ラスボス転生 逆境から始まる乙女ゲームの最強兄妹になったので家族の為に運命を変えたい (ケツアゴ)
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一章
プロローグ


短編はこっち

https://ncode.syosetu.com/n4423gs/

朗読していただきました

https://twitcasting.tv/kudou_tomo/movie/661195463


 柔らかな日差しが降り注ぐ昼下がり、そよ風が運ぶ花の香りが春の訪れを告げる。

 花畑で寝転がってウトウトしていると頭を乗せている膝の持ち主が頬を撫でて来た。

 

「あっ、起こしてしまいましたか?」

 

「大丈夫少しボケッとしていただけだからさ」

 

 黒髪に黒い瞳を持ち、何処か儚げな雰囲気を纏う彼女は顔に掛かった髪を指先で弄りながら何かを言いたそうにしている。

 

「あ、あの……」

 

 勇気が足らずに告げたい想いを口に出来ない彼女の気持ちを僕は知っている。

 本当だったら僕から何か言うのが優しさ何だろうけれど、今は少し照れている彼女の顔を眺めていたかったんだ。

 

 まあ、あの二人が知れば責められるだろうけれど、今は二人っきりで野暮な目なんて無いんだから別に良いよね?

 

 でも……。

 

「あ、あの! 私……ロノスさんが好きです」

 

「僕も君が好きだよ、アリア」

 

 精一杯の勇気を絞り出した彼女の想いに応え、起き上がるなり彼女の肩を抱き寄せて唇を重ねる。

 最初は驚いた彼女も一切抵抗せず、そっと目を閉じた。

 

 僕は今、本当に幸せな時間を僕は過ごしている。

 

 でも……どうしてこうなったのか分からない。

 

 

 

 だって彼女は主人公で僕はラスボスなのに……。

 

 

 

 

 僕が前世を思い出したのは十歳の誕生日だった。

 今と同じ十歳の時、姉さんと妹と一緒にお母さんの誕生日プレゼントを買いに行く途中、居眠り運転のトラックが突っ込んで来たんだ。

 

「危ない!」

 

 姉さんが咄嗟に僕と妹を抱き締めて庇ってくれて、凄い衝撃が襲って来たのまでは覚えている。

 きっと僕は死んじゃったんだろうね。

 もう会えない家族や友達の事を思い出すと涙が溢れそうになったけれど、今の僕、ロノス・クヴァイルの部分がそんな場合じゃないって必死に訴える。

 

 前の僕の記憶と今の僕の記憶が合わさって、到底信じられない事実を教えてくれたんだ。

 

「僕、ゲームの世界に転生しちゃったっ!?」

 

 乙女ゲーム系RPG『魔女の楽園』

 

 生まれ付き様々な属性を持ち、その魔法を使えるこの世界で悪魔憑きや魔女の象徴と伝わる”闇”を持って生まれて来た主人公が殆どの攻略キャラの初期好感度がマイナスの状況から親睦を深め、やがて世界を救うストーリー。

 

 売り文句は”逆境から始まる恋物語”……だった筈。

 

 お姉ちゃんがリビングのテレビで夢中になって遊んでいたし、聞いてもないのに設定とかキャラへの愛を語ったから男の僕でも内容を知っていた。

 

 その内容とロノスとしての知識が同じだった時、真っ先に思い浮かんだのは妹の事だった。

 前の妹じゃなく、ロノスとしての大切な妹であるリアス。

 両親が死んでいて、唯一の肉親である祖父との仲は良好とは言えない今の僕にとって唯一の家族である可愛い妹。

 

 

 

 ゲーム上では優れた才能と見た目を持っているけれど、主人公の妨害をして、その結果色々と失った末に最後の味方である兄と共にラスボスとして立ちはだかって死んでしまう。

 

「……嫌だ。もう家族を失うのは」

 

 前の家族を永遠に失って、今の家族も失うだなんて耐えられない。

 

 僕にとってロノスは興味の薄いゲームのキャラクターでもないし、ロノスとしての記憶や心の部分も有るから他人でもない。

 

「……僕が守るんだ。だって僕はお兄ちゃんなんだから」

 

 この世界はゲームの中の世界なんだろうけれど、ロノスとしての人生は失敗したらロードを繰り返すなんて事は出来ない一度きりの物。

 

 幸い、ロノスの部分のお陰で前の僕じゃ思い付かない事も思い付くし、多分無理だった事も出来そうだ。

 

 なら、後は僕次第。

 

 この世界がゲームとは違う未来を持っているかも知れないけれど、もしゲーム通りに進もうとするんだったら前もって対策が取れる。

 

「バタ……バタフライエフェクト? だったよね?」

 

 一つでも出来事を変えればその後は変わって来ると思うし、ゲームの知識が役に立たないのは怖いけれど、逆を言えば最悪の未来だって事前に頑張れば変えられるんだ。

 

「よし! どうにかなるぞ!」

 

 先ずは妹ともっと仲良くなって、悪い事を止めるように言えば止めてくれる様にならないと。

 

 ……ゲームでは叱ろうとするけれど聞いてくれなくて、結局折れて一緒に行動するだけだったもんね。

 

 

 

 

「リアス、遊ぼ!」

 

「あら、お兄様。何して遊ぶ? 私はお人形遊びがしたいし、お人形遊びね」

 

 じゃあ早速とばかりにリアスの部屋に向かって扉を開いた。

 

 此処でリアスについて纏めてみようか。

 

 ・前世の妹は二歳年下だったけれど、リアスと僕は双子の兄妹である。

 

 ・数百年前にモンスターを従えて大陸支配を目論んだ”魔獣王”を撃退した”聖女”の血を引く王家が支配するリュボス聖王国の宰相の孫である。

 

 ・リアスの属性は百年に一度出現する”光”であり、聖女と同じだったからゲームでは聖女って呼ばれて我が儘な子に育った。

 

 ・兄妹仲は悪くなくて、ゲームでは片方が先にやられると怒りで大幅に強くなる位。

 

 ……此処までは殆どがゲームのキャラとしての情報。

 

 今の僕、ロノスにとっては大切な家族である……これが一番重要な情報だ。

 

「私は犬を使うからお兄様は猫よ。ワンワン! 猫さん、何の用?」

 

 僕がお人形遊びをしたいかどうかも聞かずに勝手に始めるリアスを見ていると、属性について分かった後で散々甘やかされたらゲームみたいになるなぁって思ったよ。

 

「ニャーニャー! 犬さんと歌いたくて来たんだよ」

 

 周りの大人が甘やかして、ゲームでの僕が強く注意しなくて、その最後があんな悲惨な最期だ。

 だから僕は我が儘はお兄ちゃんとして止めよう。

 

 ……でも、こうやって遊ぶ時くらいは別に良いよね?

 

 リアスと一緒に遊ぶ内、僕は自然と前世でお気に入りだったアニメの歌を口ずさんでいた。

 

「……お兄ちゃん? お兄ちゃんなの?」

 

 ……あれ? 

 知らない歌に驚いたのか固まったと思ったのに、今度は変な事を言って来たぞ。

 

「いや、僕がリアスのお兄ちゃん……お兄様なのは当たり前じゃ……」

 

 前の僕だったら”お兄様”だなんて呼ばれ方は嫌だったけれど、ロノスとしての部分が受け入れているし、今の妹から前と同じ呼ばれ方をするのは変な感じだ。

 

 

「私だよ、お兄ちゃん! 私もなの!」

 

「……え? もしかして……×××なの?」

 

 そんな事が有るはずがないと思いつつも前世の妹の名前を呼べば、リアスは泣きそうな顔で頷いて抱き付いて来た。

 

「良かった! 良かったよぉ!」

 

 僕に抱き付いて耳元でワンワン泣き出す妹を抱き締めていると、僕も知らない間に泣き出していた。

 二人して声を上げて泣いて、慌ててやって来たメイド達が泣き止まさせようとするけれど泣き止まない。

 

 

 だって、二度と会えないと思った妹は生まれ変わっても僕の妹でいてくれたんだから……

 




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これから

ちゃんと他二つも展開考えてるよ!


感想一つにブクマ現在6 ……厳しい


「……こほん。私とした事が取り乱してしまうなんて恥ずかしい。これもお兄様の記憶が戻るのが遅かったせいよ!」

 

 何とか泣き止んだ僕達は躊躇うメイド達を下がらせたんだけれど、リアスが最初に口にしたのが僕への文句だっていうのが何ともらしいって言うか……。

 

 あくまで前世は前世で、価値観や記憶が混じっていても僕はロノスで妹はリアスだ。

 多分、そうじゃないと駄目だって思うし、悪ささえしなければリアスがリアスらしいままでいるのは何も問題無いんだ。

 ゲームの知識は来る可能性の高い未来程度に考えないと、多分何処か現実感が無い人生を送っちゃうんじゃないかなぁ。

 

 ……前世の僕ならこんな考えは出来なかったよね。

 

「ゴメンね、リアス。でも、お兄様はこれからもお兄ちゃんでもあるから」

 

 泣いてる途中にリアスが教えてくれたんだけれど、前の自分の記憶が戻ったのは死んだ年齢の八歳らしい。

 急に前世なんて思い出したせいで家族を失う体験をして、それでもプライドが高いから耐えて何でもない風に装っていたんだ。

 

「リアス、僕は何があっても味方だから。甘えたい時は甘えて良いし、弱音を吐きたかったら吐いて良いんだよ」

 

「あら、当然じゃない。お兄様が私の味方じゃないと困るわよ」

 

「今まで気が付いてあげられなかったからね。ちょっと兄として情けないや」

 

「何を弱音を吐いてるのよ。私のお兄様なんだからしゃんとしてよ」

 

 確かにゲームでは悪役だったけれど、僕はリアスが賢くて誇り高くて心を許した優しい子だって知っている。

 ……今みたいに嬉しいのに偉そうにして何でもないみたいに振る舞う辺り、ちょっと素直じゃないけどね

 

 それが甘やかされて、悪い事を悪いと思わない我が儘な子になってしまうのは……いや、されてしまうのは絶対に避けたい。

 

「まあ、本当に良かったよ。リアスに前世の記憶や価値観が有るならゲームみたいにならないだろうしさ」

 

「当たり前よ。まあ、甘やかされたらあんな風になるんじゃないかって自分でも思うけれど、客観的に見たら馬鹿じゃないのと思うわ。……多分疑問を抱かない様に誘導されたのでしょうね」

 

 リアスがあんな風に育ったのは甘やかされた結果だけれど、そっちの方が都合が良いからだ。

 

 そんな相手の顔を、来ただろう未来の自分に呆れる僕達は思い浮かべる。

 

「……お祖父様どうする?」

 

「今の私達じゃどうにも出来ないけれど、その内何とかしないと駄目ね」

 

 ”ゼース・クヴァイル”、今の僕達の祖父であり、僕達の従兄弟である陛下を傀儡にして国を支配する宰相。

 一応クヴァイル家の当主で屋敷に部屋だって有るけれど、僕達が生まれる前から城で活動しているし、話をした回数だって記憶の限り数えても両手の指で十分だ。

 

 ……先代の国王夫妻は暗殺されて、お祖父様の活躍で暗殺者を送った犯人を捕まえたけれど、僕達は真犯人がお祖父様だってゲームの知識で知っている。

 

「取り敢えず二つの大きな悩みの片方だね」

 

「もう片方はどうにかなるのか、それともならないのか分からないけれど……お祖父様は何とかなりそうよね。もう結構な年齢だし、ゲーム通りならロノスの力で……あっ」

 

 慌てて口を塞ぐリアスの顔が青ざめているのは僕の事を思ってだ。

 だって、ゲームではお祖父様の命を僕が握っているにも関わらず身内の情もあって逆らえずに従っていたけれど、最終的にはリアスを殺そうとしたから手に掛ける事になった。

 

「……うん。大丈夫だから気にしないで。ゲームと違って命令通りに動かないから」

 

 ゲームではお祖父様が実の娘さえも孫を傀儡にする為に殺した事も、リアスを騙して大勢を手に掛けた事も知らなかった。

 でも、今の僕は違う。

 

「ゲームとは違うかも知れないし、同じでもやっていない悪事を罰するのは駄目だよ。あの人は確かに悪人だろうけれど、急に居なくなったら国が混乱するしさ」

 

「……良かったわ。変な事を言って悪かったわね」

 

 僕の言葉にリアスは胸をなで下ろすけれど、伝えていない事が有る。

 前世の僕なら躊躇った事も、ロノスだったら躊躇わない。

 僕にとってお祖父様は身内であって身内じゃないから、もしもの時は……。

 

「私達、頑張って良い貴族になりましょうね」

 

「そうだね。お祖父様が居なくても国が大丈夫な位に優秀な貴族にならないとね」

 

 僕達にはやる事が、やらなくちゃいけない事が多いけれど、僕達兄妹なら絶対に乗り越えられる。

 死んで異世界に転生しても離れない兄妹の絆だったら……。

 

 

「お姉ちゃんも来ているのかな?」

 

「きっと来ているわ。だから探すし、向こうも探しやすい様になりましょう。悪役だった私達の名声を響かせて、お姉ちゃんに見付けて貰うの。今は血が繋がっていなくても……あの人は私達のお姉ちゃんだから」

 

 どうして僕達がこの世界に転生したのかは分からないけれど、こうして兄妹が再会出来たんだから、きっとお姉ちゃんとも会える。

 

 根拠は無いけれど、僕達はそれを信じて疑いもしなかった。

 

 

 

「ただいまー! お姉ちゃん、オヤツー!」

 

 少し前の夢を見ている。

 スイミングスクールから帰った僕が水着を洗濯機に入れてからリビングに向かえば指定席にしている膝に上に妹を乗せたお姉ちゃんが”魔女の楽園”をやっていた。

 

「……数の暴力には勝てないわね。まさかソロでのクリアが此処まで……あっ、もう三時? もう負けそうだしレベル上げするから先にホットケーキでも作ろうか」

 

 両親が仕事で家を空ける日が多かったから、僕達の面倒は主にお姉ちゃんが見てくれていた。

 この日だってゲームを直ぐに切り上げて僕達の世話をしてくれて、僕達はそんなお姉ちゃんが大好きだったんだ。

 

「お手伝いしてくれる人は居るかなー?」

 

「はーい!」

 

「僕も!」

 

「二人共良い子ね。じゃあ、早速作ろうか!」

 

 何かをする時は三人一緒が僕達のルールで、そんな日が何時までも続くと思っていたんだ。

 

 ああ、本当に懐かしい……。

 

 

「ちょっとお兄様。そろそろ王都に到着するわ」

 

 肩を揺り動かされて目覚めれば隣に座るリアスが少しだけ不機嫌そうだったのは、多分会話の途中で寝てしまったからだろう。

 僕達は今、馬車に揺られて旅の目的地に到着する所だった。

 馬車の中は広々としていて、テーブルを挟んでフカフカのソファーが有るのにリアスはわざわざ隣に座っている。

 この子、もう十六なのに僕限定で甘えん坊だからね。

 

 ……そう、僕が前世の記憶を取り戻してから六年が経って、原作の開始が近付いていた。

 

「あっ! お洒落なカフェあるわ。お兄様、後で行きましょう!」

 

「先ずは荷物を置いてからね。屋敷の使用人との顔合わせだってあるし」

 

「そんなの後で良いじゃない。お兄様ったら真面目ね。……はいはい。分かったわよ」

 

 リアスは成長に伴って少し我が儘になったけれど、僕に向ける事が殆どだから多分大丈夫。

 金髪をショートボブにして宝石みたいな碧眼を持つ少し気の強そうな美少女になってくれて兄として嬉しいな。

 まあ、幾ら美少女だろうと胸は小さかろうと、僕は実の兄だから別に関係無いけどさ。

 

「……今、余計な事を考えなかったかしら?」

 

「気のせいだよ。ああ、それとフリートの屋敷が近くだから会いに行く? ……えっと、覚えてるよね?」

 

 この六年間の間に知り合った原作の主要登場人物の名前を出すけれどリアスは首を傾げるし、もしかして忘れちゃったのかな?

 

 

 

 

「……確か”俺様フラフープ”だったかしら?」

 

「ネットでのあだ名は忘れようね。この世界、ネットどころかフラフープも無いんだしさ」




現在の懸念事項

実の祖父(政務ガチチート)


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セクハラメイドと心配事

 僕達のお祖父様であるゼース・クヴァイルについてだけれど、この六年で色々と分かった事がある。

 最悪のケースでは手に掛ける覚悟さえしていたのに、あの人、国に凄く必要だった……。

 

 一万人救うのに十人の身内の犠牲が必要なら即座に殺してみせるような、仁徳とは無縁な人だけれど、それ故に貴族としてはこの上ない働きをしていると、身内の贔屓目を入れても思えてしまう。

 リュボス聖王国の税率が周辺諸国より低いのに街道の整備が整っていたり、貧民の救済等の福祉も整っているのもお祖父様が本格的に国の運営に乗り出してから進んだ事で、こうして他の国に来て、ゲームでは描かれる筈もない場所を馬車の窓から眺めただけでも分かった。

 

「……未だ前世のせいでゲームの世界だって思っていたんだな」

 

 もう十六になって前世よりもずっと長く生きたのに、何をやっているんだろう。

 まあ、その国の繁栄の為には身内さえも容赦無く消し去るって所は確かだから一切安心は出来ないけれど、あの人の事をちゃんと知りもせず、知ろうともしなかったのは反省すべきだ。

 

「若様。姫様。ようこそいらっしゃいました」

 

 原作の舞台となるのは僕達の祖国を加えた四カ国の一つで同盟国でもあるニブル王国の”アザエル学園”。

 此処にはアースの王侯貴族を中心に各国の留学生が集まったりする。

 

 今は前準備としてこうして用意された屋敷に来たんだけれど、馬車が到着するなり綺麗に整列し、一切の狂い無く同じ角度でお辞儀をする使用人達に出迎えられた。

 

「流石はお祖父様。ちゃんとした人材が揃っている」

 

「あっ! レナが居るわ。どうせ街に出るならお供を付けるんだし、レナに案内して貰いましょう」

 

 下級貴族の着る物よりも少し上質な服を身に纏う使用人の中に見知った顔を発見したリアスは嬉しそうにするが、流石に駆け寄ったりはしない。

 前世は日本人でも今は貴族だし、どんな態度で居るべきかも学んで居るからね。

 本当は駆け寄って手を取りたいと思っているのは青い髪を夜会巻きにした背が高く知的で冷静な印象を他人に与えるメイド。

 

 ゲームではリアスの命令で様々な工作を仕掛けた人物であり、母親を早くに亡くした僕達兄妹の三歳上の乳母姉弟で幼い頃の遊び相手を任されていたんだ。

 性格は真面目で頭も良いけれど……うん。

 

「先ずは荷物を預けてからだよ、リアス。レナだって仕事の予定があるんだしさ」

 

「私達の命令より優先すべき仕事って有るかしら?」

 

 どうやら今直ぐにでも出掛けたいって感じのリアスだけれど、ちゃんと使用人達を束ねる上級使用人の執事達との顔合わせが必要なのは分かっているし、不満は今は顔に出さない。

 

 多分僕やレナだけの時は出すんだろうなぁ……。

 

 リアスはゲームでの彼女と違い前世が混じっているので理不尽な態度を取ったりはしない良い子だ。

 でも、その分甘えん坊で我が儘な部分は心の底から信頼するごく一部に向けられるんだ。

 

「まあ、良いか」

 

 可愛い妹の我が儘だし、他人に沢山迷惑が掛からない範囲で幾らでも聞いてあげれば良いだけの話だからね。

 

 そんな風に思って屋敷の中に入ればレナが後から付いて歩く。

 どうやら乳母姉という事もあってゲーム同様に専属のメイドとして動くらしいのは嬉しいけれど、ちょっとだけ困り事が。

 

「……若様、今の私は穿いていません」

 

 リアスには聞こえない程度の声での囁きはセクハラ発言で、配置換えでこの屋敷に配属されたのが四年前。

 それから偶に手紙の遣り取りをしているけれど、その内容が今みたいな時も有るのには困ってしまう。

 

 いや、貴族の中にはメイドに手を出すのも居るのは知っているけれど僕は違うし、そういった接待は別の部署の人間の役目の筈だ。

 別段恋仲だったとかでもないし、彼女が僕を異性として好きだとかは多分違うから悪戯だろう。

 長袖ロングスカートとと清楚さを感じさせるメイド服の下を一瞬だけ想像しそうになったけれど、何とか煩悩は追い払った。

 

「冗談ですよ」

 

「分かってるよ。この手の冗談は控えて欲しいんだけれど」

 

「ふふっ。若様もお年頃ですね。減給だけはご容赦を。夜伽でも何でもしますから……嘘ですが」

 

「……話聞いてた?」

 

 ……昔から悪戯が好きだったけれど、こういったのは困るよ。

 でも、こうやってふざけ合える間柄が居るのは本当に心が助かるんだ。

 貴族社会って狐の化かし合いな所が有るし、同じ派閥でも……。

 

 

 

「それでは街に向かいますが……くれぐれも横道に入り込まないようにお願いします。入り組んでいますし、警備隊の巡回路からも外れている場所さえ有りますので」

 

「分かっているわよ。この歳で迷子だなんて恥ずかしいもの」

 

「大丈夫。リアスがフラフラと居なくならない様に僕が見張っているからさ」

 

「お兄様、怒るわよ?」

 

 横目で睨んで来たリアスの頭に手を乗せて軽く撫でれば直ぐに機嫌が直るのは前世の名残か今も同じ。

 もう十六だし、そろそろ控えた方が良いと思いはするけれど可愛いからなぁ。

 

「ごめんごめん。……それにしてもフリートが留守だったのは残念だね」

 

 荷物を置き、最初に向かったのはリアスが行きたがったお洒落なオープンカフェ……よりも前に知り合いの屋敷に向かった。

 アース王国大公家長男であり、ゲームでは攻略キャラだった”フリート・レイム”。

 火の魔法を得意とする俺様系キャラで、ゲームでは好感度が上がれば興味を持って主人公に”自分の物になれ”だなんて言って来ていた。

 

 尚、戦闘中のグラフィックでは腰の辺りに炎の輪っかを展開しているから、ネット上で作品のファンからは”俺様フラフープ”って呼ばれている攻略難易度が低い相手らしい。

 

 僕としての評価は自尊心が強いけれど根は善人で曲がった事が嫌いだけれど単純で騙されやすい。

 個人として付き合うのは悪くないけれど、貴族として親交を深めるのは家の地位以外は遠慮したい感じだ。

 

 え? 人を家の地位で判断するのかって?

 

 そんなの大勢の領民を背負った貴族なら当然だよ?

 

「私、彼奴嫌いなのよね。偉そうだし」

 

「リアスも大概だけれど自覚在るかい?」

 

 この国に嫁いだ叔母上様の結婚式で出会った時からリアスはフリートが苦手だった。

 広げた扇で隠した口元では”うげぇ”って感じで舌を出している。

 僕からすれば同族嫌悪だけれど、可愛い妹と不良男を一緒にしたくないから口には出さないでおこうか。

 

「……私はあんなんじゃないもん」

 

 あっ、拗ねちゃった。

 頬を膨らませてプイッと顔を背けるリアスも可愛いけれど、前世の口調が出ちゃってるよ。

 

「姫様、はしたないですよ。その様な態度を外でとるのはお止し下さいませ。何処に誰の目があるのか分かりません」

 

「……はーい」

 

 何だかんだ言ってもリアスはレナを姉みたいに慕っているし、下手すれば僕よりも言う事を聞くかもね。

 彼女自体は僕に変な悪戯はしてもメイドとしての身分を越えすぎる言動はしないから安心だけどさ。

 

 ……お兄様としてもお兄ちゃんとしても少し悔しい。

 

「もう入学時期か……上手く行くかな?」

 

「おや、何か心配の様子。例えば女子生徒と上手く付き合えるかとかですか?」

 

「……それも有るけどさ」

 

 既に僕達兄妹は原作とは違うし、お祖父様とは違う方の懸念事項は兎も角として其処まで心配じゃない。

 でも、ゲームで起きた事件はそれなりに被害が出るし、主人公が持つ闇の力が必要な時さえあった。

 ……主人公すら知らない秘密も有るし、仲良くなって損は無いけれど、僕達が原作とは違う時点で原作では上手く行った事が変わって来そうなのが心配だよ……。

 

「あら? あの子、少し危なくないかしら?」

 

 リアスの言葉に反応してみれば女の子が階段を大荷物を背負って危なっかしい足取りで降りている所だった。

 

「きゃあっ!?」

 

 前が見にくいだろうに古ぼけたローブのフードを目深に被り、手摺りに掴まりながら進むんだけれど少し裾が長いのか踏んづけてしまい転んだ拍子に階段から落ちてしまった。

 少女は悲鳴を上げて落下して行き、下は固い地面で石がゴロゴロ転がっているから高さはそれ程無くても大怪我は免れない。

 

「スロー!」

 

 僕が叫べば彼女の体を光が包んで落下速度が急に減速し、彼女は亀の歩みに迫る速度で落下して行く。

 さて、これで大丈夫……あれ?

 

「彼女、気絶していますね」

 

「あーもー!」

 

 落下速度は落ちたから大怪我はしないけれどちゃんと着地しなかったら少しは怪我をする可能性だってある。

 仕方が無いから落ちて来た彼女を受け止めた時、被っていたフードが外れて隠されていた顔が露わになった時、僕の視線は釘付けになった。

 

「あ、あれ?」

 

 目が覚めたのか状況を見極めようとキョロキョロする瞳と艶の有る髪の色は黒。

 物静かで儚げな印象を与える少女をお姫様抱っこしている状況の中、僕は知らず知らずの内に呟いていた。

 

 

 

「綺麗な髪だな」

 

「へや!?」

 

 心の底からそう思ったんだ……。

 

 



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抱いた期待

 ……私の人生は蔑みと恐れの視線を浴び続ける物だった。

 

 綺麗な赤い髪をしていた母とは違う、忌むべき物とされる黒髪を持った私を祖父母でさえ嫌い、数少ない味方は母を除けば毛の色で人間を区別しない森の動物達。

 

「私もいっその事、動物に生まれたら良かったのに……」

 

 小さな領地を持つ田舎の子爵家の跡継ぎ娘として生まれた私だけれど、父親の顔も名前も知らない。

 唯一知っている筈の母は口を噤み、病気で死ぬ間際に赤い宝石が埋め込まれたペンダントを父が私の十歳の誕生日に贈ってくれた物で、何時か渡して欲しいと頼まれたと言って与えてくれたけれど、血の繋がっているだけの他人に興味は無かった。

 

「父親なら、どうして私の傍に居てくれないの? 私の味方をしてくれる人はお母様だけなのに」

 

 黒い髪に黒い瞳は禁忌とされる闇の力を持つ証だって言われ、恐れられているけれど、別に教会がそう定めている訳でもない、要するに只の言い伝えに過ぎない。

 

 なのに皆が私を怖がり、魔女だの悪魔憑きだって後ろ指を指し、父親は召喚された悪魔なんだと母さえも侮辱する。

 

 なら、ずっと閉じ込めて居てくれたら良かったのに、いっそ赤ん坊の時に殺してくれたら良かったのに、私は生かされて、蔑まれ恐れられる日々を送らなければならないなんて地獄なのに。

 

 それとも魔女や悪魔憑きは地獄に堕ちろって事なのかしら?

 

 生まれ変わりが本当に有るなら、私の前世は余程神様に嫌われる事をしたのね……。

 

「貴女の人生は辛いものだけれど、きっと受け入れてくれる運命の相手と出会うから。だから強く生きて。私の愛するアリア……」

 

 母が最期にしたお願いさえなければ命を絶っていたかも知れないわ。

 

 忌み嫌う存在でも、跡継ぎは跡継ぎだし、法で闇の属性は罪だと決まってもいないからか、血縁上の祖父母は私をアザエル学園に入学させる事にした。

 

 要するに寮に入れて屋敷から追い出し、継ぐ領地も無い名誉職だけの貴族や跡取りの予備の予備の三男坊でも婿にさせる気なのだろう。

 闇以外の属性を持って生まれた子供さえ生まれれば用無しだと処分されるのかも知れないけれど、もう生きる事に大して興味なんか無い。

 

 母の願いだから死ぬまでは生きる気だけれど、私の黒髪を受け入れてくれる人なんて存在する筈がないのだから……。

 

 

 

 

「えっと、学園まで行くにはどうしたら良いんでしたっけ?」

 

 その顔を隠せと与えられたのは古びたフード付きのローブで、どうも隣国の街が急に発展した影響が出て領地に入る筈だったお金が入らなくなった影響らしいが、元々私に与えるお金なんて大した事がなかったのだから変わらないだろう。

 

 削れる所は削れば良いし、下手に増税をしてまでお金を使われた結果、領民達の不満が無関係な事まで私に向かうのはごめん被るもの。

 

 母の言葉があるので、精々使い易い道具として直ぐに処分されるのを防ぐ為に猫を被ったままで居るのも随分と慣れた気がする。

 

「まるで普通の女の子みたいです。……なんちゃって」

 

 この王都レイアに到着するなり馬車から降ろされ、今はこうして大荷物を背負って学園の寮に向く道中、私の人生はあっさりと終わりそうになった。

 

 階段の手すりから落ちて、このまま死ぬのかと思うと自然と意識が遠のく。

 

 ああ、呆気ないし、約束も破る事になるけれど……。

 

 

 

「あ、あれ?」

 

 意識を取り戻した時、私は見知らぬ男にお姫様抱っこをされていて、体は何処も痛くはない。

 相手の顔を見れば銀の髪を整えた碧眼の中性的な顔立ちで、絵本に出て来る王子様みたいな彼が私を助けたのに気が付き、直ぐにフードが外れているのにも気が付いた。

 

 何を分も弁えずにときめいて期待している?

 自分が普通の女の子みたいに恋をして、好きになって貰えるとでも未だに思い込んでいたのか?

 

 自分が忌み子だと忘れるな。

 ほら、彼も私の目と髪の色に気が付いたし、これで余計な期待なんて……。

 

「綺麗な髪だな」

 

「へや!?」

 

 思わず変な声が出てしまう。

 

「今、私の髪が綺麗だと言いました?」

 

「ええ、とても素敵な髪だったからね。つい口に出したけど、不愉快なら謝罪しよう。その前に嫁入り前の女の子をずっと抱っこしているのも問題か」

 

 聞き間違いに決まっているのに聞き返した私は肯定の言葉を耳にして、彼の瞳に今まで何度も目にした蔑みや恐れの感情が込められていない事に気が付いた。

 

 止めて、期待させないで……。

 

「あ、あの! 用事があるので……ありがとうございました!」

 

 胸が高鳴り、体温が上がるのを私は感じて思わずその場から走り去っていた。

 

 相手が何処の誰なのか尋ねず、自分が何処の誰なのか名乗りもせずに。

 でも、これで良いし、これが一番だ。

 ほんの僅かな間でも夢を見せて貰って、女の子として扱って貰えて本当に幸せだったから、私みたいな存在と深く関わったら駄目な彼に、せめてもとお礼だけ伝えて………。

 

 

 

 

 

「……あれぇ? リアス、今の子って……」

 

「黒髪……つまりは闇の属性持ちって事でしょう」

 

 去って行った女の子を見送り、流石に不躾だったかなって思っていたら、まさかの凄く呆れた表情を向けられて、その理由を考える。

 

 えっと、ゲームでの設定では周辺四カ国に黒髪で黒い瞳の女の子の確認は一人しかされていないってなっていた筈だし、もしかして……。

 

「確かルメス子爵家の令嬢が闇属性持ちだった筈ですね。名前はアリア……だったかと。それにしては随分と粗末な服装……いえ、そう言う事ですか」

 

「え? レナ、何か心当たりが有るの?」

 

 僕達の知識ではアリア……原作主人公は家族との折り合いが悪いけれど、あんな古ぼけたローブを着る程の貧乏ではなかった筈だし、レナも最初は疑問視している様子だけれど、僕達二人を見たら合点が行った様子だ。

 

 僕達が何をしたんだろう?

 

「確か四年程前、新しい街作りを任されましたよね」

 

「有ったわね。私達の案を元にお祖父様の部下が殆ど進めて成功した奴」

 

 そうそう。補佐官だって名乗る二人に案を求められたし、僕は海外ドラマで知ったラスベガスみたいに劇場とかカジノとかの娯楽施設が豊富な街の案を出して、リアスは少女マンガで知ったパリみたいに芸術の都が欲しいって言ったんだよね。

 

 その程度の現代知識なんて本当は役に立たない筈だけれど、ロノスやリアスの知能なら多少はマシな修正が出来るし、お祖父様は人材育成に力を入れているから予想外に成功して形だけの功績を貰ったんだ。

 

「悔しいし、思い出したくないわよ、あんな事。それで、それがどうかしたの?」

 

 案の定プライドが高いリアスは気に入らなかったし、思い出させるなって態度だ。

 

 

「いや、それですよ。何処かに富が集まれば影響で富む所と貧しくなる所が生まれるというだけです。これでスッキリしました。では早くお茶にしましょうか」

 

 精々喉に刺さった小骨が取れた程度な感じのレナだけれど、僕とリアスは違う。

 

「……えっと、失敗した?」

 

「不味いわね……」

 

 計画ではアリアに頑張って貰いつつ僕達は安全な場所から支援する予定だった。

 でも、どうやら思わぬ理由で難易度ハードにしちゃったらしい……。

 

 

 ……どうしよう?




ヒロインじゃなければ多分私の作品では死ぬタイプ

ヤンデレ……にはならない?


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俺様フラフープ(ツッコミ担当)

 僕達が通う事となるアザエル学園は当然ながら王侯貴族が生徒であり、働いている人達もそれなりの家の出だったり、長い間貴族に仕えていたりとなっている。

 基本理念としては貴族としての地位は関係無しに平等であり、アース王国内に存在するものの各国が運営に携わった中立地帯である。

 

「……建て前よね」

 

「しっ! 先生方の挨拶が始まるよ」

 

 そしてあくまでそれは表向きの話であり、学園内ではそれで通っても、子供から話を聞いた実家間や学園を卒業した後の事を考えれば平等だなんて有り得ない。

 だからこそゲームではリアスが悪役令嬢として好き勝手に振る舞えた訳だしね。

 

「この学園に入ったからには……」

 

 今、その好き勝手に振る舞った理由の一人である学園理事長、そしてアース王国王妃でもある”ナイア・アース”……旧姓ナイア・クヴァイル(・・・・・)の挨拶が進められていた。

 そう、今の王妃は政略結婚で嫁いで来た後妻なのだけれど、僕達の叔母。

 本当は厳しくて身内贔屓をする人じゃない、まさにお祖父様の娘って感じなのだけれど、周りからすればそうはいかないよね。

 でも普通はそんな事を考えないし、そうだと知っていても何かあれば身内の情が湧くと思うのが人間だ。

 

「では、続いては一学年の主任であるマナフ先生からの挨拶です」

 

「新入生の皆様、初めまして。僕が学年主任のマナフ・アカーです」

 

 紹介されて台に上がったのはどう見ても子供な先生。

 金色の髪に白い肌、モノクルを着けてはいるけれど子供らしさが残る顔付きでは知的な感じはそれ程しない。

 そんな見た目だけれど、年齢は僕達よりも年上で、確かゲームでは攻略キャラの中では唯一最初の好感度がマイナスじゃなく、癒し枠だの合法ショタだのとお姉ちゃんは呼んでいた。

 

「……エルフだ」

 

「エルフって初めて見たな」

 

 そう、あの先生はファンタジーではお馴染みの種族で、本来は深い森の奥で暮らす魔法に優れた狩猟を生活の糧にする長命な種族。

 周囲の人達も子供にしか見えない容姿や尖った長い耳にどよめき立っている。

 

「あんなんで大丈夫なのか……?」

 

 まあ、実際見た目だけじゃ頼りないよね。

 僕はゲームの知識で彼が強いって知っているけれど、武勇伝広まっている訳でもない。

 

「馬鹿共が。学年主任になってる時点で只者じゃないのが分からないのか」

 

「フリート、そういうのは聞こえない様に言うものだよ?」

 

「知るか。俺様が馬鹿な雑魚の為にどうして気を使わなくちゃならねぇんだ」

 

 マナフ先生への不安を周囲が呟く中、僕の後ろの席に座っていた俺様フラフープ……じゃなく、大公家の長男で僕の友人でもあるフリートが聞こえる大きさの声で悪態を付いた。

 

 此処に居るのは当然だけれど貴族ばかりで、急に馬鹿呼ばわりされればプライドを刺激されて相手を睨みもする。

 結果、燃え盛る炎を思わせる赤い髪をオールバックにした三白眼の大男に睨み返され、相手が誰かも察して縮こまってしまったけれど。

 

 それにしても……。

 

 彼とは叔母上様の結婚式で意気投合し、偶に手紙を交わす仲だけれど、偶に会う度に派手になって行くのには驚かされる。

 

 金色のアクセサリーで全身をジャラジャラと飾り付け、胸元のボタンを外して逞しい胸板を晒しているのだから、その長身もあって余計に目立つ。

 

あと、単純にガラが悪い。

 

「其処! 入学式の最中は静粛に!」

 

「んげっ! ……さーせん」

 

 だから少し声を出していれば当然目立つし、注意だって受けるんだ。

 離れた場所に居るのに直接浴びて居ない僕でさえ竦み上がりそうな叔母上様の怒気はフリートにも効果が抜群だ。

 あっ、リアスったら笑いを堪えているよ。

 仲、悪いからな。

 

 まあ、お陰で向こうも静かになったし、フリートには感謝だ……。

 

 ヒソヒソ話の話題は先生だけでなく、僕から少し離れた場所に座る彼女……ゲームの主役であるアリアさんもだった。

 

 内容は世間一般的に闇属性へ向けられる侮蔑的な言葉で、前世の記憶が有る僕も面白い物じゃない。

 それに少しでも関わった相手だし、虐めその物が不愉快だ。

 

「……黒髪ねぇ。まあ、俺様に関わらないんだったらどーでも良いさ。胸はそれなりだが顔は地味だしな」

 

 残念な事に友人であるフリートもアリアさんへの蔑視を持っているんだ。

 これでも昔よりはマシだったんだけどね。

 

「……黒い毛といえばリルは元気?」

 

「ん? まあな。ちょいと前に病気になっちまったが医者に診せたし回復に向かっているってよ」

 

 昔、お祖父様の付き添いでこの国に来た時(その際も相変わらず話はしなかったけれど)、フリートに誘われて屋敷を抜け出した時に黒い毛の犬を拾ったんだ。

 

 あくまで嫌われているのは黒髪だけれど好かれてもいないその犬をフリートは気に入り、強引に飼い始めてリルって名前を付けた。

 

 黒い犬を飼っているからって黒髪のアリアさんへの嫌悪が減るのも変な話だけれど、悪い事に繋がらないなら別に良いのかな?

 

「彼女、苦労しそうだな……」

 

 他の生徒は相変わらずだし、僕やリアスの影響で少し貧乏になった彼女が心配だ。

 僕達がやったのは領地を富ませただけで悪い事でもなく、他にも影響を受けた人は居るだろうけれど、実際に知り合った相手と知らない相手は全くの別物だから……。

 

 

 ……あっ、叔母上様に睨まれた。暫く黙っておこう。

 

 

 

 

 

「ああ、うぜぇ。テメェらに吸わせる甘い汁なんざありゃしないんだよ」

 

 この学園には大勢の貴族の子息子女が揃うけれど、当然ながら実家の地位には差が有るんだ。

 だから貴族としての地位が低い家の出の人達は、地位の高い家の出身の人相手に学友の内に取り入って将来の利益としようとする。

 

 彼方此方で既に親が同じ派閥に入っているグループや祖国が同じ人達が集まる中、宰相の孫であり陛下の従兄弟である僕や大公家の跡取りのフリートの所には、同盟国だからかリュボス聖王国やアース王国の出身者が集まって来ていた。

 

 皆、現在何処の派閥にも入っていないか、落ち目の派閥から脱出を目指す家の人達で、僕達を担ぎ上げたがっていたのをフリートが乱暴に追い払う。

 元々荒くれ者みたいな見た目の上に大公家の跡取りの不興を買うのは勘弁して欲しいのか慌てて去って行く。

 

「君も酷いよね。あんなに邪険に扱わなくても良いのに」

 

「はっ! 俺様に追い払うのを任せておいてよく言うぜ」

 

 ……バレたか。

 

 僕、こういう人達を追い払うのは苦手なんだ。

 やんわりと追い払うのは効果が薄いし、変に取り巻きが居ても動き辛いんだよ。

 相手の家の地位ばかりを気にしては友達が出来ないけれど、向こうだって僕の家の地位を実家の為に利用したくて近付いて来たんだしさ。

 

 正直言って世渡りが下手だと自分でも思うし、こういったのはリアスの方が得意なんだよね……。

 

「……何だ? 騒がしいが喧嘩みたいだな」

 

 フリートが追い払ってくれるから取り入ろうとしてくる人を避けながら校門を目指す途中、何やら争いらしい騒ぎ声が聞こえて来た。

 

「帝国と王国の貴族のいざこざじゃないの? これから三年間、頻繁に起きる事だよ。リアスは知り合いと話すからって別の方に行ったけれど巻き込まれないと良いな」

 

 学園に集まっているのは四カ国だけれど完全に友好国って訳でもなくて、最近まで国境近くで小競り合いを続けていた国同士のアース王国とアマーラ帝国の貴族同士の仲は険悪だ。

 

 ……ああ、そう言えばゲーム開始時に相性診断の選択肢が有って、リアスに絡まれたアリアさんを助けてくれた相手は初期好感度がマイナスじゃなかったんだっけ?

 

「お前の所のじゃじゃ馬……睨むな。妹が下手に介入しなけりゃ良いけどな」

 

 もう無関係なんだけれど、お姉ちゃんが何度も何度も繰り返していたから何となく覚えている。

 

 

 

 

「あら、怖いのね? だったら不戦勝って事で終わらせましょうか。負けた側には当然要求を飲んで貰うけれど……」

 

 確かこんな感じでリアスが庇った相手とアリアさんの二人に勝負を申し込んで、代理人として雇われた傭兵がダンジョン奥で待って……あれ?

 

 揉めてるのってリアスっ!?

 

「お前の妹と揉めてるのって確か辺境伯の次男だな」

 

 アリアさんを庇っているのはリアスで、ゲームでは庇う候補の一人がリアスと睨み合っていた。

 

「……良いだろう。其処まで言われれば僕だって黙っていられない。決闘だ!」

 

 緑色の髪をした少し神経質だから絶対に直ぐにハゲそうな糞野郎がリアスに向かって唾が飛びそうな勢いで叫んで汚い手袋を投げつける。

 

 

「……フリート。今夜って月の出ない晩だったっけ?」

 

「落ち着け、馬鹿」

 

 



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お兄ちゃんとお兄様 ついでに眼鏡が本体の男

 お兄様……いえ、心の中で位は貴族の兄妹じゃなくて普通の兄妹としてお兄ちゃんと呼びたい。

 

 前世の記憶によって私達に待ち受ける可能性のある運命をどう乗り越えるかを話し合った結果、今可能なのはレベルを上げたり技術を磨いて強くなる事だけだった。

 

 この世界にステータス画面なんか存在しないけれど、モンスターを倒すとかで経験を積んだら強くなれるのは知られている。

 

 政治的手腕は子供の私達じゃ学ぶにしても限度があって、人脈を広げるって事もお祖父様が既に色々な人達と繋がっているもの。

 

「あの人かな?」

 

「あの人ね」

 

 じゃあ、強くなる為に誰を頼りにするかって話になった時、前世の知識なんて普通は話せない事情を話さなくても頼みを聞いてくれそうで、尚且つ信頼出来る相手は一人しか知らない。

 

「……強くなりたい? 二人なら十分基礎訓練だけで強くなれるだろうに、何を焦ってるんだい? ……まあ、目を見れば真剣なのは分かったし、アンタら二人は可愛いからね。旦那の孫って事を抜きにしても引き受けてやるさ」

 

 最初は渋ったけれど、どうしても凄く強くなりたいって伝えたら引き受けてくれた彼女は私にとってはレナと同じで家族同然の相手。

 

 彼女は腕組みをしながら何時の笑みを浮かべていた。

 

 彼女なら理由を話さないでも受けてくれると信じていた。でも実際に受けてくれた時は本当に嬉しかったわ。

 

「ただしっ! 一度引き受けたからにゃ妥協も譲歩も無しだ! 一切の甘えを許さないから覚悟を決めな! ……ついでに馬鹿娘もビシッと鍛えてやるか。仲間外れは可哀想だ」

 

 ……ちょっとだけ頼んだ事を後悔したけれど、口に出したら叱られそうだから黙っておきましょう。

 

 この日から始まったのはスパルタなんて物じゃない修行の日々。

 私達は貴族としての、レナは使用人としての勉強も有ったから思い出したくもない程に大変で、巻き込んでしまった彼女には悪いと思っているわ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私は友達とお茶をしてから帰るわ。馬車で送って貰うから心配しないで先に帰っていて」

 

 前世の記憶なんて無かった場合の私と今の私を比べた場合、一番変化があったのは人間関係でしょうね。

 

 お兄ちゃんに対して呼び捨てじゃなくてお兄様って呼んでいるし、少し甘えて我が儘も言うけれど命令してこき使っている訳でも無いし。

 

 ……もしかしたら周囲が急に甘やかすようになって、聖女の再来としか扱ってくれないのが寂しいから最後まで妹として接してくれる家族に叱って貰いたかったのかも。

 だって記憶が戻る八歳までの、リアスとしてだけの時点で私はお兄ちゃんが大好きだったんだから。

 

「それでお兄様と乳母兄姉のメイドと行ったカフェのパンケーキが美味しかったのよ。特製のシロップが沢山掛かっていて。他にもトッピングが沢山あったし、行ってみない?」

 

「それは素敵ですね。私も親戚の屋敷に住まわせて貰うのですが引っ越しの後も色々やる事が多くて街を散策出来てなくて……」

 

 他にもお祖父様の部下の家の長女であるチェルシーとの関係も、ゲームでは取り巻きの一人だったけれど、こうして敬語は使われるけれど友達として付き合っている。

 

 私の属性が”光”だって分かってから周囲からの扱いが変わったけれど、チェルシーの父親に彼女の態度が変わった事への不満をぶつけて良かったわ。

 前世で対等な友達関係を経験していたから……あら?

 

「何やら騒がしいわね。喧嘩かしら?」

 

「リアス様、近付いて巻き込まれたら危ないので離れましょう。何かあれば私が叱られます」

 

「そうね。でも、喧嘩にしては……」

 

 人混みで何が起きているのか詳しくは分からないけれど、何やら怒った様な声はガヤガヤといった野次馬の声に混じって聞こえて来て、私は思わず足を止める。

 ”従うだけの人間は面白くない”と前に言ったからかチェルシーが腕を引っ張るし、どうせ先生が騒ぎを聞きつけて止めに入るだろうからカフェに行きましょうか。

 

「……あ~あ、馬鹿馬鹿しい」

 

 確かゲームでは私が主人公に因縁を付けて攻略キャラの誰かが庇う筈だけれど、私はそんな事しないから関係無いわね。

 

「おや、彼女は例の子爵家の悪魔憑きですね。災いを呼ぶ存在だと伝わって居ますし、関わらないで正解でした」

 

「……え?」

 

 人垣の隙間から見えたのは怯えた様子で俯く主人公と、一方的に責め立てている眼鏡の男子生徒。

 

 長い髪を後ろで束ねた真面目そうな顔を何処かで見た気がするけれど、ゲームでだとしたら精巧な似顔絵でも有るまいし分かる筈もない。

 

「兎に角! 君みたいな闇属性の者が王国の貴族として学園に通う時点で僕達の品位にまで影響する。来るなとまでは言わないでおくが、顔を出すのは最低限に……」

 

「くっだらないわね。この臆病者が」

 

 気が付けば口から漏れ出た言葉に注目が集まり、進み出れば生徒達が左右に分かれて道を開ける。

 

「格好付けて格好悪い事を言わないで貰えるかしら? そんな情けない臆病者が同級生というだけで私達の品位にまで影響するもの」

 

「君はリュボス聖王国の……。おい、流石に今のは聞き逃せない。このアンダイン・フルトブラントの何処が臆病者だと言うんだ!」

 

「……ああ、確か辺境伯の次男の」

 

 思い出した、”眼鏡が本体”だったわ。

 

「いや、本当に分からないの? 闇属性ってだけで彼女に怯えてるじゃない。でも尻尾巻いて逃げ出すのも何か言われそうで怖いから弱そうな内に遠ざけようとか……情けない」

 

「そういう君はどうなんだ! 闇属性が災いを呼ぶと伝わり恐れられているのは……」

 

「私? 私は強いから全然怖くないわ。だって聖女の再来である”光属性”の持ち主で、才能に恵まれて、更に驕る事無く研鑽も積んでいる。災いなんて正面から叩き潰すだけの自信があるの。だって私、将来的に世界で二番目に強くなれるもの」

 

 最後まで聞くのも煩わしいし、言葉を途中で被せて中断させた私は一気にまくし立てる。

 

 はっ! この程度で押し負けてる癖に、生まれ持った物だけを理由に見苦しく相手に絡むんじゃ無いわよ。

 

 ……あっ、チェルシーが怒っているし、後でお小言を食らいそうね。

 あの子、小言が長いのよね。

 何時だって見かねたお兄ちゃんが止めるまで続くもの。

 

「反論は……出来ないみたいね。それとも文句が有るなら私達と勝負してみるかしら? 負けた方が謝るって条件で」

 

 ちょっと不愉快が過ぎたから一気にまくし立てたけれど相手は押し黙って反論しない。

 

 私の勝ちで決定みたいだし、じゃあ此処で手打ちにしてあげましょうか。

 

「あら、怖いのね? だったら不戦勝って事で終わらせましょうか。負けた側には当然要求を飲んで貰うけれど……」

 

 こうやって慈悲を見せてあげれば向こうだって感謝するし、丸く収まりそうね。

 

「……良いだろう。其処まで言われれば僕だって黙っていられない」

 

 

 

 

 

 ……あれぇ?

 

 投げられた手袋を見ながら私は首を傾げ、どうしてこうなったのかを悩むけれど決まっている。

 

 ……ちょっと調子に乗り過ぎた。

 

「……あ、あの、ありがとうございます。でも、貴女まで……」

 

 主人公……いえ、アリアが頭をペコペコ下げながら心配そうにしているけれど、先ずは自分の心配をしなさいよね。

 初日からこれじゃあどうするの。

 

 ……ゲームでは反論した筈だけれど一体どうしたのか疑問だけれど、今は私と人型眼鏡置きの戦いについて考えないと。

 

「別に気にしなくて構わないわ。私が勝手にした事で……ん? ねぇ、今のって貴女まで決闘に参加する流れじゃない? 勢いで”私達”って言っちゃったし」

 

「ええっ!?」

 

 ……やっちゃった。

 

 

「お兄様に相談ね」

 

 お兄ちゃんなら絶対何とかしてくれるわ!




PVもブクマも伸びている  後はもっと感想を!

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止められず抗えず

 詳しい話を聞いた時、僕は今後彼奴の事を心の中で”眼鏡置き器”と呼ぼうか迷い、悩んだあげくに保留にした。

 

「それは何とも早まった事をしましたね、姫様。丁度良い所に武器が届きましたよ」

 

「え? あの、止めないの……ですか?」

 

「はい。必要性が有りませんので。今回の揉め事程度ならば精々かんしゃくを起こした子供同士の喧嘩扱いが関の山でしょう」

 

 ”眼鏡が本体”、ゲームではダメージを受けると眼鏡が割れる事からファンにそんな愛称で呼ばれる”アンダイン・フルトブラント”とリアス&アリアさんの決闘が決まってしまい、僕達は一旦屋敷に戻って話し合いを始める。

 話を聞いたレナは少し呆れた様子だけれど止める気は無いみたいだね。

 只、巻き込まれた形になっているアリアさんは困惑気味だ。闇属性って事で嫌われて過ごして来ただろうに、庇ってくれた相手が決闘をする事になって、その上巻き込まれたんだからさ。

 

 それよりもレナ、彼女が心配しているのは別の事じゃないかな?

 

「リアスなら心配ないよ。僕は妹の強さを信じている。僕が守るべき存在なのは変わらないんだけれどさ。そんな事よりも君は大丈夫かい? リアスに巻き込まれちゃってさ」

 

「わ、私の事は別に良いんです。それよりも……あの……この前はその……」

 

 アリアさんは気弱な様子で僕を上目遣いに見ながら言い淀む。

 気弱で引っ込み思案なのが彼女の性格。……そして本当は暗い過去のせいで心を閉ざしているのはゲームで知っていて、先入観のせいかも知れないけれど何処か不自然さを感じてしまう。

 

「ああ、この前階段から落ちた子だね。落ちる直前に足を捻ったり何処かにぶつかったりはしていないかい? ゴメンね、助け方が変だから驚かしちゃってさ」

 

「えっと、平気です。あの……本当にありがとうございました」

 

「……」

 

 おや、レナは何時もの態度だけれどアリアさんを見る目が僅かながら厳しくなってるね。

 これが黒髪のせいじゃないのは屋敷に連れて来た時の態度からして分かっているんだ。

 何せお祖父様によってクヴァイル家の使用人への教育は行き届いていて、さっきみたいに僕達に完全に畏まっていない態度を取りつつアリアさんへの嫌悪感を態度には出していない。

 

 ……演技だって見抜いて無言で知らせて来ているみたいだし、ゲーム通りと見て間違い無いらしい。

 問題は攻略キャラとの触れ合いで相手だけでなく自分自身も心の傷を癒して成長に繋げる事だけれど、この世界に心理カウンセラー的な専門家が居るのなら任せたいんだけれどな。

 

 一応、孤児だの戦争で心の傷を負った人達に寄り添って立ち直る手助けをしている神父やシスターが居たりするけれど学問として学んだ訳でも無いし、ゲームでは偶々上手く行っただけって可能性も有るしさ……。

 

「それで決闘ってどうするんだったっけ、お兄様?」

 

「いや、忘れちゃったの?」

 

「リュボス聖王国のは覚えてるわよ。アース王国での方法を覚えていないだけ。ねぇ、アリア……アリアって呼び捨てで良いわね? アリアなら知ってる?」

 

「は、はい。一応知識としては……」

 

 あ~あ、勝負だ何だって言っておきながら決闘の作法を知らないものだからアリアさんだって戸惑った様子だ。

 困った様に、でも何故か少し嬉しそうにしながらも説明を始めてくれた。

 

「今回は向こう……アンダインさんが手袋を投げたので決闘を仕掛けたという事になりますし、決闘場所と介添え人の人数、代理人の可否は向こうが決めます。決闘が決まった日以内に詳細を送って来る筈ですが……」

 

 アリアさんが其処まで説明した所、丁度良いタイミングで向こうからの手紙がリアス、いや、リアスとアリアさん宛てに届いた。

 

「矢っ張りアリアと私の二人相手って事になってるわ。眼鏡の方は一人だから誰か助っ人を雇うのね。期日は……三日後の休日に学園の敷地内にある地下洞窟の奥で向こうが待ってる、と」

 

「わ、私達二人ですかっ!? 多分向こうは凄腕の助っ人を雇います。もし私のせいでリアスさんが怪我でもしたら……」

 

「はっ? どうして私が怪我をしたらアリアの責任なの?」

 

 この時、リアスとアリアさんは二人揃ってキョトンとする事になった。

 

「え? だって私の属性が……」

 

「いや、だから闇属性だって事ごときを怖がって遠ざけるのは向こうに自信が無いからだし、私は気に入らないと思ったから自分の意志で止めに入ったの。貴女の影響なんて欠片も無いし、責任転嫁する小物ではないわよ、私? 言ったじゃない。私は世界で二番目に強くなれるって。……じゃあ、早速準備をしましょうか。お兄様、ポチで送って貰える?」

 

「え? 準備ですか? えっと、何をしに何処に?」

 

「うん? 決まっているじゃない。ダンジョンよ、ダンジョン。折角の機会だし、貴女に下手に手出し出来ない位に強くなりましょう」

 

 可愛くて努力家で素直なリアスだけれど、兄としては少し強引な所は直して欲しいかな?

 未だ状況が飲み込めないアリアさんの手を取って、装備を整える為と言いながら別の部屋に連れて行く姿は微笑ましいけれど、巻き込まれる方は大変そうだからね。

 

「……若様、彼女ですが表面に出す殆どの態度が偽りです」

 

「だろうね。でも、全部じゃない。誰だって本音と建て前は使い分ける物さ」

 

 居なくなったのを見るなりレナが忠告してくるし、その瞳からは乳母姉としてと使用人としての心配が込められている。

 まあ、闇属性が不吉の象徴だの災いを呼ぶだのって伝説は歴史の授業で散々習ったし絵本にだってなっている程だ。

 僕やリアスだって彼女の力が重要でなければ前世の記憶が有ってもわざわざ近付こうとはしなかったかも知れないしね。

 

「レナの心配は分かるけれど、こうして関わって話をすれば感じる物だってある。色眼鏡を抜きに見れば悪い子じゃないし……彼女、家柄とか闇属性だって事的に卒業後は関わる可能性は低いでしょう?」

 

「成る程。卒業後の影響を気にせず接する事が出来る相手という事ですね。闇属性は特殊な力ですが若様達もそれは同じ。……ですが一応一言だけ」

 

 どうやら僕の伝えたい事は伝わったらしく、レナは納得してくれたらしい。

 アリアさんが持つ力は希有で、ゲームと同じならば他の人達よりも才能だって抜きんでている筈だ。それこそ僕達兄妹と競い合うには足りる程度にはね。

 どうせ力を求めるなら競うに足りる相手が欲しいし、どうせなら仲良くだってしたいんだ。

 

 でも、それを理解した上での忠告って一体何だろう? 僕が疑問に思う中、レナは必要以上に体を密着させ、僕の耳に息を吹きかけた。

 

「ひゃっ!?」

 

「おや、随分と耳が敏感ですね。それはそうと、若様。今後、体を使って取り入る為に色仕掛けを受けるでしょう。情の厚い若様ですし、欲望に負けて手を出せば無下に扱えない筈。……お年頃ですし、我慢出来ない場合は私にお任せを」

 

「いや、レナに手を出すのはちょっと。僕が我慢すれば済む話だし……」

 

「ああ、妊娠を気にしているのですか? 若様は知らないでしょうが、直接的な行為以外にも殿方を満足させる方法は心得ています。……入学祝いに今晩にでも試しますか? 勿論姫様には内緒で」

 

「っ!?」

 

 ……これは多分冗談だろう、そんな風に思いながらレナから離れるけれど、腕に当てられた重量感の有る柔らかい感触は暫く忘れられそうになかった。

 

 

「ふふふっ。照れる姿も可愛らしい。今すぐにでも食べてしまいたいです」

 

 ……冗談だよね?

 

 眼鏡の奥でレナの瞳が怪しく光り、僕は背筋がゾッとするのを感じた。だって彼女が本気になった場合、()()()()()僕じゃ太刀打ち出来やしないからね。

 

 

「さてと……僕も準備するか」

 

 この決闘は二人の物であり、僕に介入する余地は存在しないし、そもそもする必要なんて最初から無い。

 これは二人の誇りの為の戦いであり、アリアさんにとっては負ければロードしてやり直せるゲームとは違う、人生に関わる重要な戦いだから。

 

 ならば僕がすべきなのは最大限の手助けしかなくて、その為の準備で向かったのは屋敷の裏庭だった。

 

 

「……さて、本気で行かなくちゃね」

 

 

 

 

 気合い十分に裏庭に向かった時、最初に目に入ったのは食い荒らされた馬の残骸。続いて聞こえたのは骨を踏み砕き、砂を蹴り散らす音。

 

「キュィイイイイイイイ」

 

 まるで獲物を威嚇し恐怖で硬直させようとする鳴き声を発しながらその巨体は僕に向かって少しずつ歩み、距離を積める。

 鷲の上半身にライオンの下半身を持ち、牛や馬を数等同時に運べる程に大きい。瞳は鋭いながら高い知性すら感じさせた。

 

 この怪物の名はグリフォン……ドラゴンに次ぐ天空の支配者だ。

 

「キュイッ!」

 

 グリフォンは興奮した様子で嘴をガチガチと鳴らし、一度大きく鳴くと共に僕に向かって跳び掛かった。

 

 

 

 

「お兄様っ! 間に合わなかった……」

 

「ロ、ロノスさん……?」

 

 少し経って慌てた足取りと共にやって来た二人の足音が聞こえて来るけれど遅かったよ。

 ああ、僕はすっかりやられてしまったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ~ら、ほ~ら! 可愛いでちゅね~! ポチは本当に可愛くてお利口な良い子でちゅよ~」

 

「キュ~イ!」

 

 翼が汚れるのも気にせずに仰向けになり、お腹を見せて撫でろとばかりに体を擦り寄せる。

 最初はお腹の中央を円を描く様に、続いてお腹から胸、最後に喉を撫でるとゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らした。

 

「そうでちゅか~! 此処を撫でて欲しいのでちゅね~!」

 

 ああ、駄目だとは思っていたのに僕は何時もこの子の可愛さにやられてしまうんだよね……。

 

 

 

 

「・・・・・・えっと、あのグリフォンは?」

 

「お兄様の飼いグリフォンのポチよ。見ての通りに溺愛してるの。あの子に乗って行く予定だったけど遅れそうね」

 

 

 

 ああ、駄目だと分かっているのに手が止まらずポチを撫で続けてしまう。

 

「この国に来る時は手続きに手間取って後から来たけれど、先に出発する時に聞き分けが悪くて。……お兄様ったら一度ああなったら長いんだから」

 

 例え妹に呆れられたとしても……。

 

 

 

 

 




もうちょっい感想増えぬ物か


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こうして彼女は期待を抱く

 最初に彼女が抱いたのは直ぐに無駄だと切り捨てる事になる期待であり、何処の誰かを入学式中の噂話で知った後は嫉妬であった。

 仲の良い家族も、賞賛される力も、財産も……アリアが持っていない物を持ち合わせている二人は見ているだけで眩しくて、抱いた嫉妬も直ぐに馬鹿みたいだと忘れ去った。

 

 嫉妬とは結局の所、相手より自分の方が本当は上なのだと思えなければ抱ける物ではない。例えるなら絵の勉強をしている子供が同じく学んでいる友人の腕に嫉妬する事は有っても、歴史に名を刻む偉人の腕には嫉妬しない様に。

 

「……忘れよう」

 

 あの人達は蔑まれて生きる自分とは違う世界の人間であり、生涯関係無い存在だとし、胸に抱いた淡い期待は夢でも見たのだと自分に言い聞かせる。

 

「……ちょっと待ちたまえ。一応同じ国の貴族として君に言わなければいけない事がある」

 

 そんな彼女は入学式の終了後に何度も経験した事を繰り返そうとしていた。

 何かした訳でも、本当に何か起こった訳でもないが向けられる疑惑と恐怖の混じった視線、そして悪役である自分を排除したいと願う歪んだ使命感の持ち主による言葉。

 表面上は怯えた様子で了承しながらも、内心では何時もの事と何も感じない諦めの境地だ。

 

 周囲も自分に怯えながら野次馬に徹し、目の前で自分に要求を告げている男を心の中で応援する。

 そのまま誰も助けてくれず、適当にやり過ごす……筈だった。眩しいと感じ、関係無い相手だと思っていた者に助けられる迄は。

 

 

 自分が珍しい力だから興味本位や気紛れで? どうせ直ぐに何時もと同じになるんじゃないか?

 

 そんな風な疑念は少しの会話で吹き飛ぶ。

 感じ取ったのは圧倒的な自信、アリアが生涯持てないと思っている物だ。

 

 

「……この人達は本当に私を怖がらないんだ」

 

 今から一緒に鍛えようと布で包まれた武器を肩に担ぐリアスを見て呟く。

 これまでの人生で近寄って来た者が居なかった訳ではないが、結局は周りの声に押されて離れていったり、偶然起きた不運を彼女のせいにしたりで離れるか、容姿に目を付けて欲望丸出しで近寄る者が若干居た程度。

 

 この人達は何かが違うのだと、アリアの心を覆う分厚い氷は僅かながら溶け始めていた。

 

 

 

 

 

「ほら、これなんか良いんじゃないかしら?」

 

 私に差し出されたのは白を基調としたローブ。胸元の留め具に設えられた宝石細工以外には無駄な装飾もないのに生地の美しさだけで一つの芸術品として完成されていた。

 

「こ、こんなの私が着る訳には……」

 

 私程度じゃ傷一つ付ける事すら不可能で、これが傷付く状況なら私の命なんて簡単に吹き飛ぶなんて事は直ぐに理解した。

 理解した上で私はこれを着る事を拒否してしまう。だって汚しでもしたらと思うと絶対に落ち着かないのだから。

 

 このローブ、ルメス家の税収の何年分なのだろうか……。

 

「だって私達が誘った先で怪我でもされたらクヴァイル家の名折れじゃない。じゃあ、私が着ろって命令した事にしましょうかしら? 汚しても良いとか適当な紙に命令書を書いて……」

 

「わ、分かりました! 着ます! 着ますから!」

 

 この様な物をポンッと私みたいな下級貴族に貸し出す上に、わざわざ一切の責任を負わせないって書いた書類を作成するだなんて今まで会った他の貴族では考えられない事だ。

 

 ……リュボスの貴族ってこんな感じ……いや、多分この兄妹が変わっているのだろう。

 風の噂では街作りを任されて大成功を収めたとか、優れた魔法の使い手で既に王宮に仕える人達並みの力を持っているとか、まさに私とは大違いだ。

 

 ローブの生地の手触りは心地良く、着ているだけで心が安らぎそうだ。

 

「あの、本当に私なんかの為に……」

 

「だから気にしなくて良いって言っているでしょう? 私が勝手にやった事だし、貴女は巻き込まれただけなんだから。まあ、そうね。これを借りだと思ったのなら……何時か本音で話し合ってみない? 貴女が構わないと思った時で良いから」

 

「え? ほ、本音ですか?」

 

「ええ、本音。……あっ!」

 

 見抜かれた? 今まで誰も彼も見抜けなかった仮面を見抜かれた事に対し、演技を続けつつも心の中で慌てた時、リアスさんが慌てた様子で自分のローブを着始めた。

 

「急いで裏庭に行かないと! お兄ちゃんが大変な事になっちゃうわ!」

 

「え? ええっ!?」

 

 急かされる様にして私もローブのフードを被り、布に包まれた武器だという荷物を肩に担いだリアスさんの後に続いて駆け出した。

 あんな荷物を担いでいるのに私よりも軽やかな足取りで、私がついて来ているのか時折確認する余裕すら見せるリアスさん。

 

 ……魔法も体力も凄いだなんて羨ましいな。

 

 羨望や嫉妬ではなくて劣等感を覚えつつ屋敷の裏に向かった時、突然甲高い鳴き声が響き渡った。

 

「この声は……猛禽類?」

 

「あら、惜しかったわね。正確にはグリフォンよ」

 

「グ、グリフォン!? まさかそんな……」

 

 グリフォンといえば高い知性と獰猛さを持ち、群れれば中型のドラゴンさえ一方的に仕留める恐るべき怪物。

 

 そんな存在が王都内部に居るだなんて、私を驚かせる為の嘘にしては杜撰過ぎるし、もしかしたら私の事を世間知らずの田舎者だと馬鹿にしているのではと疑ってしまう。

 

「ほら、彼処を見なさい」

 

「あれは……」

 

 私の心中を察してか、心外だとばかりに不満顔を見せるリアスさんが示したのは巨大な鳥の足跡と、それに続く獣の後ろ足の足跡で、周囲には数枚巨大な羽根が散らばっている。

 

「私ってバレバレの嘘を吐く馬鹿に見える?」

 

「い、いえっ! そんな事は絶対に有りません!」

 

 しまった! 幾ら何でも露骨に態度に出してしまった様子だ。

 

「……間に合えば良いんだけれど」

 

 少し心配そうにしながら速度を上げる彼女に続く為に私も必死に急げばフードが取れて髪が風になびく。

 実の祖父母でさえ不気味がり、母だけが受け入れてくれたこの黒髪を綺麗だと誉めてくれた他人はロノスさんが初めてで、そんな彼がグリフォンと遭遇して戦いになっているかも知れない。

 

「……もしもの時は私が」

 

 あの時、私は嬉しくって、母が死んでから初めて幸せな気持ちになれた。

 どうせ一度は捨てても良いと思った命、失った筈の希望を取り戻してくれた彼の為なら絶対に人前で使わないと決めた闇の魔法を使ってでも……私の命を犠牲にしても構わない。

 

 そして屋敷の裏庭に辿り着いついた時、私は驚きの光景を見る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

「そうでちゅか~! アリアさんも乗せてくれるんでちゅね~。ポチは優しい子でちゅよ~」

 

「キュイッ! キューイ!」

 

 雲の上、別世界の住人にさえ感じ、顔を思い浮かべるだけで胸が痛む相手がペットだというグリフォンを撫で回しながら赤ちゃん言葉で話していた。

 

 ……ちょっと可愛いかも。

 

 あのグリフォンがまるで犬か猫みたいに甘えているという事は、ロノスさんが完全に従えてると判断しても良い筈。

 凶暴な怪物でさえ従え乗りこなす……まるで物語に出て来る騎士みたいだと思った。捕らわれたお姫様を助けに数々の冒険を繰り広げる英雄。

 私も想像の中で自分をお姫様にして英雄に救って貰った事が有るけれど、私じゃ打ち倒される魔女が関の山だと今までの人生で学んでいる。

 

「じゃあ早速行こうか。アリアさん、ポチなら大丈夫ですから安心して乗ってよ」

 

「……はい」

 

 本当は怖いけれど、私は迷わず乗る事を選ぶ。

 だってロノスさんが大丈夫だって言ったのなら疑う必要なんてないから。

 

 ……私は既に自分が抱いた想いが何か悟ってしまった。

 これは間違い無く”恋”だ。

 今まで自分には無関係だと思っていて、実際してみれば相手は住む世界が違い過ぎる相手だけれど、せめて卒業後は一切関わる事が無いとしても学生の間は淡い夢を見ていたい。

 

 私が闇属性を持って生まれなかったら、ロノスさんと釣り合う家の出身だったら、そんな想像をしながらポチの背に乗り、私の後ろに乗ったロノスさんが手綱を握る、

 彼の腕が後ろから伸びていて、存在を直ぐ後ろに感じて、まるで背後から抱き締めて貰える直前みたいだった。

 

「……あれ? リアスさんはどうやって行くんですか?」

 

「魔法よ。取って置きのを思い付いたの! ”エンジェルフェザー”!」

 

 魔法とは各自が持つ属性に対し、”これならこんな事が可能だ”というイメージの具現化。

 リアスさんが叫ぶと同時に周囲から光が背中に向かって集まり、金色に輝く翼の姿になるなり空に飛び上がった。

 

「ポチ、競争よ!」

 

「……キュイ」

 

 張り切った様子のリアスさんを直視出来ず、私は再び劣等感に襲われていた。

 ああ、矢張り私は……。

 

「矢張りアリアさんの髪は綺麗だな。……おっと、急にゴメンね」

 

 後ろから突然聞こえた何気ない呟き、それは沈みかけた私の心を引き上げる。

 

「いえ……嬉しい位です。誉めてくれたのはお母さんだけでしたから」

 

「私も綺麗だと思うわよ? 見ていて落ち着く感じだし。……所でポチ、何か呆れた声を出さなかった?」

 

 期待、しても良いのかな? 私だって夢を見る権利は……。

 

 

 

 

 あと、リアスさん。空を飛ぶ時はスカートじゃなくてズボンにしないと……パンツ見えてますよ。

 

 

 

 



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そう簡単にはいかないよ

漫画依頼しました


 風を受け、上空からの景色を楽しみながらの遊覧飛行はポチに乗った時の醍醐味だ。

 街の建物が豆粒に見える程の高い場所ならば少し寒いのだけれども、僕の着ているコートも二人が着ているローブも魔法の力が込められているから寒さを少しも感じない快適な旅。

 

 ポチは速度をグングン上げて、景色が早送りみたいに後ろに飛んで行く様は凄く見応えが有るし、向かい風だって賢いこの子は魔法でどうとでもしてくれるから初めて乗るアリアさんでも十分楽しんで貰える……と思ったんだけれど。

 

「きゃぁあああああああああっ!? 高いっ!? 速いっ!?」

 

 う~ん、ジェットコースターなんて物が無いこの世界じゃ流石に刺激が強すぎるのかな?

 アリアさんは叫び声を上げて身を竦ませる。

 ああ、遊園地に行った時、観覧車に乗ったリアスの前世もこんな感じだったっけ、懐かしいな。

 

「大丈夫。僕が傍に居るよ」

 

 なら僕がするのは同じ事だ。

 手綱を握りながらもアリアさんの手に自分の手を添えて優しくささやいて落ち着かせる。

 良かった、静かになって。

 

「キュイ?」

 

「うん、それは今度ね」

 

 

 

「いぃぃぃやっほぉおおおおおおおー!!!!」

 

 風の音さえかき消す程に明るい声を上げながらリアスが空を自由自在に飛び回る。

 僕も何時もは急降下からの急上昇や連続ループに大回転、曲芸飛行を楽しんでいるし、ポチも今日は普通に飛ぶ事に違和感を覚えて僕の方に頭を向けていた。

 

 今は搭乗初心者なアリアさんだけれど、あのスリルは最高に気持ちが良いから何時かは体験させてあげたいな。

 流石に今は高い所を高速で飛ぶのが怖いみたいだし、せめて後ろに乗せてあげれば良かったんだけれど揺れが大きいから経験者が後ろ……あっ! しまった!

 

「ポチ、一旦着陸!」

 

「キュイ!」

 

 了解とばかりに一度鳴くなりポチは急角度で地面に向かう。

 まるで落下するみたいな迫力に僕は高揚するけれどアリアさんは悲鳴を上げる余裕すら無いみたいだし、万が一にも落ちない様に彼女の体を軽く押さえながらだろうしポチに速度を落として欲しいと伝える。

 

「キュイ?」

 

 何時もはもっと迫力を出しているのにどうしてだろうと疑問を声に出すポチだけれど徐々に速度を殺し、最後はゆっくりと地面に降り立った。

 

「ありがとう、ポチ。……えっと、最初に謝っておくね。ごめん、アリアさん。ポチは空を飛ぶから別に前に乗せる必要が無かった。後ろに乗って僕の背中を見ていて」

 

「は、はい。でも、その前に少し休憩を……」

 

 安心した様子でポチの背から降りるなりヘナヘナと崩れ落ちたアリアさん。

 うーん、リアスが逞しいだけで普通の女の子はこんな物なのかな?

 

「休憩? だったらトランプでもする? 今日は手加減無しよ、お兄様!」

 

「アリアさんは余裕が無いし、休ませてあげようよ。帰ったら僕とレナで相手してあげるからさ」

 

「絶対よ! 約束だからね!」

 

 アリアさんを心配した様子で降りて来たリアスも合流し、寝そべったポチに持たれ掛かって座り込む。

 

 さて、後で拗ねたら困るから、ちゃんと手加減してあげないとね。

 レナと再会した日もトランプを三人でしたんだけれど、あの時は大変だったよ。

 

 

「……次は本気出す!」

 

「今までのは練習よ!」

 

「ふっふっふ。もうお遊びは終わり…いや、もう寝ようって意味じゃなくて……」

 

 ああ、僕の妹は負けず嫌いな所が可愛いし、誇り高いからわざと負けるのも嫌いなんだよね。

 リアスが楽しい上機嫌でいられるかどうかはレナと僕の連携が鍵だ!

 

 

 

「……私、本当に足手纏いですよね。お二人とは全然違って駄目駄目で……」

 

 ポチのフカフカな最高の羽布団の誘惑に負けて半分寝ていた時、アリアさんは空を見上げて呟いた。

 僕達が何を言っても、自分が絡まれたのが騒動の原因だと思うのは今までの人生の影響かな?

 

 何か話したいんじゃないかって思ったからこうして休んでいるんだけれど、どうやら正解だったらしいね。

 抱えている物を全て話せとは言わないけれど、少しは仲良くなったのだから話してスッキリ出来る物は話して欲しい。

 最初は利用する気が有ったのに、直ぐこうやって情が移ってしまうのは貴族として苦労しそうだよね、我ながらさ。

 

「……言っておくけれど私達が天才なのは認めるけれど、凄く努力だってしてるのよ? 私達の師匠ったら鬼なんだから。正直、お祖父様の軍の新米への訓練よりも厳しいのを十歳から受けたわ」

 

「戦場での仲間なら有能かどうかを気にするのは当然だけれど、そうじゃないなら別に良いんじゃないの? ……でも、君がそれを気にするのなら……そうだ!」

 

 僕は思い付いた事をそっとリアスに耳打ちすると、リアスもそれが気に入ったのか笑顔で親指を立てて笑う。

 

「リアス、もうちょっと作法のお勉強しようね」

 

「……お兄様の鬼」

 

 やれやれ、アリアさんを励ましている最中にお説教なんかしちゃったから拗ねちゃったよ。

 頬を膨らませてそっぽを向く妹に苦笑しつつ、僕はアリアさんの肩に手を置いて目を見詰めて言った。

 

「君が自分を僕達と関わる価値が無いと思うのなら、これから価値を高めれば良いのさ。家の地位も、持って生まれた属性も、そんな自分ではどうしようもないのに足を引っ張る事すらねじ伏せる程に凄くなって、それらを理由にした陰口が叩けない位に功績を挙げれば良い。君なら出来るって僕は思うよ。……勘だけど」

 

「か、勘?」

 

 今更だけれど会って間もない女の子にベタベタ触るのって失礼なんじゃないかな? 

 ……ちょっと自己嫌悪に陥っている間にもアリアさんの表情はコロコロ変わり、肩に触れられて最初は驚いていたのが直ぐに恥ずかしがり、僕の励ましを聞いたらキョトンとした後にクスクス可笑しそうに笑い出した。

 

「……ふふふ。そうですね。私、信じてみます。未だ自分には自信が無いですけれど、私なら可能だって言って下さったロノスさんの勘を信じたいです」

 

「うん、良かったよ、笑ってくれて。僕、女の子は笑ってる顔の時が一番好きだからね」

 

 レナが僕を誘惑する冗談を口にする時の笑顔? あれは捕食者的なのだから別物だよ。

 

 それにしても表情をコロコロ変える姿は見ていて飽きないし、ちょっと魅力的にも思える。

 流石は乙女ゲームの主人公、侮れないや。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい!」

 

 僕が先にポチの背に乗ってアリアさんに手を差し出せば、少し恥ずかしがってから手を取った彼女もポチの背に飛び乗り、そして勢い余って反対側に落ちちゃった。

 

「……大丈夫?」

 

 繋いだ手は滑って離れ、咄嗟にアリアさんの方を見た僕は直ぐ様別方向を向く。

 だってさ、ひっくり返ったアリアさんのローブの裾も下に着ているスカートも見事にめくれちゃっていて……一瞬だけ見えちゃったんだ。

 

「ちょっと大丈夫? ほら、お兄様はもう少し向こう見ててよ」

 

「な、何とか怪我も有りません……」

 

 僕が顔を背けた間にリアスが助け起こしたらしく、今度は慎重な様子で乗る音が背後から聞こえて来る。

 忘れよう、今のは絶対忘れよう!

 

「あ、あの、ロノスさん。今、私のパ……い、いえ、何でも有りません……」

 

「そそそ、そう! だったら先に急ごうか!」

 

 二人して声が上擦っているし、互いに相手が何か見たのか、何を言いたいのか嫌でも察してしまったんだ。

 他の家は兎も角、僕は使用人の女の子にエッチな要求はしないし、少しドジだから偶に見えちゃうリアスのは妹のなんかに一切興味が無いから僕はこういった事に耐性が殆ど無い。

 これじゃあレナがあんな冗談を言って来る筈だよ。

 

「キューイ?」

 

「……うん、大丈夫」

 

「キュイ!」

 

 こんな時こそポチが頼りになる。

 純真なこの子が僕の不審な様子に心配そうに鳴いて、それが僕を落ち着かせた。

 大丈夫だ、耐えられる……多分。

 

「じゃあ、しっかり掴まっていてね」

 

「はい!」

 

 さっきまでが余程怖かったのかアリアさんは僕の体にしっかりと掴まって体を密着させる。

 多分本人は無自覚だし、怖さで冷静じゃないんだろうね……。

 

 

 胸、凄く押し当てられているや……。

 

 アリアさんの胸はリアスとは段違いに……。

 

「……お兄様?」

 

 何でもないよっ!?

 



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学名ゴリラゴリラゴリラ

2pマンガ以外に絵も発注です


 アリアさんの胸が背中に押し当てられる状況にも慣れ、何とか顔だけは平静が保てる様になった頃、目的地である森が見えて来た。

 

 今度はポチにゆっくりと降りて貰い、アリアさんも余裕を持って立てている。

 

「彼処が目的地のダンジョンですか? えっと、ダンジョンにしては……」

 

 アリアさんが不思議そうにするのも無理がなく、目の前に広がる景色は穏やかで綺麗な物だった。

 色取り取りの花が咲き乱れる一面の花畑に囲まれたのは木が生い茂る森なんだけれど、通り抜けられる様に道が整備されているからね。

 

「ダンジョンは基本的に何らかの力が発生した場所だし、此処は一見すればそうは見えないよね。うん、本来はそうなんだけれど……今は一時的にダンジョンになってるんだ」

 

「一時的?」

 

「見てなさい。私達の気配を嗅ぎ付けてやって来たわ」

 

 僕の言葉にアリアさんが首を傾げた時、耳障りな鳴き声を上げながら数匹のモンスターが姿を見せた。

 髪が生えていないデコボコの頭に緑色をした子供くらいの体長、腰に薄汚い毛皮を巻いただけで手に持っているのは獣の骨だ。

 

「ゴ、ゴブリン!? どうしてゴブリンがっ!?」

 

 ゴブリンは本当だったらもっと深い森の奥で生息しているモンスターだ。

 それがどうしてこんな場所に生息しているのかの説明は後でするとして、今は動きたくってウズウズしているリアスを自由にしてあげよう。

 

「リアス、頼むよ」

 

「頼まれたわ!」

 

 まってましたとばかりに武器に巻いていた布をほどけば姿を見せたのは深紅のハルバート。

 柄も刃も既に血にまみれていそうなそれを頭の上で一回転させた後で斜めに構えたリアスは大きく振り被るなりゴブリン達に向かって駆け出した。

 

「え? ええっ!? ハ、ハルバート!? 確かに魔法と武器を合わせる人だって居ますけれど……」

 

「うん。……まあ、気持ちは分かるよ。でも、あの子は乳母の影響でハルバートが気に入っちゃってさ。力強い武器だし少しお転婆で困っちゃうよね。でも、元気な姿も可愛いと思うよ」

 

「は、はあ……」

 

 ゴブリンはそれ程知性が高いモンスターじゃないのはポチが居るのに襲って来たのが証明している。

 今目の前にいるのは七匹で、数で勝れば勝てると思って居るのかリーチが違う武器を構えるリアス相手に固まって襲い掛かり、掛け声と同時に踏み込んだリアスは一度薙いだだけで四匹の胴体を両断した。

 

「せいっ!」

 

「ギィ!?」

 

 これには流石に臆したのか動きが止まるゴブリンだけれど、当然ながら格好の的にしかならない。

 再びハルバートが振るわれて三匹の首が胴体と永遠に別れを告げた。

 

「残るは一匹! って、逃げるな!」

 

 あっという間に一匹にまで数を減らされ、流石に不味いと思ったのか残りの一匹は逃げ出し、馬鹿だからか途中で振り向いてしまうけれど視界にリアスの姿は存在しない。

 

 

「はい、終わり」

 

 ハルバートを頭上に構え、高く跳躍したリアスはゴブリンの前に着地した瞬間に勢いを乗せて振り下ろす。

 

「す、凄い……」

 

 ゴブリンは縦に両断され、勢い余った刃は大地に深く長い亀裂を刻んで地面をひっくり返す。

 周辺の花が衝撃で宙を舞っていた。

 

「楽っ勝! 私って矢っ張り世界で二番目に強いだけあるわ」

 

 ハルバートを地面に刺して右腕をグルグル回しながら得意気に話すリアスの姿に僕が思わず釣られて笑った時、油断を狙ったかの様なタイミングで新手が現れる。

 それも身を隠す場所なんて何処にも無かったのに関わらずだ。

 

「ブモォォオオオオオオオオオッ!!」

 

 鼻息荒く地響きを鳴らし、正しく猪突猛進の勢いで突き進むのは通常の二倍の大きさはあろうかという巨猪。

 よく見れば全身に鈍い青色が混ざっている猪に僕は知識として覚えがあった。

 

「メタルボア……色からして青銅かな? 生息地じゃないのにどうして此奴が?」

 

 鉱物を食って取り込む性質のモンスターだけれど、この近辺に

青銅の採掘現場は無かった筈だ。

 

「ロノスさん、そんな呑気にしていないで助けないと!」

 

 甚だ疑問な相手の出現に僕が戸惑う中、アリアさんが腕を引っ張るけれど時既に遅しだ。

 

「はあっ!」

 

 リアスは大地を割れる程に強く踏みしめ、掛け声と共にメタルボアを片手で受け止める。

 

「ブモッ!?」

 

 全力の突進を急に止められた事でメタルボアは掴まれた鼻の辺りから骨が折れる音が響いたけれど、対するリアスは微動だにせず平然としている。

 そのままメタルボアは顎を蹴り上げられて宙を舞い、折れた牙の破片をばらまきながら地面に激突した。

 

「リアスさんって聖女の再来って聞いたのですが……」

 

「どんな風に呼ばれてもリアスはリアスさ。僕の可愛くて大切な妹のままだよ」

 

「キュイ……」

 

「こら! 聖女のゴリ(らい)って言わない。そんな言葉、何処で覚えて来たの!」

 

「キュイィィ……」

 

「うん。そうやって反省するのは良い事だよ。ポチは賢いでちゅね~。ナデナデしてしてあげまちゅよ~」

 

 甘やかすだけじゃペットへの愛情じゃないと僕は知っているから、叱る時は心を鬼にしてきちんと叱る。

 でも、ポチはちゃんと反省出来る良い子だから叱られたら悲しそうな声で鳴くし、反省したなら誉めてあげるのが僕の流儀さ。

 落ち込んでいるポチのクチバシに触れて優しく手を往復させて撫でてやっているとアリアさんは微笑ましそうな顔の後、少し戸惑った顔になった。

 

「あの、今更だけれどロノスさんってどうしてグリフォンと話せるのですか?」

 

「正確にはグリフォンじゃなくてポチだけと話せるのさ。その理由だけれど、此処に来たもう一つの目的と一緒に話した方が良いかな? ……レキア、出て来たら?」

 

 僕は少しだけ不機嫌そうにしながら誰も居ない空間に話し掛ける。

 暫く沈黙が続くけれど僕は同じ場所を見続け、やがて観念したみたいに舌打ちが聞こえたかと思うとモンスター達の死体が音と共に煙に包まれ、花に変わった……いや、戻った、だね。

 

 

「ふんっ! 相変わらず人間程度の分際で不愉快な奴だ。それに今日はピカピカ女だけじゃなくて変なのも居るではないか」

 

 続いて僕が見詰めている所に現れたのは人形みたいに小さくて少し偉そうな女の子。

 ウェーブの掛かった亜麻色の髪を腰まで伸ばし、若草色のドレスを着た彼女は腕組みをしながら不満そうに僕を睨んでいた。

 

 

 リアスを指差した後でアリアさんを怪訝そうな表情で見た後、背中から蝶と同じ形の透明な羽を広げると片手を腰に当てながら僕を指さして叫んで来る。

 

「そもそも妾は貴様達の様な者達を妾ら妖精の領域に招き入れる事が気に入らん! 誰の許可を貰って入り込んでいるのだ!」

 

 

 

 

「君のお母さん。要するに妖精の女王様」

 

「貴女の母親から六年以上前に貰ったわよ?」

 

「「ね~」」

 

 初めて会った時からだけれど、彼女は僕達、特に僕への当たりが強いんだよね。

 おっと、アリアさんが話について来れていないや。

 この場所を選んだ理由、彼女が誰でどんな関係なのか、それをちゃんと話さないとね。

 

「彼奴は妖精の姫で名前はレキア。女王様に妖精の領域を修行で使う代償に、彼奴が困っている時は力になる、って約束したんだけれど……人が折角来てやってるのに失礼な奴よね」

 

 そしてリアスとは凄く相性が悪いんだ。

 

「はっ! 妾がわざわざ貴様達の助けなど求めるものか! ふ、ふん! まあ、どうしても力になりたいと言うのなら構わんぞ? 既に代価を払って働かせる者を呼び寄せたのだが……まあ、貴様達の願いを聞いてやっても……」

 

「あっ、既に依頼したんだ。だったらアリアさんの修行だけさせて貰うから」

 

 ……あ~あ、相変わらず五月蠅い奴だなぁ。

 

 

 

 

 

 ロノスとリアスがレキアの態度に不満を募らせている中、森の中の木の上に立って様子を眺めている者が居た。

 

「おやおや、これは随分と変わったお客様達が来ましたね。依頼をキャンセルされる様子ですし……困った困った」

 

 白いスーツに白いシルクハット、顔に目玉模様の黒い布を巻いて肌を全て隠し、手足が異様に長い長身。奇妙な事に声を出して居るにも関わらず顔に巻いた布が一切動いていない。

 

「さて、我々ネペンテス商会のモットーは”今をお嘆きのお客様へ、心から願う商品を”ですからね。……ヒャ、アヒャヒャヒャヒャヒャ! ほーんとうに面白そうな人達ですねぇ!」




初期はヒロインではない(私が姉居るので身内ヒロイン苦手)がまとも予定だったのに妹様がアホゴリラに


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端から見ていて面倒臭い

「じゃあアリアさんの寮の門限も有るから急ごうか」

 

 僕達の目の前には人の手が加えられて森の中を進みやすくなった道が続く。

 このまま森の中を少し蛇行しながら進めば森の向こう側まで数時間の道のりだ。

 

 但し、普通に進んだ場合のみだけれども。

 

「おい! 未だ妾が話しているのに進む気か!?」

 

 背後から声が掛かるけれど、本人が助力は不要だって言っているなら構わないだろ? 

 見栄を張って言っているなら兎も角、代価を払っての契約が成立しているのなら僕達が手を出すのはどうかと思うし、構わずに一歩踏み込めば景色が一瞬で変わった。

 

「こ、此処が妖精さんの領域……」

 

 目の前に広がるのは首が痛くなる程に見上げても頭が見えない程に巨大な木が生い茂って空を覆い隠し、代わりに幹自体が発光して淡い光が周囲を照らす不思議な森の中。

 アリアさんは森の入り口から木に囲まれた場所に一瞬で移動した事に戸惑っているけれど、同時に光が泡みたいにな形になって地面から湧き続ける光景に目を奪われていた。

 

「アリアさん、気を付けてね。この場所は見た目通りの道じゃない。空間が歪んでいて、曲がり角を曲がった後で来た道を戻っても別の場所に出る事もあるんだ」

 

「ついでに言うならモンスターも出るわ。どうもこの空間の力で植物が変な風に影響を受けたらしくて。管理者がしっかりしていれば起きない事なんだけれど、そもそも管理の修行用の場所だからそうはいかないわ」

 

まあ、本人に聞かれたら面倒だから口にしないけれど、他の姉妹が管理している領域はもう少しマシな状況だ。

 それは無能って事じゃなく、この領域その物に理由があるんだけれど、リュボス聖王国の貴族でしかないロノスが知っている筈がないから口にはしない。

 

「お二人とも詳しいんですね。あっ! 此処で修行したんですよね。一体どんな修行を……あれ?」

 

 おっと、いけないいけない。二人揃って一瞬意識が飛んでいたらしく、アリアさんが心配そうだ。

 ポチの親と体をローブで繋いで走り回るとか、常に追い立てられて来たモンスターに囲まれた状態で戦い続けるとか、ハルバートを持ったあの人相手に森の中での逃走しながらのサバイバルとか……。

 

「……大丈夫。僕達は加減を知っているから、僕達は」

 

「大丈夫よ、大丈夫」

 

「え、ええ……」

 

 アリアさんは僕達の様子を目にして今からどんな修行が始まるのかと不安になっているけれど、流石にか弱い女の子に無茶はさせやしないさ。

 

「安心して、アリアさん。僕達は君が強くなる為に力を尽くすけれど、何かあれば絶対に助けるからさ」

 

「ロノスさん……」

 

 不安を追い払う為、そっと彼女の手を取る。

 ……ちょっとゲームでの知識を利用するから嫌だけれど、アリアさんの設定として人間関係の希薄さからか手を握られると安心するってのが有ったのを知っているんだ。

 

 流石に見ず知らずだったり不仲だったりする相手なら兎も角、僕への印象は悪くないのか嫌な様子は見られない。

 ……ちょっと罪悪感が有るけれど、不安解消の為であって口説き落とす意図は一切無いから大丈夫……かな?

 

 あっ! 同性のリアスに任せれば良かったや。

 

 僕がちょっと失敗した事に気が付き、慌てて手を離そうとすればアリアさんは少し名残惜しそうにして、離すタイミングを失ってしまう。

 僕はリアスに視線で助けを求めようとしたけれど、助けは思わぬ方向から入ったんだ。

 

「……来てしまったのなら仕方が無い。そのヘンテコ女が修行する許可を出してやる。ロノス、貴様は妾の為に雑用ぞ。木の実を集めるのを手伝う事を許可しよう」

 

 レキアは僕とアリアさんの手を引き剥がすと、そのまま僕の指を小さな手で握って引っ張ろうとする。

 当然、普通は僕は動かせないんだけれど、無理に引っ張ろうとした挙げ句に手が滑って勢い良く飛んで行くだなんて事故が起きても大変だ。

 

 ……仕方無いなぁ。

 

「はいはい。ちょっと僕はレキアの手伝いをして来るよ。女王様との約束だし、臨時の報酬も先払いで貰ったしね。リアス、ポチには追い込み役を任せるからアリアさんをお願いね」

 

「おい! 妾の手伝いという至上の誉れを貴様に与えてやるのだから喜んだらどうだ!」

 

「はいはい、嬉しいなぁ」

 

「……ふん。それで良い」

 

 面倒だけれど約束は約束だし、レキアだって一応女の子だから極力怪我は避けてあげたい。

 だからレキアが引っ張る速度に合わせて歩き出すし、手だって上げたままだ。

 結構適当に返事したけれど、レキアには見抜けなかったのか満更でもない様子だし少し助かったな。

 

 

 自分から提案して連れて来ておいて放置だなんて気が引けるけれど、そもそもレキアの件をついでに済ませようとした罰かな?

 この世界には実際に神様だって居るし、その内二人は天罰として全人類を滅ぼそうとした事さえ有るのだから可能性は無くはないけれど、それでも僕は無罪を主張しよう。

 

 だってレキア関連の手助けって基本的に一人居れば済む雑用ばかりな上に態度が悪いんだから。

 何時も僕を指名するけれど、嫌いな相手をこき使って楽しんでいるのかな?

 

 

「……面倒ね」

 

「え? あ、あの、本当に私のせいでお手間を……」

 

「違うわよ。面倒なのはレキアの事。昔からお兄様への態度がアレなんだから見ていて嫌になるわ。ポチ、お願いね。適当な数を集めて来て」

 

「キュイ!」

 

「……それにしても酷い扱いですし、ロノスさんも大変ですね」

 

 

 

 

 さて、お兄ちゃんがツンデレ妖精に連れて行かれたし、任されたからには張り切るわ。

 ポチは早速とばかりに森の奥へと飛んで行って、それなりの数を集めるのも時間が掛かるし、取り敢えずアリアの実力を見せて貰いましょうか。

 

「じゃあ、早速だけれど地面に向かって魔法を撃って貰える? 使える奴全部」

 

 魔法ってのはイメージの具現化で、イメージが固まっていないと不発に終わる。

 お兄ちゃんは自転車に乗れるようになるのと同じだって言ったけれど、私が自転車に乗れるようになる前に死んじゃったのを思い出して落ち込んでいたわよね。

 そんなの気にする必要なんて無いのに……。

 

 兎に角、それをちゃんと発動するには兎にも角にも練習有るのみ!

 何度も放ってイメージと比べ、違いを修正して行く。

 他の属性は先人達が作り出しているし、他の人が出すのを見ればイメージが掴みやすいけれど、私達は古い資料に残っているのが幾つか有るだけだし、私も苦労したわ。

 

 ……前世でのゲームやマンガの知識があったから”魔女の楽園”には存在しなかった魔法も生み出せたし、アリアのだって何とかなるわよ……多分!

 

「じゃ、じゃあやります! シャドーボール!」

 

 アリアが両手を突き出して放ったのはゲームでも初期から使える黒いエネルギーの球体。

 教えられる先生が居ないし、火属性の”ファイアボール”を真似て生み出したんだろうその魔法は真っ直ぐ飛んで当たった地面を弾けさせた。

 

「威力は他の属性より高そうね。じゃあ、次は私の魔法の真似をしてみて!」

 

「え? だってリアスさんは”光”ですし、私とは正反対じゃ……」

 

「どっちもよく分からない変なエネルギーを放つから同じ同じ。じゃあ、イメージとしてはさっきの魔法を大きくした後、更に……」

 

 あっ、どうやって説明しようかしら?

 私が今から見せるのは光の魔力を散弾みたいに放つ”ホーリーショット”なんだけれど、この世界って散弾銃なんて存在しない……そうだ!

 

 私は今、凄く分かり易い例えを思い付いた自分を手放しで褒め称えたい気分だったわ。

 

 

「クシャミをして唾を撒き散らすイメージで……ホーリーショット!!」

 

 巨大な光の球体が無数に散らばって地面に深い穴を無数に刻み込む。

 

「じゃあ練習よ! クシャミだからね、クシャミ!」

 

「あ、あの、分かり易くは有りますが……女の子としてはどうなのでしょうか?」

 

 ……あれぇ?

 

 私、もしかして失敗しちゃった?

 

 

「え、えっと……あっ! リアスさんって何度も自分を”世界で二番目に強い”って言いましたけれど、世界一ってもしかして……」

 

「勿論お兄ちゃ……お兄様よ。だって当たり前じゃない。私のお兄様なんだから」

 

 凄く強い私を傍で守ってくれる自慢のお兄ちゃんが世界一強くないなら、一体誰が世界一なのかって話よね。

 

 

「キュイ!」

 

「あら、随分と早かったわね」

 

 鳴き声の方を向けばこっちに向かって飛んで来るポチと、ポチに追い立てられて来た数十匹のモンスターの姿が見えた。

 

 

「じゃあ全部アリア一人で倒しなさい! そうすれば強くなれるから!」

 

「ええっ!?」

 

 所で急に話が変わったのは何故かしら?



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自覚はあるけど溺愛は止めない

漫画作成、一個目が相談中なのに別のも相談してしまった

ゴリラゴリラゴリラ ゴリラ系聖女の活躍とツンデレ妖精登場の辺り

絵も発注 ヒロインと妹


 突然だけれど僕には弱点が存在するんだ。

 本来貴族なら弱点は隠し通すか克服するのが模範なんだろうけれど、こればっかりはどうにもならない。

 

「寒っ! レキア、この領域の季節って今だけ夏にならない?」

 

 僕の弱点、それは冷え症だ。

 いや、リュボス聖王国とかが有る大陸って元々北国だし、春でも中々暖かくなってはくれない。

 結果、夏以外はコート無しじゃ過ごせない僕なんだけれど、今進んでいる道は見事な迄に雪道で、木々には雪化粧がされていた。

 

 幾ら妖精の領域が外と摂理が全く違う空間とはいえ、ちょっと進んだだけで普通の森が白一色になってるんだから嫌になるし、僕の肩に座っている管理者に文句の一つも言いたくなるさ。

 

「妾は優秀だから可能だが、貴様が快適に過ごす為に力を奮う義理は無かろう?」

 まあ、期待はしなかったし口に出しただけだけれど、こうも帰ってくる反応の内容が予想が的中した物だと少し嫌になるよ。

 しかもさっきから何が言いたいのか髪を掻き上げながらチラチラ見て来ているし、妖精って本当に理解が不能だ。

 

 リアスなんて凄く分かりやすいのにさ。

 ……ちょっと成長に伴って単純になり過ぎてる気もするし、僕が支えてあげないとね。

 やれやれ、手の掛かる妹だよ。

 

 手が掛かる、か。

 歳が離れていたから僕達の面倒見は大変だっただろうに、お姉ちゃんは一生懸命やってくれていた。

 

 あの人も来ているのかな?

 例え転生してからの人生の方が長くても、僕にとってお姉ちゃんが大切な家族なのは変わらない。

 

 会えるのなら会いたいよ・・・・・・。

 

「……おい。先程から耐えてやっているが、何か私に関して気が付く事は無いのか?」

 

「さあ? 髪型を変えたのと、ドレスが今まで見た事の無い奴な以外は全然分からないや。似合うんじゃないかな? 君って悪態さえ無ければ綺麗寄りの美少女だし」

 

 何を言いたいのかは分からないけれど、痺れを切らした様子のレキアが耳を掴んで怒鳴って来たから思った事を口にはしたものの……これ、多分”人間如きに誉められても嬉しくはない”とか言って来るパターンだろうな、多分そうだ。

 実際、こういった事にはリアスの方が鋭いから何度か誉めた事が有るけれど毎回そうだったんだから。

 

「……」

 

 どうせ罵倒でもされるのかと思って辟易しながら数分が経過、肩に止まっているから分からないけれどレキアは妙に静かだ。

 どうも変だって言うか、この子ってゲームでも僕達に力を貸すけれど詳しい理由はお姉ちゃんから聞いていないんだよね。

 設定資料集とかに乗ってるらしいけれど、別に興味が無いから読んでないし、そもそもゲームの僕と今の僕が別物な以上はレキアだって別物扱いで良い筈だし。

 

「……面倒だなぁ」

 

 レキアの扱いもそうだけれど、目の前で木々に群がっているモンスターの群れだって僕を憂鬱にさせる。

 見た目は根っ子で歩く大きめの切り株だけれど、断面には鋭利な牙を持つ巨大な口で、赤紫色の舌が見ていて気持ち悪い。太い根っ子が鞭みたいに振るわれる度に打撃を受けた大木の表面がえぐり取られ、破片が口の中に入る度にモンスターは大きさを増して行った。

 

「”ウッドゾンビ”だね。確か二年前も大量発生させて叱られてなかった?」

 

「やかましい! あの時の反省を糧にして妾だって頑張って来たが、どうも近頃妙なのだ! 領域内の力が不安定になっている」

 

 僕の指摘に対し、レキアは肩から飛び上がって見下ろしながら叫んで来る。

 怒鳴るのは分かっていたから指で耳栓をしたけれど、それでも五月蠅いや。

 この子、直ぐに怒るんだから苦手なんだよね。

 

 でも今こうして怒る理由には賛同するんだ。

 

「まあ、確かにね。幾ら外の常識が通じないのがこの場所でも流石に変だ」

 

 何度も妖精の領域に修行で訪れている僕だからこそ気が付いた違和感。

 幾ら何でも度を越した環境の変化にモンスターの大量発生と、レキアが任されたこの場所が特に管理が難しくても彼女なら本来は此処までの事態には陥るはずが無い。

 

 彼女、凄く偉そうだけれど努力家だし実力が伴っているのは確かなんだ。

 常日頃から努力をして、自力で可能な事は全部やったのに思い通りに事が運ばないなんて、自己評価高めの彼女には耐え難いだろうさ。

 

 知り合いではあるし力にはなりたいけれど、妖精の領域については素人だからね。

 仮に頼るなら僕じゃなくて、経験豊富な専門家をお勧めするよ。

 

「原因究明は本職に任せるとして、今はあれの始末をしようか。さっきも言ったけれど、君が困っているからって女王様に報酬を先払いで貰ったしさ」

 

 多分あの人は何か異変が起きているのは把握しているけれど、レキアが助けを求めて来ない限りは直接手を出さない気なんだろう。

 もしもの時に人に頼れるかどうかも必要な力だし、僕達に依頼を出したのは痺れを切らしたって所かな?

 こりゃ随分と一人で何とかするって意地を張っていたね。

 

「……報酬か。母上の事だ。余程の物を出したのだろうな」

 

「うん。”余に可能な物なら何でも良い。何なら娘の誰かを嫁にするか?”って言われたから……」

 

「よよよ、嫁だとっ!? 妾が貴様のかっ!?」

 

 余程嫌なのかレキアは顔を真っ赤にして叫んでいた。

 失敬な奴だね。

 

「話の流れからしてそうだろうね。ああ、安心して良いよ。別のにしたから……」

 

「……そ、そうか」

 

 あっ、少し落ち込んだ?

 この状況で落ち込む理由は……成る程ね。

 

「誰にだって勘違いは有るし、それで叫んだからってそんなに恥ずかしがる事は無いって。妖精族の姫様としてはどうかと思うけどさ」

 

「……して、貴様は母上に何を要求した? 断ったのは身の程を弁えた結果だとして、本来与れぬ至上の名誉の代わりなのだ。当然ながら余程の物なのだろうな?」

 

 どうやら僕の慰めはお気に召さないらしく少し不機嫌だ。

 それにしてもレキアだって王族だろうけれど、僕だって父方の従兄弟が自国の王で、叔母が同盟国の王妃なんだけど?

 だからお祖父様も家柄よりも実力重視で結婚相手を選ぶ様に言って来ているんだ。

 相手の家柄とかはクヴァイル家の力でどうとでもなるとかでさ。

 

「ポチとお喋りが出来るようにして貰ったんだ。……え? 何で怒ってるのさ?」

 

 だからレキアとの結婚という政略結婚としては上々の物よりも個人的な利益を優先させて貰ったよ。

 溺愛するペットと話せるだなんて飼い主からすれば凄い幸せだものね。

 

 ……なのにレキアは何故か不機嫌そうだ。

 嫌っている相手との結婚は嫌だけど、ペットとのお喋りの方を優先させたのは気に入らないって所だろう。

 ウッドゾンビ達を指差して叫ぶ彼女は怒り心頭だ。

 

「さっさと連中を滅せよ。貴様ならば楽だろう!」

 

「あっ、既に準備は済んでいるよ。ほら、こっちにおいで。僕に掴まっていないと危ないよ?」

 

「危ない? ふんっ! 何を言うかと思いきや貴様程度に掴まらずとも……いや、偶には戯れも良かろう」

 

 僕の言葉に怒鳴ろうとしたレキアだけれど、顎に手を当てて少し考えた後で肩に再び乗ると首に手を回して来た。

 ……絞め殺す気かな?

 

「それでは見せてみよ。基本属性四つでも伝説に名を残す闇や光ですらない、貴様が唯一無二の使い手である”時”属性の力をな!」

 

「あっ、気付かれた」

 

 先程からずっと叫んだりしているし、幾ら鈍い連中でも僕達に気が付かない筈がなく、ゆっくりとした動きだけれど百匹に届きそうな程の群れが僕達に向かってやって来た。

 既に被害にあって薙ぎ倒された大木を乗り越え、まるでアリの大群を思わせる光景だ。

 

 その群れの中心に突如野球ボール大の黒い球体が出現し、周囲の空気が急激に流れ込み始める。

 

「ぬおっ!? す、吸い込まれる!?」

 

「だから危ないって言ったのに。……ほら、此処にでも入っていなよ」

 

 体が小さくて軽いレキアは嵐の日みたいに強い風に乗って飛ばされそうになり、僕の襟首に掴まって上下に激しく揺れ動いていたので優しく掴むと襟口からコートの中に入れて顔だけ出させる。

 

「今は我慢して。文句だったら後で聞くからさ」

 

「う、うむ……」

 

 場所が場所だけに表情は見えないけれど、どうやら怒ってはいないらしい。

 

「それであれは何なのだ? 闇と風の合わせ技……ではないな」

 

「魔法ってのは生まれ持った属性という画材で描く絵画みたいな物だし、赤い絵の具がなければ真っ赤な夕焼け空は描けない。あれは時間を停止させて光すら通さない空間だよ。その周囲の空気の時間を高速で戻せば指定場所を通過した空気が戻り、時間停止によって押し出されずに圧縮される。そして解放すれば……」

 

 圧縮された空気は一気に解放され凄まじい衝撃が周囲に広がって行く。僕の前方の空気の時間を停止させて盾にすれば僕達を避ける様にして地面がえぐり取られていた。

 

「……やり過ぎだ、阿呆が」

 

「大丈夫。後で時間を戻せば良いだけさ。……植物はちょっと今の僕じゃ無理だけどさ」

 

 あっ、これは怒られるパターンだ。

 

 レキアは僕のコートの中からモゾモゾ動きながら這い出して頬をペチペチと地味に痛い威力で叩いて来た上に、最後には頭突きをしようとして顔面を打ってたけれどさ。

 

 

「……今のは忘れろ。間違っても貴様の頬に口付けしてなど居ないぞ。それと……今度何かあれば妾と結婚出来るなどと自惚れるでないぞ」

 

「分かってるって。……ねぇ、ちょっと気になったんだけれど僕達が来るよりも前に依頼した相手って何者? この領域に閉じこもっている君に接触出来るってただ者ではないよね?」

 

「……さてな。どうやら軽い神の気配を持っていたし、どこぞの神の眷属がお忍びで遊ぶ費用を稼いで来いとでも命じられたのだろうさ。確か”ネペンテス商会”と名乗ったぞ」

 

 ……ウツボカズラ(ネペンテス)か。

 変な名前の商会だけれど……何処かで聞いた覚えがあるし、前世のだとするとゲームに出ていたのかな?

 

 

 

「さて、さっさと木の実を集めるぞ」

 

 どうやらレキアは最初の目的を忘れていなかったらしく、再び僕の指を掴んで引っ張り始めた……。



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蝶と芋虫とゴリラ

間違えていた 再投稿


 突然だけれど私には苦手な物があり、それは虫である。

 あの独自の形や無数の足で這い回り時に目の前を飛び回る姿は想像するだけでゾッとするし、殆ど死に掛けた心を強く揺れ動かす。

 

 ……いや、私の心を揺れ動かすのは恋心とかの素敵な物であって欲しいのに、どうして彼処まで気色が悪い存在に動いてしまうのか。

 虫を前にした時の怖気を考えると完全に心が死んでいた方が良かったとさえ思う。

 

「い、芋虫ぃ!?」

 

 私に向かって追い立てられて来たのは猫や犬程度の大きさの芋虫で、身をくねらせながら固まって進む。

 時に仲間を踏み越え、一度転べば無数の仲間に踏み越えられ身動きが出来ずに潰されて瀕死の状態で痙攣している姿に取り繕った偽物の言葉ではなくて、腹の中からの嫌悪感が口から吐き出された。

 

「芋虫じゃないわよ。ほら、花に擬態する虫って居るけど、あれはその逆。頭に綺麗な花が咲いているでしょ? 腐肉の香りがするけれど」

 

「どう見ても寄生されて操られて居ますよね!?」

 

「そう見えるだけよ」

 

 巨大な芋虫達の体は濁った緑色に目玉を思わせる黒い模様が有り、頭には鮮やかなピンク色の巨大花。

 虫系のモンスターに寄生するタイプの花と思ったけれど、芋虫の部分は根っ子らしい。

 だったら根っ子を足みたいにして動けば良いのに、何故わざわざ虫みたいな姿なのだろう。

 

「確か”ワームフラワー”だったわね。じゃあ、早速攻撃してみましょうかしら。大丈夫よ。精々五十匹程度だから。ポチ、逃がしちゃ駄目よ」

 

「……キュイ」

 

「そのやる気のない返事は何!? 私だってアンタの世話をしてあげたでしょ! お兄ちゃんだけでなくて私も敬いなさいよ!」

 

「あっ、矢っ張りリアスさんは落ち着いてない時は”お兄様”じゃなくて”お兄ちゃん”って呼ぶんですね」

 

「……レナやチェルシーには秘密よ? 口うるさいんだから。特にチェルシーなんか口にはしないけれど、絶対お祖父様に命令されてお目付役を引き受けてるわ」

 

 少しふてくされた様子のリアスさんとポチの姿に和みそうになるが、芋虫の口から糸が吐き出されるのを見て現実に引き戻される。

 糸は木の枝に絡まり、そのまま糸を使って芋虫は私の方に飛んで来たから無数の足が蠢く腹部がハッキリと見えてしまった。

 

「……ダークショット」

 

 先程リアスさんが使った魔法を参考に、イメージするのはくしゃみ……ではなくて柄杓での水撒き。

 比べれば貧相な出来映えだけれどワームフラワーの数体に当たり、飛んで来た一体は腹部をえぐり取られて絶命する。

 ……撒き散らされる内臓とかは無かったし、本当に根っ子で良かったな。

 

「その調子ならどんどん行けるわね! これを一セットとして……今日中に五セットは可能ね!」

 

「無理です! 魔力が持ちません!」

 

 未だイメージが固まっていない状態で放つ魔法は威力がバラバラで消耗する魔力の差も一撃ごとに激しく上下する。

 リアスさんは可能と言うけれど、それは消費が最低で威力がそこそこの時、つまり一番良い状態の時の魔法を連発した時の場合だ。

 

「魔法が使えない状況や通じない相手なら物理で倒せば良いじゃない。……それにしても芋虫かぁ。久し振りに大芋虫のハーブ焼きが食べたいわね。ネズミ位の大きさのなら格別だわ」

 

「そのハルバートを渡されても困ります!」

 

 リアスさんは気軽に振り回しているけれど、ちょっと地面に置いただけで沈んだのだし、普通の女の子が持てる重量じゃない。

 

 ……普通の女の子、か。

 私、この人達のお陰でそんな風に思える様になったんだ。

 

「……あ~、最初はメイスとかが良かったかしら?」

 

 一般人の私に無茶ぶりをして来たゴリラの言葉に私はリュボスの食文化を思い出す。

 ああ、確か虫料理が普通に有ったんだったと。

 

 ……所で彼女って王の従姉妹で宰相の孫で別国の王妃の姪の筈だけれど、発想がお姫様やお嬢様よりも騎士様だ。

 

「アリアはどの虫が好き? 私は揚げた蝉が一番かな? 味付け塩ね、塩。貴女はミミズの蒸し焼き辺り?」

 

 因みに私は揚げ物や蒸し物よりも焼きの方が好きだ。

 虫じゃなくて肉なのは当然である。

 

「キョォオオオオオオ!」

 

 あっ、変な事を考えている場合じゃない。

 そんな事をしている間にもワームフラワーは私に向かって押し寄せ、私は魔力の限り魔法を連発するけれど数は減らない様に見えるのは気のせいだろうか?

 

 こうなったら自棄だ、自棄になって戦うしかない。

 

「ダークショット! ダークショット! ダークボール! シャドーボー……あの、増えていません?」

 

「増えているわね。此奴、花の部分を破壊しないと復活するわよ」

 

「それを早く言って下さい」

 

「……私、早口言葉は苦手で。お兄様は高速での詠唱だって得意なんだけれど」

 

 見れば地面に落ちたワームフラワーの花の根っ子が蠢いて破片を絡め取っている上に、千切れた根っ子からも花が再生している。

 

 ……このゴリラ、重要な事を言っていなかった。

 そして言葉が通じていない。

 

「キュイ……」

 

 私にはロノスさんみたいにグリフォンの言葉を理解する力は無いけれど、今は何となく分かる。

 

 このゴリラ、ちょっと駄目だ……。

 

「ま、魔力が限界に……あれ? 回復した?」

 

 魔法を使い過ぎて魔力が枯渇すると独特の疲労感に襲われるけれど、後数ミリで限界真っ逆様という所で急に道が現れた感覚。

 いっそ限界が来れば目の前の光景からは解放されたのに……。

 

「あら、知らない? モンスターを沢山倒せば急に力が上がるし、その時に魔力も回復するのよ」

 

「今まで戦った事が無いので……」

 

「……成る程。じゃあ早速別の魔法を試してみる? 例えば……ホーリージャベリン!」

 

 光が大地に行き渡り、無数の刃が天に切っ先を向けて生える。

 串刺しにされてもがくワームフラワー達は暴れる程に自らの体重で体が沈み、何やら焦げ臭い様な……。

 

「串焼きかぁ。あっ、その刃に触れたら駄目よ? 凄い熱を持っているから」

 

 眩しい程に力強き光がそのまま矛に形を変えた物によってワームフラワー達の体は焼け、頭の花も火に包まれて行く。

 どうやら助かったらしい……ほっ。

 

「キュイ!」

 

 警告する様な鳴き声に私は思わず反応して前を向き、それは正解だったと地響きと共に地面を割って現れた巨大なサナギの姿に知らされる。

 

「ま、まさかワームフラワーが成長した姿?」

 

「いえ、大元よ。ワームフラワーって働き蜂みたいな物らしいわ。……蜂の子が食べたい」

 

「こんな時に食欲出してどうするんですか!?」

 

「さっさと倒してご飯にするわ」

 

 サナギがモゾモゾと動き、割れる。

 中から粘液で体を湿らせた蝶が姿を現せば私が感じたのは嫌悪。

 

「ひっ!」

 

 芋虫の状態ではあくまでも模様だった目玉がギョロギョロと動いて私達を見下ろし、体の湿り気は直ぐに乾いて行く。

 まるで腐った生ゴミみたいな悪臭を漂わせながら蝶は飛び上がった。

 

「これは運が良いわね。弱いので数を稼いでも段々効率は落ちるし、強いのを一匹倒した方が時間短縮になるわ。じゃあ……頑張って!」

 

「……あれ?」

 

 やる気を出したから倒してくれると思いきやリアスさんは後ろに下がって手を出す気が無い様に見える。

 

「もしかして私だけで倒すんですか?」

 

「ええ、そうよ。だって私が力を貸したら成長の効率が落ちるもの。危なくなったら助けるから頑張ってジャイアントキリングを、格上倒して経験値ウハウハ状態を目指しなさい!」

 

「経験値って何ですかー!?」

 

 何となく意味は分かるけれど意味を理解したくない。

 だけどリアスさんは本当に様子を見るらしいし、敵も呑気に待ってくれはしなかった。

 

「ちょっと待って。あれは……卵!?」

 

 蝶のお尻からボコボコと産み落とされる黄色い玉が地面にぶつかって割れると中からワームフラワーが這い出して来る。

 虫が嫌いな私には卒倒しそうな光景で、誰かに助けて欲しかった。

 でも、こんな時に都合良く助けなんて入らないのは私が一番知って……。

 

 

「ちょっと無理させ過ぎだから!」

 

「ロノス……さん?」

 

「あーもー! リアス、後でお仕置きね! それと僕も謝るとして……此処は僕に任せて!」

 

 私が助けを求めた時、一番聞きたかった人の声が耳に入り、その姿を目で捕らえる。

 そのまま彼がコートの中から取り出した袋に手を突っ込んで振り被る姿を私はジッと見つめ、目が離せなかった。

 

「アクセル!」

 

 手の中の何かが放たれた瞬間にロノスさんの詠唱が響き、目で追えない程の高速で何かが飛来する。

 それは蝶と芋虫の体を貫通、そのまま通り過ぎた。

 

「い、今のは?」

 

「加速魔法”アクセル”。物体が進む時間を早送りして投擲の威力を増すわ。因みに投げたのは金平糖ね。お兄様の大好物だから持ち歩いてるの」

 

「は、はあ……」

 

 常に甘い物を持ち歩いているだなんて可愛い人。

 そして私を助けてくれる姿は格好良かったな……。

 

 再び感じた胸の高鳴りに気が付けば手が胸に行き、視線はロノスさんに注がれる。

 今日一日大変だったけれど、ロノスさんに助けて貰えただけで私は満足かも知れなかった……。

 

 

 

「……アリアさん、本当にごめんなさい」

 

「もう何度も謝って貰いましたし、そもそも私の為だったから気にしていませんよ」

 

 あれから私の特訓はロノスさんと一緒に行って、何故かレキアさんに睨まれながらも何とか終了した。

 空高く飛ぶポチの背中の上、下を見れば卒倒しそうな景色で横を見れば夕日が山に沈む風景が広がって行くけれど、私は前だけを見ている。

 ロノスさんの背中だけを見ていたい。

 

 少し恥ずかしくなったから怖い振りをしてロノスさんに抱き付けば鼓動と体温が伝わって来る。

 まるで抱き締められている様な錯覚の中、私は気が付いた。

 

 この状態、胸を強く押し付けて……。

 心なしか伝わって来たロノスさんも鼓動が速まっている気がして……。

 

「ひゃわっ!?」

 

 あっ、変な声が出た……。




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王と忍びと黒い噂

 大昔、大陸を襲った厄災から人々を守り抜いた聖女が建国したリュボス聖王国の王城にて一人の青年が黙々と書類作業を続けていた。

 

 彼の名は”クレス・リュボス”。この国を統べる若き王であり、周辺諸国の口さが無い者達からは”傀儡王”と嘲られる。

 

 その全てが国に関わる事であり、形式上回されてくる様な重要性の低い物は混じっていない。

 だが、その一枚一枚に関する事項は当然ながら大勢の会議で決められて彼の承認印を待つだけであるが、会議の中心となったのは彼ではない。

 

「……おい」

 

 何百枚目かになる書類に印を押した頃、如何にも憂鬱だといった表情のクレスが気怠そうな声で呼び掛けるも室内に人の姿は存在しない。

 

 

 

 

「お呼びでしょうか? 陛下」

 

 だからこそ、その人物が音も無く床に降り立つ姿はまるで瞬間移動の類に見えた事だろう。

 何処からともなく現れ、床に跪いて頭を垂れる彼女の姿を一言で言い表すならば”忍者”であった。

 

 首に巻いた布は床に着く程に長く、口元を覆面で隠しているので顔の作りは分からないが、胸の膨らみと声からして若い女である事は判断出来る。

 髪は水色で毛量が多いのを後ろで束ねていた。

 服装も忍装束ではあるのだが、所々が網タイツで無駄にセクシーである。

 

 だが、それは彼女が腰に差す刀の違和感からすれば些細な物。

 刀身おおよそ300センチメートルと軽快に動くには些か邪魔になる大太刀であり、鞘こそ立派な黒塗りではあるが、柄には古ぼけた布を少々乱雑に巻いている。

 

 忍びと呼ぶには忍ぶつもりが一切感じられない彼女だが、その姿を見れば何かが妙だと気が付くだろう。

 この女、まるで絵か何かの様であり、生きた人間特有の気配が一切しないのだ。

 

「……陛下か。この国を実質動かしているのは我が祖父である宰相だ。誰かの目がある訳でも無し、我々の流儀に合わせる必要も有るまい?」

 

 クレスが一切動じず誰も呼び寄せない姿や現れた時の態度からして侵入者の類ではなく、寧ろ臣下寄りの立場を伺わせるが、彼が向けるのは自嘲の言葉である。

 

 四カ国が隣り合わせで存在し、同盟こそ結んでいるが移ろい行く人の心次第では情勢は瞬く間に変わる。

 その時、国を守る為に最も必要なのは自分ではないとクレスは思っているのだ。

 

 同意か否定か、彼が彼女に求めたのがどちらなのかは本人のみぞ知るが、彼女が口にしたのはどちらでもない言葉だった。

 

 

「いえ、この国の実権を誰が握ろうと、誰が重要だろうと、最終的に決めるべきなのは王であり、全責任は王が負うべき事。それ以外の者はそれに従うだけかと」

 

「……相変わらず厳しい奴だ。もう少し何とかならんのか?」

 

「人の心の機微は私にとって理解の範疇外であり、主より命じられたのは陛下の護衛。それ以上は致しかねます。……お忘れ無きよう。私は只の道具に過ぎません。芸術品として愛でるも、消耗品として使い潰すも所有者の意思次第。それに変更を加える自由は道具には不要かと」

 

「確かに床を掃除するモップが”自分を武器にしろ”等と叫んでも困るだけか」

 

 女と話す最中、クレスの表情は自虐的な物が中心なれど一人で鬱々と仕事を続ける最中に比べれば明るく、反対に女の方は眉一つ動かさない。

 

 その表情に変化が起きたのはクレスから告げられた言葉を聞いた瞬間だ。

 

 

「ああ、そうだ。今朝聞いたのだが、我が従兄弟のアホの方が王国の貴族と決闘をする事になったらしくてな」

 

「……して、介添え人は?」

 

「どうも闇の使い手らしいが……気になるか?」

 

「いえ。主が何を思い、何を成されても私がすべき事は道具としての存在意義を全うする事だけですので」

 

 声には殆ど抑揚が無い彼女だが、細腕で柄をしっかりと握り締めた刀だけはガチガチと鞘の中で震えている。

 クレスは”一本取った”とでも言いたそうな笑みを一瞬だけ浮かべると再び書類作業に戻った。

 

 

 

「……それと陛下。この前宰相殿に刺客が放たれましたが、モップで全員叩き潰したそうですよ、文字通り。ミンチ状にしたその後で焼いて始末したらしいです」

 

「おい、夕餉のメニューは何だとシェフが言っていた?」

 

「確かハンバーグでしたが、それが何か?」

 

 ”此奴、絶対わざとだろう”、一切表情を変えない彼女にクレスはそんな感情を抱くのであった。

 

 

「しかし、だ。流石に主の手元に居なくても良いのか?」

 

「所有物を所有者が誰に貸そうが道具には無関係です。但し、お呼びとあらば馳せ参じるでしょう。……そろそろお二人の片方が牽制から戻って来るそうなので戻るのも時間の問題かと」

 

「……そうか。話が通じなくもない方だと良いのだが」

 

「どちらも通じるのでは?」

 

「お前、本当に人の心が分からないな。……仕方の無い話だが」

 

 大きく溜め息を吐いた彼は一瞬だけ彼女の腰に視線を送り、再び判子を押す作業に戻る。

 まだまだ仕事は終わりそうにない……。

 

 

 

 決闘が決まった日の翌日、噂は既に学園に広がっており、ヒソヒソ話が否が応でも耳に入って来た。

 僕達兄妹やアリアさんの近くにはフリートやチェルシーも固まり、全員の耳に届いている最中だ。

 

 曰く、アリアさんは僕達に媚びて利用している。

 

 曰く、僕に体を使って取り入った。

 

 曰く、魔女の力で操って……まあ、聞くに堪えない内容ばかりだ。

 

 噂が本当なら手を出せば僕達が黙っていないと思っているのか危害を加える気は無いらしいけど、こうも鬱陶しいと腹が立って来る。

 

 

 ”友達の悪口を言われたから”なんて理由で家の力を使う気は無いし、喧嘩を代わりに買うのも話が違う。

 此処からどうするかはアリアさんの問題だし、僕達はその手伝いをするだけだ。

 

「……こうもあからさまなのは癪に障るわね。私達に媚びたい連中が思惑外れて八つ当たり、あわよくば……かしら?」

 

「おい、ロノス。お前の妹が賢そうな事を言ってるぞ。今日は槍でも降るのか?」

 

「アンタの上に光の槍を降らせてあげようかしら!?」

 

「こらこら、駄目だって。喧嘩しないの」

 

 でもリアスは気が短いからなぁ。

 妹が馬鹿をやらかせば尻拭いを手伝うのも、馬鹿をやらかす前に止めるのも兄の仕事だから仕方無いんだけどね……。

 

「あの、私のせいで皆様にご迷惑をお掛けします。だから……」

 

「だから?」

 

「あの眼鏡の人を決闘で……た、叩きのめします!」

 

 一瞬心配したけれど杞憂だったか。

 未だ少し頼り無いけれどアリアさんは拳を握り締めて決意を口にしてくれたしさ。

 

「……そりゃ結構。俺様のダチの妹と組むんだ。半端な真似をするんじゃねぇぞ? んじゃ、俺は一旦婚約者様を偶には構ってやらねえとな」

 

「きゃっ!? ちょっとフリート! レディの腰に手を回すなら許可取りなさい!」

 

 

 フリートはチェルシーの腰を抱え、アリアさんを軽く睨んで言葉を掛けると去って行く。

 どうやら友達である僕達と少し一緒に行動した程度じゃアリアさんへの好感度は大して変わらないらしい。

 チェルシーはチェルシーでリアスに付き合うなとか言っても無駄だから諦めているみたいだし、一緒に居るだけなら問題は無いだろう。

 

「あの二人ならその内何とかなるだろうけれど……」

 

 まっ、関わる人全員と仲良くしなくちゃならない訳でも無いだろうしさ。

 ……あ~、でも敵だらけなら婿探しも卒業後の統治も上手く行かないのか。

 その辺り、僕達が過度に手を出すのもクヴァイル家の長男として問題が有るんだよね。

 

 

「そろそろ授業だね。アリアさん、最初の授業は何だっけ?」

 

「確か校庭で魔法実技だったかと。担当は……誰でしたっけ? えっと……マナフ・アカー先生ですね」

 

 ゲームではチュートリアルを兼ねたイベントで、成績次第で好感度が変化するキャラも居た筈だし、そうでなくとも実力を認めさせれば影口も減るだろう。

 

 

「アリアさん、頑張ろうか」

 

「はい! ロノスさんが応援してくれるなら百人力ですね!」

 

 ……昨日一日で随分と仲良くなれたなあ。

 明るい笑顔を向ける彼女に僕は感心さえしていたんだ。

 

 

 ああ、昨日と言えばレキアから名前を聞いた商会だけど、リアスもうろ覚えだったから……。

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、これは都合が良い。これだけ闇の残滓が有るならば……私の封印が解けそうですねぇ! アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 



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ショタっぽい教師の授業

 この世界に酷似した乙女ゲーム”魔女の楽園”には存在はするけれどゲームではそれ程影響が無かったり、そもそも語られない物だって存在する……らしい。

 

 僕は実際にプレイしていないから全部知っている訳じゃないけれど、幾つかは覚えているし利用している物も有る。

 

 ……そもそもの話、どうして彼処までこの世界と酷似させる事が出来たのかが不思議だ。

 データの世界に人間の魂が入り込める筈が無いんだから。

 

 

 

「やあ、皆。今日は絶好の授業日和で嬉しいね。じゃあ、改めて挨拶をしよう。先生の名はマナフ・アカー。見ての通りのエルフです。所属はアース王国ですが、生徒は平等に扱うので安心して下さい」

 

 僕達が校庭に着いた時、既に何人か他の生徒が集まっていて、アカー先生は授業の準備を終えていた。

 金属製の柵に囲まれた半径三メートル程の円の前で待っていた先生は全員が集まるなり笑顔で挨拶をしたけれど生徒の中には懐疑的な視線を送る人達も居た。

 

 それは王国と不仲な帝国出身のグループだったり、先生の見た目が子供だから腕を信用していなかったりと様々だ。

 

「……背伸びする美少年か。良いわね!」

 

「色々教えてあげたい気分」

 

 ……中には聞きたくない会話をしているグループも居るけれど、聞きたくないから忘れる事にしようか。

 

「さて、これで一年生全員の様子を見られるけれど……」

 

 注意すべきは他にも居るだろうけれど、ゲームでの攻略対象はそれなりに影響力が大きい連中だから特に注目が必要だ。

 

「お、おい。だ、大丈夫なんだよな!? 無様な姿を晒して陛下の怒りを買ったりは……」

 

 例えば一緒に留学して来た家臣らしい相手にヘタレな所をさらけ出している帝国から来た皇帝の弟。

 既に皇帝には後継ぎとなる子が居るし、敵国だった所に送られている時点で重要度は低いけれど何かあれば面子の為に帝国が動きかねない。

 寧ろ何かあるのを望まれている気さえするね。

 

 ……暗殺者が送り込まれるイベントが有った様な無かった様な。

 

 その他にも数人居るけれど一番は……僕達に向ける視線が少々敵意を滲ませている”マザコン王子”だ。

 

 アース王国第一王子ルトス・アース、”マザコン王子”はネット上の愛称だったけれど、この世界でも似た感じの陰口を叩かれている。

 

 ブロンドヘアーを伸ばした目元が涼しげな美形で立ち振る舞いも優雅に見える。

 その長髪は亡くなった母親を偲んで似せているんだけどね。

 

「……気分悪いわね。王子があんな態度取ってたら同じ国の地位の低い家の連中は目の前だけでも友好的になれないじゃない。……いや、すり寄って来るのが減って良かったのかしら? でも不愉快よ、不愉快」

 

 まあ、気持ちは分からなくもないけれど、母親が継母と比べられた上に謗りを受けるのは自業自得だろうにさ。

 

「リアスも結構同じ所有るよ? フリートが気に入らないのだって友達であるチェルシーの嫁ぎ先だからでしょ? 友達が他国に行くからってさ」

 

「……むぅ」

 

 僕の指摘に図星を指されたせいか頬を膨らませるリアスは可愛らしい。

 でも彼奴と一緒にするのは少し悪かったね。

 

 だって彼奴ってルートによっては実の妹に愛の告白をしての禁断愛の逃避行をする奴だし・・・・・・ゲームとは同一視しちゃ駄目なんだろうけどさ。

 

 

「じゃあ、早速だけれど今日は皆の力を見せて貰います。”ゴーレムクリエィション”!」

 

 マナフ先生は険悪なムードに気が付かないのか、気が付いて流しているのか平然と授業を進めている。

 鈍感なのか剛胆なのか分からないな、あの人。

 

 マナフ先生が魔法を発動させると地面が盛り上がって人の形を取る。

 土属性の魔法使いの基本的な魔法の一つで自在に動く人形を創り出して操る……僕も使いたい魔法だ。

 今目の前には二メートル程度の土人形が立っているけれど、材料さえ用意すれば金属製のゴーレムを創り出せるし、僕も使えれば前世のアニメで観たロボットとかを再現したい!

 

 ロケットパンチとか目からビーム出せる巨大ロボットとか男の子の夢だよね!

 

「これから三分間ゴーレムを倒し続けて貰い、撃破数でランクを付けさせて貰います。じゃあ、アイウエオ順で……」

 

 マナフ先生の話を聞きながら僕とリアスはゲームの事を思い出していた。

 

 ゴーレムは一定数ごとに強くなって行き、特定ターン経過か負けた時点で終了、ランクによって好感度が変わって来る。

 何だかんだ言っても実力の高い魔法使いは評価されるし、闇属性の使い手が冷遇されるのって使い手が少ないから指導者不足で強くなれない人が多いからじゃないのかな?

 

 僕達はラ行だから最後の方になる。

 アリアさんは最初の方だけれど他にも先な人が居るから見学しているけれど……。

 

「ぎゃんっ!?」

 

 授業開始前からビビっていた、アマーラ帝国皇帝の弟である”アイザック・アマーラ”は一体目を破壊した所で体力を使い果たして二体目の拳を脳天に喰らって負けてしまった。

 

 一緒に居た同国の人達は冷めた目で何かメモをしているし、この結果を報告する気だろう。

 ゲームでは詳しく描かれて居なかったけれど、どうやら帝国での扱いが随分と悪いのは報告通りらしい。

 良くも悪くも実力主義、力が無いけど身分が高い者に居場所は無いって感じなんだね……。

 

 

「うーん、次は頑張ろうか。今は力が足りなくても放課後に特別授業を行うから希望者は集まって下さいね。じゃあ、次はアリア・ルメスさん」

 

「は、はい!」

 

 アリアさんの名が呼ばれた瞬間、周囲がざわめき出した。

 

 

「黒髪に黒い瞳……闇属性か」

 

「王国に魔女が居るというのは本当だったんだ」

 

「クヴァイル家の者と一緒に居たが……」

 

 アリアさんを不気味がっているのとか嫌って蔑んでいるだけの連中はどうでも良いんだけれど、問題は注目して観察している連中だ。

 

 さて、この連中の前で僕はどれだけ力を見せるべきか……。

 

「早く私の番が来ないかな~。どうせだったら最高評価を貰いたいわよね」

 

 リアスには力を隠す気なんて微塵も無いし、僕だけ隠すのもな。

 ……どうせ学園に通っている間に力を振るう機会は多いし、ずっと隠し通すのも疲れるか。

 

「お兄様、競争よ」

 

「……了解」

 

 手の内を隠すとか色々と有るけれど、僕はお兄ちゃんだからね。

 競争だなんて遊びに誘われたらお兄ちゃんとして応えないって選択肢は無いんだ。

 

 

「じゃあ、今はアリアさんのお手並み拝見だね」

 

「私が鍛えてあげたのよ。最高ランク……は無理でも中の上は大丈夫じゃない?」

 

 確かに随分とスパルタだったし、それなりの評価は貰えるだろうけれど……。

 

「リアス、無茶させた事を反省している? レナに言いつけて良い?」

 

「ごめんなさい!」

 

 リアスは腕組みをして胸を張るけれど少しも反省していないのならお仕置きが足りなかったのかな?

 

「シャドーボール!」

 

 おっと、目を離しちゃった間にアリアさんのテストが始まっちゃったか。

 体の中心に闇魔法の球体を受けたゴーレムは動きを止めて土になって崩れ落ちる。

 続いて同じ個体が現れては倒される事数度、一回り大きいのが現れた。

 今度は一発中心に喰らっただけじゃ半壊程度、二発目で漸くか。

 

「……強いな」

 

「素人かと思ったが毛程度は生えていたか」

 

 それでも相手が近付くよりも前に倒して行き、さっきの帝国の連中もアイザックの介抱も放置しての観戦だ。

 酷いなぁ……。

 

 そして時間終了が迫る頃、最高難易度から二番目に強い大型のが現れた。

 騎士鎧に似た造形で五メートル程のそれにはシャドーボールは

表面を削るだけで、ダークショットはそれなりに削るけれど大きさが大きさだから大して効果が無い。

 

「……こうなったら」

 

 あっ、何かやるのかな?

 リアスは”ホーリージェベリン”を見せたみたいだし、似た感じかもね。

 

 

「シャドーランス!」

 

 その呪文を唱えた時、アリアさんの影が地面に広がって行った。

 まるで墨汁でもぶちまけたみたいに柵の中を満たし、先端が鋭利に尖った触手の様な物が周囲からゴーレムを串刺しにして、内部で枝分かれしたのか入った物よりも大量の先端が突き出した。

 

 

 

「えっぐ! あんなの喰らったら人間なんて確実に死ぬわよ」

 

「数値さえ残っていればゲームでは無事だけれど、急所を貫かれれば現実では死ぬよね」

 

「流石は主人公。最高レベル時のステイタス値……潜在能力はゲーム中トップだったらしいしね。私達の方が凄いけれど」

 

 ……うーん、これは僕も全力を出してみようかな?

 ちょっと気合い入っちゃった。

 



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此処では拳を使って欲しい

感想来たれ!


 魔法とは基本的に先人が創り出した物を学び、人によっては其処から発展させて行く物だ。

 

 アリアさんが見せた魔法も似た感じの物を水や土の属性持ちなら使えない事も無いけれど、それでも闇という水以上に不定形なイメージが付きまとう物だからか異質さが凄い。

 

「ちょっと驚き過ぎじゃない? 水だって自在に動いて高水圧とか氷の槍とか可能でしょ?」

 

 アリアさんの魔法への反応が理解出来ないらしいリアスは不思議そうにしている。

 まあ、一見すると同じなんだけれど、違うんだよ。

 

「水は液体から固体になるし、個体から液体になりはするけれど、その時に熱や冷気を発生させる必要が有るから一つの属性だけで自在には変えられないんだ。でも、闇は形態や性質があやふやだから結構自在みたいだね。……光も同じじゃないのかな?」

 

「あっ、そうね」

 

 あと、闇の魔力って高エネルギーの塊らしいし、圧力や質量による水や土とは威力が段違いだね。

 

「所で昨日、闇と光は同じみたいな物だって説明したって聞いたんだけれど……」

 

 あっ、目を逸らされた。

 さては勢いで物を言ったな。

 

 

「ロノスさん、リアスさん、見ていてくれましたか!」

 

 テストを終えて柵から出て来たアリアさんは此方に駆け寄って来るんだけれど、僕はその姿に犬の尻尾と耳を幻視した。

 女の子相手に失礼だけれど、ちょっと懐いている子犬の相手をしている気分だね。

 

 まあ、僕は犬よりグリフォン派だけれど。

 正確に言えばポチ派。

 

「ちょっとぉ。私が鍛えてあげたのにお兄様の方を先に呼ぶとか有り得ないわよ」

 

 リアスったらそんな事で拗ねちゃって頬を膨らませているし、相変わらず嫉妬深い子だなぁ。

 言っておくけどさっきの事は誤魔化されないからね?

 

「凄かったよ、アリアさん。頑張ったね」

 

 アリアさんへの評価は十点中七点で評価は高い順からS、A、B、C、DのB。効果の薄い魔法を連発して魔力を無駄にした点が減点対象になったけれど、最後の魔法の威力の高さで少し評価された結果らしい。

 それが無ければA評価だったらしいけれど実力を示せたから良いのかな?

 

 正直言って普段は何処か嘘臭く感じる明るい態度の彼女だけれど、今こうやって僕達に駆け寄って来る姿は自然に見えるし、少しは友好的な間柄を結べて何よりだよ。

 

「うりうり。反省しなさい」

 

「ご、ごめんなふぁ~い」

 

 あっ、リアスがアリアさんのほっぺを引っ張っているから止めないと。

 友達同士のじゃれ合いにしか見えなくって和やかな雰囲気だけれど、今は授業中で他の生徒達も見ているからね。

 

 忘れちゃ駄目だよ、僕達貴族!

 それなりの立ち振る舞いが必要だから気を付けて!

 

「リアス様ったら……。ロノス様、私が止めて来ます」

 

「あっ、そう? ありがとうね、チェルシー」

 

 ほら、チェルシーが頭を押さえて溜め息を吐いちゃっているし、もう少し立ち振る舞いを考えて貰わないとね。

 友達だと思っているなら少しは迷惑を掛けるのを控えないとさ。

 

「リアス様。いい加減にしないと言い付けますよ。叱られても私は知りませんからね」

 

「うげっ。はいはい、分かったわよ」

 

 慌てて止めに入る彼女の姿にほっと一安心しながらも余計な心配が増えた時、眼鏡の位置を直しながら眼鏡が本体の男がアリアさん達の横を通り過ぎた。

 

「さて、次は僕の出番か。……まあ、属性以外で恥の上塗りをしないだけの力は有った訳だ」

 

 冷静な態度でアリアさんに嫌味を向けているアンダインだけれど手を当てた眼鏡が震えているのに気が付いていないのかな?

 

 闇という一般的に蔑視される属性だけでなくて参考にする相手はいないから無様な真似を晒すと思っていたんだろうけれど見通しが甘かったとしか言えないね。

 

「ったく、わざわざ……むぐっ!?」

 

 アンダインの態度が気に入らないのか話し掛けようとするリアスの口を塞いで止める。

 目で抗議してくるけれど、暴れない所からして僕への信頼が勝ったみたいだね。

 

 ほら、彼処をご覧とばかりに指先を向ければ少し怒った様子のマナフ先生の姿が見えた。

 

「アンダイン君、生徒同士は尊重し合って下さいね。そもそもリアスさんとの決闘騒ぎだって君の不躾な発言が原因だと聞いています」

 

「しかし……」

 

「しかしも歯科医もありません。双方の間で決まった決闘を止める校則は有りませんが、”互いを尊重する”という校則を破ったのは君ですからね! ……リアスさんも怒る理由は理解しますが、その時の言葉に少し問題が有りましたし、後でお話があります。具体的に言うとお説教です」

 

「……はーい」

 

 見た目は十歳程度だけれど、マナフ先生は僕達よりもずっと年上のベテラン教師だ。

 アンダインは流石に教師には反論出来ないみたいだし、そもそも理は向こうにある程度は分かっているんだろう。

 

 リアスも流石に不味かったとは思っていたのか大勢の前で叱られないのなら文句は無いみたいだ。

 

「今、君が何か言っていたら一緒に叱られていたね、リアス。この大勢の前でさ」

 

 この場には四カ国から集まった生徒達が居るし、少し恥ずかしい程度じゃ済まないだろう。

 実際アンダインは拳を握りしめて震えていた。

 

「じゃあ始めようか。……と言いたい所だけれど今の君じゃ本来の力を出せそうにないから放課後に来て下さい。じゃあ次は……」

 

 今は敵対している訳でも無いけれども友好的とは言い難い国同士の貴族も集まるこの場で自国の生徒を叱る、一見すれば悪手な様だけれどこれで暗に告げる事が出来たよね。

 

 ”馬鹿をやらかせば容赦無く罰する”ってさ。

 

「リアスも注意しなよ? 君は少しお転婆なんだからさ」

 

「あら、大丈夫よ。お兄様は心配性ね」

 

「心配性なだけで済むならそれが一番なんだけどさ……」

 

 自覚が無いのは少し困るよ、全くさ。

 

 

 そんな風にしている間にもテストは過ぎて行く。

 結果だけ先に言えば最初のゴーレムを倒せたのは半分にも満たなかったんだ。

 倒せたのはアイザックの護衛役だと思わしい帝国貴族や各国の軍人の家系出身だけど、仕方が無い話でもある。

 

 だって未だ学生だし、普通は内政の勉強とかを優先させてモンスターと戦ったりしないからね。

 一目置かれる様なキャラが初期レベル一桁なのが多かったし、そもそも倒せる生徒を選別する目的だってゲームでは語られていたからね。

 

 チェルシーとフリートは当然ながらそれなりの評価を貰っていたよ。

 

「ストーンストーム!」

 

 チェルシーの属性は風。

 

 彼女が編み出した魔法により、地中から吹き上がった風が土砂を巻き込み、風の刃で切り裂きながら同時に土砂で削って行く。

 巨大なゴーレム相手でも削り落とした破片を加えて威力を上げていたけれど、最終的には分厚く巨大な相手に押し切れずに時間切れのA評価。

 

「フレイムリング!」

 

 そして”俺様フラフープ”の理由となったフリートの戦闘中常時展開魔法は彼の腰を中心に炎の輪っかとして発動し、どの方向に敵が現れても炎を放ち、時に上下に広がって壁になる。

 

「がはっ!?」

 

「まあ、ゴーレムが炎程度で怯んだりはしないよね」

 

 炎の壁をゴーレムの豪腕が突き抜けて一撃喰らい、結局Bランク。

 

「あはははは!」

 

「こら、笑っちゃ駄目だって、リアス」

 

「……あの馬鹿」

 

「まあ、穏便にね」

 

 チェルシーも頭を押さえて溜め息だ。

 大変だね。

 

 

 

「次はリアス・クヴァイルさん!」

 

「待ってました!」

 

 そして遂に残り三人となり、リアスの順番がやって来る。

 途端にアリアさんの時以上のざわめきが起こったし、他の国の連中が探るような目に変わる。

 

「別に良いさ。じゃあ、僕の自慢の妹の力を特とご覧じろ」

 

「アドヴェント!」

 

 その声が響いた時、校庭は静まり返った。

 天から光の柱が降りて来てリアスの体を包み、やがて全ての光が彼女に吸い込まれて行く。

 この時のリアスは神々しさすら感じさせる光を全身から放って居た。

 

 ”聖女”と呼ばれるのが相応しいと思える位に……。

 

 

 

 

 

「ホーリーキック!」

 

 まあ、次の瞬間にドロップキックでゴーレムを粉微塵にしなかったらの話だけどさ。

 

「リアスさん、矢っ張りゴリ……凄いですね」

 

 ……アリアさん、ゴリラって言い掛けなかった?

 

 取り敢えず幾らホットパンツを着ているからってスカートで跳び技は止めなさい。

 周囲に身内しか居ない時は構わないから!

 

 

 

「せめてパンチで粉砕して欲しかったなぁ」



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二つの顔

評価 ……頑張ろう


「らぁっ!」

 

 強烈な蹴りが炸裂し、地中の金属を混ぜ込んだ巨大なゴーレムが崩壊する。

 リアスのテストが始まってから制限時間が半分ほど経過した頃、マナフ先生曰く一番強いゴーレムすら秒殺されて、手刀での両断やラリアットでの粉砕と、最早最低限度の技名すら叫ばない攻撃で次々に終わって行く。

 

「えっと、先生。あれはもう止めないのですか?」

 

「う~ん。出来れば限界まで見ていたいので……」

 

 それがリアスが制限時間内に何処まで倒せるのかを見たいのか、それとも既に魔法の使い過ぎで息が上がっている自分の限界なのかは分からないけれど、心配した生徒が終了を訴える程だ。

 

 

「さてと……厄介そうなのは数人か。いや、万が一も考えないと……」

 

 リアスが旋回バックドロップでゴーレムを破壊する時の音に紛れて呟きながら他の生徒に視線を向ける。

 驚いているだけの連中は放置で良いとして、警戒している奴や剣呑な空気を出しているのは気に止めないと駄目だけれど、悟られている時点で二流だ。

 

 問題は表にも出していない連中であり、そういうのを読み取る訓練を受けた僕は数人の顔を覚えておく事にした。

 後は僕が読みとれていない奴と、ワザと表に出している奴の可能性を考慮するとして……リアスの太ももに不躾な視線を送ってる奴の顔だけは忘れないからな!

 

 不逞の輩が可愛い妹に変な真似したら僕は容赦しないだろう。

 それこそ個人的な事には極力使いたくない家の力を使ってでも。

 

 

「そ、其処まで! も、文句無しの満点です。リアスさんはSランク……です」

 

「やった! お兄様、見ていてくれた? 満点よ、満点!」

 

 すっかり疲れ切って息も絶え絶えなマナフ先生とは裏腹にリアスは元気一杯に飛び跳ねて、その度にスカートがめくれてしまっている。

 

「落ち着きなよ、リアス。取り敢えずスカートで飛び跳ねちゃ駄目だって」

 

 僕は慌てて柵に近付いてリアスを叱ったけれど、本人は叱られた理由が分かっていないって顔だ。

 ……仕方の無い子だなぁ、君は

 

「え? ちゃんとパンツは見せてないわよ?」

 

「いや、だからさ……」

 

「おい、次は俺の番だ。邪魔をするな」

 

 リアスを注意している時に横から割って入った声。

 マザコン王子ことルクスは僕達への敵意を隠そうともせず冷たい声で柵の中から出ろとリアスに告げて来る。

 こうまで堂々と敵意を向けられたら流石に嫌になって来るけれど、今はリアスが苛立って馬鹿をやらかさない為にも離れようか。

 

「ほら、行くよ。頑張ったし、後でご褒美をあげようか」

 

「やったわ! 絶対だからね、お兄様!」

 

 何か言う前にリアスと手を繋いで気を逸らせば向けられた敵意なんてすっかり忘れて上機嫌だ。

 リアスの素直さにホッと一安心するけれど、未だ睨んでいるルクスの姿に今後が憂鬱になって来たよ……。

 

 

 

「……来い。ソードクリエイト!」

 

 開始の合図と共にルクスが地面に触れれば地中の金属が無骨な剣の形になって現れる。

 長身な彼が持つのに相応しい大きさで、それを振るってゴーレムを倒す姿に女子生徒の一部から黄色い歓声が上がる。

 

 

「道場剣法って感じね。綺麗すぎるわよ」

 

 だけれど全員がそうでなくて、武門の一族やらリアスみたいに実戦の経験がある生徒からすれば丁寧というか実戦慣れしていないのが伝わって来るというか……。

 

「王子だから実戦経験は足りなくて当然じゃないかな? 寧ろ王族が実戦経験豊富だったら危ない国って事だよ」

 

「うちの陛下は多いわよ?」

 

「うちと普通の国を一緒にしちゃいけません。最高戦力二人があんなので、指導役でもあるんだから」

 

「……そうね」

 

 ちょっとだけ昔を思い出して二人で震える中、ルクスの剣が折れ、新しいのを出している最中に攻撃を食らって吹き飛ぶ。

 受け身は取ったけれど今ので利き腕を痛めたから終わりだね。

 

「結局注目すべき相手は居なかったか……」

 

 この学園に入学した目的は優秀な人材の引き込みだけれど、”後継者じゃなくて優秀”だなんて条件に当てはまるのが居なかったのは少し残念だ。

 既に養子縁組みや縁談の受け入れ準備は整えている家は実家と関係する家だけでも幾つか用意しているし、後は発見次第交渉する予定だった。

 何せ跡継ぎでもないのに能力が高いなら現状に不満を持っていてもおかしくはないからね。

 

「次。ロノス・クヴァイル君!」

 

 さて、僕は妹が頼りにしている”お兄ちゃん”だし、満点以外に取るべき点数は存在しないから……あれを使おうか。

 名前を呼ばれた僕は首の後ろを掻きながら柵の中へと進み、指先で”もう戻れ”と潜ませていた者達に指示を出す。

 物陰から一切の痕跡を残さず消えて行ったのを確認した時、開始の合図と共にゴーレムが出現して、即座に土に戻った。

 

「……失敗か?」

 

「折角”聖騎士”の魔法を見られると思ったのに……」

 

 ……うへぇ、その名前で呼ぶのは止めて欲しいんだけどさ。

 ”聖女”として名を広める為に大量発生したモンスターやら盗賊の討伐を任されているリアスだけれど、その横に当然僕が居た結果、付いた恥ずかしい呼び名が”聖騎士”だ。

 

 お兄ちゃんが妹を護るだなんて特別な事じゃないってのにさ。

 

「……まさか」

 

「先生、次のをお願いします。どうせ即座に元に戻すけれど」

 

 生徒の殆どはマナフ先生が疲労から魔法を失敗させたって認識した様子で、実際に僕が何をしたのか察したのはゴーレムを出した本人を含めて極僅か。

 

「分かっていない人の為に僕から説明しよう。魔法の時間を戻した、それだけさ」

 

「はぁ!? た、他人の魔法に干渉するだって!? そんなの出来る訳が無いじゃないか!」

 

 あっ、ヘタレ皇弟が皆の意見を代表して叫んでいるや。

 皆って言っても最初の時点で察していなかった連中だけれど。

 

「じゃあ、ついでに誰か魔法を放ってご覧。じゃないと”叔母である学園長の威光で成績を上げて貰っている”だなんて言われかねないからね」

 

 理解していなかった連中の為に説明したのもこれが理由だ。

 家の名誉、鬱陶しい影口を防ぐ、色々と理由は有るけれど、僕はリアスの自慢のお兄ちゃんじゃないと駄目だし、くっだらない事は避けたいんだよ。

 

「そうか。なら……」

 

 流石に魔法を人に放つのに躊躇いが有るのか次々にゴーレムが土に戻る間も魔法が向かって来る事が無かったけれど、”マザコン王子”が最初に動いて、彼に促される様に取り巻きの生徒も動き出す。

 

 威力は殺す程じゃないけれど、此処で怪我をすれば随分と赤っ恥だし、ゴーレムが土に戻ったのも学園長の甥っ子のパフォーマンスの為だと主張出来るだろう。

 

「ロノスさんっ!」

 

 アリアさんが心配してか真っ青な顔で叫ぶけれど、彼女には少し悪い事をしたかな?

 今のでルクスに僕の味方……要するに嫌いな継母を支持する派閥だって認識されただろうし、先に何をするか教えておくべきだったかな?

 

 これでルクスのルートは消えたけれど別に良いか。

 いや、元々貧乏子爵家の一人娘が王子と仲良くなるだなんて偶然に偶然が重なった結果だろうし、元から無理だったよね。

 

「大丈夫だよ。……ほらね」

 

 勢い良く飛んで来る鉱石の槍や火の玉、風の刃、その全てが一瞬で霧散して鉱石だけが残って散らばる。

 元々細かい粒を寄せ集めた物だから僕に届くより前に風に邪魔されたらしい。

 

 都合良く風が吹いたのかは黙秘しておこうか。

 

「えっと、このまま続けます? 僕、既に君は満点で良いと思うんですが……」

 

「いや、短時間しか使えないと思われても癪だからお願い出来ます?」

 

「……はい」

 

 疲れている先生には悪いと思うけれど負け惜しみを吐きかける余地すら与えたくないんだ、僕は。

 マナフ先生も教師としての責任感からか最後までゴーレムを創り続け、僕にSランクを言い渡した後でヘナヘナと崩れ落ちる。

 

 

「お兄様!」

 

 嬉しそうに駆け寄って来たリアスに手の平を向けてハイタッチを交わす。

 さてと、成果は上々、十分な牽制になった様子だし……後は上手いこと動いてくれれば良いのにな。

 

「馬鹿が多くて助かるよ。……本人の近くで間抜けだなあ」

 

 何やら僕達の方を見ながら囁く連中を横目で見て、これは上手く行きそうだと確信する僕であった……。

 

 

 

「アリアさん、今日はレキアの所まで行く時間は無いから僕の屋敷の庭での訓練にしようか。戦う相手はポチの餌を分けて貰おうか」

 

 授業が全て終わって帰る最中、僕はアリアさんに決闘に向けての事を話し掛けていた。

 リアスは……うん。

 マナフ先生の所にちゃんと怒られに行ったよ。

 って言うかチェルシーに連れて行かれた。

 

「問題は相手側のもう一人だよね。学園の生徒とは決めてないしさ。……傭兵とか雇うかも」

 

 あの”眼鏡が本体”の取り巻きは完全にビビっていたし、誰を連れて来るのやら。

 

「えっと、ポチちゃんの餌って事は……」

 

「馬とか牛のモンスターだよ」

 

「……ですよね」

 

 何かを諦めた様子のアリアさんは肩を落とす。

 それに合わせて胸が揺れるのを横目で見てしまったけれど……男の子だから見逃して欲しい。

 特にアリアさんは背が小さいのに胸は大きいから制服の胸の辺りが強調されてさ……。

 

「あっ、ちょっとゴメンね」

 

 アリアさんと別れた僕はトイレに向かう。

 中には誰も居ないけれど、何処からか声が聞こえた。

 

 

「……主殿、早速動きが有りました」

 

 何時の間にか僕の背後には跪いた忍び装束達の姿があって、鏡に映る僕の顔はロノス個人じゃなくてクヴァイル家の次期当主の物に変わっている。

 

「差し向けた連中は……言わなくて良いや。こんなに早く動く連中程度、監視だけ続けておいて」

 

「はっ! それで刺客の処分は如何に?」

 

「依頼主に寝起きドッキリかな? 起きたら死体を腕枕とかホラーだよね。……ああ、そうそう。君達の本体に伝えておいて。”戻って来たら体の隅々まで隈無く手入れしてあげる”ってさ。陛下の護衛を頑張ってくれているからね」

 

 さて、人を待たせているから急ごう。

 

 

「所でトイレの床に跪くのって不潔……もう居ないか」



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ポチの交渉力は五十三万です(溺愛する飼い主談)

 交渉力は貴族にとって必須な能力である。

 相手が何を望むのか、そして相手の持ち札が何か、それらを見抜いただけでは片手落ちでしかなく、利益や理屈を抜きにして行動する事も視野に入れ、今の相手とも今後交渉を行う相手とも良好な条件を築く。

 それによって最大の利益を最低限の出費で手に入れるのが理想であり、交渉成功後の対応も必要だ。

 

 

 つまり僕が今終わらせた交渉の後で何をすべきかと言えば……。

 

 

 

「そうでちゅか~! 今回は譲ってくれるだなんてポチは良い子でちゅね~! よ~しよしよし!」

 

「キュイ~!」

 

 ポチが仰向けになって腹を見せ、座った姿勢で上半身を埋めながら両手で弧を描いてワシャワシャとモッフモフの羽毛を撫で回す。

 最高級の羽毛布団に体を預ける心地良さは僕に睡魔の誘惑を与え、ほのかに漂う獣臭さすら愛おしい。

 

 結論! ポチは凄く可愛い!

 え? リアスとどっちが可愛いかって?

 いや、ペットも家族だけれど、妹とペットはジャンルが違うって。

 

「あ、あの、ロノスさん?」

 

「……ごめん。後五分待って」

 

 アリアさんを待たせているのは悪いと思うんだけれど、このフカフカは僕を駄目にしてしまう。

 くっ! 抜け出せる気がしないし、此処までの手札を持っているなんて、まさかポチが交渉の名人だったのか!?

 

 あ~、僕が得た癒しからして相手に与え過ぎだから与え過ぎな気も……すぅ。

 

「はっ!?」

 

 今、僕は確かに眠っていた。

 天上の心地良さとは正にポチの羽毛の寝心地の良さの事であり、どんな魔法すら凌駕する奇跡だ。

 ……五分じゃ足りないけれど、ただ待たせるのは悪いし……そうだ!

 

「アリアさんも触ってみる? ポチ、駄目かな?」

 

「……キュイ」

 

 ”不満だけれど構わない”か。

 お腹ってのは弱点だし、それに触らせるのは信頼の証だ。

 実際、ポチが普段からお腹を触らせるのは僕以外じゃリアスとレナ、あとは自分の親を使役しているあの人だけだからね。

 

「キュイ」

 

「そっか。嬉しいなぁ」

 

 アリアさんは信頼していないけれど、僕を信頼しているから許可してくれるだなんて、ポチは本当に可愛いなぁ。

 

「ほら、おいで」

 

「は、はい……」

 

 僕は仰向けになって上半身をポチに乗せ、アリアさんを手招きすれば恐る恐るといった様子でポチのお腹に手を伸ばし、沈み込む様な柔らかさに驚いている。

 

「柔らかい……」

 

「羽毛の下は下手な魔法や金属製の武器を通さない位に頑強だけれど、羽毛は大抵の衝撃を吸収するからね。こんなに可愛いけれどドラゴンすら群れで狩る種族だよ。でも安心して。この子は僕の家族だし、言う事はちゃんと聞いてくれるんだ」

 

 ポチが上体を少し起こして頭を近付けたので要求通りに顎を撫でてやれば心地良さに目を細めている。

 一度乗ったアリアさんだけれど恐怖が残っていたのか踏み出せずにいた一歩も、それが踏み出す切っ掛けになったらしく、僕の隣に座り込んだ。

 

「……じゃ、じゃあ、遠慮無く」

 

 座った姿勢のままゆっくりと体を倒して横向きに寝転がった彼女は心地良さに改めて驚き、直ぐ近くの僕の顔を見ながら少し恥ずかしそうに笑っていた。

 

「本当に凄く心地良くて、今日も頑張らなくちゃ駄目なのに……」

 

「君の強さは既に知らしめたけれどね。まあ、一度決まった決闘を取り止めるのはリアスの名誉に関わるし、悪いけれど付き合ってあげてよ。その代わりと言ったら失礼だけれど、クヴァイル家の力を使う以外で僕に可能な事なら一つお願いを聞いてあげるからさ」

 

「そ、そんな必要は有りません!」

 

「僕がしたいんだから構わないよ。それと今後も君に辛く当たる人は居るだろうけれど、その動機は嫉妬だと思うよ? 希有な力と高い才能を持った君へのね。ならやるべき事は一つだけ。もっと頑張って才能を磨こうか。絵の上手い友達には嫉妬しても国宝級の画家には嫉妬しないみたいに嫉妬するのが馬鹿馬鹿しいと思う位にね」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 実はと言うとこれは別のお詫びの意味も兼ねている。

 クヴァイル家の影響で実家が貧乏になったのは、まあ、仕方の無い話だから別に良いとしても、この世界がゲーム通りに進む場合、彼女の闇の力は必須となるから強くなって貰わないと困るし、その為には普通なら通い続けないダンジョンに行き、貴族の子女として他の家との交流に費やす時間を鍛える事に使って貰う事になるからね。

 

 ……そもそもゲームでは何を思っての連日ダンジョン通いで、パーティーメンバーも文句を言わないんだ?

 

 徒労に終わる可能性だって有るし、王子に悪い意味で目を付けられたりと卒業後に響く可能性だって有るんだから出来る事はしてあげたい。

 ……それでも多くの領民を背負う身としてはクヴァイル家を優先させる必要が有るのが辛い所なんだけれどさ。

 

 色々手を尽くして居るけれど陣営に引き込めて戦って貰える闇属性の人材が発見出来ていないんだよね。

 

 

 

「……矢っ張りポチの羽毛はヤバいな。世界すら動かすぞ」

 

 どうやら知らない内に寝ていたらしく、羽毛に包まれた状態で僕は目を覚ました。

 ポチも寝ているらしく鼻ちょうちんを膨らませているし、横を見ればアリアさんもポチの羽毛に包まれてスヤスヤと寝息を立てているんだけれど、何故か僕の手を自分の手で包み込む様に握っている上に胸元に持って行っているから指先が微妙に胸に当たっていた。

 

 これって彼女が目を覚ましたら不味いよな……。

 

「おや、お目覚めですか? 若様。その手、彼女が起きる前に退かした方が宜しいかと」

 

「君もさっさと起き上がった方が宜しいかと思うよ、レナ」

 

 そして反対側にはレナが寝転がり、僕の腕に抱き付いて胸を押し当てている。

 いや、君って仕事中な上に平然とした顔で何をやっているの?

 レナだけでも振り払おうにも彼女の力は相変わらず強い上に手首から先は太ももで挟まれて固定された状況だ。

 

「手が痺れて来たし、本当に離してくれない? って言うか仕事の時間じゃ……」

 

「主人に添い寝をするのもメイドの仕事の内かと。事実、手を出す貴族は多いでしょう?」

 

「うちはそんなのやっていないし、これが仕事だって……向こうで鬼の形相を見せているメイド長にも同じ事が言える?」

 

「……え?」

 

 僕の言葉を聞き、錆びた機械みたいなぎこちない動きで振り向いたレナは自分を捜しに来ていたらしいメイド長と視線を交える。

 一見すると笑顔だけれど、間違い無くマジ切れの時の顔だ。

 正にあれこそが鬼の形相だよね。

 

 レナも顔が一瞬で真っ青になっているしさ。

 

「若様、私は此処で失礼いたします。この続きは今晩にでも寝所に参らせて頂きますので……。若様は奪うのと奪われるの、それとも捧げられるののどれがお好みですか?」

 

「来なくて良いし、多分来られないと思うよ? それと何を訊いているのさ……。まあ、今日は多分一晩中……頑張って」

 

 今直ぐ来いと手招きをするメイド長の方に慌てて向かう直前、妖しく微笑みながら囁くレナだけど多分大丈夫だ、続きなんて行われない。

 

 

 ……ちょっと興味は有るんだけどね。

 だってお年頃だし、使用人が部屋を掃除するからその手の本を隠すのにも困るし、リアスはノックもせずに入って来る時があるし……大変だよ。

 

「さて、本当にアリアさんを起こさないと時間が無くなるし、起きる前に手を退けてっと……」

 

 この状態で起きたら大変だからそっと手を抜く。

 そして起こそうとしたんだけれど、近距離で彼女の顔を見ているとついつい見続けてしまっていた。

 

「本当に可愛い子だよね。……正直言って好みかも」

 

 相手が寝ている最中だからって僕は何を言っているんだろう?

 やれやれ、聞かれたら気まずいだけなのにさ。

 

 

「ほら、起きなよ」

 

 それに好みと言っても別に異性として好きって段階では無いし、仮にそうだとしても僕はクヴァイル家の長男で、今の彼女は子爵家の長女でしかない……今はね。

 

「う、う~ん、ムニャムニャ……もう食べられません」

 

 声を掛けても起きる様子を見せない彼女を揺り動かせば返って来たのは

 

「ベ、ベタだ! この子、寝言が凄くベタ過ぎる!」

 

 まあ、好きになった時に考えれば良いし、今は友達として……あっ、僕、この子を既に友達だって思っていたんだ。

 

「そっか。だったら仕方無いな」

 

 罪悪感とか利用するとか色々な想いがあったけれど、今後は友達だからって動機で動こうか。

 うん、何となくスッキリした気分だぞ。

 

 

 

「じゃあ頑張って倒そうか、アリアさん」

 

「は、はい! ……えっと、目の前のモンスターをですよね?

 

「そうだけど?」

 

「……ですよね」

 

 目の前には鋼鉄の檻の中で暴れる一本角の白馬”ユニコーン”が居て、頑丈そうな檻が軋んでいる。

 まあ、アリアさんが不安そうにするのも分かるよ、怖いよね。

 僕だって実戦経験なんて殆ど積んでいない時に挑んだ十歳の時、本当に怖かったのを思い出す。

 

 

「大丈夫さ。君は僕が護るからさ」

 

 安心させる為に笑顔を向けながら鯉口を切る。

 朱塗りの鞘から僅かに姿を見せた刀身はカラスの濡れ羽を連想させる艶の有る黒だ。

 

 

 

 銘は”明烏(あけがらす)”。

 ゲームにおいて僕が振るう……二振りの妖刀の片割れだ。




誕生日です 感想待っています


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ブラコンゴリラ=兄想いの聖女

「あっ! 今、お兄様が無自覚に女の子を口説いた気がするわ! 何か変な電波を受信した私には分かる」

 

「はいはい。あの方なら有り得そうですが、リアス様は世迷い言を口にするのを止めて下さいね。電波って何ですか、電波って……」

 

 放課後、アリアの件で大勢に放った挑発じみた言葉への注意も終わり、私は待っていてくれたチェルシーと一緒に街中を散策していた。

 

 クレープの屋台を発見したから買い求め、口元のクリームをチェルシーが拭ってくれていた時に感じた謎の予感に私は思わず叫ぶけれど、チェルシーは慣れた様子で呆れ顔だったわ。

 

 ……へーこらしてご機嫌取りばっかの連中よりはマシだし、付き合いの長い友達では有るけれど、最近ちょっと厳しい気がする。

 

「仕方有りませんよ。此処は他国で他の国の貴族だって居るんですから。馬鹿な真似をすれば私が叱られるんですよ? あの闇属性の彼女と関わった一件だって言い訳が大変だったんですから」

 

「うん、正直ごめん。じゃあ、今後も誤魔化しとかお願いね?」

 

「……本当に宜しくお願いしますよ?」

 

 抗議の意志を込めた視線を向けたけれど、向こうから抗議が返って来た。

 それにしてもチェルシーは本当に頼りになるわ。

 多分お兄ちゃんやレナを除けば一番じゃないかしら?

 

 私が今後の事を頼めば自重を要求せずにジト目で見て来るだけだし……あと数年経ったらフリートに嫁いで私の側から居なくなるのは正直寂しいけれど、本人が幸せなら私は止めようとは思わない。

 

 ……それはそうとして彼奴は気に入らないけれど。

 

「それにしても個室で長々と叱られていましたね」

 

「……もう限界よ」

 

 長い、あまりにも長いお説教の時間だったわ……。

 あの”人型眼鏡置き器”を含める周囲への挑発行為は如何なものかと怒鳴るでもなく情けなさから泣くでもなく、只ひたすら淡々とした口調で続けられるお説教に私の心は疲弊する。

 

「まあ、大勢の前ではないんですから長くするのは仕方有りませんよ。あの眼鏡なんて大勢の前で叱られる屈辱に震えていましたし」

 

「そうだけど……長いお説教には慣れてないのよ。乳母はそんなタイプじゃなかったし……」

 

「考えるよりも前に手が出る方ですからね。それでも乳母の役割のままなら大人しかったらしいですが……」

 

「……それはそうとしてチェルシーはアリアの事をどう思ってるのかしら? 付き合うなとは言わないけれど」

 

 正直これは凄く気になっている事よ。

 関わって三日程度しか経っていないアリアだけれど、それなりに仲良くはなれていると思う。

 何処か一線を引いている所も、将来的に関わる関係じゃないと思っているのか媚びて自分を売り込もうともしない所も私は気に入っている。

 

 難しい事は全部お兄ちゃんに任せている、アリアとは付き合いがあった方が都合が良いとは私も理解しているわ。

 でも、チェルシーとアリアのどっちを優先させるかと問われたら……当然チェルシーよ

 だって長い付き合いだし、お世話になっているもの。

 

「……そうですね。世間一般の評価からして厄介事の種とは思いますが、リアス様達が仲良くしたいのならば私からは何も。……そもそも”光”やら”時”やらのお二人とどれだけ一緒に居ると思っているのですか。今更ですよ、今更」

 

 私の問い掛けにチェルシーは最初は迷った素振りを見せたけれど、直ぐに達観した顔になる。

 確かに付き合いは長いし、偶に修行に巻き込まれていたけれど流石にその反応は傷付くわね……。

 

 でも、変に嫌がっていないのなら安心よ。

 付き合い長いから私に気を使って嘘を言ってるって事はないのが分かっているしね。

 

「あー、良かった。チェルシーが怒って止めるんじゃないかって心配してたのよ。じゃあ、今後も頼むわよ?」

 

「……少しは抑えて頂けると助かるのですが。しかし、ロノス様が女性を口説いているという件ですがリアス様は嫉妬しないので?」

 

「え? 何で?」

 

 チェルシーが質問した事の意味が全く分からず、私は思わず聞き返す。

 

 確かにお兄ちゃんは女の子に結構モテるし、偶にその気が無いのに口説いているみたいに聞こえる事を平気で口にするのよね。

 

 えっと、今の所特に印象に残っているのは……。

 

「あの脳筋女にレキアに後数名に……愛人候補はレナがちょっと怪しいのよね」

 

 色仕掛けに慣れる為だってお兄ちゃんを誘惑しているし、他にも”自分は道具でしかない”とか口にしているのだって将来的にどうなるか分からないし……。

 

「嫉妬する理由が分からないわ。確かに構って貰える時間が減るのは寂しいけれど、お兄様の妹は私だけもの。妻とかは生まれ変わったら他人だけど、お兄様は生まれ変わっても私のお兄様なのよ? それにお兄様が選んだ相手なら別に誰でも良いわよ。……脳筋女だけは絶対反対だけれど」

 

 絶壁の私と違って高峰……なのはどうでも良いとして……良いとして、あの女、二年前にお兄ちゃんを襲ったのだけは絶対に許さないわ!

 

「聞くだけ無駄でしたね。……”生まれ変わっても”とか凄い事言い出したよ、このブラコンゴリラ」

 

「だ、誰がゴリラよ! 私は少し力が強いだけの普通の女の子じゃない! お兄様だってそう言ってくれるわ!」

 

「普通の女の子は蹴りで狼の首をへし折りません。所でブラコンは否定しないのですね。それと失礼、噛みました。兄想いの聖女の間違いです。それはそうとリアス様は何方かめぼしい婚約者候補は見付かりましたか?」

 

「”国を纏める為に勢力を拡大したが、クヴァイル家があまり強くなり過ぎても次の世代以降で政争の火種になる”って理由から、お祖父様の意向で政略結婚は今の所組まれていないし、お兄様も抑えているからのんびり探すわ」

 

「要するに今は居ないと」

 

「そりゃ精力的に探しているのは居るし、私の靴箱にもラブレターが入っていて鬱陶しかったけれど、急ぐ必要が無いなら良いじゃない」

 

 ……あっ、でも”出来るなら深く関わるな”ってお兄ちゃんに言われてるのは居るのよね。

 確かお家騒動とか政争の真っ直中とかの面倒な連中で、ゲームの攻略ルートでも巻き込まれるって奴。

 一年生にも居るし、アリアには何か理由を付けて関わらない方向に動かしましょうか。

 ……どうやるかはお兄ちゃんに任せよう。

 

 

「あ、あの! すいません!」

 

 そんな風に雑談していた最中、人混みをかき分けて私達に近寄って来る男子生徒の姿があった。

 濃緑色の髪は片目を隠す程に伸び、ヒョロっとした体格の上にオドオドとした態度が余計に弱そうに見える。

 

「……面倒なのが来ましたね。誰に用……ちっ!」

 

 私達じゃなくて後ろに居る人に用があると思ったのか振り向くチェルシーだけれどそれらしい人の姿はない。

 表情には出さず相手に聞こえない大きさで舌打ちをするチェルシーだけれど、私としても関わりたくない相手なのよね、お兄ちゃんに言われてるから。

 

「あ、あの! リアス・クヴァイルさん!」

 

 矢っ張り私に用が有ったのね。

 目の前で立ち止まったヘタレ男子はゼィゼィと息切れを起こしながら懐を漁り、小さな箱を取り出すと蓋を開いて私に向かって差し出す。

 中にはそんなに値が張りそうにない指輪が入っていた。

 

「ぼぼぼ、僕と交際を前提に結婚して下さい! 必ず君に幸せにされると……じゃなくて幸せにすると誓いまひゅっ!」

 

「……逆じゃない? しかも噛んでるし」

 

 ああ、本格的に面倒な事になったって思ったわ。

 お兄ちゃんからなるべく関わらない方が良いって何度も言われた相手……アイザック・アマーラの突然の求婚を受けた私は嫌な予感がしていた。

 

 アリアに此奴と関わるなって言う予定だったのに……あれぇ?

 




応援お待ちします

依頼絵のラフが来たのでもうすぐ公開

マンガの方は他にも依頼来ているので


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叶わぬ夢の果て それとブラコン

ショタっぽい教師の授業 の冒頭に追記です 実際はつけたし忘れてた奴です


 アマーラ帝国皇帝の弟である”アイザック・アマーラ”がゲーム内においてどんな扱いだったかと言うと、”凄く悪かった”としか言えないのを何となくだけれど覚えている。

 

 先ず、好感度を上げるのは凄く楽で、最初は話し掛けるだけで怯えていたのが数回話すだけで好感度がマイナスからプラスになり、特にイベントをこなさずに最大値まで上がる……のは良いのだけれど、本番は上がってからだ。

 

 先ず、暗殺に巻き込まれて刺客に襲われたり、潜っているダンジョンの適正レベルよりも強いモンスターに襲われたり、アイザックと主人公の二人だけで強いボスに挑まなくちゃ駄目なのにアイザックはゲーム屈指の弱さだったりと苦労が多い。

 

 ……っと、此処までが私が覚えているゲーム内のアイザックの情報で、此処から先は諜報部隊の仕事やら普通に入ってくる噂からの情報何だけれど、お兄ちゃんが出来れば関わるなって言うだけの事は有ったわね。

 

 姉である皇帝は既にアイザックの一個上の娘が居るけれど、その跡継ぎが誕生した喜びで酔っ払った先代の皇帝がメイドを勢いで抱いた結果生まれたのが彼らしい。

 

 皇帝に仕えるメイドなだけあって当然それなりの家の出身だけれど皇族の側室になれる程でもないし、皇帝には男の子供が生まれないせいで少し面倒な事になっているらしい。

 それも先代が生きている間は良かったのだけれど、アース王国との小競り合いが勃発した理由である先代王妃の死に関わる一件の時に死んじゃっているから……。

 

 結果、不遇な人生を送った上に元敵国に留学させられ、お供は姉の配下で不祥事を報告する為の見張りであり、何か起きるのを期待されて今こうして一人で行動している。

 

 

 って言うか、どうして私に求婚しているのよ!?

 どうにかしてよ、お兄ちゃん!

 

 

「あ、あの、それでお返事は……」

 

 夕暮れ前の人通りが多い中での求婚は大勢の通行人の注目を集めているけれど、目の前の男は気が付いていないのか私をオドオドとした目で見ているだけ。

 今まで交流の機会なんて無かった……筈だし、学園に入って今日で二日目、私に惚れる理由なんて美少女な事程度。

 

 後は才能に溢れていて家柄も良くて……あれ? 完璧ね、私ったら。

 

「……失礼ですが急な話ではありませんか? この様な場所でその様な話を持ち込まれてリアス様も混乱しています。今回は一旦お引き取り願えませんか?」

 

「は、はい! ごごご、ごめんなさ~い!」

 

 取り敢えずどうやって断ろうと思っていたけれど、私が口を開く前にチェルシーが厳しい口調で要求して、アイザックは一瞬で臆すると慌てて走り去って行く。

 あっ、指輪を落としてるわ。

 

「……行きましょうか」

 

「えっと、指輪を拾って届けてあげた方が良くないの?」

 

「此処は無かった事にすべきですよ。……全く、此方が下手に断れない状況で求婚とは姑息な真似を。いえ、あれはそんな事を考える余裕すら無いみたいですね」

 

 どうやらアイザックの急な求婚に対して怒っているみたいだけれど何故かしら?

 まあ、チェルシーが言うなら指輪は放置で良いでしょうね。

 

 去り際、道に落とされた指輪を横目で見たけれど随分と安物に見えた。

 皇帝の弟なのに自由になるお金が少ないのかしら?

 

 

 

「リアス様は彼奴が求婚して来た理由を理解していますか? まさか”私が魅力的で一目惚れしたから”なんて世迷い言は口にしないですよね?」

 

「と、当然じゃない!? それよりもチェルシーの意見を聞きたいわね!」

 

 暫く歩いてカフェに入ったのだけれどチェルシーの不機嫌は直らないし、下手な事は言えない空気。

 てか、私に一目惚れしたからじゃないのね、ビックリだわ。

 

 取り敢えず今は誤魔化して理解したって態度を見せましょう。

 

「……はぁ」

 

 あれ? ちゃんと誤魔化せて居るわよね?

 何故か凄く呆れられたのだけど……。

 

「良いですか? アマーラ帝国ですが、現在一部の反皇帝派がアイザックを担ぎ上げて居るのですよ。このまま皇帝に男児が生まれないのなら次期皇帝はアイザックにして、自分達の傀儡にする腹積もりです。……此処までは理解していますね?」

 

「……うん」

 

 そうだったんだ!

 

「まあ、良いでしょう。結果、余計に目障りになった弟を留学させた皇帝ですが、このままだと殺されるって本人も分かっているのでしょうね。だから後ろ盾になってくれて暗殺されないだけの価値を与えてくれる婚約者が欲しいのですよ。……それで皇帝は抑え込めてもアイザック派の力が増すのを厭う貴族からは暗殺者が送り込まれるでしょうね。それこそ婚約者にも」

 

「成る程! それでチェルシーは怒ってくれたって訳ね。……あっ。ち、違うのよ!? これは理解していなかった訳じゃなくって……」

 

 このままじゃチェルシーの中で私への評価が”アホの子”になってしまうと焦って言い訳をするけれど通じた気配はない。

 私が焦る中、チェルシーは再び溜め息を吐いた。

 

「だから何年の付き合いだと思っているんですか。貴女こそ私の事を理解していないのでは? まあ、それは良いとして、あの様な人前で皇帝の弟の求婚を断れば問題でしょう? だから余計に怒っているのですよ。保身の為にリアス様を利用して危険に晒すだなんて友として許せません。……何を笑っているのですか? 笑い事じゃ無いでしょうに」

 

「えへへ。ごめんごめん」

 

 私はチェルシーを友達だって思っているけれど、向こうからこうして友達だって言って貰えるのは本当に嬉しくって、怪訝そうにされるけれど表情が緩むのを止められない。

 だって友達だからって怒ってくれているのだもの、嬉しくない筈が無いわよ。

 

 ……前世の私にはそれなりに友達が居たけれど、今の私は宰相の孫で大貴族の長女。

 どうしてもクヴァイル家の一員として扱われるし、周りの子供も家の力関係を気にして子分みたいに振る舞うし、乳兄弟のレナ以外で気軽に話せる女の子って少ないのよね。

 

「何時もありがとうね、チェルシー」

 

「お気になさらずに、リアス様」

 

 さてと、お兄ちゃんにはどうやって報告するべきかしら?

 他にも色々と抱えているのに苦労掛けたく無いのよね……。

 

 

 

「ご安心を。我らが対処の後に報告致しましょう」

 

 テーブルの下から僅かに風が吹き、耳元を撫でた時に聞こえた女の子の囁き声。

 ……お兄ちゃんったら心配性ね。

 

 私に付けていた存在に気が付いて子供扱いされた気分がしたけれど、それでも嬉しい物は嬉しい。

 

「おや、何か良い事でも?」

 

「まあね。お兄様は相変わらず優しいし私を愛してるって思ったの」

 

「今更でしょう。……本当にブラコンですね、この方は」

 

 ・・・・・・何故か呆れられた。

 

 

 

 

「あのクズがまたやらかしたらしい」

 

「せめて大人しくしてくれれば良いものを恥の上塗りとはな」

 

 陛下が用意してくれた屋敷に戻った僕の耳に隠そうともしない蔑みの言葉が聞こえて来る。

 ああ、またか。

 もう慣れちゃったよ・・・・・・。

 

 

 僕にとって陛下・・・・・・姉上は物心付いた時からの憧れで、その背中だけを追い続けていたんだ。

 誇り高く勇猛果敢にして文武両道、正しく理想の王だった姿に少しでも追い付いて、役に立って、尽くして、何時か認めて貰いたい、それが夢だった。

 

 

 

 

「陛下は才気溢れる方だというのに弟は残りカスですらない。一欠けらも才能を分け与えられていないな」

 

 それが叶わない夢で、陛下への侮辱とさえ言われる事だと知ったのは八歳の誕生日に貴族の会話を立ち聞きした時だ。

 僕のは必死に足を踏み出しているつもりだったけど実際は足踏みで一歩も近付けていなくて・・・・・・僕は役立たず所か陛下の名前に傷を付けるだけの存在しては駄目な奴だったんだ。

 

 結果、それから先は褒められる為じゃなくって叱られない為に頑張って、それでも叱られるだけで、更には火種になるからと国を追い出されて・・・・・・彼女を知った。

 

 

 リアス・クヴァイル、”聖女の再来”との評判の光の使い手。

 彼女を見た時、感じたのは圧倒的な才能と自信、僕が持っていないものだ。

 

 羨ましいと思い、妬むより前に憧れた。

 まるで陛下に憧れた時みたいで、気が付いたらなけなしの財産を叩いて買った指輪で求婚していたよ。

 落ち着けば何を馬鹿な真似をって思ったけれど、これは僕の初恋で、新たな夢だ。

 

 彼女の側に居たい。

 

 彼女に認めて欲しい。

 

 彼女が欲しい。

 

 この夢は諦めたくないんだ・・・・・・。

 

 

 

 

「万が一にでも受け入れられたら厄介だな。帝国の害になるなら・・・・・・二人には消えて貰う。確か妙な奴が接触して来たな。怪しいが、それ故に切り捨てやすい。確か”ネペンテス商会”だったな」

 




感想もっと増えてほしいです  やる気がぜんぜん違います

一言でも


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恋する少女は静かに……

もうそろそろイラスト完成する頃 四日までだから


 正直言って恋が此処まで幸せな物だとは夢にも思わなかった。

 

「アリアさん、先程言った事を意識して魔法を使って!」

 

「はい!」

 

 長い角を突きだして突進するユニコーンの嘶きと蹄の音は空気を震わす様に響き、まるで重装備の騎兵が突撃槍を手にして突っ込んで来たみたいな威圧感が有った。

 少し前までの私なら身を竦ませるか全てを諦めるかをして立ち尽くし、風穴を開けられるか踏み潰されて終わりだっただろう。

 

 でも、今は少しも怖くは無い。

 何故ならロノスさんが私を護って居てくれるから。

 だから私も臆せずに立ち向かえた。

 

「せいっ!」

 

 ユニコーンが突き出した角をロノスさんが手にした変わった形の剣、……確か東の島国特有の刀だったと思う、の切っ先で受け止め、そのまま突進の勢いを殺さずに受け流した。

 勢い余って走り去って行くユニコーンの後ろ姿も迫力が有るけれど、私が見ていたのはロノスさんの姿。

 闇属性の使い手は魔女だの悪魔憑きだのという伝承程度で実の祖父母にすら恐れられた私が、今だけはまるで騎士に護られるお姫様みたいだ。

 

 だから少しも不安じゃない。

 胸は別の理由でドキドキしているけれど……。

 

「今です!」

 

「ダークショット!」

 

 そしてこれは私の為に用意してくれた特訓で、私なら可能だと信頼してくれた物だから、私はそれに応えたい。

 だって母親以外で人に此処まで優しくして貰って、信頼して貰えたのは生まれて初めてだから。

 

 放ったのは魔法の出が一番早い初歩魔法、属性魔力を単純に飛ばすだけで似た魔法はどの属性にも存在する基礎中の基礎。

 

「ヒヒンッ!?」

 

 だけど闇属性は光を除く他の魔法よりも威力が高いらしく、今の私じゃ掠り傷が精々な筈のユニコーンに血を流させられた。

 でも、これじゃ駄目。

 ロノスさんに護られながらチマチマ攻撃しなくちゃ勝てない私にロノスさんに信頼して貰う価値は無い。

 

「シャドーランス!」

 

 だから更に上へ、もっと強くなる!

 私の影が足元から広がりユニコーンへと迫るけれど、足元まで到達する寸前にユニコーンは止まり、伸びた影の槍も表面が盛り上がった瞬間に飛び退かれては当てるのが難しい。

 

 これが私の……いえ、今の私の弱点。

 魔法のイメージが固まっていないのか、魔力の操作が拙いのか、初歩魔法以外は放つまでにタイムラグが有るから素早い相手には通じない。

 ゴーレムを相手にしてそれなりに戦えたのは大きいだけの亀だったから……。

 

 なら、どうするか?

 簡単だ、動きを止めれば良い。

 相手が動き回るなら、先ずは動きを制限するだけ。

 

「シャドーボール!」

 

 着地の寸前、どす黒い魔力の塊がユニコーンの純白の毛を血で赤く染め上げる。堪えきれず着地に失敗したユニコーンは横倒しになるけれど、怒り狂った嘶きと共に直ぐに起き上がって私に向かって角を突きだし、前脚で地面を掻いていた。

 

 でも、もう遅い。

 既に私の魔法は発動しているのだから。

 

 

 ユニコーンの周囲を黒い魔力の塊が無数に浮かんで囲み、それが歪んで形を変えて行く。

 イメージしたのは悪魔の腕、鋭利な爪先を持つ太くて長い腕だ。

 強引に突破する暇も与えず、爪先がユニコーンの肉に食い込んで動きを完全に止めた。

 

「ギャッ!?」

 

 身動ぎして拘束を解こうとするユニコーンだけれど、食い込んだ爪は外れず、逆に暴れる程に傷が深くなるばかり。

 口からも血が溢れ、純白の体も足元も血で真っ赤に染まった時、ユニコーンの瞳に見慣れた感情が浮かび上がる。

 ”恐怖”、私が何度も向けられ、ロノスさんやリアスさんは向けなかった感情だ。

 ああ、本当に優しくって素敵な人達で、叶うなら側に居続けたい。

 例え家を捨てても国を捨ててでも……。

 

「……”ダークバインド”だっけ? 思い切った見た目にしたね」

 

「はい! 力を見せるには見た目を派手にするのが分かりやすいですから。……あの、駄目ですか?」

 

「うーん、別に良いんじゃないかな? 変に誤魔化そうとしても広まってるイメージは覆せないし、貫くならとことんだよ。じゃあ、そろそろ終わりにしようか?」

 

 答えを予想して問い掛ければ当然の様に願った返答が向けられる。

 本当にこの人は罪作りだ。

 貧乏な子爵家の私じゃお嫁さんになんてなれないのに……。

 

「シャドーランス!」

 

 苛立ちをぶつける様にユニコーンの全身を貫いて仕留め、全身に力が漲るのを実感する。

 ああ、本当に残念だ。

 結婚式で純白のドレスを来た私の横に立つのはロノスさんが良いのに……。

 

「其れにしても随分と汚れてしまったな。アリアさん、屋敷のお風呂に入って行く? 未だ門限まで時間有るしさ」

 

 ユニコーンの突撃自体は確かに一撃も貰っていないけれど、あれだけの勢いだから土煙は浴びてしまっているし、言葉に甘えるのも悪くない。

 ……ちょっと悪戯を思いついた。

 

「じゃあ、お言葉に甘えますね。えっと、ロノスさんのお背中を流し……じょ、冗談です……」

 

 私の心を惑わせるロノスさんに少し仕返しを仕掛けるけれど、言葉の途中で恥ずかしくなった。

 少し前までの私だったらこの程度で恥ずかしいなんて思わない位に心が死んでいたのに、これも全部ロノスさんのせいだ。

 

 今のどう思っただろう?

 エッチな子?

 それとも下品?

 ちょっと早まったかもと不安になってロノスさんの顔を伺う。

 

「……あれ?」

 

 何故かロノスさんは顔色を真っ青にしていて……怯えている?

 私の力を見ても怯えなかったロノスさんが、一緒にお風呂に入ろうって感じの事を匂わしただけで?

 

「……ごめんね。二年前にお風呂で襲われてさ。貞操は何とか守ったけれど、未だにトラウマになっていて」

 

「ご、ごめんなさい! 私、ほんの冗談で……。あの、流石に恥ずかしいので今の冗談は聞かなかった事になりませんか?」

 

「良いよ。でも僕もビックリしたな。アリアさんって意外とお茶目なんだって思ったよ」

 

 ホッと一安心、どうやらロノスさんに嫌われたりはしていないらしい。

 逆に面白いと思われているのなら嬉しいけれど、少し不愉快な事が……。

 

 ロノスさんを襲ったって人のせいで私の言葉に怯えられた、それは相手が誰でも許せない。

 

「それにしても酷い人ですね。もし機会が有れば私がお仕置きしてあげますよ」

 

「あはははは。ちょっと厳しい相手かな? 既にお仕置きはされているから勘弁してあげて」

 

 ロノスさんは笑っているし、こっちも冗談だと思われたみたいだけれど、私は冗談で言っていない。

 ……口実さえ作る事が出来たならそれなりの報いを与えよう。

 

 

「所でロノスさんは……いえ、何でもないです」

 

「そう?」

 

 怪訝そうにするロノスさんだけれど、とても本当の事は口に出来ない。

 本当に私と一緒にお風呂に入りたいか、そんなのとても口に出せないから……。

 

 

「ちょっと惜しかったかな? ……多分無理だったし、ロノスさんはそんな人じゃないけれど……」

 

 訓練後、ポチと遊ぶ為に裏庭に残ったロノスさんと別れた私は屋敷のお風呂を借りていた。

 少し濁った色の変わったお湯で、魔法を使った人工温泉だと聞いているけれど、温泉なんて初めて入るから良く分からない。

 美肌効果や疲労回復に効くらしいけれど、私は他の事に強い印象を与えられていた。

 この屋敷ではお風呂は家人用と客用と使用人用に分かれている上に、この客人用に入った私は大勢の人にお世話された。

 ……本当は私なんかに関わりたくないだろうに嫌な顔を全く見せず、私の実家では一人使用人がお世話をしてくれる程度な上に嫌がっているのを隠そうともしていなかったから大違いだ。

 

 色々な事が初めてで、湯当たりした時みたいに胸がドキドキするけれど、これは別の理由。

 

 ……もし私が恥ずかしがらずに背中を流すかどうか訊けて、ロノスさんが受け入れていた場合、どうなっていたんだろう?

 

 

 私が背中を流して終わり?

 

 それとも一緒にお湯に浸かる?

 

 もしかしたらロノスさんに押し倒されて、そうなったら私が抵抗しても無駄で……。

 

「そんな酷い事をする人じゃないし、未だそんなのを望んでないのに何を馬鹿な……」

 

 あの人がそんな選択肢を選ばないと分かっていても思ってしまう。

 ちょっとだけ選んだ時の事を妄想して、恥ずかしくなった私が口の辺りまでお湯に浸かってブクブクと泡を出していた時の事だ。

 

 誰か入ろうとしているらしい会話が聞こえて来たのは……。

 

 

 

 

 




応援お待ちしています ブクマ四〇〇突破!

早く漫画の取引の続きの連絡が来て欲しい

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気分的には元気過ぎるワンコの散歩

 アザエル学園が所有・管理を行うダンジョン、通称”学園ダンジョン”は本来ならば戦う機会の少ない貴族の子息子女に実戦経験を積ませる為に存在する……のだが。

 

「こりゃ実戦ってよりは実戦ごっこだな。温ぃにも程があるだろ」

 

 飛び掛かって来たゼリー状の生物”スライム”を文字通りの一蹴で倒し、壁に埋め込まれた特殊な光る石で昼間の様に明るい石造りの通路を進むフリートは何処か不機嫌そうだ。

 

「いえいえ、フリート様の強さあっての事ですよ」

 

「我々じゃとても……」

 

 そんな彼に対して賞賛の言葉と言うよりは媚びを売る為の言葉を投げ掛ける同級生達なのだが、フリートとは違って見るからにボロボロのヘロヘロで実戦経験が殆ど無い事を伺わせる。

 今の言葉が自分達への嫌味なのかと疑う思考すら放棄してすり寄って来る連中にフリートは何か言葉を投げ掛ける事すら諦めて進み出した。

 

「お、お待ちを!」

 

「我々もお供します!」

 

(一応繋がりを持ってやるかと思ったが……こりゃ変なのを見定めるって意味で成功だったな。”勇猛な姿を拝見したい”だの”憧れています”だの調子の良い事ばっか口にする癖に基礎すら駄目じゃねぇか)

 

 フリートの家は大公家であり、少なくても今側に居る者達は顔を”覚えて貰う”相手ではなくて顔を”覚えてやる”立場の相手だ。

 それでも目のある奴なら歓迎だと、暇潰しと今後の下見を兼ねてのダンジョン探索に勝手に同行して来た者達を見ていたが期待外れでしかない。

 所々に現在地が記された地図があり、出口に向かう道を示す矢印が床に描かれたダンジョンも彼からすればお遊びの場所で同じく期待外れであったが。

 

「こりゃロノスの所に行ってた方が良かったな。チェルシーの奴も俺様よりロノスの妹の方を優先しやがってよ」

 

 どうやら不機嫌の理由は他に有るらしく、後ろで必死に走って追い付こうとしている者達に聞かれた時の反応が鬱陶しいと思ったのか小声で呟いた彼は坂道の前で足を止める。

 

「……帰るか」

 

 目の前の下り坂を進めば学園ダンジョンの最下層となる広間であり、特に何か有る訳でもない。

 精々がリアス達が行うのと同じで生徒間の決闘に使われる程度だ。

 遠目に数人の姿を確認したフリートの顔は心底面倒そうで、此処までが無駄足だったと言いたげである。

 

「ったく、新入生が入るのを許可されたのが未だ此処だけってのが面倒だぜ。他の学園ダンジョンなら少しはマシなんだろうが、家の力で無理に……は無理だな。格好悪い上にあの理事長が許す訳が無いし」

 

 自分が引き返した事に一瞬嬉しそうにするも、媚びを売って来るのを無視して進むなり慌てた様子になる者達の同行を許した事を本格的に後悔しながらフリート。

 

「うっせぇ。顔と名前はちゃんと覚えたから黙れ」

 

 当初の目的が顔繋ぎだったからか背後から安堵の溜め息が聞こえて来る。

 だが、実際は印象に残れる程の事はしておらず、数多く居るその他多数など直ぐに忘れてしまうだろう。

 それでも悪い印象のまま覚えていられるよりはマシなのだろうが……。

 

「何か面白い事有ったら良いんだが。綺麗な女が接待してくれる店でも行くか。どんな奴もチェルシーには劣るがな」

 

 背後から”ご案内します”だの”今回のお礼を”だの必死に叫んでいるのが聞こえるが既にフリートには認識されていない。

 大体彼の方が金持ちで奢って貰う必要は皆無なのだ。

 

 結局、彼等は婚約者に放置されて拗ねた男の憂さ晴らし同行した結果、ただ徒労に終わっただけであった。

 

「……あー、でもバレたらうっせぇしな、彼奴。仕方無いし、何かプレゼントでも選びに行くか」

 

 サクサク進み、出現するモンスターも歯牙にも掛けないフリートの背後では疲弊した状態で必死に戦う音が聞こえたが、既にチェルシーの事だけを考えているフリートには聞こえない様子だ。

 

「しっかし帝国の連中が奥で何をやってたんだ? 関わったら面倒だし、後ろの……名前を忘れた連中がついて来れない雑魚で良かったぜ。絶対揉めるし、俺の責任になったら嫌だからな」

 

 

 

 

 そして、そのチェルシーではあるが、今は何をしているかと言うと……。

 

 

 

「……う~」

 

「リアス様、ご冷静に。他人の胸を幾ら凝視しても胸は大きくなりません」

 

 目の前でプカプカと浮かぶ二組の胸を凝視して悔しそうに唸る友人をたしなめていた。

 

 

 

 

「リ、リアスさんっ!? それにチェルシーさんまでどうして此処にっ!?」

 

「アリアが入っているって聞いたし、だったら偶には客人用のお風呂に入るのも良いかなって思ったのよ」

 

「私は付き添いよ。まあ、思い付きに付き合うのは何時もの事ね」

 

 当然だけれど目の前ではアリアが驚いた顔で私達を見ている。

 アース王国では確か同性の友人でも公衆浴場みたいな場所や特殊な状況でもない限りは一緒にお風呂に入る習慣は無かったかしら?

 

「リュボスでは”裸の付き合い”ってのがあって、同性と一緒にお風呂に入ったりするのよ。まあ、この方と付き合うのなら不意の行動には慣れていた方が良いわよ」

 

 流石はクヴァイル家のメイドだけあって私達が浴室に入るなり追加の人員と共に入浴前のお世話を始めるし、手際だって私の家と比べても段違いだわ

 あっという間に全身ピカピカにされた私は浴槽に飛び込もうとしたリアス様を止めると普通に入ってアリアの横に並ぶ。

 

「……大きい。こうして見ると服の上からだと着痩せしているのね」

 

「ひゃっ!?」

 

 その呟きがリアス様の口から漏れだし、視線を胸に浴びたアリアが咄嗟に胸を両手で隠したのだけれど、大き過ぎるから隠せていないし、腕で押さえられたせいで形が変わっている。

 

「リアス様、貴女は貴族令嬢ですよ? もう少し慎みを持って下さい」

 

 一応注意はするけれど、この方のこれは昔からなのよね。

 因みに擬音で表すとすれば、”たゆんたゆん”と”たゆん”と”ぺたぁ”で、誰の何処かは黙秘するわ。

 

「チェルシーさんはリアスさんとは……」

 

「ええ、長いわ。元々私のお祖父様とお父様がリアス様のお祖父様である宰相閣下の部下で同じ歳だから遊び相手に選ばれて……振り回されてるわ。まあ、友人だから別に良いのだけれど……はぁ」

 

「その溜め息が気になるわねぇ……」

 

「いや、聖女の再来だって聞いていたらこんなのですからね」

 

「こんなの!?」

 

 しかしリアス様じゃないけれどアリアは大きいわね。

 胸だけ残して簡単に痩せられる魔法みたいな方法でも使ったみたいに肉が少し足りない体付きの癖に胸だけは大きい。

 

「……何食べたら胸だけ大きくなるの?」

 

「そうよね! 秘密があるなら教えなさい! 揉むの!? 揉めば良いの!?」

 

「うっかり口にした私が言うのも何ですが落ち着いて下さい。彼女が困っていますし、そもそも揉めない大きさでしょう。ゴリラなだけ……鍛えているだけあって健康的に引き締まっているリアス様は魅力的ですよ?」

 

「今、ゴリラって言ったわよね!?」

 

「失礼、噛みました」

 

 やれやれ、騒がしい入浴になりましたが、此処までの騒ぎにも一切表情を変えないクヴァイル家のメイドは本当に凄いと思うわね。

 

 

 

「さて、今日は帰りにフリートへのプレゼントでも買おうかしら? 流石に放置したお詫びをしてあげないとね」

 

「本当にどうやってそれを育てたのかしら!?」

 

 リアス様に肩を揺さぶられる度にユサユサ揺れるアリアの胸を見ながらそんな事を呟く私だった……。

 

 

 

「新入生歓迎の舞踏会も近いし、買うなら装飾品かしら? 彼奴、ダンスが苦手なんだから練習相手になってやらないとパートナーの私まで恥ずかしいじゃない。」

 

 

 

 

 



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ペットにはそう見えた  挿し絵有り

なろうで投稿始めました

https://t.co/jkUkSLIEiu


「そうでちゅか~。美味しいなら良かったでちゅよ~」

 

 アリアさんがお風呂に向かった頃、僕はポチの背中に乗って首の辺りを撫でてやりながらユニコーンの死骸を食べるのを眺めていた。

 

「キュイキュイ!」

 

 普段は狩猟本能からか狩ってから食べるのが好きなポチだけれど、アリアさんが仕留めたユニコーンを食べる姿は随分と機嫌が良さそうで何よりだ。

 クチバシで肉を引き裂き、口元を血で汚しながら先に内臓を貪る。

 未だ言葉が分からなかった頃、内臓の方が肉よりも好きなのかと思って内臓を多めにあげていたけれど、好きな物は後回しにする派だったから驚いたのを覚えているよ。

 

「明日はちゃんと狩ってから食べる様にしまちゅからね~」

 

「キューイ!」

 

「そっか~。僕があげる餌なら何でも良いのか~。ポチは本当に可愛いでちゅね~」

 

 ああ、それにしても少し汚れて来たよね。

 元々汚れが分かりにくい羽や毛皮の色をしているけれど、こうやって撫でてやると羽の根本まで細かい汚れが目立つな。

 

「ポチ、今日はお風呂に入ろうか」

 

「キュイ……」

 

「お風呂は嫌かも知れないけど、ちゃんと綺麗になったら僕は嬉しいな」

 

「キュイ!」

 

「良い子だね、ポチは。じゃあ、ご飯が終わったらお風呂に行こうか」

 

 ポチの首を撫でながら空を見れば雲が凄い勢いで流れて行くし、上の方では風が強いらしい。

 

 お風呂の話題になって、空を眺めると二年前の事を思い出す。

 あの日もこんな空だったよね……。

 

 

 

「いやいやいやっ!? 落ち着こうかっ!」

 

 この日、お祖父様のお供として出向いた先の露天風呂に入っていた僕は、この日に出会ったばかりの女の子に求婚を通り越して子作りを迫られたんだ。

 

 突然背後から声を掛けられたと思ったら、おもむろに服を脱いで褐色の肌を惜しげもなく晒した彼女も風呂に入って来ての突然の要求。

 

 今考えれば対処法は幾らか有ったのだろうけれど、目の前で揺れる巨を通り越して爆な二つの塊とかが間近に有ったし、身内以外の異性の裸を見たのって覚えている限りは初めてだったんだから仕方無い。

 

「落ち着いている。お前も落ち着け。私、お前を自分の物にすると決めた。だから抱く。大丈夫、最初が痛いのは女。私は戦士、痛いの平気」

 

 まあ、元々向こうの方が力が強いし、冷静じゃない僕は簡単に捕まって押さえつけられた。

 後はまな板の上の鯉って奴だ。

 

 ……まな板といえばリアスがこの場に居なくて良かったよ。

 ちょっと情けない姿だからね。

 

「そうじゃないから! 僕が言いたいのは……」

 

「問答無用。覚悟しろ。気持ち良いから大丈夫」

 

 

 

 

「キュイ!」

 

 ……!?

 

「今、トラウマが戻って意識が飛んでいた?」

 

 何時の間にか立ち尽くしていた僕の意識はポチの鳴き声で連れ戻される。

 ああ、良かった、とポチを撫でながらも顛末を思い出す。

 

 

 

 ……全身が血に染まった状態で倒れ込む彼女と、何時もの優しそうな笑顔でそれを見下ろすあの人。

 そのまま躊躇無く彼女の腕を蹴りでへし折り、頭を潰そうと足を上げる。

 次の瞬間には頭が弾け飛ぶのは分かっていた。

 

「まさか最後にはあの子の命乞いをするなんてさ。それからも積極的だし、何があったか知ったリアスが激怒するし、今でも大変なんだよね。……でも、本当に大きいな、彼女」

 

 吊り橋効果って奴かな?

 積極的な子は嫌いじゃないけれどあの子は苦手なんだよ、爆乳だけど。

 

「大きなお胸にはロマンが詰まっていると思うんだよね、僕」

 

 あの時の僕はパニック状態だったけれど、あの頃よりも女の子に興味が有る今の僕は今の僕でどうなる事やら。

 レナに知られたら”耐性を付ける為”って言って誘惑が過激になりそうだ。

 

「キューイ?」

 

「ああ、ごめんごめん。君は子供だから少し早い話だったね」

 

 思わず口から出る呟きにポチが不思議そうにしているけれど、この子の結婚相手をいつか捜してあげなくちゃ駄目なんだよね。

 

「じゃあお風呂に行こうか」

 

「キュイ……」

 

 駄目駄目、忘れてなんかいないからさ。

 いや、でも邪な事を考えているとポチの純粋な視線が痛いなぁ……。

 

 この機に乗じて逃げ出そうとしたポチの頭を撫でながらお風呂へと連れて行こうとする。

 ポチは聞き分けの良いグリフォンなので渋々ながら着いて来てくれた。

 

 

 

 

「あれ? アリアさん達も今上がったの? 門限ギリギリだよ?」

 

 ポチを全身隅々まで洗い、泡でモコモコにして綺麗にして乾かすと羽毛が膨らんで可愛さが更に上がってしまう。

 ああ、何で此処まで可愛いんだろう、この子。

 絶対何かしらの神の加護を得ているよね、美の神とかそっち系の。

 

 このまま夜中までポチに寝そべって寝られたら最高なんだろうけれど、そうしようと思っていたら客人用のお風呂から出て来るアリアさん達と遭遇した。

 

「そ、そうなんですか……」

 

「あれ? 少し疲れてフラフラだけど大丈夫? ……リアス、また何かやらかしたんじゃないの?」

 

 まるで長湯が過ぎた時みたいにフラフラした様子のアリアさんと自分の胸をペタペタ触りながら何かブツブツ呟いている。

 リアスとアリアさんの一部を見比べてしまえば偶に起きる発作が発動したって事は簡単に思い当たるよ。

 ゲームでは傲慢な悪役だけれど、前世の記憶がある今のこの子は凄く素直で少しゴリラな可愛い妹だ。

例え悪役のままだとしても僕からすれば可愛い妹なんだ、素直でゴリラな子じゃなくても。

 いや、色々な人にゴリラって呼ばれているから僕もゴリラって言っているけれど、ゴリラは流石に悪いよね?

 

 

「門限……確か寮の規則って凄く厳しいのよね」

 

「はい。門限破りは次の日の朝ご飯が抜きになる上に減点されて、一定以上になったら寮を追い出されるんです……。他の家の方は別にご飯を用意したり住む場所の手配をして貰えるんですが私の実家はお金が無いし、お祖父様お祖母様は……いえ、何でも有りません」

 

 最後は言葉を濁したけれど実家での扱いはゲームでは詳しく描かれないけれど予想出来るし、流石に減点になるのは可哀想かな?

 今後、彼女を色々なトラブルに巻き込む可能性だってあるし、だからって寮を追い出されても屋敷に住まわせたりするまでは家の関係も有るし……。

 

「キュイ?」

 

「あっ、そう? アリアさん、ポチが送って行こうかって言ってるよ。今からならパッと行けば絶対に間に合うからさ」

 

「助かります。ありがとうございます! ポチちゃんもありがとうね」

 

「キュイ?」

 

「あっ、私の言葉は通じないんでしたね」

 

 さて、行こうか。

 ……ポチを屋敷の中に入れちゃったのをメイド長に見つかっちゃったし、何か言われる前に逃げようか。

 

 

 

 

 帰った後で怒られるから一時凌ぎに過ぎなくても!

 

 

 

「じゃ、じゃあ宜しくお願いしますね」

 

 早速ポチに乗って学生寮まで向かうんだけれど、何故かアリアさんは緊張した様子で僕の後ろに乗る。

 何故か既にドキドキしてるのが伝わって来るし、お風呂でリアスが変な事でも……あっ。

 

 今、僕も理解した。

 胸の事を考えた訳だから分かったけれど、そのせいで余計に背中に押し付けられる感触が気になるし、これは僕もドキドキして来たぞ。

 

 でも、それに気が付かれる訳には行かない。

 だって出会って数日の男が自分の胸を意識しているとか普通に嫌だろうし、此処は落ち着いて話をしていれば大丈夫だ。

 何か話題になる物はないのかと地上を見れば露天が幾つも並び、何かが光を反射するのが目に入った。

 

 

「アクセサリーのお店でしょうか? 私、あまり持っていなくて」

 

「リアスも贈り物で沢山貰ってるけれど滅多に身に付けないよ。指輪は武器を握るのに邪魔な上に拳を使ったら壊れるし、髪留めも鬱陶しいんだってさ。あの子はそんな物無くても可愛いから構わないけどさ。でも、似合う物を身に付ければもっと可愛くなるんだろうな」

 

「そうですか……」

 

 アリアさん、矢っ張り年頃だからアクセサリーが欲しいのかな?

 会って数日でアクセサリーを贈るのもどうかと思うし、僕には何も出来ないけれど、決闘で勝った場合のご褒美にオマケって形で贈るのは良いかもしれないよね。

 ちょっと難しい話だよ。

 なにせ僕は家同士の付き合い以外で女の子とそれ程親しくしていないからな。

 

 そんな風に話す間にポチは寮まで到着、門限には間に合った。

 門の前でポチの背中から降りて別れの挨拶を交わす最中の事、アリアさんが思い出した様に口を開く。

 

「それにしてもポチちゃんはどうして私を送って行くって自分から言ったのでしょうか?」

 

「確かにポチって他の人への態度が……ねぇ、アリアさんを送ろうと思ったのは何でだい?」

 

「キュイ」

 

 ……はい?

 

「いや、アリアさんは僕のお嫁さんじゃないからね?」

 

「キュイ?」

 

「うん、違うから。……えっと、また明日ね」

 

 何でそんな勘違いをするのかなぁ、この子は。

 恥ずかしいのでポチの手綱を握り締めて最高速度で去って行く。

 

 明日、アリアさんが怒っていなかったら良いんだけれど……。

 

 

 

 

 

 そして翌日……。

 

 

「……そうか。お前の母親が母上を追い詰めて殺したのか」

 

 マザコン王子がアリアさんに詰め寄っていた。

 

 

 ……いや、何で?

 

 

 

 

 




真実様に依頼

アリア&リアス(胸部装甲の中は空洞)です


【挿絵表示】


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兄妹会議

 今は使っていない客人用の部屋に忍び込み、軽食と飲み物を持ち寄ってトランプで遊ぶ。

 夜中にするちょっと悪い事で、メイド長に見付かったら大目玉を食らうというスリルも楽しみの一つだ。

 

 でも、夜中にこっそり集まったのはとある目的の為、それを誤魔化す為のフェイクとして少し悪い事をしているんだ。

 

「じゃあ、今から定例会議を始めよう。議題は勿論”ラスボスになるのを避ける事”だよ」

 

「いえーい!」

 

 深夜、この時間帯になっても夜勤の使用人が働いている中、まるで時間が停まったかの様に周囲は静まり返り、リアスの元気な声は凄く響く。

 この子、前世ではこんな感じじゃなかったのに、矢っ張りリアスとしての素の部分だったり、道具にしやすくする為の甘やかしのせいなのかな?

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「いや、相変わらず前世でも今も可愛い妹だって思ってね」

 

 ああ、それでも良い子なのは変わりないし、前世の教育で”何が悪い事なのか”の基礎は身に付けて居るから良いんだけれど、僕も同様に身内への甘さからの暴走が怖いよね。

 それで敵を作っているし、貴族らしからぬ行動を無自覚にしている時がある。

 

 ……漫画で読んだ”歴史の修正力”が働いているのかも。

 

「……って僕は思うんだけれどリアスはどう思う?」

 

「お兄ちゃんなら大丈夫だわ! 私もお兄ちゃんの言う事をちゃんと聞くし」

 

「リアスは良い子だね。でも、僕が間違ったと思ったら止めてね?」

 

「勿論よ。股ぐら蹴り上げてでも止めてあげるんだから!」

 

 ……うわぁ、相変わらず力強くて頼りになるなあ。

 凄く張り切ってシャドーボクシングまで始めるリアスに頼もしさを感じる反面、もう少し穏便な方法を取って欲しいとも思えてくる。

 

 でも、ゲームでは”貴方は私の側で私に従っていなさい”って僕に言っていたからね、リアスは。

 実際は警戒せずに甘えられる相手だからって信頼してる結果からだけれどもさ。

 

「でも楽観視は出来ないかも知れないよ? ゲームではリアスがアリアさんに絡んで、攻略キャラが助太刀したけれど、実際は攻略キャラが絡んでリアスが助けたからね」

 

「結局は似た流れになるって事? じゃあ、利用されるのは私達じゃなくて他の連中かもって事? ……うわぁ、面倒」

 

 ”利用される”、それがゲームでの僕達兄妹と、最も警戒している相手である隠しボスとの関係だ。

 代理人を使った決闘に負けたリアスに接触し、自らの目的である”人類殲滅”の為に暗躍していた黒幕。

 

 名を”テュラ”。

 

 人間を滅ぼそうとした二人の神の片方であり、途中で思い直した片方によって騙し討ちの末に封印された闇の神。ゲームでは最高火力を誇った闇属性魔法を一切無効化する強敵だ。

 恐らくだけれどゲーム同様にこの世界にも存在するだろうし、その前提で動いた方が良いだろう。

 

「僕達は騙されない自信が有るけれど、ゲームではその描写がなかった洗脳をして来たり、他の誰かを騙すかも知れない。……絶対に気を抜いて軽率な行動を取らないようにね。まあ、僕もやらかしちゃったけれど」

 

「うん、流石に会ったばかりの相手が居る前でのポチへの態度はどうかと思うわ」

 

「……今後は注意するよ。じゃあ、今後は原作のイベントが起きているか、起きていても原作と違う所は有るか、それに注意しよう。流石にキャラの領地を舞台にした個別のイベントまでは介入出来ないだろうけれど。……僕達は」

 

「ええ、私達はね」

 

 ゲームでは長期休暇の時に好感度が一定以上なら領地に案内されるんだけど、色々と問題が起きる。

 その領地に何かある程度なら不干渉で良いけれど、どの領地に行っても必ず起きる上に世界の命運に関わりかねないイベントだって存在する。

 

「確か暗躍している連中が居たのよね? 殆ど覚えていないけれど」

 

「だって僕達はプレイを眺めていただけだしね。しかも六年前じゃね。でも、暗躍している奴が名乗っていたのが確か……”ネペンテス商会”だったかな? ……あれぇ?」

 

 えっと、確か昨日聞いたばかりの名前だ。

 レキアが管理を任された妖精郷の異変に現れた神の眷属らしき存在がその名前を名乗ったって彼女から聞いたじゃないか。

 

 知識がうろ覚えな事の弊害が生まれた瞬間に僕は焦り、未だ気が付いていないリアスは呑気にポテトフライを食べている。

 今直ぐレキアの所に……駄目だ、準備が整っていないし、ポチは夜行性じゃないから行く手段が無い。

 それに下手に相手の事を知っていると悟られたら厄介だ。

 

「リアス、気を付けて。もしかしたら光魔法が通じない相手と戦うだろうからさ。……もうそろそろ僕も限界だ。時間の流れを切り離せない」

 

 ドッと押し寄せる疲弊感と共に周囲の空間に歪みが生じ始める。

 あと数分以内にでもこの部屋と部屋以外の時間の流れは等しくなるだろう。

 

「じゃあ、歯を磨いてお休みね。また明日ね、お兄ちゃん」

 

「二人以外の誰かが居る時はお兄様って呼ぶんだよ? じゃあ、お休み」

 

 バレない内に食べ物と飲み物を手にして客間を飛び出して各々の部屋に慌てて駆け込む。

 さて、決闘は明後日だし、それから間もなく開かれる舞踏会が僕達の運命の分岐点だ。

 

 

「原作の事はアリアさん達に任せて、僕達は平穏な生活を……」

 

 いや、色々と手遅れな気もするけれど、もしもの時はクヴァイル家の所有戦力に任せれば良いや。

 大体、たかが数人の若者だけに世界の命運が左右されるなんておかしいし、パーティーの人数制限なんて気にせずに囲んでボコれば……眠くなって来た。

 

 

「まあ、イベントは起こるにしても時期があるから暫くは大丈夫か。ゲーム通りに行けば力を見せたアリアさんを認めて周囲に人が集まるだろうし。……ん?」

 

 確か発生時に好感度が一定以上じゃないと絶対に攻略不可になる上に情勢とか関係無いイベントが有った様な気が……。

 

「まあ、その辺は明日から調べさせれば良いや。何とでもなるから」

 

 あのイベントはアリアさんの出生の秘密が明らかになる重要イベントでは有るんだけれど、母親の言いつけを破る程の心境の変化有ってこそだし、多分大丈夫……。

 

 僕は色々と楽観視しながら眠りに付く。

 部屋の外では夜のシフトの人達が手際良い働いていた。

 

 

 

 

 

 ”この首飾りは人に見せては駄目よ”、母は私にそんな事を言っていた。

 どうやら名前も知らない父に迷惑が掛かるかららしいが、一度も会った事の無い父親に迷惑が掛かろうが知った事じゃない。

 

「似合いますか? ……似合うでしょうか? ……これで良いのだろうか?」

 

 長い間被り続けた”アリア・ルメス”としての仮面を鏡の前で再確認する。  

 闇属性に生まれ、死んだと思っていた心だけれど唯一の味方だった母の願いの為の偽りの仮面。

 

 ……でも、あの兄妹は仮面を見抜いて、そして闇属性の私を受け入れてくれた。

 

「何時かこの仮面が本当の顔になったら良いな……」

 

 未だ本当の顔を見せる勇気が湧かないけれど、何時かそうなる事を願い、今は少しお洒落をした所を見せたいと初めて母の言いつけを破った。

 

 誉めて貰えるだろうか……?

 

 

 

 

「魔女だ」

 

「悪魔憑きだぞ……」

 

 寮を出て学園に向かうと周囲から聞こえて来るのは聞き慣れた言葉。

 昔は泣いて否定したけれど、今はどうとも感じない。

 これも成長と言えるのだろうか?

 

 

「……おい。その首飾りをどうしてお前が持っている?」

 

 そんな時、ルクス王子が驚いた顔をしながら私の前に立ちふさがって首飾りを指差す。

 ……面倒な事になる予感がした。

 

 

「これは母の形見の品で……きゃっ!?」

 

 突然詰め寄って来る。

 この瞳は闇属性への”嫌悪”ではなくて”憎悪”?

 

 

「……そうか。お前の母親が母上を追い詰めて殺したのか」

 

 ……はぁ?  

 何を馬鹿な事を言っているのだろうか?

 

 だって表向きは事故死になっているけれど、先代の王妃の死因は正直言って自業自得な内容だと貴族の間では秘密裏に囁かれて居るんだから意味不明としか思えない。

 

 

 

 

 

「その首飾りは父上が母上以外の女の為に用意した物だ。あの人はそれを知ってから変わった。……お前の母親が母上を殺したんだ」

 

 ……本当に面倒だ。

 胸ぐらを掴み上げられた私は怯えた演技をしながら呆れ果てていた。



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友の忠告

 泥酔した王妃が隣国の王族を巻き込んで事故死した、そんな醜聞は両国にとっても隠したい内容で、一応隠蔽されたものの人の口は完全には封じられないし、国同士の関係は悪化、国境近くで頻繁に起こる様になった小競り合いは最終的に聖王国の仲裁で収まった。

 

 ……その結果としてあの女が新しく王妃の座に収まったのだが。

 

「新しい王妃様は有能で助かるな」

 

「ああ、前のが最悪だったのもあるが……」

 

 継母が優秀なのは認めるが、そのせいで母上が死後まで貶められるのは気に入らない。

 だって豹変しなければ優しく賢い人だったあの人は大勢に慕われた筈だ。

 

「父上、いい加減話してくれ。俺には母上が豹変した理由を知る権利が有る筈だ」

 

「……分かった」

 

 父上を何度も問いただし、漸く知った理由は”痴情のもつれ”、単に父上の浮気の結果らしい。

 王子時代にお忍びで出掛けた先で出会った女と恋に落ち、母上を妻に迎えた後も関係は続いたらしい。

 公にしていなかったのは相手の地位が低い故に排除しようとする動きが出かねない為だ。

 

 それが全ての理由。

 父上に心底惚れ込んでいた母上は嫉妬から心を壊し、あの様な最期に……。

 

「全て私の責任だ。だから彼女に贈った特注の首飾りと同じ物を妻の墓に供えよう」

 

 父上が俺に見せた首飾りを決して忘れないだろう。

 何故ならその女が母上を追い詰め、そして死なせた犯人だからだ。

 その後、父上の目を盗んでそれらしき女を探すが中々発見には到らない。

 

 それがこんなにもあっさりと見付かるだなんてな。

 

 

「陛下が私の母に贈った物!? そんなの何かの間違いです。確かに私は父が誰か知りませんが……」

 

 俺の言葉に驚き、信じられないと言いたそうな態度の女を見下ろす。

 アリア・ルメス、王国の貧乏子爵の一人娘で闇属性の使い手。

 存在を知った時は俺が統治する時代に面倒事を引き起こすであろう存在が生まれたのは厄介としか感じておらず、何か成果を上げても取り立ててやる気は無かったが、向けるのは無関心だけ。

 

 だが、今は違う。

 腹違いの妹かも知れなかろうが関係無い。

 此奴の母親のせいで俺の母親が死んだのだから。

 

「……許さない。俺は絶対にお前の母親を許さない。お前の存在を認めない」

 

 胸ぐらを掴んで持ち上げ、怯えた表情を睨む。

 周囲が騒がしいが今の俺にはどうでも良いんだ。

 

 今の俺がすべき事は”復讐”、それ一つしかないのだから。

 

「……俺もお前との決闘に参加するぞ」

 

 騒ぎを聞きつけて此方に向かって来る女を遠目に確信する。

 リアス・クヴァイル、継母の姪であり、目の前の女と組んで決闘を行う予定の相手だ。

 

「お前とあの女を揃って叩きのめし、母の仇を取った上で今の王妃の血筋に価値が無いと、母上の子である俺の方が優秀だと証明してやる」

 

 胸ぐらを掴んだ手を振り抜けばアリアの華奢な体は宙を舞い、ロノス・クヴァイルが受け止める。

 

「女の子に乱暴するのはどうかと思うよ? 途中からだけど、どうも君が一方的に絡んでいたみたいだしさ。ほら、彼女に謝って」

 

 兄妹揃って昨日の授業で最高成績を叩き出した二人の片割れであり、アリアと少し仲が良いらしき男、俺は此奴が嫌いだ。

 

 あの女の血筋より、母上の血筋の方が優秀だと証明しなければならない。

 だから昨日も調子に乗った所に恥を掻かせようとし、逆に優秀さを示す結果になった。

 

「……お前も何時か必ず倒す」

 

 嫌いな……いや、憎い相手が三人も目の前にいる事実に耐えられそうにない。

 例え逆恨みや見当違いな物だとしても、俺の腸は煮えくり返りそうだ。

 

「って、無視!? 随分と嫌われたなぁ……」

 

 

 俺が敵意を向けても平然とするロノスに少し苛立ち、最後に奴を睨むと俺は背を向けてその場から去って行った。

 背後で妹の方が何やら叫ぼうとして取り巻きに口を塞がれる様子が声で伝わるが、今は一刻も早くこの場を離れよう。

 

 「馬鹿馬鹿しいな……」

 

 ……俺の行いは王子としては正しくないと分かっている。

 だが、それでも豹変した母上の姿が頭から離れず、死後に向けられる嘲りの言葉が耳から離れない。

 

 きっとこれは俺の中で決着を付けない限り続き、俺は前に進めないのだろうという確信があった。

 

「見ていてくれ、母上。俺は絶対に勝つから……」

 

 この言葉が届いたとしても、もしかしたら正気に戻っていて俺を止めるかも知れないけど、それでも俺は……。

 

 

 

 

「ったく、女の子を放り投げるだなんて何考えてるのよ、あの馬鹿。チェルシーも何を邪魔してるのよ!」

 

「そりゃ邪魔しますよ。リアス様が何時ものノリで喧嘩売るの。それが私の仕事ですから」

 

 ルクス王子が去り、関わり合いになりたくないと大半の野次馬が去って行く中、さっきから口を塞がれた状態のリアスが解放されるなり食って掛かっている。

 

「貴女、ゴリラだけれど本国では建国の英雄の血を引いて、英雄と同じ力を振るえる人ですよ? それが王子に喧嘩売るとか馬鹿なんですか? いえ、馬鹿でしたね」

 

「ぬぐぐ……」

 

 もー、駄目だよ、リアス。

 君が口でチェルシーに勝てる筈がないんだからさ。

 

 それでも一応分が悪いと思ったのか納得した様子のリアスは大人しくなったし、ひとまず安心だ。

 ……リアスはだけれども。

 

 

「それにしても女の子を放り投げるだなんて酷い事をするよ。顔に傷でも出来たらどうするんだよ。怪我はないかい?」

 

 問題はルクスに投げられたから咄嗟に受け止めたから腕の中にいるアリアさんだ。

 今ので出生の秘密を知ってしまったみたいだし、ゲームと違って多くの冒険を繰り広げて心身共に成長していない今の彼女じゃ耐えられないかも。

 

 ……今回の事件、通称”首飾りイベント”は本来ならゲーム終盤で起きる筈だけれど、彼女はどんな心境の変化で首飾りを付けたんだ?

 

 まさかゲームと違って人に見せるなって言われてないとか?

 

「……ごめんなさい。ちょっと動揺してて、少しだけこのまま……」

 

「えっと……どうぞ?」

 

 アリアさんは僕に密着して顔を胸に埋めて表情が見えない。

 でも、多分人に見せたくない様な表情になっているんだろうし、咄嗟に了承しちゃったからなぁ。

 

「お兄様、先に行ってるわよ? 遅刻しちゃうもの」

 

「え? もうそんな時間?」

 

 とても離れて欲しいとは言えない状況の中、僕は空を仰ぎ見る。

 リアスが僕を置いて駆け足で校舎に向かい、予鈴の鐘の音が聞こえて来た……。

 

 

 

「もう大丈夫かい?」

 

「は、はい……」

 

 あの後、何とか落ち着いたアリアさんと一緒に僕は教室へと駆け足で急ぐ。

 少し動揺が残っているのか足取りがおぼつかなかった彼女の手を引いて走っているけれど、あんな事の後だからか真っ赤な顔を伏せているし、僕も少し恥ずかしくなって来たな。

 熱くなって来た頬をポリポリと掻き、何とか時間ギリギリに教室に到着くした。

 

「ギリギリセーフ! ……うーん、もう広まっているのか」

 

 ドアを開いて突入した瞬間、視界に入って来たのは此方を見てヒソヒソと話すクラスメイト達の姿で、僕は痛烈に嫌な予感を覚える。

 

 

 

「王子と敵対……」

 

「……もうルメス家は終わりだな」

 

 あっ、どうも間違った内容の噂が広がっているっぽい。

 

 

「フリート、どんな噂になってるか一応聞かせてくれる?」

 

 こんな時のフリートだ。

 一旦アリアさんと別れて情報を手に入れに向かう。

 取り巻きになりたい人達に囲まれて鬱陶しいって様子の彼に近付けば、周りの人達を邪険に追い払って僕を手招きして来た。

 

「おいおい、俺様に挨拶する前に質問か? ダチだから許してやるがよ。まあ、噂好きの連中が多いし、尾鰭背鰭で全くの別モンになってやがるぜ」

 

 僕と違って王国の貴族だし、王家に近い家だから話を聞き出しやすいと思って聞いてみれば、知りたいとは言っていないのに噂話は入って来ていた。

 

「何か”彼奴の母親が先代王妃と敵対してた”やら”王家の敵として取り潰し”だの色々だ。断片を繋ぎ合わせると……まさか国王の隠し子だったとはな。……あんまり関わるなよ? 面倒な連中は正解にたどり着くし、直ぐに動く。王国のいざこざに巻き込まれるぞ」

 

「……あー、うん。普通はそう思うよね」

 

 最後は真剣な表情で忠告してくる彼は本当に友達なんだなって思える。

 

 

 でもさ、そうは行かないんだよね。

 彼女が居ないと厄介な脅威が存在するのに……”首飾りイベント”では主人公の死亡でのbadエンドルートが存在するんだから。

 

 



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認めて欲しい相手 どうでも良い相手

 ”魔女の楽園”だけれど乙女ゲームなのにも関わらずBADエンドが結構存在する。

 いや、他の乙女ゲームを知らないけれどさ……。

 

 ”魔女”だの”悪魔憑き”だのと恐れられ、好感度が殆どマイナスな彼女がそのままイベントを進めた場合、要所要所で死亡フラグが立つんだけれど……最後の”首飾りイベント”だけは本当に拙い。

 何せ他のイベントがレベルを上げてのごり押しで防げるのに対し、所属する国の王子が潰しに来るこのイベントは例えレベルがカンストしていても駄目なんだ。

 

「……どうしよう?」

 

「何でアリアがあの首飾りをして来ているの? それもこんな序盤に。お兄様、何かやらかした?」

 

「さあ? 本来はリアスの挑発で着けたんだよね。”貴女の母親はロクな装飾品も残して居ないのね”とか言ってさ」

 

 昼休み、人目を忍んで校舎裏にやって来た僕とリアスはこれからの事を相談していた。

 これからアリアさんが王家の血を引いていると王国上層部に広まった結果、御輿に担いで利用する気の連中と、それを危惧する連中の政争が勃発、結果としてアリアさんは暗殺される。

 

 実はこのイベントの時点でエンディングを迎えるキャラが決定して、そのキャラが後ろ盾になる事で防ぐんだけれど……彼女、どの攻略キャラとも全然仲良くなっていないんだよね。

 

「……それでどうするの、お兄様? あの子が……正確には闇属性の強力な魔法使いが居ないと絶対に倒せない上に倒さなくちゃ不味い奴が居るでしょ? 他に戦えるだけの使い手を探すにも……」

 

「見付かる保証は何処にも無い、か」

 

「……私があの時庇ったのが悪かったのかしら? 知らない振りして放置すれば……」

 

 俯いて不安そうに呟くリアスに対し、僕は手をそっと頭に乗せて撫でてやる。

 今の年齢じゃ子供扱いにも程があるけれど、前世では僕達が不安そうになるとお姉ちゃんが頭を撫でて励まして、僕もこの子が不安そうにしていたら真似していた。

 

「大丈夫、僕が何とか手を尽くす。……ゲームと違って切れる手札を持っているからね」

 

 リアスを励まして笑顔を見せた後、指を鳴らして背を向ける。

 目前に居並び跪くのは僕の手札である忍び装束の手駒達。

 

 そんな彼女達に向けるのはクヴァイル家次期当主としての顔だ。

 リアスが知らない、知る必要の無い顔だ。

 

「部隊を分けて王子派と反王子派の双方を探ってアリアさんの護衛も行って欲しい。……君達のやり方で構わないからさ」

 

「はっ! ……散っ!」

 

 先頭の一人が返事をすると共に一斉に姿を消す。

 さて、そろそろ合流しようか……。

 

「あの子達が”夜鶴《よづる》”が用意した……」

 

「うん、そうさ。僕の所有する道具さ。……ああやって人格があるのを知ってるから道具って呼ぶのは抵抗があるんだけれど、”それが誇りです”だって言って譲らないんだよ。他は何でも命令通りに従うのにさ」

 

 どうも僕は人を指揮下に置くのに向いていないと自分でも思うし、お祖父様も既にそうだと判断して補佐官を育てて居るからなぁ。

 貴族の生まれとしては情けないけれど、僕が望まれているのは”時”っていう唯一無二で有益な力を高め、必要な時にそれを振るう事。

 現場仕事と経営関係は適材適所に人員配置ってだね。

 

 

「お兄ちゃん、無理は駄目よ? 私にとって友達よりもお兄ちゃんが大切なんだから」

 

 少しむくれたリアスがポカポカと結構強い力で叩いてくる。

 ああ、僕は隠している積もりでも、この子は何かを察しているんだな。

 やれやれ、兄としても少し情けないや。

 

「人前では”お兄様”って呼んでね。まあ、もしもの時は頼りにしているよ。何せリアスは前世から自慢の頼れる妹だから」

 

 また軽く頭を撫で、二人でアリアさん達が居る場所に向かう。

 そうだ、僕には頼れる妹が居るんだから起きる前から色々と不安になる必要なんて無いんだ。

 ……予想だけれど未だ王家の血を引いてるかどうかの疑惑の段階で、何の功績も得ていないアリアさんじゃ担ぎ上げるには頼り無い。

 

「アリアさんが学園外からも注目されるイベントって何があったっけ?」

 

「校外学習の時……だったと思うわ。例の四天王的なのの最初の一体と戦うのよ。偉そうにしていたのに一切光魔法が通じなくて逃げ出したゲームでの私と違ってね」

 

 その後、英雄として名を上げるから担ぎ上げたり取り込む価値を見出され、敵勢力に回るのを恐れられて……。

 

 

「あの子の人生って糞ゲーだよね」

 

 身内からも恐れられる力を持って生まれ、その力を大勢の役に立てると証明したら証明したらで……だからなぁ。

 本当に闇落ちしないのが不思議な鋼メンタルだ。

 

 まあ、”主人公”の運命なんて大抵のRPGで糞ゲーだと思うよ。

 何せタイミングとかの関係で他に代わってくれる人が居ない中、たった数人で世界を滅ぼせる相手に挑むんだからさ。

 

 ……さっきも話したけれど、”都合良く戦力になる闇属性の使い手が見付かって手を貸してくれる”、そんな奇跡を前提には動けない。

 精々が一応探してもしもの時に備える程度だ。

 

「人間殲滅なんて目論む神様が二人も居る世界に生まれた時点で全員糞ゲーじゃない。まあ、もしもの時は私達が助けましょうよ。世界の命運なんて面倒な物を背負う運命の子の一人くらい背負うのなんて楽勝だわ。何せ私達は世界で一番と二番目に強いんだから」

 

 ……リアスが凄くマトモな事を言った!?

 

 

 

「……凄く失礼な事を考えなかった?」

 

 相変わらず勘が働く子だなぁ。

 

 

 

「……最終的には功績を口実にお兄様がお嫁さんにしちゃえば?」

 

「結婚ってお互いに了承した上で行うものだからさあ。貴族だから別のパターンが多いけれど、最終的には彼女の意思次第じゃない?」

 

 少なくても出会って数日の僕が色々決めるのには抵抗が有るんだよね。

 てか、急な提案だよ。

 

 

 

「……王家の血筋」

 

 お昼休み、何時もよりも遠巻きになった同級生達の視線を浴びながら空を眺める。

 何時もより視線が強い気がするけれど、どうでも良い相手に注目されても何の感情も湧いては来なかった。

 

 貧乏な子爵家で闇属性の私、華やかな貴族社会とは縁なんか無いと思っていたし、ロノスさん達との縁も学園に通っている間だけだと思っていたし、それで良かった。

 

 これからの人生をその思い出を支えにして生きて行く、その筈だったのに……。

 

「本当に王家なら、私を血筋の者だと認めて貰える日が来たなら……」

 

 そんな筈が無いし、持ち上げられた所で放り投げられるのだと思う。

 期待しても無駄だと今までの人生で分かりきっていた筈なのに、抱くべきでない希望を抱き、直ぐに醒める夢を見てしまう。

 

 私が王家の一員になればクヴァイル家とも、ロノスさんとも付き合いを続けられる。

 もしかしたら友人の更に先に進んで……。

 

 

「……駄目。夢から醒めた時、今の幸せすらも色褪せてしまうから。私なんかが認めて貰えるハズが無いんだから……」

 

 不相応の願いを抱いても意味が無いから、今を楽しもう。

 

 

「おーい! お待たせ、アリア」

 

「あっ、リアスさん」

 

「お兄様はチェルシー達を探しに行ってるから後で来るわ。先に席を用意しておきましょうよ」

 

 だって今の状況すら次の瞬間には醒めてしまう夢みたいな幸せなんだから。

 

 

 友達を作るだなんてとっくの昔に諦めた筈だったのに。こうして一緒に食事を取る日が来るだなんて

……。

 

 

「リアスさん、決闘を頑張りましょう!」

 

「当たり前よ。ギッタギタにしてやりましょう!」

 

 少し凶悪な顔で拳をゴキゴキと鳴らす彼女の姿に思わず笑みがこぼれる。

 ああ、本当に幸せな時間だ。

 この時間がずっと続けば良いのに……。

 

 それに特訓は辛いけれど、ロノスさんが誉めてくれるからやる気が出る。

 この人達さえ認めてくれるなら、他の誰に否定されても構わない……。

 

「あっ、今日の特訓だけれど、お兄様はちょっと用事が有るから参加出来ないわ」

 

 ……なーんだ、残念。

 ロノスさんに良い所を見せたかったなぁ……。



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彼にツンデレは通じない

漫画下書きが来ました 未だ支払い段階でないので公開はしちゃ駄目ですが、支払い後に公開します


「………ふん。何しに来たのだ、何しに。妾は貴様等に用は無いのだが?」

 

 学校が終わるなり僕はポチに乗って全速力でレキアの管理する妖精の領域まで向かったんだけれど、到着するなり出迎えた彼女は相変わらず愛想が悪い。

 僕としてはポチのお腹の羽毛の感触を小一時間は堪能してから来たかったのに、そんな事を知らないからって酷いなぁ。

 

 此処に来たのは僕の都合も有るし、前回は軽く見て回って危なっかしい所だけを応急措置しただけだけれど、今日はちょっと本格的に調べる予定で来たけれど、”ネペンテス商会”について本来は知らない筈の僕じゃ事情は詳しく話せない。

 

 でも、一昨日魔法でモンスターに変えた花を操って悪戯されたし、毎回この態度は結構酷いと思っていたんだ。

 子供の頃からの付き合いだって言うのに、矢っ張り妖精と人じゃ感覚が違うのかな?

 

 ……癪だから少し僕もからかってやれ。

 

「君に会いに来た……ってのは駄目かい、レキア?」

 

「んなっ!? ほほほほほ、本当か!? 本当に妾に会いに来たのだなっ!?」

 

 向こうは僕に会うのが嬉しくないみたいだし、こんな風な事を言ってやれば意表を突かれたレキアは酷く動揺している。

 どうも向こうだってこっちが嫌っているって思っているみたいだし、これは結構有効だったみたいだ。

 

「うん、そうだよ。じゃあ領域内をポチに乗って散策でもしようか?」

 

 まあ、嘘は言っていない。

 だってレキアから情報を引き出したいし、中を調べる時に管理者の許可が無ければ後々問題になりかねないからね。

 妖精女王様には気に入られているけれど、その辺の筋を通さないと侮られているって思われたらクヴァイル家との関係にヒビが入る。

 

 さて、駄目だって言うのなら女王様からの依頼を口実に勝手に調べさせて貰うけれど、レキアはどう出るのやら……。

 

 僕の返答に顔を真っ赤にさせ、口をパクパク動かす姿からして随分とショックが大きかったらしく、回復するまで少し待ちくたびれた。

 ポチなんか僕の袖を咥えて引っ張りながら散歩を始めたいとおねだりして来たし、誘惑に打ち勝つのは大変だったけれど、復活したレキアは少し赤みが残った顔を背け、腕組みをしながら渋々って感じながら了承してくれた。

 

「ふふんっ! 客人として来訪した者を邪険に扱っては妖精の姫の名が廃るからな。妾の管理する領域の素晴らしさを見せつけるのも一興として許可してやろう」

 

「やった! 宜しくね、レキア!」

 

「か、勘違いするでないぞ! 妾は貴様を歓迎などしておらぬ!」

 

 

「キュイ……」

 

 こら! ”此奴、リアス(ゴリラ)と同じで単純だ”とか言わないの!

 全く、誰が悪い言葉を教えているのやら……。

 

「ふむ。では行くとするか。……その前に」

 

 レキアは何故かモッフモフでフッカフカなポチの上じゃなくて僕の頭に乗ろうとしたけれど、何を思い付いたのか僕の目の前で止まり、右手の甲を差し出した。

 

「物のついでだ。貴様に少し名誉をくれてやる。生涯で最大の誉れと知るが良い」

 

 誇らしげに胸を張り、相変わらず偉そうだ。

 何をさせたいのかは分かるけれど、随分と僕の人生を見くびってくれるよ、彼女は。

 いや、仮にも妖精の姫なんだけどさ……。

 

「どうした? あまりの名誉に戸惑い錯乱したか? ああ、先に言っておくが貴様の事を妾が異性として好む事は永劫に無い。これはあくまで高貴なる存在としての施しだ。……まあ、母上が命じるのなら嫁ぐ事になるのだろうが」

 

 ……これ、手の甲にキスしないと駄目な流れ?

 別にレキアに触るのも嫌って嫌悪感を持ってはいないけれど、何だか屈辱的な気が……まさかっ!

 

「レキア、まさか僕の気持ちに気が付いている?」

 

「……何の事だ?」

 

 間違い無い!

 これは僕が何を思って言葉を選んだのかを見抜いた上で仕返ししたんだ!

 

「流石だね、レキア」

 

「?」

 

 惚けてるけれど僕には分かっているし、次は負けない。

 だからこれは自分への戒めだ。

 

「失礼致します、姫様」

 

 今回は負けを認め、僕はレキアの手の甲に軽くキスをする。

 少し惚けた様子で手の甲を見つめていたレキアは我に返った後で嬉しそうに見えた。

 

 

「さ、さあ、行くぞ! 貴様なんぞに使う時間が惜しいからな」

 

「キュイ!」

 

「ななな、何だっ!? 此奴、今怒っていなかったか!?」

 

「さあね? 大丈夫さ。ポチは僕の許可が無いと基本的に誰も襲わないよ、状況にもよるけど」

 

「”基本的”とか”状況による”とか、それは襲う前振りだろう!?」

 

 頭に掴まってギャーギャー騒ぐレキアからはポチへの恐怖が伝わって来る。

 良くやったよ、ポチ。

 ポチのお陰で溜飲を下げた気分の僕は鼻歌混じりになり、妖精の領域の景色を楽しむ。

 何時の間にか落ち着いたらしく、レキアも歌を歌い出し、ポチもそれに合わせて鳴けば軽い合唱が始まっていた。

 

「レキアもそうしていれば普通に可愛い子なのにね」

 

 聞かれたら怒るから小声で呟く。

 さて、そろそろ本題に入ろうかな?

 

 

 僕とリアスが知るゲームでの流れとは変わり始めた出来事の手掛かりを得る為に此処までやって来た。

 警戒すべき相手に警戒している事を悟られない様にして情報を集めないと。

 

 

 ……何せレキアに接触した”ネペンテス商会”は物語において暗躍する組織であり、人類を滅ぼそうとしていた神の眷属だし、慎重になるに越した事は無い。

 

 

 

 

「商人がどんな奴だったか? 黒い布を顔に巻いて全身を白一色でコーディネートした手足の長い男だったぞ。まあ、間違い無く神の眷属の類だな。人程度には分からずとも妖精の目は誤魔化せん」

 

「そっか。僕も会ってみたいな。でも神の眷属ってどの神の眷属なんだろうね?」

 

「さあな。名乗りはしなかった。……それ以外にも始終無礼な奴だったしな。貴様も相手せんで良い」

 

「わざわざ僕の前に現れるかなぁ? 君みたいに妖精じゃないんだし」

 

「謙遜も過ぎれば嫌みになるぞ? 貴様は所詮人間風情だが、その中では少しは見所があると私が認めてやっているのだ」

 

 何処か誇らしげな声で僕を誉めるレキアだけれど、相も変わらずこの子は。

 もう少し普通に誉めてくれたら僕だってもっと

嬉しいのにさ。

 

「そんな事を言うレキアに無礼とか言われたくないだろうね。まあ、君が愚痴をこぼすなんて随分憤慨した様子から関わりたくないとも思うよ」

 

 でもなぁ、”アリアさんとその仲間を影から支援して危険を冒す事なく驚異を取り除く”って当初の案は入学初日から破綻しそうって言うか、入学前からゲームとは状況が変わっているし、修正は不可能に近いんだよね。

 

 どれだけ強くても神だのなんだのに挑む危険は避けたいし、大切な家族にも避けて欲しい。

 

 只、友達も大切だし、アリアさんも随分と関わったからなぁ、数日で。

 

「此処は平和で良いよね、レキア」

 

 ちょっと休憩とばかりに止まり、寝そべったポチに背中を預け、しみじみと呟く。

 普段は何匹か見るはずのモンスターの姿もないし、本当に平和で静かな場所だよ。

 

「貴様達人間は政争だの何だので身内同士でさえ争うからな。妾達妖精とは全くの別物だ。まあ、貴様ならば小間使いとして置いてやっても構わんぞ?」

 

「あっ、此処に来る前にお土産のお菓子を買って来たんだった。丁度屋台の前が空いていてさ。ほら、カステラボール」

 

 人間、時には聞こえなかった振りも必要だ。

 僕はレキアの勧誘を無視してポケットからお菓子の入った紙袋を取り出し、魔法で温かいままにしているカステラボールを千切ってレキアに差し出した。

 

「はい、あーん」

 

「……あーん」

 

 ありゃりゃ、まさか乗って来るだなんて驚きだよ。

 何か言ったら怒るだろうし、黙っておくけどさ。

 

「キュイキュイ!」

 

「ポチも食べたいの? ほらっ!」

 

 カステラボールの袋をジッと見つめて甘え声で鳴いて来たポチの目の前に一つ差し出して左右に動かせば顔も合わせて左右に動いて凄く可愛い。

 少し力を込めて投げてやれば見事に空中でキャッチした。

 

「おい、次を寄越せ」

 

 レキアは少し不満そうにしながらも腕組みをして口を開けるし、未だ僕に食べさせる気なんだ。

 こうやってるとポチが赤ちゃんだった頃の事を思い出すな。

 卵から孵ったばかりのあの子に餌をやったりしてやってさ……。

 

 

「キューイ?」

 

「次が欲しいの? はいはい、ちゃんとポチの分も沢山有るから。……あれ?」

 

 次を頂戴と甘えて来るポチの背中に強い力を発する赤い花がくっ付いている。

 

 

 

 

「これって……”夢見の花”?」

 

 他人の夢の中に入れるっていう割と伝説級の物があっさりと見付かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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矛盾しているが仕方ない

「いや、流石に平和過ぎない?」

 

 レキアが管理する妖精の領域にやって来た僕だけれど、驚く程に何も起きていない。

 結果、暇潰しに踊り出したレキアの姿をボケッとしながら眺めるだけで時間が過ぎて行くだけで、これじゃあお土産持って遊びに来ただけみたいだ。

 

 そんな時に思ったんだよ、異変が起きないって異変が起きているってね。

 

「キュイ?」

 

「ああ、ポチは此処の事は詳しく知らないんだっけ? 此処って他の妖精が管理する場所よりも力が大きいせいで不安定になっていて、外と断絶する為の結界の穴やら力の影響を受けた虫や植物のモンスター化とか色々と面倒臭い事が起きやすい面倒臭い場所なんだけど……」

 

「おい、妾が管理する場所を面倒臭い面倒臭いと連発するな。確かに面倒臭いが。……だが、妾とて奇妙には思っている。どうにも安定が過ぎる。此処まで来るとこの領域が不安定だった原因が取り除かれた様な……」

 

「……この領域が不安定だった理由って?」

 

「知らん!」

 

 ……そっか、知らないかぁ。

 まあ、ゲームでは語られていただろうけれど、僕だって覚えていない上に重要な情報だった気はするから仕方ないんだけどさ。

 

「ああ、確か奇妙な石版が向こうに設置されていたな。人間の文字のせいで妾には読めなかったがな!」

 

「それって偉そうに言う事?」

 

 なーんか凄くグダグダな流れだし、その石版だけでも確かめに行こうか。

 僕はその場から立ち上がってレキアが指差した方に向かい、ポチも立ち上がって僕について来て、レキアも何か騒いでいるけど無視した。

 

 

 

「おーい! 妾の踊りの途中だぞ!? 見ていかんのか!? ……侮辱だ! こうなれば今晩はとことん貴様の立場を教えてやるから泊まれ!」

 

 さて、どんな事が書かれているのやら……。

 

 その石版を遠目に見た瞬間、神様なんて見た事も声も聞いた事も無くて、ゲームの知識でこの世界では実在してるって事だけは知っている僕でも理解したんだ。

 

「……成る程。確かに神の眷属が残した物だね」

 

 理屈とか根拠とかを丸々無視して感じる神々しさを発する石版は粉雪が降っているにも関わらず雪が積もっていない所か周囲にさえ雪が存在しない。

 

「商人だの何だのと名乗った割には仕事が終わった後の報告がこれだからな。神の眷属だろうが無礼には変わりないだろう?」

 

 成る程、報告連絡相談の三つが出来ていないし、その締め方に怒っているのか、それとも侮られたと怒っているのかのどっちかだね。

 

 レキアなら後者だろうけれど。

 

「全く忌々しい……痛っ!?」

 

 神の眷属が残した物だと分かっているのにレキアは僕の上から石版の前まで飛んで行き、思いっきり蹴りつけた後で痛かったのか足を抱えて悶絶していた。

 

 ……馬鹿だ。

 

「やれやれ、大丈夫かい?」

 

「こ、この程度何ともない。それよりも何が書いてあるか読み上げよ」

 

「はいはい。後で足を見せてね。捻挫の応急処置程度なら出来るからさ」

 

 痛みで涙目になっているのに強がる彼女に呆れながらも僕は石版に刻まれた文字に目を通す。

 簡単に言えば商会を利用した事へのお礼文であり、何か機会が有れば再び利用して欲しいって事。

 

「いや、尚更口で言うべきではないのか? せめて妖精文字だろう、常識的に考えて。贈られた者が他の誰かに読んで貰わねばならぬ礼状なら無い方がマシという物だ」

 

 まあ、当然だけれどレキアはまた怒って石版を殴って悶絶するっていう学習能力の無さを露呈させていて、少しリアスに似て可愛いとさえ思ってしまったな。

 

「……何故妾を眺めてニヤニヤしている?」

 

「そんな怪訝そうに見なくても良いじゃないか。君を可愛いって感じただけさ」

 

「……そうか。妾は可愛いか……」

 

 他人を見下す態度が無かったら、なーんて余計な事は言わないで置こう。

 ああ、最後の文章についてもレキアには秘密だ。

 じゃないと再びレキアの前に商人が現れた時、食って掛かれば何をされるか分かったもんじゃないし、僕達の問題に巻き込みたくない。

 

 ”いずれお会いしましょう”、なんて言葉の後に僕達兄妹とアリアさんの名前が有るだなんて凄い厄介な事態に関わらせたら駄目だからね。

 

「こうなると忘れちゃったのが痛いな」

 

「ん? 何か忘れたのか、貴様? 人間らしく無様な事ではあるな」

 

 実際にやっていなかったゲームだし、記憶を取り戻した当初はアリアさんに酷い事をしなければ勝手に成長して勝手に世界を救うって思っていたから書き残していなかったゲームに関する朧気な記憶。

 

 僕は今、それを痛烈に後悔していた。

 ゲームの知識が欲しい理由がゲームとは大きく違って来たからって矛盾している気がするけれど、本当にどうにか取り戻したい。

 

 見られたら困るなら暗号にでもすれば良かったのに……。

 

 今更どうにもならない事に僕は悩む。

 タイムマシン……は流石に無理だし、リアスと一緒に残ってる知識を再確認して残りが蘇るのを願うしか無いんだろうか?

 

 僕が悩んだ時、レキアが袖を引っ張ってるので顔を向ければ僕の顔をのぞき込んで言った。

 

 

「取り戻したい記憶が有るのなら、確かどうにか出来る秘宝が有ったはずではないのか? 母上から聞いた事が有るぞ」

 

 ……それだ!

 

 少し記憶が蘇る。

 確か記憶喪失になったキャラの為にダンジョンの奥に安置している秘宝の所まで行く……だった筈。

 

「ありがとう、レキア!」

 

「ふ、ふふん! 少しは礼儀を知っていたか。ならば次は妾の舞いを最後まで見ていろ。先程は途中で投げ出したからな」

 

「ごめんごめん。君の踊る姿は素敵だったし、今度は最後まで見せてくれたら嬉しいな」

 

「……妾の寛容さに感謝するのだぞ?」

 

 少し照れながらも嬉しそうにしたレキアは再び空中で歌いながらの舞を披露する。

 粉雪の中舞う妖精の姿は神秘的で本当に素敵だって思えた。

 

 さて、帰ったらリアスに相談しないと。

 何せそのダンジョンは帝国に存在するから気軽には行けないんだよね……。

 

 

 

「……ねぇ、あれって誰かしら?」

 

 放課後、お兄ちゃんが来ない事に落胆を隠し切れていないアリアと一緒に潜った学園ダンジョンの一階層にてスライムが固まっていて妙に気持ち悪い物体になっていたのだけれど、その中から誰かの腕が飛び出していたの。

 

 袖からして男子生徒だけれど、他の部分は完全にスライムに埋まって見えない上に、ヌルヌルしたスライムが掴めずにいるから脱出も無理っぽい。

 

 ……助けた方が良いわよね?

 

「えっと、あれじゃあ魔法を使ったら危ないですよね? シャドースピアなんか使ったら一緒に串刺しにしちゃいますし……」

 

「ハルバートを持ってくれば良かったわ。スライムだけ切り裂けば終わりだもの。……あ~、面倒臭い」

 

 どうすれば助けれるのか困っているアリアの後でもう一度スライムの群れに視線を送る。

 ゼリー状の不定形生物がウネウネ動いて近付きたくないレベルに気持ち悪いけれど、流石に窒息死されたら夢見が悪いし、此処は我慢するしかないわね。

 

 だって私はお兄ちゃんの自慢の妹だもの。

 

「よっと!」

 

 スライムの表面から分泌される妙にヌルヌルする粘液(お肌には良いらしい)まみれの手首を掴んで力任せに引っこ抜く。

 

「や、やあ! こんな所で会うだなんて奇遇だね」

 

 昨日私に求婚して来た”ヘタレ皇弟”アイザックが少し肌の艶が良くなった顔に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 うわっ、凄く放り投げたい。

 

「ほら、邪魔だからあっちに行ってなさい」

 

「ぷぎゃっ!?」

 

「あっ、手が滑った」

 

 横に退かす積もりだったのに思いの外軽かったアイザックは勢い良く飛んで行き、壁に頭を打って気絶してしまった。

 

「軽いわねぇ。此奴、ちゃんとご飯食べてるのかしら? 腕なんて私より細いじゃない。無駄な脂肪が無い上に引き締めているから結構細いのよ、私」

 

 ……それにしても結局は実戦経験”ごっこ”をする為の場所でしかないこのダンジョンで危ない目に遭うなんて、そんな様で私を守るとかほざけた物だわ。

 

 私を守りたいって言うなら最低でも鉄の鎧に拳で穴を開けられる位じゃないと話にならないわよ!

 

 

「……あの、所で彼のお供の人達は一体何処に?」

 

 あれ? 確かに居ないわ。

 建前上でも帝国からすれば皇帝の弟っていう重要な人物だし、見張ってるのが居る筈なのに……。



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大丈夫! 優秀な配偶者だよ

「……無意味だな。私が判を押す意味が何処に有るのだ……」

 

 アース王国の王城にて国王である”オーディ・アース”は山積みになった書類に判を押し続ける手を止め虚しそうに呟く。

 書類の内容を確認する様子も無く、ただ機械的に手を動かすだけの彼の表情からは無気力が見て取れた。

 もう少し気力に満ちていれば大勢の婦女子の視線を奪うであろう美貌は息子に受け継がれている物だと分かり、今でも彼が声を掛ければ親子ほど歳が離れた相手であっても顔を赤らめ瞬く間に恋の虜となってしまうのは予想に容易い。

 

 だが、今の彼から発せられる無気力感が全てを台無しにし、遂に動きを止めて背もたれに体重を預け始めた。

 

「どうせあの女に相談が行き、私には建前上の相談しか来ないだろうに。全く、どうせならば王座を明け渡してやりたいものだ」

 

 ブツブツと呟きながら引き出しから取り出したのは小瓶ながら同じ重さの金の数倍の値段がする酒。

 それを一国の王が執務の最中に煽り、酒に弱いのかたちまち心地良い陶酔状態に身を任せる。

 本来ならば滅亡への道を歩みそうな物であるが、この様な無様を晒す彼ではあるが愛国心は人並み以上に持っており、この程度でどうにかならないのを知って居るからこその無様なのだ。

 

 自分の愚行のせいで追い詰めてしまった先妻に代わって王妃になった今の妻への劣等感が彼を追い詰める中、国は滞り無く動き続ける。

 

 側近の一人がそっと耳打ちしたのは三本目に手を伸ばした時だった。

 

「……陛下、お耳に入れたい事が」

 

「あの女に報告しておけ。私よりも断然良い結果をもたらす」

 

「それが……陛下の娘らしき者を殿下が発見致しました」

 

 この瞬間、オーディの酔いは一瞬で醒め、執務室は慌ただしくなる。

 

 

 

 

「いや、本当に助かったよ。でも、こうして君に助けて貰えるのは運命じゃ……ひぃっ!?」

 

 何と言うか、人を助けて後悔する事もあるって教えて貰った私だけれど、まさか自分がそれを体験するだなんて思っても見なかったわ。

 スライムに囲まれて危ない所だったアイザックだけれど、そもそも皇帝の弟が初級とは言ってもダンジョンに潜るのに誰もお供しないのはおかしいし、護衛が居ないのに来る此奴の頭もおかしい。

 

 実際、凄く危ない目に遭う程度の力しかないのになにをやってるのよ。

 お兄ちゃんは此奴の国での立場の危うさとかを教えてくれて、あまり関わるなって言ってたけれど思いっきり関わっちゃったし、助けた事をペラペラ喋られたらお供の筈の連中にまで目を付けられちゃうんじゃ?

 

「……行くわよ、アリア」

 

「あっ、待って! 此処で会ったのも何かの縁だし、どうせだったら一緒に行かないかい? 僕だって役に立つからさ!」

 

「行かない。てか、アリアが怖いなら無理しなくて良いから。仲間にビクビクされてちゃ使い物にならないわ」

 

 そう、一番の理由は会話の途中でアリアに向けた怯えた態度よ。

 私がそれが気に入らないし、元々同行させる気なんて欠片も無いので、アリアの手を引き、引き止めようと必死なアイザックを置いてダンジョンの奥へとさっさと進んで行く。

 

「ま、待ってよ~!」

 

 背後から声が掛けられるけれど慌てて追い掛けて来ない所は評価してあげるわ、其処だけだけれど。

 

「えっと、大丈夫でしょうか?」

 

「危ない目に遭ったばかりだし、もう一人で奥に進もうとはしないでしょ。帰る位は出来るでしょうしね」

 

「はぁ……」

 

「分かっては居たんだけれど、此処まで手応えが無いのって爽快感を通り越して気持ち悪いわね」

 

 腕を軽く突き出し足を軽く振るうだけでモンスター達は布切れみたいに吹き飛んで、魔法を使えば一瞬で消滅する。

 こんな風に弱い相手に大暴れしていても楽しいのは最初なだけで、後は作業的にすら感じない。

 

「リアスさんは強いですからね。えっと、此処が決闘の場所ですよね? 思ったよりも早く着いちゃいました」

 

「今日は明日に備えての下見程度だったし、さっさと帰って昨日みたいに買い物でもしてカフェで一休みする? あのヘタレのせいで途中から気分が悪かったし」

 

 立ちふさがるモンスターは一切の障害にならないし、道しるべと地図で迷う筈が無いダンジョンじゃ最下層まで到着するのに時間なんか掛からない。

 決闘に使う開けた場所まで来た後は壁や床を殴りつけて強度を調べれば用済みだし、雑魚を倒しても強くなれないから居るだけ無駄なのよね。

 

「にしてもアリアも大変よね。あんな眼鏡に絡まれたり、あのマザコンの言う事だってよくよく考えたら実物を見比べた訳じゃ無いってのに人騒がせな奴だわ」

 

「……あっ! た、確かに殿下は私の首飾りを見て”母親に贈られた物と同じだからお前の母親は父親の愛人だ”って事を言っただけで、詳しい調査さえしていませんよね。……良かったぁ」

 

 ……本当は正解なんだけれど、決闘前に気にして気もそぞろじゃ怪我しちゃうものね。

 でも、実際どうだったのかしら?

 

 ゲームでは首飾りを調べた王が間違い無いって言っていたけれど、後から王妃の為に作らせた同じデザインのだってあくまで記憶に頼った結果だし、DNAを調べれる技術だって無いんだしさ。

 

 その辺、ゲームではぼかしていた。

 だって王子が相手の場合、腹違いの兄妹で駆け落ちする事になるんだもの。

 

「まあ、わざわざ王様が調べるって事もしないでしょう。王子に勘違いだ何だって言い含めてさ。だって余計な火種になるだけだもの。……よし! 面倒な事は忘れて楽しい話題に移りましょうか。決闘で勝ったらお兄様からご褒美が貰えるんでしょう? 何か希望が有るの?」

 

 良いわよね、私なんて自業自得ちはいえレナから小言食らったってのに。

 

「は、はい。でも、ちょっと口に出すのは恥ずかしくって……」

 

 あら? 急に照れてモジモジし始めたわね。

 最後の方なんてゴニョゴニョと言いにくそうにしているアリアが希望する物は何なのか、どうせ叶えて貰った後からお兄ちゃんに教えて貰えば分かるんだけれど気になってしょうがない私は聞き出す事にした。

 

「良いじゃないの、教えてよ」

 

「あの、その、変な意味は無いんですよ? 本当に……。私、一度で良いから……デ、デ……」

 

「デ?」

 

「途中までで良いのでデートがしてみたいんです! お母さんが読んでいた恋愛小説で憧れて……」

 

「……はい?」

 

 いや、この前だってお兄ちゃんに送って貰ってたし、其処まで照れる事なのかしらと思う。

 確かにアリアは純情だから照れるのは何となく分かるけれど、ちょっとお子様過ぎない?

 その癖背が小さくて痩せているのに胸だけは大きいのに。

 

 にしてもデートだから手を繋いだ状態で一緒に歩いて買い物して最後にご飯食べる程度よね?

 

「まあ、デートしてみたいってのは分かったけれど、どうして途中? 別に最後までで良いじゃないの」

 

「最後までっ!? 無理無理無理無理っ!?」

 

 一緒に食事するのが恥ずかしい……って事は無いか。

 ああ、どうせ恋愛小説の読み過ぎで最後はキスするとでも思っているのね。

 

 やれやれ、その誤解を口にしたら訂正してあげましょう。

 だって私は前世で読んだ少年マンガで色々と学んでるから恋愛方面の知識は下手な奴より豊富よ。

 

 少女マンガ? 過激だからって読ませて貰ってない。

 

 

「だ、だって私とロノスさんはお会いしたばかりですし、それなのに抱いて欲しいだなんてっ!?」

 

「はい? ちょっと詳しく話しなさい」

 

「え? だってデートの最後は男性のお部屋に言った後、ベッドの上でキ、キ、キスをしてから服を脱がして貰って、それから……」

 

「落ち着きなさい、アリア。それ、恋愛小説と違う。それ、多分官能小説」

 

 純情と思っていたら私よりも耳年増だった。

 謎の敗北感……。

 

 

「取り敢えず一緒に買い物でもして食事でもして、それで終わり程度だから。キスだって普通は恋人同士になってからよ」

 

「えぇっ!?」

 

 ……誰か教えてあげないと駄目ね、この世間知らずに。

 取り敢えず普通の恋愛小説でも貸してあげないと駄目だ……。

 

 

 

 

「あれ? ちょっと思ったんだけれど、お兄様とベッドでイチャイチャする事自体は嫌じゃないって口振りだったわよね?」

 

「ひゃわっ!?」

 

 うん、知識が無駄にあるだけで、アリアが純情なのには変わりないわね。

 

 



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入れ替わったのはメイド物 犯人は分かっている

「あの馬鹿、本当に消してやろうか。……言っておくけれど独り言だから実行しないでね」

 

 夜、改めてアマーラ帝国に関する資料に目を通すけれど、読み進めれば読み進める程に僕の中ではアイザックへの怒りが湧き続け、部屋の隅で気配と姿を完全に周囲と同化させた忍者が勘違いしそうな事を呟いてしまった。

 

 ・帝国では双子が闇属性と同様に禁忌とされ、王侯貴族では家に血筋を取り込む為に殺されはしないが正式な一族の者として表舞台で動けもしない。

 

 ・本来ならば引退して尚強い影響力を持つ先代皇帝が後ろ盾になって改革を進める予定であったが、王国の先代王妃の事故に巻き込まれて死んだ為にかなり強引な方法で改革を進め、女性という事もあって未だに反皇帝派の貴族は弱体化しながらも残っている。

 

 ・アイザックは年功序列や血統よりも実力を重視する現皇帝の統治下においては姉である皇帝の権威を損ねる存在であり、反皇帝派からすれば皇帝の娘よりも担ぎ上げて傀儡にし易い存在である。

 

 ……此処まで読んだ所で怒りで書類を握り潰してしまった。

 手の中でクシャクシャになる報告書から窓の外に視線を移せば僅かに欠けた月が目に入る。

 

「明日は満月か。ねぇ、君はアイザックに関して……こんな国で育っていながら僕の可愛い双子の妹に求婚した馬鹿にどんな感想を抱いた?」

 

「警護は何を望まれているのか分かりやすい程に雑であり、容易いかと。……ご命令とあらば半時もしない間に終わらせますが?」

 

「いや、其処まではしなくても構わないよ」

 

 部屋の隅の誰も居なかった様に見える場所に姿を現したクノイチは事もなさげに口にして、実際に許可すれば明日にはアイザックがうつ伏せ寝で窒息死したって話が広まるんだろうね。

 

 でも、僕はそれを保留にする。

 未だ利用する機会が有る可能性を考えれば、想定される危険は許容範囲内だ。

 実際に送られた刺客は全て始末して、その首に依頼主への寝起きドッキリをお願いしたしさ。

 

 夜も更け、明日も学校だからそろそろ寝ないといけないんだけれど、ちょっと気分転換をしないと眠れそうにないや。

 

「さて、今度は大丈夫……だと思いたい。前のは中身だけが全部入れ替わっていたからね。手に入れるのに苦労した物だって有るのにさ」

 

 書類に魔法を使って文字が書かれる前まで時を戻してメモ用紙入れに放り込み、他の本の隙間に隠しておいた秘密の本棚(三代目)の本……リアスには見せられない類の物を手に取ろうとし、ハッと我に返る。

 

「……警護は部屋の外でお願い出来るかな?」

 

 先程姿を現し、僕が暗殺の必要は無いと告げるやいなや再び姿を消した彼女に退室を促す……けれど、暫くの沈黙の後で姿を現した。

 しかも口元を隠す布を外し、胸元を緩めた状態でだ。

 

 ……あれぇ?

 

「本体と全分身での協議の結果、後片付けや事の効率を考慮し、本日の室内警護担当の私がお相手すべきと進言致しますが如何でしょうか?」

 

 冗談でもないし、色気付いている様子でも無く、本当にそれも業務の一つだと言わんばかりの態度。

 そもそも彼女達……いや、正確には彼女にはそんな事を考えたりする様な思考回路は持ち合わせていないから、純粋に自分の役割としての行動って事になるし、逆に何か……。

 

 

「はっ!?」

 

 

 いやいやいやっ!? 正気に戻れ、ロノス!

 幾ら相手が真面目無表情系で巨乳のお姉さんで色気重視の忍び装束だとしてもっ!

 そもそもその格好の理由を未だに聞けていないんだ、何か怖いから。

 

「先に報告致しますが本体と他の分身とは記憶の完全同期が可能ですので今後気まずい事は無いかと。それとも複数相手がお望みならばお呼び致しますが?」

 

 もし僕が頷けば大人数が一度に集まるだろう。

 うん、止めた方が絶対良いな。

 

「……気分転換はチェスにするから相手をして」

 

「はっ!」

 

 一瞬で普段の格好に戻った彼女は先程までの遣り取りが無かったみたいにかしこまり跪く。

 こんな所が苦手なんだよね……。

 

 

「じゃあ互いに手加減は無しで」

 

 僕の前までやって来たと思ったら既にチェス盤が用意され、僕の許可が有れば直ぐにでも着席するだろう。

 自らをただの道具として認識し、僕の望むがままに動く絶対なる忠臣にして懐刀……にしては些か大きいけれどね。

 

 気が付かれない様に胸に視線を一瞬だけ向け、直ぐにチェス盤を見る。

 さて、寝る前の気分転換には丁度良いかな?

 

 

 

「私の胸が気になるのなら脱ぎますが?」

 

「そうやって口に出して願っていない事を何でもかんでも実行するのは駄目だからね? 察しが良いのも考え物だよ、本当に」

 

 ……本当に苦手なんだよね、こんな所がさ。

 

 

 

 

 

「敗北フラグも蹴散らして~! ドンドン進め、さあ進め~!」

 

 ハルバートを振り上げて、鼻歌交じりにリアスは学園ダンジョンをドンドン進む。

 どうも昨日みたいに決闘前に勝負後のご褒美について盛り上がるのは”敗北フラグ”?  らしいが、よく分からない事を口にするのは珍しくないので放置しよう。

 何となく意味は分かるし。

 

 本日、決闘当日なり。

 

 王国の作法に則って決闘を申し込んだ方が自ら指定したダンジョンの奥で待ちかまえ、受けた方が後から向かう、そんな実に無駄なルールを守って進む私達は息を切らす暇も無しに最奥までやって来た。

 

「……早かったな」

 

「逃げずにちゃんと来た事は評価しようじゃないか。……それと先に言っておこう。アリア・ルメス。僕は君を侮らない」

 

 拍子抜けする程に簡単についた場所に待ちかまえていた決闘相手の二人はマザコン王子の方が腕組みをしながらこっちを睨み、眼鏡の方が指先で眼鏡の位置を直す。

 

「じゃあ、さっさと始めましょうか! 確か後から来た方が先に名乗りを上げるのよね? アリア」

 

「ええ、そうです」

 

「じゃあ、早速! 聖女の再来とか何だの呼ばれて居るけれど、私が名乗るべきは只一つ! ”世界準最強”……リアス・クヴァイルよ!」

 

「ア、アリア・ルメス! ……えっと、名乗る物が思い浮かびません。魔女……はちょっと違いますよね?」

 

 リアスは自信たっぷりに、私は少し自信が無くて気弱な……演技の名乗りを上げる。

 そして次は決闘を申し込んだ側の名乗りの番で、最後の一人が名乗った後で武器を抜いた瞬間から勝負は始まる。

 

 つまり、タイミングは相手次第で、要するに……。

 

 

「アンダイン・フルトブラントだ! いざ参る!」

 

「ルクス・アース。行くぞ!」

 

 当然の話だけれど、二つ名なんてのは呼ばれる物であって自ら名乗る物ではない。

 なので自ら名乗ったリアスと違って二人は名前だけを名乗り、ルクス王子が武器を抜いて決闘の始まりの合図とする。

 勝敗条件は二つで、”気絶”か”降参”。

 

 そう、今からそんな決闘が始まるという事で、要するに……。

 

 

 

「アドヴェント!」

 

 残り数秒でこの茶番は終わりを告げるという事だ。

 

 高々と呪文を詠唱したリアスは体の発光と共にハルバートを弧を描く様にして投げ、瞬時に二人の間をすり抜けながら武器を叩き落としながら背後に回り、二人の頭を掴んでぶつけ合わせる。

 

 随分と痛そうな音がした。

 

「アリア!」

 

「はい!」

 

 気が付いた時には武器を落とされ頭に攻撃を喰らい、そんな状態で冷静ではいられないし、居られたとしても二人に為す術は存在しない。

 何せ次の瞬間には襟首を捕まれて私に向かって投げられたのだから。

 

「ダークショット!」

 

 威力の底上げを学び、その後で調整を学んだ”重傷をギリギリ負わない程度”、そんな威力の魔法を二人は空中で避ける事が出来ずに正面から喰らい、再び後方に吹っ飛んで行く。

 

「これで一人」

 

 アンダインの眼鏡が割れた後で彼が白目を剥いて気絶し、ルクス王子だけは地面を転がりながらも意識が残っている。

 

「……未だ此処からだ」

 

 こんな状況でも諦めず、逆転の一手のつもりなのか地面に手を当てて巨大な金属の剣を引き抜いて行くルクス王子は成る程、他の女子生徒が黄色い声援を送るのも理解しよう。

 

 

 私は全く同感しないが。

 だって私が好きなのはロノスさんだ。

 

「いいえ、此処までよ」

 

 そして勝負も此処までだ。

 巨大な剣を引き抜き終わるよりも速くリアスさんがハルバートを振り抜き、一応手加減をしたのか脇腹に柄の部分を叩き付けて……天井まで吹き飛ばした。

 

 

「……生きていますかね?」

 

「大丈夫よ。人間ってそう簡単に死ねない……死なないから」

 

「そうですか。なら……」

 

 これでロノスさんとのデートが決まったと胸が高鳴った時、本能が警鐘を全力で鳴らした。

 聞こえて来るのは荒い息遣いと足音、そして金属がガチャガチャと鳴る耳障りな音。

 ビタンビタンと長い何かで地面を叩く音すら聞こえ、その音の主は姿を現した。

 

 

 

「リ、リザードマン!?」

 

 例えるならば”人に似た体を持った大蜥蜴”、純白の体を持ち見るからに気性の荒そうなそれは同じく純白で……何処か神聖さすら感じさせる剣と盾を手にし、胴体を守る鎧を身に付けていた。

 

 

「フシャァアアアアアアアア!」

 

「うっさい。ソード・ダンス!」

 

 響き渡る威嚇の咆哮と、それに続く容赦の無い光の剣の群れ。

 あのリ、リザードマンが何かは分からないけれど、リアスならば直ぐに終わる……筈だった

 

「……あれぇ? 彼奴、もしかして光属性? リザード・ホーリーナイトって所?」

 

 光の剣はリザード・ホーリーナイトに当たったけれど一切のダメージを与えていない。

 ……これってピンチ?

 

 

「しかもオマケね」

 

 続いてもう三匹追加で姿を見せるリザード・ホーリーナイトに私は確信させられる。

 ……これってピンチだ!

 

 

 

 

 




言ってしまえば初期ダンジョンで数個先のダンジョンの推奨レベル相当まで上げた状態


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魔法? それより物理です

感想はやる気の源  一個もないと一気にモチベーション下がって展開考えるのが遅れますのでお願いします

一言有るか無いかは全然違うんです


漫画、ネームは来たから他の人の依頼の後に私のが始まるはずなので来たら活動報告で乗せます


 時間は少し巻き戻り、リアス達が学園ダンジョンに潜る少し前、本来のルートから大きく離れた隅の小部屋に帝国の貴族四人が集まっていた。

 

「……お前達、覚悟は良いな? 今から行うのは我々に貴族の地位を受け継がせてくれた先祖の名に泥を塗る行為だ」

 

「何を今更。元から失態を犯す為にあの出来損ないと共に王国にやって来たのではないか」

 

 内紛の火種であり、皇族の名に傷を付けかねないアイザックのお供として留学して来た四人だが、彼等の仕事は建前だけの護衛であり、いずれは彼等の不備によってアイザックには死んで貰う予定だった。

 

 当然、不名誉な事であるし、家名に傷を付ける事になるとは重々承知の上、アイザックへの嫌悪だけではとても引き受ける筈が無い程度の知性を有する彼等が引き受けた理由、それは帝国への忠誠心である。

 

 最初から不名誉が与えられると理解していて尚、祖国の為ならばという滅私奉公の精神。

 言外に後々の報酬は約束されてはいる物の、それを目当てに行動している訳では無く、今回こうして集まり……リアスを抹殺しようと企んだのも帝国を想うがこそなのだ。

 

「あの出来損ないの求婚を受け入れるとは思えぬが、クヴァイル家が帝国を掌握する為に飲む可能性は捨てきれん。悪いとは思うが……」

 

「来たぞ!」

 

 決して悪人な訳でも、帝国以外に存在価値が無いとも思っていない彼等だが、祖国の火種となる可能性が有るのならば芽が出る内に始末したいと企み、こうして様子を伺う彼等の一人が風の魔法によってリアス達がやって来たのを察知する。

 

 リアスとアリア、そして奥には元敵国である王国の大貴族のアンザック、そして先代皇帝を殺した女の息子であるルクスが居る。

 四人は覚悟を決めた顔付きになり、懐から小さな丸薬を取り出すと躊躇無く飲み込んだ。

 

「それにしても奇妙な服装の奴だったな……」

 

 球体を飲んだ瞬間、腹の中が燃え盛るかの様に熱を帯び、限界まで睡魔に耐えている時の様に意識が遠ざかる。

 

 その様な中、この球体を渡して来た商人の姿を思い浮かべた一人が呟いた。

 騙される方がどうにかしている程に不審な男であり、その様な相手に渡された物を何の疑いもせずに皆が揃って飲む事に一切の疑問を抱かないまま彼等は人間を辞めてしまう。

 

「キュルルルルルル……」

 

 その目にはもはや貴族の誇りも祖国への忠誠心も宿っていらず、完全なる野生の獣のそれだ。

 着ていた服も変貌して神聖さを感じさせる謎の金属製の鎧と化し、手には同じ金属製の剣と盾、何よりも肉体が最も変化激しく、人ならぬリザードマンになっていた。

 

 互いに仲間だとは認識している様子ではあるが人の様に複雑な言葉での意志疎通は不可能なのか軽く鳴く中、小部屋に続く通路の向こうから聞こえた拍手の音と足音に一斉に反応する。

 

 だが、その相手が自分達をこの姿に変えた商人だと認識するなり動きを止めた。

 まるで同じ群の仲間であるかの様に。

 

「ご要望通りに人を越えた力をお渡ししましたよ。お客様ぁ! まあ、理性や知性は失いましたが、国の為に殉じるのは本懐なのですよねぇ! まあ、主の計画通りに人の全てを滅ぼした世界を叶えれば元に戻して差し上げますよ。当然祖国は滅びていますけれど。アヒャヒャヒャヒャ!」

 

 心底愉快そうに大声で笑い、両手を広げながら大きく背中を反らす商人の首に亀裂が走り、首の中央辺りまで大きく裂ける。

 内部から巨大な舌と鋭利な牙を持つ人外の者の口があった。

 

 

 

 

 マザコン王子と眼鏡が本体の男を文字通りに秒殺し、後は起きたら失礼な態度を謝らせて終わり……の筈だったのに、ゲームでは三つ後位のダンジョンで戦うモンスターが現れるだなんて、本当に何がどうなってこうなったのよ……。

 

 あのモンスターは忘れがちなゲームのイベントの中でハッキリと覚えているわ。

 凄く嫌な展開だったから途中からリビングを出て行く程度にね。

 

「はぁ……」

 

 少し戸惑いながらも前を向けばジリジリと距離を詰めて来るリザード・ホーリーナイト達の姿。

 アリアは自分でも知っているモンスターの更に少し強そうなのの登場に少し怯えているし、男連中は大の字に伸びていてマジで役立たずだし、お兄ちゃんが居ればパパッと終わらせてくれるのに面倒ね。

 

「……ちょっと今のアリアじゃキツい相手よね、あのリザードマン。確か古文書で似た様なモンスターの記述が有ったわ」

 

「えっ!? リアスさんが古文書を読むんですかっ!?」

 

「いや、せめて”さんが”じゃなくて”さんって”にしなさいよ。その言い方じゃ私が古文書を読まないタイプの人間みたいじゃないの」

 

「……」

 

「無言っ!?」

 

 まあ、自分でも古文書を読むタイプじゃないとは思うけれど、他人に言われたら傷付くわぁ……。

 てか、アリアったら目を逸らしてるし、チェルシーだったら此処でフォローを……する子じゃないわね。

 

 何で私が古文書なんかを読んだかと言えば、ゲームの知識があるし、間違いとか途切れてる所が有る古文書なんて読む必要なんて無いと思って居たんだけれど、お兄ちゃんが一応読もうって言い出したのよ。

 

「”何で知っている”って質問されて”前世のゲームの知識です”って答えても通じないし、一応読んでおこうよ」

 

 クヴァイル家の倉から取り出した古文書をお兄ちゃんが分かり易く教えてくれて私も少しは理解している。

 光属性のモンスターは本当に昔、それこそ私の国の建国前の時代に姿を見せただけの存在で、古文書の記述とリザード・ホーリーナイトは一致していた。

 

「アリアは邪魔な二人を守ってなさい。私がさっさと終わらせて……甘いお菓子でも食べに行きましょうか!」

 

 同じ属性を持っていても完全無効化出来るのは中位以上のモンスターのみ。

 本当なら互いに弱点となる闇を使えるアリアに攻撃を任せて功績にしてあげる所なんだけど、それは出来ない理由がある。

 

 あくまでもゲームの話だけれど、もうそうなら凄く厄介な事になっちゃうわ。

 

「キュルルルルルル!」

 

 一番先に姿を見せた一匹が剣を突き出すと同時に鞭みたいに動かした尻尾で私の横顔を狙う。

 これで私が一般人なら首の骨を折られて胸を貫かれて終わりよね。

 だって得意の魔法が通じないんだもの。

 

 

 

「……でっ?」

 

「キュル!?」

 

 突き出された剣は片手で持ったハルバートの柄で防ぎ、空いた手で迫る尻尾を後ろから掴み取る。

 指先が鱗を砕き、肉が軋む音がして、骨を握り砕く感触が伝わって来て、当の本人であるリザード・ホーリーナイトの悲鳴が上がる。

 

 そのまま尻尾を掴んだまま振り回して床に叩きつける事、数度。ピクピクと痙攣しながら泡を吹くリザード・ホーリーナイトの腹を蹴り上げれば天井に上半身が突き刺さった。

 

「魔法が通じない? だったら素手で殴れば良いじゃない。武器を使えば良いじゃない。最終的に物理攻撃が頼りだわ」

 

「あの、貴族令嬢としてそれはどうなのでしょうか……」

 

「女ってのは逞しくってなんぼよ? 私の乳母なんて家ほどもある大岩を片手で持ち上げる怪力だし」

 

「特例中の特例ですよね!?」

 

 ……さて、残りを倒しましょうか。

 蹴り上げた時の感触からしてアリアなら最初に距離が有ればギリギリ倒せると思うんだけど、任せたら駄目なのよね。

 

 

 だって此奴達をモンスターにしたアイテムの力って闇属性で中和出来るもの。

 しかも殺したら人の姿に戻る絶妙な調整とか制作者の性格の悪さがにじみ出てるわ。

 

 

 ……まあ、その事実を知っていながらアリアに人殺しの汚名を被せたゲームでの私とどっこいどっこいだけれど。

 

 

「じゃあ、残りも掛かって来なさい! ……矢っ張り私から行くわ。そっちの方が手っ取り早いもの」

 

 ハルバートを振り回して二匹目に襲い掛かる。

 咄嗟に盾を構えたから躊躇無く振り抜けばハルバートの刃が盾を割り、鎧ごと肉体を両断した。

 

 三匹目と四匹目は左右から同時に襲って来たけれど、私が何かする前に右側の方にアリアが放ったシャドーボールが命中、僅かに怯んだだけだったけど鎧を拳で砕いて腹を陥没させ、砕いた鎧の欠片を掴んで最後の一匹の頭に投げつけてやった。

 

「キュ……」

 

 悲鳴を言い終わる前に頭が砕け散り、リザード・ホーリーナイトの死体が転がる。

 ああ、人間に戻らなくて良かった。

 

 ……正直言って前世の日本人的な感覚で戦いや殺しに忌避感を感じる事は乳母に連れられて向かった賊退治の影響かかなり薄れて来ている。

 

 お姉ちゃんが昔のままだったら、再会した時に泣かれちゃうのかしら?

 

 

 

「アリアは手を出さなくて良いってば。まあ、成長したわね。最初に比べたら段違いよ」

 

「わ、私も何かしたくて」

 

「責めてないから大丈夫よ。ほら、男二人はさっさと立ちなさい。こんなのが出たから報告に行くわよ!」

 

 でも、未だ来ていない未来の事は未来に考えましょうか。

 今はちょっと面倒な事が目の前で起こっているもの……。

 

「お兄様に苦労掛けちゃうわね……」

 

 何時の間にか目を覚ましていた役立たず達を見ながら私は悩む。

 アリアの魔法を受けたリザード・ホーリーナイトの死骸の中から小さな球体が姿を消した事に気が付きもせずに……。

 

 

 

 

 




これ、聖女なんだぜ?

まあ八歳の時に八歳まで生きた記憶を取り戻し、そこから八年生きているから倫理観が変わっちゃう

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僕の生まれた理由

ブクマ結構増えた


感想来ずに評価低下  う、うーん


 リアスとリザード・ホーリーナイトとの戦い、いや、戦いとは到底呼べない蹂躙を見て僕はホッとする。

 あの子、変な所で調子に乗るからコッソリ見学して居たけれども今回は杞憂で終わって何よりだ。

 

「此処は学園関係者以外立ち入り禁止の筈だけれど、特別許可証は持っているのかな?」

 

 問題は僕と同様に物陰に隠れて戦いを見学していた見るからに不審な人物……こうして実際に見ると信用に値する様子が皆無の相手だな。

 

 黒い布を巻いて顔を隠す……まあ、これは良いだろう。

 でも、全体の雰囲気が合わさって凄く不審だ。

 

「おやおや、それはビックリ! 私、知りませんでしたよ」

 

 只でさえ不審な姿をしているのに、それ以上に怪しさを増幅させるふざけた態度で目の前の男は僕と向かい合う。

 それも聞いただけじゃ一般人を装った演技をしながらも、首の口を一切隠そうともせず、両手の指の間全てにナイフを挟んで構えながらね。

 

 

「レキアが怪しいって言った筈だよ。君、神の眷属が何しに来たのかな?」

 

「今後の仕事の為に情報を集めに来まして。さぁ~て、さぁ~て、どうも警戒されている様子ですし、此処は神の眷属として重要な使命を持って生まれて来た人の子に試練を与えに来た……ってのはどうですかねぇ?」

 

 明らかな不審者を発見しても無反応なのは妙な話だと思い、リアス達にモンスターをけしかけた事への怒りも有って接触したけれど、どうやら悪手だったらしいね。

 

 大きく腕を振るって投擲されるナイフを明烏で叩き落とし、納刀するなり一足飛びに距離を詰め、着地と共に抜刀。剣閃煌めき、片腕を斬り飛ばす。

 

「おおっと!? 全力を出せない状態な上に本気を出さない気だと思って油断して居ましたよ。これは予想以上に予想以上だ」

 

 右腕を斬り飛ばしたのに苦痛に喘ぐ姿も見せず、後ろに飛んで距離を取った奴は逆に余裕綽々で僕を見透かして来る。

 手の内を晒す気は無いし、今の僕じゃ全力を出せないのも全部本当の話であり、僕からしても目の前の相手は予想以上に厄介な相手だ。

 

「……化け物め」

 

「ええ、そりゃあ人間の皆様を滅ぼす為に創造された三体の怪物の内の一体ですから。申し遅れました。私、ネペンテス商会所属の商人で名をシアバーンと申します。以後お見知り置きを。時の使い手であらせられる”ロノス・クヴァイル様”」

 

 思わず口から漏れだした言葉にシアバーンは動じず、断面が肌と同じで真っ白で血の一滴も流れ出てない腕を胸元に持って行っての丁寧なお辞儀。

 今なら首を斬り飛ばせる? 

 

「……いや、駄目だ」

 

 あからさまが過ぎる隙だらけの仕草、そして腕を切り飛ばした時の感触が今踏み込むべきではないと僕に告げる。

 

「その刀……明烏(あけがらす)ですか。ならば対になる夜鶴(よづる)をお使いなさい。明烏では同じ属性を持つ私には効果が薄いですよ」

 

「手元に無いのを分かってて言ってる?」

 

 間違い無く此奴の性格は最悪だ。

 

「ええ、言っていますとも。では、続きと行きましょうか」

 

 斬り飛ばした腕の断面が盛り上がり、瞬く間に再生を果たす。

 おいおい、四肢欠損が問題無いって勘弁して欲しいんだけれど!?

 

 再生しただけでなく、シアバーンの腕は蛇を想わせる軌道を描きながら伸びて僕へと迫って来る。

 何時の間にか手首から先は剣と槍になっていて、明烏とぶつかり合えば響くのは金属音だ。

 

 上下左右から変則的な動きで迫り、斬り飛ばしても即座に再生する腕は斬り飛ばした部分も意志を持つかの様に蠢いて僕へと襲い掛かる。

 

「これは斬ったら余計に厄介になるか……なら」

 

 柄を持ち替え、刃の向きを変える。

 斬ったら厄介なら、斬らずに迎撃すれば良いだけ。

 

 

「安心しなよ。峰打ちで叩き殺すからさ」

 

 飛びかかって来た手を全て殴打して叩き落とし、迫る腕を強めに弾き飛ばす。

 この程度なら魔法は使わなくても大丈夫だし、僕の勝利条件は此奴を倒すだけじゃない。

 

「安心する要素が全くありませんが? 妹さんを襲ったのを根に持って……来ますね。どうやら遊び過ぎたらしい」

 

 近付いて来るリアス達の足音、到着まで後僅か。

 さて、此処で退いてくれたら助かるんだけれども……。

 

 

「最後にちょっとだけ本気を出して帰らせて貰いますよぉ」

 

「……だよね。何となくそう来ると思っていたよ」

 

 伸ばした腕を元に戻したシアバーンは腕の前で二本の腕を捻り合わせる。互いに絡み合う腕はやがて一つになり、シアバーンの胸から生える毛むくじゃらの豪腕となっていた。

 

 指は三本でどれも太く短く、どう見ても人外の腕だ。

 だが、腕の長さは先程伸ばしていた状態と同じ程で、その肘を曲げて構えている。

 

「ああ、そうだ! 試練を乗り越えた者には祝福がないと駄目ですねぇ。この一撃で一歩も退かなければ面白い事を教えて差し上げますよぉ!」

 

「君と僕とじゃ笑いのツボが別だと思うけどね。まあ、良いや。来るなら……

 

「それではっ!」

 

 ”来たら?” と告げる前に僕に向かって撃ち出されたシアバーンの拳は威圧感に依るものか、はたまた光の屈折でも操作する魔法の類なのか本当よりも巨大に見える。

 

 確かに”良いや”とは口にしたけれど、少し卑怯じゃないかな?

 いや、ルールを守るべき試合じゃないし、人外に人間の常識を説いても仕方が無いか。

 

 迫り来る拳は目に見える巨大さのせいで芯が捉えにくく、下手に受ければ殴り飛ばされるだろう。

 

 そっと目を閉じ静かな心で構えれば刃に何かが触れたのを感じ、そのまま真下に受け流す。

 軌道を変えて地面に突き刺さる拳はそのまま無理に前進を続けるが、僕は既にその上に飛び乗って駆け出していた。

 

「人の腕に乗るとか失礼じゃないですかねぇ!?」

 

「人じゃなくて怪物だって自分で言っただろ!」

 

 いい加減終わらせないとリアス達が来ちゃうし、他の人に説明するには面倒だ。

 明烏を振り上げた僕に対し、シアバーンは余裕を崩さない。

 

「なんて屁理屈をっ! ですが明烏は刃に光属性を宿す妖刀。私には効果が薄いと分かっているでしょう!」

 

「ああ、そうだね! 刃で切っても殴っても効果は薄いだろうさっ!」

 

 斬っても突いても意味が無い? それがどうした!

 

 刃が駄目なら柄が有る!

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 顔面に描かれた白い目玉模様の中央目掛けて柄頭を振り下ろせば骨が砕ける音が響き、オマケとばかりに踏んづけて背後に飛べばシアバーンが顔面を押さえて悶えていた。

 

「さて、これで試練は突破って事で良いのかな?」

 

 どうせ今のじゃ大したダメージは入って居ないだろう。

 実際、僕が指摘するなり痛がる素振りをピタッと止めて両手を左右に広げての溜め息だ。

 

 腹立つなぁ……。

 

「ノリですよ、ノリ。最近では商売でもユーモアが必要でして。さてさて、もう来そうですし……貴方がその力を持って生まれた理由。それは……妹さんと闇属性の彼女を殺す為ですよ。アヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 

 リアス達の姿が遠目に見えた時、シアバーンは愉快そうに告げるとその場でクルッと一回転、瞬く間にその場から姿を消した。

 

 

「あっ! お兄様だわ!」

 

 シアバーンに気が付かなかったのかリアスは僕の姿を確認するなり嬉しそうに駆け寄って来る。

 アリアさん達も居るのに僕に抱き付いて誉めて欲しいと全力でアピールしてるし、此処は誉めてあげるべきかな?

 

 

「頑張ったみたいだね、リアス。決闘はどうだった?」

 

「楽っ勝! 秒殺だったわ!」

 

 ああ、本当にこの子は元気で可愛いなぁ……。

 

 

 

「羨ましいな……」

 

 所でうちの可愛い妹に色目を使ってる野郎はどんな心境の変化が?

 あれかな? 吊り橋効果的なので、モンスターから庇いながら戦う姿に惚れちゃった?

 

 

 

 この子が魅力的なのは全面的に肯定するけど、お兄ちゃんとして絶対に許す気は無いんだけどね!

 

 

 

 

 




感想来て
マジで来て!
仕事から帰って見たら感想通知無いとモチベーションが……


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慢心の代償

 決闘後に起きたリザード・ホーリーナイトの襲撃を報告後、僕とリアスは屋敷へと戻って行った。

 本来ダンジョンに生息するモンスターは周囲の土地の魔力の量と質によって決まるから、学園ダンジョンは周囲に魔力に干渉するアイテムを設置して難易度を調整しているんだけれど、想定していない個体の出現は教師陣を大いに騒がしたよ。

 

「アイテムに不備が有ったのではないか!? ため込んでいた物が急激に逆流したとか……」

 

「わ、私はちゃんと管理していました!」

 

「しかし、実際に死骸を調べた限りでは……」

 

 最初はリアス達の勘違いではないかと疑い、責任の押し付け合いや何者かが持ち込んだのなら誰が調査するのかと面倒な事を押し付け合う。

 まあ、何でもかんでも押し付け合って情けなくは見えるけれど、他国の貴族まで集まってるのがアザエル学園の特徴なんだし、僕だって同じ立場なら責任は回避したいと思うよ。

 

 兎に角会議は踊るが進む様子は無く、マナフ先生も皆を落ち着かせようとするけれど時々声が挟まるだけで止まる様子が見られない。

 

「あの、先ずは死骸を調べて、資料で……」

 

 付き合いの短い生徒になら侮られても、既に年単位で付き合っているのなら実力は認められてはいる筈だし、そうでないと見た目子供で学年主任にはなれないだろう。

 これは本人の性格の問題だね。

 

「少しお黙りなさい。私から質問が有りますので」

 

 このまま無為に時間ばかりが過ぎて行くと思われたその時、ずっと黙して流れを見守っていた理事長……叔母上様が口を開いた瞬間に空気が変わる。

 

 嫌っている筈のルクスでさえ先程から向けていた敵意が別の物に変わっている。

 それは何かと問われれば、僕は迷わず恐怖だと答えるだろう。

 

 より重々しくなった空気の中、言葉を発する事を強制的に防がれた皆の視線は彼女に注がれ、今まで以上の緊張感が支配しているこの部屋で次の言葉を向けられたのはリアスだ。

 

「……リアス・クヴァイルさん。出現したのは古文書に記されたモンスター……”神獣”に似ていた、それで宜しいですね?」

 

「うん、そうよ、叔母様」

 

「学園では理事長と呼びなさい。此処では叔母と姪ではなく、理事長と生徒です」

 

「は、はい。ごめんなさい……」

 

 叔母上様の言葉を受けたリアスは何時ものノリはどこへやら、すっかり怯えちゃってしおらしい態度を見せている。

 お祖父様の娘だけあって性格とかがそっくりなのは知っている筈なのにうっかりしてるなぁ。

 

「……そうですか。では報告書の提出をお願いしますね。では帰って結構。今回の事は他言しない様に。先生方にも箝口令を敷かせて頂きます。マナフ先生、調査が済むまで現場の封鎖を」

 

「は、はい!」

 

 此処で誰も異議を唱えないのは怖いからか実力からか……両方だろうね。

 

 因みに僕はシアバーンについては報告していない。

 あんな存在、下手に口外すれば混乱しか招かない上に、光属性で常識外れの怪物……いや、神の眷属だなんて誰が相手するんだって話だし、大体の予想が付く。

 

「あの、何か?」

 

「いや、何でも無いよ」

 

 僕の視線に気が付いて不思議そうにするアリアさん。

 光属性に対抗するならば彼女に任せるのが最適解で、何かあれば物語の通りに行かないで……下手をすれば世界が詰む。

 でも、そんな事を遠回しに言っても通じる訳が無いし、今の彼女は”もしかしたら王女かも知れないが、今は功績も何もない上に忌み嫌われる闇属性”でしかない。

 

 ……せめて使い潰されないだけの価値を示さないと行けないんだけれど、流石に此処まで大きく事件に関わり過ぎた。

 ”原作に関わらずに物語の流れのままに”とかそんな事は言わないけれど、あまり派手に動けばお祖父様がどう出るか。

 

 まあ、今はこっそり動いていれば大丈夫……かな?

 

「ああ、それと……分かっていますね?」

 

 部屋から出て行く時に誰に対してかはハッキリ言わないけれど、間違い無く僕にだと、叔母上様の視線が告げている。

 

 

 ……僕はこの時まで自分なら何とかなると思っていたけれど、この瞬間に思い上がりだと思い知らされた。

 僕が何か隠していて、それにアリアさんが関わっていると間違い無く見抜かれている。

 

 前世の知識、そしてロノスとして自分の頭の良さを自覚していたけれど、それは誰から受け継いだのか失念していたらしい。

 僕なんかよりずっと経験を積んだ海千山千の怪物を相手にしなくちゃ駄目なんだから。

 

 

「リアス、此処から先は油断禁物だ。”僕達の力なら大丈夫”そんな風に思わない事だよ」

 

「なんで? まあ、私はお兄様に任せるわ。それが一番だもの」

 

 僕の忠告にもリアスは事の重要さを気にした様子が無いし、これは僕がどうにかしないと駄目らしい。

 ああ、ゲームのリアスも完全に追い詰められるまで事態を把握せずに好き勝手に振る舞っていたし、その辺の教育を間違えた気が……。

 

 

 いや、それがどうした。

 相手は神様だって分かっていた筈で、僕達が動けばゲームの知識なんて役に立たなくなるって知っていた筈じゃないか。

 守るんだろう? 大切な前世からの妹を……。

 

「あのぉ、ロノスさん? 私、決闘に勝ちましたし……」

 

「ああ、そうだったね。まあリアスの報告書を手伝うから約束については明日にでも話そうか」

 

「はい!」

 

 元気そうに返事をするアリアさんだけれど、これは演技だってゲームの知っているし、それを踏まえて見る程に違和感を覚える所だらけだ。

 でも、だからこそ本当の感情だって分かる時も有るし……あれ?

 

 

 

 いや、確かに最初はリアスが関わったし、あまりゲームと変わり過ぎたら困るから調整程度の筈だったのに、それにしては深く関わり過ぎじゃないのか?

 

 卒業後は関わらないから楽に付き合える友達候補?

 いやいや、それなら厄介事をもたらさない人で良いのに……。

 

 

 裏からこっそりと力を貸すでなく、リアスが深く関わるのを諫めもせずにアリアさんに関わろうとする理由、それが分からない……。

 

 

 人を滅ぼそうとする神の事。

 

 力も頭も僕以上の上に油断出来ない身内の事。

 

 それらを抱えてリアスを守り抜きたいのに一体何故?

 

 

「あれ? レキアに返したと思ってたのに忘れてたのかな?」

 

 結局この日の内に答えは出ず、夜になって眠ろうとした時に荷物の中から一輪の花を発見した。

 他人の夢の中に入り込める力を持つ”夢見の花”、ちょっとだけ気になった僕は枕元に花を置き、この日はそのまま眠る。

 

 さて、どんな夢を見るのやら……。

 

 

 

 柔らかな日差しが降り注ぐ昼下がり、そよ風が運ぶ花の香りが春の訪れを告げる。

 花畑で寝転がってウトウトしていると頭を乗せている膝の持ち主が頬を撫でて来た。

 

「あっ、起こしてしまいましたか?」

 

「大丈夫少しボケッとしていただけだからさ」

 

 ああ、どうやら僕はアリアさんの夢の中に入っているらしいと何となく分かる。

 多分花の力の一つじゃないのかな?

 

 口は勝手に動くし、体も自由に動かせないから夢の中の僕と感覚を共有している感じらしいし、何となくだけれど物の感じ方だって違う気がするのは、この僕は本当の僕じゃなくて彼女の夢の中の僕だからだろうな。

 

 何故かアリアさんの姿を目にして声を聞くだけで幸せなんだ。

 

「あ、あの……」

 

 勇気が足らずに告げたい想いを口に出来ない彼女の気持ちを僕は知っている。

 だって、彼女が夢に出した僕と彼女の関係がそういう物だからだ。

 

 本当だったら僕から何か言うのが優しさ何だろうけれど、今は少し照れている彼女の顔を眺めていたかったんだ。

 まあ、あの二人が知れば責められるだろうけれど、今は二人っきりで野暮な目なんて無いんだから別に良いよね?

 

 ……っと、夢の中の僕に少し影響されている気がするな。

 ちょっと今直ぐにでも夢から出ないと駄目な気がして来たぞ。

 

 でも……。

 この瞬間が妙に心地良いんだ。

 これが恋って奴なんだろうね……。

 

 間違い無く夢の中で僕とアリアさんは恋人だ。

 それが偶然の産物なのか彼女の望みが影響されたのかは分からないけれど……。

 

「あ、あの! 私……ロノスさんが好きです」

 

「僕も君が好きだよ、アリア」

 

 精一杯の勇気を絞り出した彼女の想いに応え、起き上がるなり彼女の肩を抱き寄せて唇を重ねる。

 最初は驚いた彼女も一切抵抗せず、そっと目を閉じた。

 

 僕は今、本当に幸せな時間を僕は過ごしている。

 

 

 

 

「……ヤバいな。アリアさんに深く関わる理由が分かった気がする」

 

 分からずに居た方が良かった気がするけれど、それでも僕は自覚してしまった。

 僕は彼女に惹かれ始めているんだ。




って事で第一話の頭はアリアの夢でした

次回エピローグ予定

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普通は逆です

 ……思えば僕にとってこの世界は何処か現実では無かったのかも知れない。

 仮にロノスとしての十年分の記憶が曖昧で今みたいに混ざった状態で無いのならば更にゲーム感覚で生きていただろうし、今だって付き合いの深い相手以外はゲームの知識ってフィルターが掛かっている。

 

 心の何処かでは”ごっこ遊び”をしていて、結局は自分に都合の良い展開が待っていると慢心していたんだろう。

 でも、隠し通せると思っていた事を叔母上様にあっさりと見抜かれ、前世の自分と比べて格段に高いスペックによって覚えた万能感が幻だったって改めて思い知らされた。

 

 ……やれやれ、お祖父様はリアスを扱いやすい様にしていたけれど、自覚が無いだけで僕もだったか。

 お釈迦様の手の中に居た孫悟空の気分だよ。

 

 

 ゲームに登場した人との交流が有ればもっと早く気が付けた筈だし、その交流で僕はゲームとこの世界を切り離して見ていると思っていた。

 いや、思い込んで居たんだよ

 ロノスだけの時に出会って交流を深めた相手じゃ中途半端に認識して居るだなんて気が付きもせずにね。

 

 でもさ、今みたいに”ゲームのキャラ”としか認識していなかったアリアさんと出会い、交流して……惹かれていた。

 これが恋心なのかどうかは分からない。

 

「僕の周囲、変な子ばっかりだからなぁ……」

 

 リアスは前世からずっと兄妹だから除外。

 

 チェルシーも友達の婚約者だし、一切そういう目で見ていない。

 

 レナ……は冗談で色々と誘惑するけれど乳母姉だし、心情的に殆ど身内だし。

 ……まあ、完全に姉として見ている訳じゃないからドキッとはするけどさ。

 例えるなら家が隣のお姉さんとか年上の従姉的な?

 

 レキア……うん、僕を嫌ってるから除外。

 僕は別に嫌ってるよりは少し苦手って位だけどさ。

 友達程度にはなれたら良いけどね。

 

 お祖父様が選んだ僕の婚約者は……手紙の遣り取りはしているけれど滅多に会わないし、家の政務を取り仕切る権限を与える為の婚約だしさ。

 いや、嫌いではないけれどレキアとは別のベクトルで苦手。

 でも僕には必要な存在だし、お祖父様達が徹底的に教育したエリートだから信頼出来る相手だ。

 

 後は一度貞操を狙って来たあの子だけれど、軽いトラウマなのに政略結婚の相手候補だし……うっ、トラウマが蘇りそうだ。

 根は悪い子じゃないんだけれど物の考え方が部族特有の物だし、彼女の部族って聖王国にとって重要な存在な上に、お祖母様の件も有るし。

 それに素直に好意を向けられてるからな……。

 

「交流らしい交流をしているのはこの程度か。残りは家の代表としての交流だし、個人的感情はそれ程強くない」

 

 兎に角、僕がアリアさんに肩入れする理由は何となく分かった。

 これで僕が一人としか結婚出来ないとか、婚約者が居るから他の女性との交流を慎むべき立場だったら諦められるんだけれど……お祖父様は国の統制の為に大きくなったクヴァイル家の力を、そろそろ殺ぎたがっているし、寧ろ大勢優秀な子を引き込んで国の利益にしつつも領地を分譲させたがっている。

 

「いや、でもなぁ……」

 

 この世界の貴族じゃ多妻なんてその辺に居るけれど、恋もした事の無い僕じゃ想像も出来なくって先延ばしにし続けた問題に向き合う事になったらしいけれど、流石に覚悟するにも他にも色々あってキャパオーバーだ。

 

「た、助けて。助けて……レナス」

 

 思わず呟いたのはこの世で最も尊敬して頼りにしている存在である乳母の名前だ。

 前世では共働きで、今世では僕が幼い頃に死別して実の母親には縁遠かったけれど、前世ではお姉ちゃんが、今世ではレナスが居るから寂しくはなかった。

 

 母として僕達を育て、叱り、守ってくれた存在で、僕もリアスもレナスが大好きだ。

 ……修行時は母じゃなくて師匠になったけれど、それも鬼師匠に。

 

 

「帰って来たら相談しよう」

 

 何せ忙しい身だから此処三年は滅多に会えなかったけれど、相棒的立場の人とレナスのどっちかが屋敷に来るとは聞いている。

 どうか”話が通じなさそうで通じる方”のレナスであって欲しいよ、色々な理由で。

 もう片方? ”話が通じる風に見えて通じない方”だよ。

 

 

「……あー、でも”ウジウジ悩んでんじゃないよっ!” って拳骨喰らうかも」

 

 その様子が想像に容易い上に考えただけで頭が痛くなって来た……。

 

「ああ、他にも当初の予定通りって言えば予定通り何だけれど、まさかあの二人がね……」

 

 数日前なら安心しただろうけれど、今となっては複雑な事だし、腹立たしい事でもあるんだけれど、あの二人がまさかの手の平返しをしたのには驚きだ。

 

 報告が終わり、ちょっとお茶でもして帰ろうとしたら、まさか二人まで加わるなんてアリアさんも動揺していたよ。その上……。

 

 

「……隣良いか?」

 

「隣に失礼する」

 

 あの王子と眼鏡、それぞれリアスとアリアさんに惚れたらしい。

 助けられて勇姿に憧れたとか褒めていたけれど……普通は逆じゃないのかな?

 

 

 ……あれぇ?

 

 

 

 

 

 ロノスが大いに悩んでいる頃、大海を挟む遠方の地にて正反対の女二人が向かい合って話をしていた。

 タイプは違えども二人揃って美女であり、並ぶ姿は絵にして残したいと思わせる程、街を歩けばすれ違った人の多くが思わず振り返る程だ。

 

 故に二人が居る場所が余計に異彩を際立てる。屍の山に血の海、誰が見ても戦場……だった場所、今は見る限り二人以外の命は屍に引き寄せられた鳥や蟲のみ。

 血の香りが漂うこの場所で、この二人だけは井戸端会議でもしているかの様だ。

 

 

「むっ! 何故かロノスを叱りつけて尻を蹴り飛ばしてやる必要がある気がして来たよ」

 

 一人は軍服を思わせる紺色のコートと帽子姿で長身の野性的な美貌を持つ三十路辺りの女。

 手にするのは巨大な刃を持つハルバートであり、大の男数人掛かりで持ち運びそうなそれを片手で軽々と持っていた。

 赤褐色の肌に残る古傷と逞しい腕と割れた腹筋が歴戦の戦士である事を示し、血の様な赤色のザンバラ髪の間からは天に向かって伸びる二本の角。それはまるで上質の珊瑚の様な光沢の赤であった

 

「リアスちゃんじゃなくってロノス君ですか? あの子、しっかりしてるのに?」

 

 対するは戦場よりも社交界の場、もしくは高貴な立場の客が来訪する店に居た方が似合うであろう、一見すれば少女に見える見た目の小柄な女だ。

 赤銅色の髪に小麦色の肌、紫の瞳とリュボス聖王国等では見られない容姿であり、何故か執事服を着ているものの性別を間違われない程度に曲線的である。

 

「出来が良いから躓いた時が厄介なんだよ、あのバカ息子は。ったく、手間が掛かる奴だねぇ」

 

「未だ決まった訳でもないのに随分嬉しそうですね、”レナスさん”」

 

「まあな。んで、そっちは終わったのかい? ”マイ・ニュ”」

 

「ええ、女子供残さず斬り捨てました。レナスさん、子供は見逃そうとしてましたけど駄目ですよ? 禍根が残れば憂いの種になります。それに差別はいけないので張り切って皆殺しにしましょう」

 

 屈託無く笑いながらマイ・ニュは手にしたナイフを一見無造作に投擲し、屍の山に潜んで息を殺していた少年の額に深々と突き刺さった。

 

「良かったですね、坊や。家族と一緒に居られますよ」

 

 

 

 

 

「……相変わらずだねぇ、アンタも。ああ、そうだ。大旦那からの連絡でさ、一旦ロノス達が滞在する屋敷に送って欲しいのが居るんだってさ。ほら、何って名前だっけ? あの眼鏡の嬢ちゃん」

 

「眼鏡の嬢ちゃんって、仮にも息子って呼ぶ相手の婚約者ですよ? ちゃんと名前で呼んであげないと可哀想じゃないですか。具体的に言えば家族も知り合いも皆死んでいるのに先程の少年を見逃して野垂れ死にさせる程度に」

 

 この時、二人は同時に同じ事を考えた。

 

 ”付き合いは長いけれど、相変わらず変な奴だな”と……。

 

 ロノスがそれを知ればどっちもどっちだと呆れただろう。

 




感想待っています 0だと一気にやる気が下がる


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二章
優秀なのも良し悪し


「相変わらず手厳しいなぁ……」

 

 早朝、朝一で届いた手紙を読んだ僕は苦笑していた。

 一定の間隔で送られて来る婚約者からの手紙には、毎回過去の事例を出して当主としてどの様な指示を出すべきかメリットとデメリットを挙げろって問題用紙が同封される。

 

 まあ、今回は及第点だったけれど、僕が気が付かなかった事を事細かく指摘して、容赦の無い駄目出しの後で最後に誉める所は誉めてやる気を出して来る。

 正直言って僕が知ってるどの座学の先生よりも教師に向いているんじゃないのかな?

 

「……おや、彼女からの手紙ですか」

 

 背後から少し不機嫌そうなレナの声が聞こえたけれど、仲が悪いのは相変わらずらしい。

 僕よりも頻繁に会ってるから少しは改善してると思ったけれど、この数年で余計に仲が拗れてない?

 

「”入学してから気になる人は出来ましたか? 今後の事も有りますので娶る可能性も視野に入れてご報告いただければ幸いです”、だってさ。……報告しなかった場合に想定されるデメリットを箇条書きにして添えてるし、これって強制だよね」

 

「強制ですね。……どうも彼女とは反りが合わないのですよ」

 

「レナの立場からすれば分かるよ。僕としては仲良くして欲しいけどね」

 

 

 

 最初に彼女に出会ったのは僕が五歳の時で、二年ぶりに会ったお祖父様が連れて来たのが出会いの切っ掛けだった。

 

「将来の側近候補だ。顔と名前を覚えておけ」

 

 その一言で二年ぶりに顔を合わせた祖父と孫の会話が終了し、既に用事は済んだとばかりに執務室に向かう背中を見送った。

 当時の僕には前世の記憶なんて無かったし、これが貴族の家族関係だって思い込んでいて、それよりも一緒に来て目の前に残った同じ年頃の子供の方に興味が向くのは当然の流れだろうね。

 

「ねぇ、君の名前は?」

 

「パンドラと申します。今後ともお見知り置きを、若様」

 

 赤紫の髪を長く伸ばした彼女は僕より一歳上なだけなのに知性を感じさせる顔立ちで、僕の問い掛けに丁寧に返事をしながら恭しく頭を下げる。

 この頃、僕の遊び相手になってくれる子供はリアスかレナだったけど、ちょっと僕を置いて出掛けて居たから退屈していたのがちょうど彼女がやって来た日だ。

 レナス以外の使用人の子供は使用人用の住まい付近で生活するし、僕が遊んで欲しいって言ったら困るのは相手とその親だって経験で分かっていたけど、お祖父様が口にした”側近候補”というのが僕の興味を引く。

 

「パンドラは将来僕の近くで働くんだよね?」

 

「ええ、そうなれる事を目指して誠心誠意努力させて頂きます」

 

 偶に会う同じ年頃の子は親から言われているのか大した事でもないのに誉めて来ては取り入ろうとするか機嫌を損ねないかビクビクする子ばかりで、丁寧なんだけれど自然体なパンドラの事を僕は直ぐに気に入った。

 

「じゃあ、今から一緒に遊んで」

 

「若様がお望みでしたら」

 

 この時、僕は新しい友達が出来た程度に思っていたんだ。

 差し出した僕の手を取ったパンドラの手は小さくて柔らかく、今まで近くに居た子達とは違うパンドラと遊ぶのは楽しかったのを覚えている。

 側近候補だから明日からも一緒に遊べるし、その時はリアス達も一緒だと予定していたんだ。

 

 

 でも、彼女と次に出会ったのはこの日から数年後、僕が十歳の誕生日を迎えて1ヶ月後の事だ。

 

「お久しぶりです、若様。私の事を覚えていらっしゃいますか?」

 

 あの日の顔合わせは本当に顔と名前を印象付けさせる為の出会いで、それからずっと側近になる為の英才教育を受けていたらしい。

 他にも同じ様な子達との出会いは有ったけれど彼女だけは特別だった。

 それは僕が強く印象に残したって事も有るんだけれど……。

 

「えっと、パンドラがどうして此処に? お祖父様に”お前の婚約者を用意した”って言われたんだけど」

 

「それは私です

。では、私はこれで。生まれ等の問題は既に解決済みですのでご心配無く。今後は交流の為に手紙の遣り取りをする事になりましたので宜しくお願いします」

 

 数年後、僕より背が伸びて美人になっていたパンドラは知的な笑みを浮かべて衝撃的な事を告げ、直ぐに僕の前から去って行く。

 

 後にお祖父様から聞かされた話では、僕には力を伸ばすのを優先させ、彼女は妻の一人になって家の政務を一手に担う事になったらしい。

 

 この日からも滅多に顔は合わさず、その代わりに手紙の遣り取りだけは続ける関係になり、同時に色々と噂も入って来る。

 

 お祖父様の小間使いとして多方面について学び、任命された代官補佐から狭い地域の代官にまで出世するのに二年しか必要としなかった才女だってね。

 

 後に僕とリアスが構想を任された結果誕生したラスベガスとパリをごっちゃにした街の運営の成功にも貢献しているとか。

 

 そんな優秀な相手への劣等感って訳じゃないけれど、手紙の遣り取りで彼女は相変わらず素の自分を見せていて、その上でお祖父様の影響を大きく受けているのに気が付いた時、僕は少し彼女が苦手になった……。

 

 

 

 まあ、何時かは向き合う必要がある相手なんだけどさ

 

 

 手紙を読み終わり、今回の問題を少し考え始めた僕が二杯目の紅茶を半分ほど飲んだ頃、慌ただしい足取りでリアスが飛び込んで来た。

 

「わー! 遅刻遅刻! レナ、朝ご飯用意して!」

 

 風呂上がりらしく石鹸の香りを漂わせながら席に座ろうとするけれど、それより前にレナがバスケットと水筒を差し出した。

 

「朝風呂に入っていた様なのでサンドイッチとアイスティーを用意していますので馬車でお食べ下さい」

 

「流石ね、レナ。いやー、今日は朝早く起きちゃったから素振りしてたら汗かいちゃって。それで朝風呂入ったら寝ちゃってたのよ。失敗失敗」

 

「若様もそろそろ登校の時間ですよ。既に馬車の準備は済ませて居るのでお急ぎ下さい」

 

 時計を見れば確かに時間が迫っている。

 この時間なら余裕で学園に到着するんだけれど、ちょっと遅れたら馬車で込み合うからなぁ。

 

 もう少しゆっくりしたいんだけれど、昨日の晩夜更かしして考え事をしていたから少し寝過ごしてしまった以上は仕方が無い。

 

「ああ、どうせだったら……」

 

「ポチに乗って行くのは駄目ですよ? 校則では登校に使う乗り物は定められていますがグリフォンは含まれませんので」

 

 ……ちぇ。

 

 ちょっとだけ考えた案だけれど口に出す前に却下された僕は渋々ながらも席を立ち、メイド達が差し出したカバンやコートを受け取って門の方へと向かって行った。

 

「行ってらっしゃいませ、若様、姫様」

 

「ああ、行って来るよ」

 

「帰ったら久し振りに模擬戦してくれるかしら? 素振りしてたら熱が入っちゃったのよ」

 

「ええ、構いませんよ。課題を先に終わらせるのが条件ですが」

 

「……うぇ」

 

「相変わらずレナには敵わないね、リアス。じゃあ行こうか」

 

 

 本当だったら馬車に乗らなくても通える距離だし、実際の所は僕達なら走った方が速いんだけれど、貴族だからそれは憚られるんだよね。

 深々と頭を下げるレナ達に見送られて僕達を乗せた馬車が動き出す。

 

「……げっ!」

 

 だけどその歩みは前の方で止まっている他の家の馬車によって止められた。

 馬車の数は二台で、それぞれ王国と帝国の紋章が描かれた豪華な造りの物。

 中に誰が乗っていて、どうして止まっていたのかは考えるまでもない。

 

「リアスさん! 一緒に登校しましょう!」

 

「なあ、一緒に行って良いか?」

 

「……お兄様、対応お願い」

 

 乗っていたのは当然ながらアイザックとルクスであり、目的はリアスと一緒に登校する事。

 恋敵な上に争い合っていた国の王族同士だけあって睨んではいるけれど口論は始まっていない。

 いや、御者も敵意を向け合っているし、切っ掛け次第で喧嘩が始まるか。

 

「仕方無いなぁ……」

 

 リアスは相手するのが嫌なのか馬車の紋章を確認するなりサンドイッチから視線を外そうとしないし、僕を頼りにして任せて来ている。

 僕はお兄ちゃんだし、妹の頼みなら応えるしかないか……。

 

 

 

 

 



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地の文なのでツッコミ不在 

 一見すれば一人の美少女を取り合う男二人(但し二人揃って相手にされていない)のにらみ合いなんだけれど、実際の所はシャレにならない事態を引き起こしかねない。

 

「何の真似だ、アイザック。俺はリアスと一緒に登校する為に待っていた。其処に居られては邪魔だ」

 

「それは僕の台詞だよ、ルクス。だ、大体君は彼女の事を嫌っている様に見えたけれど?」

 

「……否定がしないが、俺は彼奴と戦い、そして勇姿を目にして間違いに気が付いた。例え身内であってもリアスとあの女は別人だ」

 

 皇帝の弟であるアイザックと王子であるルクスの二人はちょっと面倒だ。

 何せアイザックの父親はルクスの母親が酩酊して引き起こした事故の犠牲者で、その事が関係してか気弱な筈のアイザックが強気に出ているし、身内に狙われて不遇の扱いを受けている上に戦う力も弱い彼でも第一王子な上にそれなりに戦える(学生の範疇で)ルクスと渡り合えているんだから大した物だ。

 

 まあ、腰が引けているんだろうし、お前とリアスの仲に僕が賛成する事は絶対に無いんだからな。

 

 ……さて、そろそろ介入する頃合いかな?

 

 どうも止めに入るタイミングが分からなかったけれど、二人は未だ良いとして、王国と帝国の戦争が尾を引いているのか配下の人達は限界が近いように見える。

 特にアイザック側なんて立場からして左遷に近いだろうし不満も溜まって居るんだろう。

 主同士の睨み合いが部下の乱闘にでも発展したら面倒だし、前提としてリアスが嫌がっているんだから馬鹿馬鹿しいし、見ていて腹が立って来た。

 

「ほら、こんな街中で……あっ」

 

 上空から向かって来る気配を察知した僕は数歩後ろに下がり、争っていて警戒が疎かになっていた双方には気が付いた様子も無い。

 そのまま二台の馬車の間に目掛け、小規模な落雷が発生した。

 

「なっ!?」

 

「ひぇっ!?」

 

 雲一つ無い蒼天からの落雷に意表を突かれたルクスは咄嗟に上空に視線を向け、アイザックは頭を抱えてうずくまる。

 そして僕も空を見つめ、高速で降りて来る相手を視線で追っていた。

 

 バサバサと風を翼で叩く音と共に姿を見せたのは青紫のモコモコとした体毛を持つドラゴンと、その背に乗った学園の男子制服を来た人物。

 ワインレッドの髪をセミロングにした中性的な顔立ちで、首のチョーカーはドラゴンと同じ青紫だ。

 

 威風堂々とした立ち振る舞いで凛とした表情を浮かべ、絶対的な自信を感じさせる。

 ……但し背はちょっと低い。

 僕が少し高い位だけれど、多分頭一つ半は違うんじゃないのかな?

 

「何をしているのかと思いきや、王族ともあろう者達が街中で争うとは情けない。恥を知れ!」

 

 突然の登場に誰もが視線を向ける中での一喝は周囲に響き、荒そうになりかねた空気が霧散している。

 細身で背の小さい人は侮られ易いそうだけれど、こうして見ていると例外は存在するって分かるよ。

 ルクスとアイザックは見知っている様子だけれど、周囲のお供には顔を知られていない様子だ。

 

 でも、緊迫の状況で少し派手過ぎな登場をするなり主を一喝した相手が誰なのか問い質す事すら躊躇われる中、僕だけが動いて近付いた。

 

 

「やあ。久し振りだね。具体的に言うと前回の大会の表彰台以来かな? 元気そうじゃないか、アンリ」

 

「……ロノス! 久し振りじゃないか!」

 

「おいおい、今気が付いたの? 友達なのに酷いなぁ。まあ、入学前に風邪を引いてしまったって聞いたから心配したんだけれど元気そうで何よりだよ。タマも久し振り」

 

「ピー!」

 

 この派手な登場をしたのはご覧の通りに僕の数少ない友人の一人で名前は”アンリ・ヒージャス”。周辺四カ国の一つであるワーダエ共和国の所属で今みたいにドラゴンを使役して乗りこなす名門一族の出身だ。

 

 

  いやいやいやっ!? 流石に自分で言う程に少なくは無い筈だ。

 

 例えば新入生だけでもフリートとか、チェルシーの婚約者とか、俺様フラフープとか、アース王国の大公家の次期当主とか、赤髪オールバックで金色のアクセサリーを大量に身にまとう派手な大男とか……良し! 結構居るね!

 

 アンリが僕に近付いて拳を突き出して来たので僕も同じく拳を突き出して軽くぶつけ合わせる。

 うんうん、友達ってのは良いものだよ。

 家同士の付き合いとして交流がある人は大勢居るけれど、迷い無く友達って言える関係は限られているし、だからこそ大切なんだ。

 

「じゃあアンリも今から通学かい? いや、タマを屋敷に預けなくちゃ駄目なのかな?」

 

「いや、僕は寮なんだけれど、風邪が治った後もタマを王国に連れ込むのに手続きが長引いてな。今こうして漸く到着したんだ。……本当はさっさと行きたいんだけれど、少しやる事が有るから遅れてしまうな。後でノート見せてくれ」

 

「それは良いけれど、やる事って……成る程」

 

 決まりが悪そうにアンリが指差したのは先程の落雷によって焼け焦げて一部が割れた舗装済みの地面。一触即発だったから止めたんだろうけれど流石に派手にやり過ぎか……。

 

 

 

「取り敢えず事情説明して後処理をしなくては。……父に怒られるな。小遣いを減らされてしまう」

 

「ああ、リアスも派手にやってお説教と小遣い減額のコンボを食らっているよ。……じゃあ再会を祝して話をしていたいけれど急がないと僕達も遅刻するから。また学園でね」

 

「ああ、学園で会おう。……多分昼には終わるから」

 

 遠くから警備隊らしき人達が慌てて向かって来ているし、遠目に見る学園の時計の針は登校時間が迫っているのを指し示している。

 慌てて馬車に飛び乗れば、他の二人も今回は休戦らしく馬車に乗っているけれど多分休み時間に絡んで来るんだろうな……。

 

 

「あの人って確かお兄様が趣味で参加しているレースで出会ったのよね? えっと、乗っているのはドラゴン……よね?」

 

「うん、そうだよ。どう見てもこの世界の一般的なドラゴンの姿じゃないか。ちなみに雷を操るサンダードラゴンだね」

 

「……良いなぁ。私もお兄様みたいに何か飼おうかしら? ポチはあくまでお兄様を主としていてるし」

 

「ペットを育てるのは大変だよ?」

 

 タマの姿に怯え腰になっている警備隊の姿を眺めながらリアスが羨ましそうに呟いた。

 確かにポチが一番懐いて居るのは僕だし、リアスだって自分に凄く懐いたペット、贅沢を言えばグリフォンやドラゴンみたいにフワフワモコモコの体毛を持っていて乗れるサイズが良いんだろうけれど、躾とか大変だからね?

 鳥とかの野生動物に餌だけやって”世話をしている”って口にする人は居るけれど、他の全般含めて”世話”だから。

 

 

 

 でも、リアスがドラゴンを羨ましいって思う気持ちは半分だけ理解しよう。

 

「……僕はトカゲみたいな方のドラゴンが良かったなぁ。グリフォンの方が格好良いし最高だけどさ」

 

 僕が前世のゲームや漫画で知っているドラゴンとこの世界のドラゴンの姿は大きく異なり、寧ろ別の動物に酷似している。

 

 

「何度見ても……ペンギンだよね?」

 

「ええ、ペンギンね。良いわね。小さいのを抱っこしたい。ドラゴンだけあって小さくても凶暴だけど」

 

「まあ、普通に災害クラスのも居るし……僕が戦ったシアバーンの仲間にもドラゴンが居たからね」

 

 あんなに可愛い見た目でも中身と性能は僕達が知っているドラゴンだ。

 種類毎に炎や雷、毒を吐き、グリフォンと並ぶ空の覇者であり、町や村が襲われれば壊滅的な被害が出て、太古には国を滅ぼした”ファブニール”って名前の伝説のドラゴン……そのシアバーンの仲間の一体も存在する。

 うん、普通に戦いたくない相手だよね。

 

 

「これは本格的に知識を取り戻さないと……」

 

 ゲームではプレイヤーが動かさないと時間も動かないけれど、現実では違う。

 さて、帝国の例のダンジョンに向かうには……。

 

 

「アイザックの協力……は駄目だな。彼の立場からして余計なトラブルがやって来る。下手すればお祖父様に消されかねないレベルのね……」

 

 ゲームの知識だけには頼っていられない。幸い相手が”シアバーン”の名前を名乗ったし、それを理由に調べられるだけ調べるとして……。

 

 

 

「今はアリアさんの事だよなぁ……」

 

 夢の中で彼女は僕を恋人にしていたし、小説か何かの影響での偶然って可能性も有るけれど、僕はもしかしたら彼女に恋をし始めている可能性だって有るし、ちょっと顔を合わせるのが恥ずかしい……。

 

 

 ”主人公”ではなく”個人”としての彼女と向き合うと決めた事で発生したこの問題を僕はどうやって解決すべきなのだろうか……。

 

 

「フリートに頼ろうか。こんな時こそ男友達の出番だ」

 

 




パンダは出さないので地の文にツッコんでくれる人が作中には居ません

ポチは人型にはならないのでご安心を ペットポジションはペットだけで良いです

絵を発注 誰かはお楽しみ


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兄が見たのは途中まで 成人指定の所は知らない

感想が来なかった……だと?


「……有りました。シアバーン……毛むくじゃらの一本腕……一つ目の怪物……全て符合しますね」

 

 ロノスがシアバーンと戦った日の深夜、一人の女性が古い文献に目を通していた。

 本棚に囲まれた椅子に座る彼女の傍らに置かれたのはロノスが夕方に彼女宛に出した手紙であり、それが彼女の手元に届く時間を加味すればものの数時間で目当ての情報に辿り着いた事になる。

 

 希少な文献ばかりが揃い、中には権力者の都合で歪められた歴史の真実を示す物さえ納められた資料室にてページを捲る音だけが静かに響いた。

 

 前分けにした赤紫の髪を腰まで伸ばした彼女の年の頃は十代半ばであり、冷静さと知性を感じさせる整った面立ちは多くの異性を虜にする事だろう。

 どの様な豪奢なドレスでも着こなせそうなスラリとした長身に見合った長くしなやかな手足すらも美しく、本を読む姿には優雅ささえ感じさせる。

 

 何処かの貴族の令嬢か、はたまた司書等ではないかと見た人に印象付かせる彼女は古ぼけたページを丁寧にめくり、読み飛ばし無く、それでも常人の数倍の速度で読み進め、途中で栞を挟んで本を閉じた。

 

「どうやら随分と面倒な事に首を突っ込んでいるのでしょうね。……ふぅ。これは久々の再会早々に小言となりそうです。若様ももう少し自覚して下されば良いのですが……」

 

 軽く溜め息を吐いた後、彼女は読んでいた本と他数冊を手にしてたちあがり、そのまま資料室を後にした。

 

 

「さてと、夜更かしは美容の大敵ですし、若様がご所望になるであろう資料は朝一で制作するとして一眠りしましょうか。美を保つ事も若様の妻という業務に必要な事ですからね」

 

 少しだけ楽しそうに微笑んだ彼女はそのまま資料室の直ぐ近くに用意された自室へと入って行く。

 政務に関する大量の書類が置かれた執務机や各国の情勢の報告書を纏めた棚を横切り、手早くシャワー室で汗を流して寝間着に着替えた彼女はベッドへと潜り込み、明かりを消す前に枕元に置かれた首飾りを手に取り、軽くキスをして眠りにつく。

 

「さて、良い夢がみれますように。お休みなさいませ、若様」

 

 その首飾りに添えられたのはバースデーカード。送り主はロノスであり、宛先には彼女の名が書かれていた。

 

 ”パンドラへ”と……。

 

 

 

 

 

 

 ……私には昔から特技とはとても言いたくない特技が有る。

 それは夢の内容をはっきりと覚えている事で、だからと言って夢の中で好き放題に動ける訳でもない中途半端な物だから、理屈も何も有ったものではないグチャグチャで理解不能の行動をした事や、時に嫌な思い出を夢で見たのをハッキリと覚えている日は気が沈んでしまう。

 

 でも……。

 

「今日の夢は良かったな……。まさか本当にお香が効いた?」

 

 長年被り続けて来たからか一人の時でも表の顔での口調になる中、私は珍しく良い夢だった事で特技に感謝する。

 机の上に置いてあったのは既に煙が出ていないお香で、昨日の帰り道に胡散臭い占い師に呼び止められて手渡された物だ。

 

「貴女、中々面白い運命ね。これはサービスよ。好きな相手が夢に出て来るお香なの。……もし効果があったらご贔屓にして頂戴な」

 

 半信半疑……いや、九割以上は疑っていたけれど燃やす前から良い香りがしたから使ってみたが、まさか本当にロノスさんが夢に出て来て、その上で寝る前に読んだ小説と同じ事をして貰えるだなんて思っても見なかった。

 

 夢の中では二人は恋人で、肩を抱き寄せられてキスをして、更には青空の下で服を……。

 

「……あっ」

 

 あの占い師が去り際に追加した言葉は確か”注意してね”だったけれど、お気に入りの下着の状態にその理由を知らされた。

 私が生活している寮では洗濯カゴに入れておけば洗濯した状態で戻って来るけれど、流石にこれは出せない。

 

「……シャドーボール」

 

 この後、ゴキブリが出たからと手加減したとはいえ魔法を室内で使った事で反省文を書かされる事になる上に、その時にお気に入りの下着まで巻き込んでしまったのは凄く残念だ。

 

 そして懸念が一つ……。

 

「どうしよう。ロノスさんと顔を合わせるのが恥ずかしい……」

 

 登校の準備をしながらも夢の余韻に浸り、恐らく夢に影響したであろう本に視線を向け、気が付けば手に取っていた。

 私は恋愛小説だと思っていたけれど、母が遺したこの本は官能小説らしい。

 ……ちょっと驚き。

 

「もう少し見ていたかったのに……」

 

 この小説の登場人物の二人を私とロノスさんに置き換えていた夢は本当に素晴らしくて、いよいよ純潔を散らす寸前に起こされた。

 ……そう、起こされたのだ。

 

 本を机に置いて天井を睨む。この上の部屋に居るのはクルス殿下を後押しする派閥の末端で、あの眼鏡の……確かアルフレッド(だったと思う)に随分とお熱らしく、寮に入った初日から随分と嫌がらせを受けた。

 

 まあ、家の格は王国の貴族なのに学園周辺に住む場所を用意出来ない時点でお察しだ。

 体型は随分とご立派だが。夜中にされていた足踏みからも感じた重量感的な意味で。

 

「何があったのでしょう? 朝早くから凄い悲鳴だったけど……」

 

 生首がどうとかこうとか叫んでいたけれど、まさか朝起きたら枕元に生首でも並んでいた?

 

 いや、流石にそれはないだろうし、ついでに言えば遅刻になる時間まで少ししか猶予が無い。

 馬車で行ければ間に合うだろうけれど私の実家は貧乏だから用意なんか出来やしないので無駄な話だ。

 

「もし夢の中と同じでロノスさんと恋人になったら迎えに来て貰えるのでしょうか……」

 

「アリアさん! お迎えにあがりましたので一緒に登校しましょう!」

 

 そんな想像に更けて余計に時間を浪費した報いなのか本当に迎えがやって来てしまう。

 最悪な事にロノスさんではなくて眼鏡だけれど。

 

「嫌だなぁ……」

 

 決闘後、謝られたが実際はどうでも良かった。

 あの様な事を言われるのは幼い頃に慣れてしまった私には少し耳障りな程度で、寧ろロノスさん達と近付けたのだから僅かながら感謝しても良いのだけれど、どうも私が謎のモンスターと戦う姿に好意を抱いた等と鬱陶しい事を言って来た。

 

 私じゃなくリアスの方に向けていれば良いのに……。

 

 

「あの、本当に迎えに来て頂くなんてご迷惑ですし……」

 

 まさか裏口から抜け出して学園に向かう訳にも行かず、大いに目立つ真似をしたアルフレッドの所に向かう。

 ああ、本当に面倒臭いから迷惑だ。

 

「何を言いますか。貴女の為ならばこの程度は迷惑になりません」

 

 この場で”私が迷惑なんです”と伝えられたら楽だけれど、本人は兎も角として御者やら同乗している人やらも一緒だから口にはせず、まさか辺境伯の次男がわざわざ迎えに来たのに貧乏子爵家の娘が断る訳にも行かず、有り難迷惑ながら送って貰うしかない。

 

 ……寮に入っている人からの視線が注がれるし、嬉しそうに手を取って乗る手伝いをして来るアルフレッドは本当に嫌だ。

 

 ああ、早く学園でロノスさん達に会いたい。

 あの人と一緒なら今の嫌な思いを上書きして貰えるから……。

 

 決闘に勝ったご褒美でデートをお願いする予定だし、早く着いて欲しいと思う中、対面に座るアルフレッドから向けられる会話に愛想笑いと適当な相槌を向ける中、時間がゆっくり過ぎる気がした。

 

 

「そうだ! アリアさんは舞踏会のパートナーは決まっていますか? もし未だなら……」

 

「実はロノスさんと既に……」

 

 嘘だが、ご褒美の内容をそれにすれば良い。

 何だ、勇気を出して誘う口実が出来たし、この男は私の恋のキューピットなのだろうか?

 

 色々と迷惑な男だけれど、その点だけ少しは感謝しても良いだろう。

 

「そ、そうだ。興味深い話を聞いたのだが……」

 

 ロノスさんに先を越されたと感じたのか少し気まずそうな彼は急に話題を変えにきた。

 どうも感性が違う気がするので恐らく私には興味深くない話だろうが、まさか正直に言う訳にも行かないので聞く事にしよう。

 

 

 

「陛下がお忍びで舞踏会にいらっしゃるそうだ。……君に会いに来るのかも知れないな」

 

「陛下がですか!? でも、私に会いたいだなんて有り得ませんよ……」

 

 ……ほら、全然興味が湧かない話だった。

 もし本当に私の父親だとしても今更な話なのだから。

 今更会いたいと言われても、私からすれば有り得ない話としか言えない。



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闇属性は諦めない

 私に恋をしているらしいが、結果的に私の恋のキューピットになってくれている馬車からは早々に降り、徒歩で学園へと向かう。

 ”貴方を慕ってる人が怖いですし、どうにかしようにもどうしても女子生徒だけの時が有るから”なんて事を言い、私が乗っている事が気に入らないらしい使用人達もお為ごかしに賛同してくれたので楽だった。

 あの眼鏡、変に真面目だから理屈的な事に弱いらしいし、まかり間違って彼奴と私が出来ているだなんて変な噂が立つのは嫌だ。

 

 ……だって子爵家なら兎も角、本当に私が王の隠し子だった場合、”支援を受けた家に辺境伯の次男が婿としてやって来る”、なんて悪夢があり得る。

 ずっと放置すれば良かったのに、今の王妃との間に火種でも起こしたいのだろうか?

 

 

 馬車を降りた地点から少し歩けば校門が見えて来て、敷地内で馬車から降りた生徒達が校舎に向かう中、何人かが私に気が付いて何時ものヒソヒソ話が始まった。

 昔から私が姿を見せれば大抵の人がこうなるが、よく飽きないと思う。

 

「おい、聞いたか? あの魔女が王子達に勝ったんだって」

 

「確かに授業で魔法の腕を見たけれど凄かったしな」

 

「でも、魔女が力を持つって怖いな……」

 

 成る程、力を示した事で私への評価が少しはマシになったらしい。

 それでも授業で一度見せただけで、決闘は非公開で行ったから些細な違いだが、それでも上向きになったのは良い事だろう。

 私は自分への評価がどうなろうと興味が無いが、ロノスさん達は私の評判を気にしてくれているし、悪評だけの私が側に居ても迷惑にしかならないので良い事だと認識しよう。

 

 ……あの眼鏡みたいなのが出て来なければもっと良い。

 

「あっ! ロノスさん、お早う御座います!」

 

 どうやら遅刻ギリギリだったのは私だけでなかったらしく、見ているだけで胸が高鳴る相手の姿を発見した私は小走りに駆け出し手を振りながら近寄って行く。

 その途中、もう直ぐ間近に迫るといった所で私は足を滑らせた。

 誰が捨てたのか知らないが足下に落ちていたゴミを踏みつけ、そのままズルッと行ってしまう。

 

「きゃっ!?」

 

 まあ、この程度ならば今の私は楽に体勢を戻せるが、敢えて前に向かって飛ぶ。

 計算通り、ロノスさんの胸に受け止めて貰った。

 

「おっと、危なかったですね。もう少しバランス感覚を鍛えた方が良い。今のアリアさんならば転ばずに済む筈ですからね」

 

「分かりました。頑張りますね!」

 

 危ない危ない、少し見抜かれてしまったらしい。

 さて、人前でロノスさんの胸に寄りかかり続けるのも表向きの私には相応しくないだろうし、惜しい気もするが恥ずかしがりながら離れよう。

 

 何時かはこんな方法じゃなく、普通に抱きしめて貰いたいな……。

 

 

 

 

「えっと、ロノスさんって既に新入生歓迎の舞踏会で一緒に踊るパートナーは決まっていますか?」

 

「……忘れていました。そうか、確かパートナーを決めて申請しなければならないんでしたね。余った人は先生方が適当に男女で組み合わせて、それでも余れば上級生から選ぶとか」

 

 何とか遅刻を免れて迎えた休み時間、私は早速”パートナーになって欲しい”とお願いすべく話題に出したが、懸念していた”既に決まっている”という事態にはなっていなかったらしい。

 

「実はアルフレッドさんに誘われたのですが、あの方は未だ苦手な上にあの方を好きな人が寮の真上の部屋に居て。それで咄嗟にロノスさんに誘われていると嘘を言っちゃって、あの……その……」

 

 あくまで私は少し内気な所がある少女であり、ご褒美という口実があっても素直には誘えない。

 何を言いたいか分かり易く匂わせ、モジモジしながら上目遣いを向けて望む返答を待つ。

 

 ……実際に本当の私からしても恥ずかしい。

普段は仮面を付けて偽りの自分を表に出しているけれど、この恋は偽りなんかじゃない正真正銘の本物であり、恋愛経験は皆無な私がグイグイ行ける筈が無いのだから。

 

 そもそも舞踏会で一緒に踊るパートナーとは恋人同士等の親しい間柄が多いし、パートナーに誘うという事はそんな関係だと周囲に思われたいという事だ。

 

 その誘いの口実を作ってくれた例の眼鏡に改めて感謝した時、ロノスさんは少し考え込む。

 ……あれ? もしかして……。

 

「えっと、ご迷惑でしたか?」

 

「いや、ご褒美の約束もあるし引き受けるよ。でも、リアスをどうするかだよね。流石にあの二人相手に”特に相手が居ないけれど断る”って言えないし」

 

「もう踊らないでご飯だけ食べていれば良いのに、それは駄目って面倒だわ。でも、あの二人にどっちかと踊るのも嫌よ。……当日ずる休みしようかしら? でも、それはそれで逃げるみたいで悔しいし」

 

 新入生歓迎の舞踏会を楽しみにしている生徒は多いのにリアスさんは興味が無さそうにしている。

 まあ、家が家だし舞踏会の類には飽きているのかも知れない。

 

 でも、結局出席するみたいだし、どうするのだろう?

 

 この時、私は少し不安に襲われた。

 ロノスさんは少し妹に甘いし、私よりも彼女を優先させて自分がパートナーになる可能性だって有る。

 少なくても王子や皇帝の弟相手に争奪戦を繰り広げようとする程に彼女に好意を抱いている上に二人に都合が良い相手なんて居ないだろうし、私が当日体調を崩した事にすると言い出せば……。

 

「ああ、そうだ! 丁度良いタイミングで学園にやって来たアンリに頼もう。リアス、前から知り合いだったって事にして貰うように頼むから、了承されたら放課後に打ち合わせだよ」

 

 ……ほっ。

 どうやら無駄な心配だったらしく、今回の一件は何とか行きそうだ。

 

 問題は私の父親かもしれない男の事だけ……。

 

「あ、あの……何でも有りません」

 

 本当は相談したいし、力になって欲しい。

 でも、私達がこうして関われたのは決闘騒ぎが起きたがら鍛えるって理由で、もう決闘は終わっているのにこうして関われているだけでも幸せなのに、余計な騒動に巻き込む事で関係が終わってしまうのは嫌だ。

 

 その場しのぎにしかならないけれど、今の関係が続いて欲しい……。

 

 

 

「……王子と皇弟か。君の妹も面倒な連中に好かれてしまったものだな。そんな連中に限って”身分など関係ない”等と平気で口にするものだし、僕は連中と知り合いだから予想出来る。まあ、良いだろう。君と僕じゃ将来に変な影響も出ないだろうしな」

 

「あら、話が早いわね」

 

「僕もパートナー選びが面倒だったからな。友人に貸しを作るついでだと思えば何とも無いさ」

 

 ロノスさんのご友人のアンリは直ぐに頼みを引き受けてくれ、リアスと握手を交わす。

 ……影響が無いとはどういう意味だろう?

 別に聖王国と共和国は敵対している訳でも無く、家柄だって大きな違いが有るわけでも無く、大勢の前でパートナーとして踊るのに。

 

 ……今更だけれど眼鏡の頼みを断って良かった。

 だってロノスさんとそんな関係だと少しでも勘違いして貰えたら助かるし、私だって夢を見られる。

 

「……所で其方の子は髪の色からして闇属性なのか」

 

「はい……」

 

 ああ、どうせまた”魔女”だの何だのと言って、私とは関わるなと忠告するのだろう。

 ロノスさんなら断るのだろうけれど、今後関わってる最中に邪魔されたら疎ましいと思い、少し落ち込んだ様子の表情を作るけれど、何故か手が差し出されていた。

 

 

「どうした? 意外そうな顔だが、僕は友であるロノスを信じる。その友人が認めた相手ならば僕だって気にしないさ。ほら、共通の友人を持つ者同士の握手といこう」

 

「は、はい!」

 

 ”類は友を呼ぶ”、成る程、もっともな話だ。

 ロノスさんの友達は同じく良い人らしく、私の手を握る手は優しかった。

 

 

 

 この時、ロノスさんが他の男の人と仲良くする私に嫉妬して欲しかったのだけれど、どうやら其処までの仲には発展していなかった様だ。

 

 でも、何時か必ず……。

 

 

 

 

「ああ、そうだ。例の側室予定の才女とはどうなっている? 相変わらず頭が上がらないか?」

 

 ……はい? 側……室……?

 



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失望と告白 (挿し絵)

 ”側室”、その言葉を聞いた途端にアリアさんが固まった。

 いや、そうだよね、学生の時点で婚約者ならば兎も角として側室だからね。

 

 女の子だし、もしかして幻滅されちゃったのかな?

 

 此処はフォローを頼もうとリアスに視線を向け……目を逸らされた。

 この世で最も信頼する上に最も大切な存在が僕を見捨てた瞬間だ。

 

「む? どうやら彼女は知らなかったのか。……さて、急用を思い出したから僕はさらせて貰おう」

 

 そしてこの事態を引き起こした友人は気まずい空気を読み、そそくさとこの場から去って行く。

 声を掛けようとするも、今目の前の女の子に対処する方が先だという事は僕にも分かっているよ。

 

 だってさ、前世でも今世でも僕はこの歳まで恋なんかした事無かったんだ

 今の気持ちが恋か恋未満かは分からないんだけどさ。

 

 兎に角、僕はアリアさんには嫌われたくないってのは間違い無い。

 

「だ、大丈夫です! 大きな家なら珍しい話じゃないですし、リアスさんからもそれっぽい話を聞いていますから! ……ちょっとビックリしただけです」

 

「……そうだっけ? 言った気もするし言っていない気もするし……忘れちゃった!」

 

 一番信頼しているのは妹であるリアス、それは間違い無いし、変える予定もないけれど、変える予定は無い……のだけれども!

 

「いやね、お祖父様が才能を見出して直々に鍛えた天才でさ、文官を取り仕切って貰うには出自に色々ある子だからって相応の立場を与えようって事よ」

 

「そうなんですか!」

 

 あっ! リアスから説明してくれたお陰で僕が説明するよりもスムーズに行った!

 僕に側室になる予定の子が既に居るって聞いて戸惑っていたアリアさんが元気になったみたいだし、何時もの笑顔を浮かべてくれている。

 

 じゃあ、僕が追加説明してこの話は終わりにしようか。

 

「うん、そうなんだ。彼女、パンドラは凄く優秀で、手厳しいけど尊敬も信頼もしている。文通で色々課題を出す上に手厳しい評価を貰ってさ、リアスに言われて恋文も送ったんだけれど、それにまで手厳しい評価を貰っちゃったよ。”一生懸命考えたのは伝わって来ますが、こういったのは耳元で囁くべきです。女心を学んで下さい。三十点”だって。厳しいでしょ?」

 

「……そうですか」

 

「お兄様、流石に無いわ。うん、ちょっと呆れる」

 

 ……あれぇ?

 

 

 うん、こんな時はパンドラ? それともレナ?

 僕はどっちに頼るべきだろうか。

 

 どっちも頼った後が怖いんだよ、色々とさ……。

 

 

「女心って難しいなぁ」

 

 こんな時、”お姉ちゃん”が居てくれたら気軽に頼れるのにさ……。

 居もしない人に頼るって情けない真似をする僕だけれど、アリアさんは呆れた溜め息を吐いた後で何やら考え、急に僕の袖を引っ張って恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「あ、あの! お世話になっていますし、私もロノスさんから恋文を貰えれば評価してみますよ? ほら、他の人の視点だって必要だと思いますし。それに……」

 

 この顔、多分演技だってのはゲームの知識以外にもパンドラやお祖父様の授業で見抜ける様になったけれど、偶に騙されそうになるよ。

 

 演技……だよね?

 あれ? 途中まで演技だと感じていたのに途中から本当に見えて……。

 

 

「それに、私はロノスさんが好きですから。貴方と出会って私は恋を知りました。貴方と一緒に居られるだけで私は幸せで、貴方に少しでも恩返しがしたいです。ご迷惑でないのなら私を側に置いていて下さい」

 

 アリアさんは僕の目を見つめながら想いを告げる。

 ああ、どうやら完全に彼女は”ゲーム”とは大きく違って来たらしい。

 

 それも僕が色々とやらかしてしまったせいでさ。

 

 

 

「どうしよう……」

 

「いや、本当にどうするのよ? お兄ちゃん! ”考えさせて欲しい”って先延ばしにしたけれど、ズルズルと中途半端な状態が続くのは駄目よ!」

 

 情けない事に僕は直ぐに答えが出なかったけれど、想いを受け入れた後の事を考えれば仕方無いのだと勘弁して欲しい。

 だって、クヴァイル家は僕の代から少しずつ力を削ぎ落とすって計画だけど、アリアさんが王女だって発覚した場合、想いを受け入れるとした時は王国への配慮から難しいし、だからといって想いを受け取らずに距離を開けるには待っているであろう未来が厄介過ぎる。

 

 だってシアバーンが復活したし、復活するであろう神獣を統べる三匹”獣神将(じゅうしんしょう)”の残り二匹への対応も、連中が復活させようとする”光神の悪心”への対応も古い文献からして闇属性が必要なのはゲームと同じだしさ。

 

 もっと詳しい情報はパンドラの報告書待ちだけれど、ちょっと調べただけでも知識と符合する事ばかりだ。

 

 ”ゲームの知識があれば大丈夫”だなんて考えは捨てた筈なのに、こうもゲームの知識と同じ様になって行くだなんて皮肉だよ。

 

 

「ちょっと聞いているの!?」

 

「聞いているよ、リアス。うん、ちゃんと考えるからさ」

 

「まあ、即座に答えを出すのも失礼な話だし、ちゃんと考えるのよ? 私はお兄ちゃんが出した答えなら応援するし、それでやって来る困難だって私達兄妹だったら大丈夫なんだから! ……って、頭を急に撫でないでよ」

 

「矢っ張りリアスは頼れる味方だと思ってさ」

 

「あ、当たり前よ! お兄ちゃんもっと私を頼りにして良いの! 私は守られるだけの存在じゃないんだから! もうこうなれば神だろうが何だろうが私達でぶっ倒すわよ!」

 

 何と言うか、リアスと話をしているとウジウジ考えるのが馬鹿みたいに思えて来るんだ。

 自信満々に(平らな)胸を張る姿は見ていて微笑ましい。

 まあ、アリアさんには悪いけれど現状維持が一番だろうね。

 

 ……彼女を取り巻く状況を考えれば悠長なばかりじゃ駄目だけどさ。

 

 

 

「一応先にパンドラに報告しておいた方が良いんじゃないかしら? 告白されましたって」

 

「だよねぇ……。相談せずに話が進んだ場合を想像もしたくないよ。失望されたくは無いからね、彼女にはさ」

 

「その程度でしないだろうけれど、かなりの駄目出しは食らうでしょうね。何せ恋文にすら出すんだから」

 

 本当はパンドラだけじゃなくて親しい人全員が対象なんだけれど、彼女は僕よりずっと頭が良いのに僕を立てて当主として立派にさせようと手を尽くしてくれている。

 将来も僕を支えてくれる筈だし、お祖父様と同じ位に尊敬しているんだ。

 

「だから最低限の事はするよ。報連相はしっかりとね。……取り敢えず今必要なのはテュラが接触した時の対応と……避けられるだけの揉め事は避ける事だ」

 

「じゃあ、朧気な記憶を取り戻す為に帝国のダンジョンに潜る方法を考えるとして……舞踏会が肝になるわね」

 

 やる事が決まったなら、後は不測の事態に向けて力を高め、情報と味方を集めるだけ。

 ……情報?

 

 

「あっ! 居たよ、アリアさん以外の闇属性! 裏設定を語ってたのを思い出した! 好感度を教えてくれる占い師だ!」

 

 この世界に、そしてこの街に居るかどうかは分からないけれど、居て味方に引き込めたなら頼もしい。

 じゃあ、放課後早速探しに行こう!

 

 

 

 

 

「さてさて、昨日は随分と手酷くやられましたし、封印の解除にも力が足りない。何か利用可能な者は居ないでしょうかねぇ?」

 

 ロノスが重要な情報を思い出した頃、彼から受けたダメージが残っている様子のシアバーンは、レキアが管理する場所以外の妖精の領域に姿を見せていた。

 木々をなぎ倒し地面をひっくり返して掘り起こしたのは巨大な石版。

 古代の文字が掘られたそれからは光の力が鎖の様に雁字搦めに巻き付いていた。

 

 シアバーンが手にしたのはアイザックの見張りに渡した球体の内、リザード・ホーリーナイトの体内から消えた物であり、先程まで闇の力を内包していた。

 

 シアバーンの指先が光の鎖にそっと触れる。

 ほんの僅かだけだが鎖が欠けていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、味方が復活するまで幾ら必要なのか。その時まで私一人とは少々骨が折れそうですが……うん? ああ、居たじゃないですか。力を欲している”お客様”が。アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 




藍屋さんに挿し絵依頼


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女の戦いinロノスの部屋

 魔法が存在するこの世界でも”占い”は大っぴらに信用されない眉唾物とされているけれど、裏でこっそり依頼する有力者の顧客を持つ占い師だって存在するんだ。

 

 そして”魔女の楽園”でも占い師は攻略キャラの好感度を教えてくれる本名不詳のキャラとして登場していた。

 他人が他人をどの程度好いているかを簡単に分かるだなんて何かしらのトリックが無いのなら口から出任せか、それとも”本物”か。

 

「その占い師が闇属性なのよね?」

 

「ファンブックの裏設定ではそうなってたって話を聞いただけだけどね。ゲームとは違う可能性だって有るけれど、試してみても損は無いよ」

 

 アリアさん以外に闇属性の使い手が居れば神獣達との戦いが楽になるし、病気や大怪我の時に力が必要になっても安心だ。

 

 実を言えば其処まで期待している訳で無く、本当に駄目で元々、占いって初めてだから興味半分でそれらしい占い師を探す。

 

 ……にしてもゲームでは好感度を教えてくれる以外にも特殊なイベントに関わるアイテムをプレゼントしてくれていた筈だけど、どうやって手に入れたんだろうか?

 気になっている相手の夢を見れるお香とか、レキアの所で僕が手に入れた夢見の花とか、もし本当に持っていたなら入手ルートを教えて貰いたいよね。

 

 既にそれらしい占い師の情報はアリアさんが知っていたし、街の人も何時も同じ場所で店を構えていると教えてくれた。

 

 

 

「……あれ? 店仕舞い?」

 

 だけど、それらしい小さいテントの中には誰も居らず、中を見れば最低限の荷物を持って引っ越したのが伝わって来る。

 

 古びた机の上には”もうお店は辞めました”ってメモが残されていた。

 

「このタイミングで? まさか本当に本物で巻き込まれたくないから逃げ出したとか?」

 

「そんな……」

 

 偽物なら偽物で諦めれば良かったけれど、本物の可能性が有る状態で何処かに行かれるのは凄く口惜しい。

 でも、探し出すにしても本名も顔も分からない占い師をどんな理由で捜索すれば良いのか分からないよ。

 

「何かドッと疲れたわ。帰って休みましょうか」

 

「そうだね……」

 

 この店まで来る時、どんな理由で探しに行くのか説明すべきか迷った僕達はレナをお供に連れずに屋敷を抜け出してしまっているし、帰ったら小言を食らいそうだ。

 

 今思えば適当な事を言えば、見抜かれても詮索はされなかった筈だよね

 ……しまった。

 

 

 

「お帰りをお待ちしていました。では、お二方にはお供も連れずに何処に何をしに行ったのか説明をして戴きましょうか」

 

 家の門の前で笑顔で待ち構えるレナとメイド長。

 こんな事態になるのなんて占い師でなくても分かったはずなのにさ……。

 

 この後、二人のお小言は食事とお風呂と課題の時間を挟んで夜遅くまで続いたんだ……。

 

 

 

 周囲一メートル先も全く見えない暗闇の中、不思議と自分の手元は見えていた。

 

 その手が触れるのは白い肌を隠す暗闇の様に黒い下着であり、それを着て僕に跨がっているのはアリアさんだった。

 仰向けに寝転がって声すら出ない中、アリアさんの恥ずかしそうに赤らめた顔が近付いて来る。

 

「知っていましたか? 私、”体で取り入っている”って噂されていたんです。でも、ロノスさんの側に居られるなら……」

 

 ええ!? 展開が急すぎるし、どうして声が出ないの!?

 慌てふためいても抵抗できず、僕の上に覆い被さった彼女の唇が僕の唇に触れる瞬間……知っている天井が見えた。

 

「夢……?」

 

 はい、まさかの夢落ちだった。

 惜しいような、ファーストキスも未だなのにあんな展開になってて助かった様な……あれ?

 

「誰か居る。……どうせレナだな。遂に潜り込んで来たか……」

 

 掛け布団を見れば人一人分の膨らみがあって、更に言うなら僕の体に誰かが抱き付いている。

 

 これが誰かなんて考える迄も無くレナだ。

 ”女に慣れる練習”とか言って普段から僕に向けられるセクハラの魔の手が根拠で、今までは胸を押し当てたりエッチな事を言ったりする程度だったけど、まさかベッドに入り込んで来るだなんて……。

 

 掛け布団を跳ね除けて部屋から出て行って貰おうとして、手がピタリと止まる。

 

「まさか胸元を緩めたりしてブラがチラッとしてるかも……」

 

 思わず唾を飲み込み、少し期待しながらも慎重に布団を除ける。

 結論から言えば服を着崩したレナはベッドの中に居なかった。

 

 

 

「……んっ」

 

 ベッドの中に居たのは下着姿のパンドラで、長くしなやかな手足を僕に巻き付けて安らかに寝息を立てていた。

 うん、着崩したレナじゃなくて安心……出来ないっ!?

 

「……どうしよう」

 

 この時、僕は声を掛けて起こすのを躊躇った。

 この状況が美味しい……のは否定しないけれど違って、普段忙しいパンドラがスヤスヤ寝ているのを邪魔したくなかったし……。

 

「未だ早いし、もう少し寝ていようか」

 

 掛け布団を被りなおし、再び眠る僕。

 現実逃避? 否定はしないよ。

 

 

「勢いに任せて襲って来ないのは評価しますが、その後の逃げとしか取れない対応は減点です」

 

 掛け布団の中から伸びた腕に肩を掴まれ引き寄せられ、冷静な声が聞こえて来る。

 寝ていたと思っていたパンドラと目が合った。

 

 

「狸寝入りにも気が付かないのも減点で……私に気を使って下さった事は加点致しましょう。……さて、お早う御座います、若様。早速ですが次のテストです」

 

 パンドラは僕に体を密着させると耳元に息を吹きかける。

 押し当てられる感触にどぎまぎし、耳に掛かった息にゾワリとして思わず身震いした僕の耳に届いたのは少し不満そうな声だ。

 

「……レナ……さんが女性への耐性を付ける役目を買って出た筈ですが職務怠慢なのか能力不足なのか。若様、女性慣れしていない姿を見られれば侮られます。もう少しお慣れ下さい」

 

「が、頑張るよ……」

 

「では、私で練習しましょうか」

 

「れ、練習!? パンドラで何の……」

 

「その程度は分かっておいででしょう? 先ずは例の恋文の内容を私の耳に囁いて下さいませ。その結果次第で……私がご褒美を差し上げます。内容は……その時のお楽しみで」

 

 からかっているのかと思いそうな声でパンドラは僕に告げ、そのまま指先で僕の背中を撫でていた。

 

 ご褒美の内容って何なのか、ナニか、なんなんだろうか、考えるけれど変な方向にばかり向かって行くし、早くしろとばかりにパンドラは更に強く僕に密着して来る。

 

 まあ、流れからして少し思い付く物は有るし、婚約者だから……いやいやいやっ!?

 此処で流されたら怒られるパターンじゃないのか!?

 

 でも、逃げたら逃げたらで怒られそうだし……。

 

 

「え、えっと、確か最初は”愛しのパンドラへ……”」

 

 このまま黙っていても仕方が無いので勇気を出して前に酷評された恋文の内容をパンドラの耳元で囁こうとした時だ。

 

 扉が外から乱暴に開かれ、笑顔を浮かべているけれどブチ切れ寸前のレナが入って来たのは。

 

 

「これはパンドラ……さん。勝手に若様の部屋に忍び込み、更には私の役目に手を出しますか。越権行為では?」

 

「仕方が無いでしょう? 何処かの誰かが手を出させる事が出来ないのですから。私は若様の為、クヴァイル家の為に動いています。さあ、若様。続きをどうぞ。邪魔者は居ますが私は気になりませんし、若様も気にせずに動けるようにおなり下さい」

 

「若様、それ以上は私の役目です。其処の女を振り払い、私に行って下さい。幼い頃から側に居る私の頼みを聞いて下さいますね?」

 

「それなら婚約者の私が行う事に何の問題が有りますか? それに今後お側でお支えするのは私ですよ」

 

 朝っぱらから女の戦いが勃発した。

 双方とも声は冷静なのに敵意が剥き出しで言葉に刺があるよ。

 

 この場合、僕は乳母姉と婚約者のどちら側に付くべきか、どっちを選んでも後が怖い。

 

「えっと、仲良くね?」

 

「嫌です」

 

「ご無礼ながらお断りします」

 

 ……少し前に教えて貰ったのだけれど、”何となく気に入らない”、それが普段は職務に忠実な二人がいがみ合う理由だ。

 この戦い、最早プライドの問題なんだよなぁ……。



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才女の仕事

前回は来なかった感想 今回こそは


漫画、26日から作成にはいるそうです

もう片方? サイトに一週間以上来ていないし、他の依頼で忙しいのでしょう
相談して、相手が何ページになるか計算しますって返事来たから他の人を捜せないし、一度別の質問してから一切返事が無いんじゃが……じゃが


 突然勃発したレナVSパンドラの戦いは、互いに冷静を装いながらも強烈な敵愾心は近くに居る僕にヒシヒシと伝わって来て、このままどうなるんだろうって不安になる。

 

 って言うか、パンドラは何時まで僕に密着しているのだろうか?

 スラッとした長身に知的でクールな美貌、モデルの類か、はたまた白衣を着ていたら”美人すぎる天才学者”とでも呼ばれそうな彼女が下着姿で抱き付いているって状況は年頃の僕にとって色々と辛い。

 

 普段誘惑して来るレナでさえ此処まで行動的にはならないのに……。

 

「早く若様から離れなさい。そろそろ起床時間です。何時までそうやっている積もりですか」

 

「ああ、そうですね。何方かが臨時の授業を邪魔したせいで無駄に時間が過ぎてしまいました。やれやれ、絶好のタイミングで入って来ましたし、実は不作法にも聞き耳を立てて居たのでは?」

 

 そう、レナが部屋に押し入ってパンドラとの口論が始まって既に数十分が過ぎていたんだ。

 その間、互いに全く声を荒げずに居たけれど、此処に来て挑発的な笑みを向けたパンドラによって遂にレナの仮面にヒビが入る。

 頭から母親譲りの赤い角が飛び出していた。

 

「パ、パンドラ。早く起きないとメイド長にも怒られるし、喧嘩はその辺で終わらせて部屋から一旦出て行って貰えるかな?」

 

「この様な状況では毅然とした態度で早々に退出を促すものですよ? 何時言い出すのかと思いきや、中々言わない上に言ったかと思いきや……まあ、良いでしょう。その前に……」

 

 突然始まった批評のコメントは流石にへこむ。

 いや、確かに次期当主ならもっと早く毅然とした態度で諫めるべきだっただろうけれど……。

 

 あれ? パンドラが僕の頬を手で挟んで顔を近付けて……ええっ!?

 

「ちょっ!?」

 

 まさかの口付けかと思い慌てる僕に構わずパンドラはそっと唇で触れる。……僕の額に。

 

「恋文の内容を囁くのは最初の所で終わりましたし、今回は残念賞です。続きが欲しいなら今後も頑張って下さいね」

 

 僕の思考と期待を見透かした笑みを浮かべながらパンドラはベッドから降りて椅子の上に畳んで置いてあった服を着始める。

 スカートやシャツ、そしてスーツを優雅な動作で着る姿に思わず見取れてしまい、レナの咳払いで慌てて顔を背けた。

 

「若様、私から一つ提案が……」

 

「な、何?」

 

「いえ、あの会話の内容からして……パンドラさんと私を比べ、どっちに色々教えて欲しいか選んで戴くべきだったかと。取り敢えず次は私が下着姿になりますので比べて下さい」

 

 そんな提案をするなりボタンに手を掛けるレナだけど、パンドラは黙って微笑むだけで、僕は恐ろしくて黙っているしか出来ない。

 

 

 

「騒がしいと思ったら朝から何をしているのですか?」

 

 だってメイド長が鬼のオーラを纏ってレナの背後に立っていたんだから……。

 

 

 

 

 

「彼女も相変わらずですね。メイド長に収まっているのが不思議でなりません」

 

 レナの襟首を掴んで引っ張って行くメイド長の姿を見るパンドラの呟きに対し、僕は普段のメイド長の姿を思い起こす。

 僕達と一緒にレナスの特訓を受けたレナが手も足も出ずに従うしかないし、偶に新鮮な食材を仕入れるからって出掛けたと思うとドラゴンを狩って来たし、ポチも懐いては居ないけれど逆らわない。

 

「……前から気になっていたけれど、メイド長って一体何者?」

 

「恐れ多い事ですが、若様が知るには早いかと」

 

 僕の問い掛けに対し、パンドラの表情は途端に仕事モードである冷静で優しさや愛嬌の欠片も無い美しくも恐ろしい物へと一瞬で変わる。

 まるで先程迄の笑顔が嘘だったみたいなのを見れば言われずとも伝わって来るよ。

 

 ”聞くな、知るな”ってね。

 

「では私は退室いたしますのでお着替えを。報告したい事とお聞きしたい事も御座いますし、本日の登校時は馬車に同乗させて戴きます」

 

 ぺこりとお辞儀をしたパンドラはそのまま部屋から出て行き、僕も慌てて着替える。

 パンドラ、暫くは滞在するのかな? 嬉しいような怖いような……。

 

 

 

「げげっ!? パンドラっ!?」

 

「ええ、パンドラで御座います。お久しぶりですね、姫様。早速ですがお小言を。クヴァイル家の長女であり聖女の再来とされる貴女様がその様な言動では……」

 

 ドアの向こうから聞こえて来るのはリアスとパンドラの遣り取り。

 普段ならリアスの味方をする所だけれど、パンドラが相手の時だけは見ざる聞かざるで行かせて貰うね、リアス。

 

 ごめん。本当にごめん。

 

 心の中で手を合わせて謝罪し、頃合いを見計らって部屋を出る。

 曲がり角で待ちかまえてたりは……してないよね?

 

 

 

「忙しい時期も過ぎましたし、若様達のサポートをすべきと判断し、暫くは滞在させて戴きますね」

 

 朝ご飯の時も一挙一動にも気を配り、リアスが時々パンドラの指摘を受けた後での登校時間、馬車の中で報告を受けたリアスは僅かに身を竦ませる。

 お転婆で自由奔放なこの子からすれば真面目で厳しいパンドラは天敵だから仕方が無いのだけれど、今も目を光らせて居るからね?

 

「パ、パンドラ、大丈夫? ほら、レナとも仲が悪いし……」

 

「ええ、大勢他国の子息子女が使用人と共に集まりますし、獅子身中の虫を炙り出す釣り餌には丁度良いでしょう? 昨日今日からの不仲では有りませんし、幾人かは引っ掛かるかと」

 

 この時の笑みは仕事モードの時の物だ。

 今までの喧嘩は演技?

 いや、あり得ないか。

 

「あれ? 二人って実は仲良しだったり?」

 

「……姫様、その悍ましい仮説を二度と口にしないようにお願いいたします。私も冷静を保つ自信が御座いません」

 

「うん、分かった……」

 

 

 ほら、矢っ張り。

 これって自分とレナの不仲さえも、それを政敵が利用すべく動く為に利用するんだから怖い。

 だから少し苦手なんだけれど、同時に其処に憧れるよ。

 僕も何時か……。

 

 

 

 

「若様。お言葉ですが”何時か”と言っている内はその時は来ないものですよ?」

 

「君、読心術まで会得してる?」

 

「さて、どうでしょう?」

 

 本当に僕の心を見透かしたみたいなパンドラはからかう時の笑顔を向けて来て、その笑顔には素直に賞賛を送りたい。

 

「色々な理由で君が婚約者で良かったよ」

 

「光栄ですね。……では、早速ですがご所望の資料を纏めた物と、これは事後報告になりますが、今後必要となりそうな人材のスカウトを進めておきましたので、資料と共にリストをご覧下さい」

 

 渡されたのは要点を分かり易く記載した資料で、この手の資料を読むのが苦手なリアスにも分かり易い様にとイラスト付きだ。

 随分と可愛らしい動物の絵だけれど、誰が描いたのかは聞かない方が良さそうだ。

 

「依頼したのが一昨日の夕方なのに仕事が速いね。でも、無理はしないでね。頼んだ僕が言うのも何だけどさ」

 

「私はクヴァイル家に拾われ、能力を見出して取り立てて戴いた身です。ならば尽力するのは当然でしょう。家臣として、そして未来の妻として私の力を存分にお使い下さい」

 

 心配する僕に対し、パンドラは誇らしげに言った。

 

 

 

 

「ああ、それはそうと今後の休日の度に仕事の予定を入れさせて戴きました。若様は聖王国各地を回って損壊が激しく修復が困難な歴史遺産や資料の修復、姫様は聖女の再来として慰問活動を中心になさって貰います。では、ボロを出さない為にこの質疑応答マニュアルの暗記をお願いしますね」

 

「分厚っ!? ちょ、ちょっと分厚いんじゃないの!?」

 

「姫様は普段から言葉遣いや内容に問題が有りますので。今日から早速練習をなさって下さいね。メイド長に講師を頼みましたので」

 

「げげっ!?」

 

 もぉ、普段から雑な言葉ばかり使ってるから……頑張れ!

 

 

 

「若様も何を他人事の様な顔をなさっておいでで? 当然若様にも用意して有りますよ」

 

 僕に差し出されたのは向かう場所毎に出すべき話題、出すべきでない話題を言葉遣いも含めて事細かく指示している極厚のマニュアル。

 リアスの方も同じ位の厚さだ。

 

 

「……おや、そろそろ到着ですね。では、神獣に関する資料は私が保管しておきますので、帰宅時に改めてご覧下さい」

 

 まあ、大っぴらに広げて良い内容じゃ無いしね。

 

「にしても今日はあの二人が待ち伏せで居なかったわね」

 

「ご安心を。既にルクス殿下達両名の家臣に鼻薬を嗅がせてスケジュールを把握済みです。既に王妃として嫁いでいるアース王国の王家に姫様まで嫁がせるメリットは少なく、デメリットの方が大きいですからね。例の皇弟は論外、反皇帝派は手を組むに値しません」

 

 ……流石パンドラ、仕事が速い。

 僕達が煩わしいと思っていた事がたった一日で解決するだなんて、だから彼女は尊敬出来るし信頼しているんだ。

 

 

 

「所で若様……幾人か側室としてクヴァイル家に取り込みたい女性のリストを作成中ですので帰宅次第確認をお願い致します」

 

 そしてこんな所が怖いんだよね。

 良くも悪くもお祖父様の弟子って感じでさ……。

 

 取り敢えず途中までと資料を渡された僕は馬車を降りる。

 

 

「さて、軽く目を通しておかないとね。僕、告白されたばかりなのに……」




パンドラさん、出番一旦お休み 次は依存系ヒロインの登場です


所でアンリに関するコメントは来ていませんが……気が付いても黙ってて下さいね ヒント出してるし、直ぐに判明するけれど


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妹の評価は厳しい

「ねぇ。お兄様って間違い無く尻に敷かれるタイプよね」

 

 馬車から降りて校舎に向かう最中、リアスがそんな事を言って来たから何となく否定しようとして、僕を尻に敷くのが確定のパンドラ以外で婚約者候補な子達を思い出してみる。

 

 レナ……絶対相手が上手

 

 他にも聖王国の防衛で重要な役目を担う例の部族の族長の娘とか、本人達を無視して女王様やお祖父様が話を進めそうな(貴族ならそれで当然なんだろうし、それでもそれが嫌われる理由であろう)レキアとか……。

 

「う、うん。僕は僕の得意分野で実績を重ねて発言力を高めるよ」

 

 何もパンドラに政務関連で対抗する必要は無い。

 僕は武力を高め、それで活躍すれば良いんだ。……多分。

 

「取り敢えずパンドラだけは諦めたら? 多分勝てないから」

 

「ま、負けは認めない!」

 

 だって悔しいじゃないか。

 せめて横に並びたいんだ……。

 

「お兄様なら大丈夫ね。まあ、パンドラは強敵だろうけれど頑張って」

 

 リアスは少し強めの力で僕の肩を叩いて勇気付けてくれる。

 こうして僕を信じて応援してくれる家族が居るのがどれだけ僕の支えになっているか、それを忘れたら駄目だと心に刻む中、不自然な影が僕達の背後から迫っていた。

 

 影とは光を遮る物が存在して初めて存在する物なのに、その影は違った。

 大きさは小柄な大人が体を丸めた位で形は歪。

 姿を隠すつもりなのか他の影から影へと移動するけれど、逆にそのせいで移動が増えて目立ってしまっている。

 

「……ねぇ、あれって」

 

「しっ! 気が付かない振りをしよう」

 

 顔は真横に向け、視線だけ影の方に動かしながらリアスが指摘するけれど、反応するには少し早い。

 ちょっとだけ歩く速度を上げれば影も慌てた様子で追って来るし、何やら震えて目立っていた。

 他にも気が付いてはいる生徒が居ても、何やら気味悪そうにするだけで何かしようとする人は居ない。

 

「……」

 

 流石に此処までが限度かな?

 僕が無言で立ち止まればリアスもそれに続いて止まり、後ろから付いて来ていた影は形を波打たせながら慌てた様子で僕達の前に回り込み、そして言葉を発した。

 

 

「お二人共、お早う御座います!」

 

「やあ、お早う」

 

「お早う、アリア」

 

 声を出すと同時にまるで水中の魚が飛び出すかの様に影から飛び出して来たのはアリアさんで、悪戯が成功した時の様なお茶目な笑顔を向けている。

 

 だから僕達も敢えて驚いた演技はせずに普通に対応、アリアさんは混乱している。

 凄く可愛い。

 

「え? ええっ? あの、驚かないのですか? 昨日思いついて成功した魔法でして、影に潜って移動が出来るんです。息が出来ないのが欠点ですが」

 

「まあ、ちょっと目立ち過ぎね。影に同化して隠れるってのを意識するあまりに逆に目立っていたわ」

 

「そ、そんなぁ。絶対驚くと思ったのに……」

 

 こうやって悪戯が失敗して落ち込む姿も可愛いし、本当に表情が豊かになったよ、彼女。

 出会った当初は上っ面だけの偽物の明るさだったのに、今じゃ本当の明るさになりつつあるし、あの眼鏡もそんな所に惹かれたのかな?

 

「アリアさんは見ていて癒されるね」

 

「ほへっ?」

 

 おっと、思った事がつい口から出てしまった。

 でも、紛れもない本音で、こうやってアリアさんと一緒に行ると何か落ち着く気がするんだ。

 

 

「そ……そうですか。ロノスさん、私と一緒なら癒されるんだ……」

 

「う、うん。変な事言ってごめんね?」

 

「いえ! 嬉しいです!」

 

 嬉しい様な恥ずかしい様な顔をしているアリアさんに言えない事が有る。

 癒されるって事にも色々種類があって、アリアさんの場合は小動物と戯れているみたいって言うか、何故か偶に犬の尻尾を幻視するんだよね、アリアさんに。

 

 

 

「何と言うか君は相変わらずだな。友として不安になって来る。……もう少し女の扱いを覚える事だ」

 

 溜め息と共に僕を心配する友の声、振り返れば呆れ顔のアンリが朝食なのか串焼きの肉を片手に立っている。

 一番小さいサイズの制服でも少し大きめに見える男子用制服だけれども、結構似合ってはいるんだよね。

 

「……何だ?」

 

「いや、僕が言ったら君が怒りそうな事だよ、アンリ。ほら、遅刻するから行こうか」

 

「未だ余裕が有るだろう。君は何を誤魔化しているんだ!」

 

 僕が背が高い方だって事も有るし、それ以外の理由でも怒りそうなんだよね、どっちも理不尽だけど。

 何となく僕の考えが読めているのか睨んで来るアンリに背を向けた。

 

「さてね。……あっ、そうだ。明日から忙しくなるし、今日辺り放課後に遠乗りにでも行かない?」

 

「良いだろう! 今期のレースの前哨戦だ。タマは常に万全の状態に仕上げている」

 

「ああ、僕が三連覇して、君が三大会連続で準優勝しているレースだね」

 

「……見ていろ。次こそ君に勝って僕がチャンピオンに返り咲く」

 

 僕とアンリは友人だ。

 でも、レースが絡めば友人は宿敵に急変する。

 

 

 共和国で毎年開催されるモンスターの騎乗レースの空中部門”アキッレウス”

 僕は三年前に参加して三連覇、だけれど毎度僅差。

 

「前回は正しく鼻の差だった。今度こそ僕が優勝だ。何せタマは全盛期を迎えているからね」

 

「相棒の仕上げを整えてるのは僕も同じさ。いや、ポチは未だに全盛期を迎えてさえいない。成長力は圧倒的だ」

 

 この時ばかりは友情を忘れ、宿敵である相手を睨む。

 互いの騎乗技術と相棒の力への自信は十分で、相手も拮抗しているのも理解しているから、残りは結果で示すだけだ。

 

 

「ひ、火花が見えます! アリアさん、二人の間に火花が散って見えます!」

 

「お兄様はポチが絡むとアレだけれど、類は友を呼ぶって事ね」

 

 正々堂々戦って、完封無きまでに勝ってやる。

 

 

 ……所でアレってどういう意味だい?

 

 

 

 

「……来ていない? へ~」

 

 教室に到着した時から気が付いていたけれど、アイザックの姿が見えない。

 ……取り巻きって建て前の見張り連中が消えたから帝国に呼び戻されたのかと思いきや、パンドラがそんな事は言ってなかったから遅れているだけかと思いきや、フリートの所にも詳しい情報は入って来ていないまま昼が来た。

 

「彼奴と俺は選択授業が被ってんだが連絡も無しに欠席だとよ」

 

「……てか、わざわざ気にしてくれてたんだ」

 

「まぁな。お前の妹に夢中なのはどうでも良いが、俺様の婚約者にも影響しそうだしさ」

 

 消されでも……は流石に早急か。

 邪魔な存在だろうと弟をあからさまに始末すれば皇帝の権威に関わる。

 

「……パンドラが把握していないって事は何かがあったのは朝の事かな? 帰ったら聞いて……早いな」

 

 敷地内に入って来た一羽の鳥が僕の膝の上に封筒を落とす。

 

「随分と可愛いイラスト付きの封筒だな。お前、幼い従姉妹とか居たか?」

 

「いや、年上の婚約者。……イラストにはノーコメントで」

 

 

 

 

「お茶です。ああ、それとも強い飲み物の方がお好みでしょうか?」

 

 ロノスがアイザックの事を頭の片隅に置いている中、豪奢な部屋のソファーに座り、王族であろうと滅多に口に出来ない高価な茶葉を使った紅茶と菓子を前にして無言を貫くアイザックの姿があった。

 

 真横に立ち、甲斐甲斐しく彼の世話をするのはシアバーンであり、その周囲にはアイザックの好みに不気味な程に合致するメイド達。

 何処となくリアスに似ている顔立ちの彼女達に時折視線を送りながらも彼は黙り込んだままだ。

 

 

「お客様、此方をどうぞ。これが有れば貴方様の願いは叶います。もう無能だと後ろ指も指されず、責任を負うべきでない事で肩身の狭い想いもしなくて良い」

 

 シアバーンが差し出したのは紫の宝玉がはめ込まれた金の腕輪。

 アイザックは震える手を伸ばし、迷いを浮かべて引っ込める。

 

 

 

 

「……彼女が、リアス様が欲しいのでしょう? ああ、これは極秘の情報ですが……貴方には同じ歳の姪がお二人居ますよね? 片方、嫁ぐ予定だそうですよ、今のままでは」

 

「っ!」

 

 耳元で囁かれる言葉を聞き、アイザックは腕輪を掴み取る。

 

 

 

 

 シアバーンは声を出さずに嗤っていた。

 



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才女とメイド長

昨日投稿忘れ


 風を切り雲間を抜けながら突き進み、真横を見れば併走して飛ぶアンリとタマの姿。

 互いに風から目を守る為のゴーグル越しに目を合わせ、ハンドサインで次に向かう場所を決める。

 

「……今の所は互角か。早く地表に行きたいんだけれど」

 

 僕は正直言って高所が苦手だ。

 ポチと一緒に飛ぶのは楽しいし、風と一つになる感覚は最高だ。だけど……寒いっ!

 

 次に向かう場所を決めるのは僕の番、今度はこっちが有利な場所を選ばせて貰うよ。

 僕がアンリに指示したコースは霧立ちこめる深く険しい渓谷。

 

「ポチ、そろそろだ。一気に行こうっ!」

 

「キュイッ!」

 

 苦手な寒さに耐えながらポチに指示を出す。

 僕の言葉に高らかに鳴いて了承するポチは僕の言葉を完全に理解していて、言葉が通じる前に比べて遥かに意志疎通が潤滑だ。

 

「タマ、一気に行くぞ!」

 

「ピー!」

 

 ……うん、この世界のドラゴンって空を飛べるペンギンだから凄く違和感。

 

 でも、そんな事はどうでも良い。

 僕同様、アンリとタマも言葉が通じているんだ。

 

 雲の上から一気に急降下、突き出した岩や木々の間を抜け、時に目の前の障害物をポチが操る風をぶつけて破壊。

 最短ルートで其処に到着、谷川の上を水飛沫を上げながら全速力で進んだ。

 

 今の所は僕が優勢、だけれども背後で障害物を雷で破壊し、数秒遅れで追走するアンリとポチの姿。

 僕同様、最短ルートを進んだが、小回りが効かない分差が出たね。

 

 

「……驚いたな。まさか君も相棒と言葉が通じているのか」

 

「何時までも君達だけの特権だと思ったら大間違いだ。この調子じゃ次のレースも僕が優勝かな?」

 

「抜かせ! 次は僕とタマが優勝させて貰うぞ! そうだろう、タマ!」

 

 アンリの叫びと同時にタマの全身から放電が始まり、鳴き声と雷鳴がが空気を震わせる。雷の噴射によって加速した。

 だが、ポチも負けてはいない。風を全身に纏い、一気に速度を上げて行く。

抜かし抜かれのデッドヒートを川の上で続け、やがて眼前に迫った大瀑布。朦々と水煙が上がる其処目掛けて飛び出し、滝壺に向かって一気に急降下、この垂直に落ちて行くスリルに手綱を握る手に力が入る。

 

 このスリルが堪らない!

 

「いやっほー!!」

 

 思わず口から出る叫び声は僕の集中力が途切れた証拠で、白熱した戦いでは完全に命取りだった。

 

「……気を抜いたな? この勝負、僕の勝ちだ」

 

 滝壺が迫り、本当ならば的確なタイミングでポチに指示を出さなくてはならなかったのに、体勢を変えるための指示が一瞬だけ遅れ、真横を飛んでいたタマが一気に置き去りにして来る。

 悔しいけれど実力は拮抗していて、だからこそ一瞬の油断が仇となった。

 

 耳に届いた勝利宣言とすれ違いざまに見えた勝ち誇ったアンリの顔。

 そのまま立ちふさがる崖を飛んで越え、スタート地点へと僕達よりも先にゴールする。

 

「今回は僕達の勝ちだ。この勝利を次の大会に繋げ、僕は栄光を取り戻す。共和国の軍人はドラゴンと共に生きる戦士だ。レースで負け続けるのは趣味じゃない」

 

「分かってるよ。幼い頃から相棒となるドラゴンと共に暮らす事で絆を深め、言葉を通じ合う儀式と成す、だっけ? だからこそ戦うのが楽しいんだ。だろ? ポチ!」

 

「……キュイ」

 

「え? ”負けたのが悔しいから不貞寝する”? おいおい、遅くなったらパンドラの授業に遅れちゃうよ。ほら、機嫌直して。ボール遊びでもしようよ」

 

「キュイ!」

 

「よーし! じゃあ……取って来ーい!」

 

「キューイ!」

 

 僕の指示が遅れたせいで負けちゃったから拗ねていたポチもお気に入りのボールを見た途端に機嫌を直す。

 矢っ張りポチは可愛いなぁ。

 ライバルに格好悪い所は見せられないから何時もの溺愛は出来ないけれど……帰ったらしよう!

 

「キュイ!」

 

 もっと投げてくれと期待した瞳を向けて来ながらポチがボールを咥えてすり寄って来た。

 

 

「よーしよしよし! ポチは凄いでちゅね~! 魔法で加速させたのにこんなに早く取って来るだなんて感心でちゅよ~! じゃあ、次はもう少し……はっ!?」

 

 どうやら僕は反省が足りないらしい。

 会ったばかりのアリアさんではなくて友人であるアンリとはいってもこの姿を見せてしまうだなんてさ。

 

「安心するが良い。僕は今の姿を無闇に他言したりはしない。友として、そして僕の秘密を黙っていてくれている君への義理立てとして、戦士の誇りに懸けて黙っておくと誓おうじゃないか」

 

「……安心した。矢張り持つべき物は友達だね」

 

「まあ、国籍も年齢も……性別も友情には無関係だ。さあ、二回戦と行こうか。次も僕が勝たせて貰うがな」

 

 得意気に言い放ってタマに乗るアンリだけれど、僕だって負ける気なんてしない。

 

「見ていろ、次は僕が勝つ」

 

 そんな風に言い返してポチの背中に飛び乗った時だった。

 

 

 突然の地響き、崩れる崖。巻き込まれる前に飛び上がった僕達の眼下の地面は谷底へと沈み、城ほどに巨大な岩のゴーレムが姿を現した。

 

 

「はっ?」

 

 そんな馬鹿なっ!? 彼奴はゲームでは最後の方……いや、この世界は現実だ。起こる筈だった事が先に発生しても不思議じゃ無い。

 

 さて、向こうは戦う気みたいだし、どうしようか……。

 

 

 

 

「……どうなされたのですか? 今朝の様な真似は貴女の業務には含まれないでしょう? それに……若様達と分かれてから今の今まで顔が真っ赤ですよ。慣れない色仕掛け等するから……」

 

 執務中に運ばれて来たのはお気に入りの茶葉で煎れたレモンティーとシナモンたっぷりの野イチゴのパイ、どっちも私の大好物だ。

 運んできたのは庭の片隅で材料の野イチゴを栽培しているメイド長ですが、一緒にお説教まで持って来られました。

 

「……若様もお年頃ですので。あの様な場面で理性を失うのなら矯正が必要と思い、普段は離れている私が実行すべきと思ったまでですが……慣れない事はすべきでは有りませんね」

 

「……声が上擦っていますよ。もう無理はお止めなさい。分野外の事に手を出すのが愚かだとは貴女なら理解して居るでしょう?」

 

 メイド長の厳しい言葉に私は反論を一切出来ません。

 私の役目は内政であり、ハニートラップの類による諜報や外交は専門外であり、私の羞恥心の許容範囲外なのは確か。

 ……どうも初対面の時から互いに虫が好かないレナが若様のその手の耐性を付ける役目を請け負ったからと勢いに任せて下着姿を見せてしまいましたが……。

 

「今思えば何とはしたない真似を……」

 

 改めて思い出せば思わず手で顔を覆ってしまう程に恥ずかしいし、若様の前で平静を保てる自信が無くなりました。

 ……その手の話題を振られても平静を保つ訓練は受けているし、そもそも若様に嫁ぐのは間違い無いのですが、流石に段階を飛ばし過ぎました。

 

 だって、私と若様は文通を続けては居ますが、偶に会うだけでデートらしいデートも未だで、互いにキスすら未経験なのに……。

 

「取り敢えず段階を踏みなさい。先ずは食事を共にするとか、一緒に出掛けるとか、婚約者であっても踏むべき段階が有りますよ。……若様に嫁ぐ事自体は嫌では無いのでしょう?」

 

「はい、それは間違い有りません。私は若様と出会った時にあの方を支えるのが恩返しだと心に決め、嫁ぐのが決まった時には異性としての好意と愛を向けようと誓いました」

 

 メイド長の言葉に迷い無く答える。

 嫁ぐのが決まった時、私は自分に家族が出来るのだと嬉しくなったのを覚えています。

 だから一生懸命若様を好きになろうとして、恐らく恋心に近いであろう物は抱けている。

 例えそれが偽り同然の物であったとしても、あの方を妻として、臣下としてお支えするのには変わり有りませんが、どうせ嫁ぐのならば仲の良かった両親みたいな関係を望む位の自由は許されますよね?

 

「……決めました。私、今後は無理をせずにあの方に接します」

 

「結構。そもそも若様だって続けば違和感を覚えるでしょうし、貴女が無理をしていると分かって心配するでしょう」

 

「あの方、鈍いのか鋭いのか分かりませんよね。何かの呪いの可能性は?」

 

「天然ですよ、彼は。確か今日は共和国の方と交流を深めているとか。ええ、結構な事です。道を踏み外さない為の楔は多い方が助かりますし、異国の名門との繋がりはクヴァイル家の利益になるでしょう」

 

 入って来る情報だけでも分かるのですが、若様は相手の感情の真偽を見抜くのはそれなりなのに、恋心が絡んだ途端に鈍くなるのですから困り物です。

 

 

「その辺りも貴女が教育なさい。ちゃんと理屈で説明すれば理解なさるでしょう」

 

「ええ、それならば私の業務の範疇です。色が絡むのはレナ……さんに任せましょう」

 

 そもそもの話、私がその手の仕事を引き受ける事自体が間違いで、人種やら母親が育った場所の風習的に貞操観念が軽い彼女が受けるのが最適……ですが、何となく悔しいので最後まで手を出すのは禁止にしておきましょう。

 

「おや、そうですか。それで理由は?」

 

 私がそれを口にすればメイド長は表情を変えずに問い掛ける。

 

「理由? 耐性を付ける必要は認めますが、学生ですからね。使用人に平気で手を出す輩と一緒では困ります」

 

 

 

 

 

 

 

「それで理由は?」

 

「……表向きはそれで、実際は彼女より私の方が側室としての序列が上の筈ですし、先を越されるのは悔しいので」

 

 見抜かれていましたか。

 流石はメイド長……いえ、正確には……×ですからね。

 

 

「まあ、個人的感情を出すなら、この王国で出歩くのは嫌なのですが……」

 

 レナさんに対抗しての越権行為だけでも自分が十代の小娘かと自己嫌悪したのに、流石にこれ以上は私的な感情を業務に絡めたくは有りません。

 

 でも、理屈と感情は別ですし、街中よりもピクニック等を望みます。

 良いですよね? 私の貢献度からして、その程度の我が儘程度は。

 

「貴女にも気苦労をお掛けしますね。……今回こそは前回の様な結末は避けませんと。宜しくお願いしますよ、パンドラ」

 

 恐れ多い言葉に対し、返答を口にする代わりに跪いて頭を垂れる。

 私の幸せの為にも絶対に成し遂げてご覧に入れましょう……。

 



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まじめな危険人物

 十歳の時に十歳まで生きた前世の記憶を取り戻した僕だけれど、転生した事による価値観への弊害って思ったよりも少なかった。

 

 だって十歳迄その価値観で育ち、十六になった今までもそのままなんだ。

 気分的には、少しの間風習が違う所で暮らして居たから、其処に慣れるまでと戻って暫くは違和感を覚えてしまうって感じだ。

 

 でも、例外は存在する。

 

「な、何だ、あれはっ!? あの巨体はまさか”エンシャントドラゴン”!?」

 

「……その姿を模したゴーレムだし、エンシャントドラゴンゴーレムって所だね」

 

 ”エンシャントドラゴン”は大空の支配者であるドラゴンの中でも長命にして最強格の存在で、他の種族ともテレパシーを通じて話せる上に知能も魔力も人間とは比べ物にならない。

 

 ……ゲームでは体力無限で”負けイベントバトル”の相手だった。

 まあ、無限だなんて現実では有り得ないから規格外にタフな上に治癒力が異常って所だろうね。

 実際、知り合いの二人が喧嘩友達の相手との本気の戦い勝ったのを見た事あるし。

 

 いやね、寝ている所を叩き起こされて、”後学の為”だって言ってグリフォンに乗せられて向かった山脈の頂上で見せられた戦いは迫力があったよ。

 

 

「あんな偉大な存在を再現したゴーレムを創り出す相手に恨まれる覚えが無いのだが、君はあるか?」

 

 恨まれる覚えは……うん、逆恨みを含めて身内関連が多い。

 お祖父様と叔母上様、どっちも腐敗貴族に厳しいからね。

 

 

「僕達は貴族だし、知らない所で恨みを買っている可能性はあるね。ただ、どう見ても超一級の使い手が万全の準備を整えないとあんなの出せないし、当人にせよ莫大な報酬で動いたにせよ、依頼人を含めてそんな大物が動いたって情報は無いよ」

 

「確かにそうだな。あんなのを出す実力者にも、そんなのに依頼出来るのにも思い付く限りでは変な関わりは無いぞ、僕も」

 

 この世界のドラゴンは前世の世界にいたペンギンなんだけれど、他の人は格好良さとか偉大さを見出すんだ。

 それこそ前世の神話やおとぎ話に出て来るタイプのドラゴンを前にした様に。

 

 ……でも、僕は十一の時まで絵でしかドラゴンを目にしていなくて、前世では水族館やテレビや絵本、ヌイグルミによってペンギンを目にして、”可愛い”って印象が深く刻まれている。

 

 尚、エンシャントドラゴンはコウテイペンギンで、タマはイワトビペンギンだ。

 

「最初に強く残った評価って中々覆せないよね、アンリ」

 

「何の話か知らないが、今は集中しろ! 来るぞ!」

 

 霧が立ちこめてもいないのに見えない程に深い谷底に立っているにも関わらず、超巨大ペンギンゴーレム……じゃなくてエンシャントドラゴンゴーレムは頭の先が崖の際ギリギリに達する程に大きい。

 

 これが前世のゲームとかでお馴染みのドラゴンの姿だったら凄い迫力だったんだろうけれど、目の前の相手じゃね……。

 

「確かに上の空じゃ相手は務まらないね。ポチ!」

 

 どうも可愛さとか間抜けさを感じ取ってしまう僕だけれど、アンリの叱責に気を取り直して魔力を練り上げながらポチに指示を出して距離を開ける。

 

 餌でもねだる雛鳥みたいに上を向いて開いたエンシャントドラゴンゴーレムのクチバシの奥が赤く輝いて熱線が放たれた。

 一気に周囲の空気が熱せられ、旋回して避けた僕達を追ってなぎ払う熱線に触れた岩が溶け、近くの木々は燃え盛り始める。

 

「アレだけの大質量のゴーレムを創り出すだけでなく、この規模の火魔法……僕達は戦争にでも巻き込まれたのか? どれだけの人数の凄腕が僕達を狙っているんだ。追って来られれば誰かを巻き込むし、取り敢えず相手をしない訳には行かないが、先ずは森林火災を防ごうか……”アイスストーム”!」

 

 燃え広がり始めた森を見ながら焦りを顔に滲ませるアンリが魔法を放てば森林の中央で風が渦を巻き、氷の粒を大量に含んだ嵐になって吹き荒れる。

 木々は霜に覆われ、火事は消えて、これで一旦は安心……一旦はね。

 

 次のが来るまで時間が掛かるってのは楽観的過ぎると警戒しながらエンシャントドラゴンゴーレムを観察すると、濛々と煙が上がる口の部分が崩れ落ちていた。

 

「自分の攻撃に耐えられていないのか。まあ、この辺りの土は粘り気が少ないし、岩も中がスカスカだ。ゴーレムにするには向いていない。誰かは知らないが、魔法の才能はあっても魔法を使う才能には乏しいらしいな」

 

「挑発は程々にね。ほら、何処に居るのか分からないけれど聞こえたみたいだよ」

 

 エンシャントドラゴンゴーレムは両の翼を力強く羽ばたかせて宙に浮き、崖の上に降り立つと再生を始めた口を向けて再び熱線を放とうとしたんだけれど……。

 

「……居たな」

 

「丸分かりだね」

 

 下腹部の中心辺り、その部分が赤く明滅して内部には人影が見える。

 強い魔力も感じるし、あれが術者で間違い無いって言うか、ゲームでもそうだったからね。

 

「僕がやろうか? あの程度ならどうとでもなるけれどさ」

 

 中が誰かは知らないけれど、感じる力からして楽に下せる相手だし、これ以上は好きにさせておくのも癪だ。

 さっさと倒して口を割らせる……と言うのも理由だけれど、もう一つは……。

 

 

 

 

「いや、僕がやろう。……何時こんな事態に巻き込まれても良い様に準備をしていたんだ。実戦形式の実験の機会のな!」

 

「……あ~あ、遅かったか」

 

「……ピー」

 

 頭が痛くなる僕とタマの前でアンリは前側のボタンを全て外して服を両側に開いた。

 ……まるで露出狂の痴漢みたいなポーズだよね。

 

 そんなイメージを抱くけれど口にする勇気は湧かないし、その勇気は蛮勇だろうさ。

 だってアンリの服の内側には大量の爆弾が隠されていたんだから。

 

 

「相変わらずの爆弾マニアかぁ……」

 

「違うな。爆弾制作マニアだ!」

 

 それ、そんなに堂々と否定する程の違いなんだろうか? 

 でも、細身の瓶みたいな形の爆弾を大量に仕込んでいるのが相手だから言わないってか言えない。

 

 

「先ずは此奴だ!」

 

 再び熱線を放とうとした口の中に投げ込まれた瞬間、大爆発。口の周辺が大きく削り取られている。

 威力が予想以上に高いな……。

 

 

「どうだ、驚いたか? 魔力に反応して暴発させる新型爆弾、名付けて……”マナ・ボム”だ」

 

 ……この通り、アンリは爆弾制作を趣味兼特技としている変わり者で、新しい物を作り出す度にこうして実験を楽しんでいる。

 友達でありライバルでなかったら関わりたくない類の危険人物だよ、正直さ……。

 

「ああ、本当に脆いみたいだね。自分の体重を支えるだけで精一杯みたいだ」

 

 頭のヒビが徐々に広がり、術者が居るであろう辺りギリギリで漸く止まる。

 徐々に修復されているけれど、後一押しで完全に砕け散りそうだ。

 

 そんな状態でエンシャントドラゴンゴーレムは満足に動ける筈もないし、此方に半壊した顔を向けるけれど動かす度に首の表面の一部が剥離する。

 

「最後まで手を出してくれるなよ? ロノス。今度は強力な衝撃を一点集中させるとっておきの……」

 

 さて、この辺りの岩は脆いのはアンリが語った通りだ。

 そんな岩の崖の上で巨体が暴れ、更に爆発の衝撃が有ったならどうなるかって言えば、得意顔で別の爆弾を取り出したアンリの目の前で音を立てて崩れるさ。

 

 エンシャントドラゴンゴーレムは崖底に真っ逆様、落下と崩落によって粉々に砕け、術者が居ただろう場所も岩の下だ。

 

「えっと、手を出して良いよね? もう終わっているしさ……」

 

「……ああ」

 

 非常に気まずい空気の中、アンリは何事も無かったみたいに爆弾を仕舞い、僕は崩れた崖のみの時間を戻す。残されたのはエンシャントドラゴンゴーレムの残骸のみ。

 

 

「……逃げられたか」

 

 でも、その中には誰の姿も無く、地面には深い穴。わざわざ追うには準備が足りないな。

 

 

「やれやれ、手落ちだね。報告が憂鬱だ」

 

 それにしても、一体誰が何の理由で襲って来たんだ?



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後片付けをして帰るまでが遠足です

「……来い。早く来い……ロノス・クヴァイル! お前を……お前さえ倒せば僕は……」

 

 暗く深い穴の中、万全の罠を用意して僕は待ち構える。

 今までの僕じゃ生涯辿り着けない領域の力で創り出したゴーレムはやられてしまったけれど、この中なら勝つのは僕だ。

 話を盗み聞きして準備して待ちかまえ、見落としが無い様にと目立つ大穴を用意したから入って来るのは時間の問題で、奴さえ倒せば彼女だって僕の力を認めて……。

 

「僕の力……?」 自分の手に填められた黄金の腕輪に目を向ければ罵倒の声が聞こえて来る。

 

 ”思い上がるな出来損ないが”、”所詮は腕輪の力で、お前はオマケにすらならない”、それを顔を左右に振って追い払った。

 

 そうだ、生まれ持った才能が自分の物なら、こうして後から運良く手に入れた物の力だって自分の物じゃないか。

 この腕輪は一度着ければ外せないけれど、外せないという事は奪われる事も無いから生涯この力は僕の物だという事になる。

 

 先程まで聞こえていた罵倒が一瞬で消え失せ、代わりに賞賛の声が聞こえて来た。

 

 

「はは、はははははっ! そうだ! 僕が生涯世界一の力の持ち主だ!」

 

 込み上がって来るのは歓喜の笑いであり、優越感が心を満たす。

 ああ、成る程、他の連中が僕を馬鹿にするのも頷ける。

 誰かが下に居るって此処まで気持ち良い物だったんだ。

 

「もう誰も僕を馬鹿に出来やしない。姿を消した見張りも連中も! 皇帝も! 僕は世界一の魔法使いだって教えてやれば平伏して従うんだ。そうだ、そうに違いない。そうすれば彼女……リアス・クヴァイルだって、このアイザック・アマーラの物になるんだ!」

 

 アレだけの規模の魔法を使っても未だに疲れを感じないし、どうやら僕に怯えているのか幾ら待っても穴の中に僕を追って入っても来ない。

 

「あはははは! 一部じゃ”聖騎士”だなんて称されてるそうだけど、とんだ雑魚じゃないか! この勝負、僕の勝ちだ!」

 

 僕と違って散々もてはやされる男に勝った事が僕に自信を付けさせ、万能感を与えてくれる。

 そうだ、このまま王国に攻め込んで王になって、その後で帝国も聖王国も共和国だって支配するのも面白いんじゃないか?

 この大陸を支配する絶対的な王、そんな自分の姿がハッキリと浮かぶ。

 

「不思議だなこの腕輪を手に入れる前の僕なら想像すら出来なかったのに。そうか、この腕輪が僕を変えてくれて……ん?」

 

 穴の中に何かが落ちて来る。

 岩壁にぶつかって跳ね返りながら底までたどり着き、何度か跳ねた後で僕の直ぐ側までカラカラと音を立てながら転がって来たそれを、何だろうと思って拾い上げれば小さい水筒位の筒状の物体で今まで見た事が無い物だ。

 ただ、どうやら随分な魔力が込められていると感じた時、僕の目の前が光で満たされ、凄まじい衝撃と熱が叩き付けられた。

 

 

 

 

「……うわ。安全装置をうっかり外しまったから慌てて穴に投げ込んだが、

まさか此処までの威力だなんて」

 

「いや、君が引いてどうするのさ。引くのは僕だよ、僕」

 

 エンシャントドラゴンゴーレムに投げようとしていたアンリの新作爆弾だけれど、勝手に自滅した姿に手が滑って安全装置が外れたから、さあ大変。

 咄嗟に穴に投げ込めば分厚い岩盤が吹き飛ばされて周囲一体が崩壊している。

 

 友達だ、友達だけれど……こんな威力の爆弾を作り出して持ち歩くアンリは僕の中では超一級の危険人物になってしまったよ。

 

「安心しろ。あれは偶然の産物で、同じ物は作れない。……僕が新作の設計をする時は理性が飛ぶから設計書が解読不可能の場合が有るのは知っているだろう?」

 

 一度だけ見た事がある。

 如何にも悪役って感じの高笑いを上げ、部屋中を走り回りながら一心不乱に爆弾を作る姿は狂気そのものだった。

 

 偶に悪夢に出るんだよね、アレってさ。

 

「それでも怖いって。まあ、君だけは敵に回さないよ、絶対にね」

 

 国は違えども友達は友達で、聖王国と共和国の仲は良好で、第一王女と陛下の婚約も決まっている。

 王国には叔母上様が嫁いだし、帝国との政略的な婚姻は此処暫く無いけれど、だからアイザックも可能性を見いだしてリアスに求婚したんだろうね。

 

 彼奴の場合、皇族の一員だってのが余計に話をややこしくしているから非常に低い可能性だけどさ。

 

「さて、そろそろ帰る時間だが、流石にこれを放置しては駄目だな。しかし、随分と派手に周囲を破壊したな……ゴーレムが!」

 

「そうだね、ゴーレムが随分と被害を出したし、起こった事の証明の為に少しは痕跡を残すけれど、周辺の住人の生活に支障が出ない為に少し戻しておくよ。”タイムリターン”」

 

 崩壊した谷底の時間が巻き戻り、指定範囲から外した場所を除いて元通りになって行く。

 残したのは大穴とエンシャントドラゴンゴーレムの残骸の一部で、後で解析に回す為に拳大のを一つポケットに忍ばせた。

 

「これで大丈夫。周辺に影響は出ないね。……近くに町や村がなくて良かったよ。絶対パニックになるからさ」

 

 あの巨体だから少し位離れていても目撃はされていそうだし、そうでなくとも二度目の爆発は土砂を高く舞い上げたし爆発音も凄まじかった。

 タマなんて全身の毛が膨らんでモコモコになっているし、ポチだって少しソワソワしているから首筋を撫でて落ち着かせる。

 

 ほ~ら、ほら、大丈夫だからね~。

 

 これだけの騒ぎになったのだから妄想や狂言だとは言われないだろうけれど、僕達が暴れただの騒ぎを他国から持ち込んだだの、反王妃派の貴族が騒ぐ口実になりかねないし、ゲームでの設定を考えればその可能性も高い。

 

 ”エンシャントドラゴン”は負け確定のイベントバトルだったけれど、”エンシャントドラゴンゴーレム”は特定の攻略キャラの好感度がマイナスの状態で終盤まで辿り着けば起きるイベントボスだ。

 

 大富豪の息子やらアイザックやらをリアスがけしかけ、シアバーンの与えた腕輪の力で創り出して、その頃には英雄視されていた主人公一行に襲い掛かる……と言うのがゲームでの話。

 

 ゲームとは違って学園外の人間かも知れないけれど、シアバーン達”神獣将”が関わっているだろうし、僕達兄妹やアリアさんに目を付けてるみたいだから狙われたのは多分僕だ。

 

 ……まあ、友人だけれどアンリは他国の名門貴族だし、説明し辛い部分も有るから隙を見せない為にも黙っておこうっと。

 

「……ロノス、ちょっと問題が発生した。一旦地上に降りよう」

 

「問題? まあ、良いけどさ」

 

 急に真剣な顔になったアンリに言われるがままに地上に降りればアンリはタマの背中から降り、慌てた足取りで木の陰に駆け込んだ。

 

 

「サラシがほどけた! 悪いが誰か来ないか見張っていてくれ!」

 

「……まあ、見られたら都合が悪いか。王国の誰かが様子を見に来るだろうし、僕が此処で見張っているよ」

 

 木で遮られた向こう側で慌てて服を脱ぐのを音で理解した僕は一応背を向ける。

 親しき仲にも礼儀あり、友達だからって着替えている方をジロジロ見てたら流石に悪い。

 

 

「にしても大変だよね、一族の掟でも……女の子なのに男の子だって偽って生きるんだからさ」

 

「僕だって綺麗な服で着飾って街を歩きたいが、昔から決まった事だからな。言っておくが絶対に覗くな! 何かあってこっちに来ざるを得ない時は先に言え! ……上手く巻けない。胸なんて大きくならなければ良いのに」

 

「あー、はいはい。誰かが近寄ったら先にポチ達が気が付くだろうから安心しなよ。……最後のはリアスの前では絶対に言わないで」

 

 直ぐ側で女の子が服を脱ぎ、胸をサラシで潰そうと四苦八苦していると思うとドキドキしそうだけど、アンリだと思うと自然と落ち着いて来るのは友達だからだろうか?

 

 

 

「タマ、手伝ってくれ!」

 

「ピー!?」

 

 いや、幾ら慌てていてもペンギン……いや、ドラゴンのタマに何をどうやって手伝わせる気なんだろう。

 アンリ、相当焦ってるな、これは……。

 

 



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恥を知る

「半信半疑だったな。まあ、僕だって”攻撃される理由に覚えはないけれど、国に一人居るか居ないかレベルの使い手に襲われました”って他国の人間に言われて直ぐには信じないか」

 

 あの後、何とかサラシを巻いて胸を潰した頃合いに騒ぎを聞きつけて王国騎士がやって来たけれど、僕達が(爆弾関連は省いて)した状況説明は完全には信じられなかった。

 

 ”何かあったのは確実だが、自分達の武勇伝の為に盛っているのでは?”、そんな疑いの眼差しだったし、アンリが言うみたいに僕だって騎士の立場なら信用はしない。

 だって他国の貴族で、更に言うなら特に高名な武勇伝を持っている訳でもない学生だ。

 

 長時間の拘束もされず、簡単な聞き取りだけで済んだのは過小評価の結果か、はたまた何か王国に問題があって、それに他国の貴族が巻き込まれたとなった場合が怖かったのか、有力なのは王妃の甥っ子が関わってるから変に睨まれるのが嫌だったって所じゃないのかな?

 

 ……あの人、お祖父様と同じで身内贔屓とか合理的じゃないって嫌うタイプの人なのにさ。

 怖いのは認める、凄く気持ちが分かる。

 

「……多分別口でお呼び出しが掛かるんだろうなぁ。ごめん、アンリ。その時は爆弾の事を隠し通せないかも」

 

「まあ、公式の聴取じゃないのなら王国だって騒ぎはしないだろうし、国同士が敵対したなら強制的にでも聞き出される情報だろうから構わないさ。あくまでも再現不可能な上に僕の趣味の産物だ。軍事機密でもあるまいしな」

 

 アンリは叔母上様の怖さを知らないが、僕の様子に何かを悟ったのか肩を竦めるだけで許してくれる。

 流石は木で隠しているだけで直ぐ側に居るのに着替えられる位の信頼を築けている友人なだけあるし、僕はそれが凄く嬉しい。

 

「悪いね。今度何か奢るよ」

 

「じゃあ王国随一の高級レストランのフルコースを頼む。学生の身分じゃ気軽に利用出来ない値段だからな。まあ、君は結構稼げているのだろう? なら遠慮はしないさ」

 

「稼げている、かぁ……」

 

 うん、確かに書類上は任されているけれど実際の運営はパンドラに任せている街だって有るし、僕名義の財産だってそれなりに有る……けどさ。

 

「……む? 君、もしかして財布の紐でも握られているのか?」

 

「一部だけね。まあ、その内ご馳走するよ。まあ、それはそうとして……先ずは勝利を称え合おう」

 

 エンシャントドラゴンゴーレムの撃破後、アンリが胸に巻いているサラシが解けたからやっていないが、僕達はレースが終わったり、途中で襲って来た相手を撃破した時はやる儀式みたいなのがある。

 始まりは僕が前世で映画か漫画かで見たシーンの再現、向き合って擦れ違う寸前に顔の辺りでのタッチ。

 僕は冗談で提案したんだけれど、アンリの方が気に入ったから毎回しているんだ。

 

「じゃあ、久々のレースと……」

 

「強敵の撃破を祝して……」

 

「「お疲れ様っ!」」

 

 互いの手の平を叩き付ける乾いた音が響き、思わず笑みがこぼれる。

 男の友情ってこんな物だと思うよ、アンリは女の子だけどさ。

 

「さてと……もうすっかり遅くなっちゃったし、帰ったら怒られそうだ。アンリ、寮の門限は大丈夫、な訳無いか……」

 

「夕飯抜きだな。一応使用人は連れて来ているが、ルールを破っての罰則な以上は作って貰えないだろう。想定外の事態の結果だが、自分の意志で出掛けた先でのトラブルなら特別に免除はしないのがウチの家訓だ」

 

「互いに厳しいね。僕も帰ったらメイド長に怒られそうだ」

 

 彼女、昔はレナスとは別に僕達を叱る役目だったし未だに苦手なんだよね。

 ……所であの頃から既にメイド長だったし、見た目は若いけれど何歳だっけ?

 

 

「互いに下が怖いと大変だな」

 

「下が何も言えないなら、それはそれで問題だけど、ちょっと勘弁して欲しいとも思うよ」

 

 メイド長への疑問は不思議な位に気にならなく、僕達は少しでも怒られるのを防ごうと慌てて帰路を急ぐ。

 アンリは寮だから途中でお別れして屋敷に戻れば門前でパンドラとメイド長が待ち構えていた。

 

「既に連絡は来ています。なので遅くなった事は何も言いません……が」

 

「先日の騒動の後に人目の無い所へ向かって騒動に巻き込まれた軽率さは後ほど咎めさせて戴きますね」

 

「……うん

 

 

 返す言葉もないとはこの事だろう。

 確かに事前にレースする事は伝えたけれど、向かった先が悪かったとしか言えないもんなぁ……。

 

「まあ、それは後にするとして、重要なお客様が来ています。直ぐに客間にお向かい下さい」

 

 客人が誰かなんて聞くまでもない。

 だって屋敷の内側から漏れ出す光が少し離れた場所からでも見えていたからね。

 

「キュイ?」

 

「あー、うん。ポチの件だろうね。先払いで言葉が通じるようにして貰ったけど、別の相手に問題を解決されたからさ。……でも、それなら呼び出すよね?」

 

 ポチとは門前で分かれ、僕は急いで客間に向かう。

 別れる直前に交わした会話の通りにあの方が来た理由は思い浮かぶけれど確信に至るには弱いし、何か不安になって来たぞ……。

 

 屋敷の中は客間の扉から漏れる光に照らされていて日光に照らされた屋外みたいに明るい。

 少しは光を抑えてくれたら……そんな気遣いが出来るタイプじゃないか。

 

 本人に聞かれたら少々不味い事を考えながら客間までたどり着き、ノックをしてから扉を開ける。

 眩しさに目を細める中、優雅な仕草でワイングラスを傾ける高貴そうな女性が足を組んで此方を正面から見ていた。

 

 

「久し振りであるな、ロノス。息災であったか?」

 

「お久しぶりです……女王陛下」

 

 亜麻色の髪を伸ばした美高貴さとそれに見合った傲慢さと気高さを併せ持つ美女。

 緑を基調としたドレスと銀のネックレスと金の王冠で着飾った彼女の背には虹色に輝く透明な蝶の羽があった。

 

「先日は娘の所に行って貰い助かった。あれは気丈で他人に頼るのを嫌う。まあ、気楽に接しろ」

 

 彼女はレキアの母であり、妖精を統べる者。

 

 

 妖精女王”ニーア”は僕を見定める瞳を向けながら微笑んでいた。

 

 

 

「は、恥ずかしい!」

 

 リアスから借りた本を閉じ、鏡に目を向ければ耳まで真っ赤だった。

 私が読んでいたのは”普通の”恋愛小説で、本棚に在る古びたのは母から受け継いだ”普通じゃない”恋愛小説。

 

 例えば貴族令嬢と庭師の少年が禁断の恋に落ち、偶然が重なって二人っきりになっったら主従が逆転、メイド服の令嬢が体を使ってのご奉仕をする……まあ、官能小説だ。

 

 恋愛について語る友達も居なかったし、そういった事を教えてくれる教師を雇うお金が無いくらいに私の家は貧乏だった。

 

 仮にも貴族の家の跡継ぎ娘が使用人の一人も連れて来れないのは言わずもがな、隙間風や雨漏りの修繕にも困っていた位だ。

 

 だから私は本で恋を学んだけれど、驚く事ばかりだった。

 

 先ず、少し良い感じになった程度で会ったばかりの男女はキスをしないし、当然だけれど肉体関係だって結ばない。

 

 私達位の年頃は恋愛に興味を持つけれど、キスなんて中々其処まで進展せず、手だって気軽に繋がない上に体を密着なんてはしたない……。

 

「私、もしかして恥ずかしい事ばかりを……」

 

 普通の恋愛を知った今、思い返すだけで顔が熱くなるし、体で取り入っていると噂されても当然な気がして来た。

 

 じゃあ、明日から普通に接する? 今更変えると逆に意識してしまいそうで……。

 

 それに既に告白までしたし……。

 

「は、恥ずかしいけれど今のままで……」

 

 

 だって恋が叶うなら私の立場は家柄からして側室か妾、それは構わないが、どうせなら一番になりたいという欲が出て来た。

 

「べ、勉強の為……」

 

 母が遺した本の一冊を手に取って開けば目に入って来たのは挿し絵のページで、丁度初夜を迎えた場面で、色々と行為の方法について詳しく描かれていた……。

 

 

 

 




パンドラさんとのこの違い!


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怖い女の人達

漫画、線画が届きました


 妖精が一体どんな種族かと問われれば、僕が最初に挙げるのは人とは隔絶した魔法の使い手、続いては基本的に他の種族と積極的に関わらない少し排他的な生活だろうね。

 

 女王を頂点とした妖精の領域で生活し、女王の子供である王女達(尚、女王は女の子しか生まない)は成長後、次の生活拠点候補を管理する。

 複数の領域の中から選ばれるのは次の女王に選ばれた王女が管理する領域で、ラキアみたいに才能があると管理が難しい場所を任される辺り、生まれ持った才能に胡座をかいて居ちゃ駄目だって事だ。

 

「さて、貴様も知っての通り、我が治める妖精の国と聖王国は良好な関係を結んでいる。それこそ貴様達からすれば貴重な品を唯一取引してやっている程にな」

 

 ああ、忘れて居たよ、最も重要な”義理堅い種族”だって事をさ。

 ゲームではお馴染みの体力を回復させるアイテムだけれど、この世界にも”ポーション”ってのが存在する。

 只、作れるのは妖精だけで、その妖精も数百年前に陥った危機から救ってくれた聖女の興した聖王国のみと取引をしてくれている。

 

 ……因みにその危機に王国が関わってるせいで”王国に売る際は他国の相場の倍の値段”って契約が数百年間続いているから”恨みを忘れない”って所も特徴だよねぇ。怖っ!

 

「……何ぞ言いたい事でも有るか?」

 

「いえ、何でもありません、女王様」

 

 ヤバい、余計な事を考えたのを読まれた……。

 

 微笑んでいる女王様だけれど目が笑っていないって言うか、ラキアが花をモンスターに変えて操ったり妖精の領域と外界を隔絶してたりとか、妖精の魔法って人間が使う基本四属性の魔法とは全く違う物も有って得体が知れないんだけれど、”時”なんて物を使う僕が言ってもブーメランでしかないんだよね。

 

 つまりは怒らせれば何をされるか完全に予想出来ないし、僕のみに何かあるだけじゃなくって、リアスや祖国に何かあると怖いし、怒らせる案件に思い当たる事が。……今回の訪問はその件かも。

 

「えっと、以前お受けした”ラキアが困っていたら助ける”って依頼に関しての事で来られましたか?」

 

 共和国の一部の戦士が長い間の訓練によって相方にしたモンスターの言葉が分かる様に、僕がポチと言葉が通じるのは女王様が報酬の先払いとして使った魔法の力のお陰だけれど、何の目的が有ってか彼女の管理する領域の異変は他の奴が解決していた。

 

 しかも話からしてシアバーンで間違い無くて、其奴はかつて人間を滅ぼそうとした光の神の悪心と一緒に封印された筈の存在で……契約不履行だって怒られても仕方無いし、娘に危機が迫ったかもという心配を晴らす八つ当たりをされても仕方が無い……。

 

「阿呆が。我をその程度の器量が狭い小物だと思うたか。寧ろその事に関して怒りをぶつけるぞ、ロノス」

 

「も、申し訳有りません。……所で絶対心を読んでますよね?」

 

「ふふふ、さてな。当てずっぽうかも知れんぞ? まあ、安心せよ。依頼の内容は”困り事の手助け”であって”領域の異変の解決”ではない。故に報酬を奪いはせぬが……ちゃんと仕事はして貰おう。友の孫であっても仕事は仕事だ」

 

「……あっ、これって面倒事を押しつけられる奴だ」

 

「おい、”どうせ心を読まれるから包み隠さず口にしよう”等と開き直るな、その図太さは好ましいがな。まあ、それ程の面倒な事は言わぬさ」

 

 女王様は呆れつつも感心した様子で窓の外を指し示す。

 窓の外にはポチの小屋があって、その近くには塀……じゃなくて冬の森が広がっていた。

 

 ……はい?

 

「面倒なのと関わったらしいからな。この屋敷とラキアの管理する領域を繋げておいた。まあ、事後承諾だが容赦せよ。まさか容赦せぬとは間違っても口にせぬよな?」

 

「……まさか」

 

 ポチは急に現れた森に驚いて居るけれど、森の中から庭に雪が吹き込んでいないから冷気は遮断されているみたいだから問題は無いし、問題があっても口に出来る筈も無い。

 

 

「ふふふふふ。まあ、あれだ。近々ラキアにも体の大きさを自由に変える魔法を教えてやるし、その時は街を案内してやってくれ。奴も喜ぶだろうて」

 

「いや、ラキアって基本的に僕を嫌っているから……」

 

 思い起こすのは会う度に向けられる言葉の数々で、僕としては友達として仲良くしたいんだけれど、全然仲の進展が無いんだよねぇ。

 

 そんな僕の考えを読んだのか女王様は盛大に溜め息を吐いてる。

 あれかな? 娘が曲がりなりにも交流がある国の顔見知り相手にあの態度だからね姫君がさ。

 

 

「……何だ、あの意地っ張りは相も変わらずか。馬鹿馬鹿しいが親心として教えてやる。あの馬鹿娘は無駄に気高さを演出してるだけで貴様を嫌ってはおらぬ。妖精が人の子より優れているのは事実だが、親しき仲にはなれるだろうに。……実際、彼奴を貴様に嫁がせても良いと思っているぞ?」

 

「またそんな冗談を。あの子が素直になれないのはそんな冗談が恥ずかしいからでは?」

 

「……詰まらぬ奴だ。此処は”是非娘さんを嫁に下さい”とか言っておけ。そうすれば我は”ウチの娘に結婚はまだ早い!”と返答するものを……」

 

 腰に手を当てて呆れ果てる女王様だけれど、これって僕が悪いの!?

 しかも自分から言い出しておいて結婚に反対する気だったし、妖精の特徴で一番重要なのは”気紛れで悪戯好き”だったよ!

 

 

 この女王様、見た目は若いけれど実は結構な年れ……睨まれた。

 

「貴様、本当に奴を嫁がせた時は覚えていろよ?」

 

 ……その冗談、何時まで引っ張る気なんだろう。

 冗談……だよね?

 いや、妖精と聖王国の関係を考えればクヴァイル家の家柄的にも妙な話じゃないんだけれど……。

 

 

 思い起こせば婚約が決まってたり、決まりそうな相手って本当に個性的だったり我が強い子ばかりだよねぇ。

 会ったその日に押し倒しに来た子とか、天才のパンドラとか……うん。

 

 

「絶対に将来尻に敷かれるな、貴様は。さて、我はそれなりに忙しい身だ。娘の驚いた顔を見たいが……帰るとしよう。……アレは意地っ張りだが根は悪い奴ではない。母として言うが、宜しく頼む」

 

「まあ、それは分かっていますよ。ラキアが良い子だって事はね」

 

「なら良い。……ああ、それと気になっていたのだが、あのメイド長だが、どうも普通の人間とは……いや、止そう。藪蛇はごめんだ。まあ、貴様の敵にはならんだろうさ」

 

 何か凄く気になる事を口にしたけれど、それを途中で区切って女王様は姿を消す。

 それを見計らった様にドアがノックされて飲み物と軽食を乗せたカートを押すメイド長が入ってきた。

 

「おや、お帰りですか。……では、これは次のお客様にお出ししましょう」

 

 相変わらずの真面目そうな顔のメイド長が視線を向けた窓が外から叩かれ、困った様子のラキアの姿。

 

「おい! 領域の接続先が急に変わったのだがどうなっているのだ!?」

 

 ……あれぇ?

 女王様がした事なのに何も知らない?

 

「あの様子では母君から何も聞かされていなかったらしいですね。私も放任主義でしたが、それで大いに失敗しまして……失敬。個人的な事ですのでお忘れ下さい」

 

 有無を言わさない圧力を感じ、僕はそれ以上の追求をしない事にした。

 本当に何者何だろう、メイド長って……。

 

 

「若様、女には秘密がつき物ですよ? それは詮索する物ではありません。前回の時も……さて、お客様をお迎え致しましょう」

 

 前回? 僕、メイド長からそんな事を言われた記憶が無いんだけどなぁ。

 

「さて、ラキア様には蜂蜜たっぷりのアイスクリームでしたね。紅茶はアイスのレモンティーで……」

 

 本当に謎だらけだよね、メイド長ってさ。

 確かお祖父様が若い頃から……あれぇ?

 

 

「若様、お教えしたばかりですよね?」

 

 ……怖っ!



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強くなる意志

 アース王国において妖精は”触らぬ神に祟り無し”な認識だ。

 妖精の領域は基本的に近付いた時に起きる被害は自己責任、それでも良いなら勝手に寄って、友好を結べたなら何か分け前が欲しい、まあ、そんな感じでやって来て、叔母上様が嫁いでからは少しはマシになったんだけれど、妖精の王国嫌いは当分直りそうにない。

 

「……妖精の姫さんが来てるとか、暫くお前の屋敷には行かねえ方が良いな」

 

 まあ、そんな訳で妖精は王国の民に対して悪戯を仕掛けるし、その被害に遭った事のあるらしいフリートだって当然妖精が苦手だ。

 お昼休み、偶には男同士女同士に分かれてのご飯になったんだけれど、僕の屋敷に事後承諾でレキアが住む事になったのを知った途端に露骨に嫌な顔をしていた。

 

「安心しなよ、フリート。ラキアは王国だけじゃなくって僕にも悪戯を頻繁に仕掛けるからさ」

 

「それの何処に安心様子が有るんだよ、テメェ。俺様にも分かりやすい説明しろや」

 

「……あー、無いか」

 

「にしても妖精の女王ってのはとんでもないな、おい。どうしてテメェの周囲の女はそんなのばっかりなんだ?」

 

「さあ? まあ、将来尻に敷かれるのは決定かな? 僕、お尻よりは胸の方が好きなのに。でも、尻だって嫌いじゃないし、感触を楽しむよ」

 

「そりゃ結構。てか、乳より尻だろ、尻! チェルシーなんざ結構良い形をしててよ。この前もデートの時に触っちまった。……その後で強烈なローキック喰らったがな」

 

 こうやって猥談を自然に出来るのが男だけの利点だと思う。

 だって女の子が居る時にはちょっと出来ないけれど、猥談って楽しいし。

 

 でも、フリートは胸より尻か……。

 

「矢っ張り友人であっても人は分かり合うのが難しいね……」

 

「唐突だな、テメェ!? ……てか、入学して数日で結構な出来事の連発だよな、テメェ達兄妹はよ。この世界が物語だったら主役だろ、血統を考えてもよ」

 

「主人公ねぇ。確かに誰もが自分の人生の主役だけれど、物語の主人公って感じはしないよ。英雄である聖女の子孫で、王様の従兄弟にして宰相の孫で、特異な属性を兄妹揃って使えるだけだからね。後は学園に入学してから数日で色々と事件に巻き込まれてる位だしさ」

 

「いや、十分だろ。寧ろ盛り過ぎの部類じゃねえか」

 

「精々僕なんて神様クラスの敵を倒した後で立ち塞がる最強にして最後の敵を兄妹で務める位じゃないの?」

 

「いや、お前よりも強いのがお前の身内に居るだろ。馬鹿やったら止めて来そうなのが。……てか、俺様は何を馬鹿馬鹿しい話をしてるんだ? この場合、俺様が脇役じゃねぇかよ」

 

「いやいや、君なら主人公の仲間その2位にはなれるんじゃないかい?」

 

 おや、どうやら気に入らなかったんだね。

 フリートはそっぽを向いて黙りこくってるし、自分から言い出した事なのにさ。

 

「……まあ、確かに僕より強いのが身内だけでも結構居るけどさ……僕達兄妹が組めば近い内……それこそ一年以内に勝てる様になる自信はあるよ」

 

 ゲームで実際にラスボスだったって事は関係無く、その自信がある。

 その強い人に鍛えて貰ったからこそ今の被我の実力差が分かって、そして自分達が成長して近付いているのを把握出来ている。

 

「確かにレナス達は強いけれど、アレは完成された強さだ。対して僕達は成長中、追い越せるし、追い越さなくちゃ駄目だ。待っているであろう過酷な運命に打ち勝つ為にもさ」

 

 シアバーン達神獣将が復活したなら、さっき僕が冗談めかして口にした神クラス……光神の悪心も復活する前提で動くべきだ。

 封印が解かれないのが一番だけれど、準備してないのは問題外だからね。

 

「あの人達は強いけれど、それを負かした事は絶対の自信になる。過信になれば脅威になるけれど、恐ろしい相手を前にして心が折れない事は重要だ」

 

「……そーかい。まあ、頑張りな。俺様もダチとして動ける範囲で力を貸してやるからよ。……ああっ、さっきの自分が悪役になって最後は倒されるみたいなのは二度と言うなよ。ムカつくから」

 

「……うん、ごめんね」

 

 成る程、怒っていたのは其処か。

 確かに敵って最後は打ち倒されるのが宿命だからね。

 

 

 ……宿命か、ちょっと気になる事が有るんだよね。

 

 僕達はゲーム通りに行動しない事を前提に動いていたけれど、実際に変えてみると他の誰かがゲームのシナリオを補う様に動いたし、僕達が攻略キャラの代わりにアリアさんと親交を深めている。

 

 ”歴史の修正力”ってのは漫画とかでは結構使われる展開だったけれど、それが動いているのかも知れない。

 ゲームのシナリオでは貴重で強力な力故に目を付けられた僕達だけど、それを知ってるからその通りに動かなければ大丈夫……とは限らないか。

 

「……問題は舞踏会だよね」

 

 最近まで口車に乗らなければ大丈夫だと過信していたけれど、僕だったら騙くらかしが効かない相手には別の手段を選ぶし、そもそもの話からしてリアスはゲームとは違って簡単に騙される馬鹿……じゃないと思うし、なら普通に別の手か他の人を選ぶだろう。

 

「……アイザック、何をしてるんだろうね?」

 

 昨日から学園に来ていない彼は、公では急な呼び出しで帝国に帰ったってされているけれど、パンドラの調べじゃ途中で行方不明になり、乗っていた馬車の同行者達も消えたらしい。

 

 ……もしかして彼が僕達の代わりに?

 

 

 

 

 

 

「ったく、あのボケが。冗談でも自分が俺に討たれる存在みたいな事言ってんじゃねーよ」

 

 放課後、チェルシーと一緒に街に繰り出した俺様だが気は収まらない。

 時期が迫った舞踏会のパートナーが決まっていない連中が必死にフリーな奴を探すが、俺様には婚約者のチェルシーが居るから探す必要は無いし、こうやって暇潰しにも付き合わせていた。

 

「いや、世の中には主人公が負けて終わるお話も有るわよ? それでも不用意な話だと思うけれど、ロノス様にしては変ね。妹とペットの話題以外ではそんな失敗は……まあ、少ないわよね」

 

 俺の婚約者であるチェルシーはロノスとは……正確にはその妹のリアスとは長い付き合いで、だから俺の話を聞いて妙だと思ったらしい。

 ……幾ら俺が唯一同等以上と認めたダチについてとはいえ、惚れている女が他の男を理解してるみてぇなのは嫉妬しちまう。

 

「……」

 

 何も言わず、強引に肩に手を回して引き寄せる。

 最初は驚いた様子だったがチェルシーは抵抗せず、俺様に頭を預けてきた。

 

「……毎回毎回黙って引き寄せるの止めてよね。偶には口説きながら出来ないの?」

 

「おう! 愛してるぜ、チェルシー。最高の美女が隣を歩いてるもんだからついやっちまった」

 

「……恥ずかしいから矢っ張り止しなさい」

 

 ……止せって割には随分と上機嫌に見えるけどな。

 これ、もしかして勢いに乗れば行けるんじゃねーか?

 このままの雰囲気で適当な所で休憩を言い出して……あ痛っ!?

 

「抓るなよ、急に!」

 

「イヤらしい顔をしてるからよ。結婚したら好きなだけさせてあげるから……今はこれで我慢なさい」

 

急に脇腹を抓られた事に文句を言えば、ジト目で襟を掴まれて引き寄せられて、俺様とチェルシーはキスをしていた。

 

「……はい、終わり」

 

 唇が重なっていたのは僅か五秒ほどで、その後で耳まで真っ赤にして照れてるチェルシーはそっぽを向いて可愛い顔を見せちゃくれない。

 

 ああ、にしても俺の婚約者はマジで最高に良い女だよ……。

 

 

 

「ああ、そうだ。ロノスの所に妖精の姫さんが来てるそうだが、一体どんな奴なんだ?」

 

 ちょっと気になってた事だが、会いに行くのは抵抗が有る。

 何せ公式の記録では誤解とか行き違いからの争いってなってるが、妖精と王国が揉めた理由はどう考えても王国が悪い。

 

 

 何せ当時の我が儘姫の頼みを聞いた王が妖精をペットにすべく派兵したってくっだらねぇ理由だ、そりゃ嫌われるっての。



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素直になれない、面倒臭い

「ふむ。流石はクヴァイル家、仕事が速い上に上々な出来映えだ。……妾も母は予想が付かん方とは思っていたが、まさか家のドアを開くと庭に出るとはな」

 

 ロノス達の登校後、昨夕に急遽屋敷の庭と管理地を繋げられたレキアは満足そうに用意された部屋を眺める。

 本来なら管理する領域に家があるのだが、入り口のドアを開くと外に繋がって居たというのが慌てて窓を叩いていた理由だ。

 

 驚き慌てふためいて当然である。

 

 急に管理する領域の接続先を無断で変えられ、お気に入りの家具を揃えた家に入ろうとすると知人の屋敷の庭に繋がっていた、実に意味不明な事になって業腹だろうが、何せ相手は母にして王、直々に文句を言うには相手が悪い。

 

「若様も随分と心配していまして、私財から幾らか資金を出して頂きました。”長い付き合いだから”と言って」

 

 そんな彼女が満足そうに頷く訳は用意された部屋にある。

 人形の家と言い表すには精巧に作られた小さい家は、それでも大きめの客室の半分以上を占めるサイズであり、中の調度品も妖精の職人が作った物。

 用意を指示したのが昨夕で、用意が終わったのがお昼前、実に早い仕事にラキアは何時もの高飛車な態度での文句を一切口にせず、パンドラから告げられたロノスの行動に嬉しそうにしていた。

 

「……ふふふ、そうか。ロノスの奴が妾の為にな。これは礼をせねばならぬだろう。さて、何が良いものか……」

 

 妖精サイズのソファーに座り、腕組みをして考えて始めるラキア。

 普段ロノスに対しての言動からして別人であり、双子の姉妹で別人だとでも言われればロノスが信じてしまいそうな変わり様だ。

 

「……そうやって素直に接すれば仲が進展するのでは? 確か”ギャップ萌え”とか呼ばれる奴で」

 

「言うてくれるな。妾とて素直に接したいと思ってはいる。初対面の時、奴は妖精の姫である妾に臆する事も媚びへつらう事もせず、”友達になろう”、そう言ったのだ。まあ、当時の妾はかしずかれて当然で、”人の子は妖精を恐れ敬うべき格下”、そんな考えがあったから反発してな、珍しい力だから従えようと躍起になるが、どんな態度でも奴は対応を変えず……何時しかそれが嬉しくなった」

 

 高貴な態度を崩さなかったラキアだがロノスとの思い出を語る時は年頃の少女の顔となっている。

 それに対してパンドラはと言うと……。

 

「はあ。ですが今更素直になれず、高圧的な態度を改められないという面倒な状態なのですね?」

 

 ”この人、面倒”と思っているのが一目で分かる表情だ。

 

「……それも言うてくれるな。と言うか、貴様は妾に媚びても良いのではないか?」

 

 懐かしそうに語った直後に受けた指摘が図星だったのはラキアの顔を見れば明らかで、パンドラの言葉に気まずそうにしている彼女だが、其処は気位の高い王族、負けてたまるかと不機嫌さを向ける。

 

 勿論これは演技であり、ロノスの側室となるパンドラを牽制する気……なのだが。

 

「いえ、私の役目は正室と側室全員の取り纏め役も含まれますので」

 

「下に就けども従わず……という奴か。いい性格をしているな、貴様」

 

「お褒めいただき光栄です、ラキア様。……所でその口振りからすると若様との婚姻に異議は唱えないと受け取れますが、若様に報告しても? ああ、これも”言ってくれるな”、でしょうか?」

 

「……本当にいい性格をしているな、貴様」

 

 此奴には勝てる気がしないと、逆に力の差を思い知らされるラキア。

 パンドラは丁寧な態度でお辞儀で返し、腹の中を一切読ませなかった。

 

 

「……まあ、否定はせぬ。だが、正直言って妾の恋心は幼い。婚姻に至るかどうか微妙な位にな」

 

「自覚はあったのですね」

 

「だが、母上は奴と妾の婚姻を望んでいる。母娘と言えども相手は女王。意向に添うべく動くのは当然であろう?」

 

 笑みを浮かべるラキアにパンドラは返答を無言の礼を持って返す。

 

 

 

 

 

「まあ、奴がどうしても婚約して下さいと頼み込んでからの話だ。それまでは貴様も話すなよ?」

 

「……だったらもう少し素直になったらどうですか?」

 

「……言ってくれるな」

 

 ”これは時間が掛かりそうですね”、そう思ったが飲み込んだパンドラであった。

 当然顔には出していたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・にしても少し浮かれ過ぎじゃないの? たかが舞踏会じゃないの」

 

 お昼休み、今日は女子会って事でお兄ちゃんと別々にご飯を食べている私達だけれど、本日何回目かの歓喜の雄叫びが聞こえて来るのに辟易しちゃう。

 パートナーが見付かったからってそんなに嬉しいのかしら?

 

「リアス様は祖国で何度も参加していますからね。・・・・・・見ていて笑いを堪えるのを通り越して不気味よ、アリア。この方が淑女って感じで踊りの誘いに付き合うんだもの」

 

「幾ら私が疎い話題でも、そんな見え見えの嘘には騙されませんよ?」

 

「あんた達ねぇ・・・・・・」

 

 好き勝手言ってくれるじゃないのよ、二人揃って。

 

「言っておくけれど本当に大変なんだから。陛下主催のパーティとかでご飯だけ食べてるとか無理だし、普段のガサツな態度だって駄目だから如何にも”聖女でございます”って態度を取らなくちゃ駄目だし」

 

 仁義とか義理とか大切な物の為に無理してたけれど、思い出すだけで疲れがドッと押し寄せる。

 ……あ~、午後の授業がダッルイ。

 

「午後は何だっけ? 武器使った模擬戦?」

 

「そんな訳が無いですよ。確か舞踏会に向けてダンスの練習です。パートナーと踊り慣れていないと本番で転んで足を挫く可能性だって有りますし、リアス様も……えっと、共和国の彼と一緒に踊るのに慣れておいて下さいね。私はフリートとは既に慣れているので大丈夫ですが」

 

「はいはい、ダンスは苦手じゃないから大丈夫よ。アリアも頑張りなさいよ? お兄様、ダンスは下手じゃないけれど得意でもないし……あれ?」

 

 アリアの目が泳いでいる?

 あれ? 一体どうして……あっ。

 

「アリア、もしかして(ダンスは)未経験?」

 

「はい、ルメス家は貧乏で舞踏会を主催する余裕は有りませんし、他の家からの招待にしても私はほら……」

 

 言いにくそうな様子で触れた自分の髪の色は黒、この世界では忌み嫌われる”闇属性”の証で、ついでに言えば私とお兄ちゃんが任された街の発展の影響でルメス家って財政が逼迫したのよね。

 

 これで赤の他人だったら別の国だし正しく”他人事”だったのよね。

 ほら、前世のテレビとかで危機的な貧困に陥ってる国で子供が過酷な労働をされているって知っても大変だとか同情しても、長年コツコツ貯め込んだお金を放出する人なんて稀でしょ?

 

 だから家の力でアリアの実家を支援したりはしないけれど、思う所は有るのよね……友達だしさ。

 

「そっか、アリアは初めての相手をお兄様に選んだのね。お兄様も上手な方じゃないから大変だろうけれど頑張って」

 

「リ、リアスさん、その言い方は……ちょっと」

 

「え? 何で真っ赤になってるの? 私、何か変な事言ったかしら?」

 

「いや、その、あのぉ……」

 

 私は全然変な事を口にしていないのにアリアったら凄く恥ずかしそうにしてるし変なの。

 

「ねぇ、チェルシー。私、変な事言った?」

 

 こんな時、こんな時こそ友達であるチェルシーの出番よね。

 この”私が変な事を言っちゃった”みたいな空気をどうにかしてくれる筈!

 

「リアス様はもう少し言葉遣いを学びましょうね」

 

 ……あれぇ?

 

 私の味方、一人も居ない?

 

「それでどうしましょう? 私、舞踏会で失敗してロノスさんに大恥を掻かせちゃうのは……噂になっている”望みの国”が本当に有ったらなぁ」

 

「……うん? 望みの国?」

 

 ゲームではそんなの出なかった……筈よね?

 アリアの意味深な呟きに何故か私は不安を覚えたわ。

 

 朧気だけれど起きるはずの大事件を把握していた筈のこの世界で起きようとしている大きな出来事、それに私達が巻き込まれる事になるだなんて、この時は予想もしていなかった……。

 

 

 

 

 

 

「……主は未だご帰宅せぬのでしょうか」

 

 一方その頃、くノ一がお兄ちゃんの部屋で跪いたまま戻るのを待っていた。

 

「体の隅々まで主直々に手入れ……」



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忍者はポンコツか

 ”望みの国”、それは此処数日の間に不自然な程に広まった噂で、何でもその場所に行けばどの様な願いでも叶い、行った人間は二度と帰る気が起きないという……実に胡散臭い話だ。

 

「アホ臭っ。それって姿を見たら絶対即死系の怪談話のお化けの姿が伝わってる位に不自然じゃないの。二度と戻って来ないなら、一体誰が内情を伝えたのよ」

 

「ええ、実に馬鹿らしい噂であり、冗談半分で噂されているとか。何らかの不満を抱えた結果でしょうね」

 

 馬鹿馬鹿しい有り得ない噂話は前世でもネットで溢れかえって居たけれど、娯楽の少ないこっちの世界じゃそんな話が娯楽として広まるのね。

 

 ……もしくは不満の現れかしら?

 叔母上様がこの王国に嫁いで数年、既に中央は掌握したけれど、端の方では未だに先代王妃の下で甘い汁を吸っていた連中が残っているし、首をすげ替えるにも準備が必要……ってお兄ちゃんが言っていたわね、私にはよく分からない難しい言葉で。

 

 残り二年は掛かるって言ってたのは理解してるわ!

 

「でも、どんな望みも叶うかぁ……」

 

 信じていないけれど興味が湧かない事も無い。

 お化けは信じていないけれどオカルト系の話は好きな人位の好奇心か、当選するとは思っていないけれど宝くじを買って一等が当選した時を思い浮かべる時、そんな程度の気持ちで呟く。

 

「……姫様。未だ成長しないと断言するには早いかと」

 

「いや、私がどんな望みを叶えたい気だと思っているのかしら?」

 

「どんなって……失失礼致しました」

 

 私が思い浮かべたのはお兄ちゃんと違って今の人生じゃ出会っていないお姉ちゃんの事。

 私達みたいに転生しているのなら手掛かりだけでも欲しいって思っただけなのに、レナったら何を勘違いして励ましたのかしら?

 視線が私の胸に向かっている? いやいや、そんな理由がないから違うでしょう。

 

 でも一応不満そうな声を向ければ澄まし顔でお辞儀して、胸の余分な脂肪がタユンタユンと揺れていた。

 

「……けっ!」

 

 く、悔しくなんてないわよ!

 

「姫様、流石に今の言葉遣いはどうかと。若様はパンドラさんに政務の授業を受けていますし、お茶の時間が終わったならばマナーの授業と致しましょう。どんな時も猫を被るのを忘れずに」

 

「……終わったらね」

 

 今日のお茶請けは前々からリクエストしていたミートパイ、私の大好物で、チマチマと食べているけれど半分近く減っている。

 これが終わったらお勉強……時計を見れば夕食まで少し時間があって、講師は多分メイド長。

 

 こうなったら……。

 

「先に言っておきますが、始まるのが遅くなった場合、夕食後のお勉強が長引きますので」

 

「……分かっているわよ」

 

 くっ! 流石は乳母姉、私の”パイをのんびり食べて勉強時間を減らそう大作戦”を読むなんて……策士だわっ!

 

 夕食食までの勉強時間が増えるか夕食後の勉強時間が増えるか二つに一つなら、寝る時間が増える前者よね。

 パイを口一杯に頬張って味が口の中全体に広がる快感を味わい、お茶で胃袋に流し込む。

 

 ……あれ? さっきから思っていたけれど、このミートパイってまさかっ!

 

 

「レナ、もしかしてレナスが屋敷に来ているの!?」

 

「おや、ミートパイの味で分かりましたか。ええ、今日のお茶請けは母様特製ですよ」

 

「もー! 来ているなら言ってくれたら良いのにケチね!」

 

 さっきまで勉強が待っている事で下がっていたテンションが急速に上がるのを感じ、私は思わずレナの方に身を乗り出した。

 私とお兄ちゃんの乳母であるレナスだけれど、今の私の母親が直ぐに死んじゃったから母乳を飲ませてくれて、世話係もしてくれた彼女は前世も両親が共働きで殆ど家に居なかった私にとって唯一の母親に近い存在。

 

 今までお兄ちゃんやレナと喧嘩したのは数える程で、その全てがレナス関連な位に私はレナスが大好きよ。

 ……よし! お勉強を頑張って誉めて貰おう。

 実の娘のレナには悪いけれど、今日は久々に髪を洗って貰ったり、色々とお世話して貰いたいなぁ……。

 

 

「あっ! お兄様と一緒に稽古を付けて貰うのも良いわね! 折角ハルバートを新調したんだし、今の私との距離を測るのに丁度良い機会だわ」

 

 私はレナスが大好きで、凄く尊敬しているし憧れてる。

 ……だからこそ越えたい。

 聖王国で……いえ、現在の世界一位タイである戦士相手にどれだけ通用するのか、少しの恐怖に混じって高揚感が手を震わせる。

 

「私、生粋の戦士なのね……」

 

 戦士はバッチ来い、脳筋は微妙、ゴリラと呼ぶなら喧嘩を売っていると見做す。

 さて、やるべき事をやって、レナスに久々に思いっ切り甘えたら先ずは組み手をお願いしようっと。

 お兄ちゃんには悪いけれど、今日は私が先なんだからね!

 

 

 

「……誰か居る。メイドが掃除している……のとは違うわね」

 

 お兄ちゃんの部屋の前を通り、私の部屋の扉を開く前に動きを止める。

 扉の向こうから感じるのは人の様で人でない気配で、動き回っている様子は無い。

 取り敢えず開けて確かめましょうか、出たとこ勝負よ。

 

 視界に入ったのはお気に入りの武具を飾った自室と、私のベッドの上で不貞寝しているくノ一の姿だった。

 毛量の多い髪をポニーテールにして、袖や丈が短く網タイツがセクシーな忍者衣装。

 漫画に出て来るお色気忍者の典型みたいな少女で、何処の誰かは知っている。

 

 だってお兄ちゃんの手札の一つで名前は”夜鶴(よづる)”。

 普段諜報活動をやってる忍者軍団の本体だわ。

 

 性格は忠誠心厚い滅私奉公の鏡……だったわよね?

 

「……えぇ」

 

 いやぁ、どうして私の部屋で寝ているのかな、この子。

 取り敢えず壁に飾った戦鎚を担いでベッドに近付いて行って顔をのぞき込めば拗ねて頬を膨らませているし、覆面をズラして普段隠している顔が見えている。……あら、初めて見るけれど結構美人。

 

「人のベッドで何やってるのよ……夜鶴(よづる)

 

「……リアス様で御座いますか。只今夜鶴は不貞寝中ですので今は話し掛けないで下さい。私にも偶には休みが必要ですので」

 

「……うわぁ」

 

 この子、凄く……凄ぉおおおく面倒臭い!

 

 

「取り敢えず話を聞いてあげるから……って、あらら」

 

 何時の間にか本当に寝入っていた夜鶴は仰向けになってスヤスヤと寝息を立てていて、セクシー仕様の忍者装束に収まった大きな胸が動いていて……気が付けば戦鎚を振り下ろしていた。

 

「ずぉりゃぁあああああああああっ!!」

 

 真下のベッドは壊さない、衝撃は夜鶴の肉体にのみ!

 手に伝わったのは肉を叩いた物とは別物で、まるで空気でも殴ったみたいな手応えの無さ。

 まあ、当然なんだけどね。

 

 私の目の前で夜鶴の肉体は消えて行き、枕元に置かれていた大太刀に吸い込まれていった。

 

「……お見苦しい所をお見せいたしました」

 

「本当にね。……それで何が有ったのよ? お兄様と久々に会えて喜んでいたんじゃないの?」

 

 ……こうして相談に乗る流れになったけど、実際の所私は早く終わって欲しかった。

 廊下の向こうから近付いて来るメイド長の気配を察知し、マナーの授業がもう直ぐ始まるみたいだし、相談が長引いたら……いや、違うっ!

 

「夜鶴、援護しなさい!」

 

 この気配、メイド長だと思ったけれど微妙に違う。それも偶然似ていた訳じゃなく、似せようとした結果の違和感。

 私の言葉に大太刀の鍔が鳴り、その柄を握った少女の姿が瞬時に現れる。

 先程までの不抜けた表情は嘘みたいに変わり、鋭い目つきで口元を覆面で隠し、姿勢を低くして直ぐにでも飛び掛かれる構え。

 

「夜鶴……参る!」

 

 扉が開く瞬間、夜鶴は瞬時に扉の前に移動、高速での抜刀……そして刃が届くよりも前に相手の拳が届いて殴り飛ばされた。

 

 

 ……うわぁ。

 




ツイッターが強制停止の連続でせっかく届いた漫画が載せられない

解決まで待って

解決
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忍者と乳母

 包丁、鋸、鉈、鋏。一口に刃物と言っても用途が色々有る様に、妖刀にも色々存在します。

 例えば私”夜鶴”と、その対になっている”明烏”みたいに……。

 

 刀工……不明

 

 銘だけが伝わり、宿す力も不明なまま主も見つからず長い時を過ごした私達二振りは何時しか妖刀である事も忘れられ、只の名刀として多くの者の手を渡り歩いた。

 

 時に十把一絡げの芋侍に使われ、不不相応な刀を手にして調子に乗った所で討ち死にし、それを拾った凡庸よりは少々ましな位の侍に、次はその主に献上され、その国が滅ぼされた後は商人から好事家に渡り、最後に意識を保っていた時は屋敷の居間に飾られていた。

 

 ……その後? どうやら押し込み強盗に奪われて再び人の手から人の手に渡り、最後は居間の主の屋敷の倉に納められていました。

 

 尚、次々に主が変わる理由ですが、簡単に言うと”呪い”です。

 これでも妖刀ですから。

 

 呪いが発動する条件は二つ

 

 1・二振りを別々の者が所持してはならない。

 

 互いに引かれ合い、主が死んで別の物の手元で合流するから。

 

 2・力を引き出す条件を満たさずに鞘から抜き、そのまま所持してはならない

 

 その場合、次の者の手に渡るから。

 

 そしてその条件とは”夜鶴と明烏が妖刀である事を知っている者が、それとは知らずに鞘から抜いたのが一度目の時に意図せずに刃に血を垂らす事”。

 正直言って無茶苦茶で、偶然に偶然が重ならないと達成は不可能。

 

 ですが、今の主はそれを見事に達成し私を目覚めさせた。

 故に妖刀としての力で自らを振るう肉体を顕現させて跪いて忠誠を誓ったのです。

 

「……へ?」

 

 例えそれが年端もいかぬ子供であろうとも理不尽としか言えぬ条件を乗り越えて主となったなら、本来なら刀剣が宿さぬ筈の心を鬼にしても……いや、心など蓋をして、道具として存在する事に喜びを見出すのが在るべき姿。

 私が持つべきは道具としての誇りのみ……だったが。

 

「……何だか怪しい奴だねぇ。チョイとボコって話しを聞き出すか。ロノス、アンタも刃物に不用意に触るからこんな事になるんだ。罰として稽古は暫く延期だよ!」

 

 困惑して立ち尽くす主を庇う様に立ち塞がった本物の鬼の姿を見た瞬間、持ち得ぬ筈の死への恐怖が私を支配する。

 頭部の紅い角に尖った八重歯、凶暴そうな瞳で私に警戒と疑念の色を向け、同時に庇った幼子三人へは厳しくも暖かい母の慈愛が籠もった眼差しを向けていた。

 

 その女性に乱暴に頭をグリグリと撫でられている主の背後の二人の女児、片方は双子らしく主に似ているが、もう片方は女性似で、同様に頭に角がある。

 

 恐らくは後者が実の娘だろうが、それでも双子へも愛情を向けているのは感じる。

 命を奪う為の道具として生まれた私でさえそれが理解出来た。

 

「ほら、レナはロノスの手当をしてやんな。手の平を切っただけだが、それでも妖刀の類だ、油断ならない。刃物を持つ時は細心の注意をって何度も言った筈だけどねぇ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 主の手の平からは僅かながらの出血が見られ、恐らくは私の刃に不用意に触れてしまったのだろう。

 鞘を見れば封印の形跡があり、それが逆に子供の興味を誘ってしまったらしい。

 

「よし、反省してるね。なら稽古の延長と尻叩き十回で勘弁してやるとして、今は目の前の奴から妖刀の力について聞き出すよ」

 

 成る程、私の様な妖刀から人が出現すれば危険視するのが当然で、子を守る親ならば尚更だ。

 私は主の母親だろうと判断した女性に弁明をしようと口を開き、言葉を発する前に殴り飛ばされて壁をぶち抜いた。

 

 いや、幾ら何でも理不尽過ぎないだろうか?

 

 

「……あっ」

 

 あの日から六年程が経過し、私は強くなったと思う。

 正確には主が強くなった結果連動して力が上がり、それと同時に体の動かし方を洗練させたのですが、走馬灯の様に蘇った記憶がそれを確信させてくれる。

 

「へぶっ!?」

 

 だって当時は殴られてから攻撃に気が付いて居たのが、今は咄嗟に腕を間に挟み込み、結局意味無く殴り飛ばされる程度にはなったのだから……分体が。

 

「ひ、酷い……」

 

「必要な犠牲だ」

 

 自らを振るう肉体だけでなく、五感を共有可能な分身を作り出すのも我が力の一つ。

 主の命令を聞いて動く駒として長期間出しっぱなしにしているせいか、想定を越えて微妙に個性が生まれつつある中、今殴られたのは分体の指揮官ポジションの為に何かと主と接する事が多い者で、当然ながらお褒めの言葉を直接受ける。

 

 それは囮に選んだ事には無関係。

 私、心捨てている。故に無関係。

 

 扉が開く寸前、呼び出したのは殴られたのも入れて三体。

 分体三体が間を開けた横並びになり、私は天井に天地逆転の姿勢で飛んで折り返す。

 

 本体権限で正面の一体の動きを止めて隙を作り、左右と上からの強襲こそが本命。

 

 ……お覚悟!

 

「……ふ~ん」

 

 全く気にも止めない言葉と共に左右の分体の腕が掴まれ、真上の私に左右から叩き付けられた。

 

「及第点……時間稼ぎとしてはだけどね。まあ、中々だったよ」

 

 そう、これは全て本命の為の布石であり、私は本体である大太刀を放り投げて距離を取って肉体を消し、私が稼いだ一秒で魔法を発動させたリアス様が拳を振るう。

 

 身体強化魔法”アドヴェント”。絶大な威力を誇る光魔法の中で本人曰く”結局一番強いのがこれ”な切り札。

 剣に炎を纏わせる類の追加ダメージの効果を狙った物ではなく、体に纏った光自体に攻撃判定は皆無。

 

 只単純に肉体を強くする、本来ならば補助程度に使われる単純明快な力……故にリアス様が使えば理不尽な間での力を発揮する。

 

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!!」

 

「へぇ……成長したじゃないのさ」

 

 繰り出されるのは拳打の嵐、猛乱打。

 一撃一撃が巨大な鉄の門さえこじ開ける程の威力を秘め、それが腕が何本もに増えて見える速度で放たれる。

 拳が突き出される度に嵐の如き風の音が鳴り、それに反して拳が当たった時はパフパフと柔らかく軽い音。

 

 そんなリアス様の気合いの入った猛攻に対し、相手は只々感心した少し嬉しそうな様子で迎え撃ち、その全てを手の平で受け止める。

 只止めるだけでなく、衝撃を逃がす事でリアス様の拳に猛攻の反動が来ない様にと気を配る余裕すら見せ……最後に両腕を大きく広げて正面から抱き締めた。

 

 

「少し見ない間にずいぶん成長したじゃないのさ、リアス! それに背の方も結構伸びてて何よりだねぇ。まっ! 胸に関しては全然だけどさ! あっはっはっはっはっはっ!」

 

「もー! 久し振りに会ったのに胸の事は言わないでよ、お母さ……レナス!」

 

「悪い悪い。可愛い娘との再会が嬉しいからついね」

 

 普段気にしている胸について指摘されても怒り出さず、拗ねた様子も何処か演技に見える程に嬉しそうなリアス様を抱き締めたまま彼女は、レナス様は豪快に笑って頭をガシガシと撫でる。

 

 ああ、あの瞳は初めて出会った時と全く変わらんし。

 あの瞳は子を愛する母親の物だった……。

 

「ねぇ、レナスは暫くは屋敷に居てくれるんでしょ?」

 

「そうだねぇ。夜鶴を陛下の所から連れて来ちまったし、そんなに長い間は居られないけれど、明日明後日には居なくなるって急な話じゃないさ」

 

「やった!」

 

 普段も主に甘える姿は精神的に幼さの残る少女でしたが、乳母であるレナス様の前では更に子供っぽくなっていますね。

 本国では生まれ持った力のせいで周囲からチヤホヤされて歪んでしまいそうでしたが、主と彼女の存在が大きいのでしょうね。

 

 ……もし何年も前に、それこそ死に別れでもしていたらリアス様がどんな性格に育っていたのか分からない、それ程までにレナス様の存在は大きく感じます。

 

 

「ああ、そうだ。息子の方……ロノスも相変わらず元気かい? てか、流石に童貞は捨ててんだろうね?」

 

 ……うわぁ。凄い話題ぶち込んで来た……。




漫画届いてます  前回の後書きから

一度活動報告で纏めようかな


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邪魔をするなら

「それでは次の事例です。三十年前に起きたスコルドでの疫病対策ですが、その内容と効果、欠点と改善方法を上げて下さい。十秒以内に」

 

 パンドラによる政務の授業は正直言ってスパルタで、これでも本人が受けた物よりは些か甘くなっているって言うんだから驚きだ。

 まあ、僕をパンドラと一緒にして貰ったら非常に困る、だって彼女は天才で、その差は努力でどうこうなる物ではないと、その程度を理解する頭は持ち合わせているからね。

 

「その場合は……」

 

 だけど絶対的な才能を見せられて腐る気も完全に丸投げする気も毛頭無いんだ。

 パンドラは僕の誇りであり、憧れで、少しでも追い付きたいと願う相手だ。

 僕を支える彼女を僕も自分の得意分野で支えたいけれど、どうせだったら得意分野以外でも支え合える関係になりたいじゃないか。

 

 圧倒的な力の差の前に屈して、諦めて生きるのはちょっと情けないと思うからね。

 

「……五十点。間違った答えは出していませんが、足りない部分が幾つか有りました。では、若様の回答に足りない部分を挙げていきましょう」

 

「うん、宜しく頼むよ、パンドラ」

 

「ええ、お任せを」

 

 僕の返答に微笑みで返す時のパンドラは知的で美しいと思う。

 

「君が僕の側に居てくれるのは助かるよ」

 

「……それは妻としてですか? それとも政務官としてですか?」

 

「勿論両方さ。知的で優秀で美しい、そんな君に片方だけ期待するのは失礼じゃないか」

 

「ふふふ、今のは九十点越えですよ。……最後に”愛している”等の言葉が欲しかった所ですね」

 

 ……厳しいなぁ。

 まあ、今後は頑張ろうか……。

 

 パンドラが気に入る答えを出す為にさ。

 

 こうして普段から感謝の念を伝えて置くのは大切だと実感しつつ、だからこそ普段役に立って貰って居るのに直ぐに恩を返せない自分が少し嫌になった。

 

「夜鶴には少し悪い事をしたなぁ……」

 

 十歳の時から僕の愛刀として、配下として色々と動いて貰っている上に本体は陛下の護衛を任せ、忠誠心が高いのに側に置かないって扱いを少し気にしていたし、だから戻って来たら徹底的に手入れをする約束だったのに……。

 

 実際に再会したらパンドラの授業が有るからと少し待って貰う始末で、表情一つ変えずに退室したけれど、何となく落ち込んでいるのが背中から伝わって来た。

 

 ”自分は道具であり、どの様な形で在れ主の意のままに動く事が存在意義で、其処に一切の私欲も善悪も介入しない”、それが夜鶴の信念だけれど、分体である忍者隊”夜”の面々が個性を見せ始めるのを見れば妖刀だろうと心があるのが伝わるし、何だかんだ言っても僕に誉められたり側に置かれるのが嬉しいってのは分かっていた。

 

 ……忠誠心を弄んだ気分だ。

 

「……ねぇ、パンドラ。夜なんだけれど……」

 

 本当だったら今直ぐにでも約束を果たしたいのが個人的な願いだけれど、クヴァイル家の次期当主としての責務が勉強を優先しろと告げ、この勉強が終わって夕食を食べたら一旦祖国に急ぎ足で戻って”時”の力を振るう事になっている。

 

 なら、就寝時間を遅らせても良いか尋ねる事にした。

 相手が武器であっても、意志を持ち役に立っているのならば働きに報いるのも貴族の役目だと思うんだ。

 

「了解致しました。本来は休息をしっかり取って頂きたいのですが、それが若様のご意志なら。……スケジュールを調節し、後回しに出来る事は明日以降に回します。連絡が御座いますし、一旦失礼しますね」

 

 最後まで言い切る前にパンドラは僕の希望を受け入れ、それを叶えるべく動き出してくれる。

 本当に彼女は僕を助けてくれるなぁ。

 

「有り難う、パンドラ。何かお礼をするよ」

 

 だから彼女にも報いたい。

 僕に可能な事なんて彼女からすれば自力でどうにか出来るのだろうけれど、それでも何もせずには居られなかった。

 

「……そうですね。将来的に側室の地位は約束されていますし、この仕事にも十分なお給金を頂いていますが、此処で断るのも若様の厚意を無碍にする事になりますし……」

 

「僕に可能なら何でも良いよ」

 

 貴族としては少々不用意な発言だけれど、それだけの功績が彼女には存在するだろう。

 実際、実質的に領地を運営するのは彼女だしさ。

 

 僕の言葉にパンドラは少し迷い、急に背中を見せる。

 一瞬見えた彼女の顔は照れからか真っ赤になっていた。

 

「……で、では、僭越ながらお願いが。レナより前に私を抱いて下さい! し、失礼します!」

 

 少し早口で願いを告げたパンドラは急ぎ足で部屋から出て行き、扉が閉まる寸前に廊下の壁にぶつかる音が聞こえて来る。

 

「うーん、この前の誘惑の時も実際は随分無理をして見えたけれど、矢っ張りパンドラって純情な所が有るよね」

 

 レナと仲が悪いから感情的な物なのか、側室間の序列みたいな物の為なのか、兎に角無茶でも無理でもない以上は聞き入れるのが僕の責務だろう。

 

 まあ、レナの誘惑を自制する口実が増えて良かったよ。

 だって、レナスじゃあるまいし、てか、レナスも屋敷に来たなら顔を見せてくれたら良いのに、これは僕が勉強中だから先にリアスの所に行ったか……リアスが先なら諦めよう。

 

「あの子、本当にレナスが大好きだし、だから僕達を守る為に死んじゃってからは変な風に……あれ? あれれ? 僕、何を言っているんだ?」

 

 今、僕はどうして本当に体験した事みたいに感じていたんだ?

 

 確かにお姉ちゃんが語った裏設定で子供の頃に乳母が死んだ事で周囲の歪んだ教育の影響が強くなったって知っているけれど、僕達自身が体験していない以上は同名の登場人物の物語程度に過ぎないのに、僕は本当にレナスが死んでリアスがおかしくなって行くのを見ているしか出来なかったみたいな後悔の念を感じたし、目の前で息を引き取るレナスに泣いてすがりつく幼いリアスの姿が頭にハッキリと浮かび、一瞬で消え去った。

 

 変だ、あまりにも変だよ。

 

 言い表せない不安が押し寄せ、一刻も早く唯一相談出来るリアスの所に向かいたくなる。

 いや、こんな時こそ詳しく話しをしなくても励ましてくれるレナスを頼りたい。

 

 前世でも今の人生でも両親との関わりが薄い僕達にとってレナスは母親同然で、向こうだってレナ同様に僕達の事を自分の子供みたいに扱うし、時々息子とか娘って呼んで来る。

 リアスを守りたいって想いや家を継ぐ事の重圧で潰されそうな僕にとって寄りかかれて弱みを見せられる数少ない相手がレナスなんだ。

 

「……どうせだったら向こうから来てくれたら良いのに」

 

 それでも男の子としての意地が授業を放り出してまで探しに行くのを阻止して来る。

 我ながら馬鹿みたいな意地だとは思うけれど、男の子ってそんな物だろ?

 

 

 

「邪魔するよっ!」

 

 そんな僕の悩みなんてどーでも良いとばかりに壁が蹴破られ、右足でヤクザキックを放った姿勢のレナスが現れた。

 腕組みをして、相も変わらず八重歯を見せた凶悪そうな顔で……そして暖かい笑みを浮かべてくれていた。

 

「久し振りだねぇ、馬鹿息子。なーんか悩んでるみたいな顔だし、此処は一丁アタシに相談してみな! 乳飲ませてやってオムツ換えてやって風呂に入れてやってんだ。今更恥ずかしがる事は無いだろうさねぇ!」

 

「あはははは、レナスは相も変わらずだね。久し振り」

 

 本当にこの人は昔から何も変わらず、豪快で乱暴で、優しくて暖かい。接しているだけで勇気が湧いて来る、そんな素敵な母親だ。

 

 

 

 

 

 

「んで、ちょいと聞きたいんだけれどさ……レナは何時抱くんだい? 餓鬼の時分にくれてやるって言ったじゃないのさ。アタシがアンタの年頃の頃にゃ旦那を毎晩抱いてレナを仕込んでたよ」

 

「うん、レナスと一緒にしないで欲しいな」

 

 ……あ~、でも種族から来る考え方の違いだけはどうにもこうにも。




漫画、活動報告に乗せてます


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ポンコツくノ一夜鶴ちゃん

マンガと絵を乗せた活動報告に せっかくバーサーカーの 主さんからコメントが!


 さて、急に話は変わるがこの世界には数多くの種族が存在している。

 僕達みたいな”ヒューマン”やマナフ先生の”エルフ”やレキア達”妖精”だって存在するし、”ドワーフ”や”ゴブリン”、”獣人”だって当然居るよ。

 

 え? ゴブリンはモンスターで、他の種族の女を襲ったりしないのかって?

 おいおい、基本的な骨格は似ていても根本的に大きな違いがあるし、中には強姦魔だって居る上に特殊性癖とか中身に惚れたとかなら有り得るけれど、流石に見た目が大きく違うから普通はゴブリンはゴブリンを異性として認識するよ?

 

 ……他の種族を襲うとか、少なくても動物相手に性的興奮を覚える人位に特殊な部類かな?

 

 ああ、そしてレナスの種族だけれど”鬼”だ。

 

 大きさや色には個人差があるけれど頭に二本の角を持ち、他の種族に比べて圧倒的に強い肉体強度を誇る種族。

 出生率が低く、性的に奔放な性格が比較的多くって……女しか居ないから他の種族との間に子供を設けるのも特徴で、相手の警戒を緩める為に角を隠す幻覚魔法以外の魔法適正は低い。

 

「……成る程ねぇ。パンドラの奴と約束しちまった訳だ。なら仕方無いし……今晩早速抱いてやって、次にレナを抱けば何の問題も無いって訳だ」

 

「凄く問題ばっかりだよねっ!? 未だ学生だから! 僕にはちょっと早いから!」

 

 ”レナより先に自分に手を出せ”、そんな要求を飲んだ事を伝えるとレナスは一旦納得してくれて、即座に凄い提案をぶち込んで来た。

 

 鬼の特徴も有るけれど、更に本人の気質が加わったのがこの豪快で力業を好む傾向。簡単に言えば脳みそ筋肉。

 ……母親同然の人だし、実の娘を預けるなら僕しか居ないって評価してくれて居るのは嬉しいけれど、ちょっと急過ぎる。

 

「あのさ、僕はレナと結婚しないとは言っていないし……十分素敵だと思っているから嬉しくはあるよ?」

 

「なら別に良いじゃないのさ。まあ、聖王国の連中はその辺が少し固いからねぇ。王国なんて気に入った使用人に手を出すのが多いし、アタシとクヴァイル家の繋がり……は十分強いとして、政治的にも悪い話じゃ無いだろ? アンタは昔からちょいと真面目過ぎるんだよ」

 

「……そうだけどさ」

 

 この世界だけれど、娯楽に溢れていた前世の世界と違って娯楽は限られている。

 演劇や狩猟や球技などのスポーツ、飼い慣らしたモンスターの騎乗、そして異性。

 

 国によって大きく性的な事への抵抗感が違い、王国が一番緩くって聖王国が一番厳しいけれど、それでも学生の時点で関係を持つ相手が存在するのだって珍しくない。

 釣りとか狩りで大きな獲物を仕留めたとかの武勇伝と同レベルで経験の回数とかを男子学生が語ったりする。

 まあ、流石に其処までのは一部だけれど、前世での猥談を大っぴらにする程度の認識だ。

 

「……うーん、周りに女が多かった弊害かねぇ? 戦う力は結構鍛えてやったが、その辺を疎かにし過ぎたか」

 

 そう、レナスが頭を掻きながら呟いた通り、僕は周囲に女の子が多い環境で育った。

 双子の妹や乳母姉と共に遊び、レナスやパンドラ、チェルシーと交流を持った。

 同姓の遊び相手も居たけれど、リアスが嫌がったりして遠ざけたり、ちょっと同じ年頃の子は家柄が離れ過ぎてて互いに気を使って遊ぶのが退屈だったり、まあ、こんな感じだ。

 

 それに前世の記憶が混じった結果、僕は他の同性みたいに性に奔放でない性格に育ってしまった。

 

「ほ、ほら、家の事も有るから好き勝手に女の子に手は出せないし……」

 

「別に好き勝手に出せとは言ってないさ。こっちが許した相手に手を出せつってんだよ」

 

 ……うーん、この考え方の違いが厄介だ。

 僕の方が異端で、それでもレナスがアレだろうけれど……。

 

 って言うか、こんな時こそリアスの手助けが欲しい!

 アイコンタクトを送ろうにもレナスにはバレてしまうだろうし、そっちの方が面倒だからしないけどさ。

 今は母親と兄のどっちの味方をすべきか迷ってる最中で、たぶん情勢はレナスに傾くのオンリーだから期待するだけ無駄か。

 

 そんな風に迷っていたらレナスに限界が来た。……だろうね!

 

「あ~も~! 煮え切らない奴だねぇ!」

 

 昔からだけれどレナスは少し短気な所があって、言う事を聞かせる為の理不尽で安易暴力は振るわないんだけれど、偶に拳骨とかが落ちて来る。

 

 息子と認識している僕の態度に痺れを切らした様子の彼女は僕の方にズイッと身を乗り出し、このまま怒鳴るかデコピン(凄く痛い)でもされるのかと身構えた僕だけれど、横から助けが入った。

 

「……その辺でお止め下さい、レナス様。主とて異性に興味が無い訳では在りません。その証拠にこの通り……」

 

「夜鶴、助かった……あれぇ?」

 

 二人の間に腕を差し込んでレナスを止めてくれた夜鶴は真っ直ぐにレナスの顔を見て説得に掛かる。

 但し、その手には僕が隠していた官能小説が。……因みにジャンルは家庭教師物。

 

 

 ちょっとっ!? 説得は嬉しいけれど、手段は選ぼうか、手段を!

 闇討ち不意打ち騙し討ち、卑怯で結構、それが忍者の在り方だって言いたそうな位に夜鶴も分体である”夜”も目的の達成を優先するけれど、今はリアスも居るんだからねっ!?

 

 駄目だ、この子。元からポンコツなのか、妖刀だから根本的な部分で噛み合わないのかは知らないけれど、真面目な声と表情でエロ小説を堂々と翳すとか……それも主の妹の前で。

 

「……」

 

 ほら、無言になって黙りこくってるし、絶対拗ねてるよ。

 ”お兄ちゃんのスケベ”とか後で言われそうだし、だから隠していたのにさ……。

 

「成る程ね。その歳で枯れてるとかお子ちゃまだってんならば問題だが、ちゃんと興味は有った訳だ」

 

 ああ、でもレナスは何とか納得してくれたんだ、寧ろ此処までされて納得して貰えなかったら僕に打撃が大き過ぎるんだよね。

 

 レナスは差し出された本を受け取ってペラペラと流し読みを始める、僕としては恥ずかしい。

 あれだよ、前世では未経験だったけれど(十歳だから当たり前だけれども)、隠していたエッチな本とかがベッドの上に並べられていたとか、エッチなゲームを発見された気分ってそんな感じなんだろうね。

 

 まあ、レナスもこれで納得してくれたみたいだし、元は僕を心配しての事だろうから、この話は此処で終わり……。

 

「でもねぇ、ロノスって流されやすい所が有るだろ? 色々考えても要所要所で詰めが甘いし、状況に流されるし、興味が有るんなら溜まる物も有るだろうし、変に我慢して妙な相手に引っ掛かっても……ああ、そうだ。夜鶴、アンタが相手をしてやんな」

 

 終わらなかったよ、矢っ張りね。

 そして母親として過保護な所が有るレナスだけれど、流石に其処まで決められるのは僕だって文句を言わせて貰おう。

 第一、子供扱いするのか年頃扱いなのかどっちなんだって提案だし、夜鶴だって急にそんな話を振られたら困るよ。

 

「……レナス、流石に僕を侮り過ぎだよ。僕にだってその程度の自制心は存在する。夜鶴も断って良いからね?」

 

「まあ、流石にアタシも焦り過ぎか。戦場が長過ぎたかねぇ? 悪かったね、ロノス。戦士から母親に戻さなくちゃ駄目だよ、こりゃ」

 

「はっ! 全ては主の御心のままに。第一、この体は魔力で練られた偽物であり、本物の肉体と構造は同じでも主の子を宿す力は御座いません。故に主が一時的な快楽を求めるのならば非生産的な擬似生殖行為に身を捧げますが、お世継ぎを孕む事は叶いませぬ」

 

「いや、其処まで言わなくて良いからね? 聞いていて恥ずかしいからさ。夜鶴には夜鶴の役割があって、僕はそれに期待しているし満足している。君は君がしたい仕事をして僕の側に居て欲しい。それが僕の望みだ」

 

「有り難き幸せ! 夜鶴はその身に余るお言葉を頂戴するのを一日千秋の想いで待っておりました

 

 駄目だ、この子。

 妖刀だからかポンコツだからかの二つなら後者の気がして来たよ。

 感極まった様子で跪く夜鶴を眺めながら力が抜けるのを感じた僕だけれど、レナスも何も言う様子が無いし、納得したのかな?

 

 まあ、これで今度こそ終わり……だよね?

 

 

 

 

「……成る程。彼女に任せれば堕胎の必要も無く、子まで作った相手を捨てたという醜聞や跡目争いの激化の心配も有りませんね。皆様、それでは授業の続きが御座いますのでご退室をお願いします。若様は壁の時を戻して頂けますか?」

 

 ……あれぇ?

 終わったと思ったらパンドラが不吉な事を呟いてるんだけれど……大丈夫?

 まあ、パンドラならば大丈夫だよね、そんな風に自分を誤魔化した。




現在のヒロイン+登場予定+妹

ゴリラ聖女

依存系ヒロイン

ツンデレ妖精姫

誘惑メイド

エロ風ウブ才女

ポンコツ忠臣くノ一

男装親友

予定

肉食系脳筋

未定一名 キャラ募集で来たのを元に立場だけ変えて出すかも

以上 これ以上は無理    

活動報告に漫画


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忍者は悶え、妖精は踊る

 道具を手に取り、そっと夜鶴の体に触れる。そのまま適度に力を込めて往復させれば押し殺した声が聞こえて来た。

 

「あっ……んっ……くふ……ひゃっ……」

 

 口を手で塞ぎ、こそばゆいのと心地良いのが合わさったみたいな声を出すまいと耐える夜鶴の顔は紅潮し、まるでマッサージでも受けている時みたいに気持ち良さそうに蕩け始めていた。

 

 ……うーん、ちょっとやり辛いけれど、此処で終わりにするのは悪いし、”嫌なら止めるように言って”とは伝えて有るからなぁ。

 そんなこんなで継続を選び、次の道具である毛先が柔らかい筆を手に取る。

 色々と道具を試したけれど、本人……本刀曰く、明烏同様にこれが一番良いらしい。

 

「夜鶴、触れるよ?」

 

「は、はひっ! ど、どうじょお願いしましゅ……」

 

 だらしない顔になった夜鶴は呂律が回っていない口で返事をしていて目は焦点が合っていないし、もう限界が近いな。

 既に足腰立たなくなってしまったから僕がベッドまで運んであげたんだけれど、丈が短いせいで見えちゃってさ……赤フンかぁ。

 

 

 

 

「ひゃんっ! あっ、あうぅぅ……うあっ! あっ、あっ、ひゃっ!」

 

 そして筆先が身体に触れて動き出せば声を抑える余裕すら無くなり。身悶えしながら切なそうな声を漏らし、息を荒げる。

 

 

 

「ごめん、夜鶴……一旦身体を消してくれる?」

 

 僕は夜鶴の本体である大太刀を手入れする手を止めて頼む。……うん、流石に限界だ。

 だって反応がエロいんだものっ! セクシーくノ一が切なそうな声を上げて身悶えるとか、年頃の男の子には目に毒だからねっ!?

 

「ぎょ、御意っ!」

 

「君の体(刀)の事は僕だってよく理解している。例え暫く離れて居たとしてもね。ほら、だから今は全て僕に任せて身を委ねてよ。それで不備が有れば言ってくれたら良いからさ。……ちゃんと今晩は君に付き合うから遠慮は要らないよ」

 

「有り難き幸せでしゅ……」

 

 鍔を外し、装飾の細かい溝を筆で掃除し、鞘を磨いて行く。

 ……普段から自分でしているのか特に僕が手入れする必要が無いとも思うんだけれど、賞賛の他にこの程度しか報いる方法が無いのが現状だ。

 新しい鍔とか鞘とかを贈ってみようか? 人間の姿の時の服装は自在に変えられるそうだし、お金は受け取ってくれないからね。

 

「それにしても……綺麗だ」

 

 抜き身の刃は曇り一つ見当たらず鏡の様で、指先で刃の腹を軽く撫でる。

 暫く陛下の護衛として離れて居たけれど、こうして手元に在ると本当に落ち着くよ。

 何せ僕もリアスも武具の収集癖が有るし、その中でも夜鶴と明烏はお気に入りで、コレクションの中で随一の業物だ。

 

「夜鶴、陛下は君を気に入っているけれど、僕の物なんだから僕の手元に置くのが一番だ。うん、明日にでも君を使いたいよ」

 

 この状態では言葉を喋れない夜鶴だけれど、返事代わりにでもするかの様に刃が光った気がした。

 そうか、君も僕に使われるのを待って居たんだね。

 

 こんな時、僕が向けるべき言葉は……。

 

「愛い奴だよ、君は」

 

 刀の柄に軽く口付けをする。

 流石に女の子の姿の方にこんな事は出来ないけれど、夜鶴の本体はこっちだし、刀相手なら抵抗は感じない。

 

 

 

「……もうこんな時間か」

 

 夜鶴の手入れに夢中になって時間が経つのを忘れて居たけれど、最後に丹念に刃を磨いた後で時計を見れば普段なら寝ている時間だ。

 多分リアスの事だからレナスの部屋にでも潜り込んで居るだろうし、寝る前にお休みの挨拶だけして来ようか。

 

 一応先にリアスの部屋を覗くけれど予想通りに誰も居ない。

 それにしても今日は色々有った、本当に色々と……。

 

 レナスが屋敷に来た事とか、パンドラが出して来た条件とか、夜鶴に関する事とか……うん、あの恥ずかしがっている時のパンドラは可愛かったな。

 普段の澄まし顔のクールビューティ系美人も良いけれど、あんな風に純情で恥ずかしがり屋な所も素敵だ。

 

 夜鶴も夜鶴で普段の”自分、感情なんて有りません”って感じが、手入れの最中に本体を触られる度に反応して、それがちょっとね……。

 

「駄目だ、変な趣味に目覚めそう……」

 

 案外僕ってSなのかと考えていた時、窓の前で浮かんで外を眺めているレキアの姿が視界に入った。

 

「……むぅ」

 

 腕組みをしつつ少し不満そうな表情で見詰める先には夜だってのに仕事をしている庭師の姿だ。

 子供程度の身長に緑色の皮膚を持つゴブリンで、作業着姿で器用に木の枝の剪定を進めていた。

 

「やあ、レキア。矢っ張りゴブリンは苦手かい? この前も出していたしね」

 

「……分かってはいるのだがな。だが、幼き頃から植え付けられた嫌悪感は簡単には払拭出来ぬ」

 

 僕に気が付いていたのか声を掛けても驚きはせず、レキアは深い溜め息を吐くだけ。

 そう、レキアは……いや、妖精全体にゴブリンをモンスターとして扱い、忌み嫌い、そして争っていた歴史が在ったんだ。

 

 だからアリアさんを連れて森に行った時、庭師のゴブリン達とは違ってボロ布を纏って知性を感じさせない醜い怪物として偽物のゴブリンを出して来たし、だからリアスだって野生の勘は七割程度で偽物だと見抜いて容赦無く戦えた。

 

 確かに独自の言語を話すけれど、学んだら他の種族の共通語だって使えるし、手先の起用さはドワーフに匹敵する。

 

 

 そんなゴブリンを先代の女王の在任期間までは敵と見なし、互いに攻め込んで居たのだけれど、現女王が母である先代に反旗を翻して王座を奪取、聖王国の介入もあって和平が結ばれた。

 

「お祖母様の幼い頃には既に争っていたし、妾とて幼き頃にはゴブリンは仇敵だと教わって育った。だが、変わらねばならぬとも理解しているし、お祖母様が反発して側近と共に姿を消したのも致し方ないとも思うのだ」

 

 そんな風に語るレキアは行方不明になったお祖母さんが心配なのか少し寂しそうだ。

 

 こんな時、僕は何を言うべきだろうか?

 

「……何も言ってくれるなよ? これは妾が背負うべき事だ。まあ、祖母としては心優しかったあの方との日々を少し思い起こして少し寂しい」

 

 僕が何か言う前にレキアはそれを制し、肩に乗るとそっと寄りかかって来た。

 

「だから……暫しこうさせてくれ」

 

 僕は言葉を返さず、そっとその場で立ち尽くす。

 何も言えないのなら、せめて気が済むまでは寄り添っていてあげたかったんだ。

 

 だって、僕にもレキアの気持ちが分かるから……。

 

 

 

 

「……迷惑を掛けた。礼を言う」

 

「別に良いさ。君と僕との関係じゃないか。あの程度だったら何時でもどうぞ」

 

 あれから暫く時間が経って、庭師のゴブリン達が別の場所に向かって姿が見えなくなった頃にレキアは僕の肩から降りて、何時もとは違って素直にお礼を言って来る。

 多分女王様に実は僕を嫌っていない事を喋られたのが理由だろうし、友達になりたかった僕としては嬉しい限りだ。

 

「じゃあ僕は寝るよ。……明日は最初の授業からダンスの練習だからね」

 

「ああ、貴様は下手くそだからな。ズブの素人よりは多少マシ程度で見ていられん程に」

 

「……言わないで」

 

 うん、否定はしないよ。

 リアスは結構上手なのに僕はどうもダンスは苦手で、アリアさんに期待していたら彼女はズブの素人で、互いに足を踏んだり、足が絡んで床に押し倒すかっこうになったりとダンスの授業は散々だった。

 

「……ほれ、今から軽く妾が練習相手になってやろう。まあ、今の妾では一曲が限度だが、貴様への礼ならばそれでも過分だ」

 

 僕の目の前でレキアが人形サイズから人間サイズへと変わり、僕の手を取ると窓に向かって歩き出す。

 そのまま二人して壁を通り抜けて月明かりに照らされた庭に出ると、レキアは静かに美しい歌声を披露し始めた。

 

「成る程、これが演奏代わりか」

 

 歌いながら頷いた彼女にリードされて始まったダンスのレッスン。

 お礼に踊りに誘うなんて随分な自信だと思ったけれど、レキアは下手くそな僕を上手に導いて踊り続ける。

 

 やれやれ、これは本当にお礼を貰い過ぎたし、何か僕からもお礼をしないとね。

 

 

 

「ねぇ、レキア。今度の休みに一緒に出掛けないかい?」




応援待ってます


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ゴリラはポンコツと脳筋を馬鹿と呼ぶ(ブーメラン)

評価が下降気味……此処からだ! 頑張って巻き返す

感想だって集めるぞ


 朝の惰眠は素晴らしいとは思わない?

 私は今の人生でも前世でも思っているし、予定より早く起きた時にだけ許される二度寝の気分は最高よ。

 

 ……まあ、貴族だから使用人達が起こしに来るし、惰眠を貪るだなんて簡単じゃないのだけれど。

 

「ていっ! せいっ! はっ!」

 

 未だ太陽が完全に昇る前の時間帯、庭に出た私はハルバートを手にして素振りを行っていたわ。

 基礎とは何よりも大切な事だから基礎って呼ばれるんだし、眠いからってサボれない。

 周囲には素振りと同時に魔法の練習として光の球体を無数に浮かべて周囲を回らせ、時々剣や槍に形を変えて行くんだけれど、素振りに夢中になっていると、形が崩れたり動きが止まったりと失敗がある。

 

「はぁっ!」

 

 今日は調子が良くって魔法の練習に失敗が無いままキリの良い所まで進んだし、ちょっと休憩したら少し難易度を上げて仕上げにしましょう。

 

「未だ時間があるし、軽く汗を拭いた後の二度寝が最高なのよね。ご飯だって美味しいし、矢っ張り朝は鍛錬と二度寝と朝ご飯! これに限るわ。……お兄ちゃんの方も今日は気合いが入ってるわね」

 

 一旦ハルバートを置いて少し離れた場所に目を向ければ”夜”の面々数人と模擬戦中のお兄ちゃんの姿が在ったわ。

 

「しっ!」

 

 夜に所属するくノ一達は元々夜鶴の分体で、最近じゃ個性が芽生えたけれど基本は同一存在、故に視界の共有が可能で、複数の視界を把握して緻密な連携を取って来ている。

 

 忍者刀に苦無や鎖鎌、時に素手で襲い掛かり、一切攻め手を緩めずにお兄ちゃんに向かい……サラシを巻いただけの胸が揺れているわね畜生。

 

 最初に動いたのは忍者刀を手にした分体で、残りは接近する彼女に対応せざるを得ないお兄ちゃんを取り囲む陣形を取る。

 時折手裏剣を投げて妨害しつつ隙を伺う三体のサポート受けた分体は左右に残像を残しながらも接近し、刀の切っ先を突き出した。

 

 対するお兄ちゃんは明烏を斜めに構えて峰で受け、そのまま滑らせる様に受け流して体勢を崩すと同時に足払い、忍者刀を持った分体は咄嗟に空中で身を翻すけれど、その左胸に掌底打ちを入れて地面に叩き込む。

 

「がはっ!」

 

 心臓の上から受けた衝撃は分厚い脂肪があっても殺し切れず、地面に叩き付けられたので衝撃の逃げ場も無い。

 そのままお兄ちゃんは胸を揉むと……じゃなくて服を掴むと振りかぶり、もう一度力任せに地面に叩き付けた。

 

「あと三体……此処からだね」

 

 周囲には既にやられた分体が転がっていて、大振りの攻撃で作ってしまった隙を見逃さない三体は既に動いていた。

 ……なんか一体だけ胸の動きが違う……パット? まさか仲間が居たなんて。

 

 苦無を持ったのが跳躍と同時に苦無の乱れ打ち。お兄ちゃんは明烏で弾くべく構えるけれど、素手の分体が投げ込んだ煙玉が視界を遮り、更に空中から追加される手裏剣の雨霰。煙の中から金属がぶつかり合う甲高い音が響いたかと思うと、中でぶつかり合って軌道を変えた苦無と手裏剣が四方八方からお兄ちゃんへと向かっていた。

 

 ……ああ、駄目だ。

 

「ちっ!」

 

 珍しい舌打ちをしながらバックステップで距離を取りつつ弾き落とすお兄ちゃんだけれど、煙玉を投げた分体が背後に居るのも忘れない。投擲武器の軌道に注意しつつ視線を向けた時、予想していない行動を取られた。

 

「……えい!」

 

 一瞬の迷いの後、両手を自分の胸元に持って行って引っ張れば、立派な胸がさらけ出されて揺れている。

 サラシ巻いとけっての! 通りで彼奴だけ妙に揺れると思ってたのよ。ちっ!

 

「わっ!?」

 

 突然の痴態にお兄ちゃんも動揺を見せ、足がもつれ掛けるも立て直し、そのままの勢いで柄頭を背後の痴女に叩き込もうとするけれど流石にさっきのロスが痛かったわね。

 ほんの僅かな差で避けられ、自分でおっぴろげた胸を両手で隠した分体が真っ赤な顔で距離を取る。

 恥ずかしいならしなきゃ良いのに。

 

「お兄様も純情よね……」

 

 てか、本物なのね、裏切られた気分だわ。

 

 動揺して生まれたロスによって攻撃を空振り、更に生まれた大きな隙を千載一遇と判断したのか三体同時に動き出す。

 鎖鎌が明烏に絡みつき、僅かにタイミングをズラした残り二体が抜き手と苦無でお兄ちゃんへと襲い掛かった。

 

「これで今日こそ我等の勝利!」

 

「護衛役の面目躍如!」

 

「本体からの叱責回避!」

 

 大元は同一人物の夜鶴と夜だけれど、その能力には大きな差があるし、個体個体に人格だって存在するから上下関係と個性が芽生えつつある。

 本人もちゃんと主に選ばれたのはお兄ちゃんが初めてだから知らなかったらしく驚いて居たわよね。

 

「……うわぁ。掛け声が凄く……うわぁ」

 

 この勝負、夜がちゃんとした一撃をお兄ちゃんの身体に与えれば勝利で、此処三年は連戦連敗、遠く離れて仕事をしていた夜鶴に叱られていたわ。

 それが嫌なのか気合いが入っているし、勝った場合は残ったメンバーに何か一つご褒美だって貰えるらしい。

 

「スイーツバイキング!」

 

「カレー食べ放題!」

 

「焼き肉!」

 

「「「はっ?」」」

 

 此処に来て個性が生まれた事の障害が発生、願いが別だった事で一瞬だけ生まれたいがみ合いで、お兄ちゃんからすれば絶好のタイミング。

 お兄ちゃん頑張れ! 頑張って巨乳共……じゃなくて夜達をさっさとぶっ倒してっ!

 

「……もう我慢の限界ね」

 

 私が数歩下がって空を見上げれば空中に発生した黒い球体に向かって周囲の空気が急激に巻き戻されて行く。

 欲望に気を取られて油断したわね、馬鹿な子達だわ。

 

「どうせあの脳筋女と同じで栄養が全部胸に……いや、あの身体は偽物だったわね。馬鹿には変わりないけれど」

 

 その吸引力に三体も巻き込まれてバランスを崩し、その瞬間にお兄ちゃんは魔法を解除して凝縮した空気を解放した。

 途中までは良かったのに最後の最後で注意散漫、自業自得ね。

 もう少し注意してバラバラだったら勝機だって有ったのに……凄く強いお兄ちゃんが相手だから無理ね。

 

「「「……終わった。へぶっ!」」」

 

 最後は仲良く揃って同じセリフで吹き飛ばされて終了。

 

「”最後の三体にのみ魔法を一度だけ使って倒す”達成! さて、これで……」

 

「ええ、此処から本番です!」

 

 そう、今までのは準備運動同然で、地面に潜んでいた夜鶴との戦いこそが本番よ。

 一休みすらさせず地面から飛び出した夜鶴は抜刀と同時に切りかかり、お兄ちゃんも明烏で受け止めての鍔迫り合い。

 

 私が静かに見ていられたのは此処までだった。

 

 

「ねぇ! 私も混ぜて!」

 

 他人の戦いを見ているだけなんて私じゃないわ。

 了承を得る前にハルバートを振りかぶって突撃し、強制的に三つ巴を開始する。

 

 矢っ張り朝はご飯と二度寝と鍛錬よね!

 

 

 

 

 ……この後、暴れ過ぎて辺り一帯が大破。メイド長と庭師達に物凄く叱られた。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、この様な場所に出向かなければならないなんて、本当に面倒ですねぇ」

 

 息苦しい程の湿気が籠もった洞窟の中、天井も岩壁も地面も苔むしたその中を、陽気なスキップと弾む声で文句を言いながら進むシアバーンの姿があった。

 所々水没しており、バチャバチャと水音を立てて進んでいるにも関わらず白いシーツは一切濡れず、下ろし立ての様に見える。

 

 そんな彼を見詰める目が一対、その持ち主が横穴から音も立てずに這い出し、暗闇に紛れてシアバーンに接近する。

 ヌメヌメとした粘膜に覆われた太く長い蛇の身体にカエルの頭、この洞窟に生息する”ヘビガエル”だ。

 獲物を生きたまま飲み込み、胃袋の中で生きたまま時間を掛けて溶かす事で洞窟周辺の住民からは恐れられ、久々に味わう人の味を思い浮かべ興奮した様子で口を開けたヘビガエルだが、その動きが突然止まる。

 

「おやおや、どうかなされましたかぁ?」

 

 首がパックリ横に裂けて現れた口での舌なめずりをする姿を前にヘビガエルの体がガタガタと震え、シアバーンが一歩進み出る度に後退する。

 

「丁度良かった。私の朝ご飯になって下さい。ええ、ご安心を。生きたままじっくりと時間を掛けて消化致しますので長生きは可能かと。アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 それは本能で感じ取った恐怖だが、全てが遅かった……。

 




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順調に依存が進む少女(メインヒロイン)

「お早う御座います、ロノスさん!」

 

「あら? 私も居るのだけれど?」

 

「お、お早う御座います、リアスさん」

 

 今日は珍しく私の思い人はギリギリになって登校して来た。

 あのアンダイン(興味は無いけれど家の格差から覚えるかしかない)が一緒に行こうと迎えに来る時間帯を避け、尚且つ少しでも一緒に登校する気分を味わおうとしているが今日は失敗して残念だった。

 

 しかも今日は馬車で来なかったのは何故だろう?

 

 後、友達だと思っているリアスも遅れて来たけれど、今日は妙に眠そうで、聞いてみれば二度寝が出来なかったらしい。

 

「いや、朝の鍛錬が盛り上がっちゃって、最終的にお兄様達との三つ巴戦をメイド長が止めるまで続けたのよ。そうしたらお説教までされて参ったわよ。そのせいで汗掻いたからパッと風呂に投げ込まれて急いでご飯食べてたらギリギリだったからメイド長の魔法でパッと転移して来たの。……あんな魔法が使えるなら、睡眠時間を増やせるし普段から送ってくれたら良いのに」

 

「……転移魔法をメイド長さんが?」

 

「うん、そうなんだ。便利なのが使えるならもっと早く教えてくれたら良かったのに、”今回だけです。甘やかす為には使いません”だって言われてさ」

 

 二人は平然と話しているけれど転移魔法は妖精とかの限られた種族のみの筈、それを使えるっていうメイド長とも一度会った事があるけれどヒューマンにしか見えなかった。

 

 あっ、でも他の種族が変身している可能性も……あれ? 私、どうしてそんな事を気にしているのだろう?

 さっきまで疑問に思っていた事が一瞬でどうでも良いと感じられて来て、私はその事を思考から追い払った。

 

 あまりにも不自然な切り替わりを一切疑問に思う事も無く……。

 

 

「それでは皆さん、パートナーが決まった人達はその相手と、未だ決まっていない人達は僕が何度かに分けて割り振りますから相性の良い相手を見付けて下さい。申し込み締め切りまで時間はありますし、焦る必要は有りませんよ」

 

 一限目は舞踏会に向けたダンスの練習で、殆どの人達は家の付き合いや妥協でパートナーを決め、一部は私みたいに家は関係なく親交を深めた相手と、残りは高望みして選べた筈が出遅れたり特に関係の有る人が居ない人達が余り物として残っていて、それでも残った中で良いのを見付けようと張り切る人や、もう諦めた顔をしているのも数人見掛ける。

 

「ふふふ、計画通り。このまま余り物のままならマナフ先生とダンスのパートナーに……うへへへへ」

 

「誰が先生に選ばれても恨みっこ無しよ! 闇討ちは……」

 

「じゃあ、他の連中をくっつけるとして、この中の一人は誰か男子とくっつけられるわね。……当日休めば……」

 

 そして本当に極一部は……私は何も見聞きしていないので知らない。

 どっちにしろ私にはロノスさんというパートナーが居るのだから無関係だ。

 

「それでは始まりです」

 

 舞踏会では専門の音楽家を呼ぶらしいけれど授業ではマナフ先生がピアノを奏で、余った女子生徒同士で一緒に踊っている人も居ればあてがわれた相手と意外に相性が良かったのか楽しそうに踊っている。

 

 そして私はと言うと……ちょっと不安になって来た。

 

「が、頑張りましょう!」

 

 昨日もダンスの練習は設けられたのだけれども凄く失敗した。

 私と違ってロノスさんならばダンスの心得が有るって思ってたのに、何と言うか……下手ではないのだけれど上手でもなく、全くダンスの心得が無い私と踊ったら当然ながら互いの足を踏みまくり、最後は足がもつれ合って見事に転んで笑い物。

 

 ……私はどうでも良い相手に笑われても何も感じないけれど、ロノスさんが笑われるのは腹立たしい。

 誰かの為に怒ったのは本当に久し振りで、此処まで怒ったのも何時以来か分からない。

 

 でも……。

 

「あの……。昨日の様な失敗は、その……避けようか」

 

 昨日、私は怒り以上に幸福感も覚えたけれど、それを隠して恥ずかしそうな表情を作る。

 ”愛想が良くて素直な女の子”、それがロノスさんと出会ってからずっと被って接し続けた仮面で、本当の私なんかよりずっと魅力的な女の子。

 

 感情が殆ど死んで、極一部の相手以外には興味が湧かない私なんかよりもずっと……。

 

 だから昨日の失敗を繰り返したくないという態度を示したのだけれど、本音を言うと繰り返しても良い、寧ろ繰り返したい。

 

 昨日、足が絡んで二人揃って転びそうになった時、ロノスさんは私を庇ってくれて下になったのだけれど、転んだ拍子に私の唇がロノスさんの首に触れた上に、乗っかった私をロノスさんが抱き締めた形に。

 

 ……夢の様だった。

 

 何度も読んで心を弾ませた恋愛小説……実際はエロ小説だったのだけれど、その中の登場人物みたいに……ゴニョゴニョ。

 想いが通じてロノスさんと結ばれたなら、今度は互いに服を着ずに……。

 

 強引に服を剥かれて……はロノスさんのキャラじゃないし、ベッドの上で優しく可愛がって貰えたら嬉しい。

 いや、ロノスさんが望むならどんな風でも構わないし、興味が無いと言えば嘘になる。

 

 

 でも、最初は普通に……。

 

 

「あの……アリアさん?」

 

 今度はロノスさんから私の唇に唇を重ね、強く抱き締めて貰った所まで妄想が進んだ所で困惑した様子のロノスさんに声を掛けられた。

 

「えっと、優しくして下さ……何でも有りません」

 

 危ない危ない、もう少しで妄想を口にする所だった。

 慌てて取り繕って誤魔化したけれど、変に思われて居なければ良いけれど……。

 

「それじゃあ踊ろうか」

 

「はい……」

 

 そっと差し出された手を取り、音楽に合わせて踊り始める。昨日は恥を掻いたから寮でイメージトレーニングをしたのだけれど上手く行くだろうか?

 

 ……あれ? ロノスさんのリードに任せていたら何か上手く行っている?

 未だ辿々しいけれども決して無様ではない動きで私達は踊り、私のミスはロノスさんがフォローしてくれていた。

 まさか昨日みたいに私に恥を掻かせない為に練習を?

 

「昨日、ちょっと練習に付き合ってくれる子が居てね。その子の動きを参考に……あたっ!?」

 

 そんな私の気持ちを察したのか教えてくれたロノスさんだけれど、どうやら他の女の子が関係して居るみたいだし、どうも親しい相手なのは顔を見れば明らかで……うっかり、本当にうっかり足を踏んでしまった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「大丈夫だから安心して」

 

 踊りの練習を自分から妨げるのはこれで終わりにして今の時間を楽しもう。

 舞踏会で共に踊るだなんてまるで本当に恋人の様で、告げた想いが叶わなくても私の心に深く刻まれる事だと思う。

 ああ、いっその事、叩かれていた陰口みたいに本当に……。

 

「あ、あの、ロノスさん。もし宜しければ……」

 

 いや、止めておこう。”身体で取り入る”、だなんてロノスさんが受け入れる筈が無いし、そんな事をすれば私達の関係は終わりになってしまう。

 

「アリアさん、何か焦ってる?」

 

「……え?」

 

 ロノスさんは私の目を見つめて心底心配した様子で私に尋ねる。

 ああ、そうだ、私は舞踏会が近付いた事で焦りを感じていた。

 私の父親かも知れない国王との事、何を血迷ったのか私に寄って来るアンダインの事、そして実家の事。

 

 私は学園で婿になる相手を捜す事を祖父母から命じられてはいたが、別に親戚が一人も居ない訳ではなく、それこそ身分がずっと上の家から私を”側室にでもしたい”と申し出されたら、厄介払いの意味も込めて受け入れる可能性は高い。

 

「えっと、大丈夫です……」

 

 そして、この国にロノスさんのお祖母様が嫁いだ以上、私が認知された場合はロノスさんとは……。

 

 

「ロノスさん、何度でも言いますね。私は貴方が好きです」

 

 それは嫌だ。結ばれなくても構わない? そんな筈が無い。

 この恋心は私が初めて誰かに抱いた期待なのだから、どんな事をしても……。

 

 じゃないと、私は何の為に生まれて来たのかさえ分からない。

 

 

 

 どんな形でも、どんな手段を使ったとしても……。




最後の一文は直前に加えました


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寧ろ興奮する

「”闇属性の使い手に二度目の告白をされた”だぁ~? おいおい、アタシは一度目の事さえ聞いちゃ居ないよ。何やってんだい、馬鹿たれが!」

 

 帰宅後、出掛ける前にレナスにアリアさんについて相談する事にした僕だけれど、幾ら何でもレナスに恋愛について相談するのは悪手だったと相談中に気が付いたし、頭に落とされた拳骨がそれは正しかったと教えてくれる。

 脳天を中心にして全身に響いた痛みに思わず頭を抱えてうずくまる。足下の床が少し陥没しているし、これでも手加減した方なのが恐ろしいよ。

 

「いや、だって……」

 

「”だって”じゃないよ! てか、リアスもリアスだ! アンタはその場の勢いで行動し過ぎ! ロノスはロノスで状況に流され過ぎ! チェルシーやパンドラに苦労ばっかり掛けるんじゃないってんだ!」

 

「「あだっ!」」

 

 ゴンッ! そんな鈍い音が二つ同時に屋敷に響き、僕達兄妹は二人揃って痛みに悶える。

 今、拳骨を落とされたばかりの所に落とされたよ……マジで痛い。

 

「確かにちょっと流された結果だろうけどさ。恋愛に絡む事だし……」

 

「アンタも向こうも貴族だろうが! 最終的にアンタが娶るんなら結構だが、余計な恋愛感情が向こうの将来に関わる可能性を考えろってんだよ、馬鹿息子!」

 

 三度目の拳骨は僕の意識を刈り取ろうとするけれど、僕だって反論したい。

 いや、だって関わったなら無碍には扱えないし、友達になったなら優しくしたい。

 それに僕は口説こうとか意識して話してないし……。

 

「んで、どうだったんだい? リアス。此奴は相変わらずかい?」

 

「……えっと、黙秘で」

 

「結構。それで十分だ。アンタはちゃんと兄貴の味方をしたよ」

 

 何かよく分からないけれど、今度は僕の味方をしてくれたリアス、流石は自慢の妹だ。

 だが、レナスには何一つ効果が無く、折角誤魔化してくれた何かを見抜いた様子で呆れている。

 

「本当に仕方の無い奴だねぇ、アンタは」

 

「で、でも大丈夫よ、多分! 誰彼構わずじゃなくって、仲良くなった子に対してだから!」

 

「いや、そっちはそっちでタチが悪いだろうさ。……やれやれ、矢っ張りもうちっと側で教育してやるべきだったかねぇ」

 

 本当に何を呆れられて居るのかが分からないけれど、理不尽な気分さえして来たぞ。

 本当に僕が何をしたって言うんだ?

 

「レナス、流石に酷くない? 僕が何かしたって言うんなら教えてよ。じゃないと直せる物も直せないからさ」

 

「そうだねぇ。ロノス、アンタはもう少し自分の言葉を相手がどうやって捉えるかを考えてみな。感謝やら激励やらを素直に口にするのは結構だ。其処の所は評価してやるよ。でもね、意図通りに相手に伝わらない場合だって有るんだって覚えて置きな」

 

「……うん、分かった」

 

 言いたい事は分かるけれど、それでも呆れられる程なのかは疑問だ。僕が勘違いさせる言い方をしてるって事かな?

 全っ然! 心当たりが無いんだけれど、レナスが僕を心配してるのは伝わって来るし、ちょっと不機嫌なのもこのままじゃ駄目だって事だろう。

 

 例え血が繋がっていなくても僕達兄妹にとってレナスは大切な母親で、絶対の信頼を置いている相手だ。

 人生経験だって豊富だし、ずっと昔からクヴァイル家に仕えてくれている。

 

 だから、言う通りに言葉選びはちゃんと考えてみようか。

 

「……あれ? これって流されてるんじゃ?」

 

「臨機応変だよ、臨機応変。助言は聞き入れつつ自分の意志で決めるべき事は決めな」

 

「若様、母様、出発の準備が整いました。今直ぐ向かいましょう」

 

 大きな鞄を手にしたレナが会話に割り込んで来て、今回のお説教はこれにて終了、今からは次期当主としてのお仕事の時間だ。

 

「気張ってきな。なぁに、アンタだったら何が有っても大丈夫さね」

 

 何時も通りに歯を見せて笑ったレナスは僕の背中を叩いて激励して来て、僕は前のめりにつんのめる。

 

「おっとっと……」

 

 直ぐには止まれず壁に手を伸ばして止まろうとするけれど、手に伝わって来たのは柔らかい感触。

 

「……ぁん

 

 僕が壁に手を伸ばして止まるよりも前にレナが間に割り込んで止めてくれたのは良いけれど、僕の手はレナの胸を掴んだ上に、更にその手に添えられたレナの手によって強く押し付けられる。

 

 この感触はまさか……。

 

「お気付きになられましたか? 若様が触っている胸ですが……今日もブラは使っていませんよ。……あらあら、若様の手から若様の緊張が伝わって来ます。大丈夫、このまま私に身を委ねて……」

 

 教えられた事で嫌でも手に触れる感触が気になって僕の意識が向いてしまう。

 駄目だ、意識するなよ、凄く柔らかくて手触りが良くても!

 

「ふふふふふ」

 

 捕食者はそんな獲物の隙を見逃さず、怪しく笑うと僕を引き寄せて僕の手に添えた手を今度は首に回して抱き寄せた。

 レナの力は鬼だけあって僕よりも強く、振り解けないまま二人は密着して、柔らかい胸に指先が沈み、興奮と緊張から鼓動が早くなって行く。

 いや、レナス……は大丈夫だとして、リアスだって居るんだけれど、これ以上は流石に不味いんじゃ……。

 

「大丈夫、このまま私に身をお委ねて下さい。ああ、そうだ。若様に操を捧げる順番はあの女に先を越されるなら……若様の唇は私が先に頂いちゃいましょう。若様にとって今までで一番気持ち良いキスになればと思います」

 

 悪戯を思い付いたという顔で舌なめずりをしたレナはゆっくりと焦らす様に唇を近付けて、凄く良い匂いがして来る。

 このまま流されるのも有りな気が……でもなぁ。

 

「僕、キスした事無いけど?」

 

 だって女の子と付き合った事なんて一度も無いし、身分差を利用して使用人に手を出すなんてリアスのお兄ちゃん失格な真似なんか出来ないんだから当然じゃないか。

 

「……あっ」

 

 思わず口走ってしまった言葉に僕は即座に後悔したよ、”しまった!”ってね。

 だってレナの事だから”尚更興奮しました。全て私にお任せ下さい”とか言って来るもん、長年の付き合いで分かっている!

 

 さながら肉を前にした猛獣になるんだよ、絶対に。

 元々性に奔放な鬼という種族に加え、レナ自体がそんな感じだからなぁ。

 兎に角、このエロメイドのなすがままには……。

 

「……それは本当ですか? 困りましたね……」

 

 ……あれぇ? 思ってたのと反応が違う?

 僕の告白に戸惑い、本当に困った様子のレナは近付けていた顔を離し、首に回していた手の力を緩める。

 引き剥がすのは簡単だけれど、予想外の反応が気になった僕は様子を伺う事にしたよ。何とか助かりそうだしね。

 

「ギリギリで止めて、若様からキスをして頂く予定だったのですが、経験が無いのならば臆してしまいそうですし……逆にそれの方が都合が良いわね」

 

 はい、気のせいでしたね、助かりません!

 

「若様の初めてと私の初めてを交換する……あの淫乱風純情女が悔しがりそうです」

 

「あっ、レナも未だなんだ」

 

「ええ、若様にお捧げしようと幼心に決めていまして」

 

「そ、そう。嬉しい……のかな?」

 

 

 何時も誘惑ばかりして来て手慣れた様子のレナがキスすら未だなのは意外な様だけれど、確かに僕以外の誰かに同じ真似をしているのは冗談でも見た事がなかったや。

 

 え? じゃあファーストキスも未だなのにノーブラの胸を押しつけたり、夜伽をするとか言って誘惑してるの?

 ……今、ちょっと心惹かれた僕が居た。

 

 

「さて、若様も未経験と知り……尚更興奮しました。全て私にお任せ下さい」

 

 そのまま再び顔を近付けるレナの拘束は振り払えず僕は逃げられない。

 この時、自分が猛獣の前に差し出された生肉にさえ思えたんだ。

 

 って言うか、予想と同じセリフだ。……あれ?

 

 思わず目をつむったけれど唇が重なったと思しき感触の代わりに感じたのは、誰かの手の甲に唇が触れる感触で、ツンとする匂いも感じた僕はそっと目を開く。

 

 

「戯れが過ぎるぞ。例え乳母姉といえども主への行き過ぎた無礼は見過ごせぬ」

 

 目を開けば僕の唇の前に手を差し入れた夜鶴の姿があり、手の平側にはたっぷりのワサビが仕込まれていた。

 

「た、助かった。正直言って本当に怖かったよ。有り難うね、夜鶴」

 

「主がご無事で何よりで御座います」

 

「レナスも止めてよ」

 

「なんでだい? レナをアンタにくれてやるのは既に決めてる事だし、そん時になったらキスだけじゃ済まないじゃないのさ。て言うか、十六になってキス程度でビビってんじゃないよ。少しは女に慣れときな。其処の妖刀娘でも練習相手になって貰えば良いじゃないのさ」

 

「いやいや、忠誠心に漬け込む真似はちょっとね。ねぇ、夜鶴。あれ?」

 

「……はっ!? も、申し訳御座いません。少々思案を……」

 

「ほれ、アンタがキスした手の甲を見詰めてたし、脈無しでもないだろ」

 

「レナスは相変わらずだなぁ。直ぐに色恋に結び付けるんだから」

 

「それが鬼って生き物だ。戦いと美食と酒と色! アタシらはそれだけで十分なのさ。ほら、さっさと出掛けな。遅れたら向こうさんに迷惑だろうが。ポチだって待ちくたびれて窓から顔出してるよ」

 

 おっと、そうだったそうだった。

 僕は目的地に急ぐべく慌てて庭に飛び出した。

 

「お待たせ、ポチ! さあ! 行こう!」

 

「キュイキュイ!」

 

 待ってましたとばかりに翼を広げて低空飛行をしながら僕に向かって来たポチの背中に飛び乗れば、一気に上昇して、あっという間に街から飛び出した。

 

「目的地はゴブリンが管理する金脈! レッツゴー!」

 

「キューイ!」

 

 

 

 

 

 

 さっきからセリフの無いレナ? 口の中に大量のワサビが入って来たから悶絶してるよ。

 

 



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夜の定例会議

 ポチに跨がり空を行く。グリフォンの飛行速度は短時間ならドラゴン以上、そしてポチは結構タフガイ。

 故に国境で軽く手続きをした時以外は地上に降りず、最高速度を維持したまま目的地に向かって飛び続けていた。

 

 

「キュキュキュイキュイキューイ!」

 

 数日前にアンリとタマのコンビとレースをしたばかりだけれど、レース故に最短距離を無駄を省いて飛ぶ事ばかりを優先し、ポチの大好きな曲芸飛行はやっていないし、こんな長距離を一緒に飛ぶのも久し振りだ。

 錐揉み回転をしながら急角度で地上に向かい、地面が近付けば今度は急上昇からの左右上下のジグザグ飛行。

 

「ポチ殿は随分とご機嫌ですね」

 

 そんなポチの背中には僕以外に夜鶴の姿もあった。

 何か起きた時に瞬時に動く為にと実体化し、こんな変則的に飛ぶポチの背中に平然と乗っているんだ、直立不動で。

 確かにポチはお利口さんで優しい子で才能豊かだから周囲に風を纏って防風壁にしてくれるけれど、激しく飛ぶその身体に乗り続けるにはそれなりの技術が必要で、僕だって散々練習したし、その練習としてレナスと一緒に乗せて貰ったポチの母親の背中から何度落ちたか数え切れない。

 うーん、流石は忍者……ちょっとジェラシー。

 

「って、相変わらずポチに”殿”って付けるんだね」

 

「私は道具ですが、ポチ殿はペット。であれば格上はどちら側かは考えるまでも無いでしょう」

 

 僕としては君は配下的な立ち位置なんだけれど、それを口にしたら誇りを傷付けるんだよね? 夜鶴。

 元々彼女は妖刀で、本人からすれば人の肉体は偽りの姿、能力の一つでしかなく、刀である事が夜鶴の誇り。

 例えるならば特技の一つでしか相手の事を判断しないのと同じで、それは見て欲しい面とは別物だって分かっているのに其処しか見ようとしないのは、夜鶴の働きに対して報いる事にはならないんだ。

 

 まあ、本当に道具の彼女を人扱いするのは例外的なパターンとして失礼に当たるって事だね。

 

「所で主、今から向かうのはどの様な所なのでしょうか? ゴブリンが多く住む金鉱の街だとは聞いていますが……」

 

「ああ、僕も何度か行った事が有るんだけれど、百五十年前に建てられたらしい随分と古い教会があって、歴史的価値が高いんだけれど流石に老朽化が進んで補修工事じゃ間に合わないから、新しくなり過ぎない程度に時を戻して来いってさ」

 

「新しくなり過ぎない程度? 古びたのが問題ならば、建築当時にまで戻せば良いのでは? それにしてもゴブリンの多い街ですか……夕食は屋敷で食べますよね?」

 

「新しいと都合が悪い時も有るんだよ。特に歴史がある事に価値がある場合はさ。昔の建築様式による建築物ってだけじゃね」

 

「はあ……」

 

 どうやら夜鶴には歴史のロマンとかは分からないらしいけれど、考えてみれば夜鶴が打たれたのは随分と昔の事みたいだし、百年二百年程度じゃそれ程昔に思えないって事か。

 

「夜鶴にはその辺が分からないか。それが人と意志を持つ妖刀の感覚の違いだろうね。古めかしい事に価値を見出す事も有るのさ」

 

「そうですか。では、私に巻いている布もその考えから換えないのですか?」

 

 夜鶴が本体の柄を持って軽く揺らせば柄に巻かれたボロボロの布も軽く揺れる。所々擦り切れたボロボロの布で、如何にも妖刀って感じだったし、打たれた時から巻かれていたらしいから僕もそのままにしていたんだけれど……。

 

「もしかして新しいのが良いのかい?」

 

「い、いえっ! 主に何か物をねだる等、刀にあるまじき振る舞いですので……」

 

「でも、そんな欲求は有るよね? 分体である夜のメンバーだって偶に食べ物とかご褒美を欲しがるし、君だって何か要求しても良いんだよ。いや、命令しようか。何か要求するようにってね。僕の気が済まないからさ」

 

 こんな方法は少し卑怯だけれど、こうでもしないと何も要らないと言い張るのが夜鶴だ。

 どうも欲とかその手の物は分体に押し付けて居るらしくてね。

 でも、布がボロボロで嫌だったなら早く言ってくれたら良かったのに、遠慮するにも程があるよ。

 

 僕の言葉に夜鶴は困った様子で唸り、遠慮がちに震えた声で最初に謝って来た。

 

「私の分体達が無礼な真似をして申し訳御座いません。どうも自制心やら刀である事の誇りが欠如しているらしく。ああ、そう言えば定例会議を分体達が開いている頃合いですし、暇潰しに聞いてみましょうか」

 

「あっ、そうだね。ちょっと気になってたんだ」

 

 夜鶴の提案に僕が頷けば空中に投げ出された巻物が開き、宙に浮いた状態で真っ白い紙の表面にテレビ画面みたいなのが映し出される。

 暗い部屋の中、無数の夜鶴が席に着き、上座の一人が咳払いと共に口を開いた。

 

「では、第五百三十二回夜の定例会議を始めます。最初の議題ですが……主と本体がウブ過ぎる気がする件について。意見は挙手にてお願いします」

 

「はい! 鍛錬中におっぱい見ただけで動きが鈍るのはどうかと思います!」

 

「はい。仕方無いわよ、主って女の裸を見慣れていないのですから。本体に関しては……”自分は道具だから余計な物は要らない”って私達分体に何かと押し付けた結果です」

 

「それで私達に個性が芽生え、記憶の共有の際に影響が出ているのですからね。もう訓練だの何だのと言いくるめて主に迫らせたらどうですか? 丁度薬が手に入って……見られていますね、本体に」

 

 画面に向かって手裏剣が投げられ、向こう側から画面が割れる。巻物は一瞬で燃えて灰になった。

 そして僕達は……。

 

 

 

「えっと、布を新調したいなら構わないし、他にも要る物が有れば言って」

 

 全力で無かった事にした!

 

「では、新しい布と……おや? 若様、彼方をご覧下さい」

 

 顔の横に伸ばされた指先を見れば、森の中を舗装した道で止まった馬車と、それを守る様に立つ武装した数人の姿、そしてそれを取り囲む”オーガ”の群れだった。

 

 

 やれやれ、あの道は危ないから、腕に覚えがなかったら遠回りでも安全な道を選べって勧告しているのに。

 馬車の様子からして商人で、時間や費用を惜しんだ結果がこれだ。

 

「ワリィゴハイネェガァアアアアアアッ!」

 

「ナグゴハイネェガァアアアアアアッ!」

 

 まるで言葉を話しているみたいな独特の鳴き声に出刃包丁みたいな石の剣、鬼みたいな二本の角を持ち、藁みたいな植物を編んだ物を着込んでいる。

 

 ……前世でお母さんの実家に泊まった時に兄妹揃って怖くて泣いた”ナマハゲ”にそっくりだなぁ……。

 

 まあ、オーガは石を削って短剣にしたり植物を編んだ防寒着を作る知能は有るけれど、基本的には凶暴で脳筋的なモンスターだ。

 ゴブリンは人種でオーガはモンスターな事に前世の僕が疑問符を浮かべているけれど、ちゃんと知性があって交流可能なゴブリン達と知り合っているから行動に支障は出ない。

 

「皮膚の色は青が三匹に……赤が一匹。”オーガメイジ”、魔法を使う個体ですか」

 

「面倒だね。魔法を使う知能は有るけれど、火を森の中で使ったら火災になるって想像が出来ないんだからさ」

 

 オーガの中に偶に発生する魔法を使える個体を発見したし、そもそも自国でモンスターに人が襲われているんだから迷う理由は見当たらない。

 まあ、あれが実はスパイだったら話は別だけれど……。

 

 

「夜鶴」

 

「はっ!」

 

 細かい指示を出す必要は無く、名前を呼べば夜鶴は全て理解して姿を消して大太刀のみになる。

 眼下では強靭な肉体の持ち主であるオーガになすすべ無くやられて行く護衛らしき人達の姿があり、あれがやられたら一気に崩れるだろうからさっさと終わらせるか。

 

「ポチ」

 

 手綱で急降下をお願いし、夜鶴の柄に手を添えると高度とタイミングを見計らって飛び降りる。

 空中で抜刀、オーガ達の前を通過する前に切り裂き、地面に降り立った。

 

 急に空から現れた僕に護衛の人達は慌て、背後のオーガ達を指さすけれど、納刀の音が響くと同時に僕の背後で崩れ落ちる。

 

「ワリィゴハ……」

 

「キュイ!」

 

 残ったオーガメイジもポチが爪で頭を掴んで踏み潰して仕留める。

 

「あっ、こら! 食べちゃ駄目だって」

 

 

 ……もー! 庭師やメイドが甘やかしてオヤツを与えるから最近太って来たんだからさ。

 




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閑話 とある商会の(腹黒)令嬢

 後悔とは後から悔やむから後悔といって、その”後から”というのは失敗に気が付いても取り返しが付かなくなった”後”な場合が多いですわ。

 

 ……私も今までの人生において大きな後悔が幾つか存在し、それは取り返しの付かない事ばかり。

 

 例えば、幼い頃、一族の掟で双子の妹と共に預けられた先で出会った歳の近い伯父に優しくした事。

 妹は少し要領が悪く、伯父は老いてもお盛んだったお祖父様が低い身分の者に産ませた子なのもあって冷遇されていましたわ。

 同情か、優しくする事での優越感か、その両方だったのかは今となっては思い出せませんが、私は伯父と妹と共に過ごし、何かと面倒を見て来ましたの。

 何時か余所に貰われて行く妹と、このまま厄介者扱いが続く伯父、優しくしない理由が当時の私には思い付かず、二人から向けられる尊敬や信頼の眼差し心地良かった。

 

 ”もっと私を誉めて”、”もっと良い所を見せたい”、そんな想いは日々日々膨れ上がり、私は少し無茶をした。……してしまった。

 

「あの花って確か絵本に出て来た奴だよね? お願いが叶うっていう奴。僕、知ってるよ」

 

「……良いなあ」

 

 それは三人揃って出掛け、退屈だからと抜け出した園遊会の日の事、伯父が崖際に生えていた花を見つけ、それに纏わるお話を得意そうに話しました。

 何時も頼りにしている私に良い所を見せたかったのか関わる伝説についてペラペラと口にして、妹はそれに目を輝かせる。

 

 だけど狭くて高い崖の突き出した先に生えている花を手にする勇気は二人には無く、普通だったら此処で諦めるか大人に頼んで困らせて終わりだったのでしょうが、二人にとっての私は何でも出来る凄い英雄の様な存在で、伯父が私になら取りに行けると口にして、妹も取って来て欲しいと目を輝かせた。

 

 ……結果はどうなったか、敢えて口にする必要は無いですわね?

 

 大怪我の後遺症で不自由になった右足を見詰め、杖を握りしめて深く溜め息を吐き出す。

 今まさに私は後悔の真っ最中であり、それは取り返しが付かない物。

 

「……オーガ。絶体絶命ですわね。お金と時間を惜しんで命もお金も失うなんて、私は相変わらず馬鹿のまま。良い格好をしたいと見栄を張り、こうして繰り返すのですもの」

 

 伯父を周囲の大人と同じ様に扱っていれば、妹を立場を巡って争う敵だと認識していれば、あの時に見栄を張らずにいれば、そして、帝国にて需要が急に伸びた金製品の素材となる金を他の商会に先んじて一刻も早く大量に手に入れる為に危険な最短経路を選ばなければならず、選んだのが危険な道を一気に進む事。

 

 全て悔やんだ所で意味は無く、今すべき事は一つだけ。

 馬車を囲むオーガの牙に目を向け、”彼処まで口から飛び出す程に大きい牙なら食事の邪魔になりそうですわね”、そんな無駄な事を考えつつも短剣を取り出す。

 

 撃退も逃走も不可能で、捕まれば苦痛の果ての死が待っているだけなら、せめて自分の手で人生を終わらせる。

 

 鞘から刃を引き抜き震える手で切っ先を喉元に向ける。

 大丈夫、切っ先に塗った毒が痛みに苦しむ時間を減らしてくれる。オーガに生きたまま身体を食われる事に比べれば誇りも保たれる上に苦しむ時間だって短い筈。

 

「……くない。死にたくない。こんな所で死ぬなんて……」

 

 どれだけ理論で自分を納得させようとしても手の震えも溢れ出す恐怖も収まってくれません。

 だって私は未だ何も大きな事を成し遂げていないし、恋だって未だしていないし、妹や伯父なんかよりずっと上に行くって目標だって……。

 

「誰か助けて下さいまし……」

 

 目を瞑って願っても、こんなタイミングで助けが入る奇跡なんて起きはしない。

 

 その筈でした……。

 

 何かが空から降り立つ音に目を向ければ金髪の男性が見慣れぬ剣を抜いた状態でオーガに背を向けていて、オーガ達はピクリとも動かない。

 そして彼が鞘に刃を収めた瞬間、血飛沫を上げながらオーガ達は崩れ落ちました。

 

 起こる筈のない奇跡は私の目の前で起きました……。

 

 

 これが私とロノス様との初会合の瞬間で、生涯忘れられない思い出となったのです。

 

 

「……ああ、なんて素敵なのでしょう。間違い無くこれは運命の出会いですわね……」

 

 商売に運は必要ですが、運命に委ねるのは三流の仕事。経験とコネと財力が最も必要ですが、私、この時だけは運に感謝しましたの。

 

 ああ、本当になんて……。

 

 

 

「なんて利用価値のある方なのでしょう。私は未だ運に見放されてはいないのですね」

 

 オーガ襲われ、もう終わりかと思った所を助けて下さった殿方を私は知って居ました。お会いした事は無いけれど、情報だけは手に入れていた相手ですもの。

 聖王国で最も力を持つクヴァイル家の次期当主であり、祖父は戦場で”魔王”と呼ばれ恐れられた上に現在は国の実質的なトップである宰相ゼース・クヴァイル。

 妹は国を興した聖女と同じ光を扱えるリアス・クヴァイルであり、この時点でお近付きになるだけの利用価値があったけれど、他国の商人が近寄っても相手にされないのは分かっていました。

 

 ですが、こうして助けて頂いた事で近寄る口実は手に入れる事が出来ましたわ。

 前代未聞の時を操る力を持って生まれたロノス・クヴァイル、このチャンスを逃す手は有りませんわよね。

 

 間違い無くこれは運命の出会いであり、私が上を目指す為の最大のチャンスに決まっています。

 

 

「危ない所を助けて頂き誠に有り難う御座います。どれだけ感謝しても仕切れませんわ。その金の髪に飼い慣らしたグリフォン……ロノス・クヴァイル様ですわね? お初にお目に掛かります。私は”ネーシャ・ヴァティ”。帝国にて商売をさせて頂いていますヴァティ商会の長女ですわ」

 

 助けて貰ったならば馬車から出てお礼を言うのは当然で、それが上級貴族相手ならば当然の事ですし、馬車から降りた私はスカートの端を摘まんで丁寧にお辞儀、当然ですが愛想笑いも忘れませんわ。

 

 本来なら妹が出される筈だった商会で身に付けた営業スマイルは我ながら完璧、馬鹿な男なら顔を赤らめる程ですが、ロノス様には通じていないらしい。

 

 あら、残念ですわね。

 

「ヴァティ商会……皇室御用達の所だっけ?」

 

「ええ! 良くご存じで。”聖騎士”と名高いロノス様に名を知って頂けていただなんて光栄ですわ」

 

「そ、そう……」

 

 ……あら、ちょっと反応が悪いですし、聖騎士の異名はお好みでは無かった様子。今後の参考にしておきましょう。

 

「それで大丈夫かい? 馬車は……大丈夫だね」

 

「ロノス様のお陰ですわ。でも、此処から先に進むのは不安ですわね。……どういたしましょうか」

 

 これ以上のおべっかは逆効果だと判断した私は次の手に出る。

 オーガに襲われたばかりで大きな怪我をしている者は居ませんが、襲われていた見知らぬ他人を助けるお人好しならば”後は自分達だけで進んで”なんて言えませんよね。

 

「えっと、この道を進んでるって事は”ノックス”に行くのかな?」

 

「ええ、その通りですわよ。もしかしてロノス様も?」

 

 此方も護衛をして欲しいだなんて言えませんが、向こうから提案して来るならば話は別で、私は不安そうな令嬢を演じます。

 不安そうにしている(美)少女、それも帝国随一の商会の令嬢とも有れば向こうだって繋がりが欲しい筈。少なくても損は有りませんわ。

 

 ロノス様の問い掛けに首を傾げて質問で返し、向こうが望む答えを口にするのを待てば……。

 

「まあ、このまま見捨てるのは僕としても嫌だし、時間に余裕があるから先行してあげるよ」

 

 ……期待通り。

 

 

 

 

「それと気を使って演技をする必要は無いよ」

 

 あら、見抜かれていましたのね。評価をあげておきましょう。



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彼女の狙い

 悪漢やモンスターに襲われている女の子を助け、その相手に好意を持たれる……まあ、前世でも今の人生でも物語ではお決まりのパターンで、絵本にだって出て来る展開だ。

 恐らくは吊り橋効果って奴で危険へのドキドキを恋だ何だのと勘違いした結果だろうけれど、この世界ってモンスターが実在するから非日常的とは言えないし、そんな簡単には行かないんだよね。

 

 ……まあ、それでも感謝したりはされる物だろうけれど、どうもあの子はそれだけじゃないって感じだね。

 

「ポチ、もっとゆっくり飛んで。うん、良い子だ」

 

「キュイ!」

 

 馬車を先導しながらの低空飛行、激しい飛行が大好きなポチからすれば不満が溜まる飛び方なのに不服そうな様子すら見せずに元気に返事をするポチの首筋をそっと撫で、背後の馬車にチラリと視線を送る。

 

「ペースはこのままで平気かな? もっとゆっくりした方が良いかい?」

 

「いえ、大丈夫ですわ。寧ろ遅れていた分を取り戻せそうで感謝ですわ、ロノス様!」

 

 幾ら先導の為に速度を落としていたとしてもグリフォンは空の王者であり、馬車が後を追うにはそれなりの速度が必要だ。

 流石は皇室御用達の商会だけあって引き離されずに付いては来ているけれど一応心配した様子を見せて声を掛ければ彼女は……ネーシャ・ヴァティは馬車から顔を出して愛想良く返事をしてくる。

 

 緑色の髪を縦ロールにして胸元が少し開いた派手では無いけれど質の良いドレスを着た上品そうで……その奥に強かさと野心を隠している感じの美少女に付いては実は既に知っていた。

 

 帝国所属で皇室御用達の商人だから下手に接触するのも憚られるけれど、出来れば繋がりが欲しいとパンドラに言われていた相手であり、”夜”とクヴァイル家の手の者を二重に使って調べていたから馬車の家紋で気が付き、助けるのに迷いが殆ど生じなかったし、短剣で自害する寸前だったのが窓から見えたから本当に間に合って良かったよ。

 

「値踏みされてるなあ。それを指摘しても誤魔化されたしさ」

 

 さっき僕は無理に愛想笑いをする必要が無い旨を伝えたんだけれど笑顔ですっとぼけられた上に名前で呼んで良いかと聞かれて思わず了承してしまったんだ。……流されちゃって情けない。

 あれはパンドラと同じ事務や交渉事の世界で鍛え上げられた類だね。

 僕はどちらかと言えば特殊技術職とか戦闘とか兎に角前面に立って目立つ広告塔だし、相手の土俵に立って勝負するには早すぎた。

 

「好意……は無くもないけれど、助けてくれた事への感謝よりも別の事の方が勝ってるか。見抜かれているって分かっていても隠すのを止める気は無いみたいだし……勘違いしそうだよ。それが目的だろうけどさ」

 

 恩人に感謝しない訳でもないが、その相手に利用価値が有るならば利用してしまおう、そんな意思を秘めた眼差しは隠し方に巧拙は有っても今まで散々向けられて来たし、見抜き方も叩き込まれた。

 まあ、あの子は特に上手だし、勘違いだって勘違いしそうになるけれど、事前に調べた結果じゃ野心旺盛で結構腹黒い所が多いんだよね。

 

 ……っと、此処までは今の僕としての意見や知識であり、ゲームの登場人物としての彼女についての知識も前世の記憶に含まれて、概ね僕としての知識に合致する。……一つを除いて。

 

「……婚約者、だったんだよなあ」

 

 ポチにも聞かれない様に小さな声で呟く。

 

 ゲームではリアスの取り巻きの一人であり、ロノスの婚約者でもあった人物で、詳しい経緯は不明だけれど、確か危ない所を助けたのが切っ掛けだと作中で語っていた。

 最後は婚約が破談になり、家に連れ戻されるんだけれど、そもそも貴族の学園に商家の彼女が通えていた理由があって……。

 

 

 

 

「おっと、危ない」

 

「キュイ?」

 

「何でもないよ、ポチ」

 

 ゲームはゲーム、現実は現実だって忘れちゃう所だったよ。第一、あの頃と違って僕には……あれ? あの頃と違って?

 

 まただ。レナスがゲームでは死んでいた事を思い出した時と同じで、実際に体験した訳でもないのに体験した事みたいに感じている。

 物語を知ってるが故の思い込み、かなぁ?

 

「……」

 

 もう一度後ろを見ればネーシャ(僕は恩人だし、自分は貴族でないので呼び捨てで構わないと言われた)はニコニコと愛想を振り撒く笑みを向けていて、何かモヤモヤとした物が心に溜まって行くのを感じた。

 

 例えるなら未練が残っている元カノと再会したけれど向こうは完全に自分を忘れている、だと思うけれど、前世でも今世でも交際経験皆無な僕じゃ分からない。

 

 そんな事を考えている間もポチを警戒してかモンスターに襲われる事も無く順調に進み、やがて目的地であるミノスが見えて来た。

 さて、朝からこっちに向かって色々と話を進めているパンドラを労ってからネーシャの事を相談しないとね。

 

 正直言って僕の対応が良かったのか悪かったのかは判断が付かないけれど、パンドラならばどうとでもしてくれるって信頼がある。

 政務方面に有能で美人、そんな彼女が婚約者なのは嬉しいし、支えられるだけじゃなくて並びたいとも思う

 それがどれだけ大変なみちであったとしても僕にだって意地があるからね。

 

「名残惜しいですが此処で一旦お別れですわね。あの……宜しければ後ほど正式にお礼に参りますので滞在先をお教え頂けますか?」

 

「確か今日は金鉱の責任者兼役人の屋敷でお世話になるよ」

 

「まあ! 私もその屋敷に商談に参りますの。もしかしたら運命かも知れませんわね」

 

 本当に名残惜しそうだし、目的地が同じだと知って嬉しそうにも見えるけれど、君の演技力には舌を巻くよ、ネーシャ。

 

 周囲よりも自分が優秀だと確信し、自分の居場所に不満を持っている向上心と承認欲求の塊だってのが調査内容で、命の危機から救って貰ったお礼がしたいって口実を手に入れたからか随分と機嫌が良さそうだ。

 

 この出会いを利用して更に上に行きたいんだろうな。初めて出会い、一緒に過ごしてた時だってそうだった……まただ。

 

「あら? どうかなされましたの?」

 

「うん、君について少し考え事をね」

 

「まあ、嬉しい」

 

 この手のタイプには下手な誤魔化しは通じないし、嘘と本当を混ぜて伝えれば如何にもこっちに好意を持っていますって態度で両手を口に持って行くんだけれど、その時に腕で両側から胸を挟んで強調するのも忘れない。

 

 ……貴族の交渉術とは別物の商人流の交渉術か。

 

「じゃあ、また後で会えたら」

 

「ええ、お会い出来るのを楽しみにしていますわ」

 

 ちょっとの会話と腹のさぐり合いで分かったけれど、相手の方が流石に交渉事では一枚以上上手だね。

 正直言って事前に調べていなければ完全に騙されていた可能性だって有るし、家柄の違いからかグイグイ来れなかったのは幸いか、それとも引いてみせる策略なのか……凄いなあ。

 

 世の中には格上が多いし、多少勉強して少し見抜いただけじゃ安心できないね。

 

 

「……成る程。出会い方は上々ですね。若様は天運に恵まれている模様。当主には必要な能力であり、手に入れようとして手に入るものでもありません。しかし、大きな恩を売る形で出会えたのは幸いですが、相手がこの街に滞在中にどの様に接触してくるかが問題ですね。所有する屋敷に来たのならペースを握りやすいのですが」

 

 パンドラと合流後、ネーシャに関して報告すれば嬉しそうにした後で思案を始めた。

 向こうがクヴァイル家との繋がりによって得たいのは聖王国での商売の拡大って所かな? 後ろ盾になるって公言しなくても、親しいと周りに思わせれば新参者かつ余所者への嫌がらせへの牽制になるだろうし……。

 

「その代わりに向こうが提示して来るであろう物ですが、情報も金もクヴァイル家ならば頼る必要は無いですし、皇室御用達という立場から持っている貴族とのコネやクヴァイル家傘下の商人の手助け。後は……」

 

「後は?」

 

 特に問題は無いと言わんばかりの態度のパンドラだけれど、最後の最後で言葉を濁す。

 深刻そうな様子に僕が尋ねれば、パンドラは一瞬だけ迷った後、言いにくそう口を開いた。

 

 

「い、色です。申し上げにくいのですが若様は女性への耐性が高くありませんし流されやすいご性格。それこそネーシャさん自ら……その」

 

「……あっ、うん。大体察したから言わなくて良いよ。……照れるパンドラって可愛いよね」

 

「……そんな所ですよ。兎に角、今後の為にも若様には女性に慣れて頂かねば」

 

 ……あれぇ。パンドラは変に張り切っているし、何か大変な予感……。



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だからそういう所つってんだろ!by乳母

「……うわぁ。これは想像以上にボロボロだ」

 

 ”歴史的価値の高い教会を補修工事が可能な状態にまで戻す”って仕事内容だったけれど、もう何時倒壊しても不思議じゃない位にボロボロで、壁や屋根は所々に穴が開いている上によく見れば地震でもないのに揺れている。

 

「数年前の地震の後、入ろうとするだけで全体が揺れる状態になったのですが、それだけならば古代の建築様式を調べ上げ、何とか補修が可能だと判断したのです。ですが、更に街に入って来たワイバーンが衝突してしまいまして……」

 

「……あー、成る程。裏に大きな穴が開いてたのはそれか。もう崩れていないのは神の奇跡……いや、そういった魔法のお陰か」

 

 街を納める役人かつ金鉱の経営者のお爺さんは人の良さそうな笑みを浮かべたゴブリンだった。途中街中で住民に挨拶される様子からして穏やかで慕われているのが見て取れる。

 そんな彼に連れられてやって来た教会だけれど、風が吹けば倒れて当たり前の状態でも保っているのは多分崩壊を防ぐ魔法の力だろうね。

 神を奉る場所が災害で崩れたら情けないって事で古代に開発された土属性の魔法なんだけれど、難しいから最終的に使い手が居なくなって消失してしまったんだけれど……面倒だ。

 

「あの……どうかなされましたか?」

 

「いや、ちょっとね。……魔法に影響を与えずに時間を戻すのはちょっと大変でさ。集中したいから少し静かにして貰えるかな?」

 

 僕の様子に不安そうにする彼……名前は”ゴブチョ”、に笑みを向け、そっと目を閉じれば何やら静かにするように周囲に指示を飛ばしているのが聞こえて来る。

 ああ、これで大丈夫だ。そっと自分の奥底に意識を向け、魔力を練り上げる。

 

 想像するのは巨大な懐中時計。針が高速で動き、その度に全体を包む淡い光が強くなって行く。その光は前方の崩れる寸前の教会にまで届き、徐々に包んで全体を把握すれば地中に巨大な魔法陣が刻まれているのが伝わって来た。

 そっと其処に掛かれた文字を読みとり、教会との繋がりを崩さない様に意識を向ける。

 

「……”リターンクロック”」

 

 静かに呟けば時計の針がゆっくりと逆回転し、目を開ければテレビ画面を巻き戻した時みたいに崩れた部分が元の場所に飛んで行って収まり、穴の周辺が盛り上がって塞がって行く。

 保全魔法は……よし! 影響は出ていないな。

 

「終わったよ。……って、君も来ていたんだ」

 

「ええ! 初めてお目にしましたが素晴らしい力ですわ。流石は過去に遡っても唯一無二のお力。このネーシャ、歴史的瞬間に立った気分です」

 

  今後の補強作業が可能かつ古い建物の趣が残っている状態まで教会を戻せば背後のギャラリーから拍手喝采が響いたけれど、その中にネーシャの姿を見つけた僕は内心では顔をひきつらせる。

 

「それにしても建物に掛けられた魔法に影響を与えずに新たに魔法を掛けるだなんて凄いですわね。私も魔法の道具の作成を体験した事が有るのですが、修理や魔法の改変をすると後から使った魔法が影響を与えるのですよね」

 

「うん、今のだって慎重にやったよ」

 

「あら、でしたら古代の魔法にじっくりと触れたという事ですわよね? 私、古い物に興味が有りますの。機会があればお話をお聞き下さいませ」

 

 だってさ、如何にも純粋に驚いて感心しているって顔だけれど絶対値踏みしているし、今だって探りを入れているんだからさ。

 失われた魔法、それも金と名誉の匂いがプンプンする情報をどの程度手に入れたのかってさ。

 

 この子、僕とは周りと自分に対する評価が逆だけれど、同じく愛想の良い素直な子の仮面を被っていてもアリアさんとも真逆だ。アリアさんは自分を守る為の盾だけれど、この子の場合は相手に攻め込む為の矛。

 

 ……ちょっと苦手かな? まあ、長く一緒に居たから本当の顔も……って、今日会ったばかりなのに変な考えが浮かんだよ。

 

「ロノス様、わざわざご足労頂き、勝手な願いを聞き届け下さり誠に有り難う御座います。我々一同感謝の極みでございます」

 

「気にしなくて良いさ。民の為に動くのは貴族の仕事だからね。じゃあ、また何かあれば領主一族として力になるからさ」

 

「ははっ!」

 

 そんな僕の気持ちを察してか挟まれた言葉がネーシャとの会話の流れを断ち切ってくれる。

 助かったと安心したら、ゴブチョはネーシャに見えない角度で目配せして笑っているし、これは分かっていてやったな。

 流石はお祖父様が街の管理を任せただけあるよ。さっきから普通にゴブリン語以外も使っているし、さてはかなりの曲者だな。

 

 ネーシャの方を見れば流石に金鉱の経営者との会話に話って入れないのかニコニコとしているだけだ。

 まあ、僕は了承していないけれど、探りを入れられただけで一旦は満足って所か。

 正直言ってグイグイ来られた方が強引に振り払えるんだけどね。

 

「では、私は商談の時間ですので。ロノス様、素晴らしい物を見せて下さり感謝致しますわ。では、後ほど機会があれば……」

 

「うん、機会があればね……」

 

 その機会が有るかどうかはパンドラ次第だけれど、ちょっと情けないから敢えて口にはしない。

 

 ……それにしても貴族と商人の違いはあるけれど、こうして同じ歳の子が精力的に動いて居るのを見ると素直に凄いと思うよ。あの強かさも荒波に揉まれて鍛え上げた結果だろうな。

 

 元からの才覚と経験によって今の彼女が在るって思うと少し魅力的にさえ思えて来たよ。

 

「それでは屋敷に戻りましょうか。コックが腕によりをかけてゴブリン料理を作っていますよ」

 

 そう言えばそろそろ夕ご飯の時間か。

 お腹も減ったし、ゴブリン料理は大好物だから楽しみなんだよね。

 リアスも前世から大好きだし、僕だけ食べたって知ったら文句を言われそうだな。

 

 空を見れば夕日が沈む頃合いで、何処からか美味しそうな香りが漂って来ている。

 自然と空腹を感じた僕は仕事が残っているらしいゴブチョと別れ、夕ご飯を楽しみにしながら鼻歌交じりに屋敷へと向かって行った。

 

 

 

「……脂っこく味の濃い料理ばかりですね」

 

 大きなテーブルの上に並ぶのはエビチリに豚の角煮にチンジャオロースー。その他沢山の中華料理……じゃなくてゴブリン料理。

 いやぁ、この世界じゃ二度と食べられないと思っていた中華料理が総称が違うだけで存在するって知った時は嬉しかったよ。

 

 ああ、でも全体的に脂っこくって味の濃い料理が多いから薄味が好きな夜鶴はちょっと苦手らしいけれどね。

 妖刀状態なら別に食べ物は要らないんだけれど、人の姿を維持したり分体を作り出すには結構な量の食事が必要になる。

 普段は頬をリスみたいに膨らませて食べる姿が可愛いけれど苦手な物が多いなら今日は見られそうにないな。

 

 

「人払いは済んでいますし、三人揃って今後の話をしつつ食べましょう」

 

 そんなパンドラの提案から三人揃って席につき、あの中央が回るテーブルの上の料理を取り皿に乗せて行く。

 

「あっ、ゴマ団子や点心も有るや。ほら、君もこれは好きだろ? 僕の分も食べなよ」

 

「で、ですが、主の分を頂く訳には……」

 

 中に好物を発見してか僅かに嬉しそうな顔をする夜鶴だけれど、僕の分までは遠慮して食べるのを拒否する。

 やれやれ、仕方ない子だよ。僕は夜鶴の前の取り皿に手を伸ばして僕の分まで乗せると強引に差し出した。

 

「これは主としての命令だ。僕は夜鶴が美味しそうに物を食べる姿が可愛いから好きだし、今見せて欲しい。……駄目かな?」

 

「いえ、それならば慎んで頂戴いたします。……主は卑怯ですね」

 

「君の笑顔が見られるなら多少の卑怯は構わないさ」

 

 海老蒸し餃子にカニ焼売、どれも僕の好物だけれど他にも好きな物があるから今日の所は夜鶴に譲ろう。

 

 最初は遠慮していた彼女も少し強引に渡せば直ぐに嬉しそうに食べ始めるんだけれど、卑怯って評価は酷いなあ。

 でも、普段頑張って貰ってるから美味しそうに食べる姿を見るのは本当に嬉しいんだ。

 

 ……まあ、帰りにリアスへのお土産として夜食に餃子やら油淋鶏やらを屋台で買い込むんだけれど、実は口止め料も含んでいる。……メイド長がその辺厳しいからね。

 

「……若様、リアス様へのお土産は私が後ほど私が買い求めて置きますので、クヴァイル家の嫡男が屋台で夜食を買い込むという真似はなさらない様に。お二人の好みは把握していますので」

 

「何の事やら……はい、分かりました」

 

 駄目だ、到底誤魔化せる相手じゃない。

 夜鶴はモキュモキュと頬張って嬉しそうにしていて、パンドラだって一見すれば声も穏やかで微笑んでいるんだ。

 でも、その奥に隠された凄みが有無を言わせない。……仕方無いから従おうか。

 だってパンドラの言葉だからね。

 

「ああ、それと若様……こちらをどうぞ」

 

 そっと差し出されたのはパンドラの分の海老蒸し餃子の半分で、他の料理も綺麗に半分こされている。

 それを箸で摘まんで差し出していた。

 

 優しいなあ、パンドラは。

 賢くて優秀で美人で……。

 

「パンドラ、君と結婚出来る事は凄く嬉しいと思うよ。君により掛かるだけじゃなくて寄りかかって貰える様に頑張るからね」

 

「ふふふ、楽しみにしていますね」

 

 パンドラは微笑みながら僕の口に料理を運ぶ。……あれ? これって……。

 

 

「主、それは間接キスという奴ですね」

 

 夜鶴、言わないであげて。ほら、照れてそっぽ向いちゃってるよ、可愛いなあ……。

 

 

 このまま食事をして、後は視察という名目で街を散策してからポチに乗って帰るだけ……だったんだけれど。

 

 

 

「まあ! お会いするなって奇遇ですわね。お帰りになる前にお茶でもご一緒致しませんか?」

 

 ……うーん、面倒な事になった。



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彼女は聖女の再来で、本来は悪役令嬢です

感想でも有ったのですが、夜鶴の刀身300センチは長い 後から私も思ったけれど、調べたら実在したって文献が有ったそうで




「変な夢だぁ? それを最近毎回見るって?」

 

「うん、ちょっと気になって……」

 

 お兄ちゃんはお仕事に行って、レナはメイドの仕事中だからレナスは私が独り占め出来るって喜んで、今は組み手前の準備運動の最中だけれど、背中を押して貰いながらしたのは最近夢で見る光景について。

 

 ……ちょっとお兄ちゃんには相談しにくい内容なのよね。

 

「成る程ねぇ。”僕には言いにくい内容みたいだし、母親になら話せるだろうから聞いてあげて”ってロノスが頼んで来たが、どんな内容なんだ?」

 

「うへっ!? お兄ちゃん、気が付いて……お兄様、気が付いてたのね」

 

「別に母親の前まで直さなくって構わないよ、馬鹿娘。あの馬鹿息子は自分より妹が大切って奴だからね。色々察したんだろうさ。ほら、話しな。柔軟後の小休止中に聞いてやるよ」

 

 私としては隠し通せている積もりだったのにお兄ちゃんったら……。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑な心境の私の背中を最後に一段と強く押したレナスは地べたにドシって座り込んで胡座をかいて、私は何となく正座をして向き直る。

 

 うん、それにしてもレナスって矢っ張り”お母さん”だなあ……。

 お父さんっぽくもあるけれど。

 

「えっとね、お兄ちゃんと一緒に行動してるんだけれど、色々振り回すの」

 

「……今更じゃないかい? アンタ、その場の勢いで行動して、ロノスが流されて付き合うって元からだったじゃないのさ」

 

「そ、それはそうだけれど……お兄ちゃんへの扱いが酷くって。呼び捨てにしたり、見下してこき使ってるみたいな言葉遣いで罵倒したり。……でもね、心の中では大好きで、何をしても味方だって思ってるからで……」

 

 あんなのが夢の中だとしても私だってのが嫌になるんだけれど、同時に少しだけ気持ちが分かる気もするわ。

 お兄ちゃんだけは最後の最後まで側に居てくれる味方で、頼りっきりになれる英雄で、夢の中の私は情けない姿を見せるお兄ちゃんに憤慨してて……本当は叱って欲しかった。

 でも、お兄ちゃんは最後まで私を否定せず、孤立させない為に側に居る事を選んでくれて……。

 

 あの私はゲームでの私で、奇妙な事に画面を適当に眺めていただけなのに本当に自分が体験した事みたいに鮮明で、気が付いたらレナスに抱き締められて頭を撫でられていたわ。

 

「……よしよし。全部吐き出しちまいな。夢だろうが辛いもんは辛いんだ。此処にゃアンタに聖女の再来なんてくっだらない役割を求める奴も居ないし、気楽で良いのさ。まっ、聞いた限りじゃ既に結構やってるみたいだがね」

 

 この歳で母親同然の相手に抱き締められて頭を撫でられて、感じたのは恥ずかしさよりも安堵感だったわ。

 

 ……あの日、レナスが死んじゃって、その役割までロノスに求めて、完全に全うしてくれないから八つ当たりまで……あれ?

 

「私、今何か変な事を考えていたみたいな気が……」

 

 凄く悲しい気分になりながら自己嫌悪していた気がするけれど、不思議な事に何も思い出せない。……何故かしら。

 

「もう少しこうしてて良い?」

 

「はいはい、相変わらず甘ったれな娘だよ。まっ、子供に甘えて貰うのは親の勤めで楽しみだ。好きなだけこうしてな……」

 

 正面から何でも受け止めて包み込んでくれる。それが私の大好きなレナス。

 ああ、幸せね……。

 

 

 

 

「……しっかし相変わらず薄っぺらい胸だねぇ。餓鬼の頃からちっとも成長してないんじゃないのかい?」

 

「少しは成長してるもん!」

 

 ……こうやって遠慮無しに余計な事を言ってくるのもレナスなのよね。

 

 

「お兄ちゃん、今頃何やってるのかしら?」

 

「無自覚に女を口説いてるんじゃないかい? その癖色仕掛けに耐性がないってんだから情けないねぇ」

 

「お兄ちゃんだものね……」

 

 両方の意味で呟いて暫し黄昏る。さて、そろそろ組み手よ、組み手!

 

「稽古を開始しましょ! 胸は確かにあんまり成長してないけど……戦いの方は成長したって見せてあげるわ! アドヴェント!」

 

 光のエネルギーが全身を駆け巡って力へと変わり、私はレナスに向き合うようにして拳を構え、向こうも八重歯を覗かせる凶悪な顔で嬉しそうに構える。

 

「上等じゃないのさ、リアス! アンタの成長を見せてみな!」

 

 さあ! 全力で行くわよ!

 

 

「んじゃ、先ずは小手調べからと行こうかねぇ!」

 

 先に動いたのはレナス、見切りやすい大振りの一撃で、それでも真っ直ぐに突き出される拳の速度は神速。

 二人の間は約十メートルで、腕が伸びる生物でもないと到底届かない距離。だけれど私は知っている。このまま棒立ちだと呆気なくぶっ飛ばされるってね。

 

 肌にピリピリ感じる圧力。突き出されたレナスの拳が巨大化して見える程の気迫、そして迫って来るのはドラゴンでさえ一撃で昏倒させる威力の拳圧。

 

「本っ当に容赦無いわね……」

 

 今の私なら同じ様な事は可能だけれど、レナスのに比べたら未だ未熟で威力だって段違い。ったく、強くなった私だけれど、強くなった事で相手がどれだけ高い場所に居るのか分かっちゃうのよね。

 

 でも! だからこそ!

 

「越えようと足掻く価値が有るってもんよね!!」

 

 レナスと同じく私も拳を振り抜き、空気をぶっ叩いて前方に飛ばす。威力はまだまだ及ばないけれど、だったら力を重ねれば良いだけ。

 

「シャインブースト!」

 

 大地を踏みしめ体の回転の力を全て突き出す拳に込めて放つ瞬間、肘から光を噴射して力を増大! 拳によって放たれた空気の塊と塊が二人の間でぶつかり合い相殺する。

 

 今しかない!

 

「だらっしゃぁああああああっ!!」

 

 掛け声と共にもう片方の腕を突き出して拳圧を更に飛ばし、それを連打で放つ。肘からの噴射は一瞬だけで、回転を重視したから一撃一撃の威力は先程と比べたら落ちるけれど、これはあくまでも布石。最初の一発がレナスに届く寸前、私は足元が爆ぜる程の威力で踏み込んで駆け出した。

 

 飛ばした拳圧に追い付くギリギリの速度を維持し、狙うのは僅かでも体勢を崩す一瞬、その一瞬に私は懸ける!

 

「おりゃぁああああああっ!!」

 

 

 

「狙いは良いんだけどねぇ。……まあ、及第点だ」

 

 私が放った拳圧が迫る中、レナスは避けもせず防ぎもせずに正面から突っ込んで来た。確かに当たっているのに全て当たった側から弾け飛び、お互いに拳を振り上げて射程距離に相手を捉えた。

 

 背が低い私は真下から振り上げるアッパーを、背の凄く高いレナスは真正面に向かってのストレートを。私は魔力をありったけ込めて肘から噴射した渾身の一撃を放ち、それよりも前に届いたレナスの拳が額ギリギリで止まり、風圧で髪が後ろに流される。

 

 ……ちぇっ。負けちゃった。

 

「その肘から光を放つ奴だけどねぇ、未だ使い慣れてないだろ? 折角全身の力を込めても最後の最後で体勢が崩れちまってたよ」

 

「……え? 本当に? 自分じゃ分からなかったわ」

 

「まっ、僅かだが、その僅かが格上との戦いを左右する。使いこなせりゃ強力な武器になってくれるし頑張りな。アンタならその内使いこなせるさ」

 

「うん! 絶対に使いこなして一年以内にレナスだって倒して見せるわ!」

 

「おっ! 言うじゃないのさ、小娘が。その意気だ、気張るこったね!」

 

 レナスは私の言葉に嬉しそうにしながら背中をバシバシ叩いて来て、少し居たかったんだけれど、私は戦い始める前のモヤモヤが完全に消え去ってるのに気が付いた。

 

「有り難うね、レナス」

 

 矢っ張り変な事を忘れるには体を動かすのが一番なのよね。思いっきり戦えばスッキリするし楽しいし、強くなれるから最高よ。

 

 

「んじゃ、第二回戦と行こうじゃないのさ。今度は組技を教えてやるよ」

 

「望むところよ。次も良い所を見せちゃうんだから!」

 




アリアのイラスト


【挿絵表示】


マンガの人の設定画です


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自覚無しにも程がある

 信者にとっては信仰を捧げるべき由緒有る場所であり、それ以外にとっては観光客を呼び込む為にも必要であった教会が修復され、ミノスは少しばかり平時よりも賑やかになっていた。

 

 気分が上がり財布の紐が弛む隙を逃してなるものかと酒場は割引を行い、普段はこの時期には開かれない夜店まで軒を連ねて客を呼び込む。

 この景気を盛り上げるべくお祭りの日でもないのに教会の修繕を祝し、ロノスへの感謝を込めるといった口実で打ち上げられた花火が夜空で開いて道行く人が足を止める中、余所者なのか普段は街では見掛けない少女の姿があった。

 

「にゅふふふふ~。暫く眠っている間に随分と発展したものじゃなぁ。もぐもぐ……美味い」

 

 既に日が沈んで夜だというのにリンゴを模した日傘を差し、空いた手には串焼き肉を持って上機嫌な様子で人の間を軽やかな動きで歩き回っている。

 朱色のゴスロリファッションを着た彼女の年の頃は十歳程度、少しお調子者な印象を与えるが、成長すれば嘸や美人になるであろう整った顔立ちにすれ違った者の幾人かが振り返るも空の上で開いた巨大な花火に視線を奪われ、その間に少女は人混みの中に消えて行く。

 

 少し変わった事に蛇の形をしたリボンをツインテールにした髪に巻いており、その髪の色は月明かりを思わせる金色であった……。

 

 

 

 

「では私は今後の金相場の調整や街の運営に関しての話し合いがありますので残りますが、若様はあまり遅くならない様にお願い致しますね? 寝坊で遅刻などあるまじき失態ですから」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 食事も終わり、後はポチに乗って帰るだけなんだけれど、此処に来て少し問題が起きた。ポチ、晩御飯食べたら眠くなっちゃったらしくって、このままじゃ飛んで帰れないし、少し眠ったら大丈夫そうだからミノスに少し残る事にしたんだ。

 

 ……遅くなり過ぎると明日の学校が大変だよねぇ。でも、こうして普段は来ない街を観て回れる機会は滅多にないし、パンドラに頼んで視察という名目で散策を許された。

 

「若様、それでは確認させて頂きます。1・食べ歩きはしない。2・居酒屋や食堂で食事はしない。但し喫茶店等でのお茶は許可する。3・……エ、エッチな本等は買わない。他数点を守って下さいね」

 

 まあ、こんな感じで次期当主に相応しくない行動に対して制限が掛かっちゃったんだけどさ。

 まっ、パンドラの言いつけだから仕方無いさ。

 

「どうせなら君と見て回りたかったんだけどさ。ほら、二人だけで出掛けたのって一度も無かったからね」

 

「……では、今後のお仕事では視察に同行致しますので、楽しみにしています」

 

「僕と一緒に出掛けるのが楽しみなんだ。嬉しいなあ」

 

「だから……そういう所ですよ」

 

 ……あ、今不覚にもドキッとさせられた。不意打ちであんな笑顔を見せるんだからパンドラは卑怯だよ……。

 

「おや、どうかなされましたか?」

 

「パンドラに見惚れちゃってね。凄く素敵に見えたからさ。じゃあ、出掛けて来るよ」

 

 僕の事を見透かした表情の彼女から顔を背け、多分真っ赤になってるだろう顔を見られない様に歩き出せばレナに渡された荷物が目に入った。

 ポチの背中に括り付けて運んできたけれど、結局開けなかったよね。何か必要な物でも入ってたのかな?

 

「ちょっと開けてみるか……」

 

 これでパンドラの着替えが入ってて下着とか入ってたら……。

 そんな事を考えていたら頭に浮かんだのはパンドラの下着姿で、あの時は演技で余裕綽々の様子を見せていたけれど、実は羞恥心でギリギリだった事を気が付いていて、それを思い出したら留め具に伸びた手が止まる。

 

 あの時も昨日も言っていたけれど、僕は色仕掛けへの耐性が低くって、だから訓練をするって言ってたよね?

 えっと、訓練って事は……だよねぇ。

 

 頭に浮かぶのは邪な考えで、多分相手をするのはパンドラ自身か、忠義心から身を捧げようとするであろう夜鶴。

 ちょっと秘蔵の本の登場人物を二人に置き換えて妄想してしまい、慌てて顔を左右に振った。

 

 忘れろ! ”お背中を流します”とか言いながらサラシと褌だけの夜鶴がお風呂場に入って来たり、ボンデージ姿で女豹のポーズを取るパンドラの姿の妄想とか忘れろ!

 

 ……あー、不味い。早く夜風に当たって冷まさないと。

 でも、その前に何が入っているのか見てみよう……。

 

 留め具を外して鞄を開き……僕は思わず固まった。

 

 

「……あれぇ?」

 

「ふん。顔が真っ赤だが酒でも飲み過ぎたか? それならば情けない事だな」

 

 だって、鞄を開ければ内部はお人形の家みたいになっていて、優雅な仕草でワインを飲んでいるレキアが居たから当然さ。

 幾らレキアが小さくても鞄の中じゃ窮屈だし、結構揺らしたのに鞄の中の部屋に一切影響が出ていない風に見えるけど、妖精の魔法かな?

 

 持ち運べるプライベートルームとか秘密基地みたいで羨ましい……じゃない!

 

「何で居るのさ?」

 

「……妾は妖精の姫であり、母からは最も信頼厚き長女だ」

 

 その妖精の姫が僕に黙って同行してやって来たのは敵対関係が続いたゴブリンの多く住む街で、だから僕が抱いた疑問は尤もな筈だ。

 いや、待てよ? ああ、成る程ね……。

 

「レキアは凄いね。ちゃんと前に向かって進もうとしててさ。植え付けられた偏見を捨てる為にゴブリンの暮らしをちゃんと見ようだなんて」

 

 幼い頃から下等なモンスターだと教わって、女王が少し強引に代替わりしてからは和平に向かって歩き出した妖精とゴブリンだけれど、レキアの中には未だに残っているんだ、偏見がさ。

 

 同時にそれをどうにかしたいとも思っている。

 

「百聞は一見にしかず、という奴さ。頭で分かるだけでは不足。ちゃんと自らの目で見て耳で聞いて知らねばならぬ。……しかし、分かると思っていたが直ぐに理解するとは誉めてやろう。流石はロノスだ。まあ、それと……照れ臭くて貴様には言い出せず、レナに命じて勝手に同行した事を詫びよう」

 

「……レキアが僕に謝った!?」

 

「茶化すな、貴様。まあ、良いさ。迷惑は掛けんから暫し付き合え。妾も視察に同行させて貰うぞ」

 

 少し不機嫌そうにした後で軽く笑ったレキアは僕の肩に乗り、姿を消した。肩には確かに乗って居るんだけれど、鏡にも映っていない。

 

「妖精の妾が姿を見せれば反感を覚える者も出よう。貴様に迷惑を掛けるのも不本意だ。後で礼はするから同行させよ」

 

「君が相手ならこの程度で謝礼は要求しないんだけれど、君の気が済まないならそれで良いさ。じゃあ、視察に付き合って貰おうか。……何だかデートみたいだね」

 

「いや、だからそういう所ですよ、若様」

 

「貴様、本当に自覚が無いのか?」

 

「お言葉ですが、無自覚に乙女心を刺激するのは如何かと……」

 

 ……あれぇ? 何故か三人揃って呆れている?

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

 まあ、気にしていても仕方が無いし、詳しい事は帰り道にレキアから教えて貰う事にしてラキアとの散歩に行こうっと。

 

「夜鶴、陰からの護衛と不審者の見張りをお願い。君への贈り物も出店で探してあげるし、何か惹かれる物が有れば教えてよ」

 

「……あの、今回はレキア様のエスコートにお徹し下さい。私への贈り物は……次の機会に主が選んで下さった物を頂戴したく願います」

 

「そう、分かったよ。じゃあ、パンドラにも何か贈りたいし、二人とも何かの機会に二人きりで出掛け……レキア、どうして耳を引っ張るのさ」

 

「五月蝿い。早く行け」

 

 あーもう、勝手なんだからさ。

 急に不機嫌になったレキアに溜め息を吐きつつも僕は外に出て、夜鶴も夜闇に紛れて僕の後ろからついて来る。

 

 外に出れば出店が沢山あって街は活気に満ちている。

 あ、花火が凄いや。

 

「平和だなぁ。今日はもう変な事も起きずにゆっくりしたいよ……」

 

 




アリア  マンガの設定画より


【挿絵表示】


活動報告かツイッター モミアゲ三世 で漫画公開中


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見知らぬ記憶

反応が薄いと一気にやる気が削がれて新作に気が移る 前回は感想が来た 今回もくれば嬉しい


 想い人……いや、人間にしてはそれなりに気に入っている男の肩に乗って街の中を見渡せば、幼い頃に野蛮で下等なモンスターだと教わったゴブリン達の姿が多く見えた。

 

 肌の色、基本的な体格は違えども確かに理性と知能を感じさせる顔付きで、比べてみれば妾が魔法で作り出す偽物は粗悪な贋作でしかない。

 

 ……今までこれまでの教えは間違っていたと何度も教わったし、ちゃんと自らの目で確かめて考えを完全に改めたいとは思っていたが踏ん切りがつく機会に恵まれず、今回の事が無ければ何時になって居たのだろうな……。

 

「……感謝するぞ、ロノス」

 

 小さな体の小さな声は夜空を照らす花火の音に掻き消されて届かず、妾は仕方無しに花火によって様々な色に照らされるロノスの横顔を見詰め、花火の音に紛れさせる様にして小さな声で次々に呟いた。

 

「妾は本当は貴様を嫌っていない」

 

「友になろうと言ってくれて嬉しかった」

 

「何時も感謝している」

 

 不思議な事に面と向かって聞かせられない言葉でも、こうして聞こえないのなら幾らでも伝えられる。

 聞こえないなら、伝わらないのなら無意味な自己満足ではあるが、今はこれで構わん。

 

 まあ、聞こえておけと理不尽に怒りたくもあるが、母上が素直になれていないだけと教えたせいでどの様な視線を向けられるのか分かったものでないがな。

 

 さて、此処まで伝わっていないが伝えたのだし、どうせなら最後まで口にするか。

 

 

「ロノス、妾は貴様が……」

 

「ロノス様! ロノス様ではありませんか!」

 

 どうせ花火の音にかき消されていたであろう妾の声は、背後から掛けられた人の子の声によって更に塗りつぶされる。

 

 

 

「まあ! お会いするなんて奇遇ですわね。お帰りになる前にお茶でもご一緒致しませんか?」

 

 親しげに寄って来るが、その目は利用したい相手を値踏みする目だと直ぐに気付く。

 ……不愉快な女だ。

 

 ああ、本当に不愉快だな。目の前の無粋な女も、臆病な妾自身も不愉快で仕方が無い。

 

 ……!?

 

 今、あの時の奴と、商人を名乗って近付いて来た神獣将と似た気配がした気がしたが……。

 

 だが、下手に口にすれば混乱を生むだけ。

 ならばロノスと妾だけになった時に教えるべきであるな。

 

「おい、ロノス。此奴が誰かは知らぬが放って先に行け」

 

 だからまあ、目の前で馴れ馴れしくロノスに近付いて来る女から離れたいのには正当な理由あっての事だ。

 

 

 嫉妬? 愚かな解釈であるな……。

 

 

 

 

 

 僕は今、非常に困っている。

 

「お茶? どうしようかなぁ……」

 

 知り合ったばかりの女の子からのお茶のお誘いは少し緊張するし、出会った時から変なモヤモヤを感じる子だから遠ざけたいんだけれど、彼女の裏事情や今の家との今後の関係を考えれば無碍にも扱えないんだ。

 

 でも、何故かレキアはネーシャの事が気に入らないみたいだし、こっちとの今後の付き合いも有るんだよねぇ。

 ま、喉が渇いた頃合いだし、お茶の一杯程度なら付き合いの内か。

 

「今日中に帰る予定だし、少しの間なら構わないよ」

 

「そうですか! 凄く嬉しいですわ! 花火がよく見える場所を予約していまして、早速行きましょうか」

 

 僕が受け入れると本当に嬉しそうに見える顔でズイッと近付いて来て、喜んだ様子で僕の手を取ると引っ張って来た。

 

「きゃっ!?」

 

 でも、足の不自由な彼女が慌ててそんな事をするから石ころに躓いて転びそうになったんだ。

 僕は咄嗟に腕を引き戻し、そのまま自分の胸で受け止める。やれやれ、危機一髪だったね。

 

「大丈夫? 矢っ張り誰か従者の人と一緒の方が良くないかな? 宿まで送って行くよ?」

 

「お陰様で助かりましたわ、ロノス様。それにしても意外と逞しい……わ、私ったら何を言ってるの!? お忘れを! 今のはお忘れ下さいませ!」

 

 僕の胸板を服の上から触ってうっとりした後でネーシャは急に慌てた態度で耳まで真っ赤だ。

 

 この子、色仕掛けをしてくる可能性が有るから警戒してたけれど、結構ウブ? でも、実は演技だったら凄く上手いなあ……。

 

「それに……こんな風に殿方と一緒に出掛けるなんてデートみたいではありませんこと? 私、ちょっとだけ憧れていましたの」

 

 

 

 あ、レキアの怒りを買ったのかネーシャに見えない角度で抓って来た。

 え? 従者の目を盗んで出掛けられる筈も一人で出掛けさせる筈もないから気を付けろって?

 

 ……確かに。

 

 

「私からお誘いしたのにご迷惑をお掛けするだなんて情けない話ですわね。これは何かお詫びを致しませんと」

 

 ネーシャに連れられてやって来たお店は二階建ての大きなカフェで、二階の個室を予約しているからと一緒に向かったんだけれど、足の悪いネーシャが階段を昇るのは大変だろうからと僕が手を貸してあげる事にした。

 

 バリアフリーの概念なんて行き渡って居ないのか手摺りが無いのはどうなのかなあ?

 

 って言うか、普段はどうしているんだろう?

 

「普段は階段をどうしているのか、ですか? 何時もなら座ったイスを担いで貰っていますの」

 

「……あー、うん。お嬢様だし、その程度なら当然かぁ」

 

 だよねぇ。何時も苦労しながら必死に階段を昇ってる姿を想像したけれど、ヴァティ商会の規模を考えたら当然か。……階段とか危ないからね。

 

「でも、こうしてロノス様の様な素敵な殿方の手を取って昇るのも悪くないですの。ふふふ、まるでデートみたいじゃありませんこと?」

 

「端から見ればデートに見えるだろうね……っ!?」

 

 僕に好意を抱いているのだと勘違いしそうな態度に不覚にもドキッとさせられた時、不意に頭に痛みが走り、見知らぬ光景がフラッシュバックした。

 

 

 

 

 

 

「……こうして二人きりになれるのは久し振りですわね。何時も何時もリアス様が"ロノス、ちょっと来なさい”って連れ回してますもの」

 

 花が咲き乱れる丘の木の下、シートを敷いてお弁当を広げた僕とネーシャは肩を寄せ合って互いの顔を見詰めていた。

 

「ごめんね。でも、あの子が本当に心を許せるのって僕だけなんだ」

 

「……私にとってもロノス様だけですわ。最初は互いに相手の家を利用する為の関係でしたが……今はこうして愛し合っていますもの」

 

 僕の手にネーシャの手が重ねられ、次に唇が重なる。

 

 

 こんな光景、僕はゲームでも知らないし、会話の内容からして未来視みたいな魔法が発動したのでもなさそうだ。

 変な夢を見ている気分だったけれど、それにしては鮮明で……。

 

 まるで今体験しているみたいな現実感の中、密着した状態でネーシャは服を脱ぎ始めた。

 

 

「……人払いは済んでいます。このまま貴方と別れる事になるのなら、せめて忘れられない思い出を下さいませ」

 

 わっ!?

 

 

「……どうかされましたの?」

 

「い、いや、何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけだって」

 

 階段で急にボケッとしたと思ったら驚いた顔をした僕を不思議そうに見詰める今のネーシャとさっきの彼女が重なって鼓動が高鳴る。

 あれかな? さっきパンドラや夜鶴相手に変な妄想した影響が出ているとか……。

 

 兎に角階段でこんな事をしていたら危ないし、気を付けながら昇るんだけれど握った手を通してネーシャの存在を嫌でも感じて落ち着かない。

 

「……おい、しっかりせよ」

 

 ネーシャには聞こえない程度の大きさの声でレキアの不機嫌な呟きが聞こえると共に頬を殴られる。痛くはないけどお陰で目が覚めた気分だ。

 

 

 ……お誘いを受けたのは失敗だったかな?

 どうもネーシャと出会ってからの僕は変だし、本当にどうしたんだろうか……?

 

 

「此方の個室ですわ。既に用意はされていますし、花火でも眺めながらお寛ぎ下さいませ」

 

 部屋に入ると漂って来たのは甘い花の香りで、テーブルにはポットとカップ、幾つかの軽食が既に並べられていた。……尚、二人分だ。

 

 出会ったのが偶然って割りには用意周到だし、あの時に夜を一体潜ませておくべきだったか。

 本当に僕は未熟者だと自分に呆れた時、不意にネーシャの声が微かに聞こえた。

 

 

「……これが幸運なのか不運なのか分かりませんが、すべき事は同じですわね」

 

 振り返れば直ぐに愛想の良い笑顔に戻った彼女だけれど、一瞬だけ自虐的な笑みを浮かべ、僕に向ける瞳はアリアさんが向けて来る物と同じに見えた。

 

 あれ? 変だな? 何故か胸が締め付けられる気分だ……。

 

 



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計略

 ……別に今の私の居場所が恵まれていないとは思っていません。

 皇帝陛下御用達であるアマーラ帝国随一の商会の財力は上位貴族すら上回り、其処の跡継ぎ娘の地位は大貴族に匹敵する。

 

 それは良い。それは良いのですが……只、本来の居場所ではないだけなのです。

 

 

 本来ならば私に約束されていた母の後継者の座を足の後遺症を理由に妹に奪われ、本来なら地位も能力も劣る伯父に建前上の地位が劣るという屈辱。

 ”良い顔をしたい”、”頼られたい”、そんな風に下に見て、実際能力も地位も下だった筈の二人の居場所は私より上で、それがどうしても耐えられない程の屈辱でしたわ。

 

「……見ていなさい。何時か、何時か必ず私の方が上に……」

 

 能力で劣るなら納得もしますし、地位が下ならば諦めもしましょう。

 ですが、能力も本来の地位も下回る相手を上に置かなければならないのだけは……。

 

 決意を決めたその日より私は屈辱と後悔を力に換え、本来ならば学ぶ必要の無いものさえも貪欲に身に付け、代わりに普通の女の子としての幸せ……例えば恋等は放棄しましたわ。

 だって、恋なんて邪魔にしかならないと思っていましたもの。

 

 

「ねぇ、聞いて! 私と彼は運命の出会いをしたんだわ。きっと二人は恋をする為に生まれて来たのね」

 

 商会の跡継ぎとしての仕事の一つに関係する貴族や商会との人脈作りが有ったのですが、彼女はその過程で知り合った”友人”の一人で、既に名前も朧気にしか思い出せない無価値な相手。

 

 えっと、確か顔も家柄も好条件な相手の中から選ぶ立場にありながら、彼女が恋したのは庭師見習いの少年で、反対されるのは分かっていたから家のお金と家宝の首飾りを持ち出しての逃避行、そして悪目立ち散財の末にあっさり捕まった時には家宝は本来の価値からすれば二束三文で売り払われて行方や知れず、純潔も捧げてしまっていて、世間知らずの馬鹿娘に育て上げた親馬鹿両親も大激怒。

 

 えっと、彼女のその後はどうなったのかしら?

 ああ、そうでした、そうでした。……共和国に住む親子以上に歳の離れたガマガエルの後妻でしたわね。確かに両親にとっては大切な子供でも、他に兄弟が居るのですから地位は絶対ではなく、切り捨てられもすると想像出来ない愚かな娘ですわ。

 

まあ、帝国以外の国にもヴァティ商会の力が有れば情報網は広げられる訳で、こんな風に恋なんて物の為に手に入った筈の物を手放した方のなんて多い事でしょう。

 

「……矢張り恋なんて実利を得る為の合理的判断を邪魔する毒でしかありませんのね」

 

 約束されていた場所も健常な足も失う事になった愚かな選択をした馬鹿な自分と報告書の愚者達が重なり、恋の無意味さを確信する。

 

 ……幼心には恋に憧れ、素敵な相手との出会いを無根拠に信じていた私。

 ですが今の私には不必要な物で、目的の為なら嫌悪感しか覚えない相手であっても婚姻を結んでご覧に入れましょう。

 

 

 ……その筈だったのですが、私は愚かさを捨て切れていない未熟者だったらしいのです。

 

 

 あの時、助けて下さった相手が誰か悟った時、私の頭を支配したのは”彼をどうやって引き込み、どの様に利用するか”、それだけでした。

 

 ”時”の使い手であり、聖王国の実質的支配者であるとされる”魔王ゼース・クヴァイル”の孫。彼も、彼の周辺の者達も利用からして魅力的で利用価値が高い。

 

 

「何としてでも取り入り、利用してみせますわ。……その為の知識は今まで必死に身に付けた物の中に有りまして、最終的に自分自身の体を使っても。……相手としては悪くありませんし」

 

 ロノス様は少し中性的ですが整った顔立ちですし、最悪何処かの誰かみたいに歳の離れた相手との結婚も視野に入れていましたが、どうせだったら見た目と性格の良い相手を選びたいって欲は残っていますわ。

 見知らぬ相手を助けに入るお人好しさも手綱を握るには丁度良いとしか思って居なかったのに、気が付けば彼の顔を思い浮かべ、続いて普通の女の子として共に過ごす自分の姿を想像していたと気が付いた時、直ぐに否定しましたわ。

 

「……私は違いますわ。恋なんかで目的も実利も見失う愚か者ではありません。私はあの二人よりも上に行くために今まで普通の生き方を捨てて……」

 

 普通に友達と語り合い、普通に素敵な殿方と出会い、そんな普通の人生を送るという選択肢は確かに存在したのです。

 ですが、私は敢えてそれを捨てて生きて来たのに……。

 

 

 それに命を救われた程度で恋に落ちるだなんて、恋物語のチョロいヒロインじゃ有るまいし、今まで無駄だと遠ざけていたせいで耐性が足りないのですわね……はあ。

 

 

「さて、気を取り直して計画を練りましょうか」

 

 自分の恋心よりも優先すべき事が私には存在する。好きな相手と結ばれる事なんて大した価値は無いのですから、さっさと実利を取りに行きましょうか。

 

 

 クヴァイル家は流石というかお金では動かせず、力だって向こうが上……なら、年頃の殿方相手に有効な色で動かすのが一番と判断し、私は用意した店で勝負に出る事にしましたの。

 

 

 使うのは私自身……でも、都合が良かったのかしら? 

 

 だってほら、他の方と結ばれた場合、恋心が残っていたら不和の元になり、それが家の不利益に繋がるかも知れないじゃないですの。

 

 好きになった相手を利用しつつ結ばれる……ちょっと難易度が高いですが、今の自分の力を試す良い機会ですわね。

 え? 経験は有るのかって?

 

 まさかっ! だって殿方って未経験な淑女に神秘性と憧れを抱くのでしょう?

 だから道具を使った実演での勉強は兎も角、殿方に肌を無闇に見せたりもしていませんわ。

 

 

 ……さて、此処からが勝負ですわね。……情報でももう少し簡単に扱えるお坊ちゃんって感じでしたのに、初見で此方の意図を見抜くだなんて内心焦らされましてよ。

 

 私が自分を値踏みしつつ媚びを売っている事を見抜いて指摘するだなんて、案内した個室の中、目の前で花火を眺めている方への評価を慌てて修正する事になりましたし、第一印象はとても上々とは言えないでしょう。

 それでも街まで警護して下さるお人好しさを見せて頂きましたし、こうして待ち伏せしていたのを気が付いて居ながらも偶然出会ったという嘘を指摘もしないなんて……。

 

 私が利用を開始した後はその辺をしっかりと修正しませんと、同類が次々と群がって来そうだ、そんな未来を想像しながら後ろ手で鍵を閉め、その音に気が付いたロノス様に近寄って行く。

 

「……ロノス様、初めて出会った時の事を覚えていらっしゃいますか? あの時、私は生きたまま貪り食われるのならと自害をする寸前に助けて頂いて……ロノス様に心を奪われましたの。ですからお礼がしたくて……」

 

 これは本当の事だし、我ながら普段以上に恥ずかしがる演技が出来ていましたし、本当に恥ずかしかった。

 胸元のボタンに手を掛けて素肌を晒せば窮屈だった胸元が露わになりますし、これでも普段は殿方とは無闇に接触しませんのになんてはしたない真似を……。

 

「どうか……どうか一時の夢と思って……」

 

「いや、互いの立場からしてそうは行かないよね? 特に君は……皇室御用達の大商会の令嬢で皇帝の娘なんだから」

 

「……知っていましたの。なら、作戦は失敗ですわね」

 

 ロノス様に迫っていた足が届いた言葉でピタリと止まる。本来なら知られていない筈の事を何故知っているのか疑問に思いましたが、少し考えれば簡単でしたわ。

 

「手の者は其方の方が優秀な様で……」

 

 双子を禁忌とし、幼い内は余所で育てるという皇室の掟によって隠されていた私の存在。

 それを知っていたのなら今までの作戦は全て無駄で、なら肌を晒す必要も無いでしょうし、私はさっさとボタンを留めなおし、ロノス様はその間顔を背けている。

 

 あら、結構純情なのですね。……作戦続行で良かったかしら?

 

 

 まあ、第一印象が最悪だったのを強引に盛り返す為の作戦が失敗した今、私がすべき事は一つだけ。

 

「失礼しましたわね。まあ、折角用意したのですし、どうか座ってお食べ下さいませ。所で腹を割って提案させて頂きますが……私と、ヴァティ商会と手を組む気は御座いませんか?」

 

 ……こんな時の為に用意していた策に移行するだけ。

 どうせなら有利な関係が良かったのですが、こうなれば交渉による勝負しかないと思った時でした。

 

 

 

 

 

 

「おや、”神殺し殺し”たる時の使い手の気配を察知してやって来たのじゃが……邪魔だったみたいじゃの」

 

 不意に室内に入ってくる人影と聞こえた声。目を向ければ夜にも関わらず日傘を差した少女が窓枠に立っていました。

 



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お間抜け紅一点

 この辺で一応改めて確認をしておくべきだと僕は思う。

 何の確認かって? 倒さなくちゃ駄目な”敵”についてだよ。

 

 ゲームについての知識と文献、各国に散らばった夜が集めた情報から存在するし相対するであろう相手。……敵対を避けられるのなら避けるし、モンスターとかの危険な相手だったら事前調査で発見してから精鋭部隊でも向かわせれば良いけれど、て言うか、学生よりも軍人とかに任せるべきだ。

 税金から支払われるお給料は何の為だって事だよ。

 

 でも、向こうから僕達に接触して来るのなら簡単には行かない。

 下手に避けても無駄で、周囲を巻き込むのならば待ち構えた方がマシだって。

 

 ゲームにおいてラスボスだった僕とリアスだけれど、主人公のアリアさんの前に立ちふさがったのは別の勢力だ。

 

 大昔、それこそ聖王国が建国された時代に人を滅ぼそうとした光の神”リュキ”と闇の神”テュラ”。リュキは途中で思い直し、人に対する憎悪の部分である悪心を切り離し、テュラ共々封印すべく立ち上がった。

 その際に創り出した存在こそが光の使い手と闇の使い手で、それぞれ相反する属性の相手をする……筈だった。

 

 結論だけ言うと戦いの結末はリュキの勝利であり、その戦いの過程に起きた事件によって闇の使い手が忌避される様になる。どうやって生まれたのか、そして光の神が人を滅ぼそうとしたという事実、この二つは葬り去られて。

 

 そしてその事件こそが僕が、時の使い手が生まれた理由なんだ。

 

 

「……君、誰かな? どうやら僕の事を知っているみたいだけどさ」

 

 ネーシャに誘われて入った店に急に現れた少女に対し、僕は警戒を見せながら問い掛ける。

 相手が誰なのか、その答えはとっくに知っていたんだけれど。

 

 リンゴの日傘にゴスロリドレスを着た幼い少女であり、その髪の色はリアス以外では見た事がない。

 

 リュキが人を殲滅するべく創造した神獣。その神獣を統率する神獣将の紅一点。

 先日戦ったシアバーンが多くの事件の陰で暗躍する愉快犯でありプレイヤーのヘイトを集めるなら、彼女は……。

 

「私様が誰なのか知りたいのなら教えてやるのじゃ。人を滅ぼすべく生まれ、主の本当の意志のままに行動する忠実なる下僕! 神獣将が一人”サマエル”とは私様の事……じゃっ!?」

 

 窓の縁に立ち、自分に酔った様子で見得を切るサマエルの靴は少し底が分厚いブーツ。

 見事に足を踏み外し、後ろによろけた。日傘を手放してバタバタと手を振るけれど体勢を立て直せずに地面に向かって真っ逆様。

 結構な音と共に地面に落ちて、呆然とした様子で空を見上げ、それを見たネーシャは気まずそうに呟く。

 

「……えっと、何をしに現れたのでしょうか?」

 

 うん、そうだよね。

 そう、サマエルは神獣将の紅一点にしてギャグ担当、例えるなら子供向けアニメで毎回主人公に負ける面白い敵のポジションなんだ。

 

 ……ゲームでの初登場シーンでは猿のモンスターが捨てたバナナの皮で滑って川に落ちて流されたっけ。

 

 

「サマエル……文献で目にしましたわ。確か聖女によって封印された怪物の名前だったかと。急に姿を現しましたし、少なくても見た目通りの子供ではないでしょうね」

 

 そう、僕達は声を掛けられるまでサマエルの存在に気が付かなかった。格好付けた挙げ句に足下を滑らせて転落する間抜けにだ。

 シアバーンも使っていた”転移魔法”、それが連中の持つ厄介な手札。

 少なくても直前に察知するだけなら可能だけれど、それでも何時現れるか分からないのは本当に面倒な話だ。

 

「……見た目が子供でなければ曲者として攻撃するのですが、十歳程度の特に分かり易い悪さをした訳でもない少女相手にすれば外聞が悪過ぎますわね。先ずは捕らえて話を聞き出す、それからかしら?」

 

 うわぁ、合理的だなぁ。人目が無かったら手足の一本でもへし折っていそうな剣呑な視線をネーシャはサマエルに向け、何が起きたのか漸く理解した様子の彼女は跳ねる様に飛び起きて服に付いた土埃を払い落とす。

 

「君、大丈夫かい?」

 

「ヤバいっ!」

 

 横から声が掛けられたのは当然の流れだったのだろう。

 十歳程度の女の子が二階から転落すれば目撃者は心配するし、医者を呼んだり無事を確かめたりするのは善人ならば当然で、その当然が当然の様に行われる事に僕は嬉しいと思うよ。

 

 でも、今は喜んでいる場合じゃないんだ。サマエルに声を掛けたのは若い男性で、子供なのか妹なのか幼い女の子と一緒に歩いていたけれど、サマエルを心配してか声を掛け、目立った怪我が無い事に安堵した様子でホッと一息。

 

「有象無象の人の子如きが私様に話し掛けるとは無礼な奴じゃな」

 

 冷たい声と共にその顔面に向かって閉じた日傘が振り抜かれた。

 

「わっ!?」

 

 響いたのは重厚な金属同士が衝突したみたいな音で、日傘と男性の間に現れた黒い板状の物から響き、驚いた様子の男性は腰を抜かし、今度は傘の先が心臓を貫こうと突き出されるけれど、それも続いて現れた黒い板で防がれた。

 

「空気の時を停止させたのじゃな。成る程、卑怯なだけでなく腕も立つと」

 

「僕が卑怯? おいおい、不意打ちをした君が何を言ってるんだい?」

 

 サマエルの顔が自分から僕の方に向けられた途端に這いながら男性は逃げて行き、僕は二階の窓からサマエルを見下ろして睨み合う。

 ったく、ギャグ担当だからって油断していたよ、僕の間抜けが。

 

 頭が足りていない上に少女の姿をしていても、人を大勢殺す為に力を与えられて誕生した化け物で、人を殺す事に躊躇しない危険な相手だ。

 ゲームでは最終的にアリアさんに絆された所を復活したリュキの悪心に殺されたけれど、ゲームと同じ状況で同じ言葉を向けても同じ結果になるとは限らず、少なくとも今は絆されている状態じゃない。

 

 

「誤魔化されると思わない事じゃ! 私様の足下を狙って滑り落とさせた事は見抜いておるぞ!」

 

「いや、違うから。君が間抜けなだけだって。……え? 自覚が無いの?」

 

 如何にも驚愕してるって演技で手を口元に持って行き、隠し持っていた小さな笛を吹く。人の耳には届かない音だけれど、幸いにもサマエルにも聞こえなかったらしい。

 

「ぐぅ~! 私様を愚弄するのじゃな。ならば貴様を仲間に引き込んでやるのは止めじゃ! 折角光の使い手と闇の使い手を殺すという使命を果たさせてやろうと、ぐぎゃっ!?」

 

 僕の言葉が随分と気に障ったのかサマエルは地団駄を踏みながら指先を向けて来て……絶対に許せない言葉を吐いた。

 サマエルの後頭部周辺の空気の流れを巻き戻しつつ時を止めれば絶対に壊せない強固な空気の塊が叩き付けられる。

 不意打ちによってサマエルは前のめりに倒れ込み、その矮躯を停止した空気が包む。情報を吐かせる為に頭は出したけどこれで動けない。

 

「僕が誰を殺すのが使命だって? まさかリアスじゃないよね? 可愛い妹のリアスを殺させてやる、だって? ……お前が死ぬか?」

 

 怒りによって頭の中が真っ白になりそうになるのを抑えるけれど、殺気と物騒な言葉は抑え切れそうにない。

 ああ、駄目だ。目の前の相手がリアスや他の大切な人達に危害を加える存在だと分かっているだけに自制が働かない……。

 

「落ち着け、馬鹿者。あの様な間抜けの言葉で我を忘れてどうする」

 

 背後から頭を叩かれ、続いて金色の光の粒子が周囲を舞ったかと思うと不思議と冷静になって行く。

 振り向けば不機嫌そうに腕を組むレキアの姿。

 どうやら妖精の魔法を使ってくれたらしいね。

 

「レキア……助かったよ」

 

「礼は後で良いから構えろ。……面倒なのが現れるぞ」

 

 突然の地震がミノスを襲い、地面が割れたかと思うと熱気が噴き出す。

 地中から巨大な怪物が姿を現した。

 

 



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大蛇強襲

 ”それ”は異様な熱気を周囲に振りまきながら姿を見せた。建物の二階に居ても見上げる程に巨大な蛇。月明かりを反射する文字通りに黄金の肉体には鱗が一枚一枚存在し、それがかなりの高熱を持っているらしく融解して滴り落ちている。

 

「にょほほほほほほ! どうじゃどうじゃ! 丁度良い実験台をシアバーンの奴から貰ったので早速利用して見たの……熱っつうっ!?」

 

「……うわぁ」

 

 当然、その超高熱の雫は真下に居るサマエルへも降り注ぐし、時間停止した空気に包まれている体は兎も角、頭は出ているから僕達を見上げて笑っていた顔面に喰らい、煙が出る顔を地面に擦り付けて転げ回るんだけれど、地面にだって落ちているから余計に熱い思いをしちゃってる。

 

 うーん、見た目が少女なだけで実際は大昔に大勢手に掛けた化け物なんだろうけれど少し可哀想な気がして来たぞ。

 思いっきり自爆でしかないんだけどさ。

 

「あっ、落ちましたわ」

 

 尚、ネーシャには一切同情した様子は見られない。多分こっちが正しいんだけ

 

「のじゃぁああああっ!?」

 

 サマエルは熱がりながらゴロゴロと地面を転がり、そしてそのまま黄金の大蛇が現れた地割れの中に転がり落ちて行った。

 ……うん、駄目だ。脱力している場合じゃないんだけれど、何だかなぁ……。

 

「来るぞっ!」

 

 あまりにも間抜けな姿を晒した伝説の怪物の姿に気を取られる僕達だけれど、黄金の大蛇はそんな事を気にも止めずに鎌首をもたげ、金の滴が滴る舌を動かすと勢いづけて僕達が居る建物に突っ込んで来た。

 

「きゃっ!?」

 

 勢い良い向かって来るから飛び散る雫が広範囲に散らばり、焼けた臭いが届く上に開いた窓からも雫が飛び込んで来て、ネーシャは思わず身を竦めて悲鳴を上げて、僕は庇う様に前に飛び出していた。

 

「大丈夫。ネーシャの事は僕が必ず守るからさ」

 

「おい、私は?」

 

「も、勿論レキアだって守るさ……」

 

 自然と口を出た言葉の後に時間停止した空気に黄金の大蛇が激突して動きを止める。今の衝撃で結構な量が周囲に散らばり体積が結構減った風に見えたけれど……。

 

 チラッと外を見れば融解する程の高熱を持った黄金の大蛇に悲鳴が上がるけれど住民達は大勢の夜達が担いで避難させているのが見えた。それぞれ普段の如何にも忍者ですって格好をフード付きの服に変えて顔を隠して住民の保護に当たっている。

 

 その内、遠目に映った一体が出したハンドサインは”本体の肉体は出せない”。

 

 屋敷の護衛や各国に散らばらしている諜報役、そしてこれだけの数を出すとなれば力の大部分を回す事になり、今の状態の僕と同様に夜鶴も全力を出せないって訳だ。

 

 まあ、良いさ。……あの大蛇は僕が倒すから。

 

「おい、ロノス。あの大蛇もゴーレムの類であろう? ならば時間操作で無効化してしまえ」

 

「あ、あれ? そういえば急に現れたから反応が遅れましたけれど……妖精?」

 

「ふん。聖王国と妖精の関係を考え見れば妾がロノスと親しい事に何の疑問が在る。そんな事よりもさっさとせぬか」

 

 少し落ち着いたのか漸く自分に反応したネーシャを一瞥もせずにレキアは指示を飛ばしてくるけれど、僕との仲が”親しい”って認めたのは少し嬉しかった。

 うん、何時か友達になりたいって思ってたけれど、レキアの中じゃ既に友達だったんだ。

 

 だから折角の指示を否定するのは辛いなぁ……。

 

「流石にあの状態のゴーレムを元に戻した場合、あの溶けた状態の金から作ってたのなら一気に流れ出すし、あの量を即座にどうにかするのはちょっと難しいかな?」

 

「ならば時間を止めろ!」

 

「いやね、あの黄金の大蛇だけれど、術者と同化しているみたいなんだ。僕、意識のある生物の時間を操るのは未だちょっと……」

 

「ええい! リアスが言うには貴様は世界一強くなれるのだろうが! その様な無様でどうする!」

 

「いや、実は理由があって……」

 

 ちょっと反論が出来ないな、これは。

 あの大魔法の消耗なんて言い訳には出来ないし、ネーシャの前では匂わすのも駄目だ。

 

「でも大丈夫さ。それ以外の方法で倒すからさ。……っと、その前にちょっと失礼するよ、ネーシャ。急いで此処を脱出しなくちゃだしね」

 

「ひゃっ!?」

 

 何度か体当たりを繰り返して漸く無駄だと分かったのか黄金の大蛇は尻尾を大きくなぎ払い高熱の滴を振りまきながら僕達が居る建物に叩きつけようとするけれど、それも当然防ぎながら僕はネーシャを抱き上げた。

 突然のお姫様抱っこに驚いたネーシャだけれどこんな状況だから我慢して貰うとして、今は此処から出ないと禄に戦えない。

 

「も、もう! ロノス様ったら強引なのですから……」

 

「ごめんね。じゃあ、飛び降りるよ?」

 

「……へ? きゃ、きゃぁああああああああっ!?」

 

 躊躇無く窓から飛び出し、時間を停めた空気を足場にして大蛇から距離を取る。

 余程ビックリしたのかネーシャがしがみついて胸が強く当たっているけれど、今は気にせず観察だ。……ネーシャじゃないよ? この体勢だと胸元が間近だけれど凝視する訳にも行かないしさ。

 

「うわっ、元に戻ってるよ……」

 

 動く度に滴り落ちて行く高熱の金だけれど、それ自体は一度離れたら操れなくても本体に触れれば自動的に元に戻っている。

 あの巨体で渦を巻くみたいにして這いずり回られたら厄介だ。

 

「……ああ、それに厄介と言えば」

 

 黄金の大蛇が現れた場所であり、さっき自爆の果てにサマエルが転がり落ちて行った場所から彼女が飛び出そうとしているのが見えた。

 所詮は下準備もしていない簡易な魔法によるものだから術者から離れれば効果が薄まるし、大量な魔力で中和すれば拘束は溶けるんだけれど、この短時間でってのはちょっと自信が喪失しそうだ。

 

「にょほほほほほほ! 私様をあの程度で倒せたと思っていたら大間違いじゃ!」

 

 いや、間抜けだとか馬鹿とは思っていたけれど、あの程度で倒せたとは思っていないよ。

 だってさ、彼女ってギャグ担当でありながらも三体の中で一番最後まで生き残り、最後に力を取り戻して挑んできた時の能力値は当然だけれど最強。

 

 ”シリアスに割く大部分を戦闘力に持って行かれた女”、お姉ちゃんはそう評していたっけな。

 

 

 ほぼ垂直の悪路を物ともせずに駆け上がり、傘を構えて飛び出す。

 

 

 

「のじゃっ!?」

 

 其処に大きく体をうねらせて遠心力で威力の上がった大蛇の尻尾がクリーンヒット、寧ろ自分から軌道に飛び込んだよね?

 

「注意一秒怪我一生。事故には本当に気を付けようか」

 

 大きく吹っ飛んで行くサマエルだけれど、僕も他人事ではないんだよね。

 だってさ、リアスって組んで戦う時に僕を信頼してか平気で広範に魔法を放ったりハルバートを振り回したりするんだもん。

 

 妹に信頼されるお兄ちゃんって大変だよね!

 

「の、のじゃ! この程度で……」

 

「キュイイイイ!?」

 

 そして事故が事故を呼び、さっきの笛で呼んでいたポチが全速力で向かって来ている正面にサマエルが飛び込んだ。

 

「にょほぉおおおおおおおっ!?」

 

 咄嗟に止まろうとしたポチだけれども簡単には止まれない。結果、防風目的で周囲に張ってる風の壁に激突されたサマエルは放物線を描いて遙か遠くに飛んで行った。

 あ、建物に頭から突っ込んで、大蛇の影響も在ってか完全に崩れて下敷きだ。

 

「キュイ!? キュイキュイ!?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。僕の敵だから跳ね飛ばしても構わなかった相手だよ。ほら、それよりもこの子をお願い」

 

「キュイ……」

 

 人身事故の発生に大いに慌てたポチを撫でてやりながらネーシャを背中に乗せる。

 え? だったら止まろうとせずに全力で跳ね飛ばすんだった?

 次があったらそうして貰うよ。ポチは良い子だなぁ……。

 

 

「じゃあ、ちょっと離れてて。今からアレを……斬り伏せる」

 

 ポチの前脚には夜鶴の本体である大太刀が掴まれていて、柄を持てば鞘が自然と動いて抜ける。月明かりに照らされた刀身は美しく、何でも良いから斬りたいという欲求が心を支配し始めた。

 

「……矢っ張り妖刀なんだよなぁ」

 

 慌てて気を取り直して黄金の大蛇を見据え、大上段に構える。

 

「あれ? 喉の当たりが膨らんで、代わりに胴体が少し萎んでない? もしかして……」

 

 黄金の大蛇は大きく膨らんだ頭を僕に向けた状態で蜷局を巻いてドッシリと構える。

 猛烈に嫌な予感がした瞬間、予想は的中して灼熱のブレスが吐き出された。

 

 

「黄金のゲロみたいだなぁ……」

 

 融解した金のブレスを前にして思わず場違いな言葉が出てしまいながらも攻勢に出るのを中断して防ごうとした瞬間、天から地に向けて雹混じりの暴風が吹き荒れ灼熱のブレスを地面へと叩き落とした。

 

 

「今のはポチ……だけじゃない」

 

 風自体はポチの得意分野だけれども雹は使えなかった。なら、誰の魔法かなんて直ぐに分かった。

 

「キュイ!」

 

「サポートはお任せ下さいませ!」

 

 見ればポチの背に乗ったネーシャがウインクをしながら腕を前に突き出している。

 吹き荒れる風に混ざった雹は大蛇の熱気から周囲を冷やし、火災の勢いだって落としていた。

 

 

「うん、これは心強いや」

 

「うふふふ。私に惚れてしまいましたか?」

 

「まあ、ちょっと素敵だって思ったかな? 改めて一緒にお茶でも飲みたい位にはさ! ……んじゃ、さっさと終わらせようか!」

 

 ネーシャの冗談に冗談で返し、停止させた空気を踏みしめながら大蛇へと迫った。

 周囲を舞う冷気が大蛇の熱気を中和、これで一切迷い無くたった切れる!

 

 

 

「ひゃう……」

 

 あれ? 今、背後からネーシャの変な声が聞こえた気が……。

 

 

 

 

 

 

 



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怒りの矛先

 妖刀である夜鶴の能力は自らを振るう肉体と、その分体の創造が主だ。

 分体とは記憶の同期が必要な他、五感の共有だって可能、プライバシーなんて在ったもんじゃないけれど、基本的に自分だって認識だから気にはならないらしい。

 

 戦闘に関しては本体の肉体が最も強く、分体は個性が見受けられない量産品……最近では個性が芽生えているんだけどね。

 しかも創り出したのを一旦回収しても再び出せば消す前の続きになっていて、本人も自分の仕様に驚いていたっけ。

 普段は寡黙でクールなだけに可愛かったな。……本人に言ったら驚いて蒸せたけど。

 

 そんな夜鶴だけれども本体の肉体を出すには全体の内の半分以上のリソースを必要としていて、分体を出し過ぎれば本体が出せない。

 要するに他の誰かが振るう必要が生じるって訳だ。それは分体だったり……主である僕だったりね。

 

 

 夜鶴は刀身だけで三メートル程、大昔の記録では三メートル越えの太刀の記録があったと何処かで知った覚えはあるけれど、これはそれ以上の長さ、通常だったら長さと重さから来る取り扱い辛さに振り回され、折角の切れ味も無駄に終わる程に本来は扱える筈のない能力のオマケみたいな存在だ。

 

「はっ!」

 

 だけど、僕の師匠は化け物みたいな強さの乳母だ。恐らく現世界最強はレナス、同率であの人だ。

 彼女が鍛える以上は普通の範疇で居る事なんて許されず、マトモに扱えないなら扱えるまで鍛え上げられた。

 何より、あの人に鍛えて貰いながら通常は扱えない程度の武器を扱えなくてどうする!

 

 振り下ろした刃は黄金の大蛇の一部を大きく切り飛ばし、散らばりそうになったそれをポチの操る風が吹き飛ばし、融解するほどの高熱の金に寄ってもネーシャの魔法による冷気が熱を和らげて接近戦を可能にする。

 

 巨大が激しくうねって僕を叩き潰そうとするけれど、空中を自由に駆ける僕には当たらず、大きい隙を晒すだけだ。

 ポチが吹き飛ばせる量にも限度があるから見極めながら斬り続け、大蛇は確実に体積を減らし続ける。

 

 

 いい加減やられ続ける事に怒りが限界なのか今度はポチとネーシャを狙うけれども雑な動きじゃポチには当たらない。乗り慣れていないネーシャがしんぱいだけれども、このまま一気に押し切れそうだ。

 

「ロノス様! 下ですわ!」

 

 ネーシャの声に反応し、咄嗟に飛び退けば足元にはサマエルが突っ込んで崩れた建物で、その瓦礫が真上に向かって吹き飛ばされる。

 おいおい、あの程度で死ぬんだったら封印じゃなくて討伐されていると思ったけれど、多少ダメージを受けて服も汚れてはいるとは言っても大きなダメージを受けた様子のないサマエルが姿を現し此方を見ている。

 

「助かったよ、ネーシャ」

 

「いえいえ、この程度はお気になさらずに。……それにしても半信半疑でしたが、あの様子じゃ本物らしいですわね」

 

「うん、最悪な事にね」

 

 嫌そうな顔をサマエルに向けるネーシャだけれど、多分封印が解けたばかりで万全の状態じゃないって知ったらどんな反応を示すだろう?

 

「……私様相手に此処までのダメージを与えるとは評価に値するのじゃ。褒美に地獄を見せてやろうぞ」

 

「キュイ?」

 

 うん、確かに殆ど自爆だって思うけれど気が抜けるから指摘したら駄目だよ、ポチ。

 今も大物って感じで振る舞っているけれど、実際は連れて来たモンスターの攻撃に割り込んで吹っ飛ばされて、飛んだ先で弾かれただけだし誉められても嬉しくない。

 

「ああ、先に言っておくが見逃す気は無いのじゃ。神獣将の一員として神に仇なせる者も、それを止められる力を持ちながら私様達に味方せぬ者も、それ以外の人の子も一切合切完殺するのが役目であるからな」

 

 サマエルに先程までの間抜けなギャグ担当の気の抜ける空気は見られず、正しく人を殲滅する為に生み出された神の下僕という感じだ。

 

 これは一切油断出来ないし、見逃す気が無いのは僕も同じだ。

 敵が本調子じゃないのなら本調子を取り戻す前に始末するのが鉄則で、確かに強い相手との戦いはワクワクしても他に優先事項が在るのなら話は別だ。

 

「僕も君を此処で倒したいな。僕と、僕の大切な人達の平穏の為にもさ」

 

 黄金の大蛇が口を大きく開いて僕に迫るも僕は其方を見ず、無造作に刀を振るう。但し、魔法によって限界まで振りの速度を高めてだ。

 剣閃煌めき、大蛇は上下に両断されて地に落ちる。直ぐにくっついて動き出すんだろうけれど、今はこれで十分。

 再生には少し時間が必要で、その再生する過程も目にしたし、これで十分だ。

 

 

 

 そう、僕の役目としてはね……。

 

「囮、ご苦労。此奴の相手は妾に任せよ」

 

 僕に注目していたサマエルの背後から声が響き、咄嗟に背後を向いた彼女の足下が爆発した。

 

「なっ!?」

 

「阿呆が。不意打ちで不用意に声を掛けるか」

 

 これが背後なら対処出来たかも知れないし、声が無ければ足下に反応したことだろう

 

 そう、さっきから僕はサマエルが大きなダメージを受けていないのは分かっていた。だから派手に動いて意識を向けていたんだ。

 

「ぐぬぬ! 妖精が何故邪魔をするのじゃ!」

 

「そうだな。……貴様の仲間にコケにされた腹立ち紛れ、とでも言っておこうか」

 

 腕を組んで真顔で告げるレキアだけれど、サマエルにもかなり怒っているのが伝わったらしく、ついでに誰の事なのか馬鹿な彼女でも速攻で思い当たったらしい。

 

 味方にまでその認識って、

どれだけ性格が悪いのさ。

 

「シアバーンの奴じゃな! あの性悪女が余計な遊びでも入れたに決まっておる! ええい! 今度会ったらお仕置き、じゃっ!?」

 

 シアバーンが余計な事をしたからレキアの怒りが自分に向けられたと思ったのか憤るサマエルの足元が再び爆発、今度は咄嗟に飛び退いて躱したけれど風圧でスカートが捲れている。

 僕の居る場所からじゃ角度の問題で見えないし、元々十歳程度の見た目の子のスカートの中身なんてリアスのスカートの中身と同じ位に僕は無関心だ。

 

 まあ、他の連中に見られそうならリアスのは無関心では居られないんだけれど。

 

「貴様に”今度”が有れば存分に言うが良かろう。ああ、あの世で存分に言うのでも構わん」

 

「のじゃ!? にょほっ!? ちょ、ちょっと待つのじゃっ!?」

 

 話しながらもサマエルの四方八方で爆発を起こさせるレキア。

 うん、本当にシアバーンに接触を受けて騙されてたっぽいのが屈辱だったみたいだ。

 

 でも、ちょっと心配だ。

 

 

「レキア! 後で手助けに行くから無理はしないで! 君が怪我でもすれば僕は悲しい!」

 

「……ふん。まあ、気を付けるさ。ああ、傷が残れば貴様に責任を取って貰おうか?」

 

「分かった!」

 

「……ほへ?」

 

「慰謝料はちゃんと払うし、お祖父様の許可を得てあの魔法を一旦解除させて貰うから安心して!」

 

「死ねっ!」

 

 ……あれぇ? 何故か罵倒されたぞ。

 

「っと、今は集中集中。ネーシャ。君は大丈夫かい?」

 

「ええ、ロノス様のお陰ですわ。すっかりお世話になってしまいましたし……私をお礼に差し上げるべきかしら?」

 

「あははは。ちょっと貰い過ぎかな? こうやって一緒に戦うのは楽しいし、悪い話ではないけどさ」

 

「お釣りは不要でしてよ? ……それにしても本気にさせたいのかしら?」

 

「ロノス! 貴様は本当に死んでおけ!」

 

 冗談返しに照れるネーシャと再び僕を罵倒するレキア。戦闘中に気楽だけれど、黄金の大蛇は既に三割は削ったし……目星は付いた!

 

「このまま一気に攻めて、サマエルもぶっ倒そう! ポチ! もっと活躍したら大好物の羊をあげちゃうよ!」

 

「キュイ!!」

 

 僕の言葉にポチは喜び勇み、真上からの強風で大蛇の動きを阻害しつつ、僕が通る場所だけは風が止む。

 このまま一気に決めようとした時、大蛇の胴体が急激に萎み、頭に体積の殆どが移動する。

 

「此奴、街に向かって全部放つ気だっ!」

 

 流石にこの量はポチでも防ぎきれないし、僕だって漏らす可能性が有る。

 ちょっと不味い事になったぞ!

 

 黄金の大蛇が見据えるのは町の中心部。今は住民の避難が済んで居るけれど、彼処に融解した金を吐かれたら一気に火の手が上がっちゃう。

 

「……こうなったら」

 

 ネーシャが居るけれど”明烏”の能力を……。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、若様。此処は私にお任せを」

 

 少し焦ったその瞬間、クヴァイル家の未来を担う才女が不敵で素敵な笑みを浮かべて現れた。

 

「さて、クヴァイル家の敵は文字通りに地の底まで落として差し上げましょうか」

 

 

 



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一時決着

 パンドラの声が響いた瞬間、鋭利に隆起した地面が黄金の大蛇を刺し貫いた。

 

 常に融解した金が体表から流れ落ちてはいるけれど完全に全体が液体になっている訳でなく、例えるなら溶けかけたアイスクリームや雪だるま。中心部には固体の部分が残っている。

 刺し貫かれた部分から高熱の液体になった金が流れ出すけれど、大蛇を貫いたまま地面が沈み、沈んだ分は穴の周囲が壁になって盛り上がった。

 

「これでブレスの勢いは大幅に削れ、吐いても街には届きません。若様、此処から先はお願い致します」

 

 パンドラが微笑み、実際にブレスが街の方に向かって放たれるけれど量が足りず、深い穴の底では穴を囲む土壁に僅かに届いただけだ。

 その金はすかさず空中に固定。大蛇は最初の半分も体積が残っていなくて、頭部だけが不自然な程に大きさを保っている。

 

 ……馬鹿だなぁ。

 

「パンドラ、君は素敵だね。抱き締めてキスしたい位さ」

 

「では後程唇……いえ、頬……額にお願いします」

 

「うん、分かった!」

 

 僕を睨んでいる様に見える大蛇に向かって僕は空中を一気に駆け下りる。大蛇は大きく身を縮め、その勢いを乗せて一気に飛び掛かる。頭の先は鋭く尖った槍みたいに変化し、融解した金が滴り落ち続けるけれど形は崩れない。

 

「無駄だよ。もう街の被害を気にしなくて良いんだからさ。パンドラは本当に素敵だなぁ」

 

 黄金の大蛇を維持する魔力は全体に行き渡り、今も供給が続けられて活発に動き続けている。

 なら、その魔力が停止すればどうなるかって? 答えは簡単さ。

 

「”マジックキャンセル”」

 

 電子回路を流れる電気が停止するみたいに魔力の時を停め、その瞬間に黄金の大蛇は完全に溶けた石像みたいに形が崩れて落ちて行く。

 頭部の上側、脳味噌の辺りから半透明の膜に包まれたフードと道化の仮面の術者が現れた。

 目の所の穴から見えるのは白目と黒目の色が逆転した瞳と黄金の腕輪を填めた皮と骨だけになったガリガリの腕。此奴、一体誰だ?

 

 ……あの腕輪はゲームではチェルシーが填めていた物だった……と思う。うろ覚えの記憶じゃその程度で、精々命と精神の汚染を対価に凄まじい力を与えるって事。

 あのエンシャントドラゴンゴーレムも此奴の仕業かな?

 

「……ロノス! ロノス・クヴァイルゥウウウウウ!!」

 

「声が嗄れているし、知り合いだったとしても誰か分からないな。恨まれる理由は……まあ、貴族だし色々か」

 

表沙汰に出来るのも出来ないのも、貴族社会じゃ沢山思い当たるのが当然だ。

 錆びたナイフを振り上げて襲い掛かって来るし、声からは殺気を感じるよ。

 

「遅い」

 

 でも、恨みが正当だったとしても殺されてやる気は毛頭無いし、この程度じゃ僕は殺せやしない。壁を蹴って一気に加速、その勢いを突きに乗せて腕輪を狙う。

 大蛇の熱から体を守り宙に浮くのに使っていた膜も、咄嗟に割り込ませたもう片方の腕すらも易々と貫いたけれど腕輪は大きなヒビが入ったけれど貫通には到らない。

 

「いや、違うな。自動修復か」

 

 夜鶴を通じて感じる押し戻す力と引き抜いた途端に塞がる傷。ゲームでは魔法で一気に吹き飛ばしたけど、ちょっと油断が過ぎたかな? もうちょっと力を込めて肉体共々両断する気で振れば良かったよ。

 

「ぐぅぅ……」

 

「でも君は生け捕りの方が良いかな? 他国の相手でも同国の政敵でも生きていた方が都合が良いからね」

 

 逃がす気はないけれど、今は逃げの一手だった筈だ。それを此奴は恨みを優先して向かって来たし、自国の街を襲った下手人を見逃すのは愚か者でしかない。

 悪いけれど僕は愚か者になる気は無いし、悪いのは君だ。

 

「腕輪が再生するのなら……腕を貰うよ」

 

 肘から先を斬り飛ばし、ついでに勢いを乗せた蹴りを顔面に叩き込む。随分と硬質な感触が伝わったけれど気にせず地面に向かって叩き落とし、真下に溜まった金の時を停めた。まあ、灼熱の金に包まれたら死んじゃうだろうからね。

 

「さてと……」

 

「ロノス、そっちに行ったぞ!」

 

「何が……わわっ!?」

 

 響いたレキアの声と迫る気配に意識を向ければ、サマエルの日傘が先端を僕に向けて向かって来ている。時間を停止させて防げ……ないっ!?

 リンゴの日傘は動きを停めず、表面に爬虫類の瞳が現れる。此奴、モンスターだったのっ!?

 

 咄嗟の空気を蹴って軌道上から逃げれば向かって行くのは道化仮面の男の所。残った腕を貫通し、すわ口封じかと思いきや光って一緒に消え去った。

 どうやら転移で逃げられたらしく、腕輪の嵌まった腕だけを手土産代わりに穴から飛び出せばサマエルにも逃げられたのか不機嫌だけれど目立った怪我のないレキアが寄って来る。

 

「無事みたいで安心したよ。でも隠れて見えない怪我はないかい? 君が痛い思いをすると僕は悲しいんだ」

 

「……恥ずかしい奴だな。あれか? 貴様、妾が好きなのか?」

 

「うん、大好きさ。子供の頃からずっとね」

 

「そ……そうか。まあ……私も貴様が嫌いではない」

 

 苦手な部分もあるけれど、じゃないと友達になりたいだなんて普通は思わない。

 だから友達が無事だと僕は嬉しい。

 

 それにしても女王様に教えられてからはレキアも素直になってくれたよね。前までは人間なんて嫌いだって態度だったのに、ちゃんと友達だから好きだってみたいな事を口にするんだからさ。

 

「うんうん、レキアはそっちの方が可愛いと思うよ」

 

「……恥ずかしい奴め」

 

 ありゃりゃ、同じ事をいわれちゃったよ。

 

「さてと、一旦は終わりだね。問題は山積みだけどさ。それにしても結構被害が出ちゃったなぁ」

 

 人的被害は殆どないみたいだけれど、黄金の大蛇のせいで建物が焦げたりしているし、金が冷えてそこら辺にへばり付いている。穴の底にも結構溜まっているし、資金にはなっても、これだけの量を一気に出せば価格相場に影響しちゃいそうだ。

 

 いや、その辺はゴブチョの仕事か。ご苦労様だし、僕も家から人員を派遣するとして、今は僕の仕事をこなそう。

 いい加減眠いし結構力を使ったけれど最後の大仕事として街の時間を戻して行く。金はそのままに地面や建物を元の状態にして、凄い疲労感の中、地面に降り立てばパンドラが支えてくれた。

 

「……良い匂いだね。あっ、そうだ」

 

 レキアに戦って貰った事を女王様に何か言われそうで怖いし、どうも捨て駒か実験台らしい道化仮面の男の右腕と腕輪だけは手に入れたけれど、主犯については公にすれば混乱を招くか信憑性の薄い騙りの類だったと判断されるだけだ。

 まあ、混乱防止には後者で十分なのだけれども。

 

 この大量の金の取り扱いとか観光業への打撃とか住民の心のケアとか撃退したと言えば聞こえは良いけれど実際は逃げられただけだって失態についてだとか、もう考えるだけで疲れそうだし、実際に対応に当たる今後はもっと疲れるんだろうけども、今はすべき事がある。

 

 …それにしても眠くて頭が働かないや。

 

「わ、若様? 一体何を……」

 

 僕の体を支えてくれているパンドラの腰に手を回して抱き締める。花の香りによく似た髪の匂いが漂って、押し付けられる柔らかい体の感触に心地良さを感じながら顔を近付ける。

 

「何って、約束を守らなくちゃ……えっと、確か……」

 

 戸惑うパンドラに笑みを向け、その頬に軽くキスをする。…あ、間違った。

 頬じゃなくて額にしてくれって言ったのにうっかりしてたよ。

 

「ひゃ、ひゃわ……」

 

「ごめんごめん。もう一回」

 

 今度はしっかりと額にキスして、誤魔化す為に頭を撫でてもう一度強く抱き締める。

 後始末とかパンドラに任せる事が多いし、労っておかないとね。

 

 

「「……」」

 

 ……あれぇ? なんか、背後から、怒りを感じる……。

 

 恐る恐る振り返るけれどレキアもネーシャも怒ってないみたいだし、敵が未だこっちを見ていたのかな?

 所でポチはなんで二人を警戒して羽毛を逆立ててるの? こら! 止めなさい!

 

 

「おい、妾に大仕事をさせたのだし、礼として何処かで接待せよ。無論貴様が考え、貴様のみでもてなすのだ」

 

 レキアは僕の肩に止まって挑発するみたいな口調で告げる。

 

「あら、でしたら私も先程お誘いになったお茶の約束を期待しても宜しいのですの? 勿論二人きりじゃないって野暮は言いませんわよね? ふふふ、楽しみですわ」

 

 ネーシャもレキアの提案に乗っかる形で告げて来て、僕の背中に体をすり寄せる。前後から挟まれてるし、嫌じゃないけれど嫌でも二人の感触を感じられた。

 

 ……それにしても強引だよ。別に良いけれどさ。

 

 

「キュイキュイ!!」

 

「え? ポチも頑張ったからご褒美を割り増しして欲しいって?」

 

 仕方無い子でちゅね~。今回は特別でちゅよ~?

 

「取り敢えず一休みしようか。皆疲れているだろうからね」

 

 今後も一波乱も二波乱も有りそうだけれど、今は無事解決って事で……良いよね?

 

 

 

「所で明日の学校なんだけどさ……」

 

 疲れているし既に夜遅いし、休むのは無理でも昼からなら……。

 

「ええ、後処理は私に任せて普段通りに登校して下さって結構です。少し休んでもポチの速度ならば大丈夫ですね」

 

 ……厳しい! でもパンドラが頑張るんだから当然だよね。……ちぇ。

 



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今後の方針

絵とか漫画とか

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 神獣将サマエルとの邂逅とその道具だろう道化仮面の男との戦いから数日後、僕は相変わらず忙しい日々を送って居たんだ。

 いやね、”為政者に完全な休日は御座いません”って感じでパンドラが仕事とか勉強課題をどんどん持って来るし、”無理”だとか”休みたい”とか彼女の仕事量を考えれば言えないし、言ったら駄目だ。

 

 僕は誰だ? ロノス・クヴァイル、クヴァイル家の次期当主で、継ぐべき家はお祖父様の計画で将来的に分割する予定だけれども、聖王国では屈指の力を持っていて影響力の大きさは陛下にも匹敵する。

 まあ、分割するのは確かだけれど、それは僕の次の世代だし、パンドラに政務の殆どの権利を任せるとは言っても最終的な責任は僕に有るし、有るべきだ。

 

「ふぅ~! 疲れた~!」

 

 今日は王国で発生した山崩れの処理、本来は土属性の魔法でどうにかする案件なんだけれど、規模が大きく時間が掛かるからって僕に仕事の依頼が回って来た。

 まあ、結構重要な道で聖王国の商人にとっても必要な道だったし別に良いんだけれど、山崩れの時間を戻しても、山崩れによって生息域が変わったモンスターが襲って来たのには参った

 

 鋼鉄の毛皮を持つ大猪”メタルボア”の群れ、ゲームではフリートの好感度を上げたら起きるイベントで戦う事になった中盤のボスだったけれど、まさかゲームではラスボスだった僕が倒す事になるなんてさ。

 

「まあ、襲って来たんだから仕方無いし、主人公が行かない間は存在せずに被害も出さないって事も無いんだから別に良いけどさ。友達の実家だし、大公家に恩を売れたのは家への利点だし。それにしても……」

 

 屋敷の大浴場で天井を見上げながら一人呟く。風呂に入る前に体を洗うんだけれど、今日は洗う係の人が遅れているとかで待つ事になっていた。

 

「体なら自分で洗えるし、一人でゆっくりとしたいんだけど、貴族ってのは此処が面倒だよなあ。さて、ちょっと確認。天井から滴り落ちる水の時間を停止……よし。使用割合が減った気がする」

 

 此処最近の戦闘によって結構レベルが上がった感じだ。……ステイタス画面なんて存在しないから確認は出来ないし、”戦ってたら戦闘中の興奮によって眠っていた力を引き出せる様になる”とかの類なのかも知れないけれど、こうやって戦いによって力を付けられるのは本当に助かる。

 

 まあ、逆を言えば時間を与えただけ敵側も強くなって行くって事だし、悠長に時間を掛けて鍛えるって訳には行かないのは凄く厄介だけどさ。

 ……中盤のボスに挑む為にレベリングを繰り返していたら相手も鍛えて終盤レベルになってたとか冗談にすらならない。

 

「ゲームでは学園生活内でラスボス戦まで行ったけれど、時間は流れるのを待ってくれない事を考えれば猶予はもっと少ないと考えるべきだろうね。……レナスが生きていて無茶苦茶鍛えてくれたし、あの方法がもしかしたら上手く行くかも……いや、駄目だ」

 

 思い浮かぶのはアリアさん達との戦闘後のリアスの死因、急激に力を付けた方法の副作用にして隠しボスであるテュラ復活の要因。

 

 光の神リュキの悪心がアリアさん達に倒されて弱体化した状態に陥った所を取り込んでの強化と、それによる暴走。

 

「……駄目だ、絶対に駄目だ。二度とあの子を目の前で死なせてなるものか。その為に僕は鍛えて来たんじゃないか」

 

 浅はかな考えを捨てようと怒りで震える拳を見つめる。

 何の為に二人で無茶苦茶な特訓に耐えたのか、それを忘れちゃ駄目だ。

 

「先ずは最初の分岐点。舞踏会で起きるだろうテュラからの勧誘だ。ゲームではリュキを名乗って居たけれど……来たか」

 

 前世の記憶なんて信じて貰えず妄想かなんかだと思われて恥を掻かさぬようにって行動が制限されるだけで、聞かれたら面倒だし今後の確認は此処で一旦終了だ。

 脱衣室の方から聞こえて来たのは新人でも居るのか妙に慌ただしい複数の足音。……複数?

 

「あ、パンドラが言ってたスカウトした人って結局誰だろう? もしかしたら今から来る人……はいっ!?」

 

 入り口の扉が騒々しく開いたもんだから僕はそっちに視線を向けて……固まった。

 

「主、お背中をお流し致します」

 

「じゃあ、私は手と足を」

 

「私は頭を」

 

 脱衣所から姿を見せたのは夜の面々で、普段の忍者装束じゃなくて色取り取りの水着姿だった。

 赤いビキニに緑のハイレグ、そして青のスク水で、平然としてたり元気一杯だったり少し照れていたりと同じ顔で大本は同一なのに個性豊かだ。

 でも、一体どうして……あっ!。

 

 思い当たる節が一つ有ったよ。

 

「えっと、特訓の為……だよね? 僕が女馴れしてないから」

 

 前にパンドラが言っていた奴だとは思うけれど、まさか事前通告無しに行われるなんてビックリだ。

 この時点で恥ずかしいから僕は視線を微妙に外して三人を直視しない……いや、出来ないって。

 

「ええ、その通り。本当は本体がお相手する所ですがヘタレなので色々と言い訳をして動きません。故に私達が代役を申し出ました」

 

 分体の代表格が答えるけれど、真面目な顔なのに彼女が選んだのか最後に残ったのか着ているのはスク水だ。

 それでもスタイルが良い上に少し小さいのかパツパツで直視するには少し辛いよ。

 あっ、駄目だ。何処を見ても誰かが視界に入る様に囲まれちゃってる。

 

「クヴァイル家の当主たる者が多少の色仕掛けでたじろいではならぬからと今後も不意打ちを仕掛けますご無礼を先んじて謝罪させて頂きます」

 

「……うん。悪気とかは無いって分かってるから謝罪は不要だよ。だから正面で跪くのは勘弁して欲しいんだけれど……」

 

 三人揃って跪いたんだけれどもビキニ姿でそんなのやられたら谷間が間近だし、動いた時に揺れちゃって目に毒だよ。

 

「これも訓練の一環です。では、失礼しまして……」

 

 僕の申し出は速攻で却下され、三人は一斉に僕の身体を洗いに掛かる。この躊躇の無さ、夜鶴が仕事をする時みたいだ。

 汚れ仕事だろうと一切迷わず引き受ける彼女でも、こんな感じの事には急に人間らしい反応を見せるんだよね。

 

 さて、考え事をしながら何とか耐えよう。

 偶然か故意か水着姿の三人は僕の身体に時折身体を接触させながら洗い、髪を洗うからって目を閉じてないと羞恥心が限界だ。

 

 考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな……。

 

 それにしても伝わってくる指の感触はしなやかで長いし綺麗な手だったからな。

 魔力で生成された肉体は当然だけれど肌荒れとは無縁で痣や古傷も残らない。更に言えば見た目年齢も今の姿が動かしやすいだけで自由自在、つまりは老けずにいられる。

 

 大きく見た目は変えられないけれど、十分美少女だし、そんな子が増えて僕を洗っているって考えたら凄いよね。

 ちょっと今の光景を思い浮かべると、声が聞こえた。

 

「主、此方が気になるのならばお触りになられますか?」

 

「主ならば何処でもご自由に満足なさるまで」

 

「私達は刀。忠臣にして道具。普段手入れで触るのと……ちょっと違いますが誤差でしょう」

 

 今の自分の状況を頭に浮かべるなと言い聞かせるけれど耳に届く三人の声がそれを許さない。

 でも、次の瞬間には戸が開く音の後に何かが飛来して三人に当たった音がした。

 

「「「あ痛っ!」」」

 

 桶が転がるみたいな音がしたし、これは夜鶴が助けてくれたのか。さては五感共有を利用して様子を伺っていたな、あの子。

 

「終わりました。では、身体が冷えぬ内に湯船へとどうぞ」

 

 流石に本体が怒ったタイミングで止める気だったらしく、その後は普通に進んだけれど……。

 

「ご苦労様……」

 

 よ、漸く解放された。お年頃の男の子には刺激が強い時間だったけれど、卒倒するみたいな情けない姿は晒さずに済んだと一安心。

 それにしても夜鶴も分体達をもう少し落ち着かせてくれたら助かるのにさ。

 三人は混浴まではしないのか一礼して出て行こうとするし、その背中を見送る。

 お尻の方に視線を向けてしまい、ちょっと惜しい気もするけれど気付かれる前に視線を外してお湯に浸かれば緊張とか疲れが溶けていくみたいだった。

 

「……そっか、一緒には入らないのか」

 

 思わず呟いたけれど僕は悪くない筈だ。

 まあ、でも妹だって一緒に住んでる屋敷の浴場で混浴するのもね、うん。

 納得させる言い訳を自分に向けて、煩悩を追い出す為に目を閉じる。脱衣所の方から騒がしい声が聞こえた気がするけれど気にしない気にしない。

 

 うん、一人でゆっくりと入浴するのって悪くない気分だ。

 このまま目を閉じて意識を集中させようか。……だって慌てた様子で誰かが入って来ちゃったもん。

 

「あ、主……」

 

 ……あー、声は全員同じだけれど恥ずかしがった時のイントネーションからして夜鶴かぁ。

 じゃあ、さっきの騒ぎ声は分体に押し出されて来たって所か。

 

 現実逃避は駄目だよねぇ。だってこれは特訓だし、だから横の彼女を見ても仕方無いんだよ、僕。

 

 今の彼女はバスタオルを巻いて普段より露出が少ない状態だけれど、直ぐ隣で混浴してるって状況がちょっと意識させるんだ。

 

 横目で見れば顔を真っ赤にして今にものぼせそうな夜鶴が同じくこっちを見ていて、ちょっと気まずい。

 

「……にしても、矢っ張り夜鶴も大きいよね」

 

 あ、口に出しちゃった。

 

 



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くノ一とお風呂

 屋敷の浴槽の中、時折天井から滴り落ちる滴の音と互いの息遣いだけが聞こえる。僕は今、凄いミスを犯していた。

 

 ……うわぁ、やっちゃったよ。女の子に三人掛かりで身体を洗われるとか密着されるとかした後で同じ顔って言うかほぼ同一人物の夜鶴と混浴したもんだから口が滑って胸について言及しちゃうなんてさ。

 

 自己嫌悪と気まずさで相手の顔が見れず、だからと言って立ち去るのは立ち去るので尾を引きそうで怖いし、僕は一体どうすれば良いんだって思うんだけれど、こんな状況に馴れていないからこその特訓で、その特訓の最中にこんな事になった訳で……。

 

 思考はグルグル回り、されど進まずに無意味に時間ばかりが過ぎて行く中、浴槽の底に置いた手に別の手が重ねられる。

 うぇっ!? 考え事をしている間に夜鶴が更に側に来てる!? 

 

 肩が触れ合いそうな程に接近した夜鶴の鼓動が聞こえて来る錯覚さえ覚える中、僕は何とか口を開く。

 本来は刀で、人間の肉体は仮初めだからこの手の事は本来不要……だからこそ一切耐性が無いにも関わらず忠誠心から僕への特訓として肌を晒す(まあ、普段着の方が露出過多だけれども)彼女に向けるべき言葉は謝罪じゃない。

 

 でも、お礼を言う前にちょっと……。

 

「……ねぇ、正直に言って欲しいんだけどさ。僕ってちゃんと君の主をやれてる?」

 

 不意に口から出た言葉に自分でも驚いた。

 でも、同時に前から思っていた事だから納得もしていたんだ。

 

 自分なりに頑張ってはいるし、それなりの評価は貰えているんだけれど、与えられた物は大きく、背負う物は重い。

 前世の記憶なんて便利な物を偶然手に入れたから何とかなっている事だって多いし、本当に持っている物に自分が相応しいのか疑問に思えてしまうんだ。

 

 でもさ、こうやって尋ねても耳障りの良い言葉を貰えるって心の何処かで理解しているんだよね。

 

 折角のお風呂なのに自己嫌悪が押し寄せる。そんな僕の考えを察してか、諫めるかの様に重ねられた手が強く握られて引き寄せられた。

 

「主、私は刀です。選ばれ評価される事は有っても主を選ぶ立場に御座いません。ですが、敢えて言わせて頂くのなら主は敵に厳しいですが変に甘い所があって後先考えずに行動し、妹やペットに甘いにも程があります」

 

 ……厳しいなぁ。でも反論の余地は無い。

 夜鶴はちゃんと僕の気持ちを察して本当に欲しい苦言を向けてくれるんだから感謝しかないよ。

 

 ”でも”、と、夜鶴は其処で言葉を区切り、両手で僕の手を優しく包み込んだ。

 

「私はそれでも好ましいと感じ、例え私が刀でなくても……道具でなくとも主に仕えたいと思います」

 

「そっか、有り難う」

 

 ……本当に僕は駄目だなあ。こうして認めてくれる部下が居て、それでもウジウジと悩むんだからさ。

 僕のすべき事は自分の無力を嘆くんじゃなく、だったら相応しくなる様に頑張るだけなのにさ。

 

「夜鶴、僕はもっと頑張るよ。君に相応しい主だって胸を張りたいからさ。だから僕とずっと一緒に居て欲しい」

 

「はっ! この身が滅びるその時まで私は主と共に在りましょう」

 

 僕の感謝に夜鶴は勢い良く立ち上がり、飛沫が周囲に飛び散った。

 そして、その立ち上がった勢いで身体に巻いたタオルが解け掛ける。

 

「ひゃっ!? あ、主……見ました?」

 

 捲れかけた胸元を咄嗟に両腕で抱き締めた夜鶴は少し涙目になっているし、そんな所が可愛いと思う。

 あと、彼女じゃなくて夜の面々が最初にやって来たのは正解だったんだろうな。本人が最初から最後まで引き受けるって絶対無理だし。

 

「……一瞬だけ」

 

 前に鍛錬の時に隙を作る為に見せられたけれど、今も直ぐに目を逸らしたとしても至近距離で直視しちゃった訳だし、目に焼き付いた。

 

「だ、大丈夫です。これも特訓の一環だと思えば……」

 

「そっか……」

 

 この子、ちょっと心配になって来た。既に暗殺とか汚れ仕事を任せた事さえある僕が言うのもアレだけれど、忠誠心から何でもし過ぎじゃないのかなぁ?

 でも、して貰ってる側が言うのも悪いし、此処は労っておこう。

 

 

 

「夜鶴はエロ……偉いなあ」

 

 言い間違えたっ!? は、反応は……駄目だ、両手で顔を覆って羞恥心の限界突破だよ。

 

 ……こりゃ暫くは直視出来そうにないな。

 

 

 

 

「……恥ずかしいのに僕の為にこんな事してくれて有り難う、夜鶴。君には普段から感謝が絶えないよ」

 

「いえ……主の武器である事が我が誇りでしゅ……ですから。こうして主の為に動く事が喜びです」

 

 ああ、本当に夜鶴を発見して、偶然が重なって主に選ばれて良かったよ。だって僕には絶対に必要で、絶対に勿体ない子なんだからさ。

 

 噛んだ? 知らない知らない。僕は何も知ぃらぁない!

 

 こうして言葉を交わすと自然と緊張が解れるのを感じるし、流石に直視は出来ないけれど横目で見る位はした方が良いよね?

 じゃないと特訓に付き合って貰う意味が無いし……うん。

 

「レナスももう直ぐ城に向かうし、君にはこれからは僕の側で動いて貰うよ」

 

「はっ! 主の命令ならばどの様な場所、どの様な状況であっても構いません。しかし、刀である以上はお側に仕える事に喜びを見出す愚かさをお許し下さいませ」

 

「全然愚かじゃないさ。じゃあ、これからも末永く宜しくね? って、これじゃあ新婚さんみたい……夜鶴?」

 

 あれ? 冗談を言った途端に動かなくなって……気絶してる!?

 

「いや、何で?」

 

 仰向けになって浴槽の中に浮かぶ彼女の顔は真っ赤になっていて、仕方が無いので抱き上げる。まあ、今日の特訓はこれで終わりって事で良いけれど、この子の方が異性への耐性が無いよねぇ。

 

「……娼婦や愛人と情事の最中の獲物を暗殺するとか何度かやったのにね。隙を窺って待機とかも有っただろうに」

 

 まさか隙を狙ったんじゃなくて気絶したんじゃないのかって疑惑が生じたけれど、彼女の名誉の為に忘れる事にした。

 

「よっと! ……あっ」

 

 持ち上げた時にタオルが緩んだけれど直す勇気は僕には無いからそのまま運び、さっき夜鶴が分体に投げた手桶を踏んで転び掛けた。

 わわっ!? 危ない危ない。揺れる大きな胸に……じゃなくて夜鶴が起きないか見てたせいで足下が疎かになってたよ。これで転んだらレナスに地獄の特訓を受けさせて貰った意味が無いし情けない。

 

「もう少し君に相応しい主に近付きたいからね。頑張るよ、夜鶴」

 

 いや、こうやって足下がお留守な時点で恥ずかしいんだけれど、今はその情けなさが意識を夜鶴から逸らしてくれる。

 さっき解けたから直した部分が再び解け始めて、少し揺れる度にタオルが捲れてしまっていた。

 

 これじゃあ丸見えまで後少しだし、此処は慎重に手元の夜鶴から上手く視線を逸らした上で身体を揺らさず進むしかない!

 

「落ち着け。ロノス、君ならやれば出来る。君は凄い奴だ」

 

 自分を奮い立たせて一歩一歩確実に進み、脱衣所への扉へと辿り着いた。

 

「夜鶴は……よし! 未だ隠れてる。傾けたら一気に行きそうだけれども! ……んっ?」

 

 背後の壁を通して聞こえた音に足を止め、分厚い壁の向こう側に中庭があって、今はリアスとアリアさんがレナスに鍛えて貰ってるのを思い出した。

 アリアさんも決闘があるからって鍛えはしたし、今後も強くなって貰った方が都合が良いんだけれど、自分から強くなりに来るなんて。

 

「……急ごう」

 

 第六感、虫の知らせ、兎に角このまま浴室に居たら面倒になると何故か感じ、多少バスタオルが乱れるのも気にせずに戸を開けて慌てて閉める。

 

 夜鶴を一旦イスに座らせたのと、脱衣所が揺れる位の何かが崩れる大きな音が響いたのはほぼ同時。

 

 まあ、崩れたのは壁だろうね。扉の向こうからリアスの気配がするし、声も聞こえて来たよ。

 

 

「レナスも容赦無いわね。壁をぶち破る位に吹っ飛ばされるなんて、怪我すると思ったわ」

 

「すると思ったで済んでるんですか!?」

 

 アリアさん、リアスに関しては鍛え方が違うんだから今更だよ?

 でも、本当に分厚い壁を破って中に飛び込む位のを受けても無傷って我が妹ながら……。

 

 

 

「リアスは本当に頼りになるね。あの子と一緒ならどんな敵だって倒せる気がするよ。我等兄妹は最強無敵ってね」

 

 これから立ちふさがる敵は多くて強いだろうけれど、何とかなりそうだって心の底から思えて来る。

 

 僕は本当に恵まれているよ……。

 

 

 

 

 




第二章完


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三章
神の徒


三章開始


 ”聖地”と呼ばれ、例え高位の神官であっても立ち入る事を禁じられた場所が在る。

 日が沈み、夜の帳が降りて日の光が消え去って尚、その場所だけは常に昼間の如く照らされ、外側から見れば空を支える光の柱に見える事だろう。

 

 ”アトラス諸島”、人々を救う為に神が舞い降りる地とされ、あらゆる国が周囲一帯を永久不可侵にすべしと条約で定められている。

 

 その諸島の中央に存在する島の内部は広大な面積を誇る神殿になっていると伝説に残ってはいるものの、近付く事は許されない地故に確かめる術もなく、人々は各国が条約で定められた範囲ギリギリの地に建造した神殿から光の柱に向かって祈るのが慣わしだ。

 

 ……故に悪党が隠れ家を作るケースも存在し、それを察しても被害の出る海域を治める国の軍は討伐隊を差し向けるにも条約が邪魔をし、逃げ込まれる前に討伐しようにも後手後手に周りがちだ。

 

 だが、そんな彼等でも諸島の中央に向かって其処を根城にしようとはしない。

 正確には出来やしないのだ。海辺に住処を作って群れで生活する”シードラゴン”を筆頭に、一定の場所から急激に凶暴さと強さが上がる。

 それを命辛々抜けてでも古代の宝を夢見る冒険心と愚かさ溢れる者も居たのだろうが、一人も帰って来ていない。

 

 ……記録に依れば一切戦闘痕の見られず、今その瞬間まで普通に過ごしていたかの様な痕跡だけ残して船だけが諸島の外に流れ出たとされている。

 神の怒りに触れた、それがその伝説を知る者達の意見であり、そして神殿は本当に実在する。

 

 それも長い年月を一切感じさせず、純白の石造りの神殿は今完成したかの姿を保ち続けていたのだ。

 立ち入る所か近寄っただけで聖人君子さえも己の心の汚さを恥じ、神殿を直視するのを躊躇う程に美しく神聖な空気に満ち溢れる場所。

 

 その場所に似付かわしくない悪意に満ちた声が響いている等、誰が思い浮かべるだろうか……。

 

 

「アヒャヒャヒャヒャ! 見て下さいよ、この金銀財宝を! ”神聖な地故に近付けない”、それを律儀に守るのは真っ当な方々だけで、狡賢い上に自分達が外道だと自覚している方々には神罰など今更なのでしょうねぇ!」

 

 神殿の地下深く、最も神聖であり汚す事が許されぬ筈の場所。光の神リュキの像が奉られた祭壇に無造作に置かれた金銀財宝、無論真っ当な物ではなく、悪逆非道な賊が無辜の民から略奪した物。

 本来ならば汚い欲望の為か、更なる悪逆に使われる筈だったそれを前にして、私欲で略奪を繰り返す下劣外道の輩以上に悪意に満ちた嘲笑が響いていた。

 

 古代の時代、リュキが人を滅ぼすべく創造した神獣を束ねる三体の将の一人にして、思い直したリュキによって切り離した己の悪心共々封印された存在。シアバーンが長い手を折り曲げて腹を抱えながらの大笑い。最後には床をゴロゴロと転げ回って品のない笑い声を上げる。

 

「……こーんな金銀財宝を集めた所で何になるのじゃ? 私様達が滅ぼすべき人に対価を払うとでも言うのではなかろうな?」

 

 そんな彼に変人に向ける瞳を向けるのも神獣将が一人サマエル。

 相変わらず室内にも関わらずリンゴの日傘を差し、価値は高いはずの財宝を石ころでも蹴飛ばす時みたいに無造作な動きで蹴り飛ばし、最後の言葉には少々トゲが感じられる。

 

 目の前の仲間が行っている事へ賛同も理解も不可能だと言いたいのが瞳を見れば明らかだが、それを悟っている筈のシアバーンは一向に止める気が無いらしい。

 

「アヒャヒャヒャヒャ! その海賊達には強制的に戦って貰っていますよぉ? 我等が主の支配なされる地を悪行の報いを受けるのを避ける為の拠点にするとは不届き千万! 私としては悲しくて悔しくて腹立たしく、それ以上に神獣将であるにも関わらず役目を果たせぬ自分が情けなくって、なぁのぉでぇ……戦い合って贄になって貰ったのですよぉ」

 

「嘘じゃ」

 

 演技過剰な態度からの故意だと丸分かりな大根役者な泣き真似、余程のお人好しでもない限りは信じはせず、サマエルは馬鹿だがお人好しではない。

 仲間であっても……いや、仲間であるが故にシアバーンを信用せずに理解して彼の本心を見抜いていた。

 

 ツカツカとシアバーンに歩み寄り、その腹を分厚いブーツの底で踏んづける。小柄な彼女の体重は軽いのだろうがシアバーンの下の床にヒビが広がっている事から相当の力が込められているらしい。

 シアバーンからもミシミシと骨の軋む音がした。

 

「ぐぇっ! つ、潰れますのでご勘弁をぉ!」

 

 だが、そんな状況であっても、例えそのまま日傘の先端を首に存在する口の中に突っ込まれても、シアバーンはふざけた態度を崩す事なく、寧ろ伸ばした手を振るわせて更に大袈裟に動いていた。

 

「大体、生け贄にするにしても我等が主に捧げるのならばそれなりの品格と資格が必要じゃろうて。……具体的なのは全く思い付かぬがな!」

 

 平らな胸を張って言い放つが、威張って言う事でもない。

 

「いやいや、其処は”汚れ無き処女”とか”敬虔な聖職者”とか”無垢なる子供”とか有るでしょう? 貴女は相変わらずですねぇ。アヒャヒャヒャヒャ!」

 

「お主もな。封印する数年前から遊びの要素を入れていたが、少々目に余るのじゃ。今後は私様を見習うのじゃぞ!」

 

「任務内容を途中で忘れて昼寝してたり、重要な”黄金のリンゴ”を味見と言いつつ全部食べた馬鹿が言いますかねぇ。……私を殺すには武器など不要、貴女に馬鹿と言われたらショックと屈辱で憤死してしまいそうです」

 

「ふん……し? のぉ、シアバーンよ。”ふんし”って何じゃ? 美味いのか?」

 

「美味くはないですねぇ。他人がするのは蜜の味ですが」

 

 全く理解出来ていないって態度で首を傾げるサマエルに今度はシアバーンは呆れつつも日傘を手で退かし、勢い良く飛び上がって空中で三回転の後に机の上に降り立った。

 そのまま皿に載せた三つのリンゴの一つを手に取り一口で頬張ると、残った二つの内の片方を無造作にサマエルに向かって投げると一つを残したまま皿を丁寧に机に置くとソファーに座って長い手足を折り曲げる。

 

「このリンゴは中々蜜が豊富じゃな。……”奴”が私様達の前から姿を消したのも封印の少し前じゃったか?」

 

「ええ、確か”貴方達と組むのは精神と胃袋の限界です”って置き手紙を残し、主とのみ遣り取りをしていましたよねぇ。アヒャヒャヒャヒャ! あの頃の彼の顔と言ったら最っ高!」

 

 小さな口でリンゴを少しずつ齧るサマエルは味がお気に召したのか笑みを浮かべ、今この場に居ない仲間らしい者の事を思い出しながら僅かに首を傾げ、シアバーンは腹を抱えての大爆笑。

 

「所で別に嫌いな物が出る食事に誘う頻度が多かったり、重い食事ばかり勧めたりはしとらんじゃろ?」

 

「ええ、私も遊びに付き合って貰いはしましたが、”精神と胃袋の限界”って何があったのか一切検討も付きませんねぇ」

 

「じゃろ? 私様も奴には世話になっていたんじゃがなぁ。さては貴様が何かやらかしたのじゃろ?」

 

「いや、貴女が余計な仕事を増やしたからでしょう」

 

 互いに相手に責任を押し付けた後、居なくなった仲間の事をもう一度思い浮かべる。任されていた仕事や性格についてだ。

 

「主に私達の補助でしたよね? 最初の頃は兎も角、途中から単独での仕事は極端に少なくなった筈。……承認欲求から不満が溜まって居たのでしょうかねぇ?」

 

「まあ、真面目故に現状に不満が有ったとか」

 

「「まあ、こっちには関係無いでしょう(じゃろう)」

 

 結果、二人揃って自分達は無関係との結論だ。……居なくなった”彼”とやらの苦労はどれ程の物だったのだろうか。

 



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運命の日は近付く

『……えますか? 私の声が聞こえますか? 聖女よ! 神に選ばれ世界の頂点に立つべき存在よ!』

 

 ……ああ、これはきっと夢だ。月明かりが照らす中庭で、舞踏会の為に着飾った僕とリアスの頭に突如響く声。曰わく”光の力の使い手は世界を統べるべき”、そんな事を多くの賞賛と共に向けられてその気になるリアスに対して僕は疑念を抱く発言を向けるんだけれども言っても聞かず、そのまま指示されるままに動く事になる。

 

「あら、流石は神様ね。私の価値が分かってるじゃないの」

 

「ちょっ!? ちょっと待ちなよ、リアス! 何か怪しいって思わないのっ!?」

 

 頭に突然響いた声なんて怪しい物だけれど、何故か本当に神様からのお告げだってのは何となく理解させられていた。

 その上で怪しいと思うんだけれどリアスは鵜呑みにしちゃってて、止めようとするも睨まれる。

 

「……ロノスの癖に私に意見する気なの? 私は光の使い手よ? 聖女の再来よ? 時なんて訳の分からない力のロノスとは全然違うの! だから貴方は私の側で言う事だけ聞いてりゃ良いのよ!」

 

「で、でも……」

 

「あー、もー! 五月蠅い五月蠅い! ちゃんと反論も出来ないのに口を出して来るなんて情けないわ! ……レナスとは全然違うじゃない」

 

「リアス……」

 

 両親の事は殆ど知らず、懐いていた乳母は幼い頃に自分達を守って死んでしまった。

 それからリアスを待っていたのは自分を褒め称えて、叱ったり意見したりしないイエスマンな人達ばかり。

 

 誰も彼も宿す力ばかりを見ていて、リアス自信を求めはしない。

 

 そんな妹が哀れで、利用する気で近寄る人達と違って最後まで本当の味方で居てあげたくて、だから遠ざけられない為に強く出られなかったんだ。

 

 それが駄目な事だって分かっていても、妹を直ぐ近くで守るにはそれしかないって自分に言い聞かせて。

 

 妹は妹で兄はどれだけ暴言を吐いても側に居てくれて、力を失っても絶対に味方を止めないと分かっているからこそ高圧的な態度に出てしまう。

 本当は叱って欲しいと心の何処かで願いながら。

 

 リアスとロノス、ゲームにおいて悪役であり、最後はリュキの悪心の力を吸収してラストダンジョンで待ち受ける敵。

 その実態は互いを想っていてもすれ違い、それが破滅へと繋がってしまっただけの二人。

 もし宿す力が普通ならば、もう少し理解する為に歩み寄って居れば、破滅的な最期は向かえなかったのに……。

 

「兎に角、今後は指示通りに動くわよ! あの魔女だって追い落とせる所まで追い落としてやる。ロノス、ちゃんと手伝ったら将来的に今より上の立場をあげる。でも、裏切ったらあの商人の女にも何かあるって覚悟しなさい!」

 

 ……ああ、駄目だ。早く目覚めなくちゃ。

 

 可愛い妹がこんな事を口にする姿なんて見たくない。

 だってさ、リアスは何も悪くない。ちゃんと心を守ってあげられなかった僕が悪いんだから……。

 

 

 これはゲームでの一場面。主人公に恥を掻かせる為に舞踏会の会場で主人公のパートナーをダンスに誘い、断られて逆に恥を掻かされ会場を飛び出した先での出来事。

 

 そして、これが破滅への第一歩であり、僕達が絶対に避けるべき未来。

 

「……いよいよ明後日か」

 

 夢から目覚め、目蓋越しに日光を感じながら僕は呟く。幾らゲームと違ってリアスが良い子で頭だって……まあ、それ程悪くないと言えない事もないんじゃないかなぁ、多分、だし、普通だったら騙されない筈だ。

 でも、相手の正体は闇の神テュラ。普通の相手じゃないって運命の日が近付く毎に不安が増して来る。でも、後込みも迷いもしている暇は僕には無い。

 

 だって、一度死んで永遠にお別れだった筈の妹と再び兄妹として転生出来たんだから……。

 

「よし! さっさと起きて……あれぇ?」

 

 隣に感じる誰かの気配。最初に思い当たったのは夜鶴か夜の誰か、もしくはレナだ。……大穴でパンドラかな?

 

 僕が女馴れしてないにも程があるからって始まる事になった特訓。最初の一回は水着姿で身体を洗ってくれたりタオルで普段より露出を下げて混浴したりだったけれど、これは恐らく二回目だ。

 

 ……密着してない所からして夜鶴だな。他だったら僕の頭を胸元に押しつけるみたいにして抱いて寝る位しているだろうし、手を握るだけの現状から考えて……。

 

 目を開けずに落ち着くまで待ち、ちょっとどんな姿か想像してみる。正式に特訓が決まる前はパンドラが無理をして下着姿で潜り込んで居たけれど、夜鶴には絶対に無理だ。

 精々が普段の露出の多い忍び装束に網タイツってエッチな服装が関の山。

 

「……起きるか」

 

 服が乱れていたら嬉しい、とか、寝ぼけた振りで胸をちょっとだけ触っても良いんじゃって欲望が頭を掠めるけれど押し殺して横に居る誰かを見ようとすれば頭に向かって裏拳が振るわれる。

 

 咄嗟に身体をひねって回避、ギリギリだけれど避ける事に成功した。

 

「……なんでリアスが? いや、そうか……」

 

 さっき見ていた夢を思い出せばリアスが僕のベッドに潜り込んだ理由が直ぐに分かった。

 別の大陸でお仕事していだけれど聖王国に戻るからって顔を見せに来たレナス、僕達の乳母が昨日屋敷を出たんだった。

 

「元々直帰する所を一旦顔を見に来たんだからね。リアスが駄々を捏ねても延期には出来なかったけれど……寂しかったんだろうなぁ」

 

 記憶が戻る前から寂しがり屋だったのに、八歳の時に同じ歳まで生きた前世の記憶が戻った事で得た家族を失った喪失感。

 それを僕の記憶が蘇る十歳までの二年間、ずっと耐えていたんだ。

 今の自分の家族は確かに居るけれど両親は居なくって、前世の自分が前世の家族を求める。

 

 今でも自分が前世での死を受け入れられている事が不思議なのに、僕と違ってリアスは一人で耐えて来た。

 

 だからか心を許した相手にはベッタリだし、許していない相手が許した相手と仲良くするのは少し嫉妬しちゃうのは困った物だけれどさ。

 特に友達であるチェルシーが嫁いで行っちゃう先のフリートには僕の友達だから少しは態度を和らげて欲しいけどさ。

 

「あっ、今日は特訓を休んで身体を労る日だった。僕は目が覚めたけど……リアスはもう少し寝かせてあげようか」

 

 寝相が凄く悪いから下手に近寄れないってのも有るけれど、幸せそうに寝ている可愛い妹を起こすのは忍びなく、僕は音を立てない様にして椅子に座る。目が覚めた時、一人だったらリアスが心細いだろうから。

 

 

「……主、少々お耳に入れたい事が」

 

 背後から一切の気配を感じさせず夜鶴が告げる。振り向かなくても跪いて一切の感情を捨て去った表情をしているのは分かる。この声は少女らしい人格を一切捨てた本当の仕事時の顔をしている証拠だ。この時、彼女は文字通り血も涙もない冷徹な刃と化すんだ。

 

「リアスが居るけれど……熟睡しているから構わないか。それで何だい? 誰か消す必要でも生じたのなら、君に裁量権を与えていた筈だけど?」

 

 僕も今は個人ではなく、クヴァイル家の次期当主としての仮面を被り、情け容赦を捨て去った。

 

「はっ! ネペンテス商会に関与し助力していた者の内、数名が抹殺条件を満たしましたので昨晩風呂で溺れ死んで貰いました」

 

「うたた寝でもしてたのかな? 怖い怖い」

 

「それともう一つ……帝国に忍び込ませた夜が得た情報ですが、どうやら皇帝は娘を聖王国に嫁がせる予定らしく、重臣達と打ち合わせをしていました」

 

「……娘? 皇帝の子供は娘が一人だった筈だけど? 表向きはってのが付くけどさ」

 

 少し思い当たる節と言えば先日出会った少女であり、何故か初対面なのに心を乱されたネーシャの事。

 

「……ちょっと不愉快かな?」

 

 幾つかの意味を込めてそう呟いた……。

 

 

 

 

 

(これは”消せ”という命令? いや、違う? 保留しておこう)

 

 



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全巻読破済み (お気に入りは二巻)

 未だ空が白み始めたばかりの時間帯、使用人達の一部は既に忙しく働き、僕やリアスも鍛錬に時間を費やす頃合いだけれど、今日は身体を休める日だ。

 

 このままベッドに潜ったまま二度寝したい所だけれど、凄い寝相のリアスが僕のベッドに居るから危なくって無理だし、起こすのは悪い気がする。

 それにしても目が覚めるまで寝相に巻き込まれなかったのは奇跡じゃないか? もっと実用的な奇跡が欲しいけれど。

 

「……惰眠を貪るとかは許されない立場だけれど、こうやって後暫く寝る事が許されるのに目が冴えちゃうってのは何か損した気分だよ。散歩にでも行こうかな?」

 

 ご飯まで時間が有るし、偶には普段馬車で通る道を歩いてみるのも悪くない。

 まあ、リアスが起きてからだけれどね。

 

「主、お着替えならば此処に。では、私は背を向けていますので」

 

 散歩に行く前に寝間着を脱ごうと思ったけれど、夜鶴が居るから流石に抵抗が有る。

 え? この前混浴したばっかりだろって? それとこれとは別だって。

 

 夜鶴はそんな僕の気持ちを察したのか一切表情を変えず声にも抑揚を出さずに着替えを差しだして背中を向ける。

 

 その姿に僕は思わず呟いた。

 

「……可愛いなぁ」

 

 だって一切何も感じていないって装って居るんだけれど振り向く時に僅かに頬が赤くなっているし、この前の事を思い出しちゃったんだろう。

 僕もちょっと思い出す。水着姿で僕の身体を洗った分体にも感じる物があったんだけれど、普段のセクシー系忍び装束よりもずっと露出度が低いタオルを巻いた姿も中々好みだった。

 

 そんなんでお風呂に入ったから濡れて身体に張り付いて……うん。

 

「か、可愛いっ!?」

 

「ほらほら、リアスが起きちゃうから静かにね? そうやって普段とのギャップが可愛いと思ったんだけれど、驚かしちゃったならゴメンね?」

 

「いえ……嬉しいです」

 

「……う~ん。あれ? どうしてお兄ちゃんが私の部屋に……あっ、そっか。私が潜り込んだんだ」

 

 僕達の声が五月蠅かったのかな?

 目を覚ましたリアスは半分寝ながらも昨日の事を思い出し、納得したのか再びベッドに寝転んだ。

 

「今日は休む日だから二度寝~」

 

「そう。じゃあ僕は散歩に行って来るよ。夜鶴、君も一緒に来る? 散歩デート的なさ」

 

「い、いえっ!? これから仕事が有りますので!」

 

 本来は主の命令に従うだけの道具に過ぎない筈の夜鶴なのに、本来から持っていたのか、それとも何かがあって芽生えたのか女の子らしい感情に振り回されている所が可愛いと思う。

 

「あっ、そうだ。今度は僕が君を洗ってあげようか?」

 

「あらっ!?」

 

 ……うん、本当に可愛いな。何を想像したのか妄想したのか声に動揺が見られるし、もう少しからかって反応を楽しみたいけど、折角朝の散歩を楽しめる機会だから出掛けようか。

 

「……お戯れが過ぎます」

 

 ジト目を向けられちゃった。

 少し調子に乗っちゃってたね。

 

「ごめんごめん。それよりも前に約束したデートは何時行く?」

 

「主の都合が良い日で……」

 

 ちょっと抗議して来た夜鶴をもう一度からかい、着替え終わったので部屋から出て行く。

 少し弄くり過ぎたし、放課後に何かお詫びの品でも買って帰ろうかな? 勿論約束していた新しい鍔とか柄に巻く布じゃないのを。

 

 

「服とかが良いかな? 夜鶴に似合いそうなのは極東の服だけれど……」

 

 要するに着物とかの和服が彼女には似合いそうだと考えながら扉を閉める。

 

「おや、今日は鍛錬はお休みの筈では? お早う御座います、若様」

 

 扉を閉めて廊下を歩いて行くとトイレから出て来たパンドラと鉢合わせ。顔色は良いし、夜遅くまで無理して働いていないみたいで一安心だ。

 

「今日は目が覚めちゃってさ。お早う、パンドラ。散歩に行こうと思うんだけれど、君も一緒に行くかい? それとも仕事が残っているのなら手伝える範囲で手伝おうか?」

 

「ふふふ、ご安心を。早急に処理すべき仕事ならば昨夜早くに終わった所ですし、今日は若様の仕事のスケジュールを調整してお休みにしましたので放課後にお願いがあったのですが……朝でも構わないでしょう」

 

「わっ!?」

 

 どうやら昨夜は無理をしなかったらしい事に安心した時、パンドラが僕の手を取って隣に立つと、そのまま腕を組んで肩を寄せて来た。

 

 そしてこの時点で彼女は限界が近い! あの下着姿での誘惑が嘘みたいだ!

 

「僕としては嬉しいけれど、今日は甘えて来るんだね。僕としては嬉しいけれど」

 

 大事な事だから二度言った。

 僕の腕にはパンドラの結構大きい胸が押し付けられて、髪からは良い香りがする。こんな綺麗な人に密着されたら嬉しいのは当然だ。

 

 それに彼女って何時も背筋伸ばして凛とした感じの知的美女だけど、この姿は貴重で新鮮味があった。

 

「……私だって時には誰かに寄りかかりたくなりますから、甘えを見せて良い若様には甘える事にしました。嬉しいのでしたら……私も嬉しいです」

 

「そっか。じゃあ、もう少し甘やかすよ」

 

「ふぇ?」

 

 その”甘えたい”って気持ちは凄く分かるし、普段から頑張っている彼女を甘やかしたい気分の僕は彼女を引き寄せると額にキスをする。

 おや、数秒間は何が起きたか分からない顔で、次に額に手を当てて真っ赤っかだ。

 

 普段のキリッとした態度とのギャップが素敵だよね、パンドラはさ。

 

「……これで唇だったらどうなるんだろ?」

 

 この前、唇が頬になって、頬が額になったからご期待通りに額にキスをしたし、そっちが好きならって今度も額にしたけれど、照れるパンドラを見ていると好奇心が湧いて来て、気が付けば口から漏れていた。

 

「だ、駄目ですよ!? 未だ純潔だって捧げて……逆ですね」

 

「うん、順序が逆だね」

 

「……取り敢えず次の機会に。出来れば若様からして欲しいです……」

 

 これ、抱き締めたら駄目かなぁ? ちょっと魔が差したけれど調子に乗ったら怒られそうだから止めておこうかな?

 

 反応が見たいからするのも悪いし……。

 

「では行きましょう……」

 

 何処かぎこちない足取りのままパンドラは僕と腕を組んで歩き出す。そう言えばこうやって二人だけで何処かに行くって何時以来だろう?

 

 確か出会った日に一緒に遊んで以来だし、これって僕と彼女の初デートって事かな?

 

 

 未だ早朝だからか道を歩いている人の姿は疎らだけれど、パン屋から香ばしい匂いが漂い、新聞配達の少年が軽快な動きを見せている。

 後は犬の散歩をするご老人程度な中、腕を組んで共に歩く僕達はどんな関係に見えているんだろうか?

 兄姉? それとも恋人?

 

 まあ、パンドラと僕の婚姻は決定しているんだけれどね。

 

「……」

 

 それにしても出てから一切会話が出来ていない。こんな時、僕は何を話すべきかって考えていたら路地裏へと続く狭い道が見える。

 あっ、リアスと一緒に占い師を探しに向かった道だ。

 

 ゲームにおいては好感度を教えてくれる謎のお姉さんであり、その実はアリアさんと同じ闇属性の使い手にして本当に未来を見る力を持つ凄い人。

 漸くたどり着いたのに占いの館が閉店してたのはもしや面倒事が嫌でスカウトに向かった僕達を避けたんじゃって今では思う。

 

「あっ! 確かあの日だった筈」

 

 その日にパンドラと再会して、有能な人材のスカウトの報告を受けたのに未だ紹介して貰って居ないんだよね。確か”時期尚早だと言っていました”って感じでさ。

 

 時期尚早? どうしてだろう?

 

「ねぇ、パンドラ。いい加減スカウトした人の情報を……」

 

 教えて、その言葉は唇に当てられた人差し指に遮られ、パンドラは少し意地の悪い笑みを向けて来た。

 

 

「今の私は若様とデート中、つまりはオフです。仕事は忘れて、今は私の事だけをお考えを」

 

 パンドラは生徒に諭す教師みたいに僕の唇に当てた指を自分の唇に当て、もう一度僕の唇に当てる。

 

「……そっか。ゴメンね、パンドラ」

 

「分かって下されば結構です。では、朝早くからやっているカフェにでも行きましょう。それとも秘蔵の本みたいに路地裏で私が若様の好きな大きな胸で……」

 

「カフェに行こうか!」

 

 ……いや、どうして秘蔵の本について把握しているの!?

 て言うかパンドラ、さっきから大胆過ぎるんだけれど、何か変な病気じゃ……。

 

 漂って来る花の甘い匂いを感じつつ、僕は少し混乱していた。

 

 

 



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肉食系メイド(フードファイター級)

「おや、此処の茶葉は中々ですね。今後も通いましょう」

 

 早朝のオープンカフェでティーカップを傾けるパンドラの姿は知的な美貌もあって優雅な物だ。

 少し経って少しずつ増え始めた通行人も思わず二度見する人まで居るし、そんな美女とデートしているのは嬉しいけれど……。

 

「矢っ張り変だ……」

 

 僕が抱いたのは違和感。

 だって真面目さもあって色事には耐性が殆ど無いパンドラが座るのは僕の正面なんだけれど、”少し暑くなった”って言ったかと思うと胸元を緩めたんだ。

 それからは時々通行人が居ないタイミングを見計らってはさり気なく前屈みになって谷間が僕に見えやすくする始末。

 

 ……黒。

 

「ふふふ、若様には少し刺激が強かったみたいですね」

 

 チラッて見えた布地に思わず目を逸らせばクスクスと笑われたし、見えたんじゃなくて見せたらしい。

 

 ……本当に彼女に何か起こったんじゃ?

 

「パンドラ、熱とか有るの?」

 

 そっと手を伸ばして額を触るけれど平熱みたいで、一安心するんだけれど、だったら何故こんな事をしているんだって思ってしまう。

 

 夜鶴達が色仕掛けへの耐性作りを引き受けたから嫉妬してる? 

 いや、誰がするのか決めたのはパンドラだし、こんな遠回りな方法を選ぶかな?

 

 今まで読んだ文献じゃ急に大胆になる呪いや病気に関する記述は無かったし、僕が困って動きを停めていると彼女の額に当てたままだった手を取られた。

 

「あっ、ごめん。額を触られたままだったら邪魔だよね。直ぐに除けるから……」

 

「ええ、触るなら此方の方が宜しいかと」

 

 引き戻そうとした腕は引っ張られたまま下に移動、柔らかい感触のする物に押し当てられた。

 

「パンドラ、ちょっと其処って……」

 

「胸ですが? ……それとも私の胸に触りたくはありませんでしたか?」

 

「いや、凄く触りたいけれど……あーもー!」

 

 もう限界だ。僕はバッと立ち上がるとパンドラの腰と足に手を回し、お姫様抱っこをしながら走り出す。

 普段のパンドラならこの時点……いや、下着を外で見られるって時点で限界を迎えてもおかしくない。

 なのに様子がおかしいパンドラは僕の首に手を回して密着する所か耳に息を吹きかけるまでして……凄く変だ。何か起きたに違いないぞ!

 

「あらあら、何処に連れて行かれるので……あれ? 私、今……きゅう」

 

「あれ? 何時ものパンドラだ。おーい、起きて起きて。何があったのか思い当たる節は無い? 今は無理っぽいね」

 

 僕に抱かれて気絶しているパンドラを一旦降ろし、さっきから気になっていた胸元のボタンをして行く。

 至近距離だったから視線を移せば見えたし、走る振動で揺れる物だから全く……悪くない気分だったよ。

 

「ちょっと惜しかったかな?」

 

 普段は真面目で色仕掛けなんてしよう物なら直ぐに一杯一杯なパンドラの大胆な行動は凄く良かった。

 レナみたいに常に誘惑モードって言うか年中発情期みたいなのも悪くないけれど、ギャップが有ってさ……。

 

 出来る事ならもう少し堪能したかったし、更に先を期待しないと言えば嘘になるけれど、何か異常な事態だったのは羞恥心から気を失っている彼女の姿からして明らかだ。

 

「無理はさせたくないからね。君には普段からお世話になりっぱなしだし、パンドラのペースに合わせるよ」

 

 だからレナに手を出す事になっても、約束の一つだからパンドラの後だ。こんな具合じゃ何時になるか分からないんだけどさ。

 

「密着とか下着のチラ見せで気絶するんじゃ本当にどうなる事やら……」

 

「このままベッドに連れ込んでしまえば良いのでは? 多分彼女は一度体験すれば吹っ切れると思いますよ?」

 

「レナッ!? 何時の間にっ!?」

 

 背後からのとんでもない提案に驚けば、立っていたのはレナだ。買い物帰りなのか袋を手に提げているけれど何も入っていない。

 

「何時もの業者がリンゴを仕入れられず、私が市場まで買いに行ったのですが……財布を忘れました。メイド長に怒られそうで怖いですし、此処らでパンドラさんを抱き、続いて私もどうぞ」

 

「肉食系にも程がある!? 種族差別とかはしたくないけれど、言わせて貰うよ。これだから鬼はっ! これだから鬼はっ!」

 

 レナは戦闘狂な所が有るけれど、その辺は……僕と同じ年頃にレナを産んだんだっけ? ……旦那さんを襲って。

 

「まあ、あまり遅くなるとメイド長がガチ切れしますし、本気ですか此処までにして帰りましょうか」

 

「其処は”冗談は此処まで”じゃないのかな?」

 

「私は本気ですので。所で此処をご覧下さい」

 

 レナは徐に太ももの辺りに手を持って行き、僕は思わずその辺りに視線を向ける。

 それを見たレナは笑い、スカートを持ち上げた。

 

 黒いガーダーベルトとピンクのレース付き、太ももは白い肌で程良い肉付き。パンドラや夜鶴は良い具合に締まっているけれど、これはこれで……。

 

「ふふふ。もっとジックリご覧に……はっ!? メイド長がお怒りっ!? 帰りますよ!」

 

 誘惑する様に笑ったレナだけれど、急にビクッてなって顔を青ざめるとパンドラを担いで走り出した。

 

「若様に運ばれるのは不愉快なので私が運びますね! 代わりに後で私をベッドまでお運び下さい!」

 

「……うわぁ」

 

 どうも今日は二人揃って大胆で様子が変……レナは普段通りか。

 パンドラはクールビューティーで。純情だけれど、今日は妙に肉食系。……但し急に普段に戻る

 対してレナは普段通りの暴食なまでの

 

「まあ、ちょっと様子見をするとして、本当に眼福だった。目の保養になったね。良きかな良きかな。……さて、僕も帰ろうか。散歩が長引いて朝御飯を食べる時間が残ってないなんてメイド長に叱られちゃうからね」

 

 あの人は本当にハイスペックだし色々と厳しい。

 パンドラと同様に仕事の出来るお姉さ……お姉さんって年齢じゃないか。年齢不詳で見た目も若いけれど、僕やリアスが小さい頃からメイド長だし、勤続年数は結構長い筈だ。

 

 ……庭師も結構昔から雇っていて中年だけれど、確か新米時代にメイド長にお世話になったって聞いた事が。その時点でメイド長は頼りにされていて。

 

「あれ? メイド長って名前なんだっけ? 皆も普段から役職名で呼んでるし、実年齢同様に分からない」

 

 頭を傾げて思い出そうとするけれど、此処最近に限定しても一切彼女の名前を耳にした記憶が無いし、朧気に思い当たる物さえ皆無だ。

 ……ちょっと雇っている側としてはどうなのかな? ああ、パンドラが仲が良いみたいだから訊いてみても。

 

「でも流石に呆れられそうで怖いから最後の手段として、どうにか本人達に悟られずに調べる方法は……おっと」

 

 考え事をしながら歩いていたら石畳の隙間から生えた花を踏みそうになって慌てて止まる。ピンクの小さな花で、さっきから漂って来ているのがこの花らしく随分と匂いが強い。

 見れば街中に点在しているけれど、名前は知らないや。

 

「さて、どうすべきか……。まあ、先に朝御飯食べてから考えよう」

 

 僕は花には興味が無いし、直ぐに興味を失って帰ろうと思ったけれど、ちょっとした気紛れを起こす。

 ちょっとレキアにお土産の代わりにでも持って帰ろうと道の端の土が露出した所に生えた物を根っ子から掘り出した。

 

 繁殖力が高いみたいだから、庭に植えたら庭師に怒られそうだけれど鉢にでも植えて部屋に飾ったら良いよね。

 

「それにしても、こんなに花が咲いてたっけ? 最近仕事ばかりでのんびり散策なんてしてなかったからなぁ」

 

 花を手にして帰路に着く。未だ朝だってのに随分と熱いカップルの姿がチラホラ見られて・・・・・・。

 

 

 

「助けて下さい!」

 

 なんか追われている学年主任のマナフ先生の姿もあった。

 

 



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嬉しくない兄妹一緒

ブクマ増えてるし感想無くても無反応じゃない! そう思えばモチベーションだって


「助けて下さい! 散歩中に出会った生徒に犯される!」

 

「えぇ……」

 

 朝の散歩の帰り道、服が乱れて涙目の教師、マナフ・アカーと出会った僕はドン引きしていた。

 

 じゃあ、マナフ・アカーという人物について振り返ってみようと思う。

 

 職業・アザエル学園教師 一学年の主任教師

 

 容姿・十歳程度の美少年 但し妻子持ちの三十路後半

 

 性格・少々気弱だけれど温厚で優しい

 

 種族・ハーフエルフ

 

 まあ、土属性の使い手としては凄腕だし、授業も分かりやすいので生徒からの人望も既にそこそこで、ファンクラブまで存在する程だ。

 ……その会員から”一緒にされたくない”って入会を断られる程に異様なファンも女子生徒の極々一部に存在もするけれど、僕は記憶から抹消したからさっぱり分からない。だって関わりたくないし、関わらなくって構わない相手だから。

 

 現実逃避って良いよね!

 

 

「何よこの壁はー!?」

 

「先生! マナフ先生!」

 

「こっちにおいでー!」

 

 うん、だから担任を追い掛けていた同じ年頃の女の子達が見覚えがある相手だってのも気のせいだし、普段は獲物を見る目を向けたり妄想を口にする程度だったのに今日は妙に積極的だって思うのも錯覚に違いない。だって僕は何も知らないから!

 

「……ふぅ。助かりました。有り難う御座います。下手に抵抗して生徒に怪我をさせたら大変ですからね」

 

 時間を止めた空気の壁の向こう側、光をも通さず真っ黒なその向こうで騒いでる声に少し怯えた様子の先生だけれど、乱れた衣服を直して何とか一安心した様子だ。

 

「へー。彼女達も学園の生徒なんですね。二年生ですか?」

 

 相手は教師だから一応敬語をつかわないとね。

 

「え? 彼女達は君のクラスメイトですよ?」

 

「それとも三年生ですか?」

 

「……あっ」

 

 最初は不思議そうだった先生も、話を聞かずに繰り返せば察してくれたらしくて何よりだ。

 

「じゃあ、僕は此処で」

 

 先生に一礼し、遠くに離れてから魔法を解除する。

 

「それにしても上級生にあんな変人達が居るなんて世も末だなあ」

 

 現実逃避? そうだけれど何か?

 

 

 

 

 

 

「……何だこの花は?」

 

「お土産に摘んで来たんだけれど気に入らなかったかい? 綺麗なレキアの亜麻色の髪に似合うと思ったんだけどなぁ」

 

 お土産に渡したピンクの花をレキアに渡した所、開口一番に投げ掛けられたのはあからさまに不満って感じの言葉だったんだけれど、声色と表情は嬉しそうだ。

 

 ……この子、昔から僕と話す時はこんな感じの態度だったけれど、こうやって素直になれてないだけって知った後じゃ丸分かりだよね。

 

「……所で”綺麗”というのは妾にか? それとも妾の髪だけか?」

 

 今だって何を期待してるのか伝わって来たよ。

 

「両方……かな? でも僕はレキアは可愛い系だと思うよ? 大きさ関係無く君は可愛いって」

 

「ふんっ! 当然だな。貴様もそれなりの審美眼を身に付けたという訳か。誉めてやろう」

 

 こんな態度も前までなら面倒臭く感じただろうけれど、今となっては可愛いと思ってしまう。

 矢っ張り友達になりたいって思っていた相手が自分の事を実は友達だって思っているって知ったのは嬉しいからね。

 

 レキアは胸を張って尊大な態度だけれど口元は喜びを隠せていないし、飛び方だってテンションが上がったのか変則的な動きで落ち着きが無い。

 

「しかし、妙な花だな。微量ながら魔力を感じるぞ」

 

 そのまま花を抱えていたレキアだったけれども、急に動きを止め、怪訝そうな態度で呟いて、僕もビックリして立ち止まる。

 綺麗な花だから名前を知りたくて詳しそうなレキアへのお土産にしたけれど、流石は妖精のお姫様だ。僕じゃ察知出来なかったのにこんなに早く気が付くだなんて。

 

 言われてから集中してみれば本当に微弱で何か切っ掛けがなければ気が付かない程に僅かな魔力が花から漂う。

 今にも気のせいだったと思う程に微弱で、この程度なら直ぐに消耗して終わりだろうね。

 

「じゃあ異様に繁殖してたのはそのせいかな?」

 

 魔力を持つ植物は貴重だけれど存在しない訳じゃない。植物系のモンスターだって高い魔力によって自ら栄養源を確保する為に動いた草木だし、屋敷の庭にだって時間帯で植わっている場所を移動する木がある。自分から選定しやすい場所に枝を持って来るし、それらに比べたら微量で話にならない。

 

「まあ、繁殖力や成長速度の上昇が関の山だろう。作物に必要な栄養まで吸い取っては問題だが、それは畑の持ち主や王国の役人が考える事。妾や貴様には無関係だ」

 

「相変わらず王国は嫌いなみたいだね。僕も賛同はするし、フリートにそれとなく伝えたり、聖王国の方で繁殖しない様にサンプルと一緒に手紙を送っておくよ。……サンプルから花粉が広がっても困るし何か入れ物を用意すべきかな」

 

「その程度で良かろう。妾には花が原因で人がどうなろうと興味が無いが、友である貴様が困るのは見過ごせん。ああ、そうだ。友には礼をせねば」

 

 思ったよりも面倒な事態になったと朝から疲れた僕だけれど、そんな苦労なんてお構いなしって感じのレキアは飛ぶのが面倒になったのか僕の肩に乗る。これは何時もの事だし、嫌われてるって思ってた時は疑問だけれど、友達だったらじゃれついてるのと変わらないね。

 

「お礼? わっ!?」

 

 頬に手を当てられ、何をするのかと思ったら柔らかい物が押し当てられる。……多分唇だ。

 

「どうだ? 光栄であろう? 妖精の姫のキスだ。身に余る光栄にむせび泣いても構わん」

 

「あっ! 前にヘッドバッドをほっぺに食らったけれど、あの時もキスだったんだね。唐突だったから不思議だったんだ」

 

 何で急にって思ったけれど、照れ隠しだったなら納得だ。

 変に誤解はしていないって伝えないとね。

 

 やれやれ、素直じゃない子は困るよ。リアスは凄く素直で可愛い妹なのにさ。

 今のままのレキアも可愛いけれど、もう少し素直に……あれぇ?

 

 何故かレキアは呆れ顔で僕の肩から飛び出した。

 

「僕、変な事は言っていないよね? 寧ろ気遣いをしたのにどうして?」

 

「……野暮な奴め。こんな時は……うん? おい、妾はどうしてこの様な真似を……忘れろっ!」

 

「ええっ!?」

 

 パンドラもだけれど、自分からしておいて恥ずかしくなったらしいレキアが渡した花をハンマーに変え、振り回して襲い掛かって来た。

 

「理不尽! 理不尽過ぎる!」

 

 当然回避、絶対痛い。

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ! 黙れぇえええれえっ!」

 

 僕の抗議も虚しく、火が出そうな位に顔を真っ赤にしたレキアは体長の倍以上のハンマーを僕の頭に向かって振り下ろし、当てられまいと慌てて逃げる。

 何でどうしてこうなるの!?

 

「僕にキスして来たのはそっちじゃないかっ! そんな酷い事してたら可愛いのが台無しだよ!」

 

「キスとか誤解を招く言い方は止せ! 妾はヘッドバッドをしただけだ、ヘッドバッドを!」

 

「バレバレの嘘だからねっ!? 自分で礼って言ったじゃないか!」

 

「う、五月蠅い五月蠅い! 黙れ黙れ!」

 

 下手な防ぎ方で怪我させたら悪いし、だけど受ける気も全然無いし、このまま逃げるしか無いのかな?

 

「あーもー! 皆、何処か変だって! 寝ぼけてるんじゃないの!? 皆ー! レキアが僕のほっぺにキスをした後で照れ隠しに暴れてるから気を付けてー!」

 

 取りあえず巻き込まない為に警告を……。

 

 

「ええっ!? レキア様が若様にキスをしたっ!?」

 

「おい、レキア様が若様に舌をねじ込んだってよっ!」

 

「レキア様が若様を誘惑したらしいぞっ!」

 

「レキア様が若様の子を宿したってっ!?」

 

 

「き、貴様ぁー!!」

 

 ……あれぇ? 伝言ゲームの妙な事になって、レキアが余計に……。

 

 

 この後、レキアを落ち着かせて皆の誤解を解くのに時間を費やしたせいでゆっくりご飯が食べられなかった……。

 

 

 

「寝過ごしたっ!」

 

 因みにリアスも寝坊して朝ご飯はゆっくり食べられていない。

 兄妹お揃いだけれど、これは流石に嬉しくないなあ……。

 

 

 

 

 

 



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余計なお世話

ブクマ増えたし、ギリギリ未だ無反応じゃない! と言い聞かせてます


「いや、朝っぱらから複数人との惚気話を聞かされる俺様の身にもなれやっ!? てか、明らかに何か起きてるだろ、その二人!」

 

 登校後、フリートに愚痴混じりにパンドラとレキアの事を相談した所、開口一番がその言葉だった。

 如何にも”呆れてます。付き合ってられるか”って感じの態度で、とても友達である僕への思い遣りが感じられないや!

 

「ちょっと酷くないかい? それに二人が自爆するのは元からだし、何か起きてるって決まった訳じゃないよ」

 

「テメェの二人への認識が酷い件に物申したいんだが? てか、マナフの野郎を襲ったって連中もそうだが……周りを見て見ろよ。明らかに妙だろ」

 

「周り……?」

 

 抗議にも呆れられて傷付く僕だけれど言われるがままに周囲に目を向ける。

 

 

 

「お、おい。ちょっと大胆過ぎる……」

 

「やだ。もっとダーリンとくっ付く」

 

 

「な、何をしているんだっ!?」

 

「アンダイン様を誘惑?」

 

「そーそー」

 

 

 カップルがイチャイチャ……いや、女子生徒の方が一方的に人目を憚らずに迫ったり、眼鏡が本体の男がファンに迫られたり、こうして見ると確かに妙だ。

 

「そうだね。僕の場合は普段の延長線上だけれど、学園内でこれはおかしい」

 

「どんだけ羨ましい生活送ってんだ、テメェはよ。でも妙だろ? 使用人の目なら居ないものとして扱う連中は居るけどよ。……同じ貴族が周囲に居るってのにこれは妙だ」

 

 フリートの言葉の通り、平民の目なんて気にしないってスタンスの貴族は多いし、これが自分の屋敷とか街中なら大胆程度で済ます僕だけれど、朝の見知らぬ女子生徒達と同じでタガが外れた感じがするな。

 

「だとしたら二人も何かの理由で……」

 

 レナ? 彼女は平常運転だから。

 

 ちょっと考え、思い当たるのは例の花。

 パンドラとのデート中、甘い香りが漂っていたし、レキアには直接根っこ付きのを手渡した。

 でも、大胆になった後で我に返った時間には差があったし、何か理由があったとすれば……何だろう?

 

 妖精とヒューマンの違いかな? じゃあ、エルフとか鬼とか獣人でも何らかの違いが?

 

 僕じゃ詳しくは分からないし、未だ花が原因とは限らないんだけどね。寧ろ目を向けさせる罠とか?

 

 それはそうとして……。

 

 

「チェルシーには効果が無かったみたいだね。敢えて触れなかったけど、今度の喧嘩の理由は何?」

 

「……何かあるって思ってたから期待して尻触ったらビンタ食らって、謝っても無視しやがる」

 

 フリートの頬には未だに残る真っ赤な手の平の跡。うん、彼女がフリートと会う時間からしてそうだって思ったけれど、君も朝っぱらから学園で何をしてるのさ……。

 

 

「おい、テメェにだけはドン引きする資格は無いぞ? 大体、あの女だって……ん? あのルメス家の嬢ちゃんはどうした?」

 

「さあ? 来ていないんだけど病気かな? 後で同じ寮の子に訊いてみるよ」

 

 何時もなら徐々に仮面じゃなく本物になって来た笑顔を向けながら駆け寄って来る彼女の姿が見えないのは少し寂しい。

 好きだって気持ちを伝えられて、返事をしないまま一緒に居るけど、何か今の関係が心地良いんだよね。

 

 それにしても心配だよ……。

 

 

「あ、あの。クヴァイル様。魔じ……ルメスさんからお手紙を預かって居まして……」

 

 ”魔女”、闇属性であるアリアさんを侮辱する呼び方をしようとした同級生に思わず不機嫌を隠さなかったけれど、机の下でフリートに蹴られて慌てて隠す。

 時既に遅しって感じですっかり怯えた様子だけれど、ちゃんと手紙は受け取った。

 

「やあ、有り難う。アリアさん、お休みなのかい?」

 

「は、はい! 昨日の夜に急に実家に戻る必要が出来たらしくって。それで、あの、明日の舞踏会のパートナーですけれど、彼女が間に合わなかったら……」

 

 ああ、成る程ね。

 

 闇属性って事で忌み嫌われて関わりになりたくないって人が多いアリアさんの手紙を何でわざわざ受け取ってくれたのかと思ったけれど、それを口実に僕に近付こうって魂胆か。

 

 ついでに言えば彼女って身体を使って僕に取り入ってるって噂が立ってるし、だから慌てて呼び方を変えたな、この子。

 

「……まあ、考えておくよ。ちょっと手紙に集中したいから向こうに行ってくれるかな?」

 

「はい!」

 

 随分と上機嫌な様子で離れていく彼女だけれど、手応えがあったと思ったんだろうね。

 

 封筒を開いて手紙に目を向ければ、手紙で済ませる謝罪から始まった。それから急に実家に向かった理由へと続き、明日の晩の舞踏会までには帰れる様に頑張るそうだ。

 

「あの女、どうして来てないんだって?」

 

「どうも決闘については湾曲した話が伝わってるらしくって、戦う力があるのなら領地の山で暴れている厄介なモンスターを退治しろって言われたんだってさ。従わなかったら学園を辞めさせて連れ戻すって脅し付きで。……舞踏会のパートナーが僕だって実家に知らせておけば良かったのに」

 

「テメェとの関係にあれこれ口出しされるのが嫌だったんだろ。だいぶ執着されてるしな。……んで、流石に聖王国の名門であるクヴァイル家が王国の末端貴族のルメス家の問題事に手出しはしたら駄目だろ。まあ、少しは強くなったし、大丈夫じゃねぇの? 信じて待ってやれよ」

 

「……そうするよ。まあ、ルメス家の問題には手出ししないよ、ルメス家の問題にはさ」

 

 手紙に書かれた山の名前に視線を向けながらフリートの忠告に賛同する

 流石に王妃の甥っ子だろうが他国の領地の問題に首を突っ込むのは賢い選択じゃないし、この問題はアリアさんを信じるしかないんだ。

 

 実の祖父母にも嫌われているみたいだし、クヴァイル家の領地が栄えた影響で逆に貧しくなったルメス家じゃどれだけの支援が可能なのかってはなしだけどさ。

 

「……んで、さっきの嬢ちゃんと踊るのか?」

 

「さあ? 先約が有るから先延ばしにしたけれど、彼女とは確約してないし、僕じゃなくても余った人は先生が相手してくれるんだ。急用が入ればそっちを優先するさ」

 

「ま、当然だわな。それより今日は俺に付き合え。チェルシーが不機嫌で相手してくれねぇし、露出の多い服の綺麗な女が給仕してくれる店があるんだよ」

 

「いや、其処は素直に謝って許して貰ったら? ……悪いけれど僕も仕事だ。国境沿いの山にアラクネの群れが住み着いたらしくってさ。まあ、運命だとでも思って諦めてよ」

 

「大袈裟な奴。……まあ、余計に怒らせて週末のデートが無くなるのも嫌だし、ちょいと謝って来る。つーか、俺様はテメェが童貞どころかキスすらしてないのが驚きだぜ」

 

「行ってらっしゃーい。……タイミングとか有るんだよ、タイミングとかさ」

 

「そんな受け身だから未だなんだよ。ガッと迫ってバッと行けや、さっさとよ。待たせるのは悪いだろ」

 

「うっさい。君こそさっさと行け。そして余計に怒らせて反対側にも食らって来い」

 

 もう直ぐ授業開始の鐘が鳴るけれど、憎まれ口を叩きながらもフリートとチェルシーなら大丈夫だろうと手を振って見送る。

 実はちょっとだけ両側にビンタされるのを期待してたんだけどね。

 

 それにしてもチェルシーに影響が出なかったのは何故だろう? 

 影響の原因が発生した場所なのか、それとも……。

 

 

 

「属性……かな?」

 

 少し思い当たる所があって呟く。それならパンドラと二人の差だって説明が出来るけれど‥…仕事から帰ったら文献を漁ろうか。

 

「このままじゃ身も心も持ちそうにないからね……」

 

 今はあの程度で済んでいるけれど、進行すれば耐えられるか微妙だ。何かの外的要因に流されて……なんて嫌だしさ。

 

 その辺はちゃんと向き合いたいよ。

 

 

「そ、それでは授業を始めます」

 

 (残念な事に)フリートが上機嫌で戻って来た直ぐ後、今朝の一件が尾を引いているのか少し怯えた様子のマナフ先生が姿を見せ、何時も通りの時間が過ぎていった。

 

 

 

 



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無価値で無意味

 例え何があったとしても人にとって故郷は忘れられず、実家とは安らげる場所だと聞いた事があるけれど、その戯れ言を口にした者からすれば私みたいな者は”人”ではないという事と解釈するのは捻くれて居るのだろうか?

 

 それとも私にとって故郷も実家も・・・・・・家族さえもそれに足り得ない、そんな所なのだろう。

 実際の時間は一月にも満たず、恋をした瞬間からの濃密な期間からすれば体感的に結構な年月ぶりに顔を見せた実家は相変わらずだったら。

 

「既に足の準備は済ませてある。さっさと行け。お前が役に立てるのはその程度だからな」

 

「・・・・・・はい」

 

 仮にも実の孫娘に向ける物とは思えない程に冷たく、怯え混じりなのを虚勢で隠した老人、実の祖父に私は感情の篭らない返事を向けた。

 元より父親不明な私には冷たく母を詰っていた連中だ。母の遺言であっても明るく接する気にもなれないし、ならないで良いだろう。

 

「・・・・・・入り婿の候補について訊かれなかったな。まあ、それでも良いけれど。ロノスさん以外に肌を許す位なら家を出て髪を染めて遠くで生きていくだけだし」

 

 婿を見付けて来いと命令されていたけれど、忌み嫌われる闇属性の私と結婚してまでルメス家みたいな貧乏弱小貴族の領地が欲しい物好きがどれだけ居るのやら・・・・・・。

 

「あの馬鹿王子が余計な真似をして、馬鹿な王が私に会いたがっているみたいだけれど本当に面倒。もしかしたら娘かも知れないなんて、王家の面子を優先して知らない振りをしてくれれば良いのに・・・・・・」

 

 母の形見から浮上した、私に対する王の庶子だという疑惑。今は実家にさえ秘密だが、もし認知されでもすれば祖父母も周りの人間も手の平を返すのだろうか?

 

「ふざけるな」

 

 その言葉しか出ず、声と同時に拳が震える。今更現れて、また私から幸せを奪う気なのか。

 持った力も家も関係無く接してくれたあの人達以外は私には必要無い。引いている血に群がられても、それまで連中が私に向けていたのと同じ嫌悪感しか向けられない。

 

 最初はそうだったらロノスさんの家に嫁げる可能性も考えた。他に相手が居たとしてもあの人の物になれるなら適わないと思った。

 でも、現在の王妃は彼の叔母で、王族の血を引くのなら嫁がせるメリットは低い。彼が良くても闇属性なんて喜んで引き受けるとは思わないから。

 

 今の家でも愛人なら可能性はあったし、もし本当に父親だったとするのなら一度だけでも親心を出して欲しい。

 私と王家は無関係。・・・・・・それが私の幸せだ。

 

「でも、本当に娘だと思ったならそうしてくれないんだろうな。お姫様なら政治の道具になるから何処かに嫁がせて・・・・・・」

 

 

 ああ、本当に現実はままならない。あの眼鏡が私に絡んで来て、兄かもしれない馬鹿王子が私の出生の秘密について気が付いて……いや、あれは私が母の遺言を破って首飾りを人前で着けたのも原因か。どの道、馬鹿王子は嫌いだけれど。

 

 親の遺言は守るべきだ、でも、父親が何か遺しても速攻で忘れる。

 

 ”生まれ持った力のせいで虐げられていた女子が実はお姫様で、ドキドキの生活が始まる”だなんて何処かで聞いた様で聞かない話に興味は無いし、出来れば無関係で居たい。

 

 私が欲しいのはロノスさんの側に居る権利だけ。”王女”よりも”魔女”の方が都合が良い。

 

 

「さっさと終わらせよう。……明後日は舞踏会、ロノスさんをお待たせする訳には行きません!」

 

 視線の先で私に嫌悪の眼差しを隠そうともせずに待っている馬車の御者を景色の一部だと認識しつつ、仮面を被る。

 

 ……この仮面が本当の自分になりつつあるのは感じるけれど、それは未だロノスさん達の前だけ。

 でも、それで何一つ問題無い。

 

「大丈夫、私にはロノスさん達に鍛えて貰った力が有るから。……此処数日の事は忘れたいけれど。あんな人に鍛えて貰ったなら二人は強くなって当然ですよね」

 

 乾いた笑みが出そうになるのを必死に抑え、数日前の私を少し恨んだ。あの二人の師匠に自分も鍛えて貰おうなんて安易に考えた馬鹿な自分を……。

 

 

 

 

 

「ねぇ、レキア。お兄様が出掛けていて暇なのよ。ちょっと話でもしない?」

 

「妾は暇では無いのだがな。片手間で相手するのも惜しい程だが、それで良いなら相手をしてやろう」

 

 ロノスが学園より帰るなりポチに乗って聖王国に慌てて向かった頃……少しは妾とゆるりと過ごせば良いものを……、奴から贈られた花を眺めていた妾に暇そうな奴が話し掛けて来た。

 

 この花、本当に僅かではあるが神の気配を感じる。大きいグラス一杯の水に一滴だけ混ぜた果汁程度で、花に宿る魔力に混じって分かり難いのだが……先日戦ったサマエルとやらの気配に酷似している。

 

 恐らくは奴の指揮下の神獣。宿る気配を解析し、宿す力を解析すれば術者の探知も可能だろうな。

 だが、薄いせいで随分と困難を極めていて、集中したい……のだが。

 

「そうね。何から話そうかしら? レキアは何か話したい事とか無いの?」

 

「言いたい事なら有るぞ。”自分で考えろ”、”考えてから来い”だ」

 

 この馬鹿娘は私が忙しいにも関わらず話し掛けて来ているし、多分無視したり拒否しても諦める奴でもない。

 まあ、適当に話をしてやれば良いのだが、話題も考えずに来るな馬鹿!

 

 本当に此奴は……。

 

「じゃあ、何してるの? お兄様から貰った花を眺めてるだけでも無いでしょう? どうも嫌な予感がするのよね、それ」

 

「野生の……いや、光属性の使い手として何か感じる物があったか。この花、どうも神の気配がするのでな。数本では大した事は分からんのだが、今はする事も無い」

 

「神の気配って事は、この前の決闘の時に手出しして来た糞野郎と、お兄様やアンタ達を襲ったって連中の仲間って事ね。……がぁああああああああっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 急に叫び出したリアス、此奴ついに頭が筋肉に侵食されてしまったのではないのか!?

 まさに怒り心頭と言った様子で立ち上がり地団太を踏み、机を強く叩いた事で鉢植えが宙に浮く。馬鹿力め、机が砕け散り、鉢植えが天井に激突して砕け散ったぞ。

 

「人の決闘が終わった瞬間に野暮な手出しした連中っ! 絶対にぶん殴る!」

 

「いや、ロノスが落とし前を付けたと聞いているぞ? だから落ち着け? 貴様、一応は”姫様”と呼ばれる立場だろう? 脳みそ筋肉のバトル脳だが」