鬼殺の世に召喚されし暗黒の太陽 (ナイ神父)
しおりを挟む

序章 鬼と獣
1 獣と鬼


 ───涔涔と積もる雪は、物事の痕跡を隠すにはこれ以上無く相応しい。

 牡丹のような大粒の雪はどしどしと降り積もる。雪は生物の気配を惑わし、匂いを隠し、音を吸い、痕跡を消し去り、森閑とした一面の銀世界だけが残る。

 野生の獣は姿を隠し、この世界が溶け落ち、青々とした木々で山が埋まるその時まで自らを静謐に抑制する。

 

 知っているからだ。この白いモノは我々()には何の利も齎さないことを。

 知っているからだ。獲物となる他の獣もコレ(銀世界)の中では動かないことを。

 知っているからだ。コレの中に於いては我々でも熱を奪われ死に至ることを。

 獣の純粋な知性だからこそ知っている、稀にこの時期だろうと目覚める獣もいるが、そんな奴から死んでいく。食事が足りず、人を襲い、殺される…幾度となく見た光景だ。

 だからこそ、出て来ない(眠ったままで)獣は起きない(目覚めない)

 

 …だが────

 

 「マスター殿、お初にお目に…はて?」

 

 ───此処に、暗黒の帳が降りた最中。誰も踏みやらぬ純真なる純白の新雪の上に降り立つ()が1基。

 

 「───おや、おやおやおやおや。」

 

 名乗りを上げようとした獣は目を細め、見る者に不快感を与える薄ら寒い作り笑いを浮かべ辺りを見回す。

 獣が頭を動かすと共に、その黒と白の2色に分けた頭髪についた鈴がシャランシャランと鳴るが、すぐに雪へ音は溶けて消えていく。

 

 「ンンンン、まさかこの拙僧がはぐれとして…いや?違いますでしょう。まさかこの霊基で呼ばれるなどとはカルデアで以外あり得ぬと思うておりましたが…はてさて。」

 

 翠を基調にした僧衣、片側の胸部を露出し紅白の道化の如き腕部、悪魔の如き爪。体躯は2メートルにもなり、日ノ本の者としては恐らく他に比べる者は居ないであろう。

 

 「ですが…ほう、何処ぞの何方かは存じ上げませぬが令呪の繋がり(マスターの反応)自体は微かにあるようで。ふむ、ンンン───」

 

 獣は眼を見開き、その黒曜石の如き奇怪で淫靡なる瞳を歪める。其の顔面、総てを嘲笑う悪鬼の如き精神を内側へ秘め、表層に浮かべるは美しき顔にて。

 

 「…ああ、ああ!なる程なる程!()()()()()()で御座いましたか!拙僧理解致しましたぞ。ええ、ええ、であるならば───」

 

 此処は魑魅魍魎、数多の妖魔跋扈せし平安の世より幾千年、神秘薄れたる大正にて、鬼に溢れし異界の地。

 之は厄災、魔を滅する者でありながら神を喰らい、悪霊すらも取り込んだ悍しき外道の獣。

 

 「この儂!この蘆屋道満がァ!この特異点にてェ!!新たなる主が為に粉骨砕身躍動致しましょうぞ!!ンッンンンン!!」

 

 ──即ち、嘗て異星の神の使徒として人類を滅亡せしめんとした獣。

 アステカ神話の女神イツパパロトル、スラヴ神話の悪神チェルノボーグ、そして平安日本の怨霊である悪霊左府を取り込み、自らを暗黒の太陽へと変状せし人物。

 キャスター、或いはアルターエゴ・リンボとしての記録を継承し者、世の転覆を目論み安倍晴明に敗れし男、蘆屋道満なり!

 

 

 

 今、この地に美しき肉食獣は降り立った。

   故に…

 

 

 

 

 

 ────此れよりこの時代は、地獄へと至る。

 

 

 

 

▲▼

 

 

 

 

 「…チッ、この程度の血の注入で死ぬとは。」

 

 

 鬼舞辻無惨は怒りを覚えていた。不定期で行っている鬼ガチャこと無差別の鬼化、自らの目標たる『太陽の克服』を成就させる為のこの行為であるが、自らの産まれた平安より続けているというのに未だに一人も日の光に耐性を持つ鬼は生み出せず、自らを鬼へとした薬の原材料たる青い彼岸花の切っ掛けすらも掴めていない。

 

 今も偶々訪れた山奥の一家を襲撃し血を与え鬼へと化したが、一人を除き無惨の『血』に耐えることが出来ず、その場でただの骸…死体となって転がっていた。

 唯一まだ生きているこの女も未だに目覚めることはなく、見るまでも無く失敗だ。既にここへの興味などは消え失せた無惨は、自らがしでかした惨状を一分も気に留めることも無く、立ち去る為に鳴女を呼ぶために口を開く。

 

 

 「この様子では太陽を克服した鬼など、そうそう作れたものでは無いな。まあいい、鳴────」

 

 「────もし、そこの御仁。」

 

 「…何だ?貴様。」

 

 

 突然に、背後から聞こえた男の声に一切の抑揚もなく無惨は言葉を返した。

 無論無惨の警戒心は上がる、声が掛かるまでこの鬼舞辻無惨が、そこに人が居るという事実に()()()()()()()()のだから。

 言うまでもなく鬼の祖たる無惨、その人並外れた感覚を持ってしても、未だにそこに人が居る気配を感じさせない程の者。必然的に無惨の警戒は一気に跳ね上がり、ゆっくりと首を振り向かせる。

 

 「おっと、これはこれは…申し訳ありませぬ。まずは自ら名乗るのが常識でしたな。ンンン、突然の見知らぬ者が夜更けに現れるなど恐怖の至り!拙僧の配慮が足りなかったようで…」

 「御託はいい、私は貴様は何だと問うたのだ。」

 

 開口にこやかな口調で話を続ける僧衣の男、その飄々とした笑みと声に、ペットボトルのキャップほどの容量も無い無惨の怒りは溜まる。

 

 「何?ンンンンンン、その様なことを申されましても拙僧は拙僧にて───」

 「貴様は人では無いだろう。しかし私が血を与えた鬼でも無い、これが最後だ。貴様は何だ?」

 

 額に血管を浮き立たせる程の怒りを覚えながらも、眼前に居る6尺を超えし巨躯へ問いかける。

 未だにこの短気な無惨が動かない理由としては、この質問に尽きる。未だに生命への危機は感じないことからこの者が緑壱(バケモノ)程の力は無いとわかる。だが、人に非ず、しかして鬼に非ず。この存在を知らなければ、安寧を目指す者としては放置しておくことは出来ない。だが…

 

 「鬼!ああ、貴方は鬼なのですか!ええ、申し訳ありませぬ今この時まで気が付かなんだ。なにせ─────」

 

 

 

 

 「その青白く()()そうな顔、()()で、()()()()()()容姿で、漂う死臭。貴方様と拙僧が知る鬼とは欠片も繋がる要素が無かったもので。」

 

 ────瞬間、目に追い付かない速度で放たれた斬撃が僧衣の男を切り裂く。

 

 「ぐぅえっぶ…」

 

 無惨の地雷であるこの煽り、本人は意図せずして行ったこの行為であるが、この言葉が無惨の怒りの限界を突破させた。

 切り裂かれた男は断末魔と共に次第に薄くなり、消えた後には紙製の破れた式神がそこにはあった。

 

 「貴様ァ!!この私が病弱だと、貧弱に見えると言うか!違う、違う違う違う違う違う!!私は完全なる生命体だ、人間を超えし存在だ!!」

 「───ンンンン、図星を付かれ逆上とは何とも…実に小物、実に前座。まあその様子では聞いてはおりませぬやもしれませぬが…」

 

 どこからともなくもう一度現れた男、この男も式神なのだろう。攻撃を今度は避けながらも、懐から札を取り出し無惨へと向ける。

 

 「では、改めて正しい自己紹介をば。拙僧は法師にして陰陽師、名を…そうですねぇ、リンボと。お呼び下され。」

 「陰陽師?陰陽師だと…?フン、あの医者以下の無能共か。ならばもう用は無い。死ね。」

 「おや、陰陽師を知っておられる…まさか同郷の方でしたか!ええ、わかりますとも。拙僧とあの晴明を除けば後の陰陽師なぞ十把一絡げ、無能しか居りますまいて。」

 「くだらん、どうでも良い!」

 

 事実、平安の世においては病気や怪我などの治療は陰陽師に頼るものであり、医者、ましてや薬などは迷信に近しいものと、現代とは正反対に扱われていた。

 最も大半の陰陽師は眉唾物であり、それで病気が治ることが無かった無惨が頼ったものが、当時は胡散臭いものとして忌み嫌われていた薬であった。

 

 「それはそうと鬼ですか、それつまり魔である、人に害をもたらす悪しきモノ、と。」

 「ッ、それが!!一体何だと──」

 「であれば…陰陽師たる拙僧が、この世の民草へ仇なす貴方を祓い、消滅させましょうぞ!!」

 

 ───ここに、平安の世より生き続けし鬼の王と、平安の世にて産まれし獣が激突する。

 

 




続くかはモチベによります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 対峙せし獣と鬼

 先に動いたのは無惨の方であった。

 先ほどの言葉に怒りを覚えながら、意外にも慎重にもう一度高速で道満を切り裂く。が…

 

 「…やはりまた偽物か!!」

 「ええ、勿論でございますとも!得体も知れぬおぞましき化生、いや、自称『鬼』でございましたか?それに無策にも近寄るなぞ低能の極み。このリンボ、そのようなことはいたしませぬぞ?」

 「小賢しい真似をォ!!」

 

 再び切り裂いた影はまたもや悲鳴を上げ消え去り、何処からともなく三度現れた道満は涼し気な様子で、無残へと首を傾け煽りを口にする。

 これこそが生活続命の法、輪廻転生の紛い物、式神に己の命を転写し生き永らえる蘆屋道満の奥義の一つ。かつてクリプターの一人スカンジナビア・ペペロンチーノの修験道により破られたこの術であるが、それが無ければ永遠に生命が続くこの外法。

 だが、道満にとってもこれは異常事態に他ならなかった。

 

 (…この一瞬、この短時間で一撃ずつ。その一撃だけで拙僧の式神を既に2体葬る…ですか。ええ、ええ、これは予想外にて。)

 

 そう、式神といえど能力自体は本来の道満と大差は無く、道満にしてみれば過去の異聞帯での活動と一つ大きな違いがあることが問題点であった。

 

 蘆屋道満の()()が、この地に居ることだ。

 かつて異聞帯、及び特異点にての活動の際は本体である蘆屋道満自身は違う世界、地獄界曼荼羅におり、そのため式神が敗れようと本体に害が届くことは基本的に無かった。

 だが、今回は居る。そう、彼はこの地に居るのだ。具体的にはこの場所より数km先に、結界を張りながらこちらへと式神を送って来ている。

 式神といえど自らの転写、移し身たるモノをいとも容易く唯の紙のように破りさる力。英霊の攻撃を受けようとも大抵の場合は防ぐことが出来る程の力を持つ式神が、回復すら出来ない程の圧倒的な一撃。

 

 (いけませんねぇ、このままではいずれ気が付かれてしまう。それは駄目です。あの純粋な暴力の塊ともいえる力はこの儂にも届きかねない。)

 

 事実、既に無惨は新たな道満を無視し、気配を察知したのか道満のいる場所へ向かって駆け出して来ている。

 視界が塞がるほどの大量の妨害役となる式神を送ってはいるが、術を発動するより速く、背中から伸びた鞭の様な器官に総て一撃で破壊されている。このままでは一刻を待たずして辿り着かれてしまうだろう。

 

 (鬼、最初は単なる妄言かと思いましたが…いやはや、あの異常なる姿、戦神たる力、正しく鬼に違いなく。)

 

 事実、もし蘆屋道満が直接対峙した場合、敗北か、万が一勝利を収めたとしても、大幅な犠牲は避けられないだろう。

 

 ──そう、()()()()ならば。

 

 (…仕方無し、この地の情報を集め終えるまではと考えておりましたが───()()()()()、ええ、()()()()()!)

 

 

 ▼▲

 

 

 

 「見つけたぞォ!!そっちの方角か貴様が居るのはァ!!」

 

 無惨は駆けていた。あの男の気配を感じられなかった理由がわかった以上、この偽物に構っている時間は無い。

 背中から触腕を生やし、それを振るい木々をなぎ倒しながら山の中を駆ける。途中から細々とした見たこともない妖怪の様な物が視界を遮るが、その様な有象無象に費やす手間も勿体無い。触腕で散らし破壊し自らは先を急ぐ。

 

 道満には道満の理由があるように、無惨にも急がなければならない理由があった。

 自らを愚弄した男に対する怒りもあるが、それ以上に今の状況が問題だ。現在既に黎明、即ち夜明けまで1時間も無い。彼ら鬼たる者共の頂点無惨ですら抗う事ができぬあの憎き太陽が顔を見せるまでの時間が無いのである。

 万全を期して逃れる為に最低30分は残して去らねばならぬと云うのに、何故あの男のもとに足を進めているのか。それは────

 

 

 「鳴女ェ!!何故鬼血術を使わない!早く無限城に──」

 

 【も、申し訳ありません無惨様!先程から発動しようとしているのですが、何かに弾かれて扉を繋ぐことが出来ません!!】

 

 「なんだと…?あのリンボとか言う奴の仕業か!!」

 

 

 そう、声をかける前、男が姿を見せる前に既にこの周囲の地へと術式を仕込み終えていた。

 リンボを名乗るあの男は、最初から知っていたのだ。無惨が人では無い何らかの怪異であることを、声を掛けた時点で争いの準備は整っていた。であれば最初から滅するつもりで近付いたのだろう。

 それを知った無惨は最初の問答すらただの自らを辱める行為と理解し、額に血管が浮かぶほどに怒りを覚えた。

 

 

 『ええ、無論拙僧の術にて。まさか戦の中で敵に背を向け逃走を図るとは…お許しくだされ、拙僧は貴方を見誤っていたようですねェ!!落胆の方にですがネェエェェェ!!』

 

 

 突然、漂う式神の一つから声がしたかと思えば、耳に届くは煽り、煽り、煽り。そのまま切り裂かれた式神からも笑い声が響き、辺り一面にリンボの声が響く。

 

 

 『『『『アハハハハハハハハハハ!!!!』』』』

 

 「貴様アアアアァァァァ!!!この私に何処までも巫山戯た真似をォ!!許さん!!」

 

 【…追加でご報告を、今この山に人が侵入して来ました。一人は子供、気に留めることは無いでしょう。ですが────】

 

 

 

 【───鬼殺隊、それも()()3()()、一直線で無惨様の下へ向かって来ております。】

 

 

 

 「…ッ!!それは───」

 

 

 之こそ無惨の焦燥、急ぎリンボを排除しなければならない理由である。

 通常時にならば鬼殺隊の柱程度どうということも無い。多少時間を取られるだろうが、それだけだ。だが、この状況においてはとてもマズい。

 鳴女による移動を封じられ、日の出まで後一時間。全力で逃走しようにも、何処からともなく現れるリンボの式神。もしリンボと柱が手を組み無残にかかってくる様ならば、それは非常に危険な刃となり、無惨の命を脅かしかねない。

 

 柱が無惨の下に到着するまで恐らくどれだけ時間が早かろうとも30分は掛かるだろう。それは即ち、それ迄にリンボを倒さなければならないということだ。

 故にそう判断した無残は他の物に目をくれることも無く、一直線で気配のする方角へと駆けていく。

 

 半分の距離を過ぎた辺りで、無惨は辺りの様子に違和感を覚える。

 急に開けた場所に来たかと思えば、先程まで夏の夕刻に立つ蚊柱の如く集っていた式神が、一枚足りとも見えぬのだ。

 罠かとも考えたが時間が無い、そのまま進もうとした無惨の眼前に─────

 

 

 

 

 ───暗黒の死神が、立ち塞がった。

 

 

 




互いの勝利条件としては、
道満 無惨の殺害、又は日の出までの足止め成功、鬼殺隊が来るまで持ちこたえる
無惨 道満の30分以内での殺害、鳴女の能力が通るようにする、逃走できる状況を作る
このどれかが成し得た側の勝利ですかね。

次回、道満のマスターが判明します。
ヒント 声

感想、ご意見などお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3 白熱せし獣と鬼

 無惨の眼前にと現れた巨躯、暗黒の鎧を纏いし戦神、他者の生命を刈り取る死神。

 之こそ他宗教の広がりによって現代では過去の伝承となり失伝せし神話、スラヴ神話における悪神、『黒き神』を意味する存在。アルターエゴ蘆屋道満が取り込みし神格が一柱!!

 名をチェルノボーグ!夜、闇、不幸、破壊、そして死を司る神なり!!

 

 

 「──目障りな、退け!!」

 

 

 先程までとは毛色の違う存在に違和感を覚えるが、無惨にとってその程度気に留めることでも無い。

 同じく管を伸ばし切裂こうとする、が、その存在は手に掲げし黒色の剣を振るい無惨の攻撃を防ぐ。そしてそのまま流れるように無惨へと斬りかかって来た。

 だが、ここで無惨は一つミスを侵した。道満を追いかけ始めてから5分、一度も自らは怪我を負っていなかったこと、そして通常ならば日輪刀の傷すらもその場から再生する程の回復量を持つが故に、無惨に【()()()()()()()()()】という選択肢を取らせた。

 

 ───攻撃を受け切り落とされた左腕が、そのまま塵のように消え去ったのだ。

 

 腕が消滅した先からは再生しようとはしているのだろう。ゆっくりとだが肩の先から肉が盛り上がり始めている。が、未だ切り口からは血が滴り落ち、白い雪原を赤黒く染め上げる。

 

 

 「…傷が、再生しないだと!?」

 「ンンンッ、ンンンンンンッ、ンンン、ふぅはははははァ!!!いやいや失礼失礼、思わずこみ上げてくる感情に抑えが効かず、拙僧片腹大激痛にて。」

 「……………………………貴様。」

 

 「おや意外、意外。そこまでの身を焦がすほどの怒りに打ち震えながらも感情ではなく合理性で物事を判断出来る…か。ンンンンンまたもや拙僧の好感度が上がりましたぞ?」

 「貴様貴様貴様貴様貴様ァァァァ!!!リンボ、貴様だけは確実に何があろうと殺す!!」

 「ええ、出来るものならばどうぞご自由に。これこそ拙僧が奥の手の内にして、貴方の為に仕込んだ4つの策の一つ。ンンンンンン!!楽しんで頂けておりますかなァ!?名も知らぬ鬼の首魁よ!!」

 

 

 またもや現れ今度は姿をとった道満は黒曜石の如き眼を限界まで見開き、その悪魔の如き笑みで無惨を見下す。

 そう、道満は気が付いていたのだ。無惨に接触する遥か前から、強大な力を持つ者がこの山におり、それが人の敵であることに最初から気がついていた。

 故に、4つの策を立てた後に無惨へと声を掛けていた。

1つ目に辺り一面、この山全体を覆う転移を禁ず術。

2つ目に道満の位置より円形に、無惨がこちらを追ってきた場合に発動する回復阻害及び弱体化の術。

3つ目及び4つ目の策も合わせ、万全な状態での開始であった。

 つまりは開始の時点でハンデを多数背負った状態からの戦闘になっていたのだが、それを感じさせない程に純粋なる力が上回る無惨が強かったのである。

 

 一から全てを見ていた、だからこそ質が悪い。つまり、道満は()()()()()あの炭焼小屋の辿る末路を、一家が殺され、嬲られ、蹂躙される様を知っていながら()()()()のだ。

 

 自らの欲する他者の矜持が蹂躙され、踏みにじられ、その小さな生命の炎が消え去る瞬間を、自らの癖、性癖の為に式神を通して一部始終を観覧していたのである。最低のド外道野郎である。

 

 「そしてェ!!足を止めましたねええぇぇぇ!!!喰らえい急急如律令!!我が呪いの力を!!!」

 

 瞬間、道満の手により畫かれた五芒星から飛び出し呪が無惨に入り込む。が、無惨の体に触れた途端に霧散し、辺りへ漂い消滅する。

 

 「おやおや、拙僧の術式を弾くとは、耐魔力…では無いようですねぇ?ふむ。」

 「…何だ、何だ何だ何だ何だ何だ!!これは、貴様のでは無い!これは、この傷はあの───」

 

 理由を求めようとした時、無惨の側に異変が起こる。突如として口からどす黒い血を吐き、目の前に(リンボ)が居るというのに片膝を付き呼吸を荒げる。

 それを見てすべてを理解した道満は、自らの分身たるチェルノボーグをその場から消す。

 既に、もうこの戦いにおいては、これ以上の力を見せる必要は無い。ならば要らぬと判断したためだ。

 式神は無惨の前へと立ち塞がり両の手を広げ、息も絶え絶えとなった無惨に語り掛ける。

 

 

 「何故拙僧の術式が効かぬのか、不思議に思いましたが…ええ、ええ、これは実に然り!正しく茶番ではありませぬか!!何せ──」

 

 

 

 

 「──既に拙僧の術を超えし程の、強力なる呪いをその身に受けているようですねェ貴方様は!!」

 

 「縁壱ィィィィ!!!!!!死んでもなお私の肉を刻み続けるだと!?貴様の方が人外だろうがァァアァァアァァァ!!!!」

 

 

 そう、無惨の身に現れし異変はコレである。嘗ての戦国の世、無惨の体を刻みこみその生命の終を感じさせた者。

 鬼を切るための技術である呼吸、その開祖たる日の呼吸の使い手であり、自らを天災と揶揄せし無惨ですら手も足も出ず、逃走という選択肢(生き恥ポップコーン)しか取ることが出来ない程の真の意味での人外。

 

 ──継国縁壱により受けた傷が、無惨の全身に浮かび上がって来たのである。

 これこそ縁壱の力、無惨を倒すために産まれたとさえ語られる縁壱による、今の今まで無惨を刻み続けたスリップダメージである。

 

 

 「なるほど!その呪、今までは常時作用していた肉体の回復により気が付かなんだモノなのでしょう、ですが拙僧の術により回復が追い付かず貴方の体を蝕み始めた。ンンンンン、なんという偶然、なんという悲劇!!!拙僧貴方様のことが益々、益々気に入って来ましたぞ!」

 「貴様アアァァァァ!!人の分際で!!この程度で!!私に勝ったと思っていたか!?舐めるなァァァァァァ!!」

 「──血鬼術黒血枳棘(こっけつききょく)】」

 

 辺り一面に散らばりし無惨の血液が集い、次第に茨が組み合った鎖のような物へと変状し無惨を囲む。

 これこそが数多の血鬼術を保有せし無惨の血鬼術の一つ、自らの血液を媒介とし、血液を有刺鉄線の如く変化させ拘束、攻撃、防御など様々な用途に使用可能な、攻防一体の能力である。

 茨はそのまま無惨を護るように円上に回り、一部の茨は道満の方向へと向かって来る。

 

 

 「然り、然り。舐めてなどはおりませぬ。一流の者は二重、三重、四重に策を巡らせておくモノでして、拙僧は一流を志しておりまするが故に………ああ、そういえば──」

 

 

 

 

 「──時間切れ(タイムリミット)にて御座います。」 

 

 

 

 

 「水の呼吸 弐ノ型 【水車】!!」

 「風の呼吸 壱ノ型 【塵旋風・削ぎ】ィ!!」

 「炎の呼吸 弐ノ型 【昇り炎天】!!」

 

 水の流れの様に滑らかな刃が、道満へと伸びる紅き血の茨を断つ。

 荒々しい風が、周囲の地面ごと抉り無惨の纏いし茨を刻み消し去る。

 激しく燃え盛る勢いの炎が、呆然としている無惨の残る右腕を断つ。

 彼等こそ鬼を切り、滅することを生業とする者共。鬼殺隊の中において頂点に立つ者達。即ち───

 

 

 「テメェかァ!!御館様にイカれた手紙を送りやがった『サーヴァント』って奴はァ!!」

 「うむ!十中八九そのはずだ!御館様に聞いた容姿と一致している!ならばこちらの鬼こそが!!」

 「鬼達の王、鬼舞辻…無惨!!」

 

 ───柱が、道満の下へと辿り着いた。

 




少々無惨にやり過ぎかとも思いましたが本編の悲劇のほぼ9割の元凶ですから自重しないことにしました。
無惨ファンの方は申し訳ありません。


追記
申し訳ありません、展開は出来ているのですが月末で仕事が忙しく次の話は少し投稿まで時間が空きます。ご容赦下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4 刻まれし鬼

 (何故だ、何故だ、何故だ!!!何故一直線にこの私の所へ来ることが出来るのだ、鳴女の報告からまだ10分もたっていないと云うのに!!!)

 

 柱に襲われながらも、無駄に増やした5つの脳が高速で現状についての解答を導き出そうとしているが、その答えは未だに出ない。

 だが、それを引き起こした者は確実に分かっている。

 

 ───全てあの陰陽師(リンボ)の仕業であると。

 

 (ああ度し難い、この私をどこまでコケにするのか、あのリンボを名乗る奇人は何としてでも殺す!!…だが今は逃げることを第一に考えなければならないというのに…!!)

 

 「色々君と話すべきこともある!だがそれは!」

 「ついに見つけ出したこのクソ鬼を真っ先にぶっ殺してからなァ!!風ノ呼吸 弐ノ型 【爪々・科戸風】ェ!!」

 「絶対に逃さない!!水ノ呼吸 参ノ型【流々舞い】!!」

 「炎ノ呼吸 伍ノ型【炎虎】!!」

 

 荒々しい野獣の爪の如き風が無惨の肉体をえぐる様に放たれ、その隙間をつくように水を纏った一撃が逃げ道を塞ぐ。一方向のみ空間を開けておき誘導され回避した先には、炎の虎が一直線に襲いかかる。

そう、未だリンボの本体にすら辿り着いてないというのに無惨の前に立ち塞がる3人の柱、炎柱・煉獄杏寿郎、風柱・不死川実弥、水柱・冨岡義勇の剣撃が無惨を阻み続ける。

 だが所詮はただの柱、透き通る世界も痣のことすらも知らぬただの柱、不意討ちで一撃は食らったとはいえ無惨が負ける道理も理由も無い。本来であれば人には反応出来ない速度で血を注入する、それだけで終わる筈の力量の差であった筈だ。

 

 

 ─────普通ならば、だ。

 

 

 (あのリンボに落とされた左腕は漸く再生が終わった、が!!!!何故、何故何故何故何故ェ!!!!あの忌々しい鬼狩りに落とされた右腕は、再生する気配すら無いのだ!?)

 

 …そう、無惨が焦りを深めていたのはコレだ。道満がこの地に仕掛けた術式は3つ、転移無効に回復阻害と弱体化のシンプルなモノだ。

 故に鬼神チェルノボーグに切り落とされた左腕は再生こそしているが、その速度が大幅に減少していた。だが結局は阻害、つまりは時間が掛かるだけで再生自体はするのだ。もし再生能力が無くなった場合は、瞬間に緑壱による傷が全身を切り刻み、無惨は消え去るのだから。

 

 だが、今あの鬼狩りに切られた右腕は、再生の気配すら無くただそこから血を流し続ける。そして切られた血鬼術も、背中から生やした触腕も、一切再生する気配は無い。

 無惨自信が本能で、理論では無く直感で、他に言い表せ無いとしても、無惨は事実として理解することが出来た。

 

【───ここで切られた腕は、肉体は、どのような手を使おうがもう()()()()()()()()()()()()ということを。】

 

 何故そのような事になっているのかも一切合切が不明、だからこそ、逃げなければならない。もう一度も彼らの刀を受けることも無く、一目散に、怒りを押し殺し、恥も外聞も捨て、とにかくこの場を生き延びる為に。

 弱体化し、片腕も触腕も無く、転移も出来ず、数多の技を封じられ、基本のスペックを限りなく落とされた状態で、首を切られたら終の逃亡戦。

 

 「ああ──また、リンボ、貴様の、貴様の、貴様の貴様の貴様の貴様のォォオ!!!!仕業かァァァアアアア!!!」

 

───常に他者を見下し自らのみを天災とした男の末路、立場が逆転し彼自身が弱者となり、生命を存続させるための逃亡劇が始まった。

 

 

 

 

▲▼

 

 

 「ンンンンンン?可笑しいですねぇ?拙僧の術式に掛かっているとはいえ、ここまであの鬼…ああ鬼舞辻無惨殿でしたか、無惨殿が一方的に嬲られるなどとは。ンンンンン、予想外にて。」

 

 式神の体を本物のように見せかける為に、多少柱達から離れた所から無惨との戦闘を見ている道満であったが、その表情からは違和感を覚えているようだった。

 事実、リンボは転移無効、回復阻害、弱体化以外にも柱の3名に強化の術式、いわゆるバフを持ってはいたがそれだけだ。

 三つ目の策であった柱達、彼らが来ても道満の予想としてはそれだけしても鬼殺の側が劣勢、良くて互角との目測であり、その状態を想定して今後の予定を立てて居たのだがこのままではこれ以上道満が手を出すことも無く、此処で鬼舞辻無惨は打ち倒されてしまうだろう。

 

 「何だァ?さっきから逃げてばかりで攻撃してこねェなァ!!!これならこの間()()()()()()()()()の方が強かった気がするがなァ!!」

 「気を抜くな不死川!()()()()()()()()()()()()()()とはいえ相手は無惨!何か策を隠しているかもしれない!冨岡、今だ!」 

 「ああ、水ノ呼吸 拾壱ノ型【】!!」

 「風ノ呼吸 玖ノ型 【韋駄天台風】!!」

 「炎ノ呼吸 奥義 玖ノ型 【煉獄】!!」

 

 逃げた先には既に凪の中、そこに最初に侵入した右足を切り落とされる。咄嗟に身体をそらし避けるもそこは不死川の剣撃の範囲内(テリトリー)、空に浮かんだ不死川より放たれる斬撃により再生した左腕と残る左足も切り取られた。

 そして煉獄杏寿郎による炎ノ呼吸の奥義により、灼熱の業火が轟音と共に無惨を抉り続ける。脳が、心臓が、全てが切り刻まれ一つ、また一つと、無駄に増やした大量の臓器を鏖殺し続ける。

 このままでは一分も持たず無惨が死ぬことは、誰が見ても明らかであろう状況であった。

 

 「ンンン、何故でしょうねぇ?拙僧のバフは既に切っているというのに…剣撃だけに非ず、あの炎も無惨殿を灼き続けている。ンンン何とも、これはこれは、実にマズい。…おや?」

 

 更には呼吸を知らぬ道満には異常と気が付かれなかったが、通常と比べて可笑しい事がまだあった。

 

 ───炎が、無惨を灼いていることである。

 

 通常呼吸によって繰り出される型は、風の呼吸以外の呼吸によって生み出される炎に水、雷等はただのエフェクト。つまりは当たり判定の無い見た目だけのモノなのである。

 上弦の壱、黒死牟の月ノ呼吸においてはその例外から外れるが、あれは血鬼術と呼吸の合せ技。故に黒死牟のみにしか扱えず、黒死牟専用の呼吸である。

 だが、今回は違う。呼吸により生み出された炎が、水が、実体化し無惨に襲いかかっている。それは本来あり得ないことであり、無惨が逃走の際に彼らから逃げられない理由でもあった。

 

 「その刀、悪鬼滅殺を刻みしその刀の形!!!ンンン拙僧は見覚えがありますぞ?ああ、ああ、なるほど!!拙僧理解致しましたぞ、なるほどこの儂が召喚された時点で!この地には!」

 

 彼らの刀を見て何かに気がついたのだろうか、隠す様子もなく顔に手を当て眼を見開き限界まで口を釣り上げる。

 

 「数多の研鑽を持って宿業を、定めを断つ刀!魔を滅する刀を貴方様が打つのであれば、ええ!!そのような力も宿るでしょう!!しかし何とも奇妙な縁にて、またもや拙僧のおるこの地にて貴方様も召喚されているとは!!」

 

 「無論、再び相まみえるのを愉しみにしていますぞ?

 

 

 ───千子村正殿!」

 

 




ただでさえ無惨ハードモードなのに更に難易度を上げてハードモードどころかルナティックへいくスタイルでお送りいたします。玉壺と半天狗好きの方は申し訳ありません。

すいません、無惨戦が長い!!と思う人が多いと思います。私自身も2話で終わらせる予定がどんどん膨らんで来てしまって…まだ本題にすら入って無いんですけどね…。
次回VS無惨戦決着予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5 鬼舞辻 無惨

 ───これは、何だ?

 

 どうしてこの私がただの柱如きにここまで押され、その命の灯火を消し去られようとしている?

 

 四肢は消失し、臓腑は溶け落ち、体は焼け付き、術の発動すらも出来ず、身体が何一つ私の命令を聞かない。

 脳がもう一つしか残っていないからだろうか、それともこの世との別れがもうすぐそこへと迫っているからだろうか。

 

 怒りの感情も、恐怖も、恐れも、何もかもが心中に湧いてくることも無く、只々落ち着いた静寂が脳内を心を満たす。

 

 (…ああ、もうすぐに私は死ぬのか。)

 

 私をこの人ならざる身へと変えた医者を殺した時も、あの継国縁壱にこの身を切り刻まれ命からがら逃走した際も、私は際限のない怒りに侵されながらも思考の平静は常に保ち続けた。

 

 だからこそ病弱で煩わしい嘗ての私を治す治すと戯言を喚き続けていた癖に治る気配が毛頭無かった医者の頭蓋をかち割り殺害した。

 だからこそ恥も外聞も捨てこの身を砕き真の化物である縁壱から逃れ、奴が寿命で息絶えるまで俗世から離れ、偽装した人としての身分も地位も捨て、人との関わりを一切絶ちその時を待ち続けた。

 だからこそ私が血を与え配下とした鬼共に制約を架し、人に私の名を伝えられ広まることを防いだ。

 だからこそ十二鬼月という位を作り、太陽を克服するために必要な青い彼岸花を探すこと、柱を殺すことを厳命した。

 

───だからこそ私は今この時まで生きている。私は間違えない、私が選んだ選択こそが正しい判断なのだと。

 

 …だが、私の【生】が、命が、この身が鬼へと変わりし時より続くこの揺蕩う生命が、削り取られ無へと行き着こうとしている。

 何故だ、何故だ、何故だ。私は死にたく無かった、だからこそ今の今まで生き続け、害になる物事に対処してきたというのに。

 

 私にとって死とは終わりであり、そして鬼舞辻無惨としての起源でもあった。母の胎内より産まれし時には既に息をしておらず、荼毘に付されようとした時に産声を上げたのだ。

 だがそこからも私の体は、死体のようなものだった。成長はする、だが思い通りに四肢は動かせず、臓器は機能せず、無能な陰陽師や医者に見せてもこの姿が私の正常だと言わんばかりに揃って匙を投げた。只々死を待つだけの存在、正に生きる屍だった。

 

 産まれ落ちたその時から【死んでいた私】は、人を喰らい命永らえる鬼へと変生し真に【人としての生】を受けたのだから。

 

 もう一度、あの闇には、…いや、闇ですら無い。

死そのものを塗り込められ、現世から隔絶し、賽の河原にも辿り着かず、地獄すらも輪廻の輪からも外れた地、神の加護すら届かぬ程の深淵の奥底、正しく暗黒の帳。ああ、あの始まりにはもう───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          戻りたく、ない────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『───では拙僧が手を貸しましょう。』

 

 脳内に、声が鳴り響く。自らの、私一人の物の筈の脳内で、不快感を呼び起こす男の声が、不純物となって反響する。

 

 『おや、もうそこまで自我が消え去って居るとは、申し訳ありませぬ。何せあの者共、拙僧の予想を遥か彼方に越える力を持ち合わせていたもので…まあ、許容範囲内ではありますが。ええ。』

 

 聞き覚えのある声だが、今はもうそんなことを考えることが出来ない。何だ?誰だ、この声は────

 

 『返事がありませぬが続けますぞ?ンンンンンンンンンン!!!記憶を覗かせて頂きましたがええ!!その死にたくないという根本的な願い、実に滑稽、実に傲慢!!』

 『数多の人を化生の身へと落とし、幸福なる生命を蹂躙した貴方様がァ!!まさかまさか死にたくないと!?平穏なる生を享受し続けたいとォ!!ンンンンン儂を笑い殺す気ですかな無惨殿ォ!!』

 

 男の笑い声が響き、先程までの思考が掻き消える。代わりにその隙間へと、黒いナニカが侵入してくる。

 

 『フ、フゥゥゥ───失礼、つい抑えが効かず昂ぶってしまいました。ですが人の矜持が踏み躙られ蹂躙される様は実に、実に実に実に実に実に実に実にィ!!!良いものですねぇ、甘露な味わいです。あなたもそうは思いませぬか?無惨殿。』

 『おっと、話が逸れてしまいました、反省せねば。ええ、時に無惨殿、【死にたくない】────それを今も変わらず望んでいるのですかな?』

 

 無論だ、だが、もう私は消える。もう私の自我は無くなる。もう私は消滅する。それは変えようが無いことだと、本能で理解している。

 

 『────ならば、最早それで良いのでは?』

 

 …男は突然、底冷えのする様な冷たい口調で私を突き放す言葉を掛ける。何だ?何がしたいのだこの声の主は。

 

 『よろしいのですか、そのまま自らの望んだ願いが打ち砕かれ、座して死を待つのは、ええ、貴方様が良いと申すのならば拙僧は何もいたしませぬ。』

 『死までの貴重なお時間、一人走馬灯に耽るのもまた一興でしょう。ですが!!!』

 

 『拙僧の手をお取り下されば、お約束致しましょう。貴方様に静謐な永遠の生を。鬼舞辻無惨殿、貴方の望むままに拙僧が力をお貸し致します故に、さあ──────』

 

 

 

 

 『これから宜しくお願い致しますぞ?

 鬼舞辻無惨殿!!!

 

 

 その声が聞こえた瞬間、私の意識は塗り潰され何処か奥底へと堕ちていく。

 自我が消え去る前、最後に視界に映ったものは───

 

 

 

 

 

 

 ───暗黒の太陽が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

▼▲

 

 「ッ!!煉獄避けろォ!!」

 「なっ!?ぐあッ!?」

 

 あと一撃、あと一撃で確実に鬼舞辻無惨を殺せる所まで来た瞬間、その一撃を叩き込もうとした煉獄杏寿郎に向かい、今まで動くことも無く切り刻まれていた無惨が、いつの間にか復活した右手で煉獄の刀をへし折る。

 驚愕に目を見開く煉獄のもとに瞬きより速く近づいた無惨は拳を鳩尾へと叩き込む。通常ならば胴体を貫通する程度ですらすまない一撃であったが、その間へと入った道満の式神が防御力を上げることで、血を吐きながら背後の樹へと吹き飛ばされ衝突するだけで済んではいる。

 が、肋骨が折れたのだろうか、呼吸を整えることが出来ず煉獄はそのまま気を失う。

 

 「煉獄!!!…チッ、おいサーヴァントとやら!!煉獄を連れて下がれェ!!俺達が来るまで持ち堪えてたんだろうが、それ位出来るよなァ!!」

 「ええ、わかりました。彼を連れて行けば良いのですね?ですがあなた方は───」

 「俺達を気にするな!!直ぐに他の柱達も来る筈だ、彼らと合流してもう一度…何?」

 

 煉獄がやられたことで道満に託そうとした不死川実弥と冨岡義勇だったが、改めて眼前の無惨に目を向けて改めて違和感を覚える。

 四肢全て、及び身体の傷が再生しているのは勿論だが、無惨は煉獄を襲ったときとは一転し、静かに、腕を下げ、こちらを睨むように佇んでいた。

 そしてその瞳は真赤に染まり、そこから血涙をドクドクと流し続けている。その異常な光景に不死川と冨岡は警戒を改めるが、無惨側も一歩も動くことも無く互いに膠着状態となる。そして───

 

 「なっ!?しまっ───」

 「ああ!?クソがァ!!」

 

 ベベん、と。何処からともなく琵琶の音が聞こえたかと思うと、無惨の足元に襖の扉が開き、無惨の姿はその奥へと消えて行った。

 気が付いた瞬間に動き出した二人であったが間に合うことは無く、鬼達の首魁、宿敵である鬼舞辻無惨が消え去るその光景を、只々その目に焼き付けていた。




盛大なるマッチポンプ

次回かそのまた次の話になりますが、展開自体は決まっているのですが何処から描写するかをアンケートしたいと思います。
結局最終的には全部描写しますが、何処から見たいかアンケートお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6 獣と鳴女

今回より捏造設定が本格的に入り始めます。
ご注意下さい。


 「無残様!!ご無事で…ひいッ!?」

 

 複雑怪奇、天地狂いし荘厳なる魔城。歪みに歪んだその様相は肌を震わす気味の悪さと共に何処と無く神秘を内包しており、正しく化生共の根城に相応しいのであろう。

 此処こそが無限城、鬼舞辻無惨の側近である琵琶法師【鳴女】によって築かれた無限を内包せし城である。

 

 無惨からの連絡が途絶え、干渉も叶わず狼狽えていた鳴女であったが、無惨は鬼達の王、彼が死ねば他の鬼もその全てが滅びる定めであった。

 だが一向に何も変化を感じず、自らの体へ影響が無いことから『心配は要らないだろう』と、そう思っていた。

 

 

 ……思っていたのだ。だが、今眼前に落ちて来たこの者は、いや、コレは、何だ?

 

 「ア、アアア、アアアアアアァァァァァ!!!」

 

 無限城へと落ちた瞬間、四肢はどろりと溶け落ちどす黒い色へと変色し、鼻を射す腐敗臭が辺りに充満する。

 四肢を失い唯の達磨になったソレは叫び声を上げながら数回畳の上を跳ね、汚物と言って差し支え無い大量の赤黒い体液を撒き散らし、ようやく留まった。

 急いで駆け寄る鳴女であったが、近付くにつれて足が徐々に止まっていく。頭蓋はかち割られ脳漿が飛び散り、胴からは飛び出していない臓器が無い程に散乱し、炭と見間違う程に焼けた肌でソレが誰が判別すること自体がわからない程であり、鬼である鳴女ですら一瞬躊躇する惨状であった。

 

 だが、鳴女は無惨を無限城へと引き入れた筈だ、そして落ちてきた者はこのゴミの様な塊。であればこれは、この方は───

 

 「無惨様ッ!!何故このようなお姿に!?」

 「無論、あの忌々しき柱共の仕業にて。」

 「!?」

 

 無惨に駆け寄り声を荒げた鳴女の背後より、脳を震わす音が鳴女の耳へと滑り込む。

 

 (あり得ない、今声を掛けられるまでこの私が全く、この男の存在に気が付かなかったなんて!!)

 

 この地が鳴女の鬼血術で創造された場である以上、この無限城は鳴女の身体も同然。この城で起きた事象の一から百までをリアルタイムで認識し続けることができる鳴女が、背後に立たれるまで一切知ることが出来なかった異常。

 即座に振り向くと同時に鬼血術を発動し距離を取り、その声の主に対しても同じく鬼血術を発動させるべく琵琶に手を掛けた鳴女であったが、瞬間に身体が硬直し一切の身動きが取れなくなる。

 

 ───まるで、自らの主(無惨)に向かって攻撃を仕掛けた時の様に。

 

 「まあまあ、落ち着きなされ鳴女殿。拙僧は貴殿らに害なす者はではありませぬ。その証拠に…」

 

 男は動けない鳴女の肩に手を置き目を細め温和な笑みを浮かべ語り掛けて来る。そして転がっている無惨の方へ向け空中へと五芒星を描く。

 

 するとどうだろうか、式神が無惨の全身に纏わり付き身体へと吸い込まれていく。

 そして気が着いた時には怪我の1つも無い素の無惨がそこで呆然と立ち尽くしていた。

 

 「…………お前、は………」

 「あまり激しく動いてはなりませぬ無惨殿。姿は元に戻っていようと所詮は回復では無く拙僧の作り出した四肢に皮膚、臓物を当て嵌めているだけ…真の意味で馴染み貴方の身と同化し本物になるには時間が掛かります故に。」

 「…………そう、だな。」

 「ご安心めされよ無惨殿、治療を終える迄は拙僧が貴方に変わり目的の『青い彼岸花』を探しておきます故に。ええ、何も心配はいりませぬ、全て拙僧にお任せ下され。」

 「………わかった。」

 

 ────違う、鳴女は理解した。立ち上がり生気の宿らず光の消えた瞳をした無惨を見て、理解してしまった。

 既に無惨様は、消えているのだと。死んでいるのだと。ここに残って居るのは唯の器、虚無を映すその瞳の奥、その肉体の中に宿っているのは残り香、吹けば消え去るほどに脆い一片の小さな焔しか残っていない。

 代わりに残りを満たすモノは全て、あの男の得体の知れないナニカが満たしている。言わばアレは最早、唯の傀儡なのだと。

 

 「無…惨………様………」

 

 動かぬ身体を無理矢理にでもと力を振り絞ろうと、喉の奥より掠れた声が鳴るので精一杯だった。

 鳴女にとって無惨はどちらかと言えば良い上司のような者であった。琵琶の演奏の度に人を殺すことが日常となった最中、人と間違えて襲った鳴女を許すだけでは無く鬼として生かして下さり、十二鬼月とは違い側近として一人別格の扱いを受けていた。

 まあそれの真相はただ能力が貴重であり鬼殺隊から身を隠す為に最適だったからに他ならないが、それでも理由はどうあれ鳴女は無惨から鬼の中で一二を争う程良い扱いを受けていた。

 そのため大体の鬼にとってクソ上司のように思われていても、鳴女にとっては崇拝すべき神にも並ぶお方であった。

 

 だが無惨の形をした傀儡は一切その言葉に反応することは無く、男の甘言に同意を続ける。

 

 「ええ、忘れもしませぬ。あれは拙僧が医者の真似事をしながら京の都を転々としていた頃…」

 「ンンンンンンンンンンンン、そうですねェ!!!それもまた良いでしょう!」

 「いやはや、あの剣士共の刀。あれは実に…」

 「…ええ、そう考えておりましたが…やめました。」

 「では───お言葉に甘えると致しましょう。」

 

 男は傀儡と会話を続けるが、鳴女の目にはこれ程までにわざとらしく映っていた。これは最早、唯の人形劇と同等。男の一人芝居に他ならないのだから。

 

 「────では、そのように。鳴女殿!!」

 

 話がついたのだろう、いや全てが猿芝居。鳴女が真相に気がついていると知りながらも続けられたそのやり取りが終わり、男は鳴女を呼ぶ。その途端今まで動かなくなっていた身体は自由を取り戻し、鳴女は男から距離を取る。

 

 「そう警戒なさることもありますまいて、拙僧は無惨殿の言の葉を代弁しているに過ぎませぬ。そうでしょう無惨殿?」

 「………そうだ……鳴女……」

 「ほら、無惨殿もこう仰られている。落ち着いて下され鳴女殿、そのようなおどろおどろしい単眼にそう見詰められては拙僧も滾ってしまいますぞ?」

 「無惨様を何処までッ………!!」

 

 男は下卑た笑みを浮かべ無惨の頭蓋と顎に手を置き、パカパカと人形の様に無惨を動かす。

 怒りに震える鳴女であるが、先程と同じく男へと鬼血術を発動しようとする度に身体が硬直し、一切の攻撃が出来なくなっていた。

 

 「無惨殿は身体を癒やす為に2年程此処へ籠もり療養を取る…とのことで、まあ、ええ、それ迄の貴方方への指示は────こう致します。」

 

 男が腕を掲げその僧衣の袖を捲くる。そこには───

 

 「()()()()()()()()()───十二鬼月を呼びなさい。」

 

 其処にあったのは禍々しく手の甲から肘程までに絡み付いた赤黒い数多の線、それが鈍色に染まったかと思えば鳴女の手は自然と琵琶へと伸び、鳴らしていた。

 

 「なっ、身体が勝手に!?」

 「成程、命令権を無理に奪い取ったからか、元々英霊ですら無い唯の動く死骸共の指示にはこれが相応しいと考えたか…理由はわかりませぬが、見た目だけ令呪ではあるがその実は別物。ええ。別にこれで良いでしょう。」

 

 男が何かを言っていたがそれに意識を割く余裕はない。四方の襖が開き其処から彼らが、鳴女の意思に関係なく呼び出された十二鬼月がその場へと現れたのだから。

 

 「では、改めて自己紹介を。始めまして皆々様!!拙僧はこの度無惨殿に替わり貴殿らへの指示を賜りました陰陽師!!」

 

 男は手を平げ、落ちて来た者達へ語り掛ける。咄嗟のことに目を見開く黒死牟へ、童磨へ、猗窩座へ、妓夫太郎へ、累へ、声を張り上げ語り掛ける。

 

 「名を────安倍晴明、と、申します。どうか皆様、良き関係を築けることを願っておりますぞ?」

 

 ───後に鳴女は語る。その時の安倍晴明を名乗る男の笑みは一層深く、荒々しいモノであった、と。

 

 

 




はい、約2ヶ月ぶりの更新、申し訳ありません。
相も変わらず無惨が酷い目に合っていますが一応無惨活躍シーンも考えているのでお許し下さい(書くとは言ってない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。