高咲兄妹とスクールアイドルの輝き (Ym.S)
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特別編
中須かすみ誕生日記念回


はいどうも!
今回はかすみん誕生日回ということで!
まだ本編では出てないですが、書いてみました!
ではスタート!


 

 

 

 俺がスクールアイドル同好会のサポートを始めてしばらく経ったある日の昼休み……

 

 

 

「ふぅ……疲れた〜」

 

 さて、あの子の元に行こうか。

 

 そうして俺は机から立ち上がり、教室の出口へ向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 うーん……! 午前中もかすみんは頑張った頑張った〜

 

 

 もう、先生が言ってること、難しすぎて分からないよぉ〜

 

 

 

 そう考えていると、

 

 

「かすみちゃん! 外で先輩が呼んでるよ?」

 

 

「え? ……あっ!」

 

 かすみんが廊下の方を見てみると……なんと、徹先輩が来てたんです! 

 

「は〜い! 今行きますよ〜♪」

 

 徹先輩は優しくて頼りになる先輩! そして、スクールアイドルであるかすみんのマネージャーの一人なのです! 

 

 

 そんな先輩があっちから来てくれることはあまりないから、今私、大興奮してます!! 

 

 

「徹せーんぱい♪ どうしたんですか、珍しくここまで来て? ……まさか、かすみんの可愛い顔が見たすぎて来ちゃったんですかぁ?」

 

「おう、まあそれも間違ってはいないね。かすみちゃんは可愛いからな。あと、かすみちゃんに用があって来たんだ」

 

 

 ……もう、徹先輩はそういうことを平然と言うんですから……恥ずかしいですぅ……

 

 

「そ、そうなんですか……そ、それで! 用って何でしょうか?」

 

 

「あぁ、週末って空いてるか? もし良ければ一緒にどこか行こうかと思ってるんだが」

 

 

 ……! これはもしかして、初めてのデートのお誘い……!? 

 

「はい! 空いてます!! 一緒に行きたいです!」

 

「よし、じゃあ決定だな」

 

「楽しみにしてますね!」

 

 はう〜♡ 徹先輩とデート……もう待ちきれません!! 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 どうも、高咲徹だ。

 

 あの後色々とかすみちゃんと話し合った結果、遊園地に行くことになった。

 

 ……なんだかんだでかすみちゃんとどこかにお出かけするのは初めてなんだよな……緊張する。

 

 そんで今、待ち合わせの場所に来てかすみちゃんを待っている。

 

「ごめんなさい〜、ま、待ちましたか?」

 

 かすみちゃんは少し小走りしてやってきた。

 

「ううん、俺も今来たところだ。少し息整えたら行こうか?」

 

「はい!」

 

 

 ────────────────────

 

 

「いや〜楽しみだな。かすみちゃんは割と遊園地に行ったりするのか?」

 

「そうですねぇ、人並み以上は行ってると思います!」

 

「そうなんだな……って、あら? かすみちゃん、なんか目の下にくまが出来てない?」

 

「えっ!? そ、そんなことはないと思いますよー……あはは〜……」

 

 

 かすみは徹への視線を逸らしながら苦笑いをした。

 

 

「……もしかして昨日眠れなかった?」

 

「……はい、今日遊園地行けるんだーって思うと眠れなくて……」

 

 

 恥ずかしさからか、かすみは俯きながら頬を赤めている。

 

 

「……そうか。それくらい楽しみにしてくれてたんだね、嬉しいぞ」

 

 すると、徹はかすみの頭を撫で始めた。

 

「あっ、はい……!」

 

 

 彼女は頬をピンク色に染めた。

 

 

「……よし、まずどこのアトラクション回る?」

 

「そ、そうですね! じゃあ……」

 

 

 ────────────────────

 

 

 かすみんが一番最初に選んだアトラクションはぁ……! 

 

 

「うぉぉ!? かすみちゃん! かなり回すな!?」

 

「ふっふっふ、かすみんコーヒーカップ回すのには自信があるんです! さあ、もっと回しますよ〜!」

 

 

 そう! コーヒーカップです!! 遊園地の定番ですね。最初のうちはとっても楽しかったんですが……

 

 

「……よし、じゃあ俺も本気を出すぞ! そりゃ!!」

 

「ひゃあ!? て、徹先輩!? 回しすぎですよ!! うわぁぁ!」

 

 

 徹先輩本気出しちゃいまして、結局……

 

 

 

 

「うわぁ……すげぇ酔ったわ……うっぷ」

 

「はい、かなり酔いましたねぇ……」

 

 

 徹先輩とかすみん共に酔っちゃいました……

 

 

「すまんな、お詫びに飲み物買うよ」

 

「あっ、はい……お願いします」

 

 徹先輩が飲み物を買って、二人で近くのベンチに座りました。

 

 

 ……ていうかかすみん、ちゃっかり徹先輩に奢らせてるじゃないですか!?

 

 私自身も断る余裕なかったので仕方ないとはいっても、なんか申し訳ないですぅ……

 

 

 そう思いながらも、徹先輩が買ってくれた飲み物を飲みました。

 

 

「ふぅ、少し楽になってきました〜」

 

「だな……ん、かすみちゃん、その髪飾り少しずれちゃってるわ」

 

「えっ!? そうですか!?」

 

「あぁ、俺が直すよ。じっとしててね」

 

「は、はい……」

 

 徹先輩がそう言って、かすみんのキュートな髪飾りを直そうとして……

 

 

 ……って顔が近い!? 

 

 どうしよう……凄くドキドキしてきましたぁ……

 

 

 それにしても徹先輩、間近で見るとカッコいいなぁ……

 

 

「よし、これでいいな……ん? どうした、顔を赤くして」

 

「……え、あ、はい! な、何でもないですよぉ!?」

 

「? そ、そうか……」

 

 

 もう……そういうところ先輩鈍いんですからぁ……

 

 まあ、そんな先輩が好きなんですが……

 

 

 そんな感じでこの後色々アトラクションをまわり、遊園地を満喫しました! 

 

 

 ────────────────────

 

 

「……ん、もうこんな時間か。少しお土産コーナー見に行こうか!」

 

「はい! どんなものがあるかな〜♪」

 

 

 そろそろ日が暮れるくらいの時間だった。二人はお土産コーナーに向かい、どんな商品があるかを見た

 

 すると、

 

 

「わぁ♪ このぬいぐるみ、凄く可愛いです! かすみんには負けますが!」

 

 そこには熊のぬいぐるみがあった。

 

「お、それ気になるのか?」

 

「あ、はい!」

 

「じゃあそれ貸して」

 

「……? はい、どうぞ」

 

「うむ……すいませーん、これください!」

 

 すると徹はレジのカウンターに行き、そのぬいぐるみを買った。

 

「えっ!? ちょ、徹さん!?」

 

 かすみは突然の予期せぬことに驚いていた。

 

「よし、買ってきたぞ。じゃあはい、これ、プレゼントだよ」

 

「あっ、はい……でも、なんか申し訳ないですぅ……」

 

「いいんだよ。かすみちゃん今日誕生日だろ? しずくちゃんから聞いたよ。誕生日おめでとう、かすみちゃん」

 

 

「……! はい! ありがとうございます!!」

 

 かすみは、少し涙ぐんで頬を赤くして笑顔でそう言った。

 

「……あら? かすみちゃん泣いてる?」

 

「えっ!? いや泣いてないですよ!」

 

「えー本当〜? 恥ずかしがっちゃってこのこの〜」

 

「あ〜ん、やめてくださいよ〜!」

 

(ホントは徹先輩とデート出来ただけで十分だったんだけど……このぬいぐるみ! 一生大事にする!!!)

 

 この時、かすみは徹へ恋心を抱いているということに気づいたのであった。

 

 




はい!こんな感じで!
うーむ、本編だとまだあまりイチャイチャ要素なかったので、こういうのを書くのが少し難しかったです
あと……やっぱりかすみんは可愛い!!早く本編で出したい!!
ではまた次回もお楽しみに!
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エマ・ヴェルデ誕生日記念回

どうも!
今日は番外編!エマちゃんの誕生日回です!
ではどうぞ!


 

 冬の終わりが見えそうでまだまだ寒いある日のこと……

 

 

 

「ふー、着いたな」

 

「あっという間だったね〜」

 

 

 

 高咲徹とエマ・ヴェルデはある場所に来ていた。

 

 

 

 

「今日は誘ってくれてありがと〜、徹くん!」

 

「ううん、こっちこそ、誘い受けてくれてありがとな」

 

 どう言う経緯でこうなったかというと……

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ふむ。エマちゃんが楽曲作りで躓いてる、か……」

 

「そうなのよ。なんか最近パッとしなくてね……」

 

 果林ちゃんが相談を持ちかけてきた。

 

 まあ確かに俺もそんな感じがしてたんだよな。俺が話しかけても反応が遅くなってるし。

 

「うーむ……どうすればいいんだろうな」

 

「そこでね、徹にお願いしたいことがあるのよ」

 

「ん? お願い?」

 

「ええ。エマにリフレッシュしてもらうためにどこか連れて行って欲しいのよ」

 

 リフレッシュか……確かに、煮詰まっている時に一旦頭をリセットしてリフレッシュさせるっていうのは良いかもしれないな。

 

「なるほどな。あ、でも果林ちゃんは来ないのか?」

 

「私? 私は行かないわ……エマ、来週誕生日なんだし」

 

「へぇ、エマちゃん来週誕生日なんだな! ……って誕生日だからってなぜ来ないんだ?」

 

 

 

「……はぁ……まったく、こういう時だけ鈍感ね……」

 

「???」

 

 

 何だか俺、呆れられちゃってるような……? 俺はそのような言動をしたつもりがないし、一体何故だ……?

 

 

「と、とにかく! 私は行かないから、エマと二人で行ってきて!」

 

「お、おう、分かった……」

 

 

 突然の剣幕に、ただ頷くしかなかった。

 

 ……なんか釈然としないが、何か訳があるんだろうな。

 

 

 

 ……そうすると、どこ行こうかな……エマちゃんって確か自然が好きだっけ? それに彼女の故郷・スイスはアルプス山脈があるから、山は彼女にとって親しみがあるだろう。

 

 

 だったら……あそこに行こう。

 

 

 ────────────────────

 

 

 こんな感じで、徹がエマを山登りに誘い、今に至る。

 

 

「ねぇ徹くん、今私たちはどこに向かってるの?」

 

「あぁ、ケーブルカーの乗り場だよ。それ使って山の半分くらいの所まで登るんだ」

 

 

 奥ゆかしい建物が並ぶ通りを歩く中、エマが出した疑問に答える徹。

 

 

「なるほどね〜 ケーブルカーに乗るなんて久々だな〜!」

 

「あ、そうか。スイスにもケーブルカーあるんだっけ?」

 

 

「うん! 確か世界一急な勾配を登るケーブルカーだって聞いたことはあるよ!」

 

「世界一か……それにしてもスイス……行ってみたいな〜……」

 

 

 彼女の母国であるスイスの話を聞き、徹はスイスに対して関心が湧いた。

 

 

「ふふっ、徹くんが来たらうちの家族のみんな紹介するよ! あっ! あとネーヴェちゃんも!」

 

「あぁ、話によく出てくるヤギのネーヴェちゃんね。どんな子か気になるな〜」

 

 普段の日常の会話の間で、既にエマの実家で飼っている山羊の存在を、徹は聞いていた。 

 

「とっても可愛い子だよ! 徹くんが撫でてあげたら、きっと喜ぶよ〜」

 

 そんな感じで二人で話しながら歩き、ケーブルカーに乗った。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 チャオ〜、エマです! 

 

 今日は徹くんが山登りに誘ってくれて、今その山のケーブルカーに乗って山を上がってきたよ〜

 

 それでね、日本のケーブルカーって見える景色がスイスのとは違って、乗っててワクワクした! 

 

「よし、ここから少し自分の足で登っていくぞ」

 

 ここから登るだね〜……わー、楽しみ! 

 

 

 ……あっ……くんくん……

 

 

 何か良い匂いがする……

 

 

「ん? どうしたエマちゃん……? ……あっ、もしかしてあの天狗焼きか?」

 

「えっ!? ……う、うん……」

 

 

 へぇ〜、あれ天狗焼きって言うだね〜……甘い匂いがして美味しそう……! 

 

 

「……もしかして、食べたいのか?」

 

「……」

 

 思わず食欲に負けて頷いちゃった……やっぱり美味しいものをたえにしたら勝てないね! 

 

 

「よし、じゃあ登る前にちょっと食べていこうか!」

 

「……! うん!」

 

 わ〜、どんな味なのかな? 中身は何が入ってるんだろう……? 

 

 

 

 

「あっ、ちなみに今日は食費とか全部俺が払うよ」

 

「えぇ!? そ、それは申し訳ないよ! 私も払う!」

 

 

 いきなり徹くんこんなこと言うから凄いびっくりしちゃった。流石に徹くんにそこまではさせられないよ……

 

 

「いーや、大丈夫だ! ……来週エマちゃん誕生日なんだろ? だから、今日はそれくらいしてあげたいんだ」

 

「でも……」

 

 わ、私の誕生日を知ってたんだね……もしかして、果林ちゃんから聞いたのかな? 

 

 でも、それでも申し訳ないよ……いつも徹くんには相談に乗ってもらってるし……私、何も出来てないから……

 

 

「……それにな、エマちゃんには色々と感謝してるんだ」

 

「……えっ? わ、私そんなに感謝されるようなことした……?」

 

 

 思い当たることがなくて、少し困惑しちゃう私。

 

 

「あぁ。普段から俺が少し弱音を吐いた時に大丈夫って言って安心させてくれるだろ? あれ、ホント助かってるんだよ。なんか、エマちゃんがそう言ってくれると本当に安心しちゃって、気持ちが楽になるからさ」

 

「そ、そうなのかな……?」

 

 

 私はただ、弟たちにしてあげてたことを徹くんにもしてあげてるだけなんだけどな……

 

 

「うん、だからエマちゃんが誕生日近いっていうこの時に、お礼をさせてほしいんだ。これは俺の頼み事だ」

 

 

 ……もう、徹くんったら、いつも優しいんだから。

 

 

 ……何だろう、胸がドキドキする……

 

 

「……じゃあ、お言葉に甘えるね」

 

 

 

 ……そんな感じで、徹くんと二人でその天狗焼きを食べました! 

 

 中身は餡子なんだね〜、それに焼きたてだから生地がカリカリしててとてもボーノだったよ〜! 

 

 

 また、二人で食べに行きたいな〜! 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 はあ……やっと頂上についたな。

 

 あ、どうも、高咲徹だ。

 

 たった今俺とエマちゃんは山の山頂についたところだ。

 

 まあ山登りと言っても別に獣道を歩いてきたわけじゃない。普通に舗装されてて、人通りも多い登山道だ。

 

 獣道なんて、そんなところをエマちゃんには登らせられないからな。

 

「着いた〜、何か話してたらあっという間だったね〜」

 

「そうだな……あっ、ほら、山頂の景色を見てみ?」

 

「えっ? ……ふわぁ……!」

 

 

 そこには、思わず感嘆の声を出してしまう程の雄大な景色が広がっていた。

 

 天気が良いので、景色の奥の方には都会の高層ビルやタワーも見える。

 

 しかし、お台場から1時間半でこれだからな……割とこういう場所って身近なんだな。

 

「凄く綺麗な景色だよ、徹くん!!」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ここで、二人の会話が一瞬途切れた。

 

 二人とも美しい景色に心を奪われているのだ。

 

 すると……

 

 

 

「そういえば果林ちゃんから聞いたよ。曲作りで行き詰まってるって?」

 

 

「えっ? ……うん、何か考えれば考えるほど分からなくなっちゃって……」

 

 彼女は苦笑いをしながら言った。

 

「なるほどね……」

 

「……もしかして、今日誘ってくれたのって……」

 

「あぁ、少しリフレッシュが必要だろうと思ったからな。どうだ、今の気分は?」

 

「……うん! 何か吹っ切れた気がするよ!」

 

「そうか。それは良かった!」

 

「……徹くんは本当に優しいね」

 

「ん? ……俺が?」

 

「うん、いつも私たちのために行動してくれるもん。だから……ありがとう!」

 

 エマの真っ直ぐで純粋な目が、徹に向けられている。

 

 

「お、おう……なんか照れるわ……あっ、でもな? 今回誘ったのはそれだけじゃないんだ」

 

 

「えっ? そうなの……?」

 

 

「あぁ……エマちゃんと二人でお出かけしたこと無かったから、いつか一緒に行きたいなーとずっと思ってたんだ。だから、さっきのはそのきっかけに過ぎないよ……それに、エマちゃんのこと、もっと知りたいしな」

 

 

「ふぇっ……!?」

 

 

 徹が発した最後の言葉で、エマの頬は紅く染まった。

 

 

「……あっ、すまん! 変なこと言っちまった……」

 

 

 二人の間に少し気不味い空気が流れたが……

 

 

「……ううん、良いよ。また今度二人でお出かけしたいな」

 

「お、おう……そうか……じゃあ、またお出かけに誘うな」

 

「……! うん!!」

 

 

(果林ちゃん、果林ちゃんが言ってたあの気持ちってこのことなんだね……!)

 

 

 そう、この時エマは自分の心の中にある気持ちが芽生えたことを自覚したのであった。

 

 




今回はここまで!
まず、ご報告なのですが、この『高咲兄妹とスクールアイドルの輝き』のお気に入り登録数が100を突破しました!!まさかここまで伸びるとは思ってなかったです…作者の私もかなり驚いています笑
お気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます!!
それで、エマちゃんですが…もう、マイナスイオンパワーは半端ないですね…特に声が可愛くてもう癒しですわ…
ではまた次回!
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上原歩夢誕生日記念回

はいどうも!
今回は特別編!歩夢ちゃん誕生日記念回です!
本編の展開とは無関係です!
では早速どうぞ!


 日が沈んだ、お台場のあるアパートにて……

 

 

「「「お誕生日おめでとう!!!」」」

 

 

 この声と同時にクラッカーがパンっと軽く鳴った。

 

 

「ありがとう!」

 

 

 そう、今日は歩夢の誕生日である。アパートの一つの部屋であるここは彼女の家であり、その隣に侑と徹が住んでいる。高咲家と上原家は3人が小さい頃から交流があり、お互いが誕生日の日には、片方の家に集まって一緒にお祝いをするのが恒例となっている。

 

 

「いや〜歩夢もまた一つ大人の階段を登ったんだね〜」

 

 

 歩夢のお母さんが感慨深そうに言う。この場には歩夢と侑、徹、歩夢のお母さんがいる。

 

 

「うぅ……歩夢……立派になったね……!」

 

「いや同い年でしょ侑ちゃん!? というか誰!?」

 

 

 侑が歩夢の成長に感動して泣くフリをするというボケをかまし、それに歩夢が的確にツッコむ。

 

 

「じゃあなんだ、『歩夢ちゃんはまだまだだな』とか言えばいいのか?」

 

「もー! そういうことじゃないですよ! 徹さん!!」

 

 

 それに便乗するかのように徹もボケて、即座にツッコむ歩夢。

 

 

「ははっ、冗談だって。すまんすまん」

 

 

 そう徹が言うと彼は歩夢の頭を撫でる。

 

 

「も、もう……」

 

 歩夢の頬がピンク色に染まる。徹の頭を撫でるという行為には逆らえなくなっているのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 こんばんは! 上原歩夢です! 

 

 みんな知ってるかもしれないけど、今日は私の誕生日なんだ。

 

 誕生日って一年に一回は必ず来るよね。私ももう17回……かな? それくらい誕生日を迎えてきたんだけど……私ね、今年はその中で一番充実してるんじゃないかなって思うんだ。

 

 もちろん、去年までと同じく侑ちゃんと徹さんが家に遊びに来て祝ってくれてるし、それだけでも嬉しいなーって思ってるのは本当なんだよ?

 

 でも、私がスクールアイドルを始めて、二人だけじゃなくて、みんなから祝ってもらった。愛ちゃん、せつ菜ちゃん、かすみちゃん、しずくちゃん、璃奈ちゃん、彼方さん、果林さん、エマさん……みんなからお祝いとプレゼントを貰ったんだ。

 

 今までみんなから盛大にお祝いされることはなかったから、正直戸惑いがあったりしたけど……でも、とても嬉しい。

 これも、みんなを支えてくれてる侑ちゃんとてっちゃんのおかげだね。

 

 ──あっ、てっちゃんっていうのは徹さんの渾名だよ。今は本人には使ってないけど……

 

 

「あっ、ちょっとトイレ借りてもいいですか?」

 

「えぇ、いいわよ。いってらっしゃい」

 

 そう考えてると、侑ちゃんがお手洗いに行った。今この場にいるのは、私とてっちゃんと私のお母さん。

 

その後少し沈黙が続いたんだけど、一番最初に口を開いたのは私のお母さんだった。

 

 

「……ねぇ、少し前から気になってたんだけど……あなた達ってもしかして付き合ってたりするの?」

 

 

「「えっ!?!?」」

 

 

 ちょっと!? お母さん!? 

 

 私はお母さんの予想外の問いかけに固まってしまった。

 

「ど、どうしてそう思われたんですか……?」

 

 徹さんが恐る恐るお母さんに聞いた。こんなに焦ってるてっちゃんを見たのは久々……なんか嬉しいかも。

 

「え? ……だって、歩夢がスクールアイドルを始めてから、徹くん今まで以上の頻度でうちに来てたし、それに……なんだか良い感じの雰囲気に見えたから♪」

 

 そ、そうなのかな……? 

 

 

 徹さんと付き合う……徹さんとデートに行ったら楽しいだろうな……

 

 

 

 

 ……って何考えてるの私!?

 

 

 私は頭を左右に振って煩悩を振り払おうとした。

 

 

 でも……徹さんは……私のことそういう目で見てくれてるのかな……? 

 

 

 この後お母さんに本当の事を話して、事は収まった。その話を聞いたお母さんはちょっと残念がってた。

 

 

 何だろう……最近徹さんのこと考えると胸がドキドキする……

 

 

 私の心の高まりは止まらなかった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ふぅ……久々に食べた食べた! 

 

 

 あ、どうも。高咲徹だ。

 

 今日は歩夢ちゃんの誕生日。俺と侑は歩夢ちゃんの家に訪れて、一緒に誕生日パーティーをしたところだ。

 

 

 そんで、侑は歩夢ちゃんにプレゼントを渡してから、そのまま風呂に入っている。

 

 ……あっ、ちなみに俺たち3人のうち誰かが誕生日の日は、片方の家に泊まるのが恒例となっている。なので、今回俺と侑は上原家にお世話になるわけだ。

 

 まあ、なぜこうなったかと言えば……俺たちがなかなか帰ろうと思わないからだな。小さい頃は侑が「やだー! 帰りたくない!」とか言ってたしな。今は流石にそれは無いから、わざわざ泊まる必要はないのだが、いつの日か恒例行事と化している。ほんと、世話してくれる上原家の皆さんには感謝しかない。

 

 

 ──しかし、今回はこのままおやすみ〜、とはいかない。

 

 

「歩夢ちゃん。少し話したいことがあるから、一緒に来てくれないか?」

 

「えっ……? あ、はい!」

 

 

 そう、歩夢ちゃんに話したいこと、そして……渡したいものがあるのだ。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ここは、3人が住むアパートの共用廊下。空気は夜のせいか少し肌寒く、ほんの僅かに潮の香りがする。

 

 徹は歩夢と2人っきりで話すためにここにやってきた。

 

 

「ふ〜……お台場の夜景は綺麗だな……」

 

 徹が共用玄関の塀に寄っ掛かり、外の景色を眺めて呟くように言った。

 

 

「そ、そうですね……あの、話って何でしょうか……?」

 

 

 すると、歩夢は少し戸惑いながらも、徹の隣に立って彼の方を向いた。

 

「うむ。色々伝えたいことがあってな」

 

 

 徹がこう言うと、少し間を空けてから話し始めた。

 

 

「今年……いや、正確には去年からか。歩夢ちゃんがスクールアイドルになって、俺が歩夢ちゃんたちのサポートをし始めて……今までの日常とはがらりと変わったよな」

 

「……そうですね! みんなと頑張って、ファンの人達に応援されて……毎日が充実して楽しいです!」

 

「そうか。改めてそれを聞けてよかった」

 

 

 歩夢が嬉しそうにそう話すと、徹は安堵した表情を浮かべてそう言った。

 

 

「……あのな。実は歩夢ちゃんがスクールアイドル始めてから、俺の中の歩夢ちゃんの見方が変わったんだ」

 

「えっ……? ど、どんな感じに!?」

 

 

 歩夢は驚きながらも、いい返答を期待しているのか、そう訊いた。

 

 

「えーっとな……スクールアイドルを始める前の歩夢ちゃんの印象はな……なんか、妹っぽい感じだな。守ってあげたくなる感じ……とかそんな風に思ってたんだ」

 

「そ、そうだったんですね……」

 

「あぁ……でも今は違う」

 

 

 徹は、隣にいる歩夢と向き合った。

 

 

「スクールアイドル始めてから、毎日の歩夢ちゃんの表情がより明るく見えたんだ。まあ色々あったけど……でも総じて見たら、自分から率先して活動に専念してて……俺、そんな歩夢ちゃんがとても頼もしくて、立派に見えたんだ」

 

「徹さん……」

 

 すると、歩夢は頬をほんのり紅く染めながら嬉しそうな顔をした。

 

「……それでな。そんな思いを込めて……俺からはこれをプレゼントするよ」

 

 すると、徹は片手に持っていた少し高級そうな袋から小さい紙袋を取り出し、歩夢に渡した。

 

「こ、これは……?」

 

「開けてみ?」

 

 歩夢がその紙袋を開けて、中身を取り出すと……

 

 

 それは、アクセサリーだった。

 

「これは、ヘアピン……?」

 

 そのヘアピンはピンク色のリボンの形をしている。

 

「うん。今までの誕生日プレゼントはなんか消耗品とかが多かっただろ? だから……さっき言った思いを込めて、歩夢ちゃんに似合いそうなアクセサリーを探したんだ。その……もし気に入らなかったら貰わなくていいぞ……?」

 

「……! ……ううん! とっても嬉しいです!! ありがとうございます!!」

 

 

「お、そうか。なら良かった!」

 

 

 歩夢は、貰ったヘアピンを両手で大切に持っている。

 

 

「あの……少し聞いてもいいですか……?」

 

 

 すると、歩夢が改まって徹に声を掛けた。

 

 

「ん? いいぞ。何だ?」

 

「その……徹さんは……私のことを()()()()()()として見てくれてるんでしょうか……?」

 

「……? まあそうだな、1人の女の子として見てるかな……?」

 

「……! ……そうなんだ……ふふっ♪」

 

 

「ん、どうかしたか? 歩夢ちゃん?」

 

「……なーんでもない! それより、そろそろ侑ちゃんも風呂出てるだろうし、家に戻ろう! ()()()()()!」

 

「あ、あぁ……そうだな……って今タメ口に……? それにその呼び方……!」

 

 歩夢は嬉しそうにスキップしながら自分の家に向かい、徹は昔の渾名を呼ばれたことに驚きながらも、彼女の後を追った。

 

 

 後日、歩夢があのヘアピンをつけて学校にやってきた時、それに気づいた同好会の仲間が徹を追及し、それを横で歩夢が手鏡を見ながらニヤニヤしているという状況になるのはまた別のお話……

 

 

 




はい!今回はここまで!
改めて、歩夢ちゃん、誕生日おめでとう!
歩夢ちゃんは主の推しキャラの一人です!
なので、少し力を入れて話を作ってみました!
いやー…ぽむちゃんが可愛いんじゃぁ…←
ではまた次回!
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桜坂しずく誕生日記念回

どうも!
今回は、しずくちゃんの誕生日特別回です!
それでは早速どうぞ!


 

 春らしい暖かさが本格的になり、桜も満開になる春真っ盛りのある日……

 

 

「よし、着いたな」

 

 

 高咲兄こと、高咲徹は普段いるお台場とは全く異なる場所にいた。

 

 

『鎌倉〜、鎌倉〜』

 

 

 そう、彼は今鎌倉にいる。丁度彼は乗ってきた電車から降りたところだ。

 

 

 鎌倉といえば、遠い昔に幕府があった場所として有名だ。たくさんの寺があり、観光地として栄えている。

 

 

 

 じゃあ、彼はただ観光をしに来ただけなのかというと……半分正解で半分ハズレといったところ。

 

 

 

「あっ、徹さん! よくお越しくださいました!」

 

 

 すると、駅の出口を出たところで、しずくがお出迎えをしてくれた。

 

 そう、彼がここに来た目的は、しずくに会うためである。

 

 彼女は普段、ここ鎌倉から約1時間半でお台場の虹ヶ咲学園まで通っている。

 

 

「よっ、しずくちゃん。……おっ、その子がオフィーリアちゃんか?」

 

 

 さらに、今日はしずくの飼い犬であるオフィーリアも一緒だ。

 

「はい! この子が私の自慢のオフィーリアです! 

 

 ……オフィーリア〜、この人が徹先輩だよ〜♪」

 

「そうか! オフィーリアちゃん、今日はよろしくな〜」

 

「ワン!」

 

 徹は微笑みながら、オフィーリアを撫で回す。

 

 すると、徹の喋りかけに反応するようにオフィーリアは吠えた。

 

 

「……あ、そういえば今日はわざわざお迎えに来てくれてすまないな」

 

「いえいえ! 徹さんがわざわざここまで来てくださったのに比べたら、大したことありません!」

 

「あはは、ありがとうな」

 

 

 すると、徹はしずくの頭を撫で始めた。

 

 

「えへへ……♪ もっとしてください♪」

 

「欲しがりだな〜。いいぞ、ほらほら」

 

 

 しずくはとても気持ちよさそうな顔をしている。

 

 

 すると……

 

「……! ……そろそろ行かないか? 時間も有限だし」

 

「あっ……//そ、そうですね……! 行きましょう!」

 

 徹は何かに気づいて、咄嗟にそう声をかけた。

 

 しずくも我に返ったように元の調子に戻った。

 

 

 それから二人は最初の目的地に向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 皆さん、こんにちは! 桜坂しずくです♪ 

 

 今日はなんと、徹先輩が私の地元・鎌倉に訪れてきてくれたんです! 

 

 徹先輩は、侑先輩と共にスクールアイドル同好会を支えてくれる、とても優しくて、頼れる先輩です! 

 

 だから、そんな先輩が私の地元に遊びに来てくれたらいいな……と思ってて、誘おうと何度か試みをしたんですが、なかなか上手くいかなくて……

 

 うぅ……なんで上手くいかないんだろうな……///

 

 そう思ってたら、徹先輩の方から声を掛けてくれたんです! 

 

 私、とっても嬉しくて!! この日が来るのをずっと待ってたんです♪ 

 

 

「……あっ、見えましたよ! ここです!」

 

 

 ……あっ、今の私たちの状況について説明していませんでしたね。私たちは、今花見のスポットに着いたところです! 

 

 今日は桜が満開を迎えている上に幸運なことに天気も良くて、まさに花見にピッタリな日なので、つい先程徹先輩と話し合って花見することを決めました! 

 

 

「おぉ……凄い綺麗だな……」

 

 

 徹先輩も、桜の綺麗さに見惚れてるようです。

 

 

 

 

 ……先輩、カッコいいな……

 

 

「なあ、しずく……しずく?」

 

「ひゃ、ひゃい!! な、何でしょうか!?」

 

「あっいや……桜、綺麗だなって」

 

「あっ……そ、そうですね……」

 

 

 うぅ……恥ずかしい反応しちゃったよ……

 

 徹さんに見惚れてる場合じゃない、落ち着け私……! 

 

 

 

 ……徹さん、もしかしてこの後「しずくも綺麗だよ」とか言ってくれたりして……? 

 

 

 

 

 ……って何考えてるの私〜!! 

 

 

「……なあ、しずくちゃん。大丈夫か……?」

 

「えっ……? ……あっ、はい! 大丈夫です! 何もないですから!!」

 

「そうか……? ……あっ、頭に花びらがついてるよ?」

 

「えっ、ど、どこですか!?」

 

「あー大丈夫大丈夫。取ってあげるよ。少し動かないでいてね?」

 

 すると、徹先輩が私の目の前に来て……

 

 

 ……ち、近い……!! 

 

 

 徹さんが私の目の前に……! 

 

 あわわわ……! 

 

 

「よし、取れたぞ……ん? どうしたしずく」

 

「ふぇっ……? い、いえ! 別に何でもないです!」

 

「ホントか? 顔赤いし……熱でもあったら無理しない方が……」

 

 

 そうじゃないんです〜!! 

 

 

 もう……最近の私はおかしいな……徹先輩と一緒にいると、ドキドキしちゃう……

 

 私……本当に徹さんのことが……

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 よっす。花見を満喫中の高咲徹だ。

 

 今日は俺がずっと気になってた鎌倉にやってきている。

 

 

 なぜ気になったかというと、まあ色々理由はある。

 前しずくちゃんが鎌倉に住んでいるということを聞いたからというのもあるし、彼女がめちゃくちゃ愛してやまない飼い犬のオフィーリアちゃんもどんな子か気になったからっていうのもあるな。

 

 ……それにしても、鎌倉はとてもいい所だ。街並みに風情があっていい。

 

 それに何と言っても……桜がとても綺麗。

 

 なんなら横にいる桜坂しずくも……って何言おうとしてるんだ俺は……

 

 そんなこと俺が言ったら、本人に引かれるだろうが……

 

 

「先輩! そろそろお昼にしませんか?」

 

「ん? おぉ、もうそんな時間か。そうだな、じゃあ……そこで食べようか」

 

「はい♪」

 

 桜を見るのに夢中になっていたら、いつの間にか昼飯に丁度いい時間になってたようだ。

 

 

 

「さて、今日は私が弁当を作ってきました♪」

 

「いやぁ、何から何まですまんな」

 

「いえいえ! ……それより先輩! この私の自信作、食べて欲しいんです!」

 

「お、どれどれ……いただきまーす……んっ! 美味しい!!」

 

「ホントですか!? 良かった〜」

 

 

 これは美味しいわ……

 

 こんなに美味しい料理を作れるなら、しずくちゃんはいいお嫁さんになるだろうな……」

 

「……ふぇ……」

 

「……ん? ど、どうしたか?」

 

「せ、先輩のお、お嫁さんに……? あわわわ……」

 

「おーい、しずくちゃーん?」

 

「……はっ!? も、もう! 何でもないったら何でもないですよー!!」

 

「ちょっ、しずくちゃん!? どこ行くんだー!?」

 

 

 すると、しずくちゃんは顔を赤くして走り去ってしまった。

 

 追いかけなきゃ……それにしても、何だったんだろうか……? 

 

 

「……ワン!」

 

 すると、オフィーリアちゃんが弁当の近くに寄ってきた。まさか……

 

 

「ちょっ、それは食べちゃダメだぞー!?」

 

 そう言って俺はしずくちゃんが作ってくれた弁当を死守する。

 

 ……この状況、どうしたらいいのかな……あはは……

 

 

 ────────────────────

 

 

「ふぅ……楽しかったです! 今日はありがとうございました!」

 

「こちらこそ、しずくちゃんのおかげで楽しめたよ。ありがとな」

 

 

 太陽も西の空へ傾き、そろそろ沈む頃合い。

 

 徹としずくは今、鎌倉の海岸沿いを歩いている途中だ。

 

 夕日が反射して、海辺がキラキラと輝いている。

 

 

「……なあ、そういえば近日演劇部の公演で主役を務めるんだって?」

 

「あ、はい。今回も主演をいただきまして」

 

「おぉ、凄いな。今はセリフ合わせとかしてる感じかな? 調子はどんな感じ?」

 

「……それが、実はあまりうまくいってなくて……」

 

 

 しずくは少し暗い顔をして言った。

 

 

「おや、そうなのか。今回はしずくちゃんでも難しい話なんだな……」

 

 

 すると、しずくは少し考える顔をして……

 

 

「……あの、先輩!!」

 

「お、おう……何だ?」

 

「その……今から私と……セリフ合わせやってくれませんか!?」

 

「えっ、俺と……?」

 

「はい! ……先輩と一緒にやったら、何か分かる気がするんです……! ……ダメ、ですか……?」

 

 

 すると、しずくは上目遣いをしてそう問いかけた。

 

 

 

 

「……俺でいいなら、いくらでもやるぞ。んで、セリフはどんな感じなんだ?」

 

「……! ……ありがとうございます! セリフは……こんな感じで……!」

 

 

 すると、しずくは手持ちのバックから台本を出して徹に物語について語り始めた。

 

 

 この後二人は誰もいない砂浜に行って、日が暮れるまで練習を続けた。

 

 

 

 ちなみに……しずくは台本を持っており、そこには「恋愛物語」と書いてあったいう……

 

 

 




今回はここまで!
まず主から一言…
…前回の投稿から期間が空いてしまい、申し訳ございません!!
あまり本編の方の執筆が進まず、今回の話を作るのに時間をかけてしまいました汗
本編の方はこの回が投稿されてから出来るだけ早めに投稿しますので、よろしくお願いします
ではまた次回!
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宮下愛誕生日記念回

どうも!
今回は愛さんの誕生日回!本編との時系列とは関係はありません!
では早速どうぞ!


 

 

 

 

「じゃあ高咲くん、縦割りリレーお願い出来るかな?」

 

 

「あ、はい……わかりました」

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 どうも、希望通りならず若干落ち込みモードな高咲徹だ。

 

 

 

 ん? ……あぁすまん、何がなんなのかさっぱり分からないよな。

 

 

 説明すると、うちの高校・虹ヶ咲学園ではそろそろ体育祭があるんだ。

 

 それでさっき、クラスで誰がどの競技に出るかを決めていたってとこ。

 

 俺は足の速さには少し自信があるため、個人100m走に参加しようとおもっていた。

 

 

 すると、なんと100m走の希望者がうちのクラスではダントツに多く、定員を上回っていた。

 

 そこでじゃんけんを行うことになり、その時俺は呆気なく初戦で敗北したのだ。

 

 

 それでそんな俺はやむなく縦割りリレーという種目を選んだのであった……

 

 

 

 

 

 あ、縦割りリレーって何? って思う人もいるかもしれないので少し説明しとこう。

 

 

 簡潔に言えば、縦割りリレーというのは学年の違う人同士がバトンをパスするリレーのことだ。例えば、1年生の走者が次の2年生の走者にバトンを渡すといったことだ。

 

 

 リレーも悪くはないが、じゃんけんで負けたことも相まって凄いショックがデカい。

 

 

 まあ、落ち込んでても仕方ないな。さて、今度体育祭の練習があるみたいだから、それに向けて俺も少しイメージしとかないとな。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 さて、今俺は校内のグラウンドにいる。これから縦割りリレー本番に向けて初めての練習をするのだが、実はこの時に誰からバトンタッチを受けるかが分かる。

 

 これが知ってる人とかだと助かるんだけどな……

 

 

 

 俺が2年生、または1年生で知っているのは……同好会のメンバーとかかな。まあ、当たる確率は極小と言ってもいいだろう。

 

 

 さて、俺の名前が呼ばれた。どんなメンバーになるかな……

 

 

「あれ!? てっつー!?」

 

 

 ……えっ、その声は……!? 

 

 

「あ、愛ちゃん!?」

 

 

 なんと、リレーのメンバーの中に愛ちゃんがいた。

 

 

 しかも、順番的には俺の前のランナー、つまり俺が愛ちゃんのバトンを受け取る形になる。

 

 

 それにしてもこんな偶然があるんだな。

 

 

 ……何だか、こうなると縦割りリレーになって良かったと思うな。

 

 

 

 

「よーし! てっつー、お互い助け()()で頑張ろ! ()だけに!」

 

 

「くくっ……だな! 他のチームには()()ぃがここは俺たちがナンバーワンだ! 縦()()だけにな!」

 

 

「くっ……あははは! てっつー上手い!」

 

 

 

 

 よっしゃ、愛ちゃんを笑わせることが出来た。

 

 

 最近だと、愛ちゃんと会話しているおかげか、ダジャレセンスが大分磨かれて気がする。

 

 

 今までは、大体俺が笑わせられる一方だったのだけど……お互い笑わせ合えるのがやっぱり一番楽しいね。

 

 

 てな感じでお互いテンションを高めたところで、練習が始まった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ちーっす! 愛さんこと、宮下愛だよ! 

 

 

 今愛さん、縦割りリレーに向けて色々練習しててね、今は束の間の休憩中ってとこ! 

 

 

 いや〜、今まで小学校の運動会とか、中学の体育祭とか、その度に予行練習はやってきてはいたんだけど、正直今回の練習は今まで以上に楽しいかも! 

 

 もちろん、今までも練習中にちょっと友達と話したりして楽しかったのはあるんだけどね。あっ、もちろん練習はちゃんとやってたよ? 愛さん、そこら辺は抜かりなくやろうと思ってたから! 

 

 

 

 

 でもね、今がこんなに楽しいのは、てっつーがいるからだと思う。

 

 てっつーはね、一緒にいるとなんだか他の子と一緒にいる時にはない感情が浮かんでくるんだ。

 

 

 なんだか、胸がドキドキするんだよね。

 

 

 それにね……最近はてっつーのことを自然と目で追ってる気がする……

 

 

 ……あっ、てっつーがグラウンドで走ってる。

 

 

 彼が走る姿に、あたしは見惚れた。

 

 

 てっつー、カッコいいな……

 

 

 ……はっ!? また視線がてっつーに行っちゃってた……

 

 

 

 

 

 

 ……もしかしてこの気持ちって……そういうことなのかな……? 

 

 

 

 

 

 でも、平常心保たなきゃ! こんなのあたしらしくない! 

 

 よーし、体育祭に向けて、頑張るぞー!! 

 

 

 ────────────────────

 

 

「んー、いい天気になったな」

 

 

 徹がそう呟いた。

 

 時は経ち、体育祭当日となった。

 

 

 虹ヶ咲学園の体育祭には学生のほかに多くの観客が訪れていた。

 

 競技も順調に、スムーズに行われ、ついに徹と愛が出る縦割りリレーのプログラムになった。

 

 

 選手がグラウンドに入場し、最初のレースに出る選手は所定のポジションにセットした。

 

 ちなみに二人が出るレースはその一番最初のレースだ。

 

 

 順番としては、徹がアンカー、愛がアンカーの一つ手前だ。

 

 

「オンユアマーク……セット……」

 

 

 パァン

 

 

 ファーストランナーが走り出した。

 

 

 それから順調にバトンが繋がれ、愛と徹のチームは二位という好位置にいた。

 

 そしてついに、アンカー手前の愛にバトンが渡った。

 

 

「……っ!」

 

 

 愛は持ち前の身体能力を活かして、1位のランナーを抜き、差をつけた。

 

 

 

(……やっぱり愛ちゃんはすげぇわ)

 

 

 徹は心の中でそう思った。

 

 

「愛ちゃーん! 頑張れ──!!」

 

 

 観客席では、侑が全力で応援していた。

 

 

 愛が快足を飛ばし、ついにアンカーの徹にバトンが手渡す直前まで来た。

 

 

「……!」

 

 愛が約20m先にいる徹に目で合図を送る。

 

 

 徹が助走を始めた。

 

 

 そしてバトンが渡る……と思われたが。

 

 

「……てっつー! いk……ひゃっ!?」

 

 足を挫いたのか、愛が徹の目の前で倒れそうになる。

 

 

「……!? 危ない!!」

 

 それを見た徹は、即座に助走をやめ……

 

 

 

 

 

 

 

「間に合った……大丈夫か? 愛ちゃん」

 

 

 なんとか倒れる愛を受け止められた。

 

 

「あっ……ごめん! 速く行かな……」

 

 

 

 愛は徹に支えられながら、顔を上げたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……っ!? //」」

 

 

 

 

 そう、徹と愛の顔と顔が間近になっているのだ。

 

 

 

 

 つまり……互いの唇と唇の間がわずか数㎝、と言った状況である。

 

 

 

 

 これには二人とも固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、二人との間で時が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!!」

 

 

 

 すると、徹は愛の奥から2位のランナーが走ってくるのが見え、気を取り戻した。

 

 

「愛ちゃん! バトンを!」

 

「ふぇっ……? あっ! は、はい!!!」

 

 

 徹の言葉に目が覚めた愛も即座にバトンを手渡す。

 

 

 何とか2位のランナーに抜かされることなく、アンカー・徹はスタートを切った。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 結果、徹と愛のチームは何とか一着となり、そのまま決勝戦でもぶっちぎりのトップとなり、縦割りリレーで優勝を果たした。

 

「は〜、疲れたわ〜……」

 

 

 徹がそう呟いた。

 

 

「……」

 

「……ん? 愛ちゃん、どうしたそんな黙り込んじゃって」

 

「えっ……? あっ、何でもないよ〜、あはは〜!」

 

「……もしかして、さっきのこと、気にしてる?」

 

「……うん」

 

 

 愛が珍しくぼーっとしていた。

 

 

「あの時はすまん、俺反応が遅れちまったから愛ちゃんに声かけられなかった」

 

「い、いや! 愛さんだって、あんなドジかましちゃって、その上ぼーっとしちゃったからさ、こっちが謝るところだよ」

 

 

「いや、誰だって転ぶことはあるし、それをすぐにリカバーできなかった俺が悪いさ」

 

「いやいや! ここはあたしだって!」

 

「いやいや! 俺が!」

 

「「……」」

 

 

 二人は黙り込んでしまった。いわゆる、気まずい空気ってやつである。

 

 

 

「……ねぇ、てっつー」

 

 沈黙の壁を破ったのは、愛だった。

 

 

「何だ?」

 

「さっきさ、その……あんな感じになったじゃん……?」

 

 

「あんな感じ……? あっ、あぁ、そうだな……」

 

 

「それでさ……あの時……どう思った……?」

 

 愛は頬を赤く染めながらも、そう訊いた。

 

 

「……えーっと……正直に言うとな……見惚れてたんだ」

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

 徹は顔を逸らし、愛にしか聞こえない程度の声で答えた。

 

 

 愛の頬はより赤く染まった。

 

 

「……そっか……えへへ……」

 

 

「ん? どうした?」

 

「なーんでもない! ほら! お昼の時間だから、一緒にお弁当食べよ!」

 

 

 

 愛の表情は、まるで太陽のように明るい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 ちなみに、この後同好会のメンバー、そして体育祭を見に来ていたお互いの両親と美里さんから、あの時のことで冷やかしを食らい、再び顔を赤くする二人なのであった。

 

 

 

 




今回はここまで!
この季節に運動会の高校があるみたいなので、運動神経が半端ない愛さんに丁度いいと思い、書いてみました!
…こんな美味しいイベントがリアルの私には…なかったですねorz
ちなみに徹くんは運動神経割と良い方です。
さて、本編についてですが、前の投稿から空いてしまったので、早めに出しますので、よろしくお願いします!
ではまた次回!
評価・感想・お気に入り登録・Twitterの読了報告お待ちしています!


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朝香果林誕生日記念回

はいどうも!
今回は果林ちゃんの誕生日ということで!特別回です!
では早速どうぞ!


 

 

 

「ふう、今日も終わった終わった。外はどうなってるか……うわ、嫌な感じの雲……」

 

 

 春から夏という季節に完全に切り替わり、湿気が高くなって汗ばむこの時期。

 

 

 どうも、梅雨のジメジメが苦手な高咲徹だ。

 

 

 今日の授業も終わり、そろそろ下校の準備をしようというところである。そう、普段は同好会の活動があるのだが、今日は久々に即帰宅するのだ。

 

 今日はどうやら学園内で大規模な消防設備点検があるらしく、どの部活動も今日は活動がない。まあ、同好会としてもこんな日はなかなかないから、休むという意味ではいいんじゃないかと思う。

 

 

 まあそんな訳で、俺はこの後フリーになるのだが……今教室から外を見ると、なんだか怪しい雲が見えててな。もしかしたら、これから雨が降るかもしれない。

 

 これから家に帰るところなんだけどな……今日は家でやるべきことがあって、どこかに寄り道することもなく帰宅するから、出来れば家に戻るまでは持ち堪えてほしい。

 

 そんなことを考えてたら、帰りのホームルームが終わった。一斉にクラスメイト達が席を立ち、荷物を持ってクラスの外へ向かおうとしている。

 

 さて、帰るとするか。

 

 

 俺は椅子から立ち上がり、バッグを取り出して教室の外へ出た。

 

 

 ────────────────────

 

 

 心を落ち着かせるような、水の滴る音が辺り一面から聞こえてくる。アスファルトが敷かれた地面からは、無数の白い飛沫がクリアに見える。

 

 

 そして今、俺は下校途中─────

 

 

 

 そう、結局俺は雨に遭ってしまったのだ。

 

 

 学校からその最寄り駅までは降らなかったが、家の最寄り駅に着いた頃には既に降り始めていた。しかも小雨程度ではなく、傘を差していないとすぐにずぶ濡れになってしまう程の雨だ。

 

 まあ、俺は幸い折り畳み傘を持ってたので、今それを差している。やはり、折り畳み傘は常備しておいて悪いことはないな。

 

 

 さて、そろそろ家に着くかな…………ん? 

 

 

 すると、家の共用玄関で雨宿りをする人が俺の目に入った。

 

 

 あれって……

 

 

「……あら、徹じゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね」

 

「よう……ってお前、服濡れてるじゃないか! そのままだと風邪引くぞ!?」

 

 

 果林の制服は、外見だけで濡れてることが分かってしまうほど濡れていた。傘を持っていない状態でこの雨に遭ってしまったのだろうか? 降り始めてからまだあまり時間が経っていないのが幸いだが、この時点でもそのまま彼女に傘を貸して見送るだけでは、その間に身体を冷やすことになり、高い確率で風邪を引いてしまうだろう。

 

 どうしたものか……

 

 

「えっ? ……あ、あぁ、大丈夫よ、平気平気……くしゅんっ」

 

「あぁ!? ほら、例え気温が低くなくても人は濡れると体温下がるんだからさ! ……よし、ここだと冷えるからうちに来い!」

 

「えぇっ!? ちょっと!」

 

 すると、俺は果林ちゃんの手を引いて俺の家に連れ込んだ。

 

 今の果林ちゃんのくしゃみで俺は察した。これはマズいと……この状況で、行動を躊躇している暇はない。

 

 彼女はかなり困惑しているようだが、俺は手を引くのを辞めない。これは果林ちゃんのためだからな……! 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 うぅ……こういう時徹は頑固なんだから……

 

 

 ……あっ、ハァイ♡みんな、朝香果林よ。

 

 

 今日は同好会の活動がなかったから、帰りにショッピングモールに寄って帰ろうと思ったのだけど、何故かそのショッピングモールに辿り着けなくてね……

 

 まあ、同好会の活動とかあって、最近なかなか行けてなかったからなのかしら。ついこの前まで毎日のように通ってたあのショッピングモールの行き方も忘れてしまったのよ。

 

 だからその……べ、別に方向音痴って訳じゃないのよ!? ホントだってば! 

 

 

 ……まあ、それはどうでも良いのよ。それで少し迷ってたら、雨が降ってきちゃってね。参ったわ……今日は折り畳み傘を持ってきてなかったのよ。家に置いてきちゃったかしら。ふふっ、今日の私はとことんツいてないわよね。

 

 

 それで屋根がある場所を探して雨宿りをしてたら、徹が来たのよ。

 

 そしたら、彼に凄い心配されて……今に至ってるわ。

 

 まあ、徹が心配性なのは知ってたけど、まさか家に連れ込まれるなんて思ってもみなかったわ……でも、これが不幸中の幸いね。

 

 

「よし、鍵、かぎ……あれ、どこだっけか……」

 

 

 徹がバッグのポケットに手を入れて家の鍵を探しているけど……ふふっ、見つからないみたいでかなり焦ってるわね。ちょっとからかっちゃいたいと思っちゃった♪ 

 

 

「……あった! ……よし、入って!」

 

「えぇ、お邪魔するわ……」

 

 

 徹に誘導される形で、ついに私は彼の家の玄関に足を踏み入れた。

 

 

 当たり前だけれど、徹の家に来るのは初めてなのよね……どうしてなのかしら、何だかそう思うと緊張してきたわ。

 

 そう思いながらも私は徹の家に上がらせてもらって、ソファに座った。

 

 最初は私が濡れてるから座るのを断ったのだけれど、徹が『いやいや! 果林ちゃんを立たせては置けないよ!』と言うものだから……

 

 もう、徹はホント優しすぎるのよ。

 

 それなのに結構からかってくることがあって、その度にイラっと来る時もあったりするし……もう、毎度彼に調子を狂わされてばっかりだわ。

 

 

「はい、タオルだ。あと冷えてるからカイロも必要かな……」

 

「い、いいわよそこまでしなくても! ……これで十分」

 

「ホントか? ……まあ、流石にカイロはこの季節には暑すぎるか……」

 

 

 でも悪い気はしないのよね、こうやって徹と一緒にいるの。

 

 

 ……あっ、このタオル、いい匂いだわ。これが徹の家の洗剤の匂いなのね。

 

 何故か私はそのタオルに顔を埋めて匂いを嗅いでいた。

 

 

 徹の匂い……

 

 

 ハッ!? ち、違うのよ! このタオルの洗剤がいい匂いだっただけであって、別にて、徹を意識したわけじゃないの!!

 

 

「ん? どうした、そんな顔を埋めて……」

 

「……なんでもないわよ」

 

「ん? ……よく見たら、顔も赤いじゃないか。もしかして、熱があったりして!?」

 

 

「ち、違うから! 本当に何でもないの!」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

 ……はぁ、ホント鈍感なんだから。

 

 

 でも、私はそんな徹のことが……

 

 

 ────────────────────

 

 

「……落ち着いたか?」

 

「……えぇ、何とか……」

 

 

 果林が濡れた体を拭き終わり、結局雨が止むまで家で待つことになった。

 

 

「……そういえば、侑は家に居ないの?」

 

「あぁ、どうやら同好会の二年生の子達と買い物行ってるらしくてさ。俺も一緒に行きたいって行ったら何故か断られたんだけど……」

 

「ふぅん……」

 

 

 果林は少し不機嫌そうに言った。

 

 

(私と遊んだことはあまりないのに……)

 

 

 果林は心の中でそう思った。

 

 

 

「それにしても、まさか果林ちゃんが同好会のメンバーの中で一番早くうちに来るとはな〜……」

 

 

「えっ、私が初めてなの……?」

 

 

「あぁ……まあ、妹である侑と幼馴染の歩夢ちゃんを除く、って感じかな」

 

 

「そ、そうなのね……」

 

 

 果林はどこか嬉しそうな顔をした。

 

 

「……あっ、虹だ」

 

 

「えっ? ……あぁ、ホントね」

 

 

 雨が上がったのか、外を見ると虹が掛かっていた。

 

 すると、徹が窓を開けてベランダに行き、それについて行く形で果林もベランダに来た。

 

 二人が隣り合って、ベランダの柵を両肘の支えにして、虹を眺める。

 

 

「……ねえ。虹を見てると、あの子達が思い浮かばない?」

 

 

 果林が徹にそう訊く。

 

 

「ん? ……あぁ、同好会のみんなな。そうだな、みんなそれぞれ違う色で、見てて飽きないんだよな」

 

「そうなのよね。私もそう思うわ」

 

 

 みんな違ってみんないい。それが似合う同好会の子達である。

 

 

「よし、雨が止んだことだし、そろそろ外出るか?」

 

「えっ? 何言ってるのよ徹?」

 

「ん……? どういうことだ?」

 

 

 

「こんな年頃の女の子を無理やり連れ込んで……ただで済むと思う?」

 

 

 

 果林は、大人っぽい色気を出しながらそう言った。

 

 

 

 

「えぇっ!? ……あっ……」

 

 

 すると、徹は青ざめた。

 

 

「ふふっ♪ 覚悟してよね、徹♡」

 

 

 

 そしてこの後……侑が帰ってくるまで普通に談笑していたとか。

 

 

 

 




今回はここまで!
果林ちゃんは割と異性に対しては乙女なのかもしれないという自分の妄想です。
あと宣伝ですが、活動報告を載せさせて頂きました。現在の近況について書いてありますので、ご一読して頂ければ幸いです。
では、また次回!
評価・感想・お気に入り登録・Twitterでの読了報告よろしくお願いします!


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優木せつ菜誕生日記念回

どうも!
今日は優木せつ菜ちゃんの誕生日!オリジナルストーリーを書いてみました!
では、早速どうぞ!


 

 

 ……暑い。

 

 

 最初の一言がこうなってしまうほど、暑さが猛威を振るっている今日この頃。

 

 学生である俺は夏休みを迎え、そろそろお盆が近づいているということで、世の中は帰省ラッシュに向けて色々と準備をしている、そんな時期だ。

 

 

 そんな真夏の最中、俺は今外で歩いている。

 

 日陰なんぞはどこにもない。強い日差しから逃げる術がなく、全身に光を浴びている。ホント、こんな灼熱で下手するとバテるぞ……いや、こんな思考をしてしまう時点でもうバテてるか……? 

 

 

「徹さん、大丈夫ですか? 水分補給だけでなく、塩分を摂ることも大事ですよ」

 

 

 そんな中でも、俺の隣を歩く容姿端麗な女の子、優木せつ菜、もとい中川菜々はまだ平気そうな顔でそう助言してくれた。

 

 

 ……そう、今日は彼女と一緒に海に遊びに行くのだ。

 

 

 俺が生徒会の手伝いをしてた時のことだ。菜々ちゃんとたまたま海と山どっちが好きかという話になったのだが、その時に菜々ちゃんの方から海に行きませんか!? と誘われたので、お互い都合を合わせた上で今に至る。

 

 今思えば、こういう『男女が共に真夏のプールに行く』というのは、ギャルゲーのイベントでよくあるシチュエーションだよな。なんだ、俺はギャルゲーの主人公的な体験をしてたりするのか……? 

 

 

 ……いやいや! 海に行くというのは、世間一般でも夏休みの間にする行事の中でも定番の行事だからな! それみたく何か進展があるとも思えん! 第一、菜々ちゃんにはもっと相応しい相手がいるはずだ。俺みたいな凡人とは不釣り合いだ。

 

 

「だよな……ありがと、菜々ちゃん」

 

 

 ……いやほんと、男である俺が先にバテてるなんて情けねぇな……今までにこの暑さに慣れておけばよかった。

 

 

 高2の時までの俺は、侑や歩夢ちゃんとたまにお買い物したり近場で遊ぶ日以外、家でほぼずっとゲームをしていた。エアコンかけてるから暑いこともなかったし、こんな夏休みもいいだろう、そう思っていた。

 

 でも、今は違う。同好会に入ってから、夏休みの過ごし方もガラッと変わり、スクールアイドルのために何かをすることが大半を占めている。そしてそれに加えて、主に同好会のみんなと一緒に外出することが多くなった。

 

 おかげでまだ夏休みは始まったばかりだが、とても充実しているように感じることができている。だから、俺をそうさせてくれた同好会のみんな、特にその同好会を立ち上げてくれた菜々ちゃんには、とても感謝している。

 

 

「いえいえ! ……あっ、徹さん! 見えてきましたよ!」

 

 

 おっ、やっと着いたか……

 

 

 ……ふぅ……よし! 

 

 せっかくの機会だ。熱中症にならないように対策するのは勿論だが、気持ちでも暑さに負けないようにして、思いっきり楽しむぞ! 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 どうも、優木せつ菜です! ……あっ、間違えた。今は中川菜々でしたね……

 

 

 今日は、徹さんと海に遊びにきました! 

 

 

 私が徹さんを誘った時から楽しみで仕方なくて……

 

 前日の夜は絶対に寝れないだろうと思いまして、早めに布団に入って寝ました! おかげで、目のクマもないです! 

 

 

 ……えっ? なんで優木せつ菜じゃないかって……? 

 

 

 あぁ、そうなんですよ。実は私が優木せつ菜の状態で人だかりに入ると、絶対誰かが気づくだろうと徹さんが言ってたので……

 

 

 今日は普段の私、中川菜々として行動しているんです。

 

 

 

 

 ただ、海で遊ぶ時は眼鏡を外します。色々身体動かして眼鏡を壊すリスクが高いでしょうから。

 

 

 私もこればかりは仕方ないなとは思うのですが、せつ菜の姿にならないと、「素」の私がなかなか出しにくいんですよね……

 

 

 なので、今は普段の生徒会長としての私のテンションに近いです。つまり、テンション控えめになっています。

 

 

 うーん……これじゃいつも徹さんと話してるアニメとかラノベのトークが出来ないですし……まあ出来ないことはないですが、盛り上がることは出来ないですね。

 

 でも、せっかく海に来たんですし、出来る限りテンションを上げて行きたいと思います! 

 

 

 

 

 ……あっ! そろそろ徹さんも着替え終わってて外で待ってるかも!? 

 

 水着に着替え終わって少しボーッとしてました! 急がないと! 

 

 

 慌てて更衣室を出ると、目の前に鏡があって、そこに私の姿が映りました。

 

 

 そういえばこの水着、気に入ってくれるかな……

 

 

 実は私、少し前に侑さんに水着を買うのに付き合ってもらったんですよね。

 

 その時に選んでもらったのが、黒を基調としてちょっと白い柄が入った水着です。

 

「これだったら絶対お兄ちゃん喜ぶと思うよ!」って言われたので、それにしたのですが……

 

 

 ……ううん、今更怯んではダメです。行くしかありません! では、いざ……! 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「お待たせしました〜! すみません、遅くなりました!」

 

 

「おう。ううん大丈夫、俺もさっき着替え終わって出てきたところだからな」

 

 

 菜々と徹はお互い水着に着替え、再び集合した。

 

 

「よし、じゃあ早速行くか!」

 

 

 そう言って徹が海の方へ行こうとすると……

 

 

「……あの!」

 

 

 菜々が彼を呼び止める。

 

 

「ん? どうした、何か忘れ物でもした感じ?」

 

 

「いえ、そうではなくて……何か一言ないですか……?」

 

 

「何か、一言……?」

 

 

 菜々の問いかけに対して、手を顎に当てて考える徹。

 

 ある程度待っても彼から返答が来ないので、意を決して素直に言葉を紡ぐ。

 

 

「そ、その……! この……水着……」

 

 

 

「……あっ! ごめんごめん! そういうことな」

 

 

 やっと徹は菜々の意図に気づいたようだ。彼は改めて彼女に相対し、せつ菜に素直な感想を伝えた。

 

 

「うん、凄く似合ってるし、可愛いよ」

 

 

「そ、そうですか……ありがとうございます……」

 

「おう」

 

 

 何の照れもない徹の率直な褒め言葉に、菜々は目を逸らして頬を赤く染めた。

 

 

 

 

「……さて、そろそろ行くか」

 

 

「は、はい……あっ、ちょっと待ってください!」

 

 

「ん? 今度はどうした?」

 

 

「……その、日焼け止め、塗り直したいんですけど……」

 

 

「……えっ?」

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「その……なるべく優しくお願いします……」

 

 

「お、おう……わかった」

 

 

 俺は今、酷く動揺している。

 

 

 日焼け止めを塗らなきゃと菜々ちゃんが言い出した時は、あぁ自分で塗るのかなとか思っていたが……

 

 

 まさか俺が塗ることになるとは……

 

 

 確かに、日焼けは女性、特にスクールアイドルみたいな公でパフォーマンスする女性の天敵だとよく聞く。

 

 だから、日が当たる部分は余すことなく隅々につけなきゃいけないのだろう。

 

 ただ、自分では塗れない部分、背中なんかは他の人に塗ってもらうしかない。よく考えたらそうだ。

 

 

 それで、今菜々ちゃんはビニールシートにうつ伏せになり、背中を塗るので水着の紐を解いている。少し恥ずかしそうな表情だ。

 

 

「じゃあ、行くぞ……」

 

 

「お願いします……!」

 

 

 俺は、菜々ちゃんの肌に日焼け止めを塗り始めた。

 

 

 ……あっ、ちなみに日焼け止めは塗る前にしっかり人肌で温めたぞ! よくありきたりなラブコメでは日焼け止めを温めずに塗って相手が驚いてしまうというシチュエーションがあるが、俺はそれを回避しようと思う。そこら辺の知識は一応あるし、しっかりやり遂げたいところでもあるしな! 

 

 

「んっ……」

 

 

 すると、菜々ちゃんが色気のある声を出してきた。

 

 

 いや……あかんて……色々とダメだって……

 

 菜々ちゃん、何がとは言わないがかなり刺激的なんだよなぁ……

 

 俺の何かが崩れ去る前に塗り終わらなければ。

 

 耐えるんだ……俺!! 

 

 

 

 

 そう思いながら日焼け止めを無事に塗り終わり、その後は思いっきり海で泳いだりした。

 

 

 しかし、俺には一つ引っかかることがあった。

 

 

 

 

 ……菜々ちゃん、少しテンションが低めな気がする。ここは学校じゃないし、いつものせつ菜ちゃんの時みたいにハイテンションでもいいはずなんだけどな……楽しめてるのか心配だ。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

「今日は楽しかった〜」

 

 

「そうですね、私も楽しかったです!」

 

 

 時間は一気に過ぎ、もう日が暮れようとしていた。

 

 

 海が沈む太陽の光に暖かく染まっていた。

 

 

「あら、よく周りみたらもう誰もいなくなったみたいだな。そろそろ帰るか」

 

 

「……」

 

 

「……菜々ちゃん……?」

 

 

 もう夜が近づいているからだろうか、今まで沢山いた海を楽しむ人達は、もう帰ったようだ。

 

 

 周りは徹と菜々以外、誰もいなかった。

 

 

 徹が帰ろうとすると、菜々は動かず、徹を真っ直ぐ見つめていた。

 

 

「……徹さん。最後に一つ、やりたいことがあるんですが、聞いてくれますか……?」

 

 

「あぁ、うん、いいよ。何をしてほしい?」

 

 

「あっ! いえ、徹さんにして欲しいことではなくて……あの、今周りに人がいないじゃないですか。なので……『優木せつ菜』になってもいいですか……?」

 

 

「……えっと……」

 

 

 徹は、菜々の行動の意図が掴めない状況である。

 

 

「やっぱり、私は『せつ菜』にならないと、素の自分が出せないんです。だから私、今日遊んでた時、物足りなさが出てしまって……」

 

 

「……! ……そうか、なるほどな。俺があの時提案した時はそこまで考えてなかった。ホント、ごめん」

 

 

「い、いえ! 徹さんも、私のことを思ってそう言ってくださったんですよね? それは嬉しかったですし、仕方ないことだと思います。だから……」

 

 

 菜々は徹の様子を窺いながら続けてこう言った。

 

 

「もう少し、一緒に遊んでもいいですか……?」

 

 

 

「……いいぞ。()()()ちゃんがそういうなら」

 

 

「ありがとうございます! では……っ!」

 

 

 すると、菜々は結んでいた三つ編みをほどき、伸ばして、右側をサイドテールにして結んだ。

 

 

「優木せつ菜! 変身!!」

 

 

 せつ菜は、ポーズを決めて徹に振り返った。

 

 

 

「……やっぱりせつ菜ちゃんが好きだな、俺は」

 

 

「? 今なんて言いましたか?」

 

 

「ううん、なんでもない。それより、そんな変身ポーズ決められたら、こっちも戦いたくなるな……! よし、今から水掛けあいごっこだ!」

 

 

「おぉ、いいですね! 優木せつ菜になった私は無敵ですよ!! さぁ、勝負です!」

 

 

「よし……じゃあ先制攻撃!! そりゃ!」

 

 

「きゃっ! ……やりましたね!! それじゃ私も! そーれ!」

 

 

「うおっ!? なかなかやるな! ならこっちは、連続攻撃だ!!」

 

 

 

 

 こんな感じで、二人は海辺でお互い悔いなく水をかけ合い、気がついたら夕日が沈んで真っ暗になっていたという……

 

 

 




今回はここまで!
菜々とせつ菜の両方が出てくるという話にしてみました!
情熱で笑顔が眩しいせつ菜も、クールで控えめな菜々も大好きです!
菜々とせつ菜しか勝たん!!
本編の方も早めに更新しようと思っていますので、よろしくお願いします!
ではまた次回!
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天王寺璃奈誕生日記念回

…また大変お久しぶりになってしまい、すみません汗
今日は、璃奈ちゃんの誕生日記念回を書きました!
ではどうぞ!


 

「よーし……そっちは大丈夫か、璃奈ちゃん?」

 

 

「うん。何とか順調に掘り進めてる」

 

 

 

 

 さてここで問題だ。今俺たちは何をしているでしょうか?

 

 

 

 ……これは流石に難問か。この会話だけを聞いて、『知らんがな』と思うのも無理はないだろう。

 

 

 どうも、絶賛作物収穫中の高咲徹だ。

 

 

 今俺はとある都内の畑にいる。今日は気温が低くとも、日差しがよく、ポカポカしている。お出かけ日和といったところだろうか。そんな中、農作業で使う手袋をつけて、土を掘っているところだ。

 

 

 今は食欲の秋。秋ももう終盤で冬が近づいているが、この作物はまだまだ旬である。

 

 

「それにしてもここのさつまいも、見たことないくらい大きいよな」

 

 

「そう、びっくりした」

 

 

 俺が再び璃奈ちゃんに語りかけると、うんうん頷きながらそう返してくれた。

 

 

 そう、ここはさつまいも畑なのだ。

 

 

 さつまいもは5月から10月下旬までが生育期間で、収穫時期は10月下旬から11月上旬まで。つまり、今が収穫時って訳だ。

 

 そこで、俺は璃奈ちゃんを誘ってここに来ることにした。

 

 

 しかし、俺の仲良い子の中には食いしん坊のエマちゃんや他にも行きたがりそうな子がいそうなのにも関わらずなぜ俺は璃奈ちゃんを誘ったのか。

 

 

 それは、もうすぐ彼女が誕生日を迎えるからだ。

 

 

 彼女が誕生日を迎えるのにあたって、「どこかお出かけしないか?」と俺から提案して、どこに行こうかと考えた。いつもだと、外出して遊ぶときはゲーセンが大半だったので、たまには趣向を変えてアウトドアなお出かけをしたいと思った。そして、今が旬のさつまいも収穫をしようという結論に至ったのだ。

 

 

 

「そういや、ほんとに持ってこなくて良かったか? あれ、璃奈ちゃんのアイデンティティみたいなものだよな?」

 

 

「うん、これでいいの。璃奈ちゃんボード持ってきたら作業が捗らないし、お荷物になるから」

 

 

 そう、今の璃奈ちゃんの手にはあの璃奈ちゃんボードがない。なんなら、

 持ってきてすらないようだ。確かにさつまいもの収穫には邪魔になるし、

 持ってこない方が身軽にはなるが……

 

 

「……それに、徹さんだったらボードが無くても私のキモチ、読み取ってくれるし」

 

 

「あぁ……まあな」

 

 璃奈ちゃんの考えてることって、表情には出ないけど口調とか身体の動きで割と分かったりするからな。最初会った時は正直、無表情であまり何考えてるか分からなかったりしたけど、しばらくコミュニケーションを取ってみるとそういうところに気づいてきた。今思い返してみると、璃奈ちゃんがボードを作る前から結構普通に意思疎通出来てたような気がする。

 

 

「……恋愛的なところは気付いてくれないけど」

 

 

「ん? すまん、今何か言ったか?」

 

 

「ううん、何も。それより、今日はいっぱい収穫して楽しみたい。璃奈ちゃんボード……あっ、今日は持ってなかった……」

 

 

 いつも通り感情を表現しようとボードを取り出そうとする仕草をした。所謂これは長期間で染み付いた癖といったところだろう。

 

 

「ははっ、やっぱり慣れないよな。ちなみに、今のは『璃奈ちゃんボード、やったるでー!』といったところかな?」

 

「……うん、ほぼ正解。流石徹さん」

 

「うむ、当たってよかった。よし、璃奈ちゃんの言う通り、今日は2人で目一杯楽しむぞ!」

 

 

「おー! ……あっ、徹さん、これ……かなりの大物……!?」

 

「えっ? どれどれ……うわっ、凄い重いなこりゃ……! よし、一緒に引っ張り上げよう」

 

「うん……!」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「はー……予想以上に取れたな!」

 

 

「うん、凄い豊作……!」

 

 

 おはこんばんにちは。私、天王寺璃奈。今日は徹さんと一緒にさつまいもを収穫してきたよ。

 

 

 ……あれ、何で「おはこんばんにちは」なんて挨拶使ったんだろう……ゲーム実況でもないのに……

 

 

 ……考えても仕方ない。そのことは置いとく。

 

 

 

 

 実はね、私もうそろそろで誕生日なんだ。人生で16回目の誕生日。もうそんなに回数を重ねたんだね……あまり実感ない。

 

 

 そう思うのも、私は小さい頃から誕生日を祝ってくれるような友達がいなかったんだ。両親は忙しい中祝ってくれたけどね。過去の誕生日に関してあまり思い出がない。

 

 

 だから今回も変わらないのかな……って思ってたけど、そんな時に徹さんが声を掛けてくれた。

 

 

 今まで友達から『誕生日だから何かしよう』って言われることは体験したことなかったし、最初は実感が湧かなかった。でも、今はとっても楽しい。こんなに楽しいのは久々かもしれない。

 

 

「あら、終わったかい? お疲れ〜」

 

 

 そう考えていると、ここの畑を持っている農家のおばさんがやってきた。

 

 

「満足いくまで獲れた?」

 

「はい、おかげさまで。今日は色々ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 徹さんのお礼の言葉に続いて、私もそう言った。

 

 

「いいのよいいのよ〜、こちらも久々に若い子が来てくれたから、思わずイキイキしちゃったから、ありがとねぇ」

 

 

 農家のおばさんはそう言う。

 

 最近は野菜収穫を体験する若い人はなかなかいないのかな? 確かに、私も徹さんに誘われなきゃここに来てないね……でも、今日来て野菜収穫はとっても楽しいことが分かった。今度はクラスの子達を誘って行ってみようかな? 

 

 

「……そういや璃奈ちゃん、獲ったさつまいも人数分あるか?」

 

 

「……うん、ある。同好会のみんなと家族の分まで」

 

 

「よし、それは良かった」

 

 

 徹さんはとても気配り上手。私が困っている時には必ず声をかけてくれるんだ。

 

 それに私と同じくゲーム好きで、バトルすると結構いい勝負になるんだ。それで大体私が勝つんだけどね、ドヤッ。でも、私が負けそうになったことが何回もあった。こんなにドキドキするのは徹さんが相手の時くらいだよ。

 

 

 徹さんと一緒にいると、ココロが豊かになる。とっても楽しいんだ。

 

 

 

 私は……そんな徹さんの事が……

 

 

「ありゃ、もしかして学校の友達にも分けてあげるのかい?」

 

 

「あ、はい。そうなんですよ。結構人数がいるもので、今日は自分たち2人で頑張りました。 特に彼女が一番頑張りましたよ。なっ、璃奈ちゃん」

 

 

「……! ……う、うん……」

 

 

 私たちの会話を聞いていた農家のおばさんが質問してきて、それに徹さんが答えた後、私の頭を撫でた。

 

 

 ……徹さんはよく私の頭を撫でてくれる。最初の内は少し恥ずかしいけどとても気持ち良かった。

 

 

 だけど、私が()()()()()を持ってから、素直に喜べなくなっちゃったんだ。

 

 

 

 えっ? 何でかって……? 

 

 

 ……子供扱いされてる感じが少し嫌だから……かな。私だって、徹さんと同い年のエマさんとか彼方さん、果林さんみたいに対等になれるもん。

 

 

 私も、徹さんに大胆なことをしたらそう見てくれるのかな……? 

 

 

「そうかいそうかい! その子達もきっと喜んでくれると思うよ。 今度はその子達も一緒に連れて来るといいよ。盛大に獲らせてあげるから!」

 

 

「えっ!? ……いや、自分と彼女含めて11人いるのですが……足りますかね?」

 

 

「気にしない気にしない! 足りなくなったらその時はその時じゃ! はっはっはっ!」

 

 

 ……なんか農家のおばさん、思ってた以上にテンション高いね。ちょっとびっくりした。

 

 

 こうして、獲ったさつまいもを荷物に、帰る支度をした。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ふう、もうここまで戻ってきたな。改めて、今日はお疲れ」

 

 

「……うん、お疲れ」

 

 

 二人は、獲ったさつまいもを抱えてお台場まで帰ってきた。

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、そろそろ日が暮れようとしている。

 

 

 今、それぞれの家に別れる分岐点まで来た。

 

 

「よし、じゃあまた明日な」

 

「うん……ねぇ、徹さん」

 

「ん、なんだ?」

 

「その……私が今どう思ってるか、当ててみて」

 

 璃奈が別れ際にそう言う。

 

「え? ……急だね……まあいいか。うーん……」

 

 徹は手に顎を乗せて考え、それを璃奈ちゃんがジーッと見る。

 

 

「……早くさつまいもが食べたいとか?」

 

「それもあるけど、違う」

 

 璃奈は首を振った。

 

「えぇ!? マジか…… じゃあ……ス◯ブラの新キャラがまた出て欲しいとか?」

 

「……いやそれも違う」

 

 今度は少しボケに対してのツッコミみたく璃奈は言った。

 

「えぇ……ちょっと待てよ……」

 

「残念。時間切れ」

 

「あぁ!? ……マジか……」

 

 当てられなかったことがショックだったのか、徹は酷く落胆した。

 

 

「……じゃあ、正解を教えるね」

 

「お、おう。何だ?」

 

「……ちょっと耳貸して」

 

「ん? ……あぁ、わかった」

 

 

 徹は、璃奈の目線の高さまでしゃがみ、自分の耳を璃奈の方に向けた。日暮れ時というのもあって、今徹には彼女の姿が見えていない。

 

 

 すると……

 

 

 

 

 チュッ

 

 

 

 

 

「!?!?」

 

 徹は自分の頬に柔らかい感触を感じた。

 

 

 彼が横に振り向くと、少し俯きながらほんのわずかに頬を赤く染めている璃奈がいた。

 

 

「……これが、今の私のキモチ。それだけ伝えたかった。 ……じゃあ、また明日」

 

 

「……お、おう……また明日……」

 

 

 徹は璃奈の大胆な行動に驚きを隠せない。

 

 

 

 

 ……そう、璃奈のFirst Loveの蕾が綻び始めた瞬間であった。

 

 

 




今回はここまで!

璃奈ちゃんが徹くんになんと…!?って感じでしたね。
実は徹くん身長がかなり高く、男性の平均身長を超えています。
そこら辺の設定もいずれ出したいと思います(いつになるやら…)
本編の方はこの後なるべくすぐに投稿しようと思っています!
ではまた次回!
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近江彼方誕生日記念回

どうも!度々投稿がお久しぶりになってしまって大変申し訳ないです汗
今回は近江彼方ちゃんの誕生日記念回です!
ではどうぞ!


『12月といえば?』と訊かれた時、何を思い浮かべるだろうか? 

 

 大抵の人は、クリスマスだとか年末の年越しだと答えるだろう。

 

 冬は日本の四季の中でも最も平均的な気温が低く、誰もがダウンやセーターなどの厚着をする。そして、それらではカバー出来ない部位は手袋やマフラーなどで補う。そんな寒さへの対策が始まるのも12月だ。

 

 そんな過酷とも言える環境や、特別な行事があるおかげだろうか。学生には冬休みという長期休暇が存在する。

 

 夏休みに比べたらそこまで長くはないが、クリスマスや年末年始にかけて休みがとられている。クリスマスは高校生にとっては、家でゆっくりし、行事を楽しめるという点でも短い休みながらも有意義な休みになるだろう。

 

 しかし、そんな中でも自分の身を粉にして社会に貢献する高校生がいるのも事実だ。

 

「──よし、そろそろ交代の時間だね。近江さん、今日はここまででいいよ。お疲れさん」

 

 

「はい、お疲れ様で〜す!」

 

 

 自分の仕事を終え、疲労がある中でも笑顔を絶やさないこの女子高校生、近江彼方もその一人だ。

 

 彼女は驚くことにスクールアイドルとバイトを両立しており、午前中にスクールアイドルの練習をした後、夕方の今までスーパーのバイトをしていた。

 

 

 そんな彼女は、スーパーの裏側に行き、着ていた制服から着替え、その場から去ろうとした時、まだ仕事を続けている同じ女性のバイト仲間とすれ違い際に声をかけられた。

 

 

「あれ? 近江さん、もう上がる感じ? お疲れ〜」

 

「あっ、前田さ〜ん、お疲れ様です〜! はい、少し用事があるんです」

 

 前田さんと呼ばれたそのバイト仲間は彼方よりも3歳年上で、このスーパーのバイトリーダーである。とても気さくで、スーパーで働いている人には誰でも声かけをしている。

 

 

「ふーん、そうなんだ……ん? ……ほうほう。まさか近江さん、これだったりする?」

 

 

 彼方の返答後、少し彼女の様子を見た前田というバイト仲間は、何かを察したのか、こう言ったあとに小指を上に立てた。

 

 

「うぇぇ!? ち、違いますよ〜、()()そういうのじゃないです!」

 

 

 彼方は顔を紅くして前田の発言を否定した。

 

 

「男っていうのは否定しないんだねぇ……それに()()、か……よし、近江さん、あたしは応援するよ! 頑張ってね!! ……あっ、もし良ければあとでどんな感じだったか報告よろしく!」

 

 そう言うと、気分良さそうにその場からスキップして立ち去ってしまった。

 

 

「えっ、ちょっと!? ……もぉ〜……」

 

 

 一方彼方は終始顔から火が出たままであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 街中がもうイルミネーションの光で輝く。クリスマスに近づくにつれてそういう景観になる傾向があるだろう。

 

 そして、ショッピングモールなどの商業施設はクリスマスセールがあったりして人が集まり、行き交いが盛んになる。

 

 

 ───そんな時期にもうなったんだなぁ……ほんの少し前にお正月を迎えたような気がするから、やっぱり一年って長いようで短いな……

 

 

 あっ、どうも。高咲徹だ。

 

 

 今俺はある人と会うために、決められた待ち合わせ場所にいるところだ。

 

 

 もう日は既に暮れ、空は真っ暗だ。それに加えて気温は一気に冷え込み、ダウンを着ないと寒さで震えてしまうほどになっている。

 

 

 こんなに寒かったらいつ雪が降ってもおかしくないだろうと思うのだが、東京では滅多に雪が降らない。

 

 

 でも本当に雪が降っている地域に住んでいる人々からすれば、こんなの大したことないという一言で片付けられるだろう。

 

 

 ──まあ、ぶっちゃけるとそう思ってしまうくらいにはこの場所で待ってるってことだ。

 

 

 待ち合わせ時間はもう過ぎているけれども……いや、かと言ってまだ5分しか経っていない。俺が早くここに来てしまっただけだ。

 

 

 そう思っていると……

 

 

 

「徹くーん、お待たせー!」

 

 

 俺が待ち合わせていた人、近江彼方ちゃんが小走りでこちらにやってきた。

 

 

「はぁ、はぁ……ごめん、待った?」

 

 

 彼女は膝を手の支えにして息を切らしながらも、こちらを向いてそう訊いてきた。

 

 

「ううん、俺もさっき来たばっかりだよ。それより大丈夫か、大分走ってきただろ?」

 

 

 俺はよく待ち合わせする時に言われる文句を使って彼女を安心させる。

 

 

 ……少し凍えそうになったなんて思っちゃいないさ。

 

 

「そうだった? ごめんね〜、少しバイト抜けるの遅くなっちゃって〜。あっ、それならもう大丈夫〜。それよりほら、早くいこ?」

 

 

 さっきまで大分息切らしていたのに、もうある程度回復している。さすが、スクールアイドルの体力は伊達じゃない。日頃の練習のおかげだろう。

 

 

 ちなみになぜ今日彼方ちゃんと待ち合わせてどこかに行こうとしているかというと、もうそろそろ彼女が誕生日だからだ。妹の遥ちゃんから話を聞き、そこから彼女に声を掛けたという流れでこうなった。

 

 行く場所はショッピングモールで、これは彼女の要望で決まった。

 

 

 

 ──ちなみに、本人には言っていないが、ここでプレゼントするものを探して渡そうと画策している。果たしていいものが見つかるかなぁ……彼女が気に入ってくれるかも心配だ。

 

 

「おぉ、そうか……うん、じゃあ行こうか」

 

 

 こうして、俺と彼方ちゃんはショッピングモールへ向かうのであった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 んー……今日も一日練習とバイト頑張ったし、彼方ちゃんはもう眠く……ない。

 

 

 そう、今日は眠くないのだ! 

 

 

 ──あっ、どうも〜。おめめシャッキリモードの近江彼方で〜す。

 

 

 今日はなんと、徹くんと一緒にショッピングをするんだ〜。彼方ちゃんとっても楽しみでね、今日は徹くんと楽しくショッピングしたいから眠くないんだ〜。

 

 

 こういうのって、遥ちゃんが相手の時ぐらいしかなかったんだけどね〜。あっ、ちなみに遥ちゃんの時はハイパーおめめシャッキリモードになるよ? やっぱり遥ちゃんは可愛いからね〜。まさに遥ちゃんしか勝たん、って感じ〜。

 

 

「んー、これが良いかなぁ……」

 

 

 そんなことを考えていると、横で徹くんがそばにあった可愛い絵柄のアクセサリーを取ってそう呟いた。

 

 

 そういえば、今まで色々なお店回ってきたんだけど、徹くん今まで何も買ってない気がする。何でだろう……

 

 

 それに、徹くんが手に取っているものはほぼ彼が使うようなものではないんだよね〜。

 

 

 ……あっ、もしかしたら侑ちゃんに送るものを選んでるのかな? それだったら納得がいくな〜。あと、侑ちゃんじゃないとしても、歩夢ちゃんとかせつ菜ちゃんとか……っ

 

 

 ……なんだか、そう思うと胸が締め付けられるような気持ちになっちゃった……

 

 

「……おーい、彼方ちゃん?」

 

 

「ん? ……あっ、ごめん。どうしたの、徹くん?」

 

 

「ううん、特に用はないんだけどさ。少し暗い顔になってた気がしたから心配になってさ」

 

 

 気づかないうちに徹くんが目の前まで来ていた。周りを気にしないほど考え込んでたみたい。

 

「えっ、そうだった? ううん、大丈夫だよ〜、気にしないで〜……あっ……」

 

 

 ……こうは言ったものの、徹くんのことだからもっと心配させちゃうだろうから、すぐに周りを見回して話題の種になるものを探した。

 

 すると、少し離れたところのマネキンが着ているものに目が留まり、思わず声を漏らした。

 

 

「ん? ……彼方ちゃん、もしかしてあの中に気になるものがあるのか?」

 

 

「えっ? ……あっ、うん! あれが被ってるニット帽なんだけど……」

 

 

 目線だけで彼は私の考えてることを見破った。ほんと、こういうところは鋭いんだよね〜……私のこの()()()にも気づいてほしいんだけど。

 

 

 すると、徹くんは即座に店員さんを呼んで、私が気になったニット帽がどこにあるかを訊き、私たちはそこに移動した。

 

 

「ここですか、ありがとうございます────これだよね、さっき見てたのって」

 

「うん、そうだよ〜」

 

 

 店員さんに案内されて徹くんがお礼の言葉を伝えると、店員さんは一礼して店の巡回に戻っていった。すると、徹くんは例のニット帽を手に取って私にそう訊いた。

 

 

 そのニット帽はクリーム色で、先っぽに丸い羽毛で出来たフワフワがついていて、羊のマークもついていた。思わず目に留まっちゃったんだよね〜、冬にぴったりだし〜。

 

 

「いいね! 似合うと思うよ。試しに被ってみたら?」

 

 

 徹くんがそういうので、渡されたニット帽を被ってみると……

 

 

「おぉ……凄い似合うぞ! 今日の彼方ちゃんの服も似合ってたけど、そのニット帽があるともっといいね!」

 

 

「っ!? ……もう、また徹くんはそう言って……」

 

 

 徹くんの言葉に思わず顔を紅くしてしまった。でも、今日の服についてはもっと早く褒めてほしかったな〜。今日は結構張り切ってきたんだから〜。

 

 

「よし、値段はっと……なるほどな……彼方ちゃん、その帽子貸して」

 

「あっ……はい、どうぞ」

 

「ありがと。ちょっと待っててな……」

 

 すると、徹くんは私が被っていたニット帽を持ってどこかに行ってしまった。どこに行ったんだろう……気になるけど、彼が言った通りに待っていたら、2分くらいで戻ってきた。

 

 

「お待たせ……はい、これ。もう金払ったから貰って」

 

「えっ!? ……それって……」

 

 

 すると、なんとそのニット帽を買ったというのだ。

 

 

「あぁ、彼方ちゃん今度誕生日でしょ? そのプレゼントだよ」

 

 

「……ふふっ、嬉しいよ〜、ありがとね」

 

 

 彼方ちゃん、今結構無難に返したけど……徹くんからプレゼントを貰えたことが凄い嬉しいんだ。

 

 

 ──そうだ、せっかくだから今から被っちゃおう。あったかいし、何より、徹くんが似合うって言ってくれたから……

 

 

 ────────────────────

 

 

 俺は無事に彼方ちゃんへの贈り物を見つけることが出来、時間的にもそろそろ帰る時間になってきたので、ショッピングモールの外まで来た。

 

 

 ショッピングモールに入る前に比べると、外は行き交う人は少なくなり、時々人が通りかかるくらいになった。

 

 

「今日はありがと〜。このニット帽、ずっと大切にするね」

 

 

「そうか。そう言ってくれると嬉しいよ。こちらこそ、すごく楽しかった」

 

 

 俺がプレゼントしたニット帽、結構気に入ってくれてるようだ。ホント、彼方ちゃんが欲しそうにしているのに気づいて良かったよ。あれに気づかなかったらどうなってたことか……

 

 

「えへへ〜……ふわぁ……何だか眠くなって……」

 

 

「……えっ、ちょっ、大丈夫か!?」

 

 

 すると、彼方ちゃんは欠伸をして、急によろめいて前に倒れそうになった。それを俺は前にまわって受け止めた。

 

 

「えっ? ……あっ、ごめん〜! ちょっと眠くなっちゃったみたい……」

 

 

 ……やっぱり、練習とバイトした後はキツいよな……なんなら彼女、今日の練習はいつも以上に張り切ってたような気がする。今は声のトーンも眠そうにしてる時の彼方ちゃんになっている。

 

 

「そうか……おっ、丁度良いところにベンチがある。ちょっと一旦そこに座るか」

 

 

「うん……」

 

 

 周りを見渡すと、歩道の端にベンチがあったのでそこに向かう。

 

 

「よし、少しここで休もう。調子はどうだ?」

 

 

「うー……凄い眠気が襲ってきてて今にも寝ちゃいそう……」

 

 

 ……うーむ、今日はいつも以上に無理してたんだな……バイトの時はどうだったかは分からないとはいえ、それに気づかなかった俺は反省しなければ。

 

 

「そうか……ごめんな、彼方ちゃんの調子に気づいてあげられなくて」

 

「ううん、徹くんは何も悪くないよ〜。彼方ちゃんが徹くんとの()()()が楽しみすぎて張り切っただけで……」

 

 

「えっ? ……今()()()って……」

 

「んー……ごめん。もう寝ちゃいそう……すやぁ……」

 

 

 今彼方ちゃんデートって言ったよな? 聞き間違いだろうか……

 

 

 俺はその言葉の真意を聞こうとしたが、彼方ちゃんはついに眠りに落ちてしまい、彼女の身体は俺の方に倒れ、俺の肩に彼女の頭が乗った。

 

 気のせいか分からないが、凄い幸せそうな感じで寝ている。

 

 

「……ふふっ、俺のために張り切ってくれたってことなんだな。ありがとう」

 

 

 そう言って俺は彼方ちゃんの頭を撫でた。

 

 

 そして、そんな彼女の頭には俺がプレゼントしたニット帽が被されていたのであった。

 

 




今回はここまで!
クリスマスのイルミネーションは綺麗ですよね
それを楽しむ相手がいればもっと良いのですが!←いない人
これでアニガサキ1期に出てくるメンバー9人の誕生日回を書き終えました!
今後2期で出てくる3人は、2期が終わってから書こうかと思っています!
あと、誕生日回2周目も検討中です
ということでまた次回!(本編もなるべく早く更新します)
評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします!


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三船栞子誕生日記念回

大変お久しぶりになってすみません!!
今日(10/5)は三船栞子ちゃんの誕生日です!
ということで、まだ出ていない栞子ちゃんの誕生日記念回を書きました!
では早速どうぞ!


 

 

「はっはっ……」

 

 

 金木犀の甘い香りが、人々に秋の訪れを感じさせる今日この頃。

 

 

 気温も徐々に程よいものになっていき、ランニングにも適した環境になりつつある。

 

 そんな訳でどうも。いつもの習慣となりつつある土休日のランニングをしている、高咲徹だ。

 

 

 ……いや、いつもの習慣とは言ったが、今日は少し違うか。実はいつものルートから外れ、閑静な住宅街の中を走っているんだよな。

 

 うちの辺りはマンションやらアパートが多く、一軒家などは一つも見当たらない、一見真新しさが感じられる地域だ。

 

 まあ、そもそもお台場が海を埋立てられたことで生まれた新しい地域であることから、こういう雰囲気になるのは自然なことだろう。

 

 

 しかし、こういう静かでなんの喧騒もないところにいると心が安らぐ。わざわざイヤホン付けて音楽を聴いて周りの音を掻き消すなんてことをしなくても、ランニングも一層集中して取り組めるだろうな。まあ、音楽を聴く目的があるから、結局聴くのは辞めないだろうけど。それとこれとはまだ別問題だ。

 

 

「……〜!!」

 

「……ん? 今のは……」

 

 

 何か声らしき音がイヤホン越しに聞こえたので、一旦再生している曲を止め、イヤホンを外して周りの音に耳を傾ける。

 

 これは……誰かの泣き声だろうか。そして声からして……幼い男の子だろうか。

 

 声のする方向へ歩みを進めると、道の真ん中で尻餅をついてワンワン泣く一人の男の子がいた。

 

 俺はその子の側にしゃがみ、優しく声を掛けた。

 

 

「大丈夫? 君、迷子になっちゃった感じ?」

 

 

 しかしその子は泣き止まず、俺の質問に答えるどころではないようであった。

 

 見た目からして、小学校低学年くらいの歳だろうか。もしかすると、親御さんとはぐれたのかもしれない。

 

 

 そんな予想をしながら同時にその子の様子を見ると、彼の膝から血が流れていた。多分、躓いて転んでしまったのかな……なるべく早く対処しなきゃいけないな。

 

「ありゃ……怪我しちゃったんだね。それは辛かっただろうな……大丈夫。お兄さんが何とかするから、な?」

 

 

 俺がそう声を掛けると、その子の泣き声が少し収まった。

 

 親御さんとはぐれる時点で精神的にキツいはずなのに、その上転んで怪我までしてしまうなんて辛いものだろう……

 

 

 周りを見渡すと、少し先に公園が見えた。そこなら、水道が使えて傷口を洗うことが出来るかもしれない。

 

 

「よし、あそこの公園に行こうか? 大丈夫、ゆっくり歩こう」

 

 

 こうして、俺と二人はその公園に向かう。

 

 

 幸運なことにその公園には水洗い場所が存在しており、彼の踵にある傷口を洗うことが出来るほどの大きさだった。

 

 

「痛いけど、少しの我慢だぞ〜?」

 

 

 そう言って、俺は少しだけ蛇口の栓をひねって水を出す。

 

 

 男の子は痛さで一瞬声を上げた。

 

 ……頑張れ、あと少しだ。

 

 

 すると、公園の外から誰かを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「……く〜ん!」

 

「ん? この声……」

 

 

 誰か男の子の名前を呼んでいるようで、こちらに向かってくるようだ。

 

 しかも、俺はその声に聞き馴染みがあった。

 

 

 水道の水を止め、その声の元に向かうと……

 

 

「居たら返事してくださ……あっ」

 

 

 その声の主───同じ学校の後輩で、同じボランティアの仲間でもある、三船栞子ちゃんだった。

 

 

 彼女は走ってきたのか、息が上がっていて、表情も大分あせっていた。誰かを呼んでいたようなのだが……もしかして。

 

 

「よっす、栞子ちゃん。探しているのはこの子か?」

 

 

 俺がそう訊くと、どうやらその通りのようで、彼女は緊張の糸が切れて胸を撫で下ろした。

 

 

「……! そ、そうです! 良かった……」

 

 

 ……まさかこんな偶然があるとはな。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ありがとうございます。助かりました……」

 

 

「いいってことさ。こっちこそ、このタイミングで来てくれて助かったよ」

 

 

 ふぅ……一件落着ってところか。

 

 栞子ちゃんとたまたまバッタリ出会った。そしてかつ、彼女はこの子を探していたということで、俺達は公園のベンチに移動し、今は彼女がこの子の手当てをしているところだ。

 

 

 栞子ちゃんはつい最近知り合った友達なのだが、ボランティアの活動の中で仲良くなった。最初はお互い苗字で呼んでいたのだが、ある日をきっかけにお互い名前で呼ぶようになった。

 

 

「それにしても、この子は栞子ちゃんの親戚だったりするのか? お姉ちゃんがいることは聞いてたが……」

 

 

 姉妹とか姉弟だったら話題に上がってたりするのかなと思い、親戚なのだろうかと俺は思ったが……

 

 

「あっ、そうじゃなくて……私、近くの児童館でボランティアとして子供達の様子を見ておりまして」

 

「ほう、児童館のボランティアにも参加してるのか」

 

 

 児童館か……初めて聞いたものの、確かに世の中保育士をはじめ、子供の様子を見る人が不足していて悩まされてるところはあるから、こういうボランティアは需要がかなりあるんだろうな。

 

 この子が児童館にいたのになぜここにいるのか……ふむ。

 

 

「……察するところ、この子がその児童館から逃げ出してしまったってところか」

 

「はい……十分に配慮していたつもりなのですが、少し目を離した隙にいなくなってしまって……」

 

「なるほど。そりゃ大変だったな……」

 

 

 やっぱりな……周りにも館員さんは居ただろうに、その目を盗んでまで逃げ出したんだもんな。よっぽどつまらないだとか、嫌だったりとかしたんだろうと想像がつく。

 

 

「……はい、出来ましたよ。もう、あそこにいるのが嫌だからといって外に逃げ出してはいけませんよ?」

 

「だってー、つまんないんだもん!」

 

 

 ちょうど男の子への手当てが終わったようで、栞子ちゃんはその子の肩に手を置いて諌めた。

 

 しかし、それに対してその子も抗うように駄々を捏ねる。このままだと、彼はすんなりと保育園に戻ることはないだろうな。そしたら一番困るのは栞子ちゃんだろう。

 

 

 ……よし、俺なりに少し説得してみようか。

 

 

「……ねえ君、訊きたいことがあるんだけど、いい?」

 

「……なに?」

 

 

 おぉ、渋々ながらも案外すんなり耳を傾けてくれたな。てっきり『嫌だ』とか言われるかと思ったが……

 

 そうだな……児童館にいるってことは、親御さんが共働きしてるってことだよな。

 

 

「君のお母さんは、いつもどれくらいに迎えに来てくれるの?」

 

「……夜の6時」

 

「なるほどね……今から2時間足らずか。でも2時間って短いようで長いよね。退屈になるのも無理はないな」

 

 

「……それがなんなの?」

 

 

 少しぶっきらぼうに問いをぶつけてくる男の子。少し人によってはイラッとくるような言い草だったかもしれないが、実際俺が訊いたことは彼にとってはなんの話の脈絡もないから意味が分からないよな。

 

 

「ははっ、早まるなって……じゃあ、お母さんが迎えに来てくれた時にさ、褒めてくれたりするんじゃない?」

 

「……うん」

 

「だよね。それって、君が大人しくその児童館で待ってたからなんだよ。今の君はどう?」

 

 

「……! ……ほめられない」

 

 

 ハッとした彼は、少し申し訳なさそうに下向きそう言う。

 

 

「そうだよ。君は、お母さんに褒められるのが嬉しいでしょ? だったら、大人しく良い子で待ってなきゃ!」

 

 

 俺は、明るく親しみを込めて彼にそう啓発する。

 

 

「……うん。でも、児童館つまんない……」

 

 

 ……あー、そこはやっぱり解決しないか。

 

 一時は説得に成功したかと思ったが、そう甘くはないよな。

 

 保育園がつまらない……俺がこの子の年くらいの時は、侑と仲良く遊んでて、歩夢ちゃんとも大分仲良くなってきた頃だったかな。誰かと交流することで楽しさは広がると思っているから、そうだな……

 

 

 ……あっ、そうだ。一緒に遊ぶのに適した相手がすぐそばにいるじゃないか。

 

 

「うーん……じゃあさ、そっちのお姉さんに君のやりたいこと一緒にやってもらったら? 彼女優しいから付き合ってくれるはずだよ?」

 

 

 そう言って、俺は栞子ちゃんの方を向いた。

 

 その瞬間彼女は少し驚いていたが、俺の意図を察したようで、微笑みながら男の子の方へと向き直った。

 

 男の子も栞子ちゃんと目が合い、その流れで彼は彼女に訊いた。

 

 

「……ほんと?」

 

「もちろんです。遊びたい時はいつでも言ってくださいね」

 

「……じゃあ、楽しいかも!」

 

 

 すると、男の子の表情は一気に明るくなった。どうやら、彼の憂いは晴れたようだ。

 

 

「そうでしょ? じゃあ今から楽しい児童館に戻ろうぜ。ほら、転ばないように手を繋いでね」

 

 

 彼の傷も収まったことも鑑みて、俺はベンチから立ち上がって彼に手を伸ばした。

 

 

「……うん!」

 

 

 なんの躊躇もなく、男の子はその小さな手を俺に差し出してくれた。

 

 ほんと、彼が笑顔になってくれてよかった。

 

 

「ふふっ、ならば私も手を繋ぎましょう」

 

「わーい! みんなで手を繋いで帰れる〜!」

 

 

 栞子ちゃんも男の子の空いた片手を握り、3人一緒に手を繋いで児童館まで歩いていった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「協力していただき、ありがとうございました!」

 

「いえいえ、彼が無事で何よりです」

 

 

 児童館の館長もとても感謝しているようで……本当に、徹さんがいなかったら私は見つけられてたかどうかが分からないので、ありがたい限りです……

 

 

 ……あっ、こんにちは。三船栞子と申します。

 

 

 今日は久々に児童館へボランティアで訪れたのですが、一人の男の子を迷子にしてしまうという事案が起きてしまいまして……あぁ、未だに自責の念が絶えません。

 

 

 でも、徹さんが様子を見てくれているのを見まして、本当に安心しました……

 

 

「せんせー、僕お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に帰ってたのしかった!」

 

「あら、そうだったのね〜! ちゃんと二人にお礼は言った?」

 

「……あっ、そうだ! ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 

「ははっ、どういたしましてだ」

 

 

 徹さん、嫌な顔を一つもせずあの子に接してくれてますね。正直なところ、あの子も大分失礼な態度をとっていた部分もありましたが……

 

 

「ねぇ、お兄ちゃんとお姉ちゃんって付き合ってるのー?」

 

 

「え……えぇっ!?」

 

 

 つ、つつつつつ、付き合ってる……!? 私が……徹さんと……?

 

 そんな、私はまだ徹さんと交流を深め始めたばかりですよ……!?

 

 

 ……徹さんはどんな反応を……? あっ、少し動揺されている……? 

 

 

「ほほう、何を言うかと思ったら……どうしてそう思ったのかな?」

 

「だって、僕のお父さんとお母さんみたいな感じだったからー」

 

 

 お父さんとお母さん……私と、徹さんが……!?

 

 ま、待ってください、私まだ心準備が……!

 

 

「ふーん、そう見えたのか。でもね、残念ながらその予想はハズレだな〜。仲の良い友達って感じさ」

 

「えぇ〜……」

 

 

 私が慌てふためいていると、徹さんは本当のことを話してくださいました。そうです、私と徹さんはボランティアの志を共にする仲間であり、同じ虹ヶ咲学園に通う先輩と後輩なんです。それ以上もそれ以下もありません。

 

 

「こらこら、二人とも困ってるじゃない。先生と一緒に行きましょう?」

 

「うん!」

 

 

 すると、あの子は館長さんと一緒に児童館の中に入っていきました。

 

 その時、館長さんは私に『三船さんは後からでいいから、戻ってきてくださいね』と告げられたのですが、後からでもいいとはどういうことなのでしょうか……?

 

 

「……栞子ちゃん?」

 

「……へっ? あっ、はい! 何でしょうか?」

 

 

 いけません……徹さんから声を掛けられてたのに、気づきませんでした……今日は調子が狂ってばっかりですね。

 

 

「いや、栞子ちゃんはこの後ボランティアあるのかなーってさ」

 

「そうですね。この後も少しあります」

 

「そうか……」

 

 

 こうして暫くの間無音の空間が流れたのですが……ダメですね、何か話題を私が提案しなければ……

 

 

「……それにしても、徹さんは子供の相手がお上手ですね」

 

「ん? あぁ、それは……妹の世話をしてたからかな。でもあの子が根はいい子で良かったよ。もう少し捻くれてたら説得できなかったかもしれないな」

 

 

 確かに、徹さんには妹さんがいらっしゃるのは前から聞いてました。徹さんの妹さんにも、いつか機会があったらお目にかかりたいものです。

 

 

「ふふっ、でも説得できるだけで私としては凄いんです。私には出来なかったことですから……」

 

 

 あの子とは児童館で数回くらい交流をしていましたが、あまり目立たなくて、みんなの輪の中に入ろうとしていませんでした。でも、今思えばあの子は遠慮していたのかもしれません。遠慮が重なった結果、鬱憤が溜まってしまったのでしょう。

 

 そう考えると、徹さんはあの子に寄り添った上で説得していて……それがとても素晴らしかったんです。

 

 

「……そうか、栞子ちゃんが言うのならそうなのかもしれないな」

 

 

 少し照れくさそうにしている徹さん。

 

 

 しかし、徹さんは自分を謙遜し過ぎな気がします。もっと自分に自信を持ってください……

 

 

 そうして談笑していると、徹さんの頭にはらりと何かが落ちてきました。確か、そこには広葉樹林が植わっていましたね……

 

 

「あっ、徹さん。頭に落ち葉が……」

 

「えっ、マジ? どこだ……?」

 

 

 私が指摘をすると、徹さんは少し慌てた様子で頭を触ら始めました。

 

 

 しかし、葉が小さいのでなかなかそこに手が届かないようです。

 

 

 ……徹さんは意外とお茶目なところがあるのかもしれませんね。

 

 

「ふふっ。大丈夫です、私が取って差し上げますね」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 私は徹さんの目の前まで近づいて、小さい落ち葉を取る。

 

「……はい、取れました」

 

「ん、ありがとう、栞子ちゃん」

 

 

 少し微笑んで礼を述べて下さる徹さん。

 

 

 ……しかし、普段から男性と接する時には少し距離を置くのですが、徹さんと接する時はあまり気にしなくなるかもしれません。徹さんの人柄が良いからですかね。

 

 

「……ん、そろそろ俺も帰らなきゃな。じゃあ栞子ちゃん、残りも頑張ってな」

 

 

 あっ、大分長く話し込んでしまいました……お見送りをしましょうか。

 

 

「あ、はい! 今日はありがとうございました」

 

「ふふっ、お礼は必要ないからな? じゃあな」

 

 

 そんなことを言われても、お礼をしない訳にはいきません。お世話になってるのですから……

 

 

 そんな中、徹さんの後ろ姿が小さくなっていきました。

 

 

 次、徹さんと同じボランティア活動はいつでしょうか……?

 

 

 そんな思いを抱きながら、私は児童館の中へと向かいました。

 

 

 




今回はここまで!

この話は、栞子ちゃんが同好会に入る前の時系列となります。
本編がまだそこまで進んでないのでこのようにしました。
栞子ちゃんはホントいい子なんや……

今後12月にミアちゃん、2月に嵐珠ちゃんが誕生日を迎えますが……一応記念回を書くつもりではいます(書けるくらいに本編の話を進めていれば)
本編の方も近いうちに更新するつもりですので、お楽しみに。
長くなりましたが、また次回!
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ミア・テイラー誕生日記念回

Hi, I’m Ym.S

今日はミア・テイラーちゃんの誕生日ということで、特別回を書いてみました!

話に入る前に一つ注意事項です。

この話は本編より後の時系列ではありますが、本編の展開とは関わりがありません。ifストーリーとして読んでください。

では特別回をどうぞ!


 

 

 

「……よし、一旦この曲のミキシングはこの辺りで一区切りか」

 

 

 長時間パソコンに向き合っていたせいか、少し目がショボショボしている……こういうのってあまり良くないんだよな。視力が悪化して、度がある眼鏡をかけるかコンタクトを付ける必要性が生まれる可能性が高まるから……

 

 ただ、好きなことに関しては時を忘れて没頭してしまう。だから、こればかりは自分で制御しようがないな、とも思ってしまうものだ。

 

 そんな訳でどうも、眼鏡かける時が近いかもしれない高咲徹だ。

 

 

 丁度作業に一区切りがつき、一旦背伸びをしたり水分を摂って休憩しているところだ。

 

 作業というのも、既存曲のミキシング、いわゆるRemixを作ってたのだ。この作業はパソコンだけで完結するから、どうしてもパソコンをガン見する状態になってしまうのだ。

 

 

 でも、このRemixも久々にするのだ。最近は別のことに注力していたからな。

 

 

「よいしょっと……そうだ、またTaylor(テイラー)さんの曲を聴いてみたいな。さて、どの曲にするか……」

 

 

 水分補給から戻ってきて椅子に座ると、俺はふとした思いつきでパソコンをいじり始める。

 

 Taylorさんというのは、最近俺が定期的に聴いている曲の作曲者さんの名前だ。まあハマっているというか……いや、他にも聴く曲もあるからリピートをするほどではないな。あっ、でも初めて聴いた時は割と繰り返し聴いたかもしれない。

 

 

「うむ、やっぱり凄い洗練されてていいな」

 

 

 まあこんな感じで、それくらい彼の曲が好きになったってことだ。今まで洋楽なんて全く縁がなかったのだが、この出会いのおかげで他の洋楽にも触れたりしている。

 

 ……さて、曲を聴きながら気分転換がてら情報収集するか。

 

 パソコンのブラウザを立ち上げ、SNSアプリにログインする。すると、自分がフォローしているアカウントが呟いている情報が流れてきた。

 

 

 今日も大した情報は無さそうだ……と思ったのだが───

 

 

「……えっ? なんだこの情報は」

 

 

 あるアカウントの呟きに目を釘付けにされた。

 

 

 そこに書いてあったのは『Taylor家の次女、明日来日するって本当?』といった趣旨の文だった。

 

 それを見て、俺はすぐさま『Taylor家 来日』というワードを叩き込み、検索をかけた。すると、複数のアカウントが似たような呟きを投稿していたのだ。

 

 

「ほう……もうデビューしてたのか。しかも、曲もリリースしてたんだな。後で聴いてみるとするか」

 

 

 どうやら、そのTaylor家の次女さんは既に作曲家としてデビューを果たしていたようだ。俺が以前に彼女の情報を得た時はデビュー寸前かといった情報だったが、そこまで進展してたんだな。

 

 

 しかし、来日するって本当か? しかも明日という……急すぎる気がするが。

 

 ……とりあえず一旦落ち着こう。今仕入れた情報はデマかもしれない。あるアカウントが嘘の情報を流し、それを悪意のないアカウントが拡散し『本当の情報』として一人歩きしてる可能性も十分ある。

 

 

「……まあ、明日空港に行くが、俺には関係ない話だ。大体、そういう有名人は俺たちがいるようなスペースにはいないだろうし」

 

 

 明日は両親が海外旅行から帰ってくる。俺はそれを迎えようと空港へ行くから、同じ国際線のターミナルでワンチャン彼女に会えるかもしれないと一瞬淡い期待を寄せた。しかし、それは夢物語でしかない。そんな都合いいことありゃしない……といった現実的な思考に戻るため、態々口に出して俺に言い聞かせた。

 

 

 ……でも、会えるチャンスがあるのなら是非会ってみたい。俺が作曲を始めた歳の子がどんな子なのか、何故日本にやってきたのかとか……聞いてみたいことはいっぱいある。まあ、それも叶わない夢だろうけどな。

 

 

「……さて、風呂入るか」

 

 

 これ以上考えることをやめ、リフレッシュのために風呂へと向かったのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ここが到着ロビーか。さて、二人が来るまで暇潰すか」

 

 

 翌日、俺は東京のとある空港の到着ロビーに来ていた。両親が乗っている便の到着予定時刻まで、あと10分くらいだ。それで二人と合流した後、俺と侑が住んでいるアパートに向かう予定だ。

 

 さて、ゆっくり待つか。

 

 

 そう思い、ロビーのベンチに腰掛けて持ってきたエッセイを黙々と読み進めていたのだが、大分時間が経っても両親は現れない。

 

 おかしいと思った俺は、ロビーの上にある電光掲示板を見る。

 

 

「二人が乗ってくる便の状態は───あぁ、15分くらい遅れてるじゃんか……」

 

 

 時間は丁度親が到着する予定の時間だったが、天候が悪いせいか、どうやら着陸が遅れているみたいだ。

 

 

 今から15分か……まだ時間があるな。二人が来ら直前にトイレ行くのも不味いし、今のうちに行っておくか。

 

 

 そう思い、俺はロビーから分かれる通路の奥に位置するトイレに向かう。

 

 

 すると……

 

 

「……」

 

 

 ん? あれは……

 

 

 通路への入り口の横から、チラッとこちらを覗く一人の子がいた。

 

 

 一体ここで何をしているのだろうか? もしや、親とはぐれたりとかしたのか……? それなら、一緒に探してあげなきゃいけない。

 

 色々分からないことがあったが、とりあえず俺はその子に声を掛けることにした。

 

 

「なぁ、そこの君。大丈夫か?」

 

「!?」

 

 

 俺が声を掛けると、その少女はいきなり声を掛けられて酷く動揺しているようだ。

 

 

 彼女の容姿を見ると、アイボリーのショートヘアに右目を隠すほどの長い前髪が特徴、シルバー色をした左目を覗かせていて、とてもクールな印象を受ける子だ。

 

 

 この髪色と目の色……この子、外国人か。そりゃあ、急に日本語で話しかけられたらびっくりするし、何言ってるか分からないだろうな。

 

 じゃあ……

 

 

「んん……Hey, what’s wrong?(なあ、どうしたんだ?)Do you get lost?(迷子になったのか?)

 

Ah……No(あー……違うよ)──ていうか、ボク日本語喋れるから」

 

 

 少し困惑した後、俺の質問を否定した。ていうか、聞いた感じかなり流暢な日本語を話せるようだ。これはありがたい。

 

 

 迷子ではないということは……まさか、親から逃げてきたとかか? いや、それとも本当は迷子なのに隠しているとかか? 俺と関わってる人の中で、そんなことをする子が一人当てはまるもんな。

 

 ……うーむ、ますます分からない。

 

 

「あっ、そうなのか……じゃあ、こんなところで何をしてるんだ? 親御さんもいるんだろうし、心配してるんじゃないか?」

 

 

 とりあえず、このような切り口でその子に問いかけたが……

 

 

「っ〜……!! だからボクは親に連れて来られた訳じゃないんだ! 子供扱いしないでくれよ!」

 

 

 どうやら、子供扱いしたことが彼女の気に障ってしまったようだ。

 

 

「あっ……そうか、気を悪くさせてしまったならすまん」

 

 

 

「全く……ボクを誰だと思ってるんだ。テイラー家の次女──ミア・テイラーだぞ!!」

 

「……えっ?」

 

「……! Oops……」

 

 

 この子が……あのTaylor家の次女さん……なのか?

 

 

 唐突なカミングアウトに、俺は動揺を隠せなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 うぅ……なんだか失礼な奴に絡まれてるし、アイデンティティまでバレちゃったよ……

 

 

 あっ──Hi, I’m Mia Taylor. デビューして間もない、将来世界中に最高の曲を届けるミュージシャンさ。

 

 ボクはあることから、わざわざこの日本という国にやって来たんだけど……色々あって、こうなってる。あまり説明はしたくない。

 

 

 それでこいつ……ボクのことを子供扱いするなんてな。ボクはもうステイツで飛び級して、日本の学校で言ったらもう高校三年生だぞ!? もう子供じゃない!!

 

 

「……これは大変失礼しました。まさかそんな方がこちらにいるとは思わなかったので」

 

 

 ……さっきの態度から変わって、丁寧に話しかけてくれる男の人。もしかして、ボクのファンだったりする? そうじゃなきゃ、こんな態度の変わり方はないよね?

 

 

「あ、あぁ……分かってくれたなら別にいいよ。というかキミ、ボクのことを知ってるんだ?」

 

「はい。お父さんの曲を聴いていたら、貴方がデビューされたということを知ったんです。曲も聴いてみましたが、とても耳にスッとくるような感じで、とても心地良かったです」

 

 

 Wow……そんな具体的な感想、ファンの人から初めて貰ったかもしれない。ていうか、ファンと交流することなんてなかったし、当然だね。

 

 

「へぇ……なかなか分かってるじゃん。そうだな、今ならサイン書いてあげなくもないよ?」

 

 

 ……ふふん、今ボクは気分上々だ。おかげで今まで練習してきたサインを披露したいと思えたよ。

 

 

「ホントですか!? ……といっても、書けるようなものも持ってないですね……握手とかでも大丈夫ですか?」

 

 

 Oh, my gosh……せっかくサインが書けると思ったのに……まあ、無いなら仕方ないし、ここはエンターテイナーとしてカッコよく応じるか。

 

 

「Oh、それならお安い御用さ。ほら、Hand shake(握手)だ。さっき散々言ってしまったお詫びも込めて、ね?」

 

「ありがとうございます!」

 

「ハハッ、まさか日本でボクのファンが見つかるとはね〜」

 

 

 こんなに喜んでくれるなんて……さっきまでとてもブルーだったのに、こっちもハッピーになってしまったよ。

 

 さっきはヤバい奴に絡まれたと思ったけど、それはボクのミステイクだ。とても良いファンに出会えたな。

 

 

「……あの、一つ質問いいですか?」

 

「ん、なんだい? 何でも聞いてくれ」

 

 

 ふふっ、どんな質問が飛んでくるかな? どうやって作曲してるかとか? それともどうやったらボクみたいになれるか、とか!?

 

 

「テイラーさんって、今日来日されたんですよね。私、偶然ネットで情報を見つけてしまいまして……」

 

「……あぁ、そうだよ。なんだ、もう情報が回ってたのか」

 

 

 ボクの思ってた質問とは全く異なることを訊かれた。でも、そんな前情報どこから漏れてるんだ……? もしかして、身内が漏らしたりとかしてないよな?

 

 

「それで気になったのですが……何故日本に来られたのかなぁと思いまして……」

 

「……どういうこと?」

 

 

 何故──その質問は良くも悪くもとれる。一体どういう意味なのか?

 

 

「いや、別に変な意味はないんですが……テイラーさんみたいな、欧米で曲を出したらすぐにブレイクできそうな人が、何故こんな辺鄙な場所に来られたのかなって……もしかして、何か理由があるのかなと思いまして」

 

 

 ……なんだ、ボクが態々日本に来た理由を見透かされているじゃないか。

 

 ……でも、彼の表情は嘲笑っているようには見えない。凄く真っ直ぐな目で、ボクを心配してくれているようだった。

 

 

「……はぁ、ある奴に連れて来られたんだよ」

 

 

 こうしてボクは、まだ名前も知らない彼に、ボクが日本に来た成り行きを話すことにした。

 

 

 ────────────────────

 

 

「連れて来られた?」

 

 

 テイラーさんの言葉に、俺は疑問符が浮かんだ。

 

 

「Right. 本当はキミが言った通り、ステイツで世界的に有名になってやろうと思ったんだけど、一つ依頼が飛んできたんだ。それがまあ、むちゃくちゃなものでさ……」

 

 

 テイラーさんは、呆れたような表情で話を続ける。

 

 

「だから断ろうと思ったんだけどさ、報酬がなかなか良かったから、仕方なく受けたんだ……でも正直、海外には全く興味がない。日本語が話せるのも親に言われて習っただけで、この日本という国も……本当は行きたくなかった」

 

 

 本当は日本に来たくなかった……か。

 

 

「……それで、連れの人から離れてここに来た、といったところでしょうか」

 

「Exactly……Sh*t, こんなことになるなら、ランジュの話断れば良かった……」

 

 

 イラついた様子で、愚痴を吐くテイラーさん。

 

 

 正直、テイラーさんからその言葉を聞いたのは少しショックだ。しかし、彼女の表情にはやる気のなさだけではなく、不安が少しちらついたように見えた。

 

 もしかしたら、本当に日本で世界的な作曲家としてその名を轟かすことが出来るかという不安もあるかもしれない。それが、彼女をここに来させたのかもしれない。

 

 

 しゃがみ込んで頭を抱えるテイラーさんに、俺も横でしゃがみ込んで話しかけた。

 

 

 

「……確かに、興味もない異国の地に降り立つのって、とても抵抗があるのは分かります。そういう新しい環境に馴染もうとするのは、それなりの覚悟が要りますから」

 

「……」

 

 

 未だ暗い表情のままのテイラーさん。俺は更に話を続ける。

 

 

「……でも、そんな環境にこそ、新たな発見があると思うんです。自分が今まで見て来なかった物の見方とか、気づいてなかったこととか……作曲家としてより大成できるアイデアが見つかるんじゃないかって」

 

 

 音楽を作る上で、発想はとても大事なものだ。その発想の豊富さは、様々な価値観や考え方に触れる必要がある。新しい環境の中に入れば、それらが見つかる可能性が高いのだ。

 

 実際、テイラーさんが作る曲のジャンルである洋楽は今まで一切触れて来なかったが、聴いたおかげで色々発想を得ることが出来た。あと、スクールアイドルに関わっていることも同じだな。同好会のみんなには感謝している。

 

 そうだ……

 

「それに、テイラーさんにとって日本は良い環境だと思います」

 

「……何故キミにそんなことが分かるんだい?」

 

「うーん……まあ、私の勘ですね。テイラーさんは多分学生だと思いますが、学校で優しい友達に出会えると思います。あと、そうですね……私が、テイラーさんの友達になりましょうか?」

 

「……What?」

 

「……アッハハ。すみません、変なこと言っちゃいましたね──兎も角、そんな友達とも出会えるので、きっと楽しい時間を過ごせると思います。勿論、作曲の方にもいい影響を与えてくれるはずです」 

 

 

 とても不躾なことを言ってしまったな……でもテイラーさんにも、同好会のみんなみたいな優しい友達に出会えて、色々変われるかもしれない。俺がその一人になりたいのも、偽りのない本当の気持ちだ。

 

 こう思ったのも、彼女が作曲家としてデビューしたのと、俺が作曲を始めたのが同じ歳だという、親近感があったからかもしれない。

 

 

「……アッハハ。全く、君は面白いことを言うね」

 

 

 すると、ミアちゃんは笑顔を取り戻し、その場を立ち上がってこう言った。

 

 

「Thanks. お陰で少し前向きに日本で音楽活動が出来そうだよ」

 

「そうでしたか! 大したことは言ってませんが、お役に立てたなら良かったです」

 

 

 良かった……彼女の表情も、腫れ物が取れたかのように晴れやかな微笑みだ。

 

 

「もう、そんな丁寧にならなくて良いから。それに、ボクのことは『ミア』って呼んでくれて良いよ。その、ボクたち……と、友達なんだろ?」

 

「……! ……確かに、友達に態々敬語で話すのはおかしいな。じゃあ、これからよろしくな、ミアちゃん」

 

 

 世界的な音楽家の卵、ミアちゃんと友達か……まさかこんなことになるとは思わなかったが、嬉しいな。

 

 

「あぁ……! ……ボクももう戻らなきゃ。じゃあ君、またどこかで会えることを願うよ!」

 

「おう! ミアちゃんのこと、応援してるからな!」

 

「Thank you! じゃあ、Bye!」

 

 

 ミアちゃんは元気に手を振って、その場から走り去っていった。

 

 

「……行っちゃったか」

 

 

 そういえば、連れの人を待たせてたんだったな。もう少し話したかったが……また会えるかな。

 

 今度会ったら色々曲について語りたいなぁ……まあ、暫くの間日本にいるようだし、また会う機会はあるかもな。

 

 

「よし、トイレ行って、二人を迎えにいくか」

 

 

 そんな確信めいた期待を寄せながら、俺は男子トイレへと入っていった。

 

 

 

 

 




今回はここまで!

多分誕生日回で初対面を描くのは初めてじゃないかと思います。
ミアちゃんの見た目はクールに振る舞ってて、実は可愛らしい思考をしているだろうという感じで描きました!

ちなみに本編は重大な局面を迎えてますので……早めに出したいと思います。
ではまた次回!
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鐘嵐珠誕生日記念回

どうも!
今日は鐘嵐珠ちゃんの誕生日ということで、特別回を書きました!
話に入る前に注意事項です。
前回のミアちゃんの時もそうでしたが、この話は時系列的に本編より後の話になってますが、本編の展開とは関わりがありません。ifストーリーとして読んでいただけると幸いです。

ではどうぞ!


 

 

 飲食店で食べ物を注文する時、期間限定のメニューが入っていることがあるだろう。

 

 それはある期間中にしか注文をすることができず、そのようなものを目にすると、つい物珍しさにそれを注文してしまう……そのようなことを、俺はよく耳にする。

 

 

 ちなみに、俺は基本いつもの決まりきったメニューしか頼まない。大体新しいメニューを試してみたいという意欲より、いつものあの味を食べたいという欲の方が勝ってしまうからな。外食だと大体そんな感じだ。

 

 

 ───だが、甘い物となれば話は別だ。

 

 

「よし、着いたな……」

 

 

 そんな訳でどうも、甘い物には目がない高咲徹だ。

 

 

 俺がやってきたのは、お台場の中でも一二を争うほどの大きさを誇る商業施設だ。

 

 実はこの中に、複数のたこ焼き屋さんが集まったフードコートがあるのだ。今日俺がここに来たのは、そこに用があるからだ。

 

 

 ……ん? たこ焼きは甘くないだろって? 確かに、スタンダードなたこ焼きはそうだろう。

 

 しかし、この時期にはその常識をぶち破るメニューが登場する。それも……チョコレートや生クリームをトッピングとするたこ焼きだ! 

 

 

 この情報を聞いたのはつい昨日のことで、同好会の練習もない休日の今日に食べに行こうと画策して、今に至っている。

 

 

 そんな訳で俺は、早速商業施設内に入り、一つ上の階にエスカレーターを使って上る。

 

 

 そこには、レトロさをモチーフにしたテーマパークが存在し、沢山のゲーム機が置いてあり、駄菓子なども販売されている。俺が目的としているたこ焼き屋さんが集まったフードコートは、そのスペースを通り抜けた先にある。

 

 

「さて、この昔ながらのゲームが集まってるコーナーを通り抜けて……ん?」

 

「あっ……」

 

 

 すると、そのレトロなテーマパークの入り口に見覚えのある姿が目に入った。ボランティア活動で知り合い、学校でもよく話をする三船栞子ちゃんだった。

 

 丁度俺と目が合い、お互い歩み寄る。

 

 

「よ、よう。栞子ちゃんがこんなところにいるとは珍しいな」

 

「は、はい。実は……」

 

「ねぇ栞子、この人誰? 知り合いなの?」

 

 

 二人で会話をしようとすると、栞子ちゃんの後ろから見知らぬ女の子がひょこりと顔を出した。

 

 栞子ちゃんの名前も呼んでるし、彼女の連れだろうか? 

 

 

「えっと……そうです。ボランティアでよく一緒に活動を共にする、私の高校の先輩です」

 

 

 ……やっぱり、栞子ちゃんの友達みたいだな。ここは相手に失礼のないように、ちゃんと自己紹介をしとかなきゃな。

 

 

「初めまして、高咲徹っていう者です。よろしくお願いします」

 

「なるほどね! 私は(ショウ) 嵐珠(ランジュ)、香港から日本にやってきたわ! ……ところでアナタ、栞子とはよく仲良くしてるのね?」

 

「ん? あぁ……そうですね、校内で会ったら世間話したりするくらいには。それに、ボランティアでは彼女によく助けられてますね」

 

「そんな……高咲さんも要領が良いので、私の方が助けられてますよ」

 

 

 要領が良いなんて……栞子ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな。

 

 

 そんな風に少し照れ臭くなっている最中、鐘さんが真剣そうに考え込んでいることに気づかなかった────

 

 

「……ねぇ栞子、ここではゲームが出来るんだったわよね?」

 

「えっ……? はい、ここではレトロなゲームを楽しめると、ホームページにも書いてありましたが……ランジュ、一体何を……」

 

 

 俺は、彼女の次の一言に言葉を失った。

 

 

「アナタ───私とゲームで勝負しなさい」

 

「……え?」

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「これが昔の日本のゲーム達なのね〜! どれも面白そうだわ!!」

 

「……なあ栞子ちゃん、これは一体どういう状況なんだ?」

 

「えっと……私にもさっぱり……」

 

 

 鐘さんにドヤ顔で宣言されてから、俺はこのレトロなテーマパークへと連れて来られていた。

 

 

 えっ、俺とゲームで勝負をしたい、だよな? なんでまた唐突に……

 

 何の前ぶりもない出来事に、俺は困惑を隠せない。

 

 

 ……てか、そういえば彼女と栞子ちゃんの関係をまだちゃんと訊いてなかったな。

 

 

「なぁ、あの子は三船の友達なのか?」

 

「そうですね、友達であり……前に高咲さんにも話したこともあると思いますが、私の幼馴染です」

 

「えっ……? あっ、そうなのか……」

 

 

 あの子が、俺が前に聞いた栞子ちゃんの幼馴染……

 

 栞子ちゃんの幼馴染だから、きっとお淑やかで落ち着いている子なんだろうなぁと勝手に想像していたが……想像と全然違うな。

 

 

「あの……ごめんなさい! ランジュはたまに人を振り回す節がありまして……」

 

「あぁ……確かに、結構快活で元気そうではあるな」

 

 

 鐘さんは、見た目も割と派手だな。薄桃色の長髪をベースとしながらも、両サイドを特徴的に結んでおり、頭頂部にはアンテナのように髪の毛が立っている。水色をした瞳で、右目には涙ぼくろがある。とても活発な性格で行動力のある、お転婆な子と言えるだろう。

 

 その性格故、今の俺と栞子ちゃんが相手のように、人を振り回してしまうのだろう。もしかすると、以前から栞子ちゃんもそれで振り回されてきたのかもしれないと考えると……栞子ちゃん、相当の苦労人なのかもしれないな。もっと彼女を労ってあげたいものだ。

 

 

 さて……俺はどうしたものか。

 

 

「あの、本当によろしければなんですけど……ランジュに付き合っていただけませんか? こうなると、私じゃどうしようもなくて……」

 

「ふむ……」

 

 

 俺がもしここで立ち去ってしまえば、鐘さんは怒るだろうし、それで困るのも栞子ちゃんだろう。ここは俺が鐘さんに付き合ってあげることで、鐘さん本人も満足するだろうし、栞子ちゃんだって困らないはずだ。

 

 

 ……よし、たこ焼きは一旦後回しにしよう。

 

 

「……分かった。彼女の意図はよく分からないが、少しだけ一緒に楽しもうかな」

 

「っ! ありがとうございます!」

 

 

 栞子ちゃんの表情がパァッと明るくなった。

 

 

 さて、気を取り直して……鐘さんはどこに行ったんだ? 

 

 

「あっ、栞子! これやりたいわ!」

 

「これは……エアホッケーですか。これなら、私にも出来そうです!」

 

 

 おぉ、エアホッケーか。今でもゲーセンでたまに見かけるが、これも昔からあるゲーム機だよな。どうやら、鐘さんはエアホッケーに興味があるみたいだが……

 

 

「じゃあ栞子、アタシとチーム組みましょう! それで、彼を倒すのよ!!」

 

「えっ!?」

 

 

 俺は耳を疑った。

 

 鐘さんと栞子ちゃんがチームを組む……すなわち、その二人と俺一人で対戦するということ、だよな……? 

 

 

「おいおい、二対一か? それは流石に不公平だろう。俺は相手にならんぞ」

 

 

 これには俺も黙っていられず、鐘さんに抗議する。

 

 

「なによぅ……私に文句言うの?」

 

「いや普通に文句ありまくりなんだか!?」

 

 

 当たり前のように言うのはおかしいだろう……思わず全力でツッコんでしまったんだが。

 

 

「ランジュ、私は見てるだけで十分です。だから、お二人で楽しんでください」

 

「えぇ!? ランジュ、栞子と一緒にやりたいのに……」

 

「っ……それは……」

 

 

 おいおい、栞子ちゃんを困らせるんじゃないぞ!? 栞子ちゃんがそう言うんだからそこは納得してくれよ!! 

 

 

 ……しかし、これじゃ収拾がつかない。どうしたものか……? 

 

 

 ……いや待てよ? 案外二対一なら丁度良いかもしれんな。

 

 

「……分かった。二人まとめて、かかってこい」

 

「よく言ったわね! じゃあ、それでいくわよ!」

 

「えっ!? 高咲さん、そんな無理しなくても……」

 

「良いんだ良いんだ、男と女の子の一対一じゃ力の差があるだろう? そう考えたら、二対一が丁度いいんだ。だから気にするなよ?」

 

「でも、ランジュは……」

 

 

 そう、この時俺は大きな勘違いをしていることに気づかなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「私達の勝ちよ! 圧勝だったわね!」

 

「はぁ、はぁ……そんな強いショットを連発するなんて聞いてないんだが……!」

 

「大丈夫ですか……? すみません、私が何も出来ないばかりに……」

 

「ははっ、良いんだ。俺が二人を甘く見たのが悪いのさ……」

 

 

 結果、俺は五点くらいの点差に離され、あえなく惨敗をしたのであった。

 

 ここで一つ分かったことがある───鐘さんの運動神経は尋常じゃない。もしかすると、うちの同好会の愛ちゃんを超えているかもしれないぞ……! 

 

 栞子ちゃんはほぼ動いてなかったし、俺と鐘さんのタイマンでも勝てなかったったことだよな……ちくしょう、悔しいな……

 

 

「さあ、次のゲームを探すわよ! ……あっ、ねぇ栞子! とても面白そうなゲームがあるわよ!?」

 

「これは……何か生き物がウヨウヨ動いてますね。一体何のゲームでしょうか……?」

 

 

 休む暇もほぼなく鐘さんは続けてテーマパーク内を歩き回り、辿り着いたのは一台の大きな画面のついたゲーム機だった。

 

 あぁ、これは……

 

「パッ◯マンじゃないか……これはまた懐かしいなぁ」

 

 

 俺が中学二年生くらいにこんなゲームをプログラミングして作ったよな……

 

 

「アナタはこのゲームを知ってるの? だったら、アタシにこのゲームがどんなゲームか、教えてちょうだい!」

 

「うむ、良いだろう。この黄色くてパクパクして動いてるのをプレイヤーが操作するんだが、これで制限時間までに生き延びたプレイヤーが勝ちになるというゲームだ。ただ……」

 

「へぇ、そんなに簡単なの? なら、私がこのゲームでアナタにまた勝つわ!!」

 

 

 おっと、まだ説明は終わっていないというのに……もう鐘さんは画面に夢中みたいだ。

 

 ……なら、このまま始めてもいいか。重要なことを話してないけど。

 

 

「あはは、それは全然気にしてない。ただ……果たして、この俺に勝てるかな?」

 

 

 ────────────────────

 

 

哎呀(アイヤ)〜、あと少しで勝てたのに〜!!」

 

「よっしゃ! これで五分五分だな!」

 

 

 結果、鐘さんは敵の存在を認識しておらず、序盤は即ゲームオーバーで負け続けると言う事態になった。話が違うだろうと途中で抗議を受けたが、そっちだって不公平な勝負仕掛けたんだからこれでおあいこだと返しておいた。

 

 ただ、最後らへんは彼女も勝手が分かってきたのか、大分粘られた。まあ、そこは俺の長年のゲーム歴をもって勝つことが出来たが。

 

 

 そんな訳でこれで終わり……と思いきや、すでに鐘さんは次のゲーム機を見つけてまっしぐらだった。

 

 しかもそのゲームは────

 

 

「悔しいわ〜! ……もうこうなれば、今度はこれで勝負よ!!」

 

「ん、どれって……それは───」

 

「……電車のゲーム、ですか!?」

 

 

 そう、俺でさえ全く触れたことのないゲームだったのだ。

 

 筐体には、大きな文字で電車でG◯! と書いており、ブラウン管の画面の下には二つのハンドルがあった。

 

「これなら、アナタもどうやるか知らないでしょう!? なら、私でも勝てるわ!!」

 

「えぇ……」

 

 

 確かに俺もこのゲームはやったことないが……なんか鐘さん、かなりヤケクソになってるだろ。

 

 そう困惑しながらも、鐘さんに急かされるようにゲーム機の前に座り、初めての電車ゲームをプレイすることになった。

 

 

「ん、これもう発車していいのか? てか、発車はどうすれば……って、右手のハンドルを回して……あぁ、なんとか動き出した……」

 

 

 このゲームが、電車の運転をするゲームであることは知っている。ゲーセンでも、少し新しい感じの筐体を見かけたからな。

 

 ただ、どのように操作をするかは全く分からない。やってみた感じ、右のハンドルがブレーキ、左のハンドルがアクセルの役割をしているらしいが……画面に書いてある残り時間というのは何だ? もしかすると、持ち時間のことだろうか? 

 

 

「もう駅近づいてませんか……?」

 

「えっ? ……あっ、本当だ!! ブレーキ!! ……えっ、何で残り時間減っていくんだ!?」

 

 

 色々考えてるうちに駅が近づいていることを、栞子ちゃんに声を掛けられてやっと気づいた。咄嗟にブレーキを勢いよく回すと、荒ぶるようなSEとともに残り時間が減り始めたのだ。ブレーキを緩めると減少は止まったが、一体何だったのだろうか……? 

 

 

 それで、このゲームは駅に電車を停めるんだよな? どこに停めれば……そう思っていると────

 

 

「うわっ、そこに停めるのか!? あっ……かなりオーバーしちまった」

 

 

 線路の横にあった目印らしきものを見つけ、ブレーキをかけるが間に合わず、結果オーバーランになってしまった。

 

「電車の運転ってこんなに難しかったのか……?」

 

「残念だったわね。なら、アタシがお手本を見せてあげるわ!」

 

 

 意気消沈ながらも、鐘さんとプレイヤーを交代する。

 

 

「おいおい、ちゃんとプレイ出来るのか?」

 

「大丈夫よ、無問題ラ!」

 

 

 こんなに自信満々だから、大丈夫なのかな……と、思っていたが───

 

 

「ちょっ、そこ制限速度遅いぞ!? ほら、段々残り時間が減っていくじゃないか!!」

 

「あれ? おかしいわねぇ……速く走れば、点を貰えるんじゃないの?」

 

「な訳ないだろう!?」

 

 

 言っちゃ悪いが、鐘さんの方が俺以上にダメみたいだ。駅を出発してから左のハンドルを緩めることなく、制限速度を超えて残り時間をどんどん減らしていく。このゲームはレーシングゲームじゃないんだぞ……

 

 

「ほら、左のハンドルを元に戻して……!」

 

「あぁ!? なんで助けるのよ! ランジュ達勝負してるのよ!?」

 

「このままだと勝負にならないからだ! せめて駅に停めるところまでは行ってもらうからな!!」

 

 

 つい見るに耐えずに、鐘さんの持つハンドルを横から持って操作をする。このままだとオーバーランどころかゲームオーバーになっちまって勝負にならないからな。

 

 これには少し不満そうな鐘さんだったが、駅になんとか停められた時には嬉しそうだった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「では、私はお手洗いに行ってきますね」

 

「栞子、行ってらっしゃい!」

 

「おう、ゆっくり行ってこい」

 

「はい!」

 

 

 栞子が休憩をしたいからって私に言ってきたの。私としては、もうちょっとゲームをしていたいところだけど……まあ、この古そうなベンチで休んで次の対戦に備えることも悪くないわ! 

 

 

 あっ、你好(ニーハオ)! 鐘嵐珠よ! 今日は私の大切な幼馴染、栞子と一緒にお台場のゲームセンターに来たわ! 

 

 ゲームセンターって聞いてたから、画面に集中して遊ぶゲームがいっぱいあるんじゃないかしらと思ってた。でも、意外とそうじゃないゲームも多かったわね! とても楽しいわ! 

 

 

「あぁ〜あともう少しだったのになぁ……ホント、君ゲーム上手いな。全部初めてプレイしたんだろ? それであそこまで俺と戦えるなんて凄いぞ」

 

 

 すると、隣で一緒に休んでいた徹がそう話しかけてきたわ。ふふっ、やっと私を認めてくれたのね? 

 

 

「ふふん、でしょ? アタシに出来ないものはないわ! でも、アナタもなかなかやるじゃない。よくゲームをやるの?」

 

「あぁ、まあな……」

 

 

 あら、徹は少し疲れてるみたいね。まあそうよね。彼、凄く集中してたもの。私が疲れてないのも、私が特別だからだわ。

 

 

 でも、まさか栞子以外とも一緒にゲームをするとは思わなかったわ。徹、栞子ととても仲良さそうな感じだったから、どんな人だか確かめようと彼を誘っちゃったけど……

 

 

「はぁ、こんなに対戦に集中したのは久々だなぁ……にしても、まだ疲れてないなんて凄いな。まだまだ元気有り余ってるって感じだね」

 

「……まあ、そうね。私はいつでも元気よ!」

 

 

 ……やっぱり、彼に訊くべきかしら。でも私、また余計なことを訊いちゃわないかしら……? 

 

 

 ……ううん、こんなのアタシらしくないわ。ちゃんと聞きましょう、栞子のことを─────

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……ねぇ、栞子は学校でどんな様子かしら?」

 

「ん? どんな様子、とは?」

 

 

 鐘さんと穏やかに会話をしていると、突然彼女は少し心配そうな表情でそう訊いてきた。質問の意図が読めないが、どういうことだろうか? 

 

 

「私、つい最近まで香港に行ってたのよ。この日本に戻ってきたのも、大分久々。だから……栞子が最近学校でどうしているのか、気になってるのよ」

 

「……なるほどな」

 

 

 

 

 鐘さんは自己紹介の時に、香港から日本にやって来たと言っていた。つまり、つい最近日本に帰ってきてまだ時間が経っていないということだろう。そうなると、鐘さんは普段の学校における栞子ちゃんの様子を知ることが出来ていないということだ。

 

 そうか……無鉄砲で、幼馴染を困らせたりして大丈夫かと思っていたが、割と幼馴染のことを気にかけているんだな。

 

 

「栞子ちゃんか……実は知り合ったのもつい最近で、学年も違うから、あまり詳しく知ってる訳じゃないんだ。でも、俺から見たことを話すと……彼女はとても真面目で、人の事を想って行動できる優しい子だ。あと教養も深いから、タメになるアドバイスをくれて助かるな。俺もそれで助かったことがあったし、感謝してるよ」

 

「そうなのね……流石栞子よ」

 

「ははっ、そうだな。俺もそう思うぞ」

 

 

 少し笑みを見せた鐘さん。

 

 あまり当てになる情報は言うことが出来ていない気がするが、少しでも安心してくれたらいいな。

 

 

「……徹、だったわよね? 徹は、栞子とこれからも仲良くしようと思ってるの?」

 

「……! ……あぁ、勿論だよ。まあ、これは一方的な感情かもしれないけどな」

 

 

 一瞬名前で呼ばれたことに少し動揺しちまったな……これまで名前で呼んでくれなかったが、一体何の心境の変化があったのだろうか。

 

 

「そう……やっぱり、私の見込み通りだったわね」

 

 

「見込み通り……?」

 

 

 今のは、彼女の独り言だろうか? もろに俺の耳に届いてるのだが……

 

 

 見込み通りって、多分俺のことだよな……いや、まさか……!? 

 

 

「……もしかして俺と勝負しようって誘ったのって、俺を見極めるためだったのか!?」

 

「……!? そ、そうよ! 悪かったわね!!」

 

 

 やっぱりそうだったのか……というか、悪気があったんだな。

 

 なるほど……唐突に俺と勝負しようと言い出したのも、栞子ちゃんと関わりがある俺が悪い人間かどうかを確かめるため、か……

 

 

「……ははっ、そういうことだったんだな」

 

「な、なんで笑ってるの……?」

 

「いや、凄く幼馴染想いなんだなってな。俺を試したってことは、三船を変な奴から守りたいと思ったからだろ? とっても三船のこと大事に思ってるんだなって感じたんだ」

 

「そんな……怒ってないの? 私がいきなり徹を誘ったから……」

 

 

 なんだ……少し不器用だが、根は人のために行動できる良い子じゃないか。

 

 

「んー……最初は結構困惑したな。でも、ゲームをしていくうちに気がついたらそれに夢中になっててさ。それも、俺を夢中にさせてくれたランジュちゃんのおかげだ」

 

「……徹って、優しいのね」

 

「いやいや、そんなことないよ。まあでも、一つ言うなら……二対一は卑怯だったってことだな」

 

「も、もう! それを言ったら徹だって、ちゃんとルールの説明しなかったでしょ!?」

 

「いやいや、鐘さんだってちゃんと俺の話聞こうとしなかったのもあるだろ!」

 

「……ははっ」

 

 

 何だか、これだけ気を遣わずに言い合うのは久々かもしれない。こんなにムキになるのも、()()()からほぼ無くなったからな……

 

「? どうしたの?」

 

「いや、何でもないよ。それより、栞子ちゃんが帰ってきたらどうするか? この後も対戦続けるか?」

 

「そうね……あっ、徹がやりたいことをしたいわ! 何かあるかしら? ランジュもそれをやりたいわ!」

 

「んー……あっ、ゲームじゃなくなっちゃうんだが……ここを奥に行くとたこ焼き屋さんがあってな。そこのたこ焼きを食べに行きたいな」

 

「えっ、ここにたこ焼きもあるの!? 是非行ってみたいわ〜!」

 

「おっ、そう言ってくれると嬉しいな。というか、たこ焼きを知ってるんだな。香港でも有名なのか?」

 

「そうね! 香港にもたこ焼き屋さんはあるわ! それでね……!」

 

 

 こうして、栞子ちゃんがお手洗いから戻ってきた後、三人でたこ焼きのフードコートに一緒に行った。とっても美味しかったぜ。

 

 

 

 




今回はここまで!

ランジュちゃんの良さを引き出すような話にしてみましたが、いかがだったでしょうか? 早く本編でも出したいところですね……
本編も近いうちに更新すると思います!
ではまた次回!
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バレンタイン特別回

はいどうも!少しお久しぶりになり、申し訳ないです汗
今回は2月14日のバレンタインデー特別回となっています!
9人のスクールアイドル+侑ちゃん、合計10個のシチュエーションで書きました!それぞれのシチュの時系列は関連なく、本編とも関係ございません!また、今回チョコをもらうのが徹くんですが、読む際は自分が徹くんになったつもりで読んでいただければと思います!
では、長くなりましたが、どうぞ!


 〜かすみの場合〜

 

 

 お台場のとある海辺の公園にて……

 

 

「あー! 来るの遅いですよ〜せんぱーい!」

 

「ごめんごめん、待たせたね」

 

「もう、かすみんプンプンですよ〜!」

 

 

 かすみはご機嫌斜めのようだ。

 

 

「……お、かすみちゃんのその服、初めて見るね。なんだかいつも以上に可愛く見えるぞ」

 

「えっ!? ……もう、仕方ないですね〜♪」

 

 

 徹がかすみのコーディネートを褒めると、彼女は機嫌を良くした。

 

 

「……あっ、それで俺を呼び出して何か用があるのか?」

 

「先輩、今日が何の日か知ってますか?」

 

「えー……あれか、バレンタインだったっけか?」

 

「ピンポンピンポーン! 先輩のくせにやりますねー?」

 

「いや何だ俺のくせにって……あっ、てことはもしかして……」

 

「はい! ……じゃーん! かすみん特製チョココッペパンです!」

 

 

 すると、チョコクリームが塗られたチョコ生地のコッペパンが現れた。

 

 

「おぉ、チョココッペパンか! 流石かすみちゃんだな。美味しく食べるよ」

 

「はい! ……美味しいに決まってます! 大好きな先輩のために愛情たっぷり込めて作ったものなんですから!」

 

「ふふっ、俺のために作ってくれて嬉しいよ。ありがとな、かすみちゃん」

 

 

 すると、徹はかすみの頭を撫で始めた。

 

 

「えへへ〜かすみんのこと、もっと撫でてくれてもいいですよ〜?」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 〜せつ菜(菜々)の場合〜

 

 

 お台場の街中のとあるカフェにて……

 

 

「あ、徹さん! お待たせしました!」

 

「いや、俺もさっき来たばかりだよ。それに、俺が少し約束の時間より早く来ただけだしな」

 

「えへへ、それを聞けて安心しました!」

 

「おう……んで、用があるって聞いたが、どうかしたか?」

 

「えぇっとその……徹さんは今日がバレンタインってことは覚えてますか……?」

 

「……あぁ、そういえばそうだったな。……えっ、ということは……」

 

「はい……これを徹さんに……!!」

 

「おぉ……ってこれ手作りじゃないか! 一人で作ったのか?」

 

「あ、いえ。彼方さんに手伝ってもらってさっき作ってきました! 一人だと何故か上手く出来なかったので……」

 

「なるほど、そういうことだったんだな……」

 

「はい! ……その……徹さんへの日頃の感謝と、大好きの気持ちを込めてつくったので……受け取ってくれますか……?」

 

 

 菜々は、不安そうな顔で徹を見つめる。

 

 

「あぁ、それはもちろん。料理が苦手な菜々ちゃんが一生懸命作ってくれたんだからな。ありがたく頂くよ」

 

「……! ……はい! ありがとうございます!! ……って私、料理苦手じゃないですよー!?」

 

 まるで太陽のように人の心を明るくする笑顔を見せると、徹の言葉に対して不服だったのか困った顔をした。

 

 

 ……このあとイチャイチャして色々あったのはまた別の話……

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 〜愛の場合〜

 

 

 お台場のとある公園にて……

 

 

「あっ、てっつー! やっほー!」

 

「おっす、愛ちゃん。今日は何か用がある感じか?」

 

「うん! 今日ってさ、バレンタインデーでしょ? だから……はい、これ! いつも愛さんをサポートしてくれるてっつーに……と、友チョコあげる!」

 

「そういえばそうだったな……おっ、手作りチョコじゃないか! 愛ちゃんから友チョコ貰えるなんて嬉しいな〜! ありがと、美味しく食べさせていただくよ」

 

「……う、うん! 愛さんが作ったチョコで()()()っとほっぺが落ちちゃうぞ〜」

 

 

 愛は僅かに曇った顔でそう言った。

 

 

「あっはははは! 相変わらず愛さんのダジャレは冴えてるな〜 でも、もしかしたらちょこっとどころじゃないかもね……じゃあ、また今度な」

 

 

 徹が帰ろうとすると、愛は焦った表情を浮かべた。

 

 そして……

 

 

「……っ! ……ま、待って!!」

 

「ん? どうした、まだ何か用がある感じ?」

 

「……私さっき友チョコって言っちゃったけど……それは……と、特別なチョコだから……!」

 

「えっ、特別……?」

 

「……そ、そういうことだから! じゃあね!!」

 

「あっ、ちょっ!?」

 

 

 すると愛は恥ずかしさのせいか、彼から走り去った。

 

 

(アタシは決めたよ! てっつーが好きな気持ちは誰にも負けないんだからーっ!!)

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 〜エマの場合〜

 

 お台場のとあるベンチにて……

 

(今日バレンタインなんだよね……日本で男の子にチョコをあげるっていう文化があるのをあまり意識してなかったから、忘れてて市販のチョコになっちゃったけど、徹くん喜んでくれるかな……)

 

 

 スイスでは日本のようなバレンタインの文化はないのだ。

 

 

「はぁ、はぁ……すまんエマちゃん! 待たせちまった」

 

「あっ、徹くん! 大丈夫、全然待ってないよ〜」

 

「本当? そう言ってくれるとありがたいよ。んで、何か渡すものがあるって聞いたけど?」

 

「えっと……これなんだけど……」

 

「これは……チョコか?」

 

「うん、今日バレンタインデーなんだよね? 実はスイスあんまり女性が男性にチョコ渡す習慣がなくて……こんな市販のチョコしか用意出来なかったんだ……ごめんね?」

 

 

 エマは申し訳なさそうな顔になった。

 

 

「いいっていいって。その気持ちだけでも凄く嬉しいからさ」

 

「でも、これだけじゃ……あっ、そうだ! ねぇ、そのチョコ一回貸して?」

 

 

 エマが何か閃いたようだ。

 

 

「お、おう。どうぞ」

 

 

 すると、エマはチョコを開封し、チョコを取り出し……

 

 

「はい! 私が愛情を込めて食べさせてあげる!」

 

「えぇ!? そ、そこまではしなくていいって! 自分で食べるから!」

 

「ダーメ! そうしないと私の気が収まらないんだから! ほら、いっぱい食べてね、徹くん♡」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 〜璃奈の場合〜

 

 

 璃奈の家にて……

 

 

「あっ、徹さん。いらっしゃい」

 

「よっす、璃奈ちゃん。呼ばれたから来たけど、今日もゲームで遊ぶ感じか?」

 

 

 普段徹が璃奈の家に来た時、大体二人が大好きなゲームで遊んだりする。

 

 

「ううん、今日は違う」

 

「ありゃ、違うか。じゃあ何をするんだ?」

 

「……今日はバレンタインの日だよね」

 

「あー……そういえばそうだったな……それがどうしたか?」

 

「……もう、鈍感……はい、これ」

 

 

 すると、璃奈は箱を取り出し、徹に渡した。

 

 

「ん、これは……」

 

「開けてみて」

 

「おう……ん!? これ、チョコか?」

 

 

 すると、そこには顔が書かれたさまざまな形のチョコがあった。

 

 

「うん。名付けて、特製璃奈ちゃんボードチョコだよ。いつもの感謝の思いをこのチョコに込めた」

 

 

 そう、顔というのは璃奈ちゃんボードの顔だったのだ。

 

 

「ほう……これはよく作り込まれてるね。それに可愛いし……ありがとう、璃奈ちゃん」

 

「喜んでもらえて嬉しい……璃奈ちゃんボード『にっこりん♪』」

 

「ははっ。いやしかし改めて見ると璃奈ちゃんボードとこのチョコ、よく似てるなぁ……ん? なぁ璃奈ちゃん。一つだけ雰囲気が異なるやつがあるけど、これは……」

 

 

 徹は、目がハートになっているピンクのハート型のチョコを見つけた。

 

 すると璃奈は……

 

 

「あっ……それは……その、今の私の気持ち、だよ? 璃奈ちゃんボード『テレテレ』」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 〜彼方の場合〜

 

 

 お台場のとあるショッピングモールの前にて……

 

 

「彼方ちゃんにここで待ち合わせしようと言われたのだが……時間になっても来ないな……」

 

 

 待ち合わせ時間になっても、彼方が来ないのだ。

 

 

「ちょっと家に行って様子を見に行こうか」

 

 そこで、徹は彼方の家まで行くことにした。

 

 

 ────────────────────

 

 

 場所は彼方の家……

 

 

「お邪魔しまーす……彼方ちゃーん……あっ、いた」

 

 

 家に入り、リビングまで行くと、台所で彼方が寝ているのを見つけた。

 

 

「台所で寝るんだな……ん? これは……」

 

 そこには、美味しそうなチョコ達が箱の中に並んでいた。

 

「マジか……彼方ちゃーん、起きてー」

 

「……はっ! 今何時!?」

 

「うおっ!?」

 

 

 すると、すごい勢いで彼方は目を覚ました。

 

 

「……えっ? 徹くん?」

 

「おはよ。待ち合わせ時間になっても来なかったからこっちから来たぞ」

 

「……あぁ!? ……ご、ごめんね……! 彼方ちゃんが寝ちゃったから徹くんに手間かけちゃったよ……」

 

 

 すると、彼方は今にも泣きそうな顔をした。

 

 

「ううん、手間をかけてたのは彼方ちゃんだよ。そこのあれ、チョコでしょ?」

 

「えっ……? あっ……」

 

「ふふっ、それ手作りでしょ? ありがとな。俺なんかのために作ってくれて。いやー、まさか彼方ちゃんの手作りチョコが食べれるなんてな〜……」

 

「……そんなの……当たり前じゃん……」

 

 すると、彼方は頬を赤く染めて小さな声で呟いた。

 

「……ん? 何か言ったか?」

 

「……! う、ううん、なんでもないよ〜」

 

「そ、そうか……まあともかく、俺がここまで来たことなんて、大した手間じゃないってことさ。気にしないでくれ」

 

「う、うん……ありがと……」

 

「……それよりさ、今から食べて良いか? もう見ただけで美味しそうだから食べたくなっちまったよ」

 

「……! うん、彼方ちゃんが美味しく作ったチョコ、召し上がって〜」

 

 

 彼方はいつも通りの笑顔になった。

 

 ……この後二人で食べさせ合いっ子したとか。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 〜しずくの場合〜

 

 

 しずくの家にて……

 

 

「今日はしずくちゃんの家に誘われたが……なんか緊張するぞ」

 

 

 今徹はしずくの家の前に立っている。

 

 すると……

 

 

「あっ、先輩! ようこそお越しくださいました! どうぞ上がってください♪」

 

「おう、ではお邪魔します……」

 

 

 徹はしずくの家に上がり、歩いていく。すると、彼女の家の台所が目に映った。

 

 

(えっ、箱が大量にあるだと!? ……あれはもしかして、全部チョコか?)

 

 

 徹は少し驚いたが、リビングまで行き、そこで彼女に聞いてみる。

 

 

「……なぁ、しずく。台所が目に入っちゃったのだが、あの大量の箱はもしかしてチョコか?」

 

「あっ、見られちゃいましたか……はい、あれは全部本命チョコです」

 

 

 そう、なんと何十個もあるが、それ全部本命チョコだというのだ。

 

 

(本命の人がいっぱいいるのかな……なんでだろ、そう思うと複雑な気持ちになる……)

 

 

「……それはさておき、先輩に渡したいものがあるんです」

 

「そうなのか……えっ、もしかしてチョコだったりするのか?」

 

「はい、そうです! ……どうぞ!」

 

 

 すると、さっき見た箱より少し立派で見た目が良さそうな箱を出した。

 

 

「こ、これは……」

 

「さっき先輩が見たチョコは本命のチョコですが……これは、それよりもっと特別なチョコですっ! 私の気持ち、受け取ってください♪」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 〜果林の場合〜

 

 

 お台場のとある街中にて……

 

 

(うう……チョコを渡す側になるのは初めてだわ……徹を誘ったのはいいものの、どうすればいいのかしら……)

 

 果林は読者モデルのファンからチョコをもらうことがあっても、渡すことは今までなかった。

 

 彼女が考えていると……

 

「果林ちゃん?」

 

「う、うわぁ!?」

 

「うおっ!?」

 

「も、もう徹、驚かさないでちょうだい!!」

 

「い、いやそれはこっちのセリフなんだが……まあそれはいいか。んで急に呼び出して、何か急用だったり?」

 

「え!? い、いや、急用ではないわ」

 

「あれ、そうなのか……じゃあ、なんだ?」

 

「〜っ! は、はい! これ!!」

 

「……これは……チョコか?」

 

「そうよ! 今日、バレンタインでしょ!? それでその……徹にこれを渡したかったの!!」

 

「……ハハッ、そういうことか……まさか果林ちゃんから貰えるとは予想外だったわ。凄い嬉しいぞ、ありがとな」

 

「……!! 受け取ってくれるの……?」

 

 すると、彼女は驚いた顔で徹を見つめる。

 

「当たり前じゃないか。果林ちゃんは俺にとって大事な人だしな」

 

「……!? ……もう、平然とそんなこと言わないでよ、勘違いしちゃうじゃない……」

 

「? 今何か言った?」

 

「な、何でもないわ! ……とにかく! その……ありがと、ね……」

 

 

 果林は少し嬉しそうな顔を浮かべた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 〜歩夢の場合〜

 

 高咲兄妹・歩夢のアパートの共用廊下にて……

 

「……はぁ、どうしよう……」

 

(今年は徹さんに本命チョコを渡そうと思うけど、なんて言って渡せばいいんだろう……分からないよ……)

 

 

 歩夢は外を見つめながら悩んでいた。

 

 すると……

 

 

「おっ、歩夢ちゃんじゃないか。奇遇だな」

 

「えっ!? て、徹さん!?」

 

 

 徹がやってきた。

 

 

「あっ、すまん。驚かせちゃったか」

 

「い、いえ大丈夫です! 全然!」

 

「そ、そうか……」

 

 

 すると、歩夢は深呼吸して落ち着き、こう続けた。

 

 

「……あの、今日は何の日か覚えてますか?」

 

「んー……あっ、今日はバレンタインの日だったよな」

 

「はい! それで……その……今からうちに来てくれませんか!?」

 

「お、おう。もしかしてチョコのことかな? わかった。行こうか」

 

 

 ────────────────────

 

 

 場所は歩夢の家に移る。

 

 

 徹はテーブル前の椅子に座り、歩夢は箱を取り出し、

 

「あの、これを渡します!!」

 

「おう……ん、これはいつものとは違う……もしかして手作りか!?」

 

「は、はい……そうです……」

 

「マジか……ふふっ、そうかそうか……歩夢ちゃんの手作りが貰えるなんてな……嬉しすぎて叫んじゃいそうだ」

 

 

 そう、今までは市販のチョコをもらってきてはいたものの、手作りチョコはもらってなかったのだ。

 

 

「も、もう! 叫ぶのはやめてください!」

 

「ははっ、冗談だ。いつもありがとな、歩夢ちゃん」

 

「はい! ……あ、あの!」

 

「ん?」

 

 すると、歩夢は何かしらふと思い出したのか、こう言った。

 

「えっと……そのチョコはいつもと違って……ほ、本命チョコなんです! なので……私のことを感じて食べて欲しい……ぴょん……」

 

 歩夢は両手を兎の耳のように頭に添え、顔を赤く染めていた。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 〜侑の場合〜

 

 

 高咲兄妹の家にて……

 

 

「はー、疲れた。ただいま〜」

 

「お兄ちゃん、おかえり〜! ……ねぇお兄ちゃん、あとでチョコあげるから私の部屋に来て!」

 

「あぁ、分かった」

 

 ────────────────────

 

 

 場所は、侑の部屋。

 

 

「よっ、来たぞー」

 

「お兄ちゃん、待ってたよ〜!」

 

 

 すると、彼女は箱を手に取り……

 

 

「じゃあ……はい、これ!」

 

「ふふっ、いつも手作りしてくれてありがとな。侑」

 

 

 徹は侑の頭を撫でる。

 

 

「お兄ちゃんのためだもん! それくらいお安い御用だよ!」

 

「ははっ、嬉しいな」

 

「……ところでお兄ちゃん、今日どれくらい女の子からチョコもらった?」

 

 すると侑は少し不機嫌そうな感じで聞いた。

 

「うーん、まあ十数個くらい?」

 

「……結構貰ってるじゃん……むー……」

 

 

 侑は頬を膨らませた。

 

 

 すると、徹は察したのか……

 

 

「ん? ……あのな侑、確かに俺はかなりチョコ貰ってるけどな、俺は侑のチョコが一番美味しくて好きだぞ?」

 

「……! ……ホント!?」

 

「うん。それに、侑が俺のこと好きでいてくれるのも凄く嬉しいしな」

 

「……!! ……お兄ちゃん!!!」

 

 

 侑は勢いよく徹に抱き付いた。

 

 

「うおっ!? ……えちょっ、侑!?」

 

「ありがと、お兄ちゃん……大好き!」

 

 

 侑は満面の笑みでそう言った。

 

 

 

 

 

 




はい!今回はここまで!
やはり10人分シチュを考えて書くのは難しかったです…orz
最近色々と不穏な世の中ですが、この小説で少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ではまた次回!本編を進めます!


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過去編 〜高咲兄の出会い〜
第1話 不思議な夢


初の連載小説です!よろしくお願いします!


 

 

 ───なぜだろうか。今俺は、とてもフワフワした感覚に襲われている。

 

 

 

 

 

 

 意識が朦朧としていて、視界もぼんやりとしているのだが……見渡す限り人、人、人……そしてその人達は何の邪気を感じさせない笑顔で、ある一方向に眼差しを向けているようだ。

 

 

 ……ここは何かのライブ会場だろうか? 

 

 

 どうしてこのような状況下に置かれているかは理解できないが、俺が一体どこにいるかは理解が出来た。ライブとはいっても、具体的にどこのグループがライブやってるだとか、細かいことは分からないのだが……

 

 

 

 ただただ、俺はその空間に圧倒されていた。

 

 

 

 割れんばかりの歓声と微かに聞こえる音楽が、俺の聴覚をこれでもかと刺激している。

 

 

 言葉にできない……こんな気持ちになるのは初めてかもしれない。

 

 

 

「〜〜〜!!!!」

 

 

「……!?」

 

 

 そう考えていると、突如周りの歓声の大きさが一気に上がった。

 

 

 前のステージらしき場所を見ると、舞台らしき物の上に何人かの人が立っていた。遠いのでちゃんと数えられないが、10人以上はいるか? 

 

 

 

 ───何だろう、このドキドキは……

 

 

 俺は、この湧き上がる『何か』を言語化出来ずにいた。

 

 

 

 しかし、驚くことはこれだけではない。

 

 

 ふと少し視線を手前に向けると……

 

 

 

「……侑?」

 

 

 

 そこには良く知っている人がいた。

 

 

 俺の視線に気づいたのか、こちらに振り向いて微笑んだ。

 

 

 俺はその笑顔を見て、緊張感で強張っていた顔が弛む。

 

 

 ……あぁ、そうか。これが彼女がよく言う、『ときめき』という感覚なのだろうか……

 

 

 

 俺はその『ときめき』に身を任せながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

 

 

 知らない天井だ……なんてな。

 

 

 寝て起きたら転生してました! ……なんてことはよくアニメやラノベのようなフィクションではよくある展開だ。しかし現実ではそんなことはあり得ず、目を覚ますとよく見慣れた俺の部屋の天井がそこにあった。

 

 

 ……だが、そのフィクションのようなあり得ないことを経験したかのような感覚が、今俺の身体を襲っている。

 

 

「……なんか不思議な夢をみたな」

 

 

 

 どうやら俺は寝ている最中夢を見ていたようだが、その内容は全くと言っていいほど覚えていない。ただ、いつもとは明らかに異なる寝起きではないかと思う。

 

 

「……変な感じ」

 

 

 

 ボソッとそう呟いたその時───

 

 

 

「お兄ちゃーん、朝だよー!」

 

 

 

 部屋のドアがバタンと豪快に開き、一人の女の子が入ってきて俺のいるベッドへダイブしてきた。

 

 

 ははっ、妹か。今日も朝から元気だなぁ……

 

 

 ……なんかさっきまで非日常を感じていたような気がするが、まあいつも通りの日常だな。

 

 

「……だな。おはよ、侑」

 

 

「おはよ、お兄ちゃん!」

 

 

 彼女は満面の笑顔でそう言った。

 

 

 ────────────────────

 

 

『さて続きまして、エンタメのコーナーです……』

 

 

 エンタメねぇ……最近面白そうなネタがないから、興味ないなぁ。ニュースとかなら有益な情報が手に入るから見るが、エンタメはもうほとんど見ないだろうなぁ……

 

 そんなことを考えながら、俺はテレビが流れる食卓で妹と一緒に朝食を食べている。

 

 

 ……あ、そういえば自己紹介するのを忘れてたな。

 

 俺の名前は高咲(たかさき) (てつ)。虹ヶ咲学園情報処理学科に通う高校2年生だ。東京・お台場のあるアパートに住んでおり、電車かバスで十数分したところに俺の通う高校、虹ヶ咲学園がある。

 

 

 ちなみに、俺の名前を聞いて「ん?」って思ったかもしれない。この漢字の名前といえば、普通は別の読み方をするはずなのに。

 

 そう思うのも無理はない。実際、周りからよく「とおる」って読み間違えられる。ただ、その度に訂正すればいい話だから、俺自身は特に困ってはいない。

 

 そして両親は共働きで、どちらも単身赴任しているので、俺と妹で二人暮らしをしている。

 

 ……念を押して言っておくが、妹だからな? 男女が二人っきりだからといって、変な想像はするなよ? 

 

 

「そういえば、今日お兄ちゃん起きるの早かったよね。いつもは私が先なのに!」

 

 

 感心してそうに話し掛けてくるのは、俺の妹の高咲(たかさき) (ゆう)だ。今年から高校に入学する。つまり高校一年生で、俺より一つ年下だ。

 

 黒髪で、毛先が緑色にグラデーション掛かっているという珍しい特徴を持っている。まあ、そう言う俺も毛先が若干緑っぽくなっているだが、俺の方が色が薄く、若干黄緑に近い色をしているというちょっとした違いがある。

 

 通っている学校は同じく虹ヶ咲学園だが学科は違い、彼女は普通科だ。残念だけども、仕方ない。俺の通う学科はちょっとばかり専門的だからな。

 

 

「あぁ、ちょっと変な夢見ちゃってな。少し早く起きちまった」

 

「へぇ……どんな夢だった? もしかして、ときめいちゃうような夢!?」

 

 

 すると、侑は目をキラキラさせながらテーブルの向かい側から立ち上がって俺の顔の目の前まで迫ってきた。

 

 

「ちょっと、近い近い!」

 

 

 自分の妹とはいえ、そんなに顔を近づけられると流石に動揺してしまう。

 

 

 ……正直言って、可愛いし。

 

 

 

「えぇ〜いいじゃん兄妹なんだし〜」

 

 

 本人は全く気にしてないようだ。全く、このような距離感を他の人にやってたりしてないか心配だぜ……

 

 

「……それで、どんな夢だった?」

 

 

 話題を戻すように、侑は俺に夢の内容について訊いてくる。

 

 

「それがな、全く覚えてないんだよなー……」

 

「えー……なんだ、つまんないの〜」

 

 

 不満げな表情で嘆く侑。そんなこと言われてもなぁ……

 

 

「仕方ねぇじゃん、覚えてないものは覚えてないんだからさ」

 

 

 しかしほんと、何を見たんだろうな? 起きた瞬間変に興奮した感じはあったんだけども……

 

 

「……まぁ、そういう私も実は変な夢見たんだよね〜」

 

「ん? そうなのか……もしかしてそんな侑も覚えてなかったり?」

 

「うん。なんかいい感じだったのは覚えてるんだけどね」

 

 

 まさか侑までそんな夢を見てるとはな……

 

 まあ、誰だって夢は見る時は見るし、内容が一致してるかは分からないからそこまで珍しいことでもないか。

 

 

 そんな風に考えながらふと壁に掛かっている時計を見てみると、外へ出る時間が迫っていた。

 

 

「……ん、そろそろ時間だな。早く食って準備するぞ」

 

「うん! ……着替えてる時、部屋覗かないでね?」

 

「……!? ゲホッゲホッ! 食べ物食ってる間にそんなこと言うな!? てか覗かねぇから!」

 

「あはは! ごめんごめん!」

 

 

 危うく口の中のモノを出しそうになったが何とか耐えた。

 

 もう、毎回唐突すぎるんだって……しかも急ぐためにハイペースで食べ始めたその矢先だ。タイミング悪過ぎるんだっての……まあ、大惨事にならなくて良かったんだが。

 

 

 この後は特に何もなく学校へ行く準備をし、侑と共にある友達との待ち合わせ場所に向かった。

 

 

 

 




今回はここら辺で!
ちなみに読んでて気付かれたかと思いますが、この小説は時系列的にアニガサキ(アニメ虹ヶ咲)より前から始まります!
ただ、あくまでもメインはアニガサキなので、過去の話はサラッと行こうかと思います!(話数的に)

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第2話 兄妹の幼馴染

お気に入り登録たくさんいただきました!ありがとうございます!!
第2話です!
今回は侑ちゃんと仲が良いあの子が登場!


 

 

 改めまして、どうも。高咲徹だ。

 

 今俺は、我が妹である侑とともに、ある友達と普段から待ち合わせている場所に向かっている。

 

 

 のだが……

 

 

 

「なぁ、流石にくっついて登校するのはもう卒業じゃないか?」

 

「えー、いやだよ! これが日課なんだもん!」

 

 そう、今俺の腕は侑によってがっちりホールドされている状態だ。

 

 侑が中学生のころまではまだ『相変わらず可愛いな』くらいでなんとかなったが、流石に高校生になるとなぁ。大人になるのはもうすぐだし……なにとは言わないが、色々と成長していらっしゃるし……

 

 まあ、要はあれだ。男にとっては刺激が強いってことだな。

 

 

 そんなことを考えていると……

 

 

「あっ、侑ちゃんに徹さん、おはよう!」

 

 

 少し階段を降りた先に、ピンク色の髪の毛で、右サイドをお団子にまとめている女の子がいた。

 

 

「おはよう! 歩夢!」

 

「おっす、歩夢ちゃん」

 

 

 彼女の名前は上原(うえはら) 歩夢(あゆむ)。俺と侑の幼馴染で、侑と同じ高校一年生だ。

 

 侑に関しては幼稚園の時に彼女と出会って、今となっては幼稚園から高校までずっと同じクラスだそうだ。ほんと凄い確率だよな……

 

 それでこの二人が知り合ってから、お互いの家でよく遊んだりしていて、初めてうちに遊びに来た時に俺は彼女と出会った。

 

 最初は少し緊張していた彼女だが、徐々に仲良くなり、今でもよく侑と3人で買い物に行ったり遊んだりする。まあ要は、幼馴染で今でも仲良くしているって感じだ。

 

 

「……よし、じゃあ行こうか」

 

「「うん! (はい!)」」

 

 

 ────────────────────

 

 

 幼馴染の二人とともに場所を移動し、登校途中のバスへと辿り着いた。

 

 時間は朝のラッシュ帯であるため、バスの席に座れる訳もなく、三人揃って立っている。バスに乗って少し落ち着いた後、歩夢ちゃんが俺に話しかけてきた。

 

 

「そういえば、徹さん生徒会長に選ばれたんですよね! おめでとうございます!」

 

「おう、ありがとな。まさか選ばれるなんて思ってなかったよ」

 

 

 それは、俺がつい先日行われた生徒会長を決める選挙で選ばれたことだった。そう、なんと驚くことに……俺が生徒会長になったのだ。

 

 虹ヶ咲学園は毎年4月の末に生徒会の役員決めがある。対象は1年生と2年生だ。3年生は、受験に集中するために、対象には入っていない。

 

 そんでなぜ俺がこんなに驚くのかというと、虹ヶ咲学園は男女の割合が非常に偏っており、男子は全体の2割くらいしかいないからだ。だから、男である俺が立候補して、当選する確率はかなり低いだろうなー……と勝手に思っていた。

 

 もちろん、生徒会長になるのにはちゃんとした動機があったし、選ばれるために色々努力を尽くしたのだが……まさかあそこまで票が伸びるとはな。

 

 

「いやーお兄ちゃんが生徒会長になるなんてねー、私も鼻が高いよ〜」

 

「ははっ、でも俺なんかが生徒会長で良いのか?」

 

「はい、徹さんの人柄を考えたら選ばれてもおかしくないですし、私は選ばれるって信じてました!」

 

「お、そう言ってくれるか? 嬉しいな〜、そんな歩夢ちゃんにはよしよしだ〜」

 

 そう言って頭を撫でると、

 

「ひゃっ!? も、もう! 恥ずかしいですよ! 」

 

 

 歩夢ちゃんは顔を真っ赤にした。

 

 ……おっと、少し暴走しちゃったな……周りの視線がマズいし、これくらいにしとこう。

 

 もう、歩夢ちゃんは今も昔も本当に良い子だな……

 

 前俺らが小さかった頃に、歩夢ちゃんがピンク色のうさぎのコスチュームを着て、『あゆぴょんだぴょん♪』ってした時はほんと可愛かったなぁ……

 

 ……実は本人には言ってないが、その時のビデオがうちには残っており、今でも高咲家の家宝となっているのだ。まあ、家宝って言ったら少し大袈裟かもしれないが……

 

 ……ってやべ、ちょっと口が滑っちまった。まあそれくらい歩夢ちゃんは俺が昔からもう一人の妹のように可愛がる、良い子ってことだ。

 

 あっ、昔と言えば……

 

 

「そういえば歩夢ちゃん、俺の事はもう昔の呼び方で呼んでくれないのか?」

 

「えっ!? そ、それは……ちょっと恥ずかしいので……」

 

 そう、昔の歩夢ちゃんは今の敬語とは違い、タメ口で話をしていたのだ。それに加えて、俺の名前は「(てつ)」なので、親しみを込めて「てっちゃん」と呼んでくれてたのだ。

 

 ……しかし、いつからか敬語になって、呼び方はさん付けになってるんだよな。まあ思春期とかそういうのだろうから仕方ない……ちょっと寂しいけど。

 

「……ちょっとー! 二人だけでイチャイチャしないでー!」

 

 そう歩夢ちゃんと話していると、侑が頬を膨らませて俺と歩夢ちゃんの間に入ってきた。

 

 侑は割とかまってちゃんなんだよな。

 

 

「おうすまんすまん、侑も構うから、な?」

 

「もー、お兄ちゃんったら……」

 

 そうやって拗ねそうになってた侑も撫でてあげたら、少し頬を赤くして落ち着いた。

 

 もちろん、侑も歩夢ちゃんと負けず劣らず、可愛い。

 

 そんな感じで、俺は周りの厳しい視線を感じながらも、学校へ向かっていった……

 

 

 




今回はここまで!
なんと徹は生徒会長になるんだそうですね!
この話はアニメより過去の話なので、ここではせつ菜ちゃんの前生徒会長が徹という風になります!
では、次回もお楽しみ!
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第3話 生徒会での出会い

どうも!
またまたたくさんのお気に入り登録ありがとうございます!
第3話です!
今回は一見真面目そうなあの子が登場!


 

 

「さて……今日も頑張っていくか」

 

 

 妹の侑、そして幼馴染の歩夢ちゃんと共に登校を果たした俺こと高咲徹は、学校前で別れ、それぞれの教室へ向かった。

 

 

 俺は情報処理学科に所属しているので、主に工学やそれに関わる数学や物理などを学ぶ、まさに理系らしい授業が主だ。

 

 

「では、これで授業を終わります」

 

 

 そんな授業の午前の分が終わり、お昼は侑と歩夢ちゃんと一緒に食べた。

 

 

 俺たち3人は小学校のころからずっと同じ学校だったので、小学校の給食から中学校の学食に変わって以来、二人とクラスが違えど、お昼は三人で集まって食べている。

 

 しかし、今日の昼食はそのいつもとはちょっと違う。

 

 

 普段は学食で済ますところが、今日は俺が作った弁当だった。

 

 

 実は昨日、侑が急に「お兄ちゃんのお弁当、久しぶりに食べてみたいなー」というから、そこから食料を調達してきて今日早起きして作った。

 

 俺はそこそこ料理が出来る方で、二人で暮らしているから朝晩の飯は俺が作ってる。ただ、夕飯の配膳とかは侑も手伝ってくれるからそこは仕事を分担してる感じだ。

 

 

 それで、三人で食べていたら歩夢ちゃんも俺の作った弁当食べたそうにしてたから分けてあげた。そしたら美味しそうに食べてくれたから良かった。

 

 

 ん、昼食食べてた時何を話したかって? 特に大したことは話してないなー……あっ、部活どうするかって話はしたな。そしたら二人とも、何か部活に入るつもりはないらしい。所謂帰宅部ってやつだ。まあ、あの二人何かハマってるとか、まだそういうのあまりなさそうだもんな。

 

 ……まあ、俺も似たような感じなんだけどな。俺も部活どこにも入ってないし。

 

 

 

 そんな感じで、お昼休みが終わり、午後の分の授業も受け、一日の授業の日程は終わった。その後、俺は急ぎ足である場所に向かった。

 

 

 その場所は……

 

 

 

「皆さん、この度生徒会長を拝命しました、高咲徹です。これから生徒会長として働く上で、まだ色々至らないところもあるかもしれませんが、この虹ヶ咲学園の生徒のリーダーとしてしっかり務めて行こうと思いますので、これからよろしくお願いします」

 

 

 そう、生徒会室だ。新生徒会長もとい俺の挨拶を役員たちにしているところだ。

 

 ちなみに、役員も同じタイミングで変わっているので、新しい布陣で生徒会を運営していくことになる。

 

 

 なので……

 

 

「ではさっそく事務をしようと思うが、みんなまだ慣れていないと思うから、今から与える仕事をこなしたら帰ってもいいよ。あと、分からないことがあったら気軽に訊いてくれ」

 

 

 流石にいきなり普段並みの作業をさせたらキツいだろうから、最初は少し軽めにいこうと思う。

 

 

 

 それからしばらく経って、みんなほとんど作業を終えて、俺以外みんな帰った

 

 

 

 ……はずなのだが……

 

 

 

 

「会長、まだ私にできる仕事は残ってないですか?」

 

 

 そう、たった1人だけ、残って作業をしている子がいたのだ。

 

「お、おう、じゃあこれ頼むよ」

 

 ……リボンの色からして……1年生かな? 

 

 1年生でここまで素早くタスクをこなす技量は凄いな……

 

「……なあ君、名前なんて言ったっけ?」

 

「えっ? ……あ、はい、中川(なかがわ) 菜々(なな)です」

 

 中川菜々、か……

 

 長くて黒い髪を三つ編みのおさげにして、眼鏡を掛けている。少しクールな印象を受ける女の子だ。

 

「うむ。じゃあ中川、随分作業が速いね。何か経験とかあるの?」

 

「はい、以前私が通ってた中学校で生徒会長を務めた経験があります」

 

 

 あー、なるほどな。道理で慣れてる訳だ……

 

 他の役員のみんなが与えた作業をやってる中でも、彼女が一番最初にそれを終わらせて、俺に仕事をねだってきたくらいだからな。

 

 

「なるほど……もしかして、来年の生徒会長の座狙ってる感じ?」

 

「そうですね、なろうかなとは思ってます」

 

 

 やっぱりなー……まあでも、いい会長になりそうだ。

 

 

「そうか……じゃあこれから1年間色々経験積まなきゃな」

 

「はい、なので会長、これからよろしくお願いします」

 

「おう、こちらこそ、よろしくな」

 

 

 ……なんかびっくりするくらい落ち着いてるな。本当に普段からこんな感じなのか? 

 

 

 

 ……ちょっと一つ仕掛けてみるか。

 

 

「そういえば、中川は何か趣味とかあるか?」

 

「……! ……えっと、読書とかニュースを見るのが趣味、ですかね」

 

「ふむ、そうか……」

 

 

 ん、模範的な回答が返ってきたな。でも一瞬固まったから、何かありそうだ。 

 

 ……まあ、これ以上詮索するのは野暮か。

 

 

 そんな感じで、この後は読書で何を読んでいるかについてだったり、最近のニュースについて話し合いながら、全ての作業を終わらせた。

 

 

 

「……よし、きょうの作業終わり! ……ん、もうこんな時間か。帰るか、中川」

 

「はい、そうですね」

 

 

 ────────────────────

 

 

「そういえば、中川も家はこっちなのか?」

 

 

「はい、電車の方には乗らないんですけどね」

 

「ん、そうか。じゃあそこでお別れだな」

 

 

 場所は学園を出て少しいったところだ。

 

 どうやら中川は歩いて通えるところに住んでいるようだ。

 

 ……それにしても、中川菜々……

 

 

「じゃあ、また明日な、中川」

 

「はい、会長、さようなら」

 

 

 

 ……なんかミステリアスな子だったな。

 

 

 

 不思議と彼女の謎を知りたい、そうも思えた。

 

 

 そう、この出会いが徹の未来を変える出会いであるということを、本人はまだ知らない……

 

 

 

 




今回はここまで!
何と中川菜々ちゃんが徹の部下で登場!そしてこの出会いから、彼の運命を変えます!
ではまた次回!
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第4話 ダジャレ好きなギャル

どうも!
連日多くのお気に入り登録頂いています!ありがとうございます!
第4話です!
今回は太陽のように明るいあの子が登場!


 

 

 はいどうも! 高咲徹です! 

 

 はい今回はこちら! ドン! 『情報処理学科の合宿に行ってみた!』

 

 ……って、テンションおかしいな。まあ、今俺がどこにいるのかというと……

 

 

 

 

 

 

「今からこの方法を使ってこれを作ってもらいます。何か質問ある人いますか?」

 

 

 こんな感じで、現在虹ヶ咲学園情報処理学科の生徒対象の合宿に参加してるところだ。時期は1学期が始まって半分になろうとしてるところだが、なぜかこの時期に合宿を行う。

 

 どのようなことをやるかというと、主に座学というより、普段できない実践的なことを体験する。例えば今やっているパソコンによる演習なんかは普段はなかなか出来ないことだ。

 

 かなりスパルタだからな……こんなテンションになっちまうのも無理はない。

 

 まあ、合宿とはいえ、学園の校舎のすぐ横にある合宿施設でやってるから、あまりその特別感というものも感じないけれども。

 

 

 

 

 

 それで、今パソコン演習をやっているのは俺の一つ下の一年生だ。

 

 そして一年生がやるときは、俺たち二年生が、一年生の疑問に答えるという形で演習が進んで行く。

 

 まあそんな感じで、今俺は手詰まっている一年生がいるかどうかを見て回ってる訳なんだが……

 

 

 

 

 

 ……ん? あの子ちょっと手が止まっちゃってるな。

 

 俺が目を向けた先には、「うーん……」と唸りながらパソコンの画面と睨めっこをしている子がいた。

 

 

 ……にしてもあの子、金髪だな……地毛なのか、染めてるのか分からないが……

 

 

 そう、その子は金髪の若干右サイドのポニーテールで、三つ編みもしてあった。

 

 

 

「……大丈夫か? 何か分からないところある感じ?」

 

 彼女の容姿に少し驚きながらも、話しかけた。

 

 

 

「ん? ……あー、先輩! ちょっとここなんだけど、なかなか分からなくて〜」

 

 いやノリ軽っ!? 

 

 なんかすげぇギャルっぽい感じのノリだな……後輩に最初からタメ口聞かれるのは初めてだぞ……まあ、今それは置いといて……

 

「どれどれ……あぁ、ここ間違ってるな。ここをこうすれば上手くいくはずだぞ?」

 

「なるほどー……あっ! 上手くいった! 先輩、ありがと!」

 

「お、おう、また何かあったら呼んでな?」

 

「はーい!」

 

 ……でも、悪い子ではなさそうだな。ギャルって俺の中ではあまり良い印象ないんだけど、この子はちゃんとお礼を言えるようだし。

 

 

 この後、演習は滞りなく進み、合宿の一日の日程は終了した。

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁ……疲れたわぁ……」

 

 

 今俺は、合宿施設内の大浴場を出て、その入口近くのちょっと座れるところに座ってくつろいでるところだ。

 

 もう、ここまで日程を詰めるなんて……一年生の時も参加したが、今回はそれ以上の疲れを感じるぞ……

 

 

 

 すると、

 

 

「ホント今日疲れたよね〜」

 

「ね! みんなお疲れ様〜」

 

 女子の浴場の方から女子の集団が出てきた。

 

 ……ん? あれはさっきの……

 

 

 その中にさっき演習の時に困ってたところを教えた金髪の子もいた。

 

 

 

「……!」

 

 

 ……あっ、目が合った。

 

 

 すると、

 

 

「……! ……ちょっとみんな、先行っててー!」

 

 

 ……ん? こっちに来た……? 

 

 

「ねぇねぇ! さっき色々教えてくれた先輩でしょ? さっきは本当にありがとね!」

 

「お、おう、大した事してないし、上手く教えられたか分からないが……」

 

 

 金髪の子がこちらに来て改めてお礼を言いにきてくれたようだ。

 

 

「ううん! もしあの時先輩が声かけてくれなかったら、ずっと課題終わらせられなかったと思う! それに先輩の教え方上手かったよ!」

 

「そ、そうか……そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

 ……なんか恥ずかしいな、そう率直に言われると……

 

 

「あっ、私名前言うの忘れてたね! 私は宮下(みやした) (あい)! 先輩は?」

 

「ん、あぁ、俺は高咲徹だ」

 

「高咲徹……何か聞き覚えが……あー! 生徒会長じゃん!」

 

 ありゃ、気づかれちゃったか。……ってまあ一度生徒全員の前で挨拶してるから、知ってる人がいるのもおかしくないな。

 

「あぁ、そうだ。よく覚えてたな?」

 

「えへへ、愛さん記憶力には自信あるからね!」

 

 すげぇな……

 

 俺も生徒会長だから生徒の顔と名前全員覚えるべきかな……

 

「……それにしても、私生徒会長に教わってたんだねー……なんか貴重なことした気分!」

 

「いやいや、生徒会長って肩書きだけだし、そんな特別なことでもないと思うぞ?」

 

「その肩書きを持ってることがすごいんだって! 他のみんなだってそう思うと思うよ?」

 

 うーん、そうなのかなー……なんかそんなに褒め倒されるとそうかなって思っちゃうな。

 

「あっ、そういえばてっつーは何か好きなこととかある?」

 

「好きなこと? そうだな……ってその前に、テッツーって?」

 

「先輩のことだよ! あだ名!」

 

 お、おぉ……いきなりあだ名つけられちゃったぞ……しかも「てっつー」って初めて呼ばれたな……まあ悪い気はしないな。親しみあるし。

 

「なるほどな……んで好きなことだっけか、俺の好きなことはあまりなくてな。割と()()りしてるんだよな……」

 

 

 

 

 

 ちょっ、えっ!? 何俺ダジャレかましちゃってるの!? なんか彼女のノリに感化されたのかな!? うわー、でもさすがにこれは絶対引かれるわ……

 

 

 

 

 

 

「ぷっ……ちょっとそれダジャレでしょ! あははは!!」

 

 

 

 

 ……えっ? 

 

 

 

 なんかウケたわ。もしかしてダジャレ好きなのか? 

 

 

 

 

 

 

 そこからなぜか2人でダジャレ大会が始まった。愛ちゃんダジャレ上手すぎだろ……

 

 

「「あははは!!」」

 

「はは……もう……愛ちゃんダジャレ上手すぎだろ!」

 

「そういうてっつーだって! なかなかやるじゃん! あははは!」

 

 こんな感じで2人ともに笑い転げている。

 

 

 ……あっ、ちなみに本人の希望で「愛ちゃん」と呼ぶことになった。

 

 

 

 

「はぁ……あ、もうこんな時間か。そろそろ部屋に戻らなきゃな」

 

「あ、 ホントだ! もうあっという間だったねー……ねぇ、また明日も話さない?」

 

「ん? 俺はいいぞ?」

 

「ホント!? やったぁ! ……えへへ、じゃあてっつー、また明日ね!」

 

「おう! また明日な!」

 

 

 ……それにしても、最初はギャルっぽくて俺にはあまり接しづらい子かと思ってたが、ダジャレ好き意外なところもあったし、仲良くなれそうだ。

 

 

 

 




今日はここまで!
情報処理学科に入ると合宿に参加させられるようですね!
そして侑ちゃんの兄でもあって笑いのツボは赤ちゃん(歩夢談)のようです笑
では、次回をお楽しみに!
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第5話 眼鏡少女の意外性

どうも!
前回を投稿してから大分空いてしまいすみません汗
その間にも評価・感想・お気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます!
第5話です!お待たせしました!


 おはこんばんにちは。高咲徹だ。

 

 さて、合宿で愛ちゃんと出会い、あの後もほぼ毎日同じ時間に楽しく話したりして結構仲良くなり、合宿は終わった。

 

 

 

 

 

 そんで今はその合宿の間サボっていた生徒会の仕事を処理しているところだ。まあサボったっていうか、合宿行ってたんだから仕方のないことなんだけどな。

 

 そして今俺は生徒会室にいるんだが、俺以外の生徒会の役員はほとんどが外に行っており、現在生徒会室には俺だけ……

 

 

 

 

 ……ではなくて。

 

 

「会長、こちらの書類の処理終わりました」

 

「おう、じゃあもう俺だけでやれる分量だから中川はもう大丈夫だよ。手伝ってくれてありがとう」

 

「そうですか? 分かりました。いえいえ、普段は会長に色々助けてもらってるので」

 

 そう、あのミステリアス少女(俺が勝手に呼んでいる)こと、中川菜々と二人で、今生徒会関係の書類を処理しているところだ。

 

 そんで、なんとさっき言ったサボってた分の仕事も彼女は一緒に手伝ってくれたのだ。

 

 

 

 

 最初は流石に手伝わせるのは申し訳ないと言ったのだが、どうやら自分の意志で手伝いたいようでな……ホントなんていい部下をもったんだろうな俺は……

 

「……あの、会長。お忙しいところちょっと質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ん? おう、いいぞ。何だ?」

 

 すると、中川が質問をしてきた。

 

「あの……私将来生徒会長になりたいと思っているのですが、会長が考える生徒会長に必要な要素って何でしょうか……? 参考にしたくて……」

 

「うーん……生徒会長に必要な要素ねぇ……」

 

 

 これはちょっと難しい質問来たなぁ……まあ、さっき手伝ってもらったしな……ちゃんと答えなきゃ。

 

 

「……まずはリーダーシップは大事だし、あと積極性も必要な要素だな……」

 

 うーん、あとは……

 

 

 

 

 

 ……あっ、そうだ。

 

 

「……あとはな…………うちの生徒の名前を全員覚えること、だな」

 

 

 

 

 

「なるほど…………えっ?」

 

 

 今の中川のような反応をするのは無理もないが、俺は至って真面目だ。これは例の合宿で会った愛ちゃんから学んだことだ。生徒の中の長なんだから生徒のことはちゃんと分かってないとな……と思って。

 

 だからあの後、生徒名簿を毎日見て、生徒全員の名前と顔を一致させられるまで覚え続けた。……流石に無理かと思ったが、案外行けるもんなんだな。

 

「生徒の名前を全員覚える、ですか?」

 

「そう。生徒会長たる者、生徒のことをちゃんと分かってあげないとな。だから、名前と顔を一致させられるようにして、もし誰か生徒と会ったら、何年で何科の誰なのかをすぐに分かるようにしておくのが個人的には大事かなって」

 

「なるほど……確かにそれは重要かもしれません」

 

 どうやら納得してくれたようだ。

 

「……あと、これはあまり真面目な話ではないんだけどさ、なんかそういうのってかっこよくない? って思うんだよね。ほら、某アニメに出てる今までにあったこと全て記憶するシスターみたいにさ……」

 

 なんかそういう全知全能みたいなやつに憧れるんだよな〜……ってこんなこと話しても、中川そういうの無縁だろうから無駄じゃないか!?

 

 

 

 

 

 すると……

 

 

 

 

 

「……!! そのアニメ、見たことあるんですか!?!?」

 

 

「うおっ!?」

 

 

 中川は急に興奮した感じで、俺の目の前まで寄ってきた。

 

 顔が近い近い!! 

 

「お、おう……一応最新版以外は一通り見てるよ……?」

 

「そうなんですか! あのアニメ良いですよね!! 色々なキャラが出てきて、ストーリーの展開が見るたびに変わってきて! それにあの幻想◯し、

 いいですよね!! 色々な超能力を……」

 

 

 ……もしかして、中川ってアニメオタクなのかな? 意外だな……

 

 

「……はっ!? す、すみません!! 私、つい……!」

 

「ううん、いいよ。中川ってアニメが好きなんだな?」

 

「は、はい……変ですか……?」

 

「いや、全然? 少し意外だったけど、アニメについて話してる中川、楽しそうだったよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 いやぁ、こんなところに同志がいるとはな……なかなか出ないようにしてたボロが出ちまったけど、その相手が同志で良かったわ。

 

 

「……そうかー、中川アニメ好きなんだな! てことは何かグッズとか持ってるのか?」

 

「……あ、いえ……うち、親が厳しいのでグッズどころか、本すら持ってないんです……」

 

 

 ……マジか

 それ、かなり厳しいぞ……俺から何かしてあげられないか……? 

 

 

 ……あっ、そうだ。

 

 

「そうか……うちにと◯るシリーズのラノベあるから、それ持ってこようか?」

 

 

 

 

「……!!! 良いんですか!?!?」

 

 すると、中川は再び俺に迫ってきた。

 

「ちょっ! だから顔が近いって!」

 

「あっ……すいません……でも、良いんですか……?」

 

 

 中川は顔を赤くしながらもそう訊いてきた。

 

 

「うん、ラノベくらいだったら持ってきても校則的に問題ないだろうしな。読みたい?」

 

「……はい!! 読みたいです!!!」

 

 あの作品のラノベは最近読んでないしな……読まれないよりかは誰かに読んでもらった方が良い。

 

「分かった。じゃあ一気に渡すのもアレだからまずは最初の5巻、明日持ってくるな?」

 

「……! 分かりました!! ありがとうございます!!!」

 

 すると中川は、何か効果音がつきそうなくらいの満面の笑みでそう言った。

 

 

 

「……可愛い……」

 

 

 

「えっ!? か、かわっ!? 」

 

「ん? どうした?」

 

「な、なんでもないです! 」

 

 ……? 今何か言ったか俺……? 

 

「……にしても中川ってそんなに楽しそうにするんだな。もしかして親が厳しいから普段はあんな感じなの?」

 

「……! は、はい……クラスでも堅い印象が付いちゃって……なかなか本来の自分が出せないんです……」

 

 

 なるほど……そういうのって勇気が要るもんな……

 

 

「そうか……印象変えるのってなかなか難しいもんな……じゃあ、これから俺の前ではそんな感じの中川でいて良いよ」

 

「……! 本当ですか……!?」

 

「うん、二人っきりの時だけになるけどな」

 

「……! 嬉しいです!! じゃあ、改めて、これからよろしくお願いします!!」

 

 

「おう、こちらこそ、よろしくな」

 

 そんな感じで、俺の前では中川は自分を出すということになった。

 

「……あっ!! もうこんな時間!? まずい、この書類達が残ってる!! 間に合うか!?」

 

「えっ、大変! すみません、私が話し過ぎたせいですね! 私も手伝います!!」

 

 そんな感じで結局中川には最後まで手伝わせてしまった

 

 にしても、あのミステリアスに感じていたあれはそういうことだったんだな……

 

 

 俺と中川の距離が少し縮まった気がした。

 

 

 




今回はここまで!
いやー、ついに菜々ちゃんの隠れてた一面が出ました!
ここから徹と菜々ちゃんの距離が徐々に縮まっていく…!?
次回もお楽しみに!
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第6話 眠り少女の憂鬱

はいどうも!
今回は第6話!
新しいキャラが登場します!


 はぁ……

 

 

 あ、皆さんどうも。高咲徹だ。

 

 

 今ちょっとため息を吐いてしまったのだが、それには理由がある。

 

 それは、昼休みに校内の見回りをしなきゃいけないが故に、今までずっと大事にしてきた侑と歩夢ちゃんと一緒にいる時間が失われてしまうからだ。

 

 一緒に昼飯を食べる時間はあるのだが、その後のんびりと三人で駄弁り合うという癒しの時間はその仕事によって無くなった……

 

 まあ、校内の見回りは決して義務ではないのだが、今までの生徒会長はそれをするのが普通だったという。だから、それで俺がやらないってなると生徒会長としてのメンツがね……やらざるを得ない。

 

 

 いやーでも悲しいなぁ……一番最初に見回り行く時に、その事を侑と歩夢ちゃんに伝えたら、侑は「えー!? お兄ちゃん行っちゃうのー!?」と驚き、歩夢ちゃんは少し寂しそうな表情をした。この時俺は胸が張り裂けるような思いだったよ。

 

 まあ流石にこのまま居座る訳にも行かないから、後日に3人で遊ぶ約束をしてきた。これで2人と一緒にいる時間は取り戻される訳だ! 

 

 

 てな感じで現在中庭辺りを見回りしている。まあ、問題事が起きるのも滅多にないし、俺としてはほぼ散歩してる気分なんだがな。これじゃ見回りという名の散歩になっちまうね、ハハッ。

 

 

 

 ん? あの子は……

 

 

 うちの学校の中庭は草が生えており、よくそこで昼飯を食べたりしている人がいることは日常なのだが……

 

 

「……すぅ……」

 

 

 今見つけたその子は、そこで寝ているのだ。

 

 

 俺の記憶によれば……この子はライフデザイン学科2年の、近江(このえ) 彼方(かなた)だったな。

 

 前からここら辺を通る時、三分の一くらいの確率でそこで寝ているのを見かけたりする。

 

 

 ……ほんと、ここ男子いるんだからな……そんな無防備で大丈夫なのかって毎回思う。

 

 まあ、いつもはあまりに気持ちよく寝てるもんだから、声を掛けずにそっとしておくけどね。

 

 

「……んん……!」

 

 

 ん? なんか今日はちょっと様子が変だな。

 

 魘されているように聞こえたので、近くまで寄って彼女の寝顔を見る。

  

 なんか、とても苦しそうな表情だ……

 

 

「……! だ、ダメ……!」

 

 すると、手を伸ばして悲痛な寝言を呟いた。

 

 

 ……かなり苦しそうだ。ちょっと起こすか。

 

 

「……あの、もしもーし?」

 

 俺はしゃがみ、芝生で眠る彼女の肩を少し揺すって起こそうとする。

 

「……はっ! て、テストは……!?」

 

 

 そうすると、彼女は即座に目を開けて、勢い良く起き上がった。

 

 テスト……? ……もしかして……

 

 

「おはよ。どうやら悪い夢を見てたようだな」

 

「……あっ! え、えぇと、君は……?」

 

「俺の名前は高咲徹だ。君は近江彼方さんで合ってるよな?」

 

「あ、うん! ……でも、初対面なのになぜ彼方ちゃんの名前知ってるの……?」

 

「あぁ、俺は生徒会長だからな。ここの学園の生徒の名前はある程度覚えてるのさ」

 

 

 ……っていうか、全員覚えてるんだけどな……全員とか言ったら気味悪がられるから言わなかったが。

 

 

「生徒会長……? ……あ〜、たしかに、今年の生徒会長が男の子だったのは彼方ちゃんも覚えてるよ〜」

 

 そこ覚えてたのか!? ……まあここは女子の比率が多いし、男が生徒会長になったらそりゃ印象に残るか。

 

 ……にしてもこの子、とてもおっとりした感じの子だな。

 

 彼方という名を持つその子は、長くゆるふわな栗色の髪に、紫色の目を持つ、とても穏やかそうな雰囲気を持つ少女だった。

 

 そう印象を持ちながらも、俺は話の本題に入ろうとする。

 

 

「そうなのか。まあそれが俺ってわけさ……ところで、なにやらさっき苦しそうな感じだったんだが、何か悪い夢でも見てたのか?」

 

「なるほどね〜……うん、ちょっとね……大した夢じゃないんだけどね……」

 

 

「そうか? ……なんかテストーとか言ってたし……もしかして、定期テストで悩んでるか?」

 

「……! ……」

 

 

 すると、彼女は目を見開いてから無言で頷いた。

 

 まさか本当に当たるとはな……

 

 

 実は今、期末試験まであと1週間というところなんだ。俺も今日帰ったらテスト勉強しようと思ってたところだったのさ。まあ、テストは憂鬱だよなぁ……

 

 

「そうか……もし良ければ相談、乗るぞ?」

 

「え!? ……そ、そんな〜、なんか申し訳ないよ〜……」

 

「いいっていいって! ……あんな苦しそうにしていたら、放っておけないぞ」

 

 

 これは生徒会長だからというより、俺個人としてっていうのもある。

 

 

「……あ、ありがとう……実はね……」

 

 

 それから彼女は自分の悩みについて語り出した。

 

 

 

 

「なるほど……理数系の科目が苦手で、このままだと赤点コース、か……」

 

「そうなんだよ〜……彼方ちゃん特待生だから、成績良くないと奨学金貰えなくなっちゃうから〜……」

 

 彼女は目を潤ませ、今にも泣きそうな表情でそう言った。

 

「……ちょうど良いな」

 

 

 その科目だったら……いけるな。

 

 

「俺は情報処理学科に所属してて、そういう科目は得意なんだよね。だからさ……俺が教えようか?」

 

 

「えっ!? ま、まだ会ったばかりなのに、良いの……?」

 

「うん。それに、人に教えるほど自分の理解は深まるって言うしさ。むしろ教えさせて欲しいくらいだぜ」

 

「……そんなこと言う人、初めて見たよ……でも、ありがとね」

 

 

 そうすると、彼女は温かい微笑みを見せた。

 

 

「おう。じゃあなんなら、昼休みの終わりまで少し時間あるし、今教科書とか持ってるか? 教えるよ」

 

「あ、それなら、ここにちゃんとあるよ〜じゃあ、よろしくお願いします、生徒会長〜」

 

「ああ。呼び方なら徹でいいぞ? 同じ学年なんだしな」

 

「あ、そっか〜じゃあ、私のことは彼方ちゃんって呼んでね〜」

 

「わかった。じゃあよろしくな、彼方ちゃん」

 

 

 

 こうして、少しの時間ではあったが、彼方ちゃんに数学を教えた。

 

 そして、また教える機会を約束したのであった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 そこから午後の授業、そして生徒会の仕事を終え、今家に帰ってきた。

 

 

「ただいま〜」

 

 そう言って家に入り、自分の部屋に移動した。

 

 

「ふぅ……よし、少しやるか」

 

 

 そう言って、教科書や参考書などを机の上に出した。俺も勉強しなきゃな、めんどくさいけど。

 

 

 

 すると、自分の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

 

「はーい」

 

「お兄ちゃん……ちょっといい?」

 

「おう、どうした? 侑」

 

 すると、妹の侑が部屋に入ってきた。

 

 ……なんか元気なさそうだが。

 

「うん……あのね、今度期末テストあるじゃん? だからさ……」

 

「……ん? いいぞ、言ってみ?」

 

 

 何だろうな……宿題代わりにやってくれーとかだったら流石に断るぞ。

 

 

「その……べ、勉強教えてくれない!?」

 

「……えっ!?」

 

 マジか……! 

 

 なぜこんなに俺が驚くのか。それは侑が勉強に関してあまり執着心がなく、今まで定期テストがあっても「勉強を教えて!」と言われることはなかったからだ。

 

 

 

 それだったのに……

 

 

「……いやー、侑からそんな言葉が出てくるなんてな! お兄ちゃん嬉しいぞ」

 

 

 そう言って勢いのまま侑の頭を撫でた。

 

 

「えへへ……そうかな……?」

 

 すると、侑は少しはにかみながらも、嬉しそうな様子でそう言った。

 

 

 ふふっ、可愛い妹の成長は嬉しくないはずがないからな。

 

 

「そうだぞ? ……よし、早速やろうか! 教科書とか持ってきて」

 

「はーい……持ってきたよー! じゃあ……よろしくお願いします、徹先生!」

 

「うむ。しっかり聞くんだぞ、侑くん?」

 

 

 こうして、夕飯まで侑の勉強を教えたのであった。

 

 

 

 ……なんか今日は勉強を教えることが多かった1日だったな。まあ、そんな日があってもいいだろう。

 

 

 

 




はい!今日はここまで!
今回は彼方ちゃん回にする予定だったのですが、先日高咲侑ちゃんのビジュアル発表から1年と言うことで!少し文字数に余裕もあったので侑ちゃんの話も入れてみました!
ほんと侑ちゃんが侑ちゃんでよかった…
ではまた次回!
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第7話 ナビゲーター・高咲

どうも!
前回の投稿から数多い評価・感想・お気に入り登録ありがとうございます!
第7話です!
今回も新キャラが登場!


 

 ふぅ、今日はいい天気だ!! 

 

 

 

 あっ、どうも! 高咲徹だ。

 

 今日は清々しいほどの快晴。

 少し前には期末テストがあり、今はそれが終わってついに夏休みを迎えたところだ。

 

 

 いやー、テスト終わったらホント気分が楽になるな。あっ、ちなみに彼方ちゃんはなんとか平均点をゆうに超える点数を取り、侑も自己ベストの点数を取ったらしい。2人ともとても喜んでくれて、俺としても役に立って良かったと実感した。

 

 

 それで夏休みを迎え、今俺はいつもの休みの日課であるジョギングをしている。

 

 

 流石にどこにも部活に入ってなくて全く運動しないのはマズイからな。用事の無い休みの日は必ずする。

 

 

 それに、俺が住んでいるお台場はいつジョギングしても飽きないからな。海が綺麗で、空気も気持ちいい。まさにジョギングにぴったりな環境だと思う。

 

 そんで今日はこの上ないほどの快晴だからな。ジョギング日和ってわけさ。

 

 

 そんな感じで今走っているのだが……

 

 

「……あれ? ……ん?」

 

 

 スマホを見つめながらキョロキョロしている女性を見つけた。

 

 

 ……って、あの子はうちの学校の生徒じゃないか!? 確か……ライフデザイン学科2年の朝香(あさか) 果林(かりん)だったっけか。

 

 

 なんか困ってる感じに見えるな……ちょっと声かけてみるか。

 

 

「あの、何かお困りですか?」

 

「えっ? ……あ、いえ……」

 

「……もしかして、道に迷ってる感じですか?」

 

「……そ、そうね……」

 

 どうやら、彼女は目的地に行けずに迷ってしまっているようだ。

 

 それにしても、彼女はここら辺の人ではないのか? なら、迷ってもおかしくはないが……それとも……

 

「……どこに行く予定なんですか?」

 

「えっと……ここよ」

 

 すると、彼女はスマホのマップを見せてきた。

 

「……なるほど、ここから少し離れてますね……これだと口頭で伝えるのも難しいので、もしよければ案内しましょうか?」

 

「えっ!? い、いいわよそんな! 一人で行けるわ!」

 

「そうですか? でも、相当困ってられましたようですし……」

 

「そ、そんなこと……! ……あっ! 時間は!? ……」

 

 すると彼女はスマホの時間を見て次の瞬間、顔を真っ青にした。

 

 ……大体何が起こったか察しがついた。

 

 

「どうされましたか?」

 

「いや、何でも……!」

 

「……時間がない、ですか?」

 

「……!」

 

 

 図星を突かれたようで、彼女は目を見開いた。

 

 

「……そうなったら、早く目的地に着かなきゃいけないですね。大丈夫です、私がしっかりあなたのナビゲートしますから」

 

「……じゃ、じゃあ……お願いするわ……」

 

「では……まずはこっちですね」

 

 そうやって彼女は、説得に負け、俺の案内についていくこととなった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……そういえば、このこと言うの忘れてましたね。自分は虹ヶ咲学園の生徒なんですよ。高咲徹っていいます」

 

 

 俺はこのタイミングで自分の名前を名乗った。

 

 

「えっ、そうなの? それに高咲徹……って、生徒会長じゃない!?」

 

 

 あっ、まさかの知られてるという……俺ってそんなに有名なのか? 確かに生徒会長ではあるが。

 

 

「はい。そうですね。確かあなたは……朝香果林さんですね?」

 

「そうだったのね……って、私の名前も知ってるのね。流石生徒会長だわ……というか、同学年でしょ? それなのになぜ敬語なのよ?」

 

 

 ん……やべ、この口調は変だな。

 

 

「あ、それは……じゃあ、タメ口で話すね。 いや、校外でいきなりタメ口で話しかけるのは警戒するかなと思いまして」

 

「ふーん……って、あなたまだ敬語じゃない」

 

「あっ……」

 

 

 ……!! な、なぜだろう。彼女の前ではなかなか敬語が抜けない……

 

 

「ふふっ、あなた、なかなか面白いじゃない」

 

 

 すると、彼女はからかうような目でこちらを見つめてきた。

 

 

「……!? ……ほ、ほら! 急いでるんだろ!? 早く行くぞ!」

 

「ふふっ、それでいいのよ」

 

 あぁ……俺がこんなに揶揄われるなんてな……不覚。

 

 

 ────────────────────

 

 

「へー、果林ちゃんって読モなんだな」

 

「えぇ、でも徹の生徒会長に比べたら、大したことないわよ」

 

 そう、なんと果林ちゃんは読者モデル、略して読モなんだそうだ。

 

 いや、大したことないとか言ってるけど、モデルだって相当努力しないと出来ないものだと思うけどな。

 

「いや、そんなことないって。モデルになるのって相当努力しなきゃならないって聞くぞ? 食生活とか気にしなきゃならないとか」

 

「どうかしら。確かに出来るだけヘルシーで高タンパクな食事を心がけているけど、それは普通の人がダイエットするときと同じことよ」

 

「えー、そうかねー……」

 

 いや、普通なことしてるだけじゃ、そんなスリムで美しくならないと思うけどなぁ……

 

 

「……あっ。今私のこのボディについて想像したでしょ?」

 

 

 あ、やべ。このままだとまたからかわれるわ。ここはこっちも……

 

 

「ハハハ……そうだと言ったら?」

 

 

 

「なっ……!」

 

 

 すると、さっきの勢いはなくなり、顔を赤くした。案外揶揄われるのは慣れてないんだな。

 

 

「あはは! さっきからかったお返しだぜ!」

 

「も、もう! こうなったらタダじゃ置かないわ。待ちなさーい!」

 

 

 うわ!? 追いかけてくる!? 逃げるんだよ────!! 

 

 

 ────────────────────

 

 

「おっ! ここだな。果林ちゃん、着いたぞ!」

 

「えっ? ……あ、ここなのね」

 

 

 あの後しばらく果林ちゃんと追いかけっこをして、今着いたところだ。

 

 

 ……もちろん寄り道はしてないぞ? むしろ着くのが早くなるのだ。

 

 

「徹、ありがとね。助かったわ」

 

「おう、追いかけっこしたおかげで結構余裕持って着いたと思うぞ」

 

「……さっきのことは、これでチャラにしてあげる。普通だったら許さないんだからね!」

 

「ははは、それは恐ろしい……察するところ、これから読モの仕事か? 頑張ってな」

 

「ええ、しっかり写ってくるわ。じゃあね」

 

「おう、じゃあな」

 

 

 そんな感じで、果林ちゃんは仕事へ向かった。

 

 

「……さてと……本来のルートから少し離れちゃったな。まあ今日は少し長めのジョギングってことで」

 

 

 俺も再びジョギングをし始めた。

 

 

 




はい!今日はここまで!
休日にジョギング、とかできたらいいのになぁ…←出来てない人
さて、もう1月も終わりますね。(それとももう終わってるかな?)
2月も虹ヶ咲の誕生日キャラが!!構想考えなきゃ。
ではまた次回!
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第8話 高咲兄の趣味

はいどうも!
今回は第8話です!
ではどうぞ!


 

 ん〜……こっちの方が良いかな? それともこれか……? 

 

 

 

 

 あっ、みなさんおはこんばんにちは。高咲徹だ。

 

 今いつかというと、果林ちゃんのナビゲーターをして数日が経ち、夏休みもそろそろ終わりか、といったところだ。

 

 そんで今俺が何やっているかというと、少々家のパソコンをいじっているところだ。

 

 

 

 まあ具体的には、元々存在する曲を音楽ソフトでアレンジしている、という感じ。

 

 

 例えば、風呂が沸いた音や、コンビニに入店したときの音など、日常でよく流れているメロディーが単純な曲を、色んな音を加えてアレンジするとか、そんな感じのことをやっている。いわゆるリミックスってやつだ。

 

 

 こういう風に言うと、聞いた人は『凄い!』とか思うかもしれないが、そんなことはない。ただその曲の雰囲気をそのままに、音を変えたり、音を付け加えるだけだから、全然大したことはやっていない。むしろ元々の曲を作る作曲家の方がホントに凄いと思う。

 

 

 前に親と侑にそのアレンジした曲を聴かせる機会があったのだが、なぜか超絶賛されてな。「曲の編曲する仕事とか目指してみたらどう!?」とか言われたけど……

 

 

 

 そこまで大袈裟な……そう言う仕事ってこの程度で出来るもんだとは思ってないし、大体ある程度作曲も出来ないとなぁ……

 

 

 

 

 まあ、俺は今のところこれを趣味の範囲に留めようと思っている。

 

 

 

 

 すると、俺の部屋のドアからノックする音が聞こえた。

 

 

「お兄ちゃん、入ってもいい?」

 

「んー、いいぞー」

 

 すると、侑が俺の部屋に訪れてきた。

 

「アレンジの調子はどう?」

 

「んー、一応出来たんだけど、あまりしっくり来ないだよな」

 

「ふーん……ねぇ、またちょっと聞かせて!」

 

「おう、じゃあこれ」

 

 侑が聞きたいというので、ヘッドホンを渡した。

 

 

 ────────────────────

 

 

「今度はこの曲をアレンジしたんだね! 面白いじゃん!」

 

「そうかな? 俺もコンセプトは面白いかなって思ってたから、そう言ってくれて良かったよ。うーん、何がいけないんだろ……」

 

「うーん……あ、ここのパートとかさ、なんかもうちょっと深い感じにしたらいいかも」

 

「ん? ……あぁ、ここか。なるほどな……」

 

 

 そう、こんな感じで侑が音楽センスを発揮することがあるのだ。

 

 

「侑って結構音楽センスあると思うけどなー」

 

「え〜そうかな? でもあんまり音楽は興味ないんだよね〜」

 

 

 だが、侑はこういうセンスを持ち合わせていながら音楽にはあまり興味がない。

 

 ……まあ、俺も音楽は興味あれど、本気でやるつもりはないしな。似たようなもんだ。

 

 

「いやー、でも侑のアドバイスには助かってるよ。いつもありがとな」

 

「えへへ、お兄ちゃんの役に立てたなら良かった!」

 

 

 

 ……でも、たまに想像することがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 侑と俺で作曲と編曲したらどんな曲が作れるだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 はぁ……夏休みが終わっちまった……

 

 

 時は経って夏もそろそろ終わり、秋の兆しが見えて来た。そんなところだ。

 

 俺は今日も普通通り生徒会室で生徒会の仕事をこなしている。

 

 

 そんで今誰と一緒にいるかというと……

 

 

「そういえば会長! 前にお借りしてたと◯るのラノベ、全部読み終わりましたよ!!」

 

「おぉ、そうか! 後で感想聞くわ」

 

 

 今は中川と二人で仕事をしている。しかし生徒会の仕事中になかなか二人だけになる機会ってないんだよな。大体3人以上はいるんだ。まあ、だから、昼休みに俺が見回りする時に中川も一緒に回ったりして機会を得てる。

 

 

「あの、会長! あと一つ、報告したいことがありまして!」

 

 

 

「ん? なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は中川が次に言う言葉で、作業中の手を止め、固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、スクールアイドルになろうと思います!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………えっ?」

 

 

 

 

 

 




今回はここまで!
今回はちょっと短かったのですが、今後の物語で重要になってくる話かと思います!
ではまた次回!
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第9話 菜々の挑戦

はいどうも!
今回は第9話です!
場面は前回の続きになっています!
ではどうぞ!


 

 

 

「私、スクールアイドルになろうと思います!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………えっ?」

 

 

 

 今、非常に驚いている。

 

 

 あまりに唐突過ぎて、頭の理解が追いつかない。

 

 

「えっと……中川がスクールアイドル、か?」

 

「はい! 会長はスクールアイドルをご存知ですか?」

 

「んー……まあ人並み以上には知ってると思う」

 

 

 スクールアイドル自体は俺も知識はある。曲のリミックスしてるときにたまに触れたりするしな。

 

 にしても、確かその人たち自分で音楽作ってるんだったような……俺と同じ高校生だっていうのに、ホント凄いなって思う。

 

 

「……にしてもなぜ急に?」

 

「あー……そういえば言ってませんでしたね。実は少し前からスクールアイドルの動画を見始めてたんです!」

 

「あ、そうだったのか」

 

「はい! それで毎日日本全国のスクールアイドルのライブ映像を見てたんです。そうしてたら私、あることに気づいたんです」

 

「ん? ある事?」

 

「はい。スクールアイドルって……自分の()()()を伝えているんだな、と!」

 

「ほう……」

 

 

 ()()()、か……確かに、分からなくもない。

 

 

「それで、私も自分の大好きを伝えられたらなと思いまして、スクールアイドルになろうと決めました!」

 

「なるほどな……にしても中川。確か家が厳しいんだよな? そんなスクールアイドルとかやっちゃって大丈夫なのか?」

 

 

 親に許可を取れたならば良いんだが……アニメとかラノベを許さない親がスクールアイドルを許すか……? 

 

 

「うっ……多分ダメだと思いますが……そこは、バレないようにして活動しようかと!!」

 

 

 ……マジか。

 

 バレないように活動、て……あ、もしかしたら芸名っぽいやつ付けて活動したらバレない……かな? 

 

 まあいずれにしても……これは聞いておきたい。

 

 

「そうか……本気でやりたいのか?」

 

「えっ……?」

 

 

 すると、彼女は驚いた顔をした。

 

 

「親に隠し事をするくらいのことだろ? それくらい本気でやりたいのかってことだ」

 

 

「……! ……はい! 私は本気です!!」

 

 

 

 ふむ……

 

 まあ、中川は今まで親の言うことを聞いてきたんだろうからな。自分がやりたいことのために親に反抗する、これはある意味彼女にとって良い事なのかもしれない。

 

 

 

 

「分かった。なら、俺は中川を応援するよ」

 

「ありがとうございます! ……でも、正直に言うとちょっと自信がなくて……本当に私はアイドルの素質があるのかって、不安なんです……」

 

「うーむ、そうか……」

 

 

 まあ、スクールアイドルに必要な素質が何なのかは俺には分からないが……

 

 

「……中川って、眼鏡を外して活動をするのか?」

 

「えっ? ……ま、まあ、大体スクールアイドルは眼鏡なんてかけてませんから、私もそうなるかと……」

 

「……ちょっと眼鏡を外してもらってもいいか?」

 

「……? わ、分かりました……」

 

 

 すると、中川は自分の眼鏡に手をかけ、外して近くのテーブルに置いた。

 

 

 そういえば、中川が眼鏡を外すところは見たことなかったな……

 

 

 

「……はい、外しました……」

 

 

 

 

 ……!! 

 

 

 

 

 中川が眼鏡を外すと、印象が大きく変わった。

 

 普段だと眼鏡かけていて、クールな雰囲気を持っている彼女だが……

 

 その眼鏡を外すと、少し幼さを感じる女の子に変貌した。

 

 

 

 

 

 

 要は、とても可愛いってことだ。

 

 

 俺はこれでほぼ確信した。

 

 

「……スクールアイドルの素質、あるぞ……」

 

「えっ……?」

 

 眼鏡をかけていた時から、笑顔が可愛いなとは思っていたが……

 

 ……まさか眼鏡を外すだけでここまで……

 

 すると、俺は中川の手を両手で握った。

 

 

「……中川、自信を持ってくれ。お前は可愛い。スクールアイドルになる素質があると思うぞ」

 

「えぇ!? ……ほ、本当ですか……?」

 

 

「あぁ、嘘はつかないさ。俺が今まで嘘ついたことあるか?」

 

 

 

 

「……!! ……いえ、ないです! ありがとうございます! おかげで自信がつきました!!」

 

「おう、なら良かった」

 

 

 この時、中川にはスクールアイドルとして人気になってほしいというせつなる願いを持った。

 

 

「……あの、一つお願いがあるんですけど、良いですか……?」

 

「ん、何だ?」

 

「その……私のこと……菜々って呼んでくれますか……?」

 

 

 

 

 

「……なんだ、そんなことか」

 

「そ、そんなことって何ですかーっ!」

 

 すると、頬を膨らませて抗議してきた。

 

「あはは、すまんすまん。もうちょっと重いお願いが来るかと思ってたんだ……なら、生徒会の時以外は、菜々ちゃんって呼ばせていただくよ」

 

「っ! ……ありがとうございます!!」

 

「おう。……あ、ならさ、一方的に名前呼びなのは個人的に何かいい感じしないから、俺のことも名前で呼んでくれないか? 生徒会でみんなといる時以外は」

 

 流石に生徒会の時に名前で呼ばれたらなんかあれだしな。

 

 

「えっと……徹さん……で良いですか?」

 

「うん、それで良いよ。じゃあ、改めてよろしくな。菜々ちゃん」

 

「はい! よろしくお願いします! 徹さん!」

 

 こうして、二人はお互い名前呼びをすることにした。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「あ、そういえば、菜々ちゃんは一人でアイドル活動をするのか?」

 

「えっ? ……そ、そんな! 一人だなんて、私には難しいです……」

 

 

 ……いや、誰も一人でやれとは言ってないけどな……

 

 

「そうか……てことはメンバー集めをするってことだな?」

 

「ですね! でもすぐには出来ないですし、時期も微妙ですから、区切りよく来年度には部を作りたいと思います!」

 

「なるほど……頑張ってな」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 こうして、菜々ちゃんの挑戦が始まった。

 

 

 

 




今回はここまで!
ここで二人とも名前呼びですね〜
眼鏡がないとまた違う可愛さがありますよね!
ではまた次回!
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第10話 妹と幼馴染との休日

はいどうも!
今回は第10話!
ではどうぞ!


 

 

 世間一般的には、休日に平日出来ないであろうことを実行し、平日に溜まったストレスを発散することが常識だろう。

 

 勿論、俺も休日は平日とは異なる過ごし方をするんだよな。

 

 

 ……おぉ、あれって今話題の作家さんが書いてる小説か。噂じゃ結構面白いみたいだし、買っちゃおうかな……?

 

 

 あっどうも。読書が趣味の高咲徹だ。今日は学校のない日、休日である。そんな訳で俺は今、お台場のショッピングモールにいる。

 

 

「あっ、ねぇ歩夢! この服可愛くない?」

 

「えっ? ……そ、それはちょっと露出が多くない……?」

 

「え〜、そうかな〜……」

 

 

 今二人が会話してるが、今日は侑と歩夢ちゃんも一緒だ。俺は書店の方に目が行ってしまっていたが、二人は向かい側の服屋さんで色々な服を見ているみたいだ。

 

 

 にしても露出高いって……うちの妹はどんな服を選んでるんだ。

 

 

 まあこんな感じで、今日は平穏でいつも通りの休日だ。いやぁ、少し前のあの出来事がとても非日常で、衝撃的だったんだよな〜……そう、菜々ちゃんがスクールアイドルになるということだ。

 

 

 あの後菜々ちゃんは、スクールアイドル部を設立するために色々と準備をしているようだ。

 

 それで彼女から聞いたことなんだが、スクールアイドルになるとしても、生徒会を辞めることはなくむしろ生徒会長になりたいことも変わりはないという。これに生徒会長である俺は安心した。いきなり辞めてもらっちゃ困るからな。

 

 

 しかし、生徒会長兼スクールアイドルって相当忙しそうなのだが……まあ、部活入ってない俺だから、実際どれくらいなのかは分からないが。

 

 

 ちなみに、スクールアイドルになることをなぜ俺に言ったのかと聞いたら、『徹さんは唯一私の趣味を知ってる人で、信頼できると思ったので!』だそうだ。なんか、照れるな。そんな真っ直ぐ言われると……

 

 

 

 そんな感じで少し過去を振り返っていたところに……

 

 

「……ちゃん……ねぇお兄ちゃん!」

 

「ん? あぁ、すまん。聞こえてなかった」

 

「もう、何回も話しかけても気づかなくてびっくりしたよ〜。お兄ちゃんにしては珍しいね、何かあったの?」

 

「いや、別にそういう訳ではないな。それで……何か歩夢ちゃんが赤くなってるが、どうしたんだ?」

 

「ホント〜? ……ま、いっか。それでねお兄ちゃん、この服、歩夢に似合うと思う!? 私はすっっごく似合うと思うだけど!!」

 

「うぅ〜……」

 

 

 

 

 そう言って侑が見せたものは……

 

 あぁ、なるほど、一瞬話の筋が見えなかったが、服が似合うかどうかってことなんだな。それに侑が選んだ服は、歩夢ちゃんらしいピンク色の服か。そして秋にぴったりな感じのデザインだ。

 

 

 ただ秋の服にしては、確かにちょっと露出が多い……どおりで歩夢ちゃんが顔を赤くしているわけだ。

 

 

 しかし……

 

 

「うーん、この時期に合うかどうかは微妙だが……良いと思うぞ」

 

「でしょ!! ほら、お兄ちゃんもこう言ってるよ?」

 

「……徹さん。これ、ホントに似合いますか……?」

 

「多分な……そうだ、一旦試着してみてくれ。そしたら似合うかどうか確信出来ると思う」

 

「……分かりました。じゃあ……」

 

 

 歩夢ちゃんは渋々ながらも試着してくれるようなので、俺たちは試着室へ向かった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「お、お待たせしました〜!」

 

 しばらくすると、歩夢が試着室から出てきた。

 

 

 おぉ……! 

 

 俺は、歩夢ちゃんによって視線を釘付けにされた。

 

 予想以上に似合ってたのだ。

 

「歩夢〜! すごい似合ってるよ!!」

 

「侑ちゃん!?」

 

 

 すると侑はときめきのあまりに歩夢ちゃんに抱きついた。

 

 

「て、徹さん……どうですか……?」

 

 歩夢ちゃんは、少し不安そうながらも俺に感想を求めてきた。

 

「……いや、思ってた以上に似合ってて……思わず見惚れちゃったぞ」

 

 

 

「ふぇ……!? ……えへへ、なら良かったです……」

 

 

 歩夢ちゃんは顔を赤らめながら微笑んだ。

 

 

 

(もう、お兄ちゃんのたらし……)

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 あの後、歩夢ちゃんはその服を買った。その時、歩夢ちゃんはなんだか心無しか嬉しそうにしていたが……あの恥ずかしそうにしていたあれはどこに行ったのか……

 

 

 それに、いつのまにか侑が不機嫌になってるし……何かしたか? 俺。

 

 

 まあそんな感じで疑問に思いながらも、侑と歩夢ちゃんの買い物に付き合っていった。

 ……しかし、この後二人は下着を見に行くという。そこにも俺が付いていくのは流石に歩夢ちゃんがダメだと言うだろうと……なぜか侑は拒まないんだが。

 

 それに俺としても、異性の下着の店の中にいること自体、耐えきれないと思うので、ここは別の場所で待つことにした。

 

 

「じゃあ、また後でな」

 

「うん! 私はお兄ちゃんが来てもいいんだけどな〜?」

 

「いや俺がダメなんだって!」

 

 

 ほんと、侑にはもうちょっと羞恥心というものを気にして欲しいもんだ……

 

 そんで、どこで待とうかな……

 

 そこでちょっと気が動転してた影響もあったのか、前方不注意だったのだ。

 

 すると……

 

 

「うわぁ!?」

 

「んぉ!?!?」

 

 

 誰かとぶつかった。声からして、女の子か? 

 

 

「すまん!! 大丈夫か?」

 

「いったぁ……あ、すみません、大丈夫です……」

 

 

 ぶつかった彼女は、グレーのようでベージュのようなショートの髪に、ルビーのような色の目をしていた。

 

 

「……あっ! かすみんのコッペパンが!!!」

 

 

 すると、彼女は地面に指を差して悲鳴を上げた。

 

 

「えっ、コッペ……あっ……」

 

 

 彼女が指差した先に視線を変えると、彼女が持っていたであろう紙袋の中からコッペパンが地面に散乱していた。

 

 

「うぅ……せっかく買った期間限定のスイートポテトコッペパンがぁ……」

 

 

 スイートポテトか……今秋で、さつまいもの季節だからか……ってそんなこと考えてる場合じゃない!!! 

 

 

「あの……本当にごめんな、俺のせいで……」

 

「いえ、かすみんも前ちゃんと見てなかったんで……」

 

 

 

 

 この子はかすみん(?)って子なのか……

 

 

 そのかすみんという子は涙ぐんで、今にも泣きそうだった。

 

 

 

 ……よし、こうなったら。

 

 

「……なぁ、この期間限定のコッペパンさ、今から買いに行ったらまだ残ってたりするか?」

 

「えっ? ……えっと、はい。多分」

 

「なら良い……お詫びに俺がこのコッペパン買ってあげるよ」

 

「えっ!? で、でも、これにはかすみんにも非がありますし……」

 

 

「いいや。もし仮にそうだとしてもな……君が泣いてるのを放っておけないんだ」

 

「……!?」

 

 

 すると、その子は目を丸くした。

 

 

「まあ要は、君には笑顔でいて欲しいってことさ。だから、俺に買わせてくれ」

 

「……! ……えへへ、ありがとうございます!」

 

 

 かすみんは満面の笑顔を見せた。

 

 

 これは誰に非があるとか、そういうことを議論しても仕方ないのだ。

 

 

 

「そうそう、その笑顔だ。んで、そのパン屋さんはどこなんだ?」

 

「あ! はい! こっちです!」

 

 

 こんな感じで、かすみんはそのパン屋さんまで案内してくれた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「あの! 本当にありがとうございました!」

 

「ううん、喜んでくれて何よりだよ」

 

 

 あの後、目的のコッペパンはまだしっかり店に並んでおり、買うことができた。

 

 

「じゃあ、そのコッペパン、美味しく食べてな」

 

「もちろんです!!」

 

 

 

 こうして彼女と別れたのだが……

 

 

 まさか、再び会うとは思ってもなかったなぁ……

 

 

 

 




今回はここまで!
なんと今回はタイトルからは予想出来ない、新キャラの登場回でした!!
徹…気が付かぬ間にハーレムが形成されてるぞ…
ではまた次回!
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第11話 満員電車

どうも!
今回は第11話です!
ではどうぞ!


 

 

 

 

 ……ホント、時間が経つのはあっという間だ。

 

 

 春夏秋冬。四季は途絶えることなく巡る。時にそれは、我々が錯覚するくらい速く感じられることがある。

 

 

 歳を取れば取るほどそう感じるようになるとも聞いたことがあるが……まあそれが正しいとすれば、俺も少しは大人になったのだろうかね。

 

 

 

 あっ、どうも。高咲徹だ。

 

 

 時はあれから一気に経った。冬を越す、つまり年を越して、新春を迎えたところだ。

 

 

 今は年度が改まり、我が校虹ヶ咲学園には例年通り多くの新一年生を迎え、数日前に新学期の授業が始まった。

 

 

 俺は2年生から最高学年の3年生に上がった。いやぁ、もうそろそろ卒業か。それに、大学受験についても考えなければいけない時期だ。3年生は忙しいんだろうな……とか想像したりしちまう。

 

 

 

 そんで俺が今何してるかというと、いつも乗っている電車に乗るために最寄りの駅に向かってるところ。まあ、登校途中ってところだ。

 

 

 あ、侑と歩夢ちゃんは今日は一緒ではない。俺が生徒会の件で少し早起きして登校している。

 

 

 ……ん、そう言ってるともう駅に着いたな。

 

 

 てか、なんかいつもより人が多い。新学期だからかな? 

 

 

 そう思いながら駅のホームで電車待って……電車が来たな。 

 

 

 電車の扉が開いて……!? 

 

 

 息を呑むほど衝撃的な光景が、そこには広がったいた。

 

 

 

 

 なんだこりゃ……めっちゃ混んでるじゃないか!? 

 

 

 

 どれくらい混んでるかを分かりやすく説明するならば、東京都心の環状で走るやつの朝ラッシュ、くらいの混雑率だ。

 

 しかし、普段この時間帯の電車はこんなに混まない。何かイベントでもあったか? いや、普通に平日だしそれはないな。

 

 

 てか、ここにさらにこの駅で待ってる多めの人を入れる訳だから……これは鮨詰めだぞ……

 

 

 尋常じゃない有様に慄きながらも、その電車の扉が開いた。

 

 

 降りる人を見送って、車内の中に足運ぶ。

 

 

 その時……

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

「ぁ……!?」

 

 

 後ろの人が俺を押し込むように乗ったからだろうか。その勢いのまま、向かいにいた女性に真正面から突撃する形になってしまった。

 

 

 全く、気をつけてくれよ……キビキビ行動しているつもりなんだろうが、そのせいでこういうことが起こるんだからさ……

 

 

 ……ってそれより、ぶつかってしまった女性に謝んなきゃ……

 

 

「……すみません……大丈夫ですか?」

 

「い、いえ……なんとか……」

 

 

 その女性は、どうやら学生さん……って、その制服はうちの学校の!? 

 

 

 ……でも、俺の記憶ではこんな子は今までいなかった……ってことはこの子は新入生なのかな? 

 

 

 彼女は黒い髪の毛のお嬢様ヘアで、結び目には目立つ大きくて赤いリボンをつけており、深い青色の目をしていた。

 

 

 

 

 

 ……ていうか……冷静に考えて、この状況はヤバくない……? 

 

 

 今どういう状況かというと……俺の正面にその子が向かい合って密着してる状況だ。

 

 

 加えて、車内はほぼ身動きが取れないくらい混雑している故にこの状態から脱出することが不可能。

 

 

 八方塞がり、どうしようもできない状態である。

 

 

「……」

 

 

 まあだから、そのな……色々と当たってるってことだ! 何がとは言わないが!! 

 

 

 やべぇ、この子少し顔を赤くして恥ずかしそうにしてるし……嫌だよな、この状況になって……? 普通に考えたらそうだよな? 

 

 

 というか……これで下手に動いて痴漢だって訴えられたら、マジで俺の人生終わるぞ……

 

 

 早く駅に着いてくれ……! 

 

 

 ……ん、待てよ? この状況も悪くはないかも……? この子可愛いし、役得ってやつか……?

 

 

 

 

 

 ……いやいやいや、ダメに決まってるだろ! なぜこんなこと考えてるんだ! アホか俺は!!

 

 ……よし、落ち着こう。素数でも数えるか。1,3,5,7,9……いや9は素数じゃねぇだろ……! 

 

 

 こんな感じで、駅に着くまで耐えた俺であった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「はぁ〜……着いた〜」

 

 

 やっとの思いで学校の最寄り駅に着いた。

 

 

 あぁ……ヤバかった……

 

 

 今日だけ、いつも乗ってる時間の何倍も長く感じたぞ……

 

 

 

「……」

 

 

 あっ、彼女に謝らきゃ……

 

 

 そう思って彼女に近づいて話しかけた。

 

 

「あの、さっきはホントすまなかった」

 

「……あ、いえ! こちらこそ、なんかすみません……」

 

「……嫌だっただろ? 俺みたいなやつとあんな感じになって」

 

「いえそれも……嫌な感じはしなかったです……」

 

 

 うーん……ホントか……? 無理してないかな……

 

 

「……それに、一緒にいてなんか心強かったですし……」

 

「……え? すまん、今なんて言った?」

 

「……!? い、いえ! なんでも……! とにかく、その事についてはあまり気にしてませんので!」

 

「そ、そうなのか……」

 

 今彼女がボソッと何かを言った気がしたのだが、俺には聞き取れなかった。

 

 

「……あの、虹ヶ咲学園の生徒の方ですよね?」

 

「おう、そうだけど……」

 

「やっぱりそうでしたか! ……私、今日からそちらに転校する高校1年生の桜坂(おうさか) しずくっていいます!」

 

 

 転校生か……なるほど……新入生の中にもいなかった気がしたし、どういうことだろうと思ってたが、そういうことか。

 

 

「おぉ、そうだったか。俺は高校3年生の高咲徹だ。よろしくな、桜坂」

 

「はい! よろしくお願いします、先輩!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 あれから、今駅から学校までさっき会った桜坂と一緒に歩いている。

 

 今まで少し桜坂と話していたのだが、どうやら彼女は国際交流学科に入るんだそうだ。何気に国際交流学科の人と知り合ったのは初めてかもしれない。国際交流学科と情報処理学科ってあまり絡む機会がないし。

 

 

「……そういえば、こんな時期に転校なんて珍しいな。何か部活関係か?」

 

「その通りです。虹ヶ咲学園に新たな同好会が出来るので、そこに入るために転校しました!」

 

 なるほど……

 

 新たに出来る同好会……一つ心当たりがあるが、まさかな。

 

「そうか。まあまだ学校慣れないだろうから、もし分からないことがあったら、周りの子達に聞いてな? きっと力になってくれるから」

 

「はい! お気遣いありがとうございます♪」

 

「……あっ、ここで別々になるな。じゃあ、また機会があったらな」

 

「はい! またいつか!」

 

 そんな感じで、俺は桜坂と別れ、それぞれ別の教室に向かった。

 

 

 

 




今回はここまで!
いやー、まさかの満員電車でしずくちゃんと出会うという!
そして学期もアニガサキが始まる時の学期に!
では次回をお楽しみに!
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第12話 遥か異国から来た少女

はいどうも!
第12話です!
ではどうぞ!


 ふぅ……やっとお昼だ……

 

 

 あ、どうも。まいど高咲徹だ。

 

 

 朝に今日から後輩となる桜坂と、ある意味衝撃的な出会いを果たした訳なのだが、それ以降はごく平凡に授業を受け、今お昼休みを迎えている。

 

 

 さてと、学食に行くか……

 

 

 ────────────────────

 

 

 場所は変わって、食堂だ。

 

 

 んでいつも通り侑と歩夢ちゃんと一緒に昼飯を食べる訳だが……

 

 

 ……んん? 見つからんな……

 

 

 いつもだったらすぐ見つかるのだが……まだ来てないのかな? 

 

 

 と思って見回してると……

 

 

「あ、果林ちゃんだ」

 

 そう言ってすぐに、あちらと目が合って、微笑んでいる。

 

 

 なので、果林ちゃんのところに向かう。

 

 

 

 

 

「よっ、ここで会うのは初めてかもな」

 

「ええ、そうかもね」

 

 だいたいは侑と歩夢ちゃんと昼飯食べちゃうから、他の子に会うこともないんだよな……

 

 

 

 

「……ねぇ、この子は果林ちゃんの友達?」

 

 

 すると、果林ちゃんの向かい側に座ってた子が話しかけた。

 

 

 ……この子は見たことないな、1年生じゃなさそうだし、何よりこの子は海外の子っぽい。……留学生かな? 

 

 

「あぁ、エマは知らないのね。紹介するわ、彼は高咲徹。まあ、一応友達って感じね」

 

「なんだよ一応って……初めまして、情報処理学科3年の高咲徹だ」

 

「そうなんだ〜。こちらこそ、初めまして! 私はエマ・ヴェルデ、スイスから来た留学生です!」

 

 

 ほう、スイスか……スイスっていうとアルプス山脈とか中立国とかそんな印象があるな。

 

 

 

 にしても……どことは言わないが、デカイ。

 

 

「へぇ、スイスか〜。……留学生ってことは、学科は国際交流学科なのかな?」

 

「うん! そうだよ!」

 

 

 ふむ……てか、今日国際交流学科の子とよく知り合うな。何だ、今日はそういう日なのか? 

 

 

「そういえば、果林ちゃんはなんで……んーっと」

 

「あっ、エマで良いよ!」

 

 

 どう呼ぼうか迷っていたところを察してくれたのか、そう言ってくれた。

 

 

「おぉ、そうか……あ、俺のことは徹でいいぞ。そんで……果林ちゃんはなんでエマちゃんと知り合ったんだ?」

 

「あぁ、エマと知り合ったのは……確かここら辺の海沿いで会ったわよね?」

 

「うん! 初めてきた地で迷ってた時に果林ちゃんが声かけてくれて、色々案内してくれたの!」

 

 

 へぇ……あの果林ちゃんが……

 

 

 

 

 ……ちゃんと案内出来たのかな? 果林ちゃん方向音痴みたいだし。

 

 

「そうそう、それから少しずつ交流が増えたのよね」

 

「ふーん、なるほどな……ってそれ、卵かけご飯じゃないか。珍しいな」

 

 

 その話に納得していると、エマちゃんが食べているものが目についた。

 

 

 うちの学食の卵かけご飯を食べてる人を見かけたのはかなり久々だ。

 

 

「エマは卵かけご飯が大好きみたいでね。確か初めて一緒に学食を食べた時もそれだったわよね……? 私まだエマが卵かけご飯以外を食べてるところ見たことないわよ」

 

「だって! この卵かけご飯とってもボーノなんだもん!!」

 

 

 なるほどな……ってことはここに来てからまだ学食は卵かけご飯しか食べてないのかな? 

 

 

「なるほどな。確かにうちの卵かけご飯は別格だよな。でもな、うちにはそれ以上に美味しいメニューがあるぞ」

 

 

「ホント!? 気になる!!」

 

 すると、エマちゃんは目を輝かせて言った。

 

 

「あぁ、それはな……」

 

 

 

「お兄ちゃーん、どこー!?」

 

 すると、侑の声が聞こえてきた。

 

 

 

「徹って妹がいるのね」

 

「あぁ、まあな。エマちゃん、すまんな。また今度教えるよ」

 

「いいよ〜楽しみにしてるね!」

 

「おう。じゃあな」

 

 

 という感じで、俺は侑と歩夢ちゃんの元へ向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 ふいー、これで今日の分の書類はこれで終わり! 

 

 

 舞台は変わって、生徒会室だ。いつも通り書類に目を通して、作業を終えたところである。

 

 

 ……しかし、この仕事ももうあと少しで終わりか……

 

 

 そう、俺は今から約一年前に生徒会長に就任した。つまり、そろそろ次期生徒会長が決まるのだ。つい先日に生徒会長を含めた役員選挙が行われ、開封作業を今行っている。

 

 

 ちなみに、菜々ちゃんは宣言通り、生徒会長に立候補した。残念ながら、三年生に上がった俺には投票権がない。票を入れる形で彼女を応援したかったが、果たして結果はどうなるだろうか……

 

 

 あと、菜々ちゃんのスクールアイドル活動についてだが、彼女は新たな芸名、みたいなものをつけて今まで活動してきた。

 

 

 名前は『優木(ゆうき) せつ()』という。

 

 

 まあ名前からして……彼女の好きなアニメのキャラから取っただろうな。

 

 

 それで、彼女は動画をとって世界中に発信することで、うちに出来るであろうスクールアイドル部に外部から人を呼び込んだ。

 

 

 彼女は『感触は良かったです!』と言っていた。それで、今日くらいに新しい部を作る申請書を渡しにくるというが……

 

 

 

 コンコン

 

 

 おぉ、そう思ってたら来たな。

 

 

「どうぞー」

 

「失礼します!」

 

 

 すると、菜々ちゃん、もといせつ菜ちゃんが生徒会室に入ってきた。今はいつもの菜々ちゃんとは違って眼鏡はかけておらず、制服とはまた違う派手な服を着ている。

 

 

 実はこの時にはせつ菜と呼んでくれ、と菜々ちゃんから事前にお願いされてたのだ。まあ公では本名隠してるから、そこで俺が本名言っちゃったらバレちゃうもんな。

 

「よっ、せつ菜ちゃん。ついに出来たのか?」

 

「はい! 申請書を提出しに来ました! よろしくお願いします!」

 

 彼女は自信を持った顔でハキハキと言った。

 

 さて、中身を見てみよう。まず人数は……

 

 

 ……五人か。てことは部が出来るまでのレベルまでいかなかったか。

 

 

 それで、『スクールアイドル同好会』か……

 

 

 まあ、でも四人集まったんだからな、凄いことだ。

 

 

 ……それで、メンバーは……

 

 

 ……えっ? 

 

 

 そこには俺がよく知ってる名前ばかりであった。

 




今回はここまで!
最後は次の回に繋がる終わり方でしたね!
あとこの小説には関係ないですが、スクスタでバレンタインイベントやってますね!それでURしずくちゃんが可愛くて…イベント爆走しなければ←
あ、それに今日2/10はAqoursの松浦果南ちゃんの誕生日ですね!誕生日おめでとうございます!新曲MVが素晴らしいんじゃ…
では、次回もお楽しみに!
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第13話 新生同好会訪問

はいどうも!
今回は本編第13話です!
話は前回のシーンから続いています!
ではどうぞ!


 ……こんな奇跡があるんだな……

 

 

 せつ菜ちゃんが持ってきたその申請書には自分が知っている人ばかりしか書かれてなかったのだ。

 

 まあ、全員ではなかったけどな。一人だけ俺が知らない子の名前が載っている。多分会ったことは……

 

 

 ……いや、でもこの名前、なんか聞いた覚えがあるぞ。どこで聞いたんだ……?

 

 

「……? どうしたんですか? 徹さん」

 

「ん……? あっ、すまん。なんでもない……そんで、この申請書は見た感じ問題なさそうだから、通そうと思うよ」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

「うん。そんな感じだから、もう戻ってもいいよ」

 

「あっ、すみません。あと一つ、徹さんにお願いしたいことがあるんです」

 

「ん、何だ?」

 

 

 どうやらまだ何かあるようだ。

 

 

「徹さんに新しい同好会を見に来て欲しいんです!!」

 

 

 つまり、俺がその同好会を訪問するってことか? 

 

 ……確かに、せつ菜ちゃんが作った同好会は見てみたいが……

 

 

「ほう……てか何で俺?」

 

「それは……徹さんは私の背中を押してくれた人なので……ダメ、ですか……?」

 

 せつ菜ちゃんは上目遣いでそう言った。

 

 

 なるほど……てかそんな大層なことしてないんだけどな。まあ、断るつもりもないけども。

 

 

「……わかった。見に行くよ」

 

「ありがとうございます! 約束ですよ!」

 

 

 こうして、せつ菜ちゃんと一つ約束をした。

 

 

 ────────────────────

 

 

 あの後スクールアイドル同好会は正式に設立の許可を得て、部室も確保された。

 

 

 そして約束通り、せつ菜ちゃんと一緒に新しく出来た同好会の部室の前に来ている。

 

 

「ここが部室です! ……あ、まず私が中に入りますので、後から私の合図で入ってきてください!」

 

 

「えっ!? ……その流れってことは、せつ菜ちゃん以外の同好会メンバーは俺が来ることを知らないのか?」

 

 

「はい! サプライズみたいな感じで登場して頂こうと思います!」

 

 

 いやいや……そんなことしなくても良いだろ。

 

 

 ……まあ、あいつらがどんな反応するか気になるっちゃ気になるけどな。

 

 

「わかった。じゃあ、せつ菜ちゃんに任せるよ」

 

 

「了解です!」

 

 

 ────────────────────

 

 

「皆さん、お揃いですね!」

 

「あっ! せつ菜先輩! 遅かったじゃないですかぁ、その間にかすみんが実力で追い抜いちゃうところでしたよぉ?」

 

「あ、せつ菜さん! 大分来るの遅かったですね。何かあったんですか?」

 

「コホン……それはですね! 今日うちにある人を呼んできたからです!」

 

「ある人……はっ! まさか、新入部員!? なら彼方ちゃん、嬉しい〜」

 

「あ、いえ、新入部員ではないです!」

 

「えぇ!? ……なんだ〜」

 

「ふふっ、新入部員だったら仲間が増えて楽しくなるね! それで、誰を連れてきたの、せつ菜ちゃん?」

 

「はい! 今日はこの方に来て頂きました! 入ってきてくださーい!」

 

 ────────────────────

 

 

 ……ん、呼ばれたな。

 

 

「失礼しまーす……」

 

 

 部室のドアを開け、中に入ると……

 

 

「「「えっ!? 徹くん(先輩)!?」」」

 

 

 ははっ、やっぱりか。

 

 彼方とエマ、しずくが同時に驚きの声を上げた。

 

 

「よっ、3人とも」

 

「誰が来るのかと思いましたが、徹先輩だったんですね! 再び会えて嬉しいです!」

 

「徹く〜ん! 久しぶり!」

 

「こんなところで徹くんと会えるなんて〜! 彼方ちゃんびっくりだよ〜」

 

「久しぶりだな。いや、まさか3人とも同じ同好会に入ってるとは思わなかったよ」

 

「ふふ〜ん、彼方ちゃんスクールアイドルに最近興味を持ってね。せつ菜ちゃんにお誘いを受けて入ったんだよ〜……ところで、せつ菜ちゃんはなぜ徹くんと知り合ってるの〜?」

 

 

 ……ん? もしかしてこれ、ヤバい流れじゃないか。あいつがこの疑問に答えると……

 

「あ、それはですね! 私が生徒k……」

 

 

「……! あ、それはな! この同好会ができる前に彼女が何回か俺のところに相談しに来てな、それで知り合ったのさ!」

 

「ふ〜ん……なるほど〜」

 

 どうやら、彼方ちゃんは納得してくれたようだが……

 

 

「……ボロ出さないようにな」

 

「はい、すみません……」

 

 

 耳打ちでせつ菜ちゃんにそう注意を促す。

 

 

 ホント、そこら辺気をつけないとな……下手したらそれが広まってせつ菜ちゃんの両親に気づかれる可能性があるからな。やるからには徹底的に、だ。

 

 

「それにしても、せつ菜さんと先輩が知り合いだったなんて驚きです! ですよね、かすみさん! ……かすみさん?」

 

 

 ……ん? 

 

 

 しずくちゃんが向いた方を見ると、一人の女の子が大きく口を開けて驚いた表情をして固まっていた。

 

 

 この子、やっぱりあの時の……

 

 

「なあ、大丈夫か……?」

 

 

 俺が彼女にそう声をかけてみると……

 

 

「……! ……うわぁぁぁぁん!!」

 

 

 ……!?!? 

 

 突然彼女は泣きながら俺に飛びついてきた。

 

 

「ちょっ、えっ!?」

 

「会いたかったですぅ!! せんぱぁぁぁぁい!!!」

 

「ちょっと!? かすみさん!? 徹さんに抱きつかないでください!!」

 

「そうだぞ〜! 徹くんに抱きつくのは彼方ちゃんなのだ〜!」

 

「かすみちゃん!? 徹くん困ってるよ!?」

 

「かすみさん! メッ、ですよ!!」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんはくっついてる彼女を引き剥がそうとし、彼方ちゃんは抗議するような感じになり、エマちゃんは彼女を諭し、しずくちゃんはむーっと頰を膨らませていた。

 

 なんだこのカオス空間は……

 

 

 この後彼女こと、中須(なかす) かすみちゃんは泣きやみ、お互いちゃんと自己紹介をして、事態は収まったのであった。

 

 

 ……しかし何で4人はそんな不機嫌になってたんだろうか……? 

 

 

 




はい、今回はここまで!
いやぁ、大分ハーレムになってきましたねぇ…←
この調子でどんどんハーレム要素を加えていきますよ!!
あ、話が変わりますが、次のイベント…URせつ菜ちゃん出ますね!
あぁ…たまらんですわ!!←作者せつ菜推し
では、次回をお楽しみに!
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第14話 ゲーム好きな後輩

はいどうも!
第14話です!
早速ですが、どうぞ!


 

 

 いやー……なんか暇に感じてしまうぜ。

 

 

 あ、おっす。高咲徹だ。

 

 

 こないだスクールアイドル同好会の様子を見に行った。

 

 まあ色々あったんだが、とてもみんな良い子で、これならみんなで仲良く活動できると安心した。

 

 あ、ちなみにあの後かすみちゃんが泣いた理由について聞いたのだが、どうやら俺に会えたことが嬉しかったようだ。

 

 そこまで嬉し泣きされるほどのことした訳じゃないんだけどな……まあでも、悪い気はしないね。

 

 

 それで、あれから少し時が経って……

 

 

 

 ついに次期生徒会長が決まった。

 

 次の生徒会長は……なんと、中川菜々ちゃんだ。

 

 彼女が選ばれたのを知った瞬間、思いっきり「やったー!」って叫んじまったよ。まあ、周りには誰もいなかったから問題なかったけど。

 

 そして、菜々ちゃんもあとでとても嬉しそうに報告をしにきてくれた。

 

 ……その時嬉しさのあまり俺思わず菜々ちゃんの頭撫でちまって少し気まずくなっちゃったのは他の人には内緒だぞ? 

 

 

 そんで、ついに俺は生徒会長の役目を終え、生徒会の仕事だった時間が無くなって虚無感を感じているところだ。

 

 ……普段からしてた仕事が無くなっちまうって相当自分にとっちゃ大きいんだな……

 

 

 そんな感じで、中庭のベンチに座ってボーッとしていると……

 

 

「……あっ! てっつーじゃん!」

 

「……ん? ……おー、愛ちゃんじゃん。よっす」

 

 

 同じ学科友達の愛ちゃんがやってきた。

 

 

「どうしたのー、そんなボーッとしちゃって?」

 

 

 愛ちゃんは俺の隣に座ってきて俺の様子を窺う。

 

 

「あー……別に大したことじゃないんだけどな、実は……」

 

 

 そう言って、俺は愛ちゃんに事情を説明した。

 

 

 すると、

 

 

「あー……なるほどねー。それ分かるよ。愛さんも長い間一つの部活に助っ人でいってて、行く必要がなくなった時はそんな感じだったからね〜」

 

 

 なるほど……ていうか愛ちゃん、色んな部活に助っ人で出てるみたいなんだよな。いやー、運動神経半端ない……

 

 

「でも! 逆に言えば、新たな楽しみを見つける余裕が出来たってことじゃん? なら、立ち止まってる暇はないぞ〜!」

 

 

 俺を鼓舞しようと背中を強めに叩いてくれる愛ちゃん。

 

 ……悲観しちゃいられないな。

 

 

「ハハッ、確かにそうだな。ありがと、おかげで元気が出たよ」

 

「てっつーが元気出たなら、良かった!」

 

 

 愛ちゃんはそう言ってニッと笑った。

 

 ほんと、愛ちゃんと話してると自然とポジティブになれる。彼女のポジティブさには感銘を受けるばかりだ。

 

 

 

「……?」

 

「……ん? どうした」

 

 

 すると、愛ちゃんの表情が変わった。何かあったのかと彼女の視線の先を辿ると、学舎の全体がガラスのところの前で一人、突っ立っている子がいた。

 

 その子は少し寝癖が目立った派手なピンク色の髪で、ちょっと幼さを感じるような……まるで小動物みたいな存在感を放つ子だった。

 

 しかしあの子、表情がかなり暗く見える。何か思い詰めてるのかもしれないな……

 

 

「……ちょっと行ってくる!」

 

 

 すると、愛ちゃんはその子の元へゆっくり歩いていった。

 

 

 ……俺もついていこう。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 愛ちゃんはその子の側まで近寄り、優しく声をかける。

 

 すると、彼女は少し怯えている表情になった。

 

「怖くないよ? 何か君、元気なさそうだったからさ!」

 

「えっ……?」

 

 

 愛ちゃんも察したのか、そう話しかけた。

 

 まあ、上級生だし、愛ちゃんの見た目を考えると最初はそうなるのも無理はない。俺も最初彼女の容姿を見た時は少し動揺したからな。

 

 

「おっ! ジョ◯ポリの割引券じゃん! ここって楽しいよね!」

 

 

 彼女の手には、近くのテーマパークの割引券が握られていた。愛ちゃんが親しみを込めてそのことに触れると……

 

 

「……! 友達と行ってください」

 

 

 彼女はその券を頭を下げながら差し出した。

 

 彼女がこのような行動を取ったのは、上級生にカツアゲされてると思い込んでいるからだろう。こりゃ、かなり警戒されてるな……

 

 

 ……でも、こんな時愛ちゃんだったら……

 

 

「ん〜……ふふっ、じゃあ一緒に行こうか!」

 

「……!?」

 

 

 愛さんは一瞬戸惑ったが、しばらく考えた末に明るい笑顔でそう言った。

 

 それを聞いた彼女は下げていた頭を上げ、目を見開いた。

 

 

「じゃあ……てっつー! てっつーも一緒に行かない?」

 

「ん、俺? 俺は別に良いけど……」

 

 愛ちゃんは、その場に居合わせた俺も誘ってくれた。

 

 まああそこ面白いところで行ってみたいと思ってたからちょうど良い機会かもしれない。ただ……

 

 

 俺はさっきまで愛ちゃんに話しかけられてた子に目を向けた。

 

 

「君は、俺が一緒に来て大丈夫?」

 

 

 すると、彼女は数秒沈黙した後、首を縦に振ってくれた。

 

 

「そうか……じゃあ、俺も行こうかな」

 

「おーけー! じゃあ、早速行こう! レッツゴー!!」

 

「あっ! ちょ、待てー!」

 

 愛ちゃんは彼女の手を引いて走り出した。

 

 俺もそれを追って走り出した。

 

 

 ────────────────────

 

 

「は〜、楽しかった!」

 

「だな、久々に目一杯遊んだぜ」

 

 

 時は過ぎて、例のテーマパークで遊んだ後になった。

 

 先程知り合った彼女は天王寺(てんのうじ) 璃奈(りな)といい、同じ情報処理学科の子だった。

 

 お互い自己紹介をして、愛ちゃんに関しては「りなりー」というあだ名をつけていた。さすが愛ちゃん、センスがいい。

 

 

 それからそこで色々遊び尽くしてるうちに、俺は璃奈ちゃんとも仲良くなった。

 

 

「……なあ璃奈ちゃん。もしかして君、かなりのゲーマーだったりするか?」

 

「……! 何で分かったの?」

 

「いや、なんかすごい手慣れてたから……なんか親しみ感じちゃってさ」

 

 

 そう、あそこで遊んでる中で、VRのコーナーがあったんだが、そこでの璃奈ちゃんの動きといい手捌きといい……かなり慣れてる感じがあった。

 

 

「親しみ……? ……もしかして、徹さんも?」

 

「まあね。ある程度嗜んでるよ」

 

 

 実は俺もゲームをするのが好きで、多分人並み以上にはゲームに触れてる。なんなら、一時期超ハマってたもんな。

 

 そんな趣味が、璃奈ちゃんと合っているようだ。

 

 

「……!! 何のソフト持ってる!?」

 

「えっとね……」

 

 

 この後、二人でゲームの話をして盛り上がった。あんなにゲームの話で盛り上がるのは久々だったなぁ……やってるゲームも割と被ってるみたいだし、今後二人で遊んでみたいものだ。

 

 

 璃奈ちゃんは常に表情を出さないようだが、俺とゲームの話で盛り上がっている時は、嬉しそうな雰囲気が出ていたような気がした。

 

 

 




今回はここまで!
いやー、りなりー可愛いですね…一緒にゲームしたいです
そういえば、せつ菜ちゃんURが出るイベントは今日からですね!!
今回はいつも以上に突っ走ろうと思います!
それでは、また次回!
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第15話 これからの同好会

はいどうも!
第15話です!
では早速どうぞ!


 

 

 

 いやー、ここは賑やかだな〜……

 

 

 お、どうも。高咲徹だ。

 

 

 先日、同じ学科の愛ちゃんと璃奈ちゃんと遊び、楽しんだ訳だが、あれから数日が経った。

 

 

 今何をしてるかというと……

 

 

「ワンツースリーフォー! ワンツースリーフォー! ……」

 

 

 今俺はこんな感じで拍子をとっている。

 

 

 今日はせつ菜ちゃんから「同好会の様子を見に来てくれませんか!?」と言われたので、同好会の部室に来ている。

 

 

 実は、俺が初めて同好会に訪れたあの時に、メンバー達に同好会のサポートをしてくれないか、とみんなからお願いされたのだ。

 

 とても光栄なことではあるが、俺は迷った。スクールアイドル同好会は、せつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんが立ち上げたものであり、他のメンバー達ともある程度交流があった。だから、そんなみんなの近くで一緒に活動できる、サポートできるのならば楽しいだろうなぁ、とは思った。

 

 しかし、自分は高校3年生で、そろそろ受験が近づいている。色々と準備をしなければならない。さらになんといっても、俺はスクールアイドルについて全くもって初心者である。知識もほぼないに等しい。だからその時はお断りした。

 

 そしたらメンバーみんな、悲しそうに俯いてしまった。このまま無情にもこの場を去るのも俺にとって心苦しかったから、たまに見るだけなら、と言ったら喜んでくれた。

 

 

 ……というわけで現在に至る。

 

 

 まあ、拍子をとるくらいなら俺でも出来る。リズム感覚は普段リミックスしててある程度通じているからね。

 

 

「……よし! 時間的にそろそろ休憩だ!」

 

「あぁ〜! 疲れたぁぁぁぁぁ!」

 

 すると、かすみちゃんが疲れの余り床に倒れ込んでしまった。

 

「かすみさん! そんなとこで寝てはいけません! 起きてください!」

 

「え〜ん、少しくらい良いじゃ〜ん」

 

 しずくちゃんはそんなかすみちゃんを厳しく注意する。

 

「みんなお疲れ。はい、水分だ」

 

「ありがとう〜……ん〜! 生き返る〜」

 

「ふぁ〜……眠くなってきた〜。徹くん、ちょっとその膝で寝かせて〜」

 

「今日もか……まあ頑張ってるもんな、いいよ」

 

「やった〜……すやぁ……」

 

 手元にあったスポーツ飲料を手に取って、声をかけた。するとエマちゃんが飲みにやってきた。そして彼方ちゃんは眠さからか、俺の膝枕を所望してきた。

 

 俺がたまに同好会を見に来てから、彼方ちゃんが俺の膝枕をするのが習慣になっている。最初は男の膝に女の子が寝るというのはどうだろうかと思ったのだが、彼女が日々努力しているが故の眠さであることは聞いていたし、彼女がらそれを望んでいるのだから、良いかなと思い、引き受けた。

 

 しかし、同好会が出来てからだろうか、彼方ちゃんが前より一層眠そうに見える。相当無理をしてるのではないかとか思ってしまうくらいに……

 

 まあ、今ここで寝ることで疲れが取れるというならばいくらでも俺の膝を貸してあげるぞ……そんな心構えでいる。

 

「あ〜!! また彼方先輩が徹先輩の膝で寝てるー! かすみんも徹先輩の膝枕で寝てみたいのに〜!!」

 

「ちょっと、かすみさん落ち着いてください! 彼方さんが寝てるんですから!」

 

「そんなこと言ったって、しず子も徹先輩の膝枕気になるでしょ?」

 

「そ、それは……」

 

 かすみちゃんは、どうやら俺の膝で彼方ちゃんが寝てるのが気に食わないらしい。そんでしずくちゃんは……なんでそんなに赤くなってるんだ……? 

 

 

「ふぅ……さて! ラブライブのためにも、あまり休んではいられないですよ! 今度はストレッチです!」

 

 その一方、せつ菜ちゃんはまだまだ余裕なようで、生き生きとしている。

 

 そう、彼女たちはラブライブという……例えるなら、『スクールアイドルの甲子園』を目指しているのだ。

 

「お疲れ、せつ菜ちゃん。まだ疲れてないなんて凄いな」

 

「そんな、大したことはありませんよ! ……でも、徹さんが見てくれてるからというのもありますが……」

 

「ん? すまん、ちょっと聞こえなかったけど、なんて言った?」

 

「な、なんでもないです!!」

 

「そ、そうか……あ、でも水分補給は忘れずにな?」

 

 そう言って、手元にあったスポーツ飲料を渡す。

 

「もちろんです! ありがたくいただきます!」

 

 そう言って、スポーツ飲料を飲み始めた。

 

 

「……そういえば、まだ新曲の方針を決めてませんでしたね。皆さん何か希望はありますか?」

 

「はい! かすみんは〜、とにかくかわいい曲が良いです〜!」

 

「私は、大好きが溢れて、カッコいい曲がいいです!」

 

「私は……穏やかで、みんなをポカポカさせる曲がいいな〜」

 

「彼方ちゃんは〜、みんながぐっすり眠れるような曲がいいね〜」

 

「みんなバラバラだな……って、いつのまにか彼方ちゃん起きてる……」

 

 しずくちゃんがそう問いかけると、かすみちゃん、せつ菜ちゃん、エマちゃん、彼方ちゃんの順で答えた。

 

 ……見事にバラバラだな。

 

「なるほど……しずくちゃんは何か希望あるの?」

 

「あ、はい! 私は、演劇みたいに、お芝居の表現力を活かせるような曲がいいです!」

 

 

 

 ふーむ……なるほど……

 

 

 これは……まとめられるのか心配だな……

 

 

 

 

「まあ、曲の方針もそうですが、今は練習あるのみです! さあ、練習をしましょう!」

 

 

「「「はーい!」」」

 

「えっ!? 早くないですか!?」

 

「ははっ。ハイペースだけど、頑張ってきてな。応援してるから」

 

「徹先輩……! 頑張ってきます!!」

 

 こうして、みんなは練習へと戻っていった……

 

 

 ────────────────────

 

 

 時はあれから約1ヶ月が経った。スクールアイドル同好会は徐々に実力をつけていき、ついにライブを行うことになった。

 

 俺は1週間に1回くらいではあるが、同好会の様子を見たりした。曲の方針は紆余曲折ありながらもなんとか決まったらしく、現在は曲作りも進めているという。

 

 そんで、来週にライブがあるというのだから、俺も見に行きたいと思ったのだが……

 

「ねぇ、お兄ちゃんって来週から合宿だっけ?」

 

「あぁ、そうだよ。今年で最後の合宿だ」

 

 そう。今侑が言ったが、なんと情報処理学科の合宿と重なってしまったのだ。それもライブがある日の夕方に帰ってくるという……

 

 

 ……もう少し合宿を早めて欲しいと思ったものだ。

 

 

 まあそうともいかないので、ライブに行けないことは事前に彼女らに伝えておいた。そしたらみんな悲しそうな顔して……凄い心苦しかったんだが、こればかりはしょうがないんだ……

 

 

「そっか〜……」

 

「……あっ、今寂しいとか思ったでしょ?」

 

「……バレちゃった?」

 

「兄妹なんだから、分かるよ。大丈夫、すぐに戻ってくるから」

 

 そう言って侑の頭を撫でる。

 

「へへっ、分かってるって……ありがとね」

 

 すると、侑は安心した表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 ……そう、俺が合宿に行っている間にあんなことが起こるなんて、この時の俺は知りもしなかった……

 

 

 

 




今回はここまで!
皆さんお察しかもしれませんが、これでアニガサキ本編の手前まで来ました!次回からはアニガサキ本編に入るかと思います!
そして、そのアニガサキも4月からEテレで再放送されるという発表がありましたね!楽しみ!
では次回もお楽しみに!
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原作1期編 〜九色と兄妹は共に〜
第16話 運命の出会い


はいどうも!
今回は第16話です!
ここからアニガサキ本編の内容に入ります!
ではどうぞ!


 

 

 んー……なんだか最近色々と物足りないんだよね〜……

 

 あ、どうもどうも! 高咲侑です! 

 

 今日はお兄ちゃんが合宿中のため、私の出番だよー! 

 

 それで、今私が何をやってるかと言うと……

 

 

「これはどうかな?」

 

「んー……ちょっとときめきが足りないかな」

 

 

 学校帰りの寄り道で、歩夢と一緒にショッピングモールの中にある雑貨屋さんで色々物を見てたりしてる。

 

 特に欲しいものがある訳じゃないんだけどね。何か良い物があれば買うかもしれないし、なかったら何も買わない、そんな感じ!

 

「……他のお店行ってみようか」

 

「そうだねー」

 

 

 ここら辺は服屋さんが集まってるんだけど、今見てたお店にはあまり目ぼしいものはなかったから、場所を移してみる。

 

 それでショッピングモール内の店を見回っていると、あるものが私の目に留まった。

 

 

「……! 歩夢! これいいんじゃない? 似合うと思うよ」

 

 

 私が見つけたのは、ピンクと白が基調で少しシンプルなデザインのワンピースだった。

 

 この白に近いピンク色とこの可愛らしさ! 絶対似合うと思うんだけどなー……

 

 すると歩夢は、

 

「えっ……? ……い、いいよ!! 可愛いとは思うけど子供っぽいって!」

 

「そうかな〜? 最近までよく着てたじゃない」

 

「小学生の時の話でしょ? ……もうそういうのは卒業だよ」

 

 

 歩夢はそう言った。

 

 まあ確かに子供っぽいっていうのは分かるけどなー……

 

 

「着たい服着ればいいじゃん、歩夢は何着たって可愛いし、お兄ちゃんも見たら喜ぶかもよ?」

 

「えぇっ!? も、もう、またそんな適当なことを……」

 

 

 そうすると、歩夢は顔を紅くした。

 

 もう、歩夢がお兄ちゃんのこと意識してるってことは分かってるだからね〜

 

 二人がイチャイチャしてる所見るとちょっと妬けちゃうけど、二人はお似合いだからね〜。

 

 さっさとくっつけーって感じだけど、歩夢は奥手だし、お兄ちゃんはお兄ちゃんで鈍感だし……まだまだ先は長いかもね……

 

 と思ってたのも束の間……

 

「あっ! 見て見て! ……昔こんな格好してたよね」

 

「あ〜、懐かしいね〜」

 

「可愛かったな〜」

 

 

 そこには、うさぎの耳のフードがついたピンクのパーカーがあった。

 

 いやー、あの頃が懐かしいな〜。歩夢が手でウサギの耳にして、「あゆぴょんだぴょん!」って言ってね。あの時お兄ちゃんと一緒に居たんだけど、私気づいたら歩夢を抱きしめちゃったんだよ〜。

 

 あんなに可愛いんだもん、仕方ないじゃん! 

 

 ……ちなみにこれはお兄ちゃんから聞いたかな? うちにはその時のビデオが残っててね。今でも、たまーにお兄ちゃんと一緒に見てたりしてね……

 

 ……はっ! そうだ!! 

 

 

「……ねぇ!」

 

「ん?」

 

「ちょっとやってみてよ!」

 

「何を?」

 

 すると私は手をウサギの耳のようにして……

 

「あゆぴょん」

 

「……はぁ? やる訳ないでしょ! もう……」

 

「えー」

 

 

 流石にやってくれなかったか〜……ま、いっか。

 

 

「何かお腹が空いてきちゃった。下降りない?」

 

「賛成だぴょーん」

 

「侑ぴょんの方が可愛いんじゃない?」

 

「それはないぴょん」

 

「「あはははは!」」

 

 

 私より歩夢の方が何倍も可愛いって〜……

 

 こうして、歩夢と二人でコッペパンを買いに行った。

 

 

 ────────────────────

 

 

 変わってショッピングモール外の庭っぽいところにて……

 

 

「食べる? 限定のレモン塩カスタード」

 

「食べる!」

 

 ここのコッペパンはどの味も美味しそうだからな〜

 

「はい、あーん」

 

「あむ……いいじゃんこれ!」

 

 歩夢が差し出したコッペパンをそのまま食べる。

 

 すると、

 

「ほら、ついてるよ〜? ……あーむ」

 

 

 私の口元についてたクリームを歩夢が手で取ってそのまま食べた。

 

 ……じゃあ、

 

「こっちも食べる?」

 

「あー! じゃあさ! ……」

 

 この後二人で自撮りをした。

 

 

 そうしてのんびりしてると……

 

 

 

 

「……ん? あそこなんだか盛り上がってない?」

 

「そうだね……行ってみよっか!」

 

「うん!」

 

 

 なんかライブなのかな? 少し気になったから行ってみる。

 

 

 行ってみると……

 

 

「〜♪」

 

 

 一人の女の子が踊りながら歌っていた。

 

 

 ……この時、私は目を覚まされるかのような衝撃を感じた。

 

 

 力強い歌声、情熱、勢い……全てが私の視線を釘付けにした。

 

 

 

 気がついたら、私はそのライブを全力で楽しんでいた。そして、私の心の奥底から何かが湧き上がってくる感じがした。

 

 

 

 

「……凄い……」

 

 

 

 

 私は、彼女の凄さを前にただそう呟くことしかできなかった。

 

 

 

 




今回はここまで!
少し短かったですが、区切りがいいので!
ここで侑ちゃんは運命的な出会いを果たしたんですよね〜
…ゆうぽむ可愛い
ではまた次回!
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第17話 衝撃

どうも!
今回は第17話です!
ではどうぞ!


「……凄い……」

 

 

 とあるショッピングモールの外のライブ会場で、侑と歩夢はたまたま見かけたアイドルのライブで圧倒されていた。

 

 

『わ──! せつ菜ちゃ〜ん!!』

 

 

 曲が終わり、周りの歓声が湧く。

 

 そして、その歓声を受けたせつ菜ちゃんこと、優木せつ菜は……

 

「っ……」

 

 観客に背を向け、舞台を去っていく。

 

 しかし、その時の彼女の顔は悔いに満ちていた。

 

 

 

 

 

 そしてその頃……

 

 

「カッコいいよ! 可愛いよ! ヤバいよ、あんな子いるんだね!!」

 

 

 侑が歩夢の手を両手で握りながら興奮している。

 

 一方の歩夢は、戸惑いながらもなんだか嬉しそうな表情をしている。

 

 

 

「なんて言う子なんだろ……あっ、ポスター!」

 

 すると、侑がついさっきまで行われていたライブのポスターを見つけた。

 

 そのポスターを見て、ポスターに書いてある文字を書いたその時、二人に衝撃が走った。

 

 

「虹ヶ咲……」

 

「スクールアイドル同好会……!?」

 

「虹ヶ咲って……!」

 

 

 

 

「「うちの高校だ────!!!!」」

 

 

 

 

 この時、物語が動き出した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ふう……ついにこの合宿も終わっちまったなぁ……

 

 

 あっ、みなさんお久しぶり。高咲徹だ。

 

 

 今日で年に一度、3年間続いた情報処理学科の合宿は終わりを迎えて、今俺はその帰り道の途中だ。

 

 ちなみに合宿がどんな感じだったかを話すと、3年生になって今までの2年間よりもっとハードワークを求められるようになってな。かなりキツかった……

 

 まあでも、今回は割と楽しかった気がする。もちろん同級生と卒業前の思い出作りで色々やったのもそうだが、愛ちゃんと璃奈ちゃんと一緒に盛り上がったのが一番楽しかったな。

 

 愛ちゃんのダジャレ大会で感情を出さない璃奈ちゃんを笑わせようとしたりとか、璃奈ちゃんと同じ趣味のゲームについて熱く討論したのも面白かったな〜……

 

 まあこんな感じで二人とより仲良くなれたのも良かったな。

 

 

 

「ただいま〜」

 

 

 そう考えてるうちに家に着いて、靴を脱いで家に上がる。

 

 ……あら? 侑の反応がないな……いつもだったら『おかえり!』と元気な声が帰ってくるはずなのにな。まだ帰ってない……? 

 

 帰ってきているか確認するために、侑の部屋の前まで来て部屋のドアを開ける。

 

 

「……あっ、侑。ただいま〜!」

 

 

 部屋を見ると、イヤホンをつけながらパソコンに熱中している侑を見つけた。

 

 

「ん……? ……うわっ!? び、びっくりした〜!」

 

「帰ってきたのに気づいてなかったのか……」

 

「も〜、いきなり声かけないでよ〜」

 

「あー、すまんすまん……ただいま、侑」

 

「ん、おかえりお兄ちゃん!」

 

 

 よく考えたら俺、部屋に入る前にノックするの忘れてたな。反省反省。

 

 

「……侑がそんな集中してるなんて珍しいな。何見てたんだ?」

 

「ふっふっふ……それは……これだよ!!」

 

 すると、侑がパソコンの画面を見せた。可愛い女の子が歌って踊っている動画が流れていた。

 

「これは……もしかしてスクールアイドルか?」

 

「えっ!? 何でお兄ちゃん知ってるの!?」

 

「当たってたのか……まあ、見た目がそれっぽいから?」

 

 

 それに、よくスクールアイドルと関わってたりするからな。

 

 

「あーなるほどね〜……」

 

「……もしかして、スクールアイドルにハマったのか?」

 

「……わかっちゃう? そうなんだよ! 学校帰りにスクールアイドルのライブ見ちゃってさ! 歩夢と一緒に感動しちゃったよ!!」

 

 ほー、歩夢ちゃんも感動してたんだな。歩夢ちゃんと侑がスクールアイドルか……人気が爆発しそうだな。

 

「それに! 何とそれがうちの学校だっていうから驚いちゃってさ〜」

 

「えっ……!?」

 

 

 まさか、同好会のライブだとは……あの中だと侑は誰が好きなのかな? 

 

 

「どうしたの? お兄ちゃん」

 

「あ、何でもないぞ。それより、凄い楽しそうだな」

 

「えっ? どういうこと?」

 

「いや、今スクールアイドルの話ししてた侑、最近見たことないくらい楽しそうだなって」

 

「そうかな? 確かに最近まではなかったトキメキだったからなぁ……あれは」

 

 

 どうやら、とても心に響いたようだ。こんな勢いの侑はなかなか見れない。

 

 

 

 

 ……兄妹はそういう所も似たのかもな。

 

 

 

 

 そんな感じで侑はこの後いつくらいかは分からないが、俺が寝た後もスクールアイドルについて調べていたらしい。

 

 

 ────────────────────

 

 

 翌日。

 

 

 日中は普通に授業をこなして、放課後となって……

 

 

「ふぁぁ……疲れた」

 

 

 少し欠伸をしながら廊下を歩いていると……

 

 

「あっ! てっつーじゃん! ハロ〜」

 

「あ、徹先輩……」

 

 

 向かい側から愛ちゃんと璃奈ちゃんがやってきた。

 

 

「よっす。二人とも昨日はよく寝れたか?」

 

「うん! これでもかってくらい安眠出来たよ! 徹夜なんてする力なかったし! 徹だけに!」

 

「私もちゃんと寝れたから大丈夫」

 

「ぶっ……ちょっと、そこでダジャレはヤバいって……ふふっ……あっ、璃奈ちゃんもよく寝れたか。なら良かった。愛ちゃんは部活の助っ人とかあるからそこら辺しっかりしてるな」

 

「相変わらずてっつーはダジャレが好きだね〜……まあねー。今日も助っ人頼まれてるし、何より愛さんはいっつも元気だからさ!」

 

「ハハッ、流石だ。てことはこれから部室棟に行く感じか?」

 

「そうだね! ……てっつーも部室棟行くの?」

 

「あぁ、そうだな。少し用があるからな」

 

 そう、同好会のみんなに会いに行くのだ。昨日はみんな疲れてるだろうから何も連絡はしてなかった。なので実質サプライズになるだろうか。

 

 その後、3人で部室棟に行き……

 

「……あ、ちょっとトイレ行ってくるから待ってて!」

 

「あっ、俺もトイレ行くわ。璃奈ちゃん、ちょっと待っててな」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 俺と愛ちゃんはそれぞれトイレに行った。

 

 

 ────────────────────

 

 

 それからトイレを済まして、愛ちゃんと合流して璃奈ちゃんの元へ向かったのだが……

 

「あ、りなりー。誰かに声かけられてる……?」

 

「ん……? あれは……!?」

 

 

 なんと、侑と歩夢ちゃんが璃奈ちゃんと話しているのだ。

 

 

「りなりー、どうしたの?」

 

「あ、愛さん……」

 

「ん……? あっ、お兄ちゃん!」

 

「徹さん!」

 

「よっ。二人が部室棟にくるなんて珍しいな。何か用があるのか?」

 

「スクールアイドル同好会を探してるんだ! ただ、どこにあるか分からなくて……」

 

「スクールアイドル同好会なら……

 

 ここだよ!」

 

 すると、愛ちゃんが校内マップに指を差して教えた。

 

「他の人に聞いても分からなかったのに……」

 

「確か今年出来た同好会だしね〜」

 

「ありがとう! 助かったよ!」

 

「どういたしまして」

 

「……」

 

「ん?」

 

 すると、璃奈ちゃんが侑の服の裾を引っ張って引き留めた。

 

「別に、急いでなかった。少しびっくりしただけ」

 

「……そっか。なら良かった!」

 

 

 なるほどね。わざわざそう言うところ、璃奈ちゃんは優しいな。

 

 

「……好きなの? スクールアイドル」

 

「えっ……? うん! ハマったばっかだけどね〜」

 

「そう……あなたは?」

 

 

 すると、今度は歩夢ちゃんに話しかけた。

 

 

「えっ? ……う、うん、どうだろう……まだ分からないかな」

 

「そう……」

 

 

 ふーん……今の歩夢ちゃんの言葉はホントかな……? 

 

 

「ありがとう。行ってみるよ。

 

 あっ! お兄ちゃんも一緒に来ない?」

 

「ん? 俺? まあ、行こうかな。用事もあるし」

 

「じゃあ、てっつーとはここでバイバイだね! また今度!」

 

「また今度」

 

「おう、じゃあな! ……よし、行こうか。侑、歩夢ちゃん」

 

「「うん! (はい!)」」

 

 

 

 

 

 こうして二人で同好会の部室に行ったのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクールアイドル同好会は……本日をもって、廃部となりました」

 

 

 

 

 

 

「「……えっ!?」」

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで!
ついにゆうぽむとあいりなが出会いました!
あのシーンでりなりーがボードなしっていうのが初めて見た時衝撃でしたね〜ほんと、可愛い…
そして…この回最後で同好会がなくなった事実を知り…物語はさらに加速する…
次回をお楽しみに!
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第18話 高咲兄、動きます。

どうも!
今回は本編第18話です!
では早速どうぞ!


 

 

 

「スクールアイドル同好会は……本日をもって、廃部となりました」

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 俺は耳を疑った。

 

 愛ちゃんにスクールアイドル同好会の場所を教えてもらった後、俺と侑、歩夢ちゃんと共にその部室の前まで行き、中に入ろうとしたとき、俺がよく聞いた堅苦しい声が聞こえてきた。

 

 まあ、案の定その声の主は菜々ちゃんだった。彼女は侑と歩夢ちゃんに声を掛け、その後俺の存在に気づいたのだが……なぜか驚いた後に目を逸らされた。この時から彼女の様子に異変を感じていた。

 

 それでも、一応もう一度声を掛けてみようと思い、昨日のライブのことで、「お疲れ様!」みたいな感じで言おうと思った……その矢先にこれだ。

 

 

 

 

 待てよ? あの菜々ちゃんが? 

 

 スクールアイドルに本気で、人一倍力を入れて意欲的に頑張っていたあの子が、自身が立ち上げたスクールアイドル同好会を廃部にしたのか……? 

 

 

 普段から常に冷静さを保っていると自負している俺だが、流石にこの時は酷く動揺した。俄に信じられないからだ。

 

 

「では、そういうことなので……」

 

 

 そう言って菜々ちゃんはこの場を去ろうとする……

 

 

 その時だった。

 

 

 

「……ちょっと待て」

 

「っ……!?」

 

 

 俺は低く冷徹な声でそう言うと、菜々ちゃんはビクっとして恐る恐るこちらに振り返った。

 

 

「……あとで生徒会室に行く。良いか?」

 

「……は、はい……」

 

 俺のなかなか見ない態度に、菜々ちゃんは若干怯えているのか、そう答えた。

 

 

 その後、菜々ちゃんはその場を去り、俺たち3人になった。

 

 侑と歩夢ちゃんは驚きとショック受けたような表情をしていた。

 

 

「……すまん。今日は先に帰ってて? ちょっとやることがあるから」

 

「あ、うん……分かった……」

 

 侑がそう言った。

 

 

 これは、俺にも関係する問題事だ。同好会のマネージャーではなくても、ほぼ定期的に同好会を見てたんだから、放っておけない。

 

 

 そうして俺は、生徒会室へ向かった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 同好会の部室前を後にして、今俺は生徒会室の前に来ている。

 

 俺が合宿に行ってる間に一体何があったのか、菜々ちゃんに聞かなければならない。

 

 

 ……とついさっきまで強く思っていたが、今はどちらかというと反省と後悔の念に駆られている。

 

 何に反省しているかというと、先ほどの菜々に対する態度だ。俺がつい最近まで出していなかった、怒りと取られるであろう態度をとった時、彼女は明らかに怖がっていた。

 

 話が急だったとはいえ、彼女を怖がらせるほどのことをしたのは俺の過ちだ。ちゃんと謝らなければならない。彼女から話を聞くのはその後だ。

 

 

 そう俺の頭に言い聞かせながら、俺は生徒会室のドアをノックした。

 

 

「……どうぞ」

 

 

「失礼しまーす……」

 

 

 中から菜々ちゃんらしい声が聞こえたのでドアを開けると、普段より少し険しい顔の菜々ちゃんがいた。

 

 俺はドアを閉め、座る菜々ちゃんの目の前まで来た。

 

 

「……で、要件は何ですかっ……」

 

 

 彼女は少し後ろめたい感じで俺に問いかけた。

 

 

「んー……その前に一言言わせて……さっきはあんな感じで言ってしまってごめんな」

 

 

「……えっ?」

 

 

 菜々ちゃんは予想外だったのか、俺の返答に驚く。

 

 

「いや、さっき俺が後で生徒会室に行くって言ったときさ、かなり怖がるような顔してたでしょ? 怖い思いさせちゃったかなーって思って……」

 

 

 動揺を隠せなくてあんな態度取ってしまった……衝撃的だったとはいえ俺らしくなかったと思う。

 

 

「い、いえ! それは……少し怖かったですけど、大丈夫です……」

 

「そ、そうか……なら良いんだが……」

 

 

 まあ、この反省は今は置いておかなければ。それを引きずるのも俺らしくないから……

 

 

「それで本題なんだけど……俺がいなかった時に何があったか教えてくれないか?」

 

 

「っ……」

 

 

 すると、菜々ちゃんの表情はより険しくなった。

 

 

 

 彼女は少し間を取ってからこう続けた。

 

 

 

 

「……私のせいなんです」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 菜々ちゃんのせい? どういうことなのか……? 

 

 

 

 

 

「私がわがままを言ったせいで同好会がバラバラになってしまったんですっ!!! ……私から言えるのはそれだけです」

 

 

 

 

 ……何がなんだかこの一連の言葉からは理解しがたいが、これはかなり深刻な状況であることは感じ取られた。

 

 

 菜々ちゃんが悪かった? いや、彼女がただそうと思い込んでいるということなのか、どうか。

 

 

 ……これ以上彼女から聞き出すのも今は難しそうだ。他のメンバーにも聞いて事態を正しく理解しなければならない。

 

 

「……分かった。そういうことならば、俺はこれ以上聞かないよ。ただこれだけは言っておく」

 

 

 すると俺は、菜々ちゃんが座っている会長の席の机まで行って、彼女の目線の高さまでしゃがみ込み、優しい表情で彼女の目をしっかり見て……

 

 

「俺はいつだって菜々ちゃんの味方だ。それだけは覚えててくれ」

 

「……!!」

 

 

 彼女にそう言い残し、生徒会室の出口に向かう。

 

 

「じゃあ、失礼するよ」

 

 

 俺は生徒会室から出て、その場を去った。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 それから俺は色々な場所に行った。

 

 

 まずは演劇部が練習してる場所に行って、休憩中のしずくちゃんに話を聞いた。

 

 その後、庭の近くで寝てた彼方ちゃんを見つけて話を聞き、学校の食堂で黄昏ていたエマちゃんにも話を聞いた。

 

 ……残念ながらかすみちゃんは見つからず、話を聞けずじまいになってしまった。

 

 それで今、俺は学校からの帰り道の途中だ。

 

 

 3人に聞いた話によると、俺が合宿に行った3日後くらいに、同好会のみんなが練習していた時、せつ菜ちゃんのあまりのスパルタ指導にかすみちゃんの堪忍袋の緒が切れてしまい、そこから険悪なムードになって最終的にせつ菜が廃部にすると言い出したらしい。

 

 まあせつ菜ちゃんが練習に厳しいのは今までもそうだったが……まあ、少し熱心になりすぎたっていうのはあるのだろうか。

 

 それに俺が少し前から懸念していたことでもあるが、方向性の違いがあったっていうのも原因なのかもしれない。歌いたい曲のテーマについて聞かれた時はみんなバラバラだったし……今回の出来事でそれが大きく現れたということなのかもしれない。

 

 ただ、みんなはまだスクールアイドルを続ける意欲はあるみたいだし、このまま終わるわけにはいかない。

 

 とはいえしかし、解決策が思いつかないぞ……

 

 

 二つの対立したやりたいこと。どちらも尊重するべきことだ。しかし、活動としては一つに絞らなければならない。どちらかが選ばれ、どちらかが棄却される。

 

 どうしたらいいものか……

 

 

 

 そう考えてると、いつのまにか俺が住んでるアパートが遠くに見えてきていた。

 

 

 ん? あれは……

 

 そのアパートの前には少し長い階段があって、登った先にそれがあるのだが、侑が階段の下に、歩夢ちゃんが階段の上で……踊ってる? もしかして俺、夢見てるんじゃないよな……?

 

 しかし、微かに歌声も聴こえてくる。

 

 

 少し近寄ろう……

 

 

 そして近寄ってみると、歩夢ちゃんの歌声ははっきり聞こえた。目を擦ってみても、頬を抓ってみても、見える景色は変わらない。つまり、これは夢ではない。あの控えめな性格だった歩夢ちゃんが、階段の上で歌とダンスを披露しているのだ。

 

 しかも、この曲は聴いたことがない……まさか歩夢ちゃんが考えたのか……!? そう考えると、更に夢のように思えてくる。

 

 

 しかし、見ているとなんだか歩夢ちゃんが本当に衣装を着ながら、しっかりとした舞台で歌い踊っているかのように見えた。

 

 それも、ピンク色で少し幼い感じの衣装で、ピンクが基調の可愛い感じの舞台のように……そんな初々しさを彼女の歌とダンスから感じた。

 

 

 

 

 そんなパフォーマンスが終わった後、歩夢ちゃんと侑が少し言葉を交わした後に、俺が声をかけた。

 

 

「侑、歩夢ちゃん!」

 

「「あっ! お兄ちゃん(徹さん)!」」

 

「さっき歩夢ちゃんが歌ってるのを見たよ。凄く良かった!」

 

「えっ!? み、見てたんですか!? 恥ずかしい……」

 

「ふふっ……あっ! それでねお兄ちゃん! 私、歩夢がスクールアイドルを目指すのを手伝おうと思うんだ!」

 

「えっ!? ……歩夢ちゃん、本当か?」

 

「はい……私もスクールアイドルに興味がありましたし、あんな風になりたいと思ったので!」

 

「……なるほどな。なら、俺も応援するぞ」

 

「ホント!? ……あっ……」

 

「ん? どうした?」

 

 

 ……もしかして、今タメ口になったからか? 

 

 

「……タメ口のことなら気にしないで。というかむしろ敬語はやめてほしいんだけどね?」

 

「えっと……それは……む、無理です〜!!」

 

 すると、歩夢ちゃんはアパートの方向に走り出した。

 

 

「あっ! ちょっと、歩夢ちゃん!?」

 

「あははは! 歩夢、待て〜!」

 

 

 こうして、歩夢ちゃんはスクールアイドルを目指すことになる。

 

 

 




今回はここまで!
ここで、アニメ第1話の最後まで到達しました!
少しシリアスなお話が続きますが、なるべくシリアスさは抑えるようにして書いていきます!
次回から第2話の内容に入ります!お楽しみに!
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第19話 スクールアイドルの先輩

どうも!
今回は第19話です!
アニメ第2話の内容に入ります!
ではどうぞ!


 

 

 んー……何をしたらいいのか……

 

 

 あ、どうも。高咲兄こと、高咲徹だ。

 

 

 只今、学校のお昼の時間だ。

 

 

 ただ、普段なら真っ先に食堂に向かうはずが、自分の机で少し考え事に耽ている。

 

 

 昨日歩夢ちゃんがスクールアイドルになることを宣言した、そのことについてだ。

 

 

 

 宣言したはいいものの……どうすればいいか、具体的に話し合ってないような気がする。今朝そのことに俺は気づいたのだ。

 

 

 しかし、正直俺もそのことについてはよく分からないんだよなぁ……いくら考えても全く策が思いつかない。

 

 

 

 ん? お前は同好会で手伝いしてたから分かるだろ、って? 

 

 いやいや、俺は練習を見てただけだから、その裏のこととかは全く知らないんだよな。練習の内容くらいはなんとか頭に入ってるものの、今考えるべき問題はその前の段階のことなんだろうからな……

 

 ここで同好会の力を借りることができればいいんだが、今それどころじゃないし……

 

 

 

 ……そうだ、今日はかすみちゃんに話を聞くんだった。

 

 こんなところでじっとしてる場合ではない。急いで1年生の教室に行かなきゃ。

 

 

 そう考えながら、俺は教室を後にした。

 

 

 ────────────────────

 

 

 学園内の食堂にて……

 

 

「はむっ!!! ……ぐぬぬ……! しず子の薄情者……!」

 

 

 コッペパンを食べながら唸るかすみがいた。周りから心配されるくらいの表情である。

 

 ついさっきまで、同級生のしずくが一緒にいて、同好会のことについて話していたのだ。

 

 ただ、しずくは演劇部の練習があるため、この場を去ってしまった。

 

 

 しかしかすみが唸っているのはそれだけが理由ではない。

 

 先程彼女は、生徒会室に忍び込み、部室のドアから外された同好会のネームプレートを取り返してきた。

 

 しかし改めて同好会の部室に向かうと、そこには既に別の部活のネームプレートが入っており、挙句の果てには生徒会長にもネームプレートを盗んだのがバレたのだ。

 

 ネームプレートの没収はされなかったのだが、悪い意味で生徒会長に目をつけられたので、下手な行動は出来ない。かすみがとった行動は、全くもって散々な結果になったといえるだろう。

 

 

(はぁ……このままなんてかすみん嫌ですぅ……)

 

 

 かすみがそう悶々と考えていると……

 

 

「おっ、やっと見つけた!!」

 

「えっ……? あっ! 徹先輩!!」

 

 

 彼女の目の前に徹がやってきており、隣の席に座った。

 

「そっか、ここにいたのか〜よく考えたら昼休みだからそうだよな〜……」

 

 

 彼は最初に教室を探していたのだが、昼休みなので大抵の生徒は食堂で昼を食べている。

 

 

「え、えっと……どうしてここに?」

 

「ん? あ、そうだ。ちょっとかすみちゃんに話を聞きたくてね」

 

 すると、かすみは察したかのように……

 

「……それって、かすみんとせつ菜先輩のことですよね……?」

 

「まあ、そうだな……嫌だったら無理には聞かないけどね」

 

「……いや、そんなことはないです!」

 

「そうか。じゃあここで話すのもなんだし、場所変えようか」

 

 

 そんな感じで、二人はその場から移動した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 場所は変わって校内の中庭……

 

 

「……なるほど、そういうことだったんだ」

 

 

 俺はかすみちゃんから、せつ菜ちゃんと何があったのかを詳しく聞いた。

 

 せつ菜ちゃんが練習のペースをハードにしていき、「ここでへばってては、熱いパフォーマンスをすることは出来ないですよ!」と言ったのに対して、かすみちゃんは、「こんなの可愛くないですよ!」とそれを非難した、という経緯があったようだ。

 

 まあ要は、せつ菜ちゃんは熱いパフォーマンス、かすみちゃんは可愛いパフォーマンス、この方向性の違いが亀裂を生んでしまったということなのだろう。まあ、予想通りではあった。

 

「はい……でも! 私はスクールアイドルを諦めません! それに……じゃーん!」

 

 

 すると、彼女は横に置いてあったバックに手を入れ、細長いプレートを出した。

 

 

「ん? それは……まさか、あそこから取ってきたのか!?」

 

 

 それは、同好会のネームプレートだった。

 

 

「そうです! 生徒会長にはバレてしまいましたが、これがあれば同好会の活動を続けられますよぉ〜!」

 

「いやバレたんかい。大丈夫なのかよ……」

 

 

 その行為は盗みに等しいぞ……? 大丈夫かよ……

 

 まあ、生徒会自体盗まれて何か支障があるわけでもなさそうだけど。

 

 それに菜々ちゃんのことだし、同好会続行を阻止するためにネームプレートを死守する、とは考え難いな。そもそも、同好会存続を阻止しないだろう。

 

 

「それだけじゃなくてぇ……かすみんが部長になって、かすみんワンダーランドを作るんです!」

 

「ほお、かすみんワンダーランドねぇ……」

 

 というかかすみちゃん、切り替え早いな……流石と言ったところだろうか。

 

 ただ、俺としてはまたあの5人でスクールアイドル同好会を続けてほしい。なんなら、スクールアイドルになることを志望する歩夢ちゃんと、それを支えようとする侑も入部したら理想だな。

 

 

 

 そう考えてると……

 

 

「でも、スクールアイドルってどうやってなるんだろう……」

 

「えっ……!?」

 

「ん?」

 

 すると、すぐ横を通った子のスクールアイドルという言葉にかすみちゃんが反応した。俺も、その言葉を放った子の正体を確かめると……

 

 

 

「んー……スクールっていうんだから、まずは部に入らなきゃダメなんだろうけど……」

 

 

 なんと、侑と歩夢ちゃんだった。

 

 

 

 ……マジか。てか、こんなこと昨日もあったような……

 

 

 

 

「……せぇんぱーい!!」

 

 

 すると、かすみちゃんは二人の間に入って、話しかけた。

 

「スクールアイドルにご興味あるんですかぁ〜?」

 

「「……ん?」」

 

 

 かすみちゃんがフレンドリーに話しかけるが、それに対して二人は何が何だかさっぱりという様子だ。

 

 まあそりゃそうなるよな……

 

 

 

 でも、これは意外に早くもスクールアイドル同好会に入部するのかもしれないな……? 

 

 そうなると、かすみちゃんがあの二人にとってスクールアイドルの先輩になるってことか。かすみちゃんがどうやって歩夢ちゃんにスクールアイドルのイロハを教えるのか気になるな。

 

 

 そう思いながら、俺もそばに駆け寄った。

 

 

 

 

 

 




はい!今回はここまで!
2話の前半のお話でした!
いやー、早く物語を進めてハーレムを書きたい…
…と思うのですが、なかなか筆が進まないんですよね汗
次回から、2話の後半部分に入ります!
お楽しみに!
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第20話 「可愛い」を猛特訓!

どうも!
今回は本編第20話です!
早速どうぞ!


 

 

(ルールル ルルル……)

 

 

 こんにちは。徹の部屋へようこそ。

 

 さて、本日のお客様は、デビューしたての新人スクールアイドルの中須かすみさん、上原歩夢さん、そしてその2人をサポートする高咲侑さんです。

 

 

 

 

 

 ……おっと、ふざけ過ぎたな。どうも、高咲徹だ。

 

 

 今言った通り、今侑と歩夢ちゃん、そしてかすみちゃんと一緒にいるのだが、何をしてるかというと……

 

 

「やっほぉー♪ みんなのアイドル、かすみんだよー♪」

 

 

 かすみちゃんが、スマホカメラを前に立てて録画しながら何かをしている。

 

 これは、PVの撮影だ。

 

 どうしてこうなったか、成り立ちを説明しよう。侑と歩夢ちゃんは、かすみちゃんが部長のスクールアイドル同好会に入ることとなり、これから更なる部員集めをすることになった……いや、こうまとめると色々ツッコミどころが多いんだがな。

 

 それで、その時に侑と歩夢ちゃんに「この子知り合いなの?」と少しムスっとした顔で訊かれた。なんでそんなに機嫌が悪いのか……

 

 まあ、それを気にせずにかすみちゃんはこれからどうするかを話し始めた。それで今、PVを撮っている。

 

 かすみちゃん曰く『部員集めをするならPV撮影が手っ取り早いんです!』とのことだ。

 

 ……まあ、部員が増えることに越したことはないだろう。例え元のメンバーが戻ってきたとしてもな。

 

 

「すごーい!!! ときめいたよ、かすみちゃん!!」

 

「えっ……!?」

 

「えへへ〜、侑せんぱーい流石、分かってますね〜」

 

 

 こんな感じで、うちの侑は目をキラキラさせてときめいているのだ。

 

 それで歩夢もなんだか驚いてるような……いや、これは嫉妬する反応か……? 

 

 ついさっき侑がかすみちゃんに「かわいい」っていった時も、歩夢ちゃんそんな反応してたし……

 

 まあ、侑と歩夢ちゃんはとっっても仲がよくて、たまに二人がカップルに見えてしまうくらいだからな……多分、二人にその気はないだろうけど。多少嫉妬しちゃうのかな……? 

 

 

「徹せんぱーい! かすみんの自己紹介、どうでしたかー?」

 

 

 すると、かすみちゃんが俺に感想を求めてきた。

 

 

「うむ、とても可愛くて良かったよ」

 

「えへへ……それは良かったですぅ〜」

 

 俺は率直な感想に対し、かすみちゃんは少し頬をピンク色に染めて気分良さげにそう言った。

 

「……」

 

 ……ん? 歩夢ちゃんの表情がなんか怖いぞ、今度はどうした……? 

 

 

「さて! 今度は歩夢先輩の番ですよぉ!」

 

「えっ!?」

 

 今度は歩夢ちゃんの出番のようだ。

 

 ……しかし、彼女こういうの苦手なんじゃないかと思ってる。恥ずかしがり屋だからなぁ……上手く出来るかどうか……

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 ……結論を言うと、歩夢ちゃんは上手くPVを撮ることが出来なかった。

 恥ずかしがっていたのか、声は小さく、言葉も途切れ途切れだ。

 

 そしてその挙句、かすみちゃんの助言から、語尾にぴょんをつける羽目になった。あれは俺も侑も『あゆぴょん再来か!?』と期待してしまったのだが、流石に厳しかった。

 

 そんで歩夢ちゃんは現在体育座りで蹲ってノックアウト中なのだが……

 

 

「ぶぅ、歩夢先輩がこんなにダメだとは……」

 

 かすみちゃんは、PV撮影がうまくいかないことに不満を言う。

 

「まあ初めてなんだし、元々歩夢ちゃんはこう言うの苦手なんだしさ。少し時間かけるべきなのかもな」

 

「むむむ……」

 

 俺が諭すように言ったが、かすみちゃんはまだ気が収まらないようだ。

 

 うーん……何とかしてこの空気を変えなきゃな……

 

 

 ……あっ、そうだ。

 

「なあ侑、お前もうさぴょんやってみようぜ」

 

「えっ!? わ、私!?」

 

 

 不意打ちだったのか、俺の提案に侑は驚愕した。

 

 

「あっ、かすみんも侑先輩のも見てみたいです!」

 

 

 すると、ついさっきまで不機嫌だったかすみちゃんが興味津々に侑に向かってそう言った。

 

 

「……だってよ? まあこれに関してはPV撮ることが目的じゃない。やったら歩夢ちゃんが元気になるかもしれないからな」

 

 

 この言葉に対して侑は……

 

 

「え、えぇ……」

 

 

 かなり困惑しているようだ。

 

 

「それに……俺もゆうぴょん、見てみたいから……ダメか?」

 

「うぅ……分かった、お兄ちゃんが言うなら……」

 

 

 少し俯いて恥ずかしがりながら侑はそう言った。

 

 これに対して俺は、歩夢ちゃんに侑を注目するように声をかけた。

 

 

「よし……歩夢ちゃん! 侑がゆうぴょんするよ!」

 

「……?」

 

 

 歩夢ちゃんは未だ晴れない顔ながらも、顔を上げて侑の方を向いた。

 

 

 ……いや、これは我ながらかなり名案だと思った。

 

 果たして、ゆうぴょんは俺をどれだけときめかせてくるのか。

 

 

 

 すると、侑は少し俯きながらも手をうさ耳のようにして……

 

 

「ゆ、ゆうぴょんだぴょん……」

 

 

「……ぶっ!!」

 

 

 ヤバい!? は、鼻血が……

 

 これは……予想以上の強烈な一撃だ……

 

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「えっ!? 徹先輩……!?」

 

 

 俺が勢いよく鼻血をぶっ放したのに対して、侑とかすみちゃんが心配そうに俺のもとへ駆け寄ってくる。

 

 

「だ、大丈夫だ……ちょっとそこで落ち着いてくる……」

 

 

 ダメだ……ときめくどころか、余計ダメージをくらっちまった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 それから時が過ぎ、もう夕方になってしまった。

 

 結局歩夢ちゃんが元気を取り戻すことはなく、今も蹲ったままだ。

 

 つまり、あの作戦は大失敗に終わったわけだ。おかしいなぁ……どうしてこうなっちまったのか……

 

「へぇ……そんなことが……」

 

「はい……一応同好会がそうなった理由は、そんな感じです……」

 

 侑はかすみちゃんから同好会が廃部となった原因について聞いていた。

 

 ……俺もいい加減解決策を出さないとな。悠長に熟考してる暇はない。

 

 

「……まあそんなことより! 1週間後にはPVアップするんですから、ちゃんと自主練しといてくださいね?」

 

「可愛い怖い……可愛いって何……?」

 

 

 歩夢ちゃんはさっきからずっとこの調子だ。

 

 これには俺も原因の一端があるので、罪滅ぼしにはならないが、彼女の辛い気持ちが少しでも軽くなるよう、俺は歩夢ちゃんの頭を撫でている。

 

 

「あはは……可愛いって大変なんだねー……」

 

「そうなんですよ! 歩夢先輩、そんなんじゃファンのみんなに可愛いは届きませんよ〜……あっ……」

 

 

 

 ……ん? かすみちゃん? 

 

 途中で彼女の言葉が途切れ、笑顔が消えた。

 

 

「どうしたの? かすみちゃん?」

 

 

「……えっ? ……あ、なんでもないです……今日は帰りますね」

 

 

「あっ、ちょっ……」

 

 

 侑がそう問いかけると、かすみちゃんは打って変わって元気なさげな様子でその場を後にしてしまった……

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 夜遅く、高咲家にて……

 

 

 

「かすみちゃん、なんで急に帰っちゃったんだろう……」

 

 

 侑は自分の部屋でかすみが帰ってしまった出来事について考えていた。

 

 

 すると、彼女の部屋のドアからノックする音が聞こえた。

 

 

「はーい!」

 

「……侑、ちょっと話があるんだが、いいか?」

 

 

 ノックした本人は兄の徹であった。しかし、彼の表情にいつものにこやかさはなかった。

 

 

「……もしかして……」

 

 侑の頭の中では、今日あった出来事と彼の表情から彼が何を話しに来たのかについて、一つの結論を導き出していた。

 

 

 

「察したか。そう……スクールアイドル同好会についてさ」

 

 

 

 

 




はい、今回はここまで!
今回は割とオリジナル要素が多かったかと思います!
ゆうぴょん…ちゃんと見たかったなぁ←
そういえば、スクスタは1.5周年で10連ガチャチケットが配布されていますね!そして、イベントもそろそろ始まるようで!楽しみです!
では次回もお楽しみに!
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第21話 個性の共存

どうも!
今回は本編第21話です!
ではどうぞ!


 

 

 かすみが元気をなくし、急に帰ってしまってから一夜が明けた。

 

 

 放課後、学校の中庭のベンチにそのかすみの姿があった。

 

 

(せっかくみんなが帰って来られるようにしてたのに……)

 

 

 思い詰めた様子で前を見つめていた。彼女は、自分の価値観を他人に押し付けていたことに気づいた。

 

 元々、せつ菜の熱血的な指導とスパルタに嫌気が差すと同時に、彼女の目指すスクールアイドルとは全く異なることに焦りを感じたことから、せつ菜と対立した。

 

 せつ菜が自分のペースで物事を進めていたのは事実だが、それは自分自身も同じであった。歩夢に自分にとっての『可愛さの理論』を押し付け、彼女にトラウマを植え付けさせてしまった。

 

 今までの同好会のネームプレートを取り返すことや、同好会のメンバーを増やしたかすみの努力が、この最大の問題に直面したことによって無意味になる……と。

 

 かすみは焦っている。

 

 

「はぁ……」

 

 

 すると、彼女は溜息をついた後立ち上がって……

 

 

「どーしたらいいんですかぁー! かすみん困っちゃいますー!!」

 

 

 頭を抱えながら左右に振った。

 

 

 

 

 すると横から声がかけられた。

 

 

「かすみちゃん」

 

 

 

「えっ……? うわぁぁ!? いつの間にー!?!?」

 

 侑が隣に座っていた。

 

「なんか昨日から様子がおかしかったから」

 

「あれ、徹先輩と歩夢先輩は……?」

 

「お兄ちゃんは少し調べ物してから来るって言ってて、あと歩夢はもう少し練習してから来るって!」

 

 

 その時、かすみの心の中の曇りきった空に一筋の光が差した。

 

 

「……! ……うわぁぁぁぁん!!」

 

「うわぁ!?!?」

 

 

 かすみは泣きながら、侑を押し倒した。

 

 

「侑せんぱぁぁぁい!!!」

 

 

 まだ救いがある、かすみはそう感じた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ふぅ……有意義な時間だったな。

 

 俺こと高咲徹は、さっきまで図書館にいた。ただ暇を持て余していた訳ではなく、少し調べ物をしていたのだ。

 

 

 それで今俺は侑たちが待つ公園に向かっている。

 

 今ちょうど学校の中庭に出たのだが……

 

 

「にゃぁ」

 

 

 ん? ……今猫の声が聞こえたよな? 学校に猫なんか居るわけ……

 

 そう思いながら声がしたほうを向くと……

 

 

「ホンマにおった……」

 

 

 そこには、白い毛色の猫がいた。

 

 

 

 ……驚きすぎて何故か関西弁になっちまった。

 

 

 それより、この猫可愛いな……でも学校に猫がいるのはちょっと不味いような……

 

 

 

 そう考えていると……

 

 

「あっ、いた!」

 

「おー、やっと見つかった〜」

 

 その猫の後ろから、見覚えのある子達が駆け寄ってきた。

 

 

「おや、璃奈ちゃんと愛ちゃんじゃん」

 

「よいしょっと……あっ、徹さん……こんにちは」

 

 璃奈ちゃんは猫を拾い上げると、こちらに気づいて挨拶してくれた。

 

「おっ、てっつー! どうもどうもー!」

 

 それと同時に愛ちゃんもこちらに気づき、笑顔で手を振ってそう言った。

 

 

「その子、猫飼い始めたの?」

 

「ううん。はんぺんは昨日この学校の庭で拾ったんだ」

 

「そうそう! それで誰が飼い主か探したんだけど、見つからなくてさー……それで、りなりーが放っておけないって感じでね?」

 

 

 なるほど、そういうことか……そりゃあ放っておけなくなるな、こんなに可愛かったら……

 

「なるほどな……はんぺんっていうんだな? ちょっと触らして貰ってもいいか?」

 

「うん、いいよ──はい、どうぞ」

 

「ありがとう。あぁいい子だね〜よしよし〜」

 

「にゃ〜……」

 

 あまりにも猫、もといはんぺんを触りたかったので璃奈ちゃんに触る許可を求めると、快く許可をくれた。

 

 俺がはんぺんの頭を撫でると、はんぺんは気持ちよさそうな顔をした。癒しだな、これは……

 

 

「……それにしても、璃奈ちゃんは優しいね。放っておかないなんて」

 

「そ、そうかな……? でも、学校でペットを飼うのってダメだよね……?」

 

 あー……知ってたんだね。

 

 どの学校もそうだと思うが、校内で動物を飼うことは、校則で禁じられている。

 

 ……とは言っても──

 

 

「……まあ、校則によればそれは禁止って書いてはあるけどな。俺だったら、こじつけてでもOKしちゃうかもな」

 

「こじつける……?」

 

「あー、なるほど! 飼うって形にしなければイケるってことことだね!」

 

「そうそう、要は物は言いようって訳。まあ、今の生徒会長がどうするかは分からないけどな」

 

 

 愛ちゃんの言う通り、飼うのがダメならば飼う以外の形ではんぺんを校内に居させればいいのだ。屁理屈ではあるが、これは良い屁理屈だと思う。

 

 校則は校内の風紀を維持するために設けられたものだが、それによっては健全な行動が阻害されることがある。今回がその一例だ。規則はきっちりとしてて万能な反面、融通が効かないという良くない側面がある。

 

 まあうちは自由な校風が売りだし、他の高校に比べたら緩い校則なんだけれども。

 

 

「うー……徹さんが今年も生徒会長だったら良かった……」

 

 すると、璃奈ちゃんが惜しむかのようにそう言った。

 

 でも、現生徒会長の菜々ちゃんだって賢い子で人情厚いと思うから、何とか融通利いてくれそうな気もするけどな。

 

 

「あはは、なんかそう言ってくれると嬉しいな……あっ! やべ、忘れてた!」

 

 

 あかん、すっかり忘れてしまってた。腕時計を見る限りまだ時間に余裕はあるが、気づけて良かった……

 

 

「どうしたの、てっつー?」

 

「二人ともすまん! ちょっと友達と待ち合わせしててな……また今度な!」

 

 そう言って俺はその場を後にした。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 徹たちが待ち合わせる公園にて……

 

 

「……なるほど、そういうことだったんだね」

 

「……はい。だからかすみんどうしたらいいか分からなくなっちゃいまして……」

 

 かすみが二人で海辺を眺めながら自分の悩みを打ち明け、それを侑が聞いていた。

 

 

「そんな困ってるかすみちゃんも可愛いよ」

 

「もーっ、からかわないでくださいよぉー!」

 

 侑がちょっとからかうと、かすみは侑の胸をポカポカ叩いて抗議した。

 

「そうだね〜……昨日お兄ちゃんと一緒に話したんだ。同好会のことについて」

 

「えっ、そうなんですか……」

 

「うん。それで私思ったんだ。みんなが自分の個性を存分に出せる、そういう方法があるんじゃないかって」

 

「個性を……存分に……」

 

「そう。それが何かまだ分からないけど、そういう方法が絶対あるって思ってる」

 

「侑先輩……」

 

 すると……

 

「侑ちゃーん! お待たせ〜!!」

 

「二人とも! 待たせたな!」

 

 歩夢と徹が走ってきた。

 

「あっ! 歩夢先輩に徹先輩! 歩夢先輩はちゃんと練習してきましたか〜?」

 

「うん! 今から撮っていい?」

 

「あっ、はい……! では……」

 

 そうして、歩夢のPVを撮った。歩夢は変な緊張もなく、内容も申し分なく自信を持ってやり遂げた。

 

「歩夢! 可愛かったよー! 最っ高だった!」

 

「歩夢ちゃんすげぇな! 良い自己紹介だったぞ!」

 

「えへへ、ありがとう……かすみちゃんはどうだったかな……?」

 

「……かすみんが思ってたのとは違いますが、可愛かったのでOKです!」

 

「良かった〜!」

 

 歩夢は安心して胸を撫で下ろした。

 

 

 

「……あの、徹先輩」

 

 

 すると、かすみは徹に話しかけた。

 

 

「ん? どうした?」

 

「その……徹先輩は、私たちの個性が存分に出せる方法があると思いますか……?」

 

「……うん、あると思うよ。可愛いもカッコいいも共存する、そんな方法をこれから探していける、そう思ってるさ」

 

「そうですか……! ……先輩! 見ててください!」

 

 すると、かすみは近くの高いところに立つ灯台の横に上がって立ち……

 

 

「どんな同好会でも、一番可愛いのは、かすみんですからね!」

 

 

 すると、夕焼けに染まる空に指をさして、歌い踊り始めた。

 

 

 

 

 その歌、踊りは、かすみらしい可愛らしさに満ち溢れていた……

 

 

 

 




今回はここまで!
ここで、アニメ第2話の内容は終わりました!
やっと暗闇の中だった同好会に光が見えてきた、そんな感じですね!
そういえば、この度、この『高咲兄妹とスクールアイドルの輝き』のお気に入り登録者数が200人を超えました!
こんなに多くの人が登録してくださって、私は非常に驚いています笑
誠にありがとうございます!
これからもこの小説、また私(Ym.S)をどうかよろしくお願いします!
では、次回もお楽しみに!
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第22話 それぞれの想い

どうも!
お待たせしました!本編第22話です!
それではどうぞ!


 

 ふう……今日の授業も疲れたな〜……さて、策を練るか。

 

 あ、どうも。放課後タイムに突入した高咲徹だ。

 

 昨日、無事歩夢ちゃんのPVを撮ることに成功し、同時に新たなスクールアイドル同好会の在り方について探していく決意を固めた。

 

 それで、これからはそれを形にするために色々考えていこうと、4人で話し合った。

 

 

 そしてもう一つやるべきことがある。

 

 それは、せつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんを同好会に呼び戻すことだ。

 

 彼女がいたからこそ同好会がまとまっていた部分もある。今回は暴走……いや、これは暴走というのだろうか? まあその影響で今はバラバラになってしまっているが、間違いなく同好会に彼女は必要だ。

 

 それに、スクールアイドルになるように背中を押したのは俺だからな。我儘ではあるが、正直このまま彼女がスクールアイドルを辞めるのは納得できない。

 

 

 しかし、このままただせつ菜ちゃんとかすみちゃんが仲直りするだけでは、また同じことの繰り返しになる可能性が極めて高い。何かしら今までの体制を変えなければならない。抜本的な改革が必要だ。

 

 

 それを俺が見出さなきゃいけないのだが、さてどうするか……

 

「徹〜、なんか外で一年生の子が呼んでるよ?」

 

 ん? 誰だろう……

 

 廊下の方を見ると、しずくちゃんがこちらの様子を窺っていた。それを見た時俺は顔には出さないものの驚いた。後輩がクラスの前に来ることはなかなかないからだ。さらに彼女は国際交流学科であり、よりレアなケースである。

 

 俺は席を立ち、廊下に出てしずくちゃんのところに行く。

 

 

「よっ。少し久しぶりだな、しずくちゃん」

 

「こんにちは。確かに、あの時以来ですね……お久しぶりです♪」

 

 しずくちゃんはいつものお淑やかな様子でそう言った。

 

「それで、今日は何か用があるのか?」

 

「はい。ちょっとせつ菜さんについて話したいことがあるので、もしこの後お時間があれば、公園に来てくれませんか?」

 

「せつ菜ちゃんについてか。分かった。この後用事ないし、行くよ」

 

 せつ菜ちゃんの話か……まあある程度内容は察しがつくが、気になる。

 

 こう思いながら、俺はしずくちゃんと一緒に公園に向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「お待たせしました!」

 

「お〜、しずくちゃんお疲れ〜」

 

 俺としずくちゃんは学校を出て、待ち合わせ場所の公園にやってきた。

 

 すると、既に来ていた彼方ちゃんが出迎えてくれた。

 

「しずくちゃん、すまんな。手間掛けさせちゃって」

 

「いえ! 私も久々に徹先輩と話せて嬉しかったです!」

 

「そうか、ありがとな。あと、彼方ちゃんもお久しぶり。メンバーは揃ってるのか?」

 

 しずくちゃんに声をかけてから、今度は彼方ちゃんに目線を向けて話しかけた。

 

 何だかんだで同好会のメンバーと再会すると、なんだか久々な感覚になってしまう。まあ毎日部活で会っていた間柄だから、そう感じてしまうのも無理はないと思う。

 

「久しぶり〜。あー、まだかすみちゃんが揃ってないね」

 

 

 どうやらかすみちゃんはまだ来ていないようだ。

 

 ……てかかすみちゃん、侑と歩夢ちゃんのことを話してないな……? 

 

 もし彼女がこのことを話していれば、今しずくちゃんや彼方ちゃんからその話題が出てくるはずだ。

 

 今思うと見た感じ彼女一人で行動していたし、なんなら誰とも連絡を取っていない可能性が高い。

 

「……あっ! 徹くん! なんか会うの久々になっちゃったね〜」

 

 すると、奥からエマちゃんがやってきた。

 

 それに対し俺は返事をしかけた時、予想外の光景があった。

 

 

「おう、久しぶr……あれ!? 果林ちゃん!?」

 

「あら、こんなところで会うとは意外ね。久しぶり、徹」

 

 そう、同好会とはほぼ無関係なはずの果林ちゃんがいた。

 

「おう、久しぶり……だけどなぜここに……?」

 

「あっ、徹くんには言ってなかったっけ? 最近果林ちゃんが色々と同好会の手伝いをしてくれてるんだ〜」

 

「まあ、エマの悲しむ顔が見たくないから」

 

 

 俺の疑問に二人が答えてくれた。ふーん、なるほど……助っ人って感じか。それは心強い。

 

「……ねぇ、徹くんは果林ちゃんとも知り合いなの〜?」

 

 すると、彼方ちゃんが若干不満そうな顔で訊いてきた。

 

「ん? まあ、ちょっとしたことがきっかけで知り合ったんだけどな」

 

「……思ったのですが、徹先輩って女性の知り合いって多くないですか?」

 

 今度はしずくちゃんもジト目でそう言った。

 

「えっ……? そうかね……俺はそう思わないけど……」

 

 マズい、これは嫌な空気になってきてるぞ。てか、なぜ二人がこんなに不機嫌なのかが理解できない時点で手の打ちようが……

 

 

「……みなさーん! お待たせしましたー!」

 

 すると、かすみちゃんがこちらにやってきた。

 

「あっ! かすみちゃん! 待ってたよ〜!」

 

「お兄ちゃん! もう来てたんだね!」

 

「おっ、侑と歩夢ちゃんも一緒か」

 

「かすみちゃんに呼ばれたので来ました!」

 

「なるほどなー」

 

 歩夢ちゃんの言葉を聞く限り、かすみちゃんは侑と歩夢ちゃんを呼びに行ってたようだ。それでかすみちゃんは来るのが遅れたといった感じか。

 

 

「えっ、徹くん、この子達も知り合いなの?」

 

「あぁ、侑は俺の妹、歩夢ちゃんは幼馴染だ」

 

「「い、妹!?」」

 

 彼方ちゃんの疑問に俺が答えると、彼方ちゃんとしずくちゃんが驚いた。

 

「むー! やっぱり徹先輩は女性の知り合い多いじゃないですか!」

 

「いやいや!? そんなことないって!!」

 

 しずくちゃんは頬を膨らませている。

 

 あかん、さっきよりヒートアップしてやがる……というかなぜ彼女はそんなに必死なのか……? 

 

「はいはい。全員揃ったし、本題に入りましょう?」

 

 結局果林ちゃんがその場を纏めて、なんとか話を始めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「えぇー!! 意地悪生徒会長がせつ菜先輩!?!?」

 

 かすみちゃんがそう驚いた。

 

 てか意地悪生徒会長って……まあ、義理堅くてたまに融通が効かないのは事実なので強ち間違いでは……いや、意地悪は違うか。

 

 そっか……バレちまったんだな。生徒名簿を確認してそこから推理するなんて……果林ちゃんなかなか冴えてるな? さすが、名探偵・朝香果林といったところか……よく道に迷うが。

 

「ていうか、なんでかすみんを置いてそんな大事な話をしに行ったんですかー!? 部外者のお姉さんはいたのにー!」

 

 すると、かすみちゃんは果林ちゃんを指差してそう言った。

 

「へぇ……面白いこと言う子じゃない……」

 

 それに対して果林ちゃんが獲物を狙うかのような目をしてそう言うと……

 

「ヒィ……! ごめんなさい! コッペパン上げるから許してください……!」

 

 すると、果林ちゃんの反応にかすみちゃんが怖気づいて、しずくちゃんの後ろに隠れた。果林ちゃんも面白い揶揄いをするじゃない……

 

 

 ……てかかすみちゃん、君どこからコッペパン出してるんだ……

 

 

「……で、これからどうするのかしら?」

 

 少し巫山戯ていた果林ちゃんは、真面目な表情に戻ってその場にいたみんなにそう問いかけた。

 

「えっ、どうするって……?」

 

「そのせつ菜のことよ。戻ってきてほしいかどうか」

 

 かすみちゃんの問いかけに、果林ちゃんが答えながらも問題提起をする。

 

「私は、せつ菜ちゃんに戻ってきて欲しいよ!」

 

「そうです! せつ菜さんには色々と刺激を受けてましたから、そんなせつ菜さんがいなくなるのは嫌です!」

 

 問題提起に対して、エマちゃんとしずくちゃんがそう訴えた。

 

「私も……! 前まではせつ菜先輩の考え方を理解できませんでしたけど、今だったら分かる気がするんです! だから、せつ菜先輩は同好会にいて欲しいです!」

 

 続いてかすみちゃんも意見を述べた。

 

「よく言いました〜、いい子いい子〜……彼方ちゃんもせつ菜ちゃんには残って欲しいな〜せつ菜ちゃん凄いもん」

 

「子供扱いしないでくださいよー彼方先輩〜!」

 

 すると彼方ちゃんがかすみちゃんを褒めて撫でる。

 

「……俺も、このまませつ菜ちゃんがスクールアイドルを辞めてしまうなんて、正直納得がいかない。俺もみんなと同じ気持ちだ」

 

 

 

「……でも、それも全部せつ菜次第なのよね。やりたくないのに連れて行かせるのはどうなのかしら?」

 

 ……確かにその通りだ。俺はせつ菜ちゃんが本当にスクールアイドルをやりたくなくなった訳がないと思っているが、実際どうなのかは本人しか知らない事だ。せつ菜ちゃんが本当にスクールアイドルを辞めたかったと思っているという可能性はゼロにはならない。

 

 

 果林ちゃんの一言に、その場のみんなが沈黙していた……が。

 

 

「……待って。私に考えがある」

 

 

 その沈黙を破ったのは、我が妹、侑だった。

 




今回の話はここまで!
ついに徹くんと関わりを持っていた同好会のキャラ10人中8人がそれぞれ接点を持ちました!
まあこうなると、修羅場的なものが起きるかと思い入れてみましたが…
だんだんハーレムが近づいてますねぇ…←
では次回もお楽しみに!
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第23話 せつ菜の本気

どうも!
今回は第23話です!
それでは早速どうぞ!


 

「あ〜、あんなこと言ったけど具体的に何すればいいんだろ……」

 

 

 今、俺の妹・侑が悩んでいる。

 

 

 放課後、同好会のメンバー+果林ちゃんと集まり、せつ菜ちゃんの正体について明らかにされた。果林ちゃんの正論とも言える発言にみんなが沈黙を続ける中、せつ菜ちゃんが戻ってくるよう説得する役として、侑が買って出たのだ。

 

 

 そこから俺たちは解散し、家に帰ってきたのだが、侑はせつ菜ちゃんを戻ってくるための策を考えて行き詰まっているのか、リビングのソファーに寝転がって悶えている。

 

「……なあ、侑。ちょっと訊いていいか?」

 

「あ、うん。何?」

 

 

 俺は侑に対して少し気になることがあったので、寝転がっている彼女の隣に座って質問をしてみる。

 

 

「あの時どうしてあんなことを言ったんだ?」

 

「えっ……? それってどう言う意味?」

 

 侑は驚いて起き上がって、こちらに向き合った。

 

 しまった。少し言葉が足りなかったか。

 

 

「なんかあの時話を切り出した時の侑の顔がさ、少しいつも以上に真剣だったなって思ってな。何かあったのかなーって思って」

 

 

 俺は自分が感じていたことをそのまま言葉にして、彼女に伝えた。

 

 ほぼずっと一緒にいる俺でさえ、あんな真剣な顔をする侑を見たことがないからね。家に帰ったらすぐに聞こうと思っていたのだ。

 

 

「あー……なるほどね〜……」

 

 

 すると、侑は天井を見上げてしばらく考えると、俺に向き直って口を開いた。

 

 

「……あのね、今日昼休みに音楽室に行ったんだけどさ。そこで生徒会長に見つかっちゃったんだよね」

 

 

「ほう……ってお前もしかして無断で使ったか?」

 

「……えっと……あ、あははは……まあそれはいいとして……その時にたまたませつ菜ちゃんの話になったの」

 

 

 俺の指摘に対して、焦った侑は即座に話を進めた。

 

 いや良くねぇけどさ……まあいいや。菜々ちゃんが注意してくれただろうし。

 

 

「それでその時私、『何でスクールアイドル辞めちゃったのかな……』って言っちゃったの。なんかその言葉、今思えば無神経すぎたなって思ってさ……」

 

 うーん……まあ俺も何も事情を知らないファンだったら、そういう風なこと言っちゃうだろうけどな……

 

 

「あとね、その時にせつ菜ちゃんがスクールアイドルを辞めた理由も聞いて、『幻滅しましたよね?』って言われたんだ。それも、あれがせつ菜ちゃん本人の言葉だったんだと思うと、なんだか気持ちが抑えられなくて……」

 

 

 侑はとても悔しそうな表情で言った。

 

 

「……なるほどな。分かった」

 

 俺はソファーから立ち上がり、侑へと手を差し伸べた。

 

 

「俺もせつ菜ちゃんが気持ちよく同好会に戻ってこれるよう、どう説得するかを考えるよ」

 

 

「……! ……うん!!」

 

 

 侑と菜々ちゃんの二人にそういうエピソードがあったとはな……彼女の本気を見させてもらった気がする。

 

 お兄ちゃんとして、侑が真剣に何かを考えることが見つかったことに感動を受けたよ……だったら、俺も彼女の手伝いをしなきゃいけないな。

 

 

 それに、主な動機はそれだけじゃない。

 

 俺の居場所の一つだった同好会のメンバー、アニメ・ラノベを愛する同志───優木せつ菜が再びスクールアイドルへ没頭できるように何とかしなければ。

 

 

 こうして、せつ菜ちゃんを説得する方法、またそれまでどう持ち込むかについて、夜遅くまで話し合った。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 

 

 学園の屋上で、侑はそこから見える景色を眺めていた。

 

 このようになる前に、かすみちゃんと歩夢ちゃんが放送委員会に頼んで、中川菜々と優木せつ菜を同時に呼び出す事によって『彼女』がここに来ることを確実にした。

 

 中川菜々であり、優木せつ菜でもある『彼女』だからこそ為せる策だ。

 

 

 こうして侑は『彼女』がここに来るのを待っている。

 

 

 ちなみに、俺と同好会の仲間達は屋上にある、『彼女』にバレないような物陰に隠れて見守っている状況だ。

 

 

 そうしていると、屋上の階段に繋がるドアがガチャっと開く音がした。さて、来てくれたのかどうか……

 

 

「……! ……高咲侑さん」

 

 

 期待通り、『彼女』は来てくれた。今は中川菜々の姿なので、菜々ちゃんと呼ぶべきか。

 

 

「あっ、来ましたよ……! 皆さん……!」

 

「しーっ! バレちゃうよ……!」

 

 

 しずくちゃんが慌てて声を出してしまい、それをかすみちゃんが制止する。

 

 君たち、かなり危なっかしいなぁ……

 

 

「こんにちは、()()()さん」

 

「あっ……エマさん達に聞いたんですね」

 

 侑が発した()()()という言葉に菜々ちゃんは察してそう言った。

 

「まあ、そうだね」

 

「……それで、どういうつもりですか?」

 

 

 菜々は問いかけた……菜々ちゃん、かなり警戒している感じだな。これに対して侑がどう切り出してくるか……

 

 

「……ごめんなさい! 昨日、何でスクールアイドル辞めちゃったのって聞いちゃったから、無神経過ぎたかなって……」

 

 

 すると、侑は頭を下げて謝った。菜々ちゃんは急に謝られたのに少し驚きながらも、納得したのか調子を戻した。

 

 

「はあ……気にしてませんよ。正体を隠してた私が悪いんですから……用がなければ……」

 

 

 すると、菜々ちゃんは帰ろうとした。

 

 

「……! 待って! まだあるよ! ……私は……幻滅なんてしてないよ」

 

 

 

「……!?」

 

 

 すると、侑が待てと言わんばかりに話を続けた。その中の言葉に対し、菜々ちゃんが驚く。

 

 

 そして侑は菜々ちゃんの手を握ってこう続けた。

 

 

「私、せつ菜ちゃんとして、同好会に戻ってきてほしいんだ」

 

 

 

 侑は、彼女に伝えたいことを伝えた。

 

 

 

 

 

「……もう……みんな分かってるんでしょ!? 私がいたら同好会が上手くいかないんです! 

 

 

 

 

 私がいたら!! ラブライブに出れないんですよ!!!」

 

 

 菜々ちゃんの心の奥深くにあった感情が爆発した。

 

 

「だったら!! ラブライブなんか出なくていい!!!」

 

 

「……!?!?」

 

 

 迷いのない侑の言葉に菜々は驚いた。

 

 

 

「……あっ、いや、ラブライブがどうとかじゃなくて……せつ菜ちゃんが幸せになれないのが嫌なだけ。ラブライブみたいな最高なステージに出なくて良いんだよ……! スクールアイドルがいて、ファンがいる。それでいいかなって! ねっ! ()()()()()!」

 

 

 侑は微笑むと、菜々ちゃんからしたらいないはずの人を呼んだ……おい、ちょっと待て!? 

 

 

「お兄ちゃん……?」

 

 

 菜々ちゃんは疑問を浮かべた。

 

 

 どうしよう、俺はここから出るべきか……いや、俺たち隠れているからそれを貫くべきか……? 

 

 

「徹先輩、何ボーっとしてるんですか! 呼ばれているから行ってきてください!」

 

「ほら〜、早く早く〜」

 

 

「……ちょっ、どわっ!?」

 

 

 

 すると、俺の後ろにいたかすみちゃんと彼方ちゃんに押され、物陰から姿を現してしまった。

 

 

「うぅ……お前らそんな勢いよく押すなって……」

 

 

 しゃがんでいるところで押されたので、体を強打して痛みに堪えながらも押された張本人達を見た。

 

 すると、みんなはニヤニヤしたり、苦笑いをしていた。これは俺に『頼む!』という目線だな。仕方ない……

 

 

「えっ!? て、徹さん!?」

 

「え、大丈夫!?」

 

 

 菜々ちゃんは俺がここにいることに、侑は俺が転げながら現れたことに驚いた。

 

 

「……あ、ども。なんか申し訳ないけど、二人のちょっと覗かせてもらってたよ」

 

 

 俺はすぐに立ち上がって、何も無かったかのようにそう答えた。

 

 

「そうでしたか……って、お兄さんってことは……!」

 

 

 おや、やっと気づいたか。

 

 

「あーそうそう、侑は俺の妹なんだ。てか、苗字同じな時点で分かるんじゃないか?」

 

「……あっ……」

 

 

 菜々ちゃんは少し恥ずかしそうな表情をした。

 

 さて、話を戻すか……と思うと菜々ちゃんが咳払いをして話を進める。

 

「……んん……それで、侑さん。どうして、こんな私に……」

 

「ふふっ、言ったでしょ。大好きだって! こんなに好きにさせたのはせつ菜ちゃんだよ!」

 

「……! いいんですか……? 私の本当の我儘を……大好きを貫いていいんですか……?」

 

 

 

 

「もちろんだ。それを俺たちが全力で支えるからな!」

 

 

「……!!! 

 

 

 ……分かっているんですか?」

 

 

「「ん?」」

 

 

 すると、菜々ちゃんは二人の視線の先に歩き出し、止まってこちらを向いた。

 

 

「貴方達は今、想像以上に、凄いことを言ったんですからね!!」

 

 

 そして、結んでいた髪を解いた。

 

 

「「……!!」」

 

 

「どうなっても知りませんよ!」

 

「わぁ……!」

 

 

 侑がパァっと笑顔になった。

 

 

「……これは、始まりの歌です!!」

 

 

 菜々ちゃん、もといせつ菜ちゃんは、歌い踊り始めた。

 

 

 

 

 屋上の下はいつの間にか多くの虹ヶ咲の学生の観客で溢れた。

 

 

 

 それは、菜々ちゃんの決意、そしてせつ菜ちゃんの情熱が感じられる素晴らしい歌だった。

 

 

 

 

 

 そうだ……それで良いんだ。待っていたぞ、せつ菜ちゃん。

 

 

 




今回はここまで!
いやぁ、アニガサキでこの回が一番好きなんですよね〜
制服のせつ菜ちゃんが可愛くて可愛くてもう…(せつ菜推しの主)
ここは割と力をいれて書いたと思います笑
では、また次回!
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第24話 平穏

どうも!
第24話です!
今回は原作にはないオリジナル回です!
ではどうぞ!


 

 

 

 

「……よし、この書類はこんな感じで目を通したが、問題ないか?」

 

「えーっと……はい、問題ないです」

 

 

 

 どうも、生徒会に再び所属することになった高咲徹だ。

 

 

 ……っていうのは冗談で……生徒会の仕事の手伝いをしてるところだ。

 

 

 せつ菜ちゃん、もとい菜々ちゃんが同好会に復活し、同好会が本格的に活動を再開することになったのはつい昨日のことだ。

 

 それと同時に、俺は同好会を全力でサポートすることを誓った。

 

 

 ……なので、俺はその一環として今昼休みに生徒会長の仕事をサポートしてるわけだ。

 

 

「なんかすみません。もう生徒会長をやめられたのに仕事をさせてしまって……」

 

「良いんだよ。言ったでしょ? 俺は菜々ちゃんを全力でサポートするって。それに、少し前まで生徒会ロスになってたしな。むしろ喜んで手伝うさ」

 

 

 そう、生徒会が代変わりをした直後、俺は生徒会ロスになっていたのは覚えているだろうか? まあ今となってそれは無くなったとはいえ、再び生徒会の仕事をするとイキイキするんだよな。

 

 

「そ、そうなんですか。ありがとうございます……徹さんってお人好しですよね」

 

「え、そうか? まあ確かに言われたこともあるけど、お人好し過ぎるのも良くないっていうしな……」

 

 菜々ちゃんにお人好しと言われ、少し驚きながらもそれについて考えていると……

 

「……でも、そんな徹さんが好きなんですが……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 

「い、いえ! 何でもありません!!」

 

 今なんか菜々ちゃんが小声で呟いてたような気がしたが……気のせいか。なんか彼女の頬が赤く染まってるけど……

 

 

 すると、後ろから視線を感じた。

 

 

「……あっ、副会長。お疲れ様な」

 

「はい。元会長、今日は手伝ってくださり、ありがとうございました」

 

 背後を確認すると、その正体はこの生徒会の副会長だった。

 

 

 ……そう、この子が菜々ちゃんの側近とも言える副会長だ。

 

 彼女は長いストレートで、黒色に近い茶髪、眼鏡をかけていていてクールな雰囲気を持つ女の子だ。

 

 

「ううん。こちらこそ、手伝わせてくれてありがとな。また手伝いに来てもいいか?」

 

「ええ、元会長がいると仕事も捗りますし、こちらとしては大歓迎です」

 

「そうか。ならまた手が空いてる時に来るよ」

 

「はい。……それにしても、元会長と会長ってとても仲が良いんですね」

 

 すると、副会長は菜々ちゃんに視線を切り替えてそう言った。

 

 

「えっ!? そ、そうですか?」

 

「はい、お二人とも何か共通の趣味みたいなものがあるんですか?」

 

 

 

 ……あっ、この質問はマズい。これで『アニメやラノベとかで!』って言ったら驚かれてしまうし、第一菜々ちゃんが隠しているからな……見た感じかなり焦ってるから彼女の口が滑りかねない。

 

 

「えーっと……それは……」

 

 すると、菜々ちゃんは困った顔をしたあと、こちらにチラッと目線を送った。

 

 

『助けてください!』ってことだろうな……仕方ない。

 

 

「あぁそれはな、お互いニュースをよく見ててな、よく意見交換をしてたんだ」

 

「なるほど。それなら私もよくニュースを見てるので、今度お話しませんか?」

 

「おぉ、そうなのか。なら今度時間ある時にな」

 

 これは嘘を吐いた訳ではない。実際、菜々ちゃんがアニメやラノベが好きだということに気づく前はそれが主な話題になっていたのだ。

 

 しかしそれにしても、やはり生徒会の人たちは時事ネタにある程度通じているんだな。みんな真面目ってことだろうな。

 

 そうしみじみと感じながらも、ふと菜々ちゃんを見てみると……

 

 

「……」

 

 ……ん? なぜ彼女は不服そうな顔なんだ? せっかく助け舟出してあげたのに……

 

 

 俺が困惑していると、生徒会室の扉を叩く音が聞こえた。

 

 

「会長、誰かが来たようですよ」

 

 

「……あっ、はい。どうぞ!」

 

 

 副会長が菜々ちゃんに誰かが来たことを告げると、彼女は調子を取り戻して扉の奥にいる者に声を掛けた

 

 

 すると、ノックをした主が扉を開けて入ってきた。

 

 

「失礼します」

 

 

 やってきた子は……どうやらリボン的に1年生みたいだ。

 

 少し緑がかった髪の毛で、サイドを黄色のリボンで結んでいた。そしてわずかな瞬間ではあったが、彼女の口からは八重歯をのぞかせた。

 

 

「あぁ、貴方でしたか。今日は何の御用ですか?」

 

「はい。今年度の部活動予算書をもう一度拝見したいのですが、よろしいでしょうか」

 

「ええ、構いませんよ。いつもの場所にありますので、好きなだけ目を通してください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 どうやら菜々ちゃんの反応的にこの子は一度ここに来たことがあるようだ。それに予算書を見に来た、か……あれを好き好んで見ようとする人はなかなかいないぞ。

 

 

「……なあ、あの子よくここに来てるのか?」

 

 あまりに気になったので、本人には聞こえないよう小声で菜々ちゃんに聞いてみる。

 

 

「はい、普通科1年の三船(みふね) 栞子(しおりこ)さんというのですが、最近生徒会の活動を追ってるみたいで、よくここに来て予算書とかを見に来るんです」

 

 

 ふーん、なるほどね。生徒会の活動を追おうとするなんて、もしかすると彼女は今後生徒会に入ろうとしてるんじゃないかな。

 

 

 そう思いながら、俺は仕事の手伝いを再開した。

 

 

 

 それからしばらく経って……

 

 

 三船さんだっけか。予算書を読み終わったようだ。

 

 生徒会室から出ようとしていたが、彼女のことが少し気になったので声を掛けてみる。

 

「おう、読み終わったか」

 

「あ、はい。……お初にお目にかかりますが、生徒会の方ですか?」

 

 すると、彼女は疑問を投げかけてくる。

 

「ううん。今日は手伝いで来てるんだ」

 

「なるほど。それにしても、大分手慣れてらっしゃる感じですね」

 

 おぉ、結構お目が高いな。やはり、生徒会員の志を持っていそうだ。

 

「あぁ、元々生徒会にいたからな。まあ、現職の生徒会長には負けるけどね」

 

「て、徹さん!?」

 

 俺の思いがけないフリに菜々ちゃんが驚いた。

 

「そういうことですか。納得しました」

 

 

 彼女の疑問は晴れたようだ。

 

 ……ならばこっちもちょっと聞いてみるか。

 

 

「そう言う君は、最近よくここに訪れてるみたいだね。将来生徒会に入ろうと思っている感じか?」

 

「そうですね。1年生の間に様子を見て、それから入ろうと思っています」

 

 ふむふむ。用心に観察してるわけだね。この子は賢いな。意欲もあるし、この生徒会に充分な逸材に見える。

 

 

「なるほどな。それだけ熱心なのは正直感心するぞ。この調子で頑張ってな」

 

「ありがとうございます。では、お邪魔いたしました……」

 

 そう言って、彼女は生徒会室の出口に向かおうとする。

 

 俺も見送りをしようかと思って席を立ち、彼女の後についていく。

 

 

 すると……

 

 

「……ひゃっ!?」

 

「……!? 危ない!」

 

 彼女の足が絡まって転びそうになるのを見て、横にいた俺が即座に受け止める。

 

「びっくりした〜。大丈夫か?」

 

「あっ……すいません……ありがとう、ございます……」

 

「良いよ。足元は気をつけてな」

 

「はい……では、失礼します……」

 

 そう言って、彼女は外に出て行った。

 

 

 ……少し顔が赤くなってたのが気になるが……

 そこは大丈夫なのだろうか……? 

 

 

 それにしても、三船栞子ちゃんか……

 とても生真面目で、しっかりとした志を持ってる子だったな。

 

 

 




今回はここまで!
なんと、原作には出てない栞子を出しました!
栞子ちゃんは出来るだけ早めに出したいと思っていたので、オリジナル回で登場させました!実際に原作でも出るかどうか…
ただ原作で出る出ないにしても、この小説で本格的に出るのはまだ先になりそうですね
そういえば、アニガサキの方はEテレで再放送が始まりました!
これを機に、虹ヶ咲が少しでも世に広まってくれることを期待したいですね
ではまた次回!
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第25話 新たな仲間

どうも!
第25話です!
では早速どうぞ!


 

「よーい、スタート!」

 

 

「負けませんよ〜!」

 

 

 

 

 

 

 今、スタートしました! 桜◯賞雑巾ダッシュ部門、今回は誰が勝つのか!? 

 

 

 ……違う違う、こんなこと言ってたら本当に競馬の実況みたくなっちゃうな。

 

 

 どうも、実況の真似にハマってる高咲徹だ。

 

 

 ……いや、ハマってる訳でもないか。

 

 

 まあそれはさておき、昼間には菜々ちゃんの生徒会の仕事を手伝い、時は過ぎて放課後となった。

 

 

 今日からついに同好会の活動が再開する。それまではずっと元々同好会だった場所はほぼ使われてなかったので、現在掃除のついでにかすみちゃんと侑が床の雑巾掛けで速さを競っている。思わず実況をしてしまったが、それくらい二人とも張り切って望んでいる感じだな。

 

 

 ちなみに俺は何をしてるかというと、部室の奥に眠っている備品を運んでいる途中だ。ホワイトボードやイス、テーブルは活動に必要なので、今のうちにこちらに運んでおかなければならない。

 

 

「せつ菜ちゃーん、椅子はそれくらいで足りるかー?」

 

「はい! もう十分ですよ!」

 

「おーけー!」

 

 

 雑巾掛けしているのを片目に椅子を運び続けていたが、どうやら持ってくるべき椅子はこれくらいで良いようだ。

 

 今、同好会の部室内の整理整頓については役割が決められており、俺の他にせつ菜ちゃんと彼方ちゃんが備品を運んでいる。

 

 

 せつ菜ちゃんはこの場にいるが、彼方ちゃんはまだ倉庫内にいるのかな? 手伝えることもありそうだし、ちょっと様子を見にいこう。

 

 

 

 そして見にいくと……

 

 

「ん〜……! もう少しで届く……!」

 

 

 少し高めの棚にある段ボールを爪先立ちをしながら取ろうとしている彼方ちゃんがいた。

 

 

「……よし、届いたからあとは……あっ!」

 

 すると、取り出す途中で手が滑り、段ボールが落ち……

 

 

 

 

 ……なかった。

 

 

「危ない危ない……あんまり無理しないようにね」

 

 俺は間一髪で落ちるダンボールに手を伸ばし、なんとか落ちないようにすることが出来た。

 

「あっ、徹くん……!? ……椅子の方はどうしたの〜?」

 

 彼方ちゃんは俺がここにいることに驚きながらも、そう訊いた。

 

「あぁ、それならさっきせつ菜ちゃんに確認して足りるって言われたから」

 

「そうだったんだ……」

 

「そうそう……それでらこういう高くて取れなさそうなところは無理しないで俺にでも頼ってよな。それで怪我されたら俺も嫌だし」

 

 少し説教臭くなっちゃったけど、これは俺からのお願いだ。

 

「あっ、うん……ありがと、徹くん」

 

「おう、どういたしまして」

 

 

 まあ、彼方ちゃんって頑張り屋さんで物事一人でやっちゃいそうなところあるからな。もう少し人に頼って欲しいもんだ。

 

 

「……ねぇ、この体勢恥ずかしいんだけど……」

 

「ん……? ……あぁ! す、すまん……!!」

 

 

 

 あかん、これは色々とマズいぞ……

 

 てか、俺は何故この状態で今まで平然としてられたんだ!? 

 

 ……今の状況を説明しよう。俺が彼方ちゃんを後ろから支える、というか覆い被さる状態だった。

 

 ……しかも手触ってたし。

 

 

 俺と彼方ちゃんの二人で気不味い空間が流れる。

 

 

 

 

 ……そうだ、そろそろ掃除も終わってるかな。なら戻るとするか、うんそうしよう。

 

 

「……そろそろ戻るか。時間的に掃除終わってそうだし」

 

「あ……う、うん……」

 

 彼方ちゃんはまだ頬を赤く染めたまま、二人は倉庫を出た。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ふぅ〜、綺麗になったね」

 

 

 同好会の部室へと戻ってくると、侑が雑巾掛けを終えてそう呟いていた。

 

 どうやら同好会の部室の方では、掃除が終了したようだ。意外と早かったな……

 

 

「こんなに綺麗な部室は初めて見たかもしれませんね」

 

「そうだね! おかげで空気が美味しい気がするよ〜」

 

 

 窓を拭いていたしずくちゃんとエマちゃんも、各々の感想を共有していた。確かに、以前の同好会もこんなに壁や床が白く見えてなかったかもしれない。

 

 

「おっ、みんな終わった感じかな?」

 

 

 そんな様子のみんなに、俺は声を掛けた。

 

 

「徹さん、彼方さん、お疲れ様です!」

 

 

 せつ菜ちゃんが戻ってきた俺達に労いの言葉をかけてくれた。

 

 

「あれ? 彼方ちゃん、何か顔赤いけど大丈夫?」

 

「えっ……!? な、何でもないよ〜!」

 

 

 エマちゃんに指摘された彼方ちゃんは、何もなかったかのように取り繕った。

 

 ……絶対さっきのことだよな。

 

 あれは事故というか……いや、すぐに退かなかった俺が原因でもあるか。

 

 彼方ちゃん、怒ってるかもなぁ……

 

 

「これでみんなも揃ったし、これで完成か?」

 

「まだですよ〜? 最後にやることがあります! 着いてきてください、みなさん!」

 

 

 ん、まだ何かやることあったか? テーブルに椅子にホワイトボードに──全部揃ったと思うが……?

 

 すると、メンバー全員廊下に集められ……

 

 

「……じゃじゃーん!」

 

「そうか、ネームプレートがまだ残ってたな」

 

 

 かすみちゃんが行おうとしていたのは、ネームプレートの取り付けだった。

 

 そういえば、ネームプレートを取り返そうと頑張ってたのはかすみちゃんだったな。きっと、この『スクールアイドル同好会』と書かれたネームプレートに一段と思い入れがあったんだろうな。

 

 

「ようやく復活だね〜!」

 

 

 そう、エマちゃんの言うとおり、このネームプレートをつけることが、虹ヶ咲のスクールアイドル同好会にとって再び立ち上がることを示す狼煙になる。ワクワクするよな。

 

 

「それじゃあ、スクールアイドル同好会、始めま〜……」

 

 

 

「やっほー!」

 

「ん?」

 

 かすみちゃんが同好会活動開始の一声を上げようととした瞬間、後ろからこちらに声を掛ける声が聞こえてきた。

 

 

 俺達はそちらの方へと振り返ると……

 

 

「もしかして、スクールアイドル同好会の人達?」

 

「あぁ、はい。そうですが、確かあなた達は……」

 

 やってきたその子の問いかけにせつ菜が答える。

 

 この場にいた人のほとんどが「誰?」という反応を示す中……

 

「あっ! 愛ちゃんに璃奈ちゃん!?」

 

 俺は即座に反応した。

 

 声を聞いた瞬間、聞き覚えがあるとは思ったものの、まさか愛ちゃんだったとは……しかも、璃奈ちゃんまで一緒というな……こんなに驚くのも無理はない。

 

 

「ん……? あっ、てっつーじゃん! てっつーもスクールアイドル同好会の人なの?」

 

「徹さん、そうなの?」

 

「うん、まあな。ちなみにやる方じゃなくて手伝う方な?」

 

「なるほどねー!」

 

「……あの、徹先輩。この二人は……?」

 

 3人が話していると、しずくがそう問いかけた。

 

 いかん、情報処理科同士でいつも通りのノリで話し合ってしまったが、周りはこの二人と初対面だよな……ちゃんと紹介しなければ。

 

 

「あ、この二人は同じ学科の友達だよ」

 

「情報処理学科二年、宮下愛だよ!」

 

「一年、天王寺璃奈です」

 

「……あぁ、この間の!」

 

 二人が名前を名乗ると、侑が反応する。確かに、侑と歩夢ちゃんに関しては初対面ではないな。

 

 

「あっ、二人も同好会に入ってたんだね!」

 

「そうそう、あの後三人で同好会に行ってから色々あって同好会に入った感じなんだよね──それで、二人は何か用があって来たのか?」

 

 久々に対面した侑と愛ちゃんは仲良く話しているが、俺は愛と璃奈にここへ来た訳を訊いた。うちに用がある訳ではなさそう……だよな?

 

 

 

「うん! 私たち、このスクールアイドル同好会に入部したいんだ!」

 

 

 

「……マジか!!」

 

 

 ホントにうちに用があったのか!?

 

 

 つまり、愛ちゃんと璃奈ちゃんもスクールアイドルになりたいってことだよな……? いや、十中八九そうだろう。

 

 そうなると、これで同好会にいるスクールアイドルは八人ってことか……てか────

 

 

 同好会に入ってるみんな、同好会できる前から仲良くなってる人しかいなくないか……!?

 

 

 俺はふと、そう思ったのであった。

 

 

 




今回はここまで!
彼方ちゃんに頼られたいだけの人生だった
そういえば最近ウマ娘が流行ってるようですね
自分もやろうか少し考えましたが、競馬の知識皆無なのでやめました←
ただ流行りに少しでも乗りたくて…冒頭がこうなりました←
ではまた次回!
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第26話 垂らし

どうも!
第26話です!
ではスタート!


 

 

「さて、早速これからの同好会について話していこうと思いますが……」

 

 

 

 俺こと高咲徹と仲間たちは同好会の部室にやってきた。

 

 

 現在、リーダー格であるせつ菜ちゃんがその場を仕切っている。

 

 

「その前に、皆さんで自己紹介しましょう!」

 

 

「自己紹介か〜! 大事だね! じゃあ、私から紹介するね!」

 

 

 こんな感じで自己紹介の場が設けられた。トップバッターは愛ちゃんのようだ。

 

 

 

 そしてそれぞれ自己紹介をし……

 

 

 

 

「……おっ、最後俺か。高咲徹だ。苗字にある通り侑の兄だ。これからは同好会のサポートに全力を尽くそうと思うので、よろしくな」

 

 

 

 俺はこんな感じで無難に自己紹介を済ました。

 

 

 

「そういえば前から気になってたんだけど……同好会に入る前にお兄ちゃんを知らなかったって人いるかな?」

 

 

 

 侑がそうみんなに質問した。

 

 あっ、これはある程度結果が想像できるぞ……俺の勘違いじゃなければ、誰もいないということになるはずだ。

 

 そう思いながらみんなの反応を窺うと……

 

 

「「「……」」」

 

 

 ただ沈黙しか返ってこなかった。

 

 

 まあこうなるよなー……

 

 

 

「やっぱりみんな、元から知り合いなんだねー……ねぇお兄ちゃん、どうしたらこうなるの?」

 

 すると、侑が少しムッとした顔で問い詰めてきた。いや、どうしたらって……

 

「えっ、俺に聞かれてもな……気がついたらこうなってたとしか言えん」

 

「えぇ……」

 

 侑は引き攣った表情をした。

 

 ……そんな引くことか? というか、俺がどうしてこうなったのか聞きたいわ。

 

 

「そういえば、彼方ちゃんを含めた5人が同好会結成して徹くんが初めてここに来たときも、みんな彼と既に会ったことあるよって反応してたよね〜」

 

 すると、彼方ちゃんがふと思い出したのか、そう発言した。

 

 

「確かに、こんなに色んな女性と関わり持って……徹さんって、タラシなんですか?」

 

 

 続いてしずくが俺にそう聞いてきたのだが……

 

 

「タラシ……? あっ、なんか醤油垂らすとかそういうやつか?」

 

 

 あれ、こういう解釈で合ってるよな? なんか不安になったんだが……どうだ?

 

 

「……はい?」

 

「はぁ……お兄ちゃんは鈍感すぎるよ……」

 

 

 Oh……残念ながら違ったようだ。タラシってどういう意味……?

 

 それになんかむっちゃ溜息吐かれたのは気のせいか? 

 

 

「徹先輩……その答えはないですよ……」

 

 

 えぇ、かすみちゃんまで……完全に呆れられちゃってるわ……

 

 

「まあまあ、鈍感なのは既知のことだし置いといて……徹くんはタラシなのは間違いないね〜」

 

 

 どうやら彼方ちゃんも同じ意見のようだ。

 

 タラシってマジで何だ……? 

 

 

「私もそう思います……あの時私のこと『可愛い』って言ってくれましたし……」

 

 

 

 

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 せつ菜ちゃんがふとそう呟くと、その場にいた大半の子が反応した。

 

 

「そ、そんなことがあったんですか!? せつ菜先輩ずるーい!! この同好会で一番かわいいのはかすみんなのに、何で先にせつ菜先輩が言われてるんですかー!」

 

 

 かすみちゃんが羨ましがってムキになっている。

 

 いや待て待て、どこに羨ましがる要素があるんだ? 俺に『可愛い』って言われることなんて、どうというもないだろ……? 

 

 困惑しかないが、この状況をなんとかしないと収拾がつかなくなるから……

 

「ちょっ、落ち着いて! かすみちゃんもせつ菜ちゃんに負けないくらい可愛いからさ!」

 

 

「へっ……? そ、そうですよね〜えへへ〜♪」

 

 

 どうやらかすみちゃんは満足してくれたようだ。

 

 

「ねえねえ! じゃあ愛さんは可愛い?」

 

 

 すると、今度は愛ちゃんがそう訊いてきた。

 

 

「あぁ、そりゃ可愛いぞ? ……ていうかさ、なんならこの同好会のみんな全員可愛いからな?」

 

 

 これは誰が見たってそう思うよな。間違いない。

 

 

 すると……

 

 

「「「えっ……」」」

 

 

 その場にいる子達全員の頬が赤く染まった。

 

 

「? ……みんなどうした?」

 

 

「「な、なんでもありません(ないです)(ない)(ないよ〜)!!」」

 

「……ハッ! そういえば、これからの同好会の話をするんでしたね!!」

 

「そ、そうですね! 早く始めましょう!」

 

「えーっと、まず何話せば……! ってエマちゃん大丈夫!? しっかりして〜!?」

 

「……ふぇっ……? あっ、ごめん! ボーッとしてたよ〜……」

 

 

 ……何か不味いこと言っちゃったかな? でも何でもないって言ってるから気にしない方がいいのか?

 

 

 

「もう……お兄ちゃんったら……いつもズルいよ……」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 時は過ぎ、同好会のみんなは、話し合いを終え、現在それぞれ分かれて練習に励んでいる、

 

 

 

 

 今俺が様子を見ている場所では……

 

 

 

 

「うお〜〜!?」

 

 

「もっと行くわよ?」

 

 

 彼方ちゃんと果林ちゃんがペアになってストレッチをやっている。

 

 

 何と今回は臨時コーチとして果林ちゃんがこの様子を見に来てくれているのだ。

 

 彼女はモデルをやっており、ストレッチなどの知識を持っているので、本格的に指導をしてくれる。いや、こんなに心強い助っ人が身近にいるとは、ありがたいもんだ。

 

 

「彼方ちゃんはまだ背中が硬いって感じか?」

 

 

「そうね。まあ、最初はこんな感じでしょ」

 

 

 俺は彼方ちゃんの状態を確認する。もし体調の悪そうな人が出たらそれに対処する。これがスクールアイドル同好会のマネージャーである俺に任された役割だ。

 

 

「そして、璃奈ちゃんの方は……」

 

 

 一方、さらに奥の方を見ると……

 

 

「おぉ〜〜!?」

 

 

 璃奈ちゃんとエマちゃんのペアが同じくストレッチをやっている。璃奈ちゃんがストレッチされる方なのだが、彼女はいかにも伸ばされてるかと思われるような声を出しながらも、実際は全く伸びていない様子だ。

 

 

「……こちらも全く曲がらない感じだな」

 

「う〜ん、スクールアイドルには体の柔らかさが必要になってくるけどね〜」

 

 

 エマちゃんは俺の呟きに対してそう返してくれた。

 

 

「はぁ……彼方ちゃん疲れたよ〜」

 

「疲れた……」

 

 すると、彼方ちゃんと璃奈ちゃんはあまりの疲れからか、その場に倒れ込んだ。

 

 

「少し休んだらまたやるわよ」

 

「えぇ〜!? 彼方ちゃん壊れちゃうよ〜!」

 

 果林ちゃんの無慈悲な言葉に、彼方ちゃんは悲鳴をあげるが……

 

 

「大丈夫だよ!」

 

「おっ、愛ちゃんは……」

 

 そう、愛ちゃんも同じ場所で一緒にストレッチをしているが、そっちを見てみると……

 

 足はほぼ180°開脚で、体は地面に着くくらいの体の柔らかさだ。

 

 ……すげぇ。俺はスポーツは出来る方ではあるんだが、身体の柔軟性ご皆無と言ってもいいくらいなのだ。非常に羨ましい……

 

 

 この後、気力がなくなっていた彼方ちゃんと璃奈ちゃんは愛ちゃんの指導のおかげで、なんとか曲がるところまで進化した。

 

 それを見ていた徹は、

 

 

「やっぱりすげぇな! 流石部室棟のヒーローだ!」

 

 

 と言った。

 

 

「ヒーロー?」

 

 

 エマが疑問を浮かべる。

 

 

「知らないの? 彼女は色んな体育会系の部活の助っ人として活躍してて、結構有名なのよ?」

 

「そうなんだ〜」

 

 果林ちゃんが説明すると、エマちゃんは納得した。

 

 

「そう言えば彼方ちゃん、てっきり果林ちゃんも同好会に入るのかと思ってたよ〜」

 

 

 そう、彼方ちゃんの言う通り、今まで同好会の復活の時にも、一役を買った果林ちゃんは、流れで仲間の一員になるのかと俺も思っていたのだが……実際どうするか気になっていた。

 

 

「ん? ……そんな訳ないでしょ。私はエマの悲しむ顔が見たくなかっただけよ」

 

「「えぇ〜?」」

 

 

 果林ちゃんの発言に、ストレッチしてた愛ちゃんと彼方ちゃんが肩を組んでニヤニヤした。

 

 ふーん、エマちゃんのためか……この二人はホント仲が良さそうで何よりだぜ。

 

 そう思いながら俺も無意識にか、ニヤニヤしていた。

 

 

「な、何よ……!」

 

 

 俺たちの反応に戸惑ったのか、果林ちゃんが少し狼狽えると……

 

 

「ありがとう、果林ちゃん」

 

 

 エマちゃんがそばに近寄ってきて、優しい声でそう言った。

 

 

「!? ……い、いいわよ……」

 

 

 果林は頬を赤く染め、目を逸らしながら小さな声でそう返事した。

 

 ……ふふっ、微笑ましいもんだな。

 

 俺は、二人のそばで暖かい眼差しで見守った。

 

 

 




今回はここまで!
みんながこうやってお互いを認識する場面は、原作ではあまりなかった気がするので描いてみました!
改めて言いましょう、徹くんはタラシです(今更)
ではまた次回!
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第27話 新たな課題

どうも!
第27話です!
前書きで言うこともないので早速どうぞ!


 

 

「よし、今日はここまで! みんなお疲れ!」

 

 ふう、今日はなかなか充実した練習だった気がするな。

 

 よっす、高咲徹だ。俺たち兄妹とスクールアイドル同好会の一同は、活動を再開してから初の練習を終えた。

 

 

 俺はストレッチの様子を見た後、校内の音声機材が揃ったスタジオで発声練習をしたり、かすみちゃんからスクールアイドルのいろはについて一緒に学んだりした。

 

 その間に俺は色々なことを学んだ。スクールアイドルの練習法や管理についてはまだまだ無知だからな。同好会のみんなが魅力的なスクールアイドルになるサポートをするためにも、これから必要だと判断したことはメモ帳にメモしておいたぜ。

 

 ちなみに、スクールアイドルのみんなと同じメニューをこなしてみようと思ったんだが、流石に全てこなすのはキツそうだったからランニングだけ参加した。

 

 ……でもみんなと同じ疲れを共にするためにも、いずれは俺も全ての練習をこなしてみたいと思っている。ただ俺には練習を見守る役割もあるから、みんなのようにはできないと思うけども。

 

 

 そんなことがあって、今日の活動終了のミーティングを同好会の10人集まって、今ちょうど終わったところだ。

 

 ……あぁちなみに、臨時コーチとして来ていた果林ちゃんはその前に帰ったよ。彼女、同好会のメンバーではないにも関わらずわざわざ手伝い来ている身であるはずなのに、凄い楽しんでた気がする。ストレッチの時なんか、クールな果林ちゃんにしては結構ノリノリだったような気がする。

 

 まあ、これからも彼女には色々と助けてもらいそうな気がするし、嫌がってなさそうで何よりだ。

 

 

 ……マズいマズい、一人で熟考してる場合ではなく、みんなに声を掛けなきゃ。

 

 

 そう焦りながら、俺はすぐそばにいた璃奈に声をかけた。

 

「璃奈ちゃん、お疲れ様。調子はどうだ?」

 

「あっ、徹さん。ありがとう。調子は大丈夫。ちょっと疲れちゃったけど」

 

 額からの汗を拭いながら璃奈ちゃんはそう言った。

 

「そっか。同好会入りたてだからさ、無理してないかなーと思ってさ」

 

「私のことを心配してくれたの……? ……嬉しい……でも、愛さんも同好会入りたてだから……」

 

「あー、確かにね。でも愛ちゃんは……」

 

 そう言って俺は、愛がいる方に目を向けた。

 

 

「お疲れ〜! カナちゃん!」

 

「お〜、お疲れ〜。そのあだ名いいね〜、彼方ちゃん気に入っちゃったよ〜」

 

 

「あはは! 私のあだ名センス冴え渡ってる()()〜? ()()ちゃんだけに!」

 

 

「お〜、ダジャレまで決めるなんて、まだ余力あるな〜?」

 

 

 愛ちゃんは、彼方ちゃんと楽しそうに話しており、おまけに新たに命名した渾名で駄洒落を披露するという余裕っぷりを見せていた。

 

 

「……まあ、あんな感じだしな……くくっ……」

 

「流石愛さんだね……どうしたの? 徹さん」

 

 

 俺が口を押さえている姿を見て不思議に思ったのか、璃奈が首を傾げる。

 

 ……おっと、いつまでも笑っちゃいられない。話を戻そう。

 

 いやな……いつまでたっても愛ちゃんの駄洒落で笑いが堪えられないんだよな……ふふふ……言葉遊びが上手(うま)すぎるだよな。

 

 

「あ、いや何でもない! ……そういえば、さっき璃奈ちゃん例のアニメ見てるって話してたよな? それでさ、もし良ければ今度一緒に鑑賞会しないか?」

 

 

 そう、先程侑と歩夢ちゃん、せつ菜ちゃん、愛ちゃん、璃奈ちゃんと俺のメンバーで歌の練習をしていたのだが、ひょんなことから長らく続く人気アニメについての話になったんだ。その時に璃奈ちゃんがそのアニメを小さい頃から観てるという発言にせつ菜ちゃんが大興奮していたのだ。

 

 そんな中でも実は俺も同じくそのアニメを見続けていた者だったが、その場で言いそびれてしまったから、今このタイミングで話したのだ。

 

 さて、この誘いを璃奈ちゃんは受け入れてくれるだろうか……

 

 

「徹さんも観てるの? ……実は今度せつ菜さんと鑑賞会する約束をしてる。徹さんも一緒に来る?」

 

「おや、もう約束してたんだな。ならば行きたいところなんだけど、いいかな?」

 

「うん、良いよ。後でせつ菜さんに話しておく」

 

「ありがとな」

 

 

 こうして俺はせつ菜と璃奈の3人で鑑賞会をすることが決まった。

 

 良かった……せつ菜ちゃんと璃奈ちゃんの2人でアニメについて話してみたいと思ってたからな。とても楽しみだ。

 

 

「ねぇお兄ちゃん、そろそろ帰らない?」

 

 

 俺と璃奈ちゃんの会話に一区切りがついた時、後ろから侑が声を掛けてきた。

 

 

「ん、そうだな。これからみんな帰る感じか?」

 

 俺はみんなに向けて聞いてみると……

 

 

「そうですね、私もそろそろお暇させていただきます」

 

「あっ、私はかすみさんと少し話したいことがあるので、皆さんは先に帰っててください」

 

「えっ!? め、眼鏡のことはさっき何度も謝りましたよねぇ〜!?」

 

「いや、そのことではなくて……」

 

 

 かすみちゃんが青ざめた表情でせつ菜ちゃんに問いかけるが、対するせつ菜ちゃんは困惑した表情だ。

 

 さっきかすみちゃんにスクールアイドルのいろはを教えてもらった時、彼女はせつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんが普段着用している眼鏡を無断で借りてたからな。まあ、それでかすみちゃんはせつ菜ちゃんの説教を受けた訳で、それが大分効いてるみたいだが……今回はどうやらその事ではないようだ。

 

 まあそんな感じで、かすみちゃんとせつ菜ちゃんはまだ部室に残るみたいだが、残りは俺の問いかけに頷いた。じゃあ帰る人と一緒に帰るとするか。

 

 ……それにしてもせつ菜ちゃんとかすみちゃん、話し合う事って……何を話し合うのだろうか? 多分このタイミングだから、これからの同好会に関して何か議論をするんだろう。

 

 だとすると具体的には何を話すのか……いや、もしかして……

 

 

「てっつー、一緒に帰るよー!」

 

「ん、おっけー!」

 

 俺の頭の中に一つ憶測が浮かんだが、それを棄却した。

 

 まあ、なんの根拠もないただの憶測でしかないしな。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「みんな、今日は久々の練習だったけど、どうだった?」

 

 

 同好会の部室を後にして、帰りを共にする仲間たちと学校の門に向けて校内の中庭を歩いているところだ。

 

 

 少し前までは、校門まで続くこの庭も俺一人、または侑と歩夢ちゃんなどの、高々三人で歩いていたが……今はなんと、9人だ。一気に人数が増えたことを実感して少しドキドキしながらも、俺はみんなに今日の練習について感想を聞いた。

 

 

「そうだね〜……久々にみんなと練習出来て楽しかったよ〜!」

 

「うんうん、改めてスクールアイドルは楽しいなって感じた〜」

 

 

 エマちゃん、彼方ちゃんと続いてそう答えた。

 

 

「そうか……そんなスクールアイドルの活動をより楽しめるためにも、これから俺と侑が支えていくから、改めてよろしくな」

 

 

「うん! みんなが輝けるようにサポートしていくからね!」

 

 

 俺がこれからの心意気を表明すると、続いて侑もそう言った。

 

 俺は二人の言葉を聞いて、安堵したが……

 

「てっつーとゆうゆがサポートしてくださるなんて心強いね! これからよろしくー!」

 

 

「ちょっ、後ろから抱きつかないでくれって!?」

 

 

 なんと、後ろにいた愛ちゃんが抱きついてきたのだ。これには俺も動揺を隠せない。

 

 いや、彼女そういうところ気にしないようなところがあるのは、ある程度長い付き合いだから知っているが……このようなことを他の男にもやってるかもしれないと想像すると、大丈夫かなーって思っちまうのよな……

 

 

「あはは、ごめんごめん」

 

「徹さん……?」

 

「ど、どうしたんだ歩夢ちゃん……」

 

 

 そして何故か歩夢ちゃんが不機嫌になった。てか、前にもこういう展開あったし、増えてるような……? 原因不明だし、どう対処しようかも検討がつかない。

 

「侑さん……これから仲良くしていきたい……よろしくね」

 

「うん! 私も璃奈ちゃんともっとお話したい!」

 

 

 その一方、こっちは何とも微笑ましい光景になっていた。侑的には、璃奈ちゃんは一つ下の後輩にあたるのか。侑も後輩を可愛がる学年になったってことなんだな……

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 

「……どうしたの? しずくちゃん」

 

 

 すると、しずくちゃんが悩んでいるのをエマちゃんが心配したようで、声を掛けた。

 

 

「悩み事があるなら彼方ちゃんが聞くよ〜」

 

「あっ、いえ! 別に大したことじゃないんです。これからの活動について考えてただけで……」

 

「あー、なるほどな……そのこと、今のうちにスッキリしとこうぜ。そういうのって今後の課題になったりするし」

 

 俺がそういうと、みんなも同じ思いだったのか、うんうんと頷いた。

 

「分かりました……あの、これからは今までのグループ活動とは違って、みんなが個性を出せる、そういう形にするんですよね?」

 

 しずくがそう問いかけた。

 

「うん、そうだよ」

 

 それに侑が答える。

 

 

「ですよね……そうすると、それを実現するならやっぱり……」

 

 

 

「────ソロ活動、だね」

 

 

 彼方ちゃんが、しずくちゃんの言いかけたことに続いた。

 

 

「ソロ活動……?」

 

 歩夢ちゃんが疑問符を浮かべる。

 

 

「普通のスクールアイドルはグループ、2人以上でパフォーマンスするんだけど、ソロだとそれを1人でする、ってことだね」

 

 

 疑問にエマちゃんが答えた。

 

「……やっぱりそうか」

 

 

「えっ、お兄ちゃんやっぱりって……?」

 

「あぁ、実は少し前にスクールアイドルについて調べたことがあるんだけど、ソロスクールアイドルってあってさ。これ、アリだなって思ったんだ」

 

 

 実は、少し前に調べ物をしたって言ったと思うが、その時にこれを見つけたのだ。

 

 

「そうだったの!?」

 

「なんで言ってくれなかったのかな〜」

 

 

 彼方ちゃんが不満そうに頬を膨らませてそう言う。

 

 

「いや、まだほんの少ししか調べてなかったし、確信はなかったから、言うのもなーって思って」

 

「そうだったんですね……」

 

「でも、ソロ活動をするのも不安はあるんだよね……」

 

「そうなんです。ソロ活動は、舞台に一人で立つので、ある意味孤独なんですよね……」

 

 

 なるほど、そういうことか。ソロ活動も、そういうデメリットがあるんだな……

 

 

 孤独、か───

 

 

 新たな課題を発見すると共に、その言葉にどこか感じるところがあった俺であった。

 

 

 




今回はここまで!
一人で舞台に立つって複数人で立つよりも緊張しますよね
自分も少し前にバイオリンをやってたのでその気持ちが分かったりします(それはどうでもいいか)
次で多分アニメ第4話は終わると思います!
ではまた次回!
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第28話 楽しいの天才

どうも!
第28話です!
今回でアニメ第4話の最後となります!
では、どうぞ!


 

 

 ソロでスクールアイドル活動をそれぞれがすることに対する恐れ。

 

 その問題に何か解決策が出ることはなく、そのまま全員帰宅することとなった。

 

 

 俺は帰宅した後、勉強机に座って熟考していた。

 

 ソロスクールアイドルはステージで一人……最初は恐怖感を持つということは、スクールアイドルをしない俺でさえ想像が出来る。一人というのは、孤独とも捉えられる。もし自分が何か失敗をしてしまったとしても、誰かが助けてくれることはない。

 

 ただ、一人でパフォーマンスをするということは自分でその空間を独り占めできるってことだ。パフォーマンスする本人がそのライブを楽しめば、自ずと観客のみんなものってくれるはずだ。だから恐怖感を拭うことが出来ればな……

 

 

 このことだけで相当悩んでいるのだが、俺が気にしていることはこれだけではない。それは、愛ちゃんが帰り際浮かない顔をしていたことだ。

 

 何か悩みがあるのだろうか? あるとすれば、タイミングを考えるとあれのことなんだろうか……

 

 これは、愛ちゃんもみんなと同じような悩みを抱えているのかもしれない。

 

 正直、彼女が何かに思い悩む姿は想像できない。いつでも明るく、ポジティブな印象だからだ。

 

 ……しかし、愛ちゃんにとってスクールアイドルというのは初めてなのだ。初めてのことには誰だって緊張や不安を持つだろうと俺は思う。だからそんなときこそ、誰かが彼女を励まさなければならない。しかし、俺にはそうやって励ますための手段が……

 

 

 ……いや、さっき同好会のみんなとL◯NEの交換したよな。ならば、愛ちゃんに電話して様子を見てみよう。

 

 あの帰り道の途中、暗いムードながら同好会内で連絡を取り合うためにL◯NEを交換したのだ。あの場にかすみとせつ菜がいなかったが、いずれすぐ交換するだろう。

 

 励ます以外に何かしてあげられる訳でもないが、そうすることで俺は愛ちゃんを支えたい。

 

 

 そう思い、俺は机にあるスマホを手に取った。

 

「えーっと、愛ちゃんは……これか」

 

 スマホを操作し、L◯NEの連絡先一覧に出てきた愛ちゃんに電話をかける。

 

 

 数秒ほどすると、彼女の明るい声がスマホのスピーカーから流れてきた。

 

 

『……もしもしー。てっつーじゃん! まさか交換してすぐ電話してくるなんて驚いたよ!』

 

「ん、おっす。ハハッ、ちょっと話したいことがあってさ。今大丈夫か?」

 

『うん、今ちょうど風呂出て暇なとこ! 話したいことー? ……もしかして、愛さんのダジャレ100連発聞きたくなっちゃったー!?』

 

「いやいや! そんなことしちゃったら俺呼吸出来なくなっちゃうからな!? 愛ちゃんのダジャレほんと面白いんだって……ぷっ……」

 

『あははっ! こんなにゲラゲラ笑ってくれるのはてっつーだけだからね! それで、話って何?』

 

 

 それを聞き、俺は本題を切り出す。

 

 

「あぁ……愛ちゃん、今何か悩んでたりしないか?」

 

 

『えっ? ……いっ、いや、悩んでないよ?』

 

 

 愛ちゃんの声は震え、明らかに動揺している様子だ。

 

 

「そうか? 今日の帰り愛ちゃんの顔を見たら、浮かない顔してたから少し気になってたんだよ」

 

『あ、あははー……そうだったかなー……』

 

 

「ふむ……まあ、何もなければそれで良いんだけどな」

 

 

 愛ちゃんは、欠点が見つからない完璧なイメージが強い。悩みは自己解決をして、深い悩みを持たない印象だ。

 

 でも愛ちゃんのあの曇った表情は、それまで一度も見た事がなかったのだ。だから──

 

「……愛ちゃん、俺は愛ちゃんの助けになりたいからさ。何かあったら俺に言ってほしいな」

 

『……ホント、てっつーには敵わないな〜……うん、ちょっと怖くなっちゃってさ』

 

 

 この後、愛ちゃんは自分がソロ活動に少し怖さを感じていることを俺に明かした。

 

 

「……なるほどね」

 

『うん……私、一人で舞台に立って上手くできるかなって……』

 

 

 愛は、今までに聞いたことない沈んだトーンでそういった。

 

 

 やっぱり、愛ちゃんでも不安になるか……そりゃあそうか。彼女だって、スクールアイドルに初めて挑戦する訳だもんな。

 

 挑戦には不安が付きものである。しかし、ソロアイドルへの挑戦はグループアイドルの挑戦より、一人という点でハードルが高い。それは、ポジティブシンキングな愛ちゃんが感じてしまうほどの高さなのだろう。 

 

 

 ただ、ソロアイドルの利点と、愛ちゃんの普段の立ち振る舞いを考えれば────

 

 

「うーん……でも正直、愛ちゃんなら一人でもみんなを取り込めると思うよ?」

 

『えっ……? そ、そうかな……?』

 

 

 少し驚いてそうな声でそう言う愛ちゃん。俺は続けて彼女に話す。

 

「うん。愛ちゃんってさ、いつも周りに友達がいるってイメージなんだよ。それに、その子達みーんな楽しそうに笑ってるんだよね。それって愛ちゃんと一緒にいて本当に楽しんでるんだと思うのさ。それってなかなか出来ないことだし、凄いことだと思う」

 

 

『……えへへ、そこまで言われるとなんだか照れちゃうな……』

 

 

「ハハッ、ちなみに俺もその内の一人だからな? ……だから、愛ちゃんの自由に、自分のペースでパフォーマンスすれば、みんなも一緒に楽しんでくれると思うんだ。それはソロでしか出来ないしね」

 

『……そっか!』

 

「うん。……まあでも、スクールアイドルしたことない俺が言っても何の説得力もないけどな」

 

『ううん! てっつーがそう言ってくれたおかげで、少し気が楽になったよ!』

 

 

 愛ちゃんは、明るい声でそう言う。俺は愛ちゃんの力になれただろうか。

 

 

「そうか……なら良かったよ。一応明日の朝練で元々同好会にいた子に聞いてみると良いよ。その方が説得力あると思うし」

 

 

『そうだね、そうしてみる! てっつー、ありがとう!』

 

「いいって、役に立ったようで何よりだ」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 翌日、朝早くにみんなが集まって朝練をすることになっている。

 

 

 愛ちゃんとエマちゃんは残りのメンバーより早く起きて、ランニングをしているようだ。

 

 もしかすると、彼女はエマちゃんに話を聞くだろうか。エマちゃんならしっかりしてるし、良い相談相手になると思うから安心だ。

 

 

「待ち合わせ場所はここかな……? 少し早めに着いちゃったね」

 

「だな。もう少し遅めに出てもよかったかな……ふぁ〜」

 

 

 俺と侑は、待ち合わせ時刻より5分早めに待ち合わせ場所の公園に着いた。

 

 ……ヤバい、かなり盛大な欠伸をしてしまった。

 

 

「珍しいね、お兄ちゃんがそんなに眠そうにしてるなんて」

 

「あぁ……少し昨日は寝るのが遅くなっちまってな」

 

「そうなんだ。……そういえば、何かお兄ちゃん爆笑してたけど、あれは何だったの?」

 

「あぁ……あの時愛ちゃんと少し通話しててさ。ダジャレとか仕掛けられまくったから超笑っちゃってさ……くくっ……」

 

 

 俺は口を押さえて笑いを堪える。思い出し笑いだ。昨日彼女を励ました後、雑談をしたのだ。その時、ダジャレを所々織り交ぜてきたもんだからその度に大爆笑してしまったのさ……もう、窒息するんじゃないかと思うくらいだったさ……ブフッ……

 

 

「えっ、愛ちゃんってダジャレ得意なの!? 今度愛ちゃんのダジャレ聞いてみたいなー……」

 

 そう、俺の妹であってか侑もダジャレが大好きなのだ。もう彼女がダジャレを聞いた時の笑いといったらそりゃもう、ゲラゲラという擬態語が侑のためにあると思っちゃうくらいだ。

 

「今日放課後にお願いしてみたら? 多分侑も腹筋崩壊するから」

 

「そうだね、そうしようかな! うわぁ、楽しみだなー!」

 

 侑は放課後が楽しみで仕方ないようだ。

 

 

「せぇんぱーい! お待たせしましたぁ!」

 

 すると、かすみちゃんが練習着姿でこちらにやってきた。気がつけば、集合時間が近づいていた。

 

 結局、愛ちゃんとエマちゃんを除く同好会のメンバー達も揃い、俺はみんなに朝練を始めることを告げる。

 

 

「よし、じゃあ早速走っていこうか!」

 

「はい! ……あれ……? ねぇ徹先輩!」

 

 すると、かすみちゃんが立ち止まって俺のことを呼び止めた。

 

「ん、どうした? 何か忘れ物があったか?」

 

「いえ、そうではなくて……あれって愛先輩ですよね?」

 

 俺はそう言われたので、彼女が指差した先を見た。

 

 すると、公園の大きな道の真ん中に愛ちゃんが立っていた。

 

 

「おぉ、そうだな。ちょっと声かけてみるか……?」

 

 俺がそう言って彼女に向かって一歩踏み出そうとしたその時だった。

 

 

 愛ちゃんがなんの予兆もなく歌と踊りのパフォーマンスをし始めた

 

 最初は何がなんだか困惑していたが、気がつけばそのパフォーマンスに、俺と同好会のみんなは夢中になった。

 

 周りの子供達をも取り込み、いつのまにかその空間は愛ちゃんの『楽しい』空間になっていた。

 

 

 パフォーマンスが終わった後、愛のパフォーマンスに魅了された同好会のみんなは、ソロ活動に前向きになったのであった。

 

 俺はみんなの不安が解消されたことに安堵し、今後のみんなの活動に期待と、それを支える使命感を覚えた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 同好会の部室にて……

 

 

 

 

「歩夢! 最っ()()可愛いね! ()()だけに! 走るのって()()()()するよね! R()u()n()だけに!」

 

「あははははっ!! はーっ! はー面白い〜!」

 

「くっ……ハハハハハ! やめてくれー!! 腹が死ぬ……! ぷっ、アッハハハ!」

 

 

「凄いウケてますね……」

 

「侑ちゃんと徹さん、小さい頃から笑いのレベルが赤ちゃんだから……」

 

 

 この時、ダジャレを連発する愛ちゃん、そのダジャレに爆笑して床にしゃがんで床を叩いている俺たち兄妹、それを不思議そうに見るせつ菜ちゃんに、苦笑いする歩夢ちゃん、そして微笑ましく見る他の同好会の仲間という構図が部室で生まれていたらしい。

 

 

 




今回はここまで!
愛さんみたいな明るくて太陽のような子とお出かけしたい人生だった…
みんなと仲良くなれるって凄いことですよね
そういえば、Eテレの再放送は次で第4話ですね!
段々この小説に展開が追いついてきましたね…(謎の闘争心)
ではまた次回!
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第29話 二年生ズと高咲兄の親睦会

どうも!
第29話!
今回はタイトルの通り、アニメにはないオリジナル回です!
ではどうぞ!


 

 

 

「……そういえばさ、君たち2年生って元々あまり関わり合いなかったよな?」

 

 

 俺はふと思ったことを周りに話した。

 

 

 あっ、どうも。話の種はそこそこ持っている高咲徹だ。

 

 

 

 これはある日の放課後、同好会の部室にいた時のことだ。その場には俺の他に2年生の面子が揃っていた。他の1年生と3年生はまだ来ていなかったため、少し駄弁っていた。

 

 

「確かに私と愛さん、歩夢さん、侑さんともに元々知り合ってはなかったですね」

 

 

 俺の発言にせつ菜も頷く。やっぱりそうだよな……

 

 

「元々よく知り合ってたのは、私と歩夢くらいだもんね!」

 

 

 あぁ、実際侑と歩夢は幼馴染なので昔からの深い関わりがあり、お互いをよく知っているもんな。それにホント仲良いし。

 

 

「……! ……そうだね! 侑ちゃんとは幼馴染だもん!」

 

 

 それに対して、歩夢は嬉しそうな表情でそう答えた。ふふっ、可愛い。

 

 

「あっ! さてはてっつー、2年生の親睦会を開こうって言おうとしたんじゃない!?」

 

 

「おぉっ、流石愛ちゃん鋭いね。そう、これから一緒に活動していく訳だし、同学年だから何かと関わりが増えるだろ? だから、そういう場を作ったら良いんじゃないかなと思ってさ」

 

 

 愛ちゃんは俺が言おうとしてたことを言い当てた。愛ちゃんの勘の鋭さは今日も健在だな。さて、いい提案だと思うが感触は……

 

 

「良いじゃん良いじゃん! 私大賛成!」

 

「名案ですね! この機会に皆さんとスクールアイドルについてお話ししたいです!」

 

「良いね、楽しそう! ねっ、歩夢!」

 

「あ、うん! 私も良いと思う!」

 

 

 お、全会一致か。良かった……ノリノリそうで何よりだ。

 

 

「よし、決まりだな。それでどこでやるかなんだが、学校の食堂でやるのも良いんだが、せっかくだからどこか違うところでやるといいと思うんだけど……」

 

「あっ! それならうちの店はどうかな!?」

 

 愛ちゃんが手を上げて元気にそう言う。

 

「うちの店……? 愛さんの家ってお店なんですか?」

 

「あぁ、そういえば愛ちゃんの家はもんじゃ屋さんだったな」

 

 そうだ、愛ちゃんの実家はもんじゃ焼き屋なんだよな。俺は少し前に話が出ていたので知っていたが、どうやら俺以外はその話を聞くのが初めてのようだ。

 

「もんじゃ!? 良いなぁ、食べてみたい!」

 

 

 侑は、その『もんじゃ焼き』に対して興味津々の様子だ。結局俺は愛ちゃんから話を聞いてから行けてないし、なんならもんじゃ焼き自体食べたことがないんだよな……そう考えると、ちょうどいい機会だ。

 

 

「おっ、ゆうゆはもんじゃ好きになる素質があるみたいだね? ……というわけで、どうかな!?」

 

 愛ちゃんがみんなにそう確認をすると、俺含めて全員が頷いた。

 

 

「よし、じゃあこれで決定だ」

 

 

 こうして、愛ちゃんの家のもんじゃ焼き屋での親睦会が決まったのであった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 時が経って週末、俺と同好会2年生組は愛の実家のもんじゃ焼き屋にいる。

 

 もんじゃ焼き屋さんの中はこんな感じか……うん、とても良い匂いがして食欲を唆る。

 

 もんじゃ焼き自体テレビなどでたまに出てたりして、気になってたんだよな。あー、どんな味なのか楽しみだ。

 

 

「うわぁ……! 良い匂い! ときめいちゃう〜!」

 

「ここがもんじゃ焼き屋なんですね……! 風情があっていいですね!」

 

「ささっ、座って座って! ……まあね、ここの店おじいちゃんの代から長くやってるからさ!」

 

 

 それぞれが感想を述べた後、愛ちゃんに座るように促され、それに従って座った。

 

 

 その後、俺たちはメニューを見ながら何を注文するか考えた。ちなみに頼んだメニューはみんな全く被りがなかった。

 

 注文する時には、愛ちゃんのおばあさんが注文を受けにきて挨拶をしてくださったので、ほんの少しの間談笑した。

 

 愛ちゃんと似て気さくで、話してて楽しい人だった。

 

 

 

「そういえば、歩夢さんは侑さんと徹さんの幼馴染なんですよね?」

 

 

 全員が注文を終えた後、せつ菜が第一声を上げた。

 

 

「えっ? ……うん、そうだね!」

 

 

 歩夢ちゃんは急に質問されて驚きながらも、そう答える。

 

 

「幼馴染ってことは、お互い心が通じ合ってるんでしょ? そういうのって良いよね!」

 

 

「まあ、それはあるな。ただそれで弱点を知り尽くされるっていう問題はあるけど」

 

 

 そうそう、俺はよく歩夢ちゃんをいじることはあるが、俺が歩夢ちゃんにいじられることもよくある。まあ、お互い同士よく知っているからこそだ。

 

 

 ……ただ最近は歩夢ちゃんの方からいじってくることは減った気がする。いやむしろ、無くなったにも等しい。

 

 なんでだろうか……? ちょっと悲しいような、そうでもないような……

 

 

「そうなんですか!? ……歩夢さん! ここで徹さんの弱点を一つご教授いただけませんか!?」

 

「えぇ!?」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんがあの驚きの声をあげ、歩夢ちゃんにこんなことをお願いした。歩夢ちゃんは戸惑っている。弱点をご教授って一体どういうことだってばよ……

 

 

「ちょっ、俺の弱点なんか聞き出してどうするんだよ、せつ菜ちゃん。てか何で俺なんだ?」

 

「今後に役立てるんですよ! 愛さんも聞きたいですよね?」

 

「もちろん! あたしもてっつーの弱点聞きたいー!」

 

 

 えぇ……愛ちゃんまで……今後に役立てるって、一体何を企んでるんだ二人とも……

 

 

「ということで、歩夢さん! お願い出来ないでしょうか?」

 

 

 うーん……もういいや。ここで歩夢ちゃんに言わないように圧かけちゃうのは本人にとって良くないし、なるようになれ……! 

 

 

 

 すると、歩夢ちゃんが口を開いて

 

 

「えっとね……徹さんは、くすぐりに弱いの……」

 

 

 

 

 

 ……マジな弱点来ちまったか!? 

 

 

 俺は笑いのツボが浅いとかよく言われてるが……いや、俺自身はそうでもないんじゃないかって思ってるんだが。

 

 

 

 実はくすぐりにも弱い。相手がくすぐったつもりでもなく、少し脇腹とかに手が触れると『くすぐったい!?』と感じるほどの弱さだ。

 

 

 なんでだろうな。感覚が敏感なのか?  

 

 

「そうそう! お兄ちゃんの最大の弱点だね!」

 

 

 侑がうんうん頷いた。

 

 ……ここは否定したいところだが、そういっても過言じゃないかもな……

 

 

「なるほど……くすぐりに弱い……くすぐりに弱い……」

 

 

 いやせつ菜ちゃんはなにメモってるんだ……? 

 

 

「ほほう……今はマナー的に良くないから今度同好会の活動の時にでも仕掛けてみようかな〜……」

 

 

 いや愛ちゃん、悪だくみはおやめください。こちらが死にます。

 

 

 すると……

 

 

「あっ、来たんじゃない?」

 

 

 ちょうど注文したもんじゃがやってきて、侑がこう言ってくれたおかげで、なんとか話の流れは途切れた。

 

 ……侑に後で何かお礼をしなきゃ。

 

 

 こうして、全員の元にもんじゃの素セットが行き渡り、愛ちゃんの指導を受けながら、みんなでもんじゃを焼いた。

 

 

 俺のもんじゃが出来た時に、愛ちゃんが最後の仕上げをしてくれたのだが、それで食べようとしたら彼女が自分のヘラでもんじゃを食べさせようとする、いわゆる『あーん』ってやつをされた。

 

 

 

 いや、自分で食べれると言ったのだが、彼女が退かないので従うしかなかった。

 しかも、それを見ていた3人が何故かお怒りのようで、同じくように食べさせようとしてきた。一体何なんだ君たちは……全く意図が読めない。

 

 

 そんな感じでわちゃわちゃしながら食べて、お互い親睦を深めた。

 

 

 

 ……もちろん、会計は俺が奢った。まあ先輩として、そしてサポートしてる身として、これくらいしないとな。

 

 

 

 




今回はここまで!
アニガサキでは、同好会が出来る前の2年生4人の絡みがないような感じだったので、こんな感じの親睦会があったんじゃないか?と思って作ってみました!
2年生ハーレム…素晴らしいですね
ではまた次回!
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第30話 活動開始の一幕

どうも!
少し間が空いてしまいましたが、第30話です!
今回はアニメ第5話にほんの少し触れる程度になります
ではどうぞ!


 

 みなさんどうも、おはこんばんにちは。高咲徹だ。

 

 

 ……おはこんばんにちはって、動画の挨拶かよ……まあそんなことはどうでもいいか。

 

 

 今俺は部室棟の廊下を歩いており、同好会の部室に向かっているところだ。

 

 週末には同好会の二年生のみんなと親睦会を開いて、みんなで仲良く話しながら過ごした。ここだけの話だが、週末をあんなに大人数で楽しく過ごしたのは割と久しぶりだったりするんだよな。まあ俺が受験生な訳であって、ある程度勉強の方に注力をするのだからそれが普通なのかもしれないが……

 

 でもやはり、ストレス発散の意味でこういう楽しいことをするのは良いことなのかもしれない。勉強漬けのストレスはどこかで発散しないと長持ちしないからな。

 

 

 もちろん、去年までは比較的暇だったからよく侑と歩夢と一緒にお買い物とかしに行ったんだけども。最近はあまりなかった気がする。またああいう集まりが出来たらな……

 

 そんな感じで考えながら歩き続けていると、同好会の部室の目の前まで来た。

 

 

 ……こんな感じで部活に通い詰めるなんて、少し前の帰宅部ガチ勢の俺だったら考えられなかっただろうな。高3になったら受験生としてただただ勉強するだけの日々になるだろうとあの時は思っていたが……

 

 

 今はこの同好会の活動と勉強を両立する日々がとても楽しい。これも、同好会の見学を誘ってくれた菜々ちゃん、そしてそれを快く歓迎してくれたみんなのおかげだな。

 

 

 そう思いながら、俺は同好会の部室のドアをガチャっと開けた。すると……

 

 

「あっ、せんぱぁい! 遅かったですねぇ、遅刻ですよ!」

 

 

 入って早々、手前にいたかすみちゃんが俺に気づいて駆け寄ってきた。確かに、活動開始時間より少し遅れてしまったな……

 

 

「すまんすまん、少し用事があったんだ」

 

「お兄ちゃん、待ってたよ〜! 全員揃ったし、早く活動始めるよ!」

 

 

 侑は今日も元気満々のようだ。

 

 

「徹く〜ん、やっときた〜。なかなか来なかったから今日はエマちゃんに膝枕してもらっちゃったよ〜」

 

 

 彼方ちゃんはいつも通り眠そうな様子でエマちゃんの膝枕を堪能していた。

 

 

「そうだったか……すまんエマちゃん、わざわざ膝枕役受けてくれて」

 

「ううん、いいよ〜。私も久々に彼方ちゃんの膝枕したかったから〜。ほら、よしよし〜」

 

「ごろにゃ〜♪」

 

 

 エマちゃんになでなでされ、彼方ちゃんはご満悦のようだ。うむ……実に微笑ましいものだな。きっとエマちゃんの膝枕の方が寝心地が良いに違いない。

 

 そんな楽しげな様子を眺めることに夢中だった俺だが、そのせいで背後の近づく気配に気づくことが出来なかった。

 

 そして……

 

 

「隙あり! こちょこちょ〜!」

 

「ひぇぁ!?」

 

 

 後ろから誰かにくすぐられたのだ。鳥肌が立つ程のくすぐったさに堪えながら後ろの正体を見ると……

 

 

「えっ、かすみちゃん!? どうしたんだ急にくすぐってきて!?」

 

 

 かすみちゃんが俺の脇腹を捕らえていた。くすぐられることを想定していなかった人物だったのだ。一体何故急にこんなことを……?

 

       

「ふっふっふ、聞きましたよ……徹先輩、弱点がくすぐりなんですよね?」

 

「えっ!? ……な、なんでバレてるんだ!?」

 

 

 あり得ない。かすみちゃんがそれを知ってるはずがない……! 彼女にそのことを話したことは一度たりともないはずだ。それなのにその情報をどこから……

 

 いや待て、落ち着け。つい最近にその話題が上がったよな。そう考えると……

 

 そうか。あの親睦会の時に聞いたやつが漏らしたんだな。ここで考えられる情報を漏らした人物としては、侑、歩夢ちゃん、せつ菜ちゃん、愛ちゃんだ。

 

 当てずっぽうになってしまうが、この中で一番あり得るのは……

 

 

「愛ちゃん、君か? 教えたのは……」

 

「あはは、ごめん! かすかすがどうしても聞きたがるもんだから教えちゃった〜☆」

 

「かすかすじゃなくて、かすみんです!!」

 

 

 おいマジかよ。なにしてくれてるんだ……

 

 まあ、愛ちゃんの処遇については後で考えるとして……

 

 

「ちょっ待て! 落ち着け! なぜ俺がこんなことになるんだ!?」

 

「今日の部活に遅れてきた罰です!」

 

「いやいや!? 遅れたのは申し訳ないが、遅れたの5分くらいだぞ!? なぜここまでの仕打ちを!?」

 

「むむっ……まだ反省してないようですねぇ……ならば続けますよ〜! こちょこちょ〜!」

 

「くはっ!! ちょっ、そこは!! やめ、あははは!!」

 

 

 実に理不尽。

 

 それからこんな感じのが1分くらい続いた。

 

 ……この1分は俺にとって長く、地獄であった。

 

 

 

「……そういえば、かすみちゃんもせつ菜ちゃんと遅れて来てたよね?」

 

「確かに……ねぇしずくちゃん。なんでかすみちゃん、あんなにくすぐりたがってるんだろう」

 

「なんかね、愛さんがダジャレで徹先輩を爆笑させてたのを見てヤキモチ焼いたみたいで……自分の力で徹先輩を笑わせたかったみたい」

 

 

 こんな感じの会話をしていたらしいが、俺の耳には届かなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「はぁ……疲れたぜ……」

 

 

 かすみちゃんのくすぐりの刑から解放され、やっと活動に入ろうというところだ。ホント、死にそうになったわ……愛ちゃんの処遇を考える気力もねぇ……

 

 

「徹くん、お疲れ様だね〜」

 

 

 すると、俺が座ったお隣のエマちゃんが声をかけてくれた。

 

 

「あぁ、ありがとな。エマちゃん……それにしてもかすみちゃん、くすぐり過ぎなんだって……」

 

 

 思わず、少し愚痴を吐いてしまった。すると……

 

 

「あはは……だいぶ疲れてる顔してるよ〜? 少しここで休む?」

 

 

 彼女は苦笑いをして、座っている彼女の膝をトントンと叩いて、膝枕を勧めてきた。

 

 

「いや、そんな訳にはいかないよ。これから話し合いに入る訳だしな」

 

 

 エマちゃんはとても優しいな……前から思っていたが、エマちゃんと一緒にいると何だか癒されるんだよな。

 

 

「あぁ、そうだね。じゃあ、活動が終わってからでもいいよ〜?」

 

「あはは、まあ終わってからもし眠かったらお願いするかもな」

 

 

 ……こうは言ったが、部活終わって実際眠くても、膝枕をお願いすることはないだろうな。

 

 

 ……だって、恐れ多いじゃんか。男にとって女性の膝枕は夢ではあるが……気軽にしてもいいって言われたとしても、なんだか遠慮しちまうぞ。

 

 ホントこうも純粋だと、エマちゃんが変な野郎に絡まれないか心配だ。

 

 

「はーい! では、ミーティングを始めます! 皆さん、こちらに注目してください!」

 

 

 そして俺はそれを気にしたのだが、ミーティングに集中することにした。

 

 




今回はここまで!
エマちゃんの膝枕...受けてみたいですわ...
その欲が出たが故にこの話を書いたって感じはあります笑
さて、これを投稿した日の次の日からは虹ヶ咲3rdライブですね!
私がこれを書いた日時点では開催予定となっていますが、現地で参加される方は対策を徹底しながら楽しんでください!アニガサキの楽曲を堪能しましょう!
ではまた次回!
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第31話 新PVを撮ろう

どうも!
第31話です!
ではさっそくどうぞ!


 

「では、まずこれを見ていただけますかぁ〜?」

 

 

 ミーティングが始まった直後、かすみちゃんが俺らの方を見ながらマウスを操作し、パソコンの画面を見せた。みんなでその画面を見ると、ネットの動画サイトに投稿されたある映像が再生されていた。

 

 

「これは……あの時撮ったPVだね!」

 

 その映像を見てピンと来た侑が少し興奮気味にそう言う。

 

 

「その通り! あの時侑先輩が撮ってくれた歩夢先輩のPVです!」

 

 

「おー……あの時のやつか! どれどれ……お、再生回数結構伸びてるな!」

 

「「「お〜!!」」」

 

 俺が画面に近づいて覗くと、動画タイトルの下に載っている再生回数が数千回になっていることに気づいた。

 

 それに加えて、動画へのコメントも沢山届いていた。

 

 

「歩夢、凄いよ!」

 

 

「そうかな……えへへ、ありがとう」

 

 

「流石歩夢ちゃんだな! ……そういえば、かすみちゃんの方はどうなってるの?」

 

 

「むむっ! 徹先輩、よくぞ聞いてくれました……出でよかすみん!」

 

 

 俺の問いかけにかすみちゃんが嬉しそうにしながら、画面を切り替えた。

 

 

「おっ、これがかすかすのPVだね〜」

 

「かすみんです!! こちらの動画の再生回数も! 見てください〜!」

 

「えーっと……おっ、かすみちゃんのも伸びてるな!」

 

 かすみのPVも数千回の再生回数になっており、コメントも沢山来ていた。どっちも伸びてるようで何よりだ。

 

 

「やっぱりかすみちゃん、可愛いなぁ……!!」

 

「ふふっ、流石侑先輩! 分かってますね〜!」

 

 侑が素直な感想を述べると、かすみちゃんは満足そうな表情で胸を張った。

 

「それで私から提案がありまして……こんな感じで皆さんも、それぞれのPVを撮りませんか!?」

 

 すると、かすみちゃんの隣にいたせつ菜ちゃんがみんなに問いかけた。

 

 

 彼女の言う通り、実はかすみちゃんと歩夢ちゃん以外はまだPVを撮っていないのだ。

 

 あの時はその場にかすみちゃんが歩夢ちゃんしか居なかったもんな。同好会も復活した上に新たなメンバーも加わったし。この同好会のメンバー全員が世に知られるようになるためには不可欠だ。

 

 

「確かに、世間へのアピールにはPVは必須だな!」

 

「アピールか……ねぇ、私の良いところって何だと思う?」

 

 

 すると、俺の言葉を聞いた歩夢ちゃんが隣にいた侑にそう問いかけた。

 

 

「歩夢の良いところ? そうだね〜……ちょっと笑ったかと思ったら、泣いたり、頬膨らませて怒ったり……表情見てると楽しい感じ?」

 

「もう! それ全然良いところじゃないよ!」

 

 

 歩夢ちゃんは頬を大きく膨らませて抗議した。

 

 

「あっ! その顔だよその顔!」

 

「もう、侑ちゃんったら〜!」

 

 侑は完全に茶化してるなこりゃ……このままだと収拾つかなさそうだから止めるか。

 

「はいはい、歩夢ちゃんで遊ぶのもほどほどにな〜? ……そうだな、みんなの良いところとか、みんなで話し合う場を設けないか?」

 

「それは名案です! さっそくやってみようと思いますが、いかがでしょうか?」

 

 

 せつ菜ちゃんの問いに全員が首を縦に振った。

 

 

 ということで、どんなPVにするかの話し合いが始まったのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

「エマさんはどんなスクールアイドルになりたいですか? PVにしたいとかでも」

 

 せつ菜ちゃんがこの話し合いを仕切っている中、今度はエマちゃんに話を振る。

 

「あのね、私みんなをポカポカさせられるスクールアイドルになりたいって思うんだ〜」

 

 

 ほう……確かにエマちゃんらしい。普段からそんな感じだもんな。そしてそれがみんなを和やかにさせて、とても魅力的だ。

 

 

「ポカポカさせる、か……確かにエマさんらしいですね! でも実際どうすればできるんだろう……」

 

 

 確かに侑の言う通り、実際にどうしたら心がポカポカするってなかなか難しい問題だ。そもそも『ポカポカする』という言葉が非常に抽象的なのである。

 

 

 それから、みんなが思う心がポカポカすることを挙げていったのだが……

 

 枕、演劇、かわいいもの、アニメ、ゲームにぬか漬け……綺麗にバラバラであった。まあ予想はついてたけども、見て分かる通り誰がどれを言ったのかは一目瞭然。いい意味でこの同好会らしさが出たと思う。決まらないのは問題だが……

 

 そんな感じで頭を悩ませていると──

 

 

「演劇部だと、衣装を着たりするといいイメージが湧きやすいんですけどね……」

 

「衣装か……いいね!」

 

 

 しずくちゃんの呟きに、エマちゃんはピンと来た模様。一体何を思いついたのだろうか?

 

 

 ────────────────────

 

 

「ここが服飾同好会か……すげぇ服の種類だ」

 

 

 後日、俺たちは服飾同好会にお邪魔していた。

 

 

 エマちゃんは服飾同好会で色々な服や衣装を着ることで、何かインスピレーションが得られるかもしれないと閃いたようだった。その結果、服飾に通じている果林ちゃんに頼んで、果林ちゃんがこの服飾同好会に掛け合ってくれたようだ。

 

 

「許可してくださってありがとうございます!!」

 

「い、いえ……」

 

 

 部室の一角では、せつ菜ちゃんが興奮のあまりに服飾同好会の部長さんに迫っているのだが……顔を赤くして満更でもなさそうだ。もしかすると服飾同好会の部長さん、せつ菜ちゃんのファンだったりしてな。

 

 

 まあそんなことは置いといて……

 

 

「果林ちゃん、今日はありがとうな。助かったぜ」

 

「別に、お礼を言うならエマに言ったら?」

 

「そりゃもちろん。……もしかして、俺がお礼を言うべき人にお礼を言えない失礼な人だと思った?」

 

「えっ!? ……そ、そんなことはないわよ!?」

 

「ハハッ、冗談だって。果林は相変わらず面白いな〜」

 

「ちょっ、あんたね……!」

 

 

 ははっ、思わず果林ちゃんをいじってしまったぜ。ホント、彼女はとてもいじりがいが……んん、あまり巫山戯すぎるのもよくないな。

 

 同好会に入ってないにも関わらずこんなにも同好会に手を貸してくれる果林ちゃんにはとても感謝している。これが正直なところだ。

 

 

 ただ、少しだけ気になってることもある。

 

 

 彼女が同好会の活動に力を貸してくれるのはエマちゃんのためだと本人は言っていたのだが、俺にはそれだけが理由だとは思えないのだ。単刀直入に言えば、彼女はスクールアイドル自体に興味を持ち始めているからという理由もあるのではないか、ということだ。

 

 彼女は、同好会が再開してからストレッチなどの身体のトレーニングに関わってくれているが、最近になってから彼女の視線がスクールアイドル全体の活動に向いてきていると思っている。この同好会に入りたがっていると言う線も否めない。

 

 正直彼女がこの同好会に入ってきてくれたらとても嬉しいし、彼女みたいなクールで大人びたタイプの子はうちにはいないからな。

 

 

 まあこんなにペラペラと推論を述べたところで、所詮俺の勘でしかないし、実際彼女がどう思ってるかは分からないから下手に働きかけは出来ないけども。

 

 

 そう考えながら、エマちゃんは色々な衣装を試着しているのを眺めていた。

 

 メイド服とか、チアガールとか、クマの服とか……すごい似合うな。こりゃもしその場に男が100人いるとしたら、全員落ちるんじゃないかってくらいだ。まあ言ってしまえば、眼福って感じだな。これは目に入れても痛くないやつだ。

 

 

 まあそれで、侑がクマの服を着たクマ・ヴェルデちゃんをとても気に入ったようで、その衣装のままみんなで写真を撮ることになった。

 

 ……あっ、クマ・ヴェルデっていうのは本人が付けたものだ。エマちゃん、なかなかネーミングセンスがあるし、お笑いの素質もあるかもな。

 

 

「ねぇ! 果林ちゃんも一緒に撮ろうよ!」

 

「えっ……わ、私はいいわよ!」

 

 みんながクマ・ヴェルデちゃんの周りに集まる中、果林ちゃんは未だに撮影するカメラの隣にいたので、こっちに来るように声をかけると、彼女はそれを拒絶した。

 

 

「……?」

 

 

 すると、果林ちゃんは携帯を見たあとこちらに向き直りこう言った。

 

 

「先行ってるわね」

 

 

 そして、彼女はその場を去った。

 

 

「……」

 

 

 果林ちゃんの行動に困惑の顔を浮かべるエマちゃん。

 

 

 なんだろう。今日もさっきから感じていたが、果林ちゃんの態度が素っ気ない気がする。

 

 

 ……少し気になるな。エマちゃんの表情を見る限り何か知ってそうだし、ちょっと後で聞いてみるか。

 

 

 この後みんなと解散してエマちゃんと会おうと思って探したが、彼女はすぐに帰ってしまったようで、見つけられなかった。

 

 

 




今回はここまで!
この回でついに原作第5話の本題に触れてきました!
エマちゃんと果林ちゃんの間には何が……?
そういえば、虹ヶ咲3rdライブが無事に終わりましたね!
そしてアニガサキ2期も制作発表!!!
2022年に放送ということで、割と先ですね。
内容がとても気になる…!
ではまた次回!
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第32話 親愛なる友の後押し

どうも!
第32話です!
ではどうぞ!


 

 

「さて! 撮るよー! エマさーん! こっち向いてー!」

 

 

 日を改めて、今日はPVの撮影日のため、俺たちは学校の中庭に来ている。

 

 

 昨日服飾同好会にお邪魔させてもらってから、PVの方向性が定まったので、早速今日撮影といった感じである。

 

 

 

 ただ、俺はそれ以上に果林ちゃんとエマちゃんのことが気になって仕方がない。

 

 

 今日のお昼休みにエマちゃんの元へ行こうかと思ったのだが、彼女が所属している国際交流学科の棟には行ったことがない。その上、その他の学科に比べてかなり雰囲気が違うためなかなか行きづらいのだ。

 

 結局今日の同好会の活動で会うのだから、その時に聞くことにした。

 

 

 ……のだが……

 

 

「……」

 

 

 何だかエマちゃんの様子が変なのである。ちゃんとPVの撮影を見守っていて、みんなからの声掛けには笑顔で応えているのだが、ふとした時に神妙な面持ちをしているのだ。出来るだけ悟られないように笑顔を取り繕っているのだろうか。

 

 

 それに俺は心の中で動揺してしまい、撮影が始まる前に訊くことが出来なかった。

 

 

 ……服飾同好会にいた時は、果林ちゃんを誘った時に見せた表情を除いて、非常に楽しそうな、いつもの穏やかなエマちゃんだったのだが……

 

 

 となると、俺たちが解散した後に何かあったのだろうか。

 

 

 

 ……それに、もう一つ不自然なことがある。

 

 

 それは、果林ちゃんがこの場にいないことだ。

 

 

 いつもの果林ちゃんならエマちゃんのために見に来てくれるはずなのだが……

 

 

 まあ、用事があるから来れなかったのかもしれないという可能性も否めない。

 

 

 だが、今まで俺が気になってきたこととこの出来事は何か関係があるのではないかと思える。

 

 

 

 ……まあ、今は撮影に集中しなきゃな。考え始めたら切りがない。俺は撮る側じゃないけど、しっかり見守らなきゃ。

 

 

 ────────────────────

 

 

「はぁ……」

 

 エマのPV撮影が終了し、彼女は同好会の部室で衣装から制服への着替えを済ませていた。

 

 

 彼女は深い溜息を吐いた。

 

 

 エマは、なぜ果林が同好会に入ること、スクールアイドルになることを頑なに拒むのかを考えていた。

 

 

(果林ちゃんにとって、私が同好会に誘ったことは迷惑だったのかな……)

 

 

 コンコン

 

 

「エマちゃーん、徹だけど、少し入っていいかな? もしかしてまだ着替え途中?」

 

「えっ? あ、うん! もう着替え終わったから、入っていいよー」

 

 

 そうすると、部室のドアが開き、徹が入ってきた。

 

 

「おっす、今日はお疲れ様。はいこれ、しっかり水分補給しといてな」

 

 

 徹は、差し入れにペットボトルのスポーツドリンクを買ってきた。

 

 

「お疲れ様〜。これいいの? でも何だか申し訳ないよ〜……」

 

「いいっていいって。それに今エマちゃんがこれ貰ってくれないと俺ペットボトル500ml2本分飲んで水分取り過ぎになっちゃうからさ〜。ここは貰ってくれ」

 

「……ふふっ、じゃあありがたく受け取るね」

 

 

 エマちゃんは、少し微笑みながら徹の差し入れを受け取った。

 

 

 

「それで徹くん、ここに来たってことは何か用事?」

 

「うん、ちょっとエマちゃんのことで気になったことがあってね」

 

「私……? 何か変なことがあった……?」

 

「んー……ここは単刀直入に言おうか。……果林ちゃんと何かあったか?」

 

 

「……!? ……ど、どうして……?」

 

「昨日から気になってたんだ。果林ちゃんがなんかそっけないし、なんかみんなで写真撮る時も、エマちゃんが果林ちゃんに誘いを断られた時の表情とか、気になってたんだ。それで今日、現にエマちゃん元気ないなーって思ったから」

 

 

「そ、そうなんだ……」

 

「うん。……それでさ、出来ればで良いんだけど……何で悩んでいるか教えてほしいんだ。俺も何か力になれるかもしれないし、俺が悩んでる時に支えてくれたエマちゃんみたいに、今度は俺がエマちゃんの力になりたいんだ」

 

「……! ……ホントに徹くんは優しすぎるよ……

 

 ……あのね……」

 

 

 それからエマは、悩みを話し始めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……なるほどな。うーむ、果林ちゃんがそこまで頑なに断る理由ね……」

 

「うん……それに果林ちゃん、本当はスクールアイドルが嫌いなんじゃないかって思っちゃって……」

 

 

「……いや、それはほぼないと思う。練習中とかミーティングの時に果林ちゃんを見てみたらさ、興味津々に活動を見てたから」

 

「そうだよね……果林ちゃんこれを持ってたから……」

 

 そう言って彼女が取り出したのは、スクールアイドル専門雑誌だ。

 

「ほう、果林ちゃんがそれを……なら、その線は完全に消えるな」

 

 

「うん……でも、それだともっと分からないんだよ〜……」

 

「頑なに断るんだもんな……うーむ、まあ新しいこと始めるは、誰だって悩むだろうし、色々渋ったりするからね……ただちゃんと知りたいなら、やっぱり直接本人に訊くのが良いだろうな」

 

「なるほどね〜……でも私、果林ちゃんにどうしたら……」

 

 

 

「あっ、エマさん! もう着替え終わってたんだね!」

 

 

 すると、誰かがやってきた。

 

 

「お、侑と歩夢か」

 

「あれ? 何で徹さんがここに……?」

 

 歩夢が疑問を浮かべた。

 

「あぁ、少しここに用があってさ。そしたらエマちゃんと話し込んじゃったのさ。な? エマちゃん」

 

「あはは、そうなんだよね〜……」

 

「なるほどね〜……それで、エマさん大丈夫ですか?」

 

「えっ? 大丈夫って何が?」

 

「何かエマさん、あまり元気なさそうなので、心配してたんです……」

 

 侑と歩夢もエマの様子を心配していたようだ。

 

「……うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとね〜」

 

「そうですか……

 

 ……あっ! それスクールアイドル雑誌の最新ナンバー! 読んでもいいですか?」

 

 侑の視線が先程エマが徹に見せたスクールアイドル雑誌に行った。

 

 

「いいよ〜」

 

 そうエマが言うと、侑は雑誌を取り出して、開いて読み始めた。

 

 

 すると、ヒラッと一枚の紙が落ちた。どうやら雑誌に挟んであったようだ。

 

 

 それに気づいたエマは、紙を拾い、中身を見る。

 

 

「……! ……これは……!!」

 

「ん? どうした……

 

 ……お……!」

 

 エマは何かを見つけ、思わず声を上げた。そばにいた徹もそれを覗き込み、興味深いものを見たような反応をした。

 

 

「……ちょっと3人とも、行ってくる!!」

 

「えっ!? ちょっと、エマさん!?」

 

 すると、エマが急に走り出し、部室の外へ出て行った。

 

 

「徹さん! エマさんを追いかけなきゃ!」

 

 

 歩夢が焦った顔でそう言うが……

 

 

「……いや、追いかけなくて大丈夫だ」

 

「「えっ!?」」

 

「あのエマちゃんの逞しい顔見ただろ? なら大丈夫だって」

 

 徹はそう言って、侑と歩夢を安心させる。

 

 

(エマちゃん……果林ちゃんの本当の気持ち、聞いて来いよ……)

 

 

 ……そう、あの紙は果林が書いたアンケート用紙で、『興味があるものは?』という欄には、『スクールアイドル』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 この後、果林はエマの励ましにより、同好会に入部することになった。

 

 その時、果林がエマのパフォーマンスを撮っていたので、それをPVに入れることにした。

 

 それは、優しさ、大らかさが感じられる、とてもエマらしさが溢れるパフォーマンスであった……

 

 

 

 




今回はここまで!
エマちゃんに癒されるのも良いですが、たまには自分からエマちゃんに力になりたいなって思うんですよね…
そんな私こと主の欲望が体現された話かなと思います!
さて、アニガサキ第5話の内容が終わったということで、またオリジナル回を挟むかもしれませんのでよろしくお願いします!
ではまた次回!
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第33話 迫る○○○

どうも!少し投稿が空いてしまいすみません!
第32話です!
ではどうぞ!


 

 

 

「ワン! ツー! スリー! フォー! ……よし、一旦休憩挟むか!」

 

 

 ある日の部室にて、スクールアイドル同好会はいつも通り練習に励んでいた。……いや、『いつも通り』ではないかもしれない。

 

 

「はぁー……かすみんもう疲れました……」

 

「何もうへばってるのよ? ほら、起き上がって」

 

「えっ、果林先輩まだ息切れてない!? ぐぬぬ……かすみんだってまだまだ……」

 

「果林さんすごい……」

 

「なかなかやりますね……これは負けてられません!!」

 

 

 そう、新たな部員の果林ちゃんを迎えたのだ。

 

 まだ入部をしてから数日くらいしか経っていないが、彼女の身体的なポテンシャルは他の部員達にも負けないものだった。

 

 

「果林ちゃん、その感じだとまだ余力がありそうだな」

 

 

「あら、徹。そうね、まだまだ行けるわよ」

 

「そうか……凄いな、果林ちゃんは」

 

 

「えっ? そうかしら……私はみんなに比べたらまだまだよ?」

 

「まあ、まだ入ったばかりだからそれは仕方ないにしても……それでもこんな短期間で慣れちゃってるんだから。そりゃ凄いことだと思うけどな。この凄さは読者モデルをやってるとこから来てるのか……」

 

 

「読モは……まあ、関係なくはないわね」

 

「だよな」

 

 そもそも、モデルさんってどんなトレーニングとかしてるか知らないからな……特殊なものなのだろうか? 

 

 

「もしかして、気になる?」

 

「えっ? あ、あぁまあ……そうだな、気になる」

 

 

「そうなのね。ふふっ……ねぇ、今度私の撮影、見学しにきても良いわよ?」

 

 

「えっ、マジで!?」

 

 

 撮影を見学することが出来るのか……俺ファッション系とかそこら辺全くもって疎いからな〜……

 

 

「ええ、普通に許可を取れば可能よ。どう? 来るかしら?」

 

「んー……分かった、行くよ」

 

「決まりね。じゃあ日にちは今度伝えるから、楽しみにしてるわ」

 

「おう、分かった」

 

 

 こんな感じで、俺は果林ちゃんの読モの撮影を見学することになった。

 

 読者モデルやってるって話だけしか聞いてなかったから、実際どんな感じでやってるのかは凄く気になる。

 

 

 

 それで果林ちゃんと話を終えたのだが……

 

 

 

 

 

「ねぇせつ菜ちゃん、今度の中間テストのことなんだけど、私分からないことがあって……」

 

「あぁ、どれですか? 見せてください」

 

「うん。あの、これなんだけど……」

 

 歩夢ちゃんが参考書を片手にせつ菜ちゃんに話しかけていた。

 

 

 そうか、そろそろ中間試験が迫ってるのか。

 

 といってもまだ2週間前なんだけど、歩夢ちゃんはやっぱり真面目だな……

 

「……なあ侑、お前は今度の中間試験、勉強始めてるか?」

 

「えっ? ……流石にまだだよ〜、数日前にやっておけば大丈夫だし」

 

 

 まあ、数日前だったらまだマシな方だと思う。俺も勉強始めるのは早くて1週間前だし。前日の夜からやり始めて徹夜になって、結局頭に入ってないってなるのが一番マズい。

 

 

 

「そうか〜、もう中間試験が迫ってるのか〜……彼方ちゃん、数学がんばらなくちゃ〜……」

 

「そうだね〜。果林ちゃんは今回のテストどう?」

 

「うぇ!? ……ら、楽勝よ……!」

 

 

 ん? ……今果林ちゃんの反応がおかしかったぞ? ……もしかして……

 

 あ、そうだ。あと彼方ちゃんにはまた数学を教えようかな。スクールアイドル始めてからより勉強大変そうだから、手助けしなきゃ。

 

 

「あれれぇ〜? 果林先輩、もしかして今回の中間テスト自信ないんですか〜?」

 

「そ、そんなことないわよ……?」

 

 かすみちゃんに指摘された果林ちゃんは、少しだけ焦りを見せた。

 

 

「かすみさん、人のこと言えないですよね? 昨日も例の授業で『先生の言ってること分からない〜!!』って嘆いてたじゃないですか」

 

「ぎゃー!? しず子それ言っちゃダメだってば〜!?」

 

 

 しずくちゃんが暴露したことによってかすみちゃんの勉強の出来なさも丸裸になった。

 

 

「かすみちゃん、勉強苦手なのかな……」

 

 

 璃奈ちゃんがそう呟いた。

 

 ……どうやら果林ちゃんについてはみんな気づかれずに済んだようだ。まあ、気づかれるのも時間の問題な気はするが。

 

 

「そうみたいだね〜……ねぇみんな! 今度同好会のメンバーで勉強会するっていうのはどう!?」

 

「おぉ、良いな。みんな多分それぞれ得手不得手あるだろうから、そこを補い合うとても有意義な勉強会になりそうだ」

 

「いいですね! スクールアイドルは文武両道であるべきですから、勉強会もスクールアイドルの活動のうちですね!」

 

 愛ちゃんが提案してくれた勉強会に、俺とせつ菜は同意した。

 

 その一方……

 

 

「えぇ〜!? 勉強会なんて面倒くさいですよぉ〜!」

 

 

 これにかすみちゃんが反発する。

 

 

 

 ……彼女には申し訳ないが、今の発言で勉強の出来不出来が分かってしまった。

 

 

「……!」

 

 

 ……見た感じ果林ちゃんも嫌そうだ。

 

 

 でも勉強が面倒くさいというのはまあ分かる。学校の勉強は大抵の人が好き好んでやるものではない。ただ、やらないと後々将来出来ることが狭まっていく。

 

 

「まあまあ、ちゃんと勉強しないとスクールアイドルとしても活動出来なくなるかもしれないぞ? ほら、補習とか」

 

「ギクッ……!」

 

 

 ……それについては自覚があるようだ。

 

 

「だからさ、俺が教えてあげるから参加しようよ。な?」

 

「えっ、徹先輩が教えてくれるですか!?」

 

 

 すると、かすみちゃんは驚きながら俺の肩を掴んだ。

 

 いや、そこ食いつくのか……? 

 

 

「あ、あぁ……出来る範囲だけどな」

 

「……じゃ、じゃあ……参加してあげなくもないですけど〜……」

 

 

 え……あんなに反発してたのに、急に行くって言うようになった……

 

 それに加えて果林ちゃんも満更ではない表情になってるし……

 

 

 なんかよくわからないが、みんな行く気があるようだ。

 

 

「かすみさんも行くんですね! なら、全員で勉強会しましょう!」

 

 

 ということで、後にみんなの都合を合わせた結果、勉強会を今週末に行うことになったのであった。

 

 

 

「そういえば徹先輩、教えるって言ってましたけど先輩はどれくらい頭が良いんですか?」

 

「んー……まあ、どちらかと言えば頭の良い部類には入るくらいかな思う」

 

 

「いやいや、お兄ちゃん情報処理学科3年の成績上位3人の常連でしょ……」

 

 

「えっ!? そんなに頭良いんですか!?」

 

「徹さんが100点連発してるって、私噂で聞いたことある……」

 

「確かてっつー、前学年トップだったのを愛さん見たことあるよ〜?」

 

「えぇ……」

 

 

 ……まあ、生徒会長やってたんだからこれくらい取らないとね。生徒の模範になるんだし。

 

 

 このことで、同好会メンバーはとても驚いていた。

 

 




今回はここまで!
今回はオリジナル回!夏休みの回まで半分なので、こんな話を作ってみました!この二人はまあ…皆さんお分かりの通り勉強できないんですよね〜
今回は果林についてはバレなかったようです。まあ、今バレちゃうとアニメ9話と都合が悪くなるから…
次回は何を書くかは未定です!
ではまた次回!
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第34話 ある昼の時のこと

どうも!
本編第34話です!
今回もオリジナル回でございます!
ではどうぞ!


 

 

 

 

「よっす〜、みんなもう集まってるな」

 

 

「あっ! せんぱーい、待ってましたよぉ〜」

 

 

「お兄ちゃん! お疲れ〜!」

 

 

 どうも、いつも通り昼休みに同好会の部室にやってきた高咲徹だ。

 

 

 

 

 

 ……あぁ、そうか。昼休みにここに来てることは、今初めて言ったか。

 

 

 最近になってから、同好会のみんなとはよくここで集まって昼飯を食べる。

 

 色々やることが増えたからな。練習についての話し合いとか、これからどうするかとか……

 

 

 放課後の活動時間だけじゃちょっと足りなくなってきたから、こんな感じでそれぞれ弁当を持参して集まることが多くなった。

 

 まあ、うちには学食もあるからそこで食べる方が用意が省けるからそっちの方が良いじゃないかって感じることもあるが、あそこはちょっと騒がしいからな。あまり真面目な話し合いにはならなくなっちまう。

 

 

 ……こうは言ったものの、真面目に話し合ってるのはほんの少しだけだけどな。基本はみんなで仲良くワイワイ楽しんでる感じだ。

 

 

 よし、あそこの空いてる席に座って……弁当はっと……

 

 すると、

 

 

 

「さてさて……徹先輩、今日も例のブツを……!」

 

 

「ちょいちょい、怪しいものみたいに言うなって……

 

 

 

 ……まあ、ほら、これあげるわ」

 

 

「ありがとうございます〜! じゃあかすみんからはぁ……これをあげますねっ!」

 

 

 かすみちゃんとこんな感じの会話を交わした。

 

 文字面だけじゃなんだか変な取引のように見えてしまうかもしれないが、これはいわゆるお弁当の具の交換っこだ。

 

 

 数日前からかすみちゃんとお弁当の具の交換っこは始まった。いつも彼女は俺の作った卵焼きを欲しがるもんだから、今日から卵焼きの個数を増やした。

 

 まあ、俺としては卵焼きは割とこだわって作ってるもんだから、こんなに欲しがってくれるのは正直嬉しい。

 

 

「さて、食べるとするk……」

 

 

 

 

「お兄ちゃん! なんかしずくちゃんがお兄ちゃんの弁当食べたいって言ってるよ」

 

 

 俺が弁当を食べようとすると、今度は侑が俺に声かけてきた。

 

 

 しずくがか……珍しいな。

 

 

 

「ちょっと、侑先輩!?」

 

 

 

 

「なんだ、しずくも食べたいのか?」

 

 

 

「えっ!? えっと……はい」

 

 

 

「そうか……いいぞ。なら交換っこだ。ほら、弁当持ってきて」

 

 

「あっ……はい!」

 

 

 

 すると、お弁当取って、俺の目の前までやってきた。

 

 

「じゃあ……どれがいい?」

 

「あっど、どれでもいいです!」

 

「んー……じゃあこれにしよう。俺も何でもいいぞ」

 

「えっと……じゃあ私からはこれで」

 

「おぉ、美味そう。ありがとな」

 

「い、いえ! こちらこそ!」

 

 

 こんな感じで、何と初のしずくちゃんの弁当の具をいただくことが出来た。

 

 

 

 いや、少しびっくりしたけど、嬉しいね。

 

 

 よし、今度こそ……

 

 

 

「あっ! みんなてっつーと弁当交換っこしてるの? ずーるーい! あたしもしたい!」

 

 

 今度は愛ちゃんが交換っこの要望だ。

 

 

「……はっ! 徹くんの弁当を交換っこだと〜!? 徹くん、彼方ちゃんとも一緒にしよ〜」

 

 

 さらに、部室のソファーで寝ていた彼方ちゃんが目を覚まして、俺の弁当の具を所望のようだ。

 

 

 しかし、こうなるとな……

 

 

「えっとな……俺から分けられるものはあと一つしかないんだが……」

 

 

 そう、俺が用意した卵焼きは3つ。それ以外はあまり分けるには適さないものなので、かすみちゃんとしずくちゃんと交換っこした今、残り交換出来るのは一個の卵焼きしかないのだ。

 

 

 

「「えぇ〜!?」」

 

 

 まあ、こんな反応になるよな〜……

 

 うーん、半分にするのが平和的な解決なんだけど、それは難しいからなぁ……

 

 

 

「うーん、残念だけど仕方ないね〜……じゃあ、てっつーからのお返しは良いから、私の食べてよ!」

 

 

 

「What!?」

 

 

 

 ……あっ、ヤバイ。驚きのあまり英語が出てしまった。な、何故そうなった……?

 

 

 

「えっ、いやそれは申し訳ないって」

 

 

「いやいや! なんか二人と交換した後に言い出したあたしも配慮が足りなかったし、これはお詫び!」

 

 

「よ〜し、彼方ちゃんも徹くんに今日の自信作をあげるよ〜」

 

 

 マジか……ありがたい……

 

 

 愛ちゃんと彼方ちゃんの弁当も気になってたしな。食べる量が増えるが、これぐらいじゃ全然問題ない。

 

 

「……じゃあ、ありがたくいただk……」

 

 

 

 こう言いかけたその時……

 

 

 

「徹さん! あの、私の弁当も食べてくれませんか!?」

 

 

 

 えっ!? 菜々ちゃん!?

 

 

 んー……菜々ちゃんの弁当も美味しそうだ。食べてみたいが……

 

 

 ……いや、大丈夫だ。一つ増えたくらい俺は大丈夫……

 

 

 

 

 

「あ、あの! 徹さん! 今日私が作ったこれ、自信作なんです! 食べてくれませんか?」

 

 

 

 

 あ、歩夢ちゃん!? 

 

 

 

 ま、マジか……

 

 

 

 流石にこれは食い切れるかどうか……

 

 

 

 男として情けないが、チラッと侑の方に助けを求めると……『お兄ちゃん、ファイトだよ』と言わんばかりのグッドのサインを送られた。

 

 

 これで俺の逃げ道は絶たれた。

 

 

 

「「「「徹くん! (さん)(てっつー)、食べて(ください)!」」」」

 

 

 

 

 

 

 ……どうなるか分からないが、やってやる!

 

 

 

 

 

「……今日は一段と賑やかね」

 

 

「そうだね〜、私も今度徹くんに弁当あげようかな……」

 

 

「忙しそう……」

 

 

 

 

 穏やかな人たちはこんな感じで傍観してたそうな。

 

 この後俺は無茶苦茶食わされる羽目になったのであった。

 

 

 

 

 




今回はここまで!
お弁当の交換っこっていいですよね
こんな感じでみんなに食べさせられるなら喜んで腹はち切れるくらい食べますわ←
次回から原作基準のストーリーに戻ろうかと思います!
ではまた次回!
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原作1期編 〜虹を広める〜
第35話 ファンの期待


どうも!
第35話です!
今回からアニメ第6話の内容に入ります!
ではどうぞ!


 

「うわぁぁぁぁ!? 誰か助けて〜!!」

 

 

「侑ちゃん! すぐ行くよ!」

 

 

 

 

 銃弾が間髪なしに高速で放たれ、空気中を鋭く突き進んでいく。

 

 そして、周りの至る所に人らしからぬ敵が……ここは、まさに世紀末という言葉が似合う場所だ。

 

 

 

 

 ……しかし、それは俺らだけが見えている空間の話である。

 

 

 

 ……一体どういうことかって? 

 

 

 

 

 

 今俺たちはジョイ◯リスでVRゲームをしているところだ。

 

 以前愛ちゃんと璃奈ちゃんで来てから、ハマって度々3人でここに訪れてプレイしたのだが、今回は侑と歩夢ちゃん、せつ菜ちゃんも一緒に来ている。

 

 ちなみに、侑はゲームをあまりしない子だから、このVRってなると尚更難しいみたいだ。

 

 

 歩夢ちゃんとせつ菜ちゃんはなんとか適応して、勇敢に戦っている。

 

 

 

 ……そういえば、俺がここに初めてきたのも、璃奈ちゃんと初めて知り合った直後だったよな。

 

 

 あの時は彼女とここまで頻繁に通うとは思ってもなかった。

 最初は彼女も緊張してたみたいだし……

 

 でも、同じ学科っていうのもあるのか、割と趣味が合ってね。

 それ以降よく話すようになった。

 

 

 ……あっ、もう中間テストも終わったし、そろそろせつ菜ちゃんと璃奈ちゃんでアニメ鑑賞会することについても色々具体的に決めなきゃ。

 

 

 ……さて、十分思い出話やらしている間に俺も回復したし、動き出すとするか。

 

 

「りなりー! ここはあの作戦だよね!」

 

 

「そう。でも2人だとちょっと心許ない……」

 

 

「すまん。遅くなった」

 

 

「「てっつー! (徹さん)」」

 

 

「例の作戦の話だろ? ……今回は俺が囮役をやる。HPに余裕あるしな」

 

 

「……そうだね。じゃあ徹さん、お願い」

 

 

「おう。任せとけ!」

 

「てっつー! 頼むよ! ……よし……二人とも! 今日こそ倒すよ!」

 

 

「「おー!」」

 

 

 

 愛ちゃんと璃奈ちゃんとの作戦会議だ。これから少し厄介な敵と戦う。

 

 この敵とは前戦ったことがあり、かなり広範囲に攻撃を仕掛けてくるので、なかなか倒せない。

 

 しかし、広範囲とは言ってもその範囲は明確に決まっている。つまり、攻撃できない範囲も存在する。さらに、遠距離攻撃なので、そいつ自身が動き回ることはほぼない。

 

 

 なので、俺たちが取る作戦は、1人が囮になって敵の攻撃の向きを寄せ、その間に攻撃の範囲ではない背後から2人が攻撃を仕掛けるというものだ。

 

 

 

 

 さて……実行しよう。

 

 

 ────────────────────

 

 

「う〜ん! 楽しかった〜!」

 

 

 時が経つのはあっという間で、もう帰りの時間だ。

 

 

 結局あの作戦は、あと一歩のところで倒せなかった。

 

 HPゲージが赤までいったんだけどな〜……非常に悔しい。

 

「侑ちゃん、最初はやられっぱなしだったけど、最後ら辺は上手くなってたね!」

 

「確かに! 愛さんもその成長っぷりは見てたぞ〜!」

 

「えへへ、でもまだまだだね〜。また来たい!」

 

「ハハッ、俺ももっと腕を磨かなきゃだから、また一緒に行こう」

 

「そうですね!」

 

 

 確かに、ゲームと無縁だった侑があそこまで腕を上げるとは思わなかった。

 

 さすが、俺の妹だ。

 

 

 

 

 

 

「あれ!? ……あの、もしかして、スクールアイドル同好会の皆さんですよね!?」

 

 

 ……ん? 

 

 楽しく喋り合っていて、出口を抜けたところで、後ろから俺らに声をかけられた。

 

 

 振り向いて確認すると、3人の女の子がいた。同じ虹ヶ咲学園の制服を着ており、リボンの色的に……一年生か。

 

「あっ、はい。そうですが……」

 

「わぁ……! ほ、ホンモノだ……!!」

 

 

 ……なるほど、この子たちはスクールアイドル同好会を知ってて、ファンなんだな。

 

 

 うちの同好会も学内で認知されてきたってことか……何だか感慨深い。

 

 

「っ……!」

 

 

「りなりー? ……もしかして、あの子達りなりーの友達?」

 

 

「……うん、クラスメイト」

 

「あっ! 天王寺さん! 天王寺さんのPVも見たよ! とっても可愛かった!」

 

 

 

「あっ……」

 

 

 なるほどね。

 

 あと見た感じ、璃奈ちゃんに仲良くしようとしてくれてる子達なのかな。

 

 

 ちなみに、璃奈ちゃんのPVは本人が出ずに、アニメーションの猫をモチーフにしたキャラで自己PRをしていた。

 

 

 とても独創的で、インパクトがあるからとても良いなと思ったが、この子達にもそれを感じてもらえたようで、よかったよかった。

 

 

「あの、もしかして今日はステージの視察ですか?」

 

 

「ん? ステージって何のことだ?」

 

 

「ここでライブを開くスクールアイドルが多いんですよ!」

 

 

「へぇ〜、知らなかった……」

 

 

 ほぉ……ここでか。それは知らなかった。

 

 そろそろうちの同好会も少しずつライブをしていかないとって思ってたところだから、ここをライブの候補に入れておくのもいいかもしれない。

 

 

 

 すると……

 

 

 

「……やる」

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

「……ここでライブやるから、楽しみにしてて……!」

 

 

 璃奈ちゃんがこう切り出した。

 

 

 

 

 

 唐突だったから俺も少し困惑してしまったが……

 

 璃奈ちゃんの眼差しからは、何かの決意というものが感じ取れた。

 

 

 ……俺としては彼女のライブをいち早く見たいから大歓迎だが、これは後日の活動でみんなに相談しないとな。

 

 

 




今回はここまで!
少し短めだったかもしれませんが、例のお台場で有名なアミューズメントパークでの話です!
情報処理学科の2人でゲームの協力プレイをしたいですね…絶対楽しい。
では、また次回!
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第36話 自力で

どうも!
本編第36話です!
ではさっそくどうぞ!


「えぇ〜!? ライブ〜!?」

 

 

 

 かすみちゃんが驚きの声を上げた。

 

 

 

 先日、俺はとあるアミューズメント施設に行ったのだが, その帰りに、璃奈ちゃんがそこでライブを行うと宣言した。

 

 

 

 

「それは結構急な話ですね」

 

 

 

 しずくちゃんがそう呟いた。

 

 

 

 まあ、そうなるよね〜……

 

 

「うん……色々足りないのは分かってる。でも、みんなに見てもらいたくて……」

 

 

 すると、璃奈ちゃんが少しずつ話し始めた。

 

 

 

 

「それに、PVの時はキャラクターに頼っちゃったし……

 

 

 徹さんとかクラスの子達は良いって言ってくれたけど、あれは本当の私じゃないし.」

 

 

 

 ……そうか、まあ確かに実際ライブやるときはあのキャラに頼るわけにはいかないしな。

 

 

 

「ダメ、かな……?」

 

 

 

 璃奈ちゃんの問いかけに対し、暫く沈黙が続いた。

 

 

 

「……良いんじゃない?」

 

 

 

 

 璃奈ちゃんの問いかけに一番最初に返したのは愛ちゃんだった。

 

 

 

「決めるのは璃奈ちゃんだよ?」

 

 

 

「私、璃奈さんの決めたことを応援します!」

 

 

「そうです! チャレンジしたいと思う気持ちは大事です!」

 

 

 

「……! ……うん」

 

 

 

 彼女に続いてエマちゃん、しずくちゃん、せつ菜ちゃんの順でそう答えた。

 

 

 

「……それで、いつやる予定なの?」

 

 

 果林ちゃんがそう聞くと……

 

 

「たまたま空きが出たから……来週の土曜」

 

 

 

「ホントに急じゃん!?」

 

 

 うーん、まさかこんなに短期間になるとはな。俺も聞いたときは驚いた。

 

 

 

「まあまあ……私も手伝うよ!」

 

 

「……良いの?」

 

 

「愛さんも!」

 

 

「わ、私も!」

 

 

「もちろん、私も手伝いますよ!」

 

 

「俺も手伝うぞ! いつでも頼ってくれ」

 

 

「……結局みんな応援するんじゃ〜ん」

 

 

「……ありがとう……」

 

 

 みんな協力的で良かった。まあ、みんなのことだから反対することはないとは思ってたけど。

 

 

 

 ……さて、璃奈ちゃんの初舞台を最高なものにするために何すべきか考えなければな.

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 あれから、璃奈の初ライブに向けて猛特訓をした。

 

 

 いつもの柔軟や発声練習など、苦手克服も含め、様々な特訓をした。

 

 

 

 徹は、それらの特訓を見学して、メンバーの体調管理を行った。

 

 

 

 そして、今は何をやっているかというと.

 

 

 

「こ〜んにちは〜! 今日はかすみん、会場のみんなを夢中にさせる魔法、かけちゃいますからね〜♡」

 

 

「もう夢中だYO〜!」

 

 

「いいよ〜! かすかす〜!」

 

 

 

 かすみと歩夢、せつ菜による、ライブ中のMCの仕方についての特訓をしている。そして、愛、侑、徹が盛り上げ役として参加している。

 

 

「かすかすって呼ばないでください! ぷんっ!」

 

 

 かすみはかすかすと呼ばれたことに怒って機嫌を悪くした。

 

 

 

「いやぁ、かすみちゃん、凄い可愛かったよ。流石かすみちゃんだな」

 

 

 

「……! ……えへへ〜、そう言ってくれて嬉しいですぅ〜//」

 

 

(良かった。機嫌を取り戻してくれたようだな)

 

 

「さて、今度は歩夢さんがやってみてください!」

 

「えぇ!? わ、私!?」

 

「そうそう! りなりーも見たいよね?」

 

「うん、歩夢さんのも見てみたい」

 

 

「うぅ……分かった、やってみるよ」

 

 

 

 すると歩夢は恥ずかしがりながらもホワイトボードの前に立ち……

 

 

 

「えっと……今日は見に来てくれて、ありがとうございます! 一歩ずつ頑張っていくので、応援よろしくお願いしますね!」

 

 

「歩夢──! 今日も、可愛いYO〜!!」

 

 

「えぇ!? は、恥ずかしいよ……」

 

「そういうところも可愛いYO〜!」

 

 

 侑は完全にオタクモードと化し、彼女の熱意に歩夢は更に恥ずかしさが増している。

 

 

 

「歩夢ちゃん……」

 

 

「ど、どうしたんですか徹さん……?」

 

 

 

 

 

「……可愛いから今少し頭撫でていいか?」

 

 

 

 

 

「えっ……えぇ!?」

 

 

 

「むむむ〜……かすみんだって……可愛さなら負けてませんよ〜! 

 

 

 あと! 頭撫でるならかすみんにしてください! 徹先輩!」

 

 

 徹が若干暴走している。本人曰く、『歩夢ちゃんだから仕方がない』だそうだ。

 

 そして、それにかすみが嫉妬している。

 

 

「……侑さん、もしかして徹さんって……」

 

 

「あははは……たまにお兄ちゃん、歩夢のことになるとあぁなるんだよね……」

 

 

 せつ菜と侑が、周りに聞こえないくらいの声で話し合っている。

 

 

 

「はいはい! 3人ともそこまでにしておいて……りなりー、どうだった?」

 

 

「……難しそう……」

 

 

「そっか……まあMCをしないスタイルもありますからねぇ……」

 

 

「どうしますか? 璃奈さん、私もそのスタイルはありだと思いますが……」

 

 

 

 

「……ううん、出来ないからやらないっていうのは無しだから……やる……!」

 

 

 

 璃奈の決意はとても固かった。

 

 

 




今回はここまで!
璃奈ちゃんの猛特訓が始まりましたね。かすみんとぽむのMCが可愛いのです…
そういえば、世間はほとんどの地域が梅雨の季節に突入したようですね。その影響で大分執筆が停滞してる主です(申し訳ない)
出来るだけ進めるようにするので、どうか読者さんは気長に待って頂ければ幸いです。あと、体調にお気をつけ下さい!
ではまた次回!
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第37話 みんなで

どうも!お久しぶりになってしまい申し訳ない!
第37話です!今回はちょっと短いかもしれません。
ではどうぞ!


 

 

 璃奈がソロライブに向けて特訓を続けて、ついにライブ前日となった。

 

 

 今日も変わらずライブに向けて、璃奈は練習に励んでいた。

 

 

「よし、一旦休憩にしよう」

 

 徹が練習するみんなに声をかける。

 

 

「璃奈ちゃん、調子はどう?」

 

 

「エマさん……うん、大丈夫。でも……少し緊張する」

 

 

 先輩であるエマが璃奈に声をかける。

 

 

「そっか〜……大丈夫、きっと上手くいくよ!」

 

「うんうん、璃奈ちゃん、今までいっぱい練習してきたでしょ? なら大丈夫だよ〜。スクールアイドルの先輩の彼方ちゃんが保証するよ〜」

 

 

「二人とも……ありがと……」

 

 

 続けてエマと彼方が、緊張する璃奈を励ます

 

 

「ははっ、流石二人が言うと安心できるな」

 

「うん……少し緊張がほぐれた気がする……」

 

 

「そうかな……? 役に立てたなら嬉しいな〜♪」

 

「えへへ、それほどでも〜」

 

 

 

「……あっ……」

 

 

 すると、璃奈は何かに気づいたようだ。

 

 

「あっ! 璃奈ちゃん!」

 

「それに同好会の皆さん! こんにちは!」

 

 

 璃奈の目線の先には、以前徹達がジョ◯ポリスで出会った璃奈のクラスメイトの子達であった。

 

 

「よう、たまたまここを通りかかった感じか?」

 

 

「高咲先輩! はい、そんな感じです。そちらは今練習中って感じですかね?」

 

 

「まあな。でも今休憩中ってところだ」

 

「なるほど……あっ! 天王寺さ……?」

 

 クラスメイトの子が璃奈に声をかけようとすると、璃奈が自分に向かって歩み出しているのに気づいた。

 

 

 璃奈の顔は、緊張からか強張っていた。

 

 

 

「……あの、もしよかったら……

 

 

 

 

 

 ……あっ……」

 

 

 すると、璃奈は横を向いて、ハッとした素振りを見せた。

 

 

「璃奈ちゃん……?」

 

 

 まわりは璃奈の様子に戸惑いと心配をした。

 

 

 そして……

 

 

 

 

「……今日は帰る」

 

 

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 

 

 

 璃奈はその場を後にしてしまった……

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……少し待ってみたが、戻ってこないか……」

 

 

 璃奈ちゃんが突如いなくなってから、時は過ぎ、もう夕方になった。

 

 

 いなくなったことをみんなが聞き、それで今みんなが集まって、璃奈ちゃんが帰って来るであろうことを考えて待っていた。

 

 

 しかし、璃奈ちゃんの姿が見えない。

 

 

 一体何故だろうか……俺はその時の現場にいたが、見た感じ、クラスメイトに近寄って、何かを言いかけてたようであった。さらに校舎の窓を見て何かに気付き、様子が一変して……といったことも見てとれた。

 

 

 あんなに決意の満ちた表情を見せてくれた璃奈ちゃんだったのに……

 

 

「……さて、今日の練習は終わりかしらね」

 

 

 

 すると、果林ちゃんがみんなにそう声を掛けた。

 

 

「なんでですか!? りな子のライブは明日なんですよ! あんなに頑張ってたのに!!」

 

 

 それに対して、かすみちゃんが激昂する。

 

 

「決めるのは璃奈ちゃんよ。私たちが何を言おうと、これは璃奈ちゃんのライブなんだから」

 

 

「あっ……」

 

 

 

 まあ、確かにな。しかし果林ちゃん……若干ヤケクソになってないか? 

 

 

 

「果林ちゃん……拗ねてる?」

 

 

「あっ!? な、なんで私が!!」

 

 

「明日は、モデルのお仕事入れないようにしてたもんね〜」

 

 

 

 そうだったのか……果林ちゃん、むっちゃ楽しみにしてたんじゃないか。

 

 

 

「本当は璃奈ちゃんのライブ、楽しみにしてたんじゃな〜い?」

 

 

「わ、私はライブの内容に興味があっただけよ!!」

 

 

「へぇ……そうなんですかぁ〜? 果林先輩も可愛いところあるんですねぇ〜」

 

「お、お黙り!」

 

「うわっ!? うぇ〜ゆうひてくあひゃい(許してください)〜!」

 

 

 ハハッ、相変わらず果林ちゃんは素直じゃないな。まあ、そんなところが俺的にはいじりがいが……

 

 

 ……ゴホン、なんでもないぞ。今のは忘れてくれ。

 

 

「……しかし、ライブやるかやらないかは今は置いといて、なぜ璃奈ちゃんがここを去ってしまったのかが問題だよな。もし何か彼女に悩みができたのなら、力になりたい、そう思わないか?」

 

 

「確かに、そうだよね……」

 

 

 侑が俺の問いかけに答えた。

 

 

 こういう時に真っ先に行動を起こすのは……あいつしかいないな。

 

 

 

「……みんな、ちょっと行ってくる!」

 

 

「えっ!? ちょっと、愛せんぱぁい!?」

 

 

「……! 私も!!」

 

 

「侑ちゃん!?」

 

 

 愛ちゃんが先陣を切って走り出し、それに侑が続く。

 

 

 

「どこにいくんですか!?」

 

 

「璃奈さんのところだよ!」

 

 

 かすみちゃんの疑問にしずくちゃんが答える。

 

 

「よし! こうなればみんなで行くぞ!」

 

 

「「はい!!」」

 

 

 

 こうして、せつ菜ちゃんと果林ちゃんを除いてみんなが走り出した。

 

 

 

「……結局、みんなで行くのね」

 

 

「果林さんは行かないんですか?」

 

 

「……もちろん、行くわよ」

 

 

 

「ハハッ……そんなカッコつけちゃって……数分前とは大違いだな」

 

 

 

「……徹〜? 何か言ったかしら?」

 

 

 

 

 あっ、やべ、口が滑った。これは……

 

 

「せつ菜ちゃん! 逃げながらみんなの後を追うぞ!」

 

 

 

「えぇ!? ちょっと、徹さん!?!?」

 

 

 

「待ちなさ──い!!」

 

 

 

 俺はせつ菜ちゃんの手を引き、果林ちゃんが追いかけてくるという状態になったのであった。せつ菜ちゃんは若干顔を赤くしていたのは気のせいだろうか?

 

 

 

 




今回はここまで!
原作第6話もそろそろ大詰めですね。璃奈ちゃんにみんなで寄り添うのじゃ…
そういえば、明日からラブライブ!の新シリーズ・スーパースターも始まりますね!どんな話なのか非常に気になって楽しみです!
ではまた次回!
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第38話 弱点を武器に

どうも!
また更新が遅くなりすみません!
第38話です!
では早速どうぞ!


 

 

 

「えー……りなりーの部屋番号はっと……」

 

 

 璃奈ちゃんが住むといわれるマンションのエントランスに、愛ちゃんを先頭にスクールアイドル同好会一同が押し寄せていた。

 

 

 俺達は、璃奈ちゃんの話を聞こうと練習が終わった後、走ってここまでやってきた。

 

 俺はみんなに比べて少し出遅れたが、果林ちゃんに追いかけられたおかげでみんなに追いつくことが出来た。

 

 

 

 

「りな子、出てくれるかな……」

 

 

「……どうだろうな」

 

 

 俺を含め、みんなはそこが心配だった。親がいるのなら、親が出てくれるかもしれないが、もし親が留守ならば、落ち込んでいるであろう彼女が出てくれるかどうか……

 

 

 そんな中、愛は入口で璃奈の部屋の番号を打ち、インターホンを押す。

 

 

 ピンポーン、と鳴り、少し間が空いた後、スピーカーからプツリと音がした。

 

 

 しかし、璃奈ちゃんの声どころか、何も音が聞こえない。多分璃奈ちゃんの部屋と音声は繋がっているはずだが……

 

 

「りなりー! いる?」

 

 

 そんな中、愛が真っ先に話しかけた。

 

 

「愛さん、いきなりりなりーはどうかと思いますよ!?」

 

「あぁ、ごめんごめん! りなりー、この時間はいつも一人だって聞いてたから」

 

 

「あぁ……そういえば、確かにそう言ってたな」

 

 

 璃奈ちゃんの両親は夜が遅くて、休日なんかは大体一人でゲームしたりして過ごしたりしていると言ってたのを、前に聞いた記憶がある。

 

 

「今、璃奈ちゃんの声、聞こえた気がするよ……?」

 

「ホントですかぁ〜?」

 

 

 少しだけ声が聞こえたようだが、そこからの璃奈の返答はない。

 

 

 璃奈ちゃんは、俺達の話している内容を聞いてるのだろうか……?

 

 

「りなりー。ちょっとだけ、いいかな……?」

 

 

 愛が落ち着いた口調でそう尋ねた。

 

 

 璃奈ちゃん……頼む、少しだけ時間をくれ。

 

 

 俺はそう願った。

 

 

 そして……少し間が空いてから、マンションの入り口が開いた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 大人数でやってきた俺たちは、璃奈ちゃんの部屋にやってきた。

 

 

 部屋は電気がついておらず、真っ暗であった。

 

 

「璃奈ちゃーん……」

 

 

 そして、璃奈ちゃんの姿が見当たらないのだ。一体どこなのか……

 

 

「ここだよ」

 

 

 すると、誰もいないところから声が聞こえた。

 

 

 電気がついたので、声の元を辿ると……

 

 

「えぇ!? なんでダンボール!? ……むぐぐ……」

 

 

 かすみちゃんが思わず驚きの声をあげたが、侑が彼女の口を塞ぐ。

 

 

 そう、彼女はダンボールの中に入っていたのだ。

 

 

 まあ、驚いちゃうのは分かるが……な? 

 

 

 

「……りなりー」

 

 

「ごめんなさい……勝手に休んで……」

 

 

「ホントだよ、心配したんだぞ……どうしたの?」

 

 

 愛ちゃんが璃奈ちゃんが入っているダンボールの前に立ち、しゃがみ込んだ。

 

 

「……自分が、恥ずかしくて……」

 

 

 すると、璃奈ちゃんは少しずつ語り始めた。

 

 

 

「私は、何も変わってなかった。昔から楽しいのに怒ってると思われちゃったり、仲良くしたいと思ってるのに誰とも仲良くなれなかった。今もクラスに友達はいないよ。全部私が悪いんだ」

 

 

 

 みんなは神妙な面持ちで、璃奈ちゃんの話を聞いている。

 

 

 確かに彼女の表情の変化は、一目見ただけでは感じ取れない微々たる変化ではある。その表情を怒ってるだったり不機嫌だったりと捉えられる場合がほとんどかもしれない。実際、俺も最初に彼女と接した時、彼女の心情を汲み取るのに難儀した。

 

 

「もちろん、それじゃダメだと思って高校で変わろうとしたけど……最初はダメで……でも! そんな時に、愛さんと徹さんに会えた」

 

 

「「っ!」」

 

 

 そうか……そういう成り行きだったんだな。

 

 

 俺は璃奈ちゃんの心情が表情ではなく、口調から分かることに気付けた。それは二人でゲームの話をした時に、彼女の声のテンションが上がったことから分かった。

 

 

「愛さんとせつ菜さんのライブを見て、スクールアイドルの凄さを知ることが出来た。愛さんと一緒に同好会に行った時に、そこには徹さんもいて……だから私、もう一度変わる努力をしてみようと思えたんだ。歌でたくさんの人と繋がれるスクールアイドルなら、私も変われるかもって……」

 

 

 璃奈ちゃん……変わろうと思えただけでも凄いのにな……

 

 

 

「でも……みんなはこんなことでって思うのかもしれないけど……どうしても気になっちゃうんだ……自分の表情が……ずっとそれで失敗し続けてきたから……!」

 

 

 璃奈ちゃんの声色は段々辛そうになってきた。

 

 

 

「もうダメだ……誤解されるかもって思うと、胸が痛くて……ギューって……このままじゃ……このままじゃ……!!」

 

 

 こんなに自分は辛そうだというのに、俺たちに自分の気持ちを明かしてくれている─────

 

 

「私は……みんなと繋がることなんて出来ないよ……ごめんなさい……!」

 

 

 俺達は、この璃奈ちゃんのSOSに応えたい。

 

 

「……ありがとう」

 

 

「……えっ」

 

 

「璃奈ちゃんの気持ち、教えてくれて……」

 

 

 すると、侑はそう言ってダンボールの前に来てしゃがんだ。

 

 

「うん、愛さんもそう思うよ」

 

 

「……私、璃奈ちゃんのライブ、見たいな」

 

 

「っ……!?」

 

 

「今はまだ、出来ないことがあっても良いんじゃない?」

 

 

「……えっ?」

 

 

 侑の一言に、璃奈は驚いているようだ。

 

 

 出来ないことがあっても良い───俺も、昔は出来ないことだらけだったな。

 

 

「そうですね、璃奈さんにも出来るところ、沢山あるのに!」

 

「頑張り屋さんなところとか!」

 

「諦めないところもね」

 

「機械に強いし!」

 

「動物にも優しいですよね!」

 

 

 しずくちゃん、歩夢ちゃん、果林ちゃん、侑、せつ菜ちゃんの順に璃奈ちゃんの良いところを挙げた。

 

 

「もー、みんなー! どんどん言っちゃってずるいよ!! ……よーし、愛さんもっ!」

 

 

「うわっ!?」

 

 

 すると、愛ちゃんが璃奈ちゃんを、入っているダンボールごと一緒に抱きしめた。

 

 

 

「ちょっと……恥ずかしい……」

 

 

「……ふふっ♪」

 

 

 璃奈ちゃんが恥ずかしがるほど、大胆な行動をする愛ちゃん。そんな愛ちゃんのおかげで、彼女は変わってきたんだろうな……

 

 

 

「……りな子」

 

 

 すると、かすみちゃんが声を掛けた。

 

 

「ダメなところも武器に変えるのが、一人前のスクールアイドルだよ」

 

 

「そうそう、ダメなことは出来ることでカバーすれば良いってね! ……一緒に考えてみようよ!」

 

 

「まだ時間あるし!」

 

 

 

 そう、まだ時間はある。璃奈ちゃんが何の不自由もなくライブ出来るようみんなで考えるんだ。

 

 

 

 

「だな! ……璃奈ちゃん」

 

 

 ダンボールの横にしゃがみこみ、俺はその隙間から見える璃奈ちゃんの目を見て話しかける。

 

 

「俺は璃奈ちゃんが持っている心優しさを知ってるからな。例えそれを実現するのが困難であったとしても、心優しい璃奈ちゃんのライブをみんなに見てもらうためなら、力の限り協力するよ。だから……遠慮なく、俺も頼ってくれ」

 

 

 俺がそう言うと、みんなもうんうんと頷いた。

 

 

 猫のはんぺんちゃんを拾って、校則に引っ掛かると分かっていてもお世話をしていたり、同好会のみんなのために動画編集をやってくれたり───璃奈ちゃんの心優しさが垣間見える行動を、俺は見てきた。

 

 だから、今度は俺が璃奈ちゃんのために行動するんだ。

 

 

「徹さん……ありがとう」

 

 

 少し不安そうではあるが、さっきまでの璃奈ちゃんとは違って、力がある声だった。

 

 

「……璃奈さんとこういうこと話できたの、初めてですね」

 

「うん、そうだね〜」

 

「あぁ、確かに、こういう風にダンボールを介して話すのは普段じゃなかなかないよな……」

 

 

 顔が見えていない。だから璃奈ちゃんの気持ちを知ることが出来たのかな……

 

 

 

「……もしかして……!」

 

 

 すると、いきなりダンボールを被っていた璃奈ちゃんが立ち上がった。

 

 

 

 立ち上がって、部屋のカーテンを開けた。そして……

 

 

「……これだ!!」

 

 

 璃奈の声色から、自信が満ちていることが感じ取れた。

 

 

 




今回はここまで!
同好会のみんなは…本当に優しいですね…このシーンはいつ見ても泣けます。
次回で原作第6話の話は最後になります!
ではまた!
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第39話 かけがえのないモノ

どうも!
本編久々の更新です!
では早速どうぞ!


 

 

「よし……これでちゃんと動くはずだ。璃奈ちゃん、つけるぞ」

 

 

「うん、お願い」

 

 よし、ついに完成したぞ。

 

 

 あっ、どうも。高咲徹だ。

 

 璃奈ちゃんが自分の想いを打ち明け、同好会のみんなで励まされて立ち直った。

 

 その時、彼女はあることを思いついたのだった。

 

 

 

 

 何かというと、顔を露わにせず覆い、その覆ったものの上に表情を写しだすというものだ。

 

 

 彼女はダンボールの中に入り、顔を見せずに話したことによって自分の想いを打ち明けられたのだ。だからそれをライブに活用すれば、観客のみんなと繋がれる、そういう発想だった。

 

 

 

 これには、同好会のみんなも興味津々で、「仮面をつけたスクールアイドルなんて初めてじゃないですか!?」だとか、「とてもユニークで絶対ブレイクすると思うよ!」という声も聞けた。

 

 

 しかし、問題提起もあった。それは、その顔を覆う仮面をどうやって作るかだ。

 

 

 表情を映し出すとは言っても、液晶で写すならば材料や作成する時間もかなりかかる。

 

 その上、表情の切り替えはどうするのか、仮面で前が見えなくなる問題はどうするか……

 

 などがあり、この問題はそうすぐには解決しないだろう。ライブまであと1日だ。一から作り出すのは無理だろう。

 

 

 

 その時、俺には一つ思い当たるところがあった。

 

 

 俺の仲良いクラスメイトの一人に機械系の部活の部長のやつがいて、そこの部活に俺が求めているような仮面があるという話を聞いたことを思い出したのだ。

 

 

 それから俺と侑は璃奈ちゃんの家から学校に戻り、彼に仮面を使わせてもらえないかとお願いしたところ、快くOKをくれた。

 

 

 どうやらそれはもう使わないもので、捨てるかどうか悩んでいたところだったから、なんと譲ってくれたのだ。

 

 

 ……とてもありがたかった。彼には後で色々奢ってあげようかな。

 

 

 そこから、璃奈ちゃんの家に戻って、俺と侑、璃奈ちゃんの3人でライブに使うために色々改造して、なんとか今日中にこの仮面は完成できそうなところまで来た。

 

 

 そして今、璃奈ちゃんが実際に仮面をつけて動作を確かめてるところだ。

 

 

 

「どう? 徹さん、侑さん。ちゃんと表情出てる……?」

 

 

「うん! 良いじゃないかな! ちゃんと動いてるっぽいし!」

 

 

「そうだな、喋ってるのに合わせて口も動いてるし、表情もちゃんと変わってるから、問題ないな」

 

 

「良かった……んぅ……」

 

 

 

「「璃奈ちゃん!?」」

 

 

 すると、ボードをつけたまま璃奈ちゃんが倒れた。

 

 

 

「璃奈ちゃん、大丈夫!? ……お兄ちゃん! どうしよう!?」

 

 

「……なんだ、びっくりした……大丈夫だぞ、侑。ちょっとボード外してみ?」

 

 

 俺が言う通りに侑がボードを外すと、規則的な呼吸をしながらすやすやと眠る璃奈ちゃんの顔が見えた。

 

 

「……寝てる?」

 

「うん。今日色々あったし、無事にボードができて安心したからってところだろうな」

 

 

 それに、もうこんな時間だ。彼女は明日ライブを控えてるんだから、寝た方が絶対いいはずだ。

 

 

「なるほどね。じゃあ寝かせてあげなきゃ」

 

「だな。俺璃奈ちゃんを寝室に寝かせてくるよ」

 

 そう言って、俺は璃奈ちゃんをおんぶして寝室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「……よいしょっと……ゆっくり休みな」

 

 

 寝室に着き、ベッドに璃奈ちゃんを下ろして布団をかける。

 

 

 そしたらそのまますぐに寝室を後に……しようと思ったが……

 

 

「……徹……さん……」

 

 

「……ん?」

 

 

 俺を呼ぶ璃奈ちゃんの声が聞こえた。振り返って彼女を見ると、変わらず目を瞑って寝ている。寝言だろうか? 

 

 

 少し気になったのでベッドの側に寄り、しばらく観察することにした。

 

「……ハハッ、どんな夢を見ているのかな?」

 

 俺は小さい声で呟いた。

 

 

 

 

 

 ……しかし、璃奈ちゃんの寝顔……可愛いな……まるで天使みたいだ。

 

 

 まあ、侑の寝顔には負けちゃうけど……

 

 

「……ぁ……」

 

「……ん?」

 

「……ライブで……みんなと……繋がれたら……私……むにゃむにゃ……」

 

 

「……ふふっ、そうかそうか……大丈夫。璃奈ちゃんなら絶対にできるよ」

 

 

 俺は彼女の頭を撫でながらそう語りかけた。

 

 

 

 

 

 ……おっと、俺はまだやることがあったんだ。早く戻ってやるべきことならなきゃ。

 

「……おやすみ、璃奈ちゃん」

 

 そう残して、俺は寝室を後にした。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 あれから二日が経った。

 

 

 璃奈のライブは無事成功した。

 

 

 ボードを付けながらスクールアイドルのパフォーマンスをするというユニークさがみんなには大好評で、同時に璃奈自身も納得の行くパフォーマンスをすることが出来た。

 

 

 そしてその一方……

 

 

「天王寺さん! 昨日のライブ観た! 凄く良かったよ!!」

 

「……!?」

 

「ほんとね、いっぱい感想言いたいんだけど、お昼とかどうかな!?」

 

 

 璃奈たちがいる一年生の教室、ライブを観たというこの3人、色葉(いろは)、今日子(きょうこ)、浅希(あさき)が璃奈をお昼に誘っている。

 

 

「……」

 

「おっ……?」

 

 

 すると、璃奈はすぐそばにあった鞄に手を突っ込み、中に入っていたスケッチブックを取り出した。

 

 そして、手慣れた手つきでそのボードにピンク色のボールペンで顔を描き、そのスケッチブックに書いた顔を『仮面』とするようにして

 

 

「……うん! 一緒にたべたい!」

 

 

 その顔は、誰が見ても分かるほどの笑顔であった。

 

 

 3人は少し戸惑ったが……

 

 

 

 

 

 

 

「「「……ホント!? ありがとう!」」」

 

「そのボード、可愛いね! まるでライブの時の天王寺さんを見てるみたいだよ〜」

 

「うんうん、それに手書きだったよね? 天王寺さんって絵上手いね!」

 

「あっ……うん、ありがとう。絵を描くのは少し自信、ある」

 

「そうなんだ! 今度絵描くの教えてくれないかな!? 私絵描くの苦手でさー……」

 

 

 璃奈たちは、4人で仲良く話していた。

 

 

 

 

 

 ……そう、この『璃奈ちゃんボード』は、彼女にとってかけがえのない存在になったのであった。

 

 

 




今回はここまで!
原作第6話の内容を書き終えました!
次回は多分オリジナル回を書くと思いますので、よろしくお願いします!
夏ももう半ばですね。皆さん、体調にはお気をつけて
ではまた次回!
高評価・感想・お気に入り登録よろしくお願いします!


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第40話 同志の集い

どうも!
久々になってしまいましたが、第40話です!
では早速どうぞ!


 

 

 

「お邪魔しまーす……」

 

 

 俺はとあるマンションの一角の部屋に通じるドアを開けた。

 

 

「いらっしゃい。徹さん、せつ菜さん」

 

 

 部屋から出てきたのは、片手にスケッチブックを持った璃奈ちゃんだ。

 

 

 

 そう、今日は以前から約束していた、彼女の家でのアニメの鑑賞会をするのだ。そして、やってきたのは俺だけではなく……

 

 

「璃奈さん、お邪魔させていただきます! 今日はよろしくお願いしますね!」

 

 

 そう、せつ菜ちゃんも一緒だ。まあお気づきだろうが、少し前にやった歌の練習をしていて、せつ菜がカラオケの楽曲内に最新のアニソンがあることに気づき、それに璃奈ちゃんが乗っかって盛り上がったのがきっかけになったのだ。

 

「俺からも、今日はよろしくな。この3人であれを観て語れると思うと凄い楽しみで仕方なかったよ」

 

 

「うん、それは私も。あまりこのアニメについて他人と話したことないから、今日は一緒に楽しみたい。 璃奈ちゃんボード『ワクワク!』」

 

 

「私もです! 改めてあの素晴らしい傑作を観れるとは…… うぅ、早く観たくてうずうずしてしまいます……」

 

 

 せつ菜の目はキラキラと輝いていた。もうすぐにでも部屋のリビングに行ってアニメを観る準備を整えそうだ。ははっ、せつ菜ちゃんは相変わらずだな。

 

「よーし、せつ菜ちゃんもこんな感じだし、早速支度を整えるとするか」

 

「うん。 璃奈ちゃんボード『宴の支度だ〜』」

 

 

 

 ……何か璃奈ちゃんボードの種類も増えてたわ。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「あっ、これこれ! これです! 2期で私が一番好きなシーンです!」

 

 

「おぉ…… あぁ、このシーンか! 言葉だけだとあまり分からなかったけど、やっと分かったよ」

 

「なるほど…… ここの決め台詞、良いなって思う」

 

「あっ! 璃奈さん、分かってますね! 他のキャラが言ってもあまりカッコよくないですけど、彼が言うとカッコよく見えるんです!」

 

「あー確かに。とても渋くて彼ならではこそって感じだよな」

 

「ですよね! まるで必殺仕事人の台詞です!」

 

「「分かる分かる」」

 

 

 アニメ1期から一気に観て、今2期の途中のところだ。

 

 

 2期は1期に比べて闘うシーンが多く、カッコいい描写が多くなっている。

 

 

 ……のだが……

 

 

「あっ…… ついにこのシーンが来てしまいました……ここで彼女は誤った選択を……」

 

 

 こういうシリアスな展開も多い。特に後半あたりは観ていてちょっと辛くなったりするんだよな……

 

 

「あぁ! そ、そこはダメなんですよ!! そこに行ったらやられちゃいます!!」

 

「っ!?」

 

 すると、ふとした拍子かせつ菜ちゃんが俺の手を握ってきた。顔に出るくらいびっくりしてしまった。

 

 

 せつ菜ちゃんが熱い実況をし始めてちょっとびっくりしたのもあるけどな…… 無意識でなのかな……? 

 

 まあ手繋がれたくらいなら俺的には別に問題ない。アニメも重要シーンに入っていってるから、集中……

 

 

「っ……!!」

 

 

「うわっ!? せ、せつ菜!?」

 

 あっ、やべ。思わず呼び捨てしてしまったわ……

 

 

 ……じゃなくて!! 今の状況を説明するぞ、今せつ菜ちゃんが繋いでいた手を離してそれを俺の腕を両手で抱え込んだんだ。

 

 

 要は、せつ菜ちゃんが俺の腕に抱きついてるってことだ。そして、そう。アレが当たっているんだ……

 

 

 

「そこから敵キャラが出てきちゃう……!! だからそこは仲間に援護を求めるべきだったんです! 強がるタイミングではないんですよ! なのに……!」

 

 

 せつ菜ちゃんは相変わらず熱血実況をしている。

 

 

 ……落ち着け、俺。流石に些細なことでは動じないことで定評のある俺とはいえ、これは流石に動揺を隠しきれない……

 

 

「……はぁ……」

 

 

 俺は気を逸らすために璃奈ちゃんのほうに目を向けたが、なぜか彼女は自分の身体を見ながら触り始め、しばらくしてからため息をついていた。

 

 

 ……一体何があったんだ……璃奈ちゃんよ……

 

 

 

 この後、アニメのシーンが終わるとせつ菜ちゃんは俺を解放してくれた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ぐすっ……やっぱり何度観ても素晴らしいですねっ……」

 

 

「うん……神アニメ。何度観ても感動する」

 

 

「ホントな……最後の会話なんて……尊いよな……」

 

 

 あれから数時間が経ち、アニメ全編とまでいかなかったが、半分くらいを観終わることが出来た。

 

 

 俺含めて3人とも感動に浸っているところだ。せつ菜ちゃんに関しては大号泣だ。

 

 

 ……やっぱり仲間の絆は尊いもんだ。俺もこの尊さで涙腺崩壊寸前までいった。

 

 

「せつ菜ちゃん、はいこれ。ティッシュ使って」

 

 

「うぅ……ありがとうございますっ……」

 

 

 璃奈ちゃんが、近くにあったティッシュの箱をせつ菜ちゃんに差し出し、そこからティッシュを一枚取る。

 

 

 ……この二人もホント仲良いな。というか、このアニメ鑑賞会をしていくうちに仲良くなったって感じか。

 

 

「さて時間は……あっ、もう19時過ぎてるじゃないか……」

 

「早い……時間ってあっという間……」

 

「だよな……今日はもうお開きにするか」

 

「……うん」

 

 俺の携帯で時刻を見ると、もう午後の7時を過ぎていた。

 

 

 あまり遅いとうちの侑が心配するから、そろそろ帰る支度をしなければ。

 

 

 

 

「……あの、徹さん」

 

「ん? なんだ、璃奈ちゃん」

 

「今日は、ありがと。私、とっても楽しかった」

 

「あぁ。いやいやこっちこそ、誘ってくれてありがとな。俺も超楽しかったぞ」

 

 

 ホント、あの時「一緒にくる?」って言ってくれた璃奈ちゃんにはとても感謝している。

 

 

「そっか……良かった…… また一緒に観てくれる……?」

 

 

「おう、もちろんだ。まだこのアニメも見終わってないことだしな。なあ、せつ菜ちゃん」

 

 

「……えっ? あっ、はい! むしろこちらからお願いしたいところです! 璃奈さんはこのアニメが好きな『同志』なんですから!」

 

 

「……! ……ありがとう、徹さん、せつ菜さん……!」

 

 

 ……同志かぁ……せつ菜ちゃん、良い言葉使うじゃないか……

 

 

「……そういえば、お2人ともそろそろお開きにする話をしてたんでしたっけ?」

 

「あぁ。もうこんな時間だしな」

 

 俺はせつ菜ちゃんに、スマホの時計を見せる。

 

「……えっ、7時!? ……マズイです……門限が……」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんの顔が青ざめた。

 

 

 ……あっ!! そうだった、せつ菜ちゃんの家は門限があったんだった!! 

 

 

 俺は事前から知っておきながら……なぜ配慮をしなかった……! 

 

 

 

 この後即行帰りの支度をして、璃奈ちゃんの家を出てせつ菜ちゃんを家まで送った。彼女のお母さんは心配そうな顔をして彼女を叱っていたが、このようなことが起きたのには俺にも責任があったのでそれを説明すると、どうやら俺に免じて許してくださったようだ。

 

 

 

 ……同じ過ちを繰り返さないようにしなければ……とここで誓った。

 

 

 

 その後俺は家に帰り、家にいた侑に怒られた。彼女は「心配してたんだよ〜!!」と頬を膨らませながら言って、夜ご飯などの仕事を全て俺がやるという罰を与えた挙句、その後しばらく俺を後ろから抱きしめたのであった。

 

 

 




今回はここまで!
この2人とオタクトークをしてみたいという主の願望から生まれたオリジナル回でした笑
スーパースターも第5話まで放送されましたね!大分重要なところでまた1週間空いてしまうのがもどかしいです…
ではまた次回!
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第41話 お礼

どうも!
今回は投稿期間が非常に長く空いてしまい、申し訳ございませんでした!!orz
私はまだ生きていますのでご安心ください!
では第41話です、どうぞ!


 

 

 

「おーい、買ってきたぞ」

 

 

 ある日の学校の休み時間、俺はあるものを手に持って自分の教室にやってきた。

 

 

 そのあるものとは、学校の売店で買ってきたレモンティーだ。

 

 

「おぉ! 随分待たせたじゃないか。僕はもう飢えて死ぬところだったよ」

 

 教室に入り、その中にあるであろう人物に声を掛けると、その人物が随分待ち侘びたかのように言ってきた。

 

 そう、これは彼にあげるために買ったものなのだ。

 

 

 

 

 あっ、そういえばまだ彼を紹介してなかったね。彼の名前は小野寺(おのでら) 瑞翔(なおと)。俺のクラスメイトであり、数少ない男友達でもある。

 

 

「いやいや、たった10分くらいで帰ってきたぞ俺!? というさそもそもな……」

 

 

「……ん〜、やっぱり売店の飲み物はこれに限るなぁ〜! ありがと、奢ってくれて」

 

 俺が文句を言おうとしたが、話を聞かずに俺があげたレモンティーを堪能し始める。

 

「いや切り替え早っ…… まあ、それはこっちのセリフだよ。()()()はホント助かった」

 

 

 まあ、こんな感じでマイペースで色々と振り回されることがある。

 

 

 でも、こう見えて彼は機械系の部活の部長を務めており、ロボットのコンテストで全国トップ3になったことがあるらしい。それくらいの腕前の持ち主だ。

 

 

 俺がさっき彼に言った()()()というのは、璃奈ちゃんがライブをした時……そう、初めて『璃奈ちゃんボード』を着けてライブをした時だ。

 

 

 

 

 実は、そのボードを作成したのは紛れもなく彼なのだ。彼が元の原型を作っており、部活で使わなくなったので譲ってもらい、それを俺らが改造したという経緯であの『璃奈ちゃんボード』が生まれたのだ。

 

 

 そういう借りを作ったということで、彼の大好物の飲み物を奢ったというわけだ。

 

 

「ううん、あのボード使い道がなかったし、使い手が現れてくれてこちらも助かったってとこだよ」

 

 

「そうか……」

 

 彼がそういうのならば、ウィンウィンの取引だったということなのだろうか。でもこちらが助かったことに変わりはないし、俺の彼に対する感謝の気持ちにも変わりはない。

 

「ねぇそれよりさ、あのスクールアイドル……同好会だっけ? てっちゃんがそこに入ってるなんて僕聞いてなかったよ!」

 

 

「……まあそりゃ、言ってなかったしな」

 

 

 俺が彼と仲良くなったのは、今年になってからだ。席が丁度隣だったから話す機会が多い。

 

 ……あっ、ちなみに『てっちゃん』というのは俺のあだ名の一つだ。うちのクラスの半数くらいはこう呼んでくれたりしている。昔から呼ばれ続けてきたあだ名で、歩夢ちゃんも昔はこう呼んでくれてた。ただ今はさん付けになっているのだがね……正直悲しい。またいつか彼女がその渾名で呼んでくれる日を夢見ているのだが、いつ現実になってくれるかな……

 

 

「冷たいな〜てっちゃんは。……いやそれにしても、璃奈ちゃんだっけ? 結構良いライブしたって聞いたよ?」

 

 

「あぁ、お前が譲ってくれたボードがイキイキと動いてたぞ。お前も来ればよかったのに」

 

 

 

「それは嬉しいことだな〜。僕も見たかったけど、あいにくその日予定があってさ……またいつかライブやるんでしょ? その時見に行くよ」

 

 

 

 ……あっ、そういえばこれからのライブどうするかとか決まってなかったな。ラブライブには出ないし、俺たち同好会の知名度を上げていかなければな……

 

 

 ……そうだ。俺たちはそこら辺をすっかり忘れていた。基礎体力を上げてから、ライブなどについて考えようということになっていたが、もう彼女達は十分に基礎体力をつけたと思う。そろそろ考えていかないとな……

 

 

「おーい、てっちゃん? 大丈夫?」

 

 

「ん? ……あぁ、大丈夫。少し考え事してた」

 

 

「ふーん? ……そういえばさ、同好会っててっちゃん以外全員女の子なの?」

 

「えっ? ……あぁ、そうだな。俺除いて10人いるけど、全員女の子だ」

 

 

「へぇ〜10n……えっ、10人!?」

 

 

 すると、瑞翔は予期せぬところに食いついてきた。

 

 

「10人……お前それ、ハーレムじゃね……?」

 

 

「……は?」

 

 ハーレムって……確か複数の女子に男子が囲まれてウハウハな状況になってるとかいうやつ……?

 

 ……うわっ、来ちまったか。瑞翔の悪いクセが……

 

 

 実は彼、こういうネタが大好物なのだ。俺が女の子とどこかに行ったって話をすると、『おぉ〜、もしかしてお前、その子のこと好きだったりするのか〜?』って返してきたし……何かと色事に持ち込もうとする。

 

 俺はその度々に、『だからそういうのじゃないってばよ……』と呆れてるよ。

 

 

「何々、10人も女の子がいるってことはさ、絶対その中に好みの子いるじゃない?」

 

 すると、瑞翔は他の生徒に聞こえないようにするためか、俺を教室の壁の方に誘導し、壁の方を向きながら肩を組んでヒソヒソと話しかけてきた。

 

 一体これから俺に何を聞いてこようとしているんだよ……怖いわ。

 

「いやいや、俺はそういう目であの子達を見てねぇから……」

 

 こう弁解すると、瑞翔はニヤニヤと悪い人の笑顔を見せた。

 

「ホントかな〜? そんな恥ずかしがらないで、僕だけでいいからさ。ほら、言っちゃいなよ」

 

「えぇ……」

 

 

 これは困った……

 

 

 ここだけの話、確かにうちの同好会は子達はみんな魅力的だ。それは何の誤りもない事実でもある。特にうちの妹はな。

 

 しかし、恋愛的な話になると……正直俺はよく分からない。そもそも恋愛的、恋愛感情というものを知らないと言う感じだろうか。だから何とも言えないのだ。

 

 瑞翔にどうやって返事をしようかと困っていた時……

 

 

「高咲くん、後輩ちゃんが呼んでるよ?」

 

 

 クラスメイトの子がそう話しかけてきた。

 

 俺はそれを聞いて廊下の方を見ると、少し緊張気味の様子でこちらを覗くしずくちゃんがいた。

 

 

「……あっ、すまん。呼ばれてるから俺行くな?」

 

「えっ、ちょっ……!」

 

 

 そんな感じで、俺は何とかこの困難を回避することが出来た。しずくちゃん、ナイスだ。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「……ふむ、彼方ちゃんが最近寝てばかりで心配……か……」

 

 

「はい、そうなんです」

 

 

 しずくちゃんが俺を呼んだのは、それを伝えるためであった。

 

 

 ……確かに言われてみれば、最近の彼方ちゃんは突然眠ることが多くなってきたような気がする。彼女が特待生で勉強をしっかりするために徹夜で毎日勉強していることを俺は知っている。だから彼女が無理をしないように色々と気にかけていたつもりだったが……何とかしなきゃな。

 

 

「分かった。俺と侑で何とかしてみる。教えてくれてありがとな」

 

 

「いえ! 私は彼方さんのことが心配でしたから」

 

 

「うむ。……それにしても、しずくちゃんは面倒見が良いな」

 

 

「えっ、そうですか……?」

 

 

「あぁ。まるでお母さんみたいだ。しずくちゃんは将来、良いお母さんになりそうだな」

 

 

「ふぇっ!? お、お母さん……」

 

 

 すると、しずくちゃんは頬を赤く染めて俯いてしまった。その時彼女はブツブツと何か言っていたが……何を言ってたのだろうか……

 

 

 この後、彼女は気を取り直し、俺と二人で食堂で昼飯を食べた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……ここが、ライブ会場か」

 

 

 放課後、俺はとある場所に来ていた。あるスクールアイドルグループのライブを見るためだ。そのスクールアイドルは……

 

 

「……東雲学院スクールアイドル部、ね……ここがライバルになるのだろうか。それで、確かセンターの子が1年生で彗星の如く現れた……」

 

 

 近江(このえ) (はるか)、か……

 

 

 えっ、苗字が近江ってことはまさか……

 

 

 

 




今回はここまで!
何とここで、オリジナルキャラを出してみました!
氏名の由来は、苗字が他のアニメの好きなキャラから、名前は自分で考えました!
ちなみに、彼に関しては恋愛には絡んできません。あくまで徹の友達って立ち位置です。
あと、話が変わりますが、徹くんの設定(容姿,性格)について投稿しようかと考えています。
ではまた次回!
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第42話 働き者


非常にお久しぶりです!!(待たせてすみませんでした)
本編第42話です。


 

「えっ、彼方さんの妹ってあの東雲学院のスクールアイドルの近江遥ちゃんなの!?」

 

 

 翌日、放課後の同好会の部室にていつも通り活動していた時、侑が目を大きくして驚いた。

 

 

「そうだよぉ〜。実はね、その遥ちゃんが明日うちに来るんだって〜!」

 

 

「えっ、明日来るの!? わぁ〜楽しみ〜! ときめいちゃう〜!」

 

 

 満面の笑みで喜んでいる侑である……うん、相変わらずうちの妹は可愛い。

 

 どうやら、明日その遥ちゃんはうちに来るようだ。随分急ではあるが……

 

 

 

「あの東雲学院スクールアイドル部のセンターの近江遥がですか!? ……ライバルなんだから、かすみん達の練習は見られない方がいいんじゃ……」

 

「彼方ちゃんの妹さんか〜、どんな子なのか楽しみ〜!」

 

 

 かすみちゃん、エマちゃんがそれぞれそう言った。

 

 

 確かにかすみちゃんが言うことも一理ある。虹ヶ咲学園と東雲学院。とても近所であり、それぞれのスクールアイドルはお互いを意識し合っているに違いない。

 

 ……もしかして、まだあっちの方が知名度的には上回っているから、俺たちは相手にされてなかったりするか……? 

 

 いや、そうだとしても俺たちにはまだまだ伸び代がある。それも、東雲学院を超えるくらいだ。もうそりゃ、とんでもない伸び代ですねぇ!! 

 

 

 ……んん、まあ今はそれは置いといて。近江遥ちゃんは本当に彼方ちゃんの妹だったんだな。昨日のライブで見たが、やはり姉妹だからか、髪色は同じブラウンで、目の色は同じではないが、姉が紫に妹が青と色の系統は同じだ。

 

 

 しかし、先ほどかすみちゃんが言っていたことで、近江遥ちゃんがライバルである俺たちの視察目的で来るかってことだが、俺としてはそれだけが目的だとは思えない。

 

 その考えに辿り着いた理由としては、近江遥ちゃんが彼方ちゃんと姉妹であることだ。

 

 

 前々から考えていたことだが、最近彼方ちゃんが無理をしているのではないか、についてだ。

 

 

 ……実は、東雲学院のライブの後、少しスーパーマーケットに寄って夕飯の食材を買ったのだが……

 

 

 ────────────────────

 

 

「さて、今日買う野菜はっと……」

 

 

 夕飯をカレーにする予定だったので、家に残ってなかったジャガイモを買うために野菜コーナーでカートを転がしていた。

 

 侑に美味しいカレーを食べて欲しいし、良い野菜を見つけなきゃと思っていたのだが……

 

 

「あれは……」

 

 

 野菜コーナーで作業をする彼方ちゃんを見つけたのだ。

 

 彼女がバイトをしていることは前々から聞いていたものの、まさかここだとは思わなかったものだ。

 

 そこでせっかくだし、少し声をかけてみることにした。

 

 

「……よっ、バイトか?」

 

「ん? ……あっ、徹くんじゃん〜。そうだよ〜、そういう徹くんは夕飯のお買い物?」

 

「あぁ、今日はカレーにしようと思うからね」

 

「カレーか〜。いいね〜!」

 

「だろ? ……そういえば、彼方ちゃんはいつもここでバイトしてる感じ?」

 

「うん、1週間に4日くらいやってるよ〜」

 

 

「へー、そうなのか……確か夜も勉強してるんだろ? 無理してないか?」

 

 

 一週間に四日は高校生の平均よりも多い。夜は授業の復習をして家事もして、さらにスクールアイドル活動してたらもう俺としては不安しかない。

 

 

「ううん、大丈夫だよ〜。心配してくれてるの?」

 

「当たり前だ。それに、俺は彼方ちゃんと出会ってから心配しかしてないぞ?」

 

「面白いこと言うね〜? そこまで心配する必要はないんだけどな〜……でも、実際たまに膝枕とかして貰ってるし、助かってるよ。いつもありがとう。徹くん」

 

「礼を言われることじゃないさ……それにしても、本当に大丈夫か?」

 

「まだ心配してるの〜? 大丈夫! 彼方ちゃんがやりたくてやってるんだから〜」

 

「そうか……まあ、しんどくなったら言ってくれよ。俺含めてみんなでなんとかするからさ」

 

「うん、ありがとね。 ……あっ! そろそろ行かなきゃ」

 

「あっ、引き留めちゃってすまんな。また明日な」

 

「うん!」

 

 

 こうして、彼方ちゃんは仕事へ戻っていった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 ……ということがあったのだ。

 

 

 彼方ちゃんは今は大丈夫そうに見えたが、体調を崩すのではないかという不安が消えない。

 

 

 俺からしたら、あんなに休む時間がなさそうなスケジュールで大丈夫だとは思えないからだ。

 

 

 ……そういや、明日近江遥ちゃんが来るって言ってたから、妹である彼女から聞いてみるのもアリかもしれない。

 

 

 

「……徹く〜ん?」

 

 

「……あっ、な、何だ? 彼方ちゃん」

 

 

 

「いや〜、徹くん何度呼んでも気づかないからさ〜。何か考え事かな?」

 

 

「え……あ、まあな。そんなところだ」

 

 

 ……彼方ちゃんのこと考えてたなんて言えないな……

 

 

 

「そっか〜。……でさ! 明日遥ちゃんがこの同好会に来るんだよ〜! もう楽しみ過ぎてどうにかなっちゃいそ〜!」

 

 

「ははっ、とても嬉しそうだな。俺も彼方ちゃんに妹さんがいることは聞いていたし、実際昨日観てきたしな。実際に話すのが楽しみだ」

 

 

「だよね〜! ……えっ? 昨日観てきた?」

 

 

 

「……あっ……」

 

 

 ヤバい、昨日東雲学院のライブに行ったことは他の人には秘密にするはずだったのに……! 

 

 

「……」

 

 

「えーっと……彼方、さん?」

 

 

 ……あかん、これは……

 

 

「徹くぅん……遥ちゃんのライブ……”一人で”観てきたんだねぇ……??」

 

 

「……サラバダ!!!」

 

 

「待ぁてぇぇぇぇい!」

 

 

 ……どうやら、妹の話になるとスイッチが入るみたいだ……まあ、俺と似てるちゃ似てるか……

 

 

 

 

「……ねぇ、あの2人はどうしたのかしら?」

 

 

「分からない。でも、あんな彼方さん初めて見た」

 

 

「そうですね……普段の練習もあんな感じで動ければいいのですが……」

 

 

 外野ではこんな感じになってたらしい。

 

 

 この後、俺が彼方ちゃんを膝枕することによってなんとかなったのであった。

 

 

 

 




今回はここまで!
次回から遥ちゃんが登場します!お楽しみに!
今後は虹ヶ咲2期の放送時期が決定しましたので、それに向けて書き進んで行こうと思います。
ではまた次回!
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第43話 来訪者・近江妹

どうも!やっと本編更新に漕ぎ着けました…楽しみにしてた方には遅くなり本当に申し訳ないです!!
今回は第43話です!ではどうぞ!


 

 

「初めまして!! 東雲学院から来ました、近江遥と言います! 今日はよろしくお願いします!」

 

 

「わぁ、本物の近江遥ちゃんだ〜!! 可愛いなぁ〜、ときめいちゃう〜!」

 

 

 あれから翌日、俺は今虹ヶ咲学園の正門の前にいる。同好会を見学しにくる近江遥ちゃんをお迎えするためだ。

 

 彼女が俺たちに向けて挨拶をすると、侑が満面の笑みでそれに応える。

 

 そう、侑はあの本物の近江遥ちゃんが見れてとても興奮しているのだ。

 

 

 まあ、昨日「明日が楽しみすぎて寝れないよ〜」って言ってたしな。相当楽しみにしてたんだろう。

 

 

 ……俺はどうかだって? そうだね、あまり表には出さないけど正直割とワクワクしてたかな。前に東雲学院スクールアイドル部のライブを観に行った時ステージに立ってた彼女が目の前で見れるんだしな。こんなことは普通だったらなかなかないだろう。

 

 

「今日はよろしくね、遥ちゃん!」

 

「虹ヶ咲学園へようこそ、遥さん! 今日はゆっくり活動を見ていってくださいね!」

 

 

 歩夢ちゃん、せつ菜ちゃんの順に遥ちゃんを歓迎する。

 

「よくぞ来てくれました、遥ちゃん〜♡今日はお姉ちゃん1日頑張ってる姿見せちゃうからね〜」

 

「うん! お姉ちゃんがどんな練習してるか、楽しみにしてるよ!」

 

 

 やっぱりこの二人は仲良いな。前から彼方ちゃんが妹のことが大好きだってことは知ってたからね。それに遥ちゃんの方も仲良い感じ出てるし、こういう姉妹は理想的な感じだな。

 

 ……まあ、うちの兄妹も負けずに仲良いと思うけれども。

 

 

 

「あれ、男の人……」

 

「……あっ、どうも初めまして。俺は高咲徹という。侑の兄だ。よろしくね」

 

 

 そう考えていたら、遥ちゃんがこちらに気づいたので、挨拶した。まあ、無難に返せただろうと俺は思っていた。

 

 

 すると……

 

 

「あっ……は、初めまして!! わ、私、こ、近江遥といいまして、その……えっと……!」

 

 

 彼女は顔を真っ赤にした。焦っているのか、なかなか上手く言葉が紡ぎ出せないようだ。

 

 

「あぁ!? 遥ちゃん、落ち着いて……深呼吸〜」

 

 すると、彼方ちゃんが落ち着かせようとする。

 

 

 ……なんだろう、俺彼女に何かしたっけか? もしかして、少し無愛想だったか? 嫌われたりしてないか心配になってしまうのだが……

 

 

 ……いや、あの時のことはもう思い出さないと心に決めたはずだ。早とちりになるのは良くない。

 

 

 

「ごめんね〜 遥ちゃん、女子校だから男の子に免疫がなくて〜」

 

 

「あぁ、そういうことでしたか。それはしょうがないですね」

 

 

 彼方ちゃんの言葉にせつ菜ちゃんが納得する。

 

 

 なるほど。確かに東雲学院は完全に女子校だもんな。虹ヶ咲学園は少数だが男子がいて共学だし、そこは違うのか。

 

 

 

「すみません……少し焦ってしまいました。徹先輩、気を悪くしたらすみません……」

 

 

「いやいや、耐性がないなら仕方ないよ。こうなると、俺は少し違うところに行った方がいいかな?」

 

 

 遥ちゃんには無理はさせたくはない。行動を別にすればそこは回避できるはずだ。

 

 

「いえ!! 徹先輩とも話してみたいことがあるので、その……出来れば一緒に行動してください!」

 

 

「お、おう……そうか、分かった」

 

 

 ……まさかそこまで止められるとは思わなかった。俺と話したいこと? 一体何だろうか? 

 

 

「……それじゃあ、そろそろ行きましょうか!」

 

「そうだね〜、部室へレッツゴー!」

 

 

 こうして、俺たちは部室に移動することになった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「こちらこそ、よろしくお願い致します!」

 

「楽しんでいってねー!」

 

「よろしくね」

 

「待ってたよ〜!」

 

「よろしく。璃奈ちゃんボード『にっこりん』」

 

 

 部室に移った後、遥ちゃんが挨拶をした時のメンバー達の反応である。

 

 

 しずくちゃん、愛ちゃん、果林ちゃん、エマちゃん、璃奈ちゃんの順番だ。

 

 

 あれ、一人足りないような……

 

 

「うわぁ……! ありがとうございます!」

 

 

 あっ、そうだ。足りない1人は……

 

 

 

「初めましてぇ〜☆ あなたの可愛いはここにいる! スペシャルスクールアイドルかすみんこと、中須かすみでぇ〜す☆ かすみんに会いに来てくれてありがと〜……」

 

 

 かすみちゃんだった。

 

 

「……えぇっ!? みんなどこ!?」

 

「あぁ……みんな先に行っちまったよ」

 

「そ、そんな〜……でも、徹先輩は残ってくれたんですね! やっぱりかすみんには徹先輩しかいないですぅ〜!」

 

 

「ハハッ、そう言われて悪い気はしないな。よし、歩きながら話そう。……それで、あれか? さっきのはコールアンドレスポンス的なやつか?」

 

 

 俺たちは部室を後にして、廊下で歩きながら話している。

 

 

「あ、あはは……かすみん、それは意識してなかったんですけど、近江遥に対抗しようとしたってところですね」

 

 

 ……あぁ、そういうことか。

 

 

 そういえば、東雲学院はうちのライバルだから、そう快く見学を受け入れて良いのかって言ってたな。

 

 

「なるほどなぁ。まあそれが効いたかどうかは別にして、結構良かったぞ? 練習してきたのか?」

 

「ふふっ、かすみんはカワイイのでこれくらい練習しなくても平気です!」

 

「おぉ、凄いな! 流石かすみんだ!」

 

「えへへ〜、もっと褒めてください〜」

 

 

 いわゆる天才ってやつかな。

 

 

 ……そういえば、今思うと最初に出会ったあの時のかすみちゃんと今のかすみちゃん、雰囲気が大分変わった気がする。何か変わるきっかけがあったのかな? 

 

 

「……あ、やっと来た〜」

 

「徹さんどこに行ったのかと思いましたよ〜!」

 

「徹って意外とマイペースね」

 

 

 かすみちゃんと話しながら歩いていると、同好会のメンバー達に追いついた。

 

 

「ごめんごめん。よし、行こうか」

 

「もう、皆さん私を置いてけぼりにして酷いですぅ〜!」

 

「ごめんごめん、全員挨拶終えたの()()()思って()()に部室出ちゃったんだって〜、かすかす〜」

 

 

「かすかすじゃないです、かすみんですぅ!! あと、ダジャレ強調しなくて良いですから!!」

 

 こうして、遥ちゃんを見学者として連れて練習に入っていくのであった。

 

 

 




今回はここまで!
遥ちゃんがついに本格的に登場!先日誕生日でしたね!
遥ちゃんと徹くんの絡みは原作7話の中で割と多くなる予定です!
ではまた次回!(次回もなるべく早く更新します(戒め))
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第44話 犠牲

どうも!
本編第44話です!
では早速どうぞ!



「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「凄い……」

 

 

 彼方ちゃんの全力の走りっぷりに驚きを隠せない遥ちゃん。

 

 

 東雲学院のスクールアイドルであり、彼方ちゃんの妹である近江遥ちゃんを見学者として、俺たち虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会はいつも通り練習に励んでいる。

 

 

 ……一名だけはいつも以上にやる気満々だけどな。

 

 

 自分にとって最愛の妹に良いところを見せたいからだろうか、今までの練習では見たことのない、アドレナリン全開MAX! という言葉が相応しい感じで練習をこなしている。

 

 

「彼方先輩、今日は一味違いますねぇ……」

 

「そうね……妹が見てるからかしら……? 」

 

 

 一緒に練習するメンバーたちも予想外の出来事に拍子抜けになりながらも走っていった。

 

 

「あの、お姉ちゃんって実際はいつもどんな感じなんですか? 徹先輩、侑先輩」

 

 

「んー……まあ普段はサボってる、なんてことはないしやるべきことはキチンとやってるよ。な? 侑」

 

 

「うん。休憩中は寝てたりするけど、なんだかんだで練習はちゃんとしてるね」

 

 

「え、休憩中は寝てるんですか!? 」

 

 

 遥ちゃんは目を大きく見開いた。彼女にとって、彼方ちゃんが同好会の活動中に寝ていることが驚きのようだ。

 

 

「えっ? ……そうだね、よくエマさんとかお兄ちゃんに膝枕してもらたりしてるかな」

 

 

「そ、そうなんですか……姉がいつも迷惑かけてすみません、徹先輩」

 

 

「いいっていいって、同好会のみんなをサポートするのが俺の役目だしな」

 

 

 別に苦でもないしな。

 

 

「うーん……」

 

 

 すると、遥ちゃんが俯いて考え込んでしまった。

 

 

 ……少し遥ちゃんに俺が気になることを訊いてみるか。

 

 

「……なあ遥ちゃん、普段家にいる時の彼方ちゃんってどんな感じなのか? 」

 

 

「あっ、それ私も気になる! 」

 

 

 侑もそのことについては気になるようだ。

 

 

「家にいる時のお姉ちゃんですか? そうですね……とても頼りになって、家の家事とか何でもやってくれるんですよね」

 

 

「へぇ……遥ちゃんもやってみたいって思ったことはあるのか? 」

 

 

「はい、それはもう……何回か『私も一緒に手伝うよ!』って言ったんですけど、『遥ちゃんはゆっくりしてていいよ〜』っていつも言われちゃうんですよね……」

 

 

 ふむ……なるほど。実際俺も兄だし、侑のことを大切に思ってなるべく彼女に手間をかけたくないと思うからな。多分彼方ちゃんも同じことを考えているんじゃないかと思うが……

 

 

「遥ちゃんはえらいな〜……私もお兄ちゃんにいつも家事とかほとんどしてもらってるけど、正直手伝おうと思ったことがなくて……あはは……」

 

 

 侑は頭を掻きながら苦笑いをした。

 

 

 ……正直言って、遥ちゃんが彼方ちゃんに言ったようなことを侑に言われたとしても、彼方ちゃんと同じようなことを言い返しちゃう気がするんだよな。

 

 

 俺にとって、侑のために何かすることはもう自分への褒美みたいなもの。自分が進んで家事やらやってる訳ってことだ。

 

 お兄ちゃんとかお姉ちゃんはそんなもんなんじゃないかって思うけども。

 

 

「あはは……でも、侑先輩の言うことも分かります! 私も少し前までは同じ感じでしたから。でもスクールアイドルになってから、自分のことは自分でしたいって思うようになったんです」

 

 

「なるほどな〜……どうだ、侑もスクールアイドルになってみるか?」

 

「えっ!? いやいや、その冗談は辞めてよ〜! 私そんなに可愛くないし! 」

 

「いいと思いますよ! 私から見ても、侑先輩はとっても可愛いと思います!! 」

 

「遥ちゃんまで!? ……もー! 私はみんなを応援する立場にいるのっ! 」

 

 

「ふふっ……分かった分かった」

 

 

 その言葉を聞いた俺は、ちょっと残念なようで、嬉しくもあるような複雑な気持ちになった。うちの可愛い妹の侑をそんな大衆の目の前に出す訳にはいかないし。可愛いすぎてみんな倒れるかもしれん。

 

 

 こんなアホなことを考えながらも、練習の時間は過ぎていった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

「「「「ようこそ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会へ!!」」」」

 

 

 時は経ち、練習が終了した後になった。

 

 

 結局あの後ランニングの他にバランスボールを使った背筋トレーニングなどを行った。

 

 

 その時も彼方ちゃんは変わらず気力MAXな様子で、特に背筋のトレーニングは彼女が苦手としていて、普段はすぐに力尽きてパタリとなってしまうのだが、今回はかなり粘っていた。

 

 その時、粘っていたが結局耐えられず、バランスボールに乗っていた足がボールの回転によって落ち、その回転の勢いでボールが近くにいたかすみちゃんの顔にクリティカルヒットした。かわいそうだったので涙目の彼女については俺が手当てをしたら、すぐに元気になってくれた。その時余りの切り替えの速さにびっくりしたけれども……

 

 

 そんかこんなあってから今は遥ちゃんを改めて歓迎するパーティが行われている。

 

 

「凄い……! ありがとうございます!! 」

 

 

「遥ちゃんが来ることになったの結構急だったからクッキーしか焼けなかったけど……」

 

 

「エマちゃんが作るクッキー美味しいんだよ〜? さあさあ、召し上がれ〜」

 

 今回のパーティに用意した食べ物は、それぞれ料理が得意な同好会のメンバー達によって作られたのだ。

 

 

「うん! ……あっ、これってコッペパンですか? 」

 

 

 彼方ちゃんの言葉に頷いた遥ちゃんが最初に目に留まった食べ物は、美味しそうな具材が挟まったコッペパンだった。

 

 

「ふっふっふ……かすみんが作ったとっておきのコッペパンです! 」

 

 

「うわぁ……! かすみさんが作ったんですね! はむっ……ん〜! おいひい〜! 」

 

 

 かすみちゃんが作ったコッペパンを食べる遥ちゃん。とっても美味しかったようだ。

 

 

「……あれ? このクラッカーに色んな食材がのっているこれは……」

 

 

 ……あっ、それは……

 

 

「それはね! お兄ちゃんが作ったものだよ! 」

 

 

「えっ、そうなんですか!? ……もぐもぐ……!? とても美味しいです! チーズのコクにアーモンドの香ばしさが絶妙で……皆さんも食べてみてください!! 」

 

 

 そう、俺もささやかながらパーティに相応しいものを作って来ていたのだ。侑が持っててくれてたから作ったことを忘れかけてたわ……

 

 

「どれどれ……ん〜、美味しいです! 絶妙な味つけですね! 」

 

「このスモークサーモンがのってるクラッカー、好き。璃奈ちゃんボード、『ほっぺた落ちる〜』♪」

 

「流石てっつー! クラッカーに漬物をのせるなんてセンスあるね!」

 

 

 しずくちゃん、璃奈ちゃん、愛ちゃんの順に感想を伝えてくれる。

 

 

 

 なんかここまでベタ褒めされると照れるな……

 

 

「おぉ、そうか。作った甲斐があったよ、ありがとうな」

 

 

 俺はそう言って手元にあった紙コップに入った水を飲んだ。

 

 

 

「……!? そ、それは……! 」

 

 

 ……ん? 今歩夢ちゃんの声がした気がするのだが……気のせいかな。

 

 

(私が飲んでたコップなのに……)

 

 

 

 もちろん、歩夢ちゃんがこんなことを考えていることを俺は知らない。

 

 

 

「……」

 

 

「うわっ!? ……彼方さん!?」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 

 すると、向かい側にいた彼方ちゃんが突然倒れた。

 

 

「うーん……大丈夫、寝てるだけみたい。徹くん、私が膝枕しとくね」

 

 

「ん、分かった」

 

 

 ……良かった。急だったから少しびっくりしたわ。エマちゃんが彼方ちゃんの膝枕をしてくれるみたいだから、ありがたくもう少し食べ物を堪能するとするかね……

 

 

「やっぱり、お姉ちゃんが寝ていることは本当だったんですね……」

 

「やっぱり?」

 

 

 遥ちゃんが呟いた言葉に果林ちゃんが反応した。

 

 

「あっ、さっき侑先輩と徹先輩に教えてもらったんです」

 

「なるほど……そうね、特に最近なんかはよく寝てるかしら?」

 

「そうですね……よく保健室で寝ているという話も耳にします」

 

「……」

 

 

 メンバー達の言葉に遥ちゃんの表情はみるみる内に曇っていく。

 

 

 ……この問題は何とかしなきゃいけないと思う。しかしそう簡単に解決できる問題でもない。一体どうしたものか……

 

 

 

 

 

 

「……分かりました。私、スクールアイドルを辞めます」

 

 

 

 

 

 

「「「「「……えぇっ!?!?」」」」」

 

 

 

 

 同好会の部室に衝撃が走った。

 

 

 

 妹が姉のために我が身を犠牲にしようとしている。

 

 

 




今回はここまで!
シリアスな展開が来てますね…近江姉妹を早く仲直りさせて最強姉妹にしたいものです…
ではまた次回!
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第45話 一人立ち

どうも!
お待たせしてしまい、大変申し訳ないです!
本編第45話です!
ではどうぞ!


「……はぁ」

 

 こんなに深い溜息を俺は聞いたことがない。

 

 午前中の授業を終え、用意した弁当を持って今は中庭に来て食べている。それも一人ではなく、同好会のみんなとだ。

 

 みんなでお昼を共にすることはそこまで珍しくはないが、その時は大抵部室で済ませることがほとんどだった。

 

 ではなぜ今日はわざわざ中庭に来て食べているかというと、今深い溜息をついた張本人、彼方ちゃんのためだ。彼女がなかなか元気が出ないため、少しでも気分転換になればと外に出ているわけだ。

 

 ───ただ、外に出てもあまり効果はあったとは言えない感じである。

 

 まあ、こればっかりは仕方ないよな。遥ちゃんのあの発言を聞いちゃったら……

 

 そう、遥ちゃんがスクールアイドルを辞めるということについてだ。

 

 彼女がこう言った理由としては、間違いなく彼方ちゃんが無理をしているように見えた……いや、実際にも無理しているのに気づいたからだろう。

 

 お姉ちゃんである彼方ちゃんが無理せずにスクールアイドルを続けて欲しいという願いから、自分が犠牲になろうとしたということだ。

 

 

 彼方ちゃんが溜息を吐いてからしばらく間が空いた後、隣に座っていた侑が彼女に話しかけた。

 

 「彼方さん、あの後家で遥さんと何か話したんですか?」

 

 「うん……それがね、話そうとしたんだけど『その話題はもう終わりにしよ?』って言われて、何も言えなくなっちゃって……」

 

 

 彼方ちゃんが話しているその姿は意気消沈としていて、とても思い詰めているようにも見えた。

 

 弁当を持っている彼女の手は、だんだん力が入って、震えている様子からもその心情が伺える。

 

 「遥ちゃん、せっかくスクールアイドル始めたのに心配かけちゃって……遥ちゃんがスクールアイドルを辞めるくらいなら……いっそ彼方ちゃんが……」

 

 「それはダメ!」

 

 すると、侑が彼方ちゃんの言葉を聞いて声を大にしてそう言った。そして、その様子を侑の隣で見ていた歩夢ちゃんが止めに入ろうとする構えを見せた。侑が見せたその剣幕は、歩夢ちゃんを挟んで隣に座っていた俺も少し驚いた。

 

 場の空気が少し張り詰めた空気になった時、後ろで彼方ちゃんを呼びかける声が聞こえた。

 

 「……彼方ちゃん」

 

 その声の主はエマちゃんだった。彼女は、彼方ちゃんの側まで来て、隣に座った。そして、優しく問いかけた。

 

「それは、本当に彼方ちゃんがやりたいこと?」

 

「……ううん、違う。スクールアイドル同好会は、私にとって大事で、失いたくない場所だよ」

 

 エマちゃんの問いかけに、確固たる意志を持っている様子でそう答えた。

 

「でも、遥ちゃんの幸せも守りたいの。これって、ワガママかな……?」

 

 すると、また今にも消えてしまいそうな声でそう言った。

 

 

 ……ワガママ、か……

 

 どうなんだろうか。この彼方ちゃんの問いに関しては、俺はもしかすると否定するのが難しいかもしれない。俺も彼方ちゃんと同じく妹を持っている境遇でありながら、そのようなことを一度も考えたことがなかった。

 

 彼方ちゃんの言葉を聞いてる間、ずっと考えていた。俺も侑には幸せになってほしいと強く思っているのは勿論のことだ。だから、侑にはいろんなことをしてあげたい、そう常々思っている。それが兄として為すべきことだ。

 

 ただ、俺は今まで無理をしてまで何かやりたいことをやろうとしたことがない。もし俺がそういう状況になった時、俺自身がどうするかも想像がつかないのだ。

 

 ……分からない。とうとう俺まで悩み始めているかもしれない。俺は同好会を支える身として何か助言をしなければいけないのに……

 

 

「そうかしら。それってワガママって言うんじゃなくて、自分に正直って言うんじゃない?」

 

 俺が只々頭の中で迷走していると、果林ちゃんの言葉が俺の頭の中の思考を止め、他の同好会のメンバーの発言に注視させた。

 

 そして、それに続いてエマが話しかける。

 

「うん、自分に嘘をついているよりずっと良いと思うよ」

 

 

 ……そうか、確かにそうだよな。

 

 

 そういや、果林ちゃんもスクールアイドルに興味があるという自分の気持ちに嘘をついてたんだもんな。それを乗り越えた彼女だからこそ、言える言葉なんだな。

 

 

「きっと遥ちゃんも、彼方さんの幸せを守りたいんだと思います!」

 

「似たもの姉妹だと思う」

 

 すると、歩夢ちゃん、璃奈ちゃんの順に、彼方ちゃんに話しかけた。

 

「似たもの姉妹……?」

 

 璃奈ちゃんの言葉に彼方ちゃんは疑問を浮かべる。

 

 その疑問に、今度は愛ちゃんが応える。

 

「だって、二人とも言っていることが一緒だよ?」

 

「そうですね、お二人とも自分一人で問題を解決しようとしています」

 

 愛ちゃんの言葉に、せつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんが頷いた。

 

 ……なるほど、確かに似たもの同士であることは俺も気づいていた。二人の主張が同じであることもその通りだ。

 

「でも、遥ちゃんは彼方ちゃんが守ってあげないと……!」

 

 ──そう、彼方ちゃんの言うことが俺の気持ちを代弁している。そんな義務感を持っているのだ。そう思うのも無理はない。

 

「……彼方さん」

 

 すると、侑がそう言い、彼方ちゃんに向き合った。

 

「遥ちゃんはもう、守ってもらうだけの人じゃないと思う。だって、そうじゃなきゃお姉さんを助けたいって、あんなに真剣にならないと思うよ」

 

 真剣な眼差しで侑が説得する。

 

 ……そうか。確かに遥ちゃんはスクールアイドルになってから自立しようと思うようになったって言ってたよな……なんなら、もう自立するほどの力をつけているんだな。

 

 いずれみんな大人になって、別々になって暮らしていくし、そう考えると高校生くらいになって自分のやりたいことが見つかったのなら

、それは自立するタイミングなんだろうな。

 

 

「……私は、まだやりたいことが無いし、未だにお兄ちゃんに甘えてばかりだし……昨日みんなが練習している間に遥ちゃんの話を聞いたら、私ってまだ未熟だなって思ったんだ」

 

「侑……」

 

 侑の言葉に、思わず俺は声を出してしまった。

 

 そうか……そんな真剣に考えていたんだな。

 

「……だから、遥ちゃんはしっかりしてて、彼方さんが心配する必要はないと思うんだ!」

 

「……そうだね。遥ちゃんの行動を思い出して、なんか分かった気がするよ───遥ちゃんに伝えなきゃ!」

 

 

 すると、彼方ちゃんは立ち上がってそう叫んだ。彼女の顔は決意の満ちた表情だった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 お昼はあっという間に過ぎ、そして午後の授業も気がついたら終わって放課後。

 

 今日の活動で、彼方ちゃんが遥ちゃんは向けてライブをすることになった。今度、お台場の大型ショッピングモールで、東雲学院スクールアイドル部がライブをするので、その時に彼方ちゃんもライブをする方針で固まった。そうすれば確実に遥ちゃんの目に入るからだ。

 

 そのためにも、遥ちゃんに気づかれずに東雲学院のスクールアイドル部の方々に許可を取らなければならない。これは、今後の俺と侑の仕事だ。

 

 

 そんな活動も終わり、今は俺と侑、歩夢ちゃんの3人で家に帰ろうとしている。

 

「彼方さん、遥ちゃんに想いを伝えられると良いですね、徹さん」

 

「そうだな。そのためにも俺たちがちゃんとやるべきことやって、彼方ちゃんをサポートしなきゃいけないな。なっ、侑」

 

「うん!……あっ、そうだ」

 

 

 すると、前を歩いていた侑が振り返って俺と向き合った。

 

 

「今日の夕飯さ、私が作るよ!」

 

 

「……えっ!?」

 

 侑の唐突な言葉に、俺は不意をつかれた。

 

「……もしかして侑ちゃん、遥ちゃんの影響受けてるでしょ?」

 

「あはは、バレた?」

 

 歩夢ちゃんの問いかけに、侑は頭を掻いて照れ笑いをする。

 

 

 ……なるほど。侑も一人立ちしようとしてるんだな……

 

 少々悲しいけれども、仕方のないことか。兄としても、妹を育てる義務もあるし。

 

「分かった。にしても侑、何か一人で作れる料理のレパートリーはあるか?」

 

「えっと……目玉焼き……とか?」

 

 俺が料理のレパートリーについて聞いてみると、そんな返答が返ってきた。目玉焼きしかないんかい……まあ、そのくらいだろうなと思ってたけれども。

 

「……よし、今日は侑も夕飯作りに手伝ってもらうぞ。流石にいきなり一人で作るのはハードルが高いからな」

 

「分かった!」

 

「ふふっ……徹さん、私も夕飯作り手伝っていいですか?」

 

「おっ、歩夢ちゃんも来るか。これは頼もしい助っ人だ! 侑、料理や手芸とかは歩夢ちゃんから教わるといいぞ」

 

「確かに! よろしくお願いします、歩夢先生!」

 

「もう、先生はやめてよ〜」

 

 

「「「あはははは!」」」

 このようにして、俺たち3人は仲良く家に帰っていき、夕飯も共にしたのであった。

 

 

 

 




今回はここまで!
この後は彼方ちゃんのライブまでの出来事、そして第7話にちなんだオリジナル回を書こうと思っています!お楽しみに!(これらもなるべく早く更新するよう尽力します)
ではまた次回!評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします!



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第46話 助け合い

どうも!
今年最後の小説更新です!
今回でアニメ第7話の内容が終わります!
ではどうぞ!


 

「ここが東雲学院スクールアイドル部の部室……!」

 

「そうだね。いやまさか、ホントに来れるとはな……」

 

 

 侑が目を輝かせ、部室の入り口の上に手書きで『スクールアイドル部』と書かれた札を見つめながら放った言葉に対し、俺はそう返答した。

 

 彼方ちゃんが遥ちゃんのためにライブをすることを決意したその翌日、俺たちは話し合いをするためにここ、東雲学院にやってきた。

 

 東雲学院スクールアイドルのライブの合間を借りる訳なので、了承を得る必要があるのだ。それに、わざわざそこでライブをするという必要性を説明しなければならない。普通にライブをするんだったら『他の会場を押さえてやればいいでしょ?』ということになってしまう。

 

 

「よ〜し。早速中に入ろう〜! ……失礼しま〜す」

 

 

 俺と侑が部室前で立ち止まっていると、なんの躊躇いもなく一緒に来た彼方ちゃんが部室の中へ入っていった。

 

 

 事前に電話であちら側と話をしているので、多分誰かしら部室にいるはずだ。

 

 

「は〜い……あっ、彼方さん! 待ってましたよ!」

 

「お〜、かさねちゃん! 久しぶり〜!」

 

 

 すると出迎えてくれたのは、肩に掛かるか掛からないかぐらいの長さで、二箇所ほど三つ編みで結んであるブラウンの髪に、髪の色と同じの目の色をした、一見活発そうな女の子だ。彼方ちゃんが『かさねちゃん』と言っている辺り、この子はそういう名前なのだろう。

 

 それに、彼方ちゃんは既に面識がある様子だ。まあメンバーである遥ちゃんの姉だし、彼女のことだから余裕があるときはここに訪問しては妹の様子を見てたりするのかな……

 

 

「お久しぶりです〜! ……あっ、そちらが虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のマネージャーさんですか!」

 

 

 すると、かさねちゃんと呼ばれたその少女は彼方ちゃんの後ろにいた俺たちに気づいて声を掛ける。

 

 

「はい、高咲侑って言います! 今日はよろしくお願いします!」

 

「自分は高咲徹って言うよ。男だけどよろしくな」

 

「初めまして、私は支倉(はせくら)かさね! 東雲学院スクールアイドル部のメンバーだよ! 今日はお二人とも、よろしくね!」

 

 

 声かけられたのに対して、侑と俺はそれぞれ自分の名前を伝えると、かさねちゃんは眩しい笑顔とハキハキとした声で挨拶してくれた。

 

 

「……うわぁぁ!! 本当に支倉かさねちゃんだー! あの、サイン貰えますか!? いつも応援してます! あとあと……」

 

「ちょいちょい! 今日はマネージャーとしてここに来たんだから、そういうことはしないって約束しただろ?」

 

「あっ、そうだった……えへへ、ごめんごめん。つい抑えきれなくて」

 

 

 侑が急に興奮して早口で彼女に迫っていくので、俺は咄嗟にその行動を制止した。今日はスクールアイドル同好会のマネージャーとしてここに来ているので、ファンとして何かを求めるのはやめようという話を二人でしていたのだが……

 

 まあ、侑の気持ちは凄い分かる。俺もあの有名な東雲学院のスクールアイドルと話せるんだから、サインが欲しかったり、握手をしたかったりするものだ。

 

 でも、流石に俺たちみたいなただの裏方の関係者には、サインをしてくれないんじゃないか……? 

 

 

 そう思っていると───

 

 

「あはは、侑ちゃんだったよね? 私たちのことを応援してくれてるなんて嬉しいなー。サインでいいの? だったらあとであげるね!」

 

「えっ、いいんですか!? やったー!」

 

 

 なんと、かさねちゃんはあっさりとサインを書いてくれるというのだ。侑は満面の笑みでガッツポーズを見せているが、何だか気を遣わせてしまっただろうか……

 

 

「ふふっ、良かったな、侑……ごめんな、本来ならファンサービスする場じゃないのに……」

 

「いえいえ! ファンサービスするのに場所とかは関係ないですよ! 私たちのことを好きでいてくれて、応援してくれる人がいるなら、私たちはそれに応える。それだけです!」

 

「……! なるほど……」

 

 

 俺はかさねちゃんの言葉に衝撃を受けた。

 

 

 そうか……これは、スクールアイドルが持っている信条なのだろう。俺にそう思わせるほど、彼女は輝いているように見えたのだ。

 

 スクールアイドルについて、もっと勉強しなきゃな……なんなら、マネージャーとしてもっと他のスクールアイドルと交流して話を聞くのが良いのかもしれない。そうして、世の中のスクールアイドルの子達がどんな考え方を持っているのかを知って、同好会のみんなのサポートに役立てたいな。

 

 

「話は終わった〜? だったら早く話し合いを始めよ〜。ほら、座って座って〜」

 

「あ、あぁ。そうだな……って彼方ちゃん、もう座ってたのか!?」

 

 

 少し考え事をしていると、俺たちの様子を傍観してた彼方ちゃんがそう声を掛けてきていた。彼女は既に部室内の椅子に座っており、話し合いの準備万端といった様子だ。

 

 慌てて俺と侑は椅子に座って4人でライブについて話し合いを始めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……こんな感じだけど、大丈夫かな?」

 

「うん、良いと思う〜。ねっ、侑ちゃんと徹くんもそう思うでしょ?」

 

「うん! そのタイミングなら遥ちゃんの目に絶対入るし、良いと思う!」

 

「あぁ、俺からも言うことはない。素晴らしいライブになると思う」

 

 あれから大体数十分くらい話し合って、ライブの構想は無事まとまった。

 

「そういえば、遥ちゃんは今何をしてるんだ?」

 

「あぁ、遥ちゃんは今外で普通に練習してるよ」

 

「ほう……」

 

 話し合いが終わったので、俺がかさねちゃんにそう聞いた。良かった、外で練習してたか……

 

 と思っていると、

 

「かさねちゃ〜ん、終わったよ……あっ、彼方先輩! いらっしゃってたんですね」

 

「おっ、クリスティーナちゃん! やっほ〜」

 

 部室に入ってきたその子は、肩にかかるほどの長さの金髪で、お淑やかな印象を受ける女の子だった。

 

「はい! ……あぁ、そしてそちらが、マネージャーさん方ですね。初めまして、クリスティーナと申します」

 

「うわぁ、クリスティーナちゃんまで来ちゃったよ! あーときめいちゃう〜!!」

 

「初めまして、高咲徹という。こっちは妹の侑だ。少し訊きたいのだが、遥ちゃんはここには来ないか?」

 

「あっ、その声……あの時電話をくれた方ですね。はい、遥ちゃんにはもう少し練習するように促しましたので、大丈夫ですよ」

 

 そうか、確かに俺が電話した相手はクリスティーナちゃんのようなおっとりとした声だった。どうやらその時に「遥ちゃんにだけこのことは絶対バラさないように」と話したことを、彼女はしっかり配慮してくれたようだ。

 

「そうだったか。ありがとうな、助かったよ」

 

「いえいえ、こちらこそ! ……遥ちゃんのためにここまでしてくださる侑先輩と徹先輩にはとても感謝してるんです」

 

 すると、かさねちゃんとクリスティーナちゃんの表情が曇った。

 

「うん。遥ちゃんがスクールアイドルを辞めるって言ったときは、とても信じられなかったよ……誰よりも熱心で、一生懸命だったあの遥ちゃんがね……」

 

「そうですね……その努力と実力でリーダーにまで上り詰めたのに、と思いましたね……」

 

 そうだったのか……そうだよな。突然仲間が辞めるって言い出したら、ショックだもんな。多分、俺が感じたショックよりも遥かに大きかったはずだ。

 

「……だから、彼方さん。遥ちゃんへ捧げるライブ、成功することを願ってます……!」

 

「うん! 私たちも遥ちゃんにはスクールアイドルを辞めてほしくないって本気で思ってるんだ! だから……どうか、よろしくお願いします!!」

 

 

「……! ……うん、彼方ちゃん頑張るから!」

 

 かさねちゃんとクリスティーナちゃんの願い、彼方ちゃんはそれに応えようとしている。

 

 

 こうして俺たちは充分な準備を進めて、ライブを迎えることとなる。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ちょっと侑さん、どこに連れていくんですか!?」

 

「いいからいいから……ほら、ここに連れて来たくて」

 

 

 東雲学院スクールアイドル部のライブが行われる会場、ここはとあるお台場の中にあるショッピングモールの一角である。パフォーマンスをする場所は、2階まで吹き抜けになっており、観客はその2階にまで詰めかけている。

 

 その2階に向かって駆け上がってきた二人、侑と遥の姿があった。侑が遥をそこに引っ張って連れてきたのだ。

 

 引っ張られている遥は困惑しながらも、侑の手の引っ張りについていっている。

 

 そして、二人が2階に着いた時、そこには虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメンバー達がいた。

 

「あれ、同好会のみなさん……見に来てくれてたんですね」

 

「うん! 彼方ちゃんがこれから歌うからね〜」

 

「……お姉ちゃんが……? それって……」

 

 エマちゃんの言葉に遥は疑問符が浮かぶ。彼女は自分の姉が何かをパフォーマンスするという話は聞いていない。

 

「少し待ったら分かるよ」

 

「えっ……あっ……!?」

 

 侑の言葉に遥が全く理解が出来ず、状況を飲み込めないままでいたとき、会場の照明が消えた。

 

 照明が灯っているのはステージのみとなり、明らかに何かパフォーマンスが始まるという空気感を持たせる状況となった。

 

 そして、何かが始まると思わせた直後、一人の少女がステージの裾から現れ、ステージの真ん中に立った。

 

 

 

 すると、その少女は2階の方を見上げた。

 

 

 そして一つ、微笑みかけた。

 

 

 彼女のパフォーマンスは、共に支え合おうと語りかける温かさ、愛情が詰まっていた。

 

 

 そして、そのパフォーマンスは、一人の少女、遥の感涙を誘ったのであった。

 

 

 

 

 この後、近江姉妹は共に絆を確かめ合い、自分が目指す大好きなものを極めるために、助け合いをしていくことを理解(わか)りあった。

 

 一方、裏で見守っていた東雲学院のスクールアイドル達は、安心したとともに、近江姉妹の絆に涙を流したという。

 

 

 




今回はここまで!
かさねちゃんとクリスティーナちゃんがメインに近いくらいに出る機会を作ってみました!
今後の展開としては、アニメに脇役として出ていた、いわゆるモブの子達がこの小説では多く出るかもしれません!
2021年も終わりですね。あっという間でした……
この小説を読んでくださる読者様への感謝を胸に、来年もよろしくお願いします!
ではまた次回!
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第47話 夜ふかしはほどほどに

どうも!
久々になってしまいすみません!
第47話です!
ではどうぞ!


「ふわぁ……」

 

 うぅ、めっちゃ眠いわ……こんなに欠伸が出るのはいつ以来だろうか。

 

 

 ……あっ、どうも。寝不足気味の高咲徹だ。

 

 

 無事に近江姉妹の想いのすれ違いを解消し、再び平穏な日々に戻ろうとしている。

 

 平日の昼下がり、普段なら俺は授業が受けているのだが、なんと今は欠伸をかましながら同好会の部室へと向かっている。情報処理科の3年生の教室がとある資格を取るためのテストを行う会場になるため、普段より短縮した授業構成になっていたからだ。まあ、使う教室が情報処理科かつ3年生というのは随分と限定的な条件だなと思ったけど。

 

 ……まあ、そんなことはどうでもいいか。それより、俺がなぜこんなに眠たそうにしているかが気になるだろう。

 

 

 きっかけは、東雲学院スクールアイドル部にお邪魔した時、メンバーの一人である支倉かさねちゃんから言われた一言だ。

 

 その直前、マネージャーとしてあの場に来ているにも関わらず侑が溢れるスクールアイドル愛の余り、かさねちゃんのサインを求めていた。俺はそれを止めようとしたのだが、彼女は快くサインをくれたのだ。

 

 俺はかさねちゃんが迷惑に感じていないかと思い謝ったが、彼女は『私たちのことを好きでいてくれて、応援してくれる人がいるなら、私たちはそれに応える。それだけです!』と言ってくれた。その言葉が俺には衝撃的だった。そしてそう思ったのと同時に、まだスクールアイドルについて理解が足りていないんだなと反省した。

 

 だから俺は昨夜、勉強を一通り終えた後ネットや借りてきた書籍でスクールアイドルについて徹底的に調べ、できる限り理解しようとした。

 

 SNSを見ると、様々なスクールアイドルの公式アカウントにおいて日常の風景やメンバーのメッセージなどが多く載っていた。また、雑誌にはスクールアイドルのインタビューの内容を載せた記事が沢山あった。

 

 

 最初は明日に支障が出ないくらいの時間で終わらせ、寝ようと思っていた。しかし調べて行く内にその作業にのめり込み、気がつくと丑三つ時を過ぎていたのだ。

 

 気がついた俺は慌てて寝る支度をし、ベッドに滑り込んだのだが……まあ、睡眠時間がたったの4時間。俺は少なくとも7時間くらいは寝るようにしていたから、全くもって足りていない訳だ。

 

 朝起きて、いつものように後から侑が起きてきたのだが、俺の睡眠不足に気づいたのか、凄く心配された。

 

 最近夕飯は侑と一緒に料理をするのが日課となってきたが、今日に限っては朝食作りも手伝ってくれた。ホント……夜ふかしはするべきじゃないわ。

 

 

 頭の中でそう考えながら部室棟の廊下を歩いていると、気がつくと同好会の部室に辿り着いていた。

 

 ドアを開けると、中にはまだ誰もいなかった。そりゃそうか、俺だけ短縮授業だったし。みんなはまだ授業中かな。

 

 

 ……よし、このまま同好会の活動に参加するのは嫌だし、少しだけ仮眠でもとるか。

 

 そう思い、同好会の部室内にある椅子を二つ繋ぎ合わせて、そこへ横になった。

 

「んー、椅子二つでも足が余るよ……な……」

 

 足を乗せるためにもう一つ椅子を追加しようと思ったが、その余力はなかった。

 

 横になった瞬間、俺は途轍もない睡魔に襲われ、眠りに落ちた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 ───ここは……?

 

 

 気がつけば俺は、見知らぬ空間に一人立っていた。

 

 俺の周囲には壁、真上に天井があることから、室内であることは分かる。

 

 そして、机と椅子を見る限り、ここは学校だ。

 

 実際、前方には黒板があり、先生らしき人物が前で立っている。

 

 授業をしているのだろうか? 一体なんの授業だろうか? 

 

 

 俺にはこの状況を理解することができなかった。

 

 

 

 ……すると、一人の生徒が俺を指差して何かを言っている。

 

 

 何を言ってるのか分からないが、かなり強い口調だ。

 

 

 俺に怒っているのか……?

 

 

 その時、その場にいたほぼ全員の目が俺を凝視した。とても冷めた視線だ。俺はその視線を受けて戦慄した。

 

 

 一体俺は何をしたのか……

 

 

 あまりの衝撃で視線を乱していると、ある所に目が行った瞬間、さらなる衝撃を受け、俺の視線が一点に固まった。

 

 

「あの子はっ……!!」

 

 

 俺の視線の先で一人の女の子が静かに涙を流していた。

 

 

 ……あぁ、あの時か。

 

 俺が変わるきっかけになった、あの時だ。

 

 

 こんなに苦しくて辛い気持ちになったのは久々だ。

 

 

 俺の目から一粒の涙が溢れた─────

 

 

 

 

『……大丈夫だよ』

 

 

 

 

 その時、どこからか声が聞こえた。それと同時に周りの風景が変化し、周りは青く限りのない空となった。

 

 無機質でネガティブな空気が漂った教室とは明らかに違う空間だ。

 

 

 

 この変化に思考が追いつかない俺が足元を見ると、ふわふわしていて、触ると気持ちよさそうな白い()()があった。

 

 

 ということは、俺はそのふわふわなモノの上にいるということなのか。ここは一体……

 

 

 そう考えようとしたその時、俺は優しく包み込んでくれるかのような暖かさを感じた。

 

 

 

 ───この瞬間、俺は難しいことを考えることを放棄した。ただただその心地よさに身を任せながら、その場に横たわって、目を閉じたのであった。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「……ん」

 

 

 知らない天井だ。

 

 

 ───いや、ここは同好会の部室だ。普通に知ってる天井だ。『知らない天井だ』は俺の口癖と化してるのか? そんなことはない。

 

 

 ……んん、気を取り直そう。一体どれくらい時間が経っただろうか。流石にそこまで寝ていないと思う。

 

 

 ……が、なんだかよく寝れた気がするので、もしかすると大分寝てしまったのかもしれない。

 

 

 よし、起きるとするか。

 

 

 そう思って、俺は起き上がろうとする。

 

 

 ……ん? 

 

 なんか、頭の下に何かがある? 俺は椅子の上で寝たはずだから、頭の下は硬いはずなんだが……

 

 

 そう疑問に感じて、頭が乗っかっていた椅子の上を見ると……

 

 

「えっ、枕……?」

 

 

 おかしい。俺は枕なんて持ってきていないはずだ。誰かが寝ている間に俺の頭の下に入れてくれたのだろうか……? 

 

 

 そう考えた矢先───

 

 

「あっ、おはよ〜。よく寝れた?」

 

 

 声が聞こえたのでその方を向くと、テーブルを挟んで向かいの椅子に彼方ちゃんが座っていた。

 

 ……えっ、もしかして俺が寝ているところ彼女に見られた? 

 

 

「彼方ちゃん……おはよう。うん、よく眠れた気がするよ」

 

「おぉ、良かった〜! 彼方ちゃんがここに来た時、徹くん魘されながら寝てたんだよ?」

 

「えっ、俺が?」

 

 魘されてた……? 何か悪夢でも見ていたのだろうか。確かに少し怖い思いをするような夢は見たかもしれないが、俺の記憶にはふわふわな雲の上で寝た夢しか覚えてない。

 

 

「うん。それで慌てちゃってさ〜。いつも使っている枕を徹くんの頭の下に入れたんだよ〜」

 

 彼方ちゃんが今まであったことを説明してくれる。

 

 

「なるほど……これか。確かに、とても寝心地が良かった気がするよ」

 

「ふふん、そうでしょう? 何せ枕マスター・彼方ちゃん特製の枕なんだから〜」

 

 

 俺が横にある枕を手に取り、彼方ちゃんに渡しながらそう言うと、彼女は腕を組んで自慢げにそう答えた。

 

 

「ふふっ、そうか……そういえば、今いるのは彼方ちゃんだけか?」

 

「ううん。もう一人来てるよ〜……あっ、戻ってきた〜」

 

 

 すると、外から誰かがやってきた。

 

 

「お姉ちゃん、ただいま〜……あっ、徹先輩! お目覚めでしたか」

 

「おっ、遥ちゃんじゃないか! どうしてここに?」

 

 

 その正体は、なんと彼方ちゃんの妹、遥ちゃんだった。

 

 

「あっ、はい。今回のお姉ちゃんとの件で、同好会の皆さんには色々と支えてくださったので、お礼を言いたくて……」

 

「あぁ……なるほどな」

 

 

 そんな、お礼のためにわざわざここまで来るなんて、遥ちゃんは律儀だな……

 

「そういえばあの……悪い夢は大丈夫でしたか……?」

 

 

 すると、遥ちゃんが様子を窺うようにそう聞いてきた。

 

 

「遥ちゃんと一緒に来たから、徹くんが魘されているのを遥ちゃんも知ってるんだよね〜」

 

 

 俺が何故遥ちゃんが知っているかに戸惑っていると、横から彼方ちゃんがそう補足してくれた。

 

 

「そういうことか。うん、その悪夢とやらの記憶は全く残ってないから大丈夫だよ」

 

「そうでしたか! それは良かったです!」

 

 

 遥ちゃんは、笑顔でそう言った。

 

 ……あっ、そういえばこれを言わなきゃ。

 

 

「……なぁ、俺が寝ているのを見たのって、二人だけってことかな?」

 

「えっ? ……う、うん。そうだけど〜?」

 

 

 彼方ちゃんは、俺の質問の意図が分からず、困惑しながらもそう答えた。

 

 

「そうか……一つお願いがあるんだけどな、俺がここで寝ていたってことは他の人には内緒でいてくれないか?」

 

「……? なんで?」

 

「いやなんでって……それがバレると、な……えっとー……」

 

 

 うぅ……俺がここで寝ていたということを知られるのが恥ずかしいからだ……なんて言うのも恥ずかしいしな……

 

 

 

「……あっ、彼方さんに徹先輩! 先にいらっしゃってたんですね」

 

 

 そう悩んでいると、部室の入り口からしずくちゃんが入ってきた。よし、こうなってしまったら話を断ち切るしかない。

 

 

「おっ、しずくちゃん! いらっしゃい」

 

 

 俺はしずくちゃんに声を掛けたが……

 

 

「どうも! ……あら徹先輩、目に隈が出来ていますよ!? 昨日はちゃんと寝ましたか!?」

 

 

 ……あっ。

 

 そうか、眠気は取ったものの、目の隈は残ってるのか……マズい、話の流れがさらに嫌な方向に行ったぞ……

 

 

「え、えぇ!? いやいや、大丈夫だよ!」

 

「大丈夫ではありません! 寝不足は演者の敵なんですから! さあ、私の膝でも良いので寝てください!」

 

 

「だから大丈夫なんだってばよ〜!!」

 

 

 しずくちゃんはせかせかと俺を引っ張ろうとした。

 

 

 ……てか俺は演者じゃないんだけど……

 

 

「「あははは……」」

 

 

 一方でこの有様に近江姉妹は苦笑していたという。

 

 

 この後全員揃っていつも通り練習を再開した。

 

 

 




今回はここまで!
徹くんの過去が少し明らかになってきましたね。
次回からはしずく回に入っていこうと思っています!
ではまた次回!
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第48話 演劇淑女の表裏

どうも!
少し遅くなりましたが、第48話です。
今回から原作第8話の内容に突入します。
ではどうぞ!


「はーい、じゃあ撮りますのでカメラに目線をくださーい!」

 

 

「歩夢ー、可愛いYO!」

 

 

 ……いや侑よ、たまに出るDJが言うような『YO』っていうの少しツボるからやめてくれ。

 

 

 あっ、よっす。高咲徹だ。

 

 

 今俺の目の前で何が行われているかというと、新聞部によるインタビューと写真撮影を、スクールアイドル9人が受けているところである。

 

 

 我ら虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の名声は、度々行っているライブのおかげか随分上がっているようだ。璃奈ちゃんがアトラクション施設でライブをしたのを皮切りに、彼方ちゃんが大型ショッピングモールで東雲学院のライブにゲストとして登場するといった活躍を見せた。

 

 まだライブの回数は全然多くはないが、間違いなく周りの知名度は上がっているのだろうと考えられる。

 

 

 まあそんな訳で俺の目の前では、歩夢ちゃんが新聞部の子にカメラを向けられている。彼女は序盤、緊張からか顔が強張っており、なかなか納得出来そうな写真を撮れないであろう様子でいた。

 

 そんな時、侑が歩夢ちゃんにエールを送ると、彼女の表情は柔らかくて非常に愛らしくなり、今は順調にさまざまなポーズをとりながら撮影を進めている。

 

 ここから分かることは……そう、侑と歩夢ちゃんは仲が良いということだな。侑の言葉一つで歩夢ちゃんの緊張を解せる、それが証拠だ。

 

 

 そういや、最近また二人と過ごす時間が減ってきた気がするなぁ。侑は俺の妹であり、同好会で同じマネージャーだから、彼女と一緒にいる時間は多い。しかし、歩夢ちゃんに関してはそもそも話す機会がかなり減っているんだよな……今度二人で料理を作り合って一緒に食べるなんてことに誘ってみようか。

 

 

 

 ……歩夢ちゃんは相変わらず可愛いなぁ。

 

 撮影に向き合っている彼女を見てふとそう思った。

 

 いや、これは誰でも分かることだ。なんなら小さい頃からそうだ。凄いだろ? 

 

 ……何を考えているのだろうか俺は。再び集中していくぞ。

 

 

 

 余計なことを考えるのをやめた俺は、歩夢ちゃんに続いて果林ちゃん、愛ちゃんの写真撮影を見守った。

 

 

 本当はこの後も写真撮影は続くのだが、この時同じ同好会の部室でインタビューがそろそろ始まるというので、写真撮影の方は侑に任せて俺はインタビューの様子を窺いに行くことにした。

 

 俺がその現場に移動した時には、しずくちゃんがインタビューを受けていた。

 

 彼女はインタビュアーと真摯に向き合い、訊かれた質問に礼儀正しく答えていた。

 

 その姿はまるで本物の女優さんのようにも感じられた。

 

 

 

 ……そう、女優だ。しずくちゃんはこの同好会の他に演劇部を兼部しており、歌とダンスに欠かせない表現力はそこで磨き上げられている。彼女の魅力は色々あるが、一つだけ挙げるとするならばその『表現力』だろう。

 

 彼女のステージはまだ見たことがない。しかしダンスの練習を見ていても、彼女の動作一つ一つに何かしらの意味を持たせているかのように感じ取れるのだ。ホント、早くしずくちゃんのライブが見たいものだ。

 

 ……あっ、そういえば今度藤黄学園との合同演劇の方で主役を任されたというのを聞いたな。それに今目の前で行われているインタビューを聞く限り、しずくちゃんは歌手の役で歌とダンスを交えた劇になるようだ。

 

 もしかすると、そこで彼女の初ステージを観ることが叶うかもしれないな……絶対に観に行くぞ。

 

 そんなことを考えていると、インタビュアーが席を立った。

 

「……はい、ではこれでインタビューを終わりますね。ありがとうございました!」

 

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 インタビュアーのお礼の言葉に応えてしずくちゃんも立ち上がり、深々とお辞儀をして礼を述べた。

 

 どうやらインタビューが終わったようだな。しずくちゃんは写真撮影も終わったし、この後の練習のためにもここは小休憩を取らせよう。

 

 そう考えた俺は彼女に近づき、声を掛けた。

 

 

「お疲れ様。はいこれ、飲んでおいてな」

 

「あっ徹先輩、いつもわざわざありがとうございます!」

 

 事前に用意しておいた飲み物を渡すと、しずくちゃんは優しく微笑んでそう言った。

 

「良いって。インタビューで喋ると喉乾きそうだなって思ったからさ。実際はどうかな?」

 

「確かに今回は()()()インタビューより長かったので、結構喉が乾いちゃいましたね。なので、徹先輩の推察通りですよ」

 

「やっぱりそうか。良かった」

 

 

 俺が予想した通りだったようだ。余計なお節介にならないかと少し心配したのだが、杞憂であった。

 

 

「……あれ、今()()()って言ったよね? てことはインタビュー自体には慣れていたってことか」

 

 俺はしずくちゃんの言葉の中に少し気になる部分があったので、一呼吸おいてから訊いてみた。

 

 

「あ、はい。新たな劇で大きな役を貰ったときには、新聞部の方が取材に来られるので」

 

「へぇ……凄いな。演劇って結構注目されてるんだな」

 

「ふふっ、そうだと嬉しいですね」

 

 しずくちゃんは、口元に手を当てて上品に微笑んだ。

 

 

 演劇ねぇ……

 

 

 

「そういえば徹先輩はその……演劇を観られたことはおあり……でしょうか……?」

 

 

 すると、今度はしずくちゃんが、俺の顔色を窺うかのように話を振ってきた。俺はそんな彼女の様子が少し心配になるが、その問いに答える。

 

「うーん、見たことがない訳ではない。小学校とか中学校で演劇の鑑賞教室があったからそこで観たんだけど、自分から観に行ったことはないんだよね」

 

「そ、そうですか……」

 

 しずくちゃんは俺の返答に少し残念そうな表情でそう言った。俺はそれを見てさらに話を紡ぐ。

 

 

「……でも気になってはいるんだよね。演劇の鑑賞教室でも大体周りの人は観劇の途中で寝たりしてるけど、俺は一度も寝たことがないしな」

 

「本当ですか!?」

 

 するとしずくちゃんは表情を変え、目をキラキラさせて俺に迫ってきた。

 

「ちょっ、シーッ! 新聞部が色々やってるから静かに」

 

「あっ……す、すいません……」

 

 しずくちゃんを諌めると、彼女は周りにお辞儀して謝った。

 

 

 

 ……ハハッ、こんなことが前にもあったな。

 

 そう思い、俺はせつ菜ちゃんがいる方向を一瞥した。

 

 俺が生徒会長になったばかりで、菜々ちゃんが部下だった時のことだ。あんな真面目でサブカルチャーなんて全然興味ないだろうという印象があった彼女が、実はバリバリのアニメ好きだったなんて思わなかったもんだ。

 

 過去を思い返しながらも、俺はしずくちゃんに向き直った。

 

 

 

「それでだ。演劇を観るとその物語に対して夢中になっちゃうのさ。だから、演劇を観ること自体はどちらかといったら好きなんだ」

 

 俺は演劇が嫌いではない。ただ、自分で観に行こうとするきっかけがないだけだ。いざ劇場に行って観てみるとすぐに見入ってしまう。物語の展開だとか、登場人物の心情を想像したりすると楽しくなるものだ。

 

「そういうことでしたか。その気持ち分かりますよ、徹先輩!」

 

 声量は先程と比べて控えめにはなったものの、しずくちゃんは興奮を隠し切れていないようだ。

 

 これは同志を見つけた時の喜びってやつだな。ただ、俺はまだ演劇のことについてはペーぺーだし、話についていけるかも分からないけどね。

 

「……あっ。でしたら今度私が主役を演じる劇を観に来てくれませんか!?」

 

 すると、しずくちゃんはふと思い付いたのか、そう提案してきた。

 

「あぁ、藤黄学園合同のやつか。もちろん、それは元々から観に行くつもりだったぞ」

 

「ほ、本当ですか!? 嬉しいです!」

 

 

 ……しずくちゃんの笑顔が眩しいんじゃ……そして段々抑えていた声量が勢いを取り戻しつつあるぞ。お陰でこちらは彼女の笑顔で癒されるのと声量に対する心配という複雑な心境に置かれてるのだが……どうにかしてくれ。

 

 そんな状態から、ある人が声を掛けてくれたことによって解放された。

 

 

「なーに仲良く二人で話してるんだい!」

 

「ん? お、愛ちゃん。お疲れ」

 

「愛先輩!? ど、どうも……」

 

 愛ちゃんは俺としずくちゃんの間に入って、肩を組んできた。

 

 いや、愛ちゃんは愛ちゃんで距離が毎回近いんだよなぁ……

 

「うん! しずくもお疲れ〜。てっつー、しずくと仲良く話すのも良いけど、あっちもう始まってるよ?」

 

「えっ? ……あっ」

 

 愛ちゃんが指した方向を見ると、歩夢ちゃんに対するインタビューが始まろうとしていた。

 

 ……あぶねぇ。マネージャーとしての仕事を放棄するところだった……

 

 

「すまん、愛ちゃん! 教えてくれてありがとう!」

 

「どーいたしまして! 愛さんのインタビューもしっかり見るんだぞ〜?」

 

 そう言って愛ちゃんは肩組みを解いてその場を離れていった。

 

「あぁ、ちゃんと見るよ……という訳だから、また今度にしようか。しずくちゃん」

 

「あっ、はい……すみません、話し込んだあまりに……」

 

「ううん、いいよ。俺が気づかなかっただけだし、とても楽しかったよ。じゃあまた」

 

「……! はい!」

 

 笑顔でしずくちゃんは、練習のために同好会の部室の外へ行った。

 

 ……しかし、しずくちゃんがあんなに興奮するのは初めて見たな。普段はとても大人びていて、お淑やかだからそんなイメージを持っていたけど……案外無邪気なのかもしれないな。

 

 

 そう思いながら、俺はインタビューの見守りに戻った。

 

 

 




今回はここまで!
しずくちゃんと徹くんの絡みを描いてみました
ここからしずくちゃんは壁にぶつかることになりますね
その時徹くんはどうするのか!お楽しみに!
ではまた次回!
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第49話 陰り

どうも!
第49話です。
では、どうぞ〜


「じゃーん! みんなの初めてのインタビューが校内新聞に載りましたー!」

 

「「「おー……!!」」」

 

 俺たち同好会のメンバーが新聞部のインタビューを受けてから、3日くらいが経った。

 

 今日の活動を始める前に、侑はミーティングを開いてある発表をしている。

 

 それは、彼女が今言った通り、同好会についての記事が校内新聞に載ったということだ。

 

 電子版の新聞なので、侑はタブレットを持っており、その画面に新聞が映っていた。

 

 俺もみんなに知らせる前に、新聞の一面を侑に見せてもらったけど、まあ相変わらず完成度が高い。たまに校内新聞を読むことがあり、毎回ハイクオリティの新聞を出してくるなとは思っていたが、流石虹ヶ咲の新聞部と言ったところだ。

 

 ……そういや校内新聞と聞いて、俺が生徒会長になった時を思い出した。その時、俺が写った新生徒会員の集合写真が目立つように載っていてな。一面の四分の一を占めてただろうか。

 

 俺はその写真のど真ん中にいた訳なので、侑と歩夢ちゃんにもすぐ見つけられた。その日の昼休み、なんとそれを報告するためにわざわざ俺の教室まで来てたんだよね。いやぁ、あの時は恥ずかしかったな……

 

 

「みんな綺麗に撮れてる。璃奈ちゃんボード『イェーイ』」

 

「この記事のおかげで私達の認知度が上がりますね! そう思うと、更にレベルアップしなければ……!」

 

 

 部室内の大きいテーブルをメンバー全員で囲み、真ん中にタブレットを置きながらお互いが自分の感想を呟く。

 

 

 

「……かすみんも予想以上に可愛く撮れてますねぇ、うふふ〜……これはかすみんがこの中で一番良い写真が撮れたスクールアイドルってことで間違いないですよねっ!」

 

 

 かすみちゃんは、ドヤっと胸を張って周りにそう問いかけた。

 

 

「あら、それはどうかしら? クールで大人な私が一番じゃない?」

 

 

 すると、かすみちゃんの言葉に果林ちゃんが異議ありと言わんばかりに反論した。

 

 

「あっ、ならあたしの元気なスマイルも負けてないよ〜!」

 

「私も〜。おめめぱっちりさんだったから自信あるよ〜」

 

 

 ……あれ? 何か小さなバトルが始まってないか……?

 

 なんと果林ちゃんの反論に触発されたのか、愛ちゃんと彼方ちゃんもかすみちゃんに反論する。

 

 ……というか、お互い張り合ってると言ったところか。

 

 なに、記事に写る九人の写真の中で誰が一番良く撮れてるかを競うのか? それってなかなか決着つかない気がするんだが……

 

 

「ぐぬぬぬ……! こうなったら、誰が一番良く撮れてるか決めてもらいましょう……侑先輩と徹先輩に!」

 

 

「……えっ?」

 

 

 What!?!?

 

 

 ちょっ……待て。何故俺に意見を求めて来た?

 

 いや、そうか。本人たちにとって公平に評価できるのはスクールアイドルではない俺と侑しかいないから、こうなるのは自然なことなんだね。なるほどな、理解。

 

 

 ……いやいや何納得しちゃってるの俺!? そんな誰が一番なんて決める必要ないだろうが! それに、選ぶこっちの精神がすり潰されちまうわ!!

 

 こんな問いに答える必要ないよな……? いや、答えなかったら答えなかったでみんなが悲しむかもしれないし……それだけは絶対避けたい。でもそんなこの中から選んだとしても、選ばれなかった子達は悲しむかもしれないし……あぁ、どうしたものか……

 

 俺の頭の中では、様々な葛藤が渦巻いていた。

 

 

 俺のそばに近づいていた存在に気付かずに……

 

 

 いきなり俺のお腹辺りが締まるような感覚に襲われた。

 

 

「徹せんぱぁい……」

 

「うわっ!? ど、どうしたのかすみちゃん……?」

 

 

 その正体はかすみちゃんだった。抱きついてきた彼女に話しかけると、俺の目線を捉えてこう言った。

 

 

 

「かすみんが……一番ですよね……?」

 

 

 ……うわぁぁぁ!!

 

 

 その瞬間、俺の心はかすみちゃんのしおらしい表情をなんとかしたいという気持ちでいっぱいになった。

 

 ……分かった! 一番はかすみちゃんで良いから、そんな目で見ないでくれぇぇぇ!!

 

 

 その思いを即座に口に出そうと思った瞬間、今度は背中の方に柔らかな感触を覚えた。

 

 

「こらこら、嘘泣きしないの。徹が困ってるじゃない……ねぇ徹、私が一番よね?」

 

 俺が少し顔を横に向けると、果林ちゃんの顔が目の前にあった。

 

 ……えっ、今俺二人から板挟み状態になってるの?

 

 いや、男である俺にとってこの背中の感触は刺激が強過ぎる……

 

 

 それに今気づいたんだが……果林ちゃん、わざと当ててるな?

 

 かすみちゃんが嘘泣きしているのかは分からないが、果林ちゃんとはそこそこ付き合いは長い。だからそれくらい分かる。

 

 てか、俺を困らせるなって言ってる果林ちゃんが今俺を一番困らせてるんだよなぁ……後で仕返ししてやる。

 

 

 俺は二人の誘惑に必死に耐えながら、理性を保とうとしていた。

 

 

「コラコラ〜、二人とも落ち着いて。徹くんも困ってるし、まだ新聞見終わってないでしょ?」

 

 

 すると、テーブルの向かい側にいたエマちゃんが、闘争モードの二人を諌めるために声をかけた。

 

 それに対して、かすみちゃんと果林ちゃんは俺をホールドした状態のままエマちゃんの方を向いた。

 

 

「そうだよ、続き読もう! 歩夢、続きはどんな感じ?」

 

 

 それと同時に侑が仕切り直すようにして歩夢ちゃんに続きを読むように促した。

 

 

「えーっと……あっ、このページにしずくちゃんの合同演劇についての記事も載ってるよ!」

 

 

 テーブルに置いてあるタブレットを持ち上げ、画面をなぞって新聞のページを切り替えた歩夢ちゃんは、侑にそう返事した。

 

 

「あっ、しず子……」

 

 すると、かすみちゃんは俺にしか聞こえないくらい小さなの声でそう呟き、それと同時に腕の締めが緩くなった。

 

 それを勝機と見做して、俺はこの板挟み状態から脱出した。そして、俺はみんなの話題の中心人物であるしずくちゃんの方を見た。

 

 

 

 ……すると、彼女は焦るような表情で、新聞をワクワクしながら見るメンバー達を見ていた。

 

 

 おや、しずくちゃん……?

 

 

 

「それにしても、主役なんて凄いよね〜!」

 

「彼方ちゃん、絶対観に行くよ〜」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 記事を見て侑と彼方ちゃんがそう感想を述べると、それに対してしずくちゃんはいつも通りの柔らかな笑みでそう言った。

 

 

 ……しずくちゃんの表情に陰りが見えていると思ったのだが、俺の気のせいだろうか。

 

 一瞬の出来事だったため、自分が目撃した出来事に確信が持てない。

 

 

「どうしたんですか、徹さん?」

 

 すると、俺がボーッとしてたからだろうか、そばにいたせつ菜ちゃんが心配そうに話しかけてくれた。

 

「ん?……あぁ、なんでもない。それより、記事読もうか」

 

「あっ、はい! 私のインタビューも自信が持てるような出来に仕上がってるので、是非見て下さい!」

 

「そうか。後でじっくり見るよ」

 

 そうやってみんなである程度記事を見た後、普段の活動をこなしていった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 翌日、いつも通り高校の授業を受けて、午後の授業を終えた。

 

 今日の最後の授業は物理だった。俺のクラスもとい学科は理系の人が集まるので、この科目を一番得意とする人が多い。

 

 

「よーし! 最後の授業が物理なのは楽だな〜!」

 

 

 瑞翔(なおと)もその一人だ。

 

 得意な科目が最後の授業だと気が楽になるっていうのは俺も感じる。逆に現代文とかだったら……ちょっと嫌悪感抱いちゃうな。

 

 

「お疲れさん、瑞翔」

 

「おー、てっちゃんもお疲れ〜!」

 

 

 俺が隣の席の彼に話しかけると、瑞翔は陽気に返事をしてくれた。

 

 

「あっ……! ……えっとねー……」

 

 

 すると、彼は唐突に声を上げたかと思いきや、考え込むような動作をとる。一体どうしたのか気になったので、訊いてみる。

 

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「あのねー、てっちゃんに言っておかなきゃいけないことがあったんだけど……ド忘れしちゃってね、アハハッ」

 

 

 瑞翔は頭に手を当てて苦笑した。

 

 

「えぇ……ちゃんとしてくれよ〜気になるじゃ……」

 

「あっ、思い出した!」

 

 

 呆れていると、俺の言葉を遮って彼はそう叫んだ。

 

 人の言葉を遮るなって……まあいつものことだから今更気にしてないけども。

 

 

「お、まじか。教えてくれ」

 

「うん。あのね、今度藤黄学園と合同演劇があるの知ってるよね?」

 

「あぁ、知ってる。うちの同好会からも出るからな」

 

「そうその子だよ。桜坂しずくちゃんだっけ? うちのクラスの前まで来たことあったよね。あの子さ……」

 

 

 彼が話す内にいつもの気の抜けた笑顔から段々真剣な表情になっていた。そして、次の言葉で俺は途轍もない衝撃を受けることとなる。

 

 

 

 

「……主役降ろされたみたいだよ」

 

 

「……えっ!?」

 

 

 

 




今回はここまで!
徹くんがしずくちゃんの主役降板を知る回でした。
今後彼がどうするのか……お楽しみに!
ではまた次回!
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第50話 裏を表すこと

お待たせしました
今回は第50話です
では早速どうぞ!


『主役降ろされたみたいだよ』

 

 

 瑞翔(なおと)が放ったその言葉は、俄に信じ難いものであった。

 

 本当だったら驚愕した上で放心状態になるのだが、そうする暇もなく帰りのホームルームが始まった。そこで俺は僅かに振り絞れる冷静さを保ってホームルームに集中し、なんとか教室から出ることが出来た。

 

 

 しかし、そのおかげで頭の中は全く整理出来ていない。ここで少し考えをまとめる必要がある。

 

 

 そう思って俺は学校の中庭に移動して、芝生の上に座り脳内思考に集中する。

 

 今考えてみると、昨日の活動の時からしずくちゃんの様子がおかしかったことは思い出せた。みんなが彼女の記事を見て目を輝かせている中、焦ったかのような表情を見せていたのだ。あれが自分が主役から降りてしまったにも関わらず、みんなが一方的に盛り上がっていることに対する焦りだったのだと考えると、色々と合点がいく。

 

 

 ではもしそうだとして、何故彼女は主役から降ろされてしまったのだろうか? しかも一旦決定していたにも関わらずだ。このタイミングで急遽降ろされるなんてことは、よっぽど重大なことがない限りあり得ないのではと思う。

 

 

 ……いや、こんな風に考えても今回の場合は俺の予想が全く当てにならないか。演劇についてほぼ知識がないからな。

 

 演劇についても俺の知識に入れとけば良かったわ……なんで()()()にそれをしなかった? 十分だったと思ってたが……まだまだ足りないってことかね。

 

 

 

 ……あぁ、ここでウダウダ考えていても仕方ない。何かしらアクションを起こそう。

 

 

 そうだな、しずくちゃんは多分今心に傷を負っているはず。ならば、その傷を癒す必要があるだろう。それが俺の役目なのかもしれない。

 

 

 そう思い立った俺は、しずくちゃんの側に寄り添うべく立ち上がり、歩き出そうとした。

 

 その時、俺はふと早急にやるべきことを更に一つ思い出した。

 

 

「……あっ、そうだ。スマホの電源入れとくか」

 

 

 実は俺のスマホは朝学校に入る前から放課後になるまでの間、電源を切っているのだ。授業と授業の間の休み時間、スマホをいじる生徒がまあちょくちょく見受けられるが、休み時間は授業の予習や復習に使う時間だ。本来ならあまりよろしくないことである。もっとも、授業中は論外だ。

 

 ただ虹ヶ咲は自由な校風だし、そこら辺のお咎めはあまり厳しくないんだけどね。これはあくまで俺の考え方でしかない。

 

 

 ……おっし、スマホの起動が完了した。何かメッセージは来てないかな……ん? グループに何か来てるな。

 

 

 グループというのは、スクールアイドル同好会のメンバーによって構成されているL◯NEのグループチャットのことだ。

 

 

『かすみちゃん: 今日は練習休みまーす! ごめんなさい☆』

 

 

『璃奈ちゃん: 上に同じく』

 

 

 そこには、かすみちゃんと璃奈ちゃんの二人が今日の同好会の練習を休むという連絡が入っていた。

 

 

 えっ、二人が休む? これは意外だ。

 

 そうなると、今日同好会の練習を休むのは一年生組ということになる……しずくちゃんが演劇の練習に専念するために休むというのは知っていたけれども。こんなに偶然なことがあるだろうか。

 

 

 ……なんか妙だから、かすみちゃんに個別のチャットで休む理由聞いてみよう。

 

 そう思い、俺はグループの画面からかすみちゃんの個別チャットの画面に切り替える。

 

 そしてそこで、『今日練習休むみたいだけど、何か用事?』と打って送信ボタンを押して送信する。

 

 

 数十秒くらい待つと、俺が送ったメッセージの横に既読という文字が現れ、かすみちゃんがメッセージを送り返してくれた。

 

 

『はい! 実はちょっとしず子とりな子とお出かけしようと思いまして』

 

 

 えっ、しずくちゃんと……? 彼女は演劇の練習でとても忙しいという話になっているはずだが……

 

 

 ……そうか。どうにせよ二人とお出かけするならば、もしかするとしずくちゃんにとっては気分転換になるかもしれない。

 

 ならば、しずくちゃんの側に寄り添うのはその二人で十分ってことになるか……よし、同い年の二人に任せてみよう。

 

 

 そう考えていると、持っていた俺のスマホが震え、かすみちゃんから新しいメッセージが届いていた。

 

 

『あ、徹先輩も一緒に来ませんか!? きっとしず子が喜びますし! あと、このことは他の同好会の方々には内密に……特にせつ菜先輩には!』

 

 

 いやまさか、俺を誘ってくるとは……とても嬉しいけど、俺は新たにやるべきことが見つかったから、断る他ないな。

 

 

 そうしてかすみちゃんにお断りの返事をした上、同好会のグループチャットに、部室へ行くのが遅れる趣旨のメッセージを送った。

 

 メッセージのやり取りを終えた俺は、スマホをズボンのポケットにしまい、ある方向へ向かって歩き出した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 やってきたのは、バスケ部やバレー部など、多くの部活・同好会が使う体育館。

 

 

 

 体育館は校内の施設の中でも一番天井が高く、とても広い空間を持つ。そこでさまざまなイベント、スポーツやらが行われる。誰もが一度はお世話になるであろう場所だ。

 

 

 今俺の目の前では、演劇部が舞台で練習をしている。そう、俺はしずくちゃんが所属する演劇部に用があってここに来た。

 

 ついさっき体育館に入ったら、たまたま演劇部で俺と同じクラスの男の子が立っているのを見つけたので声を掛けた。俺がここに来た訳を話すと、休憩時間になるまで待っててと言われた。なので、今は彼の隣で遠くに見える演劇部の練習風景を観察している。

 

 

 多分今度の合同演劇で披露する劇の練習をしているのだろう。しかし、俺みたいな素人が見ても数多くの部分でセリフ同士の脈絡が合っていなかった。俺は、このようになっているのは主役がここにいないからだろうということに思い至った。やはり、瑞翔が言っていたことは正しかった。

 

 本来ならばここにしずくちゃんが主役として練習に参加しているはず。でも、何かしらの理由で主役を降ろされた。俺はその理由を知らなければならない。それを知った上で彼女と接するべきだと思っているから、ここに来た。

 

 

 

 練習が休憩に入ると、そのクラスメイトの子は俺が話し合いたい人を呼びに行ってくれた。しばらく待つと彼は戻ってきて、その隣には一見して大人びた女性が立っていた。その人は俺がいることに気づくと、こちらを向いて声を掛けてきた。

 

 

「お待たせ。私が演劇部の部長だよ」

 

 

 ほう、この人が……

 

 

 

 そう、俺が話し合いたい相手というのは演劇部の部長さんのことだ。

 

 大体の部は、部長をリーダーとして色々と物事が進んでいく。だから今回のしずくちゃんが主役を降りた事実や訳についても、この人は間違いなく知っているであろうと思ったのだ。

 

 

「あ、すみません。俺は情報処理学科3年の高咲徹という者なんですけれども、少し部長さんに訊きたいことがありまして……」

 

 

 ……なんだろう、同じ3年生とは思えないほどの大人びた雰囲気を持っているんだよな。見た目は肩に掛かるか掛からないかくらいの黒色のショートカットで、黒色の目をしている。なんだか果林ちゃんに似てるかもしれない。

 

「高咲……あぁ、元生徒会長さんか。集会の時に顔見てたから、覚えてるよ」

 

「おぉ、そうでしたか……」

 

 ……なんだかこう言われるのも慣れちまったな。生徒会長だった当時はこういう知名度とか気にしたことがなかった。いやぁ、人に覚えてもらえてるって嬉しいもんだな。

 

「……おや、同じ学年だしタメ口でいいよ? その方が私も話しやすいし」

 

 すると、俺の言葉遣いを察したのか気を遣ってくれた。

 

「あ、あぁ! そうだね、じゃあそうさせてもらうよ」

 

 ……ははっ、このやりとりにデジャヴを感じちゃうな。

 

 どうやら俺には、落ち着いてて大人びている人に年上年下関係なく敬語で接する癖があるようだ。

 

「うん、よろしく。それで、訊きたいことっていうのは何?」

 

 それに対して部長さんは至って冷静なので、こちらも気を引き締めて彼女に用件を話す。

 

 

「えっとな……しずくちゃんのことについてなんだけども」

 

 

「ん? 君、しずくと知り合いなのか?」

 

 部長さんは俺としずくちゃんがどのような関係なのかを訊いてきた。

 

「まあ知り合いというか……部長さんは彼女がスクールアイドル同好会にも所属してるのは知ってるよね?」

 

「あぁ、もちろん」

 

「実は俺がそのスクールアイドル同好会のマネージャーをやっててな。それで関わりがあるってところなんだ」

 

 

「あぁ……なるほどね。理解した」

 

 

 部長さんは疑問が解け、腑に落ちたようだ。

 

 すると、彼女は少し警戒するように俺を睨みながら続けて話した。

 

 

「……それで、しずくについてってことは今度の合同演劇の主役降板のことだよね? それに対する抗議とか批判を言いに来たんだったら帰ってもらうよ」

 

 

 彼女が急にキツい態度をとって来たから少し動揺してしまったが……察するに、前に役決めに対して抗議やらイチャモンをつけてきた輩がいたからなのかもしれない。そりゃそういう人を相手にするのは嫌だし、こう突き放すように接してしまうのも無理はない。

 

 

 俺への誤解を晴らすために、冷静になってから口を開いた。

 

 

「いや違う違う。俺はそんな事を言いにきた訳ではないんだ。俺が訊きたいのは……その理由なんだよ」

 

 

「理由? ……それを聞いてどうするの?」

 

 

「さっきも言ったけど、俺はスクールアイドル同好会のマネージャー。つまり、しずくちゃんのマネージャーでもある。彼女、周りに隠しているんだけど、時々辛そうな顔をしてたんだ」

 

 

 部長さんに俺の意図をちゃんと理解してもらうために、丁寧に言葉を紡いでいく。

 

 

「その時俺はどう彼女に寄り添うべきかって考えたんだ。その理由を聞いたら、解決するために一緒に悩む。そうやって行き詰まってるしずくちゃんの力になりたい……そう思ったんだ」

 

 

 俺は、しずくちゃんが主役を降りた件について今まで考えてきたことを全て部長さんに明かした。

 

 

「そっか……分かった。しずくを主役から降ろした理由、話すよ」

 

 

 すると、部長さんは一呼吸を置いてからその理由について話し始めた。

 

 

「しずくを主役から降ろした理由は、役に合ってないなと思ったからだ」

 

「役に合ってない……? それは一体どういうことなのか?」

 

「今回の物語の主役は、歌手なんだ。その役は物語上、最終的にはありのままの自分を曝け出すことになるんだ」

 

「ありのままを……曝け出す……」

 

 

「そう。その『ありのままを曝け出す』ことが、しずくには出来ていないと感じた。私も主役を今更降ろすことには酷く躊躇したよ……でも、物語を忠実に現すためには妥協できなかったんだ」

 

 

「なるほど……つまり、しずくちゃんは自分を隠しているってことか?」

 

「そういうことになるね」

 

 確かに、校内新聞のインタビューの様子を見てたから知っているが、彼女は『理想の女性像になりきるんです』と言っていた。

 

 

 そうか。自分を曝け出す……か……俺にも難しいことかもしれないな。()()()から……

 

 

「……そうか、あの時しずくが喜んでたのは彼のことだったのか」

 

 

 俺は考え込んでいたせいか、彼女から発された独り言を聞き取ることができなかった。

 

 

「……ん、すまん。今何か言った?」

 

「ううん、こっちの話だ。それより、訊いてくれてありがとう。しずくのこと、よろしく頼むよ」

 

 

 部長さんは、温かな笑みで俺にそう言った。

 

 

「あっ、うん。分かった」

 

「じゃあ、休憩時間終わるから戻るね」

 

 

 そうして部長さんは俺に背を向けてその場を去る……と思いきや何歩か歩くと再びこちらを振り返り、声を掛けてきた。

 

「あっ! あともしよければうちの演劇部に来るのはどう? うちは男の子が少なくてね。考えといてくれ」

 

「えっ……?」

 

 

 何故だか知らないが、演劇部に勧誘された。まあこの学校自体が男子少なめだから当然のことなんだけど……いやいやそういうことじゃないだよ!? 

 

 ……んん、気を取り直そう。しずくちゃんは自分を曝け出せていないということだよな……また俺には解決できなさそうな問題だ……

 

 最後に不意打ちを喰らいながらもしずくちゃんが主役を降ろされた理由を聞き、すっきりするどころか悩み込んでしまう俺こと高咲徹であった。

 

 

 

 

 




今回はここまで!
演劇部の部長は少ししか登場してないので、自分のイメージで書きました。
次回かその次でしずくちゃんの問題は解決すると思います!
ではまた!
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第51話 陰を照らしたい

どうも、大変長らくお待たせして申し訳ないです。
第51話です!
ではどうぞ!


『自分を曝け出せていない』

 

 昨日、演劇部の部長さんが口に出したしずくちゃんが抱えている課題。

 

 俺こと高咲徹は未だにこの課題をどう克服するかを考え続けていた。

 

 

 

 あの後、スクールアイドル同好会にはちゃんと途中から参加した。しかし、心の中のモヤモヤが晴れずになかなか集中できなかった。

 

 夜もなかなか睡眠が取れず、今日の授業中に少しだけ睡魔に襲われた。寝なかっただけ良かったが、久々に眠さに耐えるという感覚を味わったわ……

 

 そして今の放課後に至る訳なのだが……実は、一息ついた時にふと思い出したことがあった。

 

 

 そういえば、かすみちゃんと璃奈ちゃんがしずくちゃんとお出かけすると言っていたな、と。

 

 

 もし仮にこの二人が事情を知っていた上でしずくちゃんを誘っていたとするならば、彼女から何か話を聞いているかもしれない。そして、その話がこの課題解決のヒントになるかもしれない。

 

 今まで演劇部の部長さんの言葉について考えすぎていたせいか、そんなことに気づかなかったとは……やっぱり悩み過ぎるのって良くないな。

 

 

 

 そして俺は、二人から話を聞こうとして校内のある場所に集合するようL◯NEで連絡した。

 

 非常に唐突な声かけになってしまったが、二人とも来てくれるだろうか……? 

 

 

 ────────────────────

 

 

 やってきたのは、校内の中庭の近くにあるベンチ。

 

 まだ二人とも来てないだろうと予想していたが、集合場所が目に入ると、俺に対して話しかける声が聞こえた。

 

 

「あっ、徹せんぱーい! 待ってましたよぉ〜」

 

 

 俺の予想に反し、かすみちゃんだけが既に集合場所に来ていた。

 

 それに驚きながらも、俺は彼女に向かって手を振って駆け寄って隣に座る。

 

「よっす、かすみちゃん。集まるの早いね」

 

「ふふ、徹先輩のお呼び出しだったので真っ先に駆けつけちゃいました!」

 

「おぉ、そうだったのか……そうしてくれるのはこっちとしても嬉しいぞ。ありがとな」

 

 かすみちゃんの健気な姿に感心したのか、俺の手は無意識に彼女の頭に伸びていた。

 

「えへへ〜」

 

 頭を撫でられ、かすみちゃんの頬が緩んだ。

 

 自分のためにすぐ来てくれた、なんて言われたら誰だって嬉しいものさ。つい頭を撫でてしまうのも、かすみちゃんの可愛さもあって無理はない。

 

「そういえば先輩、聞きたいことがあるって言ってましたよね?」

 

 ……おっと、いかんいかん。本来の目的を忘れてはいけない。

 

 我に返った俺はかすみちゃんの頭から手を離し、彼女の問いに答える。

 

 

「そうそう。実は……」

 

「……あっ、もしかして……私が昨日しず子とりな子と一緒に何をしたのかが聞きたいんですねぇ〜?」

 

 

「えっ……? あぁ、それも気になるけど、すぐに聞きたいのはそれじゃなくてな……」

 

「も〜、先輩ったら知りたがり屋さんなんだから〜♡でも今回は特別にかすみんが教えてあげます! 聞いてくださいよ、実はですね……」

 

 

 俺の発言を遮りながら、かすみちゃんは昨日の出来事について話し始めた。

 

 

 凄い楽しそうな感じだから、よっぽど話したかったんだろうな。まあ俺も昨日一年生組が遊びに行くって聞いて何をしたのかは気になってたから、わざわざ彼女の話を止めるようなことはしなかった。

 

「……それで、もうとっても楽しかったんですよ!」

 

「ほう、二人と仲良くやってた訳か。楽しかったようで何よりだよ」

 

 

 どうやらかすみちゃんの話によれば、あの有名なレインボーパンケーキを完食したというのだ。俺もスイーツはどちらかと言えば好きなので、その話は耳に入っている。

 

 あの量は流石に女の子が一人で食べれる量じゃないからな……しずくちゃんと璃奈ちゃん、3人で力を合わせて完食できたといったところだろう。

 

 それに、ショッピングも3人と一緒にいれば捗ったようで、かすみちゃんは満足そうだ。

 

 

 

 ……ふむ、この話だけを聞くと、かすみちゃんはしずくちゃんに起こっている事態を知っているかどうかが分からないな……少し深掘りしてみるか。

 

 

「……で、その後は普通に帰ったのか?」

 

 

「……! えっと……あっ! そんなことより、先輩の訊きたい事ってなんですか!? かすみん、それが聞きたいです!」

 

 

 ……ん、今露骨に話を逸らしたな。これはその後何かあったということだろうか。

 

 まあ、俺からこの事は切り出すか。話を振ってくれたし。

 

 

「そうか? じゃあ単刀直入に言うけど……しずくちゃんが主演を降ろされたって話は知ってるか?」

 

「……!! 徹先輩()知ってるんですか……?」

 

 

 かすみちゃんは、先程の可愛い笑顔とは一転、真剣な表情になった。

 

『も』ってことは、そういうことだよな……

 

 

「やっぱり……そうだよ。クラスメイトから話を聞いたんだ」

 

 

「そうだったんですか……なら、昨日は私の誘いを断って何をしてたんですか?」

 

 

 すると、かすみちゃんは少しムスっとしてそう問い詰めた。多分なぜしずくちゃんのそばにいてあげなかったのか、という疑問だろう。

 

 

「演劇部の部長さんに主演を降ろした理由を聞いてきたんだ。俺も最初はしずくちゃんの所に行こうと思ったけど、その時かすみちゃんが3人でお出かけするって聞いたからさ。本人は2人に任せようって思って、他に何ができるかって考えた結果、そうすることにした」

 

 

 俺は、少し疑っている彼女に細かい訳を説明した。

 

 

「なるほど……で、演劇部の部長はなんて言ってたんですか?」

 

 

「それがな……『自分を曝け出せてないから』らしい」

 

 

「自分を……曝け出せない……?」

 

 

 彼女は、その抽象的な言葉に頭を抱える。

 

 ……少し言い方を変えてみるか。

 

「まあつまり、『本当の自分を隠している』ってことだ」

 

 

「んー……なんとなく分かったような、分からないような……」

 

 

 かすみちゃんは、それに対してある程度の理解を得たようだ。

 

 

「まあ、結構難しいことだよな……あっ、このことは本人には内緒してくれないか? 多分それを本人が聞いたら気を遣いそうだからさ」

 

 

「……確かにそうですね。分かりました」

 

 

 そうして、俺が演劇部の部長さんに話を聞いてきたことをしずくちゃんに話さないよう釘を刺した。

 

 

 俺はその『自分を曝け出せない』という言葉の意が分かっても、どうその問題を解決できるか、どう彼女にアドバイスをしてあげればいいか分からなかった。だから、かすみちゃんの意見を聞いてみたい。他者がどう思うかを聞けば、何か分かるかもしれないと思ったのだ。

 

 

「……なんか、今先輩の話を聞いて思ったんですけど……しず子は私とは違うのかなって」

 

「違う? ……それって、かすみちゃんは本当の自分を出せているってことか?」

 

 

 かすみちゃんの口から出た『違う』という言葉。その言葉の解釈はしたものの、俺の解釈が彼女が言おうとしていることと合致しているかが分からないので一応確認をした。

 

 

「そうですねぇ……私はかわいいので、自分を隠すとかそんなことはしないですから!」

 

 

 なるほど、そうか……かすみちゃんは自分が事実的に可愛いか否か関係なく、自分が可愛いと思っているわけだ。

 

 要は、自分に自信があるってことか。まあ実際にかすみちゃんは本当に可愛いとはいえ、そこまで自信を持てるというのは凄い事だなと思う。今思えば、彼女の普段の発言からも『自分が一番可愛い』という意志が如実に出ていたな。

 

 

「あっ、別にしず子を馬鹿にしてる訳じゃないですよ!? その……私も自分が嫌になったことは……ありますから……」

 

 

「えっ?」

 

 

 かすみちゃんの表情に一時影が見えた。自分が嫌になったこと……一体何があったのかを俺は咄嗟に問おうとした。

 

 

「徹さーん、かすみちゃーん!」

 

 すると、俺たちを呼ぶ声が聞こえた。

 

「あっ、りな子!」

 

 

 かすみちゃんは、暗かった顔をすぐに切り替えて璃奈ちゃんを迎え入れた。

 

 

 俺も考え込んでる場合じゃないな。

 

 

「璃奈ちゃん、来てくれてありがとうな」

 

 

「はぁ……ごめんなさい。はぁ……ずっと待たせちゃって……」

 

 

 璃奈ちゃんは少し急ぎ足で来たのか息が上がっていた。

 

「それは大丈夫だ。それよりほら、座って休んでな」

 

「分かった……ありがと」

 

 感謝の言葉を述べた後、彼女は俺の向かい側にあるベンチに座った。

 

 

 俺は少し休んでから話し合いを始めようと思ったが、璃奈ちゃんが休む事なく話を続けた。

 

 

「それで、徹さんが私達を呼んだっていうことは、しずくちゃんのことだよね?」

 

「……! ……そうだ。ついさっきかすみちゃんと少し話してたところだ」

 

 

 さすが璃奈ちゃん、察しが良くて助かるな。

 

 

「なるほど……かすみちゃん。しずくちゃんと別れた時のこと、徹さんに話した?」

 

 

 すると、かすみちゃんの方を向いて璃奈ちゃんはそう訊いた。

 

 

「えっ? ……あっ、まだだった……」

 

 

 しずくちゃんと別れた時……やっぱりその時に何かあったんだな。さっきかすみちゃんはその話題を振った時、それを逸らしたからな。

 

 

「かすみちゃん、何があったか教えてくれるか?」

 

「あっ、はい! 実は……」

 

 

 ここから、かすみちゃんの説明に璃奈ちゃんが補足する形で、別れた時の二人から見たしずくちゃんの様子を聞いた。

 

 

 

 どうやらしずくちゃんが暗い顔をしているところを目撃し、主役を降りたことを励ましたところ、本人は『大丈夫だよ!』の一点張りでそのままその場を去ったという。

 

 多分、自分のことで他人を心配させたくない、そう思った故の行動だったのだろう。

 

 

 2人が説明し終わり、俺も納得したところで、かすみちゃんがその出来事について感想を述べる。

 

 

「その時私はびっくりしました。しず子って実はこんなに頑固だったんだなって!」

 

 かすみちゃんは、参ったと言わんばかりに上を見上げる。

 

 

「……きっと、今のしずくちゃんもしずくちゃんだよ」

 

「えっ……?」

 

 

 璃奈ちゃんが放った言葉に、かすみちゃんは驚きの声を上げた。

 

 

「……多分しずくちゃんは、そういう自分を出すのが嫌なんだと思う。私もその気持ちが分かるんだ」

 

 

「……! ……あっ、そっか……」

 

 ……そうか。璃奈ちゃんも感情が表情に出せなくて悩んでたよな。

 

 自分が嫌になること……誰にでも一度はあるのかもしれないな。

 

 

「私の時は、愛さんと徹さんがグイッと引っ張ってくれた。みんなが励ましてくれた。だから、ライブが出来た」

 

 璃奈ちゃんの表情からは、自分の思いを伝えようとする意志が感じ取られた。

 

 ……俺の名が出たことに驚きが隠せないが、確かにあの時愛ちゃんがジョ◯ポリスに誘わなければ、今みたいに璃奈ちゃんはスクールアイドルになってないのかもしれない。そして、同好会のみんなの暖かい励ましがなければ、彼女の初ソロライブは実現しなかったかもしれない。

 

 

 

 ここから分かることは、誰かの力によって何かを成し遂げることが出来たということだ。つまり……

 

 

「私には愛さんと徹さんがいた。しずくちゃんには……」

 

「……っ! 私、行ってくる!!」

 

 すると、璃奈ちゃんが言いかけたことを遮ってかすみちゃんは一目散に走り出した。

 

 

 ……そうだ。さっきかすみちゃんから話を聞いたことも思い出して、今気づいたことがある。

 

 

 しずくちゃんの陰を照らすのは、かすみちゃんが適任だと。かすみちゃんが言う言葉には、説得力があるからだ。それに、こういうのは同い年の2人で話した方がお互い気が楽で、本音で話し合うことができる。

 

 俺は……彼女にその役割を託す。

 

 

「……ファイト!」

 

 

 かすみちゃんの走る姿を、璃奈ちゃんはボードを『笑顔』にして見守る。

 

 

「……頼むぞー!!」

 

 俺もそれに続いてかすみちゃんに向かって叫ぶ。

 

 

 彼女の姿が見えなくなってから、璃奈ちゃんが話しかけてきた。

 

 

「……徹さんは行かなくていいの?」

 

 

「……あぁ、俺が行く必要はない。かすみちゃんに任せるさ」

 

 

 俺は、本当の自分を隠している……いや、今思えば……()()()、かもしれないな。

 

 

「それより、そろそろ部活に戻ろうか。璃奈ちゃんは昨日サボっちゃってるでしょ?」

 

 

「うん。せつ菜ちゃんがご立腹そう……璃奈ちゃんボード『ひぇぇぇ……』」

 

 

 俺たちはそんな感じで同好会の活動に戻っていった。

 

 

 




今回はここまで!
しずくちゃんとかすみちゃんの掛け合いには徹くんは加わりませんでしたね……これも彼が抱える何かが故……それは今後明らかになっていきます。
しずくちゃん回は次の回で終わりにする予定です!この後は更新をできる限り早くしようと思っています……汗
ではまた次回!
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第52話 表裏一体

どうも、大変お待たせしました。
第52話です。
ではどうぞ!


 

 

 かすみちゃんがしずくちゃんを励ますために駆け出していく姿を見送ったあの時から、もう一週間以上経っただろうか。

 

 

 あれから色々あったのだが、それらを事細かに説明すると日が暮れそうなので省く。ただ、一つ大きな出来事を挙げるならば、しずくちゃんが無事合同演劇の主役の座に返り咲くことが出来て、合同演劇自体も成功したということだろう。

 

 かすみちゃんが彼女に何を話したのか俺はまだ聞いていないのだが、そのおかげでしずくちゃんは立ち直ることが出来たようである。俺の『かすみちゃんならやってくれるだろう』という期待に見事応えてくれるという形になった訳だ。

 

 まあ、未だに俺がしずくちゃんになんとかしてあげられなかったことは心残りではあるが……

 

 

 ……それにしても、しずくちゃんの演技は凄かったなぁ。彼女が出ている演劇というのもあり、しっかり観ようと心がけてはいたのだが、実際観ると思っていた以上にその演劇で繰り広げられる物語にのめり込んでしまった。

 

 

 まあそれが週末の出来事で、今は週が明けて月曜の早朝である。

 

 今日もいつも通り朝練で早起きし、練習場所である海辺の公園にやってきた。梅雨の最中なのであまり天気はよろしくなく、朝日は厚い雲によって覆われている。

 

 

「ふぁぁ……眠いね、お兄ちゃん」

 

 

 隣にいる侑が欠伸をしながらそう呟いた。

 

 同好会のスクールアイドルを支える役割を持つマネージャーは、他のみんなが来る前に準備をしておく必要があるので、今この場にいるのは俺と妹の侑だけだ。

 

 

 ただ、今は朝練のための準備を終えたので、今は俺たち以外で一番最初に誰が来るか待っている状況だ。

 

 

「そうだな。俺もちょっと眠気が覚めないや……」

 

 

「だよねー……ってお兄ちゃん、結構遅くまで部屋の電気点いてた気がするけど、ちゃんと寝た?」

 

 

 侑は眠そうに目を擦っている最中、ふと思い出したかのようにそう問いかけた。

 

「あぁ、気づいてたか。大丈夫、前のあれに比べたらまだ寝てるから」

 

 

 俺の言う()()というのは、スクールアイドルの知識が浅はかだったことから、そのことについて夜遅くまで調べてしまったその時のことだ。

 

 あの時は結局いろんな人に心配されちゃったな。彼方ちゃんの枕も使わせてもらっちゃったし……

 

 

「もー、夜更かしは厳禁だよ〜? 私、お兄ちゃんのこと心配してるんだから」

 

「うむ……っていやいや、そういう侑の方だって最近そこそこ夜更かしてるじゃないか」

 

「うっ……そ、それは確かにそうかもしれないけどさ……」

 

 侑も定期的に遅くまで起きてることあるんだよなぁ……多分、スクールアイドル関連の動画やらサイトを見ているからなのだろう。

 

 それにしてもほんと……侑は心配性だな。彼方ちゃんが枕を使わせてくれたあの時はちょっと寝不足過ぎたかなと思うが、今ではその反省を活かしてるつもりさ。まあ、心配してくれることはとてもありがたいことではあるけども。

 

 

 俺がそんな風に考えている間、侑が少し深刻そうな表情をしていたことに気づかなかった。

 

 

「ねぇ、あの時───」

 

 

 

「せんぱ──い!!!」

 

 

 侑が話題を切り出すかのような声掛けが聞こえたが、それと同時に背後からも可愛らしい大声が聞こえてきた。

 

 

 そちらに振り返ると、遠くから駆け寄ってくるしずくちゃんの姿があった。

 

 

「おぉ、しずくちゃん! 今日も早いね」 

 

 

「徹先輩! はい、いつもの習慣なので」

 

 

 毎日の朝練、最近一番最初にやってくるのはしずくちゃんなのだ。確か、レベルアップを図るために時間を少し早めた時からだろうか。

 

 

「でも、一昨日合同演劇が終わったばかりで疲れているんじゃないか? もうちょっと遅めに来ても……あっ、そうか。しずくちゃんって鎌倉に住んでるんだったっけか」

 

 

「はい。電車の本数も限られているので、一本後に乗ると遅刻になってしまうんですよ」

 

 

 そうだった……しずくちゃんは鎌倉からここまで約1時間半かけて来ているんだった。俺たちみたいに近所から来ている者だったら決められた時間にジャストで行けるが、それは難しいんだな。

 

 

 遠くから学校に通うって俺だったら難しいだろうね……早起きあまり得意じゃないし。

 

 

「しずくちゃん、おはよう! ……あっ、ごめん。少しトイレに行ってもいいかな?」

 

 

 すると、侑はしずくちゃんに挨拶した後に少し苦笑いをしながらそう訊いてきた。

 

 俺がそれに行っていいよと伝えると、彼女はトイレがある方向へ向かって行った。

 

 

 これで、この場にいるのは俺としずくちゃんの二人のみになった。

 

 

 沈黙が少し続いた後、先に口を開いたのはしずくちゃんだった。

 

 

「そういえば、徹先輩」

 

 

「ん、なんだ?」

 

 

「その……私が一時主役から降りて、その時先輩は私のために動いてくれたんですね」

 

 

「あぁ、そう……えっ!?」

 

 

 待て待て、なぜしずくちゃんがそれを知っているんだ!? かすみちゃんには口止めしたはずだし、俺が演劇部部長に話を聞きに行ったことは彼女にしかしていないはずだ。まさか……

 

 

 ……いや、待て。これでかすみちゃんを疑うのはよろしくない。他に情報が漏れる原因があるかもしれない。よし、こうなったらしずくちゃんに訊いてみよう。

 

 

「えっとな……その話はどこから聞いたんだ?」

 

 

「あっ、それはうちの部長から聞きました。先輩が聞きに来られたと」

 

 

 ……あっ。

 

 

 しまった……肝心な演劇部の部長さんに口止めするのを忘れていた。

 

 

 俺としたことが詰めが甘すぎた……まあ、あの部長さん口止めしようにも出来なさそうな雰囲気あったから、仮に対策していたとしても無理だったかもしれんな、うん。

 

 

 

 それに結局しずくちゃんに何もアドバイスしてあげられなかったし、客観的に見たら一体何をしたかったのかって感じだろうな。

 

 あぁ、俺はまだまだ未熟だ……

 

 

 そう脳内でこれでもかと自虐していると、しずくちゃんが話を続けた。

 

 

 

「それで、先輩に感謝を伝えたくて……ありがとうございます」

 

 

 すると、彼女はそう言って頭を下げた。あまりの予想外の言葉に、俺は驚きを隠せない。

 

 

「えっ……いやいや俺、しずくちゃんに何もしてあげられなかったぞ? 別に感謝される筋合いはないと思うのだが……」

 

 

「そんなことはありません! 私が悩んでいたことを先輩が知ろうとしてくれた事実を知った時、とても嬉しかったんです。だから……本当にありがとうございました」

 

 

 彼女の視線は真っ直ぐで、俺を見つめていた。

 

 

 

「そ、そうか……お安い御用だよ」

 

 

 俺はその眩しさに思わず目を逸らしてしまった。なんか、ここまで素直に言われると照れるわ……

 

 

 

「あ、そういえば! 一昨日の劇のことでさ……」

 

 

 あまりの恥ずかしさに話題を振ろうとして彼女に話しかける。

 

 

「あ、はい! いかがでしたか?」

 

 

「うん、とても良かったぞ。しずくちゃんをはじめとしたみんなの演技に惹かれちまってさ……劇の初っ端からもう物語に世界に引き込まれたんだ」

 

 

 

 今回藤黄学園の合同演劇で披露されたのは、『荒野の雨』という題名の劇である。主人公は新人の歌手で、彼女の目標は『誰かにとっての理想のヒロインになりたい』というものだ。

 

 しかし彼女の人気は全くと言っていいほど出ず、彼女が歌っている劇場の主から『このまま歌わせることはできない』と言われてしまう。そんな中で『理想のヒロイン』を演じるのではなく、『ありのままの自分』を曝け出してパフォーマンスをしなければいけないのかという結論に至る。

 

 しかし、そこから彼女は周りからの見られ方を気にして葛藤する。そんな中でも、彼女はありのままの自分を受け入れ、嫌われるかもしれないという不安を乗り越え、無事にパフォーマンスをすることが出来てハッピーエンドを迎える。そんなエピソードだった。

 

 

「そうでしたか! 私達は日々演技の表現をどうすればいいのか試行錯誤してきたので、そのように言ってくださるとそうした甲斐があります」

 

 俺の感想に対して、しずくちゃんは嬉しそうに微笑みながらそう答えた。

 

 その劇において、どのように表現をすべきかという疑問に正解は存在しないのだろう。しかし、その中でも観る者を満足させる最適解を見つけるために、日々探求しているのだろうと俺は想像している。

 

 

「あと、歌のパフォーマンスをするところも良かったな。しずくちゃんの新たな一面が見れて、凄く新鮮だった。そこら辺無事に乗り越えられて良かったな」

 

 

「あぁ……はい、かすみさんが励ましてくれたお陰で、勇気を振り絞ることが出来ました……あの、皆さんはどのような反応を……?」

 

 

 しずくちゃんは不安そうに訊いてくる。

 

 みんなっていうのは、同好会のみんなのことか……

 

 

 そういやしずくちゃんが主役から降りたという噂は、かすみちゃんと璃奈ちゃん、俺以外は未だに誰も知らないみたいなんだよな。一年生のクラスの間ではその話題が飛び交っていたようだが、逆を言えば二年生と三年生は全く知らなさそうな感じに見えた。

 

 それで一つ疑問が浮かんでな……『何で俺は知ることが出来てるんだ?』ってことだ。

 

 そこで、そのことを教えてくれた瑞翔(なおと)にどうして知っていたかを訊いてみると、『僕の耳には色々な情報が入ってくるんだよ。色んな情報がね……分かるかい? ワトソンくん』とか変なノリで返答してきたのさ。全く、あいつは未だにミステリアスな部分があるんだよな。

 

 

 ……あかん、本題に戻さなければ。確かに、あのパフォーマンスがみんなにどう思われたかは気になるよな。

 

 

 俺としては彼女のパフォーマンスは、今まで彼女が隠していた素直な自分を曝け出していた。歌詞の中にも大胆な一面が見受けられたり、挑戦的な表情も見ることが出来た。

 

 衣装も、白と黒の2つの生地が交わり合って重なったフリルとなっていた。これは、白を表の自分、黒を裏の自分として、お互いを受け入れた上で表裏一体となったという意味合いがあるのだろう。

 

 そんなパフォーマンスにみんなはどんな反応したか。それはもちろん……

 

 

「うん、みんなとても興奮してたよ。歩夢ちゃんは感動して涙流してたし、かすみちゃんなんて今まで見たことないくらい盛大に拍手を送ってたよ」

 

「そうでしたか……! 良かった……」

 

 すると、しずくちゃんの張り詰めた緊張感は解け、胸を撫で下ろした。

 

 かすみちゃんに励まされ、自信がついたとはいえ、それでも不安は残っていただろうな……

 

 

「ハハッ、これで悩みは解決したってところかな?」

 

「……えっと、はい! そうですね。 アハハハ……」

 

 

 

 ん? 今少し返事までに間があったな。

 

 

 これはもしかすると、まだ何か悩みがあるのかもしれない。

 

 

「……もしまた何か悩みがあるなら、言ってよな」

 

 

「……! ……先輩にはバレてしまいますか」

 

 

 しずくちゃんは苦笑いしながらも、一呼吸吐いてから自分の胸の内を明かし始めた。

 

 

 

「今後のスクールアイドル活動のことです。今の私は、自分を出してパフォーマンスをすることが出来るようになりました。そうすると、今まで理想を演じてきたスタイルと、自分をそのまま出すスタイル、どちらも共存する形になると思うんです。そこで少し、これで良いのかなって思っちゃいまして……」

 

「ほう……何故そう思ったか訊いてもいいか?」

 

「はい……私がスクールアイドルになって、公で一番最初に披露した曲があの曲なんです。でも、あの曲は私の本来のスタイルとは異なっていて、仮に私が今後本来のスタイルでパフォーマンスをしていったら、あの曲で私を知ってくださったファンの皆さんが戸惑うのではないかと思いまして……私は、ありのままの自分を出すスタイルでやっていくべきなのでしょうか……」

 

 

 ……なるほど。彼女の懸念するところは理解できた。

 

 

 極論で言い換えれば、2つのスタイルを混在させた場合に、ファンが混乱するのではないか、という懸念だろう。

 

 まあ、あの曲を歌っているしずくちゃんしか知らない人が、本来の『理想の誰かになりきる』というスタンスでパフォーマンスをするのを観れば、驚くことは間違いないだろう。

 

 でも……

 

 

「うーん……その心配は必要ないと思うぞ」

 

「……えっ?」

 

 

 しずくちゃんは、予想外の返答に驚いているようだ。

 

 

「理想を演じる……自分に素直になる……俺はどちらの面も見せてくれるしずくちゃんを見てみたいけどね」

 

 

 俺は、自分が彼女に対して思っていることを丁寧に言語化して伝える。

 

 

「確かにしずくちゃんの言う通り、あの曲を見た人が理想を演じるしずくちゃんを観たらびっくりするだろうね。でもだからといってその人がしずくちゃんのことを嫌になるとは思えないんだ。だって、どちらのしずくちゃんも素晴らしいから」

 

 

「徹先輩……」

 

 

「俺だって、理想を演じるために練習してるしずくちゃんを今まで見てきた訳だし、その魅力を分かってるつもりさ。だから……そこは自信もってくれ」

 

「……!」

 

 俺の言葉に、しずくちゃんは大きく目を見開いた。

 

 これが俺の正直な感想だ。決してお世辞とかじゃない。お世辞だとか思わせないように、真剣に言葉を紡いだつもりだ。

 

 

「お待たせ〜! ごめんごめん遅くなって……あれ、何かお取込み中だった?」

 

 

 すると、トイレから戻ってきた侑がこちらに駆け寄ってきた。

 

 俺としずくちゃんの様子を見て、彼女は何か察したようで、そう話しかけてきた。

 

 

「いや? 何でもないよ」

 

「ほんと〜?」

 

「ホントだって……ところで侑、一昨日のしずくちゃんの歌とパフォーマンス良かったよな」

 

 俺は、侑の問い詰めを避けるために話題を変えた。

 

 

「えっ? ……あ、うん! しずくちゃんの見たことない一面が見れた気がして良かったよ!」

 

 話題が変わったことに困惑しながらも、侑は興奮気味にそう答える。

 

 

「でしょ? じゃあさ、もしあんなしずくちゃんと今までのしずくちゃん、これからどちらかしか見れなくなる、ってなったらどっちを選ぶ?」

 

 

 ここで、侑にこんな質問をしてみる。すると……

 

 

「……え、何その究極な二択!? そんなのどちらも選べないよ〜、どちらのしずくちゃんも好きだから!」

 

 

「っ……!」

 

 

 すると、侑の言葉にしずくは頬を赤くする。

 

 

 ……予想通りの返答が来てくれて良かったぜ。

 

 

「ハハッ、その答えを待ってたんだよ……ほらね?」

 

 侑にこの質問の真意を伝えた後、今度はしずくちゃんの方を向く。

 

 

 侑だってみんなだって、どちらも見たいと思ってるんだ。どんなしずくちゃんでも、俺は受け入れる。

 

 

「先輩……ありがとうございます! 私、先輩と会えて良かったです」

 

 

 しずくちゃんの表情には、迷いはもうなくなっていた。

 

 

「……あっ! ねぇねぇしずくちゃん、ちょっと一昨日の劇の話してもいいかな!? 私しずくちゃんに言いたいことが沢山あるんだ!」

 

 

「侑先輩……えぇ、良いですよ。まずどこから話しましょうか……」

 

 しずくちゃんは侑と一昨日のことについて話すようだ。そういやこの二人、あまり絡むところを見かけなかった気がする。仲良くなる良い機会だろう。

 

「……あっ、徹先輩!」

 

「おや、どうした? しずくちゃん」

 

 すると、しずくちゃんは侑の横から顔を出して俺の方を見て声を掛けてきた。

 

 俺がそれに応えると、しずくちゃんはこう続けた。

 

 

「今度、いつか演劇を見に行きませんか? 私、先輩におすすめしたい作品がありまして……!」

 

 

「おぉ、いいな! じゃあ、近いうちにな!」

 

 

 なんと、しずくちゃんから演劇を観に行こうと誘われたのだ。

 

 演劇な……実は昨夜俺が少し夜更かししたのは、演劇についての知識をつけていたのだ。こりゃ、一緒に観に行く前に徹底して調べなきゃな。

 

 

 

「……うわっ、眩しっ!?」

 

 すると、俺の視界が端からいきなり白くなった。何かと思えば、雲のほんの僅かな隙間から覗いた朝日の光だった。

 

 

 今日は太陽の光を見れない程の曇天だと思ってたが……なんだか、今日はいい事がありそうな気がするな。

 

 

「おーい! てっつー、ゆうゆ、しずくー、おまたせー!」

 

 おっ、愛ちゃんの声だ。そろそろ朝練の時間か。よし、今日も頑張っていくか! 

 

 

 

 




今回はここまで!
今回にてアニメ第8話の内容を終えた形となります。
この後は少しオリジナル回を挟んで第9話に進んでいこうと思ってます。
アニメ2期が迫ってますね。どんな内容なのか楽しみです。
ではまた次回!
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第53話 即興からの施し

どうも!
今回はオリジナル回、第53話です。
ではどうぞ!


「んー……静かだなぁ」

 

 

 ここで一句。

 

 

 部室入り

 競ってやっと

 一番乗り

 

 

 

 どうも。同好会の部室で一人佇む高咲徹だ。

 

 

 しずくちゃんの悩みを聞いてなんとか解決したのは今朝の話で、今はその日の放課後となっている。

 

 今日の放課後は、一直線でこの同好会の部室へやって来ることが出来た。

 

 普段は大体他の同好会のメンバーが先に来ていたりするので、部室に一番乗りをすることが出来なかった。

 

 それがなんと、今日に限っては俺が一番乗りだったのだ。実際一番乗りだからといって何か特別なことがある訳でもないが、なんだか嬉しくて思わず五七五を詠んでしまった。

 

 

 

 ……てか俺が詠んだ五七五、字余りしてたわ……まあそんなことはどうでもいいか。

 

 

 そんな訳で俺は部室にて一人で優雅にミルクティーを……飲む余裕なんぞなく、部室のテーブルを使って同好会の活動記録ノートを振り返ったり、書き入れたりしている。

 

 

 この活動記録ノートは、主に俺と侑が書き込んでいるものだ。日々の活動や練習の内容、俺たちから見たメンバー達の体調、または何か意見交換が行われた時に出たアイデアなど……同好会で起きた出来事をこのノートに記録している。

 

 記録というのは大事なことだ。近い未来、過去にどのようなことをしていたかを振り返るための手段になる。そしてそれが、何かしらのアイデア、発想を生み出すきっかけにもなり得る。この同好会の発展には欠かせないものだ。

 

 だから、そんな大切なノートと俺は真剣に向き合っているのだ。優越感に浸っている場合ではない。例え寝不足でもな。

 

 

 ……そういや、俺の次に来るメンバーは誰だろうか。早く来ている子と言ったら、エマちゃんとか愛ちゃん辺りか? さて、二番乗りの子はいつ来るだろうか……? 

 

 

 集中する、と言ったにもかかわらずそう考え始めてしまっていたその時、部室のドアが開く音が聞こえた。ノートを見ていた俺はその音に気づき、誰が来ただろうかと目線をそちらに向けると……

 

 

「あら、徹さんが先に来てたのですね! お疲れ様です!」

 

 

「あれ、せつ菜ちゃんか! お疲れ。珍しいな」

 

 

 二番乗りだったのは、なんとせつ菜ちゃんだった。これは予想外だ。

 

 彼女は生徒会長でもあるので、大体生徒会の仕事がある時はその仕事を終えてから遅れてやって来ることが多い。彼女が早くからここに来ているのを見たことがないな。

 

 

「珍しい、とは……?」

 

 

 俺の声掛けに首を傾げるせつ菜ちゃん。

 

 

「せつ菜ちゃんって、いつもはなかなかこんな早めに来ないからさ。生徒会の仕事は一通り終わったってとこかな?」

 

 

「あぁ、そういうことでしたか。はい、昨日のうちに処理すべき書類に目を通しておいたので、今日は早めに来ることが出来ました!」

 

 

 なるほどな。まあ確かにこの時期はそこまで生徒会の仕事は少なめではあるか。もう少しすると期末テストと夏休みがあって忙しくなるけども。

 

 ふふっ、せつ菜ちゃんが嬉しそうな顔してて何よりだ。

 

 

「そうかそうか、それは何よりだな。でももうすぐしたらまた忙しくなるよな。その時はまたお手伝いに行こうか?」

 

 

「えっ!? そんな、また徹さんに手間を掛ける訳には……!」

 

 

 せつ菜ちゃんはあわあわ焦った様子だ。そんな遠慮しなくていいのになぁ。

 

「いいっていいって。そうすれば、練習できる時間が増える訳だからさ。また協力させてくれ」

 

 

「……そうですね。いつもありがとうございます。じゃあ、その時はまたお願いしますね」

 

 

「うむ、それでいいんだ」

 

 よし、また生徒会で仕事を手伝えるぞ。やっぱりあそこにいるのが一番落ち着くんだよな、未だに。いや、職業病はなかなか治らないね。

 

 

 そうしみじみと感じていると、外からザワザワと話し声が聞こえてきた。その正体は、部室のドアが開けられた瞬間に明らかになった。

 

 

「ちっす〜! おぉ、まだ人が……あっ、てっつーにせっつーじゃん!」

 

「せつ菜ちゃんが先にいるなんて珍しいね。チャオ〜」

 

「こんにちは。久々の部室でなんだか懐かしい感覚になりますね」

 

 

 やってきたのは、愛ちゃんにエマちゃん、そしてしずくちゃんの3人であった。なんだろう、この3人組というのも珍しい気がする。

 

 

「これは御三方、こんにちは! その様子だと、朝練の疲れはとれたみたいですね」

 

 

「そうだね〜、練習のペースにも慣れてきたかも」

 

 

「私も演劇部のこともありながら、そこまで疲れませんでしたね」

 

 

 せつ菜ちゃんの言葉に、3人は相槌を打つ。

 

 

「そうですか……なら、もう少しキツくしても良いかもしれませんね……」

 

 

「「えっ……!?」」

 

「おー! 練習がキツくなればなるほど、愛さんは燃えるよ〜!」

 

 

 顔が青ざめたエマちゃんとしずくちゃんに対して、むしろ大歓迎な様子の愛ちゃん。

 

 

 彼女達が更なる高みを目指すためにも練習量は少しずつ増やしていく必要があるのは間違いない。間違いないのだが……

 

 

「まあまあ、まだみんなの様子も見てないし、それについては後々話そう。ところで、廊下から君達の楽しそうな話し声が聞こえてきたんだけど、何か話してた感じか?」

 

 

 話題を切り替えようと、俺はみんなに話しかける。

 

 

「あー、しずくのことかな? あの時の合同演劇が凄かったよー! って話してたんだ」

 

 

「そうなんです! 愛さんもエマさんも、凄い勢いで褒めてくださるものですから、びっくりしました」

 

 

「だって、本当に凄かったって思ったんだよ! 思わずしずくちゃんに見惚れちゃったな〜」

 

 

 なるほど。まあそりゃあんなの見せられて何も感じないはずがない。今朝話した時は不安そうなしずくちゃんだったが、二人の感想を聞けて今度こそ安心できたのではないだろうか。

 

 

「私もです! ライブのパフォーマンスも心に来るものがありました! 素晴らしい表現力で尊敬しちゃいます!」

 

 

 3人の話を聞いていたせつ菜ちゃんも、しずくちゃんに劇の感想を述べた。

 

「そんな、尊敬だなんて……いえ、そう言っていただけると自信になります」

 

 

 そうだな。せつ菜ちゃんの言う通り、しずくちゃんの表現力はこの同好会のメンバーの中でも一番なのではないかと思う。スクールアイドルとしての彼女の武器だろう。自信の持って使えるスキルだ。俺はそう思うんだ。

 

「あー、愛さんもしずくみたいに舞台の上で何かを演じてみたいな〜」

 

 

 すると、愛ちゃんが腕を組んでふとそう呟いた。

 

「確かに……それか、同好会のみんなで劇やってみるのも良いかもね〜」

 

 

 エマちゃんは、愛ちゃんの言葉に同意を表した。

 

「でも、11人は少し多くないですか? 役分けが大変そうですし……」

 

「あっ……そっか」

 

 

 確かに、せつ菜ちゃんの言う通りこの同好会には10人+俺の11人がいる。これならサッカーをやれる人数であり、演劇にそこまで人数は必要ないだろう。やったとしても、数人は出番が少なくならざるを得ないだろう。

 

 

 

「あの……一つ提案があるんですが、いいでしょうか?」

 

 

「おう、良いよ。なんだ?」

 

 

「今から私たちでやってみるというのは如何でしょう?」

 

 

「「「……えっ?」」」

 

 

 ────────────────────

 

 

「それじゃあ、始めますよ〜……よーい、アクション!」

 

 

 しずくちゃんの掛け声とともに、カチンコの音によって物語が始まる。

 

 

 ……そう、今俺たちは即興劇というものにチャレンジしているのだ。

 

 

 即興劇では、その場で設定やキャラをどうするか話し合い、披露する劇だ。どうやら演劇部の練習にも取り入れられているらしい。多分、アドリブ力が鍛えられるからなのだろう。

 

 それで、しずくちゃんは監督として劇自体には参加せず鑑賞するとのことなので、愛ちゃんとエマちゃん、せつ菜ちゃんの3人と劇をすることになったのだが……

 

 登場人物を話し合う時、俺が主人公をやるということだけは即決した。

 

 いやどうしてや……俺は脇役が似合うと思うのだがな。というか、こういう劇をやるのも幼稚園とか小学校でやった発表会以来で、そんな主人公の大役を任されるほどの演技力はないのだが……

 

 

 そんなこともあって色々設定を考えていたんだが、どういうジャンルにしたかというと……いわゆる正義が悪をやっつけるヒーローものだ。

 

 

 これはせつ菜ちゃんの提案だったのだが、最初はまるっきり特撮っぽいものをやりたいと言っていた。まあ言ってしまえば、仮面ラ◯ダーみたいなやつだ。ただそうすると流石に世界観が限られてしまうので、抽象化してヒーローものとした。

 

 

 ……さて、最初のワンシーンだ。

 

 

 

「マズいなぁ……迷子になっちまった。どこだここ……?」

 

 

 主人公である俺は、世界を旅する剣士である。途中、森の中で迷子になってしまう。このアイデアはエマちゃんからだ。自然豊かな舞台が良いとのことだ。

 

 

「誰か助けて────!」

 

 

「ッ……!? こっちから聞こえたか。今行くぞ!」

 

 

 すると、森の中からだろうか、悲鳴が聞こえてきた。俺は即座に声の方向へと走り出した。

 

 

 

「あれか……君、怪我はない!?」

 

「……うん、私は大丈夫。でもお姉ちゃんが……!」

 

 

「お姉さんがいるんだね……これは()()の仕業以外あり得ないな」

 

 

 主人公に助けを求めたのは、この森に住む一人の少女だった。彼女には姉がいて、その姉が悪者(ヤツ)に襲われているという状況だ。

 

 ちなみに、今その少女を演じているのはエマちゃんだ。

 

 まさかあのメンバーの中で最年長が妹役をするとはな……じゃんけんで決まったから仕方ない。

 

 

「お姉ちゃんが居なくなるなんて私……イヤだよ……」

 

 

 彼女の手は、恐怖からか小刻みに震えていた。

 

 

「……大丈夫だ」

 

 

 そして、俺は彼女の恐怖感を拭うために、優しく励ましてから姉を助けにいく……

 

 

「「「「……!?」」」」

 

 

 ん……? あっ、やべ。予定にはないのにエマちゃんの頭を撫でてしまってるじゃないか……いや、ここで演技を止めるのは中途半端だ。続けよう。

 

 

「必ず君のお姉ちゃんを救ってみせる。またお姉ちゃんと一緒にいることもできるさ」

 

 

 エマちゃんは、口をポカーンと開けながら俺を見つめている。

 

 

 

「それも、君が大声で助けを呼んでくれたからさ。勇気を持って行動してくれて、ありがとう。お姉ちゃんの場所を教えてくれるか?」

 

 

 俺はそう言った後、彼女の案内に従って、お姉ちゃんの元へ行く流れなのだが……

 

 

「……」

 

 

 エマちゃんは未だに変わらず動きがない。頬を赤くなってるし、どうしたのだろうか……

 

 このままでは物語が進まないので、彼女に話しかけようとしたその時。

 

 

 

 

「こんにちはー! 誰がい……?」

 

 

 部室のドアが開いてやってきたのは侑だった。

 

 彼女が部室を見渡そうとすると、俺らの様子を見てしばらく固まった。

 

「ゆ、侑……よう、遅かったな」

 

 変な空気が漂いながらも、俺は声を掛けると……

 

 

「お兄ちゃん……う、うん、日直だったからさ。それより……何してるの?」

 

 

 えっ、何してるって……

 

 

「……あっ」

 

 

 うわっ、まだエマちゃん頭に手を置いたまんまだった……! 今気づいてやっと手を離したけど、大丈夫かな……

 

 

「こーんにちはー!! 皆さん元気……あれ、これはどう言う状況ですか?」

 

 

 すると、今度はかすみちゃんが部室の中に入ってきた。この変なタイミングで部室入りラッシュが到来しちまったのか……!? 

 

 

「あっ、かすみちゃん。なんかまたお兄ちゃんがタラシ属性を発動しちゃったみたい」

 

 

「あー……なんとなく分かりました。そろそろ徹先輩を成敗する必要がありそうですね?」

 

 

「うん、そうだね。私も加勢するよ」

 

「侑先輩がいるなら心強いです!」

 

 

「……ちょっ、君達どうした!?」

 

 

 

 えちょっ、待て待て! なんか物騒な会話になってるし!? しかもまたタラシってやつかよ……相変わらずその意味が分からねぇ!! 

 

 

 

 これは一緒に演じてたメンバーに釈明してもらうしかねぇぞ……

 

 

 そう思って横にいた愛ちゃんとせつ菜ちゃん、しずくちゃんの方を見ると……

 

 

 

 

「……劇の方はここまでにしよ! てっつー、一旦二人に施しを受けてもらった方がいいよ! ガンバ!」

 

 

「あはははは……ご武運を祈ります」

 

 

「これは仕方ありませんね。この即興劇の続きはまた私と二人でやりましょう。ね?」

 

 

「あっ、ちょっしずく!? 抜け駆けはダメでしょ!」

 

「しずくさん!? それはずるいです!」

 

 

 三者揃って見捨てられたぁぁ!! えっ、施しってなんだ? マッサージでも受けるのか俺? 成敗するとか言って実はマッサージだったとか……な訳がないでしょうが! 確実に痛い目に遭うやつだろ!! 

 

 ていうか最後のしずくちゃんの発言でまたなんか争いの火種が着火された気がするんだが……あーもうカオスだ。

 

 

「さて先輩、覚悟はいいですかぁ……?」

 

「お兄ちゃんがタラシじゃなくなるくらい、くすぐっちゃうよ……」

 

 

 そう絶望に打ちひしがれいると、悪魔の手はもう迫っていた。

 

 

 ……もう、どうにでもなれ。

 

 

 そしてこの後、我に返ったエマちゃんと後から来た歩夢ちゃんに止めてもらうまでの間、俺は施し(くすぐり)を受けた。

 

 そして、部室の隅で焦りながら様子を伺う璃奈ちゃん、ノリノリで観客と化していた彼方ちゃん、落ち着いて傍観する果林ちゃんがいたとか。

 

 

 




今回はここまで!
少しネタを盛り込んでみました笑
でもエマちゃんが妹というのも……いいですよね。
次からは多分原作第9話の内容に入っていきます。
原作の方も2期が始まってますね。早く書きたい……
ではまた次回!
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第54話 人気者

どうも!
第54話です。
今回から原作1期第9話の内容に入ります。
ではどうぞ!



 

 

 話をしよう。あれは俺が学食で昼飯食っていた時のことだが……

 

 隣のテーブルに二人の生徒が座っていた。その子達はこんな会話をしてた。

 

『そういえば、この前藤黄とうちの演劇部の合同演劇があったじゃん? 主演の桜坂しずくちゃんの歌、かっこよかったなぁ……彼女、スクールアイドル同好会にも所属してるんだっけ?』

 

『多分そうだと思う! あとスクールアイドル同好会と言えば、近江彼方さん……だっけ? あの人のライブも良かったよね! 私、スクールアイドルが気になってきたかも』

 

 

 それを聞いた俺は、なんだか誇らしくなってしまった。別に俺自身が賞賛されるようなことをした訳でもないんだが、やっぱりうちの同好会がこう話題に出されると嬉しくなるよな。

 

 

 どうも、少し気分良さげな高咲徹だ。

 

 最近、うちの同好会のことがよく耳に入るようになった。

 

 合同演劇の主役にしずくちゃんが出て、彼女がスクールアイドル同好会にも所属していることが校内に知れ渡ったことが大きかったのだろう。

 

 つい昨日も、クラスメイトから同好会のことについて聞かれた。

 

 その子とはよく勉強について訊かれて教える仲だったんだが……まさかうちの同好会のことで話すとは思わなかったな。

 

 そんなこともあり、日に日に同好会の注目度が上がっていることを実感しながら、今は部室へ向かっている途中だ。

 

 

「……」

 

 すると、少し遠くによく知った子がいるのを見つけた。何気にこのタイミングで彼女を見かけるのは初めてかもしれない。

 

 そう思いながらも、俺はその子に近づき声をかけた。

 

「よっ。調子はどうだ?」

 

「あら、徹じゃない。えぇ、上々よ」

 

 

 俺が見つけたのは果林ちゃんだった。彼女はいつも通り冷静な様子だ。

 

 

「果林ちゃんもこれから部室に行くんだよな。一緒に行かないか?」

 

 

「そうね。話しながら歩きましょ」

 

 目的地が同じであるのでそこまで一緒に同行しようと果林ちゃんに誘うと、彼女は快くその提案を受け入れてくれた。

 

 

 そうして、俺たちは止めていた足を再び動かして部室がある建物の方へ向かう。

 

 

「なぁ、最近読者モデルの仕事は順調か?」

 

 そういや果林ちゃんのスクールアイドル活動以外のことはしばらくの間聞けていなかったと思ったので、彼女にその話題を振った。

 

 

「えぇ、特に問題なくそっちの活動も続けてるわよ」

 

「そうか……食事のバランスとかも変わらず続けてる感じか」

 

「当たり前じゃない。この体型を維持することは、スクールアイドルになってからも変わらず大事にしてるわ」

 

 

「ふむ……それは何よりだ」

 

 

 当たり前ねぇ……そうサラッと言えちゃうところ、果林ちゃんは凄いなぁって思うんだよな。俺なんて体型はあまり気にすることないしな……

 

 ただ俺もそこそこ運動とかはしてるから、ある程度痩せてるし、筋肉もつけてるとは思ってる。ムッキムキかと言われたら……そこはやっぱり肯定できる自信がない。果林ちゃんは人にはなかなか出来ないことをやって退けているのだ。

 

 

 

 読者モデルってことは、普段から誰かに撮られるのは慣れてるってことだよな。てか、実際何枚くらい写真撮られてるんだ? 気になるな……今度読者モデルの撮影現場で果林ちゃんが撮られている様子を見てみたいものだ……

 

 

「……あっ」

 

「? どうかしたの?」

 

 すると、俺はほんの少し前に果林ちゃんに言われていたことを思い出した。

 

 

「そういえばさ……今度果林ちゃんの読者モデルの現場に行くって話してたよな……」

 

 

「えっ? ……あっ」

 

 なんか果林ちゃんも忘れてたっぽい反応してるか? ちょっと確認してみよう。

 

 

「もしかして……忘れてたか?」

 

「!? そ、そんな訳ないじゃない! ……そんなことより徹、貴方もこのこと忘れてたんでしょ?」

 

 

 少し慌てた果林ちゃんだったが、今度は俺に仕返しと言わんばかりにそう訊いてきた。

 

 

「えっ……んーっと、それはな……」

 

「白状しなさい」

 

「忘れて大変申し訳ありませんでした」

 

 果林ちゃんが物凄い剣幕になった瞬間、俺は条件反射で彼女に頭を下げた。

 

 あれ確か言われたのって……果林ちゃんが同好会に入部してから割とすぐだったよな。それからもう1ヶ月……経ったか? なんで忘れてたんや……確かにこの1ヶ月色々あって忙しくて暇がなかったし、細かい日程は決めずじまいだったから仕方ないんだけどさ……もう、こんな人目のあるところじゃなかったら土下座してたかもしれないわ。

 

 

 

「はあ……私もごめんなさい。忙しくてすっかり忘れてしまってたわ」

 

 一方の果林ちゃんは、さっきの形相とは打って変わって申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「いや、こちらこそ申し訳ないな……それでさ、一つ提案があるんだけど……」

 

 この暗い雰囲気をなんとか変えようと思った俺は、ある提案をしようとする。

 

 

「何? モデルの仕事なら、ちょうど今日の放課後にあるわよ」

 

 

 すると、察しの良い果林ちゃんはそう教えてくれた。

 

 今日は……

 

「おっ、そうか。今日か……ちょうどいいな。今日は同好会の練習は多分早めに終わるし、その後も時間空いてるぞ」

 

 手帳を開いて確認すると、都合よく今日は同好会の練習が早めに終わるので、行けることを彼女に伝える。

 

「そう、分かったわ。今度こそ忘れちゃダメよ?」

 

「うむ、絶対に忘れない。楽しみにしてるぞ」

 

 流石に今日の予定を忘れるほど、俺は鳥頭じゃないぞ。というか、記憶力にはそこそこ自信あるんだからな? これでもテストの成績は良い方なんだよ。

 

 そう考えていると……

 

「……あの、朝香先輩!」

 

 横から一人の女の子の声が聞こえた。見てみると、隣りにもう一人女の子がいて、どちらも色紙を持っていた。呼び方から察するに、後輩だろう。

 

 色紙といえば……もしかして……

 

 

「スクールアイドル同好会の活動を見て、ファンになりました! サインを下さい!!」

 

 

 やっぱりそうか。

 

 後輩である二人の女の子は、果林ちゃんに頭を下げて色紙にサインを書くようにお願いをしてきている。

 

「! ……えぇ、良いわよ。色紙頂戴、書くから」

 

「「……!! はい!」」

 

 少し驚いた様子を見せた果林ちゃんであったが、その後はいつも通り冷静に色紙にサインを書いていた。

 

 

 サインを求められるくらい同好会は人気になってるんだなぁ……と実感した。

 

 

 果林ちゃんがサインを書き終えた後、二人の女の子のうち一人はその場を去っていった。しかし、もう一人の女の子はというと……

 

 

 

 

 

「あの……高咲先輩からもサイン頂けないでしょうか?」

 

 

「……えぇっ!?」

 

 

 なんと、俺にサインを求めて来たのだ……!

 

「その、実は先輩のこと生徒会長の時からファンなんです! ……ダメでしょうか……?」

 

 えっ、そんな前から……? 俺、何かファンがつくようなことをしたか? ただ生徒会長として仕事をこなして、全校集会で長々と喋っただけだった気がするが……くっ、サインなんて書いたことないのに。

 

 

 そう思いながらも、俺はその場でサインっぽく自分の名前を英文字で書いてあげた。そしたら、その子は嬉しそうに礼を述べてその場を去っていったので、良かったのだろうと思うことにした。

 

 

「お疲れ。徹、人気じゃない?」

 

 サインを書き終えた俺を、果林ちゃんが出迎えてくれた。

 

「ありがとう。いやいや、果林ちゃんほどじゃないって……いやしかしさっきの子達、同好会の活動を見てファンになったってな?」

 

「えぇ、そうみたいね。私、それがモデルじゃないってことに驚いてしまったわ」

 

「あぁ……今までだったら、モデルとしての果林ちゃんで声かけられてたんだな」

 

 そうか……確かに果林ちゃんは元々から知名度があるんだよな。だから対応に慣れてたわけか。

 

 

「そうね……にしても、徹だってやるじゃない。モデルでもアイドルでもないのに」

 

「いやいや、予想外すぎたぞ……しかも生徒会長の頃からって言うしさ……」

 

「ふふっ。徹のサインが貰えるなんて……羨ましいわね」

 

「えっ?」

 

「……! ち、違うわ! その……徹のサインを貰えたあの子達は幸せ者でしょうねってことよ」

 

「えぇ……? 幸せ者ってまた大袈裟だな……」

 

 

 どうしよう。またサインを求められることが……いやいや、流石にないか。あの人は俺のファンであるごく稀な人であるに違いない。

 

 

「……でも、徹が人気者なのは間違いないわ。確か、あなたの……」

 

 果林ちゃんが何かを言いかけていたが、それを遮って彼女の後ろから迫ってくる姿があった。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

「え、せつ菜ちゃん? ど、どうしたんだ?」

 

 

 その正体は、練習着姿のせつ菜ちゃん……いや、眼鏡掛けてるから菜々ちゃん……いや、これはせつ菜ちゃん(眼鏡ver)か。

 

 彼女は、並んだ俺と果林ちゃんの背後に隠れた。何故そうしたのかを訊いてみると……

 

 

「はぁ……着替えてる最中に、他の生徒に見つかりそうになって……」

 

 

 着替えてる最中……つまり、菜々ちゃんからせつ菜ちゃんに切り替える時か……それはマズいな。

 

 彼女(せつ菜ちゃん)の正体がバレてしまえば、もしかすると彼女(菜々ちゃん)の親御さんにも伝わってしまうかもしれない。彼女がスクールアイドル活動を存続するためには、正体を隠す他手っ取り早い手段はないのだ。

 

 

「……ねぇ、ここは人気が多いから早く行きましょ?」

 

「ん?」

 

 ふと、果林ちゃんの言葉を聞いて周りを見渡すと、虹ヶ咲の生徒達が遠くで俺たちを注目していた。これは……大事にならないうちに退散だな……

 

「分かった。行こう」

 

「えぇ」

 

 

 そんな訳で、俺たちは再び同好会の部室へ向けて歩き出したのであった。

 

 

「せつ菜は色々大変そうね。正体は明かさないのかしら?」

 

「それはダメです!! それに正体が分からないって、なんだかヒーローみたいでかっこいいじゃないですか」

 

「なるほどな。あれか、せつ菜ちゃんは特撮が好きなのか?」

 

「……!! はい、大好きです! もしかして、徹さんも好きですか!?」

 

「あー……昔ライダーなら見てたけど、今は見てないや」

 

「そうなんですか! 今のライダーも面白いですよ!! 今は一人で二人の……」

 

 

「……せつ菜、楽しそうね」

 

 

 余談だが、部室へ向かう途中、こんな会話をしてた。

 

 




今回はここまで!
人気者は……大変そうですね笑
次回は同好会の部室のシーンになると思います
ではまた次回!
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第55話 スパイ……?

どうも。
第55話です。
では早速どうぞ!



「……よっす。こんにちは」

 

 

「おっ、徹くん達じゃないか〜。待っていたぜ〜」

 

「徹さん、せつ菜さん、果林さん、こんにちは。璃奈ちゃんボード『やっほ〜』」

 

「あ、お兄ちゃん! 今日は遅かったね。歩夢が心配すぎて探しに行こうとしてるところだったんだよ〜?」

 

「も、もう侑ちゃん……! 心配するほど遅くないでしょ!」

 

 

 

 同好会の部室を開けて一声かけると、彼方ちゃんや璃奈ちゃん、侑に歩夢ちゃんが出迎えてくれた。見た感じ、俺と一緒に来た果林ちゃんとせつ菜ちゃんを合わせればほぼ全員揃うみたいだ。

 

 てか侑よ……どういう嘘のつき方してるんだ……

 

 

「これでみんな揃いましたね。……あらせつ菜さん、眼鏡を掛けておられますが……?」

 

「あぁ、はい。少し事情がありまして……」

 

 しずくちゃんは、今ここに来たばかりにも関わらず、せつ菜ちゃんが珍しくこの場で眼鏡を掛けていることに気づいたようだ。

 

 

「着替えてる最中に他の子に見られそうになったらしいわ」

 

「あぁ、なるほど……確かに、そうなると眼鏡を取る余裕もなさそうですね」

 

 

 事情を知ってる果林ちゃんから説明を受け、しずくちゃんは納得したようだ。

 

 それにしても、眼鏡を取り忘れるって……相当焦ってたんだろうな。

 

 

 

 ……なんか前にも言ったような気がするが、彼女が眼鏡かけて練習着を着てるってなるとせつ菜ちゃんか菜々ちゃんか、どっちで呼べばいいか分からなくなるね。

 

 どちらかといえば俺的には菜々ちゃんって呼ぶ方が慣れてるんだからそう呼ぼうかと思うのだが、スクールアイドル活動の最中だしな。せつ菜ちゃんと呼ぶ方が正解だろうとも思うのだ。

 

 

 まあ、本人が何が呼び方で要求があれば柔軟に変えていくつもりだけどね。

 

 

 

「おぉ、全員揃いましたね〜? ここで、かすみんの可愛い写真が撮れたのでお裾分けしちゃいます!」

 

 

 すると、この時を待っていたかのように自分のスマホをみんなに見えるように掲げた。その画面には、彼女がパンダのぬいぐるみを抱きしめるかすみちゃんの姿があった。

 

 

「うわぁ……!」

 

「キュン……」

 

 それを近くで見ていた歩夢ちゃんと璃奈ちゃんは、感心しているようだ。

 

 にしてもこの写真、誰かに撮ってもらったのかな? 一人で撮ったとするならば相当な出来だ。雑誌に載っていてもおかしくないレベルだと思う。

 

「あら、可愛いわね」

 

「えへへ〜、もっと褒めてくれてもいいんですよぉ〜?」

 

「……パンダの方よ」

 

「かすみんを見てくださいよ!!」

 

 

 おや、果林ちゃんが何かを『可愛い』なんて言うのは珍しいと思ったら、パンダのぬいぐるみの方だったか……

 

 ……ん? でもパンダの方に反応する果林ちゃんも意外だよな? あれは好きなものに対しての反応だと思うのだが。

 

 

 ……よし、今度試しに動物園についての話題を振ってみよう。もしかしたら揶揄うネタが増え……んーなんでもない。今のは忘れてくれ。

 

 

「あっ、そうそう。実は彼方ちゃんも色んな人に声を掛けられるようになったんだよ〜」

 

「みんなもそうなのね」

 

「最初は同好会の存在すら知られてなかったのに……PVや、璃奈さんのライブの影響でしょうか」

 

「みんな頑張ってるもんね〜!」

 

「うん、いい感じだよね〜」

 

 一方、こちらの方ではみんなが同好会の知名度向上を実感しているという話がされていた。やっぱりみんなもそうなんだなぁ……

 

 

「順調だからこそ、先の事を考えなければ!」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんがみんなにそう語りかけた。みんなの目線がすぐに彼女の方へ向いた。

 

「少しずつではありますが、私たちはソロアイドルとして成長してると思います。でも……同好会として、私達はまだ何も成し遂げていません」

 

 

「つまり……この同好会のみんなでライブをする、それを本格的に考えていこうっていうことか」

 

 

「流石徹さん……! その通りです!」

 

 

 ……なるほど。同好会が活動を再開した時に一度話し合ったことがあったんだけども、そろそろそれが出来そうなレベルまでに同好会の知名度が上がっているんだな。

 

 同好会自体がライブってなると、またマネージャーの仕事も増えるよな。そうなると、俺も成長しなければ。手始めに、ライブ運営に関する知識も身につけておこう。

 

 

「じゃあ、もう一度みんなで話してみよう!」

 

 

 そんな訳で、最後は愛ちゃんの一言で今後同好会のライブについて話していくことになった。

 

 

 

「……あっ!」

 

「どうしたの?」

 

 すると、彼方ちゃんが自分とスマホを見て声を漏らした。それに対してエマちゃんが訊ねると……

 

「遥ちゃんが……!」

 

「遥さんがもう来られたのですか?」

 

「うん。もうそこまで来てるんだって〜!」

 

「へえ……今日来るんだな。初耳だ」

 

 

 ほう、今日は東雲から遥ちゃんが来るのか。何か用があるだろうかね……? 彼女の性格からして、目的なしでここへ来るとは思えないしな。

 

 

「あ、そっか。てっつーはさっき来たから知らないんだよね」

 

「私も知らなかったわ……」

 

 なるほど、俺たちが来る前に話されてた事なんだな。だからみんな驚かない訳だ。

 

 

「……にしても突然だ。何か用がある感じかな?」

 

「その可能性が高いわね。徹はどうしてだと思う?」

 

「えっ、具体的な内容?」

 

「そう」

 

 

 果林ちゃんは顎に手を当てながら考える仕草を見せ、俺にそう問い掛けてきた。

 

 

「うーん……来るタイミングがよく分からないんだよな。直近で東雲と関わるようなことはしてないし……」

 

 

「もしかして……今度こそスパイだったりして〜?」

 

 

 スパイか……あり得ないことはないな。初めて遥ちゃんがここに来た時も、かすみちゃんがそう疑っていたのもあるから今度こそは……愛ちゃんの言う通りである可能性も普通にある。

 

「も、もー冗談だって! そんな真剣に考えないで〜!」

 

 

「えぇ……割とあり得そうなのだけど……」

 

 果林ちゃんもどうやら俺と同じ考えだった模様。だとしたら、少し遥ちゃんの動向には気をつけた方がいいか……? 

 

 

「ほら、仮にスパイでやって来たとしても今日は練習そこまでやらないじゃん? だから大丈夫だよ!」

 

 

「あぁ……それはそうか」

 

 確かに愛ちゃんの言う通りか。今日のタイミングで丁度良かった感じだな。

 

「……」

 

 ある程度納得した俺に対して、果林ちゃんは未だにすっきりしていない様子だ。

 

 

「あっ、遥ちゃんが来たよ〜!」

 

 俺が愛ちゃんと果林ちゃんと話している間、彼方ちゃんは入り口を開けて遥ちゃんが来るのを待ち侘びていたようで、今彼女から嬉しそうに遥ちゃんが来たことが伝えられた。

 

 

「よし、俺達も迎えに行こうか」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「同好会の皆さん、こんにちは! お邪魔します」

 

 

「遥ちゃんなら大歓迎だよ〜」

 

 

 彼方ちゃんの妹である遥ちゃんが、再び同好会を訪れてきた。彼女がここに来たのは、彼方ちゃんがライブをして姉妹で仲直りした直後のあの時以来だろうか。

 

 

「今日はどうしたの?」

 

「あっ、それが……」

 

 

 愛ちゃんがここに来た事情を聞こうとすると、遥ちゃんは同好会の入り口の方を向いた。

 

 

 

「……大事なお話がありまして」

 

 

 そこには、初めて見る人がいた……

 

 

 ……ふむ。見た感じ、制服は藤黄学園の物みたいだ。もしかすると、ここに来たのはあの合同演劇が関わっているのかもしれないな。

 

 その子は黒色の長髪、頭に華麗な花飾りをつけていて、少し茶色掛かった目をしていた。

 

 

 ……頭に花飾りを付けている女の子といったら……あるアニメのキャラを思い出すな。多分違うと思うが、風紀を保つ努力をしていて、あとコンピュータに強そう。

 

 

「……あなたは?」

 

「初めまして。藤黄学園スクールアイドル部の、綾小路(あやのこうじ) 姫乃(ひめの)と申します」

 

 

 果林ちゃんが何者かを問うと、その子は綾小路姫乃と名乗った。

 

 

 藤黄のスクールアイドルか……あそこも東雲に負けないくらい人気だとは聞いたな。しかし……

 

 

「突然ですが、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の皆さん……」

 

 

 そんな大物とも言える彼女から発される言葉によって、部室がメンバー達の叫び声に包まれることになる。

 

 

 

 

「私たちと、ライブに出ませんか?」

 

 

 

 

「「「「「えぇぇぇぇぇぇ!?!?」」」」」

 

 

 

 

 

 




今回はここまで!
今回は少し短めになってしまいましたが、オリジナル要素を多めに入れてみました。
次回も少し短めになるかもしれません。
ではまた次回!
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第56話 恐れに克ち進化へ

どうも!
第56話です。
今回は若干長めです。
では早速どうぞ!


だいばーふぇす(Diver Fes)……?」

 

「夏の音楽の祭典で、毎年やってるわよね」

 

 

 音楽の祭典、ね……つまりスクールアイドル以外にも色んなアーティストが出るライブってことか。

 

 

 突然のライブへのお誘いに一同驚愕し、落ち着かない者もいる中、俺たちは遥ちゃんと藤黄の綾小路さんから説明を受けている。

 

 まあ、侑みたくこのフェスを知らない人もいるから、きっちり説明してもらわないとな。

 

 ちなみに、俺は生徒会長の時に一度そのフェスの名前だけを聞いたことがある。

 

 

「今回はスクールアイドル枠として東雲と藤黄が出ることになったのですが、遥さんと相談して虹ヶ咲のスクールアイドル同好会の皆さんを推薦することになったんですよ」

 

 

 綾小路さんが俺たち同好会に声をかける経緯を話すと、一人遥ちゃんに向かって近寄る者がいた。

 

「はーるかちゃーん、ありがと〜!!」

 

「わっ!? ……えへへ」

 

 その正体、彼方ちゃんは嬉しさのあまり妹である彼女を抱きしめた。

 

 

 そうか、多分遥ちゃんの声が無ければ俺たちはこうやって誘われなかったかもしれないのか。そう考えると……遥ちゃん、グッジョブ。何かお礼をしたいところだ。

 

「それにしても、なぜ私たちを……?」

 

「ふふっ。私たち藤黄と虹ヶ咲の合同演劇があったじゃないですか。そこで桜坂しずくさんのライブパフォーマンスを見まして、みなさんのパフォーマンスを見てみたいと思ったんです」

 

「わ、私の……?」

 

 

 なるほど、あの時に綾小路さんもいたんだな。

 

 

 ほら、こうしてしずくちゃんの演技を良く言ってくれる人はここにも居たぞ。やっぱり彼女の演技はこう人を惹きつけるくらい凄いんだよ……

 

 

「特に朝香果林さんはモデルの雑誌でよく拝見いたしますので、貴方のスクールアイドルとしてのパフォーマンスには興味があるんです」

 

 

「……!」

 

 

 ほう。果林ちゃんが出ている雑誌の読者ときたか。俺も実はこっそり彼女が出ている雑誌は一冊だけ買ってみて読んだことはあるのだが、綾小路さんは普段から雑誌を読む人なのかな? ……ちょっと聞いてみるか。

 

 

「ふーん、綾小路さんは雑誌をよく読むのかな?」

 

「そうですね、結構……ってひゃっ!? な、なぜここに男のひとが!?」

 

 ……えっ? 

 

 

「姫乃さん……虹ヶ咲は共学ですよ。男性がいてもおかしくありません」

 

「あっ、そうでした……ごほん。取り乱し大変失礼しました。そうですね、私はファッションに関心を持ってるので、よく読ませていただいてます」

 

 あぁ……なるほどな。この同好会自体女の子しかいなくてもおかしくない……いや、男がいる方が珍しいもんな。

 

 それに、この虹ヶ咲学園自体男女比が圧倒的に女子に傾いているからな。男の存在は場合によって忘れられることもあるだろう。

 

 しかし、まさか顔を赤くして慌てふためくとは……まあ遥ちゃんに初めて会った時も似た反応だったし、女子高の子は男への耐性はないものか。

 

 

「そうなんだな……いや、こちらこそなんか驚かせちゃってごめんな。自己紹介すると、俺は高咲徹っていう者で、こっちは妹の侑だ」

 

「あっ、よろしくお願いします!」

 

 多分同好会のスクールアイドルである九人のことは知っていても、裏方の俺たちの事は知らないかもしれないと思い、一応自己紹介をしておいた。

 

「あら、貴方方は兄妹なのですね。こちらこそ、よろしくお願いします。徹さん、侑さん」

 

 綾小路さんは柔らかな笑顔でそう返してくれた

 

 

「えーっとぉ……質問なのですが! このライブって沢山の人が来るんですよね!?」

 

 すると、話に区切りがついたのを見計らっていたのか、かすみちゃんが身を乗り出して綾小路さんに訊いた。

 

 

「はい。例年だと、三千人くらいですかね」

 

「三……千……人……!! 皆さん! このライブ、参加しないわけにはいかないですよ!!」

 

 やっぱり……相当な規模のライブだ。今までのライブとは比べものにならないくらい……これはかすみちゃんの言う通り、このチャンスを逃す訳がないな。多分みんなもやる気満々なのではないだろうか? 

 

 

「でも、一つだけ問題が……」

 

 

 そうやってみんなが感心している中、遥ちゃんの表情には憂いの色が見えた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ねぇ、みんなでメドレー形式にするのはどうかな?」

 

「いいね〜、それならみんな出ることが出来るね」

 

「でも、それだと最短でも10分を超えますよ!?」

 

 

 エマちゃんの案に彼方ちゃんが賛同するが、それに対してしずくちゃんの鋭い指摘が飛んでいる。

 

 

 遥ちゃんと綾小路さんが部室を後にして、場所は移って普段同好会が練習をしている校内の屋外。

 

 

 そこで何故このように真剣な議論が為されているかを説明しよう。

 

 

 あの二人がいうには、実はこのライブでスクールアイドルが披露出来る持ち時間はたったの三曲分。東雲と藤黄がそのうちの二曲を占めているので、俺たち虹ヶ咲の持ち時間は一曲分ということになる。

 

 そこで、このスクールアイドル同好会がソロアイドル活動をしている点から問題が生じた。同好会のメンバー全員が十分にパフォーマンスするためには、少なくとも九曲分の時間が必要である。仮に一曲分に収めようとするならば、一人ひとり碌にパフォーマンスが出来ないだろう。

 

 

 こんな感じで一悶着が起きているのだが、そこに一人物申す者がいた。

 

 

「あれこれ考えるだけ無駄よ。今回のステージに立てるのは、この中の一人だけ……誰がライブに出るか決めましょうよ」

 

 

 ふむ……果林ちゃんの言う通り、そうならざるを得ないだろう。しかし、こういう状況に置かれたみんなは……

 

 

「……」

 

「……!」

 

「「……あははは」」

 

 

 かすみちゃんとしずくちゃんが手を挙げようとしたが、同時に挙がり、二人の間になんとも言えない空気が立ち込める。

 

 

 ……そうだよな。彼女達の性格を考えると、仲間のことを思うがあまりお互いを遠慮してしまうんだよな。特に、元々同好会を結成した時からいる五人はそうだろう。まあ、一時みんなの仲に亀裂が入った過去があるからな……

 

 

「くじ引きとかどうかな……?」

 

「そ、それが良いかな……!」

 

 

 

「……互いに遠慮し合った結果運頼み……そんなので良いわけ?」

 

 

 この険悪な空気を断ち切ろうと歩夢ちゃんはくじ引きを提案し、エマちゃんも賛同したが、それも果林ちゃんはバッサリと却下した。これには、周りのみんなも驚きを隠せない。

 

 

「ですが、私たちは……!」

 

「衝突を怖がるのは分かるけど、それが足枷になったら意味がないわ」

 

 

 せつ菜ちゃんが反論しようとするが、構わず果林ちゃんは話を続け、みんなにこう問いを投げかけた。

 

 

 

「……それで、本当にソロアイドルとして成長したと言えるの?」

 

 

 同好会のメンバー達は、息を呑みながら果林ちゃんの話を聞いている。

 

 彼女の今まで見ない真剣さを目の当たりにして、俺にも緊張感が走っている。

 

 

「……今日は帰るわね」

 

 

 最後にそう言い残し、彼女はその場を去った。

 

 

 

 

「果林ちゃん……」

 

 

 エマちゃんは、心配そうに見つめている。

 

 

 ……うーむ、このままだとずっと深刻な雰囲気のまんまだろう。

 

 実際、今はそうしてる場合ではない。このタイミングで一つ議論すべきことがあるのだ。

 

 ……よし、俺がそのきっかけになってやる。

 

 

「……なぁみんな、一つ訊いて良いか?」

 

 

「……あっ、はい! なんでしょうか……?」

 

 

 俺の声掛けに一番早く気づいたせつ菜ちゃんに続いて、みんなの視線がこちらに向く。

 

 

「今の果林ちゃんの言葉についてなんだが……少しキツい言い方だったかもしれないが、俺は彼女の言うことは正しいと思うし、今後俺たちが克服すべきことだと思う。そこでだ……みんなは彼女の話を聞いて、どう思ったか? 率直な意見が聞きたい」

 

 そう問いかけると、みんなは考え込み始めた。

 

 

「……私も、果林さんの言うことはごもっともだと思います」

 

「うん、本来遠慮すべきではないのにね〜……そういうところはなんとかしなきゃって、彼方ちゃんも思う」

 

「かすみんも、少しなんなのとは思いましたけど……衝突を恐れないようにしなければいけないのは、分かってます」

 

 

「なるほどな……でも、やっぱり難しいんだよな。それを克服するのって」

 

 

「はい……同好会が一時廃部になったあの出来事もあり、私としてはなかなか踏み出せないんです……」

 

 

「うん、争いで仲が悪くなるのは嫌だよね……」

 

 

 うーむ……そうだよな……

 

 いや、まさかソロアイドルになってからこういう形で再び衝突が起きるとは思わなかった……とはいっても、今回は経緯が違うか。今までグループでやってた時は、メンバーの個性同士の衝突。今回は、メンバーの中から選ぶ上での衝突。少し訳が違うのかもしれない。

 

 

 いずれにせよ、衝突に対する怖さというものをどうにかしなければ……

 

 

「……ねぇ、あたしから一つ良い?」

 

 

 すると、愛ちゃんが発言をしようと許可を求めてきた。

 

 それに対して俺も含めたみんなが頷くと、愛ちゃんは話し始めた。

 

 

「あたしは同好会が廃部になったーとか、過去の話とかを知らないから、それに対しては何も言えないんだけどさ……果林みたいに、なんでも歯に衣を着せずに言ってくれる人が居たら、安心できるんじゃないかって思うんだけど?」

 

 

 愛ちゃんがそういうと、元々同好会にいた5人の顔が驚きに変わった。

 

 

「確かに果林さん、みんなの為に真剣に言ってくれてる気がした。もしかすると誰かが喧嘩した時でも、何とかしてくれそう」

 

 続いて璃奈ちゃんが愛ちゃんの言葉に同意を示す。

 

 

 なるほどな……確かに今までの同好会には、あんなにサバサバしていて冷静な人はいなかったもんな。俺はアイドルじゃないのもあってなかなか色々物を言えないこともあるが、彼女なら……

 

 

「そっか……確かに果林ちゃん、彼方ちゃん達に真剣に向き合ってくれてた」

 

「前の同好会とは違うんですもんね……何だか勇気が出てきた気がします!」

 

 彼方ちゃん、しずくちゃんは腑に落ちたようにそう話す。

 

 

「そうですよ……今の同好会は違います! 同好会を再び戻してくれた、侑先輩もいますし!!」

 

 

「えっ、私!?」

 

 

 かすみちゃんの侑への名指しで、本人は予想していなかったのか驚愕している。

 

 そうだ……お前がいるじゃないか……

 

 

「……そうですね。私、ソロアイドルとしての覚悟が出来そうです!」

 

 

「……うん! 私もだよ、せつ菜ちゃん!」

 

 先程まで特に深刻な表情をしていたエマちゃん、せつ菜ちゃんも今はとても笑顔の様子だ。

 

 

 ……この同好会は、頼もしいメンバーが増えたことによってもっと成長できる。そう信じてみようかな。

 

 

 こうして後日に改めて誰がDiver Fesに出るかを決めようということとなり、今日は解散となったのであった。

 

 

 

 ……あっ、この後果林ちゃんのモデル撮影に同行するんだった。向かわなきゃ。

 

 

 




今回はここまで!
割と同好会のみんなの意識を変える、アニメにはない重要な回になったかなと思います。
次回は今回の最後の一文にある通り……そういう回になります。
ではまた次回!
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第57話 モデルの世界

どうも!
第57話です。
今回はオリジナル要素がかなり多めです。
では早速銅像!



 

 

「はいじゃあ朝香さん、今度はおでこに手を当ててみて……そうそうそれ! 良い感じだよー」

 

 

 一眼レフを構え、モデルに声を掛けながらもとめどなくシャッターを切っていくカメラマン。それは、モデルの魅力を引き出すベストな瞬間を逃さないがためだろう。それに対して、モデル自身もカメラマンの要望に答える。相当の集中力を持ってこの場に臨んでいるはずだ。

 

 

 ……どうも、モデルの撮影現場の緊張感に新鮮さを感じている高咲徹だ。

 

 

 同好会の活動が早く終了し、他のメンバーは遊びに行ったり家に帰ってゆっくりするなどしている中、俺は果林ちゃんの仕事を現場の隅から見学している。

 

 いやホント、やっと来れたな。それにまさかのその事を思い出した当日に来れたというね。嬉しいものだ。

 

 

「……あれ、もしかして君はウチに所属したい新人さんかな? ごめんね、ウチは女性しか対象じゃないんだよねぇ」

 

 

 すると、横から一人の女性が声をかけてきた……なんか俺のことを新米のモデルだと勘違いしてるようだが、俺はモデルになるほどの美形じゃないぞ。

 

 

「あっ、違います。そうじゃなくて、自分はこちらの撮影現場を見学しにきた者でして……」

 

 

 このまま勘違いされたままではどうしようもないので、俺は果林ちゃんが撮影を受けている方を向いてそう言った。

 

 

「見学……あぁ! 確かに朝香さん、今日一人見学者が来るって言ってたね」

 

 その女性は少し考え込んだ後、思い出したのか指を鳴らしてそう言った。

 

 なんだ、果林ちゃん事前に伝えといてくれたんだな。流石、そこは用意周到だ。

 

 

「ごめんねー、変な誤解しちゃって……あーそうそう、私はこの雑誌をプロデュースしている、東山(とうやま)って者だ」

 

 

 右手を頭に当てて苦笑いしながら謝ると、今度はスーツの胸ポケットから名刺を差し出した。どうやら、果林ちゃんが出ている雑誌のプロデューサーさんのようだ。見た感じ、意外と年の差はなさそうだし、とてもフランクな感じで話しやすそうだ。

 

「あ、どうも。自分は虹ヶ咲学園3年の高咲っていいます。よろしくお願いします」

 

 

「高咲くんね。こちらこそよろしく! ……ところでさ、君は朝香さんのスクールアイドル活動をサポートしてるマネージャーってことだよね? そっちで朝香さんはどんな感じなのかな?」

 

 

 俺も自己紹介をしてお互いの挨拶が済んだ後、東山さんは同好会での果林ちゃんの様子について質問をしてきた。

 

 

「そうですね……とても熱心に練習に参加してます。それに加えて、冷静に物事を指摘してくれたりして……とても頼りになる子ですね」

 

 

 俺から見た彼女の同好会での様子を素直に言葉にして伝える。

 

 

 ……まあ、そんな彼女の弱点については彼女のためにも言わないでおくが。

 

 

「そうなんだ……なんか安心したかも」

 

「安心、ですか?」

 

 

 ふむ……もしかして、東山さんは果林ちゃんに対して心配をしてたのだろうか?

 

 

「うん。少し前にさ、朝香さんからスクールアイドルをすることになったって聞いてね、最初はもしかしてウチを辞めちゃうのかって思ったんだ」

 

 

 東山さんが、果林ちゃんに対する思いを語り始めた。

 

 

「そしたら、こっちの活動も続けるって言ったんだよ。どっちも活動するなんて厳しいんじゃないかって少し気にかけてたんだけど……高咲くんの話を聞いて、あぁ、いつもの朝香さんだなってことが分かって、良かったのさ」

 

 

「なるほど……果林ちゃんは、モデル撮影の時もそんな感じなんですね」

 

 

「そうだね。モデルとして申し分ないスタイルだし、他のモデルにはそう簡単に真似できないくらいの『美』を維持する努力が見て取れる。朝香さんはとても自分に対してストイックなんだろうなって思うよ」

 

 

 東山さんから見て果林ちゃんがどう映っているのか気になったのでそれとなく訊いてみたが……やっぱりプロの人から見ても、彼女は人並以上にストイックなんだな。

 

 

 俺だって自分に対してかなりストイックになってるつもりだが、果林ちゃんには敵わないだろうな。俺の場合、毎日自分の中で反省会をしてるけどね。ほんの些細なミスでも省みれば、成長に繋がると思ってる。

 

 

 でもそんなことするようになったのもつい最近なんだよな……()()()から。

 

 

「……ふふっ。君今、朝香さんに見惚れてたでしょ?」

 

 

「えっ?……まあ、そうですね。あれは誰もが目を釘付けにされると思います」

 

 

 どうやら俺は無意識に、撮影している果林ちゃんに目を奪われていたようだ。

 

 それにしても、やっぱりモデルの撮影ではしっかりお化粧をしていて……また普段の彼女とは違う、正に『美しい』という言葉が似合う感じだな。

 

 

 そして流石というべきだろうか、撮影中はカメラマンに指示を受けない限り一切表情を変えないのだ。これが読者モデルの凄さなのだろう。

 

 

 

 ……しかし今思えば、果林ちゃんは同好会のメンバーに対して結構キツい言葉を残してここに来ている。今見た感じだと、彼女はいつも通りクールな雰囲気を纏ってこの撮影に臨んでいられているようだ。

 

 

「やっぱりね〜……あっ、マズい。そろそろ編集長と打ち合わせするんだった……じゃ、話に付き合ってくれてありがとね。朝香さんをよろしく頼むよー! あと朝香さんとはくれぐれも()()にはならないようにね〜……!」

 

 

「あっ、はい! ……って、えっ?」

 

 

 どうやら用事が迫っていたようなので、東山さんは別れを告げてここを足早に去っていく。

 

 ……しかし最後に何か妙なことを言ってた気がする。その時は既に俺と距離が離れていたので、何を言ってたのか正確に読み取れなかった。

 

 何か片手の指を立ててたように見えた。一体彼女は何を伝えようとしたのか……

 

 

 そうしばらく考え込んでいると、また誰かに声をかけられた。

 

 

「あら……来てくれてたのね、徹」

 

「あっ、果林ちゃん……おう、約束通りに来れたぜ」

 

 

 その声の主、撮影を一時終えた果林ちゃんが目の前まで来ていた。

 

 

 もちろん、撮影していたときのメイクのままでだ。

 

 

「てっきり私がみんなに強く言ってしまったせいで、ショックから立ち直す役になって来れなくなってるかと思ったわ……あの後、みんなはどんな感じだった?」

 

 

 果林ちゃんは少し申し訳なさそうな様子で俺にそう訊いてくる。

 

 

「うむ、みんなと果林ちゃんに言われたことについて話したね。そしたら、今の同好会ならみんなと争っても怖くないって結論になってな。良い空気になって解散したぞ」

 

 

「そうなの……? 嘘じゃない?」

 

 

「ははっ、こんな具体的な嘘を吐ける訳がないさ。疑うなら百聞は一見にしかず、明日の同好会の活動でみんなの様子を見ればいいと思うぞ」

 

 

「……そこまで言うなら、徹のことを信じるわ」

 

 

「あぁ、それがいいよ」

 

 

 少し彼女の表情が明るくなった気がするが、未だに暗い。

 

 ここまで果林ちゃんが弱気なのは初めて見たかもしれない。

 

 

「……! ……ところで、どう? 私のモデル撮影を見て」

 

 

 すると、彼女は自分自身が暗い顔になっていることに気づいたのか、体裁を繕ってそう俺に訊いた。

 

 俺としては彼女の今の気持ちを聞きたいところだが、無理に聞き出すのもよろしくないので、彼女の問いに答える。

 

 

「うむ、とても刺激的だったよ。モデルの撮影現場とか今まで全然見に来たことないし、スクールアイドル同好会の部室とはまた違う、緊張感を感じられて良かった」

 

 

「ふふっ、徹もそう思う? ここはプロのカメラマンにプロデューサー、その道に本気で挑んでる人達が集まっているのよ。もちろん同好会の和やかな雰囲気も好きだけれど、やっぱりここの雰囲気も最高よ」

 

 

 なるほど……さっき一緒に話した東山さんも、プロフェッショナルとして働いているプロデューサーさんなんだな……凄いフレンドリーだったから、全くそのことを忘れていた。

 

 そんな人々が集まってる中で果林ちゃんが仕事している。だから、あぁいう風に同好会のみんなを引き締めることができるんだな……

 

 

「なるほどね……ここにいる人達は、みんな真摯に自分のやるべきことに徹しているんだな」

 

 

「そうね。でも、読モでこんなに情熱を持って取り組んでるのは……私くらいよ……」

 

 

「えっ?」

 

 

「……なんでもないわ。さて、休憩時間終わるし、この後も見ていてちょうだいよ?」

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

 今の一言……要は、読モでは果林ちゃんほど情熱を持って取り組んでる人はいないということか? 

 

 

 

 ……果林ちゃん、また悲しい顔をしていたな。

 

 

 

 ──ここは一つ、元気を出してもらうためにエールを送らなければ。

 

 

 そして俺は、撮影現場に戻ろうとする果林ちゃんの背に向けて、少し大きな声で話しかける。

 

 

「最高にカッコいいぞ、果林ちゃん! その調子で頑張れ!」

 

 

「……! ……ふふっ」

 

 

 少し足を止めた後、こちらに振り向かず、手を振り返してこの場を後にする果林ちゃん。

 

 

 しかし果林ちゃんのあの表情……実際過去に何かあったのかもしれないな。

 

 

 そんなことを頭の片隅に、俺は再び果林ちゃんのモデル撮影を見学した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「今日はありがとうね。徹に私の活動を見てもらえて嬉しいわ」

 

 

「こちらこそ、とても充実した見学だったよ。また見に来たいくらいだ」

 

 

 時はあっという間に過ぎ、モデルの撮影現場の見学は終了した。結局あの後はそこそこ現場の人に『君どちらさん?』的な感じで声かけられることが多かった。

 

 まあこんなファッションに全く関わりのなさそうな男があんな所にいたら、変だと思うのも無理はない。

 

 そんな感じで、撮影現場の出口まで果林ちゃんと一緒に来たところだ。

 

 

「ふふっ、()()()()()()()()()()()

 

 

「……はい?」

 

 

 俺は果林ちゃんの予想外の返しに、思わず戸惑った。

 

 

 いや待てよ、いつ果林ちゃんにそんなことを言ったか? ……まさか……

 

 

 

「東山プロデューサーから聞いたわ。もう仕方ないわね〜、また今度特別にここに連れてきてあ・げ・る♡ じゃあ、バァイ☆」

 

 

「えっ、ちょま……!?」

 

 

 東山さんんんん!!!! なにしてくれてるんですかぁぁぁ!?!?!?

 

 

 確かにあの人にはそう漏らしたけど、まさか本人に伝わるとは思わないわ……あぁ恥ずかしい、顔から火が出てるわ。こうやって不意に果林ちゃんに揶揄われるのがどんだけダメージがデカいか……

 

 

 でも、俺にも揶揄う材料があるのさ……いずれ仕返ししてやるぞ……覚えてろよ……

 

 

 

 

 ……まあそんな戯言は一旦ドブにでも捨てておこう。

 

 果林ちゃんはあのまま家に帰るのだろうか……いや、彼女の場合は寮か。なら迷う可能性は……ゼロではないんだよなぁ。

 

 それなら果林ちゃんを寮まで送って行った方が良かったか……? せめて、見学するために色々手配してくれたお礼として。

 

 

 ……あっ、ダメだ。そういえばこの後侑達と待ち合わせしてるんだった。まずそっちに行かないとな……

 

 

 そうして、俺は果林ちゃんが行った方向と同じ方に歩き出した。

 

 

 




今回はここまで!
果林ちゃんの揶揄いは……良いものですね←
あと2,3話ほどで原作9話の内容を書き終えると思われます。
アニメ2期のほうでは丁度DiverDiva回でしたね……ロリ愛さんに落とされました←
ではまた次回!
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第58話 ラノベゲット

どうも!
第58話です
では早速どうぞ!


 

「ねぇせつ菜ちゃん、今日はせつ菜ちゃんがハマっているラノベを買いに行くってことだよね?」

 

 

「はい、今日新作の発売日なんですよ! まさか当日にゲットできるなんて思いもしませんでした!」

 

 

 侑が今日のお出かけの目的を確認するのに対し、手に拳を作って熱く語るせつ菜ちゃん。

 

 

 

 いやぁ、自分が好きで追っているコンテンツがなんらかの動きがあった時はこう熱くなっちゃうもんだよな。

 

 

 ……あっ、どうも。顔に出してないが、内心少々ワクワクしている高咲徹だ。

 

 

 果林ちゃんのモデル撮影見学を終えた後、今お台場の中心を走る道路沿いを歩いているところだ。侑、歩夢ちゃん、せつ菜ちゃんと待ち合わせし、合流して目的地に向かって進んでいる。

 

 

 先程侑が言った通り、今日の目的はせつ菜ちゃんが大好きなラノベの新作が出るので買いに行こうということだ。

 

 最初は俺とせつ菜ちゃんで行こうと話していた。俺もそのラノベの読者だから、彼女とはときどきその話で盛り上がったりしてたのだ。まあ、俺はせつ菜ちゃんと比べて読み始めて日が浅いし、全巻読めてる訳じゃないんだけどね。

 

 

 たださっき同好会の活動が終わった後、どうやらその話をせつ菜ちゃんが侑と話していたらしく、興味を持った侑が行くことになって、侑がそれを歩夢ちゃんに話したら彼女もついて行くということになって今に至るらしい。

 

 

 いや、撮影スタジオについてすぐに侑からL◯NEで、『せつ菜ちゃんとお出かけするみたいだけど、私も行きたい!』と来てOKした数分後に、『歩夢も行きたいみたいなんだけど、大丈夫だよね?』って来て、「案外人数増えるな!?」って驚いちまったよ。

 

 

 まあでも、人が増えても問題ないんだけどね。侑と歩夢ちゃんも、あのラノベにハマってくれるチャンスでもある。せつ菜ちゃんと共にあのラノベの良さを布教するしかないな。

 

 

「そっか……私たち今まで練習で土日以外忙しかったもんね」

 

「そうなんですよ歩夢さん……ラノベの発売日がいつも平日で、大体休日に、親に『参考書を買いに行きます』と嘘をついて買いに行ってたんです……」

 

 

 苦笑いしながらそう話すせつ菜ちゃん。

 

 

 そうか……確かに参考書といえば真面目な印象を持たれるし、親御さんは安心するもんな。嘘も方便……は違うか。

 

 

 うーん、でもラノベも参考書と同じく書籍だから強ち嘘ではないんだよなぁ……ラノベは人生の参考書、なんてな。意外と人生に役立つことを学べたりするもんだぞ?

 

 

「でも、こうやって皆さんと一緒に買いに行けるとは思いもしませんでした! これを提案してくださった徹さんには感謝しかありません!」

 

 

「いやいや、俺もせつ菜ちゃんとラノベを買いに行ってみたかったもんだからさ。今日は楽しい一日にしような」

 

 

 

 ……そういや、せつ菜ちゃんと学校以外で行動を共にするのは久々か。璃奈ちゃんの家で例のアニメを一緒に見た時以来だろう。

 

 

「はい! ……そういえば、徹さんは今回の最新話についてどんな展開になるか予想しませんか!?」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんは意気揚々とそう提案してきた。

 

 

「おっ、いいな。予想しようか……と言ってもさ、あの流れで次の展開を予想するのって難しくないか?」

 

 

「やっぱりそうですよね……あそこが主人公にとって最大のターニングポイントになると思われますから……でも、私はある程度予想をつけてみました!」

 

 

「マジか! それ、聞かせてくれないか?」

 

「もちろんです!! あのですね……」

 

 

 それから、せつ菜ちゃんの予想を聞きながらお互いちょっとした談義を交わした。彼女の予想はオーソドックスな展開でありながらも読者をワクワクさせるものであり、俺もその話を聞いていて最新話を読むのがますます楽しみになった。

 

 

 そうやって俺たちが二人で盛り上がっていると……

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 誰かの悲鳴と同時に、俺の脇腹辺りを手で掴まれる感触がした。

 

 

 何が起こったかと思い目線をそちらの方に向けると、そこには転ぶ寸前で俺の脇腹を掴んで転ばずに済んだであろう歩夢ちゃんの姿があった。

 

 

「だ、大丈夫か? 歩夢ちゃん」

 

 

「あっ……え、えっと……」

 

 

 大事がないか確認をすると、歩夢ちゃんは少し戸惑いと恥ずかしいという表情を見せながらも、体勢を立て直して後ろの方を見た。

 

 

 俺も彼女の視線の方を向くと、そこには侑がいた。

 

 

 ……もしかして、侑が何かいたずらでも仕掛けたか?

 

 

「おいおい、歩夢ちゃんに何してくれてるんだよ、侑」

 

 

「えっ? ……あっ、違う違う! 歩夢がお兄ちゃんと話したがってそうだったから一押ししちゃっただけで……」

 

 

 侑を少しきつめに諌めると、彼女は少し慌てながらも事の経緯を話した。

 

 えっ、俺と? そうなのか……てか、近いうちに歩夢ちゃんを誘って久々に料理を作ろうと考えてたんだった。それについてでも話すか……

 

 

「もしかして……歩夢さんも例のラノベに興味がおありで!?」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんが見たことない速さで歩夢ちゃんの目の前に駆け寄り、目を輝かせながらそう訊いた。

 

 

「えっ……? そ、そうじゃなくてねせつ菜ちゃん……」

 

「それなら任せてください! 私、ビギナーの方にも分かりやすく解説しますから!」

 

 歩夢ちゃんの主張を他所に、せつ菜ちゃんは話を進めていく。

 

「あれ〜、そうなっちゃったかー……」

 

 一方、仕掛けた張本人の侑は苦笑いをしていた。いや、逆にどうなることを意図してたんだよ……?

 

 まあとりあえず、気づいたらもう目的のお店が見えてきてるし、一旦せつ菜ちゃんに声をかけるとするか。

 

 

「まあ待て待て。歩夢ちゃんに布教するのもいいが、もうそろそろで店に着くぞ? 準備はしなくていいか?」

 

 

「あっ……そうですね、心の準備をしなくては……!」

 

 

 そうそう。発売当日に買えるという特別感があるし、心して掛からきゃいけないのだよ、ワトソンくん。

 

 

 ……いやいや、こんなこと言っちゃって瑞翔(なおと)じゃあるまいし。

 

 

 そうやって再び歩き出そうとした瞬間……

 

「……ん? ねぇみんな、あれって……」

 

 

 すると、目を大きく見開きながらそう話しかけてきた。

 

 その目線の方向を見ると……

 

 

「……果林ちゃん……?」

 

 そこにいたのは、ついさっき別れたはずの果林ちゃんだった。後ろ姿ではあるが、間違いない。

 

 あれ? おかしいな……さっき俺が行った方向とは逆方向に走っていったはずなんだけど……しかも俺を盛大に揶揄いながら。

 

 

「あれは……果林さん!」

 

「っ!?」

 

 

 せつ菜ちゃんが少し先にいる果林ちゃんに声をかけると、彼女は振り向いてこちらに近づいてきた。

 

 それに応じて俺たちも近寄り、果林ちゃんと相対する。

 

「先程ぶりですね!」

 

「お買い物ですか?」

 

「えっと……」

 

 歩夢ちゃんの問いかけに、果林ちゃんは言葉を詰まらせる。

 

「もしかして……!」

 

 

 もしかして……果林ちゃん迷って……

 

「果林さんもこういうのに興味があるんですか!?」

 

 

「……えっ!?」

 

 

 いやそう来たかい……ってこの流れさっきも見たぞ!? 

 

 

 果林ちゃんの手を両手で握って目を輝かせるせつ菜ちゃん……これには果林ちゃんも困惑しちゃってるな……

 

 

「ならばやる事はただ一つ……一緒にこの店を回りましょう! 行きますよ〜!!」

 

 

「ちょっ、ちょっとせつ菜!?」

 

 すると、せつ菜ちゃんは果林ちゃんを引き連れ、勢いよく店の中へと入っていった。

 

「ちょっとせつ菜ちゃん!? 待って〜!」

 

 それに驚いた侑と歩夢ちゃんも彼女の後を追って店の中へ入っていった。

 

 

 果林ちゃん……用事とかあるのか分からないが、大丈夫かね……

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「私、そろそろ行かなきゃ」

 

 

 せつ菜ちゃんと俺は無事目的の新作ラノベをゲットして、再び店の外に出た。

 

 

 ラノベの購入を済ませて侑たちがいる所へ戻ると、彼女らは店のスクールアイドルコーナーのグッズを眺めていた。

 

 

 スクールアイドル関連のグッズを取り扱うコーナーはつい最近出来たのだ。ここら辺の学校だと、遥ちゃんがいる東雲学院だったり、綾小路さんが在学している藤黄学園のスクールアイドルのグッズが売られていた。

 

 

 それを見た果林ちゃんがせつ菜ちゃんのグッズがないことに驚いていたのだ。それは俺も同意なのだが、本人は自分の人気はまだまだだと謙遜していた。

 

 

「用事があったんですか?」

 

「引き留めてしまってすみません……」

 

「良いのよ。時間までに辿り着けるといいけど……」

 

 

 そしてやっぱり、果林ちゃんは何か用事があるようで、これからその目的地まで向かうようだ。

 

 

「目的地まで遠いんですか?」

 

 

「そんなことはないのだけど、なんだか分かりにくいところにあって……どこだか分かる?」

 

 

 侑の質問に対して、果林ちゃんは困り果てた様子でスマホのマップを俺たちの前に見せた。

 

 やっぱり迷子になってるじゃん、と思いながら俺もそれを覗き込む。

 

 

「……!」

 

 すると、せつ菜ちゃんは正面の建物を指差してみせた。

 

 

 ……なんと、果林ちゃんが目的地としていた建物はすぐそばにあったのだ。

 

 

「……気づいてなかったんですか?」

 

「地図を見ても分からないなんて…」

 

「もしかして果林さん、方向音痴?」

 

 

「……!? わ、悪い!?」

 

 

 あぁ……やっぱりそうなってしまったか……彼女は誰に対しても見栄を張っていたんだろうから、ちょっとショックを受けているかもしれないな。

 

 

 これに対して我が妹は……

 

 

「意外だけど、可愛いです!」

 

 

「っ…!」

 

 

 ……だそうだ。良かったな、果林ちゃん。まあ誰しも何かしら弱点があると思うし、弱点が割と魅力の一つになったりするからな。

 

 

「ふふっ、やっぱり迷子になってたんだな。さっき揶揄ったりしなきゃ案内したのにな」

 

 

「……!? それは言わないでちょうだい!!」

 

 果林ちゃんは頬を赤く染めながらそう言い張る。よし、仕返し完了。

 

 

「えっ、お兄ちゃんって果林さんが方向音痴だって知ってたの!?」

 

 

 すると、俺の発言を聞いた侑が驚いてそう言った。

 

 

「ま、まあな……!?」

 

 

 侑の言葉に応えようとした瞬間、横から途轍もない圧を感じた。

 

 

「……」

 

 

 果林ちゃんがこれ以上何も話すなと言わんばかり睨んでくる。流石に怖いので話をすり替えようか。

 

 

「……ところでさ、さっき同好会で話したことについて果林ちゃんに話さない?」

 

 

「あぁ、そうですね!」

 

「……それ、私から先に話しても良いかしら?」

 

 その場にいなかった果林ちゃんに話した方がいいと思いその話題を振ると、その果林ちゃんが先に話してもいいかと許可を求めてきた。

 

 みんなが頷くと、彼女は頭を下げた。

 

 

「……あの時はごめんなさい。強く言い過ぎたわ」

 

「そんな! 果林さんの言う事は正しかったです!」

 

 果林ちゃんの詫びに、せつ菜ちゃんははっきりとそう言う。

 

 

「ソロアイドルは、こう言う時に妥協しちゃいけませんよね。果林さんに言われて気付かされました!」

 

「果林さんのお陰でみんな、成長しなきゃってなったんです!」

 

 歩夢ちゃん、侑が順に果林ちゃんへ言葉を伝えた。

 

 

「……本当にそうだったのね」

 

 

 そうそう。俺が言ったことは嘘じゃないのさ。みんな果林ちゃんが忖度なしに指摘してくれて、目が覚めてプラス効果だった訳だ。彼女はそういう立場でも、同好会に欠かせない存在だと思ったものさ。

 

 

「……あの、私から一つ提案いいですか?」

 

「ん、なんだ?」

 

 すると、せつ菜ちゃんが小さく手を挙げてそう言った。

 

 

「今回のDiver Fes、果林さんが出るというのはいかがでしょうか?」

 

「えっ!?」

 

 ……ほう。

 

「良いと思う! 果林さんならみんな文句がないし。ねっ! 歩夢!」

 

「うん! 今回は果林さんが適任だと思います!」

 

 侑と歩夢ちゃんは賛成のようだ。俺も、みんなのためを思って厳しくしてくれた果林ちゃんへの敬意を込めて選出するのは良いと思う。

 

 

「……それは嬉しいけど、明日みんなと話してからの方が良いんじゃない?」

 

「それはもちろん、みんなには許可を取ります。でも、皆さんもきっと了解してくれると思うんです」

 

「みんな同じことを考えてると思います!」

 

「そうだな。決して果林ちゃんに怖気ついたって訳じゃないぞ? みんなの意思だ」

 

 

 せつ菜ちゃん、侑が言う通り、みんな果林ちゃんが相応しいと思うと確信している。

 

 

「……分かったわ。ご指名されたからには、全力で受けて立つわ!」

 

 

 果林ちゃんは、覚悟を決めた表情でそう言い放った。

 

 

「ありがとうございます! ……あっ、それでしたら今グループチャットでみんなに訊いてみませんか?」

 

「良いと思う! せつ菜ちゃんから送る?」

 

 

 そうして、せつ菜ちゃんはチャットを開いてメッセージを打っているようだ。それを、侑と歩夢ちゃんが駆け寄ってきて横から覗き込んでいる。

 

 

 俺は隣にいる果林ちゃんに話しかけて

 

「……良かったな。これで今度ライブが出来るじゃないか」

 

 

「そうね……ホント、あの子たちの優しさには敵わないわ」

 

 

 ……そうだな。みんな根は優しい。

 

 

「でも、みんな優しいだけじゃないだろう?」

 

 

「ふふっ、そうね。みんな個性が強くて……強すぎるんだけど、だからこそそれが……刺激的なのよ」

 

 

「刺激的……か」

 

 

 様々な個性があるからこそ、自分が感じたことのない感性を体験できたりする……世界が変わるって感じか。まさに俺がモデルの撮影現場を見た時と似た感覚なのだろう。

 

 

「……だから、私はこのライブで同好会を人気にしたい。あと……徹も盛り上がるライブをしたい」

 

 

「えっ、俺?」

 

 

 な、なぜそこで俺が出てくるのか……? 

 

 

「だって徹、なかなかはしゃいだりする姿見せないじゃない。だから徹を目標にするのよ」

 

 

 ふーむ、はしゃぐ、ね……それはかなり高難度だぞ? 

 

 

「なるほどなー……それは不可能といえるほど難しいと思うがね。まあ、どれだけ俺を盛り上がらせることが出来るかな?」

 

 

「そう言われると闘争心が燃えてくるわね……! 絶対虜にしてあげるんだから」

 

 

 ……別に煽ったつもりはなかったんだが、どうやらそう取られてしまったようだ。でも、彼女のライブは本当に楽しみにしてる。はしゃがないとは……思うが。

 

 

 そんな感じでせつ菜ちゃんがチャットへの送信を終えたところで、果林ちゃんはダンススクールへ、俺たちはそれぞれの家へ帰宅することになった。

 

 そして、グループチャットの返信は、全会一致で果林ちゃんの選出に賛成となり、果林ちゃんのDiver Fes出場に向けて練習や準備が進んだのであった。

 

 

 

 




今回はここまで!
次回で原作第9話が終わると思われます
アニガサキ2期第5話は……A・ZU・NAがヤバかったです(語彙力)
ではまた次回!
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第59話 ライバル⇆仲間

どうも!
第59話です


 

 

「……すげぇな」

 

 

 不思議なものだ。普段は何も人気のなかったこの敷地が、鉄骨によって組まれたステージと、盛んなライブ開催の宣伝によってこんなにも溢れかえっている。こういう、ザ・ライブといえるようなライブに参加するのは初めてなのだが……これは凄い。

 

 ……あっ、どうも。高咲徹だ。

 

 果林ちゃんのDiver Fes参加が決まり、彼女のより熱心な練習を見守り、時にアドバイスをしていたりすると、気がつけばあっという間に当日を迎えていた。

 

 

 そんな感じで俺は、Diver Fes多くの観客で溢れかえるライブの観客スペースにいる。侑と歩夢ちゃんも一緒だ。

 

 

 フェスに参加するアーティスト達が待機する仮設の楽屋に居たのだが、その間侑が何かとそわそわしていたので訳を訊いてみた。すると、彼女は観客スペースから観てみたいようだった。なので、ライブ開催中は俺が果林ちゃんの様子を見るから行って来いと話したのだ。

 

 

 だが、それを側で聞いていたせつ菜ちゃんが、俺も観に行って来ていいと言ったのだ。最初はその提案を断ったのだが、彼女は俺がまだ観客としてスクールアイドルのライブを観たことがないことを知っており、一度観客としてライブを観てみることを勧められた。これを聞いてた果林ちゃんも、『楽しんできなさい。私は大丈夫だから』と言われたので、みんなの優しさにありがたさを感じながら今俺はここにいる。

 

 

 しかし、こんなに人が集まるライブに同好会が出るのって相当凄いよな。今まで同好会がやってきたライブの中でも最大級か? ……あっ、でも俺は同好会の初お披露目のライブを観てないから……侑と歩夢ちゃんは観てたようだし、どんな感じだったか訊いてみよう。

 

 

「なあ、侑と歩夢ちゃんはせつ菜ちゃんのあのライブを観たんだよな? その時はどれくらいいたんだ?」

 

 

「うーん……そこそこいたとは思うけど、ここまでじゃないよ」

 

「そうだね、ライブだって分かるくらいは人がいました」

 

 

 なるほどね……

 

 

 せつ菜ちゃんのソロパフォーマンス、見てみたかったもんだ。

 

 

 でも本来ならそこに彼方ちゃん、エマちゃん、しずくちゃん、かすみちゃんが一緒にパフォーマンスをするはずだった。でも、仲間割れが起きてしまったことによりそれは叶わず、同好会は一時廃部になった。

 

 

 ……なんだろう。この話をすると、未だにあの時俺がいたら……と、あの時のことを悔やんでしまうな。同好会が初お披露目ライブという重大な局面を迎えていたのに……情報処理学科の合宿中という理由があるからどうしようもないというのは理解してるんだけどな。

 

 

 でも同時に、過去を悔やんでも仕方ないと思う俺もいる。今の同好会のみんなが強い志をもって活動している。その側で支えなければ……悔やんでいる暇はないのだ、と。

 

 

『今日は楽しみだね! 何がお目当てなんだっけ?』

 

『えっ? あれだよ、この前ドームでライブをやった……』

 

 

『あぁ、あのバンドグループね! あそこ私も好きなんだよね』

 

 

 すると、周りにいる見知らぬ観客の声が俺の耳に入ってきた。

 

 

 この二人の女性が話すように、観客のほとんどがスクールアイドルには関心を持っていない様子だ。それに加え……

 

 

『虹ヶ咲〜? ねぇ貴方、この学校聞いたことある?』

 

『うーん、聞いたことないかも。新しく出てきたスクールアイドルなんじゃない?』

 

『そっか〜……ねぇそれよりさ──」

 

 

 スクールアイドルに通じてそうな人でも、『虹ヶ咲』に関してはその名前すら知らないのだ。

 

 

「……そうだよね。ここにはスクールアイドルに興味ない人が大半なんだ……」

 

 

 隣にいた侑もこれらの会話が聞こえていたようだ。まあ、分かってはいてもやっぱり悔しさを感じるよな。

 

 

「でも、ここでファンの印象に残るパフォーマンスをすればスクールアイドルに興味を持ってくれる人が増えるかもしれないんだぞ」

 

 

 少し辛そうな表情をしていたので、ポジティブな言葉を掛けることで励ました。

 

 

 外部の人にも興味を持ってもらえば、その人達は口伝いに評判が広まっていき、一気に虹ヶ咲の存在が知れ渡ることになる。

 

 

「……うん。果林さんならそれが出来る。だって、あの果林さんだから!」

 

 侑は信頼の眼差しを、果林ちゃんが出てくるであろうステージに向けていた。

 

 ……しかし、こんなアウェーな空気に一人で挑むことは相当のプレッシャーというものを感じているはずだ。普段モデルとして不特定多数の人に見られることに慣れている果林ちゃんなら大丈夫だと思うが……

 

 

 ここからは様々なアーティストがパフォーマンスする様子を、周りが盛大に歓声を上げる中、冷静に観た。

 

 侑は周りの観客のように、ペンライトを勢いよく振りながら盛り上がっていた。普段あまりはしゃいだりしない歩夢ちゃんも、可愛らしくペンライトを控えめに振りながらも楽しんでいた。

 

 俺はそこまではしゃいだりしないさ。もう高三なんだし、こうやって常に冷静に見守る人が一人いないとダメだからな。

 

 

 しかし、そんな冷静さも……

 

 

「えっ、果林ちゃんが見つからない!?」

 

 

 再び戻った楽屋の状況を知った瞬間、崩れたのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「果林ちゃーん! 居たら返事してー!!」

 

 

「はぁ……はぁ……ダメだ、こっちには居ない!」

 

 

 同好会のライブ枠が迫る中、俺たち同好会のメンバーは果林ちゃんの捜索に尽力した。

 

 

 俺はみんなが探すところとはまた反対側を探しに行ったところで、今みんなに追いついたところだ。

 

 

「どうするんですか、みなさん!?」

 

 

「探し出すしかないよ! まだ枠まで時間はあるし!」

 

 

 焦るあまり強い口調で問い詰めるかすみちゃんに、愛ちゃんは至って冷静にそう話しかける。

 

 

 探し続けるしかない。それは正しくその通りだ。ただ、果林ちゃんを見つけ出さない限り、誘ってくれた遥ちゃんと綾小路さんを始め、ライブに携わる方々に迷惑が掛かってしまう。

 

 さらに、ライブをする本人がいないとなれば、観客達はこのライブのプログラムを分かっているので、『あれ、一つ枠飛ばされた?』『虹ヶ咲の人はどうしたんだろう?』と気づかれてしまう。最悪、この同好会の評判が悪化しかねないのだ。そんな重責を果林ちゃんに担わせる訳にはいかない。なんとしても……

 

 

 ……ダメだ。ネガティブな思考が続いてしまう。

 

 正直、今俺は内心とても焦っているのだ。こんな時こそ冷静でいなければならないというのにな……

 

 

「っ! ねぇ、あれ……!」

 

 

 すると、璃奈ちゃんが後ろの方を向いて指を差した。それにみんなが振り返って彼女が指差す先を見ると……椅子に座って下を向いている、見覚えのある衣装を着た人がいた。

 

 

 その瞬間、みんなは一目散に走り出した。俺もそれに続いて走り出す。

 

 

 

「果林ちゃ──ん!!!」

 

 

「……! みんな……」

 

 

 果林ちゃんは、エマちゃんの声に反応して顔を上げると、少し目を見開いた。

 

 

「心配したんですよ! ……どうしたんですか……?」

 

 

「具合悪いの……?」

 

 せつ菜ちゃんと璃奈ちゃんが問いかけると、果林ちゃんは躊躇うことなくその理由を話してくれた。

 

 

「……ビビってるだけよ」

 

 

 彼女の言葉に、一同から驚きの声が漏れた。

 

 

「我ながら、情けないったらないわね。こんなところでビビってるなんて……ほんと、みっともない」

 

 自分を嘲笑うように語る果林ちゃんの手は、小刻みに震えていた。

 

 

「あんな偉そうなことを言った癖に……ごめんなさい」

 

 

 手で顔を覆う果林ちゃん。彼女の声色から、ライブで自信を持ってパフォーマンスをすることに対しての絶望が感じられた。

 

 

「……」

 

 

 すると、神妙な面持ちで彼女の話を聞いていたメンバーの内、せつ菜ちゃんがベンチに座っている果林ちゃんの側へ歩み寄り、隣に座った。そして彼女は柔和な微笑みを浮かべながら、果林ちゃんに話しかける。

 

 

「そんなことないですよ」

 

「えっ……?」

 

 せつ菜ちゃんの言葉に、果林ちゃんは覆っていた顔を表し、驚きの表情を見せた。

 

 

「大丈夫だよ、果林ちゃん」

 

 エマちゃんは、座る彼女の目の前にしゃが込み、右手を自分の手で包み込んで安心させるように話しかける。

 

 

「でも、こんなんじゃ……」

 

「大丈夫」

 

 璃奈ちゃんは、彼女の横にしゃがみ、彼女の右手を優しく握る。

 

 

「私たちがいるじゃん」

 

「そうですよ。ソロアイドルだけど、一人ぼっちじゃないんです」

 

 

 彼方ちゃん、しずくちゃんは彼女に向けて励ましの言葉を贈る。

 

 

 みんなの表情から、果林ちゃんを励ましたいという気持ちが見てとれた。

 

 

 それに対して、果林ちゃんはその優しさに感涙を目に溜めていた。

 

 

「なんで……そんなに優しいのよ……」

 

 彼女がそうみんなに訊いた。

 

 

「分かるでしょ! そんなこと言わなくても」

 

 

 愛ちゃんの返答に、みんなが大きく頷く。

 

 これを聞いた果林ちゃんは、溜めていた涙を拭い、胸に手を当てて一つ深呼吸をした。

 

 

「……うん、大丈夫!」

 

 

 こうして立ち直った果林ちゃんに対して、かすみちゃんの提案によって一人一人ハイタッチをしていくことになった。とても粋な計らいであり、みんなとハイタッチをする度に、彼女の気持ちが高まっていくように見えた。

 

 

 俺は大分後ろの方にいたので、やっとターンが回ってきた。

 

 

「……徹」

 

「おう。今の果林ちゃんなら絶対最高のパフォーマンスが出来るからさ。楽しみにしてるぞ」

 

 

 俺は、右手を顔の高さに上げながらそう話しかける。

 

 

「えぇ、楽しみにしてて頂戴。絶対に徹を興奮させるようなライブをしてみせるわ!」

 

 挑戦的な表情で言ってみせる果林ちゃん……なんだかこういう状況になってまで、はしゃぐことを意地でも控えようとする俺がバカらしくなってきた。

 

 だがしかし、この勝負に負ける訳にはいかない。俺は案外意地っ張りなんだぞ? 

 

 

「ははっ……やってみせろよ、果林ちゃん!」

 

 

 そうして、二人でお互いの手を弾いた。

 

 

 

 そこからはあっという間だった。侑が俺の手を引き、再び観客スペースに連れてこられたのだ。侑曰く、『果林さんのステージを目の前で観たかったんだ。それに、お兄ちゃんとも一緒に盛り上がりたかったから』だそうだ。マネージャーの仕事は……? とも思ったが、正直侑と同じ思いだ。

 

 しかし、盛り上がりたいという願いは難しいとも感じた。仮に盛り上がる意志が持てたとしても、そもそもどうやって盛り上がるかも忘れてしまっていた。こんな俺にどう盛り上がれというのか? こうなると、難しいというより最早無理に等しい。

 

 

 そう悲観していたら、周りが静まったことに気づいた。ふと前を見ると、たった一人……でも存在感が強い彼女(果林ちゃん)がいたのだ。

 

 

「───〜♪」

 

「っ……!?」

 

 

 曲が始まった瞬間、俺の心の中にあった塊が溶けていくような感じを覚えた。

 

 

 

 何だろう……何故だか分からないが、動きたくて仕方がなかった。とても……刺激的だった。

 

 

 彼女の仲間を想う……その気持ちにも感化されたのかもしれない。

 

 

 そして気がつけば……俺はただ只管その場の雰囲気に呑まれていった。

 

 全力で淡いブルーに輝くペンライトを振って、叫んでいた。

 

 こんなにはしゃいだのは初めてかもしれない。同時に、侑があんなにスクールアイドルに熱中する理由が分かった気がした。

 

 

 ……やられた。果林ちゃん、お前の勝ちだ。

 

 

 パフォーマンスが終わった後、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその結果……

 

 

「……うわっ、38.5度……マジかよ……」

 

 

 

 力尽きたのであった。

 

 




今回はここまで!
これにて原作第9話分の話は終了になります。
最後に気になるような展開がありましたが、果たしてどうなるのか……?
ではまた次回!
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原作1期編 〜標を定めて羽ばたく〜
第60話 対峙


どうも!
第60話です。
今回から原作第10話の内容に入っていきます。
ではどうぞ。


 

 

 

「も〜お兄ちゃん、安静にしててよ?」

 

 

「うむ……分かってる」

 

 

 俺の額に冷えたタオルをのせながら、我が妹の侑はむすっとした顔でそう言う。

 

 果林ちゃんが躍動したDiver Fesは無事に幕を閉じ、虹ヶ咲の評判がこれからうなぎのぼりになるであろう時のことだった。

 

 

 朝目が覚めた俺は、なんとも気持ち悪い寒気を覚えたのだ。ここ3年くらいは一切体調を崩したことがない俺は、その出来事を俄かに信じることが出来なかった。夢の中にでもいるのではないかと思った。

 

 そんな俺は、その寒気をものともせずにベッドから抜け出そうとした。

 

 その時、部屋のドアが開く音がしたのだ。入ってきたのは、俺より早く起きていたであろう侑だった。いつも通り明るい笑顔を見せてくれた侑だったが、俺の顔を見た瞬間、顔色を一変させた。俺の顔が赤かったようなのである。

 

 

 どうやら、俺は本当に風邪を引いてしまったようだ。体温を測ると、平熱を遥かに超える温度を体温計が示した。そんな訳で、今日は登校日であるが休みをとり、こうやって暖を充分とっているわけだが……

 

 

 はぁ……こうやってベッドに横たわってじっとしていなきゃいけない、この状況が実にもどかしい。

 

 家事に加えて、数日後には期末テストが待ち受けている。勉強もしなきゃいけないのだ。

 

 それに、同好会も夏の合宿をやるって話が挙がってるみたいだしな。

 

 

 でもそれは……俺は行くべきではないな。同好会唯一の男だし。

 

 

 ……まあともかく、俺はやるべきことが積み重なっているのだ。

 

 

 ただ、ここで動いたところで俺の身体が悲鳴を上げるのは明らかだ。ここで闇雲に動こうとしたところで何もできないことも明白である。

 

 

 そんなことを考えていると、側で作業を終えた侑が俺に話しかけてきた。

 

 

「ホント、お兄ちゃんがライブであんなに盛り上がってたの、久々に観たよ?」

 

 

「あぁ……気づいてたんだな」

 

 

 ライブが終わった直後は興奮を鎮めていたつもりだったのだが、どうやら全く意味を成していなかったようだ。

 

 

「そりゃ、横で見てたしね〜。それに終わった後もお兄ちゃん、いつもとは明らかに違う感じだったよ?」

 

 

「えっ?」

 

 

 侑の意外な言葉に、俺は思わず驚きの声を漏らした。一体どういうことなのか、侑から発される言葉に傾聴する。

 

 

「なんていうんだろう……どことなくスッキリしたというか……とにかく、楽しそうな表情してたよ!」

 

 

「そうなんだな……いや、そんなことをするつもりは無かったんだけどね……」

 

 こんな風邪を引いて寝込むまでに力を出し切る気は更々なかった。全く、こんな歳で何子供っぽいことしちゃってるんだっての……

 

 

 

「ふふっ。それこそ、まるで小さい時……の……」

 

 

 

「……侑?」

 

 

 すると、侑の喋りが止まった。何かを思い出したのか、いつもの笑顔から途端に辛い表情に変わり、視線は下を向いていた。

 

 一体どうしたのか……ともう一度声をかけようと思った瞬間、侑は何か意を決したかのように真剣な眼差しを向けて話を切り出してきた。

 

 

 

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

 

「……どうした、侑」

 

 

 俺は、彼女のなかなか見せない表情に戸惑いを覚えながらも、悟られないように隠しながら彼女に言葉を返す。

 

 そして、俺はこれから侑が発する言葉に、思わず目を見開くことになる……

 

 

 

「お兄ちゃんは()()()、一体何があったの……?」

 

 

「……!?」

 

 

 『あの時のこと』……彼女が言うそれは間違いなく……()()()、だろう。

 

 

 覚えてたんだ……てっきり侑はそのことを忘れていたかと思っていた。ずっと触れられずに俺の記憶の中に残っていくだろうと思っていた……

 

 

 

 しかし、俺が返す言葉はただ一つ。

 

 

「……言っただろ? 大丈夫だって。気にするなってさ」

 

 

「そうだけど……でも、あの時からお兄ちゃんの雰囲気が変わったと思ってた」

 

 

 俺はあの時も『大丈夫』という言葉を口にして、侑に悟られないようにしていた。しかし、今回はそういかないようだ。

 

 

 侑の真剣な眼差しは、鋭い矢の如く俺を射止めていた。

 

 

「果林さんのライブの時のお兄ちゃんを見て、あの時からずっとお兄ちゃんが羽目外すところ、見たことなかった……って気づいたんだ」

 

 

 そして、侑はベッドで横たわっている俺の右手を握り、こう問い掛ける。

 

 

 

「ねぇ、教えてくれないかな……()()()何があったのか……」

 

 

 侑の目が潤み、今にも泣き出しそうな状態だった。

 

 ……なんだよ、これじゃ()()()()じゃないか。

 

 

 俺はここで腹を括るしかないのだろうか……いや、それしかないんだ。

 

 

 そう自分の心に十分言い聞かせて、俺は閉ざしていた口を開いた。

 

 

「……あの時、俺は……んっ!? ゲホッ、ゲホッ!」

 

 

「大丈夫!? ……ごめん、あまり喋らせるべきじゃなかったね……」

 

 

 風邪を拗らせている喉が限界を迎え、発すべき言葉の邪魔をする。侑は、申し訳なさそうにそう言いながら俺の背中を叩いてくれるが……

 

「……すまん、今は言えない。心の準備をする時間をくれないか?」

 

「……分かった」

 

 

 一度行動に踏み切ったその勇気も、抵抗のしようもない運命の前に挫けた。

 

 

 

 

 再び過去と対峙して、このザマである。俺はなんて臆病者で、愚かだろうか……

 

 

 

 

 傷心しながらも、侑が去った俺の部屋で静寂さの中、目を瞑った。

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

「ふぅ、なんとかやり切ったわ……」

 

 

 数日後、風邪からなんとか立ち直った直後なのにもかかわらず、期末試験を受けきった。答案の返却がなされ、なんとかそこそこの成績を収めることに成功した。

 

 

 侑との出来事があってからしばらくメンタルがやられていたが、風邪から回復したことで少しマシになっただろうか。少なくとも、上っ面は平常でいられるくらいにはな。

 

 

 ただ、病み上がりなのでテストが終わって疲れが来たようなので、少し中庭のベンチに来て休んでいる。そう、ここにはあくまで休息のために来ただけだ。

 

 

「あっ、てっちゃん! テストお疲れ〜。隣良い?」

 

「おっ、瑞翔(なおと)……お疲れ。あぁ、良いよ」

 

 

 誰かに声を掛けられたと思い、その方を見ると瑞翔の姿があった。彼が俺の隣に座ると、いつも通りの様子で話しかけてきた。

 

 

「にしても驚きだね。まさかてっちゃんが期末テスト直前で風邪をひくなんて」

 

 

「まあな……ちょっと羽目外しちゃって」

 

 

 やっぱり瑞翔もそう思うんだな……まあ、風邪引いちゃお兄ちゃんとして何もしてあげられないからな。体調管理はずっと心掛けてきた。

 

 

「あぁ、スクールアイドルのライブだっけ? まあ、思わずはしゃいじゃう気持ちも分からなくないね。どう見ても楽しそうだもん」

 

 

 瑞翔はお手上げのポーズをしてそう言う。

 

 やっぱりライブではしゃいじゃうのは仕方のないことなのだろうか……? 分からないな……

 

 ……そうだ。瑞翔もテンション高い割にはそこまではしゃぐ様子は一度も見たことがない。彼を誘ってどうなるか見てみるか。

 

 

「瑞翔もライブには来ないのか? 一緒に行くのも俺はアリだと思うが」

 

 

「あー……嬉しいけど、僕人混みが苦手なんだよ。ごめんねー」

 

 

 マジか……この苦笑具合を見る限り、相当人混みが苦手そうだ。そんな人を無理に誘うことはないな。諦めよう……

 

 そうやって考えていると、瑞翔の様子が一変した。

 

 

「ところでさ……てっちゃん、何かあった?」

 

 

 瑞翔は声音を低くし、彼の普段おっとりとした性格からは想像できないくらいの真面目な態度で俺に問いかけてきたのだ。

 

「えっ……? どういうこと?」

 

 

 まさか……瑞翔にも悟られた? 俺はちゃんといつも通りの態度で接してたつもりなんだが……

 

 俺は、動揺しながらも彼にそう訊いた。

 

 

「なんだろう、思い詰めてそうな顔をしてたから。もし僕でよければ相談に乗るよ? こう見えて僕、人生相談とか受けてたりするし」

 

 

 やっぱりか……フランクで気軽に相談を促そうとしてくれるのは、こちらとしては気が楽……だが……

 

 

「……大丈夫、大したことじゃないから」

 

 

 俺はまた、『大丈夫』と言う言葉を使う。

 

 

「そう? でもさ、大したことじゃなくても誰かに話した方が気持ちは楽になると思うよ? ほらほら、僕が聞いてあげるからさっさと吐いちゃいなよ〜」

 

 

 すると、瑞翔は若干煽るような口調で俺の肩を叩きながらそう言ってきた。

 

 ……流石に相談を断るのも面倒くさくなってきたわ……そんな訳で。

 

 

「あー分かったから! 話すって……!」

 

「よしきた!」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 ここは、その日の放課後の同好会の部室前。風邪から立ち直ってから初めての活動だ。

 

 

 俺には一つ迷いがあった。

 

 久々に部室に来た俺は、どうやって彼女達に声をかければいいのか……だ。

 

 『久しぶり〜!』なのか、『迷惑かけてすまん』なのか……

 

 いや、後者は流石に唐突すぎるかね。考えすぎるのも良くないので、無難に行こう。

 

 そう決めた俺は、部室のドアを開けた。

 

 

「……よっす、久しぶr……」

 

 

「あぁ!? 徹先輩〜!!」 

 

「うおっ!?」

 

 病み上がりの俺にとって無難な挨拶の言葉をしようしたのも束の間、誰かが俺に突撃をしたきた……というよりかは、身体をホールドしてきたの方が妥当か。

 

 

「身体大丈夫ですか!? 生きてますよね!?」

 

「ちょっ、落ち着け! 死んでたら今ここに来れてないから!!」

 

 

 かすみちゃんは、只ならぬ血相でそう問い詰める。

 

 ただの風邪だというのに……

 

 

「もうかすみさん。先輩が困ってますよ? ……徹先輩、無事に戻ってきてくれて何よりです!」

 

 

「徹くんに何かあったらどうしよう〜ってみんな心配してたんだよ?」

 

 

 しずくちゃん、彼方ちゃんが側まで近寄ってきてそう言った。思ってた以上に心配されてたようだ。

 

 

「ホント、まさかてっつーが体調崩すなんて思ってもなかったからね!」

 

「おかえりなさい。徹さん」

 

「このタイミングで戻ってきてくれて何よりだよ〜! これで、徹くんも合宿に行くことが出来るね!」

 

 愛ちゃん、璃奈ちゃん、エマちゃんの順にそう言って……えっ? 今エマちゃん、何て言ったか……?

 

「えっ、ちょっと待て……エマちゃん、俺も合宿に行くって言ったよな?」

 

 念のためにエマちゃんが言ったことに対する確認を取る。

 

「えっ? うん、そうだよ。ねっ、せつ菜ちゃん!」

 

 

「はい! 何か不都合はありましたか、徹さん?」

 

 

 マジかよ……つまりあれか、俺はみんなとは違う部屋で一夜を過ごすということなのか……? いやいや、そんな二部屋も取れる部費がある訳でもないから……いやいやマズいだろうが……

 

 ……待てよ? もしメンバーが確定していなければ、今から俺がそこから抜ければ良いんだよな?

 

 

「いや不都合というか……なあ、これって決定事項なのか……?」

 

 これには俺も焦りを隠せず、声を上ずらせながらそう訊いた。

 

 

 返ってきた答えは……

 

 

「そうです! 徹さんが居ない間にみんなで決めてしまったのですが……もしかしてダメ、でしたか……?」

 

 マジかよ……! しかもな、『ダメですか?』って聞かれて『ダメ』なんて言えないわ!! どうしよう……腹を括るしかないのか!?

 

「先輩……私たちと一緒に来てくれますよね……?」

 

 

 あぁ、せつ菜ちゃんに留まらずしずくちゃんまで!? それに他のメンバー達も切実そうな眼差しを向けてくるし……

 

 こうなった以上、俺に残る選択肢は一つしかない。

 

「……ダメ、ではない……」

 

 俺は男だ。強力な理性をシールドとして固めて、合宿に挑もう。

 

 

 

 

 

 そして、俺の過去を……()()()のことを、侑に……みんなに話すんだ。

 

 

 

 




今回はここまで!
話にあった通り、これからこの物語の重大なターニングポイントを迎えます。果たして高咲兄の過去とは……!?
(ちなみに、原作2期7話のおかげでEmotionをリピートしてます笑)
次回をお楽しみに!
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第61話 レッツクッキング

どうも!
第61話です。
では早速どうぞ!


 

 

「へぇ、彼方ちゃん数学の成績良かったんだな」

 

「そうなんだよ〜。今回は徹くんと勉強することが出来なかったけど、一人でなんとか平均点ぐらいまで取ることが出来ました〜」

 

 

 澄み渡る空……ではなく、厚い雲が広がっている今日この日。

 

 

 可も不可も付け難い天候だが……どうも。高咲徹だ。

 

 

 ついに決行される虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の夏合宿。今その合宿が行われる場所に向かって、みんなで歩いている途中だ。

 

 

 今彼方ちゃん達同学年の三人に、自分が風邪でくたばっている間に起こった出来事を教えてもらっている。

 

 

 彼方ちゃんは数学が苦手で、一年くらい前は赤点ギリギリのレベルだったのだが、ついに平均点が自力で取れるまで克服できたようだ。

 

 

「彼方ちゃんは努力家だもんね〜。凄いなって思ったよ!」

 

「えへへ〜。エマちゃん、ありがと〜」

 

 

 確かにエマちゃんの言う通り、彼女は相当の努力家だと俺も思う。苦手な科目なんてそう平凡な努力だけでは克服できるようなものではないのだ。

 

 

「流石彼方ちゃんだな。もう俺が教えなくても成績を上げていけそうだな」

 

「そ、それはダメだよ〜! 徹くんに教えてもらわないと、彼方ちゃんダメだから〜!」

 

 

 あまり見ない焦りようである。頼られてるってことだろうか……ならば嬉しいけどな。

 

 

「ははっ、冗談だよ……この感じだと、みんな期末試験は大丈夫だったようだな?」

 

「そうでもないわ。一人赤点取ってたわよね? ねぇ、かすかすちゃん?」

 

「かすみんです!! そのことは徹さんに言わないでくださいって言ったじゃないですか!?」

 

 

 ありゃ……かすみちゃんが赤点になってしまったか……

 

「そうなんですよ徹先輩。かすみさんったら、22点を取ってしまったようで……」

 

「ぎゃー!? 細かい点数まで言わないで! あとしず子、『22点でにゃんにゃん』とか言ってたの覚えてるからね!!」

 

 

 22点ねぇ……こりゃなかなか笑い事では済まされないレベルだ。

 

 勉強会をやったのか分からないが、ライブがテスト前にあったという影響は大きいし、その後に俺は風邪をひいてしまって教えてあげることもできなかった。

 

 彼方ちゃんは自分の力でなんとかそこそこの成績を収めることができたが……今度はかすみちゃんを重点的に教えるか。

 

 

 んで他の子は大丈夫だったのかな……? 

 

 

「……!」

 

 あっ、果林ちゃんが目を逸らした。つまりはそういうことなんだな……というか、かすみちゃんを揶揄っておきながらその始末かいな……

 

 よし、ならば二人まとめて二学期の中間試験の時は、その失速を挽回するぐらいの勢いで教えよう。

 

 

 そう思っている内に、合宿施設に到着した。

 

「虹ヶ咲にこんな施設があったんですか……」

 

「まさかもう一回ここに来るとは思わなかったねー」

 

 

 その施設が虹ヶ咲学園のものであることに驚くしずくちゃんに対して、この施設に懐かしさを覚えているであろう愛ちゃん。

 

 そう、今回同好会が合宿を行う場所は、俺が情報処理学科の合宿の時に行った場所と同じ、学校の近くにある施設だ。

 

 俺の左にいる10人のうち7人は、施設の規模の大きさとこんなに近くにあるということに、開いた口が塞がらない様子だった。

 

 ちなみにこの施設を使ったことがある璃奈ちゃん、そして存在を知っていたせつ菜ちゃんは周りに反して何も動じない様子だった。

 

 

 それにしても、休みに入ってからホントすぐに合宿を始めるなんて凄い気合入ってるし、流石に他の部活はまだ入ってないだろうな。実質俺たちスクールアイドル同好会が独占することになるだろう。

 

 

「せつ菜先輩、私たちここで練習をするんですか!?」

 

 

「そうですよ! 豊富な練習施設が揃っているので、私達のパワーアップに役立つと思います! でもその前に、まずは腹ごしらえしましょう!」

 

「みんなで力を合わせて、料理をしよ〜!」

 

「わぁ……! 楽しみ〜!」

 

 

 もうそんな時間か。飯は用意されているわけではなく、自分で作る感じなんだな。

 

 そうなると……俺の出番だ。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「徹くん、玉ねぎ切り終わったよ〜」

 

「おう! じゃあフライパンの方、火付けてあるから炒めちゃって?」

 

「分かった!」

 

「徹先輩! コッペパンの具材少し余っちゃったんですけど、何か使えるものないですか?」

 

「おや、どれどれ……おっ、これは刻んだらあれに使えそうだな……余ったやつそこら辺に置いといて! 使えるか考えてみるから!」

 

「了解です!」

 

 ふう、こうやって大勢で料理をするのは久々だな。調理実習以来か? 

 

 合宿施設の調理室において、俺は同好会のメンバー達に指示をしながら手際よく包丁で野菜を微塵切りにしていく。

 

 

 みんなと話し合った結果、なんと俺が料理を作る上でのリーダーを務めることとなった。それもあって、今俺が大半の料理過程を管理しているので、大忙しって状態だ。

 

 

 でも全て管理しているわけではなく、大きく3つのパートに分かれて、それぞれ料理に自信があるメンバーがリーダーとして入っている。

 

 昔から家事には万能の歩夢ちゃん、俺と同じく料理を趣味としている彼方ちゃん、実家のもんじゃ焼き屋を手伝っている愛ちゃんの3人だ。

 

 もちろん、他のメンバー達も料理が出来るであろうと期待している。どんな昼飯になるかとても楽しみだ。

 

 

「……」

 

 

「侑ちゃん! もう沸騰してるよ!?」

 

「えっ? ……うわっ、ちょちょっ!? 焦った〜……」

 

「大丈夫? 疲れてるなら無理しないでいいよ……?」

 

「大丈夫大丈夫! 歩夢も仕事あるでしょ? ほら、行った行った〜」

 

 

「あっ! ちょっ、侑ちゃん……!」

 

 

 

 その一方で、侑は明らかに普段よりもボーッとしていた。歩夢ちゃんに心配されているが、はぐらかそうとしている。

 

 

 これは多分というか、間違いなくあれが関係してるよな……でも、今はここから手が離せない。

 

 

 ……侑の様子も見守りながら調理をするか。

 

 

 そう思っていると、右手の袖が引っ張られた気がした。

 

 すぐさまそちらに振り返ると、璃奈ちゃんが袖を掴んで俺に何かを伝えようとしていた。

 

 

「どうした、璃奈ちゃん?」

 

 

 そう問いかけると彼女は何も言わず、さらに奥の方を指差した。

 

 目を向けると……この世のものではないというか……食べ物としてはあり得ない毒々しい紫色をした汁物が鍋でグツグツと茹っていた。

 

 

「……!? ……なあ、あれは誰が作ったんだ?」

 

 

 あまり騒ぐのはよろしくないので、小さい声で璃奈ちゃんに聞こえるぐらいまでにしゃがんで話しかけた。

 

 

「せつ菜さん。あのままだとまともに食べられない……璃奈ちゃんボード『ガクガク』……」

 

 マジか……確かにあまり料理が得意なイメージはなかったが、ここまでなんだな……

 

 

 実際にその鍋まで行って味見もしたのだが、これは確かに危険だ。どれだけ調味料入れたんだっていうくらいしょっぱくてかつ、舌がヒリヒリするほどの辛さ。

 

 でも味をマイルドにすれば、なかなかに良いスープになると思われる。ただ、調味料の調整は俺だけだと心許ない。誰かの協力を得る必要があるが……

 

 

 周りを見渡して……歩夢ちゃんは忙しそうだ。愛ちゃんも……今オーブン待ちか。じゃあ、彼方ちゃんに助けを求めるしかない。

 

 

 しばらく遠くにいる彼方ちゃんに気づいてもらえるよう目線を送ると、数秒して彼方ちゃんと目があった。目立たないよう小さく手招くと、彼女は手に持っていた物を置き、小走りでこちらにやってきた。

 

 ……あっ、でもこれどうやって状況説明しようか……せつ菜ちゃんのせいにはしたくないな。

 

 

「どうしたの、徹くん……うわっ、何これ……?」

 

 

「これな……実は俺がしくじっちゃってね。こんな出来になっちまったんだ。あははは」

 

 

 せつ菜ちゃんの起こした事だと知られたくないために、俺は自分がしでかしたことであると誤魔化そうとした。

 

 

「え〜、そんなわけないでしょ? 流石にその嘘は通じないよ〜」

 

 

 彼方ちゃんは、悪戯っぽく笑った。

 

 ……流石にこれはカバーしようにもなかったか。ごめんな、せつ菜ちゃん……

 

 

「……すまん、これはせつ菜ちゃんが作ったものらしくてな。璃奈ちゃんがそう教えてくれたんだ」

 

 

「ふむふむ、なるほどね〜。つまり、味を調整するから手伝ってってこと? なら、彼方ちゃんにお任せあれ〜」

 

 

「話が早いな。ありがとう、助かるよ」

 

 

 それから二人でなんとかせつ菜ちゃんの作ったスープを美味しく仕上げた。色は相変わらず紫色で、食べる人からすれば危機感を持つようなスープだけどな……

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

「思ってたより沢山作っちゃったね〜」

 

 

 その場に仮設したテーブルの上には、色とりどりの料理が余すことなく置かれていた。

 

 合宿施設の外の庭に場所を移して、俺たちはランチタイムを迎えようとしていた。

 

 そう、俺はここでみんなに()()()のことを話すんだ……

 

 

「マジでここまで出来るとは思わなかったよ! 流石てっつー!」

 

「いやいや、みんなが頑張ってくれたからこそだよ」

 

 

 愛ちゃんが無邪気に笑いながら肩を組んできた。全く、距離感近いのには慣れてきたが……慣れちゃダメか。

 

 

「それじゃあ、早速頂いちゃいますか!」

 

 

 

「……あの!! ちょっとその前に話したいことがあるんだけど、いいかな……?」

 

 せつ菜ちゃんが飯を食べ始める号令をしようとすると、歩夢ちゃんが珍しく大声をあげて、みんなを注視させた。

 

 

「どうしましたか? 歩夢さん」

 

「えっと……侑ちゃんのことなんだけど」

 

「侑さん……?」

 

 せつ菜ちゃん達が侑の方を向くと、侑は途端のことで驚いた後に作り笑いを見せた。

 

「侑ちゃんの様子がおかしくて……さっき料理してる時も、ぼーっとしたりしてて……」

 

「そ、そんな……! 私は大丈夫だよ!? ちょっと疲れてるだけで……」

 

「確かに、私も侑の様子が変だと思ってたわ」

 

 

 すると、果林ちゃんが真剣な顔で歩夢ちゃんの問題提起に賛同した。

 

 

「侑、貴方何かがあったんじゃない? 悩みがあるなら、それをずっと引き摺ってるのも良くないわよ」

 

「そうですよ! 悩みなら私達が聞きますから!」

 

 

 ……あぁ、これはもう話した方がいいという神様のお告げなのだろうか。

 

 少しタイミングが早いけど、どちらにせよ俺の意志は固まっている。腹を括るんだ。

 

 

 

「えっと……悩みというか、それはどちらかというと私ではなくて……」

 

 

「それについては、俺から話しても大丈夫か?」

 

「徹さん……?」

 

 

 俺がみんなに声を掛けた瞬間、みんなの視線が侑から一気に俺の方に向いた。

 

 その瞬間、少し俺の中で緊張が高まったが、怯むことなく話し続ける。

 

 

「侑がさっきから集中できていない原因なのだが……それは俺の過去に関係している」

 

「徹さんの過去……?」

 

 璃奈ちゃんが疑問符を浮かべる。

 

 

「あぁ。俺がずっとみんなに……侑にさえも話してなかったことだ。みんなにも話しておきたいと思ったんだが……このタイミングでいいか?」

 

 

 俺がそう問いかけると、みんなが首を縦に振ってくれた。

 

 

 そしてついに俺は……今まで妹にさえ黙っていた、記憶の奥底に追いやっていた記憶を言語化した。

 

 

「……ありがとう。じゃあ話すぞ……中学3年の時の話だ」

 

 

 

 




今回はここまで!
次回は徹くんの過去を描きます。
時系列が第1話より前の話になりますので、ご注意ください。
アニガサキ2期はもう8話……早いですね。
ではまた次回!
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第62話 逆説

どうも!
第62話です。
今回は徹くんの過去を描いた回想シーンがメインです。
では早速どうぞ。


 

 

 

「……あれは、中学3年の時の話だ」

 

 

 ────────────────────

 

 

『ほらほらお兄ちゃん! そろそろ出かける時間だよ?』

 

 

『えっ? ……うわっ、もうこんな時間!? あぁでも、今ドラマがいい所じゃないか! どうしたものかね〜、うーん……』

 

 

 

 ……今の俺からは、こんな発言をすることは想像できないだろう。

 

 これはある日の朝のことだ。いつも通り中学校へ登校するために家を出る時間が迫っていたのだが、俺はテレビで放送している朝のドラマの展開に夢中だった。

 

 

 

 そう、昔の俺はこんな風にとても呑気で楽観的な態度だった。こんな感じで危機感を覚えることなんて滅多にない、兄なのにも関わらず全然頼りにならない奴だった。

 

 

『確かにそれは分かるけどね〜……あー、私も気になってきちゃった! じゃあこのシーン終わったらすぐ出るよ?』

 

『ん、了解だ!』

 

 

 今と比べればテンションは全然高めだし、お前本当に兄か? ……ってくらい無邪気だった。

 

 

 なんならそれに加えて、何か特技がある訳でもなかった。趣味ならアニメ鑑賞や音楽を聴くことなど、今の俺に通じるものがそこそこあったが。

 

 でも強いていうなら、特技は勉強くらいだ。昔からそこそこ学業の成績は良かったからな。でも、だからといって勉強が好きなわけでもなかった。

 

 

『よし、大事なシーンは終わったから……行くよ!』

 

 

『はいよ〜……あっ、すまん。トイレ行ってもいいか?』

 

『えぇ……』

 

 

 

 こんな風に、どうしようもなく能天気な俺であったが、そんな俺に転機が訪れる。

 

 

 

 

 

 中学では、そこそこクラスメイトと良い関係を保っていた俺であったが、一人だけとても仲良くしていた子がいた。

 

 

 その子は趣味で曲を作っていて、度々その曲作りについて話を聞いていたのだ。

 

 そんな中ある日、彼女から曲作りの手伝いを頼まれたのだ。

 

 

 最初は曲作りなんてできるのだろうかと疑問に思ったのだが、元々音楽には並々ならぬ関心を持っていた俺は、その疑問を切り捨ててその子の頼みを承諾した。

 

 

 それがきっかけで、俺の曲作りの才能が開花した。

 

 

 実際俺にはそこそこの作曲スキルが潜在していたようで、その時の手伝いに終わらず、週に3回ぐらいの頻度で彼女と共に曲作りの作業をしながら、スキルを習得していった。

 

 

 そしてついには自力で曲を作るようにまでなった。出来上がった曲をその子に聴いてもらうと、とても感動してくれて……あの時はとても喜んで舞い上がっていたもんだ。

 

 そこから俺の曲作りに対する自信は鰻登りし、いずれは自分の曲をみんなに披露したいと思うようになった。

 

 

 

 

 

 そんな時、それを叶える絶大なチャンスが到来した。

 

 

 それは、中学校の文化祭だ。

 

 

 毎年そこで、文化祭の定番であるのど自慢が行われるのだが、こののど自慢はただののど自慢ではない。

 

 なんと対象となるのは既存の曲だけでなく、オリジナル曲もだったのだ。つまり、作曲に自信がある学生が作った曲でもOKということである。

 

 

 そこで俺は、オリジナル曲を作るグループの中に参加した。そして、その中にあの子も入っていた。

 

 

 彼女を筆頭に曲を作ることになるのかと思っていたが……なんと今回は、彼女が()()というのだ。

 

 

 それに驚いたものの、彼女は作曲するだけでなく、歌も得意であると聞いていたので納得できた。

 

 

 

 

 するとそれをチャンスだと捉えたのか、俺は作曲作業を統率するリーダーに立候補したのだ。

 

 ……あの時俺はなぜあのような大胆な行動をとれたのか未だに分からない。

 

 

 

 

 しかしその瞬間、周りから(どよ)めきが起こったのだ。何故彼女ではないのか、と。

 

 

 

 実際、周りの評価では彼女の作曲能力はずば抜けて高く、去年の文化祭でも作曲をしたという実績があるため、俺に対する不信感が見てとれた。

 

 

 すると、そんな騒めきの中彼女が立ち上がった。

 

 静粛にするよう鶴の一声を掛けた後、『私の曲は彼を中心として作って欲しい』との趣旨で俺を推薦したのだ。

 

 

 結局、彼女が歌う曲であるので誰の文句なしに決まった。

 

 

 

 そこからの俺は、猪突猛進という言葉が相応しいほどの勢いだっただろう。俺は作曲に参加しているみんなに十分な配慮をせず、ひたすら作曲に突き進んだ。

 

 

『みんな! コンセプトはこんな感じでいいよね!?』

 

 

 

 ……と言って、沈黙が返ってきたので即座に決定していった。周りの反応をもっと慎重に聞こうとしなかったのだ。

 

 

 十分に話し合った相手は、作詞をする人だけだっただろうか。

 

 

 それを除けば、我が思うがままに作業が進んでいった。

 

 

 

 

 ……それが、自分自身の首を絞める原因になるというのに。

 

 

 

 

 

 気がつけば、文化祭当日となった。

 

 あの子に楽曲を提供して準備完了。リハーサルも滞りなく完了し、あとは本番でその曲を流され、歌われる様子を見届けるだけだ。

 

 

 

『さあ、どんどん行きましょう! 次は、多数の仲間を率いてオリジナル曲で勝負に挑む、この方です!!』

 

 

 会場内に、司会の熱いイントロダクションが響く。それと同時に、大きな歓声が沸いた。会場の端で見ていたが、この盛り上がりは凄かった。

 

 

 

 文化祭ステージに彼女が立つと、歓声が収まり、観客達はいつ曲が流れるだろうかワクワクするように見守る。

 

 

 そして俺も、自信を持って作曲した曲が披露されることを固唾を飲んで待った。

 

 

 

 

 ……しかし、いつまで経ってもその曲が始まる気配がなかった。

 

 

 気がつけば、観客達の期待による静まりは戸惑いによる響めきになっていた。

 

 

 俺は焦って音響室へ戻った。すると、機材トラブルなのか、曲が再生できなくなっていたのだ。

 

 リハーサルには出来ていたのにな……

 

 でも、咄嗟の判断で機材を再起動したことで、なんとか曲を流すことが出来た。そして、彼女も最後まで歌い切ることが出来た。

 

 だから、なんとかのど自慢優勝までいけるだろう……そう思っていた。

 

 

 

 

 しかし……結果は残酷で、予選敗退。決勝にすら進むことは叶わなかった。

 

 俺はその結果を受け入れることが出来なかった。あれだけ自信があったのに……何故だ、と。

 

 

 

 

 文化祭終了後、俺たち作曲チームは歌った彼女を含めてミーティングを開いた。

 

 

 そのミーティングは……まるでお葬式かのように暗い雰囲気で、その場にいたみんなが下を向いていた。

 

 

 そんな雰囲気の中、作曲のリーダーである俺は自分の席を立ち、終わりの挨拶をした。

 

 

『今日はみんなお疲れ様。いい結果は出なかったけど、みんなと一緒に曲を作れて良かったと思うよ。今日までありがとう』

 

 

 

 ……無難な文言だったとその時は思っていたが、それが地雷を踏み抜くことになった。

 

 

 一人の仲間が勢いよく立ち上がり、俺を指差して罵ったのだ。

 

 

 それに乗じて、もう一人同じように俺に対する文句などを並べて批判した。

 

 

 

 それらに乗じなかったメンバー達も、冷ややかな視線をこちらに向けているように感じた。

 

 

 

 

 

 その時の俺は……まるで地獄にいるかと思った。そしてその文句一言一句が、俺の自信を消失させていった。

 

 

 

 それだけではない。ふと視線を変えると、あの子が泣いていたのだ。その姿を見ただけで俺は……心のキズが深く抉られた。

 

 

 

 

 

 そして、やっと俺はこの今までの行動を省みたのだ。それは取り返しのないくらい、遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自信消失かつ自責の念に追われた俺は、家に帰って自室のベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 なぜメンバー達の意見をちゃんと聞かずに進めていったのか……彼女が歌うことを前提にせず、ただの自己満足で曲を作っていたんじゃないか……と猛省した。

 

 

 

 

 楽観的な俺がここまでマイナスな感情に支配されることは初めてだった。

 

 

 

 

『お兄ちゃ〜ん、入るよ〜?』

 

 

 

 

 そんな苦しみに苛まれている中、いつもの明るくて底抜けの笑顔で俺を救ってくれた人がいた。

 

 

 

 

『今日の文化祭ののど自慢、観に行ったよ! 少しトラブルがあったけど、お兄ちゃんが作った曲、凄かったよ!! 思わずときめいちゃった! 結果的には優勝できなかったけど、私はお兄ちゃんが作った曲が優勝だよ!!』

 

 

 

 

 この時俺は思った。

 

 

 侑を悲しませたくない。

 

 

 侑を笑顔にさせるためには、もっと兄である俺がしっかりしなければならない。

 

 

 

 こんな太陽のように輝いて照らしてくれる妹に相応しい兄でいなければ……と。

 

 

 

 

 もし俺がこのまま誰にも励まされずにいたら、今の俺は居ないだろう。

 

 

 

 

 そこから俺は……楽観的で呑気なオレを()()()

 

 

 客観的に、かつ冷静な俺になるために考え方を変えた。

 

 

 散々だったリーダーシップも、戒めとして最高のリーダーになるよう努力した。

 

 

 さまざまな価値観を得るために、色々な本を手当たり次第読んだ。

 

 

 

 また、様々なスキルも身につけた。料理などの家事も、お母さんに志願して日々特訓を続けた。あれまで家事なんて縁がなかった俺が、よくここまで得意になったなと思うものだ。

 

 

 

 

 

 

 今の俺になったのは、全ては侑のためだ。只管(ひたすら)に自分に()した結果だ。ははっ、俺の名前らしいことをしてるだろう?

 

 

 

 

 

 ……しかしそれと引き換えに、本当の意味で誰かに頼る手段を自分から消去していたのだった。

 

 

 

 そしてそれが、今こうして侑を悲しませるという結果に至っている。

 

 

 ……本末転倒、逆説(パラドックス)だ。

 

 

 




月は恒星になりたかった。

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第63話 大切な……

 

 

「……そういうことなんだ」

 

 

 俺が経験した過去を、ありったけの勇気を振り絞って話し終えた。

 

 

 俺の心臓が緊張のあまりに速い鼓動を打って、喉の渇きも忘れていた。そんな中俺は、それぞれの椅子に座りながら話を聴いてくれていたみんなの反応を待っていた。

 

 

「徹さんに、そんなことが……」

 

 

 一番最初に反応を見せたのは、歩夢ちゃんだった。

 

 

 この中では、侑の次に付き合いが長いからな……多分とても驚いているだろう。

 

 

「そうだったんだ……侑ちゃんをとても大切に思ってたんだね」

 

 

 それに続いて、エマちゃんは優しい微笑みでそう話しかけてくれた。

 

 

「あぁ。あれがあってから、より強くそう思うようになった」

 

 

 一度どん底に落とされた俺を、眩しい笑顔で照らしてくれた時の感情。それが今でも力となっている。

 

 

「私は……徹さんが作曲できることに驚きました……!」

 

 

 顎に手を置いて考え込むせつ菜ちゃんは、俺が作曲する才能があることが意外だったようだ。

 

 

 まあ、それに気づかれるようなきっかけもなかったし、何より隠してたもんな。

 

 

「あぁ……それも事実だ」

 

 

「今は作曲、やってないの……?」

 

 

 ……そこ聞いちゃうか、璃奈ちゃん。

 

 

 ここで嘘をつくのは良くないか。仕方ない。

 

 

「……作曲はやってないけど、やっぱり曲をどうこういじるのは楽しいもんでね。今は元々ある曲をアレンジしたりしてる」

 

 

 あまり言いたくなかったんだよな。スクールアイドル活動に役立つようなスキルは残ってるか分からないし、これがきっかけで作曲してくれって頼まれても正直困るしな……

 

 

「そうなんだ……」

 

 

 少し俯く璃奈ちゃん。

 

 

 みんなが無表情で下を向いている。

 

 

 やっぱり気まずい雰囲気になるから、話さない方が良かっただろうか……

 

 

「てっつー。一つ気になったんだけど、どうしてその事を話そうとしてくれたの?」

 

 

「えっ?」

 

 

 すると、愛ちゃんが手を挙げながらこちらに向かってそう訊いてきた。

 

 

「……てっつーが辛い過去を、勇気を持って話してくれたことは嬉しいよ。でも、それだけの勇気を出せる、何かきっかけがあったのかなって」

 

 

 いつもの陽気な振る舞いとは打って変わって、俺の過去に正面から向き合ってくれている。そういう風に感じた。

 

 

「それは……俺のクラスメイトが励ましてくれたからだ」

 

 

「クラスメイト……?」

 

 

 意外な登場人物が現れたことに、彼方ちゃんは疑問符を浮かべる。

 

 

 そうか。まだ璃奈ちゃん以外のみんなには瑞翔(なおと)のことを紹介してなかったか。

 

 

「そう。瑞翔っていうやつでな。璃奈ちゃんは知ってるだろ?」

 

「うん。知ってる」

 

 

 璃奈ちゃんボードを制作してくれたのは、瑞翔だ。ゆえに、璃奈ちゃんは瑞翔と会っている。

 

 

 

 侑にも一度言おうとしたことだけど、怖くて言えなかったこと。

 

 でも、瑞翔がそれに対する克服を促してくれた。とても力強い言葉で……

 

 

『たとえ過去が情けなかっただけで、妹ちゃんが失望するとか絶対ないと思う。だって兄妹でしょ?』

 

 

 

『仲良くしてるほど、その人のことをもっと知りたくなる心理が働くと思うんだ。同好会の子達とも凄く仲良くしてるみたいじゃん。だから話してみるといいよ』

 

 

 ホント、瑞翔は普段マイペースで頼りないように見えて、周りのことを人以上に見えて、アドバイスも説得力がある頼れる奴なんだよな……

 

 

「……俺はその瑞翔のおかげで、今日この場で自分の過去を話すことが出来ているんだ」

 

 

 俺はずっと立っていた疲れから、自分の席に座り込んだ。

 

 

 ……しかし、その瞬間俺の中の何かがプツンと切れた。

 

 

「……でも、正直まだ怖さがある」

 

 

 何故こんなことを言ってしまったのか……気がつけば、心の奥にしまっていたネガティブな感情が漏れていた。

 

 

 

「俺があの時以来やっていたことは果たして正しかったのか。侑のため……みんなのためになっていたのか。もしかすると、それすら単なる自己満足、だったのかもしれない……って」

 

 

 こんな悲観的な言葉しか出てこない俺が情けない。

 

 俺ってやつは……聞いている者の身になってみろ。全然良い気がしないだろうが……

 

 

「っ……すまん。こんな話は聞きたくないよな。ごめん、忘れてくれ」

 

 

 俺の目には、涙が溜まっていた。

 

 

 

 

「……徹さん」

 

 

「せつ菜ちゃん……?」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんが立ち上がり、俺の方に向かってやってきた。

 

 

 そして座る俺の前に来ると、しゃがみ込んで俺の手を両手でギュッと握った。

 

 

「そんなに自分を卑下しないでください。私たちは、徹さんに色々助けてもらったんですから……」

 

 

「……!」

 

 

 せつ菜ちゃんの眼差し、そして、掛けてくれる言葉一つ一つから暖かさを感じた。

 

 

 せつ菜ちゃんの一言をきっかけに、みんなが俺を説得しようとしてくれた。

 

 

「そうですよ……徹先輩は気づいていないのかもしれませんが、私たちのことをとても励ましてくださってるんですよ? それで、私も自信を持とうと思えたのですから」

 

 

「てっつーって、悩んでたらすぐに気づいて相談に乗ってくれるからさ! とても安心感あるし、優しいから愛さん好きだよ!」

 

 

「自分の弱点を克服することって、そんなに簡単な事じゃない。それだけで凄いことだと思う」

 

 

「みんな……」

 

 

 各々が、各々の観点から俺を励まそうとしてくれている。

 

 

「……侑は……」

 

 

 

 でも、肝心な妹からの反応が来ない。向かい側に座る彼女を見ると、下を向いていて、どんな表情をしているか分からない。

 

 

 もしかして、本当に失望されちゃったかな……そう思っていた次の瞬間。

 

 

 

「……お兄ちゃん!!!」

 

 

「うおっ!? ゆ、侑……?」

 

 

 急に立ち上がった瞬間、一目散に駆けてきた侑は、俺の身体を抱擁した。

 

 

 胸元の方を見ると、目からは涙が溢れている侑がいた。

 

 

「私、全然知らなかった……ある時から急にお兄ちゃんが、まるで別人みたいに頼れるお兄ちゃんになって……最初は戸惑った。とても嬉しかったよっ……!」

 

 

「侑……」

 

 

 その言葉が清廉潔白であることが分かるくらい、彼女の声音は真っ直ぐで、澄んでいた。

 

 

「そこから、そんなお兄ちゃんに慣れていっちゃって……気がついたらあの時の違和感を忘れてた……私もそんな自分が許せないよ……!」

 

 

「侑……! 俺が言わなかったのが悪いんだよっ……ごめんな……!」

 

 

 

 遂に堰き止められていたダムの水のように、俺は涙を流した。

 

 

「はいはい。これはお互い様、じゃない?」

 

 

 すると、彼方ちゃんが俺たちの間の仲介に入った。このままお互い、自分が悪いんだということを言い合ってたらどうしようもないからだろうな。

 

 そんなことは分かっているのだけれども……やっぱり、いつも思ってる事を行動できるなんて難しいのかもな。

 

 

「っ……そう、なのかな……そうかもしれない」

 

 

 

「うむ、そうかね……ほら、これで涙を拭いてくれ」

 

 

「あっ、ありがとう」

 

 

 お互い納得がいったところでひと段落し、俺はポケットに入っていたティッシュを二枚取り出して、片方を侑に渡した。

 

 

 

「ねぇお兄ちゃん。一つお願いがあるんだけど……良いかな?」

 

 

「ああ、もちろん。なんだ?」

 

 

 抱擁を解いて涙を拭き終わった侑が、平常心を取り戻してそう訊いてきた。お願い事……侑が相手ならばなんでも聞くつもりだけれども、何だろうか。

 

 

「もっと……私のことを頼ってくれないかな?」

 

 

 頼る……か。前から家事とかに関しては頼りにしていたつもりなんだが、そういうことじゃないのかな。

 

 

 

「お兄ちゃんが私のために色々してくれることは、とっても嬉しいし、そんなお兄ちゃんのことが大好きなんだ。でも……私だって、お兄ちゃんのために何かしてあげたいって思ってるんだ」

 

 

「っ……!」

 

 

 侑の手……暖かいな。

 

 

 

 ……そっか、侑も俺と同じように、頼られたいんだな……家事に限らず、諸々の事について……か。

 

 

 

「だから……何か悩んでいたら言ってほしい……一人で、抱え込まないで。それが、妹からのお願い」

 

 

『一人で抱え込まないで』

 

 

 ……自分のことは自分で何とかしなきゃ、とか思ってたけど、そうとは限らないのかな……俺は、もっと妹を信じることが必要なのかもしれない。

 

 

「……うん、分かった。約束する」

 

 

 俺がそう返事をすると、侑は満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「やっぱり兄妹は仲が良いね〜」

 

「うんうん。でも彼方ちゃん、なんだか妬けちゃうな〜」

 

 

「あっ……」

 

 

 すると、うっかり兄妹の世界に入っていたことに気づいた侑が恥ずかしそうに俺から離れた。

 

 もう少し妹の温もりを感じていたかったが、みんなを放置するわけにはいかないな。

 

 

 席を立ち上がり、みんなに向かって声を掛ける。

 

 

「みんな、長らく俺の話を聴いてくれてありがとうな」

 

「いえいえ! 徹さんの過去を知る機会を得ることができて、良かったです!」

 

「せつ菜先輩と同じくです! でも徹先輩、一つだけ言わせてもらいますけどぉ……」

 

 

 すると、かすみちゃんは手を後ろに組ませながら、俺のそばに寄ってきた。

 

 

「頼れるのは侑先輩だけじゃなくて、かすみんもいますからね! それを忘れないでください!」

 

 

「かすみちゃん……!」

 

 

 かすみちゃんらしい可愛らしい笑顔で、そう言ってくれた。

 

 

「そうそう〜。彼方ちゃんだって、徹くんを頼りにさせてもらってるんだから、頼りにされたいもんね〜?」

 

「うんうん! みんなも徹くんにはもっと甘えてほしいって思ってるよ! ねっ、みんな!」

 

 

 エマちゃんがみんなにそう問いかけると、みんなは激しく頷いてくれた。

 

 

 そんなに優しくしてくれて……また泣いちまうぞ。

 

 

「本当に、良いのか……? 俺、まだみんなにどうやって頼ればいいか分からないぞ……?」

 

 

 ……幼い頃からずっといた二人は別だが、みんなとはまだ交流期間が短い。弱い自分を見せるのには相当の勇気が必要となる。だから、上手く頼れるかが分からない。

 

 

 ……そんな懸念を果林ちゃんは吹き飛ばしてくれた。

 

 

「分からないのなら、分からないなりにやってくれれば良いのよ。私たちが受け止めてみせるから」

 

 

 みんなの言葉が……とても頼もしく思えた。

 

 

 

 ()()の居場所、見つかったのかな……?

 

 

「みんなは本当に優しいな……ありがとう。みんなを……頼らせてもらうよ」

 

 

 そう言うと、みんなは嬉しそうな表情を見せた。

 

 ……さて、俺も調子を戻していくか! 

 

 

「……よし! この話は終わりにして、飯食わないか?」

 

 

「はい、そうしましょうか!」

 

 

 俺の掛け声にせつ菜ちゃんが笑顔で応える。

 

『いただきます』の挨拶と同時に、みんなが自分の好きなように食べ物を取っていく。

 

 

「あれ? このクラッカーってまさか……!」

 

 

「おや〜? しずくちゃん、分かっちゃった? もちろん、徹くん監修のディップセットで〜す!」

 

「うわぁ……! よし、これを乗せてっと……はーむ……ん〜! やっぱり美味しいです、徹先輩!」

 

 

 ある一角では、俺が作ったディップをクラッカーに乗せて美味しそうに食べるしずくちゃんがいた。

 

 

「おぉ、早速食べてるか! そう言ってくれると作った甲斐があるよ」

 

「……ねぇ徹さん、これって前作られた時とメニュー変えてますよね!?」

 

「おぉ……せつ菜ちゃん、気づくの早いなぁ。今回の合宿に向けて、レシピを新たに考えてみたのさ」

 

「そうだったんですか!? 流石……尊敬します!!」

 

「そ、そこまで言われるとなんだか照れちまうな……」

 

 

 しずくちゃんよ……流石にそこまで慕われると恥ずかしさが隠せないぞ……

 

 

「あっ、お兄ちゃんが得意なクラッカーにつけるディップだ! 昨日台所で何してるかと思ったら、これを考えてたんだね〜」

 

 

 そうそう、実は昨日少し時間をとってレシピの考案をしてたんだよな。

 

 あっ、今度は侑にも手伝ってもらおうかな? もっと良いレシピが出来るかもしれないし。

 

 

「ハハッ、実はそうだったんだよな……でも、今回はそれだけじゃなくてデザートもあるからな?」

 

「「「え!?」」」

 

 

 ふふふ……実はディップだけじゃネタ不足だと思って、少し前から用意してたアレを作ったのさ……

 

 

「てっつーが力を入れてたあのデザートのことだね!」

 

「そうそう、かすみちゃんのアイデアも取り入れたあれだ」

 

「えっへん! 皆さん、美味しすぎて食べすぎちゃうかもしれませんよぉ〜!」

 

 

 かすみちゃんは胸を張って自信満々のようだ。

 

 ……でも、食べすぎはしないようにな。明日の練習あるし。

 

 

「ふふっ、あと彼方ちゃんと歩夢ちゃんにも手伝ってもらったんだ。なっ、歩夢ちゃん」

 

「えっ? ……あっ、そうなんだよ! 徹さんとかすみちゃんの自信作だから、是非食べてね!」

 

「自信作って……ハードル上げるのは勘弁してくれよぉ……」

 

 

 全く……でも、そう言われて悪い気はしないな。

 

 

「デザート……楽しみ〜!!」

 

「私も……! なんならデザートから先に食べたい……璃奈ちゃんボード『デザートの顔』〜」

 

「璃奈ちゃん、そこは主食から先に食べた方がいいわよ……?」

 

 

「「「「「あはははは!!」」」」」

 

 

 みんなでくだらないことで笑ったり、有意義な時間を過ごしたり……それに、俺が作った料理は大好評だったりして食事の場は幕を閉じた。

 

 

 ……みんなに話して良かった。

 

 

 そして、こんな仲間を持てて良かった。

 

 

 これからは、時に頼りにしながらも、みんなとの縁を大切にしたい。

 

 

 そう強く思ったひと時であった。

 

 

 




今回はここまで!

虹ヶ咲のみんなは……本当にお人好しで優しいのですよ……

次回からは本格的に合宿の話に入っていきます!
ではまた次回!
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第64話 ドッキリ!?

どうも!
第64話です
では早速チェケラ!


 

 

「はいよ、これで最後の皿だ」

 

「おっけー。ありがとね、お兄ちゃん」

 

「おうよ」

 

 

 飯を食べ終わった後のこと。楽しい時間もあっという間で、俺は侑と歩夢ちゃんとともにお皿洗いをしていた。

 

 汚れていた皿の山はあっという間に綺麗で純白な皿に様変わりしていき、気がつけば最後の皿を手に取っており、今洗い終えたところだ。

 

 

 

 ……しかし今になって思えば、皿洗いも慣れたもんだな。3年前なんて、むしろ皿洗いを面倒事だと思っていたというのに。

 

 皿洗いは、やり始めたら案外楽しいもんなんだよね。そんな風に実感する、今日この頃の高咲徹である。

 

 

 

「なんか、こういうのって懐かしいね」

 

 

 二人に混ざって皿拭きの手伝いをしていると、侑がふとそう呟いた。

 

 

「そうだね〜……中学生の頃、3人でキャンプに行ったよね」

 

「あー……確か、一緒にカレーを作ったっけ?」

 

「もう、それは校外学習の時でしょ? その時徹さんいなかったじゃん」

 

「あはは……そうでした〜」

 

 

 あー、懐かしいなぁ……中二の頃だっけか。

 

 それにしても、歩夢ちゃんはよく覚えてるよな。幼稚園の頃の話もたまにしてたし……

 

 

「あっ、でもお兄ちゃんが料理に手間取ってたのは思い出したよ! 確か、歩夢がつきっきりで指導してたよね」

 

 

「……えっ、何故それを!?」

 

 

 待ってくれよ、あれは俺の黒歴史中の黒歴史……

 

 料理に全く興味の無かった時のことで、包丁で一本のにんじんを普通に切るだけで二分足らずくらい時間がかかった……あの時を何故覚えてるんだ!?

 

 

「うーん分からないけど、何故かそれだけ強く印象付いてるんだよね〜」

 

 

 えぇ……やめてくれ、そんなこと覚えられてたら他の人に言ってしまう可能性があるじゃないか……

 

 

「そんなことに限って覚えてるのかよ……なんだ、ちょっと今からその記憶を消し去ってやろうか?」

 

「ちょっと、物騒なことはやめてよ〜。ていうか、例えお兄ちゃんに忘れろと言われても忘れられないし!」

 

「うわぁ……俺にとっちゃ黒歴史なのに……」

 

 焦りすぎて、なんかよく分からんジョークを言い放った俺だが……今思えば、こんなこと言うのもとても久々だったかもしれない。

 

 

「ふふっ、でも徹さんのアシスタントをするの、とても楽しかったですよ?」

 

 

 そんな黒歴史を掘り返され頭を抱えていると、歩夢ちゃんはにっこりと微笑んでそう話しかけてきた。

 

 

「えっ……そうなのか? 同じ失敗繰り返すし、歩夢ちゃんに迷惑かけてたし、流石に嫌じゃなかった?」

 

 

「ううん、嫌とかじゃないですよ? 一緒に話しながら作ってて嬉しいというか、飽きないというか……とにかく、嫌だったとかではなかったですよ!」

 

 

「そうか……俺も、歩夢ちゃんと一緒に作業が出来たのはとても楽しかったし、いい思い出だよ」

 

 

「っ……! もう、ずるいよ……」

 

 

 歩夢ちゃんは目を逸らし、彼女の頬はピンク色に染まっていた。

 

 

 あの頃、歩夢ちゃんにはお世話になったもんだよ。全然頼りなかった俺を、嫌がりもせずに仲良くしてくれたんだから……

 

 まあ、勿論今でも仲良くしてるつもりだけども。今度は、俺が歩夢ちゃんから頼られたいって訳さ。

 

 

「じーっ……」

 

 

 すると、侑がこちらをジト目で凝視してきた。

 

 

「な、何だよ」

 

「別に〜? ……でも、そう考えると私達って、いつでも一緒だったよね」

 

「確かに……私達、これからもずっと一緒にいるかもね」

 

 

 ずっと一緒……か。

 

 

「ハハッ。二人は幼稚園からここまでずっと同じクラスだったんだもんな……ここまで来ると、俺もそんな気がするな」

 

「だよね〜」

 

 

 侑は相槌を打つと、いたずらっ子のような表情で歩夢ちゃんにこう言った。

 

 

「兄妹共々、よろしくお願いしますぞ? 歩夢おばあさん?」

 

「もう、侑ちゃんったら〜」

 

 

 また凄い先の話だなぁ……でも、こうやって嬉しそうに笑う二人を見ると、微笑ましいもんだ。

 

 

「んー、そうなるとお兄ちゃんは……おじいちゃん? いや何か違う……」

 

「俺? 確かに……侑おばあさんか……違和感ありまくりだな」

 

 

 今度は俺に話を振ってきたか……なんか他の呼び方が思いつかないから、年取ってもお互い今の呼び方してることくらいしか想像できないな。

 

 まあ、そもそもその頃どうなってるかって全く分からないけどね。

 

 

「あぁっ!? 今私のこと、おばあさんって言ったよね!? ダメだよお兄ちゃん、まだ幼気な女の子におばあさんとか言っちゃ!」

 

「えっ!? いやいや、歩夢ちゃんに言った侑も大概だろ!? というか、自分で幼気なとかいうのもどうかと思うが!?」

 

 

「「あははは!」」

 

 

 ……こんな盛大にツッコんだのは久々な気がする。まあ、こうやってくだらない話で談笑するのも……ただ楽しくていいかもな。

 

 

 こうやって、過去の話に花を咲かせながら皿拭きを進めていくのであった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「戻りましたー」

 

「お〜、おかえりなさーい」

 

 

 皿拭きを終えて宿部屋に戻ってくると、その場にいた彼方ちゃんが返答してくれた。

 

 

 そう、ここが宿部屋。今宵、同好会のみんなが部屋に布団を敷き詰めて寝る事になるわけだ。

 

 

 しかし前々から言ってるが、俺はこの中に混ざるつもりはない。

 

 

 つまり、その時俺はこの後玄関付近で寝ることになるのだ。

 

 

 どうしてみんなと一緒のスペースで寝ないのかだって? そんなことしてしまったら碌に寝れやしないからだぞ……分かってくれ。

 

 

「侑ちゃんどこにいったんだろう……」

 

 

 そんな未来に戦慄していると、歩夢ちゃんは、侑がいないことに気づく。彼女はスマホで侑に電話を掛けようとするが……

 

 

「ありゃ、置きっぱなしじゃないか……」

 

 

 侑のスマホは彼女の荷物の上に置いてあった。これでは行方が知れない。

 

「かすみさん達も姿が見えませんね。明日の練習に向けて、休まなければならないというのに……徹さんは、侑さんから何か聞いてないですか?」

 

「うーん……俺は『ちょっと行きたいとこがある!』って聞いてはいるんだけど、どこに行ったかは分からないな」

 

 

 でも……大体どこに行ったかは察しがつくんだよな。でも、本人はまだそのことをみんなに明かさないでおこうかなと言ってたので、このことは口に出さないでおこう。というかどちらにせよ、本当にそこに行ったか確信はないし。

 

 ていうか、一年生組がどこに行ったのかも気になる。もう外は真っ暗だっていうのにな……

 

 

「私、侑ちゃんを探しに行ってくる!」

 

「私も行きます! 二人で分かれて探しましょう」

 

 

 歩夢ちゃんとせつ菜ちゃんが彼女を探しに行くようだ。二人とも……うちの妹を頼んだ。

 

 

「おっ、いってらっしゃーい」

 

 

 そう声を掛けると、二人は振り返ってにっこりと笑顔を返してくれた。

 

 

 ……さて、俺はどうしようかな。

 

 そう思って周りを見てみると、愛ちゃんが身体を伸ばして柔軟運動をしていた。

 

 

「ほう、こんな時もストレッチを欠かせないとは……流石愛ちゃん、真面目だね」

 

「まあね〜。明日は思いっきり特訓したいし! ……おっ?」

 

 すると、どこかでスマホの音がした。愛ちゃんが反応したから、多分彼女のスマホからなのだろう。

 

「どうしたんだ?」

 

 

 柔軟運動をやめ、スマホを手に取る愛ちゃんにそう訊いた。

 

 

「かすみんからだ! えーっと内容はっと……んー、なんかここに来て欲しいみたい。ほらこれ」

 

 

 かすみちゃん……? この場にはいない、という彼女か。それで来てほしい場所というのは……

 

 彼女のスマホを覗き込むと……

 

「そんなところ……? 一体何のつもりだ……」

 

 

 彼女が要求する来てほしい場所というのは、校内のある棟であった。

 

 なぜ校内……怪しいぞ。かすみちゃんのことだし、これは何か企んでる可能性は否めないな。

 

 

「ねぇてっつー。あたし良いこと思いついたんだけどさー、ちょっと耳貸して?」

 

 

 すると、愛ちゃんは口元に手を添えて耳打ちをしようとしていた。

 

 

「ん、なんだなんだ……」

 

 

 俺も彼女の策を聞こうと、彼女の口元に耳を近づけた。

 

 

「……マジか」

 

 

 ────────────────────

 

 

「じゃあてっつー、ここで宜しくね!」

 

「おう。アクションするタイミングは、彼女らが部屋に帰ろうとした時だよな?」

 

「そうそう! もしなかなか話が進まなかったら、途中でやってもいいよ。特に内容は気にし()()()()!」

 

「ぷっ……了解。行ってこい」

 

「うん!」

 

 

 さてさて、場所は移って虹ヶ咲学園内のある建物の中。

 

 

 俺と愛ちゃんは、かすみちゃんの言う通りにここへやってきた。

 

 

 ……ていうか、俺は呼ばれてないんだったな。まあ、彼女にとって俺は『招かれざる客』的な立場だろうか。

 

 

 そんな俺は、かすみちゃんが隠れているであろう場所より少し離れたところで隠れている。

 

 

 そこで俺が何をするかというと……端的に言えば、『逆ドッキリ』だ。

 

 

 愛ちゃんが彼女のドッキリに引っかかり、上手くいって油断をしていたところに俺がドッキリを仕返すという計画である。

 

 

 ……そろそろ、愛ちゃんがかすみちゃんと遭遇する頃合いかな。

 

 さて、どうなることやら……

 

 

「「「うわぁぁぁぁ!?」」」

 

 

 おや……? 何か人が多くないか? 隠れているからどういう状況になってるか分からないが、三人くらいの驚く声が聞こえたあとにドスンと何かが倒れる音が聞こえた。

 

 この感じ……もしかするとかすみちゃん、ドッキリが失敗してしまったか?

 

 

「ぷっ……何やってるの君達……!」

 

 

「わ、笑わないでくださいよ〜!」

 

 

 愛ちゃんがクスクス笑っている中、かすみちゃんの焦る口調で抗議する声が聞こえる。

 

 

「実は、愛さんを驚かせようってかすみちゃんに言われて、一緒にここで待機してた。璃奈ちゃんボード『むん!』」

 

「へぇ、そうだったんだ! ていうかしずく、それ自分でメイクしたの? 凄いね!!」

 

「そうなんです! よくお芝居関係でメイクをしてたので!」

 

 

 あぁ、しずくちゃんと璃奈ちゃんもここにいたのか。しかし、そんな誘いに乗っかるとは……二人とも、意外と悪戯心があるのかな?

 

 

 えっ、しずくちゃんのメイク……? お芝居関係のメイクって、どういう感じなのだろうか。いずれにしても、全く事情が分からない。

 

 

「もぉ、褒めてもらおうとした訳じゃないんですっ! ……それより愛先輩〜、このままでは帰しませんよぉ?」

 

「な、何だって〜!?」

 

「ふふん、愛先輩には今から部屋にいる人達を驚かすのを手伝ってもらいます……」

 

「なるほどね〜。仕方ないなぁ」

 

 愛ちゃんの少し態とらしい演技に、俺は少し笑いそうになった。

 

 

「ふふふ……では、早速部屋に戻りましょう〜!」

 

 

 おっ、そろそろ出番だな。どうしようか……

 

 あれか、足音とか鳴らしたら意外と怖いかもしれないな。必要以上に怖がらせるのも悪いし、少しビビらせる程度にしとこう。

 

 

 そうやって、俺は微かに足で地面をタップしていく。

 

 

「ひぇっ!? あ、足音……?」

 

「誰か来たのかな……?」

 

「でも、人影なんてどこにも見当たらないよ……?」

 

 

 かすみちゃん、しずくちゃんが少し怖がっている模様。そこまで驚くほどホラー要素はない気がするんだが……

 

 

「……ぷっ……」

 

「愛さん、どうしたの?」

 

「えっ? な、なんでもないよ〜」

 

 

 おい、愛ちゃんよ……璃奈ちゃんにバレそうになってるじゃないか。よし、バレる前に一気に駆け足ぐらいの足音に上げていくか……!

 

 

「ひゃぁ!? も、もう! 何なんですか〜!」

 

「まさか……透明人間とか幽霊!?」

 

「幽霊に足はついてないっ!!」

 

 

 かすみちゃんとしずくちゃんが予想を遥かに上回って怖がっているようだ。

 

 ……なんか申し訳なくなってきたから表に出るか。

 

 

「わぁ!? 急に人が出てきたぁ!! もう嫌ですぅ……!」

 

「……ってあれ? 徹先輩じゃないですか?」

 

 

 かすみちゃんが更に驚く中、しずくちゃんは冷静になり、近づいてきた正体が俺であると見破った。

 

 

「バレた? すまんな〜驚かせちゃって……ってうわっ!?」

 

 

 みんなの様子が分かるくらいに近づいた瞬間……ゾンビがいると思って思わずその場に尻餅ついてしまった。

 

 

 もう一度よく見ると、それはゾンビっぽいメイクをしたしずくちゃんだった。

 

 

「あぁびっくりした……よく見たらしずくちゃんだった……」

 

「ふふっ。驚きましたか? これでおあいこです!」

 

「クソ〜、やられたなぁ……」

 

 愛ちゃんの凄いメイクって、そういうことだったんだと痛感する。

 

 

 『逆の逆ドッキリ』になってしまったな。

 

「もう、徹先輩がそんなことするなんて思いませんでした! 酷いですぅ……」

 

 

 すると、かすみちゃんが俺の胸元をポカポカ殴りながら抗議してきた。

 

 

「あぁ、悪かったって……そのコスプレ、八重歯が可愛らしくて似合ってるじゃないか」 

 

「……! そ、そうですか? えへへ〜、かすみんやっぱりなんでも似合っちゃいますねぇ〜」

 

 

 どうやら、機嫌を取り戻してくれたようだ。しかし、あまり女の子を撫でるのも宜しくないだろうかね……

 

「そういえば、驚いてない愛先輩は……」

 

「やっぱり、愛さんが仕掛けたんだね」

 

「りなりーは気づいてた? てっつー、実はあそこにスタンバっててくれてさ」

 

 

 やっぱり璃奈ちゃん気付いてたのか……璃奈ちゃんにはドッキリ仕掛けても無意味そうだ。

 

 

「そうそう。だからさっきの会話を最初から聞いていたのさ……そういえば、これから部屋に戻るんだっけか?」

 

 

「……はっ、部屋に戻って先輩達を驚かすんだった! 徹先輩、今回の事は水に流しますが、もちろん手伝ってくれますよね?」

 

 

「ふふっ、良いよ。やってやろうじゃないか」

 

 こうしてノリノリっぽいかのように返したが……まあ、嫌な結末しか見えないよな。ワンチャンせつ菜ちゃんの説教に巻き込まれそうなので、俺は少し関与する程度にしとこう。

 

 

 そう思って、部屋に戻る俺であった。

 

 




今回はここまで!
結構長くなりましたが……合宿回は書いてて楽しいですね笑
次回は、ついにあの時が来ます……
お楽しみに!
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第65話 混沌

どうも!
第65話です。
では早速どうぞ!


 

 

「かすみさん、そこ少し布団が重なってますよ! 雑にやってはいけません!」

 

「えぇ!? もうせつ菜先輩厳しすぎますぅ〜」

 

「おや、手が止まってるよ〜? ほらほら、手を動かす動かす〜」

 

「彼方先輩まで!? うぇ〜ん、この仕打ちは何なんですかぁ〜!!」

 

 

 せつ菜ちゃんの指導のもと、かすみちゃんが泣く泣く部屋に布団を敷く作業をする。一見すると、非常にワチャワチャしていて、微笑ましいワンシーンかもしれない。

 

 

 しかし、かすみちゃんにとってはそんな楽しいことではないだろう……何故なら、かすみちゃんが計画したドッキリがせつ菜ちゃんにバレたからな。

 

 

 あれから、かすみちゃん率いる一年生達がこの部屋の電気を消し、懐中電灯を顔の下から照らしてそこにいたメンバー達を驚かせようとしていたのだが、そこで待っていたのはなんと不気味な化粧をした果林ちゃん、エマちゃん、彼方ちゃんだったのだ。

 

 あんな化粧……絶対途中で悪ふざけが働いた結果なんだろうと簡単に想像がつくな。

 

 これを目の当たりにした一年生の子達は、怖さのあまり叫びながらその場から逃げて行った。

 

 

 それで侑を探して連れ帰ってきた歩夢ちゃん、せつ菜ちゃんに泣きつく形となったが、そこからせつ菜ちゃんによる説教が続いた後今に至るわけなんだが……

 

 

 まあ要は悪ふざけの罰として、今一年生と三年生は布団を敷く仕事を課されているって訳だ。

 

 

 

 ……ん? 俺も悪ふざけに加担したんじゃないかって? 

 

 いやいや、俺がやったのは部屋の玄関入ってすぐのところで怖いBGMを流しただけだからな。直接関わってないというか、せつ菜ちゃんにバレてないからお咎めなしって形になってる。愛ちゃんも部屋の電気を消す役割をしていたが、何も言われてなかったし。

 

 そんな訳で、今は着々と部屋に布団が敷き詰められて行ってるのだが……

 

 

 

 俺の布団をここには敷くことは出来ない。前にも言ったが、みんなと寝るのは色々とマズいから別の所で寝ようと決めているのだ。

 

 

 という訳で、自分で用意しよっと……

 

 

 ここからはミッションだ。誰にもバレないように押し入れから布団を取り出し、部屋から玄関へと繋がる通路のところに布団を敷けばよし。バレると色々と面倒だからな。

 

 

「よいしょっと……」

 

 

 無事何事なく布団を取り出せたので、あとはあそこに行けばほぼミッションクリア……

 

 

「どちらへ行くんですか? 布団を持って……」

 

 

 ギクッ……!?

 

 

 マズい、せつ菜ちゃんに気づかれてしまった。これで俺の意図がバレないように誤魔化さなきゃ……

 

 

「えっ? い、いやぁ布団にホコリがあるかなって思ってさ。叩いて来ようかなって……」

 

 

 普通に違和感ないような言い訳が出来たが……

 

 

「あー確かに……それだったらあたしも気になるから、一緒に行ってもいい?」

 

 

 くっ、愛ちゃんまでそう来られるとは思わなかった……

 

 このタイミングでついて来られちゃマズいんだ……俺が布団を玄関前に敷く所を見られてしまってはいけない。

 

 

「えっと、それは……」

 

 

「? どうしてそんなに歯切れが悪いのですか?」

 

 

 俺は、逆境に立たされた。

 

 もうダメなのか? いや、考えるんだ。なんとかしてすり抜ける方法が……!

 

 

「もしかしてお兄ちゃん、あそこで寝ようとしてない?」

 

「っ!?」

 

 

 侑……!? 何故そこまで分かるんだ!?

 

 

「えぇ!? 何を考えてるんですか!」

 

「ダメだよてっつー! ここで寝なきゃ!」

 

「やっぱりそうだったかー……」

 

 

 いや妹、恐るべし。俺のことなんでも知ってるのか? まあ確かに俺達は兄妹だが……

 

 

 ……ってそんなこと考えてる暇はないぞ!!

 

 

「待て待て! お前ら、男が睡眠タイムを共にするということに危機感やら嫌悪感はないのか!?」

 

 

 この子達は全くそういうことに無頓着なのだろうか……? 俺が夜な夜な何かしてきてもおかしくない状況なんだぞ? もちろん、俺にそのようなことをする気は微生物レベルですら存在しないが。

 

 

「あたしたちは全然OKだよ! ねっ、せっつー!」

 

 

「はい! 徹さんのことを信じてるので! もしかして逆に、徹さんは私達と一夜を共にするのは嫌ですか……?」

 

 

 なるほどね……せつ菜ちゃんと愛ちゃんは信じてくれてるんだな。侑と歩夢ちゃんも……文句なさそうだ。

 

 じゃあ、いいのか……? 

 

 

「い、嫌じゃないのはそうなんだけどな……そうだ!」

 

 

 いや、まだだ! まだ、意見を聞けていないメンバーがいる……!

 

 

 布団敷きをしているメンバー達に視線を変え、彼女達に声を掛ける。

 

 

「なあみんな! 突然だけど、今日俺がここで寝るのが嫌だって人、挙手!」

 

 

 そうそう、こういうのは全会一致でなければ駄目なんだよ。

 

 誰か一人くらい……

 

 

 

 ……いなかった。

 

 

「誰もいない、か……」

 

「皆さん、徹さんと共に寝ることに抵抗はないみたいですね。じゃあ、そこが空いてますので、そこに布団を敷いてください!」

 

 

「……了解」

 

 

 まあ彼女達のことだし、こうなると分かっていたような気もしたが……

 

 

 ……今日は寝れないだろうなぁ。

 

 

 そう思いながら、部屋の隅っこの方に布団を敷いた。

 

 

 

 

「せつ菜ちゃ〜ん! 全部敷けたよ〜」

 

「エマさん、ありがとうございます!」

 

 

 どうやら全員分の布団が敷かれたようで、作業していたみんなも戻ってきていた。

 

 

 後はみんなの寝るポジションを選んで、やっと寝れる。

 

 

「みんな、お疲れ様。じゃあ、みんなどこに寝るか決めて……」

 

 

 と思いきや……

 

 

「はーい! かすみん、徹先輩の隣がいいですぅ〜!」

 

「おぉ? じゃあ、愛さんはその反対側に寝るね!」

 

「ちょっと! 愛先輩が来てしまったら徹先輩を独占できないじゃないですか!!」

 

 

 ……なんか、かすみちゃんと愛ちゃんが俺の隣で寝るのを巡って論争が始まったのだが!? しかも独占ってなんだよ! そんなことを気にしてたらこの部屋に全員収まらないぞ!? 

 

 

「ちょっとお二人とも! 徹先輩が困ってるではありませんか! ……徹先輩、今夜は私とお話しませんか?」

 

「あぁ!? そんなまともなこと言いながら抜け駆けはいけないぞー、しずく!」

 

「ふふ〜、じゃあしずくちゃんと話し終わったら彼方ちゃんの番ね〜? 徹くんの反対隣に寝るから〜」

 

「あっ、私も徹くんとお話ししたい! 私は前の方に寝るね!」

 

「エマちゃん!? 流石にそうなると彼方ちゃんの話す時間が無くなっちゃって困るんだけど〜!?」

 

「ぐぬぬぬ……ライバルが多い……」

 

 

 ……この状況を一言で言い表そう。

 

 

 混沌(カオス)だ。

 

 

 目まぐるしくメンバーがどんどん論争に混ざっていき、論争は更にヒートアップしていく。

 

 

 おいおい君たち、明日ハードな練習が待ってるんだぞ……? こんなどうでもいいことで体力消耗してどうするんだ。

 

 

「いや、どうしてこうなったんだよ……困ったもんだ。なぁ、歩夢ちゃん」

 

 

 呆れるあまり、近くでその様子を傍観してた歩夢ちゃんに声を掛ける。

 

 

 しかし返答がなく、どうしたのかと思い彼女の方を向くと、どうやら上の空のようだった。

 

 

「歩夢ちゃん?」

 

「……えっ? あっ、そうですね! あははは……」

 

 

 何だろう。考え事なのだろうか?

 

 

「皆さん! いい加減もう寝なきゃいけな……!」

 

「もう! こうなったら……ご本人に決めてもらおうじゃないですか!!」

 

 

 せつ菜ちゃんがみんなを諌めようとする最中、かすみちゃんはそう宣言した。それと同時に、言い争ってたメンバー達の目が一瞬で俺の方へ向いた。

 

 俺が決める……だと?

 

 

「徹先輩! 徹先輩は誰と一緒に寝たいですか? もちろん、かすみんだって答えてくれると信じてますけどぉ〜」

 

 

 えぇ……?

 

 なんか前にもこういうことあったよな、この究極の選択。いや、もう勘弁してくれよ……

 

 

 あぁ、もうなんか眠くて何も考えられない。みんなの期待に応えようとするよりも、睡眠欲が勝ってしまいそうだ……こればかりは、仕方ないよな?

 

 

「っ……御免!!」

 

 

 そうして、俺は勢いよく適当な布団へ向かい、横たわった。

 

 

「俺はここで寝るな? という訳でおやすみなさーい……」

 

 

 そんな訳で、みんなの論争をスッパリと切る形で寝ることとなった。

 

 まあ何とも態とらしい演技だったな。ごめんな……明日のみんなのためにもやったことなんだ、許してくれ。

 

 この後誰かが声をかけることもなく、部屋が消灯した。ちなみに、この間にどんなやりとりがなされていたかは、俺の知る由もないことである。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 部屋が消灯してからしばらくした頃だろうか……

 

 俺は再び目を開いた。

 

 何故か──簡単な理由だ。

 

 

 

 寝れないんだよ!!

 

 

 みんなに寝て欲しくて俺は寝たフリをしただけであって、意識は今までずっとあった。目は瞑っていても、全く疲れが取れていないのだ。

 

 ここに横たわる前は睡眠欲が莫大にあったのに、いざ寝てみるとあら不思議。全然寝れないんだよなぁ……

 

 

 まあ、周りで寝ているのは全員歳の近い女の子。理性はしっかり強固なものにしてきたとはいえ、意識はしてしまうので熟睡することは不可能に等しい。

 

 

 仕方ない。一旦寝る努力は放棄しよう。

 

 

 

 そういえば、みんなは流石に……寝たよな。

 

 

 周りは音沙汰もない。ただ、微かに誰かの寝息が聞こえる程度だ。

 

 

 一応両隣の様子を確認してみるか。

 

 

 そう思い、仰向けになってる状態で左右を見回した。

 

 

 まず右の方を見ると……そこには、気持ちよさそうに眠る璃奈ちゃんがいた。

 

 結局、璃奈ちゃんが隣に寝ることになったのか。一体どうやってしてそうなったのか分からないが、まあ良いだろう。ぐっすり寝ることが出来てそうで何よりだ。

 

 

 そして左の方を向くと……

 

 

「あっ……」

 

 

 そっちに寝ていたのは侑で、なんと起きていた。

 

 さらに、ちょうどそっちを向いた瞬間に彼女と目が合ったのだ。

 

 

「お兄ちゃん、やっぱりまだ起きてたんだね」

 

「あぁ……侑も寝れないのか?」

 

「うん、ちょっとね……」

 

 

 侑には寝たフリをしてたのバレてたか。流石、妹には敵わないわ……

 

 

 しかし、侑も寝れないか。俺と同じく、緊張で寝れない感じなのかな? それとも……

 

 

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

 

「なんだ、侑?」

 

 

「そっちに……行ってもいい?」

 

 

 侑の予期せぬお願いに少しドキッとした。

 

 でも、俺は何気なくそのお願いに応える。

 

 

「いいよ。おいで」

 

「ありがとう。じゃあ、お邪魔しまーす……」

 

 

 侑は、自分の布団からスルスルと抜け出し、這って俺の布団へと入ってくる。

 

 

 ツインテールを解いている侑の顔が、俺の目の前まで来ていた。

 

 

「えへへ、こうやって一緒に寝るのも久々だね」

 

「確かにな。なんだか俺も懐かしい気持ちになってるよ」

 

「うん……」

 

 

 お互い小さい頃は、こうやって二人で寝ることも多かったなぁ……確か、二人でずっと横になって話してたら朝になってたなんてこともあったっけか? どうしてそうなったかまでは定かに覚えてないが、懐かしいな。

 

 ……しかし、こうやって自ら俺に甘えに来るってことは、やっぱり何かに悩んでいるのだろうな……よし、こういう時は腹を割って話せるし、悩みを聞くのも今がチャンスだ。

 

 

「……で、侑は一体何に悩んでるんだ?」

 

「えっ?」

 

「いや、こんなに甘えてくる侑も珍しいなって思ったからさ。そうだな、もし悩んでるなら、少しお兄ちゃんに話してみてくれ」

 

 

 そうやって、少しフランクに侑へと声を掛ける。

 

 

「……ふふっ、ありがとう。でも、少し考え事してただけなんだ」

 

「考え事?」

 

 

 考え事だったか……でも、どんな考え事かが気になる。

 

 

「うん。さっきね、学校の音楽室に行ってきてピアノを弾いてきたんだ」

 

「あー……やっぱりそうだったんだな。あれか、あの曲を練習してたんだね?」

 

「そうだよ。それで、真剣に弾いてたら……本人がやってきちゃって」

 

 本人……もしかして……

 

「えっ、マ……!? ……せつ菜ちゃんに見られちゃったのか」

 

「ふふっ、急に生徒会長みたいな口調で『音楽室の使用許可は取ったんですか?』って言われたからびっくりしちゃったよ」

 

「ハハッ、なるほどな……」

 

 

 危ない危ない。思わず大声を出すところだった……

 

 それに確か、前にも侑があの曲を弾いてるのを彼女は見てるんだよな。その時に比べたら大分上手くなっただろうし、多分驚いただろう。

 

 

「それで、少しせつ菜ちゃんと話してたんだけど、その時にこう言われたんだ。『もし侑さんに夢が出来たなら、今度は私に応援させてください!』って」

 

「おー……」

 

 

 つまり、侑にはまだ夢がないってことになるか……まあ、スクールアイドルに携わる前は、お互い只管暇を持て余してた感じだもんな。何か興味を惹くもの……それこそ、彼女がたまに言う『ときめき』を感じるものがなかったんだよね。

 

 

「それで私、改めて考えたんだ。私の夢ってなんだろう、って……そしたら、いつまで考えても出てこなくてね」

 

 

 若干、侑の表情からは焦りが垣間見えた気がした。

 

 

「もう高校二年生だし、そろそろやりたいこと考えなきゃダメなのかな……って思って、ずっと考えてたんだ」

 

「うーん……なるほどなぁ」

 

 

 ()()高校二年生……俺にとっては、()()高校二年生なんだけどな。

 

 

 ここは一つ、侑を落ち着かせるためにアドバイスをしようか……

 

 

「……なんだろう。俺としては、二年生なんてまだそれで焦る時期じゃないと思うな」

 

「……そう、かな?」

 

 

 自信なさげにそう訊く侑。

 

 

「あぁ。だからそうすぐに答えを出す必要は無いと思う。俺だって、まだ『これだ!』っていう夢がある訳でもないしな」

 

 

 俺もまだまだ『本当の夢』というものを模索しているんだ。俺に関しては、少し段階が遅いような気がするけどな。

 

 

「そっか……じゃあ、ゆっくり考えて良いのかな……?」

 

「うん。今は……それこそ、侑がやってるピアノとかもそうだけど、やりたいことをやっていれば良いと思う。もっと気長に……楽観的に考えても良いんじゃないかな?」

 

 

 楽観的……あの時俺が捨てようとしたものだが、今になって思えば、この考え方も時には必要だと思える。

 

 

「……分かった。お兄ちゃんに話してよかった……ありがとう」

 

 

「どういたしまして。そう言ってもらえると嬉しいぞ」

 

 

 そう言って、侑の頭を撫でる。

 

 

「なんか眠くなってきちゃった……ふわぁ……」

 

 

 気づけば長い間会話していて、俺にも眠気が襲った。

 

 

「あはは。俺も眠くなってきたや……このまま寝ちゃおうか」

 

「だね……じゃあ、おやすみ。お兄ちゃん」

 

「あぁ、ゆっくりお休み。侑」

 

 

 侑は、掛け布団の中に潜り込み、俺の胸の中で可愛らしい寝息を立てながら眠った。

 

 

 

 

 

 夢……か。

 

 

 俺も、『本当の夢』を見つけていこうかな。

 

 夢を見つける可能性を拡げるには……作曲活動復活……も視野に入れるべきか? そうしたら、同好会のみんなの曲を作れたり……いやいや、流石にそれはないな。俺がそんな役を任せられるほど、良い曲を作れそうにないし。

 

 

 

 でも……それも克服したら、その先に『本当の夢』が見つかるのかな。

 

 

 

 ……まあ、今考えても仕方ない。寝よう。

 

 

 考えることをスッパリやめ、俺は掛け布団を侑の肩辺りまで下ろしてから眠りに落ちた。

 

 




夢はどこから……始まる?


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第66話 新しい朝が来た

どうも!
第66話です!
では早速どうぞ!


 

 

 

「……んん」

 

 

 知らない天井だ。

 

 

 

 ……そりゃそうだ。俺は今合宿に来ているのだからな。

 

 

 

 部屋の電気がなくてもその全貌が分かるくらい外が明るくなってきたその頃合いに、俺は目を覚ました。この感じだと……まだ6時になる前ぐらいだろうか。夏なのもあってこの時間から日が昇ってきている。

 

 昨日は全然寝ることができなくて翌朝が心配であったが、侑と話したおかげか安心して寝ることが出来た。

 

 

 そうだ。侑はまだ俺の横で寝てるのか……? 

 

 仰向けになりながら左の方を向くと、そこには誰もいないようだった。いないってことは……途中で自分の布団に戻ったのかな? 

 

 

 まあ今思えば侑と俺が同じ布団で寝ているのは、例え兄妹であれど周りから騒がれることだよな……むしろそれで良かった。

 

 

 少し早いけど、今から二度寝して寝坊するのはよろしくない。なんなら、この時間からちょっと走りに行こうかな。みんなが頑張っているというのだから、俺も動かなきゃ。

 

 

 そう思い起きあがろうとする……が。

 

 

 ……起き上がれない。というか……右手が動かない。

 

 なんなら、右腕に柔らかな感触を得たのだが……

 

 

 

 ……まさか。

 

 

 

 戦慄する中、右の方に視線を向けると……

 

 

 

「……んぅ……」

 

 

 俺の目と鼻の先で安らかに眠る、青いウルフカットの少女の顔があった。

 

 

 

 ───よし、一旦目を(つぶ)ろう。これは夢だ。夢から醒めるんだ……

 

 

 自分の胸に必死で言い聞かせながら目を瞑り、また見開いた。

 

 

 

 よし、これで醒めた。彼女はいないよな……? 

 

 

「すぅ……」

 

 

 しかし、期待は虚しく未だに彼女はそこにいた。

 

 

 つまり、果林ちゃんが横で俺の腕を抱きかかえて寝ていたのは事実だ────

 

 

 

 

 ……果林ちゃん!? 君、なんでここにいるんだよ!? 

 

 

 待て、落ち着け。こういう時こそ落ち着かなければ……状況を分析しよう。

 

 

 まず、何故このようなことになったか。これには二つの可能性が考えられる。

 

 

 一つは俺が果林ちゃんの布団に間違えて入ってしまったということ。

 

 これに関してはあり得ないと断言できる。

 

 俺の左隣に侑が寝ていることが何よりもの証拠だ。俺が夜中侑と会話するまで一度も布団を出ていない。故にその可能性は却下される。

 

 

 じゃあもう一つの可能性……果林ちゃんが間違えて俺の布団に入ってきてしまったということだ。

 

 

 この可能性が濃厚だろう。果林ちゃんには申し訳ないが、これしか原因が考えられない。

 

 彼女の空いた布団はどこにあるはず……と思ったが、彼女に片腕を固定されているので起き上がることが出来ず、確認しようがない。

 

 

 でも、そうだとすれば俺としてはかなり衝撃的なことだ。

 

 

 確かに彼女はクールビューティーで、みんなが憧れるお姉さん的な存在ではある一方、パンダが大好きでかつ方向音痴という意外な一面があるということは知っていたが……寝相が相当悪いのかもしれない。

 

 

 

 いや、それにしてもさ……

 

 

 なんで俺の腕を抱えて寝てるんだよ! 隣に寝ているだけで衝撃的だってのに……! 

 

 

「……ダメよ……このパンダちゃんは私のなの……」

 

 

 ん……? ……ほう、なるほど。この寝言からして、普段はパンダのぬいぐるみを抱えて寝てるのだろうか。これはまた、なんとも可愛らしいものだ……

 

 

 

 ……って、俺はさっきから冷静すぎだろ!! これだともはや現実逃避しているじゃないか! さっさとこの状態から抜け出さなければ、俺の立場が危ういんだぞ……! 

 

 

 ……ここは、大変気持ちよさそうに寝ているところで申し訳ないが、俺の腕をパンダのぬいぐるみ代わりにするのはやめてもらおう。そして、ささっとその場から去る……! 

 

 

 そうやって俺は彼女のホールディングから脱出しようとしたが……

 

 

「んっ……」

 

「っ……!?」

 

 

 俺が腕を動かしたことによって、彼女の豊満なソレが俺の腕に……あぁ、冷静に解説することじゃねぇ! 俺は変態なのか!? 俺は変態じゃないんだよぉ!! 

 

 

 いや果林ちゃんよ……そんな色っぽい声を出さないでくれ。俺が一生懸命固めた理性にとてつもない衝撃が襲ったじゃないか。

 

 

 どうしよう……俺の腕は果林ちゃんの両腕によってガッチリホールドされてるし。

 

 

「……むにゃむにゃ」

 

 

 ……こうなったら、起きてしまう可能性を覚悟して彼女の束縛を緩めて脱出するしかない。

 

 

 起きてしまったら……その時はその時だ! 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

「ふう……全く、朝から心臓に悪かったなぁ……」

 

 

 部屋の外へ出て、廊下にある共用の洗面所へ向かおうとしている。

 

 俺は無事に部屋から脱出することに成功し、さらに着替えを回収することも出来た。これで俺は外へ走りに行くことが可能になる。

 

 

 いやぁ、こんなに朝から心臓がバクバクしたのは人生で初めてだ。こんなギャルゲーでしか有り得ないような現象が俺の身に起きるとは予想もしなかった。

 

 まあ、これで取り敢えず一件落着だ。洗面所に着いたし、顔を洗おう。

 

 

 そうやって顔を洗った後、洗面所を出ようとした瞬間……

 

 

「……あっ」

 

 

 俺はとんでもない事実に気づいてしまった。

 

 

 

 今果林ちゃんが寝ているのは、俺の布団だ。つまり、朝みんなが起きた瞬間、俺が寝ていたであろうところに彼女がいたら……

 

 

「どうしよう……絶対疑われるじゃないか」

 

 

 ……前言撤回、全然落着していない。このまま戻ってなんとかしようにも、リスクが高いので出来ない。

 

 

 

 

 ……あぁ、俺は後で追及されるだろうな。例え果林ちゃんが勝手に俺の布団に入ったと言っても信じてもらえないだろうし……裁きを受けざるを得ないだろう……

 

 

 絶望に浸りながら俺は洗面所の外に出て歩き始めようとすると……

 

 

「あっ、徹くんだ! おはよ〜」

 

「っ……!? ってあぁ、エマちゃんか……おはよう」

 

 

 人気のなかったこの空間で、いきなり後ろから誰かの声が聞こえたので思わずびっくりしてしまった。しかし、その正体はエマちゃんだった。

 

 

「徹くんって朝早いんだね〜。いつもこんなに早いの?」

 

「う、うん。朝練の時はいつもこれぐらいに起きて、お弁当作ったり勉強したりしてるね」

 

 

 エマちゃんがここにいるってことは……俺の布団の上の実態を見た可能性があるってことだよな……

 

 そんな恐怖感からか、挙動不審になりながら彼女の問いに答える。

 

 

「そうなんだ〜! ふふっ、なんだか親近感持っちゃうよ〜」

 

 

 それに対して、エマちゃんは楽しそうな様子だ。

 

 

 ……なんだろう、彼女と話しているとそんな恐怖感が自然と薄れていくのは不思議だな。これだから、みんなエマちゃんとすぐに打ち解けていったんだろう。

 

 

「そういえば、朝徹くんのところに果林ちゃんいたよね?」

 

「えっ!? な、なんのことやら……」

 

 

 うわっ、やっぱりエマちゃんに見られてたか……! こうなったら、全力で土下座をして許してもらうしか……

 

 

「あっ、大丈夫だよ! 別に徹くんが何かしたとか思ってないし……果林ちゃん、朝に弱くてね〜。間違えて徹くんのお布団に入っちゃったのかな〜って」

 

 

 ……今までの心配は杞憂だっただろうか。意外な反応が返ってきた。

 

 

「そ、そうなのか……果林ちゃんが寝相悪いのって意外だな」

 

「ふふっ、実はそうなんだよ。果林ちゃんったら私が起こさないと寝坊しちゃうし、寝言も可愛いんだよね〜」

 

 

 そういえば、エマちゃんと果林ちゃんは虹ヶ咲の寮に住んでるんだよな。そうなると、果林ちゃんが彼女に起こしてもらうようにお願いしてるのか、それとも彼女の親切心で起こしてもらってるのか……

 

 まあどちらにせよ、エマちゃんはとても世話焼きなことは分かる。なんなら、俺以上に世話焼きだろう。

 

 

「あっ、あと果林ちゃんは元の寝ていたところに運んでおいたから、みんなのことは気にしないでね!」

 

 

 なんと……!? 

 

 

 ありがたさこの上ない。今俺には、彼女が救いの女神のように見える。

 

 

「マジか……! ありがとう……この恩は絶対に返す」

 

「いえいえ〜! ……あっ、でも一つだけお願いしても良いかな?」

 

 

 お願いか……? エマちゃんからとは珍しいな。

 

 

「おう、なんだ? 聞ける範囲なら応えるぞ」

 

 

 まあ、エマちゃんがそんなとんでもないお願いをするとは思わないが一応『聞ける範囲』と保険を付けておいた。

 

 

 ただ、この後告げられるエマちゃんのお願いに、俺は衝撃を受けることになる……

 

 

 

「その、今日は隣で……寝ても、いいかな?」

 

「……What!?」

 

 

 と、隣で……寝るだって!? 

 

 

 い、いや待てよ……落ち着け。さっきの果林ちゃんの件があって俺の思考はおかしくなっている……普通に考えるんだ普通に……

 

 

「? どうしたの?」

 

 

「な、なんでもない……」

 

 

 彼女の言う『隣で寝る』というのは、昨日エマちゃん含めた複数の子達が争ってた、どこの布団で寝るかってことと繋がってるんだよな。つまり、布団を分けて隣で寝るってことだよな……? いや、絶対そうだ。同じ布団だなんて想像した俺はどうかしている。

 

 

「昨日は徹くんを困らせちゃったから……ダメかな……?」

 

 

 なるほど……いつもだとこの場合『理性が……!』とか躊躇してしまうが、助けてくれた上に、滅多にお願い事をしないエマちゃんが相手だ。ここは断るという選択肢がないだろう。

 

 

「……うん、分かった。エマちゃんが良ければ俺は構わないよ」

 

 

「……! ありがとう徹くん!」

 

 

 エマちゃんの表情がパァっと明るくなり、とても嬉しそうにしていた。

 

 

 

 さて……今夜は寝れるかな? 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「果林ちゃん、よく眠れた?」

 

「えっ? ……そうね、そこそこ眠れた気がするわ」

 

「良かった〜!」

 

 

 あの後エマちゃんとランニングをして汗をかいた後、部屋に戻るとほとんどの子達が起きていた……かすみちゃんは少し寝ぼけ気味だったが。

 

 

 そこから調理室で朝御飯を作り、今それをみんなで食べているところだ。

 

 

「なんだかエマさんがいつも以上にウキウキしてるような……?」

 

 

「何があったんだろう……? 璃奈ちゃんボード『?』」

 

 

 エマちゃんがいつも以上に笑顔を絶やさない様子を見て、しずくちゃんと璃奈ちゃんが不思議そうに見つめている。

 

 

 まあ、十中八九あれのことだろうか。

 

 

 そんなに嬉しいものかな……? 話題が面白くない俺と話すよりもみんなと話した方が楽しいだろうに……

 

 

「おっ、どうしたてっつー? もしかして、エマっちのエ()ーションが気になっちゃった?」

 

 

 どうやらしばらくの間エマちゃんの様子を見ていたようで、隣にいた愛ちゃんが揶揄い気味に駄洒落も交えて話しかけてきた。

 

 

「ふふっ……また面白いね。40点だ」

 

「ありゃ、50点満点?」

 

「いや、100点満点」

 

「低っ!? もーてっつー酷いよ〜!」

 

「あっはは、ごめんって〜」

 

 

 ふふっ。俺は案外駄洒落にはこだわりがあったりするから、採点は厳しめだぞ? なんてな。

 

 

「もー、じゃあてっつーから100点もらえるまで駄洒落放出するからね!!」

 

「ちょっ、それは笑いが止まらなくて碌に食べれないからやめろ!?」

 

 こんな会話もあって楽しい朝を過ごしたのであった。

 

 

 

 




今回はここまで!

また朝から波乱が続いてますね……とにかく、徹くんが羨まけしからんとだけ言っておきます←
アニガサキ2期が終わってしまいましたね……こちらの小説も早く2期に突入したい気持ちで一杯です。
ではまた次回!
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第67話 逃走中

どうも!
第67話です。
では早速どうぞ!


 

 

 遥か彼方に入道雲が躍動感を露わにし、ギラギラと照らす太陽の下で、無数の蝉達の鳴き声が轟く。

 

 

 気温も湿度も高い故に、ただ立っているだけなのにも関わらず汗が滲み出てくる。

 

 

 まさに夏と言わんばかりの環境───

 

 

「はっはっはっ……」

 

 

 

 そんな中で、スクールアイドル同好会のメンバー達は、規則正しい息遣いでグラウンドを駆け巡っている。

 

 

 

 

 そんなグラウンドの傍ら……どうも、高咲徹だ。

 

 

 昨日は合宿の前夜祭といった位置付けで思いっきり楽しんだが、今日から本格的にトレーニングを始めている。

 

 

 スクールアイドルとしてハイクオリティのパフォーマンスを持続させるための体力作りは不可欠。特に走り込みは徹底的に行う。

 

 

 現在はその走り込みを、校内の広いグラウンドで行っているところだ。

 

 

 そのあとはダンスのレッスン、筋トレなども行う予定だ。

 

 

 ちなみに俺と侑は、グラウンドの二つあるゴール線付近のそれぞれにスタンバイしていて、残り何周するか、などメンバー達に声掛けをしている。もちろん、それぞれのメンバーの記録、様子などをノートにまとめていたりもする。

 

 

 

 

 ……おっ、丁度せつ菜ちゃん率いる同好会メンバーの集団が走ってきたな。

 

 うーん、みんな大分険しい表情になっている気がするな……よし、ここでこの秘密兵器を使おう。

 

 

 そして俺はそのブツを手に持ち、みんなに大声で励ます。

 

 

「いいペースだ! その調子その調子! これで涼しくなってもう少し頑張れ!! そらよっと!」

 

 

「はっはっ……はぁ〜涼しいですぅ〜!」

 

 

「う〜ん! 気持ちいいね! 徹くんありがとう〜!」

 

 

「恵みの水感謝だぜ〜」

 

 

 走り込んでいたメンバー達の真剣な表情は少し綻び、笑顔を見せた。

 

 

 

 ……今俺が何をしたのか? 秘密兵器とは何なのか? 

 

 

 

 結論を言えば、彼女達にミストを撒いたのだ。

 

 そして、秘密兵器というのはこの水鉄砲のことである。

 

 

 水鉄砲とはいっても、鋭い水を発射できるだけでなく、そのノズルを回すことで霧状の水を出すことが出来るタイプの水鉄砲だ。

 

 霧状の水、つまりミストを撒くことによって熱中症対策に繋がるということで、愛ちゃんにそうして欲しいと頼まれたのだ。理に適っていたので、俺はその頼みを快く了承した。

 

 

 ただ一つ、驚いたことがある。なんとその水鉄砲は所謂夏のプールで見られるような、一際大きく、ボリューム感溢れるマシンガン風の水鉄砲だったのだ。

 

 

 あれを何故合宿に持ってきたのか……愛ちゃんのことだし、まさかこのためだけに持ってきた訳じゃなかろう。

 

 

 

 ──そういえば、同好会のみんながプールに入りたいなんて話を合宿前の集まりで話してたんだよな。まさか、みんな本気なのか……?

 

 

 あの時は流石に冗談だろうと思っていた。せつ菜ちゃんは乗り気じゃなかったし、合宿は遊ぶ行事ではない。『出来たらいいなー』程度の話であって本気ではないだろう……と。

 

 ただ万が一に備えて、使わないだろうと思いながら水着一式を荷物には入れておいたが。

 

 

 ……いや、俺個人としてはプールに入りたい気持ちは正直ある。実際、虹ヶ咲の屋内プールなんてあまり入る機会がないし、今ならなんと、実質貸切になるのだ。こんな魅力的なプランはない。水着を用意してないからプールサイドでじっとしてられやしないだろう。

 

 ただ再度言うが、合宿は遊ぶためのイベントではない。そこを履き違えないようにしないといけない。

 

 

 

「残り三周で〜す!」

 

 

 そんなことを考えていると、グラウンドの反対側から侑の掛け声が聞こえてきた。残りたった三周……いや、まだ残り三周と考えるかどうか。

 

 まあ前者で考えられた方が、やっている側としては気は楽になるだろうが……そう考えられるようにするためには心に余裕がなくてはならないから、難しいだろうな。

 

 特に体力作りがまだ十分ではないかすみちゃん辺りがそろそろバテてくる頃だろう。こういう場面で持ち堪えればレベルアップに繋がると思うのだが、果たしてどうなるか。

 

 

 そんなことを考えていた矢先……

 

 

 

「───おいおい、みんな何をしてるんだ……?」

 

 

 グラウンドの反対側を走っていたメンバー達が、何故かコース外へと散らばっていく様子を目の当たりにした。

 

 

 一体どのような状況か理解できない。でも、こんなことしたらせつ菜ちゃんが黙っていないはずだが……

 

 

「あっ! せっつー、あんなところにてっつーがいるから一緒に追いかけてみようよ!」

 

「えっ!?」

 

 

 ……ん?

 

 

 待て待て、今『追いかける』って言ったよな? それってまさか……

 

 

「……分かりました。そこまでおっしゃるなら、十分な体力作りになるくらい、徹さんを追いかけて見せましょう!」

 

「おっ、気合い充分だね〜! じゃあ早速、レッツゴー!」

 

 

 ちょっ、本当にこっちに走ってきたんだが!? 

 

 

 ……間違いない、これは鬼ごっこだ。せつ菜ちゃんと愛ちゃんが鬼、俺は逃げる役って状態である。

 

 

「徹さん! 覚悟してくださいね!!」

 

 

 Oh……常識人であるせつ菜ちゃんすらもスイッチが入っちゃってるじゃないか……

 

 これは、ノリに乗っていくしかないな。

 

 

 そして俺は……

 

 

「仕方ないなぁ……さらばだ!!」

 

 

 素早くその場を去った。

 

 俺の俊足を舐めちゃいけないぞ? この鬼ごっこ、最後まで生き延びてやる……!

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「はぁ……はぁ……嘘だろ?」

 

 

「ふう……かなり手こずりましたが、やりました!!」

 

 

 逃走劇が始まってたったの20分……一時追手を撒けたにも関わらず、せつ菜ちゃんに何度も見つかっては追いかけられ……力尽きて捕まえられる始末。

 

 

 ……俺ってやつは捕まるのが早過ぎるんだよぉ!!

 

 

 

「せつ菜ちゃん……何回か行方を眩ましたのになぜ見つけられるんだ……?」

 

「それは、運が良かったというのもあるのでしょうが……徹さんの行動がなんとなく予想がついたというのもありますね!」

 

「マジ……? なんだ、せつ菜ちゃんはエスパーだったのか?」

 

「そんな、エスパーだったら徹さんじゃなくてもすぐに捕まえられますよ! 徹さんとは、去年の生徒会からの仲ですから……えへへ」

 

 

 少しはにかんでそう答えるせつ菜ちゃん。

 

 

 ……懐かしいな。俺が生徒会長なりたてだった頃に初めてせつ菜ちゃん、もとい菜々ちゃんと会話したあの時が。

 

 

「……はっ! な、何を言っているのでしょうか私は!? 侑さんや歩夢さんと比べたら全然長くないですよね、すみません!」

 

 

「えっ? いやいや、そんなことないぞ。確かに侑は妹で、歩夢ちゃんとは長い仲だけど……()()ちゃんとも結構長いと思ってるぞ?」

 

 

「……!? い、今私の本名を……?」

 

 

 早口気味で慌てふためいたり、目を見開いて驚いたり……コロコロと表情を変えるせつ菜ちゃん。

 

 

「ん? あぁ……ここは本当の名前を言おうかなって。もしかして、ダメだったか?」

 

 

 今思えば、今はせつ菜ちゃんの格好だし、そんな中で本名を呼ぶのはレギュレーション違反だっただろうかと少し反省しているが……

 

 

「ダメではないですが……不意打ち過ぎますよ……」

 

 

「そ、そうだったか……なんかすまん」

 

 

 ……なんかお互い気不味い雰囲気になってしまった。

 

 

 話題を変えなければ。話題話題……

 

 

 

「お〜、せつ菜ちゃんじゃん! これは大物を捕まえたね〜」

 

 

 そう必死に頭をフル回転していると、向かいから彼方ちゃんが歩いてきた。

 

 場所は部室へと繋がる廊下で、多分彼女は部室からやってきたのだろう。

 

 

「あっ、彼方さん! そうですね、苦労した甲斐がありました! 彼方さんも誰が捕まえたんですよね?」

 

「そうだよ〜。誰かはあとで話すね。徹くんの楽しみを取っておきたいから〜」

 

「えぇ……一体誰なんだよ……」

 

 

 彼方ちゃんが捕まえたメンバー……誰だろう? というか、せつ菜ちゃんと愛ちゃん以外、一体誰が鬼なのか把握してないじゃないか……これじゃ全く見当がつかない。

 

 

「そんな訳で〜。次の獲物を探しに行こ、せつ菜ちゃん?」

 

「そうですね! では徹さんは部室で待っててくださいね!」

 

「う、うん。分かった」

 

 

 そんな訳で、俺は部室という名のプリズンに一時的に閉じ込められたとさ。

 

 あっ、このプリズンというのは部室の前に貼ってあった文言のことだ。牢屋という意味を持つ英単語だが、こんな平和な本物の牢屋は実在しないぞ……なんなら平仮名で書いてあったし。

 

 

 ────────────────────

 

 

「おいおい……侑だったのか……」

 

「ん……? あっ、お兄ちゃん! お兄ちゃんも捕まったの!?」

 

 

 部室の扉を開けて目に映ったのは、椅子に座ってパソコンを弄る侑の姿だった。

 

「あぁ。せつ菜ちゃんに猛追されてさ〜。もう勘弁してくれってところさ……そっちはどうだったんだ?」

 

 

「それがね……彼方さんの罠に引っ掛かって……」

 

「罠?」

 

 

 彼方ちゃんが侑に罠を仕掛けたのか? 一体彼方ちゃんはどんな手段で捕まえたのか……

 

 

「彼方さん、体育座りで寝ているフリをしててさ……心配して近寄ったら手首掴まれちゃって……まんまと捕まっちゃった」

 

 

「あちゃー……彼方ちゃんは、なかなかの策士だな」

 

「あはは、ホントそうだね〜」

 

 

 お手上げだと言わんばかりに苦笑いする侑。

 

 そりゃ俺でもその罠に引っ掛かっちまうな。これは彼方ちゃんと何か勝負をする時には、心して挑まなきゃいけないな。

 

 

 それからふと、侑が見るパソコンの画面に視線を移すと、ある動画がそこで再生されていた。

 

 

「おっ、それは……Diver Fesの時の果林ちゃん?」

 

「あっ……そうそう。部室のパソコン弄ってたら、見つけちゃって」

 

 

 そうか、後からライブが見れるように動画サイトにアップされてたんだな。

 

 

「なるほど……再生数も凄いし、コメント欄も色んな感想が載ってるな」

 

 

 

 それにしても、この動画を見るとあの時の熱気と感動が蘇るな……

 

 

 絶対にはしゃがないと決めていたのに、俺はあのライブにはしゃがずにはいられなかったのだ。

 

 

 初めて客席で盛り上がれるライブを観た俺は、自分自身が驚くくらい熱くなっていた。

 

 

 

「うん……」

 

「……侑?」

 

 

 考え込んでいたせいか、侑の反応が薄いことに気づくのが遅れてしまった。

 

 

「えっ? ……あっ、ううん、何でもない! 少しコメント欄に感動しちゃっただけ!」

 

「ん、そうか。確かにコメント欄の熱量が凄いよな……」

 

 

 ……改めてコメント欄を眺めると、元々からスクールアイドルを推していなかった、存在を認知していなかった人からのコメントも散見される。

 

 

 今まで全然関心を持ってなかった人が、ここまで熱くなれる。そんなライブだったんだな、あのDiver Fesは……

 

 

 

 

 そんなライブを、また見てみたい。

 

 ふとそう思った。

 

 

 

 

「ただいまーっ!! 全員捕まえることが出来たよ〜!!」

 

 

 すると、部室の扉が開き、同好会メンバー全員の姿が見えた。

 

 俺がここに来てから、まだそんなに時間経ってないような気がするが……いや、気がするだけだろうか。

 

 

「おぉ、早いな。お疲れ」

 

 

 鬼ごっこに熱中したみんなに労う言葉をかける。

 

 

「さて! 走り込みが終わっていい時間ですし……()()、行っちゃいます?」

 

「ふふっ、いいじゃない。せつ菜、()()に行っちゃって良いわよね?」

 

「……もう、仕方ないですね。終わったらまたトレーニングするんですよ?」

 

 

 ん? 『あれ』って何のことだ? 

 

 待て待て、みんな知ってるような表情をしてるのだが!? 知らないの俺だけ!?

 

 ダメだ、このままだと一人置いてかれそうだ……

 

 

「ちょっ、ちょっと待て!! あれって何のことだ?」

 

 

「えっ? それは……」

 

 

 しずくちゃんが不思議そうに首を傾げるが……

 

「プールのことだよ! 徹くん!」

 

 

 このエマちゃんの言葉で『()()』の意味を知った。

 

 

「……マジか」

 

 

 君たち……本気だったんかい!!

 

 

 




今回はここまで!
せつ菜ちゃんに追いかけられたい人生でした。ハイ←
次は皆さんお待ちかねの……あのシーンです。
ではまた次回!
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第68話 いざ、プールへ

どうも!
第68話です。


 

 

「……本当に来ちまったな」

 

 

 塩素の独特な匂いが微かに嗅ぎ取れるこの場所。

 

 

 ここは、男が衣服を脱いで海パンへと着替えるための更衣室。脱いだ服や荷物を入れる籠が並んだ棚があり、奥には洗面台がある。

 

 

 そして、それらを通り過ぎて、更衣室を抜ける通路を歩いて行けば……そう、日本の高校ではなかなか設けられてないであろう、虹ヶ咲学園の屋内プールに繋がる。

 

 

 ホント虹ヶ咲って、高校のレベルじゃない設備の多さだよな。そんな高校に俺は通ってるっていうことを考えると、戦慄してしまう。

 

 

 まあ、俺たちは今からそんな設備を実質貸切で使っていくという、さらに贅沢なことをしようとしている訳だが。

 

 

 しかも、この男子更衣室を使えるのは俺だけだ。おかげさまでこの空間は驚くほどの静かさである。

 

 

 そう、ホントに物音すらも聞こえな……

 

 

 

「ん? 今のは……声か?」

 

 

 ほんの一瞬、何かしらの音が聞こえた。聞くからに人の声だろう。

 

 

 更衣室の壁の方から聞こえてきた気がしたので、その壁に近寄り、壁に自分の耳をくっつけて注意深く耳を澄ました。すると……

 

 

 

『果林先輩、やっぱり素晴らしいスタイルをしてますね……』

 

『ふふっ、そう? ……触ってみる?』

 

『えぇっ!? えっと、失礼します……』

 

『ぐぬぬ……せつ菜先輩、かすみんより身長が低いのにどうしたらそんな体になるんですか!?』

 

『えぇ!? ど、どうしたらと聞かれても……!?』

 

 

『むむっ! ずっと前から思ってたけど……エマちゃん、なかなかいいモノをお持ちですな〜。ほれ、ちょっと彼方ちゃんに触らせなさ〜い!』

 

 

『ひゃっ!? も〜、彼方ちゃんったら〜! くすぐったいよ〜!』

 

 

 

 

「……聞かなかった。うん、俺は何も聞かなかったんだ」

 

 

 これは間違いなく、隣の女子更衣室から漏れてる声だ。

 

 

 なんで男子更衣室から女子更衣室の声が聞こえるんだよ……こんな環境なら、女子の会話を聞き耳立てる輩が現れるじゃないか。

 

 

 ……待て、それって俺のことか? いや違う違う、断じて違う! 俺はそれを聞こうとして聞き耳を立てた訳じゃねぇ!

 

 

 でも、事実として聞いてしまったんだよなぁ。途中まで内容もバッチリ聴いちまった訳だし、最早否定の余地もないか。

 

 

 はぁ……もうプールサイドに向かおう。着替えは完了してたし。

 

 

 

 俺はプールに繋がる通路を進み、プールサイドへと場所を移した。

 

 

 

 

「さて、ここで少し準備運動でもするか」

 

 

 プールサイドには、まだ誰一人もいなかった。みんな、まだ着替え途中なのだろう。

 

 

 25mの長さ、10コース分の幅を持つプールが俺を出迎えた。

 

 

 みんなが来るまでの間に待っていたのだが、その時間がとても長く感じられた。色々気になることがあったからな……うん。

 

 

「徹く〜ん、お待たせ〜!」

 

 そんな時を過ごしていたのだが、プールの入口の方から足音が聞こえ、そろそろ来るかと思ったのも束の間、彼方ちゃんの声が聞こえた。

 

 

 

 そして、みんなが出てくる方へ目を向けた瞬間……俺の理性に衝撃が走った。

 

 

「やっぱり男子は着替えるの早いね〜。まっ、こっちは水着にこだわりがあるから! ねっ、かすかす!」

 

 

「かすみんです!! 徹先輩、どうですか〜? 先輩に『可愛い!』って言ってもらいたくて選んできたんですどぉ〜」

 

 

 

 ……oh my god.

 

 

 更衣室からプールサイドに繋がる通路から姿を現した同好会のメンバー達のうち、なんと全員がビキニを着ていた。

 

 

 それぞれ個性溢れるデザインで……より魅力的に見えた。

 

 

「……」

 

 

「徹くん? 大丈夫……?」

 

 

「……! す、すまん! 少しぼーっとしちまった」

 

 

 予想を遥かに上回った衝撃に加え、彼女達の姿に思わず見惚れてしまっていた。

 

 エマちゃんに心配されちまってはいかんな。よし、落ち着け……えっと、感想を言うんだよな。

 

 

 酷く動揺して、二の句を継ごうとしていたその時。

 

 

 

「こーら歩夢! そろそろ覚悟決めていかなきゃ! みんなが待ってるよ!?」

 

「えぇ……で、でもぉ〜!」

 

「大丈夫だって! お兄ちゃんが歩夢のこと酷く言う訳ないじゃん! ほら、行くよ!」

 

「うわぁ!? ちょっ、侑ちゃん〜!」

 

 

 ……あれ、更衣室からまだ声がするな? この声は……侑と歩夢ちゃんか? 

 

 そういえば、人数的にもまだ全員揃ってなかったか。なんか歩夢ちゃんの悲鳴らしき声も聞こえたし、俺がどうだこうだって……一体どうしたのだろうか。

 

 

 すると、入口から二人の影が見えた。

 

 

「みんな、ごめん! 歩夢がどうしても恥ずかしがっちゃって……」

 

「うぅ……」

 

 

「……!?!?」

 

 

 二人の姿を見た瞬間、俺は大きく目を見開いた。

 

 

 なんと、侑と歩夢ちゃんどちらともビキニを着ていたのだ。

 

 

 お前ら……いつの間にそんなのを持っていたのか……!?

 

 

 

 実は侑と歩夢ちゃんとは、中学生の頃に一度市民プールで遊んだ事があったのだが、その時は二人とも学校で使う水着、所謂スクール水着だったのだ。

 

 だから、俺はそんな二人がビキニを着ていることに動揺を隠せないって訳だ。

 

 今回のみ侑の荷造りに立ち会ってなかっただけに、全く知らなかったな……

 

 

「もー、お兄ちゃんびっくりし過ぎでしょ!」

 

 

 俺の目が白黒していると、気がつけば二人が目の前まで来ていた。

 

 侑が俺の顔を覗くように見て、悪戯っぽく笑っている。

 

 

「……! す、すまん。っていうか、いつそんな水着を買いに行ってたんだ?」

 

「ふふっ、お兄ちゃんには秘密で歩夢と一緒に買いに行ったんだ。ねっ、歩夢!」

 

「う、うん。そうなん、です……」

 

 

 楽しそうに語る侑に対して、体を手で隠しながら顔を真っ赤に染め、涙目になりながら俯く歩夢ちゃん。

 

 

「なるほど……」

 

「うん! あっ、それより……! 歩夢の水着どう!? 歩夢が気になってたから、全力で買うようにプッシュしたんだ!!」

 

 

 すると、侑は歩夢ちゃんの肩に手を乗せて、自信満々にそう訊いてきた。

 

 

 ……歩夢ちゃんは、この水着を勇気を出して着てくれたんだよな。それならば、ちゃんと真面目に感想を言わなきゃダメだよな。

 

 

「……うん。とっても可愛いよ。白いヒラヒラしてるところとか……あとはところどころにあるピンクのリボンとか。歩夢ちゃんらしくて、凄い似合ってる」

 

 

「……! ……えへへ」

 

 

 なるべく具体的な感想を述べたつもりだが……よかった、歩夢ちゃんも嬉しそうで何よりだ。

 

 

「ほら! お兄ちゃんならちゃんと答えてくれるって!」

 

「ぐぬぬぬ……幼馴染強い……」

 

 

 ……てか、歩夢ちゃんはもちろんそうなんだが、みんな水着が似合い過ぎてるんだよな……」

 

 

 

「「「「……!?!?」」」」

 

 

「……ん?」

 

 

 何故が唐突に、みんなが不意をつかれたかのように驚きの表情を浮かべたのだが……

 

 

 ……あれ、俺今何か言ったか?

 

 

「徹先輩……不意打ちはずるいです……」

 

「徹……そういうのはちゃんと個別に言いなさいよ……」

 

 

 まさか俺、今の思考が口に出てたのか!?

 

 

 ……あかん、みんな顔を赤らめてしまっている……

 

 このままでは気不味い空気のまま時が過ぎていってしまう。

 

 

「よ、よし! 時間も限られているし、もう泳ぐぞ!?」

 

 

「えっ? ……あっ、そ、そうだね! カナちゃん、今から睡眠しようよ!」

 

 

「えっ!? う、うん!! ……というか、そこはスイミングでしょ〜!?」

 

 

 そんなこんなで強引ではあるが、プールでのトレーニングが始まったのであった。

 

 

 ……いや、トレーニングじゃなくて、最早遊びか。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ───水の中は、独特な世界が広がっている

 

 

 空気中にいる時と、水の中にいる時とでは、聴こえる音の感じも違うし、見える景色というのも全く違う。

 

 プールや海を泳いだことがある人ならば、その感覚が分かるだろう。

 

 

 ……まあ、なんでこんなことを語っているのかというとな……

 

 

 ……一人でただ只管泳いでいるからなのさ!!

 

 

 いや、勿論みんなと遊べたら、とは思ったんだけども……やっぱり男なものなんで、なかなか女子のグループの中に入れないんだ。

 

 それに、遊びの中では男が女の子に手加減しなきゃいけないこともあるよな。例えば、力の差が出る競技とか……

 

 だから、そういうところでも遠慮してしまった故に、今俺はずっとプールの底を見ながら手と足を動かしているのさ。

 

 

 ……しかし、このままぼっちで終わるのは正直嫌だ。何かきっかけが……

 

 そんなことを考えている次の瞬間……

 

 

「っ〜〜!」

 

「っ!?!?」

 

 

 突然、俺の目の前に笑顔で手を振る愛ちゃんが現れたのだ。

 

 

 至近距離で起きたことに俺は思わず泳ぐのをやめ、その場で地面に足をつけた。

 

 

「──プハッ……! ちょっ、愛ちゃん! びっくりしたじゃないか!!」

 

 

「あははは! だって、てっつーが一人で泳いでいるから〜。少し驚かせたくなっちゃって!」

 

 

 純粋無垢な笑顔で、俺に話しかけてくれる愛ちゃん。

 

 

 いや、急に彼女の顔がひょこっと現れてびっくりしたわ……まさか俺の真下に潜ってくるなんて思いもしないぞ。

 

 

「てっつーは、誰かと遊ばないの?」

 

「んー、それがな……ほら、男女の力の差ってものがあると思うんだけど、それを思うとなー……って感じなのさ」

 

 

 はぐらかそうとも思ったが、困っているのも事実なので彼女に俺の思うところを話してみた。

 

 

「そっかー……あっ、じゃああたしと今から競泳やらない?」

 

「えっ、愛ちゃんと?」

 

「そうそう! てっつーもなかなか速い泳ぎしてたからさー。あたしも水泳部の助っ人やったことあるから、泳ぎには自信あるし!」

 

 

 ……なるほど。確かに愛ちゃんは運動神経が抜群だ。彼女となら、俺が本気を出しても良い勝負が出来るかもしれない。

 

 

「……本気を出そうと思うけど、いいか?」

 

「もっちろん! ていうか、そう来なくちゃね!」

 

 

 こうして、愛ちゃんと競泳対決をすることになった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「じゃあ、100m個人メドレーってことでいいかな?」

 

「おう、それでいいぞ。負けないからな」

 

 

 場所は変わってプールサイドのスタート台の前。

 

 俺と愛ちゃん、どちらも意気込んでこのレースに臨む……のだが。

 

 

「何で私も参加させられてるのよ……」

 

 

 何故かプールサイドで歩夢ちゃん、璃奈ちゃんと雑談していた果林ちゃんまで参戦していた。

 

 

 というか……参戦させられたってとこか。何か悪いことしてしまったかもしれない。

 

 

「あっ……すまん、果林ちゃんは泳ぐの苦手だったりしたか?」

 

 

「いや、全然苦手ではないのよ。というかむしろ……」

 

「むしろ……?」

 

「っ……! な、なんでもないわよ! ほら、スタート位置に立ちなさい! 徹には絶対勝つわよ!」

 

 

「お、おう……!?」

 

 唐突に焦り模様を見せる果林ちゃん。むしろの後には何が続いたのだろうか……

 

 まあ、そんな疑問は今は置いとこう。レースに集中するんだ。

 

 

 何故こんなに力を入れているかと言えば、実は水泳が趣味の一つだからなのだ。

 

 特技とは言えないが、個人メドレーに含まれる4種の泳ぎはそつなくこなせる。

 

 

「じゃあ行くよ〜……よーい、スタート!」

 

 

 愛ちゃんの合図によって、俺たち三人は勢いよくプールに飛び込んでいく。

 

 

 泳ぎ方の構成としては、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形、それぞれ25mずつである。

 

 

 俺にも得意不得意があるので、どこで力を入れて泳ぐかが大事になってくる。

 

 

 勝負は佳境を迎え、最終種目・自由形に入った。ここで大体の人はスパートをかけてくる。

 

 ここまで、俺たちはほぼ差をつけずに勝負を続けている。

 

 

 この差をつけるために……ここで力を出し切るぞ……!

 

 

 俺が加速した瞬間、隣を泳ぐ果林ちゃんと愛ちゃんと一瞬差が広がったものの、彼女達も負けずについてくる。

 

 

 まさにお互いバチバチの争い、デッドヒートとなっている。

 

 

 そんな風に集中していたのだが、ふと視界の端っこで何かが見えた。

 

 

 目線をそっちに向けると……コース外で、誰かが水中に浮かんでいる様子が見えた。

 

 

 その人の水着は、水色の水玉模様。そこから、その子がしずくちゃんであることに気付いたのだが……

 

 

 

 俺は、その子の様子が只事ではないことを察した。

 

 

 そして、後先考えることなく勝手に体が動いていた。

 

 

 気づけば俺は、溺れたであろうしずくちゃんの背中と腰を両手で支え、水上へと持ち上げていた。

 

 

「あっ……徹先輩!?」

 

 

「しずくちゃんのことは俺が診るから、みんなは遊んでおいて!」

 

「い、いえ! かすみんも行きますぅ! ……あぁ、思わずしず子に本気のスパイクかましちゃったよぉ……!」

 

 

 ……手首の部分を触る感じ、脈はあるし、息もあるな。とりあえず、一大事は回避出来そうか

 

 しかし、珍しく焦りを丸出ししているかすみちゃんだが、果たして何があったのか……?

 

 

 

 




今回はここまで!
プール回は次回まで続きます。
ではまた次回。
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第69話 省みること

……まず最初に一つ。

前話投稿から間隔が空いてしまいすみませんでしたぁ!!!(土下座)
大変お待たせしました。第69話です。
では早速どうぞ。


 

 

「先輩、しず子は大丈夫なんですか……?」

 

 

「そうだね……脈はあるし、息もしてるから、単に気絶してるだけかな」

 

 

「よ、良かったぁ……!」

 

 

 ここは、広いプールの端に位置するベンチだ。

 

 

 ……どのようにしてここへ来たかを話そう。まず、しずくちゃんが溺れているのを俺が見つけ、救い出した。

 

 幸い手首から脈拍も感じ取ることができ、呼吸も止まってはいないので、卒倒しているのだろうと判断できた。

 

 

 ただそのせいで少し身体が冷えているように感じたので、急遽俺のタオルを掛けてあげ、様子を見ているところなのだが……体温はどうなってるかな?

 

 

 そう思い、彼女の首元に手を当てる。

 

「……うん、身体も温まってきたかな」

 

 

 よし、これで不安要素はほぼ掻き消すことが出来たはずだ。あとは意識を取り戻すまで見守ろう。

 

 

「てっきり心臓マッサージとか、人工呼吸が必要かと思いましたよぉ……」

 

「そこまで事態を深刻に見てたんだな……でも、そうならなくて良かったよ」

 

 

 かすみちゃんは、未だとても心配そうにしずくちゃんの右手を握っている。

 

 ……そうだ、一応事情を聞いておこう。

 

 

「……それでかすみちゃん、さっきは一体何があってこうなったんだ?」

 

 

「えっと……実は最初、しず子と彼方先輩、エマ先輩がビーチバレーをやってたんですけど……」

 

 

 俺が問いかけると、かすみちゃんは何も隠そうとせずに素直に状況を説明してくれた。

 

 

 

「なるほどな。かすみちゃんが途中で参加して、勝負に熱が入ってしまった挙句、彼女に強いスパイクを入れてしまったと……」

 

「はい。まさか顔に直撃するとは思ってなくて……」

 

 

 一体どれくらいの力量でスパイクをしたのか分からないが……顔に直撃してしまうのは、多分バレーボールに疎いからなんだろうと予想がつくな……

 

 

「ふむ、しずくちゃんはバレーボールが苦手なのかもしれないね……」

 

「……」

 

 

 ……かすみちゃん、今までに見た事がないくらい深刻そうな面持ちだ。

 

 彼女は俺が思っている以上に、しずくちゃんがこのような状態になっていることに責任感を持っているようだ。

 

 

 かすみちゃんは、一見自分が第一で周りをライバル視しバチバチしている印象を受けるかもしれない。

 

 しかし、根は優しい心の持ち主だ。しずくちゃんが悩んでいたときだって、彼女のために叱咤激励をしたのだ。その直前に俺と話していた時だって、かすみちゃんは真剣に彼女と向き合おうとしていたのが窺えた。

 

 かすみちゃんは、人一倍に仲間を大事にできる子である。

 

 

「……でも、大丈夫だ」

 

 

 俺は、そんな心優しき彼女に寄り添い、彼女の頭に手を置いてそう語り掛ける。

 

 

「今回は一大事にならなかった訳だ。誰にだって失敗はあるんだから、これから気をつければいいと思うぞ?」

 

 

「はい……でもしず子、許してくれますかね……?」

 

 

「うん、それも大丈夫。かすみちゃんのその表情を見れば、本当に反省してるんだなって分かるから」

 

 

 明らかに反省しているような表情をしていながらも許してくれないほど、しずくちゃんは鬼ではないと思うな。

 

 

「かすみん、そんなに酷い顔になってましたか……?」

 

 

「いやいや、酷いなんてことはないさ。ただ、少し深刻そうだったから」

 

 

「やっぱりそうでしたか……()()()から徹先輩の前ではネガティブななかすみんは出さないように決めてたのに〜……でもしず子……」

 

 

 だから酷くないって……あれ?

 

 

「ん、あの時? あの時って……」

 

 

「……!? な、なな、なんでもないですぅ〜! 今のはかすみんの言い間違いなので、忘れてくださいね!?」

 

「そ、そうかい……?」

 

 

 ()()()……昔の話かな? 彼女が俺の前でネガティブになっていたことなんて今まで……

 

 

 ……いや、強いて言うなら、最初に会った時か。あの時は買いたてのコッペパンをぶつかったことによって散らかしてしまい、彼女はショックを受けてたんだよな……今思えば懐かしいし、彼女には申し訳ないことしたなと、今でも反省すべき出来事だ。

 

 

 しかし、そんなことなのだろうか? 多分彼女が経験した昔の出来事のことである方が確率が高い。これ以上詮索しない方がいいか?

 

 

「……ん」

 

 

 そんなことを考えていると、かすみちゃん以外の声が聞こえてきた。

 

 

「っ……! しず子!」

 

 

 しずくちゃんが意識を取り戻し、目を覚ましていた。

 

 

「……かすみさん? それに、徹先輩まで……」

 

「ん、目が覚めたか。良かった……気分は大丈夫か?」

 

「は、はい。なんとか……でも私、ボールが直撃して……」

 

 

 ん、記憶は残っているようだし、気分が悪いとかはなさそうか……

 

 

「そうだな。プールに溺れかけてたから、今このプールサイドのベンチで寝かせてたってところだ」

 

 

 しずくちゃんに、今の状況をなるべく分かりやすく説明する。

 

 

「そうだったんですね……えっと、このタオルは……?」

 

 すると、彼女は自分にタオルが掛かっていることに気づき、そのタオルを左手に取りながら俺に訊いてきた。

 

 

「それは俺のタオルなんだ。気絶してたから、身体を冷やしちゃダメだと思って掛けたんだ」

 

 

 本当はしずくちゃん自身のタオルを掛けてあげたかったんだが、彼女のタオルは更衣室にあるから……急遽俺のタオルを持ってきて掛けたって感じだ。

 

 まあ、洗濯後未使用のタオルだから、触り心地が気持ち悪いなんてことはない……と信じたい。

 

 

「徹先輩のタオル……ってことは、先輩が助けてくれたんですか? それでしたら……」

 

 

 すると、彼女はゆっくり起き上がり、俺と真正面に向き合い、深くお辞儀をした。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

 

「……ううん、礼を言われる程のことはしてないよ。しずくちゃんが無事で何より」

 

 

 ……なんだろう、こんなに礼儀正しく感謝を伝えられると恥ずかしいな。

 

 

「かすみちゃーーん!! 氷と水持ってきたよー!」

 

 

 すると、今度はプールサイドの遠くの方から二人がこちらに近づいてくる姿が見えた。

 

 

「あっ、しずくちゃん起きてたんだね! よかった〜……じゃあこれ、顔を打ったところは少し腫れてるかもしれないから、これで冷やしてね!」

 

「あと彼方ちゃんからはお水をあげるね〜。ゆっくり飲むんだよ〜?」

 

 

 エマちゃんが保冷剤、彼方ちゃんがお水を持ってきてくれたのだ。

 

 確かにしずくちゃんは顔を打ってるわけだし、少し腫れているだろうからアイシングは大事。そして溺れて水分も奪われているから補給する必要があるな。

 

 

「エマさんに彼方さん……ありがとうございます」

 

 

 しずくちゃんは両方とも受け取り、保冷剤を頬に当てながら水を飲む。

 

 

「二人ともお疲れ様。ただ、プールサイドを走ると危ないぞ」

 

 

「あははは……分かってるんだけどつい……」

 

 

 そう、二人とも完璧なアシストをしてくれたのだが……プールサイドは走ってはいけないんだよな。もし二人のうちどちらかが転んでしまっては、怪我人が増えてしまうのだ。まあ、しずくちゃんの為に早く……という気持ちは分かるがな……

 

 

「そういえば、徹先輩は愛さんと果林さんと競泳してたと思うんですが……」

 

 

「……あっ」

 

 

 あかん、個人メドレーの勝負してたのをすっかり忘れてた……

 

 

「愛ちゃんのところに行った方がいいんじゃないかな?」

 

 

 確かに……愛ちゃんはどこだ……

 

 

 少し見回してみると……あっ、いた。果林ちゃん、璃奈ちゃんと話しているみたいだ。

 

 もうしずくちゃんは大丈夫そうだし、みんなに任せようかな。

 

 

「そうだな……悪い、ちょっと行ってくる」

 

「いってらっしゃ〜い」

 

 

 こうして俺は、再びプールへ戻っていった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 時はしばらく経ち、俺もプールを十分満喫した。

 

 

 あの後俺は愛ちゃん達3人と合流し、事情を話した。3人ともとても心配していたが、かすみちゃん達がいるから大丈夫と話すと、安心したようだ。

 

 その後、せつ菜ちゃんも合流して、俺含め5人で色々遊んだりした。

 

 いやぁ、なかなか楽しかった。思わず大分体力を使った故に、ちょっと疲れてしまったな。

 

 そんな訳で、今はプールの真ん中あたりに位置するベンチに行こうとしている。

 

 まあ、そこのスペースがなんとベランダみたいな感じになってて、外の風に当たりながら休めるというなかなかいいスペースなんだよな。夏限定ではあるが。

 

 

 そんな訳でそこに向かうと、既に先客がいた。

 

 

「よっ、二人とも。休憩タイムってところか?」

 

 

「あっ、お兄ちゃん! うん、なんか十分遊んで疲れちゃったなーって」

 

 

 そこにいたのは、侑と歩夢ちゃんだった。

 

 どうやら二人とも、俺と同じく遊び過ぎて一休みしにきたようだ。

 

 

「そうか、実は俺もなんだ。いやぁ俺たち、だいぶ長い間プールで楽しんでたってことだな」

 

「ふふっ、ホントにねー」

 

 

 侑がとても楽しそうな表情をしていて何よりだ。

 

 歩夢ちゃんはどうだったのだろうか?

 

 

「歩夢ちゃんも楽しめたか? みんなとも仲良さげに話してたけど」

 

「えっ? ……あ、うん! とても楽しかったです!」

 

「ふふっ、それは何よりだ」

 

 

 歩夢ちゃんも、見た感じいつもよりウキウキしてそうだな。

 

 

 そう歩夢ちゃんと話してると、侑が遠い夜空を見ながらぼーっとしている様子が目に映った。

 

「どうした侑、そんな上を見上げちゃって?」

 

「ん? ……あっ、ううん! 別に何かある訳じゃないんだけど……何だか、感動しちゃって」

 

「感動?」

 

 

 俺は、侑の言葉に疑問符を浮かべる。

 

 

「うん……私がさ、こうやってスクールアイドルのサポートを出来ているのって、歩夢が勇気を出してくれたおかげなんだよね」

 

「私?」

 

「そうか……侑を後押ししてくれたのは、歩夢ちゃんだったんだ」

 

 

「そう! 歩夢と一緒に夢を追いかけようって……そこから全てが始まった」

 

 

 なるほど……過去のことを思い出してたって訳か。

 

 侑が歩夢ちゃんを後押しして……歩夢ちゃんも侑を後押しした。

 

 互いが互いを励ましたってことか。

 

 

「そして……みんなとも!」

 

「えっ……?」

 

 

 ……? 歩夢ちゃん? 今そんなに驚く要素があったか?

 

 

「みんなが集まったことで、このスクールアイドル同好会に大きな力が生まれていた。だから……」

 

 

 すると、侑は立ち上がり、俺らの方にくるりと向き直った。

 

「歩夢、お兄ちゃん。ありがとう!」

 

 

 侑が俺らに礼の言葉を伝えた。

 

 

「なんだか急だな……ていうか、そのことで礼を言われるようなことやったか?」

 

「何言ってるの! せつ菜ちゃんを説得するのだって、お兄ちゃんが一緒に考えてくれたし、みんなの役に立ってるじゃん!」

 

 

 ま、まあ確かに……ただ急にそんなことを言われて、少々困惑気味だぞ……

 

 

「……それに、昨日私に言ってくれたよね。『今はやりたいことをやってれば良い』って」

 

 

「あぁ……」

 

 

 昨夜、侑と一緒の布団で話した時のことだな……

 

 

「……私、やりたい事を一つ見つけたかもしれないんだ!」

 

 

「お、マジか!?」

 

 

 そんなに早く見つかったのか!? 

 

 一体全体何なのだろうか……侑のやりたい事というのは……?

 

 

「うん! ……あっ、そうだ! この際みんなに話そうかな!」

 

 

 みんなを集める……同好会のメンバーにも関わることなのか?

 

 

 疑問が深まるばかりだが、俺はみんなに召集をかけた。

 

 

 

「侑さんから話したいことがあると聞いたのですが……何でしょうか?」

 

 

 みんなが集合して早々、せつ菜ちゃんが侑にそう問いかける。

 

 

「もしかして……ついに侑先輩がかすみん専属マネージャーになることを決心してくれたんですかぁ〜!?」

 

「かすみさん、侑さんはみんなの侑さんだから、メッ!」

 

 

 ……あっ、しずくちゃんはもう体調が良くなったんだな。それに、かすみちゃんもいつも通りの彼女に戻ってるし、安心したな。

 

 

 ちなみに侑は俺の妹だからな。それだけは誰にも譲らんぞ?

 

 

 ……まあそんなくだらないことは置いといて、侑は何を語るのか、だな。

 

 

「私、ダイバーフェスを見てて思ったんだ」

 

 

 みんなが侑の発言に耳を傾ける中、彼女は話し始めた。

 

 

「観客はみんな、最初はスクールアイドルに興味がある訳じゃなかったんだよね。バンドだとか、ミュージシャンとか……それを楽しみに、あのライブを見に来てた……でも!」

 

 

 すると、侑はベンチから立ち上がり、希望に満ちた表情でみんなに語り掛ける。

 

 

「東雲、藤黄……そして果林さんが、みんなを盛り上げて……気がついたら、観客全員が一つになってた気がするんだ!」

 

 

「一つに……か」

 

 

 あのライブの一体感……俺もそれに惹かれたんだよな。そして、もう一度あのようなライブを見てみたい、そうとも思った。

 

 

 ……まさか。

 

 

 

「だから私……虹ヶ咲だけじゃなくて、大きなライブにしたい! ダイバーフェスみたいにどこの学校とか関係なくて、誰でもライブに参加できる……スクールアイドルとファンの垣根を越えた、お祭りみたいなライブ!」

 

「スクールアイドルとファンの垣根を越える……」

 

 

「お祭りみたいな……ライブ……!」

 

 

 侑が語るその言葉を、せつ菜ちゃんとかすみちゃんはしみじみとしながら復唱する。

 

 

 マジかお前……そのことを考えていたのか。お兄ちゃん、正直びっくりし過ぎてて声も出ないぞ。

 

 

 ライブをどうするかは、せつ菜ちゃんかその辺りがいい案を出して方針を決めるんじゃないかと思っていた。

 

 

 しかし、まさか俺の妹からそのような言葉を聞けるとは……

 

 

「ほんと、侑は面白いことを考えるわね」

 

「これは、どこかの兄も鼻が高いんじゃな〜い?」

 

 

 果林ちゃんが感心している中、愛ちゃんは俺を横目に見ながら肘で突いてきた。

 

 

「ははっ。どこも何も、ここにいるぞ? 本当、侑ってやつはな……」

 

 

 

 ……成長してるな。

 

 

 

 そう呟いた瞬間、視界の隅で鮮やかな色が瞬き始めた。

 

 

 今は真夏。近くで花火大会をやっているようだった。

 

 

 

「「「わぁ……!」」」

 

 

 それに気づいたみんなは、目をキラキラさせながら眺めていた。

 

 花火が打ち上がる様というのは、風情があって良いものだな。

 

 

 そんなことを考えながら、夢中になって眺めていると……

 

 

()()()()()()()()……()()()()()()()

 

 

 侑の呟きが、再び俺を含めたみんなの視線を集めた。

 

 

「スクールアイドルが大好きなみんなのためのお祭り、スクールアイドルフェスティバル!!」

 

 

「……! やりましょう、スクールアイドルフェスティバル! 私達なら出来ます!」

 

 

 せつ菜ちゃんの一声が、みんなの士気を上げた。

 

 

 スクールアイドルフェスティバル……か。

 

 

「……最高に面白そうじゃないか。俺もその夢、追いかけさせてくれ」

 

 

「お兄ちゃん……!」

 

 

 この瞬間、俺は侑の夢、みんなの夢を全力で応援しようと決意したのだった。

 

 




今回はここまで!
まず前書きで言及しました、投稿間隔が空いてしまった理由についてですが、リアルが忙しい時期にあったからです。
今は余裕が出来つつありますので、今後は以前の投稿ペースに戻ります(多分)
なので、失踪したわけではないことをお伝えしておきます。(自分はよっぽどのことがない限り失踪するつもりはありません)

ということで、この後は2話ほどオリジナル展開の回を挟んで原作第10話にあたる回が終わる予定でいます。

長くなりましたが、ではまた次回!
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第70話 輝きに向かって

どうも!
第70話です。
では早速どうぞ。


 

 

「あー、もうこんな時間か……少し外に出るくらいならいいよな?」

 

 

 充実した時間を過ごせたプールを出た後、俺たちは屋内の施設でトレーニングを行った。

 

 同好会のみんなは侑の熱いプレゼンに感化されたのか、いつも以上に張り切って練習に励んでいた。

 

 

 普段ならクタクタになっている時まで経過してても、今回はみんな全く疲れを見せていなかった。

 

 いや、こうやってライブの方針が決まっただけでこんなにも変わるんだってびっくりしたもんな。改めて、みんなのスクールアイドルに対する想いの強さを感じたよ。

 

 

 そんなこんなで白熱した練習も終え、みんなは部屋で各々の時間を過ごしている中、俺は少し合宿施設の外に出ている。まあ、ちょっと少し外の空気を吸いたくなったってところだな。

 

 気温は夏だから暑くて熱帯夜と言えるかも知れないが、海がある方から吹いてくる浜風がなかなか涼しいから心地いいんだよね。

 

 

 そんな訳で外へ出てきたが……あそこに芝生があるから、そこの上に座ってみるか。

 

 少し斜面になっている芝生に下り、そこに腰掛けてみた。

 

 

「こんな良い天気だから、星見えるかな……?」

 

 

 少し開けた場所で真上には夜空が大きく広がっていたので、俺は試しに見上げてみた。

 

 ……いや、ここは大都会・東京だ。至る所に電灯という名の光があちこちに点在しているから、そんな場所から星が眺められる訳がないな。

 

 

 そう思い、俺はすぐに見上げるのをやめた。実際、俺はそのためにここに来た訳じゃないからな。

 

 

 そうやって一人の時間を過ごしていると……

 

 

「あれ、徹さん?」

 

 

 後ろから俺の名を呼ぶ声がした。後ろを振り向くと、そこには私服姿のせつ菜ちゃんがいた。

 

 

「おっ、せつ菜ちゃんじゃないか。どうしたんだ、こんな場所で?」

 

「トレーニングで身体が熱くなったので、ちょっと風に当たろうかなと思いまして……徹さんこそ、どうされたんですか?」

 

「あぁ……せつ菜ちゃんと同じ感じだよ。外の風に当たりたいなぁって。それと少し考え事ってところかな」

 

 

 やっぱり、いつも以上に気合入ってたよな。俺はトレーニングしてないから、せつ菜ちゃんのとは少し訳が違うけれども。

 

 

「考え事、ですか?」

 

「そう、別に大したことじゃないんだけどね。ほら、ここに座るか?」

 

「いいんですか? じゃあ、お邪魔します! ……奇遇ですね。私も少し考えたいことがあって」

 

 

 俺が隣の芝生をポンポン叩きながらそう言うと、せつ菜ちゃんはそこに体育座りをした。

 

 せつ菜ちゃんも考え事があったんだ……ちょっと気になる。

 

 

「ほう、そうなんだな……どんなことを?」

 

「私も大したことではありませんが……私の原点についてです」

 

「せつ菜ちゃんの原点……? つまり、スクールアイドルを始めた頃ってことか?」

 

 

 俺は、せつ菜ちゃんの言葉から読み取った自分の解釈が正しいかどうかを彼女に確認した。

 

 

「そうですね。私がスクールアイドルを始めたきっかけですとか……始めた頃だけじゃなくて、今までのことについて振り返ろうかなと」

 

「なるほどな。始めた頃……生徒会室でいきなり宣言したあの時が忘れられないなぁ」

 

 

 俺が言うあの時というのは、せつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんがスクールアイドルをやりたいと俺に伝えてきた時のことだ。

 

 

 あの出来事も、もう少ししたら一年が経とうとしてるんだよな……ホント、時間が経つのはあっという間だ。

 

 

「ふふっ、意外でしたよね。あの頃の私は、スクールアイドルなんてするような人間じゃなかったですから……」

 

 

 少し微笑んでから、遠くを眺めながら過去を振り返るせつ菜ちゃん。

 

 

「でも、あの時徹さんが後押ししてくださったから、私はこうして自信を持ってスクールアイドルに邁進出来てる気がします」

 

 

 彼女がそう言い切ると、俺の方を向いて眩しい笑顔を見せた。

 

 

「だから、徹さんにはとても感謝してるんです!」

 

 

 彼女の偽りのないと分かるその言葉に、俺は動揺を隠せない。

 

 

「い、いやそんな……俺はただ薦めただけだし、それ以上のことは何もしてないぞ。ほら……」

 

 

 照れ隠し……のつもりはないのだが、少し話をすり替える。

 

 

「せつ菜ちゃんのスクールアイドル活動もあまり手伝うことも出来なかったし、同好会が出来た時だって、練習を見ること以外は何も出来なかったし……」

 

「えっ? ……そこは仕方ないですよ。徹さんも生徒会長で忙しかったでしょうし、私は徹さんに練習を見に来てくださるだけでその……とても嬉しかったんです」

 

「そうなのか? ……でも、肝心なお披露目ライブも合宿で見れなかったし……」

 

 

 色々悔やむところがあるが、これだけはどうしても悔やんでも悔やみきれないことだ。なんなら、俺はその前に起きた重大な出来事に関与出来なかったんだから……

 

 

「あっ……凄く、楽しみにしていてくださったんですね……?」

 

 

 せつ菜ちゃんは、意外といった表情でそう話しかけてきた。

 

 

「そりゃ、もちろん。合宿の帰りのバスの中なんか、内心ソワソワしてたからな。今頃ライブやってるんだよな……ってな」

 

「ふふっ。ソワソワしている徹さん、とても珍しかったでしょうね」

 

「まあな。それだけ俺にとっても一大事だったんだ」

 

 

 今思えば、あの時から同好会は俺にとって大きな存在だったんだなと思う。元々スクールアイドルなんてこれっぽっちも知識がない人間だったのに、不思議なものだ。

 

 

「……そんなライブも、問題だらけでしたけどね」

 

「……そうかね」

 

 

 俺は、せつ菜ちゃんのその言葉になんとも肯定しがたい思いに駆られた。

 

 結局、同好会のみんなはライブに出ず、せつ菜ちゃんのみがステージに立ったんだよな。披露する曲も、元々せつ菜ちゃん独自で作っていた曲に変わっていた。

 

 ……失敗と言えるかもしれないが、悪いことばかりではない。

 

 

「……それでも、せつ菜ちゃんに熱狂的なファンが生まれただろ?」

 

「……はい。あんなに純粋な眼差しで詰め寄られたのは初めてでした」

 

 

 そう、俺の妹である侑が、お披露目ライブでのせつ菜ちゃんのパフォーマンスに強く惹かれたのだ。

 

 あの日家に帰ったら、パソコンの前でイヤホンつけて見たことないくらい集中してたのを見た時の衝撃は大きかった。

 

 

「そんな侑が、同好会に変化をもたらしたんだ。そのおかげで、せつ菜ちゃんを同好会に呼び戻すことが出来た。ホント、あいつがいなかったら今はないだろうなってつくづく思うよ」

 

 

 ホント、本人にはなかなか言う機会がないけど、とても感謝してるんだよな。

 

 

「そうですね……でも、私を説得するのを手伝ってくれたのは徹さんですよ?」

 

「えっ? ちょっ、なんでそれを知ってるんだ……?」

 

 

 待て待て、もしかして……

 

 

「昨日侑さんから聞きました。それに、途中から徹さんも一緒に説得してくれましたよね? 侑さんもそうですけど……徹さんもですよ?」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんは不満そうな表情を見せた。

 

 

「ぐっ……分かった、分かったから」

 

 

 俺が降参と言わんばかりにそう言うと、彼女は元通り笑顔を見せた。

 

 

「でも、スクールアイドルフェスティバルなんて……あのような大きな企画を提案されるのは予想外でした」

 

「ホントにな……」

 

 

 そう、侑と言えばさっきのあの出来事があったよな。せつ菜ちゃんも侑があんな大きな夢を語るとは思ってもいなかったようだ。

 

 

「侑さんの『大好き』、見つかったんですね」

 

「『大好き』……そうなんだろうな。侑は昔から何か特に好きなことはなかったのだが……」

 

「そうなんですか……?」

 

 

 そうか。最近知り合ったせつ菜ちゃんからしたら、そういうところは知らないか……

 

 

「あぁ。何かやりたいこととか、目指したいものはないって言ってたから……多分あいつは今、自分を変えようとしてるんだ。スクールアイドルを通じてな」

 

 

 昔は何か習い事に通わせようと親が必死だったが、悉くダメで……まあ、こういう俺も水泳以外は全然だったんだけど。

 

 だから普段は侑と歩夢ちゃんで仲良く遊んでたよ。高校生になってからも、放課後にショッピングとかして……そういう日々が続いてた。

 

 そんなあいつが、何かに夢中になって、今までの自分を変えようとしている……

 

 

「だからあの時思ったのさ、兄である俺が何も変わらない訳にはいかないって。まあ正直、そのことを考えたくてここに来たってところだ」

 

「あぁ、そういうことでしたか……」

 

 

 兄が妹のお手本になるべき。妹が一歩踏み出そうとしているのなら、兄はその先に居たい。そう意識して、俺はどうしたらいいかを考えていた。

 

 

 ……いや、それを考え始める前からもう結論は出ているんだけど、だな。

 

 

「んー……まだ侑には言ってないけど、せつ菜ちゃんになら話してもいいかな」

 

「わ、私にならですか!? えっと……心して聞きますが、どのような……?」

 

 

 せつ菜ちゃんは結構抜けているところはあるが、とても義理堅い子だ。

 

 だから俺は、その結論を彼女に吐露した。

 

 

「……俺、再び作曲して自分の曲を世に出せるようになろうかなって思うんだ」

 

「……!」

 

 

 せつ菜ちゃんは目を大きく見開いた。まあそれはそうだ、俺が明かした過去を聞いたばかりだもんな。

 

 俺は曇る夜空を見上げながら、そのように考えた経緯を話し続けた。

 

 

「あの頃のように、純粋に音楽作りに没頭できるかは分からない。でも、あの過ちを償うことさえ出来てないのは、ダメだって……そのままじゃ、俺はもっと前に進めないんじゃないか、って……」

 

 

 気づけば俺は、見上げていた頭がだんだん下へ向き、声色も弱々しくなっていた。

 

 それを見たせつ菜ちゃんは、下がった俺の顔を窺うようにして俺に話しかけた。

 

「徹さん……手、震えてますよ?」

 

 

 彼女に言われるまで、俺の手が震えるほど力んでいることに気づかなかった。

 

 

「えっ……? す、すまん。思わず手に力が入ってた……」

 

「……やっぱり怖い、ですか?」

 

「……あぁ」

 

 

 俺の恐怖心の根源……それは、中3で起こした俺の過ちだ。

 

 俺はあれから、作曲活動を一切していない。元々ある曲を弄ることはあっても、一から曲を創ることはしてない。もし仮に頼まれたとしても、俺はそれを例外なしに断っただろう。

 

 

「昔と今は違う、ってことは分かってる。俺だって、あれから色々考え方を変えて、新たな価値観も覚えたんだ。あの時の過ちを繰り返すことはない、そう思える時もある」

 

 

 呑気でかつ楽観的だった俺を脱却して、成長したとは思っている。過ちを繰り返すほど、俺は成長していないことはない。

 

 そう信じたい……信じたいのだが……

 

「でも、もしかしたら……万が一のことを考えてしまうだけで……怖いんだ……あの時のトラウマが、蘇ってしまうんだ。自分を変えなきゃいけないのにな……!」

 

 

 脳内に、ただならぬ絶望感に満ち溢れたあの時の記憶がよぎった。

 

 

 それに思わず頭を抱えてしまった。

 

 

 俺は、再び恐怖心に支配されかけていた。

 

 

 

 でも、そんな時……

 

 

 

「……大丈夫です」

 

「っ……! せつ菜ちゃん……」

 

 

 せつ菜ちゃんが、震える俺の右手を優しく握ってくれた。

 

 ふと前を向くと、しゃがみながら柔らかな微笑みを見せる彼女がいた。

 

 

「そんな焦る必要はないんですよ? 誰だって、すぐに何かを克服できる訳ではありませんから」

 

 

 彼女の表情には、優しさだけでなく、憂いも混じっていた。

 

 

「私だって、同好会で起こしてしまった過ちを完全に克服出来た訳ではありません。またどこかで、暴走してしまって……同好会を分裂させてしまうかもしれない。そんな不安が完全に消えた訳じゃないんです」

 

「せつ菜ちゃん……」

 

 

 そっか……せつ菜ちゃんも、あの出来事を克服できた訳じゃないのか……

 

 

「……でも、私は侑さんと徹さんがくれたあの言葉のおかげで、こうしていられるんです! だから……っ! 思い付きました!」

 

「? どうしたんだ?」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんは勢いよく立ち上がり少し前へ走った後、こちらを向いて大きな声でこちらに話しかけた。

 

 

「今からここで、私がお披露目ライブで歌った曲を、徹さんのために歌いたいと思います!!」

 

「えっ、ここで!? ……でもあの曲、聴いてみたい。そしたら俺、もっと頑張れそうな気がする!」

 

 

 最初は相当驚いた。今ここで歌うというのだから、その時点でまず仰天した。ここで歌って大丈夫か? 周りの迷惑にならないかという不安が一瞬頭の中をよぎった。

 

 でも、俺が聞けなかったあのお披露目ライブで歌われた曲。侑が一目惚れをして、行動を起こすまでの原動力となったあの曲。

 

 

 ……多分彼女は、この曲を通じて俺にエールを送ろうとしているんだ。そう思えると、俺の心はただただ『せつ菜ちゃんにここで歌ってほしい』という気持ちでいっぱいになった。

 

 

「ふふっ、分かりました! じゃあ、行きますよ〜!」

 

 

 そして俺は、せつ菜ちゃんのエール(歌声)に合わせて大いに盛り上がった。

 

 

 ははっ、まさか元部下にこうやって背中を押されるとは思わなかったなぁ……

 

 

 ……そうか、俺は焦り過ぎてたんだな。全く、侑には『焦らなくて良い。楽観していい』とか言ったくせに、人のこと言えたもんじゃないなぁ……

 

 

 『夢はいつか輝き出す』か……少しずつでも自分を変えていけば、そうやって俺も輝けるんだろうな。

 

 

 そう思いながら、俺は再び夜空を眺める。

 

 

 夜空には、星々達が綺麗に瞬き、輝きを放っていた。

 

 

 ……少し離れた先に人影があったことを気づかずに。

 

 




今回はここまで!
せつ菜ちゃんとの掛け合い……いかがだったでしょうか?
最後が少し不穏な終わり方でしたが、果たして誰なのか……?
次回もお楽しみに!
評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします!


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第71話 楽しい一夜

どうも!
第71話です。
では早速どうぞ!


 

 

「ただいま戻ったぞ〜」

 

「おや、徹くんにせつ菜ちゃん、お帰りなさ〜い」

 

 

 部屋にいるみんなに声を掛けると、一番最初に気づいた彼方ちゃんが返答してくれた。

 

 ふぅ……少し気分も晴れたな。せつ菜ちゃんにはちゃんと恩を返さなきゃ。

 

 

 あっ、どうも。眠気が吹っ飛んで若干気持ちが昂っている高咲徹だ。

 

 

 悩みを打ち明けて悲観していた俺を、せつ菜ちゃんは優しい言葉と共に全力のパフォーマンスを見せてくれて、俺は再び作曲と向き合う勇気をもらえた。

 

 それでお互い熱くなった身体を冷ました後、この部屋に戻ってきたところだ。

 

 

 部屋にはもう既に布団が敷かれていて、みんなはいくつかのグループに分かれて、各々何かをしているようだった。

 

 

「徹さん、こんな時間にその……どこに行ってたんですか?」

 

 

 俺のそばに寄ってきた歩夢ちゃんが少し怪訝そうに訊いてきた。

 

 ……なんだか歯切れも悪かった気がするが、俺は彼女に今までの事情をそのまま説明した。

 

 

「ん? あぁ、ちょっと外の空気吸ってたんだよ。あとはちょっとだけ考え事」

 

「ふーん、せっつーとは途中で出会った感じ?」

 

 

 布団な上で柔軟運動している愛ちゃんがそう問いかける。愛ちゃんは昨日の夜も柔軟運動してたな。明日で合宿終了だというのに、いつもの習慣を欠かさないのは流石だな。

 

 

「うん。どうやら目的が合致してたみたいなんだよ。なっ、せつ菜ちゃん?」

 

「はい! しばらく二人でお話をしてました!」

 

 

 とても嬉しそうにそう話してくれるせつ菜ちゃん。

 

 まあ正確には、話しただけじゃなかったけどな……

 

 

「なるほどね。まあせつ菜は良いとして、誰にも声を掛けずに行くなんて……徹、良い度胸してるじゃない?」

 

「うっ……それに関しては申し訳ないと思ってる」

 

 

 果林ちゃんは腕を組み、眉を顰めてそう言ってきた。

 

 ……多分せつ菜ちゃんはちゃんと声を掛けてから行ったから、お咎めなしだろう。俺も思い詰めてたとはいえ、何も言わずに部屋を出るのは不躾(ぶしつけ)だったな……反省しなきゃ。

 

 

「まあまあ果林ちゃん、徹くんがどこに行ったか気になってたもんね。部屋にいないことに最初に気づいたのは果林ちゃんだったし」

 

「エマ!?」

 

 

 すると、果林ちゃんに落ち着くように彼女の横でエマちゃんが話しかけた。

 

 果林ちゃんは周りの事を冷静に見れるからこそ、それに気づけたんだろうな。ホント、彼女は頼れるお姉さんだ。

 

 ……しかし、果林ちゃんはその事をエマちゃんに言われて焦っているようだ。一体何を焦ることがあるのだろうか……? 

 

 いや、そんな疑問はこの場では置いておこう。今は自分がちゃんと反省していることを示さなければならない。

 

 

「そうだったのか……次から気をつけるから、許してくれ」

 

「わ、分かってるわよ……徹がちゃんと反省していることなんて……」

 

 

 果林ちゃんは少し頬を赤く染め、目を逸らしながらそう答えた。

 

 ……これでひとまず許してもらえた感じかな?

 

 

「ふふっ、じゃあ徹くんとせつ菜ちゃんが無事に戻ってきたところで……あれをやっちゃおうぜ〜。ねっ、せつ菜ちゃん?」

 

「そうですね。枕投げ大会、やりましょう! ……と言いたいところなんですが……」

 

「ですが……?」

 

 

 せつ菜ちゃんの意図が分からない言動に、しずくちゃんが疑問符を浮かべる。周りも、一体どういうことなのかといった感じで首を傾げた。

 

 

「……その前に、この合宿を振り返ることにしませんか?」

 

「振り返りか〜、いいね! 何だかまさに合宿って感じ!」

 

 

 振り返りか……大事なことを忘れてたな。

 

 合宿を通じて、みんなは様々な面で成長していた。ただ、未だに課題点も少なくはない。それらをここで整理することで、今後のレベルアップに繋げることができる。ここは愛ちゃんと同じく、俺もその提案に賛成だ。

 

 

「もぉ、せつ菜先輩は真面目ですねぇ〜。ほら、もっと合宿に相応しい楽しい話題にしましょうよぉ〜」

 

「ふーん、例えば何があるの? かすみさん」

 

 

 うむ……かすみちゃんはどうやらもっと楽しい話がしたいようだな。まあ、振り返りはしてて楽しいことではないのは間違いない。

 

 それに対してしずくちゃんは少し揶揄い気味に問いかけると……

 

 

「例えば……うーん……あっ、恋バナとかっ……!」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 かすみちゃんの一言で、みんなの表情が豹変した。

 

 赤面したり、青ざめたりしているのだが、恋バナはタブーだったのだろうか……?

 

「あー……それはダメですよね、あはははは……」

 

 

 言い出しっぺのかすみちゃんも、冷や汗をかきながら焦っていた。

 

 しかし、何故か俺の方を一瞥してきたのだ。

 

 

 俺……? もしかして俺じゃない誰かを見たのか? いや、俺しかいないよな……

 

 

「ん? もしかして、俺がどうかしちまった感じか?」

 

「い、いえ!! 何でもないんですよぉ〜」

 

 

 両手をブンブン振って、はぐらかそうとするかすみちゃん。

 

 

 一体なんだってばよ……

 

 

「……そうですね。ならばせつ菜先輩の言う通り、この合宿を振り返りましょう!」

 

「はい! もちろん練習内容だけではなく、楽しかったところもですよ!」

 

 

 おっ、せつ菜ちゃん……融通が効くじゃないか。かすみちゃんの希望が汲まれていて、これでwin-winだな。みんなもその方が楽しいだろう。

 

 そんなこんなで、結果的にせつ菜ちゃんが提案した合宿を振り返ることとなった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……では、練習内容の振り返りは終わったので、今度は楽しかったことについて振り返りましょう!」

 

 

 時間は過ぎ、振り返りは順当に進んできた。

 

 

 最初から楽しい事を振り返ってしまっては、それに夢中になってしまい、本来の振り返るべきことを振り返る時間がなくなってしまう。よって俺の提案で、最初は合宿の練習を振り返ろうということになった。

 

 今はそれらを振り返り終わり、みんながお待ちかねの合宿で楽しかったことを振り返る時間だ。

 

 せつ菜ちゃんの掛け声にみんなが目をキラキラさせると、一番最初に口を開けたのは、エマちゃんだった。

 

 

「楽しかったことといえば、昨日みんなで一緒に料理して食べたことかな〜!」

 

「確かに、みなさんと調理をする機会はなかなかないので、とても新鮮でした!」

 

 

 エマちゃんが言ってるのは、1日目の最初にみんなで料理を作った時のことだな。確かにその後にしずくちゃんが言っているように、クラスがバラバラな故に調理実習も一緒にならないからとても貴重な機会で、俺もとても楽しかったな。

 

 

 そんな冷静な思考も、この後愛ちゃんの言葉によって一気に吹っ飛んだ。

 

 

 

「メニューが結構凝ってたしね〜! カナちゃんとてっつーに内容聞いた時は、思わず『()()()()らしい!』ってなったよ! ()()()()だけに!」

 

 

「ぷっ……うまいダジャレだ……! 実際料理にアスパラ入れたしな……くくくっ……」

 

「えへへ〜、それほどでも〜」

 

「あっははは! アスパラとあ素晴ら……ふふっ、面白いよぉ……!」

 

 

 彼方ちゃんがいつも通りの様子で返事をしている中、俺と侑は笑いを堪えていた……いや、侑に関しては堪えられずに転げ笑っちゃってるか。

 

 

 愛ちゃんのダジャレには大分耐性がついてきたような気がしてたけど……やっぱりダメだ。いやぁ、久々に爆弾を投下してきたなぁ……流石、愛ちゃんだぜ。

 

 

 ちなみに、料理のほとんどは彼方ちゃんが事前に考えてきてくれていて、そこに俺の意見やレパートリーを混ぜて出来たメニューだったんだよな。まあ、凝ってるって言ってくれたなら作った甲斐があったってもんだ。

 

 

「もぉ〜、兄妹揃って笑いのツボがおかしすぎますぅ……」

 

「でも、やっぱり徹さんがあんなに笑ってる姿って新鮮」

 

「確かに、私もそう思ってました!」

 

 

 俺が笑うのを堪えるのに必死な中、かすみちゃんと璃奈ちゃん、せつ菜ちゃんがそんな会話をしていた。

 

 ……俺もいい加減落ち着こうか。実際俺と侑のせいで話が止まっちゃってるもんな。

 

 

「くくく……はー面白い……あっ、すまん。俺がツボに入ったせいで話が逸れちまった。ほらほら、侑もいい加減現実に戻ってこい」

 

「あはっ……ひーごめんごめん、今戻ってきたよ」

 

 

 なんとか笑い抑えることに成功し、侑にも声を掛けて落ち着かせた。

 

 

「大丈夫、徹くんが笑ってるところを見るの楽しいから!」

 

 

 エマちゃんは笑顔でそう言ってくれた。

 

 

 楽しい、ね……まさかそんな感想が返ってくるとは思ってもなかったな。

 

 

「楽しいか……他のみんなも?」

 

「うん。私、もっと徹さんが笑ってるところ見たい」

 

「マ、マジか……」

 

 

 璃奈ちゃんの真っ直ぐな視線でそう言われて、少し照れが出てしまった。

 

 

「ゴホン。話を戻しますけど、かすみんが一番楽しかったのはやっぱりプールだと思います!」

 

「うんうん、花火も見れて最高だったよね〜」

 

 

 ……今度こそ、俺も話に戻ろう。

 

 

 やっぱり、今日の一大イベントとも言えるプールは挙がると思ったな。色々あったし。

 

 

「そうですね……個人的には、水鉄砲大会がとても爽快で楽しかったです!」

 

 

 そうそう、しずくちゃんの観察をかすみちゃん達に任せた後はそんなことをやってたんだよな。実にスリリングで盛り上がった。

 

 

「ふふっ。それ、とても気持ちよかったわよね。徹を撃ち落とせた時なんてとっても清々しかったわ」

 

「俺!? い、一体俺が何をしたというのだっ……」

 

「自分の胸に聞いてみなさい?」

 

 

 ちくしょう……あれは悔しかった。あの時は果林ちゃんに強烈な一撃を喰らったんだよな。

 

 もちろん、俺が何したかっていうのは分かってるさ……次はこっちから仕返ししてやるから覚えとこうな?

 

 

「……っていうか、あれは璃奈ちゃんの追跡が厳し過ぎたからなんだって! おかげで俺はあんなに追い詰められたんだわ……」

 

「徹さんの行動パターンは、普段のゲームから大体分かってたから。璃奈ちゃんボード『キラリ』」

 

 

 ホント、俺が負けたのは俺が単に落ち度があったからだけじゃないと思うのさ。璃奈ちゃんの徹底したマークにあったから……

 

 まあそのマークに対して対応できなかったのが俺の落ち度と言われたら、そこまでなんだけどな。

 

 

 ……よし、今度の璃奈ちゃんとオンライン対戦までに戦略を練って驚かせるぞ。

 

 

「皆さん、そのような楽しいゲームをされていたんですね……」

 

 

 すると、しずくちゃんが羨ましそうにそう言った。

 

 

「あっ、そっか。しずくはプールサイドの奥で休んでたんだもんね」

 

「私と彼方ちゃん、かすみちゃんと一緒にいたよ〜。その水鉄砲大会に混ざりたかったけど、こっちはこっちで楽しかったから!」

 

「ね〜。色んな話出来たし、彼方ちゃんは大満足だよ〜」

 

 

 なるほど……あれから4人ともどのように過ごしてるんだろうなと思ってたけど、楽しく過ごせたのなら良かった。

 

 ただ……

 

 

「でも、しずくさん達も混ぜてやってみたかったですね……」

 

 

 そう。せつ菜ちゃんの言う通り、彼女達も一緒に遊べたらもっと楽しかっただろうと俺も感じる。まあ、仕方ないことなんだけどな。まだ万全の状態じゃないしずくちゃんを参加させるのは、彼女に身体に良くないから。

 

 

「私もそう思う。今からプールに行く……?」

 

「いやいやりなりー、流石に時間が遅いって!?」

 

 

 珍しく奇想天外なことを言い放つ璃奈ちゃんに、愛ちゃんが盛大なツッコミを入れた。

 

 

 まあ璃奈ちゃんの言う通り、今からみんなでプールに戻って、今度こそみんなで水鉄砲大会! ……なんて出来たら悔いなしだよな。

 

 

 ……ん、待てよ? 水鉄砲大会にこだわる必要があるか? 

 

 ……そうだ! ついさっきせつ菜ちゃんが楽しそうなことを提案してたじゃないか。

 

 このことに気づいた俺は、みんなにその事を話しかける。

 

 

「……なぁ、それこそみんなで枕投げ大会をすればいいんじゃないのか?」

 

「……! そうですね、その通りです!」

 

「ナイスアイデアじゃん! よっしゃー! 愛さん燃えてきた!」

 

 

 俺の提案によって、一同活気が戻ってきた……いや、なんならさっき以上の熱量だ。

 

 

 このまましんみりして一夜を明かすのは後味が悪い。例え真面目に向き合うべき合宿であれど、最後は気持ち良く終わることが大事だ。

 

 

 だから、こうやってみんなが笑顔になってくれて安心した。

 

 

「私も今度こそ参戦します! 負けませんよー!」

 

「せつ菜先輩、あまり本気を出し過ぎると良くn……ふぎゃ!?」

 

「ふふ〜ん、余所見厳禁だよ〜?」

 

「私もノリノリで行くよ〜!」

 

「もう全く、仕方ないわねぇ……」

 

 

 1年生から3年生まで、みんなが無邪気に枕を投げ合っている。

 

 ……『埃が立つから程々にな』とは言うべきなのかもしれないが、そんな野暮なことは言えない。ここはみんな思いっきり楽しんで欲しいからな。

 

 

「ふふっ、お兄ちゃんも一緒に混ざろっか?」

 

「……だな」

 

 

 仲間達が思いっきり楽しんでるんだから、俺もそれに乗っかっていかないとな。俺だって、この同好会の一人なんだから。

 

 

 なんなら……久々に闘志を滾らせていこうかな。

 

 

「……よぉし、軽く一丁行くかねぇ!」

 

 

 俺はその場にあった布団を取り上げ、勢いよく足を踏み込んだ。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「すぅ……」

 

「遥ちゃ〜ん……むにゃむにゃ」

 

 

 すっかり静かになったこのお部屋。

 

 

 枕投げ大会はみんなが力尽きるまで続いた。みんなはしゃぎ過ぎたせいか、終わった後は即お布団の中に入り、すぐに眠りについた。

 

 

 俺はどうなってるかって? 実はまだ寝てないんだよなぁ……

 

 

 今朝のエマちゃんとの約束もあり、俺はみんなが眠り静まるのを待っていたのだ。

 

 ちなみにみんなどこで寝るかを決める力すら残っておらず、適当に決まった。そして、俺は左隣がエマちゃん、右隣は歩夢ちゃんとなった。

 

 

 そんな感じで横になり、せつ菜ちゃんによって部屋が消灯された直後、俺の右手に柔らかく包み込まれる感覚を覚えたのだ。

 

 思わずその正体を見ると、それは歩夢ちゃんの両手だったのだ。

 

 

『……っ!? 歩夢ちゃん……?』

 

『お願い……しばらくこうさせて……?』

 

『……うん、いいよ。好きなだけでも』

 

 

 そんな会話を交わした。彼女の表情が少し辛そうに見えたが、俺の手を握ると、すぐに眠りに落ちたようだった。

 

 一体何があったのだろうと思ったが、その原因が分からない。それを考えるが故に寝れないというのもある。

 

 

 そうしていると、左隣から小声を掛けられた。

 

「……徹くん、起きてる?」

 

「……うん、起きてる」

 

 

 エマちゃんの声だった。歩夢ちゃんが握る右手をそのままに、俺は左側の方を向き、小声で応える。

 

 

「良かった〜……寝ちゃってたらどうしようかなって思っちゃった」

 

「ははっ、そりゃあ約束だもんな。俺は約束は破らないから」

 

「ふふっ……あれ? その手は……歩夢ちゃん?」

 

 

 すると、俺の右手がエマちゃんの目に映ったのか、そう訊いてきた。

 

 

「あぁ、さっき手を繋ぎたいって言われてこうしてるんだけど……」

 

「なるほど……でも歩夢ちゃん、気持ちよさそうに寝てるよ?」

 

 

 本当か? と思いながら歩夢ちゃんの方を向くと、彼女は幸せそうな表情で眠っていた。

 

 

「確かに……」

 

「……そういえば徹くんって、歩夢ちゃんとはどうやって知り合ったの?」

 

 歩夢ちゃんとか……そういやあまり訊かれたことがなかったけど、ここで話してみるか。

 

「知り合ったきっかけか? まあ……元々歩夢ちゃんは侑と仲良かったんだ。それで、俺が幼稚園の年長だった頃かな? 侑が彼女を家に連れてきてさ。最初はあまり言葉を交わさなかったんだけど、徐々に話すようになって……つい最近まではタメで話すくらい仲良くはなってたんだ」

 

「そうなんだ……今は敬語みたいだけど……?」

 

 

 エマちゃん……思ってた以上に鋭いな。

 

 

「それがな……俺にも原因が分からない。今のところは思春期だからじゃないかなとは思ってるけど」

 

「うーん……」

 

 

 真剣な表情で考えてくれるエマちゃん。

 

 

 ……いや待て。歩夢ちゃんのことで一緒に考えてくれるのはありがたいが、ここは俺と二人のことで話題を広げていくべきだろう。多分、エマちゃんもそれを望んであのように誘ってくれたんだから。

 

 

「……まあ、敬語だからといって仲が悪くなった訳でもないから、あまり気にしてはないよ。あっ、今度は俺から色々訊いてもいいか? エマちゃんの故郷であるスイスの話とか、気になる事がかなりあるんだ」

 

「……あっ、うん! あまり面白い話じゃないかもしれないけど、私のことも話すね!」

 

 

 そんな感じでこの後は、二人で色んなことを話した。そして、エマちゃんが眠くなってきたのを機に、俺達は眠りについたのであった。

 

 

 

 

 

 




今回はここまで!
この回で原作1期第10話の内容は終わりです。
ここから完全オリジナル回を挟んで原作1期第11話の内容に入っていきます。
ではまた次回!
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第72話 新境地

どうも、Ym.Sだ。
今回で第72話である。
では早速どうぞ。(急にどうした)


 

 

「うぅ〜、暑いよぉ……」

 

 

 ホント、今日も暑いなぁ……俺も侑のように横になって一緒にダラっとするか………じゃなくて。

 

 

「おいおい、そんな部屋の床で寝ちゃってるのかよ……しっかりしろよ〜」

 

 

 そう言って、俺は侑の身体を揺さぶって起こそうとする。

 

 俺までバテてしまっては、家事やらを普段通りにする人がいなくなってしまうからな。親がいるならまだ良いかもしれないが、うちは俺と侑の二人暮らしだ。

 

 ……まあこんな暑さなんだから、起き上がる力さえ失ってしまうのは仕方ないよな。俺も昔はそうだったし……

 

 そんな同情もしてしまう今日この頃の高咲徹である。

 

 

「うぅ……お兄ちゃん、エアコンつけて……」

 

 

 侑の目線の先には、テレビ台の上に乗ったエアコンのリモコン。仰向けになりながら手をその方向へ伸ばし、そう懇願してくる。

 

 

「エアコンか……まだ10時だけどなぁ」

 

 

 正直、俺もエアコンがなんの懸念もなしにつけられるのなら既につけている。なんなら、近日の暑さなら常時つけているだろう。

 

 しかし、エアコンを長時間つければつけるほど電力代がかかる。家計が厳しくなるのだ。それに加えて、冷房をつけることは地球温暖化が進むと言われている。だから、こんな早い時間からエアコンをつけることに抵抗があるのだが……

 

 

 でも、それで侑が本当の意味で倒れられることはあってはならない。第一、エアコンをつけるにしても程度を考えればつけてもいいだろう。冷房をガンガンに効かす、なんて極端なことをしなければよいのだ。

 

 

「分かった。でもエアコンだけじゃなくて、水分補給もしとこうな? 俺も飲むから、こっちに来い」

 

 

 俺はエアコンのリモコンを操作した後、冷蔵庫から麦茶が入ったポットを取り出し、食卓の前に移動してからそう言って手招きをした。

 

 ちなみにこれは、俺がティーバッグを使って作った麦茶だ。

 

 

「ありがとう……! 私、そんなお兄ちゃんが好き」

 

「……えっ!?」

 

 

 ……俺は一瞬自分の耳を疑った。

 

 

 えっ、俺の妹が今俺に『好き』って言ったよな? おいおいおい、今手に持ったポットを落とすところだったじゃないか……お兄ちゃん今、雷に打たれた気分だぞ?

 

 

「あっ、あーえっとこれは……普段からお兄ちゃんに助けられてるから、何か感謝の気持ちを伝えられたらなーって感じで……あはははは」

 

 

 ……なるほど、そういうことか。

 

 いやぁ少し舞い上がっちまったが……ほんと、侑は優しいやつだな。

 

 そんなしみじみ考えていたら、彼女は既に食卓についていた。

 

 

 ……ここは、俺からも返してやらないとな。

 

 

「……そうかそうか。ははっ、どういたしまして。俺もそんな侑のことが好きさ」

 

「……! ……えへへ」

 

 

 とても嬉しそうに笑みを浮かべている侑。ホント、うちの妹は可愛いな……

 

 ……はっ! そんなシスコンを発動してる場合じゃないんだ。ん? 誰だ今俺のことをシスコンって言った奴は? いや、俺か……

 

 ともかく、侑には話さなきゃいけないことがあったんだ。

 

 

「……そういえば、今日からまた同好会の活動が始まるよな。俺は残念ながら行けないけど……生徒会に出す書類、本当に書けるよな?」

 

「えっ? ……いやそれは出来るって言ったじゃん! 現生徒会長のせつ菜ちゃんだっているんだし!」

 

 

 ……あの空気からこんなこと言いたくなかったんだが、どうしても今一度確認したかったのだ。

 

 俺だって、どこかで聞いたように『できるできる絶対にできる!!』って言ってあげたいものだが、無責任な発言になってしまうかもしれないから言えないんだよな。

 

 まあ彼女のいう通り、現生徒会長であるせつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんがいるので、そこまで心配しなくて良かったか……

 

 

「出来るんだったら良いんだけどな……」

 

「……お兄ちゃんは、参加するボランティアを探すんだっけ? それこそ大丈夫?」

 

 

 すると、少し不機嫌そうな侑がそう訊いてくる。

 

 

 そう、俺が今日同好会の活動に参加できない理由はボランティアセンターに行ってどこに参加するかを決め、参加を申請するためだ。

 

 

 合宿を終え帰宅した後、ボランティアについてネットで検索をすると、今日までの募集のものが結構あったため、行かざるを得ないのだ。

 

 

「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。どんな活動をしてみたいかは、ある程度考えついてるから。あとは成り行きさ」

 

 

 初めてボランティア活動に参加するので、不安がない訳ではないが……まあ、そこまで考えていればなんとかなるだろうといったところだ。

 

 

「ふーん……まあ、お兄ちゃんなら大丈夫かっ! 頑張ってきてね!」

 

「おう! 侑も俺の分の仕事、お願いするな?」

 

「うん!」

 

 

 いつもの明るい表情に戻り、励ましてくれた侑。

 

 同好会でいつも俺がやっている仕事を代わってやれるのは侑だけだからな。頼りにしてるぞ。

 

 

 そんな訳で午後からはお互い別行動をとり、俺はボランティアセンターへ向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ここがボランティアセンターか……フロアの一角にあるのは初めて知ったな」

 

 

 目的地であるボランティアセンターへと辿り着いたは良いものの……どうすれば良いのか分からず、立ち尽くしている状態だ。

 

 まずこのボランティアセンターというものが、地域の福祉センターのあるフロアの一部にあることに驚いた。てっきりそのフロアまるまるボランティアセンターであると思っていたが……

 

 そして、誰に話しかけて良いのかが分からない。そこにいる人達はみんなパソコンの画面に集中し、カタカタとキーボードを打っている。

 

 何か受付らしいスペースはあるのだが、誰もいないから本当にそこから声を掛けていいものか……

 

 

「ごめん、ちょっとそこ通してー」

 

「あっ、すみません」

 

 

 すると、後ろから大きな荷物を台車に載せて運んできた男性がやってきた。声を掛けられ、俺は詫びを入れながら通路を開けた。

 

 

 居心地悪いなぁ……こういう時どうしたら良いものか……

 

 

「何かお困りでしょうか?」

 

 

 すると、今度は凛とした女性らしい人に声を掛けられた。

 

 

「あぁ、えっとそのー……あっ」

 

「あっ……貴方は……」

 

 

 後ろを振り返ると、その人は以前虹ヶ咲学園で会ったことのある人物だった。

 

 サイドに黄色の髪飾りが結ばれ、肩の長さまで伸びたショートヘア。赤っぽい目をしており、口からはほんの少し八重歯を覗かせる少女。

 

 あの時とは違って彼女は私服だが、その特徴から彼女があの時にうちの高校で会った後輩であることが分かる。

 

 

 この子の名前は確か……えっと……あっ、そうそう、三船栞子さんだ! 良かった、人の名前の記憶力はまだ健在だったわ。

 

 

「確か、少し前に私が生徒会室へ行った時に……」

 

 

 えっ、そっちも俺のことを覚えててくれたのか。俺あの時名乗り出てすらなかったけど……じゃあ、流石に今回で名乗ろうか。

 

 

「そうそう! 高咲徹っていう者だ。君は確か、三船さんだよね? あの時以来だな」

 

「はい……えっと、高咲さんももしかしてボランティアに参加されるんですか?」

 

「あぁ。何か経験を得たくて今日初めてここに来たんだが……」

 

「……何をどうしたらいいか分からない、といったところでしょうか」

 

「……そんなところだ」

 

 

 三船さんは、俺が言おうとしたことを察してくれたようだ。自分で『どうしたら……』ってなかなか恥ずかしくて言えないから助かった……

 

 

「でしたら、私がお手伝いしましょうか? 幸い、私はボランティアの経験がある程度豊富だと自負しておりますので」

 

 

 すると、彼女は俺にとってとても得な提案をしてきてくれた。今まで彼女の態度を見る限り、とてもしっかりしていて信頼できそうな人物であることは感じていた。

 

 

「っ! ……良いのか? じゃあ、ボランティアについて色々一から教えて欲しいのだが、それもお願いできるか?」

 

「はい。私で良ければ」

 

 

 そんな訳で、俺は三船さんにボランティアについて色々と教わることになった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……ボランティアの詳細については、大方そのようなところです」

 

「……なるほどな。分かりやすく丁寧に説明してくれてありがとうな」

 

 

 ボランティアの参加申請に加えて、ボランティアについて色々説明をしてくれた。いやぁ、とても助かった。

 

 なんなら、彼女は何か説明を省略することはなく、一から順序立てて丁寧に説明してくれたのだ。

 

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」

 

 

 姿勢を常に真っ直ぐにし、微笑みながらそう話す三船さん。

 

 ……ホント、このまま彼女に出会わなければどうなってただろうな? 何も出来ずにそのまま帰ってたかもしれない。同好会の活動を欠席してまで行ったのに成果なしは流石に許されなかっただろう。仮にみんなが許してくれたとしても、俺が許さなかっただろうな。

 

 

 それになんと、俺が選んだボランティアには三船さんも参加するとのことだ。たまたま偶然だが、これで安心してボランティア活動に参加できそうだ。

 

 

「しかしまさか、高咲さんがまさか前生徒会長だったとは……驚きました」

 

「あははは……あまり表には明かさないつもりだったんだけど、実はそうだったんだ」

 

 

 そう、どうやら三船さんは、生徒会長として俺の名前が載っている校内の新聞を見たことがあるらしく、俺が名乗った時点で気づかれたみたいなのだ。まあバレたって何もないのだけれど……自分から『俺は元生徒会長だ』って、わざわざ言う必要もないしな。

 

 

「なるほど。現生徒会長となんだかとても親しげな様子だったので疑問に思ってましたが、それでしたら納得です」

 

「あぁ……三船さんが思っている通り、中川は俺が生徒会長だった時の部下って感じだな」

 

 

 現生徒会長と前生徒会長か……最近は生徒会には忙しくて尋ねられてないな。また生徒会に行ってお手伝いしたいものだ。

 

 

「……高咲さん、一つ質問よろしいでしょうか?」

 

 

 すると、三船さんは少し真剣そうな表情でそう訊いてきた。

 

 

「ん、良いよ。どんな質問かな?」

 

「生徒会長になると、同時にボランティア活動を続ける余裕はあるのでしょうか?」

 

 

 生徒会長を務めながらボランティア活動、か……前に聞いた話だと、三船さんは次の生徒会長を狙っているんだよな? その上での疑問なのだろう。

 

 

「んー……三船さんが将来生徒会長になろうとしているからってことだよな?」

 

「はい。生徒会長が実際どれくらい多忙なのかは存じ上げないところなので」

 

「なるほど……」

 

 

 うーん……俺はさっき言った通り、ボランティア活動は初めてだし、実際生徒会長の時にはそういう仕事のようなものをやっていなかったからな……俺の経験からじゃ何もアドバイス出来ないか……?

 

 

 ……いや、ここでは生徒会長としての仕事以外の時間に余裕があるかないかが問題なんだよな? なら俺の答えは自ずと出てくるな。

 

 

「まあ結論から言えば、続けられるとは思うぞ。生徒会長だって、仕事が多すぎて自由時間が全然ない訳じゃないしな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。俺の場合はボランティアをやろうとは思わなかったからやってないんだが、趣味の時間が持てたり、妹や友達との時間が過ごせたり……だから、三船さんは三船さんでボランティア活動とかに力を注げば良いんだ。時間を有効活用してな」

 

 

 生徒会長の時だって、色々情報を収集していたり、ゲームしたり、我が妹・侑のためにご飯作ったり、侑と歩夢ちゃんで一緒にお出かけしたりした。案外、時間を作ろうと思えば作れるものさ。

 

 

「なるほど……参考になりました、ありがとうございます」

 

「いいっていいって。俺は今日三船さんに色々お世話になったしな。お礼になったか分からないが、そんな感じだ」

 

 

 こんな先輩の当てになるか不明な話をお礼としていいのだろうかってな。まあ、タメになってくれるなら何よりなんだけども。

 

 

「ふふっ、さん付けで呼ばなくて結構ですよ? 私は高咲さんの後輩ですから」

 

「ん、確かにそうか……じゃあ三船、改めて今度のボランティアはよろしく頼むよ」

 

 

 そうだよな……何だか三船は凄い大人びているからさん付けで呼んじまったな。

 

 しかし、そんな笑顔も見せるんだな。彼女はしっかりしていて堅いようで、意外と温かさも持ち合わせているのかもしれない。

 

 

「はい! ……そういえば、高咲さんには妹さんがいらっしゃるのですね。私も姉がいるんですよ」

 

「へぇ〜、三船って妹だったんだな! しっかりしてるから、てっきり兄弟いるんだったら一番上の姉かと思ってたよ」

 

「そんな、私はまだまだ未熟者ですよ」

 

「そうかね〜……」

 

 

 そんな感じで、俺と三船はしばらくの間自分の姉妹について語り合ったのだった。

 

 




今回はここまで!
再び栞子ちゃんに登場してもらいました!
この後原作の流れに関わらない形で登場する予定です。
次回から原作第11話の内容に入っていきます。
ではまた次回!
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第73話 久しぶりの……

第73話です。
では早速どうぞ!


 

 

 毎度どうも、高咲徹だ。

 

 無事ボランティアへの参加を確実としたその翌日、合宿以来初の同好会の集まりにやってきた。

 

 

 今は夏休み期間中。学校の授業はないため、朝練を終えた後は制服に着替え、すぐに部室へ直行している。

 

 

 本来ならば、侑が企画したスクールアイドルフェスティバルの企画書が生徒会に承認され、そのイベントに向けて練習や準備に精を出すはずであった……のだが。

 

 

「……話は侑から大方聞いてたが、ダメだったんだなぁ……」

 

 

「そうなんですよぉ、色々文句を言われて突き返されましたぁ……」

 

 

 みんなの表情は決して朗らかではなく、みんなが囲う部室のテーブルの上には、承認されたことを示す判子が押されていない申請書が置いてあった。

 

 昨日俺が家に帰った後、予め侑から事の粗筋を聞いており、要は申請書に不備があったので承認されなかったということだ。

 

 

「生徒会長のせつ菜ちゃんがいるから、大丈夫かなぁと思ってたけどね〜」

 

「うぅ……すみません、私のチェックが足りていませんでした……」

 

 

 不思議そうに部室の机に座りながら呟く彼方ちゃんに対して、肩をがっくりと落としているせつ菜ちゃん。

 

 

 チェックが足りていなかった……ということは、主に侑が申請書を作成して、それをせつ菜ちゃんが最後にチェックをしたということだろうか。まあ彼女は生徒会長としての仕事もあるので、なかなか手が空かなかったのだろうということは容易に想像が出来る。

 

 

 まあどちらにせよ、今誰かを責めても何もならない。今は失敗で落ち込むよりも、先の成功に向けて動くようにみんなに声を掛けていく必要があるんだ。

 

 

「まあまあ、生徒会長だってそんな時もあるから仕方ないさ。スクールアイドルフェスティバル開催への道が途絶えた訳じゃないし、また書き直せばいいってことだろ、侑?」

 

「あっ……うん。私も、申請書に書くべきことを分かっていなかったから反省してる。だから、生徒会のみんなに言われたことを参考にして、今度こそちゃんとした申請書を書くよ!」

 

 

 侑の表情には、みんなを引っ張ろうとする頼もしさが滲み出ていた。

 

 

「うむ、その調子だ! ほら、侑はやる気みたいだからまた手伝ってくれよ、せつ菜ちゃん。俺も今度こそ申請書作りに参加するから」

 

「そ、そうですね……分かりました!」

 

 

 せつ菜ちゃんも落ち込んでいる場合ではないことに気づいたのか、いつも通りのハキハキとした声でそう返事した。

 

 

「それで、申請書に足りないことの一つに『ライブをする場所が記載されていない』という話でしたよね?」

 

「そうだよ。あとは参加する学校とかも決めなきゃ」

 

「いやほんと、そこ大事なところだよな……」

 

 

 本来そういう申請書には、いつ、どこで、誰が、何を、どうやって、なぜ、といった要素を盛り込むことは必須なのだ。そうしないと、そのイベントのビジョンが相手に伝わらないからな。

 

 昨日侑と二人でそれについてちょっとした反省会を開いたのだが、そこでそれを伝えると納得してくれたので、今度同じ間違いは繰り返さないだろう。

 

 ちなみに、スクールアイドルフェスティバルをなぜ開くのかについては相手の気持ちを掴むような書き方がされていたことは特に良かったので、そこは褒めたぜ。

 

 

「そうなると、早めに会場探しをするべきね」

 

「会場探し……どんな会場があるんだろう……」

 

「そういうのって実際に行かないと雰囲気分かんないよね〜……じゃあ、明日とかみんなで行かない?」

 

「お〜! それ良いと思うよ、愛ちゃん!」

 

 

 なるほど、璃奈ちゃんの疑問点は愛ちゃんが言う通り、実際に視察すればいいんだな。百聞は一見にしかず、論より証拠だな。

 

 

 明日に行くとなれば……今のうちにどこを見るか決める必要がありそうだな。部室にパソコンがあるから、みんなで調べて決めれば手っ取り早いか。

 

 

「よし、そうなれば今から行く場所を考えるか? 部室にパソコンあるから、それ使ってみんなで候補を挙げていこうぜ」

 

「良いですねぇ、徹先輩! かすみんの可愛さが引き立つ、最高のステージを探しに行きましょう!」

 

「おう! せつ菜ちゃんもそれで良いよな?」

 

「えぇ、良いと思います!」

 

 

 かすみちゃんを始め、みんなが俺の提案に乗ってくれた。

 

 ……なんか、こうやって自分の意見にみんなが賛同してくれるのって嬉しいよな。

 

 

「じゃあパソコンの操作は……言い出しっぺのてっつーに頼もうか!」

 

「ん、了解! よーし……ほら、歩夢ちゃんも何か希望があったら言ってくれよな?」

 

「あっ、うん……そうしますね」

 

 

 愛ちゃんからパソコンの操作を任じられ、意気揚々としてパソコンのある場所へと向かう最中、歩夢ちゃんへと声を掛けた。彼女は、微笑みながら返事をしてくれた。

 

 ……少し笑顔がぎこちなかった気がしなくもない。ただ、今の俺にそれを気にする余裕が存在していなかった。

 

 

 それから、ステージ探しは順調に進んだ。予想通りみんなの気になる場所がバラバラで、結果かなり広範囲でステージを巡ることになってしまったが、みんなは移動距離なんて何のそれといったところだった。

 

 

「これである程度まとまりましたね。じゃあ申し訳ないですが、私は生徒会の仕事があるので、この辺りで失礼します!」

 

「生徒会の仕事頑張ってね〜」

 

 

 ある程度明日の行動が決まったタイミングで、せつ菜ちゃんは生徒会の仕事へ戻るようだ。

 

 ……って、そうだ。一応このことはせつ菜ちゃんの耳に入れておこう。

 

 

「あっ、せつ菜ちゃん。少し言っておくことがあったんだ」

 

「ん? 何でしょうか、徹さん?」

 

 

 後ろから声を掛けると、彼女は振り返って首を傾げた。

 

 

「暫くしたらそっちに伺うな。今回は手伝いではないんだけど、少し生徒会のみんなに伝えておきたいことがあるから」

 

「あっ、そうですか……分かりました、お待ちしてますね」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 

 よし、せつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんが生徒会室に行って少ししてから俺もそっちへ向かうとしよう。もし一緒に行ってしまっては、後々彼女の正体がバラされる火種になりかねないからな。

 

 

 そんな訳で、同好会の昼休憩中に生徒会室へ向かう事にした。

 

 

 ────────────────────

 

 

「生徒会室……最近来てなかったな」

 

 

 俺の目線の先には、生徒会室と書かれたプレートがあった。

 

 

 最近スクールアイドル同好会の活動に時間を費やすことが多くなり、生徒会室に訪れる機会はほぼ無くなっていた。

 

 

 最後に行ったのは……期末テスト前? いや、俺はその時風邪を拗らせてて、行こうと思ってたのに行けなかったんだよな。

 

 

 まあ、今は部屋に入るとするか。

 

 生徒会室の扉を軽くノックすると、凛とした聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します……おっす、菜々ちゃん。休憩中か?」

 

 

 扉を開けると、いつも通りの位置に菜々ちゃんは生徒会長らしく座っていた。

 

 普段の生徒会室はもう少し張り詰めた雰囲気なのだが、今は少しリラックスした感じなので、こっちも昼休憩中なのだろう。

 

 

「どうも、徹さん。えぇ、そうですよ」

 

 やっぱりな。というか、菜々ちゃんは昼飯食べたのだろうか? 他の子達は……あっ、左側の部屋で昼食タイムってところかな?

 

 

 そう思っていると、その部屋から一人がやってきた。

 

 

「あっ……元生徒会長、こんにちは。お久しぶりですね」

 

「よう、副会長。久しぶりだな……ってか、元生徒会長って呼び方はちょっと堅苦しすぎないか? 普通に名前で呼んでくれると嬉しいぞ」

 

「そうですか……? では私のことも親しみを込めて名前で呼んでください、高咲先輩」

 

「そっか……じゃあ俺も君のことは若月って呼ぶな?」

 

 

 そう、わざわざ昼食タイム中にここへ来てくれたのは、今の生徒会の副会長である、若月(わかつき) 綾音(あやね)である。

 

 

 彼女は俺のことを敬ってくれているのか、『元生徒会長』という風に呼んでくれていた。

 

 しかし、その呼び方は少々堅苦しさがあるからなぁ……それに、俺はもう生徒会長ではない単なる一般高校生だ。現生徒会長ならまだしも、普通に名前で気軽に呼んで欲しいと思うものだ。

 

 

「あっ、高咲さん! お疲れ様です!」

 

「お疲れ様です! 今日は手伝いに来てくださったのですか?」

 

 

 若月と会話をしていると、さらに隣の部屋から二人の女の子がこちらにやってきた。

 

 エメラルドグリーンの髪を両サイドに三つ編みとしているところ、眼鏡をかけているところまで瓜二つの二人だ。

 

 

「おっ、左月ちゃんに右月ちゃん。そっちこそ、お疲れ様。いや、申し訳ないんだけどそこまで暇がなくてさ。今日はみんなに伝えたいことがあってさ」

 

 

 佐藤(さとう) 左月(さつき)佐藤(さとう) 右月(うづき)。生徒会では書記の役職を務めている。

 

 この二人はどうやら双子らしく、見た目だけでは瞬時に判断できないほどそっくりなのだ。ただ見極め方を挙げるならば、前髪が向かって左側に流れているのが左月ちゃん、右側に流れているのが右月ちゃんという見分け方だろう。あとは声とか性格も判別の材料になるな。

 

 

 そしてこの二人は高校3年生、俺と同い年である。ただ、二人とも身長が他の生徒会メンバーと比べて低い上に常に敬語を話すのがデフォルトだというので、たまに後輩と話しているように覚えることがある。

 

 

 ……ていうか、この生徒会のメンバー全員上司だろうが部下だろうが敬語で接してるから、学年の上下関係が見えないのが特殊だよな……俺も彼女達と親しくなってなかったら、空気を読んで敬語で話してただろう。

 

 

「伝えたいこと……といいますと?」

 

 

 俺が二人に話したことについて、副会長の若月が訊いてきた。

 

 

「いや、この間スクールアイドル同好会の連中が申請書を出しに来ただろ? その時しっかり直すべきところも指摘してくれたみたいで助かったからお礼を言いたくてな……ありがとな」

 

 

 そう、俺がこの生徒会室に来たのはこの感謝を伝えたかったからだ。

 

 申請書と指摘された部分を照合すると、全く指摘漏れがなく、俺が追加で指摘するような所が存在しなかった。

 

 間接的な生徒会長のミスを部下達によってカバー出来るのだから、今の生徒会は優秀なんだなぁ……って感心したのさ。

 

 

「なるほど……いえいえ、私たちはただやるべきことをしたまでですよ。しかし、なぜそれを先輩が……?」

 

「もしかしなくても、スクールアイドル同好会と何か関係が……?」

 

 

 ……あっ、そうか。俺がスクールアイドル同好会に入っていることを3人には伝えてなかったな。若月と右月ちゃんが疑問を感じるのも無理はない。このことにせつ菜ちゃんは関係ないし、言ってもいいか。

 

 

「んー関係があるというか、そもそも所属してるんだ」

 

 

「そうだったのですか!? 意外です……」

 

 

 左月ちゃんが目を大きく見開いてそう驚く。まあ、みんなからしたら俺はスクールアイドルとかそういうのに縁がない元生徒会長というイメージなのだろうから、それが普通の反応だな。

 

 

「まさか会長だけではなく、先輩までスクールアイドルに通じているとは……スクールアイドルってそんなにすごいのでしょうか……?」

 

 

 ん? 菜々ちゃんがスクールアイドルに通じている……いや、これは菜々ちゃん=せつ菜ちゃんがバレたという訳ではないだろう。ただ菜々ちゃんがスクールアイドルに詳しいことが明らかになっただけだ。

 

 一瞬ドキッとしたが、平静を取り戻して彼女に声を掛ける。

 

 

「おっ、もしかして若月、スクールアイドルに少し興味を持ってるか?」

 

「は、はい。あの申請書に目を通してから、スクールアイドルがどのようなものなのか気になってしまいまして……」

 

 

 なるほど……確かにあの申請書、スクールアイドルに興味を抱くような内容ではあったよな。若月も、もしかするとスクールアイドルを好きになってくれるかもしれないのか。そしたら、菜々ちゃんもこういう場で自分の趣味を話しやすくなるかもしれない……

 

 

「なるほどね……それなら、動画でスクールアイドルのライブ映像を見てみたらどうだ? 例えば、うちの同好会のライブ映像とか。菜々ちゃんだって、そんな感じで知識を得た感じだろ?」

 

「えっ!? ……そ、そうですね。動画検索は知識を得る上では効率的なツールだと思います」

 

 

 菜々ちゃんを少し動揺させちゃうようなフリだったが、生徒会長である彼女の例を示すことで説得性は上がるからな。

 

 

「なるほど……ならば、機会を見つけて見てみようと思います」

 

 

 おっ、前向きに考えてくれてるようだ。これで同好会の知名度が少し上がってくれるかもしれないね。

 

 

 ……ん、随分喋り込んじゃったな。邪魔だろうから、俺はここでこの場を去るとするか。

 

 

「おう……俺はそろそろ行くな? 仕事で忙しいだろうに、少し余計な話をしてしまったな、すまん」

 

「あっ、いえ……むしろ少し息抜きになりましたので助かりました」

 

「今度また手伝いに来てください! 高咲さんがいると仕事も早く終わりますし、楽しいので!」

 

「ちょっと、忙しいんだからそんなお願いしちゃダメでしょ! ……高咲さん、また会った時にはお話ししましょう!」

 

 

 ふむ、若月にとって俺と話すのが息抜きになったなら良かった。

 

 左月ちゃん、俺もまた生徒会の仕事を手伝いたい気持ちで一杯なのさ……まあただ右月ちゃんの言う通り、忙しいのは事実だから難しいんだよなぁ……でもいずれ、余裕ができたら行くことを考えよう。

 

 

「ははっ、それは時間と余裕があれば行こうと思ってるよ。あとそうだ、今度また書き直した申請書を提出しに行くからよろしくな。今度こそ文句なしの申請書を持って来るから」

 

 

 俺は3人に自分の意向を伝え、さらに菜々ちゃん達へまた申請書を承認してもらうためにまた来ることを伝えた。

 

「えぇ、お待ちしてますよ」

 

 

 それに対して、菜々ちゃんは微笑みを浮かべ、冷静な声色でそう返答してくれた。

 

 

「うむ。じゃあ失礼するよ」

 

 

 そんな感じで俺は生徒会室を後にし、午後の練習が始まる同好会の部室へ戻った。

 

 

 

 

 




今回はここまで!

この話で明かされたように、原作でも登場する生徒会副会長について、この度名前をつけました! 若月綾音ちゃんということで、個人的にしっくりくる名前になったかと思います!

そして左月ちゃんと右月ちゃんに関して、原作では名前が明かされなかったのですが、見た目がほぼ同じだったのでこの物語ではそう名付けることにしました! この3人は今後度々出てくると思うので、よろしくお願いします!

後書きが長くなってしまうので、ではまた次回!

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第74話 始めの一歩

大変お待たせしてしまい、すみません。
第74話です。
ではどうぞ。


 

 

 

「えーっと……一通り回って、みんなの反応が良さそうなステージだけに絞ったら……こんな感じか」

 

 

 手にスマホを持ち、画面をスライドしながら入念にチェックをしている。

 

 先日、スクールアイドルフェスティバルをどこの会場で行うかが課題に挙げられたと思うが、今日は候補地を見学しに行った。

 

 見学した場所は、全て虹ヶ咲学園周辺の地域であった。ただ、そんな限られた範囲の中でも多様なライブ会場が存在しており、それらを全て回るのに大体一日の四分の一を使った。

 

 

 そうして全ての候補地を巡った俺たちは、心を安らぐためにカフェで飲み物を購入し、近くの広場で寛いでいた。

 

 

「今日は楽しかったね〜!」

 

 

 とても美味しさを感じていそうな表情で抹茶ラテを飲むエマちゃんは、みんなに向かって今日の感想を伝える。

 

 

 それに対して、豆乳ラテを片手に果林ちゃんが応える。

 

 

「そうね。私も納得できるステージを見つけたし、良かったわ」

 

「私はあの公園が良かったなぁ……風と波の音を聞きながら歌えるって素敵だなって思うよ〜!」

 

 

 あぁ……あの公園か。確かにあそこでエマちゃんが歌ったら映えそうだな。彼女は自然豊かで緑が溢れるような場所が好きなんだろうし、そこだからこそ彼女の魅力が引き出されるのだろうと俺は思う。

 

 

「かすみんはですねぇ、えーっと……徹先輩、ちょっとそれ見せて貰えますか?」

 

「ん、ちょっと待ってな……はいよ」

 

 

 すると、俺の横でかすみちゃんが顎に指を当てて考える仕草をしながら、ライブ会場を記録したスマホを渡すようにお願いをしてきた。

 

 最初に撮った写真に位置を整えてから手渡すと、彼女は伝えようとしているライブ会場の写真を探し始めた。

 

 

「んー、どのステージも良かったですが……でもやっぱりここが良いです! かすみんここでライブをする予定だったので、今度こそこのステージに立ってみたいんですよぉ〜!」

 

 

 かすみちゃんは、今俺たちが寛ぐこの場所を指しながらそう言った。

 

 

 ……そうか。かすみちゃんにとっても、ここに立ちたいという想いが今でもあるんだな。

 

 

 そう考えると、その時に同好会に居たメンバー達も少なからず同じ想いを持っているかもしれないな。ここは、候補の中から決める中で本命にしておくべきか……?

 

 

「愛さん、ふつーに家で歌ってみたいんだよね〜!」

 

「家か! ……でも楽しそうだし、愛ちゃんならではのライブだな」

 

「でしょでしょー!」

 

 多分察するに、愛ちゃんの家の中か、もしくはその前でライブをするって感じだろう。彼女のことだから、もんじゃを振る舞いながらになりそうかな。ふむ……なかなか独創的で面白い案だ。

 

 

「やっぱり、みんなバラバラだね」

 

 

 侑の言う通り、みんなの反応はバラバラ……予想通りではあるが、希望する会場が被っているメンバーはいないんじゃないか、というレベルである。

 

 

 

 果たしてライブ会場を決められるか、先は見通せない状況だが……

 

 

 

「まあでも、みんなが考えてるライブの構想は最高だし、なるべく実現したいよな」

 

 

 ここで先走って結論を強引に出してはいけない。みんなの意見を尊重して、ライブをより良いものにしていくべきだ。

 

 スクールアイドルのみんなは日々の練習に一生懸命なんだから、俺みたいなサポーターはこういうところで頑張るんだ。

 

 

「うん、私も同じ気持ちだよ! ……ってお兄ちゃん、コーヒー買ったんだ?」

 

「えっ? ……あぁ、考えが捗るかなーって思ったからアイスコーヒーにしたけど」

 

 

 あれ、俺以外にブラックコーヒーを頼んだ人は……いないのか。

 

 まあ、カフェインを摂って集中力を高めたいからな。みんなみたく甘い系の飲み物もこの機会に飲んでみたさはあったけども。

 

 

「徹先輩って、割と辛党なんですか?」

 

 

 辛党……まあそうか。コーヒーを好んで飲む人は、甘党な人は少ない傾向にあるのかな。少なくとも、しずくちゃんはそういう見方をしているのかもしれない。

 

 ただ……

 

 

「んーいや、むしろ甘党だね。スイーツ系は基本好物だったりするし」

 

 

 そう。実は俺、そこそこ甘党なんだよな。辛い物が苦手とまではいかないが、どちらかといえば甘い物が好きだ。

 

 

「へぇ〜、徹先輩が……意外です」

 

 

 意外か……まあ確かに、みんなに食べ物の好みはあまり明かさないから、かすみちゃんのような反応をされてもおかしくないか。

 

 ていうことは俺って、そこそこ大人っぽい感じで見られてるのだろうか。もしそうなら、嬉しいけどな。

 

 

「そうか?……ほら、特に団子なんか毎日食っても飽きないくらいだし。なっ、歩夢ちゃん?」

 

「……! ……はい、懐かしい話ですね」

 

 

 スイーツの中でもお団子は格別なんだよなぁ。みたらし団子とか三色団子とか……どれも好きで、ナンバーワンを選べないのさ……

 

 ただ、歩夢ちゃんが作ってくれる団子はどれも美味しかったんだよな……

 

 

 懐かしい話……そうか、最近は食生活に気を使うようになって、食べなくなったんだよな。

 

 最初は好きな物が食べれないことが辛かったが、健康のためにと思ってその辛さを我慢して継続した。そしたら、団子を食べない日常が当たり前になってた。

 

 

 

 ……なんだか昔を思い出したせいか、久々に食べてみようと思ったが……食べ過ぎないか心配だ。

 

 ……そこら辺、歩夢ちゃんに少し話を持ちかけてみるか。

 

 

 そう思い、彼女に声を掛けようとする。

 

 

「……なぁ、歩夢ちゃ───」

 

「あっ……!?」

 

 

 しかし、誰かの驚く声が耳に入った俺は咄嗟にそちらの方に視線を切り替えた。

 

 

「どうしたの、璃奈さん……あっ、ボードにクリームが……!?」

 

 

 璃奈ちゃんの右手には、ホイップクリームが乗った飲み物、そして反対には、角にクリームがべとりと付いた璃奈ちゃんボードを持っていた。

 

 

 この時、彼女はボードを飲み物の上に落としてしまい、クリームがついてしまったのだろうとすぐに察した。

 

 

「大丈夫か、璃奈ちゃん!?」

 

「うん。私は大丈夫だけど……やっちゃった」

 

 

 璃奈ちゃん本人が無事であることを確認したが、本人は少しショック気味のようだ。

 

 今まで彼女が、自分の気持ちを伝えるために考えてきた顔の数々が収められている璃奈ちゃんボードは、かけがえのないモノだからだろう。

 

 こんな時には……よし。

 

 

「えーっとティッシュは……あった! ちょっと拭くから、それ貸してみ?」

 

「う、うん……はい、これ」

 

「ありがとう」

 

 

 俺は、自分のバッグからティッシュを取り出し、璃奈ちゃんボードについたクリームを取ろうとする。

 

 上から擦ると広がってしまうので、横から掬い上げる形でクリームを除去した。

 

 

「よし……お待たせ。幸い、あまりクリームの油分が染みてなかったからほぼ無傷だったぞ」

 

 

 幸いなことに、油がボードに染み付くのを防ぐことが出来た。

 

 

「そうなの? 良かった……」

 

 

 ホッとして胸を撫で下ろす璃奈ちゃん。

 

 

「流石徹くん、こんな時でも落ち着いてるね〜」

 

「いやいや、彼方ちゃんほどではないし……って起きてたんだな」

 

「彼方、いつの間にか起きてたのね……」

 

 

 気がついたら、さっきまで気持ちよさそうに寝ていた彼方ちゃんが起きていた。いや、いつでもどこでも気持ちよさそうに寝る彼方ちゃんって、かなり冷静だなって思うんだよな……

 

 

「……あの、徹さん」

 

「ん、何だ? 璃奈ちゃん」

 

 

 シャツの裾を引っ張りながら俺を呼ぶ璃奈ちゃんに、俺は振り返って応答する。

 

 

「私は、徹さんの冷静さに救われた。だから、ありがとう……」

 

「おう……またいつでも頼ってよな」

 

 

 ……なんだろう、別に感謝されたいからやってる訳ではないのだが、こうやって感謝を伝えてくれると頼られがいを感じるよな。

 

 

「……あっ、もうこんな時間ですか。そろそろ日も暮れて来ましたし、そろそろ解散としますか!」

 

「そうだね! 明日はしっかり話し合いをして、どこを会場にするか決めよう!」

 

 

 ……ん、確かに程々な時間か。ライブ会場については、明日本格的に話し合うかね。

 

 

「じゃあねー! また明日〜!」

 

「ちょっと彼方せんぱぁ〜い、かすみんの肩で寝ないでくださいよ〜!?」

 

「にひひ〜……いいじゃないか〜」

 

「良くないですよぉ〜!」

 

「このまま彼方さんはかすみさんの家に……?」

 

「あははは……途中で起こしてあげようね?」

 

 

 彼方ちゃんは再びおねむタイムに入り、かすみちゃんの肩を借りる状態になっている。それには、しずくちゃんとエマちゃんも苦笑いしちゃってるな……

 

 

「……さてと、俺らも帰るか?」

 

「あっ、徹さん! 少しお話しよろしいですか?」

 

「ん、いいぞ。どうした?」

 

 

 俺が帰る仕草を見せた時、せつ菜ちゃんが俺を引き留めた。

 

 

「その、前に徹さんが言ってた曲作りについてなんですが……」

 

「……うむ」

 

 

 曲作り……それはつまり、作曲のことだろう。俺が今、克服しようとしていることだ。

 

 

「それで一つお願いがありまして……徹さんの曲を聴かせて頂けませんか?」

 

「えっ!?」

 

 

 せつ菜ちゃんに、俺の作った曲を聴かせる……だと?

 

 

「えっと、それは……」

 

「あっ、別に強制ではないんです! 徹さんがどのような音楽作りをしているのか、気になってしまいまして……なんでも構いません! 徹さんが手を加えた楽曲を聴きたいんです!」

 

 

 なるほど。作曲したものというより、俺が何かしらアレンジさせた曲も含めてってことか。

 

 でも、それでさえ聴かせたことがあるのは侑だけだ。正直、それを聴かせるのは憚られるのだが……

 

 

 ……いや、ここで怖気付いていたら作曲なんて克服するのは夢のまた夢だろう。ここは一つ、勇気を出してみよう。第一歩を踏み出してやる。

 

 

「分かった。ただ俺が独自で作った曲はもう残ってないから、元々ある曲のアレンジになるけど、良いか?」

 

「……! はい! 問題ないです!」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 夜は更け、外から月の光が差している。

 

 

 俺は、自分の部屋の真ん中に立っていた。

 

 目線の先にあるのは、腰の高さまであるテーブルの上に置かれた、コンパクトなサイズの電子ピアノだ。

 

 

「……少し弾いてみるか」

 

 

 ピアノの前にある椅子に座り、電子ピアノに繋がれたヘッドホンを耳に当て、右手の人差し指で白鍵を弾く。

 

 そこから、少しずつ両手を使って頭の中で思い浮かんだ曲を弾き始めた。

 

 

「お兄ちゃーん、またピアノ借りるよ……あれ?」

 

「……ん? あ、侑か。すまんすまん、すぐ退くから」

 

 

 俺がピアノを弾くのを止めたのは、侑が俺の部屋にやってきた時だった。

 

 彼女は毎晩ピアノを弾くことが習慣になっていたため、彼女が部屋に来たら、席を譲ろうと思っていた。

 

 

「えっ、良いよ良いよ! ……お兄ちゃん、久々にピアノ弾いたね」

 

「あぁ。驚くほど下手になってたけどな。ははっ」

 

 

 両手で弾いたとは言ったものの、リズムを維持できない、ミスタッチが連発するなど、非常に拙いものだった。

 

 まあ、作曲をしなくなったらピアノを弾くこともなくなったからな。当然のことだろう。

 

 

「作曲を克服するって言ってたもんね……」

 

「そうだな。まあ、まずはこうやって席に座って鍵盤を触ってみようって思ったのさ」

 

「ふふっ、良いと思う!」

 

 

 作曲を克服することは、せつ菜ちゃんに伝えた後、侑にも伝えた。最初は物凄く驚いてたけど、訳を話したらとても喜んでくれてな。『応援するよ! 私も手伝えることがあったら手伝うから!』と言ってくれた。

 

 ホント、いい妹に恵まれたなと改めて強く感じたな。

 

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ん、なんだ?」

 

 

 すると、急に改まって俺に声を掛けてきた。

 

 

「作曲をするのって、難しいことなの?」

 

「えっ?」

 

 

 このタイミングで作曲について聴くなんて……まさか。

 

 

「あっ!? べ、別に私が作曲したいとかじゃなくてね! ただ、最近そういうことを訊いたことなかったから気になって……」

 

「あー……なるほどな」

 

 

 ありゃ、違ったか。少し残念かもしれない。

 

 でも、久々にその質問聞いたな。

 

 

「……侑は覚えてるだろうけど、作曲活動を始めた頃の俺は、作曲はセンスだとか、大分大口を叩いてたよな?」

 

「そうだったね。お兄ちゃんがあんなに自信満々で珍しいなーって思ったのを覚えてるよ〜」

 

 

 ははっ、確かに珍しかった。俺自身当時はあれ以外に自信を持てるものがなかったからな。

 

「あれから俺は、実は作曲ってかなり難しいんじゃないかって、見方を変えたのさ。まあ実際……どうなのかは分からないんだけどな」

 

「お兄ちゃん……」

 

 

 まあ、要は作曲を舐めてたってところだな。だから、克服出来たとしても、あの時みたいな作曲は出来ないだろう。

 

 

 ……ただ、今一つだけ分かったことがある。

 

 

「でも、俺が一つだけ言えるとすれば……『音楽は楽しい』ってことだな」

 

「音楽は……楽しい……」

 

 

 俺が発した言葉を、噛み締めるように復唱する侑。

 

 

「そう。作曲をするのだって、スクールアイドルの曲を聴くのだって、『音楽が楽しい』からなんじゃないかって思うのさ。俺だって、一時作曲は辞めたけど、音楽と縁を切ることは出来なかったしな」

 

 

 音楽に触れ合うことはとても楽しいことである……それはあの時も、今も変わらない。それは、さっきピアノを弾いた時に気づいたことだ。

 

 

「俺はこれから作曲の新たな楽しさを見出そうと頑張るけど……?」

 

 

 少し意味深な言い方をして、侑に思わせぶりな視線を送ってみる。

 

 

「……えっ!? だ、だから私は作曲する気はないって言ったでしょ〜!?」

 

「はははっ、すまんすまん。ちょっと面白くなっちまった」

 

 

 うーん……揶揄い半分で言ってみたが、やっぱりその気はないのか? 

 

 もし自分には無理そうだという訳ならば、後押ししたいんだけどなぁ……

 

 

「も〜……そんなお兄ちゃんにはこうしちゃうよ?」

 

「えっ!? いやそれはマズい、やめてくれ。てか、ピアノ練習しなくていいのか!?」

 

「ピアノ練習するよりこっち優先! お兄ちゃん、覚悟!」

 

「ちょっ、あかん……やめっ、ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 

 結局、侑による必殺・くすぐりによって撃沈した俺こと高咲徹であった。

 

 

 しかし、これが後の侑の行動に影響を与えることを、俺は知る由もなかった。

 

 

 

 




何事も、純粋な気持ちから始まっている。


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第75話 先輩と後輩

どうも!
第75話です!
では早速、スターティン!


 

 

「ふう……なんとか初日の講習を乗り切ったか」

 

 

 はぁ、一休み……あっ、どうも。高咲徹だ。

 

 教壇の上で淡々と問題の解説をする先生の声に耳を傾けながら、自分が書いた答案用紙に丸つけとメモを書いていると、授業終了のチャイムが鳴り、先生も終わりの合図とともに教室を去っていった。

 

 

 夏休みもまだ序盤。俺たち3年生は、受験対策のための講習を受けていて、今日はその初日だ。

 

 色々過去問を解いていく内容なのだが、まあ様々なレベルの問題が存在してなかなか面白い。解かなかった問題もあるから、そこら辺復習して習得しなければ……

 

 

 ───てか、それも大事だが今の俺はもっと気にすべきことがあるな。この後色々やらなきゃいけないことがあるのだから……

 

 

「うぃっす、お疲れ様! 長かったね〜」

 

 

 一人考え事をしていると、後ろからいつもの調子で親友の瑞翔(なおと)が俺の肩を叩きながら声を掛けてきた。

 

 

「あぁ、そうだな……」

 

 

 しかし、俺はこの後のことを気にするあまり、彼に空返事をしてしまっていた。

 

 

「……ちょっとちょっと、僕の話聞いてる?」

 

「……ん? あぁ、ごめん。少し考え事をしてた」

 

 

 目の前でフィンガースナップ、いわゆる指パッチンをやられてやっと俺は我に返った。

 

 ……ダメだ。別に昨日徹夜した訳でもないし、今日は調子も悪くないのに……あまり考え込まないようにしなきゃ。

 

 すると、瑞翔は心配そうに様子を窺った。

 

 

「大丈夫〜? 夏休み前も悩んでたし……って、()()は解決したんだもんね?」

 

 

 瑞翔の言う()()というのは、俺がずっと一人で抱えていた過去の話だろう。

 

 

「あぁ、お陰様でな……瑞翔、あの時は本当にありがとう。今度ちゃんとお礼を返すよ」

 

 

 前にも言ったが、今俺がこうしていられるのは瑞翔のおかげだ。それがなければ、せつ菜ちゃんに自分がアレンジした曲を渡そうともしないし、家のキーボードに触れることもなかったのだ。

 

 

「いやぁそんな、あれはただ自論を述べただけだよ。でも、それがてっちゃんの役に立ってくれたのなら良かった」

 

 

 瑞翔は少し照れながらも、安心したような表情を浮かべていた。

 

 

「でもお礼が今度ってね……今日じゃダメなのかなぁ?」

 

 

 すると、悪戯げにニヤニヤしながらそう訊いてきた。

 

 ……本当は今日にでも何かしてあげたいのたが、今日は無理なんだよなぁ……

 

「えっと、それは……すまん」

 

「アッハハ、なんて冗談冗談! もしかして、今日は忙しい感じだったり?」

 

 

 いや冗談かい。無駄に焦ってしまったじゃないか……

 

 だが、そこで俺が今日忙しいことを推察できるのは、流石だな。

 

 

「あぁ、実はな……東雲と藤黄の人達とちょっと会う約束をしてるんだ」

 

 

 そう、この後近くのファミレスで同好会のメンバーと共に、東雲学院、藤黄学園のスクールアイドルのリーダー達との面会があるのだ。そこで侑が提案したあのスクールアイドルフェスティバルについて話して、参加するかどうかを聞く予定だ。

 

 

「東雲に藤黄……どっちも女子校じゃん!? えっ、何それむっちゃ気になるなぁ……」

 

「いや、気になるところそこかい……」

 

 

 相変わらず瑞翔は女の子が絡む話になると妙に突っかかってくるんだよなぁ……

 

「それに、確かどっちもスクールアイドルで有名だよね……もしかしてそれ関係?」

 

「まあそんなところ。この後やるイベントについて話すのさ」

 

 

 そうか……スクールアイドルをよく知っていない彼でも、東雲と藤黄にスクールアイドルがいることは認知してるんだな。

 

 俺達も今後活動し続ければ、この虹ヶ咲にスクールアイドルがいるってことも認知されるようになるのかね。

 

 

「ふーん、なるほどねー……てっちゃん大分忙しい感じなんだ? あんまり根をつめないようにしてよ。また体調崩したら僕が困るんだからね?」

 

 

 瑞翔はそう俺に釘を刺した。

 

 そこら辺は俺も気をつけなければならないな。作曲を克服しようとするのだって、スクールアイドルフェスティバルを最高の祭典にするのだって、俺にとっては初めての試みだ。

 

 初めての試みには何かしらミスが伴うに違いない。それで身体を壊すのは何としても避けたい、その想いは俺も持っている。

 

 しかし、瑞翔がそんないつも通りの表情で心配とか口にするなんて……な。

 

 

「あぁ、それは承知してるさ……てか、瑞翔の場合は現代文と古典を教えるやつが居なくなるからってだけだろ?」

 

「あっ、バレた?」

 

「はぁ……お前ってやつは……」

 

 

 やっぱりかよ……瑞翔ってマジで心配してる時は声色が明らかに変わるんだよ。この間がそうだったからな。

 

 

「すみませーん! 高咲徹くんは居ますか!?」

 

 

 すると、教室の外からハキハキとした声で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 この声はまさか……と思いその先を見ると、予想通り妹の侑だった。あと、隣には歩夢ちゃんもいた。

 

 俺は席を立ち、 彼女達の元へ向かう。

 

 

「はいはーい……何か用か、侑?」

 

「あっ、お兄ちゃん! 瑞翔先輩っている?」

 

「瑞翔、か……?」

 

 

 まさか侑の口から彼の名前が出てくるとは、想定もしていなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「瑞翔。紹介するが、この2人が俺の妹と幼馴染だ」

 

「はい、2年の高咲侑といいます!」

 

「同じく、2年の上原歩夢です……よろしくお願いします!」

 

 

 場所を中庭に移して、俺と侑、歩夢ちゃん、そして瑞翔が共にベンチに座っている。

 

 ハキハキとした口調の侑と、少し緊張気味の歩夢ちゃんが自己紹介をしてくれた。

 

 それで、瑞翔の返答がすぐに来るはずなのだが……

 

 

「……」

 

 

 瑞翔はなぜか口をポカンと開いて黙ったままだ。

 

 

「……ん? おい瑞翔、2人が自己紹介してるんだから、ちゃんと返事しなきゃ……」

 

「……ちょっとこっち来て」

 

 

 何か言わんのかとばかりに声を掛けると、瑞翔は俺の手を引っ張って近くの校舎まで俺を侑達から遠ざけるように移動させた。

 

 彼の表情は、何故か穏やかなものではなかった。

 

 

「おいおい、どうしたんだ。そんな険しい顔して……?」

 

 

 俺がそう問いかけると、瑞翔は少し一呼吸置いてから、控えめの声量で話し始めた。

 

 

「……なあてっちゃん。てっちゃんは、こんなに可愛い子達が妹と幼馴染なの?」

 

「……えっ?」

 

 

 彼の予想だにしない返答に、戸惑いを隠せない俺。

 

 いや、確かにあの2人が可愛いことはもちろんその通りだし、普遍的な真理であるのは周知のことだが……そんな真剣な顔をして言うことか!?

 

 

「いやはや、てっちゃんの妹だから多分顔が良いんだろうなぁとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかったよ!? 何、どっちも美形の兄妹って訳なの!?」

 

「いやちょっ、落ち着けって……?」

 

 

 瑞翔ってこんなにテンション上がることあったっけ……? 女の子の話になると少しテンション上がるのは分かってたが……これが瑞翔の本気ってやつか……?

 

 

「……それに極めつけはもう一人のあの子さ。幼馴染の……上原ちゃん、だよね?」

 

「あ、あぁ……そうだが」

 

 

 上原ちゃん、な……瑞翔は後輩を苗字にちゃん付けしていてな、なかなか珍しいタイプだなと思うところではある。

 

 

「だよね……率直に聞きたいんだけど」

 

 

 おいおい、今度は何を言うつもりだ……?

 

 

 

 

「……馴れ初めはどんな感じだったの!?」

 

「……はい?」

 

 

 な、馴れ初め……? つまり、俺と歩夢ちゃんが仲良くなったきっかけとか、そういうことか?

 

 

「なんでそんな事を聞くのか?」

 

「いやいや、あんなお淑やかで綺麗な女の子と知り合いだっていうんだから、気になるに決まってるでしょ!!」

 

「えぇ……」

 

 

 これにはもう困惑するしかない。もちろん、お淑やかなのはその通りだ。全力で肯定するが……

 

 

「……てか、二人を置いてけぼりにしてるんだぞ。いい加減戻ってくれ」

 

 

 侑達が瑞翔に用事があることを忘れてはならないし、これ以上この状態でいられるとなんだか不味い気がするしな……

 

 

「あぁ、確かに……それはいけないね。でも後でまたてっちゃんには一対一で問い詰めるから、覚えといてよ?」

 

 

 覚えておきません。

 

 

「おまたせ〜! 二人ともごめんね、置いてけぼりにしちゃって」

 

 

 改めて、ベンチに座る侑達のところへ戻った。

 

 

「あ、いえいえ! 何かお兄ちゃんと話し合ってたんですか?」

 

「うん、まあそんなところだよ。それで、お礼っていうのはなんのことかな?」

 

 

 瑞翔がそう問いかける。すると、なぜ彼のもとに来たのかについて侑が説明し始めた。

 

 

「あの……私達、スクールアイドル同好会の活動で合宿に行ったんですが、実はその時にお兄ちゃんが辛い過去を明かしてくれて……その時、きっかけをくれたのが瑞翔先輩だって、お兄ちゃんが話してくれたんです。だから、瑞翔先輩に感謝を伝えたくて……妹である私でも知らなかったことを知るきっかけを下さって、ありがとうございました!」

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 

 侑と歩夢ちゃんはベンチを立ち、瑞翔に向かって一礼する。

 

 2人とも……そういうことだったんだな。

 

 

「……そっか。僕は全然大したことやってないけど、上手くいってくれたようで僕も安心してるよ」

 

 

 瑞翔は、今までののほほんとした様子からは少し変わって暖かくて優しい表情になっていた。

 

「そんな! 瑞翔先輩がお兄ちゃんの友達でいてくれてよかったと思ってますよ! あと、それで私、何か先輩に出来ることないかなと考えまして……!」

 

「あぁ、それは大丈夫だよ。何か物が欲しくてやった訳じゃないからね」

 

「えっ? でも……」

 

 

 驚きと困惑の表情を浮かべる侑。

 

 それに構わず、瑞翔は話を続ける。

 

 

「ほら、こういうのって言葉で伝えられることが一番心に届くからさ。その言葉を聞けただけでも僕は嬉しいし、これ以上は望まないよ? それに……」

 

 

 すると、瑞翔は侑の隣に座り、胸に拳を当てた。

 

「後輩に何かしてもらうなんて、君達の先輩だっていう僕の威厳が損なわれちゃうからね! んー、そうだなぁ……君達の姿を拝むことができたし、それが代わりじゃダメかな?」

 

「もう、何ですかそれは……そこまでおっしゃるのなら……ありがとうございます」

 

 

 瑞翔の妙な説得に、笑みを浮かべる侑。

 

 

 ……なんだろう、本来なら瑞翔に心から感謝すべきなのに、こんなにモヤモヤするのは……

 

 

「……? 徹さん、どうしたの?」

 

「……ん、なんでもない」

 

 

 歩夢ちゃんにも心配されちまった。表情にも出てたか。

 

 まさか俺が瑞翔に……嫉妬? いやいや、嫉妬なんかはしないわ。

 

 

「よし、これで一件落着! ……あっ、今日は同好会が忙しいんだっけ。大変だね〜」

 

「あっ、よくご存知ですね……って、あっ!」

 

 

 瑞翔と侑が会話してると、急に侑が大きな声を出した。

 

 

「どうしたんだ、侑?」

 

「……ごめんなさい先輩、また今度色々お話ししましょう!」

 

 

 すると、侑は一言そう述べてから、普通科の校舎の方へ走りだした。

 

 

「どうした、何か困ってたら手伝うぞ!?」

 

「大丈夫ー! お兄ちゃんは気にしないでー!!」

 

 

 走る侑に届くように大声で訊くと、侑は叫び気味にそう返答した。

 

 この後は侑もあの面会に参加するからその事とか……いや、それとも授業関係でやるべきことがあるのか……

 

 

「あっ……行っちゃったね。わざわざ僕のところまで来てくれたお礼を言いたかったし、もう少し話したかったけれども……」

 

 

 瑞翔は少し残念がっている様子だ。ただそれも束の間、今度は歩夢ちゃんの方を向いて声を掛けた。

 

 

「上原ちゃんも、わざわざ来てくれてありがとう。またどこかでゆっくり話せるといいね」

 

「あっ、いえいえ! じゃあ、私はこれで失礼します……」

 

 

 こうして歩夢ちゃんはその場を去ろうとするが、一度振り返り、瑞翔に一言声を掛けた。

 

 

「あと最後にその……徹さんを、よろしくお願いします……!」

 

「……? ……うん、心得たよ」

 

 

 俺……? 

 

 一瞬疑問符が浮かんだが、単純に瑞翔が俺の友達だから、だろうか。あまり深い意味はないのかもしれない。

 

 

「あの子達、本当にいい子だね」

 

「……あぁ。あの二人ほど、年が近い子で信頼を置ける子はいないと思う」

 

 

 ホント、今じゃ友達も増えたが、あの2人はやっぱり特別なんだよな。

 

 

「そうなんだ……ねぇてっちゃん、一つ気になったんだけど、いいかな?」

 

 

 気になったこと……何だろうか? もしや、またさっきみたいなくだらないことじゃないよな?

 

 そう思いながら彼に頷き返した。

 

 

「上原ちゃんのことなんだけど……てっちゃんのこと『さん』付けで呼んでたよね? あれは昔からなの?」

 

 

 ……なるほど、そういうことか。

 

 

「あー……いや、昔はお互いタメ口だった。歩夢ちゃんも、瑞翔と同じく『てっちゃん』って読んでくれてたんだ」

 

 

 そういや、急に俺のことをさん付けした時はとても驚いたよな……侑もかなり驚いてたし……あれからもう3年以上経ってるのか。

 

 

「ほー、そうなんだ……どうしてかは聞いたことはないの?」

 

「うーん……『どうしてか』っていうのは聞いたことがないかもしれない。歩夢ちゃん、思春期だったりとか色々あるのかなって思ってたから……」

 

 

 まあ、高校生になる日もそう遠くない、そんな時期の話だったからな。他に理由があるかといったら……何だろうか……

 

 

「うーん、なるほどね……僕の気のせいかもね」

 

「……?」

 

 

 今、瑞翔が何か言って───

 

 

 

 

「あっ、そういえばさ……さっき言ったこと、忘れてないよね?」

 

「えっ? ……あっ」

 

 

 ……ヤバい、侑と歩夢ちゃんの関係について問いただされる前に撤退しなければ。

 

 

「お、おっとこれは、もう俺も準備して移動しなきゃいけない時間ダナー……じゃあ、また明日な。バイバーイ!!」

 

「あっ、ちょっと! 逃げるなー!!」

 

 

 俺は、情報処理学科の校舎へ突っ走った。荷物を持って、侑とせつ菜ちゃんと合流しなければ……

 

 だが、この時瑞翔が呟いたことについて少しでも考えなかったことが、俺の過ちであった。

 

 

 




今回はここまで!
久々に徹くんの親友・瑞翔くんが登場しました!
合宿前の時以来ですね。彼は今後、同好会に関わってくるかもしれません……
ではまた次回!
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第76話 優柔不断?

どうも! 大変ご無沙汰になって誠にすみませんでしたorz
本編第76話です
では早速どうぞ!


 

 

 

「……んー、どうしたものか」

 

 

 様々な葛藤が頭の中でぶつかり合い、苦しくなる時ってあるよな。こういう事態を乗り越えて、俺たちは成長出来るのかもしれない。

 

 

 あっ、どうも。悩める男、高咲徹だ。

 

 

 ……言っておいてなんだが、こんなこと自分で言うのが恥ずかしくなってきたわ……まあ今のはこれ以上触れないでおこうか。

 

 

 結局あの後東雲と藤黄のスクールアイドルのメンバー達と顔を合わせたんだが、彼女達にスクールアイドルフェスティバルを紹介した後勧誘すると、なんと双方とも快諾してくれた。

 

 

 実際その顔合わせには、東雲からは遥ちゃんとクリスティーナちゃん、藤黄からは姫乃ちゃんともう一人、初めて会う紫藤(しどう) 美咲(みさき)という子が来ていた。彼女とは初めて会ったな。

 

 癖っ毛の茶髪で、全体的にはショートカットなのだが、両サイドに伸ばしたテールが特徴だ。とてもしっかりした子で、比較的マイペースな綾小路さんをアシストしていた。

 

 

 綾小路さんといえば、彼女が実は果林ちゃんのファンだったってことがその時明らかになったんだが、あれは驚いたな。前に雑誌で見ているって言ってたからもしやとは思っていたが……

 

 あと、その時に本人も一緒にいてその話を聞いてたのだが……彼女はどう反応したと思うか?

 

 ……なんと果林ちゃんは綾小路さんに急接近し、ダイレクトで盛大なファンサービスを返したのだ。

 

 果林ちゃんよ……ファン相手に顎クイというファンサは流石に刺激が強いだろうが……

 

 

 まあ、案の定綾小路さんは顔を茹蛸のように真っ赤にしてその場でK.O.状態になったが……なんだかとても幸せそうな表情だったし、良かったのかなとも思う。それに、綾小路さんはただの一般人ではない。だから仮にこのことが世間に知られても、お互いそれでバッシングを受ける心配はないだろう。

 

 

 そんなこんなあったが、東雲と藤黄がスクールアイドルフェスティバルに参加することが確定し、人数に関しては申し分ない。これで悩むことはない。

 

 

 ───ということはなく……

 

 

「調子はどう?」

 

 

「まだ。候補地の中から全く絞り出せないな……」

 

 

 もっとも難しい、開催する場所について決めようと部室の椅子に腰掛けて頭を抱えている、その真っ最中だ。

 

 

 このことは候補地を巡っている時にも感じていたことだが……ホント、この中から会場を一つに絞るなんて無茶な話だ。どうしても俺の私情やみんなの思いを考えると、キッパリと決断しようにも出来ないのだ。

 

 

 こうなったらコンピュータに任せて、みんなの満足度を最大化するように候補地を一つに決めるプログラムでも作ろうと思ったが……それで決めても中途半端になるだけだ。全体の満足度が大きくなっても、個人は満足出来ないだろう。

 

 

「先輩方、少しお茶はいかがですか? 飲めば頭もリフレッシュすると思いますよ」

 

 

 そんな変な思考をしていると、横から両手にティーカップを持ったしずくちゃんが落ち着いた口調でそう話しかけてきた。

 

 

「おっ、確かに……なら頂こうかな。ありがとな、しずくちゃん」

 

「はい!」

 

 

 俺が片方のティーカップを受け取ると、彼女は可愛らしい微笑みで返してくれた。

 

 ……ん? 

 

 

「あっ、しずくちゃん、少しリボンが少し傾いてるぞ?」

 

「えっ、本当ですか? 手鏡手鏡……」

 

 

 一瞬彼女の容姿を見て違和感を覚えたが、彼女の黄色いリボンが少し乱れていた。多分練習着に着替えた時に整え忘れてしまったのだろうか。

 

 

 手鏡を探そうとアタフタしちゃってるな……

 

 

「──あっ、ちょっとこっち来て」

 

 

「えっ? ……は、はい」

 

 

 手鏡を探していたしずくちゃんが再びこちらにやってきた。

 

 そして───

 

 

「……!?」

 

 

 彼女のズレたリボンを触って、定位置に戻した。

 

 

「んー……こんな感じなら良さそうだな」

 

「えっと……ありがとう、ございます……」

 

「?」

 

 

 リボンを直した後再びしずくちゃんの様子を見ると、彼女は目を逸らして頬を赤く染めていた。

 

 

 俺は何故そんな表情をしているのか疑問に思いながら、コーヒーカップを啜りながら思考へと戻る。

 

 

 ……うむ。美味しいな、この紅茶。

 

 しずくちゃんが持ってきただろうか? 渋味と甘味の塩梅が心地よくて、頭がスッキリするな。俺は大体ミルクティーを飲むことがほとんどなのだが、たまにはストレートティーもいいなと思えた。

 

 

 んー……一度どこかを決めるのを置いて、何か忘れていることはないか考えるか。

 

 その時、俺は一つ気づいたことがあった。

 

 

「あっ、そういえば歩夢ちゃんはどこでやりたいとかあるか?」

 

 

 みんなの希望をちゃんと聞いていたつもりだったのだが、歩夢ちゃんに限ってはあまり明確にこれという希望を聞いていなかった気がしたので、訊いてみる。

 

 

「えっ? ……特にない、ですね」

 

「そうか……」

 

 

 特に無い、か……歩夢ちゃんは、ライブをする場所にこだわりがないのだろうか? いや、彼女はむしろ───

 

 

「ふっふっふっ、皆さんお困りのようですが……」

 

 

 すると、部室の入り口の方からかすみちゃんの声が聞こえた。

 

 

「おやかすみちゃん、どこに行ってたんだ? さっきからいないなと思っていたが」

 

「それはですね……あるものを取りに行ってたからです!」

 

 

「ある物? ……もしかして、後ろに隠してるのがそうなの?」

 

 

 うむ、かすみちゃんの後ろに何かあるな。隠すというか、少しチラ見えしてるあたりサイズはかなり大きいな。一体何なのだろうか?

 

「おや侑先輩、意外と鋭いですねぇ……ならば、お見せしましょう! じゃじゃーん!」

 

 

 そう言って彼女がテーブルにドスンと置いたのは、可愛らしい女の子を模したオブジェらしきものだった。見た感じダンボールで出来ていて、その女の子というのも、どこかかすみちゃんっぽく見えた。

 

 

「うわぁ……! とっても可愛いです!!」

 

「ほう……これ、かすみちゃんが作ったのか?」

 

「そうです! スクールアイドルフェスティバルで、かすみんに何をやって欲しいのか、このかすみんボックスに入れてもらうんです!」

 

 

 なるほど、確かによく見たら頭のてっぺんに細長い穴が空いていて、そこから何か紙やらを入れるんだろうな。つまり、このかすみんBOXは意見箱の役割って訳か……うむ、ネーミングも良いな。

 

 

「ふーん……それで、中身は確認したの?」

 

 

 しずくちゃんが少し不審そうに訊くと、かすみちゃんは意気揚々とかすみんBOXの蓋を開けた。

 

 

「そんな早まらなくてもいいんだよ、しず子〜? きっとこの中には沢山のお便り……が……」

 

 

 中身を確認した瞬間、かすみちゃんの動きが固まった。

 

 えっ……まさか……?

 

 

「えっ……!? あぁっ……」

 

 

 驚きの声を上げる中、かすみんBOXを持ち上げてひっくり返す。しかし、何も落ちてこない。つまり───

 

 

「ま、まさか……ゼロ?」

 

「……うわぁぁぁぁん!! かすみん悲しいですぅぅぅぅ!!」

 

 

 すると、かすみちゃんは勢いよく走り出し、侑に泣きついた。

 

 

「あぁ……ふふっ、よしよし」

 

 

 侑は困惑しながらも、頭を撫でて慰めようとする。

 

 

 マジか……1票も入ってないなんて……こんなに可愛い投票箱だっていうのにな。でも、こうなった原因は大体察しがつく。

 

 

「まあ、夏休みだからね〜……」

 

「それが大きいな……しかしこのボックス、よく出来てるよな。一人で作れるなんて大したものだ」

 

「そうですね! それに、とっても可愛いです!」

 

 

 かすみちゃんが侑に泣きついている中、俺と彼方ちゃん、せつ菜ちゃんはかすみんBOXを眺めてそれぞれ感想を述べた。

 

 

「……当然です! なんてったって、かすみんのかすみんボックスですから!」

 

 

 おっ、少しは元気になってくれたかな。

 

 

 それにしても、みんなの意見を訊く、か……確かに、スクールアイドルがライブをするのは、観る相手がいてこそ成り立つもんな。だからこそ、観てくれるであろうみんなの意見を訊くのが大事、だな。

 

 

「せっかくだし、これで色んなことを募集したらいいかもねー!」

 

 

 そう考えてると、ちょうど愛ちゃんがそう提案した。そして、黒の油性ペンと紙を持って何かを書き始めた。

 

 見た感じ、やっぱりスクールアイドルフェスティバルについてみんなの意見を訊きたい、という内容を書いているようだ。

 

 その紙をどうするか……? なんだか嫌な予感がする。

 

 

「ん、愛ちゃんちょっと待て」

 

「どーしたの、てっつー?」

 

 

 愛ちゃんは動きを止め、不思議そうな表情でそう訊いてきた。

 

 

「いや、流石にそれをそのまま貼り付けるとこのボックスのチャームポイントが隠れちゃうから、見た目が良く無くなっちゃうじゃないかって思ってな」

 

 

 そう、愛ちゃんはかすみんBOXの顔に直接紙を貼り付けようとしてるように見えたのだ。

 

 

「んー……それは確かにそうかも」

 

「愛先輩、かすみんボックスの可愛い顔に貼ろうとしたんですか!? もぉ、酷いですぅぅ!」

 

「ごめんごめん、一刻も早くみんなの意見が聞きたくてつい〜」

 

 

 かすみちゃんは愛ちゃんへプンプンと怒っているが、愛ちゃんの気持ちも分かる。貼る場所として、手っ取り早く実現できるかつ、見る人が分かりやすい位置といったら表面が真っ平らな顔の部分しかないもんな。

 

 

「でもどうしましょう? ここに書いてあることは皆さんの目に入れる必要がありますし……」

 

 

 ただ俺は少し手間をかけてでも、このかすみんBOXの可愛らしさをそのまま残したい。なんせ、かすみちゃんの努力の結晶なんだろうからな。

 

 もちろん、俺は代替策を考えついている。

 

 

「そうだな……ボックスの足元に切り込みを入れてそこから立てるっていうのはどうだ?」

 

「それは良いアイデアですね! それなら、見た目も可愛いまま必要な情報もしっかり見る人に伝えられそうです!」

 

 

 丁度手が紙の上側の支えになるだろうと考えた。見た目的にも、かすみんBOXが紙を持っているという感じで、デザイン性も良いんじゃないかと思ったのだ。

 

 

「よし! すぐに終わらせるから、そしたらみんなでこれを置きに行くぞ」

 

 

 そんな訳で、少しの間作業を始める。足に切れ込みを入れるだけだから本当に一瞬だ。

 

 

「流石徹先輩、かすみんボックスの使い方を分かってますねぇ〜!」

 

 

 俺が作業している中、かすみちゃんは上機嫌そうにそう話してきた。

 

 

「ハハッ、せっかくこんな人目を惹くようなものを作ってくれたからな。工夫するにもしっかり丁重に扱わないとって思っただけさ」

 

「なるほど……つまり、かすみんが可愛いってことですね!?」

 

 

「……まあ、そういうことになるな」

 

 

「……!? もう、冗談で言っただけなんですけど……」

 

 

 ……ん? 急に歯切れが悪くなったが、どうしたのだろうか。

 

 

 それを考える間もなく、作業はあっという間で、切れ込みを入れ終えた。

 

 

「あとは差し込んで、手に紙の上側を乗せれば……よし、出来た!」

 

「おぉ〜……様になってるじゃ〜ん」

 

「良い感じ。璃奈ちゃんボード『にっこりん♪』」

 

 

 どうやらみんなにも好評のようで、みんな出来に満足してくれているようだ。

 

 ……ライブの場所についてはまだみんなを満足させられてないが、この意見箱については、みんなを満足させられて良かった。

 

 

「だろ? じゃあ俺がこのボックスを責任持って置いてくるから、みんなは先に練習に行っちゃって。侑、練習よろしくな」

 

「うん、分かった!」

 

「では徹さんのお言葉に甘えて、行きますよ!」

 

 

 そんなこんなで、俺は学校の中に意見箱を置きに行き、侑達は先に練習へ向かうのだった。

 

 

 ……あっ、ちなみにしずくちゃんが恵んでくれた紅茶はかすみんBOXを置きに行って部室に戻った後、ちゃんと飲み干したぜ。とても美味しかったから、今度時間をかけてゆっくり飲める機会があったらいいな。

 

 

 

 




今回はここまで!
かすみんBOXの件は自分の欲で展開を原作とは変えてみました!
やっぱりみんなが納得するのが良いよね……
次回からはだんだんあの瞬間に近づいていきます
ではまた次回!
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第77話 変化と希望

どうも!
第77話です!
では早速どうぞ!


 

 

 

 

 ───不規則に響くキーボードを叩く音、ペンを走らせる音。

 

 

 

 普段じゃなかなか聞き取れないような音さえ聞こえてしまうほど、同好会の部室は静かで、なんの邪魔する騒音も存在しない。

 

 

 そんな中で、俺こと高咲徹、そして妹の侑とせつ菜ちゃんは黙々と作業を進めていた。

 

 先日、かすみんBOXという名の意見箱を改良して設置したのだが、これによってイベントの開催場所は結論を後回しにし、それ以外の情報を申請書にまとめることとなった。それをまとめているのが、今只管机で書類と睨めっこしている侑だ。

 

 

 俺とせつ菜ちゃんは、それぞれ別の作業に当たっており、俺は同好会のパソコンを使って色々調べ物をしている。スクールアイドルフェスティバルの具体的な内容について何かアイデアが浮かばないかと思い、こうやって関係しそうな情報を収集しているのだ。

 

 

 ……しかし、久々に学校に残ってここまで長時間作業したものだ。他のメンバーのみんなが練習して帰った後だから、多分今頃日が暮れるかどうかという所だろうな。集中しててそこら辺の確認は出来てないが。

 

 

「───できた! これでどう!?」

 

 

 すると、どうやら侑が申請書の清書を終えたようで、俺とせつ菜ちゃんに最後のチェックを求めてきた。

 

 侑が差し出した申請書を手に取り、書かれている内容を目に通す。

 

 

「……うむ。内容の過不足もないし、誤字脱字もないな。せつ菜ちゃんも見てくれるか?」

 

「はい! ……そうですね。あとは開催場所の欄を埋めたら完璧です!」

 

 

 うむ。そこを乗り越えれば、今度こそ生徒会に提出して無事に承認されるだろう。

 

 

「やった!! ……ふぁぁぁ、疲れた〜」

 

 

 ずっと椅子に座ったまま1時間ぶっ通しで書類と向き合っていた侑は、集中から解放され、背もたれに寄っかかって大きく背伸びをする。

 

 そんな頑張り屋さんだった侑に───

 

 

「お疲れさん、侑」

 

「ひゃっ! ……あっ、それってお茶? ありがとう、お兄ちゃん」

 

 

 労いの言葉を掛けながら彼女の頬に当てたのは、ついさっき学校の購買で買ってきた麦茶だ。多分集中していた間水分すら碌に摂ってなかったから、水分補給が必要だと思って買ってきたのだ。

 

 

「ふふっ、あんなに長時間書類と睨めっこ出来るなんて思わなかったぞ。よく頑張ったな」

 

「も〜、子供扱いしないでよ〜。私だってこれくらいは出来るんだよ?」

 

「ん、そうだったな。すまんすまん」

 

 

 でも、侑があんな真剣に長時間何かに打ち込むなんてとてもレアなのは事実だ。定期試験の勉強の時は、数十分経ったら即集中が切れていたのにな。

 

 

「……でも、スクールアイドルのことだからこんなに出来たのかも」

 

 

 少し膨れていたものの、少ししみじみといった口調でそう呟いた侑。まあ、大好きなものであるからこそ、全力で打ち込めるんだよな。俺も侑ほどではないかもしれないが、スクールアイドルのことが好きだからその気持ち、分かるな。

 

 

「侑さんのスクールアイドルへの情熱は、今に始まったことじゃないですね!」

 

「だな───ん、もうこんな時間だし、帰らなければ」

 

 

 気がつけば、部室の窓から見える昇っていた日もそろそろ沈みそうになっていた。最終下校時刻も、もうそろそろだろう。

 

 

「そうですね! ……あっ、でも私は少し生徒会の仕事があるので少し残ります。お二人は先に帰っていてください!」

 

 

 あっ、そうなのか……

 

 俺って生徒会長時代にここまで残って仕事したのとあったか……? いや、俺の場合は生徒会以外何の部活も所属してなかったから、仕事が早く終わるのも当たり前か。

 

 

「おや、そうか……俺も少し手伝おうか? そうした方がせつ菜ちゃんも早く終わって帰れるだろうから」

 

「お気遣いありがとうございます。ただ、大した量でもないのでご心配なく!」

 

 

 そう言って、右手でグッと拳を握るせつ菜ちゃん。

 

 ホント、せつ菜ちゃんには頭が上がらない。生徒会長とスクールアイドルを両立できるなんてな……あっ、この場合は『菜々ちゃん』と呼ぶべきか? でも目の前にいるのはせつ菜ちゃんだし、『せつ菜ちゃん』でいいか。

 

「そうか。じゃあ、頑張ってな。また明日……」

 

 

 その時、俺は一つせつ菜ちゃんと約束していたことを思い出した。

 

 

「……あっ、そうだそうだ。せつ菜ちゃんにあれを渡すんだったわ」

 

「あれ……? ……あぁ、そうでした! 私としたことが、そんな大事なことを忘れていたとは……!」

 

 

 あかん、アレを忘れちゃいけないだろ。昨日一昨日と毎日細かい調整を念入りに続けてたっていうのに、これで忘れたら今までの努力が無駄になってしまうじゃないか……

 

 

「ねぇお兄ちゃん、せつ菜ちゃんと何か約束してたの?」

 

「あぁ、これを渡すってな」

 

「これは……USB?」

 

 

 俺が取り出したのは、そこそこの容量を取り込むことが出来るUSB。この中にはあるデータが入っているのだ。

 

 

「ありがとうございます! 家に帰ったら、じっくり聞かせて頂きます!」

 

「……あぁ」

 

 

 こうして、なんとかやるべきことを全て果たし、部室を後にした。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「はぁ〜……疲れたな」

 

 

 ほとんどの部活動、講習などが終了し、学校の廊下は人気がなく静かだった。

 

 侑が教室に物を取りに行きたいとのことなので、俺達は普通科の棟へ向かっている。

 

 

「だね〜……それでお兄ちゃん、さっきせつ菜ちゃんに渡してたUSBって……もしかしてお兄ちゃんが作った曲だったりして?」

 

「ん、まあ大方そんな感じだな。よく分かったな」

 

「ふふん、お兄ちゃんのことはなんでもお見通しなのです!」

 

「ははっ、流石我が妹だ」

 

「えへへ……」

 

 

 俺の意図を見破り「えっへん!」と言わんばかりに胸を張る侑の頭を優しく撫でる。

 

 

 しかし、USBを見ただけで中身が分かるなんてな……侑がそこまで洞察力が優れてるとは思わなかった。

 

 まあただ、()()()()()曲ではないのだけども。

 

 

「まあ、あっちから頼まれたのさ。『徹さんが作った曲が聴きたい』ってな。ただ、俺が作った曲はもう手元にないから、アレンジした曲を渡したのさ」

 

「……そっか、お兄ちゃんが作った曲は、もうなくなっちゃったんだね」

 

 

 すると、侑は残念そうに俯いた。

 

 ……なんだかあの作った曲を消去してしまったことを後悔したが、多分残してたら俺にとってはずっと負の遺産と化していただろう。あれは俺にとってのケジメをつけるために必要だったのだ。

 

 

「あぁ……でも正直、まだ残ってたとしてもせつ菜ちゃんに聞かせるのは無理だっただろうな。なんなら、アレンジ曲ですら聴いてもらうのを憚られたからな」

 

 

 アレンジ曲───俺が作曲を辞めてから作り始めたのだが、個人的にそこそこの出来だとは思っても、気軽に誰かに見せられるような作品だとは思っていなかった。

 

 

「未だに俺は、自分の音楽を人様に見せられる程の自信を持てていない。でも、それで日和ってたら俺は変われない。だから、これを機に一歩を踏み出そうって思ったんだ。まあ、完全克服にはまだ程遠いけどな」

 

 

 俺が一通り自分の思いを吐露すると、侑は俺に尊敬とも言えるような眼差しを向けてきた。

 

 

「凄いね、お兄ちゃんは……私だったら、そんなすぐに行動できないな〜……」

 

「いや、侑だってスクールアイドルフェスティバルを考えついて、それに向かって進んでるだろ? 侑も侑で凄いってお兄ちゃんは思うぞ?」

 

 

 そう、侑だって俺以上にビッグなことを立ち上げようとしているのだから、むしろ俺が凄いと思ってしまう。

 

 

「あはは、でもそれ私一人じゃ出来ないし……」

 

 

 俺の言葉に、侑は苦笑いしながらそう言った後───

 

 

「私も、一歩踏み出そうかな……」

 

「えっ?」

 

 

 その呟きを聞き逃さなかった。

 

 

 一歩踏み出す? もう踏み出しているような気もするが、一体どういうことだ……?

 

 

「ううん、何でもない! ──あれ? あそこに寝てるのって……歩夢?」

 

 

 話題を逸らすかのように、侑はそう言った。

 

 気がつけば俺たちはもう普通科の棟にある侑達のクラスの前に来ていたが、その教室にぽつんと、机に伏せて寝ている女の子がいた。

 

 ピンク色の髪の毛に、三つ編みで結ばれているお団子が見えることから、その子が歩夢ちゃんであることは一目瞭然だった。

 

 

「ん? ……ホントだ。もしかして、待っててくれたのか?」

 

 

 歩夢ちゃんを驚かせないように教室へと入り、机の前まで来て侑が彼女の身体を揺する。

 

 

「……んん?」

 

「歩夢、待っててくれたんだね」

 

「侑ちゃん……それに、徹さんも」

 

 

 歩夢ちゃんは少し寝ぼけているようだ。俺たちがここに来るまでずっと待っててくれたのだろうか……そう考えると、なんだか申し訳ないな。

 

 

「びっくりしたぞ。もう時間もそこそこ遅いのにな……よし、一緒に帰ろう、歩夢ちゃん」

 

 

「……うん!」

 

 

 そうやって、3人で一緒に家まで帰ることになった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……そういえば、徹さんと一緒に帰るの、久々ですね」

 

 

 帰りのバスの中、二人掛けの席の隣に座った歩夢ちゃんは開口一番そう話してきた。

 

 この時間帯、バスはそこそこ混んでおり空く席が限られているため、侑は少し離れたところに座っている。

 

 

「えっ? ……あぁ、そうかもしれないな。俺も最近は割と遅くまで残ることも多かったし、歩夢ちゃんに態々そこまで残ってもらうのも申し訳ないからな……」

 

 

 そう、他のメンバーが居残り練習をしていくことがあるので、俺と侑はそれに付き合うために歩夢ちゃんには先に帰ってもらうことが最近ほとんどだったのだ。

 

 歩夢ちゃんはまだ駆け出しのスクールアイドルで、せつ菜ちゃんやかすみちゃんなどのスクールアイドルの経験がある者、果林ちゃんや愛ちゃんのような体力に自信ある実力者などに比べると、そこまで練習をする力もない。

 

 だから最近こうやって3人で一緒に帰ることも、珍しくなっていた。

 

 

「そ、そんな気にしなくていいのに……」

 

「いやいや、そこは気にするさ。歩夢ちゃんも普段の練習で疲れてるだろう? 早く家に帰ってしっかりクールダウンした方が良いかなって思ったのさ。歩夢ちゃんが心配だからな」

 

 

 もちろん、歩夢ちゃんのスクールアイドルとしての成長は実感している。始めたての頃に比べると、ランニングで息が切れることもほぼ無くなったしな。

 

 でも無理はしてほしくない。それで彼女が倒れてしまう事態は避けなければならないからな。

 

 

「もう……優しいのは昔から変わらないですね」

 

 

 少し微笑んだ歩夢ちゃんは、窓の外を見て、思い出したかのようにこう続けた。

 

 

「あの、覚えてますか? 小学4年生の頃、登校中に私が怪我をして立ち上がれなくなったら、徹さんがおんぶをして学校まで走ってくれましたよね」

 

 

 小4……小4……もしかして、あの事か? なんか、俺の頭の中でその時の景色が再生されているが……多分、あの時のことだな。

 

 

「……あー、思い出したかもしれない。確かあの時は割と遅刻ギリギリだったよな。本当はその場で消毒とか処置を施すべきだったんじゃないかって反省してるが、あの時の俺は無我夢中だったな……」

 

 

 うっ、改めて言葉に出してみるとあの時の俺がどれほどバカだったのか酷く痛感するわ……全く、もっと考えろっての……って、あの時の俺に言いたいもんだ。

 

 

「ふふっ、保健室でしっかり絆創膏貼ってもらったので大丈夫です。でも、あんなに必死な徹さん初めて見ちゃいました。嬉しかったな……」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

 

 ───なんだろう、ある時から俺は歩夢ちゃんと話していて少し懐かしい気持ちになるのが不思議だったのだが……

 

 

 歩夢ちゃん、俺にタメ口で話してくれてる時がある……?

 

 

 多分そうだよな。それも、つい最近のこと……合宿の頃からだろうか。

 

 

 もしそうならば、あの頃みたいにまた話せる時が近づいているのだろうか? ……またあの渾名で呼んでくれるだろうか。

 

 

 しかし、敬語が混じっているところも気になる。これは、本人に訊く必要があるだろうか。

 

 そう思って、俺は思い切って彼女に声を掛けたが……

 

 

「「なあ(あの!)」」

 

 

歩夢ちゃんも俺に何か訊きたいことがあったのだろう。声を掛けるタイミングが重なってしまった。

 

 

 こっちを向いた歩夢ちゃんと目が合い、お互いぎこちなくなった。

 

 

「あっ、すまん。歩夢ちゃんが先に良いぞ」

 

「い、いえ! 徹さんから先にどうぞ!」

 

 

 どちらが話すか……俺も歩夢ちゃんも譲り合ってしまい、話が進まず、気不味い空気になってしまった。

 

 

 どうしよう……ここは俺が切り出すしか────

 

 

「二人とも、もう着いたよ! 行こう!」

 

「……あっ、待って侑ちゃん!!」

 

 

 それも束の間だった。気がつけば俺たちが降りるバス停まで着いており、先に降りる侑を歩夢ちゃんが追いかけていった……俺も降りなければ。

 

 

 ……歩夢ちゃん、どんな心境の変化があったのだろうか?

 

 

 そんな疑問を持ったまま夜は明け、同好会の部室へ行くと……大量の紙が詰まったかすみんBOXが置かれていた。

 

 

 

 

 

 






今を活きる者、過去を望む。


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第78話 前進と……

どうも!
第78話です。
では早速どうぞ。


 

 

 皆さんどうも。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会でマネージャーを務める、高咲徹だ。

 

 

 先日、校内に設置されたかすみんBOXを回収して中身を確認したのだが……そこにはなんと大量の意見書が溢れていたんだ。

 

 それらを読んでいくと、具体的なライブについての希望から、同好会に対する熱意が綴られたいわゆるファンレターのようなものまで……俺たちが想定していた量を優に超えたメッセージが届いていた。

 

 一体何故こんなに反響があるのか全く心当たりがなかった俺達だったが、どうやら璃奈ちゃんがクラスメイトにスクールアイドルフェスティバルについて話してくれて、その子達が情報を拡散してくれたらしい。実際、SNSにはスクールアイドルフェスティバルが開催されることが外部にまで伝わっていて、『楽しみ!』『凄い盛り上がりそう!』といった評判が広まっていることも確認できた。

 

 

 これは璃奈ちゃんのファインプレーだ。俺も誰かに話そうかと思ったが、まだ開催が確定してないが故に軽率に話すべきではないとして出来なかった。それでも彼女は、スクールアイドルフェスティバルが開催されることを確信した上で、行動したのだ。それだけ積極的に行動できて……ホント、成長してるな。

 

 

 そして、この意見書が集まったのを鑑みた侑は、一つある提案をした。

 

 それは……みんなの希望するステージ全部を使ってフェスティバルを開催しようというものだった。

 

 俺は実現性が薄いだろうと頭の中で除外していた案だったが、『スクールアイドル同好会に協力したい!』という声も多くあったのなら、みんなの力を借りることが出来る。ならば、この案も実現できるとみんなは確信していた。

 

 

 ───そのような経緯で、俺達はついに生徒会へ申請書を提出する時がやってきた。

 

 

「お願いします!」

 

 

 両手で丁寧に渡された申請書を、生徒会副会長の若月が慎重に読み進めていく。

 

 

「……全体的には悪くないですね。必要事項も今回はほとんどクリアしています」

 

「「……!」」

 

 

 よし……どうやら()()()()以外はしっかり漏れなく書けていたようだ。

 

 

「……ただ、開催場所については何も記載がありません」

 

 

 ここまでは想定通り。ここからが勝負だ……侑、頼んだぞ。

 

 

「それについてですが! ……このスクールアイドルフェスティバルは、開催場所を一つに絞りません。全部でやります!」

 

「全部……? それはどういうことですか?」

 

 

 予想だにしない言葉に若月は首を傾げる。

 

 

「お兄ちゃん、お願い」

 

「了解」

 

 

 声を潜ませてそう俺に伝える。それを受け、俺はバッグからA4サイズの紙を取り出し、生徒会室のテーブルに広げた。

 

 

「申請書に書き切れないほどの数なので書けなかったのですが、私達同好会でリストアップしたこれらの候補地全てで開催しようと画策しているところです」

 

 

 これには同好会のみんなが候補として挙げたライブ会場全てを載せている。

 

 申請書には会場の記入欄が大体三行分くらいしかなかった。だからここに十個以上あるライブ会場の候補を書き記すには、箇条書きは愚か、詰めて書いたって足りない。会場欄を空白にせざるを得なかったのだ。

 

 まあそもそも、こんなに広い範囲である一つの部活がイベントを行うなんて前代未聞だろう。

 

 

「こんなに……確かに、コストの面では実現不可能ではありません。しかし、スクールアイドル同好会のためにそれだけの経費を与えるのは、他の部や同好会から反発を受けることも考えられますので……」

 

 

 若月達は興味津々でその書面を見るが……まあ、そこは引っかかるよな。

 

 

「そのことなら心配ありません! これを見てください!!」

 

 

 すると、ここでかすみちゃんが意気揚々と意見書が山盛りされたかすみんBOXをドスンと音を立ててテーブルに置いた。

 

 

「これは……?」

 

「みんなの声が聞きたくて、みんなに意見を聞いてみたんです! そしたら、こんなに集まったんです!」

 

「こんなに……それは、凄いですね」

 

 

 この光景には、普段冷静な生徒会の子達も驚きを隠せないようだ。そんな中、侑は彼女達への説得を続ける。

 

 

「はい! それに、私達に協力的な部や同好会もいるんです! だから……いけると思います!」

 

「なるほど……」

 

 

 実際にBOXの中に入った意見書を取り出し、中身を読みながら頷く生徒会の子達。一方、生徒会長の菜々ちゃんは落ち着いた様子で会長席に座って見守っている。まあ、実は落ち着いてるように見えて内心そわそわしてたりするかもしれない。

 

 

 そう考えていると、生徒会書記の左月と右月がほぼ同時に眼鏡の端をクイっと触り、それぞれこう呟いた。

 

 

「……これなら、申し分もありませんね」

 

「そうですね。承認するには十分な内容です」

 

 

 おっ、これは……

 

「……生徒会長、私からも何も言うことはありません。如何でしょうか?」

 

「「……!!」」

 

 

 副会長も了承してくれれば、あとは菜々ちゃんが判子を押してくれれば……

 

 

「……とても素晴らしい案だと思います。この申請書、承認します」

 

「「ありがとうございます!!」」

 

 

 生徒会室に承認の判子がドスンと響くのと同時に、侑とかすみちゃんは喜びを分かち合った。

 

 

 ……ふう、これでやっと第一段階達成だな。これからが正念場だ。

 

 

「よし……ありがとな、みんな」

 

「あっ、いえいえ……それにしても、先輩に敬語で接されるとは思ってもなくてびっくりしました」

 

 

 ……あっ、気づかれたか。でも、若月達が俺の敬語を聞くのは初めてだったな。

 

 

「あぁ……まあ、今回は俺がお願いする立場だからな。礼儀を持つべきだろうと思って敬語で話したが……変だったか?」

 

 

 何だろうな、俺が年上だからといってこの場で菜々ちゃん達にタメ口を使うのは違うだろうと思うのさ。まあ、年下の子にも敬語を使うというのは意外かもしれないな。

 

 

「そんなことはないです! ただ、ちょっと新鮮だったと言いますか……」

 

「あー、なるほどな」

 

 

 少し目を逸らしながら眼鏡のブリッジに手を当てながらそう答える若月。

 

 ……流石に先輩から敬語を使われるのはむず痒かっただろうか。

 

 

「……そういえば、前に先輩がおすすめしてたスクールアイドル同好会の動画、一通り見てみました」

 

 

 すると、若月は少し柔らかな笑顔でそう話してきた。

 

 

「おっ、マジか! どうだったか?」

 

 

 純粋に感想が気になったので聞いてみると……

 

 

「それが……私、スクールアイドルにハマってしまって……」

 

 

 ……おぉ、まさかハマるまでいっちゃったか。これは嬉しいことを聞いたな。

 

 

「えっ、副会長もスクールアイドルを好きになっちゃったの!? うんうん、その気持ち分かるよ〜! それで、誰が推しとかあるの!?」

 

 

 すると、いつの間にか俺達の会話を聞いていた侑が若月の隣に座り、距離をグイグイと詰めながらそう訊いていた。

 

 おいおい、興奮する気持ちも分かるが、若月も恥ずかしそうに目を逸らしてるじゃないか───と思っていると……

 

「──優木、せつ菜ちゃん……」

 

「……ほほう」

 

 

 侑への返答として答えたその名前……

 

 

「……!?」

 

 

 実は本人がここにいるんだよなぁ……今は中川菜々、なんだが。

 

 

 ……菜々ちゃん、驚きや嬉しさなど色々感情が湧き上がってるかもしれないが、ここは何とか抑えてくれ……

 

 

「せつ菜ちゃんか〜! いいね、私も好きだよ!」

 

「……でも! 私はまだ好きになったばかりで、『好き』っていうのは烏滸がましいというか……!」

 

 

 ……ふふっ。もうそう思えてる時点で、若月は熱狂的なファンになる第一歩を踏んでるじゃないか。

 

「いやいや、そんなことはないと思うな。きっとせつ菜ちゃんもそれ聞いたら喜ぶぞ?」

 

「先輩……そうですかね」

 

「そ、そうです! せつ菜さんだって、貴方に応援されることを望んでいるはずですから!」

 

 

 えちょっ、菜々ちゃん!? そこで口挟んだら誤解……というかバレるリスクが高くなるぞ!? 

 

 まあ確かにこんな熱意を持っているのを聞いてしまったらそうなっちゃうのも無理はないが……!

 

「会長……もしかして……!」

 

 

 ……あぁ、マズい。彼女は賢くて鋭いだろうから、バレてしまうのも間違いなしか……

 

 

「会長も、せつ菜ちゃんのファンなんですか!?」

 

「……えっ?」

 

 

 ……いやそう来たか。というか、若月ってそんなテンション高くなるんだな。

 

 

 まあこんな訳で、若月と菜々ちゃんは同じせつ菜ちゃん推しの仲間として仲良くなったようだ。あと、左月ちゃんと右月ちゃんも少しスクールアイドルに興味があるようだから、二人にも同好会のMVをおすすめしてきた感じだ。

 

 これから、夢のスクールアイドルフェスティバル開催への道が始まる。そんな時だった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……よし、今日も色々調べるとするか」

 

 

 丁度太陽が沈み、外は真っ暗で夜が更けた時間帯だ。

 

 俺は自室にあるパソコンの前に座り、パソコンを起動している。

 

 

 最近、この時間帯はピアノに触れる時間にしているが、今日は少し趣向を変えてみようと思う。

 

 

 俺の目指す目標の一つに、世に曲を出せるほどの作曲が出来るようになることがある。しかし、作曲をするにはメロディのインスピレーションが欠かせない。

 

 つまり、作曲活動を復活するためにも、色んな曲を聞いてメロディーの引き出しを増やす必要があるのだ。

 

 

 俺は元々、J-POP系とクラシックの曲しか触れてこなかった。そこで今日は、海外で生まれた楽曲、所謂洋楽について調べて聴いてみようと思う。きっと洋楽にしかないメロディラインや展開があるに違いない。

 

 

 ……よし、パソコンの起動が終わったから調べてみよう。

 

 

「洋楽のトレンドって今どうなってるんだ……? おっ、出た。この曲は……」

 

 

 手っ取り早く洋楽で一番流行っている曲を調べてみたが……この曲、テレビで話題になってて見たことがある曲だ。聞き流してたからどんな感じだったかは全然覚えてないが……よし、聞いてみよう。

 

 

 そうして動画サイトに曲名を打ち込み、一度通しでその曲を聴いてみる。

 

 

「……おぉ、オシャレでスタイリッシュな曲だ」

 

 

 聴いてみると、やはりJ-POPとは違う、落ち着いたメロディラインでありながら、心にグッと何かが来るような曲だった。なかなか新鮮な気分だが、なかなか好きかもしれない。

 

 

 こういう時は誰が作曲したかを見るのが俺の中のセオリーだ。

 

 曲の概要欄に──あった、Taylorさんという作曲家さんだ。この人が作ってる曲を調べるために、色々情報が載っているサイトを調べてみた。

 

 

 すると、なかなか面白い情報を見つけた。

 

 

「ほう……家族揃って音楽家か」

 

 

 どうやら世の中では『Taylor家』として有名らしい。彼のお爺さんは指揮者で、よく見れば昔見たクラシックの曲の動画で指揮者をやっていた人だった。そして奥さんはオペラ歌手、長女は彼と同じく作曲家らしい。

 

 凄い……まさに音楽一家って感じだ。

 

 

 しかも、次女が作曲家デビュー間近だという話も載っていた。

 

 

 しかし俺はある事に気づいた。Taylorさんの奥さんの歳、長女の歳を考えれば、その次女が成人しているほどの歳になっているとは思えないのだ。つまり───

 

「……まだ未成年じゃないか!?」

 

 

 おっと、声のボリュームを下げなければ……

 

 

 そしてなんなら、俺より年下の可能性が濃厚だ。予想が正しければ、俺が作曲を始めた年、中3くらいだろうか。

 

 まあ、そんななんの根拠もない予想がジャストで当たるはずがないが……

 

 

「俺と同じタイミングくらいで世界的な作曲家デビューか……途轍もない天才なんだろうな」

 

 

 元々の環境が大きく異なるが、彼女に世界に楽曲を届けられるほどの才能があることは間違いないだろう。

 

 

 俺に、作曲する才能は───

 

 

 

 いや、あると信じて進むしかないじゃないか。そうやって進んでいった先に何か素晴らしいことが待っている、そうに違いない……

 

 

 こんな思考をしてしまうのも、最近の疲れが溜まってるからだろうか? ならば、今日は早めに休むべきかな。

 

 最近は毎日が楽しい。勿論考えることは沢山あって疲れるが、その疲れは必ずしもネガティブなものではない。作曲だって、日に日にスキルを得ている実感がある。そんな充実感を持てるのはいいことだろう。

 

 

「……さて、研究を進めるか」

 

「お兄ちゃん! 今大丈夫?」

 

 

 作業に戻ろうとすると、部屋のドアからノックの音が聞こえたと同時に、侑が顔を出した。ただ、侑だけでなく……

 

 

「おう、いいぞ……って、歩夢ちゃん? ここに来るのは久々だな」

 

「こ、こんばんは。今日は、侑ちゃんから話があると聞いて来ました……」

 

 

 なんと、歩夢ちゃんもいたのだ。ここに来るのはいつ以来だろうか。隣同士だからよくうちには遊びに来ていたが、俺の部屋に来るのはとても久々だ。

 

 

「実はそのことなんだけど、お兄ちゃんにも聞いて欲しいんだ」

 

「ほう……随分畏まっているが、どうしたんだ?」

 

 

 一体話とは何だろうか……? 

 

 

「うん……あっでもその前に、一旦ピアノ借りていい?」

 

 

 俺のピアノ……? あっ、もしかしてついに歩夢ちゃんにピアノの腕を見せようとしてるのか? なら───

 

「お、おう。いい……」

 

 

 

 

 そう言いかけた瞬間だった。

 

 

 

 

 

「───ねぇ。もしかしてそれって、ピアノを弾き始めたったこと?」

 

 

「「……えっ?」」

 

 

 

 

 歩夢ちゃんから聞いたこともない怒っているかのような声に、場の空気が一気冷えた。

 

 

 

 

 ────そこからのことは、俺には何が起こっているのか分からなかった。ただ分かったことは、歩夢ちゃんが『感情』を見せた事だ。そして……

 

 

 

「どうしてっ……」

 

 

 

 俺のベッドに顔を埋め、自分を責めるようなことを言っていた歩夢ちゃんの姿の残像が、俺の目に焼き付いた。

 

 

 

 

 ──────スクールアイドルフェスティバルの開催に向けて、()()()と一緒に進もうとしていた時のことだった。

 





灯台下暗し


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第79話 今と‘俺’……?

 

 

『────せつ菜ちゃんの方が大事なの!?」

 

 

 

 歩夢ちゃんが感情を露わにして、侑にそう問い詰めた昨夜。

 

 

 

 俺はその出来事が衝撃的で、今になっても頭から離れない。

 

 

 あれから夜が明けると、歩夢ちゃんは一見曇り一つないような表情で、いつも学校に行く時に待ち合わせる場所にやってきた。

 

 

 侑が昨夜のことを聞こうとしても、歩夢ちゃんは『気にしないで』の一点張り……あの出来事が大したことではない、ちょっと魔が差しただけだというような反応だった。

 

 

 ……しかし、彼女の魔が差した故のあの行動を、俺はちょっとしたことではないと感じている。

 

 

 あんな苦しそうな表情、彼女が大丈夫なはずがない。

 

 

 

『私の夢を一緒に見てくれるって……ずっと隣に居てくれるって、言ったじゃないっ……』

 

 

『私だけの……侑ちゃんで居て……!』

 

 

 

 彼女の一連の言葉を聞いた直後は、その場の雰囲気に呑まれるあまり動揺していて、その真意を汲み取ることは出来なかった。

 

 でも一夜明けて、ある程度落ち着いて考えられるようになった。

 

 

 そして俺が辿り着いた結論は───侑が離れていくように彼女は感じているのではないかということだ。

 

 

 また、そのきっかけが侑とせつ菜ちゃんの距離が縮まったことに対する嫉妬という感情が生じたからだとも考えた。

 

 

 侑とせつ菜ちゃんは最近よく一緒にいて、仲良く会話している様子はよく見かける。実際今日もその二人と俺は、東雲と藤黄のみんなと打ち合わせを行っているしな。歩夢ちゃんが『自分より仲良さそうだな……』と思ってしまってもおかしくないのだ。

 

 

「企画・スケジューリングは、侑さんにお願いしてあります。侑さん、あれをお願いします」

 

 

「……」

 

 

「……侑さん?」

 

 

「……! ごめんごめん! あれね……!」

 

 

 あぁ、せつ菜ちゃんの呼びかけにも流石に上の空か……多分侑も俺と似たようなことを考えているのだろう。

 

 

 歩夢ちゃんは今頃協力してくれる虹ヶ咲の生徒達と打ち合わせをしているだろうが……ちゃんと臨めているだろうか?

 

 

 ……しかし、今思えばこのところ歩夢ちゃんの様子がおかしかった気がする。奥手であまりみんなと話さない彼女にしては、妙に上の空だったり、少し暗そうな顔をしていた。

 

 俺も俺なりに彼女のことを気にしてきたつもりだったが……クソッ、何故すぐに対処できなかったんだ……!

 

 

 ……ともかく、一度侑と二人でちゃんと話す必要がある。ただ、今はスクールアイドルフェスティバル開催に向けて話し合いを重ねる必要がある。目の前のことに集中しなければならない。

 

 

「……あの、徹先輩」

 

「……ん、おう。どうしたんだ?」

 

 

 不味い、遥ちゃんの呼びかけに少し反応が遅れてしまった。

 

 

「あっ、いえ! 先輩、少し体調が優れないのかなと思いまして……無理はしないでくださいね?」

 

 

「あ、あぁ……大丈夫だ。心配させちゃったようですまんな」

 

 

 周りに心配掛けるほど考え込んじゃってたのか……これはいかんな。頭を切り替える必要がある。スクールアイドルフェスティバルのために一所懸命に……集中しろ。

 

 

 自分の頭にしつこく言い聞かせながら、俺は話し合いを進めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「侑さん、徹さん、今日はお疲れ様でした!」

 

 

「おう、せつ菜ちゃんもお疲れ様」

 

「……うん、お疲れ様」

 

 

 スクールアイドルフェスティバル参加者による打ち合わせは、話がまとまった上で幕を閉じた。

 

 今はその帰り道、侑とせつ菜ちゃんの3人で学校へ戻ろうとしているところだ。

 

 

 俺は何とか頭の中で渦巻いていた思考を抑え、議論を進めることが出来た。

 

 しかしその一方、侑は終始浮かない様子だった。

 

 

「……何かあったんですか?」

 

「えっ? ……う、ううん! なんでもないから、気にしないで!」

 

 

 心配そうな表情で侑の顔を覗くせつ菜ちゃん。

 

 あぁ……やっぱりせつ菜ちゃんは気づくよな。なんなら、あの場にいたみんなが彼女の様子を気にしていたと思う。

 

 

「嘘を吐かないでください」

 

「……!?」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんは真剣な様子で侑と正面で向き合った。

 

 せつ菜ちゃんの中では、彼女に何か悩みがあるということを確信しているのだろう。彼女は続けてこう話した。

 

 

「合宿で料理を作った時の表情に似てました。侑さんのことが心配です。話してくださったら、侑さんの力になれるかもしれませんから……!」

 

 

 そうか、確かに侑はあの時も似たような様子だったな。それはすぐに気づかれてしまうな。

 

 

 でも、多分侑は……

 

 

「……ふふっ。ありがと、そう言ってくれて……確かに、少し悩みがあるのは事実だよ。でも、そんなに大したことじゃないから心配しないで」

 

 

 本当の事は話せない……よな。せつ菜ちゃん達は今、スクールアイドルフェスティバルに向けて活き活きとその準備に邁進してもらいたい。それを考えると、俺たち3人の問題に仲介してもらう訳にはいかないのだ。

 

 

「ですが……! ……徹さんも何か知ってるんですよね? 貴方も少し考え事をしている素振りをしてましたので……」

 

 

 ───俺もそんなに分かりやすかっただろうか? 確かに最初辺りは只管考え込んでいたから、そこで察されてしまったか……でも、ここは彼女を安心させたい。

 

 

 俺が彼女に弁明しようとすると……

 

 

「……あぁ、それは───」

 

「あれは……歩夢!」

 

 

 侑が驚く声を上げた。

 

 

 その視線の先には、ピンク色の練習服を着た歩夢ちゃんが歩いていた。

 

 

「───ちょっと行ってくる!」

 

「あっ、おいちょっと待て!?」

 

「侑さん!?」

 

 

 すると、侑は一目散に走り出した。

 

 

 ……多分、歩夢ちゃんと真剣に話し合おうとしているのだろう。どんなことを話そうとしているのか俺には分からないが、ここは俺もついていくべきか。

 

 

「……すまん、俺は侑の後を追う。あと、俺達のことは気にしないでくれ。ホント、心配してくれてありがとな!」

 

「あちょっ、徹さん!?」

 

 

 せつ菜ちゃんには申し訳ないが、俺は彼女に心配させないように声を掛け、侑の後を追った。

 

 

 

 

 

 侑の背中に追いつくと、その向こうには歩夢ちゃんが立っていた。

 

 

「良くないよっ!!」

 

 

 追いついて最初に聞こえてきたのが、その侑の説得するような言葉だった。

 

 

「私、昨日歩夢に伝えたいことがあったんだ」

 

 

 侑は改めて、昨日話したかったことを伝えようとしているようだ。侑は一息してから、意を決してこう続けた。

 

 

「私、やりたいことが……夢ができたんだ」

 

「……!」

 

 

 侑に……夢が出来たのか……!

 

 合宿の時、夢が見つからなくて焦っていた彼女が、ついに夢を見つけたんだな……

 

 

「実はこのこと、せつ菜ちゃんにもまだ言ってないんだ……だから、歩夢とお兄ちゃんには最初に伝えたくて」

 

 

 ふむ……その具体的な内容が気になる。それで、歩夢ちゃんはどんな表情を……

 

 

「……嫌」

 

「……えっ?」

 

 

 歩夢ちゃんは、絶望と恐怖を感じているような表情をしていた。そして、再び彼女は感情を露わにする。

 

 

「それって、私と一緒じゃなくなるってことでしょ!? 分かるよ! だって侑ちゃんがこんなこと言うの初めてだもん!!」

 

 

 一緒じゃなくなる……か。やはり、彼女は侑と離れる可能性を危惧しているんだな……

 

 

「嫌だよ……私のスクールアイドルの夢はこれからなのに! 二人がいなきゃ……私は一歩も前に進めないよ……」

 

 

 ……えっ、二人────?

 

 

 俺はその単語を聞き、頭の中が一気に疑問で埋め尽くされた。

 

 

 二人のうち、片方が侑なのは自明だ。じゃあもう一人って……

 

 

「……そんなことっ!」

 

「あるんだよ!! あるんだよ……」

 

 

 震える声が、言葉を紡ぐにつれて徐々に小さくなっていく。

 

 

「それに、徹さんも……!」

 

「……えっ?」

 

 

 歩夢ちゃんの悲しそうな顔が俺へと向いた。

 

 

 ……じゃあ、やっぱり……

 

 

「───っ!!」

 

「あっ、歩夢!!」

 

 

 すると、彼女は俺の横を走り抜けていった。

 

 

 ────寂しそうな背中が、少しずつ遠ざかっていこうとしていた。

 

 

「……っ! 待ってくれ、歩夢ちゃん!」

 

 

 ……俺は、歩夢ちゃんと話したい。彼女の誤解を晴らす義務があるのだ。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「はぁ、はぁ……歩夢ちゃん……」

 

 

 歩夢ちゃんの背中を追いかけていると、河川敷らしき場所で彼女の足が止まった。

 

 

 少し気が落ち着いたのだろうか、彼女は俺の方へと向いて一礼をした。

 

 

「徹さん……ごめんなさい、色々困るようなこと言っちゃって……」

 

 

 彼女の目は少し赤く腫れており、涙を流した跡が残っていた。

 

 

「違う……謝るのは、こっちの方だ……ごめん。俺、歩夢ちゃんがそんなに辛い思いをしていることに気づけなくて……」

 

「……ううん、これは私がワガママなだけですから……」

 

 

 違う……歩夢ちゃんは大切な……唯一無二な幼馴染だ。そんな幼馴染が、俺のせいで辛い思いをしているにもかかわらず、当人が何も対処をして来なかった。

 

 

 全て俺のせいなのに……なぜ俺は二の句を継げないんだ……?

 

 

「……徹さん」

 

「……なんだ?」

 

 

 すると、彼女は俺から視線を逸らしながら、こう訊いてきた。

 

 

「……また作曲を始めたって本当ですか?」

 

 

「……えっ!?」

 

 

 それは、俺がまだ歩夢ちゃんに話していないことだった。

 

 冷や汗が流れるのを感じながら、俺は彼女の発言を傾聴した。

 

 

「合宿の時、せつ菜ちゃんと話しているところを聞いちゃって……本当ですか?」

 

 

 ……そうか、あの場に居合わせてたのか。全く人気は感じなかったが、話の内容も聞こえたのだろう。

 

 

 ……侑も、ピアノを始めていたことを彼女に黙っていて、それを知られたがゆえに昨夜のようなことが起きた。

 

 

 今から言うことは単なる言い訳になってしまうが、ここはちゃんと彼女に誤解がないよう弁明する必要があるな……

 

 

「……あぁ、本当だ。このことは……実は、歩夢ちゃんには曲が作れるようになってから言おうとしてたんだ」

 

「えっ……そうなんですか……?」

 

 

 俺が歩夢ちゃんにこのことを黙っていたのは、意図的なものだったのだ。そして、それにはちゃんとした理由がある。

 

 

「……俺が文化祭で曲を披露した翌日、俺の教室に歩夢ちゃんが来てくれたことがあったが、覚えてるか?」

 

「……うん、もちろん覚えてるよ」

 

 

 俺の問いかけに、彼女はうんうんと頷いてくれる。

 

 

 そう、そもそも俺がみんなに……妹の侑にさえ黙っていた()()()の事が関連してきている。

 

 

「合宿の時話したが、その前日の夜、俺は失意に落とされていた。それで、侑の言葉があって立ち直ったと言ったと思う」

 

 

 これらは、合宿の時に同好会のみんなに話したことだ。

 

 

「でもな、あの時に歩夢ちゃんから貰った感想も、実はとても嬉しかったんだ」

 

「そうだったんですか……あの時はまともな感想を言えなかったけど、良かった……」

 

 

 歩夢ちゃんが教室にやってきたのは、文化祭に披露した曲について感想を伝えるためだったのだ。あの時の歩夢ちゃんは、彼女にしては珍しく少し感情を昂らせていた。

 

 

「あぁ……それであの時、俺の曲をもっと聴きたいって言ってくれたよな? だから俺は、ちゃんとした曲を作れるようになってからそれを話して、作った曲を聴かせたいと思ったんだ」

 

「だから、私に話さなかった……?」

 

 

「……そうだ。でも、それが歩夢ちゃんを不安な気持ちにさせてしまったんだよな? だから……黙ってて、本当にごめん」

 

 

 俺は、歩夢ちゃんと正面で向き合い、深々とお辞儀をした。

 

 

 歩夢ちゃんは……怒ってるだろうな。

 

 

 ……そう思っていたが、思わぬ言葉が返ってきた。

 

 

「……もう、徹さんは変わってないね」

 

「……えっ?」

 

 

 変わってない……それは、昔の俺……だろうか? 俺としては、今と昔では大分変わった気がするが……

 

 

「昔から徹さん、妙に勿体ぶってたよね。ほら、私と侑ちゃんにアイスを買ってきた時だって『どんなアイス買ってきたと思う?』って、私達が当てるまで渡さなかったし」

 

 

 歩夢ちゃんは、少し微笑みを見せながらそう話してくれる。

 

 勿体ぶる……確かに、そうかもしれない。

 

「ぐっ、あの時のことか……あれは本当に俺がバカだったと思ってるよ……」

 

 

 なんだかあの頃を思い出す度に、昔の俺って何でもかんでも考えなしに行動してたなぁと恥ずかしくなるものだ。正直、あまり思い出したくないと思うこともあるな……

 

 でも、そうやって笑顔で話してくれるってことは、許してくれるってことか……?

 

 

 そう考えていた矢先、歩夢ちゃんの様子が─────

 

 

「うふふっ……でも、そんな徹さんも今はとっても立派になって……周りに、沢山の友達が……できて……っ」

 

「歩夢ちゃん……?」

 

 自分の顔を隠すように後ろを向き、言葉交じりに嗚咽を漏らしている。

 

 

 泣いている……?

 

 

 そう思って、彼女の顔を覗こうとしたその時────

 

 

「っ……! ごめんなさい!!」

 

「あ、ちょっ……!?」

 

 

 彼女は、この場を走り去ってしまった。

 

 

 その時、俺には彼女を追う余裕が無くなっていた。

 

 

 彼女の言葉が脳裏によぎり、その言葉を噛み締めていく内に、俺はある一つの疑問が浮かんだ。

 

 

「俺ってやつは……今まで一体何をしてきたんだ?」

 

 

 昔の俺のことを、好んでよく話してくれていた歩夢ちゃん。

 

 

 ……じゃあ、今の俺は一体何なのだろうか? と。

 

 

 

 遠くに望む虹ヶ咲の校舎の横に、痩せ細った三日月が弱々しく灯っていた。

 





 ネガティブなアイデンティティは、何でも改新すべきか────?


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第80話 原因と策

 

 

 

「あっ、お兄ちゃん……おかえり」

 

「おう……ただいま」

 

 

 日が長いはずなのに、もう日が沈もうとしていた頃合い。

 

 碌に何も考えられないまま、自分の家であるアパートの階段を上り、扉を開けた。

 

 すると先に帰っていたのだろうか、侑が帰りを出迎えてくれた。

 

 彼女の服装は既に『ぱ』という文字が書かれた黒い部屋着だから、大分前に帰ってきたのだろう。

 

 

 ただ、その侑の表情は明らかに曇っていた。

 

 

 侑が伝えようとしていた夢を拒絶……いや、それ自体を拒絶されたというよりかは、相手が理解することを拒絶したというべきか。それにしても、彼女だって相当ショックを受けてるに違いない。

 

 

「歩夢と、話せた……?」

 

「……あぁ、話したよ」

 

 

 ……でも、本来それを慰める役割をもつはずの俺さえも、ネガティブな感情に支配されている。

 

 あぁ、今の俺ってどんな表情をしてるかな……流石に侑だって立派な高校生だし、絶対心配させちゃうよな……

 

 

「……ねぇお兄ちゃん、何かあった?」

 

「えっ……そ、それは……」

 

 

 心配そうに俺の顔を伺う侑。

 

 

 やっぱりなぁ……

 

 

 ……侑には話すべき、だよな。

 

 

 でも……なんて話したら良いんだろうか。頭の中が色んな感情で埋め尽くされて、その中から適切な言葉を取捨選択することが出来そうにない。

 

 やっぱり俺は誰かに相談することに慣れてない。上手く話せるかな……

 

 

「……お兄ちゃん」

 

 

 すると、彼女は俺の右手を取り、両手で包みこんだ。

 

 

「……!」

 

 

 この暖かい手と表情……優しい合宿の時を思い出すな。あの時も、こうやって優しくしてくれたよな……

 

 

『私だって、お兄ちゃんのために何かしてあげたいって思ってるんだ』

 

 

『もっと……私のことを頼ってくれないかな?』

 

 

 あの時の侑の言葉が、俺の脳裏を過ぎった。そして俺には、あの時感じたある感情が蘇ってきた。

 

 

 例え拙い言葉で、言い淀んだりしてしまったとしても、何の問題もない。ちゃんと受け止めてくれる……

 

 ……ははっ、また侑に励まされちゃったな。

 

 

「俺は……自分を変えて、良かったか?」

 

「……えっ?」

 

 

 俺は、妹である侑にこれまでの出来事を全て明かした。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……そっか。そんなことがあったんだ……」

 

 

 そう言った後、侑は顎に手を当てて考え始めた。

 

 リビングのソファーに移動し、兄妹並んで座りながら話している。

 

 

「でも、歩夢はお兄ちゃんが成長したことが嫌だったとは言ってないよね? だったら……」

 

 

 確かに、歩夢ちゃんは直接そうとは言っていない。だが……

 

 

「いや、歩夢ちゃんがそこまで正直に言うことはないだろ……それに今思えば最近、歩夢ちゃんが俺に対して妙によそよそしかったなと思うんだ。敬語で、呼び方もさん付けで……」

 

 

 そうであるという根拠が……思い当たる点が数多くある。敬語で接してきたことは、単なる思春期なのではないかと軽く考えていたが、今じゃそうとは思えなくなっている。

 

 

 敬語でさん付けじゃなかった……気を置く事なく、渾名で呼び合って仲良くしていたあの時の俺のことしか話してくれないからな。だから……

 

 

「もしかすると、彼女は昔の俺に戻って欲しいと思ってるんじゃないかって……今の俺は、嫌なんじゃないかって……」

 

 

 正直な俺の今の心境を、侑に吐露した。すると、予想外の反応が返ってきた。

 

 

「……アッハハ、お兄ちゃんはそういうところホント鈍感だなぁ……」

 

「……えっ?」

 

 

 苦笑いをしながら、侑はそんなことを言ってきた。

 

 

 鈍感……前にもそんなことを言われたな。

 

 

「歩夢は……いきなりお兄ちゃんがしっかりし出して、少し戸惑ってたみたい。どうお兄ちゃんに接したらいいか、分からないって言ってた」

 

 

 戸惑った……か。

 

 

 確かにあの時のことを、当時俺は誰にも話してなかった。

 

 

 みんなにとって頼れるお兄さんになろうと、言葉遣いを変えたり、テンションを抑えたり……色々試行錯誤してたのも、親にさえ秘密にしていた。

 

 

 ───大きく態度を変えてしまったから、困らせちゃったのかな……?

 

 

 

「でもね……今のお兄ちゃんのことを嫌だなんて思ってなんてないよ」

 

 

 俺はこの一言に、目を見開いた。

 

 

「むしろ、凄く褒めてたんだ。こんなにすぐに料理が上達するなんて凄い、ってね! あと、裁縫も出来るのかな? って気になってたりしてたな!」

 

「侑……それは、歩夢ちゃんが言っていたことなのか?」

 

「うん。大分前に歩夢が私に話してくれたんだけど、お兄ちゃんには内緒にしててって言われてたんだ」

 

「そうだったのか……」

 

 

 ……なるほどな。

 

 

 そっか……俺が母に料理を教えてくれと頼んで、そこから朝晩と母の調理を手伝いながら独自で腕を磨いたりしたが……そう言ってくれてたんだな。

 

 

「うん。あとは……」

 

「……あとは?」

 

「……ううん、何でもない。だから、大丈夫だと思う」

 

 

 侑が何かを言いかけてやめたが、一体何を言おうとしたのだろうか……? 歩夢ちゃんは、俺についてまだ話したことがあったのだろうか?

 

 

 まあともかく、侑からの話を聞いて少し安心できた気がする。まだ問題は解決していないとはいえ、な。

 

 

「でも、百聞は一見にしかず……っていうじゃん? だから、実際に歩夢に聞いてみるといいよ」

 

「……そうだな。そう出来るよう努力してみるよ。本当にありがとな」

 

「いえいえ〜! ……って、現在進行形で歩夢と喧嘩してる私が言っても説得力ないよね〜……」

 

 

 一瞬侑の表情が明るくなったものの……やっぱりそこは彼女にとってなかなか思うところがあるのだろう。

 

 侑だって問題を抱えてるんだ。だから────俺も兄として彼女の役に立ちたい。

 

 

「……歩夢ちゃんは多分、侑と離れるのが怖いんだと思う」

 

「えっ?」

 

 

 今、俺が分かっていることを侑に話す。

 

 

「お前、夢が出来たって言ってたじゃないか。それも、スクールアイドルフェスティバルという大きなイベントを実行しようとしている……かつ、ピアノの練習もしているタイミングだ」

 

 

 彼女は少し驚いた様子で俺の話を聞いてくれる。

 

 

「そんなことを、侑は今まで経験したことがなかったよな。正直、兄である俺もびっくりしているぞ。だから……侑の夢は、更なる高いステップに上がることなんだと、歩夢ちゃんは予想している。だから彼女は、侑に置いていかれるかもしれないという恐怖心が芽生えている、そういうことかと俺は感じた」

 

「そんな……私が歩夢から離れる訳ないよ……!」

 

 

 侑の拳は少し強く握られてて、感情が昂っているようだった。

 

 

「……でもな、侑。最近歩夢ちゃんと3人で下校した頻度は、同好会に入る前からどうなってると思うか?」

 

「えっ……? ……あっ」

 

 

 俺がそう問うと、侑は何かに気づいたかのように声を漏らした。

 

 

 俺達二人は、同好会でのマネージャーとしての活動に生き甲斐を感じて、没頭していた。同好会に入るまでは、そのように感じるような『何か』がなかった。

 

 ただ、歩夢ちゃんと3人で過ごした時間は、かけがえのないもので……これからも3人でいる時間を作れたらと思っていた……なのにも関わらず……

 

 

「実際、俺も同好会の活動が楽しくて、幼馴染との時間を作れなかったと気づいた。俺達は、そのことを反省すべきなのかもしれない……」

 

「……そうだね」

 

 

 ……こうやって問題の原因を洗い出したものの、解決策は一切見当もつかず、夜は更けた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「はぁ……全っ然作業に集中出来ん」

 

 

 翌日、俺は同好会の部室でパソコンと向き合っていた。スクールアイドルフェスティバルの日程をまとめていたのだ。

 

 

 昨日侑と二人で話したのもあって、色々と心の整理も出来たが……考え込んでしまった故に、全然寝れなかったのだ。

 

 朝、売店でブラックコーヒーを買って飲んだおかげで眠気はない。ただ、脳裏にはやはり歩夢ちゃんとどう仲直りすべきかという問題が付いて離れず、作業に集中できない。

 

 

 日程表どこまで出来たかな……うわっ、まだここかよ。最早進捗皆無だな。こんなんじゃ、みんなが集まるミーティングまでに間に合うか……?

 

 

「失礼しまーす……あっ、徹くーん! 久しぶり〜!」

 

 

 すると、部室の扉が開き、聞き慣れた可愛らしい声が聞こえた。

 

 

「ん、おう。久しぶりだな、エマちゃん。調子はどうだ?」

 

「うん! 相変わらず元気に過ごせてるよ〜」

 

 

 エマちゃんはいつもの優しく温かい笑顔を見せてくれた。

 

 

 ……どうしたものか。みんなの進捗は速いだろうし、俺も追いつかなきゃな……

 

「……あれ、徹くん目にくまが出来てるよ? 昨日はちゃんと寝れなかったの?」

 

「ん……? あ、あぁ、少し作業が捗ってしまってな! 別に悩み事とかがある訳じゃないから安心してくれ!」

 

 

 マズい、昨日寝れなかったことがバレてるじゃないか……

 

 

「ホントに?」

 

 

 凄く心配そうにそう訊いてくるエマちゃん。

 

 

 ……何だか、俺が悩みを抱えていることまで見透かされてる気がする。

 

 

 エマちゃんに話すべきだろうか。合宿の時だって、もっと頼ってよって言ってくれたし……

 

 

 

 ……でも───

 

 

 

「ほ、ホントだって! ……そうだ、スクールアイドルフェスティバルについてだが、エマちゃんの所の進捗が聞きたいんだ。教えてくれないか?」

 

「あっ……う、うん! そうだね!」

 

 

 やっぱり、みんなにはスクールアイドルフェスティバルに向けて集中して欲しい。マネージャーの悩みに付き合わせてはいけないタイミングなのだ。

 

 それにこれは……俺と侑、歩夢ちゃん──3人の幼馴染の中で解決すべき問題だ。

 

 

 






 当たり前と珍しさは表裏一体。


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第81話 モノと想い

 

 

「……はぁ」

 

 

 ───今日で何回目の溜息だろうか。少なくとも、この昼休みの間に5回はしているかもしれないな……

 

 

 

 結局、侑と話し合ったあの時から数日が経ってしまった。スクールアイドルフェスティバルの準備は着々と進んでいるようで、同好会メンバーそれぞれに対して協力してくれる子達は、俺の想像以上に意欲的に取り組んでくれているようだ。

 

 俺は主に生徒会との連携の役割を担っていたりもするから、生徒会のメンバーと共に打ち合わせも行なっている。

 

 そういえば、フェスティバルの運営を支えてくれるボランティアのみんなを対象とした説明会の時には、生徒会のメンバーと俺の他に、せつ菜ちゃんがやってきてたな。その時、せつ菜ちゃん推しだと話していた若月が汗をかきながらも冷静を保とうとしてた、なんてこともあった。まあ、頬も赤くしてたから書記の佐藤姉妹から心配されてて隠しきれてなかったのだけれども。

 

 まあ、そんな感じで俺もスクールアイドルフェスティバルの準備は何の支障もなく進められてはいる。

 

 

 ……でも、一人でいる時はあの事を考えてしまう。

 

 

 歩夢ちゃんとの間には……依然として軋轢(あつれき)がある。

 

 

 その軋轢を無くすために色々考えたものの、これといった解決策は出てきていない。作業や打ち合わせに集中することは出来るようになったが、未だに心の(もや)が濃く残ったままだ。

 

 今は昼休み。みんなはそれぞれの作業場所で昼飯を食べているだろう。

 

 そんな中で俺は、俺は一人とある場所に来ていた。

 

 

「この屋上に来たのも、あの時以来か。せつ菜ちゃんのパフォーマンス、凄かったよなぁ……」

 

 

 部室棟の階段を登り切った果てに存在する……屋上へと足を運んでいた。

 

 

 そして、せつ菜ちゃんを侑が説得して、同好会へと戻ってきてくれたあの時を思い出していた。

 

 

 ただ、何故俺はこんな辺鄙(へんぴ)な場所に来ているのだろうか? ……いや、一人で考える時間が欲しいからだと、既に自分でも分かっている。

 

 

「んー……あそこに座るか」

 

 

 屋上の端に位置していたベンチを見つけ、俺はそこに腰掛けた。

 

 

 屋上に人気はこれっぽっちもなく、閑散としていた。

 

 

「はぁ……なんで何も出来ないんだろうな」

 

 

 幼稚園、小学校、中学校……そして高校。歩夢ちゃんとは、長い間ずっと仲良くしてきた数少ない幼馴染だ。彼女が困った時だって、俺なりにアドバイスをしてあげられてたというのに……

 

 ……それだというのに、何故こうなった時に限って何もしてあげられていられないのだろうか?

 

 

 無機質な屋上の床を見つめながら考えていると、屋上の扉が開く音がした。

 

 

「……えっ、お兄ちゃん!?」

 

 

 扉を開けた者の正体は、我が妹の侑だった。

 

 

「ん、侑か。奇遇だな」

 

「えへへ。屋上に誰かいるから少しドキドキしたけど、それがお兄ちゃんで安心したよ〜」

 

 

 ……意外といつも通りに振る舞う侑。

 

 

 あれ以来、侑は元気に振る舞うことが多くなった。多分、俺が家で考え事をしていることが多くなったのを察して、必要以上に暗い雰囲気にしないようにしてくれてるのだろう。

 

 

 ───でも、侑もここに来たってことは……

 

 

「その感じだと、ここに来た理由は……聞くまでもないか」

 

「……うん、お兄ちゃんの思ってる通りだよ」

 

 

 一瞬、彼女の表情が曇った。

 

 やっぱり、同じ理由だったか……それにしても、来る場所まで同じとは流石兄妹といったところか。

 

 

「……っておい、屋上の床で寝っ転がるのか?」

 

 

 侑が目の前で床に仰向けになるのを見て、俺は驚きの声を上げた。

 

 

「いや〜、だって今日天気が良いから……ほら、お兄ちゃんも寝てみて! 日差しが気持ち良いよ?」

 

 

 えぇ……?

 

 いやまあ、確かにうちの校舎は新しいから、床もそこそこ綺麗にはなっている……ように見えるが。

 

 

 ……でも、今思えば今日はいい天気だな。日差しも十分、夏にしては少し気温も控えめで過ごしやすい気候かもしれない。

 

 

「まあ、侑が言うなら……よいしょっと」

 

 

 侑と一緒にひなたぼっこをしようと、俺はベンチから立ち上がり、侑の隣に寝っ転がる。

 

 

「……ホントだ。空も綺麗で清々しいし、気も紛れるな」

 

「でしょ? 少しリフレッシュしたくてさ」

 

 

 ホント、気持ち良いな……

 

 仰向けになれば、見えるのは青い空に浮かぶ眩しい太陽、もくもくと湧き上がっている雲達。それを見せられて、俺も少し気が晴れそうだ。

 

 

「……そういえば、そっちは何か進展あったか?」

 

 

 少し気分が良くなったからだろうか、スクールアイドルフェスティバルの準備の進捗について訊いてみることにした。

 

 

「進展? ……あっ、あったよ! さっきね、歩夢のことをサポートしてくれてる今日子ちゃんから話があってさ。歩夢のために、ステージ作りを手伝って欲しいって!」

 

「ステージ作りか……また急だな」

 

「うん。それに、お兄ちゃんにも協力して欲しいんだって」

 

「俺もか……今日子ちゃんに俺と歩夢ちゃんが幼馴染だって話したっけな……?」

 

 

 今日子ちゃんというのは、璃奈ちゃんの同級生の一人で、歩夢ちゃんのファンになったという子のことだ。そういや、璃奈ちゃんがクラスでどうしているか、今度訊いてみるのもいいな。

 

 そんな今日子ちゃんが、俺にもステージ作りを誘うとは……意外だ。

 

 

 ……そんな事を考えていると、侑の声色が一変した。

 

 

「……今日子ちゃん、歩夢が元気なさそうだって心配してるみたいで……私達がステージ作りを協力すれば、元気なるんじゃないかって言われたんだ」

 

「……そうか」

 

 

 ───歩夢ちゃん、辛そうな表情をしているのだろうか。俺たちが、彼女を悲しませてしまったから……

 

 

「あっ……」

 

 

 すると、周り一面が瞬く間に暗くなった。

 

 空に浮かんでいた雲が、眩く照らしていた太陽に覆い被さってしまったのだ。

 

 

「……隠れちまったな」

 

「……うん」

 

 

 ひなたぼっこが終わった。まるで、呑気にしている場合ではないと俺達を追い込むように───

 

 

「私達……ステージを作ったら、歩夢に喜んでもらえるのかな……?」

 

「……」

 

 

 ……侑の問いに、俺はすぐに答えることができなかった。

 

 どうしたら、今の歩夢ちゃんが笑ってくれるのかが……分からないから。

 

 

「暗くなっちゃうな……もっと明るくいきたいのに……っ……!」

 

 

 騒々しい風の波が俺達を通り過ぎ、目に砂が入っただろうか、痛くて声ならぬ声を上げる。

 

 風が去り、目に入った砂を流してようやく目を開けると……

 

 

「何が暗いんだって〜?」

 

「「うわっ!?」」

 

 

 俺の前に、誰かの顔が現れた。

 

 しかしその顔には見覚えがあった。

 

 

「って、瑞翔(なおと)!? びっくりした〜……もう、急に現れるのやめてくれよな」

 

「ハハッ、君たちが屋上で仰向けになってるもんだからついね」

 

 

 朗らかに笑いながらそう話す親友の瑞翔。なぜ彼はここにいるのか? まさか、瑞翔も────

 

 

「こ、こんにちは、瑞翔先輩……先輩は、何故ここに?」

 

「あー、少しテストをしたくてね」

 

「テストって……あぁ、ロボットのことか」

 

「ご名答。僕が今取り組んでる新しい技術を取り込んだロボットなんだけどさ、いつも正常に動くとは限らないみたいでね〜。こうやって定期的に屋上で動かしてるのさ」

 

 

 なるほど、部活のためにここに来てたのか。ロボットの動作テストに必要な広くて障害物がない場所として、屋上は最適だろう。

 

 

 どんな新しい技術なのか気になるが……まあ、それは今訊かないでおこう。機械系に少し通じている俺でさえ理解するのが難いような説明をしてくるから、俺は良いにしても、侑が混乱してしまうだろう。

 

 

「……そう言う君達は、何故ここにいるんだい? 確かスクールアイドルフェスティバルで忙しくしていると思ってたんだけど」

 

「「それは……」」

 

「……何か悩むようなことがあったりした?」

 

 

 ……ホント、瑞翔は鋭い。洞察に優れているな。

 

 瑞翔にもう一度頼ってしまうことになるが、このまま話してしまおうか……そう一瞬悩んだ瞬間だった。

 

 

「……あの!! 瑞翔先輩に相談したいことがあります!」

 

「侑……!?」

 

 

 素早く立ち上がった侑が、真剣な眼差しでそう話した。

 

 この出来事に瑞翔も少し動揺したが、再び優しい微笑みを浮かべた。

 

 

「おや……一体どんなことかな? 僕のような者が相手で良いなら、話してくれるかい?」

 

「はい、ありがとうございます! それで……」

 

 

 それから、侑はこれまでの顛末を瑞翔に話した。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……なるほど。上原ちゃんと仲直りするにはどうしたら良いのか……ね」

 

「はい……私達、幼稚園の頃からずっと仲良くして来て一度も喧嘩したことが無かったんです。だから、どうしたら良いか分からなくて……」

 

 

 顎に手を当てて真剣な表情で考える瑞翔。それに対して、素直に自分の悩みを明かす侑。

 

 今侑が話したことは、侑が歩夢ちゃんから受けた言葉と行為、そして俺が共有した歩夢ちゃんの今の心情についてだ。

 

 

「ふむふむ……それで、てっちゃんも同じく悩んでるんだよね?」

 

「……あぁ。俺も、今歩夢ちゃんとどうやって接したら良いのかが分からないんだ」

 

 

 俺が侑と同じ悩みを抱えていることは、その通りだ。

 

 だが……

 

 

「それに、俺の場合はそもそも歩夢ちゃんが俺のことを嫌っていないか……心配だったんだ」

 

 

 俺と歩夢ちゃんの二人で話した時のこと……それも悩みの種の一つになっていた。

 

 

「……過去形ってことは、今その心配はないんだね?」

 

「……完全に無くなった訳ではない、ってところだ。侑が歩夢ちゃんから聞いた話を話してくれたから、深刻さはそこまでない。ただ、本人から話を聞きたいんだ」

 

「でも、今の状態じゃ訊けない……そういうこと?」

 

「あぁ、瑞翔の言う通りだ」

 

「ん〜……なるほどね」

 

 

 侑はあぁいう風に話してくれたとはいえ、本人に確認しない以上、その不安は完全に晴れない。

 

 本人からちゃんと話を聞きたいのに……な。

 

 

「幼馴染の仲直り、か……全く、色々と重なり過ぎだね……」

 

「「えっ?」」

 

「あぁごめんごめん、こっちの話だよ……じゃあ、単刀直入に言うね」

 

 

 重なる……? どう言う意味だろうか? 

 

 そんな疑問が浮かんだが、瑞翔が何かを話そうとしたいるので、俺と侑は固唾を呑んで彼の言葉を傾聴する。

 

 

「君達……少し難しく考え過ぎなんじゃないかな?」

 

 

「「……えっ?」」

 

 

 瑞翔の思わぬ反応に、俺達は拍子抜けになった。

 

 俺たちの表情を見て少し微笑むと、そのまま話を続けた。

 

 

「……分かるよ。自分にとって大事な人のことになると、単純なことにも気づかなくなっちゃうんだよね」

 

 

 まるで懐かしむようにそう話す瑞翔。

 

 

 大事な人……か。確かに、歩夢ちゃんは俺にとって大事な人だ。

 

 

「まあ……二人の話を聴くからに、上原ちゃんは君達からの()()を待ってるんじゃないかと思うよ」

 

()()……ですか?」

 

「うん。上原ちゃんは『二人が離れていっちゃう……』って思ってるみたいだけど……実際二人は、上原ちゃんから距離を置こうとは微塵にも思ってない訳だよね?」

 

「「……! 勿論です!(当たり前だ!)」」

 

 

 俺と侑の大声が重なり、屋上全体に響き渡った。

 

 俺もこんなに声を出すつもりはなかったが……でも、これが咄嗟に出た正直な気持ちだ。

 

 

「……それで、その気持ちを本人に伝えたのかな?」

 

 

 離れないという意思を伝える……

 

 よく考えれば、俺たちはまだそれを歩夢ちゃんに伝えてすらいないじゃないか……本当に俺たちは、初歩的なところを見失っていたのか。

 

 

 ───いや、でもな……

 

 

「それは……でも、伝えるだけじゃダメな気がするんだ。歩夢ちゃんは、言葉だけでは納得してくれなさそうな気がするんだ」

 

 

 これは、俺と歩夢ちゃんが二人で話したあの時を思い出して感じたことだ。

 彼女は俺の言葉を完全に受け入れられていない……俺たちに見えない壁を作っているようにも感じた。

 

 だから、いくら俺達が言葉を贈っても、それは()()届かないのではと思った。

 

 

「うーん……まあ、それは僕も同意見だよ。だから……言葉がダメならば、モノだったらどうだい?」

 

「モノ……」

 

 

 瑞翔が言った言葉を反芻する侑。

 

 

「ほら、モノって形に残るじゃん? 相手のことを考えて選んだり、作ったりしたモノを渡せば……言葉以上に想いを伝えられると思うんだ。だから、二人とも上原ちゃんのために何かを贈る、というのはどうかな?」

 

 

 なるほど……言葉で伝えられないなら、その想いを込めたモノを贈れば、ちゃんと届くかもしれない。

 

 

「歩夢のために……あっ!」

 

 

 すると、侑が何かを思い出したかのように声を出した。

 

 

「……ねぇお兄ちゃん。今日子ちゃんの提案、受けてみようよ!」

 

 

 ……! それがあったか。

 

 

「……なるほど。歩夢ちゃんのためにステージを作ろうってことだな?」

 

「うん! 私達は、今歩夢のことをこんなに想ってるんだよって伝えようよ!」

 

 

 ……俺も、歩夢ちゃんに伝えたいことをステージに込めて、贈りたい。

 

「……分かった。俺も引き受けよう!」

 

 

 よし、やっと問題の解決へ向けて一歩前進ってところか……!

 

 

「えへへ! さっそく、今日子ちゃん達のところへ行かなきゃ……!!」

 

 

 すると、侑はいきなりその場から走り出そうとした。彼女の咄嗟の行動に、俺もついて行こうとするが……

 

 

「えちょっ、俺を置いていくな───」

 

「……あっごめん、てっちゃんにだけ伝えたいことがあるんだった」

 

 

 瑞翔にそれを止められた。

 

 

「ん? あぁ、すまん。あいつお礼を言わずに行っちまったから……」

 

 

 全く……後でまたお礼の挨拶に行かせるか。まあ、多分あいつのことだから自分から言って来そうだけれども。

 

 

「ううん、そのことは良いのよ。それより、上原ちゃんがてっちゃんを嫌ってないかって心配してたんだよね?」

 

「あぁ、そうだが……」

 

 

 

「……その心配は無用だよ。僕のところに妹ちゃんと二人で来たことがあったでしょ? あの時、上原ちゃんが最後になんて言ったか覚えてる?」

 

「えっ? それは……」

 

 

 瑞翔にそう言われ、俺はその時の歩夢ちゃんが言った言葉を思い出した。

 

 

『あと最後にその……徹さんを、よろしくお願いします……!』

 

 

 そんなことを、彼女は言っていた。

 

 あの時は何故俺なのか疑問に思った。ただ、歩夢ちゃんは優しいなと感じていた。

 

 

「……あの時の表情、とても切実そうだったよね。しかも去り際に態々僕にそれを伝えるなんてね。それで僕は思ったんだけど────そんな子が、心配する相手を嫌いだって思うことなんてある?」

 

「……!」

 

 

 そうか……彼女は俺のことを心配してくれて、態々瑞翔にそう伝える程に……俺のことを気にしてくれているのか。

 

 

「……そっか、そうだよな。ありがとう。俺、大事なところを見失ってたわ」

 

「ふふっ、良いってことよ〜」

 

 

 ……バカだな。いや、最早大バカと化してるな。そんなことにすら気づかないなんて……それとも、これを『鈍感』っていうのだろうか? それならホント……あいつらの言う通りだな。

 

 

「あと、そうだなー……これだけ言っておこう。歩夢ちゃんのために、ある子達が動き始めてるってことをね」

 

 

 すると、瑞翔は更に衝撃的な話題を挙げた。

 

「えっ!? そ、それって誰だ……?」

 

 

 ある子達が動いてる……? もしかして、歩夢ちゃんをサポートしてる今日子ちゃん達のことか?

 

 

「んー……それは教えられないな。てっちゃん、鈍感だし」

 

「はい!? 何故そこで鈍感が引き合いに出されるのか意味分からないんだが!?」

 

 

 えっ、どういうことだってばよ……普通に考えてそんなこと分からないだろうが……

 

 

「アッハハ、もう仕方ないなぁ……まあ、君とも親しい二人、とだけ言っておくか」

 

 

 俺と親しい二人……だと?

 

 

 ダメだ、ますます分からない……

 

 

「……まあともかく、それでその二人に心配掛けちゃってるってことだよ。てっちゃんが話さなかったのも訳があるんだろうから、ちゃんと訳を話した上で謝るのがいいよ。分かったかな?」

 

 

「お、おう……そうだな。心得ておく」

 

 

 誰なのかは分からないが……確かに、心配を掛けてしまったのは悪いことだ。ちゃんと訳を話して、謝らなきゃな。

 

 

「よろしい! ……ほらほら、これ以上居座ってたら妹ちゃんを困らせちゃうんじゃない〜? さっさと上原ちゃんのために、準備をしてらっしゃい!」

 

 

 色々考え事をしていると、瑞翔は俺の背中をバシバシと叩き、俺をこの場から離れさせようとした。

 

 

「お、おう、そうだな……じゃあ、ありがとう。また明日な!」

 

 

 俺はそう言って、屋上を後にした。

 

 

「……日が眩しいね」

 

 

 屋上に残った瑞翔は、掌で目を影にしながらそう呟いたという……

 

 

 





 慎重さは、その人の想いの強さだ。


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第82話 幼馴染達と共に

どうも。前書きはお久しぶりです。
第82話です!
では早速どうぞ。


 

 

「では、一旦まずステージの飾り付けをしてみましょう!」

 

「おっけー!」

 

「おう、了解」

 

 

 お台場の海沿いに位置するとある公園。俺と侑は、今日子ちゃんを始めとした歩夢ちゃんをサポートする3人のメンバーとともに、これからついにライブステージを試しにセッティングしてみるところだ。

 

 数日前、歩夢ちゃんをサポートしてくれている今日子ちゃん達からステージ作りに関する相談を受けた……いや、そういうよりかは歩夢ちゃんの元気がないことを気にした彼女達が俺達に協力を求めた、と言った方が正しい。

 

 

 ただ、その元気がない原因が俺達であるという……今日子ちゃん達を心配させたのも俺達の責任だから、凄く複雑な心境ながら引き受けたんだよな……

 

 でもだからこそ、俺達は歩夢ちゃんを笑顔にさせるため、精一杯ステージ作りの構想に集中してここまで来れた。あとは形にするのみ……!

 

 

 ……よし、気合いを入れたところで、花を飾っていく作業を始めよう。

 

 

「それにしても、みんなお花のチョイス良いね! 選ぶのにどれくらい時間かけた?」

 

「えっと……一時間半くらいですかね! ずっと花屋さんで選んでました!」

 

 

 花壇を置いていきながら侑は今日子ちゃんにそう訊くと、自信満々にそう答えた。

 

 一時間半……花屋さんにそんなにいる機会なんてなかなかないだろうな。

 

 

「そうなんですよ〜……今日子ちゃんったら、花言葉とか調べたりしてずっとその場を離れなくて……花屋の店主さんに心配されてたんですよ」

 

「おぉ……流石、歩夢ちゃんのファンだな」

 

「当たり前です!! 歩夢ちゃんは私達にとって女神……希望と勇気を与えてくれる存在なんですから!」

 

 

 希望と勇気……良いな、その言葉。

 

 この子達も、同好会のみんなから良い影響を受けているんだな。自分自身が何かした訳でもないが、なんだか嬉しいな。

 

 

「もう今日子ちゃん落ち着いて……そういえば、お二方の花もとっても良かったですよ!」

 

「あぁ、これね〜……この花、とっても歩夢みたいだなぁって……」

 

 

 侑が指差したその花は、鮮やかなピンク色をしたガーベラだった。

 

 侑と一緒に花屋さんに行った時、彼女も悩みに悩んだ挙句、このガーベラを選んでいた。彼女が言うに、歩夢ちゃんのイメージカラーと合っている上に、花言葉も良いらしい。

 

 ガーベラの花言葉……正直俺は未だに知らない。花言葉自体まだあまり学んでないからな……

 

 

「確かに……色もそうですし、凄く健気ですね……!」

 

「だな……そういえば花言葉も考えて決めたって言ってたが、何だったんだっけか?」

 

 

 一度訊いて教えてもらえなかったものの、口が滑って言ってくれる可能性を見込んでもう一度訊いてみる。

 

 

「もー、だからあの時言ったでしょ〜? 歩夢に明かすまでヒミツだって!」

 

「ははっ、そうか……流れで話してくれるかと思ったがねぇ……」

 

「ふふっ、私はそう甘くないんだからね!」

 

 

 侑の口は思った以上に固かった……

 

 

 こうなったら自分で調べてしまえば良い……かもしれないが、ヒミツにされている花言葉を調べることは良くないとどこかで聞いたことがあるのでやめている。

 

 

「それより、お兄ちゃんの花も良い感じだったよね! 見せて見せて!」

 

 

 すると、今度は俺が選んだ花についての話題にすり替えた。

 

 

「おう……これだ」

 

 

 そうして俺が指差した先には─────

 

 

蒲公英(たんぽぽ)……! 良いですね、綺麗です!」

 

 

 明るい黄色の蒲公英があった。

 

 やっぱり、眩しく照らす太陽に伸びるように咲く蒲公英は良いな。

 

 

「ちなみに、この花にした理由はあるんですか?」

 

「あぁ、これはな……って、そうなると少し話が長くなるかもしれないが、いいか?」

 

 

 俺の問いに、四人は縦に首を振る。

 

 俺が歩夢ちゃんのステージに使う花としてこの花を選んだ理由は、俺がまだ幼い歳の時の出来事が関係している。

 

 

「ありがとう。俺達が小学校低学年の頃の話になるんだが、侑が熱で寝込んでいる時に、歩夢ちゃんと二人で侑のためにお花を積みに行った時なんだが……」

 

「あ、その時か〜! 懐かしいなぁ……」

 

 

 侑も思い出したようで、しみじみと懐かしんでいるようだ。そう考えるた、あれからもう十年経とうとしてるのか……時はあっという間に流れるな。

 

 

「だな。それで、俺達が野原を歩いてた時に、俺は不注意で危うく足元の花を踏み潰しそうになったんだ。でも、歩夢ちゃんが声を掛けてくれたお陰で、間一髪踏み潰すことを逃れたんだ」

 

「もー、お兄ちゃんはおっちょこちょいなんだから〜」

 

「おいこらそこ、茶々を入れない」

 

 

 オイオイ、人が真面目に話しているのに弄ってきやがるぞ……まあ、実際あの頃の俺はおっちょこちょいで頼りなかったもんだから間違ってはいない。

 

 

「……その花が、蒲公英だったんだ。歩夢ちゃんはその蒲公英を笑顔で眺めててたのが印象的でな……それが決め手だ」

 

「なるほど! 歩夢ちゃんと徹先輩にとって思い出の花ってことですね!」

 

 

 思い出……ははっ、その通りだな。俺にとっても思い出す度に情けなくなるほど、良い思い出とは言えないが、歩夢ちゃんと過ごす日々の一部であり────大切な思い出だ。

 

 

「まあな。でももちろん、花言葉も考慮したぞ? 歩夢ちゃんらしい花言葉だ」

 

「蒲公英の花言葉……あぁ、なるほどね」

 

「……侑は分かるんだな」

 

 

 ……やっぱり、世の中の女性は花言葉に通じているのだろうか? 女性の中では、花言葉は常識なのだろうか?

 

 俺には分からない世界だなぁ……

 

 

「それは、ね? ふふっ、お兄ちゃんこそガーベラの花言葉を知らないなんてねぇ〜」

 

 

「……侑、手が止まってるぞ。ほら、このままだと日が暮れるぞ?」

 

「はいは〜い」

 

 

 全く、最近兄である俺を弄ることが多くなってる気がするが……まあ、そんな侑も侑だな。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……これで、完成ですね」

 

 

 今日子ちゃんが、完成したステージを見てしみじみととそう呟いた。

 

 あれから数時間が経ち、気がつけば夕焼けとなる時刻になっていた。

 

 

「だな。あとは歩夢ちゃんをここに連れて来ればいいのか」

 

 

 完成したステージを本人に見てもらう為、練習が終わっているであろう歩夢ちゃんに連絡して、こちらから迎えに行くと言った手順を踏むべきなのだが……

 

 

「……どっちがメッセ送る?」

 

「……侑、やるか?」

 

「うー……お兄ちゃんこそ、やらないの?」

 

「え、俺は……うーん……」

 

 

 お互い譲り合いの応酬になってしまい、一向に話が進まなくなってしまっている。

 

 

「もう、お二人とも顔が強張ってますよ。私達以上に緊張してるじゃないですか」

 

「「だ、だって……」」

 

 

 歩夢ちゃんと仲直りするための第一歩に過ぎないことをしようとしてる訳だが……その一歩が俺達にとっては大きな一歩で、慎重になり過ぎちゃってるんだよな……

 

 

 瑞翔(なおと)には『慎重になり過ぎ』と指摘されたが……やはりどうしてもそうなってしまう。それだけ、俺達にとって歩夢ちゃんの存在が大きかったからな……

 

 

 このままではどうしようもない……と思ったその時だった────

 

「……ん? 皆さん、あの姿って……!?」

 

 

 今日子ちゃんが驚いた様子で見つめる先を見ると、そこには一生懸命こちらに走ってくる歩夢ちゃんが遠くに見えた。どうしてここに……? 

 

 確かに、歩夢ちゃんにはそれぞれどこで作業をしているかを話しておいてはいた。だから、俺達がここにいると思って来てくれたのだろうか?

 

 

 だったら……

 

 

「……侑、お前の方が歩夢ちゃんとは付き合いが長いんだ。まず先に話して来い」

 

「……! ……うん」

 

 

 侑の肩に手を置いて語りかけると、彼女は覚悟が滲んだ逞しい表情で頷いた。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

「歩夢!」

 

 

 全力で疾走してきた歩夢ちゃんを、侑が側に寄ってきて出迎える。

 

 

「侑ちゃん……あのね、私……!」

 

「出来たよ、歩夢のステージ!」

 

 

 歩夢ちゃんは何か言いたげなようだったが、侑がそう伝えて彼女をステージの目の前まで誘導する。

 

 

「うわぁ……!」

 

 

 ステージの目の前まで来た瞬間、歩夢ちゃんは感嘆の声を上げ、夢中でステージを眺めている。

 

 歩夢ちゃんのためにみんなで作った、フラワーロード───今日子ちゃんを始めとした歩夢ちゃんをこよなく愛する三人の後輩、侑と俺が想いを込めて作り上げたライブステージだ。

 

 

「実は、3人から相談を受けてたんだ」

 

「歩夢ちゃん、最近元気なさそうでしたから……みんなで一つ一つ、気持ちを込めて作りました!」

 

「歩夢のイメージにぴったりだしね! ……花言葉もあるんだよ」

 

 

 そう言うと、侑は今日子ちゃん達の方を見る。歩夢ちゃんもそれに合わせて彼女達を見る。

 

 そこには、一人一人黄色いガーベラを両手で優しく握っている三人がいた。

 

 

「黄色いガーベラの花言葉は────『愛』……私達の、気持ちです!」

 

「こんな、私のために……」

 

 

 少し申し訳なさそうに俯く歩夢ちゃん。

 

 

「……『こんな』じゃないよ?」

 

 

 侑がそう問いかけたのを皮切りに、今日子ちゃん達が歩夢ちゃんに想いを伝えていく。

 

 

「可愛くて、純粋で───」

 

「いつも頑張っていて───」

 

「私達は、そんな歩夢ちゃんが大好きなんです!」

 

 

 三人が伝え切ると、歩夢ちゃんは幸せそうな笑顔を見せた。

 

 

「侑先輩と、徹先輩が作った花もあるんですよ!」

 

「えっ……?」

 

 

 驚きの声を上げる歩夢ちゃん。侑は彼女の前へと踏み出し、後ろに隠していた花が、歩夢ちゃんの目の前に顔を出した。

 

 

「うわぁ……!」

 

 

 鮮やかなピンク色で咲き誇るガーベラに、歩夢ちゃんは目を釘付けにされたようだ。

 

 

「綺麗……! 花言葉は───」

 

 

「……『変わらぬ想い』だよ」

 

「……!!」

 

 

 歩夢ちゃんは目を見開いた。

 

 

「それだけは、変わらないってこと」

 

 

 変わらぬ想い……二人の友情は幼稚園からずっと続いていて、高校二年生になって色々環境が変わり自分自身も変わった今でも、侑が歩夢ちゃんを想う気持ちは変わらないということだろう。

 

 

 

 目に涙を溜めて幸せそうに微笑む歩夢ちゃんが、今度は俺の方を向いた。

 

 

「徹さんは……」

 

 

 侑が一歩下がり、俺がその前に出た。そして、後ろに隠し持っていた花を彼女の前に表した。

 

 

「……これだよ」

 

「……! これって……」

 

 

 思い当たりのあるような反応をした歩夢ちゃん。やっぱり……覚えててくれたか。

 

 

「そうだぞ。花言葉は──『真心の愛』だ」

 

「……っ!」

 

 

 歩夢ちゃんは、俺が惨めでも、頼りなくても……俺に優しく接してくれて、支えてくれた。

 

 

 その優しさは、何の偽りもない『真心』から来ているのだろうと気づいたのだ。昔からずっと───そうだった。

 

 

 だから、歩夢ちゃんが『真心の愛』を与えてくれるように、俺も歩夢ちゃんに『真心の愛』を与えたい……歩夢ちゃんが困った時には側で支えられる、頼りになる人になりたい、と……

 

 

「───歩夢ちゃん。これからも、俺と仲良くしてくれるか?」

 

 

「……うん! っ……!」

 

 

「「うわっ!(うおっ!?)  ……あ、歩夢(ちゃん)……?」」

 

 

 えっ、歩夢ちゃん……今俺と侑の二人を一緒に抱き締めてくれているのか!?

 

 

 横を覗くと、彼女の目元から涙が溢れていた。

 

 

 あの時の涙とは違う───彼女の表情は、笑顔だった。

 

 

 

「「「あーっ! ずるい〜!!」」」

 

 

 後ろから今日子ちゃん達三人組が混ぜろと言わんばかりに寄ってくる。

 

 

 すると、歩夢ちゃんは全員を抱きしめるように手を広げ────

 

 

「……みんな、大好き!!」

 

 

 嬉しさを発露したのだった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……もう、家に着いちゃったね」

 

 

「だな……」

 

「そうだね……」

 

 

 俺達が作ったステージを、無事に歩夢ちゃんに喜んでもらえ、夜が更けた今、家の前の大きな階段の前にいる。

 

 

 階段の足元を照らす光が重なり、その暖かい光が俺達を歓迎するかのように照らす。

 

 普段ならこのままこの階段を上って家に帰るのだが……

 

 

「……歩夢。私、フェスティバル当日はやることいっぱいだから、歩夢のステージ、見られないと思うんだ……」

 

 

 立ち止まり、少し寂しそうにそう話す侑。

 

 歩夢ちゃんの思いを知っているから、大切な幼馴染のステージを見ることが叶わないことが少し悲しいのだろう。

 

 

「そっか……でも、侑ちゃんは他の場所で頑張ってるんだよね?」

 

「……! うん。バラバラだけど……想いは一つ」

 

 

 歩夢ちゃんから放たれる逞しげな言葉に、俺達は驚いた。

 

 どのようなきっかけがあったかは分からないが、歩夢ちゃんからそんな言葉を聞けるとは思わなかったなぁ……もし誰かが彼女を勇気づけてくれたのなら、その人に感謝しないといけないな。

 

 

「……私ね、音楽をやってみたいんだ。2学期になったら、音楽科に転科したいと思ってる」

 

「そうなんだ……」

 

 

 そうか、音楽科に転科……えっ、転科!?

 

 

 それは重大なカミングアウトだな……まあお互い悩みも晴れたし、そのことも後で話し合うとするか。

 

 

「私は……みんなの為に歌うよ」

 

「みんなのために……か」

 

 

 歩夢ちゃんも……明確な目標を見つけたんだな。侑も歩夢ちゃんも凄いな。

 

 

 ……でも、俺も大きな目標を持ってるぞ。

 

 

「俺は……より多くの人の心を動かせるような曲を作るよ」

 

 

 俺がそう二人に話すと、二人は優しく微笑んでくれた。

 

 

 

 ……俺は高咲家の長男。この三人の中では一番年上だ。

 

 年上は年下の面倒を見て、年下の子達にとってのお手本であり続けるべきだ。誰にも醜い姿は見せてはいけない……そう思っていた。

 

 でも、俺は途中で気付いた。例え情けなくて、悲しみに支配されている時があったとしても……それは仕方ないことであって、その時は仲間に頼って良いのだと。

 

 それを、侑と歩夢ちゃんが教えてくれた。小さい頃から俺と沢山遊んで、その度沢山助けられたこの二人から───

 

 

「……ただ、こうして堂々としてられるのは、俺を励ましてくれた侑と……期待してくれた歩夢ちゃんのおかけだ。二人とも───今までありがとうな」

 

 

 俺は、支えてくれる二人に感謝の意を伝えた。

 

 

「……! 私だって、こうして夢を見つけることが出来たのは、お兄ちゃんと歩夢のおかげだよ……二人とも、今までありがとう」

 

 

 侑……ありがとうな。

 

 

「私も────スクールアイドルになるきっかけをくれた侑ちゃん……そして、いつでも優しく接してくれて、私に勇気をくれた徹さんに感謝してる……今まで、ありがとう」

 

 

 歩夢ちゃん……勇気をくれたなんて、そんな大したことは出来てないと思うが……ありがとう。

 

 

 すると、歩夢ちゃんは階段を駆け上がり、中ほどの踊り場に立った。

 

 

 そして、俺達が贈ったピンクのガーベラと黄色い蒲公英を、彼女のお団子ヘアの側につけた。

 

 

 そこから彼女は、歌って踊って─────その姿は、二人がスクールアイドルの道へと進む決意をしたあの時に重なった。

 

 

 でも、あれから歩夢ちゃんは大きな成長を遂げた。その力強さと勇気が、今の歌と踊りから感じられた。

 

 

 

 これからは、三人と共に支え合って────共に成長して行くよ。

 

 

 

 

 






 友情は、順境と逆境を経験して、如何なる時も衰えない堅固なものになっていく。


次回で12話の内容が終わるかと思われます。ではまた次回!

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第83話 ちゃんと話すこと

どうも!
第83話です。
では早速どうぞ。


 

 

「じゃあまた明日ね、歩夢!」

 

「うん! 徹さんも……また明日」

 

「おう。また明日な、歩夢ちゃん」

 

 

 家に帰ろうと玄関から外に出ようとする歩夢ちゃんを、和やかに見送る俺達。同じアパートで、隣の部屋に住んでいるとはいえ、見送りは欠かせない。

 

 俺達幼馴染三人は、一度は膠着状態になった仲違いを経て、改めてその絆を確かめ合った。

 

 侑が見つけたという夢───音楽の道へと進むことを、歩夢ちゃんは快く受け入れた。それは、例え俺達が離れ離れになったとしても、3人の絆が消えることはない……その意思が伝わったからだろうと思う。

 

 

 そのことに俺は安心感を持ちつつあったが、それとは別に、俺には確かめるべきことがあった。

 

 

「さて、侑。ちょっとテーブルのところに来てくれないか?」

 

「えっ? ……あっ、うん」

 

 

 侑を食卓に呼び寄せ、正面に向き合って座る。

 

 

「さっき初めて聞いたんだが……侑、音楽科に転科したいんだってな?」

 

 

「……そうだよ」

 

 

 覚悟に満ちているかのような表情を見せる侑。どうやら俺がここに呼んだ時点で、この話をすることを彼女は分かっていたようだ。

 

 

 ……一見すると、今から侑に対して反対する姿勢を示すように見えるかもしれないが、俺は彼女にそんなことを言いたい訳ではなく───

 

 

「……本気で音楽科に転科したいのか?」

 

「うん。私、音楽をしっかり学んで作曲できるようになりたい」

 

 

 彼女が音楽の道に進むことはとても大歓迎だ。俺にはそこそこの音楽に関するノウハウがあるから、それを教えることで彼女の夢を応援したい。ただ、音楽科に転科するという方針に少し疑問が生じたのだ。

 

 

「でも、俺みたいに独学で作曲するという方法だってある。それを考えたことはあるか?」

 

「それは……考えたよ。でも、私はお兄ちゃんみたいに音楽の才能が元からある訳じゃないし……」

 

「いやいや、あんな曲を俺の教えなしで作ったじゃないか。とても良いメロディーだったし、それだけでも充分才能があると思うのだが……」

 

 

 侑が初めて作った曲───歩夢ちゃんのパフォーマンスを見た後、侑が思いついたメロディーを歩夢ちゃんに聴かせたいと言うから俺の部屋に歩夢ちゃんを連れて来て、その部屋のピアノで弾かせたのだ。

 

 そのメロディーは、初めて作ったとは思えないほどに美しく儚い旋律で……ただ、どこかしら希望を見せてくれるようなメロディーだったのだ。あれを聴いて、俺が今まで感じていた侑が音楽的センスを持っているという予感は確信に変わった。

 

 

「ふふっ、ありがと。でもあれは短いし、まだ作曲が出来たとは言えないよ」

 

 

 苦笑いをしながらそう話す侑。

 

 

 昔から侑は、自分を本気で凄いと自画自賛する姿を見たことがない。

 

 彼女は……昔から自分に謙虚だ。

 

 

「私ね、自分に自信が持ててないんだ。確かに最近、スクールアイドルフェスティバルを提案して、色々な準備に関われて……とても毎日が充実してるよ」

 

 

 いや、同じように俺だって作曲を始める前は自分に自信を持っていなかったよ。水泳みたいな習い事はしていたものの、それを自信として捉えることはなかった。

 

 ただ、作曲を始めて……()()()に褒められるようになってから、俺は自信を持つようになった。しかし、その自信は確かなものではなく……生半可な自信が後のあの時に仇となった。

 

 

「でもね、それはみんなの力があるから出来ていることなんだ。私自身はまだ、私の力で何かを成し遂げられてないんだ……」

 

「……だから、音楽科に行って自力で学びたい、ってことか」

 

 

 今、彼女は勇気を持って自信を確かなものにしようと、本気で音楽と向き合おうとしている。音楽科に入れば、専門的な知識を得られることができ、作曲の幅は確実に広くなるはずだ。

 

 

 ……俺がやってしまったような過ちを、侑には経験して欲しくない。

 

 だから侑の話を聞いて、彼女はその道を辿ると良いのかもしれない……そう思った。

 

 

「そうだよ。それで私───同好会のみんなのために、曲を作れたらなって思うんだ」

 

「……! ……ははっ」

 

「ん、お兄ちゃん……?」

 

 

 俺はこの言葉を聞いた瞬間、思わず顔が綻んでしまった。

 

 

「あ、いや……俺達、同じこと考えてるんだなって思ったら、なんだか嬉しくてな」

 

「あー……えへへ。やっぱり私達、兄妹だね」

 

 

 全く……侑も同じことを考えてたなんてな。

 

 

 同好会のみんなのために曲を作るなんて、夢のまた夢だと思っていたが……俺もちゃんと作曲が出来るようになったら、もしかしたら二人で────

 

 

 侑がその気ならば、俺は尚更兄としてしっかりサポートしてあげないとな。

 

 

「……分かった。その覚悟、俺も応援するぞ」

 

「……! ホントに!?」

 

 

 テーブルから身を乗り出し、目をキラキラさせている侑。

 

 

「あぁ。でも、父さんと母さんはすんなり賛成してくれないと思うが、どう説得するんだ?」

 

「あっ、うーん……」

 

 

 侑は、全く頭になかったといった様子で考える素振りを見せた。

 

 

 親からすれば、最初から入った普通科で卒業まで順当に学年を上げてほしいという望みがあるだろう。うちの親は、世間の親と比較すればまだそこらへんの許容範囲は緩い方だと思うが、流石に少し反発するかもしれない。そんな大事なことを侑一人で説き伏せるとなると、心細いだろう。

 

 

 ならば……

 

 

「考えてなかったか……よし、俺もどう説得するか一緒に考えるぞ。兄妹二人で知恵を絞れば、なんとかなるはずだ。だから、頑張ろうぜ?」

 

「……! ありがとう! お兄ちゃん大好き!!」

 

「あちょっ、こらこら……ふふっ、お前ってやつは……」

 

 

 向かい側のイスから立ち上がり、俺の席まで走ってきて飛び込んできた侑。よほど嬉しかったのだろう。

 

 

 俺は、侑を笑顔で居させたい。そんなことが出来る兄でありたい────この気持ちは、一生変わらないだろう。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ふう……スッキリしたな」

 

 

 大分長風呂だったか……最近はこんなに風呂を堪能したことはなかったな。まあそれも、ずっと考え事をしていたからだろうな。

 

 

 侑と話し合いを終え、先に風呂に入らせてもらって今自分の部屋へとやってきた。

 

 そろそろ寝る人も居るであろう時間なんだが、俺には未だに眠気が来ていなかった。

 

 

 悩んでいる訳ではない。ただ、さっき歩夢ちゃんと聴いた侑の演奏が妙に頭の中で付いて離れないのだ。

 

 それだけ印象的なメロディーだった訳だが、それだけではない。

 

 

 あまり上手く言葉に出来ないが……あのメロディーは、俺にとって何かしらのインスピレーションを与えてくれている。普段何かしらの曲を聴いた時とは違う感覚を覚えている。

 

 

 俺は自然とピアノの前に座っていて、鍵盤の上に指を置いていた。

 

 

「ん、誰からか……歩夢ちゃん?」

 

 

 奏でようすると、勉強机に置いてあったスマホが音を立てて震えた。

 

 

 椅子から立ちあがり、勉強机からスマホを取り出して見てみると……

 

 

『今大丈夫ですか? もし良かったら、ベランダで話しませんか?』

 

 

 なんと、歩夢ちゃんからメッセージが届いていたのだ。

 

 

 すぐに『大丈夫だよ』と返信し、俺はリビングの窓を開けてベランダへと出る。

 

 

 うちのベランダからは、住宅やお台場の観覧車や大型商業施設の光で灯っている様子が一望できる。それはまさに『ドラマチック』という言葉が似合う景色が広がっていた。

 

 そんな景色を見ながらベランダの柵に肘を立てて待っていると、隣のベランダから一人顔を出した。

 

 

「あっ、徹さん……こんばんは」

 

「おう、こんばんは。珍しいな、歩夢ちゃんから誘ってくるなんて」

 

 

 どうやら歩夢ちゃんも既に風呂を済ませているようで、彼女の特徴的なお団子ヘアが解けていた。

 

 

「うふふ、久しぶりですね」

 

「だな……侑とはよく朝こんな感じで話してるんだろ? 俺が家の料理を作るようになってから、朝は顔を出せなくなっちまったんだよな」

 

 

 俺がこの家の食事を作るようになったのは、両親がこの家を留守にするようになってからだ。二人とも遠い場所で仕事をしているので、なかなか家に帰ってくることはない。

 

 それまでは朝3人お互いの家のベランダから顔を出し、各々の近況を語ったり、世間話をしていた。懐かしいなぁ……

 

 

「そうですね……でも、侑ちゃんともここ最近はベランダで話すことも無くなってたんです。侑ちゃん、忙しかったみたいなので……」

 

 

 そうか……確かに同好会に入ってから、朝練のために早く起きて、時間を持て余すことなく家を出ることは多かった気がする。そういうところから、俺たちは幼馴染の大切な時間を無くしていってしまっていたのだろう……

 

 

「そうだったか……まあ朝練とかもあって、毎日それをするのは正直難しくなっちまってるが……休日とか、朝に余裕があったら一緒に話そうな」

 

「ふふっ、ありがとうございます……」

 

 

 歩夢ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「……歩夢ちゃん、成長したよな」

 

「えっ……?」

 

 

 俺が唐突に呟いたことに、歩夢ちゃんは驚きの声を上げた。

 

 

 この時、俺は先程3人で話した時の歩夢ちゃんが言い放ったあの言葉が思い浮かんでいた。

 

 

「いや、みんなのために歌うって言ってたからさ。俺、正直歩夢ちゃんが堂々とそんなことを宣言してたからびっくりしてさ」

 

 

 今までの歩夢ちゃんなら、大胆なことを自分からすることはなかったからな。そういう時は大体怖がることが多かったし……あれか、幼稚園の頃にお遊戯会で重要な役を任せられてアタフタしていたってことを侑から聞いた事がある。

 

 

「そんな堂々となんて……でも、自分でも少し前に進んだかなとは思います」

 

 

 普段謙虚な歩夢ちゃんも、今はポジティブに自分を捉えられているようだ。

 

 

「……私、スクールアイドルフェスティバルの準備を通じて、私を応援してくれる人の熱意に触れることが出来たんです」

 

「応援してくれる人……今日子ちゃん達のことか。あの子達は、歩夢ちゃんに対して只ならぬ想いを持ってるなって、俺も感じたよ」

 

 

 ファンと交流することは、歩夢ちゃんにとって今回が初めてだったんだよな。つまり、そこから色々収穫を得られたってことだろうか。

 

 

「……それで気がついたら、そのみんなのためにスクールアイドルでありたいと思うようになってたんです。でも最後に勇気が出なくて……そこで、せつ菜ちゃんに励まされたんです。『始まったのなら、貫くのみです!』って」

 

「へぇ、せつ菜ちゃんが……なるほどな」

 

 

 つまり、自分を応援してくれるファンからの想いに触れることが出来て、もっとファンのみんなのために歌いたいという気持ちが芽生えた。ただ、その覚悟が持てずにいたところをせつ菜ちゃんが後押ししてくれたってことか。

 

 

 ……確か瑞翔が歩夢ちゃんのために動いてくれてる人がいるって言ってたよな? でも、あれは二人だから違うか……

 

 

「……あの、徹さん」

 

「ん、なんだ?」

 

 

 すると、今度は歩夢ちゃんから声を掛けられた。

 

 

「……あの時のこと、覚えててくれたんですね」

 

「あぁ……まあな。俺が相変わらずの頼りなさで少し苦い思い出でもあるが、ちゃんと覚えてるさ」

 

 

 俺が歩夢ちゃんのライブステージに使う花として選んだ蒲公英……とても喜んでくれたようで何よりだ。

 

 ……しかし相変わらず、俺は過去の話になると自虐に走ってしまうな。まあ、それくらい過去の俺は情けなくて頼りなかったんだが。この癖はなかなか治らないだろう。

 

 

「ふふっ、でも徹さんは優しい人ですよ? あの踏みそうになった蒲公英も、『ちゃんと育ってね』って声を掛けてましたし!」

 

「あれ、そうだったっけか? そこまでは覚えてないなぁ……」

 

「もー、そうだよ〜。今も昔も、徹さんは優しい人!」

 

 

 そんなことまでした記憶がない……歩夢ちゃんがニコニコしながら蒲公英を眺めていたのは覚えているのだが……

 

 

 ……って─────

 

 

「ははっ……また、タメ口で話してくれたね?」

 

「……!? そ、そうでしたか……?」

 

 

 俺の指摘に、歩夢ちゃんは頬を赤らめて驚く。

 

 

「あぁ。最近歩夢ちゃんがタメ口で接してくれることが増えて、俺はとても嬉しいんだ」

 

 

 歩夢ちゃんがタメ口で俺に接してくれるタイミングがあれば、それについて言及しようと思っていたのだ。

 

 

 そして、俺は歩夢ちゃんに訊くんだ───敬語で話すようになったのは何故かを……今の俺をどう思っているのかを。

 

 

 そう思い、さらに話を切り出そうとしたその時だった……

 

 

「……あのっ、徹さん!」

 

「お、おう……どうした?」

 

 

 少し緊張した様子で歩夢ちゃんが呼び掛けてきたのだ。俺は喉まで出かかっていた言葉を飲み込み、歩夢ちゃんの言葉を待つ。

 

 

「その───また、昔みたいにタメ口で接してもいいですか……?」

 

 

「……!?」

 

 

 俺は、歩夢ちゃんの思わぬ申し出に目を見開いた。

 

 

 今まで俺がタメ口で話してほしいとお願いしていた度に無理だと断られてきたが……

 

 

「私、徹さんが急に話し方を変えた時、困惑しちゃったんです。どう接したらいいのかなって……だから、敬語で話していたんです」

 

「歩夢ちゃん……」

 

 

 やっぱり、侑から聞いた通りか……言葉遣いや態度まで変える必要はなかったのだろうか? でも、自然体でいれば頼りなさそうに見えるかもしれない……

 

 

少し恥ずかしさもあるけど……

 

「ん、すまん。もう一回言ってくれるか?」

 

「あっ、えっと……何でもないです!」

 

 

 考え事をしてしまったせいで歩夢ちゃんの言葉を聞き取ることができなかった。俺は一時考えることをやめ、彼女の紡ぐ言葉に傾聴する。

 

 

「でも、私気づいたんです。昔に比べて色々上手になってて凄いし、とても頼れるお兄さんになって……でも、根はやっぱり徹さんだなって……だから」

 

 

 すると、歩夢ちゃんは右手を胸に手を当てた。そして───

 

 

「……だから、昔みたいに───()()()()()と話したい……!」

 

「歩夢ちゃん……!」

 

 

 彼女は、小さい頃から呼んでくれてた渾名で俺を呼んだ。

 

 

「うん……! 話そう、歩夢ちゃん!」

 

「……!! ありがとう、てっちゃん!」

 

 

 あぁ、この感覚……ホントに久々だ。少しあの頃に戻れた気がする。

 

 

 過去の記憶は思い出したくないことが多い。でも、そんな中でも大事にすべきで……今も未来も、変わらないままであるべきことがある。それを決して忘れるべきでないと、俺は自分の胸に刻んだ。

 

 

 





 心を通わせて───


これにて原作第12話の内容は終了です!
次回からは第13話につながる話を書いていこうと思います。
ではまた次回!
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第84話 覚悟

どうも!
第84話です!
では早速どうぞ!


 

 

「打ち合わせで忙しいのにごめんね、てっちゃん」

 

「ううん、大丈夫だぞ」

 

 

 少し申し訳なさを滲ませながらそう言う歩夢ちゃん。

 

 

 そんなに気を遣うことはないんだぞ。俺は歩夢ちゃんのお願いとあらば、どんな時どんな場所でも駆けつけるのだからな!

 

 

 あっ、どうも。行動力オバケの高咲徹だ。

 

 

 ……いや、行動力オバケというのは愛ちゃんみたいな人のことをいうか。流石に愛ちゃんほど行動力はないなぁ……

 

 

 まあそんなことはドブに捨てておいて、歩夢ちゃんが言った打ち合わせについて話そうか。

 

 

 最近スクールアイドルフェスティバルの運営について、生徒会との打ち合わせがあり、俺は同好会側の代表者として出席をしている。

 

 そこでは、ボランティアの人数配分や、各ライブにおける機材の予算についてなどを話し合っている。これらは生徒会だけでなく、このイベントを企画した団体である同好会の者が共有すべき内容である。

 

 

 ちなみにそれらの話の中で、生徒会長である菜々ちゃんが当日運営に入ることが出来ないことが明らかになっている。そして、その補欠として俺がどうやら入ることになりそうだ。

 

 まあ、彼女はスクールアイドルの優木せつ菜ちゃんであり、彼女がライブに全力を注いでいるその日に生徒会の仕事は出来ないだろう。これは仕方ないことだ。

 

 

 ちなみに、俺が菜々ちゃんの代わりの役目をする訳ではなく、副会長の若月がする。つまり俺は、ただ補欠の役員といった立ち位置になる。流石に生徒会長の代わりが補欠だったら不味いしな。元生徒会長とはいえ……

 

 

 ……おっと、話が長くなっちまったな。そんな感じで打ち合わせに参加して昼休憩になっていたのだが、そこで歩夢ちゃんからメッセージを貰い、今こうして待ち合わせて同好会の部室に向かっている。

 

 

「なぁ、話があるって聞いたんだが、一体何なんだ?」

 

「ふふっ、それは部室に行ってから話すよ」

 

 

 ふむ……今は秘密っていったところか。そうやって振る舞われると逆にその内容が気になってしまうのだが……

 

 

 ……もしや、ドッキリって可能性じゃないよな? 歩夢ちゃんに限ってそれはないと思うが、こういうのは裏がある可能性もあるし……

 

 

 ……お笑い芸人って、こういう時気付いてても予想してなかったかのようなリアクションをするんだよな? だったら、歩夢ちゃんには何も訊かずにわざとドッキリに嵌ってみるか……いや、俺はお笑い芸人じゃなくて学生だし、まだドッキリなのかも分からんが。

 

 

「……もしかして、ドッキリ仕掛けられてるとか思ってる?」

 

「……!? な、何故分かる……?」

 

「ふふっ、顔見てたら分かっちゃった。大丈夫、ちゃんと話したいことがあるだけだから!」

 

 

 マジか……表情でバレるとは思わなかったな。

 

 しかし、話したいことって一体何なんだ……?

 

 

「それに、同好会に呼んだのはてっちゃんだけじゃないよ?」

 

「えっ、そうなのか? じゃあ、本当にドッキリじゃないんだな……」

 

「もう! そうじゃないって言ってるでしょ〜?」

 

「ははっ、ごめんごめん」

 

 

 頬を膨らませて抗議する歩夢ちゃん。

 

 しかし、同好会の部室に集まるってことは、俺以外に呼ばれたメンバーは同好会の子達ってことか。全員なのか一部のメンバーか……気になるな。

 

 

「……ふふっ」

 

「ん、どうした歩夢ちゃん? 何だか嬉しそうだな」

 

 

 歩夢ちゃんが微笑む様子に、俺は理由を問う。

 

 

「なんだか、こうやっててっちゃんと話せるのが嬉しくて……」

 

「そうか……俺もだ。凄い懐かしい気持ちになるな」

 

「てっちゃん……そうだね」 

 

 

 確かに、歩夢ちゃんに表情を読まれることも、俺が冗談を言って頬を膨らませて抗議してくるのも、こうやって関係を取り戻す前は無かったよな。やっぱり、彼女とこうして気兼ねなく話すことが出来るのが嬉しいな。

 

 

 そんなことを考えてると、歩夢ちゃんから違う話題が振られた。

 

 

「そういえば、作曲の練習の調子はどうかな?」

 

「うーん、まあまあかな。一応ちゃんとした長さの曲を一曲作れたぜ」

 

「そうなの!? 凄いね!」

 

「いや、まだまだだ。出来もまだ満足出来ないしな」

 

「でも凄いよ! 曲が作れるだけで凄いんだから!」

 

「ま、まあそうかもしれないが……」

 

 

 何だろうな、俺が謙遜してると歩夢ちゃんはそれを止めるまで只管褒めてくるから、その度にむっちゃ恥ずかしくなるんだよな……でも、これも彼女の優しさなんだろうな。

 

 

「……ん、部室に着いたな。入るぞ?」

 

「うん!」

 

 

 楽しく会話していると、気がつけば同好会の部室まで辿り着いていた。

 

 

 慣れ親しんだ部室の扉を開けると──

 

 

「あっ、歩夢ちゃん! おはこんばんにちは〜!」

 

「ちょっとエマ、それは違う挨拶よ……あら、徹もいるじゃない。久しぶり」

 

 

 元気に挨拶をしてくれるエマちゃんと、横で冷静にツッコミながらもこちらに話しかけてくれる果林ちゃんがいた。

 

 ……エマちゃん、その挨拶は動画を専門とする人限定の挨拶だぞ……どこかでその挨拶を聞いて使いたくなったのかな? その気持ちは分かるぞ、俺もたまに巫山戯て使いたくなっちゃうしな。何だか楽しそうだし、俺からは突っ込まないでおこう。

 

 

「果林ちゃんにエマちゃん! 二人とも歩夢ちゃんに呼ばれたのか?」

 

「うん! もしかして、徹くんもそうなの?」

 

「ああ、そうだ。メッセージで来てくれって言われたのさ」

 

 

 やっぱり歩夢ちゃんに呼ばれてたんだな……しかし、呼ばれたのはこの二人だけなのだろうか? 

 

 

「なるほどね……それで、歩夢の話って何かしら?」

 

「あっ、えっと……果林さんとエマさん、()()()だけではなくて、他のみんなも呼んでるので、それから話します!」

 

「……!?」

 

 

 待て、今さん付けしたよな!? この前渾名で呼んでくれるって話だったはずだが……

 

 そう思い、歩夢ちゃんの方は視線を向けると──

 

 

「……! っ……!!」

 

 

 歩夢ちゃんは顔を赤くして首をブンブン横に振っていた。

 

 お互い言葉を発していないので、俺達が何をしているのか周りからは理解されないと思うが……

 

 

 俺は再度、彼女の反応からここで渾名で呼ばない理由を考えた。

 

 そして、彼女は俺以外に誰かがいる時には、俺のことを渾名で呼ぶのが恥ずかしいのではないかという結論に至った。

 

 

 俺は、了承を示すために指でOKマークを作った。すると、歩夢ちゃんは手を合わせる仕草を見せた。

 

 

 すると、それを見ていた果林ちゃんが話し掛けてきた。

 

 

「あら、アイコンタクトなんてとっちゃって……二人とも、()()()()()()()()()()

 

「あっ……!」

 

「えっ!? ……もしかして果林ちゃん、知ってたのか……?」

 

 

 やべぇ、思わず大声を出してしまった……

 

 果林ちゃんの口振りからして、明らかに俺達が仲違いをしていたことを知っている感じだったよな……一体何故……?

 

 

「まあね。でも、歩夢と徹の様子がおかしいって話をして来たのはエマよ」

 

「徹くん、なんだか元気なさそうだったから……歩夢ちゃんも暗い顔してたから、二人に何かあったのかなって思ったんだ」

 

「そうだったのか……」

 

 

 確かに、俺とエマちゃんは一度部室で会ったことがある。その時に、俺の様子を心配されたことも覚えている。

 

 そうか……そこまで心配させてしまっていたんだな……

 

 

「それで、エマから昔徹と歩夢がタメで話す仲だったことも聞いたから、私も少し気になったのよ。歩夢なんて、幼馴染にしては少しよそよそしさがあったし。だから、私と二人で歩夢と話をしたのよ」

 

 

 つまり、二人は歩夢ちゃんのために働きかけてくれたってことか……

 

 

 ん? ()()で、歩夢ちゃんのために働きかけてくれた……?

 

 

 俺は、その単語に聞き覚えがあった。

 

 

「じゃあ、もしかして瑞翔(なおと)が言ってたあの二人って……」

 

「あら、彼と会っていたのね。そう、私達のことよ」

 

「うん! 私達が昼学食で食べてながらその話をしてたら、瑞翔くんが話しかけてきて一緒に考えてくれたんだ〜!」

 

「二人とも……」

 

 

 そうか……あいつが言っていた二人って、果林ちゃんとエマちゃんだったのか……

 

 

 そこまで心配させて、色々してくれたんだ。ちゃんと謝らなければならないな──

 

 

「……心配を掛けて、本当にすまん!! そして、歩夢ちゃんのために色々してくれて……ありがとう」

 

「……! ふふっ、どういたしまして。歩夢には言ったけど、今度は悩んだら私達に頼りなさいね?」

 

「そうだよ! どんな時でも、相談に乗るからね!」

 

「……! ……ありがとうな。果林ちゃん、エマちゃん」

 

 

 ホントに、優しい二人だ。

 

 

 エマちゃんは言わずもがな優しいが、果林ちゃんはたまに人に冷たく当たることもありつつ、なんだかんだで仲間想いの優しい子なんだよな。

 

 俺も、みんなの為に何かしてあげられたらな……

 

 

 そんなことを思いながらも、来ていない残りのメンバーを待っていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 数分経った後、部室内には同好会のメンバー達が集まっていた。

 

 

 えっと、人数を数えるか……って───

 

 

「これで全員揃ったね。それじゃあ……」

 

「いや待て歩夢ちゃん、まだ侑が来てないじゃないか?」

 

 

 この事実は、今部室にいる人数を数えなくともすぐに分かった。

 

 

「徹先輩の言う通りですね……侑さん、途中で何かあったのでしょうか……?」

 

「そ、それは大変! かすみん、侑先輩の様子を見に行って来ますぅ〜!!」

 

「かすみちゃん落ち着いて。今日はたまたま遅いだけかもしれない」

 

「でもぉ〜……!」

 

 

 しずくちゃんの心配する言動に、かすみちゃんは取り乱して部室の外へ行こうとするが、それを璃奈ちゃんが止める。

 

 

 侑が来てないことは、同好会の子達からすればなかなかない事態なので慌ててるのも無理がないだろう。

 

 

「……あの、みんな! 実は今日、この場に侑ちゃんは呼んでないんだ」

 

「あれ、そうだったんだ……なんでなの、歩夢?」

 

 

 なるほど、そもそも呼んでなかったか……しかし、愛ちゃんの言う通り、何故侑だけをここに集めないのかは気になる。自然に考えるなら、侑に秘密の何かをみんなに伝えたいからだろうが……

 

 

「実は……その侑ちゃんについて、話したいことがあるの」

 

「侑さんのこと……ですか?」

 

 

 せつ菜ちゃんは首を傾げている。

 

 

 ……歩夢ちゃん、まさか───

 

 

「うん……侑ちゃん、普通科から音楽科に転科するみたいなんだ」

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

 俺と歩夢ちゃん以外の部室にいるメンバー全員が驚きの声を上げた。

 

 やっぱり、そのことだったか……

 

 

「それって、転科試験を受けて音楽科に途中から編入するっていうことですか!?」

 

「うん、多分……徹さん、そうだよね?」

 

「あぁ、せつ菜ちゃん言う通りだ」

 

 

 やっぱり転科ってワードを聞くと、只ならぬことだという認識を受けるよな……

 

 

「それって、中々大変なことだよね〜? 彼方ちゃん、もしライフデザイン学科から他の科に移るってなったら、授業ついていけそうにないよ〜」

 

「侑さん、一体何があったんだろう……璃奈ちゃんボード『はてな』」

 

 

 そう、彼方ちゃんの言う通り、転科という行動は、自分が学んでいない分野を既に学んでいる人達の中に入ってゼロから追い直さなければならない、所謂修羅の道を歩むことになるということだ。転科は、よっぽどの動機がない限りしないものだ。

 

 

 ……しかし、侑にはそれらしい動機がしっかりあるんだ。

 

 

「……侑は、みんなの為に曲を作りたいからって話してくれたぞ」

 

「かすみん達の……ために?」

 

「あぁ、この前二人で話し合った時に言ってたんだ。ちゃんとした音楽の知識や技術を身につけて、みんなの曲を作りたいってな」

 

 

 あいつは転科をして、過酷な試練を超える必要があるかもしれない。それは、もしかすると俺だけではどうしようもないようなことなのかもしれない。

 

 

 あいつのあんな意志の強い表情を見たら、ただ見守ってるだけじゃいられない。

 

 

「あいつは今、初めて見つけた目標のために、本気で音楽と向き合おうとしている。だから、俺からみんなにお願いしたい──そんな侑を……応援してやってはくれないか?」

 

「……! 勿論です!! 侑さんが初めて見つけた夢です! 私も、出来る限り侑さんの力になります!」

 

「侑先輩が普通科から居なくなっちゃうのは、少し寂しいですが……かすみんも、侑先輩のこと応援します!」

 

「愛さんも〜!! そうだ、みんなで『ゆうゆ応援団』を結成してみない!?」

 

「良いですね! 前に応援団の団員を演じる機会がありましたし、その演技が活かせられれば……!」

 

 

すると、各々が侑のためにどうするかを口にした。

 

 

「あの! それで皆さんに提案が……!」

 

 

 歩夢ちゃんは、まだ何かみんなに話したいことがあるみたいだが、周りは盛り上がって話を聞いていない。

 

 

「こらこら。盛り上がるのも良いけど、歩夢が何か言いたいことがあるみたいよ?」

 

 

 冷静な果林ちゃんが諭すと、みんなは再び歩夢ちゃんを注視し始めた。

 

 

「果林さん、ありがとうございます……それで、皆さんに提案なんですが──」

 

 

 すると、歩夢ちゃんは一息吐いた後、こう続けた。

 

 

 

「侑ちゃんのような人を、後押しするような曲を作りませんか!」

 

「曲……か?」

 

「うん! 侑ちゃんには内緒にしておいて、それをスクールアイドルフェスティバルで披露したい!」

 

 

 ……侑をここに呼ばなかったのは、そういうことだったか。つまり、サプライズで曲を披露するってことか。ははっ、粋なことをするな。

 

 

「なるほど……ただ、誰に曲作りを頼めば……」

 

 

 せつ菜ちゃんは、誰が作曲をするかを懸念しているようだ。確かにそこは疑問だな……

 

 

 そんなことを考えていると、何故か俺の方に複数の視線を感じた。

 

 

 ふと見ると、歩夢ちゃんとせつ菜ちゃんが俺をジーッと見つめていた。

 

 

 

 

 ───おい、もしかしなくても……

 

 

「……えっ、お、俺か!?」

 

 

 この視線の意味……それは、侑を後押しする曲を作らないかと俺に問いかけているということの他になかった。

 

 

 確かに、俺は侑の兄だ。そんな縁深い人が彼女を後押しするような曲を作れるのではと思うのは自然なことかもしれない。

 

 

 でも俺は────────

 

 

「徹さん」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんが俺の側に来て、純粋な眼差しでこう続けた。

 

 

「先日渡してくださったアレンジ、聞かせてもらいました。ずっと感想を言うタイミングがありませんでしたが、言わせてください───とても最高でした!!」

 

 

 最高……せつ菜ちゃんからその言葉を聞けるとは思わず、俺は目を大きく見開いた。

 

 

「そんな……せつ菜ちゃんはお世辞が上手いな」

 

「お世辞なんかじゃありません!! どれも違った趣向で……でも、どれも聴いてて心地良いアレンジでした! それで、その時思ったんです。徹さんが作った曲を歌ってみたいと……そしたら、私ももっと良いパフォーマンスが出来ると思うんです!」

 

「せつ菜ちゃん……でも俺は……」

 

 

 こんなに具体的な感想を貰ったのは初めてだ……そんなに凄かったのか?

 

 俺は知っている。アニメやラノベのことを語るせつ菜ちゃんは、その言葉に何の偽りもなくて、その作品の良い所を沢山語ってくれる──今のせつ菜ちゃんが、それだった。

 

 

 でも俺は……すぐに曲を作るかどうかに対して、返答することが出来ない。あの時の記憶が脳裏に過って、それが俺の喉まで出掛かっている答えを留めてさせている。

 

 はぁ……俺はいつもこうだ。過去を引き摺るばかりじゃ、前に進めないというのに……

 

 

「……徹さん」

 

 

 すると、歩夢ちゃんが俺の目の前にやってきて、優しい眼差しで語りかけてきた。

 

 

「作曲出来るように頑張ってるのを、私は知ってるよ。それに、徹さんは一人じゃないからね。私だっているし、それに……みんなだって!」

 

 

 歩夢ちゃん……

 

 なんだろう、歩夢ちゃんにそう言われると、何だか心が軽くなる。とても安心できて、前に進めるような気がしてきた。

 

 

 俺は、同好会のみんなが歌う曲を作曲するという覚悟を固められずにいた。

 

 

 でも、今なら───

 

 

 

「……みんな、もし俺が何かおかしい方向に向かおうとしてたら、止めてくれるか?」

 

 

「「「「もちろん(です)(よ)!!」」」」

 

 

 

 ……これでみんなに恩返しできるかは分からない。でも、恩返ししたい……!

 

 

 

「……分かった。曲、作ってみるよ」

 

 

「……! やったぁ!! 徹先輩、曲が出来たら一番最初はかすみんに聴かせてくださいね!!」

 

「ちょっと、まだかすみさんの曲だって決まった訳ではないでしょ?」

 

 

 かすみちゃんがまるで自分のように喜んでくれる。他のみんなも、とてもニコニコしてくれている。

 

 

 ……そういや、まだ誰が歌うとか決まってないよな。そこら辺も考えて作るべきだな。

 

 

 ───あっ、そういえば……昨日完成させた、あの曲はどうなんだ? 

 

 

 まだメロディーを完成させて、どんな音色にするかはまだ定まっておらず、適当に決めたような状態だが……あれを候補にするのは、アリかもしれない。

 

 

「……それなんだが、その候補になるような曲を作ってるんだ」

 

「そうなんですか!? 聴きたいですぅ!!」

 

「おー! なら、これからてっつーの作った曲の鑑賞会だー!」

 

「楽しみだな〜、徹くんが作った曲!」

 

「おい、まだみんなに聴かせるなんて一言も……」

 

 

 ……いや、こう日和ってちゃダメだな。

 

 

 作った曲は俺のスマホに入ってるから、それでみんなに聴かせるか……

 

 

「ねぇてっちゃん、その曲ってもしかして……」

 

 

 すると、横から歩夢ちゃんがスマホを覗き込んでそう訊いてきた。

 

 

「そう、それだよ。この曲はな、侑が弾いてくれたあのメロディーから連想して作ったんだ」

 

「そうだったんだ……ふふっ、実は私もあれを聴いてみんなに話そうと思ったんだよ?」

 

「そうなのか!?」

 

「ふふっ、そうだよ」

 

 

 ……ははっ、思うことは同じだったってところか。

 

 

 侑の弾いたあのメロディー……あれから、この曲は生まれた。だから、まだ自力で作った曲とは言えないが───

 

 

「……まあ、この曲がちゃんとした曲かは分からないけど、歩夢ちゃんに聴いてほしいな」

 

「……! うん、聴きたい!!」

 

 

 こうして、みんなで俺が作った曲を鑑賞した。それから、みんなから十人十色の感想を聞くことが出来た。どの感想も、俺にとってとてもタメになって……とても充実した時間を過ごせた。

 

 




今回はここまで!

色々明らかになった一話でしたが、いかがだったでしょうか?
スクールアイドルフェスティバルももうすぐです!
ではまた次回!
評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします!


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第85話 押し返したい

どうも!
第85話です。
では早速どうぞ!


 

 

「んん……違う、こうじゃないんだ」

 

 

 音楽──それは、様々な音が連なって出来るメロディーを楽しむことから生まれた概念だ。音は、音程から質感など、バラエティに富んでおり、その組み合わせも含めれば、無限のパターンの音楽を生む可能性を秘めている。

 

 ただ無限とはいえど、それは人にとって興味を惹くようなものである必要がある。そして、人を惹きつけるような音の組み合わせを見つけ出すのが、作曲家に要求される能力だろう。

 

 人を惹きつけるかどうかを判断する方法として一概にお手本といったものはないかもしれない。ただ、自分が納得出来るかどうか……それが必要条件なのではないかと考えている。

 

 しかし俺は、今目の前で作っている曲で、それが出来ていない──

 

 

 ……あっ、どうも。高咲徹だ。

 

 

 夏の暑さがますます激しさを増してきた平日の昼前、俺は学食で作曲作業を行っている。

 

 今までこの時間帯は、同好会のメンバーがいる時は練習を見て、それぞれのライブの打ち合わせに出ている時は部室で作曲などの作業をしていた。

 

 しかし、侑のための曲を作る作業を始めてから、それが捗らないことが最近増えてきた。いくら編曲を行っても納得できるようなものが出来ない……それで煮詰まっていたのだ。

 

 

 先日、メロディーだけちゃんと作って良さげな音色を仮付けしたやつをみんなに聞かせたと思うのだが、結局誰が歌うかどうかは決まらなかった。まあ、まだ完成してないからそこら辺をまだ決めなくて良かったのかもしれないが……

 

 ただ、その時のみんなの反応はとても良くて、色々意見を聞かせてくれたお陰で、前よりかは良いものが出来ているんだ。でも……何だろうな、あともう少しなんだよな。

 

 何かが足りなくて、全体的に納得がいかない……いや、足りないのかどうなのかも曖昧だ。俺をそうさせているのが何なのか、検討もつかない。

 

 そこで俺は、作業環境を変えれば何か新しいインスピレーションが生まれるのではないかと思い至り、部室を除いて校内で作業できそうなスペースの一つである学食で作業してみることにした。

 

 

 それから少し作業に集中してみたのだが……生憎、未だに進捗が芳しくない。それどころか、作業する手が止まる回数が増えてきたのだ。これでは逆効果……

 

 

 ……どうしてだよぉぉぉぉぉ!!!

 

 

 ……おっと、某有名な俳優さんの迫真的なセリフが出てしまったな。どうやら俺の頭のネジまでイカれてきているか。ダメだダメだ、情報処理科のあの合宿に比べたら全然楽じゃないか……落ち着け俺。

 

 

「……ん? なんか人が増えてる……もう昼か」

 

 

 そんな余計なことを考えたせいか、ふと周りを見ると、学食の席がそこそこ埋まっていた。

 

 さっきまでは人気がなく静まっていたのに……外の日が昇っていることから、もう昼真っ最中なんだな。

 

 そろそろ昼食を取るべきか……いや、もうちょっと作業を続けるか……? 腹はまだペコペコというまでは減ってないのだが……

 

 

 そんなことで一人頭を悩ましていると……

 

 

「高咲さん!」

 

 

 前の方で俺の名前を呼ぶ誰かの声が聞こえた。一体誰だろうかと思い、そちらの方に視線を向けると……

 

 

「……あっ、三船じゃないか! これから昼食なんだな?」

 

「はい、今日は一日中夏期講習があるので」

 

 

 とても真面目で、優等生な佇まいを見せる三船栞子が、お盆に昼食のメニューを乗せて運びながら声を掛けてくれたのだ。

 

 校内で彼女と会うのは、ボランティア関係で知り合ってから今日が初めてだ。まさか、このタイミングで会えるとはな……

 

 

「……あっ、お邪魔してすみません。作業、頑張ってくださいね」

 

 

 すると、俺のテーブルに置いてあるパソコンを見て気を遣ったのか、その場から立ち去ろうとする。

 

 

「あぁそ、それは気にしなくて良いんだ! ……そうだ、もし三船が良ければで良いんだが、少し話し相手になってくれないか?」

 

「えっ? その、私は全然問題ありませんが……では、お邪魔します……」

 

 

 少し困惑した様子で、昼食が乗っているお盆をテーブルに置き、向かい側の席にゆっくりと座った。

 

 

「わざわざありがとな。実は俺、作業中とは言っても少し詰まってな……」

 

「あっ……それは大変ですね。私で良ければ、いくらでも話し相手になりますよ?」

 

 

 柔らかい微笑みでそう言ってくれる三船。こんなに優しくて気遣いが出来る、しっかりとした後輩がいるんだな……

 

 正直、俺がこうやって話し相手を求めていることに自分が驚いているんだ。多分、彼女と話せば何か思いつくかもしれないと、心のどこかで思ったのかもしれない。

 

 

「そう言ってくれると助かるぞ……まあそれに、久しぶりに三船と会えたから、少し話したいというのもあったしな」

 

「……!? そ、そうですか……」

 

「……?」

 

 

 三船は、急に頬を少し赤く染めて俯いた。

 

 一体どうしたのだろうか……? もしかして、彼女が嫌がるようなことを言ってしまっただろうか……

 

 そう思い当たっていると、三船は小さく咳払いをしてから、俺の手元を見て話しかけてきた。

 

「えっと……あっ! それで、高咲さんは、何の作業をしてらっしゃるのですか?」

 

「えっ? ……あぁ、大した作業じゃないんだけど……こんな感じ」

 

 

 作曲ソフトが映ったパソコンの画面を三船に見せると……

 

 

「これは……もしかして、音楽を作ってるのですか?」

 

「うむ、そんなところだ」

 

 

 この画面だけでそれが分かるとは……流石、そういう知見が深いんだろうな。それとも、三船も作曲をしたことが……いや、その可能性は低いか。菜々ちゃんと出会った経験則から言うが、きっと三船も厳しい親の元で育ってきたのかもしれないから、そんなことをする時間もなかっただろうしな。

 

 

「生徒会長だっただけでなく、音楽も作られていたなんて……凄いですね!」

 

「いやいや、そんなことないさ。それに、生徒会長時代に音楽作りはほぼしてなかったに等しいからな」

 

 

 むしろ、俺が生徒会長をすることが出来たのは作曲を止めたからだろう。どっちも両立できる俺なんて、そもそも想像が出来やしない。

 

 

「そうなんですか……ということは、生徒会長を退任して再び始められたのですね」

 

「あぁ……まあ、そんな感じだな」

 

「……?」

 

 

 ……まあ、色々あったんだが、この場には俺の過去は話題として出す事はないな。

 

 それにしても、まさか作曲のことを同好会以外の人に話すとはな……ってそうだ、この話は一応口止めしとかないと……

 

 

「あっ、お願いなんだが、この事は他の人には秘密にしてくれないか? 特に、俺の妹には……」

 

「えっ? ……それはどういうことでしょうか?」

 

 

 そうだよな……こればかりは、ちゃんと事情を説明しないといけないな。

 

 そうして、俺は三船に事の顛末を語ることにした。

 

 

「三船は、ここの部活にスクールアイドル同好会っていうのがあるのは知ってるか?」

 

「……! ……はい、一応存じてます」

 

 

 ん? 少し目を大きく見開いたような気がしたが……いや、気のせいかもしれない。

 

 

「おぉ、知ってたか……実はな、そこのマネージャーをやってるんだ。妹と一緒にな」

 

「そうだったのですか!? ……ということは、その音楽はスクールアイドルの……?」

 

 

 おぉ……流石、頭脳明晰で察しがいいじゃないか。

 

 

「ご名答。これはその同好会のみんなに歌ってもらいたくて作曲してる曲だ。それでな……これは、妹にサプライズで披露する予定なのさ」

 

「サプライズ……なるほど、だから妹さんに秘密にしたかったのですね。妹さん、喜ぶといいですね」

 

「あぁ。それに、俺の曲を期待してくれてる歩夢ちゃんのためにな……」

 

「歩夢、さん……?」

 

 

 あっヤバい、つい名前で呼んでしまった……しかも、ここまで話そうとは思ってなかったのだが……仕方ない、話すか。

 

 

「……あっ、すまん。歩夢ちゃんっていう子は、俺と妹の幼馴染なんだ。彼女もスクールアイドル同好会のメンバーの一人で、このサプライズを提案して、俺に作曲を任せてくれた子だ」

 

 

 まあ、誰が作曲するかって時に俺に視線を向けてきたのは歩夢ちゃんとせつ菜ちゃんだったから、正確には歩夢ちゃんとせつ菜ちゃんだ。それに、他のみんなだって俺が作った曲を聴いた後には喜んで俺が作曲することを認めてくれたからな……

 

 ただ、()()()から俺の作曲に期待を寄せてくれたのは、歩夢ちゃんだったんだ。俺がこのように作曲できるようなったのも、歩夢ちゃんの存在がとても大きい。

 

 

「なるほど、幼馴染ですか……ふふっ」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

 

 三船が笑みを浮かべているのが気になり、俺をそう問いかけた。

 

 

「あっ、いえ! 実は私も幼馴染がいまして……親近感が湧いて、思わず笑ってしまいました」

 

「へぇ、三船にも幼馴染がいるんだな。今もよく遊んだりしてるのか?」

 

「いえ……彼女は今香港にいるんです。なので、今はたまに連絡するくらいですね」

 

「なるほどな……」

 

 

 三船の幼馴染か……きっと上品で、とても礼儀正しい『お嬢様』という言葉が似合うような人なんだろうな……

 

 しかし、香港に住んでいる幼馴染か……歩夢ちゃんが海外に引っ越したってなったら、どうなのだろうか……もしかすると、心配になって俺まで一緒に引っ越しちゃいそうだな。侑も話せば一緒に来てくれそうだし。

 

 

「すみません、話が脱線してしまいましたね……高咲さんの妹さんのために曲をサプライズで披露する、ですか……妹さんは良い人なんですね」

 

「良い人?」

 

「はい。そういう()()を『驚かせたい』という気持ちは、その()()がそれだけ好かれる人物でないと起きないと思うので……それだけ、お人柄が良いのかと思いました」

 

 

 確かに、侑はみんなに好かれているよな。それも、侑がみんなのために色々なことをしてきたからなんだよな……

 

 

「なるほど……そうだな。俺の妹は───良い奴だよ」

 

 

 ───侑が同好会の存在を初めて知ったのは、せつ菜ちゃんのライブからだった。そこから、バラバラになってしまった同好会をどうにかしようと俺は必死になって……でも、自分だけじゃせつ菜ちゃんにはどう説得するか分からなくて……そんな時に、侑が立ち上がってくれた。

 

 

『ラブライブみたいな最高なステージに出なくて良いんだよ……! スクールアイドルがいて、ファンがいる。それでいいかなって!』

 

 

 侑の熱い説得のおかげで、せつ菜ちゃんは同好会に戻ってきた。それから、新たな仲間まで増えて……今じゃ十一人の大所帯だ。

 

 夏の合宿では、侑がスクールアイドルフェスティバルという大きなイベントを提案もした。そこから、侑はそのイベントのために……同好会のスクールアイドルのために様々なことをこなしているんだ。そして、今度は音楽を学ぼうとして、転科という道を選ぼうとしている……それも、同好会のみんなのために曲を作りたいから───

 

 

 侑は、スクールアイドルが大好きだ。そして、スクールアイドルのみんながその熱意に背中を押されている。だから、あの子達は、自分がそう背中を押されたように、侑の背中を押したいんだろうな。

 

 

 新しいステージへと踏み出そうとしている人が、勇気と希望を感じられるような……

 

 

 ……あっ、何だかいいメロディーが浮かんだ気がするぞ……!

 

 

「高咲さん……?」

 

「……あっ、すまん。少し曲のインスピレーションが浮かんだんだ」

 

「そうなんですか? それは良かったです!」

 

 

 マズい、三船を差し置いて一人で思い出に浸ってしまった……でも、俺のことのように喜んでくれて……ホント、優しいな。

 

 

「あぁ、だから食べるのに集中して良いぞ。本当にありがとうな」

 

「いえいえ! サプライズ、成功すると良いですね」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 そうして三船は昼食を食べた後、午後の夏期講習のためにその場から去り、俺は暫くパソコンに向かって集中して作業をしていた。

 

 

 

 

 

 

「……よし、思いついたアレンジの大方は出来上がったぞ」

 

 

 どれくらい時間が経っただろうか。そんなことも把握出来ないほど、俺はずっと作業をしていたが、ある程度良い段階まで曲を作ることが出来た。

 

 三船と話したおかげで、同好会の過去を改めて振り返ることが出来て、より良いインスピレーションを得られた。いやぁ、話し相手になってくれた三船に感謝しなければな。

 

 

「さて、良い時間だし部室へ───」

 

 

「てっつー、確保ー!!」

 

「うぉあ!?!?」

 

 

 すると、後ろから肩をドンと叩かれた。

 

 

「愛ちゃん……!? それに……」

 

「彼方ちゃんもいるよ〜。徹くんゲットだぜ〜」

 

 

 後ろを見ると、悪戯げに笑う愛ちゃんがいた。そして、横から彼方ちゃんが俺の右手を握り、ポ◯モンを捕まえた時のようなセリフを言った。

 

 俺はポケ◯ンじゃないんだが……いやそれより……

 

 

「みんな!? 一体何故……?」

 

「いつもだったら部室にいる先輩がいなかったので、こっちから探しにきましたぁ!」

 

「歩夢さんの言う通り、学食にいましたね……流石歩夢さん!」

 

「もう、何で私まで来させられてるのよ……」

 

「何言ってるの果林〜! 果林が言い出しっぺじゃん!」

 

「あれは……ただの呟きよ!」

 

 

 得意げに敬礼するかすみちゃんに、なんだが目をキラキラさせてるせつ菜ちゃん……ていうか、歩夢ちゃんから聞いたんだな。歩夢ちゃんよ、何故そこまで分かるのだ? エスパーなのかい?

 

 それに果林ちゃんまで……そうか、もう午後の練習が迫っていたんだな。

 

 

「そうだったか……すまんな、少し空気を変えたくてな」

 

「空気〜? ……あぁ、曲作りをしてたんだね〜。もしかして、それで悩んでたからここに来たの?」

 

「えっ、先輩困ってるんですか!? それならかすみんに話してみてください! かすみんがなんとかしますから!!」

 

「ちょっ、少し落ち着けって……悩んでたのは事実だけど、もう大丈夫だ」

 

「本当〜? ……でも、その感じだと大丈夫そうだね〜」

 

 

 その感じ……? 今の俺って、顔で大丈夫だって分かるのか?

 

 

「うんうん、何だか楽しそうだしね! この()()でまだ悩んでるんだったら、愛さん必す参る(smile)な〜!」

 

「ぶっ、くくくっ……! 待て待て、それはズルいぞ……! あっははは……!」

 

 

 そのダジャレ……日本語と英語を掛け合わせてるという、かなりの難易度の技を使ってきやがるとは……高ポイントだ。九十点くらいつけちゃいそうだ。

 

 

「もう、愛さん……早く徹さんを部室に連れて行かなきゃいけないんですよ?」

 

「アッハハ、ごめんごめん! ほらてっつー、早く行かないとゆうゆが部室に来ちゃうよ?」

 

「……はっ、それはいけない!! よしみんな、早く部室に戻るぞ! 今日も練習だ!」

 

 

「「「はーい!!」」」

 

 

 そんなこんなで、午後は同好会のみんなと来たるスクールアイドルフェスティバルに向けて、練習をしたのであった。

 

 

 

 




今回はここまで!
次回を終えて本編第13話の内容に入る予定です。
ではまた次回!
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第86話 呼吸を整えて

どうも!
第86話です。
では早速どうぞ。


 

 

「はぁ……」

 

 

『石橋を叩いて渡る』という(ことわざ)が存在する。用心の上にも用心をするという意味だが、失敗を防げる故に教訓として使われることが多いのではないだろうか。

 

 しかし、必要以上に用心を重ねると、不利益を被ることがある。諺に倣っていえば、石橋を叩き過ぎて壊してしまうといったところだろうか。

 

 

 ……何故こんな話をしているのか? それは、今の俺がその状態だからだ。

 

 

 そんな訳でどうも……挙動不審な高咲徹だ。

 

 

 侑を後押しするために、四六時中パソコンと向き合って作曲していたのは、もう数日前のことで……明日はスクールアイドルフェスティバル当日。しかも、今日もあと数時間で終わってしまうのだ。

 

 

 本来なら、俺は生徒会のイベント運営の補助に入るために色々確認するべきことがあるにも関わらず、俺はただただパソコンに映っている作った曲のファイルを眺めては、自分の部屋をうろちょろしてため息を吐くことを繰り返している。こんなことをしても無意味だと分かっていながらもな……

 

 ただ、今俺がこんなに焦燥感に襲われているのは、自分の作った曲に自信がないからではない。

 

 

 曲を完成させて、俺はすぐに侑を除いた同好会のみんなを部室に招集した。その時はそこそこの自信がありながらも、どこか不安を拭いきれずにいた。

 

 でも、作った曲をみんなに聴いてもらった時の、目をキラキラさせて褒めてくれたり、この曲に対して賛同してくれるみんなを見て、俺は不安を払拭できた。

 

 

 じゃあ、何故俺はこんなに焦っているのか? 

 

 それは───この曲が、俺が作曲者として再起する大きな一歩になるから、なんだろうな。

 

 

 この一歩は大切だ……そう思えば思うほど、その一歩を踏み外す場合のシナリオを連想してしまう。それは曲自体の問題ではない。例えるなら……あの文化祭で起きた音源のトラブルだ。あのようなことが二度と起きないとも限らないのだ。

 

 ホント、今更こんな不安になってどうするんだって感じだが、このままじゃ埒が明かないな……

 

 

 そんなことを悩んでいると……

 

 

「ん、スマホが鳴ってる……?」

 

 

 部屋の勉強机に置いてあるスマホが、絶えず小刻みに震えていることに気づいた。

 

 俺は画面に映った電話を掛けた主の名前を見て、着信に出た。

 

 

「もしもし?」

 

『あっ、もしもし? こんばんは、徹さん』

 

 

 電話を掛けてきたのは、明日スクールアイドルフェスティバルのライブ本番を控えたせつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんだった。

 

「おう、こんばんは。電話掛けてきたってことは、何か用があったり?」

 

『あっ、いえ! そういう訳ではないんです。えっとその……ただ、徹さんとお話をしたかっただけでして……』

 

 

 普段はショートメッセージでやり取りしているから、わざわざ電話を掛けて来るということは何か重要な用件があるかと思ったが……なるほどな。

 

 

「あぁ、そうだったか。ははっ、菜々ちゃんの話し相手ならいつでもなるぞ?」

 

『あっはは! そう言ってくださると、嬉しいです』

 

 

 とても楽しそうな笑い声を聞かせてくれる菜々ちゃん。

 

 ……そうだ、一応彼女の様子を伺ってみるか。

 

 

「そういえば、明日に向けて調子はどうだ?」

 

『調子はバッチリです! 明日のためにコンディションを整えてきましたが、ちゃんと本番で最大のパワーを発揮できそうです!』

 

 

 いつも以上の声量……聞いた感じ、調子は良さそうに感じるな。

 

 

「そうかそうか。つまり、明日になればせつ菜ちゃんは無敵のスターの状態になるだな?」

 

『はい!! それはもう、マ◯オさんもびっくりな無敵状態になりますよ!!』

 

 

 例の有名なゲームに出てくる演出みたいに、虹色に輝きながらパフォーマンスをするせつ菜ちゃん……これはもう見た目からしても、敵うものなしだな。

 

 まあ、そんな冗談は置いといて……

 

 

「ははっ、そりゃぁ面白そうだ! ……でも、あの件は大丈夫か?」

 

『あの件……? ……あぁ、あれのことですか』

 

 

 俺には、せつ菜ちゃんが不安に思っているかもしれないことに一つ思い当たりがあった。

 

 それは、俺の作った曲が、同好会全員で披露するというところだ。

 

 俺が完成した曲をみんなに聴かせた時、実はこの曲をみんなで歌ってほしいとみんなにお願いをしたのだ。

 

 今思えば、侑を後押しするために誰か一人でも欠けるのは違うのではないかと感じていた。それが、曲を完成した瞬間に確信に変わった。

 

 

 俺のお願いに、最初は少し驚きを見せたものの、みんなは笑顔で賛成してくれた。どうやら、みんなも曲を聴いた時に『これはみんなで歌うのが良い!』と思ってくれたようだった。

 

 しかし、それでも心配なのは、かつての同好会に所属していた五人だ。特に、せつ菜ちゃんはその中でも中心的な人物で……同好会の合宿では、同好会の分裂に対する怖さを話していた。

 

 今の同好会の活動スタイルはソロだ。それは、お互いの衝突を避けるためのものだった。それが今全員揃ってライブをしようとなれば、少なからず不安が湧き上がってくるのではないかと思い、そのことについて彼女に訊いた。

 

 

『それは大丈夫ですよ。皆さんの侑さんを応援したいという気持ちが同じだってことも確認出来ましたし、今の同好会ならば心配ありません!』

 

「そうか……ならば良いんだ」

 

 

 声色に翳りはなさそうだから、本当に大丈夫なんだろうな。流石せつ菜ちゃん、強いなぁ……

 

 

『はい! ……それより、徹さんの方は大丈夫ですか? 明日は徹さんが作られた曲がお披露目になりますが……』

 

 

 すると、せつ菜ちゃんは先ほどまでとは一転して心配するような口調で俺にそう訊いてきた。

 

 

 大丈夫だと言って彼女を安心させたいと言う気持ちもあるが……ここで嘘は良くないよな。

 

 

「……大丈夫、とは言えないな。不安があるのか、緊張してるのか……少し落ち着いてられないんだよな」

 

『そうですか……』

 

 

 ……あぁ、こんな時に至ってスクールアイドルとして本番を控えているせつ菜ちゃんに悩みを聞いてもらうことになるなんて、先輩として恥ずかしいなぁ……

 

 

『……ふふっ、大丈夫ですよ。完成した徹さんの曲を聴いて、私達全員が納得したんです。それに、例えどんなトラブルがあったとしても、私達は乗り越えられると思っています!』

 

「せつ菜ちゃん……」

 

 

 乗り越えられる……か。なんだか、せつ菜ちゃんに言われるとそう思えてきたような気がするな。

 

 何があってもこのスクールアイドルフェスティバルを成功させてやるという気概──そうだ、そう思って望めば良いんだな。

 

 

「……ホント、心強いな」

 

『徹さん?』

 

「ありがとな。せつ菜ちゃんの声が聞けて、良かったよ」

 

『えっ……!? そ、そうですか……お役に立てたなら、嬉しいです……えへへ』

 

 

 こうして俺たちは、少し話をした後に電話を切り、俺は明日に向けて確認作業に集中した。

 

 

 

 

 

「明日の確認事項は……これくらいかな」

 

 

 あれから数十分経っただろうか。スクールアイドルフェスティバルの開催概要やスケジュールなどを今一度頭に叩き込み、今それが終わったところだ。

 

 

 気づけばもう寝ようと思っていた時間だった。しかし、せつ菜ちゃんのおかげでやるべきことを今日中に終えることが出来た。彼女……いや、今まで助けてくれたみんなの恩を返すためにも、早く寝て、明日に備えなければ。

 

 

「さて、寝る前に少し水分補給でも……おっ」

 

 

 リビングに向かうために自分の部屋のドアを開けると、その先に誰かがいた。

 

 

「わっ、びっくりした〜……お兄ちゃん、作業終わった感じ?」

 

「あぁ、一通りな。侑も起きてたんだな」

 

「うん、少し喉が渇いちゃって」

 

 

 パジャマに着替えた侑と遭遇した。もしかすると、侑も俺と同じように寝る前に水分を摂りに来たのかもしれないな。

 

 

「おぉ、そうだったか。じゃあ一緒にお茶飲もうぜ」

 

「だね!」

 

「……ってちょっ、走ったら下に響くぞ!」

 

 

 すると、侑は小走りでリビングの方へ向かっていった。そんなに急ぐ必要はないはずなのに何故だ……? 

 

 まあ、あれくらいなら下に足音が響くことはないか。うちはアパートだからそこら辺気を遣わなきゃいけないんだよな。

 

 

 そんなことを考えながらリビングまで辿り着くと、テーブルには既にコップに入ったお茶が二つあった。

 

 

「え、侑……俺の分まで注いでくれたのか?」

 

「うん! いつもお兄ちゃんが先にやってくれてるけど、たまには私もやりたいなって……はい、どうぞ!」

 

「お、おう……サンキューな」

 

 

 そうか……だから侑はさっき小走りで俺より先にここに行ったんだ。それで、俺の分までお茶を注いで用意してくれたんだな。

 

 一体どういう風の吹き回しなのか疑問ではあるが……まあ、ありがたく頂くとするか。

 

 

「いえいえ〜! これくらい、明日の忙しさに比べたらへっちゃらだから!」

 

「明日……そうだな。ついに、スクールアイドルフェスティバルが始まるもんな」

 

「だね……」

 

 

 侑の表情が僅かに暗くなった。それに、明日の事と今のお茶を注ぐことはあまり関係ないと思うが……

 

 いや、もしかして───

 

 

「……緊張、してるか?」

 

「……! ……うん、ちょっとね」

 

「そうか……」

 

 

 なるほどな……やっぱり、侑もそうなんだな。

 

 

 いくら自信を持って準備をしたって、本番直前になれば不安になってしまうのだろう。それに、侑は謙虚だからより不安は大きいだろうな。

 

 こういう時は……

 

 

 俺は、侑が注いでくれたお茶を一口飲んだ。

 

 

「……はー、侑が淹れるお茶は美味しいなぁ」

 

「えっ……? ねぇお兄ちゃん、これってただの市販で売ってる麦茶でしょ? 『淹れた』って、コーヒーじゃないし……」

 

「ふっふっふっ……違う違う、そういうことじゃないんだよねぇ……」

 

「?」

 

「んー……まあ、そういうことだ」

 

「いやどういうこと!? もー、お兄ちゃんそのキャラなんなの〜? あっはは!」

 

「ははっ……そうそう、それで良いんだ」

 

「えっ?」

 

 

 俺の行動に疑問符を浮かべる侑。

 

 

「そうやって緊張をほぐして、ぐっすり寝て……明日全力でスクールアイドルフェスティバルを盛り上げられるようにする」

 

「お兄ちゃん……」

 

「大丈夫だ。スクールアイドルフェスティバルは、侑だけが背負ってる訳じゃない。俺だってそうだし、同好会のみんな、そして協力してくれるニジガクのみんなだっている。そうやって、みんなで乗り越えていこうぜ?」

 

 

 これはせつ菜ちゃんの受け売りの言葉だが……きっと、この言葉は侑に対しても効くんじゃないかと思った。

 

「……そうだね。ありがとう、お兄ちゃん。お陰で安心出来たよ」

 

「ん、それは良かった……あっ、そうだ。実は今日の為に買った物があるんだよ……ほら、これだ」

 

「これは……アロマオイル?」

 

「そうそう、ラベンダーの香りだ。これをティッシュにつけて枕の側に置くと寝れるんじゃないかと思ってな。どうだ?」

 

「使う!」

 

 

 良かった。侑もさっきに比べたら、柔らかい笑顔を見せてくれてるな。よし、ラベンダーオイルの力を借りて、今夜は十分休むぞ! 

 

 

 ────────────────────

 

 

「はっはっはっ……!」

 

 

 ──俺は今、部室棟の廊下を走っている。

 

 

 本来学校の廊下を走ることはよろしくない。俺が今まで生徒会長として生徒に注意してきたことだ。

 

 でも、俺には今走らなければならない事情がある。

 

 

「はぁっ……みんな!!」

 

「あっ、徹せんぱぁい! 遅いですよぉ、もうみんなで円陣組もうかどうしようかってところでした!」

 

「おぉ、待ってたよ〜! ほらほら、てっつーも輪の中に入って!」

 

「徹くんが入らないと、円陣が出来上がらないよ〜? 早く早く〜」

 

 

 スクールアイドル同好会の部室を思いっきり開けてみんなに声を掛けると、円形に集まっている同好会のメンバー達がこちらを向いて笑顔を見せた。

 

 

 今日はスクールアイドルフェスティバル当日。俺は生徒会の運営スタッフとして最終の打ち合わせに望んでいた。しかし、思った以上に打ち合わせが長引き、気がつけばフェスティバル開幕の時間が迫っていた。

 

 俺は、フェスティバルが開幕する前に同好会の方の様子を伺おうと決めていた。そして、十一人みんなで円陣を組もうと決めていたのだ。

 

 

「あぁ、分かった分かった……!」

 

 

 みんなが円に入るのを急かす中、俺はみんなの側に近寄った。

 

 

「ほら徹さん、私の隣に」

 

「ん、ありがとう。歩夢ちゃん」

 

 

 すると、歩夢ちゃんが右側に少しずれた。俺はそのズレて空いたところに入った。

 

 みんなは既に円の中心で手を乗せており、残りは俺がそこに手を上から乗せるだけだった。

 

 

「……よし、俺も準備完了だ」

 

 

 円の中心に手を伸ばし、みんなの重なった手の上に乗せた。

 

 

 ……ついに始まるな、スクールアイドルフェスティバル。

 

 

 みんなの表情は……ははっ、みんなやる気満々だな。

 

 

 かすみちゃんの可愛いが詰まったライブ、愛ちゃんのみんなが元気になれるようなライブ、璃奈ちゃんのみんなと感情が繋がることが出来るようなライブ……

 

 しずくちゃんの自分を曝け出す覚悟を魅せるライブ、エマちゃんのみんなの心がポカポカになれるようなライブ、果林ちゃんのみんなを虜にする刺激的なライブ……

 

 彼方ちゃんのみんなを夢の世界へ誘ってくれるライブ、せつ菜ちゃんのみんなが大好きを叫べるようなライブ、歩夢ちゃんのみんなのために優しさを届けるライブ……

 

 各々魅力的で、素晴らしいライブを果たすことが出来そうな表情をしてるな。

 

 

 そして……侑と俺は、そんなみんなを全力でサポートする。みんなが最大限のコンディションでパフォーマンスを出来るようにするためにも、な。

 

 

「じゃあ、お願い。かすみちゃん」

 

「任せてください! ……それでは、行きますよ〜!」

 

「「「「私(俺)達の虹を咲かせに!!」」」」

 

 

 その掛け声と共に、一斉に手を天井に向かって掲げた。

 

 

 俺達、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会として初めてのライブをする、スクールアイドルフェスティバルが始まったのであった。

 

 

 




今回はここまで!
ついにスクールアイドルフェスティバルが始まりましたね。
少し第13話の内容に入りましたが、次回から本格的に内容に入っていきます。
ではまた次回!
評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします!


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第87話 お散歩の時間だ

どうも!
第87話です。
では早速どうぞ!


 

 

「こんにちはー!! こちら、スクールアイドルフェスティバルのチラシと各ステージのマップでーす! 開演時間に合わせて是非見にきてくださーい!!」

 

「この奥には屋台もございまーす! 腹ごしらえに是非!!」

 

 

『School Idol Festival』とカラフルな文字が綴られたTシャツを着た子達は、懸命な声掛けで来る人達にフェスの概要が書かれたチラシと開催場所を記した地図を配ったり、屋台へと案内をしたりしている。

 

 

 スクールアイドルフェスティバルを成功させたいと思った者達が一堂に集まり、各々の役割を全力でこなしてくれている。このようにして、世の中の行事やサービスはこうやって成り立っているのだなと、度々感じさせられるものだ……

 

 

 あっ、どうも。久々にイベントで仕事を任せられた高咲徹だ。

 

 

 このようにスクールアイドルフェスティバルが開幕し、多くの来客が虹ヶ咲学園の校門をくぐり抜けてやって来ている。

 

 ここまで虹ヶ咲が人で溢れ返っているのは、俺も今まで見たことがない。一昨年と昨年の文化祭だって、ここまでの人は来なかった気がするが……あっ、でもその時俺は生徒会で本部にずっと居たから、こうやって眺めたことはなかったか。

 

 まあいいか。実際のとこどうなのかは分からないが、文化祭に匹敵するほどの賑わいであることは間違いない。

 

 

 ……あっ、こんな風に物思いに更けてしまっているが、俺はただフェスを楽しんでいるだけではない。今は生徒会の役員としてフェス全体の巡回をしているのだ。

 

 

『山本から本部』

 

『山本さん、どうぞ』

 

『第三ステージ、十三時半の回開演致しました。どうぞ』

 

『本部了解。何かトラブルありましたら、本部に一報してください。どうぞ』

 

『了解しました』

 

 

 このように、俺のポケットに掛かったトランシーバーから無線で他の生徒会役員達の交信が聞こえてくる。

 

 生徒会役員の役割としては、今回用意されたステージの現場常駐する者、その者達を統括する本部に常駐する者、フェス全体を巡回する者に分かれる。

 

 本部には、今回生徒会の中でリーダーの位置にいる副会長の若月がいる。それで、本来その位置にいる筈の生徒会長・菜々ちゃんの代わりに、俺がフェスを巡回する役割として配置された。

 

 俺の役割についてもう少し具体的に述べるとすれば、現場で働いているボランティアのスタッフ達の様子を伺うこと、お客さんの中に困っている人が居ないかどうかを確認すること、ステージにおいて万が一トラブルがあった場合に補助をすることなどだな。結構脇役的なポジションかもしれないが、割と重要なポジションだ。

 

 

 さて、本当はここで立ち止まっている場合ではない。ライブステージはお台場の各所に点在しているから、そこに向かわなければ……

 

 

『本部から、学園内に滞在中の役員……高咲さん、応答してください』

 

 

 すると、本部にいるであろう人から俺を呼ぶ声が聞こえた。声的に左月ちゃんか右月ちゃんの声だと思うが、どちらなのかは声だけでは判別できない。

 

 

「高咲です。どうぞ」

 

『高咲さん。たった今スタッフの情報によれば、学園内に猫がおり、現在その場で保護している模様。そちらに出向いて預かることはできますか? 場所は中庭、部室棟前です。どうぞ』

 

 

 校内に猫か……なんだか思い当たる節はあるものの、ボランティアのスタッフは他の仕事がある訳で、このまま猫を保護していてはどうしようもないだろう。

 

 

「部室棟前でスタッフが猫を保護、出向いて預かる、了解しました。直ちに現場へ向かいます」

 

 

 場所は中庭に面する部室棟の前か……ここからだとそう遠くないが、急ごうか。

 

 

 そうして、俺はその場から走り出した。

 

 

 

 

 

「役員の高咲です。保護された猫を預かり来ました」

 

「あっ、高咲さん! すぐに来てくださってありがとうございます! こちらの猫さんなんですが……」

 

 

 屋台が特に集まるこの中庭へと抜けると、部室棟の前には本部の言う通り、スタッフの腕章をした女性が例の猫を抱きかかえていた。

 

 

 そばに近寄ると、その猫の正体がはっきりとしたのだが……

 

 

「にゃーん」

 

「……あら、やっぱり君だったか」

 

 

 何の模様一つもない真っ白な毛にエメラルドグリーンの瞳をした可愛いらしい子猫。そう、この子はつい最近生徒会のお散歩役員になったと言われるはんぺんだった。

 

 

「えっ、この子のことを知ってるんですか?」

 

「あぁ、ここ最近この虹ヶ咲に棲みついている猫なんだ」

 

「にゃ!」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 はんぺんは俺を見つめて嬉しそうに鳴く。ふふっ、久しぶりに会ったな。

 

 

 スタッフの子も、この学校に棲みついているなんて聞いて驚いているみたいだ。まあそりゃそうだ、学校に動物がウロウロしているなんて普通のことではないのだから。

 

 しかし、前はんぺんに会った時には菜々ちゃんに許してもらえるかを思慮していたものの、結局菜々ちゃんは菜々ちゃんなりに配慮を効かせてこのような形に落ち着かせてくれて良かったものだ。

 

 

「まあともかく、保護してくれてありがとな。こちらで預かるから、その調子で屋台の運営、頑張って」

 

「はい!」

 

 

 そうしてスタッフの子からはんぺんを抱き取り、彼女はそのまませかせかと仕事現場へ戻って行った。

 

 

「さてと、本部に一報しないとな……高咲から本部」

 

『高咲さん、どうぞ』

 

 

 本部から指示された任務を最後まで遂行させたことを報告するため、俺はトランシーバーを口元に近づけて話しかける。

 

 

「こちら、スタッフから例の猫を預かりました。なお目で確認した結果、本校のお散歩役員のはんぺん君であることが判明しました。どうぞ」

 

 

 それに加えて、保護されていた猫の正体も本部に報告する。これを伝えるか伝えないかで今後の処理が変わってくるだろうからな。

 

 

『本部了解。では、高咲さんははんぺんさんと共に行動して頂けないでしょうか? どうぞ』

 

 

 共に行動か……本部に置いておくという手段もあると思ったが、そうすると他のみんなが忙しい故にはんぺんがまたどこかに行ってしまう可能性がある。そう考えると、俺とずっと行動していた方が安心か。俺もただ巡回という名の散歩をしているようなもんだし、はんぺんもお散歩役員の名に相応しい仕事が出来るだろう。

 

 

「了解。共にお散歩……訂正、巡回しまーす。どうぞ」

 

 

『ふふっ、よろしくお願いします。以上本部』

 

 

 くっ、なんちゅう言い間違いをしてるんだ俺は……散歩なんて呑気なことをしている訳じゃないんだぞ? 誰だ散歩とか言った奴は……いや、俺か。

 

 

「にゃ?」

 

「んん……よし、二人でイベントの巡回をするぞ。準備はいいか?」

 

「にゃ〜!」

 

 

 俺の様子に首を傾げるはんぺんであったが、こうして俺達はスクールアイドルフェスティバルを見て回ることにした。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ふあぁ……良い寝心地……」

 

「彼方ちゃんと一緒に寝られるなんて、幸せ……すやぁ」

 

「……おぉ、この光景はなかなか」

 

 

 まず一番最初にやってきたのは、オシャレな内装をしたショッピングモールだ。ここは、前に彼方ちゃんがソロでライブを行った会場でもある。

 

 そんな場所で、今回も彼方ちゃんはソロでライブをしているのだが……ただのライブではない。なんとライブステージ前の観客席に当たるところには無数のベッドが置かれており、そこで観客達が横たわって眠ったりしているのだ。

 

 ライブをしているのか、ベッドで眠っているのか分からなくなってしまうかもしれないが、これは彼方ちゃんの提案によって実現した()()()なのだ。彼女が前々から持っていた『ファンのみんなと一緒に寝てみたい』という希望が盛り込まれた提案だ。

 

 このようにライブらしくないライブではあるが、観客は各々気持ち良さそうにベッドに身を任せ、ライブを楽しんでいるようだ。そんな様子を見て、俺は一安心する。前代未聞のライブであるが故に、どうなるか少し不安だったからな。

 

 

 そう考えていると、目線の先に見知った姿が見えた。

 

 

「おっ、遥ちゃん。よっす」

 

「あっ、徹先輩! 徹先輩も、お姉ちゃんのライブを見に来たんですね!」

 

 

 姉である彼方ちゃんに似た茶髪をツインテールにしている東雲学院の後輩・近江遥ちゃんも、このライブに訪れていた。

 

 

「まあな。あんまり長くは居られないが」

 

「あっ……なるほど、本部の見回りで来られたのですね。お疲れ様です。あと、その子は……?」

 

 

 俺に向かって小さく一礼すると、遥ちゃんの視線は俺の胸元に抱きかかえられたはんぺんに向いた。

 

 

「あぁ、それはな……あっ」

 

 

 遥ちゃんの疑問に答えようとすると、視線の隅で俺に向かって主張するような何かが見えたのでそちらに向いた。そしてその正体は、前方のステージ上に一つ置かれたベッドに座ってこちらに手を振る彼方ちゃんだと気づいた。

 

 それに遥ちゃんも気づいたようで、二人で彼方ちゃんの元へと駆け寄った。

 

 

「おぉ〜、遥ちゃんに徹くんじゃないか〜。彼方ちゃんのスペシャルステージへようこそ〜」

 

「よっす、彼方ちゃん。順調にライブが出来てるようだな」

 

「えへへ〜。こんなにいっぱい人が来てくれて、一緒にすやぴしてくれて……彼方ちゃんご満悦だよ〜」

 

 

 普段あまり見ないほどの満面の笑みを見せてくれる彼方ちゃん。紫を基調として、所々に金色の装飾が施されたまるでお姫様のような衣装を彼女は纏っていた。

 

 そうか……ライブに来てくれた観客達も満足、ライブをする本人も満足……素晴らしいライブこの上ない。彼方ちゃんをサポートしてくれた面々に感謝しなきゃな。

 

 

「むむっ……徹くんが抱えているその可愛らしい猫ちゃんは?」

 

 

 すると、彼方ちゃんは顎に指を当ててそう訊いてきた。そういや、遥ちゃんにもはんぺんのことを言おうとしたんだったな。

 

「あぁ、この子ははんぺんだ。虹ヶ咲で放し飼いしてる猫ちゃんだ。彼方ちゃんは、璃奈ちゃんか愛ちゃんから話を聞いたことはないか?」

 

「んー……あぁ〜、聞いたことあるよ〜。君がそうだったんだね〜」

 

「にゃ〜ん……」

 

 

 優しい眼差しで彼方ちゃんがはんぺんの頭を撫でると、はんぺんは気持ちよさそうに鳴き声を上げる。

 

 

「そうでしたか……でも、学校で放し飼いって大丈夫なんですか?」

 

「それがな、形而上生徒会のお散歩役員に任命する形を取ってるのさ。だから問題ない」

 

「なるほど……でも、可愛いですね!」

 

 

 遥ちゃんも、はんぺんの可愛さに目を釘付けにされたようだ。

 

 

「ねぇ、遥ちゃんと徹くんもここで寝て行ったら〜? きっとスッキリさんになると思うよ〜!」

 

 

 すると、彼方ちゃんははんぺんを撫でながら俺達にそう誘ってきた。

 

 

「あはは、お姉ちゃんの気持ちは嬉しいけど……私もこの後ステージ控えてるから、難しいかな……」

 

「俺も一応仕事中だからな……非常に魅力的な提案なんだが、すまん」

 

「そっか……やっぱりそうだよね」

 

 

 俺達の返答に少し寂しげな反応を見せる彼方ちゃん。

 

 うーむ、彼方ちゃんがお願い事してくるのもなかなか貴重だからな……このまま断ってしまうのは如何なものか。

 

 

 そう思い策を巡らすと、一つの案が思い浮かんだ。

 

 

「……そうだな、ベットに少しの時間だけ横たわるくらいなら良いかと思ったんだが、遥ちゃんはどうだ? それに、万が一遥ちゃんが寝てしまっても俺が起こすからさ」

 

 

 本格的に寝てしまうのがダメならば、寝ない程度に横たわればいいのだ。俺としては、あくまでここのベッドの寝心地がどうかを確認するために少し横たわるだけだ。

 

 

「えっと……徹さんは大丈夫ですか?」

 

「俺が寝る心配か? なら大丈夫だ。俺が寝てしまったら職務怠慢になる故に寝れないしな!」

 

「あっはは! 確かに……なら、お願いしますね」

 

「二人とも……!」

 

 

 彼方ちゃんの表情がパァっと明るくなった。それだけ嬉しかったのかな。

 

 

「そんな訳で、そこのベッドにお邪魔するか……あっ、はんぺんを抱いたままだと横たわれないか……」

 

「それなら、彼方ちゃんが預かってるよ〜。なんなら、特別に彼方ちゃんのベットで寝てもいいんだよ〜?」

 

「ははっ、そこは彼方ちゃんの特等席だろ? それはやめとくよ」

 

「えぇ〜? もう……」

 

 

 彼方ちゃんが不満そうにブツブツ何かを言ってたような気がしたが、俺は無事にベッドの寝心地を確認することができ、数分経ってから遥ちゃんを起こしてその場を去ることが出来たのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

『本番三十秒前です!』

 

『了解ですぅ!』

 

『了解しました!』

 

『了解です!!』

 

 

 サポーターの予告と、三人の声が力強い返答が耳に届いてくる。

 

 

 ここはとあるライブステージ。これからあるライブが始まる。三人が既にスタンバイが完了して待機している状況だ。

 

 観客スペースには既に多くの観客が集まっている。ただ、その観客の大半は、小学生や幼稚園児くらいの子供達である。

 

 

「了解」

 

 

 そんな中で、これからどんなライブが始まるのか、はたまたそもそもライブなのか……? それはこの後明らかになる───

 

 

『本番五秒前! 四、三、二、一……スタート!』

 

 

 





 今回はここまで!

 最後は面白い感じで終わりましたが、果たしてこの後どんな展開があるのか……? お楽しみに!

 そしてこの話を以て、本小説通して通算百話目となりました! これからも変わらず物語を紡いでまいりますので、よろしくお願いします。

 ではまた次回!

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第88話 俺のステージ

どうも!
第88話です!
では早速どうぞ!


 

 

「しずくスカイブルーハリケーン!!」

 

「うわぁぁ、これでは煙がぁ〜!」

 

 

 しずくちゃんの言い放ったこの技名のような文言。それと同時に強烈な突風が巻き起こり、それにかすみちゃんが慌てている。

 

 

 この技名といい、かすみちゃんの言う煙といい、このような状況になった経緯がこの二人の発言だけでは全く察しがつかないかもしれないが……実は今、俺のすぐそばでヒーローショーが行われている。

 

 せつ菜ちゃんが観客のみんなのためにライブを行おうとするのだが、そこへ悪魔のような衣装を着たかすみちゃんが、巨大サイズのかすみんBOXの上に乗って登場し、煙を撒き散らすことでライブの進行を妨害する。これではどうしようもないといったところで、仮面とマントを纏ったしずくちゃんがステージ上段から登場し、今その煙をハリケーンで取っ払ったというのが今までの流れだ。

 

 こうして彼女の視界を妨げるものは無くなり、あとは敵であるかすみちゃんをせつ菜ちゃんが必殺技で追い払えばハッピーエンドといったところなんだが……

 

 

「せつ菜さん、とどめです!」

 

「任せてください! ……えっ?」

 

 

 せつ菜ちゃんの威勢の良い返事が聞こえても、何も起こる気配がない。彼女の焦るような声も聞こえた。

 

 今俺がいるところからステージ上の様子を伺うことは出来ないが、十中八九観客達は彼女の様子を見て驚きの表情を浮かべているだろう。

 

 

「技が使えない……なぜ!?」

 

「クックックッ……せつ菜先輩、かすみんを甘く見過ぎですねぇ〜?」

 

 

 慌てふためくせつ菜ちゃんを、ドスの効いた声色で煽るかすみちゃん。

 

 かすみちゃん、合法的にせつ菜ちゃんを煽れるからって気合い入れまくってるなぁ……まあ、気合い入れてもらった方がショーの完成度は上がるからそれで良いっちゃ良いんだが。

 

 

「まさか、あの煙で弱体化された!?」

 

「そんな……!?」

 

「そのとーり! これで太刀打ち出来ませんねぇ〜? ここからは〜……かすみんのステージです!」

 

 

 かすみちゃんが最初に放ったのは、せつ菜ちゃんの必殺技を封印するような弱体化の効果がある煙だった。つまり、しずくちゃんが煙を追い払った時の動揺は、その余裕を持った上の演技だったということだ。

 

 

「ど、どうしましょう……私には、もう打つ手がありません!」

 

「誰か、力になってくれる人がいれば……!」

 

 

 しずくちゃんとせつ菜ちゃんは窮地に立たされた。このままでは、かすみちゃんがずっとその場に居座ることとなり、今から彼女から何かしらの手を打たれるに違いない。観客達も、これからどうなってしまうのだろうと固唾を飲んで見守っているに違いない。

 

 こう言う時は、何かしらの救いの手が現れるものだが……

 

 

「今度こそ、終わりです────」

 

 

 ……さて、()()()()だな。

 

 

「本当にそうかな?」

 

「なっ……! だ、誰ですか!?」

 

 

 かすみちゃんがそう問いかけると、ステージ上手の舞台袖から登場する俺。謎の人物登場に、観客席からざわめきが聞こえる。

 

 

 しかし、思ってた以上の観客の数だな。開演前に覗いた時よりも明らかに人が増えている。あっ、しかも奥の方に立ち止まって眺めてる人もいるな。こうなったら、その人の興味を惹くような演技をしなきゃな。

 

 

「全く、人様のライブに割り込んで盛大に邪魔するなんて……少しは場を弁えたらどうなんだ?」

 

「ふっ、ふん!! みんなはかすみんの可愛さを求めてるんです! そっちこそ、邪魔しないでくれますか!?」

 

 

 うっ、演技とはいえ、そういうことをかすみちゃんから言われると心にくるものがあるな。俺も心を鬼にしてこのセリフを言っているが、普段だったらこんなにキツく彼女に当たらないからな。むしろ、彼女がそんなことをすることはないからな。

 

 

「はぁ……非常に自分勝手な奴だ。これは、本当に倒すしかなさそうだね」

 

「あの、貴方は……?」

 

 

 俺がかすみちゃんの態度に呆れるような演技をしていると、せつ菜ちゃんが俺に声を掛けてきた。二人とも俺の登場には困惑しているような表情を見せている。

 

 

「ん? ……あぁ、君達がこのライブをやってるんだね。俺が何者か、か……」

 

 

 顎に手を当てて考える仕草をし、俺は再び口を開けた。

 

 

「ふむ、さすらいの魔術師トールとでも名乗っておこうかな」

 

「「トール……!」」

 

 

 そう、魔術師トール……それが今日、俺こと高咲徹がヒーローショーに出演する上で与えられた役だ。

 

 

 この『トール』という名前は俺が名付けた。トールというと、北欧神話に出てくる神の名前として知られているが、俺がこのように名付けたのはそれが元ネタではない。ほら、俺の名前って『徹』と書くからたまに『とおる』って読み間違えられることがあるからさ。そこから由来してるんだ。

 

 そんな魔術師トールの見た目なのだが、灰色単色の服に真っ黒なフード付きのマントを纏う、謎めいた印象を覚えさせる装備だ。そして何より目立つのは……

 

 

「にゃん?」

 

 

 胸元に抱きかかえた白い子猫だろう。

 

 そう、今回は急遽はんぺんにもこのショーに参加することになったのだ。俺がショー出ている間に誰かが面倒を見ることができれば良かったが……スタッフみんな忙しいし、迷惑かけたくないと思ってこの形をとった。 

 

 

「なになに、新たな戦士登場!?」

 

「カッコいい〜! 正体誰なんだろう!?」

 

「しかも、可愛い猫ちゃんを抱えてるじゃん! 可愛い〜!」

 

 

 新たなキャラクターの登場に、観客は興味津々のようだ。特にやっぱり、はんぺんに対する反応が多いな。これは、はんぺんを出演させて良かったかもしれないな。

 

 ちなみに俺は、いったい誰なのかはなるべく分からないように、前が見える仮面を目につけている。フードを被っているのも、俺の髪が目立つ故にそれを隠すためだ。凄い用意周到かもしれないが、これくらいしないと身バレを喰らうからな。

 

 

 ……おっと、そんなこともいいが、物語を進めよう。

 

 

「それで、どうやら困っているみたいだが……もしかして、対抗する術がなくなってしまったってところか」

 

「は、はい! 敵に弱体化させられてしまって……!」

 

「なるほど、状況は理解した。ならば、俺も力添えしよう」

 

「本当ですか!?」

 

「あぁ、俺は能力回復の魔法が使えるのさ。ただ、使うためには一つ条件がある」

 

 

「条件……何でしょうか?」

 

 

「それは───ここにいる、みんなの声援だ!」

 

 

 その台詞と同時に、俺は視線を観客へと向ける。

 

 

 俺ことトールは、回復魔法を駆使する魔術師だ。せつ菜ちゃんは弱体化させられていることで、必殺技を発動出来ずにいる。その弱体化を、回復魔法によって元の力を取り戻すことが出来るのだ。

 

 ただし、無から力を生み出せる訳ではないのだ。外部から何かしらの形で力を受け取る必要がある。

 

 

「そこにいるみんなが、二人を応援してくれることで、俺も回復魔法が発揮できるようになるんだ。もう既に沢山の応援をしてくれてると思うけど……今一度、みんなの気持ちが籠った大きな声援が必要なんだ! みんなだって、この二人のライブ、見たいよな!?」

 

 

 俺が声を大にして観客にそう訴えかけると、一瞬の間が空いたものの、徐々に歓声が湧き上がってきた。

 

 

「……! みんな、私達にエールをください! お願いします!!」

 

「それでは皆さん、彼女の名前をコールしてください! せーのっ!!」

 

 

 しずくちゃんの合図とともに、観客達が大きな声で『せつ菜』とコールをし始めた。

 

 その勢いは想像以上のもので、観客達のコールの一体感に少し感動を覚えた。

 

 

「何だか……力が湧いてきました!」

 

「……よし、これでいけるはずだ!」

 

 

 回復魔法の詠唱を終え、俺はせつ菜ちゃんにそう伝える。

 

 

「ありがとうございます、トールさん! しずくさん、今度こそ後は任せてください!」

 

「分かりました、お願いします!」

 

 

 そこからせつ菜ちゃんは前に一歩進み、必殺技名を宣言した。

 

 

「行きますよ〜!? せつ菜スカーレットストーム!!」

 

 

 こうして、敵のかすみちゃんは撃退され、無事ライブは大盛況で終わった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「よう、二人ともお疲れ様!」

 

「徹さん、ありがとうございます!」

 

 

 ライブ終了後、舞台袖でライブをやり切ったしずくちゃんとせつ菜ちゃんを、飲み物を用意して迎えた。

 

 

「はぁ……やり切りました!」

 

「ははっ。せつ菜ちゃん、ショーやってる時も楽しそうだったな」

 

「はい、私のやりたかったことだったので! 徹さんも、お忙しいのに参加していただいて、ありがとうございました!」

 

 

 少し息が上がりながらも、とても幸せそうな表情で俺が用意した飲み物を手に取りながらそう話すせつ菜ちゃん。

 

 

「いやいや、俺も正直とても参加したかったんだ。むしろ、俺が提案したキャラをやらせてもらえて、感謝してるよ」

 

 

 そう、今回行ったヒーローショーは、せつ菜ちゃんがライブをする一環で行われているものだったのだ。彼女は特撮モノが大好きであり、彼女がそれをライブ演出に取り入れてほしいと要望した。そしてこのようにミニヒーローショーが開催されることが決まった時、それに乗じてしずくちゃんとかすみちゃん、そして俺が出演するという形になった訳だ。

 

 

「徹さんが演じてたキャラクター、とても徹さんに似合ってて良かったですよ!」

 

「ん、そうか? でもせつ菜ちゃんとか、仮面ライダーとかそっちの方が喜ぶんじゃないかなと思ったが……」

 

 

 しずくちゃんはとても俺のことを褒めてくれるが、正直本当に魔術師で良かったのだろうかと疑問に思ってるところが少しだけある。あそこは全身仮面ライダーの装備を纏って登場しても良かったのではないかと思ったり……

 

 

「いえ、あの魔術師トールの冷静沈着で優しさも持ち合わせてるそのキャラは、まさに正義の味方でした! それに……とてもカッコ良かった、です……」

 

「そ、そうか……ありがとうな」

 

 

 少し顔を赤くして目を逸らすせつ菜ちゃん。

 

 なんだか、せつ菜ちゃんにそう言われると嬉しいな。具体的な感想もくれたし……

 

 

「徹せんぱぁぁい! お疲れ様ですぅ!!」

 

「うおっ!? びっくりした〜……」

 

 

 すると、舞台袖の出口の方からかすみちゃんがこちらに走ってきて、俺にくっついてきた。

 

 

「ちょっとかすみさん、はんぺんもいるんですから気をつけてください」

 

「あっ、そうだった……ごめんね、許してくれるかな?」

 

「にゃーん!」

 

 

 俺の腕の中ではんぺんは笑顔で鳴いて返事した。

 

 

「ふふっ、まさかうちの役員のはんぺんさんも一緒に出演するとは思いませんでしたね」

 

「確かにな。でもおかげで、観客のみんなからいい反応を貰ったし……良かったな、はんぺん?」

 

「にゃっ!」

 

 

 ははっ、どうやら楽しかったようだな。今日は色んな人に撫でられてたし、ご機嫌なのかもしれない。

 

 

「いいなぁ……かすみんもステージの上で一緒にショーをやりたかったですぅ〜」

 

「かすみさんは敵役だし、それにコッペパン同好会の方々があんなに立派なものを作ってくれたんでしょ?」

 

「それはそうですけどぉ……やっぱり、徹先輩を敵役に引き入れられなかったのが悔しい〜……」

 

 

 おや、そんなに俺と一緒に敵役を共演したかったのか。確かに出演するメンバーが決まった後、配役を決める時はかすみちゃんに結構誘われたからな。結局かすみちゃんは悪役、俺は味方役が相応しいというしずくちゃんとせつ菜ちゃんの意見でそう決まっちまったが……

 

 

「じゃあ、今度いつかかすみちゃんと二人でショーやってみるか? そうだな……仮面ライダーとか」

 

「!?」

 

「あっ、いいですねぇ〜! なら、今度──」

 

「それはダメですっ!!」

 

「せつ菜先輩ぃ!?」

 

 

 俺がかすみちゃんにショーをやろうと誘ったら、何故かせつ菜ちゃんが抗議に入ってきて、そのままかすみちゃんと二人で言い合いが始まってしまったのだが……もしかして、仮面ライダーの選択が不味かったのだろうか?

 

 

 そんなこんなで、この二人の言い争いをどう鎮めようと考えていると……

 

 

『至急至急、こちら本部です。第四ステージにて機材トラブル発生。巡回中の役員は直ちにそちらへ急行願います、どうぞ』

 

 

「っ……!」

 

 

 ショーをやっているときも常時つけていたピンマイクから、慌ただしい口調で本部にいる若月がそう伝えてきた。

 

 ショーをやる前に本部の方にはこっちに参加することを伝えており、そろそろ終了して巡回に戻ることを伝えようとしていたところだが……

 

 第四ステージということは……確か、愛ちゃんのステージがあったはずだ。

 

 機材トラブル、か……なんとかしなければ。

 

 

「悪いしずくちゃん、急用が入ったから俺はここから出る」

 

「あっ、分かりました! ……お仕事、頑張って下さいね」

 

「あぁ、ありがとな……こちら高咲。本部、感度あったら応答してください、どうぞ──」

 

 

 こうして、俺は第四ステージへ向けて駆け出した。

 

 




今回はここまで!

ヒーローショーの描写は難しいですねぇ……
次回は最後の出来事がメインになるかと思われます!

ではまた次回!
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第89話 勇気は誰が為に


どうも!
第89話です。
では早速どうぞ。


 

 

「っ……!!」

 

 

 せつ菜ちゃん達のライブ会場を後にした俺は、愛ちゃんがいるであろうライブ会場へと駆け出していた。生徒会役員内の無線から、機材トラブルが発生したという一報を受けたからだ。まだ本部に巡回の任務に戻るという報告をしていなかったが、俺はその一大事を見過ごしてはいられなかった。

 

 

「にゃっ?」

 

 

 はんぺんが俺に抱きかかえられながら、心配そうにこちらを覗いてくる。

 

 そうなるのも仕方ないだろう。今の俺は、いつもの落ち着きを失っているからな。呼吸が明らかに乱れ、大した距離も走っていないのに息が上がろうとしてる。はんぺんを抱きかかえている故の体力疲労もあるかもしれないが、それだけではない。

 

 

 機材トラブルという言葉を聞くと……過去のあの出来事を思い出してしまうからな。

 

 

 中三の頃、初めて作った曲が披露される時に機材トラブルが起きた。俺はあの出来事が再び起こってしまうかもしれないことに危機感を感じているのだ。

 

 あの時予選落ちしたのは、俺の曲の出来が悪かったのが主な要因だと思っている。だが、機材トラブルによって観客達の熱気が冷めてしまったことも一つの原因だと考えている。

 

 愛ちゃんのライブは開始時刻までまた余裕はあるものの、トラブルの解決が時間を要してしまい、間に合わない可能性だってある。そんなことになってほしくない……その気持ち一つで、俺はただ無我夢中にお台場の街並みを駆け抜けている。

 

 

「はぁっ……ここだ!」

 

 

 ステージのある場所に辿り着き、俺はステージの音響室に入ろうとした。

 

 すると、向かい側からこちらに接近する人影が二つ見えた。

 

 

「えっ、お兄ちゃん!?」

 

「あっ、てっつー! 来てくれたんだね!?」

 

 

 ライブ衣装を纏った愛ちゃんと、俺と同じライブTシャツを着た侑と会った。二人とも珍しく目に見えて焦った様子で

 

 

「あぁ、機材トラブルなんだってな!?」

 

「そうだよ……っててっつー、顔色悪いじゃん!? 大丈夫?」

 

「ホントだ! お兄ちゃん、何かあったの!?」

 

 

 俺の顔を見た侑と愛ちゃんが、不安そうな表情で見つめてくる。マズい、そんなに顔に出てたのか……。

 

 

「だ、大丈夫だ……それより、機材トラブルはどうなった?」

 

 

「それなら、今りなりーが不具合の原因を見てくれてるところ! 一緒に行こ!」

 

「おう……!」

 

 

 愛ちゃんとともに音響室の中に入ると、複数のスタッフが深刻そうな面持ちを浮かべていた。そして奥へ進むと、一人パソコンに向き合ってカタカタとキーを叩く者がいた。

 

 

「りなりー! 調子はどう!?」

 

「不具合の原因は分かった。あとはプログラムを正しいものに書き直すだけ」

 

 

 周りの人達が慌てている中、璃奈ちゃんだけが冷静さを保って問題を解決しようとしていた。彼女の声色からして、あともう少しでライブを出来るような状態に持ち込めそうだった。

 

 

「これなら、俺が何か手を貸す必要はなさそうだな」

 

「うん……そうかも」

 

 

 先ほどまでの危機感はなくなったものの、俺はトラブルが解決する最後の瞬間まで息を呑み、侑と二人で見守った。

 

 

「よし、これで……」

 

 

 そう言って璃奈ちゃんがパソコンのエンターキーを押すと、パソコンの画面が正常通りになった。どうやら、トラブルを解決出来たようだ。

 

 

「……! りなり〜! ありがと〜!!」

 

 

 それを見た愛ちゃんは、嬉しさのあまりか璃奈ちゃんを抱き締めて感謝の意を伝えた。

 

 

 ふぅ、これで一安心だ。あぁもう、こんなに焦るなんて俺らしくないんだけどな……

 

 

「……」

 

「りなりー?」

 

 

 抱き締められた璃奈ちゃんが何も反応をしないので、もう一度彼女の名を呼びかける愛ちゃん。

 

 すると、少し間を置いてから璃奈ちゃんは口を開いた。

 

 

「私、初めて愛さんの力になれたかも」

 

「……! もー、りなりーったら!」

 

 

 璃奈ちゃんの言葉を聞くと、愛ちゃんは暖かい微笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でた。

 

 

『初めて』か……つまり、璃奈ちゃんは今まで愛ちゃんに何もしてあげられていないと思っているということだよな。

 

 そんなことはないと思うけれども……でも、今のでそう思えるほどの達成感を感じているんだろうな。

 

 

 そう考えていると、璃奈ちゃんの視線がこちらへ向いた。

 

 

「あっ、侑さんと徹さん……それにはんぺんまで」

 

「よっ。無事トラブルは解決したんだな? これで愛ちゃんも安心してライブが出来るな」

 

「うん! ……っていうかはんぺんじゃん!! あはは、アタシ全く気づかなかったよ〜」

 

 

 愛ちゃんもこちらの存在に気づくが、はんぺんに関しては今気づいたようだ。まあ、外で会った時はお互い慌ててたもんな。気付かないのも無理はないだろう。

 

 

「ははっ、とある事情で一緒に行動してるのさ。ほら、はんぺんも愛ちゃんのこと応援しているみたいだぞ?」

 

「にゃーん!」

 

 

 俺がはんぺんの手を持ち上げて、手を挙げるような仕草を見せると、はんぺんも愛ちゃんに笑顔を見せて鳴いてみせた。

 

 

「ありがとー、はんぺん! ……よっしゃー! りなりーが頑張ってくれたし、愛さんもより一層頑張るぞー!」

 

 

 はんぺんから受け取った応援によって、愛ちゃんの気合いとテンションも高まったようだ。

 

 

「愛ちゃん! そろそろ準備した方がいいよ!」

 

「おっと、そうだったね! ありがとう、ゆうゆ! ……それじゃあ、あたしはそろそろ行くね」

 

「OK。俺もしばらくここで愛ちゃんのライブを見させてもらうぞ。楽しんで来い」

 

「ホント!? てっつーが見てくれるなら、愛さんてっつーを思いっきり笑わせに行くよー! 絶対楽しませるんだから!!」

 

「おいおい、ダジャレで笑わせるのは程々にしろよな?」

 

 

 愛ちゃんのダジャレに対する耐久はついてきたとはいえ、たまに飛んでくる天才級のダジャレに俺は屈されてしまうので、もはやライブどころではなくなってしまう。まあ、きっとそういう笑いではない……よな? 

 

 まあそんな風に釘を刺すと、愛ちゃんは無邪気な笑顔を見せてからその場を後にした。

 

 しかし、この音響室からライブを見るとは思わないな。しかもステージの丁度真後ろにあるから、愛ちゃんの後ろ姿が見えるってことか。どんな風に見えるか楽しみだ。

 

 

「さて……璃奈ちゃん、お疲れ様」

 

「あっ、ありがと……」

 

 

 パソコンの前で佇む璃奈ちゃんに声を掛けると、少し緊張しているのか、目を逸らしてそう答えた。

 

 

「あの、徹さん」

 

「ん、どうした?」

 

「その……ごめんなさい」

 

 

 すると、突然璃奈ちゃんは立ち上がり、お辞儀をした。この行動には、俺も侑も驚きを隠せなかった。

 

 

「えっ、どうしたの璃奈ちゃん!?」

 

「……何故謝るんだ?」

 

 

 本来、ここは俺達が璃奈ちゃんに感謝を伝えるべきだ。それなのに何故……? 

 

 疑問を浮かべていると、璃奈ちゃんが口を開いた。

 

 

「ホントは、徹さんのようなスタッフの人がこのトラブルに対処すべきだったんだよね? 知識があっても、今はただのスクールアイドル。だから、私がここで出しゃばるのは良くなかったんじゃないかと思った……」

 

 

 ……なるほどな。

 

 

 璃奈ちゃんは、自分が俺のような役員の立場の人間が処理をするようなことを、それらに関係のない者が勝手に手を加えてしまった事を反省しているのだろう。

 

 でも───

 

 

「……ははっ、そんなことを気にしていたのか」

 

 

 俺は璃奈ちゃんの前に立ち、彼女と向き合った。

 

 

「物事を解決するのに、誰がとかは関係ないよ。仮に俺がここに来るまで待ってて、もしライブが始まるまでにトラブルが解決しなかったら、それこそあってはならないことだ」

 

「……」

 

 

 璃奈ちゃんには、プログラミングができるという長所がある。その長所を本人も理解しているから、今回のように素早い判断の上、行動が出来たのだ。

 

 ステージに立つ人間が、裏方のジョブに干渉することを宜しくないこととするのは、その人が裏方に関する技量を持っていないことが一般的だからであると考えている。その技量を持っていなければ、いくらトラブルに対処したって解決しない。むしろ悪化する可能性だってある。ならば、裏方はそれを避けようとするのは自然なことだ。

 

 しかし、今回は違う。璃奈ちゃんが自分の技量を理解し、正当な判断の上で行動してくれたのだ。ならば、俺はどうして璃奈ちゃんを責めることが出来ようか。

 

 

「だから、璃奈ちゃんが謝ることは全くないのさ。それより……」

 

 

 俺は璃奈ちゃんの頭の上に手を置き、ゆっくり摩る。

 

 

「より良い結果を得ようと行動したその勇気……それこそ素晴らしいことで、時には誰かを助けることも出来るんだ。だから、その勇気を大事にして欲しいな」

 

「徹さん……ありがとう、そうする」

 

 

 璃奈ちゃんはとても安心しているような声色でそう言った。

 

 それにしても、璃奈ちゃんの成長は目まぐるしいな。これからもその勇気を持って、物事に相対して欲しいものだ。

 

 

「じーっ……」

 

「ん? どうした侑。そんな物申したいような表情して」

 

 

 すると、何故か後ろで侑がジト目をしてこちらを見ていた。 

 

 

「別にー……それより、璃奈ちゃんはもっと自信持って! 今日は愛ちゃんの役に立てた訳だし、その調子!」

 

「侑さん、ありがとう。もっと頑張る。璃奈ちゃんボード『むん!』」

 

 

 拗ねた上に話題をすり替えたか……一体どんな不満があったのか? 

 

 

「それじゃ、璃奈ちゃんは楽屋に戻ってて良いよ! 私も宣伝活動に戻るから!」

 

「……いや、私はここで愛さんのライブが見たい」

 

「おっ、そうか! じゃあここではんぺんと一緒に見るか?」

 

「うん、見る……!」

 

 

 ふふっ、はんぺんも心なしか嬉しそうだ。猫と一緒にライブを見るなんてなかなかないだろうから、ライブが終わるまでははんぺんを璃奈ちゃんに預けておこうかな。

 

 

「そっか、じゃあ私も少し覗いて行こうかな! 愛ちゃんのライブ気になるし!」

 

「なら、三人で見るか!」

 

 

 まあそんなわけで、侑も加わって三人+はんぺんで一緒に愛ちゃんのライブを見ることになった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「ふぅ……気がつけば、割と良い時間だな」

 

 

 おやつを食べる時間は過ぎ、良い子ならばもう家に帰るくらいの時間だろうか。

 

 冬の季節ならばそろそろ日が沈むがどうかの時間だが、今は夏なのでまだそれほどではない。

 

 そんな時、俺こと高咲徹ははんぺんを抱え、学校近くの公園を歩いていた。

 

 

「どうだはんぺん、今日は楽しかったか?」

 

「にゃっ!」

 

「ははっ、そうかそうか。でも、まだフェスは終わらないぞ? もっと楽しもうな」

 

 

 あとどれくらいライブがあっただろうか……あれか、虹ヶ咲と東雲、藤黄のコラボライブなんていうのがあったな。他校のスクールアイドルを交えてライブをすることなんてなかなかないだろうから、俺としても是非見てみたいと思うものだ。

 

 あとは……まあ、あれだな。

 

 

「実はな、最後のステージには俺が作った曲を同好会のみんなに歌ってもらえるんだ。それも楽しみなんだよな〜」

 

 

 てか、そのステージもあと少しでお披露目するんだよな。あと1時間ちょっとくらいか……うわっ、そう思うと急に鼓動が早くなってきやがった。

 

「正直、観客のみんなが聴くんだなって思うと少し緊張しちゃうけど……でも、侑が新たな一歩を力強く踏み出せるため、侑のような境遇にある人達にエールを送れるためなら、しっかり見守りたいと思ってるよ」

 

 

 ……ははっ、俺は何故はんぺんにこんなことを話しているのだろうか? はんぺんも困っちゃうだろうと思ってはんぺんを見ると……

 

「……」

 

 今まで鳴き声で返事してくれていたはんぺんからの反応がなくなっていた。

 

「……はんぺん? どうした、そんな上を眺めて……空か?」

 

 

 どうやら、空の様子が気になっているようだ。確かに少し前までとは違って、雲が湧いてきて少し暗くなっている。

 

 この雲は雨雲ではないだろうか……? そんな不安が過った。杞憂であって欲しいが。

 

 

「あっ! てっちゃ〜ん!」

 

 

 すると、誰かの声が聞こえた。その渾名で呼ぶ女の子というと、ただ一人しか思い浮かばなかった。

 

 

「おぉ、歩夢ちゃんじゃないか! お疲れ!」

 

「えへへ、ありがとう!」

 

 

 満面の笑みでこちらに走ってきた歩夢ちゃんだった。

 

 

「そういえば、今日子ちゃん達はどこ行ったんだ? ……っていうか、そのシャツってことは、もうステージは終わったんだな」

 

 

 歩夢ちゃんの服装はフェスのために作られたオリジナルTシャツで、ステージの衣装ではなかった。

 

 

「うん、今はフリーなんだ! ……でも、てっちゃんに会えて良かったよ!」

 

「あぁ、俺が歩夢ちゃんのステージに行った時は取り込み中だったみたいだから話しかけられなかったんだよな。ホント、歩夢ちゃんも人気になっちまったな!」

 

「も〜、何それ〜! ……それより、その子猫ちゃんはてっちゃんが拾ったの?」

 

 

 すると、歩夢ちゃんの目線ははんぺんへと向いた。歩夢ちゃんも多分、はんぺんと実際に会うのは初めてだろう。

 

 

「あぁ、この子はおさんぽ役員のはんぺんだ。今日は俺と一緒に行動してたって感じだ」

 

「へぇ、可愛い〜!」

 

 

 ははっ、歩夢ちゃんは可愛いものに目がないからテンションが上がってるな。それにしても、今日だけではんぺんは何人の人に撫でられたか? 行く場所で色んな人に愛でられてたから、これは最早生徒会のマスコットだな。

 

 

 そんなことを考えていると────

 

 

「ん? ……今、ポツってならなかったか?」

 

「えっ?」

 

 

 突然俺の頭を冷たい感覚が襲った。気になり頭を触ると、冷たいと感じた部分な濡れていた。

 

 

 もしかしてこれって……そう思った時だった。

 

 

 

「これは……嘘だろ?」

 

 

 

 地面がピシャピシャと音を立て始めた。辺りはみるみると暗くなり、空が泣いている。

 

 

 ───この時、最大の壁が俺達の前に立ちはだかったのだ。

 

 

 





 理に逆らえない情


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第90話 悔やしさ

どうも。
第90話です。
では早速どうぞ。


 

 

 

 ───これは、悪夢だろうか。

 

 

 スクールアイドル各々が持ち味を発揮したライブをしたり、設営された屋台でボランティアが料理を振る舞ったりして、やってきたお客さん達を笑顔にした。それは、俺達が望んだスクールアイドルフェスティバルに限りなく近いものだった。

 

 

 しかし、今はどうだろうか。冷たい空気の中、雨水が絶え間なく滴り、我々の行動を制限させてくる。俺達が求めていた理想とは程遠い状況と化しているのだ。

 

 

「もしかして、もう雨が止んでいたり……する訳がないよな。はっ、俺は何を言ってるのやら」

 

 

 俺の意思に反し、驚くほど状況は変わっていないことに気づき、落胆する。

 

 

 俺がこんなに落胆するのも無理はない。この夕立のせいで、全てのステージが一時中断、再開の見込みはたっていないことを無線で聞いたのだからな。それぞれのステージに配置しているスタッフは、近くに設置されたテントに避難してその場で待機、俺を含めた巡回役員は本部に戻って待機するようにとの指示も出た。

 

 そして俺は今本部に戻り、本部長もとい生徒会副会長の若月に報告をしてきたところだ。まあそれで、本部のテントの入口まで辿り着き、外の景色を見て落胆してたという訳だ。

 

 

 さて、入口まで戻って来たが、ここはテントが横一列に連なっていて、そこを端まで歩いた先に歩夢ちゃんが……あっ、いるな。

 

 

「待たせてすまん、歩夢ちゃん。濡れてないか? もし濡れてたらタオル取り寄せてくるが……」

 

「ううん、大丈夫だよ! でも、てっちゃんの方こそ大丈夫? 私、てっちゃんがちゃんと傘の中に入れてたか心配で……」

 

 

 俺の肩辺りを見ながら不安そうな表情を浮かべる歩夢ちゃん。

 

 そう、雨が降ってきた当初俺は歩夢ちゃんと一緒にいた訳だが、彼女が傘を持っていなかったので俺の傘を差してその中に入ってもらったのだ。ただ移動している間、歩夢ちゃんが常時顔を赤くして俯いており……まあ、ちょっと気不味い雰囲気になっていた。

 

 

「ははっ、大丈夫さ。ほら、俺の肩を触ってみて。濡れてないだろ?」

 

「確かに……なら、良かった」

 

 

 左肩を差し出し、歩夢ちゃんが確認するように軽く触ると、彼女は納得してくれた。

 

 

 まあ、歩夢ちゃんが濡れていなければそれでいいんだ。正直、傘の大きさが足りなくて俺の左肩がはみ出て若干濡れてしまったのだが……それも、本部に着いてから新たなTシャツを貰ったので着替えられたって感じだ。

 

 あっ、ちなみに一緒にいたはんぺんは本部にいた若月に預けておいた。はんぺんを見た瞬間に顔が綻んで笑顔になってたから、もしかすると猫が好きなのかもしれないな。彼女も、フェスが中断してほぼやる事がないから、良い遊び相手になるな……なんてな、あははは……

 

 

 なんて、自分の気分を無理矢理上げようにも、どうしようもないよな。

 

 

「どうする? 雨が降ってきたけど……」

 

「雨じゃライブやらなさそうだよね〜……寂しいけど、帰る?」

 

「うーん……」

 

 

 辺りの軒下にいるフェスに来てくれた人達の会話が耳に入ってくる。

 

 帰らないで……と言いたいところだが、そうだよな。肝心なライブは出来ない訳だし、それを求めてここに来た人達にとって、ここに滞在する意味がないだろう。

 

 

「ニジガクと東雲のコラボ、見たかったなぁ……」

 

「それな……こんな雨、俺が今から晴らしてやる!!」

 

「いや◯気の子かい! まあ、気持ちは分かるけど」

 

 

 中には、こんな風に前を向こうとしている人もいた。まあ、本当に晴らせたらそれこそ願ったり叶ったりなんだがな……

 

 

 このように様々な人がいるが、全員の表情には、笑顔がなかった。

 

 

「雨、いつ止むかな……」

 

 

 そんな中、空を見上げながら歩夢ちゃんはそう俺に訊く。

 

 

 ……一応、天気予報アプリの雨雲レーダーを見てみるか。

 

 今時の天気予報アプリに含まれる雨雲レーダーは、ある地点にある気象レーダーからマイクロ波を発射し、雨粒によって反射してくることで雨が降っている位置と量を特定出来ることによって成り立つサービスだ。この雨雲レーダーは、未来の雨雲の位置を予測することも出来る。

 

 

 その予想を見る限り……

 

 

「これを見た感じ、七時頃には止むと書いてあるな」

 

「そっか……でも、フェスはその時間までだったよね」

 

「……だな」

 

 

 そう、このフェスの終了時刻は午後七時。その頃に雨が止むと言われても、意味がない。

 

 ただし、この予想はあくまで予想である。雨雲予想は正味、当たらないことが多い。夕立なら尚更だ。だから、雨が止むのが早まる可能性がある。だがかえって遅くなる可能性も、無論ある。

 

 

 はぁ……こんなことを論じてても、何の意味もない。今こんなことしか出来ない俺が非常に腹立たしい。

 

 

 何より、侑のためにみんなが届けようとしているあの曲を、このまま披露できずにフェスが終わるということが、何よりも許しがたいことなのだ。あの曲は単なる俺の曲ではない。みんなの想いが込められている曲だ。

 

 今頃みんなはどうしているだろうか? 愛ちゃんとかはみんなの気が沈まないように振る舞ってそうなのだが……他の子達は流石に落ち込んでたりするのだろうか。

 

 特に、侑は結構落ち込んでそうなんだよな。あいつはこのフェスを成功させたいと人一倍に願ってたからな。本当はあいつの側に行って励ましてやりたいが……

 

 

 はぁ……何もかも上手く行かないな。

 

 

 本当に、ここで終わってしまうのか……?

 

 

 

「───私達、てっちゃんが作ってくれた曲も歌えないのかな」

 

「歩夢ちゃん……?」

 

 

 すると、隣で俯いてた歩夢ちゃんがふとそう呟いた。

 

 

「あっ……ご、ごめん! 変なこと言っちゃった」

 

 

 俺の視線に気づいたのか、苦笑いを取り繕ってそう言った。

 

 

 俯いていた歩夢ちゃんは、今にも泣きそうな表情だった。手元を見ると、握り拳を作っていて、少し力が入っているように見えた。

 

 

 

「……悔しいよな」

 

「えっ?」

 

 

 突然の開口に驚きを見せる歩夢ちゃん。俺は続けて彼女に話しかける。

 

 

「侑のために曲を作ろうって、最初に提案してきたのは歩夢ちゃんだったよな。それに、練習でも一際張り切ってたし……それだけ、侑の後押しをしたかったんだよな?」

 

「……! ……うん」

 

 

 歩夢ちゃんは、震えるような声でそう肯定した。

 

 

 そうだよな……侑を応援したいという気持ちは、同好会のみんなが持っているが、中でも歩夢ちゃんは彼女と長い付き合いだ。だからこそ、あの曲を披露することには人一倍強い想いを持っている。

 

 

 俺は、何かに対して『悔しい』という態度を見せる歩夢ちゃんを滅多に見ない。なんなら、悲しみを滲ませ、握り拳を作るほどの強い態度を見せる彼女を見るのは初めてだ。そして、その表情からは『諦めたくない』という強い意志も感じ取れた。

 

 

 この時、俺は何としても諦めてはならないという決意を固めた。

 

 

 雨という自然がもたらす大きな壁は、そう簡単にどうこうなるものではない。でも、そんな俺達はその壁を乗り越えようと足掻くしかないだろう。

 

 

 ……よし、ならばまずはどうするかを今一度考えよう。

 

 

 そうして暫く考えていると、一つの方法に辿り着いた────

 

 

「分かった。ちょっと待ってろ、俺がなんとかする!」

 

「えっ!? てっちゃん、どこ行くの!?」

 

 

 俺が六時の方向へ走り出すと、歩夢ちゃんが驚きながらそう言い止める。

 

 

「校長先生の所だ! せめてラストステージだけ、雨が止んだ後でも出来ないか交渉してくる!」

 

「ま、待って! そこまでしなくても……!」

 

「いや、そこまでする! 侑と、侑のような境遇に立つみんなにエールを送るんだろ? それは、今しか出来ないことだ! こんなところで……諦めてたまるか!!」

 

 

 声を張ってそう言い、俺は再び歩夢ちゃんの元に駆け寄り、歩夢ちゃんの肩に手を置く。

 

 

「だから……もし雨が止んだら、侑の所に行ってくれ。このフェスはまだ終わっちゃいない、ってな」

 

「っ……! もう、なんでそんなにかっこいいこと言えるの……?」

 

「か、かっこいい……?」

 

「う、ううん! 何でもないよ! じゃあてっちゃん、お願いするね」

 

「おう!」

 

 

 顔を赤く染めたり、嬉しそうにしたり……なかなか表情が忙しい歩夢ちゃんだったが、俺は歩夢ちゃんから離れ、その場を後にした。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「あっ、高咲さん! どうされたんですか、そんなに急いで……」

 

 

 再び連なったテントの前を駆け抜け、本部のテント前に辿り着いて中に入ろうとすると、同時に若月が外に出てきた。

 

 俺がこの本部にやってきたのは、校長先生に直訴することを伝えるためだ。一時的でありながら、今俺は生徒会の役員だ。リーダーである若月の耳に入れずに実行しては角が立ってしまう。

 

 まあ、今俺がやろうとしていることはそう簡単に認められないだろうと思うが。

 

 

「あぁ若月、丁度良いところに来た……これから校長室に行くんだ! フェスの終了時間を延ばして貰えるように頼もうと思う!」

 

「ちょっと待ってください! それって、中断したところから全ての演目をやるということではないですよね……?」

 

 

 予想通り、若月は困惑した様子で俺にそう問い掛けてきた。

 

 

「あぁ、そんなことは頼まない。ただラストステージだけをやって欲しいって話だ。今、午後七時前後に雨が止むとの予報だ。このままだとライブが終了する時刻に間に合わないから、延ばしてもらおうと思っている」

 

 

 まだ出来ていないステージが全て出来ればこの上ないのだが、そうではないということと、俺が考えていることを全て伝える。

 

 

「ラストステージ……でも終了時間が決まってる以上、どうしようもありません。申し訳ありませんが、無謀かと……」

 

 

 やっぱりな……

 

 普通に考えれば、これだけでもなかなか実現性が低いことであることは否めない。なぜなら既に学校の関係者が、予定の終了時間に向けて動いているからだ。そこで俺がいきなり終了時間を延ばしてくれと言ってしまえば、それは全ての予定を一旦白紙にすることに等しい。

 

 

 このフェスをするために様々な予定を調整するその関係者のトップである校長先生がそれを了承してくれる可能性は低く、それを鑑みて、若月もこのように反対するのだろうと思う。

 

 実際、若月の方が聡明で、至極真っ当な考え方をしているのだ。生徒会長時代の俺も、もしこのような状況下ならば、若月と同じような考え方をしていただろう。

 

 

 ───ただ、今は違う。

 

 

「あぁ、分かっている……それが妥当な考えではある。でもな若月、その無謀を乗り越えたいと思うことはないか?」

 

「……!?」

 

 

 俺の言葉に、若月は不意を打たれたように目を大きく見開いた。

 

 

「ラストステージはな……何か新しいことにチャレンジしたいと思ってても、なかなかあと一歩を踏み出せない人を後押しするためにあるんだ。きっと世の中には、そんな人達が沢山いるんじゃないかと思う。だから、その人達にエールを送りたい。若月も……後押しされたいと思ったことはないか?」

 

「……」

 

 

 俺の問い掛けに、変わらず困惑した表情を見せる若月。

 

 

「俺は、何としてもこの逆境を乗り越えたいんだ。本当は若月にも、その手伝いをして欲しいところだが……失礼するぞ」

 

 

 時間の猶予もなく、俺は若月の横を走り抜けた。

 

 

 結局、若月からの了承は得ることができなかった。了承なしに行動することが良くないことは、俺も分かっている。

 

 

 でも……俺は同好会のみんなが願うことを叶える手助けをしたい。

 

 

 雨だろうがトラブルだろうが、どんな逆境を乗り越えたいのだ。

 

 

 

 逆境を()()()()()……か。

 

 

『例えどんなトラブルがあったとしても、私達は乗り越えられると思っています!』

 

 

 ふと、せつ菜ちゃんが言っていた言葉が脳裏に過ぎった。

 

 

 ……ははっ、その通りだな。全く、せつ菜ちゃんは凄いな。

 

 

 

 






 願うなら掴み取れ。


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第91話 ぶつけろ熱意


どうも。
第91話です。
では早速どうぞ!


 

 

「……ここだな」

 

 

 通常ならば、滅多に来ないこの場所に来てしまったことを、目の前にある『校長室』という文字を見て息を呑む。校長先生へと直談判をするのだという強い意志を持ってここまで来たものの、この威圧感を放つ校長室のドアを見ると、少し脚が竦んでしまう。

 

 別に、校長室そのものが怖い訳ではない。むしろ、俺が生徒会長だった頃は頻繁にこの場所へと来ていた。しかも、この校長室と同等もしくはそれ以上の入りにくさがあるであろう理事長室にも頻繁に訪れていた。普通にこの部屋に入る分には全然緊張はしないのだ。

 

 ただ、これから俺は慣れないことをしようとしている。スクールアイドルフェスティバルのラストステージを賭けて、校長先生に直談判するという、明らかに無茶苦茶なことをだ。こんなことをすれば、校長先生は困るだろうし、下手すれば俺の印象が落ちかねない。こんな時は、流石に俺でも緊張してしまう。

 

 

 ……でも、今俺は同好会のみんなの想いを受けてここに来ているからな。日和ってなんていられない。この緊張を乗り越えた先にあるはずの希望を掴むぞ──

 

 

 一つ深呼吸をし、ドアを三回ノックして向こう側にいるであろう人物に声を掛ける。

 

 

「……失礼します」

 

「どうぞ」

 

 

 奥から聞き馴染みのある凛とした女性の声が聞こえ、俺はドアを手前に引いた。

 

 部屋に入ると、奥に校長先生が座っていた。

 

 

「あら、高咲くんじゃない。何か用かしら?」

 

 

 生徒会長時代によく話していたからか、割とフランクに接して下さる校長先生。

 

 

「こんにちは、校長先生。実は今日、先生にお願いがあってここに来ました」

 

「お願い?」

 

 

 ……よし、ここまで言ったからには、俺のこの熱意を、俺なりにぶつけるしかない。

 

 

「単刀直入に申し上げます───スクールアイドルフェスティバルの開催時間を、延ばして貰えないでしょうか?」

 

「時間を延ばす? ……詳しく説明してもらえるかしら?」

 

 

 俺の発言に校長先生は怪訝な表情を浮かべ、説明を促してくる。

 

 

「はい。先生もご存知かと思いますが、外はご覧の通り雨が降っており、フェスのライブは一時中断している状態です。そこでこの雨がいつ止むかを調べたところ、十九時頃の予報になっていました」

 

 

 スマホを取り出し、雨雲レーダーの画面を見せながら説明すると、校長先生は無言で頷きながら俺の話を聞く。

 

 

「しかし、フェスの終了時刻は十九時。このままでは、フェスは後味の悪い終わりを迎えてしまいます。そこで、当校内のライブステージで行われる予定のラストステージを行うために、終了時間を延ばして欲しいのです」

 

「……つまり、この校舎の貸し出し時間も延ばして欲しいということなのね?」

 

「はい、その通りです。非常に唐突なお願いで、色々な方に迷惑をお掛けするかもしれませんが……先生の許可を頂けないでしょうか?」

 

 

 伝えたいことを全て伝え、敬意を込めて校長先生へ深々と頭を下げる。

 

 

「顔を上げて」

 

 

 そう言われると、俺は校長先生と目を合わせる。

 

 

「……いくつか質問したいことがあるわ。そのお願いは、貴方の独りよがりかしら?」

 

「……! それは違います!」

 

 

 独りよがり……その言葉に、俺は校長先生に語気強く反応をしてしまう。

 

 

「虹ヶ咲のスクールアイドル同好会のみんなは、この日のために一生懸命準備を進めてきました! ラストステージには、そのみんなの想いが詰め込まれているんです! このフェスを提案した人だって……それを望んでいるはずです!」

 

 

 この願いは俺だけのものではない。同好会のスクールアイドル九人の願いでもあるのだ。()()()とは違う。あの時の俺のように、自分の曲作りの才能を周りのみんなに見せびらかしたいだけの願望ではない。

 

 

「……なるほどね」

 

 

 校長先生は、俺の態度に対して顔色を変えることもなく、考える素振りを見せる。

 

 

 こんなに激昂してしまったのも、()()()の独りよがりな俺を思い出してしまったからだろうな。でも……今のは俺らしくないな。もっと冷静に話し合いをすべきだというのに……

 

 そんなことを考えていると、校長先生が椅子に座り直す素振りを見せ、俺は再びそちらに注視する。

 

 

「少し意地悪な質問をしたのは悪かったわ───でもその感じだと、本部長には了承を得ていないようね?」

 

「っ……!」

 

 

 校長先生から受けたその指摘は、俺の願いが叶うその道を、完全に閉ざすものだった。

 

 

「なら、そのお願いは受領しかねるわね。もう分かってるかもしれないけれど、貴方はただの学生であり、その人の声一つで予定全体を変更することは出来ないわ」

 

 

 校長先生は、淡々とした口調で俺を諭す。

 

 

 確かに、校長先生の言う事はもっともだ。そのイベントのスケジュールを変えるのなら、そのイベントのリーダーの了承を得なければいけない。こんなことは小学生でも分かる話だ。

 

 

 俺も最初から理解していたはずだ。若月の許可を得られなかった時点で、俺が校長先生に直談判をしに行くのは無意味だと。

 

 

 ───あぁ、俺はただ諦めが悪かっただけだったのか。全く……愚かだな。

 

 

 そう全てを悟ろうとした、その時だった。

 

 

 

 

「失礼します!」

 

 

 校長室のドアが三回ノックされると、ハキハキとした女性の声が俺の耳に入ってきた。

 

 

「あら、誰かしら……どうぞ」

 

 

 校長先生が不思議そうにしてそう言うと、校長室のドアが開かれ、その声の主が明らかになった。

 

 

「若月……!?」

 

 

 なんと、それは若月だった。俺は彼女がここにやってきたことが信じられず、驚きを隠せずにいた。

 

 

「副会長さんじゃない。貴方までどうしたの?」

 

「校長……私からもお願いがあります」

 

 

 若月はとても真剣な表情で、真っ直ぐな眼差しが校長先生の目を射ていた。

 

 

「スクールアイドルフェスティバルの終了時間を延ばして、ラストステージを設ける許可を頂けないでしょうかっ……!」

 

「……!?」

 

 

 すると、彼女は切実な声でそう訴え、勢いよく深々と頭を下げた。

 

 

 さっきまで俺の行動を止めようとしていたのに、一体どういう心境の変化があったんだ……?

 

 

 校長先生も目を見開いて驚いているが、若月は構わず話を続ける。

 

 

「このラストステージを行うことに、私は大きな意味があると感じます! スクールアイドル同好会の皆さんがこのステージを通して伝えようとしているメッセージは、今ここに来てくれている皆さんに届くべきものだと思うんです!」

 

 

 彼女の澱みのない弁舌、気持ちのこもったその口調から、彼女の言葉は本心から来ていると感じた。

 

 

「この事は、本部長である、私の責任です。なので……お願いします!!」

 

「っ……! お願いします!」

 

 

 彼女が再び頭を下げると、俺も堪らず続いて頭を下げた。

 

 

「……なるほど、そんなに素晴らしいことを彼女達は伝えようとしてくれているのね」

 

 

 すると、校長先生は微笑みを見せた。そして再び考える仕草を見せると……

 

 

「そうね───二十時までなら、なんとかなりそうよ」

 

「「っ……! ありがとうございます!!」」

 

 

 こうして、校長先生の許可を得ることが出来た。そして、ここから俺達の挑戦が始まるのだった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「まもなく十九時です!」

 

「もうこんな時間か。雨は……まだ止む気配がないか」

 

 

 再び本部のテントに戻った俺は、いつ雨が止んでもすぐにライブが始められるよう、今の時点で出来る作業をしていた。そしてその作業を終え、暫くすると役員の子から時刻の知らせが来たところだ。

 

 雨雲レーダーの予報では、この雨が止むのは十九時前後だったのだが、まだ止む気配は見られない。校長先生から、終了時間を一時間延長する許可が得られたとはいえ、雨が止んでくれなければ意味がない。

 

 

 ……まあ、まだ焦ることはない。まだ十九時になったばかりだ。ここから一気に天気が良くなる可能性だってある。ここは、希望的観測でいよう。

 

 

「高咲先輩! 輪ゴムがあったと思うのですが、どこにあるか分かりますか?」

 

 

 すると、若月が俺の目の前にやってきてそう訊いてきた。

 

 

「ん? あぁ、輪ゴムか。それならそこら辺で見たような……あった。ほら、この中に入ってたぞ」

 

「そこでしたか! ありがとうございます」

 

「おう。ていうか、若月は何を作ろうとしてるんだ?」

 

 

 輪ゴムの入った箱を片手に持った若月は、ティッシュの箱を反対の手に持っていた。一体何をしようとしているのかを問うと、彼女は答えてくれた。

 

 

「それはその、てるてる坊主を作ろうかと思いまして……今の私達は、ただ雨が止む事を祈る事しか出来ないので」

 

「なるほどな……それ、俺にも手伝わせてくれないか?」

 

「勿論です!」

 

 

 てるてる坊主だったか……こういう時は、そういうおまじないに縋ってみるのも良いな。

 

 こうして、俺は若月とてるてる坊主を作り始めたのだが……

 

 俺は校長室でのことが気になっていた。

 

 校長室を出た後は、本部のテントに戻ってから何をするかを考えることで頭がいっぱいで、それについて訊くことが出来なかったんだよな。ちょうど良いタイミングだし、何故校長室に来てくれたのかを訊くか。

 

 

「……なあ、若月」

 

「何でしょうか?」

 

 

 てるてる坊主を作る手を止めて、若月はそう返事した。

 

 

「さっきの話なんだが、俺、若月が校長室に来てくれるとは思ってなくてな……もし若月が来てなかったら、絶対後悔してたと思う。だから、お礼を言わせてくれ。本当にありがとう」

 

「そ、そんな! そこまでの事をしてませんよ! むしろ、私が先輩に感謝したいくらいです!」

 

「俺に? 俺は何かしたつもりはないが、どういうことだ?」

 

 

 俺の行動を振り返っても、若月に感謝されることは微塵もなかったぞ……むしろ嫌われかねないことをしてた気がするんだが、どういうことだろうか?

 

 

 そう考えていると、若月は手に持ったティッシュペーパーを机に置き、落ち着いた口調で語り始めた。

 

 

「……先輩が校長室に行くって私におっしゃった時、私は先輩の行動に賛同しなかったですよね」

 

「あぁ、そうだったな」

 

「その時、先輩は『誰かに後押しされたいと思ったことはないか?』と問われました。実は、先輩が行った後もその言葉について考えていたんです。そしたら、私が先輩達にせつ菜ちゃんが好きだと明かした、あの時を思い出しまして……」

 

「あぁ、あの時か。確か、せつ菜ちゃんを応援することが烏滸がましいからって躊躇ってたよな?」

 

「はい……それで、あの時会長が仰られた言葉が、大きな後押しだったんです。あれから、ますますせつ菜ちゃんへの想いが加速しまして……今日も、せつ菜ちゃんがいるイベントに携われることに、とても生き甲斐を感じてるんです!」

 

 

 なるほどな。今日一日中、無線を介して一緒に仕事をしていたが、そういう変化は全く気付かなかったな。まあそりゃ、仕事中は仕事モードになるものだが……でも、若月のせつ菜ちゃんに対する想いはそこまで強くなってたんだな。

 

 

「それで、私のような人を後押しするようなせつ菜ちゃん達のライブなら……なんとしても設けなければならないと決意できました!」

 

「若月……」

 

「だから、私があのように行動出来たのも、先輩が私の心を動かしてくれたからです。もしそれがなければ、私も後悔していたところでした。本当に、感謝します!」

 

「そ、そうか……俺の熱意、伝わってたんだな」

 

 

 俺は()()()から、熱意を持って行動をすることは上手くいかず、無意味なことだと思っていた。ただ、時には熱意をもって行動しなければ、願いに届かないこともある。それに気づいて、俺は未来を変えようとした。

 

 それも、校長先生への説得が失敗しそうになったことで、結局そうなのではないかと再び感じてしまったが……

 

 

「よし、てるてる坊主できました! 先輩の方もできましたか?」

 

 

 すると気がつけば、若月の手には出来上がったてるてる坊主が握られていた。

 

 

「あっ、ちょっと待ってくれ……っと、こんな感じでいいか?」

 

 

 俺は慌ててティッシュペーパーを丸め、それをもう一枚で包んで輪ゴムで止めて見せた。

 

 

「良いですね! ならこれを吊るしましょう!」

 

 

 すると、若月は俺の作ったてるてる坊主も持って外に出て行った。

 

 

 ……ははっ。若月も心なしか、結構楽しそうな感じだな。

 

 

 彼女と初めて会った時は、とても生真面目で、はっちゃける姿なんて想像もつかないような子だったが……あの子も、せつ菜ちゃんを通じて自分を変えていくんだろうな。

 

 

 そんなことを考えていると……

 

 

「先輩! あれを見てください!!」

 

 

 外の方から若月の叫び声が聞こえてきた。一体何があったのかと外に出てみると────

 

 

「……あれは!?」

 

 

 雨雲の垣間から、太陽の光が差していた。そして差した光の側には、綺麗な曲線を描いた虹が架かっていた。

 

 

「雨も小雨程度になってきてる……時間も申し分ないな」

 

 

 これは、雨が止む予兆といっても間違いない。それに時刻も、十九時になってからまだ三分くらいしか経っていない。

 

 

 なら……

 

 

「よし、若月。すぐにスタッフ達に連絡する体制を整えてくれ。一刻も早くステージを設けるぞ!」

 

「っ……! はい!」

 

 

 こうして、俺たちは念願のステージに向かって走り出したのだった。

 

 

 






 虹は咲き、希望へ翔る


次回で原作第13話の内容が終わる予定です。
なるべく早く投稿します……

ではまた次回!
評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします!

 


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第92話 届けエール

どうも!
第92話です!
では早速どうぞ!


 

 

「……うむ、問題ないな。じゃあ、今回もよろしく頼むよ」

 

「はい! 任せてください!」

 

 

 音響室で生徒会役員と確認作業を行なった後、俺は彼女にそう伝えてその場を後にする。

 

 にわか雨のせいで一時寂しい結末を迎えようとしたスクールアイドルフェスティバルであったが……まあ、主に生徒会副会長の若月のおかげでラストステージを開くことが許され、今に至っている。

 

 

 俺はあの後、ステージの整備を手伝い、それらが終わった後に同好会のみんなが集まる予定の場所に来たのだが、そこには彼女達だけではなく、遥ちゃんを始めとした東雲学院スクールアイドル部のみんな、そして綾小路さんを始めとした藤黄学園スクールアイドル部のみんなも居たのだ。あまりの大人数が一堂に集結し、俺はそれに圧倒されてしまったが、それだけみんながこのステージに期待してくれているのだろう。

 

 そして、歩夢ちゃんに連れてこられた侑に、ライブを見て欲しいという想いをみんなで伝えた。それから、俺が観客スペースに連れていって、ここに戻ってきたというところだ。今頃、侑は一人で何が何だか分からず困惑してるかもしれない。そこに申し訳なさもあるが……それも一時的なことだ。少し我慢してくれ。

 

 

 そんなことを考えながら、同好会のみんなの様子を見にステージ袖に入った瞬間……

 

「「「えっ!?」」」

 

 大人数の驚く声が聞こえた。

 

 声からして、同好会のみんななのだろうが……もしや、何かまたアクシデントでもあったのか?

 

「どうしたんだみんな。何かあったのか?」

 

 一抹の不安を覚えながらも、俺は平常を装ってみんなに話し掛ける。

 

 しかし、返ってきたのは意外な反応だった。

 

「あっ、徹せんぱぁい! 徹先輩がラストステージをするために頑張ってくれたって本当ですかぁ!?」

 

「えっ?」

 

 開口一番かすみちゃんが興奮した様子で俺にそう問いかけてくる。まさか、そのことでみんなが驚いているとは思わなかったが……

 

 しかし何故みんながそれを知っているのかと思ったが、よく考えればそのことを歩夢ちゃんが知っているし、多分彼女がみんなに話したんだろうな。

 

 そう思って歩夢ちゃんの方を向くと、彼女は可愛げにウィンクして返してくれた。歩夢ちゃんには大事な役目を任せちゃったから、あとでお礼をしなきゃな。

 

「ま、まあな。みんな、ラストステージに強い想いがあっただろうから……このまま終わるのは嫌だって、俺も思ったから」

 

「……! てっつ〜!!」

 

「おわっ、どうした愛ちゃん!?」

 

 すると、愛ちゃんが俺へ勢いよく飛び付いてきた。あまりに突然の行動に、俺は驚きを隠せない。

 

「どうしたって、ありがとうのハグ! てっつーが愛さん達の知らないところで頑張ってくれてて、嬉しかったの!」

 

 無邪気な笑顔でそう言ってくれる愛ちゃん。そう言われて悪い気は全くしないが、急にハグをするのはやめてくれ……というか、この後ライブだというのに、衣装の着崩れとか大丈夫なのか?

 

「私も感謝してます。ただでさえ大変なことを、徹先輩は私達の代わりに交渉してくださっていたのですから……本当に、尊敬します」

 

「私も、言葉じゃ足りないくらい感謝してる! ……あっ! だったら愛ちゃんみたいに私もハグしようかな〜!」

 

「えっ!? いやエマちゃんまで便乗しなくていいから! お前らそろそろステージが始まるよな!?」

 

 しずくちゃんは神妙な面持ちでそう言って来るし……尊敬って、そんなことを言われるほどの何かをした訳じゃないんだが。

 

「はいはい。愛、徹が困ってるでしょ? 離れなさい」

 

「えへへ、ごめん果林〜」

 

 すると、果林ちゃんが横から愛ちゃんにそう諭してくれて、それを聞いた愛ちゃんは素直に俺から離れる。ふぅ、結構絞めが強くて苦しかったぜ……

 

「でも、私の気持ちは愛やエマ達と一緒よ。その……か、感謝してるわ」

 

「お、おう……別にそんな大したことはしてないんだけどな」

 

 果林ちゃんまで……彼女は滅多にそう素直に礼を述べてくれることはないから、少しこっちまで照れてしまうな。

 

 でも俺は正味、大したことが出来ていない。こうしてラストステージを設けることが出来たのは、生徒会副会長である若月のおかげだ。

 

「またそうやって謙遜してる。徹さんは凄い人。私達の為に行動してくれたから」

 

「そうだよ! 徹さんが動いてなかったら、きっとこうなってなかったよ!」

 

「みんな……」

 

 ここにいるみんなの満面の笑みが目に映る。

 

 

 ──ははっ。みんなが喜んでくれたのなら、勇気を出して行動した甲斐があったな。

 

 

『開演まであと五分です!』

 

「おっ、そろそろ時間か〜! よーし! ラストステージ、頑張るぞ〜!」

 

「凄い観客ですねぇ……ぐふふ、この後かすみんのエールを受けたみんなはぁ、かすみんの虜になること間違いなしですね〜!」

 

「はいはいそうね、かすかすちゃん」

 

「かすみんです! あと適当に返事しないでください!!」

 

「……? どうしたの彼方ちゃん、少し元気ないけど……」

 

「あっ、何でもないよ〜。ただ、もっと遥ちゃんと歌いたかったな〜って思って……」

 

「なら、みんなで歌い終わった後、東雲と藤黄の皆さんもステージに上がってもらいましょう!」

 

「おー、せつ菜ちゃんナイスアイデア〜! 彼方ちゃん、それがあるだけで今元気百万倍だよ〜!」

 

 もう開演五分前か……ついに始まるんだな。

 

 彼方ちゃんの気持ちも分かる。雨が降ったから仕方ないとはいえ、俺も東雲と藤黄の子達が同好会のみんなとコラボする姿を見たかった。だから、このステージで少しだけでもそれを実現させるのも良いな。誰かが悔いを残して終わるなんてことがあってはならない。

 

 ただ、俺の中で少し悔いがある。それは、瑞翔(なおと)がフェスに来てくれなかったことだ。

 

 勿論前日に誘ったのだが、用事がある上にライブとかそういうのは苦手だと言って断られたんだ。彼のおかげで曲を作れるようになったと言っても過言ではないから、是非見に来て欲しかったが……まあ、こればっかりはどうしようもないな。また今度、音源だけでも聴かせてみるか。

 

「ねぇみんな! せっかくだし、円陣組まない?」

 

「おっ、歩夢いいね〜! やろうやろう!」

 

「でしたら、声出しは徹さんにやってもらうというのはどうでしょう?」

 

「おぉ、円陣良いな……って、えっ?」

 

 待て、今とんでもないことを聞いたぞ。誰が声出しだって……?

 

 分かってはいるものの、それが俄かに信じ難いと頭を真っ白にする俺がいた。

 

「お、俺が声出し!? いやいやそこは言い出しっぺの歩夢ちゃんとか、他の子の方が適任じゃないか!?」

 

「ううん、徹さんしか適任はいないよ」

 

「そうですね! これから歌う曲は、徹先輩が作ったのですから!」

 

「だね〜。それに、その曲は侑ちゃんにエールを送る曲でしょ? だから、侑ちゃんのお兄ちゃんが声出しやって欲しいな〜?」

 

 えぇ……マジか。

 

 まあ確かに、今回みんなが披露するのは、俺が妹の侑を後押しするために作曲した曲だからな。この背景を基に代表者を一人選ぶとすれば、俺しかいないのか。

 

「わ、わかったよ。そこまで言うなら……」

 

 しかし、声出しで俺は何を話せばいいのか? ただ単純に『行くぞ!』とかだと味気ないし、どうでもいいことをタラタラと話すのも良くない気がするな……

 

 

 でもそうだな、一つだけみんなに伝えたいことがある。

 

 

 意を決した俺は、みんなと肩を組み、一つの輪になって集まった。そして間を少し空けて、俺は口を開いた。

 

「まずは改めて、みんなに感謝の気持ちを伝えたい」

 

 あぁ、この一言でさらに緊張感が増してきたが……ここまで言ったのなら、最後まで俺の気持ちを伝えるぞ。

 

「合宿の時、昔背負ったトラウマを明かして、それを暖かく受け入れてくれたこと。俺が侑のために曲を作ることを、思いっきり後押ししてくれたこと……そして、俺を同好会の仲間として受け入れてくれていること───本当に感謝してる」

 

 俺が心の中でずっと思ってきて、なかなか面と向かってみんなに言えなかったことだ。でも、こういう時になら伝えられる。

 

「だからその……ありがとな」

 

 そう言って俺は、その場で一礼する。みんなの反応は見えないが、どんな言葉が返ってくるかな。

 

 ……そう思っていたが、帰ってきたのは静寂だった。ふと顔を上げると、ポカンと口を開けて固まるみんながいた。

 

「……? どうしたみんな、そんなに固まっちゃって……」

 

「あっ、いえ……なんか、ジーンときてしまって」

 

「うんうん、徹くんの気持ちを聞くことが出来て、彼方ちゃんとても感動してるよ〜!」

 

「そ、そうか……」

 

 なんだろう、少し変な空気というか……みんな盛り上がっていたのに、少し落ち着いてしまっているような気がする。

 

「もー、てっつーそういうのズルイよ〜!」

 

「ふふっ。徹ったら、これからライブなのにしんみりさせちゃって、どうする気かしら?」

 

 愛ちゃんと果林ちゃんがいたずら気に俺の顔を覗き込んでくる。

 

「た、確かに……すまん、みんな! 仕切り直させてもいいか?」

 

「勿論です! 徹さんの情熱、聞かせてください!」

 

「ありがとな、せつ菜ちゃん」

 

 よし……しくじってしまった分、みんなを鼓舞するような声を掛けるぞ。

 

 俺は大きく息を吸い、みんなの顔をしっかり見ながら声を発した。

 

「まずは今日のスクールアイドルフェスティバル、みんなのステージを一通り見回らせてもらったが……どのステージも最高で、素晴らしかったぞ! それぞれが自分らしさを最大限発揮出来てて、観る者を虜にする、そんなライブだった!」

 

 スクールアイドルフェスティバルを巡回役員としてはんぺんと巡ったことを通して、思ったことをみんなに伝える。

 

 俺が準備に携わったフラワーロードの他に、もんじゃ焼き屋さん、ベッドが沢山置かれた空間、ゲームのテーマパークなど、多種多様なステージが俺を楽しませてくれた。途中でヒーローショーに出演させてもらうこともあったが、あれも観客のみんながショーに夢中になっている様子を見ることが出来て良かったな。

 

 今回のフェスで、侑の言っていたような『スクールアイドルとファンの垣根を越えた、お祭りみたいなライブをやりたい』という夢を、みんなで叶えられたと思う。

 

「そんな最高なフェスの最後を飾るのが、このステージだ。ここまで来るのに色々困難があったかと思う。でも……それでも! 俺達はその大きな壁を乗り越えられた。それは、みんなが想いは一つにして願ったからだと、俺は思う」

 

 きっと俺が働きかけている間だって、みんなは雨が止むことを願っていただろう。せめて、ラストステージだけはやりたいと切に願っていただろう。歩夢ちゃんがその一人だったからな。俺はただ、その想いに応えただけだ。

 

「そんなみんななら、きっと最高のライブをすることが出来ると思う。だから、何の心配も要らない!」

 

「……!」

 

 せつ菜ちゃんが少し目を見開いた気がした。

 

 元々同好会に居た五人、特にせつ菜ちゃんは、まだ全員で歌うことに不安を持っているだろう。それは、お互い自分を出すことで、全体が不協和になってしまうのではないかということだ。

 

 でも、みんなが同じ想いを強く持っているのなら、それは重なって大きくなり、観ている者の心を動かすはずだ。それに、ソロアイドルとしてあれだけの強烈な印象を残すようなパフォーマンスを魅せてくれるみんななら尚更、その想いの重なりは計り知れない。

 

 だから安心して欲しい──それを伝えたかった。

 

 

 さて、喋り過ぎたかもしれないが、締めなきゃな。

 

「少し長くなったかもしれないが……最後にこれだけ伝えたい。俺が作曲したこの曲を通じて──普通科から音楽科に転科して、音楽に打ち込もうとしている俺の妹を、彼女のように夢への一歩を踏み出せないような人達を応援したいという想いを、精一杯届けてきてくれ!」

 

「「「「うん!(はい!)(えぇ!)」」」」

 

 みんなの心の籠った、元気な返事が返ってくる。

 

 

 ……これなら、大丈夫そうだな。

 

「よし、円の中心に手を置いてくれ!」

 

 俺が最初に手を翳すと、続いて9人の手が上に乗せられる。

 

 そして俺の掛け声とともに、その手は宙へ高く飛んだ。

 

「じゃあ、行くぞ……せーのっ!」

 

「「「「届けよう! ときめき(想い)輝き(勇気)を!!」」」」

 

 

 ────────────────────

 

 

「すまん侑、待たせたな」

 

 ステージ袖で同好会九人のみんなと円陣を組んだ後、俺は観客席で待っている侑の元へ向かい、なんとか開演する数十秒前に合流することが出来た。

 

 しかし、観客が沢山いて大変だったな……人混みをかき分ける形になってしまったから、なんだか申し訳ない気分になった。

 

「あっ、お兄ちゃん! ねぇ、これって……」

 

 侑の隣に立つと、侑は俺の袖を掴んで不思議そうな表情で問い掛けてきた。

 

 やっぱりそういう反応になるよな。侑には『伝えたいことがある』と言っただけで、これから何が起こるかは明らかにしてないからな。

 

 しかし、その真相もすぐに明らかになる。

 

「あぁ、大丈夫大丈夫。取り敢えず見てみろ……ほら、始まったぞ」

 

「う、うん」

 

 ステージ上に九つの人影が現れると同時に、周りの歓声は一気にボリュームを上げた。それは、ラストステージが開幕したことを表している。

 

 まずはMC。かすみちゃんから始まり、スポットライトを浴びる中、一人一人が言葉を紡いでゆく。

 

 

 スクールアイドルの存在は、周りからの声援とサポートを受けるからこそ成り立つ。そして、スクールアイドル同士はライバルではあり、仲間である。

 

 同好会のみんなは、ソロアイドルとして日々鍛錬を積みながらライブのために頑張ってきた。時には想いのすれ違いがあったり、自信を失ったり、大きな壁にぶち当たることもあった。それでも誰かが誰かを助けて、再び立ち上がってきた。

 

 きっとここの観客の中には、そういう経験を持っていたり、もしくは現在進行形で乗り越え難い試練に直面している人が、少なくとも二人以上はいるだろう。

 

 ならば……

 

「あなたが私を支えてくれたように、あなたには──私達がいる!」

 

「……!」

 

 曲のイントロが流れた瞬間、侑は思わず声を漏らした。

 

 

 ……そうだ。その侑こそ、同好会のみんなをこの上なく支えてくれたんだ。それが、お前はこれから彼女達のように、目標を定めて、夢に向かって羽ばたこうとしている。そんな侑を後押しするなら、言葉だけじゃ足りない。

 

 だから……

 

「この想いは一つ……だから、全員で歌います!」

 

「「「「あなたの為の歌を!!」」」」

 

「っ……!!」

 

 みんなが手を差し伸べた瞬間、ステージの音響が腹にドンと響いて、俺は思わず息を呑んだ。自分で作った曲とはいえ、やっぱりこのようにライブの観客として聴いてみると、感じ方が違うな。どこか胸に沁みるものがある。

 

 イントロ部分は、侑の切なくも暖かい繊細なピアノのメロディー。そこから、クラシック音楽の楽器を主とした、優しくてかつ希望に満ち溢れるような旋律だ。

 

 そして、自分を変えるきっかけを大事にして前に進もうと後押しするような、そんな歌詞だった。全く……心の響くような言葉を選べるなんて、同好会のみんなは凄いな。やはりあの九人が想いを一つにしてパフォーマンスをすると、ここまで素晴らしいモノになるのか。

 

 それを観て、侑だって黙っていられないだろうな。

 

「……あれ? 侑?」

 

 俺の横にいたはずの侑が居なかった。

 

 

 辺りを見渡すと、気がつけば侑は俺より前にいて、ほぼ前のめりになりながらみんなのライブを全力で楽しんでいた。

 

 ……ははっ、俺が思ってた以上に楽しんでたとはな。

 

 

 こうやって侑みたくライブを思いっきり楽しんで、勇気を貰って、夢を此処で見つけて……始めの一歩を踏み出す人がいると良いな。

 

 

 そう微笑みながら、侑の側に寄ろうとすると……

 

「……!」

 

 俺の存在に気づいたのか、侑は俺の方へ振り向いた。そして──

 

 

「───っ!」

 

 

 周りの音で侑の声は全く聞こえなかったが、口の動きで『ありがとう、お兄ちゃん』と言ってくれているのではないかと分かった。

 

 

 表情はこの上ない満面の笑みで……本当に太陽のようだった。

 

 

「ははっ。もしかしたらこれが、侑がよく言ってた『ときめき』……かもしれないな」

 

 

 





 虹架かり、輝き灯す


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登場キャラ紹介


 どうも〜! Ym.Sだ〜!!

 ……ということで、今回は本編から逸れ、本作に出てくる主要な登場キャラ紹介をします! オリジナルキャラだけではなく、原作キャラの紹介もしています!


「なんだ、今回俺の出番ないのか? 悲しいなぁ」


 ……では早速どうぞ!!

※このキャラ紹介には、本編第92話終了時点までの内容が含まれています。第92話まで読み終わってから読むことをおすすめします。




 

 

 

 高咲(たかさき) (てつ)

 

 学年:3年(虹ヶ咲学園情報処理科)

 身長:174㎝

 誕生日:5月5日(牡牛座)

 血液型:A型

 

 生徒会長の経験を持つ、この物語の主人公。同好会のスクールアイドルを支えるサポーターの一人で、もう一人のサポーターである高咲侑は妹である。髪は襟足が短く、前髪は眉毛に掛かるくらいの長さの癖のない黒髪だが、先端がほんのり緑がかっている。目の色は黄緑に近い緑色。初期の同好会の様子を知る一人であり、彼が初めてそこを訪れた時にメンバーから練習を見るようにお願いされ、定期的に訪れるようになった。そこから、侑と歩夢が同好会へ加入した時に彼も正式なメンバーとして加入することとなった。

 

 冷静で、常に物事を客観的かつ論理的に捉える思考をする。また洞察力が高く、同好会のメンバーの悩みを聞くこともしばしば。勉学も優秀で、テストで満点を取ることは珍しくない。料理や家事もこなし、幅広いジャンルの料理のレシピを研究したりもする。また高身長で、小さい頃に水泳をやっていた影響で肩幅がある故、ガタイが良い。

 

 一見気難しく、隙のないように見えるが、お茶目な一面も存在する。笑いのセンスが独特で、ダジャレで立ち上がれなくなるほど爆笑することがあり、ノリも良く、イタズラに自ら乗っかることもしばしば。甘い食べ物が好きで、特に団子が大好物である。アニメやラノベなどのサブカルチャーにも通じており、ゲームも上手い。可愛いもの好きでもあり、虹ヶ咲学園に棲みついている猫のはんぺんを可愛がっている。また、過去妹の侑に救われた経験もあることから、彼女のことをこよなく大事にしており、それはシスコンと呼べるほどである。幼馴染の歩夢に関しても、彼女が小さい頃の可愛らしい動画を残して家宝にするほど、可愛がっている。そしてなんといっても、鈍感である。

 

 また、特技として曲のRemixがあり、作曲活動の経験が基となっているが、その作曲は過去の失敗が原因でトラウマになった。しかし、同好会の仲間達の励ましによってそれを克服しようと立ち上がり、妹の侑が音楽の道へ進むことを後押ししようと決意し、同好会のメンバーと共に曲作りをして披露することが出来た。いつかトラウマを完全克服して、侑と一緒に同好会の曲を作れるようになることを望んでいる。また、もっと同好会のみんなから頼られる存在でありたいと思っている。

 

 

 

 高咲(たかさき) (ゆう)

 

 学年:2年(虹ヶ咲学園普通科→音楽科)

 身長:156㎝

 誕生日: -

 血液型: -

 

 スクールアイドルを応援したいという気持ちで同好会のメンバーをサポートする女の子。本作の原作であるTVアニメ『ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の中心人物でもある。兄は本作の主人公である高咲徹であり、二人で同好会のスクールアイドルをサポートする。緑眼で、黒髪のツインテールの先端が緑掛かっている。兄の徹とは似た容姿の特徴を持っているが、徹と比べて瞳の色が少し異なり、髪の先端は濃く緑掛かっている。

 

 基本は温和な性格だが、物事に無頓着であり、スクールアイドルに出会う前までは兄の徹や幼馴染である歩夢と共にショッピングやお出かけをする毎日を繰り返しながら、自分が『ときめく』ような事を見つけ出せずにいた。しかし、同好会のメンバーの一人であるせつ菜のライブを観た時に衝撃を受け、スクールアイドルに惹かれる。そして紆余曲折がありながらも、徹と歩夢の3人で同好会に加入することになる。そこから自身でイベントを立ち上げるなど積極的に行動するようになり、音楽を学んで同好会のために曲を作りたいという夢が生まれた。

 

 普段は自身の鋭い観察眼と相手に親身になる優しさで同好会のみんなを支えるリーダーシップを見せることが多いが、兄の徹にはくっつくなどして甘えたりする。ただ、近江姉妹の様子を知って以来、徹に頼り切りにはならずに自分自身でやることはやろうと決心する。そして彼のトラウマを知ってから、彼の頼りになろうという気持ちが生まれ、トラウマの克服の手助けをする。また兄妹の共通点として笑いのツボがあり、多少無理矢理なダジャレでも二人して腹を抱えて笑うこともある。自分のために色々してくれる徹が大好きで、音楽を学んで自分で作曲出来るようになり、共に同好会の為に曲を作りたいと思っている。

 

 

 

 上原(うえはら) 歩夢(あゆむ)

 

 学年:2年(虹ヶ咲学園普通科)

 身長:159㎝

 誕生日:3月1日(魚座)

 血液型:A型

 

 物事にコツコツと取り組むことが出来る、まごころ系スクールアイドル。侑とその兄の徹は幼馴染である。黄色に近い黄緑色の瞳で、ライトピンク色のセミショートヘアの横髪を団子状で編んでいる。侑と一緒にせつ菜のライブを観たことをきっかけに、スクールアイドルを目指すことを決意し、同好会へと加入することになる。

 

 元々スクールアイドルは侑と徹に見てもらうために始めたが、自分を応援してくれる存在が他にいることに気づき、その人達の為にパフォーマンスをしようと考えるようになった。物腰柔らかく、滅多に怒らない性格である一方、寂しがり屋で、悩みを溜め込んでしまうところがある。料理やお裁縫が得意で、ピンクやフリルといった可愛いものが好き。

 

 徹とは幼馴染だが、元々は最初に侑と知り合い、高咲家に遊びに行った際に彼と会ったことが知り合ったきっかけである。彼のことを『てっちゃん』と呼び、彼が何かミスをしないように見守ったり、彼のために好物のお団子を作ったりするなど仲が良かったが、ある日を境に彼と敬語で接するようになる。しかし、侑と喧嘩したことをきっかけに徹との関係の(わだかま)りが解け、元の関係に戻る事が出来た。今はしっかり者で、頼れる存在になった彼だが、たまには昔みたいに彼に頼られたいと思っている。

 

 

 

 中須(なかす) かすみ

 

 学年:1年(虹ヶ咲学園普通科)

 身長:155㎝

 誕生日:1月23日(水瓶座)

 血液型:B型

 

『可愛い』にこだわり自分磨きを欠かさない、小悪魔系スクールアイドル。赤色の瞳で、グレーのセミショートヘアである。初期同好会のメンバーの一人。自身を『かすみん』と呼ぶ。

 

 負けず嫌いで、仲間が注目されていると意地を張って対抗することが多い。可愛さへの自信が強く、なんと言われようと挫けないメンタルの強さもある。コッペパンを作ることが得意で、同好会の合宿ではそれを活かした料理を披露した。自分以外のスクールアイドルをライバル視するなど意地が悪いかのような発言が目立つが、実は誰よりも仲間を大事にしている。同級生のしずくとは特に仲が良い。

 

 徹とは虹ヶ咲学園に入学する前に出会っており、ショッピングモールでお互いの不注意によりぶつかってしまったことがきっかけである。当時は名前を知らなかったが、同好会結成の際に感動の再会を果たす。自分の発言を否定することはなく、周りが茶化したりしている中、彼は自分のことを分かってくれる理解者だと思っている。また、自身が勉強が出来ない故に彼に教わることもある。過去に出会った時について何かしら思うところがある模様。

 

 

 

 優木(ゆうき) せつ()(本名:中川(なかがわ) 菜々(なな)

 

 学年:2年(虹ヶ咲学園普通科)

 身長:154㎝

 誕生日:8月8日(獅子座)

 血液型:O型

 

『大好き』をみんなに伝えようと全力パフォーマンスで魅せる、本気系スクールアイドル。黒色の瞳で、腰まで伸びる黒髪の横をサイドテールで留めている。初期同好会のメンバーの一人で、発起者である。

 

 常にテンションが高く、ハキハキとした話し方をする。アニメやラノベ、特撮などのサブカルチャーが大好きであり、それについて語り始めると早口になり、止まらなくなることもしばしば。ストイックな一面があり、スクールアイドルについて妥協をしない熱い思いも持つ。また料理が独創的であり、突飛な調味料を使ったりなどして途轍もない物を作ってしまうことがある。

 

 同好会発足前からスクールアイドル活動を行なっており、その頃から注目されていた。あまりに多忙であるが故に「校内で彼女を目撃したものはいない」と噂されている。非常にミステリアスに包まれた存在だが、その正体は現生徒会長の中川菜々が本名を隠し、容姿を変えて活動しているということだった。菜々の見た目はせつ菜とは雰囲気が違い、長い黒髪を三つ編みにし、眼鏡をかけている。口調も低めのトーンで話す故に真面目で堅い印象を受ける。また、自分の趣味についても隠しており、現時点で本性を知っているのは同好会のメンバーだけである。

 

 徹が生徒会長の時に役員として共に生徒会で仕事をしており、最初の頃は世間話を共に語る事も多かった。しかし、あるきっかけで共にサブカルチャーに通じていることを知り合い、それからは周りの目がない場でその話題で語り合ったり、ラノベなどの貸し借りをする仲になった。スクールアイドル活動を始める際は、徹にだけその旨を伝えており、暫く菜々=せつ菜という事実を知るのは彼だけだった。初期同好会に亀裂が入り、自ら廃部にしてスクールアイドルを辞めようとした時は、徹と侑の熱い説得を受け、現同好会を再び立ち上げた上でスクールアイドルを続けることになった。同好会の合宿で彼がトラウマを明かして以降は、似た境遇を持つ者同士、お互いを支え合っていくことになる。

 

 

 

 宮下(みやした) (あい)

 

 学年:2年(虹ヶ咲学園情報処理学科)

 身長:163㎝

 誕生日:5月30日(双子座)

 血液型:A型

 

 持ち前の明るさで周りを元気にする、スマイル系スクールアイドル。橙色の瞳で、セミショートヘアの金髪を短いポニーテールで束ねている。同好会には、同じ学科の後輩である璃奈と加入した。

 

 金髪などが相まってギャルらしさが目立つが、人情味に溢れた面倒見の良い性格で、コミュニケーション能力も高い。勉学の成績も良く、様々な部活の助っ人をやっているくらい運動神経も高い。実家はおばあちゃんが営んでいるもんじゃ焼き屋で、自身が店の手伝いをすることもある。また、おばあちゃんっ子であるが故にぬか漬けが大好物である。ダジャレが得意で、他の人や自分のダジャレで笑い転げることもしばしば。虹ヶ咲学園に棲みつく猫のはんぺんは、璃奈が拾った以来二人で育てている。

 

 徹とは虹ヶ咲学園に入学してすぐに行われた情報処理学科の合宿で出会い、パソコンの演習で分からなかったところを彼に教わったことがきっかけで仲良くなった。ダジャレ好きの者同士気が合い、お互いにダジャレを披露し合って腹を抱えて笑い合ったりする。また彼とは同じ学科であることもあって学内で会うことが多く、その度に談笑している。同好会に加入した直後にソロアイドルとしてやっていくことへの不安に襲われていた時、徹が声をかけてくれたことに感謝しており、彼の人柄に信頼を置いている。

 

 

 

 エマ・ヴェルデ

 

 学年:3年(虹ヶ咲学園国際交流学科)

 身長:166㎝

 誕生日:2月5日(水瓶座)

 血液型:O型

 

 穏やかかつ寛大な心で周りの雰囲気穏やかにする、癒やし系スクールアイドル。緑眼で、赤髪をおさげにしている。また、頬にはそばかすがある。スイスからやってきた留学生であり、初期同好会のメンバーの一人。

 

 幼少期をスイスの大自然で過ごしたこともあり、山などの自然が豊かなところが好きである。地元ではネーヴェという名の山羊を飼っており、溺愛している。このようにスイス出身でありながらも、日本語を流暢に話す事は出来る。ただ純粋であるが故に、誰かが冗談で教えたよく分からない日本語を覚えていたりもする。とても世話焼きなところがあり、同じ寮で暮らしている果林を朝起こすことが日課になっている。果林とは日本にやってきてすぐ知り合って仲良くなり、彼女を同好会に引き入れる事になる。

 

 徹とは初期同好会が発足する前に初対面を果たしており、果林と共に学食で昼食をとっていた時に偶然出会った。彼は既に果林と知り合っていたため、彼女を通じてすぐに仲良くなった。そして同好会が発足され、彼が手伝いに来るようになってから、より交流が深まった。お互い世話焼きな共通点があり、同好会の部室で彼方が眠る時の膝枕を交互にしている。果林を同好会に誘うべきか悩んだ際、彼から声を掛けられ、話を聞いてもらったことがあり、彼の優しさに感謝している。

 

 

 

 天王寺(てんのうじ) 璃奈(りな)

 

 学年:1年(虹ヶ咲学園情報処理学科)

 身長:149㎝

 誕生日:11月13日(蠍座)

 血液型:B型

 

『璃奈ちゃんボード』でみんなに自分の気持ちを伝えようとする、キュート系スクールアイドル。黄色の瞳に、肩にかかるくらいのピンク色の髪で、頭頂部にはアンテナのように寝癖がついている。愛は同じ学科の先輩で、彼女と共に同好会へと加入することになった。

 

 感情を表情に出す事が苦手であり、ほぼ常に無表情であるため周りから困惑されることが多かった。それ故に人間関係を作る事を躊躇するようになったが、虹ヶ咲学園に入学してから愛と徹に出会って仲良くなり、そこから自分を変えてゆく。その一端として、豊富な表情をスケッチブックに描いた『璃奈ちゃんボード』を用いてコミュニケーションを取る方法が生まれた。機械やITに強く、自作のゲームやアプリを作ったりする。ゲームをするのも得意である。とても心優しい一面があり、虹ヶ咲学園内で拾った猫のはんぺんを放っておかず、校則で禁じられていることを理解しながらも愛と一緒に育てていた。現在、はんぺんは生徒会のお散歩委員として合法的に校内に棲みついている。

 

 前述の通り、愛と初めて話した時、一緒にいた徹とも初対面を果たした。同じゲーム仲間として気が合う徹とは、たまに一緒にプレイすることがある。ゲームの腕は互角であり、わざわざ攻略を練るほどである。また同じアニメを見ていたということもあり、せつ菜を交えて3人でアニメ鑑賞会を開いたこともあった。彼がはんぺんと初めて対面した時、学校で猫を飼っていることを咎めず、その行動を褒めてくれたことがあり、自信のない自分を勇気づけてくれる彼に感謝している。

 

 

 

 近江(このえ) 彼方(かなた)

 

 学年:3年(虹ヶ咲学園ライフデザイン学科)

 身長:158㎝

 誕生日:12月16日(射手座)

 血液型:O型

 

 ほんわかな雰囲気でみんなを眠りへと誘う、マイペース系スクールアイドル。紫色の瞳に、栗色の長いゆるふわヘアを持つ。初期同好会のメンバーの一人で、妹は東雲学院のセンターを務める近江遥。

 

 寝ることが大好きで、学校に枕を持ってきては中庭や保健室のベッドで寝ている。妹の遥に世話焼きなところがあり、スキンシップを取って彼女を困らせることもしばしば。常に眠そうにしているように見えるが、実は家計が厳しい故、虹ヶ咲学園には特待生として入学しており、勉学は優秀、毎晩夜遅くまでの勉強を欠かさない。併せて同好会の活動とアルバイトを掛け持ちしており、毎日眠そうにしているのはそれらが理由である。また料理が得意であり、同好会の合宿でみんなと料理をした時には、その技術を活かしてリーダーシップを発揮した。

 

 徹とは自身が高校2年生の時、中庭で魘されながら寝ていたところを声を掛けられ出会った。奨学金が出なくなるかもしれないという悩みを明かして以来、理系科目が得意である彼から数学を教わっている。また学校で眠る訳も明かしており、同好会の部室では彼に膝枕をしてもらっている。料理を得意としているという点で気が合い、同好会の合宿で料理をした際に息のあったコンビネーションを見せた。彼に対して、自分にもっと頼って欲しいと思っている。

 

 

 

 桜坂(おうさか) しずく

 

 学年:1年(虹ヶ咲学園国際交流学科)

 身長:157㎝

 誕生日:4月3日(牡羊座)

 血液型:A型

 

 磨かれた表現力で見る者を自分の世界へと取り込む、演技派系スクールアイドル。水色の瞳に、ハーフアップにした茶髪を大きな赤いリボンで纏めている。初期同好会のメンバーの一人で、演劇部を兼部している。

 

 虹ヶ咲学園には今年の途中から編入してきており、スクールアイドル同好会に入るためにはるばる鎌倉から毎日通学している。演劇への情熱が強く、語り出すと止まらなくなる。演じることが好きになったきっかけの一つに『自分が理想の自分で居られるから』があり、本来の自分は周りに曝け出さずにいたが、かすみの説得で自分を出せるようになった。オフィーリアというゴールデンレトリーバーの犬を飼っており、親バカと言われるほど溺愛している。また球技が大の苦手で、バレーボールではボールを跳ね返せず、顔面に直撃してしまうほどである。

 

 徹とは初期同好会が発足する直前に出会っており、満員電車で偶然彼と接触した時である。最初は彼に対して緊張しながらも絡むことが多かったが、徐々に慣れていき、彼が演劇に関して興味を持っていることを知った時には積極的に話していた。また、自分を曝け出すようになってから、ライブパフォーマンスで理想を演じることと自分を出すことを両立することに恐れを抱いていたが、彼から声を掛けてくれたことで恐れを払拭することが出来た。人のために行動できる彼を尊敬している。

 

 

 

 朝香(あさか) 果林(かりん)

 

 学年:3年(虹ヶ咲学園ライフデザイン学科)

 身長:167㎝

 誕生日:6月29日(蟹座)

 血液型:AB型

 

 高校生離れしたルックスとプロポーションで刺激あるパフォーマンスを披露する、セクシー系スクールアイドル。青色の瞳で、肩に少し掛かるくらいの紺色のウルフカットである。仲が良いエマに誘われ、紆余曲折ありながらも同好会に加入した。

 

 スクールアイドルと併せて読者モデルの仕事もこなしており、どちらも手を抜くことがない。それ故にスクールアイドルを始める前から人気があり、注目されていた。物静かで、批判的な意見をきっぱりと言える性格であり、個性的なメンバーが揃う同好会をまとめる役割を担う。そんな大人びた姿を見せる一方、極度な方向音痴であり、地図が読めず道に迷うことが多い。負けず嫌いで、寝癖が悪かったりもする。また、パンダが好きだと思わせる発言もすることがある。

 

 徹とは、自身が道に迷っていた時に声を掛けられ知り合った。負けず嫌いな者同士であるが故、互いに弄り弄り返すような関係である。そんな気の置けない存在ではあるが、たまに優しくしてくれることもあり、その度に調子を狂わせられている。その一方、常識人として共に同好会のまとめ役となり、メンバー達の様子を見守っている。彼がまだ周りに見せていない一面を知りたいと思っている。

 

 

 

 小野寺(おのでら) 瑞翔(なおと)

 

 学年:3年(虹ヶ咲学園情報処理学科)

 身長:166㎝

 誕生日:1月18日(山羊座)

 血液型:O型

 

 マイペースでお茶目なキャラで、クラスメイトの徹を掻き回す男の子。襟にギリギリ掛からない長さの茶髪で、前髪の真ん中を分け目として、両サイドに流している。瞳はサファイアに近い水色。同好会に加入してはいないが、徹を通じて、同好会に関わってきている。

 

 物事に酷く拘ることがない性格で、普段は天然ボケを発動することもしばしば。学校の購買で売っているレモンティーを気に入っており、徹がお礼に何かを奢ると言った時、そのレモンティーを買うように頼むほどである。恋愛などの色物が好物であり、それに対して熱くなることも。また、周りがあまり知らないような情報を持っていたり、意味深な発言をするなど、ミステリアスな部分も存在する。そんな一方、大事な時には真剣さを見せることもあり、観察眼も鋭い。また、先輩として大人な振る舞いをすることもある。機械部に所属しており、機械作りが得意。

 

 同好会に初めて関わったのは、璃奈が初めてソロライブを行った際、自身が作成した液晶付きの仮面を提供した時であった。元々徹とはクラスメイトとして仲良くしていたが、スクールアイドル同好会に加入していたことは知らなかった。彼が同好会での過ごし方や、メンバーとの関係が気になり彼を問い詰めるが、なかなか有意な答えは聞き出せずにいる。徹の過去に関わる悩みを聞いてアドバイスをしたおかげで、彼は同好会の合宿でみんなに過去を打ち明けることが出来た。彼と侑、歩夢の関係の拗れについては何か自分に通ずるところがある模様。また、人混みが苦手であるという理由で、同好会のライブを一度も観ていない。

 

 

 

 





 今回はここまで!

 徹くんと瑞翔くん+原作キャラ10人の紹介でした!

 今回出ていない原作の主要キャラもまだいますが、それは本編が進んでからキャラ紹介をしようと思います。

 次回から本編に戻ります。ではまた次回!

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原作1期→2期編 〜青春のNext Stageへ〜
第93話 何気ない日常



 どうも!
 第93話です!
 今回から原作一期から二期に繋がるストーリーに入っていきます!
 では早速どうぞ!


 

 

 

「ここは───部室か?」

 

 

 俺は気がつけば、そこに立っていた。視界がぼやけて、ここが本当に同好会の部室なのか確信を持てないが……頭も少しぼんやりしていて、まともに思考が出来ない。

 

 でも、馴染みのある壁と床の色、そして見たことがあるような小道具も見える。ここは俺が部室でみんなの練習を見ているときに、よく位置取っている場所か?

 

 少し当たりを見回してみると、俺の左側にあるホワイトボードが目に留まった。あぁ、ホワイトボードがあるってことは、やっぱりここは俺がよくいるポジションだな。みんなが部室の真ん中で練習してる時に、邪魔にならないようにこうやって部屋の端っこで見てるんだよな。

 

 

 しかし、気付いたのはそれだけではない。ホワイトボードを目を凝らして見ると、そこにはカラフルな何かが描かれていた。

 

 文字なのか絵なのかは判別つかないが、そこはかとなく同好会のみんなが書いたのだろうと思った。

 

 みんな、思い思いに好きなことを書いているんだろうな……

 

 

「……あっ」

 

 

 すると、後ろから話し声らしき音が微かに聞こえた。そっちを見ると、何人かが椅子に座ったり立ってたりしていた。

 

 

 各々の顔は朧げに見えて、それだけでは誰なのかを判別することができない。でも、各々が全く異なる色の練習着を着ていた。中には見たことのない練習着を着ている子もいるが、それだけでこの子達は同好会のメンバーだということが分かった。

 

 

 ……ははっ。ここでもみんな、カラフルだな。

 

 

 すると俺の存在に気づいたのか、みんながこちらに顔を向けた。そして間も無く、笑みを浮かべた。

 

 その笑みはそれぞれ特徴的で、十人十色の笑顔だった。

 

 

 その時、俺の胸がきゅっとした。それは息苦しいようで、とても心地良い感覚だった。

 

 

 ──やっぱり俺は、そんな同好会のみんなと一緒にいる時間が好きで、大事なんだろうな。

 

 

「……?」

 

 

 すると、突然みんなが一斉に違う方向へと向いた。あっちって、部室の入り口だよな……?

 

 そう思ってそっちを向くと……

 

 

「……!?」

 

 

 なんと、そこにいた人物だけは顔がはっきりと見えたのだ。そして、それが一体誰なのかも───

 

 

瑞翔(なおと)!? なんでここにいるんだ……?」

 

 

 俺は戸惑っていた。彼は同好会のメンバーでもなく、この同好会の部室に訪れたことは一度もない。じゃあ何故彼はここに来たのか、という疑問が残る。

 

 ただ、彼がここに来ること自体は別におかしなことではない。むしろ、割と同好会に関わっていて、この部室に来たことがないという事実が意外だろう。

 

 でも、瑞翔の表情に笑顔はなく、むしろ思い詰めたような表情だった。あんなに普段から明るい瑞翔なのに、一体どうしたのか……?

 

 

 しかし、驚きはそれだけではなかった。瑞翔の後ろからさらに人影が動くのが見えた。

 

 

「!? き、君は……!!」

 

 

 その正体に気づきショックに陥った瞬間、俺の視界が真っ暗になった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……はっ!?」

 

 

 パッと目を開いた瞬間、目の前に突然現れたのはなんの変哲もない真っ白な天井。

 

 

「知らない天井……な訳があるかいな」

 

 

 いつも通り、転生モノの小説の主人公が序盤に呟くであろうセリフでボケながら自分でツッコみを入れた。

 

 ……まあ、流石に毎日はやってないけどな。変な夢を見る度にやってるって感じ。

 

 

 それにしても、久々に変な夢を見たな。昨日スクールアイドルフェスティバルがあって、その疲れがあったからなのかもしれないが……

 

 

「なんて寝覚め悪い朝だ……まあでも、気にしなくていいか」

 

 

 実は、全然その夢の内容を覚えてないんだよなぁ……ただ起きた瞬間に悪寒を感じて『これはきっと変な夢を見たのだろう』と思っただけで、具体的な内容に関する記憶は全くない。

 

 

 そしてそれは、俺にとって好都合だ。そんな悪い夢は思い出す必要もないし、いつも通りの調子に整えて、今日も頑張って行くかね。

 

 

 はいはいどうも、おはようございます。高咲徹だ、っと……

 

 

 ベッドから起き上がり、勉強机に置いてあるスマホを取って立ち上げる。

 

 

 すると、一件チャットが来ていた。中身を見ると……

 

 

「えっ、あいつもう起きたのか」

 

 

 なんと、三十分前に侑から『先に起きてるね』というメッセージが来ていたのだ。

 

 あいつが俺より前に起きることなんて珍しいことだ。これは明日雪が降るかもしれんな……いやいや、こんな真夏の蒸し風呂みたいな猛暑で雪なんて降るわけがないが。

 

 

 それで、彼女はどうやらもうベランダで歩夢ちゃんと話しているようだ。やっぱり、歩夢ちゃんは起きてるんだな。流石、どんな時でも規則正しい生活をする子だ。

 

 そんなことを考えながらリビングを通り抜け、ベランダの窓を開ける。すると、案の定ベランダの左端に侑がいた。

 

 

「おー、いたいた。おはよー、侑」

 

「あっ、お兄ちゃん! おはよ!」

 

 

 声を掛けると、侑はこっちに振り向いてそう言った。

 

 侑はまだ部屋着を着ており、本当に起きてすぐにベランダに来ていたことが分かる。

 

 

「てっちゃん、おはよう!」

 

 

 ベランダ柵に肘掛けると、歩夢ちゃんの顔がこちらを覗いた。彼女もどうやら部屋着のようだ。

 

 

「歩夢ちゃんもおはよう! びっくりしたぞ、こんな早い時間からベランダで話してるなんて」

 

「あはは、なんか今日は早く目が覚めちゃったんだよね〜……お兄ちゃんより早く起きちゃった!」

 

「なるほどな。まあ、早起きは良いことだ。こうして歩夢ちゃんと話せる時間が増えるしな」

 

「えへへ……侑ちゃん、これから毎日早く起きようよ!」

 

「えー、それはちょっと難しいかもー……」

 

 

 これには、流石に侑も少し苦笑いで応じる。なんだ、早起きの習慣をつける訳ではないのか。まあ確かに、そう簡単に出来るものではないけどな。

 

 今は夏休みであり、学校がある日ならばもう既に授業途中の時間だ。普段侑はこの時間くらいに起きており、それに対して俺は三十分前くらいに起きている。それが、今日に限っては逆転したのだ。

 

 

「ははっ。やっぱり今日早く起きれたのは、昨日があったおかげか?」

 

「うーん、そうかも。昨日はしっかり疲れたおかげでぐっすり眠れたし、不思議と起きれたんだ〜!」

 

「ほうほう……なるほどな」

 

 

 昨日は一日中、色んなところを駆け巡って人集めに徹してたみたいだもんな。疲れたあまり、寝たのもかなり早かったから、そのおかげで質のいい睡眠が取れたってことか。どおりで侑から清々しさが感じられた訳だ。

 

 

「にしても、お兄ちゃん少し起きるの遅かったよね?」

 

 

 すると、今度は侑から俺にそう問いかけてきた。

 

 

「えっ? ……あー、それはそうかもしれない。少し変な夢を見たからかもな」

 

「変な夢? てっちゃん、怖い夢でも見たの?」

 

「んー……それがいまいち覚えてないんだよな。ハッと目が覚めて、ちょっと悪寒を感じたくらいなんだが……」

 

 

 ほんと、あれは一体何だったのだろうか。別にちゃんと寝れなかった訳でもないし、疲労はしっかり取れている。ただ、夢を見るということは眠りが浅いということだから、侑のような質のいい睡眠だったとはあまり言えないだろう。

 

 まあ、俺は普段からそこそこ運動したり、イベントの仕事に携わるのも慣れているから、侑ほど疲労感はなかったのかもな。

 

 

「大丈夫? もしかして、疲れがちゃんと取れてなかったりしない……?」

 

 

 歩夢ちゃんが心配そうにこちらを見つめてくる。

 

 全く、彼女は本当に優しいな……

 

 

「大丈夫だ。疲れは取れてるから、心配しなくていいぞ」

 

「ほんとに?」

 

「あぁ、ホントさ。てか、それより思ったんだけどさ……」

 

 

 今頭の中で思いついたことを話そうと、俺は話題転換を試みる。

 

 

「スクールアイドルフェスティバルも終わったことだし、久々に三人でお出かけしないか?」

 

「あっ、いいね! 私も久々に、お兄ちゃんと歩夢と一緒にどこか行きたいよ!」

 

 

 そう、フェスの準備やライブの練習などが忙しかった影響で、少なくとも夏休みになってから一度も三人で買い物とかどこかに出掛けることが出来てないんだよな。尤も、同好会に入ってからはその頻度が前から少なくなってしまった。

 

 俺達は一度それで、歩夢ちゃんを寂しくさせてしまった。だから、これからはもっと長い付き合いを大事にしていきたい。せっかくの夏休みだし、もっと三人で思い出を作っていきたいのだ。

 

 

「よし、じゃあどこ行くか決めていこうか! 歩夢ちゃんも大丈夫だよな?」

 

「う、うん、いいよ! 行きたい!」

 

 

 歩夢ちゃんも乗り気のようだ。

 

 よし、じゃあどこに行こうか俺も考えなきゃな。普通にショッピングもいいが、せっかくの長期休みだ。どこか遠出するのもアリだな。夏だし、海とかあるが……って、少し前に合宿でプール泳いだから被るか。

 

 そういや、あの時二人の水着のインパクトがヤバかったな……もう一度あの水着を見てみたくもない訳でもないのだが、歩夢ちゃんがかなり恥ずかしがってたから、二度はないかもしれないなぁ……

 

 

 

「……じゃあ、私はあれを着ていこうかな」

 

 

 熟考している最中、ふと歩夢ちゃんの呟きが耳に入った。

 

 

「ん、あれってなんだ?」

 

 

 俺がそう問い返すと、歩夢ちゃんはハッとした表情をした後、少し悪戯げな表情でこう返してきた。

 

 

「それは……ヒミツ、だよ!」

 

 

 ヒミツ、だと!? 一体どういうことだってばよ……しかも、歩夢ちゃんがこんなに挑発的なのもビックリだ。一体どこからそういうのを覚えてきたのか……

 

 

 まあ、つまり当日までのお楽しみってことだろうか。ならば、俺はそれを楽しみにしとこうかな。

 

 そんな風に思考をまとめながらも、三人とベランダで駄弁るのだった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 人気が無く、静かな廊下。そんな中を、俺の足音だけがコツコツと響かせる。

 

 外からは、体育系の部活をしている部員の力強い掛け声が聞こえる。昨日はフェスにやってくる客のザワザワとした大きい音が聞こえてきたが……まあ、日常が戻ってきたって感じだな。少し名残惜しいけども。

 

 

 そんな感じで同好会の部室に足を運んだ。さて……誰か先に来ているだろうか? 今日はフェスの翌日だし、みんな何か用事を入れることもないだろうから、誰が早く来るか予想がつかないな。むしろ全員が来ている可能性もあるな。

 

 そんなワクワクを感じながら、馴染みのある部室の扉を開けた。

 

 すると、部室のテーブルで二人談笑している様子が見えた。

 

 

「よーっす、二人とも」

 

「あっ、徹く〜ん! おはようだぜ〜」

 

「あら、来たのね」

 

 

 俺より先に来ていたのは、彼方ちゃんと果林ちゃんだった。ライフデザイン学科組の二人だったか……

 

 

「おう……っていうかおはようって、まさか寝てたんだな?」

 

「そうよ、彼方はさっきまで寝てたわ。いつものことでしょ?」

 

「まあ、それはそうだな」

 

 

 彼方ちゃんが活動前に寝ているのは、同好会の日常風景の一つだからな。ただ昨日がスクールアイドルフェスティバルだったこともあり、ちゃんと休めたのかどうかというところが心配になるな。

 

 

「そういえば、果林ちゃんはちゃんと休んだか?」

 

「えぇ、勿論よ。私が夜更かししてるとでも思ったのかしら?」

 

「いやいや、興奮が冷めなくて寝ることが出来ないこととかあるだろ? それは無かったのか?」

 

「そんなのあるわけないじゃない。子供じゃあるまいし」

 

「んー、そうか……果林ちゃん子供っぽいところあるんだけどな」

 

「何か言ったかしら?」

 

「何も?」

 

 

 全く、果林ちゃんは何故いつも俺を揶揄おうとしてくるのやら……俺はただ、果林ちゃんが揶揄ってきて、やられっぱなしは嫌だから揶揄い返してるだけだからな。あれ、俺から率先して揶揄ったことはないよな? ないよな……うん、そうだ。そうに違いない。 

 

 

「まあまあ二人とも、それより〜……そこに座ってくれるかな、徹くん?」

 

 

 すると、気がつけば彼方ちゃんは部室のソファに移動していて、隣をトントンと叩きながらそう言う。

 

 ソファってことは……あぁ、なるほどな。

 

 

「あぁ、分かった。彼方ちゃんはちゃんと休んだか?」

 

「うん、もちろん勉強せずにちゃんとすやぴしたよ〜。でも、徹くんの膝枕がないと、今日一日は乗り切れないので〜す」

 

「ふふっ、そうかいそうかい。なら……はい、みんなが集まるまでな」

 

「やった〜! お邪魔しま〜す……」

 

 

 そんな感じで、彼方ちゃんの隣に座ると、彼女は体を横に倒してきて俺の膝に頭が収まる。

 

 

「全く、相変わらず彼方は徹の膝枕が好きなのね」

 

「みたいだな……なぁ彼方ちゃん。この機会に聞くけど、どうして俺の膝枕をよく求めるんだ? 俺以外にも頼める子達がいるのに」

 

 

 今まで彼方ちゃんにお願いされるがままに彼女の膝枕として役目を果たしてきたが、その理由については一度も訊いたことがなかった。だから改めて、ちゃんと訊いておく必要があると思ったのだ。

 

 

「あれ〜、言ってなかったっけ? それはね〜……徹くんの膝の硬さが丁度良いからだよ〜」

 

「丁度いい?」

 

「うん。エマちゃんの膝枕だと深く寝ちゃうことがあるから、徹くんくらいの硬さが丁度良いんだ〜。ちょっとした睡眠にぴったりだよ〜」

 

「へぇ、なるほどなー。寝るところ質問しちゃってすまなかったな」

 

「いえいえ〜……すやぁ」

 

 

 相変わらず寝るまでのスピードが早いな……まあ、今更驚くこともないが。

 

 

 それにしても、硬さが丁度良いか……確かに、エマちゃんの膝枕は気持ち良さそうなイメージはあるな。気持ち良すぎて深いな眠りに落ちてしまい、起きようとしたら眠気を伴ってしまうかもな。

 

 そんなことを考えながら、彼方ちゃんの頭を撫でる。彼女の髪の毛は長くサラサラで、触り心地が良い。

 

 

 それにしても、気持ち良さそうに寝るよな……

 

 ……はっ! いかんいかん。ここで彼方ちゃんのほっぺを摘んでみたいとか思ってしまった。そんなことをしてはいけない。彼女は今、必要な睡眠を取っているのだ。それを邪魔してはいけない。

 

 

「……」

 

 

 すると、横から果林ちゃんの視線を感じた。

 

 まさか、今の思考を読み取られたか?

 

 

「どうしたんだよ果林ちゃん。そんなに視線送ってきて」

 

「別に……徹は思った以上に子供だと思っただけよ」

 

「……は?」

 

 

 おいおい、それは一体全体どういう意味だ? ていうか思った以上にって何だよ……そもそも、俺は子供じゃないからなぁ!

 

 

 そんな疑問を頭の中で呈していると、部室の扉が開く音がした。

 

 

「チャオ〜! ……あっ! みんなも来てたんだね〜!」

 

 

 やってきたのはエマちゃんだった。彼女も、いつもと変わらない明るさだな。

 

 

 ……そうだ。丁度いいタイミングで来てくれたところで、ここは少し果林ちゃんに体験してもらうか。

 

 

「おっ、エマちゃんじゃないか! ちょっと話聞いてくれないか?」

 

「うん、いいよ〜! 何かな?」

 

「何か果林ちゃんが眠たそうにしててさ。エマちゃんが活動開始まで膝枕してあげたらどうかなーって思ってな」

 

「ちょっと徹!? 何言ってるのよ!」

 

 

 言っておくが、果林ちゃん自身そんなことは一言も言っていない。ただ、彼女は変なところで強がる傾向がある。ならば、今彼女が寝不足である可能性があるのだ。嘘も方便だ。

 

 

「果林ちゃん、疲れてるの……?」

 

「エマ!? えっと、これは徹が勝手に……」

 

「大丈夫だよ、果林ちゃん。疲れてるんだったら、疲れてるって言っていいんだから。ほら、おいで?」

 

「えっ!? だ、大丈夫よ。本っ当に疲れてないんだから……」

 

 

 ほら、素直じゃない果林ちゃんでさえも、エマちゃんの壮大な包容力で呑み込まれていくのだ……どうだ、傑作だと思わんかね?

 

 

 そんなことを考えている最中、また部室の扉が開いた。

 

 

「ちっすー! おっ、結構集まってるね〜!」

 

 

 やってきたのは、同じ情報処理学科の生徒である愛ちゃんと璃奈ちゃんだった。

 

 

「よっ、愛ちゃん。それに璃奈ちゃんも一緒か」

 

「こんにちは、徹さん。調子は良い?」

 

「あぁ、良好だよ。ありがとな。それより、二人は大丈夫か? 特に璃奈ちゃんとか」

 

「大丈夫、ちゃんと寝たから」

 

「そうか。それは良かった」

 

 

 まさか、璃奈ちゃんの方から先に調子を訊かれるとは思わなかったな……ホント、璃奈ちゃんには敵わないなぁ。

 

 

「なになに〜、愛さんのことも心配してくれるのー? 相変わらず優しいなー、てっつーは!」

 

「当たり前だろ。何せ俺は、同好会における()調()管理の()()だからな!」

 

「あっははは! 体調と隊長……面白すぎる〜! ダジャレも絶好調だね〜!」

 

 

 ふとその場で思いついたネタだったが、どうやらバッチリウケたようだ。

 

 しかしこんなにダジャレを出すようになったのも、愛ちゃんと絡むようになってからかもしれない。愛ちゃんはどんなダジャレでも笑ってくれるからつい言っちゃうんだよな。

 

 

 すると、またまた部室の扉が開き─────

 

 

「こんにちはぁ〜! 可愛いかすみん、只今参上しましたぁ!」

 

「桜坂しずく、同好会部室に馳せ参じました!」

 

「優木せつ菜も来ましたよ! 私、参上!!」

 

 

 勢いよく三人が入り口の前でポーズを取り、決め台詞らしき言葉を発した。

 

 かすみちゃんは敬礼ポーズで可愛らしさを見せて、しずくちゃんは怪盗みたいな、フレミング右手の法則みたいな手でミステリアスなポーズで……せつ菜ちゃんに関しては聞いたことある台詞と見たことあるポーズだな。

 

 

「なにそれ! めっちゃ楽しそうじゃん!」

 

 

 俺のそばに居た愛ちゃんもこのリアクションだ。

 

 まあ昨日ヒーローショーがあったから、その流れでこういうノリになってるんだろうな。話題を出したのはせつ菜ちゃんで、それにかすみちゃんとしずくちゃんが乗った感じだろう。

 

 

「あっ、徹さん! 今のポーズ見てましたか!? 前から少しずつ練習してたんですが……!」

 

 

 せつ菜ちゃんが俺を見つけると、勢いよく距離を詰めてきて俺の目の前まで顔を迫らせてきた。

 

 

「ちょっ、一旦落ち着こうか……うん、結構再現度高かったぞ。あのセリフとポーズは俺も好きだ」

 

「そうですよね! あっ、あとそれから……!」

 

 

 ふぅ……とりあえず顔を離してくれたから、穏やかな心でせつ菜ちゃんと仮◯ライダーについて語れるな。

 

 

 ……と思ってたのも束の間だった。

 

 

「もー、せつ菜先輩喋り過ぎです! 徹先輩、かすみんのもどうでしたか!? かすみんなりにポーズを決めてみました!」

 

「私のもどうでしたか!? とある演劇であった特徴的なポーズを真似してみたのですが、似合ってるでしょうか……!?」

 

「ちょちょっ!? あーもう、二人とも良かったから取り敢えずクールダウンしような!? なっ!!」

 

 

 今度はかすみちゃんとしずくちゃんまで迫ってきたんだ……全く、俺の感想を聞くのはいいが、もう少し落ちついてくれよ……俺の心臓が持たんぞ。

 

 まあこんな感じで収拾のつかないことがあるのも、同好会ってかんじだな。

 

 そんな感じで、後から歩夢ちゃんと侑が来て全員揃ったところでミーティングが始まったのだった。

 

 

 





 今回はここまで!

 色々詰め込んだ気がします←

 ではまた次回!

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第94話 稼ぎ時


どうも! お久しぶりです。
第94話です。
では早速どうぞ!


 

 

「うーん、分からないなぁ……」

 

 

 誰も居なかった昼間の同好会の部室。

 

 そんな中、スマホを眺めて頭を抱える者がいた。

 

 その名も、高咲徹───

 

 

 そう、俺は今一人なのだ。俺がここにいるのも、この後同好会の活動があるからではない。じゃあ何故こんな真っ昼間から部室にいるのか、という疑問が湧くだろう。

 

 それは昨日の出来事が関係している。

 

 

 ────────────────────

 

 

「少しリズムがズレてるぞ。しっかり立て直して」

 

「う、うん!」

 

 

 日が暮れ、侑と共に同好会の活動から帰ってきた後、俺は侑の音楽科への転科試験に向けたピアノの練習を見ていた。

 

 

 前日、侑と俺の二人でお母さんにビデオ通話をした時、侑が音楽科に転科することを打ち明けた。案の定最初は困惑した表情をされたが、侑の覚悟を持った説得をした結果、予想よりもあっさりと受け入れられたのだ。

 

 俺はお母さんに『徹はどう思ってるの?』と訊かれ、一言兄として意見を述べた後に侑を音楽科へ転科することを許してほしいと言っただけだった。まあ、お母さんも侑の表情を見て、今までと異なる何かを感じ取ったのだろう。ともかく、これで侑は心置きなく転科試験を受けることが出来そうだって訳だ。

 

 そしてそのついでではあったのだが、お母さんから俺の進路についても訊かれた。俺は情報処理学科でプログラミングや情報技術を学んでいるが、このままいけば大学に進学して、将来は公務員やらそこら辺の職に就職しようかなと話した。まあ、どんな職に就くかに関してはまだ大雑把にしか決まってないけどな。

 

 作曲が好きなのなら、プロの音楽家になるということも、作曲を始めたあの頃は考えたりした。でも、プロの作曲家は修羅の道だと聞く。芸術で稼いで食べていくのは、そう簡単じゃない。

 

 それにどちらかと言えば、侑がその道に進みそうな気がするんだよな。それでもし仮に、侑がプロの音楽家になったとして、俺まで同じ道に進んではかなりリスキーだろう。彼女だって、音楽家として上手くいかないことがあるはずだ。そんな時に俺が支えられるように、安定した収入を得ておく必要がある。今のところ公務員とかそういう職に就こうと考えているのも、そういうことだ。

 

 まあ要は、侑に好きにやって欲しいってことさ。

 

 

「少し弾きが雑になってないか? しっかり一つ一つ鍵盤を叩いて」

 

「わ、分かった……!」

 

 

 そんな訳で、今ピアノの練習で厳しめに指摘を飛ばしているところだ。

 

 やはりなんだかんだで試験までの時間に余裕があるとは言えないし、実技試験で課題曲を最初から最後まで上手く弾けるようになるためには、これくらい詰めてやらなければ間に合わないだろう。侑もそれが出来るように色々飲み込むことで必死だ。

 

 

「……よし、少し休憩を入れよう。丁度区切りが良いしな」

 

「はぁ、難しいよ〜!」

 

 

 侑が区切りの良いところまで弾き通したところで休むように声を掛けると、侑はその場で背伸びをしながらそう声を漏らした。

 

 

「はい、水分だ。まあ、そう思うのも無理はないな」

 

「ありがとう……」

 

 

 事前にコップに注いであったお茶を侑に手渡す。すると、侑は一気にそのお茶を飲み干した。それだけ水分を欲してたってことだが、まあそれだけエネルギーを使うもんな、ピアノを弾くのって。

 

 さて、ここでブレイクタイムには……

 

 

「じゃあ、ここで問題だ!」

 

「は、はい!」

 

 

 持っていたお茶のコップを即座に置き、背筋をピンと伸ばして俺と向き合う侑。

 

 

「発想記号についてだ。marcato(マルカート)の意味は?」

 

「えーっと……あっ、『歌うように』!?」

 

「あー……残念! それはcantabile(カンタービレ)だね。正解は『はっきりと』だ」

 

「うわぁぁ! そうだったー!!」

 

 

 そう、これも転科試験のための対策だ。筆記試験ではこのような楽譜を読む上での基礎知識も問われる。今侑に出題した発想記号というのは、楽譜の音符だけでは読み取れない、えんそう方法を指示する記号で、これがあるのとないのとでは聴こえ方が全く違ってくる大事な記号だ。

 

 

「あっはは、私このままじゃダメだなぁ」

 

 

 侑はそう言いながら、頭を掻いて苦笑する。

 

 

「まあ、そう落ち込むこともない。何かしら答えを導き出せるようになったんだから、着実に知識が頭の中に入ってる訳だ。あとはその知識を整理すれば、ちゃんと覚えられると思うぞ」

 

「そうかな……」

 

 

 一瞬不安そうな表情を浮かべた侑。

 

 まあ、そうなるのも仕方ない。実質、高校受験や大学受験を受けようとしているようなものだからな。ただ、落ちたとしても普通科という受け皿がある点ではその二つとは異なる感じだ。それでも、不安になるものだ。

 

 それだけ、どうしても音楽科に入りたいという気持ちが、侑にはあるってことだ。侑は間違いなく、スクールアイドルフェスティバルを経て、新たなステージに立っている。だから、俺が今出来ることは……

 

 

「あぁ。それになんだかんだ、まだまだ時間はある。焦らずに、できる事を惜しみなくやっていこう。俺も付き合うからさ」

 

 

 変わらず侑を励まし、サポートに徹することだ。ポジティブな言葉を掛けて、侑が前を向けるようにすることだ。

 

 

「……うん、そうだね。ここで焦ってちゃダメだよね」

 

「そういうことだ!」

 

 

 きっと侑は、近い将来俺に並ぶような作曲者になっているんだろうな。いや、もしかしたら超えられているかもしれない。

 

 嬉しさがある反面、俺も頑張らなきゃいけないな。

 

 

 ……っと、もうこんな時間だ。そろそろお腹が空いてきたな。そういえば、今日の夕飯は俺も楽しみにしてたやつだ。

 

 

「よし。いい時間だし、ここで夕飯にしようぜ。歩夢ちゃんから貰ったカレーを食べるぞ」

 

「あっ、そうだった! うわー、楽しみだな〜!!」

 

 

 そう、今朝歩夢ちゃんがうちまで来てくれて、自分でつくった作ったというカレーをお裾分けしてくれたのだ。どうやらフェスが終わったおかげで、趣味の料理にも時間を割くことが出来るようになったようで、食べた感想を教えて欲しいと言っていた。それに『侑ちゃんに、転科試験の勉強頑張って欲しいから』とも言っていた。

 

 ホント、ありがたいな……今度はこっちから何かお裾分けしたいな。あっちは親御さんがいるから、大したものを作っちゃうと逆に困られそうだな。そうなると、ちょっとしたものを送ってみるか。

 

 

 さて、リビングに移動してきたが、明るい雰囲気にしたいし、何かしらテレビ点けるか。

 

 

「リモコンを……ポチっとな」

 

 

 テレビ台に置いてあったリモコンを手に取り、電源ボタンを押すと、丁度CMが流れていた。

 

 

『コノproteinを飲んで……キミモォ! Perfect Body』

 

 

 とても筋肉ムキムキな男性が俺達を指差し、力瘤を作りながら発音良く英語で決め台詞らしい言葉を言っていた。プロテインを宣伝しているCMだ。

 

 

「このCM面白いよね〜!」

 

「だよな。この少し片言なのが少しツボで……ふふっ」

 

 

 侑もすっかり笑顔になってそう俺に話し掛けていた。そして俺は笑いを少し堪えながらキッチンで支度を始める。

 

 このCM、出演している男の人のクセが強くてインパクトがあるんだよな。それに何より、BGMもなかなか耳に残るフレーズで、プロテインがスーパーとかで売っているのを見ると、そのフレーズが脳内再生されるくらい中毒性もある。

 

 なんか、中毒性のある曲って結構周りの人に受け入れられやすいよな……あっ、そうだ。試しにそのフレーズを弄ってみて、自分の作ろうとしている曲に合うようにしてみるか! そうなると、夕飯食べたら────あっ。

 

 

「ふんふ〜ん♪ 楽しみだな〜!」

 

 

 夕飯食べた後は、俺の部屋のピアノを使って侑の練習を見るんだった……

 

 そういえば、侑が転科したら確実に侑がピアノを使う頻度は上がるよな。それで、今この家には元々俺が使ってた電子ピアノ一台しかない。このままだと、二人で譲り合ってピアノを使っていく必要がある。それではお互い気まずくなってしまう。

 

 つまり、侑のためのピアノを用意する必要があるということだ。

 

 しかし、電子ピアノでも安くて一万ぐらいの値段はするだろう。親には転科の受験料と学費を払って貰う訳だし、それ以外で親に頼るのは躊躇う。

 

 じゃあどうするか……その時、一つ案が思い浮かんだ。

 

 

 ────────────────────

 

 

「んー……微妙すぎるんだよなぁ」

 

 

 そんなこんなの経緯があって今スマホで開いているのは、バイトの求人を掲載しているアプリだ。

 

 

 そう、俺は自らバイトで金を稼ぎ、侑のピアノを自腹で買おうということだ。

 

 虹ヶ咲においては学生のバイトは禁止にはなっていない。自由な校風で有名なだけあるからな。それに、社会の一員として働く経験を積める点でも、バイトは今からでもやっておくべきだと思った。

 

 しかし、昨年度までは生徒会長で忙しくしていた俺は、今まで一度もバイトをしたことがない。バイト求人のアプリは今日初めて開いた。よって、どれが良いバイトかが全く判別がつかないのだ。そんな俺からすれば、どのバイトも微妙な条件なんじゃないかとしか思えず、こうして頭を抱えている訳だ。

 

 はぁ……ここで経験の無さが露わになってしまうとはな……

 

 

 それにしても、もう夏休み半ばか……お盆もまだだし、そもそもバイトの求人もあまりないのかもしれない。お盆の時期が、みんな休む上に需要があるだろうからな。

 

 もしそうなら、お盆まで待つのも策かもしれないが、なるべく早くバイトを始めて稼いでおきたい。夏休みが終わるまでに電子ピアノを買えるくらいにはな。

 

 でも……

 

 

「そんな上手い話は流石にないか……」

 

「ウマい話? もしかして、お腹空いてるのかなー?」

 

「いや、お腹は空いてな……What!?」

 

 

 スッと横を向くと、そこには愛ちゃんがいた。いつの間にそこに居たのか!? 全く物音しなかったと思うのだが!?

 

 

「アッハハハ! てっつーったら急に外国人になってウケる〜!」

 

「いやいやびっくりしたわ! いつからそこに居たんだ?」

 

「ついさっきだよ? 部室のドア開けたらてっつーが頭抱えててさ。後ろから驚かしたらどんな反応するかなーって思って!」

 

「そうだったのか……」

 

 

 全く、それだったら少し普通に声を掛けてくれよ……心臓が飛び出すかと思ったぞ。

 

 ここのところ、愛ちゃんには驚かされてばっかりだな。それなら、今度はこっちが驚かせる機会でも伺ってみるか? やられっぱなしは黙っていられないからな。

 

 

「それでてっつー、また何か抱えてるワケ? ほら、愛さんが聞いてあげるから、話してみて!」

 

 

 俺の独り言を聞いて察したのか、俺の隣に座ってそう話し掛けてくる愛ちゃん。

 

 流石にこのまま黙り通すのは無茶だし、愛ちゃんに話してみるか。

 

 

「良いのか? なら、大した事じゃないけど……」

 

 

 そうして、俺は昨日のことを全て話した。

 

 

 

「へぇー、ゆうゆ専用のピアノを買いたいからバイトするってこと?」

 

「そんな感じだ。俺も作曲活動をするにはピアノが必要だし、親に頼らずに自分で稼いで手に入れようと思ってな」

 

「なるほどねー。それで良いバイトが見つからなくてヤ()()()?」

 

「まあそういうこと……って、今ナチュラルにダジャレぶっこんできたな?」

 

「あっ、バレた?」

 

 

 こんな感じで、愛ちゃんは事情を理解してくれたようだ。ダジャレを取り込んでくるのはいつものことだ。なんだかんだで彼女との付き合いは長いからな。ダジャレの耐性は大分付いたかもしれない。

 

 

「ねぇ、てっつー。一つ提案していい?」

 

「おぉ、いいぞ。何だ?」

 

 

 珍しく考える仕草を見せた後、俺にそう訊いてきた。

 

 

「うちで働いてみるのはどう?」

 

「えっ……? それって、愛ちゃんのところのもんじゃ焼き屋か?」

 

 

 そういえば、愛ちゃんの家はもんじゃ焼き屋さんを営んでいたな。前にもお世話になったが……

 

 

「そうそう! 今丁度バイトの人が辞めちゃって人が足りてなくてさー……てっつー、料理も出来るみたいだし、結構良いバイト代を払えるかもよー?」

 

「マジか……愛ちゃんのところなら、俺も行った事あるし、働きやすそうだ」

 

 

 そんな都合の良いことがあるなんて……でも、出来るならあそこで働いてみたさがあるな。確か店主である愛ちゃんのおばあちゃんともコンタクトしていて、とても良い人だったもんな。そこで俺の料理スキルが役立つかは分からないが、それはやってみないと分からないだろう。

 

 

「そうなれば、俺もそっちに連絡して……」

 

 

 そう言いかけた瞬間、愛ちゃんがそれを遮る。

 

 

「あっ、ちょっと待って! そこはさ、愛さんがおばーちゃんに話しておくから!」

 

「えっ!? いや、流石にそこまでしてもらうのはこちらも申し訳にないのだが……」

 

「いーの! てっつーのことはよくおばーちゃんに話しててね、アタシから話持ちかけたら多分快く受け入れてくれると思うからさ。もしかしたら、軽い面談くらいでイケちゃうんじゃない?」

 

「マジか!?」

 

 

 軽い面談……それはつまり、履歴書は不要ということだよな。それで大丈夫なのか? そんなに俺って信頼性あるのか?

 

 

「うん! てっつーとゆうゆはアタシ達のために作曲しようとしているから、それくらいは協力したいんだ!」

 

「愛ちゃん……」

 

 

 ホント、愛ちゃんってやつは……

 

 

「分かった。ならその厚意に甘えて、よろしく頼む」

 

「よしっ、決まりっ! てっつーと一緒に働けるなんて楽しみだな〜!」

 

 

 そんな感じで、俺が高三の夏休み中にバイトデビューすることが決まりそうなのであった。

 





今回はここまで!

なんと愛さんのもんじゃ焼き屋さんでバイトすることになりそうな徹くん! 一体どうなるか!?

ではまた次回!

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第95話 人の役に立ちたい

どうも!
第95話です。
では早速どうぞ!


 

 

「ドアが閉まります。ご注意ください」

 

 

 その一声に続き、電車のドアがチャイムを鳴らしながら閉まる。そして間が空いた後、電車がゆっくりと動き出し、モーターを唸らせながら線路を走り出した。そんな中、俺は席の端に座って一息吐いていた。

 

 そんな訳でどうも。朝早くから電車へ乗り込む高咲徹だ。

 

 夏休み真っ只中とはいえ、七時をまだ回らないくらいの時間は電車も空席が目立つほど空いている。そんな時間から何故俺はここにいるかというと、フェスの前に申し込みをしたボランティアがあるからだ。

 

 そのボランティアは午前中に行われるもので、集合時間が八時というなかなかの早さだ。更に場所もそれなりに遠いので、この時間に電車で移動している訳だ。

 

 今回は、一緒に申し込みを手伝ってくれた三船も参加する。彼女にはあの時お世話になったからな……今度は俺が役に立てるように頑張らなければ。

 

 

 ……さて、目的地まではまだまだ時間がかかるが、何をしようか? 今日はつい最近買ったばかりのエッセイがあるから、それを読むつもりではあるが……いや、まだ今日になってからスマホを一度も覗いていないから、一応覗いてからにするか。

 

 

 そう思ってズボンのポケットからスマホを取り出し、電源をつける。すると、いくつかのチャットが届いているのに気づいた。

 

 L◯NEを立ち上げ、チャット欄の上から確認していく。

 

 

『おはよう! 今日はボランティアに行くんだったよね?』

 

 

 一番上にあったのは、歩夢ちゃんからのチャットだった。タイムスタンプが三分前になっていたため、ついさっき送ってきたのだろう。

 

 てか、あの子わざわざこの時間に起きてこのチャットを送ってきてくれてるのか!? 確かに彼女には事前に今日行くとは話していたが……

 

 そうなると、待たせるのも悪いな。『そうだよ』と打って送信っと……

 

 送信ボタンを押して数十秒後、彼女からの返信がきた。

 

 

『だよね! 昨日も言ったけど、侑ちゃんの試験勉強なら私が見てるから安心して! ボランティア頑張ってね』

 

 

 このような文面の後に、可愛らしい『ファイト!』と応援してくれるうさぎのキャラのスタンプが送られてきた。

 

 

 あぁ……久々の早起きに苦労したこのしんどさを癒してくれる、幼馴染のメッセージ。こんなことを言われたら、俺はもう元気100億倍で今日は頑張っちまうぞ。侑の勉強も見てくれるみたいだし、あとで歩夢ちゃんに直接感謝の言葉を伝えないなきゃな。

 

 

 歩夢ちゃんの優しさにホッコリしながら、俺はチャットを読み進めていく。夏休みのためか、よく絡むクラスメイトから夏期課題について訊かれていたので、それらについて返信をしていくと……

 

 

『てっちゃん、今度どこかで古文を教えて欲しい! そうしないと僕は踊り狂って死ぬ♤』

 

 

 こんなふざけたメッセージを送ってきている奴がいた。呼び方から分かる通り、これは瑞翔(なおと)からのチャットだ。

 

 いやいや、またかいな!? 君フェスの前にあった夏期講習でも教えたじゃないか! あいつ、また古文の課題に詰まっているんだな……てか『踊り狂って死ぬ』ってやつ、相手がそうなるってやつじゃなかったか? 自分がそうなってどうするんだよ……

 

 まあ、ツッコミどころが多いとはいえ、断ることはないけどな。そのついでに、フェスで披露したあの曲を聴かせてみたいし、なんなら俺も課題を進めるというのもアリだし。

 

 

 ……そういえば、夏休みの課題もまだ半分くらいやってないし、そろそろ処理しといた方が良いよな……まあ、侑の試験勉強を見がてら少しずつこなしていけば問題ないだろうけど。

 

 問題はその侑か。試験勉強だけでなく、全学科共通の課題っていうのがあるからな。試験勉強も大事だが、そっちにも時間を割かなければならない。同好会に出る時間もあるし、出来ればまとまった時間で終わらせられれば良いな。

 

 ……そうだ、同好会の誰かが勉強会を開こうと提案してくるかもしれないな。その時にみんなで手分けして課題が残っている組の手伝いをすれば良いのか。多分、彼方ちゃんは数学で苦戦してそうだし、多分かすみちゃんか果林ちゃんあたりは相当課題を残してそうだもんな……後者は偏見だけども。

 

 まあそんなこんなで瑞翔に『いいよ。死ぬまでやろう』と冗談っぽく返信しといてまたチャットを読み進めると、意外な相手からチャットが来ていることに気づいた。

 

 

『徹先輩、突然すみません。今度私が好きな劇団が新たな演劇を披露するのですが、徹先輩も一緒に観られませんか? 無理ならば断っても構いません』

 

 

 その相手はしずくちゃんだった。

 

 そういえば、彼女と一緒に演劇を観に行きたいって話をして、結局まだ行けてないな。合宿とかフェスとかあったりして忙しかったし、彼女もこのタイミングを見計ってたのだろう。

 

 まあ、彼女のお誘いを断る理由なんてものはなく、しっかり『いいよ』と返信しておいた。しずくちゃんの好きな劇団だから、きっと素晴らしい劇を見せてくれるに違いない。今から楽しみだな。

 

 

 ……よし、未読のチャットは無くなったし、本を読むか。

 

 

 そんな訳で、乗換時間を除く俺の移動時間の残りは全て読書に充てられたのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……ふう、こんなところで一段落か」

 

 

 日は大分昇り、随分と真上に近づいてきた頃のこと。

 

 

 俺はとある河原にいた。両手に手袋をつけた手のうち、左手に大きなビニール袋、右手に金属で出来たトングを持ち、汗滴る中とある作業をしていた。

 

 

「高咲さん! そちらの進捗はいかがですか?」

 

「おぉ三船、こっちはある程度良いところまで行った。ほら、こんなに集めたぞ」

 

 

 俺に話しかけてきたのは、同じボランティアに参加している三船だ。そして俺が今見せたのは、ゴミ達がたっぷり詰め込まれたビニール袋だ。

 

 そう、今回俺が参加したボランティアは河原のゴミ拾いだ。

 

 河原には川の上流から流れて漂着する人工物や、この河原で実際に人が置いていったゴミなどが沢山ある。この状態は一言で表してしまえば、汚いといった言葉になるだろう。そこで、俺達がそれらのゴミを拾って正しい手順で処分することで、川と河原を綺麗にしようということだ。

 

 

「なるほど、随分集めましたね。集め始めてから時間も経ちましたし、一旦休憩しませんか?」

 

「えっ、そんなに時間が……ってこんなに時間が経ってたのか」

 

 

 三船に言われるまで時間を細かく把握していなかったが、俺が思ってた以上に時間は過ぎててびっくりしちまった。

 

 

「大分夢中になってましたね」

 

「あぁ、こういう作業も捗ると結構没頭してしまうな。集まっていく感じがとても楽しかったぞ」

 

「えぇ、その気持ちは私も分かります。それに、こうしてゴミが回収されていくことで、この川が綺麗になって生き物が棲みやすくなったり、この川を見た住民が笑顔になることを想像すると、楽しくなっちゃいます」

 

「確かに、それもあるな。この川も昔は綺麗だったのだろうし……もしかすると、俺達がこうして掃除をすることで、この川も喜んでいるかもしれないな」

 

「ふふっ、そうだと嬉しいですね」

 

 

 心なしか、いつもより会話が弾み、楽しそうに話してくれる三船。それくらいボランティアが好きなんだろうな。

 

 そんなことを考えながら、近くの岩場に腰を掛け、水分補給を取る。周りにも同じグループのボランティアメンバーがいて、各々がそれぞれのペースでゴミを拾い集めていた。

 

 しかし、その光景に一つ驚きがあった。

 

 

「それにしても、まさか俺達以外に同世代の人がいないとはな」

 

「……そうなんです」

 

 

 ボランティアに参加している人達のうち、俺達のような未成年の人は愚か、20代らしき人すらも見当たらず、ほとんどが所謂お年寄りの方々だったのだ。まさか俺達以外に未成年の人がいないとはな……

 

 これには、三船も少々深刻な表情だ。

 

 

「私はこのボランティアに参加するのは初めてなんですが、まさかこんなに若い人がいないとは思いませんでした……」

 

「うむ……てか、ここは三船も初めてだったんだな。もしかして、いつもは違うところでやってるのか?」

 

「はい。いつもは保育園で子供達の様子を見ています」

 

「へぇ、保育園か……確かに、三船は面倒見が良さそうだよな」

 

「そ、そうですか……?」

 

「ああ。俺がボランティアセンターで困ってた時も、親切に色々教えてくれただろ? 面倒見が良くなかったら、そんなことは出来ないと思うし、凄いなと思うぞ?」

 

「そうなんですか……でも、それならば高咲さんだって、面倒見の良い人ではないのですか?」

 

「えっ? ……まあ俺もよく言われる方ではあるが、今まで三船に面倒見の良いようなことをしてあげたことってあったか?」

 

「はい、高咲さんには色々真摯なアドバイスを頂いてとても助かったんです。改めてになりますが、その節は本当にありがとうございました」

 

「あぁいやいや、俺の言葉が三船の役に立ったなら良かったよ」

 

 

 そうか、普段三船は保育園でボランティア活動をしてるんだな。子供の面倒を見るのって、結構手が焼けるイメージがあるから、それを処理できるのは凄いなと思う。俺なんて子供の面倒見ろって言われたら、一対一ならともかく、複数人だったらまともに相手出来なくなっちまうからな。

 

 

 ……おっと、大分話の筋を折ってしまったな。

 

 

「にしても、もっと学生がボランティアに参加してくれたらいいのにな。こういう経験は大事だし、進路を決める上で役に立つのに」

 

「そうなんです。自分の適性を見つけることが出来ますし、何より人の役に立つことが出来ます」

 

 

 三船の表情と声色から、少し悔しさを滲ませているように感じる。俺もそれには同意だ。ボランティア活動に参加して、悪いことなど一切ない。少々面倒ではあるかもしれないが、それ以上に経験という対価が手に入るからな。

 

 そう考えていると、三船が俺に向き直って声を掛けた。

 

 

「……あの、少し私の挑戦について話してもよろしいでしょうか?」

 

「おう、いいぞ」

 

 

 三船の挑戦……非常に気になるな。

 

 

「ありがとうございます……私、虹ヶ咲学園の廊下にボランティア募集のポスターを貼ろうと思っているんです」

 

 

 自分の挑戦について、淡々と説明する三船。

 

 

「学生の方は、ボランティアの情報に触れる機会がそもそも少ないのだと思うんです。だから、私が普段通っている保育園のボランティアを校内で募集すればいいのではと考えました」

 

「なるほど……とても良いアイデアだと思うぞ!」

 

 

 若者がボランティアに来ない原因の分析、そしてそれに対する解決策も妥当性あり……流石、将来の生徒会長といったところだ。

 

 

「ありがとうございます。ただ、あとは人が集まるかどうかですね……」

 

「あぁ……なるほどな。まあそこは、やってみないと分からないところだが……」

 

 

 三船が心配するその問題は、今の時点では何とも言えないことだ。どちらに転がるかも分からない。まあだからこそ最善を尽くすべきで、そうすれば成功する確率も上がる。

 

 ただ、これは三船自身の問題で、俺がその問題の根本的解決に関わることは出来ない。じゃあ俺はどうすればいいか──

 

 

「なあ、俺もそのボランティアに参加してみたいんだが」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ。ただあまり多くは通えないし、子供相手は多数が苦手なのだが……それでも大丈夫か?」

 

「はい! そこは、一対一で対応してもらうようにするので、問題ありません!」

 

 

 三船は珍しく目をパァっと輝かせて、嬉しそうにそう話してくる。

 

 

「そうか。なら余裕があったら参加を申し込んでみるよ。あと、俺のクラスメイトにも声を掛けてみたりするよ。社会貢献に興味がある感じがあったし、きっと話を持ちかけたら興味を持ってくれると思うぞ」

 

「あ、ありがとうございます……! しかし、高咲さんもお忙しいのに関わらず、そこまでしてもらうのは申し訳ないです……」

 

「いやいや、別に俺が無茶をしている訳ではないぞ? ただ、その三船の想いに共感しただけさ。人の役に立てることの素晴らしさは、俺にも分かるからな」

 

 

 それに三船とボランティアについて話してる時、なんだか同好会のみんなを思い出してしまってな。なんだか彼女達と通ずるところがあったから、自然と応援したくなったのかもな。

 

 

「……! ふふっ。なら、私達は志を共にした同志ということですね」

 

 

 同志───彼女がその言葉を口にした時、今までで一番の満面の笑みを見せた。

 

「……あっ、す、すみません! 私、生意気なことを言ってしまって……!」

 

「いやいや、そんなことはないぞ? それにしても、同志か……良い響きだな」

 

「そうですか……? なら、良かったです!」

 

 

 三船と同志か……やっぱり、彼女とは気が合うところがあるのかもしれない。

 

 

「そういえば、高咲さんが参加したスクールアイドルフェスティバルについて、まだ聞いていませんでした。高咲さんが作った曲など、色々訊きたいです!」

 

「あぁ、そういえばそうだったな。うーむ、どこから話したらいいものか……あっ」

 

 そんなこと周りのボランティアメンバーの姿が遠くなっている。そろそろ行かなきゃな。

 

 

「大分喋り込んじまってるみたいだから、掃除しながら話さないか?」

 

 

 俺は腰掛けていた岩から立ち上がり、三船にそう声をかける。

 

 

「本当ですね……分かりました! ……きゃっ!?」

 

「うぉっ!? ……っと、大丈夫か?」

 

 

 すると、側で立ち上がった三船が歩き出そうとした時、足元が不安定だったのかその場で転びそうになり、俺はそれを下から支えた。

 

 

「あっ……えっと、大丈夫、です……ごめんなさい、こんな醜態を晒してしまって……」

 

「大丈夫だ! そんなこともあるさ。ただ、足元は石ころだから足を取られないように気をつけてな」

 

「はい……」

 

 

 この後しばらく三船の顔が紅潮していたが、大丈夫だったのだろうか……?

 

 

 まあそんなこんなで、掃除していく内にフェスについて彼女と語り、帰りは同じ方向だったので途中まで一緒に帰り、その際にL◯NEを交換してから彼女と別れた。

 

 





 今回はここまで!

 栞子ちゃんとボランティア活動したら楽しそうですよね……みんな社会貢献しちゃいそう←

 ではまた次回!

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第96話 時を経て


 どうも!
 第96話です。
 では本編どうぞ!


 

 

「よーし、ここらで一旦休憩挟むか!」

 

「ふぅ……今日は暑いねぇ〜」

 

「だね〜。日本の夏ってこんなに暑いんだってびっくりしてるよ〜」

 

 

 緑豊かで、仄かに潮風が吹くこの公園。蝉の鳴き声が盛んになっていて、日差しはレーザーのように強く俺達を照らしている。そんな中、スクールアイドル同好会のみんなは、変わらず練習に励んでいる。

 

 

 そんな訳でどうも。暑すぎて汗びっしょりな高咲徹だ。

 

 

 何故こんなに汗が止まらないかというと、ランニングの付き添いとして同好会の一部のメンバー達と走っているからだ。今はその途中にあった公園のベンチで一旦休憩していて、一緒に走っているみんなも相当暑さが堪えているようだ。

 

 今一緒に走っているのは、歩夢ちゃん、せつ菜ちゃん、彼方ちゃん、エマちゃんの四人で、残りの五人は侑と一緒に校内でストレッチをしている。同好会のメンバー九人が纏まって行動すると色々面倒だからな。こうやって普段からグループを分けて、交互にランニングやらストレッチをやってる訳だ。

 

 

 しかし、本当に暑いな……昨日までもそこそこ暑かったが、今日は一味違う。俺はまだ走れるくらいの気力を持っているが、流石にこの日照りには少々危機感を覚える。なんとしてもみんなが熱中症にならないようにケアしなければ……

 

 

「徹さん、残り何km走れば問題ないですか?」

 

「おう、残りは……4kmくらいかな」

 

 

 そんな中、俺よりもまだ余力を残していそうなせつ菜ちゃんが、ランニングのノルマとしている距離までの残距離を訊いてくる。

 

 

「なるほど。じゃあ残り少しですね! 歩夢さん、残りも頑張りましょう!」

 

「はぁ、はぁ……うん、頑張る!」

 

 

 少し息が上がりかけながらも、ベンチに座って息を整える歩夢ちゃんがせつ菜ちゃんの声掛けに応える。こういう仲間への声掛けは大事だな。

 

 

「もう夏真っ盛りな感じになってきたよな。こういう時は水分補給はもちろん、ちゃんと汗も拭くんだぞ?」

 

「分かってるよ〜。彼方ちゃん、汗で身体冷やしたくないからね〜」

 

「うん! 心配してくれてありがとう〜」

 

 

 同じく歩夢ちゃんの隣に座る彼方ちゃんとエマちゃんは、スポーツ飲料のペットボトルを片手に、タオルで自分の汗を拭く。

 

 

 ……のだが、俺にはこの今の状況を直視出来ない。何故か?

 

 

 ───それは、この子達が非常に無防備だからだ。

 

 

 自分の服を団扇代わりにパタパタとして風を送っていたりするのだ……全く、そんなことを男がいる前でしちゃダメだろ! 特に上級生二人! それなりのスタイルを持っているのを自覚してくれ!!

 

 なんなら無防備ではなくても、彼女達の首元から汗が滴っていたり、汗で服が濡れて少し染みていたりなど……それでも男にとって刺激が強すぎるのだ。全く、いつも気にしないように気をつけているのにふと油断したらこれだからなぁ……

 

 

 そんな訳で、俺はそれを防ぐために今日はみんなを背にして立っているのさ。まあ、声を掛けられたら答えるくらいすればおかしくは思われな──

 

 

「あれ、どうしてそっち向いてるの? 徹くん?」

 

「えっ!? そ、そりゃどうしてかって……」

 

 

 ……そう考えていた俺がバカでした!!

 

 

 どうしよう……こうなったらいっそ、本当のことを話してみたらいいかもしれない……って、な訳あるかっ!!

 

 

 よし、何か違う話題の種を探そう。えっと……

 

 

「……あーほら、凄い特徴的な雲があるからさ! 面白いなーって見入ってたんだ!」

 

 

 慌ててふと目に映った空に浮かぶ雲を指差した。

 

 

「特徴的な雲……あっ、確かに少し面白そうな雲が浮かんでますね! 仙人が乗ってそうです!」

 

「彼方ちゃんには羊さんに見えるな〜」

 

「ネーヴェちゃんみたいに真っ白な雲だね〜!」

 

 

 そうすると、各々がその雲を見つけて何かに例えた。せつ菜ちゃんの仙人が乗ってそうっていうのは、多分あの戦闘民族のアニメのことだよな……それか、あの有名なゲームに出てくるアレか? 

 

 まあにしても、改めてしっかり見ると本当に雲らしい雲って感じだな。俺達がイメージする雲そのものみたいだ。

 

 

「ははっ、こんなに絵に描いたような雲はなかなかないよな。歩夢ちゃんにはどう見えた?」

 

「えっ、私?」

 

「あぁ、そうだ。ちなみに俺が予想するには……綿飴か?」

 

「何で分かったの!?」

 

 

 おっ、まさかビンゴだったとは思わなかったな。

 

 

「そりゃぁ歩夢ちゃんはそういうの好物だし、なんなら美味しそうとか思ったり……?」

 

「もう、私はそんなに子供みたいなこと考えないよ〜! それより、美味しそうって思ったのは徹さんの方じゃないの?」

 

「えー……ちょっと何言ってるか分からないです」

 

「えぇ!? もー、酷いよ()()()()()〜!」

 

「アッハハ、すまんすまん」

 

 

 ベンチを立ち上がり、頬を膨らませて俺の胸板をポカポカと叩く歩夢ちゃん。あまり歩夢ちゃんの反応が面白くていつも以上に揶揄ってしまった。まあ、そんな怒った歩夢ちゃんも可愛かったから役得だったけどな……なんてな。こう言う時、侑が歩夢ちゃんを揶揄いたくなる気持ちがわかるんだよな。

 

 

「ねぇねぇ歩夢ちゃん〜、一つ訊きたいことがあるんだけど、良いかな?」

 

「あっ、はい! 何でしょうか、彼方さん?」

 

 

 すると、俺と歩夢ちゃんの横に彼方ちゃんがやってきた。何だかニヤニヤしているように見えるのだが、一体何なのだろうか?

 

 

「……その『てっちゃん』って呼び方は、いつからしているのかな〜?」

 

「……!?!?」

 

 

 あっ……

 

 

 その時、俺はやっと気づいた。みんなの前だというのに、歩夢ちゃんが俺のことを渾名で呼んでいたということを。

 

 

「もしかして、恥ずかしくてさん付けしてた?」

 

「えっと……はい」

 

 

 彼方ちゃんに指摘された歩夢ちゃんは、頬を赤くして目を逸らして応答していた。

 

 まあそりゃ、同好会の子の中で俺のことを『てっちゃん』と呼んでくれるのは、歩夢ちゃんだけだからな。すぐに気づかれちゃうか。

 

 あとそれ以外だと、瑞翔か。他に誰かいたかな……いや、あの子のは似ているようで違う。それに、もうあの子からあの渾名で呼ばれることはないだろうな……

 

 

「歩夢さんって、徹さんの事を渾名で呼んでいたんですね。流石幼馴染、手強いですね……!」

 

 

 その一方で、せつ菜ちゃんは何故かアニメで主人公と相対した時のライバルみたいなセリフを呟いていた。一体何のライバルなんだ……?

 

 

「てっちゃん……とても可愛くて、良い呼び方だね〜! ねぇ徹くん、私もこれから徹くんのことてっちゃんって呼んでいいかな?」

 

「えっ!?」

 

 

 すると、エマちゃんが俺の目の前に来て、俺の両手を握ってそう訊いてきた。

 

 えっ、つまりエマちゃんがこれから俺のことを渾名で呼びたいってことか? かなり唐突だな……思わずびっくりしちまったな。というか、びっくりしたのはどちらかというと、急に彼女が手を握って迫ってきたことかもしれない。

 

 

「そう呼んだ方が、もっと仲良くなれるかなって思ったの! ……あっ、もしかして嫌だったりする、かな?」

 

 

 不安そうな表情で俺を見つめてくるエマちゃん。

 

 

「いやいや、そんなことはないぞ。エマちゃんの好きな呼び方で呼んでくれ」

 

「いいの!? ありがとう、てっちゃん!」

 

「おう、改めてよろしくな」

 

 

 ハハッ、目をキラキラさせて嬉しそうにしているエマちゃんを見ると、やっぱりこっちも嬉しくなっちまうな。

 

 仲良くなりたい、か……そう思って貰えるなんて、嬉しいな。

 

 

「もしかして、エマちゃんも隅に置けないみたい……?」

 

「そうかもしれません……」

 

「むー……」

 

 

 なんだかよくわからない会話が聞こえるのと共に強烈な視線を感じるのだが……

 

 

「? どうしたの、三人とも?」

 

「あっ、ううん! 何でもないよ〜! ……そういえば話戻るけど、綿飴って聞いて思い出したことがあるんだ〜」

 

 

 話題を逸らしたな……まあ、あまり気にしても仕方ないか。

 

 

「綿飴……もしかして、お祭りのことだったりしますか?」

 

「歩夢ちゃんそれそれ〜! ニジガクの近くで夏祭りやってるみたいでさ〜。それで彼方ちゃんから提案なんだけど……同好会のみんなで行くのはどうかな?」

 

「あぁ、あの公園で毎年やってるやつか。あれなら、侑と歩夢ちゃんと行ったことがあるな」

 

「そ、そうなんです! 私も今年行ってみたいと思ってました!」

 

 

 夏祭り……なんだか懐かしいな。中学の頃までよく侑と歩夢ちゃんの三人で屋台とか回ってたかな。

 

 でも、ここ二年くらいは行ってなかったな。今思えば、俺たちも大人だし、祭りはいいかって感じになってた気がする。

 

 

「夏祭り良いですね! スクールアイドルフェスティバルが終わってからまだ打ち上げらしいこともしてないですから、是非皆さんと行きたいです!」

 

「日本のお祭り……! 私気になる!」

 

 

 ここにいるみんなが、夏祭りに対して興味津々のようだ。

 

 

 正直、俺も夏祭りは行ってみたさがあったんだよな。みんなと楽しく食べ物を食べたり、射的とか金魚掬いとかして盛り上がりたいしな。同好会のみんなで、夏祭りという非日常を過ごしてみたい。

 

 

「よぉ〜し! じゃあ早く部室に帰って、同好会のみんなに話すぞ〜!」

 

 

 そんな感じで、彼方ちゃんを筆頭に俺たちは走って部室に戻り、みんなにお祭りのことを話し、後日みんなで行くことが決まった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ふう……結構並んだね〜」

 

「びっくりしちゃったよね。でも無事に入れてよかった〜」

 

 

 週末、俺は侑と歩夢ちゃんと一緒にお出かけしていた。

 

 スクールアイドルフェスティバルが終わってから初めて三人でするお出かけで、なんだかとても久々な感じなんのだが、今日は普段と違って少し遠出をしている。

 

 ここは、東京の郊外にあるカフェだ。このカフェは若者の間で人気で、写真映えするのは勿論、美味しさも格別だということで支持を得ているようだ。その影響で、このカフェに入るためには物凄い行列に並ぶ必要があるのだ。多分三十分くらいは立ちっぱなしだったと思うので、二人とも流石に疲れを感じているかもしれないな……

 

 

「二人とも疲れてないか? 随分長い間立っていたが」

 

「大丈夫大丈夫! そんな疲れも、美味しい食べ物食べたら回復するよ! ねっ、歩夢」

 

「うん!」

 

 

 二人とも平気のようだ。まあ確かに、ここの食べ物を食べれることの価値を考えたら、こんな疲労も吹っ飛ぶな。

 

 そんな風に納得していると……

 

 

「……あの、てっちゃん」

 

「ん、どうした? 歩夢ちゃん」

 

 

 向かい席にいる歩夢ちゃんから声を掛けられた。しかし、その彼女の頬が少し赤いのを見て、一体どうしたのだろうと不思議に思った。

 

 

「えっと、その……何か私に、言うことがあるんじゃないかって……」

 

「言うこと……あっ」

 

 

 そう、カフェに並んでいる最中は違う話題で盛り上がってしまった為触れられなかったのだが、今日の歩夢ちゃんの服装が少し違うことに俺は気づいていた。きっとそのことだろう。

 

 

「歩夢ちゃん、今日少し雰囲気が違うね。その服、凄く似合ってるよ」

 

「あ、ありがとう……って、それもあるんだけどっ!」

 

「えっ、それ以外?」

 

 

 予想だにしなかった歩夢ちゃんの切り返しに、俺は頭が真っ白になった。

 

 それ以外……? 服じゃないってことか? 髪型はいつも通り可愛らしいお団子ヘアだし、ヘアピンは……服に合わせているから、少し違うか。もしかしてそのことか? いやいや、何か違う気がする。じゃあ何だ……?

 

 

「その、ね……この服、覚えてない?」

 

 

 自分の服を摘んで見せ、上目遣いでそう俺に問いかける。

 

 

 覚えて……ハッ!?

 

 

「まさか、一年前に買ったあの服か!?」

 

「やっと気づいてくれた……」

 

 

 そうだった……前侑と歩夢ちゃんとお台場の商業施設に買い物しに行った時に買ったやつだ。その時侑がおすすめしていて、俺も良いなと思ってたアレだ。確か、俺が歩夢ちゃんに似合うと思うって言ったのがきっかけで買ったんだったよな。

 

 あれを買ったのは秋の初めくらいだったが、どちらかといえば夏に着るのが良さげな、薄いピンク色を基調としたスカートだったか。

 

 

「えっ、お兄ちゃん忘れてたの? もー、ひどいじゃん〜」

 

「いやいや、決して忘れてた訳ではないからな!?」

 

 

 侑がジト目で横から俺の頬をツンツンしてくる。確かに、それに気づかなかったことはとても申し訳ないが、完全に忘れていた訳ではない。

 

 

「……ただ、去年に買って以来着ているのを見たことなかったし、流石に捨てたんだろうなって思ってたから……」

 

 

 買っても普段使わない服は、あっても意味ないからな。歩夢ちゃんは季節に合わせて頻繁に服を買っているだろうし、捨てられたのだろうと俺の頭の中で勝手に思い込んでいた。

 

 

「そ、そんなことないよ! てっちゃんが良いって言ってくれた服なんて、捨てることなんて出来ないよ……」

 

「歩夢ちゃん……」

 

 

 目を逸らしながらも、はっきりとした口調でそう言ってくれる歩夢ちゃん。

 

 そうか……何だかそう言われると歯痒いけど、とてもありがたいな。

 

 

「……でも、気づかなかったのは俺が悪かった。本当にすまん」

 

「ううん、いいの。気づいてくれて、良かった……」

 

 

 すると、歩夢ちゃんは少し嬉しそうな表情を覗かせた。

 

 何だか、こっちまで口元が綻んでしまうな……

 

 

「……」

 

 

 すると、横から奇妙な視線を感じた。見ると、侑がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべてこちらを眺めていた。

 

 

「……なんだ、侑。俺にどこかおかしいところがあるか?」

 

「いや〜? お兄ちゃんと歩夢がお熱いな〜って」

 

「も、もう! 侑ちゃん!!」

 

 

 すると、侑の言動に歩夢ちゃんが大きな声で反応した。

 

 流石にここはカフェの中なので、あまり大声を出すのはマズいから……

 

 

「おいおい、あまり大きな声出すと周りに迷惑が……」

 

「うぅ……てっちゃんのせいだからね?」

 

「何で俺が!?」

 

 

 俺は何もしてない気がするんだが!? むしろ侑が揶揄ったせいじゃないか!? てか、そんな涙目にならないでくれって……!

 

 

「まあ、歩夢の服にすぐ気付けなかったんだもんね〜……という訳で歩夢! 今日はお兄ちゃんへの罰として、服を買うついでにお兄ちゃんを色々着せ替えてみるのはどうかな!?」

 

「侑ちゃん……とっても良いアイデアだね!」

 

「いやいやちょっと待て!? 俺はこれから着せ替え人形のごとく扱われるってことか!?」

 

 

 話がとんでもない方向に向かおうとしている……

 

 実は今日はここでランチを食べた後、近くにある大型のショッピングモールで買い物を楽しむ予定だったのだが……それが、まさかの俺の着せ替えファッションショーになってしまおうとしているのだ!! これはマズいだろう!? 

 

 ……流石にファッションショーはしないだろうが。

 

 

「だって、てっちゃんってあまり服のバリエーションないでしょ?」

 

「いや、それはそうだが……てか、歩夢ちゃんのおかげで既に大分服のバリエーションあると思うんだが!?」

 

 

 まあ確かに、元から俺の服のバリエーションがないのは事実である他ない。そもそも俺はファッションに全く興味がない。黒とかグレーっぽくて、変な造形がない服が四枚くらいあればそれで良いと思ってる人間だ。学校に行くには制服で良いし、休日にお出かけできる服があればいいのだからな。

 

 それでも、歩夢ちゃんの影響で結構服の枚数は増えたのだ。彼女と買い物すると、三回に一回くらいは俺の服を選ぼうって話になるし、選んでくれること自体はとてもありがたく、感謝しているのだが……

 

 

「それだけじゃ足りないよ〜! まだ暗い色の服しかないし、てっちゃんが明るい服も着たら似合うと思うもん! それに……色々着せ替えるの楽しいし♪」

 

 

 マジかよ……てか、俺を着せ替え人形にして何の得があるというのだ……

 

 

 これはもう、背水の陣だ。

 

 

「……拒否権は?」

 

「ないよ」

 

「……Oh my gosh」

 

 

 これは大人しく付き合うしかなさそうだ。

 

 

 こうして俺はこの後、めちゃくちゃ色んな服を試着させられたとさ。

 

 

 





 今回はここまで!

 歩夢ちゃんが可愛いです(語彙力崩壊)
 夏祭りが楽しみですね!

 ではまた次回!
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第97話 脱皮


 どうも。
 第97話です。
 ではどうぞ!


 

 

 趣味は勉強だ───このようなことを言う人は滅多にいないだろう。

 

 勉強とは一言でいっても、趣味の範疇で好きな分野の知識を得ることだって、スポーツのルールを覚えることだって勉強の一種だろう。俺がここで言いたいことは、学校における座学のことだ。

 

 俺は学校の座学系の授業なら数学が好きなのだが、数学を趣味だと思ったことは一度もない。もしそう思っていたら、俺は将来数学者になってただろう。そして逆に俺は、国語が少し苦手だ。できるだけ苦手意識をなくそうとしているが、なかなか消えそうにない。

 

 まあつまり、座学は面倒臭いが、将来立派な大人になるためにやらなければいけないことなのだ。ただ、中には勉強の好き嫌いが激しい人もいる。

 

 

「……それで、この助動詞がここに係っているからこういう訳になる。故に選択肢はこれだって分かるってことだ」

 

「んー、なるほどね〜」

 

 

 今目の前で、シャーペンのペン尻を頬に当てながら考える仕草を見せる瑞翔もその一人。彼は、古典が大の苦手なのだ。

 

 

 そんな訳でどうも。カフェテリアで瑞翔の勉強を見ている高咲徹だ。

 

 

 先日瑞翔から古文を教えて欲しいというお願いがあり、こうして時間を作って彼に教え、今一通り教え終わったところだ。

 

 ではあるが……

 

 

「ホントにちゃんと理解できたか? 今回は前回よりも一から噛み砕いて解説したんだが、反応が変わってないように見えるぞ……?」

 

「いやいや、今度こそ大丈夫だよ! ……多分ね」

 

「おいおい……チクショウ、瑞翔の古文が出来ない理由が分からんぞ……!」

 

 

 やはり瑞翔の様子は教える前と変わっていなかった。

 

 彼は別に勉強が出来ない訳ではない。むしろ理科、特に物理に関しては俺よりも出来る。それに、古文と同じ国語の中でも現代文に関しては、苦手だと話を聞いたことがない。なのに何故か、古文・漢文で構成される古典が出来ないのだ。

 

 それにこの古文を教えて欲しいという彼のお願いは、この夏休みの間で二度目であり、今回に関しては前以上に基礎的なところから教えたにも関わらずコレだ。

 

 俺自身国語が苦手とは言ったが、古典は割と得意で、そこそこ教えられるスキルは備わってると思っている。しかしこうなると、俺は一体どうやって教えれば良いのか分からなくなってきたっていう訳で……全く、困ったものだ。

 

 

「おやおや、どうしたのそんなに悩んじゃって〜?」

 

 

 そんな俺の悩みなんぞを気にせず、瑞翔は悪戯気な表情で俺の顔を覗き込んでくる。

 

『いやお前のせいじゃい!!』と直球で返したいところだが……

 

 

「いや、瑞翔が古典の知識を覚えないのは、物理についての知識を覚えるのに脳のリソースを使い過ぎてるんじゃないかってさ」

 

「ふーん? まあ確かに、僕の機械工学に関する知識量は人並み以上だと自負してはいるけどね〜」

 

「だろ? リソースの使い方をしっかりすれば、出来るようにな()()()()けどな」

 

 

 必殺変化球・ダジャレ返し。これには流石に瑞翔もびっくりして拍子抜けするだろう。

 

 ……と思っていたが。

 

 

「えっ……? てっちゃんどうしたの、急に口調を変えて?」

 

「いやそこはちゃんと反応してくれよ!?」

 

「何のことかなぁ? 別にダジャレが寒いなぁなんて思ってなんてないけど」

 

「いややっぱり分かってるだろうが! それに寒いとか言うのやめろ!!」

 

 

 何にも驚かれることもなく、むしろ分かった上で俺が更に揶揄われるという始末だ。はぁ……彼の方が一枚上だったって訳か。

 

 

「あっはは、ごめんごめん! それにしてもてっちゃん、最近結構ユーモアになったよね。何か良いことでもあった?」

 

 

 すると、瑞翔はふざけた態度から一転してそう問いかけてきた。

 

 

「えっ? ……まあ、良いことがあったっちゃあったな」

 

 

 自分では特段ユーモアになったつもりはないのだが、周りからは割とそういう風に見えてるのか?

 

 ……まあでも、少し前なんて学校で親しくしてる人にダジャレなんて全然披露しなかったのはその通りかもしれない。

 

 

「なるほどね〜……もしかしなくても、あのフェスティバルがあったからかな?」

 

 

 あのフェスティバル───それは紛れもなく、俺達スクールアイドル同好会と他校のスクールアイドル、そしてこの虹ヶ咲学園のみんなの力で開催することが出来た、あのスクールアイドルフェスティバルのことだった。

 

 

「まあな。無事成功したし……あのフェスに関われて本当に良かった」

 

「そうなんだ……それは良かったね」

 

 

 なんだかあのフェスティバルを通じて俺自身、一皮剥けたような気がしてならない。少し前の俺にはなかった、この活力というか……

 

 ……いや、一皮剥けたんだ。だから今瑞翔からそう指摘されたのだろう。それは、俺が長らく封じ込んでいた作曲活動を復活させたからかもしれない。そしてそこから、妹の侑と共に曲を作るという新たな夢も生まれた。

 

 この先どんな困難や逆境が待っているか分からないが、面白そうな未来が待っているんじゃないかという希望を持てている。こう思えるようになったのも、同好会のみんなのおかげだな。

 

 

 そう思いながらフェスの日を思い出していると、あることを思い出した。

 

 

「そうだ! 瑞翔に少し見て欲しいものがあったんだ」

 

「ん? ……なになに、モノマネでも披露してくれるの?」

 

「いやいや、モノマネじゃないんだけど……」

 

 

 流石にユーモアを持った俺でも、モノマネは出来ないなぁ……って、そうじゃなくて……

 

 俺は即座に自分のバッグからスマホを取り出し、動画サイトに上がっているある動画を瑞翔に見せた。

 

 

「……これだ! フェスのラストステージの動画なんだけどな、これ同好会のみんなが全員で歌ってるんだ! これを是非瑞翔にも聴いて欲しくてな」

 

 

 瑞翔は、用事の都合でフェスに参加することが出来なかった。それに元々彼は人混みが苦手であり、仮に彼が都合が良かったとしてもライブに参加することは出来なかっただろう。だから、こうして動画だけでも見せてあげたいと思ったのだ。

 

 

「……」

 

「……瑞翔?」

 

「……あっ、ごめんごめん! でも、僕この後やらなきゃいけないことがあってさ」

 

 

 二秒ほど彼の無言が続いた。俺が声を掛けると彼は反応したが、今の間は一体……?

 

 ……まあ、でも彼はまた用事があるみたいだし、それは仕方ないか。

 

 

「そうだったのか……なんか、すまんな。俺が作曲した曲であるがあまり、少し話すのに夢中になってしまった。なら仕方ない。また今度だな」

 

 

 そう言って俺はカバンを手に取ろうとした、その時だった。

 

 

「……やっぱり、その動画見させてもらえない?」

 

 

 急に掌を返すように彼はそう言ってきたのだ。

 

 

「えっ……? 用事は大丈夫なのか?」

 

「うん、そんなに余裕がない訳じゃないからね。聞かせてよ、てっちゃんが作った曲を」

 

「お、おう……分かった」

 

 

 俺は彼の立ち振る舞いに驚きながらも、再びスマホを瑞翔の前に出して動画を再生した。

 

 

 

「こんな感じなんだけど、どうだった……?」

 

 

 動画を再生し終わり、俺は瑞翔に感想を求めた。

 

 

「……とても良かったよ。同好会の子達が歌って踊るところは初めて見たけど、こんな感じなんだね」

 

 

 具体的な感想を述べてくれる瑞翔。確かに、同好会全員が踊っている姿を彼が見るのは初めてだろうな……確か、璃奈ちゃんのソロライブの動画は見ているはずだが。

 

 

「あぁ……みんな個性的で、普段はなかなか意見が一致しないほど方向性はバラバラなんだけど、この時はみんなの夢を応援したい想いでこのステージに立てたんだ」

 

「夢、ね……やっぱり、そうなんだね」

 

「えっ?」

 

 

 瑞翔の呟きに、俺は思わず声を漏らした。

 

 

「ううん、なんでもないよ。それじゃあ、僕は用事があるから。バイバイ!」

 

「お、おう! じゃあな」

 

 

 それから彼と別れ、俺は同好会の部室へ向かった。

 

 

 瑞翔のあの悲しげな表情と呟き……何だったのだろうか。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「はぁ……あっという間だったな」

 

「ですよね! 私も物語の世界に夢中になっていて、気がついたらカーテンコールでした!」

 

 

 週はあっという間に過ぎていき、気がつけば週末。俺はしずくちゃんと一緒に演劇を観に行っていた。今は劇が終わりを迎え、丁度客席で二人余韻に浸っているところだ。

 

 どうやらしずくちゃんが好きでよく観ている劇団らしく、この度新しい演目が出来たということで、俺を誘ってくれたらしい。

 

 それで二人で劇場前で待ち合わせをしたのだが、俺が来るよりも前にしずくちゃんが来ていて、まさか待ち合わせ時間を間違えていたのではないかと初っ端から焦ったぜ……

 

 まあ実際、しずくちゃんが待ち合わせ時間より早めに来たということだったのだが……待たせてしまったのは先輩として申し訳ない気持ちだ。

 

 

「あの、徹先輩。どうでしたか? 今回の劇を観て……」

 

 

 すると、しずくちゃんが俺の機嫌を窺うようにそう訊いてきた。

 

 

「いやぁ、凄く感動したよ。物語の中盤はどういう結末になるか全く予想出来なかったし、何よりまさかヒロインを救った主人公が敵の魔女に獣化されてしまう結末になるとは思わなかったぜ……」

 

 

 そう。今回観た劇は西洋を舞台とし、主人公の騎士とヒロインの王の娘が中心となって展開していく物語だった。

 

 また、敵としてヒロインの美しさに嫉妬する魔女がおり、その魔女がヒロインを閉じ込め、自身の魔法でヒロインを獣に化けさせようとしていた。それを知った主人公は、魔女が仕掛けた様々な手先や罠を乗り越え、ヒロインを助けようとする。

 

 しかし、物語終盤で魔女を一振りで倒そうとした時、背水の陣となった魔女が獣化の魔法を主人公に使ってしまう。結果、彼の獣化に対する抵抗により、獣化する前に魔女を倒すことには成功したが、主人公は獣となってしまい、ヒロインと相対するという衝撃的な結末を迎えた。

 

 

「そうでしたよね……! 私達が理想として思い描くようなハッピーエンドで終わることなく、主人公が犠牲になってしまうという悲劇を辿る展開はとても衝撃的で、涙無しでは観られませんでした!」

 

 

 どうやら、しずくちゃんもこの展開の意外性に心を打たれたようだ。いつにも増して目を輝かせているから、それだけ楽しかったんだな。

 

 

「でも、主人公がヒロインを救うために次々と襲いかかる困難を勇敢に乗り越えて行ってたところは、とても心にくるものがあったな。それに、主人公が獣になってしまっても、それを悔いていなかったのも印象的だったな。それだけヒロインのことを救いたかったんだって思うと、胸が熱くなったよ……」

 

「……!」

 

「ん? どうした、しずくちゃん? まさか俺、変なこと言ってしまったか……?」

 

「い、いえ! 全然そんなことはなくて……むしろ、こんなに楽しんでもらえるとは思ってなかったので……とても嬉しいです」

 

 

 しずくちゃんは驚きの表情を浮かべた後、柔らかな微笑みを浮かべた。

 

 思わずあの劇で思ったことを一気に吐露してしまい、彼女を困らせてしまったかと不安になったが……

 

 

「なるほどな。でもこんなに楽しめたのは、しずくちゃんが誘ってくれたからだ。ホントにありがとな」

 

「……! いえいえ! こちらこそ、何度も誘うメッセージを考え抜いた甲斐がありました」

 

「えっ?」

 

 

 考え抜いた……? まさかしずくちゃん───

 

 

「……はっ!? な、何でもないです! ……あっ、そういえば! 役者さんの演技はいかがでしたか!? 私、気になります!」

 

「ちょっ、一旦落ち着いてくれ。周りの人の目もあるから……」

 

「そ、そうですよね。すみません……」

 

 

 あまりに彼女が赤面して慌てるので俺が諌めると、彼女は落ち着きを取り戻した。

 

 さっきしずくちゃんが言ってたことが気になるが……まあ、訊くのは野暮ってことかな。

 

 

「それで、役者さんの演技についてだよな。そうだな……やっぱりああいうのは、演技が演技に見えないよな。役になりきる力が凄いなって思ったぞ」

 

「そうなんですよ! やはりプロの役者さんは私達みたいなアマチュアとは違って、体の隅から隅までそのキャラクターに染めることが出来るんです! 私もあの人達のような演劇役者になりたいと思っていますが、やはりまだまだだなと実感します」

 

 

 ここで俺は、役者さんについて話すしずくちゃんの明るかった表情が、続けるにつれて真剣な表情になっていくのに気づいた。

 

 ここから察せるのは、彼女にとってあの役者さん達は憧れであり、目標なのだと。だからこそ彼らと比べて、自分は今どうなのかを計っているんだと。

 

 

「俺は細かい演技がどうとか、そういうことは全く言えないんだけど……俺はやっぱり、しずくちゃんの演技も凄いって思うけどな」

 

「そ、そうですか……?」

 

「あぁ。もちろん、今日や演劇はとても心を動かされたし、役者さん達の演技に目を惹かれたよ。でも、あのしずくちゃんが主役だった合同演劇の時も、俺はしずくちゃんに目を奪われてたよ」

 

「えっ……!?」

 

 

 すると、しずくちゃんが驚いた表情で頬を赤く染め、その場で固まってしまった。彼女の只ならぬ様子に、俺は思わず席を立ち上がり、しずくちゃんの前に立つ。

 

 

「えっ、どうしたしずくちゃん!? もしかして、何か俺怒らせるようなこと言ってしまったか!?」

 

「先輩が……私のこと……あぁ……」

 

「ちょっ、大丈夫か!? 気を確かにしてくれ!!」

 

 

 しずくちゃんの目の焦点が合っておらず、まるで気が抜けたかのような有様になってしまった。

 

 おいちょっと待ってくれよ……! 一体何が原因だったんだ!? 俺があの役者さんに目を奪われてしまったからか!? 

 

 

「おや、まさかここで会うとは思わなかったよ」

 

「ん?」

 

 

 そんなこんなで混乱していると、一人の凛とした声が俺の耳に入ってきた。

 

 

「久しぶりだね、高咲くん」

 

「おぉ、演劇部の部長さんじゃないか。あの時以来だな」

 

 

 振り返ると、そこには以前一度だけ会ったことがある演劇部の部長さんがいた。まさか声を掛けられるとは思わなかった……

 

 

「だね。っていうか、この期に及んで部長さんはちょっと堅苦しいね」

 

「あぁ、確かに……とはいっても、まだ名前訊いてなかったんだが……」

 

 

 彼女とは同い年ではあるから、本来は名前で呼ぶべきなのだが、生憎俺は彼女の名前を知らない。前会った時はあまりそれどころではなかったからな。

 

 

「おっと、そういえばまだ名乗ってすらなかったね。私の名前は野口(のぐち) 玲佳(れいか)。玲佳とか、好きに呼んでいいよ」

 

「なるほどな。じゃあ、改めてよろしくな、玲佳ちゃん。俺のことも名前でOKだ」

 

「『ちゃん』か……」

 

「あ、もしかして嫌だったか? それなら全然変えるが……」

 

「いや、大丈夫だよ。じゃあよろしくね、徹くん。それで、そこで固まってるしずくは……」

 

 

 演劇部部長もとい玲佳ちゃんは、席で意気消沈状態になっているしずくちゃんに目を向けた。

 

 

「あぁ……それが、二人で話してたら急にこうなってな」

 

「ほぉ……それは、間違いなく徹くんが悪いね」

 

「えぇ!? 何で!?」

 

「それは、自分の頭で考えるんだよ?」

 

「はぁ……」

 

 

 自分の頭で考えろって言われてもなぁ……多分普通に考えたら分かることなんだろうと思うのだが、全然思い当たる節が見当たらない。

 

 

「そうだね……ここにいても意味がないし、移動しない?」

 

 

 確かに、劇が終了してから数分が経っているのにまだ席付近にいるのもあまり良くない。玲佳ちゃんの言う通りに、移動するべきかもしれないな。

 

 

 そう思って行動に移そうとしたその時だった。

 

 

「お、おう。そうだな───!?」

 

 

 視線を移したその先に映った人物を見て、俺は全身に電流が流れるかのような衝撃が走った。

 

 

 劇場の出口へと向かおうとするその女性。髪型に髪色、大人びていて、まるでモデルのような雰囲気と風貌……どれをとっても()()()に俺が曲を作った()()()の特徴と一致していた。

 

 

「っ……!!」

 

 

 俺は()()()に向かって、最初の一歩を踏み出そうとした───

 

 

 

 ……しかし、踏みとどまった。いや、()()()()()()()()

 

 

「? どうしたの、徹くん? あっちに何かあるの?」

 

「い、いや……何でもない」

 

 

 あれが本当にその子だったのかは分からず終いだった。

 

 

 この後、しずくちゃんが正気を取り戻すまで玲佳ちゃんに一緒にいてもらい、そこからはまた二人で劇の感想を語り合ったのであった。

 

 

 





 蘇る記憶


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第98話 平然と


 どうも!
 第98話です。
 では早速どうぞ。


 

 

 夏休みもそろそろ折り返し地点。ご先祖様の霊が子孫の元に帰ってくると云われるお盆ももう来週だが、そんなことも忘れてしまうくらい、今日も猛暑に耐えながら過ごしている。

 

 なんなら今日は特に、暑さにしんどさを感じていた。何せ今日は……

 

 

「おい高咲! 今日はもう上がってもいいぞ!」

 

「あっ、分かりました! お疲れ様です」

 

 

 アルバイトデビュー日だからな!! つまり、愛ちゃんのもんじゃ焼き屋さんでバイトを始めた俺もとい高咲徹って訳だ。

 

 料理が得意であることが俺の強みだ。前日に店長である愛ちゃんのおばあさんとちょっとした面談をした時もそれを話したのだが、やはり店としてもそのような人材を求めていたところで、今日の昼前に厨房に入った後すぐに店のメニューの調理法について教えられた。もんじゃ焼き屋さんとはいえ、提供している料理はもんじゃだけではない。酒のおつまみにぴったりな料理も提供している。例を挙げるなら、もつ煮や手羽先の唐揚げだろうか。

 

 勿論最初から煮物や揚げ物といった手間のかかる料理は任せられなかったが、それ以外の料理は一通り教えてもらって実際に作った。最初はなかなか厨房内の回転の速さについていくことで精一杯で、途中配膳役に入った愛ちゃんに心配されたりしてしまったが、なんとかランチで忙しい昼間を乗り切ることが出来た。

 

 そんなこんなで今は昼下がりになり、この店のバイトリーダーの方から仕事を終えて良いとの許可を得た訳だ。

 

 

「おう、お疲れ! 明日もよろしくな」

 

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 バイトリーダーの方も気の良い人で、俺にいつも気さくに接してくれている。ホント、俺もこんなに親しみやすい人になりたいものだ。

 

 

 外の暑さに加えて、鍋やコンロの火で熱気で地獄級の暑さと化している厨房を抜けて、お客さんがいるスペースへやって来た。複数の長方形の鉄板が並び、その上には黒くて大きな換気扇がある。

 

 

「あっ、てっつー! 終わったんだね!」

 

 

 すると、手前の客用席に座っていた愛ちゃんが俺の存在に気づき、駆け寄ってきてくれた。

 

 

「あぁ、抜けて良いって許可が出たよ」

 

「お疲れ様〜! ねぇ、喉乾いてたりする? お茶準備するよ!」

 

「ありがとう。じゃあ、お願いするよ」

 

「おっけー! 少し待っちゃっててね! 抹茶だけに!」

 

「あっははは! 不意打ちやめろって! あと愛ちゃん、そこは麦茶だと助かるぞー!」

 

 

 そんなダジャレを交えた会話をしながらも、愛ちゃんはお茶を用意しに店の奥の扉を開けて行った。多分あそこから宮下家の居住スペースに繋がってるのだろう。

 

 

 

 なんか、疲れてる時ほど笑いのツボは浅くなるよな。思わず大声で笑ってしまったが、ここは公共の場だ。反省しなければ……

 

 でも、愛ちゃんはいつでも気が効いてるな。俺も丁度暑い厨房にいて水分を欲していたものだから、ナイスタイミングで助かった。

 

 そんなありがたさをしみじみと感じながらも、俺はそこら辺の空いている席に座る。ランチ後の時間帯であるため、見た感じほとんど客はいない状態であるが……

 

 

「……あっ」

 

 

 そう思っていると、俺が座った席のテーブルから二つ離れたところに、二人の年配の夫婦らしい人が座ってこちらを見ていた。

 

 

「す、すみません……うるさくしてしまって」

 

 

 ダジャレをかますなど少々はしゃいだ後なので、少し気まずさと申し訳なさを覚え、その二人に一礼してそう話しかける。

 

 

「ふふっ、良いのよ〜。なんだか楽しそうだなぁって眺めてただけだから」

 

「そうでしたか……」

 

 

 夫婦のうち、女の人の方が穏やかな笑みを浮かべている。優しい人でほっとしたぜ……

 

 

「なんだ君、ここの新人さんじゃないのか?」

 

 

 すると、今度は男の人がビールを片手にそう問いかけてきた。

 

 

「あっ、はい。今日からアルバイトで働かせてもらっています」

 

「ほーん、ちょうど勤務を終えたところって感じか」

 

「はい。それで今、愛ちゃんにお茶を用意してもらってるところでして……」

 

 

 酒に酔っているのかは分からないが、意気揚々とした感じで俺の話を聞いてくれるおじいさん。

 

 

「そうだったのね。愛ちゃんと随分親しげな様子だったけれど、もしかして──」

 

「お待たせー! ……あれ? もしかしてお取り込み中だった?」

 

 

 おばさんが何かを言いかけていたが、途中で愛ちゃんがお茶を両手に持って戻ってきた。

 

 

「おっ、愛ちゃん。そうじゃないそうじゃない、ただ彼のことが気になって話してただけだ」

 

「そうだったんだ〜。あっ、てっつー! この二人は町内会でもお世話になってる、うちの常連さんだよ!」

 

 

 町内会……なるほど、だからそんなに自然に会話してた訳か。それに常連さんだから、俺がここの新人だってことに気付いたんだな。

 

 

「その通り! 特に、俺は常連の内の常連だぜ? なぁおばちゃん! そうだよな!?」

 

 

 すると、おじさんが厨房の方に大声でそう呼び掛けた。相当デカい声だったが、一体何dBくらいだっただろうか……?

 

 そんなことを考えてると、厨房から愛ちゃんのおばあさんが顔を出した。

 

 

「まあね〜。でも、あまりここに入り浸るのは感心しないけどねぇ?」

 

「なんだよ〜、俺を暇人みたいに言いやがって〜! これでも俺、歳取っても立派に大工やってんだからなぁ!?」

 

「ハイハイ、そろそろ落ち着きなさい」

 

 

 なんだか見た感じ、ここの店主である愛ちゃんのおばあさんとも親しそうな感じだな。ていうか入り浸ってるって……もしかして、ほぼ毎日こんな感じで酒を片手にここに居るってことか? これはもしかすると、おばさんは相当骨を折っているかもしれないな……

 

 

「それで愛ちゃん、その子は愛ちゃんの知り合い? ……もしかして、彼氏?」

 

「「……!?」」

 

 

 俺はその言葉を聞き、お茶の入ったコップを片手に固まってしまった。

 

 

 彼氏……? いやいや確かに俺達は歳の近い男女ではあるし、そう思われてもおかしくないのだが……

 

 チラッと横を見ると、愛ちゃんも少々動揺していた。

 

 

「も、もう〜! そういうのじゃないよ〜! てっつーはあたしが通ってる学校の先輩で、同好会のマネージャーなの!」

 

「あら! 貴方、愛ちゃんが前話してくれたスクールアイドルのマネージャーさんなの?」

 

 

 前に話した……? つまり、愛ちゃんは俺のことを話題に出したことがあるのか。一体どんな風に名前が挙がったのだろうか……

 

 

「あっ、はい。高咲徹っていいます。愛ちゃんを含め、スクールアイドルの子達のサポートをさせてもらっています」

 

「へぇ、だからテッツーって渾名なんだな! それにしても、先輩に対してそんなに親しく接するなんて、流石! 町内会のアイドル!」

 

「えへへ〜、それほどでも〜!」

 

 

 それに、町内会のアイドル……そういえば、学校ではみんなと仲が良くて人気者の愛ちゃんだが、彼女の地元ではどうなってるのかは聞いたことがないな。せっかくだし、おばさんに聞いてみるか。

 

 

「……あの、愛ちゃんってやっぱりここら辺でも人気者なんですか?」

 

「えぇ。それはそれは、ここら辺じゃ知らない人はいないんじゃないかってくらいよ」

 

「そ、そんなにですか……!? でも、愛ちゃんならそうかなって思っちゃいますね」

 

 

 やはり、どんな時でも愛ちゃんは愛ちゃんなんだな。ますます愛ちゃんは凄いなと実感する。

 

 

「……でも、安心したわ! アイドルは恋愛禁止とか言うしな! 愛ちゃんに彼氏が出来たって聞いたら、俺ひっくり返るとこだったわ! おーん」

 

「あ、あはは〜……」

 

 

 俺がおばさんて話している一方、愛ちゃんはおじさんの発言に対する返答に困っていた。

 

 まあ確かに、世間一般的にアイドルが恋愛することは御法度という風潮がある以上、愛ちゃんは彼氏を持つ訳にはいかないだろう。無論、侑以外の他の同好会のメンバーもだ。

 

 

 いや、待てよ……そう考えると、侑が彼氏を作ったって話を今まで聞いたことがないな。まあ、もしできたのなら相手が一体どんな輩なのか見極めてやろうかと思うがな……なんてな。

 

 

「ほら貴方、これ以上愛ちゃんを困らせるなら帰りましょ。行かなきゃいけないところもあるでしょう?」

 

「ん? ……あっ」

 

「そういう訳で、愛ちゃん。また明日の町内会でね」

 

 

 どうやら、おじさんおばさんの夫婦は他用があるようで、帰るようだ。

 

 ていうか、用事があるのにおじさんはここで酒を飲んでて大丈夫なのか!? ……いや、もしかするとあの酒はノンアルコールの可能性もあるか。そうすると、おじさんは素面でただ陽気な人だったってことか……?

 

 

「うん! またね〜!」

 

「それと、スクールアイドルのマネージャーさんも……愛ちゃんのこと、よろしくお願いね?」

 

「えっ? あっ、はい。分かりました」

 

 

 おばさんが去り際、俺にそういう風に話しかけてきた。少しびっくりしたが、愛ちゃんが町の人から本当に愛されていることが分かって良かった。愛だけにな。

 

 まあそんな感じで、店内には俺と愛ちゃんの二人だけとなった。

 

 

「……なんだか、とても気さくな人達だったな」

 

「ふふっ、でしょ〜? ここの人達はみんな温かいんだよねー!」

 

「なるほどなぁ……」

 

 

 確かにこの町の人達が明るくて気さくなのだということは、さっきの常連客の夫婦を見れば、そうなのだろうと俺も思えた。

 

 愛ちゃんが住む地域は、お台場のような近代的な街ではなく、所謂下町と呼ばれる古き良き雰囲気が残る場所だ。そんな下町の温かい人情に触れて愛ちゃんは成長したのだろうと思うと、感慨深い。

 

 

「あっ! そういえば、今日初めての厨房だったけどどうだった? 大変だった?」

 

 

 すると愛ちゃんが俺の隣に座り、自分のお茶を片手にそう訊いてきた。

 

 

「あぁ、最初は少しキツかったな。でも、後はなんとかこなすことが出来たよ」

 

「そっか! じゃあ、これからは大丈夫そう?」

 

「あぁ。あとは慣れってところだと思うから、大丈夫だ」

 

「良かった〜! やっぱり流石、てっつーだね!」

 

「いやいや、愛ちゃんの声かけにも助かったよ。色々心配してくれて、ありがとな」

 

「いえいえ〜! てっつーとの仲だし、当たり前!」

 

 

 底抜けの笑顔で俺と肩を組む愛ちゃん。やっぱり愛ちゃんはフレンドリーである故、何かと距離が近いんだよな……

 

 そう心の中で動揺していると、厨房の方から声が聞こえた。

 

 

「愛〜! そろそろ病院に行く時間じゃないかい?」

 

「えっ? ……あっ、そうだった! ()()()()()のところに行かなきゃ! ありがとおばあちゃん!!」

 

 

 どうやら愛ちゃんもこの後用事があったようだが……愛ちゃんにお姉ちゃんがいて、病院にいるってことは……入院してるということだよな? その事実に、俺は驚きを隠せない。お姉ちゃんが入院してるのって、不安だったりしないのだろうか? もし彼女がその不安を抱えているのなら……

 

 

「じゃあてっつー、あたしは用事があるからまたね!」

 

「お、おう! いってらっしゃい」

 

 

 考え込んでいると、気がつけば愛ちゃんが店の外に出るところで、俺はその場を立ち上がって見送った。

 

 俺がその場で愛ちゃんに対する心配のあまりに立ち尽くしていると……

 

 

「……もしかして、愛から事情は聞いてないのかい?」

 

 

 俺の様子を察したのか、厨房から愛ちゃんのおばあさんがやってきてそう訊いてきた。

 

 

「あっ、えっと……聞いてないですね。あの、愛ちゃんの姉さんは一体……?」

 

「大丈夫よ。愛の姉さんは昔から身体弱くて、入退院を繰り返しているのさ。別にすぐに命がどうとかじゃないから安心しな」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

 身体が弱い、か……入退院を繰り返すということは、時に調子が良くなったり悪くなったりってことだよな。それはそれで、愛ちゃんにとって心の負担が大きかったりしないのだろうか? 表面では明るく振る舞っている彼女だけど、実は淋しさを抱えてたりしないだろうか……?

 

 

 そう考えていると、愛ちゃんのおばあちゃんが俺の肩に手を置いて語りかける。

 

 

「愛のこと、心配してくれてるんだね? 愛を大事に思ってくれて、アタシも嬉しいよ。でも、だからこそこれからも変わらず、平然と愛に接して欲しいのさ。そうしてくれることが、愛にとって幸せなことだろうからね。お願い出来るかい?」

 

「……分かりました。変わらず、愛ちゃんと仲良くしていきます」

 

 

 こうして俺は愛ちゃんのお姉さんの事情を知り、同好会のマネージャーとして、同じ学科の先輩として、愛ちゃんをサポートすることを改めて胸に誓ったのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「失礼します。情報処理学科三年の高咲徹です。今週の講堂の予約状況について伺いにきました」

 

 

 もんじゃ焼き屋さんのバイト初日を終えた翌日、俺は生徒会室に出向いていた。生徒会室にはいつものメンバー、会長の菜々ちゃん、副会長の若月、書記の左月、右月がいた。

 

 

「徹さん、こんにちは。講堂の予約状況であれば……副会長、お願いします」

 

「はい……そうですね、吹奏楽部のコンクールの影響で午前中は全て埋まっていますが、午後ならばこのようになっています」

 

 

 若月が生徒会に関する情報が入っているタブレットを操作し、該当ページに辿り着くと、俺にタブレットを渡してきた。

 

 

「どれどれ……なるほど、毎日どこかしらに空きはあるんですね。ありがとうございます」

 

「いえいえ……あの、ちなみに高咲先輩は何故それを?」

 

 

 若月にタブレットを返すと、彼女はそう訊いてきた。

 

 ……もうやるべきことは終えたし、タメ口に戻すか。

 

 

「あぁ、同好会のみんながいつ急にライブをすると言っても大丈夫なように、講堂の使用状況は把握しといた方がいいかなって思ってな」

 

「なるほど……つまり、また近々同好会の皆さんがライブをやるかもしれないということですか?」

 

「んー、やらないかもしれないが、万が一のためにって感じかな」

 

 

 講堂は他の部活からも人気なので、気がつけばすぐに予約が埋まっていることが多い。同好会のみんなは割とマイペースだから、そこそこのスパンの短さでライブを開催すると誰かが言ってもおかしくない。だからこうして確認しにきた訳だ。

 

 

「そういうことでしたか。しかし徹さん、ここに来た訳はそれだけではないですよね?」

 

 

 すると、菜々ちゃんはいつもの冷静な口調ながらも微笑みを浮かべてそう指摘した。

 

 

「あー……菜々ちゃんにはお見通しか。まあ、生徒会の様子を見に来たかったというのもあるな」

 

 

 どうしても生徒会室には今でも定期的に通いたくなる体になっているようでな。妥当な理由づけをした上で菜々ちゃん達の様子を見にきた訳だ。まあそれに、せつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんが仕事で苦労してないかも心配だしな。

 

 

「そうだったんですか! 私達はいつも通り、しっかりやってますよ!」

 

「私も! 生徒会を抜けてからも私達のことを気にしてくれるなんて……流石元生徒会長です!」

 

「ははっ、そこまで褒められることはしてないぞ? 俺が勝手にやってるだけだしな」

 

 

 右月は堂々とピースサインを掲げ、左月は右月に賛同しながらも俺を褒めてくれた。まあ、生徒会のみんなが元気にやってくれてることが分かって、俺は安心して今日家に帰れるな。

 

 

「そういえばそろそろお盆だが、みんなはどこかお出かけしたりとかするのか?」

 

 

 ちょっとした雑談をみんなに振ると、最初に左月が答えた。

 

 

「私達は、祖父母の実家に帰省する予定です!」

 

「おぉ、良いじゃないか。二人とも楽しんで来てな」

 

「「はい、ありがとうございます!」」

 

「おう! 若月はどうするんだ?」

 

 

 そういえば、若月は夏休みをどのように過ごしているのかあまりイメージがつかないな。真面目だから勉強をしているのか、三船みたいにボランティアに参加しているのか、はたまた菜々ちゃんもといせつ菜ちゃんみたく意外とサブカルチャーをエンジョイしてたり……?

 

 

「私ですか? 私は……実は、友達にお祭りに行こうと誘われてまして……」

 

「……!」

 

 

 若月の『お祭り』という言葉を聞いて、菜々ちゃんは何かを言いかけた途端に自分の口を塞いだ。多分俺達同好会メンバーが参加するお祭りとまさか同じだと思い、『実は私もお祭りに行くんですよ』と言いかけたところを封じたのだろう。それが原因で菜々ちゃん=せつ菜ちゃんであることがバレてしまうのではないかと。

 

 俺は菜々ちゃんに視線を向けてアイコンタクトを取った。すると、彼女も落ち着いたようで、平然としていた。

 

 それを確認した上で、俺は若月に話しかける。

 

 

「お祭りってまさか、ここの近くでやるあれか?」

 

「はい。あまり行ったことないのですが、今年は行ってみようと思いまして」

 

 

 マジか……まさか彼女も同じお祭りに来るとは思わないな。

 

 

「なるほどな……実は俺もそこに行く予定なんだよな」

 

「そうなんですか! そうするともしかしたら、どこかで会うかもしれません」

 

「まあ、そうかもしれないな……」

 

 

『誰』と行くとは一言も言ってないので、ここでそれがバレることはないだろう。それに、ここで俺もお祭りに行くんだということを言わないのは水臭いと思われてしまいそうだからな。

 

 そんなこんなで、何故か妙に頭を使ってしまった生徒会室の訪問であった。来週末は同好会のみんなとお祭りだ。流石に着ていくものを考えなければ……

 





 今回はここまで!

 最後の一文の通り、次回はお祭り回です。夏休みの一大行事を11人がどう過ごすのか。お楽しみに!

 ではまた次回! 評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします。


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第99話 夏色の時間


どうも!
第99話です。
では早速どうぞ!


 

 

『お祭り』という言葉を聞いて、人はどんなものを想像するだろうか。

 

 俺達のような日本人ならば、大抵の人が夏祭りのような屋台が立ち並んでいる風景を想像するだろう。

 

 しかし、世界に夏祭りという風習を持つのはこの日本くらいだ。

 

 

「わぁ……! これが、屋台っていうものなの!?」

 

「あぁ、そうだな。日本のお祭りのほとんどにあって、様々な食べ物とか商品を売ったり、ちょっとしたゲームなんかも出来たりするぞ」

 

 

 俺の横で目を輝かせながら、物珍しそうに夏祭りの風景を見るエマちゃんを見て分かるように、このような祭りは他の国には存在せず、ユニークなのだ。俺にとっては当たり前でいつも通りの行事ではあるが、こうやって興味津々な反応を見てると、なんだかこっちも楽しくなってくるよな。

 

 

「そうそう〜。ちなみに彼方ちゃんは、射的が好きだよ〜」

 

「ほう、彼方ちゃんのそれは意外だな。てっきり食べ物の何かだと思ってたぞ」

 

「えへへ〜、実は小さい頃に遥ちゃんが欲しかったおもちゃを当ててプレゼント出来た思い出があるから〜……って、徹くん今彼方ちゃんのこと、食べ物しか頭にないとか思ったな〜?」

 

「えっ!? いやいや、そんなこと一言も言ってないし、思ってもないんですが!?」

 

「そんな、徹くんがそんなこと思ってたなんて……彼方ちゃん悲しいよ〜……えーん」

 

「いや話を聞かんかい!? そして嘘泣き止めろ!!」

 

 

 今日は妙にテンションが高そうな彼方ちゃん。まだ一度も眠いといった言葉は出ていないところを見ると、大分夏祭りを楽しみにしていたのだろうという予想がつく。

 

 

「はいはい、二人ともあまりふざけないの。それと、徹はもう少し言葉の選び方を考えなさい」

 

「いや果林ちゃんまで!?」

 

 

 後ろから冷静に注意をしながらも、俺に理不尽な指摘を飛ばしてくる果林ちゃん。

 

 そう、今はこの三人と一緒に、沢山の人で賑わう夏祭りを回っているのだ。

 

 

 そんな訳でどうも。人生初浴衣で夏祭りに参戦する高咲徹だ。

 

 

 同好会の活動や、愛ちゃんの家のもんじゃ焼き屋さんのバイトをしながら夏を過ごしてきたが、ついに同好会のみんなと行きたいと話していた夏祭りの日がやってきた。侑に浴衣を着るように強制されてきて、浴衣選びにそこそこ時間を食わされるなどのこともあったが……まあ、みんなが浴衣を着てきていたから、俺だけ私服なんてことにならなくて良かった。

 

 しかし、この場には俺と俺の同級生三人しかいない。何故なら、他のメンバーとは別行動だからだ。これにはちゃんとした訳がある。

 

 

 祭りの三日前くらいだろうか。同好会のみんなと夏祭りの具体的な予定を組もうとした時に、全員が一緒に行動することはできないということに気づいたのだ。

 

 勿論みんなと一緒に屋台を回れたらそれがベストなのは間違いないのだが、うちの同好会は合計十一人の大所帯だ。そんな大人数が一斉に固まって行動してしまっては、周りの迷惑になる。ならば、いくつかのグループに分かれて行動するのが良いということになった。これにはみんなも残念そうであったものの、仕方ないといった感じだった。

 

 そこでグループ分けをどうするかという話になったのだが、ここで論争が始まった。かすみちゃんや愛ちゃんを筆頭に、俺と同じグループにして欲しいという主張が出て、それに感化するかのようにしずくちゃんや歩夢ちゃん、せつ菜ちゃん辺りが便乗するという事態が起き、議論は混沌を極めた。結局議論は膠着状態を抜け出せず、祭りまで猶予もないため、無難に学年別で行動しようという結論に決着した。それで俺は、同じ三年生のエマちゃん、彼方ちゃん、果林ちゃんと一緒に行動している訳だ。三人ともそれぞれのイメージに合った浴衣を着てきていたが……やっぱり映えるな。

 

 

「エマちゃんは、どこか回りたいところとかあるの〜?」

 

 

 彼方ちゃんは、キョロキョロとするエマちゃんに要望を訊いた。ただでさえ断続的に軒を連ねる屋台だ。種類が豊富で、どこに行くか悩むだろう。

 

 

「えっとね……あっ! あれってもしかして綿飴───」

 

「ちょっとエマ!? 立ち止まると人混みに呑まれるわよ!」

 

「わっ!?」

 

「!? ……よっと!」

 

「あっ……!」

 

 

 すると、俺達のすぐ横にあった綿飴屋さんに目が留まったエマちゃんが急に足を止めてしまい、その隙に人の流れに呑み込まれようとしていた。俺は咄嗟の反応でエマちゃんへと手を伸ばし、彼女の手を取って引っ張り出した。そして、安全を確保するために人の流れから外れた場所に移動する。

 

 

「ふう、間に合った……危うく開始早々逸れるところだったな」

 

「えっと……ごめんなさいてっちゃん。はしゃぎすぎちゃって……」

 

「ははっ、初めて見るものに夢中になっちまうのは仕方ないよ。そうだな……ここからは、なるべくみんなで手を繋いで回ろうな。そうすれば、逸れることはない。そしたら、エマちゃんも思いっきりはしゃげるだろうしな!」

 

「! ……ありがとう、てっちゃん」

 

「おう、良いってことだ」

 

 

 申し訳なさそうに下を向いていたエマちゃんだったが、俺がそう言うと、優しい微笑みを見せた。

 

 普段からみんなのお姉さんとして、主に後輩から頼られる存在になっているのだから、こういう同級生と一緒にいる時くらいは遠慮することなく、ありのままで楽しんで欲しいんだよな。

 

 

「ねぇねぇ徹くん、手を繋ぐ以外にも例えば……こういうのはどう?」

 

「えっ? ……って、ちょっ!?」

 

 

 彼方ちゃんに声を掛けられたと思うと、急に彼女は俺の右腕をホールドしてきたのだ。これには俺も驚きの声を上げてしまった。

 

 

「ふふっ、これで彼方ちゃんがみんなと逸れることはないでしょ?」

 

「ま、まあ確かにそれはそうなんだが……」

 

「あっ、じゃあ私も彼方ちゃんみたいにしたら良いのかな?」

 

「いやいや、エマちゃんまでそうしなくていいからな!?」

 

 

 彼方ちゃんの大胆な行為に困惑するのも束の間、今度はエマちゃんまで便乗しようとしてきた。いやいや……二人とも無意識なのか?

 

 

「というか彼方ちゃん、そういうことは男に軽率にするもんじゃないぞ。スキンシップもほどほどに……」

 

「はぁ……そんなの、徹くんにしかやらないもん

 

「ん? すまん、ちょっと聞こえなかったのだが」

 

「な〜んでもない! ほら、エマちゃんの気になってた綿飴屋さんに行こうよ〜!」

 

「あ、あぁ。そうだな」

 

 

 結局、彼方ちゃんの言葉は周りの喧騒のせいで聞き取ることが出来ず終いなのだが、俺達は綿飴屋さんの列に並ぶことにした。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ん〜! レインボー綿飴も良かったけど、このチョコバナナもボ〜ノ!」

 

 

 エマちゃんが綿飴を買ってから、俺達も各々が食べ物や飲み物を買おうということになり、今はそれを終えてみんなで道の端に立ち止まって食べている最中だ。エマちゃんはそのレインボー綿飴とチョコバナナを買ってきて、チョコバナナを美味しそうに頬張っている。

 

 

「ははっ、とても幸せそうな顔してるな」

 

「うん! 今私、とっても幸せだよ〜! あっ、そうだ! こっちのチョコバナナ、てっちゃんにあげるよ!」

 

 

 すると、エマちゃんは両手に一本ずつ持っているチョコバナナのうち、まだ食べていない方を俺に差し出してきた。俺はてっきり彼女が両方とも食うつもりだと思ってたのだが……

 

 

「えっ、いいのか? だったら、その分の金払うが……」

 

「それは要らないよ! てっちゃんにも、このチョコバナナの美味しさを共有したいから! ダメ……?」

 

「そ、そこまで言うなら……ありがとうな」

 

「うん!」

 

 

 全く、それなら俺が一本チョコバナナを買ってくればいいだけなのに、優しいなぁ……

 

 そうして俺は、自分で買ってきた焼きそばを片手に持ちながら、空いた手でチョコバナナを受け取ろうとしたが……

 

 

「……あっ」

 

 

 片手が塞がれては、焼きそばを食べれないことに気づいた。

 

 

「すまん、この焼きそばを食べ終わってからでも良いか?」

 

「あっ、うん! いいよ〜。ゆっくり食べてね」

 

 

 エマちゃんは優しく俺にそう言ってくれた。

 

 しかし自分で言うのもアレだが、俺は甘いものには目がない。この焼きそばを食べ終わってからチョコバナナをじっくり味わいたい。だから、早くこの焼きそばを消化しなければ……

 

 そう思って気持ち多めに焼きそばを口の中にかき込んでいると、彼方ちゃんと果林ちゃんの会話が耳に入ってきた。

 

 

「う〜ん、やっぱり夏祭りのラムネは至高ですなぁ……」

 

「ちょっと彼方、その発言は少しおじさん臭いわよ?」

 

「えぇ〜? だって本当のことなんだも〜ん」

 

「もう……そんなこと言ってると、徹みたいになっちゃうわよ?」

 

「!? うぉいよっおあえ(おいちょっと待て)

 

 

 俺は果林ちゃんの一言にいてもたってもいられず、最後の一口を頬張っているの中、口元を覆いながらも喋ろうとしてしまった。

 

 

「ちょっと徹、口の中の食べ物を飲み込んでから喋りなさいよ」

 

 

 俺が喋り出すとは思っていなかったのか、果林ちゃんは驚いた表情でそう言う。

 

 

「あっはは、徹くん落ち着いて〜。彼方ちゃんのラムネ、いるかな〜?」

 

 

 彼方ちゃんは大笑いしながらも、俺が焼きそばをすぐに飲み込めるようにそう提案してくれた。

 

 俺はそんな中冷静さを取り戻し、口の中の物を全部飲み込んだ。

 

 

「ん……ありがとう彼方ちゃん、大丈夫だ。そして果林ちゃんのそれはどういう意味なんだ?」

 

「どういう意味って、そのままの意味よ。徹はおじさんみたいに妙に達観してるし」

 

「達観って……いやいや、それだけでおじさん呼ばわりかよ」

 

 

 おじさん云々は未だ同意できないが、達観していると言われたら……なんだか、そんな気がしてきた。

 

 

「でも、今日は割とはしゃいでるわね? 口の中一杯にものを入れながら喋るくらいには」

 

「なんだよ、揶揄ってるのか?」

 

「そんなことはないわよ? むしろ、私としては徹のそういうところが見れて嬉しいってことよ」

 

「嬉しい、か……」

 

 

 果林ちゃんがどう言う意図でそう言っているのかは分からないが、なんだか素直にそう言われると何だか妙に恥ずかしいな……

 

 

「ふふっ。少し顔、赤くなってるわね?」

 

「えっ!? いやいや、そんなことないから! っていうか、やっぱり揶揄ってるじゃねぇかよ!!」

 

 

 はぁ……まさか俺がこんなに彼女の思いのまま弄られるとはな。まあ、つまり彼女が仕返しを望んでいるという解釈をしておこうか。

 

 そんな風にわちゃわちゃしていると────

 

 

「あっ、てっつー達じゃん!」

 

「てっちゃん!! 会えて良かった〜!」

 

「ようやく会えましたね!」

 

 

 声が聞こえてきたと思い、人の流れの上流を見ると、愛ちゃんや歩夢ちゃん、せつ菜ちゃん、侑の四人がこっちに向かいながら手を振っていた。

 

 

「おぉ、二年生組じゃないか! 調子はどうだ?」

 

「大丈夫だよ! お兄ちゃんの方はどう?」

 

「こっちも順調だ。今四人で食べ物の屋台を回ってきたところだな」

 

「お〜、いいね! じゃあ愛さん達もあれが終わったらそっちに行かない?」

 

「「「いいね!(いいと思います!)」」」

 

 

 どうやら、二年生組は二年生組でちゃんと楽しめているようだ。以前は二年生同士の関わり合いが薄くて交流会を開いたが、それが良かったのかもしれないな。

 

 

「愛ちゃん達はこれから何をするのかな?」

 

「おっ、エマっち気になる? これからアタシ達はあそこで金魚掬いをするつもりだよ! ほら見て、あんな感じで掬う金魚の数を競うんだ。せっかくだし、エマっち達もやってみない?」

 

「やりたい! ねぇ、今度は果林ちゃんも一緒にやってみようよ! 私、果林ちゃんと一緒にやりたい!」

 

「えっ!? わ、分かったわ。エマがそこまで言うなら……」

 

 

 どうやら愛ちゃん達は金魚掬いにチャレンジするようで、エマちゃんは果林ちゃんを誘って一緒に行ってくるようだ。

 

 

「てっちゃんも行く?」

 

「あー……俺はいいや。チョコバナナ食いたいし」

 

「あっ、そうだったね! じゃあ……はい! 後で感想聞かせて!」

 

「分かった! 楽しんでこい」

 

 

 そう言って俺はエマちゃんからチョコバナナを受け取り、彼女は金魚掬いの屋台に向かった。

 

 

「あれ、お兄ちゃんは行かないの?」

 

「ん? まあ、これ食おうかなって」

 

 

 侑と歩夢ちゃんは俺が屋台に向かわないのに気づき、声を掛けてきた。

 

 

「それって、チョコバナナ? もー、お兄ちゃんやっぱり甘いもの好きだね〜」

 

「ははっ、事実を言われてしまったなぁ〜」

 

 

 うむ……これこそ花より団子、金魚掬いよりチョコバナナってやつか。

 

 

 ……いや、なんだその和洋が混ざった悪魔合体的な(ことわざ)は。

 

 

「ふふっ、でも甘いものはほどほどにね?」

 

「あぁ、そうだな……って、歩夢ちゃん!?」

 

 

 すると、急に横から歩夢ちゃんが左腕を優しくホールドしてきたのだ。

 

 さっき彼方ちゃんにもそれをやられたが、まさか歩夢ちゃんまでそうしてくるとは……

 

 

「おぉ〜、歩夢ちゃんもやりますなぁ〜……なら、彼方ちゃんも負けてられないぞ〜! それ〜!」

 

「ちょっ、彼方ちゃんまで!?」

 

 

 彼方ちゃんは謎の闘争心を燃やして再び俺の右腕をホールドするし……もう、どうなってるんだよ……

 

 

 この後少しして、歩夢ちゃんは侑と金魚掬いをしに行き、それと同時くらいにエマちゃんとせつ菜ちゃんが戻ってきた。二人は一回で満足したのか、今度はせつ菜ちゃんおすすめの仮面の屋台に行こうとしていた。

 

 俺はまだチョコバナナを食べ終えていなかったので、後でそっちに向かうことを伝え、彼方ちゃんと一緒にその場に留まった。彼方ちゃんは果林ちゃんを待つために残るらしい。

 

 そこから暫くして、侑と歩夢ちゃんが帰ってきた。しかし、その二人より前から金魚掬いをしているはずの愛ちゃんと果林ちゃんが戻ってこなかった。どうしたのかと思った俺が金魚掬いの屋台に向かうと、なんとその二人が金魚掬いでガチの勝負を繰り広げていたのだ。あの感じだと、相当な回数並んでは金魚を掬うことを繰り返していたに違いない。

 

 こうして果林ちゃんが勝負に熱中していることにほっこりしたあと、俺は侑と歩夢ちゃん、彼方ちゃんに二人を待つようお願いした後に仮面の屋台に向かった。

 

 

 その途中、見覚えのある子と正面で目が合った。

 

 

「あっ!?」

 

 

 その瞬間パァっと笑顔になったと思いきや、勢いよく走ってきて正面からハグしてきた。

 

 

「て〜つ〜せ〜ん〜ぱぁ〜い!! 会いたかったですぅ!」

 

「おぉっと……かすみちゃんじゃないか。俺も会えて嬉しいぞ」

 

 

 かすみちゃんを上手く受け止めながら、俺は彼女にそう答えた。

 

 彼女がいるということは、残りのメンバーも……

 

 

「ちょっとかすみさん! 急に走って何が……って、徹先輩!? あぁ……やっと会えました!」

 

「やっぱりしずくちゃん、それに璃菜ちゃんもいるじゃないか。これで一年生組とも会えたな」

 

「徹さん、こんばんは。一年生組ともって、二年生の人達とも会ったの?」

 

「あぁ、二年生の子達とはさっき会ってな。それで今は割と別行動してて、エマちゃんとせつ菜ちゃんは仮面の屋台、愛ちゃんと果林ちゃんは金魚掬いをしてて、侑と歩夢ちゃん、彼方ちゃんはその二人を待ってるって感じだ」

 

 

 こんな感じで、予想通り一年生の子達と合流した。割と早いうちにみんなと会うことが出来たな。やはり大きいお祭りとはいえ、全然会えないほどでないってことか。

 

 

「へぇ〜、愛先輩はともかく、果林先輩が金魚掬いとは意外ですねぇ……」

 

「確かに……璃奈ちゃんボード『金魚』」

 

「ちょっ、璃奈ちゃんそのボードは何だ?」

 

 

 俺はここでかすみちゃんの発言に同意したかったのだが、それ以上に璃奈ちゃんのボードの絵が気になってしまった。

 

 

「今日のお祭りの為に、特製璃奈ちゃんボード - 夏祭りver. - を作ってきた。他にもいっぱいある」

 

「夏まつりver.……なるほど、それで金魚とかセミが描かれてるんだね!」

 

「夏祭りに関連してるのはかすみんもわかるんですけど……りな子ったら、今日はいつもの表情じゃなくて違和感しかないですぅ……」

 

「あっ、一応いつもの表情も出せる」

 

「出せるんだ!?」

 

「それは知らなかった……」

 

 

 なるほど……夏祭りに関連するものを描いてボードにしたってことか。多分、璃奈ちゃんなりにみんなを盛り上げたくて作ったんだろうな。そして、現にかすみちゃんとしずくちゃんも興味津々だしな。

 

 

「ははっ、面白いじゃないか。しかし、璃奈ちゃんは絵心があって羨ましいな」

 

「そうかな……? でも、徹さんがそう言うのなら、そうなのかも」

 

 

 俺が璃奈ちゃんに素直な感想を述べると、彼女は少しもじもじしながらもそう答えた。

 

 俺も絵心があればなぁ……実はあまり俺絵を描くの得意ではなくて、特に人を描くのが苦手だ。そうすると、今度璃奈ちゃんにコツを教えてもらうか。

 

 

 そんなことを考えていると────

 

 

「せ、せせせ、せつ菜ちゃん!?」

 

「ん?」

 

 

 少し遠くから誰かの叫び声が聞こえてきた。その先を見てみると、仮面の屋台の前で……あれは、生徒会副会長の若月だろうか。彼女がせつ菜ちゃんに向かって驚いた表情を浮かべているところみたいだ。

 

 

「……すまん、ちょっと見てくるな」

 

 

 知っている人とはいえ、同好会のファンがメンバーと接触しているので一応彼女の側に向かうことにした。

 

 というか、エマちゃんも一緒にいたはずだが、どこに行ったのだろうか?

 

 

「ま、まさかプライベートとお会いできるとは思ってなくて……か、陰ながらいつも応援させて頂いてます! スクールアイドルフェスティバル最高でした!!」

 

「あ、ありがとうございます……そう言ってもらえると、とても嬉しいです」

 

 

 若月は今まで見た事ないほどに興奮しており、目をキラキラさせていた。それに対してせつ菜ちゃんは困惑しながらも、笑顔で彼女に接していた。

 

 そんな彼女の隣に立ち、声を掛けた。

 

 

「よう、せつ菜ちゃん」

 

「徹さん! チョコバナナ食べ終わったんですね!」

 

「あぁ、まあな。ところで、エマちゃんはどこ行った?」

 

「エマさんなら、彼方さん達のところに戻っていきましたよ」

 

「なんだ、入れ違いだったか……まあそれはいいや。それで若月、まさか本当にお祭りで会うとはな」

 

 

 せつ菜ちゃんと情報確認を終えた後、視線を若月に向けた。

 

 

「あっ、高咲さん……って、今の見られてましたか!?」

 

「んー……まあ、少しだけ」

 

「あぁ……私としたことが、大先輩になんたる醜態を……す、すみません。少し取り乱してしまいました」

 

「ははっ、そんな気にすることはないぞ? むしろ俺としては、若月がせつ菜ちゃんへ熱意を持っていることが分かって嬉しいんだがな」

 

「えっ? そ、そうなんですか……」

 

 

 他の人に自分の大好きを表す姿を見られるのに慣れていない感じ……ははっ、やっぱり一昔前のせつ菜ちゃんみたいだな。

 

 

「あっ、綾音ちゃん見つけた!」

 

「山本さん! すみません、突然走り出してしまって……」

 

 

 すると、彼女の後ろから走ってくる子が見えた。山本さんって……あれか、スクールアイドルフェスティバルの運営にもいたあの人か。若月を夏祭りに誘ったクラスメイトって、その人だったんだな。

 

 

「別に大丈夫! あれ? そちらの方々って、もしかして優木せつ菜ちゃんと、元生徒会長の高咲さん?」

 

「そうです。たまたま見かけたもので、挨拶をしに行ってました」

 

「そういうことだったんだ〜! ……あの、私もスクールアイドルフェスティバルの動画見ました! それで、最後のライブステージにとても感動しちゃって……私、同好会のみんなが好きになりました! 今度またフェスがあるなら、私是非参加したいです!」

 

「……!」

 

 

 若月のクラスメイトの山本も同好会に興味を持ったようで、なんと第二回スクールアイドルフェスティバルの開催を要望している。

 

 しかも、あのラストステージがきっかけとは……

 

 

「どうやら同好会の知名度と人気は大分上がってるみたいだな?」

 

「そうですね! これも、徹さんが素晴らしい曲を作ってくださったおかげです!」

 

「いやいや、それはせつ菜ちゃんのおかげじゃないか? せつ菜ちゃんがいなかったら、俺はあの曲作れてないからな」

 

「そうですかね……じゃあ、お互い様ですね!」

 

「んー……まあ、そういうことにしておこうか」

 

 

 なんだか、こんな話を前にもした気がするな。まあ、でもそれくらい俺はせつ菜ちゃんに感謝しているって訳だ

 

 

「ねぇねぇ綾音ちゃん、元生徒会長さんとせつ菜ちゃんってもしかして……」

 

「えぇ、私もそのことは気になってました」

 

 

 すると、若月と山本がこそこそと会話をし始めた。一体何を話しているのだろうかと訝しんでいると────

 

 

「あの、せつ菜さん!」

 

「な、なんでしょうか……!?」

 

「せつ菜さんって、もしかして……」

 

 

 若月がそう切り出した瞬間、せつ菜ちゃんの表情は青ざめ、そして……

 

「っ……! し、失礼します!!」

 

「うわっ!? ちょっ、せつ菜ちゃん!?」

 

 

 俺の手を掴んでその場から駆け出した───

 

 

 ────────────────────

 

 

「こ、ここまで来れば大丈夫ですよね……?」

 

 

 ただただ引っ張られるがままに走っていき、気がつけば人気のない運河の河岸まで来ていた。祭りの会場の喧騒が微かに聞こえてくるので、そう遠くまでは来ていないはずだ。

 

 

「ま、まあ良いと思うが……足、大丈夫か? 下駄だから怪我しやすいと思うのだが」

 

「それは大丈夫です……それよりも徹さんもサンダルですが、大丈夫ですか?」

 

「あぁ、俺も全然大丈夫だ」

 

「それは良かったです……」

 

 

 お互い安否を確認し、一旦息を吐く。

 

 俺は、せつ菜ちゃんが何故若月の発言が終わるのを待たずにしてその場から走り出したのかが気になっていた。

 

 

「……なあ、何故急に俺を掴んで走り出したんだ? もしかして、本性がバレると思ったのか?」

 

 

 俺がそう問いかけると、彼女は落ち着いた口調で語り始めた。

 

 

「はい……副会長は、中川菜々と優木せつ菜両方に深い接点がある人なので、あのような口振りで訊かれて危機感を感じたのか、その場から逃げてしまいました……徹さんも道連れにするつもりはなかったのですが、咄嗟に手を掴んでしまいました」

 

「なるほどな……まあ、その気持ちは分かる。勘付かれてバレたくないもんな」

 

「そうですよね……はぁ、せっかくのファンと話せるいい機会だったのに、ダメですね、私は……」

 

 

 せつ菜ちゃんは視線を下に落とし、今にも泣きそうな声色で心情を吐露した。ファンを大事にする彼女だからこそ、今回の出来事はかなりショックだったのだろう。俺は彼女をどう励ますか考えていた。そして──

 

 

「……大丈夫だ」

 

「えっ?」

 

 

 せつ菜ちゃんの頭に手を置き、そう話しかけた。

 

 

「『失敗は成功のもと』って言うだろう? 今回で若月と山本が離れていくことは無いと思うから、この失敗を生かして次こそ上手く会話すればいいんだ。それっぽい質問が来た時の躱し方を考えたりしてさ。それに、俺や同好会のみんななら、バレないようになんとかするさ。きっと、みんなだってそうしてくれるはずだ」

 

「徹さん……ふふっ、そうですよね。失敗したら、今度成功すればいいんですよね」

 

 

 せつ菜ちゃんの表情に笑みが戻り、目蓋には涙が溜まっていた。

 

 

「ありがとうございます、徹さん。励ましてくださって……」

 

「良いってことさ。というか、俺は今までせつ菜ちゃんに沢山励まされてきたんだ。これからは、俺がせつ菜ちゃんを励ましていきたいってことだ」

 

「徹さん……」

 

 

 海から吹いてくる夜風が、俺達の間をすり抜ける。夏の星空は、一つ一つの星が燦々と瞬いている。

 

 

「しかし、大分人気のないところまで来たな」

 

「はい。その……二人っきり、ですね」

 

「……あぁ、だな」

 

 

 この空間は、まるで合宿二日目の時みたいだ。

 

 

「あの、徹さん」

 

「ん、どうした?」

 

「その、改めてになるんですが……私のこの着物、似合ってますか?」

 

「あぁ、とても似合ってるぞ。せつ菜ちゃんらしい赤色で、白い模様とのコントラストが映えるし、その花の髪飾りも可愛いな」

 

「かわっ……!?」

 

「川……?」

 

「な、なんでもないです!」

 

 

 せつ菜ちゃんの言いかけた言葉に反応するが、有耶無耶にされてしまう。俺はただ正直な感想を述べただけなのだが……

 

 

 妙に緊張した空気が流れていると────

 

「あっ……花火だ」

 

 

 運河の先に大きな打ち上げ花火が見えた。このお祭りの中でも大きなイベントである、花火大会が始まったのだろう。合宿の時にもプールから眺めたが、今回はそれ以上に近く、とても華やかで壮大だった。

 

 

「綺麗ですね……!」

 

「ホントだな」

 

 

 いつの間にか花火を眺めるのに夢中になってるせつ菜ちゃん。彼女の浴衣が花火の鮮やかさに映えて、とても綺麗だった。

 

 そう考えていると、ズボンのポケットで俺のスマホが震えた。

 

 

「って、そろそろみんなと合流しないといけないな。せつ菜ちゃん、行くぞ……!?」

 

 

 俺が歩き出そうとすると、せつ菜ちゃんが俺の浴衣を引っ張ってきた。

 

 

「せつ菜ちゃん……?」

 

 

 彼女の頬は赤く染まっていた。

 

 

「えっと、徹さん……もう少しここで一緒にいたいのですが……ダメ、でしょうか……?」

 

「! ……わ、分かった」

 

 

 それから、俺達はもう少しだけここで花火を眺めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 





 今回はここまで!

 長編でお送りしましたが、いかがでしたでしょうか?
 次回かそれくらいで原作1期から2期に繋がるストーリーは完結する予定です!

 ではまた次回!
 評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします!
 


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第100話 行ってきます


どうも。
第100話です。
では早速どうぞ。


 

 

「はぁ……」

 

 

 このように大きい溜め息を吐くのは、我が最愛の妹である高咲侑。

 

 

 今日は、自分の人生を大きく左右するであろう音楽科への転科試験の当日。普段は明るくて、なかなか気を負うこともない侑が今、固い表情のまま朝の食卓へと足を運んでいる。こんなことは高校受験の時もなかったので、今俺はどうしたら良いのか分からずにいる。こういう時は何を話してあげればいいんだ? 気をほぐすために、何か面白い話をするのがいいのだろうか……あぁもう、俺と侑二人で試験を受けられればこんな侑が辛い思いをしないのにな。

 

 

 そんな訳でどうも。可能ならば侑の隣で試験の様子を見守りたい高咲徹だ。

 

 

 夏休みもあと一週間ほどで終わろうとしている。つまり、二学期の始まりが迫ってることもあり、転科試験もこのタイミングで行われる。

 

 転科試験は学校の教室棟で行われている。なので、教室棟の方は関係者以外立ち入ることができない。だから、侑の転科試験を側で見守ることは叶わないということだ。まあ、そもそもそんなことしたら不正行為になるし普通にあり得ない、そんなことは分かっている。分かってはいるが……ホント、誰か透明マントを開発してくれないかな。

 

 それに、今日は同好会の活動がある。同好会の部室がある部室棟は普通に立ち入ることが出来るからな。故に、侑が試験を受けている最中、俺は部室に行かなければならない。

 

 そうなると透明マントに加えて、俺が分裂出来るようになる必要があるか……いやホント、さっきから何を考えてるんだ俺は!? そんなこと考えるより、侑の緊張をほぐすために会話しなければ……!

 

 

「そういえば、例のプロテインのCMまた新しいバージョンが出来たらしいぞ?」

 

「えっ、そうなの?」

 

「あぁ。今度はあのPerfect Bodyの人が、デートにトレーニングジムに行くっていう、これまたぶっ飛んだ内容なんだけどさ」

 

「あっはは、何それ! 面白そう」

 

「だろ? 今の時間やってるかもしれないから、テレビつけるか?」

 

「んー……ごめん、私は見れないかな。そろそろご飯食べ終わって準備するし」

 

「あっ……確かにそうだな。じゃあ、仕方ない……」

 

 

 一時は笑ってくれた侑だったが、俺がテレビのリモコンを取ろうとすると、苦笑いを見せた後に堅い表情に戻ってしまった。

 

 やっぱり、今日の侑は余裕がないんだな。普段なら、飯を食べ終わる終わらないに関わらずノってくるのに。

 

 

 ……それもそうか。侑は今までなかった自分がやりたいことを見つけて、今日がそれを叶えるための第一歩なんだもんな。

 

 侑が音楽科に転科すると言い切って、俺は出来る限り侑のために試験勉強に付き合ったり、ピアノの練習を見たりした。最後にピアノの練習を見た時は、合格するのに十分な実力になっていると思った。不足せず、出来ることはやったと思う。

 

「……ごちそうさま。支度してくるね」

 

「お、おう……」

 

 朝のフレンチトーストを、いつも以上のペースで平らげた侑は、そのまま食器を流しに置いてそそくさと自分の部屋に行ってしまった。

 

 

 これは、侑に掛ける言葉を今一度ちゃんと考えなきゃいけない。

 

 そう思いながらも、侑に続いて俺も朝飯を食べ終え、食器を流しに置いて皿洗いを始めた。

 

 

 今の侑は間違いなく、焦っている。昨日の夜は試験前最後のピアノの練習をしたのだが、ピアノの演奏が焦っているように聴こえた。その時は『焦らないで』と伝えたのだが、多分侑の中でまだその焦りが消えないのだろう。

 

 焦りの原因を正確に分かっているのは侑本人にしかいない。しかし、俺は彼女の兄だ。侑の思っていることは何となく分かる。多分侑は、まだ自分のピアノの腕前に対する自信を確かに持てていないのだと思う。

 

 転科試験に向けて練習を始めた頃は今よりもっと自信なんてなく、不安も口に漏らしていたが、最近は腕前がより上がっていって、だんだん彼女の表情からも自信がついてきたことが感じ取られてきていた。

 

 でも、試験本番となると話は別だ。ピアノを聴かせる相手は赤の他人。それもその道に通じた音楽科の先生達に聴かせるのだ。自信がなくなってしまうのも無理はない。

 

 俺も昔、初めて自分が作曲した曲を披露したあの時も、自信を失ったからな。今とは比べようもないくらい状況は異なるかもしれないが、自分の音楽が信じられず、挫けそうになっていた。

 

 

 ───でも、そんな時に侑が声を掛けてくれたんだよな。

 

 

『お兄ちゃんが作った曲、凄かったよ!! 思わずときめいちゃった!』

 

 

 そんな偽りのない、純粋な眼差しで言われた彼女の言葉が、俺を救ったんだ。

 

 ただ、今はその侑が、自分のピアノに自信を持ちきれずにいる。

 

 

 ───ならば、俺も俺なりに、侑を励ましてあげればいいのか?

 

 

「準備出来たから……行ってくるね、お兄ちゃん」

 

 

 侑はツインテールを結び、制服を着て荷物を持ってリビングに戻ってきた。

 

 

 ……迷っている暇はない。この後はすぐ行ってしまうだろうから、話しかけるなら今のタイミングしかない。

 

 

 俺は洗っていた食器を一旦置き、タオルで水気のある手を拭きながら侑に声を掛けた。

 

 

「すまん、ちょっとこっちに来てくれないか?」

 

「えっ……? う、うん……」

 

 

 侑は何が何だか分からず、疑問を浮かべたまま俺の目の前にやってきた。

 

 そして俺は、侑の頭に掌を乗せ、左右に動かした。

 

 

「……! お兄ちゃん?」

 

「侑、そんなに焦らなくて大丈夫だ。焦らずとも、侑はちゃんと転科試験をこなすことが出来るからな」

 

「お兄ちゃん……ごめん。せっかく色々助けてもらったのに、不安にさせちゃったよね……」

 

 

 俺に気を遣わせてしまったと思っているのだろうか、侑は申し訳なさそうな表情をした。

 

 

「ははっ、今更何を言ってるんだ。侑の心配事は俺の心配事、侑が困っているなら俺が助けるまで。兄妹だからな」

 

「お兄ちゃん……」

 

 

 目をウルウルさせて見つめる侑。

 

 このままずっと侑の頭を撫でていたいが、そんな時間はないな。

 

 

「まあそれより、今から俺が言うことをよく聞いてくれ。良いな?」

 

「う、うん!」

 

 

 侑の返事を待ち、俺は侑の両肩に手を置き、彼女と視線の高さを合わせ、話し掛けた。

 

 

「大丈夫──侑のピアノは、最高だ。今までやってきたピアノの練習は、間違いなくモノになってる。それに、音楽とスクールアイドルに対する熱い気持ちがある侑なら、絶対に乗り越えられる。だから……」

 

 

 そして、気合いを入れるように彼女の肩を叩き───

 

 

「自信を持って、行ってこいよ。頑張れ! 侑なら出来る!」

 

「っ……! うん……うん! 分かったよ! ありがとう、お兄ちゃん!!」

 

「よし、良い表情だ! 俺もそばで応援してるからな! いってらっしゃい!」

 

「うん! 頑張って、合格するからね! 行ってきます!」

 

 

 こうして、侑は音楽科の転科試験へと踏み出していった。

 

 玄関のドアを開けていく時の彼女の表情には、自信を滲ませた笑みがあった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「よし、部室に着いたな」

 

 

 朝に転科試験へ旅立つ侑を見送った後、俺は歩夢ちゃんと住んでるアパートの前で待ち合わせ、同好会の部室前までやってきた。

 

 歩夢ちゃんは昨夜から侑とチャットでコミュニケーションをとっており、その時から侑のことが心配だったようだ。会って早々彼女に侑のことについて聞かれ大丈夫だと伝えると、彼女は安心した表情を見せてくれた。

 

 昨夜は色々バタバタしていたため、歩夢ちゃんとベランダで話す時間が取れなかったんだよな。それが悔やまれるところではあるが、まあ今更それを悔やんでもしょうがない。今朝のあの様子なら侑は大丈夫だと思うし、結果オーライだと思う。

 

 

「だね……そういえば、今日は侑ちゃんがいないから、てっちゃんが全部頑張らなきゃいけないんだよね。大丈夫? 私も何か手伝うよ?」

 

 

 すると、歩夢ちゃんが思い出したかのようにそう言った。

 

「ん? あぁ、それは心配いらないさ。ただ……少し困ることもあるかもしれないから、その時は頼むかもしれない。だから、歩夢ちゃんは普段通りで練習に励んでくれ」

 

「分かった!」

 

 

 確かに、侑と俺で分担していた役割を全て俺がやるとすると、なかなかやることの量は多くなるだろう。自分一人でこなせる量であるはずだとは思うが、確信はない。

 

 歩夢ちゃんや他のみんなに手伝ってもらうことは極力避けたい気持ちで一杯ではあるが……でも、変に無理はしないためにも、ここは彼女達の力を借りる場合も考えておこうと思ってる。

 

 

 まあ、そんな風なことをサラッと思いながら、俺は部室のドアを開けた。

 

 

「おっすー……」

 

「……あっ! て、徹先輩!!」

 

 

 すると、ドアを開けてみんなに挨拶をした瞬間、かすみちゃんがすぐにこちらにやってきた。

 

 そして、それについていくように同好会のメンバー七人が続々と、俺と歩夢ちゃんが立つ部室の入り口にやってくる

 

「今朝侑先輩大丈夫でしたか!? 朝ご飯はしっかり食べていましたかね!?」

 

「あっ、あぁ……侑なら、ちゃんとご飯は食べていったぞ?」

 

 

 かすみちゃんはとても焦った様子で俺に早口でそう問いかけてきたので、俺がそう返すと、彼女は安堵した表情を浮かべた。

 

 

「よ、よかった〜! かすみん、朝からそのことが心配で心配でぇ〜!」

 

「良かったね、かすみさん! ……あっ、徹先輩に歩夢さん、こんにちは」

 

 

 すると、しずくちゃんが胸を撫で下ろすかすみちゃんに横から話しかけ、俺達に挨拶をしてきた。

 

 

「おう。こんにちは、しずくちゃん」

 

「しずくちゃん、こんにちは! もしかして、かすみちゃん部室に来てからずっとこんな様子だったの?」

 

 

 歩夢ちゃんは、俺が気になっていたことをしずくちゃんに訊いてくれる。

 

 

「はい、ずっとソワソワしてまして……」

 

「そうなんだよね〜。でも、かすみちゃんだけでなくて、みんなも心配してるもんね?」

 

 

 彼方ちゃんも珍しく目を覚ましており、かすみちゃんだけでなく、みんなが侑のことを心配していることを話してくれた。

 

 

「みんな……そうだったのか」

 

「はい……グループチャットの方では、いつも通りの様子だとは思っていたのですが、侑さんはなかなか弱みを周りに見せないので、本当は不安に押し潰されそうになってるのではと思ってしまいまして……」

 

「文字面だけじゃ分からないこと、多い。だから、徹さんに直接聞きたかった」

 

「なるほどな……」

 

 

 せつ菜ちゃんが言うそれは、侑が出かけた後くらいに同好会のグループチャットでみんなから届いた、応援のメッセージのことだな。侑はちゃんとそれに対して嬉しそうにコメントをしていて、今朝の侑の様子を知っている俺からしたら大丈夫だなと思ったが、璃奈ちゃんの言う通り、みんなからすれば侑がどんな表情でその文字を打ってるかなんて分からないもんな。

 

 

「でも、てっつーがその様子なら大丈夫そうだね! それにてっつー、ゆうゆのために色々してくれてたもんね!」

 

「あぁ。まあ、兄としてやるべきことをやっただけだけどな」

 

 

 試験勉強を見たり、ピアノの練習を見るのは別に大したことではない。まあ、ピアノを買うためにアルバイトを始めたのは、ちょっと頑張ったかなとは思うが。ホント、あともう少しで侑にピアノをあげられると思うと、嬉しくなってくるな。

 

 

「良かったよ〜! 私と果林ちゃん、朝から侑ちゃんの話しかしてなかったもんね〜!」

 

「ちょっとエマ、流石に他の事も少しくらい話したでしょう?」

 

 

 寮住みの二人は、朝からずっと侑のことを心配して話し合っていたようだ。ホント、人のためにそんな心配出来るなんて、良い子達ばかりだな。

 

 

「それにしても、徹は本当に何も心配していないようね。侑は自信を持ってテストに向かったの?」

 

 

 すると、果林ちゃんは俺に視線を向け、そう訊いてきた。

 

 

「……あぁ、そうだな。とても明るい表情だったよ」

 

「そうなのね……なら、安心だわ」

 

 

 少し安心した表情を浮かべる果林ちゃん。

 

 ホント、侑を明るい表情で見送ることができて良かったな。

 

 ……でもなんか、今侑にかけた言葉を思い出すと妙に恥ずかしくなってきたな。あんなに真っ直ぐな言葉で励ませられるとは、俺でも驚いている。

 

 

「そういえば、侑ちゃんが出掛ける前に声を掛けたって言ってたよね? 何を話したの?」

 

「えっ!? そ、それは……」

 

 

 いや待て!? それについて考えてたところでタイミング良すぎだろ!?

 

 

「おやおや〜? それは彼方ちゃんも気になるな〜」

 

「もしかして、恥ずかしくて言えないことかな〜?」

 

「っ……! いや、そんなことじゃないんだが……!」

 

 

 まさか歩夢ちゃんがそんなキラーパスを……いや、キラーパスでもないのだろうが……

 

 別にそんなに恥ずかしいことでもないのかもしれないが……なんだろう、口にするのがますます恥ずかしくなってきたぞ……

 

 そんなこんなで回避策を探すようにふと時計を見ると、同好会の活動開始時刻になっていた。

 

 

「……ほ、ほら! もう活動開始の時間だ! そろそろミーティングを始めて、練習着に着替え、準備体操をしなければいけないぞ!」

 

 

 よし、これでせつ菜ちゃん辺りが乗ってくれればこの難を逃れることが出来る───

 

「あっ、確かにそうですね! もうこんな時間ですか……では、徹さんが侑さんに何を言ったのかは後にしましょう!」

 

「後に!?」

 

 

 せつ菜ちゃんまでそんなことを言うなんて……っていうか、みんな変にニヤニヤしているじゃないか!?

 

 

「徹先輩! 覚悟しておいてくださいよぉ〜?」

 

 

 そんな……これが、逃れられない運命ってことか……

 

 

「……ま、まあ良いだろう。よし、ならば、同好会の活動を開始しよう」

 

「「「はーい!」」」

 

 

 もう一連の件については気にすることをやめ、気を取り直してみんなを仕切っていく。

 

 

「じゃあ早速ミーティングの話題だが……なあせつ菜ちゃん、そろそろ同好会の今後の方針について話し合うべきじゃないか? そろそろ新学期も始まるからな」

 

「私も同じことを思っていました! スクールアイドルフェスティバルを終えて、時期的にそろそろ、次に何を目指して行くかを決めなくなりません。ただ、侑さんがいないので、この場で決めることは出来ませんが……ここで一度話しておくのもアリだと思います!」

 

「なるほどな……」

 

 

 侑がいないとはいえ、決められることは先に決めておくのが良い。話し合いの時間を効率的に済ませて、なるべく練習の時間に充てたいしな。

 

 

「そういえば、この前届いたお手紙の中に『またスクールアイドルフェスティバルが開催されたら、絶対参加します!』って書いてあったね〜」

 

「そうでしたね! 私も見たんですが、似た内容のお手紙が一杯ありました!」

 

「なるほど〜。そうなると、第二回目のスクールアイドルフェスティバルとか、やってみる〜?」

 

 

 エマちゃんと歩夢ちゃんが言う通り、フェスが終わった直後には沢山のお手紙とE-mailが俺達の元に届き、そこには第二回のフェスを希望する内容のものが沢山あった。

 

 

「良いですね! 実は私も、そのようなことを直接言われたことがありまして……考える価値はあると思います!」

 

 

 せつ菜ちゃんは、若月の友人である山本に言われたことをみんなに話した。

 

 

「第二回ですか……良いとは思いますが、内容は前回と変えますか?」

 

「何かしら変えるべきじゃないかしら? 前と同じことをやっても、面白みがないわ」

 

「ですよね……」

 

「何を変えるべきだろう……璃奈ちゃんボード『むむむ……』」

 

 

 前回のフェスと何を変えるか、か……

 

 

「……それこそ、参加者じゃないか? 前回出てくれた東雲と藤黄が出てくれるかは分からないが、お手紙をくれた人達が全員集まったら、それだけでも十分面白くなると思うが?」

 

「! それだー!! ナイスアイディア、てっつー!」

 

「流石徹くん、頭が切れるね〜」

 

「これなら、本当に第二回スクールアイドルフェスティバルを開催出来るかも……璃奈ちゃんボード『ワクワク!』」

 

 

 俺が出した意見に、イキイキと賛同してくれる同好会のみんな。

 

 こうして俺も、侑みたいにユニークな発想をしてみんなのことを引っ張っていけたらいいな。

 

 そう考えていると、気がつけばそこそこ時間が過ぎていた。

 

「……ん、そろそろ準備運動しないといけない時間だな。せつ菜ちゃん、同好会の次の目標のプランの一つとして、こんな感じで大丈夫か?」

 

「良いと思います! では、この話し合いは保留にしておきまして、これから準備運動に行きましょう!」

 

「「「おぉー!!」」」

 

 

 こうして、侑がいない中でも平常運転で同好会は活動をするのであった。そして俺達同好会は、次の新たなる段階へ向けて動き出そうとしていた───

 

 

 





 今回はここまで!
 これにて、原作一期から二期に繋がる話の内容は終了です。

 次回からは原作二期に直接関わる内容に入っていきます。

 ではまた次回!

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原作2期編
第101話 心地良い朝



どうも!
第101話です。


 

 

『♪〜』

 

「んん……眠い……」

 

 

 時間は朝の六時半頃。俺は、スマホのアラームによって目を覚めさせられた。気がつけば、カーテンからは眩い朝日が僅かに漏れていて、本当に朝なんだなと実感させられた。

 

 あぁ、まだ寝ていたいなぁ……そんなことで甘えることなど言語道断だと言う風に自分に言い聞かせ、身体を起こして洗面所へ向かう。

 

 

 そんな訳で、Good morning. 高咲徹だ。

 

 

 しかし、こんなに起きるのが辛いと思うのはかなり久々だ。別に何か悩み事があって眠れなかった訳でも、夜更かしした訳でもないのに。

 

 まあ、最近は同好会の活動に加えてバイトが忙しかったということがあり、夏休み後半は割と起きるのも遅めだったからだろう。今日から二学期が始まるということもあって久々に平常通りに起きた訳だが、この眠気はヤバいな……

 

 まあ、そんな眠気は冷たい水で洗顔して吹っ飛ばすのさ。

 

 

「ふぅ……さて、朝飯の支度をしに行くとするか」

 

 

 洗面所で顔に水を二回ほど掛け、バスタオルで顔を拭いた後、俺はリビングの方へと向かった。キッチンに入る前に、リビングのカーテンを開け、朝日をリビングに通した。今日も相変わらず夏らしい気候で、相変わらずまだ気温と湿度が高い。もう夏休みは終わったというのにな……

 

 

 そういえば、今年の夏休みはいつもより十二分に楽しめたんだよな。同好会の合宿から始まり、スクールアイドルフェスティバルを開催して、侑と歩夢ちゃんと一緒にショッピングしたり……あと、初めてのボランティアで三船と一緒にゴミ拾いしたり、しずくちゃんと演劇を鑑賞したり、愛ちゃんのもんじゃ焼き屋さんでアルバイトもしたり……

 

 あっ、みんなでお祭りに行ったことは忘れちゃいけないな。最初は学年別で分かれて行動してたけど、結局みんな合流しちゃって、花火はみんなで見たんだよな。それで、夏休み終わりにはみんなで勉強会も開いて、みんなで夏休みの課題を終わらせたり───なんだかこう振り返ると、俺ってかなり濃密な夏休みを過ごしてたんだなって実感する。

 

 まあ、もう少し休みを堪能したい気持ちはない訳ではないが、これからも楽しみなことはある。その楽しみを迎えるためには、今こうして夏休みを終わらせるしかない。どこかのアニメみたいに夏休みを繰り返すなんてことにはなりたくないもんな。

 

 

 そんなことを考えつつ、今日の朝飯に使う食材を用意していた。

 

 

 すると───

 

 

『♪〜』

 

「ん? この音は……」

 

 

 どこからか、ピアノの音が聞こえてきた。音量的に外からではなく、うちからだ。

 

 侑が弾いてるのか……? それに、このメロディーって……

 

 

 気になった俺はキッチンから離れ、侑の部屋の前にやってきた。やはり、侑の部屋から聞こえてきているようだ。

 

 

 やっぱりこのメロディー……間違いなくあの曲だ。いつの間にか弾けるようになったのか? 

 

 というかそもそも、うちでピアノを弾く時はいつもイヤホンを装着して弾いてるから、このようにキッチンまで聞こえてくるということはイヤホンをつけ忘れたんだろうな……

 

 

 ……でも、聴いててとても心地いいな。

 

 

 気がつけば俺は、部屋のドアを開けて侑の部屋に入っていた。

 

 侑が弾いていたピアノは、数日前に侑に贈った電子ピアノだった。愛ちゃんの家で夏休み中アルバイトしたおかげで、何とか二学期が始まる前に贈ることができたのだ。

 

 ……しかしまだ侑は寝起きのはずなのだが、そうとは思えないほど気持ちよさそうにピアノの音色を奏でているな。それに、俺が部屋に入ってきているとも気づかないほど、夢中のようだ。

 

 

 俺も夢中で侑のピアノを聴いていると、曲のサビを弾き終えたところで彼女の指が鍵盤から離れた。

 

 そのタイミングで、俺は侑に声を掛けた。

 

 

「いい音色だったな?」

 

「ん? ……うわぁ、お兄ちゃん!?」

 

 

 俺の声に反応してこっちを見た瞬間、侑は椅子から転げ落ちるくらいの勢いで驚いた。

 

 

「ははっ、流石に驚きすぎじゃないか? そりゃ、いきなりピアノの音が聞こえてきたんだから聴きに来て当然だろ?」

 

「えっ? ……あっ、イヤホン付けるの忘れてた!? ごめんなさい! 次からは気をつけるから!」

 

 

 やはり、自分がイヤホンを付けていないことに気づかず、そのまま弾いていたようだ。まあ、寝起きだったんだな。

 

 

「まあそれはそれで全然良いんだが……さっき侑が弾いてた曲って、あの時の曲か?」

 

「え、えっと……そうだよ。まだ全然下手なんだけどね、あはは……」

 

 

 侑が弾いてた曲───それは、スクールアイドルフェスティバルの最後を飾った、同好会全員で歌ったあの曲だった。あの曲は、俺が作曲を手掛けただけあり、イントロが聞こえてきた時にすぐに分かった。

 

 

「そんなことはないぞ。そもそもその曲の楽譜は俺しか持ってないし、楽譜のない状態で弾くことが出来る時点でなかなか凄いからな……しかし、どうやって覚えたんだ?」

 

「そ、そうかな……でも、動画サイトに上がってる動画を見て耳コピしたかな」

 

 

 やはりそうか……というか、主旋律だけではなく大まかな伴奏のメロディーまで捉えるなんて、そう簡単に出来ない。

 

 さっき侑は、右手で主旋律のメロディーを弾き、左手でコードを弾いていた。コードはまだ音数が少なく、右手に集中しているせいかおぼつかないところもあった。しかし、そんなことは今の俺にとって重要なことではなかった。それよりも───

 

 

「なるほど……あの曲を、何回も繰り返し聴いてくれたんだな」

 

 

 俺は、侑がピアノで弾くために何度もあの曲を聴いてくれたのだろうと思うだけで嬉しかったのだ。

 

 

「うん! だって、今までソロで頑張ってきた同好会のみんなが、私のために力を合わせて、全員で歌ってくれたんだよね。それがとても嬉しくて……今思い出しただけで、涙が出てきちゃいそう」

 

 

 侑は、額縁に入れて部屋に飾ってある、スクールアイドルフェスティバルで撮った集合写真を眺めながら、あの日を思い出すように話す。

 

 集合写真には、同好会のスクールアイドル九人がそれぞれの衣装を着ており、その中央には制服姿の侑が両側の歩夢ちゃんと俺の肩に手を回して立っている。この写真だけでも、みんなが心の底から楽しんでいたことが分かる。侑もその一人だ。

 

 

「それに、私が初めて作ったフレーズがあんなに綺麗な一つの曲になるんだって……私、思わず感動しちゃって」

 

 

 すると、侑は俺と向き合って、目をキラキラと輝かせてこう言い放った。

 

 

「やっぱり、お兄ちゃんは凄いよ。私、あの曲が大大大好きになっちゃったもん!」

 

「侑……」

 

 

 その言葉を聞いた俺の心の中では、親しみのある温かい何かを感じていた。

 

 ……ははっ、また侑に褒められちまったな。

 

 

「ありがとな。でも、その言葉をもう少し早く聞きたかったかな〜?」

 

「えっ!? それは……だって、音楽科の転科試験とかで忙しかったし、言うタイミングがなかったんだもん……」

 

「あぁすまんすまん……冗談だ。分かってるぞ、一生懸命だったから仕方なかったもんな」

 

「えぇ!? もー、お兄ちゃんの意地悪……」

 

 

 困った表情を見せたり、不機嫌な表情を見せる侑。

 

 

 そしてまだ寝ぼけているのか、甘えるように俺に抱きついてきた。ピアノを弾き終わってスイッチが切れたのかな。そんな侑の頭を、俺は優しく撫でた。

 

 侑も中学の時と比べたら結構大きくなったよな。今じゃ甘えることはほぼ無くなったが、侑が甘えん坊なところなのは変わらないな。

 

 

「ははっ……ホント、可愛いやつだなお前は」

 

「ん? お兄ちゃん今何か言ったー?」

 

「ううん、何でもない」

 

 

 侑に聞こえない程度の小さい声で呟いたつもりだったが、少し聞こえていたようだ。

 

 

「え〜、ホントかな〜?」

 

「本当だ。それより侑、そんなに寝ぼけているとダメだぞ? これから音楽科で頑張っていくんだからな」 

 

 

 挑発的な表情の侑に対し、俺は気合いを入れようと彼女に発破をかける。

 

 

「うっ……そ、それは分かってるよ! それで私、今度はお兄ちゃんの力になれるように頑張るから!」

 

「俺のか?」

 

「そうだよ! お兄ちゃんは、これから作曲活動を本格的に始めていくんでしょ? それに協力出来るようになるから!」

 

「なるほど……そういうことか」

 

 

 侑の部屋にもピアノがやってきたことによって、やっと俺も作曲活動に専念できる。しかし俺の作曲活動は、時に一人ではそう簡単には上手くいかないかもしれない。そんな時に侑が音楽科で音楽の知識を身につけていれば、俺にはないような発想で俺の作曲にアドバイスをくれるかもしれない、そういうことだろうか。

 

 ……いや、俺の作曲に協力するというレベルには留まらないだろう。むしろ二人の共作で曲が作れるかもしれない。それも、同好会のみんなで歌う曲を───

 

 

「その気持ちはとても嬉しいぞ。でも、侑は俺と肩を並べるくらいになると思ってるけどな?」

 

「えぇ!? そ、それは難しいんじゃないかと思うけど……でも、なれるのなら、なりたいな」

 

 

 一瞬自信のなさが見受けられたものの、侑の言葉にはポジティブさを感じた。

 

 

 ───もしかしたら、侑は俺を……

 

 

 すると、俺のズボンのポケットでスマホが小刻みに揺れた。

 

 

「ん? チャットか……」

 

 

 スマホを起動し、画面を見ると歩夢ちゃんからチャットが届いていた。

 

 

『てっちゃん、おはよう! 朝からピアノの音が聞こえたんだけど、もしかしててっちゃんが弾いてた? それも含めて、今から話せそうかな?』

 

 

 こんな内容だった。

 

 

「どうやら、歩夢ちゃんにも聞こえてたようだな」

 

「あはは……恥ずかしいな……」

 

 

 目を逸らして恥ずかしそうに頬を赤める侑。

 

 そういや、まだ朝飯の準備も碌に出来ていないな……まあ、歩夢ちゃんと話した後でも問題ないか。

 

 

「まあ、歩夢ちゃんが待ってるんだし、取り敢えずベランダに行こうか?」

 

「だね!」

 

 

 こうして、俺らはベランダに行って歩夢ちゃんと話しに行くことにした。ピアノの音の主が侑であると聞いた歩夢ちゃんは意外そうな反応をしたものの、とても嬉しそうだった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 二学期の始業式を終え、俺は歩夢ちゃんと一緒に同好会の部室に向かっている。

 

 本来は侑も一緒に来るつもりだったのだが、音楽科の担任の先生と話があるらしく、今日は先に二人で来ている。

 

 

「侑ちゃんの新しい担任の先生、結構堅そうな先生だったね」

 

「あぁ、確かにあの先生は見た目そう見られがちだな。でも生徒会長の時に一度あの先生と話す機会があったんだが、意外と物腰柔らかくて話しやすい先生だったぞ」

 

「そうだったんだ! それが聞けてよかった〜」

 

 

 歩夢ちゃんと一緒に侑の新クラスに訪れた時に見かけた担任の先生について話しながら、部室棟の廊下を進む。

 

 

「もしかして、虹ヶ咲の生徒だけじゃなくて先生も全員名前覚えているの?」

 

「あー、流石に非常勤の先生は話す機会が無いものだからあまり意識して覚えていないんだけど、大体名前は覚えていたぞ。今は流石に怪しいけどな……」

 

「そうだったんだ! それだけ覚えられるなんて、てっちゃん凄いよ!」

 

「いやいや、大したことではないよ」

 

「もー、また謙遜してー! てっちゃんは凄いの! 分かった!?」

 

「えぇ……わ、分かったよ」

 

「それでよし♪」

 

 

 何だか急に怒られたのだが……別に謙遜してるつもりもなくて、実際生徒会長として当たり前だと思ってやってただけなんだけどなぁ……

 

 

 まあでも、歩夢ちゃんが満足そうにしてるからいっか。

 

 

 そんなこんなしているうちに、同好会の部室の前まで来ていた。俺が部室のドアを開けた。

 

 

 すると、何人かが集まって何やらワイワイと楽しそうに盛り上がっていた。

 

 

「よっすー、楽しそうにやってるみたいだな?」

 

「こんにちは〜!」

 

 

 俺と歩夢ちゃんは中に入り、集まっているみんなに声をかけた。

 

 

「あっ、歩夢にてっつーじゃん! ちっすちっすー! てっつーは身体、ちゃんと休めてるー?」

 

 

 すると、愛ちゃんが俺達に近づいてきて俺の肩に手を回してそう訊いてきた。

 

 

「おう。何とか休めてるぞ」

 

「そっかー! てっつーもゆうゆにピアノプレゼントできたんでしょ? だったらあまり無理しないうちに……うちのバイトも辞めちゃって大丈夫だからね!」

 

「そうだ、てっちゃん作曲活動も始めるんだよね? バイトもして、とても大変になっちゃうんじゃない……?」

 

「二人とも、俺の身体を心配してくれてありがとうな。確かにな……バイトとしては辞めざるを得ないかもしれんな」

 

「そっか……」

 

 

 すると、愛ちゃんが少し寂しそうな表情を見せた。

 

 

「……でも、愛ちゃんの家のバイト楽しかったし、たまにでよければ手伝ったりしてみたいな」

 

「……! うん! 大歓迎だよ〜! 気が向いたら、またウチに来てね!」

 

 

 

 バイトを辞めてしまったら、二度とあそこの厨房に入れないと思うと寂しかったが、愛ちゃんのその言葉を聞けて安心した。あそこで仕事するのは手応えがあるし、店の人や店に来る人みんな優しいから居心地が良いんだよな。それに、愛ちゃんもいるし。

 

「あっ、てっちゃん! それに歩夢ちゃんも! チャオ〜!」

 

 

 すると、今度はエマちゃんが俺達に声を掛けてきた。それと同時にその場にいたみんなが俺達の存在に気づき、各々反応してくれた。

 

 歩夢ちゃんは愛ちゃんと何か話しているようなので、俺がみんなに応じる。

 

 

「よう、みんな。調子はどうだ?」

 

「はい! かすみんは絶好調ですよぉ〜! ……あれ? そういえば徹先輩、侑先輩は?」

 

「あぁ、侑は音楽科の先生とちょっと話すみたいでな。後から来るって言ってたぞ」

 

「あっ、そういうことだったんだね! ……侑ちゃん、なんだか忙しそうだね〜」

 

 

 かすみちゃんの疑問に答えると、エマちゃんが納得した様子でそう言った。

 

 

「まあ、それは仕方がありませんね。新たな科に入る訳ですから、学業の進みに追いつくだけでなく、その科の勝手も知る必要がありますので」

 

「きっと侑ちゃんが安心して学びに集中出来るように、先生が気を利かせてくれたんだね〜」

 

 

 音楽科がどのような感じなのかは俺には分からないし、奇しくもこの同好会には音楽科所属の者がいないので聞きようもない。しかしせつ菜ちゃんの言う通り、侑が元々所属していた普通科とは明らかに勝手が違う。

 

 だから、彼方ちゃんが言うように、その勝手を知らないというブランクを、侑の担任の先生は埋めようとしてくれているのだろう。

 

 

「そういうサポートは非常に助かりますよね。私が転校してきた時も、担任の先生が親切に色々と教えてくださいましたから」

 

「えっ、しず子って転校生だったっけ?」

 

「そうだよ! 最初の同好会で言ったんだけど、もしかして覚えてない……?」

 

「てっきり最初からいるって勝手に思い込んでた……」

 

 

 そういえば、しずくちゃんは今年度の入学式の約一週間後に転校してきたんだったな。俺も、時々彼女が転校生であることを忘れてしまうんだよな。まあ、それくらい彼女が虹ヶ咲に馴染んでるってことだな。

 

 

「確かに、しずくちゃんは今年の入学式の直後に転校してきたからな。かすみちゃんがそう思うのも無理はない」

 

「そういえば、徹先輩は私が転校生であることを知ってるんでしたね」

 

「あぁ。確か転校初日にあったんだもんな?」

 

「そうでしたね……あれは電車の中で……っ!?」

 

 

 すると、しずくちゃんが急に話すのを止め、頬を赤く染めて俯いてしまった。一体どうしたのだろうか……?

 

 しずくちゃんと初めて会ったのは……あっ!?

 

 

「しずくちゃん? どうしたの?」

 

 

 エマちゃんが固まったしずくちゃんを心配そうに見ている。

 

 

 そうだ……しずくちゃんと初めて出会ったのは、満員電車の中だった!

 

 別に俺は何もしでかしていないのだが……これを周りに話してしまっては、変な誤解を生むこと間違いなし! ならば、ここで話題を切り替えるべし!! 

 

 

「……あー、そういえばさ! なんかさっき俺が部室に来た時に何か盛り上がってたじゃないか! 一体何を話してたんだ?」

 

「てっつーが来た時……あー、あの時ね! 第二回スクールアイドルフェスティバルについてだよ! せっつーが、今度ある説明会で宣伝したらどーお? って提案してくれたから、どうするか話してたんだー!」

 

 

 俺が無理やり話を切り替えると、いつの間にか歩夢ちゃんと話を終えていた愛ちゃんが反応してくれた。

 

 第二回スクールアイドルフェスティバルの開催は、侑の全面的な賛成によって全会一致で決まった。そして、愛ちゃんの言う説明会というのは、学校説明会のことだろう。毎年来年度に虹ヶ咲への入学を志望する生徒やその親が訪れる行事で、外部から来た人にこのフェスの開催を伝える絶好の機会と言っていいだろう。

 

 

「おぉ、学校説明会か……確かに良いかもな。それで、何か案は出たのか?」

 

「それが……ライブしたら一番良いという話にはなったのですが、その為には講堂を使わなければならないので……」

 

「あぁ……なるほど。となると、毎年恒例のくじ引きに参戦しなければならない、ってことだな?」

 

「そうです。くじ引きなんです……なので、万が一外れてしまった場合は、別の宣伝方法を考える必要があるということになりました」

 

 

 やっぱりそうか……あまり関わりたくないが、あのイベントが一番荒れるんだよなぁ……

 

 そう、俺とせつ菜ちゃんが言うくじ引きというのは、講堂を使うことが出来る部活をくじ引きで決めるというものだ。

 

 虹ヶ咲にはたくさんの部と同好会がある。その中で、学校説明会などの行事で講堂を使いたいと言う部や同好会は、両手では余裕で数え切れないくらいいる。だから、その数を絞るために、運任せで決めるのだ。これには各部・同好会が血眼になって、数少ない講堂使用の枠を取りに来る。だからこのくじ引き会を開催するのは気が滅入るんだよなぁ……

 

 

 まあ、そんなことは言ってられない。今度は参加する側として、外れてもいいような策を考えろってことだな。

 

 

「そこで、璃奈ちゃんが素晴らしい提案をしてくれたのよ。ねっ、璃奈ちゃん?」

 

「うん。果林さんが言うほど良い案かは分からないけど……」

 

 

 なんと、すでに策の案が出ているという。それに璃奈ちゃんは頭が良いし、良い案に違いない。

 

 

「ふむ……その案を聞かせてくれないか、璃奈ちゃん?」

 

「分かった──宣伝PVの放映をする」

 

 

 宣伝PV……つまり、以前に同好会全員が自己紹介するPVを出した時と似た感じで、カメラで撮影してその映像をどこかで流せばいいと言うことか。

 

 

「ほう……なるほどな。それは良いかもしれない」

 

「やはり徹さんもそう思いますよね! 校内には大きいディスプレイがありますので、そこで放映すれば沢山の人の目に留まります!」

 

 

 なるほど。確かにあそこにはとても大きいディスプレイがあったな。普段は何かしら天気予報やら校内の情報が放送されているが、学校説明会でそれを借りれば、実現可能だな。広告効果も期待できるだろう。

 

 

「それでね、実はそのPVに関しても色々話し合ったんだよ〜!」

 

「おぉ、もうそこまで話が進んでたのか……」

 

 

 流石、話が早すぎるような気はしなくもないが……まあ、早すぎても悪いことはないけどな。

 

 

「まあ、まだその策でいくって決まった訳じゃないんだけどね〜……ただ、それがねぇ〜……」

 

「何か問題があったんですか?」

 

 

 彼方ちゃんの反応が少し渋々としているのを見て、歩夢ちゃんがそれについて訊こうとする。

 

 

「取り敢えず、徹先輩と歩夢先輩……りな子のメモがそのパソコンにあるので、見てください……」

 

 

 すると、かすみちゃんが疲れたような表情で部室の横にあるパソコンを指差した。メモっているなんて、流石璃奈ちゃんだな。

 

 

「どうする? 見に行く?」

 

「見に行くか……えっと、起動してパスワードっと───」

 

 

 俺は歩夢ちゃんと一緒にパソコンの前に立ち、パソコンのパスワードを打ち込み、画面が映った。すると、どうやらメモ帳らしきページが立ち上がっており、見てみると……

 

 

「「えっ?」」

 

 

 これは……

 

 

 

 





 原作2期に関わる内容になりましたが、いかがだったでしょうか? 
 2期で新たに登場すらメンバーが本格的に絡んでくるのは少し先になります。

 ではまた次回!
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第102話 和やかな空間


どうも!
第102話です。


 

 

 

「思ってた以上に話が膨らんでるじゃないか……」

 

「うん……私もびっくりしちゃった」

 

 

 二学期に入って初日、同好会の部室にやってきた俺と歩夢ちゃんが目の当たりにしたのは、一見企画書かと思うほど具体的なことが事細かに書き込まれたメモだった。しかもそれが今日中で、かつ俺達が来る前のわずかな時間で出された、第二回スクールアイドルフェスティバルを宣伝するPVに関するアイデアを書き込んだだけだという。

 

 普段から同好会のメンバーのアイデア力は凄まじく、こういう話し合いの場はアイデアで乱れることは想像の範囲内ではあるものの……まさかここまでとは思わなかった。

 

 それに、そのアイデアの乱立を璃奈ちゃんがなるべくスッキリと纏めてくれていたことも驚きの一つだ。きっと頭をフル回転させながら、みんなの話し合いを聞くことに集中していたのだろう。

 

 

「これ、璃奈ちゃんもメモするの相当大変じゃなかったか?」

 

「えっと……うん、流石にちょっと大変だったかも」

 

「だよな。お疲れ様だ」

 

「あっ……うん、ありがとう……」

 

 

 俺は、隣にいた璃奈ちゃんの手を握りながら、感謝の意を示した。こういう時に頼れる璃奈ちゃんが同好会にいるのがホントにありがたい。ただ、彼女もスクールアイドルだし、そう易々と頼ってられないな……

 

 

「あの、私達何かやっちゃった感じですか?」

 

 

 せつ菜ちゃんの声を聞いて振り返ると、パソコンを囲い込むように同好会のメンバーみんなが集まっていた。

 

 

 

「いやいや、そういう訳じゃないぞ! せつ菜ちゃん達が気にすることじゃないからな!」

 

「そ、そうですか……でしたら、どうでしょうか!? 皆さんと知恵を絞ってみました!」

 

 

 自信満々な様子でそう言い放つせつ菜ちゃん。

 

 ……まあ、このままこのアイデア達を判断するのは時期尚早だな。

 

 

「とりあえず、みんながどういう流れでPVについて話し合ったかだけ、確認させてくれないか?」

 

「分かりました! なんでも訊いてください!」

 

「彼方ちゃんも、答えられる範囲なら答えるよ〜」

 

 

 しずくちゃんも、俺の質問に準備は出来ているようだ。

 

 

「ありがとうな。それじゃあまずコンセプトなのだが……」

 

 

 そして俺は再びパソコンと向き合い、まずはメモの最初に書かれていたPVのコンセプトについて訊くことにした。

 

 

 

 

「なるほど……つまり、前回のフェスよりも多くの人に参加して欲しいから、説明会に参加する人々が目を引くようなPVにしたいって話になったってことか」

 

 

 主にせつ菜ちゃんの話によれば、第二回スクールアイドルフェスティバルでより多くのスクールアイドルとそのファンに参加してもらえるようにするために、PVを工夫したいということだった。これに関しては全会一致で決まり、ここまでは順調に話し合いが進んでいたようだ。

 

 

「はい! その解釈で遜色ありません」

 

「うむ、俺としては、とても良い方針だと思う。しかし……」

 

 

 問題はその後だった。

 

 

「そこからの具体的なところがな……ほら、この『恋して駆け落ち』って部分は多分しずくちゃんが発案してるんだろ? あとここら辺からは『戦闘』とか『特殊能力』『必殺技』ってワードがあって間違いなくせつ菜ちゃんの発案だし……」

 

「流石徹さん! 大当たりです!」

 

「そ、それを気づかれるなんて……徹先輩はエスパーですか!?」

 

「やっぱりな……いやいや、エスパーじゃなくても分かると思うが」

 

 

 アイデアの嗜好がほぼしずくちゃんとせつ菜ちゃんの好みに一致していて、他の子のアイデアがなかなか見受けられない状態になっていた。まあ、議論が加速しすぎて周りが付いていくのに必死になってたんだろうな……その議論を止める余地もなかったのだろう。

 

 

「あはは……二人らしいね」

 

 

 歩夢ちゃんは苦笑いをしながらそう言った。まあ、分かりやすいのはこの二人だけではなく、なんなら細かく見ていくと二人以外が発案したらしきものもあって、これらも誰が発案したかが分かりやすい。なんだか、誰が発案したか当てるのが面白くなってきたな。

 

 

 ……いや、そんなことをしている場合ではないな。

 

 

「それで、みんなはこれについてはどう感じたんだ?」

 

 

 俺は後ろを振り向き、みんなの表情を見た。すると、せつ菜ちゃんとしずくちゃんを除く同好会のメンバーは微妙な表情を見せた。

 

 まあ、急に自分がよく分からないことを乱立されたら混乱するだろうし、判断し難いだろうな。

 

 一瞬静寂が続いたが、一人が喉を鳴らしてから声を発した。

 

「んん……かすみんは、二人がぱぱーっと話を進めてしまうので、止めようとしたのですが、話を聞いてくれなかったんですよ! なのでぇ、早く徹先輩か侑先輩にどうにかしてほしいと思ってたところでしたよぉ……!」

 

「そうだったのか……ずっとその場の収拾をつけようとしてたんだな。ありがとう、かすみちゃん」

 

「せんぱぁい……!」

 

 

 しずくちゃんとせつ菜ちゃんの白熱した議論を抑えようと必死になってくれたかすみちゃんを労う。

 

 

「う〜ん……彼方ちゃんとしては、ここからどんなPVになるのか想像しにくいな〜」

 

「あぁ、なるほど……確かにな」

 

 

 このままでは、沢山のアイデアを抱えたまま何も生み出せないことになってしまいそうだよな……なんとかしなければ。

 

 

 ──そういえば、彼方ちゃんに一つ確認したいことがあったんだった。

 

 

「なあ彼方ちゃん、一応訊くんだが、この『みんなで寝る』ってワードは彼方ちゃんの発言だよな?」

 

「えっ? どれどれ……」

 

 

 明らかに異質な発案で、話の流れからも外れていたのでこれこそ『どういうこと!?』とツッコミを入れようかと思ったのだが……

 

 

「!?」

 

 

 彼方ちゃんが真後ろから屈んでいるのか、俺のすぐ横に彼女の顔があったのだ。しかも俺の肩辺りには柔らかい感覚があり……俺は酷く動揺した。

 

 

「あ〜、彼方ちゃんが冗談で言ったことも残ってたんだね〜……って、どうしたの、徹くん?」

 

「な、何でもない! ……っていうかそれ冗談だったんかい!」

 

「えへへ〜。スクールアイドルとは関係ないけど、つい〜」

 

 

 彼方ちゃんはそう言うと、俺から離れた。

 

 ───とりあえず落ち着こう。今はそんなことでアタフタしている場合ではないだろう。

 

 

 しかし、今彼方ちゃんが自分の冗談のことを『スクールアイドルとは関係ない』と言ったが、今一度このメモを見てみると、全くスクールアイドルに関するワードが出てきてないんだよな。これはスクールアイドルフェスティバルのPVだというのに。まあ、二人の議論が白熱してなかったらそれらしい意見も出てたかもしれないが……

 

 

「やっぱり、少し議論が白熱してしまいましたよね……すみません!」

 

「私も……もう少し冷静に話し合うべきでした。申し訳ないです……」

 

 

 周りの空気を察したのか、話を進めた本人であるせつ菜ちゃんとしずくちゃんが暗い表情になってしまった。

 

 ……いや、やはりスクールアイドルフェスティバルのPVの話において、普通ならばまずライブ映像をどうとか、歌を歌わないかといったスクールアイドルに関係することが、まずアイデアとして挙がるはずだ。それが二人から出てきていないのなら、この議論には二人の何かしらの意図があるに違いない。ただそれが周りにちゃんと伝わっていなくて、このような事態になってしまっただけなのではないだろうか。ならば……

 

 

 俺は椅子から立ち上がり、声を掛けた。

 

 

「……なあ、しずくちゃんとせつ菜ちゃんに確認したいことがあるんだが、いいか?」

 

「は、はい! 何でしょうか!? このせつ菜、覚悟は出来てます!!」

 

「不十分なところの指摘なら、遠慮なくお願いします!」

 

 

 この気まずい空気にしてしまった責任感を感じているのか、二人とも神経質になってしまってるな……

 

 

「えっとな……別にダメ出しとかじゃないんだ。二人ともとても個性的で具体的な案を出してくれてて、俺はとても良いなと思ったぞ。ただ、これには何か考えがあったりしたのか? PVにその要素を入れると良いと思ったってことだよな?」

 

「は、はい。私はPVにそういう物語性を加えることで、見てくださる方々を夢中に出来るのではないかと思いまして……」

 

「私も似たような感じです。PVの中に戦闘シーンが入ったら、見ている人達も釘づけになると思うんです。その、スクールアイドルとはあまり関係がなくなってしまうかもしれませんが……」

 

「なるほど……やっぱりそうか」

 

 

 俺の頭の中で、離れていた点と点が繋がった気がした。なるほど……確かに、こういうPVはそんな感じだよな。

 

 

「おっ、何か分かったのかな〜?」

 

「あぁ、分かったぞ。二人がやりたいことが」

 

「そーなの!? 教えて、てっつー!」

 

 

 その場にいる同好会のメンバー全員がこちらに注目している。

 

 

「あぁ。まず先に言っておくが……フェスの告知は、PVのオチになるんだ」

 

「「……!」」

 

 

 俺がそう話すと、しずくちゃんとせつ菜ちゃんが目を大きく見開いた。

 

 

「そうなんだ! 私、フェスの告知はどうするんだろうって心配だったんだ〜!」

 

「そういうことなら早く言ってくださいよぉ……かすみん、要らない心配をしてしまったじゃないですか〜」

 

「す、すみません! てっきり、皆さんも分かっていると思い込んでいました……」

 

 

 やっぱり、そもそもそういう前提をみんなに伝えられてなかったんだな……アニメのPVや物語で、最も伝えたいことを一番最後に満を辞してドン! と出してくることはよくあることで、オーソドックスなストーリー構成だろう。作曲をしている俺にとっても、タイトルのフレーズをサビの最後に持ってくる曲構成はお馴染みだからな。

 

 でも、そういう当たり前は他の人にとってはそうではないから、気をつけなければいけない。まあとは言っても、そうやって客観視するのも難しいけどな。

 

 

「でも、それと戦闘にどんな関係があるのかしら?」

 

 

 すると、今まで黙っていた果林ちゃんから鋭い指摘が飛んできた。

 

 

「それはな、オチの付け方に関わってくるのさ」

 

「オチの付け方?」

 

「ほら、オチっていきなりくるものじゃないか? 今回俺達が伝えたいことは、二回目のフェス開催が決定したということだ。それを最後に伝えるものだとしたら、その前座には、それを見ている人に全く予想させないようなPVが必要だ」

 

「あぁ、なるほどね! 確かに、もしあたし達のライブ映像とか衣装姿を流しちゃったら、そういうお知らせをするんだって分かっちゃうもんね!」

 

 

 俺が慎重に説明していると、察しの良い愛ちゃんが理解を示してくれた。まあ、スクールアイドルに関するワードがあのメモにはなかったのも、それが理由だろう。

 

 

「ん〜……まだかすみんにはイマイチ分からないですぅ……!」

 

 

 その一方、かすみちゃんはピンと来ていないようだった。ちょっと説明が難しかったか……と思っていると───

 

 

「えー!? んー、分かりやすく説明すると、例えばこんな感じで……こちょっとな!」

 

「ふぉぁ!?」

 

 

 急に愛ちゃんが俺の背後に移動し、俺の脇腹をくすぐってきたのだ。俺は唐突な出来事に、その場で尻餅をついてしまった。

 

 

「ちょっ、愛ちゃん急に何するんだよ!」

 

「ほら! こんな感じで急にくすぐるとびっくりするでしょ? それと同じ!」

 

「なるほど……何となく分かった気がします!」

 

「いや今の例えで分かったんかい!?」

 

 

 いやそれ俺の言葉を言い換えるためだったのか……相変わらず悪びれてなさそうだし、そろそろ愛ちゃんには本格的に仕返しを考える必要がありそうだな……

 

 

「ちょっと徹、少し落ち着きなさい。話が進まないじゃない」

 

「いやいや俺のせいか!? ……まあ、話を本筋に戻すか」

 

 

 果林ちゃんに諌められてもう訳分からなくなったが、まだ大事な話は終わってないので、気を取り直す。

 

 

「ここから具体的なことになるんだが、しずくちゃんの言う『駆け落ち』みたいな物語性とか、せつ菜ちゃんの言う『戦闘』のシーンを取り入れることでPVの見応えはあるし、オチとして来るフェスの告知も予想できない。だから、それを採用するのはアリなんじゃないかと俺は思う。どうだ、みんな?」

 

 

 自分の意見を述べ終え、俺はみんなの反応を待った。すると……

 

 

「なるほど〜……それは良いかもしれないね〜」

 

「良いじゃん良いじゃん! それなら愛さんも大賛成!」

 

「PVのビジョンが見えた気がする……璃奈ちゃんのボード『ワクワク!』」

 

「ふふっ、みんなの心の中のモヤが晴れた感じね」

 

 

 場の空気が一気に明るくなり、賑やかな部室が戻ってきた。

 

 良かった……とりあえず、一段落か。

 

 

「あの……徹さん」

 

 

 すると、横からモジモジとした様子でしずくちゃんとせつ菜ちゃんがやってきた。その表情から、二人が今から何をしようとしているかがすぐに分かった。

 

 

「さっきはその……」

 

「いや、気にするな。それより、これからは二人が主体で進んでいくはずだ。二人とも、頑張れよ」

 

「「……! はい!」」

 

 

 二人にも、いつもの明るく眩しい笑顔が戻ってきた。二人とも責任感が特に強いから、あまり気を負わないように俺からもちゃんとケアしないとな。

 

 

「あの、もし私達が戦闘するってことになったら、相手は誰になるの?」

 

「そういえば確かに……みんなとはあまり戦う気にはなれないな〜」

 

 

 歩夢ちゃんの疑問に対して、同意を示すエマちゃん。やっぱり、二人は優しいからこそ、それに抵抗を感じるんだろうな。

 

 

「それならば問題ありません! 私は、皆さんが何かしらのキャラに対して立ち向かっていくつもりで考えていました!」

 

 

 なるほど、第三者の敵に対して、みんなが立ち向かうということか。ただ、キャラとはいっても適当なキャラは著作権関係で使えないだろうから……

 

「キャラか……そうなると、お台場に所縁のあるキャラとかどうだ? それなら、お台場についてみんなに知ってもらえると思うぞ」

 

「所縁がある……あっ、あそこにある自由の女神とか使えるんじゃない!? 何なら、その()使える()()! ゾウだけに!」

 

「いやそれキャラじゃなくないですか!? 流石にこれはダメだよね、しず子?」

 

「良いかもしれません!」

 

「良いんだ!?」

 

「愛さん、ナイスアイデアです! それならば、他にも色々登場させられそうなキャラが居そうですね!」

 

 

 お台場にあるモニュメントもアリか。そうなると、他にも確か近くを走る電車にも、確かマスコットキャラクターが居たはずだからそれも登場させられるな。

 

 

 そんな感じで、みんなの話し合いが澱みなく進んでいると……

 

 

「ごめん、遅れた!」

 

「あら、侑じゃない。お疲れ」

 

「みんな侑さんが来るのを待ってた。璃奈ボード『にっこりん』」

 

 

 部室の入り口の方から声が聞こえ、見ると侑が息を荒くしてそこに立っていた。

 

 

「おっ、侑じゃないか。もしや、廊下を走ってきたな?」

 

「あっ、お兄ちゃん! い、いやいや、そんなことないじゃん! あはは……」

 

 

 俺が少し低い声音でそう問うと、侑は愛想笑いで取り繕った。まあ、活動に遅れて焦る気持ちは分かるし、これ以上この場で追及はしないが、廊下を走るのは元生徒会長として見逃せないよな……

 

 

「それより、お兄ちゃん達は何をしてるの?」

 

「ん、ちょっとスクールアイドルフェスティバルについてな。説明すると……」

 

「へぇ、PVでみんなが戦うってこと? いいね! 何だかギャップ萌えしちゃいそう!」

 

「ギャップ萌え?」

 

 

 侑の放ったワードに、エマちゃんが疑問符を浮かべる。そうか、海外の人にとってはそういう言葉に馴染みがないのか。

 

 

「あれか、みんなの意外性に魅力を感じるってことだな?」

 

「そうそう! きっとみんなカッコいいんだろうなぁ……」

 

 

 カッコいいか……全くそこに気づかなかったが、確かにそうかもしれない。

 

 

「カッコいい、ね……そうなると、衣装もカッコよさを引き立たせるものが良いかしら?」

 

 

 ふと果林ちゃんがそう呟いた。

 

 

「そうか、衣装の問題もあるよな……うーむ、なるべくスクールアイドルを意識させないような衣装である必要もあるな」

 

 

 可愛いスカート系とかだとスクールアイドルっぽさが出てしまうし……ダメだ、俺の衣装に関する引き出しが少ない。

 

 ……そういえば、前にも衣装で悩んだことがあったよな。

 

 

「なあ果林ちゃん。またあの服飾同好会に掛け合うことって出来るか?」

 

「そう来ると思ってたわ。まあ、出来ないことはないわ」

 

 

 よし、今度も服飾同好会に頼らせていただくか。みんなの納得のゆく衣装を決めよう。

 

 

 こうして、後日服飾同好会にお邪魔することなった。

 

 





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第103話 身を引く運命


どうも!
第103話です。


 

 

「……よし、これで良い感じだ」

 

 

 はいどうも。今日も平常運転、高咲徹だ。

 

 今日は一体何をしてるかというと、こちら! スクールアイドルのMVに出演するメンバーの衣装を着付けてみた! 果たして彼女は、どのように変身したのか!?

 

 

 ……とまあ、唐突な配信者的なノリはここら辺にしておいて。

 

 前述した通り、今日は虹ヶ咲学園の学校説明会にて放映するMVを撮影し始める日だ。ドラマや映画撮影における言葉を使うなら、クランクインだ。

 

 先日、MVの内容の方向性を決めたところで、衣装をどうするかという話になった。その時、以前スクールアイドルフェスティバルの時にお世話になった服飾同好会に訪れて、衣装を決めれば良いのではないかということになった。

 

 そして後日、そこに訪れて色々と衣装用の服を見て回ったのだが、最初はなかなか決まらなかった。しかし、あるきっかけでその衣装が決まったのだ。

 

 それが何かというと……『スーツ』だ。それで、今は部室であるメンバーのスーツのネクタイを結び終えたところだ。

 

『スクールアイドルがスーツを着るなんて、意外すぎる!』と驚いただろう。しかし、驚くことはこれだけではない。今俺が目の前でスーツを着ているのは────

 

 

「ねぇ、ホントに私もPVに出るの?」

 

「あぁ、そうだぞ? 大丈夫だ、みんなみたいに堂々としてればいいんだ。それに、侑が出演するのはほんの少しみたいだから、いけるぞ」

 

「そ、そうかな……なら良いんだけど、あはは……」

 

 

 なんと、今回のMVに我が妹の侑も共演することになったのだ。

 

 

 そもそも、このスーツをMVの衣装として最初に目をつけたのが侑なのだ。侑の提案に最初はみんなが渋々としていたのだが、何故かせつ菜ちゃんが急に『徹さんならスーツ似合いそうですね!』と言ったのがきっかけで途端にみんなが盛り上がり始め、俺にスーツを試着して欲しいと言い始めたのだ。

 

 しかし俺が着たところで、衣装の参考にはならない。基本大体の男がスーツを着て、似合わないという感想はなかなか出ない。この試着で気にすべきところは、みんなのような女の子が似合うのかというところである。故に俺は、試着するのは俺よりも侑が最適だとみんなに訴えた。

 

 結局、俺と侑の二人でスーツを試着することになった。「俺要るか?」って感じだったがな。

 

 そして着てみたところ、侑のスーツ姿にみんなが目をキラキラさせていたのだ。そこで出てきた提案が『侑と俺の十一人でMVに映ろう』というものだ。

 

 これには侑も俺も仰天した。俺がスーツを着せられる時点で疑問符が浮かびまくりだったのに、これに関しては「どうしてそうなった!?」って感じだ。

 

 まあ、侑が出るのならまだ分かる。侑は見た目も綺麗だし、みんなに負けないくらい端正な顔立ちだからな。

 

 そんな訳で、俺はMVに出ないでおこ───

 

 

「───ていうか!! お兄ちゃんが出ないのズルくない!?」

 

 

 ……そう簡単にはいかないようだ。

 

 

「いやいや、言っただろ? 俺が出たらMV的にマズいんだって」

 

「そ、それはそうかもしれないけど〜!」

 

 

 真面目な話、俺はMVに映るのが苦手な故に出たくない訳ではない。MVの出来を考えて、俺が出てしまうと問題なのだ。

 

 まずこのMVは、第二回スクールアイドルフェスティバルを告知するMVである。全体的にスクールアイドルを感じさせないMV内容であるとしても、その前提を忘れてはいけない。

 

 スクールアイドルに限らずアイドルは恋愛をタブーとしているのは、一般論としてあるだろう。故に、そんなスクールアイドルのMVに男である俺が出てしまっては、見る者に違和感を与えたしまうのだ。例え俺とみんながそういう関係ではないという事実があるとしてもな。

 

 故に俺は、みんなにそのような理由で説明し、MVに出ることを辞退した。侑は自分だけがMVに出る納得していないようだが、俺みたいな問題もないし、みんなが侑とMVに出ることを望んでいる。ならば、俺はただ後押しするだけってことだ。

 

 まあつまり、俺はただMV撮影の裏方で只管みんなのサポートに徹するってことだ。徹だけに。

 

 

 そんなダジャレをかましていると、突然侑が声を上げた。

 

 

「……あっ、でもほら! 一応お兄ちゃんの分もあそこにあるよ!」

 

「えっ?」

 

 

 侑が指差した先を見ると……あら不思議、なんと見覚えのないスーツがハンガーに掛かっているではありませんか。みんなは部室の隣にある空き教室で着替えているから、この場にスーツはないはずなんだけどな〜あはは〜。

 

 

 ……なんであるの?

 

 

「は!? いつの間に!? ていうか、ネクタイの色が……茶色?」

 

 

 よく見てみると、そのスーツのネクタイの色が茶色だった。茶色というか……ちょっと赤っぽい茶色?

 

 

「ふふっ、気づいた?」

 

 

 背後から声が聞こえたので後ろを向くと、和やかに微笑むスーツ姿の歩夢ちゃんがいた。

 

 

「歩夢ちゃん! なぁ、もしかしてこのスーツ、歩夢ちゃんが……?」

 

「うん! 今回は厳しいかもしれないけど……てっちゃんとお揃いにしたいから、せつ菜ちゃんと相談して服飾同好会に追加でお願いしたの! てっちゃん、昔からチョコとかあんこが大好きだし、色も似合いそうだなーって思って! どうかな……?」

 

「歩夢ちゃん……」

 

 

 そういうことだったのか……確かに、チョコとか小豆に近い茶色、言うなれば『マルーン色』って感じか。歩夢ちゃんがそこまで考えて色を決めてくれたなんて……

 

 

「ありがとう。とても嬉しいし、今すぐにでも着てみたいよ」

 

「そ、そっか……えへへ」

 

 

 こんな素晴らしいネクタイのスーツなのに、この撮影のために着ることはないというのが残念で仕方ない。

 

 

「それなら、今からでもMVに……」

 

「その誘いには引っかからないぞ?」

 

「そんな〜!」

 

 

 俺が余韻に浸っている隙に罠を仕掛けてくる侑。全く、どれだけ一人でMVに出たくないんだ……まあ、気持ちは分からなくもないが。

 

 

 そんな感じで幼馴染三人共に部室にいると、入り口の方から声がした。

 

 

「もう、侑はまだそんなことを言ってるの?」

 

「ん、果林ちゃんにエマちゃんか。結構早かったってことは、ネクタイとか手間取らなかったってことか」

 

 

 侑と歩夢ちゃんの次に早く着替え終わった二人だが、この二人に関しては既にネクタイを結び終えていた。ネクタイの結びは慣れていないとすぐに終わらないのだが……

 

 

「えぇ、ライフデザイン学科だもの。甘く見ないでちょうだい」

 

「果林ちゃん、ネクタイ結ぶの上手いんだよ〜!」

 

 

 ほう、ライフデザイン学科ではネクタイの結び方を教わるのだろうか。そりゃ、手慣れている訳だ。

 

 ……てかそういえば、歩夢ちゃんはまだネクタイ結んでなかったな。

 

 

「そういや歩夢ちゃん、まだネクタイ結んでないようだが、結び方分からないか?」

 

「あっ……! えっと、それは……」

 

 

 目を逸らしてモジモジする歩夢ちゃん。もしかすると、恥ずかしくてネクタイを結べないことを言えない状況かな?

 

 

「……OK、ならこっちに来てくれ。俺が結ぶから」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 すると、歩夢ちゃんは恥ずかしそうにしながらも俺の前にやってきて、ネクタイを渡してきた。

 

 彼女のネクタイはピンク色だ。ネクタイの色は、それぞれのメンバーのパーソナルカラーになっている。ちなみに、侑のネクタイは黒だ。

 

 さて、ちゃちゃっと結んじゃうか。まずはこんな感じで……

 

 

「おぉ〜、やっぱりてっちゃんも上手いんだね!」

 

「あぁ、毎日結んでるからな。社会人になっても役に立つし、自分で出来るようにしているのさ」

 

 

 虹ヶ咲の男子制服はネクタイ付きで、入学したての頃はネクタイ結びに苦労した。でも、コツを掴んで毎日継続してれば、なんてこともない。

 

 

「なるほどね、確かに一理あるわ。徹が社会人になったら……っ!」

 

「ん? どうした果林ちゃん、急に顔を赤くして……」

 

「な、なんでもないわよ! もう話しかけないでちょうだい!!」

 

「えぇ!?」

 

 

 なんか急に突き放されたんだが……俺何か彼女に悪いことでもしたか?

 

 

「……お兄ちゃんの鈍感」

 

「何か言ったか?」

 

「何でもない!」

 

 

 何故か侑まで不機嫌になって……どういうことだってばよ……

 

 

「みんな、お待たせー! 愛さん達も終わったよ!」

 

 

 すると、部室の入り口から大勢のメンバーが入ってきた。空き教室で着替えていた残りのメンバーが全員戻ってきたんだな。

 

「おう、お疲れ! これで全員揃ったか?」

 

「うん。だけど、三人がまだネクタイ結んでない」

 

 

 璃奈ちゃんにそう言われて見てみると、かすみちゃんにしずくちゃん、せつ菜ちゃんがまだネクタイを結んでいなかった。他のメンバーは自分で結んだか、誰か結べるメンバーに結んでもらったのかな。

 

 そう考えていると……

 

 

「あぁぁ!? 歩夢先輩フライングなんてズルいですよぉ〜!」

 

「いや、かすみさんが遅かっただけでしょ……」

 

「あははは……」

 

 

 かすみちゃんが急に飛び出してきて、歩夢ちゃんを羨ましそうに見ている。その当の本人は苦笑いしている。

 

 

「まあまあ、歩夢ちゃんのが終わったら三人ともやるから、待っててくれ」

 

「良いんですか? なら、私から先にお願いできないでしょうか。私、徹先輩に結んで欲しくて……」

 

「ちょっと! かすみんが先に徹先輩に結んでもらうんだから、しず子は邪魔しないでよ!」

 

「かすみさんが先にしてもらうだなんて決まってないでしょ。むしろ、それはこっちのセリフだよ?」

 

「ぐぬぬ……でも! 先に動き出したのはかすみんだよ!? だから、かすみんが先ぃ!」

 

 

「あの、お二人とも落ち着いて下さい!!」

 

「ちょっとちょっと、あまり言い()()は良くないよー! ()だけに!」

 

「ぷっ……あはは!! やっぱりそれ好きー! あっははは!!」

 

 

 俺が歩夢ちゃんのネクタイを結んでは間に、かすみちゃんとしずくちゃんは論争になるは、愛ちゃんがダジャレを言って侑を笑わせるは……状況一変しすぎだろ。

 

 そんなこんなで頭抱えたいところで、俺は歩夢ちゃんのネクタイを結び終えた。

 

 

「おし、これでいいと思うぞ」

 

「ありがとう! ……なんか、騒がしくなっちゃったね」

 

 

 歩夢ちゃんは感謝の言葉を述べた後、周りの状況を見て苦笑いでそう呟いた。

 

 この言い合いを止めるのは……すぐにしなくてもいいか。周りが何とかしてくれるかもしれないし。

 

 

「んー……ここであまり時間を食いたくないし、ネクタイ結びを優先させるか。せつ菜ちゃん! 先に結ぶからこっちに来い!」

 

「えっ、私ですか!? わ、分かりました!」

 

「「えっ!?」」

 

 

 俺がせつ菜ちゃんを呼び寄せると、言い合っていた二人が驚きの声を上げてその場で固まった。

 

 まあ、漁夫の利ってやつになるだろうか。これで二人とも残念がるのなら、今後は反省してそのような言い争いはしないようにして欲しいものだ。

 

 

「じゃあ、そのネクタイをくれ」

 

「は、はい……その、よろしくお願いします……!」

 

 

 何故かせつ菜ちゃんは、普段の溌剌とした様子がなく、ぎこちない感じで目を逸らしていた。歩夢ちゃんもそんな感じだったが、せつ菜ちゃんにそんな表情をされるとやりにくいな……

 

「お、おう……じゃあ、いくぞ」

 

 

 そう言って俺は、ネクタイを正面から彼女の首に掛けた。

 

 結んでいく時に彼女の表情を窺ったが、やはり俯いたままだ。

 

 

「……大丈夫か? 苦しかったりするか?」

 

「い、いえ! そんなことはない、です……」

 

 

 何だか妙に気を遣ってしまうし、緊張してしまう。他人のネクタイを結ぶなんてなかなかないもんな。あったとしても、同じ学校の男の制服のネクタイだろうし。

 

 そんなことを考えていると……

 

 

「「「……」」」

 

 

 周りの空気が何故がシーンとしていることに気づいた。先程まで言い争っていたしずくちゃんとかすみちゃんも黙ってしまっている。もしかしてこれ、気不味い空気になってるか?

 

 

「あー……その、どうだみんな! スーツを着た感想は?」

 

 

 俺はこの空気を打開するために、周りに話題を振った。

 

 

「感想? そうだねー、愛さんが今まで着たことないタイプの服だから、ちょっとまだ慣れないかな! なんだかそわそわしてる感じ!」

 

「その気持ち、彼方ちゃんも分かるよ〜。彼方ちゃんも普段はおねむなのに、このスーツを着たら、お目目シャッキリさんになっちゃったんだよね〜」

 

「私もです。なんだか身が引き締まる感じで、普段とは違う演技や表現が出来そうな気がします!」

 

 

 みんなそれぞれ、多種多様な回答が返ってきた。まあ、最初はそうなるだろうな。俺はスーツ自体を着慣れるまで気を張っちまいそうだ。

 

 

「なるほどな。まあ、みんなまだ自分の身に馴染んでないかもしれないが、いずれ慣れるだろうから大丈夫だ」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

「気にしてくれてありがと! てっつー!」

 

 

 そう言ってくれる璃奈ちゃんと愛ちゃん。俺の言葉が人の助けになれたのなら、良かった。

 

 

「まあ、本当は徹くんにもスーツを着て欲しかったけどね〜」

 

「あぁ……それは、な……」

 

 

 彼方ちゃんの言葉に、俺は言葉が詰まった。

 

 

「確か先日徹さんが言っていたのが、男性が一人MVに混ざるのが良くないという話でしたよね」

 

「あぁ、そうだ。あの中に侑と一緒に混じるというのは、見る人が違和感を感じるだろうと思ってな」

 

「そうですね……私も徹先輩と共にMVに出たい気持ちで一杯なのですが、先輩の言うことにも納得してしまう自分もいます」

 

「やっぱりそうだよな……」

 

 

 服飾同好会にお邪魔した後に話し合った時は『徹くんなら出ても大丈夫』『誰も何も言わないよ』といった声を聞いた。俺はそれを聞いて、お世辞だとしてもとても嬉しかった。

 

 しかし、MVは不特定多数の人が見る物だ。私情を抜きにして考えなければ、その不特定多数の人を惹かせるような良い物は作れないだろうと思う。だから俺は、自ら身を引くのだ。

 

 

「まあ、今回は仕方ないわよ。徹は徹で裏方の仕事忙しくなるのもあるし、無理はさせられないもの」

 

 

 中でも唯一、果林ちゃんが最初から俺の賛同している。客観的に物事を見て判断しているのだろう。それに彼女の言う通り、俺みたいに常時裏方で動けるような人物は必要だ。

 

 

「た、確かに! なら私も裏方に……」

 

「おい待て、侑はMV出ることが決まってるんだ。知ってるか? 侑はスクールアイドルの可愛いマネージャーとして、校内では割と人気が高いんだぞ?」

 

「えぇ〜……」

 

 

 侑がMV出演を免れようとしているので、釘を刺した。侑のスーツ姿、似合ってるのになぁ……

 

 

 そう色々と話したり考えたりしてる内に、せつ菜ちゃんのネクタイを結び終えた。

 

 

「ほら、せつ菜ちゃんのネクタイ結びも完了! どんどん行くから、次はかすみちゃん行くぞ! ……かすみちゃん?」

 

 

 順序を考える間もなく適当にかすみちゃんを呼んだのだが、彼女からの反応が無かったのでもう一度呼び掛けた。

 

 

「……はっ! な、なんでもないですよぉ〜! 先輩、ネクタイ可愛くお願いしますね♡」

 

「ん、了解!」

 

 

 可愛いネクタイの結び方か……そんなことができる技術など持っていないが、やってみるか!

 

 そうして俺はかすみちゃんに続けてしずくちゃんのネクタイも結び、MVの撮影に向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「さて、一日目の撮影は終了っと……」

 

 

 時は過ぎ、夕方。俺は一人部室棟の廊下を歩いていた。

 

 一日目のMV撮影が終了し、みんなが先に部室へと戻って着替えをしている中、俺は撮影現地で色々と後片付けをしており、ここに戻ってきたのも大分遅くなってしまった。今頃みんな先に帰宅の途についてるだろう。

 

「みんなはもう先に帰ったかな。ならば、少し活動ノートを書いて帰るか……ん?」

 

 部室のドアが少し開いており、そこから誰かしらの人影が見えたのだ。まさか幽霊じゃあるまいし、誰か残っているのか?

 

 俺は更に部室の近くまで寄り、ドアの隙間から中を覗くと……

 

 

「あれは……かすみちゃん?」

 

 





今回はここまで!
徹くんはMVに出ないみたいですが、果たしてどうなるのか!?
ではまた次回!
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第104話 全員で


どうも!
第104話です。


 

 

「かすみちゃん……?」

 

 

 MV撮影初日を終え、同好会の部室に立ち寄った高咲徹こと俺は、一人中で何かをしているかすみちゃんを目撃した。

 

 外はもう既に夕陽で綺麗な橙色に染まっており、校内で活動している部活もほとんどが活動を終えている時間だ。俺は撮影現場の片付けを終えてから活動記録を書こうと一人でここに来ているが、他の同好会のメンバーもスーツから着替えて家に帰っているはずだ。まあ少なくとも、侑からは『シャンプーが少なくなってるから買ってきて』というメッセージが来てたから間違いなく家に帰っている。

 

 しかし、かすみちゃんは立ちながら一体何をしてるんだ……?

 

 

「んー、これはどうかな……?」

 

 

 部室のドアから少し覗くと、かすみちゃんは鏡の前で何かしらのポーズをとっているようだった。何かを確かめようとしているようにも感じる。

 

 

 俺がこれらの情報から判断するに……これはポージングの研究だろうか。今日は初めてスーツを着てMVを撮ったし、彼女としても自分の見え方を気にしているんだろうな。

 

 そう考えると、こういうことに彼女はとても研究熱心なんだろう。自信を持って自分の可愛さをアピールするのも、こういう努力があるからといったところか……

 

 

 ……と色々想像してしまったが、このような覗きを続けるのは悪趣味と云う他ない。一声掛けてから部室に入るとしよう。

 

 

「えっと、失礼しまーす……」

 

「ひっ!?」

 

 

 できるだけ控えめの声量のつもりだったが、かすみちゃんはびっくりしたのかその場で固まり、恐る恐るとこちらに顔を向けた。

 

 

「て、徹せんぱぁい!? ど、どうしてここにいるんですか……?」

 

「あー……ちょっと活動記録書いていこうかなって思ってな。かすみちゃんが取り込み中だとは思ってなくて……驚かせてしまったようだな、すまん」

 

「い、いやいやそんな! 先輩が気にすることじゃありませんっ!」

 

「そ、そうか……」

 

 

 声が聞こえた正体が俺だったことに気づいたからか、かすみちゃんは少し安心しているようだ。まあ部室の電気が点いているとはいえ、人気がほぼなくなっている部室棟の一角に一人でいていきなり声掛けられたらビビるよな。

 

 

「えーっと、活動記録活動記録……あっ、あった! はい先輩、どうぞ!」

 

 

 すると気を利かせてくれたのか、ササッと活動記録のノートを持ってきてくれた。

 

 

「あぁ、ありがとうな……そしたら、俺はあっちの方で書いてた方が良いか? かすみちゃんの邪魔になるかもしれないし」

 

「いや、それはその……だ、大丈夫です! 丁度やることは終わったので!!」

 

「? そうなのか……?」

 

「はい! なので……さあさあ、ここで書いていってください!」

 

「お、おう……何から何までありがとうな」

 

「いえいえ〜! 同好会部長のかすみんなら、よゆーですっ!」

 

「ははっ、それは心強い」

 

 

 凄い勢いで俺を部室の椅子に案内してくれるかすみちゃん。

 

 やっぱり、さっき鏡の前でやっていたアレには触れられたくないのだろうか? アレが終わったようには見えないよな……むしろ途中で遮ってしまったまであるもんな。とても気になるが、ここでそのことについて訊くのも野暮だな。ならば、ここは彼女に従って活動記録を書くとするか。

 

 そう考えて俺は椅子に座り、テーブルにノートを開いてから普段使っている筆記用具を取り出して書き始めた。

 

 

 俺が書いている間、何故かかすみちゃんはテーブルを挟んで向かいでソワソワしていた。

 

 二人でいるのが気まずいのか、はたまたさっきのアレを見られたのかが気になっているのか分からない。だが、会話が無いのはあまり好ましくないので彼女に話題を振ることにした。

 

 

「そういえば、かすみちゃんは今日疲れてないか? 割と一日中撮ってた気がするが」

 

「えっ? あっ、そうですねぇ……確かに今日はずっとスーツを着てた気がしますが、疲れならありません! かすみんは、普段の練習で身体を鍛えてますので!」

 

 

 得意げな表情で力瘤を作って見せるかすみちゃん。

 

 そういえば、最初の頃に比べたら随分ランニングで疲れを見せることも少なくなったよな。最近は少しずつランニングの距離を長くするような練習プランを侑やせつ菜ちゃんで決めていたが、今度は少し大きく伸ばしてみようか……

 

 

「確かに。かすみちゃんも、大分レベルアップしてきたんだな」

 

「そ、そうなんですよ〜、あはは〜っ……」

 

 

 ん? かすみちゃん……?

 

 

 かすみちゃんの様子が妙なことに俺は気づいた。何だか、歯切れが悪いというか、視線が下がっているような……一体どうしたのだろうか?

 

 ……もしかして、さっき俺がかすみちゃんのあの姿を見てしまったことがそこまで彼女にとって深刻なことだったのか? それならば、俺が悪いことをしてしまったことになるな……直接的な内容で訊くのは地雷を踏みそうだから、それとなく訊く必要がある。

 

 

 活動記録を書く手を止め、俺は彼女に問いかけた。

 

 

「なあ、かすみちゃん。俺、かすみちゃんに何か悪いことしてしまったか?」

 

「えっ……?」

 

 

 かすみちゃんは、俺の唐突の発言にキョトンとした。俺は椅子を立ち上がり、彼女と正面で向き合った。

 

 

「何だか表情が曇ってるかなって思ってさ。もしそうならちゃんと謝るし、お詫びなら俺の出来る範囲でなんとかするから……」

 

「ちょ、ちょっとタンマ!!」

 

 

 俺の言葉を遮るように、かすみちゃんは焦った様子で俺に待ったをかけてくる。

 

 

「先輩は何か誤解をしています! 先輩がかすみんに何か良からぬしてしまったと思ってるみたいですけど、それは全然ないので!」

 

「本当か……?」

 

 

 彼女の様子からは、その言葉に偽りがないように見えるのだが……じゃあ、あの表情は一体何だったのだろうかという謎が俺の中で消えない。

 

 

「ほんとのホントですよ〜! もぉー、かすみんそんなに酷い顔してましたかぁ〜?」

 

 

 彼女はそう云うが、あの表情は明らかに何かしらを抱えている顔だった。それを無かったことにすることを、俺はしなかった。

 

 

「いや、酷いとかそんなことはない。ただ俺がかすみちゃんの表情を見て、()()()()()()()なって勝手に思ってしまっただけだ」

 

 

 俺がそう話した瞬間、かすみちゃんは目を大きく見開いた。

 

 

「っ!! もう、先輩はずるいですぅ。()()()のことを思い出しちゃうじゃないですかぁ……」

 

「ん? あの時……?」

 

 

 俺はそのワードに疑問符を浮かべたが、同時に、それに対して妙なデジャヴを覚えた。確か、前にも同じようなことがあったような気が……

 

 

 予想外の反応に困惑しているところ、かすみちゃんが再び口を開いた。

 

 

「……徹先輩、実はかすみん、徹先輩に伝えたいことがあって……その、聞いてくれますか?」

 

 

 伝えたいこと……? もしかしてやっぱり、俺があそこで部室に入って彼女の邪魔とも云えることをしてしまったことなのだろうか……とにかく、しっかり彼女の話を聞こう。

 

 

「お、おう、分かった。聞くぞ」

 

「ちゃ、ちゃんと笑わないで聞いてくれますか!?」

 

「あ、あぁ! 笑わない。ちゃんと聞くぞ」

 

「ホントにですか!?」

 

「あぁ、ホントだ。約束する」

 

 

 驚く勢いで念を何回も押されまくったのだが、そこまでマル秘情報を伝えようとしてるのか……?

 

 

「わ、分かりました……」

 

 

 すると、かすみちゃんは珍しく深く呼吸をしてから、こう俺に訊いてきた。

 

 

「───先輩はかすみんと初めて出会った時を覚えてますか?」

 

 

 俺が予想していたものとは大きく異なる第一声だった。少し動揺したが、俺は冷静に答えを返す。

 

「あぁ、あそこのショッピングモールだったよな。かすみちゃんもまだうちに入ってなかったし、まさかあの時の子がうちに入学してきて、さらにスクールアイドル同好会に入るとは思わなかったな」

 

 

 そう、俺が不注意だったことが原因でかすみちゃんと正面衝突してしまって、彼女が持ってた期間限定のコッペパンが地面に落ちてしまったんだよな。それで、俺がお詫びに同じものを買ってあげて一応解決した。ホント、そのコッペパンがまだ残ってたことが幸いだった。

 

 そして、その時の子と同じ部活で一緒に活動するとは思いもしなかったな。あれはまさに、偶然という他ない。

 

 

「はい……かすみんも、もう一度先輩と会えて嬉しかったです」

 

「そ、そうか……それで、それがどうしたんだ?」

 

 

 昔の思い出に浸ってるあまり本題を忘れるところだった。しかし何故、今更その話を持ち出したんだ……?

 

 そう考えていると、彼女は少し俯きながら言葉を紡いだ。

 

 

「えっと、その……実はかすみん、その時色々とあって、少し落ち込んでいたんです」

 

「そうなのか……?」

 

 

 どうやら、あの時の背景には深い事情があるのかもしれない。続けて彼女の言葉に傾聴する。

 

 

「はい……もちろん、かすみんが自分の可愛さに絶大な自信を持っていたのは、今もその時も変わってないんですけど……なかなか色々物事が上手くいかなくて……気が滅入ってたというか、そんな感じだったんです」

 

 

 ……なるほど。

 

 

 普段のかすみちゃんはとてもポジティブで、例え何かうまくいかないことがあっても、それを引き摺ることはないように見える。でも、昔の彼女は、一時期それを引き摺ってしまっていたということなのだろうか。

 

 

「こんなに可愛いのに、誰もかすみんのことを褒めてくれないし……それに、小テストで補習になっちゃったり、何もないところでずっこけちゃったりしちゃうし……こんなの、神様がかすみんのことを羨ましがって意地悪してるんだー! って思って気を紛らわしたりしてましたが、やっぱりそれじゃどうにもならないこともあって……」

 

 

 言葉に詰まりながらも、彼女は必死に自分の言葉で伝えようとしているのが見てとれた。

 

 

「───でも、そんな時に先輩と出会ったんです」

 

 

 すると、かすみちゃんの表情が少し明るくなった。

 

 

「先輩は、ぶつかった時に落とした期間限定のスイートポテトコッペパンを買ってくれましたよね。かすみん、それがとても嬉しくて……あの時は久々に心の底から笑えた気がしたんです」

 

 

 心の底から……か。確かに、あの時見たかすみちゃんの笑顔は、なんの邪気もない純粋無垢な笑顔だったように感じる。

 

 

「そうだったのか……まあ、あの時は俺も不注意だったからな。むしろそんな落ち込んでた時に更に追い討ちをかけていたということだ。そう考えると、改めて申し訳なかったってな……」

 

 

 俺がコッペパンを買うという選択をして結果オーライになったが、もし選択を誤っていたらと考えると……あぁ、深く反省しなければ。

 

 

「そ、そんなことは気にしないでくださいー! むしろ、あれがなかったらかすみんはスクールアイドルになってなかったかもなんですから……」

 

「えっ?」

 

 

 俺は自分の耳を疑った。俺とかすみちゃんがぶつかっていなければ、かすみちゃんはスクールアイドルになっていなかった……? いきなり話の規模が大きくなりすぎて理解が追いつかない。

 

 

「先輩、かすみんに笑顔でいて欲しいって言ってくれて、笑ったら褒めてくれましたよね。それからかすみん、これからもっと笑顔でいようって前向きになれたんです! 先輩と会っていなかったら、スクールアイドル同好会に入らなかったと思います!」

 

「……! かすみちゃん……」

 

 

 かすみちゃんはそこまで覚えていてくれてるんだな……俺の記憶は正直曖昧なんだが、確かにそんなことを言ったような気がする。

 

 

「だから……先輩には、とても感謝してるんです。その後も、先輩にいつかどこかで会えたらな〜って思ってたんですけど……まさか入部した同好会にいるなんて予想外だったので……」

 

「そうか、だからあの時突然泣きながら俺に飛びついてきた訳か」

 

「そうです。とても嬉しかったので……」

 

 

 俺が同好会に初めて訪れた時にかすみちゃんと再会したんだが、何故あんなに嬉し泣きをしていたのか分からなかったんだよな。でも、やっと合点がいった。

 

 

「でも、それなら早く言ってくれても良かったんじゃないか?」

 

「で、できませんよ! だって先輩いつも他の人といるじゃないですか! こんなかすみん、他の人に聞かれたくないですから!!」

 

 

 いや、俺だって一人でいることもあるんだが……と思ったが、確かに同好会の活動している時は誰かしらと一緒にいるか。

 

 

「なるほどな……いや、てっきりかすみちゃんのポージングの様子を見たことについてかと……」

 

「ゔぁっ!? まさか本当に見てたんですか!?」

 

 

 ……しまった。色々と驚かされる話を聞いた後だからだろうか、思わずいらないことまで口走ってしまった。

 

 

「あっ、えっと……はい」

 

 

 俺は誤魔化すことなく、素直にそう答えた。

 

 

「もぉ〜、先輩もそれならそうと早く言ってくださいよ〜! まあ、先輩なら見られてもそこまで問題ありませんが……あっ! 一応言っておきますが、ここで話したことは他の人に言わないでくださいね! 言ったら……えっと、先輩に針千本飲んでもらいますからね!!」

 

 

 針千本って……指切りげんまんのやつじゃないか。まあ、誰かに話すつもりは元から無いが……

 

 

「わ、分かったから……まあ、そうだよな。自分の弱いところって、人に気づかれたくないもんな」

 

 

 今までかすみちゃんの話を聞いて、かすみちゃんが今まで過去を明かしたくない気持ちが理解できる気がした。

 

 

「はい……あとそれだけじゃなくて、その……かすみんの過去を明かしたら、先輩に失望されてしまうんじゃないかと思ってしまいましたし……」

 

「かすみちゃん……」

 

「最初は言わないつもりでいたんですけど、先輩が自分の過去を打ち明けてくれて……だから、かすみんも打ち明けてみようかなって思って……でも……」

 

 

 そうか……あの時からずっと……

 

 

 俺は自然とかすみちゃんに歩み寄り、彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

「失望なんてしないよ。どんな過去があろうと、かすみちゃんが俺にとって大事な存在であることに変わりはない。それに、俺の過去を明かした時も受け入れてくれただろう? それと同じだ」

 

「っ……! 先輩……」

 

 

 見上げたかすみちゃんの瞳は潤んでいた。

 

 

「もう、ズルいですよぉ……」

 

 

 すると彼女は俺から離れ、その場で目を二の腕で擦った後───

 

 

「……あー! 何だかとても恥ずかしくなってきたー!! もうこうなったら先輩には、かすみんに恥をかかせた罰としてMVに出てもらいます!」

 

「えっ!? いや、何故そうなった!?」

 

 

 なんと、一気に話が飛躍したのだ。ま、まあ確かに恥をかかせたことについてはそうかもしれないが、その罰としてMVを引き合いに出してきたのは……いやマジで何故そうなった?

 

 

 そう思っていたが……

 

「というか! そもそも侑先輩がMVに出るのに、先輩が出ないのはおかしいです! だって、先輩も同好会の一員なんですから!!」

 

「……!」

 

 

 俺はハッとした。かすみちゃんの思いは、俺が思っていた以上に強かった。

 

 

「先輩が言うことも分かります! 確かに、かすみん達みたいな可愛いスクールアイドルのMVに男の子が出たら、嫌だと思う人は居るかもしれません……ですが、かすみんは納得できません! このMVは、同好会全員で出たいんです!!」

 

「かすみちゃん……」

 

「きっとみんなだって、先輩を困らせたくなくて何も言わないだけで、どこか腑に落ちてないと思うんです。だから……!」

 

 

 かすみちゃんの熱い説得に、俺はただただ圧倒された。そして同時に、俺が今まで自分がMVに出ないか否かの重要性を軽視していたこと、自分がMVに出るために全く策を考えてなかったことに気づいた。

 

 俺自身がMVに出なかったとしても、大して問題ない。妹の侑とみんながMVに出て、俺が全面的に裏方に回ればそれが良いだろうと思っていた。

 

 でも、その考えは浅はかだった。かすみちゃんやみんながどれだけ俺と一緒にMVに出たいかを認識していなかった。

 

 

「……かすみちゃんはホントに優しいな」

 

「えっ?」

 

 

 かすみちゃんはみんなのことを想って、俺に厳しく当たってくれたのだろう。そんなかすみちゃんが、とても頼もしい。

 

 

 ───俺自身は、MVに出ることをとっくに諦めていたが……これは、ちゃんと出れる方法を考えなきゃな。みんなのためにも……

 

 

「分かった。どうにかしてMVに出れるように、もっと考えるよ。かすみちゃんの望みに少しでも近づけるように、な」

 

「……! えへへ、先輩ならそう言ってくれると思ってました♪」

 

 

 かすみちゃんの満面の笑みは、外で沈む夕陽の光と相まって幻想的だった。

 

 

 





今回はここまで!

果たして徹くんはMVに参戦することが出来るのか!?
次回をお楽しみに!

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第105話 アクション!


どうも!
第105話です。


 

 

「飲み物人数分、ヨシ。汗拭きタオルの予備三枚、ヨシ。絆創膏と消毒液、ヨシ。あとは、俺特製のお弁当、ヨシ……全部、ヨシッ!」

 

 

 テーブルに並べられた物を順々に指差しながら声に出してそう言う俺。側から見れば、怪しい人に見えるかもしれないが、これは至って真面目な指差し確認だ。『よく分かんないけど、ヨシ!』って確認を怠って、後に後悔するよりはよっぽど良いからな。

 

 あっ、どうも。現場の高咲徹だ。

 

 近々行われる学校説明会で二回目のスクールアイドルフェスティバル開催を知らせるためのPVの撮影三日目。今日は体育館で、CG使用を前提としたアクションシーンを撮る。大掛かりな撮影なので、沢山の助っ人を呼び、撮影のお手伝いをしてもらっている。そんな中、俺は同好会のマネージャーとして準備を進めているところだ。

 

 

 前日かすみちゃんからPV参加を熱く促されてから、改めて俺なりに撮影参加をする方法を考えた。結局自分一人ではやはり思いつかなかったのだが、せつ菜ちゃんからある提案があって、それでなんとかPVに参加することが出来そうだ。

 

 そんな訳で俺は今、何かに悩むことなく快く目の前にある自分のやるべきことに向き合えてるというわけだ。まあ、こんなに指差し確認のキレがあるのも、そうだからかもな。

 

 さて、確認も終わったし、侑がカメラの用意をしているはず……

 

 

「今日、調子良さそうだね?」

 

「うおっ、侑!? びっくりしたー……カメラの用意は終わったんだな?」

 

 

 後ろから侑が覗き込んできたものだから、思わずびっくりしてしまった。

 

 

「そうだよー。ふふーん、三日目にして割と熟練したんじゃない?」

 

「おー確かに、なかなかやるじゃないか。流石我が妹だな」

 

「えへへ」

 

 

 確か、撮影一日目は璃奈ちゃんとか俺に教わりながら数分くらいでカメラをセッティングしてたよな。それが三日目でここまで速くなるとはな……撫でて褒めてやりたいところだが、ここは堪えよう。

 

 

「おーい! 二人とも終わったー?」

 

 

 すると、丁度体育館の入り口から愛ちゃんを筆頭に部室で支度をしていた同好会のメンバー達がやってきた。入り口からかなり離れてるのに、やっぱり愛ちゃんの声は大きいなぁ……

 

 全員が集まったところで、俺はみんなに声を掛ける。

 

 

「おう、お疲れ! 今カメラや諸々のセッティングが終わって、あとは特殊な撮影機材が揃えば準備OKってところだ」

 

「確か、機械部の人達が来てくれるんですよね?」

 

「あぁ、そうだ。だから、そろそろ()()()が来るはずなんだが……」

 

 

 そう、せつ菜ちゃんが言った通り、今日の撮影には機械部に協力してもらえるのだ。撮影の機材の一部を用意してくれることになっている。

 

 その機械部のメンバーの一人がそろそろ来る予定で、それも俺がよく知っている()()()が……

 

 

「おー、やっぱ体育館広いね〜」

 

 

 そう思っていると、聞き馴染みのある中性的な声が微かに聞こえてきた。入り口の方を見ると、やはりそれはアイツだった。広い体育館に目を奪われながらこちらに歩いてきている。

 

 

 そして丁度こちらに目が向くと、彼は俺達目掛けて駆けてきた。そして俺達に挨拶するのか、と思いきや……

 

 

 

「邪魔するでー!!」

 

 

 ……えっ?

 

 

 いや、これってまさか……アレをやる流れだよな?

 

 はぁ……気が乗らないが、仕方ない。

 

 

「邪魔するなら帰れー」

 

「はいよ〜!!!」

 

 

 お決まりのセリフを言い放つと、ヤツはものすごいキレでUターンして走り去っていった。本来ならここで『どこ行くねーん』と返すのだが……まあ、面倒くさいので省略。

 

 

「あははは! 今のやり取りウケる〜!!」

 

 

 俺とアイツの寸劇を見たメンバー達のうち、愛ちゃんは腹を抱えて大爆笑している。まあ、愛ちゃんはウケてくれると思ってたから良いんだが……

 

 

「ねぇ果林ちゃん、瑞翔くん行っちゃったよ?」

 

「大丈夫よ。そういうお決まりのネタだから」

 

「なるほど〜……」

 

 

 こうやってネタを知らないエマちゃんみたいな子もいるんだからなぁ……他のメンバーも苦笑いしてたり困惑してるし、やっぱり俺が懸念した通り微妙な空気になってしまったじゃないか……

 

 

「ちょっとてっちゃん! 僕を止めてよ〜! あと『帰れ』じゃなくて『帰っといて』だよ!?」

 

 

 そんな張本人は、また走ってこちらに戻ってきて肩を組んでダル絡みしてくるし……これは一発喝を入れなければいけないな。

 

 

「いやそれはそうなんだが……ちょっとこっち来い」

 

 

 流石に痺れを切らした俺は、メンバー達から遠ざけ、小声で注意することにした。

 

 

「……あのな、場を考えろ場を」

 

「場? ……あーもしかして、ちょっと面白すぎた?」

 

「いや何故そうなった!? 違うだろ!」

 

「ちーがーうーだろー違うだろ!!」

 

「いやそこでネタをぶっこむな!」

 

 

 すると、アイツは俺が想像した遥か斜め上をいってきた。思わず大声でツッコんでしまった。しかもネタが古いし……

 

 

「あの、お二方……?」

 

 

 アイツのマイペースぶりに頭を抱えていると、置いてけぼりになっているせつ菜ちゃん達がこちらを窺っていた。あぁもう、どう収拾つけてくれるんだよ……

 

 そんなことを思っていると、アイツは同好会のみんなの方を向き、何もなかったかのようなノリで自己紹介を始めた。

 

 

「おっとごめん、挨拶が遅れたね。知ってる子もいるかもだけど、僕は小野寺瑞翔(なおと)。てっちゃんのクラスメイトで、今日撮影のお手伝いをさせてもらう機械部の部長だよ。今日からしばらくよろしくね」

 

 

 はい。そんな訳でアイツ改め、瑞翔が機械部として俺達のPV撮影を手伝ってくれる助っ人だ。いやぁ、さっき散々酷い扱いをしてしまったものの、撮影に協力してくれる瑞翔は本当にありがたい。正直、頼んだ時には何も嫌がりもせずに快諾してくれたし、感謝しかない。

 

 ……まあ、あんなボケをかましてこなければあんな扱いはせずに素直に感謝を述べることができたんだがな。

 

 

「はい! よろしくお願いします、小野寺さん! あの、機材の方はもう着いてるんですか?」

 

「うん。今うちの部員がこっちに運んで来てるから、問題ナッシングだよ」

 

 

 せつ菜ちゃんがいつものハキハキとした口調で瑞翔と話しているが、彼女を含め、大半の同好会メンバーとは初対面だ。少なくとも一度会ったことあるのは、俺と侑に加えて、璃奈ちゃん、果林ちゃん、エマちゃんくらいだ。

 

 

「あはは! 君なかなか面白いね〜、()()()()!」

 

「おや、なおなおって僕のこと? そんな風に呼ぶキミだってなかなか面白いと思うよ〜?」

 

「そーお? まあそれほどでも〜! あっ、あたしは宮下愛! よろしくね!」

 

「宮下ちゃんね、よろしく〜」

 

 

 瑞翔のノリがツボだったのか、愛ちゃんは瑞翔のことをとても気に入っているようだ。

 

 ……なんか、少し複雑な心境なのだが。

 

 

「あの、小野寺先輩! 早速今日の日程や演出について話を合わせたいのですが、大丈夫ですか?」

 

「あっ、そうだそうだ……それ大事だね。桜坂さんだよね? どれどれ、どんな風にするんだい?」

 

 

 すると、しずくちゃんがスケジュールなどが書かれた書類を持ち出してきて、瑞翔に声を掛けてきた。そして瑞翔は、せつ菜ちゃんとしずくちゃんの三人で話し合いを始めた。流石に瑞翔も真面目モードに切り替わっただろう。はぁ……変な気を使い過ぎたぜ。

 

 

「徹くんのクラスメイトさん、なかなか面白い人だね〜」

 

 

 心の中でため息を吐いていると、彼方ちゃんが隣にやってきてそう感想を述べた。そしてどうやら果林ちゃんとエマちゃんもついてきたようだ。

 

 

「あぁ、まあな……瑞翔は普段マイペースだが、意外としっかりしてる奴だな」

 

「なるほど〜……もしかしたら、彼方ちゃんと似ているのかもしれないってことかな〜?」

 

「んー……いや、でも彼方ちゃんは瑞翔みたいにボケを連発したりしないだろ?」

 

「ん〜、そうかな〜……もしかして、彼方ちゃんにもっとボケて欲しい?」

 

「いや、遠慮しときます」

 

 

 いたずらな表情を浮かべる彼方ちゃん。たまに彼方ちゃんはこんなことを言うもんだから、困ったもんだぜ。

 

 そう話していると、隣で俺達の話を聞いていた果林ちゃんが声を掛けてきた。

 

 

「ねぇ徹。ずっと気になっていたのだけど……貴方、彼のことは呼び捨てで呼んでるのね」

 

「ん? まあ、それはそうだな。それがどうした?」

 

「いいえ、別に何でもないわ……」

 

「?」

 

 

 一体何が言いたかったのだろうか……? もしかして、俺が瑞翔のことを呼び捨てにしていることが気になっているのだろうか? 

 

 確かに俺は同好会のみんなのことは、妹である侑を除いて『ちゃん』付けで呼んでいる。幼馴染の歩夢ちゃんのことは昔渾名で呼んでいたのだが……まあ、この年になってあれで呼ぶのは流石に恥ずかしいからもう呼ばないだろうな。

 

 しかし、女の子のことを呼び捨てで呼ぶのは正直抵抗があるというか、なんか妙に落ち着かないんだよな。侑は妹だし、例外なんだが……まあ、昔は()()()からは───いや、これ以上はやめておこう。

 

 

「そういえばてっちゃんは、衣装に着替えないの? 撮影始まるよ?」

 

 

 すると、エマちゃんが不思議そうな表情でそう訊いてきた。もうPVにメインとして出る同好会のメンバーは既にそれぞれのカラーのネクタイをつけたスーツに着替えている。俺も実は今日PVの撮影に被写体として出る予定なのだが、まだ着替えていない。

 

 何故なら、俺の衣装はスーツではないからだ。

 

「あぁ、すぐじゃないだろうし、その時になったら着替えるつもりだ。それに、あれを着たままだと余計に動きにくいしな……」

 

「衣装って、あのヒーローショーで出てきたトールの衣装だよね〜? 彼方ちゃん例の動画まだ見れてないんだけど、気になるな〜」

 

 

 そう、実は第一回スクールアイドルフェスティバル内のヒーローショーで俺が演じた魔術師・トールとしてPVに出ることになったのだ。

 

 これを提案したのがせつ菜ちゃんだ。俺が彼女に相談を持ちかけて、最初にそういう主旨のメッセージが来た時は驚いた。むしろ見る人達が困惑するだけなのでは……と。しかしそこで彼女が送ってきたのが、彼方ちゃんと言っていたヒーローショーの動画だ。

 

 誰が撮ったかは分からないが、動画サイトにアップされていて、かなりの反響を呼んでいたのだ。そして中でも、俺が演じたトールに対する言及が多く『誰が演じてるの!?』だとか『トールかっこいい!』といったコメントがそこそこあった。

 

『こんなに人気なのなら、大丈夫なのでは!?』とせつ菜ちゃんが言ってくれたので、こうして今に至っている。きっと、せつ菜ちゃんも色々手を尽くしてくれたのだと思うと本当に嬉しかったし、感謝しないとなと思う。

 

 

「魔術師って、ミステリアスでクールだよね〜! どんな衣装なのか楽しみ!」

 

「魔術師・トール、ね……なかなか面白そうじゃない。楽しみにしてるわ」

 

「おう、三人ともありがとな」

 

 

 なんだか期待のハードルが上がっているような気がするが……

 

 

「おっ、なになに? 魔術師トールの話!?」

 

 

 すると、俺達四人で話しているところに愛ちゃんが入ってきた。

 

 

「あぁ、そうだ。三人ともあの動画をまだ見てないらしいから、衣装が気になるって」

 

「あー、なるほどね! そーいや、りなりーは見たんだよね? ヒーローショーの動画!」

 

「うん、とてもかっこよかった。璃奈ちゃんボード『ドキドキ』」

 

 

 一緒にいた璃奈ちゃんが、真っ直ぐな眼差しでそう言ってくれた。

 

 

「そうだったか……ありがとな。そう言ってくれると、自信持てるよ」

 

「ホント? 良かった……」

 

 

 こうやって感想を聞けると嬉しいし、自分がそれなりに演技出来ていたんだって自信に繋がる。

 

 

「皆さーん! そろそろ撮影始めるので、こっちに来てくださーい!!」

 

 

 すると、瑞翔達の話し合いが終わったのか、それを見かねたかすみちゃんが俺達にそう声を掛けてきた。こういう何気ない会話をしてると、時間もあっという間だ。

 

 

「おっ、じゃあ駄弁る時間は終わりだな。ほら、みんな行ってこい!」

 

「行ってくるね〜!」

 

 

 こうして、エマちゃん達は撮影場所へと向かっていった。

 

 ……あっ、そうだ。これだけは伝えなければ。

 

 

「かすみちゃん! ちょっといいか?」

 

「あっ、徹せんぱぁい! どうしたんですか?」

 

「いや、今までの礼を言いたくてさ。かすみちゃんが言ってくれなかったら、今頃後悔してただろうから。本当にありがとうな」

 

「もー、先輩は義理堅いですねぇ……でも、その言葉はせつ菜先輩にも言ってあげてくださいね!」

 

「あぁ、もちろんさ。じゃあ、かすみちゃんも持ち味全開で頑張ってな!」

 

「はい! 頑張ります! ……あっ! あと、いつか徹先輩のスーツも、みんなの前で来てもらいますからね! 忘れないでくださいよ!?」

 

「あぁ! 胸に刻んでおくよ!」

 

 

 言いたかったことをかすみちゃんに明かした後、かすみちゃんはいつもの可愛らしい笑顔で撮影現場へと向かっていった。あの歩夢ちゃんが用意してくれたマルーン色ネクタイのスーツも、みんなと着れる機会を作りたいな。

 

 

「ねぇねぇお兄ちゃん! 歩夢、何かお兄ちゃんにやって欲しいことあるみたいでさ!」

 

「も、もう! 侑ちゃん! うぅ……」

 

 

 すると、背後から侑が声を掛けてきて、そこにはまだ撮影現場に向かわずに俯いている歩夢ちゃんがいた。

 

 

「おぉ、まだ行ってなかったんだな……どれどれ、俺になんでも話してみて」

 

 

 歩夢ちゃんの肩に手を置いて落ち着いた口調でそう話すと、歩夢ちゃんは顔を上げ、口を開いた。

 

 

「私、こういうバトルアクションとかやったことがないから、ちゃんとやれるか不安で、ちょっと怖くて……でも、てっちゃんに『頑張って』って言ってもらえたら、もっと頑張れるかな〜……なんて」

 

 

 ……ははっ、なるほど。そういうことか。

 

 

「頑張ってな。歩夢ちゃんなら出来る」

 

「……! うん、頑張る!」

 

 

 俺がそうエールを送ると、歩夢ちゃんは水を得た魚のように笑顔で撮影現場へと駆けていった。

 

 俺のエールが彼女の力になったのなら、良かった。

 

 

「やっぱり幼馴染なんだなぁ〜」

 

「うおっ、瑞翔!? いつの間にいたのかよ……」

 

 

 急に背後から肩を叩かれたと思ったら、仕事終わりの瑞翔だった。何の気配もなく現れるのはやめてくれよ……ていうか、やっぱりってなんだよやっぱりって。

 

 

「そりゃ、僕は部長だからね。現場は後輩達に任せて、ここでそれを見守るのが僕の役目だよ」

 

「ちが……ま、まあそれはそうだが……」

 

 

 また『違う、そうじゃない!』と言いそうになったが、それだとデジャヴになりそうだな……

 

 

「瑞翔先輩、お疲れ様です!」

 

「おや、妹ちゃんじゃん。お疲れ〜」

 

 

 瑞翔が来たことに気づいた侑が挨拶をする。ていうか、妹ちゃんって呼び方は初めて聞いたな。

 

 

「そういえば侑ちゃん、音楽科に転科したんだって? てっちゃんから聞いたんだけど、最近調子はどう?」

 

「あー……まあ、ぼちぼちって感じです」

 

 

 音楽科についての話になった時、侑の表情が少し曇った。

 

 

「まあ、周りの勉強に追いつけない状況でな……俺も何かしら手助けをしてるんだが、なかなかな……」

 

 

 やはり、音楽に少し通じている俺とはいえ、音楽科で学ぶことは俺の音楽の知識ではあまり賄えなくてな……音楽の歴史とかは俺の守備範囲外だし、分からない音楽用語もあったり、分かるとしても教えるまでのレベルではなかったり……課題は山積みだ。

 

 

「なるほどねー……まあ、まだ焦ることはないんじゃない? 学期だって始まったばかりだし!」

 

「……そうですよね。ありがとうございます!」

 

「ドントウォーリー! まあ、もしてっちゃんの手に負えなくて彼がエンストして困ったら、僕にも相談してくれてもいいから、ね?」

 

「いや俺は自動車じゃねぇから!」

 

 

 最後によく分からん流れ弾を喰らったが、確かに瑞翔の言う通り、まだそこまで焦る時ではない。だから、同好会のみんなに頼るのはまだ早いと思っている。

 

 

「あははは、ありがとうございます。でも、お兄ちゃんなら大丈夫だと思います!」

 

「おぉ……随分信頼されてるみたいだよ?」

 

「だな」

 

 

 信頼されるのはとても嬉しいが、その信頼に応えなければならないな。

 

 

「ところで瑞翔先輩! 瑞翔先輩はスクールアイドルに興味はありますか!?」

 

 

 すると、侑が話題をスクールアイドルに変えた。ホント、侑はスクールアイドルの話題になるとめっちゃイキイキするよな。

 

「スクールアイドルね……無いことはないかな。同好会のことは気になってたし」

 

「そうなんですか! 誰か気になる子とか、いるんですか!?」

 

 

 おっ、瑞翔が気になる同好会のスクールアイドルか……これは正直俺も気になる。

 

 

「気になる子かー……桜坂ちゃんかな。彼女の演技力は光るものがあるからね。何でも役を演じこなすし、凄いなーって感じ」

 

 

 しずくちゃんか。それに、彼女の演技力に焦点がいくということは……

 

 

「ほう、結構詳しいんだな? もしかして瑞翔、演劇に通じてるのか?」

 

「んー、まあね。たまに演劇部の練習とか見学させてもらうことはあるよ」

 

 

 そういえば確かに、しずくちゃんがオーディションに落ちたって話を瑞翔から聞いたよな。一年生の間でしか広がらなかった話題を何故瑞翔が知ってるのかと思ったら、そういうことか。

 

 

「なるほど……意外だ」

 

「え〜、てっちゃんは僕のことをどう見てるのさ〜?」

 

「いや、瑞翔といったら、ロボットとかドローンを作って楽しむ機械オタクみたいなイメージが強かったからさ。演劇は意外だなーって」

 

「──そっか。まあ、僕が今までずっとやりたかった事だからね。表現の制約もなくなるし……」

 

「瑞翔……?」

 

 

 今一瞬、瑞翔の声色が変わったような……?

 

 

「お兄ちゃん! みんなが私達のことを呼んでるみたいだから、行こう!」

 

「お、おう! じゃあ、俺は行くな!」

 

「ん、オーケー! みんなとイチャイチャしてらっしゃい!」

 

「いやだからそういうのじゃねぇんだっつーの!!」

 

 

 今のは何だったのだろうか? 気のせいか……?

 

 

 そんな疑問は、ハードなアクションシーンの撮影で吹き飛んでしまったのであった。

 

 

 

 





今回はここまで!

大分空気も寒くなってきましたね。皆さんも体調には気をつけてください。

「毎日肉を食べれば無問題ラ!」

ちょっ、貴方はもう少ししたら出れるのだから引っ込んでて!

……そんな訳でまた次回! 評価・感想・お気に入り登録よろしくお願いします。


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第106話 シンキングタイム


どうも、大変長らくお待たせしました。
第106話です。
では早速どうぞ。


 

 

「さて……午前は終わりっと」

 

 

 汗ばむほど暑い真夏は過ぎ、教室の空調が少々肌寒く感じるほど暑さが落ち着いた今日この頃。いつも通り昼前までに一限から四限まで机で座学をこなし、待望の昼休みを迎える。

 

 このタイミングって本当に嬉しいよな。大して授業に対して苦に感じない俺も、四限が終わる鐘が鳴った瞬間はホッとするものだ。

 

 

 そんなわけで、どうも。昼休みという自由を手に入れた高咲徹だ。

 

 

 ただの昼休みというだけで妙にイキイキとしているなと思われてしまうかもしれない今の俺なのだが、これには訳がある。実は先日、せつ菜ちゃんから学校説明会でお披露目するMVに使用するBGMの編曲を依頼されたからだ。

 

 MV撮影は全て終了し、しずくちゃんとせつ菜ちゃん達の熱心なMV作りのおかげである程度形になりつつあった。しかしMVは映像だけでなく、それに伴う音楽があることで完成する。ふとその音楽をどうするのか気になりせつ菜ちゃんに訊いてみると、なんともう既に作曲をしていたというのだ。それでしばらくしてから、彼女が鼻歌で歌ったと思われる音声データを貰い、これを編曲してBGMにしてほしいとのことだった。せつ菜ちゃんが曲を作っていたことには目から鱗だったな。もしかすると某猫とネズミが出てくるアニメの猫並みに目が飛び出たかもしれない。

 

 まあ、俺としては一から作曲するのはやはり難しいが、編曲ならば得意分野だ。せつ菜ちゃんから貰ったのは主旋律だけの鼻歌であるために色々やるべきことは多いが、アレンジを考える時間とそれを実行する時間があれば問題ないだろう。ただ、授業中に編曲について考える訳にもいかない。そんな訳で、俺は十分に考える時間が与えられる昼休みを迎えたことに嬉々としているのだ。

 

 

 さて、一人教室から出て校舎の外に出てきたのだが、やはり何かを考えるのにも場所は選びたいよな。それで最初にやってきたのは校内で最も居心地の良い憩いの場・中庭なのだが……

 

 

「中庭は少し人気が多いな……」

 

 

 やはり居心地が良いというのだけあって、一人で考え込むには少々人気が多くて、ザワザワしていた。流石中庭といったところだな。彼方ちゃんもお昼寝をするために足繁くここに通うだけのことがある。

 

 でもやはり集中できる環境でなければ意味はないと思い、俺はもう一つとっておきの場所へと行き着いた。

 

 

「おぉ、今日は誰もいないな」

 

 

 それは、部室棟の屋上である。放課後に俺達同好会はそこでストレッチを含めたトレーニングを行っている場所だ。このお昼の時間帯は人気があまりなく、座れる場所はないものの、何か考え事をするのには絶好の場所だ。

 

 こうして俺は屋上の柵に腕を掛け、屋上から見える景色を視界に入れながらせつ菜ちゃんの曲について考えをまとめはじめた。

 

 途中でブラックコーヒーを自販機で買ってからでも良かったなと余計なことも考えたりもした。まあ、あいつがあれば思考がよりフル回転するしな……とはいっても、なくてもなんとかなるから問題ないだろうと最終的には割り切った。

 

 そしてしばらくして、俺は良い構想を思いついた。

 

 

「やっぱりそうした方が良さげだよな。それで編曲して、出来上がったものをせつ菜ちゃんに見てもらうのもアリか……」

 

 

 そこから続けて次のことを考えていた最中のことだった……

 

 

「せつ菜がどうしたんですか?」

 

「ん? ……うおっ!? せつ菜ちゃん!?」

 

 

 なんの予兆もなしに聞き覚えのある声が聞こえ、咄嗟に振り向くと、そこにはせつ菜ちゃん……ではなく──

 

 

「せつ菜じゃありませんよ。今の私は中川菜々です」

 

「あっ、間違えた……」

 

 

 そう、髪型をおさげにして眼鏡を掛けた菜々ちゃんだ。あまりに唐突な出来事だったために気が動転してしまい、普段ではあり得ない呼び間違えをしてしまったようだ。

 

 

「すまん、俺としたことがそれを間違えるとは……」

 

「ふふっ、気にしないで下さい。今私達の周りには誰もいませんので」

 

 

 申し訳なさに頭を下げると、菜々ちゃんは柔らかに微笑んでそう言ってくれた。確かに、周りに人がいて聞かれてたら本当に不味かったし、マジで俺が戦犯になるところだった。今後呼び方の間違いをしないよう気をつけるのは勿論のことだが、万が一間違えた時周りにどう取り繕うかもちゃんと考えないとな……

 

 そう反省をしながらも、俺は菜々ちゃんに話しかける。

 

 

「そう言ってくれると助かる。ところで、菜々ちゃんはいつもの見回りか?」

 

「はい、そうです。徹さんは、何か考え事ですか? その……私の事を言っていたような気がするのですが……」

 

 

 俺の独り言、聞こえてたのか……というか、菜々ちゃんはなぜそんなにもじもじしているんだ?

 

 

「あー、それはほら、前に頼まれたアレのことだよ」

 

「アレ……? あぁ、アレのことですか。なるほど……」

 

「どうした? そんなに残念そうにして」

 

「何でもありません」

 

 

 なんか正直に話したら何故か妙に素っ気なくなったんだが……分からないな……

 

 そう困惑していると、菜々ちゃんは一度咳払いをした後、横で俺と同じように柵に腕を掛け、少し心配そうな表情で問いかけてきた。

 

 

「それより、その事で何か悩んでいることはありませんか……?」

 

 

 悩みがないか、か……ははっ、相変わらず菜々ちゃんは本当に気遣いが出来る良い子だな。

 

 

「いや、悩むことはないよ。熟考してただけだ。さっきはせつ菜ちゃんがどんな意図で曲を作ったかを想像して、それに合わせてどうやってアレンジしようかって考えてたんだ」

 

 

 考えていたこと全てを話すと長くなってしまうので、菜々ちゃんに声を掛けられる直前に考えていたことを正直に話した。すると、彼女は俺を見たままその場で固まった。

 

 

「……」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「あっ、いいえ。徹さんがそこまで考えてくださってて、少しびっくりしただけです」

 

 

 動きが止まっていた訳を訊くと、どうやら俺が考えていた内容に驚いていたからだそうだ。確かに、俺も()()()の教えがなかったらそこら辺のことをあまりまともに考えてなかったかもしれないな。

 

 

「あっ、そういうことか……まあこれは昔教えられたことなんだけどな──人が作った曲をアレンジする時は、作った人がどんな意図でその曲を作ったのかを考えてアレンジしなさい、ってな」

 

 

 あの子の言葉を反芻したら、俺が中三だった頃の思い出が蘇ってきた。あの頃はがむしゃらにマイパソコンに入ってた作曲ソフトをいじったり、あの子にアドバイスを貰ったりしてたよな。

 

 

「なるほど……なら、それを教えてくださった人は、人の価値観を理解しようとする優しい人なんですね」

 

「あぁ、そうだな。とても優しくてな……俺の尊敬する人だよ」

 

 

 あの子は天然で、少し抜けてるところもあったりするんだが、音楽のことになるととても真剣で、揺るがない自分の価値観を持っていた。俺のこともなんの遠慮なしに指摘してくれて、俺の音楽スキルを伸ばしてくれたのは彼女だ。でも、普段の生活ではまるで仏様のように優しくて、俺と仲良くしてくれた。

 

 ……あぁ、そう昔を思い出すとなんにも考えてなかった無知の俺まで思い出されてムカついてしまう。特にあの子を思い出すと必ず文化祭のあの時の苦い思い出がな……

 

 でも、またあの子に会えたりは───いや、しないか。むしろ、会わす顔がないもんな……

 

 

「徹さん……?」

 

 

 随分の間黙ってしまっていたようなのか、気がつけば菜々ちゃんが心配そうにこちらの様子を窺っていた。マズい、屋上から見える綺麗な海を眺めながら物思いに更けていたせいで菜々ちゃんを置いてけぼりにしてしまった……

 

 

「あっ、すまん。昔を思い出しただけだ。それで話に戻るが、今日中には作曲に取り掛かって、近いうちにはみんなに聴かせることが出来そうなんだ」

 

「そうですか! なら、私は期待して待っていますね」

 

「おう……あっ、でもみんなの前にまずはせつ菜ちゃんに聴いてほしいな」

 

「私ですか?」

 

「そうだ。まずは作曲した本人のチェックが入って然るべきだしな。まあ、それに……」

 

「それに……?」

 

「……いや、何でもない。気にするな」

 

 

 最初にせつ菜ちゃんに聴いて欲しい理由はもう一つあるのだが、俺はそれを彼女に言わないことにした。

 

 

「えっ!? そ、そこまで言われると気になります! 教えてください!」

 

「ちょっ、だから何でもないと……って、口調口調!」

 

 

 すると、菜々ちゃんは急に大きな声でそう俺に問い詰めてきた。普段の菜々ちゃんの口調とは大分違い、彼女の中の秘めるせつ菜ちゃんが漏出していたので指摘した。

 

 

「……! し、失礼しました。つい取り乱してしまいまして……」

 

「ふふっ、生徒会長も意外と慌てることがあるんだな、なんてな」

 

「もう、徹さんっ!」

 

「ごめんごめん、許してくれ……」

 

 

 思わず揶揄うと、菜々ちゃんは頬を膨らませて抗議をしてきた。まあ、実際はせつ菜ちゃんが俺の曲風を一番理解してくれてそうだと思ったというのが第二の理由なんだがな。なんとなく黙っておこうかなと思っただけだ。

 

 

「あっ、そういえば最近何か変わったことはあったか? ほら、面白い申請書とか」

 

「生徒会の話ですか? 特に面白い申請書といったことはありませんでしたが……あっ、そういえば再来週くらいから新たに留学生がやってくるという話を伺いました」

 

 

 最近の生徒会であった面白い話を聞こうと思っていたのだが、予想以上に興味深い話が彼女の口から飛び出した。

 

 

「留学生? ほう……それ、時期的に遅くないか?」

 

「ですよね。しかも、二人来られるようです」

 

「おぉ……しかも再来週といったら、学校説明会がある週だよな。そのタイミングで留学生か」

 

 

 生徒会の話は普段から彼女と話す事はあるのだが、留学生という話題はなかなか出てこない。大体留学生は4月の初めか9月の初めにやって来るのが定例なのだが、今はもう9月の半ばだ。流石に海外の高校も新学期が始まって、今から留学してくるなんてことは滅多にないのだが……一体この時期にどのような人が入ってくるのか気になるな。

 

 そう思っていると……

 

 

「にゃーん」

 

「ん?」

 

 

 背後で猫っぽい鳴き声が聞こえ、もしやと思い後ろを見ると、そこには俺達がよく見知った真っ白な毛色の猫であるはんぺんがお座りしていた。

 

 

「おぉ、はんぺんじゃないか! ほら、こっちに来い」

 

「にゃん!」

 

 

 俺がしゃがみ手招きをすると、はんぺんは元気良く駆けてきて俺の腕に収まった。

 

 

「よっと……よっすはんぺん、良い子にしてたか?」

 

「にゃーん」

 

「そうかそうか、それは良い事だな〜」

 

 

 ははっ、やっぱり猫は可愛いし癒されるよな〜。特にはんぺんは結構人懐っこくて、どうやら校内でも人気のマスコットになってるなんて噂も聞くほどだからな。それも璃奈ちゃんや愛ちゃんを始めとした生徒のみんなが優しく接してくれてるおかげかもな。

 

 

「ふふっ、徹さんは猫が好きなんですね」

 

 

 俺がはんぺんと戯れていると、横で菜々ちゃんが微笑みながらそう訊いてきた。

 

「ん? あぁ、まあな。元から猫とか可愛い動物は好きだ。正直、スクールアイドルフェスティバルではんぺんと一緒に行動することが出来てとても楽しかったよ。なっ、はんぺん?」

 

「にゃ!」

 

「おっ、良い返事だな〜」

 

 

 可愛い動物というと、猫だとか犬、リスやハムスターなどが挙げられるが、俺としてはその中だとやっぱり猫が一番好きかもな。たまに猫の動画がSNSで流れてきたりすると、ついしばらく眺めてしまうんだよな。確か、最近は猫が立って嬉しそうにピョンピョン飛んでる動画があったな。あれみたいにはんぺんが急に立って飛び出したらどうなるだろうか……いや、絶対可愛いに違いないな。

 

 まあそんな話は置いておくとして……俺がはんぺんを撫でたりしていると、隣から妙な視線を感じた。

 

 

「ん? どうした、俺の顔に何か付いてるか?」

 

「っ……! いえ、その……可愛いなと思ってしまいまして……」

 

「可愛い……あぁ、はんぺんのことか! どうだ、菜々ちゃんもはんぺんを抱っこしてみるか?」

 

「えっ!? いやその、そうではなくて……」

 

「そんな遠慮しなくて大丈夫だ! ほら、はんぺんも菜々ちゃんに抱っこして欲しいって言ってるぞ?」

 

「にゃーん」

 

 

 俺がはんぺんの右手を挙手するように持ち上げると、はんぺんはそれに呼応するかのように鳴いた。

 

 

「はぁ……まあ、ではお願いします」

 

「あぁ」

 

 

 少しため息交じりだったような気がしなくもないが、菜々ちゃんが両手を広げたのを見てから、俺は彼女にはんぺんを渡した。

 

 

「はんぺんさん、今日もお散歩役員の活動お疲れ様です」

 

「にゃん!」

 

「……! ふふっ、元気そうで何よりです」

 

 

 はんぺんが可愛らしく返事に、今日一番の微笑みを見せる菜々ちゃん。やっぱり、猫は人を笑顔にするんだな。

 

 

「どうだ? とても人懐っこいだろ?」

 

「はい、とても大人しいですね。私が抱っこをしたら、逃げ出すかと思っていました」

 

「ははっ、相手が菜々ちゃんだったら逃げたりしないと思うがな」

 

「ふふっ、それってどう言う意味ですか」

 

「そのまんまの意味さ」

 

 

 まあ、もしかしたら菜々ちゃんがせつ菜ちゃんモードに切り替わると、もしかすると彼女の熱さのあまりに驚いて逃げちゃうかもしれないけどな。

 

 

「そういえば徹さん……昼食は摂りましたか?」

 

「えっ? 昼食……あっ」

 

 

 そうだ……俺は四限の授業を終えてすぐにここに来てて、昼食を後回しにしていたんだった。しっかり忘れていたな……

 

 

「ダメですよ、徹さん。例え考える時間が必要だとしても、昼食の時間はしっかり確保しないと」

 

「うっ……そうだな。この後購買に行ってくることにするよ」

 

「是非そうしてください。では、私ははんぺんさんと見回りに戻りますので」

 

「おう、じゃあ後でな」

 

「はい、また後で」

 

 

 お互い手を振りあった後、菜々ちゃんははんぺんを抱いて校内の見回りに戻っていった。

 

 彼女がはんぺんと一緒に行動するなんて初めて見たな……もしかして、結構はんぺんのこと気に入ったのかもな。

 

 

「さて、購買に行くか」

 

 

 こうして俺は、購買で買う昼飯を考えながらも屋上を後にするのだった。そしてその数日後、俺はMVのBGMを完成させた。学校説明会の日にちは刻一刻と迫っていた。

 

 

 





 今回はここまで!

 運命の学校説明会もすぐそこですね。そろそろあの二人も……

「ボクの出番はまだ? I can’t wait any more.(もう待てないよ)」

 いや貴方まで!? もう少し待ってて!

 まあ、そんな感じです。ではまた次回!

 評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします。


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第107話 着実に

どうも!
第107話です。


 

 

 果てしない空のむこう……

 

 ミライへと橋をかけよう!

 

 

 いこう!明日(あす)へ───────

 

 

 

『第二回! スクールアイドルフェスティバル、開催決定!!』

 

 

 詩的なフレーズとともに、街中に現れる巨大化したキャラクターを魔法で倒していくスーツ姿の少女達。最後にはその少女達が一堂に会し、第二回スクールアイドルフェスティバルの開催が宣言された。

 

 そんなPVが終わると共に、観ていた我が妹が目を輝かせて声を上げる。

 

 

「流石桜坂監督……!」

 

「気に入ってもらえて良かったです!」

 

 

 侑がしずくちゃんのことを監督と言うのも、今見たPVはしずくちゃんの主導のもとに作られた学校説明会で流すための宣伝PVだからだ。

 

 そう、あのPVがついに完成したのだ。

 

 

 そんな訳でどうも。無事にPVのBGMを編曲し終えることが出来てホッとしている高咲徹だ。

 

 

 PVの撮影が終了した後、俺はせつ菜ちゃんが作曲した曲を編曲したりしていたのだが、ほぼ同時並行でPVの映像編集の作業も行われていた。この編集作業は、しずくちゃんに璃奈ちゃん、そして侑の三人が主に携わっていた。ちなみにこのPVを構想したのはしずくちゃんとせつ菜ちゃんだったが、せつ菜ちゃんは生徒会の仕事があるため、残念ながら通常の作業メンバーからは外れた。

 

 

「璃奈ちゃんと侑ちゃん、徹くんも編集お疲れ様〜」

 

 

 彼方ちゃんが映像編集班のメンバーに加えて俺にも労いの言葉をかけてくれた。

 

 そう、実は俺もPVの映像編集に関わっている。特に俺が編曲作業を終えた後は、映像編集班とともにそれぞれが作った映像と曲がマッチするかどうかを話し合いながら共に作業をしていた。大分長い間の作業であったが、つい昨日の放課後にある程度納得の行くPVが完成し、今日の放課後全員が集合してPVの放映会をしていた訳だ。

 

 

「おう、ありがとな。でもみんなが撮影を頑張ってくれたから、CG付ける前からとても迫力のある映像だらけでな。おかげで編集が捗ったんだもんな?」

 

「そうなんです! 皆さんが頑張って下さったお陰で、私が想像していた理想のPVに限りなく近づけました!」

 

「CGのエフェクトが付いて、もっとみんながかっこよくなった。璃奈ちゃんボード『よっしゃー!』」

 

 

 結構ハードなバトルアクションをしていて、よくみんなが着いてこれたなと思っていたが……ホント、むしろこっちがお疲れ様と言ってあげたい程だ。

 

 

「そうね。確かに、私達に相応しいPVになった気がするわ」

 

「ですね! こんなに素晴らしいPVになるとは……流石です!!」

 

 

 どうやら俺達が作ったPVはみんなに大好評のようだ。良かった……BGMがダメって言われたらどうしようと思ってたところだったんだ。まあ、言われたら言われたで編曲し直すしかないんだけどな。

 

 

「にしても、やっぱりゆうゆが選んだスーツで大正解だったねー! アタシ達めっちゃイケてるし!」

 

「そうだね〜! 侑ちゃんに感謝しなきゃ!」

 

 

 愛ちゃんとエマちゃんが言う通り、侑が直感で選んだ衣装であるスーツはこのPVにピッタリだった。全くスクールアイドル感を出さずにみんなの魅力を引き出してたからな。

 

 

「あはは、私はただ、みんながスーツを着ているのを想像してときめいただけだよ」

 

「それが凄いってことじゃないか? 侑には先見の明があったって言えるしな」

 

「もうお兄ちゃんってば、先見の明ってちょっと大袈裟じゃない〜?」

 

「ふふっ、どうかな? 侑ちゃん……実は超能力者だったりしない?」

 

「歩夢!?」

 

 

 歩夢ちゃんと侑の掛け合いで、その場が笑いに包まれた。

 

 超能力者って、未来予知能力とかだろうな。歩夢ちゃんはたまに面白い冗談を言うのだが、ソシャゲの単発ガチャで最高ランクを引き当てるくらいレアだから、それを見れた時は嬉しいんだよな。『歩夢ちゃんのジョークktkr』みたいな感じで……って、ktkrはもう古いか。

 

 

「超能力者といえば、てっつーが出てきた場面も良かったなー!」

 

「確かに〜。せつ菜ちゃん、あれって世界を元に戻してるんだっけ〜?」

 

 

 一方、その場の話題はなんと俺が出演したシーンに変わっていた。彼方ちゃんがそのシーンの訳についてせつ菜ちゃんに訊くと、彼女は意気揚々と語り出した。

 

 

「そうです! 私達の手によって凶暴化したお台場の名物達を倒して、最後にその変わってしまった世界を魔術師・トールの力によって、元に戻すというあらすじです!」

 

 

 そう、侑を除く同好会のメンバー九人は、敵である巨大化かつ凶暴化したお台場名物のシンボルもしくはキャラに立ち向かい最終的に倒すのだが、敵が暴れたことによって建物や森などの損傷は激しく、取り返しのつかない状態になっていた。

 

 そこでやってきたのが、トールだ。彼は同好会のメンバー九人には知られぬ内に自身の魔法によって、敵達が暴れる前の状態に戻すことに成功する。そして彼は同好会のメンバー達と一度も会うことなくその場を去り、無事ハッピーエンドを迎える……という経緯だ。

 

 ここまで来て、未だにトールという魔術師が何者なのかを俺は何も考えていないのだが、大物の魔術師であることは間違いないだろう。

 

 

「これを聞いた時は、トールってなかなか重要なポジションにいるなって思ったんだが……でも、衣装のおかげでそれっぽくなってて良かったな」

 

 

 衣装の黒いマントが頭まで隠すほどの大きさだから、とても怪しくて胡散臭さを感じさせるような見た目になったんだよな。周りに俺であることをバレないようにするために施した対策だったが、まさかここで役に立つとはな。

 

 そう考えていると、かすみちゃんが誇った顔でこう言った。

 

 

「ふふん、やっぱり徹先輩がPVに出なければならなかったってことですね!」

 

「……あぁ、そうかもしれないな」

 

 

 うーん、あの時のことを仄めかしているような気がしなくもなくもないのだが、大丈夫なのか……? まあ、流石に考えすぎか。

 

 あっ、かすみちゃんと言えば……

 

 

「そういやかすみちゃん、生徒会に抽選会の参加申請してきたか?」

 

「はいっ! 部長なので、ちゃーんと忘れずに生徒会長に提出してきましたよぉ〜!」

 

「……まあ、生徒会長はここにいるんですけどね」

 

「ははっ、それなら忘れることもないか」

 

 

 かすみちゃんは胸を張って忘れなかったことを強調するが、実際はすぐそばに生徒会長がいて催促してくれるだろうから忘れる可能性は少ないだろう。

 

 すると、目の前に座っていた彼方ちゃんの視線は何故かこちらに向いていた。

 

 

「あとそれに〜、前生徒会長もここにいるよね〜?」

 

「おいおい、そういうのはなんかむず痒いからやめろって」

 

 

 うーん……確かに生徒会長の話題が出て、俺も話題に上がるのかなとは少し思ったよ、少し。でもこんなに早く話題にしてくるとは思わないよな? 俺は今かなり困惑してるぞ?

 

 ……と思ってたのも束の間。

 

 

「確かに! この同好会、生徒会長が二人もいるじゃん! それって凄くない?」

 

「そうですね、よくよく考えてみれば同時期に新旧生徒会長が一つの同好会に所属してるのはうちだけかもしれません」

 

「お〜、そう考えると、心強いね〜!」

 

「くっくっくっ……つまりそんな最強のスクールアイドル同好会の部長であるかすみんは最強ということですね!」

 

「それは違う。璃奈ちゃんボード『ムスッ』」

 

「りな子ぉ!?」

 

「えぇ……」

 

 

 気づいたら話が一気に昇華していって、話題を切り替える余裕すらなくなっていた。まあ、生徒会長を経験したことでチヤホヤされたいがためになった訳ではないが、みんながそれを凄いと思ってくれてるなら悪い気はしないな。

 

 そんなこんなでみんなが破茶滅茶している一方、歩夢ちゃんは暫く口を挟まなかった侑を気にしていた。

 

 

「侑ちゃん、何か考え事してる?」

 

「ん? あっ、いやいや! 大したことじゃ無いだけど……」

 

 

 侑がこう言った瞬間、同好会のメンバーもそれに気づいたのか、静かに侑の発する言葉に耳を傾けていた。

 

 

「今度は、もっとたくさんのスクールアイドルやファンの皆んなに参加してもらえるフェスにしたいな……!」

 

 

 この侑の希望に対して、各々が応えていく。

 

 

「前回も盛り上がったし、結構集まるって!」

 

「フェスの動画もすごい見てもらえてるみたいだしね〜!」

 

「前回参加した東雲と藤黄以外にも、色々な高校から連絡が来てるよ」

 

「……なんか、嬉しいね」

 

 

 歩夢ちゃんが嬉しそうにそう呟くと、周りも微笑んで頷いた。

 

 

 同じスクールアイドルが垣根を越えてステージでパフォーマンス出来て、スクールアイドルとそのファン両方が楽しめるライブ……

 

 その輪がもっと大きくなれば、もっと楽しくてときめくフェスにできるに違いない。理想のライブの実現へ向けて、着実に歩みを進めている。

 

 

「じゃあ、俺たちもみんなの期待に応えるしかないな」

 

「その通りです! なので今日も練習、張り切って行きましょう!」

 

 

 こうして、今日の同好会の活動が始ま……

 

「……っと、その前にっ!」

 

 ……るかと思いきや、急にかすみちゃんは部室の端に置いてあった紙袋の中からゴソゴソと何かを取り出し始めた。

 

 何が始まるのかと彼女を待っていると……

 

 

「かすみんの特製レインボーコッペパンで腹ごしらえしてくださいね!」

 

 

 なんと、かすみちゃんが自分で作ったとされる色とりどりの食材が乗ったコッペパンだった。それも人数分あり、それぞれが誰に対して作ったかが分かるくらい見た目が異なり、まさに虹みたいにカラフルだ。

 

 

「おぉ! これって、かすみちゃんが全部作ったんだよな? ありがとう!」

 

「いえいえ〜! 皆さんにはブクブクに……い、いや! 気合を入れて欲しいので!」

 

 

 ブクブクに……? それに一瞬の悪巧みの顔……あぁ、なるほど。そういうことか。

 

 これはかすみちゃん、ライバルを邪魔しようとする悪い癖が出てますねぇ……こういうことさえしなければとても良い子なのですが。

 

 まあ、彼女の意図が分かったとしても直接咎めることはない。幸い彼女の仕掛ける小細工はさほど大したものではないからな。ならば、こちらが穏便に済ますための手を打つまでだ。

 

 

「確かにな。でもそうすると、コッペパンを食べた分練習を増やさないとな〜……」

 

「もぐもぐ……確かにそうですね! 徹さん、後でメニュー相談しましょう!」

 

「そうこなくちゃな。了解!」

 

「えっ!? ちょっ、ちょっと徹先輩にせつ菜先輩!?」

 

 

 こうして、かすみちゃんは自分の首を絞めるのであった。めでたしめでたし───

 

 まあ、もちろん無理をさせない程度の練習量にはするつもりだけどな。そこら辺どうするかは一旦置いといて……それよりも何故か俺宛として作られたコッペパンはチョコクリームが塗られているのだが!? チョコは俺の大好物の一つ……これで俺の心が穏やかでいられるか……! 

 

 そんな興奮は心の中に留めておいて、かすみちゃんが心を込めて作ってくれたことに一応感謝はしながら、そのコッペパンに手を伸ばした。

 

 

「それじゃあ、いただきます」

 

「ふふっ。それ、徹らしいコッペパンね」

 

 

 すると横から果林ちゃんがやってきて、俺が食べようとしているコッペパンを見ながらそう言った。

 

「まあな。果林ちゃんも食べてるんだな?」

 

 

 果林ちゃんの手にもコッペパンがあったのが意外だったので、それについて触れると彼女は得意げな表情でこう返した。

 

「えぇ、食べた分練習を増やしてくれるのでしょう? なら、こんなに美味しそうなもの、食べないで我慢するのは勿体ないわ」

 

「お〜、地味にプレッシャーかけてくるな〜……よし、果林ちゃんはレインボーブリッジ50往復だ!」

 

「任せなさい」

 

「What!?」

 

「……と、言うとでも思ったのかしら?」

 

「デスヨネー」

 

 

 レインボーブリッジ50往復なんて、毎朝あそこを走ってる愛ちゃんですらも無理だろうな……我ながらに少し巫山戯すぎたかと反省しながらもコッペパンを頬張るのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 翌日の放課後、俺はいつも通り教室を出て同好会の部室がある部室棟に向かっている。

 

 学校説明会で流すPVも完成して、あとはそこでのライブに備えた練習やその他諸々の準備をする予定だ。俺もマネージャーとして色々やるべき事がまだまだあるから、頑張らなきゃな。

 

 ただ、ライブをするためには講堂使用の抽選で当選しなければならない。結局そのくじを引くのは確か部長であるかすみちゃんってことになったんだよな。それでその抽選会の日時が……あぁ、今日だったな。じゃあ今頃かすみちゃんに加えて、付き添いの彼方ちゃんと愛ちゃんの三人が抽選会場の生徒会室でくじを引いているはずだ。当たってると良いな……いや、当ててくれるだろう。

 

 そんな風に考えながら校舎の廊下を歩いていると、向いから見知った子がやってきた。目が合うと、俺は手を挙げて彼女に話しかけた。

 

 

「よっす、三船。会うのは久々だな」

 

「はい。お久しぶりです」

 

 

 ボランティアや曲作りで世話になった三船と廊下で出会った。スクールアイドルフェスティバル後に彼女と会うのは初めてだ。

 

 

「調子はどうだ? 毎日楽しくやってるか?」

 

「はい、おかげさまで楽しく過ごさせていただいています。実は、これから生徒会に行くところなんです」

 

 

 ほう、三船も生徒会室に行くのか。まあもう少ししたら抽選会も終わるだろうし、問題ないと思うが……

 

 

「へぇ、そうなのか。また何か調べ物だったりするのか?」

 

「いえ、今回は別件です。実は私、今度行われる学校説明会の実行委員会に参加することになりまして……その集まりに向かう途中なんです」

 

 

 学校説明会実行委員会……! まさかこんなにタイムリーなところに三船も本格的に関わってくるとはな……

 

 

「おぉ、学校説明会のか! なかなかやり甲斐がありそうだな。頑張れよ!」

 

「はい!」

 

 

 俺は生徒会長の時、実行委員の人と一緒に学校説明会の方針や具体的な内容を議論したり運営をしたりしたが、やっぱりしっかり考えて意見を出してくれる人がなってくれると助かるんだよな。だから三船なら適任だろうと思う。

 

 ……って、ダメだ。三船をあまり話に付き合わせるのは良くないな。

 

 

「三船は集まりに向かう途中だったんだよな。引き留めてすまなかった」

 

「い、いえ! その、私も高咲さんにご報告したかったことがありましたし……」

 

「ん、報告?」

 

 

 一体何だろうか……?

 

 

「……スクールアイドルフェスティバルの動画、拝見させていただきました」

 

 

 ……マジか!!

 

 俺は驚きと喜びを隠せなかった。

 

 

「おぉ! 見てくれたのか! ちなみにどれくらい見たんだ?」

 

「それは……まだ最後のステージだけしか見れていないです」

 

「!?」

 

 

 最後のステージって……俺が作曲したあの曲を披露したステージじゃないか……あれを最初に見てくれたってことか……?

 

 

「あれが、高咲さんが作曲された曲なんですよね? とても良かったです。優しくて幻想的ながらも、どこか勇気をくれるような感じがしました。それに、スクールアイドル同好会の皆さんの想いの籠ったパフォーマンスも相まって、感動しました」

 

「そ、そうか……」

 

 

 とても丁寧な感想も頂いてしまった……なんだか恥ずかしいというか、こそばゆいというか……

 

 

「スクールアイドル、()()()()面白いですね……」

 

「ん……?」

 

 

 やっぱり……? 

 

 彼女の呟きに違和感を抱いていると……

 

 

「てっちゃーん! 見つけたー!」

 

 

 背後からよく聞き慣れた気が抜けるようなクラスメイトの声が聞こえた。何故このタイミングに……

 

 

「どうたんだ瑞翔(なおと)? こっちは取り込み中だぞ」

 

「いやー、ちょっと確認したいことがあってね。この落とし物についてなんだけど……あら?」

 

 

 すると、瑞翔は三船の存在に気づいた。

 

 

「それでは、私は失礼させていただきます」

 

「お、おう。じゃあな」

 

 

 三船は気を遣ったのか、会釈をしてその場を後にした。

 

 

 ……それにしても『やっぱり』って、そういうことなのか? 確かに、今の生徒会長である菜々ちゃんはあの真面目さとは裏腹にアニメラノベを好んでいたしな。可能性は無きにしもあらずだが、まさかな……

 

 

「……ふーん。いつの間にか初顔増えてるじゃなーい?」

 

 

 すると、三船が去る様子を見ていた瑞翔がそう話しかけてきた。

 

 

「初顔? どういうことだよ?」

 

「まーまーまー! ……んで、いつ出逢ったんだい?」

 

 

 俺は彼がニヤリと不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った瞬間……

 

 

「……ヨーシブシツニイクゾー、バーイ」

 

「あっ! ちょっと、まだこれについて答え聞いてないよー!?」

 

 

 反射神経でその場から逃げていた。廊下を走ったことは反省するけど、瑞翔のそういうところ良くないって思います、ハイ。

 

 





今回はここまで!

徹くんも参加したPV、見てみたいですねぇ……

ではまた次回!

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