朝比奈さんは今日も生きる。 (芦野)
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この世界は今日も生きづらい
1
朝起きて、学校に行き、授業を受けて帰る。
平日はこれを繰り返すだけの毎日で。
じゃあ土日はどうかというと特に何があるというわけでもない。
望んだわけでも、頼んだわけでもなくてもやってくる今日を私はただ過ごしているだけ。
でも、私は今日も生きる。
金曜日の学校が終わる瞬間は、私にもほんのちょっと特別なものに感じられる。
学校という場所が居心地の良い場所ではない、私みたいな学生はたいていそういう気持ちになるんじゃないかな。
校門から出ると、真っ先に首にかけていたヘッドホンを耳につける。
周りの音がすっと聞こえづらくなるこの感覚が、私はたまらなく好きだ。
お気に入りの曲を流すと足取りも軽くなる。
かかっている曲を口ずさみながらスキップ……は流石にしないけど、身体が軽くなったような感覚は本物だ。
歩いてほんの数分、ちょうど一曲聞き終わる頃に目的の場所に着いた。
シャッターが下ろされたままの店が半分ぐらいを占めているような、このひなびた商店街に毎週金曜に来ることが、いつのまにか習慣みたいになっていた。
「……コロッケ2個とメンチカツ、それとトンカツをお願いします」
「はいありがとね。コロッケは一個すぐに食べるでしょ?」
「はい」
コロッケを片手に商店街を歩く。
学校から家に帰るまでの間の、ほんの少しの寄り道。
もしも誰かにそんなこと必要ないじゃないか。と言われても、私はこの習慣をやめることはないだろう。
2
朝が苦手というほどでもないけど、目覚まし時計の音は苦手だ。
まあでも、そうじゃなければ目覚まし時計としての役割を果たすことはできないんだろうけど。
顔を洗って歯を磨き、寝癖を直して制服に着替える。
辛いのはここまでで、一度家の外に出てしまえば意識しなくても足は勝手に学校に向かってゆく。
「……」
バスに揺られながら、ぼーっと最寄りのバス停に着くの待つ時間はきっと、私のつまらない人生の中でもかなりつまらない時間だろう。
なによりもすぐそこに、他人がいることの居心地の悪さがしんどい。
公衆の面前、というやつが私は生まれてこのかた苦手だ。
踊りたくなっても踊ることは許されず。
叫びたくなったとしても、大声をあげればたちまち不審者だ。
……他人という存在がこの世界から無くなれば、どれだけ私は楽になれるのだろうか。
独裁者になりたい訳じゃないし、無差別殺人者になりたいわけでもないけど、この国、いやこの世界には他人が溢れすぎている。
そんなことを私は思いながら時間を潰していた。
ヘッドホンをつけて、本を読む。
教室での授業中以外の私のほとんどはこういう状態でいる。
本を読むことは好きだし、ヘッドホンから流れる音楽は当たり前だけど、私の聞きたい曲しか流れてこない。
でも、それ以上にこうしておけば誰かから話しかけられることを防げる。
つまりは私の安寧を妨げる
中学校の終わりから色々な方法を試したけど、これが一番シンプルで効果がある。
昼休みはなるべく校内の人気がないところで時間を潰すのがいい、これを始めてから学校にくるのが随分と楽になった。
あとは授業をやり過ごせば、学校から解放される。
慣れてしまえば作業と同じだ。
そして今日も昼休みがやってきた。
「……」
もう1学期も中盤だから大丈夫だとは思うけど、出来るだけすみやかに教室を出ること、それがなによりも大事だ。
「ふぅ……」
ミッションは無事に成功した。
校庭の外れの巨木の近くが、私のこの時間の定位置だ。
「……よっと」
レジャーシートを敷いて、靴を脱いでから横たわる。
どうやら今日の天気は晴れらしい。天気予報通りで何よりだ。
雲がほとんどない空は青くて綺麗だけど、私個人としてはもう少し雲があった方が好きだ。
どれだけ綺麗な色があったとしても、それ一色でその綺麗さを感じることはきっと難しい。
ヘッドホンを外してみると、風の音が聞こえてくる。
正確に言うのなら、風が吹くことによって他のものがたてる音だ。
自然が奏でる音は、普通の音よりもどこか色づいて感じられる。
まぁ、多分勘違いというか私が勝手にそう感じているだけなんだろうけど。
「……あ」
そろそろ昼ごはんを食べようと思って気がついた。どうやら肝心なものを教室に置き忘れてきてしまっていたらしい。
何をしてるんだ私は。思わず頭を抱えたくなる。
どうしようどうしようどうしようどうしよう。
どうしよう、どうすればいい?
優雅に逃避行をしたつもりだったのに、これじゃあただのバカだ。
「……」
仕方ない、いったん戻るか。
しばらく考えてみたけれど、やっぱりいい方法を思いつくことが出来なかった。
「……」
外からそっと教室の中を覗いてみると、私の席には他の女子が座っていた。
……予想はしてたけど。
話が盛り上がってそうなグループの中に、割って入って行くことが私にとって平気なわけない。でも、このままここにいるわけにはいかない。
「ふぅ……」
ヘッドホンを外してから大きく息を吸って、吐く。
「……忘れ物したんでちょっといいですか」
私の言葉に場が一瞬凍りつく。
「あ、ごめんねー勝手に使っちゃって」
クラスメイトの顔を見ずに私は、机の脇にかけておいたレジ袋を取った。
よし、あとは一刻も早くこの場から立ち去ればいい。
ふっと気が抜けたそのときだった。
「ねえよかったら
グループの1人の女子に笑顔でそう声をかけられた。
「……おかまないなく」
予想外のことに、そう返すのがやっとだった。
「……はぁ」
さっきの出来事は本当に心臓に悪かった。
あの人に悪気は多分ないんだろうけど、それが余計に厄介だ。
もっと何か自然に返せればよかったけど、とっさに言葉が出てこなかった。
まあでも、次からは不用意に接触しないように気をつけるしかない。
終わってしまったことはもうどうしようもないし。
「……」
紙パックジュースを飲み干して、私は再びレジャーシートの上に寝転んだ。
やっぱり、私にとってこの世界というやつは生きづらすぎる。もうちょっとどうにかなったらいいのに。
なんて、別に誰に向けてって訳じゃないけど、私はこう呟きたくなってしまった。
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とある放課後
1
学校が終わってから適当におやつを買って、私は家に帰った。
「……」
家に帰ると私はほとんど自室にこもっている。
まあ、単にそれが一番居心地がいいからってだけだ。
「ふー」
さて、今日は何しよう。
とりあえず、溜まっているアニメでも見るか。
テレビをつけて、ベッドにもたれかかったところだった。
「ねーねーあーちゃんゲームしよー」
ノックもなくドアを開けて妹が部屋に入ってきた。
「えー今からアニメ見ようと思ったんだけど」
「いーじゃんいーじゃん、ほらいこいこ」
一度言い出したらこの妹は引き下がらない。それは私の経験上確かなことだった。
「……分かったから服の袖を引っ張るな、伸びる」
仕方ない、この妹とやらのゲームに付き合ってやるか。
「で、またこれなの」
「そーなのだー今日は
……さてはこいつ、この前こてんぱんにしたことを根に持ってるな。
「おりゃー! とー!」
「叫んでも火力はあがんないよっと」
私は今やってるようなパズルゲームは、苦手な部類なんだけど、流石に
はずだったんだけど。
「見たかー! 茜のスーパーコンボを!」
「おーすごかったすごかったよー。茜の完全勝利だおめでとう」
口では平静を装いながらも、結構内心では傷ついていた。
確かに最初は露骨に手加減していたけど、途中からは結構本気になっていたのに。
茜の成長が著しかったっていうのもあるけど、こうも簡単に負かされてしまうとは思わなかった。
「じゃあ私は部屋に戻るから」
「いつでもリベンジに来てもいいかんねー」
得意げに笑う妹に、本気でイラッとしている自分がいることに気づいた私は、なんだかちょっと恥ずかしい気持ちになっていた。
「……」
動画でも見てこっそり特訓、しようかなぁ。
そんなことを部屋に戻ってからも私は考えていた。
2
「はぁ……」
体育の授業というやつは、私みたいに運動オンチな人種には一番辛い授業だ。
特に球技は最悪で。
──いや、やめておこう。今日の授業のことを思い出すと、本気で死にたくなる。
もう痛くないはずなのに、思わず鼻をさすってしまった。
「いらっしゃーせー」
コンビニに入ると、入店音と店員さんの声が私を迎える。
まずは雑誌コーナーを見ようと思って視線を向けると、そこには見知った顔があった。
「よっ」
向こうも私に気づいたらしく、右手を軽く振ってきた。
「いい加減立ち読みしないで買ったらどうですか?」
「いやー今日ちょっとギャンブルですっちゃって」
「いつもそうじゃないですか」
このいかにもダメ人間っぽい女性は、
年は多分20代で、職業は……この人今何してるんだろ。
まあそれはいいとして、私は彼女とは会うとよくこうしてたわいもない会話をする。
唯一の気のおけない年上の友人。彼女との関係を端的に表現するのならこんな感じだろう。
「それよりさ〜今日も暇でしょ?」
「なんで私が暇なこと前提なんですか」
「せっかく会ったんだからさ、買い物終わったらでいいからちょっと付き合ってよ」
「えー」
別に最初から行くって言ってもいいんだけど、あえて一回乗り気じゃないふりをする。
「いいじゃんいいじゃんお願い」
「まあ、どうしてもって言うなら、付き合ってもいいですよ」
「やったーじゃあ外で待ってるね〜」
そう言って彼女は嬉しそうにレジに向かっていった。
「……さて」
一応は人を待たせてるわけだし、ささっとガムとかお菓子を買ってコンビニを出た。
「お待たせしました」
「いいよそんな別に、じゃ行こうか」
「朝比奈ちゃんってさー今気になってる人とかいないの?」
「いないです」
私達は近所の行きつけのファミレスに来ていた。
「えー花のJKなのに?」
「おばさん臭いですよ、その言い方」
「……おばさん? 今おばさんって言った? ねぇあたしまだアラサーだからさ、アラサーっておばさんじゃないでしょ?」
「知りませんよ、そんなの」
「……朝比奈ちゃんはもうちょっとあたしに優しくしてくれてもいいと思うなぁ」
「十分優しいと思いますよ。今ここにいること何よりの証拠ですよ」
自分でも不思議なぐらい、彼女に対してはちょっと失礼な私でいられる。
それは年上の女性への態度としては正しくないんだろうけど、私なりの親しみやすさの表れということだと思う。
絶対に口にはしないけど、彼女は気をつかわないでいられる貴重な存在だ。
「それより、恵さんはどうなんです? 好きな人いるんですか?」
「あーそれ聞いちゃう? というか聞いてよねえ」
「なんですか」
「実はいまだに好きなんだよねー別れた恋人のことが」
「……なるほど、その恋人さんには振られたわけですか」
「いーや違う、いや違わなくもないけど……とにかく振ったのはあたしからだし」
「……」
面倒くさいなこの大人。
「なんだろう、その人はお金持ちの家の人だったからさー色々ずれてるっていうかなんというか」
「そうなんですか」
「そう。でも、めちゃくちゃ顔がいいんだよね〜いまだにたまに夢に出てくるんだよぉ」
恵さんはそう言ってコーラを飲み干した。
「連絡とったらいいじゃないですか」
「そうだけどさー。でも、自分から連絡したらなんか負けた感じがするじゃん」
「……面倒くさいですね」
「ほら、朝比奈ちゃんには分からないかなーこの複雑な乙女心ってやつがさー」
「どうなんでしょう」
いわゆる恋愛というやつに、興味がないわけじゃないけど、いまいちピンとこないというかよく分からない。
「そういえばさ、最近学校はどう? 友達とか出来た?」
「聞きます? それ」
「……いや、やめとく」
思ったより話が長くなって、帰る頃には夜になっていた。
「いやーありがとねー長話に付き合ってくれて」
「いいですよ、別に」
なんだかんだ、友人との会話は楽しいものだ。
「じゃ、またねー」
「また」
コンビニの近くまで歩いて、恵さんと別れた。
「ただいまー」
玄関には靴がなかった。茜はどこかに行っているんだろう。
──今日は静かな夜になりそう。
そう思いながら私は制服を脱いだ。
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星屑とロックスター
1
二度寝というやつは、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。
「……あ」
しばらくしてから気がつく。
今日平日じゃないか、と。
「……やば」
どうしよう完全に寝坊だ。
しばらくベッドの上で考えてみたけど、今から急いで準備しても絶対間に合わない。
そうと決まったら私がとる行動は決まっている。
電車で行くとすぐ着くような距離でも、歩くと結構時間がかかった。
「ふぅ」
それにギターを背負ってるってのもあって、余計に疲れた気がする。
「よっ……と」
団地だったり、一軒家が肩を並べている区画の隅にある寂れた公園。錆びたブランコの近くのベンチに私は腰かけた。
周りの景色から取り残されたみたいなこの場所が、なんとなく好きでたまにここにくる。
「……」
ヘッドホンを首にかけて、大きく息を吸って吐く。
手にピックを持つと胸の鼓動がいつもより早くなるのを感じる。
私は決してギターが上手い方じゃない。
でも、ときおりこうやってギターを弾きたくなるのはなんでだろう。
「……っと」
誰に向けてでもない、何か目的があるわけでもない。
ただ、自分の好きなリフを弾いてみたり、弾きたかった曲を練習したり、ただ思うままにギターを弾いた。
「……ふぅー」
久々に弾いてみると、やっぱり下手になってるなって痛いほど感じた。
指も痛いし、もしかしたら筋肉痛になるかもしれない。だけど、それがかえって私の気分を高揚させてくれた。
弦からピックを離すと、まるで魔法から覚めてしまったかのように、疲れがどっと押し寄せてきた。
「……疲れた」
ギターをケースにしまっているときに、なぜだか将来の夢を学校で半ば強制的に書かされたことを思い出した。
そのときに私はロックスターって書いて、クラスメイトや担任の教師に嘲笑されたけど、別にふざけて書いたわけじゃない。
ただ漠然と思ったことをそのまま書いただけだ。
……今の私がもしまた同じことを強制されたなら、今度は星屑になりたいって書こう。
そう決めて私はギターケースを背負った。
公園を出たときに時間を見ると、1時を過ぎたぐらいだった。
別に家に帰ってもいいんだけど、その前にいい加減お腹が減ったから何か食べたい。
さっきは電車に乗り込んで私は街中に向かった。
駅に着いてから迷うのもやだし、先に何を食べるか決めておきたいけど、学生の身分の私に潤沢な予算があるわけでもない。
うーんどうしたものか。
色々考えて結果、駅の中にあるチェーンの喫茶店に入ることに決めた。
2
「……ふぅ」
注文したものが揃うまでは、どうしても周りが気になってしまう。
まあでもここにはいわゆる赤の他人しかいないから、学校と比べると大分ましだ。
私は他人が苦手なんだけど、その中でも特に距離が近い他人のことが苦手だ。
ようするに、私のことを認知してない人のことはそこまで苦手ではないということだ。
……そもそも私の価値なんてその辺の石ころと変わらない。
他人が築きあげた文明に依存して生きているのに、他人を拒絶している、どうしようもない寄生者だから。
注文したアイスカフェラテに、ガムシロップをひとつ入れてよくかき混ぜてから、私は首にかけていたヘッドホンを耳に戻した。
いつもは音楽だけだけど、なんだか映像も一緒に見たくなって私はスマホを取り出した。
「……」
ピザトーストを頬張り、アイスカフェラテで流し込む。
映画館でのポップコーンとコーラが最高に美味しく感じるみたいに、ライブ映像に没入しながらの食事はいつもよりずっと美味しく感じた。
喫茶店を出たときには、もう夕方にさしかかる時間になっていた。
このまま帰るには少し早い気がするけど、気分転換にはなったし、家でゲームでもしよう。
そう考えながら私は電車に乗り込んだ。
「……」
何だか急に甘いものが食べたい気分になってきた。
私の前で、つり革に掴まっているサラリーマンの持っている紙袋。そこからただようドーナツの芳香に脳が完全に支配されてしまった。
……どうせ嗅がされるなら、電車に乗る前に嗅がされたかった。
「ただいまー」
「あー! あーちゃんお帰り!」
私が家に帰るなり、妹が出迎えてくれた。と、言っても純粋に帰りを待ちわびていたわけじゃない。
この妹がそんな殊勝なわけないし。
「で、その袋には何が入ってるの?」
「……シュークリームだけど?」
「茜の分は?」
ニヤニヤしながらさも当然の権利のような顔をする。
「ないけど?」
「え〜そんな〜!? 嘘だと言ってよお姉さま〜!」
愚妹を無視して、私は部屋に引っ込んだ。
「……ふぅ」
シュークリームを食べながらしばらくネットサーフィンをしていると、突然携帯が鳴り始めた。
誰かと思って見てみると恵さんからだった。
「もしもし?」
「朝比奈ちゃんちょっと聞いてよ〜」
「どうしたんですか急に」
「実は元恋人と、めでたくよりを戻すことになりました〜!」
「……」
いや、彼女からの電話の用件は、たいていたいしたことのないものだけど……想像の1000倍どうでもよかった。
「え、ノーコメント?」
「オメデトウゴザイマス」
「ありがと〜! ──それでね」
その後も能天気に浮かれる彼女ののろけ話に、私はながながと付き合わされたのだった。
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オレンジ色の影(前編)
1
お盆休みが始まる一週間ぐらい前のある朝、私は一人家を出た。
……といっても別に家出とかじゃなく、お母さんの実家に帰省するためだ。
ということで、予定も何もない私が今日先に行くことになったというわけだ。
スーツ姿のサラリーマンやOLに紛れて、私は普段来ない駅に降り立った。
この駅はこの地方の基幹となる駅で、広さも乗り換え先も、迷子になりそうなぐらい多い。
あらかじめ場所と経路を覚えてないと、私は確実に迷うだろう。
駅のコンビニで、飲み物と軽食を買っていよいよ電車に乗り込んだ。
お盆休みシーズンにはまだ早いからか、車内は空いている。
「ふう……」
今日は特急を使わないから時間がかかる、といっても別に急いでるわけじゃないしか。
二時間半が四時間半になることよりも、浮く数千円の方が今の私にとって大事だということだ。
──夏休みが始まったその日に、私は髪を染めた。
落ち着いた感じのオレンジ色を前髪の内側に入れたんだけど、これがなかなか自分で見てもしっくりきていると思う。
前にも髪を染めたことはあったけど、今まで一番鏡を見るのが嬉しくなった。
茜にはなんか不良っぽいとかいじられたけど、もしかしたらお母さんとお父さんもそう思っているのかもしれない。
まあ髪を染めたぐらいで不良扱いされるのはたまったもんじゃないけど、私が両親にとっておそらくいい娘じゃないのは確かだし……それはいいか。
……自分でも何を考えてるのかよく分からなくなってきた。
一度軽く身体を伸ばそうとして立ち上がったところで、ちょうど乗り換えの駅に到着した。
2
電車が来るまでの時間で、さっき買ったおにぎりを食べながら待つことにした。
このあとにもう一回乗り換えを経て、ようやく目的地に着くわけだけど……。
「ふわぁ……」
そこまで早起きをした訳でもないんだけど、どうにも眠たくなってきた。
標高というか、山の方に向かって来たからか、随分と空気が涼しい気がする。昼寝にはちょうどいい感じの気温で余計に眠くなる。
ヘッドホンから流す曲を変えながら、眠気と格闘しているうちにようやく次の乗り換えの駅に到着した。
「もしもし……うん、今着いたところ……次の電車で行くから、3時前ぐらいにつくと思う……うん。よろしくー」
私はいいって言ったのに、わざわざ駅まで迎えに行かせるってお婆ちゃんが譲らないので、結局私が折れて駅まで迎えに来てくれることになった。
正直、申し訳無いというか、私にそこまでの労力をかける必要なんてないのに。
そろそろ目的地が近くなってきたけど、次の電車が来るまで一時間近くあるのが面倒くさい。どうせだったらここで駅弁かなんか買えばよかったのかな。
「……」
なんでだろう、いつも時間が欲しいときには時間がなくて、時間がいらないときには時間がある。
一方的に与えられて一方的に奪われるなんて不条理だ。
なんて、くだらないことを考えながら時間を潰して、ようやく電車がやってきた。
「ふわぁ……あ」
駅の外に出て、背伸びをしたところで目が合った。
小走りで目が合った人のところに向かう。
「
「ばーちゃんがうるさいから、ま暑いだろうし乗りなよ」
「遠かったでしょ」
「まあそれなりには」
「アンタって今年いくつになるの?」
「15」
「へぇ、もうそんなになるのかー、どうりでデカくなったと思った」
空ねえは私のお母さんの妹、つまり叔母さんだ。
私のお母さんはたしか三姉妹の一番上で、一番下が空ねえだったはず。
といっても、そんな堅苦しい関係じゃなくて何かと私に良くしてくれる優しいお姉さんって言う方がしっくりくる。
「……そういえば空ねえ車替えたんだね」
去年の帰省のときはもっと普通の車に乗ってた気がする。いや、別に今乗ってる車が普通じゃないってわけじゃないんだけど。
「そうそう! ずっと前からこれに乗りたくて」
「なんか赤くてゴツい車でちょっと驚いた」
車内のシートとかも赤と黒のツートンカラーで、なんかオシャレだなーって思う。
「カッコいいでしょ」
「まあ私は車のこと全く分かんないけど、カッコいいと思うよ」
空ねえは嬉しそうな顔で、ハンドルを指でトントンと叩いている。
「ご飯食べた?」
「うん」
「そう、じゃあとりあえず家行くよ」
それから空ねえの運転で、しばらく山道を走ってようやく目的地に着いた。
3
「あれそういえば、お婆ちゃんは?」
家に着いて少ししてから、気づいた。いつもだったら出迎えてくれるお婆ちゃんの姿が見えない。
「あーそういや言ってなかったわ。ばーちゃん腰やっちゃって入院中」
「……えー」
いや、もっと早く教えてくれてよかったのでは?
「あーでも、アンタの家族が来る頃ぐらいにはたぶん退院できるよ」
「そうならいいけど……」
お婆ちゃん、結構いい年だからさすがにちょっと心配だ。
「……ふぅ」
縁側にゴロンと横になりながら、ぼんやりと空を見ていた。
なんていうか、これがTHE日本の原風景というやつなのか、私は何度目かのありきたりな感想を抱いた。
こうしてぼんやり眺めていると、私が普段住んでいる町並みよりも、この景色の方がずっと、
この家は田舎の家らしくかなり広い。築何年かh平屋建てで横に広い感じで、当然木造建築というやつだろう。
あとは掛け軸だったり刀だったり、頭上に先祖代々の写真があったりすれば、もっと田舎の家っぽいって言えるかもしれない。
……まあ詳しい造りがどうだとかは、私には分からないけど、お婆ちゃんと空ねえが二人で住むにはやっぱり広いなあという感想だ。
「あーそういえばアンタ晩ごはんなんか食べたいものある?」
「え、空ねえが作ってくれるの?」
「なわけ。ほら、好きなの選びな」
そう言うと空ねえは何枚かのチラシを私に投げてきた。
「ピザ……寿司……うーん」
チェーン店のデリバリーも悪くはないけど、わざわざ帰省してきた日の晩餐のイメージには合わない。
「何? 気に入らないの?」
「いやー?」
まあ、私一人にお客様待遇されてもなんか気持ち悪いし、適当に決めるか。
「じゃあピザで、野菜あんまり入ってないやつなら何でも」
「分かった」
空ねえにちょっと散歩してくる、と言って私は家を出ていた。
当たり前のように広がる田んぼだったり、家の近所とはちょっと違うセミの鳴き声だったりが新鮮に感じられた。
母方の実家、つまりここに最後に帰省して来たときは、私はまだランドセルを背負っていた。
そのときはお爺ちゃんのお葬式で、楽しさとは無縁の儀式めいたというか、陰気臭い田舎ってイメージしか感じなかったけど、今こうして来てみると、なんだかすごく落ち着いたいい場所に感じる。
「すーはー……んー」
空気が美味しいというか、人が少ないのが私の体質に合っているのか、身体が軽い。
時間は短いけど、普段の何倍もリフレッシュ出来た気がする。
そのまま軽い足取りで私は家に戻った。
「……そういえば、アンタギター弾くの?」
ピザにかじりつきながら空ねえが急に聞いてきた。
「どうしたの急に」
「いやだってあれ、ギターでしょ?」
「あぁ、うん」
「へーいいじゃん」
「お母さんに貰ったから、それなりには大事にしてるつもり」
「気が向いたらでいいからさ、何か聞かせてよ」
「……気が向いたら、ね」
用意された布団に寝転ぶ、思ったより寝心地は良くて、これならすぐ眠れそうだ。
「……」
こうして虫の鳴く声を聞きながら、私の帰省初日は終わりを迎えたのだった。
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