魔弾魔法戦士リュウジンオー (岸辺吉影)
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目覚めし者

この世界には無数の次元世界がひしめき、ある世界は他の世界と繋がりを深める。一方で他の世界と意図したかしていないかは不明でも、隔絶の道を選ぶ世界もあるのだ。

これはそんな世界での話。

 

新暦76年の1月中旬の数多ある次元世界の一つ。巨大な大陸の中心地付近で、爆発と火災がそこら中に広がりを見せている。生い茂る森の木々から鳥や虫、変異種の動物が危険を察知して逃げ惑っていた。喧騒の中心地は森の中にあるのだが広く開けており、地面に整備された扉が地下に広がる施設を物語っていた。

 

「ああ、くそ! 何故ここがバレるのだ、何故!」

 

扉の先を深く進んだ先は薄暗い研究所が広がっている。規模としては相当広いもので、部屋一つ一つを見ても100人は入れるであろうスペースが設けられていた。その最深部の部屋で男が1人部屋に備え付けられたコンソールや、投影されたディスプレイを操作している。

その顔には恐怖と焦りがハッキリと浮き出しており、脂汗が止めど無く滴り落ちるのだ。

その間にも施設内のあちこちから聞こえてくる爆発音はヒタヒタと、彼がいる部屋に近づいていることは、明らかであろう。コンソールを打つ手の動きが焦りによって何回もミスを起こすことにすら、気づかずに男は足掻き続けていた。

 

だが男の無駄な抵抗はすぐに終わる。焼けつくような音と何かを切り裂いた音が耳に入った瞬間、男の背中を熱風が吹き付けた。続けて黄色い稲妻が部屋中に走り、部屋の機械を停止。振り向いて状況を確認しようとしたが、四肢を黄色のバインドが拘束する。切り裂かれた扉の奥からモクモクと煙が充満する中で、2人の人影が目に入る。

1人は金のツインテールに白のバリアジャケットを展開し、黒のタイツスーツを履いていた。その手には柄の長い鎌か斧のような武器を所持している。優しげな顔つきはどこかお姉さん、と呼びたくなるような親しみやすさを世の人には与えるだろう。だが今はその柔らかな顔を険しく引き締めながら、目の前の男に立ち塞がる。

もう1人はピンクのポニーテールにこれまたピンクのバリアジャケットを展開していた。騎士をイメージさせるデザインに相応しく端正な顔つきの彼女もまた、右手に灰色の剣を携えながら男を冷徹に見つめていた。

 

「ジェイル・バーンズ。違法研究と児童誘拐に盗難、その他10件の罪状が確認された。抵抗をやめて投降しなさい。」

 

金髪の女性 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン が罪状を読み上げながら逮捕状を見せつけてきた。ピンク髪の女性 シグナム もまた剣をジェイルの首元を狙うかのように突き立てる。

 

「もう貴様に抵抗できる力など残っていない。頼みのジェイル・スカリエッティも今は牢獄。諦めた方が賢明だと思うが?」

「なるほど、いずれバレると推測していたがこんなにも早かったのはスカリエッティの情報か? いやあいつ自身では無くともあいつの部下か? それともあいつの持っていた情報か?」

 

金色の目をギラギラと輝かせつつ、1人ぶつくさ呟き始めたジェイル。シグナムは慎重に歩み寄りながら、拘束された彼を連れ出ようとする。

だが彼はシグナムの動きに見開いていたその目をさらに開きながら、動物のように威嚇してきた。

 

「舐めるなよ、この腐れが! このジェイル・バーンズが雑魚の手に下ると思ったか! こうなれば死なば諸共、砕きちれぇ!」

「っ、早まるな、馬鹿者! 全員 退避!」

 

シグナムの声に反応したフェイトが扉を塞ぐようにシールドを展開する。瞬間ジェイルの身体が赤く光ったかと思うと、そこを起点とした爆発が巻き起こった。衝撃が部屋を埋め尽くし、研究所全体が振動する。崩壊しつつあった天井や壁から小さな破片が零れ落ちる中、爆発は意外にもすぐに収まった。彼が立っていた場所には黒い影と血がシミのように刻まれ、周辺の機器は見る影もなく瓦礫と化した。

 

「シグナム、大丈夫?!」

 

フェイトの焦りが混じる叫びが響くと、煙の中から烈火の将は立ち上がる。展開していたシールドを解除しながら、煙を払うかのように剣をサッと振った。

 

「無事だ、テスタロッサ。万が一を考えてバリアの展開は準備していたからな。むしろお前の方が無事かと聞きたい。よく反応できたな。」

「うん、大丈夫。バルディッシュがシグナムにすぐに反応してくれたから、みんなは無事だよ。ありがとう、シグナム。」

 

安心したようなフェイトに微笑みながらシグナムは、焼け焦げた今回のターゲットの残骸に目を配る。フェイトと共に管理局員が部屋に続々と入ってくるが、部屋の中の惨状に頭を抱えるものやショックを受けるものばかりだった。2人は思わず溜息をつきながら現状の確認をせざるを得ない。

 

「結果は潜伏場所の確認と発見は成功したものの、被疑者は死亡。

短絡的な性格だと聞いてはいたが、これでは褒められた成果ではなかろう。」

「そんなことない。死傷者はおろか、怪我人もゼロ。被疑者死亡以外は十分過ぎるほどなんだから。研究者がいなくても、これだけ研究所が広ければ見つかるものも多いよ。」

 

忌々しそうに舌打ちするシグナムを慰めつつ、周りの管理局員や外で待機するメンバーに指示を送るフェイト。状況は解決に差し掛かるが、彼女らは気づかずにいた。研究所の一室で、目覚めた少年がいたことを。

 

 

はあはあと息を切らしながら少年は走る。その腕を懸命に振り、何かわからぬままにただひたすらに走っていた。首に首輪のようにネームプレートが付けられた少年の顔には恐怖しかない。

 

(なに、なに、なに? なにがあった?!?!)

 

気がつけば少年は殺風景な部屋に座っていた。ぼんやりと意識を取り戻した彼が最初に目にしたのは、殺風景な壁であるが、聞いた音は違う。微かだが聞こえてくる音は確かに爆発音で、辺りにはサイレンが鳴り響いていた。扉の向こうから機械音と誰かの声、甲高い音が断続的に聞こえてきたかと思えば爆発音がどんどん近づいてくる。

自分が何者かも分からない少年だったが、今の状況が危険に近いことぐらいは認識できた。慌てて扉を叩くが、分厚いせいで声が届く気配がない。しばらく扉を叩いていると、無意識のうちに扉の横を触っていたらしい。音もなく開いた扉から出た彼は、初めて熱風というものを肌で感じる。ボロ布のような服装の彼にとって、それは火の中に入れられたも同然の熱気だった。煙と火の奥に見える人影からカラフルな色の光が煌めくと、辺り一体が火の海に染まる。

 

彼は恐怖から奥へ奥へと逃げていた。何かわからないが今は逃げろ。そう本能が告げるがままに彼の足は前に回転する。左右に一定の間隔で設けられた扉の数々は、空いているところもあれば閉まったままの場所もあった。不規則に開く部屋には目も暮れず走るが、立ち込めてきた煙を吸い込んでしまいその場でむせる。腕で口を塞ぎながら先を進むが、煙が充満して前も見えなくなった。

目に入った部屋に思わず飛び込むと、そこにはまだ煙が入ってきていない。急な運動と煙のせいで乱れた呼吸を整えている間、彼は部屋の内部に目を配っていた。ここはどうやら実験室のような場所で、彼がそれまで抱いていた殺風景な印象はなかった。不規則に点滅する機器や火花が散るディスプレイに驚きながら座り込んでいると、どこからか声が聞こえる。

 

「おう、にいちゃん。生きてるか? 俺様の声は聞こえるかぁ?」

「…誰?」

「おうおういきてるみてぇだ、俺っち安心。 にいちゃんこっち来てくれるか?」

 

震える足をゆっくり動かしながら、彼は声の方向に歩き出す。彼が転がり込んだ扉は部屋の右側に設置されていたらしく、声のありかは部屋の中央付近だった。そこには円形のスタンドが設置されており、小さな機械がスタンドの上で宙に浮いている。ライトアップされたそれは、龍の形を模した外観に腕に巻くためのバンドが取り付けられていた。龍の口には曲線みのある牙が備わり何処か髑髏を想起させるそれは、まるで意思を持つかのように喋り出すではないか。

 

「いやーまいった参った。ひとり蚊帳の外ってやつか、ほったらかされるわ誰も来ないわ。こりゃ俺も年貢の納め時と思ったらお前さんが来てくれたんだ。あんがとよ。」

「…」

 

少年を無視して1人で回想と感謝を終えたそれは、目の前の人間を初めて観察したようだ。よくよく見れば、喋り声に反応して目の部分が赤く点滅している。

 

「ンン、にいちゃんまだガキンチョじゃねえか。しかもその首についてるのは… こりゃきなくせぇ匂いがプンプンしやがる。

にいちゃん、名前はなんつーんだ?」

「…知らない。」

「ありゃりゃ。やな方の予感つーもんは当たるんだな、これが。

にいちゃん、名前についてはその首に付けられたやつに書いてあんよ。

  コウイチってな。」

「…コウイチ。」

 

首元のネームプレートを触るコウイチは、指先にヒヤリとした感触を覚える。それは彼の今の心境に相応しい冷たいものだった。この危険な環境に加えて今更認識する自分の名前。その異常さは幼い彼ですら、はっきりとわかってしまうほど冷酷なものであった。

 

「にいちゃん。ショックなのはすんげーわかるが状況が最悪なんだ。早いとこ脱出しないと俺たち生き埋めってやつだな。」

「でも、どうするの?」

「ひとまず俺っちを取ってくれ。話はそっからだ、さあさあ。」

 

促されるままにそれを手に取る。彼の手よりひと回りより大きいサイズのそれを左手首につけると、ひとりでにバンドが巻きついた。縛りすぎずそれとて緩すぎない強度で巻きついたそれを上に掲げると、薄い光を反射して金の龍がきらりと光る。するとピリッと電流が走ったような感覚が全身を駆け巡り、それのサイズが少し小さくなった。

 

「ああ、心配すんな。今俺っちがにいちゃんの身体に魔力を流した。ついでににいちゃんの身体についての情報ももらったから、こいつでなんとか…」

「どうした?」

 

急に黙り込むそれに声を掛けると地震のように床や天井が揺れる。思わず体勢が崩れかかるコウイチの近くに大きな瓦礫が崩れ落ちる。微かに人の声が聞こえると、焦ったかのように機械が指示を出してきた。

 

「くそくそ、胸糞悪いが今はそれが逆にありがたいってやつだなおい!

にいちゃん、何処かに鍵みてぇなんがあるはずだ、鍵ぐれぇは分かるよな!」

「わ、わかった。わかるよ。えっと…」

 

急な指示だったが言われた通りに鍵とやらを探す。しばらく探すがそれらしきものが見当たらないコウイチだが、ディスプレイの画面にそれらしきものが表示されているのを見つけた。そのディスプレイの鍵をタッチすると、スタンドが凹み六角形の箱と複数の鍵が競り上がってきた。

 

「おい、もしかして全部揃ってるなんて笑い事はよしてくれ…

揃ってるじゃぁないか、くそ! ホントにどうなってやがるこれは!」

「な、なあ。これでいいん、だよな。」

「ああ、コウイチ。お前さんはよく見つけてくれた。俺が今ムカついてるのは誰が用意したかわからねえことなんだよ。」

「なんのこと、」

 

話が読めないコウイチを無視して状況は悪化していく。人の声と爆発音が先程よりも強くなったのは明らかだった。機械は急かすようにコウイチに箱に鍵を差し込め、と指示を出してくる。意味がわからないながら、言われた通り鍵を持ち手の内側に折り畳み、箱の凹みに差し込むと一人でに鍵が内部に消えた。置いてある全てを収納した箱を腰につけると、機械と同じく腰にベルトが巻きついた。箱の側面に龍の顔がレリーフとして付けられていることから、この機械と関係が深いことにコウイチは気がついた。

 

「胸糞悪いが、仕方ない。いいかコウイチ、生きたいなら俺の言う通りにするんだ。いいか?!」

「…分かった!」

 

一瞬の間の後頷くコウイチ。

 

「よっしゃ行くぜ! まずはホルダーに手を置いて[リュウジンキー]と心の中で唱えろ。そうすりゃあ勝手にキーが飛び出てくる。」

「…リュウジンキー!」

 

左腰のホルダーに手を置きながらコウイチが叫ぶと一人でにホルダーが回転し、頂点の凹みから白い鍵が出てくる。鍵を手に取ってよくよく見れば、やはりこれにも龍のレリーフが刻まれて、そこに指が触れると鍵が持ち手から展開された。

 

「その鍵を俺の口に差し込め! そして叫ぶんだ。 [斬龍変身(ドラゴニック・セットアップ)] と!」

斬龍変身(ドラゴニック・セットアップ)!!」

 

『チェンジ リュウジンオー』

 

龍のレリーフが上にスライドして空いた口に鍵を差し込むと、レリーフが下に降りる。鍵を飲み込んだような機械から、白い光が辺り一面に放出された。それは何処か温かくまるでコウイチを包み込むかのように周囲に集まる。やがてそれは一尾の龍へと姿を変えた。怒号のような咆哮を吐くと、コウイチの身体に舞い降りてくる。

身体の内部からマグマのように熱い力が湧き上がると、コウイチの視線がみるみるうちに上がっていく。目を開けてみるとそこにいたのは別人だった。

 

黒をベースに四肢に銀色のフレームが巻き付いている。肩や腕、足には縁が金色のオレンジのアーマーが取り付けられていた。胸にはやはり龍のレリーフが施されている。顔にはフルフェイスのマスクがつけられており、オレンジのHの形のマスクがコウモリのように顔を飾る。

右手の機械も先程より大きさが変わっていて、口元の牙が左右に伸びて鎌のようなイメージに変形していた。そして何よりコウイチの身体は明らかに成人男性の身長にまで成長しており、見てくれは立派な戦士だった。

 

「これ、すげぇ! かっこいいじゃん?! しかもでかくなっるし、へへ、すげえ!」

「…ああ完璧だ。()()()()()()ちくしょう…」

 

容姿が大人らしくなったことに年相応にはしゃぐコウイチ。対照的に機械の方は何やら違っている。まるでそうなって欲しくはなかったかのような。

 

「失敗なのか、これ。その、何が違うんだろう?」

「…いや、最高だ。()()()()()()()()()()()()だ。 まだ名乗っていなかったな。俺はザンリュウジン。そして今のお前はリュウジンオーだ。」

「リュウジンオー…」

 

ぐっと手を握りしめるコウイチ、いやリュウジンオー。そうこうしていると火の手がすぐそこにまで迫ってきていた。もう入り口付近には火と煙が充満し始めていて先に進むしかない。

 

「よし、コウイチ。このまま奥に突き進む。足に意識を置いて早く足を動かすイメージで走ってみろ。」

 

言われた通りにリュウジンオーが走り始めると周りの景色が歪んだ。いや違う、彼が猛烈なスピードで走り抜けたのだ。残像が生まれるかのような速度のランニングは、みるみるうちに火の手から逃れて最奥に到達する。リュウジンオーは走っている間、何度か壁にぶつかりそうになったり体勢を崩しかけたが、自動的に体勢が立て直っていた。おそらくザンリュウジンがアシストしてくれていたのだろう。

 

「よし、この先に隠し通路があるな。ロックもかかっていないみたいだし、突き抜けるぜ!」

 

何もない壁にザンリュウジンを押し当てると、壁が下に沈んで通路へと繋がる。その道を歩こうとしたその時、ザンリュウジンが待ったをかけた。

 

「もう時間がないんだろ!なんでここで止まる必要があるんだ、」

「落ち着きな。今誰が追ってきてるかわからねえ以上俺たちの後をつけられちゃまずい。てことで足止めしなくちゃなんねぇ。

[アックスファイナルキー] を出しな。」

「…アックスファイナルキー。」

 

不満げにリュウジンオーがホルダーに手を置くと、新しい鍵が出てくる。龍のレリーフが先ほどと違い銀色の鍵をザンリュウジンの口に差し込むと、ザンリュウジン全体にエネルギーが充満していく。

 

「さあ、行くぜリュウジンオー! これが俺たちの必殺技。」

「行くぞ、ザンリュウジン!」

 

『ザンリュウジン 乱撃!!』

 

ザンリュウジンの展開した左右の牙にエネルギーが分散する。牙が黄金の輝きを放ち始めると、リュウジンオーはザンリュウジンを回転させて天井をX字に切り裂く。切り口から血が滴るかのようにエネルギーが周辺に漏れてダメージを拡大させていた。とどめに交差する点に対して垂直に切りつけたリュウジンオー。最大のエネルギーがぶつけられたことでさっきまであった通路の入り口ごと跡形もなく崩落し、奥が見えなくなった。

目的を達成したリュウジンオーは、高速移動で奥に突き進んでいく。そして外の明かりが差し込むと、そこには新緑の森林が広がっていた。

 

「脱出、成功! いやぁなんとかならんもんだななんとか!」

「ま、眩しい。 そういや初めてだな、外出たの。」

 

ザンリュウジンが目を赤く光らせながら喜びをあらわにする一方、初めて見た生の自然にリュウジンオー コウイチはただただ圧倒される。

出口もまた『乱撃』で塞ぐが、唐突に変身が解除される。まるで重力が何十倍にも倍増したかのように全身が重い。身体も元の少年に戻ったコウイチは、うつ伏せになりながらうめいていた。

 

「…なんじゃ、こりゃ…」

「魔力切れだ。まあ30分すりゃ動けるようになるだろ。初めてならこれは当然だな。本来は使わない最後の一滴まで絞り尽くしたって感じじゃぁないか?」

「…キツい…」

 

ザンリュウジンがカラカラ笑うように説明する中、コウイチは意識を闇に飛ばす。ザンリュウジンは、この間に周辺に薄い探索魔法をかけて情報集者に務めている。

 

「これはこれは、墓の近くじゃねえか。んーなるほど。俺が発掘された訳だ。動物やその他諸々はなにも変化してないって、人があれから立ち入ってないらしいな。」

 

青い鳥がザンリュウジンの口元に止まって歌を奏でる中、コウイチは安らかに寝息を立て、ザンリュウジンは目を規則的に光らせながら必要な情報を取捨選択する。結局コウイチは数時間眠り続けることになり、ザンリュウジンは蝶やらなんやらの糞などで表面を汚され続けることになった。

 

目を覚ましたコウイチはザンリュウジンの抗議に閉口することになった。やれ鳥の糞がこんなについただなんだと騒ぐザンリュウジンの為に、先ずは湖や川を探すことになる。しばらく歩くと、目の前に大きな川が目に入った。そこにザンリュウジンをつけて汚れを洗っていると、川に大きな影が写っていることに気づく。

 

「ここは竜や大鳥と言った大型の変異種が大勢いる星なんだ。人喰いの動物はいないんだが、プライドが高い奴が多くてな、気を付けなきゃなんねぇ。」

「前にいたことがあるみたいな言い方…」

「まあいたからな。何百年も前、活動していた頃と何も変わっていない。それは確かだろうな。」

「‥」

 

コウイチが何か言いたそうにしているのを、ザンリュウジンが先回りして答えていく。

 

「わかっている。お前が何が聞きたいか。まだわからねえ部分が多すぎるが、そんなかでも分かっていることは少なくないからな。」

「じゃあ教えてくれてもいいじゃないか。」

「まだ俺たちゃ寝所すらないんだからな。そこが決まって落ち着いてからでも遅くはないだろ? 安心しな、教えないなんてことはないぜ。」




リュウケンドーとなのはのコラボss。
元々こっちの方が書きたい内容ではありました。原作キャラとの絡みはすぐにはないですが、まあ気楽にやって行きたいです。


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訓練

それからコウイチは、ザンリュウジンとの共同生活を半ば強制的とも言えるが、始める事にした。

土地勘のあるザンリュウジンの指示通り、手頃な洞窟を見つけ、住まいにする。近場の湖までの最短ルートを割り出し、邪魔な草木を切っていく。切った草木で簡易的な壁や寝床を作り、火を焚べた。

食べ物は何でもある。特に果実や木の実が豊富に生い茂っており、至る所に自生しているのだ。おまけに殆どが毒なしという、サバイバル用に植えられたとしか思えないほど、好都合な環境だ。

 

「お、察しがいいね。この星は俺様を作った奴らが色々弄ってるんだわ。まあ戦争が絶えない時だったから、すぐに食える植物をあちこちに植えていたし、研究してたんだ。」

 

戦争の残した遺産で、どうにか食と住は確保できた。衣についてコウイチ自身が興味がないから、匂ってきたら適当に洗う程度で十分だ。

 

 

コウイチとザンリュウジンの一日は、日が上り始めた時から始まる。起きてから散歩がてら湖まで歩き、道の周りを確認する。その後朝食を食べてから周囲の散策と食料集めを行い、現地で昼食。午後は拠点に帰りながら、また調査。そして陽が沈み始めた頃には洞窟に篭る、これを何度も繰り返すのだ。

そして調査をするのも、食料を集めるのも魔法を使う。

 

「よっしゃ、今日は烈風刃の練習だ。やり方は教えた通りだ、忘れてちゃいねぇよな?」

「分かってるよ。 

行くぞ、『烈風』 ・『烈風刃』!!」

 

リュウジンオーに変身していたコウイチが、目にも止まらぬ速さで動き出す。大きな緑葉が特徴の木に生っている、赤色の果物が数個、ポトリと地面に落ちた。

 

「よっしゃよっしゃ! 本音を言えばもうちょっと綺麗にして切ってもらいたいし数も少ねえが、上等上等!」

「これでも精一杯だぞ、俺?」

「分かってる。まあ気楽にやってりゃ上手くなるわな。さあエリアサーチのお時間だ。探査魔法、いけるな?」

「ああ。 サーチキー、発動!」

『エリアサーチ』

 

リュウジンオーの腰についているホルダーから取り出した鍵を、ザンリュウジンに差し込む。するとザンリュウジンから波紋のような魔力が発生し、周囲に伝達していった。

フルフェイスの格好であるリュウジンオーの頭部のマスクに、エリアの探査結果がリアルタイムで更新されていく。

 

「なあ、これって変身しなきゃ駄目なのか?」

「多分だが、変身しなくても使えるようにはなるぜ」

「じゃあ何で」わざわざ変身させたんだよ。変身してまでする事?」

「コウイチ、お前はサバイバルの基本を知らない。情報なんてあって損はしねぇ。心配するな、探査魔法は生身でも出来るように練習させてやるし、魔弾キーを使っての探査はこれっきりだよ」

「はいはい。僕が悪うございました。っと、 何もないな、探査終了っと。」

 

洞窟に戻ってからは、ザンリュウジンによる教育が始まる。その多くは魔法について、そして一般常識と言える知識が殆どだ。

 

「…つまり今のこの星含め、一番権力が集まっているのが管理局ってわけか。」

「そういう事だな。ようは悪いことしなけりゃ世話にはならない筈だが、俺たちは勝手が違う。」

「どうして?」

「考えてみろ。デバイスは古代ベルカの最初期の遺物。しかも最新式にアップグレード。 そしてそいつに合わせて調整された、デザインベイビー。

どう考えてもまともな生活送れる訳がねえ。大方身体分解されて調べられて、どっかの研究者に囲われちまうぞ。」

 

コウイチはザンリュウジンを装着していない、真っ白な右手をじっと見つめる。

彼はザンリュウジンに合わせてあの科学者が作り上げた、デザインベイビーだ。そもそもコウイチという名が、ザンリュウジンを作り上げた彼の本来のマスターの名と同じらしい。ザンリュウジンの予想では、何らかの方法で残されていた元のマスターのDNAを使って、更にザンリュウジンに適した肉体を構築しているようだ。

 

普通なら、己の出自が誰かに操作されたとなれば、悲観するだろう。だがコウイチは、そう言った僻みは無かった。何故なら彼は知らないのだ。会話自体、ザンリュウジン以外とした事がない。寧ろ人間を見た事が無いのだ。

自分が不幸と思う時、誰かと自分を比較する時がある。コウイチは比較する人を知らないから、絶望感を味わう事はなかった。

 

「ザンリュウジンを使えるのは俺だけってことだろ、つまり。」

「まあ、身も蓋もない言い方だけどな。」

「じゃあそれで良いじゃないか。現にこうして俺はお前のお陰で生きていられる訳だし。」

「…泣かせる事を言うねぇ。」

 

そう言って目に当たる部分を赤く点滅させるザンリュウジンに、コウイチはケラケラと笑ってみせた。

 

ザンリュウジンが言うには、ここは彼を作り上げた一族の墓があるそうだ。つまりはここが、彼の故郷とも言える。そんな故郷を念入りに探索させていたのは、単に安全性を確保するだけではなかった。

 

「…やりぃ! やっと見つけたぜこんちくしょう!」

「へっ? 何探してたんだよ、食えそうなものは何処にもないぞ。」

「馬鹿言え、こいつを見な。」

 

ザンリュウジンの赤い瞳から、レーザーマップが表示された。そのマップに目を通していくと、コウイチはあることに気づく。

 

「洞窟か? にしては短いというか。」

「修行場さ。昔俺の主人様が鍛練のために作ったのが、そのまんま残ってた。データはあったんだが正確な位置は確認しておかねーとな。」

 

 

洞窟内は、意外なほど綺麗に保存されていた。元からある洞窟を更に掘り進め、人の手を入れたのだろう。全面に石が敷き詰められ、特に足下はかなり硬く舗装されている。

特に目を見開くのは中央の間だろう。四本の柱に囲まれた闘技場が、ひっそりと佇んでいた。苔や草木が絡み付いて入るが、その全容ははっきりと確認できる。

 

「この闘技場はな。技術修練の伝承と実践を目的としている。

今日からはここでお前に、リュウジンオーとしての技を叩き込んでやるよ。」

 

ザンリュウジンの言葉にコウイチが疑問を持ったが、それは口に出ることはなかった。ザンリュウジンの目が赤く光ると、闘技場の床が赤く光り始めた。呼応するかのように光の模様が床全面に広がると、それはザンリュウジンをかなり簡潔に描いた絵文字にみえる。

コウイチが恐る恐る闘技場の上に上がると、中央付近から土煙が巻き起こった。絵文字の目の当たりから湧き上がった土煙が晴れると、2体の人形が立っているではないか。コウイチと同じほどの身長で、簡素な服を着ているだけの人形である。

 

「こいつは修練専用マシーン。俺様が指定した動きを正確にこなせるし、攻撃の速さや耐久性まで調整できる優れものだぜ」

 

ザンリュウジンは得意げにいうが、コウイチからすれば展開がよく分かっていなかった。技術がどうだというが、コウイチからすれば寝耳に水のことだ。

 

「んなこた気にすんなっての。言い始めたらキリがねぇ、第一俺たちの出会いそのものがお前に言わせりゃ寝耳に水だろうよ」

 

ザンリュウジンのあっけらかんとした返答に、少々腰が抜けたのは内緒である。だがコウイチの中で覚悟が決まった。2体の人形に対してザンリュウジンを突き出すと、腰のホルダーから鍵を取り出す。

 

「リュウジンキー! 龍装変身(ドラゴニック・チェンジ)

 

『チェンジ リュウジンオー』

 

鍵をザンリュウジンに差し込むと、コウイチの身体が一回り大きくなってリュウジンオーへと姿を変える。

 

「じゃあ言うよりもやるが早し。始めようぜ」

「だから始まるって」

 

言うや否や、人形の攻撃がコウイチに襲い掛かる。綺麗な右ストレートをすんでのところで躱したコウイチだが、次の右膝蹴りを腹に喰らう。モロに突き刺さる膝の衝撃に思わず蹲るが、手に宿る龍は怒り心頭のご様子だ。

 

「おい膝つく暇ねぇぜ、さっさと起きやがれ!!」

「ごぼ、ごほ…」

「そりゃきた!!」

「っ、このぉ!」

 

息つく暇もない。片割れの人形が右回し蹴りを頭に目掛けて放ったのだから。必死になって頭を下げたコウイチは、脳天に鈍い痛みを覚えつつ、意識が遠のいていくのが分かった。

 

「また視界が狭まってらぁ!! もっと周りを見ろ周りをよぉ!!」

「っ、はっ、ふっ!」

「避けたら構える! 避けた時と動く時が1番隙が生まれやすいんだっつーの!!」

「ひゅっ、ふっ!」

「アックス使うなんざ100年早え!! 今は避ける練習だって言っただろうこのばかちん!!!」

「かっ…」

 

ザンリュウジンが闘技場でコウイチに伝えているのは、格闘術だ。ザンリュウジンのかつての所有者が完成させた古代ベルカの格闘術、失われた秘技がコウイチによって再生されようとしている。コウイチはザンリュウジンのアドバイスを耳に入れつつ、修練人形に対して一つ一つを実践して身体に覚え込ませていた。修練スピードは並大抵ではなく、凡その基本的な動作は身についている。

とは言っても生半可な話ではない。これまで人並みの生活を送ってきたことがないコウイチは、確かに技の習得に時間はかからないのだが、故に応用力の無さが問題だった。通常なら日常生活の端々で学ぶ知恵が、瞬時の判断を導く事がままある。コウイチには材料がなかった。

 

「よっしゃ。あと1分後に昼飯採りに行くぞ」

「ぜー、はー、ぜー… 無理無視…」

「無理じゃねぇ。つーか飯なんか残っちゃいないんだから、どっちみち行くことになるぜ? 10秒前」

「…鬼が…」

「おっ。良い答えができるようになったじゃねえか?」

「くそ…」

 

ザンリュウジンの解決策は単純明快だった。食事の確保すら訓練に当てたのだ。コウイチはお陰で木の実1つ取るのさえ、苦労する羽目になる。

 

「『烈風』! 『烈風刃』!」

 

コウイチの身体が目にも止まらぬ速さで森林の中を滑走していた。一般人が見れば、黒い影が見え隠れするぐらいに見えれば上等と言える。

今のコウイチは疾風の体感速度に慣れることと、通常ではない速度の中での戦闘に脳を適応させていく事が、ザンリュウジンが今後の目標としている事だ。烈風刃で邪魔な枝を瞬時に切り裂きながら進むコウイチには、余裕すら窺える。

 

「1.2.3.…4.5.6!!」

 

加えてオレンジのバイザーを通して見る世界は、随分と変わった。以前は橙色の壁越しにしか景色を捉える事が出来なかったが、現在のコウイチのバイザーには多種多様なデータが逐一表示されるようになっている。ザンリュウジン曰く、バイザーに投影されるデータの類は古代ベルカには存在せず、改造した科学者が搭載した最新鋭の技術だそうだ。

 

「っーことはだな。管理局の連中もこの技術を持っているってこった」

「ふーん」

「軽いなぁ。えっ、手前分かってるんだろうな。俺様が知らねーような機能が俺様の知らねー内に搭載されちまってるってこった。そこんところは俺様のアドバイスなんか通用しねぇんだ」

「投げやりだなぁ。知らない機能があるなら、自分をスキャンすればいいじゃないか」

「そいつは出来ねえ」

「何でだよ。あんだけエリアサーチさせておいて、自分はサーチされたくないってか?」

「…」

「おいおい…」

 

軽口を叩き合う2人だが、烈風は未だに持続している。だが依然としてコウイチは肌に感じる疾走感と、視界に入る静止画のような風景に今一つ慣れずにいた。

 

「なぁ、ザンリュウジン。いつになったらこのヘンテコな景色に慣れるのかな」

「それはわからねぇ」

「おいおいそれはないだろうよ」

「だってしょうがないじゃねぇか。こればっかりはコウイチ自身が慣れるしかないんだ。お前の感覚の話だから、迂闊に俺様のアドバイスを送りゃ、日常生活までおかしくなっちまう」

 

それでは困るとコウイチは毒突きそうになるが、見透かしたようにザンリュウジンが赤眼を光らせる。

 

「逆にいえばよ。数こなすのが1番効果あるって事だ。な、気楽に行こうや気楽に」

「お前は気楽だね」

「人生、気楽に行った方が得だぜコウイチ」

 

「っぷは!」

 

川に身を沈めていたコウイチが、水面から顔を覗かせた。全身を擦りながら脚を蛙のように折り曲げて、ゆったりと泳ぐ。上半身を器用に立てたまま泳ぐことが出来るのは、天性の柔軟性とザンリュウジンによる訓練の思わぬ副産物と言えた。

水泳は身体を冷却することで、過度な筋肉の炎症を抑える効果がある。加えて前後左右に入り乱れる天然の水流が、コウイチの若い肉体を不規則に刺激し拒むから、程よい筋力トレーニングにはうってつけなのだ。古代より伝わる自然と一体化する伝統訓練は、訓練中の爽快感が心地よいコウイチにとっては、いい気分転換になる。最初は休み前の1回、付近の水源でのみやっていたが、今は日に3度は川で泳がなくては気が済まなくなるまでになっていた。

 

「ふぃー。いやー泳いだ泳いだ」

「コウイチ、早く上がれって。火を起こすのはお前の仕事だ」

「そんぐらいザンリュウジンがやればいいと思うんだけど」

「俺様、ただの斧だからな」

「使い勝手が悪いなぁ」

「言うねぇ」

 

軽口を叩き合うコウイチとザンリュウジンは、川辺にあるクズ木と石を集め、円形に配置した石とテント状に組んだクズ木に枯葉を燃料として火をつけ、温もりを得る。

実は読者諸君は気づいているだろうか。今焚き火に当たっている少年、研究所から着の身着のままで脱出し、今日に至る。リュウジンオーへの変身能力を得ているとは言え、普段から変身し続ける訳にはいかないのだ。

 

「そろそろタオルとか、手に入れてぇな」

 

つまりは覆い隠すものを持ち合わせていない。それどころか身体を拭いたりすることも出来ないので、コウイチは頻繁に焚き火を作成する羽目になっているのだ。お陰でアウトドア能力を向上させるには充分だが、人並みの生活を送るのはまだまだ先のことになっている。

ザンリュウジンが弱音を溢すと、彼の銀色の頭部に影ができた。コウイチが空を見上げると、清涼だった青空が何処からともなく灰色に染まり、水滴を落としはじめたのだ。

 

「おっと今日は退散しようか。さっさと行こうぜ」

「ザンリュウジン、今日の天気は晴れだったんじゃ?」

「おう。俺様の気象予測では確かに晴れだったんだが…」

「頼むよ。雨降るのが分かるから、予測なんだろう?」

「返す言葉もねぇ。だが…」

「もう行くぞ」

 

ザンリュウジンを右手に装着したコウイチは、駆け足で来た道を戻る。彼の背後の山々には、既に豪雨と雷雨が降り注ぎ始めていた。鳥や獣が恐怖の雄叫びをあげ、地面に叩きつける水滴の音と共に一種独特の、恐ろしさを醸し出している。

自然の恐怖の調べの中、空を切り裂くような獣の鳴き声が、コンマ数時ではあったが鳴り響いた。声の方向では、横に広い影が、大きく蠢いている。黒い影は、帰り道を急ぐコウイチとザンリュウジンの背中を、見据えているようだった。




久しぶりの更新。何か熱が急に再発しまして、ストックが出来ました。ボチボチやっていきます。


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3話

「おいザンリュウジン。いい加減にしてくれよ」

 

コウイチが苛立ちを隠さずに、右手に装着した手斧に愚痴を溢す。龍を模った手斧は、赤眼を光らせつつも愚痴に曖昧に返事を返した。

 

「すまねぇ。だが俺様のせいじゃねえんだ」

「何だよ。気象予測出来るって言ったのはお前だ。それが何で出来なくなるんだよ。ついこの前まで外れたことなんか1回もなかった」

「いや、それはそうなんだがよ」

「ほら見ろよ。ここら辺のデータはあるじゃないか。何でまた、こんなに雨ばっかり外すんだよ?」

「うん」

「うんじゃなくてさ」

 

ここ最近、ザンリュウジンの気象予測が外れることが増えた。最初はコウイチも偶然だと考えていた。予測なるものにどれ程の正確性があるのか知らない彼にとっては、そういうものだと思ったのだ。

だが外れる回数が2桁になると風向きが変わる。何せ彼は裸なのだ。雨が降るか否かは、通常の人よりもずっと深刻なのである。コウイチは泳ぐことは好きでも、雨に打たれるのまで好むわけではない。ましてや彼は身体を乾かす術を焚き火に依存している。狩った獣の皮を嘗め、服やタオルを作れば良いのかもしれない。しかし幾らコウイチが器用だと言っても、そう簡単に出来る代物ではなかった。

 

「こんなに雨に当てられてちゃ、焚き火に薪焚べ続けなきゃなんない」

「そうだなぁ」

「ザンリュウジン!」

 

焚き火に関していえば、コウイチは用意するのにさほど手間は要さなくなっている。既にコウイチは簡単な魔法で、ライターほどの火はいつでも用意できるようになっていた。だが幾ら火があると言っても、燃料がある程度なくては話にならない。燃料になりうる木の枝や草は無数にあるが、雨風に当てられた草木は湿っ気が強すぎて燃料に出来ないのだ。

コウイチがザンリュウジンに疑問をぶつけるのも、燃料が底をつき始めているからである。焚き火で乾かした草木のストックとて、こうも雨が続けば住処としている洞窟が湿り気を帯び、貯蔵できる量が限られてしまうのだ。

 

「…わかった。理由を言うぜ」

「そりゃそうだ。行ってもらわなきゃ困る」

 

ザンリュウジンが会話をする時、単語に併せて赤眼が点滅するのだが、コウイチは点滅の仕方に感情が出ていると思っている。今ザンリュウジンは酷く困惑しているように思えた。

 

「前に言ったな。俺様は古代ベルカ式の機械、デバイスだ。それを何処かの科学者が丁寧に近代式の、ミッドチルダ式の技術と融合させて最新式に仕立て上げてくれた」

「うん。ベースは古代ベルカ式、補助システムがミッドチルダ式。合ってる?」

「完璧」

 

コウイチはザンリュウジンからは、基本的な知識として魔法と背景に存在する古代の争いについて、簡単なレクチャーを受けたことがある。

今コウイチ達が存在する世界は1つではなく、多数の次元世界と言えるもので構成されているそうだ。無数の次元世界の中には、戦乱によって崩壊したものがあり、その内の1つが古代ベルカ。

 

【いやはや、実に興味深い時代だったね〜。朝敵の砲撃で目が覚めて、昼頃には敵の来襲で昼飯どきだと分かって、3時ごろの来襲でおやつの時間だと思って、7時ごろの襲撃でああ日も暮れちまったなって感じで。

最後に深夜の攻撃でベッドに入る時間だって認識するんだわ】

 

ザンリュウジンは軽く言うが、壮絶な死闘が日常茶飯事だったようだ。戦乱の世に生まれた、いや戦乱を生み出した人間の力。

それが古代ベルカ式魔法だと言う。

戦乱が終わり、次元世界に平穏が訪れると、古代ベルカ魔法は廃れていった。後継者が死滅した、近接特化で発展がしにくい、使用者の先天的要素に依存する、ザンリュウジンから言わせれば一時代を築いただけで大したもんだと言わしめる古代ベルカ式魔法。

だがいつの時代も次世代が誕生する。生み出された魔法は古代ベルカよりも簡易的で、魔法の発展の余地が残された正に近代式の魔法だった。

その名も近代ミッドチルダ式魔法。

 

「でさ。それがなんなの」

「古代ベルカ魔法が苦手だったのが探索魔法だ。こいつに関しては近代ミッドチルダの方が、数倍先を行っているのは間違いない」

「?」

「つまりだな。俺様が使う探査魔法と、それに基づく気象予測。彼等は近代ミッドチルダ、それも高性能なやつに間違いないんだ。本当は予測何か年に1回間違えれば多いぐらいの精度だぞ、これ」

「??」

 

話が長くなり始めたザンリュウジンに対し、コウイチはついていくので精一杯だ。

 

「簡単にいや、外すのがあり得んということだよ」

「じゃあ何で外れるんだよ」

「そこだ。俺様はずっと考えていた。どうして気象予測が外れるのか。俺様や魔法に不備はない、じゃあなぜだ?

何かしらの、不可抗力が働いているんだ」

「何かしらって? そんなあやふやな答えじゃ納得なんか出来ねえぞ」

「まぁ落ち着けコウイチ。いきなりだが、探査魔法をかけて欲しいんだ」

「えっ?」

「いいからいいから」

 

本当に突然のお願いに、コウイチは少々不快感を覚えた。しかしザンリュウジンはしつこくねだる為、仕方がなく探査魔法を使おうとする。

 

「いや、ちゃんと変身してやって欲しいんだ。魔弾キー使ってな」

「えっ?! 冗談よしてくれよ、何で探査なんかで一々変身しなくちゃならねえんだよ。この前やった時言ったじゃないか、もう使わないってさ」

「頼むコウイチ。俺様の仮説が正しいことを証明させてくれ!」

「ザンリュウジン!」

「頼むコウイチ! 俺様の頼みだ本当に頼む!!」

 

ザンリュウジンは本当にしつこかった。仕方がなくリュウジンオーに変身したコウイチに、ザンリュウジンが魔弾キーを指定してくる。

 

「これね」

「ああ、頼むぜ」

「はいはい」

 

「サーチキー」

 

『エリア・サーチ』

 

白色の魔弾キーをザンリュウジンの口に差し込むと、白色の光がリュウジンオーを中心として、まるで風のように広がった。今まで使ってきた時よりも、どうやら大規模な魔法になっている気がする。

 

「うぉ、スゲェー。何だか魔法の範囲が広くなっているよな?」

「最初から使えはしたんだ。だが俺様の記憶にこんな魔弾キーはなかったからな、フルに使うのは怖かったんだが、言ってられねえ」

「何で最初から使わなかったんだよ」

「言っただろう、記憶にないって。多分よ、あの研究者が新しく拵えたもんだ。全くご丁寧なこったね」

「そんな事、出来るのか?魔弾キーを新たに作るって」

「出来なくはないが… 分からないだろ、俺様の知っている通りに作ったかどうかなんて。俺様はどうもそこが引っかかってね。コウイチには悪いが、今まで見送らせてもらった」

 

言いたいことはあるが、今は我慢だと思った。リュウジンオーのオレンジのバイザーに間もなく探査結果が表示される。

 

「おお…」

 

リュウジンオー・コウイチは決してデータのエキスパートではない。だがバイザーに現れるデータの数は、それまでコウイチが集めていたデータとは比較にならない規模の精度と量であることだけは、理解できた。

バイザー越しに見るザンリュウジンは、赤眼を高速で点滅させておりデータの解析を行なっているようだ。

 

「コウイチ。今の気象予測を見てみよう」

「オッケー。えっとこれだな」

 

表示される周囲の地図と、データが導き出した天気図が重なる。すると雲や日光の当たり具合などがリアルタイムで更新されて表示されるではないか。

 

「おお、スゲェーミッドチルダ。でも、あれ…」

「な? おかしいだろ」

「うん。おかしい」

 

これだけ正確かつ大量のデータを持ってしても、気象予測は現在の天気と一致しない。何故ならデータ上では雲一つない快晴である筈なのに、外は洞窟を一歩出れば雷雨が鳴り響くような天気模様なのだ。

 

「そこでだ。俺様が導き出した答えが、今表示されるはずだ。コウイチ、魔力分布図と動物分布図を展開してくれ」

「お、おう。えー、これ… いや、これか」

 

ザンリュウジンが指定した2つの図を選択すると、周囲の地図が幾つもの色に分けられた。

 

「1つは周辺の魔力が、どんな具合に存在しているか分かる魔力分布図。もう1つは周辺の動物達の凡その分布図だな。動物分布図は俺様がコツコツ貯めてきたデータも組み合わせているから、かなり精度は高いぜ」

「ほーうん」

 

コウイチの口から変な声が出たが、まるで学者のような分布図に少しばかり心が躍っているのは内緒の話だ。だがコウイチは2つの分布図を重ねた地図を観察しながら、1つの疑問点が湧いてきた。

 

「ザンリュウジン、これって…」

「ああ。お前も分かっただろう?」

 

洞窟の数十キロ先の地点で、あるピンポイントの地点の魔力が桁違いに高いのである。周囲の数十倍の魔力量を計測するそれは、どうやら動いているようだ。そして動物分布図に切り替えれば、丁度桁違いの魔力の周辺には動物が誰も居ないことが、はっきりと示されていた。

まるで何かを、避けるように。

 

 

「ザンリュウジン、心当たりがあるのか?」

 

リュウジンオーは疾風で高速移動をしながら、ザンリュウジンに問いかける。今2人は洞窟のを出発し、正体不明の魔力の塊らしきものを捉える為に、森林の中を駆けているのだ。

 

「ある」

「あったのかよ」

「あったにはあった。でも俺様のいた頃から生き残っているとは、思っていなかったんだ」

「何かの動物なのか?」

「動物… そうだな、動物だよ」

 

歯に物が引っかかったような(ザンリュウジンに歯はないが)言い方に、リュウジンオーは首を傾げる。話を続けようと口を開きかけた時、雷が目の前に落下した。

慌てて疾風で回避するが、またも付近に雷が落ちる。辺りを見れば、雷が所狭しと落ちていた。雷の雨と形容したいほどの悪天候だが、その中央に黒い影が見える。

 

「マジか…」

 

居た。余りに大きすぎる、大きすぎた鳥が。

漆黒の翼を広げ、黄色の嘴からは火花が飛び散っている。巨体に相応しい金色の爪は、先端同士を何度もぶつけ合って威嚇音を鳴らしているようだ。

金箔のようなエフェクトが入った緑眼がリュウジンオーを視界に収めると、けたたましい鳴き声が曇天に響き渡る。

 

「うおおお?!」

 

リュウジンオーがザンリュウジンで顔を塞ぐように構えると、鳥の翼が変化を見せる。ザンリュウジン越しに鳥をよくよく観察すると、その翼は付け根付近から先端付近に至るまで、円形上に膨らみを帯びていた。

円形上の部分からは凡そ動物から出るとは思えない、重厚な音が聞こえてくる。

見れば円形上の部分がガラガラと崩れていき、下から出てきたのは車輪だった。赤円を中心として、金色のフレームが円状に囲っている。幾らリュウジンオーとて、車輪が鳥についているなど、聞いたことがない。

 

「ザンリュウジン、これはどういうことだよ!」

「あれはな、獣王だ!!」

「獣王?」

 

知らない単語が飛び出たが、ザンリュウジンは答えてくれなかった。

 

「今はどうこう言ってる暇がねぇ! コウイチ、来るぞ!!」

「えっ? っておい!」

 

ザンリュウジンの警告とほぼ同時に、リュウジンオーの足元に落雷が来た。空中に漂う獣王が嘴から金切り声を上げると、曇天に白色の光が発生し、リュウジンオー目掛けて落雷が来襲する。

 

「うおおお?!」

 

リュウジンオーは烈風で雷を避けてはいくが、そう上手くもいかない。何故なら避けた落雷の影響が、リュウジンオーに襲いかかるのだから。

 

「コウイチ、2時と11時!」

「っ!」

 

落雷を受けた樹木が、炎上しながら倒れかかってきた。慌てて避けた大木は、根元までぱっくりとひび割れている。豪雨が降り注いでいるというのに、樹木についた火は簡単に消えそうもないほど、赤々とした熱気を周囲に放っていた。

 

「ど、どうするんだよザンリュウジン! 僕らは何すればいいんだよ!」

「攻撃するんだよ!」

「どうやって! 烈風じゃあんな高いところ言えないし、烈風刃も届かねーって!」

 

今リュウジンオーが可能な攻撃手段の全ては、地上での戦闘ーつまりリュウジンオーの同一平面上にいる敵にのみ、有効なのだ。持ち合わせている技は、即ちザンリュウジンによる斧撃・烈風刃・ザンリュウジン乱撃の3種類のみである。

眼前の敵は、同一平面上どころかほぼ真上にいると言っても過言ではない。見上げると首が痛くなるほどの高所にいる敵への攻撃など、リュウジンオーは知り得ていないのだ。木の実を落とすために烈風刃を練習してはきたものの、あくまでも木の枝に乗り、跳躍した一瞬で切り落とすのがリュウジンオー流である。

だが現状、周囲にある樹木に登るのは愚の骨頂であろう。落雷が落ちた場合、避雷針の役割を果たしてしまう樹木に登っていては、幾らリュウジンオーとて軽くないダメージを被らなくてはいけない。

 

「本当は、もうちょっと後にしたかったがやむ無し。コウイチ、俺様の頭の後ろに手を添えな!」

「お、おう」

「いいか、指は何かを掴む感じだ。そうそう」

「おっ? な、何だこれ」

「説明は後だ! よし、次は俺様の口を獣王に向けて、指を限界まで後ろに弾け」

「おおう」

 

ザンリュウジンの指示通り、龍の後頭部を摘むように手を持っていくと、ザンリュウジンの全容が変化した。

 

『アーチェリー・モード』

 

棒状に伸びていた斧が待機状態のように収納されたのだが、若干違う。待機状態だと斧は両横に収納されるのに対し、現状はザンリュウジンの斜め後方に先端を向けて格納され、全体的に弓形になっていた。ザンリュウジンの口の両脇からは細長い爪のようなものが展開され、口自体も魔弾キーを差し込む時同様広く開かれている。

ザンリュウジンの知らない形態に驚いていると、指先に何か棒のような感触が生まれた。困惑しつつも、言われるがままに指を引きながらザンリュウジンを獣王に向けると、展開した左右のアックスの両端から、魔力が紡ぎ出されリュウジンオーの指先に集約する。

 

「よっしゃ手を離しな!!」

「おう!」

 

『ショット』

 

ザンリュウジンの口から、魔力の矢が放たれた。獣王の腹部を直撃した矢は、獣の胴体に激しいダメージを与えたようだ。痛みによる悲鳴だろうか、獣王が天に向かって咆哮する隙に、リュウジンオーは独断で次の一矢を構える。

 

『ショット』

 

先程よりも強く引き絞った矢は、またも獣王を襲った。獣王はその場で滑空してから、付近の空を周回し始める。リュウジンオーは烈風で獣王を視界に捉えながら、次々と2矢3矢と放っていくが顔色は冴えない。

それもその筈で、今リュウジンオーが使用しているのはアーチェリー、即ち弓矢である。本来ならザンリュウジンが予定していた通り、練習を段階を踏んで積ませることで、主力攻撃とすべきなのだ。四の五の言っていられない状況故の緊急対策なのだが、リュウジンオーは弓矢の制御の難しさに戸惑いを隠さずにいた。

 

リュウジンオーが放つ弓矢は、獣王に届く前に垂れていってしまう。中には命中するものもあるが、最初の2撃を上回るダメージを与えることはできなかった。

 

「上手くいかねぇな〜」

「うる、さい! こんのこの!」

「むやみやたらに打っても意味ねえぞ」

「しょうが、ないだろこれしか方法がないんだから!、」

「落ち着け、俺様に考えがある」

 

ザンリュウジンはリュウジンオーが、弓矢による攻撃をしている最中に編んだ攻撃施策を伝授する。リュウジンオーは難易度に眉を顰めるが、意を決して首を縦に振った。

 

 

獣王は落雷を落としながら獲物を探し求めていた。先ほどまでは散発的に攻撃が来ていたのだが、今やひっそりとしている。落雷に効果がないのか、周囲が燃え広がり始めているというのに、獲物は姿を見せない。

業を煮やした獣王は低空を滑空しながら、金切り声を上げた。すると黒い影が木々の間に見え隠れし始め、獣王の視界の際を掠めるように移動している。

獣王は獲物の動くパターンを読み取ると、エネルギーを嘴へと集約させていった。獣王の真上の曇天が渦を巻き始め、中心部に向かって電流が蓄えられていく。雷の守護者たる獣王の一撃。直撃すれば獲物とてひとたまりはない。

 

[ピギャァァァァァンンン!!!!]

 

集約した電流が獣王の嘴の目の前に降り注ぐと、咆哮を合図として真っ直ぐ黒い影に向かって放出された。獣王のエネルギーを纏った電流は黄色い光線となって襲いかかり、爆音が鳴り響けば地面と樹木を黒い影もろとも消し去ってしまったのだ。

 

光線の着地点には、巨大なクレーターが形成されていた。草っぱ1つ残らない惨劇に満足げに爪を鳴らす獣王は、しかし緑眼を光らせた。

クレーターのすぐ脇の森の中に、獲物が待っている。片膝を突いて、あの珍妙な武器を構えており、先端にはエネルギーが迸っているではないか。獣王はすぐさま反撃のエネルギーを集約するが一手遅い。

リュウジンオーの攻撃が正に獣王に向けて放たれようとしたその時だった。

 

「ヒイイイイイ!!!! た、助けてくれあああええ!!!」

「ッ?!」

 

何処から現れたのか分からない、1人の男が叫び声を上げていた。線の細い、見るからにお坊ちゃんという感じの青年である。

 

「馬鹿、逃げろ何でこんなところにいるんだよ!」

「ヒイイイイイ!!!! 化け物が、化け物がしゃべったァァァァァ!!!」

「ふざけてる場合じゃない、早く逃げろ!」

「ママァァァァァ!!パパァァァァァ!!! 絵本の世界は本当だったァァァァァ!!」

「おい!」

 

リュウジンオーは構えを解除すると、青年の肩を激しく揺すって逃げるように諭す。しかしリュウジンオーを見た青年は情けない声を出して、ただでさえ抜けていた腰を更に抜かしてしまった。見ず知らずの人とはいえ、このような危険な状況下で見捨てるわけにはいかない。リュウジンオーが暴れ回る青年を無理矢理担いで離脱しようとしたその瞬間だった。

 

「コウイチ!!!」

 



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エネルギーを集約し終えた獣王は、2人の獲物目掛けて光線を放つ。今度は完全に直撃したのだろう、確かな手応えがあった。満足げに喉を鳴らす獣王だが、すぐに視線を元に戻す。

確かに光線は直撃した。しかし本来ならターゲットを中心として半円状に形成されるクレーターの位置がずれている。見れば爆炎が雷雨にかき消されて露わになった地面には、まだ獲物があるではないか。

 

[キイエエエエ!!!]

 

片膝を突いてはいるが、未だ獲物は健在である。一度ならずとも二度も最大攻撃を放たせた獲物に、獣王の怒りはピークに達していた。

 

 

「コウイチ、コウイチしっかりしろ!」

 

ザンリュウジンが赤眼を光らせて必死に呼びかける。片膝をつき、ザンリュウジンを盾のように構えるリュウジンオーは、ピクリとも動かなかった。

 

「お、おおおおい、まさ、まさかしん、しんしん、」

「五月蝿ぇ、何処の馬の骨かしらねぇがコウイチが死ぬわけねぇ!! しっかりしろコウイチ!」

 

青年は青ざめた顔をサッと白くして、恐れ慄くがザンリュウジンは彼を一蹴し、尚も呼びかけを続ける。するとザンリュウジンの呼びかけに答えるように、リュウジンオーの身体が微かに震えた。

ザンリュウジンが見逃す筈がない。呼びかけを更に強くする。

 

「コウイチ、コウイチ!!!」

「…聞こえてるよ…」

「ヒイイイイイ!!、い、いきてええあ?!」

「…失礼だな全く…」

 

ゾンビを見るような反応をする青年に、思わず毒づくリュウジンオーだが、余裕などあってないようなものだ。視線を上げてみれば獣王が再び攻撃を放つため、エネルギーの収束を行なっている。

 

「は、早く逃げよう!」

「んひいいいい、こわいいよぉおお!」

「何だこいつは」

 

リュウジンオーが青年に逃げるよう促すと、恐怖から動けない彼は空中の獣王を指差して、また泣き出した。ザンリュウジンも呆れるしかないのだが、そうは言ってられない。青年を抱き抱えて烈風をしようとした瞬間、ザンリュウジンがストップをかける。

 

「待てコウイチ、烈風は使えないぜ!」

「ど、どうして」

「馬鹿、あんな加速に一般人巻き込んでみろ、獣王に黒焦げにされる前に肉メンチになっちまう」

「何とかなんないの魔法で?!」

「今お前の魔力は半分程度しかない、無駄に使えねんだ!」

「ええ、半分?」

 

リュウジンオーはザンリュウジンと特訓する上で、課題が何個も設定されていた。そのうちの一つに、魔力の管理がある。魔力は元々個々に備わっている貯蔵量が存在し、普通はそれ以上増えることはない。魔力を備えている以上に使うためには、カートリッジシステムか収束の2種類の方法は存在するには存在する。

リュウジンオーの場合、魔弾キーがカートリッジに当たるわけだが、あくまでも補助的な存在の為、無駄遣いはできない。収束は先天的才能が必須のため、リュウジンオーは使用不可である。

そこで魔力量のマネジメントが必要不可欠なわけであり、リュウジンオー自身、研究所からの脱出の際、魔力不足に陥った過去がある為、習得に疑問はなかった。リュウジンオーはこれまでの戦闘のマネジメントから、まだ6割は残っていると考えていたのだが。

 

「さっきのザンリュウジン・乱舞の強制キャンセルで充填していた魔力が解けちまった。それに緊急のシールド展開で、追加で使っちまったのが原因だな」

「シールドって使用量多くないだろ」

「ああ、だがそれは平常時の時だ。さっきみたいな緊急時、それもかなり大掛かりなシールド展開は魔力をありったけ使っちまうんだ。無意識にだろうな、生存本能が活発になるから過剰に注ぎ込んじまう」

「知らなかった…」

「うーん。獣王の来襲がこんなに早いと思わなかったんだ、俺様のミスっちゃミスだな」

 

ザンリュウジンが申し訳なさそうに赤眼を光らせるが、リュウジンオーは気にしない。

 

「しょうがない、言ってもしょうがないよ」

「いやそう言ってくれてありがてえ」

「ななな何ででで君たちはそんなに余裕があるんだ、もう攻撃がががが」

 

リュウジンオーに抱えられて移動する青年が、震えながら空中を見るよう促す。チャージが終わった獣王の一撃が、また放たれようとしていた。

リュウジンオーは腰を落とすと、烈風の出力をかなり控えめにしながら、一直線に走り抜ける。

 

「いやあああああああ!!!!」

 

 

「いやあああああああ!!!」

 

青年が悲鳴をあげると、背後で爆発と衝撃が巻き起こる。脚をジタバタさせながら、子供のように騒ぐ青年は、自分を抱き抱える覆面の男に思わずと言った具合で叫んでいた。

 

「君さぁ、これいつまで続くのぉ?!」

「もう少しですよ、もう少し」

「僕ちゃん死にたくないいい!」

 

情けない声を出す彼の顔は、涎と涙と汗に塗れてビショビショである。しかも髪には整髪料でもつけていたのだろうが、雷雨と縦横無尽の移動で髪型は崩れ、首や額に雨と混じって整髪料が溶けているようだ。

リュウジンオーは抱える青年の格好が、気になってしょうがない。というのも付近に住む住人なのかと考えましたが、彼の着る茶色の制服は、世間に疎いリュウジンオーから見ても立派なものである。普通の人が着るような格好には、とても見えないのだ。

 

「コウイチ、今は獣王をどうするか先決だぜ。こいつのことは後回しでいいだろうよ」

「それなら大丈夫」

「何か案でも?」

「うん、成功するか分からないけど、やってみよう」

「ここまで来たら一か八か、賭けるしかねぇ。よっしゃ乗ったぜコウイチ!」

 

ザンリュウジンの頼もしい返事に、リュウジンオーも強く頷く。颯爽と駆けていた脚で急ブレーキをかけると、青年を地面に下ろした。突然泥の上に置かれた青年は、何事かとリュウジンオーを見上げる。

 

「ど、どうしたんだよおい」

「いいですか、名も知らない人。今から僕のいうことをよく聞いてください」

「へっ?」

「いいですか。よく聞いて、僕のいうことに従ってください。そうしたら、チャンスが生まれます」

 

リュウジンオーの言葉を飲み込めないのか、青年は口をあんぐり開けたままだ。リュウジンオーはザンリュウジンをアーチェリーモードに変形させると、青年の肩を叩く。

 

「簡単です。彼方に走ってください」

「へっ? へっへっ??」

「いいですか、走ればいいんです」

「で、でもでもでもでも」

「死にますよ。このままだと」

「し、しゆ?」

「ええ。死にます。だから逃げて」

 

リュウジンオーは青年に顔をずっと近づけて、作戦を説明した。リュウジンオーのオレンジのバイザーが一瞬光ると、青年は何度も首を縦に振った。

 

「ひいいい、死にたくない死にたくない死にたくない!!!、」

 

もたつく手足を振り乱しながら走る青年を見届けると、リュウジンオーはまだ残っている樹木の影に隠れる。

 

「流石に死ぬとなると、聞いてくれたね」

「そうだな、あの青年も可哀想に、あんなに怯えちまってなぁ」

「もうちょっと聞いてくれないかと思ったよ」

「そりゃ今のコウイチは、オバケよりも怖いもんな」

「だね」

「分かってるのかよー、コウイチ?」

 

ザンリュウジンは勘づいていた。あの青年がああも必死に走るのは、獣王の恐怖だけではない。リュウジンオーに対しての恐怖からだ。

コウイチは気がついていないが、リュウジンオーの姿形は初見の人は恐れ慄くだろう。フルフェイスの鎧、しかも全体は髑髏を模したデザインはさることながら、顔に至っては口元がただでさえ牙状になっているのに、目や鼻はオレンジのバイザーで全く見えないのだ。

悪の手先と言われてもおかしくないデザインなのだが、コウイチからしたら普通なのである。恐怖心を抱いた青年の心を理解するのに、もう少し時間はかかるのだった。

 

獣王は逃げ惑う青年の後ろ姿を捉えていた。何度も放った光線では、獲物を仕留め損なってきた。時間がかかり過ぎた狩も、これでお仕舞いだ。これまでの中でも、最大級のエネルギーを溜め込まんとする獣王の頭上では、一際大きな積乱雲が発生し、大量の電流が生み出されつつあった。

 

「いやァァァァァ!!!! 結局逃げてもしう!!!!!!」

 

獲物は何と、クレーターの真ん中目掛けて走っている。既に遮るものもない地面を走るなぞ、愚の骨頂であった。獣王は愚かな獲物に感謝して、充填を開始する。

頭上の積乱雲から、雷が迸った。最大級の雷は、それ単体でも雷撃といえる質量を要している。

 

「死にたくない死にたくない死にたい死にたい死にたくない死にたい死にたくない… あれ????」

 

恐怖のピークに達した青年は、最早言葉すら理解できないようだ。混乱する獲物の脚が次第に減速し、余計に狙いやすくなった。獣王は嘴の先端に降り注いだ雷撃をエネルギーとし、これまでで最大の光線を放とうとする。

 

[ピギャェェェェェ!!!!!]

 

光線を放とうと緑眼で獲物に照準を合わせた、正にその時だ。

視界の端に、エネルギーを感じる。獣王は無視しようとしたが、エネルギーに既視感を感じていた。僅かに首と眼を動かして視界をずらすと、樹木の影に隠れて、もう1人の獲物がいた。

 

 

「アーチェリー・ファイナルキー、発動!」

 

『ファイナル・クラッシュ』

 

リュウジンオーがザンリュウジンの口に魔弾キーを差し込む。

銀色の下地に龍が模られた魔弾キーは、ザンリュウジンの口に魔力を発生させる。ザンリュウジンの斧が展開され、アーチェリーモードの準備が整った。

リュウジンオーは弓を引き絞るように右手を耳の辺りまで持っていく。だが照準は獣王本体ではない。

 

「くらえ!! ザンリュウジン・乱舞!」

 

『シュート』

 

リュウジンオーが右手を離すと、ザンリュウジンから魔法の矢が放たれた。アーチェリーモードから放つ通常の矢よりも巨大な一手は、獣王が今正に放とうとしていた光線の、嘴の先で溜め込まれている場所に突き刺さる。

 

ドオオオオオオオオンンンンン!!!!!

 

獣王の最大火力とリュウジンオーの最大火力がぶつかり合い、空中で大爆発を起こした。後に青年は、爆発を『太陽が生まれた』と称したというが、もしも目にした者なら過言と言う人は1人もいないだろう。

放射状に広がる衝撃波は、曇天を一気に払い除け、遙か上空に広がる晴天を覗かせるほどだ。草木が揺れ、水分を含んだ土が巻き起こり、石が飛び交う。

リュウジンオーがザンリュウジンを盾に伏せると、身体全体に衝撃がビリビリと伝わってきた。

 

「ううううう!」

 

地面に膝をついているというのに、受け止められずに数センチずつ後ろに押しのけられてしまう。それでも渾身の力で踏ん張っていると、衝撃は次第に通り過ぎていった。

 

「…終わったか?…」

 

ザンリュウジン越しに辺りを見渡すリュウジンオーは、ゆっくりと起き上がる。膝についた泥やザンリュウジンを汚している埃を手で払い除けていると、向こう側から青年が走り寄ってきた。

 

「オオオオオオオオいいいいいいいい!!!! 生きてるぞオオオオオオオオ!!!」

「大袈裟だな、あいつ」

 

ザンリュウジンがポツリと感想をこぼしたとはつゆ知らぬ青年は、リュウジンオーの手をとって上下に振る。

 

「ありがとうありがてえ、ありがとう! お陰で命が助かったよ!」

「い、いえ怪我は?」

「お陰様でこの通り、元気ぴんぴんだ!」

「む、無傷、ですか」

 

青年はリュウジンオーよりも爆心地に近かったと思われるが、傷は負っていないようだ。地面に伏せていたのだろう、全身泥だらけではあるが、裂傷や火傷の類は見受けられない。

運が良いのか、天才の防衛本能か。誰も知り得ることができない、だが確実に必要な能力の一端をリュウジンオーは垣間見た気がした。

 

「いや本当にありがとう、いやはや部隊と逸れてどうなることかと思ったら、ヘンテコな君がいてさぁ。いや殺されると思ったんだ、あいや違うや、最初は鳥だ、あーそうだそうだ。

前に小さい頃、ママが読み聞かせてくれた絵本に出てくるような怪鳥だったな。エーリヒ家に伝わる絵本だとか言って読んでくれてさ、あの頃はこんなのいるわけないと思っていたんだけど、いや不思議なこともあるもんだ〜 そう思うだろう君。

なぁ変なお面とってさ、早く帰らないか? 君どこ所属なんだ? 海? 陸?

あっ、それとも土着の人かな?そうだな、管理局で君みたいな変人いたら困るもんな〜」

「エーリヒ…管理局…?…」

 

立板に水といった具合に捲し立てる青年にドン引きするコウイチだが、ザンリュウジンは何か引っかかったようだ。

 

「やぁ、兄ちゃん。ちょっと良いかい?」

「へーインテリジェント・デバイス! しかもここまで流暢に話せるとは驚きだ! あっ、でもさっきの弓を見た感じ、アームド・デバイスの人格型か?」

「そこいらは置いといて」

「今日は面白いな〜。アームド・デバイスなんて実家で見て以来だもん、懐かしいなー。それにほら、あの鳥のように珍しいものも見れたし…」

 

青年はウキウキしながら喋っていたのだが、いきなり言葉を切ってしまう。コウイチが首を傾げていると、青年が手を震わせながら指差しをしていた。コウイチが振り返ると、何と獣王がすぐ目の前にいるではないか。

 

「お、おいザンリュウジンサーチしていてくれ!」

「いやすまん、だが敵対反応はなかったもんだからついうっかりしていた!」

「すまんで済むかよ馬鹿!」

 

慌ててコウイチはザンリュウジンを構える。しかし獣王は先ほどまでの敵対心がないのか、ただただ空中に漂っているだけだ。リュウジンオーは構えていたザンリュウジンをゆっくり下ろすと、獣王もまた静かに地面に舞い降りてきた。

翼を畳み、無言で首を下げる獣王の意図を察したリュウジンオーは、目の前の獣王の頭をゆっくり撫でてみる。すると抵抗することなく獣王はリュウジンオーを受け入れ、寧ろ擦り寄ってきた。

 

「コウイチ、お前は天才かも知れねぇ」

 

ザンリュウジンがポツリと呟くと、満足げに1鳴きしてから獣王は飛び去っていった。リュウジンオーが大きな後ろ姿を見送っていると、彼の目の前に光の粒が何処からともなく溢れてきた。

思わずコウイチが雫を受け止めるように手の平を上にすると、コウイチの手の中に魔弾キーが出現した。

 

「おめでとうさん、コウイチ。お前は獣王と契約を結べたみたいだな」

 

ザンリュウジンが嬉しそうにコウイチに告げる。コウイチは晴れ渡る日光に魔弾キーを翳してみた。金色の下地に彫られた龍の顔が、一瞬吠えたような気がした。




リュウケンドー見返したらザンリュウジンの台詞が思いのほか、記憶よりもチャラくてビックリ→台詞を修正→出来ず。
技名とか変身口上とか締めの言葉とか、色々指摘したい点もあるかと思いますが、多めに見てやってください…


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子孫達

「ふーん。最初期の自立型アームド・デバイス。聞いた事ないな」

「そうか。俺様達の家や、この星のことは何も知らなそうだな。兄ちゃんよー」

「知らないな〜。僕チンこっちに来て日が浅いし、星の歴史なんて興味湧かないもんね」

 

洞窟内で焚き火にあたりながら、コウイチと青年、ザンリュウジンはお互いの身の上話をしている。当初ザンリュウジンは自分達の出自を話すことに抵抗があったようだが、コウイチの一言で渋々了承した。

 

「思うに話した方がいいんじゃないかな。ここまで手の内を見られていて、これ以上隠すのは無理だと思うよ」

 

だがザンリュウジンとて全ては喋らなかった。特にコウイチに関しては、戦争孤児として話を進めている。コウイチ自身は気にしてはいなかったが、何故ザンリュウジンが話を隠したか、青年が勝手に教えてくれた。

 

「なるほど、ジェイル・スカリエッティね。そいつは大事だったろうな」

「いや凄かった。まだ俺ちん学生だったから実家にいたけど、ミッドチルダから避難してくる人が多くてね。空港がパンクしていたのを今でも覚えているよ。普段あんだけ観光客を簡単に捌くあの空港が、てんやわんやだったんだ」

「そんなに、混乱したんですね」

「でも序の口だよ。1番やばかったのは、なんと言ってもスカリエッティの背後の組織だろうね。管理局の裏が暴かれたもんだからマスコミが大騒ぎして。パパが1年近く家に帰らなかったのは、初めてだった」

「それは、凄いですね」

「無人攻撃機に始まり、遺伝子操作によるデザイナーベイビーとクローンの不法研究。クローンなんか聖堂教会が騒ぐ大物をコピーしたって噂だから」

「デザイナーベイビーは、そこまで問題ですか」

 

思わずコウイチが青年に尋ねると、彼は曖昧な返事をした。

 

「うーん、デザイナーベイビー自体はそこまで…俺チン何とも思わないよ。でも問題だったのは、研究成果が何に使われていたのか。管理局を牛耳る連中の延命に使用されたとか、週刊誌並みの胡散臭い情報が公式から伝えられたらしいから、もう凄くて凄くて」

「そりゃ、驚くだろうよ。自分達が死にたくないからって、勝手に人間拵えるだから」

「まさにそれがね。管理局の上層部は上と下がひっくり返ったって、パパが言ってた。ま、管理局にはデザイナーベイビーの人が何人かいるらしいから、今回の事件で生まれた被験者達も保護されたって噂」

「噂、ですか」

「そりゃそうだ、コウイチ。例え管理局内に本当にデザイナーベイビーが居たとしても、公に発表するのは控えるだろうね」

「俺ちんが聞いたのも噂の範囲だから。まぁでも、いても不思議じゃないけど。だってなのはさんとかはやてさんとかいるから」

 

青年は懐からデバイスを取り出すと、ディスプレイを展開した。どうやら彼は個人ファイルを開いているらしく、コウイチとザンリュウジンにデータを見せてくれる。

 

「見て。こっちがエースオブエース、高町なのは。こっちが黒い雷、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。んでもってこっちが歩く遺物、八神はやて」

「へえ…これまた随分と別嬪さんだこと」

「あの、この3人もデザイナーベイビーなんですか?」

「いやいや違う違う。この3人、管理局の管理外出身なのに凄い魔導師なんだよ。普通は管理外の世界から魔導師が生まれる確率なんて、メチャクチャ低いんだ。

それでもってこのヒップにバスト! 天は二物を与えずって言うけど、いや十分なものを2つも与えてくれたんだなぁ〜。しかも顔もバッチシ、三者三様の個性があるんだな〜

僕チンやっぱなのはさん…いやフェイトさん派かな? 根強いのがはやてさん党で」

「へ、へぇ」

 

思わずコウイチはドン引きしてしまうが、無理は無い。何せ彼が見せてくれたデータには確かに女性が写っているのだが、どう考えてもアングルに意図を感じざるを得ない。

どう考えても隠し撮りの格好で、何故か尻だの胸などがドアップで保存されている。

 

「あ、あのーこれらの写真は…」

「色々。週刊誌の切り抜きや管理局の広報とか」

「写真の、加工なんてのは…」

「僕チン」

「あっ、そうですか」

 

凄い。悪びれもなく言い切った青年に、コウイチは何だか尊敬の念すら持ってしまいそうだ。だがザンリュウジンは、もっと別のことを聞きたいらしい。

 

「俺達のことは伝えた。そこで聞きたいのは、お前さんについてな」

「ああいいよ。おほん、おはん。

僕はエーリヒ・ヒルマン。古代遺物管理部機動4課所属のエリート魔導師。そして聞いて驚くなよ、あの古代ベルカから脈々と受け継がれた、エーリヒ家の嫡男だ!」

「あっ、はぁ。よろしくヘルマンさん」

 

気の抜けた返事をしたコウイチに、ヘルマンは思わずずっこける。

 

「君いいい!! エーリヒ家と聞いてその反応は、ちょっと勉強不足は過ぎやしないか?!」

「そんなに有名ですか」

「有名も有名、名家中の名家だよ! 古代ベルカから続く直系なんて、片手に数えるぐらいしか残っていないんだ、凄くない訳ないだろう?!」

 

ピンと来ていないコウイチの為に、ザンリュウジンが代わりに教えてくれる。

 

「俺様がいた頃からだから、かなり年数は経っているな」

「それはまた古いな」

「ほうほうほう。なら僕チンのご先祖様と会ったことがあると言う訳で?」

「あるよ。なんなら一緒に戦った仲だ」

「へぇー、そいつは奇遇だなぁ。ご先祖様は僕チンぐらい、強かったんでしょうねぇ。何せ僕の先祖様だからね〜弱い訳がない」

「??」

「あ、ああ。俺様の時のエーリヒなら泣く子も黙る名将だったが」

「いやー、やはりそうか。僕はやっぱり名将に生まれるべくして生まれたんだなー」

「???」

 

この時、コウイチはヘルマンの性格をよく理解していなかった。少し自己評価が高い、ませた青年としか見ていない。後々コウイチは、この頃の自分に苦笑する羽目になるが、それはまた別の機会に。

 

 

「…ならこの星は随分と放置されていたんですね」

「うん、ブリーフィングだとそう言っていた」

「管理局が来て何年になるんです?」

「半年も経ってない。施設が出来たのが1年前かなぁ〜」

「中々来るのが遅かったんじゃないか? 俺様が言うのもなんだが、眠っているお宝は中々高価なものだと思うんだが」

 

ヘルマンは持参していた手鏡で、髪を整えていたがふと天井を見上げた。

 

「確か…2年ぐらい前かな。この近くでジェイル・スカリエッティ絡みの事件があったんだよね。その事件の後始末が済んで、やっと古代遺物管理部の施設建築が開始した筈だから、まだ活動始まったばかり」

「事件っていうと、もしかして研究所とか、ですか?」

「うんそう。結構大きなヤマだったみたい。航空隊に加えて執務官も出張ったらしいし。ほら、さっき見せたフェイトさん。あの人が執務官で、もう1人シグナムって航空隊の小隊長さんがコンビ組んだんだって」

「航空隊と執務官、うーん。素人目には、コンビ組みそうにない階級だが…」

 

コウイチは生唾を飲み込んだ。もしかしたら、管理局とニアミスしていたかもしれない。今は兎も角、あの時捕まっていたら自分はどうなっていただろうか。考えるだけで頭が痛くなってくるが、ヘルマンは全く意に介していない。

コウイチの心境を知っているのかいないのかわからないが、ザンリュウジンがヘルマンに疑問をぶつけると、彼は整髪料を手に塗りたくりながら訳もなく答えた。

 

「そりゃ、普通はあり得ないんじゃない。コンビというか合同捜査は聞いたことあるけど、この2人は何回も組んでいるし」

「特別なのか、じゃあ奴さん」

「ほら、ジェイル・スカリエッティ。あいつ捕まえたのが、さっき見せた3人の美女。管理外世界から来た平和の戦士」

「つまりシグナムって小隊長もその3人の何処かに関わっているって訳だな?」

「関わってるも何も、皆機動6課って言う特別部隊に所属していた。1番下でAAA級だとか言う、ドリームチーム。僕チン詳しく知らないけど、事件後解散した後も仲いいみたいで、出身者が手を組んで活動するのはしょっちゅうみたい」

「ふーん。お前さん、それはどこで知ったんだ?」

「週刊wensday」

「おいおい…」

 

ザンリュウジンが呆れ気味に赤眼を光らせるが、ヘルマンは気がついていないのだろう。何せ岩に置いた手鏡を覗き込んでは、入念にヘアスタイルをセットしているのだから。

 

「じゃあ、着替えとタオル。置いていくよ」

「すみません、ヘルマンさん」

「助かるぜ、ヘルマン」

「僕チン着替えは多めに持っていく主義だから。それに余り質が良くない奴だから、捨てようと思っていたところでさ」

「ヘルマン、まさか俺様達と会わなかったら何処かに捨てるつもりだったのか?」

「ま、まさか。この僕チンがそんなこと、する筈ないだろ」

「ま、そう言うことにしておくか」

 

ヘルマンの視線があちらこちらに飛んでいるのが、何とも面白くコウイチとザンリュウジンはヘルマンに話を合わせてやることにした。ヘルマンはバックパックを担ぐと、コウイチ達に振り返る。

 

「それでさっきのあいつはなんだったんだい? 本当に僕チンが昔読んだ絵本に出てくる怪鳥?」

「半分正解」

「ほ、本当かよザンリュウジン?!」

「ああママ!」

「落ち着けコウイチ。まだ話してないだろう? 話を聞いてから判断してくれ」

 

ザンリュウジンは2人を落ち着かせてから、コウイチに手に入れた魔弾キー、シャドウキーを取り出させた。

 

「あいつは獣王・デルタシャドウ。この星に住む、聖なる鳥獣だ」

「デルタシャドウ」

「星に存在する魔力がどうやって生み出されるか。俺達ベルカの人々は、水脈のように魔力の脈が、星の隅々に巡らされていると考えた。

その考えで星を調べると、所々で魔力が急激に高まる地点が存在したんだ。水脈でいう源泉とか、水流の合流地点が近いかも知れない。

地点は魔力スポットと呼ばれ、この魔力の源と言える場所を守る獣が、各スポット毎に存在していたんだ。それが獣王」

「デルタシャドウが獣王ってことは、ここら辺にスポットがあるんだ」

「俺様は知らなかった。俺様が知っているあいつのいたスポットは、もう少し南に降った場所だったんだが… 戦争とか自然災害でスポット自体が動いたのかもしれないな」

 

ヘルマンは出口に向かって歩き出していた。コウイチとザンリュウジンも見送りに出口に歩きつつ、話を続ける。

 

「僕チン疑問なのは。あのデルタなんちゃら、鳥らしくなかったけど。なんか機械的じゃなかった?」

「それは僕も思った。特に翼には車輪みたいなのがあったよ?」

「…まぁ話すか。俺様達は使えるものは何だって使ったんだ。普段スポットの近くにいて外敵を退ける獣王は、それだけで戦力になる。そしてあの当時のベルカの人々はこう考えた。

じゃあ獣王を改造すれば、もっと強い力を得て、戦争に勝てると」

「えっ…」

 

思わずコウイチとヘルマンは脚を止めてしまう。ザンリュウジンも何だかバツが悪そうに話を続けた。

 

「お前さんらの反応は正しい。だが、あの頃は戦争が激化し始めていたんだ。皆勝つ為に非道な手段を使うことに、躊躇う暇がなかった。俺様の主人もいい顔していなかったが、周りの声に押されてな。デルタシャドウは無理矢理改造したんだ。いや、された。か」

「そんな…」

 

コウイチは何故デルタシャドウがコウイチを狙っていたか、理解できた気がした。ザンリュウジンは沈んだ顔をするコウイチに慰めの言葉を送る。

 

「コウイチ。お前が持つシャドウキーは、デルタシャドウがお前を認めた証だ。気にする必要はないぜ」

「そう、かな」

「獣王の中でも特にあいつはプライドが高い。勝つ為に手段を選ばない、それがあいつのポリシーの1つみたいでな。お前さんの撃退方法に思うところ、あったのかもしれねぇ」

「騙し討ち、だったけどね」

「何にせよ、お前さんは認められた。俺様の主人すら、強引に使っていた奴と契約したんだ。胸張っていいと思うぞ」

「そうだコウイチ君。このヘルマン・エーリヒの堂々たる囮作戦によって、君はお溢れで力を手にしたのだ。手段はどうであれ、誇りに思いたまえ」

「は、はぁ…」

 

ヘルマンの脳内で、あの時の事はどのような展開になっているのだろう。コウイチはヘルマンに聞こうかと思ったが、辞めておいた。何故かは分からないが、聞かない方がいい気がしたのだ。

一夜明けた外は明るく、晴天に恵まれている。心地よい風が、穏やかに吹いていた。

 

「では、お世話になったね。ありがとうね」

「いえ。こちらも衣服ありがとうございました」

「ヘルマン。お前さんは今回の事件、どう報告する気だ?」

「うん… 君達が巨鳥を討伐した。こうなるだろうな」

「そこなんだがなヘルマン。俺様達もう少し管理局に厄介にならずに過ごしていきたいんだ。どうだい、今回お前さんの手柄にしてくれていいから、俺たちのこと、伏せてくれないか?」

 

ヘルマンはザンリュウジンからの突然の申し出に、目を見開いた。

 

「いやそれはな〜。虚偽の報告をするのは、ちょっと…」

「いや、虚偽とは言いきれねぇ。お前さんが言った通り、あの囮が無かったらコウイチが勝てたかは、疑問符がつく。立派にお前さんが倒した、と言っても過言ではないぜ」

「でも、僕チンがあの巨鳥を討伐したとは信じてくれないだろうな…」

「いや、討伐ではなく、退却させたでいい。コウイチと契約を結んだデルタシャドウは、もう天候を操作したりしないし、コウイチが管理局を襲わせたりもさせない」

「それは約束します。デルタシャドウには、スポットの警護を任せますから」

「でも証拠が…」

「データなら必要分、俺様がお前さんのデバイスに転送しよう。結果報告はそうだな、デルタシャドウがチャージしているところを、拘束魔法で攻撃し、偶然拘束魔法とチャージされた魔力が衝突、魔力爆発が発生。こんなんでどうだい?」

「うーん、うーん」

 

目を瞑って考え込んでいたヘルマンだが、ポンと手を打ってコウイチ達に向き合う。

 

「その案、乗った!」

「ありがとうございます」

「助かるぜ、ヘルマン坊や」

「2人とも、管理局のお世話にはなりたくないんだろう?」

「まぁ、そこら辺は察してくれや」

「うん… 僕チンでも、そこは分かった。言わないよ」

 

ヘルマンは力強く頷くと、デバイスを差し出した。コウイチがザンリュウジンを向けると、ザンリュウジンの口から光の粒が、ヘルマンのデバイスに向けて放射された。

ヘルマンはデバイスを展開し、データを一通り確認してから、デバイスを閉じる。

 

「これなら大丈夫。部隊長も納得してくれるよ」

「そいつは良かった」

「うーん、空を見上げながら歩いていたら部隊とはぐれちゃったけど、事件は解決したし手柄もできたし、いいことづくめだ!!」

「空を見て、はぐれたんですか…」

 

ヘルマンの残念な発言にコウイチは引き攣った笑いをするしかない。ヘルマンはしかし和やかにコウイチの肩を叩くと、洞窟の外に一歩出る。

 

「では2人とも! また会う日があったら、その時に!」

「お元気で、ヘルマンさん!」

「達者でな、ヘルマン坊や!」

「さらば!」

 

ヘルマンは手を高く上げてから、颯爽と森の中へと消えていった。その後ろ姿をコウイチはいつまでも眺めている。

 

「ねぇザンリュウジン」

「ん?」

「もしかしたら、友達出来たかもね」

「かもな」

「君だけだと思っていたよ」

「寂しいこと言うなよ」

「ふふ、そうだね」

 

コウイチは、実にいい笑顔を浮かべていた。彼の腕で小さくなりながら、ザンリュウジンは嬉しげに赤眼を光らせる。

これが彼等3人の、腐れ縁が始まった時の、一部始終であった。

 

 

「あっ、ヘルマンさん転んでるよ」

「あーあー…折角セットしたヘアスタイルが台無しじゃねえか…」



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密猟者

「やほー。お二人さんお元気お元気?」

 

洞窟内の壁をドンドンと叩いたヘルマンは、奥の暗闇に向かって問いかける。暫くすると、暗闇の中から足音が聞こえてきた。

 

「ヘルマンさん。また来たんですね」

「うん。ミッドチルダのお土産、持ってきた」

 

ヘルマンは片手を上げて、手に持っていた手提げ袋を見せつける。この星では見かけない上等な袋は、かなりいいものである可能性を期待させた。

 

「おっ、ヘルマン坊や。相変わらずまめだね」

「どうもリュウジンのオッさん。マメなのが僕チンのいいところ」

「言うねぇ」

「知ってます?女性は自信ある男性に心惹かれるんですよ。恋愛の初歩テクニック」

 

ヘルマンは有言実行と言うべきか、自信ありげに胸を張っている。ヘルマンのいつもの調子に、コウイチとザンリュウジンは薄ら笑いで対処しながら、もてなしの準備を進めた。

 

「相変わらず美味いですねー、ヘルマンさんのお土産」

「ミッドチルダ名物、グリーン屋のケーキ。最近俄に人気なんだよ〜」

「へぇ。そんなに美味いのかコウイチ」

「うん」

「何でも、管理外の世界の技術が転用されているとかいないとか」

「ヘルマン坊や、それはどこ情報だい?」

「週刊YUGURE」

 

エーリヒ・ヘルマン。この男、実に不思議な人物だと、コウイチ達は勘づき始めた。まず妙に金払いがいい。初めて会った日にもらった衣服は、どれも高級品で簡単に手に入るものではない。しかしヘルマン曰く不満の塊なんだとか。

次にあまり魔法の腕が宜しくない。一通りのミッドチルダ式の魔法は使えるものの、本当に使える程度だ。彼が所属する古代遺物管理部は、古代ベルカの遺産を取り扱う関係からかなりの高スキルがなくては、採用候補にすらならないエリート部隊なのだ。にもかからずヘルマンの魔法の腕は、平均スレスレである。何故エリート部隊に配属されたのか、コウイチとザンリュウジンには、さっぱり理解できなかった。

何よりヘルマンは自己評価が高いのだ。この点に関しては、とにかく凄いの一言に尽きる。

 

「いやー、コウイチ君。さっきの横ステップ、あれは無駄だったね〜。あそこ踏まずに真っ直ぐ行けば、アックスで殴れたのにな〜」

(コウイチ、あそこは踏んで正解だ。横から行かなきゃ、急所狙えないからな)

(う、うん)

 

「惜しいいい! 惜しかった本当に後数センチ、いや数ミリ右だったら、僕の魔弾でクリティカルヒットしたのにな〜」

(…着弾地点、数メートル離れてない?)

(しっ、言うなよコウイチ)

 

「ふぅううう!!!見たか、見たかコウイチ?! これが僕のスペシャルショット! 気持ちいいいい!!!」

(そりゃもう動けなくなっていたからね)

(しっ!)

 

万事この調子だ。とにかく自分の都合よく解釈するのは、天才と言わざるを得ない。人というものを知らないコウイチからしても、不気味な存在であるのだ。

では何故エリート部隊に所属するはずのヘルマンが、コウイチに不気味と思わせるほど接触するのか。理由には、初対面の時交わした取引が関係している。

 

 

「で? 後どのくらいなんだ」

「残り100ポイントぐらい、ってところか」

「どの程度です?」

「んー。大型野生動物の鎮静化を4体から5体こなせば、終了かな」

「もう少しだな。この調子だと、1ヶ月もありゃ夢の昇進だヘルマン坊や」

 

ヘルマンは初対面以後、頻繁にコウイチ達に仕事の代行を頼んでいる。現在ヘルマンの任務は、調査チームの居住区周辺の、安全確保が主な任務だといいっていた。具体的には猪や河馬などの大型野生動物達の沈静化、不審人物の確保や危険植物の調査が当たる。

管理局は所属部署によって昇進の基準が大きく違うのが、良くも悪くも特徴であるが、ヘルマンの所属する古代遺物管理部は実績第一主義を掲げていた。特にこの星を調べる第4課はヘルマン曰く、その傾向が顕著だという。

ヘルマンはコウイチ達との初対面直後、部隊長から直々に呼び出され、賞賛の言葉と共に1つのプランを提示された。それが各任務に割り当てられたポイントを一定基準集めることで、ヘルマンの推薦状を承諾するプランである。

 

「遂に!遂に!この僕チンが本局に乗り込むんだ!」

「まだ行けませんよヘルマンさん」

「いやもう行けたも同然! 何せ古代ベルカの切り札がいるからね、アッハッハっ!」

「お前さん、今わかって言っているのだとしたら、末恐ろしいぜ」

 

コウイチ達はまた不思議なのである。彼と度々共に行動しているが、どうして彼の上司は推薦状など書くというのだろうか。失礼な話だが、ヘルマンは推薦するに値する器とは、とても考えられないのだ。

コウイチは不思議なのだが、ザンリュウジンはもっと不思議がっている。彼は古代ベルカとはいえ、政治の場面にも何度も立ち会ってきた。当然昔は推薦無くして官位につけない身分制の社会だったから、殊更推薦の重みが違う。

 

「管理局はどういう基準で、推薦する人間を選んでいるんだろうな…」

 

コウイチはふとザンリュウジンが呟くのを、聞き漏らさなかった。

 

 

兎に角不思議ではあるが、友人でもあるためにコウイチ達は協力する他ない。何よりヘルマンが推薦欲しさに危険な任務をこなす方が、コウイチ達には危険に思えた。

そこで3人は正式に取引を決めている。3人で適当な獲物を探し、コウイチとザンリュウジンで対処する。戦闘データ諸々をヘルマンに譲渡し、見返りにヘルマンは衣服や食料、家具などをコウイチ達に提供する。

簡単に言えば汚職なのであるが、コウイチ達はヘルマンを危険から回避できるし、ヘルマンは危険な目に合わずに済むしバレないという内訳で、win-winの取引と双方受け取っていた。

 

「犯罪者の逮捕なんかすりゃ、1発で終わりなんだけど…」

「それはよしましょうよ」

「うむうむ。危険な橋を渡らなくても、いいんじゃないか?」

「あらそう。2人が言うならそうしますか。まぁこのエーリヒ・ヘルマンが負けるとも思えないけどね。アッハッハ!」

「「ハハ…」」

 

 

コウイチ達が暮らす洞窟は、ヘルマン達管理局が腰を下ろす地点から、10数キロ離れている。ヘルマンは毎回バイクを使って付近まで立ち寄り、コウイチ達と密会していた。その日もコウイチ達と大型野生動物の鎮静化の任務をこなそうと、洞窟へと立ち寄る。

 

「やれやれ腰が痛くなるよ」

 

バイクを止めて、緩やかな坂を登る。入り口付近にバイクを置いてもいいのだが、以前間違って洞窟内にアクセルを切ったことが原因で、ザンリュウジンから坂の下に停めるよう厳命されていた。

 

「リュウジンのオッサンも、いい加減駐車を許してほしいな全く」

 

文句を言いながらも坂を登り切ったヘルマンは、いつものように洞窟内の壁を叩く。

 

「おーい。コウイチ〜」

 

洞窟は思いの外深く、中々声が届かないようだ。しかもあの2人は拡張工事をしているらしく、ただでさえ深い洞窟が更に深くなっているとか…

 

「インターフォンぐらい、つけてくれてもいいのになぁー」

 

また愚痴を溢すヘルマンは、暗闇から近づいてきた人影に、顔を上げずに返事をした。

 

「なぁリュウジンのオッさん。いい加減インターフォンつけようよ。俺チンいい家具屋知ってるからさ」

 

 

その頃コウイチとザンリュウジンは、川辺でトレーニングを積んでいた。裸で川に浸かるコウイチは、アックスモードに変形したザンリュウジンを、丁寧に振り下ろしている。

 

「1・2・3」

「1・2・3」

 

3の呼吸で、左右上の三方向の腹下ろしを左右の脚ごとに行う。単調な動きを重ねているが、大事な訓練なのだ。

 

「コウイチ、縦の振り下ろしに力入りすぎだな」

「っし!」

「もう一回最初から」

「1・2・3」

「1・2・3」

「よし、もう一度」

「1・2・3」

 

「いい感じだコウイチ。随分と上手くなった」

「そいつはどうも。こんだけやって上手くならないなら、やる甲斐がないよ」

 

トレーニングを終えたコウイチは、タオルで身体を拭いながら、ザンリュウジンとトレーニングの振り返りをしていた。パンツと短パンを履いてから、コウイチは焚き火を片付けて帰路に着く。

 

「水中での型の練習は、脚にいい感じの負荷がかかるし、いざという時の練習にうってつけだ」

「いざと言うときね」

「水中で戦闘はないと思ったか? 例えば泥沼とか草が生い茂る中とか、脚に無駄な負荷がかかるシチュエーションは、案外起こりやすいからな。想定しておくべきだ」

「はいはいっと」

 

ザンリュウジンの型の講釈を聞きながら、道なき道を歩くコウイチ。この森に住んで3年近くになるが、ようやくマップを開かずとも全体像が浮かび上がるようになってきた。ザンリュウジンの指導の一環として、マップを頭の中で描きながら、自分の足跡を記憶する習慣をつけているのだ。

探査魔法が使えない時を想定した訓練だが、コウイチはザンリュウジンが工夫して生活に訓練を混ぜていてくれる事に、密かに感謝している。お陰で飽きることなく、様々な技能が段々と身についてきた。

 

「アックス・アーチェリーも一通り使えるようになってきたし、練習の段階あげてもいいかもしれないぜ」

「任せるよザンリュウジン」

「とは言っても、デルタシャドウとの連携技ぐらいなんだよな、練習する必要がありそうなの」

「デルタシャドウとの連携、か。練習できるの?」

「んー。正直必要ないかもしれん」

「それってどうよ」

 

ザンリュウジンは赤眼を光らせつつ、考え込んでいるようだ。

 

「必要なのは、技量というよりも精神の問題だからな」

「精神?」

「デルタシャドウと意識を合わせる必要があるんだが… お前なら大丈夫だよ」

「投げやりだな」

「意識が合わさっているから、契約出来たんだからな。ま、シャドウキーを手にした時点で練習する必要はないか」

「おいおい」

 

今後の練習についてざっくばらんに話し合っていると、洞窟前の坂に辿り着いた。

 

「いいねぇ〜。これまでの記録を見るに、1番の最短ルートを通っている。もう大丈夫そうだな」

「そういうなよ、意識するだろ」

「それも修行だぜ、修行」

 

ザンリュウジンの言葉に小さくため息を吐きかけたとき、コウイチは坂の麓に青色のバイクが泊まっているのに気がついた。スーパースポーツタイプの洗練されたデザインのバイクは、人気のない森の中には場違いに写る。

 

「もう来ているのか、ヘルマン坊や」

「この前行ったばっかりじゃんね」

「やれやれ、ここまで来ると感心しちまうぜ」

「見てよ、ヘルマンさん腰痛いんじゃないの。足跡がくっきり…」

 

コウイチは坂の砂地に付いたヘルマンの足跡を見て、頬が引き攣る。そのまま坂を登りつつ、手にしたタオルで顔やザンリュウジンを拭っていった。

 

「ヘルマンさん」

 

洞窟に着いたコウイチは、壁に背中を向けながら、奥に向かって呼びかける。聞こえていないのだろうか、コウイチは壁を叩きながら再度呼びかけた。

 

「ヘルマンさん?」

 

すると奥からヘルマンの声が聞こえてきた。

 

「こ、コウイチ?」

「ヘルマンさん、もう来たんですね。早すぎはしませんか?」

 

コウイチはヘルマンに呼びかけながら、洞窟内に脚を運ぶ。するとヘルマンの上ずった声が、奥の方から届いた。

 

「こ、コウイチ?!」

 

瞬間洞窟の暗闇から青白い弾丸が、連続して発射された。けたたましい音と共に、コウイチがいた場所に魔力弾が炸裂する!!!

 

「コウイチ!!!」

 




ヘルマンのモデルは某実況者です。


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7話

無数の魔力弾が炸裂した壁は、ガラガラと音を立てて崩れ去る。洞窟内に僅かな振動が伝わると、天井から砂埃が落ちてきた。

 

「どうだ、やったか?」

 

低い声だ。ヘルマンのものではなく、全くの別人の声である。

 

「へぇ。俺らの魔力弾、全弾叩き込みました」

「あれなら避けても何発か喰らっています。軽傷では済まねぇ」

「だろうよ」

 

口元をバンダナで隠した男達が、低い声の男に返答する。どうやら魔力弾を放った男達のボスが、低い声の男のようだ。低い声の男もまたバンダナで口元を覆い隠し、サングラスに黒のニット帽と完全に顔を見せないように思慮している。手に持つのは銃型のデバイスのようだ。

ボスの男は背後を振り返ると、手下に連絡をとる。

 

「どうだ中の様子は」

『いやさっぱりでさ。あらかたベッドやらなんやらひっくり返しましたがね。高級な衣服を使っているのは確かですが、金目のものは他にないでっせ』

「そうか。拠点にはどうだ」

『最高でさ。いい感じに湿り気もあるし、ひんやりとはしていますが、焚き火を炊けばすぐあったかくなりそうだ』

 

手下からの通信に満足したのか、ボスの表情が緩んだように受け取れた。

 

「なら一旦全員表に出ろ。周辺で物資を調達する」

『何も皆でやらなくてもいいんでないか、ボス?』

「この辺りの地形を覚える必要がある。皆で辺りを捜索し、その後じっくりじっくり、総動員で洞窟内を拠点に変えるんだ」

『なるほど、分かりました。片してすぐ戻ります』

「おう」

 

通信を切ったボスは、足元に転がる人間を蹴り飛ばす。うめき声を上げた男性を脚で無理やり起こすと、もう一度顔に蹴りを喰らわした。

 

「おい兄ちゃん。お仲間は死んじまったよ」

「…」

「ふん。さっきまでの威勢はどうしたんだよ。なぁ兄ちゃん?」

「…」

「何だっけな。えっと、あいつらは俺チンよりも強い? ってか?」

「…」

 

黙り込むヘルマンに、男達は笑い声をあげる。まさに醜い声であり、底意地の悪さが声質に如実に現れていた。

 

「笑わせるな。お前なんかの仲間が、強いわけないからな」

「…るさい」

「古代遺物管理部といや、世にも聞こえたエリート部隊だが。お前さんのようなもやしが配属できるなら」

「程度が知れてまさぁボス!」

「きっとお荷物野郎でさ!」

「部隊全部がお荷物だろうさ!」

「「「「ちげえねぇ、ちげえねぇ!!!!」」」」

 

密猟者達がリズム良く歌いだす。洞窟内に木霊する野太く下品な歌声を聞かされるヘルマンは、怒りに満ちた表情で彼らを睨んでいた。その視線に気がつかないものなどいないが、まるで子供を相手にしているかのように無視している。

歌を歌う彼らの背後から、不揃いな足音が聞こえてきた。

 

「ボス。どうもお待たせしました」

「来たか。遅くはなかったか?」

「そいつはどうも、あいすいやせん」

 

何人かの密猟者の中ボスとも言うべきだろう人間が、軽く頭をバスに対して下げる。声からして連絡していた相手だろうか。中ボスはボスの背後に放り投げ出されなヘルマンに気がつくと、意外な顔をした。

 

「ボス、まだ殺ってなかったんですかい?」

「お前らを待っていたんだよ」

「ああ、そいつはどうもどうも」

 

わざとらしく頭を下げる中ボスの頭を叩いてから、ボスが声をあげる。

 

「お前ら外に出ろ! 狩の時間だ!!」

「「「「「おう! おう!」」」」」

「まだ管理部の連中はここまで来てねえ、片っ端から借り尽くして、一山あげるぞ!」

「「「「「おう!おう!」」」」」

「んじゃ、景気づけに…」

 

ボスは全体を鼓舞してから、ヘルマンを入り口付近に投げ飛ばす。バインドで縛られて身動きが取れないヘルマンは、そのまま芋虫のように這いつくばるしかない。

 

「さよならだ。無能な管理部さん」

 

手下の1人が、銃型デバイスのトリガーに手をかけ、寝転ぶヘルマンの頭に照準を合わせた時だ。

 

 

「させないよ。無能な犯罪者さん」

 

『ショット』

 

ヒュンと音がした。やけに甲高い、風のような音だ。ボスが何事かと横を見れば、銃型デバイスを構えた手下が、ゆっくりと背中から崩れ落ちていくのがはっきり分かった。

 

「何…?」

 

驚く暇はない。甲高い音と共に、ドサドサと何かが崩れ落ちていくのが、振り返らなくても伝わってくる。

 

「何だ…?!」

 

音がした方向に視線を向ければ、手下が放った魔力弾で砕けた壁が、石材となって床に固まっている。その石材の奥側に、不自然なスペースがあるように見える。普通に壁から砕けたものが床に落ちたなら、あのようにスペースはできない筈だー

 

「ボ、ボス!」

 

手下の1人が声を上げた。信じられない気持ちで背後を振り返れば、誰もいない筈の洞窟の奥に、1人の人間が立っている。

 

「人様の家に忍び込むとは、行儀がなってねぇなぁ?」

「全くだザンリュウジン」

「見せてやるぜ、リュウジンオー」

「ああ」

 

「リュウジンオー、来刃!!」

 

リュウジンオーが、ザンリュウジンを構えてそこに立っていた。

 

 

「な、舐めるなこいつうう!!」

 

手下の1人が銃型デバイスをリュウジンオーに向けて、魔力弾を発射する。しかし魔力弾は虚しく暗闇に消え、遠くで何かに当たってしまった。

 

「な…」

 

言葉を発しようとしたときにはもう遅い。リュウジンオーがザンリュウジン・アックス・モードで魔力弾を放った男に、打撃を加えていた。音もなく崩れ落ちる手下を見て、他の面々も事態を把握する。

 

「うてうて、うてうてうて!!!!!」

「ま、待てお前ら…」

 

ボスが静止する間も無く、手下達が魔力弾の雨を降り注ごうとした。しかし次の瞬間、信じられない光景がボス達に写し出される。

 

「んな馬鹿な…」

 

10人近くの手下が、一瞬で宙に浮かび上がったのだ。魔法ではない、純粋な打撃で大の大男達が空中に弾け飛んでいる。皆腹や頬に何かしらの打撲痕があり、額からは流血している者もいる程だ。

 

「ぼ、ボスどうするんですかボス?!、」

「…逃げるぞ…」

「えっ?」

「逃げるんだよ、早く洞窟から出ろ!!」

「は、はいいいい!!!」

 

慌てて密猟者達は、洞窟の外へと這い出ていった。リュウジンオーは彼らを追うことなく、地面に這いつくばるヘルマンを抱き起こす。

 

「ヘルマンさん、大丈夫ですか?!」

「…おおう。大丈夫だ」

「今、バインド壊しますよ」

「…頼むよ、コウイチ君」

 

アックスでヘルマンのバインドを器用に壊すと、リュウジンオーは洞窟の地面をまさぐる。地面に置かれていた箱から取り出したのは、赤い表皮の果実だ。

 

「これ、食べてください。怪我の回復が速くなります」

「ありがとう…」

「食べ終えたら、伸びている人たちをバインドで縛り上げてください」

「うん、わかった… 酸っぱいなこれぇ」

「文句言わないでください。怪我治りませんよ」

「これ種多すぎだよ。僕チン種ありの果物、苦手なのよね。ママに頼んで種無しの葡萄を送ってもらうぐらいに」

「種に回復効果が詰まっているんです。食べ切ってください」

「もうヤダァん〜」

「変な口調やめてください…」

 

先ほどまで地べたに寝そべっていた男とは思えない。果実の回復効果があるにしろ、ここまで早く軽口を叩けるヘルマンが、リュウジンオーは眩しく見える気がした。

 

「でもコウイチ君、よくぞ犯罪者がいると気がついたね。僕チン気が付かずにやられたと思ったよ」

「すぐ誰かわかりました」

「どうして」

「足跡」

 

リュウジンオーは洞窟に入る前、何気なく坂についた足跡を見た。そこには同じ靴を何足もローテーションで履く、特徴的なヘルマンの靴跡がはっきり残されていたが、問題はヘルマンの靴跡にある。

はっきり残されていたのは一歩、それも部分だけで坂を登るルートには足跡1つない。ヘルマンは足跡を消して歩く癖など無いし、雨も風も今日はなかった。

つまり第三者が意図的に足跡を消したとしか言いようがない。地面と角度がつく最初の地点だけ、消しづらかったのか残っていたのが幸いした。リュウジンオーは坂を登りながら、タオルでザンリュウジンを磨くふりをしながら、何気なく探査魔法を限定的にかけてみたのだ。すると生命反応が複数検出され、招からざる客を確信したのである。

 

「流石はコウイチ君だ〜。僕チンとの問答によって得た考察力、感服するね」

「あっ、ヘルマンさん。早くバインドかけてください。起きちゃいますよ彼ら」

「ええ?!」

 

ちょっとしたリュウジンオーの催促に縮み上がったヘルマンが、密猟者達を次々縛り上げる中、リュウジンオーは洞窟の外へと出た。

 

「サーチキー、発動」

 

『エリア・サーチ』

 

広範囲の探査魔法をかけて調べると、どうやら敵は複数隊に分かれ、散り散りとなって森の中に隠れる計画らしい。

 

「ザンリュウジン、いくよ」

「おうさコウイチ」

「いい機会だし、試してみようか?」

「任せる」

「ならやってみようか」

 

リュウジンオーは力強くザンリュウジンを握りしめると、キーホルダーに手を置いた。

 

 

「くそ、くそくそくそ!」

 

密猟者のボスは、隠し持っていたロードトラックに乗りながら、助手席で悪態をついていた。既に半数近くの部下を、あの訳もわからぬ奴にやられてしまっている。

 

「やっとここまで逃げてきたっていうのに!!」

 

彼等は別の次元世界で密猟を繰り返し、広域捜査対象に指定された密猟者グループである。この次元世界の惑星は、調査が殆ど進んでいない無人世界ということで、うってつけの逃げ場だと踏んだのであった。

やっとの思いで惑星の入港口から森に逃げ込み、住みやすそうな洞窟を発見できたというのに。

古代ベルカの遺跡と新種の生物が跋扈するこの惑星は、宝の山だというのに。

 

「ボス、今は逃げましょうや」

「ちっくしょう!」

「あいつはただもんじゃねえ。速いのは確かですが、あの正確な打撃、素人じゃありやせん」

「…わってる」

「しかし何だってあんな手練れが、あんなヘボと組んでいたんすかね。もっといいコンビがいただろうに…」

「知りたくもねえな」

 

助手席の窓から痰を吐き捨てたボスに、背後から声が掛かる。

 

「ボス、探査魔法を感知しました!」

「場所は?」

「はっきりしやせんが、あの洞窟が候補の範囲です。まず間違いなく、あそこでしょう」

「やったのはどっちだと思う?」

「聞く方が野暮ってもんでしょう?」

 

苛立ちからクルマのフロントを蹴り上げるボスに、運転する手下が励ましの言葉を送る。

 

「心配しなくても大丈夫でさ。何せ俺らは車とバイク、2つの乗り物使っているんです。追いつける筈がありません」

「まぁなぁ」

「外に置いてあったバイク、ありゃオンロードバイクでしょう。オフロード仕様の俺らを追うなんざ100年早いでっせ」

 

手下の言葉を受けて、多少はボスも気持ちが和らいだのか、シートに深く寄りかかった。彼等が乗るロードトラックは、リュウジンオーがどこで何をしているのか、全く把握していなかった。もしも把握していたら、すぐにでも対策を練っただろう。だが天は許さなかった。

 

 

生い茂る木々の隙間を縫うように、オフロードバイクが駆け巡る。蛇行運転をしながら、運転手はしきりに背後を気にしてながらの危険な走行をし続けていた。運転手は危険を承知で背後を振り返りたくなる、危機的な状況に追い込まれているのだ。

 

『ぬぁぁぁ…』

「おいどうした、どうした?! 返事をしろ」

 

オープンにしている仲間との通信が、また一つ接続が切れてしまう。背後で何かが爆発する音が聞こえてくると、背筋が凍る思いをしなくてはならないのは、逃げている密猟者のグループの一員だ。

ボスの命令で複数のグループに分かれて行動する内の一班であり、この班は西側に湾曲しながら入港口付近に逃げ帰るルートでここまできた。だが道半ばで、あの恐ろしい化け物の餌食になってしまう。1人、また1人と脱落者が出てきてしまうのだ。

 

『おいどうするボスへの連絡、して方がいいぜ!』

 

まだ健在の手下が、通信を通して訴えてくるが聞く耳など持たない。同じ問いを何度されたとて、返すつもりはないのだ。

 

「今ボスに繋いだら」

『うわぁァァァァァ』

「っ!」

 

自分は早く逃げ切って、ボスの元に帰る。そしてまた仲間を集めて、一儲けするんだ。

その一心でバイクを駆る手下の背後で、エンジン音が聞こえてきた。どうやら仲間の1人が追いついてきてくれたようだ、奴から逃げ出せたのだ。

 

「心配したぜ、どうだやつ」

 

「烈風刃!」

 

 

もう一つ東側から歪曲して迂回ルートを走るバイク集団は余裕綽々である。複数に分かれて逃げている以上、追ってとて簡単に自分達を捕まえるなど無理だ。三分の一の確率を引くか引かないか、それに尽きる。

東側の集団は悪手を引くなど考えない、楽観的な連中の集まりだった。

 

「しかし運がねぇな」

「やっとこさここまで来たっていうのにな」

「また逃亡生活だぜ」

 

彼等は西側と違い、集団で固まって運行している。蛇行などせず、2レツ縦隊で行進しながら、各々隣の面々と愚痴をこぼしあっていた。

戦闘を走るのは、洞窟の奥を調べていた中ボスだ。

 

「あの洞窟、結構住み易いと思うんだがな〜」

「あともう少し来るのが早かったら、俺たちのものだったんだが」

「いや無理だろう。管理局の連中でもここ一年ちょっと、調査し始めているぐらいだ。俺達は早かったほうだよ」

「そうか?」

 

愚痴を言いつつ今後の話もしようかと考えた、正にその瞬間だ。

 

「おい、最後尾の奴が離されたっぽいぞ」

「何してるんだ、どうして離れる?」

「いや分からん、何故だろう…」

 

中ボスはバックミラーで背後を確認する。確かに何組か少なくなっているように見える。現状の最後尾も隣のバイクが遅れている…

 

「て、敵ダァ!!」

 

『ショット』

 

中ボスが叫んだ時、また一台最後尾のバイクが横倒しになって列から離れた。手下連中が騒ぎ出すが、次々と敵の餌食になってしまうのだろう、うめき声や悲鳴と共にバックミラーに写る仲間の数が減っていっている。

 

「先行ってくれ!俺たちで食い止める!」

「おい!」

「行けっ!」

 

まだ餌食になっていない仲間2人が威勢よくハンドルを切り、来襲者を食い止めようとするが無駄であった。彼等もまた敵の一撃で地面に葬り去られていくのが分かる。

バイクによる逃走の際、仲間同士の接触事故を防ぐために、車両の間隔は気持ち広めにして動いていた。遠くから見れば集団ではあるが、近寄ればそれなりの距離を保って行動していたのだ。それでもバックミラー越しに写る仲間は、もう1人も居なくなった。隣を走る戦友も反撃するチャンスすらなく地面に転がり込む。

 

「な、何で俺たちに…」

 

追いつけるのか。答えは真横に、肉眼ではっきりと視認できた。

洞窟内であった奴は、バイクに乗って襲い掛かってきた。それも今まで見たことがないような、黒色のオフロードバイクに乗って。

 

 

『ボス、敵はバイ』

「おい、何だ! なんて言ったんだ! おい!」

 

手にしたデバイスに怒鳴りつけるも、ディスプレイには『ERROR』

の文字が虚しく表示されるのみだ。ボスは怒りでデバイスを叩きつけるも、まだ興奮は治らない。

 

「くっそおおお!!」

 

仲間が次々と消えていく現状に我慢できないボスに、仲間達は声をかけることすらできない。だが運転手役の手下が、苛立つボスを少しでも落ち着かせるために、勇気を振り絞って口を開いた。

 

「ぼ、ボス! あと少しで入港口が見えます!」

「…よし!」

 

まだまだ道はあるが、マップに目的地が写し出される距離には、ここまで走ってきたのだ。後は入港口に潜り込み、隠し持つ裏金で資源船か何かに乗って脱出するだけである。

犠牲は少なくなかったが、まだトラックには10数人以上が乗っているのだ。再起するには多すぎると言っても、ボスにとっては過言ではなかった。

 

「あと少し、あと少しだ皆んな!」

「おお!」

「見えたぞ、港の火だ!」

「「「「「港だ!港の火だ!!」」」」」

 

遠くに入港口と、付近を鮮やかに彩る港の灯りが見えてきた。発掘調査で俄に活気付く惑星唯一の玄関口は、密猟者までも向かい入れるように思えてくる。

トラックの後部では前祝いと言わんばかりの歓喜の歌が歌われ始めた。普段は前祝いなどという浮かれた真似にいい顔をしないボスも、今は口角を上げてシートに腰掛け、ゆったりと残りの時間を過ごそうとしている。

 

「ボス、休んでいてください。もう安心でっせ」

「そうさせて貰おうかな」

「着いたら、起こしますんで」

「置いていかないでくれよ」

「そいつは任せてくださいや」

 

気前よく胸を叩いた手下に笑みを返して、ボスはゆっくりと息を吐いた。今日の苦悩と苦労を全て吐き出すような、深い息を吐く。

そして瞼を閉じようかとした時だった。

歌を歌い始めていた後部から、悲鳴のような叫びが聞こえる。

 

「ぼ、ボス!! 奴が、奴が!」

「な、何?!」

 

身体を跳ね起こし、慌てて車のバックミラーを覗き込む。バックミラーには、遙か後方に黒い点のようなものが、猛スピードで突っ込んで来るのが分かった。

黒い車体のオフロードバイクに乗った、あの覆面の男だ。バックミラーからはよく分からないが、あの手持ち武器のようなものを構えているようだ。何か車めがけて武器を合わせているのだろうか、もしやー

 

「ハンドルを切れ!」

「はっ?! 突然無茶な」

「きれぇ!!」

 

しかしボスの叫びは届かなかった。

 

「アーチェリー・ファイナルキー。発動!」

 

『ザンリュウジン・シャドウ・ショット』

 

リュウジンオーは、デルタシャドウの変形したシャドウバイクの座席部分に片膝立ちで座ると、引き絞った弓矢を放つ。

シャドウバイクの先端に集められた雷撃をレールとして放たれる弓矢は、真っ直ぐ密猟者達が乗るトラックを直撃した。

 

 

ドンンン…

 

トラックの爆発音は、遠く洞窟内のヘルマンの耳にも届いた。ヘルマンは拘束し終えた最後の密猟者を洞窟の外へ放り投げると、洞窟の入り口から戦況を確認した。

 

「コウイチ君、やってくれたな。流石は僕ちんの友人なだけある」

 

胸を張るヘルマンに、地面に転がされた密猟者の1人が毒を吐く。

 

「けっ、あれは俺たちのボスが、手前の仲間をやっつけたに違いねぇ」

「ん? まだ抵抗するのか実に愚かだね。ここで媚を売っておけば、どうにかできたんだが」

「誰がするか」

 

ヘルマンの足元に唾を吐き捨てた手下だが、汚撃はヘルマンの靴には届かず、何もない地面に着地してしまう。ただ悪戯に水分を消耗しただけの手下に、ヘルマンは態々目線を下げて話をする。

 

「君のボス。どうなったと思う?」

「手前、どういうつもり」

 

 

整備された車道まで、あと数キロと言った所か。道なき道を走ってきたトラックは跡形もない。残った残骸は、何も語らないのだから。

そして方々に吹き飛んだ密猟者の面々は、皆何処かを骨折するか枝やら何やらが突き刺さるかの、重傷を負っている。助手席に乗っていたボスは瞬間的にシールドを出して衝撃を防ぎはしたが、地面に叩きつけられたショックまでは防げず、這いつくばりながら尚ももがいていた。

そんな密猟者のボスの寝転んだままの視界に、黒のブーツが入ってきた。

 

「よう。犯罪者」

「…手前、何もんだ…」

 

思わず出た疑問に、しかし襲撃者は答えない。

 

「殺しはしない。後は管理局がやってくれるさ」

「…何者だ、お前…」

「うーむ。犯罪者らしくしつこいねぇ。俺様やになっちゃう」

「…答えやがれ…」

「犯罪者が何を知りたい?」

「‥決まっている…」

 

ボスは力の入らない手で黒のブーツに手を伸ばす。死にはしないだろうが、今の彼には目の前のブーツを掴むことすらできないほどダメージを負っているのだ。

 

「…俺を倒した奴を、知りてぇ…!」

「ほう…犯罪者らしい疑問だが。どうする?」

「答えは簡単だ」

 

黒ブーツの男は、手を伸ばしてくる男を足で払い除けると、手にしたアックスを振りかざす。

 

「犯罪でイキる奴に、教える義務はない」

 

「闇に抱かれて、沈め」

 

そして真っ直ぐ、躊躇いなくアックスを振り下ろした。

 



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発見

〜新暦77年 8月 ミッドチルダ〜

 

ここは数ある次元世界の中でも、中心部と言える世界。その名は魔法体系にも転用され、次元を超えて定着している。その中心街の虫と少ない車のエンジン音しか聞こえない深夜。

一台の車が中心街の、更に中央部へと走っている。黒の車を運転するのは、金髪が特徴的な女性である。母性的な顔立ちの彼女は、いつになく真剣な面持ちでハンドルを握っていた。助手席に座る桃色の髪をした、凛とした印象の女性もまた、口を真一文字に結んだまま一言も発しない。やけに緊迫感のある車内だが、当然と言わんばかりに2人は無言のままだった。

 

車は巨大なビル構造群の地下駐車場に降っていく。指定された位置に駐車すると、2人とも無言のまま直ぐに下車し、建物の中に入っていった。入り口に立つ警備員に身分証を見せると、困惑した表情を2人とも返された。

 

「これは執務官殿に小隊長殿。ご苦労様です」

「其方もご苦労。用事があるから通してくれないか」

「はっ、それは構いませんが… このような時間に何を?」

「…済まんが答えることはできない」

 

凛とした女性の返答に、警備員はすぐに敬礼で返した。ロックが解除された自動ドアをくぐる時、2人は小さく警備員に会釈する。それは彼女達なりの、精一杯の感謝の意だった。

 

 

「やぁ。このような時間にお呼び立てして申し訳ないね」

「問題はないヴァロッサ。我らの仲だ。遠慮はいらない」

「ああ、いや君にも申し訳ないと思っているけど。ね?」

 

数多ある会議室の一つに入室した2人を、緑髪の男性が出迎える。エレガントな雰囲気を持つ青年は、エスコートするように2人を椅子に座らせた。桃色の髪の女性が社交辞令に苦笑すると、青年は被りを振って金髪の女性をそれとなく指す。

 

「す、済まないテスタロッサ」

「うんうん大丈夫。今日はなのはも家にいるし、ヴィヴィオにも帰れないかもって伝えておいたから」

「フェイト執務官。本来なら貴殿をこのような時間にお呼びするのは忍びないが、事情が事情で。後、聖王のご様子は…」

「気にしないでヴァロッサ。ヴィヴィオは元気だよ、友達も出来てこの前遊びに来たんだ」

「そうですか、それは何より」

 

金髪の女性、フェイトの答えに3人の表情が幾分か柔らかくなる。ここにはいない少女のことを、どうやら気にしているようだ。

だが柔らかかった表情も、コンマ数秒で消え失せる。3人とも仕事をこなす顔に切り替わった。

 

「ヴァロッサ。我らを呼んだ訳が知りたいのだが…」

『それについては、僕達が説明します』

 

暗い会議室に、大きなディスプレイが表示された。青い背景の空中投影画面には、複数の男女の顔が写し出されている。赤髪の少年と桃色の髪の少女が、一つの大きな枠に収まっており、金色の長髪を束ねた青年が、枠の中にいる。もう一つの枠内には赤髪をツインテールに結んだ少女が写っていた。

 

『おいエリオ。私らをこんな時間に呼び出したのに、ちゃんとした訳があるんだろうな』

『はい、ヴィータ隊長』

『バカ、私はもう隊長じゃねえんだ!何回言ったら分かるんだよ?!』

『あっ、すいません隊長…』

『おいエリオ!また言ってるじゃねーか?!』

『ご、ごめんなさいヴィータ… さん』

『キャロ、おまえもかよ!』

 

ツインテールの少女が時間など関係がないかのように、元気な受け答えをする。矛先が向けられた少年少女は、全て返し切れずにいるのだが、嫌がっている素振りはない。他の面々も特に止めるつもりはなさそうだったが、ヴァロッサが手を上げて静止した。

 

「皆忙しい中、集まっていただきありがとう。ヴィータとエリオ君達の掛け合いを楽しみたいのは山々だが、今回の話に入らせてほしい」

 

ヴィータと呼ばれたツインテールの少女が何やら抗議をしているが、ヴァロッサは慣れた様子で先に話を進める。彼の手が指揮者のタクトのように振れると、いくつかのデータが表示された。

 

「このデータは、ここ数ヶ月の違法犯罪者の収監リストだ」

「特におかしい点はないと思うけど」

「これだけだと、何も不審な点はない。注目してほしいのが、ここ」

 

ヴァロッサが手を振ると、リストアップされたデータから、更にデータが抽出される。データは収監された犯罪者の一覧だが、ある共通項があった。

 

『無人世界No.0? 聞いたことがあるようなないような…』

「そう。この犯罪者達が捕まった次元世界。正式名称無人世界No.0」

『通称はなくて、名無しの世界。あるのは1つの惑星、ただそれだけ』

「ユーノ、話が見えないんだけど」

『シグナムさん、フェイト、ヴィータちゃんには関係が深い場所です。通称ではありませんが、最近こう呼ばれている次元世界のことです。

古代ベルカ、特に初期古代ベルカの遺物世界』

 

ユーノと呼ばれた金髪の青年の言葉に、シグナムとヴィータの目が見開く。両者とも険しい顔つきとなり、雰囲気が険しくなった。

 

『ここか。例の発見されたって世界は』

「…正式名称、失念したな。そうかこの世界か。それで私とテスタロッサが呼ばれたのか」

 

シグナムが横に座るフェイトに視線をチラリと向ける。フェイトもまた、テーブルに置いた手を握りしめ、険しい顔つきをしていた。

 

「何か問題でも発生したの? エリオ」

『どう表現すればいいか難しいですね、フェイトさん。確かに違法犯罪者の報告数は増大していますが、これは当該地域が調査が進み、古代ベルカの遺産が数多く眠ることが判明した為だと考えられます。残念な表現ながら、他の地域に見られる傾向と一致するかと』

「続けて」

『僕達は先週からこの地域の応援に参戦しています。当該地域には既に古代遺物管理部機動4課が配属されていますが、増加する犯罪対策に人員を割くために、僕達が調査活動の補助を要請されました』

『具体的には遺跡の調査というよりも、大型野生動物の観察や植物調査が主な活動です』

 

フェイトは無言で続きを催促する。

 

『現地で調査を開始する前、過去のデータを洗い直していると、不思議な事に気がつきました』

『ここ数ヶ月、管理局以外の何者かが、活動していることが判明したのです』

『おいおいおかしいぜそれ。だって誰か居るなら、無人世界じゃねぇ』

 

次元世界において、世界の区分は何種類か存在する。そのうちの一つである無人世界は、人間の生息しない、動植物のみの世界を示す言葉だ。

 

『はい。だから気になって調べると、機動4課の面々ではない何者かが、犯罪者や大型動物の沈静化を行なっていることが判明しました』

「それは…なんと言うか、問題なのか? 私は特に問題視する必要はないと考えるが」

『普通ならそうです。機動4課の判断次第で管理局に抜擢するかどうか、これも現場判断が優先されます』

『私達がこの正体不明の人物を問題視するのは、この写真とデータが根拠です』

 

桃色髪の少女の指が小さく動く。すると新たなデータがディスプレイに展開される。そのデータを見たシグナムとヴィータの顔が一気に強張った。

 

「キャロ、これは本物か?!」

『本物なら、かなり問題だぞ!』

『はい。機動4課が計測したデータからです。シグナムさんと前話した時、無限書庫で見つけた本について教えてもらって、すぐ思い出しました』

「シグナム? この写真の何が問題なの?」

 

フェイトが疑問に思うのも無理はない。写真には捕縛された犯罪者の写真しか写っていないのだ。訳が分からないフェイトに、シグナムが写真を見据えたまま説明する。

 

「テスタロッサ。この写真の問題は捕縛された犯罪者にない」

「えっ?」

「背後の傷跡だ。何か抉られているような跡があるだろう?」

「う、うん。確かに」

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シグナムの説明に思わずフェイトは立ち上がった。

 

「本当なのシグナム?!」

『フェイト、間違いねぇ。私達闇の書の連中が断片的に覚えている、アームド・デバイスの跡そのまんまだ』

「確証は、さっきエリオが言っていた…」

『うん、そうだねフェイト。この本が、無限書庫に手掛かりとして残っていた』

 

ユーノと呼ばれた青年が、一冊の本を開いて、データを転送する。送られてきたデータはかなり古い本の絵だった。劣化が激しく進み、端々は虫食いのような跡がある。

 

「…テスタロッサ。やはり、あいつは創っていたようだ」

 

画面を見つめるフェイトの目には、驚きと共に深い哀しみが見てとれる。言葉も出ないフェイトに代わり、シグナムが話を進める事にした。

 

「だがアームド・デバイスの使い手は特に危害を加えたりはしていないんだろう?」

「うん。だから放っておいてもいいかもしれないけど、そうはいかないかもしれない」

「歯切れが悪いな、ヴァロッサ」

「何故エリオ達の疑問に僕がしゃしゃり出たのか。実は本局の人事部からある人物の調査を極秘裏に依頼された」

「調査」

「人物の名はエーリヒ・ヒルマン。現在古代遺物管理部機動4課から、管理局航空部隊への異動届を申請している。彼の機動4課での功績、もしかしたらこのアームド・デバイスの使い手が1枚噛んでいる可能性があると見ているんだ」

 

 

「ハックション!」

 

洞窟内で盛大なくしゃみをしたコウイチに、ザンリュウジンが揶揄いを始めた。

 

「モテるねぇ。誰かが君を噂しているんだろう?」

「やめてくれよ気色悪い」

「何言っているんだ。最近のコウイチの実績考えりゃ、誰かが祈ってくれていても、おかしくはないだろう?」

「やめてくれよ」

「恥ずかしがるなよ、お前のやっている事は立派なことなんだぜ」

 

コウイチはザンリュウジンの揶揄いを受け取らずに、面倒くさそうに手で払い除ける仕草をしながらベッドに横たわる。

 

「寝るのか?」

「うん。最近密猟者が増えてきたから、寝れる内に寝とこうと思って」

「それはいい心掛けだ。後この前のやつは密猟者じゃなくて、トレジャーハンターとか言うらしいぞ」

「何が違うんだよ」

「違法な遺物売買に手を染める奴をトレジャーハンターと呼ぶんだと」

「どうでもいいよそんな事」

「そうか? 中々面白いぞ、言葉の違いって」

「僕にはつまらないって事だよ、ザンリュウジン」

 

布団を被ってしまったコウイチに、ザンリュウジンも口を挟む事はしない。いよいよ眠ろうかとコウイチが思った矢先、ザンリュウジンがコウイチに質問をぶつけてみた。

 

「コウイチはどう思う?」

「…何が?」

「ヘルマン坊や。ちゃんと異動で来たんかね、彼は」

「うーん」

 

コウイチはむき出しの洞窟の天井を見上げながら、既にこの地を去った友人に思いを馳せていた。

 

「ザンリュウジンは、成功すると思ったんだろう?」

「まぁな。そりゃした方があいつの為だし、今までのことを考えたら成功はするだろうが…」

「でも何も言われなかったんだってね」

「バレるとしたら、俺様絶対あの密猟者集団の時だと思ったんだがな」

「うん。あれでバレないなら管理局って、変な場所だね」

「ああ…」

 

 

『総合的にみて、少なくとも仮定するのは妥当だと思います』

「…分かった。その線で、行こう」

『フ、フェイトさん。あの、まだ決まった訳では…』

「うん、ありがとうキャロ。大丈夫、仕事に私的な感情は入れ込ませない」

 

そうは言うものの、フェイトの顔には悲壮感がありありと浮かび上がっている。そんな彼女を気遣ってか、ヴァロッサがまとめに入った。

 

「ではいいかな、皆」

『異議なし』

『まぁ、反論はないかな』

『僕も賛成です』

『私もです』

「我々も同一意見だ。だがどう思うヴァロッサ。この人物の危険性については」

「なんとも言えないね。少なくとも報告書に記載されたデータを鵜呑みにしたら、それこそ査察官の名が廃るよ。僕は事実を確かめたい。

だから正式に要請します。シグナム航空機動隊小隊長、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。無人世界No.0への緊急派遣、ご承認ください」

 

 

〜無人世界No.0 管理局古代遺物管理部 機動4課本部〜

 

鬱蒼と茂る大森林をバックに、巨大な港がある。直線で模られた大小の建物は、周囲の環境から逸脱していると思えるほど、特徴的であった。

建物の内、最も登頂高が高い建物の一室で、1人の男が資料作成を行なっている。男がいる部屋は気品溢れる装飾が施されているが、金目のものは見た目よりも、置かれてはいない。装飾の殆どは鮮やかな赤や大人しい茶色を巧みに組み合わせて設計されていた。

その部屋のドアが3回ノックされる。許可を下すと、制服を着た女性が一礼してから入室する。

 

「部隊長、本日の報告書になります」

「もう残ってないか」

「はい」

「出動隊員はどうした」

「夜間警備の人員以外、全て帰宅しました」

「ご苦労様。我々も帰ろうか」

「はっ!」

 

女性がもう一度敬礼すると、男が立ち上がった。女性がドアの横に待機していると、部隊長は無言で先を促す。軽く頭を下げてから、女性が外に出て、最後に部隊長がドアのロックをかけた。

誰もいない廊下を2人で歩いていると、女性が重い口を開くように、話を切り出す。

 

「あの、隊長」

「おう」

「…本局から緊急派遣が行われるようです」

「…来たか…」

「…はい。恐らく、あの件かと」

 

特に驚いた様子もない部隊長に、心配そうに女性が問いかける。

 

「部隊長、どうしてそのように平気なのですか?」

「何もないだろう」

「しかしエーリヒ隊員の件は、部隊長にも責任問題が」

「問題なら、あいつを採用した人事の方に問題がある。我々は関係ない。追求されたとて、痛手は被らないさ」

「部隊長…」

「それよりも例の人物との会話、通信チャンネルを削除し新たなものに変更しておけ。此方側の音声の加工もパターンを変えろ」

「はい、かしこまりました」

「あ、それと」

 

部隊長は一拍置くと、人差し指で何かを指し示すような仕草をしてみせた。

 

「『アンノウン』の報告は」

「未だ何も。手がかりすら掴めていません」

「まだか。例のアレは、まだ見つかっていないか」

「それもまだ」

「ならいい。とにかく『アンノウン』の始末は急がせろ」

「はい」

 

「子守りをしてほしかったら、もう少し場所を選んで欲しかったな」

 

 

〜ⅩV級次元航行艦船 艦橋〜

 

「…うん、うん。じゃあなのは暫く頼むね」

『平気だよフェイトちゃん。この前緊急出動があったから、代休が溜まっているし』

「ごめんなのは」

『もう、お互い様でしょ? ヴィヴィオもはやてちゃん達の家に遊びに行くことになっているから、元気モリモリ』

「はやてのとこに?」

『うん、学校のお友達連れてね』

「フェイトママ〜! お仕事がんばってね!』

「ヴィヴィオ? まだ起きてたの?もう寝なきゃ駄目だよ遅いから」

『はやてさんのお家に行く準備が終わらなくて… あっそうだ皆んなで行くんだよ。リオとコロナ。フェイトママ会ったことあるっけ…』

「私はまだ…今度ストライクアーツの練習付き合うから、その時紹介してね」

『えっ、本当? コロナ達喜ぶよきっと! 

そういえばフェイトママは古代ベルカの遺跡に調査行くんでしょ?』

「う、うん。遺跡調査、だよ」

『そっかー。最近古代ベルカの本をコロナとリオで探すの、流行ってるんだ〜。何かお土産あったら頂戴ね』

『ヴィヴィオ。フェイトちゃんは遊びに行くんじゃないんだから、無理言わないの』

「何かいいものあったら持って行くから」

『本当? じゃあお土産待ってまーす♪お休みフェイトママ』

『あっ、ちょっ、じゃあフェイトちゃん頑張って』

「うん。おやすみなのは、ヴィヴィオ」

 

通信が切れると、手を振っていた栗色の女性とオッドアイの少女の姿も消えた。フェイトは背筋を伸ばして深呼吸しながら、少しばかり緊張が解れた気がする。

 

「テスタロッサ、艦橋で私的通信か」

「ちょ、ちょっとシグナム、驚かさないで」

「ふっ。高町達と喋っている頃から、私はいたよ」

「えっ、ええ? 気がつかなかった…」

 

驚くフェイトに苦笑しながらも、シグナムはフェイトの真横に立ち、外界に視線を向ける。

 

「ヴィヴィオは何歳になったか?」

「今年で9歳かな」

「もうそんなになるか、早いな」

「私達も3歳歳をとったんだね」

「歳の話をするとは、どういう風の吹き回しだ?」

「特に何もないよ」

「そうか」

 

フェイトは大勢の男女が写る集合写真が背景の私的通信ゾーンを閉じて、代わりに無機質な背景に記載される、無人世界No.0のデータを再度確認していく。

 

「穏便にことが済めばいいけどね」

「ああ。報告書を読んだ限りでは、変な組織に属している可能性もないし、話が出来そうではあるが」

「やっぱ、例の子なのかな」

「テスタロッサはどう思う?」

「ん…」

 

押し黙ったフェイトに、それ以上シグナムは問おうとはしなかった。

 

「もう休めテスタロッサ」

「シグナムはどうするの?」

「私も休ませてもらうよ」

「へぇ、どういう風の吹き回し?」

「ふん。まぁなんだ」

 

「勘だよ」

 

次元航空艦は亜空間を正常に運行する。機動6課のメンバーと、コウイチ達が出会うまで、あと1日。



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9話

〜無人世界No.0 管理局古代遺物管理部 機動4課 本部〜

 

トランクやアタッシュケースが、次々と運ばれてくる。運ぶのは茶色の制服を身に纏った職員らしき人々だ。高層ビルである本部は手狭という言葉と元来無縁であったが、今はその言葉がよく似合う。行き交う人々ー ある者はメールなどの資料を見ながら、ある者は隣にいる人に尋ねながら、ある者は近くのドアを開いて中の人間に指示を出しながらー

の活気は、市場などの晴れやかさはなく慌ただしさと緊迫感が漂っていた。

 

職員達の慌ただしさとは関係のないように、広い会議室では2人の男女が人を待っている。赤髪の少年と桃色髪の少女は、並んで直立したまま、ドアの方を向いたままだ。

彼等はまだ成人しているとは言い難く、すぐ後ろの会議テーブルを囲む大人達よりも歳下なのは明らかである。テーブルに座る職員の1人が、2人の背後に立って話しかけてきた。

 

「エリオ2等陸士、キャロ2等陸士。どうか先におかけ下さい」

「あっ、大丈夫です」

「気になさらないで」

 

2人はすぐに被りを振るが、職員は辺りを憚るように声のトーンを落とした。

 

「できれば座っていただきたい。でなくては我々が落ち着いて腰を落としていられません」

「あっ、そういう事ですか…」

 

組織における上下関係が齎す、小さな弊害に2人は困ってしまう。

 

「でも大丈夫だと思います。フェイトさん達もうすぐくるかと」

「あっ、来たみたいです」

 

それまで立つべきか座るべきか迷っていたような職員全員が、一斉に立ち上がった。会議室のドアが開くと、中年の男性と若い女性に続いて、フェイトとシグナムが入ってきて、更に背後には数名の職員がいた。

男性が会議テーブルの正面の椅子に立ち、フェイトとシグナムがその両隣に移動する。次々と職員達が空いている席の前に立つと、全員が一斉に敬礼した。

男性が全体を見渡してから手を下ろすと、階級が上の物から順に座っていく。全員が座りきると、男性が重々しく口を開いた。

 

「皆この忙しい中お集まりいただき、感謝する。古代遺物管理部機動4課部隊長、ゲーリングである。以後お見知り置きを」

「ではゲーリング部隊長、説明を」

「エリオ2等陸士、頼む」

 

エリオは部隊長の許可を得ると、椅子から立ち上がって説明を始める。

 

「今ここに集まっているのは、機動4課、自然保護隊、執務官付きの専属部隊です。シグナム小隊長は単独行動での参加となっています」

「シグナムだ。宜しく」

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官です。皆宜しくね」

「自然保護隊キャロ2等陸士です。宜しくお願いします!」

 

シグナムは立ち上がらず簡潔に、フェイトは立ち上がって軽く一礼してから挨拶をする。キャロは勢いよく立ち上がって、地面と水平に頭を下げた。

 

「僕達が集まったのは、2つの目的があります。1つは増加する違法犯罪者の撲滅。フェイト執務官の意向で、特に潜入経路の解明を第一目標とします」

「ゲーリング部隊長」

「どうぞ」

「私から補足させてもらいます。犯罪者の撲滅が目的ですが、皆様ご承知の通り、ここ数ヶ月確認された犯罪行為の増加は由々しき事態です。

私は入港口に何らかの警備の穴があり、犯罪者達の自由な行き来が可能となっていると考えています」

「それは遺憾です! 私達は日々警備を強化している、何処に穴があるというのですか!」

「警備の穴、皆様の不備を責めるつもりはありません。この世界は未開の範囲があまりに広く、把握しきれていないのが現状です。犯罪者グループが我々の知らないルートを発見・開拓している可能性も十分考えられます」

 

職員の1人、ー肩の勲章の数からして隊長レベルの人間だろうーが不服そうに抗議するが、フェイトは軽くあしらう。まだ言い足りないと言った具合の職員としっかり目を合わせながら、フェイトは説明を続けていった。

 

「今回私達は独自の捜査をさせてもらいます。機動4課の捜査班には干渉しない事を約束し、捜査範囲外の地域に焦点を絞るつもりです」

「いいかい、小隊長」

「部隊長、しかしですな」

「不服か」

 

部隊長が強い口調で、小隊長に矛先を向けた。鋭い矛先を鼻先に向けられ気落ちしたのか、小隊長は視線を机に落としたまま、口を閉ざしてしまう。

 

「…もう一つの目的については私から。目的は正体不明の人間との接触。これだけだ」

「待て。正体不明の人間、とは?」

「惚けないでいただきたい。貴方達以外に、この星で活動する人間のことだ」

「それは把握している。件の人物を、どうするのかと聞いている」

「どうするつもりはない。接触するだけだ」

 

会議室が一気に騒がしくなる。皆顔を見合わせて、シグナムの発言を繰り返しているようであり、部隊長もシグナムの目的を想定していなかったような反応をしていた。

 

「ま、まて。捕縛や逮捕はしないのか?」

「するつもりはない」

「説明を要求する、納得できない」

「説明をとは… 私は説明など要らないと考えるが」

「いや、してもらう。我々は君達が『アンノウン』討伐に来たと考えていたのだが」

 

今度はフェイトとシグナムら機動6課の面々が表情を固くした。特にフェイトとシグナムは、露骨に眉を顰めている。

 

「何故かと言えば、危険性はまだ確認できていないからとしか」

「だから排除するのだろう?」

「何を勘違いされているのか分からないが… 我々は君達のいう『アンノウン』を、危険視している訳ではない」

「理解できない。あれほどの力を持つ者を、どうして放置するのだ」

「放置するつもりはない。言った通り、接触はする」

 

シグナムは部隊長との討論の中で、『アンノウン』に対する温度差を感じた。どうやら『アンノウン』はこの地域において、想像以上に存在感を増しているようである。

機動4課がここまで警戒する理由を脳裏に上げながら、シグナムは努めて冷静に話し合う方向に舵を切った。

 

「我々も報告書を拝見させてもらった。確かに『アンノウン』は管理局のデータベースにない魔法攻撃を使用する可能性は、極めて高い。警戒をする必要性は認めるが、しかし現状『アンノウン』が管理局職員含め、一般人に危害を加えた痕跡は確認できていないのでは?」

「それは机上の空論だ。現場で活動する我々からしたら、『アンノウン』なる不確定な存在など、あっては困るのだから」

「机上の空論とは… では質問させてもらう。『アンノウン』が貴殿達にどのような損害を与えたのか、御教えいただきたい」

「損害? 見て分からないのか?我々のテリトリーが侵されているんだよ!」

(っチ! こいつは…)

 

シグナムは心の中で舌打ちをしながら、目の前の人物に対する評価が著しく下がっていくのが感じ取れた。

要は『アンノウン』に手柄を横取りされていると考えているのだろう。確かに機動4課の功績と『アンノウン』の功績では前者に比がある。だが前者は少なくない人材と損害を対価としているのに対し、『アンノウン』側には恐らく匹敵するほどのコストはかかっていない。活動規模から換算して恐らくターゲットは単独犯だろうことは、明らかであるからだ。

シグナムの想定よりも、ゲーリングなる男は出世欲が強いようだ。議場には出すつもりは無かった、最後の目的についても、大凡の検討は尽きそうである。

 

「兎に角。我々としては、まず『アンノウン』の正体を突き止めるつもりだ。当然敵対行動をとるつもりがあれば、それ相応の対処はする。

しかし最初からするつもりは今後もない。以上だ」

「…何か質問がある者は」

 

納得していないようなゲーリング部隊長は、予定通りの言葉を口にした。すると奥の方に座る1人の女性が、右手を上げている。

 

「どうぞ」

「はい! 私自然保護隊所属の、レナ3等陸士であります!フェイト執務官とシグナム小隊長にご質問であります!」

「何でしょうか?」

「は、はい! 何故お二人が今回の作戦に参加されるのか、教えていただきたいです!」

「それは聞きたい話か」

「はい!執務官殿は理解できますが、シグナム小隊長が単独で参加なさる理由が、推測できないからであります!」

「そうですね。確かに私達の説明不足だったかもしれません」

 

フェイトは和やかに女性に微笑むと、スッと席から立ち上がった。隣でシグナムが目線を向けるが、フェイトは目だけで頷く。シグナムが視線を切り、目を瞑って腕組みをするとフェイトはデバイスを操作して全員の目前にデータを送信する。

 

「皆様御承知かと思いますが、この次元世界は存在自体は古くから認知されては来ました。しかし管理局の慢性的な人員不足と不測の事態の連続で、調査自体がままならない状況が継続されていたのです。

今から新暦76年、私達はとある次元犯罪者を追ってこの世界に管理局としては初めて、介入しました」

「えっ! じゃあ研究所の…」

「その話を理解されているとしたら、ここからは早いですね。結論から言えば、次元犯罪者ジェイル・バーンズはこの閉ざされた世界で違法な研究を行なっていました。残念ながら被疑者は逮捕直前で自害、研究データの多くも同時にデリートされ、目ぼしい成果はありませんでした」

「しかしながら研究所に残された施設や使用された器具から、被疑者がデザイン・ベイビーの作成と古代ベルカ式デバイスの復元を行なっている可能性は、極めて高いと推察されました」

 

会議場後方の声がまた騒がしくなる。フェイトは想像以上に管理局の縦割り構造の弊害を感じ取っていた。機動4課の人々が驚く様子もないことから、彼等は情報を把握していたはずだ。エリオとキャロとて詳細を知ったのは深夜の会議だったから、自然保護隊が把握していないのは当然である。

機動4課の人々は、自然保護隊に情報を渡していなかったのか。耳に入る断片的な会話から推察するに、自然保護隊の情報は噂程度の質であるから、そもそも情報自体公式に伝達されていないようだ。

 

「2つの写真をご覧下さい。右は無限書庫で発見された古代ベルカ時代の戦史に添えられた絵です。左は以前報告された『アンノウン』による戦闘現場のすぐ側にある崖の写真です」

「特徴的な痕が見受けられます。柄が長い斧を二つ繋げた、双斧とも言うべき武具による打撃痕であると、専門家の分析がとれました。右の絵は再現性があるかは完全とは言い切れませんが、出典の戦史の実証度と打撃痕に確認される共通項の多さから、ほぼ確実だと考えています」

「残念ながら、デザイン・ベイビーもデバイスも発見はできませんでした。確証はありませんが、もしも人格型のデバイスであるとするならば、デザイン・ベイビー単独での生存は、不可能ではありません」

「でも子供でしょう? いくらデバイスがあると言っても…」

「ここではベイビーと呼称していますが、年齢は定まっていません。デザイン・ベイビーはその存在目的として戦闘能力と生存能力を意図的に高めている例が多く、デバイスにも補助的機能が搭載されていることは、過去の事例でも報告されています」

「じゃあ…」

「ええ。私達は『アンノウン』の正体を、このデザイン・ベイビーと判断しました。よって以前捜査を行った我々が、今回の作戦に参加する必要があると考慮し、ここにいる訳です」

 

 

「フェイト執務官、シグナム小隊長。遠方からようこそ。先程は会議があるからといって、挨拶もそこそこでしたので」

「お気遣いなく」

「私も、結構」

 

ゲーリング部隊長が会議室を後にしようとするフェイト達を呼び止めた。フェイトは兎も角シグナムは彼への認識を変えつつあるため、必要最低限のことしか口にしない。ゲーリング部隊長はシグナムの態度から読み取ったかどうかは分からないものの、咎めるような真似はしなかった。

 

「確認したいのですが、あくまでも接触が第一と」

「危険性の判断には、まだ時間が必要かと思います」

「私達としては、憂いの元を早く片付けたいのだ。そう悠長にことを薦められては、困りますな」

「勿論敵対行動をとるとしたら、我々も相応の対処をするつもりです」

「ふっ。対処するのは、我々ですか、貴方方ですか?」

「状況次第、としか」

「はっ、状況次第ですか」

 

フェイトは言いたいことをグッと堪え、口角を上げながら部隊長と会話を続ける。

 

「私から質問を宜しいでしょうか?」

「何だね」

「2ヶ月前から派遣されている自然保護隊の方々との、情報交換について。どの程度先方に情報をお渡ししているのでしょうか?」

「規定に反しない程度には、渡しているつもりだよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

フェイトは踵を返して会議室を後にした。シグナムが追従し、エリオとキャロも慌てて追う。2人が素早く頭を下げて退室した後、部隊長は手の関節を鳴らし始めた。

 

「どう思う、あの連中」

「捜査するのは『アンノウン』だけとは、とても考えられません」

「執務官は要注意だ、目を離させさせるな」

「はい」

「最悪ボンボンのことは漏れても構わない。各員の判断に合わせて、情報を流通させろ。核の部分は触れさせるな」

「ではそのように」

 

 

機動6課メンバーは本部横に隣接するビルの一室で、身繕いをしていた。ドアの前に次々置かれるトランク等を室内で開けて、部屋の中に機具を設置していく。コンパクトな見た目をしているが、持ち合わす能力は見た目以上である。

例えばグリーン色の背景にマス目状のラインが記された画面には、周囲の地形や生体反応がリアルタイムで反映されるレーダー装置や、指定した建物内にいる特定人物の声の波紋や声質、トーンの変化等を自動分析する音声傍受装置も備えた、最新式の捜査機能を有した機器である。

 

「どうだキャロ。装置の方に問題はないか」

「はい、シグナムさん! 全部バッチシです!」

「そうか」

「あっ、でもやっぱ機動4課の方々の部屋は、傍受が難しそうですよ」

「気にするな。正直向こうに関しては期待していない、次元犯罪者を割り出すことに専念してくれ」

「はい!」

 

元気よく返事をするキャロに頬を若干緩めたシグナムは、窓の外を見つめるフェイトの横に立った。

 

「シグナムったら、少し褒めるのが上達したんじゃない?」

「これでも、背負うべきものが増えてしまったのでな。主人はやてからの命令通り、日々精進しているよ」

「ふふ、すっかり板についたね」

「まだまだだ、アギトには結構手酷くやられっぱなしだからな。だが」

 

シグナムは背後で装置の数値や入力を調整するエリオとキャロを暗にさしながら、育ての親であるフェイトの様子を伺う。

 

「2人とも随分と成長したな。正直、あそこまで調査装置を使いこなしているとは、私も初耳だった」

「うん。自然保護隊ではああいう装置を任されることが増えてきて、一通りはできるようになったみたい」

「どんな感じだ」

「ん?」

「寂しいか」

「んー」

 

フェイトは熱心に装置に取り組む2人の姿を、窓にうっすら写る絵で捉えていた。

 

「でももう大人になってきたしね」

「そうか、もう子離れしたか」

「今はヴィヴィオがいるし」

「ふっ。2人が聞いたら悲しむぞ?」

「もう。そういう意味じゃないよ」

 

「何も、無いといいけれど」

「そこは神のみぞ知る、としか言えんな」

「うん。じゃあシグナム。明日からよろしく」

「ああ。最善を尽くそう」



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10話

洞窟内の壁面に、灯火が幾つも備えられている。煌々と照らす内部は、カーペットや水飲み用のタンク、物干し竿やテーブルが所狭しと置かれていた。コウイチはベッドの上でザンリュウジンの刃を白い石の上で、何度も滑らす。押しては引くを繰り返すと、水平な面に白い粉状のものが出てくる。

コウイチが手元に置いた桶に刃を浸からせると、ザンリュウジンが何とも言えない声を出した。

 

「くぅ〜。何度やっても、たまらないねぇ〜」

「そいつはよかったね」

「いや〜最高だ。こう磨かれるとスッキリするぜ」

「別にさ、自己修復でやればいいじゃ無いか。一々手を煩わせて…」

 

ザンリュウジンは古代ベルカ式とはいえ、デバイスである。通常どんなデバイスにもある程度の自己修復機能が搭載されており、定期的なメンテナンスが受けられない状況下でも、一定以上の機能を損なうことがないように設計されているのだ。

ザンリュウジンにも当然機能は搭載されてはいるが、彼曰くコウイチに刃を研いでもらうと格段気持ちがいいらしい。デバイスのいう気持ちいいが全く理解できないが、言うもんだから仕方がないのである。

 

「何だってまた…」

「その代わりに温泉見つけてやったじゃねえかよ〜。おあいこおあいこ」

「そりゃそうだけど…」

 

洞窟から遠く無い場所に、規模は大きく無いものの天然の温泉を、ザンリュウジンが発見してくれたのである。コウイチが知らされた時、対価として研ぎを提案された訳だが、一度あの全身が溶けていくような解放感を知ってからは、面倒だと思う研ぎも我慢するのであった。

 

「今日は晴れだし、夕方から行こうかな」

「おっ、いいねぇ。近くで魚でも取ってから行こうじゃないの」

「そうするか」

 

1日のスケジュールが決まったコウイチが身支度でもしようとベッドから降りた時だ。

いきなり彼の眼前にディスプレイが展開された。表示されたマップ上には、複数の赤い点が何個も表示されており、先端についた矢印の方向に細々としていながら、動き回っている。

 

「また襲撃だ。数多いな…」

「場所は… ありゃありゃ、ちょっと深い場所だな。もう管理局はあそこまで調査しているのか?」

「うん、そうみたい。でもどうしようか」

 

コウイチはベッドに置いていたザンリュウジンを右手に装着すると、相棒に尋ねてみた。

 

「だがなコウイチ。少し考えてもいい頃合いだ、見送るのも手じゃねーか?」

「そう、かな」

「いい加減管理局の連中がここいらに気がつくのも時間の問題だ。正直あいつらは信用できるかどうか、俺様は判断できねぇ」

「まぁ、ヘルマンさんのこともあるしね。あんなのが通っちゃうってのも、心配になるっていうか…」

「それもそうだが、覚えているか?この前の祭儀場近くのアレ。正直どう思うコウイチ?」

「そりゃ、いい気分はしないけど」

「だろう? ま、今回の場所はマップを見て、管理局の調査している最深部だと見えた。管理局はいくらなんでもそこまで馬鹿じゃねぇ、それなりの部隊を派遣しているさ」

「そうだといいけど」

 

まだ釈然としないようなコウイチだが、ザンリュウジンは赤眼を光らせ、警告するような口調で喋った。

 

「俺様は今回ぐらい、様子見てもいいと思うぜ。ちょっとぐらい休んでもバチはあたらねぇさ」

「そうする?」

「管理局がどういう立ち回りをするか、一度見るのもありだな。それによ、身のこと考えたら、馬鹿な真似になっちまうと思うぞ。賢く立ち回っても、いいんじゃねえか?」

 

 

管理局の本部では、緊急警戒を知らせるベルが天井を赤く鳴らしている。仮眠室や休憩室、事務作業をしていたオフィスなど現場担当のいる場所では、アラートの表示が所狭しと発表されていた。

廊下を慌ただしく人々が移動し、続々と駐車スペースにある移動用トラクターや陸戦用ヘリコプターに、戦闘態勢を整えた職員が乗り込む準備を終え、直立整列して待機していく。

機動4課の面々も準備を終え、専用である移動用のヘリコプターの前に、ゲーリング部隊長も到着した。

 

「小隊長!!」

「はっ!」

「各員欠員はおるか?」

「おりません!」

「武器、備品に不備はないか?」

「ありません!」

「よし!!」

 

ゲーリング部隊長は、用意された箱の上に立ち、メガフォンを手に取る。今彼の視界には、一斉に整列した機動4課の戦闘員が、6人1列ずつ、規則正しく整列した状態で彼を見上げている様が、はっきりと入っていた。

彼はひくつく頬を何とか抑え込みながら、メガフォンを通して行動開始の陣頭指揮を取る。

 

「皆、緊急警戒態勢が発令された! これより我々は当該地域に向かい、速やかに敵を排除する!」

「「「「「はい!!!」」」」」

「場所はポイントRH-33-4だ! 神殿と推測される地点、特に本殿らしき場所で、多数の次元犯罪者を確認した! 」

「「「「「はい!」」」」」

「警告はなしで結構! 標的発見次第、発砲を許可する!」

「「「「「はい!」」」」」

「管理局に栄光あれ!」

「「「「「管理局に栄光あれ!」」」」」

「いざ、出動!」

「「「「「おう!」」」」」

 

バダバタバダバタ…

 

次々とヘリコプターが羽根を回り始め、後部を上げながら空中へと飛び立っていく。ゲーリング部隊長が自分の機体に乗り込もうと片足を上げた時だ。

 

「ゲーリング部隊長!」

 

ドアの向こうからシグナムが駆け寄ってくる。すぐ後ろにはエリアとキャロ、他に自然保護隊の職員が何人かついてきていた。

 

「ゲーリング部隊長、お待ちください!」

「見て分からんか!! 私達は出動するのだぞ!」

「承知しています! ですが発砲を許可されたとは本当ですか?!」

 

ゲーリング部隊長は一瞬眉を顰めるが、シグナム達を無視して身体を機体の中に潜り込ませた。シグナム達が機体近くに辿り着いた頃には、既にヘリコプターの後部が浮き、出発寸前である。

巻き起こる風にシグナムが頭を伏せると、上空から男の苛立ちと挑発が入り混じった叫び声が、置き土産として残った。

 

「いいか、手出しは無用だ!! これは我々機動4課の仕事だ!大人しくしていたまえ!」

 

みるみる内に小さくなっていくヘリコプターを睨みつけているシグナムは、何かをエリオとキャロに命令している。2人は驚いた表情をしながらも、自然保護隊に命令を随時伝達した。どうやら機動6課も、大人しくするつもりはないようだ。

 

 

管理局が大騒動に巻き込まれつつある頃、コウイチとザンリュウジンは近場の川辺にいた。コウイチがザンリュウジンを構えると、ザンリュウジンの赤眼が一瞬光る。

 

『アーチェリー・モード』

 

コウイチは生身の状態であるが、ザンリュウジンはアーチェリー・モードに通常通り変形した。コウイチがザンリュウジンの頭部の後ろに手を置くと、右手に合わせて斧の柄がしなっていく。川辺にザンリュウジンの口を向け、コウイチは軽く左目を瞑りながら、狙いを定めるようにし構えていった。

 

『ショット』

 

左手の動きを止めたコウイチが右手を離す仕草をすると、ザンリュウジンの口から矢が飛び出る。行き着く暇もなく水中に飛び込んだ一撃は、高い水飛沫をあげて消え去った。

泡と波紋が鎮まるのを待っていたコウイチは、水中に手を突っ込むと、水底を掻くような仕草をする。彼の手には、何匹かの魚が捕まっていた。魚の腹部や頭部には、3、4センチほどの穴がポッカリと空いている。

 

「ヒュー! 見事な腕だぜコウイチ!」

「ありがとう」

「全く飲み込みがはぇーったらありゃしねぇ。『インビジブル・ショット』もできていたし、練習は上々だな」

「一昨日の鳥撃ちでコツを掴んだからね。あの感覚を忘れていなくて、正直安心した」

 

川辺の岩に収穫した魚を乗せると、コウイチは川面にもう一回向き直った。

 

「今日は温泉入るし、豪勢にしたいね」

「んじゃ、第2弾といきますか!」

 

 

コウイチとザンリュウジンがやけにのんびりした生活を送る頃、地点RH-33-4では大混乱が巻き起こっていた。

 

『D小隊、状況報告は?!』

『…こ、… た、…』

『おい、カバーに行ったC小隊はどうした?!』

『…ちら、C小隊であります! 現在D小隊は活動不能です!』

『何だって…敵の攻撃はどの程度だ?!』

『敵の攻撃では、ありません! 神殿の…』

 

原因の分からない通信不備と、連携の取れない小隊同士。単純な、有史以来の敗退する理由である。単純な理由だが、魔法と科学が発達した現代においても、尚防ぎきれないのが厄介であった。

 

古代遺物管理部・機動4課。古代遺物管理部とは、管理局のエース部隊と称される。理由は古代遺物管理部が扱うのが、古代ベルカの遺跡だからだ。

古代ベルカ。記憶するものはほぼ居ない程過去に滅んだ、人間世界。そして人間の業が溜まりに溜まった、マイナスの世界。

長く続いた戦争の歴史が現代に残すのは、石造りの建物や日用雑貨だけではない。現代では禁止された、人体実験が齎した人体改造技術に隠匿性と殺傷力が極めて高い毒物。

 

次元犯罪者が古代ベルカに蔓延るのは、自明の理だった。管理局は次元犯罪者から遺物を守るため、専門部署を設置したわけである。

つまり古代遺物管理部は日々危険に飛び込むことが仕事だ。要求される能力は当然、他の部署と比べ高くなっている。

機動4課は、この能力に絶対の自信を持っていた。他の課とは能力が違うと考える人間は、殆どの割合を示している。

 

だが現状は、次々と問題が発生していくのだ。高まっていたプライドが更なる負のスパイラルを呼び、事態は膠着していく一方だった。

 

「ゲーリング部隊長、どうなさいますか…」

「…」

「ゲーリング部隊長…」

 

ゲーリング部隊長は、ヘリコプターを降りることができないまま部下の報告を聞くことしかできない。何故なら彼が想定した展開とは、全く違った。

 

「…B小隊とE小隊を、突入させ、ろ」

「宜しいのです、か?」

「…ああ…」

 

絞り出すように出した命令を、女性の部下が代わりに伝達するが、通信先の現場部隊と激しい意見交換を重ねていく。

記憶にない女性の部下をみて呆然とするゲーリング部隊長は、ヘリポートに爆音と爆風が巻き起こるのを、ぼんやりと眺めていた。

 

 

ドン… ドン…

 

遠くから爆音が聞こえたのは、コウイチが川海老を捕まえていた頃だった。捕まえた川海老をひび割れたバケツに放り込むと、彼は音のした方角を判断し、様子を窺う。

 

「予想よりも激しい戦闘みてーだ。みろ、煙が上がってるぜコウイチ」

「うん、よく見える。2つ、いや3つ目が昇りそうだね」

 

森林の奥に、灰色の煙がモクモクと立ち込めていた。近くの木々からは小鳥達が一才に飛び立ち、小動物達も騒動から逃げようとしているのか、小さいながらも獣の声が重なって聞こえてくる。

 

「どうなるんだろうね〜。様子見させてもらいますか?」

「…」

 

 

「ゲーリング部隊長」

 

ヘリポートでは、到着した応援部隊が続々と戦闘準備に入っている。皆杖形のデバイスを構え、いつでも突入できる格好であった。しかし指揮官と直属の部下達は、話が違うようである。

 

「我々に援護許可を」

「それは…出来ん。許可は出せない」

「ゲーリング部隊長! もう時間はありませんよ?!」

「そうです! 早くしないと小隊の人々が危険な状況に陥ります!」

 

ヘリコプターから一歩も出ないゲーリング部隊長であるが、応援にきたシグナム達を現場に向かわせることには、未だ抵抗を続けていた。彼が応援を渋る理由は、もうシグナム以外にも暗黙の了解であるにも関わらず、認めようとしないのだ。

 

「貴様の部下の命の問題なのです。貴様の面子の問題ではない」

「貴様、貴様とぬかしおって… 私を侮辱するのか?!」

「私からすれば、貴様の堕落した精神の方が、よっぽど侮辱だ」

「舐めた真似を…」

 

喧嘩越しのシグナムに応戦するかのようにゲーリング部隊長も口調がヒートアップし始めようとした、正にその時だ。

 

「部隊長! C・D小隊が、小隊が!」

「シグナム小隊長! 現場で急激な魔力値の上昇を確認しました!」

 

 

コウイチは、生活拠点の洞窟ではなく、新緑の大木に立っている。周りの樹木の中でも一際背が高い大木の枝に腰掛ける彼は、右腕の相棒に胸の内を明かした。

 

「なぁ、ザンリュウジン」

「おう。どうしたコウイチ?」

「僕もさ、まだ管理局を信じ切ってはいない。この前の祭儀場でのことは、忘れるつもりはないしね」

「そりゃ、忘れてるなんて言ったら俺様がお前に幻滅するぜ」

「そんな状況でさ、今からあの煙が立ち込める場所に行ったら、どんな目に遭うか、簡単に想像出来るよね」

「まぁな。今からのうのうとあそこに行ったら、知らねぇ誰かさんに、馬鹿な奴だと笑われちまう」

 

コウイチは右腕を正面に突き出すと、手を握りしめる。

 

「だからさ」

「僕は」

「馬鹿になってみるよ」

 

握りしめた右手を開くと、胸の前に持ってくる。ザンリュウジンが待機モードへと姿を変えた。

 

「それでこそ、俺様が相棒と認めたコウイチだぜ。心配するな、地獄まで付き合ってやるよ」

 

ザンリュウジンの頼もしい一言に、コウイチは軽く笑った。右腰に現れた魔弾キーホルダーから、リュウジンキーを取り出す。

 

龍装変身(ドラゴニック・チェンジ)

 

『斬龍・変身。チェンジ・リュウジンオー』

 

「っ…ハッ!!」

 

左手のザンリュウジンに、リュウジンキーを差し込むと魔弾キーに込められた龍の魂が解放される。X字にザンリュウジンを振ってから、コウイチが天高くザンリュウジンを振りかぶると、龍の魂は遙か上空へと舞い上がった。

黒みがかった、しかし鮮やかな金の龍がコウイチの身体に乗り移ると、彼の身長が成人男性ほどに急激に成長する。次々と成熟した身体を龍の鎧が護るように包み込んだ。

 

「リュウジンオー、来刃!!!」

 

ザンリュウジンとの絆が深まったリュウジンオーが、一気にその躰を加速させ木々の隙間を走り抜ける。目指すはただ一ヶ所のみー

 

 

地点RH-33-4では、傷ついた戦闘員達が片膝をつき、身動きが取れずにいた。肩肘に鋼色のプロテクターを付け青色のジャケットを身に纏う男達だが、今の彼らはプロテクターは砕けジャケットは焼き焦げて服の様子を呈していない。

彼等が相対する敵は、杖や銃、剣といった混合した構成のデバイスを各々持ち、管理局員である彼等をジリジリと追い詰めていた。

 

「おい、さっさと爆弾設置しちまえ! もう後粘れるのも限界だぞ!」

「焦らせるなよ、大きめだから時間かかるんだよ!」

「おい、右からの攻撃に気をつけろ、さっきトラップ仕掛けてやがった!」

「めぼしいものだけでいい、探すのに手間かけるな!」

 

数十人規模で動く盗賊団は、機動4課とは対照的に明確な指示形態と、自分の仕事を理解する下部の人間、適切な判断を下す上部の組織構造が整っていた。口では急かすようにいうものの、彼等の手足は迷いなく本殿を支配していく。

動き回る盗賊達を見張っていた人物が、管理局職員に武器を構えるグループのリーダー格に肩を寄せた。

 

「こいつら、結構強え。聞いてた話と違うぜ。親方、こいつはちょっときな臭ぇ匂いがします」

「おう。どうやら損切りに合いそうだな」

「すぐにずらかりましょう」

「ルートはプランCで行く。一応変更を入れておけ」

「ガッテンです」

 

管理局職員は盗賊団の動向を把握できてはいるものの、本部との連絡手段を持ち合わせていない。何故か通信の類が機能不全を起こし、回復すら見通しが立たないのが現状である。

初めは現場対応で応戦していたが、今回のような大規模での作戦は、初めてと言っても過言ではなかった。練習を積んだとはいえ、実戦と練習では不安定要素の数が違う。特に先行部隊として突入したD小隊は、盗賊団の砲撃魔法で一網打尽にされ、援護活動を行おうとしたC小隊は、敵の集中砲火の餌食となってしまった。

 

「まだ通信は回復しないのか?」

「だめです、回線自体が生成されません…」

「信号弾は、やはりないか?」

「はい、先ほどの砲撃魔法の余波で、信号弾の発火装置が逝かれたみたいです…」

 

通信が出来ないための信号弾も各員持ち合わせているのだが、D小隊を壊滅させた砲撃魔法の衝撃で、少なくない人員と共にお釈迦になってしまったようだ。

他にはデバイスを手旗のように使って信号をバケツリレー方式で伝える手があるが、満身創痍の戦闘員しかいない今、夢物語と言わざるを得ない。

職員達は、ひたすら盗賊団の逃避行を眺めているしかないのだ。

 

「親方、爆弾設置完了です」

「よし、もう行け。俺らも後に続く」

「では、Cブランで」

「頼んだ」

 

盗賊団の大半は崩落した本殿の左側から、随時森の中へ消えていった。

手早く去っていく彼等を守るようにデバイスを向ける集団に、職員の1人が我慢できないかのように質問をぶつける。

 

「待て、お前ら何をするつもりだ?!」

「何って…決まっているだろう、トンズラだよ」

「爆弾がどうとか… 教えろ!」

「教える義理はねぇ」

「この…!!」

 

生命の危機を直感した職員数名が、杖型デバイスを構えて攻撃態勢をとった。途端返す技で盗賊団の銃型デバイスが火を噴き、職員らに魔法の銃雨が降り注いでいく。

 

「ぐううう、う」

「シールド、シールド展開!」

「も、持たない…」

「お、おいおいしっかり、しっ」

 

傷ついている職員など、今の盗賊団の敵ではない。的確に急所を狙って放たれる魔法弾は、少数残っていた戦闘可能な職員らをノックダウンするには、十分すぎた。

戦闘を見守るしかなかった職員らが、膝をついていく職員を必死に引き寄せ、応急処置を施していく。盗賊団から目を離したその間に、敵は跡形もなく消え失せてしまった。

 

残されたたのは、巨大な長方形の木箱である。応急処置の為の道具を仕分けていた職員が、盗賊団の置き土産に気がついたのは、それから数分が経ってからだ。

 

「あれって… あいつらが言っていた爆弾のことじゃないか?!」

「不味い、あいつら何分前に離れたんだ?!」

「駄目です、私達のデバイスはダメージ過多で一時停止状態でした」

「私も同じく」

「だれか、誰か見に行かなきゃならないぞ!」

 

職員の1人が杖型デバイスを支えにして、木箱へと近づこうとした時だ。カウントダウンを告げる、あまりにチープな音色が木箱から奏でられ始めた。やけに規則正しく、やけに単純なあの音色である。

 

「あっ、あっあっ」

「間に合わない…」

「お母様!!」

 

職員全てが生存を諦め、来る地獄への招待券から目を背けるように、頭を抱えて蹲った時だ。

 

 

世界が灼熱に包まれ、景色を一変するような激しい爆発が起こった。



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11話

シグナム達が乗るヘリコプターが、地点RH-33-4まで数キロの距離に到着した時だった。突然空中で火球が発生し、大爆発が発生したのである。周囲の気流が通常と変わり、ヘリコプターも煽りを受けて操作が困難な状況になってしまった。

搭乗員が必死の操縦でコントロールを保っているが、これ以上近づくのは危険だと判断したらしい。

 

「シグナム小隊長申し訳ない、一旦方向を変更し、地点SK26-4付近まで移動させてください!」

「先に行けないか? 真上当たりまで上がるだけでもいい!」

「駄目です、上昇気流が発生している様子です、目標地点よりも南西方向に行かなくては墜落の危険があります!」

「そうか。構わん安全圏まで行ってくれたまえ。エリオ!」

「はい!」

「私達だけで先行する。ついてこい!」

「了解です!」

 

機体の左側面を下に向け、南西の方角に進みながら乱気流の影響を防ごうとするヘリコプター内で、シグナムとエリオは身体にクロスさせていたシートベルトのバックルに手を添えた。

 

「キャロ!」

「はいシグナムさん!」

「自然保護隊に地点SK 26-4に到着地点の変更を伝えろ。救護テントの設置も急がせてくれ!」

「既に報告済みです! 保護隊の医療士の人達が、救護トラックで応援に来てくれています!」

「有難い! 自然保護隊の指揮はお前に任せるぞ!」

「了解しました!」

 

力強く敬礼したキャロに笑顔で敬礼を返すと、ヘリコプターが斜めにしていた機体を水平近くまでに維持させた。

シグナムとエリオはシートベルトのバックルを外し、降下ドア付近に移動する。シグナムがドアの取っ手を勢いよく下げると、バネのようにドアが開放され、機体内に突風が流れ込んできた。

乗組員達がシートベルトや座席にしがみつく中、2人の戦士は勢いよくヘリコプターから飛び降りる。

 

「レヴァンティン!」

「ストラーダ!」

 

「「セット・アーップ!!」」

『ja』

『SET UP』

 

急降下する2人の身体が魔力に包まれ、管理局の制服から戦闘用の服装、バリアジャケットが展開された。シグナムは甲冑を思わせるレッドピンクのバリアジャケットを、エリオは赤のシャツに白のマントを羽織ったバリアジャケットを身に纏う。

レヴァンティンは矢尻のような待機状態から大型の片刃剣に、ストラーダはロケットブースターを穂尻に取り付けた槍へと変形した。

変身を終えると、シグナムは気をつけの姿勢に、エリオは槍で突くような体勢をとる。瞬間、2人の身体が角度を変えて直進し、目標地点に向けて突入を開始した。空中落下を超える速度で飛ぶ2人は、30秒もたたずに神殿の本殿跡の上空に辿り着く。

 

天井がポッカリと消え失せた本殿跡に、行きとは違いゆっくりと舞い降りたシグナムは、傷つき力尽きた職員達の姿を見つけた。シグナムが駆け寄ると、皆怪我をしているものの、行動不能のようには思えない。

疑問を抱きつつも、シグナムは崩れた壁に寄りかかる職員の頬を叩いた。職員は痛みから顔を歪ませていたが、シグナムの姿を見て安心したように表情を和らげる。

 

「た、たすかった…」

「しっかりしろ、応援がすぐ来るからな」

「し、シグナム小隊長…」

「大丈夫だ。さぁ肩を掴んで…」

「いました、いるんです…」

 

シグナムが職員の肩を担いで場所を移させようとした時、職員が彼女の耳元に、途切れ途切れながらも訴えかけてきた。

女剣士は尚職員を運ぼうとするが、担がれる男は彼女の肩を掴み強引に呼び止めるのだ。

 

 

「いました、逃げてください…」

「どうした、誰だ?誰がいるんだ?」

「あ、あ、あ…」

「窃盗団か? 単独犯か?」

「あ、アンノ…」

 

シグナムは職員の声をなんとか聞きとろうするが、声が掠れてしまい詳細がつかみ取れない。エリオの方に視線を向けると、彼も職員を広い場所に移しながらも、何かを訴えられているようだ。彼のマントを掴んで震える指で、彼の後ろを指差しているらしい。

 

『シグナムさん、皆さん何を伝えようと?』

『分からん。だがいい情報ではなさそうだが』

 

その時外の森林から爆発音が再び聞こえてきた。騒がしい鳥の鳴き声と羽ばたく音に加え、何者かの叫ぶような声がする。シグナムとエリオは一瞬目を合わせると、別々に行動を始めた。エリオが職員の移動を再開する傍ら、シグナムはレヴァンティンの柄に手をかけ、周囲の状況に注意を向ける。

 

「レヴァンティン、何の音だ?」

「Erfassung von Lebensformen, die sich mit hoher Geschwindigkeit aus südwestlicher Richtung nähern

(南西の方向から、高速で接近する生命体感知)」

「南西?」

「3 Sekunden später erwartetes Engagement

(3秒後、接敵予想)」

 

シグナムが脚を少し開き、腰を落とした。静かに息を吸い込み、柄に添えるだけだった右手の小指を、柄に引っ掛ける。

 

「Meister(マスター)!」

 

シグナムの左側の壁は、長年の劣化と戦闘によって跡形もない無残な姿を晒していた。形のない左側の壁から突風が吹き、砂埃が巻き起こる。

職員らが風を防ぐために腕で顔を覆うが、シグナムはレヴァンティンから指を離すことはしなかった。

 

「…とっとっと。派手になっちゃったね到着」

「いやしょうがねえしょうがねえ。急がなきゃなんねーからな。皆様お待ちかね…」

「してないみたいだけど」

「ありゃありゃ」

 

砂埃の中から現れたリュウジンオーは、職員達の方に歩み寄ろうとするが、シグナムの姿を見て気配を変えた。

 

「ザンリュウジン」

「おう。記憶にあるぜ」

「シグナム、かな?」

「私の名を知るか。覆面の男よ」

「おう? 生で見るといい姉ちゃんだね〜。声も以外と若々しいじゃないの」

 

シグナムの視線が鋭くなると、リュウジンオーは右手に持っていた布袋を肩から卸す。そのまま布袋をエリオがいる方向に放り投げた。

 

「っ、何の真似だ?!」

 

シグナムがレヴァンティンに掛けていた指を一気に握りしめる。エリオも咄嗟にシールドを展開するが、布袋は防御壁に当たると、うんともすんとも言わずにずり落ちていった。解けた口からこぼれ出たのは、赤々とした林檎のような果実だ。

 

「おいおい、ただの果物だよ。爆弾なんかじゃねえーぜ」

「…どういうつもりだ?」

「どういうつもりって…食べてもらうために用意したんですけどね」

「そいつは傷の回復が早くなる果物だ。細胞の免疫機能とかを活性化させる栄養素が詰まっているし、果汁も多いから水分も摂れるぜ」

「…エリオ。データベースとの照合、できるか?」

 

果実の一個をストラーダに突き刺したエリオは、眼前に表示されたデータを確認していく。各種パラメータの数値などを確かめた彼は、シグナムに念話で返答した。

 

『シグナムさん、確かにデータベースにありました。この世界に自生する特殊な果実のようです』

『毒性は? 本当に安全か?』

『ストラーダで確認したものは、毒物検知ありませんでした。念の為、全部の果実をスキャン測定します』

「毒なんて仕込んでねーぞ。仕込んでたらとっくにそいつら死んでるだろ」

 

ザンリュウジンが不服そうにエリオに向かって抗議した。エリオが驚いて近くの職員達に目を向けると、彼等は何故か俯いてしまう。その姿を見たシグナムは、やっと彼らが訴えようとしていた言葉を理解した。

 

「『アンノウン』か。お前が」

「何、アンノウンって?」

「大袈裟だな姉ちゃ〜ん。そんな変な渾名つけなくてもいいじゃんか〜」

 

シグナムはリュウジンオーを見据えたまま、思わず笑ってしまいそうになる。機動6課のメンバーはそうでもないのだが、機動4課の職員達は、リュウジンオーに対してかなりの拒否反応を示すものが多い。恐らくだが拒否している正体不明の男に助けられた事が、プライドに触るのだろうか。初見の時以外なほど傷が軽いように見受けられたのは、リュウジンオーが渡した果実の効果だったのだろう。想定されるダメージからみて、流石に食べないという選択肢はなかったのかもしれない。

 

(それにしても…)

 

シグナムはリュウジンオーと対面しながら、注意深く観察を始めた。彼女はリュウジンオーの奇妙なバリアジャケットも気になるが、何よりザンリュウジンに強烈な印象を受けている。闇の書の眷属として永い刻を生きた彼女でも、記憶に少ないデバイスだからだ。

 

「よく喋るデバイスだ」

「へっ? 管理局のデバイスは俺様よりも喋らないのか? やっぱ俺様ってば、スペシャルかもしれねぇな」

「浮かれすぎじゃない?ザンリュウジン」

(ザンリュウジン? 日本語の響きに近いな… 古代ベルカ、それも初期のデバイスな筈だが)

 

シグナムは予想だにしない情報を手に入れたが、本当に予想していなかったからどうすればいいか迷ってしまう。湧いてきた疑問は心底にしまい込み、彼女はリュウジンオーのバイザーを凛として見据えた。

 

「我が名はシグナム。管理局航空機動隊6番隊小隊長にして、夜天の書の守護騎士なり」

 

騎士としての名乗りを上げたシグナムに、リュウジンオーもエリオも驚きの声を漏らす。エリオは念話を慌てて開き、女騎士を嗜めた。

 

『何をしているんですかシグナムさん? 素性も分からない相手に名乗りを上げるなんて無茶ですよ!』

『心配するな。直に分かる』

 

シグナムの予想通り、リュウジンオーはザンリュウジンを覗き込みながら何事か相談をしているようだ。

小さく頷いたリュウジンオーは、ザンリュウジンを持った左手を背中側に回し、右手を胸の辺りまで持っていく。右半身に構えながら腰を落とすと、右手を力強く握り締めた。

 

「リュウジンオー、来刃!」

 

リュウジンオーもまた、名乗りを返す。これだけで、シグナムは彼らがどのような人物かを理解し始めたのだ。

 

「名乗りを上げることの意味。解っているか? リュウジンオー」

「勿論」

「アンノウンなんてダセー名前で呼ばれるぐらいなら、正々堂々名乗っちまった方が100倍いいぜ! なぁ相棒?」

「そうだね、スッキリしたよ」

 

リュウジンオーとザンリュウジンの相性の良さに、シグナムは自然と笑みをこぼした。しかしながら、単純に彼等に好感を感じ始めたから、だけではない。

 

(中々腰が据わっている。構えにも隙は少ないな)

 

抑えきれない高揚が、自然と彼女の口を動かしていく。

 

「エリオ!」

「は、はい!」

「後は任せた」

「えっ?」

 

エリオの返事を聞かずに、シグナムはレヴァンティンの柄を持つ手を、完全に握りしめる。彼女の身体が桃色のオーラに包まれると、凛とした瞳に、剣のような鋭さが宿った。

 

「いざ尋常に…」

「いくよ、ザンリュウジン」

「任せな!」

 

「「勝負!!」」

 

 

言葉と言葉が重なる刻、火蓋は落とされる。解き放たれた矢のような速度で、両者は一直線に突き進んだ。リュウジンオーがザンリュウジンアックス・モードで振り下ろすのに対し、シグナムは突進する勢いそのままにレヴァンティンを鞘から引き抜いた。上から降りかかる長斧に、長剣が下から切り上げる軌道で重なる。

金属同士がぶつかる、甲高い音が本殿跡に響き渡った。周波数の高い音が周囲にいる人々の鼓膜を震わせ、不快感とともに恐怖を呼び起こす。

この音を奏でる者への、潜在的な恐怖だ。

 

リュウジンオーとシグナムは至近距離で鍔迫り合いをすると、双方一歩も引かない。地面にどっしりと腰を落とし、武器を押し付け合いながらも、次の一手を高速で思案していく。リュウジンオーが先手を打った。

 

「っふ…!!」

 

息をコンマ1秒抜いたのだ。ザンリュウジンにかかる負荷が減り、その分シグナムに押し切られるが、リュウジンオーの目的の為には必要な経費である。

踏ん張っていた両脚も息を抜いたお陰で自由に動く。両者は左脚を前に出し、半身の状態で踏ん張っていたのだが、リュウジンオーは左脚でシグナムの左脚の裏側を、サッカーのボールをパスするかのように軽く蹴ってやった。

 

「なに?!」

 

シグナムの左脚が余計に開いたことで、彼女の身体のバランスが崩された。やや斜めに傾く上体は、再び力を込めたザンリュウジンを受け止めるには心許ない。

跳ね除けるようにしてザンリュウジンを突きつけると、リュウジンオーは返す刀で斧による斬撃を喰らわす。長棒を振り回すように一撃を与えた後、遠心力で反対側の斧を叩きつけるのだ。

 

バキィン、バキィン!!

「マジか?」

 

だがシグナムは塞ぎきる。特異な形態の武器の、しかも2撃をレヴァンティンで受け止めた彼女は、逆にリュウジンオーに反撃の振り下ろしを行ってきた。

咄嗟の反応で交わすリュウジンオーは、間合いを遠目にとり、様子を伺う姿勢になる。

 

両者距離を保ったまま、次の機会を測っていた。周囲の空気は張り詰めた糸がピンと張っているようで、唾を呑み込むことすら安易にできない雰囲気である。

地面に力尽きる職員達が永遠とも思えた睨み合いは、以外にも早く展開を変えた。両者が間合いを保ったまま、横にスライド移動し始めたのである。脚を後ろに入れ替えながら、構えを維持しつつ動いていくのだ。

 

 

リュウジンオーとシグナムは、そのまま本殿後から鬱蒼とした森林の中に入る。次第に顔と上体を捻って相手を向きつつも、下半身は普通に走る格好で、2人は木々の間を駆けていった。

本殿が影も形も見えなくなるほどの距離まで走ると、シグナムはレヴァンティンの切っ先をリュウジンオーに向けながら、重い口を開く。

 

「…感謝するぞ」

「へっ、感謝だって? ミッドチルダじゃ、剣を向けるのが感謝の証なのかい?」

「言っておけ。よもや私の意図を汲んでくれるとは、思いもしなかった」

「ふっ…」

 

リュウジンオーとシグナムは、人気のない森の木漏れ日のなか、戦闘体勢を解く気はない。だがその顔には緊張感が漂いながらも、ニンマリと笑みが浮かんでいる。

 

「…できれば、投降してもらいたい」

「悪いことしてないのに、投降?」

「形式上だ。悪いようにはしない」

「悪いようにはしない、か。いいかな姉ちゃん教えてやるよ。悪いようにはしないって言葉はなぁ」

 

ヒュン!

 

「悪いようにするやつが言う台詞だぜ!」

「烈風!」

 

リュウジンオーの身体が消え去り、次の瞬間シグナムの横に彼は現れた。リュウジンオーはザンリュウジンを思い切り振り下ろし、シグナムに決定打を与えんとする!



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12話

烈火の騎士は上から襲い掛かる長斧を見てはいなかった。瞳はただ髑髏の鎧、一点のみを見定めている。

 

『Explosion!』

 

レヴァンティンの鍔上部のスライドが展開され、一個のカートリッジがリロードされる。白煙がスライド横の穴から噴出すると、レヴァンティンの刀身に桃色の魔力が渦状に纏わりついた。

シグナムはレヴァンティンを斜め後方に引きつつ、詠唱をする。

彼女が騎士たる証を。

 

「紫電…一閃!!」

 

後方に引かれたレヴァンティンは、リュウジンオーの腹部から胸元を切り上げるように、迷いなく振り上げられた。リュウジンオーに向けて放たれた刀身の魔力は瞬く間に火炎と化し、さながら飛翔する火龍の如く、リュウジンオーに襲い掛かる。

 

「うわ?!」

「紫電…」

『Explosion!』

「一閃!」

 

攻撃を止めバックしようとするリュウジンオーを、見逃すシグナムではない。カートリッジをリロードし、返す刀で斜めにリュウジンオーを切り裂いた。

烈火の剣は真芯で戦士を捉える。リュウジンオーの鎧から火花が散り、身体は宙に弾け飛んだ。

 

「うわぁぁぁ?!」

「ぬぁ?!」

 

経験のない熱さと痛みに、リュウジンオーは数歩後退り、膝をつきそうになる。会心の一撃を喰らわせたシグナムは尚追撃の手を緩めない。振り下ろしたレヴァンティンで、今度は水平切りをせんとしている。

脚を入れ替えつつ身体を捩り、右の脇腹から真っ二つにするイメージでレヴァンティンを放った時だ。

 

「烈風刃!」

「ッ!」

 

シグナムの水平切りを飛んで避けたリュウジンオーが、高速の突きをお見舞いしてきた。彼が使う未知の高速移動からの、斧による刺突攻撃をシグナムは土手っ腹に喰らう。連続して横払いの打撃を太腿付近に受けたシグナムは、一旦距離をとって間合いを切った。

 

「…感触はよし」

「ああ、だが…」

 

膝をつくかと思われたシグナムに警戒を怠らなかったリュウジンオーは、言葉を喉元に飲み込んだ。シグナムは決して膝をつくことなく、平然と剣を構えているのだから。

 

「いい突きだ。面喰らったよ」

「おいおい、防御魔法か? かー、バリアブレイクできてもいねーのかよ?」

「…」

 

ザンリュウジンが悔しげに感想をぶちまけるなか、シグナムはレヴァンティンを斜め上に構える。

 

『Schlange, beißen』

 

カートリッジがリロードされると、レヴァンティンの形態が大きく変化した。

 

「な、なにあれ」

「おいおいおい」

 

リュウジンオーの何処か抜けたような声は、未知の武器に対する疑問と衝撃から生まれる。ザンリュウジンはレヴァンティンの特異な形状を認識した途端、解決策を即座に伝えた。

 

「飛べ、コウイチ!」

「っ!!」

 

有効かどうかを思慮する時間はない。リュウジンオーは膝のクッションを最大限に用いて、真上に急上昇する。

 

『Angriff』

 

鞭のようにしなる剣が、蛇のようにリュウジンオーを包み込んだ。剣は鳥栖を巻くかのように円周を狭め、挟み切りにせんとする。

砂埃が巻き上がり、シグナムは柄を手元に手繰り寄せて、変形した剣を元の形態に戻した。

 

「…」

「! 陣風!」

 

突如飛来する白色の攻撃を、剣の払いで封殺する。斬撃に合わせて飛ぶ衝撃波が、数発の射撃と相殺しあうものの、シグナムは剣を鞘に収めたまま微動だりもしなかった。

 

『ショット』

 

「陣風!」

 

『ショット』

 

「っ、ハァァ!!」

 

キリのない攻撃を撃ち合う両者。次の一手を掴めたのはシグナムだ。

 

『30 Grad voraus, 5 Meter vom Fuß des grünen Sonnenbaums entfernt(前方30度 緑陽樹下から5メートル地点)』

「飛行魔法は」

『Nicht gespürt. Aus der verbleibenden Zauberkraft wird geschlossen, dass es sich nur um Schießmagie handelt

(感知せず。残量魔力から射的魔法のみと推察)』

「よし!」

 

大上段に鞘ごと剣を構えたシグナムは、目を閉じて精神を集中させる。彼女の足元に三角形の魔力陣が出現し、桃色の魔力が渦を巻いて彼女を囲んだ。

 

「一振…決撃!!」

 

「火龍…一閃!!!」

 

カートリッジをリロードしたレヴァンティンが、また形態を変える。迷いなく振るわれた剣はやや斜めに飛びつつ、無数にある樹木の一つを的確に捉える。シグナムの右手が、指揮者のタクトのように動くと名前の通り、火龍が火を包まんとするが如く、レヴァンティンが樹木を包囲し焼き切った。

火柱が天に向かって伸びたと同時に、3本の魔法矢が彼女に降り注いだ。首を傾けて顔への一矢を避けたものの、シグナムは残り2本の矢をまともに喰らってしまう。

 

「むううう?!」

 

数歩後ろにたじろいだシグナムは、依然として両脚を踏ん張り正面を見据えていた。

彼女の眼前、火柱が瞬く間にかき消され、中からリュウジンオーが現れる。リュウジンオーは首を左右に傾け、ポキポキと音を鳴らしながらシグナムに近寄ってきた。

 

「つぁ〜、いてぇ…」

「きっついぜこりゃまた。顔に似合わずえげつねぇ」

「…ほう。防御は出来たか」

「そういう貴女は、防御しなかった。出来なかったのどちらかは分かりませんが」

「…ふっ。気づいていたか」

「その程度は」

 

正眼にレヴァンティンを構え直したシグナムは、不敵な笑みを浮かべた。剣士として抑えきれぬ興奮を、何とか収めんと心を穏やかにしようとする。

何度も出逢えない好敵手ー この胸の高まりを覚えたのは10数年も昔の話だ。今は立派になった彼女達の、まだ幼かった頃。あの感動にも似た鼓動を、再び感じられるとは。

 

「リュウジンオー、と言ったか」

「ええ」

「中々いい腕をしている。久しぶりに腕が鳴るぞ」

「そいつはどーも。教えるのが一流なんでね」

「ザンリュウジンに言ったんじゃないと思うけど?」

「お前をここまでにしたのは俺様だ。俺様が答えたって、何も問題なんかありゃしねえ」

「はいはい」

 

軽口を叩くザンリュウジンに、軽く遇らうリュウジンオー。シグナムはこの名コンビとの闘いを長く愉しみたいと思うが、情勢は剣士の我儘を許してくれない。

2人が睨み合う空に、場違いな音が聞こえてきた。空を切り裂くような機械音と駆動音に、女剣士の表情が一変する。

 

「…ゲーリング!!」

 

シグナムが後方を振り返りながら吠えると、強制的に通信ウインドが展開された。映し出されたのは、機動4課を統べる長である。

 

『戦闘中止だ、シグナム小隊長』

「何?!」

『以後の戦闘は我々が引き継ぐ。アンノウンの確保は我々が実行する』

「何の権限がある。私に対して命令権を下さるのは、テスタロッサだけだ」

『これは我々の管理地域で行われた。よって案件対処の第一責任者である私が、この案件の人事権を確保する』

「Meister. Ihr aktueller Standort entspricht der Gerichtsbarkeit der anderen Partei

(マスター。現在位置は先方の管轄地域に該当しています)』

「チ! 迂闊に展開しすぎたか?!」

 

シグナムのリュウジンオーが敵対した最初の場所、本殿跡は機動4課の管轄地域である。しかし以後の戦闘はまだ機動4課が捜索していない未探索地域の為、基本的に行動権は担当地域にいる最高責任者・つまりはシグナムになるのだ。

シグナムの目論みとして職員達を戦闘被害から守ると同時に、万が一の干渉を避けるために敢えて場所を移す必要があった。幸いリュウジンオーが意図を汲んでー恐らく前者の考えのみだがー 戦闘場所を変更してくれたお陰で、自由にやれたのだが。

つい戦闘に集中しすぎて、機動4課の捜索が行われた端に来てしまったらしい。後悔する暇もなく、ヘリコプターは続々と集結し始めていた。

 

『さぁ退け。アンノウンの対処は我々で行う』

「おいおいさっきから黙ってりゃ随分な言い方だなおい?!」

 

高圧的に命令するゲーリング部隊長は、通信の背後に映るザンリュウジンが、突然物言いをしてきたことに目を見開いた。

 

『ほう。そこまで喋られるとは、遺物とはいえ中々だ』

「けっ。見りゃなんてことはねーな。顔は口ほどにものを言うってか?」

『君たちは管理局への反逆の意思がある。大人しく投降しろ』

「すると思うか? どうだ?」

 

リュウジンオーはザンリュウジンを構え直すと、右手をバックルに当てる。

 

「ないね。理由がない」

『ならば実力行使だ。神妙にしてさえいれば怪我せずに済んだものの』

「ふっ。そうやって祭儀場の人達も見捨てたって訳か?」

(祭儀場? 何のことだ、祭儀場なんて見つかっていなかったのでは?)

 

シグナムはリュウジンオーの言ったフレーズが気になり、彼の方に目を向ける。片目で彼を見つつもう片方の目で通信ウインドを注視すれば、ゲーリング部隊長の顔がみるみる青くなっていった。

 

(Meister. Im bestätigten archäologischen Untersuchungsbericht wurden keine Spuren von Ritualstätten entdeckt.

[マスター。確認される遺跡調査報告書に祭儀場跡は検出されず。])

 

(類似の遺跡はないか。逮捕者リストも照合しろ)

 

(Gilt für ähnliche Einrichtungen. Der Ort ist jedoch nicht auf der Verhaftungsliste aufgeführt. Keine Warnung

[類似施設の該当あり。しかし逮捕者リストに場所は銘記されず。警告者もなし])

 

途端きな臭さが増してきたが、それどころではない。ヘリコプターの距離はかなり近づいてきているようで、シグナムのポニーテールやスカートも、爆風で舞い上がりはじめた。

口の中で舌打ちをしたシグナムが非常手段をとるか思案し始める、まさにその時だ。

 

「シャドウキー」

召喚(サモン)デルタシャドウ」

 

リュウジンオーがザンリュウジンに何かを差し込んだ。初めて見る光景にシグナムが言葉を失うなか、通信先は更に混乱しているようだ。

 

『部隊長、空中に魔力反応!』

『見えている、なんの魔力陣だ?!』

『これは…これは召喚魔法、それも大型獣の召喚陣が前方に形成されています!』

『召喚魔法? そんな馬鹿な、なんで検知出来なかった』

『そ、それが突然でして…魔力の事前分泌が極端に少ない、特殊な魔法陣形成かと…』

『馬鹿者! そんな言い訳が通用するか? 日頃感知装置の管理を任せているのに、非常時に役立たんとは力量不足だ!』

『そんな…感知装置のアップデートを保留したのは部隊長じゃないですか!』

 

通信先で言い争い、つまりは責任の所在が論議されることなど魔法が考慮するはずもない。空中に突如出現した黄色の三角魔法陣から、まず黄色の嘴が見えた。魔法陣から首を覗くように出現してのは、巨大な怪鳥である。

聖獣・デルタシャドウは巨大な翼を広がると、けたたましいまでの鳴き声を上げた。周囲にいる人間が耳を塞ぐなか、デルタシャドウは緑の目を光らせ、広げた翼に備わる車輪のような部分を高速で回転させる。

動物から奏でられる音色にしては機械的な音と一緒に、大鴉が羽を羽ばたくと風の流れが変わった。

 

『突風だ、危ない!!』

『各員避難態勢、避難態勢!!』

『風速上昇、10.20…30が見えてきた!』

『退避、退避!!』

 

車輪から巻き起こる竜巻のような風が、文字通りヘリコプターの軍団を奥へ奥へと押し返していくのだ。ぶつかりそうになる機体同士のコントロールに回線が入り乱れ、シグナムが開かされた通信ウインドも用済みとばかりに閉じられた。

あっという間の出来事にシグナムは驚く暇も無かったが、頭の中は様々な情報が渦巻いている。

 

(ゲーリングが何かを隠しているのは明白だ… 問題は何を隠したかだが)

 

チラリとリュウジンオーを見ると、彼はザンリュウジンを構えたまま此方の情勢を窺っているようだ。彼に詳細を尋ねるのも手だが、恐らくは教えてはくれないだろう。

 

(ヴァロッサが気を利かせて調べてくれているといいが)

 

所在を知ることのできない仲間に、無言の願いをかけるものの、期待するのは酷だ。理解しているつもりでも、やらずにはいられない。

シグナムの額に嫌な汗が滲み、目に入った。思わず片目を瞑ったその瞬間である。

彼女の頭上に雷鳴が轟き、辺りが白くなるような光が瞬いた。髪に感じる張り付くような感覚に、シグナムは仲間の存在を思い出すと同時に最悪の想定をしてしまう。

 

「油断したか…?!」

 

防御魔法を放とうとしたが間に合わない。覚悟を決めた時であった。

 

「姉御!!」

 

自分の足元に光と亀裂が同時に訪れた。鼻につく焦げ臭い匂いが、落雷の後味を嫌と言うほど味わせてくれる。シグナムが思わず顔を上げると、小人のような人間がシールドを展開していた。赤髪をツインテール状に纏めた少女は、シグナムの無事を確認すると八重歯が覗く口をニヤリとさせる。

 

「あぶねーぜ姉御! らしくない!」

「すまないアギト助かった」

「どうやら状況はよくねーみてーだな、姉御?」

「ああ。だがどうしてここに来たのかは」

「話すと長くなるけど、いいかい?」

「いや、いい」

 

シグナムの肩辺りに浮遊するアギトは、前方にいるリュウジンオー達を睨みつける。丁度彼らの背後にデルタシャドウが舞い降り、咆哮を始めていた。

 

「ヒュー。あれはもしかして聖獣ってやつじゃないか?」

「知っているかアギト」

「見たことはねーけど。ベルカの伝説に残っていた筈。魔力がよく含まれた鉱山とか、そんな場所にいるとか居ないとか」

「ああ、それなら聞いたことがあるな。自然が創り出した魔の守護者…だったか」

「確かそんなん」

 

大鴉の正体を把握したシグナム達を待っていたかのように、リュウジンオーが高く跳躍し両手を広げた。するとデルタシャドウが連なって空に飛ぶと、2人が想像もしなかったことが起こる。

デルタシャドウの首が延長したかと思えば、背部にあるレール状の部分が首の後部に取り付いたのである。首と胴体をレール状の部分が繋ぐような状態となり、巨大な脚の爪は折り畳まれたのだ。

するとデルタシャドウの延長された首が、リュウジンオーの頭から被さり頭部がリュウジンオーの胸装甲へと変貌したのである。デルタシャドウとリュウジンオーが一体化した姿に、アギトが驚きの声を上げた。

 

「姉御、あれユニゾンだ!」

「何? ユニゾンだと。しかしあれは…」

「してねーよーに見える。けど上昇している魔力値とかは、ユニゾンと同じだよ!」

 

シグナムはレヴァンティンを握る手が湿ってきていた。彼女の焦りを嘲るかのようにリュウジンオーは天高く飛翔していき、翼を広げる。

シグナムはこれまでの戦闘から、リュウジンオーが飛行魔法を用いない事に気がついていた。理由までは解らないが、彼が上空からの攻撃をしつこいまでに拒んでいたのだ。

敵の弱点を突くのが先頭の鉄則、知らない訳がないシグナムであったが実行することができていない。彼は飛行魔法を用いない代わりに、樹木の枝に猿のように飛び乗り、射角を変更してシグナムと相対してきた。

だが長引く戦闘で周囲の樹木が倒木し、リュウジンオーが活用できる背高の樹木は数を減らしており、あと少しで優位に戦闘を展開できると踏んでいたシグナムである。

 

「…油断していたか? この私が」

 

リュウジンオーの戦闘技量を低く見積り過ぎた。らしくない失敗に唇を噛み締めるが、両腕を広げるアギトが彼女を嗜める。

 

「姉御、ウチらもユニゾンしよう!」

「だが、ユニゾンは使用申請が必要だぞ。あの様子じゃ直ぐには許可が」

「平気だ、フェイトが申請してくれていた。すぐにいけるぜ!」

「テスタロッサがか」

 

ここにいない戦友に感謝しつつ、レヴァンティンを最上段に構えた。目を瞑り精神を統一すると、アギトも手を胸の前でクロスさせつつ、目を閉じて心を穏やかにする。

2人の精神が一つになる時、同一の言葉が口から紡ぎ出された。

 

「「ユニゾン・イン!!」」

 

アギトの身体が赤く光ると、シグナムの身体に同化する。シグナムの桃色の髪が薄くなり、目も薄紫に変わる。鎧がパージされ肩が露出するノースリーブの鎧へと変化し、金色の手甲が現れる。背中に天使を思わせるX字状の焔の翼が出現した。

膨大な桃色の魔力が焔に変換し、噴火のような火柱が天に向かって伸びていき、リュウジンオーの前に熱を生み出す。

 

「…」

 

リュウジンオーと同じ地点まで上昇したシグナムは、レヴァンティンで火柱を切り裂いて彼と対峙した。

 

「流石に、洒落にならない火ですね」

「君なら熱くもなかろう」

「熱いものは熱いですよ。ここまでの火は見たこともないですから」

 

リュウジンオーはザンリュウジンをシグナムに向けると、右手を腰の魔弾キーホルダーに添える。シグナムも応えるかのように、レヴァンティンを横に構えた。

 

「…一撃で行きます」

「私も、全力でやらせてもらう」

「手加減は」

「笑止」

 

シグナムの言葉を最後に、彼等は口を閉ざす。今持てる最大の火力を放つ為に、最大級の魔法に全てをかけようとしているのだ。

 

「レヴァンティン」

『Schlange, beißen』

「ザンリュウジン」

「アーチェリー・ファイナルキー」

 

レヴァンティンを蛇腹剣に変形させ、天を昇る龍のように展開させるシグナム。ザンリュウジンの口に魔弾キーを差し込み、アーチェリーモードに変形させるリュウジンオー。

 

 

「炎閃…」

「リュウジンオー、ザンリュウジン、デルタシャドウ」

 

レヴァンティンの分裂した無数の刃に炎がエンチャントされる。ザンリュウジンの口、射撃口に雷撃魔法が満たされる。

 

「烈火!」

「3体の力を1つに」

 

レヴァンティンを背中側に大きく引き、上半身を捻りに捻る。ザンリュウジンの後部に置いた手を、耳元まで引き絞る。

 

「「火龍」」

「三位一体」

「「一閃❗️❗️」」

「三位一体・ザンリュウジン・乱撃‼️」

 

払い切りをするかのように、レヴァンティンを振り払うシグナム。ザンリュウジンから雷撃の弓矢を放つリュウジンオー。

両者が放った魔法攻撃は、正しく最大級である。焔の竜巻と化した蛇腹剣と、雷鳴と電撃を撒き散らしながら直進する弓矢。2つが正面からぶつかるまでの凡そ1秒にも満たない時間は、遠目から眺めるだけしかなかった管理局の面々をして言葉を失わせる。

 

比類なき魔法の衝突は、神話上の唄が如き一種の神々しさがあった。空を塗り替えるような波動が、衝突点のたった一点から解き放たれる。

焔と雷が入り混じり一つの光球と化して、緑豊かな森林を焼き尽くしていった。元凶たるリュウジンオーとシグナムも呑み込んだ火球は、両者の肌を鎧と魔壁の上から容赦なく焼滅させる。

 

「うおおおおお!?、」

「ぐうううう!?!?」

 

火球はだが1分も維持されなかった。線香花火のように燃え尽きた火球が遺したのは、無惨な戦士の姿のみである。

シグナムは頬や肩に火傷痕がくっきりと見え、スカートや髪留め挙句は右半身の鎧が焼け爛れたように破損していた。数分前までの背筋が伸びた姿を魅せていた彼女は、上半身を支えきれない生まれたばかりの子羊のように、膝を崩してしまう。

 

「っ…」

 

自由落下する肉体が地面に叩きつけられると、彼女の口から血が滲み出ていた。ユニゾンが強制解除され、全身血だらけのアギトが彼女の肩に寄りかかる。相棒を片目で見遣りながら、それでもシグナムはリュウジンオーを睨みつけていた。

リュウジンオーは一見すると傷は一つもついていないように見える。

 

「…」

 

リュウジンオーの身体からデルタシャドウが離れ、何処かへと飛び去って戦場から去っていった。リュウジンオーは地に脚を下ろすと、脚を一歩前へ踏み出す。

シグナムの手にあるレヴァンティンは、通常の片手剣の状態に戻っていた。彼女がレヴァンティンを支えにして、何とか上体を起こそうとする中、リュウジンオーは焦らすように近づいてくる。

 

 

(…ここまでダメージが残るとは、な)

 

頭が揺れ、腰に力が入らない。解けた髪が視界に入り、目障りだと思うけれど退けるのも面倒である。脚元の石や草がぼやけて見え、ハッとすると鮮明に映るなんてことを、何度も繰り返していた。

シグナムはレヴァンティンの剣先を地面に擦りつけたまま、自嘲気味に笑みを漏らしている。週刊誌に勝手な特集を組まれるほど可憐な彼女が、穴の空いた服を最低限といった具合に服として着ているような、目を塞ぎたくなるほどの格好をしているのだ。当然であろう。

 

だが自嘲なのだろうか。彼女は確かに笑っているが、負の感情が本当にあるのだろうか。彼女の本心は彼女しか知り得ないが、彼女を知るものからすれば被りを振るだろう。

シグナムは困難になればなるほど、自分が追い詰められるほどに己が心を激らせる、生粋の戦士である。

 

(あと、一回)

 

火龍一閃にカートリッジを使い込み、残る残弾は僅かに一つ。身体のことを考慮すれば、技を一つ放てるかどうか。

 

(…全く。また主に怒られるな)

 

肉を切らせて骨を断つ。生粋の戦士であるシグナムがしばしば選択してしまう戦法。危険を顧みない、いや顧みないからこそ得られる決死の一撃。戦士が夢見る、夢想の一手。

 

(本当に、怒られる)

 

脳裏に浮かぶ、我が主。命を賭して守ると誓った人に心で詫びて、女剣士はいざ行かん。

 

 

リュウジンオーは何も言わず、ただ走り出した。傷がないように見えても、不器用な走り方を見れば満身創痍であることは必然である。彼の渾身の一撃。避けるが最良だが厳しい、ならば。

 

(我が心。不変にして流転する)

 

正眼に構えんとしていたレヴァンティンを、鞘に納める。腕に力は無く、手もただ添えるのみであった。

 

想うは水。水平線の広がる、自然の源。

 

あらゆる音が、水面の上を過ぎゆく。

 

聞かんとするは、ただの一音。

 

「アックス… ファイナルキー!」

 

空が疼く。一点に集まる空が、女剣士を見定めた。

 

「ザンリュウジン…乱舞!」

 

そして、水面に雫が垂れん。

 

 

『煌牙 』

 

天を裂く、焔の斬撃だ。空間を焔が無理矢理開こうとするかのような、洗練された一刀である。リュウジンオーの身体にくっきりと残る斬撃痕は、黒く焦げた跡すら残っているのだ。シグナムの一閃は、覆面の騎士を葬るに十分過ぎる烈撃である。

 

膝を突き倒れ込むリュウジンオー。

 

彼が動かなくなると、黒いラバーのような装いの後頭部に、シグナムは言葉を遺す。

 

「最後の一撃、届いていたぞ」

 

彼女が一言言うと、左肩から鮮血が迸った。滝のように流れ出る血は、焼き焦げた地面を赤く染めていく。両膝を突き力尽きるシグナムは、薄れゆく意識の中で、リュウジンオーの身体が光り、子供のようになっていくのを、ぼんやりと認識していた。

 

 

 

 



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