僕は夜の中 (月雲燎)
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1話

夜という時間は、嫌でも自分と向き合わなければならない時間。

夜の中には、何が在りますか?


 日付が変わった時、僕はようやく家の玄関の扉をあけた。

 

独り暮らしの部屋はとても静かで、少しだけ現実と離れているような気がした。

 

 ネクタイを解いて、スーツを脱いで、自分にまとわりついていた仕事の名残を、シャワーで洗い流した。

 

おなかがすいた。

 

部屋の明かりもつけずに、帰る途中コンビニで買った惣菜とサラダをほおばり始める。簡素な食事はものの5分で終わってしまった。

 

 もう後は明日、いや、日付が変わった時点でもう今日なのだろう。

 

眠らなくては、仕事に差し支えてしまう。ベッドに横になった。

 

何も考えたくないのだ。何かを考えたら、眠れなくなる。僕はそれをよく知っている。

 

 夜の静寂だけが、この部屋を、いや、僕の世界を覆っていた。

 

ただ、この闇の中が僕の心をひどく安心させていた。このままこの闇に溶けて消えてしまえたら、どんなに楽なんだろうか。

 

結局その時点で、僕は何かを考えていることに気付かされた。

 

 そこからまるで渦のように、いろんな思考が流れ押し寄せてくる。

 

数多の考えに苛まれながらも、行きつくところが【僕は何をしているんだろう】だから世話がない。

 

 仕事をしているときは、ひたすら仕事をするしかないから考える暇などない。はずだ。

 

その反動なのか、独りで夜の中にいると考え込んでしまうのだ。

 

 意味もなく天井を見上げる。

 

空も長らく見上げていない気がしてきた。

 

夜空はどんな風景だったか、いよいよ思い出せなくなってきたようだ。

 

 いや、僕は寝なくてはいけないのだ。

 

それなのに、とめどなく溢れかえる思考を止めることが出来ないのだ。

 

 気づいたらベッドに転がって30分経過していた。

 

ああもう、気を紛らわせるしかない。どうしたらいいのだろう。

 

 ふと、端末の明かりが付いた。そうだ、音楽を何か聴こう。

 

ながらくこうやって音楽を聴くことをしていなかった気がする。イヤフォンが見つからない。

 

 仕方がないので、音量を小さ目にそっと音楽を流すことにした。

 

部屋に小さく流れ始めた音楽は、ああ、とても懐かしい。

 

 10代の頃、とても感銘を受けた音楽じゃないか。あの男性の声がすごく心に響いて、新しい歌が出るたびに買いに走ったなぁ。

 

あの頃の感激や高揚感が無いのは、それほど大人になってしまったのかと苦笑いするしかなかった。

 

 いや、違う。忘れてしまっているだけなのだ。

 

そうでなければ、彼の歌声が、彼の綴った歌詞が、こんなにも心に響いて、涙がこぼれるはずがないのだから。

 

 いつから声を押し殺して泣くようになったのだろう。子供の頃は大声で泣いていたように思うんだ。

 

心はこんなにも震えて、前を向いて歩いて行きたいと必死に訴えかけている。

 

 僕は夜の中、日常と少しかけ離れた場所で、ようやく息を吹き返す。

 

 僕は夜の中、この時にようやく、生きているという実感がわきあがる。

 

少しだけでも前が向けるだろうか、少しだけでも自分の事が見えるだろうか。

 

 きっと今日は、星がきれいなんだろうな。

 

 

 

 

 

そう思ったのを最後に、僕は意識を手放した。

 

 




前回の話を投稿した後、友人から「夜を題材にした話を作ってみてよ」と言われ

「夜か」と自分の世界を巡らせていたら、このような話になりました。

自分は過去にこういう風になったことがあるのですが、他の方はどうなんでしょうね?

人は考える生き物です。出来れば考えたくないことであっても。

そんな時は、少しでも心に栄養をあげてください。

大層なものじゃなくていいんです。話の中の彼にとっては、それが感銘を受けた音楽でした。

心に栄養をあげて、自分と向き合う余裕をもっていきたいですね。

自戒も込めて。


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