幼馴染みは顔がいい (しぃ君)
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オリ主の設定と人間関係

 登場人物が増えれば更新します。
 『好き』の欄に食べ物系を追加しました。(5月12日)
 主人公『月野海湊』の人物像と、人間関係に、『東雲彰人』と『朝比奈まふゆ』を追加しました。(7月24日)
 人間関係に、『東雲絵名』と『月野海誠&月野海友香』を追加しました。(11月6日)


 プロフィール

 

 名前:月野海(つきのうみ)(みなと)

 性別:男性

 

 外見:癖のない赤茶の髪に、燃えるような真紅の瞳、落ち着きのある整った顔立ちで、身長も百七十五を超えている

 誕生日:4月10日

 

 血液型:A型

 星座:牡羊座

 

 好き:バイク、本、映画、雫、志歩、蕎麦、鍋系

 嫌い:夢のない自分、ピーマン、ナス

 

 趣味:読書、映画鑑賞、ツーリング

 特技:機械修理、雫探し、ダンスや歌のコーチング

 学校:神山高校

 

 年齢/学年:17歳/高校2年生

 肩書き:古本屋のアルバイター

 

 両親:揃ってファッションデザイナー

 

 

『人物像』

 一人称「俺」

 外面や話し方(思考)は大人びて見えるが、実際は精神だけが追いつけていない子供。誰よりも他者を求めているが、自分より誰かの幸せを優先するため、友人関係は狭い。

 寄り添うことが基本的なスタイルで、人の夢を笑わず、背中を押す。

 

 他者には羨ましがられる中途半端な才能に悩まされてきた過去があり、現在に至ってもそれを少し引き摺っている。本物の天才には叶わない偽物。

 大切な人のことになると不器用なことも多く、素直に褒められない。

 

 相手によって接し方を変えることも多いが、それこそが彼の素で、毒や皮肉を吐くかと思えば、優しい言葉で支えたり、厳しい言葉で諭す、なんてこともある。

 

 恋愛面では、攻められたら弱く、攻めてもそこまでの火力はない、食べられる側の存在。

 

『人間関係』

 日野森(ひのもり)(しずく)……大切な幼馴染みで、目が離せない(物理的に)。十年来の仲なのでお互いのことで知らないことは少ない。趣味が似通っており、偶に二人で本を貸しあったり映画を見たりする。

 湊の中で一番のアイドル、それだけは誰に何を言われても譲れない。

 歌やダンスレッスンを手伝うことも多く、なんだかんだデュエットもできる。

 実らない片想いだと思っていたが、一方通行じゃないと知ってから悩むことも多い。

 顔がいい。

 

 

 花里(はなさと)みのり……SNS上で知り合った友人。アイドルファン仲間であり、アイドルの卵と先生みたいな関係でもある。リアルで会ってからは、振り付け動画や歌の音源を貰ってアドバイスを送ることもしばしば。

 湊の見立てでは、アイドルとして一番大事な心をもっている、らしい。50回目のオーディションに落ちたのを最近聞き、何故落ち続けるのか疑問に思っている。

 原因は端々で目立つ、絶妙なセンスのなさだと、まだ知らない。

 けど、顔はいい。

 

 

 桃井(ももい)愛莉(あいり)……気の置けない友人。元の関係は友人の友人だったが、性格の相性が良かったのかトントン拍子で仲も良くなった。何故辞めたのか、なんとなく察しており、無闇に踏みいろうとはしなかった。

 何度かライブにも誘われたことがあり、ガッチリ心は掴まれ、ファンと言っても申し分ないくらいには投資している。

 街中で会えば、近況報告にカフェでお茶を飲むくらいには親しいし、悩みごとも話せる気軽な関係でもある。

 雫との関係を唯一知っている人物で、応援できそうでできない。

 やっぱり、顔はいい。

 

 

 桐谷(きりたに)(はるか)……仕事場であった、友人の友人。踏み込んだ関係ではないが、一ファンとして最近の活動に心配はある。

 一度会って、話をしてからは、偶にメールでやりとりをしたりする。

 ただし、そこまでの関係であり、友人……というよりは学校の先輩後輩のような、微妙なもの。

 雫の感情を察している勘のいい子。

 顔は勿論いい。

 

 

 日野森志歩(しほ)……幼馴染みの一人であり、妹分。最近は反抗期なのか、雫を鬱陶しがっており、避けようとするが、優しい性格のため避けきれてないのを見るのが楽しい、と思っている。

 湊には偶にスピーカーやチューナーのメンテナンスをお願いする。兄貴分として信頼はされており、姉のことを任せることも多い。

 彼女の悩みは、兄貴分との惚気話を姉にされること。

 顔が悪いわけない。

 

 

 天馬(てんま)(つかさ)……クラスメイト兼友人。お互いのことを過保護な奴と思っている。色々とややこしい関係もあり、司から見た湊は、妹の幼馴染みの兄貴分。

 夢のある司を湊は尊敬している、夢はないが優しい湊を司は友人として誇らしく思っている。神山高校の変人トップスリーの一人。

 毒舌を吐かれ、ツッコミを返す、接しやすい同性の友人。

 

 

 神代(かみしろ)(るい)……友人。機械いじり仲間。湊がハードウェアで類はソフトウェアの方が得意。某ロボの作製にも携わっている。

 湊は類の過去をあまり詮索しないが、仲間ができてからあからさまに機嫌がいいので、それがいいことだとなんとなく察している。

 司と同じく変人トップスリーの一人。

 軽口を言い合い、作業の手は抜かない、職人気質な友人関係。

 

 暁山(あきやま)瑞希(みずき)……後輩兼友人。お互いに適度な距離感を持った先輩後輩関係で、話したり話さなかったりする。

 学校で会えば世間話はするし、暇な時は放課後の寄り道に付き合ったりする。容姿に関しては特に気にしておらず、口を出そうとは考えてない。

 なんだかんだで困った時は助け合う、縁のある友人。

 いじりいじられがもっぱらの仲。

 

 朝比奈(あさひな)まふゆ……雫の友人。幼馴染みの友人、という以外に特段接点はなく深い関係はない。弓道部の部長として何度かお世話になっているが、それ以上の関係はなく、感情の行き来も少ない。

 湊曰く仮面の下に虚無の素顔が見える、とのこと。

 知り合い以上、友人未満。

 そこまで相性の良くない人物。

 

 東雲(しののめ)彰人(あきと)……昔馴染み。後輩であり友人。過去に一悶着あったが、現在は皮肉や毒を言い合う仲になっている。

 会えば話す。偶にメッセージでやり取りすることもあるが、休日に出かけるなどのことは無い。互いのことを認めており、尊敬とは言わずとも、それに近い感情を持って接している。

 湊にとって過去の後悔を知る数少ない相手であり、悪友とも言える存在。

 彰人からは兄ような人だと思われていたり……

 

 東雲絵名(えな)……昔馴染み。過去の親友。今は不明だが、互いのことを尊敬している。基本的には女王と付き人のような感覚で、湊がこき使われることが多い。

 湊からすれば過去の後悔の象徴する人物であり、罪悪感を覚えながらも、いつか昔のような関係に……と思って接している。

 絵名からは凡人の変わった非凡人だと思われていたり、気の迷いがあったりなかったり……

 

 月野海(まこと)&月野海友香(ゆうか)……湊の両親にして、憧れ。父親である誠は不器用で言葉ベタな人物だが優しく、母親である友香は明るくさっぱりとした性格。

 家を空けることが多く、湊のことを心配し、度々雫伝で情報を貰っている。

 一度も、湊の才能や夢を否定することなく、歩道に口出しをしなかった。放任主義と言われればそこまでだが、愛がないわけではない。

 



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イベントだったり、誕生日だったり
バレンタインと初恋クリティカルアタック


 連日投稿で瀕死の私です、しぃです。
 難産だったので、酷くグチャグチャの内容かもしれませんが、あしからず。

 p.s.
 またしてもランキングにのれました! やったぜ!
 時間内労働さん☆9評価、You.choさん☆9評価ありがとうございます!


 これは、物語が始まる一年前の話。

 切なくも甘い、チョコレートのようなバレンタインの日の話である。

 

 ◇

 

 嫌な夢を見た。初恋を自覚する、遅過ぎた後悔の夢を見た。それだけで、朝から憂鬱な気分になって、湊は布団から出るのが億劫になる。

 幸いにも今日は祝日、わざわざ早起きする必要も無い。

 

 

(二度寝でも、するか……)

 

 

 もう一度、枕に顔を埋めて、目を閉じる。

 だが、目を閉じた瞬間、湊の脳裏に先程まで見ていた夢の光景が過ぎっていく。何気ない日常の中で、少しずつ離れていく互いの距離が、彼に自分の想いを見つけさせた。

 

 

 湊が自分の想いを自覚した日は、本当になんでもないある日だった。慣れ始めた一人での下校路の中、本屋で一冊雑誌を見つけただけ。それで、それだけで、全てが変わってしまった。

 表紙に写る、雫の見たことのない表情、化粧を施されてより洗練された顔のよさ、スタイルを活かして見繕われた可憐な衣装。その一つ一つが、湊の心を穿ち、隠れていた想いを掘り当てた。

 

 

「……無理だな、これ」

 

 

 今の精神状態では、まともに眠ることすらできない。もし、また目を瞑ろうなら、今度は一人自室で嗚咽を漏らす、過去の自分を思い出すことになる。

 湊は諦めたようにため息を吐き、体を起こしてベッドから出る。清々しい朝とは真反対の、重苦しい朝を迎えた。

 

 

 朝一番の彼に目に映ったのは、机の上に置きっぱなしにされていた写真立てと、隣合うように置かれたアイドル雑誌。

 見たくもない現実が迫ってくる感覚が胸の中に渦巻き、湊はそっと写真立てを伏せ、雑誌の表紙を裏返す。

 

 

 正直、寝巻きを着替えることすら面倒臭く感じたが、着ていたら着ていたで、ふとした瞬間に夢を思い出してしまいそうで、彼はすぐに部屋着に着替え、一階に下りた。

 運が良いのか悪いのか、今日の湊はバイトもなく、特にこれといった用事もない。久しぶりの暇な一日だった。

 陰気な気分で過ごすなんて意味がない。そう思った彼は、前日のうちに借りてきていた映画でも見ようと、空元気を出してリビングに入ったが……

 

 

「いや……なんで二人ともここにいるんだ?」

 

「おはよう、みぃちゃん! 今日は早起きね?」

 

「遅い、湊にい」

 

「……はぁ」

 

 

 質問に答えず両極端な返しをしてくる雫と志歩──日野森姉妹に、湊は今日二度目となるため息を零した。

 二人が揃って月野海家を訪ねてくるのは、最近では珍しい光景。何か用があるのは確実で、志歩の機嫌が悪いことから見るに、彼女はあまり乗り気ではないところを、姉である雫に無理矢理連れてこられた口だ。

 

 

 長時間拘束される。湊の中に、そんな未来が薄ぼんやりと見えてきた。いつもなら二つ返事で了承する彼だが、今はタイミングが悪い。

 

 

(……なんでこう、嫌なことは重なるかなぁ)

 

 

 夢を見た直後に雫と顔を合わせるのはむず痒く、居心地が悪い。しかし、彼の中に断るなんて選択肢は存在しない。「YES」か「はい」以外は残っていない。

 だから、聞くしかないのだ。

 

 

「今日は、何の用なんだ? 二人揃ってくるなんて久しぶりだろ?」

 

「みぃちゃんは今日がなんの日か覚えてる?」

 

「あー……バレンタイン?」

 

「そう! 一日遅れで明日になっちゃうけど、去年お世話になった人たちにブラウニーを送ろうと思っててね。みぃちゃんには、お手伝いと味見役を頼みたいの、お願いできる?」

 

「俺はいいけど……志歩はどうしたんだ?」

 

「……お姉ちゃんに、湊にいとお父さんには日頃の感謝として送ろう、って言われて無理矢理」

 

「そ、そうか……」

 

 

 嫌々ながらも、姉の為に付き合うのは、志歩の根底にある優しさなのだろう。湊はそれを微笑ましく思いつつも、自分に向けられる圧に表情を苦くする。

 三者三様の思いを抱いたまま、幼馴染み三人組のバレンタインイベントが始まった。

 

 ◇

 

 チョコ作りの過程を一言で表すなら『地獄』。雫が触れただけでダメになる家電機器に、砂糖の配分をミスし甘ったるい失敗作や、黒焦げなブラウニーを生産する志歩。そして、二人のカバーにドタバタと忙しなく動き回る湊。

 最終的な判断として、レンジなどの家電機器を使わないブラウニーのレシピをネットの海から拾い上げ、なんとか完成まで漕ぎ着けた。

 湊は、リビングで最後の工程であるラッピングをしている姉妹二人を視界の端にとめながら、惨憺たる事故現場(キッチン)に目を向ける。

 

 

「これ……あとで掃除するの俺なんだよなぁ……」

 

 

 所々に飛び散ったチョコ、お釈迦になった電気式の料理器具、山のように積み重なる失敗作。チョコと料理器具は簡単に終わるだろうが、問題は盛りに盛られたブラウニーのようなナニカ(失敗作)だ。

 胃の強さにそこまで自信がない彼としては、味見の時食べだ分でお腹いっぱい。手を出さずにゴミとして捨てたいが、良心がそれを許さない。

 

 

『食べるのに覚悟を要するものも幾つか混じっているが、捨てるのは如何なものか』、と。

 

 

「毒を以て毒を制す……毒を食らわば皿まで……」

 

 

 案外、全部食べれば味が裏返って美味しくなるかもしれない。追い詰められた湊が出した答えは、無謀の極みだった。これは挑戦とも言えない愚かな選択だが、いつも通り。彼の中では、いつも通りなのだ。

 

 

「湊にい……はい」

 

「……おぉ、ラッピングもう終わったのか」

 

「私は二個だけだし、すぐだよ」

 

「ははっ、それもそうだな。お疲れ、しぃ。あとで美味しくいただくよ」

 

「……いつも、ありがと。それだけ」

 

 

 照れ臭そうにそう言った志歩は、湊にラッピングされたブラウニーを手渡すと、すぐに家を出て行ってしまった。雫はそれを見ながらも、特に引き留めることをせず、黙々と作業を続ける。

 手持ち無沙汰になった湊は、自然な流れで雫の対面に座り、彼女に習うようにブラウニーのラッピングを始める。

 バイトで単純作業の繰り返しを飽きるほどやった彼にとって、ラッピングはそこまで苦ではなく、手を止めることなく完成品を量産していく。

 

 

 普段なら、どんなに空気が悪くても、ポツリポツリと会話が続く二人だが、この時ばかりは、互いに口を開かなかった。

 単に作業に集中しているわけでもなく、かといって雰囲気が悪いわけでもない。そんな原因のわからない、絶妙な無言の時間を破ったのは、雫だった。

 

 

「みぃちゃんは、好きな人いるの?」

 

「別に……いないよ。逆に、そう言う雫はどうなんだ?」

 

「私? ……いるわ」

 

 

 堂々と、彼女は湊の問に答えた。嘘で誤魔化した彼とは正反対に、微笑んで。

 だが、問題はそこではなかった。本当の問題は、湊に向けられた雫の微笑みが、十六年間一緒に居た彼でさえも見たことがなかったこと。

 嘘はついてない、彼女には本当に好きな人がいる。目を離したくないくらいには、好きな人が、目の前に。

 

 

「ちょ、ちょっと待て雫! お前の好きな人って──」

 

「さぁ、誰かしら?」

 

「……………………」

 

「今日は手伝ってくれてありがとう、みぃちゃん。あとは私一人でなんとかなるから、もう行くわね」

 

「あぁ、もう。勝手にしてくれ」

 

「ふふっ、ハッピーバレンタイン、みぃちゃん。……今年は、渡せてよかったわ」

 

 

 先程までの微笑みを崩さぬまま、雫はラッピング途中のブラウニーや道具を持って、リビングから──月野海家から去っていった。

 残されたのは丁寧にラッピングされた小箱と、小さなカード。

 

 

 そこには一言、「私のお月様へ」と書かれていた。




 次回もお楽しみに!

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アイドルらしくなくても、悪くない

 遅ればせながら、愛莉の誕生日短編です。
 クオリティは……まぁ、頑張ったね! って感じなので生暖かい目で見守ってくれると嬉しいです!


 愛莉の誕生日が一週間後に迫った週末。湊と雫は二人でプレゼントを買いに出かけていた。勿論、雫は変装をしているし、湊に至っては──女装をしている。

 誤解が生まれるかもしれないが、仕方のないことなのだ。お嬢様学校でもある宮益坂女子学園の通学路ならまだしも、普通のショッピングモールに変装なしで突っ込むのは無謀もいいところ。

 

 

 加えて、アイドルの暗黙のルール、恋愛御法度事情もある。彼ら二人が揃って外に出る場合、湊の女装は避けられない壁なのだ。

 

 

「ごめんなさいね、みぃちゃん。その格好、あんまり好きじゃないのに」

 

「……別に、慣れたから問題ない。色んな役者さんに演技のコツとか聞いといて正解だったって、今更ながら思うけど」

 

 

 今の湊は、化粧とさらしパッドの効果も相まって、女子校に一人はいるイケメン女子レベルに抑えられている。服装は、灰色のロングTシャツに黒のジャケット、下は紺のジーパンとスニーカー。

 歩き方もできるだけ女性らしさを意識し、声のトーンも気持ち上げているので、パッと見ただけで、彼を男性だと見破るのは至難の業だろう。

 

 

 それに対して、雫の変装はサングラスにマスク、つば付き帽子を被ってるだけのシンプルなもので、服装は真っ白なロングワンピース。

 どう足掻いても芸能人オーラが隠せていないが、同性の友達と一緒にいる印象がある為か、近付いてくるファンはいない。

 そもそも、近付いて来たとしても、湊に追い返されるのは目に見えているのだが。

 

 

「んで、買う物は決まってるのか?」

 

「そうね……愛莉ちゃんは猫が好きだし、猫グッズをプレゼントするのが一番だと思うけど……」

 

「まっ、それが無難だよな。じゃあ、雑貨屋から覗きに行くか?」

 

「えぇ、それがいいわ。みぃちゃん、お願いね」

 

「はいはい。わかりましたよ、お嬢様」

 

 

 勝手にどこか行かないように手を引きながら、湊は雫を連れて雑貨屋を目指す。道中、あっちこっちと目移りする彼女を引き留めるのが、湊的には一番の苦労だった。

 そして、ようやく着いた雑貨屋。なるべく雫から離れないよう、湊は彼女の近くで商品を物色する。偶然にも、『にゃんこフェア』という猫グッズの大放出セールをやっているらしく、店内は猫一色で賑わっていた。

 

 

「雫、どうだ? いいのは見つかりそうか?」

 

「ん〜……可愛いのが沢山あって迷っちゃうわ。愛莉ちゃん、どれが気に入るかしら」

 

「時間は余裕あるし、迷っていいぞ。真剣に選んだプレゼントなら、なにを送っても喜んでくれるよ、愛莉だし」

 

「ふふっ。それじゃあ、遠慮なく迷っちゃうわ♪」

 

「あー、言っとくけど勝手に一人で──」

 

 

 そう言って湊が、先程まで雫がいた場所に振り向くと、既に彼女はいなくなっていた。最早異能力である。

 恐らく店外に出てはいないが、人混みの多さも考えると、無理に探すのは愚策。彼は、一度考えを切り替え、プレゼントを選びに集中することにした。

 適当な商品を取っては他の商品と見比べ、愛莉に渡した際の反応をシミュレートする。大体の商品が猫グッズの為、反応は似通っているが、その中から一番いいものを探す。

 

 

 時間が流れること数十分。店内をある程度回り終わり、プレゼントの品定めも完了した湊が、ぼちぼち雫を探し始めたその時。視界の端に、特徴的な桃色の髪を捉えた。

 

 

「……不味い」

 

 

 顔面蒼白、とまではいかないが、湊の顔色に青が混じる。

 今回、雫が計画した愛莉の誕生日会はサプライズだ。当日、彼女の家に愛莉を招き、そこでお祝いをする。当然、招く理由はただ久しぶりに遊びたいから、という嘘である。

 少々──どころかだいぶガバガバな計画だが、雫曰く愛莉にはバレてないらしい。

 

 

 なんとか、湊は雫が買い物を済ませるまで時間を稼ぐ必要がある。幸いにも、今の姿なら簡単にはバレない。彼的に少々心苦しく、精神的にくるものがあるが致し方ない。

 

 

「アイドルの桃井愛莉さんですよね! 私、ファンなんです! 握手してもらってもいいですか!?」

 

「……アンタ、なにやってんの湊」

 

「……いや……これは……」

 

「まぁ、人の趣味に文句は言わないけど、気を付けなさいよ。警察の御用になっても助けないからね」

 

「ち、違うんだよ、これは! 今、雫と来てて、何かあった時のために変装してるんだよ!」

 

「ちょっと待って……なんで雫とこんな所来てるわけ?」

 

「……あ」

 

 

 間の抜けた声が湊の口から漏れる。明らかに、やらかした時に出る『あ』だった。そして、それを愛莉が見逃すことはなく、根掘り葉掘り聞かれ最終的に湊は全てを話してしまった。

 

 

「……はぁ、なるほどね。わかったわ、このまま気付てないフリしといてあげる」

 

「やっぱり、雫の嘘はバレてたか」

 

「あの子が嘘下手なのアンタなら知ってるでしょ? 向いてないのよ、人を騙すのとか」

 

「だよな。雫だし」

 

 

 その後、愛莉は事情を理解し、雑貨やから離れていった。湊はそれを見送ったあと雫を拾い、買い物を済ませてそそくさと家に帰った。

 女装は二度としないと湊が誓う日は、そう遠くない。

 

 ◇

 

 日は過ぎ、誕生日会当日。愛莉のノリノリなサプライズのウケもあり、明るい雰囲気でパーティは始まった。前座はすぐに終わり、ケーキも食べ終わった三人は、早くもプレゼントを渡すターンに入る。

 

 

「はい、愛莉ちゃん! 誕生日おめでとう」

 

「持ち手が猫のしっぽのマグカップ……! 可愛いじゃない! ありがとう、雫」

 

「どういたしまして。……ほら、みぃちゃんも早く早く」

 

「わかってるよ。……はい、誕生日おめでとう、愛莉」

 

「猫の肉球マーク付きのリボン……! こっちも可愛い! 湊、ありがとね」

 

「世話になってるし、ファンだからな。……まぁ、応援の気持ちってことで」

 

 

 照れたように顔を逸らし。湊はゴミの片付けを始める。愛莉と雫はそれを見ながらクスクスと笑い、お喋りを楽しんだ。

 華やかな誕生日会ではないし、アイドルらしくもないが、友人たちと過ごすその時間が、彼女にとって最高のプレゼントだった。

 




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想いに嘘はつけなくて

 エイプリルフールのネタ話です。
 雫に猫耳としっぽを生やして、少しばかりイチャイチャさせました。……が、表現がいきすぎた場面や解釈違いがあるかもしれませんので悪しからず。


 p.s.
 kasyopaさん、☆9評価ありがとうございます!
 皆様のお陰で、赤いバーが伸びました!


 世の中では、四月一日のことをエイプリルフール、という。一年で一日だけ、どんな嘘を吐いても許される日。勿論、限度はあるが、並大抵の嘘なら笑って流される日。

 湊にとって、特に予定もない祝日に、今年のその日はやってきた。買い物に行く用もなければ、数少ない友人から連絡が来ることもない。

 

 

 暇、虚無、無感。動画配信サービスで映画でも見て、気ままに読書でもして、のんびり一日を過ごそうと、彼はベッドから出てリビングに向かった。

 若干残る眠気を覚ますように目を擦り、欠伸をしながらリビングのドアを開けると、そこに居たのは──

 

 

「……ん、あぁ。雫か、おはよう」

 

「えぇ、おはようみぃちゃん!」

 

「朝から元気だよなぁ、お前は。……で、なんか朝飯あったりする?」

 

「ハムエッグのサンドイッチとコーンスープならあるわ!」

 

「なら、それでいいや。ありがと」

 

 

 幼馴染みの日野森雫。白のブラウスに紺のロングスカートを着て、その上から新妻感のある水色のエプロンをつけている。綺麗で、それでいて可愛らしい。一挙手一投足が絵画にできるような美少女。

 だが、今日は一つだけ問題があった。半分寝ぼけていて先程までの湊は気付かなかったが、明らかにおかしい点がある。家に勝手にいるのは違う、雫は合鍵を持っているし彼の両親の許可も貰っている。なんらおかしいことではない。

 

 

 本当におかしいのは、本物としか思えないクオリティで彼女の頭に生えた猫耳と、臀部に生えた猫しっぽだ。ぱっと見る限り、到底偽物には見えず、どう頑張っても生えてきたようにしか見えない。

 おまけに、雫の感情を表現するように耳としっぽは、ピクピクふにゃふにゃ動いている。

 

 

「…………あー、雫? 今日のお前、なんか変じゃないか? 俺には、お前に猫耳としっぽが生えてるように見えるんだが?」

 

「えぇ、そうなの! 起きたら生えてたのよ、可愛いでしょ?」

 

「いや、可愛いけど……え? 俺を騙すためのエイプリルフールジョークとかじゃなくて、マジで生えてるの? てか、突然生えたの?」

 

 

 困惑を隠せない湊の質問に雫は取り乱すことなく頷き、お盆に乗せたサンドイッチの皿とコーンスープが入れられたコップを持ってくる。

 間近で見れば、脳が完全に覚醒した湊なら嫌でもわかってしまう。生えている。どこをどう取り繕っても、ありえないと心で否定しようとも、猫耳としっぽは生えている。試しに触らせてもらったが、質感は猫と遜色なく、雫としても神経がしっかり通っているのかくすぐったそうに笑っていた。

 

 

「本物だ……」

 

「でしょう?」

 

「でしょう、って……。雫、お前この状況を楽しんでないか?」

 

「いいじゃない! それに、このしっぽ便利なのよ? 慣れれば軽い物だって掴めるわ!」

 

「……はぁ。病院とか行って変なのに巻き込まれるのも嫌だし、しばらくは様子見か。家族には見せたのか?」

 

「しぃちゃん以外にはまだ見せてないけど……どうして?」

 

「おじさんとおばさんは心配するだろ? 自分の愛娘にいきなり猫耳としっぽが生えたら」

 

「それもそうね……どうすればいいかしら」

 

 

 事の重大さにようやく理解したのか、心配そうな表情になる雫。猫耳はへたりこみ、しっぽは下向きに垂れてしまった。

 真剣な場面なのに、猫耳としっぽがある所為で少しだけ微笑ましくなってしまうのは、致し方ないことだろう。

 湊は諦めたように笑いながら、雫の頭を撫でて、「大丈夫」と言い切った。

 

 

「突然生えたのにも原因があるだろうし、ゆっくり探れば問題ない。両親や仕事、学校の方は俺が連絡しておくし、しばらくはうちで匿うよ。父さんに母さんも、最近はアトリエの方から帰ってきてないし、なんとかなる」

 

「みぃちゃん……ありがとう!」

 

 

 安心したのか抱き着いてくる雫を抱き締め返し、湊は大人しくしっぽに絡まれた。理性が保つ保たない以前に心配が勝ってよかったと、後に彼は語っている。

 

 ◇

 

 二人が朝食をとってから二時間が経過した。雫に特に変化はなく、今はソファで湊に膝枕をしてもらいながら、テレビで映画を見ている。彼も彼で、雫の頭を撫でながら映画を眺め、時折自分をくすぐってくるしっぽを宥めていた。

 事務所や雫の両親、学校への連絡、諸々のゴタゴタは嘘のように簡単に片付き、寛ぎタイムに入っている。

 

 

 珍しい光景、という訳でもない。自分から甘えることは少ない雫だが、疲れた時や休みたい時は、遠慮なく寄りかかってくることもある。猫耳やしっぽが生えて、それが顕著に現れだしたのかもしれない、と湊は一人考察していた。

 

 

「ねぇ、みぃちゃん? 足、大丈夫?」

 

「別に、ソファだからあんまり疲れないし、大丈夫。……姿勢、辛くなったら変えろよ」

 

「うん、わかった」

 

 

 会話は短く、されど心は通い合い。穏やかなひと時を過ごす。

 春の陽気の所為か、はたまた、雫の体温が温かいからか、湊の瞼は自然と落ちていく。重力に従い、眠気に従い、ゆっくりと落ちていく。

 次第に、彼女を撫でる手も動かなくなり、完全に止まる。湊が寝たことに気付くのは、雫にとってそう難しいことではなかった。

 

 

「……ふふっ。寝ちゃったのね、みぃちゃん」

 

「…………」

 

「しぃちゃんと同じ、寝顔の時はやっぱり子供っぽいわね」

 

 

 テレビの方に向いていた顔を上に向け、雫は俯いて眠る湊の顔を覗き込む。

 気張っていて、どこか必死で、少しだけ背伸びしている彼も愛おしいが、子供っぽいところも嫌いではない。

 雫は湊に恋をしている──いや、恋というには甘く、そして深い。きっと、愛している。心の底から想い、慕っている。

 

 

 だからこそ、苦しむし、悲しむ。息ができなくなり、辛くなって全部吐き出してしまいたくなる。自分のものにしたい、自分だけを見て欲しい。当然の欲求が膨らみ、歯止めが利かなくなる。

 いつもならできるのに、止められるのに、何故か今だけは、この欲望をぶつけたくてしょうがなくなってしまう。

 

 

 丁度よく、湊は無防備だ。気持ち良さそうに寝ているため、ちょっとやそっとのことじゃ起きはしない。

 

 

「猫も肉食、よね」

 

 

 今の自分は正気じゃない。

 きっと、突然生えたこの猫耳としっぽの所為だ。

 そう決めつけて、雫は首筋に口を近付ける。一瞬なんて求めない、己を刻み付けたい。湧き上がり膨れ上がる欲が、背中を突き飛ばす。

 痛くないように、それでも痕が残るように、彼女は湊の首筋に歯を立てた。彼の顔が少し歪んだが気にしない。気にする余裕もない。

 

 

「んっ……んん」

 

 

 加減を間違えたのか、雫の口の中には、流れ出た血がチロチロと入ってくる。生暖かいそれを、彼女は甘いチョコレートのように感じ、そのまま飲んでしまった。

 どんどんと暴走は進み、超えてはいけないラインを、飛び越えていく。「もっと欲しい、刻み付けたい、もっももっともっと……!」と、思考が破綻し感情のブレーキすら取り払われる。

 

 

 しかし、そこまで行ったら、湊が起きないわけがない。

 

 

「しず……く?」

 

「っ……ぁあ……。ごめ、なさい。これは、違くて……その……」

 

「いいよ、お前がしたいなら。好きなだけ、していい。苦しいんだろ? 見ればわかるよ」

 

「……キスも、していい?」

 

「エイプリルフールだからな、きっと許されるよ」

 

「みぃ……ちゃん……!」

 

 

 雫は、しっぽと腕で離れないようにしがみつき、唇を重ねる。湊の優しさが痛くて、それでも嬉しくて、涙の雫を零しながら、何度もキスをした。息継ぎをする為だけに唇を離し、苦しくなくなったらまた重ねる。自分本位な口付け。

 だが、彼は拒ます、受け止め続けた。まるで、底なし沼に溺れるような感覚で、雫は湊に溺れていく。

 

 

 二人とも、自分の想いにだけは、嘘をつけなかった。

 

 ◇

 

「……なんて夢見てんだ、俺は」

 

 

 自分の幼馴染みに猫耳としっぽを生やし、挙句襲わせる夢なんて、エイプリルフールにしてもジョークが過ぎる夢だ。しかも、唇には何故か口付けの感触が残ってるときた。

 自身への嫌悪感だけでも自殺しそうな想いを抑え込み、ベッドから出てリビングに向かう。幸いにも今日は祝日で、雫には朝早くから仕事が入っている。

 

 

 会うことはない、そう確信してリビングのドアをくぐると、そこに居たのは──

 

 

「おはよう、みぃちゃん!」

 

「……えっ」

 

 

 猫耳にしっぽの生えた幼馴染み、日野森雫だった。




 次回もお楽しみに!

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花よりあなたに見惚れてる

 アンケートもとっていた記念短編になります。
 時系列的には、今まで投稿された中で一番過去にあたるものです。雫のアイドルとしての仕事が軌道に乗り始め、メディアへの露出もそこそこ多くなった頃だと仮定して書かれています。


 まぁ、色々と設定として曖昧な部分があるので、そこら辺はゆる〜く見てやって下さい!
 付き合ってない時間軸のイチャラブはこれが限界です。
 無自覚キス? 無自覚スキンシップ、ねぇよそんなもん。


 中学二年の春。雫がアイドルを始めて、世間への露出も多くなってきた頃。とある面倒事が、休日を家でのんびり過ごす湊のもとに舞い込んできた。

 それは──

 

 

「夜桜を見に行く?」

 

「えぇ! 咲希(さき)ちゃんの調子もいいみたいだし、しぃちゃんたちとみんなで行きたいなって、思ってるの!」

 

「……おじさんたちはなんて?」

 

「遅くならないうちに迎えに行くから、それまでなら大丈夫だって。それと……みぃちゃんと司くんが来るならOKって言ってたわ!」

 

「俺ら頼りか……」

 

 

 呆れたように表情を歪ませ、湊は天井を仰ぐ。妹を溺愛している過保護シスコンの司が来るのは確定事項だ。この場合、湊が首を縦に振ったら夜桜鑑賞は決まったも同然。

 本音を言えば、彼としては雫をあまり外に出したくない。駆け出しとは言え芸能人。プライベートなんてあってないようなところもある。

 

 

 諦めて、家の中でのんびり遊べばいいじゃないか、そう言えたらどれだけ楽か。雫に懇願された湊が取れる選択肢は、YESかはい以外は存在しない。

 上目遣い且つ、捨てられた子犬のような表情で迫られたら尚更だ。

 

 

「……わかったよ。一緒に行く。何かあっても困るしな」

 

「ありがとう、みぃちゃん!」

 

「これくらい、別にいいよ。んで、いつ行くんだ?」

 

「今日よ。今日の夜!」

 

「はっ?」

 

「みぃちゃんも、ちゃんと準備しておいてね! 私も、色々準備してくるから!」

 

「いや、ちょっと待て! 今日行くとか聞いてな──」

 

 

 湊が言葉を言い終える前に、雫は姿を消し。独り言になった言の葉が、虚しくリビングに響いた。

 久しぶりに感じる幼馴染みのぶっ飛び具合に、彼は早々と胃を痛める。最近はそこまで酷くなかったから油断していたが、雫の行動は予測不能な事が多い。考えるな、感じろという無茶振りをナチュラルに要求してくる。

 

 

 だからこそ、湊は雫から目が離せないし。彼女の一挙手一投足にドキドキが止まらない。彼が自分の想いに気付くのは、もう少しだけ先の話だ。

 

 ◇

 

 夕日も沈み、月の仕事が本格的に始まる時間、即ち夜。

 七人の幼馴染み集団は、小さい時から遊んでいた懐かしの公園に足を運んでいた。桜の木の本数はそこまで多くないが、その分人混みもなく、ゆったりと広くスペースを使える。湊はいい場所がないか探しながら、中学に上がってから中々会えていなかった、面々と言葉を交わす。

 

 

「一歌も穂波も咲希も、全員身長伸びたな。元気そうで良かったよ」

 

「湊さんもお元気そうでなによりです」

 

「はい、志歩ちゃんからお話は聞いてましたけど、湊さんこそ身長伸びたんじゃないんですか?」

 

「うんうん! 湊先輩、かっこよくなってる!」

 

「そうか? 自分じゃわかんないんだけどな……」

 

 

 綺麗で流すような黒髪に、薄灰色の瞳が特徴の星乃(ほしの)一歌(いちか)。外見だけを見たらクールな印象を受けるが、友人想いの優しい少女。

 サイドテールに纏めたふわふわとした茶色の髪に、薄水色の瞳が特徴の望月(もちづき)穂波(ほなみ)。おっとりしてるように見えるがしっかり者で、包み込むような優しさを持つ少女。

 ツインテールに纏めた穂波のようなふわふわとした金髪に、透き通るような週色の瞳が特徴の天馬咲希。司を兄に持つ、明るい少女で、志歩たち幼馴染みのムードメーカー。

 

 

 ぬるま湯のような落ち着く空気だった。雫や志歩といる時に感じるものとは、また違う温かい空気に癒されつつも、湊は持ってきたブルーシートを引きながら、そそくさとお花見の準備を始める。

 

 

「準備はこっちで適当にやっとくから、四人は自由にしてていいぞ」

 

「良いんですか! じゃあじゃあ! いっちゃん、ほなちゃん、しほちゃん! ジャングルジム行こうよ! 今ならきっと桜と星がいーっぱい見れるよ!」

 

「……えぇ、この歳でジャングルジムって」

 

「まぁまぁ、志歩ちゃん」

 

「悪くないと思うし、志歩も行こうよ」

 

「はぁ……少しだけならいいよ」

 

「やったぁ! ならなら、早く行こー!」

 

 

 三人を引っ張って行く咲希を、司が微笑ましく見守り。引っ張られる志歩を、優しい表情で雫が見守る。

 普段の二人を知ってるが故に、姉や兄としての姿は新鮮で、どこか面白い。

 弄りを入れてもいいな、と少しだけ思ったが、すぐに考えを改め、準備を進めていく。荷物が割と多かった為か、重石は十分。簡単にブルーシートを引くことができた。

 

 

「流石未来のスター! ブルーシートを敷くくらい赤子の手をひねるようなものだったな!」

 

「そうね、簡単に済んでよかったわ!」

 

「……変なテンションにはつっこまねぇからな。というか、みんな荷物多いな。何持ってきたんだよ……」

 

「ふっ! 聞いて驚け! 俺が持ってきたのは──これだっ!!」

 

『……紙芝居?』

 

「そうだ! 監督オレ、シナリオ構成オレ、主演オレの勇者ツカーサの大冒険!!」

 

 

 大きめのハンドバッグから司が取り出したのは、紙芝居でよく見る木製の枠と、そこにセットされた『勇者ツカーサの大冒険』というタイトルの紙芝居。

 絵はデフォルメ感がある可愛らしいもので、子供受けは良いだろう。だがしかし、タイトルはセンスのなさが際立ってる。わかりやすさと親しみやすさが大事な紙芝居で、王道を征くタイトルではあるが、とても中学生の妹とその友人に見せるものではない。

 

 

 勿論、湊はそれを見た瞬間、微妙な感情から顔を歪ませたが、雫は対照的に面白そう、と笑顔を浮かべている。感性の違いも、ここまでくれば摩擦熱でかぜをひく。

 

 

「……そうか。雫、お前は何持ってきたんだ?」

 

「えーっと、みんなで食べられるように、おにぎりとかの軽食を持ってきたわ! ほら、お味噌汁もあるのよ?」

 

「またか……あのなぁ、いくら保温性が高いからって、水筒に入れんなよ」

 

「でも、こっちの方が飲みやすいし……」

 

「おいっ! オレの話を無視するなー! 湊、そこまで言うなら、お前は何か持ってきたんだろうな!?」

 

「暇になったら嫌だしな。トランプとか、UNOとか、適当なカードゲームは持ってきたぞ」

 

『……………………』

 

「な、なんだよ」

 

 

 紙芝居という一風変わったものを持ってきた司に、相変わらず気が利くのにどこかズレた物を持ってくる雫から見た湊の持ち物は、無難の一言に尽きる。悪く言えば面白味がない。

 雫は彼のそう言う普通なところを好いているので特に何も言わないが、司は違う。

 

 

「はぁ……湊、お前はこれだからダメなんだ。いいか、エンターテイナーと言うものはだな──」

 

「……また始まったよ」

 

「ふふっ、良いじゃない。司くんが夢を語ってる時は、すごくイキイキしてるもの」

 

「それもそうか」

 

 

 納得したのか、湊は含み笑いを浮かべて、司の話を聞いた。

 その後も、帰ってきた志歩や一歌たちとジュースやお菓子、軽食をつまみながら談笑し、ゆるく楽しい時間を過ごした。風が吹いては散る桜を眺め、星が輝く空の下で、笑いあった。

 

 ◇

 

 迎えの時間まであと少し、そんな時。みんなで片付けを始める前に用を足しに行っていた湊が帰ってくると、何故か全員が慌てていた。その光景を見て違和感を感じないほど、彼は鈍感ではなく、即座にため息を吐いて辺りを見渡した。

 雫がいない。

 恐らく、誰にも言わずフラフラと散歩に出かけ、どこかに消えてしまったのだろう。

 

 

 幸い、公園自体は広くないが、外に出られていたら手に負えない。前科として、桜の花びらを追いかけて迷子になったのが、日野森雫という少女だ。外に出てないとは言いきれない。

 汚い言葉が出るのを喉元ギリギリで抑え、司にここでみんなと待つよう伝え、湊は一人走り出す。

 

 

 この時の彼は、まだGPSなんて大層なものは使っておらず、大体の捜索を勘と経験で補っていた。それ位には二人は通じ合っていて、尚且つ雫の行動範囲は広くなかった。

 問題は雫の思考回路は、そんな湊でも簡単には読めないこと。

 右に行こうとして左に行ったり、左に行こうとして右に行ったり。挙句、引き返そうとしても来た道を覚えていなかったり、と散々だ。

 

 

 今回の場合、前科である、花びらを追いかけて迷子と似た状況ということもあり、湊は風が吹く方向に足を進める。

 いつかの彼女と同じように花びらを追っていくと、そこには見慣れた後ろ姿が目に映った。

 

 

「はぁ……はぁ……あんまり、遠くまで行かないでくれよ。探すのも、大変なんだぞ?」

 

「でも、みぃちゃんは絶対に、私を見つけてくれるでしょ?」

 

「どうだろうな。お前の迷子癖が治らなきゃ、流石の俺も嫌になって──」

 

「嘘ね。みぃちゃんは優しいもの。私のことを見捨てたりなんかしない」

 

「はぁ、なんなんだよ、その謎の自信は」

 

「幼馴染みの勘、かしら」

 

 

 そう言って、振り返り。いたずらっ子のように微笑む雫は、舞い散る桜がただの添え物になるような美しさがあった。

 綺麗で、可愛くて、惹き込まれるような存在感。彼女以外の全てが、彼女のために存在してるかのような錯覚すら覚えてしまう。

 

 

「……………………」

 

「みぃちゃん? 大丈夫?」

 

「いや、なんでもない。ただ、綺麗だなって……思っただけだ」

 

「ふふっ、そうね。綺麗よね、()が」

 

「っ……あぁ、本当に綺麗だよ。ほら、帰るぞ。手は離すなよ」

 

「心配しなくても、勝手に離したりなんかしないわ。みぃちゃんが握ってくれる限り、ね」

 

 

 きっと、この頃から、少しずつすれ違いは始まっていた。見えないような距離感で、壁に傷はついていた。小さな小さなひびが、入っていた。

 だが、それでも二人には幸せがあった。灯火のような、吹いたら消えるような、儚い幸せがあったのだ。




 次回もお楽しみに!

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日野森姉妹短編二作

 ちょっとえっちぃかもです。
 因みに、この話のネタのアイデアはkasyopaさんから頂いたものになります!



『兄妹だけど、そうじゃない』

 

 休日の昼下がり。

 昨日遅くまでベースの練習をしていた志歩が起きたのは、太陽が本格的に仕事を始めた、そんな時刻だった。出かける用事もなければ、やることも少ない。勉強か雑誌を読むか、またベースの練習をするかの三択。

 だがしかし、腹が減ってはなんとやら。十二時間以上、水やジュース以外を胃に入れてないのは不健康だ。

 

 

 もしそれを心配性の姉や、お節介焼きな兄貴分にバレたら面倒になる。

 

 

「……ご飯、食べよう」

 

 

 布団の魔の手から逃れるようにベットを出た志歩は、自室から食べ物のあるリビングに向かう。服装は、動きやすいからという理由で寝巻きにしていた、中学時代の体操着とクォーターパンツのままだ。

 花の女子高生にしては些か問題があるが、そこは日野森雫の妹というべきか。顔のよさも相まって、着こなし感は出てるし、薄手だからこその色気も少なからずある。

 

 

 残念なことにそれを見せる相手は居ない──はずだった。

 

 

(リビングのドア、開いてる。て言うか、鼻歌漏れてる……)

 

 

 サスペンスドラマさながらの不審者登場演出だが、志歩は最悪の未来が脳裏に過った。恐る恐る開いているリビングのドアをくぐり、中に入ると、そこにはキッチンで料理をする湊の姿があった。

 

 

「湊にい……? なんで居るの?」

 

「ん? おぉ、遅かったなしぃ、おはよう」

 

「いや、おはようじゃなくて。なんで居るのか聞きたいんだけど……」

 

「聞いてないのか? 今日はおじさんとおばさんの結婚記念日で、二人は朝からお出かけ。雫も泊まりの地方ロケに行ってるんだよ。んで、しぃを一人にできないから俺が留守を頼まれたってわけ」

 

 

 あっけらかんと語る湊は、さも平然のことのように言うが、事情は簡単なことじゃない。普通、幾ら幼馴染みとは言え、年頃の男女を同じ家に泊まらせるなんてありえないのだ。

 文句を言ってやりたい志歩だが、今更言ってもあとの祭りで意味はない。当面の問題は、自分の格好だとすぐに察した。

 

 

「着替えてくる」

 

「いや、別にいいだろ。俺以外の誰かが見るわけでもないし」

 

「それが無理なの」

 

「……そこまでストレートに言われると何気に傷つくぞ」

 

「すぐ戻るから。ご飯、よそっといてよ」

 

「インスタントラーメンだけど、よかったよな」

 

「大丈夫」

 

 

 返事短く、言葉短く。志歩は湊の前から去っていく。

 幼馴染みの間柄にも、人並みの羞恥心はあった。

 

 ◇

 

 着替えて戻り、湊の作った野菜マシマシ塩ラーメンを食べた志歩は、自室に帰ることなくリビングで過ごしていた。

 特に会話をする気配もなく、二人は互いを利用し、暇な時間を潰す。

 譜面を見ながら志歩がベースの練習をすれば、湊はそれをBGMに本を読み。

 動画配信サービスで湊が映画を見れば、志歩は無言でコーラとポップコーンを要求した。

 

 

 持ちつ持たれつ、背中を向け合うように。時間を流していく。

 雫と湊の関係とは、少し違う。絶妙なバランスで調和を保つが如く、一線は越えない。志歩は姉の想いを尊重してるから、湊は雫の妹として自分の妹分として接しているから。

 けれど、その関係も揺れることはある。例えば、志歩のトラウマに触れたら。

 

 

「偶には、青春ものの映画もいいよな〜。……しぃ? どうかしたか?」

 

「…………なんでもない」

 

「本当に?」

 

「湊にいには、関係ないから」

 

「そっか……まぁ、気が向いたら言ってくれ」

 

 

 本当に、偶然だった。

 彼が、湊が選んだ映画は王道の青春もの。仲がよかった幼馴染みグループが歳を重ねて、思春期の間違いによってバラバラになった後、もう一度元に戻り、学園祭で昔やったバンドの真似事のようにライブをする。

 青臭くて、泥臭くて、それでも心が温まる。感動できる作品。ライブのシーンは湊でもくるものがあった。

 

 

 映画史の中では何番煎じの展開だが、未だに好かれる物語の構成。

 それが、志歩の心に深く突き刺さった。フィクションみたいに上手くはいかない嫌な現実に。

 好きだからこそ、離れた。

 好きだからこそ、突き放した。

 巻き込みたくなかった。

 

 

 刺さった部分から血が出るように、心の弱さが漏れていく。それは自然と、近い拠り所に流れていった。

 

 

「湊にいは……もしお姉ちゃんと離れなくちゃいけなくなったら、どうする?」

 

「どうもしないよ。それが最善ならそうする、それだけだ。違うなら、離れなくていい方法を探す、かな」

 

 

 一番は間違えない。

 それだけは譲らない。

 湊の想いが言葉になって、志歩にぶつかる。勿論、その言葉一つで解決できる問題の大きさは、とうに超えた。だとしても、影響はある。

 

 

「湊にいは、偶によくわからない。強いと思ったら弱くて、弱いと思ったら強い」

 

「いきなりそんなこと言われても……俺、なんかしたか?」

 

「ううん。ただ、お兄ちゃんっぽいなって思っただけ。……夕食はハンバーグが食べたい」

 

「はいはい、わかったよ。可愛いしぃちゃん」

 

「……やめて」

 

「許せよ。ちゃんと、ハンバーグ作るからさ」

 

 

 嫌がらない程度にそっと頭を撫でて、湊は次の映画を吟味する。志歩もそれに付き合うように、膨れ気味な表情であらすじを見ては、隣から口を出す。

 本当の兄妹にしては近く、友人とも言えない距離感で、湊と志歩は休日を過ごす。

 

 

 帰ってきた雫に、志歩とのことを聞かれ拗ねられたのは言うまでもない。

 

 

 -----------

『休日と添い寝』

 

 

 ある秋の晴れた日。

 温かい日差しと、気持ちのいい風が吹く日。絶好のお出かけ日和とも言えるその日に、休日が偶然重なった雫と湊は──月野海家で二人、ソファに並んで腰掛けていた。

 理由なんて特にない。彼女はいつも通り彼の家に来て、彼はいつも通り彼女を迎えた。ただそれだけ。

 

 

 雫はテレビを眺めながら、真っ白のハンカチに可愛らしい花や動物の刺繍を施し、面白い映像が流れては、くすくすと微笑む。

 対する湊は、テレビから出る音をBGMに、雫から借りた本を読み進める。

 互いにバラバラの行動をしているが、二人ともそのことに関して、居心地の悪さは感じない。理解の深さ、好意の大きさ、思いやり、理由なんてそれくらいだが、それで充分だった。

 

 

『……………………』

 

 

 ペラペラと、一枚一枚ページがめくられ。

 シュッシュッと、一回一回ハンカチが縫われていく。

 借りた本は、雫にしては珍しい海外のロマンス小説で、日本とは違う情熱的な恋愛が描かれていた。脳が溶けるような甘い言葉や、濃密な濡れ場、熱い想いを伝えるクライマックス。

 考えられた構成が、整えられた物語が、次の一文を読む目を急かし、手を止まらせない。

 

 

 気付けば、お昼はとうに過ぎ。昨日のレッスンの疲れもあるのか、雫もうとうととした様子でテレビに目を向けていた。

 

 

「眠いならベットで寝ろよ。ソファだと体に良くないからな」

 

「……えぇ……わかってるわ」

 

 

 返ってきた言葉は、なんとも頼りなく。瞼の砦も決壊寸前だ。

「間違いなく寝落ちする」、湊がそう察せない訳はなく、優しい手付きで刺繍道具を彼女から取り上げて、テーブルに置く。

 優先すべきは、雫の安全。そして、その次に自分の理性の戦線維持だ。

 いつ彼女が眠ってしまってもいいように、栞を挟んで本を閉じる。

 

 

 数分もすれば……

 

 

「……んぅ…………ふふっ……」

 

 

 ぐっすり眠る幼馴染みアイドルの完成だ。

 案の定の事態に、湊はさして動揺せず、慣れた手つきで脇と膝に手を通し、彼女を持ち上げて自室のベッドを目指す。だが、ステージで輝く少女とは思えないほど軽く、柔らかい体に触れるのは何度やってとも慣れない。今日の服が、薄手の白いロングワンピースだったことも、きっと原因の一つだろう。

 

 

「換気のために開けといて正解だったな」

 

 

 朝の自分に感謝し。湊は、自分がいつも使うベッドに雫を眠らせ、部屋を去ろうとするが──ギリギリの所で袖を引かれる。

 弱々しい力だった。

 その気になればいつでも振り払えるくらい、弱々しい力。

 けれど、湊は諦めたような表情で、ため息を吐くだけで吐いて、後ろを振り返る。

 

 

「……どうかしたか?」

 

「みぃちゃんも、一緒に……寝ましょ?」

 

「……………………」

 

 

 優しい、優しい微笑みと、柔らかい言葉が眠気を誘い、湊の退路を塞ぐ。眠いくないから良いの言い訳は使えず、自然と足がベッドに向かう。

 相手がアイドルだからダメだ。

 相手は無防備な異性だからダメだ。

 当たり前の常識が脳裏に過ぎるよりも早く、彼はベッドで横になっていた。

 

 

 雫がそっと壁際に詰め、空いたスペースに体を収めて向かい合う。

 顔がいい。至極当然のことながら、日野森雫は顔がいい。

 うとうととしながらも、嬉しそうに微笑みながら抱き着いてくる破壊力は、湊の考えを簡単に溶かしてしまう。常識も倫理観も、グズグズと溶けていき。

「雫がいいなら、まぁいいか」と思わせてしまう。

 

 

「……みぃちゃんの匂い、いっぱいするね」

 

「俺のベッドだからな」

 

「離さ、ないでね?」

 

「離さないよ。ほら、眠いんだろ。俺も寝るから、早く目閉じろ」

 

「……ありがとう。おやすみ」

 

 

 そう言うと、雫は湊の胸に頭を預けるように眠りに落ち、湊も湊で雫を抱きしめたまま、眠りについた。

 

 ◇

 

 幸せな夢を、雫は見ていた。

 大好きな人に、これでもかと愛される、そんな淡い期待の夢を見ていた。

 しかし、夢は夢。いつか覚める。

 二人が横になってから数時間。外の明かりが薄暗くなってきた頃に、雫は目を覚ます。

 

 

「……みぃちゃん」

 

 

 自分のことを抱きしめて眠る湊の表情はあどけなく、幼さが見える。普段なら絶対に見せない、背伸びしていないフラットな彼は、雫にとってとても愛おしい。

 裏表ではなく、見栄。

 見栄だけでなく、憧れ。

 凡人が持つには不相応で、湊が持つには相応なもの。

 

 

 雫は嬉しかった。

 無防備な寝顔を、自分にだけ晒してくれることが。

 雫は嬉しかった。

 些細な願いを叶える、彼の優しさが。

 雫は──怖くなった。

 いつか、この優しさも、寝顔も、自分のものだけじゃなくなるかもしれないという、事実が。

 

 

 嬉しいと怖いが入り交じり、そこに想いが加われば、雫はなんだってできてしまった。

 仮令ば──自分のものだと印を付けることだって。

 

 

「……大好き」

 

 

 腕の中で少しもがき、首筋に唇を合わせて、くっきりと残るように痕を付ける。印を付ける。

 唇を離せば、糸がスーッと引かれ、雫と湊を繋いだ。

 いけない事をしたのはわかる。

 アイドルとして不味いこともわかる。

 それでも、彼女の視線が湊の唇に移るのは仕方のないことだった。

 

 

 一瞬、唇同士のキスはどんな味がするのか気になって、体が反射的に動いた。きっとその時、ドアの外、一階からから聞こえる志歩の声がなかったら、雫は一線を超えていただろう。

 なんとか、道から落ちる前に戻れた雫は、抱かれていた腕の中から悲しそうに脱出し、部屋を後にした。

 

 

 湊を起こすのを志歩に任せて。

 

 ◇

 

「……起きて、湊にい」

 

「ん……ふわぁ……しぃ?」

 

「そう、私。早く起きないと、お母さんが用意したハンバーグが冷めるんだけど」

 

「……おばさん、俺の分まで用意してくれたのか? 悪いな……」

 

「悪いと思ってるなら、早く起きて。……たく、お姉ちゃんが揺すっても起きなかったって言ってたのに、なんで私が言うと起きるかなぁ……」

 

「雫が? ……揺すられた覚えなんてないけど……まぁ、いいか」

 

 

 眠りから覚めたばかりの浅い思考のままベッドから体を起こすと、湊は首筋に違和感を感じる。

 嫌な予感がして手を当てると、他の部分より温かく、湿っぽい感覚があった。そう、それはまるで、雫から借りた小説の中にもあった、マーキングのようで。

 彼の顔はカーッと熱くなる。

 

「湊にい……? 顔赤いけど、熱でもあるの?」

 

「別に……なんでもない」

 

「そっ、ならいいけど……。首筋、蚊にでも刺されたの? そこも、赤いよ」

 

「かもな、刺されたっぽい」

 

 

 誤魔化すように笑って、湊は志歩にそう言った。

 特に追求することも志歩はしなかったが、兄貴分が顔を赤く染めた瞬間と、首筋の痕だけは忘れられないと思った。




 因みに、この話のネタのアイデアはkasyopaさんから頂いたものになります!
 kasyopaさんのプロセカ作品「荒野の少女と1つのセカイ」も同時刻に更新されてますので、是非見に行ってみてください!
 ⇒ https://syosetu.org/novel/245502/


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絵名if「染まれないクリアカラー(前編)」

 記念短編(前編)です。
 今回と次回の後編に限り、一人称になりますので、それだけはお気を付けてお楽しみください!

 因みに、前編は湊視点、後半は絵名視点で進む予定です!


 月野海湊という人間は中途半端だった。

 ずっと泣いていられるほど、弱くはなく。

 夢を諦められないほど、強くはない。

 希望を持ち続けられるほど、子供ではなく。

 絶望に慣れるほど、大人でもない。

 

 どっちつかずで、どっちにもなれなくて。

 明かりがなければ、前に進むことすら難しい。

 このお話は、その明かりが日野森雫ではなく、東雲絵名だったら、という話。

 もし(IF)のセカイ線だ。

 

 ◇

 

 起伏のない人生。

 波風の立たない日常。

 優しい両親と可愛らしい幼馴染みに、悪友とも言える弟分。

 加えて、やろうと思えば、大抵の事は人並み以上にできる才能のお陰で、苦労したこともない。

 きっと、世間様から見た俺は──月野海湊は、何不自由ない生活を送っていた。

 

 

 本当に不自由のない生活だった。その自由さが、逆に息苦しく感じるようになったのは、何時からだったか。

 夢を過去に置いた中学の頃。

 はたまた、先の見えない奈落()に幼馴染みの願い(呪い)落ちた(向かった)、高一の夏。

 

 

 考えれば考えるほど、わからなくなる。

 唯一、わかることがあるとすれば、原因は自分の才能だったということ。

 他人から見れば、羨ましいことこの上ないものだが、俺のはそんな生易しい才能じゃない。

 

 

 長所に、全てが集約されているだけに過ぎないのだ。

()()()()()()()()()()()()()()()。本当に、これだけ。

 みんなが苦労する一歩を早く踏めているから、みんなより早く前に行けているから、人並み以上にできているように錯覚している。

 違う、違うんだ。一歩目だけなんだ。二歩目からは頑張って頑張って、血が滲むような努力をして、ようやく進める。

 

 

 天才ではなく、秀才には途方もない時間をかけなければ至れず、凡才にすら殺される。

 それが、俺の全てだ。

 ニーゴ──『25時、ナイトコードで』という音楽サークルに入って、理解できた。本物の天才に会って、登ることの出来ない壁を知って、理解できた。

 

 

 ──自分がどれだけちっぽけな存在だったか。

 

 

 やめにしよう。

 全部、終わりにしよう。

 これ以上微温湯に入っていてものぼせるだけだ。これ以上足掻き続けても苦しいだけだ。

 

 

 まふゆは(かなで)が救ってくれるし、絵名(えな)だって俺が支える必要も無い。瑞希に至っては瑞希次第でどうとでもなってしまう。

 心残りは多く、片付けられなかった問題も、投げっぱなしになってしまうが──どうでもよかった。

 まふゆは消えなかった。絵名も消えずに済んだ。奏は呪いを受けたし、瑞希だって進もうとしている。

 

 

 順調に進んでるんだから、一人居なくなったところでわけはないだろう。

 だから、今日言おう。

 サークルから抜けることを伝えよう。

 元々、総合補助なんて役割、あってもなくてもよかったんだから。

 

 

「24時50分……そろそろだな」

 

 

 薄暗い部屋の中、モニターからの光が、俺を照らしていた。

 

 ◇

 

 ニーゴのサークル活動は連携が命だ。

 作曲担当『K』こと、宵崎(よいさき)奏。

 作詞担当『雪』こと、朝比奈(あさひな)まふゆ。

 動画担当『Amia』こと、暁山(あきやま)瑞希(みずき)

 イラスト担当『えななん』こと、俺の幼馴染みでもある少女、東雲(しののめ)絵名。

 

 

 この四人が揃って、初めて楽曲は完成する。完成できる。

 ‎だが、誰か一人でも遅れれば、そうはならない。

 奏が遅れればまふゆは作詞に入れないし、俺も衣装のラフすら上げられない。そして、俺のラフが上がらなければ、絵名はイラストに本腰を入れられないし、回り回って瑞希も作業を始められない。悪循環だ。

 もし、これが他のメンバーでも同様の事が起きる。楽曲は完成しきれない。

 

 

 だからこそ、総合補助の俺──『Me』がいる。進捗を管理し、進行をスムーズにするマネージャー業。他にも、奏の作曲に意見したり、まふゆの歌詞の添削を手伝ったり、絵名の遅れをカバーするために瑞希に素材を提供したり。

 仕事自体は多い。

 尤も、いてもいなくてもさほど変わりはしないが。

 

 

『あー……K? 昨日貰った新曲のデモ、聞いたよ。感想とかはチャットの方に送っといたから』

 

『ありがとう、Me。今やってる曲もそろそろ終わりが見えてきたし、新曲のスケジュールに回って大丈夫だよ。あとは、なんとかするから』

 

『了解。あと、雪。歌詞の方はもう問題ないと思うから、そのまま上がりで大丈夫だ』

 

『わかった。……清書に入るから、通話ミュートにするね』

 

『どうぞ。あとは──』

 

『えななんなら、いるけどミュート中だよ。昨日のMeのパンチが効いたんじゃない〜?』

 

『……人のデザインを勝手に変えた挙句、修正ラフを見にくいの一言で切ったやつに言うことはあれで十分だよ。Amia、悪いけど共有ドライブの方に素材送ったから、ちゃんと反映されてるか確認して、MVの作業進めちゃってくれ』

 

『おっけー! 今回もカワイイの作るよ〜!』

 

 

 瑞希のその言葉を最後に、全員がミュート状態になる。

 勿論、仲が悪い訳ではない。奏とまふゆは口数が多くないだけで、喋る時は喋るし、瑞希と絵名、俺は言わずもがな。

 ただ、今は会話の起点を作る絵名が居なくて、俺ももう喋るつもりがないから話しかけないだけだ。

 

 

「……スケジュールだけは、作らないとな」

 

 

 ケジメ、一言で済ませるならそういうもの。

 恩があるとか、借りがあるとか関係なく。請け負った仕事はこなす。どうせもう最後の仕事になるんだから、完璧なものを作りたい。

 苦しくても、辛くても、それは義務だから。

 

 

「これで、終わらせよう」

 

 

 救いなんていらない。

 求めてもいない。

 欲しかったものは才能と大切な人の笑顔だけ

 片方は叶った。片方は叶わなかった。それでいいと思った。それが自分に向けられなくても、いいと……思った。

 

 ◇

 

 殺風景な白と灰色のセカイ。鉄骨や電波塔の残骸、触ったら刺さるような鋭角の立体がそこかしこに置かれた歪な場所。

 不気味だが、不思議と落ち着く暗さのある、異世界とも言える場所で、俺と奏は会っていた。

 

「珍しいね、湊がセカイ(こっち)に呼ぶなんて」

 

「そうでも……あるか」

 

「うん。……なにかあったの? ナイトコードでは話し辛いから、呼んだんでしょ?」

 

「察しがいいよな、奏は」

 

 

 自分のことにはどこまでも鈍感になるのに、他人に対しては恐ろしく察しがいい。宵崎奏は、そういう人間だ。

 腰ほどまで伸びた綺麗な銀髪に、幼さが残る顔立ち。アクアブルーの瞳がしっかりと、俺の事を見据えていた。

 

 

 同い年には見えないか細い体躯で、同い年とは思えない業を背負い、音楽を続ける天才。絵名とまふゆを救い、自身の呪いを増やした、救世主(偽善者)

 救いを求める人のために、取り憑かれたように音楽を作り続ける罪人。

 彼女を表す言葉は幾らでも出てくる。

 救世主であり、偽善者であり、罪人であり、天才。

 

 

 嫌いたくても嫌いになれない儚さと強さを持つ少女。

 きっと、俺がなるべきだった到達点の一つ。理想系。

 今から俺は、そんな彼女を、仲間である奏を傷付ける言葉を言うことになる。

 

 

 罪悪感があった。摩耗した良心が叫んでいた。

 きっと後悔すると、俺の口を塞ごうとしていた。

 振り払うのはそこまで難しくなかったのに、少しだけ躊躇って、中途半端な自分に嫌気が差して、拳を強く握る。爪がくい込むほど強く握って、握り過ぎて、ポタポタと血が滴り落ちる音と、それを心配した奏の声で現実に引き戻された。

 

 

「っ! 湊!? ち、血が……!」

 

「……っ、あぁ、気にしないでくれ」

 

「で、でも……」

 

「話しを済ませたら、部屋に戻ってすぐに手当するよ」

 

 

 安心させる意味なんてないのに、優しい声でそう言って、奏を落ち着かせたあと。俺は本題を切り出した。

 

 

「奏。俺、今日限りで、ニーゴを辞めようと思う」

 

「……ぇ? それは、どうして?」

 

「元々、長く居るつもりもなかったんだ。絵名の手伝いで始めて、折を見計らって抜けようって考えてた。ずっとな。──でもさ、居心地がよかったんだ。凄く。微温湯に浸かってるみたいに、体も心も楽でさ。けど、いつまでも夢は見てられないから」

 

 

 建前を語って。

 納得するように理論だてる。

 嘘を信じさせるコツは、本当のことを混ぜることだ。全部が全部、嘘じゃない。だけど、本当でもない。

 

 

 長く居るつもりがなかったのは本当だ。

 絵名の手伝いで始めて、折を見計らって抜けようと考えてたのも本当。

 居心地がよかったのだって、本当。

 

 

 体も心も楽だった、これだけが嘘だ。

 これだけが真実ではない。

 総合補助として、みんなを手助けできるように、色々なことに手を出して、才能の分厚い壁を知った。地獄だ。

 助けるために学べば学ぶほど苦しくなって、辛くなって。綿糸で首を絞められたような、そんな感覚になる。

 

 

「ごめんな。まふゆのこととか、ほっぽり出して」

 

「……ううん、湊が謝ることじゃないよ。むしろ、こっちがお礼を言わなきゃ。ありがとう、Me。君がいたから、君がまとめてくれたから、ニーゴは──わたしはやってこれた」

 

 

 悲しそうな表情を隠さないまま、それでもお礼を言う奏を見て、自分に対する怒りと、彼女に対する怒りふつふつと湧いてきた。

 あぁ、なんで。なんで、お前は怒らないんだよ、奏。

 

 

 怒る権利があるのに。

 怒っていい権利はお前のためにあるのに。

 なんで、悲しそうな表情をするだけなんだよ、お前は。

 

 

「そう、思ってくれてたんだな。ありがとう、奏。……じゃあ、もう帰るよ。機会があったらまた──」

 

「逃げるんだ」

 

 

 感情を感じさせない、抑揚のない声が、俺の言葉に被さった。

 今、絵名を抜けば一番会いたくない相手が、俺の後ろにいる。彼女の名前は──鏡音リン。『誰もいないセカイ』に現れた、二人目のバーチャル・シンガー。

 推測でしかないが、まふゆの想いからではなく、絵名の想いから生まれた存在。絵名の対になる、バーチャル・シンガー。

 

 

 悟られたら、負けだ。

 

 

「なんだよ、逃げるって。別に、そんなこと、一言も言ってないだろ」

 

「じゃあ、なんで辞めるの? さっき奏に言った全部が、本当に辞める理由?」

 

「そうだよ。悪かったな、無責任で」

 

「うん、そうだね。無責任。勝手に挑んで、勝手に諦めて、勝手に逃げる。本当に、無責任。最低だね、湊は」

 

 

 神経を逆撫でする言い回しが、先程湧いた怒りを煽る。

 リンの言い分に間違いはない。リンの指摘に間違いはない。俺は無責任のクソ野郎だ。

 でも、しょうがないじゃないか。

 ずっとここに居続けたら、きっと俺は壊れる。心を殺して、押し潰して、生きていくことになる。耐えられない、耐えられるわけがない。

 

 

 ──俺はそこまで、強くないんだ。

 

 

「……しろっ……だよ」

 

「……なに? 聞こえない?」

 

「だったら、どうしろってんだよっ!! やれることは全部やった! やらなきゃいけない事もやり尽くした!! どんなに頑張っても見えてこない背中を、俺は何時まで追いかけ続ければいいっ!? わかるなら、わかったふりするなら教えてくれよ!!! リン!」

 

 

 溜まっていたものをぶちまけるように、俺の怒鳴り声がセカイに響く。流石のリンも、動揺したのか肩が震え、足が竦んでいる。

 吐き出すつもりのなかった言葉を吐き出して、大切な人が生み出した存在を傷付けて、俺は一体……何をしてるんだろう。

 

 

「っ……悪い。もう、行くよ。ここにも、きっと二度と来ない。あの曲も消すから。ごめん……ごめんなさい」

 

 

 必死に絞り出した声てそう言い残して、その場から走って逃げる。

 後ろから聞こえた声は無視をして、心配して見に来てくれたミクに一方的な別れを告げて、去って行く。

 間違いがあるとすれば、一つだけ。ただ、一つだけ。

 支えたいと、心から願ってしまったこと。

 

 ◇

 

 セカイから薄暗い自室に帰った直後。

 スマホに電話がかかってきた。相手は──絵名だった。

 

 

「……………………」

 

 

 迷って、悩んで、五コール目に入ってやっと、俺は電話に出た。

 スピーカーからは、聞き慣れた声が流れてくる。彼女にしては珍しく、優しい声だったと思う。

 多分、きっと。

 

 

『遅い』

 

『はいはい。今度は──なんでもない。……それで、何の用だよ?』

 

『……ほら、昨日は……その、言い過ぎたから。謝ろうって思って』

 

『別に、怒ってないよ。作業の方はどうだ?』

 

『順調よ。当たり前でしょ。私のこと、誰だと思ってんの?』

 

『締切破りの鬼』

 

『っ! アンタねぇ! ……はぁ、もういいわ。一応、朝までには終わりそうだから、それだけ報告しとく』

 

『──おう、わかった』

 

 

 口から出そうになる感情を無理矢理飲み込んで、震え声を捩じ伏せて、いつも通りを装う。最近、手馴れた小技。今後、使うことのない無意味の産物。

 最低でも、別れだけは。

 譲れない想いが足枷になり、一言だけが口から漏れる。

 

 

『じゃあな、絵名』

 

『はっ? じゃあなって、おかしくない? 私とアンタは、明日も──』

 

『今まで、ありがとう』

 

『湊っ!?』

 

 

 出るのは時間がかかったのに、切るのは……一瞬だった。

 折り返しが来ないようにスマホの通知を切り、ナイトコードも閉じる。

 それから、順繰り順繰り、ニーゴが関わる全てのデータをゴミ箱に入れていく。

 

 

 初めて、奏と一緒に作った曲があった。

 初めて、まふゆと書いた歌詞があった。

 初めて、瑞希と作った動画があった。

 何百枚と、絵名と一緒に描いたイラストがあった。

 

 

 全部、ゴミ箱に入れた。

 思い出に蓋をするように。見たくないものをしまうように。

 あとは、削除するだけ。ゴミ箱のフォルダを開いて、消したいものを全部選択して、Deleteキーを押せば、データはなくなる。

 

 

 簡単だ。マウスカーソルを合わせて、ちょちょいと動かせば選択できるし、Deleteキーを押すのなんか子供でも難しくない。

 一回押せば終わる。

 ナイトコードだってそうだ。

 所詮はアプリ、ボタン一つでなかったことにできる。

 

 

「……はずなんだけな」

 

 

 動かない。動いてくれない。

 マウスカーソルがデータの上に重なる度に、思い出が溢れてきて、消そうなんて思えなくなる。

 みんなの顔がチラついて、これを消したら、自分が存在する意味すらわからなくなりそうで、怖くなって、涙が流れていく。

 

 

 弱い自分が憎くて、強くなれない自分が憎くて、想いさえ伝えられなかった自分が──嫌いで嫌いでしょうがなかった。




 次回もお楽しみに!

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絵名if「染まれないクリアカラー(後編)」

 記念短編、後編です!
 三日連続執筆は久しぶりだったので……非常に疲れました。
 出来は……まぁ、見てからのお楽しみ、と言うことで。


 ごゆっくりご覧下さい!


 私、東雲絵名は最初、月野海湊という人間が嫌いだった。

 同い年には思えない達観した思考。

 ありえないと叫びたくなるほどの才能。

 そして、それをまとめる人のよさ。

 

 

 完璧人間、とはいかないが、湊は昔からいい奴だ。自分より誰かのことを優先して、その誰かの笑顔に自分の事のように喜んで。

 本当に、大嫌いだった。幼馴染みじゃなかったら、きっと関わりもしなかっただろう。

 けど、嫌いなままじゃいられなかった。

 

 

 優しかったから。バカみたいに、優しかったから。

 喧嘩しても、喧嘩しても、喧嘩しても。離れていかず、ずっと傍で寄り添ってくれたから。いつの間にか惹かれて、恋の沼に落ちていた。

 名前を呼ばれるだけで嬉しい。

 話すだけでも楽しい。

 抱き締められると、自分の体が自分のものじゃないみたいに、温かくなる。

 

 

 絵から逃げようとした時、消えようとした私を、湊は止めなかったっけ。

 自分を地獄に突き落とした奴が、楽になろうとしてるのを、見逃そうとしたよね。

 アンタの、そういう所が本当に──大嫌い(大好き)

 

 

 だから……

 

 

「早く、帰ってきなさいよ」

 

 

 現在時刻24時50分。

 湊がいなくなって、七回目の活動が始まる。

 ニーゴの活動は、終わることを知らない。

 

 ◇

 

『……なん……なん!』

 

『……………………』

 

『えななん! ちょっと聞いてる!?』

 

『……ん、ごめん。ぼーっとしてたかも。……何の話だっけ?』

 

『だから、Meの話だって! Kにニーゴを辞めるって言って、もう一週間も経ったよ? 冗談にしては酷すぎるって』

 

『ほんと、酷い冗談よね』

 

 

 冗談だったら、酷い冗談だ。

 でも、湊の言葉は冗談じゃない。そんなこと、一番私がわかってる。アイツは、大事な事を、大切な事を冗談で言う軽薄な奴じゃない。わかってるのに、冗談であって欲しいと思う自分がいることにイラつく。

 

 

 一体、今まで、湊の何を見てきたんだろう。

 一緒に居て、何をわかってやれてたんだろう。

 苦しんでいたのに、強がっていたのに。何も気付いてあげられなかった。自分のことにばかり目がいって、見つけてあげられなかった。

 

 

『……えななん。新曲のイラスト締切だけど、余裕があるから、今日は休んでも大丈夫だよ』

 

『そっか……ごめん。じゃあ、落ちるね』

 

『おやすみ〜』

 

『おやすみなさい』

 

『おやすみ』

 

 

 みんなからのおやすみを聞いて、返そうかと思ったけど、そんな気力すらなくて。私はすぐに通話から抜けて、ナイトコードを閉じる。

 余裕のある締切……か。

 なんとなく、湊がやりそうな事だとわかった。

 ニーゴの関係性は浅くない。仲間や友人という括りにするのは違う気がするけど、浅くはない。

 

 

 今回のような問題が起きれば、不和が起きるのは確実。湊はそれを見越して、スケジュールを仕上げた。最後の仕事として。

 あまりの手際のよさに、怒りを通り越して呆れてしまう。

 その呆れは、自分に対してのものでもあって、やるせない感覚が残り続ける。

 

 

 手当り次第、全部壊して、胸に空いた穴を塞ぎたいのに。

 満たされない。満たされてくれない。

 甘い物を食べても、SNSに上げた自撮りにいいねが貰えても、乾きがなくならない。飢えのような欲求が一向に、直らない。

 

 

 今まで、そんなことなかったのに。

 

 

「……助けてよ、湊」

 

 

 学校にも行かず。

 連絡しても繋がらず。

 家を訪ねても、声すら聞かせてくれない。

 

 

 拗れて、捻れた関係になったのに。

 私はまだ、湊との夢を諦めきれていない。

 二人で最高の絵描きになろうと、幼い日に誓った夢を、諦めきれていない。

 

 

 だから、強硬策に出ることにした。

 嫌われたくない、好かれていたい。だけど、それ以上に一緒に居たい。

 わがままでも構わない、わがままでいい。私は私の想いを──押し通す。

 

 

「絶対に、描かせてやる」

 

 

 現在時刻25時50分。

 一番会いたくない(父親)に、会いに行くことにした。

 

 ◇

 

 久しぶりに入ったアイツの書斎は、相変わらず汚かった。

 纏まりがなくて、そこかしこにボツになった絵が転がって、壁や床に飛び散った絵の具が──何故か綺麗に見える。

 汚いと思わずにはいられないのに、綺麗に見えてしまう自分もいる。

 本当に、大嫌いだ。

 

 

「……絵名か。こんな時間にどうした」

 

「湊──月野海家の合い鍵、持ってるでしょ? 貸して」

 

「……………………」

 

 

 じっと、私を見すえるアイツの目は、いつもよりどこか優しげで、昔憧れた父親の目をしていた。

 最近、偶にそう言う目で私を見てくる。今更、贖罪をするでもないのに、そうやって私を見てくる。

 それを気持ち悪いと思わなくなったのは、進歩だったのか慣れだったのか。

 

 

 数秒間、私とアイツの視線が交わる。

 

 

「……壁の一番右に掛けてある鍵だ。使い終わったら、戻しておいてくれ」

 

「わかった」

 

「それと、一つだけ言っておきたいことがある」

 

「なに……?」

 

「お前が掴む腕は、今後一生、付き合う腕だ。欲張っていい。私も、そうだった」

 

「……………………ありがと」

 

 

 引っかかって、飲み込みそうになって、出た言葉は一言だけだったけど。それに全部込められた、気がした。

 

 ◇

 

「……なんで、いるんだよ」

 

「おそよう。湊」

 

 

 肥溜めかと言わんばかりに腐り、濁った瞳が向けられた時、一瞬別人かと思った。九時間も待って、一週間ぶりに聞いた声も覇気のない、つまらない声だ。

 中学で見た。夢を置き去りにした頃に戻ったみたい。

 それが、嫌で。嫌で嫌で。無性に腹が立つ。

 

 

 全部投げ出して。

 全部放り捨てて。

 楽になったはずなのに、私より苦しそうな湊の表情は、見るに堪えない。

 

 

「その目、本当に嫌い」

 

「なら、見なきゃいいだろ。さっさと帰れよ。作業、あるだろ」

 

「お生憎様。どっかの誰かさんが気を使ってくれたお陰で、余裕があるの」

 

「…………そうかよ。で、どうやって入った。俺、鍵して寝たぞ」

 

「癪だったけど、アイツに借りた」

 

「親父さんか……たくっ」

 

 

 ため息を吐いて、髪を掻き毟る湊は、それ以上私に目もくれず、ソファに腰を下ろしてテレビをつけた。

 勿論、私がすぐに消し、湊の前に立って向かい合う。

 逃がさない。

 逃がしたくない。

 理由付けなら幾らでもあるが、根本は一つだけ。

 

 

 私のためだ。

 ニーゴのためでも、コイツのためでもない。

 私のためだ。

 わがままに、欲張って、私は私の想いを突き通す。

 

 

「描いて」

 

「……は」

 

「私のために、描いて」

 

「お前、自分が何言ってんのかわかってるのか? 俺にもう一度、あの地獄に戻れってのかよっ!」

 

「わかってるわよ。だから、言ってんの。私のために……私のためだけに描きなさい。まどろっこしいのは抜きにして、私のために、描きなさい」

 

 

 他のことなんて考えるな。

 他のことなんて気にするな。

 私のためだけに描け。

 私を見て、私だけを見て、描いてよ。

 

 

 必要なの。

 一人でもできるけど、湊の衣装がないと、私の絵は完成してくれないの。

 才能なんてなくても、アンタが一緒なら、大丈夫だから。

 どこまでだって走って、足掻いて、登れるから。

 お願いだから、いなくならないでよ。

 

 

「アンタには、私なんて必要ないのかもしれないけど。私には、アンタが必要なの……!!」

 

「絵名……」

 

「だから、お願いだから、私のためだけに描いてよっ」

 

 

 両手を湊の首裏に回し、無理矢理、彼の唇を奪った。初めてのキスは──何味だっただろうか。塩っぱくもなければ、甘くもない。

 これは、ダメ押し。これで通じなかったら、本当に終わりだ。

 あぁ、でも。最後にこうやって触れ合えたんだから、悪くなかったかも。

 

 ◇

 

「あれは、いきなり過ぎるだろ」

 

「必死だったんだから、許しなさいよ」

 

「……怒ってないよ。ありがとう、絵名」

 

 

 勝敗の天秤は、私に傾いた。

 結局、最後に折れたのは湊だった。

 いつも、いつもそう。選択を迫られた湊は、いつも相手の幸せを第一に考える。自分のは二の次。

 今回は、それが上手くいった。

 

 

「湊は……私のこと、好き?」

 

「普通、それ今更聞くか?」

 

「口にして欲しいもんなのよ、女の子は」

 

「……好きだよ。でなきゃ、地獄にもう一度落ちたいなんて、思わない」

 

「ふーん……そっか」

 

「あと、わかったことがある」

 

 

 誇らしげにそう言う湊は、心做しか微笑んでるようにも見えた。

 憂いなく、とはいえないが。

 微笑む彼を見て、私も自然と笑が零れる。

 

 

 けど、続く言葉で、私の笑みはニヤケに変わってしまった。

 

 

「俺、絵名に必要とされて嬉しかったんだ。絵名に必要として欲しかったんだ。こんな簡単なことに、さっき気付いた」

 

「……ふふっ、なによそれ」

 

「笑うなよ……」

 

「笑ってない、ニヤケてんのよ」

 

「余計タチが悪い!」

 

「あー、もう。私、眠いから寝る。時間になったら起こして〜」

 

「ちょ、おまっ!」

 

 

 ソファに座る湊の膝を無断で借り、目を閉じる。

 諦めたのか、彼の声は次第に静かになり、消えた。

 替えのきかない温もりだけが、私の体温と溶け合った。

 

 

 呪いは伝播する。

 私はまた、湊を呪った。

 離れられないように、強く強く、呪った。

 後悔は、しなかった。

 

 

 ハッピーエンドはいらない。

 バットエンドも欲しくない。

 ただ、この微温湯のような時間が、ずっと続いて欲しいと、切に願った。

 

 

 私は、東雲絵名。SNS依存の凡才な絵描き。

 相棒(恋人)は、月野海湊。他者依存の背伸びデザイナー。

 未来のベストパートナーだ。

 




 次回もお楽しみに!

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志歩if「Depends on you」

 お待たせしました、お気に入り200人突破記念短編です!
 記念短編のタイトルは、既存タイトルのオマージュだったりなかったり。
 ※注意 オリ主の都合上、志歩に若干のキャラ崩壊があります。苦手な方はブラウザバックを推奨致します。

 それでもいいと言う方はごゆっくりお楽しみ下さい!


 初恋。

 初めての恋、と書いて初恋。

 それはきっと、人生により豊かな彩りを与えるもの。人生により濃い深みを与えるもの。

 仮令、報われない恋をしたとしても、その答えに間違いなんて存在しない。

 存在するのは、答えの先にある罪だけだ。

 

 

 これは、もしも(IF)のセカイ線のお話。

 湊と雫が付き合うことになって、初めて自分の想いに気付いてしまった、志歩()のお話。

 

 ◇

 

 私には、姉と兄が一人ずついる。

 姉──お姉ちゃんの日野森雫。元アイドル、いや、また始めたから現在進行形でアイドルをやっている、綺麗な人。天然なのか、世の中の悪いことを知らないんじゃないかってくらい、ほわほわしてる。

 兄──幼馴染みで血の繋がりのない兄貴分、月野海湊。お姉ちゃんを支え続けて、私の兄であろうとしてくれたお人好し。偶に度が過ぎてて、過保護かって思うけど、優しい人。

 

 

 お姉ちゃんは湊にいが好きで、湊にいもお姉ちゃんが好きで、二人はずっと両想い──両片想いだった。自分だけを見て欲しいお姉ちゃんと、お姉ちゃんに幸せになって欲しい湊にいは、いつも大事なところで噛み合わなくて、それが少し見ていてもどかしかった。

 最初は、それが二人が自分にとって近しい人だったからだと思ってたけど、最近になって気付いた。二人が苦難を乗り越えて、付き合い始めたことを報告してきたのが切欠で、気付くことができた。

 

 

 好き、だったんだ。私は──日野森志歩は、月野海湊が好きだったんだ。

 寄りかかったら、なにも言わず支えてくれて。

 突き放しても、なにも言わずに見守ってくれて。

 都合のいい時だけぶつかっても、優しく笑ってくれる湊にいが、好きだったんだ。

 

 

 幼馴染みであっても、好きな人の妹でしかないのに。それなのに、本当の妹みたいに接してくれて、お姉ちゃんに向けるのと遜色ない優しさを与えてくれた。

 本当にズルい。

 好きにならないって思ってたのに。好きになっても、後悔するだけだってわかってたのに。気付いたら、どうしようもなく好きだったなんて、無理だよ。

 

 ◇

 

 意識してからは、もうダメだった。

 湊にいの家に、半分同棲みたいな形で住むようになったお姉ちゃんを見て、気持ち悪い妄想が止まらなくて、ベースを弾いて落ち着こうにも、チューニングすらまともにできなくて、手が震える。

 やっと始められた、やっと戻れた一歌や咲希、穂波とのバンド練習にも身が入らない。やればやるほど音が乱れて、心も苦しくなって、グチャグチャになる。

 

 

 心配してくれた穂波に嘘をついた。

 気晴らしに出かけようと言った咲希の誘いを断った。

 好きな音楽を共有しようとしてくれる一歌を遠ざけた。

 また、自分から戻ろうとしてる。一人になった、あの頃に。

 なんのしがらみもなく、ベースだけを弾き続けたあの頃に。

 

 

 変わらないのに、意味なんてありはしないのに。現実を見たくなくて、突き放して、一人に戻ろうとしてる。

 冗談が笑えない。

 妄想もマイナスばかりで、構わないでって駄々こねてる。

 自業自得なのに、胸が痛い。みんながどうだっていい存在じゃないのに、何かをやろうとすると湊にいの顔がチラつく。

 

 

 全部吐き出したい。

 全部ぶちまけたい。

 想ってることを、全部全部全部出せば、楽になれるのかな。

 

 

「行か、なきゃ」

 

 

 閉じこもってるだけなら、あとから幾らでもできる。

 砕けてもいい。

 粉々になっても、構うもんか。

 なにもしないで、なにもやらないで後悔するくらいなら、全部やってから泣きたい。泣いて泣いて泣いて、スッキリすればきっと、なくなってくれる。

 

 

 プロになるために、この想いは、重荷だから。

 

 ◇

 

 久しぶりに入った湊にいの部屋は、微かにお姉ちゃんの匂いがした。

 一緒に過ごしていたからわかる、家族の匂いがした。それが、湊にいの部屋からしたことが……悲しくて、お茶を持ってくると言った湊にいを待つのが苦しい。

 混ざる匂いが気持ち悪くて、辛くて、意識を外すように家具に目を移す。……が、それは逆効果だった。

 

 

 視界内に映る多くの物が、湊にいの私物でありながら、お姉ちゃんのために買ったものだと、わかったから。

 ボイストレーニング用やダンストレーニング用の参考書に、アイドルのインタビュー記事が多く載せられた雑誌、流行を取り入れるための女性ファッション誌。

 きっと、全部がお姉ちゃんのためのもの。

 当たり前だ。湊にいが好きなのは、お姉ちゃんで、私ではない。

 あの瞳に、私は映っていても、私だけが映ることは決してない。

 

 

 優しい人だから、浮気なんてしないし。

 誰かを傷つけることだって、絶対にしない。

 

 

 だから、今から私がやるのは自己満足な嫌がらせだ。

 

 

「……お待たせ。お茶、持ってきたぞ」

 

「ありがと」

 

「大切な話だって言ってたから、雫には下に居てもらってる。そこまで大声で喋らなければ、内容はバレないよ」

 

「ほんと、優しいよね、湊にいは」

 

「これくらい、普通だろ。……それで? 話ってなんだ?」

 

「…………私、好きな人ができたの」

 

「……そうか。しぃも、年頃の女の子だもんな、そりゃ、好きな人の一人できてもおかしくないか」

 

「おかしいよ」

 

「え?」

 

 

 私の一言に、湊にいは酷く驚いた顔をして、こっちを見つめてくる。

 もう、止まる理由はない。止まっても意味がない。

 驚いて固まる湊にいとの距離を詰めて、胸に頭を預け、全てを告白する。私の想い、その全てをぶつける。

 

 

「その人はね、ずっと前から好きな人がいて。好きな人の隣に立つために頑張ってたんだ。優しくてお節介なお人好し。私は、ずっと見てるだけ。他人事だって、二人の関係に深く関わろうともしなかった。でもね、その人が好きな人と結ばれて、ようやく気付けた。私も、好きだったんだって。それからずっと、ずっと、苦しくて、気持ち悪くて、悲しくて、グチャグチャになりそうなの! 湊にい……私、どうすればいいかな?」

 

 

 言わないようにしていた言葉は、思ったよりも簡単に出てくる。遠回しだけど直球で、私は全部をさらけ出して、委ねた。

 目頭が熱くなって、涙が自然と溢れる。

 抱きしめて欲しい。一度でいいから、二度は願わないから、今だけは私を見て何も言わず抱きしめて欲しい。

 自己満足な私を嫌ってもいいから、終わったら忘れていいから、湊にいの腕の中で泣きたい。

 

 

「ごめん。俺は、それに答えられない。──ううん、答えちゃいけない」

 

「……わかってるよ」

 

「だから、泣きたい時は泣いていいよ。全部ぶつけていい。お前の心が楽になるまで、付き合うから」

 

 

 あぁ、もう、ズルい。

 そんなこと言われたら、私は抜け出せない。

 ずっと苦しいだけなのに、ずっと辛いだけなのに。

 甘い夢を見ていたいと、思ってしまう。

 

 

 ごめん、お姉ちゃん。

 許されたいなんて思わない、だから、湊にいを独り占めするのはもう少しだけ待って。私が、壊れて居なくなるまで。




 次回もお楽しみに!

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志歩if「Drown in you」

 苦し紛れの投稿を、お許し下さい。前回ifの続きになります。
 本編は来週必ず上げます!

 クオリティには目を瞑って……


 あの日から、私と湊にいの関係は変わってしまった。

 苦しい、と言ったら抱きしめてくれるようになった。

 辛い、と言ったら頭を撫でてくれるようになった。

 悲しい、と言ったら胸を貸してくれるようになった。

 

 

 変えてしまった。私が、変えてしまった。

 怖い、怖い、怖い。お姉ちゃんに知られていたら、と思うと私は怖い。ずっとずっと、私が避けてきたことを許してくれたお姉ちゃんが、許してくれないかもしれない。許されなくてもいいと思ったけど、それでも怖い。

 

 

 誰にも言えない歪な関係が、痛い。望んだはずなのに、抜け出したくないとわがままを言ったのに、痛い。

 全部全部自己満足で、私の勝手な独占欲のせいなのに。

 見えない。なにも、見えない。プロになる未来も、この関係のまま幸せになれる未来も。

 

 

 恋が、この想いが、吐き出して終わりじゃないなんて、聞いてないよ……。

 

 ◇

 

「志歩……そろそろ……」

 

「わかってる……ごめん」

 

「いや、いいよ。断らなかった、俺の所為なんだから」

 

 

 何度目か数えるのすら忘れたごめんが、口から出て、聞きなれた否定が耳に入る。本当に、湊にいは優し過ぎる。怒ってくれていいのに、叱ってくれていいのに、なにも言ってくれない。

 私を助けるために、なにも言わない。

 私を壊さないために、なにも言わない。

 優しい、優しいけど、刺されたみたいに心が痛い。

 段々、抱きしめられるだけじゃ満足できなってくる自分が、嫌で嫌でしょうがないんだ。

 

 

「下に行くけど……志歩は、どうする?」

 

「帰る」

 

「そっか。……ちゃんと、飯食えよ」

 

「…………うん」

 

 

 変わったのは私への態度だけじゃない。

 呼び方も、変わった。きっと、湊にいの中で、私はもう妹じゃない。だってそうだ、妹は兄を好きになったりしない。私たちの生きる世界はフィクションじゃないんだから。……お姉ちゃんも多分、こういう変化が怖かったのかな。

 

 

 そうやって、意味のない想像を膨らませて、私は湊にいの部屋から出て、階段を下りる。リビングに居るお姉ちゃんには、会わない。会いたくない。合わせる顔もない──なのに、嫌われたくないと思ってしまう。

 恥ずかしくて嫌だったお姉ちゃんからのハグが、恋しい。

 

 

 掛け違えたボタンがズレるように、私と二人の関係が拗れていく。

 

 

「……じゃあ、また明日」

 

「あぁ、また明日」

 

 

 泡沫の夢を見せるぬるま湯は、まだ冷めてくれない。

 また明日が、終わってくれない。

 私は最低だ。こんな時間に幸せを感じる私なんて、最低だ。好きになんて、ならなければ(なれて)よかった。

 

 ◇

 

 なんとなくもうすぐかな。なんて考えていた、終わりの時は。お姉ちゃんからのメッセージで知らされた。

 

 

『大切なお話があります』

 

 

 いつもなら、もっと絵文字とか、長文で送ってくるお姉ちゃんから送られてきたシンプルで短い文章。察しは簡単についた。ようやく、終わるんだって。

 少しだけ、開放された気分になれた。

 楽になれる。もう、捨てられる悪夢で魘されることはない。

 何故なら、今日それが現実になるんだから。夢での出来事に苦しめられるなんて、起きっこない。

 

 

 あぁ、でも、嫌だな。

 嫌われるのは、嫌だ。

 

 

「……入るね、お姉ちゃん」

 

「えぇ、どうぞ」

 

 

 優しい声が、震えて聞こえたのは、気の所為だ。

 怒ってるから震えてるんだ。

 自分を殺せ。最低な妹を演じろ。幸せになれるかもなんて夢を見るな。罰を、大人しく受けろ。それが、ケジメだ。

 

 

 そう言い聞かせて、私はお姉ちゃんの部屋に入った。中に居たのは、勿論お姉ちゃんと、湊にい。

 

 

「……なんで呼んだか、しぃちゃんはわかってる?」

 

「わかってるよ。私がお姉ちゃんの湊にいを奪おうとしたからでしょ? 最初からハッキリ言ってよ、勘違いするからさ」

 

「そう……なら、いいわ」

 

 

 いい? 

 なにがいいの? 

 私がやったことを許すの? 

 意味がわからない。意味を理解できない。

 許す理由なんてないのに、なんで──

 

 

「……ぇ」

 

「ごめんね、しぃちゃん。……ずっと、苦しかったわよね。本当に、ごめんね」

 

 

 お姉ちゃんが、私を抱きしめて、謝ってる。

 なんで? 

 なんで、謝ってるの? 

 違う、違うでしょ。私が謝るべきでしょ。

 どうして……なんで……お姉ちゃんが、謝ってるの? 

 

 

 縁を切られて当然のことをした。手を上げられて当然のことをした。実の姉妹だからこそ、許されないことをしたのに。抱きしめられてるのは、なんで? 

 

 

「おねえ……ちゃん?」

 

「ごめんね。私、しぃちゃんの気持ち、全然わからなかった。ずっと苦しかったんだよね? みぃちゃんから聞いたわ」

 

「で、でも……お姉ちゃんが謝る必要なんて……!」

 

「妹を幸せにするのは、姉である私の役目でもあるわ!」

 

 

 もう……なんでかな。

 なんで、そんなに優しくしてくれるのかな。

 わからなくなっちゃうよ。泣いて全部なかったことにしたくなっちゃうよ。

 怒られて、殴られて、縁だって切られていいと思ってたのに。全部なかったことにして、全部見ないふりをして、幸せになりたくなっちゃう。

 

 

 ダメなのに。いけないのに。

 涙が、溢れてくる。

 ポタポタと、流れて落ちていく。

 

 

「ごめん……ごめんなさい……!」

 

 

 苦しいよ、辛いよ、痛いよ。

 けど、嬉しい。温かくて、ぬるま湯より心地いい。

 罰がなくても、罪だけでも背負って、歩こう

 

 

 恋に気付けて、本当によかった。




 次回もお楽しみに!

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明日もきっとまた、月を見上げられたら

 遅れまして申し訳ないです、しぃです。
 アンケートで取ってた記念短編をようやく投稿出来ました、はい。
 いや、まぁアンケートの結果と内容を考慮して温泉回になりましたが、お許しください。

 明後日の投稿も問題なくするつもりですので心配なく、楽しんでいただければ嬉しいです。
 それでは、本編をどうぞ!

 p.s.
 ビルゲンワース学徒さん、並びにT-AIさん☆9評価ありがとうございます!


 紅葉も落ち、枯れ木が目立ち始めた冬の週末。

 湊を含めた『MORE MORE JUMP!』の面々は、彼が昔からお世話になっている温泉旅館に一泊二日の合宿にやってきていた。

 時代を感じさせる古めかしい作りと、それを古臭いだけで片付けさせない趣のある旅館。元アイドルの三人もみのりも、今まで来たことのない雰囲気の建物に圧倒されていると、その内に話を済ませて来たのか、受付から湊が戻ってきた。

 

 

「取り敢えずチェックインは済んだから、さっさと荷物置いてレッスンに入るぞ」

 

「……ねぇ、湊? 昔お世話になった温泉旅館とは聞いてたけど、ここってどういう所なの?」

 

「あぁ、父さんたちが缶詰するのに使ってたんだよ。近くにハイキング用の山と、市営の体育館で気分転換もできるし。都会と言うよりは田舎寄りだから、コンビニはあれど、娯楽施設はないんで丁度いいんだよ」

 

「へぇ……そうなんですね。じゃあ、今でも使ってるんですか?」

 

「さぁ? 最近はアトリエに篭もりっぱなしだし。息抜き程度には来てるんじゃない?」

 

 

 どこか流すように遥の質問に答えると、湊は愛莉に部屋の鍵を渡して、スタスタと先に廊下を歩いていく。この旅館では用がない限り、仲居さんが部屋につくことはない。そもそも、泊まる人たちが泊まる人たちで、集中する空間を求めてここにやってくるからだ。

 探そうと思えば、そこらの部屋には締切に追われる人気小説家や漫画家、果ては作曲家なんてのもいたりする。

 

 

 食事も、湊たち客側が時間を指定して届けてもらうシステムのため、時間や人の気配を一々気にする必要がない。だからこそ、この宿「三葉(みつば)」は穴場の温泉旅館となっている。

 会員でなければ予約が取れず、そもそも会員になる情報もどこに置かれているかもわからない秘境の地と言っても過言ではないのだ。

 

 

「一応、俺の部屋はお前たちの反対側にあるこっちだから、なんかあったら言ってくれ。予定としては、着替えて十分後にロビーに集合。午前中は山を使った体力トレーニング。午後は予約してた体育館でダンスと歌のレッスン……ってな感じだ」

 

「はいはい、湊くん!」

 

「どうした、みのり?」

 

「午後のレッスンが終わったら自由時間ってことなんでしょうか!」

 

「……一応な。ハメを外しすぎないように注意してくれれば、何しても文句は言わないよ。明日は観光して帰る予定だし、程々にな」

 

「やったぁ!」

 

「ふふっ。良かったわね、みのりちゃん」

 

 

 嬉しそうに笑うみのりと微笑む雫を、湊は少しの間優しく見守り、そっと背中を向けた。今日と明日の合宿のために綿密なスケジュールを立て、全員の両親にも話をつけてきた彼としては、怪我や事件は許されない。

 合宿の目的も半分は、アイドルになることを選んだ彼女たちに、少しでも青春の時間を提供するためなのだ。

 

 

「しっかりやらないと」

 

 

 四人が泊まる広い部屋とは違い、こじんまりとした和室の部屋。少し寂しさのある部屋に、湊の覚悟が漏れた。

 

 ◇

 

 終わった。

 懸念していた怪我や事件が起きることなく、一日目の練習は無事に終わった。それはもうあっさりと、呆気なく終わった。

 一名、体力不足でヒーコラ言っているみのりが居たが、問題が起きることはなく平和に時間が過ぎて、工程を終えたのだ。

 

 

「20時にお前たちの部屋で飯だから、それまでは自由にしてていいぞ。お土産コーナーでお土産を選んでもいいし、体を動かし足りないなら卓球台もあるからな。温泉は部屋に付いてる小さいやつと、大浴場があるから好きな方で。のぼせないように、ゆっくり体を休めてくれ。以上」

 

『はーい!』

 

 

 アイドルと言っても、普通の少女の一面を併せ持つ彼女たちは、学生らしくこの後どうするかの楽しそうに話しながら部屋に消えていく。湊も汗をかいた体をさっさと流すため、タオルと下着を持って大浴場に向かった。

 途中出会う人たちの大半は目が死んでいたり、顔色が白かったりと、死人一歩手前の状態ばかりで、会釈すらせず通り過ぎていく。

 

 

 関わり過ぎない距離感が彼としては心地好く、軽くなった足取りで、歩き続ける。

 脱衣所自体もシンプルな作りで、丸太をそのまま加工したような椅子と、所々にひびがありながらも、それを味として昇華させるテーブル。壁際には、ロッカーとそこに置かれた浴衣の入った籠。奥にはオマケ代わりの自販機が設置されており、懐かしい瓶の牛乳が並んでいる。

 

 

(あがったら飲むのも、悪くないな)

 

 

 明日の観光のことを考えつつも、リラックスモードに移行した湊の脳は風呂上がりの一杯をぼーっと浮かべて、服を脱ぎ大浴場の戸を開いた。

 彼の視界に広がったのは、岩で囲まれた湯気の出る温泉と、澄んだ星空にまん丸の月。この旅館の売りである露天風呂は景色は勿論、肩こりや美肌効果もあるらしい。

 

 

 運がいいのか、一人も客が居ない時間に入ることのできた湊は、ゆっくりと湯に浸かれるよう、素早く丁寧に汗を流し、体と髪を洗う。

 木の板の仕切りで隔たれた向こう側──女湯から、聞きなれた声がしてきたことを鑑みるに、雫も先に温泉に来たらしい。

 騒がしくない、凛とした透き通る声はよく響き、彼のいる男湯にも届く。

 

 

(……他に声もしないし、一人で来たのか)

 

 

 一人をあまり好まない彼女が、露天風呂というみんなで楽しめる空間に一人で来るなんて珍しい。呑気にそんなことを思いながらも、湊はそそくさと泡を流し、独り湯に浸かる。

 ハードだった一日の疲れも、温かい湯が解して溶かしていく。

 空っぽにした脳の赴くままに、大きく息をして、ゆったりと体を癒す。

 

 

 輝く星と、月明かりを見上げて、湊は笑みを零す。

 きっと、隣の湯でも彼女が──雫が同じ景色を見上げてるのではないかと思うと、無性に嬉しくなって胸がポカポカして、自然と笑みが零れてしまう。

 

 

「月が綺麗ですね」

 

「えぇ……死んでもいいわ」

 

 

 なんとなく漏れた一言も、届いたから返ってきた言葉も、温かさで満ちていて。温泉だから温かいんじゃないと言われているようで、湊はのぼせるまで浸かり続けた。

 

 ◇

 

 自分で言っておいて堂々とのぼせて、その後に回収された湊を、雫は彼の個室で涼ませていた。膝枕をしながら、センスを仰ぐ姿は絵になるが、湊からしたら申し訳なさでいっぱいいっぱいなので、冗談を言う余裕もない。

 しかし、何度彼が謝ろうと、雫は受け取ろうとせず、優しく大丈夫と言い続けた。

 

 

 死んでもいいわ。その言葉に諸説はあるが、雫からしたら本心そのものである。想い合って、もし結ばれたなら、死んだっていいと彼女は言ってのける。

 歪んだ感情ではない。

 ひねくれた想いでもない。

 純粋に、一途に、雫は湊を愛している。彼に恋をしている。

 

 

 今、この瞬間。

 二人だけでいられる、それだけでも幸せを感じている。

 本当に何気ない日常に、雫は幸せを見いだしている。

 

 

「体の方はまだ熱い?」

 

「まだな。でも、楽になってきたよ。ありがと」

 

「どういたしまして」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 見つめ合う二人。

 互いから漏れる、普段とは違う同じ香り。シャンプーの香り。湊はそっと腕を上げて、手の平で雫の頬を撫でた。柔らかくて、スベスベで、お風呂上がりだからかほんのり温かい。

 伝わる体温一つとっても愛おしくて、胸が苦しい。

 

 

 冷めない想いは何年続くのか。

 終わらない恋なんてあるのか。

 偶にそんなことを湊は考える。現状が奇跡的で、今の関係が最高で、終わって欲しくないと思う。未来も今も大切で、どっちかなんてもう、選べなくなってしまった。

 

 

 これ以上があるのを知っていて、進め方もわかっていて、それでも行けない。

 タブーを破ることになる。既に破っているのに、それでも縋り続けているのは、彼女のアイドルとしての道を閉ざしたくないから。

 なんていう、湊のわがままだ。

 

 

「眩しいままでいて欲しいなんて、ズルいよな」

 

「あら? 私はみぃちゃんとなら、堕ちても構わないわよ?」

 

「……冗談でも、言わないでくれ」

 

「冗談なんかじゃないわ──半分は」

 

 

 仲間がいる。

 だからこそ、まだ堕ちるなんてできない。

 このぬるま湯に浸かり続けることしかできない。

 けれど、それすらもいつか消える灯火だ。

 だから、二人は継ぎ足すように唇を重ねる。ぬるま湯に水を足し続ける。未だ熱い恋が冷めるまで。




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変わりゆく時の中、ただただ日常を愛した

 4万UA記念短編です。
 アンケートがなかったのは……まぁ……忘れてたからですね。いや、ほんと、まさか、そんなポンポコ1万UA増えると思ってなかったんですよ……
 すみません。

 今回は四コマなしの、ただの日常回です。
 そして、多分最初で最後の普通のデート回……かも?

 それでは、本編をお楽しみに!


 時計の針が十二時を回り、月明かりが淡く夜を照らす頃、湊は眠気を堪えながらパソコンに向かい、来週のレッスンメニューやスケジュールを組んでいた。ようやく配信も軌道に乗り、再生回数も安定して伸びている。そんな時期に手を抜くわけにはいかない。

 配信で使う継続企画の準備や新しい企画の立案、その他諸々の仕事を湊は任されている。他のメンバーに手伝ってもらうのは、精々企画の立案や台本にカンペの作成程度のもの。

 

 

 それだって、湊が通しで書いたものを経験の長い遥や愛莉が修正し、みのりや雫がアイデアを足す、なんてところ。デザインの勉強をするのはそのあとになるため、酷い時の彼の睡眠時間は四時間を切る。

 雫のサポートをしていた時から荒れた生活をしていた湊だが、最近は人数ややることが増えた分、更に荒くなっていた。

 

 

 勿論、そんな彼の状態に隣を歩く雫が気付かないわけもなく、そっと支えるのが日常の一部になっていた。

 

 

「みぃちゃん。はい、ココア」

 

「……俺、コーヒーって言ったんだけど」

 

「だーめ。最近働き詰めなんだから、偶にはゆっくり休まないと」

 

「それは、わかってるけど……」

 

 

 後ろから優しく抱きしめて、横で微笑む彼女に、湊も反論を言い淀む。言わせないやり方を、反論の余地を与えない動きを雫は知っている。しかし、何故彼女がそこまでやるかと言われたら、純粋に体調を心配してるだけではない。

 足りない。

 圧倒的に足りてないのだ。

 触れ合う時間が。

 

 

 気を使って、集中を邪魔しないように雫が動けば、仕事をしている湊との触れ合う時間は自然と減る。自分たちのためにがんばってくれてるのはわかる。それだけ本気だということも知っている。けれど、雫だって歳頃の少女だ。好きな人と触れ合いたい、一緒に居たいと思うのはなんら不自然ではない。むしろ、至って正常だ。

 

 

 だからこそ、彼女はこうやって湊の退路を断つ。そして、わがままを囁く。

 

 

「ねぇねぇみぃちゃん? 明日──あぁ、もう今日になっちゃったけど。お休みなんだし、偶にはお仕事を忘れてお出かけしない?」

 

「いや、行きたいのは山々だけど。変装とか下調べとか、色々面倒だろ? なら、普通に家でゆっくりした方が……」

 

「ふふっ、安心して♪ 遥ちゃんに穴場の水族館を教えて貰ったの! そこなら、人もあんまり多くないし、変装も軽くで済みそうだって!」

 

 

 目をキラキラと輝かせながら、雫は久しぶりのデートに湊を誘う。いつもと同じく、この時点で、彼の中からは断る選択肢が消えて、呆れ混じりの笑みが零れる。

 本当にズルいなぁ、と湊は一人心の中で愚痴り、作業を保存しパソコンの電源を落として、昨日からの預かり物を雫に渡した。紙袋に入れられたそれは、彼の母親である友香が趣味で作った新しい服。上から下までを合わせれば、諭吉が揃って財布から飛んでいく一着だ。

 

 

「あー……母さんから、また試着して欲しいって言われてたやつ。良かったら、出かける時にでも着てみて、感想を聞かせてってさ」

 

「まぁ、おば様からなんて嬉しいわ!」

 

「もしいいなら、デートの時に見せてくれ。雫が着たらどうなるのか、俺も見てみたいから」

 

「……みぃちゃんは中身、見たの?」

 

「ううん、見てないよ。でも、母さんのことだから、色んなことを見透かして、軽い変装をしても違和感がないやつだと思う。明日は冷えるし、マフラーとかメガネとか、帽子なんかで隠せばバレにくいだろ。そこら辺は任せるよ。なんかあったら言ってくれ、手伝うから」

 

「えぇ、ありがとう、みぃちゃん」

 

 

 紙袋を抱きしめて微笑む雫を見て、湊は少しだけ、ほんの少しだけ自分の母に妬いてしまった。

 

 ◇

 

 案の定と言うべきか、何もしてなくてもオーラを溢れさせる雫を連れ出すのは困難を極めた。バイクでの移動は髪のセットを崩すためNG。電車やバスなどの公共交通機関も自分がいるためNG。

 最終的にタクシーを呼んで無理矢理解決したが、先が思いやられる開始になった……が、館内に入ってしまえばその不安は薄れた。

 

 

 水槽にいる魚たちを美しく魅せるための薄暗い明かりや落ち着いた雰囲気。これで、客も多くないんだから、遥がおすすめする理由も頷ける。

 もっとも、そんな場所に来ても、湊が見つめるのは雫なのだが。

 

 

(……ほんと、綺麗だな)

 

 

 お節介にも、友香から送られた新作は、今の湊では到底作れない代物。雫の容姿を活かしつつ、防寒具と合わせても色褪せない存在感。どんな服でも、雫ほどの人間が着れば、服に着られている感覚なんて微塵もなく、逆に服を喰ってしまうのだが、今着ているこれは違う。

 服と、それを着る人間の完全な調和。

 お互いが主張しあって喧嘩してもいいのに、それが起きない絶妙なラインを突いた傑作。

 

 

 こんな服を作りたいという気持ちと、自分の方がもっといい物を作れるはずなのにという気持ちが同時に湧いて、それを雫の横顔の美しさが溶かしていく。

 珍しい魚や、不思議な海の生き物に驚き、コロコロと表情を変えて楽しむ彼女を見て、湊の中の対抗心や嫉妬心は消えて、温かい感情が心に満ちていく。

 

 

 どこにでもいる普通の恋人のように人前で手を繋いで、少し腕を組んで、本当の意味で立場を忘れて楽しんだ。併設されたレストランで食事をして、ペンギンと触れ合って、イルカのショーを見て、幸せなひと時を過ごした。

 

 

「……そろそろいい時間だな」

 

「クラゲさん、かわいかったわ〜♪」

 

「だな。生で見ると、遥がペンギン好きになる理由もわかるかも。楽しかったよ、今日は」

 

「じゃあ、あとは夜ご飯でも食べて──っ!」

 

「雫!?」

 

 

 一瞬の不調を湊は見逃さず、すぐに隣にいた彼女の体を支える。右足を庇うような歩き方から察するに、捻ったか靴擦れでも起こしてしまったのだろう。兎も角、これ以上刺激を与えないよう、ゆっくりと歩いて彼は近くのベンチに雫を座らせた。

 新しい靴なのはわかっていたが、長時間履くのには雫の足に適していなかったらしく、靴擦れ防止のテープでも抑えられず、肌色のストッキングにも薄く赤い血が滲んでいる。

 

 

 雫が、心配しないよう気遣って痛みに耐えてたのかもしれないと思うと、湊は気付けなかった自分に怒りを覚える。でも、それ以上にそこまでしてくれる彼女のことが愛おしくて、額にそっと唇を当てた。

 

 

「み、みぃちゃん!?」

 

「ほら、帰るぞ。タクシー呼べるとこまでおぶってくから」

 

「……ごめんなさい。折角、最後まで楽しめるはずだったのに」

 

「いいよ。気遣って貰えただけでも嬉しかった。それに──」

 

「それに……?」

 

「色んな雫の表情が見れてよかった。また、明日からがんばれる」

 

「バカ」

 

 

 小さくそう言った彼女の言葉を、湊は聞こえないふりでやり過ごし、水族館を去っていく。夜空に煌めく星と、浮かぶ月を二人眺めながら、ポツポツと他愛ない話をして普段と変わらない時間に戻っていく。

 偶のデートも悪くないが、湊と雫にとって一番落ち着ける時間は、本当になんでもない時を二人で共に過ごすこと。

 

 

 温かい背中の上で、雫は改めてそれを認識して。彼女をおぶる湊も、その重さと温かさに、改めて自覚する。

 色々な感情をぶつけ合って尚傍にいられるのは、一重に相手を想っているから。

 抱えきれない重荷も、遥か先にある夢も、一人ではなく二人なら、きっと届く。

 

 

「夜はうどんにするか。付け合せのお新香とかおかずとか、まだあっただろ」

 

「鍋焼きうどんにしましょう! 二人で突きながら食べるの♪」

 

「はいはい、わかりましたよ、お姫様」

 

 

 時が過ぎて移ろい、変わっていくものの中で、二人は激動のない波穏やかな日常を愛していた。寄り添い、励まし合い、支え合い、愛し合う。そんな、どこにでもあって、自分たちにしか作れない平々凡々な日常を、愛していた。




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奏if「宵に浮かぶ月、揺らめく光で照らして」

 本編を進める余裕がないので生まれたお茶濁し……もとい、衝動的な感情によって生まれた奏ifになります。
 呪術を見てる人ならわかりますが、これは純愛です。
 これは純愛です!


 それ以上でもそれ以下でもありません!!!

 p.s.
 四コマは今回もお休みです。


 救えないとわかっていても、好きだった。

 報われないとわかっていても、好きだった。

 隣にいて、彼女のささやかな幸せを守りたい。ただ、本当にそれだけだったんだ。壊れてしまった、もう戻らない心の穴を少しでも埋めたくて、寄り添い、抱き締めた。

 

 

 恋か愛か、はたまた呪いか。

 自分よりも他者を優先する彼女──宵崎(よいさき)(かなで)に、俺は自分を愛して欲しかった。労わって欲しかった。

 これは終わりの見えない救済の物語。救いを与え続ける彼女に、ありふれた幸せという救いを与えたかった、冴えないピエロの物語。

 

 ◇

 

 朝、一番最初に起きてやることは、いつも決まって奏の様子を見に行くことだった。起きてるのなら、一度眠らせて。デスクで寝落ちしてるなら、ベッドに運んで布団をかける。

 世話をし始めて最初の頃は、床で倒れてる奏を見て慌てたものだが、今ではそうでもない。泥のように疲れて眠ってる彼女を、少し呆れつつも抱えて、ベッドに寝かせる。

 

 

 慣れた日常の一部だ。

 

 

「……珍しいな、ちゃんと布団かけて寝てる」

 

 

 作業が思った他進んだのか。

 体調的な限界が来たのかはわからないが、しっかり寝てるのはいい事だ。叶うなら、普段からそうして欲しい。

 そうやって、一人心の中で愚痴りながら、奏の顔色を確認する。夜型人間の彼女は、カーテンを閉め切って諸々の作業をするため、時計を確認しなかったら体にガタがくるまで延々と行動を続ける。

 

 

 だからこそ、顔色を見て体調を確認するのは大事だ。出来るだけ、その時、その体にあった栄養素を選んで摂取させないと、奏の願い(呪い)を邪魔することになる。

 正直な話、邪魔することも優しさや愛というのだろうが、俺はしたくない。

 彼女が呪いを背負ったままでも、自分の幸せを受け入れられるようにする。それが、俺にとっての最善。

 

 

 なんて、いつからか考えるようになった。

 不確定な未来に願いを託すように。彼女から打たれた呪いを思い出す。

 

 

『湊は、いなく、ならないよね?』

 

 

 父を半ば殺した罪悪感と喪失感。最期に彼女自身に授けられた呪い。悲しいことにそれは、天才という器に乗せても、当時中学生の奏には余りに大き過ぎるものだった。

 母を早くに亡くし、父は病院でほぼ寝たきりの状態。残ったのは、幼い頃からの付き合いの俺たち月野海の家族だけ。それだって、まともに顔を合わせていたのは俺くらい。

 

 

 一人。傍に居るのはたった一人の幼馴染み。感情をぶつけられる役目も、依存先になる役目も、俺が引き受けるしかなかった。彼女のことだから、もし俺が引き受けなくても生きてはいけただろうが、どこかで倒れていた可能性は否定できない。

 

 

「神様も酷いことするよ、ほんとに」

 

 

 眠る彼女の髪を撫でて、ポツリと呟く。

 音楽の神様に愛された奏は、運命の神様に嫌われた。留まることを知らない音楽の才能を貰った代わりに、大切な家族はバラバラになり引き裂かれた。

 二度と会えない母親。元に戻るかわからない、謝ることすら許されない父親。

 

 

 救ってやりたいと、何度も思った。でも、俺にできるのは、さっきの幸せを受け入れさせるまでが精一杯。抱き締めて、感情を吐き出させて、少しでもいいから楽にしてやって、擬似的な家族の温かさを作り出す。

 偽物、紛い物、劣化コピー。きっと、一割でも心の穴を埋められたら万々歳。

 偶に奏が、感慨深く口にするありがとうが、俺にとっての救いだった。

 

 ◇

 

 目が覚めてすぐ、わたしはいつも近くにいるであろう湊を探す。何度も夢に見た光景がフラッシュバックして、怖くなるから。遠く遠く去っていく彼を見送る夢が、怖くてしょうがないから。

 もっとも、人並みの幸せを願う権利はわたしにない。そんなの自分が一番わかってる。けど、残された温もりを失いたくないとわがままを言うくらいは、許して欲しい。

 

 

 彼がわたしに見せる顔は月明かりのような温かな笑顔で、それが昔から好きだった。母さんや父さんもよく見せてくれた笑顔。穏やかな微笑み。

 気を使ってくれてるんだろうなって、なんとなくわかって。それが嬉しくて、苦しくて、息が詰まりそうになる。湊はわたしが呪ってしまった。たった一言が、彼をこの家に、わたしの隣に縛り続けている。

 

 

 歪んだ感情を向け合う、拗れたこの関係が終わる日はくるのだろうか。

 いいや、こないといいな。

 

 

「おはよう、湊」

 

「ん、おはよう奏。パンもそろそろ焼けるから、待っててくれ」

 

 

 テーブルに置かれた皿には、レタスのサラダとカリカリに焼かれた薄切りのベーコンが二枚、スクランブルエッグが載せられていた。その横ある、小さな丸い器には一口大に切られたバナナとヨーグルトが入れられている。

 ニーゴでよく行くファミレスのモーニングセットに似ていて、少し頬が緩む。

 みんなと過ごす時間は少し棘があって、無傷ではいられないけど、それでも湊と一緒にいる時間と同じ感じがして好きだ。

 

 

「今日は病院に行く日だったよな。着替えとか替えの花とか用意して、玄関に置いてあるから」

 

「ありがとう。湊も夕方からは学校だよね?」

 

「あぁ。帰りにスーパー寄って夕食の材料買ってくる。なんかリクエストあるか?」

 

「最近は冷え込んでるから……シチュー、とか?」

 

「わかった」

 

 

 何気ない会話。

 日常に溶け込んだそれは、昔と今が混在していて、両親と湊の姿をごちゃ混ぜにしていく。繋がらない過去と現在の間に彼は居て、わたしが消えないように守ってくれている。

 

 

 もし、わたしが消えたいと言ったら、湊はどんな顔をするんだろう。

 悲しそうにするのか、寂しそうにするのか、怒るのか。考えても考えても、明るい表情なんてのは出てこなくて。わたしがどれだけ湊に重い(呪い)を求めてるかわかる。

 

 

 遠い遠い未来。救いが終わる日が訪れたら、言葉でも音でもいいから、しっかりと想いを伝えたい。きっとそんな日は、やってこないのかもしれないけど。

 

 ◇

 

 学校帰り、電気の灯らない彼女の家に着いて一番最初に感じたのは、どうしてもっと早く帰らなかったんだろうという後悔だった。

 病院に行って、父親に会ったのがトリガーになったのか、玄関先で踞る奏は過呼吸気味になりながら必死に謝っていた。一体、どれほどの時間はそうしていたのか。顔は涙でクシャクシャになっていて、謝る度にか細い声が耳に届く。

 

 

 荷物をその場に置いて、急いで彼女を抱き締めた。

 

 

「大丈夫、大丈夫。ここにいるよ。もう、謝らないでいいよ」

 

「み、なと……ごめ、ごめん、なさい。わたし、わ、たし……」

 

「俺は許すよ。だからもうそれ以上、自分を責めないでくれ」

 

 

 何度繰り返したかわからないやり取り。

 こんなの、意味のない許しを与える作業でしかない。でも、それでもやらないよりかは幾分かマシで。薄っぺらい言葉を吐き続ける。

 永遠に朝のこない部屋で、俺は彼女を支え続けた。

 

 

 あの日に止まった時間は、まだ俺たち間から抜けてくれない。

 

 




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君のために愛を編むよ

 雫!!!!!!!! 誕生日おめでとう!!!!!!!!

 これからもよろしく!!!!!!!!!


 ……てなわけで、去年は物理的にできなかった雫の誕生日回です。
 一人称です。いつもとよろしく、ノリと勢いのお話です。頭を空っぽにして楽しんでください!

 伏線なんてもんはねぇよ!!!
 


 みぃちゃんの違和感に気付いのは、年の瀬も迫る十二月に入ってからだった。私のことを避けるように、一人で部屋に籠って作業をするし、ご飯に呼びに行ったら何かを隠すように慌ててドタドタと物音を立てる。

 浮気なんて微塵も疑ってない。

 彼の優先順位の一位に私がいることは、わかりきっている。

 

 

 それでも気になるし、不安になるのが乙女の恋心という厄介なもの。まるで物語の中のヒロインのように、私はみぃちゃんの一言に感情を揺さぶられ、表情をコロコロと変えていく。

 手を繋いで伝わる温度が、肩を触れ合わせて感じる重さが、唇を重ねてわかる味が、思考を溶かす。

 

 

 恋は麻薬。ある小説に書いてあったのは本当で。くっついて、離れてを繰り返す度に愛おしくなり、苦しくなる。

 唯一絶対がこの世に存在するなら、たった一つ。みぃちゃんは、私が幸せなれないことをやらない。今の状態は、言わば幸せになる前段階。空腹が、食事に対する最高のスパイスになるのと同じ。ちょっとしたアクセントだ。

 

 

 あぁ、でも、寂しいものは寂しい。

 だから、最近はいつも、強く彼を抱き締めて瞼を閉じる。少しでも長く、愛する人を感じられるように。

 

 ◇

 

 いくら、雫のためとはいえ、寂しい思いをさせてる自覚はあった。

 明日に迫った、彼女の誕生日。配信や家族との時間があるから、俺と過ごすのは明日の朝まで。限られた時間の中で、雫にできるだけ笑顔になって欲しくて、幸せを感じて欲しくて、スケジュールを調整し綿密な計画を立てた。

 

 

 他の作業もあって、少々──いや、大分時間にロスが出たが、なんとかプレゼントである手編みのマフラーも完成した。久しぶりだったこともあり、完璧ではなく少しだけ不格好だが、想いも一緒に編み込めたと思ってる。

 あとは、愛莉やみのり、遥たちがショッピングで時間を稼いでる間に、料理の準備を進めるだけだ。

 

 

「ケーキは既製品になっちゃったし……料理はがんばらないとな」

 

 

 そう、一人だけのキッチンで呟いて、雫が好きな湯葉とうどんが食べられるように調理をしていく。彼女はよく、俺の料理は優しい味がすると言うが、実際のところはどうなのだろうか。

 濃すぎず、かといって薄過ぎず、そんな絶妙なラインが雫の舌の好みに合っているのか、合っていないのか本当はあまりわからない。

 

 

 俺が出した料理を、彼女は決まって美味しいと言って、ほわほわと微笑みながら食べている。不味くはない、と思う。そういう嘘やお世辞は、素の雫には難しい。

 だとしても、できるなら、現状出せる最善最高の料理で誕生日を祝ってあげたいんだ。

 

 

「……にしても、湯葉とうどんって食い合わせ微妙だよな。う〜ん……まぁ、なるようになるか」

 

 

 無駄な思考は理解の外へ。

 今必要なのは、雫を喜ばせる最大限のもてなしなのだから。

 

 ◇

 

 みんなに誘われて行ったショッピングからの帰り道。みぃちゃんこそいなかったが、明日のお誕生日配信の打ち合わせや準備は諸々片がついて、あとの予定もなかったから楽しんだけど、どうやら気を遣われていたらしい。

 なんとなくの違和感で話を聞けば、最近は忙しくてしっかりと相手をしてあげられなかったから、遊びにでも誘ってやって欲しいと彼から頼まれていたとのこと。

 

 

 嬉しいと思うと同時に、ちょっと、ほんのちょっとだけズルいなぁと思った。

 色んなことを乗り越えて強くなって、前よりも鋭くなって、私のことなんてお見通し。私もみぃちゃんのことならなんでもわかるつもりだけど、やっぱり敵わない。

 

 

 支えて、支えられての関係は、崩れそうで崩れなさそうな境界線でゆらゆら揺れて、私たちはゆっくり隣を歩いてるようで、追って、追いあってを続けてる。どっちかが成長したら、もう片方も成長して、追いかけてくるのを待っている。

 偶に並んで歩いたら、また走って。

 変わらない、変われない──変わりたくない。

 

 

 なんて、わがままを言う。

 きっとでも、最後は歩調を合わせて、未来に向かっていく。今はまだ、私もみぃちゃんも成長し続けてるだけだから。

 

 

「ふふっ♪ お返しはどうしようかしら」

 

 

 構ってもらえなかった分はツケ。代わりなんていらないから、お返しでもしよう。そうやって、彼にするいじわるを考えていると、いつの間にか家に着いていた。

 

 

「ただいま〜!」

 

 

 聞き慣れた声は返ってこず、ただただ静寂が辺りを包む。

 恐る恐る廊下を歩いて、明かりがついたリビングに入ると、そこにはいつもより柔らかい笑みを浮かべたみぃちゃんが居て、落ち着いた声音で私を出迎えた。

 

 

「お帰り、雫」

 

「えっと、ただいま?」

 

「よかったよ。丁度、料理ができたところなんだ。すぐテーブルに持ってくから、座っててくれ」

 

「わ、わかったわ」

 

 

 なんだか雰囲気の違うみぃちゃんの勢いに押され、私はカバンをソファに置いて、椅子に座る。数分もしない内に、テーブルは料理で埋め尽くされていく。焼きうどんに、刺身湯葉、きんぴらごぼうにたくあん、最後にお味噌汁。

 どれもこれも、私が好きなものばかり。

 バランスなんて考えてない、子供のような献立が妙に嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。彼もそれに気付いたのか、嬉しそうに顔を綻ばせて、食べるように促してくる。

 

 

 食べ始めれば、口に広がるのは幸せの味で、並べられた料理一つ一つが丁寧に作られたことがわかった。私が食べやすいように少し薄められた味付けも完璧で、胸が温かさで満ちていく。

 

 

「美味しい! 美味しいわ! みぃちゃん!」

 

「そりゃよかった」

 

 

 ふにゃふにゃとしそうになる顔を抑えてるのか、彼はぶっきらぼうにそう言って、自分の箸を進める。本当に、デザートのケーキも含めて、最高の夕食だった。

 食べ終わったあとは、二人で観ようと言っていたレンタルの映画を、ソファでくつろぎながら観て、恥ずかしがるみぃちゃんを押し切ってお風呂にも入った。

 明日もあるというのに、私は時間を忘れて彼との時間を満喫した。

 

 

 多分、底を尽きかけていたみぃちゃん成分を補填したかったんだと思う。そうに違いない。誰に届くわけもない、不思議な言い訳を重ねて、寄りかかる。

 今日は私が産まれた日じゃない。

 その一日前だ。

 

 

 だと言うのに、みぃちゃんは──私の湊は、誰よりも早く祝うために。誰よりも近くで祝うために、隣にいてくれる。

 改めて、彼に出逢えたことを感謝した。

 

 

「みぃちゃん」

 

「ん?」

 

「ありがとう。私、今、きっと世界で一番幸せだわ」

 

「なら、俺も世界で一番幸せだよ」

 

 

 月並みな言葉しか出てこないが、本気でそう思ったから、口から漏れた。

 時計の針が十二時を指す数秒前。最後の仕上げをするように、みぃちゃんはそっと私の目を手で塞いで、首にモコモコとした温かい物を巻いた。

 それがなにかなんて聞かなくてもわかって、感覚に任せて唇を運んだ。何度目か数えるのをやめてしまった口付けは、蕩けるくらい甘い味がして、クラクラする。

 

 

 人が作った物差しじゃ測れない想いが体を駆け巡り溢れ出す。

 

 

「ちゃんと言わせてくれよ……」

 

「もう十分もらったから、いいと思って。嫌だった?」

 

「嫌じゃないけど、言いたいんだよ。しっかり言葉にしたいんだ」

 

「そう。なら、言ってよ、みぃちゃん」

 

「……もう。──誕生日おめでとう雫。君が産まれてきてよかった。君に出逢えてよかった。大好きだ」

 

「私も、大好き!」

 

 

 恋人になって初めての誕生日。

 私たちはまた一歩、前へと進んだ。




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ただ、君が隣にいるだけで

 お待たせしました。課題に忙殺されて投稿をできなかった私こと、しぃです。
 いや、ほんと、辛い。
 Twitter見てる方はわかるかもですけど、課題でちょこちょこ頑張ってて、こっちは無理でした……すみません……

 年内は本編投稿よりお茶濁し短編か、記念話になると思いますので、よろしくお願い致します。それでは、ごゆっくり楽しんでいってください!


「三十八度五分……完全に風邪ね。学校の方には連絡してあるから、みぃちゃんはお布団から出ちゃダメよ?」

 

「わかってる……ゴホゴホッ!」

 

「……無理しないでって、いつも言ってるのに」

 

「それは、ごめん」

 

 

 前略、仕事のし過ぎで疲労した湊が風邪を引いた。最近は毎日夜遅くまでパソコンに向かい合っていたから、その影響もあるのだろう。頬を熱で赤く染めて、息苦しそうに時たま咳をする。

 この状況でいい事があるとすれば、大人しく、素直になった湊の姿が見れることだろうが、雫はそれ以上に彼の体調を心配して休みを取り、家に残った。

 

 

 乾燥する時期、インフルの流行に被っていることもあり、そういう意味でも心配だが雫の移動手段は限られてる。タクシーでも呼べば解決するが、アイドルである以上、目立つのは御法度。こんなことで、自分たちの生活を害されたくない気持ちが少しだけあって。助けたい、癒してあげたい、そんな思いとぶつかり合う。

 

 

(……ううん、今はやれることをやらないと。暖房はついてるからいいとして、まずは、濡れタオルと加湿器。朝ご飯も食べてないからヨーグルトとか、色々準備しなくちゃ!)

 

 

 今できる最善を模索し、母が自分にやってくれたように、自分が志歩にしてあげたように、湊を看病する環境を整える。掃除や洗濯は後回しで、さっさと仕事を進めて、彼の部屋に戻る。

 熱の所為でぼーっとしているのか、ふわふわした様子で天井を見つめる湊を尻目に、雫はベッドの近くに加湿器をセットし、テーブルの上に輪切りにしたバナナを入れたヨーグルトの容器を置き、濡れタオルを彼のおでこに広げた。

 

 

 ひんやりとした冷たさが気持ちよかったのか、幾分か表情が和らいだのを見て、雫は声をかける。

 

 

「みぃちゃん、お待たせ。お腹は減ってるかしら? ヨーグルトを持ってきたけど、食べられる?」

 

「あぁ、食べたい」

 

 

 短くもそう答えた湊に応えるように、雫は彼の頭の下に敷かれている枕とクッションを重ねて背中に入れ、無理のないように少しだけ体を起こさせて、食べやすい姿勢を取らせる。

 その後は、慣れたような手運びで、湊の口にスプーンを持っていく。幼い子供のように、甘いヨーグルトとバナナを食べては笑みを零す彼を見て、心を揺さぶられたのは雫だけの秘密である。

 

 ◇

 

 その後、もきゅもきゅと時間をかけてヨーグルトを食べ終わる頃にはお腹が膨れたのか、湊の瞼は自然と閉じていき、眠りに就いた。すやすやと可愛らしい寝息を立てて眠る姿は、いつもの彼とは正反対でそれを今、自分だけが知っていると思うと、雫の心はポカポカとした気分になり、家事はスムーズにいった。

 

 

 一通り洗濯や掃除が終わると、温くなった濡れタオルを交換に行き、そのまま彼の様子を見ながら短歌集を眺める。恋の歌が自然と目に入った。いつの時代も想いの籠った言葉には魂が宿っていると、雫は考える。

 例え、悲恋だとしても、恋に意味がないなんてありえはしない。

 苦しくても、悲しくても。淡く揺らいでしまう、儚いものでも。芽生えた尊き感情は、誰にも穢すことはできない。していいはずがない。

 

 

 悩み、苦しんだ決断の果てにあるのが後悔なんて、嫌じゃないか。

 湊と愛し合う度に、過去の行動を振り返り、雫はこれでよかったんだと自分の心に刻みつける。傷付いて、傷付けあって、今がある。迷惑をかけてる自信はあるが、こうやって癒せている自信もある。

 

 

 未来で彼の隣に立つのが自分以外なんて、もう描けなくなって、溺れてるんだなと自覚しても、これでいいんだって納得した。

 

 

「みぃちゃんは、どう思ってるのかしら」

 

 

 そっと髪を撫でながら、問いかける意味のない独り言を呟いて、雫は本を閉じる。ゆっくり思いに耽ければ、時刻はもう午後の一時、そろそろ昼食の頃合だ。今の湊でも食べられる卵粥を作りに、彼女はキッチンに向かった。

 静かな家は慣れてるのに、目に入らない湊の姿が寂しくて、チクリと心が傷んだ。

 

 ◇

 

 食後、汗もかいて熱も引いてきたのか、少し話せるようになった湊の下に見舞い客は次々にやってきた。司に類、瑞希に絵名、冬弥と彰人に杏、志歩に一歌たち、最後は仲間である愛莉たちも。

 交友関係の広さが作り出す輪なのか、入れ代わり立ち代わり人が訪れ、見舞い品と称して果物やアップルパイにチーズケーキ、果てには看護ロボを置いていった。

 

 

 調子が戻ってきた湊は、適当に相槌を打ちながら来てくれたとみんなと喋り、また明日と言葉を交わして、やっと落ち着いた頃に雫とまた二人きりになった。

 大勢を相手をした分疲れたのか、湊はふぅ、と息を吐き自分の看病をする雫に目をやる。寂しくないよ、隣にいるよ、というように指を絡め手を握る彼女は、本を読みながらも、時たまこちらを見て微笑みかける。

 

 

 たったそれだけが、凄く嬉しくて、湊も強く指を絡め手を握った。

 風邪をひいた時、一人の時間というのは果てしなく長い。スマホやゲームには手が伸びず、テレビの音は頭に響く騒音と同じ。漫画や本も同様だ。寂しく、自分の見える世界の範囲に人はいない。

 

 

 寄り添って欲しい、誰でもいいから手を握って欲しい、幼い幼くないに関わらず一度は誰しも経験するもの。それが風邪を引いた時の、孤独感。いくら一人が好きでも、限度がある。誰も見つけてくれない一人部屋のなかで、不安になって、怖くなって、体も辛くて苦しい時。手を握ってくれる誰かが人間には必要で、湊にとっての誰かは雫だった。

 

 

 それだけの話。

 

 

「私はどこにも行かないわ」

 

「うん……」

 

「みぃちゃんを一人にしない」

 

「うん……」

 

「だから、もうおやすみなさい。眠いんでしょう? 大丈夫。絶対、離したりしないから」

 

「……うん」

 

 

 目を閉じても、手から伝わる温もりは消えず、ずっと隣に雫がいる感覚が湊にはあった。それで十分すぎるほどに、彼は安心して眠りに就く。

 起きた頃にはきっと、熱は下がっているだろうとぼんやりと思いながら。




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聖なる夜に、あなたに歌を

 お待たせ様です、一週間ぶりですね、私ですしぃです。
 色々と立て込んでて文字数は控えめですが、喜んで貰えたら嬉しいです。
 メリークリスマス!

 p.s.
 前回お伝え忘れてた、高評価者様。
 ぬわーっ(´・ω・`)さん、☆10評価ありがとうございます!
 今後とも、よろしくお願い致します!


 クリスマス。それは、一年に一度の聖なる夜。

 サンタさんが、今年一年良い子にしていた子供たちにプレゼントを配る日。かく言う湊たちも、ファンのみんなにプレゼントとして配信をしていたわけだが、それも先程終わった。

 真っ赤なサンタ衣装に身を包んだ、雫たちの生配信は大盛り上がり。衣装を用意した彼からしたら、ホッとすると同時に鼻が高い。折角作った服だ、喜んでもらえたならデザイナー冥利に尽きる。

 

 

「お疲れ様、みぃちゃん♪ はい、あったかいココアよ」

 

「ありがと。……にしても、またみのりの企画に助けられたな」

 

「えぇ。お絵描きクイズ、すっごく楽しかったし、みんなもコメントで楽しんでくれてたわ!」

 

「まっ、当の本人の絵は……うん、残念だったけどな」

 

 

 今回の配信で使った企画は、大きく分けて二つ。

 一つは、クリスマス風企画。この時期にあった、配信サービスなどて行われる鉄板ネタ。くじ引きで、互いが秘密に買ってきたプレゼントを交換する、『ドキドキ! サプライズプレゼント交換』。あとは、過去のクリスマスエピソードを雑談を混じえながら話す、『私たちのメリークリスマス』。

 

 

 上の二つは、湊が他の人が投稿したものを参考に考えたもの。だが、これだけでは少し味気ない。クリスマスに関係しなくても、みんなが楽しめるネタが一つは必要だった。

 そこで、案を募った結果、出てきたのがお絵描きクイズだ。

 二人一組に分かれ、相手が書いた絵から決められたお題を考え、当てる。時間制限を用意し、ヒントを小出ししながら答えまで導く、シンプルなものだ。

 

 

 企画名は、『以心伝心! お絵描きクイズ』。

 勿論、制限時間内に答えられなかった場合、罰ゲームを用意したのだが、ジンクスとでも言うべきか、みのり画伯の絵心が爆発。相方になった愛莉は、みんなが有名洋菓子店のケーキを食べる中、一人寂しくロシアンシュークリームを完食。ロシアンの意味のないことにツッコミながら、配信映するリアクションを見せた。

 

 

「愛莉には悪いことしたな。いや、ケーキはちゃんと用意しておいたけどさ」

 

「大丈夫。愛莉ちゃんも苦しそうじゃなかったし、変に気にしてたら乗り越えたはずなのに、逆に蒸し返しちゃうもの」

 

「だな。──にしても、雫。お前、なんで帰ってきたのに、まだサンタ服着てるんだ?」

 

「ふふっ♪ なんでって、今日はクリスマスだもの。良い子にしてたみんなにプレゼントがあるべきよね?」

 

 

 その言葉を待ってた、と言わんばかりにニコニコと笑みを浮かべる雫。しぃーっと口にしながら人差し指を立て、そっと反対の手で湊の目を覆う。一瞬、身構えた彼だが、聞き慣れた音が耳に入ったことで力を抜き、自分たちを包む淡い光に身を任せた。

 

 

 たった一人の観客に向けたクリスマスライブが、ステージのセカイで始まった。

 

 ◇

 

 透き通る歌声が耳に抜ける。

 自分だけに送られるファンサに応えるように、ペンライトを振る。

 演出として、粉雪が降るステージで、サンタさんの雫が舞う。露出を最低限に抑え、それでも可愛いらしく、彼女のセクシーさを損なわない最高の一品。わざわざ一人一人に合わせて作った甲斐があったと、湊は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 客席に一人座り、愛しい者を見る目で、世界で唯一の特別を感じる。

 良い子にしてた子供へのプレゼント。もうそんな歳でもないはずなのに、胸が弾むのは何故なのか。答えは簡単だ。好きだから、どうしようもないくらい、この時間が。

 二人に気を利かせてくれたのか、セカイの住人であるバーチャルシンガーもいなければ、みのりたちも来ない。

 

 

 まるで、本当にセカイに二人だけになったかのような錯覚。

 互いの存在だけが主張しあって、惹かれ合い、想いを伝え合う。選ばれた歌は、その歌詞一つ一つに、測りきれない感情が込められていて、雫はそれを自分の感情に変換して歌にする。

 

 

 時間がゆっくりと、確実に流れていく。

 温かさに満たされて、過ぎていく。

 一秒は一分になり、一分は十分になり、十分は一時間になる。ずっと、ずっと幸せな時間が続いて欲しい、そんな二人の願いを、聖夜の奇跡が叶えるかのように、有限が無限に変わる。

 

 

 何時間も歌を聞いた気がした。

 彼女に誘われて踊った気もした。

 ふわふわと、するすると、疲れが取れて、いつの間にかセカイから戻って家のリビングに居た。

 

 

 ソファに座る自分の隣で、幸せそうな寝顔を魅せる雫の唇に触れるようなキスをして、湊もそっと瞼を閉じる。

 さっきまでの記憶は夢か、はたまた現実か。

 そんなことは彼にとって些細な差だ。

 

 

 ただ、隣に居るだけでこんなにも愛おしさが溢れるのだから、それだけで満足じゃないか。そう一人思い、意識を落としていく。

 首筋に熱を感じたのは、きっと気の所為なんかではない。




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時が過ぎても、変わらぬ者よ

 新年、あけましておめでとうございます!
 私です、一月一日は流石に休んだしぃです!

 いやまぁ、ふっつうにまだまだ忙しくて本編の更新は難しいですが、お茶濁しは続けます。はい。
 短めですが、今回は湊くんと絵名の一幕です。
 2000文字くらいなのでサクッと読めると思います。


 重くも軽くもない、何でもない日の一幕です、ゆっくり楽しんでいってください!


 頑張り過ぎは体に悪い、休むのも仕事の内だ。そう言って、定期的に完全オフの日を作るようになってから時間は流れ、何度目かの休日。雫が愛莉たちと買い物に出かけたのを見計らった湊は、仕事ではなく趣味だと言い張って、タブレットにペンを走らせる。春と言うには暑く、夏と言うには涼しい中途半端なその日。

 彼は家で、一人だった。

 

 ◇

 

 物事はいつだって、最初が命。

 はじめの一歩で、大体のルートが決まり、その後の行動が上手くいくか分かれていく。静かな部屋は集中するにはもってこいで、湊の出だしは順調そのものだった。鼻歌をしながらスラスラとペンを動かせるくらいには、それはもう活き活きしていた。

 

 

 思ったようにペンが動き、望んだように服のデザインが完成していく流れは完璧で、ラフからペン入れまで今日中でなんとかなりそうだと、彼が笑ったのも束の間、事件はーー突然起きる。

 急に、急に手が止まったのだ。

 さっきまであんなに滑らかにタブレットを踊っていたペンも、時が止まったかのようにピタリと止まって、ポンポンと出てきたアイデアもすっかり枯れて、鼻歌も響かなくなる。

 

 

 クリエイターあるある、突然の失速。

 学生がテストの回答をド忘れするのと同じく、そのあるあるは死角からヌッと現れる。嫌な奴。湊だって、何度も経験したことのある、面倒臭いモンスター。

 

 

「……白紙だけ見てたらダメ、だったよな」

 

 

 父親である誠に良く言われていた言葉を思い出し、彼は本棚にしまってある適当な雑誌を手に取った。それは、雫が表紙を飾ったレディースのファッション誌だ。デビューして間もない頃、少しだけ背伸びをして、大人っぽい服とメイクで着飾った彼女を初めて見た時、息を飲んで見惚れたのを湊は覚えている。撮られた写真一枚一枚を懐かしむように、過去の宝を撫でて、彼はもう一度PC画面に向き合う。

 

 

 下手に沼っていたら描けるものも描けなくなってしまう。

 程々に切り上げ、対峙する。

 

 

 煮詰まった時、一番必要なのは客観的な意見。

 現在の時刻とナイトコードのオンライン状況を一通り確認した湊は、黒を基調とし赤のラインが入ったマイク付きヘッドホンを被り、ある友人に電話をかけた。

 

 

(起きるのが遅かったから、今は十一時過ぎ。オンラインにはなってるけど、あんま機嫌よくないだろうな……)

 

 

 しかし、背に腹はかられない。

 1コール、2コールと繋がらない音声通話の画面を眺めて、考える。

 女王様な幼馴染みーー絵名でも、新しいデザートをご馳走すると言えば、不機嫌でグチグチ悪態をついてくるだろうが、意見やアドバイスはくれるだろう。

 

 

 負けず嫌いで、感情の振れ幅が激しい彼女だが、根は優しい。人の痛みを受け止め、一緒に泣くことだってできる少女なのだ。だからこそ、湊は頼る。ブランクがある彼からしたら、絵名は荒野の先を行く同志。

 きっとーーピッ、

 

 

『もしもし? いきなり悪いな、今の時間平気か?』

 

『やだ、眠い』

 

 

 ブチッ。その音のあと、ピーピーピーと悲しい切断音が、一人ぼっちの部屋に鳴り響く。

 

 

 流石の湊も、諦めて物で釣った。

 

 ◇

 

『ーーってこと。わかった?』

 

『なるほど……そういうのもありか』

 

『珍しく通話なんてかけてくるからなんだと思えば、デザインの相談とか……もう少しなんかないの?』

 

『覚えてるぞ、俺。この前、用があって通話繋いだ時は俺が一言目を話す前に切っただろ?』

 

『しょうがないでしょ? 私だって疲れてたんだから! 出てあげただけでも感謝してよ!!』

 

 

 イラストの話し合いが終わればこれである。

 仲がいいのか悪いのか、二人の通話は、仕事の部分以外だと終始こんな雰囲気だ。湊の冗談や皮肉に絵名が噛み付いて、その返しで余計に拗れる。傍から見れば喧嘩してるようにも思えるが、彼らにとってこれはじゃれ合いと同じ。結局はなんだかんだ、またねと笑顔で終わり。

 

 

『はぁ……雫とはどうなの?』

 

『ちゃんとやっていけてると思うよ。あくまで俺は、だけど』

 

『言いたいことは言ってる?』

 

『言える時にな』

 

『そう』

 

 

 思いの詰まった一言。

 安心した、と言葉にはせずとも言ってくれてるようで、湊は嬉しくなってクスリと笑みを零す。昔もそうだった。誰よりもみんなを心配していたのは彼女で、周りの違和感には聡いタイプ。

 少し前までは、自分自身のダメージで見失っていたが、本来の東雲絵名は他者の痛みに寄り添える少女だったのだ。

 

 

『ーーそれはそうと、私の服、忘れてないわよね? 今度会った時、ラフ持ってきてもらうから』

 

『うっ。わかった……持ってくよ。来週の日曜は行けるか?』

 

『あー、スケジュール的には問題ない。リテイクあってもなんとかなりそう。じゃ、ショッピングモールのいつもの場所で。買い物も付き合ってよ』

 

『はいはい。了解しましたよ、お嬢様』

 

 

 からかうようにそう言って、湊は通話を切った。

 速攻でメッセージが飛んできたが、気にせず、作業に戻る。

 

 

 止まっていたペンはまた踊りだし、途中だったデザインが纏まっていく。やっぱり相談して正解だったな、と一人呟き、彼はスラスラと新しい作品を進める。頭の片隅で、わがままな幼馴染みの服の構想を考えながら。




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雫if「もし君が、ずっと俺だけの太陽だったなら」

 お久しぶりです、私です、しぃです。
 社会人生活にもちょっとは慣れてきました。
 ……いや、わかんないけど。

 ともあれ、お気に入りとかUAとか諸々の記念if話です!
 楽しんでどうぞ!!

 p.s.
 また日間ランキングにのれました!!!
 ありあ39916221さん、☆10評価ありがとうございます!!!


 一日の計は朝にあり、というが、湊は朝が大の苦手だった。

 低血圧やら、眠りの深さやら原因は色々とあるが、一番は夜中まで作業をしていることが多いからだろう。机に乱雑に置かれたノートやらペンタブレットがいい証拠である。

 

 

「……眠い」

 

 

 目を擦りながら、のろのろとスマホに手を伸ばし時計を確認すれば朝の七時半。一瞬、あと十分は寝れると考えた湊だったが、何故か開いている自室のドアの隙間から、聞き慣れた声が届いてくる。

 透き通るような綺麗な声。耳に優しい温かい声。彼なら顔を見なくても相手がわかる。下にいるのは、幼馴染みの日野森雫だ。

 

 

 恐らく、寝顔だけ写真に収めて朝食と昼食の準備に勤しんでいることだろう。流石の湊も、彼女だけを働かせて呑気に眠りこけるなんてできるわけもなく、パッパと寝間着から制服に着替えて、リビングに降りた。

 

 

「おはよう、雫」

 

「おはよう、みぃちゃん♪ もうすぐ朝ご飯できるから、テーブルを拭いて、コップとか出しておいてくれるかしら?」

 

「ん、わかった」

 

 

 いつからか、仕事の都合で家を空けがちな湊の家に、雫は顔を出して料理を作るようになった。それはもう、初めは酷いもので、IHにも関わらずフライパンから火を放ち。トースターを使えば食材を丸焦げにし、電子レンジで温めたものを爆発させていたが、今ではそんな珍事も五回に一回程度に収まり、可愛らしい水色のエプロンを制服の上から着る彼女の雰囲気は新妻といっても過言ではない。

 

 

 事実、恋人として付き合い始めてからの雫は、それはもう献身的に湊に尽くしており、彼女彼氏というより夫婦だった。

 

 

「……ふぁ〜」

 

「眠そうだけど、また夜更かししたの?」

 

「父さんから振られた仕事の納期が明後日までなんだよ。大体は終わったんだけど、まだ少し納得いかなくて……気付いたら結構時間が経っちゃっててさ」

 

「もう。ちゃんと寝なきゃダメよ? 体にも悪いんだから」

 

「善処するよ」

 

 

 軽い会話のキャッチボールを何度か繰り返せばテーブルの準備は終わり。雫が用意した朝食のサンドイッチとバナナヨーグルトが置かれ、コップには牛乳が注がれる。

 

 

「多くないか、サンドイッチ」

 

「食べきれない分はお昼ご飯にしようと思ったの。今日は天気もいいし屋上で食べましょう♪」

 

「いいな、それ。教室にいると司がうるさいし」

 

「あら、残念ね。司くんも誘おうと思ったのに……」

 

「……冗談だよ。抜け出したら抜け出したで帰ったらうるさいし、一緒に連れてくか」

 

「ふふ、そうね♪ それがいいわ!」

 

 

 流れていく日常の片隅。

 延々と続く微温湯。

 これはただ、日野森雫がずっとずっと月野海湊だけの太陽だったら、なんて。そんなもしも(IF)の物語。

 

 ◇

 

 同じ学校に行くのに何度も通った道を湊と雫は並んで歩いていく。そこにある会話は特別なものではなく、やれアイドルが引退しただの、新しいバラエティ番組のメインの子が可愛いだの、ありふれた話だ。

 好きや愛してるはなにも多く言うからいいのではない。

 自分のタイミングで、言いたいと想いが溢れた時に言うものである。

 

 

「そう言えば、母さんが頼んでたモデルのバイト代、昨日振り込んだって」

 

「そうなの? よかったわ! 明日、しぃちゃんとお買い物に行くのにお金が心許なくて……」

 

「しぃと? それなら、少しくらいなら俺が出しても──」

 

「ダメ。そう言うのは本当に困った時以外はしないって、決めたでしょ?」

 

「……だな。悪い、今のは忘れてくれ」

 

「ならいいの。そうだ、明日着ていく服、みぃちゃんが見繕ってくれない? おば様から貰った服、私一人だとコーディネートが少し難しくて……夜、お家にお邪魔するわね」

 

「それくらいなら構わないけど……」

 

 

 そうやって話していると、学校に着き、すれ違う知り合いと挨拶をしている間に教室の前まで来ていた。中からは、いつもの如く、朝から脳に響くほどの自己主張強めな声が漏れてくる。昔馴染みである二人がその声の主が司だと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

 

「……帰りたい」

 

「はいはい。ほら、早く行きましょう」

 

「はーはっはっは! 清々しい朝だな二人ともっ!!」

 

 

 手を引かれるまま教室に入った湊にすぐ、どうしようもなく腐れ縁な親友、司からの挨拶が飛んでくる。それが、なんとなくで始まる彼の学校生活スタートの合図。

 いつ、どこで会っても変わらぬテンションにある種の尊敬を覚えながらも、湊は無理に調子を上げることもなく無難な挨拶を返し、窓際の席に着く。雫はその隣だ。

 

 

 どういうわけか、雫はどんなに席替えをしても湊の隣に来る。ある時、そういうおまじないでもしてるのか、と彼が聞いた時は可愛らしく「秘密♪」と答えたが、あとから聞いた話によると他の女子に頼み込んで根回ししてもらっていたらしい。

 嬉しさと恥ずかしさ、そして溢れんばかりの愛おしさで悶絶したのは、まだ湊の記憶に新しいものだ。

 

 

「……ねぇ、みぃちゃん?」

 

「宿題なら見せないぞ」

 

「違うの! その、えっと……英語の教科書忘れちゃって……」

 

「はぁ。机、くっつければいいか?」

 

「ありがとう、みぃちゃん!」

 

「まったく、先週も忘れたばっかだろ。そろそろ先生に……先生に……」

 

「みぃちゃん?」

 

「数IIの教科書、忘れた……」

 

「……見せてあげようか?」

 

「助かる」

 

「私も助けられちゃったからおあいこね♪」

 

 

 頬笑みを浮かべ、少しだけ嬉しそうにする雫に釣られて、湊も笑を零した。

 限りある日常の、大切な一ページ。

 

 ◇

 

 腹が減っては戦ができぬ、という言葉があるように。

 お昼ご飯なしに、人は午後の時間を乗り越えられない。勉強然り、仕事然り。ポカポカなお日様の下、雫と司が和やかな空気で昼食をとる中、湊はうんうんと悩み、スマホと睨めっこをしていた。

 

 

「……ここはこう? いやでも、それだとバランスが……」

 

 

 画面に映る一枚の絵を見ては、ぶつぶつと意見を呟き、スマホで送る文章を書く指を滑らせる。相手は──絵名。昔馴染みであり、切れない縁で結ばれた親友のもう一人。

 絵に打ち込み、音楽サークルでイラスト担当として精を出す彼女が通うのは、湊たちが通う神山高校の夜間制。昼夜逆転に近い生活を送る絵名は、イラストの進捗に詰まった時、彼にテーマやらなんやらの情報を投げつけて意見を求めてくる。

 

 

 棘のある言葉に敏感な彼女に対して、アドバイスとして的確で尚且つ心を抉らない返しをするのは、難易度が高い。酷い時は一日に二回以上送られてきて、そういう時は大抵機嫌が悪いので、余計に言葉を選ぶ。

 

 

「あの様子からすると、絵名からか」

 

「みたいね。二人とも、昔から絵に対して真剣だったから……」

 

「だが、サンドイッチを頬張りながらスマホをいじるのは行儀が悪いな。よし! 悩んでいるなら、このオレが解決してみせよう!!」

 

「お、おい! スマホ取るな!」

 

「悩んでいるなら行動するのが一番だっ!! 書いたものをそのまま送るといい!」

 

「ふざけんな! 朝から呼び出された上に、新作パンケーキの列に二時間も待たされる身にもなれ!!」

 

「ふふふっ、二人とも仲がいいわねぇ〜♪」

 

 

 揉み合いの末、湊の指は運悪く送信ボタンの上に重なり、指摘指摘にアドバイスの強めな文章は無事絵名に送られてしまった。これには、お昼にチーズケーキを食べ、虫の居所がよかった彼女も数十秒後には怒りのコールを飛ばしたという。

 

 ◇

 

 夜も九時を回った頃。

 来ると言っていたのに中々来ない雫を、湊は自室で待っていた。夕食は程々に手を抜き、冷蔵庫にある具材をテキトーにぶち込んだ焼きそばをお腹に入れたくらいの彼だが、コーディネートと言われたら話は別。彼女に合う服を想像しながら、流行りを取り入れた組み合わせを考えていく。

 

 

 素材がいい分、正直に言ってしまえば、相当当てを外さない限り雫に似合わない服はない。シンプルな服でも十分だが、そうじゃない。

 今ある中で一番いいものを、湊は選んであげていのだ。

 増えていく待ち時間の中、想像を膨らませていると、静かな家にガチャリと玄関が開く音が鳴る。

 

 

 何着持ってくるか聞いてなかった湊だが、服は重いだろうと持ちに向かうと、そこには──お風呂上がりであろう雫がモジモジとした様子で、どこかよそよそしく立っていた。

 

 

「雫?」

 

「あっ、ごめんなさい、みぃちゃん。長風呂しちゃったみたいで遅くなっちゃって……」

 

「いや、いいけど……入らないのか?」

 

「……そうね。お邪魔します」

 

 

 今更緊張している、ということはないだろう。湊は高速で思考を回転させ、記憶を探る。

 今日はなにかの記念日だったか。

 普段と違う様子はなかったか。

 色々なものを掘り起こしても、わからなくて。ただただ、雫から漂う甘い甘い花の香りに脳が侵食されていく。

 

 

 いい意味でも、悪い意味でも湊は優しい。

 間違いは犯さない。犯さないが故に、歯痒くなる人もいる。そう、例えば、もしかしたら私に魅力が足りないのではないか、と考えてしまう怖がりな幼馴染みとか。

 言葉が詰まって、それでも体は動いて二人は自然と階段を上がる。彼の部屋に入れば、本当に二人きり。納期間近な両親は家におらず、湊と雫の二人だけ。

 

 

「今日、おば様たちは帰ってこないのよね?」

 

「締切近いしな、明後日までは帰ってこないはずだ」

 

「そう……そう。ねぇ、みぃちゃん。私と──」

 

 

 扉は閉まってしまった。

 声は遮られ、もう何も聞こえない。

 少年は理性を保ったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。二人だけが、正解を知っている。




 このifは、雫がアイドルにならなかったらというifになります。
 雫がアイドルになってないので、勿論モアジャンのストーリーは起こりませんし、他の合同イベントも起こってるかは不明です。

 このifは幸せの上限値がどうがんばっても本編には勝てない世界線です。
 湊は雫の支えもあり、絵名と仲違いせず夢を追えてますし、両親の仕事を手伝ったりして技術を磨いています。
 色々と幸せではありますが、最大幸福値が本編には及びません。
 強いて言うなら、小さい幸せを積み重ねるifですね。

 まぁ、後書きが長いのもあれなので、今日はこの辺で。
 来週からは本格的に不定期なので、お暇になったら覗きに来てください!

──────────────────────────

 やって欲しいお題とかあれば、このマシュマロに!
 URL↓
https://marshmallow-qa.com/narushi2921?utm_medium=url_text&utm_source=promotion

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両片想いなプロローグ
いつも通りの朝


 三人称の練習作品です。



 清々しい朝、というものがある。

 よい天気で、気分が晴れているいい朝を指す言葉だ。他にも言い方は色々あるが、皆に馴染み深い言葉はこれだろう。

 因みに今日の空は、雲ひとつない快晴で、間違いなくよい天気。そんな日の朝、同い歳で幼馴染みの美少女アイドルに起こされる彼──月野海(つきのうみ)(みなと)は、清々しい朝を超える、眩しい朝を迎えた。

 

 

「みぃちゃん? みぃちゃん、早く起きて! そろそろ起きないと、学校に遅刻してしまうわ!」

 

「ん……あぁ……」

 

 

 鈴の音にも似た落ち着きのある声音が耳に響き、湊は微睡みから目を覚ます。

 ぼんやりとした意識の中、彼が朝一番に目にしたのは、見慣れても見飽きない、顔がいい幼馴染み──日野森(ひのもり)(しずく)の困惑の表情だった。空色のウェーブがかった長い髪を揺らし、透き通るような薄灰色の瞳が輝いて見える彼女は、あわあわと少し慌てた様子も見える。

 どうやらなにか不味いらしい、ふわふわとした思考でも湊はそれを理解し、微かに聞こえていた『遅刻』、と言う単語から時間関係か、となんとなく察する。

 

 

「…………なんだ、まだ七時半じゃないか。これなら全然遅刻しな──」

 

「確かに、私は遅刻しないけど……私を送るみぃちゃんが遅刻しちゃうわ!」

 

「……あっ」

 

 

 雫の言葉に、湊は遅れて気付き間の抜けた声を出した。

 幼馴染みとして、日常の中で当たり前過ぎたが故に、彼は失念していた。日野森雫は極度の機械音痴であり方向音痴。迷子癖も激しい為、今までに一度も、一人で目的の場所に着けたことがない。それは、行き慣れた学校や仕事場でも関係なく、決まってどこかで迷って、毎度毎度、湊が助けに行く流れが長年でできていた。

 女子校であり雫が通う宮益坂女子学園と、湊が通う共学である神山高校は距離が地味に遠いが……送らないという選択肢は湊になく、どうやって自分も雫も遅刻しないかを考える。

 

 

「どうしよう、みぃちゃん? 朝ごはんを食べても食べなくても、今からじゃ間に合わないわ。今日は諦めて私一人で……」

 

 

 悲しそうにそう言う雫を見た湊は、自分の負うデメリット考えるのは止め、最善の策を捻り出す。

 

 

「いや、いいよ。俺が諦める。怒られるの覚悟で、バイクで送るよ」

 

「ごめんなさい。私がもっと早くに気付いて起こしに来てれば、こんなことにはならなかったのに……」

 

「いや、元々は俺が寝坊したのが悪いし……ってか、どうやって家に入ったんだ? 母さんたちは昨日から出てたはずなんだけど」

 

「それなら安心して! おば様から鍵は預かってたから!」

 

「……そうか」

 

 

 諦めが付いた湊は、雫に先に下で待っているよう頼み、ベットから出て着替え始める。そして、着替え始めた湊を見て、雫もそそくさと部屋を出た。

 湊には、こんな時の為に取った普通二輪の免許があり、買ったバイクがある。祖父が経営していた中古車店で、身内割りを利かせて買ったが、高校一年時から貯めたバイト代と、お年玉貯金はほとんどなくなった。だが、彼は後悔はしていない。

 元々バイクは好きだったし、雫のことに関しては年が経つにつれて義務感が出てきたからだ。

 

 

 しかし、時々思ってしまう。

 

 

(……高校二年生にもなったんだから、みぃちゃん呼びは止めて欲しい)

 

 

 それが、彼に芽生えた、小さな願いだ。

 

 ◇

 

 制服に着替え、学校用のバックを持って、湊が自室のある二階から下りてくると、甘い匂いがリビングから漂ってきた。

 

 

「作って欲しいなんて、一言も言ってないんだけどなぁ……」

 

 

 呆れ混じりの笑いを一人零した湊は、開いていたリビングのドアを通り、中に入る。そこには、可愛らしい水色のエプロンを着てキッチンで料理をする、雫の姿があった。

 スタイルのよさと顔のよさが相まって、何をやっても絵になる。そんな雫が、新妻のように鼻歌を歌いながら料理をしてる光景は、見る人が見たら一発でノックアウトだろう。

 

 

 現に、幼馴染みでその姿を幾分が見慣れている湊も、見蕩れていた。

 

 

「…………」

 

「あっ! みぃちゃん、もう下りてきてたのね? おば様が作り置きしてくれてたフレンチトーストがあったから、今焼いているの。あと少しでできるから、座って待ってて」

 

「……あ、あぁ、助かる」

 

 

 湊は思う。天は二物を与えず、なんて言葉を作った奴は世界を広く知らなかったんじゃないか、と。何故なら、自分の幼馴染みは、顔がいいし、スタイルもいい、性格も悪くなければ、家事ができないわけでもなく、頭も、アイドル活動をしていてマメに勉強ができてる訳じゃないが、酷くはない。

 とりわけ、自分の事を過小評価し、平々凡々だと言い張る湊も、天に二物を与えられている一人だ。

 

 

 癖のない赤茶の髪に、燃えるような真紅の瞳、落ち着きのある整った顔立ちで、身長も百七十五を超えている。偶に、ヤンキーや熱血キャラに間違えられるが、本人にそこまでアウトドアな趣味はなく、偶にツーリングするくらい。

 基本、自分の自由な時間は読書や映画鑑賞に使うことが多く、それ以外はバイトや雫の用事に付き合ったりしている。

 

 

 湊と雫の関係を知るものたちは「付き合わないの?」と、茶化するより、「過保護か!」とツッコムことが多い。

 本人たちが、お互いの偏った関係に気付くのはまだ先だ。

 

 

(……一応、(つかさ)に連絡でも入れとくか)

 

「お待たせ、みぃちゃん! 朝ごはんできたよ?」

 

「悪いなわざわざ。……少し待ってくれ、保険で連絡入れてるから」

 

「大丈夫よ。でも、冷めないうちに食べてね?」

 

 

 自分の数少ない友人にスマホでメールを送る湊に対し、雫は流れるように綺麗な所作でバッグから文庫本を取り出し読み始める。

 二人の間に無言の時間が続き、その間に、湊はメールを終えて、朝食であるフレンチトーストを食べていく。朝にしては少し重いが、男子高校生の胃袋の敵ではなく、湊はパクパクと食べ進める。そして、丁度半分を食べ終わった頃、視線を感じた彼がふと顔を上げると、本越しにニコニコと自分を見つめている雫と視線がぶつかる。

 

 

「雫? 流石に見られてると食べ辛いんだが……」

 

「気にしないでちょうだい、私が勝手に見てるだけだから。ね?」

 

「はぁ……心配しなくても、美味いよ。焼き加減がよくて、食べやすい」

 

「そう? ならよかったわ!」

 

(うっ……眩しい)

 

 

 無邪気な笑顔が、湊を照らす。

 余計食べ辛くなったことに湊が気付いたのは、すぐあとだった。

 

 ◇

 

 湊がお気に入りのバイク──ホンダゴールドウィングGL1800を走らせること十数分。ようやく、遠目に学校が見えてきた。雫も学校が見えたのか、ちょんちょんと湊をつつく。

 言葉を介さずとも、湊は意図を理解し、道路脇にバイクを止める。

 

 

「……ふぅ。ありがとう、みぃちゃん」

 

「本当にここで大丈夫か? 最悪、校門くらいまで送るぞ?」

 

「心配しないで平気よ! 近くに何人か同じ制服の子も見えるし、それに変に噂になったらみぃちゃんも困るでしょ?」

 

「それはそうだけど……まぁ、お前がいいならいいか。帰りは誰かに送ってもらうかしろよ、なんなら俺のこと呼んでいいから」

 

「ふふっ、もしもの時はそうさせてもらうわ」

 

 ヘルメットを湊に預けた雫は、笑顔でそう言って、手を振りながら学校に歩いていく。湊は、それを見送ると、ヘルメットを後部に固定し、自分の高校に向けてバイクを走らせる。

 一挙手一投足、全てが絵になるのが日野森雫だ。

 見過ぎていたら、時間があっという間に去ってしまうことを、湊は知っていた。

 

 ◇

 

 何とか遅刻せず、学校に着いた頃、湊はまだ朝だと言うのに、気だるさを体に感じていた。

 2-A、自分のクラス、窓際の机に突っ伏し、朝のSHRが始まるのを待つ。そんな彼を見て、対照的にハイテンションな友人──天馬(てんま)司が声をかけた。

 橙色の明るい髪に、凛々しい顔立ちで、黙っていれば女子に告白されること間違いなしなイケメンだが、常時ハイテンションで、スターを目指しての奇行が目立つ。

 

 

 その為に、学校では三変人の一人として名を馳せており、クラスではリーダーシップの高さから中心人物として動き、日々教室を騒がしくしている。

 

 

「ふっははははは! 朝から疲れ気味だな湊! 遅刻しなくてよかったな!」

 

「……司か。あぁ、朝からお勤めだったからな、お疲れ気味だよ、全く」

 

()()()()()?」

 

「いつもの。今日は、俺が寝坊してな、バイクで来た。駐輪場探すのが大変だったよ……うちの学校、校則ゆるゆるなところあるのにバイク登校禁止だし」

 

「……一つ疑問なんだが、何故いつもお前が連れて行くんだ? 雫には志歩(しほ)がいるだろ?」

 

 

 志歩、会話の流れで自然とでてきたこの名前の主は、雫の妹だ。司の妹、天馬咲希と同い歳の幼馴染み。姉と違い、サッパリとした性格をしており、目や髪の色もあまり似ていない……が、根底には姉と同じく世話焼きだ。

 しかし……

 

「しぃはダメだ、雫のシスコンが発揮されて遅刻の可能性が上がる。……アイドルの仕事の所為で、ただでさえ登校回数が少ないのに、遅刻させたくない」

 

「湊……お前、相当過保護だぞ」

 

「シスコン仲間のお前に言われたくねぇ」

 

 

 そう毒を吐いた湊は、また机に突っ伏し、体を休める。

 結局、放課後は志歩に呼ばれ、雫を迎えに行ったのは言うまでもない。

 

 

 

 




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ステージの上の偶像(アイドル)

  宮益坂女子学園の弓道部、顔面偏差値高過ぎて、敷居がヤバそう。

 p.s.
 ファイターリュウさん☆9評価、エルーシャさん☆8評価ありがとうございます! お気に入り登録してくれた方も、ありがとうございます!
 最後に一言。お気に入り登録と高評価が爆速で入ったのに、なんでUAが全然伸びないんですか?


 先日の遅刻騒動から早数日。

 湊は一人暗い顔で、夕暮れ時の下校路を歩いていた。いつもなら、雫が隣にいて、夕焼けに負けない眩しい笑顔で、彼に話しかけているだろう。しかし、生憎な事に、彼女は明日に迫った『Cheerful*Days』のライブ準備に励んでいる為、ここに居ない。

 今頃、ステージの上でリハーサルに精を出している筈だ。

 

 

 勿論、明日のライブには湊も誘われているが……少し困った事態が彼を襲っていた。

 ドタキャンだ。本来なら、雫の妹である志歩と一緒に行く予定だったのだが、つい数分前に電話があり「バイトの代勤が入って行けなくなった」と、伝えられた。何とか交渉しようとした湊だが、無理なものは無理とバッサリ斬られてしまい、途方に暮れている。

 

 

 しっかりと話せば、雫も志歩が来れない理由を理解してくれると、頭では分かっているが、湊は話せない。彼女が、悲しそうな気持ちを曖昧にするように微笑む未来が、簡単に見えてしまうから。

 

 

「どうするかなぁ……」

 

 

 呟くようにそう言って、湊は思考を巡らせる。

 代理の人間を捕まえようにも、残念ながら彼にそこまでの人脈はない。男を連れてったら即バレは確実。最低でも、背丈の近い少女ではないと話にならないだろう。

 

 

「あぁ……クソ。知り合いの少なさに泣きそうだ」

 

 

 そうして、湊が自分のぼっち具合を再確認していると、スマホから通知音が鳴った。

 確認する為にポケットからスマホを取り出し、通知画面を見ると。そこには、ここ最近で見慣れてきたSNS──Twitterのアイコンが表示され、DM(ダイレクトメッセージ)が来たことを知らせていた。

 

 

「DM……? あぁ、minoriちゃんから。内容は、っと……昨日発売されたアイドル雑誌について話したいです、か」

 

 

 文面を見て、湊は自然と頬が緩み、笑みが零れる。少しだけ、気分が晴れた。

 彼にとって、『minori』というアカウントは特別だ。知り合ったのは数ヶ月前で、SNS上の関係だが、大切な友人の一人として、湊は『minori』を認識している。

 理由は幾つでもあったが、その中で一番大きかったのは──『minori』がアイドルになろうと努力している一人だと、分かったから。

 

 

(昨日の雑誌……表紙が雫だったからもう買ってあるけど、中身は半分くらいしか見れてないんだよな。帰ったら──)

 

 

 読もう、そう考えた瞬間、閃いた。

 湊が以前聞いた話では、『minori』の身長は百五十八、体型は可もなく不可もない……らしい。服装を抜きにしても、帽子で顔は隠せる。

 

 

「……ダメもとでも、送ってみるか」

 

 

 申し訳なさと少しの期待を胸に、湊はスマホのキーボードを開き、指を動かした。

 

 ◇

 

「流石に、まだ来てないか……」

 

 

 翌日の昼、時刻は十三時三十分。ライブ会場に入場可能になる時間は十五時。

 なんとか『minori』に了承を得た湊は、前日の内に変装道具やらライブ道具を準備し、早めにライブ会場の前に来ていた。

 関係者席のチケットだが、並ぶことには並ぶし、物販もある。湊は諸々の事を含めて、一時間半前に訪れたのだ。

 

 

(えーっと……minoriちゃんの服装は、乙女色のセーターに薄黄色のスカート、白と橙の蝶リボン、と)

 

 

 事前に教えもらっておいた服装のメモを見たあと、湊はもう一度当たりを見渡す。既に人はまばらに来はじめているが、目的の人物『minori』の影は見えない。

 服装の確認はしたのに、何故昨日の内に集合場所を決めなかったのか? 

 湊は自分自身に腹を立てつつ、Twitterを開く。DMが来ていないか見てみると、「もう着きました!」というメッセージと、絶妙にダサいラッコのスタンプが送られてきていた。

 

 

「ん〜……それっぽい人は、見えないんだけどな」

 

「……あっ、あの! minatoさん、で合ってますか?」

 

「えっ?」

 

 

 突如、後ろから掛けられた言葉に、湊は驚き間の抜けた声を出してしまう。

 心を落ち着かせるように、ゆっくりと後ろに振り向くと、そこに居たのは乙女色のセーターに薄黄色のスカート、白と橙の蝶リボンを見に纏った可愛らしい少女だった。

 顔立ちはあどけなさの残る可愛らしいもので、明るい茶色の髪は肩先ほどのセミロングで整えられており、鼠色の瞳には少し不安の感情が伺える。

 

 

 在り来りな言葉で表現するなら、『minori』は美少女だった。

 

 

「……もしかして、君がminoriちゃん?」

 

「はっ、はい! 今日は誘って頂いてありがとうございます!」

 

「会えて良かったよ。あぁ……一応、改めて自己紹介しようか。リアルで会うのは初めてだし。月野海湊、17歳。神山高校に通ってるよ」

 

「わ、わたしは、花里(はなさと)みのり、16歳です! え、えっと……学校は宮益坂女子学園に通ってます!」

 

「ちょっ! みのりちゃん、声。声抑えて! 周りにも聞こえちゃうから」

 

「そ、そうでした! ごめんなさい!!」

 

 

 あわあわと慌てて謝る様子が、一瞬、ほんの一瞬だけ、湊の中での雫と重なった。いや、重ねてしまった。

 

 

 その後、一旦場所を移動した二人は、適当な場所で腰を下ろして、会場に入るまでの時間の潰し方を話していた。

 

 

「物販はどうする? 行くなら付き合うけど?」

 

「お願いしても、良いですか? Cheerful*Daysのライブに来たの初めてで……。曲やメンバーさんは知ってるし、一応うちわは作ってあるんですけど、ペンライトが無くて」

 

「そっか。俺のを貸すのもアレだし、この際、買っちゃった方が早いよね。何色にする?」

 

「まだ、決まってなくて……昨日の内に上がってるMVとか、ライブの映像は見たんですけど、どうしようかな、って」

 

「まっ、焦んなくてもいいんじゃない? 決めきれなかったら、無難に俺と同じで空色のペンライト振るのも悪くないよ」

 

「そ、その時はそうしますね。ありがとうございます!」

 

 

 さり気なく、自分の幼馴染みを押す湊の姿は、知り合いが見れば苦笑を零すこと間違いなしだろう。もっとも、みのりもSNS上で湊の推し(幼馴染み)を知っている為、若干引き笑い気味だったが、しょうがない事だ。

 

 ◇

 

 物販も周り終わり、程なくして入場時間になった。

 何度か顔を合わせたことがあるスタッフに湊がチケットを渡すと、みのりと共に違う道に案内されて行く。

 最初はウキウキとしていたみのりだったが、段々と人並みから離れていくのを感じ、ソワソワし始める。

 

 

「あ、あの、湊さん? わたしたち、どこに……」

 

「もっと、ステージが見えるところだよ。……言い忘れてたけど、今回のライブは特等席──関係者席で見れるよ」

 

「えっ……えぇぇぇぇぇえ──ー!?!?」

 

 

 驚き、固まってしまったみのりの手を引き、湊は関係者席まで歩いて行く。雫が無理を言って取らせてもらった席だ。後ろのスクリーンも、ステージ全体も見やすい位置にあり、アイドルが肉眼で相手を見ることだってできる最高の場所。

 気が遠のいているみのりに、湊は念の為、帽子を被せて座らせる。

 少し見辛くなってしまうが、そこは既にOKを貰っているから大丈夫。そう自分に言い聞かせて、彼も席に着いた。

 

 

 みのりの意識が戻るのと、Cheerful*Daysのメンバーがステージに上がって来たのは、ほぼ同時刻。

 彼女は、眩しいくらい明るいステージライトで目を覚ます。

 

 

『みなさーん! 今日は、私たちCheerful*Daysのライブに来てくださり、ありがとうございます!』

 

 

 センターである雫が、トップバッターとして挨拶をし、そして、それに続くように他のメンバーも言葉を紡いでいく。

 

 

『みんなのこと、ぜーったい楽しませるから! 最後まで盛り上がっていこーね!』

 

『それじゃあ、先ずは最初の一曲、いっくよー!!』

 

 

 会場の熱を冷ます余裕を与えないよう、Cheerful*Daysはオープニングの挨拶から、手早く最初の曲に移る。

 正直、そこから語ることは多くない。

 熱狂に次ぐ熱狂が会場全体を覆い、一切冷めることはなくライブが続いた。誰もがステージの上の偶像(アイドル)()()に視線も、意識も奪われる。

 

 

 唯一湊だけが、アイドルたち──ではなく、彼の思う最高の日野森雫(アイドル)に視線も意識も奪われていた。

 完璧だった。

 メイクで整えられた綺麗な顔、華麗で可憐な衣装、一つ一つの仕草、全てが調和され、仕上げられている。

 

 

 裏にある努力を、湊は知っていた。

 ステージに立つと言うことは、並々ならぬ努力の積み重ねの上に立つのと同義。しっかりとした土台が無ければ、呆気なく崩れ落ちる。

 だがしかし、湊は雫が崩れ落ちるなんて微塵も思っていない。

 誰よりも隣にいた自信があった。彼女の為に、やれることは全部手伝ったと思っている。

 

 

 それは信頼であり、ある種の期待だった。

 湊は、雫を心の底から、信じていたのだ。

 

 

『──────────────』

 

「……あぁ」

 

 

 視線がぶつかる。きっと、数秒にも満たない交差だ。

 けれど、湊はその数秒の重なりで、しっかりと思い受け取った。

 

 

『私から絶対に、目を離さないで』、そんな一途な思いを。

 

 ◇

 

 二時間のライブが終わったあと、湊は一人、関係者席から、控え室前に訪れていた。言わずもがな、雫のお迎えだ。彼は今日も今日とて、彼女を送ってきたのだ。

 因みに、みのりとは既に別れている。恐らく、近くでアイドルを見たお陰で、夢の炎にガソリンが投下されたのだろう。「早く帰って練習するね!!」と、言い残して去っていってしまった。

 

 

 湊としては、都合が良かったので、気を付けて帰るよう注意しただけだ。

 

 

「月野海です、雫を迎えに来ました」

 

「はーい! 着替えは終わってるから、もう入っていいよー」

 

 

 声がドア越しに聞こえてから、少し間を置いて、湊は中に入った。控え室にいたのは着替え終わって私服のCheerful*Daysのメンバーと、マネジャーであろうスーツの女性が一人。湊でも、全員が全員、知り合い程度には話せる人たちだ。

 

 

「態々いつもごめんね。事務所の私たちが送るより、君が送ってくれた方が安全だから頼っちゃって。……これ、少ないけど受け取って」

 

「別に、要りませんよ。俺が趣味でやってるようなもんですから。それに、アイドルの皆さんと話せるだけでも、充分貴重な体験です。……ほら、雫。遅くならない内に帰ろう」

 

「えぇ! それじゃあ、皆さん先に失礼します。お疲れ様でした!」

 

『お疲れ様です!』

 

 

 皆に帰りの挨拶を済ませた雫と湊は、控え室を出て、出口まで歩いていく。その中でも、雫はすれ違うスタッフ一人一人に「お疲れ様です」と、挨拶をする。そんな幼馴染みの真面目な仕事姿を見て、湊は誇らしく思った。

 

 

「本当にお疲れ様、雫。今日のライブも、最高だったよ」

 

「そう、よかったわ! ……ねぇ、みぃちゃん?」

 

 

 ようやく外に出て、駐車場に着いた二人。

 湊が雫を労い。雫が湊に微笑み返す。ライブ後にやる、お決まりの流れをやり終わったあと、雫の一言で空気が変わった。

 

 

「ど、どうしたんだ、雫?」

 

「今日、みぃちゃんの隣にいた子は、誰?」

 

「勿論、しぃ──」

 

「嘘はやめて。しぃちゃんを私が見間違えるはずないもの」

 

 

 冷たい視線が、刃となって湊に突き刺さる。これ以上の誤魔化しは効かない、本当のことを言うしかない。

 選択する権利自体は残されているが、未来は一つだ。──絶対に怒られる。

 

 

「……実はな、その、色々と事情が重なって、しぃが来れなくなってさ。俺の隣に居た子は、代理なんだ」

 

「代理?」

 

「そうだよ。雫、今回のライブ、張り切ってたみたいだから、ガッカリさせたくなくて。……ともかく、あの子は違う」

 

「なら、いいわ。ごめんなさいね、変に勘ぐって。さぁ、帰りましょう?」

 

「お、おう」

 

 

 にこやかな表情に戻った雫は、慣れた様子でヘルメットを被り、バイクの後部に着いた。

 顔がいい奴は怒ると怖い。噂ではなく事実だった。湊は今日のことを忘れないよう、心に刻み付け、今後は素直に全部話すことを誓う。

 帰宅途中、しがみつく強さがいつもよりキツかったのを、彼は忘れないだろう。

 




 次回もお楽しみに!

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気の置けない友人

 反省。
【私は課金で天井までガチャを回して、今回のイベキャラ三人を当てました】


 あっという間に過ぎ去った秋は忘れられ、今は冬。厚着をしても貫通してくる寒さが、湊を襲う。

 

 

「さみぃ……買うもん買って、早く帰るか」

 

 

 自宅からほど近いショッピングモールまで、湊はとぼとぼと歩いていく。彼自身、特に理由があったわけじゃない。たまには歩くのも悪くないと思い家を出たのだが……どうやら失敗だったらしい。

 雫の頼みである本は必ず買って帰らないと不味いし、自分の目的の物も買って帰りたい。先程の言葉は、諦めの境地に達したが故の悲しい言葉だ。

 

 

 歩いて、歩いて、歩いて。ようやく辿り着いた信号交差点の先に、ショッピングモールが見えた。もう少しで温かい場所に入れる、と湊が喜んだのも束の間。彼が来た方向とは反対の場所から、何度か聞いたことのある、懐かしい声が響いた。

 突然のことに、反射的に反応した湊が顔を向けると、そこには……

 

 

「すみません……わたし、急いでるので」

 

「そこをなんとかお願いします!! 俺、愛莉ちゃんのファンなんです! サイン、サインだけでいいんで!」

 

「俺も俺も! こんなところで会えるなんてキセキっすよ! 握手して欲しいっす!」

 

「ですから、わたしは……!」

 

 

 幼馴染み──雫の親友でもあり先輩アイドル()()()桃井(ももい)愛莉(あいり)が居て、面倒臭そうなファンに絡まれていた。帽子とメガネで変装をしてるからか、幸いにも今はそこまで騒ぎになってないが、波が広がるのは時間の問題だろう。

 それに、中央は長く伸ばしたまま、両側を黄色のリボンで結んだ特徴的な桃色の髪と、萩色の綺麗な瞳は簡単には隠せない。

 

 

 元とはいえ、QT(キューティー)という、小さくないアイドルグループに所属して、バラエティー方面でも活躍していた……いや、最後にはそこだけしか残されていなかったアイドルだが、だからこそ人気はあった。

 

 

(見て見ぬふりは……できないよなぁ)

 

 

 悩むように髪を搔いたあと、湊は適当な理由を考え、それに沿ってテンションを上げて愛梨の方に走って行く。

 バカっぽく、変に怪しまれない程度に、湊は自分を作る。雫のお陰で色々な業界人に会って来た彼は、処世術や簡単な演技の方法を暇潰しに教えて貰ったことがあった。

 人間、学んだ知識や経験が、いつ役に立つのかなんて分からないものだ。

 

 

「おーい、お待たせ! 待たせて悪かったな」

 

「み、湊!?」

 

「……えっ? あ、愛莉ちゃん、彼氏いるの!?」

 

「マジかよ……ちくしょう!」

 

「……ん? あの、なにか勘違いしてませんか? 愛子は、愛子です。俺の彼女。アイドルの桃井愛莉とは別人ですよ〜」

 

『べ、別人!?』

 

 

 驚くファン二人に見せつけるような動きで、愛莉が嫌がらないギリギリの加減で、湊は彼女の肩を寄せ、疑わせる為に念を打つ。「目の前にいるのは、桃井愛莉じゃないのでは?」と。

 作戦が成功したのか、驚きの顔は見る見るうちに変わり、青白くなっていった。

 

 

「あ、あの〜、本当に、愛莉ちゃんじゃないんですか?」

 

「……え、えぇ! よく間違われるけど、違います」

 

「そ、そうですかぁ……」

 

「いやぁ、似てるからしょうがないですよ。コイツ、そっくりさん大賞に出たことあって、そこで賞金貰ったくらいですから!」

 

「へ、へぇ〜。あ、自分たち、これで失礼しまーす!」

 

「ホント、すみません!」

 

 

 謝りながら去って行くファン二人を見送ったあと、湊はそっと愛莉の肩から手を離した。絶対に、愛莉の方を見ないように。

 今振り向いたら、伊達メガネ越しに、殺人級の意思が籠った視線とかち合うのは必然。助けたつもりでいる湊からしたら、そんなのが飛んでくるなんてとばっちりだ。

 だが、このまま放置していくのも、なんて言われるかわかったものではない。

 

 

 いつもの如く、湊に選択肢はなかった。

 

 

「……悪かった、無難なのがあれしか思いつかなかったんだ」

 

「別にぃ、誰も怒ってるなんて言ってないでしょ?」

 

「いや、確実に怒ってるだろっ!」

 

 

 こめかみに浮かんだ青筋と、見慣れた営業(サービス)スマイル、暗い意思の点った瞳が絶妙なバランスでマッチし、湊の恐怖心を駆り立てる。

 謝ってこれなら、物で釣るしかない。湊は、自分の財布の中身を思い出し、どの程度なら奢れるかを必死に計算した。

 そして、苦し紛れの笑を零して言った。

 

 

「行き先はショッピングモールか?」

 

「えぇ。あと、帰りにCDショップにも寄る予定よ」

 

「……5千円までなら奢る」

 

「決まりね。さっ、早く行きましょ! ここは寒いもの」

 

 

 般若も素足で逃げ出すような、恐ろしい表情は嘘のように消え去り、愛莉は湊の手を引いてかけて行く。

 演技だったのか本気だったのか、彼には皆目検討がつかなかった。

 

 ◇

 

「湊、アンタの買い物、もう終わったの?」

 

「まぁな。雫に頼まれた本一冊買うだけだったし」

 

「……それだけなら、通販とかでも良かったんじゃない?」

 

「俺も買いたい物があったから、ついでだよついで。本命はCDショップ」

 

「なんて言うか……雫に甘いわよね」

 

「普通だよ。ほら、雑貨屋に行くんだろ?」

 

 

 二人がショッピングモールを歩く姿は、周囲から明らかに浮いていた。方や変装をしているが元アイドルの愛莉。もう片方も、断ったが、雑誌撮影の付き添いに行ったら、モデルの代役を頼まれるくらいには顔がいい男の湊。

 目立たないなんてありえない。特に、男女のペアなら尚更だ。

 しかし、湊と愛莉に近付いてくる人は、全くといっていいほどいない。その理由の一つは、「もし芸能人だったとしても、プライベートを邪魔したくない」という、ファンの良識。もう一つは、湊の「寄ってくるな」と言わんばかりの、圧のあるオーラがあるからだろう。

 

 

 彼は、アイドルに対して──いや、大切な友人に対しては、全くもって過保護である。目的の雑貨屋に入ったら、さり気なくカゴを手に取って、欲しい物を入れるように言い。愛莉が届かない場所にある商品を取ったり、座り込んで商品を吟味する彼女をガードしたりと、執事さながらの行動を、さも当たり前のようにやる。

 湊自身、雫にやっていた長年の癖が、他の人間になっても抜けないのだ。

 

 

「ねぇ、湊? こっちの緑のリボンと、こっちの水色のリボン、どっちがいいと思う?」

 

「……水色、かな。着る服によるけど、淡い色の方が合わせるのも難しくないと思う。主張し合って喧嘩もしないし」

 

「でも、主張し過ぎないのもつまらないのよねぇ……」

 

「どっちも、買えばいいんじゃないか? 着る服で変えればいいわけだし」

 

「ダメよ! いくらお金があるからって、闇雲に使うべきじゃないわ。しっかりと管理して、予算と相談しないと」

 

 

 愛莉はそう言うと、持っていたハンドバッグから小さな電卓を取り出し、叩き始める。湊はそれを横からぼーっと眺めながらも、チラリと商品が並べられた棚を見やった。

 ほんの一瞬にも満たない時間だったが、彼の目に一つの商品がとまった。マニキュアだ、夜空色の綺麗なマニキュア。

 

 

 考えるより先に、手が伸びて、湊はそれを手に取った。

 月もない、星もない、なにもかもを飲み込むような、深い海にも見える暗い色。彼は、それが何故か、雫に似合う気がした。きっと、ファンに聞けば、十中八九イメージと違うと言われ、一蹴される色だろうが……湊は、『似合わない』とは思わなかった。

 

 

(要らないって言ったら、他の奴にあげればいい……か)

 

 

 深く考えなかった、浅くも考えなかった。

 月野海湊(幼馴染み)には、確信があったから。

 

 

「……アンタ、マニキュアなんてやるの?」

 

「いや、違うよ。ただのお土産だ。買い物に付き合って遅れて帰るしな」

 

「ふふっ。やっぱり、センスいいわね、湊は」

 

「そうか? 自分ではそんなわかんないけどな」

 

「褒めてるんだから、受け取っとけばいいのよ」

 

 

 勝気に笑う愛莉は、綺麗というより、愛らしくて可愛らしくて。それでも、どこか心を癒してくれる、友人ならではの優しさが見えて、湊もつられてクスリと笑った。

 変わらぬ存在(アイドル)であり続けたかった愛莉だが、今の湊との関係に、不思議と悪い気はしなかった。

 

 ◇

 

 CDショップにも寄り終わり、愛莉を家の近くまで送ったあと、湊はお隣の日野森家を訪れていた。

 

 

「お帰りみぃちゃん! お使いを任せてごめんないね」

 

「いや、俺も買い物に行きたかったし、いいよ別に。はい、頼まれてた本と……お土産。帰るのが遅れたから、お詫びだ」

 

「愛莉ちゃんと一緒にいたんでしょ? 久しぶりに会ったんだから、話したくて当然よ。……でも、お土産ありがとう。なにかしら?」

 

「マニキュア」

 

「マニキュア? みぃちゃんが選んでくれたの……!?」

 

 

 まぁな、と一言言うと、湊は踵を返して帰ろうとするが、雫がそれを引き留めた。力強くではなく、裾を引っ張る弱々しいものだったが、彼はそれを振り払うことは出来ない。

 それを知っている雫は、わざとそう掴んで、湊を離さないようにした。言葉にせずとも、構って欲しいと、行動が教えてくれる。

 

 

「みぃちゃん、このあと、忙しいの?」

 

「……忙しいな。買ってきた曲聞きたいし、風呂洗って入りたいし、課題あるし、忙しいな」

 

「なら、大丈夫ね! 買ってきた曲は私のソロシングルでしょ? みぃちゃんは生音源持ってるし、練習で何回も聞いてくれたじゃない! それに、うちならすぐにお風呂に入れるし、課題だってみぃちゃんはとっくに終わらせてるでしょ?」

 

「……………………」

 

 

 完全に詰んでいる。

 幼馴染みとしての雫は、湊の行動パターン把握済みだ。いつも、自分が出てる雑誌や本、CDやDVD、全てを買ってくれている。しっかりとデモ版を渡しているのに、だ。

 湊曰く、「貰うんじゃなくて、自分の金で買いたい」らしい。雫もそれを喜んでいるから、何も言わないが、それを利用して逃げるなんて許さない。

 

 

「マニキュア、みぃちゃんに塗ってもらいたいなぁ?」

 

「──俺の負けだ。塗ればいいんだろ? 言っておくけど、下手でも文句言うなよ?」

 

「平気よ、みぃちゃんが塗ってくれるなら安心だわ」

 

 

 その後、湊がたっぷり時間をかけて塗ったマニキュアに、雫は大喜び。一週間はずっとニコニコしていた。




 次回もお楽しみに!

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アイドルにとっての幼馴染み、幼馴染みにとってのアイドル

 雫の方向音痴の理由が尊すぎて死んだ民です。
 見つけてもらいたくて迷子になるとか、最高かよっ!!


 遅れましたが、mitsuさん。星10評価ありがとうございます!
 UA増えませんが、お気に入りと高評価は少しづつ増えて嬉しいです!


 太陽が本格的に仕事を始めた祝日のお昼過ぎ。湊は、仕事終わりの雫を迎えに行くために、バイクを走らせていた。目的地でもある収録先は、いつも送り迎えをしている事務所兼劇場の近くであり、彼にとっては来慣れた道だ。

 もっとも、だからといって雫が一人で帰れるわけもなく、湊は今日も今日とて彼女の足となる。

 

 

「確か、この辺だったよな……?」

 

 

 スマホのナビ画面と辺りの様子を確認しながら、幼馴染みの影を探す。もし、人波に紛れていたとしても、雫は目立つ。圧倒的なオーラと顔の良さで、周りが勝手に避けていく。

 それを見つけるのは、そこまで難しいことじゃない。ましてや、湊は幼馴染み。何度、妹分である志歩と一緒に、彼女を探し回ったことか。

 

 

 彼にとっては、朝飯前も同然……の筈なのに。いくら見渡しても、影が見えない。湊の心がざわつく。嫌な予感がした。

 

 

(……大丈夫。少し確認するだけだ)

 

 

 自分にそう言い聞かせ、湊は嫌々ながらもマネージャーに電話をかけようとしたその時。偶然か必然か、マネージャーの方から電話がかかってきた。

 ため息が漏れる。どうやら、湊の嫌な予感は的中していたらしい。

 

 

『……もしもし、月野海です』

 

『ごめんなさい、湊さん! ……実は、日野森さん、もう先に帰っちゃったの!! 何度も止めたんだけど、「大丈夫です!」って、笑顔で言うものだから……そのまま。こっちでも探してるんだけど、中々見つからなくて……悪いけど、お願いできる?』

 

『わかり、ました。俺も動きます』

 

 

 その言葉を最後に電話を切り、急いで雫の電話に取り付けられたGPSの信号を確認する。親御さんが心配して取り付けたものだが、主に利用して彼女を探しているのは湊だ。

 愚痴りたい気持ちは少なからずあったが、それを飲み込み、GPSが示す場所に向かおうと、もう一度バイクを走らせた。

 

 

 運がいいことに、渋滞に引っかかることもなく、湊は着々と雫との距離を詰めていたが──またしても嫌な予感が彼を襲う。

 とっさの判断で、GPSが映し出される画面のスクリーンショットを撮った次の瞬間、先程まであったGPSの点が消えた。

 

 

 お忘れかもしれないが、日野森雫は、地図が読めない極度の方向音痴であり……()()()()だ。彼女のそれは常識内で留まることを知らず、パソコンを触れば何故か数秒でブルースクリーンになり、スマホに至っては確率でブラックアウトする。

 それは、バイクのような乗り物でも例外はなく、運が悪ければ五回に一回の確率でメンテナンス行きにさせられる始末。

 

 

 頑張れば直せる程度で済んでいるのが、唯一の救いだ。

 

 

「……最悪だな」

 

 

 なんとかスクリーンショットを撮れたは良いが、湊はため息を吐くしかない。理由は単純、撮った写真に映る位置から、雫がどう動くか完全にランダムだからだ。

 来慣れた、見慣れた道を歩く人間のパターンは決まっているが、彼女のような散歩好きの独特な感性を持った人間が歩く道に、パターンなんてものは存在しない。

 

 

 信号待ちの間、湊が道路脇で頭を悩ませていると、スマホに電話がかかってくる。彼が画面を見ると連絡先設定はされてないのか、番号だけが羅列されていた。湊は少しだけ、どこかで見たことのある番号だと思った。

 

 

『もしもし、月野海ですが……』

 

『よかった……あってたみたいですね』

 

『……ん?』

 

 

 電話越しに聞こえる女性の声音も、どこかで聞いたことがある。「誰だったっけ?」、頭の中に浮かぶもやもやが、掴めるようで掴めない感覚。

 そんな湊の状況を知ってか知らずか、通話相手の女性が話を進める。

 

 

『実は今、日野森雫さんを保護しているんです。……彼女曰く、この番号に電話すれば大丈夫だと言われたので連絡したんですけど、月野海湊さんで間違いないですよね?』

 

『あ、あぁ。間違いないけど……って、雫を保護してる!?』

 

『はい。道に迷ってるようだったので』

 

『……ホント、すみません。今から迎えに行くんで、場所教えて貰っていいですか? あと、お名前も』

 

『私の方こそすみません。名前、言い忘れてました。──桐谷(きりたに)(はるか)です』

 

『……はぁ?』

 

 

 雫を保護した相手は、国民的人気アイドルグループ『ASRUN』に所属し、その中でもカリスマ的存在で人気を誇っていた『桐谷遥』その人だった。

 

 ◇

 

「月野海さんに連絡がついてよかったね、雫」

 

「ありがとう、遥ちゃん。お陰で助かったわ。……ごめんなさいね、プライベートなのに」

 

「全然平気。それに、最近は会うこともなかったし、話したいこと色々あったから」

 

「そう! それじゃあ、みぃちゃんが来るまでいっぱい話しましょう!」

 

 

 穏やかな笑みを零す遥と、ニコニコと笑う雫。

 ファミレスの店内、奥角にある二人が座るテーブルは、そこだけが隔離されたかのように浮いていた。

 雫の容姿も確かに目を引くが、遥も負けていなかった。雫の流すような空色のロングヘアと対比された、キチッとまとめられた中縹色のショートヘアに、人を惹き込むアクアブルーの瞳。可愛らしいとも綺麗ともとれる端正な顔立ちは、モデルの仕事が多い雫にも、全く引けを取らない。

 

 

 会話はありふれたものが多く、最近の調子や、面白かったドラマ、ハマっている本、流行の服。コロコロ変わっていくが、雫は痛い部分に触れないように、仕事に関しては何も言わなかった。

 共演の回数が減り、『ASRUN』のライブの回数も減少、最近ではテレビでも遥の露出が少なくなってること。彼女はなんとなく、気付いていた。

 

 

 しかし、触れようとはしなかった。自分にも、触れられたくない部分ができてしまっているから。それで動揺している所を、いつ来るかわからない幼馴染み()に見られたくないから。

 

 

「前から聞きたかったんだけど……雫にとって、月野海さんってどんな人なの?」

 

「私にとっての、みぃちゃん?」

 

「うん。妹さんの話もよく聞くけど、月野海さんの話も偶にするから。何回か会ってちょっと喋っただけだし、気になってたんだ」

 

「……みぃちゃんは、私にとって、お月様みたいな人」

 

「月? それは、どうして?」

 

「みぃちゃんはね、凄く優しいの。鈍感な時もあるけど、細かい気遣いができて、私が言い出せなくてもゆっくり待ってくれる。苦しい時も辛い時も、何も言わずに支えてくれる。ファンに希望を届ける私の、あたたかい希望の光なの」

 

「……そっか。月野海さんは、雫の大切な人なんだね」

 

「えぇ。みぃちゃんは大切な、幼馴染みよ」

 

 

 幼馴染みと言い張るには、些か慈しみや愛しさが溢れ過ぎていたが、遥はそれに気付きながらも、口を出そうとも思わなかった。

 むしろ、出したくないとすら思った。アイドルの恋は毒だ。いずれ、自分も周りも侵し、殺してしまう。けれど、アイドルの恋は儚いからこそ美しい。実らなかったとしても、その恋は未来に繋がる。

 一瞬、遥は未来の自分を雫に重ねてみた。悪い気は、しなかった。

 

 

 それから待つこと十数分。湊がようやく二人の元を訪れた。

 雫は先程まで遥に向けていた笑顔より数倍明るいものを、彼に向ける。周りから見たら一目瞭然なのに、彼女は隠せていると思っているのだろうか。

 

 

「いい笑顔で出迎えてくれてありがとう、雫。でも、顔がいいからってなんでも許されるわけじゃないからな? わかったら、今度から俺を待て。今日は桐谷が拾ってくれたから助かったけど、何かあったらどうする気だ?」

 

「みぃちゃん……」

 

「まぁまぁ、そこまで言わないであげてください。私は迷惑なんてしてませんし、雫と久しぶりに話せて嬉しかったですから」

 

「桐谷……お前がそう言うなら、いいけどさ」

 

 

 呆れたような困ったような、そんな曖昧な表情の湊は一息つくためにも席につき、入れ替わるように、雫が化粧直しで席を立った。

 湊と遥は初対面ではない。仕事場で何度か顔を合わせ、少しくらいなら話したことがあるが、その程度。友達の友達と一緒にいるのは、案外居心地が悪い。

 何か話題がないか遥が考えていると、湊が雫と同じように、「最近どうなんだ?」と問い掛けてきた。

 

 

「最近、ですか?」

 

「あぁ。……言っちゃ悪いけど、最近は雫と共演もしてないし、ASRUNのライブ回数も減ってる。ちょっと前まではテレビで引っ張りだこだったのに、今じゃ顔もあまり出さない。一ファンとして、気にならない方がおかしいだろ?」

 

「……………………」

 

「……言えない、か?」

 

「はい」

 

「ならいいよ。聞いた俺も悪いし、忘れてくれ」

 

 

 幼馴染みとして、湊と雫にそこまでの違いはない。

 湊は気付いて踏み込んでも、最後の一歩は弁える。雫は気付いていたら、そもそも踏み込まない。

 助けたい思いはあっても、傷つけたいとは思わないから。

 

 

「月野海さん」

 

「……湊でいいよ。桐谷に敬語を使われるのは、少し肩がこるし、後輩もそんなんばっかだから」

 

「じゃあ、湊さん」

 

「なんだ?」

 

「湊さんにとって、アイドル(日野森雫)ってなんですか?」

 

 

 含みがあった。

 あくまで、遠回しに聞いた。

 直接聞くのを遥は少しだけ躊躇った。

 

 

「俺にとってのアイドルは……お日様──太陽かな」

 

「……太陽、ですか」

 

「どんなに苦しくても、辛くても、ステージに立てば、俺たちファンを照らしてくれるあたたかい光。ファンの為に、必死になって努力する眩しい存在だよ。アイドルは」

 

「ありがとうございます。湊さんのこと、なんとなくわかりました」

 

 

 この先の未来を、二人はまだ知らない。

 だから、特に絆を紡ぐこともないし、気張らない。ファンとアイドルであり、友達の友達。微妙な距離感があった。

 

 ◇

 

「みぃちゃん、ありがとう。遥ちゃんに畏まらず、話してくれて」

 

「別に、お礼を言われることじゃないよ。俺は、桐谷をアイドルとして、人として尊敬してるけど、彼女は畏まって喋られるのは嫌なタイプだと思ったから、普通に話した。桐谷にも、普通でいいって言った。俺がそうしたかっただけだよ」

 

「……それでも、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 照れを隠すように、湊は駐輪場まで歩いていく。雫も、それに置いていかれないように後に続く。

 隣ではなく斜め後ろで、顔を覗き込むように、ニヤニヤと笑みを零す。

 そして、忘れていたことを思い出したように、また表情を変えた。

 

 

「──そうそう! 私ね! 今日は帰る方向自体は間違えてなかったの! 少しだけ脇道に逸れちゃったけど、もう少しで帰れたと思うわ!」

 

「……おめでとう」

 

「昔みたいに、撫でて──くれないの?」

 

「人前だからな」

 

「けど、昔はどこにいてもやってくれたわ」

 

「せめて……変装してからな」

 

「今がいいの。それとも、嫌?」

 

 

 顔がいい幼馴染みの上目遣いは、効果がバツグンだ。

 相も変わらず、湊に選択肢はなく。

 夕暮れ前、人通りがそこそこに多い歩道で、雫の頭を撫でる彼の顔は、羞恥に赤く染まっていた。 




 次回もお楽しみに!

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恋に恋していられれば

 Twitterのbot更新を止めた私です、しぃです。
 タグ付けとけよって話ですが、基本「幼馴染みは顔がいい」は週一投稿です。
 そこら辺を踏まえた上で気長にお待ち下さい。

 そうそう、皆様のおかげで! なんとなんと、日間ランキングにのりました! 別作品で一度乗ったことはありますが……嬉しい、嬉しいです! お気に入りもUAも増えて万々歳ですね!
 今後とも、よろしくお願いします!

 p.s.
 セイランさん☆10評価、稲の字さん☆9評価、わけみたまさん☆7評価、ありがとうございます!
 バーに色が着いたので、その色に恥じぬ話を書いていきます!



 月野海湊はアルバイターだ。平日に二日、土日に一日、バイト先である古本屋に出勤し、コツコツ働いて小金を稼いでいる。

 バイクのメンテナンス代や、アイドルグッズ代、本や映画鑑賞にかかる代金。なにかとお金がかかる趣味が多い彼にとって、バイトは生命線だ。もしそれが途絶えたなら、新たなバイト先を目指して走り出すことになるだろう。

 

 

 だが、それも要らぬ心配だ。湊は、基本的に努力を惜しまずするタイプで、職人気質な面もある。知らないこと、分からないことは調べ、覚えて、実践して確認。

 慣れてくれば、どうすれば効率が良くなり、作業の時短に繋がるのか、店長や先輩の技を見て盗んでいく。

 

 

 加えて、湊は昔から、祖父と遊びでオモチャやバイクを改造したり、雫が壊したり不調にした機械の修理をしていたこともあり、細かい作業はお手のもの。

 勤め始めて一年半が経った現在では、頼るより頼られる立場に回ることが多く、時給も上がりまくりだ。

 

 

 そして、彼は今日もバイトに精を出している。

 

 

「ありがとうございました。またお越しくださいませ〜」

 

 

 会計を終え、去っていく客に、湊は定型文を言い持ち場の加工台に戻る。彼がふと時計を見やると、時刻は九時を回っていた。

 

 

(……やべぇ、上がる時間とっくに過ぎてる。確か、お昼に入ったから……一時間過ぎてるな)

 

 

 湊の背中に嫌な汗が流れた。彼が働く古本屋は、全国各地に店を構える、チェーン店である。そして、そこのシフトは、休憩含めて八時間が限度。それ以上の労働は、本部に自動でメールが送信され、回り回って店舗に連絡がくる。

 過去、湊が店長に注意を受けたのは一度ではない。「仕事に真摯に向き合う姿勢はいいけど、限度は覚えて」と、何回言われたことか。

 

 

(諦めは肝心、諦めは肝心)

 

 

 そう、心の中で呟きながら、カウンターを他の同僚に任せ、彼は退勤を切って従業員室に歩いていく。

 

 

「お疲れ様でーす」

 

「お疲れ様です」

 

 

 すれ違う同僚に挨拶し、辿り着いた従業員室。パスワード式のドアを開けて中に入ると、休憩中の店長が椅子に腰かけて、スマホを弄っていた。

 いつものように「お疲れ様です」と、一言声をかけてからエプロンを脱ぎ、奥の金庫がある部屋で、作業着から私服に着替える。

 店長も男性だが、湊は着替えを見られていい気分がする人種ではない。

 

 

「……すみません、店長。明日発売の雑誌の件なんですけど──」

 

「Cheerful*Daysの特集記事があるやつだよね? 大丈夫、大丈夫。もうここにとってあるから、帰りに買っていっていいよ」

 

「いつも、ありがとうございます……!」

 

「湊くん、いつも落ち着いてるけど、雫ちゃんの雑誌や本を貰う時は凄くいい顔してるよね〜」

 

「そう、ですか?」

 

「うんうん。一年半も一緒にいれば、なんとなくわかるよ。本当に大好きなんだね?」

 

「まぁ、それは……」

 

 

 時間のことを問い詰められる前に、話題を作ろうとした湊だが、どうやら墓穴を掘ったらしい。自分の方をニヤニヤと見つめてくる店長から逃げるように、ロッカーに向き直り、荷物を取り出す。

 バッグからスマホを取り出し、代わりに作業着を突っ込む。

 雫に今日もレッスンがあることを知っていた湊は、もう帰ってるだろうと思いつつも、GPSを起動し彼女の現在地を確認した。

 

 

「……珍しいな、こんな時間までやってるなんて」

 

 

 スマホの画面に映し出された地図のある場所に、雫のマークが重なる。そこは、Cheerful*Daysの事務所兼劇場だった。

 

 

 ◇

 

 雫たちがレッスンをするCheerful*Daysの劇場には、冬だというのに熱気が立ち込めていた。誰もが滝のように汗を流しながら、次回のライブのために、必死で練習し続けているからだ。

 そして、その中でも群を抜いて汗や疲労感が目立つものが一人。──いや、そんなもの抜きにしても、圧倒的なオーラを放つ存在が一人、居た。

 

 

 雫だ。

 

 

 彼女は、他のメンバーが休憩する時間も全て練習に当てて、モデルの仕事で出遅れている分を取り戻す。

 仕事が貰えるのは有難い事だが、それを理由にダンスのキレをなくしたり、歌の部分を犠牲にはできない。

 完璧な偶像(アイドル)、それが雫に求められているものだから。

 

 

 だが、そんな彼女の姿をよく思わない者は、少なからずいる。残念なのは、その少ない者が仲間として、彼女の傍に居たこと。

 スピーカーから流れる音楽に混じって、軽蔑の雑音(言葉)が聞こえる。意味のないアドバイスが、悪意ある指摘が、雫の心を刺していく。

 広いシアターに、多くの仲間がいて。支え合って、踊って、歌っているのに、自分だけが浮いている感覚。

 

 

 虚しくて、悲しくて、辛いのに、微笑みだけは絶やさず、練習を押し通す。そうこうしていたら、いつの間にか時間は過ぎていき、劇場に残っているのは雫だけになっていた。

 途中、何人かは、帰ろうと声をかけていたが、彼女は「遅れている分、早く追いつきたいから」と断り、練習を止めようとしなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……もっと、頑張らなくちゃ……!」

 

 

 彼女を、雫を追い詰めるのは、矜恃なんてちっぽけなものじゃない。ファンを想う心はあれど、アイドルが本当に好きかもわからなくなりつつある、そんな彼女を追い詰める理由は──恋だった。

 

 

 見に来てくれる幼馴染みに、最高のパフォーマンスを魅せたい。歌も、ダンスも、一つ一つの動きを完璧にして、届けたい。

 何度も頼って、ダメなところを散々見せた雫だが、ステージの上でだけは完璧な偶像(アイドル)として、湊の一番のアイドルとして夢を見せてあげたい。

 どこからか歪んで、関係も変わって、伝えられない恋心が雫を追い詰める。

 

 

(ステージの上でだけなら、みぃちゃんは私だけを見てくれる。私を……見続けてくれる。──でも、それは本当の私なの?)

 

 

 完璧な偶像(アイドル)としての日野森雫と、素の日野森雫は別物。

 地道な努力によって作り上げたのが完璧な偶像(アイドル)

 十七年の人生の軌跡が生み出したのが素。

 それが雫の認識だ。

 もし、 湊の前で見せている素の日野森雫ではなく、ステージの上の完璧な偶像(アイドル)である日野森雫を好かれてしまったら? 

 

 

 とっくに彼女の中で答えは出ている。自分の恋はバッドエンド。絶対に実らないし、実ったとしても苦しくなって逃げていくのがオチだ。

 

 

 見て欲しい、見続けて欲しい、そんな思いと、素の自分を好きになって欲しいという思いが、混在する。

 グチャグチャになって、吐き出せなくなって、でも、湊の前に立ったら忘れてしまう。嬉しくて、温かくて、忘れてしまう。

 

 

「私は……なにがしたかったのかしら」

 

 

 誰もいない劇場に、彼女の声がポツリと響く。

 練習を続けようにも、やる気はもう、出てこない。さっきまではあったものが、スっと抜けていく。冷めていく。

 途端に肌寒くなって、雫はそそくさと更衣室に駆け込んだ。

 

 

 中は、蛍光灯の調子が悪いのか妙に薄暗く、なのに何故か暖かい。仲間の誰かが気を利かせて、暖房でもつけておいてくれたんだろう。

 些細な心遣いが、彼女の胸に響く。

 ロッカーを開ければ、「お疲れ様」と書かれたメモと、その上に重石のように置かれたスポーツドリンクがあった。

 

 

 一瞬、涙が顔を出したが無理やり引っ込めて、すぐに着替えて劇場の外に出る。

 無論、一人で帰れるわけもなく、スマホを出して、父親に電話をかけようとしたその時。彼はいつもと変わらない、なんてことないような声音で雫に声をかけた。

 

 

「お疲れ、雫。……こんな時間まで残ってるなんて、珍しいな」

 

「えぇ、そうね。最近はモデルのお仕事が立て込んでて、レッスンの時間が取れてなかったから頑張ろうって思ったんだけど……心配かけちゃったみたい」

 

「俺は、珍しいな、としか言ってないんだけど」

 

「それでも、心配はしてくれたんでしょ? みぃちゃんは」

 

「……………………」

 

「ごめんなさい。……少し熱くなりすぎて、周りが見えてなかったみたい。ダメよね、私。センターなのに」

 

 

 自嘲気味に笑う雫を見て、その言葉を聞いて、湊は怒ることなく寄り添い、自分に巻いていたマフラーを外し、彼女の首に巻いた。

 

 

「周りが見えてないってことは、逆に言えばそれくらい熱中できてる、夢中になれてるってことだ。一概に悪いって決め付けるのは良くない。……それに、俺は雫のそういうアイドルに対して真摯に向き合ってる姿は──好きだ」

 

「……ぇ?」

 

「ほら、風邪ひく前に帰るぞ」

 

「……っ! ま、待って、みぃちゃん! 今日は……ゆっくり帰らない?」

 

「お前がそれでいいならいいけど……寒くないか?」

 

「ううん。とっても、あったかいわ」

 

「そうか」

 

 

 そう言うと、湊は近くに止めて置いたバイクを取りに行き、雫はそれを待ちながら空を見上げた。

 夜空には黄金色に輝く満月と、宝石のように光る星が浮いていて、彼女の口からは自然と、ある言葉が出てくる。

 

 

「みぃちゃん! みぃちゃん! 見て見て、お月様が凄く綺麗よ!」

 

「……あぁ、星も綺麗だな」

 

「ゆっくり帰るって決めて正解ね、みぃちゃん!」

 

「かもな」

 

 

 離れた関係を埋めるように、縮まらない距離を埋めるように、二人は並んで帰路に就く。

 会話が絶えることは、なかった。




 因みに、この話までがプロローグです。
 次回からはようやくユニットストーリーだぜ!

 次回もお楽しみに!

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運命の歯車は動き出し、セカイは繋がる

 投稿は遅れましたが、私は元気です。今日は文字数多め。
 今やってるレオニードのイベントで運営の強さを思い知りましたよ、まったく。焦らしプレイの天才ですね、カラフルパレットの人たちは。


 遅れましたが! 連続で日間ランキングにのることができました!
 皆さま、ありがとうございます!!!


 p.s.
 かしうりさん、☆9評価ありがとうございます!
 明日は頑張ってバレンタイン短編もあげるつもり。


 月曜日の朝。それは多くの人間にとって憂鬱な朝だ。学校や職場に行くために早く起きて、身だしなみを整えて、食事をとって家を出る。

 電車、バス、自転車に車、徒歩。様々な方法で、目的の場所に向かう。朝日の眩しさも、この日だけは鬱陶しく感じるのが人間だ。

 例外はなく、湊もそれなりには憂鬱に感じ、面倒臭いと愚痴を零す。そして、雫は微笑みながらそれに相槌を打つ。

 

 

 毎週のルーティーンと言っても過言ではなかった。リンゴが木から落ちるくらいには、川に投げた石が沈むくらいには、極々当たり前のものだった。

 お決まりの流れ、と言うやつで、彼にとって日常の一部に自然と溶け込んでいた──その筈なのに。

 今日に限って、彼女の相槌は返ってこなかった。

 

 

(……しぃが言ってたのは、本当だったのか)

 

 

 原因は分からないが、雫の調子が良くないのは、既に湊の耳に入っていた情報だ。多少驚くことはあれど、表情には出さず、今朝方に志歩から送られたメールの文面を思い出す。

 

 

『今日のお姉ちゃん、なんか変だった。私が話しかけてもずっと上の空で……なにかあったんだと思う。気にかけてあげて、湊にい』

 

 

 反抗期なのか、チューナーやスピーカーの修理以外でろくに連絡をよこさなかった妹分からの、意味深なメール。変な嘘などつかないとわかっているからこそ、彼は重く考えていた。

 今の雫に、気休めの言葉はいるのか、気の利いた言葉はあるのか。そんなことを考えながら、湊は適当な話題を振って様子を見る。

 

 

 時々、彼女はハッとしたように我に返って、当たり障りのない言葉で答えてくれるが、それだけ。会話の八割は彼の一人語りで、寂しさが漂ってくる。

 届きそうで届かない、そんな場所で雫は一人泣いている……ように、湊には見えた。現に、そうだった。

 

 

 彼女の脳裏に渦巻く感情は、疑心、罪悪感、不安、恐怖。全てが負の感情で、埋まっていた。Cheerful*Daysの仲間からのいじめ、アイドルを不純な理由で続け、アイドル自体が好きかわからなくなってる自分。

 グルグルと巡って、巡って、混ざり合って溶けていく。どうすればいいのかわからなくて、泳げないくせに底の深いプールに入って、溺れていく。もがけばもがくほど沈んでいくのに、じたばたと足掻くだけで、差し出された手を見もしない。

 

 

 あることは分かってる。きっと、掴めば引き上げて、楽にしてくれるんだろうな、と気付いてる。

 けれど、雫は──アイドルだ。湊にとって最高のアイドルだ。失望して欲しくない、今まで積上げたものを壊したくない。

 嫌われるのが、怖い。

 

 

 だから、なにも言えない。伝えられない。

 想いは、変わっていないはずなのに。

 

 

「雫? もう見えてきたぞ、学校」

 

「……あら、本当ね。ここまでで大丈夫よ、みぃちゃん。今日もありがとう」

 

「別に、いつものことだろ。律儀だな、雫は」

 

「お礼は、言うのが大事なのよ?」

 

「……そうだな。まぁ、帰りも来るから。用事があるなら連絡してくれ」

 

「えぇ、わかったわ」

 

「なんかあったら、言うんだぞ?」

 

「心配し過ぎよ、みぃちゃん」

 

 

 愛想笑いは、雫の中で武器の一つ。だが、湊には、向けたくないものだった。

 

 ◇

 

 湊と別れたあと、雫は完璧な自分を演じて一日を過した。多分、きっと、自分ではそのつもりだったのだろう。もっとも、彼女をよく知るものからしたら、不自然でしかなかった。

 何故なら、あまりにも力が入り過ぎていたから。

 演じて他人は騙せても、親友は騙せないし、自分も騙せない。運が悪いことに、雫の親友は同じクラスにいた。

 

 

 研究生時代からの、大切な親友──桃井愛莉が居た。放課後になって問い詰められたのは、当然のことだったのかもしれない。

 

 

「雫、ちょっと話があるの。屋上まで付き合ってちょうだい」

 

「……すぐ、行くわ」

 

 

 2-Dの教室から屋上までの道のりは長くないのに、雫の足取りは重かった。元とはいえ、同業者(アイドル)に愛想笑いや作り笑顔は通じない。湊にも通じてるか怪しいのに、使えるわけがない。

 道中、愛莉に掛けられた言葉は、耳に留まることなく抜けていく。雫は曖昧な返事しかできなかった。そして、それが心配している愛莉の心を逆撫でする。

 

 

「はっきりしなさいってば!!」

 

「っ!」

 

「……いい? ちゃんと話すまで帰さないからね! ほら、早く来なさいよ!」

 

 

 怒鳴ってしまって申し訳ないと思いつつも、愛莉の中の感情は収まらない。歩くのが遅い雫の手を引きながら、誰もいないであろう屋上のドアを力いっぱいに開けた。

 青空が広がる清々しい景色だが、今の二人の視界にそんなものは入らない。

 

 

「……雫。わたし、昔の後輩から聞いたのよ。アンタがメンバーとうまくいってないとか、移籍するとか、変なウワサが立ってるってこと」

 

「…………」

 

「……本当なの?」

 

「それ……は……」

 

「はっきりしなさいよ! 中途半端な態度が一番良くないのよ! アンタがそんなだと、ファンだって不安になるじゃない!」

 

「わかってる。わかってるけど……」

 

「大体! アンタにはこういう時、頼りになる人間が身近にいるでしょ! なんで相談しないの!?」

 

「みぃちゃんは関係ない!!」

 

 

 心配だからこそ怒っている愛莉に対し、雫は逃げ続けるだけだった。希望の光は──解決への糸口は目の前に垂らされているのに、取ろうとすらしない。

 一歩前へ進めたら変わる。逆に、一歩前に進んだら変わってしまう。

 関係は変わらずとも、距離は離れずとも、心の持ち方が変わってしまう。

 

 

 お互いに言葉を口に出せず、悪い方向に空気が持っていかれそうだったその時、給水塔の影から二人の少女が現れた。

 一人は、アイドルを目指す少女花里みのり。もう一人は今日、所属していたアイドルグループ『ASRUN』が解散し、芸能界からの電撃引退も同時に発表されたカリスマアイドル、桐谷遥。

 

 

 偶然にも、アイドルを辞めた少女と、アイドルを目指す少女──そして、未だにアイドルである少女が揃った。

 

 

「……!! ASRUNの、桐谷遥……!? アンタ、この学校の生徒だったの!?」

 

「遥ちゃん……?」

 

「久しぶり……でもないか。ファミレスで話して以来だね、雫」

 

 

 さっきまでの話を聞いていたとは思えないほどスムーズに、遥は二人の間に割って入る。あくまで自然体で、それでいてアイドルとしての形も保っている姿は、とても綺麗だった。

 しかし、大切な話をしている側の愛莉からしたら、たまったものではない。本来向けられないはずだった怒りは、暴発して遥にも飛び火した。

 

 

「ちょっと、こっちが話してるのよ! コソコソ盗み聞きなんていい度胸じゃない!」

 

「盗み聞き? そっちが勝手に誰もいないって思って、大声で騒いでただけじゃないですか」

 

「なっ……!!」

 

「安心してください、さっき聞いたことは誰にも言いません。辞めたとはいえ、それくらいの常識はありますから」

 

「な、なんて生意気な……! まったくこれだから大手のアイドルは……! ま、今聞いたこと話さないならいいけど! そっちのアンタも話さないでよ!?」

 

「い、言いません! 誰にも言いません!」

 

 

 自分の注意力のなさと、それに比例して募る苛立ち、関係のない人間にも当たってしまった不甲斐なさ。

 普段の自分からはかけ離れた行いに、愛梨はため息を吐くことしかできず、これ以上なにかしてしまわないように、出ていって欲しいと伝えると……

 

 

「あ、あの……でも……」

 

「何よ。……まだ、何か用?」

 

「あとから来ておいて出て行けなんて、勝手ですね。彼女の方が先に、ここでダンスの練習をしていたんですけど」

 

「はぁ……? ダンス? ひとりで? なんでよ? アンタ、ダンス部かなにかなの?」

 

「あ、えっと……わたし、その、アイドルを目指してて……!」

 

「アイドル? アンタが?」

 

「は、はい! わたし、アイドルになるのが夢なんです!」

 

 

 アイドルになるのが夢だと宣言するみのりの表情は、希望に満ち溢れていて、それとは対照的に他三人の表情は暗い。

 その後、愛莉が呆れながらも話を聞いていくと、悲しい現実がポロポロ出てくる。五十回応募して、書類審査を通ったのは三回、二次審査に通ったことは未だになし。

 

 

 自分に自信があっても、アイドルが夢だとしても、それだけやれば諦めもつくだろうに。みのりは、「がんばります!」の一点張り。

 確かに、努力は報われる。結果が伴わずとも、努力したという事実は残る。けれど、それだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 頑張って努力して偉いね、こう誰かに褒められればマシなだけで、現実は甘くない。

 

 

 みんながみんな努力している。みんながみんな頑張ってる。努力量がいくら違っても限界はあるし、結果は伴わない。

 愛莉はだから言うのだ。自分が過去にそうだったから。

 

 

「がんばっただけで、なんとかなるわけないじゃない……!」

 

「え?」

 

「……アイドルを目指すのやめたほうがいいわ。アンタ、向いてなさそうだから」

 

「そんな……」

 

「──待って、愛莉ちゃん」

 

「……何よ」

 

「その子の夢を否定しないであげて。……愛莉ちゃんは、今はお仕事していないけど、みんなに希望をあげる、アイドルでしょう?」

 

「……!」

 

「だから……愛莉ちゃんにはそういうことを言ってほしくないの」

 

 

 昔の自分をアイドルとして支えてくれた愛莉に、雫は『アイドルになりたい』という夢を否定しないで欲しかった。我儘だと気付いていても、そう言ってしまった。

 アイドルにとって大切なものを教えてくれた親友に、変わってしまった親友に、変わらない優しさを求める。

 綺麗事でもいい、泡沫の夢幻でも構わない。みのりに、希望を見せてあげたかったのだ。

 

 

「わかってるわよそんなこと! ……わかってるわよ……」

 

「…………」

 

「わ、わたし、向いてなくてもがんばります!」

 

「だから、がんばったからってなんとかなるわけじゃ……!」

 

「わたし、信じてるんです!」

 

「信じてる……?」

 

「『今日がいい日じゃなくても、明日はいい日になるかもしれない。だからみんなが、明日こそ大丈夫って信じてがんばれるように。このステージから明日をがんばる希望を届けたいんです』……この言葉を!」

 

「それは……」

 

 

 みのりが言った言葉は、一言一句間違いなく、遥がライブの中、ステージの上で言ったものだ。彼女の大ファンになるに至ったキッカケの一つであり、(アイドル)を目指すみのりにとって、心の柱とも言っていい言葉。

 遥が居なかったら、夢を見つけられなかった。

 言葉がなかったら、折れて半ばで諦めてしまっていた。

 

 

「だから、合格するまで絶対絶対諦めません! ダメでもがんばってがんばってがんばり続けますっ!」

 

『ふふふっ♪』

 

「え?」

 

『今の言葉、とっても素敵だね!』

 

「だ、誰よ! まだ他に誰かいたの?」

 

「あれ? わたしのスマホが光ってる……?」

 

 

 どこかで聞いたことのある電子音声が、自分のポケットにあるスマホから流れ、更に光っていることに気付くのは、みのりにとって難しいことではなかった。

 彼女が急いでスマホを取りだすと、そこには──

 

 

『はじめまして、みのりちゃん!』

 

 

 バーチャルシンガーの初音ミクが、映し出されていた。ホログラム、と言えばいいのだろうか。まるで、そこに存在して、意志を持った人間のように、ミクはみのりに話しかけてきた。

 

 ◇

 

 それとほぼ同時刻。湊は奇妙な空間に迷い込んでいた。

 見覚えのあるいくつものステージが隣あい、キラキラと光るペンライトがそこかしこで振られている。振っているのは人間のようにも見える、立方体で構成された白いナニカ。

 

 

「どこだ、ここ……?」

 

「あっ!! 湊くんが一番乗りだね!」

 

「……一番乗り? それは、どういう……こと、だ?」

 

「やっほー! はじめまして、鏡音(かがみね)リンだよ〜♪」

 

「え……はっ……?」

 

 

 困惑する彼の目の前に現れたのは、バーチャルシンガーの鏡音リン。誰もが一度は目にしたことがある、歌で希望を届けるアイドルに等しい存在。

 そんな彼女が、湊の前に現れた。

 ホログラムなんてものじゃない、ましてやロボットにも見えない。人だ。今、彼と対面している鏡音リンは、体温と心──意志を持った、人と同じ形で立っている。

 

 

 夢かと思い、自分の頬を抓る湊だが、当たり前のように痛い。ついでに、リンの頬を人差し指で突いてみるが、透けることはなく、プニプニとして柔らかい頬っぺたに触っただけだ。

 どう足掻いても夢じゃない。そんな、整理されてしまった思考が導き出した答えに、湊は頭を抱えてうずくまる。

 

 

「……湊くん? どうしたの?」

 

「あぁ、いや……気にしないでくれ」

 

「気になるよ!」

 

「……まず、聞きたいんだけど。ここはどこなんだ?」

 

「うーんとね、ここはセカイ! 湊くんたち、五人の想いでできたセカイ!」

 

「想いでできた、セカイ。……ちょっと待てよ、五人? 他の四人は?」

 

「今は、ミクちゃんが話してるよ? 名前は確か……みのりちゃんに遥ちゃん、愛莉ちゃんに──雫ちゃん♪」

 

「……………………は?」

 

 

 全員が全員、彼の聞き覚えのある名前だった。逆に、約一名を除けば、大勢の人間が知ってる名前だ。

 元アイドルが二人に現役アイドルが一人、最後にアイドル志望が一人。

 お昼に遥の引退を知った時も驚いたが、今の湊はそれ以上に驚いている。三人までなら偶然で済むが、四人目からは運命だ。

 

 

「……大体の事情は、まぁ、わかった。一つ聞きたいんだが、このセカイはなんのためにあるんだ? 想いでつくられたなら、なにか意味があるんだろ?」

 

「そうだった! 危ない危ない、忘れるところだったよ〜! このセカイはね、みんなに『本当の想い』を見つけてもらうためにあるんだ! でねでね、もし本当の想いが見つかったら、それが歌になるんだ! すごいでしょー♪」

 

「想いが、歌に……」

 

 

 自分の中で反芻させるようにそう呟いたあと。湊はセカイに来る前の最後の記憶を、思い出した。

 雫を迎えに行く道中、暇潰しに音楽を聞こうとした時に見つけた、『Untitled』という見覚えのない曲名を。

 

 

(…… Untitledの再生が、セカイに行く方法?)

 

「あぁ、なるほど。そういうことか」

 

「むむっ! 何かわかったの、湊くん!」

 

「なんでもないよ。……ただ、このセカイが不思議な場所だって、思い知っただけ」

 

 

 誤魔化して、うやむやにしたが、湊は気付いた。

 

 

 本当の想いを見つけた時、想いが歌になる。そんな不思議なセカイへの入口は『Untitled(無題)』という曲。

 セカイと現実世界を繋ぐ『Untitled』は、ある種、湊たち五人を繋ぐ──五人に関連する想いと同じ。

 もし、五人が本当の想いを見つけて歌になったなら、『Untitled(無題)』にはきっと最高の名前(タイトル)がつくことになる。

 

 

「なぁ、リン? この『Untitled』を停止させれば、俺はセカイから出られる……そうだよな?」

 

「そうだよ! でも、もう帰っちゃうの? さっき来たばっかりだよ? そろそろライブの時間だし、見て行ってよ〜!」

 

「悪い、また今度にしてくれ。幼馴染みが待ってるかもしれないんだ」

 

「……んー、そっかぁ〜。なら、しょうがないよね。それに、またってことは、次来た時は聞いてくれるんでしょ?」

 

「勿論、時間があればいつでも」

 

 

 その言葉を最後に、湊は『Untitled』の再生を停止し、現実世界に帰還した。

 

 

 この日、全てが始まったのだ。

 




 次回もお楽しみに!

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想いに縛られ、想いに潰され

 ここ三日間でお気に入りが47人増えて、高評価を5件貰えて、ランキングにものって嬉しみを感じてる私です、しぃです。
 皆様のお陰で赤いバーが伸びました! やったぜ!
 投稿はゆっくりですが、のんびり待ってもらえたら幸いです。
 感想も待ってます!


 p.s.
 九条ユウキさん☆9評価、稲の字さん☆9評価、零奥0さん☆10評価、ほんわかさん☆10評価、雨狐さん☆9評価、狩る雄☆9評価、grimmさん☆9評価ありがとございます!!!!!!


 不思議な空間『セカイ』に湊が入り込み、雫がバーチャルシンガーであるミクにあった翌日。狐に化かされたとも、白昼夢を見たとも言える不可思議な体験をした2人の空気は、どうしてか昨日より幾かマシになっていた。

 それを、気が逸れてるだけと捉えるか、他の見方で捉えるかは、個人の問題だろう。

 けれど、空気が良くなったのは事実で、彼らの会話が途絶えることはない。

 

 

「──でね、オフの日は、その子のレッスンを見ることになったの」

 

「ふーん……まぁ、いいんじゃないか? 次のライブまで余裕はあるし。送り迎えはいつも通りするんだろ?」

 

「えぇ、お願いするわ。少し時間が遅くなっちゃうから、気を付けて来てね、みぃちゃん」

 

「はいはい、わかってるよ」

 

 

 愛情の押し付け、とまではいかないが、雫は自分以上に湊を心配する。それは、単に大切に想ってるからではなく、彼の「自分より友人を──大切な人を優先する」という在り方に忌避感を感じてるから。

 もっとも、その核たる部分を作ったのが彼女なのだから質が悪いし、それをわかっていて尚改善しない湊も同罪。

 まさに、生まれるべくして生まれた関係性なのである。

 

 

(それにしても、みのりちゃんのレッスンを雫と愛莉がやるなんて……偶然じゃあ、すまないよな)

 

 

 巡り巡って、五人は既に出会っている。偶然ではすまない運命が、動き始めている。それに気付かない湊ではない。自分と同じように、「雫にも昨日何かあったのではないか?」と、彼が思い至るのは当たり前のことだ。

 ここまでくれば、あとは尋ねるだけ。ただ一言、「昨日、何かあったか?」と。簡単だ、数秒ですむ問だ。誰でも言えて、誰でも答えられる。子供にだって難しいことじゃない。

 

 

 そのはずなのに、湊はその一言が──言えなかった。

 理由を探せば、きっとゴロゴロと出てくる。最近の雫の情緒の不安定さ、昨日よりも酷い空気にしてしまったらどうしようという恐怖、踏み込んで傷付けたくないという優しさ、踏み込むに足りない勇気。最後に、全ての根源である、ただ一言を言うためにグチャグチャと心を掻き乱す、自分自身の想い。

 

 

 無視せずにはいられないほど膨れ上がった想いが、あと一歩の邪魔をする、あと一歩の枷になる。そうやって、湊がモタモタしてる内に、いつも別れる場所に着いていた。

 

 

「みぃちゃん、今日もありがとう。行ってきます!」

 

「……あぁ、行ってらっしゃい」

 

 

 詰まりかけの喉から出る言葉は、いつもより低く。彼の首が絞まるような苦しさと、臆病な自分に対する嫌悪が流れ出たようだった。

 

 ◇

 

 放課後、約束通り雫と愛莉が屋上に向かうと、練習着に着替えたみのりが、準備万端といった様子で待っていた。

 

 

「日野森先輩! 桃井先輩! 今日からよろしくお願いします!」

 

「ふふっ、よろしくね、みのりちゃん。力になれるようがんばるわ」

 

「勿論、ストレッチはすませてるんでしょうね?」

 

「はい! 教えてもらう時間は全部練習に使いたいので!」

 

「ふふん、いい心がけじゃない。……ところで、なんであそこで桐谷遥が本読んでるわけ?」

 

 

 愛莉が指を向けた先には、制服姿の遥が座っており、会話や練習に口を出すでもなく、静かに本を読んでいた。

 本人曰く、「ここが一番人が来なくて静かだから」、とのこと。ダンスや歌のレッスンをするのだから煩くなるに決まっているのに、何故そこまでするのか愛莉にはわからなかったが……雫は彼女の気持ちが少しだけわかる気がした。

 見覚えがあったのだ、遥の表情に。

 

 

(……遥ちゃんも、心配なのね)

 

 

 上手く取り繕ってる。完璧に誤魔化せてる。遥はそう思っているだろうが、それは間違いだ。何故なら雫は、今の遥に似た表情でレッスンを見てくれた存在を、知っているから。月野海湊が、いつもそうしていたから。

 だから、愛莉やみのりには気付かれないように、雫は微笑みで遥に「大丈夫」と伝える。姉の性だったのかもしれないし、ただ雫が優しい人間だったからなのかもしれない。

 

 

 不安定でも、アイドルが好きかもわからなくても、いじめに苦しんでも、想いに押し潰されそうでも、雫は誰かのアイドル(太陽)だった。

 

 

 そして、それは愛莉も同じ。やると言ったら全力でやりきるのが桃井愛莉。コーチとして、先輩としての彼女の練習はスパルタだ。

 

 

「取り敢えず、最初は自己PRと面接の練習よ。一次審査はダンスじゃなくてそっちなんだから。アンタ、対策はできてる?」

 

「は、はい! もちろんです!!」

 

「へぇ? じゃあ、自己PR、ちょっとやってみせてよ」

 

「は、はい!! 『花里みのりですっ! 趣味は振り付けの完コピ! 特技はキャッチフレーズをつけることです! 今日は自分にキャッチフレーズをつけてきましたっ! 夢が実って花になる♪ 花里みのりですっ☆ よろしくお願いします!』」

 

「……2点ね。100点満点中」

 

「ええーっ!? どうしてですか!?」

 

「アンタがどういう人間なのか、まったく伝わってこなかったわよ。キャッチフレーズもよくわかんないし」

 

「うう……」

 

 

 先程までの自信満々な様子はどこへやら、一気にみのりのテンションが急降下する。暴論ではなく正論だからこそ、みのりは反論できないし、キャッチフレーズの絶妙なセンスのなさに、雫どころか本を読んでいた遥さえ苦笑いしている。

 

 

「いい? 自己PRは、自分の強みをもっと見せるの! わたしならそうね……『バラエティに強い』とか、『どんな無茶ぶりでもこたえます』とかかしら」

 

「桃井先輩、いーっぱいバラエティ出てましたもんね! 芸人さん達とのやりとり、すっごくおもしろかったです!」

 

「……そうね、私も好きだったわ」

 

 

 一瞬、愛莉の表情が陰り、それを見逃さなかった雫がつかさずフォローに入った。面白いとは言わず、好きと言うだけだったが、愛莉は少しだけ救われたような笑顔を雫に見せた。

 

 

「……まあ、視聴者からそう見えていたなら何よりだわ」

 

「ん〜……わたしは、何が強みなんだろう?」

 

「そうね。今のアンタなら……『がんばり屋』かしら。それをアピールしたほうがいいんじゃない?」

 

「がんばり屋……? でも、みんながんばってるんじゃ……」

 

「ひとりでも頑張れるって、案外誰にでもできるわけじゃないわ。私だって、みぃちゃんや愛莉ちゃん、Cheerful*Daysのみんながいなかったら、ここまでこれなかったもの。十分あなたのアピールポイントになるわよ。オーディションに50回落ちても頑張っているところなんて、すごくいいエピソードだと思うわ」

 

 

 他者を褒めるために自分を下げる。

 昔からの古典的な方法だ。しかし、言い方は悪いが、雫はそこまで考えていない。思ったことを素直に口にしただけなのだ。彼女は本心から、みのりが『がんばり屋』だと思っている。

 想いを糧に頑張れている自分とは違うと、言えてしまう。

 

 

 自然な流れで起こる自己犠牲に、その場にいる誰も気付かなかった。

 

 

「た、たしかに……!」

 

「ま、今日はダンスの練習じゃなくって、自己PRを磨いた方が良さそうね。いい自己PRができるまで徹底的にやるわよ!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 夕暮れの太陽が、燃え尽きるような輝きを見せるのと同じく。雫にも少しずつ、暗い闇が迫っていた。

 

 ◇

 

 時を同じくして、神山高校の屋上。湊ともう一人、彼の数少ない友人である神代(かみしろ)(るい)が、日陰で隣合って座っていた。

 紫に水色のメッシュが入った髪の毛と黄金色の瞳が特徴の青年で、顔立ちは司と同じく、イケメンの一言が似合う整ったものだ。

 いつも笑みを浮かべており、何を考えているのかわからない為、周囲から気味悪がられ、変人と呼ばれることが多い。神山高校変人トップスリーの一人。

 

 

 因みに、湊も不良枠兼、司と類と普通に喋れる逸般人として、トップスリーの最後を飾っている。

 そんな二人が、放課後の屋上に居るわけとは……

 

 

「スマホのソフトウェアにバグがないか見て欲しい……ね。ハード自体に問題はなかったのかい?」

 

「昨日の夜に一応確認したけど、変な機能が外付けされた痕跡がなかったんだよ。あるとしたら、中のソフトウェアかなって。プログラム系ならお前の方が得意分野だしさ」

 

「ふむ……わかった、やってみるよ。十分ほど時間をくれるかな?」

 

「俺が頼んでるんだし構わないよ。それに、司から聞いたけど……ようやく仲間ができたんだろ? あんま時間取りたくないし、長引くようなら暇な日に回してもらっていいから」

 

「相変わらず、優しいお節介だね」

 

「褒め言葉として貰っとくよ」

 

 

 少しの軽口を叩いたあと、類は作業を始め、湊はそれを横から眺めながら、ぼーっと過ごしていた。会話はなく、それを気にする素振りもない。

 話さない方が心地いい、無言の時間を苦に感じない、そんな間柄。だからだろうか、類の踏み込む言葉に、湊は驚きを隠せなかった。

 

 

「急にこんなことを調べて欲しいなんて、何かあったのかな?」

 

「話してもいいけど、結構突飛な話だぞ? 厨二病もいいところな妄想話かもしれないし……」

 

「それでもいいさ。面白い話なら大歓迎だよ」

 

「お前なぁ……はぁ。わかった、話すよ」

 

 

 そう言った湊は、ぽつりぽつりと話し始めた。不思議な空間──『セカイ』。自分を含めた他四人、花里みのり、桐谷遥、桃井愛莉、日野森雫の想いでその『セカイ』ができており、『Untitled』を再生することで『セカイ』への出入りができること。そして、『セカイ』の中にはバーチャルシンガーの鏡音リンや初音ミクが、人間と変わらない体を持って存在していたこと。

 

 

 全て話し終わる頃には、類の作業も終わっていて、彼は笑いながら湊にスマホを返した。

 

 

「バグらしきものはなかったよ。君の言う『Untitled』の音楽データも調べたけど、特に問題はなかった」

 

「……あれ、夢だったのかな」

 

「さぁ、夢かどうかは君が決めることだ。僕がどうこうできることじゃないよ」

 

「話せって言ったのはお前なのに、よく言うよ……。まぁ、ありがとな。話し聞いてくれて、少しは整理できた」

 

「いや、いいさ。君にお礼を言われるのはむず痒いからね。でも、まさか……君も巻き込まれてるとは」

 

「そうかよ……ん、君も?」

 

「ふふっ、なんでもないよ、気にしないでくれ。ほら、そろそろお姫様を迎えに行く時間じゃないかな?」

 

「やべっ。……悪い、もう行くわ」

 

「あぁ、また明日」

 

 

 引っ掻き回すだけ引っ掻き回された湊を、類は送り出し、去って行く彼を見送る。類は、答えを持っていたが口にはせず、見守ることに徹しようと決めた。

 想いは自分で見つけるものだ。他人に言われて気付くのも悪くないが、彼は湊が自分で気付くとわかっていた。気付けると、信じていた。

 

 

「生まれた想いの歌を、いつか僕にも聞かせて欲しいな、湊くん」

 

 

 黄昏時の屋上で、アルケミスト(神代類)は不敵に笑った。




 次回もお楽しみに!

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現実逃避な幼馴染みたち

 予定通り一週間が空けての投稿をする私です、しぃです。
 遅ればせながら、お気に入りが百人突破したので、記念短編でも作ろうかと考えています。ひな祭りとかホワイトデーみたいなイベントは別として、です。

 アンケートを作っておくので、投票の方お願いします。
 因みに、記念短編の内容は全く考えてないので、こういうシチュエーションがみたいななどの要望がありましたら、お題箱を用意しておくのでコメントを下さい!


 p.s.
 tokyoomegaさん☆9評価、冷たい雨さん☆9評価ありがとうございます!


 何事にも、理由はついてまわる。言葉に、表情に、動きに、理由がないなんてこと、ありえない。湊が踏み出せないのにも理由があり、雫がもがくだけで助けを求めないのにも、理由がある。

 鶏が先か卵が先か、そんなの考えるのも野暮な話だが、大抵の場合、ある理由によって想いが生まれ、想いが理由になり派生していく。

 

 

 至極厄介で、面倒なシステムが人間には備わっていて、それを経由しないで何かを選択することはできない。

 彼が踏み出せないのは、想いに向き合えないほど臆病だから。怖くなって、勝手に諦めて、逃げているから。

 彼女が助けを求めないのは、想いに向き合えば向き合うほど苦しくなって、傷付いて、怖くなってしまったから。

 けれど、関わらないなんてできなくて、ずるずると関係が続き、今に至る。

 

 

 今日だってそうだ。慣れ親しんだバイト終わりの帰り道。誰に言われるでもなく、いつも通り雫を迎えに行く湊。

 そして、連絡を貰わずとも、彼を待つ雫。手袋を忘れたのか、手を擦ったり息を吹きかけたりして寒さを紛らわす姿は、切り抜いた映画やドラマのワンシーンのように綺麗で、憂いの表情も相まって、儚さを感じさせる。

 

 

「……どうすれば、よかったのかしら」

 

 

 ポツリと零した言葉が、辺りに響き消えていく。

 最近、『Cheerful*Days』内でのいじめは、日に日に酷くなっている。タオルを隠されたり、陰口を叩かれたり。世間一般のいじめに比べたらまだまだ序の口に見えても、彼女はアイドルだ。それ以外の重荷がどんどんと積み重なっていく。

 更衣室で聞いてしまった言葉が、頭から離れない。

 

 

『……また雫だけ雑誌の表紙の仕事入ってる。あれ絶対ひいきされてるでしょ』

 

『ほんと、顔が綺麗ってだけで得だよね。歌もダンスも私達の方が上手いのに……』

 

 

 言葉のナイフだった。刺さって、刺さって、抜けない。そんな仲間を、雫は憎めるほど強くはなく、嫌いになれるほど弱くはない。誤魔化して、騙して、偽って、微笑むだけ。

 最初は違ったのに、結成したての頃はこうじゃなかったのに、いつからか彼女の仕事だけが増えていって、不安や妬みできた溝が深くなっていた。

 

 

「……ふぅ……ふぅ……」

 

 

 手を温めるのは、寒いからだったのか、痛みから逃げるためだったのか、雫は次第にわからなくる。雨は降ってないのに土砂降りで、雪はまっていないのに結晶が見えた。

 あべこべでぐちゃぐちゃで、今にも自分が溶けだしてしまうような錯覚を覚える。

 

 

(溶けてなくなったら……どうなるんだろう)

 

 

 そう思った直後、雫の凍える両手を、一回り大きい手が包み込んだ。最悪のタイミングに、最高の役者が現れた──いや、最高だった役者が現れた。

 いつも通り、その役者は湊だ。

 

 

「悪い、待たせたよな。早く帰ろう」

 

「そうね。そうしましょう」

 

「……なにか、あったか?」

 

「ふふっ、最近そればっかり。大丈夫よ、なんでもないわ」

 

「……大丈夫、なんだな?」

 

「えぇ、安心して。心配性なみぃちゃん」

 

 

 見破られてることなんて、なんとなくわかっている。嘘はバレている。

 雫はそれでも、微笑みを浮かべ続ける。湊の臆病な優しさを利用し続ける。泣いたらダメだ、泣いたら終わってしまう。そう自分に言い聞かせて、今日も嗤った。

 

 ◇

 

 翌日の放課後、何度か目になるみのりの練習に、雫と愛莉が付き合い、遥がそれを見守っていた。

 ようやく、最初のスタートラインである面接練習が終わったのが、その日だった。

 

 

「いいわね! 自己PRもバッチリまとまってきたじゃない!」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

「そういえば、書類選考用の写真は撮れた?」

 

「あ、はい! えっと、こんな感じなんですけど……」

 

 

 そう言って、みのりが見せたスマホの画面には、シンプルな服装に身を包み、自然体な姿の彼女が写っていた。

 不自然に盛られた箇所はなく、かと言って堅苦しい雰囲気も感じない、応募に使う写真としては十分だ。

 もし、見せられた写真が変なものだったら、愛莉も一言二言ツッコンでいたが、彼女のセンサーは合格点と判断したらしい。

 

 

「あら、ナチュラルでいい感じじゃない。写真はこれでいいと思うわ。でも! 実物のほうを磨くことも忘れないよーに! 写真と違いますね〜、なんて言われたくないでしょ?」

 

「た、たしかに……! でも、他の子達はみんなかわいんだろうなあ。写真も、実物も……。うう……不安になってきちゃった……。……日野森先輩みたいにキレイだったら、こんなに不安にならなかったのかなあ……」

 

 

 悪気のない一言。みのりの不安が漏れた一言が、雫に突き刺さる。昨日言われた言葉とダブって聞こえて、じくじくと胸が痛む。

 みのりは、何も悪くない。見えない地雷を踏むななんて、無理な話なのだから、しょうがない。そう、しょうがないのだ。

 しかし、雫がそう割り切れたとしても、胸の痛みが治まるわけもなく。どうにかして、取り繕う。残された心の支柱を思い出す。

 

 

「……アイドルは見た目でなれるものじゃないわ。アイドルはハートが大事なの。ファンのためを思ってがんばる心──それが、アイドルにとって一番大切なものなのよ」

 

「雫、それ……」

 

「──って、昔、ある人に教えてもらったのよ。ふふっ急にまじめな話をしちゃったわね。みのりちゃんはとっても素敵だから、自信を持って。ね?」

 

「……はい! ありがとうございます!」

 

 

 無垢な笑顔が、純粋な笑顔が、みのりから雫に向けられる。雫はそれに微笑みで返した。

 嘘つき、誰かが耳元でそう言った気がしたが、彼女は知らんぷりをして向かい合う。利用した、今度は大切な後輩を、利用した。

 どんどん自分が堕ちていく、中身がどす黒く染まっていく。やりたくないことをしないと、保てない。やりたくないことをしないと、壊れそう。

 

 

 好きも嫌いもわからなくなりそうで、怖い。そんな曇った感情が心を埋めつくしていく。

 練習が終わるのが、いつもより遅く感じたのは言うまでもなかった。

 

 

「はあ〜。今日も疲れた……」

 

「おつかれさま、みのりちゃん。今日も頑張ったわね」

 

「今日できなかったとこの確認、ちゃんとやっておくよーに! いい?」

 

「はい! ……あ、痛たた」

 

「え? ちょっと、大丈夫?」

 

「あ、ちょっぴり足ひねっちゃったみたいです。でも、すぐ治ると思いますから……」

 

「見せて、みのり」

 

「え? 遥ちゃん?」

 

 

 どこから話を聞いていたのか。読んでいた本を閉じ、遥はすぐにみのりに駆け寄った。じっくりと観察し、安心したのか、少ししたところでホッとため息を吐いた。

 彼女は医者ではないが、ダンスレッスンでの怪我なら何度も見た。酷いものか軽いものか、ちゃんと見れば大体わかる。

 だが、怪我を見せるように言った、遥の有無を言わせない表情には焦りが濃く伺えた。

 

 

「……よかった、腫れてはないみたい。でも、湿布を貼っておいたほうがいいかも。みのり、練習を頑張るのはすごくいいことだよ。でも、無理はしないでね」

 

「う、うん! ありがとう、遥ちゃん」

 

(……遥ちゃんって、素敵だなあ。かわいいだけじゃなくて、優しくって、カッコよくって……。やっぱりわたし、遥ちゃんみたいな素敵なアイドルになりたい……!)

 

 

 初めて四人が合った日と同じく、全員で固まっていると、あの日の再現のようにみのりのスマホが光り始めた。

 

 

「わ……!? な、なに!?」

 

『みのりちゃん!』

 

「み、ミクちゃん!? とうしてまた……」

 

『驚かせちゃってごめんね。本当はセカイで待ってようと思ったんだけど……みんな元気がないんじゃないかなって気になっちゃって』

 

「え? わたしは元気だけど……」

 

「……………………」

 

『みんなで私たちのライブを見に来てほしいの! そしたらきっと元気になれると思うから』

 

「ライブ?」

 

『あとでプレイリストを見てみて! それじゃ、セカイで待ってるから!』

 

 

 そう言い残すと、ホログラムのミクは消え、みのりのスマホは元に戻った。以前と同様に、まるで人間が喋っているような自然な口調が妙にリアルで、夢とはとても思えない。

 

 

「やっぱりこれって新手の広告なのかしら? 随分こってるわね」

 

「セカイ……あのミクちゃん、前もセカイって言ってたわね」

 

「あ、そう言えばプレイリストを見てみてって……。あれ? なんだろう、これ。『Untitled』って曲が入ってる」

 

「『Untitled』? 無題ってこと?」

 

「この曲を聴いてってことなのかな?」

 

「……!?」

 

「わわっ!? す、スマホが光って……!」

 

 

 瞬間、四人は光に包まれ、その場から消えてしまった。セカイへの入口を開いた彼女たちは、恐らくそこに吸い込まれていったのだろう。

 屋上には、一冊の本だけが残されていた。

 

 ◇

 

 時を同じくして、神山高校の廊下を湊は歩いていた。

 迎えの時間までもう少し。無駄に余った時間をどう使おうか。現実逃避する思考で、そう考えていた。

 宛もなく学校内をぶらつくのも悪くないが、疲れるのは嫌で、とは言ってもやることはない。

 

 

 司や類はフェニックスワンダーランドという遊園地で、ショーバイトに精を出しているし、以前知り合った後輩たちも、今頃ライブカフェで青春を謳歌している。

 

 

「呆れた。俺って、ほんとに友達少ないんだな……」

 

「なら良かったですね! ボクみたいなカワイイ後輩が、偶然にも今日、学校に来ていたんですから」

 

「み、瑞希(みずき)? 久しぶりだな……二週間ぶりくらいか?」

 

「え〜、ボクそんなに学校来てないわけじゃないんだけどなぁ。湊先輩が見つけられてないだけじゃない?」

 

「よく言うよ、まったく。……暇だったら、話し相手になってくれないか? 予定までの時間が無駄にあるんだよ」

 

「しょうがないなぁ〜! 湊先輩の頼みだし付き合ってあげるよ」

 

 

 湊を先輩と呼ぶ彼女──いや、彼の名前は暁山(あきやま)瑞希。サイドテールにまとめられた、艶のある桜色の髪と同色の瞳が特徴。

 女子用の制服を着ているが、一応男性である。カワイイものならなんでもウェルカムが信条らしく、いつもあざといと言われるようなことを軽々とやってみせる。

 そんな諸々の事情と、不登校というオプションが付いているので、一部の生徒からは避けられているが、湊は他人の趣味や生き方にどうこう言う人間ではなかったために懐かれ、こうして偶に来た瑞希と世間話をする。

 

 

 知り合い以上、友達未満の先輩後輩関係だ。

 だからだろうか、なんのしがらみもなく話せる瑞希との会話は、重かった湊の心を少し軽くしてくれた。

 

 

「瑞希。……もし、相手が踏み込んで欲しくないと思ってることに、自分が踏み込まなくちゃいけない時、どうすればいいと思う?」

 

「哲学の話かなにか?」

 

「真面目な話だよ」

 

「ふーん……。まぁ、しっかり相手と向き合えれば、それだけでいいんじゃないかな? 待つ手段が取れないなら、ボクはそうするよ」

 

「向き合う、か。そうだよな、向き合わなきゃ、始まらないよな」

 

「いいアドバイスになった?」

 

「あぁ……助かった。そろそろ時間だし、行かないと。途中まで一緒に行くか?」

 

「大丈夫。寄りたい所あるし、一人で行くよ。それじゃ、またね湊先輩〜♪」

 

 

 手を振りながら去っていく瑞希を見送ったあと、湊も学校を出た。

 早めに出たお陰で、まだ少し時間に余裕がある。「相手と向き会えれば、それだけでいいんじゃないかな?」、この言葉を信じるなら、信じたいなら、まずは想いと向き合わなければ話にならない。

 

 

「セカイは、想いでできてる。なら、セカイに行けば、変われる?」

 

 

 胸に湧き上がった小さい勇気を振り絞り、湊は再び『Untitled』をタップした。




 次回もお楽しみに!

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それぞれの変化、その代償

 一日遅れの投稿をするのは、私です、しぃです!
 春休みシーズンが到来して、課題とやるべきことが増し増しで死にそう。
 それでも、週一投稿はする予定なので、お気になさらずゆったり待っていてください。因みに、昨日少しだけ日間ランキングのってました!!
 やったぜ!

 p.s.
 蛭貝さん☆9評価ありがとうございます!


 数日ぶりに湊が訪れたセカイは、やけに薄暗く、どこかで見たことのあるような機材が所狭しと並んでいた。ステージが永遠に隣り合うこのセカイに、機材がない方がおかしいのだが、注目すべき点はそこではない。

 最も注目すべき点は、その機材を動かしている人物だった。

 若干外ハネしたダークブルーの髪と同色の瞳、加えて青いロングマフラーの衣装が特徴的な男性バーチャル・シンガ──ーKAITO。

 

 

「カイト……?」

 

「……ん、あぁ、湊くんか。もう少し待っててね? あとちょっとで、自動運転に切り替わってくれるから」

 

「……わかった」

 

 

 真剣な表情で機材を操作するKAITOを見ながら、湊は改めてセカイの不可思議さを目の当たりにする。以前会ったリンが着ていた可愛らしい衣装とは違うが、KAITOが着ている衣装も間違いなくアイドルが着る華やかなものだ。

 想いでできたセカイ。セカイにいるアイドルのようなバーチャル・シンガー。点と点がわかりやすく、繋げるのも難しくない。

 

 

(このセカイは俺を含めた五人の、アイドルに対する想いで成り立っている……のか?)

 

 

 あくまで仮説。けれど、一番納得がいく仮説だ。

 しかし、逆にその真実に近い仮説が、彼の心を追い詰める。

 アイドルに対する想いで、湊が最初に思い描くのは──思い浮かぶのは、雫の笑顔だ。何度考え直しても、何度違う方向からアプローチしても、結局は誰よりも先に、何よりも先に雫が現れて微笑んでいる。

 

 

 恋は猛毒、愛は劇薬。どちらも、摂取し続けたら死ぬ以外の未来はない。逃げるのにも限界がくる。今の湊は崖っぷちだ。取り返しのつかない一点をとうに越えて、あと数歩で奈落にさようなら。

 ちっぽけな勇気で立ち向かうには無謀な所にいる。だが、向き合わなければ、全てを失うのは避けられない。自業自得で地獄に堕ちるのだ、大切な人と一緒に。

 

 

 臆病だから、優しいから、弱いから、変わるためにセカイへ足を向けた。

 そして、KAITOもそれを察している。故に、優しく柔らかい笑顔で湊に向き合った。

 

 

「待たせてごめんね、湊くん」

 

「問題ない──いや、問題は大ありだけど、大丈夫だよ」

 

「そっか。……それで、今日はどうしてセカイに来たんだい? 自分から来るってことは、何か用事があったんだよね? 僕でよければ、力になるよ」

 

 

 無理に距離を詰めるわけでもなく、かといって距離を置くわけでもない優しさが、じんわりと湊の心に染みる。とても虚構の存在とは思えない温かさに、塞き止めていた感情が溢れ出しす。

 

 

「俺さ、ずっと逃げてきたんだ。向かい合わずに勝手に諦めて、その方が幸せだって自分に言い聞かせて、想いを捨てようって何度も泣いて、逃げてきたんだ。大切なのに、泣かせたくないのに、苦しめたくないのに、知らんぷりして、隅に追いやって、俺が一番傷つけてきた」

 

「……頑張ったね」

 

「違う!! 俺は何もやってない!! 頑張ってなんかない!! あいつからの信頼を利用して逃げ回ってた大バカ野郎だ!!」

 

「それでも、君がとった方法は、全部が全部間違いだったわけじゃない。……今ならまだ間に合う、変わりたいからここに来たんじゃないのかい?」

 

「……そうだよ。なぁ、KAITO。どうすれば、変われるかな? あいつに──雫に向き合えるかな?」

 

 

 苦しくて泣き出しそうな弱々しい声で、隠していた本音を剥き出し、KAITOにぶつける。

 期待があった。彼なら答えてくれるんじゃないか、という期待があった。KAITOにはそれに応えられる力があって、応えてあげたいという思いがあったから、言の葉は詰まることなく伝えられる。

 

 

「怖いなら怖いままでいいよ、大事なのは一歩踏み出すことなんだ。小さくてもいい、他人にどう思われようと構わないで、大切な人のために一歩踏み出そう! それができたら、あとは難しくない。大丈夫、勇気は自分自身の想いで大きくできる。それに、心配しなくていい。君は既に一歩踏み出してるんだから」

 

「俺が、もう一歩踏み出してる?」

 

「君は、()()()()()()()()()()()()。変わりたいがために、このセカイに来た。紛れもなく、湊くんは最初の一歩を踏み出してるよ。難しく考える必要は無いんだ、二歩目の出し方はもう君の中にある」

 

 

 KAITOは、拳をそっと湊の胸に当てて、送り出すように軽く押す。

 二人の間に、それ以上の会話は必要なかった。

 

 ◇

 

 場所は違えど、五人が全員セカイを訪れた翌日。

 雫は、昨日まで隣に居た湊の変わりように驚いていた。無論、見た目が変わったわけではない、言葉では表現し辛いが確実に昨日までの彼とは違う。

 セカイやセカイで見たライブにも驚いたが、それ以上の衝撃が雫を襲った。

 きっと、湊の変化は悪いものでは無い。幼馴染みとしての勘がそう言っているが、恐怖は留まることなく膨れ上がる。まただ、また変わってしまった。

 

 

 目まぐるしく成長する青春の一時、変わるなと言う方が無理な話だが、彼女は変化を恐れていた。成長よりも、変化を恐れていたのだ。

 成長とは雫の中で、日々の積み重ねの果てにあるスキルアップに過ぎない。喜ばしいことであり、恐れ怖がることではない。

 しかし、変化とは彼女の中で、日々の積み重ねの果てにある進化だ。見た目の進化、心の進化、大きく分けて二つあるが、雫が真に恐れるのは心の進化であり変化。

 

 

 優しかった者も、いずれ傲慢になり、疑念や嫉妬で醜い化け物になってしまう。今の自分の、仲間のように。

 

 

(みぃちゃんは……どうなったんだろう?)

 

 

 わからない。わからない、分からない、ワカラナイ。未知は不安を呼び、不安は恐怖に訴えかける。負の連鎖が彼女の中で回っていく。

 そんな時、偶然にも愛莉を()()()()()()()()。ダメだとわかっていても、縋ってしまうのは弱さだったのか、それとも──

 

 

「おはよう、愛莉ちゃん。昨日はすごく不思議だったわね」

 

「おはよう、雫。そうね……セカイって場所もミク達のことも。いったいどーなってんのかしらね。曲を再生したら別の場所に行っちゃうなんて」

 

「でも、愛莉ちゃんは、楽しかったんじゃない?」

 

「……え?」

 

「ライブを見てる時の愛莉ちゃん、目がキラキラしてたから」

 

「……そんなこと……」

 

 

 賭けだった。

 触ってはいけない部分に触れてでも、雫は確かめたかった。味方はまだいるんだって、自分はまだ一人じゃないんだって、聞きたかった。

 本当にただそれだけで、傷つけるつもりなんてなかったのに。

 

 

「ねえ、愛莉ちゃん。愛莉ちゃんは、本当はまだ……」

 

「…………やりたいって気持ちだけで、どうにかなるわけじゃない。雫だって、知ってるでしょ。わたしがどうして、アイドルを辞めたのか」

 

「…………」

 

 

 押し黙る雫を見ながらも、愛莉は過去を語る。

 きっかけは、本当に運が良かったとしか言いようがない、奇跡だった。たまたま路上ライブを見ていた局のお偉いさんが、トークが上手くて面白いと言って、ゴールデンタイムにやっているバラエティ番組のオファーをくれて、必死に努力した。

 悪夢の始まりとも知らずに。

 

 

「……チャンスをもらって、必死にがんばったわ。トークも……漫才だって勉強して……。それが受け入れられて、みんなに喜んでもらえた時はとっても嬉しかったわ。でも……」

 

 

 少しずつ、バラエティの仕事が増えていって、アイドルの仕事は減っていった。マネージャーがオファーを持ってくる度に喜んで、それがミニライブの日に重なってもグループのためだと、我慢した。愛莉は耐え続けた。耐え続けてしまった。

 楽しみにしてくれるファンに申し訳ないと思いつつも、貰った仕事をアイドルとしてこなそうと、食らいついた。

 

 

 押し殺して押し殺して押し殺して、蓋をして蓋をして蓋をして。アイドルを守り続けた、グループのためにという大義名分の──人柱(生贄)として。

 その結果が、バラエティタレントとしての桃井愛莉の売り出しだった。

 

 

「……抗議したけど、ダメだった。事務所は一番人気が出る形でプロデュースした方がいい、業界で生き残るためにはこうした方がいいの一点張りで……。納得がいかなくて、移籍もしたわ。けど、次の事務所も最初は上手いこと言って、すぐに手のひら返し……。結局わたしは……業界にもアイドルだって思われてなかった。それに、わたしを見てくれる人たちも……」

 

「そんなことないわ!! 愛莉ちゃんは立派なアイドルよ。みんなに希望をくれる、誰よりも素敵な……」

 

「やめて、雫。わたしだって本当はわかってるの。わたしは……」

 

「でも……!」

 

「……やめてよっ!!」

 

 

 怒声が、学校の中庭に響く。前に聞いた時より一層感情が籠っているのが、嫌でもわかる。雫は、半端な覚悟で立ち入ってしまった。

 自分勝手な都合と、親友への思いやり、どちらかだったらこうはならなかったのかもしれない。けれど、もうどうにもならない。

 爆弾はもう爆発した。消火活動に意味はなく、慈悲のない感情の濁流が吐き出された。

 

 

「雫に何がわかるのよ! 華があって、才能があって……! 顔も普通で、必死に頑張っても認められない、わたしの何がわかるっていうのよ!! 最初から生まれ持ったものだけで、みんなからアイドルだって認められるくせに!!」

 

「……愛莉……ちゃん……」

 

「あ……! ご、ごめ……っ!」

 

「っ!!」

 

 

 二人とも、選択を間違えた。

 言葉を誤った。

 たった一瞬で、縁という糸は捻れ絡まり、そして──解けた。

 

 ◇

 

 逃げて、逃げ出して、いつの間にか知らない路地裏で蹲って、雫は動けずにいた。折れた、折れてしまった、残っていた支柱の一本も、呆気なく簡単に折れてしまった。

 アイドルはハートが大事、希望を与える存在が前を向かなければダメ、そんな大切な事を教えてくれた愛莉でさえ、雫の生まれ持ったものを責めた。

 

 

 自分が悪いことなんてわかってる。自業自得だと知っている。

 でも、それでも彼女は、聞きたかったのだ。言って欲しかったのだ、アイドルが好きだと。諦めてないと。最後になっても構わない、もう一度一緒にステージで並びたかった。

 

 

 淡い希望も、微かな光も、全てが絶望に変わっていく。

 好きだと言って欲しい、必要だと抱きしめて欲しい、もう自分すらわからない。みんなに変わらないで欲しかった、ずっと昔のままの関係で、想いあっていきたかった。

 アイドルを好きかもわからない、アイドルを続ける理由も薄れていく。アイドルではない日野森雫(自分)には何が残るのか、それすらも薄ぼんやりとしていて掴めない。

 

 

(……雨? あぁ、よかった。これなら、泣いていても気付かれない)

 

 

 天気予報にはなかった唐突な大雨、一向に止む気配はなく、ただただ雫の体を濡らしていく。通りすがりの人も何人かは彼女に声をかけたが、返事が返ってこない気味悪さに去っていくのみになり、誰も傍に寄ってこなくなった。

 声を殺して泣いて、冷たい雨粒にうたれて心が凍えていく。

 助けを呼ぶ気にもなれず、助けを呼ぶ者もいないまま時が過ぎていく──はずだった。月野海湊が、居なければ。

 

 

「……雫! 大丈夫か!!」

 

「……みぃ……ちゃん?」

 

「なにやってんだばか! こんな所でびしょ濡れになって! ほら、バッグ貸せ、おぶってかえ──」

 

「何も、言わないで」

 

「雫……?」

 

「お願いよ、みぃちゃん」

 

「…………」

 

「ありが、とう……ありがとう」

 

 

 聞きたいことは山ほどある、が今聞いている余裕がないことくらい、表情を見なくても声で感じとれる。何かあった、何かがあった。それさえわかれば十分。今、湊がやるべきことは、縋り付く雫を優しく抱きしめることだけ。

 降りそそぐ雨粒が互いの顔を濡らし、どちらが泣いているのか、泣いていないのかすらも判別がつかない。ただ一つ言えるのは、雨の中、嗚咽が一人分響いていたということ。

 




 次回もお楽しみに!

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希望と絶望は紙一重

 一週間投稿をサボり、一日遅れの投稿をした私です、しぃです。
 いやぁ……ホワイトデー、終わりましたね。イベント話を投稿しようか迷ったんですけど、ネタが浮かばなかったし伏線張る意味もなくて書けませんでした。
 基本的に、イベント話は私が思いついたら書くか必要だったら書くって感じなので、期待していた方がいたらすみません。

 p.s.
 かもなべさん☆9評価、冷たい雨さん☆9評価ありがとうございます!


 もう、いつも通りを振る舞うことすらできなくなった雫を、湊が背負い帰ってから早一時間が経過した。今、彼の目の前に居るのは、精神状態が最悪な雫ではなく、妹である志歩だ。以前より一層不機嫌そうな表情で、湊を睨んでいる。

 口を開けば文句が一つに、罵倒が五つは飛んできそうな表情だ。無言でいるのは彼女なりの優しさなのだろう。

 

 

「雫のことだけど、愛莉からメッセージがきてた。なんでも、一悶着あったらしい。詳しいことは書かれてないけど、お互いに地雷を踏みあった感じだ」

 

「お姉ちゃんの容態は?」

 

「しぃが帰ってくる前にシャワーには入らせて、今は自室で休ませてる。相当ずぶ濡れだったけど、そこまで問題はなさそう」

 

「ん……わかった」

 

 

 姉である雫に冷たい態度をとることも多い志歩だが、されど彼女たちは姉妹だ。それ相応の距離感で接してたとしても、心配はするし、なにかと気にかける。

 現に雫の容態が酷くないと聞いた時の志歩は、湊が見てもわかり易いくらいに、ほっとした表情をしていた。

 

 

「おばさん……椎名(しいな)さんには連絡ついたか?」

 

「無理。お母さん、仕事中は集中しててスマホ見たりしないし。お昼になったら見てくれるから、そこで折り返し連絡くると思う」

 

「なら、俺がいるのもお昼までだな。正直、今の雫の傍にいるのは、逆に辛いかもしれないし。しぃに任せるよ」

 

「……湊にい、変わったね。細かくはわかんないけど、変わった」

 

 

 姉妹らしく、雫に似た柔らかい微笑みを浮かべて、志歩はそう言った。湊自身、自分がどう変わっているかはわからないが、少しは強くなったと思っている。弱い優しさは残したまま、強い優しさも手に入れようとしている。

 矛盾しているようにも感じるが、片方だけ持っていても意味がないのだ。優しさを使い分けるのも、また優しさであり、一つだけじゃ肝心な時に役に立たない、なんてことが起こりうる。

 

 

 全ての人を助けたい、なんて馬鹿げた理想は湊にない。湊の理想は、大切な人を絶対に助けること。どんなに間違えても、どんな道を選んでも、大切な人を幸せにする。後悔だけは、して欲しくない。

 それが、湊の理想であり、想い。

 だからだろうか、雫の嗚咽が頭から消えない。目を閉じたらクシャクシャになった表情が見えて、耳を澄ましたら苦しそうな声が聞こえる。

 

 

 まだだ。まだ、湊は変わりきってない。ゴールは少し遠く、足取りは重い。けれど、止まるなんて選択肢を取るつもりは決してない。

 

 

「向き合いたいって思ったから、変わった。それだけだよ」

 

「……ねぇ、私も変われるかな?」

 

「さぁな。変われるか変われないかなんて、俺にはわかんないよ。ただ、変わりたいって思ったなら、一歩踏み出してみればいいんじゃないか? 悪い方向に行くか、いい方向に行くかなんて考えずに。歩み寄ればきっと、変わるさ」

 

 

 志歩は志歩で違うものを抱えている。湊には、それをどうこうする術はないし、聞き出す気もない。何故なら、彼は信じているから。

 芯の強い妹分は、自分が無理に動かなくても、ちょっと背中を押してやれば大丈夫だと。

 

 ◇

 

 日は過ぎ、翌日。

 湊は、類や司とよく来るファミレスに、友人から呼び出されていた。相手は言わずもがな、愛莉である。

 正面に向かい合う二人の表情は対照的で、湊は穏やかな、愛莉は申し訳なさそうな顔をしている。

 

 

「で、呼んだ理由は?」

 

「……その、今日、雫が休んだから、大丈夫かなって聞きたくて。メッセージも既読にならないから、心配で」

 

「雨に濡れてびしょ濡れだったからな、念の為に休んだだけだよ。体調的には問題ない、体調的には、な」

 

「あの子……わたしのこと何か言ってた?」

 

「いや、なにも」

 

 

 モヤモヤと暗くなる雰囲気は、昨日のメッセージの時点で察していた湊だが、ここまでダメージが大きいとは流石に予想外だった。すれ違いどころか、捻れて絡まって、千切れる寸前に見える。

 励ましてやりたい気持ちと、こいつの所為で、という感情が同時に湧いて、湊の喉を詰まらせる。

 

 

 優しい彼も、聖人ではない。大切な人を傷付けられれば、怒るのは当然、憎みもする。しかし、今回の件は、間に入るべき自分の不甲斐なさも問題の一つだと認識している。

 故に、湊は愛莉を責めることはせず、かと言って過度に慰めることもない。悪意と善意、その二つが譲歩できるギリギリのラインで留まる。

 

 

 もっとも、湊の悪意と善意には天と地ほどの差があり、どう足掻いても善意に寄ってしまうのだが。

 

 

「最低よね、わたし。アイドルだったのに、希望を与える側の存在だったのに、自分の親友を裏切って、傷付けるなんて……」

 

「それに関しては同感だ。やっちゃいけないことだったと思う。けど、愛莉には愛莉にしかわからない苦しみがあった。真実を知っていても、心の傷は簡単にはわからない」

 

「……怒らないのね。アンタは」

 

「怒ってるよ。でも、雫だけが大切な訳じゃない。一番は雫でも、他に大切な人はいる。愛莉もその一人ってだけだよ。それに──お前だけの責任じゃない」

 

 

 湊の言葉は、全部が本音だった。

 悪意を善意で捩じ伏せたわけでもなければ、善意だけで動くわけでもない。全てを引っ括めた自分の想いを、愛莉にぶつけた。

 そして、それを聞いた愛莉は呆れたように笑って、こう言った。

 

 

「優しいわよね、ホントに。雫が湊を好きになる理由、わかった気がする。アンタ、天然のたらしよ」

 

「失礼だな。俺はたらしじゃない、人がいいだけだ」

 

「それ、自分で言う?」

 

「言ったもん勝ちだろ。ほら、バイトのシフト代わってもらってまで来たんだ。なにか話してくれよ、あるだろ、面白い話題」

 

「はいはい、わかったわよ。──そうね、最近会って練習に付き合ってる、アイドル志望の後輩の話、なんてどう?」

 

「いいね、頼むよ」

 

 

 その後、二人は談笑し、重かった空気は消えた。愛莉の心も少しだけ軽くなった。

 

 ◇

 

 愛莉と会った日の夜。雫の散歩に付き合う形で、湊は幼い頃によく遊びに来ていた公園に足を運んでいた。

 昨日よりかマシになったとはいえ、雫の精神は若干不安定で、手は湊と握ったまま離さないし、その手も僅かに震えている。まるで子供のように、置いて行かないでとせがんでるように彼は感じた。

 

 

 会話はなく、ただ互いの体温だけが主張し合う。

 遊具を見て懐かしさを感じる余裕も、今の雫にはないらしく、弱々しくベンチに腰をかけた。それに倣うように湊もベンチに腰を下ろし、辺りを見渡す。

 枯葉が舞い散り、所々に積もっている。

 土遊びで泥団子を作り、おままごとをした砂場。並んでこいだブランコに、一緒に乗ったシーソー。何度も滑った滑り台に、高い所に登っては夕日を眺めたジャングルジム。

 

 

 何気ない日常が過去になり、思い出になる。振り返ってみれば、あの頃はみんな笑顔だったな、と感じられる。湊が、そんな過ぎ去ったものに浸っていると、握っていた手が引かれ、隣から声をかけられる。

 雫が、真剣な表情で湊に向き合っていた。

 

 

「みぃちゃん」

 

「……どうした?」

 

「みぃちゃん」

 

「……だから、どうした?」

 

「話が、あるの」

 

「あぁ、わかった。聞くよ、全部聞く」

 

「長くないわ。一つ、報告があるだけだから」

 

 

 報告、その一言に、湊は強く反応し最悪な未来が想像する。ありえないと心が叫んで、おかしくないと脳が警鐘を鳴らす。

 耳を塞げ、声を聞くな、理解するな。脳の命令は強くなり、鼓動が早くなっていく。

 聞いたら、絶望するかもしれない。けれど、聞かなかったら絶望することすらできない。雫を、理解できない。

 

 

 残された選択は、相も変わらず一つだけ。

 NOなんてものは、存在してはいけない。

 だから、雫の口からその言葉が放たれるのは必然だった。

 

 

「私ね──アイドルを辞めたの」




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太陽が月を照らし、月もまた太陽を照らした

 本編前に謝罪を一つ。
 先日は愛莉の誕生日短編を投稿して即消しするという、奇怪な行動を取りましたが納得いかなかったので消しただけなのでお気にならさず。週末には上げ直します。
 お待ちしてい方は、本当にすみませんでした。

 ──────────────────────

 気を取り直しまして、どうも。投稿をサボった私です、しぃです。
 決して、決して! 競馬場に行ってたわけじゃありません!
 友達の家に泊まりに行ってただけなんです! 推しアニメの布教活動してスマブラやって桃鉄やってウマ娘見てただけで、競馬してた訳じゃないんです!

 あっ、因みに推しはスーパークリークです。


「私ね──アイドルを辞めたの」

 

 

 凛とした声は微かに震え、真剣な表情の奥に見える瞳は暗く、一言に込められた重みを湊に感じさせる。なにか言わなければ、そんな衝動が湊を突き動かすも、この状況に適当な言葉は見当たらない。

 慰めればいいのか、怒ればいいのか、悲しめばいいのか、苦しめばいいのか、感情の表現すら面に出せない。

 

 

 間違えたら消える。間違えたらなくなる。それくらい、今の雫は危険な状態だ。

 

 

「………………」

 

「なにも、言わないのね」

 

「過ぎたことになにを言っても、変えられないだろ」

 

「ふふっ。それも……そうね」

 

「……なにかあったんだよな。なにがあった?」

 

「色々あったわ。本当に、色々」

 

 

 どこか遠くを見つめながら、雫はそう言った。湊の質問に答えるでも答えないでもなく、寂しそうに笑って頷いた。

 怒りも、苦しみも、悲しみも、恨みも、憎しみも、感じた思い全てがその一言に詰まっている。言霊、そう言っても過言ではないくらい、彼女の言葉は心に響く。

 生まれ持ったもので責められて、生まれ持ったもので褒められて、あとから頑張った分は誰にも見てもらえない。唯一の救いだった幼馴染みですら変わり始めて、雫が求めていた安らぎは消えていく。

 

 

 勘違いして、拗れて、捻じ曲がった心が、狂いかかった思考が普段なら出さない道ばかり示してくる。

 

 

「──時間って酷いわよね。どんなに止まって欲しくても流れて、世界も人も変えてしまう。みんな、みんな変わってしまったわ。……みぃちゃんも」

 

「変わりたかったから変わった。俺の意思だ。時間だけの所為じゃない」

 

「けどっ!! 私は変わって欲しくなかった! みぃちゃんは、弱くて優しいみぃちゃんのままでよかった! 傍で笑ってくれるだけで私は頑張れたのに……」

 

 

 太陽が月を照らすように、月もまた太陽を照らし返していた。眩しいほどじゃないけれど、温かくて柔らかい光。雫にとっての最後の柱、心の支え。

 折れて、折れて、折れて、折れずに残っていた柱にもヒビが入って、崩れる寸前。それが最悪な現状。

 しかし、湊の考えは違う。彼からしたら、雫はもっともっと強い人間だ。いつも自分を過小評価し、卑下しているだけ。

 

 

 いつだって、湊がやってきたのは背中を押すことだけだった。後ろから必死に押して、彼女が飛ぶ手伝いをしていたに過ぎない。確かに支えていた、確かに柱になっていた。

 だが、隣にはいなかった。並んではいなかった。頼られたとすら、彼は思っていない。ずっと昔から、隣を歩いていたが、真の意味では後ろにいた。背中を押すだけで、背中を見るだけで、向き合えていなかったのだ。

 

 

「それでも俺は嫌だったんだよ、弱いままでいるのが。頼って欲しかった。後ろから支えるんじゃなくて、押すだけじゃなくて、隣に立って手を取りたかった。雫に、一人で傷ついて欲しくなかったんだ」

 

「……あぁ、本当に。()()()()()()

 

「普通だろ。大切な人に優しくするのは」

 

 

 雫が涙を零し、湊はそれをそっと指で拭いた。瞬間、何度も見た微笑みも零れ、彼は変わらず思った。「やっぱり、その顔が一番好きだ」と。

 過去は決まってしまったが、未来は未知数。雫にとって最善の未来に辿り着くように、湊はもう一度彼女に向かい合った。

 いくらか落ち着きを取り戻したのか、雰囲気は先程より柔らかいが、未だに少し暗さが残る。

 

 

「……そうなると、一番変わってしまったのは──私だったのかしら。アイドルを続ける理由も、アイドルを好きかもわからなくなって、自分勝手に逃げた」

 

「どうだろうな。変化なんて人それぞれだよ」

 

「みぃちゃんは、こんな私でも好きでいてくれる?」

 

「嫌いになるわけないだろ。……好きだよ」

 

「……嬉しいわ。私も好き、大好き。だから、一緒に行きましょう(逃げましょう)

 

 

 膨れ上がった想いは、積もり積もった様々な感情は、少女の恋心をとことん捻じ曲げた。許容した湊の愛に漬け込むように。

 悪役はこの場におらず、強いて言うならタイミングが悪かった、その一言に尽きる。元々、拗れ捻じ曲がった心に狂いかけの思考が重なった結果が、アイドルの道を辞めるという選択だった。

 

 

 これは変えられない選択だった、湊だって話を聞いて相談されたら候補として挙げただろう。だが、今の選択肢は最初から間違いだ。

 何故なら、逃げるという選択肢は、一生の親友になりうる愛莉すらも切り捨てることに繋がる。

 

 

「アイドルのお仕事で貯めたお金と、みぃちゃんのバイト代があれば、国外は無理でも国内ならどこでも行ける。二人だけの全国ツアー、なんてどうかしら? きっと楽しいし、最高の旅になるはずよ。あなたの為に歌うわ、あなたの為に踊るわ。だから──お願い、湊。一緒に来て」

 

「……ダメだ」

 

「なんで? どうして? 私のこと好きじゃないの?」

 

「好きだからだよ。好きだから、後悔して欲しくない。今逃げたら、お前は絶対に後悔するから。……それでもいいなら、いいよ。一緒に逃げよう。どこまでも付き合うよ」

 

 

 月野海湊は、日野森雫を知っている。彼女の全部は知らないが、今必要な言葉は知っている。今送るべき言葉はわかる。

 想いに漬け込まれたなら、漬け込み返す。彼は、雫が自分に向ける深く重い恋心を、少なからずわかっていた。酷く汚い手だが、未来のためなら嫌われたって構わない。湊にとって一番の結末は、雫が幸せであること。

 

 

 その為なら、利用できるものは最大限使い、道を作る。誰も傷つけないなんて不可能だ。だからこそ、大切な一人が傷つかないように、自分を傷つける。

 

 

「ズルい。みぃちゃんにそこまで言われたら、私は待つしかないじゃない」

 

「悪いな。でも、時間は酷いだけじゃないし、変化は怖くない。それを伝えたいんだ」

 

「……もう少しだけ、もう少しだけ頑張ってみるわ」

 

「ありがとう、雫」

 

「その代わり……少しだけつまみ食いしちゃうわね」

 

 

 つまみ食い、その言葉を湊が理解するより早く、雫の唇が彼の頬に触れた。

 柔らかい感触が伝わって、すぐになくなる感覚に湊が戸惑っていると、雫は今まで見せたことのない笑みを見せてベンチから立ち上がる。

 彼も追って立ち上がるが、結局帰り道でも脳が処理を拒み、一向になにがあったのか理解できず。

 その日、湊は頬に触れた温もりを忘れらず、眠れぬ夜を過した。




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私を見つけて欲しかった

 今回はオリジナル要素薄めかもです。


「……はぁ」

 

 

 お節介で優しい幼馴染みに無理矢理連れてこられた学校で、雫は一人ため息を吐く。アイドルを辞めてから数日、自分の心が段々とわからなくなってきた。

 あの夜の行動も、思い出せば顔から火が出そうなくらい熱くなるし、色々とグチャグチャだ。同じ教室の愛莉に会いたくないが為に授業までサボって、校内をぶらついている。

 逃げようと思えば逃げられた。それなのに、足が校門に向かってくれない。向かおうと思えば思うほど、遠のいていく。

 

 

 迷子癖がどうこうではなく、彼女の本心が逃げることを拒否している。逃げるなと訴えているのだ。

 執着、依存、希望、期待、羨望。絡み合う感情が、雫をこの場に押し留めている。ハリボテで、歪で、ツギハギだらけで、今にも崩れそうな心で踏みとどまっている。

 きっとそれは、後ろの道が見えているから。逃げられる場所を、湊が残してくれているから。

 

 

 時間を潰すように、何度も何度も練習したステップを踏んで、喉を枯らすほど叫んだ歌を歌った。誰にも見つからない、いつの間にかたどり着いた場所で、冷たい風に当てられながら。

 疲れたら休んで、休み終わったら始めて。汗をかかない程度に、暇をしない程度に、放課後を待った。

 

 

 ずっと一人で、待ち続けた。

 湊が来るのを待っていた、校門前に行けば会える、優しい幼馴染みを待っていた。その筈なのに、中庭で出会ってしまった。すれ違った親友に、出会ってしまったのだ。

 

 

「……待ちなさい、雫!」

 

「……愛莉ちゃん……」

 

「はぁっ……はぁっ……。やっぱり、Cheerful*Daysを脱退するってウワサは本当だったのね……。でも、どうして……?」

 

「…………」

 

 

 息も絶え絶えで詰め寄る愛莉を見て、雫は自分を必死に探してくれて嬉しいという感情と、あなたの所為だという憎悪が同時に湧いてくる。

 けれど、結局は憎悪が勝つことなんてなくて、嬉しさで少しだけ申し訳なくなった。振り回して、責任を擦り付けようとした自分に自己嫌悪してしまう。

 

 

「なんで黙るのよ! ちゃんと話してよ! 雫!」

 

「日野森先輩! あの……本当に、辞めちゃったんですか……?」

 

「……もう少し、伏せておいてもらえるはずだったんだけど……」

 

「……本当なのね?」

 

「…………」

 

 

 みのりの悲しそうな弱々しい言葉、遥の寂しそうな諦めたような言葉が、雫の喉を詰まらせる。沈黙も、一種の肯定だ。

 一歩、怖くなって後ろに足を下げる雫に対し、愛莉は一歩前に足を出した。

 逃げたい。今すぐ、この場から立ち去りたい。アイドル志望の後輩を置いて、元アイドルの友人を置いて、アイドルでいられなかった親友を置いて。

 

 

「どうして? どうしてよ! 雫がアイドルを辞める理由なんてどこにもないじゃない!! 雫は……うらやましいくらいアイドルじゃない! 華があって……立ってるだけで存在感があって……! みんな振り返るくらい綺麗で……!!」

 

「……っ。どうして愛莉ちゃんまでそんなこと言うの!?」

 

「え……?」

 

 

 いつもそうだった。いつもそれ以外なかった。

 みんながみんな、雫の外面だけを、外見だけを評価した。たった二人──いいや、今は一人を除いて。

 見た目にそぐわない行動を取れば変だと言われ、人格すら否定された。クールでミステリアスな美人アイドルという役を押し付けられて、それに合うように矯正された。

 

 

 何がダメなのか、何がいいのか。それはいつも、自分以外の誰かに勝手に決められて、選択権なんて初めから貰えなかった。

 アイドルを続けたのは自分自身だから、しょうがないと割り切ったが、誰も努力を褒めてくれなかった。

 最後に残った、幼馴染み以外。

 

 

 怒りが、憎しみが、悲しみが、苦しみが、感情の濁流となって、雫の口から吐き出される。

 

 

「愛莉ちゃんが教えてくれたんじゃない! 大事なのはハートだって。ファンに希望をあげるためにがんばるのがアイドルだって。だから私はずっと、そんなアイドルになろうとがんばってきた。なのに……なのにどうしてみんな、いつもいつも! 私の見た目や生まれ持ったもののことばかり言って責めるの……!? がんばってきたのに、誰も私を──本当の日野森雫を見てくれなかった!!」

 

「……! わたしの、せいなの……? わたしが雫に……あんなこと言ったから……」

 

「……それは……」

 

 

 肯定したくてもできず、否定したくてもできず、雫は目を逸らした。

 全部ぶちまけてしまったのだから関係ないと割り切って、肯定して全て壊してしまえば楽だったのに。どうしてもそれは、彼女に出来なかった。

 中途半端な優しさと、消えてくれない負の感情がぶつかって、諦めたように言葉を続ける。

 

 

「けど、辞めることは、ずっと考えていたの。みんなと上手くいかなくなってから……ずっと……」

 

「……『みんな』って、Cheerful*Daysのメンバーのこと? メンバーが人気のある雫を妬んでたってうわさは、本当だったの?」

 

「…………初めは違ったわ。みんなで競い合ってがんばれて、楽しかったの。でも、私がセンターになってからは、新曲のセンター選抜も、どこか形だけになっていって……。がんばってもがんばっても、私の仕事だけが増えて、みんなは段々冷たくなっていって」

 

「…………そうだったの」

 

「みんなと上手くやっていけるようがんばったけど……でも、それももう……限界で……。もうアイドルが好きなのかも、続ける理由も、わからなくなっちゃったの……」

 

 

 遥に聞かれるがまま、雫は全てを話した。心配をかけまいと、湊には言わなかった事も全て話した。

 その話を聞いて、愛莉とみのりと遥は、三者三様の表情を見せる。信じられないと困惑するみのり、自分の所為だと嫌悪する愛莉、真剣にされど悲しそうに納得する遥。

 暗く重い雰囲気が辺りを包み、愛莉はそれに押し潰されたように感情を零す。

 

 

「わたしの、せいだ……。希望をあげるなんて言って、わたしは……逆のことをして……。わたしが……雫からアイドル……」

 

「桃井先輩……」

 

「そんなの嫌……雫は、本物のアイドルなのに……。わたしとは違う……雫は……。だから……っ、雫がステージから降りるなんて……嫌!!」

 

 

 全部が本心で、全部が尊敬だった。愛莉にとって雫は理想のアイドルだった。だからだろう、それ故に追い詰めた自分が許せず、彼女がステージから降りることも認められない。愛莉が走り出すのは必然だった。

 

 

「も、桃井先輩!? どこに行くんですか!?」

 

「……もしかして、劇場に行ったんじゃない? Cheerful*Daysの」

 

「えっ……?」

 

「私、愛莉ちゃんを追いかけないと……!」

 

「わたしも行きます!」

 

「……みのり、本当にいいの?」

 

「遥ちゃん……?」

 

「きっと、見たくないものを見ることになる。アイドルだってステージを降りればただの人間。才能を持っている子を羨ましいと思うし、自分の方がかわいいのに、人気が出るはずなのにって妬む。桃井先輩を追いかけていけば、きっとそんな、見たくないものを見る羽目になると思う」

 

 

 辞めたとは言え、遥も芸能界に居た人間だ。

 醜い、とは一概に言えないが、そういう嫌な部分を見ることになる。そして、それはアイドルを目指すみのりにとって、いつか見える光景だが、今見るものではない。雫も、そんな遥の意見に賛同するように、みのりに言った。

 

 

「……遥ちゃんの言う通りよ、みのりちゃん。あれは、まだ見なくてもいいものだわ。それに、これは、私と愛莉ちゃんの問題でもあるもの。……巻き込みたくない」

 

「二人とも……心配してくれてありがとう。でも、桃井先輩は大好きな先輩だから。わたし、行かなくちゃ!」

 

「…………そうだね。みのりなら、そう言うよね。わかった。一緒に行こう」

 

「うん!」

 

 

 そう言って、愛莉を追い始めるみのりと雫の後に続きながら、遥はある人物に電話をかけた。

 現状欠けている、一番必要なピースである『月野海湊』に。




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リブートして、リスタート

 課題に追われて投稿ができなかった私です、しぃです。
 いやぁ……まぁ……課題君がさぁ、がんばってもがんばっても終わらなくて、自業自得だから自分の所為としか言えないんですよねぇ。
 申しわけない。

 今回もオリジナル要素は少なめです……ごめんよ。


 夕暮れの放課後。

 寂しい風が吹く下校路で、湊は思いもよらない人物からの電話を受けた。相手はそう──桐谷遥である。

 

 

『……もしもし、月野海です』

 

『お疲れ様です、月野海先輩。電話を繋いだままにしますので、何も聞かずに、今すぐCheerful*Daysの劇場まで来てください。お願いします』

 

『ちょっと待て! 事情くらい──』

 

『雫のためです。だから、お願いします』

 

 

 幾らなんでも突然過ぎる。湊が困惑するのはしょうがないことだ。しかし、今の遥に事情を説明している余裕はない。愛莉の行動能力がどこまで高いか把握できていない彼女にとって、他グループが使っている劇場に乗り込んだ以降の行為は予測不可能だ。

 一歩間違えたら。その一歩は取り返しのつかないことになる。湊だって、雫だってそれを望んでない。

 

 

 だからこそ、『雫』という切り札で、彼の困惑を打ち砕く。それを使われたら、湊は絶対に動かざるを得ないから。

 

 

『わかった。……電話の方は頼む』

 

『はい』

 

 

 短く会話を終えた湊は、急遽方向転換し、宮益坂女学園ではなくCheerful*Daysの劇場に走り出す。スマホから流れ出る声を聞きながら、駆けていく。

 心ない言葉があった。

 悲痛な言葉があった。

 大切な親友の、心の叫びがあった。

 

 

『わたしは逃げた。わたしは、アイドルとして活躍できないことがイヤで逃げて、そこでもアイドルとして見てもらえなくて逃げたわ。本当は、もっともっとがんばって理想のアイドルに近づかなくちゃいけなかったのにね。……でも、雫は違うわ! アンタ達と一緒にファンに希望を届けるためにがんばってた! だから……!』

 

『……だから何?』

 

『……っ!』

 

『辞めたのは雫の意思でしょ。私達に何の関係があるの?』

 

『私達、別にあの子に辞めろなんて言ってないし』

 

『それにさぁ、雫ならアイドル辞めたって、モデル事務所とかが拾ってくれるんじゃないの?』

 

『本当、見た目がいいって得だよね。こっちは必死で頑張ってるのに……』

 

 もっとも、その言葉が相手に響くとは限らない。純粋な気持ちは、悪意を持ってしまった者の心に簡単には届かない。もう、仲間ですらない。もう、ライバルですらない相手の言葉なら尚更だ。

 走る湊の、表情が歪む。Cheerful*Daysのメンバーは、彼にとって間違いなく大きな存在だった。少しだけ、ほんの少しだけ、雫の話を聞いても期待が残っていたのだ。

 

 

 罪悪感はあると。

 悲しんでいるかもしれないと。

 幻想は呆気なく砕け散る。

 けれど、愛莉は言葉を紡ぎ続けた。贖罪、共感、後悔、懺悔。色々な理由が混ざった、グチャグチャな気持ちのまま、それら全てを吐き出していく。

 

 

『……っ、アンタ達の気持ち、わかっちゃうのが本当にイヤ……! そうよ。わたしもアンタ達みたいにうらやましかった! 雫は華があって、綺麗で、特別で……! 自分のほうがずっとがんばってるのに、どうして雫ばっかりって思っちゃうこともたしかにあった! でも……でも、ちゃんと見なさいよ! 雫は自分の才能にあぐらをかかなかった! みんなが期待したら、それに応えようって努力した! アイドルとして、ファンに希望を届けようとしたわ! だから人気があるの! だからセンターにいるの!! 妬んで、ふてくされてるだけのわたし達とは……全然違うのよ!!』

 

『……愛莉ちゃん……』

 

『ごめんなさい、雫……。わたし、最低だった。自分のことばっかりで、雫のことずっと傷つけて……。雫はずっとわたしの言葉を信じて、みんなに希望をあげるために、ずっとずっとがんばってたのに……!』

 

 

 汚い部分も、醜い部分も、全部さらけ出し言葉。

 刺さるものがあった。誰の心にも、刺さる言葉だった。日野森雫という人間を見ている者に、深く刺さる言葉の──はずだった。

 届かないのはどうしてなのか? 

 足りないのはなんなのか? 

 それすらわからない悪意が、醜い妬みが、チームメイトから呪詛のように投げかけられる。

 

 

『……ていうかさ、なんでまた雫がここに来るの? あんたのせいで仕事の予定もグチャグチャなのによく顔出せたね』

 

『愛莉に泣きついて、代わりに文句言ってもらいにきたわけ? そういうところがムカつくんだよね』

 

『あーあ、本当、雫がいなくなってくれてよかった』

 

『……! アンタ達……っ!!』

 

 

 見慣れた扉の目の前に、湊がようやく辿り着いた時。愛莉の怒声が、スマホのスピーカーと扉越しにダブって聞こえた。

 勿論、既に関係者ではない。見つかったら大目玉どころか、下手すれば警察沙汰。大事になったら面倒なことになるし、両親にも迷惑が掛かる。

 それを踏まえても、湊の脳と心は一切迷わなかった。勢いをつけて扉を開けて、中に踏み込んで行く。

 目の前に広がった光景は──

 

 

「桃井先輩!! ダメ!! ダメですよ桃井先輩!! 桃井先輩は『アイドル』なんですよ!! アイドルは、みんなに希望をあげる存在なんですよ!!」

 

 

 訴えるように叫ぶみのりの姿だった。愛莉の振りかぶった拳が空中に止まり、それを確実に抑えるように湊が手を添えた。握った拳を包むように、優しく抑え込んだ。

 

 

「みのりの言う通りだ。お前は、そんなことしちゃいけない」

 

「湊……? どうして、ここに」

 

「良い後輩がいてな、そいつに教えてもらった。……まぁ、話は大体聞いてたよ。元チームメイトに、雫が世話になった礼くらいは言わないとな」

 

 

 前へ進む。

 彼の足が、一歩、また一歩と進んで行く。

 怒りがある。

 憎しみもある。

 けれど、それと同じくらいに、憐れみがあった。

 

 

「な、なによ……アンタも文句があるの?」

 

「ないよ。あるとしても、言っても意味なんてないからな。ないのと同じだ。だから、俺が言うのは本当に、お礼だけだ。……ありがとう。お前たちのお陰で、雫との関係を変えられた」

 

「……そ、それだけ?」

 

「あぁ、それだけだよ。それ以上はない」

 

 

 負の感情には蓋をして、正の感情も押し潰して。変わらぬ表情で別れを告げる。この場所にもう用はない。長居もしたくない。そう吐き捨てるように、湊は雫の手を取って外に出る。

 後悔は一つもなかった。

 

 ◇

 

 アイドルとして、雫と愛莉は互いが理想の対になる存在だった。

 追いつきたくても、追いつけない。悔しくて悔しくて堪らないのに、もっとステージに上がる雫が見たいと、愛莉は言った。

 辛いとき、苦しいとき、支えになる言葉をくれたのは愛莉だった。本当のアイドルになる夢をくれたのもそうだと、雫は言った。

 

 

 だからだろうか。雫は愛莉の言葉を聞いて、愛莉は雫の言葉を聞いて。互いに、もう一度アイドルになって欲しいと願った。それ故の答えが、一緒にアイドルを目指すという道。

 まさに、大円団のハッピーエンド。誰の目から見てもそう見えた。

 

 

「取り敢えず、どこの事務所に入るかとか、ふたりでどうやって活動するかとか、ゆくゆくは具体的なことも考えなくちゃいけないけど……。まずはふたりで練習から、かしらね。ねえ雫。明日から放課後、屋上で練習しない? 勿論、湊には強制参加してもらうわよ?」

 

「え!? 本当ですか!?」

 

「……はぁ、わかったよ。元々、手伝う気だったしな。あーあ、前とった入校許可証、どこにあったか探さねぇと……」

 

「ふふっ。みぃちゃんもいるなら心強いわ。……けど、みのりちゃんは私達がいてもお邪魔じゃないかしら?」

 

「だっ、大歓迎です! よろしくお願いします!!」

 

 

 四者四様。それぞれが違えども、明るい表情の中。一人だけが──桐谷遥だけが苦しそうに口を噤んでいた。どこか寂しそうに、どこか辛そうに、一歩引いた場所で見守っていた。

 偶然だった。

 奇跡的だった。

 一瞬、そんな彼女と湊の目が合った。

 

 

 引退したとはいえ、流石元カリスマアイドルというべきか。遥は反射で表情を変えて、自然な形を作った。無表情より色があり、微笑みよりは薄い。そんな、自然な形。

 見た相手が相手なら、絶対に気付けない。

 しかし、それは月野海湊には通じなかった。何故なら、無理をしている人間の表情の特徴を、彼はよくよく知っているから。

 

 

「なぁ、桐谷。悪いんだけど、俺がバイトで行けない日の一日でも、気が向いたら一緒にやってくれないか? 正直な話、同じ立場のお前の方が教えやすい部分もあるしさ」

 

「……ごめんなさい、私はいいです」

 

「私からもお願いよ。遥ちゃんが教えてくれたら、きっと……」

 

「……っ」

 

 

 ただお願いしただけ。それだけなのに、遥は湊と雫の言葉を聞いて、酷く表情を歪ませた。さっきまで保っていたのが嘘のように乱れて、素の彼女が見えた。

 なにかを怖がっている遥の本音が、表情に現れていた。

 彼がフォローしようとして触れたのは、他者が簡単には近付いてはいけないトラウマ。遥がアイドルを辞めた理由の根幹にある一つ。

 反発が起こるのは、当然のことだった。

 

 

「やめて! 私に……アイドルをやる資格はない!」

 

「桐谷……お前……」

 

「ちょっと、アイドルをやる資格がないってどういうこと?」

 

「……言い間違えただけです。ともかく、私は参加できません。でも、三人のことは応援してるから、頑張って。それじゃ」

 

 

 誤魔化すような笑みで去って行く彼女を、その場にいる誰もが、追うことはできなかった。みのりでさえ、動揺して一歩も足を動かせなかった。

 大円団に見えた現状は、未だに拗れている。

 前進しただけで、関係が進んだだけで、手を取り合えてなかった一人がいた。

 まだ、ゴールは遠い。

 

 ◇

 

 月明かりと、物悲しい街灯が照らす夜の帰り道。

 手を繋ぐか繋がないか、ギリギリの距離感で、湊と雫の二人は歩いていた。あのあと、遥が帰ったあと。言い間違えのことについて話したが、答えはでず。話を聞くにも、話を待つにも、今日は間が悪いからと、別れることになった。

 

 

「遥ちゃん……大丈夫かしら」

 

「わからない。桐谷が話してくれない限り、俺たちはアイツの背負ってるものを知れないしな。辞めた原因を探ってもいいけど、出てくるのは週刊誌のデマか噂が関の山だよ」

 

「でもっ……!」

 

「気になるのはわかるけど、雫だってそれどころじゃないだろ?」

 

「ぁ……みぃちゃん──」

 

「謝らなくていい。言ったろ、過ぎたことにとやかく言いたくない。……それに、俺は雫の選択を信じてるし、肯定する。なにがあっても、お前の味方だ」

 

 

 そう言って、湊は雫の手を握った。離さないように強く、壊さないように優しく、大事だと伝えるように握った。雫も、照れたように頬を染めたあと、ぎゅっと握り返す。

 散々今までしてきた行為も、互いの想いがわかったら、心情も揺れる。手のひらを通して伝わる鼓動が生々しくてもどかしいが、離したいとは思わない。

 

 

「振り出しに戻ったけど、やることは変わらない。もう一度──ううん、今度こそ。日野森雫を、誰もが認める世界一のアイドルにする」

 

「みぃちゃん……! うん! 私、みぃちゃんや愛莉ちゃんたちと一緒に、世界一のアイドルになって、みんなに希望を届けてみせるわ!」

 

「……これからもよろしくな、雫」

 

「えぇ、がんばりましょう、みぃちゃん」

 

 

 繋いだ手を絡め、二人は未来を見据える。

 やることは多くあるが、最初は目先のことから。気が散らないように、手を取らなきゃいけない少女がいる。助けたいと思う少女がいる。

 湊と雫は、桐谷遥を助けたいと、心の底から思っていた。




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再会と邂逅、先にある問題

 ゴールデンウィークに大量の課題を貰った私です、しぃです。
 最近やってるのは海外ドラマ『スーパーナチュラル』のオマージュ作品の制作だったり、卒業制作だったり公募用原稿だったり色々です。
 辛いですけど、私は生きてます。


 今回もさっくり読めるレベルですが、どうぞお楽しみください!


 近所では有名なお嬢様学校である、宮益坂女子学園。例外のない限り、原則男子禁制であり、許可証がないと入校すら許されない女の園。そんな、思春期男子からしたら夢の楽園を、湊は一人居心地悪そうな表情で歩いていた。

 

 

(……やっぱり、何度来ても慣れないな、ここの空気は)

 

 

 幼馴染みである雫と志歩が通ってる関係上、湊は極稀ではあるがこの学園に顔を出す。理由はその時々で違うが、大体は雫の所為だ。

 仕事の送迎、部活動のサポート、酷い時は学園の教師陣から呼ばれることもしばしばある。その度に来ては、雫の隣を歩くので、彼女を慕う下級生から、親の敵でも見るような殺意の籠った視線を向けられるし、異性で顔も悪くないことから、好奇の眼差しを向けられることも少なくない。

 

 

 もっとも、好奇の眼差しは雫が微笑むだけで明後日の方向に散らしてしまうので意味はないが。

 

 

「えっと……雫と愛莉がいるのは──あ」

 

「あ」

 

 

 偶然の再会。

 運よく。いや、運悪く。湊は、知り合い以上友人未満の人物と目が合った。可愛らしい制服に似合わぬ、大きな弓道具を持った知り合いと。

 朝比奈(あさひな)まふゆ、それが彼女の名前だ。ポニーテールに纏められた、本紫色のウェーブがかった髪と、淡藤色から本紫色へのグラデーションを描いたように見える綺麗な瞳を持つ少女。

 端正な顔立ちをしており、微笑みを絶やさない。外見だけなら、雫と同等のポテンシャルがある。そんな少女。

 

 

 湊にとっては、雫の友人兼部活仲間であり、何度もお世話になった人物だが、どんなに頑張っても彼女のことは好きになれない。

 何故なら、目の肥えた彼には見えてしまうから。笑顔の仮面の下にある、虚無の素顔が。見惚れた者を吸い込む、深淵を落とし込んだ瞳が。見えてしまうから。

 できるなら会いたくなかったが、会ってしまったものはしょうがない。湊は感情をできる限り胃の底に押し込み、まふゆの方に歩いていった。

 

 

「お久しぶりです、朝比奈さん。雫がいつも世話になってます」

 

「こちらこそ、日野森さんには親しくさせてもらってるので、気にしないで下さい。それより、月野海さんはどうしてここに?」

 

「えっと……色々あって。今後は放課後に、ちょくちょくこっちに来ることになったんです」

 

「そうなんですね。……あぁ、日野森さんなら、今日は部活に来ないそうなので、まだ教室にいると思いますよ。確か、クラスは2-Dだったかな」

 

「ありがとうございます。……それじゃあ、俺はこれで」

 

 

 世間話、もとい挨拶もそこそこに湊は走り去っていく。

 それを見送ったまふゆは、一瞬、光の点っていない瞳で彼の背中を見つめたあと、ため息を吐いて弓道場に歩いていった。

 

 ◇

 

 夕暮れの屋上。

 あの後、なんとか雫たちと合流した湊は、三人のダンスを真剣な表情で見守っていた。スピーカーから流れる音楽に合わせて、ステップを踏む彼女たちの動きを見逃すことなく、見守っていた。

 

 

 そして、その中で湊がわかったことだが。

 ついこの間まで現役だった雫は問題ない。

 ブランクがあって心配だと言っていた愛莉も、今のところ大丈夫。

 問題があるとすれば、みのりだ。まだまだ未熟な部分があることはわかっていたつもりだが、それでも尚酷い。心の揺らぎがモロにブレとして現れている。

 

 

 素質は十分にあるみのりだが、このままやってもいい方向に転ぶことはない。集中できなければ事故で体を壊すことだってありうる。

 アイドルのレッスンに携わったことの多くある湊は、そういう人間が自然と壊れていくことを理解している。だからこそ、音楽を止めた。

 

 

「ストップ。やめだやめ。このままやっても、疲れるだけだ意味がない」

 

「はぁ……はぁ……湊さん……。わたし、まだ!」

 

「桐谷のことだろ? 言わなくてもわかるよ。俺だって気になる。けど、それで練習に集中できないようじゃダメだ。怪我をするのがお前だけならまだしも、他の奴にも迷惑をかけるかもしれないだろ?」

 

「すみません……」

 

「怒ってるわけじゃない。寧ろ、あんなこと言われて、気にするなってのが無理だしな」

 

「あの……日野森先輩も、桃井先輩もすみません! わたしのせいで……」

 

「大丈夫よ、みのりちゃん。遥ちゃんのことは、私たちも気になるもの」

 

「まぁ、それが歌や踊りに響くかは経験よ。みのりにはまだなくてもしょうがないものなの」

 

 

 そう言って、謝るみのりを二人が慰める中、湊は先を見ていた。遥はみのりにとってのキーパーソン。みのりの目標であり憧れ。だがしかし、今はそれが枷になっている。

 取り外す鍵があればいいが、彼からしたら皆目見当がつかない。雫のレッスンの効率を上げるためにも、二人以上の協力者は絶対に必要だし、みのりの夢だって応援したい。

 

 

 当面の目標は、みのりの枷を外す鍵を見つけるか、それか遥の真実を知ることだ。どちらかでも達成できれば、作用しあって全員で前に進める。

 雫や愛莉を救ってくれた恩返しだって、夢じゃない。

 

 

 みんなで未来で笑うために、今できる最善の行動を模索する湊。彼の前に、ヒントは唐突に落とされた。

 

 ◇

 

 レッスンを切り上げて、屋上から降りてきた四人。気を紛らわせるように、話題をみのりのオーディション事情について変えて話していると、校門前で一人の少女に出会った。両端で纏められた焦げ茶色の髪と、新緑色の瞳が特徴の可愛らしい少女。

 見覚えがあった。湊とみのりには、見覚えがあった。目の前に現れた彼女は『ASRUN』に所属していた元アイドル。名前はそう、──真衣(まい)

 

 

「えっ!?!? ASRUNの元メンバーの真衣ちゃん!?!? ど、どど、どうしてここに真衣ちゃんが!? あ、あの! わたし、アルバムで遥ちゃんとふたりで歌ってた『虹色バラメータ』が大好きなんです!! 遥ちゃんと真衣ちゃん、ふたりともすっごく息ぴったりで……! そ、それに、それに……!」

 

「え、えーっと……あ、ありがとう……?」

 

「……限界オタクムーブがすごいな、みのりは」

 

「ファンとして、雫のことを話してる時のアンタもあんな感じよ?」

 

「マジで? ……いや、違う違う、そうじゃない。……なぁ、真衣ちゃん、君はどうしてここにいるの?」

 

「……その……えっと……」

 

「……もしかして、遥ちゃんに会いに来たの?」

 

 

 こくり、と雫の言葉に頷く真衣。その表情は、怯えや不安が溢れていて、見ていてとても気分のいいものじゃなかった。だから湊は、愛莉とみのりに声をかけ、雫を留守役に置いて、遥を探しに駆け出したのだが……残念なことに、彼女は既に下校していたらしく、校内に姿はなかった。

 空振りしたことを伝えると、真衣はまた悲しそうに笑って去ろうとする。

 踏み込んではいけない領域だと、空気が物語っていたがそんなの関係ない。

 

 

 今やるべきことは一つだった。

 

 

「話、聞かせてくれないか?」

 

「……………………」

 

「このまま帰っても、ずっとモヤモヤするし。寝覚めが悪そうだから、よければ話して欲しい。真衣ちゃんが、桐谷に話したかったことを」

 

「……私の所為なんです。遥ちゃんが、アイドルを辞めたのは」

 

 

 泣かないように、真衣が必死に振り絞って出した言葉は、その場に居た全員を動揺させるのに容易くないものだった。




 なな、なんと! 皆さんのお陰で一万UAを超えました!!!
 というわけで、記念短編を書きます(確定系)。今回はifルートに絞りアンケートフォームを作りましたのでご投票お願いします!
 本編の投稿には影響のないように制作しますので御容赦を。


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憧れという名の毒と翼の折れた天使

 お待たせしました!
 皆様のお陰で、またまた日間ランキングにのせていただいたしぃです!
 今回も程々ではありますが、どうぞ楽しんでいってください!


 p,s
 ふぇりさん☆9評価、蓮兎さん☆5評価ありがとうございます!


 人目を気にして、湊たちが学校の前からファミレスに移動したあと。真衣の口から語られる告白は、罪を懺悔するようなそんなものだった。

 最初に憧れ、次に隣に立ち、立ち続けることに苦悩し、折れる。

 いつかの未来で、もしもの未来で、みのりが味わうことになるかもしれない。そんな苦痛。

 

 

 桐谷遥の「みんなに明日をがんばる希望を届けたい」という、彼女の言葉が大好きで。苦しい時、何度も励まされて。気付いた頃には、真衣は彼女に憧れていた。それから、必死に歌とダンスの練習をして『ASRUN』のオーディションに受かり、晴れて遥と同じ舞台に上がることができた。どんなに厳しい練習も、キツいスケジュールも、遥がいたから乗り越えられた。

 

 

 自分の力ではなく、遥がいたからだと真衣は言い。続けて、少しずつ自分自身にも人気が出始めたことを、気恥しそうに話した。

 けれど、その空気はあっという間に暗いものに逆戻りする。

 

 

「きっとそこまでだったんです。短い間だけでも遥ちゃんの隣に居られたのは奇跡でしたから。……だから、『ASRUN』に入って三年目に、私がスランプになったのもしょうがなかったのかもしれません」

 

「スランプ……ね」

 

「はい。本当に、些細なことがきっかけだったんです。新曲を上手く歌えなくて、どんなに気を付けても自分のパートでミスして……それが原因でライブでも思い切り踊れなくて。みんなにも、迷惑かけちゃって……自分のことを段々信じられなくなったんです」

 

 

 自信の欠如は、巡り巡って他の部分に支障をきたす。

 隣で話を聞くみのりも、正面で話す湊も、フォローには入れず。雫も愛莉も口を噤む。

 もし自分を信じられなかったら、信じられなくなったら、人間はどうするのか。

 答えは多くない。殆どの人間が、自分を信じる他者の言葉を信じる。

 真衣にとって、それは遥だった。「今日がいい日じゃなくても、明日はいい日になるかもしれない」、その言葉を信じて走り続けた。血が出てるのに気付かないまま。

 

 

 悪者はいなかった。都合のいい悪はなかった。叩いたファンも、助けられなかった遥も、悪役ではなかった。他者の努力を知らないから傷つける無知と、他人を完璧には理解できない子供がいただけなのだ。

 ファンは真衣の努力を知らなかった。

 遥は真衣という仲間を完璧には理解できなかった。

 

 

 当たり前にある不完全さが、何の因果か重なり合い起こった衝突事故に等しい事件。

 真衣は練習のし過ぎで喉を壊し、高音域が出せなくなった。リハビリには少なくとも数年単位でかかるという医者の言葉は、彼女にとってアイドル人生が絶たれたも同然の報告。

 

 

 足掻いても変わらない結末に絶望した真衣は、遥に言ってはいけない言葉を口にしてしまった。

 

 

「希望を持てばなんて、嘘じゃない!! 私は……頑張ったせいで、こんな……っ!! 返して……! 私の時間を……アイドルを! 返してよ!!」

 

 

 それが、アイドルとしての桐谷遥を終わらせてしまった言葉だと、真衣は語る。原因なんてそれしか思いつかないと、悲しそうに語る。

 桐谷遥は、長くない人生の中で一人の夢を壊した。仮令、それが故意ではなかったとしても、相当なトラウマになる。

 何故なら、彼女はアイドルだ。ファンに夢と希望を与える偶像だ。ガラス細工のように繊細で、それでいて美しくなければならない。強くなければならない。

 

 

 しかし、この話を聞いて湊の中にある疑問が生まれた。

 カリスマアイドルである桐谷遥が、仕事に自分なりの矜持を持ってる彼女が、事件一つで簡単に辞めるのか。

 確かに、遥はまだ子供。年端もいかない女子学生。だが、アイドルとしての彼女が簡単に折れるとは思えない。

 事件があればより一層仕事に励み、贖罪をしようとアイドルを続けるはずだ。

 

 

(桐谷は……まだ、なにか隠してるのか? アイドルをやる資格以前に、何かあるんじゃないか?)

 

 

 あくまでファン。その線引きがあるからこそ、湊は気付けた。

 それでも、今すぐには答えが見つからない。

 心の中でため息を吐き、やりたくなかった一か八かの賭けに、彼は打って出る。

 

 

「謝りたいんだよね、真衣ちゃんは」

 

「……はい。謝ってもどうしようもないかもしれません。それでも、私は、遥ちゃんに謝らなくちゃいけないんです……」

 

「ならそうすればいい」

 

「そうね。ふたりの間にどんな確執があるのか、わたしたちにはわからないけど……。でも、伝えたいことがあるのなら、ちゃんと話したほうがいいわね」

 

「私も、みぃちゃんや愛莉ちゃんと同じよ。もし、傷つけてしまっていたとしても、ちゃんと話せれば、前に進めるかもしれない」

 

「……月野海さん、桃井さん、日野森さん……ありがとうございます……」

 

「……………………」

 

 

 深く、深く感謝する真衣を見ながらも、みのりはどこか遠い場所を眺めていた。遥がいる彼方を眺めていた。

 

 ◇

 

 翌日。約束を取り付けられたこともあり、真衣は無事に遥に謝ることができた。

 妹を慰める姉のように、自分の本音を押し殺して優しく接する姿は、アイドルの名に恥じないもので、湊はそれが、逆に見てて苦しくなる。

 

 

 真衣が最後に言った言葉を謝ったら、遥は追い詰めたことを謝って。

 真衣が辞めさせてしまったことを謝ったら、遥は自分の意思だと普通の学生になりたかったんだと偽った。全部が嘘だとバレるから、本心に少しの嘘を混ぜる、そんな小技で押し通した。納得させてしまった。

 

 

「お待たせ。真衣ちゃん、校門まで送ってきた」

 

「ありがと、湊。……ごめんなさいね、遥。だましうちみたいなマネして、悪かったわ」

 

「……いえ。先輩達は、私が昨日変なことを言ったから気にかけてくれたんですよね」

 

「まあ……ね。それより遥、本当にあれで良かったの?」

 

「……………………」

 

 

 優しい声音だった。さっきまで、遥が真衣に向けていた声音と同じ。

 妹のいる姉として、大切な後輩に問いかける。

 隠したままでよかったのか。

 偽りのままでよかったのか。

 揺さぶる為に言ったわけではなかったが、その言葉は確実に遥の心に届いた。

 

 

「……たしかに、アイドルをやる資格ないって思ったのは、真衣のことがあったからです。でも、それは真衣には言いません。絶対に。……あの子には、過去を引きずり続けて欲しくないので」

 

「遥ちゃん……」

 

「実際、私はもうアイドルに未練はないんです。やれるだけのことはやりましたから。それに……私が届けられるものは、もうありません」

 

 

 諦めの色が滲む笑顔で、遥はそう言った。

 未練はない。

 やれるだけのことはやった。

 届けられるものは、もうない。

 

 

 同じアイドルだったからこそ、その言葉に雫と愛莉は口を閉ざした。

 幼馴染みとして、アイドルの近くにいた湊も何も言えなかった。

 残ったのは一人。

 ファンであって未だアイドル未満のみのり、ただ一人。

 純粋にファンだったから言える言葉が、想いと共に溢れて外に出る。

 

 

「そんなことない」

 

「……え?」

 

「届けられるものがないなんて、そんなことないよ。遥ちゃんはたくさん希望をくれた! だからわたしは、こうやってアイドルを目指せてる! 何度落ちてもくじけないでがんばれるのは、遥ちゃんが、明日をがんばる希望をくれたからだよ! だから、何も届けられないなんて……そんなこと言わないで!」

 

「…………………」

 

 

 零れる涙を抑えようともせず言い切ったみのりに、遥は思わず言葉を失った。

 愛莉が刺した杭を、みのりが完璧に押し込み、遂に遥の心をこじ開けた。

 悲しいくらいに、手が尽くせないパンドラの箱だったが。

 

 

「……ありがとう、みのり。すごく嬉しいよ。でも、私はもう、本当に何も届けられないの。だって──ステージに立ちたくても、立てないから」

 

 

 神様が与えた罰は、少女から大切なものを奪った。

 能力ではなく、権利を奪った。

 ステージに立てないアイドルは、一体なんなのか。

 点と点が繋がり、湊の脳裏で答え合わせが終了する。

 

 

 桐谷遥はアイドルをやる資格がない少女であり、やる権利すらなくした少女だった。

 

 

 

 

 




 短編ifは今のところ絵名ルートで構想を固めています!
 ……票数が変わったらその時は作り直しますので、気にしないで投票お願い致します!

 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

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夢を捨てて、いかないで

 今回は短めですが、あと四話でプロローグは終わる計算です!
 本編だけで見ればユニットストーリー20話分……流石ですね、私!
 


 ……嘘です、全く計算してないし、ただの偶然です。ごめんなさい!

 p,s,
 紅乃葉さん☆9評価ありがとうございます!
 お陰で、またまた日間ランキングにちょこっと乗れました!


 元々、桐谷遥は義務感の強い性格で、アイドルとしての自分に誇りを持っていた。希望を届ける、その仕事に誇りを持っていた。

 真衣を追い詰めて、壊してしまうまでは。

 全てが変わった。遥の中で、全てが変わってしまった。

 義務感に強迫観念が加わり、希望を届けたいという前向きな気持ちは、希望を届けられなければアイドルでいる資格がないという後ろ向きな気持ちに変わる。

 

 

 そして、その強迫観念は少しずつ彼女の心を蝕み。

 舞台(ステージ)に上がる権利すら奪い去った。

 

 

「ステージに上がろうとするとね、もう、足が動かないの」

 

「そんな……」

 

「事務所に相談して、病院にも行った。でも、心の問題だから、自分自身で考え方を変えるしかないって言われて。専門家に相談してみたり、本を読んだりしたけど……やっぱり同じ。それでも、私なりに頑張ったんだけどね。もう一度ステージに立てるように、頑張って、頑張って……でも、もういいの。全部受け入れて、諦めようって、そう決めたから」

 

 

 どうしようもない、そう言って諦める遥の姿を見て。湊の脳裏には過去の自分が浮かんだ。重ねてはいけない、重ねるレベルにも達していなかった過去の自分を、今の彼女に重ねる。

 夢だったものを、自分の才能を言い訳に諦めて、投げ捨てた。違う部分はあれど、同じ部分がある。

 

 

 桐谷遥が、夢を与える彼女が、自分自身の夢を諦めようとしてること。

 彼女の苦痛を知る湊なら、彼女の心の痛みがわかる湊なら、何も言わず諦めさせるのが一番優しい選択だ。しかし、優しい選択が、必ずしも誰かを幸せにできるとは限らない。

 公園で雫の提案を拒んだ時も、そうだった。あれではダメだ、あれでは幸せになれないと、彼は察していた。だからこそ、口にした言葉だった。

 

 

 状況的には変わらない。

 月野海湊は、知っている。夢は捨てても、心に残り続ける。それへの思いが強ければ強いほど、恋や愛と同じ猛毒になる。痛みは和らがない、痛みは消えてくれない。どんなに幸せになろうとしても、心のどこかにひっかかり足を止める。

 言わなければ、そう思った瞬間には口を開いていた。

 

「桐谷は、それで本当にいいのか?」

 

「……よくないって言ったら、何か変わるんですか?」

 

「さぁ……変わらないかも。けど、諦めてもそれは同じだ。お前の夢は絶対に消えてくれない、お前の心を殺し続ける。何年経っても消えてくれなくて、心のどこかにひっかかる。断言できるな。桐谷、お前は絶対に後悔する」

 

「……先輩、頑張ってもどうにもならないことだって、あるんですよ?」

 

 

 悲痛な叫びが、穏やかな声で吐き出される。その言葉は、普通の十六歳の少女が出すものじゃなかった。

 頑張って、頑張って、頑張り続けて、その先にある絶望を知った桐谷遥だから言えた言葉だった。

 何かを口に出そうとして、その言葉が意味のないものだとわかって、みのりは苦しそうに拳を握る。

 

 

 そして、先程とは逆に、諦めたことのある愛莉と雫が、逃げようとする遥の足を止める言葉を続けた。

 

 

「待ちなさいよ! たしかに……たしかに、簡単にはいかないかもしれないけど! でも、まだ諦めなくてもいいでしょう!? アンタまだ16なのよ!? まだわからないじゃない! もう無理だって思っても、まだ何か、変わることはあるかもしれないわ!」

 

「……私たちには、遥ちゃんの苦しさはわからないわ。でも、遥ちゃんは本当に……本当に、それでいいの? 自分の言葉を、自分の選択が正しいって……言える?」

 

「……………………ごめんなさい。もう、帰らなくちゃ」

 

 

 投げかけられた言葉に対する遥の対応は、無かった。肯定も否定も、何もしない。無だった。

 

 ◇

 

「俺も、バカだよな」

 

 

 自分の言葉に刺されるなんてブーメランも甚だしい。湊は自分自身を嘲笑うように、自室でペンタブレットを撫でる。

 あれから、遥は去り。空気の悪さから、何もせずに皆解散した。

 夕焼けが眩しく光る中にいても、彼女の心の闇を拭う方法はわからず、カーテンを閉め切った暗い部屋の中で湊は考える。

 

 

 救う建前なら、幾らでもあった。

 意識を逸らすだけなら、やりようはあったのに、彼は救うことを選んだ。一番大きい理由は雫の為であれど、理由を聞いたら遥の為に──自分自身の為に救いたいと思う気持ちが強くなる。

 

 

「……どうすれば、良いんだろう」

 

 

 悩んでいると、ふと、KAITOに言われた言葉を思い出した。

 

 

『怖いなら怖いままでいいよ、大事なのは一歩踏み出すことなんだ。小さくてもいい、他人にどう思われようと構わないで、大切な人のために一歩踏み出そう! それができたら、あとは難しくない。大丈夫、勇気は自分自身の想いで大きくできる。それに、心配しなくていい。君は既に一歩踏み出してるんだから』

 

 

 もし、遥が一歩踏み出す切欠を作れたなら。

 もし、怖くても苦しくても、その一歩を踏み出せる──押してあげられたなら。

 変われる可能性は0じゃない。

 やろうと思えば、1%を100%にもできる。

 

 

「切欠。……そうか、切欠があれば変われる……かも」

 

 

 役者は揃ってる。

 舞台だってセカイがある。

 切欠はやろうと思えば、何度でも作れる環境がある。

 

 

「……やれることは、全部やってやる」

 

 

 即座にパソコンの電源を入れ、湊は計画を書き出していった。

 

 

 その頃、セカイではみのりが、遥の本当の想いに気付き、湊と同じくある計画を思い付いた。大切に思ってる、大好きだと感じてる、青いペンライトの海を、ステージから見せるという計画を。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想や評価にここ好き、お気に入り登録もお待ちしております!

 本日の九時頃には、kasyopaさんとのアイデア供給によってできた短編二作を投稿予定です!
 そちらも、お楽しみに!!


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悔やまない選択をあなたに

 お待たせさまです、しぃです。
 皆様のアンケート投票のお陰で、記念短編でかくないようがきまりました!
 選ばれたのは………………絵名ifです!
 タイトルは未定ですが、現在プロットは完成し、前後編の2話で投稿予定です。
 来週中には出せると思いますので、しばしお待ちを!


 それでは、本編をごゆっくりお楽しみ下さい……


 誰も彼もが、自分の選択を100%信用なんてできない。

 時間が過ぎれば過ぎるほど、過去の選択を悔やむし、悩む。間違いだったのではないか、意味がなかったのではないか。そうやって、自分の中でその選択が大きければ大きいほど、迷い続ける。

 事実、愛莉も雫も、自分の選択を後悔しなかったなんて口が裂けても言えない。

 

 

 朝起きる時も、夜寝る時も、愛莉は「本当にこれで良かったのか」と、自問自答した。何度も何度も、考えて問いかけた。

 最初は、もうみんなから冷たい目で見られない。プライベートな時間が持てるし、湊との関係だって……そう思っていた雫も、深い部分ではアイドルや愛莉との関係を捨てられなかった。

 

 

 アイドルは、愛莉にとっても、雫にとっても大切なものだった。

 大切に至った理由は違うし、アイドルになった理由も違うが、行き着いた先は同じだった。

 

 

 湊だって、過去の夢を完璧に捨てられていない。

 ペンタブは今でも、机の引き出しに眠ってるし、デザイン案の詰まったノートも開かれることはなくなったが、同じく眠っている。

 

 

 それぞれに、同じかそれ以上の苦悩があって。

 それぞれに、同じかそれ以上の大切があった。

 

 

 人間は人間。アイドルもファンも、違う人種のようだが根っこは一緒。希望を与えられる側と、貰う側に別れて見えるが、互いが居なかったら成立しない。

 それが、アイドルだ。

 だからこそ、みのりは走り出した。ファンとして、桐谷遥(アイドル)に希望を与える為に。花里みのり(アイドル)として、遥から貰ったものを返せるように。

 

 

 全力で、走り出した。

 

 ◇

 

 朝。太陽の半分を雲が覆う、少し暗くて、けれど明るい時間。

 屋上のドアを勢いよく開いて、みのりは現れた。

 

 

「わたし──遥ちゃんのためにライブをやろうと思うんです!」

 

 

 セカイで見つけた、遥の純粋な想い。

 青いペンライトが描く、一面海のような青色が、彼女にとって大切な思い出の景色。それを、みのりはもう一度見せたかった。

 

 

 明日がきっといい日になると信じられなくなってる遥に。

 前を向いて歩けなくなってしまった遥に。

 友人として、ファンとして、少しでも前を向いて歩けるように、大切だった景色を見せてあげたい。

 ペンライトが生み出す光の海は、遥に希望を貰った人たちの想いの光だったから。アイドルを辞めてしまったとしても、彼女に前を向いて進んで欲しいという、お返しの光だったから。

 

 

 絶対に届きます、みのりはそう言った。言い切った。

 そして、その言葉に、篭った想いに。愛莉は呆れながら、雫は微笑んで、手を取る。

 一輪だった花の傍に、可愛らしいピンクの花と、綺麗な空色の花が咲いた。

 

 ◇

 

 時は流れ、放課後。

 場所は移り変わり、セカイ。

 

「ふぅ。久しぶり、でもないか。ここに来るのは」

 

「……アンタが五人目なのは、ミクやリンから聞いて知ってたけど。なんか、こっちで会うのは変な気分ね」

 

「そうかしら? 私は、みぃちゃんがいてくれると、とっても心強いわ♪」

 

「わたしも、湊さんがいると気が引き締まる感じがします!」

 

「はいはい。……ほら、ミクやリンたちのところに早く行きましょう。今日は本番で使う、ステージの確認のために来たんだから」

 

 

 緩んでいるのか引き締まっているのか分からない空気感。それを纏めるように、愛莉が先導し前を歩いていく。

 運がよかったのか、はたまたあっちから来てくれたのか。歩き始めてから数分とかからずに、ミクやリン、KAITOと会うことができた四人は、彼女たちに事情を説明する。

 

 

 ライブの話を聞いていたミクたちは、ステージの確認の件に一も二もなく首を縦に振り、そのまま練習に使っていけばいいとも言ってくれた。

 

 

 そして、それから。愛莉と雫、湊による厳しい指導の下、みのりは練習が始まった。悩みが吹っ切れたためか、今までよりずっと早いスピードで成長していく彼女はまるで、眠っていた才能が開花したかのような、異常とも言える吸収力を発揮。

 希望を届けるというアイドルとして天性の才能と、希望を届けたいと想うアイドルとして最高の心を共鳴させて、力を引きずり出していく。

 

 

「ストーップ! 腕の振りが小さいっ! 後半になるとすぐ動きが小さくなるわよ! 一番遠くの客席にまで、みのりの想いを届けられるように意識! ハイ、もう1回!」

 

「はいっ!」

 

「それから、音程が少し不安定になってるわ。体に力が入るとどうしてもそうなりがちだから、緊張する時ほど、自分の呼吸のペースを気を付けてみて。その方が、みのりちゃんの想いもっともっと届くわ」

 

「はい! ……ゆっくり息をして……肩の力を抜いて……」

 

「みのりちゃん、最後にいい?」

 

「は、はいっ!」

 

「──笑顔、忘れないでね。楽しむことを、忘れないでね。自分の想いを届けたいなら、桐谷に前を向いて欲しいなら。自分が一番前を向いてなきゃ」

 

「……はいっ!!」

 

 

 みのりの力強い返事を聞いた湊は、笑って頷いてからステージの端に歩いていく。

 コーチとしての彼の仕事は、この段階まで来れば残ってない。人事を尽くして天命を待つ、この言葉の通り、あとは彼女たち次第。本番でステージに上がる彼女たち次第。

 

 

 どうなるかなんて想像もつかないが、きっと悪くはならないと。湊の中にはそんな確信があった。努力も才能も、全て出し切ったステージに失敗なんて言葉はありえないことを、彼は知っていたから。

 けれど、ダメ押しは必要だ。

 何事も、最悪の事態を想定するのが鉄則。

 

 

「……もう、行くのかい?」

 

「あぁ。愛莉に雫、ミクやリンに──カイトもいるしな。俺までいたら鬱陶しいだろ?」

 

「そんなことはないよ。ここは、君のセカイでもあるんだから」

 

「冗談だよ、用事で出るだけ。この調子なら、俺抜きでもなんとかなりそうだしな。……言い忘れてたけど、ありがとう。カイトのお陰で、俺変われたよ」

 

「僕、何かしたかな?」

 

 

 含み笑いなのか、少しだけニヤついた、あまりに人間臭く笑うKAITOを見て、湊も同じ様な笑みを浮かべて、去っていった。

 

 ◇

 

「急に呼び出して悪いな、桐谷。少し、話したいことがあってさ」

 

「別に、特に用もなかったので平気ですけど……話ってなんですか?」

 

 

 全国にチェーン店を広げるファミレスの、隅にあるテーブルで、遥と湊は会っていた。会話の通り、呼び出したのが湊で、呼び出されたのが遥。

 感情を見せないポーカーフェイスを見せ合う二人の雰囲気は、店内でも浮いており、注目されてはいるが誰も近付けない。それもそのはず、湊が雰囲気をわざと作ってるのだから、入ってこられるわけもない。

 

 

 もし、入ってこられる人間がいるなら、その人間には感情がないか、振り切れたポジティブ精神の持ち主か、はたまた空気が読めない不思議ちゃんくらいだろう。尤も、湊は誰が入ってこようと会話を切るつもりはないが。

 

 

「身構えなくても、変な話はしないさ。……ただ、明日の放課後、暇かなって」

 

「それだけ、ですか? だったら、こんな所で会わないで、メールでも──」

 

「ダメだ。最悪、それだと逃げられるしな。昨日みたいに」

 

「……明日の放課後、何をする気なんですか?」

 

 

 あくまで、『逃げる』という言葉は無視して、話を続ける遥。

 この時点で、湊の勝ちは確定したも同然だった。罠に獲物がかかったような感覚。跳ねて喜びたいが、バレてはいけない。

 落ち着いた様子を崩さないまま、湊も話を、続けた。

 

 

「ライブだよ。セカイでライブをするんだ。桐谷には、それを見に来て欲しい。勿論、無理強いはしない。嫌だったら断ってくれて構わない。みのりたちには、俺から伝えるよ。なぁ……どうする?」

 

「……行きます。けど、その代わり──月野海先輩の話を聞かせて下さい」

 

「俺の話……?」

 

「先輩は夢について。どう、思ってますか?」

 

 

 死角から貰った一発。

 気配も見せなかった一言が、湊を襲った。

 一瞬、ほんの一瞬、彼の表情が崩れる。

 

 

 遥からすれば単純な興味。昨日言われた言葉が、やけに心に引っかかるから聞いただけの事。地雷だとしても、彼女は聞きたかった。

 夢を諦めて、夢を諦めきれないのに、進み続けてる湊の夢の価値を。

 

 

「……俺にとっての夢は、理想で、目標だった。そうなりたいって思って、そうなれたらいいなって頑張るものだった。過去形だけどな。今は──わからない。自分の中途半端な才能が、本当に憎いよ

 

「ありがとうございます。なんとなく……先輩のことがわかった気がします」

 

「お前がいいならいいけど。じゃあ、明日。放課後の屋上で待ってる」

 

「はい。……また、明日」

 

 

 テーブルの上に置かれていた伝票を持って去っていく湊を、遥は見送り。残ったフライドポテトを一本口にする。冷えて、シナシナで、美味しくないはずなのに。程よい塩味が、口の中に拡がっていく。

 桐谷遥から見た月野海湊は、背伸びして頑張る子供のようだった。

 




 次回もお楽しみに!

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セーブ・ア・ライブ

 お待たせしました、しぃです。
 いやぁ……モアジャンイベ、やってますね。
 私も、せっせこイベランして、なんとか1000位圏内には入ってます。
 推しは諭吉3枚で出てくれました。満足。
 今回はセリフ多めなので、サクッと読めると思います。
 ……六千字くらいあるけど。


 p.s.
 あきたいぬさん、☆9評価ありがとうございます!
 九条ユウキさん、☆10評価へのアップありがとうございます!
 これからも、誠心誠意頑張りますので、よろしくお願いします!


 それでは、本編をどうぞ!


 月は影。

 月は太陽の反射板。

 アイドルを支える裏方が、湊の担当であり、一番力を注いでいる仕事だ。

 だからこそ、彼は誰よりも早くセカイに訪れる。みのりや雫、愛莉や──遥の為に、ステージの準備に勤しむ。隣にいるKAITOに導かれながら。

 

 

「湊くん。さっき言っておいた、スピーカーの音量調整と、照明の調整は順調かな?」

 

「問題ないと思う。試しにイントロ流してみたけど、客席の方にもしっかり届いてる感じあったし。そっちは?」

 

「僕の仕事もそろそろ終わるよ。あとは……彼女たち次第、だね」

 

「……最初からそうだよ」

 

「もしかしなくても、心配してるかい?」

 

 

 様子を伺うようにKAITOがそう問いかけると、湊は静かに頷いた。

 信頼してると、心配してないは同義ではない。確かに、彼はみのりや雫、愛莉のことを信頼しているが、それが心配しない理由にはならない。

 何時だってそうだ。本番が始まらなければ、湊の中の不安や心配は消えてくれない。練習が完璧でも、リハーサルに問題がなくても、簡単に消えてなくなるものじゃない。

 本番で、彼女たちが本当に輝くまで、不安は拭いきれないものだ。

 

 

 けれど、今回に限っては、湊の中で以前よりその感情は薄い。

 雫や愛莉という真剣に経験を積んだアイドルが隣にいて、その中心にはアイドルとして必要な素質を完璧に持ち合わせたみのりがいる。

 絶対はない。

 絶対はないが、ありえないも存在しない。

 未知数な可能性を、湊はあの三人から感じている。

 

 

「なんとかなる。今は、そう信じるしかない」

 

「ふふっ。やっぱり、湊くんはアイドルが好きなんだね。その言葉から、伝わってくるよ」

 

「カイトだって、そうなんだろ? じゃなきゃ、自分もアイドルだってのに、裏方(こっち)の仕事に手を出したりしないし」

 

「バレバレだった?」

 

「わかりやすいよ。俺も、よく雫に言われる」

 

 

 苦笑いを浮かべるKAITOと対称的に、湊は柔らかい笑みを浮かべた。

 ここまで来たら、彼のやるべき事は多くない。

 残された湊の仕事は、託し、見守り、押し出すこと。

 それだけだ。

 

 ◇

 

 準備完了から約十数分。ようやく、セカイに役者が揃った。

 可憐な衣装に身を包み、ステージに立つ、みのりたち。

 同じぐ、可憐な衣装に身を包みつつも、観客席。遥が佇む場所に向かった、ミクとリン、加えて湊。

 そして、一人。ステージ裏の舞台袖て、皆を見渡すKAITO。

 

 

 離れた場所に居れど、想いは同じ。

 輝くであろう少女たち(アイドル)に、湊は託した。あとは、見守り、その時が来たら押し出す。

 全員が覚悟を胸に、ライブが始まろうとしていた。

 

 

「こんちにわ! 花里みのりです! 突然ですが、わたしには憧れのアイドルがいます! それは、桐谷遥ちゃん──あなたです!」

 

「……………………」

 

 

 普段のほわほわとした優しい表情からは想像もできないくらい、熱く強い感情が、みのりから遥に向けられる。

 逃げ場はない。

 逃げられない。

 受け止める以外の選択肢が、遥は取れない状況にある。

 

 

 憧れ。

 全てを壊してしまった言葉を、遥は受け止めなければいけなかった。

 しかし、憧れだけでみのりの言葉は終わらない。

 

 

「遥ちゃんはわたしに、たくさんの……とってもたくさんの希望をくれました! でも遥ちゃんは今、とっても苦しくて辛い気持ちになってて、悲しい顔をしていて……。せめて少しでも、前を向いて進めるようになってもらいたい。そう思ってこのステージに立ちました! 今日は精一杯ライブします! よろしくお願いします!!」

 

「最後まで聴いていってね」

 

「最っ高のライブ、見せてあげるわ!」

 

「心をこめて、歌います!! 聴いてください!!」

 

 

 その言葉が合図だったのか、曲のイントロが流れ始め、一瞬にして青色のペンライトで観客席が埋まっていった。

 歌い出しは完璧。みのりの声に震えはなく、奥の奥まで響くような強さがある。緊張からか、肩に力が入ってるが、動きも申し分ない。

 

 

 間違いなく、届く。湊はそう感じていた。

 見間違いじゃなければ、遥の背中からは、ステージに対する恐怖と同等か、それ以上の期待が見えていたから。

 

 

(ほんと、初めて会った時から随分成長したな、みのりちゃんは……)

 

 

 未だに、愛莉や雫、遥のような本物のアイドルには及ばない部分はあるが、それを補ってあまりある素質がステージで歌い、踊る彼女から溢れている。

 たった数年にも満たないが、曲がりなりにも、アイドルと近くで接して、目が肥えた彼だからこそわかることがある。

 素質、言わば才能だ。

 軽く見ただけではわからないが、深い仲になってステージを見れば、嫌でもわかる。

 

 

 生易しい職業じゃないからこそ、才能は死なない。人によってはその場で開花させる者もいるくらいだ。

 その中でも、みのりは追い詰められた時が一番強い。

 限度はあるが、必要な眠った才能を叩き起せる人間だ。

 誰かに希望を届けたい、そんな感情を当たり前に持てる人間だ。

 勿論、努力の下積みがあるからこそだが。

 

 

「湊くん、行こう。そろそろだよ?」

 

「歌も終わっちゃうしね! 早く早く〜!」

 

「……あぁ、あと一押し」

 

 

 急かすリンと、誘うミクに引かれ、湊は歩き出す。

 遥の背中を目指して。

 

 

「そう、あの景色が……みんなの想いがあっから……私は……」

 

「遥ちゃん、ライブは楽しめてる? みんな、たっくさん練習してたんだよ?」

 

「それに、見て! 青い光があんなに遠くまで見えるよ!」

 

「届いてるか、みのりの……みんなの想い」

 

「ミク、リン……月野海先輩……」

 

「見えてるし……届いてますよ。大切な景色も、そこにある想いも」

 

「ステージの上から見たら、もっと綺麗だぞ」

 

 

 震える彼女を気遣うように、ぽつりと湊が呟く。

 わかっている。

 遥だって、覚えているから。上から見た、ペンライトの青い海が綺麗だって。

 それでも、動かない。動けない。

 足が震えて、一歩前に進むことすら難しい。

 

 

 進みたい、けど進めない。そう悩んで、固まっている内に、音楽が止んだ。

 

 

「はぁっ……はぁ……っ、あ、ありがとうございました!!」

 

 

 精一杯歌い切って、踊り切って。

 息も絶え絶えなままでも、みのりは笑顔でそう言った。

 続けて、遥に向き直り、先程感謝を口にした時の笑顔とはまた違う笑みを浮かべて、言葉を紡いだ。

 

 

「……ねぇ、遥ちゃん! ステージに上がらない? 今、すっごく綺麗な景色が見えるよ! この景色を遥ちゃんに見てほしくて、わたし達、頑張ったの! きっとステージの上から見れたら──遥ちゃんもまた、前を向いて進めるんじゃないかって……!」

 

「……………………ごめんなさい。それは無理なの。ただステージの前にいるだけでも、こんなに足が震えてる……」

 

「それなら、わたしの手を掴んでっ!」

 

「えっ…………?」

 

「──あのね、遥ちゃんはわたしに、たくさんのものをくれたんだよ。子供の時、遥ちゃんみたいになりたくてダンスの練習を始めたの。運動は苦手だったんだけど、やってたらだんだん楽しくなって、気づいたらダンスが大好きになってたんだ。遥ちゃん会いにライブに行ったら、友達もたくさんできたよ。遠くの県に住んでてあんまり会えないけど、その子たちとは今もよく連絡とってるんだ。それに、ライブで遥ちゃんに初めてファンサ貰った時は、嬉しくって、ドキドキして、泣いちゃって……。誰かを好きになることが、こんなに嬉しいことなんだって、初めて気づけたんだよ」

 

 

 あなたが教えてくれたの、とみのりは言った。

 

 

 雫がいなかったら、今の湊がいないように。

 遥がいなかったら、今のみのりはいなかった。

 互いが互いに必要だった。

 互いが互いに返そうとしていた。

 

 

 希望も、愛情も。

 感謝も、謝罪も。

 貰った一つ一つが大切で。貰った一つ一つが思い出で。貰った一つ一つが忘れられないもので。

 絶対に替えがきかないもの。

 

 

「それから……それから……! 遥ちゃんはわたしに、アイドルになるっていう夢をくれたよ! わたしができることは、これくらいしかないけど。この景色を見て、前を向いて、思い出してほしいの! 明日はきっといい日になるって──信じてほしいの!!

 

「みのり……」

 

「……桐谷、お前はどうしたい?」

 

「私……私は……ステージに上がりたい……! もう一度、あの景色が見たいよ……!」

 

「遥ちゃん……!」

 

「ほら、みのりちゃんの手をとってあげて! きっと大丈夫! わたしたちも、遥ちゃんがステージに上がるの手伝うから!」

 

『せーのっ!』

 

 

 一も二もなく、湊も手伝って、遥は背中を押され、みのりの手をとってステージに上がる。

 だが、上がれたことに驚くと同時に、恐怖が彼女の足を竦ませた。

 一瞬、湊の表情に陰が見えかけたが、それは嘘のように消え去り、穏やかなものに変わる。

 

 

 過去に支えられた者が。

 過去に弱くて助けられた者が。

 強さを取り戻して、今、弱くなって苦しくなって、崩れ落ちそうになる遥を支えた。

 雫と愛莉が、隣に立っていた。

 

 

「何度でも支えるわ。そのために、私達がいるんだから。腰をまわして。愛莉ちゃんの方にも」

 

「そうそう! ひとりで無理なら、周りに頼りなさい! ──ほら、遥。そんなに足下ばっかり見てないで、振り返って前を見てみなさいよ!」

 

「あ………………綺麗」

 

 

 零れた言葉は、想いの発露で。

 包み、覆い隠されていない、本音だった。

 

 

「この光は全部、遥ちゃんがくれた、希望の光なんだよ。わたしがアイドルを目指してるのも、ここでライブができたのも、先輩達と一緒にライブができたのも、全部、遥ちゃんが希望を届けてくれたから。遥ちゃんがいなかったら、わたしもこの景色は見れてない。この光の数だけ、遥ちゃんはわたしたちに希望を届けてくれたんだよ。だから……何度だって、私は伝えたいの! 本当に本当に、ありがとう、遥ちゃん! わたしに希望をくれて……!」

 

「私が……希望を………………そっか。ちゃんと、届けられてたんだね……」

 

「遥ちゃん……!」

 

 

 希望を届けられていた。

 希望は届けられていた。その言葉を聞いて、遥はホッとしたような表情で、一筋の涙を流した。

 義務感という言葉だけでは表せない、強い感情が涙になって流れ落ちる。

 結局の所、みんな、アイドルが大好きだったのだ。

 

 

 アイドルになりたくて。

 アイドルでいたくて。

 アイドルで在りたくて。

 アイドルでいて欲しくて。

 

 

 やっと、本当の想いが出揃い、『Untitled』は歌に変わる。

 

 

「スマホが……『Untitled』が光ってる……?」

 

「みのりのだけじゃない……。わたし達の『Untitled』も、光ってる……!」

 

「本当の想いを見つけられたから、みんなの想いから歌が生まれようとしてるんだよ。歌は、人の心の中にある本当の思い出できてるから」

 

「本当の想い……。わたし達の本当の想いって……?」

 

 

 最初から持っていた、みのりだけが知らない。

 みのりだけが到達できない、本当の想い。

 

 

「ふふっ。みのりにはわからないかもしれないわね。最初からずーっと持ってたんだから」

 

「そうね。私達がなくしかけた時も、みのりちゃんだけはずっとこの想いを大事にしていたわ」

 

「え?」

 

「──アイドルになりたい、アイドルでいたい、アイドルで在りたい。それと、アイドルでいて欲しい。みんなに希望をあげられるような……そんなアイドルに。それが私の……ううん、私達の本当の想い。ありがとう。みんながいなかったら、私、きっと立ち止まったままだった。ずっと後悔してた。ありがとうございます、桃井先輩、月野海先輩、雫。……そして、本当にありがとう、みのり」

 

「え? そ、そんな! わたしはなにも……! ずっと、先輩達に助けてもらってばっかりで……!!」

 

 

 自分を卑下するわけでもなく、純粋にそう思ったみのりだが、その場にいる全員が違うと言った。

 本当の想いを見つけられたのはみのりのお陰だと。

 大切なことを思い出せたのはみのりのお陰だと。

 最後に、みのりが手を引っ張ってくれたから、この想いを取り戻せたんだと。

 

 

「みのりちゃん、誇っていいよ。俺たちにとって、君は間違いなくアイドルだ」

 

「遥ちゃん……桃井先輩……日野森先輩……月野海先輩……!」

 

「ねえ、この歌、みんなで歌おうよ! わたしも一緒に歌っていい?」

 

「えっ!? ミクちゃんと!? ミクちゃんと一緒に歌えるなんて……すごく嬉しいよ!!」

 

「よーし! それじゃあわたしは、MCで盛り上げちゃおーっと! みんな最高のステージにしようね!!」

 

 

 ステージにいる全員が笑い合い、準備を始める中、湊だけは観客席でずっとそれを眺めていた。

 あくまで裏方。

 彼は表現者の端くれではあるが、自分のステージが──舞台がそこではないと知っている。

 

 

 このまま気配を消して、観客席の前列中央、特等席で見るのも悪くない。そう思っていたが、それを許さない人間が一人、いた。

 

 

「みぃちゃん! 一緒に歌いましょう? みんなで歌ったらきっと楽しいわ!」

 

「……いや、俺は──」

 

「逃げるんですか? 月野海先輩? 私にあれだけ言っておいて」

 

「ち、違うだろ! それとこれとは話が──」

 

「あぁ、もう! アンタのそういう所が嫌いなのよ! ほら、つべこべ言わずに上がりなさいよ!」

 

「け、けど……」

 

「湊さん! わたしも、一緒に歌いたいです!」

 

「……わかった、わかったよ。こうなりゃ道ずれだ、リン! カイトも連れてきてくれ!」

 

「やったぁ! 楽しくなりそうだね!」

 

 

 無理やり、殆ど力づくでステージに上げられた湊の服装が、一瞬にしてカイトとお揃いのアイドル衣装に変えられる。

 赤茶色の長いマフラーに、全てを受け入れるような白を基調とした華やかな作り。参考にしたいくらいには綺麗な衣装だ。

 さながら、本物の男性アイドルだろう。

 

 

 そして、少し遅れて、本物(KAITO)がやってくる。

 

 

「盛大に巻き込んだね、湊くん。嬉しいよ、君がこっち(アイドル)に来るなんて」

 

「雫たちが、どうしてもって言うからな……今回だけだよ」

 

「中々似合ってるよ、その衣装。マフラーもね」

 

「えぇ! カイトさんの言う通り、すっごくカッコイイわ、みぃちゃん!」

 

「……急に会話に入ってくんなよ……まぁ、ありがと」

 

 

 その後、総勢八人でのライブが行われ、結果は大成功。

 多くの歓声が送られた。

 

 

 想いから生まれた歌の名は『アイドル親鋭隊』。

 可愛らしく、アイドルとしての覚悟と、ファンに希望を届けることのできる歌。

 最高の──歌だった。




 次回もお楽しみに!

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やっぱり、幼馴染みは顔がいい

 皆様、お待たせしました、一週間ぶりですね、私です、しぃです。
 なんか、最近はモンハンやってプロセカやってウマ娘やってのサイクルができつつあってやばいです。
 体が3個くらい欲しい……

 あぁ、あと、今回でプロローグは終わりになります。いやぁ……長かった。
 最後にはサービスシーン……という名の、私の妄想の発露があるので、やばいと思ったらブラウザバッグを推奨します。R17.9、みたいな感じなんで。


 p.s.
 Wattaさん並びに、タコ壺さん。☆9評価ありがとうございます!
 ごゆっくり本編をお楽しみください!!!


 約一ヶ月の時は流れるように時が過ぎ、日常の朝から始まった物語も、エンドロールに差し掛かる。

 雫とのおはよう。

 みのりとの初めまして。

 愛莉との久しぶり。

 遥とのこんにちは。

 

 

 セカイと、リンとの出会い。

 類との考察。

 瑞希との問答。

 KAITOとの自白。

 雫とのぶつかり──告白。

 

 

 あったことを上げていけばキリがないくらい、様々なことが湊に起こった。

 大円団の一歩手前。

 ようやく辿り着いた、幸せの結末(ハッピーエンド)

 

 ◇

 

 セカイでライブが行われた翌日の夜。

 月明かりと街灯が道路を照らす時間。バイト帰りの湊の下に、雫は一人で訪れた。話したいことがあって、伝えたいこともあって、けれどこれだけは誰かに頼るのも嫌で、散々迷いながらも、丁度彼が帰る時間に着くことができた。

 

 

 しかし、冬場も冬場。都会の寒さは、田舎ほどには及ばずとも、身に刺さる。真っ赤鼻に、冷たそうな白い手で自分の前に現れた雫を見て、湊は呆れたようにため息を吐き、自分用に持ってきていたマフラーを首にかけて、コートのポッケに入れていたココアを手渡した。

 

 

「ここまで来なくても、家で待ってればよかっただろ」

 

「みぃちゃんに一秒でも早く会いたかったの。……これが理由じゃ、ダメ?」

 

「……………………ダメだ。今度からは、家で待っててくれ。電話ならしてきてもいいから」

 

「……イジワル」

 

「はいはい、イジワルだよ。ほら、ココアが冷めないうちに、家に帰るぞ」

 

「じゃあ……手、握って欲しいわ」

 

「ん」

 

 

 他愛ない会話の端々に好意を覗かせる雫に対し、湊は若干の照れを見せながらも、言葉を返す。握った手の感触が簡単に折れそうなくらい繊細で、柔らかくて、冷たい。

 待たせたかな、という罪悪感と。

 手を握れて嬉しいな、という幸福感が同時に湧いて、せめぎ合う。

 勿論、罪悪感が適うはずもなく、彼の心は温かい幸福感に満たされ、柔らかい表情を浮かべた。そして、それを横目に見た雫も嬉しくなって、クスリと笑みを零す。

 

 

 家に帰るまでの間、色々なことを話した。

 みのりや遥、愛莉と一緒にアイドルやることになったこと。

 そのグループ名が『MORE MORE JUMP!』になったこと。

 事務所に所属するかも未定だが、それでも希望を届けるために走り出したこと。

 そして──できるなら、湊にも自分たちの活動を手伝って欲しいということ。

 

 

「……お願い、できる?」

 

「雫がそうして欲しいなら、俺はなんだってやるよ。みのりたちのことも、放っておけないしな」

 

「やっぱり、みぃちゃんはみぃちゃんね。変わらないわ、昔から。大きくなっても、全然。優しいままの──私の湊」

 

 

 恋する乙女でありながら、アイドルでも居続ける傲慢を突き通す。囁き声で彼の名前を呼ぶ姿が、全てを物語る。

 握られた手に込める力を、雫は少しだけ強くした。

 強く、した。

 

 ◇

 

 別れるのが惜しかった。

 手を離したくなかった。

 あともうちょっと、一緒にいたかった。

 そうやって理由を積んで、家に着いても、湊と雫はソファに隣り合って座っていた。握られていた手はソファの上で重なるだけになってしまったが、それでも構わないと言わんばかりに、二人は喋り続ける。

 

 

 話さなければいけない、大切な話しがあったから。

 

 

「なぁ、雫? これから先、雫はどうしたい?」

 

「私は……どうしたいのかしら。よくわからないわ。ただ、みぃちゃんと一緒に居たい。ずっとずっと、一緒に居たい。あなたの隣に、私は居たいの」

 

「ずっとずっと一緒に……か。俺もそうだよ。俺も雫の隣に居たい。──けど、世間体を考えたなら、アイドルに恋愛事は御法度。事務所のOKがあっても、業界全体に暗黙の了解がある」

 

「それはっ……わかってるわ。でも、みぃちゃんと一緒に居たい! 手だって繋ぎたいし、抱き締めて欲しい! 好きだって言いたいし、言って欲しいし! キスだって……したい」

 

「……じゃあ、付き合うか」

 

 

 簡単な結論だった。

 単純な答えだった。

 この問い掛けで返ってくる言葉を、湊は予想していた。だからこそ、あっさりとその終着点を口にする。

 一緒に居たいなら、手を繋ぎたいなら、抱き締められたいなら、好きだって言いたいなら、キスをしたいなら、付き合えばいい。

 

 

 以前の彼なら出せなかった回答。雫の幸せの為なら、自分も自分以外の何もかもを犠牲にしても構わないと覚悟した、月野海湊だからできる回答。

 けれど、そこでは終わらない。グループを組むなら、仲間に迷惑はかけるのは最低の行為だ。

 

 

「ほ、本当にいいの……!?」

 

「一つの条件さえクリアできれば、な」

 

「その条件は……なに?」

 

「簡単だよ。お互いの家以外では、過度な接触を避ける。適度な距離感を保つこと。……まぁ、外に出かけるのは難しくなるけど、この条件をクリアできれば問題は起こらない。最低限、付き合うことは親御さんやしぃ、みのりたちには伝えないとだけど……それでもいいか?」

 

「えぇ! えぇ! みぃちゃんと一緒に居られるなら構わないわ!」

 

 

 子供のようにキャッキャっと喜び抱き着いてくる雫を宥め、湊はほっと胸を撫で下ろした。

 納得してくれるかなんて、わからなかった。

 さっき提示した条件が譲歩できる最高点。あれ以上は、雫のアイドル生命に危険が及ぶ。いや、正直に言えば、先程の条件でも危険はすぐ傍にある。スキャンダルとして文春にすっぱ抜かれてもおかしくない。

 

 

 結局、最後の最後もエゴだった。

 彼は──湊は、自分の手で、日野森雫を幸せにしたかったのだ。

 

 

「雫……好きだよ」

 

「私も、好きよ。大好きよ、みぃちゃん……」

 

 

 重なっていた手の指を絡めて、唇の距離を詰めていく。雫が待ち、湊が動く。

 付き合った経験はなくても、幼馴染みのしたいことはなんとなくわかる。初めては自分から、という湊の意思を雫は汲み取り、ほんの少し欲を抑えた。

 近付けば近付くほど、互いの整った顔立ちが、二人の視界を埋め尽くす。顔がいい、そうとしか表現できない。

 

 

 五感も、思考も、感情も。全てが、想い人に支配され、染められていく。

 唇が触れた瞬間、なにもかもが溶けていった。

 柔らかくて温かい唇の感触が、ほのかに香る花の甘い匂いが、蕩けるような蜜の味が、脳を犯す。

 

 

 理性の糸が先に切れたのは──想いを諦めていた湊ではなく、想いを押し潰してきた雫だった。優しく、それでいて大胆に、彼をソファに押し倒し、一旦唇を離す。

 

 

「みぃ、ちゃん……? 今は、我慢しなくて、良いのよね? 私、もっとキスがしたいわ」

 

「……………………」

 

「ふふっ、可愛いわ。目が蕩けちゃってる……良いってことよね?」

 

「……………………」

 

 

 なにも、言えなかった。

 ペロリと唇を舐めたその色っぽい表情が、服越しに伝わる体温が、湊の理性を追い詰めていく。

 

 

 その日、長年続いた幼馴染みの関係は一度終わり、新たな関係に生まれ変わった。背伸び彼氏と同い年のお姉さん彼女という、不思議な関係に。

 もし、一つ言えることがあるなら、今後の二人にバットエンドがありえなくなった、ただそれだけである。

 

 

 




 追伸。
 翌日の神山高校は、湊が首周りに絆創膏をつけまくって登校したため、大騒ぎだったとかなんとか。めでたしめでたし。

-----------

 アンケートを取ってる200人記念短編は、ifENDの方向で構想を進めています。誰のifかは……お楽しみに、ということで!

 次回もお楽しみに!

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幕間「向き合い、向き合われ、囁く」

 毎回代わり映えのない挨拶をする私こと、しぃです。
 いやまぁ、正確にはしぃ君です。
 最近の悩みは、ペンネームをしぃ君にしたことで、みんなにしぃ君さんと呼ばれること……ですかね。
 嬉しいんだけど、むず痒い感があります。ぶっちゃけ嬉しいですけど、ね?


 と、どうでもいい話はここまで。
 今回のお話はあくまで幕間、章跨ぎの繋ぎのようなお話です。かと言って、伏線君を回収したり投げ捨てていったりするので、私のお話は本編から逸れても、ある程度楽しめるようになってます……多分。


 長話もこれまでに、本編をどうぞ!
 


 向き合う、という言葉は、なにも人に対してだけ使われる言葉じゃない。

 逃げていた現実と向き合う。

 目を背けていた過去と向き合う。

 諦めてしまった夢と向き合う。

 色々な『向き合う』があり、それは決別だったり、覚悟だったり。多くが、未来に繋がる行動である。

 

 

 だからこそ、月野海湊には、日野森雫以外に向き合わなければいけないものが、もう一つあった。

 それは逃げていた現実で、目を背けていた過去で、諦めてしまった夢だ。両親と同じ道、デザイナーになる。なんていう、幼い頃に描いた夢。

 自分の才能を察し、記憶の底に沈めていた、淡い泡沫のような夢。

『MORE MORE JUMP!』と関わって、掘り起こした過去の遺産と、湊は向き合おうとしていた。

 

 ◇

 

「……ふぅ」

 

 

 一連の出来事が終わったあとの週末。一区切りをつけるため、レッスンは休みにし、暇ができた日。湊は、朝から自室の机の上に、ペンタブレットとアイデアノートを広げ、眺めていた。

 本当に、ただただ眺めていた。

 触るわけもなく、ましてや使う様子もなく、ぼーっと懐かしむように眺めていた。

 

 

 人間、いざ大切なものに向き合うとなると萎縮する。彼だってそれは変わらない。目の前にあるのは、大切だったもの。大切にしていたもの。ペンタブレットと至っては、使う理由もないというのに、こまめなメンテナンスは欠かさなかった。

 それだけ、それだけ、湊にとっては大切なものだった。何度も何度も後悔して、後悔する度に自分の才能を思い出して苦しくなって、しまい込むくらいには。

 

 

「……強くなったと、思ったんだけどな」

 

 

 懐かしむのが精一杯。

 もし、懐かしむのを止めて、手を伸ばそうとすれば、触れる直前で彼は固まってしまうだろう。

 椅子に座って眺め始めてから、かれこれ一時間が経過した。時計の指す時間は、丁度午前九時。そろそろ、朝ごはんを作り終えた雫が、湊を呼びに来る。

 

 

 しまうなら頃合だ。

 一旦止めて、朝ごはんを食べてから再チャレンジするのも悪くない。

 気分が変われば、心持ちもよくなる。触れる可能性も、1%から1.1%くらいにはなれってくれるかもしれない。

 そんな楽観的な考えで、椅子から立ち上がろうとした時、湊は一瞬考えた。

 

 

(雫が隣に居たら……どうなるんだろう)

 

 

 純粋な疑問。純粋な期待。

 しかし、それは賭けだ。博打だ。

 やってもいいことなんて起きない可能性の方が高い。運が悪ければ、雫に引っ付かれて、そのままなぁなぁで……なんてこともありえる。

 

 

(でも……このままいても、変われるかなんてわからないよな)

 

 

 浮かそうとした腰を戻し、湊は静かに、雫が来るのを待つ。そして、予想通り、数分もしない内に、彼女は満面の笑みで現れた。

 可愛らしい空色のエプロンを纏い、料理のためか髪を一つ結びにした状態で。

 

 

「あら? みぃちゃん、もう起きてたのね?」

 

「少し、やりたいことがあってさ……」

 

 

 恥ずかしいことでも、やましいことでもないのに、湊は濁した。

 もっとも、濁した程度では雫を騙せない。それが通じるほど、浅い仲ではない。だから、彼女が机の上の物に気付くのは、早かった。

 少しだけ目を見開いて、そのあとは優しい微笑みで、そっとノートに手に取った。

 

 

 一枚、また一枚と、ページをめくり、そこに描かれた自分だけの服を見て、雫はポロリと涙を流した。

 悲しい、とか。辛い、とか。暗い理由で出る涙ではなくて。『あぁ、私はこんなにも愛されていたんだ』と、確認できたからこそ溢れた涙だった。

 

 

「雫……?」

 

「ごめんなさい。……嬉しくて、つい。だって、これ。みぃちゃんはとっくに、捨ててるものだと思ってたから」

 

「……捨てられるわけないだろ。それは、俺の──」

 

「夢、だから?」

 

「わかってるなら、言うなよ。……あぁ、クソ。最近、負けてばっかだ」

 

「負けてても、みぃちゃんはかっこいいわよ?」

 

「はいはい、ありがとな」

 

 

 テキトーに聞き流すように、湊はそう言って、もう一度向き直る。

 隣には、雫がいる。だからだろうか。彼は、かっこいい自分を見せたいと思った。子供らしく、好きな人に自分の強いところを見せたいと思った。

 けれど、そんな強がりは必要ないと、雫は湊の手に自分の手を添える。

 

 

 言わない優しさ。

 察してくれる温かさ。

 重かった手が、届かないと諦めかけた手が、前に進む。隣にたった幼馴染みが、隣にたった大切な人が、湊の背中を押してくれる。

 

 

「……あ」

 

 

 触れた。

 手に取れた。

 ようやく、向き合えた。

 

 

 泣き笑いを零した湊は、過去を取り戻すかの如く、ノートを見返す。

 最初の方は、お世辞にも上手いとは言えず、グチャグチャだった絵は、ページをめくるごとに上達していき、いつしか一定以上のものを描けるようになって……最後のノートのあるページを境に、パタンと終わる。

 

 

 やめた理由は幾らでも言えた。

 才能がなかった。

 努力し続けることができなかった。

 雫のことを応援したかった。

 自分を信じられなかった。

 

 

 他にも、言おうと思えば幾らでも言える。

 どれもこれも言い訳で、逃げるための言い訳で。つまらない嘘を吐き続けるだけの、簡単な作業だ。

 だが、湊はそれをしなかった。できなかった。

 何故なら、誰も彼を責めなかったから。ある一人を除いて、誰も何も言わなかったから。

 

 

 結局、ある一人だけが消えて、優しい人だけが彼の周りに残った。

 後悔がないないんて、死んでも言えない。

 

 

「雫……悪いけど、飯の皿持ってきてくれるか?」

 

「……そう。頑張り過ぎないでね?」

 

「善処するよ……多分」

 

 

 贖罪やら、なんやらの縛りもなく、単純に。湊は描きたかった。

 成長した雫に似合う服を。今の自分の最大限の技術で。

 

 ◇

 

 二人だけの休日はあっさりと流れてゆき、外は月が顔を出し始めた。

 付き合ってから初めての家デートで彼女を放置するなんて、ものに寄っては極刑を免れない行為だが、雫は気にしていない。

 寂しくないのではなく、気にしていない。

 ホットミルクを飲みながら、最近出たばかりの本を読むのだって十分楽しいし。何より、大好きな人が自分のために頑張っているのだから、応援してあげたい。

 

 

 しかし、限界は訪れるもの。

 何かあるかもしれない、と少しだけ期待して、身なりをしっかりと整えてきた雫からしたら、寂しさが募っていくのは当然のこと。

 欲望に逆らわないのは心地がいいが、雫だって乙女。順序だてて進むのも嫌いじゃないし、ムードだって大事にしたい。

 

 

 普段は、湊の方がそう思うことが多いが、普段と今は違う。想い合って結ばれた恋人同士が、一つ屋根の下、今日両親は帰って来ない。絶好の条件が揃ってて、勘違いしない人間はそうそういない。

 肝心な時に限って、彼は鈍感……というより、違う方を向いてしまっている。

 

 

「ちょっとくらいなら……イタズラしてもいいわよね……?」

 

 

 特に意味のない自問自答。結果は勿論OKだ。

 クスリと小悪魔な笑みを零した雫は、軽やかな足取りで、二階の湊の部屋へと向かって行く。

 気付かれないよう、軽くひそひそと。

 

 

(……どうしようかしら、ふふっ。耳元で囁く? それとも、また……痕を付ける?)

 

 

 笑みを抑えられないまま、雫は彼の部屋の扉を開ける。扉の先に広がる光景を見て、彼女の表情は呆れたような懐かしいようなものになった。

 

 

「……もう、みぃちゃんったら。頑張り過ぎないでねって……言ったのに」

 

 

 椅子に座っている湊は、やり切った感のある子供のような顔つきで眠っている。ペンタブレットとのペンを握ったまま、完成したであろう服をPCのディスプレイに映したまま、眠っている。

 服の種類は、肩出しの長袖ロングワンピース。色は紺がベースで、白を使った水玉模様。他にも、走り書きで書かれた付箋に、合わせるといい小物がつらつらと並べられていた。

 

 

 サッとデザインだけを見れば、至ってシンプルな服だが。よくよくちゃんと見れば、雫の為に着やすさや動きやすさを重視した、プロ顔負けの仕上がりになっている。

 万人に届けられる物ではない、自分だけに渡されるであろう服を見て、雫の心にあった寂しさはどこかに飛んでいった。

 

 

「みぃちゃんの作る服、私は好きよ。誰かの為を想って作られてるのが、伝わってくるもの。……だから、これはお礼」

 

 

 そう言った雫は、髪が湊に当たらないよう耳にかけて、寝てる彼の唇に自分の唇を重ねた。頬でもいいとは思ったが、ちょっとしたイタズラだ。

 一人ぼっちにさせたみぃちゃんが悪い、そう自分の中で納得させて、何度もそれを繰り返した。触れるようなキスを、起こさない程度に。

 何度も、何度も。

 

 

 やがて、唇が湿ってきた頃、彼女は近付けていた顔を離す。

 運がよかったのか悪かったのか、雫はその時、可愛いを見つける。それは、引っ込んでいた小悪魔が戻ってくるには、丁度いい起爆剤だった。

 

 

「起きてるの、バレバレよみぃちゃん? 耳、真っ赤っか♪」

 

 

 部屋から出る直前、囁くように耳元でそう言い残して、雫は去っていった。

 悶えた湊の、声にならない叫びが、月野海家に響くのは、それから約三秒後の話である。




 皆様、いつもアンケートにご協力頂き、ありがとうございます!
 厳選なるアンケートの結果、記念短編はifENDになりました。
 ヒロインは別途アンケートを用意しようかとも思いましたが、今回は私の都合により『志歩』を選ばせて頂きます!


 投稿日は、そこまで開ける気はありませんが、もう少々お待ちください!

 次回もお楽しみに!

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両想いな二人のリスタート
自分を信じるというのは、他人を信じるよりも難しい


 記念短編の執筆が上手くいかない私です、しぃです。
 ようやく梅雨入りの季節、蒸し蒸しして、我が家ではエアコン必須の時期になってきました、はい。


 さっきまで絶賛エアコン稼働しながら執筆していましたとも。
 まぁ、無駄話はここまでに、本編をごゆっくりどうぞ!


 アイドルというのは、本来事務所に所属してこそ、真に活動を開始できる。練習環境から番組出演や仕事のスケジュール、多くのことをサポートされて、ステージに立ち、ファンに希望を届けられるのだ。

 それは、新進気鋭のアイドルグループ、『MORE MORE JUMP!』も例外ではない。幾ら、元国民的人気アイドルが居ても、例外はほぼありえない。

 

 

 だからこそ、四人は自分たちのコネやツテを使って、事務所探しに奔走していた。

 裏方であり、サポーターである、湊を除いて。

 

 ◇

 

 最近は連日、日課のように訪れることが増えたステージのセカイに、湊は今日も足を運んでいた。ある日は、練習のため。ある日は、KAITOから裏方についての仕事を詳しく教えてもらうため。ある日は、ただミクたちのライブを聞くため。

 かわるがわる理由を持って、彼はセカイにやってきた。そんな日々が続いたこの日、湊は特に理由なく、ステージが並ぶ不思議な場所に足を向けていた。

 

 

 強いて理由を上げるなら、暇だったから。

 どこまで行っても、湊は所詮裏方だ。そこら辺は弁えているので、彼女達の事務所探しに付いて行くことはしない。手伝える範囲は、自分のコネやツテから、事務所を見繕って紹介することくらいだ。

 けれど……ここ数日は、それも断られることが多くなっていた。

 

 

 原因を察してしまった湊は、ステージ袖で機械を弄るKAITOに愚痴るように、それを話す。

 

 

「──、とまぁ、こんな感じてさ。中々、上手くいかないんだよ」

 

「……やっぱり、大変そうだね。こっちのセカイでの僕たちは、事務所に所属しなくても、自由に活動ができるけど。あっちではそう、上手くもいかないし」

 

「まぁな。……あまり言いたくないが、正直な話、元々無理な気はしてたんだ」

 

「うん? それはまた、どうしてだい?」

 

「一応、引退したとはいえ、愛莉も雫も遥も、時代を賑わせたアイドルの一人だろ? そんな三人が、研究生にもなってない素人一人と組んで、グループでデビューさせてくださいなんて、難しい話そうそうない。加えて、下手に小さな事務所が取れば、引き抜きかって、元の事務所から圧力をかけられて、他に所属してるアイドルの芽を摘みかねない。起こしたての事務所や、まだ起こす予定の事務所でも、それは同じだ」

 

「なるほど。同業者は、基本的にライバルだから、そういうのもあるか……。ん? じゃあ、そこまで見えてた湊くんなら、なにか代案は浮かんでるんじゃないのかい?」

 

 

 純粋な疑問点。

 人間、そこまで察しがよく見えていたのなら、代案やそれに近いものは用意するか、考えてるはず。KAITOは、湊のそういう部分を信じていたし、期待していた。

 それを聞かれた湊も、素直に頷いてはいるが顔色はよくない。

 何故なら、今彼がやっているのは、仲間に期待できていない証明のようなものだ。気分がよくなるものではない。

 

 

 勿論、湊に仲間を──みのりたちを悪く言うつもりはない。だが、現実は現実。取れる手段は限られているし、その手段が上手くいく保証なんてどこにもない。

 最終的には出たとこ勝負になってしまうだろう。

 しかし、それでも湊には、彼女たちがアイドルとして輝ける道を、希望を届ける道を、舗装する役目があった。押し付けられたものではなく、自分で決めた役目があった。

 

 

「フリーの活動だ。候補としては、動画配信サイトで、活動記録やライブ放送をする……ってのが主になると思う。スケジュール管理や体調管理、打ち合わせに練習場所の手配は俺がやるにしても、問題が一つ残る」

 

「問題……?」

 

「炎上だよ、炎上。今時のネット社会は、一つの弾みで簡単に炎上するんだ。匿名性を利用した、心無い言葉が容赦なく突き刺さる。個々人の活動なら揉め事は起こらないけど、仲間でやっていく以上、どうやっても関係は親密になるし、感情的になることだって多くなる」

 

「自分のためではなく、仲間のために怒る……か。ないとは、言いきれないね」

 

「だからさ。爆弾が多過ぎる。それに、アイツら全員が俺を信じて、全てを任せてくれるとも思えない。まだ、上手く距離を詰められてないやつもいるしな」

 

 

 決定的に自信が足りていない湊は、他人ではなく自分を信用できない。

 他人から見える自分でしか、自分の価値を測れないことは多々ある。運よく今回は、それがいい方向に転がっているが、悪癖と言っても差し支えないだろう。

 仲間という他人も、友人という他人も、幼馴染みという他人も、全てを信じられる。相手のこともわかる。なのに、自分だけはどうしても信じられない。

 

 

 苦笑いをする湊は、KAITOから見ても、無理をしているのが丸わかりだった。恐らく、念には念を入れて、フリーで活動するようの資料やらをかき集めているのだろうと、察してしまう。

 誰かが必要としてくれなければ、彼は本領を発揮できない。

 いつだってやれることをやれるだけやって、備えることしかできない。

 

 

 月野海湊は表現者ではない。

 あくまで、彼は創造者であり、想像者。

 作り備える人間であって、作られたもので表現する人間ではない。

 

 

「頑張り過ぎないようにね。君が倒れたら、みんな心配してしまうから」

 

「あー……うん。善処するよ、多分」

 

「ふふっ……その答え方は、君らしいね」

 

「俺らしい?」

 

「だって、君はいつも自分より大切な誰かのために頑張って、傷つくことすら厭わない。その先の未来で、笑顔が見れたらそれでいっか……こう思えるだろう?」

 

 

 優しい笑顔なのに、図星を突くようなKAITOの言い草は、湊の中で少しだけ覚えがあった。

 追い付こうとした、もう一つの背中。

 辿ろうとした軌跡の一つ。

 優しくも厳しい、背中で語り、軌跡で道を示す──父親にそっくりだった。

 

 ◇

 

 セカイから家の自室に湊が戻り、リビングに降りると。疲れたのかソファで横になって眠っている雫を見つけた。彼ほどではないにしろ、疲労が浮かぶ寝顔からは、今日もダメだったことを容易に伺うことができる。

 小さくため息を吐いた湊は、物音を立てないようそっとソファに近付き、彼女の頭を撫でた。髪がソファに挟まれて癖にならないように梳かしながら、優しく撫でた。

 

 

「……………………」

 

 

 なにか言おう。

 そう思っては口を噤み、ただただ撫で続けた。

 少し時間が経てば、湊の感情も落ち着き。起こさないように雫を持ち上げて、自分の部屋のベッドまで運び、寝かせた。

 一切反応せず眠り続ける彼女は、まるで童話に出てくる白雪姫のようで。ふと、キスでもしたら起きてくれるのでは、と思ってしまうほど、綺麗だった。

 

 

「……声、聞きたいな」

 

 

 自然に漏れた弱音。

 これ以上一人でいたら、きっと自分は無理をし過ぎてしまう。

 つい先週末だって、それでからかわれた。

 そうやって、もっともらしい言い訳を取って並べる。しかし、本当の想いは隠せない。湊は、聞きたいだけだ。

 

 

 自分だけに向けられる甘い声が。

 自分だけに向けられる優しい声が。

 自分だけに届けられる熱い言葉が。

 聞きたいだけなのだ。

 

 

「でも……休ませるのも仕事、だよな」

 

 

 仕事、そんな便利な言葉で自分を納得させ、妥協点の落とし所として、耳に口付けをし、湊はその場から去っていく。

 

 

 愛莉から今後のことで話があるとメッセージが送られてきたのは、それから少し経ったあとのことだった。

 

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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進んで戻って、また進む

 前書きの挨拶が地味に長い私です、しぃです。
 偶にうざいかなぁ、って思うんですけど、ついつい書いちゃうんですよね。なんだかんだ癖みたいになってきました。
 今日はちょっと難産だったので出来は……まぁ、最低レベルです。


 書いてて思ったのは、私ちょっと湊に厳しかったかなぁってことくらいですかね、はい。


 まぁ、テキトーな話はここまで、本編をごゆっくりどうぞ!


 愛莉から連絡を貰った翌日。彼女の意見により、『MORE MORE JUMP!』のアイドル活動は、事務所に所属しないフリーの形になった。動画配信サイトに中心に活動を展開していく形が無難だと。宛もなく動き回るより、心配しているファンに希望を届けたいと。みんなが納得した結果だ。

 

 

 ただ、湊だけは違う。

 ずっと、ずっと考えている。今回の選択が正しかったのか。それだけをずっと、考えている。

 勿論、みんなの結論にケチをつけたいわけでも、邪魔したいわけでもない。寧ろ、その逆。もっと幸せな未来に繋がる選択肢が他になかったのかと、悩んでいるのだ。

 

 

 以前までなら、こんな風に思い悩むことはなかった。その場その場で、未来に繋がる最善策を引っ張り出して、提案できていた。

 なのに、それなのに。今はできない。

 何故ならそれは、今の笑顔を壊すことになるから。

 未来で雫が笑っているならそれでいいと思えた湊の中の自分が、彼女と向き合ったことで、段々と欲を抑えきれなくなって矛盾していく。

 

 

 将来、隣にいるのが自分じゃなくていいと思っていたのに、違う誰かがそこにいることを想像すると胸が痛くなり。

 今の笑顔を壊れるくらいなら、未来の笑顔に価値があるのかと思ってしまう自分がいる。

 薄々、湊自身も気付いていた。向き合うことで変化していく自分に。

 それはきっと、恋による心情の変化であり、相手を大切に想っているからこその進歩(退化)

 

 

 決して悪いわけではない。

 恋は人を強くも弱くもする。痛いほどわかっていたはずなのに、いざ自分が弱くなれば、歯痒い気持ちでいっぱいになって文句を言うなんて、わがままだ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 制服も脱がないままダイブしたベットの上で、最近、鬱陶しくなって数えることすらやめたため息が漏れる。

 未来を想うが故に今を捨てられた自分が薄れ、今を想うが故に未来を擲つ自分が濃くなっていく。比率としては五分五分、相も変わらず中途半端だ。

 一歩間違えばどちらにでも転がれる場所で、綱渡り。大切な幼馴染みが、思考回路を犯していく。無意識の内に溺れていく。

 

 

 今を捨てようとしたら、隣で微笑む雫の姿が脳裏に過り。

 未来を擲とうとしたら、隣で微笑む雫の姿が脳裏に過る。

 言葉だけ見ればどちらも同じだ。どちらも同じだが、意味は全く違う。今、失われる笑顔か、未来で失われる笑顔か。

 

 

 選べない。

 選べるわけがない。

 どっちも大切で、どっちも見たいし見ていたい。

 際限がなくなる欲が、思考を掻き乱して、整理させてくれない。

 向き合うということの辛さを、湊は改めて痛感させられた。

 

 ◇

 

「みぃちゃん……? ご飯美味しくなかった? 味付け間違えちゃったかな?」

 

「……いや、大丈夫。美味しいよ」

 

「そう……なら、いいけど」

 

「……………………」

 

 

 いつもなら温かい幸せを感じられる夕食も、湊の喉を上手く通らない。噛んで、飲み込んで、吐き出しそうになるのを無理やり抑え込んでる感覚は中々に辛く、時折表情が変に歪む。

 当然の如く雫は気付いているが、喋りたがらない湊に踏み込まない。幼馴染みだからわかる経験則が、そうするべきではないと教えてくれる。

 

 

 何より、雫は湊を信じていた。

 抱え込めなくなって潰れそうになった時、湊は絶対に誰かを頼る。昔なら、自分を心配させまいと他の人を頼っていただろうが、今は違う。隣にいるのは自分だと、最後には自分のところにくると、絶対的な信頼がそこにある。

 

 

 だから、何も言わない。

 言う気もない。

 しかし、気遣わないなんてことはしない。

 

 

 夕食を食べ終わり、片付けも済み、湊が自室に行こうとしたところで、雫は呼び止めた。

 

 

「みぃちゃん」

 

「……どうかしたか?」

 

「ん」

 

「…………いや、いいよ」

 

「ん!」

 

「……はぁ、わかった。大人しく膝枕されればいいんだろ?」

 

 

 ポンポンと自分の膝を叩き、一言で主張を繰り返す雫に湊はあっさりと負けを認め、ソファに歩いていき、彼女に頭を預ける。柔らかいと温かいが布越しに伝わる感触には慣れないが、彼の中にあった不安は不思議と安心へと溶けていく。

 対して、大人しく彼が来たのが嬉しいのか、頬を緩める雫は、預けられた頭を優しく撫でる。いつも湊がしてくれるように、微睡みに誘うように。

 

 

 一言で、全ては伝わらない。

 一回の行動でも、それは同じだ。

 

 

 湊は、雫が今どんな想いで自分を撫でてくれているのか、わからない。

 雫は、湊が今どんな想いで自分に撫でられているのか、わからない。

 二人が共通してわかるのは、一つしかない。

 この瞬間だけは、互いのセカイに自分たちしか映っていないということ。

 

 

「……疲れた」

 

「お疲れ様、みぃちゃん」

 

「ごめん。俺、弱くなったかも」

 

「強くなっても、弱くなっても、みぃちゃんはみぃちゃんでしょ? 大丈夫、私だけは何があっても隣にいるから。苦しい時や、辛い時は、半分こ。それが、恋人じゃないかしら?」

 

「──そっか。うん、ありがとう、雫。お前のお陰で、軽くなった」

 

 

 スッキリした笑顔でそう言った湊は、最近の疲れからか、スヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。

 軽くなった、とは言ったが、なくなったわけではない。今後もきっと、湊は未来と今を天秤にかけて、どっちも取りたいと欲張りながら悩んでいくことになる。

 

 

 仮令ば、それは夢の話かもしれない。

 仮令ば、それはどうしようもない現実の話かもしれない。

 

 

 けれど、結末は決まりきっている。

 

 

「……湊、私ね、バットエンドは嫌いなの。だから、ハッピーエンドをちょうだい?」

 

 

 月が眩く輝き、海に浮かぶ夜。

 数日ぶりにするキスの味は、雫しか知らない。




 次回もお楽しみに!

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夢のサポーター

 変わることなく一週間ぶりですね、私です、しぃです。
 ここ一週間は辛かった……本当に辛かった。主に学校の課題くんが!
 まぁ、なんとか乗り切って、筆の勢いもあるので、今日中に記念短編も出せそうです! 文字数が少なくても悪しからず。


 それでは、本編を楽しんでどうぞ!


 ザワつく教室の窓際の机で、湊はノートにペンを走らせていた。書かれていることは、動画配信サイトで本格的な活動を開始した『MORE MORE JUMP!』の、練習メニューやスケジュール。

 バイトをしているみのりや、部活に入っている愛莉や雫の日程を調整しながら、時間を効率的かつ有効に使う最適なメニューを一つ一つ書き込む。その様は、まるでベテランのマネージャーやプロデューサーを思わせる。

 

 

 問題点を上げるなら、彼がそんな真面目な仕事をしてる時間が、月末に迫った文化祭の係決めをする大切な時間だということだ。

 当然のことながら、こんな催し物に湊の親友──天馬司が名乗りを上げないわけはなく、今しがた出し物でやる演劇の素晴らしさを説いている。

 

「──というわけだ! どうだ! みな、演劇をやりたくなっただろう!!」

 

「あそこまで力説されちゃねぇ〜」

 

「面白そうだし、まぁ、ありっちゃありじゃない?」

 

「いいねいいね! やろうぜ!」

 

「俺らも賛成だぜ、天馬ー!」

 

「……ふむ! 満場一致で決定だな! あとは──湊! お前はどうだ?」

 

「………………」

 

 

 問いかける司の言葉を湊は華麗にスルーし、あーでもないこーでもないと頭を悩ませながらペンを走らせる。クラスの空気が、一瞬凍った。

 普段から、無断欠席に無断早退、遅刻を繰り返す問題児なのは周知の事実だったが、別段クラスメイトが彼を非難することはなかった。何故なら、司の親友だったから。優等生……とは言えないが、人がいい彼が信じる親友なら、と誰も口に出さなかった。

 

 

 だが、クラスが文化祭準備で盛り上がってる中でのスルーは、非常に痛手だ。現に、あの司でさえ居た堪れなさに表情が引き攣っている。

 

 

「お、おい! 湊! 聞いているのか!」

 

「………ん? あぁ、聞いてるよ。文化祭の出し物だろ? 演劇なら演劇でいいよ。係は──うん、任せたわ。お前なら、俺がやれること知ってるし。どこに割り振っても文句言わないよ」

 

「な、ならいいが……お前、本当に聞いてたのか?」

 

「当たり前だろ。作業しながらでも、デカい声は嫌でも耳に響くよ。まぁ……すぐ反応出来なくて悪かった」

 

 

 最後に一言そう言うと、湊はまたノートとのにらめっこに戻り。クラスの雰囲気もなんとか持ち直して、滞りなく話し合いは進んでいった。

 この時は、誰もその選択が最善の未来に繋がると信じていなかった。

 

 ◇

 

 話し合いが終わり、放課後。

 夕暮れの下校路を、湊と司は並んで歩いていた。互いに予定がなく、暇だったから。一緒に帰る理由はそれだけで十分だった。

 

 

「それで、係決めはどうなったんだ? 役職とかあるなら把握しておきたいんだけど?」

 

「しっかり黒板に書いただろうっ! 全く……お前の係は二つだ。劇の準主役級のキャラを一人と──衣装作成代表」

 

「……は? いや、待てよ。衣装作成って……演劇部から借りるんじゃダメなのか?」

 

「何分人数が多いからな。他のクラスも映画を撮ると言っている所もあるらしいし……それに、オレが書いた脚本に合う服があるかわからん!」

 

「……わかったよ。衣装は何人分で、予算はどれくらいだ?」

 

「少なくとも十人分。……予算は出せて四万、だな」

 

 

 流石の湊も、固まった。

 予算四万の一言が脳をグルグルと回り、虚空を見つめる。

 普段着なら、リサイクルでなんとかなるだろうが、今回のはオーダーメイドに近い。素材となる服を用意できても、足りない部分は必ず出てくる。演劇に使うなら、尚更世界観を意識せざるをえない。

 

 

 数秒の間に、湊の脳は高速で回り始め、概算を開始する。

 父親のツテで業務用の激安素材を買って、そこからは有志で服を募り、衣装に合う小物まで完璧に用意し、リアルさより映えを意識。

 残り期間は一ヶ月。採寸、デザイン、作成の三工程に加え細かな作業。

 光栄なことに、湊にはその上に、劇の台本を覚えて、『MORE MORE JUMP!』練習を見るという仕事も入る。

 

 

 激務も激務。とても、高校二年生にできる量じゃない。

 かと言って、司を頼ろうにも、彼は演技指導や小道具大道具の用意に、あっちこっちを駆け回ることだろう。

 断れ、と湊の脳が危険信号を出す。

 限界が来て倒れるのがオチだと、警告してくる。

 

 

 しかし、いつも通り、彼の選択の中にNOは存在しない。

 数少ない友人であり、親友。昔馴染みの頼みだ。夢を知っていて断るなんて、湊にはできない。

 

 

「やはり、無茶だったか?」

 

「まぁな。無謀だよ、無茶じゃなくて、無謀。……けど、いいよ。やるよ。文句は言わないって言ったしな」

 

「本当かっ! すまない! 本当にありがとう!」

 

「謝る必要なんてないだろ。お前が本気なのは知ってるし、お前の夢も知ってる。友達なんだから、これくらいのこといくらでもやるさ」

 

「湊っ!! それでこそ、我が友! お前を誇りに思うぞ!!!」

 

「はいはい。なら、早く帰って脚本データを俺に送れ。すぐ衣装案のラフに取り掛かるから」

 

「よし、任せろ!!」

 

 

 いつもの三倍は暑苦しくなった司を湊は鬱陶しく思いながらも、まぁいいかと受け流し、雫が待つ家へと足を早めた。

 置いて行けたら楽だな、と思ったのは彼の心の中だけの秘密である。

 

 ◇

 

 ゆっくりと変わる日常の中で、湊は一人静かにパソコンに向き合い、脚本を眺めながら、要素を取りだしラフの作成に勤しんでいた。その表情は、とても柔らかく、切羽詰まっている人間のものには見えない。

 ただ、彼は司の書いたシナリオを見ながら、変わらぬ人柄に安心したのだ。

 悲哀の物語『ロミオとジュリエット』のパロディで、『ロミオ 〜ザ・バトルロイヤル〜』なんて喜劇を作り出すなんて、いかにも彼らしい。

 

 

 内容もハチャメチャで、起承転結の柱は守られているが、展開は突飛なものばかり。だけど、これで笑えない観客はいないと断言できるほど、面白かった。

 

 

「……うん、今日の作業はまずまず、か」

 

 

 筆が乗って、思ったよりも早く完成したラフを見ながら、湊はふぅと息を吐く。完璧な仕上がりではないが、一先ず一段落。そう言わんばかりに、椅子の背もたれに寄りかかった。

 本音を言えば足りない部分は幾つかあるが、全てが彼の一存で決められるわけじゃない。

 

 

 ぼんやりと、足りない部分をリストアップし、アイデアが生まれないかと天井を眺めていると、スっと間を遮るように、雫の顔が湊の視界を覆った。風呂上がりなのか、甘い花のシャンプーの匂いが髪から流れ、彼の鼻腔をくすぐる。

 

 

「お仕事、終わったの?」

 

「一応一段落ってところ。……いい匂いだな、シャンプー変えたか?」

 

「ふふっ、そうなのよ。愛莉ちゃんにオススメされたやつ買ってみたの。みぃちゃんはこの匂い、好き?」

 

「好きだよ。雫に合ってると思う」

 

 

 優しく頬を撫でながら、湊は雫を見つめる。薄灰色の瞳に、吸い込まれていく。綺麗も、可愛いも、全部が詰まったその瞳に吸い込まれていく。

 やがて、撫でるのをやめれば、湊は雫に誘われるがまま、彼女をベッドに押し倒していた。白いレースのネグリジェを着こなした雫は、汚してはいけない天使のようで、視線を離せなくする。

 

 

 アイドルらしい可愛らしさと、モデルらしい妖艶さが混ざりあった輝きが、湊の心を揺らす。

 

 

「ゆっくり休みましょう、みぃちゃん。夜は、長いから」

 

「……休むだけだぞ」

 

「えぇ、勿論。──痕、つけちゃダメよ?」

 

「っ……! 寝る」

 

「あらぁ……残念」

 

 

 体制を変え、クスクスと心地よく笑う雫を背に、湊は眠る。背中に感じる柔らかい感触は、朝まで残っていた。




 次回もお楽しみに!

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語り語られる夢

 本編の更新は二週間ぶりの私です、しぃです。
 お待たせしました。いや、本当に申し訳ない。
 時間はかかりましたが一応終わらせることはできました。

 おまけとして、今回から「顔がいい四コマ」というなの短いお話をつけさせていただきました。ゲームのような台本形式で進むのか、小説風に進むのかは私の気分次第ですので悪しからず。

 p.s.
 どなたかはわかりませんが、☆9評価と☆6評価を頂きました、ありがとうございます!
 Twitterでも呟きましたが、皆様のお陰で2万UAを突破致しました!
 ですので、記念短編を予定しています。

 あとがきにマシュマロのURLを貼っておきますので、こういうシチューエーションの話が見たい! などのアイデアがございましたら、送って頂ける幸いです。
 顔がいい四コマの小ネタも募集しています!!


 才能を呪ったのが湊なら、才能に追い詰められたのが雫。

 

 才能を捨てたかったのが雫なら、才能を欲したのが湊。

 

 まるで、コインの表裏のように、二人は対をなしていた。しかし、結局は二人とも、同じ道を進んだ。同じ道を歩いていった。上がれない階段に苦悩し、壊せない壁に立ち止まり、小さな石につまづいた。

 最良の選択以外切り捨てて、最善の未来以外求めない傲慢で、雫も湊もぶつかり合い、結ばれた。恋に正解なんてないのに、それすらも最良を選びたいと思うのは、果たして傲慢なのだろうか。

 

 ◇

 

 朝のSHRが始まる十分前。眠気眼を擦りながら、湊は教室に足を踏み入れた。

 首筋に貼った絆創膏を気にかけつつ、慣れた日常の挨拶を返して自分の席に向かっていると、後ろから鼓膜を破壊するレベルの声が飛んでくる。

 それは、馴染みのある声だった。

 

 

「おはよう! 湊! 朝送られたラフ、確認したぞ!」

 

「……おはよう、司。偶には声のボリュームを落としてくれていいんだぞ?」

 

「それは難しい相談だ! なにせ、オレはスターになる男だからな!」

 

 

 相も変わらず、自信に満ち溢れた表情と声は、湊からすれば眩しい。雫と同じそれは、自分にはない眩しさだ。手を伸ばしても届かない太陽と同じく、見ているのも辛い眩しさだ。

 迷いがない司の言葉は、時折、湊の心に突き刺さる。

 理屈なんてない。感情の発露とも言える司の言葉は、現実からも夢からも逃げようとする湊の足に刺さり、簡単には抜けてくれない。

 

 

 スターになる男、なんて言っているが。湊からすれば、彼は今でも十分にスターだ。きっと、気付かぬ所で誰かの心を救っている。

 

 

 もっとも、それはそうとして。朝から大声を出すのは止めて欲しいと、湊は切に願う。

 

 

「さいですか。……んで、ラフの方はどうだった?」

 

「うむ。問題ない、それどころか想像以上のデキだ!」

 

「想像以上……ね。俺としては、あともう一つ足りない気がしてるんだけど……お前から見て、なにかアイデアとかないか?」

 

「なら、マークのようなものを入れたらどうだ? 一応、劇中の設定では、バトルロイヤルには出場権を出している。ワッペンの形にして、それを落とすことで勝敗を決める……というのも、今からなら変更がきくしな」

 

「……なるほど。よし、それでいこう。やっぱ、お前に相談して正解だったよ、司」

 

 

 珍しく、司に対して素直に感謝を口にした湊の表情は柔らかく、真剣に仕事に向かい合ってるのがわかる。──少しだけ、司は昔の湊を思い出した。

 服を作ることに対して、誰よりも真摯に向かい合い、笑っていた彼のことを思い出す。切っ掛けはわからないが、最近の湊はそういう表情が増えてきた。

 諦めて燻っていた彼の影は、遠のいている。

 

 

 今なら、と思う司がいた。

 今なら、昔描いた夢の一つを叶えられるんじゃないか、と思う司がいた。

 スターは欲張りに、言葉を濁さない。自然と、その想いが漏れる。

 

 

「……湊」

 

「なんだよ改まって? 追加のアイデアでもあるのか?」

 

「いや、違う。少し先の話をしたくてな」

 

「少し先の話?」

 

「お前さえよければ、いつか、オレたち『ワンダーランズ×ショウタイム』の衣装を作ってくれないか?」

 

「……は? いやいや、俺なんかに頼まなくても、フェニランの方から支給されるのが──」

 

「オレは、お前の作った衣装で、最高のショーがしたいんだ」

 

 

 煩いと言えるほどの声量ではないのに、司の言葉はドンと心の芯に響く。

 伝えられた言葉がお世辞で言ってるわけじゃないのは、湊からすればすぐにわかることだ。伊達に長く付き合ってない。だが、だからこそ、余計にわからない。

 フェニラン──フェニックスワンダーランドは、フェニックスグループという超がつくほどの有名会社が運営している遊園地。1ステージに過ぎないとはいえ、そんな有名所の仕事を自分に回すのはいったい何故なのか。

 

 

「…………考えとく」

 

「あぁ! 是非頼むぞ!」

 

 

 夢が、少しずつ、湊の周りを取り囲む。

 まるで、彼の背中を押すように。

 

 ◇

 

『MORE MORE JUMP!』の活動場所は、基本的に屋上だ。放課後の限られた時間や、朝のSHR前までの時間を有効活用して、ダンスや歌のレッスンを行う。天候が関係することも多いため、その時はセカイのステージを借りて、練習に励む。

 

 

「うん、時間もいい頃合だし、そろそろ上がろうか」

 

「そうね。出来なかったところは各自練習ってことで」

 

「あぅ……が、がんばります……」

 

「ふふっ、焦らなくていいのよ、みのりちゃん。一歩一歩確実に、成長していきましょう!」

 

「一歩一歩……そうだよね! わたし、がんばるよ、雫ちゃん!」

 

「その意気よ♪」

 

 

 励まして、励まされて。

 同じ苦悩をしたことがある雫からの言葉は、みのりの心にそっと寄り添う。湊がいつかくれた言葉を、雫はみのりに使っている。

 自分がそう言われて嬉しかったから。

 

 

「……それにしても、アイツ、今日も来なかったわね」

 

「湊先輩のこと?」

 

「そうそう。忙しいんなら忙しいって一言言って休めばいいのに、律儀に練習メニューは送ってくるし……ちゃんと休んでるのかしら」

 

「大丈夫よ、みぃちゃんなら。昨日はぐっすり眠ってたわ」

 

「し、雫ちゃん……!」

 

「アンタねぇ……」

 

「ま、まぁまぁ。休んでるみたいなら、大丈夫じゃないかな」

 

 

 慌てるみのりに呆れる愛莉を、遥が抑える構図は最近の鉄板だ。

 安心してるのか警戒心がないのか、雫はよく口を滑らせる。本当に大事なことは言わないが、それ以外のことはポロッと漏れるので、知ってる人間からしたら、たまったものではない。

 

 

 その後、なんとか雫の口を塞ぎ、下校路に就くと。彼女はいつもの笑顔とは少し違う、憂いのある表情で語り出した。変わりつつある、湊のことを。

 

 

「今は、みぃちゃんにとって大切なときだと思うの。一度諦めた夢を、すくいだして、掴もうとしてる。簡単なことじゃないわ。とても、勇気がいること」

 

「……湊が夢、ね。どんな夢なの?」

 

「デザイナーよ、お洋服の。……元々、おじ様とおば様がデザイナーだったこともあって、目指してたんだけど。追い付けない背中を見続けるのは嫌だって……止めちゃって……ずっと後悔してた」

 

「……だから、私にあんなことを」

 

「けど、今はもう一度夢に向かってるんだよね? それってすごいことだよ!」

 

「えぇ、本当にすごいわ。私の湊は

 

 

 温かい、陽だまりの微笑みを浮かべながら、雫は小さく呟いた。

 独占欲の一言では語り尽くせない、想いの籠った一言に、みのりは頬を赤く染め、遥は苦笑いを零し、愛莉はため息を吐く。

 

 

 新進気鋭のアイドルグループ『MORE MORE JUMP!』の関係性は、着々と固まりつつあった。




 顔がいい四コマ「クソダサTシャツ」

 休日の夕方頃。羽を伸ばすため丸一日休みにし、ゆっくりと新しい服のデザインに勤しんでいた湊の下に、愛莉たちとのショッピングから帰ってきた雫がやってきた。
 いつにも増してニコニコと笑う彼女の姿を見て、何かいいことでもあったのか、と聞こうとしたのも束の間。雫の着ている服を見て、彼の思考が止まる。彼女が着ていたのは、何の変哲もないTシャツだ。種類だけで見れば、よく見るものだ。


 しかし、デザインがあまりにも酷い。その道を目指す湊からしたら、到底信じられるものではない。
 布地は黒。許せる。
 その布地に、白で満月とそれを見上げる男女。まだ許せる。
 最後、満月と男女に被らないよう、両脇に添えられた『死んでもいいわ』の──虹色創英角ポップ体で書かれた一言。これが許せない。


「……いや……雫……それ、なに?」

「これ? これね! 可愛いわよね!? 実は、みんなで買い物をしてる時、偶然目に入って、カップル用だって書いてあったから、買うしかない! って思って買っちゃったの! 似合うかしら!?」


 眩しい微笑みを向ける雫に対して、湊は酷い言葉を返せない。いや、そもそも似合う似合わない以前の問題なのだから、何も返せないと言った方が正しいまである。
 デザイナーとしての感覚に任せるか、幼馴染みの笑顔を守るか。
 しょうもない、と切り捨てられそうで切り捨てられない二択。
 だが、もっともな話、彼が後者を選ばないなんてできるわけはなく、感情を押し殺したような表情で、重い……とても重い口を開いた。


「……………………似合う、ぞ」

「ふふっ! みぃちゃんならそう言ってくれると思ったわ! ほら、この袋にみぃちゃん用の服が入ってるから、着てみてちょうだい?」

「……………………今じゃなきゃ、ダメか?」

「やっぱり、カップル用のペアルックなんて……いや?」


 理性を壊す、上目遣いと涙目、加えて強請り声のコンボ。
 退路は塞がれた。

 ◇

 五分後。月野海家のリビングには、それはそれは仲睦まじい、お揃いTシャツを着たカップルがソファに座っていた。
 彼氏のシャツには、『月が綺麗ですね』と書かれており。
 彼女のシャツには、彼氏の告白に対する定番の返事である、『死んでもいいわ』と書かれていた。


 違和感のある点が存在するとしたら、彼氏の──湊の表情があまりにも不憫な、絶望しきったものだったことだろう。

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過去を見て、現在(いま)

 いつも通り、お待たせしました、私です、しぃです。
 馬鹿の一つ覚えみたいにする挨拶も恒例になってきましたかね?

 まぁ、それは、それとして、またまた皆さんのお陰で日間ランキングにのることができました! ありがとうございます!
 因みに、今回の顔がいい四コマはマシュマロに届いていたシチュエーションを少し改変したものになります。弄ったのはこちらの都合なのです……すみません。

 最後には、アンケートも追加してあるので、投票お願い致します!

 p.s.
 夏型さん☆10評価、ミラさん☆9評価、ありがとうございます!
 今後とも、よろしくお願いします!


 昼休み。廊下の掲示板に、これでもかと貼りだされた文化祭の出し物のポスターを、湊は一人ぼーっと眺めていた。その視線は、数あるポスターの中でも一際目立つ、後夜祭のステージについて書かれたものに注がれている。

 食い入るようでもなく、かと言って興味がないという訳でもない、微妙な眼差しは彼らしい。

 しかし、そんな彼らしい行為は、懐かしい声によって遮られた。

 

 

「珍しいな、お前がこんなの見てるなんて」

 

「……お前の方こそ、冬弥と一緒じゃないなんて珍しい」

 

 

 どこか皮肉を込めた言い回しで、湊が言葉を返した相手は、一個下の後輩であり昔馴染みの友人、東雲(しののめ)彰人(あきと)。癖っ毛なのか外ハネの多い柿色の髪には、一部黄色のメッシュが入っており、金糸雀色の鋭い瞳が特徴の青年だ。

 整った顔立ちだが、湊に向けられた表情は、表情筋を使っていない無愛想な顔で、二人の関係性が伺える。

 

 

「そんないつも一緒なわけねぇだろ。……で、何見てんだよ?」

 

「後夜祭のステージ。司が出るって言ってたから、どんなのか俺も見てみようかなって」

 

「げっ……司センパイ出るのかよ。どうりで、冬弥がなんか言ってたわけだ」

 

「だろうな、冬弥は司のこと尊敬してるし。お前だって、俺のこと尊敬してくれてもいいんだぞ?」

 

「はっ。嫌なこった。誰が、お前みたいな奴を尊敬するか」

 

 

 毒と皮肉を吐きあいながら、湊と彰人はポツポツと会話を交わす。

 特段、人との会話が嫌いでも好きでもない二人。会話の間に間はあれど、完全に途切れることはなく、流れるように会話は続く。

 

 

「……結局、お前がビビットストリートに居た時は、一回もイベントで歌ったりはしなかったよな」

 

「まぁ……な。俺があそこで歌やダンスをやってた理由は、単に教える為に上手くなりたかったからだ。誰かと競い合いたい心もなければ、誰かに何かを伝えたいと思ったこともない」

 

「そうかよ。ほんと、腹立つなその言い方」

 

「別に、お前だって俺と似たタイプだろ? 俺は努力し続ける才能なんてなかったけどさ」

 

 

 苦笑する湊がそう言うと、彰人はばつが悪いと言わんばかりに顔を逸らす。

 悲しいことに、二人は互いの違いを知っていた。がむしゃらに努力し続けられる人間と、そうでない人間。諦めず這い上がろうと踏ん張れる人間と、届かない背中に折れて諦めてしまう人間。

 

 

 ビビットストリートという、音楽好きが集まる場所で湊はその成長速度故に天才だと揶揄されたが、そんなことはなかった。あくまで一が二になるのが速かっただけ。わかる人間にはわかる、徹底的な努力型のタイプ。

 たった一年間しかいなかったが、いなくなったあとも、彼の存在を惜しいという人間は後を絶たなかった。だが、もう一度誘おうとする人間もいなかった。

 

 

 その程度なのだ。

 どんなに頑張っても、その程度が関の山。

 本物の天才なら、どこかのバカが強引にでも引き入れようとする。けれど、湊は違う。湊は本物ではない。

 

 

 今の彼は、本物になろうと足掻く偽物だ。

 

 

「彰人。もし、俺がこれに出るって言ったら、付き合ってくれるか?」

 

「……半端な真似しないなら、やってやるよ」

 

「そっか……。ありがと、ちょっと気が楽になった。挑戦は向き合う為の第一歩だしな」

 

「どういたしまして」

 

「あぁ……あと──」

 

「絵名のやつなら元気でやってる。夜中に偶にうるさいけど」

 

「わかった。……気が向いたら、よろしく伝えといてくれ」

 

「気が向いたら、な」

 

 

 別れの挨拶もなしに、彰人が去っていき、湊はまた一人になる。

 正直、彼のやっていることは激務に激務を上乗せする愚行だが、必要なことだ。やらなければいけないことだ。

 自分の大切なものと、向き合うために。

 

 ◇

 

 天馬司は夢を見ていた。

 幼い頃……と言っても、数年前の夢だ。妹である咲希が今より病弱で、病院から殆ど出られなかった頃の夢。

 彼は毎日、と言わずとも、行ける日は必ずと言っていいほど咲希が入院している病院に行っていた。勿論、面会時間いっぱいまで喋り、日も暮れた夜の電車に乗って帰ることも少なくなかった。

 

 

 湊もそれに付き合うことは少なくなかったが、そこまでの頻度はない。彼には彼の大切な人がいて、司もそれを知っていたから無理に付き合わせることもしなかった。

 

 

 日々スターになるため精進してるとは言え、長時間の電車移動に加え、日中は普通に学校に通ってる身。流石の司にも体力の限界と言うものがある。そんな時、彼を支えたのは言うまでもなく、湊だった。

 感謝を断り、恩を押し付けることもなく、湊は司をフォローした。寝不足だとわかれば、強引に眠らせてノートを取り。体調不良に気付けば、肩を貸して保健室まで連れて行き。熱がある中、無理にでも病院に通おうとする司を、力づくで帰らせた。

 

 

 他にも、細かいながらも数え切れない恩が、司にはあった。

 互いの夢を真剣に語り合うことも、楽しかったし、嬉しかった。スターになる、なんていう荒唐無稽な夢を、湊は笑わずに聞き。何気なく言った「いつかお前の服も作れたらいいな」と言う言葉も、司は忘れていない。

 

 

 湊が苦しくて悲しくて、記憶の底に置いてきた言葉を、司だけが覚えている。

 

 

「……懐かしい夢だったな」

 

 

 文化祭準備のため机に向かっていた司が、疲れ故に眠り、見た夢。

 彼にとって、湊はただ幼馴染みの枠に収まらない。類とは違う、無二の親友とも言うべき存在。違う道でありながら、夢に向かおうとする仲間。

 

 

「なぁ、湊。お前は、あの時の言葉を覚えているか?」

 

 

 手に撮った写真立てに飾られた、過去の彼を見ながら、司は呟く。

 そこに写っているのは、妹である咲希の幼馴染み、一歌と穂波と志歩。加えて、志歩の姉である雫と、雫の幼馴染みである湊。最後に、司自身。

 いつか行った花見、夜桜の木下で撮った一枚。咲希を囲むように座る一歌たちと、湊をサンドするように立つ司と雫。

 

 

 雫に手を握られ、司に肩を抱かれた湊は仏頂面だが、悪くない表情をしていた。




 顔がいい四コマ「寒がりな雫さんと暑がりな湊くん」

 夏、それは暑さ恨み、涼しさを求める季節。
 月野海湊は暑がりである。エアコンの設定はドライ、温度は22℃まで下げる徹底ぶりを見せる暑がりである。しかし、対照的に雫は寒がりである。元々線が細い彼女は、冷えやすい体質なのか、あまり寒いのが得意ではない。


 だからこそ、湊は雫が家に来る時は、基本的には設定温度を上げて、隣に座ってくる彼女に膝掛けをかけるのが習慣だ。そして、それは今日も今日とて変わることはない。


「……いつもありがとう、みぃちゃん」

「体壊したら、不味いからな。これくらい普通だ」

「でも、みぃちゃんはちょっと暑いんじゃない?」

「それは……」


 心配そうでありながら、どこか小悪魔のような笑みを浮かべる雫。そんな彼女の笑みに湊の心はザワつき、言葉が詰まる。
 思考がストップし、無防備な彼に、雫が噛みつかないはずがなく、そっと腕を絡めて自分の体に寄せる。


「お、おい!」

「二人きりの時は我慢しない、そういう約束でしょ? それに、私の体って冷たいから、気持ちいいんじゃないかしら?」

「それは……そうだけど……」

「……湊は、ズルい私のこと、嫌い?」

「っぅ〜〜!! そうじゃなくて……当たって……」


 口篭る湊に対して、雫はクスクスと笑みを零す。
 攻められるのにとことん弱い彼が、今から立て直せる訳もなく、ジリジリと理性を削られていく。
 この後、耳たぶを甘噛みされ、耳元で囁かれたのを最後に、湊の記憶は飛んだ。
 起きたら膝枕されていたとは、後の談である。

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止まらない歩み、成長する想い

 一週間お疲れ様でした、私です、しぃです。
 ストーリーのペースが速くなったり遅くなったり不規則な私のお話ですが、今回はまったり進んでいます。

 顔がいい四コマは、今回ネタ枠です。
 IQ3くらいのテンションで書いてるので、鼻で笑ってやってください。

 それでは、本編をごゆっくりお楽しみに!

 p.s.
 四コマのネタはマシュマロからいただきました。


 少し先の未来で、桃井愛莉は日野森雫を白鳥だと例えた。

 見えないところで必死に努力する彼女を、水面下で必死にもがき美しくあろうとする白鳥のようだと、例えた。

 言った彼女自身、深い意味を持たせるつもりはなかった。ただ、ファンは知らなくても、わたしは知っていると言ってあげたかっただけなのだ。

 

 

 そして、その言葉は湊にも当てはまる。彼の場合は、白鳥のような綺麗さはないが、周囲から泥臭さがわかるかと言われれば、否だ。

 月野海湊の中途半端な才能は、凡才に殺される奇才。前に進む足は誰よりも遅く、理不尽に押し付けられた枷を引きずって歩いていく。

 0から1を彼は作れない。

 1から10まで彼は簡単に上がれない。

 精々、1を2にして、1から10まで上がる誰かの手伝いが関の山だ。

 

 

 過去の湊にとって、それは耐え難い苦痛だった。届かない背中は遠く、頂きは遥か高く。夢や目標がどんどんと重りになって、いつしかポッキリと折れてしまっていた。

 残ったのは幼馴染みである雫の隣にいる自分だけで、それを守るために自分を追い詰めて、最低限の力を身につけた。それ以上を望まなかったのはきっと、怖かったから。

 

 

 けれど、今は違う。向き合う覚悟を決めた湊にとって、その恐怖は乗り越えるべき壁だった。

 

 ◇

 

「朝から熱心ね、みぃちゃん」

 

「……やるからには、やれることをやっときたいだけだよ」

 

「わざわざ、司くんに参考書やDVDを借りてまで?」

 

「……………………そうだ」

 

 

 月末に迫った文化祭まで、残り二週間を切った週末。

 珍しく早起きをし、リビングのソファで演劇に関する参考書を読み耽る湊に対して、雫は揶揄うように話しかけた。勿論、邪魔がしたかったわけではない。ただ、少し構ってもらいたかっただけなのだ。

 存外、図星だった彼にはクリティカルヒットだったようで耳を赤くしているが、彼女に悪意はない。イタズラ心はあるかもしれないが。

 

 

「確か、ロミオとジュリエットのパロディ劇……だったかしら?」

 

「一応は、まぁ。大幅に改変したから、残ってるのは役名くらいだけど」

 

「司くんが悲劇を選ぶからおかしいと思ったら、そういうことだったのね」

 

「本人曰く悲劇らしいが、脚本を見る限り喜劇でしかなかったよ。最後なんて、宇宙に行った主人公が概念存在になるからな……」

 

「ふふっ。とっても楽しそうな劇になりそうね♪」

 

「俺もそう思う。人を笑顔にするってことにかけて、あいつに勝てそうな奴なんてそうそういないよ」

 

 

 回り道に寄り道、幾多の遠回りをしながらも、湊が知る限りの司が諦めたことはなかった。どんな時も、紡いだ縁や奇想天外なアイデアでピンチを乗り越える。多分、そのスタンスは誰が相手でも変わらない。

 譲れないもののために、正面から立ち向かえる人間。それが、湊の知る天馬司だ。

 

 

 本当に、眩しい親友。

 雫とは違う、けれど同じように人を照らす才能を持っている。

 必死になって湊が努力してるのも、溢れんばかりの輝きに、見つめられないほどのキラメキに、当てられたからだ。

 

 

「私じゃなくて、本人に言ってあげればいいのに」

 

「言ったらウザくなるから嫌だ」

 

「素直じゃないみぃちゃん。……朝ごはん、いる?」

 

「軽めのもので頼む。このあとは、少し動くから」

 

「……動く?」

 

「訛った体を動かしたい気分なんだ。セカイで」

 

 

 みのりの手本として、何度か歌ったり踊りを見せる機会はあるが、最近ではそれも少なく。基本的なことは愛莉や遥に任せ、メニュー作成の方に集中している湊の体は、大分訛っている。

 彼自身、それを自覚しているし、その訛ったままの体で彰人たちの領域に踏み込む気もない。少なくとも、勘を取り戻すレベルまでは持っていかなければ、後夜祭のステージに立つなんて無謀もいいところである。

 

 

 だからこそ、湊の努力は終わらない。

 

 ◇

 

「悪いなKAITO、付き合ってもらって」

 

「構わないよ。ミクやリンの方には、みのりちゃんたちが行って一緒にレッスンしてるみたいだしね。僕も一人だと寂しかったし、丁度よかった」

 

「そう言ってくれるとありがたい。……じゃあ、先ずは一曲歌ってから確かめるか」

 

「僕は、聞いて感想を言えばいいかな?」

 

「頼む。お世辞は抜きで」

 

「わかった」

 

 

 無限に続くステージのセカイ。

 どのステージも綺麗に保たれた中、一つだけ薄暗く、埃が薄らとつもるステージに湊の歌が鳴り響いた。KAITOが見守る中、紡がれた音は、詩は、彼の人を表すようなもの。

 

 

 臆病で、怖がって、過去の栄光が未来の可能性も捨てて。

 ありがとうも、さよならも言わせないで去ってしまう。

 言葉だけを置いて、大切な人の幸せを願って、消えてしまう。

 月野海湊という人間の本質的な部分を突くような、そんな詩。

 

 

 全く持って、アイドルのステージで歌うには似合わない、けれど彼自身に似合う、そんな曲。背中を押すだけ押していなくなる、明るくなって欲しいと祈る曲。

 関係の『終点』を歌った曲。それに合わせたダンスも当然、アイドルらしいと言える部分はない。エネルギッシュでもなければ、愛らしさもない。ただただ、伝えきれなかった想いの丈を表現するようなステップを踏む。

 

 

 今現在の湊が出せる全部が、それだった。

 

 

「──────! ────────っ!!」

 

 

 感情を全て吐ききった最後の詩が口から零れ、音楽が止んだ瞬間。薄暗かったステージの明かりが、一瞬だけ眩く光ったと思ったら、すぐに消え。代わりに、客席から赤いペンライトが湊に向かって振られた。

 思ってもみない光景に、彼が呆然としていると、KAITOが優しくその肩を叩いた。

 

 

「君が歌った歌は、そこに込められた想いは、確かにアイドルとは言い辛い。けど、よく見てごらん? こんなにも多くの人たちに届いた。これは紛れもない事実だ。改善点や修正点はある……でも、今はこの景色をしっかりと覚えておくといい。いつか、絶対に君の力になるから」

 

「……この景色が、俺の、力に……?」

 

「──さて、この調子で何曲か歌い続けよう。歌とダンスはそこまで問題ないから、体力を見極めておきたいしね」

 

「うん、わかった」

 

「それじゃあ、独唱(ソロ)は終わって二重奏(デュオ)といこうか!」

 

「はは……お手柔らかに頼むよ」

 

 

 苦笑しながらそう言った湊は、KAITOの方に拳を差し出し、彼も応えるように拳を合わせ、コツンと音を鳴らす。港に人が集まるように、湊が一人だけになることはない。

 二重奏は響いた。大切な人の奥、深くまで。セカイの果まで。




 顔がいい四コマ
「変人トップスリーと機械オンチなアイドル」

 曰く、神山高校には変人トップスリーと呼ばれる人間がいる。
 天翔るペガサスこと、天馬司。
 現代の平賀源内こと、神代類。
 そして、その二人についていける校則破りまくりヤンキーこと、月野海湊。


 彼らは友人だ。
 司と類は同じ劇団の仲間であり、友人。
 類と湊はメカオタク仲間であり、友人。
 湊と司は幼馴染みであり、友人。
 関係性は違えど、三人の仲はよく、都合が合ったり誘われればそれなりに付き合うし、遊んだりもする。


 問題点が一つあるなら、三人が絡む時の被害者は大体が司であり、解決するのが────全く関係のない日野森雫であることくらいだろう。


「司くん! 乗ってみてくれ! 僕と湊くんで作った試作機一号の大型ドローン! ペガサススターくんだ!」

「おかしいだろ!!! なんだこれは!?!? 車と変わらないサイズじゃないか!!!」

「安心しろ司! シュミレーション上では一億回に一回くらいしか墜落しなかった! 奇跡の数字を叩き出した傑作だ!」


 深夜テンションではち切れた湊と類の猛攻に、為す術なく押されていく司。
 よもやここまでか、と諦めてペガサススターくんの手すりに手をかけた瞬間、彼らの騒いでいた公園に彼女は現れた。
 友人、知人内でのあだ名は、怖いもの知らずのウォーカー(散歩好き)。他の誰でもない、雫である。


「あらあら♪ みぃちゃんに司くん! それと……類くんよね? こんなところで偶然だわ!」

「不味い!! 類!」

「わかってる! 急いで、もう一つ隣の公園に──」

「ちょっ! 待てっ! 俺が手を──」


 焦った湊が声に出し、類がその意図を察した時には既に、終わっていた。
 雫が近付いてきた途端、ペガサススターくんは、手すりに手をかけていた司を振り解き急上昇。数秒後に、呆気なく爆発した。


 こうして、未然に司の命は守られた。
 湊と類の週末の徹夜は無に帰した。
 雫は湊をお持ち帰りした。


 おしまい。

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 使用楽曲
 『終点』…… cosMo@暴走P feat. 初音ミク
https://m.youtube.com/watch?v=m_phuaZAsGk


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燃えて、焦がして、癒されて

 夏休みを満喫して虚無にすごしている私です、しぃです。
 外が暑すぎて、お散歩する時以外、ほとんど外に出ないんですけど辛いですね。暑さが尋常ではなく、買い物に行っただけで汗をかきます。

 みなさまも、熱中症には気を付けてお過ごし下さい。

 それでは、本編をごゆっくりどうぞ!


 平等に時間は進む。

 朝が昼になり、昼が夕になり、夕が夜になるように流れていく。その中で、湊は少しずつ眠っていたものを叩き起して行った。睡眠時間を削って、効率的な練習方法を編み出して、しまい込んでいたものを呼び覚ます。

 

 

 ジリジリと迫るタイムリミットに心をすり減らしながらも、服のデザインを完成させ材料を用意した。貧血による顔色の変化や寝不足でできた隈がバレないように、メイクで誤魔化した。

 限界はすぐそこに。

 

 ◇

 

 準備期間があと一週間になった週末。湊は練習メニューだけを雫に託し、ビビットストリートに訪れていた。どこか薄暗い雰囲気がありながらも、音楽が鳴り止まない場所。音楽好き以外、多くの人間が寄り付かない無法地帯。

 そこかしこで鳴る音や歌に刺激を受け流し、湊は目的の場所を目指す。

 

 

「……ここに来るのも、久しぶりだな」

 

 

 ライブカフェ&バー『WEEKEND GARAGE』。数年前、歌やダンスを学ぶためによく通っていた、湊にとって数少ない居場所の一つ……だった。何も言わずに出て行って、帰ることもないと思っていなかったが、また来ている。

 二転三転する運命に導かれたドアの前で、数秒だけ固まり、意を決して中に入ると──そこには以前までと変わらない光景が広がっていた。

 

 

 個性の棘を表すような服や髪型の人達に、落ち着いたカフェとライブハウスに似た、心地よいうるささが響く店内。加えて、湊が入った途端に寄ってきた少女、白石(しらいし)(あん)

 黒髪の青のグラデーションが入ったロングに、橙色のつり目が特徴であり。髪には、星の飾りが幾つか着いており、髪色も相まって星空を連想させる。左耳にはこれまた星の形をしたピアスをつけている。

 

 

 湊と同じく神山高校に通う一年生の風紀委員であり、この場所以外でも何度かお世話になっている子だ。

 

 

「待ってたよ! 湊さん!」

 

「久しぶり……でもないか、元気そうだね杏ちゃんは」

 

「そりゃ、最近の私たちは調子バッチリだからね!」

 

「あー……確か、相棒ができてチームも組んだったっけ? 彰人や冬弥(とうや)たちと」

 

「そうそう! ちょっと待ってて! こはねのこと呼んでくる!」

 

 

 まるで嵐かと言わんばかりに飛び去って行く杏を、湊は苦笑で見送り、カウンターに足を向ける。そこには、慣れた手つきでコップやカップを拭いている、壮年の男性が立っていた。ダンディーな顎髭を生やし、焦げ茶色の髪とサングラスをかけた彼の名前は『KEN』。『WEEKEND GARAGE』のマスターであり、みんなからは『謙さん』と呼ばれる、ビビットストリートでは有名な人。

 

 

 付け足すなら、先程の少女、杏の父である。

 

 

「お久しぶりです、謙さん。今日はありがとうございます」

 

「元常連の頼みだからな、一時間なら安いもんさ。お前が来るって言えば、客も増えるしな」

 

「ちゃっかりしてますね、ほんとに」

 

「まぁな。……と、彰人に冬弥も来たか」

 

 

 謙がそう言ったのを聞き、湊が後ろに振り向くと、そこには彰人と冬弥──青柳(あおやぎ)冬弥が立っていた。彰人の表情は少し複雑そうだが、冬弥の表情は普段より柔らかく微笑んでいるように見える。

 冬弥の特徴的な髪型は健在で、青と紺のハーフでわけられた髪色と、薄灰色の瞳は見慣れていても新鮮なものはある。

 

 

「随分早かったな。もう少しかかると思ってた」

 

「今やれることは全部やって取り戻してきた。お前たちが来たなら、丁度よかったよ」

 

「もしかして、湊先輩は今から歌われるんですか?」

 

「杏ちゃんが、こはねちゃんって子の紹介をしたら始めようかなぁ〜って」

 

「そうですか。久しぶりに聞くので、楽しみです」

 

 

 裏表のない素直な言葉が、湊に刺さり、また少し苦笑が零れる。

 幾ら昔からの付き合いがあり慣れているとはいえ、真っ直ぐな言葉は、今の湊が受け止めるには苦しい。それに、純粋な冬弥の目には映らないかもしれないが、彰人には削った部分の粗が見える可能性がある。

 止めるなんてことはしないだろうが、何か言われても辛い。

 

 

 どうにか有耶無耶にしたい湊からしたら、早く杏が来て、こはねと言う少女と挨拶を済ませたいものだ。早く来い、早く来い、と彼が内心祈っていると、数分後にようやく彼女たちは現れた。

 

 

 杏からこはねと言われた子は、茶色の瞳を持ちクリーム色の短めの髪を2つ結びにしているのが特徴の少女。逆向きに被ったキャップがトレードマークの彼女は、小動物のような可愛らしい印象を受ける。

 

 

「紹介するね! この子が、私の大切な相棒のこはね! 小豆沢(あずさわ)こはねだよ!」

 

「あ……えっと、初めまして! 小豆沢こはねです! よ、よろしくお願いします、月野海さん!」

 

「……あれ? 俺まだ自己紹介してないんだけど……どうして俺の名前を?」

 

「うちの学校で最近は噂になってるので……多分、知らない人はいないと思いますよ? 志歩ちゃんからも、偶にお話を聞きますし」

 

「宮女の子か……。しかも、しぃと知り合いって……世界は狭いな。まぁ、一応自己紹介だけはしないとね。月野海湊、しぃがいつもお世話になってます」

 

 

 そうして、自己紹介を済ませたあと軽く話してから、湊はステージの方に歩いていった。無意識に力が入る足や肩を、無理矢理解すかの如く揉み、一旦深呼吸をしてから舞台に上がる。

 地面より二段分高い場所から見る店内は広く、自分に注目が集まるのが嫌でもわかる。勿論、その視線の中にはこはねたちのものもあり、湊の中の緊張は決意に変換されマイクを持つ手が震える。

 

 

 武者震い。

 見せつける覚悟。

 自分の出せる全てを歌に乗せる。

 想いは溢れ、それと同時に曲のイントロが始まった。

 

 

「こはね、聴き逃しちゃダメだよ」

 

「杏ちゃん……?」

 

「参考にしろとは言わねぇし、目指せとも言わねぇ。けど、あいつの歌は俺たちにとってもわかりやすい──壁だ」

 

「それって……」

 

 

 訳も分からぬまま、こはねが呆然としていると、その歌声は店内に響き渡った。繊細で、正確で、それなのに魂の叫びにも聞こえる歌声が、聴く者の胸を打つ。

 本来、六人でパート分けして歌う歌を一人で、尚且つ六人が歌ってるかのように声を演じる。無論、そんな曲芸じみたことをしたら、本筋にブレが生じ全力なんて絶対に引き出せない。……そのはずなのに、湊は自分の持ちうる技術全てを使って、曲芸をしつつ最高の歌を成立させる。

 

 

 中途半端な才能と、それ故に覚えた技の全開放。

 最も注目すべき点は、それを最初の曲でやってのけるところ。普通、人間はウォームアップがなければ、実力の八割も出せない。ぶっつけ本番で全力を出せるのはそれこそ天才以上の怪物の領域だ。

 

 

 しかし、湊はそれをやってのけてる。

 天才ですらない彼がそれをやってのけている。その理由は単純、染み込ませたのだ、体に。億劫になるほどの基礎の反復練習で。

 

 

「──────────!!」

 

(すごい……! 杏ちゃんと初めて歌ったあの時みたいに、胸が熱い……!)

 

 

 凡才の努力は時に、天才を穿つ。

 湊の歌は間違いなく、こはねたちの心に貫いた。

 

 ◇

 

『自分で言うのもなんだけど、俺は不器用だからこのやり方しか知らないんだ。削ぎ落として追い詰める、このやり方以外知らないんだ。だから、俺を壁だと思うのはいいけど、俺みたいに……なんて考えちゃダメだよ? 君には仲間がいるんだから』

 

 

 憧れの目を向けるこはねに言った言葉。

 紛れもない事実を、包み隠さず伝える言葉。

 間違ったやり方だと、誰かを傷つけるやり方だと気づいても尚、やめられない歩み。縮まらない隙を埋めるための最善の策がそれなのだ。努力に努力を重ねて、才能の土台に成果を上積みして、なんとかのし上がる。

 選択なんていっつもあるようでなくて、繋いで繋いで、喰らいつく。

 

 

「自惚れてるな、俺」

 

 

 きっと、こはねはそうならない。

 直感的にそうわかっていたとしても、憧れの目を向けられたら、怖くなる。

 自分と同じ道を辿らないで欲しい。自分と同じ過ちをしないで欲しい。自分と同じ後悔をしないで欲しい。ただのエゴ。されど、それは湊の本心。

 

 

 そうして、反省点が脳内をぐるぐると駆け回る中、帰ってきた家。

 ちょっと前まで考えていたことは、静まるように落ち着き、気が緩んだのか、湊の表情が柔らかくなった。

 ドアを開ける手に無駄に力が入り、声のトーンも普段より高くなる。

 

 

 子供っぽい、彼らしい反応だった。

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい、みぃちゃん♪ ご飯とお風呂、どっちも準備できてるわ!」

 

「……ありがと。悪いけど、先に風呂入ってもいいか? 汗かいちゃってさ」

 

「大丈夫よ! 服の方は用意しておくから、すぐに入っちゃって」

 

「うん」

 

 

 エプロン姿の雫に心を癒しつつも、湊は言われるがまま洗面所に急いだ。

 ぱっぱと着ていた服を脱いで洗濯カゴに放り、風呂場に入る。

 一先ず体の汗を流すため、浴槽の上に乗っている浴槽フタをどかす。そして、手桶で湯をすくい、肩から背中に流すように湯をかけ、体全体を温める。

 適当に汗を流した湊は、最後、髪を濡らすために頭から湯をかけ、洗う準備に入る。

 

 

「シャンプー……シャンプーは……これか」

 

 

 いつも通りの場所に置かれたリンスインシャンプーのポンプを押し、手に出して洗い始めようとした時、外から声が聞こえてきた。

 当然、雫である。

 

 

「みぃちゃん、お湯加減はどうかしら? 温くない?」

 

「平気だよ。少し熱いくらい」

 

「なら、よかった。──()()()()()()

 

「あぁ、待って──る?」

 

 

 聞こえた声、その言葉に違和感を覚えるのに要した数秒の時間。それは、致命的なタイムロスだった。外からは服を脱ぐ衣擦れの音が微かに届き、湊の脳内で見えない部分が勝手に補填され、ピンク色の妄想に犯されていく。

 完全に動きがフリーズし固まった湊のもとに、雫はバスタオルすら腰に巻かない、生まれたままの姿で現れた。

 

 

 ゆっくりと、彼の首が動き後ろを向けば、その視線は彼女に釘付けになる。

 スラッとした無駄な肉付きのない体のライン。慎ましくも美しと言わざるを得ない胸の果実。羞恥の心が残ったままなのか、薄赤色に染る頬。

 見惚れて、見つめて、湊の口から自然と言葉が漏れる。

 

 

「……綺麗だ」

 

「ありがとう。……でも、そんなに見られると少し恥ずかしいわ」

 

「わ、悪い! て言うか、ならバスタオルくらい腰に巻いてくればいいだろ!?」

 

「洗い物、無駄に増やしたくないし。それに──」

 

「それに……?」

 

「湊に見てもらいたかったから」

 

「〜〜っぅ!!」

 

 

 見られていた雫よりも顔赤くした湊は、即座に手に取っていたリンスインシャンプーで髪を洗いだし、意識を逸らす。

 だが、幾ら意識を逸らそうとしても、焼き付いたものは簡単にはなくなってくれず、残り続ける。そして、ダメ押しをするかの如く、雫の言葉が響く。

 

 

「背中、流してもいい?」

 

「…………好きにしてくれ」

 

「ふふっ……。任せてね! みぃちゃん!」

 

 

 背中から伝わる柔らかい手の感触を忘れるように、湊は先程より一層激しく髪を洗い、次の体の洗いに入る。

 一方で、雫はうっとりとした表情で湊の背中を眺めながら、手を動かしていた。頼もしくもどこか弱々しい背中。寄りかかったら倒れてしまいそうなのに、受け入れてくれる優しい背中。幼い頃、何度も乗せて運んでくれた温かい背中。

 

 

 もっと近くで、もっと触れたい。

 恋人として、極々自然な欲求が溢れ、雫は湊の腰に腕を回し抱きつく。バスタオルの存在しない、直接的な感触、明らかに手ではない柔らかい感触に、裏返った声が湊から漏れる。

 

 

「雫!? お前……なに、して……」

 

「……あっ」

 

 

 サッと身を引き、抱きつくのをやめる雫。

 後ろを振り返らないよう気を遣い、体洗いを終わらせる湊。

 まだお風呂にすら入っていないのに、のぼせるような、酔ったような胸の熱さに焼けそうになる。

 

 

「……俺も、背中流そうか?」

 

「ううん、大丈夫。……私がしたかっただけだから」

 

「わかった。じゃあ、もう流す」

 

 

 短い会話はすぐに終わり、湊は手桶ですくった湯で体についた泡を流し、湯船に浸かる。そのあと、雫は彼と替わるように髪と体を洗い始めた。

 丁寧に丁寧に、自分の髪と体を洗う雫を湊はぼーっと眺めていた。熱は残ったままだが、下心や欲、そんなもの関係なく。美しい恋人を惚けるように、幸せそうな表情で眺めていた。

 

 

 やがて、雫も体を洗い終わり、泡を流して湯船に入ってきた。湊の足の間に挟まるように、彼の胸に背中を預けて、手を握る。

 言葉にしなくても伝わるものがあって、言葉にしないと伝わらないものもあって。それでも、何も言わずに雫は湊の手を握った。

 

 

 どれくらい時間が経ったのか。

 手にくっきりと皺ができ始めた頃、雫は体勢変えて、湊と向き合った。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 互いに無言。

 けれど、惹かれるままにキスをして、抱き合う。

 遮るものはなにもなく、肌と肌が触れ合い、相手の鼓動が伝わってくる。

 先に口を開いたのは雫だった。

 

 

「……頑張るな、なんて言わないわ。だから、忘れないで。あなたの居場所はここにあるから。私の隣は、湊だけのものだから」

 

「忘れないよ、絶対」

 

 

 取り繕わないでいい。

 全部が好きだから、全部全部あなただから。

 そう言った雫の表情は寂しそうで、愛おしい人を見つめる穏やかなものだった。




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 使用楽曲
 『Blessing』…… Halyosy
https://m.youtube.com/watch?v=E4tIHBx7bqc


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夜はまだ来ない

 時間が流れるのが早くて執筆に焦った私です、しぃです。
 今回は前回に比べてボリューム控え目ですが、次回と次々回で文化祭編には決着をつけるので悪しからず。

 あと、皆様のお陰で、またまた日間ランキングにのせて頂きました!
 ありがとうございます!
 これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします!

 p.s.
 志無さん☆10評価、与夢さん☆9評価ありがとうございます!


 夢が夢で終わらないよう努力する人間は少ない。普通に人生を歩んでいたら、まず出会わないだろうし、出会ったとしても友達に一人か二人いれば多い方だ。

 しかし、そうではない場合もある。

 湊の周りがいい例だろう。

 

 

 日野森雫はアイドルをやる中で、その在り方に惹かれ、理想を夢として目指した。

 日野森志歩は幼馴染みと始めたバンド活動によって、音楽に惹かれ、プロを目標として目指した。

 天馬司は妹のため、今はショーを見てくれる人を笑顔にするため、スターという夢を目指した。

 東雲絵名は幼い頃から憧れていた父の背中を見て、プロの画家を目指した。

 東雲彰人も、一度挫折を経験しながらも、音楽に惹かれその道を目指した。

 

 

 理由に差はあれど、彼の周りにいる人は揃って夢を持ち、その夢のために努力を惜しむことなくし続けた。

 

 

 捨てた自分とは正反対な周囲。

 諦めた自分とは違い、眩しいくらいに輝く幼馴染みや昔馴染み。

 止まった自分との溝を深めて進んでいくみんなを、湊は今まで眺めているだけだった。

 

 

 けれど、それは今、変わり始めている。

 いい意味でも、悪い意味でも。

 

 ◇

 

 文化祭準備最終日。

 いよいよ明日からは、待ちに待った文化祭であり、頑張った成果のお披露目日である。湊が所属するクラスも、劇の本番に向けて、今日何度目かの通し練習をしていた。

 作った衣装を着て、覚えたセリフに心を込めて全てをぶつける演技は、約三週間とはいえ、司を中心に真剣に取り組んだ結果だろう。

 

 

 創造者の立場でもある彼からしたら、自分の作った衣装が映えるのは嬉しいことであり、誇らしいことだが……もっとも、今の湊はそんな感情に浸っている余裕はこれっぽっちもない。

 寝不足からくる頭痛に目眩、連日続く練習による疲労感や体のだるさ。それらを誤魔化すだけでも精一杯。演技だけは気合いで続けているが、気を抜くと意識が飛び飛びになるため、セリフもとちる。

 

 

 運がいいのか悪いのか、間として好意的に受け取られているが、それもずっと続くなんてことはない。何故なら、彼のクラスには司がいる。全体指揮を執っているが故に、湊を注視することはないが違和感は確実に覚えられているだろう。

 

 

(……司に勘づかれる前に、なんとかしないと)

 

 

 家から持ってきた頭痛薬を、机まで取りに行こうと足を動かした瞬間、湊はなにもない場所で転けた。あまりにも唐突なことに、近くにいた女子は小さく悲鳴を上げ、それに気付いた司や他数名の男子が駆け寄る。

 

 

「湊っ!! 大丈夫か!」

 

「うるさい、平気だよ平気。自分で立てるって……」

 

 

 テキトーな作り笑いをヘラヘラと浮かべて、手に力を入れようとした湊だが、どうしてか上手く力が入らない。何回も、何回も力を入れようと試したが、一向に体が起き上がる気配はなく、痺れを切らした司が湊を無理矢理持ち上げる。

 

 

「……悪い」

 

「保健室まで運ぶ、文句は聞かないからな。……すまないが、みんなはそのまま劇の練習を続けてくれ。本番は明日だからな」

 

 

 それだけ言うと、司は湊を抱いたまま教室を出て保健室に向かう。

 真剣な表情のまま自分を運ぶ司を見た湊は安心したのか、糸が切れた人形のようにゆっくりと瞼を下ろした。

 

 ◇

 

 無理したツケは、いずれ自分に返ってくる。

 たとえそれがどんな形であろうと、避けることはできない。

 今回のように。

 

 

「送ってくれてありがとう、司くん」

 

「すまない。俺がもっとしっかり見ていれば……」

 

「司くんが謝ることないわ。元はと言えば、私が止めなかったんだもの」

 

「……それにしても。相変わらず、子供のような寝顔だな、こいつは」

 

「可愛いでしょ?」

 

 

 クスクスと笑う雫につられて、司も少し笑った。

 昔とは違い、変わってしまったものは多いが、関係のない温かさがそこにあって、二人はほっとする。居心地のいい湊の部屋で、彼の寝顔を肴に昔探しをしては、他愛のない会話に花を咲かせた。

 

 

 勿論、湊と雫の現状を司は知っている。

 互いに想い合い、結ばれた事実を知っている。

 だからだろうか、区切りのいいタイミングで会話を切り上げ、バッグを持ち上げた。

 

 

「帰るの? なら、玄関まで──」

 

「気にするな、オレはスターだからな! 一人でも問題ない。……それに、起きた時独りだと寂しいだろう?」

 

「ごめんね、司くん。ありがとう。気をつけて帰ってね」

 

「あぁ。湊が起きたら、心配をかけるなと言っておいてくれ」

 

「任せて」

 

 

 元気づけるためか、意味なくポージングをしながら去っていく司を、雫は微笑みを浮かべながら見送り、静かに息を吐いた。

 倒れたという報せを受けた時に比べれば、大分心に余裕はあるが、胸の痛みは簡単には消えない。

 

 

 頑張らないでと言えばよかった。

 頼ってと言えればよかった。

 休んでと念を押せばよかった。

 

 

 仕方がないでは割り切れない感情と、ほんの少しの納得。枷がなくなった彼は、どこまでも自分を追い詰めて走り続けてしまうという可能性の確定。

 支えなければいけない、という使命感が雫の中で強くなる。

 

 

「本当に頑張り屋さんね、みぃちゃんは」

 

 

 他人に与える優しさの一割でも自分に向ければいいのに。

 体を労るだけでいいのに。

 がんばってがんばって、がんばり過ぎて、こうなってしまった。

 

 

「なんで、嫌いになれないのかしら」

 

 

 倒れるまで走り続ける姿を見て、雫は愛おしいと思ってしまう。

 友達のためにそこまでできる彼の在り方を、否定できない。

 見ていて苦しいのに、見ていて辛いのに、湊があまりにも一生懸命だから、応援したいと思ってしまう。

 

 

「恋をするって……やっぱり苦しい」

 

 

 止まらない想いが苦しい。

 収まらない欲が苦しい。

 潰されそうになっても、彼が自分の食事を美味しそうに食べてくれるだけで、体も心も軽くなる。──愛おしくて苦しい。

 

 

「みぃちゃんはいつまで、私だけのものでいてくれるのかしら」

 

 

 歩き出し向き合い始めた湊を見て、雫はどうしてもそう思ってしまう。

 変化は慣れない。未だに変化を恐れる心が、恋を揺さぶる。

 

 

 太陽は沈まず、月はまだ昇らない。




 顔がいい四コマ
「だーいすきなのはーひーまわりのたねー」
 
 前略、vvbsの中でハムスターこはねにひまわりの種を与えるのが流行り、それが湊と雫にも伝えられたとある週末。
 お昼ご飯を食べ、ゆっくりのんびりと過ごしていたおやつ時。最近にしては珍しく、月野海家に顔を出していた志歩に対して、二人は有無を言わさずひまわりの種を皿に出して、テーブルに置いた。
 
 
「なにこれ……?」
 
「おやつよ! 最近、剥き身のひまわりの種が流行ってるらしいの♪」
 
「聞いたことないんだけど……」
 
「片手間で食えるし、悪くないんじゃないか? ほら、一粒食べてみろよ?」
 
「別にいいけどさ……」
 
 
 音楽雑誌を読みながら、片手間にポリポリひまわりの種齧る志歩を、湊と雫は微笑ましい表情で見守る。時たま、雫が「あーん」で無理矢理口に運び、志歩が受け取る流れも挟まれているところを見ると、こ慣れている感があるが無論初めてである。
 頬張るでもなく、モグモグ一粒ずつ食べる様子は可愛らしく、いつものツンとした態度は鳴りを潜めているようだ。
 
 
(……司にも教えとこ)
 
 
 シスコン増し増しな親友に教えれば、即刻やることだろう。
 問題があるとするならば、バレた時、怒られるのは自分だということ。
 
 
(まぁ……雫も楽しそうだし、いっか)
 
 
 恋人の笑顔を見た過保護なシスコンは思考を放棄し、自分も餌付けに加わる。
 ──今日も平和な月野海家でした。

──────────────────────────

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独りじゃないと気付いて

 お待たせしました、変わらず一週間ぶりの私です、しぃです。
 夏休みも半分以上が終わり、学生の私は課題に追われていますが、更新はしっかりしますよー!

 今回は申し訳ありませんが、四コマの方はお休みです。
 来週は定期更新以外にも記念短編の更新を予定しておりますので、悪しからず。
 投票の結果を踏まえまして、来週中に投稿されるのは温泉回になります。一番人気は嫉妬ifなのですが、嫉妬が嫉妬の定義から外れる可能性があるので、こちらを選ばせていただきました。

 本編とは違いシリアスのないゆったりとしたイチャラブ話になりますので、気長にお待ちください。

 それでは、長話は終わりに、本編をお楽しみください!


『ロミオ 〜・ザ・バトルロイヤル〜』

 この物語は、9人のロミオが ひとりの女性を愛したことから始まる殺しあいだ。死闘に次ぐ死闘。真実の愛とは何か。時に怒り、焦り、そして迷いながらも問い続けるロミオ達。 そして、ジュリエットの決断。

 真のロミオが決まるクライマックスでは、 涙を禁じ得ない展開が──というのが、大部分のあらすじだ。

 

 

 もっとも、その涙を禁じえない部分の展開は、世界を救うためにロミオが宇宙に旅立ち、概念存在になるというものなのだが。愛するジュリエットのために自己を犠牲にするシーン、だと考えれば悲恋と言えなくもない。

 

 

 湊が演じるキャラは、原作の『ロミオとジュリエット』との中では、ロミオの親友役であり死して物語の転換点を作った『マキューシオ』をベースに作られた、『最強槍のロミオ』。

 ヒロインであるジュリエットのことを慕ってはいるが、親友である『最強剣のロミオ』と並ぶ目的もあり、バトルロイヤルに参加した。

 

 

 友愛に重きを置いており、できるなら最後は『最強剣のロミオ』に勝ちを譲り、二人で添い遂げて欲しいと思っている。そんな設定を持った役。

 演劇や演技を学ぶ中で、湊は役を深く理解しその身に下ろす、憑依型の技法に目をつけた。天性の才能がものをいう、最初の一歩が一番難しいとも言われる技法。極めれば極めるほど、人を壊しかねない悪魔の御業。

 

 

 自分の才能を誰よりも理解しているからこそ、それを手に取った。一歩だけなら、一歩でいいなら、可能性は十分にあったから。

 原作における役と、司が形作った役を比較し、吸収する。セリフの一つ一つの意味を汲み取り、本当に役がそこにあるように感情を篭める。

 自分のための努力ではなく、頼ってくれた親友のための努力。

 

 

 約一ヶ月の歩みは無駄にならず、湊は堂々と演劇の世界のドアをノックした。

 

 ◇

 

 湊が過労により倒れ、熟睡した翌日。

 予定通り文化祭は始まり、劇の幕は上がる。

 最初は迷惑をかけたことを謝っていた湊だったが、文化祭準備期間の行動を見ていたクラスメイトから温かい言葉を貰い、舞台に登った。

 

 

 劇の進みは練習通り──いや、それ以上に順調に進んだ。

 後に司から聞いた話によれば、湊が倒れたあと、心配しながらも負けてられないと皆が奮起したらしい。衣装班も、小道具大道具班も、演劇班も、全員が彼に感化されたとか。

 

 

「……見せ場だな」

 

「あぁ。実質、俺とお前の共演のラストシーンだ。物語的にはクライマックスだな」

 

「信じてるぞ、湊」

 

「頑張るよ、司」

 

 

 物語のクライマックス。世界を救おうと、ジュリエットの幸せを守ろうと宇宙へ行く『最強剣のロミオ』とそれを悲しみながらも見送る『最強槍のロミオ』。

 山場も山場、本命のシーン。

 劇の中で一二を争う外せない、ワンシーン。

 これを滑らせたら、全てが水の泡になると言っても過言ではない、詰まった一幕。

 

 

 それが今、始まった。

 

 

「どうしても、行ってしまうのかい『最強剣のロミオ』──いいや、我が友よ」

 

「そうだ。私は行かなければいけない。愛するジュリエットが生きる、この世界を救うため。済まない『最強槍のロミオ』──いいや、我が友『マキューシオ』よ」

 

「そうか……ジュリエットは、哀しむだろうね」

 

「お前なら、彼女を任せてもいい。頼む」

 

 

 真剣な声音で、よく通るセリフが室内に響く。

 落ち着きと哀しみのあるBGMと、ただただ夜空を描いた背景が、その全て語っていた。『最強剣のロミオ』は尊き自己犠牲により、死して世界を守ろうとしている。愛する人が生きる世界を、守ろうとしている。

 そこに恐怖はなく、幸せを願う優しき心だけがあった。

 

 

 止められる人間は『マキューシオ』、ただ一人。『最強槍のロミオ』として、隣を歩んできた親友、ただ一人。

 望みも想いも全てを知り、歩んできた親友が一人。

 この後の流れは、決まっている。

 

 

『マキューシオ』が友の願いを聞き届け、見送る。それだけだ。

 苦しそうに、息辛そうに、言の葉を受け止め、送り出す。

 望まれた答えを持って、ジュリエットの下へ向かう。

 けれど、「本当にそれでいいのか?」と、『マキューシオ()』は思った。誰よりも友を思い、ジュリエットのことも慕う彼だからこそ、思った。

 

 

 自分が傷付いて、それで上手くいって、はいお終いのトゥルーエンドなんて、あっていいのか。いいわけない。当たり前だ。

 傷付いた人を見て、傷付く人がいる。それはきっと一人じゃない。

 多くの人を傷付けるし、大切な人の幸せを、叶えられなくなってしまう。

 

 

 確かに、命は自分のものだ。誰のものでもなく、自分のものだ。

 だが、大切な人がいる命は、大切な人と想い合っている人の命は、必ずしもその人だけのものではない。欠けてはならないピース。

 湊が気付きながら、見て見ぬ振りをせざるを得なかった考えを、『マキューシオ』は否定した。彼の声で。

 

 

「嫌だ」

 

「……マキューシオ?」

 

「君を行かせたくない。君の居なくなった世界で、ジュリエットは幸せになれないんだ。私じゃ──僕じゃ、幸せにできないんだよ」

 

「……………………」

 

「そんな自己犠牲、誰も望んではない! 僕も! ジュリエットも! 散っていったロミオたちも! 誰も望んでないんだ! 考えようよ!! 時間はまだある! 何も浮かばなくても、最期の時間を誰でもない君のために使ってくれよ! 我が友!」

 

 

 篭めた。

 乗せた。

 出し切った。

 セリフに全部を乗っけて、吐き出した。

 

 

 アドリブだ。司も答えなんて用意してない。

 簡単には答えられない、最悪の演技。

 のめり込み、下ろした未完成の憑依型故の失敗。

 後悔の感情が浮かばなかったのは、根底にあった湊の本心だったからなのか、はたまた──

 

 

「ありがとう」

 

「……我が友」

 

「私を想ってくれて、ありがとう。そんな優しい君だから、彼女を任せられる。私にはない、君のやり方で、彼女の幸せを作ってあげてくれ。マキューシオ」

 

「酷いな……君は。そんなことを言われたら、なにも返せないじゃないか。僕が貰ったものも、言葉も」

 

「今は泣かないでくれ、マキューシオ。飛び立つその時まで、私は君と笑っていたい」

 

「嫌な代役を頼まれたよ、全く」

 

 

 完璧な返し。

 紛れもないロミオの言葉で、司は返した。

 見間違えるはずはないくらい、天馬司は輝くスターだった。

 星空に飛び立ち、去ったあとも、照らす光が消えないような、スターだった。

 

 ◇

 

 幕がおり、舞台裏。

 最初の公演が無事終わり、皆が安心する中、湊は一人申し訳なさそうな表情で司の方に歩いていった。

 

 

「……さっきは悪い。急にアドリブ入れて。マキューシオだったら、ああ言うかなって思ってさ……」

 

「ふふっ、心配しなくとオレはスターだ! アドリブの一つや二つ即興で対応できなくては、やっていけん!」

 

「そうか。……なら、よかった」

 

「……それに、役を演じるお前が思ったことなら一理ある。今後の公演ではあのセリフを台本に加えよう。少し時間は伸びるかもしれんが、問題はないだろう」

 

「ありがとう」

 

「気にするな、お前の演技はよかった。あの言葉、お前自身にも届いたんじゃないか?」

 

 

 そう言うと、司はトンと湊の胸を叩き、笑った。

 軽くない言葉に、どこか懐かしい笑顔が、温かくて。湊はようやくわかった。

 

 

(すっと……支えられてたんだ、俺)

 

 

 戦う時はいつだって一人。

 努力する時は削って、補って、また一人。

 苦しい時も辛い時も一人。

 頼っていなかったといえば嘘になるが、ずっと支えられてることに、湊は気付いていなかった。

 

 

 誰かを支えたいとは思っても、誰かに支えて欲しいとは思わなかったし、積極的に頼りたいとも思わなかった。

 違ったのだ。最初から寄りかかって、支えられていたのは自分だった。

 支えているつもりが、支えられていた。

 気付いたと思ったことには、完璧には気付いていなかった。

 

 

 進んだ距離はここまで来ても本当に一歩だけで、やっと周りを見渡せた。

 走るだけで精一杯な自分と、あのセリフでさよならを言えた。

 

 

「……お前のお姫様も来てる、会ってきたらどうだ?」

 

「本当、余計なお世話だよ……司」

 

 

 照れ隠しかお返しか、湊は司の胸を軽く叩いて、教室の後ろで劇を見ていた雫の下に向かった。余所行きの変装をして、志歩と共に佇む彼女。チラッと見えた涙の粒を誰にも見せないように、昨日の心配を払うように、強く抱き締めた。

 

 

「みぃ……ちゃん……?」

 

「心配かけて、本当にごめん。二度と、あんなことしないから」

 

「……絶対に?」

 

「絶対に、しない」

 

「ありがとう。そう言ってくれるだけで、嬉しいわ。でも……ここじゃ、少し不味いわね?」

 

「っ!? 悪い……」

 

「いいのよ。痛いくらい抱き締められて、好きを感じられたから……」

 

「──二人とも? 言っとくけど、隣に私、居るからね?」

 

 

 居心地が悪そうな表情で呟いた志歩の言葉で、二人は即座に我に帰り、見つめ合うのをやめて、一旦教室の外に出る。

 次の公演は丁度一時間後。少しくらいなら案内ができることは事前に伝えていたので、適度な距離感で廊下を歩く。

 衣装を着たままなのは面倒だが、脱ぐわけにもいかないので、湊が気を使いながら歩く中、三人の間で会話が流れていった。

 

 

「司くんが宇宙に行くっていう時のみぃちゃんの演技、すごくよかったわ。あのシーンは本物の気がした」

 

「本物……?」

 

「本気の言葉だって、思ったの。マキューシオだけの想いじゃないって」

 

「……わからない、けど。ずっと支えられてたことには、気付けたよ」 

 

「誰に?」

 

「みんなにかな。結局、独りじゃなにもできなかった……」

 

「大丈夫よ……安心して、みぃちゃん。あなたが前を向けば、あなたが周りを見渡せば、最高の仲間がいるから。きっと、あなたを助けてくれる。独りでやろうとしないで、頼ればいいの。誰も見捨てたりなんか、しないから」

 

 

 穏やかな微笑みを浮かべて、雫はそう言った。

 朝日に照らされた彼女が、湊にはいつもより一段と輝いて見える。

 歯車の回りが、少しだけ変わり始め、空に月が残っていた。




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仲間と笑って、最高のステージ

 お久しぶりです、相も変わらず週一投稿を続ける私です、しぃです。
 Twitterでは呟きましたが、記念短編は、私の都合により少し先の投稿になります。プロットを作ってないってのもあるんですけど、学校の課題が忙しくて……えぇ。

 サボってたツケが回ってきて大忙しです。
 ……まぁ、いらない近況報告はこれまでに、今回のお話をどうぞ!


 全三回に及ぶ公演も無事終了し、日も傾きはじめた頃。誰もが後夜祭に向けての準備に精を出し、賑やかなムードが学園を覆っていた。

 そんな中で、湊だけが独り、ぼーっと廊下を歩いている。

 飛び入り参加もOKなステージが開始されるまでは少し余裕があり、かと言って独りだと特にやることもなく。劇で着ていた衣装から、文化祭用のクラスTシャツに着替え、歩いていた。

 

 

 類を呼びに行くと言って消えた司を追うでもなく、劇を見に来ていた彰人たちを探すでもなく、雫に言われた言葉の意味を考えながら、彼は独り彷徨っていた。

 階段を上がったと思ったら、下りて。

 渡り廊下を進んだと思ったら、戻って。

 いつの間にか、屋上に続く扉の前にやってきていた。

 

 

 扉の奥からは、楽しげな声が漏れていた。

 面倒臭そうだったり、自信満々だったり、色々な種類はあれど、根底には楽しさがある声が、聞こえてきた。

 整理できない考えを隅に追いやって、惹かれるままに扉を開けて、湊は外に出る。そこには、見覚えのある顔が並んでいた。

 

 

「おや、君までここに来るなんて。探しに行く手間が省けたね、司くん?」

 

「だなっ! 今日は共演だけだったが、ステージの上で輝く俺を、とくとお前にみせてやろう! 湊!!」

 

「うるさ……。ねぇ、湊。コイツのことどうにかしてよ、幼馴染みなんでしょ?」

 

「劇、お疲れ様でした、湊先輩。最後のシーンの演技、凄く感動しました。司先輩から聞きましたけど、あれはアドリブだったんですよね? 土壇場であそこまで役にはまったセリフを考えられるなんて……」

 

「へぇ〜、湊さんのところの劇、そんなにすごかったんだ? なら、見に行けばよかったなぁ……」

 

「いやぁ……冬弥くんのは少し過大評価混じってるからあんまり……まぁ、面白かったのは事実だけどさ」

 

「あぁ……えっと……」

 

 

 注目が一斉に自分に向き、湊が困惑する中。彰人だけが、揺れることのない真っ直ぐな視線で、彼を射抜いていた。

 苛立ちか、はたまた心配か。

 向けられる視線の意味を考えてる間に会話は流れて行き。そろそろステージの時間だと、屋上から皆が出ていく。

 

 

 二人──湊と彰人を残して。

 

 

「出るんだろ?」

 

「……一応な」

 

「面倒臭いけど、オレも司センパイのやつに出るから、やるとしたらその後だ。しっかり、覚悟決めとけよ」

 

「あぁ……ありがとな」

 

 

 湊の放った礼の言葉を聞こえなかったふりするように、彰人も皆の背中を追う。

 それはきっと、彼なりの優しさの表れだった。

 

 ◇

 

 ステージの舞台袖。

 後夜祭のため、わざわざ校庭に建てられた、代々使われているそのステージの舞台袖で、湊は独り目を閉じ呼吸を整えていた。

 目を開ければ、ステージの上で輝く司や、バックコーラスの彰人と冬弥が見えて、後ろを振り向けば舞台裏で演出家として励む類が見える。そんな場所で、湊は独り目を瞑る。

 

 

 数分もしない内に、自分の番が回ってきて、上がったことのない。上がることのないはずだった舞台に上がる。今まで自分が見上げるだけだった舞台に、劇の時とは客の数も比にならない舞台に上がる。

 怖い。

 隣に彰人が居ても、怖い。

 考えるだけで、足が震える。

 

 

 劇の時にはなかった感情が、心をざわつかせ、思考を掻き乱す。

 踏み出せない。たった一歩が重い。そんな弱音が零れそうになったその時、聞こえるはずのない声が、届いた。

 

 

『みぃちゃんなら、大丈夫!』

 

 

 急いで目を開けて振り返る湊。だがしかし、彼女がいるわけはなく、そこに居たのは誤魔化すような笑みを浮かべた瑞希だけだった。奥を見れば、一緒に後夜祭を回ると言っていた杏もおり、湊の困惑は余計に広がる。

 一体どうして。

 その言葉が出るより早く、類が口を開いた。

 

 

「湊くん、そろそろ出番だ。大丈夫かい?」

 

「……わからない」

 

「驚いた。先輩でも弱音って吐くもんなんだね」

 

「当たり前だろ。俺だって人間だ。弱音の一つや二つ、吐く時もあるさ」

 

「じゃあ……さ。ボクも一緒に歌おうか? 弟くんだけじゃ、不安なんでしょ?」

 

「それは──」

 

 

 流石にいいよ、そう続く言葉は喉元で抑え込み、考えた。

 湊は、このままじゃダメなことをわかってる。独りじゃないと言えど、彰人だけでは難しいことなんて、わかってる。

 頼ればいい。

 厚意を素直に受け取って、瑞希を頼ればいい。他の皆を、頼ればいい。

 

 

 誰も断らない。誰も拒まない。

 彼の周りに集まった人間は、彼に少なからず救われているから。

 だから、一言、言えばいい。『助けて欲しい』の、一言を

 

 

「……頼っても、いいか?」

 

「ふふっ、もちろん! 任せてよ! 歌にはそこそこ自信あるからさ」

 

「なら、僕も頼られようかな? 君とは前から、一緒にショーをやってみたいと思ってたからね」

 

「類まで……」

 

 

 流れとして一度作られてしまえば、そこからは湊の心も楽になり、司と冬弥も加えた即席の六人チームが完成した。

 個性の塊のようなチームだが、湊が中心に立ち、司が前に出て、類と瑞希が全体の潤滑油となり、彰人と冬弥がバックアップする形は理想的だった。

 

 

「ぶっつけ本番だけど、いけるか?」

 

「問題などあるわけないだろう! スターだからな!」

 

「僕も平気だよ。少しワクワクするくらいだ」

 

「いつでもOKだよ。気張っていこー」

 

「俺も大丈夫です。喉は温まってますから」

 

「中途半端はなしだからな。本気でやってやるよ」

 

 

 返ってきた言葉に笑みを漏らし、湊は仲間を引連れて、舞台袖から駆け抜けていく。

 夕暮れ。夕陽と月が顔を合わせる時間。

 最高の歌声が響き渡った。




 顔がいい四コマ「寝起き」
 
 月野海湊は朝に弱い。
 特に寝起きの機嫌は振れ方が激しく、起こしてる側がクジを引いている気分を味わえるレベルだ。……もっとも、雫か志歩が起こした場合は、殆どの場合上機嫌で、ふにゃふにゃとした彼を見ることができる。
 
 
 それがこれだ。
 
 
「みぃちゃん? 朝ご飯何食べたい?」
 
「……キムチ鍋」
 
「鍋はちょっと難しいわね……他に食べたいのはある?」
 
「……焼きそば」
 
「それならなんとかなりそう! ちょっと待っててね、すぐ作ってくるから」
 
「……コーヒーはブラック」
 
「牛乳は後で持ってくから待っててね〜♪」
 
 
 基本的に、この時の湊に苦いものや辛いもの、味の濃いものは御法度。食べたらまず間違いなく目が覚めて、真顔に戻ってしまうため、雫は絶対にそれをしない。
 加えて、ふにゃふにゃ湊は口数が減り、自分の欲求を偽らないため、ストレートな感想がポンポン出てくる。
 
 
 褒め殺しで雫と志歩を赤面させた回数は数知れず。
 昔の湊に近いが、それ以上に素直な所為で、困り事も多い。
 今回はうとうとして、イスに座って船を漕いでいるが、偶に料理中の雫に後ろから抱き着いて甘い声で「好き」を囁くという、いつもならありえない行動を取ってくるため要注意なのである。
 
 
「みぃちゃん、どう? 今日の焼きそばは美味しい?」
 
「……美味い」
 
「そう。よかった──」
 
「雫の作る料理は、全部好き」
 
「…………もう」
 
「……雫? 顔、赤いぞ?」
 
「みぃちゃんの所為なんだから……」
 
「……?」
 
 
 そんなこんなで、訳もわからず焼きそばを啜るふにゃふにゃ湊。
 今日も月野海家は平和です。

──────────────────────────

 これにて、文化祭編は終了です!
 次回は幕間を挟んで、オリイベになりますのでお楽しみに!

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 歌われた楽曲『Blessing』


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幕間「風向きは変わり、歩く道は別れても」

 かだい、つらい


 長かった文化祭期間も終わり、元の生活に戻り始めた、週末の一日。

 当たり前になった湊と雫の半同居空間で、司は自己主張強めな声を張り上げて笑っていた。ささやか……とは言い難いお疲れ様会のようなものだ。

 

 

「──というわけで! オレたちの文化祭は後夜祭も含めて大成功を収めたのだ!」

 

「あらあら、そうだったのね♪ 司くんがそこまで言うなら、実際に見られなかったのが残念だわ……」

 

「ふーはっはっは! そんなこともあろうかと!! 類に頼んでドローンで映像を撮ってもらってあるぞ! 後で送ろうじゃないか!!」

 

「本当!? ありがとう、凄く嬉しいわ! ね? みぃちゃん!」

 

「……静かに本を読ませてくれ」

 

 

 心身を削った練習の所為もあってか、テンションの高い二人とは対照的に、落ち着いた表情で本に視線を落とす湊。時折、今のように相槌をしてはいるが、殆どは雫と司の会話で、時間が流れている。

 普通なら、温度差のあるテンションに会話のテンポも崩れるものだが、三人にとっては昔から変わらない、和やかな空間だ。

 

 

 誰かの言葉に、違う誰かが笑って、また違う誰かが苦い顔をする。

 全員が笑顔だったり、全員が笑顔じゃなかったり。

 話題毎に表情を変えて、お喋りは続く。

 

 

「ふむ。それにしても、不思議な気分だな」

 

「不思議な気分って?」

 

「付き合っているとは聞いていたが、並んで見ても、昔から変わったようには思えん」

 

「そう、かもね。十年も一緒に居るんだもの、関係が変わったからって、何か他に変化があるかなんて限らないわ」

 

「まぁ、強いて言うなら。秘め事がない分、楽になったよ。想いを知ってて押し殺すのは、息が苦しかったから」

 

 

 ポロッと漏れた言葉は、湊にとって本心だった。

 本を読みながら、視線を合わせず零した言葉は紛れもない本音だった。

 まるで、ロミオとジュリエットのような身分違いになってしまった二人の環境、すれ違いながらも通じ合っていた想い。知っていながらも何もできない歯痒さは、知らないが故に苦しむ哀しみは、簡単には拭い切れないもの。

 

 

 近過ぎた距離だから、知れないこともわからないこともあって、聞けないこともあって、悩んで迷った。

 決断に悔いはある。

 結果にも後悔がある

 しかし、隣で笑う彼女が──大切な幼馴染みが幸せなら、それていいかと、湊は思えてしまう。

 

 

「……そうだ、司。前言ってた、お前たちの劇団の衣装を作るってやつ、やるよ」

 

「なっ! いいのか!?」

 

「いいのかって、お前が頼んで来たんだろ? 別にいいよ。俺自身の経験値にもなるし。なにより──そうすれば、お前のショーをまた見れるからな」

 

「そうか……。なら、楽しみにするといい!! 次の大きな公演はクリスマスだからな! 是非来るといい! オレたちの最高のショーをみせてやるっ!」

 

「ん。程々に楽しみにしてるよ」

 

 

 冗談交じりにそう言った湊は、少しの間上げていた視線をまた落とし、読書の体勢に戻る。司はそんな彼を見て微笑み、雫は寂しさを誤魔化すように、コップに入れたココアを一口飲んだ。

 

 

 マシュマロ入りだったはずのそれは、どうしてか、ほんのり苦味が残っていた。

 

 ◇

 

 お疲れ様会も終わり、司が帰ったあと。湊は独りセカイに訪れて、KAITOのライブを見ていた。

 見る人に温かい希望を与える、寄り添うような声を綺麗に使い分け、力強く、時に柔らかく歌う彼を、湊はテキトーな観客席に座り眺めていた。

 応援することはなく、かと言って聞きいらないこともなく、アイドルとして輝くKAITOにピントを合わせる。

 

 

「やっぱり、こっちの方がいいや」

 

 

 本気で演劇に向き合って、歌って、わかったのは自分の心。湊は、自身をステージに立ちたいと側の人間ではないことを理解した。

 輝く自分に憧れはある。

 けれど、その舞台はステージの上ではない。それだけ。

 居る場所がそもそも違ったのだ。

 

 

「ああ、でも、悪くなかった」

 

 

 昔から隣で輝いていた二人に、少しだけ追い付けた気がした。

 表現者ではない創造者。顔のないままの裏方で終わるはずだった湊が、たった一つの切欠で短い時間だったが変わることができた。

 眩しかっただけの光。目を逸らしていた輝きを、羨ましいだけではなく、憧れとして直視できるようになったから。

 

 

 向き合うことで、また一歩、変わることができた。

 

 

「直接のお礼は……また今度でいいか」

 

 

 背伸びをしても届かない輝きの邪魔なんて、できはしない。それを知っていても、手を伸ばしてしまいそうになるから。湊はそっと席を立ち、ステージ袖の機械がある場所に向かい、そこに一本のスポーツドリンクと小さな手紙を置いて、セカイを出た。

 

 

 小さな手紙には一言、「ありがとう」の文字が書かれていた。

 




 顔がいい四コマ「猫に好かれて」

 学校帰りの夕方頃。
 普段とは違い、特に予定のないその日。湊は久しぶりに遠回りをして、家へと帰っていた。理由なんてものはなく、散歩の感覚でテキトーな道を歩いていると、一匹の野良猫を見つけた。可愛らしい三毛猫。


 人間になれているのか、湊にも臆することなく近付き。彼が片手に持っていたビニール袋にじゃれてくる。中に入っているのは、夕飯用に買ったサバの刺身だ。


「悪いな。こいつはお前のご飯じゃないんだ」


 申し訳なさそうな声音でそう言った湊は、優しく猫を撫でると、足早にその場を去ってしまう。撫でられて気分がよくなっていた猫も、負けじと彼を追いかけ、そこから鬼ごっこが始まった。


 十分ほど走り回り、気付けば家の前。
 ぜぇはぁと息を切らす湊に対して、猫は刺身を寄こせと言わんばかりに足元でじゃれてくる。ここでようやく彼は観念し、ビニール袋から刺身を取り出して、猫に差し出した。


「はぁ。お前には負けたよ。ほら、傷まないうちに食えよ」

「にゃ〜! にゃにゃぁ!」


 褒めて遣わすと言わんばかりに鳴く猫に、湊は苦笑を零し、家へと帰っていく。
 おかずがなくなって寂しいが、少しホッコリした湊だった。

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Remember the origin
憧れで、目標


 お久しぶりです、しぃです。
 締切の迫った課題が終わり、ようやく一息つけるようになってきましたが、まだまだ残りはあるのでゆっくりな進みになりそうです……ははは……
 記念短編は来週の水曜か木曜辺りに登校予定です。お待たせして申し訳ない……

 それでは、顔がいいオリジナルイベント開始となるプロローグ、是非お楽しみください!


 並んで歩き慣れた、学校からの帰り道。夕暮れの下校路で、雫と湊は他愛のない会話に花を咲かせていた。今日のレッスン、昨日のドラマ、明日の小テスト。いつものように、彼女が話題を振って彼が応える。

 何気ない日常、ささやかな幸せ。

 積み重ねの末に辿り着いた優しい空間に、二人は浸かっていた。

 

 

 しかし、何事にも終わりはやってくるもので、湊のスマホからメールの着信音が流れてくる。

 

 

「誰からだ……」

 

「愛莉ちゃんたちからかしら?」

 

「さぁな。一応確認して、急用ならさっさと返信を──ん?」

 

 

 メールの宛先に書かれている名前は見慣れた文字列。『月野海友香(ゆうか)』。紛れもない湊の母親である。

 書かれている内容は短く、一言に纏まっていた。

 それは、

 

 

『今日は鍋パやりまーす♡』

 

 

 ノリの軽い。あまりにもノリの軽い、短いメール。電話で来なかっただけマシだが、その一言から察することのできる内容に、湊は困惑した。

 簡潔に言えば、今、彼の両親は家にいる。珍しく、家族団欒の時を過ごそうと誘っているのだ。いつもなら仕事の納期の関係上、深夜に帰ってきて早朝には居ないので、会うことも話すことも多くない。

 

 

 それなのに、今日に限っては夕方なのに家にいて、尚且つ食卓を囲もうとしている。若干の違和感と、それを上回る温かさ。

 勿論、気恥しさもある。今更になって家族で食事をするなんて遅過ぎる。だが、それでも求めてしまう。血の繋がった、確かな縁のある温もりを。

 

 

「……今日は、私が居ない方がいいかしら?」

 

「いや、居て欲しい。雫のこと、きちんと紹介できてなかったし、それに……」

 

「それに?」

 

「最近は雫がいるのが当たり前だったから、離れるのは嫌だ」

 

「ふふっ。可愛いわね、みぃちゃんは♪」

 

「からかうなよ……たくっ」

 

 

 口ではそう言いつつも、湊の表情は柔らかく、薄らと笑顔が見える。雫もそれを見て、微笑みを零した。

 

 

 この日、この時。

 新たな運命が生まれ、彼の夢はまた、揺らぎ始めた。きっとこれは、原点を思い出すお話。憧れと絶望に埋もれた、最初の理由を探すお話。

 一歩前進した湊が、振り返る物語。

 

 ◇

 

 家に帰ると、まず先に湊の目に入ったのは、普段使われることのない御役目知らずのスリッパがないことだった。それを見て、彼は本当に居るんだと再確認する。

 浮き足立つ気持ちを抑えつつ、ただいまの挨拶をして、二人はリビングに向かう。中に入れば、液晶越しではなく、数ヶ月ぶりにリアルで顔を合わせる両親が昔と同じように出迎えてくれた。

 

 

「おかえり〜! あらあら! 雫ちゃんも来てくれたのね。嬉しいわ!」

 

「お久しぶりですおば様! 送ったみぃちゃんの文化祭の動画、見ていただけました?」

 

「見た見た! 流石、あたしと(まこと)さんの子! って感じだったわ! ね、誠さん!」

 

「そうだな」

 

「……送ってたのかよ」

 

 

 苦笑いを零す湊に対し、雫と友香は絵になるような微笑みを見せる。

 湊は髪の毛や瞳の色は母親である友香似で、それ以外は全部父親である誠似だ。彼女のハネのない腰まで伸びた長い髪は癖のない赤茶色で、瞳は真紅。十人に聞いたら、十人中十人が顔がいいと答える顔立ちは、雫に近いものを感じる。

 対して誠の外見は黒髪黒目で、顔立ちも顔がいいと言わしめるものだが、やや表情筋が固い。けれど、その真面目な表情は湊に似たものがある。

 

 

 新聞を読み、短く返事をする誠と、キッチンに立って料理をする友香の相性は悪いように見えるが、それは表面的なものでしかない。

 安心して任せられることを、信じて待つ。ただそれをしているだけなのだ。

 

 

「そうだ、雫ちゃん。あとで、新しい服着てみない? 丁度、志歩ちゃんとお揃いで着れる、カッコ可愛い服ができたの!」

 

「おば様の服なら是非! しぃちゃんもきっと喜びますから!」

 

「じゃあ、またあとで。料理もまだ少しかかりそうだし」

 

「私、お手伝いしますよ?」

 

「そう? なら、お願いしようかしら?」

 

 

 和やかな、優しい雰囲気で料理の手伝いに入る雫を、湊が眺めていると、そっと誠に肩を叩かれる。言葉にせずとも、なんとなくで察しがついた彼は、誠についていき、荷物を置いてリビングから出ていく。

 いたたまれなくなった、なんて、そんな理由じゃない。

 最初から、目的があったから誠たちは帰ってきた。その目的は──

 

 ◇

 

「……資料使ったのか?」

 

「あ、あぁ。少し、必要だったから。……もしかして、ダメだった?」

 

「別に構わない。元々、最近は使ってなかった資料だしな」

 

「そっか」

 

 

 二階にある、寝室とは違う、本棚と作業道具に囲まれた部屋。誠の書斎で、湊たちは話していた。と言っても、二人とも口数が多いほうではないので、会話は途切れ途切れもいい所で、とても親子には見えない。

 強いて言えば、不器用さは似ているが、そんなところだ。

 

 

 息子である湊にとって、誠は憧れた背中であり、今でも目指す目標。

 父親である誠にとって、湊は自分を追う弟子であり、可愛い息子。

 認識の差はあれど、そこには互いに対する深い信頼があった。雫から送られてきた動画を見て、衣装を作った──デザインしたのが湊だと聞いて、誠は少しだけホッとした。

 

 

 まだ、諦めずに進み続けているんだと、安堵した。

 だからこそ、今日の彼は大切な息子にチャンスを持ってきた。家族だから与えられる、数少ない挑戦権を持ってきた。

 

 

「文化祭の動画、見たよ。演技に関しては素人だから何も言えないが、衣装は悪くなかった。お前らしい、作品に合う衣装だった」

 

「あり、がとう?」

 

「特にあの、ワンポイント。ワッペンか。あれがあるだけで、衣装のまとまりは格段に良くなっていた」

 

「……友達がアドバイスしてくれたんだ。俺だけで作った衣装じゃない」

 

 

 褒められた嬉しさを噛み締めながらも、湊は現実を見つめる。あれはまぐれだ。きっと、自分独りじゃ二度と同じ物は作れない。

 仲間が居たから、親友のお陰だ。

 そうやって自分に言い聞かせるように、口に出して誤魔化す。

 誠はその言葉を聞いても、特に表情を変えることはなく、少し間を開けてから口をもう一度開いた。

 

 

「夢は、まだ追っているか?」

 

「一応、やってるよ」

 

「なら、いい」

 

「……?」

 

「今日、帰ってきた理由は、顔を見たかったからだけじゃない。それは、お前も何となくわかっているだろう?」

 

「まぁ、家族だからね」

 

 

 離れた時間も長いが、接した時間も長い。

 切っても切れない縁で繋がってるからこそ、違和感にはすぐに気付ける。しかし、違和感に気付けても、その中身まではわからない。

 次の瞬間、誠から放たれた言葉に、湊は驚きを隠せなかった。

 

 

「お前さえよければ、私や母さんの仕事を手伝ってみないか?」

 

「えっ……?」

 

 

 夢への片道切符が、目の前に差し出された。

 




 顔がいい四コマ「未来」

 お昼に流れるゴシップまみれのワイドショーを、ぼーっと湊が眺めていると、幼馴染みだった芸能人同士が結婚したという、なんともなニュースが流れてくる。
 芸能活動の裏で細々と付き合っており、元から噂は立っていたが中々結婚せず、周りが焦れったく感じ始めていたところを見ると相当だが、どちらもファンを大切にしていたらしく切り出せなかったらしい。


 番組の中では、そんな二人の馴れ初めやらが語られており、ワイドショーらしからぬ平和で温かい雰囲気を感じられる。


「……三十手前で結婚、か」


 テレビ画面越しに映る二人は幸せそうで、ウエディングドレスを纏う女性は左手の薬指を自慢げに見せていた。
 かけがえのない大切な日々より、当たり前の変わらない日常を幸せだと感じられるように頑張ります、という男性は微笑んでいて。きっと、本当に幸せなんだろうと、理解することができる。


「いつか、ああなるのかな」


 自分たちの未来を、テレビの映像に重ねて、ありえるかもわからない先を幻視する。自分のデザインしたウエディングドレスを着て、輝く指輪とそれに負けないくらい綺麗な笑顔を見せる雫の隣で、微笑む自分を想像する。
 幸せだな、と思った。
 そうなれたらいいな、と思った。


「……悪くないな」

「どうしたの、みぃちゃん?」

「いや、なんでもないよ」


 コーヒーを運んできた雫に、湊は変わらない声音で返事をして、緩んだ表情を戻す。それを見た雫は首を傾げながらも、彼の隣に腰を下ろし、肩を寄せる。
 ああなりたいなと、少しだけ欲張るように、湊はそっと彼女の腰を抱いた。

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期待に欠けた月、夜を照らせない太陽

 一昨日ぶりですね、私です、しぃです。
 はい。記念短編から二日と経ってませんが、定期更新なので忘れられず更新はされます。寝違えて首と肩が痛かったですが、湿布貼ってお昼寝したら治りました。化学の力ってすごい。

 というわけで、オリイベ第二話。
 告げられたチャンスに、湊くんはどう動きどう考えるのか?
 本編を楽しんでお読みください!


 まるで夢を見ているかのような、そんな現実。突然訪れたチャンスに、湊はただただ驚くしかなかった。

 今まで、こんなことはなかったのに。いきなり、いきなりだ。誠は仕事を見せることはあれど、手伝わせたり家族の輪の中に仕事の話を持ち出す人じゃなかった。

 それが、今になってなんで。そうやって、湊は理解のできない現実から逃避するように考える。

 

 

「……驚くのも無理はないか。だが、手伝いと言っても大きな仕事は振らない。最初は雑用のような細かい作業ばかりになるし、リテイクも何度も厳しくするだろう。でも、それを乗り越えて私たちが一人前だと判断すれば、一から十までお前だけの大きな仕事を振りたいと思ってる」

 

「俺だけの、仕事」

 

「あぁ、そうだ」

 

「……………………」

 

 

 頷く誠。

 項垂れる湊。

 二人は対照的だった。誠は大人として、父親として力強い立ち振る舞いを。湊は子供らしく、息子らしく弱々しい立ち姿をしていた。

 親の心子知らず、子の心親知らず。例え血が繋がっていようと、心なんて不鮮明なものは計り知れない。けれど、親には親なりの勘があり、誠のそれも鈍ってはいなかった。

 

 

 昔、本当に昔、幼い頃にしたように。湊の頭をポンポンと撫でて、優しく言った。

 

 

「迷っていい、悩んでいい。お前の人生だ。未来を決める権利はお前にあるんだ、湊」

 

「父さん……」

 

「一週間、待てる。仕事自体も切羽詰まってないからな。だから、答えが決まったら、教えてくれ。どんなものでも、私はお前の意志を尊重したい」

 

「……うん、ありがと」

 

 

 最後にくしゃくしゃと髪を乱すように撫でて、誠は穏やかな微笑みを浮かべながら部屋を出た。

 言葉にしない信頼が、湊の肩にのしかかる。

 意図なんてないし、誠からしたら普通の言葉。先を行く人間として、当たり前の言葉だったが、彼はそう受け止められなかった。

 

 

 ミシミシと、心が軋む音がした。

 

 ◇

 

 夕食の時間。家族団欒の時間。大切な温かい時間の中で、湊だけが上の空だった。友香と雫が作った大好きな鍋の味も、食卓を囲んで話したことも、何一つ覚えていない。

 頭の中には、誠から言われた言葉だけが強く残っていて、それ以外が入り込む余地がなかった。隣にいる雫の言葉さえも。

 

 

「……わかんねぇよ、なにも」

 

 

 自室のベッドの上で、考える。

 この先どうするか。

 どうすればいいのか。

 迷い、悩むフリをする頭で、考える。

 後悔のない選択なんてなくて、後悔が少ない選択肢もなくて。

 デザイナーとして、夢を叶える道か。

 マネージャーやプロデューサーとしてみんなの活動を支える、夢を与える道か。道の左右を選ぶような、正解のない問題。

 

 

「昔から、父さんは認めてくれてたっけ……」

 

 

 中途半端な才能を、誠は認めてくれていた。今と変わらず不器用で、素直に湊を褒めることはなかったけれど、いつだって「悪くない」と、言ってくれた。もっとも、それだけでは終わらず、色々な指摘とアドバイスもしてくれた。

 記憶に蓋をしていただけで、見ないようにしていただけで。湊の周りにいる人は誰一人、彼の才能を否定しなかった。寧ろ、凄いと褒めてくれていたはずだ。

 

 

 いつからか、その言葉を真っ直ぐ受け止められなくなって、年相応の無垢も消えて、逃げてるだけになった。

 信頼が怖かった。

 信用が怖かった。

 崩れる瞬間も、無くなる瞬間も予測できない、形のない押し付けがのしかかるようになって。逃避を始めた。

 

 

 誰よりも才能を欲しがってるくせに、誰よりも自分の才能を嫌って、呪って、否定したのは紛れもない湊自身。弱かった。積もり積もった悪意のない期待に対して、彼の心はあまりにも弱く、脆かった。

 全部全部フリだけで。

 今もきっと答えが見つかって欲しくなくて、考えるフリだけをしている。

 

 

 無意味な逃避。無意味な迷走。

 その考えは、やっと想い合えた雫の心さえ揺さぶってしまうというのに。

 

 

「お待たせ、みぃちゃん。お風呂上がったから、入って大丈夫よ」

 

「…………ん、あぁ。すぐ、はいる」

 

 

 焦点の合わない淀んだ瞳。血のように赤い、淀んだ瞳。そんな瞳を、雫が見逃すわけはなく、自分の横を抜けようとする湊の肩を掴み、止まらせた。

 

 

「……何かあったのよね? 全部、話して」

 

「面白くないぞ?」

 

「そんなの関係ない! 私はみぃちゃんが心配なの! だから……抱え込まないで、ちゃんと話して」

 

「……わかった、わかったから。肩掴むの止めてくれ。自分で向き合いたい」

 

「……はい」

 

 

 優しく手を離した雫を見て、ようやく湊も正気に戻る。今、目の前にいる彼女が、自分よりも辛そうに無理をして笑おうとしていたから。そうさせてしまった自分が情けなくて、白状するように全部を話した。

 とは言っても、話したのは誠との会話の部分だけ。本当のことは、話さなかった。話せなかった。

 

 

 相槌を打つ雫が真剣なのも、自身のことを大事に想っていてくれてることもわかっていても、湊が話せるわけもなかった。

 何故なら、それは雫を傷付ける行為だから。彼女から貰った期待も、湊の中では少なくない。それに救われることはあったし、それがあったからこそ今があるとはいえ、未だに重くのしかかってる一つでもある。

 

 

 どれだけ自分が苦しくても、どれだけ自分が辛くても。できるなら、彼女に傷付いて欲しくない。わがままだ。支えられていると気付いていながらも、独りじゃないと気付いていながらも、湊はまだわがままを捨てられない。

 

 

「そう……そんなことが」

 

「正直、どうすればいいか、わからないんだ。お前を──お前たちを世界一のアイドルにするって言ったのも忘れてないし、夢だって簡単に諦めきれるものでもない。だってこれは、お前たちが思い出させてくれた夢だから」

 

「……同じになってしまうけど、みぃちゃんの好きにしていいと思うの。それがどんな選択でも、みんなきっと納得してくれるわ。悲しくても、私たちはアイドルだもの。人の夢を応援して、後押しするのがお仕事だもの。だから、大丈夫」

 

 

 違う。

 大丈夫なんかじゃない。

 雫は怖がっている。湊に訪れる変化に、怖がっている。それを必死に隠して、背中を押している。それがわからないほど、湊は堕ちていなくて、吐きそうになった。

 

 

 視界の端で震える手が、微かに歪む表情が、全てを物語っている。押し殺して、自分の幸せを願う彼女がとても愛おしくて、苦しい。

 なにもしないなんてできなくて、このままではいられなくて、それでも逃げたくて、力の上手く入らない手で湊は雫を抱き締める。

 

 

 窓の外、空には十六夜の月が物悲しく、淡い光で二人を照らしていた。




 顔がいい四コマ「遠足のおやつとうまい棒」

 お昼休みの屋上。
 神山高校の三馬鹿トリオーーもとい変人トップスリーは、昼食をとって特にやることもなく駄弁っていた。


「なぁ……小学校の頃、遠足のおやつって三百円までだっただろ? ああ言うのって、どうやって調整してた? 俺は10円ガム」

「藪から棒になんだいきなり。まぁ……オレはうまい棒だな」

「僕はラムネだね、笛ラムネ」

「……上手い具合に分かれたな」

「そうだね。でも、珍しくないことだろう? 感性は人によって様々だ」

「じゃあ、うまい棒だったら何味選ぶ? 俺はサラダ」

「コンポタ一択だ」

「ラムネだね」

『……は?』


 湊と司の声が揃って漏れる。
 ラムネ味なんて聞いたことがない。
 というか、そんなのがあっても普通買うやつはいないし、類に至ってはラムネラムネラムネとラムネづくしだ。一種の中毒じゃないかと疑う二人だが、流石類言うべきか、回避方法は考えてある。


「寧々も居たからね。二人で分けて食べてたんだよ。僕も彼女から貰うこともあったし。全部が全部ラムネだったわけじゃないさ」

「……それなら、まぁ……いやでも、結局はラムネ三昧だろ?」

「まぁね」

「じゃあ、今の回避発言はなんだったんだ!?」

「いやぁ、君たちの反応が面白かったから、つい」

『……………………』

「悪かった、僕にも非があったことは認めるから。無言でフェンスに押し付けるのはやめてくれないか?」

『……………………』

「二人とも!? 流石の僕もここから落ちたら不味いんだが???」

「飛べ」

「心配するな、いつもオレがやってる演出と大差ない」

「命綱がないんだけど?」

『知らん』


 こうして、類くんは屋上から落ちかけ、みんな揃って職員室に呼ばれました。
 あーあ、これもそれも三人がお馬鹿なことをする所為です。
 何気ない神山高校の日常風景はこんな感じ。
 めでたしめでたし。

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止まらぬ自壊、零れでる本音

 相も変わらず週一投稿を続ける私です、しぃです。
 気温の変化が不安定な今日この頃、皆様も健康には十分お気をつけてお過ごしください。叶うなら、いっぱい休んで遊んで、ゆっくりしてください。


 少しずつ不穏になっていますが、ハピエン厨の私にかかればあら不思議、しっかりプラマイは入れ替わるので平気です。安心して、今回のお話を楽しんでください!


 日が昇り、夜が明けて、分岐点ができた一日が過ぎた。

 当たり前だと嘲笑うように、逃げることに精一杯だった湊が眠れるわけもなく、隣で穏やかな寝息を立てる雫を見つめていた。結局、昨日の夜、二人は別れることもできず、慰め合うかの如く床についた。

 変わっても変わりきれない自分の不甲斐なさに、自己嫌悪を募らせながら、湊はそっと彼女の髪を撫でる。

 

 

 苦し紛れの嘘を、あと何回重ねれば幸せになれるのか。

 傷付けない優しい嘘を、あと何回吐き続ければ幸せにできるのか。

 必死に、必死に考えても、逃げてるだけでは変わらないという正論が出てくるだけで、心がそれを拒否する。

 

 

 いつだって、大切な時は、大事な時は独り。決断を迫られた時に、決めるのは自分自身。

 夢を前にした湊にとって、自分を信頼する声も、自分を信じてくれる声も、等しく重りになってのしかかる。

 

 

 月が微かに残る朝。入った歪が直るわけもなく、今にも崩れ落ちそうなままの体で、湊は起き上がった。

 

 ◇

 

『──────────!!』

 

 

 いつも通り、レッスンが行われる学校の屋上。響く歌声と、タンタンと心地よくリズムを刻む足音が響く中、湊は水筒やらタオルの準備をしながら、彼女たちが汗を流し励む姿をぼーっと眺めていた。

 現在進行形で成長するみのりや、完成度を高めていく雫たちの動きを、アドバイスするために『見る』のではなく、ただ『眺めて』いた。

 

 

 何度も何度も、頭の中でリピートされる昨日の誠の言葉が離れてくれず、それから逃げるようにレッスンを見ようとしても、靄がかかったように見ることもできず、眺めるしかなかった。

 それはきっと、逃げている証拠で、誰よりも自分が一番わかっているはずなのに見て見ぬフリをするだけで、彼はそれ以上なにもしない。

 

 

 間違いなんてなく、彼女たちと過ごすこの時間が大切なはずなのに、それに向き合うことすらできず、演技を続ける。

 しかし、そんなことが簡単に行くはずもなく、すぐに愛莉が幻想を壊した。

 

 

「ちょっとアンタ……今の通し、しっかり見てた?」

 

「見てた──」

 

「嘘はいいのよ。正直に言いなさい」

 

「……悪い、ぼーっとしてた」

 

「はぁ。今日のアンタ、やっぱり変よ。録画用のカメラ回してなかったり、タオルとドリンク間違えたりするし。凡ミスばっかりじゃない」

 

「そう言われると……湊くんらしくない?」

 

「だね。湊さん、なにかありました?」

 

「いや、特には……」

 

 

 考えるよりも早く、言葉が先に出て、曖昧な笑顔で濁した。

 もっとも、それが通じない相手が一人いることを、湊が忘れているわけもなく、表情が徐々に曇っていく。

 前提として、間違えがあったのだ。湊は雫が何も言わないでくれると、勝手に期待していた。自分が嫌いな形の無い信頼を押し付けていた。けれど、そうならなかった。

 

 

 恋心に反応して肥大化した欲望が、変わって欲しくないと願う心が表に出るかのように、自分以外の誰かが止めてくれるかもしれないと淡い想いのまま、彼の現状を話し始める。

 

 

「……それも、みぃちゃんの嘘よ。本当は──」

 

 

 そう言って、全てを話した。

 夢を掴む機会を与えられたこと。

 その道を選ぶか、今をとるか迷っていること。

 

 

「なるほどね。というか、なんで湊はすぐに返事しなかったのよ? アンタの親御さんって、あの月の海(Sea of moon)を一代で立ち上げた一流のデザイナーさんでしょ? 夢を叶えるなら絶好の機会じゃない」

 

「それは、そうなんだけどな……」

 

「……私も聞いたことありますよ、月の海。個人ブランドの中ではトップを争う有名どころですよね。月の海シリーズの服、何着か持ってます」

 

「つ、月の海……?」

 

「……みのりは、知らなくてもしょうがないか。そもそも、あそこの服は高校生のお財布事情じゃ手が出せないもの」

 

「そ、そんなになの!?」

 

 

 驚くみのりのために、軽く愛莉が解説を挟む。

 

 

「月の海は、湊の親御さんが一代で築き上げた有名な個人ブランドよ。フルオーダーメイドの服や、月の海シリーズっていうシーズンの数量限定服を売ったり、あとは他の有名どころに依頼されて新しい服のデザインを提供してるの。上から下まで全部揃えようものなら、社会人のお財布も簡単に薄くなるわ」

 

「ひっ、ひょぇ〜! み、湊くんのお家って凄かったんだね……初めて知ったよ……」

 

 

 グルグルと目を回し困惑するみのりだったが、愛莉と同じ、ある純粋な疑問が生まれる。

 仮に、もし湊が今の時間を大切に思ってくれていたとしても、何故すぐに返事をしなかったのか。

 特別な理由があったとしても、昔からの夢なら、普通二つ返事でOKする。しかも、今回の誘いはあくまでチャンス。自分の努力次第で本物になるものだ。

 

 

 僅かに覚えた違和感。

 YESとNOの二択。きっと、いつもの湊なら問題なく答えられる問に迷っている現状が、みのりの心をザワつかせる。

 

 

「湊くんは……本当に迷ってるの?」

 

「みのり?」

 

「ううん、違うの! 湊くんが真剣じゃないとか、そう言うのが言いたいんじゃなくて、ただ……変だなって」

 

「……まぁ、レッスンに集中できないのも困るし、自分の中でしっかり答えをつけなさい! それまでは、雫の送り迎えだけで大丈夫だから」

 

「悪い」

 

「いいのよ。わたしたちはアイドルだもの、アンタがどんな選択をしようと、背中を押すのが役目だわ。レッスンだって、暇な時に息抜き程度に見てくれるだけでもいい刺激になるし」

 

 

 明るく振る舞う愛莉に裏などなく、そこには無意識の信頼があった。

 なんとなく、大丈夫。彼女だって気付いていた。気付いていても、湊なら大丈夫だと背中を押して、任せた。

 積み重なる。積み重なる。

 悪意のない信頼が、優しさの信用が積み重なっていく。

 

 

 痛くて、痛くて。みのりの言葉も、愛莉の励ましも、遥の視線も、雫の表情も、全部全部痛くて、苦しくて。

 逃げ切れない善意が、湊の心にまた、ヒビを入れた。

 

 ◇

 

「……本当に、今日は一緒に居なくて平気? ご飯はちゃんと食べられる?」

 

「大丈夫。少し、独りになりたいだけだからさ。なにかあったら、呼ぶから」

 

 

 本音を覆い隠すように、あやふやな言葉で誤魔化して、湊は雫と別れて玄関ドアを開き家に入る。去り際に見えた寂しそうに、心配そうに自分を見つめる彼女の顔を見ないために視線を切って、家に入る。

 そこからはもう、早かった。

 体の中を駆け巡る、罪悪感という名の猛毒が感情も思考も犯していく。

 

 

 吐きたい。

 泣きたい。

 全部流してしまいたい。

 楽になって、忘れて、抜け出したい。

 夢見る底なし沼から抜け出して、普通に生きたい。

 

 

 けど、それでも、諦められないから沈んでいって、息も苦しくなる。視界が徐々に狭まって、歪んで、震える。不安と罪悪感と後悔と希望と絶望がごちゃ混ぜになって、未来も今も過去も溶けていく。

 なにをすることもできず、なにができるはずもなく、怯える子供のように玄関先でうずくまる。

 

 

「こんな、弱かったっけ……俺」

 

 

 立ち上がろうとする足にムチすら打てず、震える手ではなにも掴めない。微かに働こうとする脳も、犯されて本音がポロポロと零れていく。

 

 

「いらない、いらない、いらない! こんな才能も、期待も、信頼も……いらないよ!! なんでずっと追ってんだよ! なんでずっと頑張るんだよ! 意味なんてないのにっ!!」

 

 

 貶して、蔑んで、心を壊す。

 誰よりも、自分が嫌いで。

 そのくせ、大切な人に誰よりも、自分を必要として欲しくて。

 

 

 天才じゃないのに祭り上げられて、期待だけを背負わされて、きっと大丈夫ではいお終い。それを繰り返した過去がフラッシュバックする。

 中途半端な才能では、1を2にしかできない。1を10にしようとすれば、天才はその間に1を100にしてくる。醜く足掻き続けて、水面を目指して泳ぎ続けても、重石だけが増えて沈んでいく。

 

 

 今、そこに居たのは、大人のようにみんなから頼られる、みんなから信頼される優しい青年の月野海湊ではなく。どこまでも子供らしく悩んで、背伸びする。夢を諦めきれない少年だった。

 




 顔がいい四コマ「お月見」

 中秋の名月と満月が重なった日の夜。湊と雫の二人は珍しく、日野森家の縁側で並んで座り、月を見ていた。
 真ん丸に輝く、優しい明かりの月に照らされて。二人は指を絡め、肩を合わせて他愛のない話に花を咲かせる。


 そこに、わだかまりというものはなく、温かい空気だけが満たしていた。時に、傍に置かれた湯呑みのお茶を啜り、備えられたお団子を食べて、微睡むように愛を零す。


「しぃたちと見なくて、良かったのか?」

「もう! みぃちゃんはイジワルね。私があなたと見たいから、あの月を見てるの。後悔なんて、これっぽっちもしてないわ」

「なら、いいや」


 肩に頭を預ける雫と、それを支える湊。
 唇は自然と重なり、甘さと苦さで揺れる口の中を、蕩けるほどの甘さで溶かしていく。結局、お月見なんてお花見の時と同じ、口実で。本当はただ、こうやって二人だけの時間が欲しかっただけなのだ。


 春の桜よりも、秋の月よりも、湊は雫に見惚れていて。
 雫もまだ同じく、湊に見惚れていた。
 隠すことのない好意を存分に伝えるように、互いに腰を抱き、唇が乾かないように何度も湿らせる。


「月のうさぎさんたちが、嫉妬しちゃうかしら?」

「かもな」


 微笑む二人の影は、やがて二つから一つになり。
 月だけが、それを優しく見守っていた。

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親友だった彼女の、一雫の涙

 課題が辛い中カラオケに行った敗北者、しぃです。
 いや〜……うん、やったなぁ、って感覚はあるんですけどねぇ……もう疲れちゃって……
 申し訳ないですが、今回は四コマはなしです。

 次回は頑張るので、何卒ご慈悲を……!


 いつ寝たのか、どうやって寝たのか、それもわからぬままベッドの上で起きたのは湊にとって初めての経験だった。未だに疼き、痛む心の傷を独り癒せるわけもなく、ぼーっとして嫌なことを考えないために起き上がり、そそくさと着替えてリビングに下りた。

 

 

 誰もいない静かなリビング。いつもならいる彼女は──雫は、湊に気を遣って顔を見せないでくれている。自分で言ったことなのにそれが寂しくて、勝手に居るかもしれないと期待した自分が嫌いで、漏れそうになった弱音を食パンと一緒に牛乳で飲み込んだ。

 

 

「どう、するか」

 

 

 向き合いもせず、逃げてるだけのこの時間に意味がないことなんて、湊もわかっている。迷わなければ始まらないことも理解している。だがしかし、それとこれとは話が別。

 幾らわかっていようと、理解していようと、感情は変わってくれない。恐怖は消えないし絶望はなくならない。脳と心は別物。通じているとはいえ、同じになってくれるとは限らない。

 

 

 脳が正しいことを言えば、心はそれを否定するし。

 心が間違ったことを言えば、脳はそれを否定する。

 どちらかが欠けては成り立たないが、どちらがあっても簡単に正解に辿り着けるわけでもない。

 

 

 視界に広がる湊の世界の色は褪せて、限りなく透明になっていく。まるで、溶けていくように、消えていくように、褪せて透けて色が抜けていく。

 

 

「歩くか」

 

 

 ずっと考えていたら気が狂いそうで、なにかを考えないために、逃げるために彼はソファから腰を上げて、スマホと財布だけを持って外に出る。あてのない旅立ちだった。

 

 ◇

 

 目的もなく、考えないためだけに、ただただシブヤの街を歩く。ビルが処狭しと聳え立つコンクリートジャングルを通り抜け、意味のない逃避行を続ける。

 いや、湊からしたら意味はある、のかもしれない。ただきっと、それは時間の浪費でしかなく、多くの人間からしたら意味がないように見える。

 しょうがないことだ。何故ならそれは事実だから。

 

 

「……雨?」

 

 

 どうでもいいことを呟くように湊が空を見上げると、灰色の雲が辺りを覆っており、ポタポタと雨粒が顔にかかる。冷たくもなく、風邪を引いたら面倒だな、とそれだけだ頭に浮かんで、近くにあったテキトーな喫茶店に雨宿りついでに入店する。

 人気の喫茶店なのか、はたまた外の天気を案じて湊のように逃げてきた客が多いのか、中々に混み合っており席の空きは少ない。

 

 

「あっ! すみません、お客様。ただいま店内大変混み合っておりまして……相席なら平気なのですが、それでもよろしいでしょうか?」

 

「……相手方がいいなら、それで構いません」

 

「はい! それではすぐ確認してきますね」

 

 

 相席かどうかなど、今の湊にとっては些細なことだ。運がよければ、適当に話して気を紛らわせることができるし、話せなくても雨宿りができれば申し分ない。

 店員が戻ってくるまでの数分間、やることもなく、透明な景色を眺めながら、ふと雫のことを考えた。目に映る全てが色褪せていくこの世界で、彼女がどう映るのか。それだけが気になって、怖くて、余計に会い辛くなる。

 

 

全部壊れられたら、楽なのに)

 

「……あのぉ、お客様? お待たせしました。案内の方できますので、こちらにどうぞ」

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

 

 気不味そうに声をかけてきた店員に導かれながら、湊が通路を歩いていくと。着いたテーブルに座っていたのは見慣れた顔だった。

 できるなら、今会いたくない、見慣れた顔だった。

 

 

「……ほんと、最悪」

 

「悪かったな」

 

「その目、嫌いだって、前言わなかった?」

 

「俺が自分の目なんて見えるわけないだろ。知るか、そんなこと」

 

「あー……えっと……」

 

 

 整えられた黒茶のショートボブに、明らかに敵意を孕んだ焦げ茶の瞳。隣に座って困惑している瑞希と似た、あざとさのある可愛らしい顔立ちは苦々しい表情に歪み、湊を睨んでいる。

 彼女の名前は絵名(えな)。東雲絵名。東雲彰人の姉であり、湊にとって昔馴染みの少女。中学で彼が夢を折って以降、仲違いし、言葉も顔を合わせていなかったかつての親友がそこにいた。

 

 ◇

 

 顔を見た途端、注文すら来ていないのに帰ろうとした絵名を瑞希が宥めること、約数分。原因である湊は悪びれた様子もなく、かと言って絵名を気にしないでもない。何故か透明ではなく灰色に見える彼女を、視界の端で観察していた。

 もっとも、場の雰囲気は最悪もいいところで、瑞希が気分を変えようとあれこれ話題を提供するにも関わらず、絵名と湊が一言二言で終わらせる所為で、流れが起きることもなく、時間だけが過ぎていく。

 

 

「最初から気になってたんだけど……二人ってさ、昔からの知り合いなの?」

 

「……さぁ、どうだったっけ。忘れたわよ、こんな薄情な奴」

 

「いや、その言い方だと知り合いって言ってるようなもんでしょ……。ねぇ、先輩、教えてよ〜! カワイイ後輩の頼みってことで♪」

 

「昔は親同士の付き合いでよく会ってた幼馴染みみたいなもんだよ。本当に、それだけ」

 

「ふ〜ん、そうなんだ……親同士の付き合いってだけ?」

 

「まぁな」

 

 

 射殺すような視線を向けてくる絵名を無視して一通り話し終えた湊は、コーヒーの残りの一口を口にして、空になったカップの底を見つめる。

 少しだけ絵名が睨んだ意味を考えて、無駄だと諦めるように思考を投げ捨てた。ただの親同士の付き合いで済ませたことに腹を立てたのか、そもそも喋ったことにイラついたのかなんてわかるわけがない。

 

 

 正解は彼女しか知らないのだから、探ろうとすることすら無意味。

 昔のようには戻れない関係がそこにあって、楽しく絵を語っていた過去は通り過ぎて塞いでしまった。雫とは違う、同じ道を歩いていたからこそ起きた仲違い。修復不可能な溝が、二人にはできてしまった。

 笑っていたあの頃は、泡沫の夢でしかなく、元にはならない。

 

 

「それにしては、先輩と絵名って似てるよね。なんとなくだけど、雰囲気とか話してる感じとかさ」

 

「はぁ? 瑞希、あんた本気でそんなこと言ってるの? 私とこいつが似てるなんて──」

 

「ありえない」

 

 

 絵名が続けるであろう言葉を、湊が言った。

 静かな声に、微かな怒気を含みながら、彼はそう言った。

 違う。ありえない。湊にとって、絵名と自分は似ているようで決定的な違いがいくつもあった。環境も才能も現状も違うところだらけで、似ているところなんて少なくて、唯一分かり合えたのは『絵』だけ。

 

 

「似てるって言ってくれた瑞希には悪いけど、俺と絵名は違うよ。だって、俺は『諦めて』、絵名は『諦めなかった』。俺は『続けられなかった』けど、絵名は『続けられた』。な? 違うだろ?」

 

「先輩……」

 

 

 怒りながらも、されど自嘲気味に言われた言葉は湊の本音で──弱音で。それを聞いて心配する瑞希がいる横で、絵名は突然立ち上がり彼の胸ぐらを掴み店内に怒声を響かせた。

 

 

「ふざけんじゃないわよっ!! あんたが『諦めた』? 嘘も休み休み言いなさいよ! いい、湊? あんたは『逃げた』のよ!! 諦めもせず、向き合いもせず、自分勝手に逃げたの!! 似てないなんて話じゃない! あんたと私は真逆よっ!」

 

「……………………」

 

「なんとか言ってみなさいよ!! 月野海湊!! あんたがそんなんだから私は……私は……」

 

 

 一雫、流れる涙を、湊が見逃せるはずもなく。けれど、絵名を慰められるわけもなく、居た堪れない空気の中、テーブルに万札を一枚置いてその場を去った。

 一瞬で変えられた。褪せていた世界は急速に色を取り戻し、冷めていた心に熱が篭もる。流れ落ちた一雫の涙が、ブレていた軸を定め、逃げていた体を向かい合わせた。

 

 

 見たくなかった。

 涙なんて、見たくなかった。

 まだ、やり直すチャンスがあるなら、胸を張れる自分に戻りたい。このままだったら、一番見たくない大切な人の涙をまた見ることになる。

 

 

 それだけは、きっとしちゃいけない。

 湊の中で固まった想いが、足を自然とある場所に向かわせた。いつだって変われる場所。なりたい自分を思い出せる、なりたい自分にしてくれる場所。

 セカイへ──

 




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本当の想い、その原点

 お待たせしました、私です、しぃです。
 最近、雲行きが怪しくなってきて、今回のオリイベが終わったら定期更新を中断して不定期にすることを考えています。
 理由は課題です……


 いやもぉ、ほんとに、大体私の所為なんですけど、辛いんですよね……ははは。
 今回のオリイベが終わったら雫イベをやる予定だったので、そのイベントだけは手を抜きたくないので少し時間をいただくかもしれません。
 状況次第で変わるので、またなにかありましたら活動報告の方に載せさせていただきます。


 お待ちしていた人は申し訳ありませんが、暖かい目で見守っていただけると幸いです。


 何度来ても色褪せない、慣れの来ないセカイに訪れた湊。今日もどこかでライブが行われているのか、いつもだったらすぐに自分を見つけるであろうバーチャルシンガーたちの姿はなく、ポツンと客席側に独り、彼は立っていた。

 急いで走り出そうとするが、想いの場所に来たことで落ち着いたのか、ろくにフォローもできなかった絵名のことを、湊は思い出す。

 

 

「……瑞希に頼むしか、ないよな」

 

 

 悪いとは思いつつも、今の自分じゃ逆効果だなんてわかりきっている。だからこそ、今の彼女を支えている後輩に任せる。辛い時、逃げ出さず今の彼女を支える瑞希の方が適任だと、彼は感覚でわかった。

 

 

「よし。あとは、俺がやるべきことをやる番だ」

 

 

 あの日、遅かったとしても、自分が変わるきっかけをくれたKAITOのもとに向かって、走り出す。無意識の中で、湊は自分が一番したくない行為をしながらも、変わるために動いた。

 縋っていた。

 頼っていた。

 全部が全部、二度目の後悔を作らないために。

 

 ◇

 

 永遠と続くステージのセカイを、息も絶え絶えになりながら走り、探し回った果てに湊は、懐かしい場所。KAITOと初めてであったステージの舞台裏で、あの時と同じように機械を弄る彼を見つけた。

 集中しているのか、湊には気付かず真剣な表情で仕事に向き合う姿は、幼い頃に彼が見た父親──誠の横顔にそっくりで、声をかけるのを躊躇ってしまった。

 

 

 表に立つバーチャルシンガーでありながら、KAITOは裏方としての仕事も本来の仕事と同じような気持ちで取り組んでいる。きっと、それは、来てくれたファンを笑顔にするため。

 どこまで遠くを歩けば、あの形に成れるのか。

 どんな速さで歩けば、あの形に近付けるのか。

 そんなビジョンは、湊の頭に浮かんでくれやしなくて、ただただ真摯に向き合う姿勢だけが瞳に映っていた。

 

 

 待つこと数分。ようやく一段落したのか、KAITOはマフラーの代わりに首にかけていたタオルで汗を拭き、湊の方を見た。

 向けられた優しい笑顔が嬉しくて、少しだけ痛い。

 

 

「なにか、あったんだね?」

 

「うん」

 

「話せるかい?」

 

「あぁ……その為に、ここに来たんだ」

 

「そっか。じゃあ、話してみて。僕が力になれることなら、一緒に考えるから」

 

 

 柔らかい声音で、話しやすい状況を作ってくれたKAITOに感謝してから、湊はゆっくりと抱え込んでいた全てを下ろして、吐き出した。

 夢のこと。

 自分に本物の才能なんてないこと。

 中途半端なもので評価され、期待や信頼を押し付けられ、崩れていったこと。

 逃げて、諦めて、迷ったフリをして大切な人を裏切っていたこと。大切な人を傷付けていたこと。

 

 

 それでも、それでも、まだ全部捨てきれていないこと。

 話せること、話さなければいけないことを全て話した湊は、ぐちゃぐちゃの感情に苦しんではいたが、楽になったのか顔色は酷くなかった。

 しかし、ここまでなら、ただの告白に過ぎない。懺悔と同じだ。彼はここから、変わらなければいけない。逃げないために変わることこそが、今回の目的なのだ。

 

 

「難しい問題だ。……だけど、湊くんなら解決できる」

 

「本当に?」

 

「勿論さ。湊くんは一歩を踏み出す勇気を持っている。なら、必要なのはきっかけだけだ。わかってるんじゃないかな、君も? それが欲しくて、ここまで来たんだろう?」

 

「それは、そうだけど」

 

 

 可能性を信じて、湊はここに来た。だが、だからと言って、保証なんてどこにもない。もしかしたら、あの時の一回が奇跡で、本当は二度目なんて起こりえないのかもしれない。

 そんな恐怖が、今も彼の中にある。

 目を伏せて、直視したくないくらいには、しっかりそこにある。

 

 

 けれど、目を伏せたその先には希望が落ちていた。小さい宝石のように、見える光の球体が。

 ステージで使う何かの器具なのか。湊が訝しむようにそれを見ていると、KAITOが驚いたように声を漏らした。

 

 

「想いの欠片? まさか、もうこのセカイにも来てたのか……」

 

「カイトは、この光のこと知ってるのか?」

 

「あぁ。その光の球体は『想いの欠片』。セカイに至れなかった想い。名前の通り、誰かの想いの欠片なんだ。触れれば、少しの間だけだけど、想いの欠片のセカイに行けるよ」

 

「なぁ……これって、誰の想いの欠片かわかったりするのか?」

 

「ううん。でも、君の前に現れたってことは、今の君に必要な想いかもしれない。……触れてみたらどうかな? 変わるきっかけになるかも」

 

「でも……」

 

 

 間違えれば、間接的とは言え、人の想いに踏み込むことになる。しかも、無許可で。あくまで、想いの欠片は、()()()想いの欠片。自分のものではないかもしれないし、もしかしたら大切な人の踏み込んで欲しくない場所かもしれない。

 セカイに転がる希望。

 次はないかもしれない選択肢。

 取るか、取らないか。

 いつだって、選択肢を選ぶのは自分で、人生を歪められるのも自分。

 

 

 考えて、考えて。

 迷うフリをもう、したくなくて。

 巡り巡って出された答えは──

 

 ◇

 

「……ここ、どこだよ」

 

 

 薄暗く、目の前すら覚束ないセカイ。想いの欠片のセカイに、湊は独りやってきていた。結局、彼がとった選択肢は、YES。

 変わるきっかけを望んで、湊はその想いに触れた。

 だがしかし、彼が訪れたそのセカイは異常だった。

 遠い、遠い場所の儚い光以外、なんの明かりもないこのセカイは、そこに辿り着く道を妨害するように、『keep out』のテープが貼られており進めなくなっている。

 

 

 無数にあるテープは、湊の目でもなんとか認識することができて、そこまで問題なく破ることもできるだろうが、彼の手は一向に動こうとしない。不味いと警鐘を鳴らす脳と、その先は地獄だと叫ぶ心が、湊の一歩を止めているのだ。

 

 

「変わるって……決めたんだろっ」

 

 

 自分の体にムチを打つように、言葉で喝を入れ、テープに触れる。その瞬間、閉じ込めていた記憶がフラッシュバックした。

 

 

『いいよな〜。月野海は、なんでもできて』

 

 

 それは羨望の声だった。

 いつか聞いた。

 どこかでかけられた、羨む声。

 1を2しかできない自分の才能を本物だと、祀りあげる声。

 

 

 気持ち悪くて、吐きそうになって、それでも進むためにテープを破り捨てた。その時にやっと湊は理解した。

 これは、自分の想いだと。記憶の片隅に押し込んで、見ないようにしていた、封じ込めていた自分の想いだと。

 見たくない。嫌だ、怖い。

 後ろ向きな気持ちがふつふつと湧いてきて、それでも止まれないと自分を鼓舞する。

 

 

 光が、きっと答え。

 そこまで辿り着くことができれば、変われる。湊はそう信じて、また一歩踏み出した。

 

 

『月野海なら大丈夫でしょ! 任せたぜ!』

 

 

 思い出す。

 

 

『お前ならできるよ、月野海。期待してるからな』

 

 

 思い出す。

 

 

『信じてるぜ、月野海。なんとかできるよな?』

 

 

 思い出す。

 

 

『なんで月野海ばっかり……ウザイよな、アイツ』

 

 

 思い出す。

 

 

『どんまいどんまい、お前なら次はいけるって! がんばれよ!』

 

 

 思い出す。

 無責任な信頼も期待も、信用も恨みも慰めも。全部全部、痛くて。痛くて痛くて。勝手で、考えなんてなくて。放り捨てるように、関心を無くす。

 きっと、多分、なんとか、できる。なんて言葉を並べて押し付けて、任せたという便利な言葉で逃げる。

 

 

 一枚、一枚、破る度に思い出して、吐きそうになって、それでも耐えて歩き続ける。それは、償いだったのかもしれない。傷付けた人たちへの、身勝手な贖いだったのかもしれない。

 光まで、あと半分。

 そんな距離まで来た時、思い出すものが段々と温度を取り戻し、冷たい過去に埋もれた温かい思い出が蘇る。

 

 

『悪くない。上手くなったな、湊』

 

 

 誠の言葉を、思い出す。

 

 

『いいわ、凄くいいわよ、湊! やっぱり、あたしと誠さんの息子ね!』

 

 

 友香の言葉を、思い出す。

 

 

『お前のことは嫌いだけど、お前の歌は、嫌いじゃねぇ』

 

 

 彰人の言葉を、思い出す。

 

 

『ふーはっはっは!! 流石は俺の親友だな! お前の作る衣装は最高だ!』

 

 

 司の言葉を、思い出す。

 

 

『あんたが服を作って、私がキャラを作る。二人だったら、最高の絵を描けるわ!』

 

 

 絵名の言葉を、思い出す。

 

 

『いつもありがと。湊にいの作る服、嫌いじゃない』

 

 

 志歩の言葉を、思い出す。

 

 

『これ、くれるの!? ふふっ、ありがとうみぃちゃん! 私……みぃちゃんの作る服、好きだわ。だって、すごく温かいんだもの』

 

 

 雫の言葉を、思い出す。

 違った。

 違ったのだ。

 確かに、周りから押し付けられた言葉は、のしかかった期待や信頼は、嫌いだったし、嫌だった。しかし、もっともっと近くにいた人の言葉は温かかった。

 ずっと、ずっとしまったまま忘れていた言葉──思い出。それが今、湊の中で蘇り、癒していく。

 

 

 最後のテープはいつの間にか破り終わっていて、儚かった光は眩くなって、セカイ全体を照らし闇を消し去った。

 そこに広がっていたのは、白の壁や床、至る所に絵の具やペンキをぶちまけ空間で、あちこちに服のデザイン画や完成された服が飾られていた。

 ごちゃごちゃで、片付けなんてされていないその場所は、昔見た誠のアトリエのようで、湊は懐かしむかの如く辺りを見渡す。

 

 

 ある程度辺りを見渡せば、()()()よく目に入る場所、セカイの中心にあって、その隣には見覚えのある少年が楽しそうに服のデザインをしていた。

 

 

「なんで……あの服が……」

 

「ん? この服がどうかした?」

 

「いや、この服は──」

 

「へへ、すごいだろ? 俺が作った服なんだ! まぁ…・俺がやったのは絵を描くまでで、作ってくれたのは父さんと母さんなんだけど……初めて作った服なんだ!」

 

「……あぁ、そうだっけ。そうだったな。これが、初めて作った服だ」

 

 

 目の前に飾られているのは、水色と黄緑色の色違いのワンピース。シンプルなデザインで、特に凝ったものでもなく、市販で売ってるものとそう変わらないであろう、二着。

 湊が幼い頃、両親の真似事をして作り、喜んだ二人が形にした初めての服。

 そして、偶然、家が隣同士になって出会った雫と志歩にプレゼントした、最初の服。

 

 

「これ渡してから、ようやくしぃが懐いてきてくれたんだっけ……」

 

「そうそう! それで、雫が今まで見たことないくらい笑顔になってくれて! 俺、もっともっと服を作りたいって思ったんだよ!」

 

「単純だよな、俺って。けど、なんだよ……簡単だったんじゃないか」

 

 

 デザイナー目指した理由は違う。デザイナーが夢になった理由でもない。

 しかし、これは湊の夢の根幹にある想い。単純明快、それ故になによりも大切なこと。忘れてはいけなかった大事な、本当の理由。

 

 

 月野海湊は、自分の作った服で大切な人に笑ってもらいたかった。

 

 

 彼にとっての太陽──日野森雫が教えてくれた、服を作る想いの原点。

 

 

()。服作るの、好きか?」

 

「うん! 大好きだよ! 兄ちゃんは?」

 

「俺も、好きだよ。だから……絶対に、その想いは忘れるな。大切なもんだから」

 

「わかった!」

 

 

 無邪気に笑う過去の自分を見て、湊は誠がよく自分にしてくれたように、頭をポンポンと撫でて、最後はくしゃくしゃと髪を乱して、その場を去った。

 想いの欠片のセカイが溶けていく中、湊は自分の中で答えを見つけた。

 夢を追うか、まだこのまま歩くか。自分の想いを信じて。選びとった。




 顔がいい四コマ「こたつ」

 冬。それはこたつとみかんが恋しくなる季節。あとは、焼き芋もそうだろう。猫だってこたつで丸くなりたくなる、そんな寒さが続くある日。
 久しぶりに、日野森家にお呼ばれした湊は、雫の部屋で彼女と志歩と一緒にこたつを囲んでぬくぬくと温まっていた。


「あったかいわね〜」

「あぁ。寒い日は布団とこたつから出るのが嫌になる」

「……そう言いつつも、屋上で練習してるじゃん」

「それとこれとは話が別だろ。ほら、皮剥けたぞ、しぃ」

「ん、ありがと」

「ずるいわ、みぃちゃん! 私も欲しい!」

「はいはい……」


 次のみかんの皮を湊が剥いていると、雫がそっと体を寄せてくる。よほど温まりたいのか、それともただ隣にいたいのか、細かいことは聞きはせず、彼は剥き終わったみかんを彼女の口に放り込む。
 美味しそうに食べる雫を湊がぼーっと眺めていると、彼女はお返しと言わんばかりにほっぺたに軽く唇を触れさせた。


 柔らかい感触を湊が感じたのも束の間、彼のスネを鈍い痛みが襲う。顔を顰めつつも、湊が正面に居るであろう志歩を見ると、鋭い目付きで睨まれていることがわかった。
 された側が蹴られるなんて理不尽だ。
 そう言っても、蹴りが止まるわけもなく。


 その後も、雫がベタベタとする度に、志歩に蹴られる湊だった。

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わがままを受け止めて

 冗談じゃなく虫の息の私です、しぃ君です。
 今回はデータが吹っ飛ぶアクシデントに見舞われて体力不足なため、文字数は控えめです。
 四コマもあるから許して……許して……


 時間は遡り、湊が絵名と会う前。雫はいつもと同じ屋上で、レッスンに励んでいた。もっとも、集中ができていたかと言われればそうではない。

 脳裏にチラつく、彼の弱々しい表情。力なく抱きしめられた感覚は、時間が空いてもなお残って、キュッと心を締め付ける。

 

 

 ステップのキレは落ち、声は上手く張れず、指先の感覚が次第に薄れていく。努力で積み上げるタイプの雫にとって、全体での通し練習は非常に大切だ。自分自身の位置の確認、みんなの動きとの合わせ、その両方を同時に行える重要な時間。

 頭ではそれをわかっていても、心が着いてこない。公私は分けるべきだと、私情で揺さぶられないべきだとわかっていても、できるかどうかは別問題。

 

 

 押し殺すなんて、もうできないのだ。

 変わり続けようとする彼を縛り付けたいなんてわがままが、引っ込んでくれなくて。恋が、愛が、執着が、雫の全てを蝕んでいく。

 

 

 応援したいのに、先に行って欲しくなくて。

 夢を叶えた彼が見たいのに、変わっていく姿は見たくなくて。

 ずっとずっと、自分の隣で笑っていて欲しいと、どうしようもない身勝手なわがままを聞いて欲しいと、思ってしまう。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「雫! ペース落ちてる! しっかり合わせて! ここが見せ場でしょ!」

 

「っ……えぇ!」

 

 

 珍しく、雫一人だけが、愛莉に背中を叩かれた。

 

 ◇

 

 何とか午前中のレッスンを乗り越えた雫だが、心が落ち着くことはない。帰り道、休みになった午後の時間をなにに当てようかと考えてる間に、愛莉に送られて家に着き、シャワーを浴びたあとはぼーっと自室の天井を眺めていた。

 体が言うことを聞いてくれず、まともに動こうとしない。

 頭の中で、ずっと二人の自分がわがままと正論を押し付けあって、ゆらゆらと波が立つ。

 

 

「どうすれば、いいのかしら。何が正解だったの? 教えてよ、みぃちゃん」

 

 

 夢に迷い、悩む彼に自分はどう接するべきだったのか、わからない。

 何も言わず、寄り添えばよかったのか。

 君なら大丈夫だと、言葉をかければよかったのか。

 全部が正解に見えて、全部が不正解に見えて、声が出ない。いっその事、夢に続く道を断ってあげれば苦しまなくて済んだんじゃないか、とさえ考え始めてしまう。

 

 

 溢れ出しそうな感情をそのまま、彼に──湊に伝えたい。わがままでも、それでもこれが私の愛だと、雫は伝えたい。

 気休めの言葉でも、傍に居るよと囁いて欲しい。

 偽りだとしても、不変の愛を贈ると誓って欲しい。

 飲み込めない、押し殺せない想いの全てをぶつけたい。

 

 

「いか、なくちゃ」

 

 

 震える足にムチを打ち、心を更に揺さぶり、吐き出す準備を整える。嫌われたくない以上に失いたくない想いのために、雫は自室を去り月野海家に向かう。

 最高最善のエンドロールを迎えるために。

 

 ◇

 

 想いの欠片のセカイから、本当の想いを思い出して、ステージのセカイから帰ってきた湊はKAITOに一言礼を告げると、現実へと戻った。

 できるなら、ゆっくりと時間をとって礼を伝えたかったが、今はそれ以上にやりたいことがあった。会いたい人がいた。

 

 

 夢を教えてくれた人。本当の想いをくれた、大切な人。月野海湊が生涯を持って、与えてもらったもの返さないといけない、大好きな人。日野森雫の下へ、彼は走っていた。

 どこにいるかなんて、言われなくても、探そうとしなくてもわかって、走り続けた。多分、いやきっと、それは願望だった。そこに居て欲しいという、理由にすらならない願い。それでも、湊が走るには十分過ぎる理由だ。

 

 

「……ただいま、雫」

 

「お帰りなさい、みぃちゃん」

 

 

 いつも食卓を囲む月野海家のリビングで、雫は湊を待っていた。真剣な面持ちで、爆発寸前な感情とわがままを突き通す覚悟を持って、待っていた。

 悟られぬよう、震える体を心で突き動かし、雫は最愛の人が逃げないように抱き締める。あの夜の弱々しい力ではなく、離さないために強く、強く抱き締めて言葉を零す。

 

 

「私ね、みぃちゃん。本当は、おじ様の所に行って欲しくないの。先に行って欲しくない」

 

「…………」

 

「酷いわよね。昔からのみぃちゃんの夢だって知ってるのに、こんなこと言って。……でも、嫌なの! わがままでも、ずっとずっと私だけを見て欲しい! 同じ歩幅で、同じ速さで、隣を歩いて欲しい! 居なく、ならないで……!」

 

「いいよ」

 

「……え?」

 

「だから、いいよ」

 

 

 わがままに応えるように、湊は雫を抱き締め返す。あの時とは違う、力だけでない優しさも合わせて、彼女に寄り添う。

 確かに、夢だ。デザイナーは湊にとってかけがえのない夢。けれど、それを教えてくれたのは雫だ。想いだってそう。なら、彼女の願いを裏切って夢へ向かうなんて、湊にできるわけがない。

 

 

 最初から、答えは決まりきっていた。

 まだ時間はある。夢へのチャンスも今回限りではない。だからこそ、湊の選択肢はいつもの如く一つ以外なくなって、『応える』だけだった。

 

 

「夢も想いも、雫が教えてくれたんだ。さっき……やっとそれを思い出せた。だから、俺のこれからは全部雫のために使いたい。貰ったものを、できる限り返してやりたい。辛い思いや苦しい思いをした分、幸せにするから……それでいいか?」

 

「……本当に? 夢は、いいの?」

 

「今はまだ、いいよ。それにほら、アイドルの衣装を作ったってなれば、箔もつくだろ?」

 

 

 そう言った湊の表情は、雫でさえいつぶりか忘れた、屈託のない笑顔だった。純粋な子供や、無垢な少年のように、まるで初めましての頃に見せてくれたような、そんな晴れ晴れとした笑顔。

 無くしてしまったものを取り戻し、回帰した彼の微笑みに、雫は自然と涙した。胸の内から溢れ出す嬉しいが、涙の形をとって瞳から零れていく。

 

 

 突然のことにあわあわとする湊を他所に、彼女は思いっきり泣いて、泣き尽くして、そのあとにようやく微笑んだ。

 誤魔化しも偽りもない笑顔、きっとあの頃から変わらない笑顔を雫は浮かべる。

 

 

「ありがとう、みぃちゃん。大好き」

 

「……俺も好きだよ」

 

 

 二人の間で合図もなしにされた、本音をぶつけあったあとの口付けは、爽やかながらほんのり甘く、愛しい人の温度が伝わってきた。




 顔がいい四コマ「耳かき」

 金曜の夜。学校やレッスン、夕食にお風呂、寝る前の仕事も終えた湊の一週間ぶりの至福の時間。それは、雫による耳かきタイムである。彼女の柔らかい太ももに頭を預け、耳を掻いたり息を吹きかけてゴミを取ってもらう時間は、短いながらも数少ない癒しだ。


「みぃちゃん、痛くない?」

「ん……気持ちいいよ」

「そう、じゃあ続けるわね」


 慣れた手つきで、湊の耳を掃除する雫は親のようで姉のよう。こうして、ゆったりとした時間を過ごしていると、稀に彼はこくりと眠りに落ちる。疲れの溜まった金曜の夜にやるのは、そういう配慮もあってのことだ。
 手間はかかるが、雫にとっては自分に体を預け、運がよければ可愛い寝顔まで見せてくれるのだからwin-winというもの。


 そして、今日も今日とて湊の眠気は濃くなっていき、彼の意識は夢の世界と現実を反復横跳びして、行ったり来たりを繰り返す。


「……ぅ……ぁ……ねむい」

「寝ても大丈夫よ、私がいるから」

「……わかった……おやすみ……雫」

「ふふっ、おやすみなさい、みぃちゃん」


 眠りに落ち、寝顔を晒す湊を眺めながら、適当なところで雫も耳掻きを切り上げ、彼の体をしっかりとベッドに寝かす。そのあとは、寄り添うように横に寝て、彼女も瞼を閉じた。


 余談だが、雫の『みぃちゃんコレクション』は増えたらしい。

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行き先、家族の在り方

 一日投稿が遅れて申し訳ありません。お久しぶりです、私です、しぃです。
 なんとか課題という名の執筆を終わらせて、こちらに取り掛かった次第ですよ。
 色々ありましたが、就活もありまして、週一投稿はギリギリになりそうなので、その時は活動報告かTwitterの方で告知させていただきます。

 もしよろしければフォローして、確認してみてください。
 くだらないことも呟いてたりするので、悪しからず。
 Twitterアカウント⇒ https://mobile.twitter.com/narushi2921

 p.s.
 鳥っ火ーさん☆8評価、ゆきまちさん☆9評価ありがとうございます!
 これからも精進致します!


 想いを掘り返し、歩く道行も決まった翌日。湊は珍しく早起きをして、バイクである場所に向かっていた。昔は良く連れて行ってもらっていた場所──アトリエだ。作り自体は、広々とした空間を演出できる二階建てのコンクリート住宅で、そこらの一軒家となんら変わりがない。

 久しぶりに来た懐かしの場所に思いを馳せながら、少し着崩した制服を纏い、湊は玄関ドアをくぐった。

 

 

 相も変わらず、鍵のかけられていないことにため息を吐く彼だが、それ以上のリアクションを起こすこともなく、リビング兼友香の作業部屋のドアを開く。

 

 

「おはよう、母さん」

 

「あらまぁ、湊の方からこっちに来るなんて……何年ぶりかしら?」

 

「さぁ? 俺も忘れちゃったよ」

 

「そう。時が経つのは早いわねぇ……で? 話に来たんでしょう? 決まったの?」

 

 

 重い雰囲気を出すことなく、あくまで軽い相談事の答えを聞くような様子は、友香の母親としての気遣いか、はたまた同じ道を歩もうとする同士への激励か。その言葉に背中を押されるように、湊もまた一歩踏み出す。

 息苦しかったあの頃には、もう戻らないという決意。

 生き辛かったあの頃には、もう戻りたくないという意思表明。

 

 

 今ある幸せを守り、未来の幸せを作る。未だ灯火程度でしかないが、自分を信じてくれる仲間や、大切な人の行く先を照らす光になりたい。自分の作る服で、笑顔を生み出したい。

 落としてしまった、零れて落ちてしまった自我を拾い上げた湊の願いの一つ

 最優先は雫だが、夢を捨て切ることなんてできやしない。同じ道を隣同士で歩み、その中で夢も育む。

 

 

 取り戻した想いは、湊の心をより素直にさせたのだ。

 

 

「俺は……もう少し、雫と同じ道を行くよ。まだ時間はあるし、チャンスだってこの一回がラストじゃない。心配はあると思うけど見守って欲しいんだ。後悔しない未来を掴んでみせるから」

 

「……わかった。好きになさい。あなたの人生はあなたのもの。それをどう使おうが、自由よ。誰かに命令されても従う義務はない。──ただ、もしどうしようもなくなったら帰って来なさい。なにがあっても、私と誠さんはあなたの親なんだから」

 

「うん。ありがと」

 

 

 人生の責任は自分持ち。

 ギャンブルと何ら変わりはない。

 ただ、一つ違うことがあるとすれば、責任は自分だけにあっても隣で支えてくれる人がいること。友達、恋人、家族。きっと誰かが隣に居る。優しい心を持っていれば、優しくされた誰かが優しくしてくれる。

 そうやって、世界は回っているのだ。

 

 

 だからこそ友香の一言は、居場所は一つじゃないという思いやりで、湊の胸はいつかの日のようにポカポカと温かくなった。

 

 ◇

 

 二階にある誠の作業部屋に入って、約五分程の時間が流れた。整理され、作品がクローゼットに仕舞われていた友香の作業部屋と違い、誠の部屋は基本的に作品を出しっぱなしにしてあり、いつでも参考例を引き出せる状態。

 だがしかし、それと湊の存在に気付いていないのには、関係はない。誠の座る作業机から入口のドアには、特に大きな障害物はない。お陰で、視界が遮られることもない。

 

 

 純粋に、誠が集中しているから気付いていないだけなのである。酷いと思う人はいるだろうが、湊はそのことに怒るつもりは毛頭なく、そっと理想の背中を眺めていた。

 走っても走っても届かないと諦めていた背中。

 けど、それは幻で、こんなにも近くでゆっくりと歩いている。

 

 

 芸術家の成長曲線は一定じゃない。ある時、急に伸びたかと思えば失速するし、ゆるゆるとじっくり伸びていくパターンもある。誠ももう四十を過ぎた。湊が幼い頃より、成長のスピードは衰え、今では歩いているのと変わらないペース。

 けれど、確実に進んでいる。

 声をかけない間に、一歩、また一歩と差を広げられている。

 

 

 いつか、追い抜かせる日が来るのか。

 その時、誠がどんな表情を見せるのか。

 もう一度、果てしない道を歩き始めようとする湊の、数少ない楽しみの一つがそれだった。

 

 

 彼女の──雫の幸せを最優先事項に設定し、その上で夢も諦めない二足草鞋を履く生活。難しい道だ。牛歩のようなスピードで、誠に迫っていく苦しい戦いになる。それでも、湊はそれが楽しみだった。

 自分のやりたいことを、やりたいようにやる。

 最大限のパフォーマンスを絶やさず、最高のものを作り上げ続ける。

 

 

 辞書から失敗の文字は黒で塗り潰して、成功の文字にマーカーを引く。後悔という名の失敗は二度と繰り返さない意思表示。

 

 

「……ふぅ」

 

「一息ついた?」

 

「ん? あぁ、湊か。すまない。集中してしまっていた。待ったかい?」

 

「少しね」

 

「……なら、いい。予定より早いが、来たのなら答えを聞こう。月野海湊、お前はどうしたい?」

 

 

 息子としての湊。

 同士であり弟子としての湊。

 どちらにも問いかけるような言葉選び。

 問われた側の湊は、ゆっくりと深呼吸をして、話し始める。憧れ、破れ、それでも目指そうとして理想の話を。

 

 

「父さんは、俺の理想だった。最初の想いは違ったけど、憧れたのは違ってなくて、ただただ追いかけてた。一度は諦めて、捨てちゃった目標だけど、大切な人たちのお陰で立ち直って歩き出すことができたんだ。今は、それを返していきたい。だから──」

 

「手伝いはできない、か」

 

「うん。……怒ってる?」

 

「いいや。嬉しいよ。お前が自分の道を、誰にも縛られず、自分で決めてくれて。やっぱり、湊は私たちの自慢の息子だ」

 

 

 初めて聞いたその言葉に、俯き気味だった顔を湊が上げると、記憶にない父親の微笑みがそこにあった。少年のようにあどけなくて、清々しいほどに晴れた表情。そんな微笑みをもらしながら、誠はまたあの時のように湊の頭をポンポンと撫でた。

 グッと込み上げてくる涙を必死に堪え、湊は拳を握りしめる。

 本当に何気ない、けれど一番言われたかった言葉。

 

 

 不器用で、どこか気難しい父親の誠が、笑って自慢だと言ってくれた。ただ、それだけで止めどなく感情が溢れてきて、決壊ギリギリの涙腺にヒビを入れる。一雫、流れ落ちる涙を誠は指でそっと拭き取り、また問いかけた。

 

 

「今の生活は楽しいか?」

 

「……っ、あぁ、楽しいよ。すごく」

 

 

 久方ぶりに見る息子の制服姿に、誠は一言、どこか父親らしい言葉を言った。湊もそれに答えるように、どこか不器用な返事をした。

 きっと、この世界にありふれていて、どこにもないような、少しだけ普通ではない家族の在り方がそこにあったのだ。

 




 顔がいい四コマ「家族ご飯」

 日野森家の両親は家を空けることも多々ある。勿論、時期の差はあれど、週に一度から十日に一度くらいのペースで、家を空ける。
 その為か、成長しても、湊と日野森姉妹が揃って食卓を共にすることは少なくない。寧ろ、普通の家庭に比べたら多いくらいだろう。


 この場合の普通の定義が、どこら辺かはわからないが。


「湊にい、醤油」

「はいよ」

「ありがと。……お姉ちゃんは、醤油いる?」

「ううん、大丈夫よ」

「ん、わかった」


 今日の夕食のメインは焼き鮭。料理をする雫は基本薄味が好みなので、最低限の調味料で味を整え、あとは個々人の自由に味を変える。
 副菜にはきんぴらごほうにほうれん草のおひたし、あとは沢庵。寒くなってきたからか、汁物はかぼちゃの味噌汁だ。
 The和食の雰囲気を味わいながら、三人は食卓を囲む。
 大きく会話が弾むことはなく、雫の話に志歩と湊が相槌を打ったり、そこから話を発展させた湊の話に雫と志歩が相槌を打ったり。


 静かに、穏やかに時間が流れていく。
 数年間続けられたこの雰囲気も、今では気になることはなく。司や、彼の妹の咲希が居れば空気は変わるだろうが、それはまた別物。


 家族とも、家族じゃないとも言い切れない、微妙な塩梅のテーブル。
 今日も今日とて、箸が食器に当たる音が、リビングに響いた。
 
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お終いして、また始まり

 先週は投稿日が遅れたので、ギリギリ一週間ぶりじゃない私です、しぃです。自業自得で忙しい日々を送っていますが、私は生きてます。
 という訳で、今回でオリイベも最終話となりますので、どうかごゆっくりお楽しみください!


 調子を取り戻した湊がまた練習に参加するようになって、三日もの時が過ぎた。

 屋上の変わらぬ風景に一種の落ち着きさえ感じるようになった頃、今後の『MORE MORE JUMP!』のアイドル活動のために、ミーティングが行われることになったのだ。

 もっとも、ミーティングと呼べるほどしっかりとした話し合いの場ではなく、交流を深める雑談会のようなものだったが、彼はそれに向けて一仕事こなしている。

 

 

 一仕事の内容は勿論、服のデザイン。

 グッズとしての販売も見越した、練習着のシャツを考え、描いていた。お世辞にもセンスがいいとは言い難いみのりの練習着を見てから、いつかはやらなくちゃいけない事だと悩んでいた湊からしたら、タイミングが良かったと言える。

 今後の道筋は決まり、隣には雫がいるが、最初の一歩は必ず自分の足で踏み出さなければいけない。そういう意味でも、報告を兼ねた仕事。

 

 

 デザインはシンプルかつ、アイドルらしい可愛さがあり、『MORE MORE JUMP!』のものだと一目でわかるものに仕上げなければいけない。荷が重い初仕事だが、彼からしたらこれくらいが丁度いい。

 未来の仕事ではいつだって真剣勝負。失敗は信頼の喪失。

 夢だと、目標だと、叶えてみせると啖呵を切ったなら、やってみせなければ意味がない。

 

 

「……もうひと頑張り、するか」

 

 

 始まりの一歩は踏み出したばかり。

 足を止めるのは、もう少し先のお話だ。

 

 ◇

 

 少し早めに練習を切り上げた夕暮れの屋上で、五人は座って休憩を取りながら、他愛ない話に花を咲かせつつ、次回が初めてになる生配信の準備を進めていた。紹介でもあり若干の炎上も危惧される初配信。

 芸能界から突如姿を消したアイドルが二人、時間が経ったとはいえ色々な問題を抱えて業界を去ったアイドルが一人、そして研修生ですらない新人が一人の体制はSNSが全盛期を迎えているこの時代において、火種になりやすい。

 

 

 だからこそ、できるだけスムーズに、配信が終わらせ次回への繋ぎを作れるよう努めるのがサポーターの位置に経つ湊の役目。

 色々な対策を取り、事故が起こらないように細心の注意を払う旨を伝えつつ、彼は睡眠時間を削って仕上げた練習着のデザインを四人に向けて発表した。

 

 

「グッズ販売も考慮して、派手さは考えずシンプルさを意識して作ったんだけど……どう思う? 率直な感想が欲しい」

 

「か、かわいい! 文字の感じも、三つ葉のクローバーもすっごぐいい!」

 

「みのりの言う通りだね。シンプルに纏まってるし……悪くないと思いますよ?」

 

「えぇ、これなら練習着としても着れるし、グッズとしての需要もあるんじゃないかしら?」

 

「ふふっ、流石はみぃちゃんね♪」

 

「……そっか、ならよかったよ」

 

 

 どんな回答が返ってくるかわからなかった分、安堵した湊は、微笑みを浮かべつつも息を吐いた。自信のなさは健在で、きっと消えていくのには時間がかかるだろう。

 けれど、心配するほどの危うさはもう彼にはなく。

 一人で立ち上がるのが困難と言える弱さは、鳴りを潜めた。

 

 

 これからはずっと、過去の自分と現在の自分の狭間で葛藤しながらも、月野海湊は歩んでいくことになる。何度も転んで、その度に立ち上がって、進んでいくことになるだろう。

 残った弱さと取り戻した強さを糧に、隣で支え合う彼女の存在に励まされながら、後悔しないよう自分の描く未来をなぞる毎日。

 

 

 不安定で不確定、そんな先の先を見通せない中で、たった一つわかることがあるとすれば──湊はもう二度と諦めないということだけだ。

 

 ◇

 

 文化祭のあの日のあと、直接言えなかったお礼を言おうとステージのセカイを訪れると、いつかと同じくKAITOは来てくれた観客に向けて歌と希望を届けていた。

 憧れがなくなったと言えば嘘になる。

 表現者ではなく、想像者としての答えを出した彼からしたら、見てるだけでも目に毒な輝かしい舞台。

 

 

 近付くのを躊躇って、観客席でその輝きに酔っていると、一瞬目が合った。舞台の上のKAITOと湊の視線が、ほんの一瞬重なった。何度もステージで歌い、踊る彼らアイドルを見てる湊からしたら、目が合うのなんて偶然だ。

 なんら意味があるわけではない。

 熱烈なファンならファンサと思うだろうが、湊はそうは思わなかった。冷めてるからか、はたまた雫で慣れてしまったからか。

 

 

 ライブが終わるその時を彼が待っていると、眩しい目の前の輝きが、明らかに自分に向かって手を伸ばしてきた。

 

 

「KAITO……?」

 

「歌おう、湊くん!」

 

 

 自然と足が動いた。

 想いのままに歌っていたKAITOに手を引かれ、眺めていただけの輝ける場所に連れていかれる。

 ステージから見下ろす景色は、紅葉化粧をした一面赤茶のペンライトで埋まり、いつの間にか服装さえも変わっていた。みんなの想いから生まれた歌、『アイドル親鋭隊』を歌った時とは違う衣装。

 

 

 過去も現在も未来もごちゃ混ぜにしたような、中途半端な灰色のスーツ。大人と子供の狭間である彼が着るにはどこか不格好で、それでも不思議としっくりくる。湊がそんな自分の姿に驚いていると、隣のステージで見学をしていた雫たちがやってくる。

 そして、彼女たちも二人が並ぶステージに立つと、灰色のスーツへとその衣装を変える。しかし、四人のスーツは灰色ながらも自分たちのイメージカラーが足され、柔らかい印象を与えるものになっていた。

 

 

「あ、あれ? す、スーツになってる!?」

 

「セカイってなんでもありなのかしら……」

 

「けど、案外着心地が良いかも。ピシッと背筋が伸びる感じがするし」

 

「ふふっ♪ みんなとっても似合ってるわ!」

 

「……KAITOが呼んだのか?」

 

「さぁ、どうだろうね? そもそも、最初に僕を呼んだのは君じゃないかい?」

 

 

 求めたから現れた、そういうようにKAITOは不敵に笑い、次の瞬間にはスピーカーから音楽流れ始めた。聞いたことのないイントロ、けれど自然と歌詞が頭に浮かび、口ずさんでいく。

 繋がりの歌、繋がろうとした歌。

 軌跡の先にある、見知らぬ誰かの幸せを歌い、教えてくれたことに感謝する。

 

 

 本当に、本当に遠回しなありがとう。

 恥ずかしくて、完璧に言葉にはできない想いを歌が代弁する。

 決別ではなく、繋がった。繋がったからこそ向かい合い、前へと行ける。

 

 

 夢を夢で終わらせないための幕切り。

 目標を達成するための新たな幕開け。

 つまらない人生にさよならをして、港から船を出す。

 

 

 終着点は、まだまだ遠い。




 顔がいい四コマ「眠る君を見つめて」

 なんとなく、その日の湊は目覚めがよかった。朝日がカーテンから零れる前に、ふっと体が起きて意識が覚醒する。
 いつもならもう隣に居ないか、自分の寝顔を見つめている雫はまだ隣で可愛らしい寝息を立てていて、夢の中で遊んでいる。


 珍しい、と自分でも思えるほど寝起きの機嫌がよく、なにかしようかとベッドから体を出そうとすると弱々しい力でキュッと寝間着の袖を掴まれた。まるで、行かないでと言うよなことをするのは、言わずもがな雫である。
 幸せそうな寝顔は、改めて見ても本当に綺麗で。腕に自信のある絵描きに任せても再現できないだろうと思えるほど、ただただ美しい。


 そんな彼女が、キュッと袖を掴む光景は湊の意識や視線を釘付けにして、ベッドの中に引きずり込む。少しずつ、少しずつ、瞼が落ちていき、最後まで大好きな人の顔をよく見たいが為に、湊は抱き寄せた。
 ふわりと香るシャンプーの甘い匂いと、腹の辺りに当たる柔らかい感触もなんのその。変わらぬ寝顔を焼き付けて、瞼を閉じる。


 その後、朝起きた雫が顔を真っ赤にして、声にならない悲鳴を上げるのは仕方のないことだった。

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 使われた楽曲『Connecting』


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幕間「もう戻れないとは嘆かない」

 お待たせしました、一週間ぶりの投稿です、しぃです。
 一応、生きていますが、本格的に忙しくなってくるのはここからなので、更新は不定期になると思います。
 もっとも、週一更新は止めないよう努力しますが、最悪二週に一回の更新になるかもしれません。


 楽しみにしている人には申し訳ないですが、温かい目で見守っていただけると幸いです。


 思い出して記憶に新しい、過去の出来事。

 同年代の四人で集まり、それぞれが好き勝手己を主張しあった喧騒に溢れた日々の数々。誰もが夢を見て、夢を語っていた、泡沫の夢のような優しい時間。

 そこには、未来への不安や絶望なんて暗い言葉はなくて、全部が明るく温かさに満ちていた。

 

 

 月野海湊も、日野森雫も、天馬司も、東雲絵名も。

 今とは違う関係で、今とは違う感情をお互いに向けていた。これはそんな短い湊の回想の話。

 傷つけた少女に謝りに行く前に見た、もう戻るのは難しいし置いてきてしまった過去のお話。

 

 ◇

 

 小学校の卒業式も終え、中学の入学式が始まる前までの空白期間──もとい春休み。宿題をさっさと済ませた湊は一人、暇を持て余していた。遊ぶ予定もなければ、出かける予定もなし。両親はアトリエで納期に追われている。

 気を紛らわすために、中学生になった雫に似合う服でもデザインしようかと、リビングのソファから腰を上げようとしたその時。突然玄関ドアが開かれ、絵名がまるで自分の家かのように堂々とした態度でリビングに入ってきた。

 

 

「あれ? あんた一人なの? 雫は?」 

 

「……いないよ。呼ぶ気もなかったし、今日は一人でゆっくりする予定だった」

 

「はぁ〜? どうせ、宿題終わらせて暇だったからぼーっとしてただけでしょ? ほら、早く雫呼んできてよ。絵のモデル、頼もうと思ってたんだから」

 

 

 シッシと手を払い追い出された湊は、喉まででかかったため息をなんとか飲み込み、家を出た。春にしては眩しいくらいの太陽に苛立ちを覚えつつも、すぐ隣にある日野森家に一歩踏み出そうとすると、後ろから聞き慣れた声がかけられた。

 元気ハツラツ、はーはっはっはと高笑いを上げながら挨拶をしてくる人間を、湊は一人しか知らない。隠さないでもわかるだろう、司である。

 

 

「はーはっはっは! 素晴らしい朝だな、湊!」

 

「……そうだな」

 

「むむっ。やけにテンションが低いな。何かあったか?」

 

「別に、なにもないよ。……あー、家にはもう絵名がいるから、テキトーに相手しててくれ。すぐに雫も連れてく」

 

「そうかそうか! 絵名も来ているのか! それでは、まずオレ考案の最新版ポーズでモデルになってやろうじゃないか!」

 

「がんばってくれー」

 

 

 明らかに面倒臭くなる気配しかしないが、湊は気にしない。というより、一人の時間を邪魔された仕返しのようなものだった。

 もっとも、絵名の機嫌が悪くなることは確定だが、雫を連れて行けば万事解決。押し付けるようで悪いが、湊は四人がいることによって生まれる喧騒が嫌いではなかった。

 

 

 いや、寧ろ好きだった。

 一人の時間を求める彼ではあるが、それはあくまで慣れているから。幼い頃から短くない時間、湊は一人だった。両親は彼を愛してはいたが、中々時間を作れず、家が隣の幼馴染みである雫や志歩の方がよっぽど長い時を過ごしていた。

 だからだろうか、湊はそこまで一人に寂しさを感じていない……と思っていた。無論、無意識の内に繋がりを求めていたからこそ、四人で過ごすのが好きだったのだが──湊は他者に鋭い反面、自分の深い部分には鈍感で、心の奥底にある感情はわからなかったのだ。

 

 

「……一応、いるか」

 

 

 念の為、雫の自転車があることを確認してからボタンを押すと、湊は何も言わず数秒待つ。本来なら声をかけて反応を伺うべきだが、彼はそんなことしなくてもいいことを、最初からわかってる。

 何故なら──雫はそんなことをしなくても、返事もなしに走ってくるからだ。

 

 

「お待たせ、みぃちゃん! 今日はなんの用かしら♪」

 

「絵名と司が家に来てるんだ。俺一人だと色々面倒だし、一緒に来てくれないか?」

 

「もう、一緒に遊ぼって言ってくれないの?」

 

「……四人で、遊ぼう」

 

「ええ、勿論!」

 

 

 いつも、いつでも、湊は雫に勝てない。

 

 ◇

 

 絵名の要望によるポージングごっこ、ならぬデッサンタイムは終了し、パーティゲームで遊んでいると。不意に、司が呟いた。

 

 

「……咲希とも一緒にやれたらいいんだがな」

 

「まぁ、しょうがないんじゃない? 病院でうるさくしても怒られるだけだし」

 

「でも、そうね。一緒になにか楽しむものがあればいいけど……」

 

「なら、作ればいいだろ。紙芝居だって作ったんだ。人生ゲームくらい、お前なら簡単だろ?」

 

 

 別になんでもないように、湊は呆気らかんと言ってのける。

 実際その通りだった。いつかの花見の時、司は自作の紙芝居を作って持ってきて披露したが、それはその場の全員が笑顔になれるものだった。

 細々としたイベントを作るのは難しいかもしれないが、司なら常識に囚われないヘンテコな人生ゲームを作ることなど難しいことではない。

 

 

 加えて──

 

 

「それに、お前一人じゃ難しいなら、手伝うよ。俺も雫も、勿論絵名もな」

 

「はぁっ? ちょっと、聞いてないんですけど!?」

 

「ふふっ、いいじゃない! すごく楽しそう」

 

「……よーし! やるぞ! オレはやってみせる!」

 

 

 こうして、楽しい時間は流れていった。

 絵名が転がして、司が抱えて、雫が支え、湊が押し上げる。本当になんでもないことを、全力で駆け抜けて呆れつつも笑った。

 かけがえのないもの、かけがえのない時間。

 一人のズレが、壊してねじ切ってしまった、取り返しのつかない淡い夢。

 

 

 無邪気にはもう戻れない。

 そして、時間は巻戻り、現在に。

 

 ◇

 

 あの日と同じ喫茶店に、あの日とは違い二人だけで、湊と絵名は会っていた。積もりに積もった話は腐るほどあって、数えてたら終わらないことなんてわかっている。けれど、湊は中々話題を切り出せず、静かな停滞を起こしていた。

 されど、時間は有限。無限ではない。

 無駄にすることは許されないもので、痺れを切らした絵名が重い口を開いた。

 

 

「で? 呼び出したわけはなに?」

 

「その……この前のこと、謝りたくて」

 

「……この前って……あぁ。別にいいわよ。私も言い過ぎたし、それに……謝りに来たってことは決まったんでしょ?」

 

 

 どうしてか少しだけ自慢げに絵名はそう言って、湊もこくりと頷いて、続きを話していく。

 誘いを断ったこと。

 雫と並んで歩む道を選んだこと。

 そして、また夢を追うと決めたこと。

 

 

 一頻り話終わると会話は消えて、もう一度静かになる。

 他愛ない話に花を咲かせる気軽さはそこにはなくて、重い話が終わって軽くなった心だけが置かれている。

 最高の相棒になる可能性は、今はなくて、未来にしかなくて。

 でも、関係が終わらないことだけはわかっている。

 

 

「もし、さ。私がまた服を作って欲しいって言ったら、あんたは──湊は作ってくれる?」

 

「作るよ。お前が望むなら、何着でも」

 

「……ばか」

 

 

 償いというには温かく。

 友情というには少し重い。

 その答えを聞いた絵名は、昔の気の迷いを思い出し、誤魔化すように微笑んだ。

 

 

 割れた皿が元に戻らないのと同じで、びび割れて崩れた関係は、簡単には修復できない。修復できたとしても、同じ関係には戻れない。

 だが、戻らないだけで、新しい関係を築けないわけじゃない。

 関わりを持つ心を捨てない限り、いつか、また、昔のように笑うことができる。

 

 

 遥か遠い、未来の話だとしても。




 顔がいい四コマ「ハロウィンのお化け」

 十月三十一日の夜。ハロウィンナイト放送と題した仮装姿の生配信も無事に終了し、『MORE MORE JUMP!』のメンツも雫を除いて家に帰った頃。湊は最愛の彼女に追い詰められていた。
 お菓子を持っていなかったーー正確には、配り終わってもう持っていなかった所を襲われた。単純な話である。


 もっとも、雫には朝から散々トリックオアトリートされて、お菓子の数を着々と減らされていたのだが、ここにきてようやく彼の所持菓子は尽きた。


「トリックオアトリート♪」

「……ないの知っててやってるだろ?」

「えぇ」


 魔女の仮装と称して、とんがり帽に黒のローブを着た雫はカワイイと言うより綺麗が似合う格好で、一度目が合ってしまえば逃げられない。仕事中はなんとか気を逸らしていたが、それも限界。
 ソファに押し倒された湊は、いつもと違う香水の匂いに酔っていく。甘い甘いその匂いは、彼の思考を溶かしていき、瞳に映る雫をより色っぽく魅せる。


 そして、極めつけは小悪魔のような微笑み。妖艶さと幼さを両立させながら、ゾクゾクと相手の心を揺さぶる表情。
 ローブのポケットからそっとアメを出すその仕草でさえ、ズプズプと思考を沼に落としていく。


「それ……なんだ?」

「このアメはね、みぃちゃん専用のあまーいアメなの。食べて、くれるよね?」

「断っていいのか?」

「嘘。みぃちゃんは絶対断らない。だって、私が食べさせるから」


 持っていたアメを先に自分の口に含ませた雫が、ゆっくりと唇を近付けさせる。力の差は明白だ。湊はやろうと思えば、拒むことだってできる。しかし、彼は拒まない。拒めない。
 やがて、唇は重なり、アメは湊の口の中で転がっていく。
 舌と舌が触れ合う感覚は新鮮で、記憶に刻まれるが、それよりより強い熱が湊を襲う。


 体の芯から燃えるような熱は、身を焦がし理性を溶かしていく。
 最後に微かに聞こえた声はーー


「まだまだ、イタズラは終わらないからね……湊」

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Color of Myself!
理想と現実のギャップ


 お久しぶりです、おまたせしましたと、二週間ぶりの私です、しぃです。
 先週は用事がありまして投稿できませんでしたが、今週は間に合いました。今後も投稿が危うくなってくる可能性もありますので、もしまたなにかありましたら、活動報告を書かせていただきます。

 それでは、長い話はここまでに。
 キーイベである、『Color of Myself!』始まります!


 固定化されたイメージ、というものがある。

 簡単には変えられず、それが本当の自分ではない場合、擦り切れたり乖離していくことに恐怖を覚える、厄介なもの。

 多くの人間は、固定化されたイメージに注目する。そして、それ以外を受け入れるのは難しい。何故なら、それはもう彼ら彼女らの中では統一されたものだからだ。

 

 

 新しく違う一面を教えられたところで、困惑し、そんなのは違うと否定してしまう。しょうがないことだと割り切れるなら、それでいい。だが、悲しいかな、アイドルという職業はそうもいかない。

 酷い言い方をすれば、イメージは自分という商品を売るのに大切だ。

 それが崩れただけでも、人は離れたりする。積み上げて信頼が呆気なく崩れるのと同じで、イメージも些細なことで簡単には変わってしまう。

 

 

 変化を恐れる雫が、舞台の上の自分と普段の自分を分けて使ってるのも、イメージの問題だ。彼女は、よく言えばおっとりしていて朗らかだが、どこか抜けていて危なっかしい。綺麗で、なんでも完璧にこなしてしまえそうな外見からは、あまり想像がつかない中身なのだ。

 

 

 だからこそ、『Cheerful*Days』は外見に沿った中身になるようフォローし理想のアイドル像である、『センターの日野森雫』を作り上げた。完璧に踊り、歌い、儚さとミステリアスな雰囲気を漂わせた、高嶺の花のような美少女。

 けれど、それは時間が経つにつれ、雫にとっての重石になった。

 現実と乖離していく理想。

 完璧を求められ、答え続けなければいけない不安。

 

 

 楽しくて、愛おしい時間が続き過ぎで少しだけ忘れかけていた心配事が、『MORE MORE JUMP!』の初配信が迫ったことで、思い出される。

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 

 少し汗ばむ程度の軽い運動。気分を変えるためのストレッチ。どれもイマイチ効果を感じられなくて、悩む。

 相談すれば楽になることなんてわかってるはずなのに、支え合って行こうと決めたはずなのに、負担を増やしたくないと大切な人を避けてしまう。

 夢を先延ばしにさせて、あとに送って、今を一緒に居られるようにした。湊は後悔なんてこれっぽっちもしてないが、雫は彼の全てなんてわからない。

 

 

 温かい想いも、優しい気持ちも、心に深く溶けて残っている。それでも、持たせ過ぎてると雫はわかっている。走り始めようとする自分たちの負担の多くを、湊は背負っている。

 レッスンメニューの作成やスケジュールの調整、配信のための学校との話し合いに台本やカンペの作成、衣装やメイクのチェック。

 

 

 できる範囲でみんなカバーに回っているが、彼は雫たちをアイドル活動に集中させるために、大部分を自分一人で片付けている。経験の浅い部分は遥や愛莉が補っている状態。

 

 

「私は……なにもできてない……」

 

 

 そんなことはない。彼女の私生活での献身的なサポートや、癒しがなければ、湊は激務に倒れている。それがないのは、紛れもなく雫のお陰だ。

 良くも悪くも、日野森雫は自分を過小評価し謙遜していた。

 もしかしたら、それは──ずっと隣に居たなんでも器用にこなしてしまう、幼馴染みの影響だったのかもしれない。

 

 ◇

 

「……く……ずく……雫!」

 

「っ……なぁに、みぃちゃん?」

 

「本番もうすぐだけど、平気か?」

 

「えぇ、大丈夫。みぃちゃんにはみぃちゃんの仕事があるんだから、そっちに集中してちょうだい」

 

「……あぁ」

 

 

 上の空、とはいかないが、四人の中で明らかに纏う空気が違う雫を見て、湊が違和感を覚えないのは無理な話だった。

 もっとも、みのりや遥、愛莉も普段とは違う雰囲気ではあるが、雫は頭一つ抜けて真剣だった。心配しないなんて、彼にはできない。

 

 

 その後、配信が始まったあとも、湊は四人全員やコメントを見ながらも、雫を注視していた。

 初配信の荒れ具合は、想定の範囲内。話し合いを重ねた結果の生配信。編集したものでもいいが、生でやってこそ自分たちの想いを届けられると、全員で答えを出した。その結果は、悪くはないものだ。

 

 

 勿論、全部が全部いいわけじゃない。

 新参者のみのりにあまりいい目は向かないし、「誰この子?」と言われる始末。なんとかフォローを入れるも、アイドルを辞めた理由の憶測は飛び交う。それでも、それでも遥に雫、愛莉は今度こそこの四人で走り切ると言い切った。

 

 

 初の生配信。スタートダッシュとして悪くないものだった。ファンからの生の言葉は、ある意味刺激になったし、『MORE MORE JUMP!』にそのやり方が合ってることもわかった。

 

 

「……配信、お疲れ様。少し危なかったけど、悪くない出だしだったんじゃないか?」

 

「そうですね。あとは、この後の出方次第ってことになりますし……」

 

「なら、放課後は、セカイで今後の配信内容とか動きについて話し合いましょう? 湊も、そっちの方が移動も少なくて楽でしょうし」

 

「あぁ、助かるよ。……みのりは大丈夫か?」

 

「ひゃ、ひゃい! 大丈夫でしゅ!」

 

「ふふっ、落ち着いて、みのりちゃん。これから慣れていけばいいんだから、ね?」

 

「う、うん……ありがとう、雫ちゃん」

 

「どういたしまして♪」

 

 

 さっきまであった違和感はどこかに消えて、今、湊の目の前にいるのはいつも通りの雫。変わらない、変化などどこにもない。それが少し、彼は怖かった。

 

 ◇

 

 放課後。一足先にステージのセカイにやってきていた湊が目にしたのは、ピンクの照明が照らすステージで、ライブか何かのリハーサルをするミクとリンたちだった。何をしてるのか、それを聞こうと歩いて向かっていると、後ろから誰かに視界を塞がれた。

 ほんのり温かくて、柔らかい感触。甘い匂いは、どこか彼女に似ていて、咄嗟に名前が口から出ていく。

 

 

「雫……?」

 

「ふふっ、残念。私よ、湊くん?」

 

「っ!」

 

 

 どこか聞き覚えのある声。

 人間のように自然だけど、作られた音の声。すぐさま振り返り、正面に向けば、彼女が誰かすぐにわかった。枝毛一つない桜色の長い髪を下ろし、大人のような妖艶さと、未だに子供のような小悪魔っぽい笑顔を浮かべていたのは、四人目のバーチャルシンガー・巡音ルカ。ミクやリン、KAITOのようなアイドル衣装を身に纏った彼女が、そこにいた。

 

 

 驚く湊を他所に、ルカはクスクスと笑って、彼を見定める。セカイの想いの持ち主である湊がどんな人物なのか、人伝の話ではなく自分の瞳で確かめる。

 

 

「ルカ……?」

 

「強そうに見えて弱い、弱そうに見えて強い。面白いのね、湊くんは」

 

「ど、どうも?」

 

「ごめんなさいね。あなたのことは、自分で直接確かめたかったの。根っからの善人ね、あなた」

 

 

 ミステリアスで、全てを見透かしたような言い草で、ルカはスタスタとミクたちの方に去っていく。吹き通る風のようでも、辺りを散らす嵐のようでもある彼女が現れた理由を、湊はまだ知らない。




 顔がいい四コマ「マーキング」

 月野海湊は知っている。偶に、自分の首筋あたりに痕が付けられてマーキングされてることを。しかし、それに対しての彼の反応──もとい、感情は複雑だ。
 独占欲を持たれるくらいには好かれてると浮かれればいいのか。はたまた、自分の愛情表現の幅が少ないと嘆けばいいのか。
 悩むことも多く、それ故に夜も中々寝付けなかったりする始末。


 どこかで区切りをつけるべきだと考えては放り捨てて、眠る彼女の横顔を見つめる日も少なくない。無防備に寝ている彼女に少しだけ痕を付けてみたいと欲が出るのは、健全な男子高校生なら不思議ではなかった。
 ちょっとだけ、一回だけ。
 吸い込まれるように体が動き、彼女がよくやるように、歯を立てた。


 血が出ない程度に力を抑えて、それでも痕が残るように吸ってみる。
 鼻から通っていく甘い匂いが、我を忘れさせて、雫の声が漏れるまでその行為は続いた。


「んっ……」

「……!」


 パッと離れて、マーキングした場所を確認すると、そこにはくっきりと痕が残っていて、知らない感情が胸に溢れていく。アイドルである彼女を傷付けたことへの背徳感、自分のものだと主張する痕に対しての充足感。そして、留まりを知らない幸福感。
 熱にでも魘されてるんじゃないかと思うほど、自分が自分ではなくなっていって、酔いに流されるまま、雫の耳元で囁いた。


「お前のこと、絶対、離さないから」

「っ〜〜〜!!」


 暗いから見えない、そう言わんばかりに、赤く染る彼女の頬や耳を知らんぷりして、湊は布団を被る。
 次の日の夜は二個も痕を付けられた湊だった。

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間違えて、擦れ違って

 久しぶりの本編投稿ですね、私です、しぃです。
 本当に、本っ当にお待たせしました!!
 諸事情があったとはいえ、楽しみにしてくれている人には申し訳ないとしか言えません。

 今週から本編更新を続けて、終わりまで持って行くつもりなので、もう少しお付き合いお願いいたします!

 それでは、本編をごゆっくりどうぞ!

 ※今回は試験的にある機能を使わせてもらってます。見にくいようならご連絡お願いします。


 セカイで決まった今後の方針。

 普段は見られないようなオフショット。ありのままの姿を見てもらう、そんな配信。最初はダンス練習や歌の練習の様子と、トークで場を繋ぐ形でやることが決まった。

 みんな、ファンが喜んでくれるために真剣だったから、ネガティブな意見が出るのも仕方がない。湊だってありのままを見せるが故の不安はある。

 

 

 問題なのは、雫が一番最初にその意見を否定──までとはいかないが、検討した方がいいと言ったこと。朝から違和感はあったのだ。彼だって、それくらい気付いている。ただ、返された大丈夫のその先に進もうとしなかった。

 それが最悪の一歩目。

 

 ◇

 

 完璧なアイドルである日野森雫を演じ切る。

 それができればいい、それさえできればなにも心配はいらない。

 みんなに迷惑をかけない為に、そうであらなければいけない。

 自分の所為で活動の幅を狭めたくない。

 

 

 目が回りそうになる現実には慣れたから、きっと大丈夫。なんとか乗り切れる。吐き出しそうになる弱音を飲み込んで、あくまで湊の前ではいつも通りに。

 

 

「……あっ」

 

 

 雫のその甘い考えは呆気なく砕けて、折角作ったハンバーグは丸焦げ。あとちょっと発火するところまでいっていた。

 どうしよう。どう誤魔化そう。演じなくちゃ。彼にこれ以上、重荷を背負わせたくないんだから。でも、ここからどうすれば。

 ぐるぐると、頭の中を気持ちの悪い感覚が駆け巡り、彼女がよろけそうになった所に湊はさっと現れて肩を支えた。

 

 

「雫!? 怪我してないか? 平気か?」

 

「ご、ごめんなさい! ハンバーグ、作ってたんだけど……少しぼーっとしちゃって。まだ残りがあるから──」

 

「もういいよ。今日は初配信で疲れただろ? あとは俺がやるから、休んでてくれ」

 

「で、でもそれはみぃちゃんも……」

 

 

 申し訳なさそうな表情を見せる雫の頭を優しく撫でて、湊は「大丈夫」と微笑みを向ける。確かに疲れは彼にだってある。それでも、今は目の前に居る彼女の方が心配だから、ちょっとやそっとの疲労には目を瞑れる。大切故に心配なのだ。

 納得したのか諦めたのか、雫は大人しく頷き、リビングに戻ってソファに腰かける。それを見届けてから、湊は残りのタネを焼き始めた。どこか歪で、不揃いなタネは心が揺れている現在の彼女を表しているようで、彼の胸をキュッと締め付ける。

 

 

 何かが雫を追い詰めている。わかることは、たったそれだけ。

 支える立場に居るのだから、何かしてあげるべきだと思っても、肝心の原因がわからない。

 日野森雫に対する理解の深さが足枷になって、気付けないのだ。誰よりも彼女に敏感である彼は、時に鈍感になる。理解──愛の深さが盲点を生む。周りとの差が違い過ぎた、原因はそういう防ぎようのないものだった。

 善い意味でも、悪い意味でも、理解や愛の差は穴を作る。何故なら、それがあるだけで相手を見る視線が百八十度変わってしまうから。

 

 

 月野海湊は、『完璧なアイドルとしての日野森雫』と『ありのままの日野森雫』を同一のものだと考えている。数年間の努力で積み上げた偶像と十六年間生きた軌跡は、比べてはいけないし、どちらも雫だと認識している。

 それこそが、違い。雫本人との決定的な溝。

 変化を、変わるものを恐れ、ファンの気持ちをわかってしまう。彼女だからこその欠点。雫の中で、『完璧なアイドルとしての日野森雫』と『ありのままの日野森雫』はキッパリ分かれてしまった。

 

 

 そうして、気付けないまま、すれ違ったまま時間だけが過ぎていく。

 

 ◇

 

 午前一時、別の言い方をすれば二十五時。

 ベッドで雫が眠りに就いたのを確認したあと、湊は一人、できうる限りの策を考えた。

 以前までに考えていた炎上対策から派生させて、色々な事件を調べ。起こりそうな問題をピックアップし、大まかな分類に合わせてリスト化。何時、どこで、誰が、何をしても対応できるよう、細かい作業を積み上げる。

 

 

 自分の身体は二の次三の次。

 顔の売れている三人が居る以上、出だしが肝心なことなんて湊もわかってる。現状は綱渡りだ。一歩のミスがその後の活動に響かないとも限らない。

 しかし、逆を言えば出だしさえ間違えなければ、元のファンが盛り上げる形で、別の違う層の視聴者にも届く可能性は低くない。

 配信活動の実績なんて、『MORE MORE JUMP!』の誰にもない。その為のサポート要員として、湊は居る。

 

 

 役に立ちそうな本は片っ端から読んだ。

 参考になりそうな動画は何本だって見た。

 撮る技術も、編集の知識も試して、自分なりに試行錯誤した。

 みのりに遥、愛莉に雫、彼女たちが全力を尽くせる舞台を整えるのが湊の役目であり仕事。

 

 

「後悔だけは、しないようにしないと」

 

 

 手伝うと決めたからには、責任がある。

 逃げ出すなんてできない所まで来たのだ。

 

 ◇

 

 二回目の生配信となった翌日。

 不安を残しながらも時間は流れ、配信はなんとか門題なく進んでいった。

 開始前に愛莉と話したからか、表情に活気が戻った雫を見て、湊の肩も軽くなり安心に胸を撫で下ろしたのも束の間。

 イメージを崩さず完璧なアイドルのままダンス練習を終え、休憩に入った時。些細な、本当に些細な事件が起こった。

 そう、みのりが水分補給用の水を零したのだ。

 

 

「ちょ、みのり! 大丈夫!?」

 

「うう……わたしは大丈夫だけど、お水が全部こぼれちゃった……」

 

新メンバー、ドジっこ?

今のはおもしろかったw

愛莉、わけてあげて

 

「しょうがないわねぇ……。あ、でもわたし全部飲んじゃってたわ」

 

「じゃあ、私のでよければ飲まない? まだ水筒に半分残ってるから」

 

「えっ、本当?」

 

雫ちゃん優しい……

いいな~! 雫ちゃんのお水飲みたい!

 

「ありがとう、雫ちゃん……!」

 

 

 これだけなら、微笑ましい光景だ。

 言い方はあれだが、グループ内の仲の良さはネタにもできる。

 けれど、どうしてか、湊は今朝の記憶が突然フラッシュバックした。汗で冷えた体があったまるから、と温かい味噌汁を水筒に入れる彼女の姿が脳裏に過った。ようやくここで、湊は気付いた。配信に覚える不安は、愛莉と話すことで鳴りを潜めた。自分ではなく愛莉だから抑えられた不安。その理由。

 

 

 同期として積み上げた絆、同じアイドルとしての理解。

 舞台を作る湊ではわからない、近過ぎた彼ではわからない、理由。

 以前までの日野森雫に固定化されたイメージの崩壊。それが理由だと、この土壇場で彼は気付いてしまった。用意していたカンペは間に合わない。言葉を書きこめない、陰だから声でも伝えられない。致命的なミスに、もうどうしようもないタイミングで、頭の回る湊は辿り着いた。

 

 

『完璧に踊り、歌い、儚さとミステリアスな雰囲気を漂わせた、高嶺の花のような美少女』、そんな理想の偶像は崩壊する。

 

 

「うふふ、冷めないうちにどうぞ」

 

「冷めないうちに? あったかいお茶とか?」

 

「ううん、お味噌汁よ」

 

「え、ええっ!? お味噌汁!?」

 

「練習のあとに味噌汁はないでしょ、さすがに!」

 

「そうかしら? 疲れた時に飲むとほっとするし、汗で冷えた体があったまるからいいと思うけれど……」

 

「た、たしかにそうかもしれないけど、私も練習のあとは、水とかスポーツドリンクが良いかな……」

 

「ま、雫らしいけどね」

 

「あははっ、そうだね! ……あれ? コメントが……」

 

雫ちゃんってこんな感じだったっけ?

 

 

 もう遅い。

 限界まで頭をフル回転させた湊はなんとかフォローを入れようと、愛莉に目配せをするが間に合わない。

 心ない言葉。けれど、長年応援してきたファンからしてみれば仕方のない言葉。

 憧れていたアイドルの新しい一面、なんて都合のいい言葉だけでは片付けられないリアル。

 

「あ……!」

 

なんかイメージしてたのとキャラ違うな

イメージチェンジ?

 

「…………っ」

 

「し、雫ってば冷え性だから、温かいもののほうが好きなのよね! だから……」

 

え、これはこれでおもしろくない?

そういうキャラ雫ちゃんに求めてない

もっとしっかりしてる子だと思ってたのに

お前らコメント欄でケンカすんな

味噌汁てwwこれはさすがに狙ってんだろww

 

「どうしよう、コメントが止まらないよ……!」

 

 

 録画じゃない。編集なんて魔法は使えない。

 生配信だ。このままブツ切りなんてすれば、燃える燃えないに関わらず、尾ひれを引く結果になる。それ以上に、雫の心にどんな影響が出るかわからない。湊はもう一度愛莉にアイコンタクトを送り、遥と一緒に一度配信を切り上げる算段を付け始めるが、最悪はこういう場面で決まってやってくる。

 

 

雫ちゃんじゃない

 

 

 最善最高の選択肢を彼は掴み取れなかった。




 顔がいい四コマ「こたつver.2」

 冬真っ盛りの一月。
 猫もこたつで丸くなるように、人もこたつで暖を取る。勿論、それに例外はなく。月野海家のリビングにはこたつが置かれ、湊と雫は当然のように二人あって座っていた。
 ノートパソコンで次の配信の企画を考える湊と、それを隣で見守る雫。かれこれ一時間液晶とにらめっこする彼を見るのに、彼女は少しずつ飽き始めていた。というより、構って欲しいなぁ、と思い始めていた。


「…………」

「みぃちゃ~ん?」

「…………」

「もう……えいっ♪」

「っ! いきなりなんだよ?」

「だって、みぃちゃんが無視するから……嫌なら、出ればいいでしょう?」

「……はぁ」


 こたつの中で絡められた足の感触。外に出る予定もなかったため、ストッキングなどを履いていない生の感触が否応なしに伝わってくる。加えて、雫が身を寄せ、腕を組んできたことで当たる水枕のような柔らかいもの。自分から触りに行ったことのないそれは、湊の理性をゴリゴリと削り、心臓の鼓動を早める。
 動揺したら負け、平然としてなければバレてしまう。
 彼だって男だ。この状況が長く続いてほしいと思うのも無理はない。


 尤も、必死にいつも通りのフリをしてるのは、伝わる心音で雫にはわかっていて、彼女は耳を真っ赤にした湊の横顔を眺めている。
 いつになったら限界なのか。
 反撃をしてくるのか。
 小悪魔のような微笑みを零す。


 しかし、その後数十分に渡り彼は耐え続け、試合は泥沼化。自分の心音も伝わるのを失念していた雫が湊の不意の仕草にトキメキ。互いの胸の高鳴りは最高潮に達して(──以降は記載できません

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わからない、けどわかりたい心

 お待たせしました、またまた一週間ぶりな私です、しぃです。
 コロナが酷くなっていますが、みなさん変わらずお元気でしょうか?
 手洗いうがいなどの感染予防を忘れず、お体にお気を付けて毎日をお過ごしください!

 そして、土曜日は私の小説を覗きに来てください!

 まぁ、前置きはさておいて、本日は雫イベント三話目、楽しんで見ていってください!


 夕暮れの屋上。なんとかその後の舵取りをしたものの、二度目の配信は、最悪な結果となった。

 

 

『雫ちゃんじゃない』

 

 

 たった一言が全てを狂わせて、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。

 予測できた事態。予想しなければいけなかった、対策すべきだった事案。見落とした。湊は気付ける可能性を持っていながら、わかってあげられなかった。とてもではないが、五人の雰囲気は暗い。

 

 

 体育座りになって謝り続ける雫の背中を、愛莉が撫で、みのりが声をかける。そして、少し離れた場所で湊と遥が話していた。

 

 

「……前のグループの印象を引きずってる可能性は考えてましたけど、雫のがそこまで固まってたなんて、想定外でした」

 

「悪い。もっと早く気付いて、対処できてればよかったんだけどな……」

 

「いえ、湊先輩の所為だけじゃないです。いずれぶつかる壁が今になっただけで、まだ巻き返しのチャンスはあります。取り敢えずは、これからのことを考えましょう」

 

「そう、だな」

 

 

 録画したものを編集して配信するか、はたまた完璧に台本を作ってそれ通りに進めてアドリブは極力控えるか。やりようは幾らでもある。ただ、それはどんなにがんばっても、活動の幅を狭めてしまう。

 できるなら、生の声を聞きながら動ける配信を続けていきたいが、それは雫次第だ。精神状態もあって決めるのは難しいだろうが、早くハンドルを切らなければ、事故ではすまなくなる。

 

 

 確かに、巻き返しのチャンスはあるが、それは雫の決断によって左右されるあやふやなもの。

 ファンのために今までの作られた偶像を選ぶか。

 これからの活動のためにありのままの自分を選ぶか。

 きっぱりと分かれる道だ。二つしかないようで、その先の道は幾つにも枝分かれできる余地を持っている。

 

 

 現状維持か、現状打破か。二つに一つの選択を、彼女に問わなければいけない。

 

 

「遥は、落ち着いてるな」

 

「まぁ、アイドルをやってれば、嫌でもこういう炎上には一度は絶対関わりますから、その時の経験ですかね。……冷たいって、思います?」

 

「ううん。優しいって思うよ。緊急事態の時こそ、そうやって冷静な奴が一人いると、周りも頭を冷やせる。気を遣ってくれてるんだろ?」

 

「仲間で、友達ですから。当たり前ですよ」

 

 

 そうか、と一言頷き、湊は雫に近付いていく。察した愛莉がみのりと一緒に彼女から離れ、二人だけになる。

 震える体、か細い声。今にも砕けそうな心で、必死にごめんなさいと繰り返す彼女を優しく抱き締めて、彼は言う。

 

 

「雫は、どうしたい?」

 

「私は……わた、しは……わからない。ごめんなさい、ごめん、なさい。少しだけ、考えさせて」

 

「……そっか。じゃあ、そうしよう。今は、時間が必要だ」

 

 

 傷つけないように、壊れないように。湊は雫の背中をポンポンと叩いて、泣くための手伝いをする。辛いものをそのままにしないように、苦しいものを吐き出せるように、手伝いをする。

 一人だけ、一人だけ。雫にも、後ろにいる愛莉たちにもバレないよう、湊は涙を流した。一番近くにいるのにわかってあげられなかった故の、悔し涙だった。

 

 ◇

 

 泣き疲れて眠ってしまった雫をおぶって帰ったあと、湊はそっと自分の部屋のベッドに彼女を寝かせて、ただただそれを眺めていた。泣き腫らした目は赤いものの、それ以外はいつも通りの彼女のそのもので、眠り姫と言われても疑わない穏やかな寝顔だった。

 

 

 遥はフォローしてくれたが、湊は自分のミスだと嫌な信じ方をしていた。悪く言えば、幼馴染みとしての、彼氏としての自分を過信していた。それからくる傲慢。しかし、それが悪い事だとなんとなくわかっていて、自己嫌悪してしまう。

 グチャグチャと混ざり合う感情が苦しくて、胸がズキズキと痛む。それなのに、雫の寝顔を見ていれば、癒されていく。

 

 

 相当惚れ込んでいるんだな、と。湊は苦笑した。

 人間はどれほど親しくても、他人の心をわかれない。愛莉も雫の異変に気付いてはいたが、その根底にある変化への恐怖にはきっと気付けていない。湊も異変に気付き、根底の恐怖も知っていたはずだが、最後までわかってあげられなかった。

 そういうものなのだ。口では幾らでも言えるが、本当のことなんてわかりはしない。当たっていたとしてもそれは偶然で、二度はない。

 

 

 他人の心をわかるのに、三度目の正直は存在しない。

 今回の件で、湊はそれを嫌というほど痛感させられた。わかっていたつもりで、なにもわかっていなかった。支えようと思っていたのに、気を遣われて避けられた。

 お互いに空回って、擦れ違った結果が、現在の状況。

 

 

 次の配信をどうするべきか。

 雫が何をしたいと言ってもいいように、企画や策を考えようと、湊が下ろしていた腰を上げると、眠っていたはずの雫の手が服袖を掴んだ。

 

 

「行かないで、みぃちゃん……」

 

「雫……わかった。ここに居るよ」

 

 

 寂しそうな表情でそう言う雫の手を振り払えるわけもなく、湊はまた腰を下ろして、出された手を握りながら、続く言葉を待った。

 何か言いたいんだろう。それくらいはわかって、それ以上はわからない。

 時間が過ぎる中、ずっとずっと、彼は待ち続ける。ギュッと、少しだけ手を握る力が強くなった時、彼女は口を開いた。

 

 

「みぃちゃんは、どっちの私が好き? どっちの私で居て欲しい?」

 

「…………雫」

 

「答えて。お願いだから、聞かせて? みぃちゃんは、どっちがいいの?」

 

 

 努めてこちらを見ないように、雫はそう言った。怖いんだろう。どんな答えが返ってくるか怖くて、向き合えないんだろう。

 それはわかるから、それくらいはわかってあげられるから、湊は答える。

 求めてる答えは、二つに一つじゃない。雫は三つ目を望んでる。そうでなければ、この先がないとわかっているから。

 

 

「俺が、本当に決めてもいいのか? 俺がアイドルとしての雫を求めたら、お前はずっとそれを続けるのか? 嘘を重ねて、嘘の色で」

 

「違っ……それは、それは──」

 

「わからない。俺は雫の全部をわかってあげられない、わかってあげられなかった。でも、でもさぁ、それを俺が決めちゃいけないことくらいわかる。雫が今どうして欲しいのか、少しならわかる。背中を押して欲しいんだろ? ありのままの自分でも良いんだって、言って欲しいんだろ? なら、俺が言うよ。俺が傍で言い続けるよ。だから……これは、自分で決めなくちゃいけないんだ」

 

 

 今後を地獄にするか、天国にするか。決めるのはいつだって自分だ。

 後悔する権利も、幸せになる権利も、他の誰でもない自分のものだ。けれど、自分で決めなかったら、後悔も幸せも素直には受け取れない。

 まだ間に合う。

 後から悔やむと書いて、後悔。

 

 

 あとにならなきゃ、全部わからない。

 

 

「みぃちゃん……」

 

「決めるのが難しいなら、一緒に考える。決めるのが難しいなら、一緒に悩む。俺は雫の隣にいるんだから、頼ってくれていいんだよ。寄りかかっていいんだ、全部受け止めるから。想いはぶつけなきゃ、伝わらない、だろ?」

 

「…………えぇ、そうかも」

 

「がんばろう。二人三脚──ううん、五人六脚で」

 

 

 忘れてはいけない。

 なくしてはならない。

 仲間がいるという事実を、絶対に。




 顔がいい四コマ「夢うつつ」

 冬にしては暖かく、秋にしては寒い日。
 暖房をつけて温かい空気が循環する部屋は、眠りを誘い。昼食後ということで、余計に睡眠欲がそそられる。少しだけ、少しだけ、と言い訳を重ねて湊が目を閉じると、そこは自室だった。


 明晰夢なのか五感も機能しており、唯一現実だと違う所があることに気付いた。匂いだ。爽やかなのに甘ったるい、そんな相反する表現が生まれる匂い。
 知っていた。湊はその匂いを、確かに知っていた。それは、お風呂上がりの雫の匂い。雫が寝る一時間から二時間前にお風呂に入るから、本来なら寝室でもあるこの部屋で嗅がない匂い。


 出口のドアを向いていた湊が、そっと後ろに振り返ると、そこには寝巻きである薄水色のツルツルとしたネグリジェを着た雫がいた。蕩けた瞳、物欲しそうな表情に、湿った唇。支えであるはずの肩紐は片方が下着のものと一緒に落ちており、健康的な鎖骨が見えてしまっている。
 色っぽい。いつもと雰囲気の違う雫は無言で湊に近付いてきて、距離を詰めていく。


 歩く度に、重力に従い少しずつ落ちていくネグリジェと下着。見てはいけないとわかっていても、湊だって健全な男子高校生。彼女のそういう部分に目が行かないと言えば嘘になる。
 逸らせない、逸らさなきゃ。揺れる心に戸惑っている間に、雫と湊の唇の距離は限りなく零に近付き、なくなる──ギリギリでハッと彼の目は覚めた。


「夢……か」

「ふふっ、なにかいい夢でも見たの、みぃちゃん?」

「っ……いや、なんでもないよ」


 眠っている内にされていた膝枕から、湊はそそくさと脱出する。
 彼は気付かなかったが、雫の表情は普段より艶っぽく、唇が少しだけ湿っていた。リップクリームは、近くに見当たらなかった。

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君にしか選べないもの

 お久しぶりです、つい先日誕生日を向かせた私です、しぃです。
 いやぁ……お待たせしました。先週は就活(面接)が被ってしまい投稿できませんでしたか、今週は予定通りなんとかなりました。
 この話を除けば、あと二話でこのシリーズも完結になります。本当なら、このあとのイベントの話も考えてたりするんですけど……まぁ就職とかしたら忙しくなるし、エタる前に閉めるのも手かなぁ、と。思った次第です。


 一応、アフターを不定期で上げる予定ですが、それもいつ更新が途絶えるかはわかりません。気が向いた時、二人のその後をおまけ感覚で書くので、そこまで期待せず、たまーに覗きに来てください!


 まぁ、前置きはここまでにして、本編を楽しんでください!
 ごゆっく〜!


 静かな寝室で一人、雫は天井を見上げていた。

 できるだけ後悔をしないために、後悔しても、それで嘆かないように。彼女は選択しなければいけない。作られた偶像か、ありのままの自分かを。頼ってもいいから、悩んでもいいから、決めなければいけない。

 それは、大切なことだ。今後の活動に深く関わることだ。

 

 

 中途半端な心で選んでいい道じゃない。

 

 

「私の、道」

 

 

 左と右。わかりやすく、されど険しく別れた道。どちらにしようかな、なんて軽く考えられる状態ではなく、彼女は真剣にその先を見ていた。

 どん詰まりになるかもしれない、でも、温かい未来。

 いつかまた、今回のようにぶち当たり、冷たく苦しむ未来。

 どちらがいいかなんて、わかっている。わかっているから、怖い。変化のない平坦な場所を歩くか、変化が多くある茨の場所を歩くか、怖いのはどっち知っている。

 

 

 どっちも怖い、どっちも嫌だ。

 投げ出して、逃げて、諦めれば楽なのに。雫はみんなとの居場所を、湊の隣を譲れない。譲りたくないと、思っている。

 

 

「……セカイ」

 

 

 想いが形になった空間。

 もしかしたら、迷い悩む答えも、そこにあるのかもしれない。淡い希望と、微かな不安を胸に、彼女はスマホを手に取った。再生されるのは──

 

 ◇

 

「ここは、本当にいつ見ても綺麗だわ」

 

 

 無数にステージが並び、音が鳴り止まない不思議な世界。幾つものペンライトが綺麗な景色を作り上げる。雫も、自分の色で青空のように染まる客席が好きだった。

 なんとなく、歩いていれば探しものを見つけられる気がして、彼女はセカイを歩き始めた。

 

 

 練習で使ったことのあるステージを見れば、そこまで昔のことでもないのに懐かしくなって、今まで見つけられなかったステージを見れば、気分転換に次はあそこでやってみようと笑みが零れる。

 本当になんでもないことを繰り返して、リフレッシュするように散歩を楽しんでいると──雫の視界の端に桜色の髪が映った。

 

 

「……ルカちゃん?」

 

「あら? 雫ちゃんじゃない。こんな遅い時間にどうしたの? 夜更かしはお肌の天敵よ?」

 

「そうね。そう、なんだけど」

 

「なにか、あったのね。もしよかったら、私に話してくれない? 力になれるかわからないけど、楽になると思うから」

 

 

 気遣うよな喋り方が、不安を消そうと微笑みを浮かべる姿が、雫の中の湊と重なる。そんなわけはないのに、心がホッと楽になって、スラスラと喋ることができた。イメージについて、これからのことについて、変化への恐怖について、元々喋るつもりではなかったこともいつの間にか口にしていた。

 

 

 変な所で、彼の自分の中での存在の大きさを感じてしまう。

 それに、ここは想いが具現した世界。黙っていても、きっといくらかは通じてしまう。なら隠さず、さらけ出した方がきっといい方に繋がる。

 確信のない、それでも信じられる方へ向かっていく。

 

 

「ファンの子達を失望させたくない、変化が怖い、でもみんなの活動の幅は狭めたくない。欲張りさんね、雫ちゃんは」

 

「……ダメ、かしら?」

 

「全然。みんなに明日を頑張る希望を届けたいなら、それくらい欲張りじゃないと疲れちゃうわ。けどね、今の雫ちゃんの方が──ありのままの雫ちゃんの方がいいって、そう思ってくれてる子は絶対にいるわ。気付いてないだけで、身近にいるはずよ。これは、嘘じゃない」

 

 

 支えるような声音で、背中を押すような声色で、伝えられた言葉は無意識に雫が求めていたもので、くしゃっと花のような笑顔が生まれる。

 ヒントであり、それは答えだった。

 ありのままの自分を肯定する人はいる。ありのままの自分を認めてくれる人はいる。だから安心していい、自分の色を誤魔化す必要なんてない。

 

 

「やっぱり、雫ちゃんは笑顔が似合う。がんばって。本当のあなたのステージを待ってる人は、必ずいるから」

 

「えぇ! ありがとう、ルカちゃん!」

 

 

 またここに来るから、近い内に会いに来るから。

 彼女はさよならも、またねも言わずに去っていく。

 あとはただ、決めるだけ。

 

 ◇

 

 半強制的に雫の練習参加を休みにした翌日。湊は学校を休み、自室に籠ってこの先の方針や企画を練っていた。録画や動画編集の仕方、生ではなくてもファンのコメントや思いを汲み取れる企画。

 雫がどっちを選んでもいいように、ずっと考えた。

 何度も何度も試行錯誤を重ねて。生配信のテストで撮った動画を編集してテロップやBGM、効果音を入れて自然に楽しめるように。

 

 

 いつか活かせる技術、いつか使える企画。どちらに転んでも、雫が笑顔でいられるような環境を整えるのがマネージャー兼プロデューサーとしての湊の役目。

 

 

「時間か。今は、タイムアップだな」

 

 

 学校は休んだが、みのりたちのレッスンは休めない。加えて、案出しなんて一人では限界がくる。元を辿れば、付き合いが始まったばかりとはいえ、お互いのことを知らなさ過ぎたり、余裕がなくて知ろうとできなかったことも、今回の原因の一つ。

 

 

 難しいなら頼り、苦しいなら寄りかかる。

 仲間だと言うのなら、それくらいしないと、他の人も同じことはできない。言葉にする前に行動で、行動で示したあとに言葉で。

 余裕なんてない、炎上からの脱出はギリギリだろう。残念だが、チャンスは人生で何回も舞い降りてこない、掴むべきチャンスは取り逃せない。

 

 

 本当の意味で、雫がありのままの色を纏えるステージを作る。

 次の配信が分かれ目だと、湊は理解し、燃えていた。三度目の正直を待ってられない。二度目のミスは犯さない。固い意思を胸に、彼は走り始めた。




 顔がいい四コマ「夕食を囲んで」

 偶に、気が向いたら、そんな感覚で志歩は月野海家の夕食に顔を出す。そういう時は決まってなにか困り事がある、なんてことはなく至って普通にほのぼのと食卓を共にする。
 雫が気を利かせてチーズインハンバーグを作ると、志歩は親しくならないとわからない程度に頬を緩ませて箸を取る。


 二人の時間を大事にする湊と雫だが、なんだかんだ、志歩を交えた三人の時間も好きで、こうして笑を浮かべて言葉を交わす。
 他愛ない雑談。学校では最近なにがあった。友達がどうだった。ニュースでああ言われてた。あーだこーだ、いつでもできる話を温かい食事の席でするのも、中々悪くない。
 流れていく時間の中、空気に身を任せて、久しぶりの三人の夕食を湊は楽しんだ。


 翌日、ニコニコ笑顔で昼食を誘いに行った雫が断られたのは、また別の話である。

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未来へ向かう翼

 お待たせしました、私です、しぃです。
 今回は本編の文字数控えめで、ボリューム感は少ないかもしれませんが、来週に備えてるということで見逃してください……

 次回、最終話になります。
 一区切り、じゃないですけど、この作品「顔がいい」は完結として、他の二次創作に顔を出すかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。
 気まぐれで帰ってきて不定期で書き殴っていくかもなので、気が向いた時に皆様も見に来てください。

 それでは、本編をどうぞ!


 夕暮れ時。オレンジ色の光が差し込む、放課後の教室。雫は委員会やら、なにやらの細々とした仕事を終えて、帰路に着く直前だった。体は昨日より幾分か軽く、帰りの準備もスムーズに進む。

 答えは出た。

 ただ、あとは一歩前に行くだけ。それだけだと言うのに、見ていた世界とは違う場所に飛び出す勇気が、微かに残る不安を蹴散らす勇気が必要だった。

 

 

 もう一度、もう一回、誰かに背中を押して欲しい。

 間違いじゃないとは言われなくても、間違いでもいいよと言われたい。

 

 

「本当、私って欲張りだわ」

 

「そう? わたし、アンタはもうちょっと欲張りになってもいいと思うのよね、雫」

 

「愛莉ちゃん……」

 

「レッスンが今さっき終わったの。よかったら、偶には二人で帰らない?」

 

「うん、そうね。いつもとは違うのも、いいかも」

 

 

 日常の中に溶け込むような対等な関係。普通の女の子らしいとも、仲間らしいとも言える会話を交わして、帰路に就く。気を遣っているのか、愛莉は分かれ道に行くまで、一切嫌な話はしなかった。

 配信の件も、答えの結果も、問はしなかった。

 他愛ない話で場を繋いで、笑顔を咲かせる話題を釣り上げて、適当に投げる。バラエティーで学んだトークスキルとでも言うべきそれを、存分に活用して何気ない日常を演出した。

 

 

 苦い記憶でもあるが、愛莉にとっても雫は大切な存在。ライバルと書いて親友と読む、はたまた心友と読むなんて言ってもおかしくないくらい。かけがえのない人。

 隣にいるのに一歩分開いた距離を気にするくらいには、好きだった。だからこそ、悩みも葛藤もなんとなくは察してあげられる。

 

 

「わたしは、雫がやりたいことを好きなように選んでいいと思う。心配しなくても、いつも通りのアンタを好きな子はいるわ。例えばみのりとか。あの子、今日凄かったのよ? アンタがどんな答えを選んできてもいいよう必死に企画考えて、下校時間ギリギリまで湊と粘って、先生にも待ってくださいって迫ったんだから。……ほんと、いい子よ。遥だってそう。勿論、湊もわたしも。おっちょこちょいで、マイペースで、それでも苦手なことから逃げない。そんな、努力家な日野森雫が好きなの」

 

「努力家、かしら。私はずっと必死で、取り繕うのに精一杯で……」

 

「だからよ。人に見えない所でがんばって、完璧になろうとしてる雫は、白鳥みたいに綺麗で──憧れる。アンタはわたしの理想なの。何かあってもフォローするし、気負い過ぎないで信じなさい、ファンも仲間も」

 

「うん……うん! ありがとう、愛莉ちゃん! 私も愛莉ちゃんのこと大好きだわ!」

 

「ちょっ! 街中でくっついてこないで! 騒ぐとバレるでしょ!」

 

「ふふっ、平気よ平気!」

 

 

 温かい言葉は雫に翼を生やした。本物の白鳥のように、どこまでも飛べる真っ白な翼を。揺れる決意すら羽ばたく糧にして、未来への道がようやく拓いた。

 迷わない。

 挫けない。

 既に、足踏みする時間は終わったのだ。

 

 ◇

 

「みぃちゃんは、頑張り過ぎよ」

 

「……………………」

 

「私には、ソファで寝ると体を痛めるとか、色々言うのに……自分は疲れて眠っちゃうんだもの」

 

 

 無理が祟ったのか、雫が帰ってくる一足前に家に着いていた湊は、ソファで眠りに就いていた。ここ最近、睡眠時間や休息時間を使って企画や対策を練り上げた彼の体は、実際に表に立つみのりたちと変わらないほどに疲れていたのだ。

 周りを頼れと言っていた本人がこれなのだから救えない。救えないけれど、雫はそんな湊が嫌いになれないでいる。

 

 

 自分たちのためだとわかっているから。そんな想いが行動から溢れているから。馬鹿な子ほど可愛い、そんな言葉で表すのも雫はあながち間違いじゃないと思える。

 次の配信が分かれ目。

 失敗は許されている。そう背中は押されている。

 だとしても、できるなら完璧を目指したい。

 

 

 誰も傷付かないなんて不可能だとしても、雫は一番いい選択肢を選び抜いて、笑顔で終わりたい。そう考えている。

 心無い言葉が襲ってくるかもしれない。また、否定されるかもしれない。歩む先が茨の道なことなんてわかっている。だからこそ、みんなで乗り越えたい。

 

 

 静かなリビングで、彼女は眠る湊の頭を撫でながら手を握る。配信の中で湊が助けられる場面は多くない。しかし、一緒に戦っている。それだけは事実だ。

 

 

「明日、がんばろうね、湊」

 

 

 眠りの王子様に口付けをして、サッと離れる。

 今の雫の夢は、見るものではなく、叶えるものだから。




 顔がいい四コマ「お散歩」

 休日のお昼過ぎ。
 晴れて天気がいい日に、雫はよく散歩をする。特に宛もなく、うろうろと家の周辺からビル街まで歩いていく。
 もっとも、お決まりのパターンとして、家に帰れなくなった彼女を湊が迎えに行くまでがワンセットである。


 その日も、冬にしては温かいくらいのいい天気で、雫はるんるん気分で外に出た。モアジャンのみんながおすすめしてくれていたお店に顔を出してみたり、たまたま入った喫茶店で同級生に会ったり。
 なんでもない休日をのんびり過ごしていると、自然の摂理とでも言うのかの如く、道に迷った。


「確か、駅はあっちの道に出れば行けるから〜……こっちに行けば〜……あら?」


 そりゃあもう、目的の場所は真反対の方向に行き、余計に迷う。
 わざとやってるのではないか、と疑うくらい明後日の方向に進んでいく。湊が彼女のスマホにGPSを入れるに至った理由の凡そ九割がそこにあった。


「そうだ、こういう時はみぃちゃんに電話を──」

「……はぁ……はぁ……いや、いいよ。今来たから」

「まぁ! すごいわ、みぃちゃん! どうして迷ってるのがわかったの!?」

「十分近く同じ場所をグルグル回ってれば、流石に気付くよ。……ほら、帰るぞ。湯葉の用意してたのに、これじゃあ台無しだ」

「はーい♪」


 一週間後、雫はまたこの調子で迷子になり、湊が地図アプリの作成を検討し始めたのは、また別の話。

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いつまでも、どこまでも、君はきっと──

 お久しぶりです、一週間ぶりか私です、しぃです!
 いやぁ……ありがたいことに、最終話一個前で評価を貰い日間ランキングにのれました……嬉しいです!!
 長かったですが、取り敢えず、今日で最終話です。更新は不定期で続くかもだけど……まぁ、気にしないでください!

 気が向いた時に、チラッと覗きに来るくらいがちょうどいいので。

 p.s.fujisan.さん☆10評価、紅明緑酒さん☆5評価ありがとうございます!!
 それでは、本編をどうぞ。
 


「今の──このままの私を、みんなに見てもらうことにしたの。今度こそ、ファンのみんなに希望を届けるわ」

 

 

 運命が変わるきっかけとなったいつもの屋上で、雫は答えを出した。悩んで、迷って、背中を押された果てに、彼女は自分の意思で未来を決めた。後悔も幸せも、自分のものにするために。

 そして、そこからは早かった。湊たちが必死に詰めた案を配信に盛り込み、舞台を整える。

 

 

 準備は万端。前回のようなミスは起こさない、その気概を持って、湊は用意した簡易台本を配り軽く確認を促す。今回の配信内容は『地獄のダンス特訓』。遥にすら難しいと言わせる、難易度の高いダンスを用意し、マスターするまで踊り続けるという企画。

 勿論、怪我をしないよう適宜休憩入れるが、ハードなものになることは予想がついている。

 

 

 ここで、本当の雫の姿を見せる。

 経験値があるから見えにくいが、純粋なセンスで言ったら彼女のダンススキルは並。振りコピを趣味とするみのりと大差はない。けれど、どんなに忙しくても、いつだってそれを、ステージの上で魅せる完璧なものまで、努力で押し上げてきたのを湊は知っている。後ろで、隣で見ていたから。

 

 

 だからこそ、彼は未来を読んでいた。雫は、他のメンバーが休憩を取っても、ダンスのステップ確認を止めたりしない。何度転んでも諦めない。水面下のバタ足を続けるだろう、と。

 

 

(最高の雫を映して、固まったイメージを打ち砕く。早ければ早いほど成功率は高いまま、配信が三回目の今なら……まだ間に合う)

 

 

 絶対成功するだなんて、嘘でも言えない。

 言っても意味がない。

 それでも、雫は湊たちの案を信じて、最後にファンのみんなと話す時間が欲しいとまで言った。ありのままの自分をさらけ出して、彼女は向き合おうとしている。なら、仲間として支えるのが役目。

 

 

 最終下校時間もあるが、空が茜色に染る前に決着はつく。

 笑って配信を終われるよう、湊は全力でサポートに徹することを誓い、間もなく本番のカメラが回った。始まりを告げる、愛莉の元気な声が響いて。

 

 ◇

 

 予想通りと言うべきが、お題である難易度の高いダンスに、四人は苦戦を強いられていた。特に──みのりと雫。まだ本格的に難しい場面まで進んでないが、みのりのミスは目立つ。怪我こそしてないが、しりもちをついた回数は既に片手の指では足りなくなっている。雫も、みのりの陰に隠れているが、細かいミスは愛莉や遥の比ではない。

 

 

 些細なミスだ。目が肥えた者でなければ誤差にしか感じない、そんなもの。

 だが、時間が経つにつれ、それは顕著になっていく。

 

 

(次は愛莉ちゃんの後ろに回って──)

 

 

 ステップや手の振りを混ぜながらの移動。

 ステージの上の雫なら完璧にやれていた動きはそこになく、足がもつれて倒れてしまう。重ねに重ねてようやく、ファンの中で造られていた理想の偶像が少しずつ壊れ始める。

 

 

「っきゃ……!」

 

「雫、大丈夫!?」

 

「うん、ごめんなさい。足がもつれちゃって……」

 

「いいのよ、もう一度やりましょ!」

 

(……っ、今度こそ……)

 

 

 長い経験の中でも難しいと感じる流れ。繰り返して体に染み込ませる雫のスタイルでは、二度目の成功の壁は高く。またしても、足がもつれて躓いてしまう。違和感は確信に変わり、やっと、認識が形を崩していく。

 

 

え、また間違えた?

ていうか、雫ちゃんより愛莉のほうがダンス上手くない?

意外……

 

「はぁ……はぁ……」

 

「……みんなバテてきたし、休憩する?」

 

「……ええ、そうね。みんなは休んでいてくれるかしら」

 

「えっ? 雫ちゃんは……」

 

「私は、ちょっとだけ練習してるわ」

 

「で、でも休まないと──」

 

「ふふっ、大丈夫だから、そんなに心配しないで。ちょっとだけだから」

 

 心の中でガッツポーズをしたいくらい、雫は湊の描いた未来図の通りに走った。彼が知る、彼女ならそうするだろうという、ある種の信頼を守るように。

 仲間を気遣う優しい雫であり、集中するために一人の時間を作り出す真剣な雫がいて、練習に励む。誰かに命令されたわけでもなく、ただ毎回のようにやっていたことをなぞるだけなのだ。

 

 

 使命感であり、元センターとしての責任感。そういうものもあるだろうが、ただ一つ、その中心にあるのは、ファンのみんなに希望を届けたいから。そんな、純粋な想い。

 

 

「でも、雫ちゃ……っ」

 

「みのり。……大丈夫よ。雫はいつもああなの。最初は全然踊れなくて……でもだからこそ、陰で努力してる。それで、少しずつ近付いていくの。みんながステージの上で見てる『完璧』な雫に」

 

「……………………」

 

 

 一人頑張る雫を見つめるみのりに、湊はそっと手招きをして、流れていくコメントを見せる。十四文字に込められた願いを。

 

 

雫ちゃんの自主練、見たいなー

 

「あっ……」

 

コケてるのあんまり見たくないんだけど……

私は見たい! 雫ちゃん見せて!

雫ちゃんにカメラ向けて〜

 

「遥ちゃん、愛莉ちゃん!」

 

「うん、見てもらおう」

 

「ええ……! 勝手に見せちゃうのは気がひけるけど、きっと雫も許してくれるわ」

 

「じゃあ、カメラをこっち側に……」

 

 

 みのりの誘導に合わせて、湊は自然と雫の方にカメラを向ける。

 踊るのは、完璧には程遠く、それでも足掻き続ける少女。懸命に、ひたむきに、理想に手を伸ばすアイドル。彼からしたら、何十回何百回見ても慣れない眩しさ。愛しい眩しさだった。

 

 

 輝くステージの上できらめく雫と同じくらい、大粒の汗を流して一心不乱にレッスンをする雫が好きだった。どちらも本気だったから。湊はそこに違いなんてないと思っていた。

 

 

(間違いじゃ、なかったよな)

 

 

陰でこんなに頑張ってたんだ

いつも涼しい顔してるから意外

めっちゃ必死顔w

 

雫ちゃんはなんでも完璧にできると思ってた

当たり前だけど、こんなに頑張ってステージに立ってるんだな

やっぱり、イメージと違うけど……

こうやって一生懸命努力した雫ちゃんが、あの完璧な雫ちゃんになっていくって考えると、なんだか感慨深いな

 

私も、もっと頑張ろうって思えるなぁ

 

 

(あぁ、良かった)

 

 

 変化を恐れている人はいる。

 違和感に戸惑う人もいる。

 けれど、雫の想いはちゃんと誰かに届いてる。見ているファンに届いてるのだ。それがわかって、まだなにも終わってないと言うのに、湊は少しほっとしてしまった。

 

 

 怖がらなくても、ファンはきっと雫を応援したことを後悔しない。

 心配しなくても、ファンに希望は届いている。

 

 その日、雫たちはダンスを──踊り切った。

 

 ◇

 

「あのね、みんな……聞いて欲しいの」

 

どうしたの?

聞いてるよ〜

 

「Cheerful*Daysの頃の私は、今よりももっと素敵なアイドルだったと思うわ。でもそれは、いろいろな人のサポートがあって、生み出せた姿で…………本当の私じゃないの。本当は……本当なら、前の私のほうがみんなは喜んでくれるかもしれない。けれど……ごめんなさい。それはもう無理なの。みんなが期待するような、完璧な姿はもう見せられないけれど──でも、今の私で精一杯、みんなに希望を届けるわ。だから、どうか……こんな私でよければ、もう少しだけ見ていて欲しいの」

 

私、どんな雫ちゃんでも好きだよ!

 

「あ……」

 

話してくれてありがとう!

もちろんこれからも推すよ〜

イメージは違ったけど、推したくなった

 

「みんな……! これから私達はMORE MORE JUMP!として、新しい一面をみんなに見せていけると思うわ。今まで以上に、みんなの期待に応えられるよう頑張るから──これからもよろしくね」

 

期待してるよ

みんな応援してる!

一緒に頑張ろう!!

 

「……みんな、ありがとう」

 

 

 感謝の言葉と満面の笑み、そのシーンで、湊は一度アーカイブを止めた。配信が終わってからもう二時間。付いたコメントを見返し、盛り上がってるうちに時間が過ぎて、最終下校時刻ギリギリに外に出た五人だったが、分かれ道を通って今は雫と湊の二人だけ。

 

 

 下校の途中も、歩きスマホがあーだこーだと言いつつ、彼はサイトに残った配信動画を見直していた。そして、見る度に惚れ直して、横を歩く雫に視線をやる。

 何かに気付いたのか、彼女はクスリと笑って湊の手を引き、走り出す。辿り着いたのはいつかの公園。この先の人生でも、あるかはわからない、雫の選択肢にNOと答えた場所。

 

 

「懐かしいわね、ここは」

 

「そうだな。本当に、懐かしいよ」

 

 

 前来た時は、二人の中に懐かしさに浸る余裕はなかった。

 一皮剥ける前、まだ怯えてた頃の湊と雫には、幼い記憶を掘り返すのが嫌だった。しかし、もうその感情はどこかに出ていってしまった。あるのは、触るとまだ少しだけ痛い古傷だけ。

 もっとも、それだって時間が経てば癒えていく。

 

 

 長かった、過去への決別は済んだのだ。

 

 

「みぃちゃん」

 

「……どうした?」

 

「みぃちゃん」

 

「……だから、どうした?」

 

「好きよ」

 

「っ……」

 

「あらあら、みぃちゃんは返してくれないの?」

 

 

 クスクスと、イジワルをした時の可愛らしい笑みを零し、雫はストレートな気持ちに戸惑う湊を見つめる。頬を朱に染めて、後ろ髪をかく彼は、息を整えてから短く言葉を返した。

 

 

「俺も、好きだよ」

 

「どれくらい?」

 

「ど、どれくらいって……」

 

「偶には聞いてもいいでしょ? ねぇ、湊……教えてよ」

 

「俺は、何千回──何万回生まれ変わっても、雫が好きだよ。例え、姿変わってわからなくなっても、見つけ出して、また好きになる。それくらい、雫が好き。……これじゃ、ダメか?」

 

「ううん! 最高に嬉しいわ!!」

 

 

 月を照らす太陽にも似た笑みを見せて、雫は湊に抱き着いた。

 どこにも行ってしまわないように強く強く抱き締めて、体重を預ける。服越しに伝わる体温に心が安らぎ、寒さは消えて熱くなった。

 視線が交わって、言葉もないままついばむように唇を重ねた。何人にも侵されない、二人だけの空間を作り上げて。

 

 

「……みぃちゃん、ありがとう」

 

「お礼なら、俺だって」

 

「違う。あの時、ここで一緒に逃げないでくれてありがとうって、言いたかったの。もしもの話だけど、私はきっとみぃちゃんの言う通り、後悔してたから」

 

「別にいいよ、俺も救われたし。それに、隣に居る限り、また助けるから。何度もお礼なんて言わなくていい。この瞬間だけでも、十分過ぎるくらいお礼になってるよ」

 

「……ふふっ、じゃあ、みぃちゃんもお礼は平気よ。私も、いっぱい貰ってるから」

 

 

 照れ隠しのように言った言葉に二人して笑って、そっと離れた。手だけは繋いだまま、そっと。

 一段落かと聞かれたら、一段落。湊たちがいるのは、そんなところ。これからまだまだ、やることは山積みで、色々な壁に立ち向かうことになる。傷付いて、泣いて、けど最後は笑って、二人は並んで歩いていく。

 

 

 何日後も、何週間後も、何ヶ月後も、何年後も、ずっとずっと寄り添って進んでいく。

 

 

 幼馴染みはきっと、何年経っても顔がいい。




 約一年、『幼馴染みは顔がいい』の連載にお付き合いいただきありがとうございました!
 私も、この一年でスキルアップを果たし、専門学生から社会人になります。いや、働くのは辛いですけどね。そんなこんなで、学校も卒業ですよ。

 この作品のオリ主である月野海湊は好きになって貰えたでしょうか?
 嫌いなまま、雫の可愛さに惚れて私の作品を読んでくださった方もいるかもしれませんが、なんだかんだ愛着が湧いた主人公です。

 ちょっと出来る子。ちょっと、って所の苦悩とか、文章的に表現できてたら嬉しいですね。
 今後は、まぁ、他の二次創作をやるかもしれませんし、オリジナルで連載をやるかもしれません。ふわっふわっなのですよ。まぁ、なので、またお会いしたら、試しに読んでやるかぁ〜? ってなってくれると嬉しいです!

 長い無駄話はこの辺で、長い間ご愛読ありがとうございました!!
 不定期更新になるけど、暇だったら読みに来てください!
 待ってまーす!

 by しぃ君

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隣を歩く二人のアフター
鍋の〆はおじや


 お久しぶりです、一週間ぶりの私です、しぃです。
 堂々の最終回を迎え、完結しましたがアフターは不定期で続きます。
 私の気力と、やりたいなぁ欲が溜まると投稿されます!

 p.s.
 tomo.sinさん☆10評価、リセイさん☆10評価、蛭貝さん☆9評価ありがとうございました!


 配信も最初の難所を乗り越え、安定期に入りつつあったある休日のおやつ時。先日配信された鍋の動画を見ながら、湊はこう思った。「久しぶりに鍋、食いたいな」と。配信の影響かと言われればそうだが、最近の彼は雫が用意してくれたものを食べ続ける毎日。美味しいし、彼女は好きな物を用意してくれるが、アイドル活動がある手前、中々手の込んだ料理は難しい。

 

 

 既製品ではなく、昆布やかつおから出汁を取ったりなんやりする、月野海家の少し本格的な鍋だったら尚更。

 

 

「石狩鍋、いいよなぁ。寒くなってきたし、味かよく染み込んだ白菜とか、愛莉がもってきたおでんなんかも悪くないよなぁ……」

 

 

 丁度いいことに、今日はレッスンもなければ配信の予定もない。今から用意すれば夕食には十分間に合うだろう。

 だがしかし、悲しきかな。湊は今日も今日とて仕事が山積み。コメントを確認しながら、次回の配信のカンペや台本作りに加え、企画のストック作成。同じサイト上でブームになってるものの吸収。

 

 

 先読みの力や、今求められてる物を形にする技術は、デザイナーの勉強の中で学んだが、時間は有限。他のことに費やせる時間は長くない。

 短く見積っても二時間弱はキッチンから離れるのが難しい料理なんて、やってる余裕がないのだ。

 

 

「……鍋、食べたい」

 

 

 独り言として呟いた淡い願望──それは誰も気付かないはずだった。

 同じ家に入り浸り、半ば同棲している顔がいい幼馴染みがいなければ。

 

 ◇

 

「──だから、また鍋をやりたいと思うの!」

 

「また、いきなり呼び出したと思ったら、鍋って……」

 

「でもでも、前回の配信の時のお鍋、おいしかったもんね! 湊くんが食べられなかったの残念だったし……わたしは全然大丈夫だよ!」

 

「私も、湊先輩にはお世話になってるし、それくらいやってもバチは当たらないかな、って」

 

「みのりちゃん……! 遥ちゃん……! ありがとう!」

 

「はぁ。これで、わたしだけ嫌なんて言ったら、悪者になるじゃない。……まぁ、元々断る気もなかったけど」

 

「愛莉ちゃんも……ありがとう! 張り切って、みんなでお鍋を作りましょう♪」

 

『お〜!』

 

 

 二階に籠って作業をする湊にバレないよう。時に大胆に、時に細々と、鍋パーティーの準備が始まった。雫の家で配信をやった時に使った鍋と、月野海家にあった鍋を使った鍋パーティー。

 一つは、みのりたちが来る前にせっせと買い物に出て、道中迷いながらなんとか手に入れた、前の鍋と同じ具材たちで作る石狩鍋。

 もう一つは、湊の好物の中の好物であるキムチ鍋。

 

 

 この布陣なら、きっと彼も笑顔になってくれる。雫のそんな考えの元、四人は調理を進めた。アクシデントも多々あったが、両家の長い付き合いの中で鍋の道を極めた雫がみんなをまとめて、一つ一つの鍋を作り上げていく。

 

 

 一時間、二時間、三時間。最高の鍋を完成させるための時間は、あっという間に流れ、時刻は七時手前。いつもの夕食の時間になっていた。雫たちが煮込みに煮込み、しっかりと味が染み込んだ鍋とその取り皿、箸にコップ。諸々を並べたタイミングで、湊が階段を下りる音がリビングに届いてきた。

 

 

「雫、今日の夕飯は──ん?」

 

「お疲れ様、湊くん!」

 

「お疲れ様、湊。ほら、あんたが最後なんだから、さっさと座りなさい」

 

「雫の隣、空けときましたから」

 

「ほらほら、みぃちゃんこっちこっち」

 

「え? ……あぁ、うん」

 

 

 何故か自宅にいるメンバー。

 二つ置かれた鍋。

 気を遣われて用意された雫の隣のイス。

 

 

 考えることは色々あったが、仕事終わりの湊にツッコミを入れる余裕なんてあるわけもなく、ただただ目の前の好物にかぶりついた。

 辛さと甘さが混ざりあい少し汗をかく、キムチ鍋。

 具に染み込んだ濃い目の味にホッとする、石狩鍋。

 交互に食べ比べながら、湊は満面の笑みを漏らす。

 

 

 加えて、箸休めに用意されたきんぴらごぼうやきゅうりの浅漬けも豪快に頬張り、もきゅもきゅと食べる様子はリスのようで、傍から見ても美味しいんだろうな、とわかるほど。

 雫は勿論。集められた側の三人も、その表情を見れば自然と微笑みが零れ、温かい食卓のできあがり。なんの変哲もない、しがらみなんてない、友達同士の輪がそこにあった。

 

 ◇

 

 賑やかな雰囲気は、落ち着いたものに変わり、五人は二人になった。昔から変わらない、湊と雫の二人に戻った。彼は、みんなの前では行儀が悪いからと言ってやらなかったおじやを作り出し、彼女はそれを陽だまりのような笑顔で見つめていた。

 

 

 なんてことはない、慣れ親しんだ流れ。

 わかっているからこそ、雫は少し多めに米を炊き、湊の分は小盛によそった。

 

 

「……? 雫も食べるか?」

 

「んーん、大丈夫。もう、お腹いっぱいだもの」

 

「そっか」

 

 

 一人キッチンとリビングをトテトテと移動しながら、湊はキムチ鍋のおじやを完成させる。流石の彼も、ダブルおじやは胃に来るらしい。そして、ハフハフアツアツなおじやに舌鼓を打つ湊とは対照的に、雫は冷たい麦茶を飲んで体を冷ます。

 彼女の中でのお決まりのパターンだと、このあとの彼は、焦げた部分が美味しいんだと言って食べようとして──火傷する。

 

 

「アッツ! アッツ! ひふく、みじゅ!」

 

「ふふっ、はいはい、どーぞ」

 

 

 いくら気を張ってる湊でも、好物の前では背伸びもできない。

 子供らしくドジを踏む光景は、みんなには教えられない、雫の秘密だった。




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休みの日は仕事禁止で

 お久しぶりです、2週間ぶりですね、私です、しぃです。
 先週は少しゴタゴタしてて、投稿ができなかったのですよ……あはは……
 まぁ、不定期なので、そこら辺は温かい目で見てやってくれると嬉しいです。


 p.s.
 Kndkskさん☆10評価、キノコとリスさん☆9評価ありがとうございます!!


「みぃちゃんは働き過ぎだから、お休みの日はお仕事禁止!!」

 

 

 プンプンと怒った雫に、湊がそう言われたのは今朝のこと。配信が軌道に乗り、配信に活気が溢れるほど、彼の仕事は増えていったからだ。台本などの小道具から、配信機器の調整、企画の整理、コメントや同業者からの情報収集。

 配信業というものを知れば知るほど、雪だるま方式がごとくやることは膨れ上がった。ある種、仕方がないことではある。サポーターとして、輝く彼女たちに最高の舞台を用意するのが役目だと言い張るくらいなのだから。

 

 

 だがしかし、雫はそれを認めない。

 休む時は休む。

 オンとオフの切り替えは大事だ。

 

 

 無意識なのか、雫が隣に居る時は自然と休むフェーズに入れているが、彼女にも彼女の用事がある。いつだって隣に居たいが、離れなければいけない時は何度も訪れるのだ。

 そんな中で、肩の力を抜けないままでは、いつかまた倒れてしまう。

 

 

「──にしても、衣装を考えるのも仕事に繋げるからダメって……厳しすぎるだろ」

 

 

 流石に俺だってそんな、なんて考える湊だが、思い当たる節はいくつもあった。趣味として雫用の服や、絵名たちの服を考える時、必ずとはいかずともそっちの方向に思考は寄る。悲しいことに、湊はやりたいことに対してとことんストイックだった。

 意識しても、少しずつ思考は寄って、新しい企画のネタを考え出したり、グッズ用のアイテムをイメージしたり、グループ衣装のラフに手は動く。

 

 

 しかし、問題はそこではない。

 今、彼は、どうしようもなく、

 

 

「暇だ。雫たちはショッピング、司も類もキャストの仕事があるし、彰人と冬弥は歌の練習。絵名と瑞希に至ってはメッセージに反応しないどころか、電話にすら出ないし……はぁ……」

 

 

 よく連むメンツは軒並み全滅。

 ダラダラ過ごすには勿体なくて、かといってアクティブに動くほどの力は出ない。まさに微妙。彼らしいと言えば彼らしい暇の持て余し方で、なにもしないでも時計の針は進む。

 一人が苦手ではない湊でも、いつも傍に居てくれる幼馴染みがいないのは──素直に寂しかった。

 

 

「放置しっぱなしだったゲームでもやるか」

 

 

 何年前に止めたかすらわからない家庭用ゲーム機をテレビ台の下から引っ張り出して、思い出しながら準備を終わらせる。

 今は懐かしき記憶。

 思うままにぶつかり合っていた頃の、記憶。

 

 

 昔は四人で、今は一人。

 同じレールの上を走っていたのは思い過ごしで、それぞれが違うのレールの上で足掻いていた。それは、今も変わらない。

 

 

「自分が欲しくて買ったのに、一人プレイするの初めてだな、このゲーム」

 

 

 誰に聞かせるでもない独り言を呟いて、湊はスタートボタンを押した。

 

 ◇

 

 朝の十時過ぎから始めて、現在は昼の一時前。

 約三時間の成果は、画面にデカデカと表示された『GAME OVER』の文字が伝えてくれる通りである。難易度の高い途中から始まった冒険に加え、忘れてしまった前半部分のストーリー。目的を確認し、挑戦してみたはいいものの、惨敗。

 ネットで情報を漁れば、要領のいい彼ならあっさりクリアするだろうが、それでは意味がない。

 

 

 初見のゲーム。まっさらな知識。果てない冒険心。

 ゲームというのは、心を動かすもの。それをネタバレありの攻略を見て、楽しいのか。彼の答えは、否である。

 もっとも、ゲームを続ける気力があるかと言われたら、それもないのだが。

 

 

「腹、減ったな」

 

 

 材料なら冷蔵庫の中に転がってるだろうが、料理をする気が起きない湊。

 買って帰ってきて食べるのも面倒臭い。

 いっそのこと、外で済ませてしまおうか。

 

 

 ぼーっとそんなことを考えると、彼は外行きの服に着替え、財布とスマホを持って家を出た。洋食、和食、中華。住宅街を抜ければ、店なんて腐るほどある。

 最近行ってなかったから店や、話題になってた店なんかをテキトーにスマホを使って検索し、あたりをつけていく。折角食べに行くのだから、どうせなら美味しいものが食べたい。そんな当たり前の考えのもと、街をブラブラと彷徨う。

 

 

 聞き慣れた歌声が届いたら、少し寄って冷やかして。また、ブラブラと。

 ファミレスを通り過ぎ、チェーンの中華店を通り過ぎ、卵かけご飯専門店、なんて店も通り過ぎ。どれにしようか、あれにしようかと迷う。

 結局、少し戻ってファミレスに行くのだから、中途半端なものだ。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

 明るい店員さんの声を聞き流して、店内を見渡す。昼過ぎということもあり、客の数もまばら。これならゆっくりしても問題ないだろうと、案内されたテーブルにつき、無難な注文を伝える。

 ドリアにフライドポテトにドリンクバー。足りなかったらおいおい追加すればいいだろう、と呑気に構えて、湊はドリンクバーでアイスミルクティーを作って席に戻る。

 

 

 品を待つこと数分、ちょうどポテトが来たタイミングで、カランカランと入口の扉の音が鳴った。自分と同じように中途半端な時間から食べに来る人もいるもんだなぁ、とアツアツポテトを齧りながら音の方向を見上げると見知った顔が目に映る。

 

 

 朝、メッセージと電話を華麗にスルーした瑞希と絵名である。彼は、そっと顔を伏せ、気付かれないよう無言で食事を続けたが、目敏い絵名にはすぐに見抜かれてしまい、ドカドカとテーブルに詰め寄られる。

 

 

「人様が疲れて眠ってる時にモーニングコールしてくれてありがとう、湊。良かったら、ご飯でも一緒にどう? 勿論、アンタの奢りで」

 

「ヒトチガイデス」

 

「嘘言うんじゃないわよ!」

 

「ま、まぁまぁ、絵名。そんなに怒らないでもいいじゃん? それに、ほら、この後の買い物の荷物持ち手伝ってくれたらチャラ〜、くらいでさ?」

 

「……ったく、仕方ないわね」

 

「いや、まだ付き合うとか言って……」

 

「あ?」

 

「……なんでもない」

 

 

 美味しい昼食のあと、楽しい楽しいショッピングが湊を襲った。

 八つ当たりに、トレンド議論で打ち破ったのは、また別の話。

 

 ◇

 

 月が綺麗に浮かぶ夜。長いショッピングからの帰り道。

 偶然にも、湊と雫は出会い、並んで歩いていた。

 

 

 お互い、今日あったことを話して、雫が微笑んだから湊もつられて笑った。

 きっと、一年を通してみれば何気ない日。予定もあてもなくブラついて、流れた日。誰も見てないから、なんて言う雫に誘われて握った手が少しだけ冷たくて、湊はそっと寄り添った。

 冬にしては暖かくても、日も落ちれば寒くなる。握った手が凍えないように、彼は優しく握り込む。

 

 

「今度の休みは、家でまた映画でも観るか。司がおすすめしてくれたやつ、確かレンタルできるようになってたしさ」

 

「いいわね♪ 温かいココアでも飲みながら、一緒に観ましょ!」

 

「……あぁ」

 

 

 また明日があると自分に言い聞かせる過去は終わった。

 心配しなくても、また明日はある。

 明日は来る。

 

 

 空を見上げて、揃って『月が綺麗ですね』と言い合った。




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きっとみんな不器用なまま

 就活も終わって、胸誇らしげな私です、しぃです。
 いやぁ、長かった戦いが終わりましたよ。
 四ヶ月くらいの。

 来年度からは投稿が本当に不定期になると思うので、週に一回か二週に一回くらいのゆったりしたペースで覗いて見てください。
 もしかしたら投稿してるかもしれないですし、してないかもしれません。

 p.s.
 タイガ〜アイさん☆9評価ありがとうございます!


 行けばお目当ての物は大体揃うでお馴染みのショッピングモールに、傍から見たら世にも珍しいメンツが揃っていた。

 一人は、再び走り出し今を輝くアイドル。

 一人は、声が大きいテーマパークのショーキャスト。

 一人は、夜に動き出す音楽サークルのイラスト担当。

 一人は、新進気鋭のアイドルグループをまとめる、プロデューサー兼デザイナー。

 

 

 情報量の渋滞を起こす彼ら彼女らの関係は──幼馴染みである。

 

 

「……はぁ。なんで、雫を誘ったのにアンタたちがいるわけ?」

 

「私がみぃちゃんを誘ったの〜♪」

 

「俺が司を誘った」

 

「そして、オレが来たっ!!!」

 

 

 見るからに不機嫌そうな顔をする絵名だったが、最早諦めたのか、雫の手を引いて歩いていく。雫はそのまま連れられていき、残された湊と司は顔を合わせて苦笑すると、懐かしいなと言ってそのあとを追いかけた。

 冬なのに春のような陽気のとある日。いつかの軌跡を辿り、四人は集まった。

 

 ◇

 

 最初に訪れたのは今日の絵名の目的でもあった、最近ようやく日本オープンを果たした海外で有名なブティック。センスというより感性が独特な司はさておき、四人中三人は専門ジャンルだったり、趣味や仕事の関係上、比較的知識が深い分野。

 トレンドが、流行がと言い争う湊と絵名。こっちもあっちもみんなに似合いそうだと、服を重ねて微笑む雫。そして、棒立ちの司。

 

 

 決着のつかない論争に二人が疲れた頃、合わさないよう逸らされた視線が、妹へのお土産にとアクセサリーを見ていた司に注がれる。

 黙っていれば、変顔もせず整った顔立ち。身長も172cmと、小さ過ぎず大き過ぎずの中間ライン。ショーという名の運動をしてるからか、ガタイも悪くなく、服を着こなには申し分ない。

 

 

「試すか?」

 

「望むところよっ!」

 

 

 売り言葉に買い言葉。安い挑発に乗り、面倒臭い二人の司ワンマンファッションショー、もといコーディネート対決が幕を開ける。

 鬱陶しいほどに溢れ出る爽やかさを全面に出すもの。素材を活かし普段とはギャップのあるカッコよさを魅せるもの。痛いくらいに振り切って厨二チックなもの。大人しく文学男子らしいもの。

 

 

 一々ポーズを構え無駄に上手く演じる司に、絵名が文句を言うのは仕方のないことだった。

 

 

「あぁもう! ほんと、素材だけは無駄にいい!!」

 

「もう少し中身が違ったら変わるんだけどなぁ……これだからなぁ……」

 

「似合ってるわよ、司くん! こっちにもポーズちょうだい?」

 

「はっはっは! 任せろ! 360度余すことなくスターの輝きを届けようっ!!!」

 

 

 無意味と無駄を重ねる寸劇は、店員さんに注意されるまで続き。四人は、お詫びとして一人一着ずつ服を買って店を後にした。近くにいた客の視線は、とても美男美女のグループに向けられるものではなかったという。

 

 ◇

 

 休憩という名の、女王様のご機嫌取り。

 喫茶店に腰を下ろした四人は、敗走品を確かめながらお茶やデザートに舌鼓を打っていた。

 

 

「絵名ちゃん、こっちのパンケーキすごく美味しいわよ? 一口どうかしら?」

 

「ありがと、雫。あーん……んぅ〜、おいしい! やっぱり、ここのデザートはどれもハズレがないわね」

 

「ふむ……そうなのか?」

 

「ショッピングモールに併設されてる他のチェーン店とも肩を並べてるくらいだからな。SNSでも有名だよ。ほら」

 

「おぉ! 新商品の宣伝にコメントが百件以上も……! 咲希に知らせねば!!」

 

「いや、あの子なら知ってるでしょ。こういう所、結構マメに調べてそうだし」

 

 

 当人同士の仲は微妙でも、それが兄弟姉妹に向くことはない。

 司はなんだかんだ彰人と仲がいいし。絵名も志歩や咲希の現在を雫経由で聞くくらいには自然な関係を作れている。性格的にも正反対な二人だが、ある種、下を大切にする心は同じ。

 感情の振れ幅が激しい所も、案外似ている部分なのかもしれない。

 

 

 時を経て、目線も立ち位置も、居場所も変わった。

 それはしょうがない変化。成長に伴う代償。

 あの日の面影を見ているようで、今しか見えない景色を湊は眺めている。甘い、甘いミルクティーに反射する自分の表情が、普段より柔らかくなっているのに、少しだけ気付かないフリをした。

 

 

 泡沫の夢。

 掴もうとしたら、壊れてしまう幻影。

 ふわふわと漂う雰囲気を、形に直すのが難しいのと同じく、今という瞬間は儚いものだ。グラグラと積み上げたこの空気を崩すくらいなら、このままの方がいい。

 熱くもなく冷たくもないぬるま湯が丁度いいのだ。

 

 ◇

 

 お茶をして、違う店を回って、ソファでアイスを食べながら少し休んで、また歩いて。解散まであとちょっと、という所で、ハプニングはやってきた。

 良くあること。

 大きめのショッピングモールで起きる、子供の迷子。

 

 

 通路の隅に蹲って泣いている子供が、偶然にも四人の視界に入った。

 勿論、一番早く走り出したのは司。通り過ぎる客の合間を縫って、目線を合わせるために膝を着いて声をかけた。

 

 

「一人で怖かっただろう少年っ! もう安心しろ! スター(オレ)が来た!!」

 

「……ぅぅ……お兄ちゃん、怖いよぉ……!」

 

「なにぃ!?」

 

「普通、そのテンションでいったらビビるだろ。お前はバカか?」

 

「バカでしょ」

 

「ふふっ。あらあら、大丈夫? 怪我はしてない?」

 

「……うん」

 

 

 優しく微笑みかけた雫に心を許し寄り添う少年を、湊が落ち着かせて情報を聞き出し、司は一人寸劇(コント)で笑わせ、絵名もそれに続きお絵描きで笑顔を長引かせて、安全に迷子センターまで誘導する。

 放送を流してから十分もしない内に少年の両親はやってきて、四人に深々と頭を下げて感謝を伝え、去っていった。

 

 

 別に誰も助けてなんて言っていない。

 勝手に先を行った司を湊が追いかけ、絵名が続き、雫は少し遅れて辿り着く。コンビネーションとも絆とも表し難い、ただなんとなくそれが最善だと思う行動を各々がこなし、問題を乗り越えた。

 彼ららしい回答。

 

 

「ただでさえ疲れてたのに、余計に体力持ってかれたわ……全く」

 

「滅多にしないんだから、偶になら人助けも悪くないだろ? 絵名」

 

「そうだぞ! 善いことをしたあとは気分がいいっ!」

 

「はいはい、アンタたちはそうでしょうね」

 

「……不器用ね、私たち、みんな」

 

 

 並んで帰る四人は、きっと器用には生きられなかった。

 夢を忘れたり、夢を諦めたり、夢を投げ出したり、夢から覚めたり。

 ジグザグに道を変えながら、視線だけは真っ直ぐ前を向いて、進んだ。

 

 

 また、振り返るのは、もっと先の明日に任せて。




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何気ない日常、その変化

 お久しぶりです、インターンが始まって辛い私です、しぃです。
 ネタがネタだったので、今回はお話が短めなのです……許して……許して……

 決して、決して、星のカービィの新作に気を取られて筆が進まなかったわけじゃありません。プロットが短いし装飾しようにもできなかったのです。

 p.s.
 Restoさん☆9評価、青蒼葵さん☆9評価ありがとうございます!!
 ぼちぼち投稿ですが、これからもよろしくです〜
 (ネタやお題お待ちしてます)


 小学校に上がる少し前。

 不自由ながらも、何気ない日常を無邪気に楽しんでいた頃の話。

 

 

 その日、湊と雫は二人だけだった。妹である志歩は新しい友達と遊びに行き、暇になってしまったのだ。三人いればできることも、二人だと味気ない。薄味な遊びなんて、すぐに飽きてしまう。

 月野海家のリビングのソファに埋もれるように座って、どうしようかと、湊と雫は話していた。

 

 

「うーん、なにするか? 二人だとやれることも多くないし……」

 

「そうね〜」

 

「折り紙……は前やったし。ゲームは──雫、得意じゃないもんな」

 

「そうね〜」

 

「……雫? ちゃんと考えてるか?」

 

「もちろん!」

 

「じゃあ、雫は何がしたい?」

 

「みぃちゃんに、私の似顔絵を描いて欲しいわ♪」

 

 

 満面の笑みを湊に向ける雫。ニコニコ笑顔のその瞳には、溢れんばかりの期待と興奮が込められている。対して、それを受け取る彼は苦い表情をしていた。得意か不得意かと言われれば、湊は絵を描くことは得意だ。けれど、それは服に限る。この頃の彼の場合、絵においての人は人形のようなもの。モデルとして着せなければわからないから、仕方なく描いてるに過ぎない。

 

 

 単体、しかも似顔絵を、なんて期待のハードルも含めて難易度が高い。

 ただでさえ、可愛らしい幼馴染み。恋愛感情関係なく、素直に雫のことが好きだった湊は、下手になったらどうしよう、可愛く描けなかったらどうしよう。なんて、色々と考えてしまう。

 未来の彼と変わらず、雫に対する想いは繊細で、傷付けるのは恐ろしい。

 そんな心を察してか、逃げる言い訳を取り繕おうとする湊の手を、彼女はそっと包み込んだ。

 

 

「私ね、みぃちゃん。みぃちゃんが描く私を見たいの。上手いとか、下手とかどうでもよくて、みぃちゃんから見た私を知りたいの。……それでも、ダメ?」

 

「──もう、わかったよ。描くよ、描くから、動くなよ。似顔絵なんて……初めてなんだからさ」

 

「えぇ♪ 任せて!」

 

 

 疲れないのか、微笑みを絶やさない雫の似顔絵を、湊は描いた。真剣に丁寧に、少なくとも一時間以上はかけて。もっとも、完成した絵はお世辞にも上手いとは言えないものだった。服の時と比べたら一目瞭然。

 しかし、雫はそれを大事に大事に抱き締めて、嬉しそうに「ありがとう」と言った。夢を諦められない理由の、小さな一つだった。

 

 ◇

 

 時は流れ、現在。

 週に一度、強制的に休みが決まった湊は雫に頼み込み、デッサンのモデルになってもらっていた。ギリギリ仕事判定を受けないライン、その妥協点を探った結果である。スケッチブックに描かれていく偽物と、椅子に座り動かない本物を交互に見ながら修正を重ね、近付ける作業。

 

 

 本格的なものではない。

 練習であり、お遊びの一環であり、ちょっとしたプレゼント。

 描いたものが欲しいと言った彼女への、少しばかりの手心を加えながら、鉛筆を走らせる。最近見たあの服なら似合うだろうな、とか。トレンドから少し外れるけど、あの服も悪くなかったな、とか。

 ふわふわと次の服のアイデアを頭の片隅で組み立てながら、完成の手前まで歩く。

 

 

(……おかしいよな、ほんと。どんなにがんばっても、本物の方が綺麗だ)

 

 

 美化したつもりはない。

 それでも、絵に描いた雫は目の前にいる雫に遠く及ばない。一枚の絵に落とし込むには力が足りてないし、そもそも落とし込むのは無粋とも思える。

 花の如く儚く、可憐で美しい。かと思えば、世界を照らす太陽にもにた眩しさを持っている彼女。まるで、天使か女神か。

 

 

「みぃちゃん、可愛く描けてる?」

 

「……難しいな」

 

「あら、残念ね」

 

「そりゃそうだろ。目の前にいる女神様が最高に可愛いんだから、これ以上なんて無理だ」

 

「……ばか」

 

「ちょっ、叩くなよ!? 線がズレる!」

 

「ばかばかばか!」

 

 

 真っ赤な顔でポカポカと叩いてくる雫を避けて、湊はなんとかデッサンを完成させて、彼女を宥めた。言葉に惑わされる雫は、出来上がった絵を見て喜びつつも、その日の夕食をピーマンとナスづくしにすることを決めた。

 




 顔がいい四コマ「うどんかそば」

「うどんよ!」

「そばだろ」

「うどんよ! モチモチで、コシがあって、何より食感がいいの!」

「そばだろ。細く長く、噛み切りやすい。ツルッと食べられて喉越しもいい」

「うどん!!」

「そば!!」

「……二人とも、何してるの?」


 週に一回程度、様子を見るため、月野海家で夕食を食べにくる志歩が目にしたのは、うどんだそばだと言い争う姉と兄貴分だった。
 なんでも、麺類と言えば、ということで言い争ってたらしい。
 バカらしい、と彼女が一蹴するには仕方のない状況。珍しく揉めていると思ったら、本当に些細なことで話してる。


 もしかしたら、自分もそういう人ができたらこうなるのだろうか、と一瞬考えたが、ないなと即座に頷き鞘を収めるために中間点を出した。


「決まらないならラーメンでいいでしょ? 二人の言ってる事の、丁度間くらいだよ」

「そう言われれば……」

「確かにそうだな」

「はい、決定。ほら、早くご飯にしよう。練習終わりでお腹減ったし」

「いや、でも、しぃの意見って自分の好きな物推してるだけじゃないか?」


 夜の七時過ぎ、月野海家はうどんかそばかラーメンかで騒ぎに騒いだ。
 勝者は誰一人いなかったという。

──────────────────────────

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舞台の上で

 お久しぶりです、私です、しぃです。
 社会人一年目になりました。いや、一日しか働いてないんですけどもね。

 ともあれ、今回はちょっと控えめで四コマもぷらいべったーに投稿したやつを貼っつけただけなのです……許して……許して……
 ネタがあんまり思いつかないのです。

 ともあれ、総合評価? が1000を超えたし、お気に入りも400人超えて、UAも60000を超えたので、来週は記念ifでも書こうかなぁと考えてます!


『──というわけだ。悪いが、頼まれてくれないか?』

 

『はぁ。わかったよ。大人しく寝てろ。言っとくけど、俺は何回も代役できる余裕ないからな』

 

『はーはっはっは! 任せろ! 明日にでもかぜは……ゴホッゴホッ!』

 

『はいはいじゃあな。ゆっくり休めよ』

 

 

 土曜の朝。雫たちと決めた、定期的な休息日。

 こはねの案内でフェニランを回る予定があった彼女たちと違い、湊は暇を持て余していた。司からの電話が来る、ついさっきまでは。不覚にも体調を崩してしまった彼曰く、今回のショーはワンダーステージ初の二部構成らしく。掴み始めたファンを囲いつつ、新しいお客さんの目を引けるようなものにしたかった、とのこと。午前と午後で二回通せるようなハードなスケジュールで、体力の限界への挑戦でもあったとか。

 

 

 軌道に乗ってきた今が仕掛けるチャンス。全員で話し合って、なんとか今日から動き出す企画だった。それを聞かされた湊が、NOと断れるわけもなく、久しぶりにバイクのエンジンを入れて走り始める。

 向かうは、笑顔を作る最高の舞台。

 

 ◇

 

 第一回目の公園が始まる三十分前。それが湊がステージに到着した時間。彼は手馴れた様子で今日の衣装に着替えて、類から渡された台本に目を通す。

 

 

「……長いな、やっぱり」

 

「いけそうかい?」

 

「やるしかないだろ。借りもあるし、それを返すいいチャンスだ」

 

 

 余裕はない。前後編の二部構成に分けているだけあって、内容はボリューミー。桃太郎のアフターストーリーをベースに、浦島太郎の一部要素を付け足し、違うものにしたストーリーも悪くない。

 弱虫として仲間に捨てられた小鬼が、鬼退治を終え数年経った桃太郎と出会う所から始まる物語は、途中に苦難があり、それを乗り越えて芽生える絆があり、最後には復讐劇でありながら仲直りをし、人と鬼は平穏に暮らす、なんてハッピーエンド。最後は笑える大円団だ。

 

 

 脚本を書いた司もそうだが、きっと彼を支える仲間もよかったんだろう。

 だからこそ、だからこそ、叩き込む。全力で叩き込む。

 主人公である小鬼。成長していく彼の性格、その心情。アドリブになっても対応できるよう、セリフを完全に詰め込み思考をトレースする。一生とも言える脚本の中の記録を頭の中で追体験し、落とし込む。

 

 

 舞台に慣れた、類や寧々、えむには及ばずとも主役としての存在感を作り出す。

 

 

「そろそろ幕が上がるよ。みんな、準備はいいかい?」

 

「任せて! 今日もみんなを笑顔にしちゃうよっ!」

 

「平気、大丈夫」

 

「全力でやりきるよ」

 

「……司くんに代わって、それじゃあ──ショータイムだ!」

 

 

 類の声を合図に、学園祭の時とは違う、本物の舞台に湊は一歩踏み出した。

 

 ◇

 

 朝から遊び尽くし、こはねに最高の場所として選ばれたワンダーステージに雫がやってきたのは、午後も四時を過ぎた頃。司から諸々のことを聞いて、彼がここでショーをやっていると知っていた彼女は、みんなとは少し違うワクワクを抱えて足を運んだ。

 いつだって笑顔にしてくれる、湊とは違う意味で頼れる幼馴染み。

 本当ならそんな彼の舞台を見るはずだった。

 

 

 しかし、そこに立っていたのは、いないはずの湊であり──観客の全てを飲み込む主人公。いつも隣にいる、知っている彼とは明らかに違う。学園祭の時より惹き込まれる演技。

 声も、振る舞いも、違う。

 当たり前のはずなのに、そこに違う側面の湊を見て、見蕩れてしまう。

 

 

 架空の人物になりきり、彼と同じ顔で違う人のように在る不思議な感覚が、雫を虜にする。彼女は、驚くみのりやこはねたちの隣で、恋する乙女の表情で舞台を見つめた。

 変化を恐れているはずなのに、目が離せない光景。

 圧倒的な存在感。

 

 

 難しい理由なんかこれっぽっちもなくて、ただ心が惹かれた。

 

 

「……湊」

 

 

 役者、演者、どちらでもいい。

 姿変わらず、違う誰かになろうとする、違う誰かになれてしまう魔法使いのような彼の沼に落ちていく。

 偶然重なった瞳が、何事もなかったかのように躱されたのは寂しい雫だったが、後に好き過ぎる彼がもっと好きになれて満足だと、そう語ったという。

 

 




 顔がいい四コマ「ケーキバイキング」

「二人の予定が空いてて良かったよ。流石に野郎三人でこの店は入り辛いし」

「いや、その格好してる方が入り辛いでしょ……」

「ふふっ♪ いつ見ても似合ってて素敵だわ、みぃちゃん!」


 変装──もとい、女装をした湊と雫、愛莉の三人は彼の誘いでケーキバイキング店にやって来ていた。元々は家族水入らずで行こうと友香が計画していたのだが、急遽入った仕事で中止になり、代わりとして湊が二人を誘ったのだ。
 もし、二人が誘えなかったら類と司を誘って野郎三人衆で来るところだったらしいので、悪くない結果なのだろう。


「……まぁ、いいわ。予約一ヶ月待ちの人気なお店に誘って貰えたんだもの! 遠慮なく、食べさせてもらうわ」

「愛莉ちゃん! あっちに和菓子風ケーキコーナーがあるわ! 行ってみましょう♪」

「あんま、取りすぎるなよー」


 適当に忠告をして、湊も甘さ控えなティラミスやチーズケーキを皿に乗せてテーブルに帰る。
 余談だが、この店は90分のバイキングコースでドリンクバーも付いて1500円と破格の値段。安くて美味しいケーキをいっぱい食べたい女子高生やOLに人気で、今も店内はほぼほぼ女性でうまっており、男性は付き添いの彼氏さんがいるくらいだ。


「……俺、取りすぎるなって言ったよな?」

「しょ、しょうがないでしょ! 色々目移りしちゃったんだもの! それに、ケーキバイキングなんだから、食べたもの勝ちよ!!」

「大丈夫よ、みぃちゃん! 私も協力して食べるから!」

「いや、そういうのじゃなくて、単純にふと──」

「湊、それ以上言ったら、絞めるわよ」

「目が笑ってないぞ、愛莉……アイドルは笑顔がナンボだろ?」

「乙女の事情に口を突っ込む人間は、馬に蹴られて死んでもいいと思うの、わたし」

「冗談だから、やめてくれ……」


 一触即発の空気は、愛莉がケーキを食べ始めたことでどこかに消え去り、湊と雫も美味しそうに食べる彼女を見ながら、談笑を挟みつつケーキを口にした。
 人気店と言われるだけあって、どのケーキも美味しく、少し経てば交換会が始まる。
 お互いの皿に乗せたケーキを食べさせ合う愛莉と雫をぼーっと眺めながら、湊がコーヒーとティラミスを交互に食べて飲んでを繰り返していると、抹茶クリームケーキが刺さった雫のフォークが向けられた。


「あーん♪」

「いや、俺は……」

「受け取っときなさいよ、美味しいわよ、抹茶クリームケーキ」

「……わかったよ」

「あ〜ん♪」

「あ、あーん」


 抹茶の苦味とそれを受け止めるようなクリームの甘さが融合したケーキは、湊の口の中でとろけていく。
 予想外の美味しさと、微かに残った羞恥心に悶える湊を見ながら、愛莉と雫が笑い、賑やかなティーパーティーは続いた。


 無論、会計は湊持ちである。

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