イキリTS転生者は純真な幼女にコマされる。 (さかまき)
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1 イキリTS転生者はイキリながら少女に出会う。
「――ここはおめぇみてぇな嬢ちゃんが来る場所じゃねぇんだよ!」
いかにもゴロツキがいつくような酒場を兼ねた冒険者協会の中で、いかにもといった様子のゴロツキが、一人の少女に難癖をつけていた。
少女はとにかく見た目がいい。身長はかなり低いが、胸部は非常に豊満で、両手で抱えてもこぼれてしまいそうだ。黒髪のほとんど手入れがされていない癖の強い髪の毛は、だというのにつややかでそれが自然体に思えてしまう。
どこかダウナーなツリ目は、どこか人を寄せ付けないような雰囲気を纏っていた。
服装はショートパンツにゆったりとした魔術師風のケープ。外で動き回ることを重視した魔術師の女性は、自然とこういう服装になることが多かった。
「それで?」
「今すぐ帰って、ママのおっぱいでも吸ってろって言ってんだよ」
「うわ、本当にそういうこと言うやついるんだ……」
「あぁ!?」
おもわず、といった様子で飛び出た彼女の言葉に、男はいきり立って叫ぶ。無理もないだろう、明らかにバカにしたような態度だったのだから、売り言葉に買い言葉だ。
少女としても、その態度にやばいと言った様子で目を見開いたもの直ぐに挑発的な笑みを浮かべた。
「幾らなんでも、下品すぎるよ。そういう言葉しか習ってこなかったのかな?」
ゴロツキが下品なのはそうだが、少女もかなりの煽り屋だ。とはいえ、この場合少女はどうも向こうから手を出すのを待っているように思える。
周囲の目を気にしているのだと、注意深く観察すれば分かることだろう。
そして、肝心の周囲はと言えば、二人のやり取りを特に気にした様子もなくそれぞれ依頼書を眺めたり、酒を呑んだり、カウンターで事務員とやり取りしていたりする。
事務員も、視線を向けるものはいるが、今のところは静観のようだ。
冒険者は実力主義、たとえ喧嘩になったとしても、それは当人の問題であり、また弱いほうが悪いというのが普通の考えであった。
「一度、痛い目を見なきゃ解らねぇようだな――!」
「来るの? いいよ、来なよ。そっちが先に仕掛けたんだからね?」
「知ったことかよ!」
あくまで少女は自分が被害者であるということを強調した。しかし、それはこの世界の常識として考えると少しズレたものだ。
男は気にした様子もなく、少女に向けて杖を迎える。
この男、魔術師であった。そもそも、少女に声をかけたのも、どうやら新人らしい少女が、分不相応にも危険度の高い依頼を受けようとしていたからだ。
口は悪いが、男としては別にそこに隔意はなかったのである。
しかし、気がつけば杖をこの新人少女に向けていいた。
流石にそこまでくると、周囲の人間もざわついてくる。絵面は最悪だ。喧嘩の末に、上級者が新人に杖を向けた。少女は正当防衛を気にしていたが、この場合はどこをどう切り取っても弱い者いじめである。
とはいえ、周りの反応は同情以外のものは混じらない。
少女はその様子にいかにもだなー、といったふうに眺めながらも、目の前の男へ向き直る。ローブ姿の禿頭、魔術師のくせにやたら筋骨隆々なのは趣味だろうか。
ハゲに諦めを感じる丸坊主に祈りを捧げつつ、少女は男の詠唱に耳を傾けた。
「大海よ、大海よ、大海よ、纏まれ、纏まれ、纏まれ。透明のうねりの中で、流れる龍の顕現となれ」
「水の中級魔術」
ほお、と少しだけ感心する。
感心する理由は色々あるが、少女の認識では魔術師は中級魔術を使えれば、戦闘で困ることはないだろう、という認識だ。
その上で、男は水属性を選んだ、水属性の魔術は殺傷性が低く、万が一にでも相手を殺すことはない。つまり男はある程度こちらに配慮があるということだ。
周りの視線から、更に同情的なものが飛んでくる。新人の魔術師に、中級魔術は荷が重いだろう。水属性だから、せいぜいずぶ濡れになりながら吹き飛ばされる程度だろうが、それにしたってひどい話だ。
相手は見目麗しい女子だというのに。
ずぶ濡れに成ってスケスケになった服を期待している視線もいくつかあった。少女は気付いていなかったが。
ともあれ、それを聞いた上で、少女は男を小馬鹿にするように笑みを浮かべて、
「その程度かぁ」
実際に、失笑した。
完全に見下した笑みだった。
「はっ、言ってろやぁ!」
男はそして魔術を完成させて放とうとした。
――それは叶わなかったが。
「ん? なんか言ったかな?」
直後、冒険者協会の施設を覆い尽くすほどの光が、少女の手からこぼれだした。
「なっ――」
光は男の生み出していた水を飲み込み消失させると、やがて収束していく。周囲の人間が、戻った視界を動かして瞠目する。
見たのは、光の十字架だった。
「――今、何をした!?」
「何って、
「な――――」
男が驚愕に絶句する。
無理もない、端的に言うとこの世界の魔術は詠唱が長ければ長いほど効果が増すのだ。無詠唱など、そもそも効果を発揮するはずがないのである。
しかしそれが、中級魔術を一方的に打ち消すことなどありえない。
その魔術が、中級魔術より強力でない限り。
そしてそれは、一般的にこう呼ばれる。
「まさか――上級魔術……!?」
そう、一般的に中級の上とは、つまり上級。
誰もがそう考える、この世界の一般とは、そういう認識なのだ。その上で、
「いいや、違うよ?」
少女は否定した。
何を、と周りが疑問に思う間もなく。
「最上級魔術、だよ」
この世界の常識ではありえないことを口にした。
少女は満足げに笑みを浮かべて、周囲の唖然とした様子を見渡した後、魔術師の男に背を向けた。
「ば、バカいうんじゃねぇよ! 最上級魔術なんざ伝説上の話じゃねぇか! あり得るわけねぇ!」
「だから? もしそうだとしても、私はアンタの中級魔術を一方的に消し飛ばせる上級魔術を無詠唱で使えるんだけど?」
「い、インチキだ! なにかしらの手品に違いねぇ!」
これで終わりだと背を向けた少女に、情けなく呼びかける男へ、少女は侮蔑とともに視線を向ける。もう終わったことにこれ以上突っ込むのは野暮というものだと。
しかし、それでも男は食い下がる。
「この俺の魔術があんな簡単に消えるなんざありえねぇ! なにかしたんだろ、言ってみやがれ詐欺女!!」
「……はぁ、プライドを傷つけられたのは分かるけど、流石に見苦しいよ、おっさん」
流石に、これ以上絡まれても少女としては益がない。少しばかり、絡んできたゴロツキにマウントが取れればそれでよかったのだ。
だというのに向こうは変なところでヒートアップしてしまった。
少女の我慢の沸点は低いのだ。
「鬱陶しいよおっさん、ほんとにさぁ」
少女の手から光の十字架が浮かび上がる。彼女は即座に決めたのだ、これで吹き飛ばしてしまおう。何、命をとりはしない。少し服が吹き飛んで身につけている装備も吹き飛んでしまうかもしれないが、命あっての物種だ。
軽く黙らせてやろうと、そう十字架を動かそうとして。
「たすけてください!!」
――幼い少女の声が、協会の中に響き渡った。
<><><>
「すごいすごい!! 空を飛んでる、早い! これなら間に合うよ!!」
「落ち着いて、落ち着いてって」
飛び込んできた少女の名前はマオ、自身の暮らす村が魔物――ワイバーンに襲われているという。それに応えたのが、先程まで協会中の視線を集めていた少女だったのである。
マオは齢十と少しかという幼い少女だ、プラチナブロンドのセミロングの髪、服装は安っぽいがきれいなもので、育ちは悪くなさそうだ。背丈は小さいミオより更に小さいが、決して女児、という感じはしない。年頃の少女。そんな少女が、なぜ協会までやってきたのか。
なんでも、ワイバーンが自分だけをねらわなかったのだという。他の住人は、外に出れば上空のワイバーンに即座に攻撃されるのだとか。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「私のことは、ミヤでいいよ」
――それに応えた少女の名は、ミヤ。橘美也というのが、本来の名前だ。
彼女は異世界からの転生者である。彼女――正確には“元”彼は、ある日交通事故に見舞われた。そして、気がついたら今の姿でこの世界にいたのである。
いわゆる異世界転生、ミヤは元の世界に未練がないわけではなかったが、事故で死んでしまった以上、細かいことは気にしないことにした。
そして、新しい人生を歩むことになったわけだが、彼女には困ったことが二つあった。
女性になってしまったこと。
自身の能力。
前者は言うまでもなく、TSモノをそこそこ嗜んでいた彼女は、ある程度現状を受け入れることができたが、それでも残念なものは残念である。何より大きいのは、非常に豊満な胸部に恵まれたにもかかわらず、それに一切の興奮を覚えないことだ。
とりあえず、しばらく経っても姿はこのままのようなので、ミヤは一旦気を取り直すことにした。ある程度気合を入れて、一人称は“私”とし、口調は元から性別的なものを感じさせないものだったので、そのままに。
この世界を生きる冒険者ミヤとしての人生をスタートさせたわけなのだが。
もう一つの問題は、自身の能力。
異世界転生と言えば強力なスキルだ。ミヤもその例に漏れず、強力な魔術を使うことができた。しかし、それを使いこなすことは少し難しかったのだ。
自由自在に魔術を使えるようになるまで、結構かかった。そして、ようやく満足の行く実力になったのが今なのである。
――簡単に言うと、ミヤはこの世界にきてそこそこの時間が経過していたが、これが初めての仕事だった。
「ミヤお姉ちゃんすごいすごい! どうやってるの、これ!!」
驚き、喜び、ミヤに抱きつくマオを抱えながら、ミヤは先に進む。現在、二人は上空を駆けていた。ミヤがマオを連れて、高速で飛んでいるのだ。
正確に言えば――
「光を固定化させて足場を作ってるんだ」
「……???」
ミヤの最大の能力は光の最上級術、その無詠唱である。無詠唱で扱う光魔術は、簡単に言えば光を操る能力と言っても過言ではない。
光の形を操ったり、光をぶつけて魔術を打ち消したり。
この世界に来てからの習熟で、ミヤはこの魔術が、自分の思い描いたとおりに現象を操作する能力であると判断していた。
「まぁ、落ちる心配はないから安心してってこと!」
そういいながら駆けるミヤの速度はまさしく光のごとし、これもまた最上級魔術の力、ミヤは身体能力を光の速度に近づけることで増加させていた。
とはいえ、ここにはマオがいる。彼女を心配させないよう、少しずつ速度を上げて不安にさせないようにしているのだが。
「……!」
ふと、それを感じたのだろうか、マオがミヤに体を預けてくる。ぎゅう、と力を込めてミヤに抱きつくのだ。まずかったかと思い、若干速度を落としながら、ミヤはマオを抱きしめる手に力を込めた。
(……まぁ、不安だよな。自分の故郷がピンチなんだもんな)
そんなマオの心中を察したミヤは、急ぎ故郷へと向かう。視線を凝らして、彼女の村を守るために。――マオが走ってこれる距離だ、決して遠くはない場所にそれはあった。
山の麓に、ぽつりぽつりと家が見え、
上空には、無数のワイバーンが屯していた。
「ついた!」
「あれか!!」
叫び、ミヤはワイバーンに照準を合わせる。ワイバーンたちは、空から何かを監視しているかのように、村を見下ろしている。村を襲う様子はないようだが、マオは住人が襲われたという。
どちらにせよ、魔物と言うだけで、この世界では討伐対象だ。
「マオ、目を塞いでて」
「う、うんっ」
そう言って、片手でマオを抱きしめると、ミヤはもう片方の手を前にかざす。生み出すのは、光の塊、そしてそれを収束させた十字架だ。
様々な試行錯誤の末、ミヤがたどり着いた光魔術、最上級の最も単純な使い方。
まず、最初の光の塊で目を潰す。視界を奪った直後、生み出される光の十字架を、敵は見失うことだろう。
そしてこの光の十字架、込める魔力にもよるが――
「――吹き飛べ!
――まさしく、必殺。
急激な光で状況も解っていなかったワイバーンに向けて放たれたそれは、凄まじい勢いでワイバーンの中心部に突撃し、そして猛烈な光とともに彼らを焼き尽くす。
狙った相手にしか効果をもたらさないのも、この魔術の特徴だ。
「わ――」
気がつけば、ワイバーンは跡形もなく消えていた。
「すごい、すごい!」
「こんなもんだよ」
ミヤは当然といった様子で言う。とはいえ、それが当然なのはミヤだけなのだが、今の彼女はそこまで考慮していない。
光の最上級魔術を使う意味など、これっぽっちも。
「すごいすごい! すごいすごーい!」
そしてマオが村の危機という状況を脱することで、気を張る必要がなくなったことで、どのような感情を抱いたのかも。
すごい、すごいと言ってミヤに抱きついてくるマオが、自分の胸に顔をうずめていることを、ミヤはこれっぽっちも意識してはいなかった。
「ちょ、くすぐったい、くすぐったいよマオ!」
「すごい! ミヤお姉ちゃんすごいーーー!」
純真なマオという幼女の、開いてはいけない扉を、胸を密着させ続けたことで開こうとしていることを、ミヤはまだ、気がついていない――――
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2 イキリTS転生者は純真な幼女にコマされた
「――いや、まったく助かりました!」
年老いた老人が、村の代表を名乗りミヤに挨拶をしていた。
ここは村の一番大きな建物にある食堂――のような場所。大人数で食事を摂ることができるが、食堂というよりはパーティ会場のほうが近いかもしれない。
この世界のことを全くしらないミヤは、そんな感想を抱いていた。
「お姉ちゃん、すごいんだよ!」
座り込んで代表――村長で問題ないだろう――彼の話を聞いていたミヤの腰に、マオが抱きついている。可愛らしいな、と思うもののミヤは一向にそれを気にせず村長と話しをしていた。
「ご無事で何よりだよ」
現在ミヤは村長にこの場所へ通されて歓待を受けている。若干年老いた壮年の女性たちがせわしなく動き回り、料理を用意してくれている。
ここに来るまで、子供の姿はマオ以外に見かけなかったな、と頭の片隅でミヤは考えていた。
「本当に助かりました。貴方は我々の命の恩人です」
「いやいや、いいんだよ。それにしても――」
そういいながら、ミヤの脳裏に浮かんだのは、“こんな辺鄙な村”という単語だった。ミヤは大変失礼な性格であった。が、しかし、きちんとコミュニケーションを取る相手には、言葉は選べるタイプであった。
「なんですかな?」
「ああ、いや――ここはどういう場所なんですか? 食堂、って感じもしませんけど」
即座に話題を変える。ワイバーンはまとめてしばき倒した以上、今のミヤの興味はこの村だ。山奥の辺鄙な村。そんな印象を受ける場所で、この建物は非常に豪勢な作りをしていた。
素朴な木の家屋であるが、あきらかに装飾が都会の大きい城とか、屋敷に使われるものが見受けられる。何より、村長の服装もそうだが、貧しさが感じられない。
若干くたびれて入るものの、綺麗に洗濯された清潔なもので、こんな田舎の村にはそぐわない。
不思議な場所だ――とミヤは思った。
「それは、まずはこの村の役割から説明したほうがいいでしょうな」
そう言って、料理が運ばれてきたのを契機に、村長も席につく。マオも、なんでもない様子でミヤの膝の上によじ登り、ぐっと体を預けてきた。
ニコニコと、笑顔でミヤを見上げてくる。それに笑みを返しながら、ミヤは村長の話に耳を傾けた。
「――ここは、王族の方もいらっしゃる、古い歴史を持つ湯治場なのです」
「なるほど、温泉宿」
それも、王族というからには偉いのだろう。そりゃあこれだけ豪勢かつ素朴な作りをしているというものだ。王族の隠れ家、というやつだろうか。
「初代光王様が世界を統一されてから、この地は光王様の安らぎの場所として連綿と続いてきいました。我が国で、最も長い歴史を持つ湯治場と言われています」
――光王。世界統一。
色々と気になる単語が出てきたのを心のなかでメモしつつ、今は目の前の食事、村長との会話だと箸を伸ばしつつ続きを促す。
「この場所も、そんな王族の方々を歓待するための場所として用意されているのです。時折、王族以外の方もいらっしゃいますが、基本的には王族の方々のための場所ですね」
「なるほど」
「現に、明後日には第四王女ミリーシャ様がいらっしゃいます。我々も、歓待に気合を入れていたのですが――」
「明後日って――本当にギリギリセーフじゃん」
というか、そんなときにこうして自分は歓待を受けていていいのだろうか、という気もする。とはいえ、村の危機を救い、王女の危機も救ったのだから、それくらいの歓待は当然なのかもしれないが。
「何、この村は王族のための村、この程度ではどうということはありません」
気にするな、という村長にこちらこそと礼をいいつつ、ともかくミヤは舌鼓を打つ。
(遺跡の料理より全然美味しいな……というかちょっと故郷の味を思い出す……)
長く食べていなかった温かみのある食事、それを噛み締める。どこか故郷――というか現代の味を思い出させるそれは、ミヤにとっては絶品以外の何物でもなかった。
外の世界に出てくるまでがひどすぎた、とも言う。
――ミヤは、満足の行く魔術が使えるようになるまで、ある遺跡で暮らしていたのだ。そこはベッドが石製で固く、食事がどういうわけか出てくるのだが、どれもまずかった。
「そうです、ミリーシャ様がいらっしゃるまで二日猶予があります。明日には街に帰るにしても、今日はゆっくり休まれるのがよいのではないでしょうか」
「……うん、つまり?」
ゆっくり休んでいけ、という提案はまったくもってありがたい提案だ。しかし、この村ではその意味が少し変わってくる。なにせここは湯治場、温泉があるのだ。
「はい、我が村自慢の温泉を、堪能していただければと」
「本当ですか!?」
思わず食い気味に乗り出して、膝に乗っていたマオを胸で押しつぶしてしまいそうに成った。この胸部はこれまでの人生にはなかったものなので、未だに扱いに慣れていない。
「ふおおおおおお」
何やらすごい声を出すマオに謝罪しながら、ミヤは改めて問いかける。
村長は、快くうなずいてくれた。
「やった!」
――これまで、ミヤはこの世界に来てから風呂に入っていない。ずっと水属性魔術――ミヤは最上級魔術の無詠唱は光属性でしかできないが、他の属性も詠唱すれば使用できる――で体を洗うしかできていなかったのだ。
ちゃんとした温泉に入れる、それも王族御用達。本当に願ってもない提案である。
「ミヤ様はそれだけのことをしたのです、誇ってくだされ」
「いやいや、そんな――」
なんて会話をしながら、ふと自分の膝に乗っているマオに視線を向ける。先程胸で押しつぶしそうになってから、じっと自分のことを見つめていた。
まだ怒っているのだろうか――そう考えて、しかしそうではなさそうだと表情から察する。
そして――
「……一緒に入る?」
ふと、マオにそう提案した。
「いいの!?」
「大丈夫?」
一応、村長に確認する。王族の入るような風呂だ。不敬とかなんとか、気にする必要があるかもしれない。
「ええもちろん、王族の方がいらっしゃらないときは、村のものが使っていますから」
――返答に、結構適当だな、と思いつつ、
「やったー! ミヤお姉ちゃんと一緒にお風呂―!」
「んっ、そんなに嬉しいの……?」
そういって、ばっと飛びついてくるマオに、ミヤはくすぐったさを覚えながらも頭を撫でる。微笑ましい子供の様子に、どこか母性をくすぐられるような――
――いや、ミヤは元男性である、幾らなんでも母性を覚えるのは早すぎる。しかし……などと考えながら、しかしミヤは気がついていなかった。
この選択が、彼女の人生を大きく変えるものになる、と。
いや、そうではない。
この選択こそが、
彼女の人生の最も大きな分岐点だと、このときはまだ、思ってもいなかったのだ――――
<><><>
――小鳥のさえずりとともに、少女は目を覚ます。
気だるげな朝、重たい視界と、どうにも動かない体。シーツの擦れる音がする。ここは――? 思い出せない、寝ぼけているのか、視界が定まらない。
というよりも、意識が浮上していることに、一瞬少女は気が付かなかった。
――そんな意識に急に吹き付けられたのは、寒さだった。
肌寒い、布団をかぶって寝ているはずなのに? 異世界だから? いや、この世界の文化レベルはそこまで低くない、第一この場所はあの豪華な屋敷の一室で――
――いや、そもそもどうしてその一室に自分はいるのだ。
第一、
記憶を、記憶をたどる。そもそも、自分は風呂に入ったはずなのだ。体を清めて、疲れを洗い流したはずなのだ。だというのに、無性に気だるい。
起き上がりたくない。
状況が把握できないのである。なんとか寒さに引きずりあげられた意識で状況を確認する。自分は、ミヤ。異世界転生してきた元現代人。
異世界転生のテンプレに従い、初めての依頼で山奥の村を助けた――まではよかった。
その後、その村で温泉を堪能して、そう、堪能した。
――そこからの記憶がない。
別に酒が入っていたわけではない、なにか特別なことをした覚えもない。だが――
――と、自分の体を見下ろして、
そして、
自分が何も身に着けていないことに気がついた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――へ?」
疑問符。
ハテナマークが無数に浮かぶ。
豊満な胸が、幼さが残るが肉感的な肢体が、全て顕になっている。思わず視界を周囲に向ける。ベッドの済に、バスローブのようなものが見えた。そうだ、風呂に入る前にこれに着替えるようにとおばさんに渡された覚えがある。
それを、マオと二人で受け取って――
そう、マオだ。
マオ――――いや、
「マオ様」
何故か、脳内で彼女の呼び名がそう固定されていた。疑問に思うはずが、それよりも早く――刺激が、あった。
「――んぁっ♥」
聞いたこともない声とともに、体中がゾクゾクと感じたこともない刺激で震えた。疑問符、疑問符、疑問符。ハテナマークハテナマーク、何が起きているのかわからない。
何かが体に触れている。視線を向けた、すぐに分かった。
幼い少女の手だ。
自分の胸に沈んでいきそうなほどの小さな手が、――マオ様の手が、自分の胸を掴んでいる。
「え? え? え????」
そして、マオ様も服を身に着けていなかった。幼気な肢体。成長途中ではあるが、決して未成熟というわけではない、少しだけ女性を感じさせる体つき。
そんな少女が、ミヤに抱きついていた。甘えるように、もてあそぶように。
「んぅ……ミヤおねえちゃん……もっと、しよ?」
寝ぼけた少女、甘えるような声で、しかし。
マオ様はミヤを軽々と押し倒す。
なぜ? 抵抗できなかったのだ。
ミヤは、マオ様に、――完全に、心の底から屈服している。
いや、
「――――はい♥」
陥落している。
自分でも思っても見なかったような女の声に、ミヤは即座に驚愕しながらも、目を覚ましつつあるマオ様に――獣に向かって、懇願する。
「ま、まってマオ、待って――!」
「んもー、おねえちゃん、マオ様、でしょ?」
「はひっ」
口ほどにもなかった。
即座に組み伏せられたミヤは、そこでようやく自覚する。
思い出した、とも言う。
昨日の夜、マオと二人で入浴し、最初はマオの女体に若干の邪な考えを抱きつつ感動していたミヤは、しかし気がつけば――マオに背中を洗われた辺りから、自身の女体を蹂躙されていた。
そもそも女性経験がない元男。そもそも敏感すぎたミヤの体。
そして、
これら三つを持って、気がつけばミヤはマオのものになることを誓っていた。
マオ様、マオ様、ご主人様。
とんでもないものを目覚めさせ、更にはその餌食と成ったミヤは、かくしてここに
「じゃあ、ミヤおねえちゃん――――続き、しよっか?」
「あ、あ、あ、あ、あ――――」
――異世界転生者ミヤは、イキリチート転生者である。正直なところ、あそこで相対したゴロツキなどモブか何かとしか考えない、助けた村の村長にしたって、ミヤにとってはお助けNPC程度の感覚である。
そんなミヤにとって、マオは言ってしまえばヒロイン。それも自分を慕う女の子の中のひとりだろう、という感覚だった。
それが、
今、
そんなミヤの認識が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
これは、そう――
「やぁ――――――♥」
――イキリTS転生者が、純真な幼女にコマされる物語だ。
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3 女騎士ファルビューレは性欲女子と邂逅する。
――女騎士ファルヴューレは、実直で真面目な騎士である。
自身が仕える敬愛すべき主、ミリーシャ王女からは、ファルという愛称で呼ばれる彼女は、長身の見目麗しい騎士だった。
白銀の鎧を身にまとい、その凛々しさから、男性人気だけでなく女性人気も絶大だ。
特に、ミリーシャとの関係は、白馬の王子様を憧れる女性たちからはもっぱら妄想の対象となっていた。とはいえ、そんなことファルは一切知らないのだが。
そんな彼女はいま、急いでいた。原因は彼女がミリーシャ王女の臣下であるからだ。ミリーシャ王女は休養のため、王族御用達の宿泊地に向かっていた。
その途中、冒険者協会のある町で情報収集に協会へ寄ったところに、村がワイバーンに襲われたという事態だ。
これにはさすがのファルも、ミリーシャも仰天だ。ワイバーンと言えば単体を討伐するのに上級魔術が必要と言われる凶暴な魔物である。
しかも、それに対して新人の冒険者が一人で向かったというのだから、二人は更に動揺した。
――ここで、ファルとミリーシャに取れる選択肢はいくつかあった。急ぎ王都に向かって救援を頼む。
しかし、新人の冒険者ともなれば、魔物に対して
よって、ファルの行動は決断的だった。ミリーシャ姫を宿に残し――高級宿なのだから、警備は万全だ――一人で村へ向けて馬を飛ばした。
新人の冒険者は幼い少女だという。幼いとは、あの村の愛娘とも言えるマオとそう変わらないような年齢なのだろう。そんな少女が、おそらく初めて冒険に出る少女が、ワイバーンの相手など無謀もいいところだ。
彼女が協会を発ったのは昨日のことだという、とすれば馬を飛ばせば間に合うはずだ。人の足では、あの村に辿り着く前に、追いつくはずなのだから。
「――しかし、なぜ止めなかったのだ、冒険者の連中め!」
思わず悪態をつく。
冒険者とは粗暴なものだ。雑で、愚かで、背中を預けたいとは思わない。個人主義で、実力主義。ファルにとってはあまり近寄りがたい存在ではなかったが、それでも解っている無茶を止めない連中ではなかったはずだ。
だというのに、冒険者たちは気まずそうに目をそらすばかり、事態を本当に解っているのか、それとも何かしらの負い目があるのか。
ファルにはさっぱりわからなかったが、とにかく尋常ならざる事態である。そもそも、ワイバーンの群れというのが良くない。ワイバーンといえば、それこそまさしく――
「……くそ、急がねばっ! 一体何が狙いだ!?」
ファルは最悪の想像を振り払い、馬を走らせる。
何より最悪なのは、いくら警備が十全とはいえ、民間に姫を預けることになったという事実だ。姫はファルに行けと命じた。命じられたからにはファルにそれを断ることはできないし、断る理由は一切ない。
姫に死ねと言われれば死ぬ、それがファルヴューレという騎士だ。
しかし、それでも姫の
――無力である。姫が、というわけではない。自分が――姫を守れる立場を持たない自分が、どこまでも無力だった。
とはいえ、もうすぐ村にたどり着く、そろそろ見慣れた村の入口が見えてくる。村には姫ととともに年に一回はやってくる。だから、この辺りは下手な王都の町並みより見慣れている。
懐かしさを覚えるその場所を、しかし今は危機感と祈りでもって走る。
急げ、急げ、急げ、無事であってくれ――そんな祈りとともに、ファルはただ駆けるのだ。
そして――――
「おおおおおおおおおーーーーーーーーーーーッ!!」
声が聞こえた。
腹の底から響くような、凄まじい叫び声だ。聞き覚えのない声。マオでなければ、村人でもない。とすればこれは間違いなく――新人の冒険者少女だ。
「……待っていろ! すぐに行く!」
ファルの脳裏によぎった最悪の可能性。
――それを否定するために、彼女は駆けた。ただ、ただ馬を走らせて、危機へ向けて。
しかし、
待ち受けていたのは、彼女の想像を絶するような光景だった。
<><><>
――結論から言って、村は決して被害を受けたわけではなかったし、冒険者の少女は無事だった。むしろ、村を救ってくれた救世主だという。
しかし、今、その冒険者の少女――ミヤというらしい――は。
「んおっ! おっ!! おっ! あっ!! おおおおっ! おっ――――!!」
凄まじい声を上げていた。
――現在地は、ミリーシャが滞在する予定だった施設の一室。要するに客室の一つだった。そこに人だかりができている。村中の人間が集まっていると言ってよいだろう。
その中央、扉の前で――ファルは村長に説明を受けていた。
「……あ、あの。もう一回お願いします」
「いえ、ですから……」
村長の信じられない一言に、ファルは耳を疑った。正気を疑った。故に聞き返してしまった。村長は非常に言いにくそうにしているというのに。
聞いてしまってから、まずい、と思ったものの、しかしもう遅い。村長は恐る恐る、といった様子でもう一度その事実を口にした。
「その、マオがどうやらミオ様を……その、コマして……おられるようで」
色々と言葉を選びまくった結果、余計にヤバい単語になってしまったが、しかしファルも村長も正気ではないから、気にすることはしない。
コマす、コマす……ちょっと迂遠であるがつまり、その、
「……い、致してしまっているということか――!」
正気ではないファルは口に出してしまった。
周囲の人間も正気ではないので、うなずいてしまった。
「どういうことなんだ――――!!」
その叫びに、応えられるものはいなかった――
「おうっ――!」
「応! じゃない!!!」
それは気の所為だった。
――まったく状況を把握できないが、とりあえずファルは自分が冷静であるために、状況を理解することとに務めることにした。
というか、そうしないとどうにか成ってしまいそうだった。
まず、事の起こりはどういうことだったのか。
「ええと、ミヤ様は凄まじい魔術師で、ワイバーンの群れを一撃で屠ってしまったのです……」
「まずそこからツッコミたいが……ここは本人に聞くべきだな、次!」
ワイバーンの、
群れを、
一撃。
絶対に聞き流してはいけない内容だったが、ファルは聞き流した。というか、流せないと情報量がパンクして、ファルが耐えられなくなる。
これに関しては間違いなく詳しいことはミヤという魔術師にしかわからないのだ。
だから、流した。
――正直なところ、今後のことを考えれば、こちらのほうが一大事だったのだが、ファルは目をそらしてしまったのだ。とはいえ、流石に責めるのは酷というものだが。
そして、なぜこうなったのか。
「ミヤ様は村の恩人です、丁重に歓待し、もてなし、今日に帰っていただければ、誰の角も立たないだろう、ということで歓迎の宴を開き、温泉にご案内したのです」
「まぁ、自然なことだな」
これまでにも、村の危機を救った冒険者が温泉を堪能したという話は聞いたことがある。ファルも昔、村に一人でやってきた際、魔物を退治して歓迎を受けたことがある。
「その時、ミヤ様がマオを気遣って、ともに温泉に入ろうと言ったのです」
「まぁ、微笑ましいことだな」
マオもそうだが、ミヤも幼い少女だそうだ。年の近い少女には親しみを覚えるだろうし、誰も不幸にはならないだろう。
「……思えば、その時からマオは……その、ミヤ様の胸部に……えっと、興味……を、抱いていたようです」
「…………興味」
いいづらそうにしている村長の様子から、思わずファルも興味を抱く。
そして、二人して顔を近づけてコソコソと。
「そ、そんなにすごいのか……?」
「え、ええそれはもう……」
と、なんだかスケベオヤジのような会話をした。
ともかく、事件が起きたのはその後だったという。
「最初のうちは、随分と長風呂だな、と思っていたのです。しかし、それにしては長い、ということに気がついたのです」
「見に行ったのか?」
「いえ――見に行こうとしたところで、マオがミヤ様を抱えて出てきました」
――抱えて出てきた。
その一言に、ファルは引っかかるものを感じる。というか、そこで察した。
「……今にして思えば、アレは止めるべきだったのかもしれません」
曰く、抱えられたミヤは、それはもう発情しきった雌の顔をしていたという。ちょっとだけ浮ついた表情で、村長の奥さんが言っていた。
ファルは思わず顔を背けてしまった。
泣き出しそうな村長から。――ご愁傷様です。
「それからは、その……はい」
「……この通り、か」
二人して、未だにすごい声を村中に響き渡らせる哀れな獲物が囚われた部屋に視線を向ける。直ぐに聞こえてきた声で気恥ずかしくなって視線をそらした。
「月が空に昇りきった頃には、一度途絶えたのです」
「疲れ切って二人で眠りについたのだろうな……」
「朝方からは、またこの調子で――」
「起きてまたおっ始めたのだろうな――――」
もはやファルは理解を放棄していた。
というか、明らかに理解できるような事態ではなかった。
そんなときである。
――ミオの声が、途絶えた。
「……!?」
全員の視線が扉に注がれる。
――如実に誰もが語っていた。
終わったのか? ――と。
そして、扉は開かれた。
思わずごくりとつばを飲み込んだのは誰だっただろう。
誰からともなく、道が開けられた。扉の前に集まっていた老人たちが、ファルがおののき飛び退いた。
そして、中から――
ゆらりと、悪鬼は現れた。
それは、悪魔だ。
いわゆる、淫魔と呼ばれるたぐいの、
ツヤテカの幼女――マオがミヤを抱えて現れた。
最低限の配慮か、バスローブを身にまとっている。明らかに着崩れているし、ミヤの首元には凄まじい数の腫れた痕があるが、ミヤはそれを気にする余裕はないだろう。
――ミヤは死んでいた。というか、死んでいるかのように正気ではなかった。
目はうつろで、焦点は定まらない、ああ、ただしかし――
――その顔は、どこまでも幸せに満ちていた。
思わず、ファルはその顔に憧れを覚えた。
どれほど可愛がって貰えれば、人はあんな顔ができるのだろう。思わず、自分もそんなふうに――などと良からぬ想像をするくらいには。
なお、相手はミリーシャ王女である。
「――あ、騎士様だ。こんにちわ」
「あ、ああマオ――こんにちわ」
マオとファルは顔見知りだ。それはそうだろう、毎年来ているのだから。――しかし、その時どうしてか、ファルにはマオが、どうしても恐ろしいものに見えてならなかった。
おそらくそれは、村長たちも同様だろう。マオが視線を自分に向けた時、明らかに村長は一方後ろに引いた。
「騎士様が一人ってことは、ミリーシャ様は来てないんですよね、村長」
「あ、ああそうだな……」
「……い、今から戻ってお連れするのでは、ふ、二日はかかるな」
ファルがそれに補足する。
だよねー、とマオは満足げに笑った。
「じゃあ、もう一度お風呂頂いていいですか、村長ー」
「あ、ああ……その、なんだ。風呂から上がったら、ファルヴューレ様から話があるそうだ……あるよね?」
「え、うん」
思わず素で問いかけられてしまって、ファルは思わず素で返してしまった。しかし、このことを二人がお互いに言及することは生涯なかった。
「そっかぁ、じゃあ、いただきまーす」
そういって、ツルテカの肌で笑みを浮かべて、ずるずると死に絶えたミヤを背負って温泉へ向かう少女――いや、淫魔の背を見て、
その場にいるものは、例外なく恐怖を覚えるのだった。
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4 イキリ転生者が口に出していいたい日本語第一位
――やってしまったと、ミヤは激しく後悔していた。
いや、ヤったのはマオで、ヤられたのは自分なのだが。そういう問題ではない。というか、思い出すと未だに体が(いろいろな意味で)震えだすので、少しでも意識からそれを反らすべく、今の状況について考える。
自分が何をされても反応できなくなってしまったことで、マオの調教――否、もはや交尾とも言うべき獰猛な獣の如き行為は二度目の風呂では鳴りを潜めた。
その上で、マオに優しく体を洗われ、少しずつ心の疲弊と警戒をほぐし、そして冷静さを取り戻したミヤは、未だ先程までの快感に若干の違和感が残る体と、それから完全にきしみを上げる腰をいたわりながら、なんとか部屋に戻ったのだが――
――そこで見知らぬ騎士が待っていた。
可憐な女性だった。ミヤの頭一つ以上高い背丈に、どこか幼さを残した、けれどもキリっとしたツリ目はまさしく貴人と呼ぶにふさわしい出で立ち。
軽装の鎧を身にまとい、長い赤髪を一つにまとめ、思わず見惚れてしまいそうな女性だった。
――ヒロインだ。
ミヤの中にあるイキリ転生者的直感が、それを察知した。この女性はヒロインである。自分のモノになる女性だ。とてもシツレイにもそんな事を一瞬だけ思い描き。
――ゾクっと、背筋が凍るのを感じた。
訳は、語るまでもないだろう。
ミヤはすでにマオ様のものなのだ。身も心もマオ様に屈服し、そんな自分を受け入れたのだ。この身はマオ様のモノ、だというのに、今自分はなんと不遜なことを考えた? モノでしかない自分にヒロインなどまったくもって愚かな話ではないか。
マオ様は何も語らない、ミヤのそんな意識を看破した上で見逃しているのか、気にもとめていないのか、ニコニコと騎士とミヤに同時に笑みを向けている。
無垢な笑み――そして、吸い込まれるような美しい笑みだ。ああ、なんと可憐なのだろう。自分はあの方のものになれて幸せだ――――
「違う!!!」
ガン、とミヤは頭を壁に叩きつけた。
「お、おちつけ!? だ、大丈夫だ! 君を責めたりはしない!!」
あきらかに情緒不安定な様子だったミヤの様子から、ミヤの行為を咎めるつもりだと誤解されたと判断した騎士が止めに入る。
「止めないでください! 私はミヤ! ミヤ!! ミヤなんだああああああああ!」
「おちつけー!!」
うわあああああああああ! と叫ぶミヤを羽交い締めにして、騎士がそれを押し止める。暴れ狂うミヤと、それを止める騎士。二人のやり取りは小一時間続いた。
マオはそれを、とても楽しそうに眺めているだけだった。
――閑話休題。
「コホン、私は騎士ファルヴューレ、主にはファル――と呼ばれている。マオにもそう呼んでいいと言っているのだが、マオは私のことを騎士様と呼ぶね」
「うん! 騎士様はすごく騎士様だから!」
「それは褒められているのだろうか――」
――改めて、お互いに自己紹介をしている。マオと騎士ファルヴューレは顔見知りのようだ。とすると、自ずとその素性は知れる。昨日、第四王女のミリーシャという少女が保養にやってくるという情報を得ている。だから、ファルヴューレの主とは、ミリーシャのことだろう。
「私はミヤ……よろしく、ファル」
イキリ転生者せめてもの抵抗。なれなれしく主と同じ愛称で呼びかけてみた。まぁ、ミヤはそこまで考えていないのだが。
果たして、帰ってきた反応は、
「ああ、こちらこそ」
苦笑のような笑み。籠もっているものが同情であると、ミヤは即座に理解してしまった。なぜって、チラリと視線がマオに向いたからだ。
――ああ、この人はいい人だ。いきなり愛称で呼んでも、構わず受け入れてくれる。それもこれも――――
「――貴方とミリーシャ王女は、よい主従関係なんだね」
ハハハ、と乾いた笑いが響いた。
ミヤが発したものだが、そのあまりにもうらぶれた様子から、自然とファルも乾いた笑みを浮かべていた。
「えー、私達もそうだよね、ミヤ!」
そう言って、マオがミヤに飛びついてきた。
「あひんっ!!」
すごい声が出た。
――ファルは視線を逸してくれていた。が、しかし、その声でスイッチが入ってしまったミヤの顔は、トロンと惚けたものへ変わっている。
「はひぃ♥」
――発情しきった顔で飛びついてきたマオに目を向けながら、うなずくミヤ。美しい主従の絆がそこにあったと、後にファルは自分へそう言い聞かせた。
ともあれ、そこから更に冷静に成って、恥ずかしさで崩れ落ちたミヤが復帰するまで、さらに小一時間。
ファルはその間、ミヤとマオのことを何一つ聞いてくることはなかった。ミヤは幼いながらも冒険者を名乗るということは、成人しているということで、そんな少女がマオを拐かしたともなれば、それこそファルはミヤを許しはしなかっただろうが――
――実情は、ひと目見ただけその逆であることが解ってしまうものだった。
故に、情けというのもあるが、ファルは見なかったことにするために二人の関係に踏み込まないことに決めたのだ。かくして、ここにツッコミ役は消失した。
「――確認だが、この村を襲ったというワイバーンは、君が討伐したんだね」
「はひぃ……」
若干意識があっち側に言ってしまったミヤは、なんとかそれを引き戻しながら、ファルの問いかけに答える。今、ファルが二人に対して意識を向けているのは、このワイバーン襲撃事件が問題だからだ。
大問題である。聞いたところによればワイバーンの数は十や二十では足りなかったという。
追い払うにしても国の軍隊を動かさなければならないような相手、一人で殲滅できるはずもない。しかし、殲滅してしまったのだというから、ファルはミヤを警戒せざるを得ない。
いまやその警戒はミヤの理性と同価値というほどに地に落ちつつあるが、ともかく話を聞くのは王国に仕える騎士として当然の責務だ。
場合によっては、王女にも直ぐに報告する必要があるだろう。
「私も見てたよ! すごいの! ピカピカがギューンなの!! どっかーんだったんだ!」
「あはは、そうかそうか、それはすごいなぁ」
えへへ、と笑うマオの頭を撫でながらファルは言う。つまるところ、証人がいる。何より、ワイバーンはこの地から消え、村民はミヤに感謝している。
そこを疑う理由はない。もちろん、疑う理由はないのだが、それはそれとして方法にはいくつもの疑問が残る。――この少女は、間違いなく規格外だ。
規格外、なのだが――
「――――いや、その、そんな視線を向けなくてもいいんじゃないかな?」
そんなミヤは、明らかに嫉妬に満ちた視線でマオの頭を撫でるファルを見ていた。
――おそらく、無意識に。
「えっ? あ、いや、これは――ちがっ!!」
はっと気がついて、赤面しながら視線を泳がせる。自覚してしまったのだろう。気の所為と切って捨てれれば、彼女的にはどれほどよかったか。
……まぁ、もしミヤがアリーシャ王女に同じことをすればファルも同じように思うだろうから、マオを撫でる手を離す。
少し名残惜しそうだったが、同時に嬉しそうでもあった。マオ、ミヤに嫉妬してもらいたかったのだろうか――だとすればとんだ魔性の女だ。
「まぁ、君たちがお似合いなのは解ったから、できれば素直に教えてほしいのだけど、どうやってワイバーンを退治したのかな」
「ん、ええと――」
少し、ミヤは逡巡した。
ここで明かすことに躊躇いはない、どこからどう見てもファルはヒロインで、悪い人ではなさそうだ。ここでの問題は、それではない。
――明かせば、きっとファルは驚愕するだろう。明らかに人の枠組みを越えた能力、チート転生者特有のチート能力は、人に驚愕を与える。
とすれば、ファルの反応は自ずと見えてくる。そのうえで――
――ミヤには、言ってみたい言葉があったのだ。
「最上級魔術だよ、光属性の」
「……最上級?」
――言っていることが理解できなかったのか、ファルは首をかしげた。
「最上級、といえば伝説上の魔族と、初代光王様しか使用できないと言われる伝説の魔術だろう? それを、使える? いや、使える事自体はありえなくないか? あくまで、魔術の中の枠組みの一つではあるのだから」
――それこそ、と続ける。
「それこそ、伝説にある初代光王様の無詠唱のようなものでないかぎり――――」
「――無詠唱だけど?」
間髪入れずに、ミヤは言った。
それを、ファルは一瞬だけかんがえ、そして嘘ではないと判断し、その上で、
「バカな! ありえない!」
そう、否定した。
理由はいくつかある。そもそも最上級魔術が伝説上の存在であること。それだけでも、常識はずれなことを言っているのは間違いない。だが、その上でそれが
それでは、それこそ、
「それでは、君は初代光王様ということになってしまう!」
「いや、違うけど――」
「――論理的に考えるとそうなんだよ!」
叫ぶファル、思わず声を荒げてしまった。――のだが、なぜかミヤはすごい勢いでドヤ顔だった。それはもう待ってましたと言わんばかりの顔だった。
「ミヤお姉ちゃんかわいいー」
マオが隣でそういい出すくらいには可愛らしいドヤ顔だった。そして、ミヤは満を持して、ずっと言ってみたかったそれを、口に出す。
「えっと、私なにかやっちゃいました……?」
イキリ転生者が口に出していいたい日本語第一位。
またなにかやっちゃいましたか?
それを、まさしくここしかないという場面で言い放つことに成功したミヤは、しかし。
「えーと、その……とてもいいにくいのだが」
直後。
「ヤられたのは君のほうじゃないか……?」
――――ぐうの音も出ない返しに、イキリTS転生者はひどく赤面した。
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5 イキリ転生者は説明回は飛ばす主義だった
「――最上級魔術について話をするためには、この世界の歴史について語らなくてはならないだろうな」
ああこれは、説明回というやつだ。
ミヤは直感した。説明回は世界観を知るためには重要だが、ミヤは基本的に読み飛ばしていた。ある程度は読むがなんとなくふんわりと理解できればそれでいいのだ。
話の終わりか次の話あたりでまとめてあれば最高だと思う。
――スイッチが入ってしまったミヤの思考は散漫だった。
なんだったらこの回は読まなくても次でマオがまとめてくれそうだな、とかそんな事をおもったが、ミヤにはそもそもこの回というものがなにか解らなかった。
「かつて、この世界には魔王と呼ばれる存在が居た。人類の敵だった。この魔王を討伐したのが、初代光王様、今この世界の土台とも言うべき方だ」
「勇者かぁ」
「すごいんだよ!」
ぴょんとマオがはしゃぐ。
はしゃぎ過ぎじゃないだろうかというほどはしゃぐ。少しだけミヤはジェラシーを抱いた。
「この初代光王様が使っていたのが、光属性の最上級魔術なんだ」
「そして、その光王様以外に使える人間はいない?」
「察しが良いな。王家の人間は光属性の魔術を使えるが、これまでどれだけ名君と呼ばれたものも、使えたのは上級魔術までだった」
――まぁ、これもよくある話だ。かつての勇者の代名詞が、今の王家の権勢になっているのだろう。
「ということは、王家ってのはすごい権力を持ってるんだね」
「それも知らないのか? ……まぁ、君に事情があることは分かる、今は詮索しないでおこう。話が逸れるしな。――そのとおり、今この大陸は、光王国が実質支配しているといっても過言ではない」
恐るべきことに、統一国家である。それも聞いた感じこれまで一度として分裂したこともない、かなりの権威のある王家なのだろう。
――とすると、そんな王家の王女が愛称で呼ぶような騎士が単独でここまで来るというのは、色々と察するものがあるが、ミヤは指摘しないことにした。
この説明が終わった後に不敵にも指摘するつもりだったからだ。
「歴史上一人しか使えるものの居なかった光属性の最上級魔術を使える君は、どうあっても世界にとって大きな変革をもたらす存在である、ということは解ってもらえただろうか」
「それはまぁ」
「おねえちゃんおっきいもんねぇ」
「何がだ!?」
えへへ、と笑いながら言うマオに、ファルが過剰反応した。いや、何がなど言うまでもないだろうが、言わずともミヤはとても恥ずかしかった。
赤面して顔を伏せつつ、なんとか話題を変えようと試みる。
「そ、それで!」
「おねえちゃんすごいんだよー! 私の顔よりおっきいのー!」
「そ、そんなにか……?」
「それで!!!」
叫んだ。
「すまん」
「ごめんなさーい」
――しかし叫んだはいいものの、一瞬思考がとっちらかったせいで何を話そうとしたのかど忘れしてしまった。
「……大丈夫か?」
「大丈夫……」
心配するファルをさておいて、必死にミヤは考える。このまま黙っていると、また大きさトークに移行しそうだったからだ。
そしてなんとか思い出した。
「そう、魔術! 魔術っていうのは、それぞれ六つの属性があって、下級から最上級まで別れてるっていうのは、あってるよね!」
「お、おう……あってるぞ。そこは知ってるんだな」
「……ずっとその検証ばっかりしてたからね」
遠い過去、チートで無双するために必死こいて魔術を検証し、身につけていたあの頃を思い出す。この世界の魔術にはやっかいな特性がある。
「すでに知っていると思うが、この世界の魔術は詠唱の長さで下級から最上級まで分けられる。まぁ、最上級を使えるのは伝説の魔族と光王様以外にいないのだが」
「下級、中級、上級の目安は
「――発動難易度もな」
詠唱をすれば息が切れる。だから、息継ぎをして次の詠唱をする。そしてここがこの世界における魔術師の腕の見せ所だ。詠唱が一瞬でも途切れると、魔力が乱れる。この魔力をうまく制御して次の詠唱につなげるには、技術の習熟と完成の鋭さが必要だ。
一般的に、一つの中級魔術を使えるように鳴るまで三年かかると言われる。上級ならば十年。
なお、これは抜け道なのだが、息継ぎさえしなければどんな長い詠唱でも下級と変わらない。そして詠唱の長さで魔術は効果を変えるので、下手すれば上級クラスの効果の魔術を下級で使用することも可能だ。
とはいえミヤはそれをかっこよくないと切り捨てた。抜け道を突くのは転生チートの花というやつだが、必死に息継ぎをしないようにしながらとにかく早口で詠唱を唱えきるなど、絵面が転生者じゃなさすぎる。
ので、別の方法を取ることにした。
「ミヤは他の属性の魔術も試したことはあるかな?」
「一応、詠唱ありなら全属性使えるよ、まぁどうしたって戦闘だと無詠唱の利便性にはかなわないけど」
「光属性が攻防一体の万能型なのもあると思うがね」
――この世界の属性は六つ、火、水、風、土、闇、光。
この内それぞれ、特性として火は攻撃、水は非殺傷、風は補助、土は防御に長ける。闇と光は万能だ。そのうえで攻撃的なのが闇、防御的なのが光といえる。
理由は闇では回復ができず、光ではできるからだ。逆に闇でしかできないこともある。呪いだ。
「しかし、技術としては聞いたことがあるが、実際無詠唱とはどのような理屈で行うのだ? 基本的に無詠唱というのは個人の才能が物を言うということは聞いたことがあるが」
「声に出さずに頭の中だけで思い浮かべるんだよ、内容を」
――詠唱とはすなわち、この世界にどう魔術の効果を発揮させるかという指標に過ぎない。長くすればするほど、その効果、影響、範囲は広がり、定まっていく。
声に出すことで多少アバウトでも世界にそれが伝わって、現象として発現するのが魔術だ。
脳内で思い描けば無詠唱、言うことは単純だが、実際に現象として何かを起こすには、相応の発想力と天才性が必要だ。
個人の才、というのはそこからも来ている話だ。
ミヤの場合は、この世界の人間よりも現象に対する理解が深い分、現象を起こしやすいということはあるだろう。光という原理を、ミヤはこの世界では誰よりも理解している。
ただ、それにしたってミヤの理解度は学校の理科の授業程度のものだ。それを最上級の域にまで練り上げられるのは、やはり才能というほかない。
「言わんとしている事はわかるが、私にできる気はしないな」
「ぬむむー」
マオはなにやらお祈りをしているようだった。ミヤは一瞬ビクっとしながらも、努めて冷静に話を続ける。
「ま、まぁそういうわけだから、特別なこと……ではあると思う。実感は、湧いたり湧かなかったりするけど」
――主にマオの手篭めにされてから、ミヤは自分の中にあった全能感が若干どこかへ行ってしまった。それでも、失礼なことをファルに思ったりするし、今こうして話している内容は説明回の内容だと思って適当に構えているが。
どうせ、後で回収される段階に成ってもう一度説明があるから、理解するのはその時でもいいよな、とか考えていた。
「……現状、歴史上に最上級魔術を使えたものは六人しかいない。いや、人……というのもおかしいが、光王様以外は人ではなかったからな」
「そうなんだ」
「ああ、光王様が大陸を統一する以前は、異種族が大陸に存在しており、竜人、土人、精霊、それから――ああ、そうだ」
そこでふと、思い出したと言うように。
どうにも、話の雰囲気が変わったことをミヤは理解する。
「――ミヤ、もしよければ、私の主――ミリーシャ様に、あってはもらえないだろうか」
――――光王国第四王女ミリーシャ。
ファルヴューレの主であり、そしておそらくファルヴューレの態度、立場、フットワークの軽さから導かれることとして。
「ミリーシャ様にあえるの!?」
一介の保養地の娘であるマオが、これだけ嬉しそうに、そして親しそうに話をすることからも分かる。
とすれば、会うことに是非はない。
よろこんで、そう答えようとして――
「――ミリーシャ様ともまたお風呂、入れるかな?」
「ダメに決まってるだろ!?」
ファルと二人で声を合わせて、マオの良からぬ想いを止めるのだった。
「
――――そして思わぬことを口走った。
「もー、わかってるよ。夜が楽しみだねおねえちゃん!」
イキリTS転生者はなんだか無性に死にたくなった。
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6 イキリTS転生者が動くのは常としてヒロインのためだけである。
――女騎士ファルヴューレの主、ミリーシャ王女。
ミヤからしてみれば、外に出会って早速であった3人目のヒロイン。残念ながらすでにこの身はマオ様のものだが、だからといって困っている誰かを見過ごすことは、それこそマオ様も許さないだろう。
――――ではない。
そうじゃないそうじゃない、自分は決してマオのものではないし、可愛い女の子を助けるのに理由がいらないのは元からだ。
ともかく、ミヤは気を取り直す。
「えっとー、これまでの話をまとめるとー」
少しだけ思考が乱れているうちに、マオが手を上げて話をまとめていた。
「そのいち、この世界で最上級の光属性魔術を無詠唱で使えるのは初代光王様だけである。
そにに、魔術には下級、中級、上級、最上級があって、これは詠唱の長さで決まる。
そのさん、無詠唱は頭の中でうまくイメージすることで使えるけどセンスが必要。
そのよん、騎士様はミリーシャ様とミヤおねえちゃんを会わせたい!」
「よくまとめたな」
「そのご、おねえちゃんは私のもの!」
「そこはまとめなくていい!!」
――えへんと胸を張るマオは自信たっぷりだった。そして突っ込んだファルはまとめなくてはいいといったが、ミヤがマオのものであることは否定しなかった。
もちろんミヤも否定できなかった。
「――もちろん、ミリーシャ様に会うのは構わないよ。ただ……」
「ただ?」
「何も知らないままって言うわけにはいかないよね。まず、彼女はどこにいるの?」
ミヤの提案を、ファルはごもっともだとうなずいた。
知りたいこと、知るべきことはいくつもあって、それを聞いてきてくれるほうがファルとしてもありがたい。というよりも、信用がおけるというものだ。
ミリーシャの立場を鑑みれば、信頼はできなくとも、信用のおける能力をもった人材が、一人でもいてくれたほうがいいのだから。
「君が新人冒険者として初めて訪れた街――冒険者協会に寄ったんだろう? あの街さ」
「ああ、あそこでワイバーンの話を聞いたんだ」
なるほど、納得。
それで急いでここまでやってきたわけだ。つまるところ原因はミヤなわけだが、ミヤはそこを一切気にしない性格だった。
「年に一度の保養でね、毎年この時期にはここに訪れるんだが……焦ったよ、ワイバーンがいきなり襲ってくるなんて」
「まぁ、私の初陣にはふさわしいイベントだったけどね」
そうやって軽口を叩きつつ、ヘラヘラとミヤは笑みを浮かべる。
「危険なことだったんだぞ。確かに君の実力なら問題はないだろうが、万が一はある」
「なかったからいいじゃない。それにこれからもないよ、私はこの世界で唯一の最上級光属性魔術師なんでしょ?」
「だとしても、だ。……そもそも、それが使える時点で、降り掛かってくる問題は大きすぎるほどだと思うが」
――その会話に、ファルはミヤのパーソナリティを透かして見た。
ビッグマウス、というわけではないが、随分と自信過剰なところがある。それに見合った実力があっても、どこで足元を掬われるかわからないタイプだ。
少し、見ていて危なっかしい。
「でも、困ってる人を見過ごせないのも事実でしょ? できるのが私しかいないなら、私が行くのが当然じゃないか」
そしてこれもまた、ミヤの偽らざる本音であると言えた。
「もーおねえちゃん、あんまり油断しちゃダメだよ! おねえちゃんが危険な目にあうと、マオ悲しいよ!」
「はひっ! う、うん解りましたマオ様……気をつけます……」
そして、マオがミヤの両手を握って上目遣いをすると、ビクっと震えて反省した。ファルもなんとなく理解する。ああこれ、結構いいコンビなんじゃないか?
「……ともかく、ミリーシャ様をあまり待たせたくはない、可能なら今すぐにでも出発して、その間に説明を――」
「いやー、大丈夫だよ。移動なんて一時間もあればできるし、移動中は話できないかもしれないし」
「ねー」
――ごくごく当然の提案だったが、それをミヤは否定した。マオも同意しているようで、ファルは一瞬疑問符を浮かべるが、直ぐにそもそもミヤが一日もかからずにこの村にたどり着いたことを思い出し、納得した。
移動中話ができないかもしれないということは、それだけ動きの激しい移動なのだろう。空でも飛ぶのだろうか。
「ああでは──そうだな。なんとなく察しているかもしれないが、ミリーシャ様は王族の中でも立場が低い。四人いる王女の中で、もっとも若く、そして……最も光属性魔術を使えない」
「……まぁ、そんなことだろうと思ったよ」
ファルの語った内容は、ほぼほぼミヤが想定した通りのものだった。
権力の弱い王女様、けれども優しくて、立派な騎士が隣りにいて、なるほどまさしくミヤが味方するべき存在と言えた。
――四人の王女の中で、ミリーシャだけが妾の子供なのだそうだ。血筋としても弱く、魔術の才だって残念ながら無い。優しさは人としては評価するべき点だが、ミリーシャは優しすぎるともいう。つまり為政者には向いていない。
それでいて、王から露骨に愛されており、他の姉妹からは嫉妬の視線を向けられている。
と、どうやらそういった立ち位置のようだった。
「絵に書いたような難しい立場だなぁ」
「……ハッキリ言ってしまうと、君は人間性は善良だが、立場が信頼の置けるものではない。得体がしれない、と言ってしまってもいい」
「それくらいハッキリ言うのは嫌いじゃないよ」
「すまない。……だが、そういった存在に頼らなければならないほど、私たちは窮地に立たされているのだ」
「それはいいんだけど――」
ミヤはミリーシャを助けることに異論はない。権力者と懇意になれれば最上級光属性魔術師という厄ネタを抱えたミヤにとっては色々とメリットが有るし、何よりファルの言葉は真剣そのもの、マオ様の知り合いということもあって疑う余地がない。
だが、問題はそこではない。そもそも、この話は前提が違う。
「――どうしてそこまで、ファルはミリーシャ様の立場にこだわるの?」
そもそもミリーシャが優しい性格ならば、姉を押しのけてまで立場を得ようとするだろうか。どこを切り取っても、それはミリーシャの人間性にそぐわない。
とすれば当然、これはファルの独断であると考えるのが自然だ。
「解るか……そうだ。これは私の独断だ。ミリーシャ様は、それを望んではいないだろう」
「だったら」
「――ミリーシャ様は、自分が他の姉妹にとって目障りな存在になるのなら、
それは、――たしかにそうだろう。
ミリーシャの言うことは最もで、嫌われ者がいれば、他がまとまるというのはミヤにも覚えがある。とすれば、ミリーシャの言うことは間違いではないのだろう。
そう、間違いでは。
だからこそ、ファルの行動原理も解ってきた。
――――まったく、この主従はとんでもない似た者同士だったようだ。
「……だがな、私は知っているのだ。幼い頃、まだ彼女たちの間に、何のわだかまりが生まれる理由もなかった頃。――あの四人は、本当に仲のいい姉妹だったのだ」
「…………やっぱり」
そう、ファルが動く理由。
――とても端的で、あまりにもわかりやすいたった一つの理由は、そう。
「
たった、それだけのことだった。
「――おねえちゃん! 私ね、知ってるの!」
そして、
「他の王女様たちも、ここに来るの! 皆悪い人じゃないの!」
マオは、そのすべての王女と面識があった。
「――マオも、ファルも、ミリーシャ様も、ここにいるのはいい人ばっかりだね」
素直に、ミヤはそう思った。
マオがいうなら、きっとその王女様たちもミリーシャ様のように、聞いただけで解るような素敵な人なのだろう。会ってみたい――そう、素直に思うことができた。
ヒロインだからとか、転生者は弱者を守るものだから、とか、そういうことは関係なく。
何より――見上げるマオの顔を、ミヤは見た。
この世界に来て、初めてであったミヤのヒロイン、ご主人さま、運命の人。見つめるだけで、どこか心が高鳴ってしまいそうな――体がゾクゾクと震えだすような、そんな思いが駆け巡る。
いやこれは――恐怖?
コホンと咳払いをして、じっとミヤはマオを見る。
ともあれ、一つだけ言えること、ミヤの物語はマオが助けを求めたことで始まったのだ。その直後、ミヤの運命はそれはもう百八十度急転直下を遂げたとしても。
マオ様という最高のご主人さまに出会えたことは、間違いなくミヤにとっては幸運だった。
だから、決めるのだ。転生者とは、大きな騒動を拒むもの、というわけではないだろうが、ミヤは誰かのために頑張るなら、できれば善い人のために頑張りたいと思っていた。
――ただの日本人でしかない自分が、どうしてそこにこだわるのかは、自分でも少しわからないところがあるが、ともかく。
「じゃあ、やろうか」
マオと互いにうなずきあって、それからファルを見た。
――かくして、ここにミヤの物語は始まる。いきなり純真幼女に意図せずコマされてしまったものの、それ以外は実にそれっぽい物語だとミヤは思う。
ああ、だからこそ。
実にテンプレだと思うからこそ、それ以外の部分に、
ミヤは、思いもしなかったのだ。
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