した姿勢で飛び降りる姿も見えるが、その腕は肘から先が霜に覆われ凍傷を負ってしまっている。

 酷い怪我だ、ドラゴンと違い人の子の雌は残る傷を負うのを嫌うと知識にあるが、あの傷も残るのだろうな。

 

 

 

「”ヘル・ブリザード”」

 

 アンリ殿はその怪我など一切気にした様子を見せず誇り高き笑みを浮かべ、腕より放たれた白い光が広がった瞬間、世界の時が停まる。

 氷に閉じこめられている訳でも無く、まるで精巧な色付きの彫像のように海も犬も人の姿をした者も何も起きなかったと誤認する程に破裂寸前の姿で綺麗に止まっている。

 

 

「南無三!」

 

 あの謎の女達の手より周囲から投げられしクナイが犬に同時に命中し、少女を大太刀を持った者が脳天から両断、敵はガラスが砕ける様な音と共に砕け散る。

 今度は犬も少女も同時に光の粒子になって消えて行き、残ったのは凍り付き時間が止まった海。

 其処に着地したアンリ殿は首に手を当てて数度鳴らし、そのまま倒れ込みそうになるのを目にし慌てて近寄ろうとするが、小生の意識も同時に途絶える。

 

 その寸前、潮風に運ばれて来たのは先ほど倒した敵に酷似するも別の臭い、先日ポチ殿と共に不意打ちから追い詰めた……いや、向こうに全く抗戦意思が無かった以上は追い詰めたとは言えぬだろうが、あの時の金髪のアホっぽい少女の物だ。

 あの島、人魚が隠れ住んでいる場所から人魚に関して何やら企んでいる者の存在を感じつつも伝える余力が無く、意識は閉ざされる寸前だ。

 

 

 

 ぐっ! この様な所で……。

 

 

 

 

 

 

 

 ……タマが島から漂う臭いに反応する最中、リカルドは島を彷徨っていた。

 元々彼は招かねざる客、もしくは自らアリの巣穴に迷い込んだキリギリス、侵入者として殺されるか、セイレーン族との争い前に力を付ける為に襲われ犯された後で食われるか、危機を知らせに危険を冒す理由である姪のミュズにどれだけ早く出会えるかが彼の命運を分ける。

 

「運が良い。見張りが少ないって言っても居ない訳じゃ無いんだろうしよ」

 

 彼が島に入るのに選んだのは鋭く尖った岩が飛び出す難所のルートであり、人魚であっても好んで通らない水中洞窟だ。

 実際、彼の身体には所々傷が見られ……左腕は鮫のモンスターに食いちぎられたのを蔦で強く縛って止血するも命に関わる状態だ。

 最も、唯一の肉親であるミュズの為に毒を塗ったナイフを手に貴族の居る場所に潜入しようとした彼だ、今更命は惜しくは無いのだろうが。

 

 ミュズから聞いた話では通った水路は生活区域とは少し離れた場所に繋がり、実際に出てみれば、成る程、人魚の身体では少し離れた場所まで移動するのは困難だろうと納得した彼は水面を囲む小さな洞窟を抜け、出た先の川に沿って声が聞こえる方に向かう。

 強く縛っても血は垂れ、激痛で意識を手放したくなるのを必死に進む中、大勢の人魚が集まっている場所が見えて来た。

 

 人魚達が彼に気付いた様子は無く、中心の岩場の誰かを囲んで宴を開いている事を悟ったリカルドの視界にミュズの姿が映る。

 

 

「にょほほほほほほっ! 結構な宴、ご苦労なのじゃ! こうなれば皆揃って私様の家臣にしてやろう!」

 

「……あれは誰だ? 人魚じゃないみたいだが……」

 

 リカルドの視線の先に居たのはサマエル、石版にもたれながら歓待を受けすっかり上機嫌な彼女の姿に疑問符を浮かべた時、何かが飛んで来るのをリカルドは感じ、次の瞬間にそれは彼の腹を貫いて木に縫いつける。

 リンゴを模した日傘だと理解するよりも前に彼の意識は閉じた。

 

 

 

「食ってはならぬぞ、お前達。せっかく同胞の封印を見つけたのじゃ。お前達を拠点に連れ帰る前に同胞の復活の贄にせねば」

 




主人公達以外だと戦闘でネタはさめない


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鋼鉄を蹴りで粉砕するのはお転婆ではない

評価さがちったがブクマ増えた


「……負けだな。対外的には勝利だと喧伝出来るけれど、実質的には負けでしかない」

 

 学園上層部の指示で対処が決定された人魚の部族間闘争、海の災害を起こす人食い種族、それも食べた相手が強ければ強くなるって厄介極まりない相手。

 そんな力だけでも危険なのに見た目が美しく人食いの本能さえ無ければ意志疎通も交友も可能っていう完全な敵対を躊躇う者が必ず出るような種族の闘争は起きれば巻き込まれる者が多かった事だろう。

 

 その点だけならば勝利だと言えなくもない。

 

 何せ桃幻郷の人魚は捕らえ、トアラスが何をしに来たのかを多少手荒な方法(・・・・・・・)で聞き出した。

 

 上半身は同じであり恋にすら落ちる人間を食らう人魚でさえ禁忌とされる行為……それは同族喰らい、子を身ごもった状態の人魚のみ同族を食ってその力を吸収出来る。

 交わった男を食っても力が丸々手に入る訳じゃないのに対し、同族喰らいの吸収効率はほぼ全て。

 知識も魔力も腕力も全て手に入る。

 

 

 但し、元は同族であり、殺し合いにさえ発展する寸前であってもセイレーン族とウンディーネ族の間では行われる筈が無かったであろう行為。

 

 別の国から来た連中だからこそ躊躇無く行えたであろう行為だけれど、これを防げたのは大きい。

 何せ桃幻郷は敵国だ、そんな連中が実質数倍の力を得るのを防げたのだから全ての問題を解決したと意気揚々と帰れる事だろう。

 

「それを考えるとポチに任せたのは良かったかな? 優秀なのなら扱いが溺愛気味でも文句は出し辛いだろうし」

 

 結局の所、世の中は実績だ。

 帳面上優秀なだけでは優秀な者に対する扱いに不満が出る。

 優秀な能力を優秀な結果に活かせて初めて優秀な能力に相応しい扱いが容認されるのだからさ。

 

 

 

 社交界で武勇伝として語り、吟遊詩人にでも尾鰭背鰭付きで謳わせば領民への宣伝には十分だ。

 学園上層部も自分達の指示で行ったって厚顔無恥に騒ぎ、権威を守る事が出来たって喜ぶだろう。

 

 ……最後のは兎も角、此処までなら満足だし、これ以上は傲慢な高望みだとも思う。

 只の貴族の子息としてなら……だけれども。

 

 

 

「ウンディーネ族は消えていた。多少争った痕跡こそ有れ、全滅して肉片一つ残さず消え去ったって様子でも無い。……セイレーン族の方も大きな違いこそ有れども……」

 

 あの後向かったらセイレーン族の隠れ住んでいる洞窟は崩壊……当然、僕なら何でもない、”わざわざ崩落した洞窟を掘り起こす? いやいや時間を戻せば良いじゃないか”って感じで何時もみたいに戻したさ、そして人魚も居なかったさ。

 争った痕跡?

 在った在った、随分と劣性の状態で少人数が争ったっぽいのがさ。

 

 ……はい、この時点で実質的には負けですね! 以上!

 

 

「隠蔽がザル過ぎて罠を疑うんだけれど、あのアホが来ているらしいから……」

 

 ゲームの知識としてではなく、実際に遭遇したり遭遇した人の話を聞いたり部下からもアホって呼ばれていたり、そんなサマエルのアホみたいな顔が頭に浮かぶね、タンコブ作って星が回っている状態のが。

 

 時間を戻せる僕が居るのに洞窟を崩しているだけで、痕跡を残さない工夫すらしていないなんて余計な手間を取らせる嫌がらせの為に余計な手間を取ったのだろうか?

 

 いや、アホだから違う、だから余計な心配はするなよ、僕。

 

 

 敵を侮るのは悪手だけれど、あのアホに余計な心配をして疲れるのも悪手だろうさ。

 ……しかし人魚を大勢集めて何を考えているんだ?

 

 アホなら海で一ヶ所に集めて暴れさせるとかだろうけれど、馬鹿のラドゥーンは別としてシアバーンが嫌ぁな手を考えて指示していたなら厄介だ。

 アホが余計な事をして計画が狂えば良いけれど、アホがどれだけアホなのかは仲間の彼奴の方が理解している。

 

「それこそ僕には予想も付かないアホの考えを読み切って指示を出している可能性も……」

 

 今は海上への警戒と情報収集、地道な事からやっておこう。

 アホの行動を読み切るのは大変だからね、しかも力のあるアホだ、敵味方共に厄介な存在だよ、あのアホはさ。

 

 今後の方針を帰り支度をしながら考えていた時、窓の外に迎えの馬車がやって来たのが見える。

 

「さて、今は敵国の人魚の野望を打ち砕いた英雄の凱旋をするか。……自分で英雄とか言うの恥ずかしいな、結構」

 

 自分の発言ながら無いわ、実際の所さ。

 さて、気分を入れ替えるために窓を開けて外の空気でも吸おうかな。

 

 

 

「よーし! 折角だから一分以内で行きましょうか!」

 

 えっと、”どうせ後で処分するんだから鋼鉄製のアイアンメイデンを手刀で壊して行こう”とかしているリアスの姿が見えるけれど気のせいだよね、うん。

 

 

 いや、気のせいじゃ無いよね、暴れ足りないのは分かるけれど、貴族令嬢だって忘れちゃ居ないかい?

 

「せめて手刀じゃなくって足技で粉砕にして欲しいな。元気なのは何よりだけどさ」

 

 今は元気なだけで収まる範疇だけれど、もしかしたらお転婆娘って扱いを受けるかも知れないし、暴れるにしても暴れ方を考えて欲しい、そんな風に思った僕だけれど、元気に動く妹の姿を見ていると微笑ましいし、今は言わなくても良いかってなったんだ。

 

 

 

 

 

 

「それではロノス様、私は帰りは馬車で戻りますけれど……今後も宜しくお願い致しますね」

 

 

 

「そうだね。ネーシャとは随分と仲良くなれたんだし、夏休み中にも一緒に過ごしたいかな」

 

「まあ、嬉しいご提案。では、日を選んで帝国にご招待いたしましょう。皇帝陛下には私の方からお願いしてポチの入国の手続きを簡略化しておきますし、ご一緒に来られても大丈夫ですわよ」

 

 一見すれば普通の挨拶、帰りは迎えの馬車に乗って帰るらしいネーシャが笑みを浮かべて夏休み中のお誘いをしに来ただけだ。

 まあ、言外に”手を出したのだから分かっているよね?”的な事を伝えて来ているんだけれどさ。

 

 帝国へのお誘い……大体予想は出来るけれど、皇族の婚約が決まった際に行う儀式を受けさせられるんだろうな。

 僕としては儀式の場である”忘れじの洞窟”に行きたかったし、どうにか頼み込んで行く方法を考えていた所だ。

 それなら頼んだ事が切っ掛けで儀式を受けるより、向こうの提案の方が都合が良いかな?

 

「お互い忙しいだろうけれど、何とか僕の方も都合を開けておくよ」

 

「ええ、出来れば帝国に共に行く以外でも一緒にお出かけがしたいですわね。デートのお誘いだと捉えて下さって構いませんわ。……内容はロノス様の望むがままで」

 

 帰れば即座に楽しい楽しい夏休みを満喫出来る……筈も無い。

 未だ正式に跡を継いだ訳じゃなくとも同じ派閥の家への挨拶回りや領地の視察、流石に聖王国の実家でずっと過ごすまでは行かなくてもやるべき事は多いんだ。

 

 尚、ポチを王国に連れ込む時に手続きに時間が掛かったし、多分ポチはお留守番。

 ポチでビュンッて飛んで行った方が手っ取り早いし一緒に居られるけれども、王国にもう一度連れ込む時に長い間狭い檻で我慢させたくはないから屋敷でお留守番して貰うしかない。

 

 メイド長に頼み込んでお留守番の間はうーんと甘やかして貰おうか。

 

 そして当然なんだけれど婚約者との時間を作るのも責務の内、ネーシャと王都でのデートだってしなければならない事だ。

 あれ? 未だ皇帝の養女とのお見合いは残っているから終わるまではデートとかは不適切なのかな?

 

「……その事でしたらご安心を。どうせ私で確定なのは皆様分かっておいででしょうし、ロノス様との絆が深まったからと陛下の力と実家の財力でごり押ししますわ」

 

「僕としては時間が出来るから良いけれど、そんな事して良いのかい?」

 

 ちょっと気になったけれど、矢張り不適切ではあったらしい。

 建前って大事だからね。

 その建前を壊し、自分達から申し出たお見合いを中止するとか残っている子達の家の顔を潰すんじゃ?

 帝国とヴァティ商会がやってくれるならクヴァイル家としては困らないけれど……。

 

 ちょっと心配になって放っておけないのは彼女に好意を向けているからだろう。

 ……行為をしちゃったし。

 

 

「……だってロノス様と結婚するのは私ですもの。名目上だけとはいえ他の女がお見合いするなんて嫌ですわ」

 

 そんな僕の心配にネーシャは拗ねた様に振る舞う。

 彼女の立場からすれば感情の問題でしかなくデメリットだけだっていうのに、こうも好意を向けられたら悪い気はしないよ。

 

「では、またお会い致しましょう。……デートの日を楽しみにしていますわ」

 

 向けられる笑顔に見惚れながらネーシャを見送る。

 さて、僕もそろそろ……。

 

 

 

「おい、妾にも何かしらの案内をせよ。王国は好かぬから聖王国、それもクヴァイル家の領地だ。貴様が治める事になる場所を見てみたい」

 

「逢い引き、私とも。それと暫し屋敷で世話なる」

 

「あ、あの! 出来たら私もロノスさんと…その……デートがしたいです」

 

 当然、僕が将来結婚するのはネーシャだけじゃないし、彼女達が除け者にされるのは気に入らないのは予想が付いた。

 頭に乗るレキアに左右から僕を挟むアリアさんとシロノ、端から見れば両手と頭に花だ。

 大変だけれど、これが複数の相手と結婚する奴に必要な事なら頑張ろう。

 うん、大変そうだけれど楽しそうでもある、この場に居ないパンドラとも一緒に出掛けたりもしたいな。

 

 

 

 

 ……うん? シロノ、屋敷で過ごすって言った?

 気のせい……だよね?

 




漸く臨海学校へん終わり


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十章
仕事明けはテンションが変になりがちである


十章!

パンドラは前分けにした赤紫の髪を腰まで伸ばした知的な眼鏡さんです

ぶっちゃけライダーさんが参考


 カリカリとペンを無心で動かして目の前の書類の山を片して行けば、隣の机にも山盛りに盛られていた書類も残り一枚。

 

「訓練に耐え切れず逃げ出した新兵如きが好き勝手出来るとでも? 舐められたものですね」

 

 豊かなクウ゛ァイル領を狙って隣国よりやって来たのは軍人崩れ賊共。

 帝国に送った密偵の情報によれば商科家の三男坊やら家は立派だが跡継ぎにはなれずに軍に入ったような連中。

 訓練の過酷さに音を上げ、支給された武器を持って逃走の挙げ句に盗賊行為。

 軍に居たせいで巡回の予定を調べて小さな村を襲い、直ぐに露見して仲間を見捨てて再び逃げ出した根性無し。

 

 そんな連中の処分に関する書類に確認の判を押せば取り合えず溜まっていた仕事は一段落しました。

 

 うふふ、真面目に働かず他人から奪って楽に生きようとする考えがどれだけ短絡的だったのか、報いを受ける事で知りなさい。

 まあ、帝国で随分と好き勝手したらしいですし、クウ゛ァイル領で村を襲おうとした直後に捕まったのだから被害は出ていませんが、情報を絞った後は帝国へ引き渡されて縛り首ですから学びは活かせませんね。

 

「ええ、帝国に貸しを作れたのは良いのですけれども・・・・・・」

 

 別段帝国自体には特に恨みも親しみも有りませんけれどね、王国ならば別ですが。

 

 それでも複雑な気分となるのは皇女と若様の縁談話が持ち上がり、血の繋がりは有るけれど血の繋がらない有力な家から選ばれた婚約者候補の一人……と言いつつも扱いが別格であるし選ぶのが決定しているネーシャ・ヴァティ……いえ、元第一皇女ネーシャ・アマーラの存在。

 お見合いの場所やスケジュール、警備云々と非常に面倒で表向きの体裁を整えるという大切ではあるものの実質的には無駄な仕事を増やされたのは別に良いのですが私とて嫉妬を覚える事はある。

 公人……クヴァイル家家臣にて若様の側室が決定した身であり御館様の命によってクヴァイル家の政務を取り仕切る身からすれば帝国が干渉してくる口実よりも繋がりによるメリットの方が大きい。

 

 ええ、あの冷血皇帝が血の繋がりで甘い顔をするとは全く期待していませんが、婚約による友好関係って物は無視できませんから。

 まあ、それが分かっていても個人として……幼き頃より続けた文通で想いを募らせて来た身としましてはね……。

 

 

 

「肌艶、髪質、共に問題無し。……念の為に一眠りしておきましょう」

 

 未だ仕事が残ってはいなかったか確認した私は鏡の前に立って自らの姿を確認、自意識過剰と笑われるかも知れませんが、知的な美女の姿が其処にありました。

 あの色気を振りまけば良いと思っている色ボケ淫乱メイドとは違うのですよ、全くね。

 

「もう直ぐ若様と過ごす時間を頂ける。お話をして、一緒に出掛けたりもして、それから……」

 

 あの色ボケ淫乱メイド……レナさん程では無いにしろ私だって性欲は有りますし、仕事で疲れれば発散する時間もなく寝入ってしまいます。

 若様とてお年頃、約束を破ってレナさんが私より先に関係を持とうと若様を襲ってしまう危険も考えれば私だって……。

 

 不敬とは思いつつも私が溜まった物を発散させる時は若様の姿をお借りし、本来ならされない事をしていただいています。

 

「ご褒美を……いえ、その様な事を考えている愚か者にお仕置きをして頂きませんと」

 

 昨日、私は頭の中で若様に不敬を詫び、罰を受けました。

 まるで獣同然だ、そんな風に嗤いながら私の首に犬の首輪とリードを付け、犬には服は要らないと裸にされてお散歩に行ったり、少し騒げば気付かれる物陰で犯されたり、縛られたり、幼子のようにお尻を叩かれたり……捗ったのは否定しません、何がとは言えませんが。

 

「さ、流石に若様の名誉に関わる内容を実際には……え、ええ、色々な方法を知っておくのは若様の経験に役立つでしょうけれど……」

 

 ……いえ、レキア様みたいになるのも嫌ですし、正直に認めましょう。

 

 好意丸出しなのにも関わらず自らを騙す方の姿を思い浮かべた私は誤魔化すのを止める事にしました。

 自分の性癖と向き合う事にしたのです。

 

 私は大好きな方に辱めを受ける事に興奮する性癖の持ち主です。

 当然ですが他の男には若様が望んでも肌を許しもしなければ必要以上に肌を見せるのも嫌悪しか覚えません。

 あくまでも好きな方に精神と肉体を屈服させられたいだけ、それだけで良いのですよ。

 

「若様の前だけ下着無しで? 寝室で縛られたり、鏡で自分の姿を……」

 

 まあ、若様に押し付ける気は有りませんから行き過ぎ注意、取り敢えず裏道に大人の玩具屋が在るそうですし、何方かに頼んで……お願いするのは恥ずかしいですね。

 だから今は若様とのお楽しみの時間を想像し、頭の中で予行演習をしておきましょう。

 今は睡眠を取りますが、その前に溜まった物を解消しなければ良質な睡眠は取れないでしょうし、若様に見られながらの状況を想定しながら……あら?

 

 書斎の横の部屋には仮眠用のベッド、仕事とは全く無関係なプライベートルームとまでは行かなくとも一人でゆっくり出来る場所……なのですが、ベッドの上には見慣れぬ紙包みとメモ。

 

 

「”購入を頼むも受け取る時に大勢の前で落として中身を見られる姿を予知しましたので、お昼ご飯を買いに行くついでに買って来ました”? この下手くそな似顔絵はプルートですね」

 

 腕の良い占い師だと耳にし、腕が良すぎるので何か種があるのかと調べてみれば、占いではなく予知能力を持つ闇属性の使い手。

 ……スカウトに行ったら必要な物を全部用意していたり、突然予知が来て変なポーズを取ったり、今回みたいに予め行動したり、助かると言えば助かるのですが。

 

 紙袋の中を見れば購入予定の商品、一つを手に取ってマジマジと見詰めた後でそのままベッドに寝ころんで毛布を頭から被る。

 

 

「……うぁ。見られていると、そう思うだけで恥ずかし過ぎて……捗りますね」

 

 今の自分がどの様な表情をしているのか、それは鏡を見るまでも無いでしょう。

 才女だの魔王の片腕等と私を称える呼び名は有りますが、今の顔からは結び付かないのだと確信を持って言える程に……。

 

 

 

 

 

 ああ、若様がお年頃という事は、学園卒業後に機を見てご結婚をなさって頂きませんと。

 私やネーシャ様は側室で決定しているとして、問題はクヴァイル家もといリュボス聖王国と深い関わりを持つ妖精族とギヌスの民、そのどちらを優先するかという問題。

 

「……所で流石にレキア様とシロノ様のどちらを正妻として迎えるのかは若様にお任せして構いませんよね?」

 

 私、どれだけ優秀だろうと元は王国の難民ですからね?

 今はナミ族の族長であるイナバ様もシロノ様自身も強く正妻の座を望んでいませんが、それでも将来の板挟みの可能性が見えているのなら避けたい限りです。

 

 

 ってな訳で頑張って下さいね、若様。

 私も全力でお支え致しますので大船に乗ったつもりで……。

 

 

 

「乗ると言えば私を椅子にして頂くのも悪い気は……」

 

 プルートの予知は一定範囲の事以外は勝手に受信するだけという事ですが、何処までならば若様が引かないのか分からないでしょうか?

 どうせ苛めて頂くのなら二人で楽しみたいですし……。

 

 

 

 

 さて、お会いする時を心待ちに致しましょうか。

 

 

 

 

 

 

「……ネペンテス商会の動きが止まっている、か。動かないなら動かないで厄介な相手だね。何を企んで何処で暗躍しているのやら」

 

 聖王国の実家に戻る馬車の中、ポチと離れ離れの寂しさに耐え……耐え、耐えられないけれど仕事に集中していたんだ。

 ポチと離れ離れになって半日、あの子だって寂しくて泣いているんだろうさ。

 

 手にした報告書を握る手に力が入る。

 神獣将が一人シアバーンが率いる集団で、幸福な世界に繋がる門に案内するっていう胡散臭い物から領地同士の争いに使うモンスターの販売等々、人の心に漬け込んで混乱をもたらしているんだけれど、派手に動いている癖にいざ対応すべく動けば煙のように姿を消す。

 

 モンスターを大量に操っている事から初代聖女に討伐された”魔獣王”の再来だと不安に思う人も少なからず居るそうで、そんな奴の動きが止まって姿が消えれば警戒するなって方が間違っているだろうさ。

 

 

「……レキアも一度は依頼したけれど、何か情報は喋ったかい?」

 

「いや、急に現れたが神の関係者だとは気配で分かったので信用してな。領域内部に淀みから発生するモンスターの一掃を依頼はしたが特に情報は得ておらぬ。……役に立てなくてすまぬ」

 

 僕が乗っているのは向かい合わせに座っても足を伸ばすのに十分な広さを持つ大きめの馬車で、同乗しているレキアは僕の肩や頭の上じゃなく、向かいにクッションを浮かべて目線を合わせて座っているんだけれど、シアバーンと関わった時に特に情報を得ていないのを気にしているのか溜め息を吐く。

 

 これは不甲斐無いから自分が許せないとか考えているのかな?

 

「別に謝る必要は無いんじゃないかな? 僕としては君が変に害されていない事が嬉しいよ。……それにしても君が側に居るのに乗っていないって変な感じだ。頭の上や肩に居るのが当然になっているからかな?」

 

 実際、直ぐ前にいるのに寂しさすら感じているよ。

 いや、女の子に乗られるのが趣味って訳じゃないけれどさ。

 

 それを伝えたらレキアは照れてはいるけれど嬉しそうで、落ち込んだ顔が変わってくれたのが嬉しかった。

 

「……むっ、そうか」

 

「うん、そうだよ。それにしても……君は笑っている時が一番魅力的だよね」

 

「……恥ずかしい奴め。よく平気でその様な事を言えるな」

 

「本気でしかないんだけれどね」

 

 心外だとばかりに肩を竦めればレキアも真似をした後でクッションから僕の肩に乗り移る。

 

 

「矢張り君は其処じゃないとね」

 

「ああ、妾は此処でないとな。もっとも信頼し慕う男……友人の肩の上が落ち着く」

 

 僕達は同時に笑い、そして瞬きのタイミングが偶然重なったから、ほんの一瞬だけ、そう、ほんの一瞬だけ目の前のソファーから目を離したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロノス君もレキアちゃんもお久しぶり。二人とも前に会った時よりも仲良しさんで安心しました」

 

 その一瞬の間に聖王国最凶(マオ・ニュ)が最初から居たかのように現れていたんだ。

 

 




そろそろ感想こなくなって3ヶ月以上 感想下さい!


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死神と呼ばれる合法ロリ

3話程度で終わり予定の連載始めてます

こっちも上からブクマお願いします


 赤銅色の髪に紫の瞳、シロノと同じ小麦色の肌を持つ小柄な体型、男と間違われぬ程度には女性らしさを持っていて、とても強者には見えぬ相手だが、その強さを知ってしまえば侮る阿呆は出ぬだろうさ。

 

「仕事先から持って帰ったお菓子が有りまして、調度馬車が見えたので渡そうと入り込んだのですが、あまり驚いて無いですね。目を閉じるタイミンが重なるのを見計らったのに残念です」

 

 まるで悪戯が失敗に終わって拗ねる子供のような表情を浮かべながら土産の品を出すマオ・ニュであるが、己がやった事が尋常では無いと自覚は有るだろうに白々しい限りだ。

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら木の実の焼き菓子を切り分けているが、その気になれば妾達が反応する暇も与えずに首をかっ切れるのだ、

 

 妾の手にロノスの指先がそっと触れる、僅かに震えているが馬鹿にはせぬ。

 何せ目の前の女こそが此奴の両親を殺した相手であり、ゼース殿の命令次第では兄妹揃って命を奪う役割を持っているのだからな。

 

 

「ロノス君、お勉強は頑張っています? わざわざ王国なんかに行ったのですし、ちゃんと繋がりを作らないといけませんからね? はい、どうぞ」

 

「まあ、そこそこかな?」

 

「……女の子ばかりと仲良くしちゃったりとかだと駄目ですよ?」

 

 おい、そこで何故ギクッとなる?

 女とばかり仲良くなっている自覚でもあるのではないのか?

 うん?

 

「ク、クヴァイル家と繋がりを持ちたいって連中はそれなりに多いし、友達とまでは行かないまでも将来的な繋がりは大丈夫じゃないのかな?」

 

「そうですか。それにしてもお二人共、随分と仲良くなりましたね。レキアちゃん、ロノス君が大好きなのに嫌っているって下っ手な嘘ばっかりでしたから」

 

「んにゃっ!?」

 

 何言っているのだ、この三十路間近!

 ……普通に考えれば三十路前でレナスと同格扱いされている時点でとんでもない奴だな。

 まあ、レナスも三十代後半でナギ族最強なので十分おかしいが。

 

 それは別に良かったが、妾はとても聞き逃せない発言に思わず声を荒げた。

 

 

「大好きなどではないぞっ!? 好きなだけだからな!」

 

「あっ、僕も君が好きだよ、レキア。君に好きだと言って貰えるなんてマオ・ニュと再会して良かったって思えたよ」

 

 大は付かぬのか……付けろ、この場合は大好きと……はっ!?

 

「もー! ロノス君、それだと私と再会したのが嬉しくないみたいじゃないですか。確かに私はロノス君の両親を御館様への反逆を理由に殺しましたし、ロノス君やリアスちゃんだって必要なら殺しますけれど、顔見知りは苦しませずに一瞬で殺すんですよ?」

 

「おい、何傷付きましたって態度を取っている?」

 

「えっと、マオ・ニュと会えたのは嬉しいよ? 僕の言い方が悪かったのは謝るからさ」

 

「あらあら、ロノス君ったらお上手。女の子にそんな態度ばかり取っていると何時か刺されますよ? まあ、そんな事をしでかした奴は一族郎党苦しんで死んで貰いますけれど。それとさっきのレキアちゃんへの言葉ですが、好きではなく大好きと言ってあげて下さいね?」

 

「そっか。じゃあ、大好きだよ、レキア」

 

「そうか……妾は暫し消える」

 

 さっと魔法を発動させて姿を消す。

 今の妾の姿を誰かに見られるなど耐えられぬ気がしたからだ。

 

 

 そうか、大好き、大好きか……。

 

 ふんっ。気紛れだが、断じてロノスに大好きだと言われた嬉しさからではなく、一流の戦士に敬意を表して心の中で誉めてやろう。

 

 リアスより微っ妙に上な程度の胸な上にチビではあるが美しく、幼いと言って良い程に若々しく、今年で三十歳になるとは到底思えぬ見た目だ。

 もう少し小さければ年齢一桁と言われても信じてしまったやも知れん。

 

 マオ・ニュさんじゅっさい。なんて……な……殺気っ!?

 

 完全に姿を消してロノスの頭から机で死角になる膝の上に移動し、更には音も消している。

 にも関わらず豪奢な装飾のなされた机の分厚い板を貫いて妾に注がれる殺気と視線、恐る恐る顔を覗かせれば明らかに目で追っていた。

 

 ……良し。

 余計な事は考えず、大好きと言って貰えた喜びを噛みしめていよう。

 まあ、高貴な美姫である妾を大好きになるのは当然の事ではあるがな。

 

 

 故に妾はそれ程嬉しい訳では無かった……。

 

 

 

 

 

 

 

「レキアちゃん、今はどうしています? 余計な事を考えていた気がしたからちょっとお仕置きしちゃったけれど、考えてみればロノス君の正妻になるんだから悪い事をしちゃいましたね」

 

 レキアが姿を消して、マオ・ニュは僕の膝の上辺りに視線を動かした後、直ぐに僕の方に視線を戻したんだけれど、乗られている僕は分かるけれど、音も姿も無いのに凄いなあ……。

 

 要するに彼女に狙われたら何処かに隠れても無駄なんだと教えられた気がした僕は背筋に冷たい物が走る。

 この人、平気で殺す役目が有るとか言うし、未だどちらが正妻になるか決まっていないのにレキアで確定しているみたいに言うのはどうなのかと考えた僕は一応言ってみる事にしたけれど、何か意外そうな顔をされた。

 

「え? ロノス君、シロノちゃんにクヴァイル家の正妻が務まると思っているの? 面白くないよ、その冗談。えっと、冗談……だよね?」

 

「……うん」

 

 確かに僕もシロノに正妻としての立ち振る舞いは無理だと感じてはいたよ?

 でも本人は別としてもイナバさんとの関係だってあるし、お祖母様だってギヌスの民で……。

 

 だから断言はしていなかったけれど、マオ・ニュから見てレキアの方が正妻に相応しいって認識だったんだね。

 結局、最後に決めた上で起こるゴタゴタは僕が解決する事になるんだけれど……。

 

 

 

「所でレキアがさっきから膝の上で転がったり手足をバタバタ動かしたりしているんだけれど……」

 

「それはロノス君に大好きだと言われて嬉しかったのですよ。でも、幾ら姿を消していても落ち着きは保って貰わないと。……あっ、落ち着きが無いと言えばリアスちゃんと……レナちゃんですね」

 

 レナの名前を出した途端に一変する車内の空気、マオ・ニュが不機嫌になっただけで一気に冷え込んだと錯覚を受ける。

 

「後続の馬車に乗っているんですよね? たぁ~っぷり聞いているんですよ、あの子の問題行動は。ちょ~っとメイド兼護衛としては問題かなって思いまして」

 

「レナは僕達の乳母兄妹だし、多少は大目に見てあげて欲しいな。ほら、従兄弟のジョセフ兄さんでさえ彼女を知的で冷静な淑女だと思い込む程度には外面が良いし、問題行動って言っても……」

 

 ニコニコ笑顔は一瞬だけ目が笑っていない死神の物になったけれど直ぐに戻り、流石に殺す気は無いんだろうけれどマオ・ニュのお仕置きなんてどんな内容か分かったもんじゃないからフォローする。

 

 問題行動か、直ぐに思いつくのは僕にノーブラノーパンだと伝えたり身体を密着したりベッドに潜り込んでいたり程度で特には……いや、十分問題行動だ。

 うん、屋敷の人間にしか見せないからって擁護できる範疇を越えている気もするし、レナだから仕方が無いって気もして来る。

 

 

「安心して下さい。ちょっと釘を刺して小言を幾つか言う程度です。……レナスはあんな人ですからあてになりませんし、私がちゃんと叱ってあげなくちゃ。まあ、ロノス君がレナちゃんをお嫁にするのに反対はしませんから、ちゃんと鬼族の治癒能力なら傷跡が残らない程度の大きさの釘にしておきますね」

 

 釘を刺す(物理)って発言をして実際に現物を見れば返しも付いていない細くて小さな釘。

 それを見た僕が瞬きによって視線を外した一瞬でマオ・ニュは姿を消した、まるで最初から居なかったみたいにソファーに痕跡一つ残さずに。

 

 

 

 

 

「……後でレナは励ますとして、レキア、君とのデートはどうする? おーい?」

 

 聖王国で遊びに連れて行けって言われてたし、デートで良いよね?

 特に否定の声も聞こえないけれど返事もなく、まだ僕の膝の上でゴロゴロしている。

 夢中になっているのかと指先で止めようとした時、振れたのは柔らかい物だった。

 

 

 

「……何か申し開きは有るか?」

 

 姿を現したレキアは仰向けで、僕の指先は胸に触れていた……。

 わざとじゃないんだよ?



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妖精姫の醜態

 

 ……いや、可愛い愛しの妹(リアス)とは完全に別行動だったのが安心出来るって裏の仕事以外だと何時以来だろうね?

 今回僕は次期当主として実家に帰り、リアスは聖女としての訪問活動があるからって国境沿いの街で分かれたんだけれど、もし同行していた場合は同じ馬車に乗ってマオ・ニュと会ったり……レキアの胸に触ってしまった所を見られていただろうからね。

 

「ごめんね。本当に故意に触ったんじゃないんだよ、レキア」

 

 胸に触れた指を恐る恐る離しての弁明、リアスは胸関係だと凄く怖いから見られなくって良かったと安心しつつ、目の前の問題に僕は頭を悩ませた。

 仰向けの姿勢で僕をジッと見たまま動かないレキアの次の言葉が恐ろしい。

 何せ彼女とは長年の付き合い、変態扱いは勘弁だ。

 

 それに嫌な想いをさせたくはないしさ……。

 

「はあ……。その様な顔をするな、愚か者め。貴様が故意に妾の胸を触ってくる筈が無い事は理解しているに決まっているだろう。……まさか、妾がそれを理解せずに喚き散らすとでも思っていたのではあるまいな?」

 

 実は不安だったとはとても言えず、僕が誤魔化すように顔を左右に振ればレキアは深い溜め息と共にゴロリと転がってうつ伏せの姿勢で僕を見上げる。

 

「だが、幾ら事故の上に婚約者とはいえ無断で妾の胸に触れた貴様には罰を与えねばなるまい。この身は妖精の姫にして次期女王、例え正妻にしようとも貴様のなすがままにはさせぬ」

 

 ホッと一安心、何時もの尊大な態度に僕は嬉しくなる。

 

 レキアは矢っ張りこうでないとね。

 顔を真っ赤にして怒るなら良いけれど、泣かれたり蔑まれたりは避けたかったけれど、これは何時も通りに接して良いって事だろう。

 気にするな、って一言で終わらせられないのが何ともレキアって感じだよね。

 

「そうだね。それで、僕は何をすれば良いんだい? 君の胸に触ったんだ。幾ら君が正妻……ん?」

 

 あれれ? 確かにレキアがシロノよりも正妻に立場に近いって話をさっきしたけれど、すっかりその気になっているって言うか、僕との結婚を普通に受け入れているよね?

 

 

「何を無駄な事を考えている。……罰はマッサージだ。先程妾の胸に触った時と同じ程度の力加減で羽の付け根辺りを揉みほぐせ。それで黙っていてやろう」

 

 言い終わるなり顔を伏せたレキアの背中に目を向け、確かに普段から飛んでいれば強張りそうな羽の付け根に指先で触れる。

 

「普段から飛んでいるから凝るんなら僕が暇な時にマッサージしてあげるのに。もう少し頼ってくれて良いんだよ?」

 

「……善処しよう」

 

「あっ、素直」

 

 おっと、睨まれたからこれ以上のコメントは控えようか。

 

「……んっ、あっあっ、くぅ~!」

 

 先ずは指先にレキアの細く小さい身体が壊れない程度に力を込めれば押し殺したような声がレキアから漏れ、身体が少し震えている。

 指先に伝わる相当強張った背中の感触に少し心配になりながら円を描くように動かせば今度はレキアの背中が仰け反った。

 

「うぁ……うっ……良い、そこ、良いから……もっと強く頼む」

 

 こりゃ相当凝っていたみたいだし、僕のマッサージが気持ち良いのならやる勝ちがあったよ。

 

「はふぅ~。悪くないぞ、寧ろ良い。そのまま、そのまま頼む……

 

 

 押し、解し、続いてリズムを取りながら軽く指先で叩いて行けば仰け反ったり震えたりしていた身体がリラックスしたみたいに弛緩したし、もうちょっと続けようか。

 僕がクヴァイル家の次期当主として頑張っているのと同じでレキアだって領域の管理やらで大変なんだし、僕に助けられる事なら助けたい。」

 

「ほら、指圧に戻るよ?」

 

「ひゃっ!? 待てっ! 指圧には心の準備が……ぁん」

 

 どうしよう、凄く楽しい。

 

 最初はお詫びと普段の頑張りへの労りからのマッサージだけれどレキアが普段は聞かせてくれない声……それこそ色っぽさすら感じる物を聞いたりと思わぬ収穫があったし、到着まで少し時間があるから……。

 

「ええい! 待てと言っているだろう!」

 

 僕の指を振り払って叫ぶなりレキアは僕の目の前で人間サイズに変身、机に座ったかと思うと僕に向かって足を伸ばす。

 後少しで下着が見えそうだし目のやり場に困るんだけれど……。

 

 

「背中はもう良い。……次の機会にまた頼む。だから、つ……次は足を揉め。それで胸に触った件はチャラだ」

 

 少し後ろに移動したレキアの足が僕に向かって伸ばされ、仕方が無いので触って揉み始めればレキアは手で口を塞いで声を押し殺す。

 

 

「あっ……あっ……うん、あっ……」

 

 駄目だ、顔は見ないでおこう。

 だって色っぽいから凄く恥ずかしい……。

 

 

 結局、レキアの変身可能時間が終わるまでマッサージは続いたんだけれど、

 

 

 

「ふぅ。まさかマオ・ニュさんがいらっしゃるだなんて酷い目に遭いました。まさか急に現れて釘を刺されるとは……」

 

 クヴァイル家の屋敷に到着した僕が第一にしたのはレナの心配、だってあの死神と恐れられるマオ・ニュの怒りを買ってしまったんだからさ。

 でもまあ、元気そうで何よりだ。

 

 後続の馬車から降りて来た彼女は特に歩き辛い様子も見せていないし、寧ろ元気というか顔が火照っている。

 息が荒いけれどダメージじゃなく、これは性的な興奮だと付き合いの長い僕は感づいて……しまった。

 

「元気そうで何よりだよ。痛む所は無いかい?」

 

「命の危機を感じて……ふふふ。鬼族の治癒能力ならば多少の怪我は簡単に塞がるのですが、あの方の笑顔を間近で見て若様に密着している時同様にドキドキしてしまいまして……高ぶりました。マオ・ニュ様が一旦馬車を離れなければ下着が拙い事になっていたでしょう」

 

 荒く息をする口に人差し指を持って行ったレナは舌先で舐め、艶っぽい目を僕に向けて来ている。

 この顔、ジョセフ兄さんが目にしたらドギマギして動けなくなるだろうね。

 ちょっと見てみたいかも。

 

 それにしても釘を刺されて性的欲求が高まるとか……。

 

「……凄いな、鬼族。未来に生きてる」

 

 そもそもマオ・ニュに釘を刺されてこの言動、流石はレナだ。

 

 

「あら、失礼ですね。若様、鬼族を誤解なさらぬように。他の鬼族、特に母様であれば戦闘欲求が高まるでしょう。私は性欲が多少強いので今すぐにでも自室に戻って自分を慰めたい気分です。若様、眺めている気はありませんか?」

 

「……無い」

 

「冗談です。だって……若様に見ていただくだなんて妄想しただけで達してしまいます。パンドラさんとの約束を破る事になってしまいますので」

 

 ……約束?

 ああ、パンドラの方が先に僕と関係を持って奴か。

 

 実は夜鶴とは関係を持っている事とか、アリアんさんとかネーシャと途中までしたり、レキアと混浴したりとかした事がバレた場合はどうなってしまうのか怖くなる。

 そしてパンドラなら僅かな表情の変化で気付きそうだし、プルートっていう預言者まで居るんだから……。

 

 パンドラとは会いたい、会話もしたいし一緒にお茶を飲むのも楽しみだけれど、彼女には負い目が有るからなあ。

 ちょっと怖いかな?

 

 そんな風に思っていた時、不意にレナに正面から抱き付かれる。

 尚、それ程驚きはしないのはレナのする事だから。

 

 

「でも、若様のご意志なら彼女も文句は言わないでしょう。……約束を破るのが嫌ならば三人で楽しむという手も有りますよ?」

 

「……」

 

 ちょっと想像してみる、二人を同時に相手にする光景を。

 レナは多分余裕綽々って顔で裸になって手招きして来るんだろうけれど、パンドラには絶対真似が出来ないから顔を真っ赤にしながら俯いて、裸には何とかなるけれどシーツで体を隠して知っている誘い文句を口にしたら絶対に噛む、絶対に噛む。

 

 

 彼女、美人なのにそういう可愛らしい所があるからな。

 

 

 

「さて、誘惑はこの辺りで終わるとして……レキア様はどうなさったのですか?」

 

「”醜態を晒した、暫く一人にしろ”だって。一人にしてあげよう」

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 神懸かったメイドのお仕事

 

 おや、随分とお久しぶりな気が致しますね。

 私、クヴァイル家に仕えております名称及び年齢不詳のメイド長で御座いまして、私の名前を知る方はクヴァイル家関係者でも極僅か、年齢に関しては誰にも教えてはいません。

 

 

 尚、既に私の本名にお気付きの方もいらっしゃるのでしょうが見て見ぬ振りをしていただけますよう、心からお願い致します。

 まあ、作者は感想が来れば喜ぶのですし、ヒントは数多くありますが、本当に内緒でお願いしますよ?

 

 

 では、本日は私の一日の業務の一部をご紹介いたしましょう。

 私の神メイドっぷりをお楽しみ下さいませ。

 

 

 

 

 

「皆様、お早う御座います。本日も我らメイド一同、主たるクヴァイル家の為に粉骨砕身の心掛けで働きましょう」

 

 昨夜遅くまで仕事があったり休日の者を除き、我らメイドの朝は早い。

 日が昇るよりも前に集合し、本日の仕事の振り分けを致しますが、寝坊したりアクビをかみ殺す不届き者など居るはずもなく、今日もシャキッとした姿を見せてくれる彼女達には賞賛を送りたい所ですね。

 

 自慢になりますがクヴァイル家は使用人への福利厚生は充実しており、各種手当てに加え、支給される物も一級品。

 並の貴族よりも上質な寝具は疲れが体内に残る事を決して許さず、短時間の睡眠でもこの通り。

 お肌だって……おっと、話が逸れました。

 

「一斑は外壁の掃除、二班は窓、三班は廊下で、四班は私と共に害虫退治をお願いします。どうも帝国の方から目障りな虫が流れて来たらしいので」

 

 若様とヴァティ商会令嬢とのお見合い……実質的には婚約が決定しているのですが、その婚約によって利益を得る者が居るならば反対に損害を被る者ものも。

 

 特に本日は若様が一旦戻って来る日、実力でその情報を手に入れたと思っている害虫が国境を越えてやって来るのですから早めに潰しておきませんと。

 

 

「それでは参りましょう」

 

「「「はっ!」」」

 

 先程申しました通りにクヴァイル家は使用人への扱いが他家よりも優遇されています。

 なので使用人には優遇に値する優秀さを求めるのは当然の帰結、この場に居るのは誰もが素晴らしい人材……いえ、人財なのですよ。

 

 掃除洗濯炊事に接客、そして刺客への対応。

 勿論働きに応じて手当も増えますよ、功を焦って周囲の足を引っ張るのならば私がメイド長としてお仕置きを致しますがね。

 

 

 

 

「それでメイド長、此度の害虫の情報は?」

 

 私達はメイド、家のあれこれをするのが本来の役目、故にターゲットは害虫扱いとし、台所に出た黒いアレを退治するかの様な会話が美学。

 

「元帝国軍人、但し一兵卒から中々先に進めず、雑用を免除される地位の者が数名。まあ、実力主義の帝国ないではついて行けない者の末路などくすぶりながら生きて行くか……人様に迷惑を掛ける生き方を選ぶか、その程度でしょう」

 

 メイドの一人の問いかけに国境を越えた直後から入手していた情報を話す。

 所で事前に説明があったのですが、聞いている振りをしていましたね?

 

「ぐっ、くくぅ……たかがメイドの分際でぇ……」

 

 尚、そんな彼女でも朝日が完全に大地を照らすよりも前に刺客を無傷で捕縛したメンバーの一人です。

 傷一つ汚れ一つ無く、息も切らさない。

 

「そのメイドに土埃の汚れすら付けずに捕まったのは何処の何方でしょう? ねぇ、クズッスさん?」

 

 この程度の相手にそのくらい出来ずしてクヴァイル家のメイドは務まりません。

 

「!?」

 

 名を呼ばれた事に大いに反応しましたが、雇い主がヴァティ商会を敵視する商人の集まりだの、既に証拠を揃えて捕縛されているだのを知ればどんな反応を示すのやら。

 若様を狙った辺り、身近なヴァティ商会と皇帝を敵に回す方を恐れたのでしょうが、依頼者共々存分に後悔させて差し上げましょう。

 

 

「さて、皆様。朝食の準備の前に害虫退治を終わらせる事が出来て大変喜ばしい事です。引き渡しは私が行い、その後に執務室の掃除もしておきますので各自振り分けられた仕事に戻って下さい。お疲れ様でした」

 

「まあ、朝飯前の運動にはなったかな?」

 

「アンタ、最近賄いをお代わりし過ぎで太ったもんね。運動しなくちゃ」

 

「賄いといえば今晩はタンシチューだって!」

 

「ダイエットは明日から、ダイエットは明日から、ダイエットは明日から」

 

 無邪気というか罪がないというか、一仕事終えた後のメイド達の姿は微笑ましく、足下で転がる罪人共に掠り傷でも付けられず終わった事に安堵しました。

 

 

「いえ、私が言えた義理では無いのですが。罪人などとは……」

 

 誰にも聞こえぬ声で呟き、罪人共を引き渡した後は食事の後執務室へと向かう。

 表面上は普段通りの、内心では自虐的な笑みを浮かべながら……。

 

 

 

 私には決して許されない罪がある。

 例え世界中の人が、一名を除いて全ての神がそれは罪でないと言ってくれたとしても私は私を許さない。

 

「若様が到着なさりましたか。私も出迎えに行きませんと」

 

 執務室の掃除の途中、窓の外から馬車が到着したらしい音を聞いた私は資料整理の手を止める。

 時計を見れば到着時刻は予定よりも多少早いですが、それでも誤差の範囲内なのですし、出迎えの準備をしておくべきでしたね。

 

 部屋を出る時、壁に掛けた鏡を見れば自慢の金髪が揺れている。

 ただ、この髪の色を見る度に思い出しますね、私が罪を償う為に更に犯してしまった罪、そのせいで一人見知らぬ場所に放り出された幼子の姿を思い出してしまうのです。

 もし今の彼女の部分が存在していなければ心が壊れていたであろうと考えただけで胸が締め付けられる思いがしますが、それも私への罰なのでしょう……罰にすらならないとも思いますが。

 

 

「さて、行きませんと」

 

 私がすべき事は誠心誠意お仕えする事だけ、今の私にはそれだけしか出来ないのですから。

 

「それにしても似合うとは思うのですが……」

 

 メイド服のスカートを摘まんでその場で軽くクルッと回ってみれば、色気と気品を併せ持った美神の姿、人に仕えるなど少し前までの私ならば考えもしなかったでしょうが、よくよく考えれば六十年以上は……六十年ですよね?

 それだけ仕えているのですし、人から言わせれば、とは思いますけれどね。

 

 

「若様もそろそろ違和感を覚えている頃、ノクスが神の力を与えなければ誤魔化せたのでしょうが……」

 

 所でチラッと見えたのですが、レナさんが若様に堂々と抱き付いているのは気のせいですよね?

 私も何度も、マオ・ニュ様だって流石にそろそろ釘を刺しておくと言っていましたのに……。

 

 

 性欲旺盛な鬼族、恐るべし……。

 

 

 

「メイド長、若様が到着なさいました」

 

「ええ、分かっています。走らぬ程度に急いで出迎えに向かいましょう」

 

 おっと、無駄な時間を過ごしてしまいました。

 どうも時間感覚が人と違うのが私の欠点ですね、罪に関わる部分と其処以外は完全無欠の神メイドなのですが……。

 

 

 

 

 

 

「若様、お帰りなさいませ。使用人一同、心よりお待ちしておりました」

 

 私の気配を感じたのだろう、直前にレナさんが若様より離れますが既に見ています。

 まあ、後で小言と罰仕事でも与えるとして……。

 

 

 

 

「パンドラ様がお待ちです。お疲れとは思いますが、どうぞ此方へ」

 

 今は協力者である彼女のお手伝いをば……。




3月からマジで感想来てないのさ


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大体メイド長の仕業です

 うちのメイド長は自称神メイド、神業と呼ぶに相応しい仕事ぷり。

 だから偶~に自分で神メイドとか言っている、まあ良いんじゃないのかな、実際に優秀なんだし。

 

「若様、パンドラ様に此方の品を差し入れてあげて下さいませ」

 

「うん、分かった。これは……お香とお茶?」

 

 渡されたのはお盆に乗せられたお茶とお香、疲れているからこれを持って行けと。

 メイド長の用意した物だし疑う必要は無い。

 

 だけど急かすように背中を押されてパンドラの部屋に向かっているのは何故だろう?

 メイド長の事だし……いや、それでも。

 

 グイグイと僕の背中を押すメイド長の力は強い、それでもって強引に進んでいるにも関わらず僕は転びそうにもないぢポットに入ったお茶は一滴も溢れない。

 

 流石はメイド長、抜かりない。

 

 

「メイド長、流石は勤続数十年、最古参の使用人なだけあるね。亀の甲より年の功……」

 

「若様、女性に対して年齢の事を口にするのは如何なものでしょうか?」

 

 あっ、マズい。

 

 うっかり口が滑った瞬間に背後から穏やかながら激しい怒りを秘めた声、メイド長が割と本気で怒っている時の声だ。

 この時の彼女にはレナスもマオ・ニュも逆らえない……マジで何者なのさ、メイド長って。

 

 

「乙女の秘密だと言っておきましょう。女神とは基本不老不死……流石に女神は言い過ぎですね」

 

「女神は流石にね。さてと……」

 

「……いえ、後五秒お待ち下さいませ」

 

 ちょっとだけ恥ずかしそうな声を出しながら動きを止めるメイド長、急に止まったにも関わらず押されていた僕がつんのめる事も無い。

 絶妙な力加減で僕を引っ張り、前に向かう勢いを相殺したメイド長はパンドラの部屋の扉をノックしようとした僕の手に手を添えて止める。

 メイド長のする事だし、何かあるのだろうけれど……。

 

 

「部屋の中から衣擦れの音が聞こえました。……もう宜しいでしょう」

 

 

……それに扉の向こうから聞こえる音からして鍵をかけ忘れている様ですね。少しお疲れの様子でしたし、若様のお帰りの時間も少し早かった。寝過ごして慌てて着替えているという……今ですね」

 

「え? いや、せめてノックを……」

 

 お盆で両手が塞がっている僕の代わりに扉を開くメイド長だけれど、急に開けるのは兎も角、今なら入っても問題が無いって事……。

 

「急に入ってごめんね。パン…ドラ……」

 

「わへっ? 若様……」

 

 着替え中だからと入室を一旦止められ、もう大丈夫だと押し込まれたのだから普通は着替えが終わったと思うよね?

 完全にそう思っていた僕は真っ先に目に入ったパンドラの赤紫色をした長い髪に視線を向け、掛けられた声に反応した彼女が振り向けば着替えの真っ最中。

 スカートは脱いで椅子の上に置き、ブラウスのボタンを外して今まさにに脱ぐ寸前。

 

「綺麗だな……はっ!?」

 

 白い肌、括れた腰回り、長身でスレンダーな彼女の体型が丸分かりで、その美しさに口から素直な感想が漏れる。

 下着は……上下ともにピンクのレース付き、正直言って眼福な光景に僕は固まり、パンドラも状況が飲み込めずブラウスの前面を左右に広げた状態で動けない。

 

「では、私はこれで」

 

 そんな状況を作り出したメイド長の声の後で扉がゆっくりと閉められ、外から鍵の掛かる音。

 

 ……まさか嵌められた?

 

 もしメイド長が止めた時に入っていたらスカートを脱ぐ前の状態だっただろう、所でパンドラって下から脱ぐんだね。

 

 

「あ、あの、若様、出来ればその、彼方を向いて……」

 

「う、うんっ! そうだね……」

 

 しどろもどろになりながらも最初に動いたパンドラが指で示した方を向けば慌てて着替える音が聞こえる。

 

「きゃっ!? あっ、大丈夫ですのでっ! ちょっと転びそうになっただけで……。あれ? あれあれ? 着替えは何処に……」

 

「……これかな?」

 

 僕が向いていたベッドの上には綺麗に並べられたおしゃれ着と下着(黒)。

 普段の冷静で基本完璧な彼女からすれば慌ただしいけれど、僕が急に入って来たから……あー、駄目だ。

 どうしても意識してしまう。

 

 急に目にしてしまった下着姿や着替えの音、そして今から着替えるであろう服。

 特に下着を付け替える姿が勝手に頭の中で流れて……。

 いや、流石に服は別のを出すか。

 

 パンドラは知的で冷静で有能な女性だけれど、男女間の事になれば途端に羞恥心で頭の働きが鈍る。

 それでも下着姿のまま男の横から手を伸ばして服や下着を手にしたりなんかは……しているよ、現在進行形で。

 

 ブラを外した所で気が付いたのか僕の背後から必死に手を伸ばして着替えを取ろうとしているパンドラに出来心から視線を横目で送ってみれば小さく引き締まった臀部が見えて慌てて視線を外すけれど、目に焼き付いて目蓋を閉じても消えやしなかった。

 

「あ……後少し……」

 

 長い髪が右に流れる事でさらけ出された綺麗な背中、普段から露出度の低い服装をピチッと着こなしているからこそ今のように肌が見える時には印象が強い。

 

 取り敢えず背中を向けるとして、パンドラったら本当に冷静さを失ってるなあ。

 別の服を出せば良いのに、後でお茶でも飲みながら教えたら笑い話に……あっ。

 

 僕の手にはポットとカップとお香が乗ったお盆。

 一旦何処かに置けば良いものを、冷静さを失っているのは僕も同じか……。

 

「取り敢えず僕は見えないようにしておくから着替えて」

 

「は、はい……」

 

「急に入っちゃってごめんね。文句はメイド長に言って」

 

「言えるでしょうか。相手は女神ですよ。……あっ、今のはお忘れ下さい」

 

 冷静じゃなかったと自覚すれば落ち着くものだ。

 お盆を近くに置き、先にお茶を一杯飲んで一息付こうとし、途中で止める。

 

 そもそもパンドラの部屋に僕を連れて来たのは誰だ?

 それはメイド長だ。

 

 彼女が着替えているタイミングを見計らって僕を押し込んだのは?

 それもメイド長だ。

 

 なら、このお茶とお香を用意したのは?

 当然メイド長だ。

 

 恐る恐るお茶とお香の匂いを嗅げば頭が少しぼやける既知の感覚、虹色オオミミズの核を使った媚薬効果のお香にお茶も精力剤的な奴だ。

 

 

「何を考えてるんだ……女神発言は少人数にのみ話す気だったけれど、大勢に話そうかな」

 

 事故を防ぐ為に時間停止させた空気でお盆を包み、パンドラの着替えが終わるのを待つ。

 どうしても着替えの光景が頭に浮かんでしまうけれど、落ち着こうと深呼吸。

 

 落ち着け落ち着け……うん、時間が掛かりそうだ。

 着替え中にドアを開けて誰かに見られては行けないから部屋からは出ていけず、パンドラに意識が向くばかり。

 実の所、パンドラは性的な好みで言えば誰よりも上なんだ。

 秘書とか女性教師とか知的で有能な年上が迫って来るってシチュエーションの本を何冊か隠し持っていて、全部レナにはバレているっぽい。

 

 レナも対外的にはそんな感じの印象?

 いや、本性を知っているから僕の前で取り繕ってもね。

 

 ……思えば婚約者だと紹介された幼少期から文通を続けて来た僕とパンドラだけれど、こうして同じ部屋で着替えられると本当に結婚する相手なんだって認識させられる。

 こうなったのは事故だけれど、婚約者でもない異性の側で着替えられるタイプじゃないからね。

 

 ……うーん、他の女の子と一気に接近した僕を見て、メイド長がパンドラに気を回したって所なのかな、今回の一件は。

 

 

「若様、お待たせしました……」

 

「いや、大丈夫さ。それよりも仕事着の君は綺麗だけれど、そのおしゃれ着だって魅力的だと思うよ」

 

 だからって媚薬とかを渡すのはどうかと思いつつ僕は素直な感想を述べる。

 誉められて照れながらも笑みを浮かべる彼女は可愛らしかった。

 

 

 そうそう、この奥手な所が実に……。

 

 

 

「あ、あの、若様! 事故とはいえ下着姿を見られてしまいましたし、その、あの……少しお願いを聞いて下さい!」

 

「良いよ。僕に出来る事ならね。他でもないパンドラのお願いだし、喜んで引き受けるよ」

 

 おっと、今日は少し積極的だ。

 

 もう限界が近いって感じの彼女は片手で顔を隠し、もう片方の手でベッドを指し示していた……。

 

「ちょっとだけ甘えさせて下さいます……でしょうか?」



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才女の好み

「若様、私は幸せです。この様な我が儘を聞き入れて頂いて……」

 

 ベッドが軋む音……はしない、何せクヴァイル家の将来を背負う才女の使っている物だ。

 まるで宙に浮いているようなマットは全身を優しく包み込んで疲れを奪い去っていく様な感覚の中、僕の腕の中で幸せそうな顔をするパンドラ。

 僕の胸に顔を埋め微笑む姿は思わず抱き締めたくなる。

 

「それで本当に良かったの? ”添い寝をして欲しい”だなんてさ。僕は役得で嬉しいけれどさ」

 

「……私も偶には誰かに甘えたくなるものですよ? でも他の誰かには立場上甘えられませんし。……嫌ですか?」

 

「だから役得だって。嬉しくて仕方が無いよ。愛しい君をこうやって抱き締めて良いんだからさ」

 

 不安そうにするパンドラを強く抱き締めて頭を優しく撫でる。

 まあ、普段から張り詰めているから誰かに甘えたいってのは僕も共感するし、普段からお世話になりっぱなしな僕に出来るなら構わない所か嬉しい限りだよ。

 

 間近で感じるパンドラの匂いと柔らかさに僕からすればご褒美、許されるなら頻繁にこうしたい所だ。

 ああ、でもちょっと意地悪しちゃおうか?

 

 昔から文通はして来て、彼女は気付かれていないと思っているみたいだけれど……。

 

 

 

「何度も言うけれど本当にこれだけで良いの? 他にして欲しい事があるんじゃない? ちゃんと言って貰えた方が僕は嬉しい」

 

「ぴゃっ!? し……シて欲しい事……」

 

 あれ? 何か勘違いされた?

 

 本当に他の何でもしてあげたいと思っての言葉だったけれど、パンドラは驚いた様な声と共に強く抱き付いて顔を隠す。

 何を恥ずかしがっているんだろうと疑問に思った僕は今の状況を確認して速攻で気付かされたんだ。

 

 

 一度は路地裏で迫られている僕が着替えを目撃して、ベッドの中で抱き締めての発言、下心が無かったとは言わないけれど……どう考えても誘っていると勘違いされる内容だ。

 

 

「い、いえ、私は添い寝だけで十分でしゅのでっ!」

 

 その結果、実はエッチな事を考えていたらしいパンドラの執着心は臨界点を突破、舌足らずの子供みたいになっちゃっていて、今どんな顔をしているのか見てみたい気すらした。

 

 ……駄目かな?

 ちょっと顔を上げさせて真っ赤に染まった顔を見てみたいし、ちょっと先を期待しても……。

 

 媚薬効果のお香は火を付ける前に密閉したけれど、僕は直前に匂いを直接嗅いでしまっている。

 添い寝なんてその状況でしちゃって、こうして抱き締めているのは僕と結婚する相手で好みの相手。

 

 まあ、欲望のままに襲って良い相手では無い、理性で耐えきるんだ、ロノス!

 

「そう、それなら……」

 

 ”別に良い"と会話を切り上げて後は落ち着くまで天井でも眺めていれば気分転換になるだろうし、パンドラも寝ちゃったらベッドから抜け出せば良い。

 今は落ち着く事が優先だ。

 

 

 ちょっと意地悪して恥ずかしい思いをさせたし、パンドラもこれ以上は限界だろうさ。

 故に僕がすべきなのは落ち着くのを待つ事、そう思っていたのだけれど。

 

 

 

「た、確かに姿見に映る痴態を見せられながら抱かれてみたいとは思いましたけれど……」

 

 ……うん?

 

「それに抱かれながらはしたない女だと言葉責めにされたり……」

 

 え? ええっ!?

 

「縄が食い込む程強く縛られて抵抗出来ない状態で全身をまさぐられたりとか……」

 

 いやっ、ちょっと……。

 

「組み伏せられて服を力尽くで脱がされて強引にとか首輪を填められて犬扱いと……か……。あれ? 私は一体何を口走って……」

 

 あっ、察した。

 お香の匂いは少し嗅いだだけで効果が出る位に強烈で、持って来た道中で移り香があった所に密着。

 凄く興奮して性癖を暴露した所で正気に戻ったと、そんな所だ。

 

 石の様に固まって動かないパンドラ、もう恥ずかしいとかの次元を超越してしまったのだろう。

 うわ言らしい事さえ口から出ないし、逆に悪戯心が湧き出す。

 ちょっと苛めてみたいと感じてしまった。

 

 

 

「大丈夫だよ、パンドラ。君、昔から願望が手紙の中に漏れていたから。”縛られたい”とか”多少乱暴な方が良い”とか、別の事みたいに書いていたけれど、今の言葉からして。……それで、僕に何をして欲しいんだい?」

 

 そっと耳元で囁く。

 一瞬身を竦ませた彼女は暫し固まり、次に枕元の引き出しに手を伸ばすと中から布を取り出した。

 少し分厚い黒い布、鉢巻きみたいに細く長い。

向こうが全然透けて見えない。

 

 目隠しには十分……つまりはそういう事か。

 

「あの、これも……」

 

「手枷……これを君に付けろって?」

 

 目隠しと手枷で自分を拘束して欲しいのかと尋ねれば声には出さず、静かに頷く。

 

 そっか、うーん……パンドラの性癖を侮ってた。

 ちょっとした遊び程度の真似事かと思いきや割と本格的だよ。

 

 

「分かった。じゃあ、この状態だと難しいから一旦起きあがってくれるかい?」

 

「……ひゃ、ひゃい!」

 

 声を上擦らせながらも期待と緊張を感じさせる顔でベッドの端に座って僕に背中を向けるパンドラの髪をずらし、綺麗なウナジに指を這わせる。

 さっき頭を撫でた時に少し触れただけで反応して熱い吐息を吐き出したから思ったけれど、やっぱり弱いみたいだ。

 

「ひゃんっ!?」

 

 うん、可愛い、凄く可愛い。

 さっき撫でた時には声を押し殺していたんだろうけれど不意打ちには対応出来なかったんだね。

 

 ビクッと体を跳ねさせて、次はプルプル震えているんだけれどもう一度撫でようとするんだけれど睨まれたし、残念だけれど目隠しをする。

 手枷は……少し迷った。

 

 ツルツルしたドーナツみたいな輪っかを繋げた木製の輪っか、穴の大きさには余裕があるし内側には綿を入れた布を張り付けているし、触ってみた限りじゃ手首を痛めたりはしなさそう。

 

 でも、流石に手枷はな……。

 

「あ、あの、若様……」

 

「まあ、どんな頼みだって聞くって約束だしね。痛かったら言ってよ?」

 

 少し戸惑った様子のパンドラ、多分僕が拘束趣味にドン引きしているとでも思ったんだろう、手枷を填めたらホッとした様子だ。

 手枷を填められて安心するのも妙な話だから人の趣味って分からない。

 

 

「それで次は? 何をして欲しいのか言ってごらん」

 

 パンドラを後ろから抱き締め、ベッドに寝かせながら耳元で囁けば彼女がドキドキしているのが伝わって来る。

 恥ずかしいんだろう、答えられないけれどさ。

 

 何も言わないから僕も腰に回した手に力を込めるだけでそれ以上は何もしない、何か言いたそうだけれど、これはこれで楽しい。

 真面目で恥ずかしがり屋のパンドラがこれ以上の要求が出来るとは思えないけれど、言いたくても言えないって彼女の姿に覚える妙な感覚。

 

 成る程、これが加虐趣味、パンドラの嗜虐趣味の正反対か。

 悪い気はしない……でも。

 

 ……さて、このまま抱き締めているのも悪くはないんだけれど、焦らすだけってのもな。

 

 軽く脇腹を撫で、続いて太股から二の腕と次々に撫でる場所を変えて行けばパンドラは声を押し殺そうとするけれど腕を拘束されているから塞げない。

 

「うなじの反応が一番良かったけれど脇腹も敏感みたいだね……」

 

「ん……んんっ!」

 

「じゃあ、同時に……は止めておこうか」

 

「え……?」

 

 指先が触れた途端に反応したから敢えて指を離し、パンドラが身構えるのを解くのを見計らって再び触れる、それを繰り返す事数度、そろそろ撫でるのも悪くないかな?

 

「それにしてもクールで知的美女な君がこんな風になっちゃうだなんて良い意味で驚きだよ。……どうせなら手枷はベッドに繋げれば良かったよ」

 

 体の向きを変えさせ、そっとキスをした後でうなじから腰、そして脇腹まで五本の指で優しく一筆書きになで上げればパンドラは声を押し殺しながらも軽く痙攣した。

 その後で惚けた顔だったけれど、下半身の違和感を覚えたのか戸惑う顔だ。

 

「……あれ? 若様、もしかして……」

 

「気が付いた? じゃあ、今日はその状態で過ごすかい? ……冗談だよ」

 

 何をされたのか分かったみたいだね。

 見た目じゃ分からないけれど今の彼女は恥ずかしい状態だ、意地悪で言ってみればそれだけで耳まで真っ赤になっているし、本当にさせたくなる。

 

「じゃあ、このまま君を組み伏せて……」

 

 耳元で囁く途中、少し強い力でノックされる。

 居留守でも使おうかと思ったけれど、再びノックの音が響き、数秒後にドアの一部が弾け飛ぶ。

 分厚い板を拳が貫通し、そのまま鍵を外したと思ったら扉が開いてレナが一礼の後に眉一つ動かさず入って来た。

 

 

「おや、お楽しみの最中でしたか。ですが今は急を要する事態ですので中断下さい。邪魔をしたお詫びに私も加わりましょう」

 

「……何用かは知りませんが出て行って下さい、レナさん。それと若様と私の逢瀬に貴女は不要ですので次の機会を待つ事ですね」

 

「おや、奥手な貴女では若様の手を煩わせるだけでしょうし、気まずい事にならないように手を貸してあげると言っているのが通じませんでしたか?」

 

「己の性欲を若様を使って解消したいだけの貴女が何を教える気なのやら」

 

 手枷と目隠しをしたままなのに正確にレナの方に顔を向けたパンドラが布の下で睨んでいるのは冷静そうな声にも関わらず伝わっては来る。

 二人の間に火花が散る中、僕の耳に遠くから響く軍馬の嘶きが届いた。

 

 

 

「おっと、言い争いをしている場合じゃありません。旦那様……ゼース宰相閣下のお帰りです」

 

 

 

 



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慢心に気付く時

 クヴァイル家現当主にしてリュボス聖王国宰相であるお祖父様の所有する三頭引きの馬車は当然だけれど普通の馬車じゃない。

 貴族の好む装飾の施された煌びやかな車体とは真逆の厳つく頑強そうな軍仕様、並の魔法は弾き返し、車輪も悪路をものともしない特別製。

 当然重量は魔法を掛けていても凄まじいしいけれど、馬だって当たり前のように普通じゃないんだ。

 

 パカラパカラなんて普通の音はその蹄からは鳴りはしない、大地を揺らす程の圧力を一歩毎に放ち、雷鳴の如き音が鳴り響く。

 普通の馬よりも一回り以上もの体躯に二回りを優に越す四本の脚は、凡百の騎士では名高き名工の作品を持ってしても傷を付けられる程の領域には生涯を費やしても届かぬ頑強な漆黒の皮膚とそれの下から盛り上がった大木を思わせる筋骨を持つ。

 皮膚同様に漆黒の鬣は荒々しく逆立ち、瞳は小動物ならば視線が合わさるだけで心臓を停止させてしまいそうな程に鋭い眼光を常時放っていた。

 

 ”ヘルホース”、大空の支配者がドラゴンやグリフォンであるならば大地の覇者と呼ぶべき種族、歳を重ね多くの戦歴を重ねた個体であるならば一頭で小国を殲滅させられる存在、それが三頭。

 馬車と繋がれてはいるけれど手綱を引いて制御する御者なんて居ない、お祖父様のみが従えられている存在であり、口頭で命じれば理解し迷い無く辿り着く程の知能を有しているからだ。

 

 ドラゴンの様に様々なブレスを吐き出しもせず、グリフォンの様に風を自在に操れもしない、そもそも魔法的な能力は皆無であり、それでもドラゴンやグリフォンと並んで語られる存在。

 堅く、速く、重く、大きく、何よりも強い、物理に特化した最強格、出会い敵対すれば……いや、敵対せずとも気性の荒さから視界に入るだけで終わるとされ、故に地獄の馬の意味を持つ名を与えられている。

 

「相変わらず凄まじいな……」

 

 その呟きはヘルホースにじゃなく、そんな存在を従えているお祖父様への畏怖から来る物だった。

 

 大昔の大戦では三頭のヘルホースの中でも最も強い”アレキサンダー”に跨がり、左右をその兄弟馬である”アレクサンダル”と”イスカンダル”で固めて戦場を駆け抜けたとか。

 ……それでもって政治面でも恐ろしい知謀を誇るんだから絶対に敵対したくない相手だ。

 

 

 ぶっちゃけ実の祖父だろうと関わりたくないし、向こうも身内の情とか持ってないからね、絶対に!

 唯一の欠点が人としての情に欠けるって所なんだからさ、あの人って。

 

 

 さて、正直嫌だけれどお出迎えしなくちゃな。

 嫌だなー、定期報告とあの魔法のを使う時以外は会いたくないんだよなぁ。

 

 貴族としての手腕とかは尊敬や畏敬以外感じない僕だけれど、血の繋がった家族としての情は向こうから向けられた記憶が無いからか正直薄い。

 自分も含めてお祖父様にとって国を守る為の道具、だからこそ原作では一度は光属性だなんて神輿として利用可能な属性を持ったリアスを始末しようとした。

 もし力を磨きこうとレナに師事する姿勢を見せなければこっちでも・・・・・・。

 

 

 この時、僕は気を抜いていた、時の女神ノクス様に力を分けて貰った事で慢心していたのかも知れない。

 

  時間としてはほんの数秒、本来ならば何かあっても立て直せるだけの実力は身に付けていると自負する僕だったけれど、それはあくまで普通の相手の場合。

 常識を越えた化け物相手には剰りにも致命的な隙を晒した僕の全身に鋭い刃が突き刺さる。

 肉を裂き骨を断ち臓腑を貫き、引き抜かれれば噴き出した血が周囲を赤く染めて、そのまま僕は自ら作り出した血溜まりにうつ伏せに倒れ込んで生涯を終えた……。

 

 

 

「はっ!?」

 

 生き…てる…?

 何が起こったんだ?

 

 死んだと自覚した次の瞬間、血ではなく冷や汗で全身をビッショリさせながら我に返る。

 体に刃は刺さっていなく、倒れてもいない。

 

 まさか錯覚?

 馬車の内部から僕に向かって放たれた威圧だけで死のイメージを叩き付けられ、あまりの強烈さに死んでしまったと思い込んだのか?

 

 氷の刃でも差し込まれたみたいな寒気と早鐘の様に鳴り続ける激しい鼓動、冷や汗は未だに流れ続ける中、馬車は僕達の目の前で動きを止める。

 さっきの威圧感は僕にのみほんの一瞬だけ向けられたのだろうが、馬車の内部からでなく面と向かっての物であったならば、それだけで心臓が止まってしまうのではないかと確信に近い物を覚える。

 

 ……敵意が僅かに漏れていたのかもね。

 

 出来る事ならば少し話しただけで後は関わりたくないと願うけれど、僕の直感は無理だと無慈悲に告げているんだよね。

 比喩でなく相手は数年前から一切老いず衰えずに腕を磨き続けた百戦錬磨……万戦錬磨の魔王様だ、それがわざわざ屋敷に戻って来たと言うだけで嫌な予感しかしないな。

 さて、降りて来たら用件を……。

 

 

 

「今から帝国に向かう。準備は済ませてやったから早く乗り込め」

 

 お祖父様は馬車から降りる事も窓から顔を覗かせる事も、孫である僕に挨拶すらさせずに淡々とした口調で用件を、命令を告げる。

 

 何故何どうして、そんな事を尋ねた所で無駄なだけか。

 ”黙って従え、道中説明する”とか言われるだけだ。

 ……お祖父様と馬車で帝国まで行くのは正直嫌だなあ。

 

 でも僕には拒否権もなく、下手すれば生存権すら奪われるのだから従う他無いだろう。

 横を見ればパンドラが心配そうにハラハラとした様子で僕を見ているけれど、何か言おうとしたので慌てて手で征する。

 

 

「了解しました、お祖父様。じゃあ、入って来るよ、皆」

 

「パンドラ、レナ、お前達もだ。時間を無駄にするな」

 

 ……おっと、僕一人で無いのは僥倖、二人を同行させるのは逡巡するけれどお祖父様が二人に命じたのだから意味があるんだろうさ。

 冷血で無慈悲で非道、だけれど国の為に動くという点ではリアスやレナスよりも信頼を置くのがお祖父様だ。

 不安もあるけれど……二人を連れて行く選択をしてくれた事には感謝するしかないな。

 

 

 

「お祖父様、お久しぶりです。お変わりは御座いませんか?」

 

「ああ、お前が例の魔法……”ライフ・リープ”を解除せぬのだから変わらん。早く座れ、出るぞ」

 

 お祖父様の馬車も僕が帰路で使った物と同じく広く、三人が並んで座っても十分なスペースを確保出来る大きさのソファーがテーブルを挟んで一対用意されている。

 但し、内装には一切の遊び心が存在しない。

 客人をもてなすとか、旅を楽しむとかを想定していない必要最低限の、充実しているのは戦闘能力だけの馬車だ。

 

 

 実際、これも戦場で使っていたらしいしね。

 モンスターの異常発生が起きて王都に向かっていた時、正面から突っ込んで挽き潰しながら群れの間を駆け回ったとか。

 それにしても……空気が重い。

 

 

 馬車に入る時に言葉を交わした後、グリフォンの飛行速度に届かんとする勢いで馬車が直走る中、当然のように会話は無い。

 定期報告以外でも書面での報告は済ませており、お祖父様と僕は普通の家族の会話をする間柄じゃないからだ。

 

 

 

「……あー、先程はお見苦しい所をお見せしました」

 

「そうだな。気を抜くな。私が味方とでも思っていたか?」

 

 うん、さっき気を抜いた所に浴びた威圧感は注意の為だと思ったけれど正解だったらしい。

 それへの謝罪への反応も予想していたけれど正解だ。

 

 お祖父様の前じゃレナやパンドラと楽しくお喋りなんか出来やしないし、だからといって沈黙は重い、まるでポチが全力でじゃれついて来たのを腕を使わずに支えていた時に匹敵する物理的な重量さえ錯覚していたんだから。

 

 

 さて、仕方が無いから本題だけ尋ねて後の時間は沈黙を耐えようか。

 お祖父様との空間にも慣れ……る気はしないけれど、必要性が有ったとしてもね。

 




感想欲しいなあ


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祖父との旅路

あと六人! 六人でブクマが1600!


「旦那様、お茶が入りました」

 

「うむ」

 

「若様もどうぞ」

 

「ありがとう、レナ」

 

 途轍もない勢いで進む馬車の中、三頭の馬の工夫によって殆ど揺れを感じないからかレナが煎れてくれた紅茶の表面に波紋は殆ど広がっていない。

 普段の過激で大胆に淫靡で有る意味無敵な彼女は何処かに行き、今だけは……そう、今だけは貞淑で冷静で有能なメイドとして振る舞っている。

 

 うーん、屋敷でも偶にはお仕事モードのレナは目にしたけれど、直ぐに僕に対してセクハラするし驚き反面、こうして見ていると彼女が美人だって再認識しちゃうな。

 (今だけは)僅かに微笑みを浮かべた知的クールなお姉さん、長袖ロングスカートの上品なメイド服を内側から押し上げる胸部、女教師物の官能小説と入れ替わっていたメイド物に出て来るメイドがあくまで仕事と言いながら真面目な感じで性的なご奉仕をしていたけれど、普段のレナならノリノリで舌なめずりをしながら目をギラギラ光らせそうなのに今の彼女は小説の方に近いイメージだ。

 

 ……普段は普段で良いんだけれど、中身が外面と剥離するにも程があるだろう。

 

 

 

「宴だ。アマーラ帝国の皇帝より誘いがあった。養女全員の嫁ぎ先が決まったとしてな」

 

「……成る程」

 

 おっと、前置きも主語も無しに聞きたかった事だけを教えられるとは、別にビックリしないけれど。

 普段がちゃんと大切な所以外を端折らずに口にする人なんだけれど、僕に対しては説明しなくても分かるだろうって判断からこうなりがちだ。

 まあ、会話はキャッチボールとか言われても困るだけだし、目的さえ分かれば別に良いんだけれど……。

 

 

 

「じゃあ、ネーシャとは正式に婚約か」

 

「無駄が省けたな。これ以上無駄な時間は要らん」

 

 書類に目を通しながらお祖父様は淡々と告げ、僕の方を見向きもしない。

 

 無駄、無駄ねぇ、確かに何人もとお見合いをさせられたけれど、公にされている皇女……皇帝陛下の実の娘に瓜二つなネーシャが右足が不自由でも帝国の双子に関する考え方、どう見ても扱いが他の見合い相手と違う事を考えれば誰を選ぶべきなのかは丸分かりだ、養女になる前の家の格だってヴァティ商会が飛び抜けているしさ。

 

 未だ残っていた筈のお見合いが中止になったと耳にし、先ず感じたのは嬉しさ、続いて恐ろしさも少々だ。

 いや、形だけとはいえ僕がこれ以上お見合いするのが嫌だから向こう側の責任で取り止めにして相手をネーシャで確定するとは聞いていたけれど、まさか此処まで早いだなんて行動力が凄いな。

 一応は皇帝に義理の娘として迎えられるだけの家柄が関わっているし、皇帝だって持ち掛けた話を自分から変えるのは何も無しじゃ済まないだろうに、どれだけのお金や力が動いたのやら……。

 

 打算なども有っただろうけれど、嫉妬から此処までする彼女の行動力は結婚後こそ注意すべき物だろう。

 其処までしたのが僕への好意が動機だという事に嬉しさを、嫉妬深さと行動力に恐怖を覚える、僕。

 

 

「大勢の妻を迎えるとはそういう事だ。私は都合によりお前達の祖母だけだったが故に助言はやれんが、関係する家の者に相談する体制を整えておけ」

 

「は、はい……」

 

 心を読まれた……いや、表情の変化で察したのか考えていた事への助言を貰えた事に驚きつつ、今更だがお祖母様とは上手く行っていたらしい事を思い出させられた。

 

 この国益第一主義で必要ならば危険性程度の理由で身内をも始末する人と夫婦として上手く行けていたあの人って本当に……。

 あっ、そうだ、普段は雑談なんかする時間は無いけれど、お祖母様を一体何者なのかと考えたから思い出したよ。

 

 

「お祖父様、メイド長の名前を知っていますか?」

 

「知らん。アレは優秀だ、名を知る必要性が無い」

 

「まあ、そうですけれど……」

 

 そう……なのかな?

 見た目は二十代だけれどもお祖父様の代から仕えている使用人で名前も実年齢も出身地さえも知らないけれど、優秀なら……あれ?

 

「どうかしたか?」

 

「いえ、何故か違和感が……」

 

 有能なだけで十分、素性は無関係だと言われれば納得するには十分……な気がする。

 その納得に何故か納得が行かないってだけだ。

 まるで疑問に思わないように操られて……考え過ぎか。

 

 

 

「……そういえばパンドラさんはメイド長のお名前をご存じなのですよね? 旦那様もご存知ないのにどの様な経緯で?」

 

「うへ?」

 

 さっきから僕達の会話を聞いていただけのパンドラにレナから投げかけられる突然の疑問、予想していなかったのか変な声を出した彼女に僕とレナの視線が向くけれど、お祖父様は本当に不要だと思っているのか視線は書類にのみ向けている。

 

「え、えっと、リ……」

 

「「リ?」」

 

「り、理由がありまして口止めされていますのでご容赦を……」

 

「そう、じゃあ良いや。メイド長には世話になっているし、本人が知られたく無いのなら」

 

「私も無理に聞き出したと知られれば怖いので止めておきましょう」

 

 僕とレナの言葉にあからさまにホッとした様子のパンドラは胸をなで下ろす。

 それにしても名前を隠すだなんてどんな理由が有るのやら……。

 

 

 

「無駄話は其処までだ。気が散れば私の時間が無駄になる。私の時間を消費するに値する内容のみ許可しよう」

 

「りょ、了解しました……」

 

 お祖父様は外交も行うから他人と会話するのが苦手だなんて事は無い筈だけれど、同じく馬車で移動する孫や腹心の部下、レナス(右腕)の娘への言葉にしては随分と冷たいというか……。

 

 一部に限定したコミュ障じゃないのかな、この人って。

 

 

 それからは言われるがままに沈黙を貫いての移動時間がひたすら続く。

 他の貴族の領地を横断し、街の横を通り過ぎて道中特に何も起きずに後少しで帝国との国境近くまで辿り着いた時、大きな森の前で馬車の動きが突如止まった。

 そして馬車の壁越しに聞こえる三頭の嘶きを聞いた瞬間、お祖父様はゆっくりとした動きで書類に向けていた視線を森に向ける。

 

 

「……そうか」

 

 僕とポチは妖精族の魔法で、アンリとタマは秘伝の訓練法で本来通じない相棒の言葉を理解し、お祖父様も同様に経験と独自の理論による訓練で三頭と意志疎通を行う。

 理屈的には犬に芸を仕込み、何を言えば何をするか分からせるのと同じらしいけれど、その数段上の領域だ。

 

 ……僕がポチと同じ事をしようとしたとして、あの子が賢い良い子だとしても難しいだろう。

 ヘルホースとグリフォンの知能が大差無いにも関わらずだ。

 こういう所を見せられるからこそお祖父様との敵対は避けたい、リアスを狙われたとしても、ではなく、狙われないようにすべき相手なんだ。

 

 例えるなら苦痛の軽減等の対処療法しか出来ない病気と同じく、その状況になってしまった時点で詰みに近い。

 

 戦うとなった場合、どうにかする方法は有るけれど、そうすれば国がどうなるかも理解している。

 

 

「妙な力を感じる、か。パンドラ、調査隊を派遣しておけ」

 

「はっ!」

 

 ……蛇足だけれど、鳴き声だけで本来言葉の通じない相棒の伝えたい事を理解するとか格好良いと思う。

 

 

「……うん?」

 

 今、森の奥から感じたのはよく知った魔力の性質、面倒だから単刀直入に言うならば時属性。

 有り得ない……とは言わない根拠が現在敵対中の神獣共、光属性だからね、アホもバカも露出狂も。

 

「報告をするように」

 

「僕と同じ時属性……と思われる反応を森の奥から」

 

「神獣とやらか?」

 

「知られていない僕以外の使い手か勘違いでなければ」

 

 当然だけれどお祖父様には神獣について知らせてある、陛下には悪いけれど実質的な国のトップはこの人だからだ。

 僕の反応に何かあったと瞬時に悟ったらしいお祖父様に報告すれば数秒考え、指を鳴らせば馬車は森に向かって突き進んだ。

 

 

 

 ”蹂躙しろ”、今の指パッチンにはそんな指示が込められているらしい。

 

 

 




評価まーた下がったよぉ 感想もこない……


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閑話 とある鍛冶屋一族の滅亡まで

 とある男の話をしよう。

 

男の生まれは桃幻郷の鍛冶屋一族、妖刀魔剣何でも御座れ、異国の技術をも積極的に取り入れて腕を磨き続ける様は同業者からは狂気の沙汰だと陰口を叩かれるも、一族の作品に比べればその者共の打つ妖刀の類の力等は児戯に等しく手妻同然、元より腕を磨き続ける事にのみ心血を注ぐ男の血族にとって他者の述べる戯れ言など耳から耳に抜けていた。

 

 そんな一族の生まれにして男は野心旺盛、腕は才こそ有れども天才中の天才であり一族の当主であった父には遠く及ばぬ程度。

 鳶が鷹を生むと有るが、それを言い換え龍が鷹を生んだと称される。

 

 

 それでも凡才の者ではなく、先ず間違い無く父の跡を継ぐのは彼であるのだと本人も周囲も信じて疑いはしなかったのだ、……彼の父を除いては。

 

 

「父よ! そろそろ私に後をお譲り下さい!」

 

「いや、未だだ。お前の腕では任せられぬ」

 

 結婚が決まった時、男はそれを機に申し出るも父は背中を向けて作業を続けながら断る。

 父は偉大であり、尊崇の念を向ける男はそれを受け入れた。

 

 

「父よ! もう引退の時期ではありませぬか!」

 

「いいや。まだまだ私は腕を上げ続けている。引退などしてなるものか」

 

 今までの当主が引退をした年齢を越えた頃、男は再び父に願い出るも断られる。

 子が結婚し、そろそろ孫が生まれてもおかしくない歳になっても完成には至らず、高見に上り続ける父の言葉に男は納得した。

 ……心の奥に不満の種を植え付けながらも。

 

 

「父よ! 私は既に当主に相応しい腕を身に付けました!」

 

「いや、未だ未熟なり。譲るに値せぬ」

 

 男は確かに天才であり、この時既に歴代で二番目の腕前に達していただろう。

 だが、一番である父との差は歴然、龍と鷹ではなく、龍神と鷹、男が生まれるよりも前の父にさえ劣っている彼に父は家督を譲る気は無かった。

 

 

 

「父よ! 私の子は既に成人した! もういい加減に引退するべきだ!」

 

「その年寄りに遠く及ばぬ未熟者が何をほざくか!」

 

 決定的な親子の決裂の寸前まで行ったのはこの瞬間、されど言い返せぬ程の腕の差の前では鍛冶の腕こそ何よりも重要だとする教えを受けた男は黙り込むしかない。

 

 

 やがて子に子が……男にとって孫が生まれても父は引退せず、孫が育ち男の子供が不慮の事故で亡くなった頃、漸く父は引退を表明し、一族の前で告げた。

 

 

 

「次の当主は私を越える才を持つ孫二人のどちらかだ」

 

 

 

 その言葉に男は我が耳を疑う、実際にここ数年で耳が遠くなってはいたからだ。

 まだ鍛冶仕事という重労働が不可能になっている程ではなくとも鎚を振るう手に力が前ほど籠もらなくなり、一日中工房に籠もっても平気だったのが半日仕事に熱中すれば倒れそうになる程、若い頃には平気だった事が歳を取ってから困難になって来てはいた。

 

 だが、引退の二文字は男の頭には浮かばない、浮かぶはずが無い。

 物心付いた頃より続けて来た鍛冶仕事、鎚を振るえなくなるまでは現役であり続けると思っていたし、実際に父は最近まで続けていた。

 

「父よ! 次の当主は私であった筈でしょう!」

 

 何よりも若い頃から自分がなるのだと信じて疑わなかった当主にはなっていない。

 自分を飛ばして孫から選ばれる等と僅かなりとも思った事は無く、故に受け入れられる筈もない。

 

「何を言う。二人の才は誰よりもお前が分かっているだろう? 亡き父親に代わり教えたのはお前なのだから」

 

「それは認めよう! この二人は貴方を超える才能の持ち主だ!」

 

 男は父には遙か遠く及ばなくとも非才の身ではない故に孫の才を理解していた、それこそ父が口にした通りに一族の誰よりも、孫達本人よりもだ

 

 他の鍛冶一門ならば天才中の天才、一族ならば凡才とされる者で十年、男なら五年、父なら半年掛けて漸く物にした技術を、孫二人は見習いから初めて1ヶ月で会得した。

 鍛冶屋としての顔が前に出る男ではあるが身内の情が無いわけではなく、親を亡くした不憫な孫に愛情を注ぎ、自分との才能の差を見せ付けられる事には嬉しくもあり悔しくもあり妬ましくもあり誇らしくもあったのだ。

 

 故に自分が長になっても数年もすれば譲る事になるのは薄々分かっていたし、それを受け入れていた。

 それ程までに孫の才は彼にとって眩しい程に喜ばしく、受け入れるのは鍛冶屋としての誇りだ。

 

 ……だが、自分を飛ばして二人のどちらかを長に選ぶのだけは受け入れがたい。

 それだけはあり得ない、だって、それでは自分が磨いてきた腕も才も無価値だったようではないか。

 

 

 

「何を言う? 私がお前の歳になった頃、もう隠居する頃合いだと口にしたのはお前だろう? 歳を取って腕も落ちて来たのだ、長になどなれる筈がないだろう」

 

 男の叫びに対して当然の如く述べられる父の言葉。

 この瞬間、全てが瓦解した。

 

 親子の絆も、鍛冶一門としての誇りも、孫への慈しみも、人として守るべき何かも。

 

「認めぬ、認めてなるものか! 私を当主にせぬと言うのなら、私の腕を見せてやる! 私以外の者が生涯懸けても作り出せぬ最強の妖刀を打ってやろう! その為にどの様な手段を使ったとしても……」

 

 

 

 数日後、男は孫二人を連れ去って姿を消す、初代当主が作り上げるも鍛冶屋として人として間違っていると封印した技術書を持ち出して。

 

 数ヶ月の捜索の後、男は見付かった。

 年老い衰えた命全てを注ぎ込んだ一対の妖刀を作り上げ、満足した顔で息絶た状態で。

 

 

 

 男が持ち出した書に記されていたのは自らの血縁者の魂を抜き取り封じ込める事で妖刀の力を高める秘術にして禁術。

 鍛治に魂を捧げた一族でも悍ましいとする技であるが見作り上げられた物の出来に目を奪われ魂を引き寄せられる。

 

 一つは刃渡り三メートルにもなるが柄は通常の長さを持つ少々歪な大太刀。

 無論、この長さは大型の怪物を相手取る為だけでなく、この長さ、この割合が込められた力に影響する故だ。

 

 銘は”夜鶴”、分身能力を持つ忍びの姿として刀の意思に肉体を与える力を持つ。

 

 もう一つは形状に特筆すべき箇所が無い、一見すれば普通の刀。

 

 銘は”明烏”、特殊な極一部の属性以外の魔法を使いこなす力を持ち主に与える力を持つ。

 

 

 使いこなすには特殊な手順を踏む必要があり、鍛冶一門の誰もが使えぬが、それでも妖刀を打ち続けた一族には力を理解する事は出来た。

 そして、二人の魂を抜き取って刀に籠めている事も。

 

 

「これ程の品だ。神に捧げよう」

 

 当主の提案に異議を唱える者はおらず、二振りの刀はかくして神……女神リュキの怒りを買い、人を滅ぼす決意に繋がった。

 尤も、まず最初に報いを受けたのは二人の魂を解放しようとも弔おうともしなかった一族。

 見事な出来映えの二振りに心を奪われ社に捧げ、空から降り注ぐ天罰の光に立ち尽くすしか出来なかった。

 

 

 

 

「矢っ張り人間は醜いわ。でも、死んだら罪は許してあげる。ええ、一番不愉快なあの人間は別だけれども。満足したままで終わらせはしない。妄執に囚われたまま彷徨い続けなさい」

 

 かくして女神の怒りを買った一族は滅び、妖刀は紆余曲折あって人魚の一族へ、それから色々あってクヴァイル家の手に渡る事となった。

 刀に宿る意思が生け贄となった二人の物かどうかは定かではなく、男は今も死ぬことすら許されず彷徨い歩いている。

 

 仮に二振りの意思が捧げられた二人の物だとしても、魂を抜き取られた影響なのか過去の事は全く覚えていないだろう。

 そう、忘れてしまった過去を思い出すのは容易ではなく、それこそ特別な道具の力でも無い限りは……。

 




感想、感想欲しいのです


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蹂躙疾走

 森の中、計十二個の蹄が蹂躙する、踏破する、踏み荒らす、どれだけの大木も悪路も悪路も陸の覇者であるヘルホース三頭の前では鎧袖一触、一切の問題も無く突き進む。

 人間の足が入っていない大木が深く生い茂った森の中、どの様な悪路であろうとも平地同然に走り抜け、立ちふさがる大木も岩も正面からの突撃で完全粉砕、これって全部身体能力のみでやっているんだから恐ろしい。

 

 ……リアスとどっちが上だろう、多分今やってる事ならあの子でも可能だろうし。

 

 とまあ、ヘルホースは一切の問題無く走り抜けている、ヘルホースは、だけれども。

 

 

「きゃあっ!」

 

 正面からなぎ倒されて地面に転がった大木を踏みつけた車輪が大きく跳ね、パンドラがソファーからお尻を離した状態で僕にしがみつく。

 彼女は僕より背が高い上に跳ね上げられた状態で抱き付いたからスレンダーな全身に対して唯一脂肪が集まっている胸が僕の顔に触れる。

 柔らかい双丘に頭を挟まれて正直良い気分だけれども、お祖父様の前だから流石に表情は変えない、内心は見抜かれて居るだろうけれど、表情を変えていないからか指摘はされない。

 

 まあ、だらしない顔をしていたら”愚か者が。貴様は家名を汚す気か?”と淡々と告げられるし、命を狙われる可能性が上がっただろうね。

 祖父と許嫁と乳母兄弟との旅って文字に起こしたら楽しそうなのに、全然安らげないし楽しくない。

 

 

「パンドラさん、落ち着きなさい。この程度で慌ててどうします」

 

 一方、お祖父様と僕とレナはこの程度の揺れには動じず、お祖父様が居なければ慌てた振りをして密着したであろうレナは来客用の顔で窘めるだけ。

 流石お祖父様、色ボケ淫乱メイドを有能なクール系メイドに変貌させるだなんて。

 

 

「若様、パンドラさんがお怪我をなさらぬように支えて差し上げては?」

 

「うん、そうだね。お祖父様、構いませんか?」

 

「許可は要らん」

 

「じゃあ、腰に手を回すね」

 

「は、はい」

 

 お祖父様の声は一切此方への関心を感じさせないし、実際に問われたから答えただけだろう。

 これだけ揺れているのに一切の淀みなく書類を読み続けて僕達を一瞥もしないし、寧ろ答えてくれただけ気を使ってくれたとすら思えて来た。

 

 あれ? お祖父様の中で僕の価値が少しは上がっている?

 

 前までは従うしかないのが互いに分かっていたから殆ど事務的な対応だけで、答える必要の無い質問には答えもしなかったのに。

 ちょっと戸惑いながらもパンドラの腰に手を回して抱き寄せて支えようとするけれど、丁度のタイミングで窪んだ地面に車輪が入ったのか大きく揺れて僕の手は彼女のお尻に触れてしまった。

 

 ……あれ? 妙な手触り……あっ。

 

 この時、僕は咄嗟に表情に出さなかった自分を誉めてやりたいし、パンドラだって気が付いたのか僕にしがみつく形で顔を押し当てて表情を隠す。

 多分今の彼女は凄くパニックと羞恥が入り混じった顔になっているんだろうなあ。

 

 えっと、お祖父様の急なご帰還のせいで途中で終わった情事の途中、僕は彼女にある悪戯をした。

 一枚一枚脱がされて行くのだと恥ずかしがりながらも覚悟を決めた瞬間を狙って虐めようと思って……ショーツの時間を高速で進めて塵も残さない状態にしちゃったんだ。

 

 つまり今の彼女はロングスカートの下はノーパン、ブラは残しているけれど、上だけ着ているとかってエッチじゃない?

 とまあ、Mが入ってる彼女の性癖に合わせる形で僕も楽しもうとしたんだけれど、今の状態でノーパンはなあ。

 

 お祖父様に何を言われる事やら……。

 

 怒鳴りつけて拳骨の一つでも落とすようなレナスの対応なら耐えれば良いだけ、落ち度は僕にあるし。

 でも、お祖父様の方は淡々と切り捨てる確率を高めるだけだし、実の孫だろうと百年に一人の聖女だろうとプラスマイナスでマイナスになるなら躊躇無く排除しに来る人だ。

 

 だから絶対にバレないようにしないと!

 

 

 ……あと、真面目で優秀な美女がノーパンなのを隠そうとするってシチュエーションは良いと思う。

 いや、本人には悪いんだけれど、執着心に耐えてると思うと……うん。

 何かパンドラと一緒だと性癖を歪められそうだけれど、犯そうとする割には発情期には敏感過ぎて弱々になるシロノとか乱交になっちゃう夜鶴とか他にも歪めてくるのが多いんだよな、僕の周囲。

 

 ははっ、実は乙女ゲームじゃなくってエロいゲームに似た世界だったりして……。

 

 お祖父様の手前、お尻を撫でるのは憚られるから腰の辺りをしっかりと支えるけれど、大きく跳ねて手が下に行きそうな度にパンドラがビクってなるのも、実はこの状況に少し興奮しているのも密着しているから伝わって来るんだ。

 お祖父様が居てのこの状況だけれど、お祖父様が居なければ言葉で弄くって楽しめたと思うと惜しい。

 

 後で言おうかな……。

 

 

「しかし旦那様、何故旦那様自らがこの森に入られたので?」

 

 邪な方向に向かっていた思考を遮る冷静な声、レナの問い掛けにお祖父様は書類の束を捲る手を止めて此方に視線を送る。

 

 確かにお祖父様にしては軽率だと思うけれど、同時に報告に上げた神獣の戦闘力や僕と同じ時属性の可能性、後は今まで妙な報告が上がっていないから別の場所から移って来たか封印が解けたばかりの可能性。

 つまりは将来不明で危険かも知れない奴が別の場所……国境を抜けるなら良いけれど聖王国の中央に向かわれても困るし、実力を考えても……。

 

「人材、時間、費用の損害を抑える為だ。詳細はロノスから聞け」

 

 僕がちゃんと分かっているのが分かっているお祖父様はそれだけ告げると書類に再び視線を戻す。

 レナもそれ以上は聞く気が無いみたいだし、僕から説明を……っ!

 

 

 咄嗟に馬車の時間を操作、加工前に戻され始めた(・・・・・・・・・・)車輪の時を進めて相殺する。

 

「お……」

 

 お祖父様に馬車を止めてくれるように頼むより前、合図も無しに馬車が停止、反動で倒れそうになるけれど耐えた。

 

「ひゃっ!?」

 

 思わずパンドラのお尻は触っちゃったけど、わざとじゃないからね?

 

「それにしても合図もしていないのに止まるって事は……」

 

「この程度で驚くな。引く馬車の異変を感じ取って最適な行動を取ったまでだ。お前も言葉が通じるからと指示無しで動く訓練をペットにさせないのは怠慢であるぞ」

 

「……うっ」

 

 何故止まったのかを聞こうとしたら僕を叱りつつお祖父様は立ち上がり、手の平に収まる大きさの金属片を見せて扉を開いて飛び出した。

 老化を止めてはいるけれど、それでも結構な年齢なのに元気な人だな……。

 

 そんな風に分かりきった事に驚きつつも仕事はしなくちゃとばかりにお祖父様が持った金属片の時間を戻せば森の中でも振り回しやすい短槍が姿を見せる。

 何をしろとは言われてないけれど、僕にだって何を求められて居るのかは分かるさ。

 

「……にしても」

 

 仕掛けて来たんだから向こうはこっちを認識しているんだろうし、友好的ではないだろう、例え此方が森の木を薙ぎ倒し、来た方向を見れば一直線の荒れ道が出来上がっているとしても。

 

 これ、森の番人的な存在が居たら絶対怒る……獣の生態が変わっても困るから直しておこうっと。

 

 僕達に続いて手斧を持ったレナと杖を構えたパンドラが馬車から出て来る中、アレキサンダーが森の一角に視線を向けて軽く鼻を鳴らす。

 

 

 

 

「ああ、ノクス様に似た気配がすると思ったら時属性の使い手がやって来たのか。元に戻したから森を荒らしたのは……いや、それって”返したから泥棒しても許される”みたいな感じなのか? 初めてのケースだから困ったぞ」

 

 一斉に視線を向けた方向から聞こえる静かな中性的な声。

 まるでその場所に映像を流していたのを消したかのようにアルビノの少年らしき……神獣が腕組みをしつつ首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尚、全裸である



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魔王降臨

 神が地上で力を振るうのは大きな影響を残すだけでなく、神自身にも行動次第では大きな反動がやって来る事もあり、好き勝手に行動している様に見える自由と悪戯(とパンダも最近追加して)司るアンノウンでさえも問題解決には部下である擬獣部隊キグルミーズに任せる事が多いのだ。

 

 なら、目的があって行動する場合はどうするのかというと、自らと似た力を与えて創造した神獣を使うのだが、この神獣の力や数は神の力に左右させる。

 光を司る女神のリュキは多くの神獣を創造したが、格下の神の中には一体すら創造出来ない場合すらある程で、リュキの直属の部下である時の女神ノクスとて一体創れるかどうかであった。

 

 

 

「……さて、貴方を作り出した理由は分かっているわね? リュキ様が……あの自由奔放で気紛れな御方がどうしても人間を皆殺しにするべきだと説得を続けて来られて……」

 

 この時、生まれたばかりの神獣は人の姿ではなく、丸みを帯びた白い岩に鋭い爪を持った岩の手足を持ち、その上から苔を生やした姿の異形。

 その神獣は自我を持って数秒で、迷いが生じている様子の創造主から最初の命令を受けていた。

 神獣にとって創造した神は文字通りに神であり主である親である存在、命令は聞いて当然、そもそも神の命令を聞くのは存在意義であり、当然の事。

 

 中には主を異性として意識し、鬱陶しい程に口説き続けていた結果、性別を変上に記憶を奪われた馬鹿も居て、もし将の名を冠する存在でなければアホの同僚共々記憶ではなく存在その物を消されていた事だろう。

 

 

「はい。我が神のご意志の下、人間は……」

 

「……はい? えっと、リュキ様? 矢っ張り人間は滅ぼさないってそれは一体……」

 

 故に雛が最初に目にした相手を親だと思う刷り込みと同然に命令された内容が神獣の存在意義としてインプットされる最中、創造した神に問題が起きた様子で慌て始める。

 結果、人間を滅ぼす為に生まれたのだと魂の根幹に刻み込まれる途中での突然の中止、だが時既に遅しといった奴で、本能として人間への殺意は取り除けず、だからと創造した相手を消し去る事が出来ない程に善良な神であった彼女はどうすべきか考えた。

 

 

「あの、ノクス様。私はどうすれば?」

 

 神獣の創造は肉体と魂を創り、名と使命を与える事で完成するのだが、一種の儀式故に融通が効かない。

 例えるならば包丁を打った後で肉叩きを作る予定だった事が判明しても包丁の峰で肉叩きの代わりをするにも限度がある、といった所。

 

「……少し待ちなさい。ええ、本当に少し、どうにか途中まで与えた使命を守りつつ積極的に人間を殺さずに済む方法を考えるから……」

 

 暫く考え込む女神の前で跪いた神獣は命じられるその時を粛々と待ち続け、やがて数日間その場を後にした彼女が持って来たのは光り輝くハルバート。

 光を武器の形に押し込めたと言い表すに相応しいその武器を女神は己の神獣に差し出した。

 

 

「ノクス様、これは?」

 

「リュキ様が人間に向けた悪心を切り抜いた時に溢れた力を凝縮した物よ。名は”プリューナク”。神殺し……リュキ様の悪心とテュラ様を封印し、テュラ様に力を与えられた魔獣王を殺す為の存在が力及ばない時に次のに与える為に用意したけれど……」

 

「これ以上は不用意に干渉出来ないのですね?」

 

「説明が省けて話が早いわ。貴方に預け、共に封印するから、封印が解かれれば試練を与えてから渡しなさい。森を荒らす人間は……使命だから殺して良いわ」

 

 こうして人間を殺すという使命を与えられ、その途中で予定が狂うも撤回は出来ない状態だった神獣は封印される。

 眠り続けるようで実際はノクスから情報が入って来ていたのだが、危惧されていた神殺しの力不足は無く、片割れである闇属性の神殺しの裏切りがあるも世界は救われた。

 

 

「あの方は元から乗り気では無かったですし、これで良いのでしょう」

 

 プリューナクと共に封印された神獣は本能であり存在意義でもあった使命が果たせない事を微塵も嘆かず、寧ろ自らの為に女神が悔やまずに済む事を安堵しつつ眠り続けていた。

 

 それから百年に一度の周期で光属性と闇属性の使い手達が誕生し、それによって起きる政治的問題や迫害を知った時には一度女神がした決意が間違いでは無く、命令を最後までされた状態ならば心変わりなどあってはならぬとばかりに動いていただろうとも考え……ある日、何かが起きた。

 

 プリューナクから感じるリュキの力、そして創造された事で存在するノクスとの繋がりから両女神に何かが起きたのを感じ取り、焦り故か妙な違和感には気が付かない。

 

 例えるならば世界の壁に二度穴が開いた、その様な奇妙な感覚だ。

 

 

 そして今、何かが起きた事で封印が緩み今解けた神獣は森が荒らされ、直ぐに時が戻されたのを感じ取って侵入者の前に姿を見せる。

 

 

 その姿は創造された当初の苔むした岩の塊のような物からアルビノの小柄な中性的な少年へと変わり、鋭く長い爪は大太刀へとなっていた。

 怪物の姿では問答無用で戦いになると、己の主が気を利かし創り直したのだと神獣は心中で祈りを捧げる。

 

 

 

「困ったな。神殺し殺し……裏切った神殺しを殺す役目の君は殺せません。宣告します、直ぐに出て行け……とも行かないのも困りもの」

 

 虚ろな赤い瞳を細め、主や自分と同じ力を持った少年と、その仲間らしい人間三人を見ているだけで神獣の心の底から殺意が沸き立ち、それを主への忠義で抑え込みながらも柄に手が伸び抜刀していた。

 

 

 

「申し訳ないが……戻した所で森を破壊した連中を無罪には出来ませんので……一人死ぬか私に降参をさせられたのなら許して上げましょう。だから……死ね、人間」

 

 どれだけ理性を働かせても存在意義は消え去らない。

 主への義理立てと使命の両立、それを成し遂げるべく神獣は動き出す。

 

 

 

「私はクリア・アイナーレ。女神ノクス様に創造されし神獣。では……死になさい」

 

 静かな声で告げ、そっと目を閉じる直前、クリアは誰を消し去るべきか鼻と目で判断した。

 心では殺したくはないが存在意義がそれを許さない、だから殺すべき理由を探し、ターゲットに選んだのはゼース。

 他の者も多少なりとも感じるも、特に長らく血に染まり続けた事で染み付いたであろう血の臭い、殺し続けたのならば殺される覚悟を持っているだろうと言い訳を心の中でし、己の時間を周囲から切り離しての高速接近、低くした姿勢から斜め上に向けての切り上げ。

 

「目で追えず反応も出来ずか。鈍いな、老人」

 

 クリアは決して剣術に励んだ戦士ではなく、寧ろ本来なら己の爪牙によって戦う獣、されど人としての姿を与えられた時、不覚を取らぬようにとノクスによって技術を与えられていた。

 人外の尽力から放たれるのは全く違う時の流れの速度から放たれる必殺の一撃。

 

 クリアはゼースに一切の痛痒を与えず胴体を両断し絶命させた姿を思い浮かべ、それは数瞬後に訪れる……事は無かった。

 刃が服に触れる寸前、顎に真下から叩き込まれる衝撃に真上に打ち上げられ、続いて下顎の骨が砕け散ったのを感じたクリアの目に映ったのは短槍の石突きを真上に向け振り上げていたゼースの姿。

 

 全く構えず自分を見もしなかった状態から視認不能な速度で槍を叩き込まれたのだと理解するのと同時に彼は地面に落ちた。

 

 

「目で追えず反応も出来ずか。鈍いな、若造」

 

「……これは参った。私の速度に付いて来られるのは同じ時使いだけと思っていたが素の力で……いや、素の力は素の力だが、時の恩恵を受けているな?」

 

「分かるか。所で誰か一人死ねば良いという事だったな?」

 

「ああ、それがどうかしたか?」

 

 

 

 

 

「貴様が死ね」

 

 静かに呟いたゼースの腕から先程のクリアを上回る速度で槍が放たれた。



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魔王蹂躙

ブクマ増えたぞ 千六百まで後一歩


 速っ……拙っ……死……。

 

 眼前に迫り来る槍の切っ先に私の思考は急加速、時の流れを操っての状態と合わさって明確な死のイメージを感じ取りながらも何をすべきなのか判断する事が出来た。

 まあ、何て事はない、槍が脅威ならば槍を破壊してしまえば良いだけですよね。

 

 槍に意識を集中、掛かった時間は0.06秒、それだけあれば槍の時間を急速に進めて朽ちて消え去るまで進めるのは可能でした。

 神殺し殺しが私の魔法の邪魔をしようが、時の力を与えられて生まれた人間と、時の女神によって創造された私とでは出力が大きく変わる。

 ……いえ、認めましょう。

 彼、潜在能力は私に匹敵、もしくはそれ以上、されど女神に力を与えられても潜在能力を解放しきった訳では無い。

 

「……ふっ」

 

 私に到達するまで残り十センチ程、槍の崩壊は既に始まり私には届くはずもないと思えば笑いが出る。

 あの一撃には驚かされましたが……既に受けた傷は戻しているので存在しません。

 そして武器を失った今、武器を持っている私に勝てる筈が……なぁっ!?

 

 槍が半壊した瞬間、魔力を込めて発動寸前で抑えていたらしい魔法が放たれ空中で槍を押し出す。

 崩壊が終わる前に私に迫る槍はバラバラになった破片によって面積が広がり、熱せられた破片が私の眼前に襲い掛かった。

 

「ぐぁっ!?」

 

 目をやられては不味い、そう判断した私が腕を交差させて顔面を庇えば腕や隙間から顔面に突き刺さる熱せられた金属片。

 粉末状になり直ぐに消え去るも苦痛は残り、その苦痛を消し去ろうとした私の脇腹に老人の爪先が突き刺さる。

 

 これは比喩ではなく、金属が仕込んであるが鋭利ではない靴の先端が勢いの強さによって皮を突き破り肉に食い込んでいた。

 衝撃は着弾面から反対側に突き抜け、砕けた骨の破片が内臓に次々に突き刺さる痛みに武器を手放しそうになる。

 

 

 

「”ヘルファイヤ”」

 

 衝撃が完全に伝わりきって私の足が地面から離れる直前、肉に食い込んだ靴の先端から灼熱の蒼焔が迸る。

 蹴りの衝撃に炎の勢いが更に加わって私の体が木々を薙ぎ倒しながら飛んで行き、靴の先端が触れた部分を中心に骨の髄まで炭化するのを感じる中、私は逃げ出したかった。

 

 もう良い、十分頑張ったから背を向けて逃げ出しても構わないのだと、ノクス様とてそれを非難はなさらぬと。

 

 ……いや、駄目ですね。

 人間を殺せと言う存在意義、魂の根幹に存在するその感情は消えはしないのですから。

 何よりも私にその命令を下したあの方は私になら可能だと思って命じたのでしょう。

 それなのに圧倒されたまま負けを認めて逃げ出す?

 

「……有り得ませんね」

 

 体の七割が黒く焦げた炭になり、木を薙ぎ倒しながら飛んで行く最中に腕が砕けたとしても時間を戻してしまえば良いのです。

 私ならば魔力の消耗すら時間を戻し、体力も魔力も瞬時に万全の状態を保てる。

 

 

 なら、私が負けを認めなければ負ける道理が存在しない。

 

 

「覚悟が決まったか。技術も能力もあるが経験が皆無、その様に妙な力の持ち主であったが……」

 

「ええ、生まれれ直ぐに封印されましたので、それが明確な弱点です。ですが御老人、貴方の御陰で私は更に一歩進む事が出来ました。……お名前をお聞きしても宜しいですか?」

 

 最初は森の番人として、次は最初に与えられた命令の為、その両方で私は自らが勝った場合のみ考え困っていました。

 その実際は手も足も出ず、命を奪う事ではなく奪われる事によってノクス様を傷付ける所だったのです。

 

 言われた通り、私は振るう為の力と技術は持っていても、それは生まれつきの物、挫折も敗北も苦戦も体験していない私ですが、この戦いを乗り越えれば更に成長出来るのだと確信している。

 

「……ゼース・クヴァイルだ」

 

「そうですか。では、ゼース殿。お命頂きます」

 

 静かに名乗る彼に向かい人外の全力で太刀を振るえば発生するのは風の刃、それを更に加速させてゼース殿に向かわせる。

 さあ、どの様な対処を……真っ直ぐ突っ込んで来ただと!?

 

 

 次々に放つ風の刃に対し、ゼース殿は一切怯まず正面から此方に向かい、風の刃は真上に逸れて当たりはしない。

 

「まさか風を操っている? いや、違う。まさかそんな……」

 

 風が触れる寸前に青く光るゼース殿の手の平。

 私が時を操り消しされない一瞬、本当に一瞬だけ高密度の炎を出して上昇気流を発生させているんだ!

 

 あの一瞬で、しかも連続で神業めいたコントロールを行い、臆した様子も見られはしないのですから、あれだけの領域に足を踏み入れるにはどれだけの努力をすれば良いのか見当も付かない。

 

「ここは一旦姑息な手段をば……」

 

 自らの周囲の光、風の流れ、地面の状態、その全ての時間を操って完全に姿を消す。

 こうなれば五感のどれを使っても私を見つける事は不可能。

 さて、一旦体制を整え…整えて……あれ? こっちを見てません?

 

 これ、かなり集中力がいるから何も出来ないから、見破られたら意味が無いのですが、矢っ張り目で追われている気が……。

 

 

「まさか直感……? そんな無茶苦茶な……」

 

 

 こうなれば正面から切りかかる!

 

 

 

「覚悟は決めたが、それだけでは私には勝てぬ。ロノスも、貴様も……」

 

 振り下ろした刃は真横に振るった拳で叩き折られ、咄嗟に後ろに飛ぼうとするも足を踏まれその場に縫いつけられる。

 肋骨の隙間を狙って叩き込まれる手刀は私の肺の中の空気を押し出し、鳩尾への拳によって再生させた内臓が潰れるのを感じ取り、顔面に叩き込まれた拳によって歯がへし折れた口の中に突っ込まれる指。

 

 

 

「”ヘルファイヤ”。”ヘルファイヤ”。”ヘルファイヤ”。”ヘルファイヤ”。”ヘルファイヤ”……”ヘルファイヤ”」

 

 口の中から全身を駆け巡る灼熱、時間を戻しても戻しても間に合わず私の全身は炭であり続け、胸倉を掴まれたかと思うと真上に向かって放り投げられる。

 再生する時間が出来たと空中で万全の状態に戻る中、目を再生させ視界が戻ると視界に入ったのは私の爪が変化した大太刀の切っ先。

 

 空気を停止させて壁に……いや、間に合わないでしょう。

 

 眉間に突き刺さり後頭部まで貫通する刃、そのまま仰向けに地面に落ちれば私は自らの刃によって地面に縫い付けられていました。

 

 

 

「……はははっ、流石に降参ですね。グゥの音も出ませんよ」

 

「その状態で生きているとは驚きだな」

 

 笑いながら負けを認める私を驚いた様子もなく見下ろすゼース殿の腕には森全体を焼き払えるだけの高密度の魔力。

 降参しなければアレで私を焼き続けていましたね。

 意識だって激痛で途切れていたでしょうし……流石に精神が壊れれば自分で戻せませんよ。

 

 

 

 

「じゃあ、これ抜いて頂けますか? 痛いので。凄く凄く痛いので」

 

「そうか。良いだろう」

 

 あっ、ちょっ、そんな乱暴に……あばばばばばばばばっ!?

 

 

 

 

 




感想本当にくださいな


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時の女神は露出狂?

繋げる奴を間違えてた


「あれで全盛期は既に過ぎているのでしょう? 旦那様は恐ろしいお方ですね」

 

 お祖父様の圧倒的勝利の光景にレナは呟き、その表情は彼処までやるとは思っていなかった様子なんだけれど、成人している孫(陛下)が居る年齢だし、十年前に一度大病を患って倒れた事も有るから当然か。

 レナは僕の力が半分以下に抑えられているのも、常時魔力をガリガリ削られている理由、”ライフリープ”の事は知らないからね。

 まあ、知らなくて良い事だって言うか、知らせたくないって個人的な我が儘なんだけれどもさ。

 

「若様と同じく時属性の魔法の使い手、それも持って生まれた若様と違い、使い手としての能力を与えられて創造された存在、身体能力だけでも私よりも上では? ……全裸ですが」

 

「うん、それは言わないであげて、レナ。多分そんな風に創られたんだろうからさ」

 

 神獣クリア、僕の目測ではリュキの創造した神獣将にやや劣る程度、それも僕達が戦った時は様子見だったり戦う気が無かったりの状態だったのに、あの神獣は間違い無く本気で殺しに来ていただろう。

 只、全力かどうかは別としての話だけれども。

 

 

 しかし、本当に何故全裸なのかは気になるけれど、多分創造したノクス様の趣味なのだろう。

 神獣将にも裸マントから下着エプロンに替わり、最終的に水着コートに落ち着いた馬鹿が居るし、神の価値観では肌を隠すのはそれほど重要じゃ無いのだと思う。

 予想でしかないが、お姉ちゃんが混じっているのにテュラも砂漠の踊り子みたいな薄着だったし、深く追求すべき問題では無いのだろう。

 

 

 ……矢っ張り記憶のぬけ落ちは問題だな……全裸の理由じゃないよ?

 あのクリアって神獣、今朧気に思い出した記憶の中、お姉ちゃんの話に出て来ていた”無理ゲーボス”だ。

 

 ”魔女の楽園”には負けイベント……理不尽なまでに強く、時間を掛けて鍛えて運も合わさって勝ったとしても負けたと見なされるボスが存在する(途中で戦うリアスや神獣将とか)らしいけれど、負けたらゲームオーバーなのに負け確定な強さを持つのが”ラスボス戦で先にリアスを倒した時のロノス”と目の前にいるクリアだった……筈、多分。

 

 何でも回り道をせずに邪魔な茨を切り開いたり焼いたり、野宿の為に木を切り倒して簡易的な小屋を作ったり(作れば全回復)するとマジギレ状態で現れるボスらしく、今の僕では使えない完全時間停止(プレイヤー側の問答無用での一ターン休み)やら未来予知(選択したコマンドに対応する行動をしてくる)等々、嫌な予感がして森の時間を戻して正解だったって訳だ。

 

 ……マジで良かった、本当に。

 

 てかキレたら無理ゲーボスって、時使いは怒りでリミッターが外れるのかな?

 ノクス様自身がキレたら人格が様変わりするタイプだったりして。

 全裸趣味もそうだけれど、神様って本当に神様なんだって思うよ。

 

 

「彼、どうして全裸なのでしょうか? まさか女神ノクスは全裸の中性的な少年を侍らすのが趣味だとか?」

 

「レナさん、御館様の尋問中です。お静かに」

 

 そんな彼は何か情報を持っていないかとお祖父様が尋問中、ルルネード家が居れば後は任せて居たんだろうけれどさ。

 僕は離れた所からお祖父様の尋問を見学して勉強中、相手は曲がりなりにも神獣だって言うのに他の神獣の情報を僅かだけれど聞き出していたし、今後は”知っているけれど知るはずのない知識”をこれで一部保管出来た。

 

 ……問題は僕の表情から知っていたって事を表情で見抜かれているって事だけれど、お祖父様なら無駄な事だからと聞き出しては来ないだろう。

 

 それでも僕が焦る中、レナはお祖父様の前で猫を被っているのに疲れたのか飽きたのか気が抜けたのか本性が出ているし、視線は股間に注がれていた。

 

「成る程、虚偽ではないか。虚言を吐いていると判断すれば今度は股間を潰してしまう所だったが」

 

「うぇっ!?」

 

 そう、あれだけ散々痛めつけていると思ったのに股間は攻撃していなかったお祖父様、それは恐怖を植え付けた上で最後の脅しに使うためだった。

 

 

「しかし……若様に比べて同年代の時でも小さいですね。創造した神の趣味でしょう」

 

「断言しますか、貴女は。そもそも全裸なのはきっと元の姿は人間とは違ったのを人間にしたからですよ……多分」

 

 パンドラ、レナが僕のサイズを知っているのにツッコミを入れようか?

 そしてレナ、どうして知っているの!?

 

 

 

「話は終わりだ。帝国に向かうぞ」

 

 女神リュキの神獣についての情報を多少、中には僕の知らない物……忘れてたって感じも一切しない物も聞き出し、満足したのか(満足って顔はしていないし、一切見た事無いけれど)背を向けるお祖父様。

 じゃあ僕達も乗り込もうとした時、クリアが急に自分の心臓を引き吊り出して握り潰す。

 

 

「ああ、そんなドン引きした目で見るのは止めて下さい、神殺し殺し。時属性の先輩として君にレクチャーと……プレゼントです」

 

 彼の胸に開いた穴の奥では今し方握り潰した心臓が再生を始め、なのに時間が戻った筈の潰れた心臓は彼の手の中からはみ出したまま。

 僕が何かの時間を戻した場合、映像の巻き戻しみたいになるんだけれど、彼が心臓の時を戻した場合は別だった。

 

「全体ではなく限定された空間の巻き戻しかな?」

 

「おや、見抜きましたか。ええ、先程引っ張り出した心臓の時を戻すのではなく、空間を限定して時を戻し、後は微調整で周囲と合わせる。そうすればこの通りに一つしかない物が二つになる。……もっとも、切り離した物を残したまま再生する時にしか使えない技術ですが」

 

 苦笑するクリア、彼の意見はもっともだろう。

 ズラした空間の時間を周囲と合わせるなんて高等技術、自分の体にしか使えない。

 ……そもそも今の僕じゃ自分の体の時間を再生させる事すら無理だけれど。

 

「それで若様にプレゼントとは? まさか自分のハートを受け取って欲しいという求愛ですか? 露出狂の上に同性愛とは個性的ですね」

 

「レナ、本当に落ち着こうか。……違うよね?」

 

「違いますけれど!? ええっ!? 私、そんな風に見られていたのですか!?」

 

 正直、同性愛は兎も角として露出狂は思っていたけれど、ショックを受けているみたいだから黙っておこう。

 潰れた心臓をニギニギしているクリアは顎に手を当てて考え込んでいるし、パンドラの予想通りに元は服の要らない異形の見た目だったのかも。

 そして心臓を渡そうって狂気の沙汰な発言だって何か意味が……。

 

 

「男の姿になったけれど、女の方が良かったのでしょうか? あっ! 全裸の女の子の姿ならさっきみたいにボコボコにされる事も無かったのでは?」

 

「服は着ろ。それとお祖父様は性別で対応を変えはしない」

 

 割と本気で悩んでいたらしいクリアの姿に僕は確信、此奴は露出狂なんだって。

 ホモじゃないだけマシだけれど、関わりたくないから僕もさっさと馬車に乗ろうとした時、クリアは両手で押しつぶしたのかはみ出た部分すら無いほどに小さくなった心臓を握った腕を無造作に振るう。

 

「……うぇ」

 

 何かが飛んで来るのを感じ、咄嗟に空気の壁を形成して防ぐけれど、それが触れるより前に時間が進められて空気に戻り、僕の手の中に血塗れの懐中時計が飛び込んで来た。

 

「独学だけで極められる程に時の力は容易じゃない。ゼース殿に使っている魔法、君への制約を考えても見事だが、今後はそれを開けば私の分身を出せるから授業をしてあげましょう」

 

「……どうも」

 

 正直有り難い、例え相手が露出狂だったとしても……あっ、嫌になって来た。

 でも、独学だけでは確かに足りないし……。

 

 

「所で分身は全裸の男の子と全裸の女の子のどっちが良いですか?」

 

「どっちでも良いから服を着なよ、変態が」

 

「全裸で過ごす事の何処が変態なのですか!? きっと私を創造なされたノクス様とて実は人前で裸になりたいに決まって……おや?」

 

 突如クリアに絡まる鎖、嫌な予感がした僕が数歩下がると空から巨大な鳩時計が彼の上に落ちて来た。

 悲鳴も上げずに押し潰され、衝撃で土煙が起こる中、耳に届いた人工的な鳥の鳴き声。

 

「鳩が手紙を咥えている。……”この変態と一緒にしないように。変な噂流せば神罰です”、か」

 

 苦労していそうだと、僕は生まれて初めて女神に同情した。




小金手に入ったのでこっちとなろうの方のブクマが目標達成でマンガ新規発注予定


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重い忠義と露出狂

 これから僕は露出狂の変態神獣に教えを請うのか、必要だとは分かっているけれど心底嫌だ!

 お世話になる側だから文句なんて言えないけれど!

 

「今後はあの全裸が懐中時計から出てくるのですね」

 

「レナ、それを言わないで」

 

 そう、全裸の男に魔法を習うんだよな、僕。

 同じ全裸の露出狂なら女の子の方が良かった、叶うなら巨乳で!

 いや、クリアって幼い感じの見た目だから巨乳だろうと小さな女の子が裸で教えてくるって絵面が相当ヤバいし、周囲から見れば僕の方がヤバい奴。

 

 ロリコンじゃないからね、僕って。

 

「じゃあ、今後は懐中時計を開いて相談するから。……その前に一つ。服を着ろ。送ってきてくれたんだからさあ」

 

 あの巨大鳩時計の下からクリアが這い出して来たタイミングで鳩が服を体に引っ掛けて出て来たのに、何故か彼は全裸を貫く。

 

 もう変態の考えはよく分からないや。

 分かったらお終いかな、きっと。

 ……レナなら分かりそうな気がするぞ。

 説明されたら嫌だから聞かないけれど。

 

「確かに服は頂きましたが、着ろという命令は受けていません。受けていない以上は全裸で構わないかと」

 

「あっ、うん。そーだね。じゃあ、僕達はさっさと去るからお別れだ」

 

 もう、この変態何なの?

 リュキの神獣は”女神が人間の為に心変わりなどあってはならない。故に命令を実行する”って感じの曲がった忠誠心激重なのに、この変態の露出に掛ける情熱は別の方向で面倒だ。

 

 

 これに教わるのかあ……。

 

 

 

「ああ、何処かに出掛ける途中だったのですね。分かっているとは思いますが、森を荒らしたまま放置しないように。追撃……はしませんけど恨みますので」

 

 最後の方に剣呑な感じになったクリアは瞬時に怯えた様子で目を逸らす、お祖父様にビビったんだな、間違い無い!

 気持ちは分かるし全裸に関わり合いになるのは最小限が最適回とばかりに見なかった事にして、僕も馬車に乗り込んで扉を閉めようとした時だ、全裸が慌てた様子でクリアが駆け寄って来た。

 

 

「ちょっとお待ち下さい。お聞きしたい事が有りまして。ゼース殿、先程クヴァイル家だと言っていましたし、此度の光属性の使い手……聖女はご存じですね?」

 

「……ああ、知ってはいるな」

 

 お祖父様は流石に動じた様子を見せず、けど目も合わせない。

 流石の魔王レベル九百九十九も露出狂は相手をしたくないんだなと思いつつ、僕に話しかけられなかった事に心底安心……したのを見抜かれて横目でジロッと睨まれてしまう僕。

 

「そうか、ご存知か! しかし聖女の再来となれば貞淑で清廉潔白、可憐な淑女なのでしょうね。是非お会いしたい」

 

「馬鹿ゴリ……少々活発ではあるが聖女として振る舞えてはいるな」

 

 ……今、馬鹿ゴリラって言おうとして止めたな、お祖父様。

 クリアは目を輝かせているけれど、光属性だからって勝手な想像を押し付けるのは気に入らない。

 皆が言うようにリアスはゴリラ……元気で逞しくって純粋な、僕の可愛い愛しの妹なんだから。

 

 

 お祖父様も馬鹿ゴリラと言いそうになりながらも言い直す位には情があったのか、途中で珍しく頭痛を感じた風に見えたけれど、馬鹿ゴリラが孫だと認めたくないって事は無いだろうし。

 他人みたいな言い方なのは変態に関わらせない為だな、きっと。

 

 

 

 あれ? そう考えると聖女関連で一番苦労しているのはリアスなんじゃ……。

 だって、考えるより先に体が動く野性的なお嬢様なのに、如何にも深窓の令嬢って感じの聖女のイメージに合わせているんだから。

 大体、魔獣王やら神に立ち向かった人が清楚な淑女って感じな訳がないんだし、そう考えると普段のリアスが一番聖女の再来に相応しい姿になるね。

 

 

「……何を頷いているのかは知らぬが、今考えている事は人前で口にするな」

 

「はあ。お祖父様がそう仰るのなら……」

 

 釈然としないモヤモヤを覚えながらも僕達が席に座ればアレキサンダー達は再び走り出す。

 パンドラは悪路で馬車が激しく揺れるのを警戒してか今度は最初から僕に抱き付いたけれど、未だ跳ねていないのに体がビクってなっていた。

 

「どうかしたの? もしかして……」

 

 ノーパンだから服が変な風に擦れたのかな?

 お祖父様の前だし、そんな事は絶対に言えないから、そうだったら困る…‥。

 

 え? 後ろを見ろって?

 

 軽く震えながら後方を指し示すパンドラの様子が変だったし、僕は何だと思いながら後ろを向き、瞬時に後悔したよ。

 

 

 

「待って下さい! 聖女に会いたいですし、私も同行させて頂きます。なに、馬車の上に乗るのでお気になさらずに!」

 

 笑みを浮かべヘルホース(大地の覇者)が三頭掛かりで引く馬車に手を振りながら接近するクリア(全裸)、何処とは言わないけれど馬車と同じ位に揺れている。

 

「いや、全裸を馬車の上に乗せて旅って、どれだけ嫌な凱旋なのさ。それなら入れた方が…‥」

 

 多分追い付かれるし、妨害も効かない、お祖父様は僕に任せる気なのか放置で再び書類のチェック。

 

「……無理です」

 

 そんな中、声を絞り出しながら拒絶するパンドラは泣きそうで、ちょっと可愛い。

 成る程、パンドラってこんな顔もするんだね。

 

 ……ヤバい、”首輪とリードを付けられて犬みたいに扱われたい”とか妄想を口にした事とか、僕の仕業で只今ノーパン中な事を指摘してみたい!

 世間的に見れば露出狂と大差ないレベルの妄想をしている才女……悪くないな。

 

 

「そーれっ!」

 

 それはそうとして全裸が屋根に乗ったり同乗する馬車の旅は正直嫌だ!

 ……それなら走った方がマシだし、飛び乗ろうとしている彼奴は叩き落とすか。

 

「あぎっ!?」

 

 心の底からの嫌悪感に身を任せ、僕は壁を作ってクリアが屋根に着地するのを防ごうとしたんだけれど、魔力を練るより前にクリアの股間に拳大の石が命中、勢いが強過ぎて石が砕けたけれど、別の何かも砕けた音が聞こえたような……考えるのはストップだ。

 

 白目をむいて気を失ったのか動かないクリアを置き去りに馬車が進む中、急に感じた気配に僕は馬車の屋根に意識を向けた。

 

「駄目ですよ? 御館様の許可が無い限り、変態さんだろうと普通の人だろうと馬車に乗せたりなんかしませんからね」

 

「マオ・ニュ!?」

 

 そう、今は変態よりも屋根の上から聞こえた声の主の方が重要だ。

 屋敷に到着する前、彼女は突然馬車の中に現れたけれど、それでも風が入って来たりと出入りの痕跡はあった。

 

 でも、今回はそんな物、一切無し。

 気を張っていたのに一体何処からやって来たんだ?

 

 

 

「騒がしいぞ、ロノス。気が散る、大声を出すな」

 

「は、はい。……合流するの知っていました?」

 

 お祖父様が一切動じていないから追い付いて合流するのは予定通りだったみたいだけれど、知っているなら教えてくれれば良いのに……。

 

 

「いえ、合流じゃないですよ? 最初から馬車の上で警護の任に就いていました」

 

「マオ・ニュって姿を消す魔法を使えた?」

 

「いえ、私は魔法が苦手だって知っていますよね? 気配を周囲と完全に同化させただけです。ふふふ、前から得意なんですよ」

 

「いや、”だけ”って…‥」

 

 前から神出鬼没な暗殺者で厄介な格上だとは思っていたけれど、完全にいしきを外していたぞ、今!?

 

 

「驚かせちゃいました? なら、ごめんなさい。……あの、所でさっきの変態を見て”ちゃんと言うべきじゃ”、と思ったのですけど……ロノス君とパンドラちゃんは結婚するし、趣味に口出しはしない主義だけれど、そういった遊びは程々にね?」

 

 窓から顔を覗かせるマオ・ニュの視線はパンドラの下半身に向けられ、言いにくそうな困り顔で言いよどむ。

 

 

 

 あれ? パンドラのノーパンがバレてる?

 ……本人は何の事か未だ気が付いていないから黙っておこうか、言って見たいけれども。

 



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閑話 その頃のゴリ……聖女

ブクマ、目標まで三人!  


 私は……前世の私は甘えさせて貰って育ったってのは分かっているわ。

 

 今の私と同じ位の年頃のお姉ちゃんは仕事で留守がちだった両親に代わって幼いお兄ちゃんと私のお世話をしてくれていたし、お兄ちゃんだって私と二歳しか変わらないのにお姉ちゃんにベッタリ甘えるよりも私に甘えさせてくれる事を優先してくれていたもの。

 

 だから前世の記憶が戻った時、貴族として守らなくっちゃならない物が多いし、前世みたいに甘えさせては貰えないって分かっちゃったから悲しくって寂しかった。

 でも、お兄ちゃんは前世のお兄ちゃんでもあって、今も私が甘えて良い相手。

 

 

 

 

 今も前もお兄ちゃんはお兄ちゃん、私を守ってくれるから、私だってお兄ちゃんの役に……。

 

 だから聖女の再来とか言われて笑い転げそうになったけれど、受け入れて頑張っているわ。

 いや、本当に有り得ないから。

 私が聖女の再来って、目玉が水饅頭なのかって話じゃない?

 

 

 

 

 歴史有る(らしい)神殿に集まった大勢の信者達、皆一同に祈りを捧げ、祭壇の上に立つ私は手を組んで祈りを捧げる格好をしながら微笑む。

 モンスターや賊との戦いで傷付いた兵士を中心に傷付いた人達、回復魔法だって属性によって得意不得意が有るし、回復アイテムだって安くはない。

 まあ、だからこそ聖女の力が有り難いって話なのよね~。

 

「皆様、ご安心下さい。神より授かった力によって祝福が舞い降りるでしょう」

 

 目を閉じ、精一杯の演技をしながら微笑んだら空から淡い光の粒が雪みたいに降り注ぎ集まった人達を包み込む。

 聞こえて来たのは神に祈ったり私に感謝する声、悪い気はしないんだけどね。

 

 

 

 ……あー、疲れた。

 

 今日は(面倒臭い)聖女のお仕事、清廉潔白な聖女として振る舞う日、要するに私が凄く疲れる日なのよ。

 ゴテゴテした法衣を着て丁寧な口調、動きだって大股でドタバタ動いちゃ駄目なんだし……はあ。

 

 三日間殴り合いが出来る自信はあるけれど、聖女の仕事は精神的な疲れが来ちゃうのよ

 如何にも聖女様って感じの大人しい笑みとか喋り方とか、演技力が必須だもの。

 気を抜く暇も無いし、敵の群れに飛び込んでハルバート振り回して暴れろって方が百倍マシよね。

 

 

 

「聖女様、次は広場で聖歌の予定です」

 

 与えられた個室でホッと一息、果実水をググッと一気飲み、コップをテーブルに叩き付ける。

 聖女様の時は食事だって上品にしなくちゃならないし……いや、一応屋敷でもちゃんとしないと五月蠅いのよね。

 法衣の襟を緩めて手で扇ぐけれど蒸れるし最悪よ。

 あー、何時もの服が着たーい。

 

 そんな私に容赦ないのねチェルシー。

 て言うか聖女様って呼ぶの本当に勘弁して欲しいのよ、吹き出しそうになるもの。

 尚、私が聖女だって事に笑いを堪えて居るのはチェルシーも同じである。

 

 取り巻きの一人である大切な友人は私の苦労が分かっているってのに分厚い予定表を見せて来るし、気を抜きすぎだって目で訴えてくるんだから、もう!

 

 次は何って?

 聖歌? スイカ割りの間違いじゃなくって?

 

 

「うげっ!」

 

 思わず出た声、すかさず睨まれる。

 

「ほら、口調口調」

 

「聖歌か。……聖歌かぁ」

 

「露骨に嫌な顔をしますね」

 

「だって……」

 

 あの小難しい文章をトロ臭い曲に乗せて歌う奴でしょ? 私が歌う予定の奴って。

 何て言うか、信仰もしていない相手に捧げる物だし、ぶっちゃけ授業で習ったけれど半分も意味を理解していないのに、歌った所で受け取った神は困るんじゃないの?

 寧ろ歌ったからって届くのか疑問だったし、今度お姉ちゃんが会いに来たら教えて貰おうと思いつつ口パクで誤魔化せないか考える。

 

「スイカを食べるに変更は可能かしら?」

 

 種を物凄く飛ばせるのよ、私。

 

「それを聞いて姫様の頭の中を交換したい気分です」

 

 実の所、歌詞ってうろ覚えなのよ。

 前回、直前まで練習する筈が寝ちゃってたから困った困った。

 

 

「……はあ。その表情からして用意して正解でした」

 

「スイカ?」

 

「……」

 

 

 それを知っているチェルシーが差し出したのは五枚に渡って細かい文字で書かれた歌詞カード、この時点でバックレて良いかと思っちゃうわ。

 

「ほら、ちゃんと歌を練習しておいて下さいね? 前回はカンペで誤魔化せましたけれど、今度は流石に無理だと思うので」

 

 呆れ顔のチェルシーだけど、前回は観客に見えないようにしながら巨大な紙に歌詞を書いて見せてくれたのは本当に助かったわよね。

 だから今回は駄目だって言われても困るから励ますわ!

 

「どうして其処で諦めちゃうのよ。頑張りなさいよ、チェルシー!」

 

「姫様こそ歌詞を忘れないように頑張って下さい」

 

「うへぇ……」

 

 机の上に叩きつける感じで差し出された歌詞を読みながら口ずさむけど、何だか眠くなって…‥。

 

 

「寝ない!」

 

「はっ!?」

 

 あーもー! 聖女って本当に面倒じゃないの、歴代の聖女はよくやって来れたと思うわ。

 

 

「しかし聖歌って少し練習するだけで眠くなるし、子守歌に良いんじゃないの?」

 

「そういうのは恐らく姫様だけかと……」

 

 私の言葉に肩を落とすチェルシー、その嘆きの声はノックもせずに足で乱暴に開け放たれた扉の音でかき消されたわ。

 

 

 

「レナス!」

 

「レナス様!?」

 

「よっ! 近くで用事を終わらせたから顔を見に来たよ。チェルシー、その馬鹿が何かやったら遠慮無しにぶっ叩いて構わないよ!」

 

「そうですね。偶にはそうしてみます」

 

 ふふんっ! 私は頑丈だからチェルシーのヘナチョコパンチじゃ効かないもんねー!

 

「殴るのは良いけれど、拳を痛めないようにしなさいよ? まあ、後で私が殴り方を教えてあげるとして、用事が終わったって事は暇なのね? やったー!」

 

 普段は忙しいレナスに存分に甘えるチャンスだとばかりに私はレナスに正面から抱き付いた。

 この胸が脂肪よりも胸筋の割合が多い感触が癒されるのよね。

 レナなんて娘なのに脂肪が多いんだもの、ふーんだ!

 

 

「ねぇねぇ、レナス! 耳掃除して、耳掃除」

 

「姫様、それならば私がしますよ?」

 

「レナスが良いのー! それかお兄様!」

 

「ったく、甘ったれだねぇ。ちゃんと練習するかい?」

 

「うん! レナスが付き合ってくれるなら頑張って聖歌の練習をするわ! だから……ね?」

 

 私が上目遣いで顔を見れば頭をワシャワシャと撫でられて、そのままベッドの上でレナスに膝枕をして貰う。

 

 あー、その辺! その辺が気持ち良いの。

 

 レナスに膝枕をして貰い、小さい頃と同じみたいに甘える、これは凄く幸せな時間よね。

 ……私って甘えられる相手がお兄ちゃんとチェルシーとレナとレナスしか居ないからついつい寄り掛かっちゃうのよ。

 

 

 だから聖女の仕事がどれだけ面倒で嫌でむず痒く感じても投げ出せない。

 私に甘えさせてくれる人達、特にお兄ちゃんの力になりたいんだもの。

 

 

 

「お兄様は今頃何をしているのかしら? 今回の仕事が終わったら遊びに行きたいわね。旅行とかどうかしら?」

 

 アリアとかも誘ってみたいわ、シロノの参加は断固拒否するけれど。

 そうそう、アリアといえば例のドリルと何か相談しているのを臨海学校の帰り支度の最中に見たけれど……。

 

 

「ねぇ、レナス。聖歌は頑張るから今晩は沢山お喋りしましょ。それと久し振りにレナスの料理が食べたいわ」

 

 さーて、私は私のすべき事を頑張るわよー。

 お兄ちゃんに報告して誉めて貰うんだから!

 

 

 

「あっ、聖歌の後に夕食会を挟み教典の朗読会がありますので寝入らないで下さいね? 寝たら足を踏んで起こすのも大変なんですよ、寝たのも踏んだのも隠さなくちゃいけないので」

 

「が、頑張る……」

 

 どうしよう、チェルシーの目がマジだし逃げたくなっちゃった。

 仮病とか……医者呼ばれるだけね。

 

 

 




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死神(三十路前未婚)

「ロノス君がお気に入りのケーキ屋のマロンパイを買っていますよ。愛飲している紅茶も有るので食べて下さいね」

 

 マオ・ニュ、ギヌスの民ナミ族最強の戦士にして暗殺者、人当たりが良いし、表情も温厚で基本的には良い人……但しお祖父様に敵対せず、敵対せずとも邪魔だから消すべきだと思われなければの話だけれど。

 尚、僕達兄妹を殺す場合は優しく殺した後でお祖父様の身内を殺した罰として自ら死を選ぶってまでは本人から聞かされているんだけれど、神獣同様に忠誠心が重い。

 

 今は馬車の屋根の端に爪先を引っかけて窓から顔を覗かせながら僕の世話を焼いてくれている。

 正直言って怖い人……ゲームでは幼い頃に危険視された僕達を消そうとし、レナスと相打ちになった事でリアスが曲がってしまう決定打を打った相手なんだけれど、今年で三十歳になるのに僕より小柄だし、小麦色の肌や赤銅色の髪からアンリの妹と言われても信じてしまいそうだ。

 

 まあ、実際は倍近い年齢なんだけれどね。

 

 

「駄目ですよ、ロノス君。今、失礼な事を考えたでしょう?」

 

「そ、そんな事よりもマオ・ニュは馬車に入らないの?」

 

「護衛の仕事中なので視野が広い此処が一番なのですよ。雨が降っても全部ナイフで弾けば良いだけですし」

 

 冗談っぽく言ってはいるけれど、降りしきる雨をナイフ二本で弾く彼女の姿は簡単に思い浮かぶし、レナスが同様に拳を真上に突き出した時の圧力で雨を防ぐ姿も同時に浮かんだ、妙なリアリティで。

 

 まあ、そんな風に凄く強くってとんでもなく怖い人ではあるんだけれど、お祖父様が近くに居ても羽目を外さなければ普通に話せる相手なのは助かったかな?

 

 

「所で学園生活はどうですか? 臨海学校は散々でしたね。私が護衛として行けていたならば青春を邪魔する連中を全力で皆殺しにしていましたのに。まあ、夏の魔力に当てられた場合には折檻もしていましたけれど」

 

 

 

 僕がパンドラを服を着たままノーパン状態にしたのを見抜いてから微妙に気まずい感じだけれど、僕が悪いから…‥まあ、パンドラが気が付いてないのは幸いだ。

 

「マオ・ニュの折檻か、ちょっと恐いな」

 

「大丈夫。レナスさんみたいに手は出しません。そういった躾は乳母である彼女の仕事で、私は名付け親として矯正すべく苦言を呈するだけですから。ええ、御館様の命令でなくば二人には手を出しません。……変な意味で手を出そうとする悪い子は失踪して貰う場合が有りますけれど……なーんちゃって」

 

 いや、眼が笑っていないから笑えない、さっきの年齢関連の時も紫色の眼が笑っていなかったよね……。

 

 

「ふふふ、そんな風に怯えなくても大丈夫ですよ、パンドラちゃん。ロノス君達のお母さんは友人でしたし、私にとって二人は実の子みたいに可愛いからちょっと過保護になっちゃいますが、貴女が将来クヴァイル家を肩に背負うのは分かっていますから」

 

「は、はあ……」

 

「ああ、奴が男だった場合、結婚するのは貴様だったな」

 

 そう、レナスが乳母として僕達を育てて鍛えてくれたのと同じく、マオ・ニュも僕達の名付けをする位に大きく関わっていたし、お祖父様が思い出したように呟いた通り、母や叔母さん達の誰かが男だった場合、多分マオ・ニュが結婚していたのだろう。

 その場合、年齢が年齢だから僕達とは数歳離れていたね。

 

「御館様のご令嬢達とは幼い頃から仲良しでした。一緒に遊んだのは良い思い出ですよ」

 

 

 いや、まあ、お祖父様に反逆を企てていた両親を殺したのもマオ・ニュらしいけれど。

 その際もゴタゴタがあってマオ・ニュが一度は自殺しかけたとか。

 

 しみじみと楽しそうに語るマオ・ニュが本当に恐ろしい、貴族社会じゃ上っ面だけこんな風にするのは珍しくは無いけれど、彼女の方は本心で言っているんだから。

 パンドラも立場が立場だから両親関連については知っているのか目を逸らしているし……。

 

 

 

「ああ、この機会に聞きたかったんだけれど僕達の名前の由来って?」

 

 今まで聞いていなかったけれど、ちょっと気になっていた事だ。

 僕が時属性って分かったのは八歳、時の女神ノクス様から取ったってのは有り得ないだろうし……。

 

 あれ? マオ・ニュ、眼だけじゃなく顔を逸らしてるけれど何故だろう?

 

「怪しい。マオ・ニュ、何か隠してるよね?」

 

「何の事でしょう。それよりも紅茶のお代わりは要りませんか?」

 

「未だカップに残ってるよ。全く、何を誤魔化す気なのやら」

 

 もう不自然な程に目を合わせようとしないマオ・ニュに問いかけるけれど下手くそな口笛を吹いたり露骨に話を逸らしたり、”死神”とまで呼ばれる人の姿じゃないよね。

 

「「……」」

 

 暫しの沈黙、だけれども話してくれそうな気配は無いし、お祖父様なら知っているだろうけれど書類を読み終えた後は腕を組んで静かに眼を閉じているから話し掛けるのに抵抗が。

 

 マオ・ニュ相手じゃ強気に出て聞き出すのは不可能なので悩んでいた時、その沈黙を破る一声がレナから放たれた。

 

 

 

「私、知っていますよ。母様がポロッと漏らしましたので」

 

「黙っていてと言ったのに何やってるんですか、レナスは……」

 

 口止めする程の内容なのか、知りたいような恐いような複雑な気分。

 でも、命名の理由を隠す理由が今は知りたい。

 

 

 だってマオ・ニュが焦る程の内容なんだから!

 

 

「レナちゃん、喋っちゃ駄目ですからね? 私からのお願いです」

 

 珍しく焦り顔のマオ・ニュ、何とか口止めする気みたいだ。

 ”こうなれば口封じです”とか強硬手段には流石に出ないだろうし、多分。

 対するレナは接客モード、クールで真面目な有能メイドを演じているし、これは勝負あったか。

 

「しかし、若様の命令が有れば話さない訳にも行かないでしょう? ええ、マオ・ニュ様のお願いなら聞き届けたいのですが、散々釘を刺された相手ですし」

 

 釘を刺した相手(比喩&物理的)に強気になれるレナは強く、マオ・ニュは”ぐぬぬ~”って感じの表情だ。

 何だかんだでレナは頼りになるなあ。

 

 

 

「レナちゃん、黙っているなら一つお願い聞きますよ?」

 

「じゃあ、今晩は私が何をしても知らん顔でお願いします」

 

「交渉成立ですね」

 

 

 前言撤回、頼りにならない!

 何か舌なめずりをしながら僕の方を見ているし、マオ・ニュとは別ベクトルに恐いけれど、どうすれば良いのか教えてよ、神様!

 

 

「ほらほら、退屈な話は忘れて面白い芸でも見せてあげましょう。先程私は気配を周囲と同化させて認識を阻害しましたけれど、こういう使い道も有るのですよ、あの技術って」

 

 マオ・ニュはよく見ていろとばかりに紅茶の入ったポットを手に持ち、急にそれが手首から先と共に消え去った。

 体の一部だけ消せるのかと驚いていたら、今度は手に持ったポットのみ、次に体のあっちこっちを消したり現したり、最後は普段着である燕尾服の上着の右半分だけを消し去って終わったんだけれど、まさか身に付けた物の気配だけを同化するだなんて…‥。

 

 

 

「その技術が有れば露出し放題ですね。路地裏で人が来た時だけ服を消すとか」

 

 おおっと! まさかマオ・ニュ相手にセクハラをするなんて凄いな、レナは。

 憧れも関心もしないけれど、驚きはしよう。

 

「いやいや、嫁入り前の身でその様な破廉恥な真似はしませんし、元からそんな趣味は無いので! 変な噂流さないように、釘、刺しておきますか?」

 

「どうせ直ぐに治ると言っても嫁入り前の身なのでご容赦を」

 

「レナちゃんは嫁入り前の自覚があるならもう少し慎みを持ってですね…‥。おや、もう街が見えて来ましたね。では…‥今夜の宿にゴミ共が潜んでいるなら発見次第掃除して来ますね」

 

 やや物騒な会話をしている最中にアマーラ帝国内で今夜宿泊予定の街に近付いたらしく、マオ・ニュは姿を消して居なくなる。

 

 

 

 ……此処で”流石に小皺が出来る頃”とか言ってたら聞かれていそうなのが恐いよね。

 

 

 

「あっ、招待されたパーティーって主催者側の人間も一人招待客を連れて来るらしいけれど、ネーシャは誰にするんだろう」

 

 連れて来るとすれば僕に顔合わせしておきたい相手だろう。

 パーティーだからと一切気は抜けないって事か…‥。

 

 

 

 

 




感想久々来た

もう漫画発注しちゃおうか


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今年でマオ・ニュさんじゅっさい になる

 受けた恩も、抱いた怨みも、描いた夢も忘れない…‥そんな私は他人の目にはどの様に映るのでしょうか?

 でも、見た目は幼い……いえ、小柄で童顔な私でも御館様のお供としてパーティーに参加する時には場に準じた服装と態度になるのですよ?

 宰相配下として恥じない美貌だと噂されていますし?

 

 だから戦いの場で敵であるなら子供であっても殺しますが、間違ってはいない筈です。

 ええ、死神だなんて物騒な異名で呼ばれるのがショックだったので、お仕事中も私的な時間も、当然ですが相手を殺す時も…‥きっと自分が死ぬ時もニコニコと笑っているのです。

 

 だって、どんな時も笑っていられるだなんて素敵な事ですもの……。

 何故かどんな時も笑い出してから恐れる目を向けられる事が増えたのは武神とか称されて暴れ回っているレナスが相棒なせいですね。

 じゃないと野蛮で獰猛な笑みを浮かべる彼女の方が恐れられるべきじゃないですか、普通。

 

 

 

 

「レナちゃんったら余計な事を言うんですから悪い子ですね。もー! 未熟者じゃあるまいし、こんなミスをするなんて減給物ですよ」

 

 帝国の街の一つ”ドラール”、首都である”ガンダーラ”へ聖王国から向かうには立ち寄る事の多い場所ですが、ちょーっとおイタ(・・・)をしようとしたお馬鹿さん達が出ちゃって困り物ですよ。

 地面にゴミが落ちている、そんな不愉快な出来事が御館様達に無縁な様にするのも私の仕事なのですが、何処の誰の何なのかを詳しく聞いた後、こんなミスをするだなんて……。

 

「何とか馬車が到着する前に掃除しないと……」

 

 私が深い溜め息を吐く場所はクヴァイル家が買い取った土地に建てた一軒家の庭、他の誰かを巻き込んではならないのと、其処に居るイコール敵だと即座即決する利点が有るのですよ、ふふん。

 まあ、私なら第三者が居ても何ら問題は無いのですけれど?

 

 ……さて、現実逃避はこの辺で、今は飛び散ってしまった一滴の血、それがドアの木目に入り込んでしまったのを拭いている最中、。

 

「生き物と違って汚れを掃除するのは苦手なんですが……ああっ!」

 

 遠目に見えた接近中の馬車、私の声が聞こえたのかアレキサンダーちゃん達は町中だからと落としていた速度を更に僅かに落としてくれましたが、流石は御館様の愛馬達、まだまだお子様なポチちゃんじゃ出来ない気遣いですね、うんうん。

 

「さて、どうすれば……ああ、そうでした」

 

 そっと指先で地面に触れれば手に収まったのは金ヤスリ、私の父はルルネード家の縁者らしく、こうやって金属製の道具を作り出せるのです。

 魔法を使わずパワーとテクニックだけで戦うレナスとは違うのですよ、レナスとは!

 

 

「さて、削りますか」

 

 ヤスリを片手にドアの前で気合いを入れる。

 皆が見る前に一切の違和感を排除しなくては!

 

 

 

 

 

「掃除ご苦労。大儀であった」

 

「はっ! 有り難きお言葉」

 

 御館様の言葉に膝を折って頭を垂れながら応える。

 何とか染み込んだ血の痕を感じさせない細工は流々、削った時に出た粉は先程出たばかりの生ゴミと一緒に鉄の箱に入れて地中に埋めて、後は箱を土に戻せば肥料になるでしょう。

 

「御館様、用意したばかりの家だからか庭が殺風景ですし、何か植えては?」

 

「ああ、そうだな。ロノス、手配しておけ」

 

 よーく土が肥えましたし、クヴァイル家所有の庭にしては地味でしたので、刺客を送った(ゴミを投げ入れた)連中にもその辺は感謝しましょう。

 

「あっ、ロノス君。ちょっとお礼がしたい方々が居ますので、後で教えますね。ええ、本当は私がたぁ~っぷりお礼をしたい所ですが、これはロノス君のお仕事ですから」

 

 後でメモを渡すとして、ロノス君も御館様の後継者なのに裏のお仕事までしていて偉いです。

 お姉さんも名付け親として鼻が高いですし、これで小さい頃なら撫で撫でしてあげるのですけれど、もう微妙な年齢ですからね。

 

 十六歳、今のロノス君と同じ年齢の時の私って何をしてましたっけ?

 国の敵を抹殺する以外には……礼儀作法とか貴族の社交界で恥を掻かない為の習い事以外には……思い出した。

 

 パンドラちゃんを見ていた私はお仕事以外でやっていた趣味について思い起こす。

 お料理とか掃除とか炊事とか編み物とか、花嫁修行もしていたんでした……只今絶賛未婚ですけれど。

 

「これも理想の殿方が居ないのが原因。……せめて短剣一つでシードラゴンの群れと水中戦して無傷で勝つ位でないと選考外なのですが……」

 

 知り合いで可能なのは一部の既婚男性と、他は同性等々ばかり、ロノス君は可能でしょうが、名付け親なもんで我が子と変わりませんし、何処かに手頃な殿方は居ないものでしょうか?

 実際の所、クヴァイル家とのコネクション狙いだったり私を引き込む狙いだったり、自分で言うのもアレですが実年齢の半分より更に若く見える私に求婚する殿方は多い、多いだけで私の望む条件を満たせる方が居ないのですが。

 

 理想が高過ぎると行き遅れそうですし、少々条件のハードルをさげるべきでしょうか?

 でも、散々理想を求めるあまり、御館様の勧める相手であってもお見合いの席に出向き、デート(モンスター狩りやサバイバルキャンプ)をしただけで結婚には至らなかったり、時には相手が御館様に頭を下げて話を無かった事にしたり。

 

 

「御館様、私の結婚の条件ですが、シードラゴンの群れ相手の海中戦で無傷から腕の一本……いえ、指の三本迄は失っても構わないって変更した方が良いですか?」

 

 あー、でも御館様の話を断ってまで貫いた条件ですし、最後まで貫くべきな気もして来ましたよ、どうしましょう……。

 

 

 あれ? 御館様ったら聞こえなかったのでしょうか?

 何も言わずに家に入って行きますし、一瞬ですが溜め息を吐き出しているように見えましたけれども……。

 

 

 

「では若様、行きましょうか」

 

「ちょっとレナさん。若様にくっつき過ぎでは?」

 

 おやおや、レナちゃんったらロノス君に無理矢理腕を組んで胸を押し当てているし、パンドラちゃんは負けずと対抗して反対側からくっつこうとしていますけれど、物凄いウブなんだから真っ赤になって密着したり離れたりして、それでも完全に離れられない。

 可愛いですね、あの年頃の子の恋愛って。

 

 

 思わずホッコリとした気分になりつつも、パンドラちゃんはロノス君の趣味で……うん、あの子の趣味なんでしょうがショーツを穿いていませんし、御館様ったら急に出掛けるのを伝えたものですから途中で終わっちゃったけれど、そうでなかったら二人は……はわわっ!?

 

 

「ロノス君。ハメを外し過ぎちゃ駄目ですからね?」

 

 最初は動揺したけれども別段慌てて告げる事では無いでしょう。

 帝国でのパーティー……ハニートラップとかあれば中途半端で取り上げられてムラムラしてる状態でそんなのに遭遇しても問題ですから忠告にだけ留めておきます。

 

「……うぁ」

 

 あっ、パンドラちゃんには少しだけ刺激が強かったみたいですね。

 ロノス君に完全密着して顔すら隠してますし意地悪だったでしょうか?

 

 

「……さて」

 

 三人が家に入ったのを確認した私は一度の跳躍で三階建ての屋根の上に飛び移る。

 敷地内全体を見渡せる場所……それ自体に意味は無い。

 私の感知能力ならば何処に居ようが変わらないけれど、今から使う魔法は此処が一番効率が良いのです。

 

 

「デ……”レッドカーペット”」

 

 一本だけ立てた指に糸が絡み付き敷地内に張り巡らす。

 五感優れる獣人でも視認不能な程に細く、触れても気が付かない程に軽く柔らかく……されど剛腕の剣士による全身全霊の連撃でさえも切れはせず、私の意思一つで鋼鉄さえも切り刻む刃と化す。

 

「思い出すますね。あれは十年前、この魔法を開発して戦場で使用すれば半径一キロに渡って大地を真っ赤に染め上げましたっけ。……そのせいで周りが勝手に”デス・レッドカーペット”という名前で呼んだり、”死神”と呼ばれるようになったり散々でしたけれど」

 

 お陰で十五年前から素敵な出会いが無いですし、ちょっと腹が立って来ましたね。

 

 

 

「まあ、既に有り得ない未来でロノス君達を死に追いやった逆ハー娘や二人を利用しておいて姉として接する女神……そして根本の原因で一度……いえ、二度も二人を死に追いやった癖に何食わぬ顔で接する糞女の方が腹が立ちますが」

 

 奥歯をギリッと噛み締め、続いて背後に視線を向けた先に居た相手に問い掛ける。

 

 

 

 

「貴方の主は何と言うでしょうね、弟子」

 

「……」

 

 黒子姿の少年は律儀にも主の言いつけを守って沈黙を通し、代わりにスケッチブックに書かれた返答を私に見せ……中身を知らなかったのか慌てている。

 

 

「”計算が合わないし、婚期が遅れたのは別の理由じゃないのかな? byアンノウン”。……ちょっと八つ当たりをしても構いませんね」

 

 構いませんね? ではなく、構いませんね。

 これ、重要です。

 




あと1 あと1でブクマ千六百


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僕の趣味ではない(疑惑あり)

ブクマ千六百突破 マンガ発注


「おや、珍しい。マオ・ニュ様が殺気を放つとは」

 

 家に入って直ぐ、レナが天井を見上げて呟いたんだけれど、僕も一瞬感じた寒気に身を竦ませた。

 お祖父様は感じた上で平然としているけれどパンドラは感じなかったのか平然としている。

 

 あの人は誰かを殺す時には殺気なんて放たない、その必要が無いからだ。

 だって掃除をする時に汚れに殺気を向けないだろう?

 ……掃除直後に汚されたら殺気は向けそうな気がするけれどね。

 

 まあ、掃除はやって貰うのが貴族の生活なんだけれど。

 

「ふふふ、大丈夫ですよ。私は戦闘種族、若様がお気になさる必要は無いのですよ? でも、気になるのなら私の体を使って憂さ晴らしをしますか?」

 

 僕は一瞬ビクってなったのにレナは平然とするなんて、これがヒューマンと鬼族の差なのだろうかと微妙な気持ちになった時、レナは僕の耳元で囁いた。

 

 

 レナによる誘惑は日常茶飯事、性欲のままに突き進む彼女が誘惑して来ない方が不自然だし、慣れたと思っていたんだけれど……。

 

 お祖父様のお供とはいえ旅先という普段とは違った状況、ちょっとした背徳感が僕の心を揺らす。

 普段ならスルーして終わりだったのに、最近他の子には手を出しちゃったし、それがレナの誘惑を魅力的に見せて来たんだ。

 それがどれだけ楽しい事かを知ってしまう、真面目一辺倒だったのが悪い遊びに嵌まってしまうかのように、僕はレナの誘惑を受け入れそうになっていた、なのに……。

 

「……とまあ、若様へのセクハラはこの辺にして、私はメイドの仕事に戻りましょう」

 

 餌を前にしてお預けを言い渡された犬の気分、普段受け流している誘惑に心が傾いた所でレナは僕から離れ、夕食の準備をすると奥の方に向かって行った。

 取り残されて呆然とする中、不意に腕を抓ってくるパンドラ。

 

 あっ、ヤバい……。

 

「若様の馬鹿……」

 

 普段は冷静な彼女が文句を言って頬を膨らませる姿は新鮮で、思わず膨らませた頬を指先で突っついてみれば押し戻そうと抵抗している。

 

 これは嫉妬かな?

 自分が近くに居るのにレナの誘惑に目を奪われて…‥いや、違うな。

 もうちょっと根本的な話だ。

 

「ごめんよ、パンドラ。君が先……だったよね?」

 

「……はい」

 

 僕を置き去りにして勝手に二人が結んだ約束、僕が抱くのはパンドラの方が先って奴(の割にはレナの誘惑は収まってなかったけれど)。

 

「約束……ですので。ど、どうか、私の純潔をですね、その……先に」

 

 元々仲が険悪ではないけれど良い方ではなかった二人、それがどうやって順番を納得したのかは分からないけれど、きっと二人には重要なんだろう。

 絞り出した声を出すパンドラは限界が近いし、此処で言葉責めにすれば気絶しちゃいそうで面白……いや、何でもない。

 

 別にレナを優先させるだけの理由が無いから文句は言ってなかったけれど、却下しなかったからこそ今こうやって拗ねたり指摘されて照れたりしているパンドラを見れるんだから良かったな。

 お祖父様はさっさと三階の部屋に向かっていて、僕達は二階らしい。

 でも、マオ・ニュだったら何が起きているのか把握するよね?

 壁と床天井の時間を止める……いや、中で何をしているのか張り紙で報せるみたいな感じになっちゃう。

 

「今から僕の部屋に来るかい? 何が起きているのか分かっちゃうだろうけれど。ああ、パンドラはそれも興奮するんだっけ?」

 

「さ、流石に他の方に見られながらは無理です。なので、私を抱く時は私だけを見て頂ければ。知られるだけなら恥ずかしいで終わるので…‥」

 

「興奮する?」

 

「……」

 

 もう言葉も発せないのか無言で頷き、顔も見せてくれそうにない。

 

 なんか勢いで今からスる感じになっちゃったけれど、もしかしてパンドラの策略かな?

 だったらちょっと仕返しをすべきだ。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

「きゃっ!?」

 

 肩を抱き寄せると見せ掛け、時間停止で作り出した鎖でパンドラを縛り上げ、少し雑に持ち上げる。

 縛り方は手首を前で一つに縛り、肉体の方はうろ覚えのヒシワナ……ヒシナワ? まあ、そんな感じで。丸くしているし力も軽いけれど僅かだけでも締め付けられる感触があるだろうに、僕に俵担ぎにされた彼女は慌てながらも何処か嬉しそうだ。

 

 ……縛っているから凹凸がハッキリするし、これをレナの時にも……あっ、察したのか睨まれた。

 

 

「若様、無粋です。びゃ、罰として……私に沢山お仕置きして下しゃ……さい」

 

 そんな台詞を何処で覚えて来たのか、これは聞き出す必要が有りそうだね。

 時間はあるし、じっくり聞き出そうか…‥。

 

 

 

「ふんふん、ちゃんと鏡はクローゼットに有るけれど、大きさはこれで良いのかな?」

 

 行為の様子を鏡に映すなんて趣味は僕にはないから希望した本人に聞いてはみたけれど、答えられる筈がないか。

 だって目隠しに猿轡をしているんだからさ。

 

 この部屋に入るまでは鎖で縛っていただけだったけれど、部屋に入って鍵を閉めてからは鎖を消し、ベッドに寝かせた後で前で拘束していた腕を頭の上で交差させてベッドと鎖で繋ぎ、布で口と目を塞いでいる。

 

 ……僕の趣味じゃないよ?

 そうして欲しいっておねだりしたのはパンドラだし、僕はそれに従い、ついでにお仕置きして欲しいって話だったのに要望を出したからって下だけ肌寒い状態。

 つまり今のパンドラは目隠しをされ何も喋れない状態でベッドに拘束されながら下半身をスースーさせている、詳細は黙秘で!

 

 

「悪くはないと思っちゃっている僕が居る。……意外だな」

 

 ちょっと変な趣味に目覚めそうで焦りを覚える中、部屋に入ったら既に用意されていた水差しとお薬(まあ、色々な奴)に視線を向けるけれど、誰が用意したのかは考えないでおこうか。

 

「……それにしてもプルートの仕業だな、こっちは」

 

 今回急に決まった旅、だけれど姿を消している間にマオ・ニュが準備したのか荷造りは完璧、夜鶴だって入っていた。

 明烏が無いのは帝国には知られたくないからとして、パンドラの鞄の隠しポケットに”部屋に到着したら中身を見ずに出して下さい”ってメモと共に入っていた袋……の中身。

 

「これ、どうやって使うんだろう? レナなら知っていそうだけれど……」

 

 あっ、いや、この妙な感じの道具はパンドラの私物だろうし、使い方を聞き出すのも趣味の一つなのかな?

 

 どうするか迷いつつも僕はパンドラに近付き、猿轡をそっと取る。

 

 

「暫く放置されたい? どうするか考えたいし…‥」

 

 確か放置するのもそういった趣味の一つな筈……だったと思う。

 だから目が見えない状態で放置されたら喜ぶと思ったけれど、口元からしてちょっと違うらしい。

 

「いえ、羞恥心を刺激するのは好きですが、放置プレイは趣味ではないので。全くゾクゾクとしませんので拒否します」

 

 真面目なトーンで、なのにとんでもない内容で拒否された。

 

 そ、そう、他人の趣味ってよく分からないな……。

 

 

 

「じゃあ、何をされたいのか、何をして欲しいか言ってご覧」

 

「……その、キスをお願いします」

 

 縛ったり拘束したり放置したりと準備で変わった事をしているのに、キスから始めるだなんて逆に驚きながらも僕はそっとパンドラと唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……盗み聞きされている事には気が付いていないみたいだし、今は言わない方が良いのかな?

 

 

 

 

 

 

「それからムチャクチャにされたいです! 私が泣いて許しを求めても容赦なく貪って下さい!」

 

 これは伝えない方が良い奴だ。

 パンドラ、はっちゃけたなあ……。

 

 

 とりあえず僕は教えないよ……僕は。

 盗み聞きしている駄メイドには後で言い聞かせはするけれど、この手の事で信用できないって言う逆に信頼感があるから、レナって。

 

 

「知らぬが何とやら、か……」

 

 




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神 ”誠に遺憾である”

 皆様ご機嫌よう、クヴァイル家のメイドにして若様と姫様の乳母姉であるレナです。

 突然ですが、皆様は卑猥な話は好きですか? 私は大好きです。

 

 勿論エロい事全般が私の大好物であり、相手は選びますが内容は選びません、要するに若様の望むがままにこの体を捧げますし、受け入れてくれるならあらゆる内容の行為を若様と楽しみたいと思っていますよ。

 

 

 まあ、今の所は私によるセクハラに反応するだけですし、押し倒すか押し倒されるかしないと関係は進みそうにないのが残念な所。

 私、どんな進んだ内容だろうと卑猥な事なら構わないと伝えていますのに……。

 

 

 一服盛ってみるべきか、逆に私に盛るように誘導すべきか、それが問題です。

 

 

 

 

 包丁が食材を切る音は音楽を奏でる如く、盛り付けは絵画を描くように、それがクヴァイル家に仕えるメイドの心得……とまあ、そんな風に言えたら良いですよ?m

 

「……こんな物でしょう」

 

 強さも仕事の腕前も求められる私達ですが、流石に其処まで達しているのはメイド長くらい、他の家では接客や洗濯や料理は部門に分かれて任せられるから何でも出来るようにという教育を乗り越えた時点で有能なのですよ、私って。

 

 今は料理の真っ最中、旅先ですし私一人なのでフルコース迄は求められませんし、メインにスープやサラダ、他に数品作れば良いでしょう。

 ……言っておきますがお母様がガサツ……いえ、豪快な人だからって私も料理が丸焼きだけ等の雑な料理とは思わないで下さい、ちゃんと叩き込まれましたから、メイド長に!

 

 食材はマオ・ニュ様が用意し、調理器具も事前に調べて毒の付与の痕跡は無し。

 五人前の料理なら片手間でも作れますよ、片手間に作ったと知られれば恐ろしいので頑張りますけれど。

 

 

「では、お楽しみの時間です」

 

 残る行程は仕上げと盛りつけと配膳、未だ夕食には時間があるので少々楽しむ余裕は有るのです。

 何を楽しむのか、ですか?

 

 

 レナ()ですよ? 部屋でお楽しみ中の若様とパンドラさんの様子を風魔法で盗み聞きする事に決まっているじゃないですか。

 馬鹿馬鹿しい質問ですね、分かり切っているでしょうに…‥はあ。

 

 本来魔法が不得手で肉体特化な鬼族の私が魔法の才能も持ち合わせた理由、それは今日この時の様な状況で盗み聞きをする為に神が才能を与えて下さったのだと昔から確信していました。

 

 

 

『程々にして下さいね? 興奮して指で変な所を触ったり、料理を焦がしたりしないように』

 

 耳元で囁く様な声、唯一調理場にのみ入り込んだ糸の振動で届けた声による警告……よし、マオ・ニュ様も程々にならお許しいただけますし、楽しみましょう!

 

「大丈夫大丈夫、その時でなかったとしても、思い出しただけで興奮を最高潮に持って行く自信があるのでベッドの中で楽しませて頂きますので。所で……いえ、何でも」

 

 此処で”マオ・ニュ様も聞き耳を立てていますか?”、なんて訊いたら何をされるやら。

 鬼族の治癒力を知っているからお仕置きに遠慮も躊躇も無いのですよね、あの方って。

 

 ……他の人なら半殺しで済ますのを、私には八割殺しにするんですから恐いですよ。

 

 

 扉を閉め切っていても風は僅かな隙間から入り込み、中の様子を私に教えてくれる、具体的に言うならば二人がどの様な行為をしているのか。

 

 

 ……最初は拘束状態からのキス、全身を撫で回す。

 まさかパンドラさんがあの様な趣味だとは思いませんでしたが、彼女の境遇が性癖をねじ曲げたのでしょうかね?

 

 元は王国の貧しい村からの難民、それが才能を見出されてあれよあれよと順調に出世、有能なので当然ですが、本来ならば関わり合いにならない相手を下に就かせるのは負担だったでしょうし、それが虐めて欲しいって妙な性癖に関わったのではないかと考察、因みに私は虐めるのも虐められるのも両方興奮しますよ?

 

 まあ、脳内だけで実際に経験はしていないのですが。

 

 

「おや、鏡を挟むように手を当てて後ろから……背後から持ち上げられて……四つん這いで…‥そのまま部屋の中を…‥若様もタフですね。まあ、”夜”の面々を一度に相手する方ですし、その程度なら可能でしょうね」

 

 おや? 糸が僅かに動いた所を見るとマオ・ニュも動揺しているみたいですが、あの方も若様のそういった事には精神的に影響されるのですね。

 行為の最中の標的を真顔で切り刻める人でしょうし、行為云々で動じる人では無いでしょうに。

 

 そんな方でも御館様の命令なら今の若様を切り刻めるのでしょうけれど。

 

 

 

 

「まさかパンドラさんが自分を卑下する言葉を嬉しそうに言うとは。正面から抱き締めた状態で抱っこされて、耳元でどの様な女なのかを囁かせて、再び後ろから……これ、夜まで待つのはキツい物がありますね」

 

 直接目で見た訳では有りませんが、その手の知識が豊富で性欲旺盛な私ならば目の前で行われているかのように光景を浮かべられます。

 その上、私とパンドラさんを脳内で入れ替え、彼女と同様に一方的に嬲られるパターンから私が逆転するパターンまで自由自在。

 

 

「楽しみになって来ました」

 

 若様と自分の行為の時を待ちわび、疼く体を今すぐに鎮めたいと思いながら笑みを浮かべる。

 うふふふふ、私の周囲の人達は行為に関して拘りや趣味が有るらしいですが、私はヤれれば良いのですよ、ヤれれば。

 想像するだけで体が熱くなる、今すぐに部屋に乱入して私も混ざっては駄目でしょうか?

 

「若様も複数相手にシてますし、私も相手が全員若様だったら複数人を一度に相手にしても構いませんのに。……寧ろ増えた若様にご奉仕するのもされるのも許されるのならば神に叶えて欲しいのですが」

 

 おっと、そろそろ仕上げをする時間だと時計を見て意識を切り替える。

 ちゃんと仕事をしてこそ若様を性欲な目で見て、セクハラをする事が許されるのですよ。

 

 

「パンドラさんはお休みですか。余程馬車の旅が堪えたのでしょうね」

 

 夕食時、私はメイドなので当然ですが若様達の給仕を先に行います。

 マオ・ニュ様は明日の朝まで警戒を続けるそうなので後から食事をお届けするとして、パンドラさんがベッドで眠ってしまったので今居るのはお二人だけ、仕事が少し楽になりました。

 

 それにしても八回目の気絶をするまでの間、気絶した彼女が起きるまで続けるとは若様も中々に鬼畜の所行、本人が楽しんでいなければ少し注意する所でしたよ。

 ……最後は若様達に跨がって腰をくねらせながら卑猥な言葉を連呼する彼女を攻め続ける様子を盗み聞きした私は決めました。

 今夜は大人しくしていよう、予定していた風呂場への突撃は止めておこう、と。

 

 

「若様も少しはお疲れでしょう? 今宵はゆるりとお休み下さいませ」

 

 体の疼きは若様の入浴時に入り込んでしまえと強く要求、叶うならば今すぐにでも私をデザートととして食べて貰え……寧ろ食べろと訴えますが、残り物は面白くないでしょう?

 

 ええ、私は複数で若様のお相手をするのもやぶさかではない、逆に面白そうだとは思ってはいますけれど、一度目位は私だけを相手にして欲しいと思うし、万全の状態で全て搾り取ってやろうという欲望も募る。

 

「私は成すべき事があるので忙しいですが、若様はお一人で体をお休め下さいませ。休息のお邪魔は致しません」

 

「そう。レナも無茶せずに休むんだよ?」

 

「ええ、すべき事を終えたのならば休ませて頂きます」

 

 私が暗に伝えた事を理解したのでしょう、私に襲われずに済むと安心し、少し落胆したらしい若様に微笑みかける。

 

 

 さてと、後でパンドラさんのお世話とマオ・ニュ様のお食事の準備を終えたらすべき仕事は…‥。

 頭の中で己の仕事を確認する。

 私はクヴァイル家のメイド、仕事は完璧にこなしてみせようではありませんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、今晩は若様をオカズに楽しむので休める筈がありませんけれど」

 

 楽しみですね、仕事を終えた後の趣味の時間が…‥。

 

 

 

『レナちゃん、食事を届けてくれる時にちょっとお話に付き合ってくれますか?』

 

 洗い物の最中、再びのマオ・ニュ様からのメッセージ。

 ……年を取ると話が長くなると言いますし、手短に済ませて欲しいのですが何様でしょうかね?

 

 

「まさか…‥猥談?」

 

 それならば嬉しい。

 だってあの方の猥談とか想像できませんもの。

 

 



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マオ・ニュさんじゅうだいに見える

今更ですがなろうでもやってます

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 食事後、部屋に戻ろうとした僕は部屋から出て来たパンドラと鉢合わせ、露骨に顔を逸らすパンドラだけれど腰が痛いのか手を当てて壁に手を当てていた。

 

「わ、若様、先程はお見苦しい所を……」

 

「見苦しいなんてないさ。寧ろ魅力的だったし、このままベッドに引きずり込みたい気分かな? ……駄目かな」

 

「は、はい。沢山虐めて貰えれば……あっ」

 

 意地悪のつもりだったのにパンドラも乗り気だったし、食後の運動と張り切ろうとしたんだけれど、言葉の途中で鳴り響く腹の音、あれだけ運動したからね。

 

「レナがちゃんと暖め直す準備をしているからさ。何なら僕が伝えるから部屋で待っておくかい? 僕の部屋でも君の部屋でも良いけれど……続きは君もしたいみたいだし」

 

「あっ、いや、その……流石に明日以降に響きそうですし、今後は機を見てお相手を務めさせて頂きます」

 

 まあ、欲望に流されるのは良くないよねって話だ。

 僕は未だ学生だし、パンドラは愛妾じゃなくって政務関連を担ってくれている重要人物、それを行為でヘロヘロにしちゃって明日以降の仕事に支障が出よう物なら……。

 

「ですが、若様が望むのならば押し倒されて服をはぎ取られるのも…‥いえ、止めておきましょう。恐い方々もいらっしゃいますし」

 

「魔王と死神が居るからね。じゃあ、僕は部屋に戻るけれど、その前にこの程度なら良いかな?」

 

 二人して欲望に流された場合にどんな罰を受けるかを想像すれば身震いが起きて、込み上げる欲望も鎮まるってものだ。

 だから今夜はさっきまでのでお終い、お楽しみは今度に持ち越しだ。

 

 でもさ、だからって言葉を交わすだけじゃ味気ない。

 だからパンドラの腰に右手で手を回し、引き寄せると唇を重ねる。

 向こうも急にキスされて慌てたけれど直ぐに受け入れて遠慮がちに舌の先をほんの僅かだけ唇からはみ出した。

 

「んっ……」

 

 此処で僕まで舌を使えば抑えが効かない、だからギリギリで堪えて空いた左手で胸やお尻を揉み、腰や後頭部を撫で回す。

 散々抱いて、色々試して弱点は知っているから指先で刺激して、唇を離した時にはパンドラはすっかり出来上がってしまっていたよ。

 

「あ、あの…‥」

 

「じゃあ、僕は休むから」

 

 最後の一言が言えずにモジモジとするパンドラを放置して部屋に入り、扉を閉める時に見えたパンドラったら口をポカンと開けちゃって笑えたよ。

 悪いね、パンドラ。

 さっきも話したけれど、これ以上は支障が出るから、だから敢えてキスとかで終える気だったんだけれど、ちょっと試してみたかったんだ。

 

 

「これも放置プレイって奴なのかな? 生殺しの状況で放り出したし…‥」

 

 もう受け入れる準備が整った状況でのお休みだ、込み上げる欲求をどうやって解消する気なのか、別れ際と今、そして明日どうやったのか尋ねる時の計三回楽しめる。

 

「もう少し楽しんでからの方が…‥いや、良いか、我慢だ、我慢」

 

 馬車の旅自体は疲れなかった、問題はお祖父様とマオ・ニュとの旅立って所、あの変態との遭遇も含まれる。

 肉体は良いけれど、精神的に本当に疲れたから今日は寝よう。

 僕は僕で生殺し状態で気が高ぶってしまったんだけれど……。

 

 

 

 こうして僕はちょっと早めに眠る事にした。

 レナは今夜は来ないだろうし、安心して眠れるけれどちょっと惜しい気もするな。

 まあ、今はパンドラとの行為との余韻を楽しんで、夢の中であの時の彼女を見られるように願うとしよう。

 

 何時も知的で冷静なお姉さんって印象の彼女が乱れる姿は本当に良かった…‥。

 

「最近複数の子と段階は違うけれど関係を持ったけれど魅力が違うし、大勢を娶る事の利点ってこういった所だよね……あれ? 何か嫌な予感がするぞ。よし、寝ちゃえ!」

 

 マオ・ニュが警備をしてくれているから侵入者の心配も無いし、扉には鍵を掛けた以上は無理に開く事も無いし寝てしまえばどうとでもなる、現実逃避と油断で僕は嫌な予感を頭から追い出してベッドに潜り込んで瞳を閉じる。

 

 睡魔は直ぐにやって来て…‥。

 

 

 

 

 

 

 

「主、失礼致します」

 

 これは僕が寝静まった頃、ベッドに夜鶴が潜り込んだ時の囁きだ。

 僕に密着しながら器用に寝間着を脱がす彼女はベッドに入り込む前から服を脱ぎ捨てていて、互いに生まれたままの姿になると腕を首に絡ませて唇を重ねて来た。

 

 

「……これは嫉妬です。我等は道具でしかないと、それこそが存在価値だと信じて疑わなかったのに主の扱いは違いました。だから、これは道具としてではなく情を交わした女としての行動。複数を娶る事の弊害も教えて差し上げます。……我等一同で」

 

 僕を囲むようにして”夜”の手が空いている残り全員がゆっくりと近付き、ベッドに入り込んだ状態で夜鶴は再び僕に口付けをする。

 その時、思わず起きてしまう位に苦い薬を舌を使って押し込みながら。

 

 

「苦っ!? ……あれ? 夜…鶴……? 一体、何を……」

 

「未だ余力が残る主が変な誘惑に流されぬようにと思いまして。それと最近少し自制心が失われているようなのでお仕置きを」

 

「「「我等一同が一滴残らず搾り取ってみせましょう」」」

 

 

 この後? 天国であると同時に地獄だったかな……。

 抵抗は数の暴力で、抗議の声はキスで防がれ、全身に少し低い体温の柔らかい体が絡み付いて入れ替わり立ち替わり僕を攻めて来る。

 普通なら天国だろう、結構消耗した状態なのに薬で無理に続けさせられ、”暫くは勘弁と思うまで続けます”って感じだ。

 ちょっと僕の行動が浮かれていると思ったのと……普通に嫉妬だってのはポロッと漏らしていたよ。

 

 

 

 うん、嫉妬とか色々恐い、調子に乗ったら駄目だよね、ごめんなさい。

 

 

 複数を娶る事の大変さを叩き込まれた僕は反省する事になるのだけれど、ちょっと言いたい事が。

 

 カーテンの隙間から見えた光、あれってレナの眼鏡に反射した奴だよね、何やってるのさ!?

 

 

 まあ、レナなら覗くだろうけれど、直ぐに何かに引っ張られて上に向かったのは気になるなあ……。

 

 

 

 

 

「あー、しっかり寝た……とは言えない状態だけど少しは寝たのに体が怠い」

 

 翌朝、夜鶴達に埋もれた状態で目を覚ました僕はお祖父様やマオ・ニュには見せられない様なだらしがない歩き方でキッチンまで向かっていたよ。

 見られたら小言は間違いないだろうね、恐い恐い。

 

 熱くて濃いお茶でも飲んで無理矢理でも目を覚まそうと思ったけれど、もう明かりが漏れていたからレナが朝ご飯の準備でもしているのかって思ったから運動後(意味深)の軽食でもって思ったけれど、其処に居たのはレナじゃなかったんだ。

 

 

「おや、早起きですね。お茶を煎れますのでついでにお菓子……は朝ご飯の前ですから秘密ですよ?」

 

 唇に人差し指を当てて微笑むマオ・ニュの姿はとても三十路前には見えない、見た目通りの十代前半っぽい印象だ。

 それは別に良いんだけれど。

 

 お茶とお菓子……え? これが……。

 

 臭いは少し青臭い程度、色は濁りきった深緑でトロミというよりは粘り気がある謎の飲み物、お菓子はお菓子で金色の発光体。

 口にしても良い物なのか、これって安楽死させる為の毒なんじゃって僕の抹殺命令が出た可能性さえ感じる中、僕の前に置かれるトレイと引かれる椅子。

 

「さあさあ、早く座って飲まないと冷えちゃいますよ。お姉さん特製の薬草茶です」

 

「お姉さ……え? あっ……」

 

 今年で三十路に突入するマオ・ニュの言葉に思わず反応、レナが瞬時に消え去って僕と彼女だけが取り残される。

 マオ・ニュの顔を恐る恐る見れば笑顔だけれど、命令次第で僕を殺すと言う時さえ笑っていた目が笑っていない。

 

 

「お姉さんですよ? 私は二十代ですので。お肌だってスベスベですし、十代前半に間違われる事もありますので。ほら、私はお姉さんでしょう?」

 

「……うん、マオ・ニュはお姉さんだよね。マオ・ニュさんじゅうだい」

 

「ロノス君ったらさん付けしなくて良いんですよ? さん付けなんかしなくって。……さん付け、しましたよね?」

 

 あっ、これは正直に言ったら酷い目に遭う奴だ、間違い無いぞ。

 話を逸らすんだ、僕!

 目の前の毒かもしれないお茶とお菓子を口にしてでも!

 それがどれだけ不味かったとしても!

 

「うん、したよ。……あっ、意外と美味しい」

 

 相も変わらず目が笑っていないマオ・ニュの煎れてくれたお茶を飲めば、ドロドロで粘着く不愉快な喉ごしは嫌だけれど味は悪くない。

 最初にピリッと刺激的な辛さの後で苦さに混じって旨味が訪れる。

 お菓子だって外はガチガチ、中身はブニュブニュ、でも濃厚なのに後味は爽やかな甘さだ。

 

 でも、口に残る感触が最悪なんだよなあ、これ。

 

 

 

「お菓子作りは昔から得意で、ロノス君のお母さんと一緒に作ったりしていたのですよ。私は御館様の忠臣ですが、御息女達とはお友達でしたから」

 

 それから彼女は語り出す、叔母上様や母様達との思い出を。

 自分が首を跳ねて殺した相手とどれだけ仲良くやっていたのか、それを心底楽しそうに語っていた。

 

 



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閑話 破滅への道程

漫画発注しちゃったよ


アマーラ帝国首都ガンダーラ、”黄金の都”という呼び名に相応しい金色に輝く城はアラビアンナイトの世界に出て来そうな豪華絢爛な物であり、その地に住まう者達の住居も立派な物が揃っている。

 皇帝である”カーリー・アマーラ”の手腕なのか貧民が集う場所、所謂スラム街の様な物は存在せず、別に貧しい者を見栄えの為に追い出している訳ではない。

 貧しい者への職業斡旋や教育、国営の安価な借家も用意されているのだが……少し離れた場所にある別の都市は違った。

 

 

 

 

「糞っ! 何故だ何故だ何故だ何故だ何故だっ!」

 

 その都市に存在する城は皇帝が住まう城と比べても引けを取らない程に立派であり、多少だが真新しい。

 いや、皇帝の城でも金色に輝いていない場所はあるのだが、この城は全面に金箔を張り付け、屋根や塀にも金の細工物を幾つも飾っている。

 

 実に成金趣味であり、無理にでも権威を主張しようとする痛々しさすら感じさせる城であった。

 一体どれだけの血税を浪費したのか、無駄な装飾一つでどれだけの貧しき者の腹を満たし、病の者に薬を与える事が出来ただろうか。

 城主の目的は裏目に出て、罪悪の象徴でしかない。

 

 その様に豪華絢爛と称するよりは見栄を張り、その下の醜い何かを覆い隠したいという印象を与える城の主人は今、朝から酒を浴びるように飲みながらその場に居ない誰かへの憎悪を唾液と共に撒き散らしていた。

 

「何故誰も私を認めぬ! 何故私を褒め称えぬ! あれだけの金を国中にばらまいてやったというにも関わらずに!」

 

 服装は城の主という立場に相応しいものの、それを着る男は城同様に虚飾にまみれた見窄らしい印象の持ち主。

 周囲に転がる空き瓶は平民の半年分の給金でも足りない程に高価であり、皿の上には食い散らかされたご馳走の山。

 だが、自堕落が服を着て歩いているかのような男であるにも関わらず肥え太る事はなく、逆に頬が痩ける程に病的な細身であり、爛々と血走った目の周囲は窪んだ上で炭を塗りたくったような隈。

 ボサボサのヒゲは伸びっぱなしのもみ上げと繋がり、シラミが湧いていそうな程に汚らしく脂っぽい。

 歯垢まみれの歯が並ぶ口からも内臓に何か異変が起きているのではと疑念を抱かせる悪臭が漂い、城主が持つべき覇気も品位も感じられない。

 

 服装ばかりが豪華で実際は見るに耐えない状態、それは家臣さえも彼に抱く印象であり、彼が支配する街に人の姿を与えたのかのよう。

 下品なまでに飾り付けられた城や大通りの建物こそ立派だが、裏通りに入り込めばボロ切れとボロ板を張り合わせたような小屋とも呼べない家に住むものさえ珍しくないスラムが広がり、決して汚点が外に漏れ出ぬようにと街の周囲を囲んだ巨大な壁はスラム街に降り注いでいた筈の日光さえ遮る。

 

 無論、その様な事で隠し通せる筈もなく、醜い内実を周囲を必須に飾りたてて隠せた気でいる大間抜けだと人々は口を揃えて噂し、その様な街だからこそ男が城主に相応しいのだと嘲笑した。

 

 そんな彼の名前は”ラーパタ・アマーラ”、現皇帝の従兄弟にあたる人物であった。

 

 

 

 ……未だ先々代の皇帝が現役だった頃、ラーパタは神童でこそないものの将来を期待される程には優秀であった。

 努力は報われ、少しおまけを貰った位の結果が出る。

 秀才という奴だろうか? 兎に角、今の自堕落で醜悪な姿などは想像できず、今の様な姿になると予測されれば周囲の者が憤慨して否定しただろう。

 

 

 同時に彼が皇帝に選ばれるという事を誰かが予測しても否定される程にカーリーが神童だったと、それだけの話だ。

 

 最初は羨望と尊敬、比較が嘲笑に代わる頃には嫉妬と憎悪に変わり、目映い上ばかりを見ていたら何時しか足下で必死に生きる民の事は認識出来なくなった。

 その結果が現状……いや、それでも少し前までは僅かにでも皇族の一員としての義務感の欠片程度は手放してはいなかった。

 

 半歩踏みとどまっていた奈落の前、其処から転がり落ちたのは極最近……怪しい商人の甘言に乗った頃からだ。

 

 神童に対する秀才の抱いた対抗心はやがて焦燥感へとなり、それが諦念や己への失望へと変わってしまっても、最後に残った矜持が怠惰に堕ちる事だけは食い止めていた。

 どれだけ皇帝への賞賛を耳にし、己を比較して嘲笑する声を耳にしてもすべき事だけは行っていた。

 

 だが、出来不出来は別としても終わらせていた仕事は投げ出され、今の様に怠慢な日々を送り病的な容貌へとなって行く日々、当然ながら矯正を試みる者も居たのだが……。

 

 

 

「いい加減にしろ! 野心に溢れ、皇帝を越えてやると息巻いていたお前は何処に行ったんだ!」

 

 幼い頃から側に居た騎士は何度も男を立ち直らせようと厳しい言葉を投げかけた。

 ラーパタが神童と比べられ卑下されても諦めなかった頃、共に上を目指してそれぞれの分野で努力していた仲、だからこそ見ていられなかったのだ。

 

 ……どうなったのか? 主に無礼を働いたとして地方に追放された。

 

「目を覚ましなさい! それでも誇り高いアマーラ帝国家の者ですか!」

 

 男が神童でなくとも秀才ではあると認め、支えてきた母もこの時は彼を叱った、

 無理に監禁同然の隠居の身に。

 

 

 幼い頃から知っている老執事も、妻も、誰も彼もが彼を心配し現状を不満に思い、元の彼を取り戻そうとして……今は誰も彼の側には居ない。

 鬱陶しいと彼が遠ざけたのだ。

 

 いや、正確に言うならば近くに居ないのではなく……既にこの世に居ない、仲には行方不明で生死が確認されていない者も居るが、ラーパタはそれを探そうともせずに過ごし、彼が何かしらの方法で葬ったのではないかと疑念を抱く者も存在するが、相手は皇族であり堂々と追求は出来はしない。

 

 出来る者が居るとすれば…‥。

 

 

 その様な事もあり、彼に近付く者はマトモな者から減っていき、妙に金回りが良い事からおこぼれ目当てで近付く者も最初は居たものの、魂胆を見抜かれ自分を馬鹿にしていると処罰された。

 今や使用人も最低限しか近寄らず、この荒れた部屋の中にはラーパタ以外の人物の姿は見られない。

 酒を求める怒鳴り声も誰の耳にも届きはしないのだ。

 

 

「酒カ。他ニハ何ガ欲シイ? 財宝? ゴ馳走?」

 

 にも関わらず聞こえた声、被り物でもした状態で発せられたような籠もった声であり、少し嗄れた男の物だった。

 

「全部だ! 全部寄越せ!」

 

 その声が発せられているのは机の上に山積みに重ねられた空き皿の隙間に立つ人形、ネペンテス商会から購入したという物。

 烏帽子等の平安貴族に似た服を着せられており、顔の部分は造形だけされて目鼻が描かれていないのっぺりとしたマネキンみたいな不完全な出来の品だが、声の発生源なのは間違い無く、声が聞こえる度に頭が微かに揺れていた。

 

「分カッタ。受ケトレ」

 

 空き皿と空き瓶が姿を消し、代わりに現れたのはご馳走の山と栓が抜かれてもいない状態の酒の瓶、そして部屋中に現れた金銀財宝の輝きが戸や窓を閉め切った事で空気が淀んだ室内を照らす。

 

 

 

「ははっ、はははははっ! 最高だ! 最高の気分だ! これを再びばらまいてやれば愚民とて私の偉大さを認めるだろうな! ……後は」

 

「権力……カ?」

 

 ヨロヨロフラフラと立ち上がって高笑いを上げるラーパタが最後に濁した言葉の続きを言い当てれば彼は力弱く頷く。

 

 

 

「そうだ! あの皇帝を殺し、平凡な次期皇帝を抹殺した後で…‥ヴァティ商会の娘を私の物にすれば良い。邪魔者は全部消してやる!」

 

 失望と怠惰の日々の果てに失われた野心を取り戻し笑うラーパタ、彼は気が付いていない事が二つ。

 

 

 一つ、人形に願いを叶えて貰う前よりも己の生気が失われている事

 

 二つ、顔に僅かな凹凸しかないにも関わらず人形が嗤っていた事を…‥。

 

 

 

 

 

「頼んだぞ……えーと」

 

 

「”ヒナガミ”……ダ。予想以上ニ知能ガ下ガッタナ……」

 

 




ブクマ待ってます


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現実逃避×2

「此処には寄る価値が微塵もありませんので素通りで良いでしょう。汚物にまで堕ちた凡愚と、それに集る蠅の巣窟です。掃除に巻き込まれでもすれば私達にも帝国側にもうま味がありませんので」

 

 朝食を食べてから出発したけれど、相変わらず揺れる馬車の屋根から天地逆転の姿勢で顔を出したマオ・ニュが指差したのは高い塀に囲まれたそれなりに大きい都市、言っている事の意味は離れても分かるキンキラリンの城が教えてくれた。

 

 趣味の悪い城だけれど、確か皇帝の従兄弟がこの辺の支配者じゃなかったっけ?

 馬車の揺れは街道が荒れているのを教えてくれたし、外から見える豪華な外観の建物と本来お金を掛けるべきなのに掛けていない所を見るとマオ・ニュが言うのも納得だよ。

 

 

「しかしネペンテス商会ね…‥こんな所で聞くだなんてさ」

 

「神獣とやらの将なのだ。寧ろ王国でのみ行動する理由は無い。無論、王国が一番動きやすいのであろうが」

 

「腐っていますからね、外も内も。今はナイア様が王妃になられて改革を押し進めてはいますが、それでも末端全てに手は届きません。何せ調べる者達全てを一新する訳にも行きませんし、何か理由を付けて少しずつ交換するしか無いですから」

 

「パンドラちゃんは王国出身ですからね。帝国も実力主義だと言ってはいるものの、現皇帝の以前は内輪でのなあなあっぷりが有りましたし、腐敗は何処でも起きて、其れを狙うのは何時でも居るから困ります」

 

 まあ、だからこそ今や王家より力を付けたクヴァイル家の力を削ぐ気でいるんだけれどね、お祖父様は。

 僕に複数の相手を娶らせる理由と共に昨夜の嫉妬から来た出来事に僅かに背筋がゾッとする。

 

 うん、暫くは色仕掛けが一切意味をなさないね、多分だけれど……。

 

 

 

「さて、私は既に知られていますけれど……レナちゃん、ガンダーラに到着したら自分がレナスの娘だとは口にしないように。”武神”だの”鬼神”だの物騒な異名で呼ばれる彼女ですが、レナちゃんは只のメイドでしかないと思われますからね。面倒は避けましょう、鬱陶しいのが出ないように」

 

「ええ、今回私は若様や御館様のパートナーとして出席する訳でもありませんし、大人しく仕事モードで控えておきましょう。花嫁衣装ではありませんが角隠しで」

 

「ああ、帝国での獣人とかの扱いは……」

 

 マオ・ニュは側頭部の角を、レナは角を出現させた際に生えている額の辺りを指先でコンコンと軽く叩きながら笑っているけれど、帝国内での獣人や鬼族の扱いは正直言って悪い。

 ネーシャの時みたいに身内さえも足が不自由だからって切り捨ててしまう程なのに、身体能力がヒューマンよりも優れている獣人を格下だと扱う、矛盾してるよね?

 

「王国は妖精を小さく見栄えが良いからとペット扱いにしようとしましたが、アレは妖精の能力を正確に認識していなかったからですが、帝国の場合は生まれ付き優れている相手だと認めたく無いのでしょう。故に下等扱いで安心しようとしているのですよ。現皇帝のカーリー様はどうにか獣人との和平を考えてギヌスの民に接触していますが……」

 

「怨みも恩も忘れないって部族だからね」

 

 だからこそ僕がどう付き合って行くのかが重要なんだよなあ。

 お祖母様がナギ族の前族長だったから身内みたいに扱ってくれるけれど、それに甘えて蔑ろにしていたら見限られるだろうし。

 

 

「吸血鬼族か。お祖父様、今後の関係はどうします?」

 

「向こうがどう出るかだな。流石に建国時からの敵対関係だ。クヴァイル家の力が強いとしても、勝手に進めればそれこそ王家の権威が下がってしまうからな。パーティーで会った時、お前が取るべきと思える対応をしろ」

 

「僕に任せるって事ですね。陛下に謁見する予定も有りますし、今回は挨拶程度で済ませますよ。向こうの出方次第ですけれども」

 

 吸血鬼族と聖王国との険悪な仲の理由は初代聖女と……初代魔女の因縁にまで遡るけれども僕の周りの人は数百年前に個人がやらかした事で対立するのに辟易しているけれど、ギヌスの民や妖精族と違って友好的にしてもメリットはそれ程でも無いし、今のままでも行動範囲が離れているから問題無い。

 偶に吸血鬼族が聖王国で犯罪者になっても公平な裁きを受けさせているし、本当に今回のパーティーで軽く顔を合わせる程度が妥当だと、この時の僕は思っていたんだ。

 

 

 いやいや、まさか吸血鬼族にあんなのが居るなんて思わないさ、実際にこの時点の僕は考えもしなかったんだ。

 変態にあったばかりだし、変なのがそこら辺りにゴロゴロしているって思いたくなかっただけかも知れないけれど。

 

 

 

「此処がガンダーラ……さっきの都市とは似ているようで全然違うな」

 

 ろくに整備されていなかった街道から一変、ちゃんと資金を投入しているのか綺麗に舗装され、所々で詰め所や砦らしき建物を見掛ける事数度、ヘルホースに驚かれる事はあっても特に問題無く目的地にたどり着いた先で僕は街並みを眺めていた。

 

 黄金の都、そんな風に呼ばれるだけあって城は品性を失わない程度に輝いているし、行き交う人の顔にも活気がある。

 街の中だからかアレキサンダー達も速度を落として馬車用の道を進むけれど、パーティーに参加するって仕事じゃなかったら馬車から降りて見物しながら歩きたい所だ。

 まあ、今回は馬車の中から眺めるだけにしておこうか。

 

 

「吸血鬼族の皆様は既に到着しているのですね。しかし一定範囲だけを夜に変えるマジックアイテム……”夜の帳”でしたか? 外から推測した範囲を更に広げられるなら宴の趣向に使えそうですね」

 

「蛍とか花火とかかい? 吸血鬼族特有の道具じゃなくって王家秘蔵のアイテムだから手に入れるのは難しいけれど、面白そうではあるね」

 

 城の端の方では来る途中に見た一部だけが夜になっている光景が見えるし、他にも何かしらの使い道が有りそうだから確かに興味深いけれど…‥。

 

 

「それにしても…‥」

 

 凄いなと思うのは店らしき建物の看板、彼方此方で見えるのは同じマーク、ネーシャの今の実家であるヴァティ商会の物だ。

 国でも有数の規模とは知っていたけれども実際に目にすると驚いてしまうな。

 

 やっぱりネーシャは本当に凄い所のお嬢様だったんだな。

 足を理由に次期皇帝の座を双子の妹に取られたって話だったけれど、お嬢様としての仕事はちゃんとやれていたし、養子に出した先が下手な貴族じゃなくって大商会だった皇帝の采配は正解だったみたいだね。

 親だから理解したのか、皇帝としての能力かは別としてさ。

 

 

 

「……それにしても残りのお見合いの中止はネーシャ様の希望が強かったと耳にしましたが随分と臨海学校で仲良くなられたのですね。色々とあったみたいですし、色々と…‥」

 

 うっ、レナったら完全に見抜いているな、これは。

 そう、今回の招待は向こうの都合を押し付けたお詫びもかねているんだけれど、其れを通すのにヴァティ商会は幾ら使ったのやら。

 

 そして本当に色々あったよ、本当に…‥。

 

 

「最近は私とはあまり出掛けませんし、乳母兄弟としては寂しいものです。臨海学校もツクシに先を越されましたし。……機会があれば色々と仲良くして頂きたいですね」

 

「じゃあ、リアスも連れて遊びに行こうか」

 

「おや、お分かりになっている癖に。ええ、ですが姫様と若様と私の三人での行楽は悪くありませんし、下調べはお任せ下さいませ」

 

 ヴァティ商会が関係するらしい店が多い通りを抜ければ次はバザーみたいに露天が軒を連ねていて、前世でお姉ちゃんに連れられて行ったお祭りのバザーを思い出す。

 欲しいゲームが安く売っていないか探したり、見つかったけれど前世のリアスが欲しい人形を買うには僕のお小遣いも合わせなくっちゃ買えないから諦めたっけ。

 普段なら臨時のお小遣いをコッソリくれるお姉ちゃんも、欲しいゲーム(魔女の楽園)を買ったばかりだったりでお小遣いがピンチだったから助けてくれなかったけれど、あの子が喜んだから構わなかったよ。

 それに結局友達が飽きて貸してくれたから、妹の笑顔が見れた分得だったよね。

 

 つまり妹の為に我慢するのを損だと思った事は前世も今も一度も無い、それだけリアスは可愛いって事さ。

 

 

 

 

「おや、姫様の事を考えていますね。レナさんの誘惑は放置して」

 

「おや、卑猥な疑いはお止め下さいませんか? 私は遊びに誘っただけですよ?」

 

「……どうだか」

 

 

 

 ……さて、到着するまでリアスの事だけを考えていようか。

 両側は気にしない気にしない~。

 

 

 

 

 

 




おかしい 予定ではネーシャ登場のよていだった 吸血鬼は未だの予定だった


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再会?

 実は帝国に来るのは初めてだった僕はちょっと楽しみにしていたんだ。

 砂漠の国って訳じゃ無いけれど、町並みは絵で見る限りはアラビアンナイト系の建物だし、特有の料理にだって興味があった。

 聖王国では虫料理が普通だったけれどサソリは棲息していないから料理の種類は多くないけれど、アマーラ帝国では鳥肉と対して変わらない認識で料理も豊富、だから屋台巡りが出来ない今回の旅はちょっと残念かな?

 

 王侯貴族のパーティーで出される様なご馳走も美味しいけれど、屋台や大衆食堂の料理だって美味しいし興味が引かれる。

 食べ歩きなんて正式に領地を引き継いだら、それが建前だけの立場で実権を握られていたとしても気軽に出来やしないから、夏休み中に個人的な旅行とか行きたいな・・・・・・。

 

「若様、既に観光ガイドは手配し屋敷に送っています。今回は部屋で旅行の計画を練る暇は無いでしょうが、何とかか帰還後のスケジュールを調整しておきますので」

 

「パンドラ、もう手を回しているの? 凄いな……。流石だよ」

 

「おや、意外ですか? 私と若様は長年文通を続けていますし、ずっとお側で過ごせていなくても若様の事は理解していますからね。ええ、ずっと側に居なくても若様の喜ばれる事は理解しています」

 

「……」

 

 そっと手が重ねられて笑みを向けられる。

 頭は良いと思っていたけれど凄いな、パンドラは。

 

 僕は旅行の予定が立てられそうだし旅行の予定を楽しみにするんだけれど、レナがちょっと無言で怖い。

 これがマウント取りって奴なのか……。

 

 

 

 

 こうして僕が少し気まずい思いをしている中、馬車は王城に到着した。

 城門前では係りの兵士が入場の手続きをしていたんだけれど、さっきまで屋根の上で姿を消していたマオ・ニュは何時の間にか馬車の中に。

 

 何時の間に入り込んだのか、其れは今更だよねと思っている間に兵士がやって来たから僕達は身分を証明するんだけれど……。

 

「クヴァイル家の方々ですね? 此方へ……どうぞ」

 

 僕達が誰なのか聞いた時はちゃんと敬意が感じられたんだけれど、マオ・ニュの姿を見た途端に一瞬だけれど目に浮かんだのは嫌悪と侮蔑、お祖父様は何も言わないし、僕も此処で騒ぐのは得策じゃないから何も言わない……けれど、気に入らないのは気に入らない。

 

 

「駄目ですよ、ロノス君。ちょっと詰めが甘いんですから私に任せなさい」

 

 何かやってやろうか、そんな風に魔力を高めようとした途端にマオ・ニュに軽く止められる。

 確かに彼女の言うとおりだけれど、それでも僕は……。

 

 

「……獣人如きが馬車に乗りやがって。地べたで四つん這いにでもなっていろ」

 

 

 あー、駄目だ。

 なまじ強くなって五感も優れているから聞こえた呟き、流石に何もしないって選択肢は無い。

 レナもパンドラも聞こえたのか眉をひそめるし、お祖父様は無反応でマオ・ニュはニコニコと動じていない。

 本人が動かないのに僕が動くのは変なのかも知れないけれど、我慢しちゃ駄目な時はあるだろう!

 

「めっ、ですよ? ちょっと落ち着きなさい」

 

 

 あの兵士の足下の時間を操作して転ばして、気が付かれる前に証拠を隠滅する、そんな風に考えていた事なんて気が付いていたんだろう、軽く窘める様に止められた途端に聞こえて来たのは例の兵士の悲鳴。

 

 糞みたいな奴だと感じたんだけれど、其奴が鳥の糞の集中爆撃を受けていた。

 ……うわぁ。

 

 周囲一体の鳥が集まったんじゃないかって位に空を無数に飛び交い、寸分違わない正確さで兵士に糞を降り注がせるんだけれど、当たっているのは見る限りじゃ鎧から出ている肌の部分にばかりだ。

 

 

 あっ、転んで仰向けになった所で顔に集中砲火が・・・・・・おぇ、見ていて気分が悪くなった。

 にしても、どれだけ調教と訓練を重ねればアレだけの事が出来るんだろう?

 

 

「マオ・ニュ、費用と効果が見合ってなくない?」

 

「あら? 私が何かしましたか? 別に魔法を使った訳でも調教した鳥を事前に放っていた訳でもありませんよ? ……只、私は今回御館様のパートナーとして出席している訳ですし、あの程度の駄犬に侮られるというのは御館様を侮るのと同じですから」

 

「その通りだが目立つ真似は止せ。あの程度に手間を掛ける価値があるのか? マオ・ニュ」

 

「はっ! 申し訳有りません」

 

 お祖父様の静かな言葉にマオ・ニュは丁寧に頭を下げる。

 うん、それで何をしたらあんな事に?

 

 

「だから私は何もしていませんよ? 疑いの目を向けるだなんてショックですね。そういう事で納得して欲しいのですが、敢えて言うならば不幸な事故。鳥に八つ当たりで送った殺気が偶々誘導するように迂回して届いて、あんな風に脱糞するようになった、それだけです」

 

「……うん、きっと偶然だし、下品な話題だから此処で終わろうか。それでマオ・ニュ、本当に大丈夫かい?」

 

「うふふふふ、ロノス君は本当に優しい子に育ってくれて嬉しいです。ええ、実力主義と自分達と大きく違う相手を根拠無く見下して安心する行為を混ぜている馬鹿共、そんな連中を気にするのなら老人子供無関係に殺せませんよ?」

 

「う、うん。あくまでお祖父様への侮辱でもあるから怒っただけなんだ。……所でレナスを物騒だってさっき言ったけれど、マオ・ニュの”死神”だって同じ位に物騒だよ?」

 

「……え~? 私はナイフを投げて瓦礫の隙間に隠れた子供を殺しますが、レナスは山の上から大岩を投げて町を瓦礫の山に変えますし、物騒さでは完敗だと思いますけれど、ロノス君ったらレナスの味方ばかりで意地悪ですよ。レナスが乳母なら私は名付け親なんですから」

 

「同じだと思うんだけどなあ。あっ、その名付けの理由だけれど知りたいな」

 

 自分でも名付け親だって話題が不味いと思ったんだろう、マオ・ニュが”しまった”て顔をするけれど僕は見逃す気は無いよ。

 だってマオ・ニュが慌てるなんて珍しいからね。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 ここぞとばかりに追求をする僕、マオ・ニュはお祖父様に視線で助けを求めるけれど知らん振り、お祖父様も理由を知っているみたいだけれど、これは”自己責任だ”って事なのかな?」

 お祖父様が止めるのならば止まったけれど、止まらないのなら追求しよう。

 教えてくれないならレナだって知っているし、話す他無いだろうから……。

 

 

「う、うぅ……あっ!」

 

 追い詰めた、その瞬間に馬車が止まり、これ幸いと馬車から出るマオ・ニュ。

 これはまたの機会か、此処まで来れば本人から聞き出せる・・・・・・と思ったのに馬車が止まったし、会話は一時中断か、出て来ないのも変に思われるし、知り合いがお待ちだ。

 

 

 ……あれ? ちょっと違和感が……気のせいかな?

 

 服装は白のタキシードに赤い蝶ネクタイ、男装だけれど様になっているな。

 吸血鬼に多い灰色をした髪を太い三つ編みにして背中に垂らした高身長、全体的にスラッとした感じの彼女は一瞬だけ僕西線を送るけれど直ぐに隣のネーシャの方を向いて話し掛ける。

 その時、他の種族よりも鋭利で少し長い犬歯が姿を見せたけれど、最近は相手に噛みつくんじゃなくって注射器みたいなので抜いて病気とかの検査をしたのを飲むらしい。

 一度血液由来の病気が爆発的な感染をしたらしいし、相手に怪我をさせない配慮だとか。

 吸血鬼、その名前だけなら恐ろしい感じがするんだけれど、今は別に他の種族を家畜だと見下している訳でもなく、文明レベルだって他の国のを取り入れているから古い生活レベルを保っている訳でもない。

 只、他の種族の血を取り入れないと栄養失調みたいな症状が出るのと妖精族みたいに特有の魔法が使えるだけさ。

 

 

 ああ、国の名前は”ラヴンズ・フルコール”、国王もこの国名を名前にする所は変わっているね。

 

 そんな吸血鬼、しかも招待客ならそれなりの地位だろうに睨みもしない。

 うちの国とは仲が悪いから拍子抜けだけど、などまあ、共通の友好関係の相手を前にイザコザも起きないでしょ。

 

 僕が近付くとネーシャは談笑していた彼女に断りを入れて立ち上がり、杖の先を滑らせてぐらついた。

 

「きゃっ!? ……あっ」

 

 周りの人が支えようと手を伸ばすけれど先に彼女が転びそうになり、僕が正面から受け止めた。

 

 危ない危ない、こんな時に加速できると助かるよ。

 

「大丈夫かい? ほら、ゆっくりと座って。……ネーシャ?」

 

 正面から受け止めた僕にピッタリとくっつき、離れようともしない……初対面の彼女。

 ネーシャじゃない、それだけは確実だ

 

 

「……ああ、成る程」

 

 誰だか直ぐに分かったぞ……。

 

 

 

 

 

 

 



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吸血姫

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こっちでは目標ポイント一旦達成




 僕にネーシャではないと指摘された瞬間、ピッタリとくっ付いていた彼女は慌てた様子でバッと離れる、その動きには足の不自由さは感じられなかったけれど、同時に動き慣れている感じもなく、印象としては少し鈍臭いって所かな。

 

 

「ひゃっ!?」

 

 そんな子が動揺した状態で急に飛び退けばどうなるのかなんて予想が簡単に可能、後ろに向かって無様に転びそうになった。

 おっと、流石に目の前で転ばれるのは彼女の立場的に面倒だし助けようか、と手を伸ばした僕だけれど、先に吸血鬼の彼女が動いていた。

 

 

「おっと、気を付けないと」

 

 ソファーの半分を占める夜の闇から苦手なはずの日光の下に躊躇を見せずにスマートな動きで飛び出し、まるで演劇の一幕を見ているかのような華麗な動きで転びそうな彼女を支えてお姫様抱っこへと移り、ソッとソファーに座らせると意に介した様子も見せずに夜の闇に覆われたソファーに腰掛ける。

 その腕は僅か数秒日光を浴びただけで日焼けをして赤みがかっていたけれど、それを気にした様子も無い。

 

「ああ、心配したよ。足は捻っていないかい? 怪我をしたならば私に見せるが良い。体の隅から隅まで癒してあげよう。何なら今から全身を隈無く調べても良いだろう? ……個室でゆっくりとね」

 

 

 男装が似合うとは思ったけれど、動きも芝居に出て来る騎士や王子みたいだな……。

 抱き止めた瞬間、目に好色の色が現れたのは僕の気のせいだ、多分ね。

 ……いや、さっきの言葉の時も怪しい感じだったし、もしや又しても変態……変人の類なのか?

 

 今日は変なのと遭遇する確率が高いなあ……はぁ。

 

 相手の方が立場が上だから僕は座っている彼女の前で膝を折って敬意を示し、表情や声から怒気を完全に消し去った。

 

「お怪我が無い様子で安心致しました。それで……今の戯れはどういうお積もりで? お答え頂けますでしょうか、パティ皇女様」

 

 

 さて、ちょっと悪戯について聞かせて貰おうか。

 婚約者の振りをして密着を続けるだなんてただ事じゃない、使用人の表情を見るからに帝国でも尋常な行為では無いのは明確だろうね。

 

 ネーシャと見た目だけなら同じ相手が誰か、そんなのは特殊な魔法での変身や幻覚でもなければ一つしかない。

 

 「そ、そうです。私がアマーラ帝国第二……じゃなくって第一皇女であるパティ・アマーラです」

 

 そう、ネーシャの双子の妹であり、この国の次期皇帝である皇女だ。

 そんな立場の人間が何を考えているのやら、表情に呆れを出さないのに苦労しそうだと思いながら観察するけれど、気弱そう……いや、自信が無いって方が近いのだろうけれど、こんな悪戯をするタイプではないだろう。

 

 ……って、事は。

 

 

「おや、私が言い出したと分かったみたいだね。ご明察そして彼女が私の愛しのネーシャではないと大正解。君を侮っていたみたいだ。悪い悪い」

 

 顔を向ければ予想通り、吸血鬼の彼女は立ち上がると肩を竦め両手を上げて公算を示してはいるんだけれど声からしておふざけの真っ最中、舌を出していないのが不思議な位か。

 ……今、愛しの、って言ったよね?

 ああ、彼女、そういう人か……うん、自由だよね、性癖は。

 

 

「おっと、私は君を知っているけれど、君は私を知らなかったか、聖騎士君。私はロザリー、ロザリー・フルゴールさ」

 

「フルゴール……王族か」

 

 吸血鬼族相手ならば頭を垂れる訳には行かないと立ち上がって向かい合う。

 

「そう、私の父は今の国王、ラヴンズ・フルゴールさ。まあ、姫って言っても私には姉が二人、次期国王の兄が一人居るし、何なら弟だって居る。だから商人の娘になっていたネーシャとも仲良く出来たのさ。ヴァティ商会がラヴンズ・フルゴール(母国)と取引をしているのもあったけれどさ」

 

「成る程ね。彼女が吸血鬼族に友人が居るって言ってたけれど、まさか王族だったなんて。其れで、その王族が皇女様を唆して僕に悪戯をした理由を教えてくれるかい? 下手すればネーシャと僕の関係に問題が生じるような、ね」

 

「別に問題は無かっただろう? 向かって来ている時点で違和感を覚えてたじゃないか。分からない程度の男ならネーシャに散々利用され…て……」

 

 挑発めいた態度で語るロザリーは言葉の最後で急に動揺を見せ、その視線は僕の後方やや上に向けられている。

 一体何だと思って向けば、空飛ぶ絨毯がネーシャを乗せた状態でゆっくりと降りて来ていた。

 

 良いな、僕も乗ってみたい!

 ポチの乗り心地が至高だとして、空を飛ぶ乗り物や生き物に乗るのって心が躍るし、空飛ぶ絨毯だよ、空飛ぶ絨毯!

 

「……妙な話題が聞こえましたが一体何をしたのですの? 皇女様、そしてロザリー」

 

「お、お姉様……」

 

 今の彼女は僕の頭の位置より少し高い所から降りている途中で、座り込んだ状態で身を乗り出して此方を見ている。

 口調は丁寧で声と表情は穏やかだけど、何やら物騒なオーラと一緒に魔力が漏れて微力ながら氷の魔法が発動して周囲に霜を生み出す。

 

 まあ、怒っている状態で、パティ皇女なんて罪悪感と恐怖を混ぜた目を向けていた。

 

「……皇女様、私は確かに皇帝陛下の養女となりましたが、それは婚姻関係に特別な意味を持たせる為、唯一の実子である皇女様とは身分が違いますし、偶然にも年齢も同じ。姉様と呼ぶ必要は有りません」

 

「で、でも、私達は実の……」

 

「おっと、それ以上は駄目だよ、パティ。変な誤解……例えば君と偶然瓜二つな彼女が帝国で忌まれている双子であると思われてしまうじゃないか。それは君とネーシャの双方に害を招く」

 

 つい口走りそうになったのだろう、悲しそうな表情で自分達の関係を話す所だったパティ皇女の口をロザリーの人差し指が押さえて止めた。

 

「は、はい……」

 

 こうして見ると実際に双子である二人でも大分違うものだな。

 パティ皇女からすれば姉妹だった頃みたいになりたいんだろうけれど、ネーシャは無理な事だからと冷たく突き放すだけ。

 それに対して余計な事を言いそうになる辺り、足さえ不自由でなければ次期皇帝はネーシャだったろうね。

 

 もっとも、”たられば”言っても意味が無い、寧ろ平凡寄りな彼女の方が皇帝になった方が助かるのかな?

 助言役で母親が実権を握り続ける場合を除いてさ。

 

 

「済まないね、ネーシャ。私の案で聖騎士君が君を理解しているのか試しただけだ。結果は成功、一目見た時点で君とパティの区別が付いたみたいだよ。愛されているじゃないか、私の君への想いに匹敵する程に」

 

「あら、まあ、ロノス様ったら……」

 

 頬に両手を当ててうっとりとした表情のネーシャ、そう、その反応は嬉しいけれど、ロザリーの君に対する想いとかはスルー推奨なんだね、分かったよ。

 

 実は彼女もそっちの気があって、とか心配したけれど杞憂で終わって助かった。

 

 そうこうしている間に絨毯は地面スレスレにまでやって来て、ネーシャは従者の人達と一緒に降りようとしたんだけれど杖の先で小石を踏んでしまって前に倒れそうになる。

 

「……ふふっ、こうなると思っていましたわ」

 

 でも、近くに僕が居たんだ。

 寧ろ狙い澄ましたように僕の方に倒れて来たから正面から受け止めたけれど、まさか……。

 

「え? やっぱり今のって……」

 

「野暮な事は言わないで下さいませ。お別れした日より今の様にロノス様の声を聞き、指で触れて頂く時を待ちわびていましたのよ? ……私もシて差し上げたい事が沢山有りましたし」

 

「そう……」

 

 手ではなく、指か、指ね……うん。

 完全に臨海学校でした事を言っているよね。

 

 あの時、最後まではしなかったけれど、ネーシャは色々と奉仕をしてくれて、僕も指先で色々と触った。

 正直あの時の姿が重なって見えるし、搾り取られてしまった後じゃなきゃ危なかったかも。

 

 

 

「ネーシャ、愛しの男にくっつくのは良いけれど、愛しい親友にもくっ付いてくれないかい? 君を抱きしめたい気分なん、だっ!?」

 

 背後から聞こえる打撃音に振り向きたくなるけれど、僕の視線は密着しながら熱っぽい視線で見上げて来るネーシャに注がれて……。

 

 

 

 

 

 

「あっ! ロノスさんもいらしたんですね! お会いできて嬉しいです!」

 

 

 



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吸血鬼の王

 

 ネーシャの妹がネーシャの振りをしているかと思ったら本物が現れて、本物のネーシャが現れたかと思ったらアリアさんが現れた。

 

 ……よしよしよしよし、よーし! 落ち着くんだ、僕!

 

 此処は帝国、僕のホームじゃないし、周囲には別の国の貴族、当然僕は動揺なんて表には出す筈も無い、当然だよね。

 鼓動の高鳴りも相手には見せず、今の僕がすべきなのは学内の友人と国外で会った事への態度だけ。

 

「アリアさん、どうして此処に……」

 

「こんの……馬鹿娘がぁああああああっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 背後から聞こえた怒鳴り声と拳骨を叩き込んだみたいな音、思わず驚き声が出てしまったけれど、咳払いで誤魔化す。

 ちょっと気になるけれど、ネーシャも周囲の従者も僕の背後の光景から目を逸らしているし、僕も見ない方が良いんだろう。

 

「アリアさんと会うだなんて意外だったな。ちょっと驚いてしまったよ」

 

 プチ修羅場の予感とか背後から聞こえた遣り取りは知らない事にし、今すべきである平静を装う事を優先する。

 

 ああ、当然だけれど次期皇帝とその周囲やら幾ら結婚相手でもネーシャの周囲の人間とか様子を伺っている連中やら、敵対している吸血鬼族にプチ修羅場であたふたする姿を見られるなんて……何よりもお祖父様の前でそんな無様な姿をさらす訳には行かない!

 

 帝国に公務で来るのがこれが初めてというのもあり、それならば悔いの残る内容は避けたいとも思っていた僕は、注目をされている間は普通にやり過ごしてこの場を切り抜けようとする。

 

「さて、色々とお話はしたい所ですが、一旦城に参りましょうか」

 

「ロノスさん、私はネーシャさんにパートナーとして招待されて来ましたから、お話は後でゆっくりと」

 

 幸い、二人はもう行くらしいし、僕も行かないと。

 所で何時の間にか背後からロザリーの姿が消えているんだけれど、あの短い時間で何処に行ったんだろ?

 城までの道に何故か引き摺った様な跡が残っているけれど、アレってもしかして……。

 

 

 

「無様だな。もう少し気を引き締めよ。此処は身内のじゃれ合いが許される自陣では無い」

 

「……はい。申し訳有りません」

 

 因みにお祖父様からは横を通り過ぎながら叱責の言葉を受けました……ああ、自分でも無様だと思うよ。

 

 

 

 城に入って直ぐに通された謁見の間、お祖父様に付き従って入った先に居た皇帝カーリー・アマーラだけれど、ネーシャに顔付きは似ているって印象を受けた。

 

「ようこそいらした、クヴァイル家の御一行。此度は此方の勝手に付き合わせて申し訳無い」

 

 だけれど表情が違うし、何よりも皇帝としての威風を感じた。

 今回の件、それは残っていたお見合いが中止になった件、どうせネーシャになるのは決まっていた事だけれど、複数の名家の娘を養女にして全員とお見合いの後に誰にするか此方が決める……そんな建て前だったけれどさ。

 

 臨海学校でネーシャと良い雰囲気になった結果、僕と他の誰かがお見合いするのは嫌だからって後のは無しになったんだよね。

 

 本様によく許したよ、どう見てもお祖父様の同類なのに。

 

「いや、気にしなくて結構。我が孫と其方のご息女との婚姻が両国に利益をもたらす事を願おう」

 

 

 

 握手を交わすお祖父様とカーリー皇帝の姿からして互いに無駄が省けた程度の考えなのだろう、実際にお見合いをするはずだった日にばっちり仕事を入れられていたし。

 

 ……しかし、こうやって見ている限りでは彼女もお祖父様と同じタイプだな。

 国の為、大の為ならば小を切り捨てられる、例えその中に自分の身内が入っていたとしても。

 

 こんな人相手にネーシャはどうやって残りのお見合いを中止させたんだか。

 複数用意するから全員と会ってから選べ、なんて言い出したのは帝国側で、其れを中断すると言い出したのも帝国。

 僕達だけでなく、中断して会わなかった他の養女の家にだって借りを作る以上のメリットを提示したとして、その内容は?

 

 

「ああ、其れとロノス殿、血は繋がらないとはいえ、アレは私の娘なのは変わりない。少し損得勘定で動く所もあるが仲良くしてやってくれ」

 

「ええ、そのつもりです、陛下」

 

 彼女と次期皇帝のパティが双子だなんて此方が分かっているのを知っているだろうに白々しい……けれど、お祖父様とは全く同じタイプって訳じゃないんだな。

 母性って言うのかな? さっきの言葉は上辺だけじゃなく、ちゃんと子供の幸せを願う母親の顔を見せていた。

 

 もしかして、母親として娘の願いを叶えてやりたくって情で動いたのか?

 

 

「そうか、それは安心だ。あの娘とはヴァティ商会を通じてそれなりに親交があった」

 

 ……あれ? もしかして……。

 

「私との繋がりと実家であるヴァティ商会、この繋がりの力が弱まるであろう聖王国で不安に過ごさぬように頼んだぞ?」

 

「はい、お任せを」

 

 これまた顔を合わせた直後の厳格な顔と違って柔らかな笑顔……但し、こっちは表面だけの物。

 情を持っているのは確かだけれど、この人は其れを利用するタイプの人だったか。

 

 帝国から聖王国に移り住んだ程度で繋がりが弱まる? 冗談にも程がある。

 皇帝にお願いを聞いて貰える位に強い繋がりを持っているって示す為の物だったんだ。

 最初からの予定だったのか、それとも途中で変えたのかまでは分からないけれども、ネーシャの母親ってよーく分かったよ。

 

 

 

「それと……存分に可愛がってやってくれ。色々とな。必要な物が有れば本人が用意しよう」

 

 そして手を出しているのを分かっているって感じの含みを持たせた言葉が僕個人のみに向けられた初会合での最後の言葉。

 

 後は形式だけの言葉を交わし、用意された部屋でパーティーが始まるまで準備と待機をするだけ。

 

 

 

 もう直ぐ客室に到着するといった頃、城に使えるメイドに案内されて進む僕達の前から二人の吸血鬼族がやって来た。

 

 一人は純白のドレスを身に纏い、額をティアラで飾った青寄りの紺色の髪の女性。

 

 そして十分に背が高い彼女でさえ小柄に見える大柄の初老の男性だった。

 お祖父様と同じ白髪頭だけれど、お祖父様が逞しい肉体を維持|させている《・・・・・〉のに対して彼は骨と皮だけのようで、顔の下半分を骸骨の仮面で隠し、服装は装飾品で彩られた高価そうなローブ、しかも魔法の力を感じる。

 

 

 何よりも威圧感はお祖父様に匹敵するだろう。

 そしてこれが初対面だけれど吸血鬼族だと即座に判断出来た真っ赤な瞳、その眼光が凄まじい。

 

 

「あっ……」

 

 互いに立ち止まる中、会わしてはならない関係性だと聞いていたのか露骨に困った顔をしてしまった彼女は慌てて普通の表情に戻して向こうに一礼、このまま何事も無く互いに素知らぬ振りでやり過ごすのを望んで居たんだろうけれど、向こう側の女性の方はそうする気は無いらしく、敵意を見せたまま一歩前に進み出ようとし、マオ・ニュの視線が剣呑な色を帯びながら細められる。

 

 

「止すのだ、ショタナイ」

 

「止まれ、マオ・ニュ」

 

 

 それを止めたのは互いの主。

 向こうは女性の肩に手を置き、お祖父様は静かな声で諫める。

 只それだけで二人は静かに控え、お祖父様と彼は一歩ずつ前に踏み出す。

 

 

 

「……これはゼース殿。先程は挨拶が出来ずに申し訳無い。馬鹿娘の醜態を止めるのに必死でな」

 

「此方も未熟な孫が無様を晒すのに呆れ、声を掛けられ無かった。気に病む必要は無い、ラヴンズ陛下」

 

 握手が可能な距離だけれど二人揃って会釈すらせず、身内への駄目出しを口にするだけ。

 ……はい、本当に無様でした。

 

 

 

 それにしてもラヴンズ陛下、か。

 つまりこの人が吸血鬼族の王であるラヴンズ・フルゴールの名を継いだ男で、あの少し敵意を隠せていなかったのは側近だと名が広まっている二人の片割れ、宰相”ショタナイ”か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへへへ、陛下に触れて頂けるなんて。しかも後で絶対叱責されるでしょうし……」

 

 そして変人確定、もう一人に期待しよう。

 怪しくニヤニヤ笑いながら呟くショタナイの姿にドン引きする僕だけれど、レナとか似た感じだな、うん。



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協力者と友人

 あの日あの時、ロノスさんと体を重ねた時の事を私は忘れない。

 忘れない”だろう”ではなく、”絶対に忘れない”という確信が、魂に刻み込まれ、自分が何者なのか分からなくなる事が有ったとしてもそれは変わらないのが分かる。

 

 正直、あの時の事を思い出すだけで本とか読まなくても……いや、あれはあれで必要か。

 

 

 惜しい事に純血を捧げるまでは行かなかったが、指で触れ、指で触れられ、唇は互いに唇以外とも触れ合った。

 思い出すだけで胸の奥が心地良い温かさに包まれ、母と過ごした頃の様。

 

 祖父母から……いや、祖父母と呼ぶのは家族のようで嫌なので母様の血縁者と呼ぼうと思う……母様の血縁者にちゃんと食事を与えて貰えなかったのに大きく育った胸と母様に似た顔、そして身を守る為の明るい性格の仮面といった表面上の容姿には卑猥な欲を向け、それでも持って生まれた黒い髪と瞳には忌避する、そんな連中とは違い、私の感情が死に体の本性も闇属性も全部分かった上で受け入れてくれたロノスさん、ずっと彼の側に居たい。

 

 もし母様に関する記憶を代償と言われても母様なら許してくれるだろうし、彼が居ない人生に意味が無いのだから寿命の半分だって……それこそ十年間しか生きられないとしても受け入れる。

 

 

 ああ、でも次こそは彼の愛に包まれ、前みたいに互いにゆっくりと求め合いながら純潔を捧げたい。

 闇属性なんて物を持って生まれたのだし、その位の我が儘さえ許されないのなら、私の生まれた意味はロノスさんと出会って一緒に過ごして、最後までは行かなかったけれど互いを求め合えた位しか無い事に……悪くは無いけれど、もっともっと、そう、彼と一秒でも長く側で過ごしたい、それが私の願いだ。

 

 

 

 

 

 

 その本願を叶える為、私はクヴァイル家内での高い地位を望むネーシャと手を組む事にした。

 向こうの対価は後ろ盾、帝国随一の商会である実家と義理の母親である皇帝の権威を使って私を守り、私は無駄に攻撃性能が高い闇属性を活用する……つまり互いにロノスさんに嫁ぐ以上は力を貸すのは普通だろうし、それがやや彼女寄りになっただけ、実質的に私が払う対価は無いも同然。

 

 そんな彼女との友好関係アピールの一環でパートナーとしてやって来た帝国の城の一室、野外で人前で同性であるネーシャに言い寄っていたロザリーは頭が痛むらしく撫でていた。

 

 

「あ痛たたたたたた。父上も容赦が無いね。本気で拳骨を落とさなくたって良いじゃないか」

 

「あれはロザリーが悪いでしょうに。私は慣れていますけれども、来客の中には不慣れな方もいらっしゃいますし、ラヴンズ陛下とて貴女の性癖自体を否定はしていないでしょう? 場を弁えろと何度も言われていますし、拳骨だって何度目かさえ忘れましたわ……はぁ」

 

 この遣り取りからして話に聞いていた通りに気心の知れた友人……向こうはネーシャに友情以外にも抱いているみたいだが、それを見抜いた上で受け流す姿は素直に感心しよう。

 忌み嫌われるだけだった私ではこの対応が出来るか分からない、経験の差という奴か。

 

「ほら、これで冷やしなさい」

 

 演技なのか本気なのか、一国の王女を相手に随分と手慣れた感じで溜め息を隠そうともせず呆れ顔を見せた彼女が小さな氷の山を魔法で出せば、ハンカチで包もうとした所で控えていた従者が懐から取り出した袋に入れてロザリーに差し出す。

 何とも用意が良いというか、あの袋は何の為に用意していたのやら。

 まさか拳骨を予想して? 嫌、それは流石に……。

 

 有り得ないと思うが、あの時、彼女の父親らしき人が拳骨を落とし、脳天を押さえて悶えている所で首根っこを掴んで城まで引き摺って行ったが、ネーシャや周囲は見ない振りをして、ロノスさんも空気を読んで振り返らなかったが、まさか本当に……?

 

 

「随分と用意が万端ですわね、リュミイエモンさん。まさか外交の際もああなると予測していまして?」

 

 ネーシャも袋の準備は予想外だったらしいが、従者は指先で眼鏡の弦を押し上げ、さも当然のように告げる。

 

 

「ええ、幾ら友好国へ公務半分で出掛けているとはいえ、姫様が在り方を隠す必要は御座いませんし、陛下がそれにどの様に対応するのか口を出すべきではありませんので」

 

「ははっ! 彼女、私の教育係をしてて今は内政の責任者なんだけれど、基本的に父上や娘に対しては笑える位に肯定しかしないのさ」

 

「当然です。絶対にして究極の存在たるラヴンズ陛下とその血を引く王子や姫を否定する大罪を犯す程に不忠義な者は家臣にはおりません」

 

 私はロザリーが肩を竦めて”やれやれ”って様子なのにも関わらず誇らしげにしている彼女、”リュミイエモン・カウゴス”に視線を向ける。

 

 整えた髪は黒に似ているけれど目を凝らせば黒が強い青っぽい色である勝色だと分かり、長方形のレンズが綺麗に磨かれた眼鏡も似合い、知的な印象を受ける。

 

 今回、私はネーシャとは友好的関係だとアピールする為に招待され、今もこうして紹介されている。

 夜の神を信仰しているからか、はたまた初代聖女の子孫であるクヴァイル家とは友好的ではないからか闇属性への忌避感は無いらしく、時々話を振られていた。

 

 だから指摘すべきか迷ったが、これはちゃんと指摘出来るのか試されているのだとネーシャの視線から察し、賭けに出る私。

 この選択がどう出るのだろうか……。

 

 

 

 

「……所で何故キグルミパジャマなのですか?」

 

 そう、ロノスさんの家の家臣で、今回も同行していたパンドラさんに似たタイプの仕事が出来るタイプの女性で表情も真面目その物……主に対する肯定具合が少しどうなのかとは思うがそれも忠誠心の結果なら仕方無いのでしょうが……彼女、何とも可愛らしいキグルミパジャマを着ているのだ。

 因みにライオン(雄)で胴体には飾りと思われる大きなボタン、そして丈が短いからか転んだ時に下着が見えそうだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 もう色々と台無しである。

 

「この服装ですか? 偉大なる吸血王ラヴンズ様とその一族へのリスペクトとしてライオンを選び、信仰心と忠誠心の狭間で悩んだ結果、忠誠心の方に傾いた結果です」

 

 誇らしげに胸の辺りのボタンに手を当てて語る姿は正気その物、逆に正気を疑ってしまうが、考えてみれば主であるロザリーも白昼堂々ネーシャを口説いていた、然も同じ事を繰り返している模様。

 

 

「成る程。崇拝する主に少しでも近付きたいのですね」

 

「分かって頂けましたか。そう、足下にさえ近付けず、近付けると思う事さえ無礼な物なのですが、道化程度の真似事でもしたい程に眩しく、近付けずとも近付こうとしないのは不忠でしょう」

 

 成る程、納得したが理解は出来ない、寧ろしたら終わりの類だ。

 どうやらこれ以上は追求しない方が良いのだろう、止めておこう。

 

 私がすべき事はネーシャとの仲を印象付ける事、余計な真似はしない方が吉だ。

 

 

「しかしだ……あの聖騎士君、予想以上に出来るね。普通にしているのに動き方が戦士のそれだよ。今代の聖女の箔付けの為の盛り過ぎとは思っていたが……一手付き合って貰いたいね」

 

 何とも気の抜ける会話から一変、ロザリーの瞳が剣呑な光を灯して部屋の奥に置かれた大小二本の刀に向けられる。

 ……変人なだけでなく戦闘狂?

 

 少し不安になってネーシャに視線を向けた時、彼女は笑っていた。

 そう、紛れもなく笑顔だった……目だけは笑っていなかったが。

 

「分かった分かった。冗談だよ、冗談。君が惚れた相手に手を出したりしないさ。それで良いんだろう?」

 

 何かしらの警告もせず、静かに名前を呼んだだけでさえない、なのに相手には何を言いたいのか通じる、これが長年の友人の間に芽生えた信頼の証なのだろう。

 

 少しだけ羨ましいと思う、私もロノスさんと同じ物を持ちたいと思うからだ。

 

 

 

 

 

「所で気を取り直す意味も込めて水風呂にでも入らないかい? ルメス……いや、アリアも一緒にどうだい?」

 

「左様な理由から……流石です、姫様」

 

 私も狙われているのと、リュミイエモンは何を察して頷いているのだろう?

 知りたい……とは絶対に思わないけれど。

 

 

 

 所で信仰からキグルミパジャマって何故?

 




太子@イラストレーター兼Live2dモデラー様の提供


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失態の連続

 敵対する国の指導者同士の遭遇、戦場ではなくて互いに友好的な国の王城での其れは戦いには発展させてはならない物だ、

「部下が無礼を働いた。謝罪しよう」

 

「ラヴンズ様、謝罪などお止め下さい!?」

 

そんな場で敵意を隠そうともしないショタナイの態度は忠義が暴走した物だろうが、居るんだよね、主の敵なら存在すら許せずに場を弁えすに逆に迷惑を掛けるのがさ。

今も主の言葉に慌ててしまい、ひと睨みで黙らさて落ち込んでいる。

 

 

「ロノス君、侮らないように。普段は文武管として優秀な人ですからね」

 

 その言葉は一連の流れでショタナイを侮り始めていた僕への忠告だと気が付かされる。

 ああ、そうだ、未だ学生の身で政務は手習い程度しか任せて貰っていない分際で相手を甘く見るとは何様の積もりだ、僕。

 

 ”吸血王”、今までラヴンズ・フルゴールの名を継承した吸血鬼族は何人も居たけれど、吸血鬼族の王が名乗るその名を受け継いだ上で今代の王に与えられた呼び名だ。

 それ程の相手が宰相に任命し、自分絡みではポンコツになると分かっていても連れ歩く程の存在、それを侮っていれば将来手玉に取られるだけだったろう。

 

 流石に叱られたばかりなのかしおらしい態度で控えているショタナイに対し、ラヴンズ王は一瞥だけするとお祖父さ様と再び視線を交わらせ、何か起きるのではと間に挟まれた形のメイドがハラハラしている。

 

 彼女は彼女で大変だな、そんな風に思っている中、重苦しい沈黙を先に破ったのはお祖父様、体を斜めにし、僕と僕の隣のパンドラに手を向ける。

 

「既に知っているだろうが紹介しておこう。我が孫のロノスと、その婚約者の一人であり私の側近の一人であるパンドラだ」

 

「ほほぅ。”聖騎士”と”魔王の右腕”とは一度会って見たかったが、思ったより早く叶った訳だ。先程は馬鹿娘の愚行を止めるのに夢中になって意識を向けられなかったからな。……ふぅ。能力だけなら長男と彼奴で我が子達の中でもツートップなのだが、どうも趣味に走る傾向があってな」

 

「ラヴンズ様、何を仰いますか! 偉大なる王家の正式な血統である四人、それが己の欲を優先して何が悪いと……」

 

 ……あーあ、こうして頭に血が昇ってやらかす光景って他人のを見せられるだけでも自分への戒めになってくれるな、本当に。

 

 お祖父様との会話の途中で弱みを見せるような発言と溜め息をした主に忠誠心が振り切れているショタナイは我慢出来ずに言葉を挟むけれど、部下の抑制も出来ないと見せつけるのは悪手……。

 

 

「ショタナイ、今は私とゼース殿の会話中であり、お前に発言権を与えた覚えはないが、私が耄碌したのか? ああ、確かに既に孫娘が長男の所で生まれたが、其処まで年を取ったとは思わないのだがな」

 

 当然、それは主の怒りを買う。

 お祖父様に背を向け、高身長体を折り曲げてショタナイの顔をのぞき込む時、彼の表情は穏やかであり、口調だって気になった事を尋ねる時の物。

 此処だけならば一見する限り規律には厳しいが基本的に好々爺に見えただろうけれど、あれは違う、叱られた時でさえ恍惚の色を浮かべていた彼女が本気で拙いと思っているのが見て取れる。

 

「も、申し訳有りません、ラヴンズ様……」

 

 直接怒気を向けられていない僕でも分かる程に強烈なプレッシャーは空気をピリピリと震わせて、メイドは余波だけで顔面蒼白、呼吸困難に陥る一歩手前って状態だ。

 ならば直接向けられているショタナイだったら相手が異常なまでに忠誠を誓う主なんだから途轍もないんだろう。

 こんな場所で怒りを露わにさせてしまった事による自信への失望も有りそうだ。

 

 この状況、指導者としては恥であり、正直言って二人揃っての醜態だけれども、それでも怒りを抑えられない程の地雷が今の言葉に……うん? 確か情報ではラヴンズ王の子供って娘三人息子二人の筈なのに、ショタナイは四人って……。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「潮時ですね。……流石に放置は出来ません」

 

 プレッシャーに耐えきれなくなったメイドの息が荒くなった所でマオ・ニュが僕とお祖父様の横を通り過ぎ、メイドの横に立つと背中をさすりながら耳元で落ち着くように静かに囁いた。

 

「大丈夫ですよ、大丈夫。ほら、ゆっくりと呼吸をして……そう、もう安心ですから」

 

 死神とまで呼ばれた彼女は何処へ行ったのやら、穏やかな語りかけにメイドが落ち着きを取り戻す中、ラヴンズ王も遣り取りに気が付いたのか少し慌てた様子でショタナイから離れ、咳払いをした。

 

「この様な場所で醜態を見せてしまったな。この場の一同に謝罪しよう」

 

「ああ、分かった。その謝罪を持って今の遣り取りは忘れるとする」

 

「ラヴンズ様!? 何も謝罪など……申し訳御座いません」

 

 一国の王が軽くとはいえ頭を下げ、慌てたショタナイが止めようとするけれど一瞥で止められる。

 彼女も学習しないな、それでも手腕は恐ろしいのがマオ・ニュの警告からは伝わって来ているけれど。

 

 

 これでこの場は手打ちとなり、互いに相手が見えないような態度ですれ違って先に進む。

 

「此処がロノス様のお部屋で御座います。では、何かありましたらお呼び下さい」

 

 メイドが僕を部屋に通してから去った後にパンドラも同じ部屋に居たんだけれど、ショタナイの失態を目にしたからか今度に活かす方法をパンドラがしていた時に、僕は少し気になる事を訊く事にした。

 

 

「ねぇ、パンド……」

 

「あの発言の事ですね、ロノス君。パンドラちゃんは考え事の途中ですし、私が教えましょう」

 

 パンドラの思考の邪魔をするなって事だね……まあ、それはそうだ。

 そしてマオ・ニュ、何時の間に入って来たの?

 

「今のラヴンズ・フルゴール……吸血王ですが、幼い頃に一度遭難して遠くの国に流れ着いた事があるんですよ。秘密にはされているんですけれどね。あっ、何故知っているのかなんて言わなくても分かりますよね?」

 

「まあ、何となくは」

 

 それからマオ・ニュが話し始めたのは吸血王の過去、彼が未だラヴンズではなかった頃の話。

 

 

 ある日、幼い彼を乗せた船が向かっていたのは少し離れた海域で船を襲いだした海賊の討伐。

 と言っても彼は未だ幼い身だ、指揮したという実績を作る為に送り出されただけと、彼はそう思っていた。

 

 幼いながらも身に宿す魔力は凄まじく、腹違いの姉や兄をも上回る知略を見せる事もあった吸血王の弱点は身内への甘さ、策謀渦巻く権力争いの場で家族なのだからと信頼しきっていた彼と共に航海に出たのは母とは違う王の側室の手の者。

 裏切られたと知り、毒を飲まされて自由に動けない体で樽に逃げ込んだものの見抜かれていて、そのまま荒れ始めた海に投げ込まれた。

 

 

 

「それから彼がどの様な経緯を辿って何処にたどり着いたのかは知りませんが、漂着した先で助けてくれたヒューマンと年の離れた友になったそうです。ですが彼も彼の息子夫婦も死に、残った女の子を養子にした吸血王は祖国に舞い戻って他の候補者を蹴落とし、王になったそうです」

 

「腹違いの兄弟達を蹴落としたって辺りは知っているよ。確か王になった後、全員が母親共々何らかの理由で死んでいるっていうのもさ」

 

「恩人である友人一族が死んだのも、まあ、そういう事だったのでしょう。本人か友人の周囲にいた人なら知っているのでしょうが」

 

 この話を聞き、僕はラヴンズ王への警戒の度合いを高める。

 彼は僕と同じ部類、大切な存在に手を出す相手には一切の容赦をせず、そんな存在の為ならば自分の心に反する事さえ行えるのだと。

 

 

「どうやら話して正解だったみたいですね。じゃあ、パンドラちゃんは一旦部屋から出ましょうか。パーティーまで少し時間がありますからシャワーを浴びて綺麗になっておきましょう。……ロノス君と一緒に浴びるとかは駄目ですよ?」

 

「ほへ? い、いえ、ましゃか、若様と一緒にシャワーを浴びて、ついでに壁に押しつけられながら強引に犯されたいとかは別に……」

 

「パンドラちゃん、精神修行を一から頑張りましょう。幾ら何でも口を滑らしすぎですから」

 

「え? マオ・ニュ様の精神修行ってキツい事で有名な……冗談、ではないですよね、当然ながら」

 

 パンドラが助けを求める目をするけれど、さっきのは擁護できない、レナに影響されているから。

 だから助けないし、それに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マオ・ニュ、僕も……」

 

「其処の御仁、宜しいで御座ろうか?」

 

「一緒に……うん?」

 

 窓の方から聞こえた子供っぽい声、何というか前世で観たアニメで動物キャラに使われそうなそれに反応して顔を向ければ巨大で不細工な緑色の犬と視線が重なった。

 

 

 ……何だろ、この珍獣。

 

 

 



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人の振り見て我が振り直せ(挿し絵)

漫画来ました  nagpmiさんです


【挿絵表示】



【挿絵表示】



 姫の居場所を知らないか、そんな事を初対面の相手、それも人ではなくモンスターに話し掛けられたらどうするか、そんなの警戒一択だ。

 馬鹿っぽい? 見た目が間抜け? そんなの安心する理由にはなりはしない。

 

 水着コートの露出狂(ラドゥーン)馬鹿(サマエル)みたいな連中でも神獣将なんだ、だから警戒したんだけれど、僕達の警戒を威嚇と取ったのか巨大犬は全身をビクッと跳ね上げたと思うと途端に涙目にまでなった。

 ……ジョロジョロと水音が聞こえるのは気のせいだと思いたい。

 

「お、おびょぉおおおおおおおっ!? 拙者を殺す気で御座るかぁあああああっ!? 命だけは、命だけはお助けぇえええええええっ!!」

 

「……大丈夫ですね。掃除に秒は要りません」

 

 力が抜けたし、マオ・ニュの言葉もあって一旦は警戒を解く。

 まっ、他の客のペットだったら殺すのは不味いしね。

 

 

 

 

「申し遅れたで御座る。拙者の名はボタモチ、姫の忠実な家臣で御座る! ……それで、姫の居場所を知らないで御座る?」

 

 窓越しに首を傾げながらそんな事を言って来るのは本当に不細工な巨大な犬、ボタモチだった。

 ………キナコのが一番好きだったな、僕は。

 ギヌスの民の所に行けばぼた餅を出してくれるし、ちょっと今度行くのが楽しみになって来た。

 

「……家臣? 失礼ですけれど種族は?」

 

 団子を真上からベシャッと潰したみたいな形の鼻や凄く垂れているけれどキラキラ光る瞳、顔の皮が少しダルダルな感じで全体的にはブルドック。

 そしてデカい、声は可愛らしい、総合評価ブサ可愛い!

 

 そんな相手が急に窓から話し掛けて来たんだし、マオ・ニュだって訝しげな顔を隠せないでいるんだけれど、僕だって目の前の間抜けな顔の犬を誰が配下にしているんだって話だよ。

 迷子になっているみたいだし、窓から他国の相手に何処の姫かも言わず確かめずで話し掛ける馬鹿みたいだけれど……。

 

「拙者の種族? イヌ、イヌ……イヌガ……何とかで御座る!」

 

 犬が……? そして自分の種族を忘れているのか、本格的に馬鹿なんじゃないか?

 うーん、自信が有りそうだけれどこんなのを家臣にするとか、ペットの間違いじゃないの?

 

 本人が家臣だと言い張っているし、敢えて言うのもどうかとは思うから僕は口にはしないけれど、多分この場の誰もが思っているんだろう。

 

 

 「失礼ですが、家臣としてどの様な仕事をなさっているのですか? 今の貴方ではそう簡単に情報を渡して良いのか疑念が残りますのでお教え願います」

 

 疑問に思う材料ばかりが出る中、情報を引き出すべくパンドラが動いた。

 こんなのだけれども帝国なり他の国なりで姫と呼ばれる立場に仕えているのなら少しは情報を持っているだろう。

 

 だから情報を引き出す為ではないって建前を持って尋ねたんだけれど、僕もボタモチがどんな仕事をしているのか気になる。

 だってポチにも応用出来るかも知れないしさ。

 

 

「むっふっふっ! 拙者が姫より任されている仕事を教えて欲しいとな? 良いで御座ろう、どうせ所属を伝える必要は有るのだし、物のついでで御座るよ! 先ず、姫や陛下達が遠くに投げたボールを咥えて持って来るので御座る! 矢の回収みたいなもので御座るな」

 

「うんうん……うん?」

 

「他にはその場で伏せてクッションの代わりを務めたり、拙者も大好きな散歩のお供、差し出された手に前足を乗せたりで御座る!」

 

「……いや、それって」

 

 ”取って来い”や”お手”、犬の散歩とかじゃないのかな?

 家臣と言うよりは……。

 

 

「そして拙者、何と役職持ちで御座る! 陛下も姫も拙者を撫で回すなど頻繁に報奨を受けるのだから並の地位ではないで御座るよ。寝る時だって主に姫の寝室で警護役として眠るで御座るからな」

 

 ボタモチは勢い良く鼻息を出しながら自信たっぷりに話しているし、頭の中じゃ自分は家臣の中でも筆頭的な地位なんだろうね。

 主と触れあう時間が長く、誉めて貰える回数も多い、其処だけ聞けば重宝されて側に控えさせられている忠臣何だろうけれど……。

 

「君の役職名って”ペット”や”飼い犬”じゃない?」

 

「何とっ!? よく分かったで御座るなっ!? そう、拙者は姫様にペットという大役を任せて頂いているので御座る。姫様からちゃんと”凄く重要な役目さ。君は私達一家の大切なペットだからね”と言われているし、ショタナイ殿からも陛下のペットである事が羨ましいと妬まれているで御座るよ」

 

「そーだね、ペットは凄く重要な役目だよね。飼い主に癒しと愛嬌を振りまくっていう代役は難しい仕事だし」

 

 こうも得意そうに語られたら本当の事を教える気が無くなるよね、ペットは家臣じゃないって言えない。

 

 ペットは家臣じゃなくって家族だよ、本来は。

 

「それで、その忠臣がどうして姫様とはぐれたのですか?」

 

「ううっ、それが馬車の中でお昼寝していたら姫様の姿は無く、置き手紙を寝ぼけて食べてしまったからどうすれば良いのか途方に暮れてしまって……」

 

「それで探しに来たと。……下手に動き回るよりも馬車で待っているべきですよ。ロノス君もそう思いますよね?」

 

「え? うん、そうだね。”待て”もペットの仕事の一つだし」

 

「むむぅ。拙者をペットだと見抜いた洞察力の持ち主の意見ならば正しいので御座ろう。では、此処でさらば! 後でお礼に大きい骨を持って来るで御座る!」

 

 ボタモチは嬉しそうに尻尾を振りながら城門の方向に宙を踏みしめながら向かって行き、後に残った僕には余計な疲れが残った気分だ。

 

 

 

「取り敢えず得た情報はロザリー・フルゴールのペットは馬鹿だって事だね。喋るけれど凄い馬鹿」

 

 ポチの爪の垢を飲ませる……のは勿体無い、可愛いけれど味方じゃないし。

 ……何か他人のペットを見ていたら自分のペットが恋しくなった。

 僕もポチを連れて来れたら良かったのに。

 

 宙を歩き人語を使う不思議な生物、イヌが……何とか。

 あのボタモチ自体はそれ程驚異にはなりそうにないけれど、他にも独自の生物が居て戦闘に利用可能だとすれば注意の必要が有りそうだと間抜けと触れあって緩んだ空気を締め直す。

 

 

 

 

 

「ロノス君、宰相ショタナイがラヴンズ王のペット希望のヤバ目の人という事は忘れていませんね?」

 

「正直忘れたいけれど、他にもインパクトが強い人だったからわすれられそうにないや」

 

 国によって文化や風習、民の考え方は違って来るけれど、宰相に選ばれる人材がアレなんだ、変人が数多い国だと認識していた方が良いのだろうね。

 

 

 

 

 

「しかし随分と甘やかされた感じのペットだったね。躾はちゃんとしないと駄目だよ。ペットは可愛いけれど、甘やかし過ぎは駄目だって」

 

「え? ロノス君、それってジョークですよね?」

 

「若様、鏡は其処に有りますよ?」

 

「え?」

 

「「え?」」

 

 いや、どうしてそんな反応をするんだい? 二人共、変なの……。



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尚、祖父はスルーしている

 貴族にとってパーティーは戦場、ドレスやタキシードは己の身と誇りを守る鎧。

 何時もは背中側に垂らしている髪を結い、前髪もティアラで整える。

 身に纏うのは髪と同じ赤紫色のドレスで、少し恥ずかしいですが胸元とロングスカートのスリットは深め。

 

 

「これ、少し肌を見せ過ぎではないでしょうか……」

 

 スリットから覗く足(一応をストッキングは履いていて生足ではない)を鏡で目にし、少し屈んだ程度では下着が覗かない様に胸元を調整するのですが、普段からスーツを着ている事が多い身とすればどうも落ち着かない。

 

 だって私、若様の婚約者であり御館様の片腕とまで呼ばれる程度には権限を持っていますけれど、貴族の位は持っていない一臣下、多少の宴には参加しても今回みたいに華やかなドレスで着飾る機会は少なかったですから。

 

「今回は若様のパートナーとして参加するのですし、多少の恥ずかしさは飲み込んで堂々として下さい、パンドラさん」

 

「レナさん……」

 

 普段は客人の前だけ冷静で仕事が出来るメイドを演じていながら、裏では若様にセクハラを連発する脳味噌ピンク一色、三大欲求に割く力の九割九分九厘が性欲に注がれるレナさんですが、今は私の着替えを手伝う敏腕メイド、髪だって彼女が整えてくれましたし、若様の護衛に選ばれたのが気心が知れているだけではないと認識させられます。

 

 

「まあ、若様の隠していた本からしてドレスで着飾るより、仕事が出来る知的な女性という感じの方が性的な好みに近いのですが。それと胸が大きい方が好きなのは確実で……」

 

「私の胸の大きさに文句でも? 人並み以上には有ると自負していますけれど?」

 

「ええ、人並みには有りますね、人並みには」

 

 意味深な言い方で露骨に私の胸に視線をやり、体を揺すってご自慢らしい大きな胸を揺らす。

 姫様が居たならば確実に不機嫌になる所ですね。

 

 ……折角見直したのに、この人は本当に……本当に。

 

 

「……とまあ、メイドとして来た以上は若様と踊る事は勿論、着飾った姿を見ていただく事すら不可能な負け犬の戯れ言ですね。なのでパンドラさんは最高の笑顔で若様を魅了していて下さいな」

 

「レナさん……」

 

 

 

 

「パーティーの給仕は帝国のメイドがするので暇ですし、私は若様が出した着替えた後の服を嗅いで気持ち良くなっていますので。ええ、私の匂いが染み込む程に使わせて貰います:

 

 本当にっ! この人は本当にっ!!

 

 

 

 レナさんが待機中に何をしでかす気なのか……ナニかは分かるのですが、ちょっと不安になりつつも部屋を出れば既にマオ・ニュ様はパーティー用の普段よりは装飾品の多い燕尾服に着替えていました。

 角にも金細工を飾り付け、これでちゃんと女性用の服装をすればどれ程綺麗なのでしょうかと惜しく思います。

 

「おや、パンドラちゃん、ドレスが……いえ、最初の誉め言葉は私じゃない方が良いですね。それはロノス君のお仕事です」

 

「マオ・ニュ様、その格好、素敵ですね。凄い美少女に……あっ、いえ、申し訳有りません」

 

「いえいえ、構いませんよ? 私も今年で三十路に……二十代も最後ですが、若く見られるのは嬉しいですし、ちょっと照れちゃいますけれど。そうですか、十代に見えちゃいますか」

 

 本来の年齢の半分以下に見えるから美少女と言ってしまいましたが、これは美女というより喜んで貰えたらしいですね。

 口元に手を当てて少し照れた様子で微笑む姿には微笑ましい物を感じてしまいます。

 

 ……この姿で、この笑顔を浮かべながらも必要なら顔見知りすら容赦無く消す事が出来るのだから普通に怖い人よりも怖いのですけれど。

 

「むぅ。今、私を怖いって思いませんでした?」

 

「そ、その様な事は……申し訳有りません」

 

「……ちゃんと隠して下さいね? ほら、ロノス君が来ましたよ。気を抜かないでお出迎えしましょう」

 

 そう、今から向かうは他国のパーティー会場、つまりは敵地……まあ、自国で自陣営だらけであっても気を抜いてはならないのですが。

 

 

「パンドラ、凄く似合っているよ。綺麗だ……月並みな誉め言葉しか出ないのが情けないなあ」

 

 

 

 私とは違ってパーティーへの参加には慣れているからなのか若様はタキシードを着こなして落ち着いた様子、思わず見取れてしまいマオ・ニュ様の時とは違ってちゃんとした言葉が出て来ない。

 

 ……誉められたからなのか胸がドキドキと高鳴り顔が熱い、これが惚れた弱みなのでしょうね。

 それにしてもダンスパーティーと聞いていますが、私も若様のパートナーとして参加した以上は……。

 

 恐らくはメインとしてお相手をなされるのはネーシャ様なのでしょう、養女ですが若様との婚約が決まった皇女様なのですから当然でしょうが、この時の私はちょっとだけ悔しい気も感じていた。

 

 自分の立場は分かっている、何処まで行っても所詮は王国より流れて来た難民。

 

 それが才能を見出して頂き、責任が伴う仕事を任せて貰える役職にまで取り立てて頂いた上に次期当主との結婚まで与えられ、今日の食事にも困っていた幼き日の私なら絶対に信じず鼻で笑うのでしょうね。

 次の瞬間には目が覚めて全て都合の良い夢だったとしても不思議じゃない幸福な人生ですが……お慕いする方とは他の誰よりも側に居たいと思っても良いのではと表情に出さずに考えていた時、御館様もやって来て、待機していた案内役に導かれて会場へと向かうのですが……。

 

 

「パンドラ、腕を組んで行こうか。ほら、君の今後の仕事を考えたら僕と仲が良いと見せびらかした方が良いしさ。それに、君みたいな美女と一緒に入場とか気分が良さそうだ」

 

「つ、謹んでお受けいたしましゅ……こほんっ! お受けいたします、若様」

 

 そう、私の出自は知られるでしょうし、一種の政略結婚だから不仲だろうと思われるよりは鬱陶しい切り崩し工作に対処する手間を減らせるでしょうし、つまりその様な口実が有るのですから若様と腕を組んでも問題は有りません。

 

 表情や動きがぎこちなくなっていないか、ドレスが乱れていないか……兎に角、共に入って注目を浴びる事になる若様に恥を掻かせる状態になってなどいないか、それを気にしつつ若様と腕を組めば服の上からでも分かる鍛えられた肉体の感触が伝わった。

 

 若様、細く見えても実はガッシリとした肉体の持ち主ですからね。

 その肉体で私を押さえつけて散々ベッドの上で……あぅぅ。

 

 あの夜の事を思い出すと、どうしても今後の事も妄想……想像してしまいます。

 真面目だった人程遊びを知れば熱中しがちと誰かから聞き、個人差があると思っていましたが、どうやら私は当てはまるタイプだった様で……。

 

 思い浮かぶのはパーティー会場、大勢がダンスや料理を楽しむ中で私は若様にカーテンの陰に連れ込まれてスリットから手を入れられ、必死に声を押し殺すけれど手を無理に引き離されたから音楽でかき消される様に小さな声で済ませようと……わっ!?

 

「……大丈夫かい?」

 

 妄想の世界に入り込んでいたせいか躓きそうになって我に戻った私の顔を心配そうに若様が覗き込む。

 顔が、顔が近いです、若様……。

 

「申し訳有りません。少し考え事をしていました」

 

「そう。パンドラの事だからお仕事の事だろうね。うん、君は本当に頼りになるな。でもさ、これも外交の一部とはいえ、それはそれで楽しもう」

 

 ……申し訳有りません、確かに子を産むのも側室の仕事ですし、仕事の事と言っても嘘にはなりませんが若様が想像されている事とは別の妄想です。

 

「そうですね。はい、若様が仰るとおりパーティーを楽しませて頂きましょう」

 

 慣れない場ですが若様が心配した上で私が楽しむ事をお望みならば楽しみましょう。

 妄想した内容みたいな"お楽しみ”の方は妄想しなくても若様にお願いすれば良いですし……。

 

 

 さて、会場へ続く扉が見えて来ましたし気合いを入れて姿勢を整えるべき時間です。

 若様のパートナーとして恥ずかしくない振る舞いを、それを大切にしながら楽しませて貰いましょう。

 

 

 

 それにしても好きな方とダンスパーティーに参加するだなんて幼い頃に夢物語で聞いて憧れた状況ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、私はなんて幸福なのでしょう。若様と出会えて幸福だと心の底から思います」

 

「うん、僕も君と出会えて幸せだと思っているよ」

 

 ……今の声に出していました!?



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帝国の恥部

 これは臨海学校での会話、アマーラ帝国の文化についての事なんだけれど……。

 

「悪趣味? パーティーの会場が?」

 

「ええ、私も父のお供で一度だけ出た事があるのですが、事前に情報を得ておいて良かったと思いますわ。……そもそもあの部屋を考えた皇帝は、いえ、これ以上は国の恥なので止めておきましょう」

 

「悪趣味なら直ぐに止めても良いんじゃないの?」

 

「伝統とか色々有るのと、悪趣味な皇帝陛下は部屋を使えないようにするとか内装を変えたら呪いが掛かるようにしているとかで、今は何とか魔法を解除しようとしているそうですわ。……他国の者も招待する宴をしなくちゃならないとは本当に、本っ当に迷惑ですわね」

 

 この時、恥だからと教えて貰えなかったけれど、招待されたからってメイドに尋ねてみれば゛初回の招待客は途中で知らせると会場には入れないのです“との事。

 

 

 

「さて、どんな内装なのやら……」

 

 あっ、実の祖父だけれど話し掛け辛いから何度か来ているお祖父様には訊けなかったけれど、メイドに尋ねていた時の様子から悪趣味なのは本当なんだなって思ったよ。

 

 

 ……マオ・ニュがパンドラに下着がどんなのか質問していたのが気になるなあ。

 レナがするなら分かる、僕に聞かせる目的で彼女はするだろうと確信を持って言えるから。

 

 だけれどもマオ・ニュだ、そんな質問をするのを見たら小言でも殺気と同時に飛ばすタイプなのに余りにも不自然。

 つまりは会場と関係が有るという事だろうけれど、下着が関係する会場ってどんなのだろう?

 まさか服が透けて見えるとか……は流石に無いな、ちょっと期待しちゃうけれど。

 

 

 そんな風に考えつつ扉を開ければ即座に理解、ネーシャやマオ・ニュの言葉の意味が分かったよ。

 

「成る程、こういう事か。確かに……」

 

 悪趣味だ、その言葉を飲み込んだ僕の予想では、城の外観からして全面純金性でピカピカ輝いているものだった。

 うん、確かにピカピカ輝いてはいる、それは当たっていたけれど、まさか……。

 

 

「全面鏡……いえ、鏡のように映り込むまで磨かれた大理石ですか」

 

「床を見ないのが帝国流のマナーだとも聞いていたけれど、そういう事だったか。お祖父様が微妙そうな顔をなさる訳だ」

 

「……言えばお前が参加出来なかったからな。レナは不参加故に伝えておいたが、知らない者は混乱している。ロノス、下を見ぬように。下手な誤解を招く……つけ込む隙を見せるな」

 

 鏡同然の床をドレスで歩けばどうなるか、それは此処に来て初めて知ったらしい女性達がスカートを押さえて隅の方に集まっている事からも丸分かりだ。

 そりゃ貴族の女性が下着を他人に見られる機会なんて普通は無いよ。

 

 男性の視線を気にしてスカートを必死に押さえているし、この場で露骨に視線を床に向ける真似は誰もしていない。

 不自然なまでに視線を上げてうっかり見てしまうのさえ防いでいたし、僕もしている。

 

 首をちょっと痛めそうだな。

 

 マオ・ニュはズボンだから気にする様子も無く、獣人への侮蔑の視線だって例の兵士みたいにあからさまには表にしないけれど、僅かに含まれているのは僕以上に本人が感じているだろう。

 

「おやおや、皆さんが私をチラチラ見て来るから照れちゃいますね」

 

 こんな風に平然としているのは慣れなのか、それとも本当に気にしていないのか、彼女の表情からは読み取れない。

 

「ふぅ。皆さん、視線には気を付けている様子ですね」

 

「パンドラ、落ち着いているね」

 

 パンドラ、君は普通にしているけれどまさか見られる事が快感になって……。

 

「レナさんに帝国ではドレスの下に履く物だと聞かされて"スパッツ”とやらを受け取って良かったです」

 

 僕の視線から言いたい事を察したのか心外だとでも言いたそうな彼女はスカートを持ち上げて見せようとはしないけれど、見られても大丈夫だとは伝えて来る。

 スパッツか……帝国の文化圏内のドレスはフワッとしたズボンみたいな奴だけれど、堂々と歩いている人達は周囲が知っていて用意したのかな?

 

 まあ、スパッツにはスパッツの魅力があるし、こんな床で普通の下着にしろとか言わないよ?

 言うのは馬鹿だ。

 

 

 それでも言わせて貰えるとすれば色々台無しだから、全部こんな悪趣味な部屋にして、それを更に強制する魔法を掛けた当時の皇帝が悪い、結論!

 

「帝国の王侯貴族か他国民でも一度来れば知っていても入れるそうですが……いえ、止めておきましょう」

 

「そうですね。ロノス君もパンドラちゃんも無駄話は此処までです」

 

 僕はこの部屋を用意した時代の皇帝が知らずに来て恥じらう女性の姿を見て楽しんでたのかと思い、パンドラも同意見だったみたいだけれど今は帝国だ、流石に皇帝を悪く言うのは駄目だろう。

 

 例え子孫であり、建前上は皇族じゃないネーシャさえ悪趣味だと口にしてしまう程だとしても。

 自分の代の後でも此処を使わせる為に随分と魔法を使っているみたいだけれど、何処までも無駄な事に金と人手をつぎ込んだなあ。

 

 

 あっ、でも少し気持ちは分からなくない。

 二人っきりの時とかなら誰か相手に同じ様なシチュエーションを試しても……おっと、雑念だな。

 

 護衛らしい騎士と共に此方に向かって来る相手の姿に気を引き締める。

 お見合いをした相手が数名、そしてネーシャを引き連れてやって来たカーリー皇帝だ。

 

 

 

「悪趣味な場に招待して済まぬな、ロノス殿」

 

「いえ、個性的な場所だと思いますよ、陛下」

 

 ああ、大勢の前で悪趣味な場だと認める辺り、皇族の共通認識なのか。

 それにしても先祖が作った部屋を悪趣味だと皇帝が認めるなんてな。

 

 

「まあ、後で余興を開くが、その際にロノス殿も良ければ後で時魔法を見せてくれれば嬉しい。ネーシャも大勢の前で未来の夫の活躍を見せたいだろうしな」

 

「ええ、私もロノス様のお力を大勢に見て頂きたいですわね」

 

 ……成る程、いい加減どうにかしたいって思っていた所だったんだな。

 貧困国でもないのに、まさか皇帝が一切宴を行わない訳にも行かないのだろうし、僕の力は使って欲しいけれど国の恥だからどうにかするように依頼するのも立場的に、って所か。

 

「……」

 

 僅かに視線をお祖父様に向ければ静かに頷く、どうせ正式な婚約を大勢の前で発表するんだし、力を見せるついでに今後付き合いの増えるであろう帝国の恥部を解決しろって所だね。

 

「了解しました、陛下。微力でも宴の余興の足しになるのなら力を発揮いたします」

 

「そうか。血が繋がらないとはいえ娘に良き夫が出来るのは喜ばしい。夫婦として仲良くやってくれ」

 

「ふふふ、陛下ったら。未だ私は学生、夫婦になるのは卒業後ですわ」

 

「ふむ、ならば子は数年先か」

 

「ええ、ロノス様次第ですわ」

 

 実は血が繋がっているけれど、事故で足が不自由になったから凡庸な双子の妹を選んで姉の方を追い出したっていう親子の会話なんだよな、これ。

 

 端から見れば微笑ましいのになぁ……。

 

 双子が禁忌扱いとか血の繋がりを無かった事にするとか、聖王国とか日本での価値観からすれば思う所が有るんだけれど、彼女達は帝国の住人、僕が何か言う立場に無い。

 後先考慮せずの感情論の発言をしまくっても好転するのはご都合主義な物語の中だけ、現実では状況を考えられない馬鹿だと評価されて周囲に迷惑を掛けるだけなんだから。

 

 

 だからこの場では何も言わない事にしていたら、横から声が聞こえて来た。

 

 

 

「おや、この面白い部屋を普通にしちゃうのかい? 勿体無いとは思うよ、私は」

 

「姫様、皇帝陛下は彼との会話の途中ですよ」

 

「分かっているさ。でも、何も知らずにお気に入りのドレスで着飾り、見せない下着にまで気合いを入れて来たのに床が鏡みたいになっているからと驚き恥じらう子猫ちゃん達の姿が余りにも可愛らしいのが悪いのさ」

 

 白いタキシードと胸元の赤いバラで着飾ったドロシーは肩を竦めながら語るけれど……状況を考えられない馬鹿のお守りの人は大変そうだなあ。

 

 

 

 

 いや、それにパーティー会場にどうして刀を持ち込んでいるんだろう、彼女。

 それに随分と禍々しい感じがするけれど……。

 

 

 

 

「所で彼女はどうしてパーティー会場でキグルミパジャマ?」

 

「アンノウンを信仰しているからね、彼女は」

 

 ああ、成る程。

 これは深く突っ込んだら駄目な奴だ。



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余興

 私は舞踏会の主役にはなれはしない、片足の自由を自分の浅はかさで失った事から分かっていた事。

 杖が無ければ満足に歩けない私では踊りは少し厳しいですし、何よりも相手に気を使わせながら踊るなんて私の矜持が許さないのですわ。

 

「……はぁ。まあ、分かっていた事ですけれど」

 

 今まではさも”眺めているだけで楽しいですわ”と言わんばかりの態度で過ごしていたのですが、誰かを好きになったのはこの年齢になってから……皇女だった頃は誇りが邪魔して、ヴァティ商会の養女になった後は自分には恋愛の自由など存在しないと一切考えず、己の地位を少しでも高めてくれる相手との結婚を考えていて……ロノス様に助けて頂いた瞬間に今までしなかったせいで恋愛耐性が無いのに気が付いたのですわよね。

 

 優雅な音楽に合わせて出席者がダンスを踊る、男女が手と手を繋いで。

 ロノス様は先ずパートナーであるパンドラ様と踊り、続けて数人の女性にダンスに誘われていましたが、彼女達もクヴァイル家との繋がりが欲しいのでしょう。

 この場に居るという事は余程でない限りはそれなりの地位、ロノス様も誘わない訳には行かないのがおかわいそう。

 

「……知ってます? あの方々、実家がヴァティ商会に借金をしているのですわ。今は私の裁量で返済はゆっくりしていますが、家の経済状況はそこまで良くないのですわよね」

 

「へぇ、そうなのですか。ルメス家も貧乏ですから大変だって分かりますよ。借金の返済に関する契約って貸している側の方が強いですからね。結局は向こうの好意という名の思惑でゆっくりと返済している訳ですしね」

 

「ええ、最近は返済の遅れも起きていますし……皇女となった私ならば貴族相手でもどうとでもなりますわ」

 

 その余程の相手である私のパートナー兼協力者であるアリアは料理を盛った皿を片手に私に笑顔を向けている。

 彼女も闇属性なんて厄ネタ持ちですから私のパートナーだろうと誘われませんから此処にいますけれど……いや、ちょっとだけロノス様と踊っていましたわよね、貴女から誘って。

 

 胸の大きさと少し地味ですが顔は良い方ですし、その場での遊び目的の馬鹿もクヴァイル家と揉めるのが嫌なのか誘いませんでしたし、それを口実に誘ってますわよね?

 

 

 しかも直接本人に頼むのではなく、パンドラ様に”時折嫌な視線を感じまして”と相談していたのも知っていますからね?

 そうすればあくまでもロノス様の意思で誘って貰えるのですから腹黒いですわよ、全く。

 

「ご一緒に踊るなんて羨ましい限りですわ。……別の場所で足を使わずのダンスは私が先ですわよ?」

 

「ええ、ネーシャ様はお友達ですから」

 

 海ではロノス様に色々とご奉仕して差し上げられましたけれど、次に似た機会が有れば今度こそ……。

 あの方に跨がって腰を使った淫らな踊りを披露する、その様な光景を想像するだけで熱い物が込み上げて来ましたけれど、今日は私とあの方との正式な婚約発表の場でもあるのですし、夜中にお部屋にお邪魔しても良いのでは?

 

「今晩、偶々警備の目を逃れて、偶々他の誰も居ない時間帯にロノス様のお部屋にお邪魔出来るかも知れませんわね。ふふふ、その時はご一緒します?」

 

「いえいえ、ちょっと恥ずかしいですし、私はお会いするなら二人っきりの方が……」

 

「あら、一緒にお話がしたかったのですが、今日は恥ずかしいのなら仕方有りませんわね」

 

 互いに利用する協力者、夜の方も色々と協力可能なら都合が良いと思ったのですが、今日は……つまり最初の一度目は二人っきりが良いと告げられましたし、私は私だけで話を通しておきませんとね。

 

 先ずはパンドラ様からかと考えた時、音楽が止んで皇帝陛下が壇上に姿を見せる。

 

 

「もうそんな時間ですのね。アリアさん、大丈夫ですか?」

 

「口にされていた余興ですね? はい、準備はバッチリです」

 

 今から何が始まるのか知っているのは三割程度、ですが用意された余興に参加する気の方は更に半分以下。

 招待客のパートナーとして同行した屈強な自慢の家臣や立場を偽った傭兵……ヴァティ商会で雇った事もある方が貴族の親戚として出席しているのは失笑物ですわ。

 

 

「皆の者、此処で恒例の余興を始めるとしよう。我こそと思う腕自慢は用意したモンスターに挑むが良い! 見事倒した者には報奨を出そう!」

 

 途端に沸き上がる会場、何度も出席している方や事前に情報を得ていてパートナーをそれ用に選別した方は随分とやる気を見せていますが、陛下が手元の鐘を鳴らすと同時に庭から銅鑼の音がが会場を震わせる程に響き、窓の外に視線が集まれば今まで行われた同じ余興から相手の強さを推察していたらしい人達は言葉を失っていましたわ。

 

 特殊な檻の力で今は眠っていますが、その姿は誰もが恐ろしい相手だと知っているモンスター。

 

 

「マ…マウンテンバイソン……」

 

 既に何度も報奨を勝ち取っている屈強で大柄な貴族(という事になっているベテラン傭兵)が絶句して震える。

 

 それはとても大きい野牛。

 足の先から頭までの高さは三メートル程、毛皮の上からでも分かる程に隆起した分厚く頑強な骨はゴツゴツとしており、巨体と併せて岩山にさえ見えるのが”マウンテンバイソン”の名を冠する由縁。

 尻尾なんて胴体と同じ長さを持ち、地面に引きずる程に分厚くて大きく、その形状はまるでメイス。

 

 過去には討伐に出た一個中隊を半壊させ、逃げ込んだ。砦の外壁を一撃で砕いたという記録さえ。

 

 角は後頭部から頭に沿うように生え、不規則に枝分かれして突進時に面積を広げる。

 少しでも引っ掛けられたら柔な人間の体なんてどうなるかは想像に容易いでしょう。

 

「……金属製の武器や魔法でも並みの使い手では傷一つ負わせられないそうですが、お相手出来ます? って、あら? 気が早いですわね」

 

 因みに用意したのはヴァティ商会、だから事前情報は得ていたのですが、実際に目にして臆すると思いきや既にアリアの姿はマウンテンバイソンの檻の前に。

 飛び降りるのははしたないと後で言っておきましょう。

 

 

 

「おい、彼奴死ぬ気か?」

 

「いや、あの黒髪を見てみろ。此処で死んでくれた方が……」

 

 容易いだろうと侮って準備をし、予想外の相手だったからと臆した連中が遠くからアリアの姿を眺めて言葉を交わす。

 そもそも闇属性だからと利用価値も考えずに排除しようとする等愚かですわ。

 

 

 まあ、その様な立場だからこそ一度大勢に認めさせてしまえば反動は大きい。

 この場は正にその為に必要な一歩、招待した者として、建前では友達として一切不安な様子すら見せず、それはロノス様も同様。

 

 それにしても陛下は急に余興の相手を数段上げましたが、誰と戦わせるのを想定して……ロノス様でしょうね、どうせ。

 誰も彼も臆して挑戦しない所で親類となる彼の強さを知らしめる事で……。

 

 少しばかり予定が狂ったと言いたそうな陛下を横目で眺めているとマウンテンバイソンを閉じこめていた特殊な檻が開かれ、目を覚ましたマウンテンバイソンが起き上がると目の前のアリアを見詰め、ゆっくりと近付きながら頭を下げて角の先で地面に線を引いていました。

 

 

 尚、マウンテンバイソンは雑食、草も肉も食べますし、人だってお肉の内ですわよ、怖いですわね。

 

 

 

 

 

「ロノス様、何秒持つと思います?」

 

「三秒以内」

 

 心配していないのは彼も同じ、何事もないかの様に庭を見下ろせばアリアが右手を真上に挙げて……。

 

 

 

 

 

「”シャドーウィップ”」

 

 腕を振り下ろすと同時に手の中に現れていた黒い鞭がマウンテンバイソンを頭から尻尾に掛けて叩き割り、地面にも深い跡を刻んでいました。

 

 

 

 

「三秒以内は幅が広過ぎでしたわね」

 

「……否定はしないさ」

 



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オタクは話したい?

 会場は静寂に包まれ、近くにいる人の鼓動の音さえ聞こえて来そうな程。

 当然の結果として、驚愕や困惑を理由として、沈黙の理由は後者が多いけれど、僕達だけでなくカーリー皇帝や吸血鬼族達もアリアさんの勝利に驚いた様子を見せていないし、ちゃんと見抜いていたって事か。

 

 僕の中で警戒度が上がる中、庭から聞こえて来る巨体が倒れ込む音、両断されたマウンテンバイソンが右側に倒れ込み、折り重なった左右の隙間から中身が見えて血臭が漂った時、小さな悲鳴と共に気の弱い貴族が数人倒れ込み、それを打ち消すかの様に銅鑼の音が響く。

 

 

「見事! 皆の者、勇猛果敢なる強者に称賛を!」

 

 続いて響くカーリー皇帝の言葉、誰かが恐怖を明確に口にする前に彼女にこう言われれば会場の空気をそちらには持っていけない。

 賛辞の途中で倒れないように見計らっていたな、多分。

 

 空かさず僕達最初から分かっていた一部が拍手を始めればマオ・ニュがアリアさんに呆れ顔を向けていた

 圧倒だったけれど、それだけじゃ駄目だって事だ。

 

 

「今の、皇帝陛下の言葉の途中で倒れられていれば悪印象が増したでしょうが、倒れたという事へのショックが皇帝陛下の言葉でかき消されましたね。……パンドラちゃん、引き入れるのならば戦いへの印象操作も教えて下さい」

 

「はい、分かっていますよ」

 

「……え? 引き入れるって既にマオ・ニュにまで伝わって……いや、当然か」

 

 マオ・ニュはレナスと並ぶ聖王国最強の戦士、更に言うなら内外共に恐怖担当だけれど、僕達がアリアさんに任せるのは闇属性の汚名を覆す功績……英雄の其れだ。

 

 ゲームでは色々有りながらも少しずつ認められていったけれど、クヴァイル家の後ろ盾があれば行動もしやすいし、結果はちゃんとついて来てくれる……とは言えないけれど。

 だってネットとか無いから情報伝達に難あるし……。

 

「そう言えばマオ・ニュって噂では高身長でグラマーな美女かクールな美少年ってなってたよね」

 

「人の噂なんてそんな物ですよ?」

 

「高身長でもグラマーでも無いもんね」

 

「美少年要素には否定無しですか? せめて”美少年じゃなくって美少女だよね“……いえ、忘れて下さい。もう直ぐ三十路になるのに少女って、少女って……」

 

 カーリー皇帝の言葉に賛同するように周囲からはアリアさんへの賛辞の言葉が聞こえるけれど、正直言って薄っぺらい口だけの内容だった。

 皇帝陛下が誉めているから貶せないし、一緒に居た僕や招待したネーシャまで侮辱するのは避けたいし、腰を引かせてはいるけれど取り敢えず誉めておこうって空気に流されているだけだろう。

 

 まあ、何となく怖い物だった闇属性の力がどれだけの物かを知らしめるのが今回の目的だ、じゃないと功績について話を聞いても疑われる。

 

 力を恐れはするけれど、その大きさは認めたくないってのが心理だ。

 

 ……所でマオ・ニュが此処までダメージを食らった所を見るのは初めてだ。

 自嘲の笑みを浮かべ、ハイライトが消えた瞳で虚空を見つめるけれど、ちょっと反論させて貰うなら男装ばかりしているから美少年だって噂されるんじゃないのかなあ。

 

 

 

「だ…大丈夫。マオ・ニュは十代半ばにしか見えないから! お肌だってレナスと違ってピチピチだし。……後半はレナスには秘密ね。絶対殴られる」

 

「戯れは其処までだ。背筋を正し気を引き締めよ」

 

「はっ!」

 

 お祖父様の言葉でマオ・ニュの表情が瞬時に凛々しい物へと変わる中、僕は他にも表情が大きく変わった人物……ロザリーに気が付いた。

 趣味思考があっち側の人みたいだし、もしかしてアリアさんを恋愛とかそっち方面で気に入ったのか、そんな心配は目を見れば一瞬で吹っ飛ぶ。

 ギラギラと光る瞳、楽しそうに歪んだ口元、そして存在しない刀の柄辺りに持って行った手は抜刀術の構えを連想させる。

 ああ、予想以上に面倒な相手だったという事なんだね。

 

 あの瞳を、口元を、手元に無い獲物を求める動きをする人種を僕はよ~く知っているんだ。

裏の仕事の時に出会った敵組織の構成員や傭兵、聖騎士なんて恥ずかしい異名の僕に挑む在野の戦士、親戚も所属する部族、そして最高に可愛い愛しの妹……最初の二つと並べたら可哀想だ、最初の二つは忘れよう。

 

 その人種はこう呼ばれている……。

 

 

 

 

「……バトルジャンキー?」

 

 そう、戦い大好きな連中、アリアさんの力を見ちゃってウズウズしたって感じだ。

 ラヴンズ王の方はそんな娘を見て胃の辺りを押さえているし、リュミイエモンとかいうアンノウン信者は何とか宥めようとして、ショタナイは値踏みする目でアリアさんを眺めていた。

 

 これから引き抜き工作にも注意するべきか。

 予想はしていたけれど、時期が随分と早い、周りを過小評価していた代償だな、これは。

 

「みたいですね。吸血鬼の姫は随分とお転婆の様で……」

 

「リアスちゃんと同じバトルジャンキー系お嬢様なんですね。お嬢様としてはどうかと思うけれど」

 

「その言い方だとリアスも問題っぽいよ?」

 

 あの子は向上心が旺盛で力を試したいだけさ、何を言っているんだか。

 身内だから評価を厳しくしているみたいだし、僕は甘くしてあげなくっちゃね。

 

「甘やかしたら駄目ですよ、ロノス君」

 

 何で?

 

 

 

 

 

 目の前の存在を須く切り捨てんってばかりに血が滾っている様子に周囲も気が付き始める。

 

 あ~あ、パティ姫なんてすっかり怯えちゃってるよ。

 ネーシャと同じ顔だけに違和感を覚えるし、思わず見比べればニコニコと笑みで返して来る。

 双子でも育った環境が違えば顔だけ似ていても全くの別人だな、我ながら直ぐに見分けが付く筈だよ。

 

「姫様、一旦お化粧直しに参りましょう」

 

 放置はもうこれ以上無理だと判断したらしいショタナイが肩に手を置こうとしたけれど、その手は空振ってロザリーの姿は自然な足取りで人混みを優雅に避けながらカーリー皇帝の前に。

 

「これはロザリー姫、何用だ?」

 

「野暮な事は聞かずに準備をお願いするよ。マウンテンバイソンはもう一匹居るんだろう? 聖騎士君に挑戦して貰い、次は帝国の騎士に相手取らせる予定だったのだろうが……私に譲って欲しい」

 

「相も変わらず悪癖は直らず、か。生半可な者ならば即座に追い出す所だぞ」

 

「分かっているさ。後で罰でも何でも受け入れる。でも、今は本能のままに暴れたい気分なんだ」

 

 完全にスイッチが入ってしまったらしく、立場を忘れたという態度で要求をして来るロザリーだけれど、友好国の姫だから無碍に扱う事も出来ないのだろう、溜め息を吐き出したカーリー皇帝はラヴンズ王へと視線を向けた。

 

「済まぬな、カーリー殿。愚娘がこうなった以上は……」

 

「……仕方が無い。ラヴンズ殿に頼まれればな。……もう一匹の檻を持って来い。無論、先に力を示した勇者の帰還を待ってからだ」

 

 何だかんだで却下されると思いきや受け入れられるなんて予想以上に結び付きが強いという事か。

 これはラヴンズ・フルゴール国と揉めた時、帝国が向こうに回る可能性が高いかも知れない。

 

「ふふふ、御館様はちゃんと考えてらっしゃいます」

 

「?」

 

 僕の懸念を見抜いたらしいマオ・ニュが人差し指を唇に当てて微笑みながら小声で告げているとアリアさんが戻って来た。

 

「ロノスさん、勝って来ました。秒殺です!」

 

 友人でも地位が違うから、パーティーの席ではネーシャにはちゃんと様付けで呼んでいた彼女は大勢の目があるのに親しげに話し掛け、手をブンブン振って僕に駆け寄って来る。

 

 

 尚、胸も凄く揺れていた

 

「……あっ! 学園でもないのに飛んだ口の効き方を!」

 

 っと思ったら慌てて頭を下げる彼女を落ち着かせるんだけれど、当然演技だ。

 うん、これで僕との仲を更に印象付けたな。

 

 

「……」

 

 お祖父様は一瞬だけ視線を向けるけれど一言も発さずに視線を外し、アリアさんを咎める様子を見せない。

 これは仲に反対する気がないって事で良いのかな?

 

 

「始まりますよ、二人共。ロザリー姫の力を存分に見せて貰いましょう」

 

 マオ・ニュの言葉に続いて響く銅鑼の音、庭に降りたったロザリーの前に解放されるマウンテンバイソン。

 同族の血の匂いが死体を片付けても残っているのか酷く興奮した様子。

 鼻息荒く、角で地面をひっかくは先程よりも荒々しいし、大きさも僅かだけれど二匹目の方が上だろう。

 

 そんな相手を前にロザリーが手を上に向ければ刀を運ぶ蝙蝠の群れが近寄って彼女に刀を渡す。

 さっき持っていたのとは別の刀だけれど、間違い無く妖刀の類だと此処からでも分かる負のオーラが鞘に収まった状態でも感じ取れた。

 

「ああ、其れともう一つ。彼女の持つ妖刀の……」

 

 

 

七巻半(やたらず)っ!? おい、どうしてその刀が此処に有るんだっ!?」

 

「わっ!?」

 

 聞こえて来た驚愕の声に思わず僕も驚かされる。

 だってラヴンズ王が手摺りを掴んで身を乗り出しながら酷く狼狽した感じだったんだ。

 

 

 

 

 

 

「何故って、この手の余興が有るだろうから借りたんだよ。良いじゃないか、刀ってのは使ってこそだろう?」

 

 ロザリーが父親の叫びを飄々と受け流しながら抜き放った瞬間、負のオーラに加えて途轍もない瘴気が刀身から放たれる。

 まるで毒ガスを出しているとされた殺生石、刃の先が僅かに触れた地面はその場所を中心に草が一瞬で枯れ果てた。

 

 

 

「……マオ・ニュ、あの二人がどうして揉めているのか分かるかい?」

 

「あの父娘、魔剣や妖刀のコレクターなのですが、方向性が違っているらしいですよ。ラヴンズ王は芸術品として後生大事に飾って眺めるのを趣味として、ロザリー姫はさっき言っていた通りに優れた武器を使うのが好きらしくって……」

 

「成る程。父親のコレクションを勝手に持ち出して使っているって所か」

 

 マオ・ニュとしては持っている妖刀の力を知りたかったって所だろうけれど……。

 

 

「良いじゃないか、父上。私のコレクションを今度貸し手あげるから……さっ!」

 

 それは一瞬、会場の殆どがロザリーが一瞬でマウンテンバイソンの背後に納刀した状態でワープしたみたいに見えたんだろう。

 勿論実際は凄く速く動いたんだけれども……。

 

 

 マウンテンバイソンが両断され、先程同様に崩れ落ちる音が……しなかった。

 

 

「腐ってる……」

 

 そう、マウンテンバイソンの死骸は完全に腐り、ベチャリという音が僅かに聞こえただけ。

 

 あの妖刀は一体……。

 

 

 

 

「妖刀・七巻半(やたらず)。大山を七と半巻きする程に巨大な百足のモンスターの毒牙から造られた刀だと聞いておりますわ」

 

「ネーシャ、知ってたんだ」

 

「……あのお二人、趣味の話になると口が軽くなって舌に油が回るので長時間の……本当に長い話にさえ耐えればペラペラ話してくれますわ」

 

 ……そうか、大変だったみたいだね。

 

 

 遠い目をするネーシャの姿を目にし、僕はそっと肩に手を置いた……。



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不意打ち

 皇帝主催の優雅なパーティー、各国から多くの王侯貴族が集まって庭師によって整えられていた庭を見つめて息を飲む。

 そう、整えられ……ていた。

 

 

「……」

 

 庭の端の方、僕の場所からならギリギリ見える場所でゴブリンの庭師らしい数名が唖然とした表情で口をあんぐり開け、僅かに震えて腐汁が広がって行く庭を眺めている。

 

 あれ? もしかして泣いていない? 泣いているよね?

 

「臭っ! 流石に七巻半は不味かったか……」

 

 ドロシーは刃に付着した血を払い鞘に納めながら流れ出したマウンテンバイソンの死体から離れているけれど、父親の方は胃の辺りを押さえて壁に手を付いて深い溜め息を吐き出していた。

 さっきから風に乗って腐敗臭が流れ込んで来るし、鼻が曲がりそうだ。

 

 

 え? 僕、こんな状況で婚約の正式発表をするのか?

 

「お祖父様、こんな状況ですし」

 

「構わん」

 

 許可は得たし、マウンテンバイソンの死体の時を戻す。

 命を戻す事は出来ない、だけれど毒が死体に染み込んで腐らせる直前まで戻し、同時に会場に流れ込んだ腐敗臭は気流を巻き戻して追い出せば漸く落ち着ける状況だ。

 

 

 他の招待客も落ち着いた様子を見せているんだけれど、僕としてはロザリーが与えたインパクトの大きさは助かるんだよね。

 チラッとアリアさんの姿を見れば気が付いて笑顔を向けて来る。

 

 これは本人も分かっているな……うん。

 

 

 

「……うちの娘が迷惑を掛けたな」

 

「いえ、問題有りませんので」

 

 ラヴンズ王も謝っては来たんだけれど、本当に僕としては問題ないんだ。

 カーリー皇帝のお陰で薄らいだアリアさんへの恐怖はグロい死体を見せた二匹目で更に薄らいだのは周りの会話からも分かる。

 

 

「何と言うか凄まじかったな……」

 

「アレと比べると闇属性の方は凄いだけだったと思うよ。逆に妖刀すら使わずマウンテンバイソンを一撃で倒すとは……」

 

「既にクヴァイル家と皇帝陛下側に取り込まれているのが惜しい。もう少し早ければ……」

 

 いやいや、何を調子良いことを言っているんだか。

 彼女の強さを最初に見た時の反応は見ていたぞ、僕達との繋がりがあってお膳立てをしたからこそ評価が出来たんじゃないか。

 そうでなければ恐ろしい相手としか思わなかっただろうに……。

 

 ……どちらにしても此処からだ、此処からがアリアさんやプルートといった闇属性の立場が変わり始める。

 禁忌の力だと忌み嫌いながらも、同時に侮られて幾ら迫害しても大丈夫だと思われて来た闇属性の威力をこうして目にする事で動き出す連中が出て来る。

 

「貴様が選んだ道だ」

 

 僕が何も言わずともお祖父様が静かに呟いて警告をして来た。

 そうだ、これから起きるであろう勧誘や更なる排斥の為の裏工作、それから守るのが取り込む事を決め、その力を知らしめる事にした僕の義務。

 

 何よりも引き込んだなら身内、そして身内を守る責任が一番大きいのが当主なんだ。

 

 

 それに個人的にも彼女自身を守ってあげたいって思うし……。

 だって彼女は僕にとって大切な存在だ、彼女だけがって言えないのは悪いと思うけれど、複数の中の一人だとしてもアリアさんが大事な女性なのは変わりがないんだから。

 

 

「さて、他の余興は後に回すとして、今より重要な発表を行うとしよう。ロノス殿、ネーシャと共に壇上に来るように」

 

「じゃあ、行こうか、ネーシャ」

 

「はい、ロノス様!」

 

 予定が来るって内心では少しくらいは苛立っているだろうにカーリー皇帝はそんな事をおくびにも出さない。

 この辺りが経験の違いなのかと憧れすら感じながら僕は別の大切な人であるネーシャの手を取った。

 

 手を繋ぎ、足が不自由な彼女に合わせてゆっくりと壇上へと向かった僕達に集まる視線。

 

 今更ながらアルフレッドについて話題に出す人が誰も居ないのは皇帝直々の命令なのか、それとも誰もが居なかった扱いをしても構わないと認識しているのか、皇帝の弟だというのに……。

 

 正直言って親しみを覚える理由もなく、逆に出会って直ぐにリアスに求婚した彼奴は嫌いだけれど、それとこれとは別だ。

 足が不自由になったからと実の親に血の繋がりさえも抹消されたネーシャもそうだけれど、アマーラ帝国の理念である実力主義の暗部を目にした気分だな。

 

 

 

「さて、既に存じている者も多いだろうが、ヴァティ商会より養女に迎えたネーシャがクヴァイル家に嫁ぐ事が決定した。此処に居る皆には暖かい気持ちで祝福してやって欲しい」

 

 カーリー皇帝の言葉を聞いて次々に祝いの言葉が投げ掛けられる、ロザリーはムスッとしているけれど最後尾に居るから壇上に居る一部にしか見られていない辺り計算して……あっ、父親には気付かれて頬を引っ張られているや。

 

 自由だな、彼女。

 

 

「相変わらずですわね、ロザリーったら。……まあ、他の連中よりはマシなのでしょうけれども」

 

 拍手と祝いの言葉にかき消されて僕にしか聞こえない程度の大きさの声で(尚、マオ・ニュとお祖父様にはちゃんと聞こえている。離れているにも関わらずにだ)ネーシャは呆れと嘲笑を言葉に乗せていた。

 

 

 僕達の結婚によって得られる利益を考える者、何かしらの繋がりを欲する者、この結婚が不利益になる者、顔と言葉では祝っているけれど、内心を隠せていないのがチラホラと。

 正直、普通に祝っているようで内面は別物だって相手の方が厄介だし、祝ってくれていそうな相手のみを要警戒、顔に出しちゃっている間抜けは顔だけ覚えていれば良いだろう。

 

 

「三流に関しては私の方で何時でも潰せる準備は整えておきましょう。ロノス様は警戒すべき相手のみ注視をお願い致しますわ」

 

「そうかい? 助かるよ」

 

「これも貴族の妻の役目ですから。……それでロノス様、帝国ではこの様に婚姻発表の場でキスをする事が有りますの。ええ、必ずする訳では有りませんが……」

 

 その事なら既に調べている。

 既に存在はしているけれど実行するのは物好き辺り、したかしないかの言及もされない程度の物だけれど、僕はあえて物好きになる事にした。

 

 

 言葉の途中でネーシャの肩を抱き寄せて唇を重ねる。

 直ぐに離せば視界に入ったのは動揺が混じった赤面のネーシャ。

 そっと唇を指先で押さえた彼女は拗ねた様子で僕を睨む。

 

 

「……もう。いきなりだなんて。レディには心の準備が必要でしてよ? だから仕返しですわ」

 

 可愛らしい仕草に見入ってしまった僕への不意打ち、まさかのキスのお返し。

 僕がした時よりも長い時間、ネーシャは僕と唇を重ねていた。

 

 

 

 まあ、婚姻発表は成功したといって良いだろう、ロザリーが憤死しそうなのは放置して。

 

 

 

 

 でも、ちょっと予想外の言葉がカーリー皇帝の口から出たんだよね。

 

 

 

 

「それでは愛し合う二人には試練を受けて貰う事にしよう」

 

 果たして何をやらせる気なのやら。

 でも、どんな試練だろうと僕はネーシャを守りきらないと……。

 




十章 完!


メインヒロインの影が薄い


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十一章
挑戦状


新将!


 アマーラ帝国首都ガンダーラより東に進んだ先、常に燃えさかる山を迂回して辿り着く場所にその洞窟が存在する。

 

 "忘却の洞窟”、皇族の婚姻が決まった際に儀式として訪れる場所であり、奥にはあらゆる記憶、それこそ神の力で封印された記憶すら思い出させる"追憶の宝珠”が存在するという。

 

 尤も奥まで辿り着く必要は無く、入り口において儀式を執り行った正式な訪問者であったならば一定以上のダメージで外まで戻される安全機能付き。

 但し、それが適応するのは正式な手順を取って入った者だけであり、企て事があって入り込んだ……もしくは何らかの偶然で迷い込んでしまった招かれざる客には洞窟が牙を剥くのだった。

 

「困っりましたねぇ。何っにも思い出せませんねぇ」

 

 洞窟の中に広がる光景は神秘的、鏡の様に周囲の光景を映し出す水晶に壁も床も天井も覆われ、似た構造の通路を進みながら入り組んだ洞窟の奥にまで辿り着けた二人は長い歴史でも片手の指で足りる程。

 忘却の名の通り、何処をどうやって通ったのかという記憶が抜け落ち続け、現れるモンスターに関しても戦闘後に朧気になってしまう。

 

 忘れる無かれ、これは仮にも国を、民を率いるに値するかどうかの秤、侮って良いものでは決して無いのだ。

 

「私はだぁれ? 此処は何処? 分からない分からない分からない」

 

 ましてや許される事無く入り込んだ者であるならば記憶の抜け落ちは洞窟内部に関する事に留まらず、今もこうして侵入者の自らに関する記憶すら奪って行く。

 

 例えそれが女神リュキに創造された神獣将シアバーンであったとしても逃れられない。

 与えられた力によって他者に己のルールを強いて来た存在であっても洞窟が押し付ける試練と罰則には逆らえない。

 

 本来ならば全ての記憶を抜き取られ廃人となる所だが、それでも言葉を話し動き続ける事、記憶の消失の自覚、それが存在するだけでも人とは別格の存在だという事だろう。

 

 

「アァ……美味ソウダ」

 

 だが、格の違う存在であっても其処で罰が品切れになりはしない。

 ダンジョンの力によって生成されたモンスターが排除しに掛かるのだ。

 

 坊主の袈裟に似た茶色の服を着て三つ叉の銛を持った鯰の怪物、ヌラヌラと光る粘液で湿った人型の胴体でシアバーンの背後より忍び寄り、無防備な首に向かって銛の切っ先を突き出す。

 

 神の獣すらにさえ影響を与える洞窟にて現れたるこの怪物、試練の為に生み出された特別製。

 言葉を扱う程の知能と武器を扱う器用さ、そして怪物らしい腕力を持った強者だ。

 条件次第では中堅以上の神獣にすら完封勝ちが望める、それ程の存在。

 

 

 

 

 

 

「まあ、何かを殺せば良いのは分かっていますし、近付く者を皆殺しにするのが良いですよねぇ。アヒャヒャヒャヒャ」

 

 巨大な毛むくじゃらの獣の腕が鯰の怪物の胴体を貫き、抜き取られた。

 胴体に巨大な穴を空けられ、それでも生きているのは余程の生命力の証。

 意地か本能か、半死半生の状態でも武器を手放さず、寧ろ後先を考えずにの特効の構え、死なば諸共、反撃される隙を減らすよりも一撃の威力に巨体全てを乗せようと飛びかかる。

 

「おや、未だ生きてらっしゃるのですねぇ」

 

 特に興味を向けていない口振りで鋭い爪が喉に突き刺され、グリグリと傷穴を広げながら抜き取れば漸く怪物の息の根は止まり、倒れ伏す巨体などに目もくれず進むシアバーンの嗤い声が周囲一体に響く。

 

 その笑い声に紛れるのは靴に付着した血によって響くベチャベチャという水音。

 シアバーンが彷徨い歩いた道に残るのは赤い靴跡、それは薄くなって途切れる事無く入り口からこの場所まで続く。

 

 

「自分が誰かは忘れましたが、命を奪うのは楽しいですねぇ。凄く凄く凄く凄く楽しいですねぇ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 

 何度も何度も床に足跡を描く為の赤を補充しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

「変な夢を見た気がするな」

 

 薄紫の天蓋付きベッドの中、目蓋を貫通して来る日差しに僕は目を覚ます。

 部屋の中は熱帯地方の夏場とは思えない程に涼しい快適な部屋で、だから毛布の暖かさが心地良い。

 このまま目を閉じたままで二度寝したいという誘惑がやっては来るんだけれど、生憎鍛錬の時間だ、頭は怠惰を求めるけれど、肉体は運動を求めていた。

 

「んっ……ロノス様……そんな所を……」

 

 もう目を開いて起き上がろうとした時に耳に届いたのは甘えるような声色の寝言、目を開ければ目の前には白い肌と薄い水色の布地。

 そして僕の頭を抱える白い細腕、隣で寝間着を着崩して眠り、ブラが露出した状態で僕の頭を抱き締めているネーシャの物だ。

 

「……そんな所って、夢の中で僕は君に何をしているんだい?」

 

 静かに呟くけれど彼女は幸せそうに眠ったままだ、当然ながら返答は無い。

 起きたとしても誤魔化される内容な気はするんだけれど……敢えて言わせてみたい気もするや。

 

 ……本当に起きるか。

 もう怠惰じゃなくって色欲の方が誘惑してるけれど、余所の国の余所の人の城で朝っぱらから寝込みを襲うとか何処の色狂いだって話だよ。

 出会って数ヶ月の相手とか疎遠になっていた婚約者に続けて手を出してるから色狂いってのは否定出来ない僕だけど、人間だから不都合な事からは目を逸らそう。

 

 

「それに、どう考えても……」

 

 最初に用意された部屋じゃなく、ネーシャと同じベッドにした事に関する帝国の思惑に従うのも癪だしさ。

 

 

「ロノス様、来て。……ぁん」

 

 ちょっと、ちょっとだけ惜しい気もするけれど!

 

「本当に寝ているよね?」

 

「寝言ですわよ?」

 

 いや、起きているじゃないか……。

 

 

 

 

 

 何故僕がこんな風にネーシャと同衾しているのか、それは受ける事になった儀式に関連する。

 元々原作知識を完全にする事で致命的な事態やイレギュラーの確認に必須だった”追憶の宝珠”、それが存在する帝国所有のダンジョンに入るのだから文句は無いし、目的地でなくたってネーシャとの結婚の上で必要なら喜んで受けるさ。

 

 

「では、儀式の準備が整うまでは城に滞在するが良い。必要な品があれば用意しよう。遠慮せず言ってくれ」

 

 こんな風に扱いだって上々、ノンビリと夏期休暇を楽しもうと思ったけれど、部屋を新しくするからと案内されてみればネーシャとの同室だ。

 

「まあ! ロノス様と一緒の部屋で過ごせるだなんて幸せですわね。ふふふ、皇帝陛下からの最高の贈り物ですわ」

 

 急に部屋を変えるって時点でおかしいと思ったんだけれど、親交を深めて儀式に臨んで欲しいってのが建前だとは思うよ。

 

 ……その親交が何処までを指しているかで建て前じゃ無くなるんだけれど。

 

 

 

 

「朝から誘惑とは……」

 

 朝からエロい……じゃなくエラい目に遭った後、僕が居るのは庭の端にある修練場、カーリー皇帝の許可を得て使用している僕に向かい合うのはパンドラ。

 彼女の周囲には岩の大蛇がとぐろを巻き、その作りは鱗の一つ一つさえも繊細であり、一種の芸術品でさえあった。

 

「昨日は手を繋いで眠りたいって頼まれたから手を出したら指を絡める程度だったんだけれどさ」

 

「私もそんな風に甘えて……いえ、今は止しましょう。行きますよ、若様!」

 

 開始の合図と共に地を這って動く蛇の姿は本物の蛇であるかの様な柔軟で自然な動き。

 先頭の一匹が全身のバネを使って飛びかかり、僕は夜鶴を大上段に構えて振り下ろす。

 そのまま空気のみを切り裂いたかの様な抵抗の無さが腕に伝わる中、蛇は両断、左右に分かれて砕け、その破片の一つ一つが此方も精密な作りのサソリに変化した。

 

 

「へぇ、腕を上げたね。並みの……いや、経験豊富な人でも砕かれたゴーレムを此処までの速度で再利用出来ないよ」

 

「若様と共に歩む為には強くなりませんと。私、強欲ですので政務だけで満足は出来ませんよ?」

 

「君に強くなられたら僕の立つ瀬が無くなりそうでは有るけれどね」

 

 残った蛇、そしてサソリの群れ、一斉に向かって来たそれらからバックステップで一旦距離を取り、一度に視界に納める。

 

 

 

 

 

 

「まあ、だから暫くは引き離しておくよ。そして政務では追い付く」

 

 そして、その全てを細切れに切り裂いた。

 細切れになって散らばった破片が新たな物にならないのを確認すると、パンドラは両手を挙げて降参の意を示していた。

 

 

「では、どちらが先に追い付くのか勝負ですね」

 

 ああ、そうだね。

 これは絶対に負けられない戦いになりそうだ。

 



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オタクの扱いには慣れていない

 僕やリアスは勿論、周囲の人達はそれなりに肉体の質を上げて(レベルアップをして)いるし、基礎的なトレーニングだって積んでいる。

 こんなモンスターだの魔法だの魔剣だのが存在する世界なんだし、力を得るのは必須なんだ。

 ……戦いは専門職に任せて貴族とか文官は自分の仕事に集中出来るのが一番なんだけれど、見た目じゃ強さが分かり辛い上に高いレベルになれば武装した低レベルの戦闘職に素手で立ち向かえるし、文武両道が推奨されるのはやむを得ないって事だ。

 まあ、リアス位突き抜けていれば武だけで問題無いし、あの子はちゃんと聖女の仕事はやれている。

 

 

 さて、レベルを上げるのは必要な事だけれど、上がったら上がったらで問題が発生するんだよ。

 

 

 

「……ふぅ。漸く疲れて来たか。体力が有り余るってのも考え物だね」

 

「仕事をする上では助かるのですが、限られた時間で鍛える際には問題ですよね」

 

 早朝、未だ暗い時間帯から始まった朝の鍛錬は模擬戦をぶっ続けで行い、今朝日が大地を照らし始めている頃合いだ。

 僕とパンドラは漸く滲み始めた汗を手で拭い、ラストスパートを掛けるべく全身に力を込める。

 

 頭の良い人が難しい問題を楽に解く様に、力自慢が重い荷物を楽々持ち上げるみたいに、質の上がった肉体は並大抵の負荷じゃ堪えない、要するに準備運動にすらならないんだ。

 幾ら鈍りにくさも上がるとはいえ、軽い運動しかしないんじゃ強くはなれない。

 だから兎に角全力で動き続ける、限られた時間を有効活用すべく動き続けて肉体に何とか悲鳴を上げさせる。

 どうも戦いで強くなった肉体は戦いが一番効果的に鍛えられるらしく、こうして模擬戦をするんだけれど……。

 

 

 

 

「何ともまあ、随分と派手にやったものだ。将軍、平兵共の訓練で訓練場が此処まで破壊された事はあったか?」

 

「いえ、私の記憶の中では……」

 

「で、あろうな。要するに我が軍の兵はこの二人に劣るという事だ。今後は更に重き訓練を課すように」

 

 兵士達の朝の訓練の視察のついでに僕達に貸し出した訓練場を訪れたカーリー皇帝は破壊の限りを尽くされた訓練場を眺め、冷酷な目をしょうぐんにむけていた。

 

「これは土属性の魔法による物か。魔法によって頑丈に作られた石床が割られ砕かれた貫かれ、見るも無惨な姿になっている。流石は魔王の片腕と呼ばれるパンドラ殿であるな。我が国に引き抜きたい所だ」

 

 カーリー皇帝は砕かれた床の破片をつまみ上げて眺める。

 仮にもモンスターの相手をする兵士達が日々訓練を行う場所の一つだ、並大抵の事では壊れはしないはずなのに、指の中で破片は脆く砕け散って床に落ちていった。

 

 まるで大災害の後で放置された場所が更に年月の経過で崩壊したような惨状の中、称賛を浴びたパンドラは恭しく頭を下げるけれど、カーリー皇帝は本気で言っているみたいだな。

 

 

「お褒めに与り恐縮で御座います。この身が宿す力は全て見出し鍛え上げて下さったクヴァイル家あってこそ。それにまだまだ未熟な身であると自覚しております」

 

「謙遜も過ぎれば嫌味となろう。しかし、見事な物だな。会場でも余興で一部の力を披露して貰ったが……これが時の力か」

 

 カーリー皇帝の指の中から砂のように砕けて落ちた破片、割れたり隆起した岩に貫かれたり、完全に砕けて砂地が見えている石床、崩れた壁に折れた柱、その全てが元に戻って行く光景を目にし将軍は驚きで大口を開き、カーリー皇帝は感心した様子で僕を見詰めていた。

 

 

「お主の家が今のように絶大な力を持つ大家でなければパティの婿として帝国に迎え入れたい所であるな。どうだ? 実質的な皇帝になってみないか?」

 

「ご冗談を。私はネーシャと婚姻を結びましたし、祖国を愛しています。それに陛下が此方側なら国を捨てるなど許さないでしょう?」

 

 あー、面倒だ。

 冗談だって建て前で言っている癖に目は本気だもんな、この皇帝。

 

 僕の家も人材発掘や育成に力を入れているけれど、目の前の相手は有能な人材はダメ元で勧誘するタイプらしいし、今後も付き合いがあるだろうけれど、もしかしたら育成の手間暇とお金を掛けた人材を情報ごと持って行かれそうになるかもね。

 

 その場合はマオ・ニュや僕が任されるような裏の仕事専門部隊の出番で、スカウトに乗った人は事故死や病死扱いになるんだろうな……。

 

 

 

「さて、長話をしていては公務に差し支える。私は他の訓練場へと向かうがロノス殿は朝餉の前に汗を流すと良い。風呂の用意はしてあるぞ」

 

「お心遣い痛み入ります、陛下」

 

「ではな。義理とはいえネーシャは娘だ。可愛がって欲しいと願う」

 

 また身内に厄介な……いや、お嫁さんの義理の(建前上)母親だけれど異国の皇帝じゃ身内扱いは出来ないか。

 もう家内で争っている親族の方がマシだって位に面倒な相手だからなあ。

 

 今後は義理の母として干渉して来る口実を得た相手の背中を眺めていると溜め息が込み上げて来る気分だ。

 あの冷酷な感じから一変して娘の婚約者を気遣う柔和な笑み、顔の使い分けをよーく心得ている厄介さ。

 

 結局、その背中が見えなくなるまで見送っていた。

 

「流石は皇帝って所か……」

 

「ええ、強敵と評価して良いでしょう」

 

 背後から聞こえるパンドラの声は静かな物。

 悔しい話だけれど僕がネーシャと結婚してカーリー皇帝の干渉が始まった場合、一番先に対処して貰うのは彼女にだ。

 

 だから僕は背を向けたまま尋ねる。

 

「勝てる?」

 

「″勝て”と若様がご命じになるのならば。……いえ、命じられずとも勝ってご覧に見せましょう」

 

 最初から最後まで彼女の声は冷静で、そして自信に満ちている。

 分かっていたけれど、頼もしい言葉をちゃんと聞いたら安心するな。

 

 安心した結果、朝ご飯の時間が近い事を空腹をもって体が訴える、気付けば周囲はだいぶ明るいし、朝の鍛錬は終わる頃だ。

 

 

「そう。パンドラならそう言うと思っていたよ。じゃあ汗を流しに行こうか。汗臭いままじゃ朝食の席には座れないからね」

 

「ええ、屋敷ならばメイド長に叱られる所です。下手をすれば神罰を与えて来る……おっと、これでは彼女が神のようですね」

 

「女神ってよりは……うん、これ以上は止めておこう。何故か伝わる気がするから」

 

 尚、僕は敢えて言わなかったけれど、パンドラのメイド長を神扱いするみたいなジョークは正直面白くないと思っていた。

 外交の場では談笑とか出来ているのに、身内ネタになると途端にユーモアのセンスがなくなるのは何故なんだろう?

 それもメイド長限定で……。

 

 

 

 

 

「此処が帝国でなければお背中を流しますのに……。ええ、その際に不手際があってお仕置きされるのも……はっ!?」

 

「部屋にも小さなお風呂があるけれど、あの口振りじゃ大浴場の方だろうし、男女別だろうね。ほら、妄想を口に出していないで行くよ」

 

 自然と並んで歩き、自然と指を絡めて歩く。

 横目で顔を見れば愛しく思える彼女の顔があって心が弾んだんだけれど、背後から声が掛けられて動きを止める。

 

「ふーん。ネーシャみたいに野心たっぷりの腹黒いのに奉仕タイプのネーシャや表面上は天然で明るいけれど中身は冷めてる薄幸そうな巨乳の……アリアだっけ? あの二人も良いけれど、長身スレンダーの知的眼鏡美女も良いじゃないか。羨ましい!」

 

 振り向けば僕達と同様に朝の鍛錬でもしていたのか汗ばんだ様子のロザリーが大小の刀を携えてパンドラを眺め、力強く拳を握る。

 

 ……うわぁ。

 

「え? 何? パンドラを口説きに来たの?」

 

 朝も早くから……吸血鬼族って朝に弱かった筈、眠いのを堪えて鍛錬に励むのは分かるんだけれど……。

 

「いやいや、流石にそれは……」

 

 まあ、それもそうか。

 

 肩を竦めてゆっくりと首を横に振る彼女の姿に早合点かと安心、流石にそんな風に思うのは失礼だったね。

 

 そんな訳が……。

 

 

「ちゃんと身嗜みを整え、場を用意してダメ元で口説くに決まっているじゃないか! 私はラヴンズ・フルゴール国(吸血鬼の国)の第三王女だよ? こんな状態でレディを口説くだなんて有り得ないよ」

 

「……あったかぁ」

 

「おっと、父さんみたいな反応は止してくれ。地味に傷付くじゃないか。私は繊細な乙女……は有り得ないな、うん。自分で言って有り得ない」

 

「それで何用かな? もう風呂に行きたいんだけれど……」

 

「ああ、いけないいけない。欲望を優先しちゃうのは私の悪癖だと兄にも何度も叱られてね。……私の用件はそれさ」

 

 いい加減立ち去りたい気分の中、ロザリーは僕が携えた夜鶴を指差し、興味深そうな視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「その規格外に長い刃、どう考えても普通の刀じゃないだろう? 普通は使い物にならないのに、君の強さは耳に届いている。なら、考えられるのは君の刀は間違い無く妖刀だ。その手の武器のコレクターとして興味が湧いてね。ちょっとだけ見せてくれないかい?」

 

 

 さて、どうやって断ろうか。

 そして早口だった、語りたいタイプのオタクか、彼女。




感想くだせぇ


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駄目な大人ランキング上位常連

 今や愛刀になっている夜鶴と明烏……え? 明烏は要求ばかりして来て愛刀って言えるのかって?

 はっはっはっ! ナンノコトヤラー。

 

「この刀、使えるのかな……」

 

 偶々条件を満たして主に選ばれたのは良いけれど、明烏は“自分を使いたいのならば相応しい敵を用意しろ。されど放置するのも許さない”なんて柄を握った途端に伝わって来たし、幼い僕は不安になった。

 

 夜鶴は夜鶴で大勢の忍者が出て来るのは凄いし、家じゃなくって僕自身の部下が出来るって嬉しかったし、巨大な刀も幼い僕には魅力的に見えたんだけれど、実際に振るってみたら刀身だけで三メートルだ、振るう途中でフラフラ、刃筋なんて合いはしない。

 

 何とかしようとした三日後、僕の心は折れ掛けていたんだ。

 

 だって子供だったんだし、未来を変えたいと願っていても限界があるだろう?

 

「主、ご心配の必要は御座いません。本体は夜鶴めが自ら振るい、忍びとしてお仕え致しますので」

 

 そんな僕に彼女は跪いて大丈夫だと言うけれど、明烏は僕に自分を使わせたいと伝えて来ているし、その相方が違うとは思えない。

 切れ味は抜群、それこそ遮蔽物が遮蔽物にならない位に。

 でも、それは刃がちゃんと振るわれる方向を向いていたらの話、柄が普通なのに刃が異常に長い夜鶴の本体じゃ余程の剣術の腕前がないと無意味だ。

 そんな腕、子供の僕に望む方が無理だと分かっていたのか夜鶴には残念そうな様子すら無くって悔しいのもあった。

 それでも自信が無かった僕が問題を先延ばしにしようとした時だ。

 

 

「貴様は馬鹿者でおじゃるな」

 

 心底呆れた様な声と共に頭に拳骨が落されて、夜鶴がすかさず動いていた。

 短刀を手に僕を殴った相手に飛び掛かり、同時に分体が僕を抱えて退避をしようとして、僕は殴った相手に抱えられて木の上で彼女を見下ろしている状態だ。

 

「貴様!」

 

「主を返して貰うぞ、狼藉者めが!」

 

 真面目な性格なのか、この頃は機械的な感じだったから使命の為なのか出会った僕の為に明らかに格上の相手に挑もうとするんだけれど、捕まっている僕の方は落ち着いていたよね

 そして少し諦めていた。

 

「忠誠は結構、だが扱う為の労力を無駄だと断じる様な態度は如何な物であろうな。マロ、ちょいご立腹でおじゃる」

 

 独特の口調に知った声、そして朝から漂う強烈な酒気と片手の瓢箪、ここ迄くれば顔を見なくても誰かは分かった。

 

 

「夜鶴、大丈夫だよ。知り合いのヒスイさ……誰?」

 

 分かったから顔を見たら似てはいるんだけれど髪の色とか色々違って別人だった。

 え? 本当に曲者!?

 

 僕が知っているヒスイさんはナギ族……いや、ギヌスの民の中で剣の腕前ならトップだという凄い人。

 黄緑色の髪を伸ばして表情が分かり難くし、スラッとした二メートル近い長身に着流しの大きく開けた胸元には背中まで貫通する傷跡。

 何を考えているのか分からない言動。但し半分以上は常に酔っぱらっているからって割と駄目な大人。

 

 けれど僕を抱えているのは茶色っぽい髪を伸ばしてはいるけれど人の良さそうな顔を出したお姉さんで、胸にはサラシを巻いているし、片足が義足だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 不審者かと思いきや知り合いで大丈夫かと思いきや命の危機だと焦る僕に不審者は怪訝そうに首を傾げ、ふと自分の額に手を当てた。

 

 

「マロとした事がウッカリしてたでおじゃるよ。二日酔いとは怖い怖い。迎え酒迎え酒、二日酔いには迎え酒でおじゃる」

 

 瓢箪の中身を一気に飲み干した途端に酒臭いピンクの霧を吐き出したかと思うと忽ち彼女の全身を包み、不審者の額から鬼族の証である角が生え、髪の色が一気に変わって丸っ切り別人な知人になっていた。

 

 

「あの姿は金目当てに賊をおびき寄せる為の餌でおじゃるよ。マロのお気に入りの酒は高価でおじゃるからな。でも、流石にクヴァイル家の領地じゃ賊なんて見つからないし……久し振りじゃな、金貸してたも」

 

「えっと、もう一度紹介するね? 僕の乳母の従姉妹のヒスイさん。だから警戒しなくても……」

 

「更に言うなら今日からレナスと一緒にロノスを鍛える事になったでおじゃるよ。じゃあ金を……」

 

「え? 僕聞いてない……。そして、僕、貸さない。レナスから絶対に貸すなって言われてるから」

 

「今思いついた! 顔を見に来たら甘えた事を言ってるでおじゃるし、マロの剣術を叩き込んでやるから感謝せよ」

 

「夜鶴、助けて!」

 

 

 レナスだけで地獄だったし助けを求めて当たり前だったけれど、結局はヒスイさん……師匠呼びを強制する人にも鍛えられる事になったんだ……。

 

「所で少しだけで良いから酒代を……」

 

「貸さない」

 

 この時、慣れている僕はヒスイさんこと師匠への評価が割と駄目な大人のままだったけれど、初対面の夜鶴は駄目人間だってなっちゃったらしい。

 

 

 明烏? 斬り合いが楽しそうな面白い女、だって夜鶴から教えて貰ったよ。

 いや、斬られるのって僕だよね?

 

 

 

 まあ、こんな風に何とか使いこなせるようになった夜鶴だけれど、それをコレクター的な興味で他人から見せて欲しいと頼まれたとして、ホイホイ見せられるかって話なんだよね。

 

 

「無理だね。興味があるから見せろと言われて簡単に見せるような仲じゃないだろ、僕と君はさ。妖刀だって分かっているのなら当然じゃないか」

 

 相手は祖国と仲の悪い国のお姫様、共通の友好国に居るし、遭遇したら即座に戦いになる程じゃ無いけれど、少なくても妖刀の能力を教えるのは勿論、武器を渡すってのも論外だ。

 

 さて、これで納得してくれるんだったら助かるんだけれど……。

 

「あっ、そうかい。じゃあ良いや」

 

 助かったよっ!?

 

「おいおい、どうしたんだい? まさか私が鬱陶しい程に頼み込むとでも? はっはっはっ! まさかまさか」

 

 心外だ、とばかりにロザリーは肩を竦めている。

 いや、ネーシャ相手に人前で口説いてたし、パンドラの事も急にあんな事を言い出すし、常識が無いのかと……。

 

「……え? まさか本当に思われていた? 私の評価ってそんな物なのか。酷いな、君」

 

「酷いのは短期間で見せた君の言動じゃないかい?」

 

「そうかい? そうかな……そうかも、そうだな! はっはっはっ! まあ、私はちゃんとしたコレクターだし、他人の物に無理に手を出すのは御法度って分かっているのさ。父さんの物は勝手に持ち出すけどね。……あの人、珍しい武器を集めて後生大事に仕舞い込むんだ。美少女は愛でてこそ、名刀は斬ってこそなのにさ。だから勝手に持ち出してバンバン使ってる!」

 

「親指立てて良い笑顔で言う事?」

 

「言う事じゃなかったら言わないさ。うちの一家って大体そんな感じだから」

 

「変わってるなあ……」

 

 

  分かっていた、分かっていた事だけれど……自由だ。

 これが一国の王女の振る舞いなのかと考えれば王国のマザコン王子の姿が頭に浮かぶ。

 あれ? 寧ろ王族ってこんな感じなのかな?

 

 

「姫様ー!」

 

「ロザリー様ー!」

 

「おや、一人で鍛錬がしたいからと貸して貰った場所を抜け出して剣を振るっていたんだけれど、流石はリュミイエモンとショタナイ。もう見つかりそうだ。君達と話してるのを見付かったら五月蠅いし、此処で失礼させて貰うよ」

 

 言いたい事だけ言った挙げ句にさっさと去ろうとするロザリーだけれど、何かを思い出したように立ち止まって顔だけ向けてきた。

 

 

 

「言っておこう、名誉の為に! うちの家族は長女が天然で次男が卑屈だけれど基本的には真面目だし、唯一ノリで動く私と一緒にしないでくれよ?」

 

「其処は真面目になろうって選択肢は無いのかい?」

 

「私は私らしく生きたいのさ。じゃあ、今度こそさらばだ。まあ、父さんと魔王殿が何やら話をしていたらしいし、近い内にまた会うかもね。……君に嫁がせるとかは絶対に嫌だなあ」

 

「無いんだ、選択肢は……」

 

 そして僕も嫌だよ、そんな風に言いたいのを我慢している間にロザリーはさっさと姿を消したし、僕達も遠目に見つからないようにさっさと大浴場の方に向かうんだけれど、お祖父様がしていたって話が気になるな。

 

 

 

「パンドラ、何か知っているかい?」

 

 僕の問いかけにパンドラは静かに顔を左右に振る。

 側近の彼女にさえ話さないなんて、本当に何を話し合っていたのやら。

 

 

 只、吸血鬼族との関係に歴史的な影響を及ぼす、そんな予感がしていた……。



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趣味嗜好はそれぞれですので!

アンケートそろそろ締め切ろうか

知らない記憶さえ有るのに0票のネーシャ ネタ枠のポチへの投票皆さん分かってらっしゃる


 浴場に向かいながら僕が考えていたのは観光についてだった。

 お祖父様とマオ・ニュは先に帰っているし、気楽に……と言うのは他国だから無理ではあるんだけれど、来た時に見た市場で食べ歩きをするのも良いし、ポチや友達にお土産を買うのも悪くない。

 

 

 忘却の洞窟に行く為の儀式の準備がもう直ぐ終わるし……あっ!

 

 

「リアス、ちゃんと宿題しているかな……?」

 

 あの子の事だから最後の最後まで貯めてヒーヒー言いながら僕が手伝う事になるんじゃないのかな、それともメイド長が戻って来るから見張りはしてくれるかな?

 

 

「彼女が居れば大丈夫か……」

 

 何だかんだ言って僕達の両親が生まれるより前から家に仕えているし、頼りになるからな。

 ……若作りとか年齢関連の話をした時には怖いんだけれど。

 

 

「あの見た目の若さの秘密を知りたい気…分……」

 

 

 脱衣所に誰か居る、それを感じ取った僕は警戒心を持って扉を開けるのを躊躇する。

 カーリー皇帝が今から入れと言った以上は掃除をしている最中とは思えないし、扉の向こうの相手は存在を隠す気がないのは確かだろうけれど、わざわざ脱衣所で何をしているんだ?

 

 扉を挟んでじゃ物音や何か話しているのは分かるけれど、誰の声で何を話しているかは分からない。

 

「別の場所と間違えた? いや、此処に来る前に僕のために用意されたのは此処だってメイドから聞いたし……開けるか」

 

 警戒の理由は刺客の可能性から。

 帝国の城の中だからって来ないとは限らない、刺客が入りやすい場所でしか暗殺が起きない訳じゃないんだし。

 

 でも、汗は流したいし、刺客なら対応すれば良いかと扉を開ければ、どうやら杞憂だったらしい。

 

 

 

 

「……こうやって直で見れば凄いですわね。どうやれば胸にだけ脂肪が付きますの?」

 

「え? ええっと、私も特に特別な事はしていなくって……」

 

「え? なんですの、それは。ふざけていますの? 運動が難しいから全身に脂肪が付くのを何とか防いでいる私に喧嘩を売ってます?」

 

 そう、脱衣所にいたのはアリアさんとネーシャだったんだ。

 服を丁寧に畳んでカゴに入れ、下着姿で長椅子に並んで座りながら話をしているんだけれど、胸の話がヒートアップしたネーシャがアリアさんの胸を真下からペチンペチンと叩き、揺れるものだからますますムキになって……っと、いけないいけない。

 

 扉を開けっ放しだったし、ちゃんと閉めないとね。

 脱衣所に入り、誰かがウッカリ開けてしまわないように鍵を閉める。

 二人共、不用心なんだから。

 

 

「ネーシャさんだって小さくはないじゃないですか……」

 

「ええ、貴女に比べればずっと小さいですけれど。ずっとずっと小さいですけれど」

 

 しかし思わぬ事態に出会し…た……あっ!?

 

 

 僕、何を平然と二人が脱いだ状態で居る所に入って鍵まで閉めているんだ!?

 

「直ぐに出て行かないと……遅かったけれどね」

 

 鍵に手を掛けた所で目が合う二人、思わず二人の全身を見てしまう。

 

 

 アリアさんはピンクのレース付き、色々と胸がはみ出しているけれど、肌の方は少しはマシになっても長年の低栄養状態のせいで血色が悪いし、全体的に細い。

 

 ネーシャは水玉模様の上下で、アリアさんとは違って健康的な細さで、胸だって言うほど小さくはないよね。

 

 こんな風に何処か冷静なのは二人とは普通の関係じゃ無いからとか、大事にしようとはしないと思っていたからだろう。

 我に返っても慌てず、謝って直ぐに出て行けば大丈夫なのだと……甘い考えがあった。

 

 

「えっと、手違いがあったみたいだ。僕は失礼するよ。……あれ?」

 

 後ろ手に鍵を開けて出て行こうとするも扉が開かない、見ればネーシャの足下辺りから床が凍った箇所が一直線に伸び、扉の下半分辺りで分厚い氷の塊になって扉を完全に固定している。

 それで止まった動きの隙を狙うかのように影の手が僕の脚をガッシリ掴む、但し敵を相手にする時は肉に食い込む爪の先が丸いし、拘束はしているけれど締め付けられる感じはしない。

 

 

 さーてと、凄く嫌な予感がして来たぞ、起こる事は幸せ寄りな気もするけれど。

 

 

「アリアさん、お聞きになりまして? 美少女二人が下着姿でお待ちかねしていましたのに、事故って事で出て行くそうですわよ」

 

「え? 別に下着以上の姿を見ているのにですか?」

 

 動けない……いや、魔法を解除したら逃げられるんだけれど逃げちゃ駄目な奴だ、これ!

 

 顔を見合わせてわざとらしい会話をしているアリアさんとネーシャ、確かに海では下着の下も見ているんだけれどさ。

 でもまさか朝から他国の城で下着姿の女の子が待っているとか普通は思わないよね、ハニトラ以外では、ハニトラなのかな、これって……。

 

 

「えっと、僕は此処に汗を流しに来たんだけれど、二人が居るだなんて聞いてはいないけれど?」

 

「私達が待っていると聞いたら来なかったでしょう? 皇帝陛下もそれが分かっているから黙っていらっしゃたのでしょう。……他の国の女性に抜かれぬように籠絡しておけと言われていまして」

 

「わ、私もネーシャさんと仲良くしているから一緒に……あの……」

 

 ニコニコと平然としながら告げるネーシャ、モジモジして俯いたアリアさん(演技)、そっか、あの女帝様もグルだったんだ、見抜け無いとか後から伝わったらお説教しそうなのが沢山居るなー。

 

 

「……え? じゃあ、二人共一緒に入るの? その格好で?」

 

 二人は立ち上がって僕を挟むように立つ。

 アリアさんは腕にギュッと胸を押し付け、ネーシャは少しだけ僕にもたれるようにして、気が付けば僕の拘束は解かれて歩き出すんだけれど、二人に逆らうのは怖かったのが逃げ出さなかった理由なんだよね。

 

「下着でお待ちしていたのが不思議だったでしょう? 流石に裸で待つのは恥ずかしかったのですわ」

 

「ロノスさんには裸を見られていますし、それに……」

 

 ああ、ちょっと気になったんだけれど、恥ずかしかったのなら納得かな?

 このまま下着姿のまま風呂に向かって行くのは何故かって思うんだけれど、雰囲気がそういう物だったあの時と違い、今は落ち着いているし二人一緒に居るからなぁ。

 

「……下着は脱がないの?」

 

「ちょっと直ぐに脱ぐのはどうかと思いまして。ほら、このまま脱いで……するのは良いのですが、皇帝陛下の思い通りに行動するのも癪でして」

 

「ロノスさんとの……は誰かの指示でするのは嫌ですから」

 

「ああ、でもロノス様が脱がしたいのならお好きなように。……ご満足頂けるまでご奉仕致しますわね」

 

「ロノスさんなら襲っても良いですよ? 沢山イチャイチャしたい…です……」

 

 耳元で囁かれる甘い誘惑、心がぐらりと揺れるのを感じる。

 うん、もう据え膳食わず云々って色欲が耳元ではやし立てるんだけれど、他国の城だからなあ。

 

 自分の屋敷には可愛い愛しの妹が居るし、使用人だって親しいのがいるんだから無理な気はするけれどそれはそれ。

 

 ……ぶっちゃけ夜鶴に一晩中搾られてなければ流されてたかも知れないな。

 

 

「あの、僕は脱がないと……」

 

「……これはうっかり」

 

「後ろ向いていますね。……えっと、これを使います?」

 

 二人揃って僕が脱ぐのを忘れていたみたいだし、慌てて離れながら渡してくれたタオルを腰に巻く事にした。

 うん、流石に丸出しは精神的に来るから……。

 

 

 しかし、下着姿で入浴か……。

 

 隠すべき所は隠れるけれど、下着って濡れたら透けるよね?

 張り付いて透けている濡れた布だけ着ているって全裸よりエッチだと思う、性癖的に良し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水着だって普通に小さいビキニより、上からシャツを着て、それが濡れて透けた上で張り付いてラインが丸分かりの方が魅力的だと僕は思っているし、そもそも(以下十五行短縮)。



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犬より猫、そして猫より鳥が好き

 期待していた物とは違うけれど、これはこれで悪くは無い、今の状況がそれだと思う、うん。

 

 アリアさんとネーシャ、美少女二人との混浴だって聞かされて僕だって色々期待しちゃっていたよ。

 ほら、鍛錬の後だし、風呂に入る前に体を洗う必要があるからさ。

 

 屋敷では女の子のリアスと違って自分で洗っている(聖王国の貴族に伝わるお風呂文化)けれど、折角二人と入るんだし、互いに体や髪を洗ったりとかしたいと思わないかい?

 

 ……夜鶴が分体と風呂場に乱入して来た時は一方的に洗って貰うだけだったけれど、洗っている時の反応とか見てみたい。

 

「きゃっ! くすぐったいですわ」

 

「ロノスさん、そこは……」

 

「駄目駄目。ちゃんと全身綺麗に洗わないとさ」

 

 こーんな会話をしながら二人の全身をスポンジで撫で回したり、反対に僕が洗って貰う時は二人が挟み込むようにして洗ってくれたり……。

 

「其処は私の役目ですわよ」

 

「早い者勝ちという事で……」

 

 何を使ってどうやって洗うのかってのは……うん、その場の流れで。

 僕が頼むより恥ずかしがる二人が率先してエッチな方法を選んでくれれば……。

 

 

 

 

 

「……まあ、そんな事にはならなかったんだけれどね。うん、次があるさ、次が。きっと、多分、もしかして……」

 

 全部全部都合の良い妄想、現実とはまるっきり違うのさ。

 まあ、僕ってポチの体は洗ってあげているし、小さい頃にレナスの背中を流したりはしたよ?

 修行先であれこれ言う人も居なかったしさ。

 

 あの時から既にレナの視線が尋常じゃ無かったのは忘れるとして、今の僕の周囲には氷の壁。

 風呂場なのに氷の壁が周囲にあって少し寒い……早く温かいお湯に浸かりたいんだけれど、壁越しに聞こえて来る声も気になっていた。

 

 

「ひゃんっ!? 私、そこは敏感でして」

 

「それにしてもアリアさんの……いえ、アリアの髪はサラサラで羨ましいですわ。私なんて如何にも時間をかけてるという感じにクルクルになってしまって」

 

「え? その髪型って自前だったんですか!?」

 

「そうですわよ? 時短にはなりますけれど、何度直そうとしてもクルクルになりますし、一度は丸坊主にしようとさえ……冗談ですから」

 

「えっと、何処からですか?」

 

「さて、何処からでしょう?」

 

 こんな感じに壁の向こうでは二人のキャピキャピキャピした会話、ちょっと期待した背中の流し合いは二人だけでしているのさ。

 

 ちゃんと洗わないと駄目だからって下着は一旦外しているらしいし、今はネーシャが泡まみれって事か……正直見たい。

 濡れ透けも良いけれど、泡で隠すだけってのも良いよね、凄く。

 こう何かの拍子に落ちたり弾けたりして……。

 

「……さっさと洗おう」

 

 何かね、身嗜みを整える姿を覗くのは野暮だから絶対に覗くなって笑顔の圧力と共に周囲が氷に覆われているんだ。

 体を洗い終わって伝えたら浴槽までの道を作ってくれるってさ。

 

 

 魔法の解除? おいおい、僕に会話を聞かせつつ焦らしてるのに覗いたら台無しじゃないか。

 だから念入りかつ最速で体を洗うのさ、魔法だってフル稼働だ。

 

 

 

「ネーシャ、お願い出来るかな?」

 

「あら、もう終わりまして? うふふふ、この後が楽しみで待ちきれないのですね。では、お先に温まって下さい。勿論、先にお湯を被って暖めておかないと駄目ですわよ?」

 

 それを言うなら闇魔法の壁でも良かった気がするんだけれど、敢えて言わずに形を変えて行く氷の壁を眺めつつ念入りに体の冷えを追い出した。

 

 

 

 

「ネーシャさんのお肌ってスベスベですね。吸い尽く感じがして……」

 

「あら、嬉しいですわね。お肌のケアにはお金を掛けていますの。そうですわ! 私が愛用している香油をお分けしましょう。私は使用人に塗って貰っていますが、今回はロノス様に塗って頂いても宜しいかも」

 

「隅から隅までですか!?」

 

「ええ、全身隈無く……」

 

 暖かいお湯(何か薬草が入っているのか良い匂いがして緑っぽい色だ)に使い、氷の壁の向こうで交わされる会話を聞いているんだけれど、色々と話が進んでいるな、僕を置き去りにして。

 寝転がった二人の体に香油を垂らして塗り広げる光景を思い浮かべながら天井を見上げるけれど悪くない、むしろ最高の光景じゃないだろうか?

 

 まあ、至福の時間になりそうなんだけれど、二人だけなら兎も角、僕が居るって分かっているのに二人共そんな会話をするだなんて、僕を弄くって遊んでる気もするんだけれど。

 実際は”恥ずかしいので”とか言って僕には塗らせないってのが容易に想像できるよ。

 

 

 こんな感じで僕が期待したり色々したりしている中、二人は随分と仲が良さそうだ。

 うんうん、良かった良かった。

 

 

 ……仲裁とか大変そうだしさ。

 

 

 

 

 

「……それにしても大きいにも程がありません? 全体的に肉付きが薄いから余計に大きく感じるんですわよね」

 

「ひゃんっ!?」

 

 ……あー、何か焦らされている感じがするな。

 もう体なんてとっくに洗っているだろうに二人は何時までも遊んでいるし、ソワソワしてしまいそうだよ。

 

 それでもそんな姿を見せまいと誰も見ていないのに平静を装い、二人の会話に耳を澄ませばそろそろ入って来そうだ。

 

「それでは下着を着てお風呂に入りましょうか」

 

「は、はい。ちょっと透けて裸より恥ずかしい気がしますね……」

 

「殿方はこんな感じなのがお好きらしいですわよ」

 

「ロノスさんもお好きなのでしょうか?」

 

 うん、正直めっちゃ好き。

 

 氷の壁が消えた時、真正面から見ているのは少しガツガツしている気がするし、だからって背中を向けているのも興味が無いってバレバレの演技をしている気もした僕は浴槽の横の辺りに移動し、二人が居るであろう場所に側面を向け、両腕を浴槽の縁に両手を置く感じだ。

 

 後は氷の壁が溶けて、二人が入って来るだけ……の筈だったんだけれど。

 

 

 

「むはー! 凄く広いお風呂で御座るなー! むむっ! 何か氷の壁が出来ているで御座るよ、姫!」

 

 突然バンって大きな扉が開く音と共に浴室に響き続ける間の抜けた声。 

 エコーが掛かって凄く五月蠅いし、この声って……。

 

 

「……ボタモチ、ちょっと五月蠅い。今は目の保養の途中なんだ。ちょっと静かにしてくれ」

 

 やっぱりか!

 

 続けて聞こえて来たドロシーの声、何で君達が来るのかな!?

 

 

「了解で御座るよ! 拙者は姫の忠臣、どの様な命令でもこなすで御座る!」

 

「あーもー! 相変わらずお馬鹿で可愛いなあ、ボタモチは! よーしよしよし、ちょっと大人しくしておこうねー」

 

 うんうん、ポチは賢くて可愛いけれど、お馬鹿なペットが可愛いというのも分かる気がするよ、ポチは賢いけれど!

 

 壁の向こうから巨大な犬を撫で回す音、僕もポチを撫で回したいという気分になりながら少し焦る。

 

 ネーシャやアリアさんと一緒に入るまでは良いけれど、ドロシーは不味い。

 だって敵対してる国の姫だもの!

 

 

「……ドロシー、何をしに来ましたの? 貴女の為に別の浴室を用意している筈ですが?」

 

「うん、汗を沢山かいたし、ボタモチが臭くなってるからついでに洗ってやろうかと思ったんだけれどさ」

 

「臭い!? 拙者、臭いんで御座るか……」

 

 見なくても耳を垂れさせて落ち込んでいるのが分かる声を出すボタモチに癒されながら状況を理解する。

 

 凄く不機嫌そうなネーシャの言葉からしてロザリーが此処に来るのは予定外か。

 なら、直ぐに出て行ってくれたら良いんだけれど……。

 

「それで何故居ますの?」

 

「おいおい、冷たいな。何かボタモチが間違って飛び込んだけれど、麗しの子猫ちゃん達がキャッキャウフフしている光景を察してね。……ボタモチ、ちゃんと洗ってあげるから気にしなくて良いよ」

 

「そうですか。では、即座に出て行って下さいませ」

 

「所で壁の向こうには誰が居るんで御座る? 拙者、ちょっと見に……おりょりょ?」

 

「馬鹿っ! 足下の石鹸に注意を……あっ」

 

 何か巨大な物が滑ってやって来る感じの音。

 一秒後、氷の壁を砕いて顔を出したボタモチと僕の視線が重なった。

 

 

「これはロノス殿! 先日はお世話になったで御座る!」

 

「あっ、うん。飼い主に会えて良かったね」

 

 そっかー、普通に話しかけて来るんだね、嬉しそうだし。

 

 

 凄く凄く微妙な気分になった、そんな夏の日の朝だった……。

 

 

 

 

「「「……」」」

 

 この後、直ぐに出て行ったロザリーとボタモチだったけれどイチャイチャするって雰囲気は完全に壊されちゃったし、普通に入って普通に出たよ。

 

 

 ……おのれ、吸血鬼め!

 そして犬よりグリフォンの方がペットとして優れているとこれで証明されたぞ!



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抵抗出来ない(する気も無い)

 机の上に置かれた資料の山の中から一束手に取って目を通す。

 

「動きが無いのが本当に不気味だな。潜んで動いているのか、何か大きな事をしようと準備を進めているのか……」

 

 

 ”読んでおくように”と送られてきた資料(この後で処分はするけれど誰かに見られても構わない程度)を読んでいるけれど、頭を悩ませるのは”ネペンテス商会”の動き。

 神獣将の一人であるシアバーンが率いる組織で少し前までは幸せの門だのレキアへの接触だの色々と動いていたんだけれど、最近になって末端が勝手に動いたらしいのを捕縛した以外は音沙汰無し。

 

サマエル(アホ)ラドゥーン(馬鹿)の仲間だから間抜けだったら助かったんだけれど……」

 

 関わった僕が抱いた印象だと二人のお守りの苦労人で頭脳労働担当だって印象だったし、動きが見えないのはどうも怪しい。

 

 

 背もたれに体重を預けながら資料を眺め、見落としが無いかと最初から最後まで三度見直し、資料をペンが通される前の状態に戻す。

 机の上には未だ読んでおくべき書類の山、読むだけでこれだし判子や修正を命じる必要がある場合は更に山が積み重なると思うと頭が痛くなりそうだ。

 

 

 

「まあ、将来的にはそんなのをする必要があるんだし、欲を言えば今の僕が出来た方が良いんだけれども……んっ!」

 

 グッと伸びをしながら時計を見ればお昼前、朝早くに二人と混浴して戻って来てからずっと書類に目を通していたからか体が凝り固まってしまいそうだ。

 未だ読んでいない書類の山は多いし、夏休みの宿題だって残っているのをやらなくちゃいけないんだけれども、気分転換がしたいな。

 

 

「バザーとかを見に行きたいし、レナでも引き連れて……あっ、無理か。厨房で勉強中だ」

 

 お祖父様達は先に戻ったけれどレナは僕と一緒に帰る予定だ。

 でも、此処はクヴァイル家の屋敷じゃないし、僕の身の回りの世話にしてもやる事は限られているし、この機会にって帝国の宮廷料理を習う事にしたのを思い出した。

 

 

「確か……”女性の裸体を皿の代わりにするのもあるとか。教わりたいものです”とか言ってたよね。教えないよね、普通はそういうの」

 

 教えてくれる人達を困らせていないか心配になった僕は椅子から立ち上がると一束だけ書類を流し読みにして机の上に放り捨てる。

 

 残りは後から加速状態で一気に読むとして、厨房に様子を見に行くついでにバザーを見学にでも行こうか。

 

「屋敷だったら買い食いするからお昼ご飯は要らないって言えるんだけれど(毎週は無理)、ちょっと小腹を満たす程度かな? 取り敢えず肉が食いたい、肉が」

 

 帝国は水源となっている大河や膿で穫れる種類豊富な魚介類がメインの場合が多い。

 聖王国に虫料理の風習が有るのと同じで食文化の多様さは種類の豊かさに繋がるけれど、今の僕の舌は肉の脂を求めている。

 

 魚も良いけれど肉をたらふく食べたいんだ、贅沢を言えば揚げ物か炭焼きにタレを塗った奴!

 

 

 当然、僕と同じ事を思う異国の客を予想しているのかバザーには帝国の食卓では上がる事が少ない肉料理の屋台だって幾つか見かけているし、めぼしい店は来た時にチェック済みだ。

 

 

「さて、そうと決まれば早速出るか。お昼に響かない程度にするのが残念だけどさ。流石に客が余所の国の城の料理人に屋台の方を食いたいから用意しなくて良いとか言えないし……はぁ。ん? 誰かな?」

 

 

 遠慮がちに響く数度のノック、扉の先から感じる気配は一つ。

 

「もし、ロノス様。お入りしても宜しいですか?」

 

「ネーシャなら構わないよ。ほら、今開けるから待ってて」

 

 幾ら城の中でも足が不自由なんだし、皇女になったって立場からして少し不用心かとも思ったけれど、それを指摘する前に彼女を迎え入れる方が先決だ。

 一刻も早く彼女の顔を見たい……先に言っておくけれど、さっきのお風呂で台無しになったナニソレを改めて、とかは考えてないよ?

 

 うん、本当にちょびっとだけしか。

 

 それよりも杖を使わないと歩くのが大変な彼女が扉を開けるのが大変だろうから慌てた様子を見せない程度に急いで扉を開ければ普段着に着替えたネーシャが笑顔で僕を待っていた。

 アマーラ帝国は砂漠の国(エワーダ共和国は山脈連なる地形だし、周辺国で環境が違い過ぎるとかはまあ、大地に宿る魔力の影響的な?)、日差しも強いからか肌を出さない方が涼しい程でもあるけれど、長袖にフード付きって服装を見ればお出掛け前なのが分かる。

 

「わざわざ申し訳御座いません、ロノス様。私の為に扉を開けて下さったお礼をしたい所ですわ」

 

「君の為だから構わないさ。それでもお礼がしたいなら……今のお洒落した君を見せて貰った事で十分さ。お出掛けかい?」

 

 ちょっと出るから挨拶だけしに来たって所かな?

 

 花柄の服を着たネーシャの姿と風呂場で濡れ透けの下着姿だった時の姿が重なってしまい僕が一瞬だけ硬直してしまった時、横を彼女がすり抜ける。

 

「お出掛けじゃなかった?」

 

 それなら直ぐに外に向かえば良いのに彼女は僕の客室の中を進み、少し話をしたいのかと思ったら椅子じゃなくベッドに深く腰掛けた。

 そのままベッドのバネで遊ぶように体を揺らしているし、少しのんびりしようって感じだ。

 

「ええ、その予定でしたが、今朝の大バ……ではなくってドロシーの愚行で台無しでしたでしょう? 私としても不本意でして、せめてご一緒にお出掛けしたいと思い、こうしてお誘いに参上しましたの。……本音を言えば誘って頂きたかったのですが、我が儘でしたわね」

 

 ……護衛も荷物持ちも連れていない時点で気が付くべきだったか。

 ネーシャの立場を考えれば普通は一人じゃないって分かっているんだし、少し配慮が足りなかったね。

 ちょっとだけ不満げに見えるけれど、そんな表情を見せてくれるのは嬉しいな。

 出会ったばかりの頃は取り入ろうって感じだったからね。

 

 女の子の方からデートに誘わすのは少し野暮だったかと反省する僕だけれど、この後はちゃんと分かっている。

 

「それは助かったよ。僕も息抜きがしたいと思っていたんだ。じゃあ、バザーでも見に行こうか?」

 

 そう、僕から改めて誘うんだ。

 

 ネーシャもそれで満足かなって思ったんだけれど、彼女は一瞬だけ嬉しそうな顔になったのに、次の瞬間には悩み、直ぐに悪戯をする時の様な笑みを浮かべたまま後ろに向かって倒れ込んだ。

 

 

 そして思いの外勢いが強くなったのか大きく跳ねてバランスを崩してベッドから落ちそうになったけれどベッドの縁を掴んでギリギリ止まる。

 

 ……うわぁ、凄く焦った顔をしたのに一瞬で余裕を取り繕ってるよ。

 

「……本当にそれで構いませんの?」

 

「それだけって?」

 

 此処で”大丈夫?”とか言ったら駄目な気がする。

 ネーシャの中で僕の評価がガクッと下がるな。

 

 故に素知らぬ振りをして尋ねれば彼女は胸元を緩め、足を組み替える。

 

 ……パンツ見えた。

 

 

「うふふふふ。例えば……これ以上をレディの口から言わせるなんて意地悪な事をしないで下さいませんか? 私は何をされても抵抗出来ませんし、する気も有りませんの。なすがまま、好きなように、したい事を、やりたいだけ。……人払いは済ませております」

 

 そんな事を言った後、ネーシャはゆっくりと瞳を閉じて急に起きあがったかと思うと窓まで移動して外の様子を注意深く伺う。

 

 ……一体何を……あっ。

 

 

 

 

 

「まーたダイフクが突っ込んで来るって思っているの?」

 

「あの子は単純で余りにもアホ……いえ、純粋ですもの。ドロシーに誘導されて悪意無く邪魔をしますわ」

 

「……ふーん。だったらさ……」

 

 窓を含め、扉も壁も天井も床も、全てが黒く染まって行く。

 ちょっと暗くなったけれど……丁度良いか。

 

 背後からネーシャを抱き締めれば、彼女は腕に手を重ねて僕の方を見て微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、これからどうなってしまうのでしょう。こわいですわー」

 

 最後の方は明らかな棒読み、随分と楽しそうだな。



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意地悪

ヒロインアンケート ポチの独走! ……ヒロ、イン?


 静かに降り始めた雨から、そして別れた時瞬間から待ち受ける様に逃げ込んだ洞窟の中、聞こえたのは雨音と二人の息遣いと鼓動。

 

「ロノス様、ロノス様、ロノス様ぁ・・・・・・」

 

 先程純潔を失ったばかり所か物心付いてから異性に対して肌を必要以上に見せて来なかった私なのに、指と指、舌と舌を絡めて獣の如く相手を求める。

 引っ込み思案で言いたい事の半分も言えず、ロノス様を少しでも引き離せばリアス様が怒るからデートも数える程しかしていないのに、こうやって外で殿方に跨がっている姿なんて昨日までの私が見たら恥ずかしさで気絶をしてしまいそう。

 

「ネーシャ、もうそろそろ・・・・・・」

 

「嫌・・・です・・・・・・」

 

 もう何度目か分からない程に果て、体中が土や互いの体液で全身が汚れて体力もとっくに尽きて来た時、ロノス様が終わりを告げようとしたのを拒否する。

 ふふふ、私がこんな風にはしたない真似をするだけでも驚いていたのに反抗までしたからロノス様ったら驚いてしまって・・・・・・。

 

 これ以上は何も言わせないとばかりに唇と唇を強く重ねて体を密着させる。

 これが終わって別れてしまえば、それが二人の今生の別れとなってしまうのを私は分かっている。

 

「好きです。愛しています・・・・・・」

 

 あの日、手に入る筈だった全てを失い自分の価値に自信が持てなくなった私。

 もう終わりなのだと全てを諦めて、婚約者が決まった時も役割を果たすだけの人形で良いと思っていたのに。

 

「ロノス様、私と何処か遠くに……」

 

「……」

 

 あの日、二人に凄い所を見せたいという欲求から全てを失った私、だから何も望まずに与えられた役目をこなして生きて行こうと決めたのに、ロノス様が私に再び欲を与えてくれた。

 

 貴女の側でずっと生きていきたいと、それだけ叶えば私は満足でしたのに。もうそれは叶わない。

 

 私は彼の胸に顔を埋め、顔を見ないようにする。

 拒絶の言葉の代わりに悲しい顔をするのが分かっていたから……。

 

 

 

 これが私とロノス様の最後の時間、リアス様の……狂ってしまった最愛の妹の最後の我が儘に付き合い、その結果がどうでも自らの手で全てを終わらせる気だった彼の存在を深く刻み込む為の……。

 

 

「ネーシャ、もう休むかい?」

 

「……嫌です。もっと、もっとロノス様を私に下さい。生涯忘れられない時間を……」

 

 

 意識を手放しそうになるのを堪え、この時間が永遠に続けば良いのにと神に祈るけれど叶う筈も無く、最後に軽い口付けを交わして私達は別れて、それでも私は願っていた。

 

 私の元に戻って来てくれて、今回の事を恥ずかしく思いながらも笑い合える日が待っているのだと、心の底から願って、それは叶わない。

 

 数日後、私の耳に届いたのは二人が死んだという知らせ。

 忘れられたら、忘れた振りをしながら生きていく事が出来たなら良かったのでしょうが、私にその選択肢は選べなくて……。

 

 

「ロノス様、私も一緒に地獄に……」

 

 

 ……これが私の知らない私の記憶。

 意識が飛んだ瞬間、本当に体験した事みたいに見ていた夢。

 

 子供の頃の朧気ながら覚えている記憶よりもハッキリしているそれは毒を飲んで意識を失った所で終わり、本当に人生を終えたのでしょうね、あの私は……。

 

 

 

 

「ロノス様、うぁ。んっ……ぁ」

 

 今の私?

 周囲一体を黒一色で覆われた部屋の中、ランプの明かりだけが周囲を照らし、汗ばむような暑さは私が出した氷で室温を下げる。

 

 そして私はベッドの端に座ったロノス様に抱き締められて体中を撫で回されていましたわ。

 あ、あの一度だけで私に弱い所を熟知されて、腕も一緒に抱き締められているから抵抗も出来ませんし、夢の中のロノス様よりお上手じゃありません?

 ……既に何度も経験済みですわね、こっちのロノス様ったら。

 

「ロノス様、私がご奉仕を……ひゃん」

 

「うーん。今回は君に奉仕したい気分かな? もう少しネーシャの弱点を調べたい気分だしさ。例えば首筋でも……右側とか」

 

「くっ……」

 

 少し誘惑して溺れさせる気でしたのに、私が快楽に溺れそうで……。

 

 

 協力関係を結んだアリアを裏切って此処まで来ましたし、来た時には私が奉仕して夢中にさせる気でしたのに。

 殿方って主導権を握りたいって思うものですし、相手には自分が優位であると錯覚させつつ本当は自分が手綱を握る。

 純潔は保ったままですがその手の教育は受けていますのに、どうして此処まで一方的にやられているのやら、その疑問も押し寄せる快楽で頭が真っ白になった私は思考が定まらない。

 

「……ぁん」

 

 声を出すのが悔しいので手で押さえたいけれど抱き締められていてはそれは叶わず、歯を食いしばって声を殺そうとするも声が漏れる。

 しかも服の上から撫でられるだけで先には進まない生殺しですし、無様じゃありませんか、今の私って。

 

 いっそ、服を引き剥がされて強引に犯される方がマシな気がしますけれど、それを自分の口から……ああ、もう!

 

 

「まどろっこしい!」

 

 私、キレました。

 もう恥とかプライドとか知った事じゃ有りませんわよ!

 この状況で抱かないで撫で回すだけとかいい加減になさいな!

 

 暴れようにも暴れられませんが、大きな声を上げれば驚いた様子で指の動きが止まる。

 

 

 

「どうしたんだい? 何か伝えたい事があったら聞くよ。ネーシャが何を言うのか知りたいな、僕」

 

「……分かってますよね? ちょっと意地悪が過ぎます……きゃっ」

 

 反論中に太股の敏感な所を指先で撫でられて声が出てしまいますが、聞きたいんじゃなかったのですの?

 むぅ、これは私の口から普段は言えない言葉を言わせたいのですわね……。

 

 ロノス様の色情魔……私が籠絡する筈が、私がねじ伏せられてしまいそうで、もう完全に諦めた。

 

 あれですわよ、もう優位になるとか忘れて今は楽しむ事だけ考えましょう。

 

 

「ロノス様……わ、私を犯し……」

 

 突然鳴る腹の音、ふと思い出せば朝ご飯は一緒にお風呂に入る時の相談をアリアとする為に軽く済ませて、邪魔されたのが癪だったので座りながら出来る運動をしたんでしたわ。

 

「わ、私をお菓子が美味しいお店に連れて行って下さいませんか?」

 

 ……ヘタレ? 五月蠅いですわよ、仕方が無いじゃないですわ!

 

 さっきまでの雰囲気も気分も全て台無し、盛りの付いた獣みたいな気分も全部吹っ飛んで気まずさだけが残る。

 寧ろこの空気の中で誘える方って居ます?

 

 

「あー、僕もお腹が減ったし、何処かに食べに行こうか。ほら、歩けるかい?」

 

「実は足腰が立たない状態で……」

 

 それに下着が少し……は流石に口には出来ない私。

 

 

 

 

「だから抱っこをお願いします……いえ、忘れて下さいませ。本当にお願い致しますわ」

 

 ええ、お姫様抱っこをして欲しいとは思いましたが、皇帝の養女として帝国にいるのに大勢の前でその様なのは……。

 

 

 

「だから少しだけゆっくりしてから出掛けましょう。部屋の空気を入れ換えて、太陽の光を浴びてゆっくりと。……だからエッチな事は駄目ですわよ」

 

 分かっていらっしゃるとは思いますけれど、警備の兵士だって巡回しているのに変な声を聞かせられませんわ。

 

 だから一応釘は刺しますが、言うまでもない事でしょう……ですわよね?

 

 返事がないのに不安になりつつも後ろから抱き締められている状態では顔を見れない。

 その無言、少し恐ろしいのですが……。

 

 

「当然じゃないか。わざわざ言うとか実は期待していたのかい?」

 

 抱き締める腕の力が緩み、体を反転させてロノス様のお顔を見ればニヤリと笑っていて、私を不安にさせて楽しんでいたのだと良く分かる。

 

 

「もう! ロノス様ったら」

 

 仕返しとばかりにポカポカと叩くものの痛いとは思っていないのか平気な顔、それが少し悔しい中、部屋の周囲の時間停止が解除されて入って来るのは太陽の明かりと新鮮な空気。

 

 

 

 

 そして熱気と反対側の壁に磔にされた城のメイドの姿でした……。



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寧ろ読んだ事が無い

 国によって刑罰は違うけれど、帝国では悪事の度合いによって決まるんだ。

 斬首や絞首、基本的に公開処刑なんて事は無いらしい、見せ物にする必要は無いって理由らしい。

 

 

「……あの光景を見るのは久し振りですわ。相変わらず容赦が無い」

 

 壁に磔にされたメイドの姿を目にしてもネーシャの声は平坦で特に動揺している様子は無かった、足腰は立たないらしいから僕に掴まりながらだったけれど。

 

「現行犯……だったっけ? 指示した相手は吐かせなくて良いのかい?」

 

 斬首や絞首と磔の違い、それは皇帝が直に判断して裁判をすっ飛ばして行えるという事、但し後から冤罪だった場合は皇帝の権威に繋がって一族内での権力抗争に悪影響が出てしまう。

 臆病者だとか人を信用しないとかね。

 

 その容疑は密偵や暗殺……らしいんだけれど、僕が知るのは此処までだ。

 見せしめにしても単独犯でも無いだろうに殺してしまうのは疑問なんだし、無理だと思って尋ねてもネーシャだって困り顔だ。

 

 

 これ以上の情報は聞き出せないか、ネーシャの表情からそれを察した僕は

両肩と太股を杭のような物で貫かれているメイドに視線を向けた。

 全体的に地味で印象に残りにくい顔立ち、前髪を垂らしているからか顔も分かり辛かった。

 そんな彼女は何とか身動ぎして磔の状態から脱しようと腕を動かして杭に触れようとするも指は杭に触れたと思ったら中に入り込んで行く。

 

「水の杭か。あれだけ指を動かしているのに体積が減らないって事は周囲の水分を供給してるのかな? 本人が近くに居ないのに効果が続くってかなりの高等技術だけれどさ」

 

「恐らくはそうでしょう。私は変異属性で氷を扱うので真っ当な水魔法については書物で学ぶ程度しか存じておりませんが、実力主義の帝国を率いるのですから可能でしょう」

 

 そう、彼女を磔にしているのは水の杭だ。

 本物の杭のように固体として体を貫いて固定しているけれど、外部からの干渉には液体の性質を発揮している。

 

「本人から遠く離れれば魔法の効果が薄まるのにあの効果は驚きだな」

 

 僕達が話す間、無色透明だった杭に起きるのは徐々に赤く濁っていくっていう変化。

 貫通して栓になっている部分から僅かづつ血が入り込んでいっているんだ。

 

「っっっっっっ!」

 

 舌を噛んで自害されないようにしているからか声は聞こえないけれど、ジワジワと確実に迫る死に彼女が怯えているのが見て取れる。

 その辺の訓練がまだ終わってなかったのか、そもそも死を厭わない様な集団の一員ではなかったのか、判断材料が不足しているけれど……。

 

 

 

「行こうか、ネーシャ」

 

「ええ、参りましょう」

 

 これ以上は見ていても仕方が無いし、見ていて面白い物じゃない。

 目があって助けを求める目を向けられた気がするけれど、幾ら何でも刺客としてやって来たのが助けを求める筈がない……助けるような馬鹿だとも思われてたりするのかな?

 

 そうだったら屈辱的なんだけれど、そんな馬鹿だったとしても何も出来る訳もなく、そもそも何もする気は無い。

 最後、窓を閉める時に赤く濁った杭から赤い液体が排出されて澄み切った物に戻るのを見た後でカーテンを閉めた。

 

 

「あんな風に少しずつ血を抜き取るのか……えっぐ」

 

「それにしても奇妙な相手でしたわね。冤罪だった可能性が有りますが、本当に刺客だった場合はお粗末様過ぎて、それこそ演技とすら思える程ですわよ」

 

「操られているとか、かなあ? まあ、その辺は調べる人が調べるだろうね。……さて」

 

 足腰が立たないらしいし、何も言わずに抱き上げる。

 

 あはは、面食らって声も出せない状況だよ、可愛いな。

 

 

「ロ~ノ~ス~さ~ま~!」

 

 数秒後、我に返ったネーシャがポカポカと殴って来たけれど可愛いとしか思えないし、このまま暫くは殴られていようかな?

 なーんてね。

 

 

 

「ゴメンね、君が驚いたり恥ずかしがったりする姿が可愛かったし、間近で見たいとおもったんだ。じゃあ、このまま外に行く?」

 

「出来る訳が無いでしょう! ……ちょっとベッドに降ろして下さいませ」

 

「うん? ベッド……エッチな事は無しじゃなかった?」

 

「ええ、無しですわ。ロノス様はベッドじゃなくって床でお願い致しますね」

 

「……はい」

 

 やっべ、調子に乗りすぎた。

 

 ニコニコと笑いながら床を指し示すネーシャは一見すると機嫌が良さそうだ、一見したらなだけで確実に怒っている見た目だけの笑顔だと僕は一瞬で察して逆らっては駄目だと悟る。

 

 座り方を指定されていないのにベッドに座るネーシャの前で正座して沙汰の時を待つ。

 この状況で堂々と座れる程に豪胆じゃないしね。

 

 

 僕の前でベッドに座り、腕を組みながら笑顔で僕を威圧する。

 笑顔の圧力とかメイド長を彷彿とさせるんだよなあ。

 

 スカートの中は見えそうで見えない状態だし、この状況だと見えてもジロジロ見てはならない。

 見たら余計に怒らせる……。

 

「ロノス様、先ず先に言わせて頂きますが、私は可愛いと言われるよりも綺麗だとかの方が嬉しいのですよ?」

 

「そうなの?」

 

「……まあ、口説こうとせずに口説いて来るロノス様にはお分かりにならないのでしょうが、可愛いというのはレディに対しては子供扱いをしている様で不満ですわ」

 

 頬を膨らませて拗ねた顔を見せながら言っても可愛いとしか思えないんだけれどなあ。

 あー、でも確かに可愛いとしか言わないのも不満に思うのかな?

 

 可愛い可愛いって感じに甘やかしてあげたい気分なんだけれど……。

 

「それから……」

 

 まだ何かを言おうとしているネーシャの手を取り、怒られるより前に手の甲にキスをしてから抱き寄せた。

 

 

「そうだね、僕の言葉が悪かった。不満そうな君も拗ねている君も、どんな君も魅力的でさ。何としてでも手に入れたくなった」

 

「あら、傲慢ですわね」

 

 胸に抱き寄せているから顔は見れないけれど機嫌は直ったみたいだ。

 正直な胸の内を囁けば嬉しそうな声で首に手を回して抱き付いて今度は僕に囁いて来た。

 

「帝国でも一番の商会の娘にして本来ならば皇帝となっていた才女ですわよ? 言葉だけで手に入れようだなんて……ふふふ、頑張って下さいませ」

 

「そうだね。じゃあ、どうやったら君が手に入る? どうすれば君が僕の物に……この物って言い方は嫌いなんだよなあ」

 

 結婚の許可を手に入れる時、”娘さんをください”って言うのが多いじゃないか、物語とかじゃ。

 貴族の家じゃ結婚とかは家同士で決まるし、個人で結婚の許可を親元に取りに行くとかは無縁だし、一般家庭については詳しくないんだけれど……。

 

 あの、くださいってのがどうも気になる……。

 

 

「……むぅ。ロノス様、口説きながら他事を考えるだなんて」

 

 あっ、ヤッッバ!

 

 またしても僕はネーシャを怒らせて足を踏まれてグリグリされ、抱き締めている彼女が更に怒らせてしまって冷や汗を流していた。

 

 

 

「これはお詫びをして頂かないと。では、出掛けた先で掛かるお金は全てロノス様持ちとして、二人っきりで……くっ。無駄に時間を使ってしまいましたわ」

 

 悔しそうな声と共に僕の腕から離れたネーシャは僅かに舌打ちをしながら扉に目を向けたかと思うと、タイミングを見計らったかのようにノックの音が聞こえて来た。

 

 

「ロノスさーん! 一緒にバザーを見に行きませんか? ロノスさーん!」

 

 扉の向こうから聞こえる呑気そうなアリアさんの声、今さっきまで僕達が何をしていたのかなんてまるで知らないって態度で遊びに誘って来た。

 

 

 

「……部屋の前から気配がしていたんだけれどね」

 

「絶対気を伺っていましたわ、彼女。……尾行されていただなんて気が付きませんでした。その手の魔法を作ったのでしょうか?

 

「だろうなあ……」

 

 相変わらず黒いなあ、アリアさんって……。

 

 

 

 

「入って良いよ~」

 

 迷う暇もなく聞こえて来たのは僕の声……だと思う。

 ほら、自分の声の聞こえ方って違うって言うじゃないか。

 

 その声が聞こえて来たのは天井、ドアが開くより前に見上げれば小さな何かがベッドに降り立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空気を読まずに僕参上!」

 

 部屋に入って来たアリアさん含めて三人の視線が向かう先、其処に荒ぶる鷹のポーズをした小さな大熊猫が居た。

 

 



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メタネタの国から来たパンダ

プロット通りに動かない 書いてたらどんどん好き勝手 それがアンノウン


 どうしよう、本当にどうしようっ!?

 

 ネーシャと僕が部屋に二人っきり、しかもさっきまでシていた事が事だけにネーシャの顔はほんのりと紅潮していて、服は乱れている上に更に言うなら部屋を外と完全に遮断していたんだから慌てるよね、普通。

 いや、そもそも盗み聞きしていたっぽいし、彼女……。

 

 

「はい、失礼しますね」

 

 なので普通は招き入れないんだけれど、アリアさんは喜んだ声で入って来るし、だったら間違いだから入って来るな、とか言えないよね……。

 

「え? 何?」

 

 アリアさんが部屋に入って中の様子を確認する寸前、僕の声真似をして彼女を招き入れた存在に責める視線を向けるんだけれど何時の間にかリンボーダンス、但し棒無しをやっていたよ、意味が分からない。

 

「何って、僕がどうして見ているのか分かっていますよね? アンノウン様」

 

「そりゃ分かっているに決まっているじゃないか。僕をなんだと思ってるのさ、君!」

 

「心外だって態度を取られるのが心外だよ!」

 

「あの、ロノスさん。その……」

 

 あっ、ヤバっ!

 

 アリアさんへの対応をする寸前に視線だけで抗議する予定だったのにアンノウン様の態度があんまりにもだったからアリアさんへの対応を遅らせてしまった。

 ネーシャはアンノウン様にそんなに反応せず、僕の醜態に”あ~あ”みたいな態度で、幸いなのはアリアさんの興味がアンノウン様に向かっている事だ。

 

 そりゃまあ反応するよね、喋って動くパンダのヌイグルミなんだから。

 しかも自由と悪戯とパンダを司る神なのを知ったらどうなるのやら……。

 

 

 

「可愛い! この子、ネーシャさんの所の商品ですか? 動くヌイグルミさんなんですね」

 

 え? 正気?

 

 アリアさんのまさかの反応、そんな得体の知れない相手を抱き上げるとか信じられずに僕は驚いた。

 

 

「え? いや、その様な物は扱っていませんが……」

 

「そうなんですか? ”帝国産喋って踊るパンダ人形”と名札に書いていますし、ヴァティ商会で売っていると思ったのですが……」

 

「いや、書いてあるからと何ですの? どう考えても人形じゃないでしょうに……」

 

「え? でも書いていますよ?」

 

 アンノウン様の名札について真に受けているアリアさんと戸惑うネーシャの様子の違いに僕は以前得た情報を思い出す。

 アンノウン様から教えて貰った事なんだけれど……。

 

 

『パンダは周囲に笹が無い場合、最大水深五メートルまで潜って水草を食べるんだよ』

 

 ……こんな記憶を僕は知らない!?

 

 

「そりゃまあ、言っていないからね。只の洗脳による記憶操作だよ」

 

「アリアさん、そのパンダ絶対に性根が腐っていますわよ。お捨てなさい」

 

「でも、名札に”善良な”と書き足していますし」

 

「うん、書き足したよね、今さっき」

 

 指の無い手でペンを持ったアンノウン様もを抱っこしながら不思議そうにするアリアさんの姿を見ながら本来の記憶を思い出す

 あの名札の洗脳能力が通じるのは”ボケ”の人のみ、”ツッコミ”の担当には全く通じない。

 

 

「そっか……」

 

 アリアさんってボケ担当だったんだ、ボケ担当とかツッコミ担当とか意味不明だけどね!

 

 

「それにしても可愛いですね、この子。私、お人形とか持っていないから」

 

 こうしてアンノウン様を抱っこする姿を見れば魔女とか言われているのが嘘みたいだ。

 

 

「まあ、この子って内心は冷め切っている子だし、お人形を可愛がっている演技をしているだけなんだけれどね! ……さて、そろそろ降ろしてくれるかい?」

 

 ……忘れていたよ。

 

 僕が自然と目の前の存在を神だと信じ、今だって自然と様付けをしている理由。

 アリアさんの腕の中から飛び出し、空中で手足を大きく広げて叫んだ。

 

 

「カモン! リゼリク!」

 

 ガンって何かにぶつかった音がベッドの下から、続いて手袋をした手が其処から飛び出して続いて黒子衣装が姿を見せる。

 頭をさすっているし、ぶつけたのかな?

 

「リゼリクとは彼でしょうか? ……登場シーンがグダグダですわね」

 

 ネーシャが呆れる中、リゼリクさんの頭に乗せたミニサイズの座布団に座り込むアンノウン様からは神だと信じるに値するオーラを放っていた。

 

 

「僕が部下の黒歴史を暴露したり、初対面の相手の心を読んだり洗脳したり、後は精々が悪戯で胃や精神にダメージを与えている程度の人畜無害なマスコットかと思ったでしょう?」

 

 それは人畜有害の間違いじゃないのかなあ……。

 

 

「メインヒロインなのにこのサイトのヒロイン投票三位のアリアちゃんにメイン回貰っておきながら投票数0のネーシャちゃん、因みにネタで書いたサマエルでさえ一票入ってる。そんな君達に名乗ってあげよう。悪戯と自由と大熊猫を司る神アンノウン! そして僕の神獣でロリコンのリゼ君ことリゼリク君だよ!」

 

「!?」

 

 

「何故でしょうか? 全く意味不明にも関わらず腹が立つと同時に”メタい”という言葉が浮かんだのですが」

 

「私も何故かポチちゃんに三倍以上の差を付けられたという気分になりました」

 

 ……これも洗脳なのか?

 

 二人してアンノウン様の意味不明な発言に謎の電波を受信した発言をするけれど、ポチが一番って……何か有り得そうだと思ってしまう。

 リアス同様に恋愛対象外(当然!)何だけれど、ポチって最高に可愛いし、僕との絆の深さだってリアスに僅かに劣る程度で強く太いからだ。

 

「おっと、ロリコンってだけじゃ悪いね。ちゃーんと彼の優れた所を紹介しようか」

 

「!」

 

 頭を柔らかそうな手でポフポフと叩かれている彼の表情は黒子衣装に隠されて分からないけれど、ロリコン扱いを初対面の人の前でされた後だからだろう、期待した様子で……いや、違うな。

 

「多分ろくでもない事を言い出す前振りだって分かってるな、あれは」

 

 ソワソワしてるのは間違いないけれど、期待じゃなくって不安による物だ。

 

 

「なんと彼は笑いを司る神に認められた爆笑王なのさ!」

 

「!?」

 

 予想とは違った内容だったのか飛び跳ねそうになったリゼリクさんは自分を指さして慌てた後で手首を振って誤解だと伝えてくるんだけれど……。

 

「笑いの神が認めた爆笑王。……観客が連日満員御礼、チケットが飛ぶように売れそうですわね……」

 

 ほらぁ、神様の言葉を信じているし、謙遜しているようにしか思われてないよ。

 

「そ、そんなに凄いのですか!? 例えばどんなネタが……」

 

「おおっと! 実は敵対する神獣に一発ギャグ百連発を見せた所、止まらぬ爆笑の渦の中、悶え苦しみながらも最高の笑みで死んでしまったのさ。神の名の下に断言しよう。彼のギャグは思い出すだけで笑い転げ、一度思い出せば大好きな家族の葬儀の席でも声が枯れても尚笑い続ける程に危険な物だ。故に生半可な覚悟じゃ聞かせられない。神の境地の笑いだと覚悟するんだ」

 

 この時、アンノウン様の声は真剣そのもの、先程までのおちゃらけた様子は消え去って神が試練を望む人間に覚悟を問いただしているかのよう。

 神から直々に賞賛される程の笑いのセンスがどれだけの物か、最初は興味本位でしかなかったアリアさんとネーシャは固唾を飲んでリゼリクさんに視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 うん、本人が諦めちゃって”もうどーにでもなぁれ”って様子だし、此処ら辺で止めとくか。

 

 

 

「……それでアンノウン様、わざわざ何用ですか? そもそも何時から部屋の中に……」

 

 さて、あのタイミングで来た事には物申したい。

 幾ら相手の見た目がパンダだといっても……いや、最近まではパンダを司っていなかったし、パンダの姿の方が変なんだよ。

 つまり目の前のパンダを司るパンダのヌイグルミの姿をした神様は本当はパンダの姿なんてしていないって事だ。

 

 この偽パンダ、パンダの姿なんてしていない可能性が高いし、あのタイミングで現れるって事は……。

 

「あっ、その辺は安心して。流石にイチャイチャしている時にお邪魔しないよ、僕は。そんなに非常識扱いとか酷い!」

 

「酷いのは貴方の性根です」

 

「だね!」

 

「認めるんだ……」

 

「決まっているじゃないか、パンダだよ、僕」

 

 もう目の前の神に対して考えるのは止めよう、疲れるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? パンダと何が関係有るんですの?」

 

「別に無いけれど? 変な質問するね、君」

 

 ……ほらぁ。



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閑話 神を目指す志望動機は? 相応しいから!

 子供の頃から何もかもが欲しかった。

 親を困らせる程に駄々を捏ね、手に入れたとしても別の物が欲しくなる。

 満たされず、大きくなり続ける欲求。

 

「ラーパタ、お前はもう少し我慢を覚えなさい。その様に振る舞っていては評価が下がるぞ」

 

「そうですよ。お父様が逃した皇帝の座を得るのならば欲に流されていてはいけません」

 

 当然の様に私に苦言を呈し、欲求を何もかも満たしてはくれなかった両親。

 だが、私を満たせぬ世界が悪いという真実に気付けたのはこの二人の姿を見ていたからだ。

 

 節制が何の役に立つ? 欲しい物全てを手に入れるのを我慢する理由が思い浮かばない。

 

「逆だ、逆なのだ。欲しい物全てを手に入れる力を持っていると周囲に示す、それこそが実力主義のアマーラ帝国を治めるに相応しい者だと示す最善の方法なのに、それが分からぬとは。だから父は皇帝になれなかったのだ」

 

 

 黄金製の城に住んでも、金銀財宝の山を幾ら築いても満足出来ない、もっともっと、沢山沢山お金が欲しい。

 

 権力を、財力を、持った力全てを用いてでも美女美少女、そうではない普通の容姿も、種族や出身地年齢を含めてタイプの違う女を時に非合法な方法を使ってでも集めたが、飽きた訳でもないのに他の女が欲しくなる。

 

 伝手を使って強靭な兵を集め、熾烈な訓練を受けさせている。集めた物を、私が手に入れた物を奪われる事が無いように力を求めた。私自身の力は無用、上に立つ者が力を持っている事に何の意味も感じない、だから国の方針が実力主義だろうがろくに鍛えた事が無い。権力者の一族に生まれた時点で私はどの様な在野の強者よりも力を持っていると言えるのだから。

 

 

 名声……には興味が無い。私の価値を理解出来ぬ者の戯れ言が耳に届いても何も感じないのだから。私を誰だと思っている? 先々代皇帝の孫であり、父さえ無能でなければ私が国を治めていたのだから。

 

 

「私の足を引っ張る邪魔者共さえ居なければ私は帝国を手に入れ、いずれは周辺国を併合して大陸全てを手に入れた最善最高の皇帝となったものを。最早帝国に仇をなす反逆者と同義である」

 

 

 周りだ、周りの者が私の足を引っ張るのだ。力の足らぬ兵士、私に皇位を捧げられない配下、私の統治する地にて不満を漏らす愚民、本当なら、本来なら、私が国全てを治めていたというのに!

 

 

 

 

 

「おい! 金だ。財宝の山を寄越せ!」

 

 だが、私が国を、大陸全土を……いや、世界を手に入れるのは神が決めた運命だったのだ! ”ヒナガミ”と名乗る神獣とやらは無償で私の欲する物を与えてくれる。人の苦しむ姿を見たいからと言うので税を上げ、適当な者に偽りの罪を被せるだけで良いというのだ!

 

 

『分カッタ』

 

「ふふふ、ふははははは!」

 

 忽ち部屋に溢れかえる財宝の山、当然ながら幻でも粗悪品でもない、高貴な私に相応しい物。

 これだけの物を躊躇せずに即座に出す者と出会えたのは私の人徳、それだけの運命を持って生まれたのだ。

 

 欲しい物が全て手に入る、父さえ凡人程度の才覚を有していれば私が受けて当然の待遇、それが漸く手に入って来た。

 本当に両親は私にとって邪魔な存在だったと確信するな。

 

「二人揃って行方不明になってしまった時は口うるさいのが居なくなって清々したが、余計な嫌疑を掛けられ迷惑したものだよ。まあ、今となってはどうでも良いが、生きて戻ってくれるなよ」

 

 この為に用意した猫足のバスタブに入り、砂金を混ぜた湯に浸かれば至福の心地よさ、至高の存在である私にのみ相応しい贅沢、いや、私にとってこの程度は贅沢ではない。

 他の者とは存在が違うのだ、存在が!

 

「ふぅ」

 

 目を閉じて心地よさに身を任せる、だが、不埒にして不敬な邪魔者が現れた。

 

「死罪に値するぞ、愚か者めが。いや、決定だ。一族郎党揃って罪を償わせてやる」

 

 

 耳に届いた金切り声に眉を顰め、窓から中庭を見れば足を縛って馬に引きずらせている浮浪児の姿、悲鳴が耳障りだった。

 

「私の栄光に役立てる栄誉を与えてやったというのに無礼者めが。まあ、良い。国を手に入れる為の第一歩が成功している頃だ。くくく、異国からの客人を城で殺されるのだ、付け入るには大きな隙だ」

 

 机の上の小箱の中、厳重に鍵を掛けたその中に入っているのは微量の薬を入れた小瓶、その中に入っているのは皇帝の座を私から簒奪したカーリーを玉座から引きずり降ろす為に必要な物だ。

 

「わざわざ平々凡々、印象に残らず紛れ込んでも発覚しない者を選んだのだ。城のメイド服も与えてやったし、あの女がどれだけ無能なら失敗するのだという話だ」

 

 望む全てが手に入る事が約束され、どの様な者でも私の思うがままに動く。

 私に国を与える為に現れたヒナガミが人形の姿をしている事から人形劇の人形師になった気分……いや、違うな。

 

「私は神に選ばれた……神になるべき存在だったのだ! ヒナガミ、この様な国などさっさと手に入れるぞ。私は世界を手に納め、やがて神となる!」

 

「……了解シタ」

 

「どうした? ああ、私の威風堂々とした姿と隠せぬ覇気に恐れおののいたのか。貴様は私の役に立っている。従っていれば悪いようにはせぬ。では、私は食事にしよう。終わるまでに用意しておけ」

 

 神の配下……つまり行く行くは私の配下になる存在だ、直々に指示を受ける栄光に声も出ないヒナガミを部屋に残して私は部屋を後にする。

 

「しかし最近体が重い気がする、腹が出て来たし前の逞しい肉体に……いや、神に相応しい肉体を与えさせてやるとしよう」

 

 ああ、そうだ。新しい女が欲しいが、どうせならばカーリーが娘にした者達を私の物にしてやるのも一興か。

 小賢しさだけは認めてやっているのだ、あの女が選んだ者ならば私が抱いてやる位の価値があっても不思議ではないだろう。

 

「あの女に似た小娘の方はどうするか……。屈服させ、畜生のように従わして飼ってやるのも悪くはない。寧ろ神となる私に選ばれたのだから……」

 

 溢れる全能感、自らが神の座に着くのに相応しい者だと自覚しただろうか非常に気分が良い。

 柄にもなく鼻歌を歌い、食事等は普段ならば持って来させる所をわざわざ出向くのだ、なんと謙虚な事だろうか。

 

 

 私は全てを統べる神の王になれると確信するに足りる事柄であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「食事で御座いますか? 失礼ながら先程お食べになられた筈では……」

 

「何を馬鹿な事を言っている! もう良い、貴様は一族揃って生き埋めだ!」

 

「ひぃ!? お許しを!」

 

 私が直々に出向いたというのに怪訝そうな顔を見せたコック、それだけでも処刑に値する所を慈悲深く堪えてやったにも関わらずの無礼な言葉に怒りを爆発させる。

 確かに腹は減っていないが、普段よりも遅い時間だから食事を取らねばと来てみれば不愉快な言葉を浴びせかけられる。

 

 何奴も此奴も私を敬わぬ愚か者揃い、自分が誰に仕えさせて貰っているのかを理解せぬゴミだ。

 

「金はあるのだ、どうせならば使用人を全て……」

 

 最近どうも不愉快な輩が多く、使用人の多くを処罰し、幾割りかが姿を消したが、ヒナガミに兵士だけでなく使用人も出させれば良いのだ。

 

「ふふふ、私の知謀が恐ろしい。では、早速命じて来るか」

 

 これから待ち受ける神の座へと続く栄光の道を思い浮かべながら食卓を後にする。

 味は悪くないが妙な満腹感を早々に覚えて皿の上の料理は半分も減っていないが、捨てれば良いだけの事。

 食べ残しの見た目が汚いと手で払いのけ、皿が割れる音を背中で受けながら笑みが押さえきれないのを感じていた。

 

「ああ、楽しみだ。私が神になった暁にはヒナガミや、その主にも褒美をくれてやらねばな」

 

 私の人生は邪魔者共が消えた事で本来の輝きを取り戻そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様ガ神? 贄デスラ無イ。リュキ様ヘノ贄ヲ用意スル為ノ消耗品ダ。贄ト違イ、本来見向キモサレヌ、二束三文以下ノ不必要品デ、無駄極マル前向キサガ唯一ノ取リ柄。道化トシテ面白カロウト選ンダガ、予想以上ニ鬱陶シクナッタ。計画変更ノ許可ヲ得レバ即座二消スガ、サマエル様ハ何時来ラレル? ……ハァ」

 

 

 

 



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導かれし者

 前世でやったゲーム(と言っても八歳だったから其処までやってなくて、お姉ちゃんがしているのを眺めていたのが多いけれど)の主人公達は自由だと思う。

 国から国へ基本自由に出入りして、その場所で起きる騒動には真正面から首を突っ込み、解決したらしたらでさっさと去っていく。

 

 そりゃあ例外も有るんだろうけれど、基本的にはそんな感じだし、単純に可能な事をするだけってのは羨ましく思うんだ。

 旅の第三者が関わらないと村や町が滅んだり、兵士が解決の役に立っていないみたいな質の悪い国は全然羨ましくないけれどね。

 

 

「”君は手を出さない方が良い”でしたっけ? 神様が直々に忠告しに来られる程ですもの、厄介な敵なのでは? 私、不安ですし守るだけはして下さります?」

 

「で、でもネーシャさんは皇女ですし、強い敵が相手なら戦場に赴く必要があるんじゃ。それと私も不安で……」

 

「……実力主義は何も指揮能力や戦闘能力だけを指してはいませんわよ? まあ、身分の高い者が出向いて武勇を示せば士気向上やら後の政治的利益に繋がるので有り得ますが、あれだけ大勢の前で力を示したアリアさんにもお声が掛かるかも知れませんし……何より力を示したいのでしょう? 守って貰っていては無理ですわよ」

 

 氷の馬に引かれて進む馬車の上、氷の車体に乗ってもお尻が冷たくならない様に用意されたクッションに座って進む僕達三人……いや、四人。

 

 

「……」

 

 僕を挟んで座り、一見すればにこやかに、けれど互いに抜け駆けを同盟締結早々に狙ったからか空気が冷たい、氷の馬車のせいだと思いたいんだけれど其処は魔法によるものだからか涼しい程度。

 だから僕の両側から来る寒さは心情的な物なんだよなあ、って思いながら見つめるのは馬の背に乗った人の後ろ姿だ。

 

 アンノウン様の神獣であるリゼリクさん、彼が何故此処に居るのか、僕達に同行しているのか、それはアンノウン様からの提案だった。

 

 

 

 

 

 

「何か暑そうだよね、あの格好」

 

 覆面に全身を覆う黒一色、砂漠地帯が多いアラビアンナイト的な地域のエワーダ帝国じゃ暑いと言うより熱いだろうに汗を拭く仕草すら見せず、時折背中に哀愁と居心地の悪さを感じさせている。

 

「ママー! 見て、変な格好!」

 

「しっ! お仕事なのよ、きっと」

 

「哀れな……」

 

 こんな如何にも普通の身分じゃないって感じの馬車で移動しているからか不審者扱いは警邏の兵士に数度呼び止められただけ、喋れない顔見せれないの二つのせいで詰め所まで任意という名の強制連行される所を僕達で何とかしたけれど、同情しか感じないよ。

 

 

 

 

 

「あら、そうですわね。所でロノス様、少し進んだ先に些かセクシーな衣装ばかりのお店が御座いまして、実はヴァティ商会の管轄なのですが異国の貴族として私が着ている姿を評価して下さいません?」

 

「セクシーな衣装……」

 

 踊り子みたいな姿のネーシャ、特に腰回りを思い浮かべてしまう僕。

 胸囲は何人かに負ける彼女だけれど、腰回りのセクシーさは僕の知る他の子達に負けていない。

 少し華奢な感じも全体的にするし、育ちの良さも感じるから余計にセクシー系の衣装が……。

 

 思わずネーシャの方に体が向いた時、背中に当たる柔らかい物、アリアさんがくっついていたんだ。

 力が最近強くなったから密着する力だって強いし、だからって柔らかさは変わらない。

 

「……むぅ」

 

 何も言えないけれど気に入らないからむくれている、それが分かったからか空気が余計に……。

 

 

 

 温かい物が押し当てられてはいるのに背筋が冷える空気の中、僕達がやって来たのは女性向けの服が並べられた高級店、なのに僅かな店員を除いて人の姿は無し、因みに男は僕だけさ。

 

 

「それではロノス様、私達が何を選ぶのか……待っていて下さいませ。……アリアさんとどちらを脱がせたいのか色々と迷うと思いますわ」

 

「脱げと言うのなら私は自分から……」

 

「じゃあ、僕は一旦出て行くよ」

 

警備の人さえ女性だし、ちょっと居辛いから退散退散っと。

 

 まーだピリピリしているしさ。

 

 店を出て端の方で立っていたリゼリクさんに会釈をする、周囲の人は見えない振りをしてあげていたけれど、その優しさは余計に染みるよ?

 

 

 

 

 

 

「何かなあ。どうもなあ」

 

 ちょっとあの空間に戻るのは覚悟が必要だからと店の周りを一周しようと入った路地裏、ガンダーラは皇帝のお膝元だけあって大通りから離れても汚かったり柄の悪い連中がたむろっている事なんて無く、人の気配こそ無いけれど綺麗な感じだ。

 

「落ち着くには丁度良いかな? ちょっとだけ目を閉じて……おっと、誰か来た」

 

 壁に背中を預けてちょっとだけ時間を潰す気だった僕の耳が近付いて来る足音を捉え、目を閉じて腕組みをするのを止めておく。

 足音は横道の向こうから聞こえて来るし、出て来たら腕組みをして目を閉じた男が立っているとか驚くだろうからね。

 こんな場所で待ち合わせをする人も少ないだろうし、一瞬でも怪訝そうな目を向けられるのも何か嫌だった事もあり、仕方無いので店の前の屋台でも眺めようと決めた時だ。

 

「あ、あの! 聖騎士様ですよね!」

 

 多分足音の主だろう女の子の声が立ち去ろうと向けた背中に掛かる。

 驚きと嬉しそうな感じが混じった様な声の振り返れば、帝国では珍しいシスター服の女の子が口元に手を当てていて、目をキラキラと輝かせていた。

 

 帝国の信仰でメジャーな神様に仕える人の格好はピラミッドの壁画に描かれていそうなのとか、前世で見た映画で出た砂漠の国の神官や神子って感じなのに目の前の彼女はシスター服、それでも信仰の対象は幾らか候補が上がるけれど、目の前の相手みたいな反応をする連中を僕は何度も目にして来たんだ。

 

 

「うん? まあ、そんな風に呼ばれてはいるけれど、何か用かい? ……随分と奥の方に教会が有るんだね」

 

 多神教なのがこの大陸の共通の宗教だけれど、どの神様を信仰するかは国や地方で大きく違う。

 ギヌスの民が自由を司るアンノウン様を信仰し、聖王国では聖女が国を興したから光の女神であるリュキを主に信仰しているみたいにね。

 

 そんな訳で主に信仰されていない神の信者は迫害や肩身の狭い想いこそしていなくても教会とかが不便な場所に有ったり、広場とかでの宗教的儀式だってし辛い。

 

 だから彼女は……推定リュキ信者のシスターは今の聖女であるリアスの兄であり、”聖女”を守る”聖騎士”の僕に会えて嬉しいんだろうね、仕事で地方に行くと、聖王国でさえリュキ信者ってこんな反応するから分かった。

 

 

 だからかな? 普通に返答したけれど心の中じゃ少し冷めていたのはさ。

 

 普通にゲームに似た世界に転生しただけなら(普通とは?)ゲームでそうなっていたからって全て同じだとは決めなかった……よね? 僕とリアスって八歳と六歳だったし、何かの拍子にそうなっていたかな?

 

 でも、テュラになったお姉ちゃんから話は聞いて、ゲームと同じ言動思想の相手と出会って……正直リュキは好きになれない、アンノウン様にさえしている様付けをしない程度にはね。

 

「私、聖女様や聖騎士様と一度で良いからお会いしてみたかったんです。きっとこれも女神のお導きですね!」

 

 僕の心情なんて知らずに感極まった様子の彼女を観察すると少し分かる事がある。

 先ず、寄付金や補助金が不足しているのかシスター服が随分と古い。

 洗濯はしているのか清潔な感じだけれど解れを直した跡が少し有ったし、清貧にしてもちょっとね。

 

 髪は薄赤茶色を肩まで伸ばしているけれど頭にシスターのアレを被っているから詳しいのは分からなくって身長はアリアさん位か。

 そして聖職者相手に品が無いけれどスタイルの方はお尻がね……大きかった。

 小柄な彼女の身長に合っていない少し大きいサイズなのにお尻と胸の辺りだけピッチピチでちょっと目に毒というか、口には出せないけれどエッチな本で悪漢に襲われそうな見た目だけれど僕には分かる。

 

 

 あの胸、詰め物だな。動きがちょっと変だしさ。

 本当にデカい人のを何人も知っているし、何なら触ったから分かるのさ。

 

 ……いや、絶対に口には出せないけれどさ、うん……。

 

 

「そうなのかい? 喜んで貰えたら嬉しいよ。僕が何かした訳じゃなくってもさ」

 

 だからといってリュキ信者にまで冷たくはしないけれど、嫌いな奴の親戚が其奴の友人扱いして来て、友達じゃないとは言えないって感じかな?

 リアスをゲームみたいにしたのもリュキ信者だったし、自国民なら兎も角、他国の民なら適当な所でサヨナラしたいなあ……。

 

「僕とは偶然会っただけだし、何かお勤めの途中だったんじゃないのかい? 僕も人を待たせているし、また縁があったら教会にでも顔を出すよ」

 

「は、はい! って、ご挨拶を忘れていました! この道の先の教会で女神リュキ様にお仕えしているラビアと申します!」

 

 慌ててペコペコと頭を下げる彼女に手を軽く振って背を向けて別れる。

 縁があったら、ってのは嘘ではないんだ、嘘ではね。

 

 多分そんな機会は無いけれどね。

 だって帝国貴族との付き合いとか結構忙しいし。

 

「こっちです! こっちに出たら大きい道に出ますし、詰め所に行けば兵士さんが案内してくれますよ」

 

 迷子の道案内をしてあげていたのか、いい子だな。

 

 あと、君の信仰対象、人間を滅ぼそうとして、その為の道具が今も暗躍しているよ。

 何なら一人は馬鹿で、もう一人は信じられないレベルでアホだから。

 

 ……なんて事は言えないから無難な事を言って別れようとした時、聞き慣れた情けない声が聞こえて来た。

 

 

 

 

「うっ、うっ、もう帰れないと思ったのじゃ。私様をよくぞ導いたのじゃあ……」

 

 

 

 

 そのアホが迷子だった……うわぁ。



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これは敵ですか? はい、アホだけど敵です

 もし婚約者と出掛けた他国で人間を滅ぼそうとしている神の創造物に出会ってしまったら、皆さんならどうする?

 

 相手の敵意は満々で、虫を払うかの様に人に害をなし、神の創造物の中でもそれらを率いるだけの力を持っている。

 戦えない事は無い状態だ、何時誰に襲われるか、それこそ身内に殺されそうになっても不思議じゃない立場だから、常に有る程度の備えはしている。

 

 ……夜鶴達は既に包囲済みか。周辺の人はいざ戦いになれば小火騒ぎでも起こして追い払うとして、駆け付ける兵士の方が問題だ。

 

「うん? 私様がどうかしたのかの? ……さては魅力にメロメロなのじゃな! にょほほほほほ!」

 

 問題は見た目が普通の女の子、然も見た目も中身もアホな事だ。

 詳しく知らなくちゃ油断するし、伝えても実際に力を見せなくちゃ信じないのは目に浮かぶ。

 

 アホだけど! 凄くアホなのに厄介なんだよ!!

 

 この転移魔法が使える癖に忘れたみたいに泣きじゃくりながら偽乳シスターに道案内されて、既に遭遇してモンスターまで差し向けている僕までを忘れた……いや、もしかして本当に忘れている? いやいや、それは流石に、有り得るよね、アホだから!

 

「まさか僕が誰か分からない?」

 

 冷え性で春先でもコートが手放せない僕だって夏に砂漠地帯の国に来ればコートを手放すけれど、たったそれだけで僕が分からなくなったのか、肯定の方が都合が良いけれど、心の隅では否定を望んで尋ねてみれば、不思議そうに首を傾げているよ、畜生!

 

「むむう。実は私様は”ひどくこうしつ”? での。何も思い出せんのじゃ」

 

「記憶喪失、じゃないかい?」

 

「そうじゃそうじゃ! 貴様、随分と頭が良いの!」

 

 うん、誉められても全然嬉しくないや、そして酷く硬質っていうか無駄に頑丈なんだよ、お前は。

 

 僕は忘れない、僕に向かって使命を遂行させてやると……リアスを殺させてやるとほざいた事を。

 腸が煮えくり返る思いとはあの時や今の事だろう、下手に戦闘になった時のリスクを考えて直ぐに手出ししないのが不思議な程だと思う。

 

 一撃で殺せる雑魚なら殺して刻んで生ゴミに混ぜてやりたい所だよ、全くさ!

 

「実はこの子……自分が捨てたバナナの皮で滑って転んでしまったんです」

 

「……うん?」

 

「バナナを食べながら歩いているのを見て、皮のポイ捨てを注意したら私を見たんですが、その瞬間にバナナの皮を踏んじゃって、信じて貰えないと思いますけれど身長の何倍もの高さまで飛び上がった上に、取り落として先端が地面に刺さった傘の持ち手に頭から落ちていって……何故か異様な迄にタンコブが膨れ上がった上に目の前を星が回って……私、頭がおかしくなったんでしょうか?」

 

「大丈夫。君は全然おかしく無いさ。聖騎士の僕が保証しよう」

 

「ロノス様……」

 

 頭がおかしいのは君が連れている迷子のサマエルをギャグキャラエフェクト搭載にした女神リュキ(君の信仰対象)だけだから。

 だから安心は……うん、絶対に教えないで置こう。

 

 ギャグシーンを目の当たりにして不安になっているラビアの涙をハンカチで拭い、不安を忘れられるように恥ずかしい二つ名を使って励ます。

 それで何とか不安をどうにか出来たけれど、疑問は残るよね。

 

「取り敢えずその子はそんな感じだから気にするだけ無駄さ。常時発動の魔法みたいなもんさ」

 

「さっきも思ったのですが、その口振りからしてこの子はお知り合いなんですね! 良かったです。聖女リアス様と同じ金色の髪だから関係があるのかと思っていましたが、もしやご親戚だとか?」

 

「そうなのか? もしや私様のお兄様……いや、お兄ちゃ……」

 

「いえ、一切微塵も一欠片も僅かも些細な血の繋がりも無いし、このアホとリアスを一緒にするなよ、偽……いや、何でも無いよ。知り合いだけれど、別に親しくも無いし」

 

 このアホと愛しの妹が同じだって? 同じ金髪で光属性でもゴミ山とエレベスト位違うだろう、胸は僅差だけれども!

 そしてお前は兄という意味でお兄様と呼ぶな、お兄ちゃんは更に許さない!

 

「え? 何か複雑な理由が……あぐっ!」

 

 流石に敵意を隠せなかったからか信じられない勘違いをした偽乳シスター・ラビアが困った様な顔を見せ、次の瞬間には脂汗を流す勢いで顔を苦痛に歪ませた。

 

 まさか既にサマエルに何か……。

 

 

「お、お腹が痛い。ちょっと臭うけれど大丈夫だと思って食べた一昨日のシチューが痛んでたみたい…です……」

 

 お腹を押さえ、前屈みで苦悶の表情、こんな暑い地域で二日前のシチュー(臭い)とか食べるとか、そんなに貧しいのか、この国のリュキ教会って……。

 

 

「こ、こんな事なら数日分の食費をつぎ込んで良いお肉を買わなければ……はぅぅ! ごめんなさい、トイレに行くのでその子をお願いします!」

 

 大貴族でお金に苦労していない僕が言うのもアレだけれど割と自業自得だよ、この子。

 美味しいお肉食べたい気持ちは分かるし、僕が言うなって感じだけれど……彼女もアホで、更にアホを押し付けられた!

 

 爪先走りでチョコチョコと、そしてそれなりの速度で教会が有るらしい方に向かい、その後ろ姿を見ていると不意に袖を引っ張られた。

 

 

「私様との関係は知らぬが、兵士の詰め所までは案内して欲しいのじゃ。後生じゃからどうか……」

 

 今にも泣き出しそうなサマエル(見た目は幼い美少女)、本当は僕よりずっと年上だ。

 

 それでも別の不安が……放置して逃げたら名前呼びながら泣く此奴が僕の名前を大声で呼ぶのか?

 此処で殺せれば良いけれど……本当に此処で殺せれば!

 

 せめて自国で自領だったなら……。

 

 

 

「良いよ、案内してあげる」

 

「本当かの! 貴様は凄く良い奴じゃな! 気に入ったぞ、喜べ!」

 

 うん、さっさとお別れで、夜鶴達の監視はしっかり続けておこう。

 ……ふぅ、胃が痛くなりそうだ、アホのせいで。

 

 

 

 

 

「あぁあああああああああああっ! ……ふぅ」

 

 さて、向こうから妙な声が聞こえたけれど行くとするか。

 

 

 

「早く終わらせてアリアさんとネーシャの所に戻ろう。ほら、行くよ」

 

「うむ。良きに計らえなのじゃ」

 

 今の今まで泣いていた癖に僕が道案内するって分かった途端に(見た目の)年相応の笑顔なんて見せちゃって調子が狂うんだよな。

 いや、よく考えれば今の姿で創造されて直ぐに封印されたなら精神が子供でもおかしくないのか?

 アホの子供として創られたみたいだし……って、絆されるなよ、僕!

 

 自分の実家の領地に手を出した相手に情が移りそうになっている事に慌てる中、小さな手が僕の手を掴む。

 

「手を繋いで行くのじゃ!」

 

「……仕方無いな」

 

 まあ、僅かな時間だ。不愉快だけれどね。

 

 

 

 

 

「……なんじゃ。妙に人の数が多いの」

 

 サマエルと(不本意ながら)手を繋いだ状態で路地裏から出てみれば買い物客が随分と増えていた。

 夕食の準備でも始めるのかと何となく思っている僕と違い、不安そうな様子でサマエルは僕の背中に隠れるようにしつつ握った右手を左手に替えつつ更にしっかりと握って来たけれど本当に調子が狂いそうだよ。

 

 妖精国も聖王国も襲った此奴への認識が敵のままなのには変わりが無いけれど、こうして接してしまうと単純に敵としてのみ見られなくなりそうで、ゲームでのイベントの様子を思い出しそうになるのを必死に止めた。

 

 

 そういう風に創られた上で切り捨てられた事への同情も、人間を滅ぼすのは創造者……親や主と言うべき相手の為だという事への有る意味での共感も、貴族として大勢の民衆の生活を背負う身としては不要でしかないのにさ。

 

「人間は嫌いかい? ……知らない相手って意味で」

 

「うーん、分からんのじゃが……どうもモヤモヤする。自分の事を見ていて欲しい人が他人ばかりを見ている、そんな気がするのじゃが……」

 

「そう……」

 

 ああ、本当に駄目だ、敵と分かっている相手となれ合うのはさ。

 相互理解とかが必要な相手も居るだろうけれど、リュキが創り出した神獣に関しては何も知らないまま敵だって事だけ分かっていたかったよ。

 

 何も思い出せないのに寂しそうに呟くサマエルの様子に敵対する意思が少しだけ揺らぎそうになって、後先考えずに行動が出来るリアスが羨ましかった……。

 

 

 

「まあ、だったら僕の後ろに隠れていなよ。詰め所の兵士への説明も僕がするかい?」

 

 でも、これは馴れ合いじゃない。記憶を失って大人しくしている怪物を刺激しない為だけさ。

 

「お主は良い奴じゃの! 私様の友達にしてやっても良いぞ。光栄に思うが良い! にょほほほほほ!」

 

 明るい笑顔を向けて来るとか、そういうの勘弁してくれないかな。

 割と本気で困るんだからさ。

 

 



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アンノウン 「僕も?」

 僕は大きな胸が好きだ、豊かな胸囲が大好きだ。

 いや、貧乳を見下す気はないよ? リアスだって平原だし……まあ、好みの問題さ。

 

 ズッシリとした重量感の有る動き、服を下からパツンパツンに押し上げる存在感、押し付けられた時の感覚といったら……。

 

 

 でも、胸以外も良いと思うよ、足とか。

 スベスベの肌とか、長くほっそりとしたのも良いけれど、丁度良い案配にムチムチした太股とか眼福物だ。

 

 

 結論、女の子の体って素晴らしい! ……と、まあ、色々語ってはみたものの……。

 

 

 

「これはとっても良いものじゃな。私様の可愛らしい小柄な肢体は素晴らしいが、この高さを味わいながらの移動も悪くはない」

 

「そう。それは良かったよ」

 

 僕の頭を挟む込むスベスベした感触の太股、頭には小さな手が置かれて僕の手は細い足を掴んで支える。

 はい、僕は街中で少女を肩車しています。

 頭の上で大はしゃぎし、前のめりになって体を頭に押し付けて来るのはサマエル……倒すべき敵に何をやっているんだよ、僕はさ。

 

 

 

 

 

「ほら、暴れない。また落ちて頭を打ったら記憶を失うよ?」

 

「むっ。流石にこれ以上は私様が私様でなくなるのは嫌じゃな。仕方無い、大人しくしておいてやろう」

 

 僕の上で左右にキョロキョロ、興味を引かれる物を見付けては身を乗り出して、落ちないようにしているのか僕の顔を挟む太股に力を込めて暑苦しい。

 

 だから注意したら納得したから安心したと思ったら、何を考えたのか姿勢を低くしちゃって体を頭に押し付けて来るし、もうこの姿勢のまま背中を大きく反らして頭をどぶ川に突っ込んでやろうかと思ったら急に日差しが遮られる。 

 見上げればサマエルだけで使っていた日傘の上の方を持って僕の方に近付けていた。

 

「ふふんっ! どうじゃ? これで少しは暑さが和らぐであろう?」

 

「まあ、日差しは防げるからね」

 

 得意そうにしている所悪いけれど、日傘を近寄らせて下がる暑さよりも頭を抱き締めるみたいにされる暑さの方がずっと上だし、何ならサマエルだって暑そうだ。

 

「別に君だけで使っていても良いんだよ? その姿勢、疲れるでしょ?」

 

「気にしなくて良いのじゃ。友となら暑さを和らげるのを共有しても良いのじゃからな」

 

「無理しなくて良いのに」

 

「お主も遠慮せずに良いのじゃ。私様の優しさに感謝さえしておればな。にょほほほほ」

 

 頭の上で五月蠅いんだけれど、地面に頭から叩き付けるのは勘弁してやるか。

 絆された訳じゃなくって、端から見た僕の風評的に。

 

 

 

 

 え? どうして肩車をしているのかって?

 

「じゃあ、ちょっと顔見知りが迷子になってたから詰所まで連れて行くけれど……詰所ってどんな建物?」

 

 時間は少し戻って路地裏から出た僕が先ず向かったのは二人が服を選んでいる店の前、護衛の兵士に伝言を任せたんだけれど、根本的な問題が一つ。

 

 僕ってさ、詰所の場所知らないんだよ。

 

「それなら他の者が代わって……」

 

「そうしたいんだけれど……この通りでさ」

 

 だから当然の申し出をされるんだし、普通は受けて任せる所だ。

 僕の背中に隠れて相手を睨むサマエルが特大の爆弾じゃなかったらね。

 

「……成る程」

 

 明らかに扱いが難しそうな上にサマエルの髪は金色、この世界の全ての人が属性に対応した髪の色を持っている訳じゃないんだけれど、金髪は公式な記録では聖女の末裔であるクヴァイル家に生まれる光属性の使い手のみ、という事になっている。

 まあ、あくまでもヒューマンの話であるし、親の髪の毛の組み合わせ次第で金色に似た色になる場合もあるんだけれど、ちゃんと訳ありだとは察してくれたみたいだった。

 

「ちょっと揉め事が起きるかも知れない。もしもの時に備えておいてって二人に連絡を頼むよ」

 

 正直変な風に思われる可能性も有るけれど、神獣将みたいな厄介な存在から目を離せないし、戦うなら周囲に人が居ない場所でアリアさんやプルート達闇属性の使い手に加えて十分な戦力を用意してからが良い。

 だから記憶喪失の状態でも人を嫌う本能は消えていないって面倒な状態の今は下手に刺激せず、監視を続けるのが一番……だと思ったんだけれど。

 

 

「おおっ! 壷の中から出た蛇が踊っているのじゃ!」

 

「のじゃぁあああああああっ!? 蛇を開いてカラカラにした物じゃと!? 何と恐ろしいのじゃ!?」

 

「むぅ。蛇の姿の木彫り細工か」

 

 アホな上にギャグキャラ的な演出効果を持つサマエルは見た目相応の好奇心を持っていて、僕の手をしっかりと握って離さない状態で屋台や見せ物、特に蛇が関係している物に興味を示して引っ張って行こうとするんだけれど……。

 

「とんでもない力だな。……流石は神獣か」

 

「うん? 私様を何か誉めたか? 何か知らぬが更に誉めよ!」

 

「はいはい、君は凄いね。それより少しは大人しくして欲しいな。真っ直ぐ行けば直ぐに目的地に着いてたのに……」

 

 興味を引かれた屋台の前で立ち止まり、かぶり付きで眺める上に十字路になっている道に出たら左右の端の方で興味を引く物を発見次第猛ダッシュ。

 結果、アリアさんやネーシャと見て回れば楽しいだろうし、リアスと一緒に見て回りたい広大なバザーは僕を悩ませる結果になった。

 何度角を曲がったのかさえ忘れそうな勢いで、全部じゃないけれど少しは買わされた物もある。

 

 ……食べ物を触ったり、記憶喪失で自分の力を忘れて制御していないせいで壊してしまった物限定だけれどね。

 味を占めて食べたい物にベタベタ触る悪知恵が無いのが唯一の救いか……。

 

 

「このアイスとやらは美味じゃの! バニラとやらも良いがリンゴ味が最高なのじゃ!」

 

「……それは良かったよ」

 

 だから今こうしてアイスの屋台で買い与えた二段アイスを満面の笑みで食べるサマエルの横でチョコアイスを舐めているのは慣れない気候と振り回される事に疲れただけだ。

 

 リアスと一緒なら楽しいけれど、サマエルと一緒じゃ体力は兎に角として精神的に疲れるからね。

 

 別に常に日傘を持っている様にサマエルが暑さが苦手らしいのは関係無い。

 人前じゃなかったら放置して干からびるのを期待する所だ。

 

「……光属性なのに日光が苦手とか、人間への憎悪を植え付ける反面基本的に子供だとか、リュキは何を考えて創ったのやら。無感情な平気の方が都合が良いだろうに。……僕としてもね」

 

 貴族や国が争えば少なからず領民に影響が出る、子供だって大勢含まれるだろう。

 だから子供らしいからって人類の敵として生まれた相手に絆される訳には行かないけれど、こうして接すると思う所も有るし、それが狙いだったんじゃないかとさえ思えるんだ。

 

 ゲームでは進め方次第で味方になって、裏切り者として始末されるのもこの性格が関わっていたのかと記憶の糸を手繰るけれど思い出せない。

 

「追憶の宝珠が必要だよな……迷いを消す為にもさ。……どうかしたかい?」

 

 神獣の耳にも届かない程度の小声で呟いていると視線を感じてサマエルの方を見たら、視線が注がれているのはチョコアイス……一瞬焦った。

 

 

「食べたいのかい?」

 

「うむ! じゃが一方的な施しは受けぬ!」

 

「そもそも僕のお金で買ったんだけれどなぁ。……他にも色々と」

 

 サマエルのポーチがパンパンになるまで詰められた壊れた土産物や食べかけのアイスを見ながら呟くんだけれど、絶対分かっていないだろうな、アホだし……。

 

「故に交換じゃ。私様のとお主のを換えてやろう」

 

 誇らしげに残ったバニラアイスを差し出しているけれど、だから僕がお金を出したんだって。

 そもそもバナナはどうやって手に入れたんだろ、この子。

 家から持って来たか、誰かに財布を持たせていたとか?

 

「別に良いよ。ほら、一口あげるから好きに食べたら? ……僕はもう要らないし、そうしてくれたら助かるからさ」

 

「そうかそうか! ならば私様が助けてやるのじゃ!」

 

 本当に面倒な性格をしているよな、この子……。

 

 本当に普通のアホの子にしか見えない人類の敵の姿を見ていると、とある疑問が浮かんで来る。

 

「……ぬぐっ」

 

 食べ終わって歩き出そうって時に止まったサマエルがしゃがんで足に触れていた。

 

「どうかしたのかい? って、靴擦れか」

 

 神獣将でも靴擦れは起きるのか……靴も特別製だろうし、あの動きで擦れ続けたら仕方無いのかな?

 

 サマエルが指先で触れた足首は軽い出血があったし随分と痛そうだ。

 本当なら放置している所だけれど、街中で見た目が子供だしな……。

 

「ほら、乗って良いよ」

 

 

 だから仕方が無いので背中を向けてしゃがめばアホの癖に察したのか即座に乗って来たよ。

 

 

「にょほほほほ。高い所は気分が良いのじゃ!」

 

 何故かオンブじゃなくって肩車だったけれどね。

 

 あーあー、本当に神ってのは趣味が悪いよ。

 人間の敵だって本能を埋め込んで創った存在なのに中身はこんな感じだし……最終的に考えを変えて封印されても忠誠も本能も変わっていないんだし、本当に神ってさ……。

 

 

 




有る程度出番あって絵が無いキャラ

ネーシャ

レナ

レナス

ネーシャ

マオ・ニュ

フリート

ゼース


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悩むくノ一 本はお気に入り

 建物の屋上にて腕を組みながら、或は雑踏に紛れながら我々は主と主に肩車されている見た目小娘に視線を送る無論周囲への警戒も忘れないが最大最悪の脅威は信じられない事に奴である。

 

「即座に始末すべきとお伝えしては?」

 

「路地裏に連れ込んで首を掻き切り、我々が死骸を離れた場所に埋める。それで良いでしょう」

 

 分体達は殺気を漏らさず獲物を構える。

 いや、そも道具である我々は使われる物であり、使う者が発する殺気とは本来無縁の存在、更に闇に潜み動く忍びであるならば当然。

 

 滅私奉公、只主の望むがままに動く、それが我等の誇り。

 

「肩車か、羨ましい」

 

 滅私奉公、うん、それが道具である我等の誇り、だ。

 

「デートとか良いよね。主とさ」

 

 我等は只道具として存在を・・・・・・。

 

「甘い物とか食べて、その後で主に食べて貰いたいな」

 

 ・・・・・・だったのになぁ。

 

 

 主は喜ばれているものの、分体達の一部にこうも本来と剥離されては妖刀夜鶴の名が泣くと言うか何と言うか・・・・・・。

 

 警戒は緩めず、それでも肩を落としてしまいそうになる中、比較的まともな分体が私の肩に手を置いて首を左右に振っていた。

 

 

「夜伽の名目なら誤魔化せますが、他の女性に嫉妬して主を襲った時点で只の道具だと言い張るのは無理があるのでは?」

 

「ぐっきゅう……」

 

「何ならあの時に大声で言っていた事を此処で言いますか?」

 

「ま、待て! 待たぬのなら私にも考えがある!」

 

 

 

「“この偽りの身では子を成せませんので、お好きなだけ注いで下さい”。とか、しがみ付きながら言っていましたよね」

 

「”ほら、もっと注いで下さいませ。私を無茶苦茶人参したいのでしょう?“とも言ってましたよ。主に跨って激しい動きをした後で耳元で囁いてましたかと」

 

「”主の子を宿せたら良かったのに……“とか手を繋いで余韻に浸ってる時に寂しそうにしてたよー」

 

「淫らな女を演じているけれど基本はチョロいし耐性が低いんですよね。本人は自覚無いだけで主にベタ惚れの恋愛脳だけどさ。それとドスケベ、真面目な振りして本当にドスケベ」

 

「お前達だって私なのを忘れたか? 大体、警護と言って主と他の女性の情事を影から見ていただろう!」

 

 本当に分体達は個性が芽生え過ぎでは無いのか?

 真面目様で私に毒を吐く様な奴は……まあ、良いが、脳天気や色ボケは本当に私から発生した存在なのかと首を傾げたくもなる。

 何故なら私は冷徹非情、己を持たず主の為に存在する道具なのだから。

 

「そうだ。お前と私達は同一の存在。つまり本体が覗いていたのと何も変わらないし、実際の所、自分に置き換えてナニをしていたのか知っているぞ」

 

 

 ……本当に、本当に! 制作者に一度話を聞きたい気分だ、とっくの昔に死んだがリュウという子孫は生きているのだし、何か記述が……。

 

 

「いーやーじゃー! この建物、狭い所に人間が沢山いる気配がするぞー! 密度じゃ、密度が嫌じゃー!」

 

 考え事に一瞬意識を持って行かれるという失態、それに気が付いて主の方を見れば肩車から背中に張り付きに変化して駄々を捏ねる小娘の姿。

 

「白昼堂々主に手足を絡めるなど羨ま……怪しからん。そのまま揺さぶり続けて移動を妨害するなど今直ぐ代わ……いや、かわ…かわ……皮を剥いでやろうか!」

 

「もう私情を隠せてないし、誤魔化し方がエグいですよ、本体」

 

「ぐっ! だが……」

 

 呆れ顔の分体その一、当然ながら私と見た目は同じである、何ならほぼ同一存在なのだが、それに呆れられる私とは一体……。

 

 思わず膝から崩れ落ちてうなだれる私の背中に触れる周囲の分体達の優しい手。

 同時にエロ小説が目の前に差し出された。

 

「はいはい、聖王国に帰るまでの何処かで可愛がって貰いましょうね。ほら、主への夜伽の参考にって勝手に持ち出した主の私物のこの本の内容とか良いんじゃないですか?」

 

 内容は敵地で捕縛された密偵がエッチな尋問の末に肉欲に溺れてしまうという物。

 いやいやっ!? 流石にそれはちょっと……。

 

 その、道具とか持って……思考停止、精神状態を切り替える。

 道具として動く時間だ。

 

「……来たか」

 

「あっ、誤魔化し……いえ、失敬。敵ですね」

 

 私がドスケベだとか、主との情事が忘れられないとか、道具ではなく女としてあの方を慕っているとか今は思考すべき時ではない。

 門の上から外を見張る分体から共有された情報、敵の襲来によって全ての分体が表情から感情を消し去る。

 

「そうだ、それで良い。我等は道具、我等は刃。己の存在意義の為、主の敵を斬り伏せる者」

 

 分体の一体が主に敵の襲撃を知らせる中、遅れて警告を示す鐘が鳴り響き街中が賑わいとは別の騒がしさに包まれる。

 

 

 

「お前達、分かっているな? 私達の存在は決して表に出てはならない。影に潜みつつ主を害するであろう者共を駆逐せよ。……散っ!」

 

 その掛け声と共に私達はその場から消え失せた。

 

 

 

 

 

「記憶喪失かぁ。医者を呼んでどうにかなるのかなあ? うーん、余所の国の子供なら親が届け出を出して探していそうだけれど、迷子の知らせは来ていないし」

 

 サマエルに振り回され(物理的にも)ながらも何とか兵士の詰所までやって来た僕達だけれど、此処から先がちょっと面倒だった。

 僕との関係性は数回会っただけで、家が何処に在るかは知らない・・・・・・聖地アトラスが拠点なのは分かっているけれど、そんな場所に住んでる子なんて何者なんだってなるから秘密だ。

 

「お嬢ちゃん、何か覚えていないかい?」

 

「ふん。私様に気安く話し掛けるななのじゃ」

 

「困ったなぁ」

 

 応対をしてくれたのは頼りなさは感じるけれど親切そうな若い兵士、外からモンスターがやって来ているのを知らせる鐘が鳴り響いたからか残っているのは彼を含めて数名で、僕の背中に隠れながら蛇みたいに威嚇するサマエルに手を焼いていた。

 

「えっと、サマエルちゃんが・・・・・・」

 

「気安く呼ぶななのじゃ!」

 

 さっきから偉そうにしているのに怒りも不満も見せない兵士と違い、サマエルは怒鳴りながら日傘に手を伸ばす。

 

 ……もう話が進まないし、ちょっと口を挟もうか。

 

「こら。話を聞いて貰わないとどうにもならないだろ? 我慢しなよ」

 

「うぅ。まあ、友人であるお主の言葉なら仕方が無いのじゃ。心して聞くが良い。私様が私様について知っている事をな!」

 

 ちょっとだけ強めの口調で叱ればシュンとなってうなだれる。

 心無しかサマエルの髪に結ばれたリボンの蛇もシオシオと垂れて見えた。

 

「うんうん、有り難いな。聞かせて聞かせて」

 

「にょほほほほ! そうじゃろう、そうじゃろう」

 

 僕の言葉で渋々といった様子だった癖に直ぐに調子に乗って胸を張るサマエルの姿に兵士は慣れた様子だ。

 まあ、皇帝のお膝元であるガンダーラで勤めているんだしお金持ちや権力者の甘やかされた子供達の相手は新米でも慣れっこなんだろう、うんうん、と頷きながら視線を合わせているし、適当な所で離れつつ監視だけを置いていれば良いかと思いつつも、僕はサマエルの言葉に耳を傾ける。

 

 

 さてと、さっきまでは他に興味を引かれる物が沢山あって話にならなかったけれど、吐けるだけの情報を吐いて貰おうかな。

 

 

「なーんにも覚えていないのじゃ!」

 

 ……期待した僕が馬鹿だった!

 

「そっか。じゃあ、君が記憶を失った事故の時に近くに居た人に話を聞いてみようか」

 

 自信満々にしておきながら無駄な質問だったサマエルだったのに、兵士は少しだけ困った様子で僕の方に視線を向ける。

 ああ、事故を目撃した人がお腹を壊した(体調を崩した)から顔見知りの僕が連れて来たとは伝えたけれど、何をしている誰かってのは伝えていなかったな、サマエルが色々やってくれたから。

 

 ……本当に入ってからも暴れるわ、リンゴ味の飴玉を貰ったら大人しくなるわ、直ぐに文句を言い始めるわ!

 

 

 

「うむ! ラビアというリュキ様を信仰するシスターじゃったぞ!」

 

 ……所で気になっていたんだけれど、僕だけがギリギリ微妙に見える位置に隠れているリゼリクさんから嫉妬の視線を感じるのは何故だろう?

 ロリコンだから……かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー。旅のシスターなのかな? 少なくともガンダーラにはリュキ様の教会なんて無いしさ」

 

 ……え?




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魔女の告白

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「……私、幼い頃から思っていたんです。私はこんな物要らないって」

 

 ロノス様に少しだけ悪戯をした後で始めたドレスの試着の最中、アリアが急に静かな声で呟きました。

 鏡の前、私が体に当てているのは魔法の力によって帝国の温暖という言葉が生温い気候や強烈な日差しからも守ってくれる薄い生地のドレス。

 あの方の前では扇情的な物を選ぶと囁きましたが私が……いえ、私とアリアがなろうとするのは情婦ではなくて貴族の妻、それなりの気品を考えませんとね。

 

「それは貴女の持つ……」

 

「ええ、私の細い手足では到底持ち続けられない、その様な物です」

 

 彼女は同盟相手、私がクヴァイル家での地位、とロノス様の愛を得たいのと同様、アリアは彼の隣で愛されるという立場と場所が欲しい。

 だから互いに本音で話せるように人払いをし、普段の明るい少女の仮面をはぎ取った状態での突然の告白の話題が何を示しているのか、ハッキリと口にする必要は有りませんでしたわ。

 

 

 ……その撓わに実ったお胸の話では有りませんわよね?

 静かに呟いた時に俯いたら揺れた双丘に視線を送り、直ぐに自分の胸元に戻す。

 

「……気にせずにいましょう」

 

 

 そう、私は貧乳ではない。着痩せするタイプであって脱げば平均は多分超している私ですが、アリア以外にも多い大きな胸の持ち主達。

 私、キュッと締まった小振りなお尻の形には自信が有りましてよ?

 

 

 

 

 

 

 

 この様に実家の経済力の差に反比例する脅威(胸囲)の差に愕然としてしまいそうな一緒にお着替えという今の状況、ですが内容は真面目で深刻な物でしょうね。

 

 

「闇属性、裏切りの魔女に与えていた力。実の母親以外は祖父母でさえも忌み嫌ったこの力は本当に重くのし掛かる物でした。どうやって扱って良いのかも分からず、誰も教えてはくれませんでしたから」

 

「……変異属性で氷を使うだけの私でさえ指導者を探すのは大変でしたし、数百年単位で使い手が現れないのなら当然でしょうね」

 

 手元の一着を当てた姿を鏡に映しながら呟くアリアの心境を考えますが、孤独やら絶望、世界への憎悪という感情が頭に真っ先に浮かぶ。

 顧客の心理を読んでこその商人ですが、深く人々の心理に刻まれた闇属性への敵意を属性が判明した日から受け続ける事を考えれば感情が抜け落ちた状態の本性にも納得が行きました。

 

「だから私の力を凄いって誉めて貰えた時には、それでも私自身を見て貰えた時には本当に嬉しくて……ロノスさんに心を奪われました」

 

「あら、そうですの。結構単純な理由でしてね」

 

「貴女はどうなのですか? ネーシャ」

 

 おや、少し本当に拗ねてしまいました?

 それか同盟相手であっても油断せずにいるのか探りを入れて来たのでしょうかとも思いますが……。

 

「私と貴女の同盟締結時の条件には含まれないので黙秘させて貰いましょう」

 

「ちょっとケチですね」

 

「節制と使うべき時の見極めは叩き込まれましたので」

 

「……じゃあ、良いです。命の危機を救って貰ったとか、そういうのだと勝手に思いますので」

 

「どうぞご自由に」

 

 拗ねた表情での呟きに私は余裕綽々で、この程度では崩れません。

 表面は……。

 

 

 

 

 ……ぐっ! どうして分かりましたの!?

 偶然? 偶然……ですわよね?

 打算込みとは見抜かれていませんし、軽口の類でしょう。

 

 

 

 アリアが珍しい本心からした会話を受け流し、時に冷や汗を流しそうになりながらも会話は続く。

 私の方も過去を少し、そして重要な部分を省きながらアリアの心理を読み解くに必要な材料を得ていますが予想以上に重いですわね。

 

 

「……所で真面目な話の途中から体に当てているその……”スリングショット”? はどうかと思いますわよ? 会話中の絵面を考えても……」

 

 過激な物を着ると見せかけて清楚なのを見せ、試練を受ける為の道中の夜中に過激なのを見せて迫る予定でしたが……インパクトに全部持って行かれますわね。

 

 小柄で細いくせに胸だけはご立派なアリアでは少し大きめのかパツンパツンの状態の小さいサイズを選ぶしかないというか、それを狙っての選択でしょうが、それを着た姿を想像した所、同盟を破棄して叩き潰すという選択肢さえ浮かんで……。

 

 

「私も新作の”童貞殺し”とやらを試して……」

 

 外から僅かに聞こえる鐘の音、叩く感覚と回数から飛行するモンスターや特別危険視される種類は含まれていないようですが……。

 

 

「ロノス様からの伝言の件も有りますし、ちょっと警戒していましょうか? 余計な用心しても精神以外に損しませんしね」

 

 そもそもモンスターの相手は兵士達のお仕事、横から勝手に手を出しては面目やら色々と……。

 

 

 

 それにしても顔見知りが迷子だったから案内するらしいですが、ちょっと遅いですわね。

 何かトラブルでも起きているのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

「何だと貴様! 確かに奴は食費削って贅沢した上で腹を下し、結局……どうなったかは知らんのじゃ! 私様は便所に急いで向かっていたラビアが急に落ち着いたとか知らんし、変な臭いも感じておらんのじゃ!」

 

「う、うん。そうなんだ……。その人は漏ら……うん」

 

 記憶を失った自分に親切にしてくれたからか、自分を創造した女神の信者だからか、本当のシスターではないとも取れる呟きにサマエルは僕の後ろから飛び出す勢いだ。

 誰かの為に怒れる、これは悪い事じゃないけれど、流石に不味い。

 慌てて腰に手を回して後ろから抱っこするけれど危ない所だった、こんな見た目でも素手で人を指先で殺せる存在だ。

 

 

 ……預けて即座にお別れしなくて良かったよ。

 って、力強っ!? 動かす腕が当たるだけで凄く痛い!

 

 

 端から見ればジタバタ暴れる女の子を抱き上げているだけに見えるだろうけれど、実際はかなり必死だ。

 今まで色々な相手と戦ったり訓練をして来たから分かる、並の金属鎧ならベッコベコに凹ませる威力が有るだろう。

 

「ほらほら、落ち着いてサマエルちゃ……さん。そうだ! さっきのリンゴ味の飴が未だ有るよ。ほら、食べて食べて」

 

「そうだよ。さっきの言葉も教会なんて存在しないって言ったんじゃなく、在るかどうか記憶が不確かだってだけじゃないか」

 

「むぐっ」

 

 僕は必死だったけれど端から見れば癇癪を起こした女の子を押さえつけているだけだし、苦笑しながら口に棒付きの飴を差し出せば急に手足の動きが止まって舐め始めた。

 

「……」

 

 少しの沈黙、怒り心頭だったサマエルの顔が綻んで鼻歌まで始まっているし、本当に子供の癇癪を鎮めただけに思えて来たよ。

 

「この飴、最高じゃの。リンゴ味だというのが素晴らしい。リンゴこそ果物の王じゃと思うぞ」

 

 本当に先程までの怒りは何処に消えたのか大人しくなったサマエルを椅子に降ろせば足をブラブラ動かしながら頬に手を当てている。

 

 ……そう言えば”サマエル”って聖書では知恵の実であるリンゴをアダムとイブに食べさせた蛇だっけ?

 

 

 目の前では口の中で飴玉を転がし、危うく落としそうになって慌てるアホの姿。

 これがアダムとイブに知恵の実を食べさせる時、何と言うのだろうかちょっと想像してみよう。

 

 

『にょほほほほ! その実は凄く甘くて美味しいのじゃ! 食べたら楽園を追い出され……ごふんごふん、私様も目障りな貴様達が追放されれば……と、兎に角食べるのじゃ!』

 

 うん、絶対こんな感じだ。

 リアスでも騙されないだろうね……多分。

 

 

 そんな知恵の実ことリンゴが大好きなのか、この子は。

 

 知恵の実……。

 知…恵…?

 

 

「むふふ~」

 

 うーん、リンゴが知恵の実とか納得行かない。

 きっと間違いだな!

 

 

「それにしても……」

 

 兵士の記憶違いなら良いけれど、本当に教会が無かった場合、あの偽乳シスターは偽シスターでもあったって事だ。

 あの醜態からして三流の詐欺師か……何かを企んでの演技だって事だけれど。

 

 

 

 僕が少しいぶかしんだ時、鐘の音が鳴り響く。

 先程より多く速く、緊急事態を告げるかの様に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた」

 

 次の瞬間、僕達が居る詰所が爪によって引き裂かれた。

 




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閑話 時の女神が嫌う者

前回は不評 悔しい


 高い高い石造りの塔の中、入り口以外に窓も無いが空気の淀みは存在しない。

 内装に飾り気も見られず、首を痛める程に見上げても天井が見えない吹き抜けだ。

 内壁に設置された螺旋階段と床に置かれた飾り気の無いベッドを始めとした僅かな生活感、そして床にも壁にも埋め込まれた無数の時計。

 

 チクタクチクタクと針は止まる事無く時を刻み、古今東西大小の時計の中にある柱時計や鳩時計が一斉に鳴る以外は一切の音が鳴りはしない中、扉が軋む事無く開いた。

 

 音も無く自動的に開いた木製の扉に続いて入って来たのは神々しいオーラを放つ生きる屍……ではなく、時の女神ノクスであった。

 

「ヴァアアアアアアア……」

 

 腹の底から負の感情を絞り出したみたいな呻き声、艶のある髪は少しボサボサになっており、前髪で隠れていない方の目には生気が感じられず、夢遊病さながらの辿々しい歩みでフラフラとベッドへと向かっていた。

 

 その姿はまるで社畜、更に例えるならば週休二日で明るいアットホームな職場という募集を見て採用された職場にて入社早々に有能振りを発揮、同期だけでなく上司や先輩からも頼りにされる

 

 ……結果、任された仕事をこなす為に電灯が明るく照らす職場で終電ギリギリまで働く事になり、日月の二連休を奇跡的に許された後、火曜から次の週の木曜の深夜まで働いた所で緊張の糸が切れて仕事机で寝落ち、通勤ラッシュの時間帯に眠気と疲れと変な姿勢で眠った事による痛みを抱えての満員電車を耐えきって漸く帰宅した、その様な感じだ。

 

「眠い、疲れた、眠い眠い眠い……彼奴は何時か殺す……」

 

 歩きながら燕尾服を乱雑に脱ぎ捨てれば、捨てた側から宙で綺麗になった状態で畳まれ、独りでに開いたタンスの中に仕舞われて行くのだが、タンスの中には同じ燕尾服の上下と肌着、そしてブラジャーが幾つか有るのみ、パンツは一枚も入っておらず、服を脱ぎ捨てて残るは下着だけになった彼女は最初からパンツを穿いてはいなかった。

 

「お休……み……」

 

 そのままベッドの上にうつ伏せに倒れ込む事数秒後、泥のように眠るノクスからスヤスヤと安らかな寝息が聞こえ、あれだけ塔の中に響いていた時計の奏でる音は一切消えて静寂が包み込む。

 睡魔に身を任せ、ため込んだ疲労を捨てようとする塔の主を気遣うように、それとも時が止まってしまったかのように。

 

 この場で聞こえるのは安らかな寝息と時折する身動ぎの音のみ……。

 

 

 

 

 だった。

 

 

 

 

「ンーンン、ンーン、ンンンンンンーンン」

 

 枕元に置かれたパンダの形の時計、それも周囲の時計どころかノクスを崇める世界には存在しない筈のデジタル式。

 そこから録音されたと思しき少々音程の外れた国歌、具体的には米の国の国歌が音量を上下させ、まるで羽虫の羽音のような感じとなって枕元から響き渡った。

 

「……ん」

 

 完全に眠りから覚めてはいないらしく目を閉じたまま腕を目覚まし時計に伸ばすも倒れ込むようにベッドで眠り始めた彼女の手は届かない。

 這って枕元に向かう気力も無いのか動かず、体の下に敷いた毛布を頭から被ったり枕で耳を塞ぐもその様な行為で眠れる筈もなく、遂に我慢出来なくなったのかノクスは跳ね上がってパンダの頭を掴むなり腕を振り上げた。

 

 

 

 

「糞大熊猫擬きがっ!」

 

 怒声と共に全力投球、壁にぶつかり床で跳ねてベッドの近くまで転がって漸く止まった目覚まし時計からは衝撃で何処かが壊れたのか音量の上下が激しくなり、同時にガラスを引っかく様な音質にまでなっている。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

 毛布を頭から被って丸まって唸るノクスだが鳴り続ける目覚まし時計の音声、無視しようにも無視できず……睨んだだけで相手を殺せそうな目つきで立ち上がると目覚まし時計をひっ掴み壁まで歩くと先程同様に投げつけて、跳ね返って来た所に拳を突き出した。

 

 

「おらぁっ!!」

 

 普段の真面目でクールな彼女は何処へやら、殴る殴る殴る、怒濤のラッシュを叩き込み続けるも目覚まし時計は僅かに端が砕けるだけで音程が外れた鼻歌の再生は続くがラッシュも止まらず、逆に勢いを増して行く。

 

「これで最後だっ!」

 

 雨垂れ石を穿つ、あれだけ強固だった目覚まし時計も全体に大きくヒビが入り、その一撃には最大の力が込められていた。

 

 

 

「デーダー・・・・・・グウ!」

 

 謎の掛け声と共に振り抜かれる拳、石壁とノクスの拳に挟まれた目覚まし時計の全体に衝撃が伝わり遂に大破、パンダの首だけが床を転がる中、ノクスは膝からの崩れ落ちる。

 

 

 

 

「また仕事ですか。・・・・・・ウ゛ァアアアアアアアア」

 

 再び搾り出されるうめき声、その直前の呟きを肯定するかの様に外から扉がノックされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神とは完全無欠にして困窮する人々を無償の愛で救う存在、その様な勘違いが人間共の間には広く浸透していますが……実に人間らしい愚かな妄想だと失笑してしまいそう。

 

 ええ、他の種族よりも人間を贔屓する神は多いですが、それは単純に見た目が似ている程度、後は信仰という方法で自分達を誉めるから気分が良くなっただけ。

 職場でおべっかを使う同郷の部下に少し優しくする人間と大して変わらないというのに。

 

 私? 私は時の女神、時間は動植物だけでなく非生物にさえも等しい物、寧ろ愚かな人の子は関わりたくは無いですね。

 

 手洗いで死滅する最近も人間の英雄も同等、信仰というお世辞も通じませんから。

 寧ろ届きもしないし、届いても困る生け贄を捧げて不老不死を得ようとする連中に嫌悪すら……。

 故に個人的には関わりたくはないのです。

 

『ねぇ、私の不始末の解決のお手伝いをお願い出来ないかしら? ノクスにしか頼めないのよ』

 

 ……そう、あの子に関わったのは尊敬する御方に頼まれたから、それだけ。

 少しだけあの日々が楽しかったのは認めますが、私の知るあの子は既に存在しません、それはそれに関わった私が知っている事ですので。

 

 そして完全無欠でもない……ええ、人間と比べるならば全知全能ですが言葉の意味通りに考えるのならばそうでないのは認めましょう。

 そも、司る物が違う時点でそうではないと分からないとは。

 

 神とは自己の存在を知覚した時点から神という存在であり、その時点で存在しなかった物や概念を司る神もそれと同じ。

 獣人族が吸血鬼族になれないように、神も司る物を変える事は……。

 

 

 

『今日から僕が大熊猫も司る~! 自由と悪戯と大熊猫の神だーい!』

 

 存在の開始と共に決まっていた自らが司る物だけでなく、他の神の物まで変えられる存在は……。

 

 

 

 

「……うん、存在しませんね、存在したら駄目な存在です、そんなのは」

 

 だから何処かの誰かが獣を司る神から大熊猫以外の獣を司る神にされてなんかいませんし、急に役割が変わった事で神獣の手を借りても調整に追われる筈もなく、だから私が義理で手伝いに行って過労で倒れそうになんかならないのです。

 

 

 

「……ふぅ。早くリュキ様の刑期が終われば良いのですが。まあ、あの子……あの人間に期待しましょうか。……よりにもよって全裸を見られてしまいましたが……あの馬鹿」

 

 ……とまあ、こんな風に色々と悩みながら服を素早く来て扉を開けてやれば灰色のウサギのキグルミが入り口で立っていました。

 

 

 

「許可します。入りなさい」

 

「失礼致します、ノクス様」

 

 私の許可を得て目の前の女は足を踏み入れる、勝手に入って居たのならば不敬者として神罰を与えていた所だ。

 

「擬獣師団キグルミーズ三羽烏が一人、グレイシア参りました」

 

「御託は良いわ。わざわざこんな物で予め来訪を伝えたのだし、何か用事が有るのでしょう? 早く伝えて直ぐに消えなさい。私は貴女がこの世で四番目に嫌いだと伝えた筈です」

 

 意識せずとも言葉に棘が乗る。

 これは八つ当たり、この世で最も嫌いな性悪神の神獣である事は(それ程)関係無く、理不尽な理由で私は目の前の愚かな女が嫌いだった。

 

 

 

「アンノウン様からの伝言です。”僕達はこれ以上世界に干渉出来ないから、ガンダーラで動いているサマエルの様子見をお願いね!”、との事です」

 

「あの愚か者、何をやる気なのかしら? 神獣将の中ではマトモな方だったけれど……仕方無いわね。……それにしてもアンノウンの命令に忠実に動くだなんて、自分の子供達が幼い頃にどうして同じ様に出来なかったのかしら?」

 

「……」

 

 私の問いかけにグレイシアは答えず、代わりに拳を強く握りしめ奥歯を噛みしめる。

 分かっているのでしょうね、誰よりも。

 

「後悔しているのでしょう? でも、残念ね。時を巻いて戻すだなんて禁忌、時の女神の私の力に加えて上位の神が犠牲を払わなくては成し遂げられない。貴女にやり直させるなんて大博打を選ぶ価値は無かったわ」

 

 もし、あの時に貴女が大人しく父親に従っていればあんな結末は向かえなかったかも知れないのに、そんな意味も無い話を私も貴女も何度もしたのでしょうから。

 

 

「じゃあ消えなさい。何度でも言うわ。私は貴女が嫌いなの。さっさと居なくなって頂戴」

 

 あの子はもう居ない、だから目の前の女が嫌い、理不尽だとは分かっているけれど。

 

 さて、業腹だけれどもサマエルの見張りの準備をしなくては駄目ね。

 ……シスターの振りでもしましょうか、何かあって去る時には腹痛の演技でもすれば良いし。

 

 

 

 

 この選択を私は後悔する事になる、連徹明けのテンションは怖い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに嫌いな存在の二番目は性悪二号のハシビロコウ、三位はパンツ着用をしつこく言って来る相手。

 




リュキ と ノクス


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裏切りと意地

感想ください


外から感じる殺気と膨大な魔力、反応すると同時に魔法を展開しようとした僕は気付く、サマエルまで守護範囲に含めていたって事にね。

 絆されてしまったのか、それとも防御壁を張るのに集中していたのかは定かでは無いけれど、僕は確かにサマエルを守ろうとしていたし、それは相手から情報を引き出す為の打算有りきの行為では無かったと断言出来るだろう。

 

 ……何をやっているんだ、僕は。

 

 後から思えば詰所の兵士はサマエルを普通の迷子だと認識しているし、無事だったとしても見捨てる行為は今後に変な噂が流れる可能性を消せたのだから良いとして……結果としてはその行為は無駄だった。

 

 

「危ないっ!」

 

 響く兵士の声、手を伸ばした先には外壁を切り裂いて尚、勢いを殺さずに僕達を殺そうと迫る爪による切り裂き。

 そして、それに向かって日傘を開いて行くサマエルの小さな背中。

 振り返った彼女は自信に満ちた表情を向ける、さっきまで敵意を向けていたっていうのにね。

 僕はそれをアホだからで片付けない、あれはきっと創造すると同時に与えられた人間の敵意とは別に持って生まれた人格による物なんだろう。

 

 

「安心するのじゃ。私様が守ってやろう」

 

 

 建物の壁を易々と切り裂いた爪の一撃と広げて盾の如く構えた日傘が正面からぶつかり合い、日傘を構えるサマエルの矮躯が後退してバランスを崩しそうになるけれど、咄嗟に踵が床にめり込む程の踏み込みで耐えきった。

 

「ぐっ、ぬぬっ! あま、甘いのじゃ!」

 

 傘の表面を流れて行く衝撃は左右に逸れて壁を破壊、真正面に切り裂かれた詰所が崩れ始める中、サマエルは口元に手を当てての高笑いだ。

 

「にょほほほほ!」

 

 あっ、天井が崩れそう。

 

「にょほっ!?」

 

 頭の上から落ちて来た天井の破片がサマエルの頭に激突、ゴツンという音と共に瓦礫は砕けて大きさなタンコブが餅みたいに膨らんで、例えじゃなくって実際に頭の上で星が回って目玉がグルグル回っている。

 

「……は? いやいやっ!? なんだ、あれ!?」

 

 兵士なんてそんな姿を見て詰所が破壊された事とか、それを小さな女の子が防ぐとか有り得ないよね、漫画だって存在しないんだから余計に意味不明だものさ。

 

 色々知っている僕だって未だに意味不明だし、本当に意味が分からない!

 

 

 さて、茶番はこの辺にして敵に向き直るか……サマエルは敵、で良いのかな?

 

「これは困った。何故同胞が此処に居る? ……いや、違うな」

 

 これ以上の崩落は危ないと詰所の時間を戻す中、戸惑いの声は正面……つまり詰所を切り裂いた相手から。

 壁が戻り、扉が閉まる直前に見えたのは腕を組んで首を傾げる少女、神獣ハティ・スコルの姿。

 違う服を持っていないのか同じドレスを身に纏う彼女はサマエルの姿に動揺を見せ、一瞬で険しい物へと変貌する。

 

「……人間を庇ったのか?」

 

 信じられない……いや、信じたくないんだな。

 戸惑いと否定して欲しいという気持ちが顔を見るだけで伝わって来る、肯定された時には迷わず戦うという覚悟もだ。

 

 

 修復していく詰所、その再生の様子がスローになる中、ハティは隙間をすり抜ける様に入って来る。

 殺気を浴びて意識が研ぎ澄まされた、という訳じゃないな、肉体からオーラでも放って魔法が阻害されたのか……。

 

「ぐぬぬぬ、襲って来たのは貴様じゃな? と言うか私様が後ろの連中を守る事を貴様にとやかく言われる筋合いは無いのじゃがな」

 

 タンコブを上からグッと押し込むと引っ込み、相手が誰か記憶を失っているから分からないサマエルは堂々と言い放ち、ハティは覚悟を決めた顔となる。

 

 

「ああ、我の血を引くこの父親に相応しい男を屈服させるついでに周囲の人間を始末しようとしたのだが、自らは傷を負ってでも庇うとは。……アホだとは聞いていたが、本当に何を考えている?」

 

 ……あー、未だそれを狙ってるのか、嫌だなあ。

 シロノもそうだけれど、肉食系にしても度が過ぎてるって言うか……。

 

「言う必要は無いのじゃ。そんな事よりも貴様のせいで受けた痛みを三倍にして返してやるからの!」

 

 涙目になりながらも襲って来た相手に閉じた日傘の先を向けるサマエルと右手の手の平を向けながら腰の辺りで構えるハティ。

 漏れ出す殺気に兵士達は限界寸前なのか顔を青ざめさせて息は苦しそうだ。

 

 

 

「……それにしても」

 

 ゲームでは存在したサマエルの和解と離反、そして死亡イベント、主人公……アリアさんと仲良くなって人間への敵意を捨てた彼女は裏切り者として他の神獣将二人に殺される事になったけれど、これは同じ様な事が起きているのか?

 

 未だ疑惑の段階で、更には記憶を失っている状態だ、裏切った訳じゃ無い。

 だからそれを教えればこの場で戦いにはならないだろうし、周りを巻き込む事を考えれば教えてやるのが一番か。

 

 まあ、ハティはゲームには出てこなかったし、実際戦いになったらどうなるかは分からない……。

 

 

 

「待て! そ、その子には手を出させない、じょ!」

 

 僕が動かない中、震える体を動かし、震える声で噛みながらも虚勢を張って槍の切っ先をハティに向ける。

 相手は若い女で武装すらしていないけれど、この世界にはモンスターとの戦いで肉体の質を向上させている者は幾らでも存在する。

 この兵士だって訓練や任務でそれは経験している筈で、それだけに只者ではない事は分かっているはずだ、生存本能で命の危機を感じ取った筈だ。

 

 

 

 

 

 帝国を守護する兵士としての誇り、大人として子供を守ろうという真っ当な価値観、それは人としては何一つ間違ってはいないだろう。

 

「そ、そうだ!」

 

「大人が子供に守られっぱなしってのは情けないよなあ!」

 

 最初に動いた兵士に続き、建物内で今にも気を失っていた兵士達が同じく震えながらも武器を構え、サマエルを庇うようにハティの前に立ちふさがった。

 

「愚かな。其奴を見捨てれば少しは長く生きられたというのに分からぬか。ふむ、新参者の私が勝手に判断するのは憚られるが、ロザリー……は頼りにならんか、ミントにでも報告を頼むとしよう」

 

 相手がとても敵わない相手だと悟っても、今此処で立ち向かわなくてはならないのだと……例えそれが蛮勇であり無意味であり結果が犬死にでしか無いとしても。

 ハティはその姿を嘲笑すらしない、無意味で無価値だとして一切の感情を兵士達に向けず、足下の石ころを蹴飛ばそうとしている感覚なんだろう。

 

「……仕方無い」

 

 動くかどうか迷っていた、何せ物理的な圧力に魔法解除の力を持つ咆哮を放っていたのが、別の方法で僕の魔法に干渉したからだ。

 

 でも、此処で何もしないのは駄目だ。

 そんな事をすれば僕は僕を許せない、今後も何か理由を付けて逃げ出す、そんなダサい奴がどうしてリアスのお兄ちゃんを名乗れるんだ!

 

 

「駄目ですよ。関わっちゃ駄目だって言われましたよね?」

 

 背後から聞こえる少年の声、僕よりも年下だろうと思われるその声と共に僕の横を黒い影が通り過ぎ、ハティの目の前で左手で手首を掴んだ右手を突き出すリゼリクさんの姿があった。

 

「速っ……」

 

 兵士は勿論、僕やサマエル、それこそハティでさえも完全に目で追えていた訳じゃない。

 何かが速く動いていると、それだけを認識する中、ハティの顔に向かって開いた手の平からパチパチと弾ける音が響いて……。

 

 

 

「”クリムゾンボルト”」

 

 静かな呟きの後、手袋を突き破りながら放たれた紅と雷鳴。

 部屋を眩しく照らす雷光に目が眩みそうになる中、真紅の雷撃はハティを丸々飲み込んで背後の扉と共に貫いて外へと吹き飛ばす。

 

 

「……ふぅ。危ない危ない」

 

 街中が騒ぎに気が付いてざわめき、土煙が濛々と舞い上がる中、リゼリクさんは胸をなで下ろしながらホッと一息、此方に向き直るとサマエルに近寄った。

 

「だ、大丈夫? 怪我とかは……わっ!?」

 

 焼け焦げて落ちた手袋の切れ端を踏んで足を滑らせたリゼリクさんは咄嗟に両手を前に伸ばし……サマエルの胸を揉んだ……いや、触った。

 だって揉むほどに大きくないから。

 

 

 

 

 

 

 

「へ……変態じゃぁあああああああああああっ!?」

 

 雷鳴で耳がキンキンする中、サマエルの甲高い悲鳴まで轟いた。

 

 




サマエル


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ハティ  左


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狼と蛇と黒子

 立ち込める土煙の先、大きく破壊された扉の向こうから何かを力強く振るう音と共に起こる強風。

 土煙が周囲に拡散した先に見えたのは雷撃によって激しく削られると同時に真っ黒に焦げた地面、それと直撃を受けたにも関わらず二本の足で立つハティの姿だ。

 

「成る程。人とではなく、他の神の下僕と手を結んでいたのか。ならば裏切り者とは言わんとしよう。……非情に惜しい気もするが……な」

 

 流石にハティも無事じゃない、咄嗟に挟み込んだらしい交差させた両腕は無残な火傷と共にボロボロになり、服も綺麗なドレスが僅かに体に張り付いた布切れに成り下がったけれど体にも重度の傷が見えるので色気よりも悲惨な感じだ。

 

 でも、その瞳には絶望も諦めた様子は一切見えず大胆不敵で獰猛に輝く瞳を此方に向けて……固まった。

 だって今のリゼリクさんって破れた手袋や指がサマエルの服に引っ掛かったせいで胸を正面から触っている状態が続いているから……。

 

 そして変に引っ張ったからかサマエルの服の前側が少し破れて肌が露わになった。

 

「!」

 

 ……あっ、あのロリコン、思わずガン見しちゃっているよ。

 

 間近で晒されたサマエルの柔肌に釘付けになったリゼリクさん……さん付けするのは嫌だな、はハッと我に返るけれど既に遅い。

 少なくても兵士達とサマエルには完全に……。

 

「んぎゃあああああああっ!? 離せ離せっ!」

 

 もう身の危険すら感じさせる変態って認識になっていた、フォローは多分無理だ。

 

「!?」

 

「うわぁ……」

 

 もう此処まで来ればサマエルも限界だ。大きく振り上げた足の爪先は小柄なサマエルの胸元に視線を向けたせいで前屈みになったリゼリクさ……リゼリクの股間に吸い込まれるように向かって行き……僕と兵士達はヒュッてなった。

 少し浮き上がったリゼリクの体、その後で背中から倒れ込んだロリコンがピクピクと痙攣を見せる中、ハティは何故か腕組みをしてウンウンと頷いている。

 

「仲良き事だな。成る程、他の陣営の者と繋がっていると思ったが……別の意味で繋がっている関係だったのか。ならば問題は無しとしよう」

 

 何でっ!?

 

「いや、あのやり取りを見ての感想がそれかい?」

 

「他に何がある? まるで分からぬな」

 

「分からない理由が分からない」

 

 何処から見ても痴漢の現場だろうに何を思ったのかハティの中では二人が恋仲だとなってるのか……いや、理解不能だ。

 理解する努力が無駄な結論に達したハティは獲物を見る目に同時に発情した爛々とした光を宿し、舌なめずりをすると気取った態度で髪を掻き上げる。

 あれだけの雷撃で負った傷は既に完治し、ボロボロの服は無惨さから蠱惑的な色香を放つ物へと変わっていた。

 

「私とて貴様を力で屈服させた後は寝所でも屈服させる気だ。色恋が絡むのならば苦言は不要だ。まあ、ベッドの上では私が屈服させられるかも知れんがな」

 

 駄目だ、この痴女の思考回路は兎に角駄目だ。

 あれか? 痴話喧嘩に見えてるんだったら暑さで脳がどうにかなったとしか思えない。

 

「随分勝手な話じゃないか? 自分はあの子を裏切り者として始末しようとしておきながら、その口で僕を求めるだなんてさ」

 

 サマエルは敵だ、それは間違いない。

 妖精国でもクヴァイル領でも好き勝手をして、臨海学校にだって姿を現したんだ、根が悪人でない部分が有る可能性が有ろうと関係無い……関係無いけれど、僕はハティには腹が立っていた。

 立場的にも心情的にも受け入れられない要求をして来る相手だ、何もかもが気に入らなくたって当然だろうさ。

 

「!」

 

「……勝手? 我を孕ませるに相応しい相手を求めるのは生物としての本能、それに相手を引き込めば裏切り者ではない。引き込む価値の無いゴミを庇ったのなら相手側に寝返ったのだと思い、新たな将として動きはするが、そうでないなら受け入れるさ。……神獣であるならば随分と上等な()になってくれたんだろうが」

 

 ハティの視線がリゼリクを射抜く。

 僕に向けていた瞳は肉欲を宿していたけれど今は食欲、食べる対象に向ける物だ。

 

「……」

 

 それを誰よりも本人が感じ取ったのだろう、鍔の無い漆黒のナイフを取り出すと構え、何時でも迎撃出来る体勢を取るが、ハティは首を横に振ると両手を上げた。

 

「そう怯えるな。同胞の伴侶ならば喰わん。……惜しい気もするが此処で失礼させて貰う」

 

「……消えた」

 

 ハティの姿は一瞬で消え去り、周囲を支配していた圧力から解放された兵士達は胸をなで下ろす。

 一時は一安心……新たな将か、本当にどんどん知って事と剥離するな……。

 

 

「まあ、何はともあれ……服を直そうか」

 

 まあ、今は考えても仕方が無いか。

 

 

 

 

 

 必死に離れようとしているけれど相当絡まったのか全然取れず、サマエルが泣き出す五秒前って顔で手をブンブンと振り回してリゼリクさんを叩きまくる。

 ベシッ! とか バシッ! じゃなくってドゴンッ! とか バコンッ! とか岩石が砕けそうな音がするし……。

 

 そのせいで兵士達も迂闊に近寄れないし、

 

「変態めぇえええええええ!」

 

 

 記憶喪失になって自分が誰か此処が何処なのか分からない状態、周りの人間には理由も分からない敵意を覚える、そんな転生してしまった僕と同じ位に不安になる状況だったのに突然の襲撃に対して案内した僕や兵士達を庇って立ち向かう。

 

 そんな優しくて勇敢に立ち向かう、そんな姿を見せたサマエルは……。

 

 

 

「変態じゃあ! 痴漢なのじゃあ! ロノス、助けて欲しいのじゃあ!」

 

 何か短時間で僕に懐いたからか胸を触られたショックで泣きついていた。

 いやまあ、ずっと隠れていたからリゼリクさんが急に現れた風にしか見えないし、お芝居の舞台でもないのに黒子姿だし……。

 

「はいはい。台無しだよね、君は。さっきまでの威勢の良さはどうしたのさ……」

 

 リゼリクさんに悪気は無くて事故だったとは言え女の子だ、痴漢されたらそりゃ傷付くよね、と背中をポンポンと叩いて慰める。

 うん、仕方無いんだけれど、本当に台無しだよなぁ……。

 

 

「君、一体何者?」

 

「ほら、取り敢えず顔出して名前教えてくれるかい?」

 

 リゼリクさんも不審人物だし、助けてくれたらしいとは言え兵士達の対応は厳しい、これも台無しなんだけれど、

 

 

 彼等からすれば正体不明の化け物少女から自分達を守ってくれた恩人の筈、とはならないよね黒子姿の不審人物だし。

 敵の敵は味方だなんて脳天気な事を受け入れていたら兵士の仕事は出来ないから正しいんだろうけれど、本人からすれば色々と理不尽だとは思うよ。

 

 

「!」

 

 その上、喋っちゃ駄目らしいのを思い出したかのように黙り込んで必死に覆面を手で押さえて顔を見られない様に抵抗しているし、何とか僕に助けて貰おうとこっちを見ている。

 

「……はぁ」

 

 此処で見捨てるのはな……関わり合いになりたくないけれど、相手が誰なのか知っている僕が放置するのも忍びない。

 

「あの、その人はアンノウン教の関係者で……」

 

「「「納得した」」」

 

「……わーお」

 

 え? アンノウン様の信者の認識ってそんな感じなの?

 

 僕が言うなりリゼリクさんから離れた兵士達の姿に同情を覚え、そう言えばギヌスの民もアンノウン様を信仰しているのを思い出して悲しくなった。

 だって、僕のお祖母様もギヌスの民だし……。

 

「……」

 

 心無しか遠巻きにされたのがショックなのかリゼリクさんは肩を落としているし、サマエルはアンノウン様の名前を聞いた途端に正面から抱き付いていたのが背中に回っているし、帝国ではタブーなのかとさえ思えて来たよ、あの性悪大熊猫。

 

 こんな風に余裕を持って他事を話している僕達だけれど問題は山積みだ。

 あの警鐘はハティとは恐らく無関係、それは紅い雷撃に驚いてざわめく人達こそ居れど荒らされてはいない町の様子から伺える。

 

 

「……こっちにも介入したら駄目なのかな? いや、この状況なら無理か」

 

 あの強さを見た上でこの扱いなんだ、完全な悪人とは思っていないだろうしさ……。

 

 




感想ください!! 本当に!


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閑話 ブラコングは気に入らない

感想待ってます! マジで一切動かないんです


 私は今、二つの選択を迫られていた。

 

 好きな物と嫌いな物のどちらを先に食べるか? いいえ、違うわ。

 

 だったら粒あんと漉しあんのどっちを選ぶか? そんな訳無いじゃないの。

 

 宿題を早めにするかギリギリまで遊んでいるか? 生憎一定以上のお勉強の時間は決められているし、お兄ちゃんもその辺には厳しいわ。

 

 

「これで、決着」

 

 私に迫る巨大な拳、いいえ、巨大に見える威圧感を込めたシロノの拳。

 威圧なんかはされていないけれど、この女って脳みそまで筋肉で出来ているからそれなりに戦えるのよ。

 

 まっ! 私の方が強いんだけれど!!

 

「ええ、そうね。もう決着よ私の勝利って終わり方でね!」

 

 私に迫られたのは避けるか衝撃を殺す受け方をするか……馬っ鹿じゃない?

 

 そんな事をしていたらこっちの攻撃の威力が落ちるじゃないの、正解は第三の選択肢……ダメージ無視して攻撃を打ち込む!

 

 逃げるのも損害を抑えるのも、そんな弱気な選択肢は私の中には存在しない、攻めて攻めて攻めて攻めて攻めて攻めまくる!

 逃げ腰だなんて貴族令嬢として、聖女として、何よりもリアス・クヴァイルとして失格だわ。

 

 数メートルの距離が互いの鋭い踏み込みで一気に狭まる、最後の一歩は私達でも体勢が崩れてしまいそうな程に崩れない程度の威力に止め、互いの爪先がギリギリ触れない踏み込み先を中心に半径十メートルの地面が激しくひび割れて隆起する中、私もシロノも回避も防御も気にせずに拳を相手の顔面めがけて振り抜く。

 

 

 え? 何で戦っているのかって?

 えっと、えっと……時間は少し巻き戻るわ。

 

 

「ぐへっ!」

 

「はい。今日の授業は此処までです」

 

 夏休みでも私はずっと遊んではいられない、今日もクヴァイル家の歴史に関する授業が終わった途端にぐろっきー、暴れるだけなら半日だって平気なのに頭を使うのはマジでちょっと……。

 

「では、あと少しでお茶の時間ですが、その後で神話の授業ですからね」

 

「うん。ちょっと外で気分転換してくる……」

 

 っと言いつつ逃げる準備を……。

 

 

「逃げたら駄目ですよ?」

 

 何でバレたの!?

 

 まあ、こんな感じで仕方無く妥協した庭での散歩、お気に入りの木の枝でお昼寝でもしようと思っていたらシロノが先に寝ていたわ。

 

 私のお気に入りのサボり場でシロノが寝ていたの、だから木を蹴って叩き起こしても良いわよね?

 

 

「何のつもりだ?」

 

「ちょっと組み手に付き合いなさい、脳筋女」

 

 大体、偉そうだったり、胸が大きかったり、お兄ちゃんを襲ったり、巨乳だったり、胸がデカかったり、私は此奴が大嫌い。

 だからまあ、戦う事に、したって訳よ。

 

 

 いや、戦う気じゃなくって……叩きのめす気だって方が正確ね。

 だって、私の方が絶対に強いし。

 

 

 

 

「「ふんっ!!!」」

 

 互いに大岩さえ粉砕する一撃を頬に叩き込み、衝撃を受けながらも迷わず振り抜く。

 体を突き抜けた衝撃が背後の地面や木を吹き飛ばし窓ガラスを割って砕くけれど私もシロノも一歩も引かない意識も飛ばない痛みで呻きも怯みもせず、知った事かと腕を振り続ける。

 

「「らぁああああああああああああああああっ!!」」

 

 あー、もう! 掛け声が被るとか最悪! 真似してんじゃないわよ!

 

 諸々の怒りを拳に込めて、殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ殴れっ!

 

 腕が動く限り、意識が続く限り殴り続け、互いに渾身の一撃がヒットして地面に二本の跡を刻み込みながら後退した。

 

「……ぐっ!」

 

「はっ! もう限界かしら? 無駄な荷物をぶら下げているものね」

 

 私は僅かにフラッとしたけれどシロノは数歩前に蹈鞴を踏んで、倒れそうになるのを何とか堪えた。

 

 つ・ま・り! 私の勝ち~! いえ~い!

 

 これも胸に余計な荷物を付けているから体幹が崩れるのよ、僅かだけれどラッシュの途中から威力が落ちたのは感じていたわ。

 胸なんて戦いの時には邪魔になるだけ、だから胸が大きいからって調子に乗ってるから私に負けるんだと天才的頭脳で行き着いた結論を教えて鼻で笑ってやったんだけれど、脳筋女は何かを考え込むようにして片手で胸を持ち上げる様にして揺らしている。

 

 ……けっ!

 

「肯定、普段は動かない。激しく動く、揺れる」

 

「……は?」

 

 え? 何? 自慢? 私は胸が大きいですよって自慢かしら?

 

「リアス、羨ましい。その胸、動いても邪魔にならない」

 

「よーし! ぶっ殺そう!」

 

 語尾に()が付きそうなノリで言いながら拳と拳をぶつけ合い、一気に魔力を練り上げる。

 

「庭での組み手で使うなって言われているけれど、これは組み手じゃなくって制裁だから大丈夫よね」

 

 うん! 絶対大丈夫!

 

 貧乳の代表として……私が代表的な貧乳って事じゃなく、貧乳の敵を見つけたからって意味で、目の前の無駄乳女をぶっ飛ばさなくちゃね。

 

「”アドヴェント”!」

 

「歓喜! 我も禁じ手を使用する!」

 

 光を纏う私を目にして獰猛な笑みを浮かべ、私と同様に使用禁止を言い渡されている獣化を使い白い毛を生やした手足での四つん這い、筋肉も少し膨れ上がって瞳も血走った。

 

「フー! フー!」

 

「うわっ。理性が吹っ飛んでるんじゃないの? ……さてと」」

 

 息遣いが荒く獰猛さが更に増えたシロノにドン引きした後、一瞬だけ瞳を閉じて意識を切り替え、敵じゃなく己の肉体にのみ集中する。

 見えているけれど見ていない、存在を感じ取っているけれど認識しない。

 只、己が放てる最高の一撃を放つ事のみを追求するべし。

 

 足は根を張るみたいに地面にどっしりと構え、腰を落として右腕の拳を強く握り締めて腰を僅かに動かして全身の力を回転と共に拳に集める構え。

 力を溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて、溜められるだけ溜め続ける。

 

「があっ!!」

 

 私の構えが待ちならばシロノは攻め、四肢のバネを使って跳び、私を追い越して遙か上空へと向かい、空中に展開した風の壁を蹴って更に反動で加速、更に地面に着地すると同時に更に加速、更に更に更に更に加速加速加速加速加速。

 私を檻に閉じ込めるように四方を跳ね回り、体が軋んでも速度を追い求めるシロノが最後に跳ねたのは私の正面、視覚から攻撃なんかしない、それは分かっていた。

 

 

 

「アンタって本当にそういう所だけは気が合うわよね!」

 

 

 一連の動きを私は目で追っていない、気配を探ってもいない。

 本能でどんな動きをするのか知っていた、只それだけ。

 

 私も反動なんか考えず限界まで体を捻り、反動を気にせず光を噴射して威力を高めに高めた一撃をシロノが来るであろう場所とタイミングに目掛けて放つのみ。

 

 

 

 

「「!!!!!!!」」

 

 避けない防がない、自分の一撃を相手に叩き込む事だけを考えて……いや、もう本能のままに……。

 

 

 

 そして、その結果は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ達、ちょっと顔を見せに来たら何やってんだい? 使うなっつったよな? アタシ、確かに言ったよな?」

 

「レ、レナス……」

 

「レナス……さん」

 

 私達の渾身の一撃は間に割り込んだレナの交差させた腕によって受け止められ、腕の動きだけで威力を受け流される。

 それこそ私達に一切の反動が無いレベルで……。

 

 

 

 

 

「取り敢えず今から説教だよ。終わるまで続けるから今夜は眠れると思わない事だね」

 

「え? 今、お昼……何でも無いです」

 

 ううっ、レナスには逆らえないのよねぇ……。

 




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閑話  ウサギは無駄を嫌う

ライク式  妙子式2 の女キャラクターメイカーで


マオ・ニュ ネーシャ  パンドラ レナ

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 紫の双眸が私を見詰めている、込められた感情は残念さこそあれど後悔の色は全く無し。

 やるべき事だからやった、責任転嫁も言い訳もせず粛々とこなすだけで、こなした結果が私達の死だった、それだけ。

 

 ……そうね、貴女はそういう子だったわ。

 

 幼い頃の彼女と私は姉妹のような関係だったと思っているし、彼女も慕ってくれていた。

 

 急所を貫かれて死を迎えるからか意識が闇に沈んでいくけれど不思議と痛みを感じないのは苦しませずに逝かせる為に麻痺毒でも塗っていたのか、それともそういった技量なのか、それを考える為の頭も今は働かないし、死に逝く者が何を知った所で無駄でしょう。

 

 後悔はない、恐れも感じない、この結末は最初から分かっていた事だから。

 只、私と違って夫は見せしめとして無残な殺され方をされましたが、私のそうされる物だと思っていたのに結果はこの通り。

 

 あの男にも人の心が……いえ、私の命を奪った彼女が特に命じられなかったからと判断したのでしょう。

 

 こんな事を考えている間にも薄れていく意識の中、どうすれば良かったのかと無駄な思考を巡らせてみる。

 姉のように大切な物を守れるだけの力も、妹のように諦めて受け入れる事を選ぶ従順さも無かった私が宝物を守るには何をすべきだったかというと、その宝があの男にとって毒にも薬にもならない事を神に祈るか、それか逆らうしか無かったのだと考えると本当に無駄な思考でしかない。

 

 ああ、でも無意味な思考をするだなんて何時以来かしら?

 少しだけ懐かしい気分に……。

 

 ……後悔が無いのは本当の事だけれど、叶うのなら願いは一つだけ存在する。

 大切な宝物を……私の子供達を最期に抱き締めたかった……それだけ。

 

 

 こうして無駄に終わった反抗の末に私の生涯は終わり、意識も途切れる。

 

 

 ……かに思えたのですが。

 

 

 

 

「はっ! ほっ!」

 

「……はい?」

 

 急にハッキリする意識、周囲の景色は変わって天井に空が描かれ床にはクッションが敷き詰められてヌイグルミが山積みになった部屋の中、私の目の前で小さな大熊猫のヌイグルミがリンボーダンスをしていたのです。

 

 意味が分かりませんよね? しかも私、何故か目の前のヌイグルミが神だと感じ取っていたのですよ。

 

 最悪ですね。

 

 

「やあ! 僕の名前はアンノウン。グレーシアだからグレちゃん、君をスカウトしに来たから歓迎のリンボーダンスの真っ最中さ」

 

 今は分からない事ばかりですが、たった一つ、一つだけ分かっているのは……目の前の存在に祈ってはいけないという事でした。

 

 

 

 

 

 

「……思えばあの時に断っていればパンダビームを撃たれはしなかったのですよね。私に断るという選択肢が存在しないのを理解した上での勧誘でしたが……」

 

 思い起こすだけで湧き上がる怒りの中、私は屋根の上から荒れ果てた庭を見下ろす。

 何とも激しい戦いだったと関して良いのか呆れれば良いのか、どちらにせよ僅かな嬉しさを覚えながらもお説教を受ける少女二人の片方に視線を向けてしまっていた。

 

 

 

 

「あの子、大きくなったわ……」

 

 寂しさと嬉しさを同時に覚える私は……キグルミの上に腰蓑を穿いた状態で呟きます。

 理由? あの性悪大熊猫擬き以外に存在するとでも?

 

 

 

 

 

 

「……これは何ですか?」

 

 ノクス様の所に伝言をしに向かった後、拠点に戻るなり差し出されたのが小汚い腰蓑、クッキー文字で”てんgoo”と書いた紙が張り付けていたのですが燃やしても構いませんよね?

 

 あの出会いから十数年、少し攻撃的になったのは背負ってきた物を捨てた反動なのか、毎日キグルミ姿で嫌な上司と同僚と接しているからなのか……九割九分九厘九毛後者でしょうが、嫌な同僚であるキレースから渡された腰蓑を指先で摘まみ上げ、片方の手に炎を出現させれば態とらしく肩を竦められた。

 

「おっと、それは困るな。お前にこれを渡す様に命じられた私が主のお叱りを受けてしまう。担々麺抜きは流石に堪えるのでな」

 

「そうですか。では燃やします」

 

 燃やしてくれと言っているのですね、分かります。ですが……。

 

 腰蓑も紙も一切燃えない、神獣になってから力が底上げされ、何時の日にか腐れ大熊猫擬きに痛い目を見せる為に修練を積んできた私の魔法を受けてもビクともしない様子に半ば想像出来て居たからか諦めて炎を消す。

 

 ……燃えた状態で性悪ハシビロコウの顔面に叩き付けてやれば良かったでしょうか?

 

 

 

「”天狗の隠れ蓑”、主がお前専用に作り出したアイテムだ。確かなんといったか……ああ、”地球”の”日本”だな。其処に伝わる昔話に登場する物を腰蓑にして再現したそうだ。何でも全身灰色のお前にしか使えぬらしいが……ククク」

 

「笑うのならば堂々と笑いなさい」

 

 仕方が無いので腰蓑を装着しますが酷く滑稽に見えるのでしょうね、相も変わらず何を考えているのか分からない男が最後に漏らした笑い声に怒りを覚え口調が少しキツくなるのですが首を左右に振るだけだ。

 笑えば良いでしょうに、いっそ大きく笑われた方がマシなのですが、分かっているからこそ漏らす程度に留めて……いえ、敢えて漏らしましたね、この男。

 

「私は曲がりなりにも聖職者、他人の服装を大笑いするなどミサに足繁く通う信者に見られでもしたら目も当てられん。後で自室で大いに笑わさせて貰おう」

 

「貴様が聖職者を名乗るな」

 

「これでも幼き頃から神に仕える神父なのだがな。ちゃんと教義は守っているぞ? では、私は信者の懺悔を聞く時間が迫っているので失礼させて貰おう」

 

「……ふん」

 

 本当に何故この様な者を神獣に選んだのか、いや、この様な者だからこそ選んだのだろう。

 私の他には性癖に問題があっても比較的善良なリゼリクならば兎も角、この性根が芯から歪んだ男は……。

 

 

 

 

 

「しかし思ったよりも使えますね、事前準備が必要ですが……」

 

 元ネタとなった話では着るだけで姿を消し、灰になっても体に塗り付ければ(これが私専用の理由でしょうね)犬には感づかれても効果は続きますが、この腰蓑は五感に優れている者でさえも感知は不可能。

 

 

「……アロハ~」

 

 ええ、それは良い、それは良いのですが……フラダンスを一定間隔で踊る必要が有るのは本当に、本当にっ!

 

 

 ですが、それでも……。

 

 

 

 古い友人に説教されている二人の少女を見ていると死んだ時にはしなかった後悔がこみ上げる。

 あの時、あの選択肢を選ばなければあの場所には……。

 

 

 

「いや、本当に母親とは大違いだね、アンタ達」

 

「母、族長として尊敬。戦士の尊敬、レナス」

 

「私のお母さんはレナスだもん。顔も覚えていない母親の話をされても困るって」

 

 

 

 

 

 

 いえ、無駄な思考でしたね、アロハ~……。

 



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閑話 兵士達の職務

 ガンダーラの町中に最初の鐘が鳴り響く少し前、町を守る外壁の上の見張り台、高い場所からモンスターの接近をいち早く察知する為に見張りをする中、緊急時に即座に外との出入りをする為の縄梯子の整備をしていた兵士が思い出したかのように呟いた。

 

「なあ、クヴァイル家の家臣の女達って全員美人だったよな」

 

「お前なあ。職務中に無駄口叩いていたら隊長に叱られるぞ。……あの魔王の双翼の片割れである”死神”が可憐な少女だったのは驚きだったな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……三十代位だそうだぞ。俺は”才女”パンドラが好みだな。あの知的で如何にも仕事が出来る文官って感じの女が笑顔を浮かべながら指でハートを作る姿とか想像するな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「妄想の間違いだろ」

 

 呆れた口調で呟きながらも視線は見張るべき方向から離さない男だが、パンドラと同じく知的で冷静な(但し此方は表面だけ)レナが発情した顔を浮かべてハートを作っている姿を思い浮かべている。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「さっさと整備を終えて見張れ。何時どの方向からモンスターが来るのか分からないのだからな」

 

 その言葉は即座に現実となり、二人の頭から女達の姿を消し去る。

 まるで最初から猥談じみた会話などしていなかったかの様に。

 

 幾つかの場所で同時に砂が盛り上がって何かが這い出ようとするのを目視するなり見張り台に備え付けていた鐘を鳴らす。

 間を少し開けて三回、それを数度繰り返す事の意味は”モンスターの接近”だ。

 

「モグラかミミズか……それとも」

 

 足音を察知して飛び出し、獣を絞め落としてから補食する巨大ミミズ”砂ミミズ”やそれを餌にする熊に似た巨大モグラ”ベアモール”、町の周囲には人が集まるのを知って近寄った砂ミミズを狙ってベアモールが顔を見せるのは偶にある事であり、兵士達も慣れた物だ。

 油断だけはせずに想定外の事態に備えて鐘を鳴らす為の鎚を握り締めて観察すれば姿がハッキリと見え、太陽の光を反射した事で一瞬目が眩む。

 

 

「面倒なのが来たな……はぁ」

 

 ガチャガチャと金具が鳴る音が幾重にも重なり、同時にカタカタという音も響き渡る。

 

「スケルトン……か? ちょっと趣味が悪いだけで」

 

 それは兵士が想定していたモンスターの中では特に面倒であるが、危険だという程では無い相手。

 動く屍、鎧を着た骨の兵隊”スケルトン”。

 

 無念を残した、悪霊が取り付いた、等々昔から言われているが長年の研究によって骨の中に入り込んで同化したスライム状のモンスターの仕業であり、同化したが故に骨を砕けば絶命させられる相手だ。

 骨が少々硬くなっているのと元々着ていた装備がそのままだと厄介だが慌てるほどでは無いとスケルトンの襲来を知らせる回数鐘を鳴らすが、今回のスケルトンは少しばかり妙でもあった。

 

 

「何処の成金の部下だったんだよ……」

 

 町に向かって来るスケルトンの群れではあるが先程兵士が目を眩んだ理由はその装備、太陽の光を見事に反射する……金ピカであったのだ。

 頭の先から足の先まで見事な黄金製、しかも武器まで黄金の剣や槍となっており、自らの財力をひけらかす目的か悪趣味なのか、兵士達は後者と判断したのだが、趣味が悪いからと侮りはしない。

 

「相手は文字通り中身が重要な連中だ。生前あの装備を与えた馬鹿が誰かは知らんがとっとと叩きのめすぞ。じゃないと残業になる!」

 

「おうっ!」

 

 彼等は皇帝の直轄地を守る誇り高き兵士、これがカーリーではなくラーパタの兵であったならばスカルトンを倒す前から剥ぎ取って着服した黄金の装備の売値の皮算用から醜い争いに発展したのだろうが、迅速に対スケルトン用の装備……槍ではなく柄の長いハンマーや鏃を金属の塊に取り替えて打撃ダメージを与えるようにしたもの。

 

 装備を身に付けたまま死んだ者の骨内に入り込んでスケルトンとなった場合、装備は癒着時に骨の表面に染み出る粘性の液体によって結合するのでスカスカでもズレて外れる事は無く、今回のように内部に衝撃を貫通しやすい打撃が得策だとされている。

 

「引き付け……放てっ!」

 

 隊長の合図と共に見張りや警鐘を聞きつけ駆け付けた兵士達が攻撃を仕掛ける。

 矢だけでなく、石を包んだ布を振り回して勢い良く石を飛ばしたり導火線に着火した小型の爆弾だったりと何時襲撃があっても対応可能なようにと武器は豊富に用意され、常日頃の訓練の賜物か現れたスケルトン達は骨を砕かれた事で内部のモンスターが絶命して倒れ伏して行く。

 只単純に突撃するだけなので殆どが遠距離からの攻撃で終わり、残った僅かな個体もリーチを長く取っての攻撃によって討伐された。

 

 最初に放たれた矢は外れる事無くスケルトンへと向かい、防御のつもりなのか掲げた剣に弾かれるも衝撃で腕の骨にヒビが入り、続いての矢で完全に折れて宙を舞い、他のスケルトンの足にぶつかってもつれさせる。

 転び、其処に知性を感じさせない後続が迫って同じく転んでもつれ、動きが止まった所に爆弾が投げつけられた。

 それを免れた個体も投石や鎚による攻撃を受けて倒されたのだった。

 

 

 

「もう終わりか? おい、ちょっと装備が小綺麗な気がするし、呪いでも掛かっていないか調べて貰うから触るなよ」

 

「分かってますよ、隊長」

 

 骨は内部のスライムが絶命と共に萎んで行く影響なのか急速に朽ち果てて風化し、風に乗って砂塵と共に飛ばされて行き、残ったのは新品の輝きを放つ黄金の装備のみ。

 装着者が骨になるまで共にあったにしては妙であるし、先程の戦いの傷も見受けられない事に兵士達は警戒したのか一定の距離を開けたままだ。

 

 それでも一件落着かと思い、安全を確保した旨を鐘で知らせる為に合図を送ろうとした隊長だが、その表情は地平線の彼方を向いた瞬間に一変、泡を食った様子で鐘を鳴らす準備を整えた兵士に新たな合図を出すとヘルムを被り直した。

 部下達も彼が何故そうしたのかを理解出来ていない様子ながらも棒立ちにならず戦いの準備を始めた所からして信頼と実績が伺える。

 

「……来るぞ」

 

 隊長の呟きと共に現れたのは乗り物である骨だけの獣にさえも黄金の装備をさせたスケルトン達の姿。

 砂煙をまい上げながら先程とは比較にならない物量と勢いで押し寄せる。

 

 緊急事態を示す早鐘が町中に鳴り響いた……。

 

 

 地平線の向こうから怒濤の勢いで向かって来る骸骨の兵団、先頭の兵士が思わず歯噛みしながら戦鎚の柄を握り締めた腕が振るえる。

 

「……大丈夫だ。こういう事態の時に備えている仲間は……」

 

「下がれっ!」

 

 僅かに心の底から込み上げて来た恐怖を押さえ込む為の呟き、乱れていた息が整い体の震えも静まった。

 誇りと信頼、それが彼を奮い立たせた時、隊長が叫びながら彼の腕を掴んで強引に投げ飛ばした瞬間、彼等先程までいた場所に真上から一メートル大の火球が落ちて来た。

 

「ぐっ!」

 

 部下を放り投げたせいで咄嗟に体勢を整えられず彼に出来たのは両腕で顔を庇うのみ、地面に激突した途端に炸裂して周囲に息を吸うだけで肺が焼けそうになる程の熱を振り撒いて彼の表面を焼き、熱風を食らい地面を転がった彼は多少フラつきながらも立ち上がる。

 

 

「隊長!」

 

「案ずるな。この程度、今まで何度も受けて来た。それと……来たぞ」

 

 骸骨達の先頭、骨の牛二頭引きによる戦車に不安定な姿勢でしがみつきながら乗る仮面の男。

 腕を突き出した姿勢で兵士達を見詰めるその風貌は既に報告があった相手、臨海学校で起きた襲撃事件の犯人であると兵士達にも通達がされていた。

 

 

「……何処かで見た覚えがあるな」

 

 その通達とは別に既視感を覚える隊長、その視線の先で仮面の男はバランスを崩して転落、後続の馬に蹴り飛ばされて地面を転がった。

 

 

「……」

 

「なっ!?」

 

 相当なダメージを受けた様子ながら立ち上がった時、仮面が砕け落ちて素顔が露わになる。

 隊長が覚えた既視感、その正体は……。



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閑話 昔々ある所に……

うーん、1648と1651を何度も繰り返す  ちょっと偶然が過ぎない?


更新の度に五十一の時は48 四十八の時は五十一になるんですよ、最近ずっと


 聖王国のとある小さな教会、孤児院の類は数多く有るが教会にも併設されている。

 国の支援がされていて外部から通う職員も居るが、大部分は教会所属の神父やシスター、その内の一人である神父は外に仕事に出る事が多いが今日は珍しくミサの後で子供達の相手をしていた。

 

「ほら、本を読んでやるから静かにする事だな」

 

「神父様ー。今日はどんなご本を読んでくれるの~?」

 

 子供達に囲まれて座る神父が持つのは古びた絵本であり、タイトルは異国の文字で書かれている。

 表紙の絵は鳥かごに入れられた蛇とその前で跪く王、一人と一匹がいる部屋は掃除すらされていないのか蜘蛛の巣が張られるなど見窄らしいが、分厚い門を挟んだ部屋には山盛りの財宝が描かれていた。

 

「ククク、遠い遠い大陸に存在していた大国の話だ。『万知無能の蛇』、女神に仕える多くの知識を持っていた蛇、その物語だが……昔々」

 

 

 それは聖女が世界を救った時代よりも前、モンスターの被害や国同士民族同士の争いが絶えず、弱き者が虐げられ続ける日々。

 

 その様な暗い時代の暗い世界とは無縁の地、神々が住まう世界にとある蛇が居た。

 花が咲き乱れ黄金色の日光が降り注ぐ神殿にて水辺や花畑で昼寝をし、女神とのお喋りをして過ごす日々。

 

 ある日、聞こえてしまったのだ、助けを求める声が、怨み呪う声を。

 綺麗で幸福な物しか知らない蛇にはショックであり、義憤を感じた、自分に何が出来るのだろうかと思ったのだ。

 

 明るく幸せな世界しか知らなかったその蛇が人の住まう世界の事を知ったのは偶然、誰かが悪意を持って知らせた訳でも、知っておくべきだと親切心で教えた訳でもない、本当に蛇が一匹で居た時に人の世界に続く切れ目を覗き込んで多くの不幸を目にしてしまった。

 

 蛇は多くを知っている、蛇を可愛がる、それこそ我が子同然に愛情を注ぐ女神が蛇を創り出した時に与え、お喋りの時にも多くの知識を与えられた蛇は思う。

 

 あの優しい女神に多くを与えて貰ったのだから、それを使って自分も大勢に優しくしたい、と。

 

 だから昼寝をしている女神に黙って人の世界に降り立って一人の男に出会った……出会ってしまった。

 

 

「やあ、賢い蛇さん。私と一緒に大勢を救わないかい?」

 

 最初は少人数の集落に姿を見せ、モンスターと間違われ石を投げられ当時の粗末な武器を向けられて何度も追われ、それでも困っているからそんな事をするのだと蛇は憎まず怒らず、少しずつ少しずつ信頼を勝ち取って来た頃、その男は現れた。

 

「モンスターと戦うには強い武器が要るんだ。製法を教えてくれ」

 

 確かに最初はモンスター相手、やがて人間同士の争いの際に双方に蛇から教わった製法で生み出した強い武器を流していた。

 

「厄介な雑草が茂っていて作物が育たないんだ。枯らす方法と作物を実らせる方法を教えてくれるかい?」

 

 男は蛇に習った方法を使い、安く雇った労働者に畑仕事を任せ、枯らす方法を他者の作物を枯らす方法を使って作物の値段をつり上げた。

 

「川の氾濫を何とかしたくてね。上手くせき止める方法を教えて欲しい」

 

 結果、敵視している者達の水源である川が枯れた。

 

 蛇が誰も彼もを救うために広めようとした知識はそれを独占する男によって他者を虐げ自らのみ贅を貪る為に使われた。

 

 

 

「蛇さんは悪者に狙われているからね。窮屈だろうけれど我慢してくれ」

 

 そう言って蛇を鳥かごに閉じ込めた男は知識を自分の物として人々を支配し、やがて王とまで呼ばれる様になった男は多くの財を積み上げ、蛇を閉じこめた鳥かごを置いた部屋は粗末で奴隷の部屋を思わせる程。

 

 蛇は男を疑わず、自分の知識が広まって大勢が救われていると信じて幸せだった。

 女神に会えない今は寂しいけれど、それでも大勢の笑顔を思い浮かべるだけで幸せだった。

 

 

 現実は残酷で、真実は大勢が苦境に立たされたままだが、蛇はそれを知る事は無い。

 

 

 

 

「……あら?」

 

 

 ある日、人間には長く神にとっては短い時間の昼寝から目覚めた女神は可愛い蛇が居ない事に気が付いて、慌てて行方を探す。

 何故居なくなったのかを知って優しさに笑顔を浮かべ、今の状況に、蛇を利用している男の事を知ってしまい……空から降り注ぐ光が男の城を跡形もなく消し去った時、蛇は女神の腕の中に抱かれていた。

 

 綺麗な鱗はボロボロになり、些か痩せて全体的に薄汚れていた蛇だけれど、女神の顔を見た途端に嬉しそうに何があったかを話し始めた。

 

 女神は知っている、蛇が男に教えた知識で何が起き、何人が死んでしまったのかを。

 

「ええ、とても凄いと思うわ。本当に貴女は可愛くって優しい自慢の娘よ。じゃあ、後は人間に任せましょう。私達神やその眷属が関わり過ぎたら人間の世界に悪影響が出るもの。後は自分の足で歩んで貰いましょう」

 

 誇らしげな蛇に女神は何も教えず、優しく頭を撫でて囁く。

 笑顔は何時もの物、その心の中に黒い怒りを隠しながら……。

 

 

 

 

「さて、物語は此処までだ」

 

 静まり返った部屋の中、本を閉じた神父が時計を見れば勉強の時間が迫っていた。

 もう少しギリギリまで引き伸ばして慌てさせても楽しいが自分まで小言を言われるのも面倒だと思いとどまる。

 ……被害が及ばないなら思いとどまる事は当然無い。

 

 

 

「神父様、蛇さんはその後どうなったの? ちゃんと女神様と幸せに暮らせた?」

 

 蛇のその後を本気で心配する言葉を口にしたのは気弱な少年だが、他の子供達も同じ反応だ。

 その不安を取り払う為にか頭に手が置かれ、神父の穏やかな笑みが向けられる。

 

 

「ああ、勿論だとも。女神様に助けて貰ったんだ。幸福な夢を見ながら暖かいベッドで眠ったさ」

 

「そっかぁ。良かったぁ……」

 

「それはそうとして勉強の時間がせまっているぞ。急ぎなさい」

 

「あっ、ヤバい! じゃあ、次は楽しい話を呼んでね……キレース神父!」

 

 勉強を教えてくれる怖~いシスターの顔を思い浮かべながら子供達が走り去った後、神父は並びが乱れた椅子を直し、先程読み聞かせた本を棚に戻し……笑った。

 

 

 

「ククク、ハハハ、クハハハハ! 子供とは実に単純だとは思わないかね? 主よ。確かに蛇は女神の元に戻って安らかに眠ったさ……永遠にな。無意識の内に周囲へ自分の力が影響を及ぼすのを抑え続けた結果だろう。その事で命を落とし、女神が人を滅ぼすべきという他の神に賛同する事に、そして新たに創り出された他の同朋と共に人を滅ぼす為の存在として生まれ変わるのだから皮肉な話だ。破滅への道は善意で舗装されている……だったか?」

 

 神父は肩を震わせながら嗤い、閉じていた扉を開ければ向こうには全く別の景色が広がっている。

 そのまま彼が足を踏み入れれば、その姿はハシビロコウのキグルミとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「愚かさとは、純粋さとは時に罪となるという事だな。そうだろう? サマエルよ。クククク……実に愉快な事だ…な……」

 

 

 

 何か巨大な物があると思って見上げればアンノウンが巨大化していて思わず絶句するキレースであった。

 

 

 

 

 

「ジャイアントパンダになってみ……」

 

「そうか、良かったな主よ」

 

「キレーちゃんが冷たいっ!?」

 

 

 

 




感想待ってます  ブクマも!


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待ち受ける罰

 ネクロマンサー、死体を操る魔法の使い手として闇属性に分類されると思われて迫害の対象であったし、悍ましい術の使い手だとして闇属性への迫害に繋がったとされている。

 その実、本当は闇属性ではなく水の変異属性である事が発覚したのは最近の事、アリアが生まれる数年前であり、発覚しても彼女への敵意のは一切関わりが無かった。

 

 

「馬鹿…な……。アルフレッド…様……?」

 

 故に兵隊長がスケルトンを引き連れて襲撃して来た男の仮面の下を見て絶句したのは相手が皇帝の弟だったからではない。

 不才さ故の冷遇を目にしており、力さえあれば周囲に復讐をしかねない程の環境であった事は知っていたが、実力主義な帝国で人々の上の立つべき皇族が一山幾らの凡庸な者達にすら大きく劣る出来損ないの陰口を叩かれる彼に兵隊長も救いの手を差し伸べる事は無かった。

 

 だから襲撃者がアルフレッドだったからではなく、それが従えるスケルトンの質と量が彼が知るアルフレッドとは大違いな程に考えられないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 スケルトンの核となるスライムだが、その強さは込められた魔力で決まる。

 重厚な黄金の鎧を着て迅速に動くスケルトンの動きはとても微小な魔力しか持たないアルフレッドでは考えられない。

 

 どの様に動くかは特定の行動をインプットする等をするのだが、それは連携も何もあった物じゃない粗末な動きから見て取れ、それだけならばアルフレッドの仕業であると納得は行ったのだが……。

 

「分かっているのですか! これは反乱と取られても仕方無いですよ!」

 

「……」

 

 境遇への同情からか明らかに敵だという状況の中、それでも彼は問いかける。

 その答えの内容がどうであれ結果は決まっているだろうが、それでも一縷の望みという物も有るのだ、下手でも良いので弁明をして欲しいという願いが籠もる言葉だが、アルフレッドはその言葉に望む反応は示さない。

 

「……」

 

 戦車から落下した衝撃のダメージは凄まじいらしく左腕は本来曲がらない方向に曲がり、額を切ったのか血を流しながらヒューヒューと息を漏らしながらも高笑いをしながらボロボロの指先を城壁に向ける。

 その瞳は感情が籠もらない人形……そうでなければ死体だ。

 生気も意思も感じられない、作り物にさえ見えるそんな目で城壁を見詰め、炎の矢を連射した。

 

 指先から出るのは通常の矢を一回り大きくした程度で色は青、一秒間に十発程の速度で次々に壁の表面を破壊し、最後に命中したのは風にはためく国旗。

 飾られた全ての旗の中心を撃ち抜き、燃え上がらせる。

 

 

「何を……やっているんだ?」

 

 

 指で押しても倒れて起き上がれなくなりそうな状態での発言だという事ではない、それは明らかに皇帝への、帝国そのものへの宣戦布告、国の誇りを踏みにじる行為だ、既にほぼ存在しなかった弁明の余地すら消え去った。

 

「何をやっているのかと聞いている! 最早皇族として死ぬ事すら許されないぞ!」

 

 アルフレッドは留学早々に姿を消し、公的な発表こそ無いものの既に死んだものとして扱われていた相手だ。

 ……実際の所、アザエル学園に共に入学した者達は恥を晒さない為の見張りであり、もしもの時は事故死して貰う役割を持っていた。

 

 その様な事を兵隊長は知らない、知らされる事では無いが、それで死んだとして皇帝の一族として弔われるだろう、死んだ後の話など知った事かとでも言われればそれだけだが、それでも幼い頃から皇族の誇りを学んで来た筈だ。

 

「……もう何を言っても無駄か」

 

 だから感じたのは憤怒、仕える国や皇帝を侮辱されたという怒りだ。

 

 元々の彼は劣等感や焦燥感によって他人の目を気にし続ける気弱であまり喋らない少年であったが、今の彼は別の意味で喋らない……喋れないのだろう。

 怒りに任せて叫んでいたが、よく見ていれば何か異変が起きているのは確か、それによってアルフレッドが帝国を敵に回す行為を増援を合わせて大勢の兵士の前で何者かにやらされた事も。

 

 彼には僅かな同情以外にアルフレッドへの気持ちは存在しないが、それでも怒るのには十分だ。

 

 

「隊長! ……もう」

 

「分かっている。言うな、何も言うな、これ以上……」

 

 語るのは無駄であり、手心を加えて穏便に捕らえる事を望むには町が近過ぎる。

 例え操られていたとしても、それで許される範囲は超えている、此処で許してしまえば威信が揺らいでしまうのだ。

 部下の言葉を最後まで聞かずともそれは彼にも分かっており、彼が武器を構えるに続き、もう会話で集められる情報は無いとばかりにアルフレッドも動き始める。

 

 

 彼と同時に地平線の向こうまで列が続くスケルトンの軍団もまた……。

 

 

 

「総員……突撃せよぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 先頭に立つアルフレッドを気にせずに正面からの突撃を開始し、互いにぶつかり転倒、それに躓いて連鎖的に事故を起こし続けるが、それでも物量は凄まじい。

 自分も援護なのか魔法を放とうとするアルフレッドも背後から武器を振り回しながら迫ったスケルトンの剣の柄頭が眉間に当たり、ふらついた所を横を通り過ぎる骨の馬に接触、跳ね飛ばされた衝撃で他の馬に衝突、転んだ所で真上を他のスケルトンが通過する。

 

 

 高い魔力は手に入れ、本来の属性とは別の属性であるネクロマンサーとしての能力は手に入れた、今までの彼とは大違いであり、皇族として過ごしていた頃の彼ならばさぞや持て囃されただろうが、力の大きさに比べてコントロールはお粗末だ。

 

「……」

 

 そんな状態で半死半生の状態でもアルフレッド立ち上がり、骨が突き出た腕を上げて魔法を使おうとする。

 一度ぶつかったからか今度は彼を避けるように二手に分かれるがそれが更に連鎖的に事故を起こし、大きな隙となって行く。

 

 突進は分厚い盾を構えた部隊によって止められ、矢や石の雨が降り注ぎ、動きが止まった所で爆弾が投げられ、積もった骨の山は後続のスケルトンの動きを阻害していった。

 

 

「なっていませんね。急激にレベルアップした(肉体の質を高めた)者の様だ。魔力のコントロールも全体の指揮も全然駄目、一般指揮官としての及第点すら遙か遠い。ましてや皇族としては……」

 

 

 互いに足を引っ張り合っている事を認識すら出来ず、勝手に追い込まれて行くスケルトンの単純な強さは普段から鍛錬を続け実戦を繰り返して来た兵士達よりも少し上、されど烏合の衆ですら無い者達に祖国を守る為に一気団結している兵士達に敵う筈もなく、戦力になりそうなアルフレッドは集中的に狙われて魔法を放つ事が中々出来ない。

 

「来るぞっ!」

 

 それも狙いが雑で威力ばかりを求めたのか見てから避ける事すら可能、ダメージも大きいのか戦力にギリギリなっている状態だが、操っている筈のスケルトンが足を引っ張り過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

「……馬っ鹿みたい」

 

 その様子を遙か上空に浮かぶ小舟の上に座って見下ろすミントは吐き捨てるように呟き、その瞳に宿るのは卑下だ。

 日差しがキツいのかカンテラを持っていない方の手に日傘を持ち、足は氷を浮かべた水に浸けている。

 それでも暑さを完全には防げないのか首にはうっすらと汗が滲んでおり、不機嫌さの何割かは気候による物ではないだろうか。

 

「正体バレてるんじゃないわよ、役立たず。他の国の奴に殺されるか、せめて死んでから正体バレたら面白そうになったのに。……あ~あ、嫌がらせの道具だったけれど要らないわね、あの男。えっと。名前何だったかしら?」

 

 ”まあ、特に興味が無いんだけれど”、そう呟いたミントはアルフレッドと兵士の戦いから視線を外し、タオルで汗を拭くと水を入れた桶から足を出して立ち上がった。

 ミントにとってアルフレッドは足元の小石ですらない、小石なら邪魔になる。

 彼女が向ける視線はゴミ捨てに放り投げた人形、それも一時は自分が遊んだ物ではなく、散歩のついでにと捨てて来るのを頼まれた特に興味を引かれない物。

 

 ボロボロになるまで雑に扱い、壊れる寸前だから最後に全力で荒く扱おうとされる人形に背を向けて立ち去ろうとした時、獣臭さが鼻に届いた。

 

 

「隙有りで御座る!」

 

 背後から迫る巨大な爪に対して船の上で飛び退き空中に放り出されたミントの足元に船は自動でやって来る中、邪魔な日傘を放り捨てながら相手を睨む。

 

「何者かしら? 名乗りなさい」

 

「拙者の名はボタモチ! ナインズ・フルゴール国第二王女女ロザリーが家臣! 貴様の様な者に名乗る名は……名乗っちゃってで御座るなぁ」

 

「うん、名乗っちゃったわねぇ……」

 

「姫に知られたらお仕置きで御座るなぁ。お昼寝の時のベッドにされた後、お手やら伏せをしないとオヤツが貰えないで御座るし、下手すればシャンプーの刑で……およよよよ」

 

「いや、可愛がられてるだけよね?」

 

 垂れた目を下に向け、大きな耳もヘロヘロになるボタモチ、ボサボサに膨らんだ緑の毛も萎れて見える中、その爪に布が引っ掛かっているのが見えた。

 その柄はミントには凄く見覚えがあって……一陣の風でスカートが翻る。

 

「ほへ?」

 

 地肌を砂混じりの熱風が撫でる感触、違和感と共に少し前の事が連想され、目の前の巨大ブサイク犬の爪先を凝視すれば引っ掛かっているのはピンクのレース付きで左右が紐になった見覚えがあり過ぎる……今朝、朝風呂の前にタンスから出したばかりの私物。

 

 

 

 

 

「わ…私のパンツゥウウウウウウウウ!?」

 

 (精神的な年齢は)お年頃なミント・カロン、再びノーパン状態である。

 見られたのが犬であって良かったと安堵する余裕は今の彼女には存在しなかった。

 

 

 

 




感想欲しいなあ


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風評被害

「何でだろう。凄い長い期間放置というか、出番が無かった気がするんだけれど。具体的に言うと一万五千ページ位……」

 

「はいはい、意味の分からない事を言わないで話せる事だけ話して欲しいな。いや、アンノウン信者に何か問題が有るって事じゃなくてさ。その……」

 

 何ともメタな発言をリゼリクさんがしても兵士達には通じない、僕にも一切意味が分からない。

 何だよ、ページって……。

 

 放置どころか微妙に遠巻きにしながらも不審者って言葉が服を着て歩いているような……いや、その服が不審者度を上げているだけで彼が悪人では無いとは伝わっているんだろうけれど。

 

 え? サマエルへの痴漢行為はどうなのかって?

 あれはなぁ、悪意とか下心から故意にした訳じゃ無いってのは端から見てて分かるんだよ、問題は……。

 

 

 

「ロノスは凄いのじゃな! あの変態めに破られた私様のドレスが直るどころか綺麗になってるのじゃ!」

 

 僕に向かってキラキラとした尊敬や驚きが混じった視線を送って来ているし、それと同時にリゼリクさんは完全に敵扱い、こりゃ弁明は無理っぽいな。

 

 実際、僕の方には笑顔を向けている姿は前世でリアスがお姉ちゃんに向けていた視線に似ているし、リゼリクさんは視界に入れようともしない。

 彼はその様子にガックリと肩を落としているけれどどうしようもないか……。

 

 

 

「はあ……」 

 

「どうしたのじゃ、溜め息は幸せを握り……握り……握り寿司なのじゃ! うん? 妙な気がするが合っているのじゃ」

 

「幸せが逃げる、だろう? 何だよ、握り寿司って」

 

「桃幻郷の方の郷土料理じゃぞ? ふっふーんっ! 私様の方が物知りじゃったな、にょほほほほ!」

 

「あーはいはい、かしこいかしこい、すごいすごーい」

 

 何かさ、屈辱と思う事すら馬鹿らしいや。

 アホの相手は疲れるからね、そんな事よりも寿司食いたい、寿司。

 生魚無理だったからサラダ巻きとかウナギとか食べたい、今の人生になってから寿司食べて無いんだよな。

 味噌とか醤油とかは東の方から流れてくるし、寿司職人も来て欲しい、刺身系以外作れる人、せめていなり寿司食べたいよ。

 

 得意そうに平らな胸を張るサマエルにパチパチと雑な拍手を送れば更に調子に乗るんだけれど、親戚のお馬鹿な女の子でも相手にしているような妙な感覚を覚える。

 

「誉めて良いのじゃぞ? もっともっと誉めるのじゃ! にょほほほほほほ!」

 

「そうだねー。さまえるちゃんはすごいねー」

 

 敵、何だけれどなぁ、此奴。

 

 クヴァイル領や妖精国を襲い(何をやったのか)人間を滅ぼす為の存在という事(どんな存在なのか)、それを僕は忘れない。

 敵だ、敵、ちょっと交流めいた物があり、ちょっとしたトラブルから此方を守ろうとする姿を見た、それだけで仲良くなって全てを許すだなんて有り得ない。

 

 

「まあ、良いさ……」

 

 誰にも聞こえないように静かに呟く。

 今の場所、状況、それらは今この場所でサマエルと戦わない理由になり得る、だから今だけは敵として扱わないのは間違った判断では無い……のだろう。

 

 まあ、情に流されているのは認めよう、利用価値とその際の危険性も含めて認識する必要が有るんだけれど。

 

 

 

 

 

「……さて、僕はそろそろ行くけれど気になった事が有るんだ。リゼリクさん、喋ったら駄目だったんじゃ?」

 

「あっ、確かにそうだけれど、メタネタの時は話すのを許可されているんだ」

 

「メタ……ネタ……?」

 

 駄目だ、質問なんかしなかったら良かったよ。

 意味が! 全く! 分からない!!

 

 

 色々と後悔する事もあったけれどサマエルがどんな性格なのか、敵対している状態だったら分からなったのだから収穫なのかな?

 それが本当に収穫なのかは今後次第、今は緊急事態ってのが気になるし、”夜”に見張りもさせている。

 何かの拍子に記憶が戻って暴れる心配もあるんだけれど、アリアさんやネーシャも気になるからな。

 

 

 だから立ち去ろうとしたんだけれど、不意に僕の裾が掴まれる。

 誰が、なんて考えるまでもなかった。

 

 

 

「サマエル……」

 

「むぅ……」

 

 頬を膨らませて目には涙をうっすらと滲ませて僕の顔を見上げて来ている姿を見ると心が僅かに揺るぎそうになるけれど、態度には出さない様にして腕を動かすけれどビクともしない。

 小さな子供にしか見えないのに本当に力が強い、無理に引っ張るのも少し憚られるから困っていた時、扉が開いてネーシャ達が顔を見せた。

 

「ロノス様、此方にいらっしゃると聞いて……あら?」

 

 詰所の中をのぞき込んで僕に笑顔を向けて来たんだけれど、裾を摘まんでいるサマエルの姿に目を留めて金髪に少し固まる。

 

 リアスに会っていないのなら金色に似た色合いの髪なだけだと思っただろう、兵士達の反応もそんな感じだ。

 光属性の使い手なんてリアスより前のはずっと昔の人……それでも実際に会っていて魔力の感じを知っていたら何かに気が付くのだろう。

 

 ……説明が面倒だな、さっさと帰れば良かったよ。

 いや、帰っていたらいたらで面倒な事になっていたんだろうけれど。

 

 こんな時、ちょっと便利な物がある。

 言葉にせずとも相手に意図する事を伝える為のハンドサインだ。

 他の人には見られない様に指の僅かな動きで済む、問題はネーシャが知っているかどうかだ。

 

「待たせてゴメンね。少し関わった子供、この子はサマエルって子だけれど、迷子になっていたから連れて来た後で少しイザコザがあってさ」

 

  まあ、立場が立場だから知っているだろうとサマエルや兵士達には見えないように体で隠しながら説明をした。

 

『敵、監視、付けている。誤魔化し、手伝って。お礼、食事でも』

 

 少し慌てたからか指の動きを間違った気もしたけれど、どうやら杞憂だったのかネーシャは軽く頷いて同じくハンドサインで了解を知らせて来たけれど……あれ? 少し違う気がするし、帝国流のかな?

 

 僕がサインを送った時、ネーシャは少し驚いた後で真っ赤になり、喜びながら照れた後で考え込み、納得した後で悪い笑み、この流れを三秒の間に行ったし、デートだと認識して何か企んでいる……だけだよね?

 少し不安になって来たけれど……。

 

「サマエル……ちゃんですね? 私はネーシャと申します。ロノス様は私と一緒にお出掛けする予定でして」

 

「嫌なのじゃ! ロノスは私様と一緒に……ひぃっ!?」

 

 ネーシャはサマエルに目線を合わせて穏やかに語りかけるんだけれど、サマエルは僕の裾を掴む手に力を込めて引き寄せようとする。

 引っ張る力が強いし踏ん張らないと転びそうになった時、リゼリクさんがやらかした時と同じく急に僕の背中に隠れたと思ったらプルプル震えて今にも泣き出しそうだ。

 一体何が、と思って視線の先を追えばネーシャを通り越して開いた扉の先、つまり外。

 髪の色で反応されるのが面倒なのかフードを被ったまま中をのぞき込んでいるアリアさんの更に後ろ、其処に奴が立っていた。

 

 

 

「その子は僕が預かろう。身内みたいなものだからね」

 

 その存在は糸クズすら体に付いていなかった。

 

 その存在の一部は風も無いのに揺れていた。

 

 その存在は街中で……全裸なのに堂々と、まるで自分が全裸であるのが当然であるかのようにしていた。

 

 

 

「変態じゃぁああああああああああああっ!? 全裸の変態なのじゃぁあああああああああああっ!?」

 

 誰もが言葉を失う中、最初に叫んだのはサマエル、甲高い叫び声を上げながら僕に強く抱き付いて目の前の変態を……時の女神ノクス様の神獣クリア・アイナーレに怯えきっていたよ。

 

 

「やあ。元気にしていましたか? まあ、会ってから少ししか立っていないのですが」

 

「知り合いみたいに話しかけるなよ、変態」

 

 

 

 いや、知り合いなんだけれど、弟子入りしたんだけれど……知り合いだと思われたくない!

 

 

 

 

 

 

「おや、確かに黒子姿で出歩いている人が居ますが……変態は言い過ぎですし、今彼は黙っていたでしょう?」

 

「自覚無しか……」

 

 リゼリクさんじゃないよ、お前なんだよ、露出狂。

 

 義憤を感じた様子でリゼリクさんを庇う発言をするクリアに僕は言葉を失った。

 

 

 もしやノクス様も露出狂なんじゃ……。



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腹黒令嬢の白昼夢

妙子式2女キャラメイカーで作成


 ああ、何という好機なのでしょうか。

 

 ロノス様を誘惑する為の服選びの途中、思わぬ横入りで予定が遅れたのは残念だったのですが、それもこの時の為だったのならばと納得出来るというものです。

 

「知り合いが迷子になっているから詰所に連れて行くだなんて巡回の兵士に任せれば良いものを。彼等の給金は税金から出ていますのに」

 

 お人好しとでも言えば良いのでしょうか? わざわざ貴族である自分が連れて行くとは余程の相手なのかと少し気になった事ですし、ちょっと気になったのですよね。

 

 

「ねぇ、アリア。ちょっとお迎えに言ってみませんこと?」

 

「はい! ちょっとどんな子なのか気になってしまいましたし……」

 

 気になっていたのは私だけではない、同盟者である彼女も同じ、彼女の場合は知り合いの子供の立場なんて物よりも別の事に意識が向いているようですが、

 

 私の”どんな”はその子の立場や地位、アリアの場合は相手とロノス様の関係性や容姿……もしやよっぽどの美少女で他の側室候補の可能性を危惧しているのでしょうね。

 

「では、ロノス様のお知り合いの子供とも顔合わせもしてみたい事ですしね」

 

 わざわざ自らが連れて行く程の相手、立場が関係しているなら繋がりは早い内に、側室候補だから世話をする仲ですのならば牽制や協力関係の問題も有りますし。

 

 ふふふ、利用価値がある相手なら嬉しいのですが……。

 

 

 

 

 

「……まさか」

 

 そうして向かった詰所、何やら戦闘の痕跡が有るのは気になりましたが、ロノス様がいらっしゃるので大丈夫でしょうと詰所に向かったのですが、其処で見掛けた子供を見た時、私は呟く、誰にも聞こえない様にとの配慮はしたのですが……。

 

 

 

 

 太陽の光を感じさせる金色の髪、それだけならば偶然似た色になったのでしょう、髪の色が属性に関係する場合が多く、金髪は光属性とされています。

 それでも金髪に似た髪色だから光属性なのかと喜んだが、成長して属性を調べたら別の属性な上に別の色

合いが強くなっていった……という話を聞いた事が有りますし。

 

 ですが、目の前の少女から感じる魔力の質は光属性であるリアス様の物と同一。

 つまり目の前の少女は光属性?

 

 クヴァイル家の血が流れているのならば光属性を持って生まれたという可能性はあるのでしょうが……。

 

 ロノス様は彼女の事を知っているという事はその事を把握しているのでしょうが、私の所に情報が入って来ないのも妙な話。

 

 クヴァイル家の隠し子等を考えている間、私は色々と考えていたのですがロノス様がハンドサインを送って来たのはその時。

 

 貴族やそれに関わる者が周囲の者には聞かれぬ様に会話をする為の物、帝国式や聖王国式等国ごとに存在するのですが、ロノス様が少女に見られないように行ったのは恐らくは聖王国式。

 

 ……まあ、ぶっちゃけ猥談の類以外は殆ど共通なのですよね。

 全く同じではありませんが。

 

 だって勘違いで揉めたら不味い立場の者が使う物ですから、そりゃそうなりますよね。

 

 最初に伝えられたのは少女が敵であり、記憶を失っているという事。

 

 成る程……隠し子というのは間違いないのでしょう。

 リアス様と同じ光属性を持つ政敵……一族内の争いが起きているとは把握していませんでしたわね。

 

 問題は其れがどういう相手なのか、魔王ゼースはどの様に関わっているのか、今は情報が変わらない……ふぁっ!?

 

 え? ええ!? お礼に……ベッドの中で可愛がる!?

 

 まさか帝国式だとは、それも夜のお誘いのサインだとは……。

 

 

 

 この瞬間、私の脳内ではその光景が流れ始める。

 

 

『ロノス様、この様な姿なんて恥ずかしいですわ……』

 

『お礼はするって言っていたし、君も受け入れただろう? 期待していたんじゃないか』

 

 ソファーに座るロノス様の前で私は一枚一枚服を脱ぐ事を強要されて、窓から差し込む月明かりで私の白い肌が照らされる。

 顔が真っ赤になったのを感じ、手で体を隠そうとするのですがロノス様はおもむろに立ち上がると私の手を優しく掴んで手を開かせて、そのままベッドへと連れて行くと……。

 

 

 

 いや、有り得ないですわね。

 

 

 

 

 帝国式の”ベッドで可愛がる”と聖王国式の”食事に誘う”って似ていますし、慌てた様子でしたので間違えたのでしょう。

 

 あー、馬鹿馬鹿しい。

 

 

 途端に自分の妄想がくだらない物になってしまいましたし、これはロノス様をからかう為の話題にでもしましょうか。

 だって時偶に意地悪ですもの。

 

 無自覚に口説き文句を囁かれた時や他の女性と仲良くされている姿に不満を持たない訳ではないのですよね。

 繋がりを持っていて損ではない方も居ますし、妹よりも実質的に高い地位を手に入れるという野望を叶える為にも、貴族社会の通例でも他の結婚相手が居るのは仕方無いのですが……個人的には嫌ですわ。

 

 

 

 だって……だってロノス様の結婚相手は私だけだったのに、私だけが愛して貰って……あれ?

 

 

 また頭の中に流れる知らない記憶、私が知り合う前からロノス様には他の婚約者が存在しましたのに、何故か他に誰も居ないという情報まで……。

 この様な物、都合の良い妄想や白昼夢の類でしかないのでしょうが、余りにもハッキリとした鮮明さ、本当に体験している事の様に詳細が分かる内容。

 それがふとした瞬間に蘇り、頻繁に夢に見てしまう。

 

 

 どうせならば幸せな内容だったら良かったのに、夢の中での私とロノス様の関係は全く違う物。

 その中で私は気弱でロノス様はリアス様にハッキリと意見が言えなくて少し頼りない。

 リアス様だって私の知る彼女は脳筋で単純な性格ですが、知らない記憶の中では横暴で私とロノス様が一緒に居る事が気に入らない、だから私とロノス様の時間は凄く短くて、だからこそ二人の時間が本当に愛おしくて……。

 

 その時間だけロノス様は私だけの物で、私もロノス様だけの物。

 

 

 ……どうせなら幸せな結末が望ましいのですが。

 

 

 

 さて、それは兎も角として私にもロノス様にも腹が立ちましたし、少し意地悪する程度で済ませるのも癪ですわ。

 

 

 

 ああ、ロノス様のハンドサインのミスを指摘する前提でしたが……勘違いを続ける方が都合が良いかしら?

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

『ロノス様のお誘い嬉しかったですわ。勇気を奮って来ましたの。……可愛がって下さいませ』

 

 こんな事を口に恥じらいながら出向けばあの方だって……うふふ。

 

 背後のアリアはハンドサインの意味を理解していないみたいですし、此処は抜け駆けさせて貰いませんと。

 

 ”好機は逃すな”、其れを徹底すべきなのに甘いのですから……。

 

 

 

 尚、此処までの思考は僅か数秒、高速思考は商人の嗜みでしてよ?

 

 

 

 

 

「変態ですわ……」

 

 そんな事を考えていたら全裸が現れましたわ。

 




新作オリジナル開始しました


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運命を変えたい

 偉大な皇帝に忠誠を誓い、祖国を守るという使命に誇りを持つ兵士達。

 そんな彼等が自分達では到底敵わない相手から守って貰ったならば、ましてやそれが一見だけだとしても幼いけれど真っ直ぐな心を持つ少女だったら……そんな子の前に暑さで頭がやられたとしか思えない全裸の変態が現れたとして、どう反応するかというと……。

 

 

「この変態が!」

 

「大人しくしろ、変態め!」

 

「皆様、お下がりを!」

 

「!!!」

 

 僕だけでなくネーシャだってこの場に居る、急に現れた正体不明の相手に警戒しない訳が無いし、薄々化け物みたいな強さだと感じ取っているのは震える手足を見れば分かった。

 

 ……変態に変態扱いされたリゼリクさんが

 

 

 偉大な皇帝に忠誠を誓い、祖国を守るという使命に誇りを持つ兵士達。

 そんな彼等が自分達では到底敵わない相手から守って貰ったならば、ましてやそれが一見だけだとしても幼いけれど真っ直ぐな心を持つ少女だったら……そんな子の前に暑さで頭がやられたとしか思えない全裸の変態が現れたとして、どう反応するかというと……。

 

 

「この変態が!」

 

「大人しくしろ、変態め!」

 

「皆様、お下がりを!」

 

「!!!」

 

 僕だけでなくネーシャだってこの場に居る、急に現れた正体不明の相手に警戒しない訳が無いし、薄々化け物みたいな強さだと感じ取っているのは震える手足を見れば分かった。

 

 ……変態に変態扱いされたリゼリクさんが一番ブチ切れているのは当然だろうな。

 僕だって全裸に変態扱いされたら怒る、彼がどう見ても変人なのは否定不可能だし、サマエルと兵士達の中じゃドッコイドッコイだろうけど。

 

 

「大丈夫。私は彼女の母親も同然の御方の直属の部下の息子の様な存在です。彼女は私に任せて下さい」

 

 そんな空気に気が付いた様子も無いクリアさんは右手を胸に添え、左手を差し出して安心させようと優しそうな声を出す。

 

 ……母親ねぇ。前世も今世も母親にはそんなに縁が無いけれど、少なくてもレナスのお陰で母親がどういうものかは知っているけれど、神様の親子関係ってのは人間から見たら随分と歪な物だね。

 

「いや、安心出来ないから。……ちょっとクリア……さん、端から見て変態は貴方ですから」

 

 そんな思考は表には出さない、出せないって方が正しいかな?

 

 そもそも人間を滅ぼそうとした相手だ、心変わりしてようと評価はね……。

 

 それでも相手は神とその下僕、真正面から刃向かうのは今後に差し支える。

 何せリュキ(光の女神)様は聖王国では最も信仰されているし、僕の属性である時は目の前の全裸の主であるノクス様。

 

 ……何か嫌だ、今更だけれど目の前の全裸には今後お世話になる事が決まっているけれど、凄く凄く嫌だ。

 

「……私が? 私が何故変態なのかな?」

 

「全裸だからだよ!」

 

「何故私が全裸だったら変態なのか分からないな。それより私には森を守る仕事もあるし、サマエルを渡してくれるかい?」

 

 駄目だ、此奴は本気で疑問に思っている顔だ。

 

 平然とした態度の後、クリアさんは僕の背後に隠れたサマエルを連れて行く気らしく近付いて来る。

 丸見えな場所を手で隠そうともせず、手を前後に揺らし隠すべき場所もブラブラと揺れて……。

 

 

 正直、このままサマエルを渡してしまうのが一番平和で最善な気がしないでもないんだ。

 このまま”リュキ様が一度決めた事だし自分達が遂行しよう”って連中と一緒に居させるよりは平和だろうし、敵が減るのは有り難い。

 ハティっていう僕の知識の中には居なかった敵まで現れたんだ、減らす機会が有るのなら……。

 

 

「ロノス……」

 

 不安そうに僕を見上げるサマエルに視線を向ける、此奴……この子の為にも引き渡すべきだとは分かっているんだけれど、少なくても周囲の認識ではサマエルの認識は”少し最初の態度が敵意向きだしだったけれど、お世話になったからと化け物に立ち向かった優しく勇敢な少女”だ。

 

 どうして! 全裸を派遣した!?

 

「悪いけれど全裸で街中をブラブラ歩いて平然としている変態に女の子を引き渡せないかな」

 

「だから私が全裸だからって……」

 

 少し苛立ち始めたのかクリアさんは眉を顰めて僕を睨もうとして、突然床から生えて来た超巨大な鳩時計に邪魔をされる。

 

「ノクスさ……まっ!?」

 

 自分の主が出した物だろうと察したのだろう、僕には分からないけれど神の力でも感じるのかその場で跪いて頭を垂れる。

 その頭に向かって超巨大な鳩が飛び出て詰所の外まで吹き飛ばしたのだから兵士達なんてポカンと口を開けて固まっているし僕も順応せずに居たかった……ああ、本当に真っ当なままで居たかったんだよ。

 

 

 

「……ん? これは……」

 

 時計の裏に張り付けられたメモ、それに書かれていたのはノクス様からのメッセージだ。

 

「”私をこの馬鹿と同類だと思わない事です。私はあくまでもノーパン派なだけですから”か。嫌なのは分かるけれど、後半部分は必要だったのかな?」

 

 きっと僕には分からない拘りが有るのだろう、それは分からない方が良いものだとも理解しながら外で大の字に伸びているクリアさんの体の周囲に魔法を使って体を隠す。

 最初からこうやって無理にでも全裸を止めさせれば良かったと空を見上げた時だ。

 

「おや?」

 

「むむ? 空の方で何かが起きているようじゃな……」

 

 上空に浮かぶ小舟と緑の何かの争う姿に目を凝らせば、緑の物体はボタモチだと分かる。

 じゃあ、船の上から青い炎を放っているのは誰なのか、あの空飛ぶ小舟に見覚えを感じながらも眺めているとサマエルも安全だと思ったのか僕の背後から離れずに恐る恐る空を見上げている。

 

 ……うん? 今、見てはいけない物が見えた気が……。

 

 

「……良し。これ以上変態が来たら怖いから奥の方に居ようか」

 

「ぬぅ。ロノスが言うなら従うが、何者なのか気になるのじゃがな……」

 

「見ないで良いよ、あんなの」

 

 空を気にするサマエルの背中を押して詰所の中へと連れて行く。

 

 

 だってさ、あの小舟に乗ってる奴……ミニスカートにノーパンの変態だったんだよ?

 どうして今日は何人もの変態に関わるんだろうか……。

 

 

 僕もリアスも破滅の運命に抗う為に準備を整えて来た。

 アリアさんの事もあるし、その運命は変わっただろう、

 

 

 

 だからまあ、変態と関わるのが運命なら、それだって変えたいな。

 

 割と切実に!




新作やってます


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価値観の相違(レベル百)

「何が起きたのかは分からぬが、今だ、捕らえろ!」

 

「きっと神のお導きだ!」

 

 巨大鳩時計に外まで吹き飛ばされたクリアに殺到する兵士達、縄では意味が無いと鎖を手に仰向けに倒れる彼に迫り、槍を構えて警戒する彼等の言葉は間違っていない。

 

 うん、実際に時の女神の力だからね、その全裸は時の女神の神獣なんだけれど。

 

「……」

 

「リゼリクさんは行かなくても良いのかい?」

 

 職務に忠実に行動して異様な変態に迫る兵士達同様にクリアさんに怒っていた筈のリゼリクさんは落ち着いた様子でその光景を眺めて動こうとしない。

 疑問に思ったから聞いてみれば、頷いて身振り手振りで答えたのは”自分より怒っている人を見て落ち着いた”だってさ。

 

 

「よし! 捕らえたぞ!!」

 

 まあ、気持ちは分かる。

 

 白目を剥いて大の字で伸びているクリアさんは鎖でグルグル巻きにされ、魔法の詠唱をされないようにと猿轡まで噛まされて一旦は無事捕縛完了、だったんだよね、彼が普通の変態だったなら。

 

 普通の変態、変な言葉だな。

 

 

 

「やれやれ、国や時代、地域によって価値観が違うのは知っていましたが、まさか此処まで躍起になって全裸を批判されるとは。流石の私も驚きですよ」

 

 その声と鎖が砕ける音を聞いたのは僕とリゼリクさんとサマエルだけだっただろうね、他の誰の耳にもそれが聞こえる筈が無い。

 風で舞う砂埃や空を飛ぶ鳥さえも空中で固定され、町中を歩く人達や野次馬は絵画の様に動きを停めてしまった状態、風の音さえ聞こえない。

 

 

「何じゃ!? 何が起こったのじゃ!?」

 

 いや、風が吹く訳が無かったよ、混乱するサマエルは僕の服を掴む力を強めて異変が起きた世界をキョロキョロと慌ただしく見回すけれど、僕は見慣れた光景に似ているから何が起きたのかは分かっている。

 

 

 

「時を停めた? それもこんな広範囲を……」

 

 遙か遠くの空、数秒前までは早く流れていた雲の動きすら静止する光景に驚きはしたけれど、即座に答えは導き出せたよ。

 何せ僕にも似たような事は可能だからね。

 

 ”加速(アクセル)”で自身の時間の流れを周囲から切り離したり、魔力による抵抗をされない物体の時間を停める程度は出来るんだ。

 只、こんな広範囲の空間に掛けて、動ける僕達は呼吸や光に一切影響を受けていない、なんて芸当は不可能な事を除けば、では有るんだけどね。

 

 

「君も潜在能力更に発揮すれば可能ですよ。その為には”神殺し”である其処の彼女や妹さん達が力を更に高める必要が有るけれど。でも、私の指導を受ければ範囲を狭めての場合なら今の力でも可能です」

 

「……だろうね。独学じゃ此処までの芸当は無理だ。僕達だけ対象から切り離して、悪影響を受けないように調整は続ける。其処までの技術は無い。そして強くなる方法なら前から知っているよ、その程度の事はね」

 

 気が付かぬ内に語気が強くなる、我慢出来ない不快感が僕の中で渦巻く中、急に体が傾いて、服からビリって破れる音。

 

 僕の意識がクリアさんに向けられている時に不意を打つ様に引っ張り、服の一部だった布を手にサマエルは随分と慌てた様子だ。

 

「のじゃぁああああっ!? すまぬのじゃ、ロノス! 別段破る気は……」

 

「大丈夫、分かっているさ」

 

 本当にサマエルはよく分からない奴だなぁ。

 存在理由だからって平気で人間を殺そうとするし、記憶を失っても人間が嫌いなのは変わらない、まさに生まれながらの人間の敵。

 

 かと思いきや今も直ぐに魔法で元に戻せる服を破いてしまって慌てたり、世話になったからと体を張る優しさだって持っているんだから。

 

 僕の服を引っ張ったのもクリアさんへの感情を感じ取ったんだろう、服は即座に戻ったのに心配そうな顔は変わらない。

 

「のぅ、ロノス。貴様、怒っておるのか? あの変態の言葉が不愉快だったのなら私様が強く言ってやるのじゃ」

 

「いや、違うよ。僕自身の問題が関係しているだけさ」

 

 あんなに怖がっていた変質者相手に食ってかかろうとする理由は少し話をしただけの僕の為だって言うんだ、これじゃあ僕だって毒気を抜かれてしまうさ。

 

 静まりゆく怒り、結局の所、それは僕のやりたい事と、それに必要な事、それらを受け入れ飲み込む事が出来ない僕の問題だ。

 

 神に対抗する為の”神殺し”、更にそれが裏切った時の為に存在する”神殺し殺し”、守る存在を傷付ける為に力が増す、そんな不愉快な矛盾なんて無視すれば良いのにさ。

 

「心配してくれて有り難う。君は優……」

 

 優しい子、そう誉めながらサマエルの頭を撫でていた手は突如空を切り、僕の目の前で目を細めながら受け入れていた彼女の姿が言葉の途中で目の前から消える。

 まるで時間を停めている間に移動したみたいにサマエルの姿は消え失せ、クリアさんも同様に……。

 

 

 

 

 

「もう私が動ける時間が残されていませんし、この子は然るべき場所にお届けします。では、三度目(・・・)の人生を今度こそ満喫して下さい」

 

 耳元で囁くような静かな声のみを残し、一切の痕跡を残さずに二人は完全に消え失せ、停まっていた時間が再び動き始める。

 いや、ただ動き始めただけじゃないな。

 

 遙か遠く、空の上の雲は停止する前よりも何倍も早く流れる、まるで停まっていたなかった場所と時間の流れの整合性を合わせる為みたいに。

 

 

 

「僕にも同じ事が可能、か。どれだけ頑張れば良いのやら分からないや」

 

 完全に魔法が解除され、時間が停まった痕跡なんて動いていた者達以外には一切残さずに時間が動き出す瞬間、僕は静かに呟く。

 

 

 三度目の人生、その言葉に心がかき乱されるのを感じ取りながら……。

 

 

 

 

 

「あの変態は一体何者だったのでしょうか? また現れないと良いのですが」

 

「暑さで頭をやられちゃった人、とかですかね? 帝国の気温は高いですし」

 

「あら、気温のせいにするのは辞めて下さる? 帝国国民はちゃんと普通ですもの」

 

 迷子として連れて来たサマエルの消失、時間が停まった事を自覚出来なかった詰所の中は混乱に陥る、なんて事は一切無い。

 

 停止した時間の中動けた僕からすれば数分、停まっていたネーシャやアリアさんからすれば一瞬の間にサマエルとクリアが消え去った事に対して兵士達は冷静だった。

 元より本能や経験から人知を越えた存在だとは悟ったのだろう、皇帝の養子であるネーシャや他国の貴族である僕やアリアさんには警鐘が鳴り響く事を理由に城への避難を進言し、リゼリクさんだけは拘束した。

 

 いや、まあ、あの人なら多分抜け出せるから大丈夫だろう。

 

 町の中は緊急事態の際の鳴らし方のせいか浮き足立っている様子こそ有れ、流石は皇帝陛下のお膝元だ。

 特に大規模な暴動や混乱が起きている様子も無く、兵士の指示に従って避難所へと移動をしていた。

 

 

「……あの、ロノス様。私、重くはありませんこと?」

 

 でも落ち着いて移動しているとはいえ、人数が人数だ。

 氷の馬車なんか使っていたら道幅を大きく使う事になるし、ネーシャは僕が背負って城まで向かう事にしたよ。

 

「全然大丈夫さ。偶にポチを背負って走り込む事があるし、寧ろ役得かな?」

 

 僕の背中に乗り、首に手を回して体重を預けるんだから柔らかい体の感触が強く伝わって来る。

 本当にこの程度なら軽いし、ラッキーだとさえ感じていたんだ、

 

 

「……」

 

 僕達の横を歩きながら笑顔を浮かべるアリアさんからの威圧感さえ無かったら最高だったんだけどなぁ。

 自分も後で背負って欲しいとか思っているけれど、思うだけで言えない状態なんだろうし、僕から背負おうかどうかなんて言えないから耐え続けるしか……。

 

 二人の間のバランスを取るのが大変だと思った時だ、落ち着いた様子の避難者達からざわめきが上がったのは。

 

 

 

 

 

「……うわぁ」

 

 何かと思って視線の向けられる方を向けばビックリ!

 

 塀の向こうに居るのに町中からでも見える位に巨大な、下腹の突き出た中年男性の黄金像が此方に向かって来ていたんだ。

 

 



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挑戦

 突如現れた黄金の巨人、その異様な姿に僕達は見たくもない相手から目を逸らせない。

 

 本当は逸らしたいんだ、逸らさざるを得ない程に……。

 

 町からそれなりに距離が離れているのにも関わらず膝から上が見える程に巨大であり、無駄に造形が細かくて、まるで全身に金箔を塗りたくっているみたいにリアルだ。

 これが美女美男だったならば見応えが有ったんだろうけれど、とても豪華絢爛は言えないのが目の前の存在、寧ろ滑稽さや醜悪さを際立てている。

 

「……うわぁ」

 

「変態ですね……」

 

 

 

「あの男、こんな趣味があったとは。馬鹿だ無能だとは思っていたのですが……」

 

 尚、全裸である。

 

 腕を振り上げれば全身の肉がタプタプ揺れる、顎も腕も腹も贅肉が大量に蓄えられた情けない体型の中年男性で、贅と怠惰を極めた悪徳貴族のイメージそのままの姿に僕とアリアさんは絶句するんだけれど、ネーシャだけは嫌悪感が先に出ている感じだ。

 

「え? あの巨像のモデルの知り合いなの?」

 

 この言葉の後、僕は後悔した。

 

 心の底から屈辱だという顔を一瞬だけ浮かべ、直ぐに溜め息と共に少しだけ嫌そうな顔をしたんだけれど、彼女が感情を隠せないってどれだけ嫌いな相手なのさ?

 

「認めたくは無いのですが、知り合いだとは肯定させて頂きます。……それよりも先に行きましょう。全裸の汚物の像など見ていたら目が腐りますわ」

 

 商会としてか、皇帝の娘としてか、兎に角関わりたくないという気持ちがマジマジと伝わって来ていて、其れには僕も賛成さ。

 何せ僕は

 

「ど、同感です……。ロノスさん、裸なら私が見せてあげますので、アレから目を逸らして……」

 

「待って!? 僕があんなのを見ていたいとか誤解されているよね!?」

 

 裸婦画とか裸婦の像とか女の人に拘らなくても裸を題材にした芸術品はこの世に沢山あるけれど、遠くで足を振り上げたり腕を振り下ろして暴れている黄金の巨人には芸術的価値を感じないし、出るにしても遙か先の話だろう。

 

 体格もそうだけれど表情も品性を感じさせない物で、享楽にふけている時の物。

 所々から聞こえる”ラーパタ”って名前からしてガンダーラの住人には知られているみたいだけれど、あの全裸の中年男性像そのもの以外への嫌悪が含まれて聞こえる。

 皆、一瞬だけ目にして後は見えない物として扱いながら避難するか、一切目もくれず避難するか、どっちにしても見たくもない醜さだというのは間違い無い。

 

 

 

 

 

「って言うか、ラーパタって確かあの趣味の悪い宮殿の……」

 

 そうだ、あの中年の顔、此処から黄金の像を見ているだけだから分かりにくいけれど、絵で顔を覚えさせられていた相手だ。

 ラーパタ・アマーラ、現皇帝であるカーリーの従兄弟で……正直外交の場には出て来ない、意図的に外部の目から遠ざけられている事と治める町の様子から薄々察しては居たけれど。

 

「……」

 

 無能な悪徳貴族……そんな風に思うも口に出すのは何とか堪えた。

 此処は帝国、九割九分以上の確率で正解だろうけれど、無能だからって無能だと口にするのは憚られる。

 

 仮にも皇帝の親類縁者だ、婚約者だろうと皇帝の娘の前でそんな事を口にする方が無能だろう。

 だから僕は口を噤んで城への避難を続けつつ様子だけは窺っていた。

 

 さてと、これで帝国が大きな犠牲を出さずに撃退するなら戦力を目に出来るし、出したなら婚約者の祖国への支援を口実に帝国に介入出来る。

 少しゲスな気もするけれど、クヴァイル家の次期当主としては聖王国の利益を優先しないとさ。

 

 

「あの巨人をどうするんだろうね……」

 

「さて、どうなさるのでしょう?」

 

 うーん、何か漏らしてくれないかとダメ元だと思ってみたんだけれど手強いな、この子。

 今の彼女は帝国の一員として振る舞っているし、可愛い姿はプライベートだけって事か。

 

 試しに探ってみたけれど、ネーシャは飄々と受け流して来るだけ、それでも慌てた様子を全く見せないのは何とかなるとでも思っているんだろう。

 避難の名目で僕の目に見せない気なのか、少しでも情報が流れない様にって事か。

 

 僕としてはお祖父様に”何の成果も得られませんでした”とか堂々と報告出来ないんだけれど、他国の貴族を避難させようってのを拒否して戦いを見ようとか探っているのを公言するのと同じだし……。

 

 

 

「ですが、一つだけ分かっている事は……皇帝陛下の出陣は絶対勝利を意味する、それだけですわ」

 

 僕の不安を払拭する様に、隠す必要は無いのだと自信を持って行く様に、彼女は不敵に笑いながら僕達に道の端に避けるようにと手で示す。

 

 見られても平気って事か。

 

 言われるがままにした時、避難指示の警鐘が鳴り止み、代わりに巨大な銅鑼の音が城から響き渡る。

 

 

 

「え? 何ですか!?」

 

 空気が……変わった。

 

 アリアさんは戸惑った顔を見せるけれど、僕は自分の認識が間違った事に気が付いた。

 ネーシャの態度は素知らぬ顔で問い掛けを受け流そうとしたんじゃなくて、これを予期していたのか。

 

「……成る程。最強の戦士のお出ましって事か」

 

 避難誘導されていた時、町の人々は不安そうな顔を浮かべ、黄金の中年男性像(全裸)の登場で更にざわめき始める。

 

 だが、銅鑼が鳴り響いて城門が開いた瞬間にその不安は消え去って、素早い動きで左右に分かれて落ち着いた様子での避難を開始した理由、其れこそが皇帝の存在。

 

 本来、国のトップに戦闘力はそれ程必要じゃない。

 寧ろ王が戦場に出張って士気高揚を目論まないといけない時点で王としては減点だ。

 避けられない戦いは有るけれど、それでもその事態を避ける事こそが王の役目。

 

 でも、時と場合で変わるんだ……今回は場所、此処がアマーラ帝国だって事だ。

 

 帝国は実力主義だ、特に皇族は皇帝の弟だろうと娘だろうと皇族として必要な政務や外交能力だけでなく戦士としての能力も含まれるんだ。

 

 

「皇帝陛下ご出陣!!」

 

 響き渡る声と共に鎧姿の騎士達が城門から二列になって行進を続け、槍の石突きで地面を強く叩いて音を立てながら二列で進むその後方、行列の中央で青紫の巨大な獅子に乗った人物こそ政務外交、そして戦闘能力その全てがアマーラ帝国の頂点である存在。

 

 頭には国を背負う事を示す王冠、手には巨大な宝石を埋め込んだ黄金製の王杖、その杖も無数の宝石で彩られた物ではあるんだけれど、あの黄金像と違って気品があった。

 

 

 皇帝カーリー・アマーラ、まさかこんな所で力を見る事が出来るだなんてね。

 帝国に伝わる魔法、騎士団の装備や戦術、それらを直接目にする事が出来ないのは残念だけれど……夜鶴に任せるしかないのが残念だよ。

 

 直接自分の目で見て、魔力を感じないと分からない事も存在する。

 又聞きした事を報告書にして出すしかないのが残念だ……。

 

「待つが良い」

 

 行軍の邪魔にならない様に横を通り過ぎようとした僕達にカーリー陛下から声が掛けられ、重圧すら感じた僕達は思わず動きを止めれば絶対零度の瞳と視線が重なった。

 

 ……探ろうとしたのが見抜かれたか?

 

 

「折角この様な事態に遭遇したのであるし、貴殿もゼース殿に手土産が必要であろう? おい、お前達、馬を譲れ」

 

 行軍の邪魔にならない様に横を通り過ぎようとした僕にカーリー陛下は何でもないように告げたその言葉は一種の挑戦に思えた。

 

 



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冷徹にして冷酷

 帝国は随分と暑い、聖王国が少し寒めの気候の為に冷え性な僕だけれど流石に辛い物があった。

 馬型のモンスターに乗っているせいで太陽に近いし、地面からの照り返しや体温が高い馬に乗っている事、周りの騎士の鎧は中の人が蒸し焼きにならない様な特別な魔法の品なんだろうけど、表面から反射した熱がモロに僕に当たっていたし……行きは馬車に乗っての旅だったからどれだけ快適な旅だったのが分かったよ。

 

 

「それでロノス殿、私の義理(・・)の娘であるネーシャとは上手くいきそうですか?」

 

「ええ、彼女は素晴らしい人ですから」

 

 暑さは仕方が無い、だから黄金の巨人の討伐隊に同行した事には後悔が無いけれど、カーリー皇帝と一緒に向かうのはちょっと後悔。

 近付けば近付く程にハッキリと見える細かい造形、本当の肉体みたいな質感、そして不摂生の極みみたいな体型、お祖父様の同類であるカーリー皇帝はあんな奴に近付きながら何を話しているのか自分で分かっているのだろうか?

 

 顔や声には出さないけれど、正直普通の場でさえプレッシャーを感じる。

 だって最後までいってはいないけれどネーシャとは婚前交渉を持った訳だしね……。

 

 声は政治的な場面ではなく、プライベートな場面の様な穏やかで、本当にこれから未知の相手と戦うとは思えない感じの物だ。

 

 

 

 

「お暑いのならば少し涼しくしましょうか?」

 

 一方、この国で生まれ育ったカーリー皇帝は一切暑がる様子すらなく、僕に気を使う余裕すら、だ。

 

「いえ、この程度なら……」

 

 今朝までの威圧感と威厳を感じさせる皇帝の優しい態度に気を抜き、言葉にも甘えそうになるものの弱さを見せる訳にはいかない。

 今の僕は帝国に客人として招かれた身であり、今も皇帝自らの出陣に同行を許可された身だ。

 

 娶る相手の故郷の気候にさえ耐えきれない軟弱者、そんな風な格付けは避けたいと平静を装って僕が返事をすればカーリー皇帝はそれ以上は何も言わず、顔も皇帝としての物に戻っている。

 

 弱い所を見せないか、そんな風に駄目で元々って感じで言ったんだな……。

 

 

 

「皇帝陛下! お待ちしておりました!」

 

「うむ。ご機嫌伺いは不要だ。敵の情報を述べよ」

 

 黄金の巨人が少し離れた距離まで到着すれば、陣取っていた兵士達が急いで目の前に現れて跪く。

 それに軽く頷いたカーリー皇帝の視線を追えば黄金の巨人の頭部、その左目の部分に何かが混じっていた。

 

「……あれは仮面の男?」

 

 太陽の光を反射して直視するのが色々な意味でキツい物がある中、一点だけ存在した不純物。

 目を凝らして見てみれば見覚えのある顔……正確には顔は見れない、その顔は何度も襲撃を繰り返した男が身に付けていた仮面と同じだったんだから。

 

 髪の色も同じ、髪型も然り……同一人物の可能性が高いな。

 

「知った者か? ロノス殿。……ああ、成る程。学園やネーシャからの報告にあったという者だな」

 

 僕が何も言わずとも答えに行き着いたカーリー皇帝が再び口を開くそれより前に応戦していた兵士達から魔法が放たれる。

 砂が隆起して凝縮され、巨大な矛先となったそれは巨人の頭や足に突き刺さり、その体を崩した。

 

 元からバランスが悪い造形だ、攻撃が通ったなら自重で崩れ落ちるのは自明の理だっただろう。

 これは皇帝の出陣が無駄に……いや、ならないか。

 

 

 

 あの巨人は十中八九ゴーレムの類い、だから生物と違ってパーツの破壊はそんなに決定打にはならない。

 あの損傷もすぐに修復するだろうと僕だけが思った訳じゃなく、今まで攻撃を続けていた兵士は当然ながら、カーリー皇帝も眉一つ動かさずに見ているだけ。

 

 この場で中止するべくは、ゴーレムの再生速度及び再生可能な範囲、それで術者の土魔法の練度と実力が分かるんだ。

 何処まで修復するのか、どれだけ時間を要するのかで戦術はガラッと変わるけれど、修復の基本は素材の吸収。

 

 相手が周囲の物を素材に作り変えるにしても、本体から崩れ落ちた部分に近寄らせ無いのは基本……だから兵士達の動きが妙だった。

 

「詳細を報告せよ」

 

 だって剥がれ落ちた部分から本体を遠ざけようとしないのだから。

 本来なら疑問を口にし、叱責するだろう行動だ。

 

 

 だが、カーリー皇帝はそれを行わない。

 自らが君臨する帝国と、それに仕える兵への絶対的な自信故に。

 

 皇族でさえ何かの理由があれば冷遇される程の実力主義、だから一見不可解な行動を見せても疑わない。

 

「はっ! 間もなく判明する事かと!」

 

 その報告が意味するのは”見るのが一番分かりやすい”。

 実際、一目で分かったしね。

 

 崩れ落ちた黄金、それが風で舞い上がった砂山の砂の様に細かくなり、巨人の欠損部分を埋める。

 たった数秒で元の姿に戻っていた。

 

 

「あれは時魔法……ではないか」

 

「だろうな。砂の様に細かい砂金一つ一つを合わせて合成したのが目の前の悪趣味な存在なのであろう。自己顕示欲と趣味の悪さがあの男の趣味だと主張しているが、もし主犯がそうならば、あれだけの術者が何故だ?」

 

 数秒、カーリー皇帝は顎に手を当てて信じられなさそうに唸り、直ぐにその疑問など最初から存在しなかったかの様に表情を切り替える。

 

「仮面の男は移動するのだな?」

 

「はっ! 狙おうとするも巨人の身体の中に隠れ、別の場所から姿を見せます! ですが、潜っている間は巨人を動かせぬらしく、それで時間を稼いでおりました!」

 

「そうか。ならば弓を持て。我自ら仕留めよう」

 

 ……来た!

 

 ゴーレムが厄介なら操っている奴を倒すのが戦術の基本、それをしていなかったのだから、カーリー皇帝が導き出した答えが僕も正解だろうと思っていたけれど、今はそれよりも重要な場面だ。

 

 お祖父様が槍を得意とするのと同じく、カーリー皇帝は弓の名手で有名だ。

 噂では二つ先の山の獣の目を麓から放った矢で射抜く、そんな誇張が過ぎそうな話だけれど、この世界の強者を何人か知っている僕からすれば有り得ると考えている。

 

 じゃあ、お手並み拝見と行こうか。

 

 

「大儀である」

 

 差し出された弓を受け取ったカーリー皇帝は狙いを定める……事さえもせずに矢を放った。

 それも二本を僅かにタイミングをずらし、一本目に二本目が隠れるようにしてだ。

 

 

 ……名手とは知っているけれど、こうして直に見れたのは助かったよ。

 ネーシャを娶る以上は諸々の理由から敵対する事は互いの立場からしてデメリットが多くても、信頼できる身内にはなり得ない相手なんだから。

 

 

 

 

「!」

 

 一本目が自らに迫り、仮面の男は即座に巨人の体内に潜る。

 直前まで気が付かなかったのは兵士による攻撃が目眩ましになっていたからで……直ぐに出て来た理由も同じ、棒立ちで受け続ける訳には行かない状況だから。

 

 

 

 二本目の矢は途中で軌道を変え、姿を見せた仮面の男に命中した。

 

「中々丈夫な仮面だな」

 

 少し感心した様にカーリー皇帝が呟く中、仮面が割れて素顔が明らかになる。

 

 

「あれはアルフ……」

 

 そう、仮面の下の顔は間違い無くアルフレッド・アマーラ。

 落ちこぼれとして冷遇され、入学早々に失踪した……カーリー皇帝の実弟だ。

 

「見覚えがある顔な気がしたが……気のせいか。そうであろう?」

 

「はっ! 見知らぬ男です!」

 

 だから僕が名前を口にしてしまいそうになった時、遮る様に冷徹な声が冷酷な意思を告げる。

 アルフレッドなど誰も知らないと、そういう事だ。

 

「”フリージア・フロストフラワー”」

 

 何事も無かったかの様に一度だけ瞬きをして、指先を向ければ細く蒼い光が指先から迸って巨人の右目……カーリー皇帝の実弟であるアルフレッドに命中し、其処から氷の花が咲く。

 

 

 

 巨人の魔力を吸い上げるみたいに氷の花は成長を始め、反対に巨人は比例して小さくなって行く。

 咲き乱れたのは巨大な氷の薔薇、少し離れた此処でさえ気温が下がって肌寒い程の冷気を放っていた……。




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行き着く先

ネーシャ



【挿絵表示】



だいぶ開いたなあ  感想貰えている別のオリジナルが息抜きで済まなかった


 圧倒という言葉すら生温い、と、一気に冷えた周囲の気温に耐える最中も僕の視線はただ一人に注がれる。

 

 生まれながらの冷え症だから四月になってもコートを手放せないのにこの場から離れる気にはなれない理由はそれだ。

 聖王国の貴族としての誇りと義務感が僕を突き動かし、実力主義を掲げる帝国の頂点に権力と実力双方の意味で君臨する相手が倒した敵にどう反応するのか・・・・・・ましてや速攻で切り捨てたとしても実弟なんだ。

 

 足の不自由さを理由に実の娘であるネーシャを最初から居なかった者として、今もあくまでも政略結婚の為の養子として扱ったとしても何らかの反応は示す筈。

 

 その情報は彼女と渡り合う為には必須だから・・・・・・。

 

 

「さて、敵は排除したが少しばかり派手にやり過ぎたか。これでは実行犯の首を晒す事も出来ない」

 

 絶句し、戸惑いを外に出しそうになるのは耐えた。

 身内を手に掛けた事への反応は一切示さず、有象無象の刺客を仕留めた程度の、既に情報は得ているから失敗とまでは言えない些細な事を一応口に出してみた、その程度の反応しか示して居ないんだ。

 

 見通しが甘くて、自惚れがあった、それを知れたのがせめてもの収穫か。

 

 ……僕は自分の事をそれなりに非情な人間だと思っていたけれど、随分と見通しが甘かったみたいだね。

 目の前で凍り漬けになった黄金の巨人像は、内部から操っていたらしいアイザックと共に粉々に砕け散って周囲に散らばる。

 

 これじゃあ罪人としてさえ墓に入る事もなく、やがて氷が溶ければ虫の餌になってしまうだけだろうに、実の弟に非情な事だね。

 実の弟だからこそ、余所の国の貴族が来賓と来ている最中に襲撃した犯人だとは知られたくはないんだろうけれどさ……。

 

 馬の蹄の先で細かい氷を踏み砕き、言葉とは真逆に一切困った様子の見られないカーリー皇帝の声を聞きながらアイザックが散らばっているだろう方を見る。

 彼が着けていた仮面が誰に与えられた物なのかも予想可能だし、裁判であれば情状酌量等で原型にするだけの物は有ると思うけれど……。

 

 

 まあ、僕としては彼って嫌いなだけで、利益ももたらさない興味の薄い奴だ。

 なんたって打算と一目惚れから大通りで求婚したんだからね、僕の可愛い愛しの妹であるリアスにさ。

 

 

「此処はいっそ、ロノス殿に襲撃犯を復活させて貰うべきか? 噂は耳に入っている。時を操る魔法は死者蘇生や不老不死さえも齎すと。襲撃犯の仲間についての情報も欲しい所だ。可能なら頼みたい」

 

 カーリー皇帝の声には真剣身が感じられない。

 当然といえば当然だね。

 

 

 

「噂ですよ、噂。死者蘇生なんてのは勿論、不老不死だって不可能。お祖父様が元気ですからその手の噂が流れるのでしょうが……少なくても今の僕には不可能です」

 

 この手の相手、勿論不老不死なんて物を追い求めて僕に縋る様な連中とは違い、心身ともに本当に強い相手に中途半端な嘘は通じない。

 逆に筒抜けになる位なら正直に話す方が最適だし、僕は隠さず話すだけだ。

 だからこそ、隠そうともせずに忌々しいって目をされたんだけれども。

 

 嘘の見抜き方を心得ている、特に頭の良い責任感高めの権力者には特に有効だよ。

 古典的だけど、曖昧で勘違いの可能性を残した言い回しってのはさ。

 

「今は……か。ロノス殿がネーシャを娶る事になって良かったと思うぞ。血の繋がらぬ娘とはいえ、娘は娘。娶らせたのならばロノス殿は私の義理の息子だ」

 

「僕も偉大なるカーリー皇帝と身内になれて光栄ですよ」

 

 これは割と正直な感想かな?

 実際の所、政治的な面は別として、武力的な戦いは互いの立場が邪魔するし、注意しつつも他の敵に向ける割合が多く出来るから安心、ってのが正確だけれど、今の戦いや非情さは見習いたい。

 

 まあ! 僕が可愛い妹であるリアスを手に掛けるとか有り得ないんだけれど。

 絶対に駄目な状況になって、リアス一人で死なせる位なら僕も一緒に死んであげる位の事はするからね僕は。

 

 ……しかし、此処で探りを入れて来たか、本当に厄介な相手だよ。

 今は、って部分で九割以上は察しているみたいだし……お祖父様の叱責は確定だな。

 

 友好の握手を求めつつ、僕の目や喉の動き、呼吸のテンポ、それらが目の前の相手に考えを読む為の手段として意識を向けられているのを感じ、正直に答える。

 含みを保たせた部分や真実に行き着く可能性こそあれど、今はこれで良い。

 

 

「しかし、不老不死や死者蘇生に興味が?」

 

 個人の力で命を保ち続けるなんて事が権力者にとってどれだけ危険なのか、その程度は分かっているだろうにさ。

 

「……興味を向けぬ権力者がどれだけ居ると?」

 

 だって分かるんだ、カーリー皇帝には焦りが僅かに有るんだって。

 皇族でさえ弱者は冷遇される程の実力主義、其処に誕生した歴代最高の天才……そう、天才だ。

 偉大であれば偉大である程に後継者が霞む、ましてや次の皇帝は平凡な娘にずるか、もしくは……。

 

 

 

「そうそう。次期皇帝の婿になるのはどの様な方ですか? お会いした事が有りませんで」

 

 もしくは、優秀な相手をあてがい、実質的な皇帝に据える、とか。

 最終的に国の利益にさえなれば良い、それこそ身内を手に掛けてでもってのはお祖父様と同族だよ、この皇帝。

 

「おや? 既に知己の中だと思っていたが。石竜王のイトコ殿とはアーキレウスで何度も頂点を競い合った好敵手であり、親友であったと聞いていたが」

 

「あくまでも個人間の付き合いなので、従兄弟を紹介とまでは……」

 

 ……よし!

 

 僅かだけれど想定外だったのかカーリー皇帝の目に揺らぎが生じる。

 エワーダ共和国の武門の名家の彼を帝国に向かい入れる事にどれだけの対価を支払ったのかは調べている途中だけれど、僕と彼に繋がりがある前提で動いていたのか。

 

 

 直ぐに情報の伝達や今後の方針の変更をするんだろうけれど、これは情報を手に入れる絶好の機会だ。

 頼んだよ、夜鶴達!

 

 

 

 

「ロノス様、帝国最強の魔法使いの実力はどうでしたか? 凄まじいでしょう?」

 

「確かにね。君と結婚する事であの方が味方になるのなら心強いかな?」

 

 あの後、僕は特にやる事が無い……いや、他国の事だから僕がやる事があった方がある方がおかしいんだけれどもさ。

 今日はサマエルやら何やらの後に黄金の巨人像、詳しい事は”夜”が調査しているから報告待ちで夜鶴が分体の聴覚と視覚を共有した状態で護衛としても控えて居るんだけれど……。

 

 部屋のソファーに座り、会話をしながら天井に目を向けるんだけれど、それを咎める声が耳元で囁かれた。

 

 

 

「ロノス様、その様な事よりも空気に流されてしまいませんこと?」

 

 今のネーシャ、僕の膝の上に向かい合う形で座っているんだよ、しかもベビードールに猫耳と尻尾まで着けて。

 甘え声を出して僕に体を擦り寄せる間にカチューシャの猫耳とショーツの尻尾が獣人みたいに動いていて目で追ってしまう。

 

 

 

 ……アリアさん、何処に行ったんだろう。

 牽制してくれたら此処まで迫られる事も無いんだけれど……。

 

 

 

「な、流されるって、どんな感じかな?」

 

「……レディの口から言わせたいなんて意地悪ですわ。言わせたいのなら……命じて下さいませ。ロノス様が今から私にさせたい事すべてを……」

 

 あっ、ちょっと流されそう……。

 

 

 尚、この光景は夜鶴にバッチリ監視されている。




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