仮面ライダーパラノイア (川池龍市郎)
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仮面ライダーパラノイア 序章

その町はとてつもなく静かだった。

 

______[變醜町]。

 

『日本一治安の良い町』と言う肩書きを持った町。

 

小規模ながら空港や地下鉄と言った公共交通機関や様々な遊び場がある事から、變醜町の外に住んでいた人間はその肩書きを鵜呑みにしてここへ引っ越してくる。

 

実際、その肩書きが本当なのかは誰も知らない。變醜町の住民さえも。

 

特定の場所で奇妙な噂が立ったり、児童が連続で行方不明になる。

 

最近變醜町ではそういった事ばかりだった。

 

建物の窓から光はチラホラと見えるのに対し、道を見渡しても住民の姿はほぼ見えない。

 

まるで町自身が『出歩くな』と警告している様にさえ感じ取れた。

 

住民達が外を出歩いていないのには訳があった。

 

_____『化け物』が出た。

 

こんな子供じみた嘘に思える理由が、真実であり、住民達が外へと出ない理由だった。

 

いつもと変わらぬ日常の中、いきなり道路に現れた『化け物』は人の首を斬り落とし、姿を消したらしい。

 

当然、道端に人は大勢いた為目撃者は多数居た。

 

ネットにも少数だが動画がアップロードされている。

 

そんな肩書きだけは一人前の町にポツンと建っている送電塔をジッと見つめ続けている二人の記者が居た。

 

「里上しぇんぱぁい......。」

「......。」

「里上しぇんぱいってばぁ.....。」

「あによ!?」

 

今年で28歳になる記者、里上(さとがみ)は神経を逆撫でする様な声で呼びかける後輩記者、石田(せきた)に腹を立てた。

 

「まだ張り込むんですかぁ?」

「あったり前よ!!!ここで何件かの『化け物』の目撃情報があがってんだから!!」

「本当に現れるんですかねぇ、化け物なんてぇ。それよりぃ、『連続児童行方不明事件』の方を追った方がいいんじゃあないですかぁ?」

 

石田がそう言うと里上は得意げに口を開いた。

 

「アタシはネ、この『化け物』とその事件には関連性が......。」

「なんだかんだ言ってぇ、結局はカネの為なんでしょお?」

 

何も言い返せなくなった里中は、図星を突かれた事を誤魔化す様にメガネをくいっと上げた。

 

「し、仕事なんてみんな金の為にやるもんでしょ!!なんか文句ある!?」

 

石田からの返事は返って来なかった。里上はその事に眉をひそめながら口を開いた。

 

「アンタ返事位したらどーよ?アンタの取り柄は返事が早い事だけなん......。」

 

里上が口を閉じる前にゴトンっと言う不可解な音が静寂に包まれた道の中に響いた。

 

「へ?ゴトンっ......?」

 

里上が振り向いた先に見えたのは____________石田の生首と目が膨張し、鎌の様な腕を持った二足歩行で歩くカマキリの化け物だった。

 

「ひぃ......!?ば、化け物......!?てか虫、虫じゃない......!!!」

 

化け物は石田のモノであろう返り血を付けた鎌を里上に向けた。

 

「ひっ......!」

 

里上は動揺して構えていたカメラを落としてしまった。

 

写真どころではなかった。身体が震え、足のすくんで動かない。

 

________『助けて』。

 

脳裏に浮かぶ言葉はそれだけだった。

 

その言葉を嘲笑うかの様にカマキリの化け物は里上へと飛びかかった。

 

里中は叫び声を上げる訳でもなく、うずくまる様に自分の身体を庇った。

 

それは最早『死』を確信していたからだった。

 

逃げてもどうにもならない。このまま殺される。

 

最早里上に残された選択肢は身体を庇う事だけだった。

 

「......あ......、れ?」

 

死んでいない。生きている。確実に意識もある。

 

目を閉じて目蓋に包まれた視界からは何も見えないが、何かの唸り声が聞こえる。

 

カマキリの化け物の物ではない。明らかに別の何かの声。里上には何故かそう思えた。

 

里上は恐る恐る、目を開いた。

 

自身の目に映るのはカマキリの化け物と_______その化け物を取り押さえる黒い化け物だった。

 

 

 

〜仮面ライダーパラノイア 序章 END〜



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仮面ライダーパラノイア 第一話「変身」

里上は自身が置かれている状況が理解出来ずに困惑していた。

 

カマキリの怪人が自分を殺そうと襲い掛かり、それを黒い化け物が阻止した。

 

「た...助けて......くれた......?」

 

黒い化け物は相槌を打つ様にこくり、と頷くとカマキリの怪人を里上から遠ざける様に蹴り飛ばす。

 

鈍い音と共にカマキリの怪人は30m以上は離れているであろう壁に叩きつけられた。

 

壁に入った蜘蛛の巣状の亀裂がその蹴りの威力を物語っていた。

 

「本当に守ってくれてる......?」

 

赤く光る目。クワガタの角を彷彿とさせる黄金に光る角。

 

鋭い牙。鋭い爪。黒光りする肌。

 

何かのパニック映画に出てきそうなクリーチャーを思わせる大柄な身体。

 

___________それは何処からどう見ても化け物としか言いようがなかった。

 

『何故こんな化け物が、何故自分を守っているのか。』

 

里上の脳裏には恐怖よりもその疑問が浮かんでいた。

 

里上は我に返り逃げようと先程まですくんでいた脚でなんとか立ち上がる。

 

その瞬間____________

 

ボキリと何かがへし折れる様な音がした。

 

里上は恐る恐る化け物達へと視線を向ける。

 

クワガタを思わせる黒い化け物は、カマキリ怪人の物であろう鎌を手に取ると投げ捨てた。

 

彼がカマキリ怪人の鎌を引きちぎったのだ。

 

本来ならば鎌のある部分から奇妙な色の血が吹き出しているカマキリの怪人が何よりの証拠である。

 

「ひっ......!?」

 

化け物達を見ずに逃げれば良かった。

 

里上の真っ白になった思考にはその言葉が浮かぶ。

 

後悔先に立たずとは正にこの事である。

 

黒い化け物はカマキリ怪人に馬乗りになると、殴り続けた。

 

一発一発、鈍い音が周りに響く。

 

無論、カマキリ怪人も彼にやられまいと抵抗している。

 

しかし、カマキリ怪人の抵抗は殴られる度に弱まっていった。

 

その光景はまるで__________

 

虫が弱り、絶命するまでの瞬間と同じだった。

 

黒い化け物はカマキリの怪人が動かなくなった事を確認するとカマキリの怪人の両腕を引きちぎり、道に刺さっていたポールを引き抜きカマキリの怪人へと突き刺す。

 

グチュッと生々しい音が里上の耳へと伝わる。

 

ポールはカマキリの怪人の身体を貫通し、地面へと突き刺さっていた。

 

黒い化け物は里上の方へと視線を向け、里上の方へと歩き始めた。

 

「......。」

 

里上にはもはや声すら出ない。絶叫する声も助けを求める声も出ない。

 

真の恐怖に対面した時には声が出なくなる。里上は今日それを初めて知った。

 

_____その黒い化け物に異変が起き始めた。

 

化け物の身体がロウソクが溶けていく様にドロドロと溶け出したのだ。

 

里上は意味の分からないこの状況に対し涙を浮かべた。

 

「あの......大丈夫でしたか?」

 

「......へ?」

 

里上の涙は一瞬にして引っ込んだ。

 

溶けた化け物の中から子供が現れたのだ。

 

里上の脳内を支配したのは恐怖よりも何よりも、『困惑』。

 

透き通る様な美しい銀髪。幼さを感じさせると同時に整った顔立ち。美しい宝石を彷彿とさせる蒼い目。

 

子供の様な声でもアニメに出てくる様な声でもない、可愛らしい声。

 

何よりも目立つのは彼女の胸だった。

 

肉塊にすら思える子供には不釣り合いなサイズの胸は醜悪さを全く感じられない程に形が整っており、その胸に劣らず子供には不釣り合いなサイズにも関わらず形が綺麗に整った尻。

 

上半身が隠れる程の巨大過ぎる胸とジーンズが悲鳴をあげている程の巨大な尻。

 

パーカーの袖がかなり余ってる事から本来サイズがあってないであろう服が胸と尻に支えられているのが一目で分かる。

 

身長150cmしかない里上から見ても少女はかなり小さく、少女の身長は135cm程度あるかないか。

 

彼女の印象を一言で言うのなら

 

 『美しさと欲望を詰め込まれた子供』

 

美しい。その筈なのに。里上はその少女から嫌悪感しか感じ取れなかった。

 

困惑に塗りつぶされていた自分の思考が少女に対する嫌悪感に上塗りされていく。

 

少女に何かをされた訳でもない。ただ純粋に少女から嫌悪感を感じたのだ。

 

「あの......。」

 

少女は困惑の表情を浮かべ黙り込んだままの里上を心配したのか再び里上に声を掛けた。

 

「こっ、来ないで......!怪物......ッ!」

 

里上は咄嗟に握りしめた石を少女に投げ付け、走り去った。

 

「......。あの人、また襲われなきゃいいけど。」

 

少女/嶋本 忠治(しまもと りゅうじ)の手には先程里上が嶋本に向かって投げたであろう石が握られていた。

 

「怪物、か。」

 

怪物。嶋本にとってその言葉は今の自分自身だった。

 

こんな身体になりたくなった訳ではない。

 

何かに巻き込まれる様に、ただただ訳も分からずにこの身体にされ、闘いに巻き込まれていっただけ。

 

怪物(この身体)になってヒーローの様に誰かを守れたかと言われれば、誰も守れていない。

 

昔からそうだった。自分は無能で、誰も救う事の出来ないクズ。

 

そんな事を考えながら、嶋本は自分が怪物(この身体)になった日の事を思い返していた。

 

数ヶ月前。

 

嶋本は嫌な夢、と言うよりは嫌な過去をその閉じた瞼の中で見ていた。

 

小学生の頃、同級生と言い争いをして喧嘩になり、顔を殴られたので殴り返した過去。

 

何が原因か、どちらが悪かったのかはもう分からない。

 

恐らく些細な事だったのかもしれない。

 

だが、その記憶は嶋本の脳裏に酷くこびりついている。

 

相手を殴った時の重く湿った音。相手の目元に浮かぶ涙。

 

それがとても嫌でたまらない。

 

嶋本にとって、この同級生にやり返した一発の拳だけが最初で最後の暴力だった。

 

その悪夢から逃げる様に嶋本は瞼を開く。

 

灰色の天井。

 

いつもと変わらないその光景。それが嶋本を憂鬱にさせた。

 

身体に妙な違和感を感じる。

 

胸元が重い。

 

重りが胸にそのままくっついている様な感覚。

 

とても息苦しい。

 

尿を膀胱に溜めている時の様な不快感。

 

それがはっきりと胸元から伝わってくる。

 

しかし嶋本にはその身体の違和感より気になる事があった。

 

目の前に銀色の糸が大量に見えるのだ。

 

サラサラとしたその糸を引っ張るとはっきりと痛みが伝わる。

 

その痛みは糸が自分の髪である事を示していた。

 

(髪......?染めた覚えなんてないし......ここまで長くなかった様な......。)

 

嶋本は困惑しつつも気怠い身体を起こす。

 

その時だ。膝の上に何かが乗った。

 

柔らかく暖かいのと同時に、ずっしりとした重さも感じる。

 

ぼやけた視界が少しずつはっきりしていく。

 

嶋本は目をこすり、身体の違和感を確かめる為に視線を膝下へと移す。

 

目線の先に写ったのは膝では無く、生暖かく肌色の丸い巨大な肉塊。

 

それが自分の胸だと理解するのには数秒掛かった。

 

___________同時刻。

 

嶋本の住むアパートの別の部屋。

 

音が外に漏れない様に防音シートが貼られた壁。昼間だと言うのに閉じたカーテン。

 

そして明かりすら付いていない薄暗い部屋。

 

その薄暗い部屋の中で一人の女性、長塚 瞳(ながつか ひとみ)が気味の悪い笑顔を浮かべていた。

 

「ケケケ......。」

 

彼女は爪を噛んだ。特に意味はない。

 

ただこうしていれば落ち着く、と言うだけ。つまりは単なる癖だ。

 

一分後、彼女は爪を噛む事を止め、「いつも」の様にウサギ用のケージへと向かう。

 

ウサギ用ケージ、とは言っても中に入っているのはウサギではない。

 

「むっ......むぶぅっ......。」

 

ケージの中に居るのは手足と口をガムテープで封じられた3歳の子供だった。

 

「最近いい声で鳴いてくれませんねぇ......この子もそろそろ組織に『送る』べきでしょうか」

 

静寂が包み込む部屋に、長塚の独り言だけがポツリとこぼれる。

 

嶋本の思考は混乱に塗りつぶされていた。

 

服は袖の部分だけぶかぶかになっているものの、巨大な胸が服を持ち上げており、巨大な尻はズボンがずり落ちるのを防いでいた。

 

周りの物は全てが大きく見える。

 

髪は長く銀色になり、胸には巨大な肉塊が付いている。

 

急いで鏡のある洗面所へと向かおうとしたその時、異変が起きた。

 

音が聴こえた。

 

匂いもする。

 

町を走る様々な車の走行音。

 

生ゴミの匂い。

 

子供を叱る母親の怒号。

 

虫の血の匂い。

 

虫の羽音。

 

服が擦れる音。

 

何かのガスの匂い。

 

何処かに飛んでいる飛行機の音。

 

様々な音と匂いが嶋本の耳と鼻を刺激していた。

 

「ぐぁっ......!?あっ......ぅ......あっ......、おぇっ......。」

 

嶋本はその場に倒れ頭を抱え、声にならない悲鳴をあげる。

 

(なんだっ......これぇ......。)

 

頭が割れてしまいそうな程の頭痛。

 

鼻が曲がりそうな匂い。

 

声を出す余裕はない。

 

指一本すら動かす事も出来ない。

 

吐き気があるのに吐く事すらも出来ない。

 

身体中を針で貫かれた様な痛み。

 

嶋本は涙を浮かべながらその痛みを耐え続ける。

 

「はぁっ......、はぁっ......、治まっ、た......?」

 

痛みが長く続いた反面、治る時は一瞬で治まった。

 

頭痛は一切無い。

 

先程までの痛みがまるで嘘にすら思える程に。

 

「きゅ......、救急車......。」

 

嶋本は自分の容姿を確かめるよりも救急車を呼ぶ事を優先し、スマホを手に取る。

 

その時だった。

 

『助けて......!お母さん!!お父さん助けて......!誰か......!』

 

「だれ......、だ......?」

 

声が直接、頭の中に伝わってくる。

 

嶋本は手に取ったスマホを机の上に置き、部屋を見渡す。

 

声の主は見当たらない。

 

嶋本は耳を澄ました。さっきの聴覚なら声の主を見つけられる筈だ。

 

「っ......!」

 

再び様々な音が混じり合い、雑音が再び嶋本の耳を刺激し始める。

 

「うぐっ......。」

 

先程より酷くはないものの、再び頭痛が嶋本を襲い始めた。

 

虫の羽音、車の走行音。

 

どれも聴こえるのは先程聞いた様な音ばかり。

 

その中で嶋本の耳は異音を捉えた。

 

何かを揺らす様な不自然な金属音。

 

それがかなり近くから聴こえている。

 

嶋本はそれが声の主が立てている音なのか疑う事無く、その音が聴こえる場所へと向かった。

 

薄暗い部屋の中で長塚はウサギ用ケージの中で暴れる少年を見つめながら爪を噛んでいる。

 

長塚には昔から子供の悲鳴が女性の身体よりも性的に思えていた。

 

母は自分を居ない様に扱い、父は長塚を吐口にする様に殴る。

 

そんな人生を歩んできた長塚が唯一興奮した物。それが幼かった時の自分と同年代の子供の悲鳴だったのだ。

 

自分が挙げた悲鳴ではない、自分以外の弱者の声。

 

なんと美しく、鮮やかで素晴らしいのか。

 

長塚はわずか10歳の時から他者の悲鳴を性的に意識し始める。

 

最初は人に手を出す訳にもいかず野良犬や野良猫を鳴かなくなるまで痛ぶり、ホラー映画の子役の悲鳴を録り溜めていた。

 

しかし次第にそれでは満足出来なくなり、長塚は子供を誘拐し手足を縛りウサギ用ケージに閉じ込め、色々な方法で子供に悲鳴を挙げさせていた。

 

長塚が一番嫌いなのは悲鳴を挙げずに涙を流す人間である。

 

目から水を流す、それだけの肉塊。

 

長塚にとって涙を流すだけの人間はそれ以上でも以下でもない。

 

単なる肉塊に過ぎなかった。

 

涙は悲鳴を引き立てるアイテムでしかなく、それだけでは意味がない。

 

しかし今自分が見つめている少年は違う。

 

犬の生首を見せた時は大声で悲鳴を挙げ泣き、両親の死体をつぎはぎにして見せつけた時は悲鳴を挙げ、大声で泣いた後に吐いた。

 

長塚にとってこの少年は最早一種の芸術作品である。

 

悲しそうな表情。

 

頬を伝う涙。

 

嘔吐。

 

両親の死体を目にしても両親に助けを求める滑稽さ。

 

全てが完璧だったのだ。

 

しかしその完璧な「芸術作品」も限界を迎えたのか、最近はあまり大きな悲鳴を挙げなくなってしまった。

 

名残惜しいが処分するしかない。

 

長塚は眉を顰める。

 

この少年を「引き渡す」前に最後にどう悲鳴を挙げさせるか考えていた。

 

一通りの事はやり尽くした。

 

両親のツギハギ死体を今見せれば良かったかもしれないと後悔しつつ、長塚は机に置かれた工具箱からペンチを取り出す。

 

「爪を残しておいて良かったよ。」

 

ウサギ用ケージの扉を開け、口のガムテープを外し少年の爪をペンチで掴む。

 

「た、助けて......。」

 

少年の言葉は無視し、ペンチを掴む手に少しずつ力を入れる。

 

最後の最後で少年はどの様な悲鳴を挙げるのか。

 

長塚にはそれが楽しみで仕方なかった。

 

しかし長塚の耳は何者かの足を捉えていた。

 

その足音は一歩ずつこちらへと近づいてくる。

 

「......『黒』。完成品ですか。こんな時に限って......はぁ〜......。」

 

長塚は深くため息を吐くと「萎えた」とでも言いたげに握っていたペンチを投げ捨て、少年に一言告げる。

 

「運が良かったですね。まだ爪を取られずに済みますよ。」

 

少年はヘラヘラと笑う長塚を睨みつけると、最後の抵抗とでも言う様に声を張り上げる。

 

『助けてぇーーッ!!!!!!!!!』

 

その声に応えるかの様に、『黒い化け物』が扉を破壊しながら現れた。



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仮面ライダーパラノイア 第二話「誕生」

「お前があの子にした事よりも」

 

「______________酷い目に合わせてやる。」

 

嶋本のその言葉を聞いた長塚は少し間を置き、ゲラゲラと笑い出す。

 

「貴方は可笑しい。実に可笑しい人だ。」

 

「何だと?」

 

「私も貴方も傷や病気など永遠に再生するんです。それを辛い目に合わせる?どうやっ」

 

長塚が言葉を終える直前に嶋本は長塚の頭を鷲掴み、地面へと叩きつけた。

 

「それなら好都合だ。」

 

「ぐっうぁ......!?」

 

強い衝撃が長塚の脳を襲う。

 

通常の人間ならば脳震盪で気絶している筈だが改造人間としての身体がそれを許さない。

 

「『死なない程度』、なんて遠慮はいらないからな。」

 

黒い化け物/嶋本はニヤリと笑うとまた長塚の頭を地面へと叩きつける。

 

「調子に......、乗るなぁ!!!」

 

長塚が激昂すると同時に口元から系の様な物が飛び出し嶋本の口元や身体へと絡みついた。

 

「ぐっ......!?」

 

嶋本は抵抗を心見るも振りほどこうとすればするほど糸は強く絡みつく。

 

食いちぎろうにも口元が封じられては元も子も無い。

 

さっきのお返しだ、と言わんばかりに長塚は系に絡みつかれた嶋本を地面へと叩きつけようと試みた_________が。

 

嶋本に絡み付いたチタン合金よりも上の頑丈さを持つその系は、簡単にちぎれ、地面へと静かに落ちた。

 

ちぎれたと言うより『斬れた』と言う表現の方が正しい。

 

嶋本の腕や足から生えている棘、鋭く尖ったナイフの様な爪。

 

それに触れた瞬間、系はプツリと簡単に斬れたのだ。

 

黒ずくめの全身凶器。

 

そんな化け物が眼前に居る事実を改めて認識した長塚は恐怖_________ではなく怒りに支配されていた。

 

自身以外が、自分よりも下のクズが凶器を手にしている事が許せない。

 

それも、凶器は相手自身の身体。

 

その事実だけが長塚の神経を苛立たせた。

 

深い眠りについていた少年はゆっくりとその眠りから目覚めようとしていた。

 

うっすらとした意識の中、ぼんやりと見える自身の視界に写る黒い化け物。

 

少年はその『黒い化け物』を_____________

 

「仮面......ライダー......。」

 

TVの中に映るヒーロー。

 

そのヒーローとは似ても似つかない黒い化け物を、彼はそう呼んだ。

 

長塚の耳は少年のその言葉をはっきりと拾っていた。

 

「ケケケ......ふふっ、ぷっ......あははははっ......。」

 

唐突に笑い出す長塚に困惑する事もなく、嶋本は長塚の首根を掴む。

 

「ひひっ......滑稽です。実に。あの少年は実に滑稽です。」

 

「......何?」

 

「貴方の耳なら聞こえていたでしょう?先程貴方の事をあの少年は......ふふっ......、くっ、仮面ライダーと......!呼んでいたのですよ。」

 

「それがどうした。」

 

嶋本は下らない言葉を吐き続ける長塚にうんざりしつつ、長塚を壁へと押し付ける。

 

「貴方の様なクズを......テレビの中のヒーローと混合している......。」

 

「......。」

 

「実に滑稽じゃないですか。」

 

「否定はしない。」

 

嶋本は長塚の眼球へと指を突っ込んだ。

 

「ぐぁっ......!?」

 

「確かにそれは滑稽かもしれない。でも......お前のが余程滑稽だ。」

 

「ククク......ケケケっ......。」

 

「......何がおかしい。......ッ!?」

 

しかし嶋本は凄まじい威圧感を感じとった。

 

自身よりも遥かに強く、おぞましい。

 

とてつもない威圧感。

 

その威圧感の正体が目の前の長塚でない事だけは明白だ。

 

ゆっくりと振り返り、威圧感の主を確認する。

 

嶋本の目に写ったのは____________

 

少年を抱き抱える、レザースーツを着た薄い青髪の幼女だった。

 

背は変身前の嶋本より少し高く、胸は嶋本と同じ程度の大きさだ。

 

彼女はただ無機質な表情を浮かべている。眉も目も動いていない。

 

無表情。正にその言葉が相応しかった。

 

ただ一つ。その美しさに似合わない物が備わっている。

 

彼女の右手だ。

 

右手のみが大きく肥大化し、爪は鉤爪の様になっている。

 

レザースーツから見える胸元や顔は人形と見間違える程に白いが、右手のみが黒く染まった肌。

 

人間の手、と言うよりは何かを狩る為の手。

 

嶋本にはそう見えた。

 

嶋本は長塚を掴んでいた手を即座に離し、青髪の幼女を睨みつける。

 

「......その子を離せ。じゃないとお前もコイツと同じ様に......?」

 

青髪の幼女は嶋本に興味を示す事なく素通りすると長塚の方へゆっくりと迫る。

 

「ふぅっ......ふぅっ......、か、回収お疲れ様です、リーダー。」

 

「......誰が覚醒させろと言った?」

 

青髪の幼女は長塚の言葉に答える事無くその大きな右手で長塚の首根を掴み、酷く低い声でそう言った。

 

「ひっ......、そっ、それは......『黒』が勝手に......。」

 

「その原因の大半はお前だ。責任をどう取るつもりだ?」

 

「わ......私が『黒』を捕獲しま」

 

長塚が言葉を終える前に、青髪の幼女はレザーのニーハイブーツで長塚の顔を蹴り上げる。

 

「ッッ......。」

 

「現に失敗しているだろうが。」

 

「申し訳......ありまっ......。」

 

嶋本は青髪の幼女を止めに入ろうとした、が。

 

足が動かない。

 

それどころか身体が震えている。

 

目の前の青髪の幼女ただ一人に、自分は恐怖していたのだ。

 

「うふふっ......、痛かったわね......。辛かったわね......。」

 

「ひっ......!」

 

人形の様に無表情だった彼女は優しい口調で話し、優しい笑顔で長塚の頭を撫でる。

 

一方の長塚は、それが『不味い事』である事の様に怯えている。

 

「そ、『それだけ』はやめっ」

 

    「楽に還なさい」

 

その言葉と共に、彼女の巨大な鉤爪は長塚の身体を貫く。

 

彼女が長塚の身体から鉤爪を引き抜くと同時に長塚の身体は飛び散り、肉片となった。

 

その肉片はうねうねと蠢き、肉片一つ一つが胎児の様な形へと変わっていく。

 

その瞬間、嶋本の頭の中には大量の産声が響きだした。

 

その産声で嶋本は何が起きたか、うっすらと理解した。

 

肉片が胎児の形になったのではない。

 

肉片が胎児そのものへと変わったのだ。

 

その胎児達は、存在もしない母を求め動き、一人ずつ枯れていく。

 

「......お前の部下じゃなかったのか?」

 

「そうよ。」

 

嶋本の問いに少女はあっさりと答える。

 

部下を殺す事も、人が死ぬ事もなんとも思っていない。

 

冷酷。

 

その言葉は彼女の様な者を指すのだろう。

 

「社会に居たなら分かるでしょう?役立たずは切り捨てるの。役に立つ奴だけを残すのよ。」

 

淡々と、少女は顔色一つ変えずに言葉を続けた。

 

「......、お前らは......何なんだ?何が目的だ......?」

 

「私達は『エリミネーター』。全てを抹殺して、全てを産み直す者の集まり。全ての母親......。」

 

「......イカれてるな。母親は子供を殺すのか?」

 

あまりの荒唐無稽な少女の言葉を嶋本は軽く流す。

 

しかし先程まで顔色一つ変えなかったエミリは優しい顔を浮かべ、嶋本へと語りかける。

 

「貴方も私の子供......ずっとずっと......昔から、ね。」

 

「......何?」

 

嶋本はその言葉に一種の気色悪さを覚えた。

 

「覚えておいて......。私の名はエミリ。」

 

「あぁ、覚えておくさ。お前を殴り倒してその子を取り返したらよく頭に叩き込んどくよ。」

 

嶋本はエミリへと殴り掛かる、が。

 

「それなら名前は覚えて貰える日は来ないわね。」

 

一瞬で背後に回られた。

 

改造人間にされ超人的になった動体視力を持ってしてもエミリの動きは一切見えない。

 

「私の名前はエミリ。覚えて貰えるまで、何度でも言うわ。」

 

「ッ!!!!!!」

 

回し蹴りで背後にいるエミリを狙うが、掠りもしない。

 

「今日はお遊戯の時間はここまでよ。さよなら。」

 

「待て......ッ!」

 

エミリは少年を抱き抱えたまま姿を消した。

 

文字通り、一瞬で姿を消したのだ。

 

全ての五感を研ぎ澄ましても、少年の気配も、エミリの気配もしない。

 

嶋本は手も足も出ず、エミリから少年を守る事すら出来なかったのだ。

 

嶋本の心に残ったのは強い罪悪感でも怒りでもなく、強い虚無感と吐き気。

 

悔しさで叫ぶ気力すら、嶋本には残っていない。

 

変身が少しずつ解け、嶋本は黒い化け物から銀髪の幼女へと戻っていく。

 

「お......ぇっ......う、おご......おえぇ......。」

 

静けさを取り戻した公園で、吐瀉物が地面へとぶつかる音だけが響いていた。

 

エミリは殺風景な部屋の中に居た。

 

壁や天井はコンクリートで出来ており、換気扇の音だけが響く。

 

しかしその部屋に一つだけ、似合わない物があった。

 

部屋を埋め尽くす程の巨大な肉塊。

 

肉塊は心臓の動きの様に一定のリズムで動いており、大量の血管が浮かびあがっている。

 

「ふふ......、今日も貴方の子供になるコを連れて来たわ。」

 

エミリはその肉塊へと語りかけ、少年を見て笑みを浮かべた。

 

それに呼応する様に、肉塊は動きを早める。

 

「正気に戻って?......貴方はジョークが得意なのね。私も返せる様に頑張るわ。」

 

エミリは低い声でそう言い放ち、少年を肉塊へ近付けた。

 

それと同時に、少年は目を覚ます。

 

しかし少年が声を上げる間もなく肉塊から触手が飛び出し、少年を取り込む。

 

(僕......どうなるの......?)

 

肉塊に取り込まれた少年の身体は少しずつ大きく成長していく。

 

しかしそれは男性としてでの成長ではない。

 

足はスラリと長くなり尻や胸は綺麗に膨らみ、幼かった顔も、少しずつ美しく大人びた顔へと作り変えられる。

 

(僕......は......。)

 

少年が作り替えられる自分の身体に不安を覚えたその時。

 

殺された筈の両親が、肉塊の中で疼くまっていた。

 

(パパ......!ママ......!良かった......生きてたんだ......。)

 

少年がそう安心したのも束の間、両親の身体は少しずつ縮んでいく。

 

少しずつ幼く、縮む。

 

(パパ......?ママ......?)

 

かつての少年と同じ様な小学生程に、そして幼稚園児程に縮み、最終的には胎児と化した。

 

その胎児達は、女へと作り替えられた少年だった彼女の身体へと入り込んだ。

 

(あぁ......ボク......、パパとママとまた一緒になれたんだ......。)

 

幸せそうな顔をする彼女の腹は、妊婦の様に膨らんでいた。

 

母親の腹の中。そこに居る様な安心感に包まれていた彼女に、異変が起こり始める。

 

「うふふ......どんなコになるのかしら。」

 

肉塊の中で、少年だった女は形を変えていく。

 

元の姿とは似ても似つかない、化け物の様な姿へ。

 

少年が死に、一人の化け物が肉塊から産まれた。

 

サソリの様なハサミを持つ右手。

 

尻から生えているサソリの様な尻尾。

 

黒く変色し、鎧と化した肌。

 

ギョロリと光る小さく黒い複眼。

 

妊婦の様に膨らんだ腹だけが、この怪物が女である事を証明していた。

 

「おっ......あっ......はぁっ......、おっ......。」

 

彼女の頭の中は真っ白になっている。

 

両親の顔も、かつての自分も友人も、先生も、何もわからなくなってしまっていた。

 

快楽だけが自分を包み込んでいる。

 

「あら......可愛いじゃない。んー......2時間は廃人状態ってところかしら。じゃあその間......。」

 

「_________きっちり『調整』させて貰おうかしら。」

 

エミリは彼女を見て妖しげな笑みを浮かべ、そう言った。

 

〜仮面ライダーパラノイア 二話 END〜



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仮面ライダーパラノイア 第三話「無能」

「はぁっ......、はぁっ......。」

 

息を荒げながら、一人の男性は女から逃げていた。

 

乱れたワイシャツに、チャックの開いたズボン。

 

おまけにズボンはベルトが無い為ずり落ちる寸前。

 

だらしない服装の男はそれを気も止めず、町の中を一心不乱に走り回る。

 

何かから逃げる様に。

 

「たっ......たすけて......。お、女が......、女が化け物にっ、誰かっ......!」

 

男は必死に声を荒げる。

 

しかし現実はそう甘くない。

 

男を無視し歩き続ける者。蔑みの目で見る者。

 

ほとんどの人間がそうだった。

 

「誰かっ......!たすけっ、たすけて......!」

 

恐怖心に包まれながら、助けだけを求む。

 

男は無謀とわかっていても、声を荒げ助けを求め続けた。

 

背後から迫り来る『足音』をかき消す様に。

 

「一人」の女は男を見据えながら追いかけていた。

 

その女の表情は、鉄で出来た仮面の様に無表情だった。

 

美しい黒髪。

 

感情のない表情。

 

光のない目。

 

死体と見間違える程に白い肌。

 

_________生きた死体。

 

この女の姿にはその言葉がピタリと当てはまる。

 

「誰かっ......!たすけっ......!!!!」

 

男が声を張り上げ、助けを求める。

 

しかしそれに応える者は誰も居ない。

 

その現実を男に伝える様に、女の身体が変化し始めた。

 

眼球は膨張し、白一色に染まる。

 

大量の汗と共に全身の皮膚がドロドロに溶け出し、女は別の生物へと姿を変えていく。

 

そこにはもう「生きた死体」である女の姿はない。

 

触覚の無いバッタの顔を模した茶色の仮面、プロテクターの様なライダースーツ。

 

ヒーローの様な見た目の化け物がそこに居た。

 

「ひっ......!」

 

男は小石に躓き無様に転んだ。

 

体制を立て直す時間など無い。

 

無情にも男の助けに応えるヒーローなど居ない。

 

そんな残酷な現実を伝えるかの様に、化け物は男の方へと迫ってくる。

 

「くっ......くるなっ......くるなっ......。くるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!」

 

静かな町に、男の悲鳴だけが響いた。

 

[newpage]

 

通行人達の声。

 

赤子の泣き声。

 

車の走行音。

 

電光掲示板の音声。

 

その様々な音が銀髪の少女、嶋本忠治の神経を苛立てる。

 

嶋本は壁にもたれ掛かり、ため息をついた。

 

どれだけ神経を研ぎ澄ませようと、耳に入ってくるのは雑音のみ。

 

少年の気配もなければ、エミリの声も聞こえない。

 

存在しない物を追いかけ続けている。

 

そう思えてしまう程に、嶋本の心は虚無感で満たされていた。

 

「......、くそっ。」

 

再び少年を探そうとしたその時。

 

バイクの轟音と共に姿を現した化け物の姿に、嶋本は目を丸くした。

 

バッタの顔を模した仮面。

 

プロテクターの様なライダースーツ。

 

真紅のマフラー。

 

その姿はどう見ても__________

 

「......仮面、ライダー......?」

 

子供の頃憧れた、仮面ライダーそのものだ。

 

「いや、違う......。」

 

嶋本は即座にそれが、仮面ライダーなどではない事に気が付いた。

 

何も感じ取れないのだ。

 

感情も、声も、呼吸も、思考すらも感じ取る事が出来ない。

 

『仮面ライダーを模した人形』

 

その言葉がピタリと当てはまる。

 

仮面ライダーの姿をした化け物は、バイクのスピードを緩める事なく前輪で嶋本の身体を壁に押し付けた。

 

「がふっ......。」

 

壁と前輪に挟まれ逃げ場を失い、押し潰された内臓はぐちゃりと嫌な音を立て破裂する。

 

「はぁっ......、ぶふっ......、がはっ......。」

 

血を吐き出すと同時に、身体は再びあの黒い化け物へと変わっていく。

 

大きく、赤く光る目。

 

金色に輝く角。

 

手足から生える鋭い棘。

 

鋭く尖った爪。

 

黒く染まった肌。

 

嶋本は再び、黒い怪物へと変化した。

 

嶋本/怪物は咆哮をあげ、前輪を掴み化け物が乗ったバイクを持ち上げる。

 

『標的が『変化』しました。作戦を続行します』

 

化け物がようやく話した言葉は機械じみたモノだった。

 

『捕獲作戦を開始。』

 

化け物は低い女の様な声で、淡々と話す。

 

「何が......っ、捕獲だッ!!」

 

バイクを持ち上げ、化け物をバイクから振り落とした。

 

しかし化け物は何事もなかった様に体制を立て直し、嶋本/怪物へと拳を振り下ろす。

 

強く鋭い痛みが、嶋本/怪物の身体中を駆け巡る。

 

その痛みに耐えながら化け物の頭に腕を振り下ろし、腕の棘で仮面を顔ごと切り裂いた。

 

ぐちゃり、と嫌な音が響く。

 

同時に空になった化け物のライダースーツから溢れ出た茶色の液体が、再び頭を形成していく。

 

「なっ......!?」

 

液体は一瞬の内に元の化け物へと戻った。

 

ダメージが入った手応えすらない。

 

一瞬の内に再生し、動きも止めようにも液体と化す。

 

嶋本/怪物にとってそれは正に最悪の敵だった。

 

「っ......!」

 

それでも臆する事なく嶋本/怪物は構える。

 

『目標、完成品「黒」の精神疲労度23%、作戦を続行。』

 

化け物は再び嶋本/怪物へと殴りかかる。

 

嶋本/怪物はそれを避け、化け物の腹へ蹴りを入れた。

 

しかし手応えは全く感じない。

 

(くそっ、物理的には無理か......!?)

 

嶋本/怪物の視界の端には先程化け物が乗っていたバイクが見えた。

 

金色に輝く角。

 

紅く光る目(ランプ)。

 

バッタの足を連想させる巨大なマフラー。

 

黒く大柄なカウルとボディ。

 

巨大なタイヤ。

 

カウルの隙間から見える内臓の様なエンジン。

 

そのバイクの形は正に「異質」であり、今の嶋本/怪物の姿を模した物にも思える。

 

(あれだっ......!)

 

化け物を突き飛ばし、嶋本/怪物はバイクに跨った。

 

エンジンの右横に装着されているペダルを踏み込み、バイクのエンジンを始動させる。

 

更に左横に装着されたペダルを踏み込み発進可能な状態にしてアクセルを回し、化け物へと突っ込む。

 

『失敗作「黒の50番」を強奪されました、防御体制に入りま』

 

化け物が構える前に、バイクの前輪が身体へと直撃した。

 

同時に化け物のベルトが耳障りな音を立て砕け散る。

 

『......損壊率50%。「本体」の周辺でなくては戦闘不可。撤退します。』

 

その瞬間化け物はライダースーツごとドロドロに溶け出し、姿を消した。

 

「クソっ、何処行きやがった......!」

 

移動する音も姿を捉える事も出来ない。

 

ただ一つ、匂いだけを捉えた。

 

自身が吐き出した血の匂い。

 

壁に押し付けられ吐き出した時の血が化け物の身体に染み付いていたのだ。

 

その匂いがどんどん遠くへと離れていく。

 

「待てっ......!」

 

嶋本はその匂いだけを頼りにバイクで化け物の後を追う。

 

頬に当たる風を楽しむ事もなく、化け物を引き止める事だけを考え嶋本はアクセルを振り絞った。

 

[newpage]

 

男は化け物に対する恐怖で震えていた。

 

悲鳴をあげても、助けを求めても、答える者は誰一人居ない。

 

『恐れる事はないわ。』

 

「だ、誰だ......、俺を見てるのか?それとも目の前の化け物か?」

 

自身を見下ろす化け物。

 

その化け物以外には誰も見当たらない。

 

だと言うのに。

 

男の耳にははっきりと、女の声が聞こえている。

 

『貴方はこのコになるのよ。』

 

「な、なにをっ......。」

 

化け物は男へと顔を近づけた。

 

化け物が仮面の口元のパーツを外すと、唾液に塗れた長い舌が露わになる。

 

「ひっ......!」

 

化け物はそのまま男と唇を合わせ、自身の舌と男の舌を絡ませた。

 

「んぐぅっ!!!んっ......!!!んぅ......っ!!!!」

 

男が抵抗すればするほど、化け物の唾液は身体の中へと入っていく。

 

「んぅっ......!!!ん......。」

 

快楽が自身の思考を塗り潰す。

 

抵抗する事だけではなく、自分の名前、自分の家族、自分の記憶全てを忘れていく。

 

全てが真っ白に潰されていく。

 

男は自分から化け物に抱きつき、化け物の唾液を吸う様になっていた。

 

男にはもう逃げていた時の記憶も、恐怖も何もない。

 

目の前の快楽だけを考え、怪物の唾液を吸い続けるだけだった。

 

変化はついに男の身体にも及び始める。

 

骨が軋む音と共に骨格は女性の物へと変わっていく。

 

茶髪だった髪は黒くなり、背中まで伸びる。

 

筋肉質だった身体からは筋肉が消え失せ細くなり、肌は死体と見間違う程に色白く変色した。

 

男性器は縮み、女性器へと姿を変える。

 

胸と尻はゆっくりと膨らみ、美しい形の尻と乳が出来上がっていく。

 

瞳からは光が消え、黒一色に染まる。

 

「あ......う......?ひぐっ......。」

 

________美しい黒髪。

 

_________光のない目。

 

_______死体と見間違える程に白い肌。

 

__________男の面影を感じられない美しくも無機質で何処か不気味な女性らしい顔。

 

男は最初に自分を追っていた女性と全く同じ姿へと変貌した。

 

「えへっ、えへっ、へへ......。」

 

黒髪の女性へと変わった彼は快楽に溺れ、美しいその顔を歪ませている。

 

『対象の同族化98%完了。作戦を続行。』

 

化け物はそう言い放ち女性へと変わったばかりの彼女の腹をぐりぐりと踏みつけた。

 

「お"っ"あ"っ......?ゔっ......?あ"ぁ"っ"......?」

 

ぶかぶかになった彼女のズボンの股間部分からシミが広がっていく。

 

生暖かく、黄色の液体が彼女の秘部からじわじわと溢れ出す。

 

「あっ......、あっ......。」

 

黄色の液体を出すと同時に彼女から表情が消えていく。

 

あれ程快楽に溺れ酷く歪んだ表情を浮かべていた彼女から、表情が消えていく。

 

記憶。姿。思考。感情。

 

彼女からは全てが失われた。

 

先程まで化け物から逃げていた彼女は、一瞬で「自分」と言う存在を失ったのだ。

 

『同族化完了。試作品「白」。立ちなさい。』

 

『はい』

 

彼女は目の前の化け物と同じ機械じみた低い声で返事をし、立ち上がる。

 

かつての自分ではなく、「化け物」として。

 

[newpage]

 

砂利だらけの地面。

 

何処なのかも分からない道。

 

ガタガタと揺れる車体。

 

化け物に付着していた自分の血の匂い。

 

全てが嶋本/怪物を苛立たせた。

 

(走れっ......!もっと......!もっと早く......ッ!)

 

嶋本の思考に反応するかの様にタイヤからは小さな棘が無数に生え、アクセルを回さずともバイクの速度が上がっていく。

 

タイヤの小さな棘がスパイクとしての役割を果たし、一切揺れずに前へと進む。

 

「ちっ......!」

 

嶋本/怪物は軽く舌打ちをした。

 

バイクのスピードが上がると同時に見えた物。

 

____________コンクリートの壁。つまり行き止まりである。

 

ブレーキを掛ければ化け物に逃げられる。

 

ブレーキを掛けなければ壁へと正面衝突。

 

どちらも嶋本/怪物にとっては最悪の選択肢だ。

 

(......っ、壁を昇れれば......!)

 

そう考えた瞬間、前輪が宙に浮きバイクが平らの壁を重力を無視して登り出す。

 

嶋本/怪物の願いに応える様に。

 

「!?」

 

嶋本/怪物は何もしていない。

 

自分が前輪を宙に浮かせた訳ではなかったのだ。

 

ましてやウィリー走行などした事がない。

 

出来る訳もないのだ。

 

バイクなど高校時代に乗った原付が最後。

 

エンジンをかけ、アクセルを回し、ギアを変える。

 

それが嶋本に出来る最大限の操縦。

 

それ以外の運転技術などほぼ無いに等しかった。

 

「......。」

 

嶋本/怪物は試しにハンドルから手を放す。

_________走っている。

 

操縦をせずともバイクは自分の思う様に走っている。

 

あの怪物を追っている。

 

嶋本/怪物は少しずつ理解した。

 

これはバイクなどではない。

 

自身の思い通りに動く、自分の『脚』なのだと言う事を。

 

______人気のない路地裏。

 

嶋本/怪物はそこで『脚』の動きを止めた。

 

匂いがしない。

 

嗅覚を集中させても漂うのはラーメンの匂い、タバコの匂い、加齢臭、香水の匂い、ドブ川の匂い。

 

それだけだ。

 

存在している物を追っている筈なのに存在しない物を追っている様な錯覚に陥ってしまいそうになる。

 

「......やられた。」

 

化け物の狙いは匂いの多い場所に嶋本/怪物を誘い込み、逃げ切る事だったのだ。

 

嶋本はその罠にまんまとかかってしまった。

 

「......クソ。......。」

 

怪物の身体が蝋燭の様にどろりと溶け、銀髪の幼女へと戻る。

 

変身を解除した嶋本は、自分の頭を壁に打ちつけた。

 

思えば自分は昔からそうだった。

 

誰かの為にした事が空回りする。

 

無駄な事しかしない。

 

_______________『無能』。

 

上司からも高校時代に教師からも言われたこの言葉が嶋本の脳裏に浮かぶ。

 

今と似た様な状況を嶋本は思い出す。

 

嶋本には彼女が居た。

 

幼馴染の沢城 幸(さわしろ ゆき)。

 

忘れる筈がない、忘れられる訳がない。

 

綺麗で、ふんわりとした茶髪。

 

可愛らしい八重歯。

 

美しい赤色の瞳。

 

控えめな胸。

 

可愛らしい顔には合わない大人びた泣きぼくろが愛おしい。

 

嶋本と幸は互いを愛していた。

 

学校は違うが、帰宅路は必ず一緒だった。

 

しかし運命は二人の愛を許さない。

 

忌々しい記憶。

 

その記憶は現在も嶋本を縛り続けている。

 

中学時代。

 

嶋本は同級生に痛ぶられた後縄で縛られガムテープで口を塞がれ体育倉庫に閉じ込められていた。

 

それだけなら大した事はない。

 

いつもの光景。いつもと変わりない日常だ。

 

体育倉庫に連れて来られた『彼女』を見るまでは。

 

嶋本は自分の目を疑った。

 

沢城幸。彼女が同級生に強引に連れて来られていた。

 

学校は違う筈。彼女は何故ここにいる。

 

そんな事ばかりが脳に浮かぶ。

 

「っ......!アンタら、嶋本くんに何を......ッ!!」

 

幸は嶋本の同級生を睨みつけ、嶋本を助ける為に同級生の手を振り解こうと暴れる。

 

しかし、彼女の細く可愛らしい腕で振り解ける訳も無い。

 

嶋本の同級生はニヤリ、と気色悪い笑顔を浮かべる。

 

「コイツとお前が一緒に帰るとこをたまたま見たんだけどさぁ。コイツ可愛いね。胸はちっせーけど。」

 

同級生は見せつける様に幸を抱き寄せる。

 

嶋本は同級生を睨みつけた。

 

叫びたくてもガムテープのせいで叫べない。

 

手足は縄で縛られ動けない。

 

「このッ.....!」

 

幸は同級生の股間を後ろ蹴りで蹴り上げた。

 

油断しきっていた同級生の無防備な股間は幸の足によって押し潰される。

 

「ッ......、ッ......。」

 

幸の腕から手を放し悶絶する同級生。

 

幸は素早く嶋本の元へと走る。

 

「嶋本くん、今解くから......。」

 

幸が手足の縄を解こうとした時、後ろから鬼の形相をした同級生が迫っていた。

 

嶋本はガムテープで塞がれた口で必死に叫ぶ。

 

彼女に危険を使える為に。

 

「へ?」

 

幸が振り返ったと同時に、同級生の大きな拳が頭部へと直撃する。

 

か細く、か弱い身体の彼女にはあまりにも重い一撃だった。

 

彼女は倒れ、痙攣を起こし今にも気絶しそうになっている。

 

「あっ......う......う......。」

 

「このアマ......大人しくヤられときゃいいのによ。」

 

同級生は幸へと跨った。嶋本へと見せつける様に。

 

「大人しく俺とコイツのセックスでも眺めてろよ。へへへ......。」

 

嶋本は縄を自力で解こうとした。

 

勿論解ける訳などない。

 

嶋本は足で自身の身体を引きずり前に進み、同級生の身体に頭突きを当てた。

 

「うぜぇんだよ!!!」

 

同級生の裏拳が嶋本の顔面へと直撃する。

 

意識が少しずつ遠のいていく。

 

「嶋本くん......!嶋本くん......!」

 

最後に聴こえたのは自分の名前を呼びながら泣く幸の声だった。

 

三日後。

 

嶋本は病院で目を覚ました。

 

目の前には彼女_____________沢城幸が居る。

 

「ゆ......き?」

 

幸は偉く珍妙な格好をしていた。

 

いつもの黒いセーラ服。綺麗でふんわりとした茶髪。

 

そこまでは普通だ。

 

しかし彼女はお祭りで売っている様な仮面で自身の顔を隠していた。

 

クワガタの様な金色の角。赤く丸い目。

 

かつて嶋本がTVの中で見たヒーローの仮面。

 

その仮面の下で幸は自分の涙を見せまいとしている。

 

「嶋本くん......おはよう。」

 

「幸......、ごめん......。」

 

「大丈夫。......こっちこそ、ごめん。」

 

幸は嶋本に抱きつき、嶋本の胸の中で静かに泣き出した。

 

嶋本は小さな彼女の身体を抱きしめる。

 

彼女の身体は静かに震えている。

 

嶋本は自分を呪った。

 

手足を縛られ、何も出来ずに彼女を救えなかった。

 

その事実が、何よりも辛い。

 

二人はしばらく抱きしめ合い、心を落ち着かせる。

 

「......。」

 

仮面の事は何も聞かず、ただ幸を抱き寄せる。

 

幸が何も聞かれたくないのを嶋本はよくわかっていた。

 

幸のポケットから、チラリと何かが見えた。

 

一瞬自身の目を疑う。

 

信じられない。

 

信じたく無い。

 

赤い線の浮かんだ妊娠検査薬。

 

それが幸と嶋本に無慈悲な運命を突き付けていた。

 

「嶋本くん......ごめんね。嶋本くんに......あげる筈、だったのに......。」

 

「......。」

 

嶋本は幸を力強く抱きしめる。

 

それ位しか、出来る事はなかったのだ。

 

それから数日後。

 

TVには信じられない文字が表示されていた。

 

『沢城幸さん(15) 行方不明』

 

嶋本は寝巻きのまま家を飛び出す。

 

昨日までは普通に顔を合わせ、話をしていた。その筈だった。

 

その彼女が、唐突に消えた。

 

連絡も何も無く。

 

嶋本は必死に幸を探す。今までデートした場所。二人で遊んだ公園。

 

記憶にある限りの場所を隈無く探した。

 

それでも彼女は見つからない。

 

まるで今と一緒だった。

 

存在している人間を追っている筈なのに、存在しない人間を追っている様な虚無感。

 

今の虚無感と良く似ている。

 

  『こんにちは完成品「黒」』

 

嶋本はその声で一気に現実へと引き戻された。

[newpage]

 

『こんにちは完成品「黒」』

 

嶋本の前へと現れた黒髪の美女。

 

顔は整っており、胸や尻は大きく綺麗な形をしている。

 

しかしその女性を一言で表すなら_____________

 

『無個性』。

 

その言葉がぴたりと当てはまった。

 

光の無い黒い目。

 

感情を一切感じない表情。

 

黒いライダースーツ。

 

それは正に『無個性』を具現化した様な存在だった。

 

「ッ......!」

 

構えを取ると同時に再び嶋本の姿が変わっていく。

 

身体は服ごと黒く染まり大柄な物へ。

 

皮膚を突き破り、額からは金色の角が生えていく。

 

目は赤く染まり、膨張する。

 

歯や爪が鋭く尖っていく。

 

腕やふくらはぎからは鋭く尖った棘が生える。

 

可愛らしい銀髪の幼女は一瞬にして醜い怪物へと姿を変えた。

 

『貴方は素』

 

女性が言葉を終える前に、嶋本/怪物は女性の腕を引きちぎり地面へと投げ捨てた。

 

「そっちから出てきてくれるとはな......?覚悟は出来てんだよな......。」

 

嶋本/怪物は女性を睨みつけ、威圧する。

 

しかし女性は痛がる素振りも見せず、再び口を開く。

 

『貴方は素晴らしい』

 

「......そりゃどうも。」

 

嶋本/怪物は女性を蹴り飛ばし、身体を踏みつけた。

 

『しかし欠陥がある。何故完成品に含まれるか理解出来ない。』

 

「あ?」

 

その時。

 

後ろから音が聴こえた。

 

水を掻き回した時の様な音が女性の腕を投げ捨てた辺りから聴こえてくる。

 

「......!?」

 

振り返るとそこには腕では無く、目の前の女性と全く同じ姿の女性が立っていた。

 

「増え......た......?」

 

『危機を察知する能力をまるで感じられない。素体に異常がある可能性あり。』

 

黒髪の女性達は嶋本/怪物______________ではなく、道を歩く一般人の方へと走っていく。

 

「......おい、何処行きやがる!!敵は俺だ!!!」

 

一般人に手を出させない為に追いかけながら自分へと注意を惹きつけようと叫ぶ。

 

しかし黒髪の女性達は一般人をへと迫っていく。

 

「くそっ」

 

嶋本/怪物は黒髪の女性に追いつくと同時に胸ぐらを掴み、遠くに居たもう一人の黒髪の女性へと投げつけた。

 

しかし女性達が衝突すると彼女達は液体となり飛び散る。

 

空中に飛び散った液体はまるで意思があるかの様に一般人の口や耳、鼻の穴。

 

あらゆる身体の穴から体内へと侵入した。

 

「なっ......。」

 

液体が身体の中に入った一般人達は急に悶え始める。

 

次第に苦しんでいた顔は気持ち良さそうな表情へと。

 

姿は黒髪の美女の物へと変わっていく。

 

彼女達は黄色の液体を秘部から垂れ流す。

 

同時に表情が消え失せ先程の黒髪の女性と全く同じ姿となった。

 

『『『『『増殖の協力を感謝します。完成品「黒」』』』』』

 

先程まで道を歩いていた一般人は、黒髪の女性_________化け物へと変わってしまった。

 

「あ......あ......。」

 

散歩をしていた老夫婦も。

 

幸せそうな顔をして歩いていた母親と子供も。

 

妻の為に帰りを急ぐ男性も。

 

誰もが自分のせいで化け物になってしまった。

 

彼らはただ普通の日常を送っていただけだと言うのに。

 

黒髪の女性達の皮膚は大量の汗と共に溶けていく。

 

バッタを模した仮面の様な顔。

 

深紅のマフラー。

 

プロテクターの様なライダースーツ。

 

ヒーローの様な異形の姿が女性達の皮膚の下から現れる。

 

「なんなんだよ......。」

 

かつて何度もTVで見ていたヒーローと同じ顔が、『無能』を見つめていた。

 

『『『『『捕獲作戦を再度開始します』』』』』

 

「なんなんだよォォォォォッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

嶋本/怪物の悲痛な叫びだけが、町へと響き渡った。

 

〜仮面ライダーパラノイア 三話 END〜



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仮面ライダーパラノイア 第四話「友人」

嶋本の思考は酷く乱れていた。

 

悲しみ、怒り、恐怖。

 

様々な感情が入り乱れ、嶋本の思考を塗り潰していく。

 

自分を取り囲む飛蝗を模した仮面の化け物達。

 

そのほぼ全てが先程まで日常を送っていた親子や老夫婦なのだ。

 

ただ平和に日常を送っていた人々を攻撃する勇気など、嶋本にはなかった。

 

「ッ......。」

 

息が詰まる。

 

変わってしまった人々は戻らない。

 

嶋本は本能的に理解はしていた。

 

しかし嶋本は手を出せなかった。

 

人を殺したくない。

 

誰も殺したくない。

 

そんな言葉が脳裏をよぎる。

 

長塚を殴った時の様に「楽しい」と言う思考 化物に支配されれば、戦う事は容易い。

 

しかし、殺してしまうかもしれない。

 

親子も。老夫婦も。何もかもを。

 

一般人だった化け物を。

 

その全員を、殺してしまうかもしれない。

 

自分を取り囲む飛蝗の異形。

 

この異形全員が、元「人間」なのだ。

 

殺してしまえば、後戻り出来なくなる。

 

『貴方が反抗せずに投降し、エリミネーターへ来てくれるなら私は何もしません。』

「......来なかったら?」

『「私」が、つまり貴方の敵が増えるだけです。』

 

淡々と飛蝗の異形はそう告げた。

 

嶋本はその言葉に怪しさを感じつつも、口を開く。

 

「本当に......ッ、本当に、手を出さないんだな?」

『約束しましょう。』

「わかっ......。」

 

嶋本が言葉を言い終える前に何者かの手刀が、異形の頭を貫いた。

 

異形達が一斉に何者かが現れた方向へと振り返る。

 

するとそこには珍妙な格好をした少女が立っていた。

 

悪趣味な赤いドレスと赤いヒール。

 

そのドレスとは正反対な美しいブロンドの髪。

 

美しい長い髪を、左右の中央でまとめ両肩に掛かる長さまで垂らした髪型。

 

整った顔立ち。

 

美しくも、狂気を帯びた様にも見える紫色の瞳。

 

一言で言うのなら──────

 

  『下劣な衣装に身を包んだ貴族』

 

そんな言葉がピタリと当てはまった。

 

「失せなさいな」

 

彼女がそう言い放った途端、彼女の身体は手元から発火し始めた。

 

炎が異形の体内へとじわじわ流し込まれていく。

 

身体が液体で出来ている異形/プラナリア•ライダーはその炎に耐えきれず声にならない悲鳴をあげ蒸発していった。

 

唐突な出来事に嶋本は目を丸くした。

 

残り数体のプラナリア•ライダーもその少女を睨みつけ襲い掛かる。

 

「ほぉ......向かって来ますか、今のを見て。」

 

少女はけたけた笑い、先程と同じ様に手刀で異形の身体を貫き手を発火させた。

 

「ま、待て......ッ!」

 

一体。二体。三体。

 

嶋本の彼女を止める声も虚しく少女は淡々と異形を仕留めていく。

 

残り一体。あれ程脅威的な能力を持ったプラナリア•ライダーも少女の前では

なす術がなかった。

 

『不利と判断。一度撤退しま───』

「逃がしませんわよ」

 

彼女の手刀は最後の一体を逃さずに捉え、蒸発させた。

 

一瞬の出来事。

 

嶋本が迷っている間に珍妙な格好をした少女が現れ、異形を残らず仕留めた。

 

元は一般人だった異形も含め、全て。

 

嶋本は彼女を止めようとしたものの、動きに隙が一切なかった。

 

改造人間となった嶋本の身体でさえ彼女の動きを捉えきれなかったのだ。

 

自分があの時よりも早く従って投降していれば、あの人達はこんな事にならずに済んだかもしれない。

 

嶋本は自分が情けなくなった。

 

自分が判断を間違えたせいで市民は異形へと姿を変え、最終的に死んだ。

 

全てが自分の過ちだ。

 

そんな事を考えていると、悪趣味な格好──────赤いドレスの少女は嶋本の胸ぐらを掴み壁へと押しつけた。

 

「......。」

 

嶋本は何も言わなかった。

 

反撃も、何もしない。

 

───殺すなら殺せ。

 

そう思っていた。

 

一方で少女は嶋本を品定めをする様にまじまじと見つめる。

 

「嶋本忠治、年齢は35歳で良かったですわね?」

 

彼女は胸ぐらを掴んだまま、にこにことした顔でそう言った。

 

「......?あ、あぁ......、そうだが。」

「ラーメンでもどうです?」

 

少女の口から発せられた言葉はたったそれだけの事だった。

 

嶋本は訳が分からなかった。

 

エリミネーターの襲撃されたかと思えば、今度は謎の少女と一緒に屋台にいる。

 

それもエリミネーターの怪人を仕留めた少女と。

 

「食べないならチャーシュー貰いますわよー」

 

少女はそう言って箸を嶋本のラーメンへと近づける。

 

嶋本は彼女から自分の醤油ラーメンを遠ざけチャーシューを死守した。

 

「......食うんですの?食わねーんですの?」

「......食べる。」

 

互いに無言で麺を啜る。

 

麺を啜る音以外は、何もしない。

 

「なぁ、その......。」

 

先に口を開いたのは嶋本だった。少女は手を止め、嶋本を見つめる。

 

「君は......何者なんだ?」

「私の名前は下高 姫(しもたか ひめ)」

 

よろしく、と言う様に彼女は手を差し出した。嶋本はその手を取る事を躊躇った。

 

異形を仕留めた時の彼女の手は、めらめらと燃えていた。

 

綺麗で、美しく、それでいて恐ろしいオレンジ色の炎。

 

もし彼女が自分の敵だったら、そんな恐怖心が募る。

 

「別に私はアンタを襲う気なんてないですわよ。」

 

下高 姫と名乗る少女は嶋本の考えを見透かした様にそう言った。

 

嶋本はその言葉を信じて姫の手を取る。

 

「随分と正直なんですのね。」

 

彼女はそう言うとまた箸を手に取り、麺を啜り始めた。

 

「......名前以外にも、色々聞きたいんだが。」

「食べてからにしましょう、麺が伸びてしまいますわ。」

「......。」

 

嶋本はとりあえず彼女の言葉に従い、再び箸を手に取り麺を啜った。

 

──────────同時刻。

 

變醜町の一軒家にて。

 

一人の女がうっとりとした顔で絵画を見つめていた。

 

女──────、大浦 昂樹(おおうら こうき)はその絵画の題名や、描かれた経緯など一切知らなかった。

 

ただ、美しいと思った。だから盗んだのだ。

 

この一軒家もそうだ。

 

木々に囲まれた趣のある外見。広い間取り。何もかもが素晴らしかった。

 

だから盗んだ。

 

「ごめんなさいねぇ」

 

大浦は血を流して床に横たわる元の家主の死体を見てそう言った。

 

「私 ミーねぇ〜、他人から奪ったモノを使っていなくちゃ落ち付かないんですぅ〜」

 

そう言って、元々家の中に備わっていた家具を破壊していく。

 

家具も『新調』しておきたいからだ。

 

その家具の中に大浦の興味を誘うものがあった。

 

木材で出来た家具だ。テーブル、椅子、タンス......。

 

明らかに食べ物ではないそれを恍惚とした表情で見つめ、大浦は舌鼓を鳴らす。

 

家具を破壊する手を止め、木材の匂いを嗅ぐ。

 

分かりきった事ではあったが、木材本来の匂いは塗料によって上書きされている。

 

大浦は舌打ちをしつつ、ぺろりと木材を舐めた。

 

「......まぁ、これでも構いませんよぉ〜。」

 

大浦はそう言って木材製の家具を噛みちぎり、舌の上で転がす。

 

くちゃくちゃと音を立てて、口の中に入れた木材を噛み砕く。

 

まるで木材ではなく食べ物を食べているかの様に。

 

「Sébon 《美味しいンゥ〜》......Sébon 《美味しいンゥ〜》......ッ」

 

大浦は口に入れた木材をごくん、と飲み込んだ。

 

「......そろそろ家具の『新調』に向かいましょうか」

 

大浦はそう言って『自分の家』となった一軒家を後にした。

嶋本と姫はラーメン代を払い屋台を後にし、路地を歩く。

 

戦いも無く誰かと飯を食って歩く、などと言うのは少し久しぶりな気がした。

 

互いに黙ったまま。静寂が二人を包み込む。

 

「意外でしたわね。」

 

先に静寂を破ったのは姫の方だった。

 

「何がだ?」

「貴方......、人を殺せるってタイプじゃあないでしょう?」

 

姫の問いに、嶋本は少し間を置いて答えた。

 

「そうだな。......俺には無理だ。」

「そんな貴方が何故あの時人殺しの私の手を取ったんですの?」

 

姫は立ち止まり、嶋本をじっと見つめる。

 

「......少し、考え直したんだ。人殺しは良くない事だし......俺には出来ない。けど......。」

「けど?」

「それが......君のやった事が間違いだって......、俺は言い切れない」

 

確かに嶋本は姫を止めようとはした。

 

人が死ぬのは嫌だったから。

 

けれど、もしあのまま姫が現れず自分が戦っていたら。

 

明らかに怪人による被害は増えていた。

 

だから彼女の行動が完全に間違った物だとは言い切れなかった。

 

しかし、彼女のせいで罪のない人まで死んだのもまた事実だ。

 

「俺は君を......悪い奴とは思ってない」

「へぇ。」

「けど、いい奴だとも思わない」

「じゃあ、なんだと思っているんですの?」

 

そう言われると、困る。

 

自分の事をどう思っているか。嶋本はまだ出会って間もない人間にそう言われるとは思ってもみなかった。

 

嶋本は少し考え込んで、口を開く。

 

「友人......かな。」

 

姫はきょとんとした顔をしたかと思えば、その貴族の様な姿には似合わない声を上げてげらげらと笑う。

 

「そりゃあ、いい。とてもいいですわね。」

「......何か可笑しい事言ったか、俺。」

「とても可笑しいですわよ、人殺し見て友人認定するのなんて、世界中探しても貴方くらいしか居ませんわ。」

 

姫はそう言うと、屋台に居た時と同じ様に嶋本に手を差し出した。

 

「傭兵」

「......?」

「私のお仕事でしてよ。貴方のお仕事は?」

「......サラリーマン。元だけど。」

 

そう言って互いに手を取る。

 

人を殺せる可笑しな女と、戦いに巻き込まれただけの哀れな人間。

 

本来なら交わる筈もないであろう二人の間に、奇妙な友情が生まれていた。

 

「最後に質問していいか?」

「なんでしょう。」

「どうして俺の名前を知ってたんだ?」

 

嶋本は疑問に思っていた事を姫へと問いかけた。

大浦はどの家の家具を強奪しようか、品定めをしていると、なんとなく昔の事を思い出した。

 

家族の為に家具を作り、家族の為に絵を描く。

 

昔はそんな日々を過ごしていた。

 

それなりに楽しく、生きてて満足だったと思う。

 

大浦は父親が大好きだった。

 

自分の家具を見せたら褒めてくれる父が。

 

自分の絵を褒めてくれる父が。

 

家具を作る時の道具も、絵を描く時の画材も大好きな父から譲って貰った物だ。

 

そんな父親がある日、突然おかしくなり始めた。

 

自分の作った家具を壊し、絵を破り。

 

顔を真っ赤にして本能のまま、獣の様に叫ぶ。

 

大浦は泣きながら父親を止める。

 

しかし父は大浦を突き飛ばし、信じられない一言を放った。

 

『誰だお前は、俺の息子はそんな顔じゃない』

 

今思えば認知症か何かだったのかもしれない。

 

けれどそれは、当時の大浦からすれば裏切り以外の何者でもなかったのだ。

 

信じていたのに。

 

そう言って大浦は父親から譲って貰った玄能を、父の頭へと振り下ろす。

 

貴方が僕の救いだった。

 

貴方だけが、貴方だけが。

 

父親が動かなくなっても、大浦はその言葉を繰り返してひたすら殴っていた。

 

嫌な程鮮明にこの過去を思い出せる。

 

父親の頭から滲み出る血の色も。

 

近くで怯えていた母親の顔も。

 

思い出すだけで大浦は気分が悪くなってきた。

 

大浦は舌打ちをし、適当な標的を決め玄関へと立ちチャイムを鳴らす。

 

住民の女性が扉を開け出てくる。

 

「はい、どなた......。」

 

女性は大浦の格好を見て絶句した。

 

整った顔立ち。赤色の瞳。

 

その綺麗な顔には似合わない派手な黄色蝶ネクタイ。

 

ボディラインの出やすいぴっちりとした紫色のライダースーツ。紫色の長い頭髪。

 

胸元には趣味の悪いドクロマークがプリントされているが、大きな乳房によりドクロは歪んでいる。

 

女性はすぐに扉を閉めようとしたが、大浦が女性の胸ぐらを掴み自分側へと引き寄せた。

 

「どうも。」

 

にこにことした顔で、女性に話しかける。

 

女性は驚いて声も出せない様だった。

 

「お子様は何人いらっしゃいますかぁ?また夫はいますかぁ?」

 

女性は何も答えない。

 

震えて答えられないと言った方が正しい。

 

女性は本能的に大浦に恐怖感を抱いている様だ。

 

大浦は困った様に自分の頬を引っ掻いた。

 

「心配する事はございません。ケセラセラ《 なるようになる》、ケセラセラ 《なるようになる》ですよぉ奥様ァ。」

 

大浦は女性を安心させる為、にこっとした顔で言葉を並べる。

 

しかし女性の震えは止まらず、目からは涙が溢れ出す。

 

大浦がはぁ、とため息を付くと大浦の顔が変化し始めた。

 

複眼は黒く染まり、大きく、丸く膨らんでいく。

 

口元が横に裂け、両端が刃の様な形へと変わる。

 

頬からは茶色の触覚の様な物が生え、顔の変化だけが完了した。

 

女性がその変化に対する悲鳴を上げる前に大浦は鋏となった口で女性の首を掻っ切る。

 

監視カメラの目を気にする必要はない。

 

どうせ警察など、組織 エリミネーターの傘下に過ぎないのだから。

 

女性は悲鳴を上げる事も出来ずに生首となって息耐える。

 

「素晴らしい組織に従えて私 ミーは幸せですよぉ〜」

 

大浦はそう言って、女性の死体を蹴り飛ばし家具を探しに家の中へと入っていった。

 

〜仮面ライダーパラノイア 四話 END〜



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