【本編完結】英雄転生後世成り上がり (恒例行事)
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序章 努力嫌いの小さな英雄
第一話


 かつて、大陸全土を巻き込んだ闘争があった。

 

 北のロバス帝国、南のリベルタ共和国、東のグラン公国、西のミセリコ王国。

 その戦は熾烈を極め、軍人・民間人問わず数多の犠牲者が発生した。数えられただけで、当時の総人口のおよそ四割が死滅したのだから、語るまでもないだろう。

 

 戦争は長期に渡って広がり続け、最初は国境での小競り合いから徐々に規模を広げ、大陸中どこを見ても戦火が燃え盛る死の大地と化したのだ。

 国は枯れ、民は死に、富は次々と滅びを迎えていく。

 

 誰もかれもが疲弊し、それでもなお覇を唱える地獄がどこまでも続くと思われた──その時。

 

 一人の青年が現れた。

 それはまるで流星のようで、崩壊を迎える世界に突如出現した彗星の如き救世主。

 

 内戦の鎮圧、紛争の終焉、その手には聖なる神官から祝福を授かった聖剣を携えて。

 共に立ち上がった魔法使い、傭兵、数多の実力者たちと戦い、認め合い、彼は戦場を駆け回った。

 

 それはリベルタ共和国へ勝利を齎すためではない。

 

 人類を一つに纏め上げる為、統一国を建設するため。

 もう二度と人類が戦争の悲劇を繰り返さない為に、彼はその身に過ぎた渇望を抱いて立ち上がったのだ。

 

 幾度となく繰り返される戦争。

 ありとあらゆる祝福をその身に宿し、彼は戦を次々と終焉に導いていく。

 

 武器を破壊し、魔法を砕き、戦う意思を挫く。

 命は奪わず、どれほどの大罪人であってもその命を奪うことは無かった。

 常人では考えられない程の速度で大地を駆け巡り、やがてその刃はそれぞれの国の中枢へと至る。

 

 感化された議員が立ち上がり、休戦を訴えた。

 

 民が支持し、青年は英雄として讃えられていく。

 

 英雄は戦争を終わらせた後に、統一国を建設する。

 それぞれの国の蟠りと立ち向かい、それでも人の意志を信じ抜いた彼は成したのだ。

 

 二十年もの間続いた戦争を終え、彼はやがて姿を消す。

 戦の無くなった世界に英雄は不要だと言わんばかりに、忽然と姿を消したのだ。

 

 大陸中を探し回るも終ぞ見つかることは無く──英雄は、伝説となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第一話 

 

 冬の苛烈な寒波が過ぎ去り、草花が実りを付け始める春。

 季節が一巡する頃に、おれは目覚めた。

 

 目覚めたと言っても変な方向性に目覚めた訳じゃ無い。

 あー、でもまあ、これはこれで変な方向性と言える。少なくとも普通の人間にはないであろう、自身にだけしかないであろう特別な出来事だ。

 

 今の年齢はおおよそ六歳と言ったところか。

 肉体的には全く整合性のとれていない未熟さで、己の能力の低さに絶望する日々が続いている。

 

 どうして己の能力の低さに絶望するのかと言われれば、簡潔に言えば──より完璧な理想像が頭の中に存在するから。より端的に言うならば、『前世の記憶』と呼べる謎の思い出があるからである。

 

 それこそ御伽噺のような出来事だ。

 

 空を翔ける龍を切り裂いた一撃、星を穿つとすら謳われた使い手を殺した感触、山河を埋め尽くす機械兵団を滅殺したときの光景、地の底から溢れ出た闇の軍勢と三日三晩殺し合ったときの疲労感、愛を謳って一生を駆け抜けた親友との雌雄を決した瞬間。

 百と数十年前にあった、大陸を統一する英雄の追憶。

 

 始めは何のことか訳が分からなかったが、訳が分からないという事実がおれに補完させた。

 

「あ、これ前世の記憶か」

 

 理解した瞬間に高熱に魘され死の淵を彷徨ったが、両親の献身的な介護により事なきを得た。

 流石に首都まで医者を呼びに行く、なんて無茶を行った父親を止めはしたが。ここド田舎だし、首都まで馬車を利用しても大体一週間は掛かる。

 

 往復で二週間とか普通に手遅れだろ。

 

 なんやかんやで生き延びたのが今から二年前、四歳のころの話だ。

 そこからはこれまで通り違和感のない子供を演じつつ、記憶の整理を行って生きている。

 

 伝記に遺された文献を幾つか読み漁って、時々保有する知識量じゃ解読できない部分を記憶を必死に掘り起こして読み解いて、それを更に自身の記憶で補完する。

 かつての大戦を纏め上げ、この大陸を統一国と定めた英雄の記憶を。

 

「ロアくん!! あそぼー!!」

「……おれは常々言っているが、割と忙しいんだ。きみたちの遊びに付き合っていると疲れるし、今日はまだやることがある。あと一時間待ってくれ」

「やだ!!!」

 

 これだから子供は……! 

 

 憤りを溜息に籠めて吐き出しつつ、ナチュラルにおれの部屋に入って来た幼馴染に向き合う様に立ち上がる。

 

「ふー……やれやれ。どうやら“理解”らせないと駄目らしいな」

「鬼ごっこしよ!」

「もう少し話を聞く努力をして欲しいんだが」

「鬼ごっこしよ!!」

「これはあれかな、おれは試されてるのかな」

「鬼ごっこ!!!!」

 

 おのれ、おれは心の中に根付く他人の記憶を漁るので忙しいんだ。

 子供の無邪気なエネルギーはこれだから困っちまうよ、本音を言えばベッドで横になりながら気楽に文献を読み漁っていたいのに。

 

「参加人数は?」

「わたしとロア!」

「1 on 1かよ」

 

 タイマンとは恐れ入った。

 おれこと『ロア・メグナカルト』の身体を簡単に表現するならばもやしっ子である。三度の飯より読書が好き、太陽光より人工的に調整された照明を好む体質。

 

 幼馴染こと『ステルラ・エールライト』は元気な活発娘である。三度の飯より運動が好き、読書をする暇があるならとにかく身体を動かしたい典型的アウトドアタイプ。

 

 つまりこれはおれの敗北が確定している出来レース。

 如何に英雄の記憶らしきものを保有しているおれとしても現時点では覆す事の出来ない敗北である。

 

「やだ。おれは負けず嫌いなんだよ、勝てる戦いしかしたくないんだ」

「でもわたしはロアと遊べればそれでいいよ?」

「…………クソがッ!」

 

 おれの負けだ。

 これで通算敗北数二千くらいか? 盛ったな、でもまあ正確な数なんてどうでもいいだろ。どうせおれしかカウントしてないし。

 

 手に持っていた文献(父親のツテで手に入れた)を机の引き出しにぶち込んでから、かわいい幼馴染の要望に応える為に準備をする。本当はあまり“全力”を出すのは好きじゃないんだ。何故なら、負けた時に言い訳出来ないから。

 

 かつてのおれ(英雄のこと)は幼い頃から剣術を修め魔法を学び、魔法剣士という器用貧乏を万能へと昇華させ戦場を駆け廻る嵐となったらしい。

 

 いまのおれは幼い頃から堕落を極め魔法は知らず、インドア派という名のごく潰しへと昇華させ家内のリビング・トイレ・自室を往復する無能である。

 

「いいハンデだぜ。かかってこいよステルラ、おれは負けない」

「じゃあロアが鬼ね!」

「マジかよ」

 

 鬼を押し付け颯爽と走りだしたステルラ。

 非常に残念なことに、大変遺憾ながら、あの幼馴染はクソチート才能ウーマンである。

 おれが記憶の中にあった身体強化魔法を適当に教えたら初見で発動した怪物。ナチュラルに魔法を使い、両家を困惑させおれを説教へと導いた無邪気な悪。

 

 文献のなかに書いてましたで事なきを得たが、危うく実の両親に怪しまれるところだった。

 

 ちなみにおれは魔法を使えない。

 魔法を使うのには魔力が必要なのだが、おれは魔力を生み出す器官がゴミカス程度の出力しかないらしい。

 

「世の中は誠に不公平である」

 

 ぶつくさ言いながら玄関に向かい、運動用に買ってもらった靴を履く。

 

 靴に魔法発動効果くらい付与してほしい。

 それくらいのハンデは必要だろ、もう少しおれを有利にしてほしい。

 

「あら、遊んでくるの?」

「遺憾ながら鬼を押し付けられたゆえ」

「夕飯までには帰ってくるのよ」

「わかった」

 

 今日は勝てると良いわねぇ、なんて呑気に言う母。

 まるでおれが毎回負けてるみたいな言い草だ。失礼だとは思わないのか、すこしは自分の息子の勝ちを信じてくれたっていいだろう。これが噂に聞く児童虐待ってやつか? 

 

 と思ったが、記憶の中の英雄の幼少期と比べておれは非常に充実している。

 

 あんな血と汗に塗れて苦痛の中で育ってどうして救国なんて崇高な意識が芽生えたのだろうか。

 朝、時間になったら冷水を掛けられて目を覚ます。朝食すら食べずに修行を行い、手の皮がズルズルに剥けるまで素振りを強制。塩を塗り込んで傷口を消毒し、包帯も巻かずに組手。意識を失うまでボコボコに打ちのめされた後に致命傷すら回復させる回復魔法で蘇生に近い治療を行われ、休憩を挟まずに魔法の座学。

 

 やっぱクソだな。

 

「おれは今生に感謝すらしている。ありがとう母上、父上」

 

 才能が何も無くても、強さなんてものが無くてもいい時代なのだ。

 平和は保たれかつての英雄の苦痛は闇に葬られ、輝かしい歴史だけが表に記されている。

 救国の英雄に悲劇は必要無いと言わんばかりの徹底的な隠蔽である。

 

 魔法の一つすら満足にあつかえないおれだが、生きて行くのに魔法など無くてもいいのだ。

 

「それはそれとして、魔法が使えるのはズルくないか?」

 

 生きるのに必要無くても勝つのには必要。

 魔法とは即ち、強さ。おれは負けず嫌いで偏屈なプライドを保有しているが、それを支える為の強さは一切存在していない。いわば虎の威を借りてすらいない狐以下の畜生である。

 

 魔力器官は使用すれば使用するほど強くなる。

 

 使えないおれは生涯強くなることは無い。

 

 あまりにも不平等すぎる世の中だ。先程は英雄に比べればマシ等と戯れ言を吐いたが、それは嘘だ。やはり現実はクソ、おれの才能の無さは絶望の二文字ですら有り余る深さをもつ。

 英雄の記憶はなーんにも役に立たないし、あんな辛い修行しなきゃ英雄になれないなら成らなくていい。

 

「楽に強くなりてぇ……」

「おっ、ロア坊じゃんか」

 

 ぶつくさ言いながら歩いていると、件のチートウーマンの父親が話しかけてきた。

 

「どうもエールライトさん。お宅の娘さんに苛められています」

「まあまあそう嘆くな。俺の娘が才能あるのは認めるが、魔法を一発で使いこなしたのも凄いと思うが、勉強も出来るのが凄いが……凄いな。何で農家の娘に生まれたんだろう」

 

 疑問に抱くな。

 自身の子供の才能くらい信じてやれよ。

 おれみたいに才能ナシだが明るく励まされてる子供よりマシだ。

 

「あーあ、才能が欲しい。努力値とか要らないから才能限界値を人類の上限突破するくらい与えて欲しかった」

「ま、今の時代には必要ない才能だよ。少なくとも、俺の世代にすら必要ないからな」

 

 それはそう。

 

 今は百余年続いた平和な時代であり、その平穏は未だ保たれている。

 英雄の意志を継ぐ傭兵団、魔の祖が擁する魔導兵団、その他にもかつての英雄が関係を築き上げた多数の勢力が尽力している。

 

 かつての勢力を纏め上げたのは間違いなく英雄であり、それこそが英雄たる所以。

 

「やっぱり男は強くてなんぼよ! ロア坊も剣術の師くらい探したらどうだ?」

「修行とか絶対無理です。おれは楽して強くなりたいんだ」

「なんて甘えた根性なんだ……」

「平和な情勢に苦痛を伴う強さとか必要ですかね」

「発言に正当性を持たせようと必死だな」

「それでも俺はァッ! (楽して)強くなりたい!」

「英雄譚の名言をそんな風に使うな」

 

 公式に遺されている英雄譚・青年期編にて、自身の努力を嘲笑う様に登場した稀代の大天才に敗れた時の台詞である。

 どれだけ現実に打ちのめされようと決して折れない心の強さはその姿を見た者を奮い立たせた、なんて描かれている。その実態は血反吐滲むどころか血肉吹き飛ぶ修練の先に越えられない壁が存在する現実に対し、その絶望感を胸に抱きながら高らかに謳った言葉である。

 

 ──どれだけの絶望がこの胸を埋め尽くそうとも、俺の積み重ねた現実は決して無くならない。

 

 そんな想いを抱いて、英雄が絞り出した悲鳴にも似た叫びである。

 

 偉大な男ではあるが、それを基準にして考えられると少々困ってしまう。

 人は強い人間に惹かれる、事実ではあるがそれが全てではない。おれのように心の底から適当に自堕落に生きたいと願うのもまた人の本質であると思う。

 

 この記憶が無ければもっと努力していたかもしれないが、この記憶があるからこそ努力の儚さを理解している。

 

 という建前だ。

 

「それではおれは勝利を求めてくるので」

「おう、まあ程々に相手してやってくれ。アイツも寂しいんだ」

 

 ステルラは才能チートウーマン。

 この田舎に居ていい人材かわからない程度には才能に溢れているため、何をやっても人一倍熟してしまう。大人からは英才教育のように蝶よ花よと育てられているが、同年代の子供からは敬遠されがちだ。

 

 持ち前の明るさで気にならないように振舞っているが、精神年齢が成熟した人間でない限り嫉妬心が燃え上がってしまうのも確か。

 

 おれ? 

 

 おれはもう嫉妬とかそういう次元通り越したよ。

 記憶が芽生えて、『おれ本当は英雄さまなんじゃね?』とか思い込んでた俺を散々に打ちのめした怪物である。

 

 完全上位互換だし、もう嫉妬するもクソもないよね。

 

 ロア・メグナカルトは現状何も成していない人間である。

 

「任せといてください。おれは置いて行かれても、追いかけるのはやめませんよ」

 

 それが英雄の記憶を持つ人間として、最低限の意地だ。

 あんな苛烈に、鮮明に輝きを見せつけられてはどれほどの闇が背後に巣食っていたとしても憧れは抱く。

 

 抱くのは憧れまでだ。

 

 羨望は決して抱かない。

 

 いまだ英雄の記憶を最期まで辿れた事は無いが、その最期は現在不明となっている。

 

 曰く、海の果てを探しに行った。

 曰く、闇を祓いに地底に行った。

 曰く、救った民衆の凶刃に倒れた。

 

 星の数ほど最期は語られているが、どれもこれも確証があったりなかったりするため不明扱いである。

 

 救国の英雄の最期は悲劇であってはならないが、この記憶を辿る限り──それは惨たらしく残酷な最期を迎えたのだろう。

 

 悲劇で始まり悲劇に終わる。

 英雄とはよく言ったものだ。その果ての平和を享受しているおれが言えた義理では無いが、現在の目標はコレである。かつての英雄の人生、それを正しい形で纏めて発表する。たとえそれが悲劇であっても、誰かの人生を歪めていい事にはならない。

 

 発表したら暗殺される可能性も視野にいれるけど。

 

 隠している事実を公表したらそりゃあ隠されるだろうな。

 そのためにある程度の立場を手に入れるとか、何かしらの手段は講じなければならない。生憎とおれにチートは一切備わっていないので、現状出来る手段としては役人になって国の重要ポストに就く位である。

 

 なお、そのための勉強もステルラの方が成績がいい。

 

「誰かステルラを見かけませんでしたか」

「おっ、ロアくんじゃないか。またお嬢様に振り回されてるのかい?」

 

 近所に住む妖怪に話しかける。

 妖怪と言っても言葉の綾で、俺が生まれた時から姿が一切変わってないから便宜上妖怪と呼んでいるだけである。

 

 白い髪を腰まで伸ばし、赤い瞳は此方を見透かすように捉えてくる。スタイルは整っているし、一人だけ古風なローブを身に纏っているのもまあ目立つ理由になる。

 

「お嬢様というのがおれを一方的に打ちのめす悪魔の事を指すならそうです」

「彼女は才能に溢れているからな……私がこれまで見た人間の中で、最も才能に満ち溢れているよ。本人の努力もあるけれどね」

 

 この妖怪お姉さん(以前おばさんと呼んだ際に三時間程正座させられた)、時々年を重ねたアピールしてくるが本質的に物事を良く考えている人だ。

 どうしてこんな田舎に居るのかわからないが、役割としては村の医者兼主計兼魔法指導員兼教職員兼土木作業監督者兼畜産主任兼、なんて意味が分からないくらいの肩書を持つ。

 

 あまりにも有能過ぎて嫉妬する気すら浮かばないが、村の人からはよく頼られる村長でもある。

 

「優秀な人間は周囲を置き去りにしてしまいがちだが、彼女の場合は問題なさそうで安心するよ。君が付いているからな」

「代わりにおれの自尊心が砕け散っているんですが、それはいいんですかね」

「自己修復出来るだろう?」

「限度ってモンがあるんですよね。おれにだって男としてのプライドはあります」

「ヨシ、それなら私が君を立派な魔法剣士に」

「なりません。魔法使えないし、イヤミですか? 終いには泣きますよ」

 

 誠に遺憾である。

 ロア・メグナカルトは激怒した。必ずかの邪知暴虐なる年齢不詳魔女を泣かすと決意した。

 

「今失礼な事を考えなかったか?」

「マサカソンナコト」

 

 ロアは苦痛に弱い人間である。

 普通に裏切るし、友を信じて三日三晩走り回る事はない。家に帰ってゆっくりしているだろう。

 

「それで、お嬢様兼悪魔は何処へ」

「ああ、そうだったな。私の探知魔法によると西地区あたりに居るらしい」

「遠過ぎんだろ……」

 

 我が家は東地区の中央部、ステルラがいるのは西地区の南側。

 距離で言えば歩いて一時間くらいの距離である。

 

「加減しろ!」

「流石に不憫だな……どれ、ここは一発ワタシが送ってやろう」

「おお、その重い腰を上げてくれるんですね」

「大陸の果てを見たいとは、中々良い趣味を持つな」

「大変申し訳ありませんでした」

 

 なんだよ、言葉の綾じゃないか。

 齢六歳にキレるとか威厳ゼロだぞ、ゼロ。

 

「私のテレポートだってタダじゃないんだぞ。まあ? 私は優しいからな、ちゃんと子供には大人の対応をしてやるのさ」

 

 それを言うのが大分子供なんだが、おれは心優しいから黙っておく。

 

「あ、帰りは頑張って歩いて帰ってくるんだぞ」

「マジで言ってます??」

「男だろう、それくらい気張って見せろ」

「おれは六歳なんだが……」

「安心しろ。普通の六歳はソレを言い訳にしない」

 

 暗に子供らしくないと告げられた所で、視界が光に包まれる。

 この年齢不詳の魔女、魔法にエフェクト付与して誤魔化しやがった……! 

 

「この年齢不詳! 魔女! 美人!」

「罵るのか褒めるのかどちらかにしたまえ」

 

 独特の浮遊感と共に、一瞬だけ浮かび上がったかと思えば、次の瞬間には地に足着けてしっかりと立っている。

 

 何度も送ってもらっているが、相変わらず魔法の感覚が独特だ。

 

 こんだけ発達してるなら馬車とかやめて運送業やればいいのにな。絶対儲かるだろ。

 

「あ、いたいた。ステルラ見っけ」

「あー、またエイリアスさんに送ってもらったでしょ!」

「おれは魔法が使えないから普通にやったら日が暮れても追いつけないんだが……」

 

 気が利く魔女様は、どうやら標的の真後ろに送り込んでくれたらしい。

 

「ほい、タッチ。チェンジだチェンジ」

「ずるい! 折角ここまで走って来たのに~!」

「いや、ここまで普通は走ってこないからな。街道通っても一時間は掛かるぞ」

 

 のんびり歩いて来たから、陽が傾き始めている。

 おれはそろそろ家に向けて歩き始めなければ夕食に間に合わなくなってしまう。母との約束は夕食までには帰宅する事、このままでは遅刻してしまう。

 

 事情があれば許してくれるし、大半が事情があるんだが、それはそれで負けた気がするのでイヤだ。

 

「ステルラ、おれのこと運んでくれないか?」

「え、一緒に走って帰ろうよ!」

「多分それはおれが置いて行かれるだけだな」

 

 自分を基準にするのをやめたまえ。

 おれは典型的もやしっ子、100メートル二十秒の記録を持つ。

 

 自慢じゃないが、ここから時間通り帰るのは不可能に近い。

 

「まあいいか。魔女に誑かされたって言い訳しよう」

「じゃあ競争しよう競争!」

「おれに一切の勝ちの目が無い事を今説明したと思うんだが……」

 

 なにが楽しいのか、きゃいきゃいと笑いながらステルラが騒ぐ。

 負けっぱなしなのは気に食わないが、まあ、コイツが楽しいならそれはそれでいいか。

 

 いつか絶対負かしてやる。

 

「ハイスピードなのを否定はしないけど、たまには緩やかに行こう」

「でもロアはいつもスロースピードじゃん」

「ステルラが急ぎ過ぎてるだけなんだ。おれが普通だから」

「おっそーい! 遅い遅いおっそ~~い!」

「普通にムカつく。おれに魔力が無くてよかったな、もしも魔法が使えたら八つ裂きにしてるところだ」

 

 ハ~~~。

 まあ、お子様にはわからないか、おれの気遣いとか諸々が。

 

 努力はクソだが、こういう目にあっていると定期的に努力はするべきだと思わされる。努力の最低値を地で行くスタンスだが、ごくまれに努力値を振るのも悪くはない。

 剣術とかやれる気がしないし魔法は使えないが、このままだとステルラに一生敗北したままである。三日坊主になる未来が見えるが、明日から本気出そう。

 

「ほらほら、走ろっ!」

「待てステルラ。おれの手を引いたまま走るな、そのままだとおれが宙に浮いたまま──」

 

 おれの命乞いも虚しく、かの暴虐なる悪魔的お嬢様は駆け出した。

 無意識に発動した身体強化によって増幅された身体能力を発揮し、おれは連れ去られる体を保ったまま風を切る隼と化したのだ。

 

 家に着いたころには疲労困憊、視界がぐわんぐわんと揺れ動き全身から変な汗が吹き出し続けたおれは翌日高熱で倒れた。

 

 英雄の記憶なんざ持っていても所詮この程度である。

 ロア・メグナカルト六歳。勝ちの目が見えなくても挑まなくてはならない勝負がある、そんな理不尽な現実に付き合った結果。

 

 “理解(わか)”らされたのは、どうやらおれだったらしい。

 これで通算敗北数がまた一つ星を重ねる事となった。

 

 天才に付き合えるのは狂った努力家かそれを越える天才である。

 おれはそのどちらでもなく、ただ誰かの記憶を持った凡人で終わる。その事実がなんだか悔しい気もするが、それが現実だから仕方が無い。

 

「母上、父上……もしおれが死んだら、犯人はステルラだ」

「ご、ごめんねロア。ロアが弱くて女の子に勝てなくて意地っ張りで見栄を良く張ることを忘れてたよ」

「おまえちょっと表出ろ。おれがこの手で引導を渡してやる」

 

 ナチュラルすぎる煽りに、おれの海よりも深い寛大な心でさえ沸点を優に通り越し、臨界点を突破した。

 誰が一度も勝ったことのない負け癖のついた万年最下位だ。勝てるってところをたまには見せてやらないから、こういう思い上がりが出来てしまう。

 

 魔法を封印するルールでステルラと即刻鬼ごっこを再開する。

 おれは熱で魘されていて体調が万全とは言い難いが、そんな事を無視してでもいまこのチャンスを逃すべきではないと心の奥底から思ったのだ。

 

「クソ……ッ! 待て、この……!」

「ロア、無理しなくていいよ?」

「クソがッッ!!!」

 

 おれの体感では三年は鬼ごっこをしていた感覚なのだが、その実一時間も経たずに症状が悪化したおれは魔法を解禁したステルラによって自宅に強制収容された。

 

 医者として訪れていた妖怪ババアことエイリアスさんには、「意地を張るのは男らしくて好感が持てるが、それはそれとして休むときはしっかり休め。どこかの誰かみたいに手遅れになるぞ」なんて説教も頂いてしまった。

 

 一度に二度の敗北を味わわされることになるとは……やはりステルラ・エールライトはおれの宿敵である。

 

「ぐおお……おのれ、つぎはおれが勝つ……」

「まったく。回復魔法も限界があるんだぞ?」

 

 強制的に体力が増やされていく謎の快感と共に、おれは高熱の最中意識を失った。敗北に敗北を重ねた敗北のミルフィーユである。

 

 それは大層苦い味だった。

 

 

 

 

 

 ──そして、高熱で意識が混濁する中、ある夢を見た。

 

 それは英雄の詩だった。

 人類同士の争いを終え、かつての仲間たちとも別れを告げ、故郷へと帰還した後の話。語られる事のない英雄の闇。

 

 人の心から産まれた地底の悪が、古の大地より溢れ出る。

 ただ一人、共に時を過ごした稀代の天才にして親友と共に駆け抜けた語られない戦。

 かつての仲間たちへ言葉を遺し、二人は戦いへと赴いた。

 

 いくら祓えど勢い衰える事が無く、次第に疲弊していく両者。かつて暗黒の力をその刀身に封印したと謳われた魔剣が折れ、聖なる神官が祝福を施した鎧も打ち砕け、王女より授かった伝説の盾も今や鉄くず同然と化した。

 

 それでもなお、両者は諦めない。

 

 人の悪意が無限に生まれるように、奴らは尽きる事が無い。山を越える巨大な怪物、空を埋め尽くす悪意の軍勢、人の形を保った、魔法を扱う異質な敵。

 その絶望的な程に明確な戦力差であったが、決して諦めることは無かった。

 

 しかしそれも時間の問題であり、最早二人で止める事が叶わないと理解し、両者はある決断をした。

 

 それは、英雄が作り出した魔法だった。かつての敗北に気付き、自分ではどうにもできない努力の差を乗り越えるための苦肉の策だった。

 それは、親友の作り出した奇跡だった。かつての勝利に気付き、自分すらも乗り越える天才を凌駕するために生み出した必然の策だった。

 

 自身を媒体に莫大な魔力を生み出し、その命を捧げる事で対価を得る。

 

 両極端な二人が至った結論は、奇しくも同じであった。

 

 産まれ続ける根源を突き止め、悪意の孔へと二人は駆けた。

 それはまさしく天地開闢の一撃だった。それはまさしく天下無双の一撃だった。

 

 二人の英雄がその身を犠牲に撃ち放った一撃により、孔は崩壊を迎える。

 しかしその奥底に潜む闇は未だ死なず、百余年続いた平和の地の底で今か今かと機を窺っているだろう。

 

 二人の英雄は死に、悪は生き延びた。

 

 それこそが、誰にも語られる事のない──英雄の最期である。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話

 

「……ふむ」

 

 父上に取り寄せてもらった文献を読んで、一息吐く。

 おれが先日高熱を出した際に見た夢はどの文献を漁っても記されてることはなく、これは誰も知る事のない真実なのだろう。

 

 確証が取れない故に、確証が取れた。

 たしかに英雄の最期がこんなモノであり、なおかつその身を犠牲にしてなお闇を祓う事は出来なかったという事実を公表すればたちまちパニックになってもおかしくはなかった。当時の上層部はそれを恐れて隠匿し、のちの時代に戦力を保ち続けているのだろう。

 

 おれは英雄の記憶を保持しているが、かの英雄と同一人物ではない。あくまでロア・メグナカルトという人物がかつての英雄と謳われた人物の記憶を保有しているにすぎないのだ。

 

 おれがここで、英雄としての自覚を持つ必要は一切ない。

 

「だがまあ、このままだと面白くない方向に進むのは目に見えてる」

 

 おれは才能を一切持たないもやしっ子だが、おれの幼馴染はそうではない。

 ステルラ・エールライトという少女は反対位置に座する天才少女である。魔法技能に優れ、そして恐らく直接的な戦闘の才能も持っているだろう。天は二物を与えず、されどステルラは例外として与えられ放題である。

 

 果たして神が愛しているのか、単純に運がいいのか。

 

 おれは英雄にはなれない。

 魔法を扱うのがほぼ絶望的な時点でわかりきっている事だ。魔法剣士を極めたかつての英雄と、魔法を始めることすら出来ない今のおれ。雲泥の差であり、覆す事の出来ない圧倒的なハンデ。

 

 だが、ステルラは違う。

 彼女は才能があり、英雄の素質があり、戦いを行える人間だ。

 それはつまり、おれの記憶にある滅ぼしきれなかった闇といずれ戦う可能性があるということで。

 

「……参ったな。おれは努力が死ぬほど嫌いなんだが」

 

 努力は嫌いだし、走り回るのも好きじゃないし、剣を握るのも好きじゃない。

 

 怠惰を好み、椅子に座り本を読み、ペンを握って文字を書く。

 不平等すぎる世の中に思わず嘆かざるを得ない。戦いたくない人間に戦う理由を与えて、戦える人間にも戦う理由を与えて。

 

 平和が百余年続いたというのに、おれはこんなにも嫌いな努力をしなければならない。

 

「ロアくん! あそぼー!」

「来たな、おれを修羅道に導く悪魔め」

 

 そんなおれの内心は露知らず、無邪気な暴れん坊お嬢様はおれを遊びに誘ってくる。子供の在り方としてはこれ以上ない正しさであり、今の時代になってようやく実現された形である。

 

「悪いが今おれは忙しい。具体的にいうと、この先の人生をどうするかの分かれ道に立っている」

「……? つまり?」

「悩んでるって意味だ」

 

 我ながら珍しいことに、悩んでいる。

 

 おれはステルラの圧倒的な才能に追いつくことは出来なくていいと考えていた。

 なぜなら、おれに才能が無いから。才能があれば少しは努力したかもしれないが、おれがコイツに追いつくためには、非常に不服だが死に物狂いで生きて行かねばならない。追いつかなくても、おれが『ステルラ・エールライト』という一個人をしっかりと認識していればいいと思っていたのだ。

 

 それが今、あの記憶の所為で破壊された。

 

 何時の日か来るかもしれない戦いの中できっとステルラは成長し、かつてのおれのライバル(親友)と同じくらい強くなるだろう。

 だが、それでもなお倒しきる事の出来なかったのが件の敵である。

 

 ステルラが命砕けたとしても、意味がない犠牲になり得る可能性がある。

 

「……それはなんでか、イヤだな」

 

 敗北者ゆえのプライドだろうか。

 おれに勝ち続ける天賦の才を持った幼馴染が、どこの馬の骨ともわからない変なクソ野郎に殺される。

 

 何故か腸が煮えくり返る気がした。

 

「努力はしたくない。おれは極力楽して強くなりたいんだ」

「いつも言ってたよね」

「ああ。でも、おれには才能がない。極力楽して強くなるには才能こそが必要で、おれにはその絶対条件が付随していないわけだ」

「じゃあ一緒に頑張ろうよ!」

 

 気楽に言ってくれるぜ。

 

 ステルラの頑張るとおれの頑張るじゃ文字通り天と地の差がある。

 十時間頑張れば結果が出るのが前者で、おれは一日を倍に伸ばして修行を行ってようやくそれに追い縋れる可能性がある程度だ。

 

「…………かつての英雄は、こんな気持ちを抱いたことはあるのだろうか」

 

 この圧倒的な絶望を前にして、ヤツは『それでも強くなりたい』と叫んだ。

 自暴自棄ではない確固たる自信を持って、現実の不条理に抗う言葉を紡ぎ続けた。

 

「おれは負けず嫌いなんだ。負けが決まった戦いはしない主義でもある」

「でもいつも負け越してるよね」

「話を掘り返すんじゃあない。おれは何時だって自分が勝利する事を疑っていないからおまえと勝負しているだけで、最初から敗北すると悟っている場合は大人しくしている。エイリアスさん相手とか」

 

 あの妖怪お姉さんは魔法をパパッと扱うから、現時点のおれでは勝ち目が一切存在していない。せいぜい口悪く精神にダメージを与える位しか有効打が存在しないのだ。

 

「おまえがエイリアスさんに負けるのはいい。清々するし、おれはその事実だけで三日間は高揚しているだろう」

「なんだかすごいあくどいこと言ってる気がするんだけど……」

「だが、おまえを真の意味で負かすのはおれだ」

 

 そうだ。

 

 おれは努力が嫌いで人一倍運動を憎み本の虫だが、『自分は英雄じゃないか』なんて思い上がったおれをボコボコに打ちのめしたステルラ・エールライトにだけは負けたくない。

 コイツを世界で初めて負かすのは、おれでなければならないのだ。

 

「本当に、心の底から疎ましく感じる位に癪だが──おれは大嫌いな努力をする」

 

 男の自尊心というものがおれにもまだ芽生えていたらしい。

 かつての英雄の誇りなんてモノは一欠片も持ち合わせていないが、積み重ねた敗北の数だけ負けられない重みがある。

 

「未来になって嘆くのは勘弁だ」

 

 英雄の記憶、最期の瞬間。

 整った表情を歪ませながら、涙を流し続ける女性の顔が印象に残っている。

 

 おれは今のままではそこにすら辿り着けない。

 送られて来たステルラの遺体の前で懺悔する事だけはしたくないのだ。

 

「精々高みでふんぞり返ってろ。おれは必ずおまえに手を届かせる」

「……うん! わかった!」

 

 満面の笑みで頷くステルラ。

 

「じゃあ遊ぼう!」

「じゃんけんで決めようじゃないか。おれはグーをだす」

「じゃあ私もグー!」

「おまえさては何も考えてないな? ゴリ押しで心理を一切悟らせない手口はガチで厳しいからやめろ」

 

 おれはこの後敗北を喫することになる。

 

 見てから後出し余裕でしたと言わんばかりに高速で変化する手の形には、物理的に勝利する事が叶わないことが判明した。ぜってぇあっち向いてホイで負かす。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第二話

 

 そんな訳で、非常に不愉快で誠に遺憾ながらおれは強くなるための努力を始める事にした。

 

 おれとステルラの間には、かつての英雄とその親友でもありライバルである大天才と同じくらいの差がある。

 しかも努力し始めているのは大天才が先である。もうこの時点で半分くらい詰んでるんだが、おれには他人にない絶対的なアドバンテージが存在するのだ。

 

 そう、英雄の記憶そのものである。

 

 なぜ持っているのかは知らんが、これを利用しない手立てはない。

 おれも英雄も才がある訳ではなく、彼は死に物狂い、というより実際に何度も死にながら蘇生を幾度となく繰り返し血と汗と涙に塗れて道を突き進んだ狂人である。

 

 流石に同じ手段を取ることは出来ない。

 手軽に蘇生してくれる超スパルタ鬼畜教官は身近におらず、やりすぎれば両親に心配されるからだ。

 ていうかこれ、修行中に死んだら元も子もないからな。普通に考えてやりすぎなんだよ。

 

 なので、おれはこれまでの生活を全て投げ捨てる事にした。

 

「父上、おれに木刀と真剣買ってくれ」

「……さては偽物だな! 我が息子を返したまえ!」

「わかった。二度と父上とは口を利かない」

 

「母上、おれの飯だけバカクソ多くしてくれますか」

「あらあら、それじゃあお風呂も用意しておくわね! これから忙しくなるわ~!」

「流石です母上。では、夕食後には戻ります」

 

 父上が買ってきてくれた木刀を持ち、手首足首に重り代わりのリストバンドを身に付けて、公園の存在する西地区まで走る。

 

 初日は死にかけた。

 到着した時点でもう動くのを諦めかけたが、記憶の中の英雄が止まった瞬間骨を折られて回復魔法によって無理矢理動かされていたのを思い出して奮い立たせる。あそこまでヤバくないからまだ動けるだろう。

 

 生まれたての動物みたいなプルプル具合を道行く人達に見詰められながら、素振りを行う。

 剣術の師は誰一人として存在しないが、記憶の中の数多く存在する強敵たちが自然とその技を魅せてくれた。無論いきなり習得するなんてことは無理だろうし、おれにとっては雲の上の技術群である。

 それでも最終的な目標地点が存在するのだから、あとは我武者羅に走り続けるだけだと思えた。

 

 最期に力を振り絞って放った一撃──おれは、アレを放てるようになる。

 

 到底無理に思えるほど高い山だが、それでこそやりがいがあると言うものだ。ああ、そうだ。クソが、努力したくねぇ。楽に強くなりてぇ。

 おれの心を埋め尽くしたのはその言葉だった。苦しみの中でもいつだって『楽して強くなりたい』という感情が消えることは無い。だってそれが本質だもの。

 

 クソクソ言いながら息を切らして素振りを続ける六歳児はさぞかし不気味に見えた事だろう。

 

 帰り道の途中で倒れそうになったが、なぜかたまたま現れたエイリアスさんに少しだけ手を貸してもらった。

 

「ロアくん。ついに頑張る事にしたのか」

「誠に……遺憾、で」

「ああ、喋らなくてもいい。ほら、あと少しで家に着くよ」

 

 なぜ優しくしてくれるかは知らんが、おれにとってはその少しの気遣いがあれば十分だった。

 ステルラに負けないと自分でやると決めた事だが、応援してくれる人がいればそれは段違いにやる気がでるものだった。

 

 一週間経ち、無理矢理詰め込んでいた食事を戻す事がなくなった。掌に出来たマメが潰れてたくさん出血したが、傷口に塩を塗り込んで我慢した。

 

 一ヵ月経ち、掌の皮が厚くなった。元のもやしっ子としての面影は多分に残しつつ、少しずつ骨格が立派に育ち始めた。ステルラはそこら辺物理法則を無視して筋力とかありそうなんだけど、そこもまた天賦の才で済ませていい問題なのだろうか。

 一日に定めていた素振りの数を増やし、ひたすら素振りを続ける。

 

 おれの記憶にある英雄は基礎トレーニングを終えた後、すぐ実戦形式で応用を行っている。

 

 しかしこの村で実戦形式の訓練が出来る師は見たことが無い。強いて言えばエイリアスさん、くらいだろうか。

 我が父上はおれと同じくもやし男、三度の飯より文献整理が好きな考古学者である。勿論魔法も使う事が出来るが、実戦で殺し合えるような強さは持っていない。

 

 こればかりは仕方が無かった。

 時代も環境も待遇も違うのだ、全てを彼と同じように生きていける筈もない。

 持ち前の切り替え力でスパッと割り切り、イメージトレーニングでひたすら斬り合いを行うことにする。虚空に他人を生み出してそれを自身で動かしながら戦う、言葉で説明したら異常者そのものだがおれは他人の記憶が普通に頭の中にあるのでそこら辺は問題なかった。

 

 そうして自身で出来る限りの努力を続ける事、更に半年。

 

 おれにとっても予想外の出来事が起きたのだ。

 

 

 

 

 

 

 最早見慣れた西地区までの道を走り、常識の範囲内の速度で到着する。

 前は夕方に行っていたこの訓練を朝一番に行うことにした。なぜなら、もっとも注目されずもっとも集中できる時間帯だからである。

 

 日が昇り始める直前に目を覚まし水を被って意識を起こし走る。

 

 なんと健康的な毎日なのだろうか。

 

 木刀と真剣、どちらも相応の重さだがその重みにも慣れ始めていた。

 腰に差すにはおれの背丈が足りないので、背中に二本とも紐で纏めて運んでいる。抜刀術とか極めてるヤツが居たが、その内技術だけ吸収させてもらおう。

 

 吐き出す息が白くなり、寒さで手が悴む。

 それをぐっと堪えて、指先が麻痺するような感覚を得ながらもしっかりと柄を握りしめる。

 あぁー、楽したい。どうしておれは毎日こんな風に苦しんでいるのだろうか。おれは世界で一番苦痛が嫌いと言っても過言ではないくらい甘えた人間であるし、それは自他ともに認められる習性である。

 

 素振りとか腕が疲れるし、溜まった乳酸の感覚が恨めしい。

 

 おれに天賦の才をくれ。

 ないものねだりは毎日の日課だ。

 これをしなければ一日が始まらないとすら思い始めて来た。

 

「クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ……!」

「相変わらず色々矛盾しているね、ロアくん」

 

 誰かと思えば妖怪エイリアスお姉さんである。

 この寒空の下で温かそうなローブに身を包んだお姉さんは、おれが反応をしても素振りをやめない様子を見て満足そうに笑っている。

 

「どうも妖、ではなくお姉さん」

「その若さで自殺を願うのは私としても心苦しい部分がある」

「大変申し訳ございません。すべて私の不徳の致すことなので見逃してください」

「図々しいな……」

 

 軽口の中で命を握られる感覚を味わいつつも、振る腕を止めることは無い。

 

「ほんの半年前まではお嬢様に泣かされていた君がこんなにも努力を続ける子になるなんて、お姉さん感慨深いよ……」

「やはりどんな魔女でも寄る年波には勝てないと」

「開発したばかりの魔法があるんだ。サンドバッグを探していたがまさかこんなところにあるとは」

「児童虐待だ! 訴えてやる!」

「私だって気にしてるんだぞ!!」

 

 溜息を吐きながら指を一振りし、その場に椅子を生成する。

 あーあ、ずっけぇなーその力。おれは魔力がゴミカスすぎて何にも出来ないけど、魔力さえあって魔法を弄る才能を持てばあんなふうに何でも出来ちゃうものだ。

 

「君のような若い子が必死になっている所を見ると、私も昔を思い出すよ」

 

 そう呟いて、何が面白いのか、おれの素振りをじっと見つめるエイリアスさん。

 見られると気恥ずかしいからやめて欲しいんだが、こうなった時のこの人は止めても聞かない。年齢重ねた分だけ我儘になっているのだろうか。

 それに素振りなんざ所詮基礎の基礎、武器を振るのに向けて身体を慣らすのが目的である。本格的な戦闘訓練に関してはイメージトレーニングくらいしか行えてないのが現実だ。

 

 おれも来年には学び舎に行かなければならない年齢になる。正確にはあと半年と言ったところだが、七歳の数え年の春が初年度だ。

 

 それまでに同世代の天才たちに少しでも詰め寄らねばならないのだ。

 本当はもっと焦ってもいいが、それはそれとしておれは楽をしたい。そこの本質的な部分だけは曲げる気は無い。

 

 素振りを終えて、疲労が色濃く残る両腕から力を抜いて、夢に見る英雄の斬撃の軌跡を辿る。

 

 彼は努力の人である。毎日毎時間毎分毎秒、ひと時も武から心を離したことは無い。ゆえに振るう斬撃は常に完全であり、そこに乱れは存在しない。凡人がゆえに、彼は究極に至ったのだ。

 

 おれは努力が嫌いである。毎日毎時間毎分毎秒、ひと時も堕落から心を離したことは無い。ゆえに振るう斬撃は未熟であり、それは乱れて観測できる。おれが究極に至れることは無いだろうが、目標は究極である。

 

 かの英雄が辿り着いた究極の一撃を、おれは知っている。

 

「────……うーん、未熟」

 

 たしかに記憶通りの軌跡を描いている筈だが、軸もブレているし魔力は籠らず、強靭な彼の不屈の闘志も宿ることは無い。

 目標と定めたのは失敗だっただろうか。

 

「………………ちょっと待て」

「え、なんですか」

「ロアくん、今のもう一回振ってくれないか?」

 

 黙って観察していたエイリアスさんが唐突に声をかけて来た。

 なんだよしょうがないな、おれはこれを振るうたびに楽が出来ない現実を直視させられるから嫌なんだが、なんか目が据わってて怖いので従うことにする。別にビビった訳では無い、しなければ進まないような気がしたから従っただけだ。

 

 決してビビった訳では無い。

 

「はい、やりましたよ。べつに見てて面白いもんでもなくないですか」

「…………いや、だが……、まさか……」

 

 コワ……

 おれは思わずつぶやいてしまった。

 大の大人がブツブツ言ってるの、恐怖でしかないだろ。

 

「……ロアくん。それ、どうしてその軌道?」

「なんとなくです」

 

 うそです。

 本当は手本にしてる人がいます。沢山います。

 でも全員と面識ありません。おれは勝手に師匠扱いしています。

 

「なんとなく、か…………圧倒的すぎる才能の前に隠されていた原石が、まさかこんなところにも居たとは」

「え、コワ……何言ってるんだこの妖怪」

 

 節穴eyeすぎる。

 おれの才能は張りぼてだぞ。

 言うなればレアメタルがたまたま大量にくっついていた石ころに過ぎない。

 

「今はその言動も見逃そうじゃないか。どうだいロアくん、よかったら私が剣の相手になろうか?」

「高齢者虐待とか言って訴えてきませんか?」

「……キ……!」

 

 この後、有無を言わさないエイリアスお姉さんの手によっておれは地面に這いつくばる事になった。

 

 その間わずか五秒である。

 

「ふぅ……こう見えて私は剣術も納めている。師範代にはなれないが、それでも今の君の相手くらい訳ないさ」

「ふがふがふが(土が口の中に入って気持ち悪い)」

「な、なんだいその目は。元はと言えば君が私を老人扱いするのが悪いんだ。怪我だって治してあげただろ?」

「おれは六歳だ。世間的にみれば子供であり、あなたたち大人が庇護するべき対象である。これは事実と常識に基づいた確固たる証明であり、すなわちおれは今の出来事を両親に報告する事が出来る」

「大変申し訳ありませんでした」

 

 エイリアスさんの負けだから、これは勝負に勝って試合に負けた判定でいいな。

 ふう、大人にすら余裕で勝ってしまうおれの勝負強さがおそろしいぜ。なお、幼馴染であるステルラに関してはマジで勝ちが無い。死ぬまでに勝ちたいよな。

 

「ん゛ん゛ッ!! いいかい。今のロアくんは実力不足、道端に転がっている石ころ程度でしかない」

「流したな……はい、それは理解してます」

「だが、私は君()才能があると思う。いや、今確信したと言ってもいい」

 

 塗装された才能なのだが、どうやらそこは気にしないらしい。気付いてないとも言う。

 

「どうだい? 君が独学で頑張るより、私の元で頑張った方が()()()()()()()()()

 

 なんとも甘美な誘い文句である。

 おれのことをよく理解していて、なおかつ否定しない完璧な言葉じゃないだろうか。

 

 そうだ。

 

 おれは努力が嫌いだ。

 本当は努力何てしたくない。おれは、自分が頑張らなくていい範囲内で生きて行きたいんだ。

 ステルラのためになんて言っているが、結局誰かを理由にして楽な方に気持ちを逃がしているに過ぎない。

 

 そんなおれなんだ。

 

 おれはより楽な道を選びたい。努力は嫌いで、寝て起きて本を読んで飯を食う生活をしたい。

 おれはより楽に生きていたい。運動も苦手で、走り回り武器を振り回す生活なんざごめんだ。

 

「──なら。おれに楽をさせてくれ、エイリアスさん」

「……ああ、承知した」

 

 そう告げると、エイリアスさんは指を鳴らした。

 

「楽をできると言っても、それは最終的に、という話だ」

 

 エイリアスさんの横に、魔力が形成されていく。

 紫の粒子が徐々に形作られていき、やがて彩りすらも鮮明に刻まれていく。

 

 鎧だ。

 

 フルプレートの騎士鎧。

 全身に鳥肌が立った。おれはこのフルプレートの騎士を知っている。

 

 ロア・メグナカルトは知らない。

『英雄』の記憶が叫んでいる。

 

「君には成人を迎えるまでに、この騎士を倒せるようになってもらう」

 

 右手に握るのは、暗黒の力を刀身に封印したと謳われた伝説の魔剣。

 

 百と数十年前の、『英雄大戦』。

 かの英雄と雌雄を分けたと呼ばれる、稀代の天才。

 

「――戦争を終わらせた立役者、その模造体だ」

 

 この瞬間、おれは楽が出来ない事を悟った。

 

 

 

 



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第三話

 しつこいくらいに宣言するが、おれは努力が嫌いである。

 

 敬遠しているとかそういうレベルではなく、死か努力かを選ぶなら三時間程悩んだ末に苦肉の策として努力を選ぶ。

 努力を如何に簡略化出来るのか、どうすれば楽して努力を終わる事が出来るのか、おれの思考の三割程度はそこに割り振られている。もはや意識的に行っている事ではなく、これはおれにとって呼吸をするのと同じだ。

 

 前振りは済んだな。

 

「師匠。おれは楽がしたいから弟子入りしたのであって、決して苦労を重ねまくって最終的に天下に名を轟かせる覇者になりたいわけじゃない」

「何を甘えたことを言っているんだい……いや、君はそういう奴だったな。半年間なんだかんだ言って続けてきてるじゃないか」

 

 そりゃあやるしかないんだからやるだろ。

 誠に遺憾ではあるが、これを三日坊主で済ませるのはよくないと思う。

 今となってはおれだけが明確に知っているかつての英雄の記憶、それがあるから努力しているに過ぎない。強くなる努力はどれだけ重ねても確実性のない本人のセンスによるモノが大きいので、おれや彼は大変苦労しているのだ。

 

「魔法は相変わらずダメだが、剣術と体術はそれなりになってきただろう? 五段階評価で言えばCにはなれるんじゃないか」

「同年代の中でCとか意味無いです。やらないのと同意義です、つまりおれは努力しなくても今と同等の価値を保つことが出来たという証明に他ならない」

「たまにとんでもない事言うよね。そこら辺のぶっ飛び具合、私の知り合いにも居なかったな……」

「じゃあおれが師匠の初めてを奪ったんですね。ヴィンテージ百年くらいですか」

「今日のトレーニングは私も混ざろう。二対一の想定もそろそろ始める頃合いだと思っていたんだ」

「ヒエッ……」

 

 師匠の魔力で生み出された大天才と師匠による連携アタックにより、おれは無惨な姿を晒すことになった。

 

「あ、エイリアスさーん! ロアー!」

「おや、君の大切なお嬢様がやってきたぞ。よく来たねステルラ、このボロ雑巾に用かい?」

「ボロボロ~。水魔法覚えたから流してあげるね!」

「ちょっと待てステルラ。それは拷問の一種」

 

 おれの懸命な命乞いも虚しく、泣きっ面に蜂と言わんばかりにかけられた追い打ちにさしもの鬼畜妖怪ですら同情の意を示した。

 

「エールライト家の教育方針を知りたいですね」

「…………」

「だって、汚れは流さないと駄目でしょ?」

「そうだが、時と場合によるだろ」

「え……?」

「え……?」

 

 これはおれが悪いのか? 

 常識を教えるのは大人の仕事で、おれは子供な筈なんだが。

 

 助けを求めるように師匠に目線を向けても、応えてくれることは無かった。

 

「おのれ社会。こんな社会は間違っている、おれが革命の怒号を鳴らす必要があるな」

「私も手伝うよ!」

「諸悪の根源という自覚を持たないのか。悪の自覚がない無邪気な悪意は時として巨悪に勝るとは真実だったんだな」

 

 まさか七歳になって抱く思いがこんな悲壮なモノになるとは、誰が想像しただろうか。

 

 既に師匠の元に弟子入りして半年、おれが大嫌いな努力をする原因となった時期からおよそ一年が経過していた。

 自分でもここまで続けられるとは思っていなかったが、なんだかんだやると決めたらやれるあたり流石はおれである。褒めるなよ、照れるだろ。

 

「魔法使いてぇ。広域破壊魔法使えればこんな努力しなくて済むのに。どうして神はおれに才能を与えなかったのだろうか、おれはこんなにも才を求めていると言うのに。才能の代わりに能天気になってしまった幼馴染を見ると嘆く心を抑えきれません」

「そうだエイリアスさん! 火属性魔法なんですけど、こんな感じになりました!」

 

 ンボッ!! 

 なんてアホらしい爆発音と共に、ステルラが掲げた掌の先に火球が生まれた。

 ちょっとした岩くらいのサイズなんだが、おれ、これからそんなのポンポン放てる連中と切磋琢磨しなきゃいけないのか? 努力確定じゃん。はー、もう全部投げ出したくなってきたな。

 

「おぉ……相変わらず馬鹿弟子と違って才に溢れているなぁ。複合魔法はまだ危険だが、もう次のステップに移ってもいいかもしれないね」

「クソが。図に乗るなよ、そんな火球切り裂いてやるわ」

 

 おれの記憶にある一撃を掘り起こす。

 それは天にも届いた一撃だった。空を駆ける巨大な龍、溶岩と一体化し周囲を融解させる恐ろしい生命体だった。

 空から隕石と共に降り注ぐ小規模な太陽にも似た攻撃に対し、かつての英雄はその身一つで対処して見せた。今のステルラの火球はそんなヤバい代物では無いが、当社比で匹敵すると思われる。

 

 かつての軌跡をなぞるように、掲げた火球に木刀を当てた。

 

「……ちょうど重すぎると思っていたんだ。おれにはこれくらいがちょうどいいサイズだ」

「どうして木刀で薙ぎ払えると思ったのか不思議なんだけれど……」

 

 火球に突っ込んだ木刀の半ばから先までを失った。

 一年間連れ添った相棒のあまりにも呆気なさすぎる最後に涙を禁じ得ず、衝撃と共にまた新たな敗北を刻んだ。

 

「英雄大戦ではこういう事できる人達が多数いたのでは……」

「そりゃあ持ってる武器に魔力宿ってるからね。ほら、ロアくんなら知ってると思うけど祝福が施された武器ってそういう意味だよ」

「師匠、今すぐおれに祝福を授けてください。鬼畜妖怪の祝福ならおれがこれ以降負ける事はないでしょう」

「君に生涯託すことはないのが今確定したが、これは今となっては免許が必要な部類になる。ステルラはその内出来るようになるかもしれないが、魔法を外でポンポン使うの本当は駄目だからな?」

 

 口を滑らせた事でおれの不幸が確定した。

 悠久なる刻を生きる魔祖・聖なる祝福を持つ偉大なる神官・ヴィンテージ百年の鬼畜妖怪。ネームバリューとしては負けず劣らず、いい勝負が出来るのではないだろうか? 

 

「馬鹿弟子は休んでいる暇はないよ。さっき火球に突っ込んだ剣筋は褒めるが、身体の成長と比例する程度の伸び代では置いてけぼりにされてしまう」

「グラフがとんでもない事になりそうですね」

「現在進行形で異次元を刻んでいる天才が傍に居るからね」

 

 倫理観と共に人の心も置いて来た鬼畜妖怪は再度鎧を生み出し、おれに対して剣を構えさせた。

 

 この日逆鱗を踏み過ぎたのか、おれは回復魔法によりエンドレスリンチを食らう羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第三話

 

 おれが努力を始めてからおよそ一年が経過した。

 

 毎日あまりの不快感に顔を顰めながら生きているが、少しずつ芽生える成果がなおさら苛立ちを増幅させる。おれは毎日コツコツ継続する大切さとかを謳われると唾棄したくなる性質を持つので、ズルできるならしたいとその度に思っている。

 

「ハァ~……ア゛ァ゛ッ!! フゥ、ハァ、あ゛あ゛~……!」

「がんばれロア~」

 

 だれの為だと思ってるんだ? 

 

 マメが潰れて出血を繰り返しながら、それでも素振りを続けるおれの不屈の心には自賛せざるを得ない。

 継続は力なりとか言いたくないし、心に刻む言葉は三日坊主である。

 

 自堕落万歳。

 

 それなのに今のおれは情けない。

 堕落と言う言葉からかけ離れた日々を過ごし、追いつけるはずも無い天才へ追いつく為に無理無茶を通す事すら出来ずにひたすら抗っている。

 あ~あ、くそったれ。

 

「おれも魔法使いてぇ……身体強化すればこんな地道な訓練しなくていいし、剣の一撃より魔力で形成した大質量を墜とした方がつよい。おれの経験がそう語っているんだ」

「魔法戦闘したことないくせに何言ってるんだい?」

「おれは天才だからな」

 

 文字通り見なくてもわかるのだ。

 なぜなら記憶のなかに頭おかしい魔法を大量に放つ人が存在するからである。

 

 魔祖とか言われるあの若作りロリババア、控えめに言って頭おかしいだろ。

 湖を一瞬で干上がらせたり、山と見紛う質量の岩を生成するし、電撃を収縮させて光線にしたりする。現代に伝わる魔法のほぼ全てあの人関係から生み出されたモノである。

 

「でも君魔法に関しては素人以下だよ」

「人のやる気を削がないでくれます? 仮にもあなた師ですよね」

「生意気なクソガキを導いている教職者でもある」

「え、定年じゃないんですか」

「やれ」

 

 ア゛ァ゛ー!! 

 

 突如背後から襲い掛かって来た鎧の攻撃が肩に命中し、あまりの痛みに悶絶しながら攻撃に対応する。

 記憶のなかの本物に比べれば未熟すぎる鎧の完成度だが、いまのおれにはそれすらも強敵である。ていうか体格差ある時点でめちゃくちゃ不利なんだが、七歳にしては頑張ってる方だと思うんだよ。

 

「ふーむ、なんだかんだ言いつつ対応できるようになってきたじゃないか」

「うでの痺れが取れないときはどうすれば」

「魔法戦士なら回復すればいいし、そういう祝福を施された装備を身に付けるね」

 

 つまりおれが今治す手立てはない。

 師匠に媚び諂い甘やかしてくれることを祈るしかないのだ。

 

「ロアくんはわからないだろうが、剣を極めた者は魔導を極めた人間を容易く打ち倒す事が出来るんだ。剣一つ身一つで戦争を左右するような猛者だっていたんだぞ」

「かの英雄ですか」

「いや、あの人はどっちかと言えば魔導よりだったよ。すでに祝福を受けた剣に更に重ね掛けを行う繊細さとか、派手さはないが細かな操作が本当に上手だった」

 

 まるで見て来たみたいな言い草だ。

 おれもそれが事実なのは理解できるのだが、どれほど英雄の記憶を覗いても師匠に似ている人物は出てこない。マジで何者なんだろうか、年齢弄りを繰り返しているが否定する事はないのも余計あやしい。本当は隠すつもりないんじゃないか? 

 

「繊細、か……おれにピッタリですね」

「三度自身の胸に問い続けて自責の念に駆られなかったらそう信じてもいいだろう」

 

 おれは繊細か? 

 おれは繊細だ。

 おれは繊細過ぎる。

 

「憂鬱になってきたな」

「センチメンタルと拘れる性格なのは別だ。良かったね、戦闘の時に役に立つよ」

 

 相手を煽るのはいいんだが、おれも煽られるとまあまあ腹を立てるタイプである。

 いやまあ、おれはとても心が広いうえに海よりも深い堪忍袋を兼ね揃えているので論戦最強なんだが、冷静ではない時に言われてしまえばさしものおれとて動揺を隠せない。

 

 棒立ちで佇む鎧の騎士をペシペシしつつ、仕方がないので再度剣を握る。

 

 あぁ、楽したい。

 薬とかで魔力増幅できるならそれで済ませたい。

 投薬で運用されてた禁則兵団とかどうなったのだろうか。かつて存在した、とは明記されているがその実態を書き記した教材は存在しなかった。

 

 ちなみに記憶の中ではたしかに存在する。

 

 英雄が普通に倒して救って、以降は魔祖の元で暮らしたとかなんとか。

 

「いやじゃ~~、おれは楽がしたい。楽がしたい楽がしたい楽がしたい楽がしたい」

「欲が駄々洩れだ……」

「人の本質は欲望だとおれは思うんです」

 

 今のおれの一日を書き記すと、朝起きて素振りを二時間・その後朝食を食べて身支度を整えて村から少し離れた学園まで走って移動に一時間・学園で勉強を大体五時間・帰ってきて師匠の元でひたすら実戦形式で打ち合いを寝るまで。

 

 おいおい、おれの読書時間はどこに消えちまったんだ? 

 

 こんな修行僧みたいな生活してるからこうなるのだ。

 欲望を押さえつけることで解決しようとするのは愚者のやることで、賢者は抑えつけるのではなく解消させるのである。

 

「君が早く強くなれば訓練の時間は減るだろうね」

「それはおれにもっと努力しろと言っていますよね。それはつまり女性に脱げと言うのと同じなんです」

「教育方針を間違えたかな」

 

 相手の嫌がる事をしないというコミュニケーションの基礎を述べただけでこれである。

 

「さて、すまないが今日は早めに切り上げることにする」

「デートですか?」

「似たようなモノだ」

 

 それにしては何時もと恰好が変わらないが。

 こういう時はおしゃれしていくのが女性なんじゃないのか? もしかして長生きしすぎて植物と同じ領域に精神が進歩してしまったのだろうか。

 

「君が何を考えているのか、最近理解できるようになってきたよ」

「以心伝心ってヤツですね。師弟の絆が深まったようで何よりです」

 

 おれはこの後、飛んできた雷に打たれて気絶した。

 気が付いた時には家に居たので、またもや運ばれたのだろう。敗北を重ねすぎて自身のスタンスが揺らぎそうだ。

 

 

 

 

 

 

 後日、師匠が不在の一日。

 

「ねーねー見てロア! 綺麗な石拾ったんだ!」

「へぇ、見せてくれ」

 

 そう言ってステルラが見せて来たのは虹色に輝く石のようなモノである。

 うん、おれが知っている石と大分違うのだが、こんな鉱石あっただろうか。齢七歳のロアには該当する知識はなく、また、英雄の記憶の中にもそんなもの存在しなかった。

 

「危ないからペッしなさい」

「食べないよ!?」

「そうなのか。てっきり非常食として持ってきたのかと思った」

「ロアは時々私をとんでもないくらい馬鹿にするよね」

 

 ステルラお嬢様は一年間で大分変化があった。

 口調はあまり変わってないが、暴れん坊からやんちゃと言い変える事が出来る程度には大人しくなったのだ。それも魔法の修行が本格化したあたりからなので、おれの必死な抵抗は一切意味をなさなかった。自分より上位の人間に教わり始めて大人しくなったのである。

 

 逆に考えればおれが負けすぎて駄目にしたとも言う。

 

「なんか手触りが石じゃないんだが……」

 

 ふーむ、師匠が居れば一瞬で特定できるのだろうが。

 あの人はなんだかんだ優秀なので定期的に首都に呼ばれたりする。なんでこんな田舎に居るのが許されてるんだ? 

 

 そんなどうでもいい事を考えながら、素振りを継続する。

 手のマメが潰れて皮膚が強靭になり過ぎて、すでに元のモヤシっ子の面影はない。本で指を切る事が暫くは無いだろう。

 あれ地味に痛くて不快だったからそれはそれで助かるな。

 

「そのうち質に入れよう。軍資金になる」

「売らないよ? なんで実利を得ようとするのかな」

「ロマンを信じるのはいいが、いつだっておれたちが向き合うのは現実だ」

 

 石ころじゃ腹は膨れないが、腐ったパンは胃に溜まるのだ。

 

 でも腐ったパンは美味しくないし身体を壊す。

 ならば石ころを搔き集めて売った金で美味しい物を食べる方がいいだろう。ああ、なんて合理的なんだ。ちなみにおれは努力したくないからもっと簡単な手段を取りたい。

 

「傷を付けたら価値が下がる。おまえに持たせておくとどうなるかわからんから、おれが責任を持って預かっておこう」

「そう言って売るつもりでしょ! ロアならそういうことするもん!」

「おれの理解度が高くてなによりだ。三日もすれば忘れて肉を食うおまえを想像できる」

「かえせー!」

 

 なお、本気で暴れられると勝ち目がない模様。

 だがおれには現状勝率がある。だからまだ挑んでいるのだ。

 

「フン、こいつがどうなってもいいのかな?」

「ロアは価値が下がるからやらないでしょ」

「…………」

 

 人質(石)作戦失敗。

 その間僅か二秒、おれはステルラに頭脳戦ですら負けるのか? それだけは避けないと一切のアドバンテージを失ってしまう。

 

「こうなったら死なば諸共」

 

 そう言いながら、おれは虹色に輝く石を手の中で握り締めた。

 特に力を籠めたつもりはなかったが、僅かに罅が入る感触がした。

 

 ピシリ──なんて、明確な音が響く。

 

「あ、割っちまった」

「え」

 

 違うんだ。

 おれは割ろうとしていたがそれは本心ではなくふざけている範疇で、別にステルラを悲しませようと策を講じた訳では無い。これは咄嗟のアドリブであり、いじわるしようとかそういう願いからやったおれの本質的な部分では無いのだ。

 

 どう弁解しようか高速で思考を回すおれの手の中で、何かが蠢く感触がする。

 

『──ガ』

 

 なぜか響く低い声。

 人とは少し違う声の揺れ方をした低音が響き、おれは剣を放り投げて咄嗟にステルラを突き飛ばした。

 

 右手に握った小石から何かが溢れてくる感触がある。

 ああ、嫌な予感がする。具体的にはおれの最も忌み嫌う苦痛と後悔が連続で襲ってくる気がするのだ。

 

 掌から決して離れないように。爪が皮膚を貫通するのも厭わず全力で握り締める。

 

 おれのそんな小さな抵抗を一切気にせず、握った石ころはどんどん広がっていく。

 離してしまおうか、なんて弱気な思考が一瞬頭をよぎったその時だった。

 

 おれの肘から先が、吹き飛んだ。

 

 血肉が顔に飛び散る。

 特有の匂いだ。何度も何度も鼻に入った鉄の匂い。

 

 おれはこの匂いが大嫌いだった。

 これは生き物が傷ついた証明だから、おれの事を否定する痛みそのものだからだ。

 嫌いな努力にはいつだって苦痛が伴うのだから、その半身とすら呼べる血液を好きになれるはずも無い。口を切った時の不快感と言ったらもう、それは最悪なんだ。

 

 やがて空に浮くおれの血液が石ころに集まり、形を成していく。

 明らかに質量を無視したその蠢き方に、おれは一つの記憶を思い返していた。

 

 それは英雄の最期の記憶だった。

 

 それは人の悪意の結晶だった。

 

 無尽蔵に沸き続ける悍ましい異形の怪物たち、血肉を追い求める悍ましい化け物。

 どこからか生まれてしまった生命体の失敗作。

 

『──ク』

 

 やがて、石ころは土くれに、土くれは異形に。

 腕が四本・顔が二つ、尻尾が三本の怪物はその数多の瞳をおれに向けて、静かに立ち上がった。

 

『──オ゛ア゛ア゛ア゛ァ!!』

 

 それは万感の叫びだった。

 おれたちに向けられる敵意と殺意、それを掻き消す程の無邪気な喜び。

 死を目前にして、おれは震えあがることしかできない。これ以上の痛みを得ない為に、おれの身体は抵抗を諦めてしまった。

 

 思えば短い一生であった。

 

 英雄の記憶なんてものを保持していても、おれはおれである。

 他人の記憶を持っている事がどれほど苦痛になるか、想像もつかないだろうが、こんなにも不愉快な感覚は無い。おれは努力が嫌いで苦痛を憎み、血反吐を吐くくらいならば地べたに這いつくばる事を選択する精神を持っている。

 それなのにかの英雄はおれと正反対の人間であった。

 

 努力を欠かさず苦痛に耐え忍びやがて救国を成したまごうことなき英雄。

 おれとは正反対で、おれの全てを否定されたような気持ちになった。

 

 誰にも伝えられる筈のない、おれの人生を象徴する感情だ。

 

 まだ動く腕で剣を拾い直して、かつての一撃をなぞる。

 おれは英雄が嫌いだ(・・・)。個人を捨てて誰かの希望の依り代になるなんて御免被る、そんなおれを否定するかつての英雄たちが嫌いだ。人類すべてが光に向かわなくたっていいだろう。弱い人間は弱いままでもいいだろう。

 

 そうだ。 

 おれは努力も英雄も信じる心も、どれも嫌いだ。

 

 本当は寝ていたい。

 本当は頑張りたくない。

 本当は本当は本当は本当は──おれはいつだって楽をしたい。

 

 それを許してくれないこの記憶と世界が、おれは人一倍嫌いなんだよ。

 

 手に持った(つるぎ)が輝きを増す。

 鈍く光る刀身に紋章が浮き、特異性を表していく。

 でもそんな事だってどうでもよかった。いまのおれの内心を占めるのは、ここまで積み上がって来た不平不満を煮詰めて完成した悪感情のみ。この苛立ちと死の恐怖でおかしくなったおれは、勇猛果敢に剣を手に取ってしまった。

 

「──ロア!」

 

 幼馴染の悲鳴にも似た叫びが耳に入る。

 おれの人生はおまえのために頑張ったと胸を張りたいが、それは責任の押し付けになる。おれの人生はおれだけのものだ。誰かに背負わせたりするものじゃない。

 

 異形が、おれが反応する速度の数倍早く腕を振る。

 当たれば死は免れないだろう一撃がやけに遅く見えた。これが死の走馬灯というヤツなのだろうか、一撃で死ねるのならば苦しくはないかもしれない。それはそれでいい終わりだ、なんてどうでもいい他人事のような感情が生まれた。

 

 才能が欲しかった。

 

 こんな訳のわからない状態で殺されるくらいなら、おれは才能を持って生まれたかった。

 英雄の記憶何て必要ない。おれはおれ、ステルラ・エールライトに対抗できる程の才を持って生まれれば全てを解決する事が出来たのに。

 

 才能が欲しい。

 

 おれはいつだって願っている。

 朝起きれば無敵になっていることを祈り、起床と同時に溜息を吐く。そんな毎日が嫌いでうんざりしていても決して変わらない現実と記憶に、無性に苛立ちを募らせた。

 

 才能。

 

 天才は天才と呼ばれる事を嫌うが、そんなプライドどうでもいいと思う。

 なぜならおれは頑張ったのに天才と呼ばれることは無いからだ。どれだけ頑張っても天才と凡人には決定的な差が存在してしまう、そんな残酷な現実。

 生き延びたいと思う感情より、日々を楽に過ごせないくらいなら死にたいと思うのは罪だろうか。

 

 もう少しで異形の腕がおれの頭部を吹き飛ばし、ロア・メグナカルトは死を迎える。

 

 ステルラ・エールライトは生き延びられるだろうか。

 散々独白を連ねて抱いた疑問はそこだった。なぜここで死ぬとか、こんなにも世界は理不尽だとか、そんな憎悪よりも深い場所から生まれて来た願い。

 

 ステルラ・エールライトは生き延びる事が出来るか。

 

 死んで欲しくない。

 

 そうだ。 

 おれはお前だけは死んで欲しくない。

 だから、どれほど苦しくても、どれほど妬ましくても、どれだけ現実を嘆いても、大嫌いな努力を続けた。

 

 昔のおれでは反応する事すら出来ずに死んでいるだろう。

 

 進歩はあった。

 微々たる進歩だが、おれの寿命を数瞬延ばす程度の成果は出ていたのだ。

 

 ……なんの意味もない程度の、僅かな努力の結晶が。

 

 無意識に腕に力が籠る。

 その一振りはヤツの生命を止める為ではなく、おれの命を繋ぎ留める為に動いた。

 身体に染み付いた、あの鎧の騎士の攻撃から身を守る為に養った反応だった。敵の攻撃に合わせておれも攻撃をして、力を受け流すようにいなす。

 

 正直、奇跡に近い反応だ。

 

 おれの頭部を吹き飛ばすはずだった一撃は、おれが間に挟んだ劔が半ばから折れる事でその力を大幅に減少させた。

 風を切って身体が空に浮いた感覚と空と大地が交互に見えるおれの視界から察するに、全身まるごと吹き飛ぶように調整に成功したのだ。だが、だからどうしたという話。

 

 どこまでも吹き飛んでいきそうに思える急激な加速のなかで、痛みが全身を覆いつくす。

 声の一つすら出せない痛みにただ歯を食い縛る事しか選べなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──意味はある」

 

 いつしかおれの視界は急転を止め、ぼやけた意識の中で柔らかな感触が背中を押した。

 

「君が積み重ねた現実の努力は、決して無駄にはならなかった」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 ロア・メグナカルトにとっては師匠、かつての英雄にとっては──

 

「こうして私が駆け付ける数瞬を稼いでくれた。それがどれ程の事か、理解できない君ではないだろう?」

 

 いつも身に付けるローブを華麗に脱ぎ、おれの全身を包む。

 じんわりと身体全体に滲むような温かさと共に、これは回復魔法と似た感触だと理解する。

 端正に整った顔を柔らかく微笑みに変えて、一度おれの頭を撫でて異形の怪物へと向き合いながら師匠は告げる。

 

「……またもや、私から奪おうとしたな」

 

 おれからは師匠の顔は見えない。

 だが、どんな感情を抱いているかは、声から理解できた。

 

 魔力探知に疎いおれですら知覚できる程の、圧倒的な魔力。

 師匠が普段から抑え込んでいる力の奔流が流れ出し、異形による絶望の支配をいとも容易く打ち払ってしまった。

 

 美しい魔力。

 おれの本心から抱いた感想だ。

 

 空間が歪むような揺らぎと共に、徐々に魔力が形を成していく。

 

「愛弟子を可愛がってくれた分は礼をする。なに、遠慮はするな──礼儀は尽くさねばいけないからね」

 

 稲妻迸る雷龍が、師匠の傍で咆哮を挙げた。

 

 

 

 

 



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第四話

 かつての戦争で、魔祖と謳われた魔法使いが存在した。現存する魔法体系の全てを構築した天才であり鬼才であり英傑であり、寿命すらも超越した魔力の果て。

 今も尚存命し後継育成に努める彼女には、十二人の弟子が居る。

 

 それぞれの属性を極め、寿命を乗り越えた生命の超越者達。

 人類が到達できる限界点を突破し、新たな生命体へと成った超人。

 

 魔祖十二使徒と呼ばれる偉大なる魔法使いである。

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第四話

 

「ふむ……」

 

 いまこの場を支配しているのは、あの異形の怪物ではない。

 おれが散々妖怪だのなんだの小馬鹿に軽口をたたいて来た師匠であり、その傍らに佇む膨大な魔力で作られた龍。

 

「ステルラ、ロアを見ててくれるかな」

「ロアッ! ねえロア大丈夫!?」

 

 右腕を欠損してると言うのに、痛みは和らぎ落ち着いている。

 全身を包み込む師匠の香りが、おれの大嫌いな血と汗の臭いから遠ざけてくれた。

 

「私のローブは特別製でね。祝福が幾つか付与してあるから着ているだけで健康体を維持できる優れものなんだ」

「だから普段動いてないのにスタイルいいんですね」

「次舐めた口聞いたら君のもう片方の腕も捥ぐ」

「コワ……」

 

 だっておれをボコる時くらいしかやる気出さないし、普段は魔力で作った椅子に座ってばっかだし、逆になんでスタイル維持できてるのか気になるだろ。

 

「エイリアスさんっ! ロアは、ロアは大丈夫なんですか!?」

「焦るなステルラ。さっきの軽口を聞いただろ? ロアは意地っ張りではあるが、自分が辛いときはいの一番に辛いと口に出す虚弱な精神を持っている」

「師匠の信頼が厚いぜ」

 

 死が目前に迫っているときはそりゃあ内心文句を吐きまくるが、今はそうでもないから余裕こいている。

 腕部欠損が衝撃的な訳ではないが、記憶の中の英雄の欠損具合が酷すぎてあまりダメージになってない。物理的な痛みは伴っているが、精神的にはそこまで傷を負っていないのだ。

 

「師匠、ヤツは?」

「前時代の遺物さ。私たち大人が禊切れなかった呪いと言っていい」

 

 かの英雄が祓いきれなかった遺物、か。

 おれの目の前に現れたのは偶然か、それとも必然か。知能がある風には見えないがそれ故の凶暴性が悍ましく感じる。

 

「師匠……」

「ふっ、心配しなくていい。私はこう見えてそれなり以上の魔法使いではあるし、かの大戦を生き抜いた実績もある。魔祖クラスが現れない限り負けないさ」

「やっぱり年齢が」

「後で君にはデリカシーを叩き込んであげよう」

 

 そう言いながら、師匠は緩やかに腕を動かす。

 奏者のように優雅に指を振るいながら、雷迸る雷龍が大きく口を開く。

 

「ここ周辺は全て綺麗にした筈だが──それだけ、近いという事か」

 

 不穏な言葉だ。

 

 なんでも出来る幼馴染が知ることは無い、おれとこの世界の上位者だけが知る真実。かつて葬り去る事が出来なかった悪意、英雄大戦の遺物。

 

 一度おれの事を見た師匠は、改めて異形へと向き合った。

 

「……ロア。君にとっては最悪な一日になるだろうが、一つ教えよう」

『ガア゛ア゛ア゛!!』

 

 異形が吼える。

 

 それに対し迎え撃つのは、古の魔女。

 そうだ、思い出した。髪色とか、瞳の色とか細かい部分が変わってるから気が付かなかったけど──師匠は、エイリアスは英雄の記憶に出てくるじゃないか。

 

「君が追い付かねばならない、魔導の極みを」

 

 閃光が炸裂した。

 空を駆け巡り瞬く間に紫電へと姿を変えた魔力が異形を焼き尽くす。

 四方八方から雁字搦めに縛り付け、身体が焼けた事で動くことを止めたのにも関わらず手を止めることは無い。

 

「──紫閃震霆(しせんしんてい)

 

 本来であれば、おれには知覚する事が出来ない程の速度で放たれる魔法。

 雷の速度を優に超える超速により必ず先手を取る事を目的とした、雷魔法における最上級魔法。雷への変質を呼吸をするのと同じほどに極め、なおかつ大海をグラム単位で管理するような精密さが求められる。

 

 記憶の中ですらまともに見たことのない必殺を目前にして、おれの心は震えあがっていた。

 

 ──え、こんなレベルまで進化する気なの、おれの幼馴染。

 

 これを自由自在に使いこなす師匠の狂いっぷりにも絶望したが、これを見て射抜かれた表情をしている幼馴染にドン引きする。

 

 うそだろおまえ。

 おれを置いてくとかそういう次元じゃなく人間を置き去りにしてんだよ。これに追いつける訳無いだろ、かの英雄が記憶の中で苦笑いしてるのが見えるぞ。

 

 おれの怪我を心配する純情弱気娘は一瞬にして姿を消し、妖怪雷ババアに心を射抜かれた天才少女が生まれてしまった。あの、おれは身体強化すら出来ないんだが……。

 

 そんなおれの内心など露知らず、師匠は異形を消し炭にして大地に降りる。

 

「ま、こんなモノかな。早くロアの腕を治さないと……」

「エイリアスさんっ! いいえ、師匠っ!」

 

 ステルラが話を遮る。

 師匠が一瞬おれの顔を見てギョッと動揺を露わにした。

 

「私もあれ(・・)、撃てるようになりますか!?」

 

 キラキラしてんじゃねぇ。

 おれはどんよりしてるんだよ。絶望に胸が軋んでるよ。

 これまでは常識の範囲外から一歩外れた程度の進化しかしてこなかった幼馴染が、明確な目標を見つけた事で更に飛躍的な進歩を遂げるであろうことが理解できてしまった。

 

 何故ならかつての英雄がそうだったからである。

 

 目指すべきは救国の英雄。

 だが、具体的にどうなればいい。

 その答えがわからなくても、とにかく彼は強くなろうと努力を重ねた。そして現れた親友でもありライバルでもある大天才に敗北し、更に上のステージへと駆け上ったのである。

 

 天才にモチベを与えないでくれ。

 凡人のモチベが枯れ果ててしまう。

 

 おれの願いを込めて師匠に視線を送ったが、おれとステルラを何度か往復した後に目線を俯かせた。

 

「……君は、撃てるようになるヨ」

 

 オイ!! 

 おまえそれでもおれの師匠か!? 

 

「なります!! 絶対絶対絶対に、二度と誰にも負けないくらいに!!」

 

 おま……

 おれの鋼のような心であっても、罅が入る音がした。

 

「……ふ、ふふっ。そうか、そうだな。負けないくらいに、強くならなきゃな」

 

 何が可笑しいのか、師匠は笑いながらおれに対して目線を向けてくる。

 やめろ。都合のいい時だけおれの発言を切り取ろうとするな。おれはこれ以上の努力はガチでしたくない、嫌いな事を積極的にやるとか頭おかしいんだぞ。ていうかおかしくなる。前まで出来てた昼寝が出来なくなって夜に八時間ぐっすり寝る事しかできなくなるんだ。

 

 その恐ろしさがわからないのか。

 

「良かったな馬鹿弟子、愛しの姫様が覚醒の兆しを見せているぞ?」

「今本気で人生を悔やんでいます。おれの人生設計がどこから狂ったのか見直してる所です」

「ふ、はははっ。責任は取ってやるんだ、男だろ」

 

 あ~~~~~~、いやだいやだ負けたくない。

 これ以上負けたくないよ~~エンエン。おれのプライドは鋼鉄だが、いとも容易く融解させる超高熱の雷には勝てる気がしない。ガンガン形を歪められて二度と戻れなくなってしまいそうだ。

 

 腕を治療されながら、おれは自責の念を連ね続けている。

 

「それにな、ロア。今日は君が居なかったら危なかった」

 

 唐突に褒めモードに移行した気配を感じ取り、おれは心を切り替えた。

 

「君が生命の危機に瀕した時に反応するよう魔法を刻んでおいたが、上手く動作した。お陰で私はテレポートで戻ってこれたし、この村に犠牲は一人として出なかった」

 

 だが、出来たのはそこまでである。

 かの英雄ならばあの時点で切り返し、両手両足が無くなろうとも抵抗していただろう。おれは片腕が無くなった痛みと虚無感で一度心折れたし、傷一つ与える事すら敵わなかった。きっとここが、おれの限界値だと思う。

 

「上出来だ、胸を張れ。今日を生き残ったのはロア・メグナカルトの努力の賜物である」

 

 努力の結晶、ね。

 おれの大嫌いを積み重ねた結果がこの薄命である。

 

「ね、ロア!」

「なんだ悪魔」

 

 もうおれにとっては悪魔にしか見えない。

 おれの命を刈り取り弄ぶ死神、戦場を駆け巡る紫電の龍。

 あぁ~、見えて来た見えて来た。おれ以外の人の未来が成功するのが見えてきてマジでつれぇ。

 

「私もう負けないから。誰にだって、ロアにだって、二度と(・・・)負けないから!」

「おれはステルラに勝ったことはないんだが」

「……えへへ、秘密!」

 

 なんだと? 

 それ詳しく教えてくれ、たのむ。うまく行けばおれは自尊心を満たせるし融解した心が更に強固な錬鉄へと昇華するだろう。

 

「私に勝てたら教えてあげるー!」

「ンだとこの野郎……舐めやがって」

 

 ロア・メグナカルトは激怒した。

 度重なる煽りにより臨界点を突破した(五百回目くらい)エマージェンシーが鳴り響き、身体中の血液という血液が煮えくり返る気持ちになった。

 

「じゃんけん」

「ポン!」

 

 おれはグー、ステルラはパー。

 

「君、本当になんかこう……」

「やめてくれ師匠、その言葉はおれに効く」

 

 やめてくれ。

 溶けた心がぐちゃぐちゃに掻き回されている気分だ。

 

 この日はおれにとって最悪な一日になった。

 幼馴染が覚醒の兆しを見せ、おれは腕が一度吹き飛び(治ったが)、師匠には敗北をまざまざと植え付けられプライドというプライドに土を付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 おれは一人ベッドに横たわり、振り返りをしていた。

 いわば記憶の整理とも言う。英雄の記憶が稀におれに混濁することもあるから、自意識の確認は大切な作業である。

 

 こういう些細などうでもいい努力が一番嫌いだが、やらねば困るのでやる。

 

「……エイリアス・ガーベラ」

 

 それが師匠の名だ。

 魔祖十二使徒と呼ばれる人類を超越した異次元の魔法使い、その成れの果て。

 かつての英雄の記憶ではロリだったので一切わからなかったが、今日の魔法を見て確信した。

 

「あの禁則兵団の人じゃないか。うわ、地雷踏み抜くところだった……」

 

 しかもあの人天然の才能で強くなったわけじゃ無く、研究段階の非合法な手段を強制的に付与されたタイプ。その上努力家であり、自らの身体のデメリットを超越するために魔祖の元へ下った異次元の意志を持つ人だった。

 

 努力か。

 みんなよく努力できるよな。

 

 おれは努力程魅力のないギャンブルは存在しないと考えている。

 賭けが当たるかわからず、その成功率は自身が苦しんだ時間と比例する上に盤外の才能が求められる。戦闘とかギャンブルの連続だし、いつだって命を対価に賭け事をしてるのと変わらない。

 

 かつての英雄が証明するように、あれだけ人生を苦しみ抜いた人物は結局闇に葬られた。

 その身を犠牲にしてすら届かなかったのだ。それはギャンブルに失敗しているのと同じだと、おれは思う。

 

「……楽して強くなりたい」

 

 この願いは変わらない。

 

 努力が大嫌いだが、それと同じくらい敗北が嫌いだ。

 でも頑張る事はしたくない。だから必然的に才能を求める。

 

「あ゛あ゛~~、負けたくないし強くなりたいが痛いのは嫌だし頑張りたくない。どうして神はおれにこんなクソみたいな選択肢を与えたのか」

 

 妬ましくてしょうがない。

 一度捨て去ったはずの嫉妬心が再度心の熱を燃料に燃え上がり始めた。

 ああ、羨ましい羨ましい羨ましい。おれにだって才能の一欠片くらい分けてくれてもいいじゃないか。

 

「悩んでいるようだね、少年」

「出たな妖怪雷ババァ」

「チッ」

 

 ガチの舌打ちと共に、おれの身体を紫電が貫いた。

 微弱な電気ではあるし痛みも無いが身体が痺れてうまく動かない。

 

「あがごごあががあごご」

「淑女に対する礼儀を弁えたまえ、まったく……」

 

 溜息を吐きながら窓からおれの部屋に侵入し、ナチュラルに布団に腰掛ける。

 

「…………君は自身を卑下する事を止めないな」

「おれに才能が無いのは事実ですから」

 

 あるのは一ミリの英雄の記憶と、おれの自堕落な本質である。

 

「大嫌いな努力と、大嫌いな敗北。天秤は傾くことはないし、おれにとってそこの比率は同じです。ゆえに、悩んでいます」

「本当は決まってるんだろう?」

「……まあ」

 

 非常に不愉快で誠に遺憾だが、諦めることはない。

 

 どいつもこいつもおれをなめやがって。

 確かにおれは英雄の記憶があるのにただの幼馴染にありとあらゆる分野でボコボコにされてへし折られたし、屈辱に塗れてプライドが僅かに沸々湧いた所で『でもおれアイツに勝てないしな……』って深層心理で考えている節はある。

 

 染み付いた負け犬根性だと? 

 おまえ表出ろ。

 

「それでも」

 

 本っっっっっっ当に嫌なんだが、おれが死にかけたのと同じようにステルラが死ぬ可能性があるのがこの世界だ。強くなれる才能がある代償と言わんばかりに、次から次へと戦いがやってくるのだろう。

 

 は~~~~~。

 

「それでも、おれしか追いつけないだろ」

 

 この時代を形作るであろう天才ステルラ・エールライトを唯一負かすのはおれである。

 どこまでも自堕落で面倒くさがりで戦いとか嫌いで血も汗も友情も心に響かないおれだが、理想像に常に押し潰されていて努力の虚無を理解しているおれだが、どれだけ強くなっても死ぬ可能性があるこの世界が好きじゃないおれだが。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!! 頑張りたくない努力したくない汗かきたくない!」

 

 天才を追い越すのは何時だって一握りの天才だ。

 

 おれに才能は無いが、才能の代わりに割り振られた記憶がある。

 泥臭く足掻く努力の結晶なんざおれのキャラじゃないが、誰かが積み上げた階段を登れるのもおれだけだ。

 

 夢に見る英雄にはならない。

 

 ステルラ・エールライトを負かす。

 おれの願いはそれだけだ。そんでもって、おれより弱いステルラ・エールライトに価値なんざない事を証明してやる。おれが全部解決してやる。

 

「……つよくなる」

 

 ステルラ・エールライトという天才を越える程に。

 他のどんな奴にも負けない。誰にも負けないおれになる。

 

 おれは今この瞬間自分から天秤を傾けた。

 努力へのヘイトより敗北の屈辱を憎んだ。

 

「おれを強くしてくれ。魔祖十二使徒、エイリアス・ガーベラ」

「──……君の大嫌いな努力を沢山させるよ」

「構わない」

 

 今の努力は未来への投資だ。

 おれは必ず英雄の技を修めて見せる。英雄の培った経験を全ておれのモノにする。

 

 そうして全部打ち負かす。

 

「上等だろ。アンタも英雄もステルラも、全部ひっくるめておれが負かす」

 

 敗北は味わいつくした。

 ゆえに、ここからは常勝するのみ。

 

 腕の借りも返さねばならない。

 

「……ふ、ふはっ。ふはははは!」

 

 唐突に壊れてしまった。

 やはり年季が入り過ぎていたのだろうか。

 

「お姫様だけじゃなく私もか?」

「当たり前だろ。アンタもおれを負かしてる。なら勝ちを重ねるまで諦めない」

「良い! 良いな我が弟子よ!」

 

 バサァとローブをはためかせ、人の家である事も憚らず師匠は声を上げた。

 

「我は魔祖十二使徒()()()、『紫電(ヴァイオレット)』を戴くエイリアス・ガーベラ!」

 

 あれ? 

 なんか、記憶の中より大層な名前が付いてるんだが。

 しかも瞳がキラキラしている。こんなにもやる気に満ちてる師匠見たの初めてなんだが、おれはもしかして地雷を踏んでしまったのだろうか。

 

 おれが僅かに流した冷や汗など気にも留めずに、昂ぶりをそのまま言葉に乗せて師匠は叫んだ。

 

「お前を“英雄”にしてやろう! ロア・メグナカルト!」

 

 かつての英雄をその目で見てきた魔法使いのその言葉は、おれを震え上がらせるには十分過ぎた。

 

「いや、英雄にはなりたくないです」

「いいや! ロアは英雄になれる──何故ならば!」

 

「その(つるぎ)には既に、英雄が宿っているのだから!」

 

 そりゃ宿って見えるだろ。

 本物の記憶から読み取ってるのだから。

 

 ここに来て英雄の記憶を利用してるツケが回って来た。

 あの時代を生きて来た妖怪がそんなに身近に居るとか誰が思うんだ。第二席ってなんですか、一番上から二番目じゃないか。薬物とかそういうデメリット乗り越えて二番手に昇格するとか怪物かよ。化け物だわ。

 

 この人がやたら俺を評価する理由を完全に理解した。

 

 そりゃあかつての英雄が至った領域に形だけでも入ろうとしてる奴が居たら疑うし、すぐ傍で同じ事何度もしてきたんだから確信に変わる。

 

「……ハハッ」

 

 乾いた笑いが出た。

 おれの脳裏に浮かび上がるのはかつての英雄、その茨の道。

 

 腕が折れる。

 足が折れる。

 肺が破れた。

 頭部も拉げた。

 臓器が零れた。

 血液が流れ、意識を失った。

 

 ありとあらゆる痛みを乗り越えて英雄へと至った彼のその軌跡だ。

 

「…………ハハハッ」

 

 前言撤回。

 おれは努力をすると言ったが、幼馴染を追い抜くと言ったが……。

 

「……お、オアアッ!!」

「ようし、やる気だな! ここまではあの模造体も手を抜いていたが、これからは段階的に引き上げていく」

 

 なんて? 

 

 ガタガタ身体が震えて来た。

 

「いずれ至るその領域へ──目標がハッキリしているほうがいいだろう?」

「ハイ、ソノトオリデス」

 

 目標が見えるだけで、手が届くとは言っていない。

 おれの人生設計がズタボロに崩れていくのが目に見えてわかった。どこで間違ったのだろうか、やはり英雄の記憶があったのが駄目だったか。

 

 心臓の鼓動が痛い。

 もしかしてこれが恋煩いって奴だろうか。劣等感に支配されたおれの人生を彩る大切な出来事になるかもしれないから、しっかりと自分に向き合いたい。

 

 そんな現実逃避がおれの安らぎになっている。 

 

「……頑張れよ。天才少女の、小さな英雄くん」

 

 師匠が小さく呟いた言葉は、錯乱するおれの耳に入ることは無かった。

 

 

 

 




 
 第一章はこれにて終わり、次からは時間が飛び首都魔導戦学園編へと移行します。
 出来る限り毎日投稿を心がけていきますので、よろしくお願いします。


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一章 首都魔導戦学園
第一話 


 一章と明記していましたが、よく考えたら序章だと気が付いたし言われたので序章に訂正します。

 いや~申し訳ない。

 なのでここからが一章、物語の本編になります。


「……おぉ」

 

 眼前に広がる光景に思わず声を漏らす。

 かつての記憶と比べても、立派に発展したこの街──首都ルクスマグナ。

 

「どうだい? 久しぶりの文明は」

「それ、師匠が言っていい言葉じゃないですよね」

 

 ()が暫く文明に触れてないのはあなたの所為であり、大自然に触れる事を選ばざるを得なかったのもあなたの所為である。

 何を好んで虫と獣に塗れた山の中でバチバチに剣戟しなきゃいけないんだ。

 

 あ~、辛かった。

 

「ちゃんと世話してあげただろう? いいじゃないか植物に囲まれて生きるのは」

「俺は自然より科学を愛してます。師匠みたいに長生きしすぎて精神が植物と一体化してるヤツと一緒にしないでください」

 

 街の往来だと言うのに、俺は気が付けば地に伏せていた。

 

「こ……こんなことしてタダで済むと思うなよ……」

「私の顔を知ってるのは一部だけだから、何も躊躇う事はない。時に恥も外聞もかなぐり捨ててでもやらなければならない事があるんだ」

 

 こんな野蛮な師匠に育てられた人間の今後が不安になる台詞だ。

 

 これで齢百以上なのだから、人の精神成熟度は年齢によらないと証明できたな。

 なぜなら俺は十五歳(・・・)なのに師匠より大人だからだ。我慢強いし。

 

「さ、行くぞ馬鹿弟子。急がないと間に合わなくなってしまう」

「俺今日入学式なんですけど……」

「全く。十五歳になってまだ自己管理が甘いのか?」

「喧しいぞ妖怪」

 

 俺は必死に立ち上がろうとしていた筈だが、気が付けば空を見上げていた。

 あー言えばこう言う、ていうか俺は一方的にやられるのが嫌だから反撃しているだけなのにどうして更に反撃されるのだろうか。

 

 目には目を歯には歯を、軽口には軽口を。

 

 きっと師匠は長く生き過ぎた代償に常識を忘れてしまったのだろう。

 

「やれやれ。困っちまうぜ」

 

 空の色はどこでも変わらず蒼色である。

 山の中から見た幻想的な星空も、文明に囲まれた首都から見上げた青空も変わる事はない。

 

 世界の広さに比べれば、随分と自分はちっぽけだ。

 

 思い上がる事が無いように刻んでいこう。

 徹底した敗北思想の上に、俺は立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第一章 第一話 

 

 

 首都魔導戦学園(しゅとまどうせんがくえん)──魔学なんて呼ばれ方をする、魔法戦闘におけるプロフェッショナルを育成する学園である。

 

 学長を務めるのはかの高名な魔祖、そのネームバリューの大きさと卒業生の実績の積み上げにより戦後の教育機関として頂点に君臨する超人気学園。師匠が正体を明かし、俺を本気でボコボコにし始めたあの日に結んだ約束の一つだった。

 

『ロア、将来的に首都学園行ってもらうから』

『承知した(意識が朦朧としている)』

 

 この会話したの、全身ズタボロになって折れてない箇所ないんじゃないのかと思う程に痛めつけられてる最中だった。

 普通に酷いと思うのだが、約束は約束だ。

 

 俺からしても学園で一番を取るのは目標なので、まあそれに関しては許そう。

 

「俺の席は……ああ、あそこか」

 

 必死こいてしがみついて来た結果として、なんとかその約束は果たした。

 師匠の提示する条件をクリアして、自分でもある程度の地点まで到達したと自覚したので入学したのだ。

 

 指定された座席に座り、その心地よさに思わず腰が抜けそうになる。

 

 ああ、やっぱコレだよこれ。

 人類の進歩は素晴らしい。もう硬い切り株に腰掛けなくていいし、虫の這いずる地面で寝なくていい。寒さに震えながら火を起こして焚火で暖まるとかしなくていいんだ。

 

 地獄のような八年間だった。

 かつての英雄に負けず劣らず、気が付けば懐柔されていた両親の許可が出た所為で師匠は自重を止めてしまったので日々歯軋りと身動ぎの止まらない生活だった。人里離れた山奥で師匠と二人、定期的に襲撃してくる模造体に対応しながら基礎も身に付け、師匠に魔法でボコられる。

 

 思い出すだけで身震いしてしまう。

 

「入学初日なのに随分と眠そうだね」

 

 そんな風に恐ろしい記憶を消し去ろうと睡眠に移行しようとしていたら、隣の席から声を掛けられた。

 

「ようやく悪夢から解放された門出なんだ。安眠出来る環境であれば寝ておけというこれまでの経験が睡眠を促した」

「そ、そうなんだ……大変そうだね」

 

 明らかに引かれたが、今の俺にとって最も重要なのは「自堕落>越えられない壁>関係形成」である。

 

 ふ、ふはは、ワッハッハ! 

 俺の事を見ている奴は既に誰一人としていないし、師匠の監視の目も無い! 

 八年、いいや九年ぶりの自堕落生活が俺を待っているんだ。そう思えば未来も明るいし心も軽くなるモノだ。

 

「僕はアルベルト。君は?」

「ロア」

 

 アルベルトか。

 いい名前じゃないか。

 

「ロア・メグナカルトだ。よろしくな、級友」

「こちらこそよろしく。アルベルト・A・グランだけど長ったらしいからアルでもいいよ」

 

 もしかしてステルラ以外の友人が出来るの初めてじゃないか? 

 アイツは村の学び舎に足を運んでいたのに、俺だけ山に拉致されたので交友関係がそこで閉ざされている。嫌だよ魔獣が友達とか、認めませんから。

 

 藍色の髪を流したナチュラルヘアを爽やかに靡かせつつ、アルは楽しそうに話を始めた。

 

「僕は東の方から来たんだけどロアは何処から?」

「南の辺鄙な村から出て来た田舎者だ。倒錯的な師匠に苛め抜かれてここに入れられた」

「随分と過激な師だね」

「七歳の俺をボコボコに打ちのめした悪魔だ。俺はようやくその支配から逃れる事が出来て、本来の自分を見つめ直してる最中だ」

「ごめん、気楽に触れていい話題じゃないね」

 

 ハハハ、なんて笑い声と共に返答していたら謝られた。

 見たか師匠、これが世の中の回答だ。世間的に見ればおかしいし、普通は山に何年も閉じ込めないだろ。

 裁判を起こせば勝つ自信が湧いて来たな。

 

「お陰で暫く嫌いな努力をしなくても良くなった。先に死ぬほど痛くて苦しい目に遭うか、それとも後に死の危険と共に辛い目に遭うかの二択だっただけだ」

「なんでそんなに追い詰められてるのかな。今の世の中、そんなに心配しなくてもいいと思うよ?」

「俺と師匠は心配性なんだ」

 

 まあ、そういう事だ。

 あの時師匠が祓った異形はかつて英雄が死した後に零れた連中らしく、封印が徐々に解け始めている。確認できる分はちまちま回収しているがそれでもなお追いついてない──そう、後に語っていた。

 

「そんなに言う人も見たこと無いなぁ。ロアの師匠って高名な方?」

「ネームバリューはある。長寿の妖怪だ」

「よ、妖怪……」

「アルは師は居るのか?」

 

 コイツ、ぱっと見気安い男だが多分イイトコの人間だ。

 話すときの声のトーン、僅かな所作、整った容姿。金持ちの家なのは間違いないだろう。

 

「子供の頃から教えてくれた人はいるよ」

 

 家庭教師か。

 ステルラと同じパターンか? 

 アイツは村娘なのに周囲の人間が英才教育を施した所為でどこに出しても恥の無い天才娘に進化を遂げたと聞いている。

 

 何故知ってるか? 

 

 師匠に聞いたに決まってんだろ、言わせるな恥ずかしい。

 

『これより入学式を始めますので、新入生の皆さんは移動をお願いします』

 

 どうやらお喋りはここまでらしい。

 教室集合にしたくせにロクな打ち合わせも無く入学式とは、流石はあの魔祖が学長なだけはある。色々すっ飛ばしてやらかしてても疑問を抱かない程度には、かつての英雄の記憶で理解している。だってあの老人やべーもん。色々イカれてる。

 

 あの老人に比べれば我が師は相当にまともだ。

 

「いや、師が問題を抱えすぎているがゆえにマトモに……」

「自信家だね」

「俺は何時だって正しく自分を見詰めている」

 

 怠惰を好み努力を嫌う、そんな性質が根本にある。

 それにしてはよく頑張ったと自分を何度も褒めてやりたい。

 

「この理屈で行けば俺は聖人になれるな」

「逆にどれだけヤバいのか気になってくるね。他にエピソードある?」

「村で最上級魔法をぶっぱなした」

「やば……」

 

 最上級魔法をポンポン撃てるのもヤバいし、それを普通に村で撃つのもヤバい。

 実際は俺達を守る為に撃ったんだが、嘘は一つも吐いてないので問題ない。このまま俺の師匠=ヤバい奴扱いしてどんどん擦り込んでやる。いずれこの学園中に『ロア・メグナカルトの師匠はヤバい奴』と根強く理解されるようにしてやるのだ。

 

 これは俺の正当な復讐である。

 

「運が良ければ、今日見れるかもな」

「そんなに高名な人なの!?」

 

 首都魔導戦学園は仮にも魔祖が学園長を務める国営教育機関であるので、行事があるたびに有名人が来る。

 その都度待たされる生徒側としては非常に退屈だが、たまに滅多に表に出てこない仙人みたいな人も来るらしいので一大イベントになっているそうだ。

 

 なお、学長の挨拶は『めんどいからパスなのじゃ』とかいう適当過ぎる一言で無くなった。

 

 どうして教育者をやろうと思ったのか甚だ疑問である。

 

「ネームバリューだけはあるのさ」

 

 

 

 

 

 

 大きい別館に集められた俺達新入生、そして在校生が並んで立つ。

 軍隊でもないからそこまで丁寧さを求められてないが、この学園に入学する位の連中なので必然的に綺麗な形になる。俺も一通り叩き込まれてしまったので、右に倣えで同じようにしている訳だ。

 

「……ね、ロア」

「なんだ」

「来てる? 君のお師匠さん」

 

 細々とした声で問われたので、それとなく見渡してみる。

 あの人の魔力を浴びすぎて分かるようになってしまったから、ここの会場に居る事は分かる。場所は来賓席だが、俺の身長より高い奴が周りに居るので見えない。

 これでも結構成長したんだが傷つく。また俺の鋼のようなプライドに傷をつけられてしまった。

 

「いる。来賓席だ」

「おぉ、楽しみだな」

「──そこ、うるさい」

 

 コソコソ男二人で話していると、更に隣の女子生徒に咎められてしまった。

 あーあ、俺は悪くないからな。アルが話しかけてきたのが原因で、心優しい俺は出来た友人のささやかな問いを断ずるという行動をしたくなかったので答えてあげたのだ。つまり『話しかけてきたアルが悪い』という図式を作れる決定的なチャンス。

 

「ごめんね、つい気になってさ。でも最上級魔法を村でぶっぱする人って言われたら君も気にならないかな?」

「……最上級魔法を?」

 

 おいおいお前が釣られんのかよ。

 ていうかアルに先手取られたが、まだ決定的な敗北には繋がっていないな。

 

「そう、最上級魔法。あの魔祖十二使徒達が編み出した、それぞれの属性における()()の技だよ」

「あり得ない。最上級魔法は国中探しても使える人が限られてるし、魔祖十二使徒以外で撃てる人なんて──」

「今は静かにしておいた方がいいんじゃないか?」

 

 はい、決まった。

 

 女子生徒はハッと顔を驚かせ、やがて俺を睨んで来た。

 はい俺の勝ち。謀略ってのは周囲の偶然も利用して積み上げてくモノだからな、いい勉強になったんじゃないか? 

 アルはやれやれ、なんて肩を竦めている。

 

 もしかしてコイツナチュラル畜生か? 

 

 わかっててやった節があるな、これ以降コイツの前での言動には気を付けよう。いつ足を掬われるかわからない。

 

『──ありがとうございました。では次に、新入生挨拶』

 

 新入生挨拶、か。

 実技・筆記・面接全てにおいてトップを獲った人間が選ばれるこの新入生挨拶。本当なら俺が目指して堂々と見下げながら『一般生徒の皆さん、こんにちは!w』と言ってやらねばならないが、生憎俺は一般入試を受けていない。

 

 よって、そもそもこの選択肢に入れない訳だ。

 

 いや~特別扱いされちゃって困るな~。

 

 

 

 

『新入生代表、ステルラ・エールライト』

 

 俺は血の気が引いた。

 愕然とする、そんな言葉を今体現している。

 声にもならない悲鳴を内心であげながら、思わず壇上を見た。

 

 静かに、あの頃とは比較にならない程丁寧な所作で壇上へと登っていく幼馴染。

 

 バカな。

 俺は、()()はあの頃とは違うんだぞ。

 才能が欲しい楽がしたいと嘆くだけの非力な凡人から、楽がしてぇ寝ていたいと願う自堕落に焦がれた男へと進化したんだ。それなのに何故、どうして勝利を誓った相手に見下されている? 

 

 まさか、まさか……あの雷ババア! 

 

 俺を嵌めたな? 

 

「……ハ、ハハッ」

 

 キッと隣の女子生徒に睨まれるが、それどころではなかった。

 儀式とか礼儀とかどうでもよくなって、()()は乾いた笑いを挙げてしまった。アルがギョッとして俺を見て来た。

 

 ステルラじゃなければ。

 ステルラ・エールライトじゃなければ。

 

 俺が勝利を誓った幼馴染(英雄)でなければよかった。

 

『誉ある魔導学園に入学できたこと、大変うれしく思います。私は──』

 

 声も少しは変わっているが、あの頃と大差ない。

 ウ、ウワアアァ────ッ!! 今すぐ殴り込みたい、今すぐ入試受けたい、今すぐここから逃げ出したい。

 

 いる事を言えよ! 

 あの妖怪、長く生きてるからロマンチストな部分がある……そこが悪さをしたな、間違いない。

 絶対『暫く会ってない幼馴染が同じ学園に通うのいいな……そうだ! 秘密にして入学式で驚かせてやろう、きっと喜ぶぞ~』みたいな思考をしているに決まってる。

 

 かつての英雄と同じ剣筋を自然に出してる子供を英雄に仕立て上げようとするくらいだ、おかしくない。

 

「カ、カヒュッ……」

「ロア!?」

 

 既に女子生徒へのマウント合戦での勝利は記憶から消えた。

 九年越しの敗北を師匠と幼馴染に叩きつけられた俺としては内心煮えくり返り、既に温度は融点を越え、臨界点に至ろうとしている。

 

『──以上。新入生代表、ステルラ・エールライト』

 

 一礼をして、ヤツは壇上から降りていく。

 同じクラスにはいないから別のクラスだな。後で殴り込みに行ってやる。

 

「……相変わらずお上品な子」

「知り合い?」

「私が引っ越してから大体三年、ずっとボコボコにされてた」

 

 おお同士よ。

 お前と俺は同じだ。天賦の才を持つ化け物に蹂躙される凡人枠、さっきはマウント取って悪かったな。仲直りしよう。

 

『では続いて来賓祝辞へと移ります』

 

 おい。

 既に嫌な予感がしてきたぞ。

 どんだけ鈍くてもこれはわかるだろう、この流れ。

 

『魔祖十二使徒第二席、エイリアス・ガーベラさまより祝辞を戴きます』

 

 オアアァ────ッ!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーいロア、大丈夫?」

「おれはだいじょうぶだ」

「大丈夫には見えないけど……」

 

 クソが。

 絶対師匠の仕業だろ。

 アイツこの時の為に仕込んでたな、そうに違いない。

 

「まあビックリするよね、第二席って言えば数十年外部露出の無い人だって言うし」

 

 俺の師匠です。

 正確には新入生代表のステルラ・エールライトの師匠でもあります。あの儀式は師弟による宣誓の儀だったんですかね。俺の方が先に門下入りしてる筈なんだが? 

 

「やっぱり来たって事は本当なのかな、あの噂」

「噂?」

「聞いたこと無い? 第二席の弟子が入学するって噂さ」

 

 俺とステルラです。

 

「あ、あぁ……初めて聞いた」

「他にも第四席、第六席、第七席の弟子も入学してるらしいし本当っぽいね。同学年がこんなにバリバリしてると僕としては困っちゃうよ」

「まったくだ。俺は努力が嫌いだから困る」

 

 教室へといつの間にか戻っていたようで、俺にはその間の記憶がない。

 あまりの敗北のショックで意識を飛ばしてしまったようだ。自己防衛がしっかりしているいい意識だと思う。

 

「お前はどう思う? 同士よ」

「誰が同士よ」

 

 さっき俺がマウント取って負かした女子生徒に話を振る。

 気が付かなかったがどうやら俺達の横だったようで、栗色の髪をショートヘアで揃えているのが特徴だ。

 

「……噂の真偽はともかく、あの女には勝つ」

 

 お前は俺か? 

 俺がいない間にまた新たな犠牲者が生まれていたとは……恐ろしきステルラ。

 

「譲れない女の戦いってヤツ? 怖いねぇ」

「うっさい、黙ってなさいよ」

 

 おーこわ、なんて言いながら飄々と躱している。

 コイツやっぱ畜生で正解だな。気を付けてないと後ろから刺してくるタイプだ。

 

 軽薄な笑みもそう思うと怖く感じる。

 裏で何考えてるかわからないな、結構冗談は通じるけど。

 

「そういえば何でロアは悶絶してたの?」

「それを説明するには長い時間が必要になる。あれは今から九年前の事だった」

「長くなるっていうか日が暮れるよね」

「簡潔に告げるとトラウマが刺激されて呼吸困難になった」

「昔何があったの!?」

 

 それはもう辛く厳しい毎日だった。

 

 人力で凧あげをされた時は大変だった。

 あの後暫く悪寒が止まないし、その所為で見たくもない光景見せられるし。あれ、全部大体ステルラの所為じゃないか。

 

「同士、名前は何と言う」

「だから誰が同士よ。なんで言わなきゃいけないの」

「言わなければ同士と言い続けるが」

「やめなさい。……ルーチェ、ルーチェ・エンハンブレよ」

「俺はロア・メグナカルト。こっちの畜生はアルベルトとでも呼んでやればいい」

「僕凄い軽視されてない?」

 

 事実だが。

 これでさっきの貸し借りはなくなったぞ、ルーチェ。

 主に俺が勝手に勝利した戦いはこれでチャラだ。

 

「ていうか何で同士呼ばわり?」

「それは簡単な話だな」

 

 教室の扉が開かれて、誰かが教室内に入ってくる。躊躇いの無い足音から察するに教員だろうか、いずれにせよ相当の自信を持った人間だ。

 これで話は終わりだと言わんばかりに、俺は振り向きながら言葉を続けた。

 

「俺も、ステルラ・エールライトに負かされ続けてるからだ」

 

 だからこそ、ここへ来た。

 頂点を目指す環境の整った、この国で一番の教育機関へと。

 

「勝負だな。俺とルーチェ、どっちが先にアイツに勝つのか」

「ちょっと、その話詳しく……ああもう! 後で聞かせてよ!」

 

 先程まで絶望していたが、案外面白い学生生活を送れそうだ。

 

 ──ああ、そうさ。

 

 ここからは常勝するのみ。

 俺が掲げるのは敗北の理念ではない、勝利への渇望である。

 

 

 ──常勝不敗。

 

 

 それこそが俺の銘だ。

 

 

 

 

 



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第二話

 首都魔導戦学園には不思議なルールがある。

 それは学生間での魔法使用を許可した模擬戦、公式に『順位戦』と呼ばれる戦いがある事だ。

 

 敷地内に堂々と建てられた競技場を利用し行われる順位戦は、実力差を明確にするための指標として取り扱われる。学生同士が積極的に組む場合もあれば、学園側が意図をもって強制的に戦わせることもある。

 

 ……これ、明らかにアレ(・・)対策だな。

 

 安定して戦力向上を見込める上、各生徒達の実力を測る指針にもなる。

 学園側としても何が足りていなくて何が足りているのかを把握しやすく、よりコストの削減も図れるという訳か。

 

 師匠の言っていた通り、上層部は事態を把握しているみたいだ。

 

「聞いたかいロア。早速順位戦を一年生がやるらしいよ」

「まだ入学して三日目だが」

「随分と気が早い生徒が居たみたいだね」

 

 野蛮な奴だな。

 俺みたいな超硬派な人間は情報をしっかり確認したうえで戦いに臨むので、そういう人種とは一生分かり合えないと考えている。俺は才能が無いから、積み重ねた敗北と積み上げた努力の結晶にアドバンテージを上乗せしなければいけない。

 

 お陰で既に寝不足だ。

 

「そうそう、順位戦をやるのは例の幼馴染さんらしいよ」

「お前表出ろ、行くぞ」

 

 アイツを負かすのは俺だけだ。

 ルーチェとはその場のノリで勝負だとか言ったが、俺は自身が勝利する事を疑っていない。

 

「待ちなさい。──私も行くわ」

「ルーチェ卿」

「誰よそれ」

「かつて実在した貴族だ。大戦で滅びてしまったが、民を守り大地を耕した偉大な領主だったらしい」

「へぇ……アンタ意外と博識なのね」

「全部嘘だ」

「は?」

「人を疑う事を覚えた方がいいぞ? 俺の勝ちだな」

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第二話 常勝不敗のエールライト

 

 

 授業が終わり、放課後。

 野生の中で生活していたとはいえ、それと並行して師匠&鎧の騎士VS俺の二対一をしながら片手間に勉強はしていた。お陰で師匠からも直々にオーケー貰えたし、寝る前の『ああ、俺は今日も何をしていたんだろう』タイムが苦しかったのだがそれも今となっては良き思い出……等と言うと思ったか。

 

 何時までもメラメラ心の奥底でくべる燃料になってくれている。

 

「ここだここ。順位戦に用いられる会場──『坩堝(るつぼ)』、なんて呼ばれ方をしてるらしい」

 

 いつの間にか調べていたのか、アルの先導により俺達三人は移動していた。

 勿論狙いはあの憎き天才幼馴染の順位戦を見届ける為で、俺たち以外に負けないように観客席から腕を組んでみてやるつもりだ。

 

 じんじん痛む左の頬を摩りながら、内部へと入る。

 

 外から見ても思ったが、かなりの大きさだ。

 これを首都に作るのに大分苦労したのではないだろうか。

 

「師匠が入れと言う訳だ」

 

 致命傷のダメージを喰らっても、学園に居る優秀な魔法使いの回復魔法によって治療可能。

 俺が数年間貯めた経験値は膨大なモノだと自負しているが、実質二人との交戦経験しか無いため柔軟性に欠ける。課題としては対応力の強化が目下にあるところになるだろう。

 

「どうしたルーチェ、そんな納得してない顔して」

「アンタ思ってたよりふざけてるわね」

「失礼な。俺程紳士に生きている人間は居ないぞ」

「さっきのは怒られても仕方ないと思うよ」

 

 数年間負け続けていた所為で誰にでもマウントを取る厄介な癖がついてしまったのだろうか。

 いや、違うな。俺の中では『ステルラ>俺≧ルーチェ』の方式を無意識に立てていて、『俺≧ルーチェ』は不安定なモノだと自覚しているから積極的に勝利を掴みに行っているのだろう。

 

「すまない。これもステルラの所為なんだ」

「多分そこまで姑息な奴じゃないわ」

「もしかして俺の事を姑息だと言っているのか? おお、俺は悲しいぞルーチェ」

 

 ロア・メグナカルトは激怒した。

 

「姑息と言うか……こう、狡い」

「言うに事欠いて狡い……だって……?」

 

 才能無いから仕方ない。

 俺にだって才能があればもっと真正面からぶつかり合うライバルキャラになれたかもしれないが、俺は才能が無いのでチマチマ足元を削って敵の意表を突くのが本命である。

 

「俺に才能を渡さなかった世界が悪い。よって俺は悪くない」

「とんでもない責任転嫁を見た気がするよ」

「なすりつけのレベルが違うわね……」

 

 全く失礼だな。

 俺はこの世界で最も努力を嫌うが、この世界でも有数の努力をしてきた自負はある。

 

「俺の事はどうでもいい。対戦相手は?」

 

 どうせ知っているのだろう、そんな思惑を言葉の裏に乗せてアルに問いかけた。

 

「『雷電(エレクト)』のロゼリッツ」

「……詳細を頼む」

「時代遅れの貴族主義者さ。大方一般出自なのに主席合格した彼女を負かす為に挑んでるんじゃないかな?」

 

 くだらない主義だ、なんて否定をしてやりたいが、俺も似たような勝敗の価値観を持っているので何も言えない。

 

「くだらないわね」

「そうかい? 君の思想も似たようなモノだと思うけど」

「…………」

 

 あ~あ、俺が言わなかったのに。

 ギスギスし始めた俺達の空気を差し置いて、件のロゼリッツとやらが入場してくる。

 俺より少し低い位の身長だが、逆立った金髪が特徴的な容姿をしている。

 

雷電(エレクト)って事は雷魔法か」

「正解。雷魔法は難易度が高めだから、学生としては十分すぎる位に強いと思うよ」

 

 雷魔法。

 知らないとはいえ、それでステルラに挑むのは愚かだな。

 

「ステルラの勝ちだな」

「……へぇ。そう思った理由は?」

 

 アルが目を細め、少し楽しそうに口元を歪めている。

 何か裏があるのは理解しているが特に警戒する理由は無い。現状まだ俺に敵対する気は無いように見える上、ステルラの情報を与えた所で『ステルラは不利にならない』からだ。

 

「決まってる」

 

 イヤと言う程思い知らされた苦い経験だ。

 増長した俺を叩き潰し、折れた俺を更に砕き、起き上がった俺をメタクソに打ちのめし、立ち上がった俺にトドメをさした。その類まれなるセンス、異常なほどの対応力。俺の全てを上回り越えて行ったのだ。

 

「アイツは天才だからだ」

 

 俺以外ステルラに勝てる奴は居ない。

 

「なんだいその自信は」

「見ればわかるさ。な、ルーチェ」

 

 先程不機嫌になったルーチェに話を振れば、一度溜息を吐いた後に俺の言葉に同調した。

 

「……そうね。呆れる位に天才よ」

 

 ──会場に、ステルラが入って来た。

 円形の盤へと入場していく幼馴染と、一瞬視線が合った。

 

 あの頃と変わらない色の艶やかな髪を肩あたりで揃え、インテーク? と言うのだろうか。

 一度だけ聞いたことのある形で可愛く仕立てているので、やはりステルラも成長したのだろう。魔法使いとか天才とかそういう点ではなく、一人の女性として。

 

 柔らかな瞳でありながら勝気な明るさをチラつかせつつ、歩くその僅かな隙間。

 

 

 

 ──勝てよ。

 ──勝つよ。

 ──俺が倒すまで負けるな。

 ──負けないから。誰にも。

 

 

 

 

 微笑んで、なんとなく、そんな会話をしている気分になった。

 それも仕方のない事だと思う。なぜなら、俺とステルラが顔を合わせたのは八年振りになるのだ。積もりに積もった話題はあるが、互いにまだ接触する事は無かった。

 

 いずれ来る舞台がある。

 

 そんな予感が胸を占めているからだ。

 

「ステルラ・エールライトが、こんなところで負ける訳が無い」

 

 これは確信だ。

 子供が逆立ちしても大人に勝つことが出来ないように、草食動物が肉食動物に基本逆らえないのと同じように。自然の摂理と同じくらい定められた勝利を俺は疑っていない。

 

『──さあ、やって参りました! 

 今年の新入生は血の気が多い、入学三日目にして早くも“順位戦”の時間だァーッ!!』

 

 実況が入り、俺達以外にも観客席へと流れ込んでくる。

 沸き立つという空気感ではなく、少しでも多くの情報を仕入れようとする敵情視察の意味合いの方が上だ。前評判の存在しないステルラと、前評判が存在するロゼリッツ。賭けが存在すればどれくらいのオッズ差になるだろうか。

 

 無論俺はステルラに賭ける。

 初回限定で丸儲けできるかもしれないからな。

 

『西側、雷電(エレクト)のロゼリッツ! 数少ない雷魔法の使い手にして、既に魔導兵団から目を付けられている程の傑物!』

 

 ふんぞり返るような態度でステルラを見下すロゼリッツ。

 

『東側、詳細不明の主席合格者! 実技試験に於いて過去最高点を叩き出した完全なるダークホース──ステルラ・エールライトォッ!!』

 

 対する幼馴染は、俺の方から視線を変えて正面に向き合っている。

 俺もステルラも、互いに暫く会っていない。ゆえに現時点での実力は不明瞭で、当時の記憶しか存在していない。

 

 ──それでも。

 

「どうやら分の悪い賭けになりそうだね」

「今日の晩飯は決まりだな」

「財布の紐は締めておきたいんだけどなぁ」

 

 これから先はステルラの試合で賭けが起きる事は無いだろう。

 この初試合、全く不明な情報状況だからこそ成立するのだ。実際に俺が賭けてる訳じゃなくて、言葉の綾だが。

 

『両者準備は整っていますね? ──順位戦、始めェッ!!』

 

 僅かな魔力の渦巻きと共に、ロゼリッツが魔法を構築する。

 莫大な魔力量でしか探知できない俺にとって、『普通の魔法使い』はこうも苦手な相手に変化する。また一つ課題が見つかったな。

 

 師匠よりも数段遅い速度で放たれる雷魔法に対し──ステルラは、()()()薙ぎ払った。

 

「──……んッ?」

「……うそでしょ」

「……??」

 

 は? 

 

 目の前で起きた不可解な現象に思わず困惑の声をあげてしまった。

 

『──…………んん? 私の目では、どうにも……素手で打ち払ったような気が……』

 

 そんな周囲の驚愕を尻目に、ステルラは歩みを進めた。

 一歩ずつ緩やかに、ここは戦場でも何でもないただの舞踏会だと示唆するような優雅さを保ちつつ、幼い頃からは感じられなかった気品を受け取った。

 

「──教えてあげる」

 

 静まった会場に、声が響く。

 

「私は、誰にも負けないって決めたの」

 

 バチバチと、帯電を始める。

 溢れ出る魔力が瞬く間に雷へと変化し、稲妻へと変わり──やがて色を変えて、紫電へと至った。

 

『む、紫の、雷……』

 

「……そういうことか」

 

 隣でアルが呟いた。

 察しのいい人間はそれだけで気が付くだろう。

 

 魔力から雷への変質は難易度が高く、逆に火や水の難易度は低いとされている。

 一説には具体的なイメージやそれに伴う影響を理解していればやり易くなるとかなんだとか。師匠曰く「センス」らしい。

 

 俺か? 

 仮に俺にセンスが備わっているのならば、宝の持ち腐れという言葉がこれほどまでに適当なコメントは無いだろう。

 

「──『紫電(ヴァイオレット)』」

 

 瞬く間に紫電が駆け巡り、ロゼリッツの身体を貫いた。

 僅かに展開された防御も体を保つことすら出来ずに一撃で、体格差もあった筈のロゼリッツは膝をつき、地面に倒れ伏した。

 

「噂に聞く、第二席の弟子──彼女がそうだったのか。そりゃあ勝てるはずもないな」

 

 上位互換に勝てる訳が無い。

 蓋を開けてみればそれだけの理由だった。

 

『──しゅ、瞬殺っ!! しかも今のはまさか、紫電か!? ちょっと詳しく! 少しで良いから解説席まで来てー!』

 

 そんな騒ぎ立てる声を無視しながらステルラは退場を始めた。

 圧倒的な勝利だ。それでこそ俺の乗り越えるべき相手、俺が戦う事を誓った相手。

 

 こんな風に完全勝利を叩きつけられちゃあ──いや、やってられないです。

 

 え? 

 どういう事? 

 

 なんで魔法を素手で打ち払えるんだよ、現象がわからないんだが。

 バトルセンスで片付けられる話じゃないのだが、それ以上に皆にとっては第二席の弟子という称号の方が気になるらしい。

 

 いや……ええ? 

 師匠、もしかしてとんでもない怪物育てたんじゃないだろうか。俺の方をメインに育ててくれたのにコレだから、ガチの育成をされてたらもう二度と追いつくことは出来なかったかもしれない。

 あんなに辛い目に遭っていたのはそのためだったんですね。

 

 泣いた。

 だってホラ、大体九年間師匠に苛め抜かれた上に八年間山の中で修行。その上幾度となく死にかけた上に魔法も好き放題撃たれたので、非常に、大変遺憾ながら魔力そのものに対する耐性もちょっとだけ染み付いた。現代を生きる人類が備え付けていい機能じゃない。

 

 それだけやって尚勝てる気がしない。

 

「なんで泣いてんのよアンタ」

「現実は非情だ。世界は俺を憎んでいる」

「なんなの……」

 

 ()()、結構頑張って来たと思うんだ。

 凡人なりに必死にしがみついて、師匠の無茶振りに耐え、俺なりに強くなったと自信があった。

 それなのに現実はこれである。

 

「……順位戦俺も組む。この学年全員ボコして覇を唱えて良いのは俺だけだと証明してやろう」

「情緒が安定しないね」

「緩急優れる人間の方が好まれるらしい」

「少なくとも私は静かな奴が好きね」

「遠回しな告白か? やれやれ、困ったな……」

 

 俺は歩いていた筈だが、気が付けば空を見詰めて横たわっていた。

 ルーチェはステルラに張り合っていただけはある気性の荒さを兼ね揃えているので、ちょっと軽口を叩いただけでコレである。もしかして俺の周囲の女性って全員躊躇いなく暴力振るうんじゃないだろうか。

 

「ある偉人が言ったそうだ。『右の頬を叩かれたなら、左の頬を叩き返しなさい』、と」

「もう一発やられたいならそう言いなさいよ」

「違う、やめろ落ち着け」

 

 外で寝転がった俺に堂々と追い打ちをかけてくるルーチェ。

 淑女の自覚は無いのだろうか? 流石のステルラもここまではやらないし、師匠は……いや、わからないな。やってくるかもしれない。ビンタ代わりの魔法行使に関しては断トツ一位である。

 

「仲良いね、敗者同士のシンパシーってやつ?」

「お前表出ろ」

 

 もう表だが、そういう話ではない。

 海よりも深く山よりも高い俺の堪忍袋だが流石に度が過ぎる。聖人の如き倫理観を兼ね揃えている俺としても看過できない一線は存在するのだ。

 

「一時休戦しようルーチェ。俺はコイツを殴らねば気が済まない」

「奇遇ね。さっきの事は水に流してあげるわ」

「なんだいなんだい、二対一とは卑怯じゃないか。騎士らしく正々堂々とやり合おうよ」

「悪いが俺は才能が無いからタイマンはしないんだ。諦めてくれ」

 

 この後、アルを一方的にボコボコにしたルーチェ共々全員纏めて教師に見つかり説教を受ける事となった。

 俺もアルもボコボコにされただけで手を出したのはルーチェだけなのだが、それを言っても野暮だし『ここであえて言わない事で借りを作った雰囲気』を出す。そうすれば勝手に罪悪感を味わってくれると言う俺の高等テクだ。

 

「あいててて……ルーチェ、君格闘技かなんかやってる? ダメージが素人のソレじゃないんだけど」

「ふん、いい気味ね。言う訳無いでしょ?」

 

「いつか戦う可能性だってあるのに」

 

 どうやらルーチェからすれば俺達も敵判定なようだ。

 ステルラに負けたくない、勝ちたいと上昇志向が強いのかと考えていたが……少し違うな。

 敗北への劣等感か、何かしらの負の感情が強めだ。

 

「それもそっか。癖は見抜いたから安心してよ」

「はぁ? あんなのお遊びに決まってるじゃない」

「下着の色も把握した。僕に隙は無ぶべっ」

 

 本日四度目、ルーチェの拳がアルの顔を貫いた。

 どうせ回復魔法で治るし気にしなくていいだろう。その程度じゃ死なないし、痛くも無いだろ。

 

「愚かな男だ……」

「最っっっ低。死ねばいいのに」

 

 うつ伏せで倒れたアルの手を取って、肩を持つ。

 

「う、あ、ありがとうロア……」

「気にするな。──で、色は?」

「黒だったよ」

 

 直後、天丼のように襲い掛かって来た蹴りに成すすべなくやられた俺達は陽が落ち切るまで起き上がる事は無かった。

 



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第三話

「や、おはようさん」

「アルか。おはよう」

 

 登校する途中で後ろからアルが合流した。

 東の方から来たと言っていたし、たしか……グラン地方だったか。

 コイツの名前は「アルベルト・A・グラン」。なるほど、そっちの関係か。

 

 かつての英雄の記憶を掘り起こして少し確認するが、流石にグラン公国の貴族とかは覚えてない。

 公爵家もあんまり記憶にないな。戦場に出るような立場でもないだろうし、そこは仕方ないか。地道に自分で調べていくしかない。

 

 なんとなくアルの出自を考察しながら、歩みを進めていく。

 

「聞いた? もう君の幼馴染に異名が付いたらしいよ」

「新入生に付く最速タイム更新らしいな」

「おっ、流石に興味アリって感じ?」

「アイツの情報を漏らすわけにはいかないからな」

 

 これは俺のプライドである。

 鋼の強度の心を何度も何度も繰り返し煮詰め湾曲させられた俺のプライドは、不純物が混じりに混じってカオスな内訳になっている。それでも俺の心の半数を占めるのは『ステルラ・エールライト』なのだ。たとえ余計なモノを背負ったとしてもその基準は変わる事はない。

 

 何故か。

 

 それはアイツが俺を負かし過ぎたからだ。

 

「君は『紫電(ヴァイオレット)』の弟子だって知ってたの?」

「ああ。俺もそうだからな」

「…………ん?」

 

 ステルラがインパクト満載のネタバラシをしてしまったので、もうそこで驚かせる可能性は低い。

 だって素手で魔法弾くような(・・・)技見せた上に、異名を持った実力者を瞬殺である。これもう俺がアイツのインパクト塗り替えるには上級生の実力者倒さないと駄目だろうしな。

 

「え? 君も?」

「俺とステルラは同じ村出身、アイツは第二席の弟子。最上級魔法を扱える師匠」

「ああ~~……うん、確かにそうだ。それしかないね、逆に何でそう考えなかったんだろ」

 

 俺の魔力量がカスすぎて凄いと思われる事がないのだろうか。

 もしそうだとすれば訴訟も辞さない勢いで学園に殴り込みに行く。俺は今でも努力は嫌いだが、それと同じくらい負けっぱなし舐められっぱなしは気に食わないのだ。ルーチェに関してはこう、舐められてるとかそういう話以前に『ステルラに敗北した』という共通点があるので気にしない。

 

「じゃあ入試で負けたんだ」

「は? 負けてないが??」

 

 お前表出ろ。

 

 出会って数日で既に五回程度表に出ろと言っているが、俺の心の許容量が少なく器が小さい訳ではなくコイツが失礼すぎるだけなのである。

 結構イイ(・・)性格してるアルベルトは、他人がギリギリ許せる範囲での軽口を叩こうとする。

 

 まったく、失礼なヤツだな。

 

「でも主席じゃ無いんだろ?」

「俺はそもそも主席とか次席とかそういう場所じゃない。おまえなら理解できると思うんだが」

 

 そう言ってからアルは少し考え込むような顔をしてから、引き攣った笑みを向けて来た。

 

「……マジ?」

「大マジだ」

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第三話

 

 

「順位戦組んだわ」

「……早くないか?」

 

 昼休み、アルと飯を食っているとルーチェが弁当持参で乱入してきた。

 俺達まあまあ失礼な事を言っているんだが、根が優しいのか見捨てられることはない。ステルラに負けた影響でちょっとだけ歪んでいる部分はあるが、それは俺のコンプレックスと同レベルなので問題ないだろう。俺の努力嫌いとはレベルが違うがな。

 

「そのためにこの学園に来たんだもの、利用できるものはさっさと使うに限るでしょ」

「合理的だねぇ。僕も一ヵ月くらいしたら始めようかな」

 

 実際、新入生が順位戦を始めるのはそれくらいの時期からになる。

 最初の一ヵ月はどうしても首都に初めて来た連中がいたり生活に慣れなかったり、事情がある事が多い。よって一ヵ月経ち落ち着くまでは学園側も干渉する事はないのだ。暗黙の了解としてそうなってるよ、なんて師匠に教えて貰った。

 

「君はどうするの?」

「俺は魔法授業をどうにかこうにかやり繰りせねばならないゆえ、暫くは何も出来ない状態が続く」

「あっ……」

 

 やかましいな、俺だって察してるんだ。

 魔法授業──簡単に纏めれば、新たな魔法を習得するための課題授業である。習得する魔法は生徒の自由となっているが、一年で何個取るかの規定数をクリアせねばならない。

 

 俺は既に戦闘スタイルが確立されている上、魔法は()()しか使えない。

 

「そういえば苦い顔してたよね」

「俺は魔力量が乏しいから基本的な魔法の行使は不可能に近いんだ。俺は根本的に才能が無いからな、二人とも柔軟性に富んでて羨ましい」

 

 嫉妬だ、これは。

 ステルラ程で無かったとしても、コイツらは根本的に『才能がある側』の人間。努力もしてきているだろうが、俺に二人と同じくらい前提条件が整っていればもっと飛躍的に強くなり、もっともっと自堕落に過ごす事が可能だった。これを羨まずに何を憎むのか。

 

「あ゛~、思い出したら腹立ってきた。なんで俺こんなに才能無いんだよ」

「これ冗談とかじゃなく本気で言ってるんだね」

「当たり前だろ。才能があったらもっと別の選択肢取ってるわ」

 

 ハ~~~~。

 

 近所の商店街で買った惣菜詰め合わせ自作弁当を口の中に掻きこんでから、味を噛み締める事も無く水で流し込む。

 かつての修行の経験から培った技である。なんで俺こんなどうでもいい技能ばっかり磨かれてるのだろうか、自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「……よく心折れなかったわね」

 

 ルーチェが苦い顔で言う。

 俺とは入れ違いに近い形でステルラに触れた()()()天才は、自身の天狗になりつつあった無意識の心を圧し折られたのだろう。それでも立ち上がる強さも妬ましいが、相当に辛い記憶で合ったのは確かだ。

 

「折れたさ」

 

 俺もそうだ。

 

 何度だって折れた。

 俺の心に傷のついてない部位はなく、死を覚悟したあの瞬間にだって折れている。折れて折れて潰されて、それでも諦める事を許さないこの世界の理不尽さと勝手に存在する英雄の記憶を恨んで生きていた。

 

 凡人にステルラ・エールライトは眩し()()()

 

 ゆえに、足掻いた。

 

「悔しいだろ、負けたままとか。それだけだよ」

「いやぁ、男の子だね! 僕もそんな経験してみたかったな~」

「そんな願望捨てる事をオススメする。いや、激しく推奨する。う~ん、命令する。捨てろ」

「滅茶苦茶引き摺ってるなぁ!」

 

 当たり前だろ。

 

「で、だ。俺の事はどうでもいいが、ルーチェの対戦相手はどんなヤツなんだ」

 

 級友として気になるので聞くことにする。

 学園生活とか久しぶりだし、かつての英雄の記憶と遜色ないモノになってしまった俺の灰色の青春を塗り替えるには今しかないのだ。そういう意味でアルが話しかけてくれたのは非常にありがたかった。絶対に本人に言わないが。

 

「つまんない奴よ」

「つまらん奴なのか」

「ええ」

 

 心底つまらなそうに言うあたり、本気でどうでもいいと思ってそうだ。

 

「アル、詳細」

真風(アウラ)って異名持ちだよ」

「アンタらね……!」

 

 流石の情報収集力だ。

 お前が友人で良かった。

 

「勝てるのか」

「当たり前じゃない。勝てない勝負に挑むのは()()()()()()の」

 

 お前は俺か。

 恐ろしい程に俺と同じような精神性を持つな、この女。

 そりゃあステルラに出会ってボコられるわけだ。

 

「応援には行く。手の内を見るついでにな」

「来なくていいわ」

「何故だ。友達じゃないか」

「……冗談やめてよ」

 

 チョロすぎないか? 

 俺は既にお前の将来が心配になって来た。

 チョロくて負けず嫌いって相当アレだぞ、お前……。

 

「俺はお前を誤解していた。ただの口悪い女かと思っていたが、案外いい所あるじゃないか」

「一度死んできなさい。そうしたらもう一回殺してあげる」

「なんて猟奇的な趣味なんだ……コワ」

 

 俺は椅子に座っていた筈だが、気が付けば地面に寝そべっていた。

 最近自分の身体がどうなってるのかわからない、なあアル。

 

「大体君が悪いと思うよ」

「お前にだけは言われたくないぞ。ルーチェ、俺とアルどっちが駄目だ?」

「どっちもダメに決まってるわ、バカども」

 

 

 

 

 

 放課後になり、俺は非常に遺憾ながら魔法習得の鍛錬をしていた。

 

 かつての英雄は最低限魔法を扱うに値する力を持っていたから身体を酷使する事で魔力量を増やし、魔法戦士としての選択肢を増やした。

 

 いまの俺は最低限魔法を扱う事すら出来ないので魔力量を増やす事は出来ず、ある意味ズルをして利用可能にした唯一の魔法が武器である。

 

 あ~あ、この落差はなんだ。

 努力すれば身に付く程度の才能を与えてくれればよかったのに、とにかく要領が悪い。俺の事を言っているのにどこか他人事に聞こえるかもしれないが、それくらいヤケクソにならないとやってられないのだ。

 

 やらなくていいと思った努力をするのが死ぬほど苦痛だ。

 実際に死にかけていたので苦痛の感覚は理解している、よってこれは死ぬほど苦痛という言葉に適している。

 

 証明完了。

 

「あ゛ぁ゛~……せっかく誰もいないから気を抜けるのに、なんで俺は放課後まで努力しなけりゃならんのだ」

 

 ブツクサいいながら教導本を見て調整する。

 魔法を使用する感覚はわからない。あの英雄の記憶では使ってるのはなんとなく感じ取れるのだが、いざ実践となると上手く行かない。どれだけ頑張っても出来ない事は仕方ないのだ。

 

 なお、自宅はそこまで広くないので学校に居残りである。

 魔法使用を前提とした補強をされてる個室が幾つもあるので、やはり学習を行うには最適な場所だと再認識した。

 

「努力はクソ、努力はクソ努力はクソ努力はクソ努力はクソ努力は……」

「やあ馬鹿弟子、今日も元気に頑張ってるみたいだね」

「出たな妖」

 

 俺が何かを言う前に先手を喰らい、口が痺れて動かなくなった。

 身体にある程度の耐性は出来たと言えぶっちゃけ耐えれる限界は低いのであんまり役に立たない。クソが。

 

「なぜ此処に? そう聞きたいのだろう、わかるとも。では説明してあげようじゃないか!」

 

 テンション高いなこの老婆。

 俺はやる気もクソもないのに大嫌いな努力をしていて不愉快なのに、横槍を入れてきた妖怪雷ババァはそれはもうご機嫌なモノへと変化した。

 

「幼馴染みを連れてきたよ」

「やっほーロア! 久しぶりだねぇ~!」

 

 ほ、ほぎゃっ……

 俺の抱いていた全ての感情を破壊し尽くし満面の笑みを浮かべる師匠と幼馴染。やはりコイツらは俺にとっての凶星であり呪いであり悲しみである。

 

何故(なにゆえ)、ステルラが此処に……?」

「会いたかったから来ちゃった!」

 

 めっちゃ恥ずかしい奴だろコレ。

 以前『俺とあいつは会うべき舞台が存在する』とか考えてたのが死ぬほど恥ずかしい。

 

「君は毎度勝てないな」

「うるさいですね……」

 

 天と地ほどの差があるのだから、それは仕方ない。

 昔の俺はよく生きる事を諦めなかったと感嘆の意を示さざるを得ない。なんかもう自信が根こそぎ破壊された気分だ。

 そんな俺の内心など露知らず、この師弟は楽しそうに話を続けた。

 

「順位戦見に来てくれたんだよね!」

「そりゃあ見に行かないとな。俺が倒すまで負けるなよ」

「負けないよ! ロアじゃないんだから」

「お前表出ろ」

 

 かっちーん。 

 流石に天を貫くバベルの塔よりも高く海の底に沈む海底神殿と同じくらい許容量がある俺の心でも許す選択肢を与えなかった。俺は大概お前以外には負けてない……うん、負けて……負けてないと信じたいが、言っていい事と悪い事がある。

 

 俺の友(魔獣)は翌日には胃袋に収まっていたので今は居ないが、ここまでの屈辱を与えられたのは久しぶりだった。

 

「やる? 順位戦」

「まあ落ち着けステルラ。俺とお前が戦うに値する舞台ってのはそんな突発的に生まれるモノじゃなく、長き因縁にケリをつけるオオトリで行われるモノだろう? いわば卒業前日、そういうタイミングでの勝負が一番望ましいと俺は思うんだ。因縁の大きさって言うのはバカに出来るモノじゃなく、それは人生すらも左右する事があるんだ。迷信じゃなくてな」

「ヘタレ」

「うるせーな妖怪、黙って婚活してろよ」

 

 幾ら魔法で強化されているとは言え、壁が壊れなくても俺の身体は生身なのだ。

 壁にめり込むほどの威力で吹き飛ばされたらどうなるかわかるだろ。

 

「カ、カヒュッ……」

「師匠!?」

「しまった。つい何時もの感じでやってしまった」

 

 全く悪びれずにとぼける師匠。

 小走りで駆けよって来たステルラの回復魔法で、痛みが引いて行く。

 

「くそっ……負けた気分だ」

「君のプライドはどうなってるのだろうね。私も時々気になるよ」

 

 そりゃあボロボロのズタズタよ。

 師匠に嫐られ幼馴染に治療され、これを情けなく感じずにどうすると言うのだ。あ~あ、自己治療くらい出来るようになりたいさ俺だって。使えないんだからしょうがないじゃないか。

 

 俺も魔法習得を早めに行っておきたいのだが、それをこの二人に言うのは憚られる。

 

 どうして? 

 そんなん俺のチンケなプライドが邪魔してるからに決まってるだろ。

 

「そうだロア。君の順位戦組んどいたから」

「は?」

 

 聞き逃せない言葉が聞こえて来たのだが、冗談だろうか。

 

「明日、半日授業終えたら『坩堝(るつぼ)』に来てくれ。君とは相性がいいようで悪い相手を用意したよ」

「師匠の有難迷惑で俺の涙は枯れそうです」

「感情の抑制は努力したほうがいい。戦いのときは特にね」

 

 おまえの所為だよ。

 俺は歯軋りした。

 

「さ、ステルラ。これ以上邪魔しても悪いし帰るよ」

「え~、もう少し話したい!」

「これから何度だって出来るさ。あの頃と違ってね」

 

 ステルラを引っ張りながら出口へと向かう師匠に二度と来るなと笑顔で手を振り送り返し、溜息を吐きながら教導本を手に取った。

 

「……ん」

 

 先程まで開いていたページを開こうとして、栞が挟まれている事に気が付く。

 こういう事が出来るのはステルラじゃなく師匠だな、あの人回りくどい表現で助けようとするので結構弟子としては苦労するのだ。

 

 挟まれていたページを見れば、そこには魔法の仕組みについて事細かく書かれている場所――まあ俗にいう基本部分だ。

 

「基礎からやり直せって? ハハッ」

 

 乾いた笑いが出た。

 俺に才能が無いのは自他ともに認める事実なので、師匠がこうしろと言うならそういう事なのだろう。だってあの人仮にも才能ナシの俺を育てた教育者だし、かつての大戦を生き抜いた実績もあるし、人生経験も長いからな。

 自分で考案した方法よりいい方法を知っている可能性は高いだろう。

 

 基礎、基礎だ。

 俺は剣も初歩の初歩から歩いて来た。

 魔法が使用できないと最初から諦めて剣のみを極めて来たが、師匠がこの学園に俺を入れた理由を考えればそうではないのかもしれない。

 

 俺に魔法が使える可能性がある。

 

 自分の事は一切信用できない俺だが、師匠の事は信用できる。

 

 ならば仕方ない。

 非常に不服で誠に遺憾だが、しょうがないので最初から始める事にしよう。

 先ずは自身の中にある極わずかな魔力を感じ取るところから始めようか。こういう地道な手間が一番好きじゃないんだ、進歩がわずかしか見られないから。

 

 やれやれ。 

 自身の才能の無さに呆れを示しながら、瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった? 久しぶりの幼馴染は」

「やっぱり面と向かって話すのが一番です!」

 

 校舎を出て、二人は街を歩いていた。

 有名校の制服を身に纏った少女と、荘厳なローブを身に纏った気品あふれる女性。これほど目を引く案件も無いが、不思議と彼女らの周囲に人の気配はなかった。

 

「前に見た時は必死そうだったから声掛け諦めましたけど、同じ学校に入れて本当に良かった~」

「彼は本当によくやったよ。当時、私達の頃ですら過激だと批判される修行を行っていたのは否定できないからね」

 

 しみじみと、噛み締めるように女性が話す。

 

「本当に、よくやったよ」

 

 どれ程の泣き言を吐いても、どれ程の弱音を吐いても。

 彼の心魂に刻まれた不屈の闘志は途切れる事はなく、確かに、少しずつ磨かれていく技。

 

「見せつけてやるんだ。ロア・メグナカルト」

 

 ステルラ・エールライトは確かに天才だ。

 

 だが、その天才の中の天才に追い縋る為に死すらも受け入れ努力を重ねた凡人が追い付けないか。

 答えは否だと、エイリアス・ガーベラは思っている。

 

 かつての記憶が、強く訴えかけているから。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「アンタ、私より早く順位戦やるんじゃないわよ」

 

 半ば呆れた表情で言いに来たルーチェ。

 ここは坩堝の控え室、半日授業を終えた俺は非常に不服ながら強制的に組み込まれた順位戦に臨むべく、誠に遺憾ながら待機しているという訳だ。

 

 相手を知らないからマジでどうなるかわからない。

 

「師匠に言え、師匠に。あの人が滅茶苦茶通してるだけだ」

「十二使徒、それも第二席に言える訳無いでしょ」

 

 それもそうだ。

 あの人は俺やステルラの前だとふざけるし素の自分を出すが、公的な場所では一切出さない。滅茶苦茶丁寧だし心底所作も気品に溢れているのだが、どうにも他人感が拭えない。

 典型的な身内には甘いタイプか、ガハハ! 

 

「勝利が見えて来たな。いつか泣かしてやる」

「どういう思考してるのかわからないわ」

「お前も俺と同じ思考にならないか? 共に憎き天才を負かそうじゃないか」

「誰が人の手を借りて掴んだ勝ちを有難がるのよ。私はそんな安い女じゃない」

 

 それに関しては同意する。

 俺は努力が死ぬほど嫌いでそれと同じくらい負けず嫌いだが、師匠にひたすらボコボコにされた後のステルラを倒してもなーんにも気持ちよくなれないだろう。俺がボコボコにしたうえで師匠も纏めて倒すから気持ちいいんだよ。

 

「折れないでくれよ。一緒に追いかけてくれる奴がいるなら、それはそれで良いからな」

「……理由は?」

「ンなもん優越感に浸れる仲間がいればモチベが」

 

 俺は試合前だと言うのに、顔面が凹む感覚を味わった。

 気遣いの出来ない友人を持つと苦労するよ、やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第四話

 

 一足先に会場に入って、ゆっくり身体の確認をする。

 広々とした空間だからこそ出来る安全確認もあるのだ、そう自分に言い聞かせて柔軟を開始する。

 

 俺の身体は所詮凡人なので、そりゃあ耐久度や強靭度は強くなったとは言え最低限の前提を守らねばならない。魔法による身体強化でブースト、初速から音速を越えさせるとかはムリムリカタツムリなのだ。これが非才な人間の限界なんだよね、あ~あ。

 

 まあ、全くの無名である俺の試合も見に来る物好きも多くは無いので観客席に知り合いが二、三人いる位で──なんか師匠が居るんだが。

 思わずギョッと目を見開いてみれば、ニコニコ笑顔で手を振ってくる。

 

 そうじゃね~~~、俺が求めてる反応はそうじゃねぇンだわ。

 

 隣には緑髪の知らない女性もいる。

 その人に視線を向けてみれば静かに一礼されたので、とりあえず俺も一礼して返しておく。

 

 礼儀には礼儀を、軽口には軽口を。

 

 読唇術を使えるような『実はすごい技能』とか無いので、何を話しているかはわからないけど楽しそうではある。

 まあ楽しそうならいいか。賭け事に使われてたら腹立つから許さない。全員俺の勝利を期待してないって事だからな、賭けは不成立なのが俺にとっては嬉しいのだ。

 

 一度途切れた集中を持ち直し、再度深く沈み込む。

 

 思考、問題なし。

 腕部、問題なし。

 脚部、問題なし。

 末端の操作、問題なし。

 指先の感覚、問題なし。

 触れた肌の感覚に差異も無く、五感も問題なし。

 

 今現在、俺の身体は戦う準備が出来ている。

 

 ……あれ? 

 こんなに万全の状態で戦うの初めてじゃないか。

 

 村に居た時は不意打ちで片腕持っていかれたし完全に格上だったから殺される寸前だったし、山籠もり開始してから永遠にボコられ続けてた所為で感覚がおかしくなってしまってる。

 あ、あはは。俺の人生、なんでこうなっちまったんだろ。

 

 視界がぼやける。

 くそっ、こんなので。

 

「あはは、ロア泣いてる~」

「は? 泣いてないし」

 

 お前は来てるなら来てるって言えよ! 

 いつの間にか最前列で身を乗り出しているステルラに返事をしつつ、俺は瞼を拭った。

 

「これは男の苦労が滲んだだけで、決して涙と言う液体ではない」

「むー、相変わらずめんどくさい言い回しするねぇ」

「師匠に言え。これは俺のアイデンティティではなく、全部元凶がいる。あの人も大概面倒くさいだろ」

 

 そう言ってから師匠の方を見れば、額に青筋を刻んでいた。

 

「今なら何言っても大丈夫そうだな。ケッ」

「絶対後でロクな事にならないと思うんだけど……」

「チマチマいくのは性に合わない。俺は何時だって豪快にチャレンジ精神旺盛だ」

 

 パリパリ紫電が滲んでいるので、後で半殺しは確定だろう。

 あ~あ、俺の人生早くも終わりか。結構頑張って来たのにこんな形で終わりを迎えるのは納得いかないぜ。

 

「結構余裕そうだね、安心したよ」

「余裕も何も相手を知らないからな。不安がる理由が無い」

「……あ~……うん、頑張って」

 

 ちょっと待ってくれ。

 ステルラ、お前がそんなに微妙な顔をするのは初めて見た。

 訂正しよう、先程までは不安が一ミリも無く現実に安心していたが今は不安が胸を覆いつくし思考は暗闇に閉ざされている。

 

「おい妖怪、どういう事だ」

 

 声を張り上げて聞いてみるが、我関せずと言った態度で顔を逸らす師匠。

 お前年齢考えろ、見た目が良いからってそういう行動取りやがって……! みんな騙されるなよ、コイツの実年齢は百と半世紀程だ。

 

「あれ? ロア、あの人知らない?」

 

 ステルラは師匠の隣の人に目線を移動させた。

 

 緑髪の知り合いとか居ないんだが。

 緑色の髪、サイドテール……うーん、わからない。例に漏れず美人なのはわかるが、見覚えは無いな。

 

「知らないな」

「あぁ~……うん、頑張って」

「それは不安になるからマジでやめろ」

 

 嫌な予感が俺の心の内を支配した。

 ステルラでも知ってる有名人で、なおかつ師匠の隣に並べる人材。

 

 ……あっ。

 

 今、最悪な答えが頭の中に浮かんだ。

 

「まさかな、まさかまさか」

 

 一番初めにぶつける相手にソレはないだろう。

 ステルラが鮮烈なデビューをして、アイツは学年主席という実績に不透明な魔法技能という謎があったから観客が多く来たが、俺にはそんなモノ一つも無い。

 よって、観客は少ない。

 

 順位戦そのものを見るのを楽しみにしている層が僅かに来る程度で、その人たちは師匠と隣の人を見てギョッと目を見開いている。

 

 あ~~~~~、嫌だ嫌だ嫌な予感してきたよマジで。

 

 鬼、悪魔、妖怪、紫電気ババァ。

 

『──さァ、今日も順位戦の時間がやって参りましたよ!?』

 

 観客が少ないのに対しテンションが振り切れてるイカれた実況の声が響く。

 もう後戻りできない、ていうか最初から後戻りできない状況にある。クソゲー、マジでクソゲーだよ。

 

『何故か魔祖十二席の方が二名(・・)いらっしゃってますが、これは一体……何が始まるのか!?』

 

 はい、確定。

 そうなると俺の対戦相手も読めてくるな、マジで言ってんのかよ。

 エ~~~~ンエンエン、俺を虐めて楽しいか? お前ら。頑張りたくないし痛い思い出来るだけしたくないのに、これ頑張るの確定だろ。

 

『そして今日試合を行う選手の情報ですが……な、なななんと!?』

 

 今、急いで外に走り出した生徒が見えた。

 これ絶対見世物にされるパターンだな、師匠がどういう未来図を描いてるのかわかってきて思わず溜息を吐く。

 

『ロア・メグナカルト──魔祖十二使徒第二席、紫電(ヴァイオレット)様のお弟子さん!? しかも数日前に試合を行ったステルラさんとは違い、十二使徒推薦による入学者だァー!?』

 

 まあ、そういう事だ。

 ここは魔祖が学長を務めていて、代が変わる事のない不老の存在にある程度の権限がある。

 それぞれ魔祖、そして十二使徒には一世代に一人だけ推薦する権利があるのだ。魔祖十二使徒推薦枠は、その年に於ける『最強の次世代候補者』として取り扱われる。

 

 つまり──師匠はステルラより、俺の事を推薦枠として使う事を選んだのだ。

 

 あの、圧倒的な勝利を収めたステルラ・エールライトよりも『上』だと示唆したのだ。

 

 その期待に応えてやりたいのは山々だが、現実は非情である。

 今すぐにでも戦うことになれば俺は負けるだろうな。

 

『既にヤバい情報が出まくっていますが、続いて対戦相手は……ウヒェッ』

 

 変な声を出しながら、そのまま五秒ほど黙ってしまった。

 

『ン゛ン゛ッ……え、えーと。対戦相手の方はですね、えー……』

「──俺だ!!」

 

 会場の反対側から、名乗りを挙げながら入場してくる。

 

 制服を着崩し、それでいてだらしなくない程度に収めている格好つけ。 

 闘争心剥き出しで悠々と歩いてくるその姿には、かつての英雄の記憶にある──『強者』の風格を感じる。

 

 鋭い目付きで睨みを利かせ、まるで獣と言わんばかりの獣性を見せつけながら一歩踏み出した。

 

「俺はヴォルフガング・バルトロメウス!! 

 魔祖十二使徒第五席、“蒼風(テンペスト)”の一番弟子であり──“暴風(テンペスト)”を戴く男だ!」

 

 まさしく暴風と表現する他ない程の風が場内に渦巻く。

 嫌な予感が的中した、そう言わざるを得ない。絶対異名持ちの中でもレベルの違う奴が出てくると思っていたが、十二使徒の弟子が出てくるとは思わないだろ。こういうのってもう少し時間をおいてゆっくり引き出してくんじゃないのか。

 

 ハ~ア。

 俺の相手ってこんなんばっか、前途多難すぎて文句すら出ねぇ。

 

「熱く厚く暑くアツく、アツい戦いをしようぜ!!」

「風なのに熱血系かよ、困るなオイ」

 

 ──だが。

 

 負ける気は毛頭ない。

 どんな奴が相手だろうと、俺は勝利を収めるのみ。

 右腕を前に掲げて、自身の身体に刻んだ魔法を起動する。

 

 俺に魔法を扱う才能は無い。

 かつての英雄の模倣をしても、俺は再現する事が出来なかった。魔力というエネルギーに絶望的に嫌われているのだ。

 

 だから俺は師匠に強請った。

 

 ただ一つ、俺に武器をくれと。

 

起動(オープン)

 

 解号を唱え、幾重にも重ねられた複雑な祝福(・・)を起動する。

 

 膨大な魔力が渦巻き、光と風が俺の掌へと収縮していく。

 それは荒ぶる暴風を抑え込み、新たな風を巻き起こしていった。

 

「……俺の風を阻むか!」

アウラ(そよ風)だ、暑苦しくて堪らなかったんでな」

 

 ニィ、と口を歪めて笑うバルトロメウス。

 やがて光は縮小し、風は物質へと変化していく。

 

 先程のルーチェの言葉──同意してはいたが、俺には耳の痛い話だった。

 

 自分一人では魔法に対抗する事すら出来ない、この絶対的な才能差。

 理不尽すぎる世界と記憶に抗うには、俺は誰かの手を借りるしかなかった。

 

『君に授ける武器ならば、最初から決めていたよ』

 

 あの時師匠はそう言った。

 ロア・メグナカルトが願うその前からあの人は定めていたのだ。俺の唯一の強さを生かすための方法を、その長い経験から編み出していた。

 俺の為だけに、新たな祝福と魔法の構築をしてくれたのだ。

 

 ああ、そうだ。

 俺は努力が嫌いで死ぬほど負けず嫌い、自堕落な生活を好む人間だ。

 光より影が好きな典型的な日陰者だよ。

 

 ……それでも。

 

 俺の為に何かをしてくれた人間の期待にくらいは、応える事の出来る人間でありたい。

 

「顕現せよ──光芒一閃(アルス・マグナ)

 

 手に握った確かな感触に、無事祝福による魔法発動が成功したことを悟る。

 

 光芒一閃(アルス・マグナ)

 師匠が名付けた銘だ。

 

 それは、かつての英雄の武器。

 

 聖なる神官によって祝福を施された劔である、『光芒一閃(ルクス・マグナ)』にちなんで名づけられた銘。俺が使うのにこれ以上ない程の因縁を感じる、俺だけの武器だ。

 

 魔力の奔流を凝縮し、一振りの劔へと収まった時。

 それは、才能という名の現実の壁を打ち破る。

 

「紫電靡かす且つての英雄、その一閃は龍をも切り裂いたそうだ」

「英雄譚の話だな? 俺もあの話は大好きだ!」

「俺は英雄じゃない。俺は決してかつての英雄にはなり得ないが──選ばれたんだ。導いてもらったのさ」

 

 両手で柄を掴んで、霞構え。

 切っ先をバルトロメウスに向ける形で準備を終えた。

 

「俺はロア・メグナカルト。紫電(ヴァイオレット)の一番弟子にして、遙か先を往く星を追い続ける者だ」

「──クハッ」

 

 一度収まった暴風が、今度はバルトロメウスへと収縮していく。

 強烈な風速全てを自らの手にかき集め、更に魔力を風へと変質させていくことで俺ですら感知できる魔力量へと増幅していく。

 

「師から楽しめるヤツが居るとは聞いていたが……まさか、ここまでとはな」

 

 風を鎧のように纏わせ、その圧を高めていく。

 魔力量だけで言えば俺が出会った人物の中でもトップクラス、既に肌に感じる鋭さで言えばあの鎧の騎士に勝るだろう。

 

「いいぞ! 俺は今猛烈に感動している!!」

 

 俺にはわかる。 

 お前は天才だ。この学園に居る人間の大半が天才だ。

 俺のように前提をすっ飛ばして入学した人間はほぼいない、なぜならいた所で追いつくことが出来ないから。

 

「同じ推薦入学者同士──さァ、雌雄を決しようじゃないか!!」

 

 嵐と見間違う程の風量。

 目を開いている事すら過酷な風圧に対し、側面を駆けながら揺さぶりを掛ける。

 会場はそれなりの広さを誇るので、俺としてはやりやすい。かつての記憶を頼れば室内戦の経験もあるかもしれないが、俺にとっては未知の領域である。

 

 風は受け慣れている。

 

 ずっと自然の中で戦ってきたのだ、今更風に怯むはずもない。

 

 風を纏い空へ浮き上がり、上空から一方的に打ち下ろしてくる。

 ……行けるな。光芒一閃を使用している状況でも俺の魔法的技能に変化はないが、この武器があるからこそ無茶を通せるようになる。

 

 身体能力はそのまま。

 五感の超強化も無い。

 

 俺に施された祝福はただ一つ。

 

 俺に向かって発射された風弾に対して、斬撃を奔らせる。

 その魔法的効力の一切を無力化し、霧散させた。

 

「……ただ砕いた訳じゃないな!?」

「さあ、どうかな」

 

 光芒一閃による絶対的魔法への優勢保持。

 魔力と魔力がぶつかれば、より強い方が勝利する。俺の祝福にはあの魔祖十二使徒第二席の魔力が込められているのだ。例えお前が第五席の一番弟子でも、どれほどの才能があったとしても、負ける事はない。

 

 それこそ、魔祖クラスでなければ。

 

 射程も足りない。

 速度も足りない。

 魔力も足りない。

 

 そんな俺が唯一足掻く方法が、これだ。

 

「────おおおォォオオ!!」

 

 互いの牽制程度の攻撃を早々に終わらせ、バルトロメウスはスイッチを一段上に引き上げた。

 

 まったく、嫌になるな。

 俺は今の風弾の破壊で腕が痺れてるってのに、お前ら天才共はどいつもコイツも容易に限界を越えていく。俺の限界値はお前らの最低限で、どこまで行っても地力じゃ追いつくことが出来ない惨めさと、それを理解していて手を伸ばし続ける無意味さを理解しているのか? 

 

 ぐんぐん込められていく魔力量に、始まったばかりだと言うのに撃とうとしている魔法を理解した。

 見に纏っていた風が全てヤツの頭上へと集い、身から零れた魔力は全て風に成る。

 

 莫大な魔力を、膨大な属性へと変換する事で放つことを可能とする()()()()()

 

 

「喰い荒せ! 暴風(テンペスト)オォォ────!!」

 

 

 荒れ狂う嵐が単体を破壊するために、渦巻く風が俺へと向かってきた。

 

 会場の保護は気にする必要は全くない。

 魔祖十二使徒が二人揃っているのだから、俺如きが出る幕は無いだろう。で、あるならば……俺がやるべきことはただ一つ。

 

 この男に勝利する、それだけだ。

 

 且つての記憶を呼び覚ます。

 

 其れは、古の奥義だった。

 魔法戦士としての極致へ至った英雄が閃き形にし、現在でも極わずかな人間のみが使用できる劔の頂き。

 斬撃、魔法、弓矢、ありとあらゆる殺傷手段が飛び交う戦場ではなく、圧倒的な個に対抗するための技だった。努力を重ね続けた最果てを作ったのは、とても()()()と俺は思った。

 

 その輝きを再現しろ。

 俺に無い才能は、()()()()()()()()()

 情けないだろう? でも、それが俺だ。

 

 どこまでも自堕落で、何処までも情けない俺らしいだろう。

 

 劔に紋章が浮かび上がる。

 幼い頃に失敗した斬撃の軌道を、幾度となく振り絞った剣戟を。

 

 俺の大嫌いな努力の結晶を、暴風へと解き放った。

 

 

 



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第五話

 パラパラと瓦礫が崩れる音がする。

 俺はその音で目を覚ました。

 

 状況を確認するまでも無く、しっかり記憶は保持している。牽制終わった直後に考えるの面倒だからと放り込まれた最上級魔法に対して、俺はかつての英雄の再現をしようとした。

 

「ふゥ~~~ッ……どーよ天才共」

 

 痛快な気分だ。

 俺は光芒一閃(アルス・マグナ)以外全部ぜーんぶ一般人だ。

 魔力も扱えず、魔法はわからない。知識として理解しているだけで対策も破壊することくらいしかない。

 

 そんな俺でも、絶対的な才能を磨き続けてきた人間に通じるのだ。

 

 それが自分だけの力では無かったとしても、それこそが俺()()()

 

「効くだろ、凡人からの一撃は」

「──ハッ! どこが凡人だ、何処が」

 

 あれだけの大出力を放って尚魔力を維持している、ズルいね全く。

 

「その剣技──目で捉える事が出来なかった。魔力の形成具合を察するに、それ()は外部出力だな?」

「流石の観察眼だ」

 

 一瞬でバレてんじゃねぇか。

 俺はお前の魔法の方式一切理解してないが? 

 

「……実を言うと、お前の事は少しだけ知っていた」

 

 肩を竦めながらバルトロメウスは言う。

 俺の事、ね。十二使徒の繋がりは一切理解していない(かつての記憶はあるが、今は役に立たない)ので、師匠が俺の事をどう話しているのかはわからない。ただまあ推薦してくれる位だし、それなりに評価してくれてはいるんじゃないだろうか。

 あの日謳った英雄にしてやるという野望は幸いな事に果たされずにいる。

 

「魔法が使えず、その身体一つで覇道を往く強者だと」

「ちょっと待て」

 

 俺の一番バレちゃいけない部分がバレてるんだが。

 観客席の方に目を向ければ、へたくそな口笛をヒューヒュー言わせながら誤魔化している師匠が居た。ブラフにすら使えないんだが? また一つ才能を持たない人間の手札が消えた、やれやれだぜ。

 

「──だからこそ!!」

 

 咆哮と共に、再度風を収縮していく。

 ……もしかして、アイツの風魔法ってかなり特異的じゃないか。

 普通の魔法使いは自らの魔力を変換し、それぞれの属性へと姿を変える。その筈なのに、アイツは周囲の風すら自らのモノにしているような。

 

「俺は全力で往く! これほどの強者相手に手心を加える程、自惚れはない!」

「自惚れてる方が俺にとっては有難いね」

 

 渦巻きが濃さを増し、奴自身の翼となって空に飛びあがる。

 魔鳥との交戦経験はあるが、人間サイズの化け物とは戦ったことはない。あー、死ぬ気で努力してきた経験が息をしてねぇ~~~。

 泣き言を頭の中で吐き続けながら再度構える。

 

「“暴風雨(サイクロン)”!」

 

 ──ただの風じゃない。

 

 物理攻撃の風と、何かが混じっている。

 俺の動体視力ではその正体を見極める事は出来ないので、回避を優先するために駆け出す。先程の最上級魔法とのぶつかり合いで体力も半分程度消耗した上に手足のダメージも広がりつつあるが、この程度なら問題ない。

 これまた嫌いな苦痛だが、この程度は散々受けて来たのだ。

 

 嫌だが耐えられる(・・・・・・・・)

 

 地を這うように俺を追尾する二つの嵐を視界に収めつつ、空中を駆け抜ける為の準備をする。

 経験上──この経験は、ロア・メグナカルトと英雄双方のモノ──どういう具合に力をぶつければ、どういう風に戦場が変化するのかという問いには強い自信がある。才能は無いが、積み上げた努力は、忌々しい事に嘘を吐かない。

 

 走りながら僅かに会場に傷を付けつつ、未だ空を漂うバルトロメウスを中心に円を描くように周回を重ねていく。

 

「逃げてばかりでは好転しないぞ!」

 

 更に魔力の濃さを増して、解き放つ。

 計四本の風渦が四方から迫ってくる。空がフリーなのは俺に逃げ場が無いのを理解しているからだろうが──準備は整った。

 

「それを、待ってたんだよ……!」

 

 先程まで会場を僅かに斬りながら移動していた意味は、この時の為だ。

 あと少し傷をつければ砕け瓦礫になる、そのくらいまで傷をつけて回る事で奴自身の攻撃で『俺の足場を作る』。

 

 直撃するまでの僅かな時間に見渡して、俺は空へと踏み出した。

 

 幸いにもバルトロメウスへの最短距離は見つかったので、後は瓦礫を踏みしめ駆け抜けるだけ。

 

「────なんとッ!?」

 

 曲芸染みた技術ではあるが、俺は何だって試してきた。

 山の中を駆け回るためには、枝すら利用せねばならない。地面を這いつくばって、幹を駆け上り、枝を折りながら走る。最初は何も出来ずに師匠に転がされていたが、一年・二年と時間が経つにつれて俺の身体は自由になった。

 

 八年間の修練の結果──俺は、天才共と対等に戦える場所まで辿り着いたのだ。

 近づいて斬るという、この二つのみをひたすら磨き続けて。

 

 浮く為に維持していた渦巻きを俺に差し向けてくるが、この距離まで近づいてしまえば俺の方が有利だ。

 肉弾戦が出来ないとは思わない。

 

 あのステルラ・エールライトだって接近戦を熟せるだろう。だから油断はしない。奴らが十の集中をするなら、俺は百の集中をする。自分が得意な分野くらいは上回れる程度に必死になれ。

 

 渦巻きを斬り、その身へと剣を突き立てる。

 人を斬るのはこれで二人目だが、かつての英雄の記憶が俺を震え上がらせた。

 自分の手で殺した人間の怨嗟の声。いつまでも続く悪夢、死の間際にすら蘇った悪意。

 

 その苦痛に対し──真っ向から勝負を仕掛けた。

 

 バルトロメウスの脇腹を斬り、血が噴出する。

 

 血が俺の顔に掛かる。

 相変わらず不快な臭いだ。子供の頃は忌み嫌っていたこの臭いも、今となっては嗅ぎなれてしまった。主に俺自身の血で。焦げた肉の匂いとかも覚えた。主に俺自身が焼けた時。

 

 すぐさま後方に引くことで距離を引き離された上に、瓦礫も風で振り落とされた。

 その対応力と冷静さは流石としか言いようがない。初見ですぐに対応されると嫌になるな。

 

 地面に着地し、すぐさま駆け出す。

 攻めるなら今しかない。少しでもダメージを与えているので相手が次の手を思いつくより先に勝負を決めに行く。俺の光芒一閃はメリットばかりではなく、デメリットもあるのだ。

 

「ならば、これはどうだ!?」

 

 腹を斬られてるというのに楽しそうに魔法を放ってくるあたり、かなりの戦闘狂だ。

 あーやだやだ。こういう奴は次から次へと進化を重ねていくので、俺としてはこれ以上強くなって欲しくない。もう俺より強い奴全員弱体化し……いや、やっぱするな。

 

「暴風雨……否!」

 

 魔力が可視化出来る程に唸りを挙げていくのがわかる。

 これを許してはいけないが、妨害するためには──あるな。

 

 会場を再度斬りつけ、ブロックで切り取った瓦礫を蹴り飛ばす。

 ギリギリ砕けないで形を維持できる最高速度だ。代償として俺の右足は涙が出そうなくらい痛い。感覚的に骨に罅いってるなコレ。

 

「────雷雲(トニトルス)!」

 

 俺の決死の妨害虚しく、魔法を完成させたバルトロメウスの圧が解き放たれる。

 バチバチと青白い稲妻を奔らせながら渦巻く嵐が俺に迫りくる。

 

 腕も足もそれなりに重症、体力も削られてる。

 息も荒くなってきたが……やれるか? 

 

 三属性複合魔法とか大概にしろ。

 お前天才すぎんだよ、一回戦でぶつかる相手じゃないんだよ。師匠、もう少しパワーバランス考慮してください。俺の心が持ちません。

 

 一度だけ息を吐いて。

 

これ(光芒一閃)を抜いた時は、負けたくない」

 

 自分の感情を改めて認識し、構える。

 避けてもいい。いや、避けるのが正しいのだろう。魔法出力が落ちてきているとはいえ三属性を混ぜ合わせたバケモノみたいな魔法だ。それを十二使徒の弟子になれるような天才が、圧倒的な魔力で練り上げて放ってきている。

 

 でもな。

 おれは負けず嫌いなんだ。

 

 おれを負かしていいのは未来永劫たった二人だけだ。

 

 その二人も最後には倒す。

 

 ふ~~~……

 未来の事は、未来の俺が何とかするだろう。

 デメリットを頭の中から完全に消去し、眼前の勝利を掴むために意識を内側へと集中させる。

 

 正面から行くのは愚策だ。

 そんな事は分かっている。

 

 師匠に授けられた祝福を以てしても、俺が耐えられる保証はない。

 わかってる。十分に理解している。

 

 ────それでも。

 

 俺は証明して見せたい。

 才能無き人間が、大嫌いな努力を重ね続けた結果を。

 劣等感に塗れた俺が、光に塗り潰されないように足掻き続けた末路を。

 

 そして、俺を選んだ師匠の目が曇っていない事。

 

 覚悟は定めた。

 一度放つだけでダメージが両腕に来る斬撃を重ねて放ち、真正面から雷雲を打ち破る。単純明快な答え、俺が死ぬ前に敵の魔法を全部壊してしまえばいい。ゴリ押しもゴリ押し、戦術のクソもない。

 

 安心してくれ。

 俺は、勝ち目のある勝負しかやらない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 三属性複合魔法は難易度が異常なほどに高くその分上手く調整すればとてつもない効果を発揮するのが多い。今回の場合は雷・水・風の複合魔法になるだろう。

 俺には絶対にできない天才の魔法だ。

 

 劔に光が灯る。

 僅かな紫電が漏れ出し俺の手をも焼くが、皮肉なことにその自傷はダメージにならない。本当に上手く調整してくれたものだ。

 

 ここまで御膳立てされて決めない訳にはいかんだろ。

 

 肉の焦げる匂いを嗅ぎ取ったのと同時に、雷雲へと向かって駆け出す。

 愚策だろう、下策だろう。それでも、ステルラ・エールライトに辿り着くためには我武者羅にならなきゃいけないんだよ。

 

 雲を斬り嵐の中へと突入する。

 荒ぶく風と混ざる水弾を致命傷になるモノのみ斬り落としながら走り続ける。時折混ざる雷が他に比べて僅かながら精度が低いので、バルトロメウス自体この魔法を使う事はあまりないのだと推測する。

 

 そこが突破口になる。

 

 一息吸い込んで、先程の座標目掛けて全力で跳ぶ。

 この魔法の弱点は、大きく作りすぎたことだ。視界も悪く、内部での殺傷能力も低い。本来ならばもっと大雑把に、それでいて精度を高めた風・水・雷のそれぞれ別方向からの多重攻撃が強みだ。

 

 それが無いのならば、今ならば。

 

 雲を抜け、構えた光芒一閃を振り翳す。

 予想通り俺の事を待ち構えていたのか、巨大な風を作り出すが。

 その行動よりも俺が早い。魔法の才を持つが故に、接近戦と魔法戦の切り替えのタイムラグがある。

 

 ただの風程度振り払い、一閃。

 雲が晴れた坩堝の屋上が崩れ、瓦礫が降り注いでくる。

 あと一撃叩き込めば俺の勝ちだと言うのに、バルトロメウスは笑っていた。獰猛に、どこまでも楽しそうな表情で。

 

 歯を食い縛って、全身を迸る稲妻の痛みに耐えながら光芒一閃を振るう。

 

「俺の────」

 

 袈裟斬りによって刻まれた刀傷から血が噴き出て、身に纏っていた魔力も霧散する。

 切り返す刃でもう一度、十字に傷を刻む。

 

 激痛が奔ってるだろうに満足げな表情で墜ちていくバルトロメウスを見送って、俺も地面に降り立つ。

 着地の衝撃で折れた右足が悲鳴を上げたが、ここで情けない声をあげるわけにはいかなかった。それは俺の小さなプライド、ただ一つ残された矜持の問題だった。

 

 ロア・メグナカルトは凡人である。

 だが、それと同時に男でもあった。

 

 壊れた天井から差し込む光が俺の初勝利を祝っているようで、俺の努力は無駄では無い事を証明するようで。

 

「────勝ちだ!」

 

 光芒一閃の柄を右手で握り締め、胸の前に掲げる。

 今すぐにでも倒れてしまいたい程に消耗しているが、それでも倒れる訳にはいかない。

 いつの間にか人であふれていた観客席の中から俺を見る幼馴染に向けて、あの時の約束を果たす為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい馬鹿弟子。聞いてるかな馬鹿弟子。約束したよね馬鹿弟子」

「いや、もう……返す言葉もございません」

 

 勝利宣言の直後、試合終了と同時に会場に飛び込んできて俺を搔っ攫っていった師匠に説教をされながら治療を施されていた。

 もうちょっと愛弟子の勝利を祝ってくれてもいいんじゃないですか? 

 

「君をそういう道に誘ってしまったのは私だから偉そうなことは言えないけど、なんでああいう無茶苦茶通すかな。バルトロメウス君は強いが、光芒一閃を上手く使って立ち回ればそれだけで勝てる相手だった」

「いや~、男のプライドがありまして」

「それで死んだら元も子も無いだろう!」

 

 ベシンと折れた足を叩かれる。

 歯がギリギリ言ってるし、そろそろ削れ初めてもおかしくないな。

 

「君はいざってときに命を軽視しすぎている。そんな風に投げ捨てるために育てたわけじゃ無いからね」

「はい……」

 

 今回は俺が悪いので素直に従っておく。

 師匠も意地悪で言ってるわけではなく、俺を心配してくれているので言っているだけだ。

 これで意地悪で言ってたらいつか殺すリストに入れる。

 

「全く……誰に似たんだか」

 

 あなたも知ってる人に似たんじゃないですかね。

 

「……だが」

 

 ベッドに腰掛けて、俺の頭を持ち上げる。

 そのまま膝の上にゆっくりと乗せる。

 相手の年齢が樹木と同レベルなのを除けば、見た目も含めて何もかもが理想のシチュエーションだと言うのに。

 

「よく頑張った。ロアはよくやったよ」

 

 柔らかく微笑みながら俺の髪を手櫛で梳く。

 俺と師匠が修行をしてる時、俺が完全に動けなくなったときにやってくれていた。子供扱いもいい加減にしろと思うが、それも含めて後にひっくり返す予定なので今は甘んじておく。

 

「あ~らら、楽しそうにやってるわね」

「ヒョッ」

 

 ビクンッ! と師匠の身体が跳ねて、それにつられて俺の首もゴキリと音を立てた。

 呼吸は苦しくないから骨は折れてない事を祈りつつ、声の主に目線を向ける。

 

「エイリアスったらも~~、そういうのイケないと思うけど……逆に背徳感あっていいわね!」

「違う、そういうのじゃない。そのキラキラした顔をやめないか」

「でも貴女随分イキイキしてるわよ? いいのよ、認めちゃいなさい」

「違うんだ。ロア、本気にするな……あー、違う。ええと、そうじゃないんだ」

 

 珍しく師匠が手玉に取られている。

 あれ? 珍しくか? いつも俺の軽口で簡単にクルクル手を出してこないか? 

 

「第五席……」

「あら、良く知ってるわね。山籠もりしてたから世情に疎いって聞いてたけど」

「俺は優秀ですからね」

「聞いてた通りの性格で安心しちゃった」

 

 思ってたよりのんびりしてる人だな。

 会場で師匠の隣に座っていた緑髪の美人──この人が魔祖十二使徒第五席、『蒼風(テンペスト)』。

 

「そう、私が第五席のロカ。気軽にロカさんって呼んでね?」

 

 にこやかに微笑みながら同じくベッドに腰を下ろし──いや、座れよ。椅子があるだろ。

 どうして病人が寝ているベッドに腰掛けるのか、これがわからない。早く回復魔法使って俺を治してくれ。痛いのは耐えれるが、嫌いなのは相変わらずなのだ。

 

「って事は師匠と同じく年齢誤魔化してる感じですか?」

「とんでもなく失礼ねこの子」

「負けすぎて歪んでしまったのさ。もう心を癒す事は出来なかった」

「うるせーな年増」

 

 俺は重症患者の筈だが、何故か左足が痺れて動かなくなった。

 

「過激すぎないかしら、あなたたちのコミュニケーション」

「愛の鞭さ」

「俺もラブコールしてるだけです。やれやれ、師匠も素直じゃないな。まあ誤魔化してる時点でそりゃ」

 

 俺は重症患者の筈だが、何故か口も動かなくなった。

 

「んもも、んもんも」

「激しいわね……」

「フンッ」

 

 フンッ 

 じゃないが。 

 俺が言いたい気分だよ。フンッ。

 

「メグナカルトォ!!」

 

 怒声と共に病室にガタガタ音を立てて侵入してきた。

 まだ姿は見えてないが、これは多分バルトロメウスだな。さっきまで聞いてたしこんな感じで叫ぶのアイツくらいしかいない。

 

「良い戦いだった! またやろう!!」

「勘弁してくれ。俺は一回勝ったらもう負けたくないし戦う気ないぞ」

「なんと!? 折角お前を倒すための魔法を一つ考えたのに」

 

 あ~~~いやだよ~~。

 なんでこの短時間で思いつけるんだよ、そういう所だぞ本当にお前ら。

 お前ステルラ程じゃなくても才能ありすぎなんだよ。

 

 ステルラが200、お前が80、師匠が50、俺1。

 

 わかるか? 

 この理不尽すぎる世界の違和感が。

 

「懐に入られたのは随分と久しぶりだ。メグナカルト、お前は強い!」

「そうか。お前も強いから二度と戦わない」

「そこを何とか! 母上(・・)、もう一回秘密裏にセッティングしてくれ!」

 

 なんて?? 

 

 ニコニコ微笑むロカさんに向かって、事もあろうにコイツは母上と呼んだ。

 

「ごめんねロア君、うちの息子(・・)強い人と戦うの大好きで」

「エイリアスさんと戦っている時と同じくらいのプレッシャーだった! 俺とお前は切磋琢磨すれば高みへと登れる、俺の血がそう叫んでいるんだ!! 頼む!!!」

「いやだ。俺は痛いのも努力するのも大嫌いなんだ」

 

 助けてくれ師匠。

 僅かに動く激痛がヤバい腕を動かして師匠へと縋りつく。

 ほら、可愛い愛弟子が助けを求めてるんだぞ。こういう時に颯爽と助けるのが師匠の役目でしょ。

 

「ロアッッ!!」

 

 ぎゃ~~! 

 めんどくさい熱血台風だけでもアレなのに、更に憎き幼馴染が現れた。

 しかも滅茶苦茶にテンション高い。このテンションの高さ、あの日のステルラとおんなじだ。目がキラキラ輝いている。

 

 もういやな感じがする。

 

「凄かった!!!」

「語彙力無いのか」

「だってだって凄かったんだもん!」

 

 身振り手振りで感動を表そうとする子供みたいだ。

 

「────負けないから! 

 私、ロアと戦うまで絶対に!」

 

 俺とやる時は負けてくれ、頼む。

 アレを見てやる気満々になるお前らやっぱおかしいよ。俺なんかお前が圧勝したときドン引きしたよ。

 才能だけではなく向上心にすら溢れる連中はやはり頭がおかしい。俺のようなマトモな人間にとっては大変苦しい環境である。

 

「ならば俺と修行だ! エールライトもいずれ俺が倒す!」

「は? お前がステルラに勝てる訳無いだろ、俺に勝ってから言え」

「ならば戦おう!」

「やれ、ステルラ」

「今の話の流れで私に振るの?」

 

 俺はもう勝ったし、バルトロメウスも弱くないしハチャメチャに強いがステルラには勝てないだろう。

 あの(・・)ステルラ・エールライトだぞ? 

 

 つまりここでステルラに振れば、俺は永遠に勝ち逃げできる。

 

「やはり俺の頭脳は冴えわたっている。明晰すぎて末恐ろしいぜ」

「さっきまでのカッコよかったロアはどこに行ったんだろう……」

「失礼だな。俺はいつだってカッコイイだろ、なあ師匠」

「あーはいはいそうだな、かっこいいかっこいい」

 

 もうちょっとやる気を出して褒めて欲しい。

 死ぬ気で頑張ったんだぜ、おれ。

 

 随分と騒がしい病室になったが、俺は噛み締めている。

 自身の才能の無さと現実の不安に涙を溢した日々は無駄じゃなかった。誰かの手助けが無ければスタートラインにすら立てない俺だが、そんな俺を快く受け入れてくれた人がいる。

 

 ここからだ。

 

「待ってろよステルラ。お前を追い越すのは俺だ」

「……ふふっ。うん、わかった。高みでふんぞり返ってるね?」

 

 久しぶりの幼馴染の笑顔は、とても眩しかった。

 

 

 

 

 



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幕間

 理不尽な順位戦を終えて、休日。

 完全な休日を手に入れたのは随分と久しぶりだ。何年間も一人の時間を得る事がなかったので、俺の自堕落精神はうずうずしている。

 

 具体的に言えば、朝起きてゆっくりと飯を作って適当に流し込み、着替えるのも面倒くさいので寝巻のまま本を手に持ってベッドに倒れこむ。硬くてベコベコのカスみたいな木の板が布団ではない、最高の環境だ。

 

 これほど自堕落に過ごせる環境を手に入れられるとは思っていなかった。師匠の事を散々言ってきたが、やはりあの人は俺の事をよく理解してくれている。だってこの家用意してくれたの師匠だし、俺は何でもいいと答えたのにこれだけまったり出来る部屋を選んでくれたのはもう愛されてるだろ。

 

 昨日の嫌な記憶に蓋をしてから、寝っ転がったまま本を開く。

 

 そうしていい気分に浸った瞬間、ドアの呼び鈴が鳴らされた。

 おいおい今日は休日だ。世間一般(暫く山の中に籠っていたが)では七日の内一日は完全休日を取る様になってるんだ。どんな用事を持ち合わせた人間が来た所で動く気はない。なぜなら、俺がここに棲んでいるのを知ってるのは師匠だけな上に師匠も鍵は持ってない。

 

 つまり居留守を使用できるという訳だ。

 良心も痛まないしな。

 

『────ロアーッ! 遊びに行こー!』

 

 うそだろ……

 俺の平穏な一日が一瞬にして暗雲に包まれた。 

 なぜステルラが来る。それは師匠が教えたからだ。

 

 だがここで居留守を使わない選択肢は無い。

 なぜなら、俺は休みたいからだ。

 

 悪いなステルラ。

 俺の初勝利、そしてお前の敗北をこんな形で刻んでしまって。

 自身の才覚が恐ろしいぜ。全く持ち合わせてないけど。

 

 鼻歌を歌いながらのんびり放置していると、二分程度で音が聞こえなくなった。あ~あ、勝っちまったな。一度勝利してしまえば呆気ないものだ。俺は十数年に渡る確執に今終止符を打ったのだと実感すると同時に、途方もない虚無感が湧いて来た。

 

 溜息と共に立ち上がって寝室から移動し、台所でお茶を淹れる。

 魔法を使うよりいっそ楽なインフラの整っている首都は一度住んでしまうと戻れそうにない。あの村で生きて行くには俺はセンスが無さ過ぎるのだろうか。

 

「ロア、私の分も貰っていいかな?」

「はいはい、わかりました」

 

 もう一杯分用意するのは面倒だが、たまにはいいだろう。

 今日は気分がいいからな。

 

 お茶の香りが心地いい。

 クソも味の染み出してこない雑草ティーは死ぬほど飲んだが、やはり正規品は違う。専門の力を持つ人間は偉大だな。

 

「どうぞ師匠」

「ん、ありがとう」

 

 一口含んでから、味わいを楽しむこと無く流し込む。

 強烈な熱が喉を焼いたが気にしない事にした。

 

「ふ~~~~~……この紫電気ババア。何勝手に入って来てんだ」

「ワッハッハ、八年間も一緒に暮らしておいて何を言っている。今更何を気にするんだい?」

 

 ロア・メグナカルトは激怒した。

 必ずかの邪知暴虐なる老人に辛酸を舐めさせると決意した。

 エイリアスは常識がわからぬ。エイリアスは一介の魔法使いでありながら不老の身体を持つ超越者で、その実力は圧倒的に格上だった。

 

 ロアは魔法が使えない。

 しかし、敗北の屈辱には人一倍敏感だった。

 

「今日と言う今日は許さない。青少年にアンタの身体がどれくらい毒になるか教えてやる」

「正面切って褒められると照れるね」

「調子に乗るなよ百年間彼氏いない癖に」

 

 妖怪電気ババアを許した辺り自分が悪いと言う自覚はあるのだろうが、気軽に超えてはいけないラインを越えると自動反撃してくるらしい。

 少しでも罪の意識があるのなら俺はそれでいい、先程までの誓いとは違い改めてそう思わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 幕間的な? 

 

 

「で、何の用ですか。俺はゆっくり過ごしていたいんですけど」

 

 合流したステルラの治療により無事快調にされた俺は不貞寝する事も許されずに、棚から引っ張り出してきた客人用のお茶を淹れていた。

 こんな事されてもしっかり丁寧に対応してる俺は破格に優しいと思う。

 

「昨日頑張ったからご褒美でも上げようかと思ってね。遠慮するな」

「俺は一人でゆっくり出来るのがご褒美なんだが……」

 

 何年間も共に暮らしていたのに発生した解釈違いに、俺は呆れを示さざるを得なかった。

 

「たまには二人で水入らず、首都観光でもしてきたらどうかな?」

「師匠とやったじゃないですか」

 

 こっちに来て二日目、本も何もないので寝る食べる以外の行動を行わなかった俺を見かねて師匠に強制的に連れ出されたのだ。

 その際に服とか家具とか本とか色々世話してもらったが、それで十分じゃないだろうか。俺は景色や文化も良いモノだとは思うが、それ以上にインドア派なのだ。

 

「あー……ロア」

「?」

「いや、君も大概だなと思っただけさ」

「喧嘩なら買いますよ。今の俺は休日を邪魔された怒りによって打ち震えている」

 

 何故か呆れた表情で俺を見てくる師匠に若干苛立ちを覚えたが、たまにある事なので飲み込む。

 俺は優しいからな。他人の考えている事がわからないからと言って周囲に当たり散らす程子供では無いのだ。いや~、やっぱ本人の素質ってのがあるんじゃないだろうか。

 

「大体出かけてこいと言われても、俺はデートプランなんざ持ち合わせてないです。飯も保存食でいいし、服も普通でいいし、買うモノは本くらい。あれ? 俺って男としての甲斐性ゼロじゃないですか」

「ウ~~~~ン……案外そうでもないな」

「マジすか」

 

 相手はヴィンテージ百年だからあまり参考にならないが、自分で思ってるより終わってないという自信が得られたので今日は得る物があった。

 今日も一日有意義に過ごしたな。

 

「普段の君はどうしようもない位情けないしみっともない所はあるが、時たま見せる男らしさはいいと思う」

「半分以上罵ってますよね。それが開戦の合図でいいですか」

 

 どうしようもない位情けなくてみっともないけど偶に男らしいってそれただの悪口だから。

 森で暮らし過ぎて常識が欠如してしまったのだろうか。

 

「ねね、ロア」

「なんだ」

「ご飯食べに行こ?」

「……他に知り合いがいるだろ」

「ロアと一緒がいいな」

 

 俺の負けだ。

 普段から明るくて天才で俺の事をナチュラルに煽ってくる畜生生命体だが、俺はどうしてもコイツに弱い。ステルラの涙を見たのは一度しかないが、それ以来絶対に泣かせたくないという意思が俺の中にある。

 

 お前がそんな控えめな笑顔なの初めて見たぞ。

 

「今回はステルラに罪は無い。ゆえに不問にしてやろう」

「懐かしいなぁその言い回し。昔から変わんないよね」

「俺は真っ直ぐな心を持っているからな。そう簡単にひん曲がる事はない」

「真っ直ぐ……」

 

 おい、そこで疑問を抱くな。

 

「俺は着替えすらしていないから一度退出してくれ。まあ、俺の着替えを見たいと言うなら別だが」

「君の身体を拭いてあげていたのは誰だったか」

「おっと、俺にその記憶は無い。なぜなら気絶している時の事だから、俺に不都合な点は一切ない。師匠俺の事好きすぎですね笑」

 

 照れ隠しで放たれた紫の雷は普段よりも高出力であったため、魔獣が居ない平和な首都に居る筈なのに大きく負傷してしまった。

 ステルラが回復魔法を使えなかったら二、三度は死ぬところだった。

 

「ちょっと師匠! やりすぎですよ!」

「う、し、しかしだなステルラ」

「“しかし”じゃないです。ロア死んじゃいますよ!」

「……すみません」

 

 はっは、負けてやんの。

 先程までの暗い気持ちは全て晴れて、俺はいま快晴の元を旅立とうとしている。

 身体が軽い。こんな気持ちで外に出るの初めて。

 

「では師匠、金を恵んでください」

「今の君はとてつもなく情けない事になっているね」

「なんとでも言って下さい。俺は金が無いし、自分で金を得る手段はあるかもしれないけど面倒なので師匠が持ってるなら頼りたいだけです。無論ステルラに払わせても俺は一向に構わないが」

「私が誘ってるし別に構わないけど……こう……なんか、あるよね」

「心優しいステルラ様。哀れで惨めな俺に一食恵んでいただけますか」

「そうじゃないんだよね。昔の堅実だったロアは何処に行っちゃったんだろう」

 

 俺はロア・メグナカルト。

 努力が嫌いなので出来る限り周りの人間を頼ろうとする男だ。

 

「過去の俺は何時だって未来に託してきた。つまり今の俺は過去の負債が積み上がった生贄に過ぎない」

「要するに全部後回ししてきたって事じゃないかな」

「そうとも言う。俺は問題解決よりだらける事を求めている」

 

 クソッ、少しずつ不利になってきたぞ。

 なぜ飯に行くという重い腰を上げたのに俺が責められなければならないのか。男が食事代支払わないといけない時代はもう遅れてるんだぞ。男女平等、富める者が貧しい者へ恵むのが世の常識だろうが。

 

「仕方ないな……夕飯は肉で頼む」

「美容に気を遣わなくていいんですか? ゲテモノ肉買ってきますね」

「それを食べるのは君も含まれているんだが」

「俺は構いません。ゲテモノみたいな肉と草なら嫌と言う程食べてきました」

 

 はい、アド取った。

 反論ないなら俺の勝ちになるが。

 

「食べてみたい!」

 

 ステルラ……

 お前、ゲテモノって聞いてなんでキラキラ輝かせてるんだ。この感じだとご飯に行くではなく食材を買いに行く、調達しに行くで終わるぞ。

 

「やめとけ。八年間食い続けた俺が言うんだ」

「でもロアが食べてたんでしょ? なら食べてみたいな」

 

 よくわからない好感度システムをしているな。

 俺に対する好感度の高さは『師匠>ステルラ(希望)>アル=ルーチェ=バルトロメウス(?)』だと思っている。逆に幼い頃に死にかけてまで助けたのに嫌われてたらもう俺世界投げ出してるから。

 

「何故だ。自分から苦行に突っ込む理由はなんだ」

「えぇ……なんでそこまで気にするの?」

「俺がゲテモノ肉を食べていたというアドバンテージを活かしてクソ不味い飯を食ったときに『アレに比べたらマシだな……』みたいな事をしてみたいからだ」

 

 そこにステルラが居ればちょっと優越感に浸れるかもしれないだろ。

 ならばその可能性は取っておきたい。先程までは負債の塊だった未来の俺が、僅かに光明が差し込み始めた。

 

「よし、ステルラ。私がテレポートで送ってあげるから採りに行ってきなさい。ロアと二人で」

「貴様裏切るのか」

 

 深い悲しみと絶望が俺を支配した。

 

「剣も貸してあげるから帰りたくなったら呼んでくれ」

 

 適当にパリパリ魔力で生み出された紫の剣を手渡され、顔をヒクつかせながら俺は聞いた。

 

「……マジであの山に帰らなきゃいけないんスか」

「里帰りって奴さ。二人でゆっくり楽しんでくると良い」

 

 光が俺達二人を包み込む。

 俺の休日は何処に行ってしまったんだ。俺の予定では文化的な暖かさに包まれた室内でのんびり本を読み、飽きたら寝る。そんな素晴らしい生活をする予定だったのに。

 

 なにが悲しくて絶望しかない山へと戻らねばならないのか。

 

 独特な浮遊感に身を任せ、気が付けば地に足着けている。

 もう少しテレポートされてる側に優しくしてくれてもいいのではないだろうか。慣れてない人間が飛ばされたら驚いて跳ね上がるぞ。

 

 視界が開けた場所は緑に包まれた山で、左右どちらを見渡しても全てが森。

 う~わ、本当に帰って来たんだが。もう帰りたくなってきた、首都に。

 

「わっ、懐かしいなー」

「来たことあったのか」

 

 俺が永遠にボコられ続けた跡地とか、焼け焦げて自然が死にかけてる不毛の大地とか、色んな被害を出してしまった悲しみの山でもある。

 山の主的な奴は最初の数年間追い掛け回されるだけだったが、結果的に俺が腹減り過ぎてそこら辺の木の枝を加工した杭を刺しまくって倒した。翌日には俺の胃袋に収まったよ。

 

「何回か見に来てたよ? その度に寝てたけど」

「俺だけ永遠にここに囚われていたんだが??」

 

 理不尽すぎる差に涙を隠せない。

 

 昔は快活というよりヤンチャだったステルラは人間社会での生活で鳴りを潜め、俺は寡黙なインドア少年だったのに過酷すぎる山籠りによって辛い過去を背負ってしまった。時は人を変えるというが、これほど残酷な事はあるだろうか。でもステルラに無茶振りされてボコされなくなったのは良いな。

 

「……ロアはさ」

 

 ふと、ステルラが呟いた。

 

「後悔してない? 色々と」

「なんだ藪から棒に」

 

 お前そういうタイプじゃないだろ。

 俺の中のステルラ・エールライトはもっとこう……邪智暴虐を極めたナチュラル畜生であり、人を煽ることに全力を掛けた逸材だった筈だ。お前さては偽物か。

 

「私はね。結構後悔してる」

 

 真面目な話の気配を感じ取って、俺はふざけた思考を取りやめた。

 

 俺の中のステルラ・エールライトの記憶は八年前だ。

 およそ八年間俺達は顔を合わせる事も無く会話をすることもなく、ただ約束をしたから研鑽を続けた。それは未来で起こりうる可能性を否定するためであり、俺自身のミリ残りのプライドが邪魔をしたからだ。

 

 では、ステルラ・エールライトは。

 

 一体何を目標に努力を続けた? 

 

「ずっとずっと、ロアに甘えてばっかりだった」

 

 立ち止まった俺に対して、そのまま足を進めるステルラ。

 その言葉からは、俺が初めて知る感情が滲み出ている。

 

「失敗したんだ。ロアが居なくなった後に会った女の子との付き合い方」

 

 きっとそれは俺の知る女の子。

 ルーチェ・エンハンブレとの事だろう。

 人間関係に関しては俺以外の同年代と一緒に居る事の無かったステルラだ。だからこそ俺は、今この瞬間まで『変わってない』と認識していた。

 

 だが思い返してみろ。

 入学式でのルーチェの言葉を。

 

 ────『相変わらずお上品な子』

 

 俺の知るステルラ・エールライトは決して上品では無かった。

 粗野で乱雑で暴れん坊で、他人の目を気にすることはあってもそれを飲み込んで自分らしく振舞う少女だった。少なくとも、俺の前では。

 

「ルーチェか」

「そう。仲良くなったんだ、本当だよ?」

 

 えへへ何てはにかんで誤魔化す姿を見るのは初めてだった。

 俺は八年間の間時が止まっていた。比喩ではなく、本当の事だ。

 ロア・メグナカルトという人間の時は進むことはなく、ただ愚直なまでに剣を振り身体を動かしていただけに過ぎない。

 

「今はすごく恨まれてるな。すごく、なんて言葉で足りるかわからん程度には敵意向けられてる」

「やめてよもう、気にしてるんだから」

 

 細部を語る必要はない。

 俺の知るステルラ・エールライトは、八年間を孤独に過ごしてきた少女は大きな変化を遂げた。言葉にすればそれだけのことだ。

 

「今日も無理言って来てもらったんだ。私、そうする以外の方法を知らないから」

 

 ……これ、半分くらい原因が俺にあるな。

 ステルラはそのままでいいと、才があるのだから一人でも大丈夫だろうと高を括っていた。

 

「これまでも全部そう。ロアに嫌われるんじゃ無いかって、でも会いたくて、いざ会ってみたら変わってなくて……また、昔みたいな事言っちゃって」

 

 あの頃、子供だった俺たちには無かった。

 俺たちの世界は、俺たちしか居なかったから。

 

「……私さ。すごく情けないんだ」

「そうか。俺からすれば十分に変わったように思える」

 

 非常に恥ずかしい話だが、自惚れでなければ過去のステルラの人生を構成していた三割程度は俺が占めていると自負している。

 それは客観的に見た場合でも主観的に見た場合でも、“そうである”と説明できるから。

 

 俺の知るステルラ・エールライトは対人関係で悩むことはなかった。

 他人を気に掛ける事はあっても、それを深く考える性格では無かった。

 

 俺が居なくなり、一人になったステルラは変わったのだろうか。

 

……いや。 

元々そうだったのかもしれない。俺が見抜けてなかっただけで。俺が肯定したかつてのステルラはそういう娘だった。

 

「少なくとも、俺にとってのステルラ・エールライトは未だに無礼でガサツでそれでいて明るい笑顔を振りまく少女のままだった。あと俺を煽る悪魔」

「あ、あはは……」

「八年間別の道を歩いていたんだ。俺だってカッコよくなっただろ」

 

 おい、微妙な顔をするな。

 やれやれ、お子様にはわからないか。俺の魅力が。

 

「俺はステルラの全てを肯定する。これまで通りじゃなくたって、ステルラはステルラだ」

 

 互いにすれ違いをしていた。

 俺はステルラがそのままだったと思っていた。

 成長はしたが、精神的なモノは変わっていなかったと考えていた。

 

 でもそれは勘違いだった。

 

 俺に合わせる為に、敢えてそう言い続けていた。

 『昔はこう言っていれば良かった』と、経験を元にして。

 かつて、『同年代と唯一仲の良かった』時のことを。

 

「…………あんまりそうやって甘やかされちゃうと困るなぁ」

「いいか、今この瞬間一度しか言わない。何年間も大嫌いな努力をただ一人の為に続けて来たのに、少し性格が控えめになったからって嫌いになるわけ無いだろ。このコミュ障」

「コミュ障……」

 

 今更なんだよな。

 お前に対する負の感情なんざガキの頃に通り越してんだ。

 

「……わかった。じゃあありのままのわたしを肯定してもらうから!」

「どんとこい。世界中がお前を嫌っても俺だけはお前を肯定しててやる」

「遠回しなプロポーズ? 私もロアならいいよ」

「ハッ」

「鼻で笑われた!?」

 

 こちとらプロポーション化け物の年齢樹木と数年間一緒にいたんだ。今更大人になってない子供の身体に惹かれるかよ。

 

「かっちーん。もう怒った」

「待てステルラ。今のは言葉の綾で、決してお前の身体が貧相な幼児体型だと言ったわけでは」

 

 俺は必死の弁解にも関わらず、三度焼き焦げた遺体に成り果てる所だった。

 せっかくの休日だってのにロクな目に遭わなかったが、一つ確執を取り除けたならそれで良しとしよう。せめて来週はゆっくり休ませてほしいところだ。

 

 

 

 

 

 





 この度は私の自キャラ解像度不足により大変お見苦しい姿を晒した事を謝罪いたします。私の中でステルラ・エールライトは定まりましたが皆さまは違和感を感じ取ってしまうかもしれません。

 本当に申し訳ない…………

 未熟です


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二章 恒星と星屑
第一話


 無理矢理押し付けられた順位戦に勝利して週明け。

 完全休日なのにこれまた押しかけて来た師匠とステルラに構っていたら一日が過ぎ去り、俺の平穏な休日が訪れなかったことに憤りを覚えつつ登校した。

 

「おやおや。“英雄”サンじゃないか」

「なんだそれは。説明を要求する」

 

 からかい口調で言ってきたアルに返事をしつつ鞄を机に置く。

 

「君の異名だよ。学園長が速攻で決めたらしいよ」

「学園長……魔祖が?」

 

 あのロリババァマジでロクな事しないな。

 記憶の中でもまあまあ無自覚邪悪だし、ひたすらステルラの才能にゲロと泥を混ぜ込んでカスみたいな性格を盛り込んだ、みたいな人格をしている。師匠を禁則兵団から解放した時とかあまりにも趣味悪すぎて真顔になってしまった。

 

「なんでも

 

『エイリアスの奴引き摺りすぎじゃ!! ワハハ、面白いから異名は“英雄”で!』

 

 ……って」

「ふーん、覚えた」

 

 今日また一人いつか負かすリストにぶち込んで席に座る。

 なにが英雄だ。俺は武器が無ければその英雄の剣技を再現する事も出来ない程度の人間でしかない。それを見抜いたうえで名付けたのだろうが、師匠が渋い顔をしているのが容易に予想できる。

 

 魔祖は魔法的技能で言えば誰も追い縋る事の出来ない圧倒的な基盤を持つ。

 土壌の存在しない技術体系を自身で作り上げた手腕は伊達ではなく、どんな人物であっても彼女の後追いになる。実年齢はわからん、英雄の記憶を覗いても何時から生きてるのかわからなかった。

 

 アレを年齢不詳とかでバカにしたら殺されるかもしれない。

 よくもまぁあの女を惚れさせたモノだ。かつての英雄の底知れない魅力なのか、それともあの女が倒錯的すぎたのか。

 

「で、感想は?」

「最悪だ。今すぐにでも訂正させてやりたい」

 

 意味が無いだろうが。

 師匠は兎も角、他の十二使徒でかつての英雄を知る人間ならば理解できてしまうだろう。あの軌跡は間違いなく英雄のモノで、俺はその領域に到達していると()()()する。ぜぇ~~~ったい。

 

 俺今どう思われてるんだ。

 師匠が拗らせすぎて作り上げたかつての英雄の現身とか思われたくないんだが。

 

「……いいわね、人気者は」

「おやルーチェ、嫉妬かい? 大丈夫、きっと“英雄”サマがどうにかしてくれるさ」

 

 この後、俺とルーチェの手によって数発拳を撃ち込まれたアルベルトは地面に倒れ込んだ。

 クラスメイトの見る目が馬鹿二人に絡まれる一人から馬鹿一人に巻き込まれる二人組に変わったのはとてもいい傾向だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第二章 薄氷燈火のルーチェ・エンハンブレ

 

 

 昼休み。

 朝購入してきた弁当を摘まみながら俺は一言。

 

「視線が鬱陶しい」

「そりゃあそうもなるだろ。君の今の注目度は学年一だぜ」

「俺みたいな奴見たってなにも面白くないだろ。ステルラとかバルトロメウスとか、もっと上の連中に注目しろ」

 

 ステルラは学年主席の十二席の弟子、バルトロメウスは学年次席の十二席の弟子。

 普通に考えれば俺如きに注目する必要はない筈だが。

 

「だってさルーチェ」

「……うるさいわね」

 

 どこか不機嫌なルーチェは苛立ちを隠そうともせず、姿勢は崩さずに弁当を口の中に放り込んで食べ終えてしまった。

 

「あーあもったいない。もっと味わって食べないとお腹に」

「アンタはデリカシーを磨いてきなさい」

 

 食事中だが炸裂したルーチェ拳でアルは倒れた。

 こいつ学習しないな。いや、学習してるけど楽しんでるな。自身が受ける痛みと損害よりも相手を煽る事に全力を注いでるのか。ハチャメチャに迷惑な類の人種で友人を辞めたくなってきた。

 

「なんかあったのか」

「……なにもないわ」

 

 嘘つけ。

 あからさまに何かあった表情と態度だが話すつもりはないようで、一足先に片付けて教室を離れた。

 

「あはは、いや~やりすぎた」

「で、何があったんだ」

「本人に聞かないの?」

「俺が悪者になるだろ。こっそり聞いておくことに意味がある」

 

 一理ある、なんて言いながらアルは弁当をもそもそ食べながら話を始める。こいつも所作が丁寧なので、イイトコの坊ちゃん説はより強固なモノに近づいている。

 

「端的に言えば順位戦が上手く行かなかったからだろうね」

「勝ったんだろ。それは知ってる」

「内容の話さ。ま、半分以上君らの所為だけど」

 

 俺達の所為。

 あ~、なんとなく話読めて来たぞ。

 俺はルーチェの本質を一切理解できてないのでこの情報だけではわからないが、大まかな話の枠組みは掴めてきた。

 

「……俺達の後でやったから、なんか不燃だったのか」

「そういう事。観客はおろか当人たちもね」

 

 ルーチェの対戦相手は風魔法使いだった筈だ。

 

「普通にルーチェが勝ったけど……盛り上がりは察しの通り。十二使徒門下同士の全力全開に比べればそりゃね」

「それは悪い事をしたな。だが差し込んだのは俺じゃないゆえに、俺の所為ではない」

 

 最後の一口を放り込んで水で流し込む。

 まったく、どいつもこいつも色々と抱えすぎだ。

 面倒くさいとは思わないが、色々思慮しなければならないのが厄介だ。もしかしてこの学園に来てる奴って腹に何か抱えてる奴しかいないのか。

 

 ニコニコ楽しそうにしてるアルが現状一番ヤバい奴だが、敵意は無いし気にしない。幸いな事に本人が暴力による対価を支払っているのでそこのバランスは取られている。

 

「俺だって必死なんだ。あんな熱血台風野郎と何度も戦ってられるか、このまま勝ち逃げさせてもらう」

「…………あっ」

「そもそも過大評価し過ぎだ。俺は魔法を一つしか発動できないし、魔力感知すらまともに行えない程度。それなのに“英雄”だのなんだの、学長はふざけ過ぎなんだ。そんなんだから……なんだ」

 

 アルが一層楽しそうな顔をしているので、思わず後ろを見る。

 うわ、嫌な予感する。この話しながらそんなニコニコするって確実に厄介事だろ。頼むから学長だけは避けてくれ、この通りだ。

 

「────再戦を申し込もう!!」

「お断りします。帰ってくれ」

「俺はお前と戦いたい! お前も多分戦いたい! それでいいじゃないか」

「どこがいいんだどこが。俺は一つもよくない」

 

 学年次席(バカ)がやってきた。

 ロカさん、あなたの息子さんは今日も暴走しています。暴風(テンペスト)じゃねぇンだよ、暴れるのは戦う時だけにしとけ。こちとら英雄サマだぞクソが。

 

「ふ~~……いいかバルトロメウス」

「ヴォルフガングでいいぞ!」

「バルトロメウス。お前に一度言っておこう」

「ヴォルフガングでいいぞ!」

「……バルト」

「ヴォルフガングでいいぞ!」

 

 もう嫌なんだけど。

 こんなにゴリ押ししてくるの幼少期のステルラを彷彿とさせる。あの遊びに行こうと俺の手を(強制的に)引いて外に連れ出す感覚、吹き飛ばされる俺、置いて行かれる俺、風になった俺。

 鳥肌が立ってきたので嫌な思い出を想起するのはここまでだ。

 

「わかった。ヴォルフガング、俺は負けるのが大嫌いだ」

「そうか! だが俺も勝ちたい!」

「この話はここで終わりだな。俺とお前が交わる事は二度とないだろう」

「……?」

「なんだその面は。ぶっ飛ばすぞ」

「構わん、来い!」

 

 ア゛~~~~~!! 

 頭に来ますわねこのお方。

 おいアル楽しそうにするな。俺は本気で嫌がっている。それはもう全力で嫌がっている。

 

「やっほロア、元気して……うわぁ」

「よく来たなステルラ!!!」

 

 俺は大歓迎した。

 過去に無い程にステルラの登場を嬉しく思う。

 引き攣った笑みを携えて教室に入場した魔祖の名を継ぐ“紫姫(ヴァイオレット)”にクラスメイトは驚きを示している。おい、俺も一応英雄なんて呼ばれてるんだが。

 

「やれ、ステルラ」

「流石にいきなりは酷くない?」

「世界は何時だって不条理だ。俺は常に不条理に悩まされていたが、不条理には不条理をぶつければいい相対性に気が付いた。また一つ世界の法則を解決してしまったな」

「あーうん。師匠が偶に面倒くさくなるって言ってた意味がわかった」

 

 失礼な奴らだ。

 俺は他人に魔法を撃ったりしないし、暴力を振るう事もない(当社比)。

 それに比べたら如何に平和的で紳士的で道理的な人間な事か。

 

「やれやれ。どいつもこいつも着いてこれないか、この“領域(レベル)”には」

「ヴォルフくんもこんにちは。えーと、アルベルトくん?」

「おお、かの高名な紫姫に覚えて頂けているとは。と言う訳でどうもアルベルト・A・グランです。気軽にアルって呼んでね」

「よろしくアルくん! ……ルーチェちゃん居る?」

 

 俺をガン無視しといて話の流れを俺に寄越すとはいい度胸だな。

 だが俺は心優しくすべてに対して平等な心を持っている。俺の神仏と同等の豊かな心に感謝するんだな。

 

「ルーチェは俺がさっき地雷踏み抜いてどっか行った」

「あっ…………」

「よく聞けステルラ。俺は別にわざと踏み込んだわけじゃなく、完全に気にしてなかっただけだ」

「そっちの方が酷くない?」

「……訂正する。ちょっと間違った」

「今更訂正してももう遅い!」

 

 ええい、ここぞとばかりに責め立ててくるな。

 流石にそこまでセンシティブだとは思っていなかったんだよ。ステルラにコンプレックスがあって、敗北そのものに劣等感を抱いてるのは理解していた。その先の背景とか俺が知るわけ無いだろ。

 

「このままだと学生生活に支障があるか……」

 

 なんだかんだ言って、俺は学園生活に憧れを持っていた。

 かつての英雄は学校とか行ってないし、友人と呼べるのもまあいなかった。仲間は多かったが本当の意味での友人はかの天才のみ。俺は学び舎に一年ちょっと通ってそれ以来経験がないので、この年齢の学園生活を楽しみにしていたのだ。

 

 初めて出来た級友をこんな形で失うのは面白くない。

 

「ステルラ、ルーチェの事を教えろ。キリキリ話せ」

「ウェッ……う、うーん。私はやめとこうかな」

 

 この対人関係拗らせ女もさァ~~~。

 まあ話す内容によっては最悪な事になるだろうが、言わなきゃ話が始まらない。流石にルーチェ本人に「お前のコンプレックスの大元を教えろ」なんて言える訳が無い。いくら鋼のメンタルを保有する俺であっても無礼の極みを働く訳にはいかないのだ。

 

「ルーチェの異名を知ってる?」

「お前本当流石だよ」

 

 この学園随一の無礼枠は伊達ではない。

 心外だね、なんておどけて言うあたりがそれっぽい。

 

「“薄氷(フロス)”って言うらしいよ」

「その情報源は何なんだ」

「誰にだって触れられたくない事はあるだろう?」

「それにズカズカ入り込んでいるんだが……」

「この話題は僕が不利になるからやめておこう。質実剛健清廉潔白を地で往く僕だからね」

 

 既に全員のお前を見る目が疑いの目になっているのだが、どうやらまだ取り戻せる範囲だと思ってるらしい。安心しろ、アルベルト。お前は十分に疑われてるぞ。

 

 しかしアルの話を聞くのは駄目そうだな。多分踏み込んじゃいけない領域まで普通に踏み込んでいく未来が容易に想像できる。

 そうなると……やはり、ルーチェ本人に聞いて回るしかないか。

 

 俺は対人関係が壊滅してるから正直自信は一切ないが、ステルラとかアルに任せるよりかは大丈夫だろう。

 

「薄氷、薄氷ね……」

 

 氷属性魔法を使うのは間違いないだろう。

 そのうえで薄氷なんて名付けられ方をするのは皮肉か。

 

「気軽に触れていい話題じゃないのは確かだな」

「ごめん、こればっかりは私力になれない」

「お前も謝んだよ。往くぞステルラ」

「えぇっ!? い、今から?」

 

 手を掴んで教室の外へと向かう。

 これで合法的にバルトロメウスの事を避ける事が出来る上、ルーチェと変な確執を抱えるステルラもついでに連行できる。なんて合理的なんだ……

 

「ちなみに何処に行ったのかは一切わからない」

「ちょっと真っ暗だね……」

「お前が照らせ。俺は先行きを求めている」

「一回戻ろう、ね?」

 

 嫌だ。

 今戻ったらまたバルトロメウスに絡まれる。

 でも待てよ、ステルラが居るなら全部丸投げできるんじゃないか。また一つ閃いてしまった。もうステルラ常備しようかな。

 

「俺のクラスに来れないか?」

「またいつもの急展開だ……」

「俺はお前が必要だ。たのむ」

「…………はぁ」

 

 呆れた溜息と共に何故か顔を俯かせてしまったステルラは放っておいて、周囲を軽く見渡す。

 まあ、戻ってきてるかは謎だな。手を繋いだままでなんかステルラが離そうとしないのでそのままにし、後ろを振り向く。

 

「……どいて」

 

 はい。

 もうこれ触れないほうがいいんじゃないだろうか。

 今マジで眉間に皺寄ってたぞ。本気の顔だった。また一段溝が深まったような気がしてならない。

 

「ひ、久しぶり。ルーチェちゃん」

「……………………」

 

 ウ、ウワ~~~~ッ! 

 悪い、修復不能だこれ。ステルラはよく頑張ったと思うぞ、俺はお前の決断を肯定するよ。

 声をかけられた瞬間足早に去ってしまったので相当に根が深い。

 

「もう諦めろおまえ」

「頑張れって言ったのはロアでしょ!?」

 

 責任転嫁とは情けないな。

 俺はただ「学園生活を豊かにするならば友人関係はどうにかしたほうがいいですよ」という世間一般的な論を告げただけで、別に無理して嫌われてる人間に取り入ろうとする必要はない。

 

「そういう運命なんだよ。ルーチェと今後関わる事を禁じます」

「そ、そんなぁ」

 

 俺に口まだ利いてくれるかな。

 ちょっと不安になってきた。アルが先に話しかけてオッケーだったら大丈夫だろ、アイツ百倍くらい失礼だし。

 

「試合見返す事が出来ればな、どういう様子だったのかわかるんだが」

 

 人の心を思いやるのは大変だ。

 自分が正しいと思っている事が相手にとって正しいとは限らないから。英雄大戦で腐る程見た人の負の側面すら誰かから見れば正義である。果たして無理矢理にでも近づくことが正しいのか正しくないのか、なんてことは誰も知らない。

 

 ようは自分で責任を持ち考える事が出来るかだと思うんだ。

 

「……ふむ」

 

 俺は努力が嫌いだ。

 それは万物に対する努力を嫌っていると宣言している。

 根本的に自分が良ければそれでいい、そういう性質なんだ。だからまあ、俺が他人の事で悩むのは非常に面倒だが……

 

「ルーチェはいい奴だからな。俺としては楽しく学園生活を共に過ごしたい訳だ」

 

 折角友人になれたのにこれで終わりは悲しいだろ。

 やれやれ。俺みたいな凡人にそういう方面で期待しないで欲しいぜ。

 

 情報収集もクソもないが、まあとにかくぶつかるしかないだろう。俺の経験上案外ぶつかり合うのがいいって英雄も言ってた(記憶で)。

 でもなァ~~~、ルーチェの拗らせ方凄そうだからな~~、俺の魔法関連も話さなければいけないかもしれない。いや、別にいいんだけどさ。いいんだけどこう……あんまり公にしたくないだろ。ただでさえ英雄なんて面倒な呼ばれ方され始めてるのにここで『十二使徒の祝福で元英雄の武器を使用している』とかいう情報出て来たら逃げ場ないし。

 

 まずはルーチェの根本を理解せなばならないな。

 

「と言う訳なので、俺は早退する。後頼んだぞステルラ」

「えっ」

 

 教室に戻り鞄を持ち、ついでにルーチェの鞄も勝手に準備しておく。

 一週間程度の付き合いしかないが、アイツは逃げれる状況だと逃げる傾向にある。順位戦の時アルに煽られた時もそうだが、反抗する事より逃げて押し込もうとしてる。

 

 確実なのは逃げる事の出来ない状況にこっちから追いやる事だ。

 

 外れたら外れたでまた考えればいい。

 

 先程ルーチェの去って行った方向へと歩き、ここから一人になれそうな場所を思い返してみる。

 屋上か。テンプレ的な場所ではあるがあそこカップル多いんだよな。アルと二人で様子を見に言ったらゲンナリした記憶がある。あのアルが嫌そうな顔をしてたから相当にあま~い環境だった。

 

 俺が一人になりたい時はどういう場所に行っていたか。

 ルーチェと俺は似てる部分が多いから冷静に考えてみるのもいいかもしれない。

 

 とにかく静かな場所だ。

 誰も来ない、それでいてある程度ゆっくり出来る場所。密室で鍵を掛けれる場所がベストだな。

 

 となると……あそこか。

 

 この学園には都合よく魔法を使うために頑丈に補強されている部屋がある。

 普通なら誰も入ってこれない、個室が。

 

 先日の師匠やステルラがどうやって入って来たか不明だが、鍵をかけてなければ普通に入れるだろう。掛けてたら知らない、ノックして引き摺りだす。

 

 昼休みの時間すら利用する人は少なく、友人がいないボッチ飯とかここで決める人がいるという噂がある。

 まさか級友がそんな枠に入ってしまうとは……俺は悲しいよ。

 

 地雷踏み抜いたのは俺なんですけどね。

 

 到着し、部屋の空き状況を確認する。

 使用中の部屋は……一つだけか。アテが外れたか。

 

 どちらにせよ確かめないといけないので部屋の前まで行き扉を開く。 

 

「開くのかよ……」

 

 勢いよく限界まで開け放ってから中に入る。

 照明はついてないし若干冷気が漂ってるし、あたりを引いたと考えるべきだな。

 

「おいルーチェ、居るんだろ」

「…………帰って」

 

 姿は見えないのに声だけ聞こえる。

 夜目は利く方だが、流石にオンオフの切り替えは利かない。俺は人間だからな、そんな便利機能は搭載してないんだ。

 

「悪いが帰らない。俺はお前に用事がある」

「私は何も用事がないの。だからどこかに行って」

「そっちか。おやおや、随分と縮こまってしまったな」

「……うるさい。いいから帰って」

 

 ハ~~~~~。

 どいつもこいつも拗らせやがって、面倒くさいんだよ本当に。

 俺みたいな奴を頼らなくてもいいぐらい強いんだからもっとバランスを持ってほしい。

 

「ほら、行くぞ」

「…………触んないで」

 

 とか言いつつ全然抵抗しない辺り深刻だ。

 もしかしてさっきのステルラでトドメ刺したか。その可能性が結構高いな。

 即決してよかった。過去に取り返しのつかない事があった、その記憶を見たからか。どちらにせよ今は忌み嫌った英雄の記憶に感謝しておこう。

 

「いいから行くぞ。首都デートと洒落こもうじゃないか」

「────……は?」

 

 

 

 

 

 



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第二話

 さて、ルーチェを引っ張り出す事には成功した。

 街中を堂々と制服で歩く訳にも行かないので裏道的な場所を通りつつ、人気のない公園までやってきた。子供も遊びまわってるわけじゃないし秘密の会話をするにはうってつけの場所だろう。

 

 本来ならばもう少しこう、飲み物とか軽食用意しておくべきだ。

 

 だが残念な事に俺は無一文である。

 ルーチェに金をタカって軽蔑される未来が見えたから計画変更した。いや~、師匠に貰っとけばよかったな。

 

「単刀直入に言おう。お前は過去に何があった」

「直球過ぎないかしら」

「俺は才能が無いからな。他人の感情を読みとるなんて芸当は出来ない、言葉にしてくれない限りは」

 

 さっさと吐いてもらうに限る。

 わざわざその為に授業抜け出して来てんだ、俺の養育費支払ってる師匠に申し訳ないからあんまり取りたくない手段だった。推薦枠貰ってる人間が素行不良は普通に駄目だろ。

 

「……別に、大したことじゃないわ」

「拗ねるな拗ねるな、まったく。どいつもこいつも裏側で感情を抱えすぎなんだよ」

 

 ステルラも師匠もルーチェも全員そうだ。

 俺は常に口に出している。かの英雄の記憶ですら、全てを理解してくれる人間は一人しかいなかった。腹を割って話し合った唯一の親友、ただ一人だけ。どれだけ清い心を持っていても、どれほど素晴らしい心意気をしていても、口に出さない限りその感情は受け取られることはない。

 

 だからこそ俺は常に正直でいる。

 

「お前から話せないというなら俺から話してやる。そうだな、どこから話すべきか。俺とステルラの出会いから話そうか」

「聞いてないのだけど」

「あれは今から十年程前の事だった」

「続けるのね……」

 

 うるさいな、折角俺が自分語りをしてやろうというのに。

 俺がここまで詳細を語ろうとした人間は居ないぞ? ここまで手間をかけてるのもお前だけだ。

 

「まあ聞け。俺は昔ある事情から『自分は本当は凄い奴なんだろう』と思い込んでいた時期があった」

 

 若干苦しい顔をしながら聞いてるので多分思い当たる節があるのだろう。

 俺もかなり苦しいから安心しろ、その苦しみはお前だけのモノじゃない。恥ずかしすぎて憤死しそうだ。

 

「その実魔法は使えない運動も出来ない、出来たのは歴史の文献を読み漁る事くらいだ。そんなときに()()はステルラに出会った」

「あっ……」

 

 察したな。

 かな~り顔を引き攣らせてるのでありありと想像できるのだろう。

 

「俺はアイツに勉強でボコボコにされた。

 それに加え運動力でボコボコにされた。

 そして更に魔法力でボコボコにされた。

 魔法の詳しい使い方も知らないガキがただちょろっと教えただけで魔法使うとか誰が想像できるんだ。あれ……今思えばアイツが天才的な方向を極め始めたのって俺が原因か……もしかして……」

 

 なんてことだ。

 俺を苦しめ続けてステルラ・エールライトの覇道を歩ませ始めたのは俺だったのか。

 なんて……ことだ。俺があの時魔法さえ教えなければ……いや、あんまり関係ないな。多分勝手に強くなってるだろ。あの村には師匠だって隠居生活してたし、英才教育を施されていたのは否定できない。

 

「ともかく、俺はお前より先にアイツにボコボコにされている。ちょっとした事故が起きてからは会って無かったが」

「…………でも、選ばれたんでしょ」

 

 ふ~~ん、なんとなくわかってきたな。

 過去に『誰かに選ばれる事はなく』、『才を認められることが無かった』。

 ルーチェのコンプレックスの根底が少しずつ見えて来た。

 

「師匠に出会えたのは()が良かった。俺はあの人に会わなければ今でもあの村で燻ったままだったし、後悔も今の比じゃないくらい積み上げている」

 

 決して今、後悔を抱えてない訳ではない。

 それでも選んだ道を悔やみたくないのだ。俺は自分が重ねて来た大嫌いな現実と、他人が期待してくれた嫌いな努力を否定したくない。そうでなければ俺の十年間は無駄になってしまう。その否定をしてしまうのは簡単だが、勿体ないだろ。

 

「お前はどうなんだ。ルーチェ・エンハンブレ」

 

 お前は否定してもいいのか。

 自分の積み上げてきた現実を、使ってきた時間を。

 

「……………………そんな簡単なモノじゃない」

「そうだろうな。俺も、一人(・・)だったら割り切れなかった」

 

 どれもこれもあの記憶が悪い。

 子供にあんな映像見せやがって、普通だったらトラウマものだぞ。

 

「急に全部話せとは言わん。俺はお前の事を気に入ってるし、友人として楽しく過ごしたいと思っている。だから最低限配慮できるようにしたい訳だ」

 

 会話の流れで地雷を踏む可能性を極力配慮すればルーチェもそこまで不快にならんだろ。

 アルは知らない。殴る事でどうにか対応してくれ、たのむ。

 

「……いや。話したくない」

「そうか。それならそれで構わない」

 

 俺は俺で勝手にお前に配慮する。

 互いに別の人間なんだ、全部を全部許容できる筈もない。

 

「適度に仲良くやろう。友達だろ」

 

 

 

 

 

 ♯ 第二話

 

 

「所でルーチェ、一ついいだろうか」

 

 公園を離れ放課後の時間帯になった頃。

 俺達と同じ学生服の連中が出没すようになってから俺達は移動を始めた。

 

「なによ」

「実は俺は今金が無い。正確に言うと金を得る手段が無くて俺は金欠なんだ」

「……アンタよくそれであんな事言ったわね」

 

 おっと、先程まで頑張ってあげたルーチェの温度が急激に下がっていく気がする。

 こんな筈ではなかった。俺だって頑張ったんだ。でもどうしてもお金を得るためには働かなければいけないし、でもそれは面倒くさい。俺は誰かが養ってくれるのを希望しているのだ。

 

「まあ待て。俺は甲斐性は無いと自負しているし、極端に面倒を嫌う。努力も序に嫌いだ」

「何も誠実な部分がないのだけれど」

「結論を急ぎ過ぎているな。もっと緩やかに生きた方がいい」

 

 俺は説法を説くのに向いていないかもしれない。

 ルーチェの右ストレートが頬に突き刺さった感触を受け流しつつ、痛みを堪えながら言葉を続けた。

 

「ストレスを解消するのは食べ物を食べるのが一番だ。なので飯を食べに行かないか?」

「奢らないわ」

「友達じゃないか。俺はお前を頼りにしている」

「……奢らないわ」

 

 お前ほんとチョロいな。

 コンプレックス抱えすぎて求められると断れないのだろうか。ふ~~む、それが目的で友人を続けようと思ってるわけじゃないから気軽に断って欲しい。これは俺なりの冗談だ。

 

「ではこうしよう。俺かお前、どっちかの家で飯を作ればいい」

「……いやよ。アンタの家に入ったらどうなるかわからないもの」

 

 人を獣にするな。

 俺程自制が利く理性的な人間は居ないぞ。性的欲求もあるにはあるが、なんか、こう……薄いんだよな。これも全部英雄の所為にしておこうか。

 

「安心してくれ。俺の家には勝手に侵入してくる妖怪がいるかもしれないから、いざとなればどうとでも逃げられる」

「どこが安心できるのよ!」

「俺が知りたい。どうすればあの家で安心して暮らせるのだろう」

 

 ある意味で最強の防犯システムである。ステルラは遠慮して攻めてこないのにあの妖怪マジで気にせず突っ込んでくるからな、どっちが大人かわかりゃしねぇよ。

 

「じゃあお前の家だな」

「ちょっと待ちなさい。そもそもこれから何で付き合わなきゃいけないの」

「付き合う……俺とお前が? すまん、そういう意味では無くて」

 

 右の頬を打たれたなら、左の頬も差しだせ。

 俺は偉人の教えを遂行する完璧な紳士だと自負している。今この瞬間痛みを代償に称号を得た訳だ。

 

「ぶっ飛ばすわよ……!」

「まあ待て。身体強化して殴るのは流石にズルだろ」

「ふぅ~~……ッ……!」

 

 俺の説得も虚しく、ルーチェは往来の最中でその握り拳を解き放った。

 響く打撲音と俺の乾いた呼吸だけが響く。

 

「ぼ、暴力反対。いいかルーチェ、俺は身体強化すら出来ないんだ。わかるだろうその意味が」

「十二使徒の弟子で最上級魔法撃てる化け物に勝てる奴に遠慮するわけないでしょ!!」

 

 お、少しずつ本音が出て来たな。

 頬が抉れてるのかってくらい痛むが、まあそれは飲み込んでやろう。

 

「ふーむ。お前は勘違いしているな」

 

 この話をするのは別に構わないのだが、他の人間に聞かせたい話題ではない。

 折角ここまで話を持っていけたんだ。上手い事人がいない場所に誘導したいところなんだが……

 

「俺の魔法は魔法じゃない。これは祝福(・・)だ」

「は?」

 

 まあいいか。

 英雄なんて異名も付けられたし、正直逃げられないと思ってる。魔祖十二使徒にもその内広がっていくだろうしあの男を否定する人物は居てもその功績を否定する人間は居ない。

 

 常識的に考えれば『魔祖十二使徒第二席が昔の初恋を忘れられずに拗らせまくって新たな英雄を作った』とか思う筈。少なくとも魔祖はそう思ってる。

 

 悪いな師匠、俺はそれを否定も肯定も出来ない。

 

「より正確には師匠が俺の為だけに考えた魔法を発動するための祝福、それを全身に刻んでいる。俺は魔力に関係する才能が著しく低いから魔力感知すら出来ない。だからあの魔法を起動するのに『誰かの魔力』を必ず必要としてい」

「一旦黙りなさい! ああもう、なんなのよホントこいつ……!」

 

 俺の腕を掴んでどんどん歩みを進めてしまった。

 

「馬鹿じゃないの? こんな場所で話していい内容じゃないでしょうが」

「お前がどうしても拒否するからな。仕方が無かった」

「~~~~ッ……それならそうと言いなさい!」

 

 結構人目を引いているが、今はそれどころではないらしい。

 先程の公園まで戻るのも良かったが、今の時間帯は学校が終わった時間帯だ。子供たちがいる可能性が高い。

 

「急に積極的になったじゃないか。いつぞやの時を思い出すな」

「うっさいわね。……いつぞやの時?」

「失言だ。忘れてくれ」

 

 下着の色を聞いたことを掘り起こされては敵わない。

 俺はあの時の記憶に蓋をした。悪いなアル、お前の犠牲は忘れないよ。

 

「で、どこに向かってるんだ」

「…………よ」

 

 声が小さすぎて聞こえない。

 

「もう一度頼む、どこだって?」

「だから、………えよ」

「すまんもう一回」

「私の家! 文句あるの!?」

「急にキレなくてもいいじゃないか。カルシウムが足りてないな」

 

 握っていた手に思い切り力を入れられたらどうなると思う。

 俺はそんな想像もしたくない痛烈な刺激を加えられて内出血を繰り返す自らの腕を見て青ざめながら、抵抗を試みた。

 

「俺が悪かった。たのむ、落ち着いてくれ」

「本当に黙っててくれない? 今の私ならその腕を破壊する事も厭わないわ」

 

 怖すぎだろこの女。

 俺はルーチェの事をいい奴だと言ったが、その評価を覆さなければならない日がくるかもしれない。今命の導火線を握っているのは俺なのだ、その事実を正しく認識しておく必要がある。

 

「つまり、俺の話を聞く気になったんだな」

「同情はしないわよ」

「俺だってしないさ。互いに配慮しましょう、そういう話だ」

 

 俺は別にどうでもいいんだが、こう言った方が効く気がする。

 

「で、どこら辺なんだ」

「南区」

「そうか。俺は北だから少し離れるな」

 

 魔導戦学園は中心部に近い場所にあるので、一応何処に住んでも通学時間に差はあまりない。

 端から端……村……鬼ごっこ……やめよう。嫌な記憶を呼び覚ます事をフラッシュバックと呼ぶらしい。

 

「一人暮らしか」

「ええ、そうよ。何かしようとしたら凍らせるから」

 

 俺は祝福を起動しない限り勝ち目がないんだが。

 そもそもあの部屋全て凍らせられるような規模を撃てるんだから、お前自分が十二分に優秀な魔法使いって事を忘れてないか。劣等感に苛まれるのは仕方のない事だが、自身の強さはしっかりと見つめていて欲しい。

 

 そうでなければ俺のような凡人が辛い。

 

「任せておけ、肉を焼くのは得意だ」

「冷凍したらどれくらい保つかしら」

「なんて猟奇的なんだ……俺は美味しい人間じゃない」

「氷漬けにされたくなければ余計な口を叩くのをやめなさい」

 

 やれやれ、俺の気遣いが伝わってないみたいだな。

 焼肉って全世界共通の美味い飯じゃないのか。少なくとも俺は数年間焼肉と焼き魚ばかり食ってきたせいで食生活が完全にイカれている。味が濃いモノを食べるより味の薄い自然な食事をとるのが一番だ。これも師匠の所為である。

 

「氷漬けか。俺はお前の魔法を良いモノだと思う」

「……こんなの、良いモノでも何でもない。私にとっては呪いみたいなもの」

 

 呪い、か。

 

 本当に俺とお前は似た者同士だ。

 お前は呪いのような魔法を使い、俺は呪いのような記憶を持つ。

 お前は魔法を育てた。それこそが生きる道であったから。俺は呪いに従った。それこそが自分の道を作る力になるから。

 

「案外運命かもな。俺達が会ったのは」

「…………気持ち悪い事言わないでよ」

「宿命は既に抱えているからな。俺の容量は一人分しか無いんだ」

「物は言い様ね」

「星の光に目を焼かれてしまった。それが分かれ目だった」

 

 他人を理由にしなければ強くあろうとすらなれない俺だ。

 どこまでも鮮烈な光を何時までも脳裏に描いて、未来に起きるかもしれない破滅を避ける為に今を生きている。それすらも、誰かを理由付けして。もっと意志を強く生きて行きたい。

 

「お前はどうだ。ルーチェ・エンハンブレ」

「…………そうね」

 

 やがて歩みは緩やかになり、一つの家の前で立ち止まる。

 至って普通の賃貸物件だ。学生一人が生きて行くのに支障は無く、十五歳の女性が一人で暮らすのに支障のない安全性が保たれている。

 

「私もそう。憧れた何かに呪われてるの」

 

 人は存外そんなものじゃないだろうか。

 かつての英雄も、覇を唱えた人々も、今を生きる俺達も。何かに憧れてその生を歩いているのだ。

 だからこそ俺は否定しない。嫌いだ、憎い、そんな感情を抱いても無くなれとは言いたくない。どうしようもなく追い詰められればそりゃあ罵倒ぐらいするが、その程度で済ませる。

 

 扉を開き、部屋の中に入る。

 

 よく整頓された部屋だ。

 俺の部屋と間取りは似てないが広さは同じくらい。机の上に乱雑に置かれた本とかは努力の証だろうか。

 

「私の両親は魔法使い。それも、私なんかじゃ手も足も出ないくらいに立派な」

 

 オイ、急に不穏な話になってきたぞ。

 あ~~~~~、そう言う事か。あ、あああ。うわ、全部一気に情報が繋がってきた。

 

 幼い頃から劣等感を持っていて。

 その出所は両親で。

 でも負けるのが嫌い。

 

 コイツ……くそめんどくさいな……。

 俺が言うのもなんだがとても回りくどい。

 とことん俺と同じような因縁に絡まれてるな、おまえ。

 

「魔祖十二使徒第四席、第六席────その二人の間に生まれた出来損ないの魔法使いが、私」

 

 そりゃあ拗らせもするし、俺なんぞに劣等感を抱くだろう。

 俺とステルラとか超地雷じゃないか。未だに付き合いを続けてくれてるのを感謝する。

 

「私はどちらの弟子でもない、ただの魔法使いなの」

 

 

 

 

 

 

 



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第三話

 ルーチェ・エンハンブレは偉大な両親の元に誕生した。

 

 魔祖十二使徒第四席、第六席。

 かつての大戦を生き延びた伝説的な魔法使いの愛の結晶、その三女として満天の祝福を受けながら産声を上げたのだ。

 

 齢が三つになる頃、魔法に触れた。

 母親の扱う()魔法を見て、その真似をした。

 

 ────当然、発動しない魔法。

 

 その年齢では当たり前、教えられたばかりの魔法を独学で発動した人類は片手で数える程しかいない。常識を理解していた母親はにこやかに、ゆっくり教えればいいと考えていた。

 

 ルーチェが成長し七歳になった頃。

 少しずつ魔法の使用が可能になり魔祖十二使徒の娘として注目を浴びていた。……と言っても、上から数えて五番目。一番上とは二十も年齢が離れている。

 

 世間的な注目度は低く、彼女に対する期待度が低かったと言ってもいい。

 

 無論両親はそんな事は無い。

 他の子供達と変わらず愛を注ぎ分け隔てなく育てて来た。

 いずれ訪れる災厄に備えつつも、魔法に関すること以外にも注力していた。

 

 ────しかし。

 

 ルーチェ・エンハンブレ十歳。

 

 彼女は、初めての挫折を味わった。

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第三話

 

 

「これまでの兄妹が問題なく発動してきた魔法が、私には使えなかった。才能無かったのよ」

 

 自嘲するような表情で吐き捨てながら、手に持ったカップを握り締める。

 その自分の手を一度見て、ゆっくりと力が抜けていく。

 

「そして傷心してる間にステルラに会って、か」

 

 控えめに頷くルーチェ。

 幼い頃から僅かながらに『兄妹たちに比べれば期待されてない』事を理解しつつ、それでも諦めずに努力した。両親はそれならそれでいいと別の道を推奨しても、それは無価値だと考えただ真っ直ぐに鍛え続けて来た。

 

 その結果出会ったのがステルラ(チート)だった。

 

「おまえ運無いな」

「……わかってる」

 

 俺も物心ついた時には既に隣にいたからそこまでの落差は存在しなかったが、そういう背景を持っていたならそりゃあ嫌いにもなる。

 俺だったら嫉妬心で気が狂うね。間違いない。

 

「でも首都学園に入れてるだろ。それはお前の努力の証じゃないか」

「こんなの、何の意味もない。何の意味も無いのよ」

「少し嫌な言い方をするが、お前が否定する事で否定される連中も居る」

「…………知ってる。わかってて言ってるの」

 

 だったらそういう顔するなよ。

 ハ~ア、根がまともでどこまでも努力家だからそういう風に捻れるんだよ。自分の言動の結果すら想像できる奴がここまで捻れたのって俺達が原因だよな。

 マジでステルラに近づくなって言ってて正解だった。俺は多少の積み重ねがあるから話をしてくれるが、手遅れになるところだったな。

 

「最低値が保証されてる分、運があるのかないのか。お前自身が認めない功績でも誰かは認めてる。わかってるんだろ、そういう事も」

 

 だからこそここまで来た。

 親の期待に応えたい、ではない。

 親の力を証明して見せたいのだ。

 

 自分は出来損ないと自嘲する癖に認めたがらないその姿勢はそういう事だ。

 

「親御さんの事好きなんだな」

「……うるさい」

「その上他人を恨むのも良くないと理解してる。自分を卑下する事で正当性を保ちたいが、それをしてしまえば自分で自分の信じる事を裏切る事になる。だからしたくないのに、現実は甘くない。俺にはわからんが、その心意気はいいんじゃないか」

 

 俺にこれだけ言われても激情に駆られないのがその証拠だ。

 おまえ、人を憎むのに向いてないよ。俺みたいに『かつての英雄の記憶』なんて特別なモノを抱えてる訳でもなく、人の悪意がどれほどのモノか明確に悟ってる訳でもない。

 

「俺は弱いからな。すぐに他人に頼るし誰かの所為にするし出来るだけ頑張りたくない」

「でも、恵まれてるじゃない」

「ああ。恵まれて生きて来た。マジで地獄みたいな日々を過ごしてきたし、誠に遺憾ながらその努力は実を結んだ。魔法なんざ一個も使えないが、それなりの場所には辿り着いたよ」

 

 前提として誰かの力を必要とするが。

 ……いや。俺は全て誰かの功績を利用している。

 この剣技も俺が磨き上げたモノではなく、かつての英雄の記憶を参考に鍛えただけに過ぎない。ヴォルフガングとの戦いで熱くなってしまったのは師匠の目を証明してみせたかったから。

 

 俺は何時だって誰かを頼っている。

 

 ルーチェが求めてるモノを俺は持っていて。

 俺が求めていたモノをルーチェが持っている。

 

「なんで俺の話は聞いてくれたんだ」

「……気分よ」

 

 ふーん、気分か。

 なら仕方ないな、そういう日もある。

 今日一日適当に過ごして、また明日学校で話せばいい。

 

「明日も話してくれるようにご機嫌取りしないとな」

「慰めなんか要らないわ」

「俺が飯を作ってやる。任せておけ、ゲテモノを扱うのには慣れている」

「待ちなさい。人の家で何作ろうとしてんよ」

「何って……焼肉だが?」

 

 魔獣って案外美味いんだよ。

 お前にはそれを教えてやる。

 

「俺がある程度強くなったのは魔獣の肉を食い続けたからだ。山に監禁され八年間、俺はひと時たりとも文明を忘れたことはない。あの苦しみと憎しみが俺を強くしたんだ。やるぞルーチェ、俺とお前ならきっとステルラを越えられる」

「出て行きなさい」

 

 若干冷気が滲み始めた。

 ふっ、まだまだだな。師匠の紫電を毎日受け続けた俺に死角はない。

 

「エプロン借りるぞ」

「駄目に決まってるでしょ!」

 

 台所に侵入しようとしたら止められた。

 今思えばルーチェも立派な女性なので、俺のやっている事はそれなりにアウトなのではないだろうか。いや、友達の悩みを解消するためだからセーフだな。

 でも異性の私物を勝手に見ようとしたのはアウトでは。

 

 ……………………。

 

「ルーチェ様、大変申し訳ございませんでした。全ては私の不徳の致すところですので勘弁してください」

「どういう思考回路してるのよ……」

「止めないでくれ。俺は今懺悔をすることで現実の罪を帳消しにしてる所だ」

「罪状はなにかしら」

「すべては神のみぞ知るって感じだ」

 

 頭が高かったのか、艶やかな感触の地面へと這いつくばっていた。

 俺は仮想神へと祈っていた筈だが目の前に降臨した怒りの日からは逃れる事が出来ないらしい。もしかして謝らなかったらバレなかったんじゃないか。

 

「ル、ルーチェ。俺にはわかるぞ、お前は心優しいから本当はこんな事したくない筈だ」

「あら、変質者が喋ってるわね。私は人間にはこんな事しないの」

「俺はペット扱いか。なるほど、そういう……ぶべっ」

 

 俺の口は止まる事を知らない。

 猪突猛進を体現するこの姿勢を普段ならば認めたいところだが、今ばかりは静まる事を覚えて欲しい。

 

「ゲテモノの調理には慣れてるんでしょう? 腕の一本や二本くらい」

「待てルーチェ。待ってくださいルーチェさん。流石にそれはヤバいだろ」

 

 口元から冷気漏れてるんですけど。

 いよいよ怖くなってきたんですけど。

 くそっ。俺じゃこの程度が限界か……! 

 

「まったく。我儘だな、お嬢様は」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 ぶっ飛ばすわよ、という言葉は忠告であり『殴る』と宣言する訳ではない。

 ルーチェはそこら辺が甘いな。隣の部屋に響いたりしないかが心配だが、壁が凹んでる様子はないしかなり頑丈に造られている。俺の身体は悲鳴を上げているが。

 

「ぐおお……!」

「……はぁ。バカみたい」

 

 人が元気づけてやろうとしてるのになんて言い草だ。

 俺だってやろうとすればかつての英雄みたいな事言えるんだぞ。『君はもう救われていいんだ』なんて言いながら聖なる劔を振りかざせばそれはもう完璧。

 でも駄目だな。ルーチェは救われたがってるのではなく乗り越えたいと思ってるタイプだと思う。俺もそうだし、ずっとそのままだろうな。本人が納得できるラインを越えない限りはな~んにも解決しない。

 

「解決、解決か…………」

 

 原因を取り除かなければルーチェはこれから病んだままである。

 それはめんど……ン゛ンッ。いや、違う。ちょっと一緒に過ごしていくのが面倒くさいよね。配慮するのは構わないんだが、それだと本人も息苦しいだろう。俺もめんどくさいし。

 

「あ、思いついたぞルーチェ。お前の悩みをすべて解消する方法を」

「は? 何言ってんの」

「まあ聞け。これは恐らく一番いい」

 

 いや~~、自分の頭脳が良すぎて困っちゃうな。

 こんなに頭の回転が良いってのが比例して魔力系は駄目なんだろう。今になって思えばその通りだ。やはり天は二物を与えず、か。

 

「ステルラと順位戦やって勝てばいいんだよ」

「………………は?」

「そうすればお前の根底から覆せる。これほど完全な手は無いな」

 

 目を見開いて驚きを示す。

 なんだよ、これが綺麗で手っ取り早いだろ。

 ステルラ・エールライトは一般出自でありながら天才で魔祖十二使徒第二席の弟子でありその名を継ぐ程の実力を持つ。既に学園全体でも上位に君臨しつつあるので、そのネームバリューはトップクラス。

 

 それでいて過去の確執を振り払う事も出来る。

 

「何言ってんのよ。勝てる訳……」

「諦めるのか?」

 

 意地悪くなるがそこは飲み込む。

 ここは勝負に出る。ここで決めきるべきだ。時間を置いて冷静にしてしまえばまた思い詰める可能性が高い。他人の人生を左右するかもしれない選択なんて俺に委ねないでくれよ。自分自身だけで手いっぱいなのに、誰かを導けるような立派な人間じゃない。

 

 かつての師匠を救った英雄のようにはなれない……が。

 

「勝てる見込みが本当にないのか。

 お前の努力の引き出しはそれだけか。

 人生の積み重ねはどれくらいの厚みなんだ。

 それは、ステルラ・エールライトに完膚なきまでに叩きのめされるモノか?」

 

 一人で立ち上がろうとしている友を見捨てる事は出来ない。

 何故なら、俺がそうだったから。立ち上がる為の方法を、力を、何もかも授かって来たのだから。

 

 俺が否定する訳にはいかないんだよ。

 

「自分の価値を決めるのは自分じゃない。他人だ」

 

 自身がどれだけ願っても、他人が決める絶対的な評価。

 異名なんてシステムが如実に表している。自分で決めた訳でもないのに他人からの呼ばれ方が変わる、評価値が変動するのだ。

 

 ヴォルフガング、ステルラは正当な後継者として。

 俺は魔祖達から認められた所為で強制的に“英雄”。

 

 では、今のルーチェは。

 一体誰に決められた、一体何時決められた。

 

「覆すなら今だろ。その絶好のチャンスが転がってるのに、掴まない理由があるか」

「…………アンタは、私が勝てると思うの?」

「戦ってるところ見たこと無いからわからん」

「じゃあ何でそんな事言うのよ」

「お前だからだ」

 

 ふん。

 自分で言うのも何だが、俺は他人がステルラに勝てると一ミリも思っていない。師匠はスタート地点が違うから比べようがないが、それ以外の同世代・今の大人達にステルラ・エールライトという少女を打ち倒せる人間は居ないと思っている。

 

 なぜなら俺が倒す相手だから。

 天才が極みに至り、やがて覇を貫いたとしても。

 ただ一人俺だけは追い続けると決めたからだ。重ねすぎた敗北が、俺のプライドを何度も何度も叩き直す。

 

 俺の心を理解できる人間はいない。

 そしてまた、ルーチェ・エンハンブレの心を理解できる人間も居ない。

 だが、俺達には共通点がある。自身が才能に恵まれないと思っていて、他人からの評価を気にしていて、自らの大切な人間の事を軽視などさせたくない。

 

「俺はステルラ・エールライトに勝とうと意気込むお前を知っている。意志が揺らいでも、現実に打ちのめされても、その事実がある限り俺はお前を信じるよ」

 

 俺はスーパーヒーローじゃないからな。 

 人の感情全部読み取って手助けする事なんて出来ないし、罵倒してくるような屑を救う聖人君子ではない。

 だが、自分の感情と向き合い立ち上がろうとしている人間位は否定したくない。

 

「ま、勝てるかはお前次第だ。その責任は俺に要求されても困る」

「アンタね……」

 

 なんだよ。

 しょうがないだろ、結構憶測で喋ってるんだから最後に保険位掛けとかないと不安になるし。こちとら八年間ほぼ他人と触れ合ってこない生活してきたんだぞ。なのに人生相談に乗るの、おかしくないか。

 

「まったく。隣の芝生は青くて嫌になるな」

「…………そうね」

 

 すっかり冷めてしまったお茶を一口含んで喉を潤す。

 一人分の隙間が開いた俺とルーチェの距離だが、存外友人としては適切かもしれない。結局俺とルーチェは同じなのだ。どこまでも自分自身に卑屈な感情を抱いていて、誰も彼もが羨ましく見えて、それでも自分の積み上げてきた人生で対抗するしか無いと理解している。

 

 俺は運が良かった。

 こいつは運が無かった。

 

 それくらいだ。

 

「いい考えが、私にも浮かんだわ」

「楽しみにしてる。俺としてはさっさと振り切って欲しいからな」

「ええ。楽しみにして頂戴」

 

 無事と言えるかわからないが少しは気分が晴れたみたいだな。

 これなら大丈夫だろ。

 

 これにて一件落着、俺の役目は終わり! 

 いや~今日もいいことしたな。有意義な一日だった、問題は学校をサボったことをどう言い訳するかだ。

 傍目から見ればめちゃくちゃ鬱になってる同じクラスの女子生徒を引っ張り出して家に乗り込んだヤバい男になってしまうので、これ、どうにかしなければならん。

 

 師匠は何だかんだ許してくれるだろうし、ステルラも気にしないだろうな。

 周りからの目線もその内収まるだろう。

 

 ヨシ! 

 

「じゃあ帰るぞ。ま、楽しくやれよ」

「そうね。楽しく(・・・)やりましょう」

 

 ニコリと笑顔で微笑むルーチェ。

 まだ何も振り切ってないが、やっぱお前は強いよ。

 心が強い。どれだけ苦しくても辛くても前に進める、俺にはない強さが確かにある。

 

 借り物が無いと土俵に立つことすらできない俺とは、大違いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、教室にて。

 

「おっ、来たね色男」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 茶化してきたアルに返答しつつ教室に入る。

 

「お姫様の調子はどうだった?」

「まあまあだろ。少しは元気になったと思うが」

「泣いてる女の子は放っておけないか、流石だね」

「そんな高尚なモンじゃない。単に友人として付き合いを続けたいから話を聞いただけだ」

 

 まあ俺は紳士だからな。

 他人を気遣える上にむやみやたらと刺激する事はないのだ。多分、きっと。

 ……刺激しまくってたのは俺達なんだが。

 

「揃いも揃って強い癖に問題抱えすぎなんだ。

 俺みたいな誰かを頼らないと生きて行けない人間と違うんだ、もう少し俺を怠けさせて欲しい」

「でも友人が困ってたら手を差し伸べるんだろ」

「そりゃあ友達だからな」

「……君、そういう所だよ」

 

 やれやれじゃないが。

 肩を竦めるアルに腹が立ったが、俺はすぐに暴力を振るう連中とは違うからな。紫電で毎日ズタボロにされ続けた俺にとってはこの程度子守歌と同じだ。

 

 いや、待てよ。

 俺が寛大すぎるのが駄目なんじゃないか。ラインを越えればそりゃあ怒るが、そうでない限り許している俺の心が皆を増長させているのではないか。

 

 なんて……ことだ。

 やさしさという概念を勘違いしていた。

 俺は絶対にしてはいけない間違いを犯していたのだ。

 

「俺は今この瞬間から心を鬼にする。手始めに“英雄”なんて呼び方をしてきた魔祖を手に掛ける事を定めた」

「それは新しい女性を狙うって宣言?」

「バカが表出ろ」

 

 完全にキレた。

 俺の寛大な心が縮小して胃袋程度の大きさに変化する前であってもぶっ飛ばすラインの発言だ。

 青春らしく泥臭い殴り合いをしようじゃないか。魔法使用のない生身でのぶつかり合いなら大体負けない、格闘技とか習ってる連中を除き。

 

「邪魔よ、どいて」

「ちょうどいい所に来た。ルーチェ、俺と一緒にこの愚か者に天誅を下そうじゃないか」

「いやよ面倒くさい。そんな事よりこれに名前書いてくれるかしら」

「婚姻届けか? 気が早すぎるんじゃないだろうか」

 

 机の感触は中々に悪くない。

 大地のゴツゴツ感、虫が身体を這いずる感覚とかに比べれば俺はここが寝室と言われても疑えない程度には。

 なお、高速でぶつかったことによる顔面の痛みは考慮しない事とする。

 

「な…………んだ、その紙は」

「良いから書きなさい。怪しいモノじゃないから」

「それは怪しい詐欺の謳い文句だ」

 

 仕方ないから紙を受け取って内容に目を通す。

 順位戦申請用紙、ね。両名の署名を書いて教師に渡し不備が無ければ受理され、空いていれば都合のつく時間で戦えるのか。こういう手間が必要なのに捻じ込んだあの妖怪共には呆れざるを得ない。

 

「なんで俺の名前を?」

「そんなの一つしかないでしょ。私とアンタが()るのよ」

 

 …………ん? 

 

「すまん、もう一回頼む」

「私、ルーチェ・エンハンブレはロア・メグナカルトに順位戦を申し込みます。正々堂々一対一で、胸を借りるつもりで挑戦するわ」

 

 引き攣った笑みとともにルーチェの顔を見てみれば、それはもう楽しそうな顔をしていた。

 おま、おまえ…………確かにな。いや、うん。言われて見れば合理的ではある。

 

 俺も魔祖十二使徒の弟子だし、先日力を見せつけたし、英雄なんて呼ばれ方をしてる。

 

 ソイツに勝てば証明できるだろうな、そりゃあな。

 

「チャンスを掴まない理由があるかしら」

 

 あぁ~~~~~、もお~~~~。

 俺はただ友人の人生相談に乗っただけだ。それもちょっとしたアドバイスを出しただけで、俺は戦いたいなんて一言も言ってない。寧ろ戦うのが嫌いまである。

 

「私を信じているんでしょ?」

 

 昨日の発言を撤回させていただきたい。

 う、オ、アァ……ッ! 

 

「あーあ、修羅場ってヤツ?」

「うるさいだまれ、俺は今過去の負債を帳消しにする方法を脳内で検索している」

「いいから書きなさいよ! あれだけの事をしといて無かったは許さないわ」

 

 ルーチェさん。

 あなたの発言で俺のヒエラルキーは急降下しています。

 昨日、俺がお前を連れ出してサボった。家にまで乗り込んだ。これは揺らがない事実であり、俺が君に何かしたという事を一切否定できないのだ。

 

楽しく(・・・)やりましょう、私と貴方で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「…………ふん」

 

 息を一度吸って、吐く。

 魔法を扱う時は何時だって冷静に、意識することなく淀みなく発動できるように研磨してきた。

 

 そんな程度じゃ足りない、もっともっと上を目指しているのに手が掛かったのはこの地点。その半端さが今の自分をよく表していて、付けられた名前も相応だと自嘲する。

 

 そしてその自嘲すら不快に思い、自分の感情が憎いと感じる。

 

「……才能が、欲しい」

 

 切実な願い。

 私はいつだって願っている。

 目が覚めれば超常的な力を手に入れて、突如覚醒した才覚で崖っぷちから山の頂上へと登り詰めるその光景を。

 

「才能が欲しい」

 

 偉大なる人達に追い縋れるような天賦の才。

 一を知れば十を得る。理不尽すら感じるあの圧倒的な差を見せつける側に回りたい。仮に今の努力と引き換えに才能を得られるとすれば手にすることはあるのだろうか。

 努力は否定されない。でも、現実に抗えるとは限らない。

 

 この嫉妬は覆る事はない。

 

 何時までも人生に付き纏い続ける負の感情。

 目を逸らすように生きて来た。手が届かない場所に手を伸ばし続けた。誰かに何を言われても、私にはそれしかないと言い聞かせて進んで来た。

 

「……案外」

 

 目を逸らさなくてもいいのかもしれない。

 そんな風に思わされたのは、初めてだった。

 私以上に才能が無い。魔法に関して、彼は何一つ持ち合わせてなかった。

 

 それでも強い。

 

 努力をしてきた私が、努力を積み重ねてきた人間を否定する訳にはいかない。

 

「勝つの、ルーチェ」

 

 一言呟いて立ち上がる。

 さあ、あそこまで好き勝手言った友人なのだ。

 

 せめて責任を取ってもらおうじゃないか。

 

 焚きつけた火種の責任を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 祝福の再充電も休日の内にして貰ったので戦う準備自体は出来ている。

 問題は、俺が出来るだけ戦いたくないという点だけ。

 

 既に書類は受理され、会場へと出ていくだけ。

 この一歩を踏み出すのが非常に億劫なのだ。あ~~、どうすれば丸く収まるかな。

 こうやって考えるのがルーチェに失礼かもしれないが、ヴォルフガングと戦った時とは訳が違う。

 

 アイツにはとにかく勝ちたいと思ったが、ルーチェ相手に、その……下手を打てばコンプレックスが肥大化してしまうし、俺がトドメを刺す可能性もある。

 勝つ負けるの話以前に、再起不能になる可能性がある相手に勝利を願うのはどうかと思うのだ。

 

 俺も変わった。

 度重なる敗北により勝利と才能を求めるのは幼い頃で終わったんだ。

 え、今? …………才能は欲しいよな。

 

「あ゛~~~~~~、めんどくさ」

 

 ガシガシ頭を掻いて水を飲む。

 うだうだ考えるのは嫌いなんだ。

 俺とルーチェ、同じ星を追う者として何時か雌雄を決する日が来るとは思っていた。

 

 でもこんな早く来るとは思わないだろ。

 

「勝つのは俺だ。そう決めただろうが」

 

 身体の調子は至って普通。

 これから嫌いな苦痛が飛び交う戦場に足を踏み入れなければならないのが不快だが、友人の頼みなのだ。なら仕方ない。戦うほかない。

 

 俺だって負け続けて来た。

 コンプレックスに塗れて生きて来た。

 諦めて、それでも抗って生きて来たんだ。

 

 誰にだって否定させない。

 俺の努力を否定していいのは俺だけだ。

 価値を決めるのは他人だが、中身を定めて良いのは自分だけ。

 

 俺は勝つ。

 

 ルーチェ・エンハンブレに負けない。

 

 それこそが、俺が生きていく理由なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第四話

 

 

 会場内は既に埋まっており、一体誰が宣伝したんだと言いたくなる程度には注目を浴びている。

 見知った顔もポツポツいるので、まあ……察せる。

 

「いい舞台だ。自分の努力を見せるにはちょうどいい」

「そうね。前はこんなに盛り上がらなかったのだけど」

 

 それは俺達の所為なので、チクチクするのは勘弁してほしい。

 

「同じくらい沸かせてやればいい。集まった連中に、『ルーチェ・エンハンブレ』を見せつけてやればいいんだ」

「会場が凍えてしまうかもしれないわね。氷像が一体生まれるだけ」

 

 薄く笑いながら話すルーチェ。

 大分吹っ切れてるみたいだな。少なくともプレッシャーでガチガチって事はない。

 これが名も知らぬ相手だったら舌打ちくらいするが、相手は友人である。

 

「あ~あ、先日のルーチェ()()()は可愛かったのにな」

「半殺しで済まそうかと思っていたけど、()()を殺すことにしたわ」

「なんて苛烈な告白なんだ……情熱的だな」

「ロマンチックでいいじゃない」

 

 ……嫌な予感がヒシヒシとしてきた。

 全く動揺無し。それどころか戦意をどんどん漲らせている様子である。

 

「ロア」

 

 会場の声を全て無視してルーチェは続ける。

 

「私を見てくれる?」

「今は」

 

 今この瞬間、俺はルーチェ・エンハンブレしか見ていない。

 他の人間の事を考えられる程気を抜ける相手ではない。

 

「今だけ?」

今はな(・・・)

「…………そう言うと思ったわ」

 

 うだうだ駄々を捏ねたが、焚きつけたのは俺だ。

 そうして考えた末に俺を相手に選んだのだから、責任を取らざるを得ない。その程度の誠実さは持ち合わせているつもりだ。

 

 俺は星を追い続けると誓ったのだ。

 で、あるならば。それ以外に目を向けさせたいのなら、相応の事をしてもらおうじゃないか。

 

 ルーチェの魔力が高まっていく。

 少しだけ感知できるからバルトロメウス程ではないが、十二分に高い魔力値だ。

 部屋を氷漬けにしていた事もあるし警戒しておくに越したことはない。

 

「私」

 

 口から冷気漂う息を漏らしながら、呟いた。

 

「こんなに楽しみなの、初めて(・・・)よ」

 

 お前、そんな風に笑えるんだな。

 いいじゃないか。眉間に皺寄せて不機嫌なお前よりよっぽどいい。

 

「なら良かった。楽しんでいこうか」

「ええ。楽しみましょう」

 

 実況席から始まりの合図が鳴る気配は無い。

 馴染み深い魔力がそこから感じ取れるのでなんだかんだ観にきてるのだろう。ていうかあの場所、よく考えなくてもヤバいメンバー集まってないか。気付いてない振りしといた方が良いな。

 

「────起動(オープン)、光芒一閃」

 

 祝福に籠められた魔力が解放され形を成す。

 前回は見た目のインパクトも重視して時間をかけたが今回は違う。素早く武装展開、さっさと戦う事を意識する。

 

 氷属性と戦うのは久しぶりだ。

 師匠が戯れに全属性コンプリートとかはしゃいだ時以来。

 あの人俺の事をなんだと思ってるんだろうな。いや、それなりに大切に思われてるのは理解してるが。

 

「考え事かしら」

 

 腕が反応した。

 顔面目掛けて放たれた拳を光芒一閃で防ぎ、後ろに避ける。

 速い。身体強化を施したにしたって相当な速さだ。バルトロメウスの風弾よりも初速が上。

 

 距離を取ったのにも関わらず、躊躇いなくかかと落としを放ってきた。

 いや、待てよ。射程が絶対的に足りてないのに攻撃を放つ理由は何だ。まさか適当にやった訳じゃないだろ、とすれば────どうにかこうにか届かせる手段がある。

 

 今から後退するのは間に合わない。届くと仮定してその位置まで光芒一閃を移動させ防御態勢を整える。

 

 予測通り、ルーチェのつま先から伸びた氷が眼前まで迫るが問題なく破壊する。

 

 着地の隙間を狙って剣を振るっても、それは容易に回避された。

 呼吸を整える暇もなくインファイトを仕掛けてくる。見切れないが、見切れない分は()で対処する。一撃二撃程度は貰うのも勘定に入れてとにかく受け流す。

 

 数十は打ち合い、僅かな息切れを見計らって後ろへと下がる。

 

「……ほんと、似た者同士だな」

 

 指抜きグローブと同じ形状のメリケン氷、そして足に纏ったスリムな氷鎧。

 遠距離戦を捨てた超近距離戦特化。扱う武器が違うだけで、俺とは相性が良いようで悪い。

 

「私の氷はね。どれだけ凍らせても、どれだけ固めても壊れるの」

 

 さっきのやり取りでほぼ毎回破壊していたのだからそれは理解している。

 生成速度が恐ろしく早く、ほぼタイムラグ無しで氷を生み出している。しかも鋭く、人間の身体程度は容易く貫通できる硬度。

 

「母様とは似ても似つかない魔法性質。

 絶対に凍らせて固める氷に、中途半端に水が混ざり込んだ結果よ」

「ゆえに薄氷(フロス)か」

「そう。幾ら固めても無駄なら、最低限の値をとにかく上げて────何度でも作り直せばいい」

 

 胸の前で拳を合わせ更に鋭さを増す。

 殺傷力高すぎないかそれ、出来るだけ苦しむような設計になってる気がするのは俺だけだろうか。目が笑ってないのに口元が微笑んでるのが恐ろしい。

 

「無粋だったな。謝ろう」

「気にしてないわ。今は私の事だけ見てくれるんでしょ?」

「今ばかりは、お前しか見えないさ」

 

 ていうか気を抜いたら一発でヤられる。

 身体強化の精度と格闘戦の技術が鬼高い。かつての英雄の記憶でも、最強とまでは言わないがそれなり以上の強さだ。今の俺では手を抜くは愚か普通に負ける可能性がある。

 

「……もっと」

 

 ぐり、と拳を握り締める音が聞こえた。

 

「────もっと早く……」

 

 喜びと悲しみが混じった浮かべた表情で突っ込んでくる。

 こ、怖ェ~~~~。さっきは数発喰らう事すら想定するとか言ったが、これは無理だ。勿論耐える事は出来るだろうが、一発喰らってしまえば喰らった瞬間にラグが発生する。

 

 消耗を待つか。

 常に全力で動くのは疲労を招くし、先程のように一息吐くタイミングがある筈だ。

 そのタイミングを狙って一撃入れる戦法ならば……

 

『こんなに楽しみなの、初めて(・・・)よ』

 

 脳裏に浮かんだ先程のルーチェの言葉。

 楽しみ、楽しみか。それは俺を殴れるからか。それとも、ルーチェ・エンハンブレのみを見ると言ったからか。

 一体何を以て楽しみだと言ったのだろう。ルーチェはこの戦いの何を楽しんでいるのだろうか。

 

 俺の何を期待して、楽しんでいるんだ。

 

「────ああ、くそ」

 

 ルーチェの拳に合わせて剣を振りかざす。

 鍔迫り合いのような形になり氷を削る傍から生成していくのでどんどん冷気が周囲に散らばっていく。諸刃の剣すぎるだろ、お前。自分にだって影響あるだろ、その魔法。

 

 一度互いに離れて、再度()戟を繰り返す。

 

 戦うのは好きじゃない。

 出来る事なら安全圏からチクチク攻撃を入れて、痛い思いをしないように立ち回りたい。こんな真正面からやり合うのは俺の性分じゃないんだよ。

 

 この学園に来てから自分を捻じ曲げてばかりだ。

 自分を曲げるのは嫌いだった筈なのに、気が付けば自分にとって不利な事ばかりやっている。天才共と渡り合うために磨いた技術と肉体はそれに耐え得るかどうかなんて気にせずに、正面から受けて立とうとしている。

 

 英雄なんて呼ばれて驕ったか。

 俺はそんな大層な人間じゃない。

 

 どいつもこいつも真っ直ぐ生きやがって。

 俺が否定したかった生き方を肯定してくる。こんな辛い道を歩まなくたって、弱いままでも良かったというあり得たかもしれない未来を。

 

 歯を食い縛って、光芒一閃を幾度となく振る。

 

 俺の八年間に対し、拳の連撃で対応するルーチェ。

 わかってる。俺の八年間の密度を通り越していくのが才能だ。散々味わって来たし、これからも沢山舐めさせられる。

 

 お前の努力だって理解してる。

 今この瞬間、互いに叩きつけ合う威力が物語っている。

 魔祖十二使徒から授かった剣と俺の八年間を叩きつけているのに、一方的に押し通す事が出来ない。

 

 悔しい。

 悔しくて堪らない。

 

 こんな風に思う事が俺らしくない筈なのに、とにかく悔しくてしょうがない。

 

 お前もそうなんだろ、ルーチェ・エンハンブレ。

 

「――――はぁッ!」

 

 一喝と共に踏み込み、回し蹴りを放ってくる。

 鋭さも速さも十分だが拳ほどの脅威ではない。屈んで避ければ――――待て。

 これはブラフだ。さっきの氷を思い出せ、ただ鎧として出すだけではなく攻撃の延長線として扱える。

 

 俺ならば、どうするか。

 

 僅かな思考の直後、つま先目掛けて剣を振る。

 氷を発生させてくるのならば発生する前に破壊してしまえばいい。無論生み出してくるだろうが、攻撃を防御するという本命は達成できる上に運が良ければダメージも期待できる。

 

 剣と蹴りがぶつかり合い砕けた氷塊が飛び散る。

 

 刹那の合間に交わした視線。

 何を考えているのかはわからないが、何を思っているのかはわかる。

 

 楽しいか。

 

 楽しめてるか。

 

 俺はお前の期待に応えられているか。

 

 砕けた氷が冷気を周囲に撒き散らす。

 少しずつ下がり始めた温度による寒気を無視して攻防を繰り返す。

 吐息も互いに白くなった。手が僅かに悴んでいる。

 

 近距離戦闘を主軸とする俺にとっては都合が悪い。それはきっとお前にとってもだろう。

 自分が得意とする分野が、自分が手に入れたい分野と相性が悪い。だけどそれは諦める理由にはならない。お前に“薄氷(フロス)”なんて名前を付けた奴は阿呆だな。

 

 一度後ろに下がり、柄を握り直す。

 

「寒いな。凍えそうなくらい」

「そうかしら。とても暖かいわ」

 

 楽しそうで何よりだ。

 会場全てを包み込むような寒さは存在しないが、俺達二人が動ける程度の範囲を冷気が覆っている。

 確かに強い。強いが、他の魔法使いに対しては有効ではないだろう。

 

 そこそこの魔法使いであれば身体強化と格闘術でワンパン。

 それ以上の強い魔法使い相手には手も足も出ない。

 

 そういう相性だ、これは。

 

 少なくともバルトロメウスのようなバカげた魔力を保有する奴が全開で放った魔法に対しては成すすべがないだろう。

 

「汗を冷やすと良くないぞ。病気の元になる」

「失礼ね。それくらいどうにでも出来るわよ」

「……そういえば今更なんだが」

 

 これは非常に今更なのだが、言わねばならないような気がする。

 この雰囲気をぶち壊すのは完全に理解しているが、それでも言わねばならんだろう。友人として、これを見過ごしていいものか。

 

「…………? なに」

「お前パンツ全開だぞ」

 

 なぜスカートの下に何もカモフラージュを履いてこないのだろうか。

 俺はほとほと困ってしまった。かかと落としの際はそれどころじゃなかったが、回し蹴りの時にバッチリ見えてしまった。黒だった。喧しいわ。

 

「おっと、これは事故だ。お前が履いてこないのが悪いのであって俺は悪くない。少し背伸びしてる感じはあるが、魔法と戦闘スタイルと相まっていい下着だと思う」

「…………はぁ。なんか、細かい部分でズレてるわね」

 

 なぜ俺が呆れられるのか。

 

「気にしなくていい。今は互いに真剣勝負、水を差すのも悪いでしょう?」

「それはそうだが……後で半殺しパターンはやめてくれ。俺が凹む」

「貴方の態度次第ね。真摯に励んでくれれば言う事は無いわ」

「やれやれ。手に負えないお姫様は一人でいい」

「じゃあ丁度いいじゃない。今は()()しか居ないのよ」

 

 コイツ……

 ほんと素直じゃないな。

 

「まあ、我儘な女性は嫌いじゃない」

「私も紳士が好みなの。相性いいんじゃないかしら」

 

 あーあー。

 会場に声が響いてない事を祈りたいが、これ全部聞こえてるだろうな。

 未来の事はいつも通り未来の俺に託す(放り投げる)事にして、霞構えで光芒一閃を持ち直す。

 

 互いに有効打は未だ入らず、小競り合い同然のやり取りをしただけ。

 本番はこれからだろう。

 

「大体あと十分。それが俺が全力で相手できる時間だ」

 

 光芒一閃の持続時間と言い換えてもいい。

 直接的に言うのはアレだが、まあ、ちょっと湾曲した言い回しをしても伝わるだろう。

 これに関してはバレてもしょうがないと思っている。後々の順位戦で不利になると思うがそれは気にしない事にした。

 

 今この瞬間だけは、この戦いしか考えない。

 

「魔法が溶けるまで一緒に踊ろうか」

「喜んで。丁重にお願いするわ」

 

 

 



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第五話

 拳と剣がぶつかり合う。

 躊躇いなく命を獲りに向かってくる氷の刃を避け、避けれない分は合間に破壊する。腕が許容の限界を越えてきたが歯を食いしばって堪える。

 

 呼吸の度に肺が痛む。

 話には聞いたことがある。寒すぎる気温の中息をすると冷え込んだ空気が息苦しさを与える。北の地方では冬の季節によくある事らしい。

 

 耳が痛い。

 露出した部位の中でも特に耳が痛む。

 風が吹き荒んでる訳でもなく、ただ純粋な寒さが身体を襲う。

 

 なのに、高揚している。

 

「────ッ」

 

 その事実を受け入れて、握る力を強くする。

 認める。俺は今この瞬間を楽しんでる。間違いなく、ルーチェ・エンハンブレとの逢引にも似た戦いに高揚してるのだ。

 

 初めて体感する極寒の息吹に晒されながら。

 

 身体を動かすのだって野暮に感じる。

 正面切って一対一、純粋なまでのぶつかり合い。魔法だの才能だのセンスだの、そんな事柄はどうでもいい。

 ロア・メグナカルトとルーチェ・エンハンブレ。この二つの存在しか舞台に登ってないんだ。

 

 砕けた氷が皮膚を突き破る。

 その痛みが意識を覚醒させ、更なる集中へと潜り込む。

 一秒が十秒、十秒が一分、一分が十分────矛盾した感覚を味わっている。

 

 言葉を交わす事もない。それすらも無粋だと、俺達は全身全霊を懸けて臨んでいるのだ。

 

 …………楽しい。

 

 戦いが嫌いだと、痛いのが嫌いだと。

 散々宣言した癖に、いまの俺はどこかおかしくなってしまった。

 ルーチェに合わせる為でもない。俺自身がこの殴り合いを楽しいと感じている。嗜虐性か、被虐性かはわからない。それでもどうしようもないくらい楽しいのだ。

 

 こんなことは初めてなんだ。

 

「ッ、は、ルーチェ!」

「なに、よッ!」

 

 右拳と光芒一閃が鍔迫り合う。

 鼻と鼻が触れ合うような距離まで顔を近づかせてから、互いの目を覗き込んだ。

 氷の細かな結晶が視線の間で光を反射し煌めいている。

 

「これがお前の世界か!」

「そうよ! ここが私の世界なの!」

 

 感情を表すように白い吐息が暴れまわる。

 

 どこまでも肌を突き刺すような極寒の世界。

 無論、火属性魔法が使えればこんな事にはならないだろう。普通の相手はこんな風になる事も無い。

 

 だが、俺達だけはこうなるのだ。

 

「良い世界だ! 芯から震えそうなほど!」

 

 寒さと辛さに苛まれていながらも磨き上げた努力を実感している。

 ルーチェの拳にも赤が混ざり始めた。生成速度が徐々に落ちてきているのだろう、光芒一閃が一度突き刺さったのが深手になっている。それでもなお、互いに止めようという気は一切なかった。

 

 口を結び、はちきれんばかりの笑みを浮かべながら回し蹴りを放ってくる。

 

 ────速い。

 この土壇場で最高速度! 

 

 腕が悲鳴を上げるのを食い縛って堪え、頬を裂きながら通過する蹴りを回避する。

 

 冷え続ける世界に閉ざされた場合、俺とルーチェにはデメリットが生まれる上に差が存在するのだ。最低限魔法が使えるのなら身体強化でゴリ押しできるのだが──俺は不可能。

 

 その内身体が動かなくなって終わりである。

 微妙に俺の方が不利ではあるが、それは相手も同じ事。

 俺よりも身体全体を動かし続けているルーチェの方が体力消費は圧倒的に上だ。

 

 頬の裂ける痛みが鈍い。

 

 感覚が緩やかに鈍くなっている。

 空気に冷やされ神経が希薄になりつつあるのだろうか。雪山で遭難した人の気持ちを味わっている気がする。

 

 まだ光芒一閃が解けるまで五分程ある。

 

 ここにきてトップスピードに至った以上、俺がこれまで通りで対応できるかは不明。

 ならば、此方も手数を増やす。

 

 一度後ろに下がり、光芒一閃の刀身に触れる。

 こっちは極めたと言える熟練度ではないが初見ならば有効打になるだろう。戦い方の癖も見抜かれ始めている頃だしちょうどいい。

 

光芒一閃(アルス・マグナ)、変形」

 

 かつての共和国にて、強大な力を持つのにも関わらず覇を唱えなかった者が居た。

 武家として長い歴史を誇り、守護という点に於いて大陸最強とすら謳われた剣技の使い手。その師範代。

 

 どれほど戦が激化しても決して自ら攻め入る事はなく、終戦するその瞬間まで人々を守り続けたと語り継がれた伝説の一人。

 

「────フェクトゥス二刀流」

 

 あの剣技には未だ届くことはなく、されど我が剣は諦める事を知らず。

 正面で交差させ待ち受ける。そりゃあ不意打ちで攻撃が来るなら未熟な剣技を使うことはないが、今回ばかりは正面からぶつかり合うのが確定している。武器の強さに任せて手数を増すのだって有効な手段だ。

 

 とにかく師匠と共に叩き込み合った剣技は未だ幾つか保有するが、その中最も洗練されているのがシンプルな一刀流。

 その次にこの二刀流なので、俺のセンスの無さは脱帽せざるを得ない。

 

 喋るたびに肺が痛み白い吐息が漏れる。

 

 早くこの苦しみから脱出したいという俺の本能も存在するが、それとは別にここから僅かな間のぶつかり合いを心待ちにしている自分も居る。

 そうさ。今だけはこれでいい。

 

 目を輝かせながら突撃してきたルーチェの拳を二刀で受け止め、上に弾き隙を発生させる。無論その反動を利用して蹴りを放ってくるのでそれに対して────俺も蹴りを入れる。

 

 二刀流の強みは何も手数だけではない。

 その軽さから派生できる体術が多い点もそうだ。特にこの流派に関しては身体強化が前提なので、とにかく汎用的にバランス良く対応できるように設計されているのだ。

 

 俺はそのうま味を利用出来ないから宝の持ち腐れ状態だが、それでもいい。

 

 初見で使うという部分に意味がある。

 

 ぶつかり合った脚が悲鳴を上げている。

 あ゛~~~~、痛ぇ。超痛ぇ。絶対折れた、確実に折れた。

 

 だが、そのお陰で集中できる。

 

 痛みを軽減するためにも思考を全て戦闘へと移行する。

 激痛奔る右足に力を入れて踏ん張って、殴り合いにも似た剣戟を繰り広げる。

 

 対応に手こずっているのかルーチェの肌に届くようになってきた。

 制服の一部が破れ、肌から血が滲み、氷に混じって空を漂う。

 

 互いに息切れが始まった。

 極寒の空気に身体が耐えきれず、徐々に体力の底が剥き出しになってきている。

 それは俺もルーチェも察していた。凡人のレッテルから抜け出せない俺と、“普通の天才”から抜け出せないルーチェ。

 

 付き合いの短さからは想像も出来ない程に俺達は深まっていた。

 

「…………とても」

 

 口の端から零れる血液を気にすることもなく、白い吐息と共に言葉を漏らした。

 

「とても、楽しかったわ」

「それは良かった。出来る事なら、次は無い事を願う」

「一回戦ったらもう用済みなの? 酷い男ね」

「言ってるだろ、俺は甲斐性無しなんだ」

 

 徐々に()まされていく熱を自覚しながら、最後の言葉を交わした。

 二刀流に展開した光芒一閃を元の形へと戻し、俺の本来の強みを活かす一刀へと変形させる。

 終わったらまた師匠に相談しなければいけない内容が増えた。やはりこれだけでは足りない、もっと外部から出力できる何かを付けなければ。

 

 これが最後の呼吸になる。

 

 一息吸い込んで、目を閉じた。

 思い描くのはかつての軌跡。ただ一撃あればいいと、自分よりも速く鋭い敵を捕らえる為の斬撃。自分から踏み込むのではなく待ち受ける事で絶対的なアドバンテージを取る最強の後出し。

 

 抜刀術。

 

 知覚する事の不可能な攻撃に対し、死の感覚を絶対的に信用する事で可能にした極地の技。

 幾度となく死の狭間を彷徨う事で磨かれた第六感を持つ人間にしか使用する事の出来ない大博打だ。

 

「…………来い」

 

 届くかもわからないような声量で静かに告げた。

 

 俺はお前を否定しない。

 言葉で告げる事なんてしなくても十二分に伝わっただろう。

 ルーチェ・エンハンブレの事を俺は信じている。何故ならば、『イイヤツ』だからだ。

 

「────来いッ!!」

 

 だからこそ、全身全霊を懸ける。

 

 俺はお前の友達だ。

 友人の駄々くらい幾らでも聞いてやる。

 互いに励まし合って傷口を舐め合って頑張っていこうじゃないか。

 

 目を見開いた。

 

 右拳にのみ氷の鎧を一点集中。

 狙いがバレバレだがそれはお互いに一緒だ。

 

 視線が交わった。

 

 刹那の交差の後に、ルーチェの姿がブレる。

 これだけに懸けて来た訳じゃない。俺は抜刀術をある程度取り扱ってきたが、真の達人と言えるかと言われればそうではない。ルーチェのように格闘全振りで鍛えて来た相手に付け焼刃で戦うのは愚策の極みだ。

 

 だが、俺は第六感を信じている。

 

 死の八年間は嘘を吐かない。

 どこまで行っても俺を支え続ける苦い思い出だ。

 

「────────」

 

 極限まで引き伸ばされた意識の中で、僅かな綻びを捉えた。

 幾度となく実感した死の狭間。この感覚だけは俺の味方であり続けるのだ。

 なぜなら────遺憾ながら、努力は嘘を吐かないから! 

 

 光芒一閃を振り抜く。

 

 劔に宿った紋章が光り輝き英雄の再来を誇示している。

 ぶつかり合った氷の鎧と僅かに拮抗し、跡形もなく破砕する。

 砕け散った氷の粒が俺とルーチェの合間で煌めいている。その華麗さに目を奪われながらも手を止める事はない。

 

 上段から振り下ろす袈裟斬りが氷の鎖を断ち切って、この世界の終わりを示していた。

 

「…………俺の勝ちだな」

「…………ええ。私の負け」

 

 丁度良くタイムリミット、光芒一閃の維持可能時間も終わった。

 白銀煌めく世界は終焉を迎える事となる。

 

 制服を断ち切る様に斬ってしまったので、その、前が全開になりそうで怖いから上着を渡す。

 俺の上着も冷え切っているので寒いだろうが見えるよりマシだろう。無論肩から勝手に掛ける事はしない。あくまで手渡しだ。

 

「羽織っておけ。じゃないとお前の上半身を全部見る事になる」

「……本当に、負けたわ」

 

 血液が流れ落ちる中で背中からゆっくり倒れ込んだ。

 医療班早く来て欲しいんだが、何してるんだろうか。空気をぶち壊すとか気にしなくていいよ。それより俺もコイツも割と死にかけだから。

 

「寝るなよ。起きれなくなるぞ」

「大丈夫よ。ロアが起こしてくれるでしょ」

「お前な……俺も疲れてる。具体的には暖かい寝床で温かいスープを飲んだ後に熟睡したいくらいには」

 

 寒すぎて感覚がわからなくなってきた。

 戦闘時特有の高揚感が無くなり、残ったのは極限の疲労感。正直立ってるのも辛いんだよ。早く助けに来てくれ、お願いします。

 

「少しは溶けたか」

「──……そうね」

 

 天井で阻まれて見る事の出来ない天を見上げながら、ルーチェは呟いた。

 

「少しばかりは、溶けたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 凍傷がヤバい。

 刀傷もヤバい。

 

 ついでに骨折もヤバいし打撲もヤバい。

 

 それが俺達二人の診断結果だった。

 二人そろって医務室のベッドに叩き込まれたのはいいんだが、ステルラがルーチェの方から戻ってこない。おい、一応幼馴染だぞ。

 

「はい、傷は全部治した。よくもまああれだけ派手に暴れたもんだね」

「俺にしてはらしくない事に戦いを楽しんでました。そこは言い逃れできません」

 

 動くようになった指先を確かめながらマグカップを受け取る。

 

 あ゛あ゛~~~~、五臓六腑に染み渡る温かさ。

 こうやって冷静になるとやはり先程までの俺はおかしかったのだ。戦いを好まず苦痛を嫌う、戦いの高揚感に身を任せるのは良くない。

 あれだけ苦しい想いを八年間も続けて一度も味わう事が無かったのにどうしてあんな風になったのか。

 

「まったく。

 本当に俺らしくなかった。

 やはり痛みを嫌い努力を憎む、それが俺のスタンス。ブレてはいけない領域でした」

「君、本当にそういうトコだよ」

「うるさいな。男を見る目の無い老人のアドバイスが役に立つかよ」

 

 氷の次は雷か、やれやれ。

 極寒の中閉ざされる感覚と対比するような焼き焦げる灼熱に身を焦がしてしまった。

 

 我儘な氷姫を溶かしたと思えば次は妖怪紫電気ババアである。

 俺の運の無さを嘆くのは俺だけだ。

 

「ふう。人生を豊かにしてくれる人は何処にいるのやら」

 

 そんな事願っても居ないのだが。

 ない物ねだりは俺の基本である。初心に帰る意味でも改めて楽しんでいるのだ。

 

「元気そうで良かったわ」

「これが元気に見えるのか。おかしいな」

「さっきの発言は確実に貴方が悪いわ。それだけは確かよ」

 

 どうやら女性陣に俺の味方は居ないらしい。

 これほどまでに紳士に務めたというのにこれだ、嫌になるね。

 

「冗談だというのに。

 たとえ俺が婚期を逃してズルズル全てを引き摺っている老人に軽口を叩いたとしてもそれは触れ合いに過ぎない」

 

 冗談だと前振りしたのにも関わらず、俺の喉が紫の雷により焼かれて話す事が出来なくなった。

 戦いは終わったはずなのに襲い掛かってくる苦痛に悶える他ない。

 

「ォ゛……ッ!」

「これも触れ合いの一つだ、いい勉強になっただろう。

 さて、お邪魔虫は退散する事にするよ。後は若い人同士で楽しくしてるといい」

 

 俺の喉を焼き切った悪魔は部屋から出ていき、苦しみ悶える俺に回復魔法をかけてくれる天使と我が友ルーチェのみが残る事となった。

 

「ありがとうステルラ。俺はお前を悪魔だの憎しみの権化だの散々な呼び名を付けて来たが謝ろう。お前は天使だ」

「え? あ、うん。天使、天使かぁ……」

「ちょっと待ちなさい。その前に貶されてるのよ」

 

 嬉しそうにはにかんだステルラを引き留めるルーチェ。

 くそっ、折角だから過去の清算を済ませてしまおうと思ったのにまさかルーチェに防がれるとは。

 

 恩を仇で返すとはこの事か。

 

「ルーチェ。お前も俺を労わらないのか、なんだかんだ言って結構尽力したんだぞ」

「感謝はしてるわ。それとこれとは話が別なだけよ」

「我儘だな」

「嫌いじゃないでしょう?」

 

 ハ~~~~。

 してやったり、みたいなドヤ顔しやがって。

 お前が美少女じゃなかったらぶん殴ってる所だ。

 

「チッ、今日はここまでにしといてやる」

「私の勝ちね。何で負けたか考えておきなさい」

「一線越えた。表出ろ」

 

 許せねぇ。

 山よりも高く海よりも以下略な心の広さを持っている俺だが、どうしても見過ごせない事はあるのだ。今日は俺の勝ちで決まりだろ。あんだけ正面切ってやり合って負けを塗りたくられては我慢できない。

 

「ステルラ。お前は俺の味方をするんだ」

「へ」

「いいえ。ステルラは私の味方よ」

「えっ?」

 

 どういう事だ。

 いつの間に貴様ら仲直りを済ませた。

 

「う、う~~ん……お灸を据えたいからルーチェちゃんの味方で」

 

 裏切りだ。

 幼い頃から約束を交わした友ではなく……新しく出会った友人を選ぶのか……ステルラ……

 

 俺は悲しい。

 

「ハァ……もういい。俺は深く傷ついた。そっとしといてくれ」

 

 折角苦しい想いをしてまでやったのにこれだ。

 やはり努力はクソ。人生楽観できる程度が一番幸せなのである。

 

 あーもーいじけた。今日は何もしない日に定めた。この後は何もせずに家に帰って寝る。それ以外勝たん。

 

「まあ、感謝の印と言ってはアレだけれど。今日の夕飯の予定はある?」

「ない」

「なら私の家に来なさい。少しくらいは作ってあげるわ」

 

 おお、ルーチェ。

 やはりお前はイイヤツだ、よくわかってる。

 

「ウェッ……」

「どうしたステルラ。なにを呻いている」

「い、いや……なんでもないヨ」

 

 どこか遠い目をしているステルラを鼻で笑いながら勝ち誇った顔をするルーチェ。

 

「ぐぬぬ…………ロア!」

「なんだ」

「明日泊まりに行っていい!?」

「急すぎないか?」

 

 頬を赤く染めながらヤケクソ気味に叫ぶ幼馴染の姿に少し恐怖を抱きつつも別に断る事では無いと思う。

 しかし待て。俺は現状ルーチェの家に上がり込んだり家にステルラを連れこんだりと世間的に見てヤバい男に変貌しつつある。しかも俺の家には堂々と不法侵入してくる妖怪だって湧くのだ。

 

「まあいいぞ。飯代頼む」

「……こういう部分よね」

「……こういう部分だね」

 

 何故か二人揃って溜息を吐いた。

 つい先日までめっちゃ嫌ってたくせに一体何をどうしたらこんなに息が合うのか俺にはさっぱりだ。

 

 やはり女心の理解は何よりも難しく面倒くさいと改めて実感した。

 

 





 


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幕間

 

 ルーチェとの激戦を終えた翌日、昼。

 俺を見る目が少しずつ変わりつつあることに恐怖を抱きつつも平常運転、授業も真面目に受けて昼飯を食べようと言うタイミング。

 

 俺は絶望した。

 鞄の中身が妙に軽いとは思ったのだ。

 昨日の夜は結局ルーチェ宅でご馳走にはならず、家に帰って一人で飯を食った。回復魔法で治療された後は妙に腹が減る。全員同じなのだろうか。

 

 昨日の夜一杯食べて、昼飯分は用意した筈なのだ。

 

「神は死んだ。アル、俺はこれより幽鬼になる」

「突然なんだい」

 

 悲しみを抱いている。

 昼抜きか。すっかり金は無くなっているので(元々ない)買うこともできず俺は無賃昼食をせねばならない。今だけは都会の発展性に怒りを目覚めさせた。

 

「ここが山だったら良かったのに」

「何言ってんのよ。……どうしたの」

 

 おおルーチェ。

 俺の味方はお前しかいない。

 

「この哀れな羊に食料を恵んでくれる方は居ませんか。報酬はない」

「……お弁当忘れたのね」

「そういうことだ。頼むルーチェ、俺にはお前しかいない」

 

 呆れるような顔をした後に、一度溜息を吐いてから席に座った。

 

「少しくらいなら分けてあげる。嫌いな物はある?」

「特には無い」

 

 正直腹が減ってしょうがないので何でもいい。

 少なくとも俺が食べていた味のしない野草サラダよりはマシだ。本当に二度と食べたくない。肉は焼けばまだ味わえるが本当に野草サラダはダメだ。毒に当たるし。

 

「肉をくれ。肉さえあれば夜まで何とかなる」

「普段の食事はどうしてるのよ」

「師匠が置いてく食材をやり繰りしてる」

 

 あの人三日に一度は来るんだよな。

 暇じゃない筈なのだがかなりの頻度でやってくる。子離れ出来ない親みたいなもんだと思っているが、なんだかんだ言って変なことはして来ないので俺も許している。

 

 ていうか何年間も一緒だった所為で隣に居ないのが違和感ある。

 

「……ふぅん」

「おやおや」

「殺すわよ」

「僕まだ何も言ってないよね? やれやれ、これだから恋す」

 

 アルが余計な事を口にしようとした瞬間、ルーチェとアルの身体がブレた。俺との戦いを経て身体強化が更に一歩上に踏み込んだのか知らないが、俺の時より早くないか。

 顔面から吹き飛んで壁に叩きつけられたアルは流石に死んだかと疑うほどの損傷だった。

 

「アル……うそだよな」

「死んだわ」

 

 洒落にならん。

 

「冗談よ。ちゃんと蘇生出来る程度に留めてるわ」

「本当に大丈夫なのか……?」

 

 少しだけアルの遺体(死んだ訳ではない)を観察していたら、名状し難い変化を遂げていた顔がメコメコ治療されていく。微妙に肉の質感とかがあって非常に気持ち悪い。

 

「……ふう。いやぁ〜、普通に殺す気だったよね」

「死なないでしょ。そういう風になってるんだから」

「アハハ、よくご存知で」

 

 へぇ。

 自己治療、それもかなり高度なレベルじゃないか。

 だからお前毎度毎度挑発してたのか。耐久力を底上げするつもりだったのか……いや、違うな。

 

 単にアルの性根が腐ってるだけか。

 

「いいパンチだ。僕の家で雇ってもいい」

「本当に殺すわよ」

「おいおい、仮にも友人だろ? ロアとはあんなにも熱烈な逢引をしていたのに僕はスルーか」

 

 ギリっと歯軋りをする音が聞こえた。

 触らぬ神に祟り無し、だったか。俺は殴られたいわけでは無いのでここは黙っておく。

 

「……否定しなさいよ」

「うん? 何をだ」

「私とアンタの、その…………」

 

 ……これはアレか。

 自分で否定してもいいが、それはそれとして『強く否定した場合相手はどう思うのか』を想像した結果か。根がいい子過ぎるルーチェと根がヤバすぎるアル。水と油だな。

 

「確かに俺たちはデートをした」

「君、そろそろ背中に気をつけた方がいいんじゃないかな」

「何故だ。別に恋愛関係でも無いし、女友達と二人で遊びに行くのは広義的に見れば逢引と言われても否定できない」

 

 完璧だ。

 敢えて否定しない事でルーチェ自身の気持ちを傷つける事を緩和し、だが『そういう関係』では無いとアピール。だが女友達と明言する事で『女性としての気持ち』を否定する事がない。

 

 フ、俺の完全なる頭脳がまた一つ正解を導いてしまったな。

 

「な、ルーチェ」

「……それもそうね」

 

 どうやら俺の意図を汲んでくれたようだ。

 その理解力の高さ、やはりお前は優秀だよ。

 

「さ、俺に飯を恵んでくれ。こんなにも腹を空かせた男がいるのに無視するなんて酷い事はしないよな」

「やっぱりやめとこうかしら」

「頼むルーチェ、お前しかいないんだ」

 

 アルが呆れた顔をしているが、今の俺はそれどころじゃ無い。

 死活問題なんだ。もう空腹の感覚を味わいたく無い。極限状態で食料しかない、生き物を殺すことに抵抗がある最初の時の話だ。

 

 あの頃は命ある存在を殺すという事に忌避感があった。

 

 自分が殺されかけたからなのかもしれない。

 右腕が無くなった喪失感と激痛を想像できてしまうから、そして自分が痛めつけられて苦しむ感覚を理解しているから。他人にそういう部分で投影してしまったのかもしれない。

 今となってはそんなこと無く、余裕で動物を殺せる。進んで殺しはしない。

 

 自分が死ぬくらいならば相手を殺す程度の気概は持ち合わせている。

 

「わかったわよ。ほら、口開けなさい」

 

 マジか。

 これが俗にいう『あーん』って奴か。

(俺が動けない状態で)師匠にされた事はあるが、あれは看護みたいなモンだ。これは愛情全開の青春ムーブ、憧れてたんだよ。

 

「んが」

「……はい」

 

 ルーチェは少し恥ずかしがっているようだが、俺に恥じらいは存在しない。

 街の往来で師匠にボコされ、あらぬ噂も立てられ、学園に通う同級生たちの目の前で堂々とクッサイ台詞を吐いて戦ったのだ。もう何も恐れるものは無くないか。

 現状師匠が養ってくれてるし捨てられる心配もまあ無い。

 

 俺の将来……安泰じゃないか。

 

 なんだ、何も心配する必要はなかった。

 

「んももんも、美味いな。毎日食べたい位だ」

「まっ……そう」

 

 チョロいぜ。

 

 そんなに単純では将来的に変な男に引っ掛かりそうで俺は心配だ。

 お前は心優しい人間なんだから同じような優しさを持った人間と結婚するべきだと思う。

 

 だがここで一つ考えて欲しい。

 俺はマジでヒモみたいな扱いを受ける事を望んでいるのだが、もしかするとルーチェも許してくれるのではないだろうか。俺の明晰な頭脳がそう囁いている。

 

 ルーチェ・エンハンブレは割とダメ男に優しい。

 

「俺に弁当を作ってくれ。頼む」

「はぁ? …………う、うーん……」

 

 押せばイケるな。

 これで許されることがあれば夢の生活に一歩近づくことになる。

 極力自分で頑張る必要のない部分を増やす事で自堕落な生活に一歩近づく事が出来るのだ。その重要性がどれほどのモノか、わからない人はいないだろう。

 

「お願いだ。俺にはお前しかいない」

「あっ…………」

 

 アルが何かを察した。

 俺の予感が告げている。今、ロクでもない事が起きると。

 このパターンは前にもあった。渦中の人間ではないが絶妙に面倒毎になる人間がやってくるのだ。つまり今回俺の後ろにいるのは────

 

「え、え~と……ア、アハハ。ごめんね、私空気読めてなかったみたいで」

 

 クソ面倒くさい事になった。

 今の現状を説明すると、弁当を忘れたデートをしたと発言している男に飯を恵んでいる女(ルーチェ)と同じ門弟でありながら幼馴染であり浅からぬ関係を持った女(ステルラ)の間に挟まれている俺(ロア・メグナカルト)。

 完全にダメな奴だろ。

 このままだと更に変なレッテル貼られてしまう。それだけは避けたかった。

 

「待て落ち着け。俺は友達と話しているだけだ、誤解するな」

「ロアには私しか居ないんでしょう?」

 

 あ゛~~~~~! 

 この女ァ゛~~~~!! 

 

 勝ち誇った笑みを浮かべるな。

 このままでは名誉を失う。更に敗北まで付与されてしまう。

 

 ルーチェはステルラと俺にそれぞれ優越感を得ているし、ステルラは打ちひしがれている。

 

 俺が自堕落な部分を持っていると知られるのは一向に構わない。

 何故なら事実だから。それを理解して甘やかしてくれる師匠みたいな人が居るのを知ってるから俺は“待ち”の姿勢でいいんだ。寧ろこれまでがおかしかったんだよ、頑張り過ぎたんだよ。もっとのんびりするべきなんだ。

 

「フ…………僻むな僻むな。俺は二人纏めて相手する(飯代を貰う)程度の気概はあるぞ」

「絶対別の意味が含まれてるよね」

「同意するわ。コイツがそんな簡単に言う訳無いもの」

 

 チッ、察しのいい連中だ。 

 だが親しい人間にしかバレないと確信してる。

 なんだかんだ言いつつ学園では猫を被っているのでまだ本質が見えてないと信じている。

 

「まあお弁当くらいなら作ってあげるけど?」

「流石だルーチェ。おかずは肉多めで頼む」

「バランスよく食べないと身体を悪くするのよ」

 

 お前は母親か。

 やっぱり格闘技とか学んでいるだけあって身体が資本、しっかりしている。

 俺だってそれなりに考えてる。けどホラ、野草とか食って毒って死にかけてとか繰り返してたし今更って感じがするんだよ。

 

「でも俺は年頃の男だ。肉を食べたいのは道理じゃないか、お前もそう思うだろうアル」

「とんだキラーパスなんだよね。それはそれとしてお肉は美味しいと思うよ」

 

 野菜も悪くはない。

 でもやっぱ肉なんだよ。

 

「だからルーチェ、その控えめな肉団子を俺にくれ」

「とんでもなく図々しいわね……」

「頼れるのはお前(とニ、三人)しかいないんだ。日銭を稼ぐ事すら出来ない俺に情けをくれ」

「働くの面倒くさいだけだよね。知ってるんだから」

 

 ステルラが余計な口を挟んで来た。

 

「いちゃもんつけるな。そこまで言うなら誠意を見せてもらおうじゃないか」

「…………??」

「誠意……?」

 

 ルーチェが何言ってんだこいつみたいな顔をしてみてくるが、ステルラは俺の話術に嵌まっている。

 

「そうだ。俺の昔の夢は何だ」

「えーと、学者さん?」

「合ってる。痛いのも嫌いで苦しいのも嫌いで努力が大嫌いな俺が何故ここまで頑張ったと思う」

「え、え~と……男の子のプライド?」

 

 シンプルに頑張った理由は100%ステルラの為なんだが、自分から言うと恥ずかしいのでそういう事にしておこう。

 

「俺の男のプライドを刺激したのは誰だと思う」

「…………し、師匠かな~アハハ」

「たわけ。お前だバカ」

 

 若干頬を赤く染めながら小さく顔を扇ぐステルラ。

 

「俺の人生を左右したのは俺だが、きっかけを与えたのはお前だ。

 つまり俺はお前から対価を徴収する義務があり、お前は俺に対価を与える義務がある」

「何言ってんのよコイツ……」

「黙っててあげなよ、今照れ隠しの途中なんだから」

 

 外野が何か言ってるが、今の俺達には聞こえてない。

 いや~我ながら完璧な理論だな。今の話題を誤魔化す事も出来るし、その上ステルラに甘える事ができる。何から何までやられると屈服した感じがあって嫌だが、手作り弁当とか貰うのは青春イベントの一つだろ。

 

 護身すらも同時に熟してしまう俺の実力が恐ろしいぜ。

 

「……それって要するに、私の為に頑張ったって事だよね」

「勘違いするな。俺は確かにお前に負けない為に頑張ったが、それは俺の為であり自分自身で決めた事だ。でもちょっとくらいは頑張った褒美が欲しいからお前につけこもうとしてるだけであってだな」

「今自白したわね」

「自白したね」

 

 うるさいぞ。

 

「わかった。今日泊りに行くね」

「待てステルラ。今の話の流れでそれはマジでまずい」

 

 まだ修正が可能だ。

 落ち着いて考えろ、俺。

 

「晩飯、そうだ晩飯にしよう。久しぶりに二人でご飯食べよう、そうしよう」

 

 なお、そのお金はステルラに出してもらう模様。

 流石の俺ですら情けないと思ってきたが、でも自分で働いて日銭を稼ぐのはもっと面倒くさい。

 俺自身にレッテルが貼られる事より実務労働する方が嫌なので俺は損得考えて切り離したわけだ。こういう論理的な思考こそが将来的に大切になると俺は学んだ。

 

 なぜ飯をたかろうとするだけでこんなに苦労せねばならないのだろうか。

 正直憤りすら感じている。

 

 頑張った対価がこれだ。

 

「ハ~ア、やっぱ努力ってクソだわ」

「今の一瞬で何を考えてたのかな」

「世の不条理さを嘆いていた。俺に優しく出来る世界であって欲しい」

「よっ、ヒモ男」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 誰がヒモ男だ。

 ただ自堕落で面倒くさがりで誰かに養ってほしいだけで、俺は別にヒモじゃ……ヒモ……じゃん……何も言い逃れできねぇ。

 なんだ、既にヒモ男だったのか。もう何も気にしなくていいな。

 

「名誉は師匠が守ってくれるし養ってくれる。

 ステルラもルーチェも居るし、俺はその言葉を否定する理由が一切なかった。ハハハ、俺の勝ちだな」

「…………はぁ、何でこんなのを……」

「あ、あはは。ロアらしいよね、うん」

 

 呆れるな。

 俺は元通りになっただけ、ステルラに勝つという目標は未だ消える事はないがそれはそれというだけだ。

 

「昔からこんなんなのに八年間も山に籠ってたの?」

「そうなんだよね……いざって時は凄いからさ」

 

 何か二人揃ってコソコソ話してるな。

 地味に聞こえないが、まあいい。

 

「君、いつか女性関係で手痛い目見ると思うよ」

「何故だ。俺程誠実な人間が他にいるか」

「ウ~~~ン……一連の会話の後にそう言える精神は類をみないかもね」

 

 あんなに友人のために身体を張って頑張れる奴もそうそう居ないぞ。

 

「まったく。世の人間は瞳が曇っている」

「君のフィルターはどうなってるんだろうね……」

 

 心底呆れる声を出したアルに苛立ちを一瞬覚えたが、俺は心が広いからな。

 即手を出すルーチェと違って、俺は言葉での平和的解決を好むのだ。

 

「で、課題はどんな感じかな? 魔祖十二使徒第二席門弟ヒモ男のロア・メグナカルト」

「お前表出ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みにアルをしばき、放課後。

 約束していた夕食まではやや時間があるので校内の魔法行使専用部屋を一つ使い復習に勤しんでいた。

 

「駄目だわからん」

 

 自分の魔力の渦巻きとか一切理解できない。

 ただでさえ感知能力がゴミカスなのに、魔力量そのものがゴミカスなのでマイナスとマイナスを掛けてマイナスになった最悪の結果である。なーんにも感じ取れない、祝福くらいしかわからん。

 

 師匠にやられすぎて自分の魔力が完全に分からなくなったのかもしれない。

 

 光芒一閃や最上級魔法の高まりは感知できるが、それ未満となると相当厳しくなる。

 魔法使用できる気がしません。落第しますこのままでは。

 

「せめて魔力を感知して身体の中で操る感覚さえ掴めれば早いんだが」

 

 適当に祝福を起動する訳にもいかない。

 あの人は魔力量はそれなり以上にはあるが、それは百数年の研鑽の結果だ。元々の魔力量は大したものじゃないし改造された結果なので、さしもの俺としてもソコはデリケートに扱いたいのだ。

 

「ンガ~~~~、どうしようもない。才能ないセンスない」

 

 今ばかりは呪いを吐く事しか出来ない。

 魔法は出ないしね。

 

 仰向けに倒れ込んで右腕を真っ直ぐ挙げる。

 唯一の魔法行使が出来るとすれば右腕からだろう。光芒一閃を顕現させるのは何時も右腕だし、一番魔法の行使に慣れていると言っても過言ではない。

 

 せめて魔力を打ち出す感覚を理解したい。

 

「……焦っても仕方のない事だが」

 

 分かっている。

 かつての記憶とロアの記憶。

 この二つからも努力は際限ないモノであり、俺達は急速に育つ才能を有してないと理解している。

 

 焦燥はいくらでも襲ってくる。

 

 それから逃げたいが為にひたすら自堕落に生きて行きたいのだ。

 

 ガシガシ頭を掻いて誤魔化してから立ち上がる。

 

 嘆いても仕方がない。

 我武者羅にやるしかないのだ。

 それが人生なのだから、面倒くさくてしょうがない。

 

 溜息と共にやる気を少しずつ放出しながら、日が暮れるまで鍛錬を続けた。

 約束にはギリギリ間に合ったのでヨシとする。

 

 今日も一日、何の進捗も無い素晴らしい日だった。

 

 

 

 





 現在表紙にも設定させて頂いているイラストを此方に。

 
【挿絵表示】


 あらすじにもありますが、碑文つかささん(@Aitrust2517)様に書いていただきました。
 こんなにいいイラスト頂いていいのかって感じですね。正直めっちゃビビってます。

 これも皆さまから感想等応援のメッセージを頂けるから続けられます。
 本当にありがとうございます!!

 


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三章 星火燎原
第一話


鬼☆難産


「やあロア。元気にしてたかな」

「出たな妖怪」

 

 出会い頭の挨拶にしては激しめのコミュニケーションを味わいつつ、俺は読んでいた本に栞を挟んだ。

 

「お腹空かせて無いかと思ってね。予定が空いたから馳せ参じた訳だ」

「ふっ。俺だって何時までも孤独ではない。新たに出来た友人が食事を恵んでくれました」

「……甘やかしすぎたかなぁ」

「い~いじゃないですか。俺は今の生活を気に入ってますよ、何故ならとことん楽できてるから」

 

 流石に一週間ほど前に食料が切れた時は焦ったが、それはそれとしてルーチェとステルラに強請る事で事なきを得た。エプロン姿で料理を作ってくれる幼馴染の姿が見れただけでここまでの苦労が報われたような気がした。

 

 ステルラの為に頑張って来たんだからステルラにも身体張って貰わなきゃな。

 

「全力で介護されるの最高。

 もう俺元に戻れません。これも全て師匠の教育の賜物です」

「人に責任を擦り付けるな。まったく……」

 

 溜息を吐きながら無駄に豊満な胸を強調している。

 惑わされんぞ。俺は同世代の女の子の魅力に最近目覚め始めている。今更百数歳の身体につられると思うなよ。異性に甘やかされるという点で喜ぶのではなく、他人が俺に労力を使用しているという事実に喜んでいるのだ。

 

「……まあ、君が楽しそうでなによりだ」

 

 少しだけ憂いを帯びた顔で呟きながら俺の足元に座った。

 

「ルーチェ嬢の事は知っていた。彼女の異名の由来も、その魔法特性も、入学した理由も」

「教えてくれれば良かった……とは言いません。多分、誰かに聞いていい領分では無かった。直接話し合って、クソ面倒な事にバトった結果仲が深まったんだから俺から言う事はありません」

 

 チョロい所がネックだ。

 あのままでは悪い男に騙されてしまうだろう。

 

「さっきも言いましたが、俺は今満足している。そこに関しては誰にだって文句を言わせるつもりはない」

「…………そうか。ありがとう」

 

 何のことだか。

 長生きしてるのに繊細すぎるんだよ。

 もっと大雑把に、魔祖と同じくらいにはなって欲しくないが無礼にならない程度にあっさりして欲しい。

 そんな所も師匠らしいんだけどな。

 

「で、だ。実はお客さんが来てるんだ」

「面倒ごとの気配を察知した。こんなところに居られるか! 俺は学園に帰らせてもらう」

「今日は休校日だ。ステルラもルーチェ嬢と遊びに行っているから君を守る存在はいない」

「師匠。俺には貴女しかいません、どうか守ってください」

「その清々しいまでの保身っぷりが君らしいよ」

 

 ダメだ効かねぇ。

 ルーチェやステルラだったらこれで俺を助ける側に回るかもしれないのに一抹の希望すらない。鬼! 悪魔! 紫電気ババア! 妖怪! 

 

「この樹木!」

「ふんっ!」

 

 しまった、声に漏れていた。

 ベッドの上で痙攣する不気味な生命体へと成り果てた所で、師匠が一度玄関まで歩いて行った。そのまま帰宅してくれ、今家主は……あれ。家主って俺じゃなく無いか。家の金支払ってるの師匠だぞ。

 

 なんてことだ。家主ですらないじゃないか。

 そこら辺の届け出どうしてるんだろうか。血縁者じゃないけど扶養扱いか。

 

「待たせたね。ホラ、これがロアだよ」

「あ、ああ……世の中には色んな愛の形があるからな。アタシは否定しないぞ、うん」

 

 なんとか首を動かしてみれば赤い髪を一つ結びで垂らす女性。

 はきはきとした顔のパーツが彼女自身の明るさを示すように、俺の記憶の中にあるこの女性はとても常識人でマトモな人間だった。

 

「す、紅蓮(スカーレット)……」

「おっ、知ってるのか! そうそう、アタシは第三席の紅蓮(スカーレット)で…………なあエイリアス。これ本当に大丈夫か? 泡吹いてるけど」

「演技だよ。彼の電撃耐性に関しては相当なモノだ」

「少しは心配してくれてもいいじゃないですか」

「心配はしてるさ。ロアが将来背中から刺されないかと」

 

 未来の俺は多分どうにかするからどうでもいいんだよ。

 普通に考えてベッドで痙攣する人間放置するか? どうやら常識が根本から剝がれてしまったらしいな。

 ロア・メグナカルトは激怒した。必ずかの邪知暴虐なるエイリアスを叱らねばならぬと決意した。何回激怒すればこの怒りが収まるのかは一切分からないものとする。

 

「どうも。ロア・メグナカルトです」

「大丈夫なのか? 一応回復魔法かけるぞ」

 

 はい、この格の違い。

 かつての大戦で英雄パ初期メンバーの感性は伊達じゃないな。見下すわ暴言は吐くわ普通に人を殺す魔祖を英雄と二人がかりで矯正した手腕は流石といったところか。

 

「最高です。うちの師が常識無くてすみません」

「あぁ~~……似た者同士だな。うん、らしくていいんじゃないか」

「本当にそう思ってるのか??」

 

 ハッ。

 幾ら常識人ムーブしようが無駄だ。

 こんな完全体聖人みたいな人間がやってきてしまったんだからな。仮初の聖人は地に堕ちてその皮を剝がされる時が来たんだよ! 

 

「メグナカルトくんも聞いてた通りだなぁ。何で“英雄”って付けられたのかわかる気がする」

「冗談はよしてください。俺のどこが英雄なんですか」

「なんだかんだ全部やり通す所とか……」

 

 なんだと…………

 俺の最低限のプライドが英雄と呼ばれる所以だと。

 嘘だ、そんな筈はない。記憶の中の英雄はこんな情けない事一度も言ってない。

 

「だからそう思ってるのはエミーリアだけだ。彼の精神性はそんな弱っちいモノじゃない」

「い~~や、アタシはそうは思ってないぞ。表に出さなかっただけで辛かったに決まってるじゃないか」

 

 満点満点アンド満点。

 え、こんなに理解してくれてる人が居るのに英雄の記憶では存在感が薄い……何故だ。最初期から一緒に居るのに他のメンバーが濃すぎるのだろうか。

 

「メグナカルト君は吐き出しまくってるけど案外こんな感じだったかもしれないだろ? な!」

「俺もそう思います」

「ぐぬぬ……」

 

 俺達三人の中じゃ師匠が一番英雄との付き合いが短いんだ。

 俺達二人に解釈バトルで勝てると思うなよ。……ていうかあの人、ある期間を通り越してから本当にバケモンみたいな精神性に進化したからあながち間違いでもないんだよな。修行中とか俺がドン引きする位苦しくて辛いと思っていたし、何で自分がこんな風にならなきゃなんて呪詛も心の中で振りまきまくってた。

 

 ある意味二人とも正解か。

 

「それで何用ですか。とりあえずお茶くらいは出しますよ」

「あ、お構いなく。そんなに長居するつもりじゃないしな」

 

 これだよ。

 図太くなく、相手の事も気遣う上で自分の用件を的確に伝える。

 これが本当の年長者ってヤツじゃないだろうか。な、エイリアス。俺はそう思うぞ。

 

「端的に言うと、アタシの弟子に会って欲しいんだ」

「お弟子さんですか」

 

 俺はカウンセラーじゃないんだが、一体何を期待されているのだろうか。

 

「構いませんけど、急に戦うとかはナシですよ。俺は痛いのも苦しいのも嫌いだし努力だって極力したくない」

「おおぅ……話に聞いていた通りだ。これでいざって時にやるんだろ?」

「まあ、そういう事だ。だからタチが悪い」

「おい妖怪」

 

 溜息と共に呆れを示された。

 解せねぇ。俺のプライドをズタズタにした主犯(ステルラ・師匠)癖に被害者ヅラしてやがる。被害者を名乗っていいのは俺だけなんだが。

 

「どんな人なんですか、そのお弟子さん」

「ん~~、すっごい極端な言い方をするとインドア派」

 

 俺の仲間じゃないか。

 逆になぜもっと早く紹介してくれないんだ。

 陽キャより陰キャ、俺達は惹かれ合う運命にあるんだよ。

 

「まあ会ってみればわかるさ。ていうか呼んであるんだ」

「えっ。これでもし会いたくないって言ってたらどうしたんですか」

「そんなこと言わないだろ?」

 

 眩しい。

 陽のオーラをひしひしと感じている。

 こんなにも自分の心が醜いと思わされたのは随分と久しぶりの事だった。嫉妬の炎が常に渦巻く俺の精神だが、より鮮烈な輝きに対抗する事は出来ないのである。

 

「いや、まあ、はい。別に構いませんよ」

 

 いかん。

 周囲の人間が回りくどい奴らばかりだったから直接的に言葉を伝えてくることに対して耐性がない。顔に出ないように訓練してて良かったぜ。

 

「おーい、ルナ!」

「…………お邪魔します」

 

 俺の寝室なのだがナチュラルに侵入してきた事についてはまあ気にしない方にする。同年代の異性に見られて困るものは一つもないからな。ステルラとルーチェを招待した時に色々漁っていたみたいだが残念だったな。

 

 俺は自分の敗北に繋がる要因を極力身の回りから削減している。

 マウントを取っていいのは俺だけだ。他の誰にだって取らせねぇ……! 

 

 そんな俺の思考は置いておいて、ルナと呼ばれた人は静かな所作で扉を閉めた。

 

 キョロキョロ部屋内を見渡してから、俺に一礼する。

 人の部屋に入る時に一礼出来る時点で滅茶苦茶礼儀正しいな。この時点で好感度は連中の数倍上にランクインしたのだ。

 

「ルーナ・ルッサです。ルナでもルーナでも構いません」

「ロア・メグナカルトです。好きに呼んでください」

「ではロアくんで」

「じゃあルナさんで」

「ルナちゃんでもいいですよ」

 

 ふ~~ん。

 陰キャの皮被った陽キャだな? さては。

 俺にはわかるぞ。こんな軽快なやり取り陰キャには出来ない。俺はかつての英雄の記憶があるから何とか受け答えできるだけで、一番最初にステルラにボコされた時とか

 

『あっ……あ、ああ……』

 

 みたいな感じで呻く事しかできなかった。

 

「どうしました?」

「少々苦い思い出が沸いた。気にしないで欲しい」

「不思議な人ですね」

 

 そうだろうか。

 人間誰しも苦い記憶はあるだろう。

 

「で、何の用でしょうか。痛くて苦しいのは遠慮します」

「そんな物騒な用じゃないですよ。一つお願いがありまして」

 

 紅蓮の髪を靡かせて、彼女は軽く告げた。

 

「英雄と認められるあなたに興味があります。お友達になりませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てな事があった」

「…………刺された方がいいんじゃないかな」

 

 何故だ。

 アルにすらそんな顔をされるのは納得いかない。ていうか俺悪く無くないか。全部魔祖が付けた異名の所為で迷惑被っているんだが。

 

「ルーチェ。おまえはどう思う」

「……知らない」

 

 めっちゃそっぽ向かれたんだが。

 えぇ~~~~。これやっぱ俺が悪いのか。

 どんだけ拒んでもグイグイ来る奴は居るんだよ。ヴォルフガングとか、十二使徒門下は常識が欠如してる事で有名だからな(当社比)。

 

「第三席のお弟子さん、ねぇ。紅月(スカーレット)と言えば学年一つ上だよね」

「ああ。先輩と呼ぶのが相応しいんだが」

「あと後輩を揃えればコンプリートだ!」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 ルナさんは戦うのが好きじゃないと言っていた。

 だが異名が存在するという事は戦った経験があり、そこで名付けられた過去がある。

 ていうか当然のように全員名前継いでんのヤバくね? 俺以外全員十二使徒の一番弟子なんだけどどうなってんだろ。デスマッチとかで決めてんのかな。

 

「結構有名だよ。この学園じゃあ特にね」

「なんかあるのか」

「うん。一回戦ったっきり一度も順位戦やってないんだ」

 

 ……なるほど。

 思っているより面倒くさい事になって来たかもしれない。

 仮に戦いたくない理由が『痛い思いをしたくない』とか『傷つけたくない』とかだったらそれはもう面倒くさい事になってくる。俺に興味がある、その言葉の意味が少し変わるぞ。

 

「訳は知らない。本人が話そうとしないらしいからね」

「やっぱり面倒事じゃねぇか。いい加減にしろよ全く」

 

 俺はカウンセラーじゃない。

 ただのヒモ男だ。解決策を持ってくるのはステルラとか周りの人間で、俺はあくまで解決される側なんだよ。

 

「……ていうか、順位戦戦わなくてもペナルティ無いのか」

「今のところは一切存在してないよ。魔法を学ぶ場所ではあるけど、今の時代は平和そのもの。ほんの数人くらいはそう言う人が居てもおかしくないさ」

 

 それもそうだ。

 今のところは平和そのものである現代、戦いたくない人間を無理矢理戦わせる必要は無いのである。思い違いをしていた、というより少し思考が引っ張られていた。良くない傾向にある事だけは確かだな。

 

「そうだな。その通りだ」

「君みたいなトラブル体質は別だと思うよ」

「越えた。ルーチェ、手を貸せ」

「嫌。汚れるし」

「君達僕の扱いが雑過ぎない??」

 

 自業自得だ。

 

「おーい三馬鹿。朝礼始めるぞ」

「誰が三馬鹿ですか」

 

 ここで黙るのは認めるみたいで癪だが仕方がない。

 ニヤニヤ笑うアルを後でボコる事を決意しつつ、件の先輩に意識を傾ける。

 

 昨日部屋で話した時に抱いた印象は、『慎ましいがジョークを話す』タイプ。

 陰キャの皮を被った陽キャである。俺はまぁ? 根本が明るいからさ、そこら辺の嗅覚は鋭いンだよね。キョドる少年ロア・メグナカルトは時代を経て陽キャに進化したんだよ。多分。

 

 読書が趣味って言っていてああいう会話を好むなら頷ける。

 

『英雄』って名前に興味を持つ、か。

 ヴォルフガングより面倒じゃなさそうでいいや。アイツ俺に負けたけど既に順位は二十位くらいだし、バカくそ強いんだよな。いい加減俺に絡むのやめて欲しい。

 

 英雄、英雄ねぇ。そんな大層なモンじゃないけどな、この称号。

 

 俺には重たすぎる。

 仲間がいたとは言え戦争を止めた魔法剣士と、魔法の一つすら使えずに誰かに手を引いてもらわなきゃ何も出来ない俺。対比するのも烏滸がましい雲泥の差だ。

 努力を重ねた事なんて何にもならない。誰だって努力してるのだから、そんな事なんの自慢にもなりゃしない。

 

 かつての英雄を知る人たちは誰も否定しないが、かつての英雄の記憶を持つ俺は否定する。

 

 俺は英雄には程遠い。

 

 これ以上の期待なんて背負ってられねぇよォ~~~~! 

 本音はこれだが。俺の両肩はそんなに耐えきれないし両手からも零れ落ちていくからさ、英雄を知る人間からすればその内落胆するような事も出てくるだろう。だって俺だもん。

 無理無茶通せる彼とは違うんだ。

 

「ハ~~~~~~……」

 

 溜息が零れてしまうのは仕方がない事だ。

 どんなに頑張っても無理なものは無理。大嫌いな努力をこれ以上重ねるのは嫌なんだ。

 

 …………でもさぁ。

 チラつくんだよな、ああいう口調でああいう事言う人。

 むかしむかーし、遠い記憶の中で一人だけ居たんだよ。

 

 因縁か宿命か運命か、神の悪戯か。

 どこまで行っても過去の記憶が付き纏ってくるのは諦めた方が良いのかもしれない。

 

 全部師匠の所為だな。

 本来の自堕落な俺を残しつつ真面目にやるよう訓練させたあの人の所為だ。そういう事にしておこう。

 

 今日の晩飯は豪勢にしよう。

 肉だ肉。高級肉たらふく食いたい。

 油乗った肉と赤身を交互に食べれば胃にも財布にも優しい親切仕様だ。俺は金無いから師匠の奢りなんだけどな。

 

 

 

 

 

 



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第二話

 入学してから一ヶ月と少し。

 現在の生活にも徐々に慣れてきて余裕が生まれる頃合いだ。無論俺は学生生活など久しく行っていないから慣れもクソも無いが、周りの人間は少しずつ習慣付いてきている。

 

 アルは順位戦を開始したらしい。

 既に一年生の中では中堅、二年生下層に挑戦してるそうだ。肉体のオーバーヒールを利用した完全物理型で狂気すら感じる戦い方だった。出来ることなら戦いたく無い。

 

 ルーチェはたまに負けてるが、それでも二日に一回のペースで順位戦を行っている。敗北しても引き摺らない強さになったのはやはり素晴らしい。俺は負けたらクソ引き摺るだろうからマジで無敗でやれる相手だけ倒してぇ。

 

 でも無敗でやれる相手とかたかが知れてるんだよな。侮辱してるとかそういう意味ではなく純粋な意味合いで、俺より順位低い相手と戦う理由は無い訳だ。

 ランキングだけで言えば推薦枠だから一年生の中では上。二年生とか上級生を倒してるバケモン共と比べれば下になる。

 

 最上位を目指すなら最上級生になるまで待って、そこからステルラを負かせばいい。

 

「フ、俺の頭脳は相変わらず明晰すぎるな……」

「突然どうしたんですか」

「未来は明るいと噛み締めているトコロです」

 

 変な人ですね、なんて言いながら本に再度目を向けた。

 現在時刻は放課後でいつも通り、俺が課題に取り組んでいる最中だ。何故か教室に襲来したルナさんが着いて来たいと言うので了承したが…………

 

「ロアくんは魔法の才能が無いですね」

「うるさいですね……」

 

 あーはいはい、無能無能。

 悪かったですゥ~~俺に才能が無くてよォ~~~。

 

「決してやり方が悪い訳ではありませんし、無駄な努力をしている訳でも無い。ですが究極的に魔力という概念に対しての理解がどうしようも無いんですね」

「俺を虐めて楽しいですか? 俺は鋼の心を持っているが許容量には限りがあるんですわ」

 

 褒めるのか貶すのかハッキリして欲しい。

 俺は九対一で貶められていると感じている。大変遺憾です。

 

「いえ、逆です。それだけ難しいと自分でも理解しているのに諦めないその姿勢が素晴らしいと思います」

「努力何てなんの価値もありません。何故なら、誰もが努力しているから」

 

 実らなきゃ努力何て意味を成さない。

 

 魔獣に殺されないように努力した。

 努力はしたが、実力と武器が無くて勝てなかった。

 

 最終的に生きて勝たなきゃなんにも残らない。

 

「少なくとも俺はそう思ってる。誰か他人の努力を否定するつもりはさらさら無いが……」

 

 努力は嘘を吐かない。

 ならば、嘘を吐いた努力は無駄になるのだろうか。

 発揮できなかった努力は無駄だったと諦めなければならないのだろうか。過ごした時間は、人生は無駄になるのだろうか。

 

 俺はそう思いたくない。

 自分が選択した道は誤りでは無いと考えていたいんだ。

 

「……優しいんですね」

「捻くれてるだけですよ」

 

 

 

 

 

 # 第二話

 

 

「で、どうですか。俺を見た感じ」

 

 薄暗くなってきたので家までルナさんを送る帰路にて問い掛けた。

 俺に近づいてきた理由は『英雄』として興味があったのであり、俺個人に興味があった訳じゃないだろう。勝手な予想だけどな。

 

 一度顎に手を置いて考える仕草をしてから、ルナさんは喋り出した。

 

「英雄と呼ばれるのも納得です」

「誰かに言わされてませんか?」

「そんな事ありませんよ。私が考えた結果です」

 

 失礼な、なんて言いながら変わらない無表情で呟く。

 

「私なりに英雄のことは噛み砕いていました。師は大雑把に見えて繊細な部分があるので信用しています」

「それは確かに。ウチとは大違いだ」

 

 エミーリアさんは親友を除いて最も英雄を理解していたと言っても良い。

 なのにあんな風に記憶に鮮烈に残ってるのはヤバい連中なのおかしくないか。身近な仲間にもっと注目しろよ。……いや、逆か。身近な奴らは大丈夫だから注目してなかったんだろうな。

 

 その点俺は違う。

 

 その他大多数の人間のことは考えてないし、身の回りの大切な知り合いだけ守れればそれでいい。ていうかステルラのために頑張ってるんだよ。そこら辺分かってんのかなアイツ、いやわかんないままで良いわ。なんか癪だし。

 

「愛情表現が過激すぎる。子供の頃からなんにもかわらねぇ」

「でも楽しんでるんじゃないですか?」

「そんなバカな。俺はいつだってやめて欲しいと切に願っている」

 

 ちょっと揶揄ったら電撃ビリビリは洒落にならない。

 俺だから大丈夫だがいつか他の人間に飛んでいくんじゃないかと危惧している。主に帯電した先で。

 

「お陰で雷に対して耐性が出来ました。まったく」

「気付いてないんですか」

「何がですか」

 

 自分の口角をむに、とあげて無表情のままルナさんが言う。

 

「笑ってますよ」

「…………バカな」

 

 そんな筈はない。

 苦い思い出を語るのにどうして微笑む必要がある。

 思わず口角を触るが、筋肉が動いている感覚はない。

 

「嘘です」

「……ハメたな」

「優しい嘘もあるんですよ」

「それは言われた側の言葉であって言った側の免罪符ではない」

 

 イイ性格してやがる。

 

「なんだか私も楽しくなってきました」

「代わりに俺は急転直下だ。機嫌取ってくれ」

「甘い物は如何ですか。いいお店知ってるんですよ」

 

 ゴチになりま~~~す。

 っぱこういう恵が俺を癒してるんだよ。相変わらず働いてないので金が無いからお店とかは行ったことないんだよな。ルーチェに集るにしたって限度があるし、そもそも俺はソレ目当てで友人になった訳では無い。

 

 あくまで話の流れで奢られるのがベストだ。

 

「俺はお金無いから任せます」

「………なるほど、こういう部分が」

 

 なんか一人で納得しているが知った事ではない。

 俺が貶められた事実なんぞどうでもよく、既に頭の中は甘い物に支配されている。

 

「いいでしょう。人気者を独り占めする対価です」

「そんな大袈裟に考えなくてもいいんスけど……」

「エンハンブレさんやエールライトさんに悪いですからね」

 

 あの二人だって常に俺と絡んでたい訳じゃないだろ。

 良き友人だし片方は人生を左右した幼馴染みだが、それでも他人は他人。一人で過ごしたいと思う時はあるだろうし用事がある時もある。

 

 他人は他人、この考えが一番大事だと思っている。

 

「遠慮する必要はないです。俺は誰でもいいので」

「その発言は相当アレなんですけど……」

「自分を曝け出すのは気持ちがいいですね」

「世の中には隠しておいた方がいい本音もあるんですよ」

 

 俺の隠しておきたいことはどんどん明るみに出ていってるのでその理論は通用しない。猫被りは既に体をなさず、普段はヒモ系やる時はやる昼行灯キャラしか俺の行末は無くなってしまった。

 なお昼行灯がうまく定着しなければただのヒモ。

 

「ルナさんは俺を受け入れてくれますよね」

「甘やかす人は十分いるでしょう?」

「まだ足りないです。護身を完成させる日は訪れないと確信している」

「欲張りですね。あんまり泣かせちゃだめですよ」

 

 誰をだよ。

 常に泣かされてるのは俺だよ。

 毎日いたぶられて悲しい思いしてるのは俺の方だよ。ちょっとの飴くらい許してください、お願いします。

 

「そういえば、順位戦やらない理由ってあるんですか」

「ええ、ありますよ。くだらない理由ですが」

 

 ふ~ん。

 話したい感じでは無さそうだな。触れないでおくか。俺は気遣える男、他人の嫌がることは出来るだけやらないようにしてるのさ。

 

「俺も出来ることなら戦いたく無い。痛くて苦しいし」

「バルトロメウス君とエンハンブレさん。どちらも十二使徒関係者ですね」

「ルーチェはともかくヴォルフガングは金輪際戦わないと誓いました。アイツ強すぎるんです」

 

 次代の十二使徒候補とか格が違うんだよ、マジで。

 一発目でヴォルフガングに勝てたのは本当に良かった。運では無く実力だと高らかに謳いたい所だがそこまで思い上がりはない。初見特有の驚愕、好奇心からの慢心。

 

 正面からやり合えば負ける可能性の方が高い。

 負ける気はないけどな。

 

「このまま最上級生になるまで維持すれば学年トップ10は確実。つまり四年後、自動的に俺は一位になれるかもしれないって計算です」

「狡いですね…………」

「なんとでも言ってください。俺は一度勝てばいいんです」

 

 同学年にバグみたいな連中が大量にいるのだけはやめて欲しい。

 俺が負けさえしなければ不動の順位を保持できるのでこの作戦は実際有効である。俺の周りだけ戦っててくれ、俺は戦いたく無い。

 

「じゃあ私が挑んじゃいましょうか」

「お断りします。紅月(スカーレット)なんて名付けられてる人に勝てると思うほど驕っちゃいない」

 

 アル曰く、唯一の公式戦では圧勝。

 爆炎で焼き殺すんじゃ無いかと思うほどの熱量でワンパンしたらしい。相手は無事に生還したが、以後火を見るとトラウマが刺激されるようになってしまったそうだ。

 

 それもあるのだろうか。

 無闇矢鱈と実力を発揮しては良くならないと、天災クラスである自身の力を改めて認識してくれたのかもしれない。

 

「バルトロメウス君には勝てたのなら、私にだって勝てるかもしれませんよ?」

「やらないやらない。俺が苦しむのが確定している」

 

 灰色の未来は願っていないのだ。

 まったく、強い連中は強い奴ら同士でやり合ってくれ。俺は師匠の魔力が無いと何もできない一般人だぞ。

 

「……ふふ。でも、ロア君と戦いたいのは本音です」

 

 変わらない無表情で、だが僅かに喜色が滲んだ声色でルナさんが言う。

 

「受け止めてくれますか?」

「…………今すぐは遠慮します」

「誰にだってそう言うんですか」

「親しい人間にだけです」

 

 クソが。

 嫌に決まってるじゃないか。

 記憶の中にあるエミーリアさんの戦い方すら相手にしたくないと思うのに、百年以上経過して進化した連中とか戦いたくないに決まってる。

 

 でもさァ~~~~、縋られたらどうしようもないよな。

 

「俺は決して自分から進んで戦いません。唯一戦う相手はステルラ・エールライトだけですから」

「なんだか嫉妬してしまいそうです。どうですか、私もロアくんに執着してますよ」

「そういうのありがた迷惑って言うんすよ。俺の両手はもう埋まってます」

 

 もう随分歩いて来た。

 自宅に着く頃には夜も深まり風呂入って寝るくらいしか出来そうにない。

 雑談の切れ目にルナさんが足を止めて、俺もそれに倣い止まる。

 

「ありがとうございました。ここなので」

 

 目を向けてみればデッッッッカイ屋敷。

 めちゃくちゃ広いじゃん。俺の部屋何個分だよ、同級生でここまでいい場所に住んでる人居ないと思うんだが。

 

「お師匠と一緒に住んでいるので」

「その手があったか……!!」

 

 どうして俺は思いつかなかった。

 ステルラや師匠が突撃してくると最初からわかっていれば俺も同じ選択肢を取れたはずだ。師匠も立場を配慮すればこのくらいの屋敷に住むことは可能だし、俺もそこにあやかって暮らす事が出来た筈。

 

「クソッ……ハメたな! エイリアス……!」

「人の家の前で何騒いでるんだ……」

「お師匠。ただいま戻りました」

 

 あきれ顔で中から出て来たのは魔祖十二使徒第三席。

 此間俺の家に来た時とは違いオフ感漂う服装と髪型だ。赤い髪を緩やかに後頭部で纏めた簡易的な姿も似合っているのが流石としか言いようがない。

 

「おっ。デートか?」

「違います。どちらかと言えば護衛です」

「もうちょっと色気のある回答してくれてもいいじゃないですか」

 

 無表情で膨れるのは違和感しかない。

 でも不思議とわかるのだからすごいな。表情の起伏が薄いのに感情を表に出すのが上手ってどういう事なのだろうか。

 

「俺はデートで奢られると決めている。どれだけ罵られようとそこだけは譲るつもりはない」

「うわ…………」

「改めて聞くと結構引きますね……」

 

 何とでも言うがいい。

 その篩を乗り越えた奴のみが俺とデート出来る。あれ、めっちゃ自己評価高いクソ野郎みたいになってるじゃないか。こんな大それたこと言っても見捨てない奴らが周囲にいる所為で俺の屑度合いが日に日に増している気がする。

 

「男女平等。俺は等しくすべてにたかると胸に誓っているんです」

「エイリアス……甘やかしすぎだろ……」

「師匠は俺の事大好きなので王権を築くのは容易かった。ステルラも俺に負い目があるのか知らないけど勝手に背負いこもうとするし、ルーチェはイイヤツなので俺に甘い。護身が割と完成してるのでは……?」

「最悪です」

 

 ルナさんの俺を見る目が若干厳しくなった気がする。

 

「待ってください。確かに俺はヒモ気質で誰にでも釣られていく夜の虫みたいな性質はありますが、それは親しい人間にのみという条件があって」

「言い訳になってないからな。まったく……」

 

 溜息交じりに笑うエミーリアさん。

 流石はあの大戦での人格者枠、魔祖を見て来た人たちからすれば俺とか可愛いモンだろ。

 どんぐりの背比べとか言うなよ。俺の判定では確実にセーフだから。

 

「まだご飯食べてないだろ。食べてけよ」

「マジすか」

 

 これだよ。

 このナチュラルな甘やかし方、これこそ俺が求める全てだ。エミーリアさんを見習ってルナさんも学んでほしい所存であります。

 

「お師匠の料理は絶品です。私が保証します」

「そんなにハードルは上げないで欲しいんだが……まあそれなりだよ。普通に食べれる程度には練習したからな」

 

 若干遠い目でそう呟く。

 急に闇出すのやめてくれないか。

 かつての英雄の中でエミーリアさんの料理が美味いという記憶はそう色濃く残ってないので、大戦終わった後に練習したパターンだろ。

 

 因果が全て収束してきてる気がするのは俺だけか。

 

「ではありがたく」

「おう、大したもんじゃないけどな?」

 

 ……まあ、俺はかつての英雄じゃないが。

 少しくらいは肩代わりするのもやぶさかではない。たとえ本人がそれを知らないとしても、誰一人としてその事実が伝わらなかったとしても。

 

 少しは報われたっていいんじゃないか。

 

「余すことなく俺の胃の中に収めて見せましょう。それが招かれた者の定めです」

「ほほう。では勝負しましょう。負けた方は一回だけなんでも言う事聞くルールで」

 

 勝負、その単語が会話に出て来た瞬間にゴングは鳴っている。

 俺の勝負脳が即座に弾きだした計算の結果リスクよりリターンがデカい事を結論付けたのでこの勝負には乗っかる事にした。ルナさんに一度命令できる権利とかあまりにも贅沢すぎる、負けた場合クソ痛い事になるが負ける事は考えてないから問題ないな。

 

「後悔させてあげますよ。俺に勝負を挑んだことを」

「ふふ、こう見えて結構食べるんですよ?」

「あ~あ…………」

 

 男子学生の胃袋を舐めるなよ。

 俺は師匠の置いて行く食材を余すことなく食べている程の健啖家だ。

 

 何お願いしようかな。

 一回のお願いを複数回に増やすのがやっぱり鉄板だろ。

 そんでもって俺に沢山奉仕してもらうぜ。これが勝利の方程式ってヤツだな。

 

 

 

 

 

 この後、アホみたいな量のご飯が出てきて俺は敗北を喫する事となる。

 無表情感情豊かキャラが健啖家とか属性盛りすぎにも程があると思うんだ。エミーリアさんのご飯は大変美味しかったが、それどころではない敗北の屈辱を味わう事となってしまった。

 

 

 

 

 



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第三話

 俺は自分の発言には一貫性を持っている。

 言い繕う瞬間は掌返すことはあるが、自分の生命の危機に瀕した時以外は常にスタンダードを貫いているハズだ。

 

「どうですか、似合ってますか?」

「大変お似合いです」

 

 変わらぬ無表情で軽やかにボディランゲージを表現する犯人を見ながら、俺はどうしてこうなったのだろうかと思いを寄せた。

 

「むむっ。もう少し興味を持ってください」

「異性の着替えに対して興味津々なのもどうかと」

「男の子はそれくらいで良いんですよ。ホラホラ、ひらひらですよ」

 

 ハッ。

 今更スカート丈に釣られるような男じゃないぜ。

 ルーチェ戦でバッチリ焼き付けたからな。弱冠十五歳にして黒の派手パンツだったから刺激十分すぎる。

 

 そもそもルナさんは起伏の激しい身体つきではない。

 ステルラはやや平均的と言えるスタイルで、ルーチェは年齢にしてはそこそこ。最上位にスタイルお化けがいるからそっち方面では俺は無敵の耐久力を誇るのだ。

 

「やはりエンハンブレさんやステルラさんには勝てませんか……」

 

 こいつエスパーか? 

 思わず汗が流れ落ちたような気がしたが、それを悟られるのは非常に失礼なのでなんとか誤魔化す事にする。

 

「ルナさんは魅力的ですよ」

「嬉しい事言ってくれますね。でもまだ足りません」

「……足が綺麗です」

「もっともっと」

「髪が綺麗だ」

 

 むふーと満足げにする。

 

 一種の拷問か。

 別に褒めるのは構わないんだが、公衆の面前で行われる行動だと言うのが問題だ。首都はそれなりに広い、だが俺たち学生の生活圏内は近いのだ。

 

 つまりどう言うことか────

 

「…………ロア?」

 

 はい、ロアです。

 錆びた機械のような動きで首を動かして後ろを見る。茶色の髪に幼さが少しだけ残る美少女が私服で佇んでいる。瞳から僅かに失われたハイライトが星の終わりを示すようで、俺の生命の終わりすらも示唆している。

 

「おや、エールライトさんですか。初めまして、ルーナ・ルッサと申します」

「あ、どうも初めまして。ステルラ・エールライトです…………?」

 

 早くも先手を取られているが首を傾げたまま固まっている。

 その調子だルナさん、アンタが先手を取り続ける限り俺に終わりは訪れない。今この瞬間だけはアンタを支持することにするぜ。

 

「ロアくんをお借りしてます。デートって奴ですね」

 

 変わらぬ無表情のまま俺の腕に抱きついてくる。

 役得だ〜うれし〜なんて言う訳ねぇだろボケ! 面倒に面倒を重ねた面倒のミルフィーユになってんだよ。重なりすぎておかしくなりつつあんだよこの状況はよォ! 

 

「デ、デート…………」

「ロアくんがどうしてもって言うので」

 

 合ってるけど違う!! 

 

「ステルラ、ホラ吹きの言うことは信じるな。俺は勝負に負けて屈辱に塗れた一日執事とか言うヤバい条件と一日デートを天秤に掛けられてやむなく選択したんだ。お前ならその意味がわかるだろう」

「燕尾服も似合うと思うんです。そうは思いませんか?」

 

 思わないです。

 

「燕尾服のロア……」

 

 ダメみたいだな。

 お前ホワホワしてんじゃないよ。もっとしっかり自分の芯を保てよ。頑張ってくれ頼むから。

 

「何やってんのよアンタら」

「ルーチェ! よく来てくれた」

 

 やはりお前は俺の救いだ。

 

 苦しい逆境の最中唯一と言っていい俺の味方。

 春の気候も相まって少し暖かい服装だ。ニットセーター……って言うんだったか。ボディラインも合わせて似合っている。

 

「初めまして。ルーナ・ルッサと申します」

「……初めまして。ルーチェ・エンハンブレよ」

 

 他二名に比べて少しだけ身長が高いので見下すような形になっている。

 目付きが悪いんだよ。デフォルトで睨んでるのかってくらい鋭い時があるからそこだけは直した方がいい。でも最近絡むようになってから程よく柔らかい目尻に変化していっているから良い傾向ではないだろうか。

 

「ロアくんをお借りしていました。返す予定はございません」

「別に好きにすればいいんじゃないの。私らのモノじゃないし」

 

 少しは俺を慰めようってつもりはないのか。

 恩を仇で返すとはこの事か。

 

 あ~あ、そういう事言うなら俺は流されちゃうもんね。ルナさんは俺を甘やかしてくれるオーラたっぷりあるし、エミーリアさんすら俺を甘やかしてくれる。

 俺の本質を見誤ったか? 

 

 悲しいよ、ルーチェ。

 

「ふふっ。(今日一日は)私のモノですね」

「そうですね。(今日一日は)貴女のモノです」

 

 腕を絡めて来たルナさんを振りほどく事も無く受け入れる。

 籠絡する手立てには乗らないが、そういうことなら喜んで協力しよう。

 

 予想通り眉間に皺を寄せたルーチェは睨みを利かせた。

 

 俺に。

 

「おやおや、どうしたんだルーチェ。俺は約束で仕方なく従っているだけで望んで服従している訳じゃない。今も屈辱に塗れて腸が煮えくり返っている所だ」

「それにしては楽しそうね」

「そう見えてしまうか。やれやれ、まだまだ俺の理解度が浅いな」

 

 額に青筋が浮かび上がるのが見えた。

 やりすぎた。調子に乗ってごめんなさい。ア゛~~~~!! 今すぐ平謝りして逃げ出してぇ。でも勝負の結果である約束を投げ出すわけにもいかない。

 

 煽らなければよかっただと? 

 

 その通りだ。

 

「まあ落ち着けルーチェ。お前は俺の事をよくわかってるだろう」

「スケベ野郎」

 

 誰がスケベ野郎だ! 

 言うに事欠いてスケベ野郎だと…………? 

 

「フン。単に俺の周りの人間が俺の事を好きなだけだろ」

「思い上がり甚だしいわね」

「そんな……じゃあ、お前は俺の事が嫌いなのか……」

「……………………そうは言ってないでしょ」

 

 本当チョロいな。

 

 腕を絡めて来たルナさんも若干呆れ顔になっているような気がする。

 

「……あざといですね」

「カワイイ奴なんです」

「うっさいわね!」

 

 

 

 

 

 

 

 # 第三話

 

 

 女三人寄れば姦しい、なんて言葉がある。

 一括りで表現してしまうのは失礼かもしれないから好ましくないが、今ばかりは頭に浮かんでしまう。

 

「へぇ、ロアくんってステルラちゃんの為に頑張ってたんですね」

「俺は一度もそんな事いった事無いんだが、どうしてそういう風評が広まっているのか甚だ疑問ですね」

 

 何時までも服屋で騒ぐわけにもいかず、ルナさんが気に入った服を何点か購入して後にした。

 流石に下着とかそういう部分で揶揄う気は無かったのが助かる。そこまでやられてたら対応に困っていたところだ。具体的にはエミーリアさんに泣きつく。

 

「これ本気で照れ隠しなんですか? わかりやすいですよね」

「え、えへへ……そういうトコロがいいんですけど」

 

 コラそこ、なに話してんだ。

 聞こえてんだぞ。身体能力も人間の枠から外れない俺だが、自然の中で危険から遠ざかる為に鍛えられた五感は引けを取らないと自負している。

 

 なにが『そういうトコロ』だ。

 

 クソが、ムカムカするぜ。

 

「フ…………モテる男は辛いぜ」

「スケベ野郎」

 

 お前さ。

 俺はあの時確かに言ったハズだ。

 後になって制裁とか無しだって。同意もしただろう。約束を破るのか……! 

 

「ロアくんはスケベなんですね」

「非常に遺憾だ。今すぐ撤回させてやる」

「力尽くでそんな……」

「このボケ」

 

 頭桃色のアホ先輩は放っておいて、冷ややかな目線を差し向けてくるルーチェに対して反論する。

 

「俺は男だ。成人が近い男性は性に興味を持つのが当たり前であり必然である。特に思春期と呼ばれる段階に突入している今、身の回りに整った顔立ちの女性が沢山いるのだから発情してもおかしくは無いだろう」

「なんだか釈然としないわね……」

「お前は綺麗だ。だから仕方ない」

 

 ここまで言っとけば問題ないだろう。

 予想通り顔を隠すようにマグカップを手に取ったルーチェ。既に手のひらの上なのさ。

 

「むむむっ。私に対してはあんなに適当だったのに……」

「愛情の差です。好感度と言い換えてもいい」

 

 まったく。

 俺は無条件で他人に施しを与えるような聖人君子ではないのだ。手の届く範囲しか差し伸べないし、そもそもずっと手が届かない場所に走り続けてるのだからそんな余裕は一切持ち合わせて無い。

 

 なのに周りも見捨てないとか我ながら良いやつすぎないか? 

 

「ルーチェはいいヤツだから俺だって相応の態度を取る。何処ぞの紫電気ババアみたいに暴力を振るうこともあるがそれも全て照れ隠しだ。照れ隠しに暴力は見方によっては犯罪かと思われてしまう可能性もあるが、その全てを俺は受け入れてやろう。あ〜あ、懐が広すぎて驚いてしまうな」

「台無しだよ!」

 

 突然憤りを露わにする幼馴染み。

 落ち着きが足りないな、自分で言うのもなんだが山で過ごしてみたらどうだ。怒りは無駄にエネルギーを浪費するだけの無駄な感情だし、人生を曇らせる要因になると言っても過言では無い。

 

「確かにロアくんは勝負に負けたら潔く受け入れる度量はありますね」

「俺に喧嘩売ってますか。買ってやろうじゃねぇか」

 

 キレた。

 一度負けたことはまあ認めてやろう。

 だがそれを永遠に引き摺られ擦られることはゆるせない。その行動をしていいのは俺だけなんだ。

 

「やれやれ。落ち着いてくださいロアくん」

「俺は至極落ち着いている。心の中で憤りを感じているだけで頭は冷静だ」

「煮え切ってますね。熱という分野なら負けませんよ」

「魔法が炎なだけだろうが」

 

 フンッと胸を張るアホ先輩。

 こんなのに乗せられていたのか……俺は。冷静になると自分が恥ずかしくなる。

 

 魔獣が一匹魔獣が二匹、魔獣が三匹魔獣が四匹……よし、落ち着いた。

 

「二人で出掛けてたのか」

「うん、そうだよ!」

 

 楽しそうに笑うじゃんか。

 ルーチェは……ちょっと顔を背けてるな。照れてる感じか? お前。

 

 ホントかわいい奴だな。

 

「偶然同じ店で出くわすとは」

「折角のデートがご破算です。ロアくん、埋め合わせしてくださいね?」

「嫌です」

 

 注文した菓子を平げお茶を流し込む。

 風情もクソもないように聞こえるかもしれないが作法は完璧だ。どこに出されてもそういう面では問題ないと自負している。

 

「別にルナさんと出掛けるのが嫌な訳ではなく、純粋にやりたいことがあるからお断りします」

「私でよければお付き合いしますよ」

「遠慮しておきます」

 

 俺は家でゆっくりしてたいんだよ。

 出来る事なら魔法の勉強とかしないで歴史書とかを読み耽っていたい所を勉強に費やしているんだ。学校以外で努力とかしたくないし寝ていたいのにやっているあたり俺がどれだけ苦しんでいるか予測できるだろう。

 

 簡潔に述べれば家でゴロゴロしたいのだ。

 

「振られてしまいました。一途ですねぇ」

「誠実な人間が好まれるらしいので、俺も誠実に生きているだけです」

 

 何一つ嘘は言ってないからセーフだな。

 

「少し不真面目なくらいが好みです」

「それは残念だ。俺とは真逆の性質です」

 

 フンッ。

 女性陣がゆっくりとお茶を楽しむのに対し高速で食事を終えた俺。これも全て数年間の山籠りの果てに磨かれたクソ技能なのだが責任を取るべき妖怪は見て見ぬ振りをしてくる。

 

 それどころかどんどんおかわりを渡してくる始末だ。

 

 思い出したら気持ち悪くなってきたな。

 もう限界ってくらい食ってんのに更に渡してくるんだもん。めっちゃ楽しそうに見てるから断るわけにもいかないし無理やり押し込んで飲み込んだよ。もう味はわからなかった。

 

「どしたの?」

「なんでもない。少しトラウマが刺激されただけだ」

「それは大丈夫じゃないと思うんだけど……」

 

 甘やかされるのは好きだが甘やかすのは好きじゃない。

 俺は自分勝手だからな。本質を見誤る人が多いが俺は根本的に屑寄りの人間である。捻くれてると言ってもいい。

 

「ロアくんロアくん」

「なんでしょうか」

 

 スッ…………と、目の前にフォークに乗った果物がやってきた。

 

「あ~ん」

「…………」

「あ~ん」

「…………むぐ」

 

 チッ、仕方ない。

 ご飯に罪はないからな。それにこの行為も受け取り方によっては甘やかしているのと同意義であるので俺としても文句はない。別に腹一杯でも無いし。

 

 甘いクリームが僅かに口の中で広がり、果物の酸味と美味く混ざり合っている。美味しい。

 

「美味しいですか」

「美味しい」

 

 まったく。

 まあ一日何処かに連れまわされるよりかはマシか。

 服屋でまあ、見た目は美少女な先輩の着せ替えを見れたのだ。人によっては褒美にもなるだろう。

 

 俺にとっては別に褒美でも何でもないが。

 

「ぐぬぬ…………」

 

 ステルラが唸っている。

 その手に握ったフォークにはケーキが突き刺さっている。なあ、その矛先を誰に向ける気なんだ。品位と作法が失われつつあるんだが。

 

 その隣のルーチェを見れば、絶対零度の視線が突き刺さっている。

 勿論魔法が漏れてるとかそういう訳ではない。あくまで比喩である。

 

「モテモテですね、ロアくん」

 

 お前の所為だよ。

 いつも変わらない無表情しやがって、責任取れ! 

 俺が受け入れなければいいとか野暮な事言ったやつは座ってろ。受けれる時に受けておくのが慈悲を授かる人間としての基本なんだよ。

 

「む、むむっ」

 

 むにぃ~~っと頬が伸びる。

 それでも変わらぬ表情筋。なんか裏がありそうで嫌だから触れてないが、理由はあるのだろうか。単にそういう性格なだけか。

 

「淑女の肌に無断で触れるとは……」

「自分から腕を絡めてくる女が何を言っている」

「いやですね、ロアくんにしかしませんよ」

 

 謎の好感度やめろ。

 なんの理由も無い好意は恐怖でしかない。

 <chrome_find class="find_in_page find_selected"></chrome_find>正解もクソも関係してないから個人の好みなのだろうが、それでも突然現れた美少女に『あなたが好きです』と言われて頷けるのはリスク管理が出来てない人間だけだ。

 

 無論俺はリスク管理を徹底しているので美人局にも引っ掛からない訳だ。

 

「俺は合格ですか」

「私個人としては一つも文句はありません」

 

 どうやら許された様だ。

 

「自分の身が置かれている状況を正確に理解した上で全部巧みに利用しているのは小賢しいのか、それとも図太いのか……」

「褒められてる気がしないんだが」

「勿論褒めてます。器が大きいと言い換えていいでしょう」

 

 ならいい。

 言葉選びが最悪なんだよ。

 

「少し女泣かせな部分が目立ちますが、それも含めて魅力的です。倒錯的な恋愛をしている気分になれます」

 

 これ褒めてないよな。俺がヒモ人間だってバレてる上で冷静に外部から分析されてるだけだろ。単純に言い換えれば『ダメ男に弱い女』泣かせってことだろ。

 

 何一つ言い返せない。

 

「なにより────好みの顔です」

「主観的な評価ですね」

「なにおう。異性の顔の良さが十割を占めると言っても過言ではないのです、私が一目惚れした可能性は信じられませんか?」

 

 それが目的じゃない事くらい見抜いてる。

 

 確かに俺は田舎出身山育ちの野蛮男性である。

 だが頭の中には二人分の人生が詰まっているのだ。対人関係に関しては寧ろ豊富、腹の裏側で考えてることだってお見通しだ。相手の思惑を把握し理解したうえで全て踏み越えた英雄とは違い、相手のストレートを避けて自分の領域に引き摺り込まなければならないのが俺である。

 

「信じるか信じないか、という二択で言わせて貰うならば信じます。思惑が有ろうと無かろうと俺に恵みを与えている事には変わりはない」

「ブレないですね……」

「そこがイイんだろ」

 

 おいステルラ。

 なに「うわぁ……」って顔してんだ。俺は元々こういう性質だぞ、お前わかってんだろ。

 

「言い換えればパトロンだ。略してパト活」

「アンタ今色々ダメな方向に進んでるわよ」

 

 ここで呆れ果てた三人に仮に見捨てられるとしよう。

 俺は途方に暮れる。ステルラに見捨てられたらもう泣きたくなるんだが、あくまで仮定。見捨てられることは無いと信じている(・・・・・)

 

 一人寂しくご飯を食べている俺に救いの手を差し伸べるのは師匠だ。

 あの人だけは俺を見捨てない。ステルラが怒って一時的に仲違いしたとしても、ルーチェがマジギレして疎遠になっても、ルナさんの本当の思惑が露わになっても。

 

 誰がどれだけ俺から離れようが師匠は離れないのさ。

 

「魔祖の性格だってカスだし問題ないだろ」

「それを言われると言い返せません」

「そ、そんなになんだ……」

 

 ステルラはまだ顔合わせをしてないらしい。

 噂程度にしか聞いてないのだろうか。まあ記憶の中で目の当たりにしてる俺やかつての魔祖の話を聞いている人間はカス呼ばわりでも生温いと思う。

 

「さあどうだ。俺とデートをするとはこういう事だ」

 

 ルナさんが離れる事は暫く無さそうだが、とりあえず言っておく。

 興味本位で近づいてきてある程度俺の事は理解しただろう。その上でまだ絡む気があるのなら俺も態度を変える。具体的には甘える姿勢を上方修正するつもりだ。

 

「財布も持たずにデートに誘う男は違うわね」

「金持ってる奴が出せばいいじゃないか。俺は無い」

 

 あの時は急いでたからしょうがないんですゥ~~~! 

 

「甲斐性が無くても生き甲斐を与える事は出来ると確信しているからな」

「………………はぁ」

「ま、まあまあルーチェちゃん」

 

 二人はともかく本来の相手であるルナさんへと視線をズラす。

 

「こうやって頼られるのは初めてなので新鮮な気持ちです。もっと任せてくれてもいいんですよ」

「マジかよ」

 

 一目惚れは嘘じゃないかもしれない。

 だが少し待て。今聞き逃せない単語が出てきたような気がする。

 

『頼られるのは初めて』、か。

 他に弟子が居る訳でもない第三席の一番弟子で、住む家すら同じで。

 

 ルナさんの家庭環境はどうなってるんだ。

 

 ン、ンンンン~~~~……

 急激に怪しい方向になってきたぞ。

 こんだけイイ性格してて色々引っ張ってくれる人が頼られた事がない、か。深読みで済めばいいんだが。

 

「はい。私に家族は居ないので」

 

 突如ブチ込まれた激重家庭状況に場が凍り付いた。

 温度差の激しさが急転すぎて風邪引きそうなんだが。そういう地雷原抱えてるの、そろそろやめて頂けませんか。俺も他人を気遣うのは疲れるのだ。

 

「あ、深く考えなくて大丈夫です。子供の頃の話ですし、今はお師匠が家族ですから」

 

 そう言いながらお茶を飲む。

 

 無表情が変わらない所為で測れない。

 他人を全て理解する事なんて不可能だが、それにしたって怖い話題だよ。センシティブな話題に顔を突っ込んで大丈夫かどうかの判断は何時だって怖い。

 

「む……すみません。お恥ずかしい話ですがこれまで友人が出来た事無いのでどこまでがセーフかわかりませんでした」

「そこのエールライトとかいうヤツも同じタイプなので大丈夫です」

「ロア!?」

 

 コミュ障自覚がある分マシだな。

 こういう事を言うあたり本当に大丈夫だと思ってそうだ。

 深く触れないように注意すれば問題ないだろう。ルーチェの時みたいにステルラが地雷原を走り抜ける前でよかったぜ。

 

「俺も人生の七割を山で育っている。人によっては虐待に取られても不思議ではない」

 

 師匠が魔祖十二使徒という社会的地位と説得力があるから何も言われてないだけである。

 

「似た者同士ですね。私達お似合いじゃないですか?」

「そう言うにはまだまだ関係が浅いですね。もっと理解度を深めてもらわないと」

 

 グイグイ来るな。

 ウ~~ム、エミーリアさんに聞いてもいいんだが……

 

 折角話す中になったんだし直接聞く方がいいか。

 

「一つだけ俺から聞いてもいいですか」

「? なんでしょうか」

 

 家族の話題ほど暗い話じゃなければいいな~~。

 それを切に願う。いや、本当に冗談じゃなく。

 

「戦わない理由を教えてください」

「構いませんよ」

 

 よし、フラットな声だ。

 ルーチェクラスの地雷を抱えてる人なんて稀だから俺が身構え過ぎたな。被害妄想というか、無駄に考えすぎていた気もする。

 

「魔法で相手を焼くと家族が燃えた瞬間を思い出してしまうんです」

 

 ……………………俺が悪かった。

 想像の十倍は重たい話を喫茶店で聞きだそうとした俺が悪い。

 

 そんな俺の懺悔など知らず、ルナさんは話を続けた。

 

「……いえ。正確には、私を守って亡くなった両親の遺体を燃やす感触」

 

 

「今から十年前。お師匠様に出会った頃のお話です」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「どこから話をするべきでしょうか」

 

 悩む仕草を見せる。

 喫茶店で話す内容じゃないんだが、周りの客席が俺達の反応を窺っている様子はない。他人に注目してる人間もそういないだろう。

 

「……私達、お邪魔ですか?」

「……? いえ、そんな事はありませんよ。逆にお話したいくらいです」

 

 この人距離感ちょっとおかしいよな。

 ロクに絡みの無い人間が踏み込んでいい話ではないと思うのだが、そんなのはお構いなしだ。

 

「勿論誰にでも言う訳じゃないですよ。私に偏見なく近づいてくれた人だと判断しただけです」

 

 俺達全員偏見を持たれるからな。

 その意識は非常に理解できる。魔祖十二使徒の弟子ってだけで面倒臭いのだから、個人として付き合いが出来る相手ってのは貴重だ。

 

 そういう意味で、俺達が出会うのは必然だったかもしれない。

 

「…………あっ」

「どうしたんですか」

 

 突然何かに気が付いたのか、声だけで驚愕を表す。

 じっと俺の目を見詰めてくる。

 

「いえ、ロアくんは優しいなと」

「なんなんですか藪から棒に。俺を褒めても自尊心しか出しませんよ」

「自責の念に苛まれている最中です。慰めてください」

「すみませーん」

 

 腕を広げているがシカトしながら店員を呼ぶ。

 皆喉が乾いたのかすっかり飲み物が無くなっているし、改めて話すタイミングを作れる。聞き手である俺たちだって喉は乾くのだ、話が話だし。

 

「同じの一つずつ下さい」

 

 店員がメモを取りそのまま席を離れる。

 因みに堂々と注文しているが金は持っていない。ルナさんに頼み、その後にルーチェを頼り、最後にステルラを脅す。対人経験のないうら若き少女達等俺の敵ではない。

 

「どうですか、英雄(・・)の気遣いは」

「それを言わなければ完璧でした」

「そういう所あるからね……」

 

 えぇ〜〜〜。

 俺の完璧なフォローのお陰でルナさんに負い目をまったく背負わせない頭脳ムーブなのにコレである。優しく正直な人間ほど損をする社会なんて俺は許せない。

 

「なるほど、これは結構……」

「ですよね、結構ですよね!」

 

 謎の共感を果たしているステルラとルナさん。

 一方のルーチェは見て見ぬ振りをしながら聞き耳を立てている様子だ。

 

「俺の話はどうでもいい。ルナさんの話をしよう」

 

 俺の話なんて聞いてもつまらないだろう。

 今メインなのはルナさんであって俺ではない。これ重要な。

 

「そうですね。話を戻しますか」

 

 タイミングよく注文した飲み物も届いたので喉を少し潤した後、続いて話を進めた。

 

「私の生まれはごく普通の一般家庭。

 特別な出自等は一切なく、ありふれた田舎の夫婦の元に生まれました」

 

 俺たちの世代、突然変異が多くないか。

 この四人の中で一番強い理由があるルーチェがコンプレックス抱えまくりなの本当なんなんだよ。生まれは選べないというが、育つ環境で精神なんて形作られるわけで。

 

 俺は特殊だから省くとして、ステルラは天賦の才が故の孤独。

 ルーチェは生まれと自身にかかる重圧からの精神的な抑圧で追い詰められていた。

 

 ルナさんはこう、現時点で出てる情報が重すぎるんだよな。

 焼いた感覚とか考えたくもない。肉を斬り命を奪うあの瞬間の気持ち悪さはいつまで経っても慣れる事はないし、その一撃が原因で死に至ることだってある。

 

 順位戦という形で戦ってはいるが、そこにはいつだって死のリスクが紛れ込んでいるのだ。

 

「二人とも猟師でしたので、命の価値観についてはよく教えられていました。私達が動物の命を奪い日々暮らしているのと同じように、いつの日か死を迎える時が来るかもしれないと」

 

 覚悟キマりすぎだろ……

 猟師としては正しいし、人としても素晴らしい価値観だとは思う。でもソレ物心ついたばかりの子供に教える事なのか。あーうーん、でも変な部分で根幹が揺らぐような人間に育つくらいならしっかりと教えておくのはアリか。

 

 俺? 

 俺はホラ、一週間程度天狗になっていた時期があるからさ……

 

 この話はやめようか。

 

「ですので、あの夜の事はよく覚えています」

 

 あの夜、ね。

 俺とステルラで言うあの日。

 死を目前にして自分の無力さを呪ったあの日だ。

 

「白の怪物。何処からどう見ても自然の産物ではない異形が家を襲ってきました」

 

 あ~~~~~~…………

 

「もしかしてソレって、腕が多かったり……?」

「そうですね。尻尾も生えてました」

 

 ドンピシャじゃねぇか! 

 うわ、うわうわわ……少し考えてみればわかる事だった。

 俺たちが襲われた(事故で封印が解けた)のと同じように、他の場所で発生している可能性もある。その被害者が多くいる事も、その解決のために事情を知る人たちが忙しなく動いている事も。

 

「まあ食べられるのも吝かではなかったんですけど」

「幼児の思想じゃないぞ……」

「仕方ないです。私にとって世界はそれしかありませんでした」

 

 死を受け入れる姿勢が恐ろしいんだが……

 今は矯正されてることを祈るぞ。エミーリアさんはそこんところ大丈夫だとは思うが。

 

「なので逃げる所か受け入れようとしたんですよ」

 

 ……察しが付いたぞ。

 そりゃあおま、トラウマにもなるだろ……逆にその程度で済んだのが奇跡だと思う。洗脳ではないが、自身の思想と現実の相違によって精神的に追い詰められてくるってしまう人は多い。

 

 マジでエミーリアさんでよかったな。

 

「まあ、はい。そんな私を庇うように二人とも殺されてしまいました」

 

 無表情で変わらないように見えるが、わずかに手が震えている。

 その心の強さ、俺は尊敬する。現実に打ちのめされて、思想すら変わり、自分の非を認めるのは簡単なように見えて難しい。

 

 頬杖をついて話を聞いていた姿勢をやめて、ルナさんの手を握る。

 

「…………ふふっ。ありがとうございます」

「気にしなくて良い」

 

 ハ~~~やれやれ。

 俺の気遣いにレディとして対応してくれたのはルナさんが初めてだ。

 

 妖怪紫電気ババァは雷で、ステルラは才能差による暴力、ルーチェは物理で殴る。

 

「女の涙は?」

「蜜の味」

「最っっっ低」

 

 いや違うんだよ。

 ハメられたんだ。俺は悪くない。

 今の話の流れで突然問いかけが飛んでくる方がおかしいだろ。俺はよく速攻で対応したと褒められても良いくらいじゃないか。アドリブがうまいねとか、そう言う方向で褒められて然るべきだと思うんだ。

 

「やはりロアくんは面白い人ですね」

「嘲ってますか? ナメられたと感じたらソレは終わりを意味するんですよ」

 

 このままではルーチェから制裁が飛んでくる。

 周りにバレないように体を殴るつもりだろう。虐待してる親じゃねーんだぞ。

 

「そんなこんなでお師匠に寸前で助けられた私はそのまま弟子入りした訳です」

「あっさりしすぎじゃないですか。その、こう……重たい話なんだからもっとシリアスでも構いませんよ」

「暗い空気なの好きじゃないんですよ。過去に起きたことは過去のことですし、事実を茶化すわけでもないならあっさりとしてるほうが好みです」

 

 手が震えるようなトラウマが刻まれてる癖によく言うよ。

 その無表情も関係しているのだろうか。表情筋が動きにくいとかそう言うレベルではなく、感情を表すことが出来なくなったとか。

 

「む、はひふるんへふは(何するんですか)

 

 ぐにぐに頬を掴んで伸ばす。

 

「フン。俺の前では金輪際誤魔化すことを禁止します」

「……何のことでしょうか」

 

 頬を摩りながらまたトボけている。

 

「辛い時は辛いと言えば良い。悲しい時は悲しいと泣けば良い。嬉しい時は嬉しいと喜べば良い。感情を押さえ込む必要があるのは大人になってからで、俺たちはまだ子供だ。我慢する必要はない」

「ロアは我慢を知らないもんね」

「お前ライン超えたぞ」

 

 ガチでキレた。

 確かに俺は我慢知らずの暴君を目指しているが、ナチュラル暴君コミュ障天才に言われるのは納得がいかない。

 

「俺は常に願っている。毎朝目が覚めれば最強になっていて欲しいと今も思う程には」

「……………………」

 

 ルーチェが顔を逸らした。

 お前考えたことあるだろ。目が覚めたら才能が芽生えてて魔法の適性が変わっていれば良いのにって願ったことあるだろ。俺にはわかるぞ。

 

「どいつもコイツも、自分が一番辛いくせに周囲を気遣う。そんなモン要らん。辛いと言え。泣け。周囲を頼れ。俺は少なくともそうしている」

 

 何も言わなければ何も伝わらない。

 理想で言えばそりゃあ気付くのが一番だが現実はそううまくいかない。

 

 だからこそ言葉がある。

 

 何度だって言ってやろう。

 

「人間一人で抱えられる量なんて決まってるんだ。好きに吐き出せ」

 

 なんで俺がこんな事をしなければいけないのだ。こういうのは年長者が率先して行うべきであり、本来ならば魔祖とかそこら辺がやる仕事だ。

 メンタルケアは専門外故に、英雄の記憶と俺の経験を頼りに話をするしかない。

 

 それが如何に確証に欠けたモノか。

 

「…………そう、ですか」

 

 握った手を僅かに握り返してくる。

 肯定と受け取っていいだろう。直接的な表現を避けて、出来るだけ意図を逸らして伝えて来た人だ。

 

 甘える練習もしておくべきだったな。

 

 すっかり冷めてしまったお茶を流し込んで、独特の苦味が口を潤す。

 偉そうな口を叩いているが、俺は誰かを導けるような人間じゃ無い。導くってのは他人の人生を左右するような出来事を起こす事を意味するのだ。

 

 自堕落に生きていきたい俺にそんな覚悟も度胸もない。

 

 ただ一人だけ、ステルラだけは引き摺り込んでしまったが故に責任を取るつもりではある。

 

「温かいですね」

「触ってて楽しいモンでもないでしょうに」

 

 にぎにぎ俺の手を弄り回す。

 俺に父性は存在してないだろうからそういう側面で重ね合わせる事はないだろう。俺の方が年下だし頼り甲斐は無いと自他共に認める堕落人間だ。

 

「いえ」

 

 静かに、それでいて何かしらの感情を多分に含ませた声で言う。

 

「とても楽しいです」

 

 変わらぬ無表情。

 それでもまぁ、本人が楽しいというならいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「約束なので」

 

 すっかり日が暮れた夕方、ルーチェステルラの二人と別れた後のんびりと歩いて回っていた。

 

 他の連中に比べれば比較的我儘が可愛いレベルだから特に気にしていない。

 

「約束しないとデートしてくれないんですか?」

「俺は家で寝ていたいんでね」

「酷いですね。こんな美少女が居るのにも関わらず」

 

 美少女なのは認めるがそれとこれとは話が別だ。

 性的欲求が無い訳ではない。それ以上にゆっくり怠けている時間が欲しいだけだ。

 

 などと思っていたが、ここで一つ待ってほしい。

 俺は怠けていたいしのんびり本を読んでいたいのだが、それを許してくれる女性ならばすべての条件が当てはまる。

 

 今の所俺を叩き起こそうとする奴は居ても全て受け入れてくれる人は居ない。

 

 ルナさんは甘えられるのが新鮮で楽しい。

 つまりこれは……

 

「家デートならいいですよ」

「────なるほど」

 

 完璧すぎるぜ。

 家デートならば二人とも本を読むのが好きなうえ、ご飯すら作ってもらえる可能性もある。頭の回転が早すぎて恐ろしすら感じてしまうな。

 

「つまり私を選んだ、と……」

「分け隔てなく、全て平等に俺は頂く事にしている。あと家にルーチェもステルラも来てるから特別感はない」

「ちっ」

 

 一体何を張り合っているのか。

 俺が一人だけを選ぶ等と思っているのだろうか。

 

 そんなわけが無い。

 俺は全員選ぶに決まってるだろ。かつての英雄は誰一人選ぶことなく死を迎えたのだ、ならば俺は全員受け入れて死を受け入れない。

 

 う〜ん、完璧だな。

 

「やはり簡単には落とせませんね」

「俺は最初から堕ちきっているんだが……」

「たしかに。掬い上げてる人が居るだけですね」

 

 代わりに救ってはいないが手は差し伸べてるから許して欲しい。

 俺程優し〜い男はそうそう居ないぞ。

 

「そういうトコロです。ギャップってヤツですね」

「褒められてる気がしないんだが」

「褒めてますよ。やはり普段の屑っぷりから反転して男らしくなるあの急転っぷりには驚いてしまいます」

 

 以前も言った気がするがそれは褒めてない。

 褒められてると感じるのはよっぽど自覚のあるイカれ野郎であり、俺のような自身を客観視して冷静に語る事の出来る人間からしてみれば事実を陳列されているだけである。

 

 事実が貶められているように聞こえているだけ? 

 

 ……そうだが? 

 

「クソったれ……」

「そこまで嫌ですか」

「いえ、どちらかと言えば俺を認めない社会に対しての憎悪です」

「唐突ですね」

 

 世界はいつだって唐突な偶然に満ち溢れている。

 悲劇も喜劇も平等に訪れるものだ。

 

「平和なんだし俺みたいな奴がいてもいい。そうは思わないか?」

「何人も居ると嫌ですが、ロアくんならいいですよ」

 

 この好感度の高さよ。

 今日一日で随分踏み込んでしまったが、ていうか踏み抜いてしまったがなんとか無事に処理できた。

 

 処理出来たのか? 

 いや……なんかしたか、俺。何もしてなくないか。

 ルーチェの時とか物理的に殴り合ったけど今回は何もして無い気がする。やっぱり本人の心の強さだよな。

 

 ルナさんは心が強いよ。

 

「…………順位戦、頑張ろうと思います」

 

 …………ふーん。

 俺じゃなくてもいいのか、なんて思ったりはしない。

 手を焼くことが無くてむしろ有難いくらいだ。

 

「頼りっぱなしは良くありませんから。それに……」

 

 ぎゅ、と俺の手を握る。

 小さくて柔らかい手だ。俺のボロボロのズタズタな手とは違い、綺麗で泥がつく事すら躊躇うような繊細さ。

 

「頼られるようにならないといけません」

 

 そういうもんか。

 

「はい。そういうモノです」

 

 口元を柔らかく変化させる。

 軽く微笑む程度なら出来るんだな。可愛い顔してるじゃんか。

 

「おやおや、私のポーカーフェイスから繰り出される笑顔でメロメロですか」

「そうですね。とても可愛いです」

「…………そうですか。好みですか?」

「想像にお任せします」

 

 順位戦か。

 俺も順位戦やらなきゃダメか。

 合理的だのなんだの言い訳ばかりしているが、そんなので示しがつかない事くらい理解してる。

 

 俺が目指すべきは現時点での完膚なきまでの一番。

 

 手を伸ばし続けても届く事のないような圧倒的な天才たちに挑まなければならない。

 

「……憂鬱だ」

「むむっ、考え事でしょうか」

「順位戦めんどくさいな〜って」

「でもいい機会ですよ。何てったって私たちは強制参加ですから」

 

 …………ん? 

 何の話だ、それ。

 

「……聞いてないんですか?」

「俺はそんな事何も聞いてない」

 

 そんなルールあっただろうか。

 記憶の中を整理してみるがいまいちピンとこない。

 

「今年の新入生の質と全体のレベルが上がっていることを踏まえて、今年は通常の順位戦とは別にトーナメントをやるんですよ」

「…………お、ア……まさか……いや、そんな筈……」

 

 嫌な予感しかしない。

 俺たち強制参加。俺とルナさんの共通点。魔祖十二使徒門弟。一番弟子と異名持ち。

 

 新たに取り込んだ情報が、散らばっていた情報が重なり始める。

 

「私たち十二使徒門下は全員強制参加、上位ブロックで鎬を削る事になりますね」

 

 

 

 




ウマぴょいしてたしタルコフ市に移住したしランドソルで彷徨っていました。

ごめんなさい。


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第五話

「────エイリアスの馬鹿野郎は何処だ!」

 

 おれは激怒した。

 かの邪知暴虐なる云々。

 とにかく怒り心頭、灼熱の憎悪がおれの身を燻っている。

 

「ステルラァー!! あのバカ紫電気は何処に行った!」

「ひょへっ!? ちょ、ちょっと待ってロア!」

 

 朝一番、普段の俺ならばまだ素振りをして時間を潰しているような時間帯。

 貴重な睡眠時間すら削ってステルラの住んでる家へと突撃した。無論合鍵など持っていないので玄関で待機である。

 

「庇ったところでもう遅い。お前は完全に包囲されている、大人しく開錠しろ」

「ちょっと待ってってば! まだ何の準備も出来てないの!」

「お前ら俺が寝てても入ってくるだろうが!」

 

 普通に考えておかしくないか。

 俺もステルラも年頃の男女なのになぜこんなに格差が存在する。俺のプライバシーは何処へ行った。これが……男女差別なのか。許せない、憤りのボルテージがまた一段上昇した。

 

「山で培った俺の腕力を舐めるなよ……!」

 

 借家だろうが知ったことではない。

 この扉を破壊してでも成さねばならない事があるのだと、今この瞬間理解した。

 

「ぐ、ぎぎぎ……」

「うぎゃあ!? ちょ、この変態!」

「自分の胸に手を当ててよーく問い合わせてみろ」

 

 俺が変態と罵られる理由はなんだ。

 準備が終わってないという事はまあ、まだ寝間着でも着てるんだろう。

 それがどうした。幼馴染の寝間着姿とかそうそう見れるモノでもない。合法的に覗き見るチャンスではないだろうか。

 

 バキン! と音を立てて扉が浮いた。

 壊れた分は師匠がどうにかしてくれるだろうし気にしなくていいな。俺が金を出す? 元手が存在しないから無理だな。

 

「ロア! なんか壊れてる! 壊れてるから!」

「知ったことか。俺の部屋にいつも無断で侵入してるんだからそんくらい飲み込め」

 

 徐々に開いて行く扉。

 純粋な力比べで男が負ける訳にはいかない。世の中には強かな女性もいるかもしれないが、ステルラはその類ではない。素の力で負けてたら流石の俺でも涙を禁じ得ない。

 

「~~~ッ……この……」

 

 扉の向こう側でステルラが唸っている。

 俺の第六感が告げている、今すぐ手を放せと。俺の命を守るにはそれしかないと叫んでいる。

 

 だが放すわけにはいかなかった。

 それは俺の敗北を意味するからだ。

 この対抗心が何時か身を滅ぼすのだと理解していながら抗う事が出来ない。

 

 自分の愚かさを心の中で笑いつつ、変わらず腕に力を籠める。

 

「朝から何やってるんだ……」

「あ、師匠」

 

 気が緩んだ刹那、俺の視界は急転した。

 遅れて頭に響いた衝撃と痛みが吹き飛んだ事を認識させて、受け身を取る準備すら出来ずに地面に叩きつけられる。

 

 空を飛んだのは随分と久しぶりだ。

 やはり血は争えない。師匠とステルラは全く関係のない生まれだが、それはそれとして弟子は師に似る。鈍い痛みを発する鼻から血が零れていくのを認識しながら、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第五話

 

 

「まったくもう、無断で女の子の部屋に入ろうとしたら駄目だよ?」

「いや、お前いつも入って来てるだろ」

 

 俺を扉越しに吹き飛ばした後身支度を整えたステルラによって治療され俺の命は繋がれた。

 危うく川を渡るところだった。向こう側で手を振ってる二人の姿に気が付いたおかげだ。やはり死んでも英雄と言う事か。

 

「男性である俺の部屋に侵入するのは俺以外誰も気にしてないのに、俺が幼馴染で最も気を遣っている女性の部屋に侵入するのは許されない。これが差別でないなら何を以て差別と言うんだ。あの戦争はこういう争いの火種を無くすために終結したんじゃないか。俺は悲しいよ、散った人々が不憫でならない」

「スケベ」

 

 ……せねぇ。

 俺はやられたらやり返す、いわば因果応報を行おうとしているに過ぎない。人の寝顔を見た者は自分の寝顔を見られる覚悟を持て、古い書物にもそう記されている。

 なのにこの仕打ちだ。俺は謂れのない罵りを受け蔑称を付けられている。

 

「ここで怒らない俺の懐の広さに感謝するんだな」

「クソガキ」

「ンだとババ」

 

 自分から誘っといてカウンターパンチはズルイと思う。

 顔面の骨が陥没した気がする。

 

「お、おごごご…………」

「淑女に対する扱いはまだまだだね」

 

 淑女ってのはルーチェみたいな奴を指すのであって……あれ? アイツも普通に暴力振るうよな。俺の周りの女性ってもしかして……

 

「やれやれ。で、朝から何を騒いでいたんだ」

「よくわからんトーナメントについてだ」

 

 ああ……と、謎の納得を見せる。

 俺は何も納得してないんだが。寧ろマジで巻き込まれた側なので説明を要求したい。

 

「言ったら嫌がるだろう」

「よくわかってるな。そして無理矢理やらされる時の俺がどう思うかもわかるだろう」

「なんだかんだ決まったらやるじゃないか。それに開催が決まった頃のロアは女の子に夢中で忙しそうだったからね。私が邪魔する訳にはいかなかったのさ」

 

 よくわからん気遣いだな。

 しかも遠い目をしてやがる。何を考えてんのか知らないが、今更俺と師匠の間に“遠慮”という言葉が存在するのが気に入らないな。

 

「嫉妬か。やれやれ、モテる男はつらいぜ」

「ルーナちゃんも引き摺り込んだのかい?」

「勝手に沼に嵌まってきた。人聞きの悪い言い方をしないで頂きたい」

 

 俺が誑かしてるみたいに聞こえるだろ。

 勝手に近寄ってくる地雷を必死に処理しているだけである。

 

「俺は悪くない。どちらかと言えば爆発物サイドに問題がある」

「そこは嘘でも庇ったらどうなんだ」

「嫌だ」

 

 呆れた声を出すんじゃない。

 溜息を吐きたいのは俺なんだが、どうして責められなければいけない。この謎を探求するには幾千もの時間を要することになりそうだ。

 

「そんな事はどうでもいい。問題は何故俺も出場するかだ」

「君が出場しなくてもステルラは出るからね、つまりはそういう事さ」

 

 あ~~はいはい理解した。

 ステルラが出るなら俺も出さないと意味が無いと、師匠が人間関係や俺との因縁を考慮してくれたんだな。なんていい心遣いなんだ、あまりにも弟子想いすぎて涙があふれ出しそうだ。

 

 クソが。

 俺もステルラも出なければ解決するだろ。

 嫌だよ~~、相手が強者揃いなの確定じゃねぇか。全員ヴォルフガングクラスが相手とかマジで嫌なんだが。

 

「……その大会の選出条件は」

「十二使徒門下でも推薦しないと出れない。私が推薦したのはロアだよ」

 

 ………………つまり、推薦とは別枠で出場権があるのか。

 ステルラはそっちで出れる。俺が出れないのならアレだな、順位だな。上位のメンバーを戦い合わせる地獄みたいな光景が繰り出される事になる。

 

「ステルラ」

「なに?」

「お前聞いてたか、この話」

「うん」

 

 道理でよォ~~~~、順位戦めっちゃやってると思ったんだよな~~~。

 俺の所に絡みに来るがそれとは別でバチバチやってると思ったんだよ。ステルラの事だから常に覇を往くスタイルだと思って放置してたのが良くなかった。

 

「開催は何時だ」

「正式な発表が一週間後、その後に予選をやる予定だね」

 

 予選か。

 俺は関係無さそうだな。

 

「学年関係無しで戦うことになる。何を言いたいか分かるだろう?」

 

 つまり、現行最強の連中にぶつかる可能性が存在してる。

 嫌すぎる。ステルラなら勝てるだろうが俺が勝てるか微妙なラインだろ。魔祖の息子なんて噂されてるヤツも相手しなきゃいけないのか、うわ……

 

「最悪だ。今すぐ帰って不貞寝する」

「まあまあ待ちたまえ。そう言うだろうと思って用意したモノがある」

 

 モノで俺が釣られると思うなよ。

 だがまあ話くらいは聞いてやろうじゃないか。別に何かに惹かれた訳じゃなく、純粋に俺の優しさから発生した気まぐれである。

 

「なんだステルラ、その微妙な顔は」

「相変わらずだなぁと思って」

 

 急にニコニコするな。

 燻ってるよりはマシだがそれはそれでイラッとくる。

 

「────じゃん! 新しい祝福だよ」

 

 それこの空気で出すモノじゃなくね? 

 滅茶苦茶ウキウキでやってくれたのは有難いが、この絶妙な間で出すモノじゃないだろ確実に。

 

 見ろよステルラの顔。

 

「ロアの要望通り身体強化も付与したけど、その分使用時間は短くなってる。魔力の充電限界値を上げ過ぎるとロアの身体が弾け飛ぶから無茶は出来ないからね。全力で動けるのは二分程度だと思ってくれ」

「二分もあれば十分だ。問題はステルラに手の内を晒したという点だ」

「…………あっ」

 

 うっかりしてんじゃねぇ。

 俺にとっては死活問題なんだよ、今も尚話を聞いていたステルラは頬を引き攣らせつつも目を逸らさなかった。

 

「えっと…………バラさないから安心してよ」

「お前が口を割るとは思ってない。お前と戦う時不利に傾くようになっただけだ」

 

 まあイイか。 

 それもいずれバレるんだし、完全フリーな状態で俺達が戦えるとは限らない。

 先に知られても問題はないな。

 

 そう、問題はない。

 だがこれは利用できる。

 

 俺の秘密を握ったという事実を利用し逆に脅せばステルラに何かしらの条件を叩きつけられる可能性がある。

 昼飯はルーチェ、放課後はルナさんになりつつあった最近から考慮すれば何を要求できるのか。……朝飯だな。朝飯を要求できる。ていうかここまで来たら一緒に住んでも問題なくないか。こちとら同門だぞ。

 

「あ~あ、ハンデ取られちゃったなー。このままだと安心して戦えなくて何処かで負けるかもなー」

「うっ……」

「絶対に悪用しないって契約でも結べれば安心できるんだけどなー」

 

 予想通りステルラは揺らいでいる。

 悪いな、俺は利用できるものはなんだって使うぜ。

 

「そう、契約だ。俺とステルラの間で契約を結ぼうじゃないか」

「そ、そんな事しなくても話さないもん!」

 

 ……クソが。

 俺の負けだ。

 涙目でプルプルするな。

 

「君本当弱いね」

「うるさいですね……」

 

 しょうがないだろ。

 なんかよくわからんけどステルラには弱いんだ。

 子供の頃からずっとそうだ。どうしようもないくらい負けず嫌いな癖に、俺はステルラが打ちのめされる姿を見たくない。

 

 情愛か。

 少なくとも、何かしらの好意的な感情を抱いている事は否定できない。

 

「…………チッ」

「舌打ち!?」

 

 はぁ。

 惚れた弱み、なんて言い方をするのだろうか。

 俺は好きという感情を理解できていないが故に適当にあしらう事が出来るが、これを自覚してしまった日にはどうなるのか。周りの人間には好意を抱いていると理解しているが、それが恋愛に繋がるかと言われればノーだ。

 

 ステルラにだけある感情、という訳でもない。

 

「人間わからん。もっとわかりやすく作ってくれれば良かったのに」

「また突拍子もない事言ってる……」

 

 自分の感情の整理くらい簡単に出来るようになって欲しい。

 そうすれば争いも何も生まれないだろう。……いや、争いは生まれるわ。

 

「まあ祝福を刻むのはまた今度にしよう。そろそろ行かないとマズいんじゃないか?」

「寝たい」

「駄目だ。学校に行きなさい」

 

 サボりてぇ。

 あんなダルいイベント知らされてやる気になるのはよっぽどのバカか戦闘狂だけだ。

 これから先苦しい思いを沢山しなければならないという事実だけで心が震える。主に恐怖で。

 

「ステルラ。馬鹿弟子を連れてってくれ」

「ロア、学校行こ?」

「嫌だ。面倒くさい。寝る」

「も~~、無理矢理連行するからね!」

「待てステルラ、お前この流れは」

 

 身体強化により破滅的な速度を出せるようになったステルラに手を引かれ、俺は瞬く間に連行された。

 風により急速に身体を冷やされ、学校へと到着した頃には俺は冬の寒さに包まれたようだった。変な汗が噴き出て高熱が出るかとも思ったが、数年間の修行により無駄に頑丈になった身体は耐えてくれた。

 

 

 







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ここまでの人物纏め

 見ないとわからなくなり始めたので自分用も兼ねてまとめます。
 あとキャラデザしていただいたのでそちらも乗っけます。全員想像通りで嬉しい嬉しい。あとがきに挿絵乗っけておきますね。


 

 

 ◇ ロア・メグナカルト

 

 二つ名 英雄

 

 攻撃 C(祝福起動時B)

 防御 E

 機動 C

 技術 B(剣所持時A+

 射程 E

 魔力 E-

 魔法 C

 精神 EX

 

 ・祝福・光芒一閃(アルス・マグナ)

 魔祖十二使徒第二席・エイリアスより授けられた祝福。

 魔力を流し込むことにより起動し、刻まれた紋章が魔法を発動する。……が、ロア自身の魔力量がゴミなので自分自身では現状発動する事は出来ない。紋章自体に魔力を溜めれるように設計してもらったので発動できるのは、そのお陰である。

 効果は『純粋に硬く鋭く折れない魔力の剣』を生成する事。特殊な魔法効果は一つも付与されておらず、シンプルな性能になっている。

 ひたすらに剣技と体術を磨き続けたロアだからこそ扱える唯一無二の力になっている。戦う力を持たない戦いたくない人間に戦う力を与えた事に関して、ロア自身は特に何とも思っていないが……? 

 

 

 人物像

 根本的に面倒くさがりで堕落的な性質。

 誰かに集る事に対してプライドは持ち合わせておらず、隙あらば誰かの手を借りて楽をしようとしている。尚それを咎める人は誰もいない模様。

 かつての英雄の記憶を保有しているが、自分は自分で彼は他人だとハッキリ認識している。なので転生したと言うよりどちらかと言えば……何て言うんだろコレ……ジャンルがわからないため明言は避けておく。

 物心ついた頃に記憶を理解しちょっとしたトラブルもあったが乗り越えて、『俺実はすごいヤツなんじゃね?』とイキった瞬間ステルラに(無自覚で)叩き潰された。コンプレックスか羨望か嫉妬か恋心か、本人すらわからないようなバカデカい感情をステルラに対して抱えている。

 

 

 他者への評価

 

 両親      感謝をしている

 ステルラ    好意を持っている

 エイリアス   何かしらの好意を持っている

 アルベルト   ヤバい奴

 ルーチェ    イイ奴でカワイイ奴

 ルーナ     強い人 甘やかしてくれる

 エミーリア   何かしらの好意を持っていると思われる

 ヴォルフガング 真っ直ぐでイイ奴だが戦わない 

 ロカ      もう少し息子を抑えて欲しい

 魔祖      子供

 

 

 

 

 ◇ ステルラ・エールライト

 

 二つ名 紫姫(ヴァイオレット)

 

 攻撃 A

 防御 A

 機動 B

 技術 A

 射程 A

 魔力 A

 魔法 EX+

 精神 C

 

 ・紫電(ヴァイオレット)

 師であるエイリアスより直伝の紫に光る雷。

 普通の雷魔法と大きな差異は特に無いのだが、エイリアスが開発した魔法なので後継者しか扱えない代物。威力や範囲も自由選択できるが、細かく設定すればするほど魔法発動の難易度は上がるし魔力消費量も増える。

 ステルラの才能値は正直イカれてるので問題なく扱える。やる気になれば三属性複合魔法を二つ同時に放つとかその内やるかもしれない。

 

 人物像

 幼少期は天真爛漫を地で往く少女だったが、ルーチェと色々あって対人関係奥手コミュ障少女に変身した。

 目の前でロアの腕が吹き飛んだのを今でも夢に見る。紫電に魅せられ力を付けたが、未だ脅威に対抗できるかどうかの確信は抱いていない。“負けない”と拘るのもロアとの繋がりがソコしか無かったからで、敗北を迎えた自分は何も成せない何も出来ない存在になってしまうと思っている。

 

 他者への評価

 

 ロア      大好き

 エイリアス   大好き

 両親      好き

 アルベルト   普通(関わりがないため)

 ルーチェ    大好き寄りの好き

 ルーナ     まあまあ好き

 エミーリア   好き

 ヴォルフガング まあまあ

 ロカ      まあまあ

 魔祖      普通

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ◇ エイリアス・ガーベラ

 

 二つ名 紫電(ヴァイオレット)

 

 攻撃 A

 防御 C 

 機動 C

 技術 A+

 射程 A

 魔力 B

 魔法 B

 精神 A(特定条件に置いてC) 

 

 ・紫電(ヴァイオレット)

 過去の大戦時に独自に開発した魔法。ただの村娘として生きていたが戦争に巻き込まれ、人体実験により強制的に植え付けられた魔法力を活かし発展させた。禁則兵団の一人として日々戦いに明け暮れていたがある日唐突に現れた魔祖の手によって蹂躙され、共に旅をしていた英雄に救われた。

 以来英雄にずっと片想いしていた。

 

 人物像

 今が人生の絶頂期、ヒロインレース盤外最速師匠。

 ロアに出会うまでは想い人を失ったショックと現実逃避も兼ねて各地を転々としていたが、エミーリアがお勧めしてきた何の変哲もない田舎で暮らし始めて数年でロアが生まれる。子供らしくない大人びた表情や言葉遣い、かつての英雄とは似ても似つかない筈の彼と過ごしていく内に少しずつ前を向き始めた。

 山暮らしを提案してから後悔しやはり止めておこうと伝えた所、師匠を信用してるから問題ないと伝えられそこからロア沼にのめり込んだ。

 ロアとじゃれつくのが非常に楽しいが、年齢を考えると自分は女として相手にされていないと思ってる。

 

 他者への評価

 

 ???     引き摺ってる

 ロア      大好き大好き&大好き

 魔祖      色々言いたいことはあるがヨシ

 エミーリア   一番仲のいい親友

 ロカ      よき友人

 その他十二使徒 まあまあ(登場してないだけ)

 ステルラ    カワイイカワイイ娘くらいに思ってる

 ルーナ     すごい頑張り屋さんで強い子

 ルーチェ    芯が強くて頑張ってる子

 ヴォルフガング 好青年

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ◇ ルーチェ・エンハンブレ

 

 二つ名 薄氷(フロス)

 

 攻撃 B

 防御 E

 機動 A-

 技術 B

 射程 F

 魔力 D

 魔法 C

 精神 C

 

 ・自己流格闘技

 自身の魔法適性が望んだものでは無いと悟った日から絶え間なく研鑽を続けてきた唯一の武器。

 身体強化と組み合わせることを前提として複合しており、無論独学で技術体系を生み出せるほどの才は無いため現存するありとあらゆる格闘術に手を出している。まだ完成形ではなく、より一層発展させるために経験を重ねている最中。

 

 ・身体強化

 一般的な出力に比べてわずかに勝る程度だったが、長年使い込むことにより練度を増し凡夫では捉えることすら出来ない強化に至った。が、一定のラインを越えた強者に対しては一方的に有利を取られてしまうのでそこをどうにかするための方法を模索している。

 

 人物像

 全身コンプレックス塗れ。

 都会で心折られ田舎に傷心を癒しに行ったら星の光で塗り潰された。最初は仲良く絡んできたから程々に遊んでいたが、無意識のマウントと自己肯定感の無さからくる被害妄想が膨らみある日爆発した。学年での成績は二番目、クラスでも二番。

 星の輝きを磨いた張本人によるマッチポンプで少しだけ立ち直り、ステルラにロア争奪戦を宣戦布告したことで仲が改善。ロア関連ならばステルラにマウントが取れると言うことを理解してから毎日イジってる。その後ロアに直球で褒められたり求められたりして恥ずかしがる。勝ってるのかはわからない。

 

 他者への評価

 

 ロア      無意識に目で追ってる

 両親      大好き

 ステルラ    好きだけど言えない

 アルベルト   嫌いとまあまあを行ったり来たりしてる

 魔祖      ヤバイ人

 ヴォルフガング 自分の成功例だから嫉妬してる

 ???     逆恨みだが根深い感情がある

 ルーナ     ちょっと好き

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ◇ ルーナ・ルッサ

 

 二つ名 紅月(スカーレット)

 

 攻撃 C

 防御 C

 機動 C

 技術 B

 射程 EX

 魔力 A+

 魔法 A+

 精神 D(トラウマ持ち)

 

 ・紅月(スカーレット)

 師であるエミーリアをも上回る圧倒的な炎魔法。

 莫大な範囲と威力により広範囲を焼き切り不毛の大地と変化させることすら可能だが、現代において彼女が得意とする戦場が生まれることはないだろう。魔法に関してはステルラよりは劣るが類稀な才を持ち、魔祖直々に魔法を教えたことすらある。

 オリジナルの魔法として名を冠する『紅月』があるが、エミーリアの前以外では使ったことはない。

 

 人物像

 親が口すっぱく自然の摂理とかを語ってたら洗脳染みた思考を持ってしまった悲劇の幼少期。

 食われることすら命の内、だから食べられることに抵抗はないというイカれた思想から家族を失った。エミーリアに救われ改めて学問や哲学に触れていくにつれて自分の異常性と社会の広さを見せつけられ一度精神的に狂ったが、長い年月をかけて少しずつ修復されていった。自分のかつての行いは後悔しても悔やみきれるようなものではなく、将来的に教育者となって子供を導くことはできなくても行ってはいけない道を閉ざす程度の罪滅ぼしをしたいと思っている。

 エミーリアが楽しそうに英雄のことを語るので英雄に憧れている。

 

 他者への評価

 

 両親    死んだら謝りに行くつもり

 エミーリア 自分が教育者として人を育てる姿を見て欲しい

 ロア    夜寝る前におやすみって言いたいし言われたい

 ステルラ  ロアくんが好きな子だから少し嫉妬してる

 ルーチェ  とてもカワイイ女の子

 魔祖    恩人なのだか性格が悪いのが残念

 エイリアス 世話になった恩人

 

 

 

 

 ◇ アルベルト・A・グラン

 

 二つ名 ??? 

 

 攻撃 A

 防御 A

 機動 D

 技術 C

 射程 E

 魔力 B

 魔法 C

 精神 A+

 

 人物像

 場を掻き乱すのが好き。

 荒らすだけ荒らして後の処理は他人にぶん投げる最低な性質を持つためこれまで友人らしい友人は少なかったが、ロアとかいう全方面吸引機に出会った所為でイキイキしてる。ルーチェ弄りの際に発生する殺人に近い暴力に関して自分が悪いことを自覚しているから何も気にしていない。寧ろ耐久上げに使えるとすら思ってる。

 S気質な人間はMでもあるらしい。特に関係はないが。

 

 他者への評価

 

 ロア   よき友人

 ルーチェ ツンデレのいい奴

 

 

 

 

 ◇ ヴォルフガング・バルトロメウス

 

 二つ名 暴風(テンペスト)

 

 攻撃 B

 防御 D 

 機動 B

 技術 B+

 射程 B

 魔力 B+

 魔法 A

 精神 A

 

 ・暴風(テンペスト)

 親譲りの風属性を色濃く受け継いだサラブレッド。

 圧倒的な破壊力と圧倒的な範囲を持つこの魔法は大戦時に切り札として用いられることが多かった。広範囲を巻きこみ空へと兵士を打ち上げ、超高高度から叩き落とすというちょっとエグい技になっている。

 本来の使い方はこれだが殺すわけにはいかないのでアレンジすることで多様な使い方を習得した。

 

 人物像

 三度の飯と同じくらい戦うのが好き。

 他の十二使徒門弟の過去がクソ重いからこいつにも何かある筈と推測している人がいたがマジでこいつだけは何もない。本当に何もない。健やかに育ち健全な人生を歩んでます。

 死への倫理観とかそういうのぶっちぎって『ひたすら自分が強くなれる環境』と『自分より強い奴』と戦うことばかり考えている。

 

 他者への評価

 

 両親    偉大な人たち

 ロア    再戦したい。共に高め合いたい

 ステルラ  とても強い奴。そのうち順位戦を申し込む予定だった

 ルーチェ  話には聞いたことがある

 

 

 

 




 ロア・ステルラ学生服ver

 
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 ルーチェ・ルナ
 
 
【挿絵表示】


 いつも通り碑文つかさ様(@Aitrust2517)に書いて頂きました。もう足を向けて寝れないですね。ステルラのあどけなさを残しつつ美少女として成長した顔立ちとローブのバランスの良さ、ルーチェの『マジでめんどくさい女』感のあるこの全体像で極めつけはルナとかいう激重過去持ちジト目デフォ女性がこれ。

 もう本当に……すき……

 


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四章 咲き誇る氷華
第一話


お待たせしました。


 登校して朝一番、俺たちは別館へと集められた。

 入学式も行ったこの場所は儀式で使う場所なのだろう。俺たち新入生以外にも上の学年も集められているらしく、また面倒事の気配を感じた。

 

 それとなく入場するときに周りを観察していたがルナさんが俺に手を振っていた。仕方ないから振り返した。

 

「……発表か」

 

 トーナメントの開催宣言だろうな。

 俺たち関係者(?)には既に漏れている情報だ。逆に今持ってる情報だとこの程度のことしか推測できない。

 

「おやおや、渦中の人間じゃあないか」

「勘弁してくれ。面倒くさくて敵わん」

 

 ナチュラルに全部知ってるアルは放っておいて、激戦が確定しているのが本当に心苦しい。

 出場権を賭けた順位戦を高みの見物できるのだけが唯一の救いか。

 

「フン。争う為に争いを激化させる愚かな集団に混じる事は無い」

「それっぽく言ってるけど要するに戦いたくないんだよね」

「俺は平和主義者だからな」

 

 大切なのは本質ではないだろうか。

 建前上はそう聞こえてしまうかもしれない。

 人の言葉を切り取って編集するのは誰にだって出来るが、その真実と正確性を伝えるのは何よりも難しいのだ。俺は平和な世界を望んでいると伝えても悪意ある第三者によって捻じ曲げられ、ただ俺が戦いたくないビビリ野郎だと勘違いされてしまう。

 

 世界は儚く、また民衆は愚かである。

 

「やはり信用できるのは自分だけ。他者を盲信するのは良くないと思わないか」

「なによ急に……」

「この世の理に嘆いている」

 

 呆れた表情で見てくるルーチェ。

 

「嘆きたいのはこっちなんだけど」

「ああ、もう聞いてるのか」

 

 親御さんと仲が悪い訳じゃないんだな。

 元々嫌いでは無かったのか、それとも俺に言われて少し変わったか。どちらにせよいい方向性に傾いていると思う。

 

「今どれくらいだ」

「……九十位くらいよ」

「へぇ、二桁乗ったんだ。流石だねぇ」

 

 俺が大体百十位だから普通に追い抜かされたな。

 負けてないが? ただ戦ってないだけであって別に負けてはいない。それを理解してくれないと困るね。

 

「どうだい、そろそろ僕と」

「お断りよ。誰が好き好んでアンタと戦るのよ」

 

 アルは光の速度で振られて残念そうに肩を竦める。

 お前本当そういう所だぞ。

 

「まあ俺は順位関係なく出れるから別にどうでもいいがな」

「……ちょっとイラついたわ」

「僻むな僻むな。あ~あ、俺は何一つ嬉しくないんだけど証明されてしまったからな~」

 

 そう言った刹那、目で捉えられない程の速度で腹部に衝撃が奔った。

 ご丁寧な事に内部で衝撃を爆散させて内臓までダメージを通すガチの打撃である。視界が白に染まって意識が飛びそうになってしまった。

 

「ル……チェ。暴力系少女はもう流行らないぞ」

「アンタらが煽るからでしょうが!」

 

 やれやれ。

 育ちがいいのにこんなにも殺意に満ち溢れているのは何故なのだろうか。本人の気性の荒さだろうな。

 

「今何考えた?」

「ルーチェは美しくまるで深窓の令嬢のようだ」

「殊勝なことね」

 

 生命の危機を無事に脱出したところで、以前ステルラが新入生代表的な語りをした場所に人が立っているのが見えた。

 背丈は小さく起伏も浅い。それでいて制服ではない別の服装を纏っているし、あのツラ……

 

 忘れる事は無い。

 

「ン、あ、アー~~……」

 

 音量調節も兼ねて発声を繰り返す。

 あの頃と何も変わってないな。師匠をボコった時のあの声そのままだ。

 

「聞こえとるかガキ共」

 

 ウ~~ンこの尊大な態度と物言い、完全に俺の記憶通りである。

 人は成長と共に大人へと育っていき徐々に子供のような振る舞いは無くなっていく筈だが、コイツだけは違う。本当の意味での超越者、人類の枠組みを単独で突き抜けた怪物。

 

「ワシが学園長のマギアじゃ。いつ見てもこの光景はいいもんじゃなぁ~」

 

 満足そうに腕を組んで頷いている。

 初見の学生諸君が居れば申し訳ないが、学園長────もとい、魔祖マギアは人間性が欠けているのだ。大方多くの人間が自分に見下されているのを当然として受け止めている事に対して悦びでも覚えているのだろう。カス。

 

「新入生が入学しておよそ二ヵ月。才能ある連中は台頭を始め、才能のないただ進級しただけの凡愚は叩き落される時期になった。一年のアドバンテージ如きじゃあ絶対的な才は覆せんよ」

 

 心底愉快そうに顔を歪めながら蔑みの言葉を放つ。

 コイツ本当こういうトコロなんだよな。俺は英雄じゃないからわからないが、彼はどうしてこんな性格激ヤバサイコパス婆と行動を共にすることにしたのだろうか。

 

 持ってる力は強大だから仲間にする他無いと判断したのかもしれない。

 

「百と数十のこの中に、一体どれくらい本物が居るのか…………それを知る為に順位戦を設けているのだ。まあワシに勝てる奴はおらんがの! ガハハハ」

 

 非常に不快な事に、長く生きているだけあって戦闘能力は化け物だ。

 記憶の中ですら勝ち目が無いと思わされる程だったが今やどうなっているのか見当もつかない。

 

「ン゛ン゛ッ、ワシに勝てる奴が居ないという当たり前の話はここまでにしておいて。今日の本題はそこじゃあない」

 

 拡声器を使ってる訳でも無いのに自然と響く声は魔法を利用しているのだろう。

 魔法の応用というより、基礎の基礎である魔力そのものを使っている。かつて師匠がやっていた物質構成のオリジナルバージョンか。

 

「今年は例年に比べ“本物”が多い。故に、少しだけ過激な手段を取る事にした」

 

 ニヤリと歪な笑みを浮かべる。

 順位戦そのものが過激だと思うのだが、どうやらそこはカウントしないらしい。大戦を生き抜いた連中からすればそれはそれはお優しい試合に見える事だろう。俺は命懸けなんだが。

 

「────全学年混合、強制バトルトーナメント! 

 強さだけを競うこの戦いを制する者に、我が秘術を教えてやろう!」

 

 ……なるほど。

 確かに魅力的だ。

 

 魔法を使う誰もが羨む報酬だな。

 この学園でしか通用しない甘い囁きという訳か。

 

「ま、秘術と言っても各々に適した魔法を作るだけじゃ。ワシ自ら何かをしてやる事なんて滅多にないからの、精々チャンスを逃さんように気張るがいいぞ?」

 

 ケラケラ笑いながらその場から姿を消した魔祖は放っておいて、場内は困惑半分とざわつき半分と言った様子だ。

 無論開催される事を知ってた連中は報酬でざわついている。

 

「詳しいルールとか一切説明無かったわね」

「どうせ丸投げしてんだろ。この後教室で説明されるさ」

 

 この学園の教師にだけはなりたくない。

 

「準備期間は一週間~二週間。その後順位で振り分けたブロックごとにくじ引きでもしてトーナメント形式にするんじゃないかな」

「お前が言うならそうなんだろうな」

 

 どこからその情報を手に入れてんだよ。

 ……でもコイツの正体が暴けるかもしれんな。ルーチェの打撃も普通に受け止めてるし素の防御力がアホ程高いので、結構いい所まで登れるだろう。

 当人にやる気があればの話だが。

 

「ルーチェが出場確定させるには三十位以内には入らないと駄目だね」

「残念だ。お前と戦いたかった」

「言ったわね。絶対這い上がってやるから覚悟しなさい」

 

 目がガチすぎるだろ……

 血走ってるという言葉が世界で一番似合う女に変身してしまった。

 

「嘘だ。俺は女性に手を挙げない紳士だからな」

「男に二言は無いわね。サンドバッグが出来て私も嬉しいわ」

 

 短い人生だった。

 長き刻を苦しみに包まれた俺だが、今際の際ですら救われることはないらしい。

 殴打によって折れた骨が生み出す熱量と痛みは何にも比較できない程であるし、骨が皮膚を突き破って出て来た時はそれはもう最悪だ。

 

 あの『死ぬかもしれない』という緊迫感、『痛い、これは治るのか?』という不安感。

 

 正直味わいたくない。

 苦痛を忌み嫌う俺にとって痛みの種類を多種多様に分ける個性豊かな相手は嫌いな対象だ。

 ルーチェは脳筋ゴリゴリインファイターだから相手しやすいな。ハハッ、互いに魔法の才能無いから波長あってるじゃないか。

 

「でもまぁ現実的に考えてルーチェが三十位以内に入るのは厳し」

 

 余計な事をスラスラ言い放ったアルは無事に大地に伏せる事となった。

 周りの目線が気になるが、その対象は蹲るアルに集まっている。腹痛起こしたとでも思われているのだろう、僅かに舞った拳圧に関しては誰も気が付いてないらしい。暗殺者としての才覚が徐々に芽生えつつある。

 

「早めに予約しないと坩堝すら確保できなくなりそうだな」

「……そうね」

 

 たまに忘れてしまうが、ここは国の中でも最高峰の学園である。

 そんな所に入学する連中が果たして大人しいのだろうか。

 

 俺みたいな奴がマジで珍しいのであって、推薦入学でもない限りどいつもこいつも上を目指す事を目標に掲げてきている。

 ある程度命の保障がされているのに加えて同世代で格上・同等・格下を選んで全力の模擬戦を行える環境。しかも全員に勝ち続ければ『自分専用の魔法』を貰える。やる気にならない奴の方がおかしいだろう。

 

「お前は勝ったら何を望む?」

「………………」

 

 俺もお前も、求めているのは『勝利』。

 自身の才を否定する世界に対し、自分の努力を以て証明して見せたい。

 吐き気がするほど青臭い願いなのにそれを否定する事ができない。勝ちたいから戦うのか、勝てないから戦うのか。

 

「そんなもの、勝ってから考えればいいのよ」

 

 道理だな。

 取らぬ狸の皮算用ってヤツだ。

 勝った後の事を考える位なら勝つための手段を一つでも多く増やした方が確実に役に立つ。

 

「その通りだ。鍛錬に付き合うぞ」

「……付き合いなさいよ?」

「ああ、(鍛錬に)付き合ってやるさ」

 

 その場で小さく拳を握りしめてルーチェは口元を歪めた。

 

「私の勝ちね」

「まだ戦いは始まってすらいないんだが……」

「アンタはわかんなくていいの」

 

 女の戦いって奴か。

 俺を奪い合うような仲に発展したのは果たして喜ばしい事なのだろうか。俺への何かしらの感情があるのは構わないし、それによって甘やかしてくれる事を理解しているから俺はいい。

 

 だがそれで女性間の友情を維持できるのだろうか。

 

 出来れば仲良くしてて欲しい。

 理由は聞かなくてもわかるだろう。全員仲良く俺を甘やかしてくれた方が空気が軋まなくていいからだ。

 

「俺はルーチェの事も好きだぞ」

「……………………そ」

 

 照れるな照れるな。

 こういう部分が可愛いんだよな、コイツ。

 普段の憎まれ口も裏にある感情を正確に読み取ることさえ出来ればなんにも問題はない。

 

「…………むむむ」

「なんだステルラ。俺に文句あるのか」

「なんでもないっ」

 

 隣のクラスが故に少し離れた場所にいたステルラが横まで来て不満を爆発させてきた。

 

 嫉妬する女の子は可愛いと思う。

 俺が嫉妬しまくってるのは醜いだの情けないだの散々な言われ様なのにこれが女性で見た目麗しい人になった途端これだ。世の中は真に不平等である。

 

「俺はお前の事も好いている」

「……一番?」

「それはどうかな」

「むっきー!」

 

 揶揄ったらプルプル震え出した。

 普通に考えたらステルラが一番なんだが、コイツはコイツで人間不信気味な所があるから気付かないだろう。ルーチェの目線がぐりぐり刺さってきて心地いい。今日は夜道に気を付けよう。

 

 二人の美少女に言い寄られている事実を周りに見せつけることで俺のヒエラルキーの高さをアピールしていく。

 自尊心が満たされる、俺の敗北で包まれた渇いた心が癒されていくのを感じるんだ。

 

「そういえばステルラは何位なんだ」

「私? 九位かな」

 

 …………そうか。

 

「強い人も多かったけど、その分出来ること増えたから期待しててよね?」

「とても嫌なんだが……」

 

 すごく嫌だ。

 ヴォルフガングですら三属性複合魔法に慣れが必要なのにお前は絶対に完璧に熟して見せる。それを対応しなければならない俺の身にもなって欲しい。

 

 紫電の強さも師匠に比肩する奴が師匠以上の魔力量で襲いかかって来るのは勘弁してくれ。

 

「ルーチェがお前を倒すらしい」

「そこまでは言ってないでしょ!」

「あ、あはは。ルーチェちゃんにだって負けないよ!」

 

 ルーチェ対ステルラの因縁勝負もまあまあ盛り上がるだろう。

 俺とステルラ? 今のところ処刑になる可能性が高いので、どうにかこうにか戦闘力を上げなければならない。

 

「で、だ。ルーチェ、お前このあと誰と戦うのか決めてるのか」

 

 いつまでも雑談をしている訳にもいかない。

 いい加減教室への移動を開始するだろうし、現に上級生はまばらに動き始めている。

 

 情報を晒すのは良く無いかもしれないが、今日の放課後にでも訓練を始めるなら対策を始めた方がいい。

 

 そう思って問いかけたら、ルーチェは眉間に皺を寄せて難しい顔をした。

 

「…………一人、候補がいる」

「どんな奴なんだ」

「とびきり嫌な奴でとびきりクソな奴よ」

 

 …………ルーチェの知り合いか。

 それでいてここまで酷評するのか。

 知り合いで憎悪を抱いているにしたってステルラですらここまで言われていなかった。かなり性格に難がある、もしくはルーチェが一方的に嫌う要素があるということ。

 

 つまり────コンプレックスを抱く要因、もしくはそのコンプレックスの対象だ。

 

「第四席、それか第六席の弟子か」

 

 無言で頷く。

 フ〜〜〜〜…………

 

「順位戦十二位、剛氷(アイスバーグ)────お母さんの弟子よ」

 

 

 

 

 

 




最近書く力が落ちている気がします。
少しずつでも書いて継続していかなければ……



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第二話

 自身の完全上位互換と戦う。

 

 生きている限りは幾らでもある話だ。

 魔法が世に生み出されてから何十何百と月日が経過し、最早触れられてない分野など存在しないのではないかと思うくらいには技術は進歩した。

 

 故に、自身が如何に『革新的だ!』なんて発明をした所で────既に先人が通った道。

 

「何が言いたいかわかるな」

「対策立ててもあんまり意味無いって事でしょ」

「そういう事だ」

 

 挑戦する相手は最上級生、ずっと順位戦で戦って来たのに十二位を保ってる時点で奇策は通じないだろう。

 

「勝率はどれくらいだ」

「…………大体二割ってところじゃないかしら」

 

 クッソ厳しい戦いになるのは間違いない。

 氷の完全上位互換か。ルーチェの戦闘スタイルも見破られているし、対策されていると考えるべきか。

 

「ふーむ…………詰んではないか」

「……二割勝てるって所には突っ込まないのね」

「そりゃまあ、俺は相手を知らないからな。ルーチェの主観に委ねるしかない」

 

 実質一割だと思って良さそうだな。

 近づいて殴る、それだけしか手札に無いのだから新しく手札を加えるのには時間が無さすぎる。練度不足で対応されるのが関の山だろう。ならば今持ってる手段を更に強くする、これしかないのだが…………

 

「接近できる自信はどれくらいある」

「五回に一回」

「勝ち筋はそれしかないな」

 

 同じ答えにたどり着いていたらしく、ルーチェが勝つためには相手の攻撃を避け受け止め懐まで滑り込む必要がある。

 接近できる可能性=勝率となるわけだ。

 

「その五回に一回を本番で引き当てる、か。中々厳しい話だ」

「わかってる。……でも、ね。どうしても……」

 

 俺がステルラに勝ちたいと願うように。

 ルーチェもまた勝ちたい奴がいる。

 

 その気持ちは非常に理解できる。

 

「勝てるさ」

 

 だからこそ、俺だけは勝利を疑わない。

 一人で戦い続けることの虚無、誰かが支えてくれているという事実が底力を引き出す。

 俺はそれを知っている。身をもって、そして記憶でも理解しているのだ。

 

 恋人でも家族でも友人でも、誰だって構わない。

 

 誰かのために────そう願い培った全ては無駄にならない。

 

「……簡単に言ってくれるじゃない」

「出来ないことを出来るとは言わない。お前なら出来るだろ」

 

 それくらいは信用してるさ。

 全身全霊を懸けて一度戦ってるんだ。その相手を信じないでどうする。

 その程度の心持ちはあるさ、しっかりとな。

 

「…………過度な期待は止してよね」

「照れるな照れるな」

「照れてなんか無いわ」

 

 暴力を伴わないツンデレとはここまで心地いいモノなのか……

 俺は驚いた。心の奥底で俺の知らない何かが開かれるような感覚、いわば新たな性癖が呼び起こされたような危なく甘美な感覚。

 

 そうか……これが、青春か…………

 あの大戦を終え、生き残った人々が作り上げてきた結晶。

 人生を豊かにする成分の一つに異性との適度な交友があるとは聞いたことがあるが、まさか本当だったとは。

 

「君、夜道は気をつけたほうがいいよ」

「暗殺する価値が俺にあるのか」

「暗殺というより謀殺……痴情のもつれだね」

「ルーチェ、俺を殺すのか」

「殺すわけないでしょ」

 

 これが好感度の差だ、アルベルト。

 そもそもルーチェは不快なことをしても正面から反省の意を示し深く詫びることで許してくれる程度には心が広い。心に余裕はないが心優しくあろうとしてるのだ。

 

「やはりいいヤツだ」

「……お人好し」

 

 

 

 

 

 

 

 #第二話

 

「それはそれとして俺は対魔法に関しては無力だから専門家を一人呼んだ」

「………………」

 

 なんだその顔は。

 冷静に考えてみろ、俺は魔法を自力で使えない貧弱魔法使い(笑)だぞ。魔法使いとは名ばかりの剣士に過ぎないのに、魔法使いとして格上と戦う人にアドバイスできるわけないだろう。

 

 やれやれ。

 

「というわけで連れてきたのがこちら」

「ステルラだよっ」

 

 並び立つ俺たちを底冷えするような視線で睨み付けているのはルーチェ。

 それとなく横に近づいてきたステルラに対して更に鋭い視線を向けている。ステルラは俺の後ろに回った。

 

「なんだなんだ。何を対立している」

「一回殴らせなさい」

「嫌だ。痛い思いをしたくないからな」

 

 眉間の皺が恐ろしいことになっている。

 お前俺を殺すつもりか? 久しぶりに死の感覚を味わっている気がする。

 

「まあ落ち着け。これは非常に合理的で効率的な判断を下した故にコミュ障を呼びつけたんだ」

「コミュ障呼ばわり……」

「クラスで友人出来たか?」

「出来てません」

 

 ケッ、一人でも友人作ってから反論してくれ。

 ルーチェは俺が間を取り持ったからノーカンだろ。俺? 俺はほら、アルベルトとかいるからセーフだろ。

 

「イチャイチャしないでくれる? ムカつくから」

「妬くなよ全く」

 

 ここが人目につかない場所でよかった。

 魔法訓練が可能な密室の有り難さを実感したのと同時に、ここであれば誰にも見られることなく人を殺せることに気が付いて身震いした。

 

 腹に奔った激痛に悶えつつステルラに縋り付きなんとか耐える。

 

「オ……オゴッ……やばい、中身でるかもしれん」

「え゛え゛ッ」

 

 淑女が出していい声ではない。

 それだけははっきり伝えたかったのだが、嘔吐物が撒き散らされる可能性を考慮したステルラの手によって全身に痺れが奔った。師匠より手加減してるから俺はゆるそう、だがルーチェが許すかな。

 

「放っておきましょう。期待させるだけさせといて……

「う、うん。ごめんねルーチェちゃん」

「この馬鹿が悪いの。氷魔法お願いするわ」

 

 この二人は俺が死んでも泣いてくれなさそうだ。

 

 痛みに呻きつつ身を起こし、ルーチェの鍛錬内容に付いて考える。

 正直なところ俺が手を加えられる部分は一つも存在してない。理由は前述したとおり、戦闘スタイルが違い過ぎて適していないから。

 一度戦ったからこそルーチェの強みは理解しているが、それだけだ。次の戦いに活かせる経験を俺は積んでない。

 

 それに痛いからな。

 ルーチェの相手をするということは俺自身が打撃を食らう可能性があるということ。それはちょっと避けたかった。

 

 目論見通り(?)ステルラと鍛錬を開始したが、これは中々……いや。お前本当いい加減にしろよ。

 氷魔法すら自在に使いこなしているので、益々ステルラに対する勝率が下がった気がする。お前全属性複合魔法とかやめろよマジで、そういうの。大戦時代ですらそこまでの怪物は一人か二人くらいしか居なかったんだからさ。

 

 接近しようとするルーチェに対し氷柱を飛ばし牽制、氷の壁を生成し視界を遮った後に氷山を形成。

 部屋全てを埋め尽くすんじゃないかという物量を放ち一瞬でルーチェの動きを止めた。

 

「…………さむ」

 

 口元から白い吐息が漏れ出している。

 俺はこれに勝たなければいけないのか。幼い頃の俺に見せつけてやりたいな、この圧倒的な姿。

 だがまあ、これだけ強くても勝てなかった存在がいる。ステルラが死ぬ可能性がある。それは許容出来なかった、それだけの話だ。

 

「ルーチェ、こんな感じか」

「……そうね、こんな感じよ」

 

 氷で全身固められ不満げな表情をしている。

 

「中々愉快な姿になったじゃないか」

「ぶっ飛ばす。……でも突破口は見えたわ」

 

 口元を歪め楽しそうに笑っている。

 闘争心剥き出しじゃないか、全く。俺と戦り合った時もそうだが、ルーチェは割と戦闘狂の節がある。ぶっ殺してやると言わんばかりの目つきと闘争心はあまり相対したくない。

 

「あ、今溶かすね」

「ステルラ。寒いから俺にも少し火を分けてくれ」

 

 俺は少し熱を取れればいいと思って発言したのだが、ステルラはそう思わなかったらしい。ナチュラルに飛んできた火球に驚き咄嗟に回避したが右腕に直撃した。生きたまま燃やされるのって結構苦痛だからやめてほしい。

 

「火を放る奴がいるかバカ」

「でもロア焼け焦げてても平気そうだったし……」

「そもそも痛くて苦しいのが嫌いだからやめろ。治してくれ」

 

 どういう育ちからすればこんな風になるんだ。

 親や師の背中を見て育った? …………おのれエイリアス、全ては貴様の所為だ。

 俺はいつの日にか復讐すると誓った。具体的にはあの人の目の前で旨いもの食ったり年齢弄りしたりすると胸に誓った。

 

「……火、か」

 

 ルーチェが小さく呟いた。

 

 属性間にも相性があるので、実際火を使うのは間違いではない。

 だが所詮は付け焼き刃だ。ルナさんが戦えばまた違うのだろうが、今回戦うのはルーチェである。しかも自身が使う属性の完全上位互換であり、優れてる面と言えば肉体的な部分。

 

「氷の耐久性はどうなってるんだ?」

「魔力の量で調節できるよ。とりあえずルーチェちゃんに破られないくらいの魔力で作ってある」

 

 とりあえずでドンピシャ調節出来るのがイカれてるのだが……

 氷から解放されたルーチェも若干引き気味である。これは仕方ない。

 

「……使えるな」

「そうね、使えるわ」

 

 だがとてもいいヒントになる。

 

「どうにかこうにか突破できるようにする。ルーチェ、瞬間的に魔力量を増やすことはできるか」

「出来なくはないわ。精度は良くないけれど」

「ならいい。精度をひたすら高める練習をしようか」

 

 ステルラを手招きして耳打ちする。

 

「氷柱を撃ち続けろ。徐々に硬さを増やして、ルーチェが対応できなくなっても撃ち続けろ」

「え」

「大丈夫だいける。俺はそうやって師匠に扱かれた」

「え゛」

 

 虐待に近い鍛錬の末、俺は才能がない身でありながらある程度の実力をつけることに成功した。

 この鍛錬方法が正解であるということの証明であり、一番堅実で近道である。

 

「お前回復魔法も使えるし大丈夫だろ。魔力切れに備えてもう一人連れてくるから安心しろ」

「……すごく嫌な予感がするのだけど」

「気のせいだな。俺の鍛錬と同じような方法を取るだけだ」

 

 ルーチェの表情が少し引き攣った。

 

「五百本氷柱を放つ、魔力切れを起こさないように瞬間的な火力を無意識に出せるようになれ。魔力が切れても撃ち続けるように伝えたから諦めろ」

「……………………本気?」

「生身で魔法に対抗する手段を身につけるのも悪くはない」

 

 ハイライトが消えた。

 ステルラを見るとステルラもハイライトが消えていた。

 そんなに難しいことは言ってないし、俺より才能あるから大丈夫だろ。ただちょっと痛くて死にかけたりするだけで別に死なないから問題ないな。

 

「じゃあ俺は助っ人もう一人呼んでくるから頑張れよ」

「うん……わかった、頑張るね」

 

 これが出来るようになれば一つ上の位階に上がれるだろう。

 精密な魔力操作を身につければ接近戦だって強くなる。魔力で足場を形成し踏み込む、なんて芸当ができれば空中戦も熟せるようになるのだから強さに繋がらないはずがない。

 

 それはさておき、俺は俺でやるべきことをやろう。

 もう一人の助っ人────いるじゃないか、炎属性のスペシャリストが。

 

 

 

 

 

 

「普通にやりすぎではないでしょうか」

「そんな筈はない。俺はこうやって強くなった」

 

 図書館までスペシャリスト、もといルナさんを探しに行って無事に見つけたので戻ってきた。

 流石にまだ潰れてないだろうと思ってゆっくり来たのだが……

 

「……なんか漏れてるな」

「漏れてますね、冷気が」

 

 もしかしてこの部屋、断熱性がクソなんじゃないだろうか。

 前もルーチェのメンタルブレイク冷気が漏れ出てたし、案外適当かもしれない。でも確かにそうか、完全密室状態で炎とか規模によっては死ぬから対策してるのか。

 

 納得した。

 

 隣のルナさんが早くしろと言わんばかりのジト目で俺を見てくるので仕方なく扉を開く。

 別に死んでも蘇生出来る設備だし大丈夫だと思うのだが、世の中の人間は案外丈夫ではないらしい。

 

 俺がおかしいだけか。

 あ、涙出そう。かつての英雄はこんな目に遭っても後に覚醒してメンタル最強になったが俺はそんな汎用性は無い。メンタルなんて常にボロボロの自虐マシーンである。

 

 もっと世界は俺に優しくしてほしい。

 

「…………ふむ」

 

 扉の隙間から覗き見る。

 

 氷で包まれた世界の中で、ステルラの膝枕で安眠しているルーチェ。

 既に片は付いたか……

 

「世はかくも儚きもの、か……」

「嗾けたのロアくんですよね」

 

 細かい事はいいんだ。

 

 扉を思い切り開いて中に入る。

 じんわり氷が解け始めてるのを察するに、周囲の温度を保ちつつゆっくりと室内を温めているのか。冷やされた空気が外に流れ出して代わりに生温い風が室内へと流れ込む。

 

「怪我はないか」

「あ、おかえり。怪我はそんなに、魔力も途中で切れちゃったからそこで止めたんだ」

「気絶するくらいやったならそれでいい。五百本はあくまで脅しだからな」

「……本当かな」

 

 懐疑的な目線で見られている。

 俺と同じ量の修行をすればぶっ壊れるのは理解しているし、世間の常識で考えれば普通でない事も知っている。だがそれとは別問題で俺が耐えられたのだからそれよりハードルが低い鍛錬内容程度なら皆出来るだろうと思っていたのだ。

 

「どれくらい精度は増した」

「前半はそこそこ、後半は殆ど弾かれたから少しずつ硬くしたよ」

 

 伝えなくても本質を理解している辺り流石だ。

 

「……今のうちに落書きしとくか」

「ロア?」

「冗談だ。その氷を収めてくれ」

 

 ニコニコ笑顔で圧力をかけてきた。

 くそっ、計算外だ。いつの間にここまで仲良くなったんだ。

 俺はただ普段の仕返し(※いつも殴られてるのは自分が悪い)がしたいだけなのに……! 

 

「おのれ女の友情。ルナさん、ステルラを抑えろ」

「お断りします。あ~あ、トラウマ刺激されて涙出そうですよ」

 

 こいつっ……!! 

 

「ルーチェ! 起きろ、俺にはお前しかいない!」

「見苦しいですね……」

「本当に、こう……普段が酷過ぎて……」

 

 前門のステルラ、後門のルナ。

 こうなればルーチェに助けを請うしかないが未だ目を覚まさない眠り姫仕様である。

 眠り姫は人を殴ったりしないんだよな。ていう事は別に眠り姫じゃないしヒロイン扱いしなくてもいい節がある。深窓の令嬢ってのはルナさんみたいな人の事を指すのであってやはりルーチェは違う。おてんばお姫様というより武闘家である。

 

「誰が野盗ですって……?」

「そこまでは言ってない。落ち着け」

 

 ルーチェが目を覚ました。

 魔力が切れて既に身体強化は使えない筈なのに他二人に比べて迫力が増している。

 

「フ…………訓練の成果が出」

「ふんッッッ!」

 

 この後、日が暮れてから俺は医務室のベッドで目を覚ました。

 

 顎に殴打の跡があった。

 痛みはないし変形もしてないが、恐らく一撃で沈められたのだろう。

 よく一回真正面から戦って勝ったな。過去の自分を思わず褒めたたえてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話

 あくびを噛み殺しながら歩く。

 

 昨日は酷い目に遭った。

 まさか失神した俺を医務室に放置してスタコラ帰宅するとは思わなかった。俺たちの友情はその程度のもので、心配はされても看病はしてくれなかった。

 

 深い悲しみに包まれた俺は悲壮感を漂わせながら自宅へと帰宅したのだ。

 あ〜あ、一人っきりで家に帰るの寂しいナ〜〜。そんなオーラを漂わせていたのにも関わらず誰一人として俺のことを待っていなかった。当然のように家の中に入り込んでいた妖怪紫ババアに安堵すらしてしまったのだ。

 

 失態だ。

 

 しょうがないから晩飯を二人で食べて久しぶりに組み手をした。

 雷耐性があるとは言えビリビリするし筋肉は動かなくなるしで普通に最悪なんだよな。人体の構造上電撃は相性が悪すぎる。

 

 おかげでスッキリ眠れたからよしとするが、今日は一言いうつもりである。

 

「…………しかし、早く来すぎたな」

 

 いつもなら爆睡かましてる時間帯なんだが、今日は幸中の不幸(誤字ではない)で師匠が泊まりだった。

 電撃で叩き起こされるし朝飯もしっかり食べてきたし笑顔で見送られた。ここまでされてサボろうと思うほど薄情な人間ではないゆえ、仕方なく学園に足を運んだのだ。

 

「誰かいるか」

 

 扉を開い中の様子を見る。

 窓際で突っ伏している奴が一人いるだけで他にはどこにも姿が見えない。

 女子生徒──あれ、ルーチェか。随分と早起きだな。

 

「おはよう」

 

 声をかけてみるが返事はない。

 早起きだと言ったな。あれは嘘だ。コイツ爆睡してるぞ。

 顔をうまいこと隠しているが俺に躊躇いは存在しない。ちょっと顔の向きをずらして寝顔が見える角度へと揺らしたが、それでも意識を取り戻すことはない。

 

 小さな寝息が僅かに聞こえるだけだ。

 

「いびきはしないタイプか……」

 

 俺はいびき所か周囲を魔獣に囲まれた状態で生きてきたから図太いとかそういう次元ではなくなってしまった。即死しない限りは受けて反撃するくらいの防衛システムは自分で確立してあるのでそういう点で問題ない。

 

 あ? 師匠の電撃はどうしたって? 

 

 ……………………。

 

 細かいことは置いておき、とりあえず寝顔を観察する。

 

 流石に泊まり込む訳にいかないからな。

 男女はある程度の年齢を越えれば寝床を分けろなんて言葉があるくらいだし、ルーチェが性欲の怪物へと成り果てて俺を襲う可能性は無くはない。俺が襲う可能性もあるにはあるが、正直ちょっと枯れ気味なのを自覚してるのでそこは大目に見て欲しい。

 

 性的快楽より堕落してたい。

 

「さてさて、どうしてくれようか」

 

 筆記用具を取り出す。

 今日一日は消えないペンで落書きしてやるか。

 内容は、そうだな……『†薄氷†』とかにしとくか。『卍フロス卍』でもいい。悩みどころだな……

 

「ここは『卍薄氷卍』で統一感を出していくのがベストか……」

 

 頬を触りつつ、ゆっくりと太い方で文字を書いていく。

 今思ったんだがこの漢字だと字が潰れるな。額に書くのは趣味が悪いと思うから頬で我慢するが、薄がバカつぶれて何書いてるか分からなくなってしまいそうだ。しかし後悔先に立たず、既に『卍』を刻んでしまった。

 

「くっ……どうする」

 

 やはりフロス? 

 卍フロス卍しかないのか。

 

「…………何してんの」

「ああ。ルーチェが無防備に寝顔を晒しているから悪戯書きをしようとしている。候補は『卍薄氷卍』だったんだが、文字が潰れてしまうからな……」

「……………………そう」

 

 全く。

 俺は今忙しいんだよ。

 この話し声でルーチェが目を覚ましたらどうする、俺の生命ここで途切れるぞ。

 

「ところでロア。血文字ってお洒落だと思わない?」

「野蛮すぎるな。ルーチェは戦化粧と勘違いしてつけるかも知れんが」

 

 血文字は趣味ではないが、ダイイングメッセージは床に残した。

 犯人はルーチェ・エンハンブレ。俺の陥没した顔面と教室に散らばった血液が全てを証言してくれるだろう。最期に見たルーチェは冷め切った瞳と対象的に、仄かに赤く染まった顔が印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 #第三話

 

「おっ、クソボケ君じゃないか」

「ぶっ飛ばされたいのかカス野郎」

「おお酷い酷い。僕は君の顔に書いてある文字を読んだだけなのに」

 

 クソが。

 

 確かに寝ている女性の顔にいたずらしようとした俺が悪いのは認めよう。

 一歩間違えば法機関へと突き出されていてもおかしくはない。だが、だがな。それ以前に俺は殴られて失神させられているのだ。

 

 その仕返しをしようとしたのに返り討ちにあった俺が蔑まれるのはこの世が狂っているとしか言いようがない。

 

「あら、お洒落ね」

「出たな蛮族」

 

 頬に『卍』と刻んだ女、ルーチェ。

 俺の血は頑張って落としたのだろう、その気遣いと努力を俺にも向けて欲しい。

 

「左頬にボケ、右頬にクソ。お前は俺に恨みがあるのか」

「目には目をって言うでしょう?」

「おれは一方的にやられているんだが……」

「年頃の女の子の寝顔を見た罰ね」

「そこまで言うんだったら責任取ってやろうか」

「…………バカね、冗談よ」

 

 はいおれの勝ち。

 こう言うのは恥じらいなく躊躇いなく恥ずかしいことを真顔で言った奴が勝つんだよ。

 ポーカーフェイスは任せとけ、この世界でも随一の表情筋を持っている俺だからこそ仕掛けられる勝負だな。あ〜あ、また一つ勝利を刻んでしまった。

 

 負け越してるだと? ぶっ飛ばすぞ。

 

「図太いよねぇ」

「人生図太い奴が得をする。俺は出来る限り損をしたくないからな」

 

 て言うか図太さで言えばお前がナンバーワンだから。

 正直さと失礼さを履き違えて生きているとしか思えないアルだが、コイツはわかっててやってるので本当に性格と趣味が悪い。

 

「なんでコレを選んだの?」

「私が聞きたいわ…………」

 

 やれやれ。覚悟しろよ、俺は一度捕まったら逃げる気はないからな。

 

「自信満々に言う事じゃないのよ」

「うーん、ロアって感じ」

 

 失礼な連中だ。

 俺はこんなにも自分に正直に生きているのに、世界は俺を認めてくれない。

 この理不尽さを幾度となく嘆いているのに世の中は変わらない。やはり自分で世界を変えるしかない、か……

 

「クソボケくん、宿題出してよ」

「ンだとこの野郎。俺は相手が女でも手を挙げる男女平等の使者だぞ」

 

 なぜこんなにクラス内でのヒエラルキーが低いんだ。

 これでも順位だけなら結構上なんだが。一年生全体で鑑みれば上位一割には喰いこんでるんだが? 

 

「普段の行いでしょ」

「普段の行いだねぇ」

「解せん」

 

 ちょっと面倒くさがりでちょっとやる気ないだけじゃないか。

 ルーチェに昼飯集ってるとか、ルーチェを揶揄ってる度に殴られてるとか、ステルラとルーチェに挟まれてるとか、たまにルナさんが遊びに来るくらいで……俺は特に何もしてない。だからか、何もしてないから余計ヘイトを集めているのか。

 

「謎は解けた。これからは自己評価の上昇に励もう」

「多分そういうトコだと思うよ……」

 

 アルが呆れ顔で指摘する。

 

「フン。そんなに言うならいい、俺の評価は俺の事を知る奴だけが下せばいい」

「その結果がそれなんだよねぇ……」

 

 ああ言えばこう言う。

 くどい奴だ、俺はこの話題からさっさと次に変えたいのに。

 こうなればルーチェに話題を転換して押し付けるか。順位戦の話に切り替えれば問題ないだろう。

 

「それはそうとルーチェ。お前何時申し込むんだ」

「…………来週には」

 

 随分と弱気だな。

 今のうちに堂々と申し込んでおけばいいだろうに、乗り気じゃないらしい。

 

「まあまあロア、きっとルーチェにも考えがあるんだよ。決してビビってるとかそういう訳じゃなく゛ェ゛ッ」

 

 潰れた声を発しながら床へ沈んだアホは放っておいて、ルーチェの事情でも推察しようか。

 

 ぶっちゃけた話考えるまでも無いが、コンプレックスの要因となった人間に対し『戦いましょう』と言えるのは相当心臓が強い奴だけだ。

 ルーチェの心臓が強い訳もなく、図太さも無いし繊細だしメンタルズタズタのボロッカスなので無理に決まっている。じゃあどうやって挑むんだよと言われると────……どうやって挑むんだろうな。

 

「……来週じゃ遅いな。三日後だ」

「…………三日後、ね。そうするわ」

 

 自分でも思う部分はあったのだろう。

 反論なく受け入れたし、切っ掛けが欲しかったのかもしれない。

 

「そもそも確実に受けて貰えるのか」

 

 そこが不透明だ。

 いくら確執が存在するとは言え、ルーチェは現時点で九十位の格下である。十二使徒門弟として既に選ばれているとしてもわざわざ戦うリターンが見えてこない。

 

「受けてくれなかったら詰みだ」

「受けるわ」

 

 ……そうか。

 

「必ず受ける。

 そういう奴なの」

 

 確信を抱いているならいい。

 後に待ち受けるトーナメント、そこにルーチェが参加するのかしないのか。俺達は前座すら迎えていない準備段階に過ぎないのだ。準備にすら参加出来ない、なんてかわいそうだと思わないか。

 

 俺は戦いたいとは思わない。

 

 だがルーチェは別だ。

 ルーチェは友人であり、イイヤツであり、俺に対して好意的な言動を示してくれる。

 自分に対して好意的な人間に対して悪意を持つわけもなく、手を差し伸べるのは当然の行動だろう。

 

「ならいい。手でも握ってやろうか?」

「いらない。その位自分でやる」

 

 不敵な笑みを浮かべながら闘志を漲らせている。

 

 相手には回したくないな……

 どいつもこいつも戦いになった途端ギラギラしてやがる。

 価値観の相違で済ませられる話ではなるが、狼共の群れに放り込まれた羊の気分だ。出来るだけ俺にヘイトを寄せ付けないで貰いたい。

 

「じゃあステルラにもっと厳しくて良いって伝えておく」

「……程々にして」

「程々じゃ意味が無いだろ。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。その狭間を交差するからこそ伸びるんじゃないか」

「なんでこの時代にこんな価値観が生まれたんだろうね」

 

 えぇ~~。

 俺はこうやって育ったからな。

 お前らもこうやって強くなれる手段があるのはいいじゃないか。逆に言えば俺は既にこの手法で強くなれる限界に到達しているから他の連中は伸び代しかないという事だ。

 

「未来は明るい。エイリアス式スパルタ鍛錬として塾を開くか」

「児童虐待で訴えられるのがオチね」

「死んでも生き返れば死んだとは言わないんじゃないか」

「それは殺人って言うのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、ステルラとルーチェが移動した後。

 

 正直氷魔法について勉強不足なので図書館まで本を借りに来た。

 こういう時専門的な書物がたっぷり保管してあるのが非常にありがたい。俺は貧乏だからな、収入ゼロなので本を買う金すら持ち合わせていない。普段読んでる本? あれは師匠に買ってもらってるからノーカン。

 

「教科書教科書教科書…………」

 

 しかし、広い。

 本は物理的にも場所を取るから、国で一番の図書館を作るともなれば相応の土地を要求される。

 こんな首都の中心部に堂々と作れたのは国を平定した功績からなのか、行政的に鑑みて問題ないと判断されたのだろうか。

 

 俺は子供ではあるが、街一つ作るのにとてつもない労力が支払われる事くらいは理解している。

 

 ……一度、魔祖と話をしてみたい気もする。

 学園長として数十年務めてきて、彼女は変わったのだろうか。

 俺の記憶は確かに過去の事を精彩に映し出してくれているが、果たしてそれは今でも通用するのか。

 

 英雄を絶対視しないと誓った筈なのに、気が付けば記憶を頼りに生きている。

 

「…………愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。その通りだな」

 

 頭をぶんぶん横に振って、思考を切り替える。

 俺は賢者にはなれない。それは幼い頃に悟っていた。

 だからこそずっと、それこそ無意識に────英雄を盲信していたのか。

 

 気が付けた。

 それだけでいい。

 

 俺はそのまま盲信するのではなく、その記憶を元に自分の答えを導き出せる。

 ほんの少しの差だがその少しが大切だと、俺は思う。

 

「まだまだ子供だな……」

 

 師匠と長く過ごし、ロカさんに会い、エミーリアさんに出会った。

 

 俺は英雄じゃない。

 では、この思考は一体誰の物だ。

 

 ステルラに抱く感情は、ルーチェに懸けた思いは、ルナさんが見た俺は。

 

 悩むまでも無い。

 俺は俺、ロア・メグナカルトだ。

 

 …………しかし、今回は(・・・)急に来たな。

 時々来るのだ。特に不調でも何でもない時に、ふと思い詰める。

 

 以前にもあったような気がするし、これが初めてかもしれない。

 そんな不透明な浮遊感が胸の内を巣食っている。

 

 俺以外の誰かの記憶があるのが原因だろう。

 

 少なくとも俺はそう思っている。

 子供の頃は無邪気に「前世の記憶」なんて考えていたのに、今は負担であり祝福である。

 別に苦しんでたりはしないんだがな。ただ、ふとした瞬間に浮かんでくる。

 

 それだけだ。

 

 俺がそうしたいから、こうやって人の手助けをしている。

 面倒くさがりな俺もお節介を焼く俺も、矛盾しているがどちらも俺だ。

 

 以上、言い訳終わり。

  

 目当ての本を手に取って図書館を後にする。

 貸出は魔力で自動的に判別してくれる便利機能になっている。

 肉体的な修行は既に習熟したと言ってもいいだろう。それよりも俺に必要なのは魔法的知識。

 

 対策も兼ねてルーチェの訓練にも生かせる、正に一石二鳥という訳だ。

 

 ヴォルフガングとの戦いで目の当たりにし、ルーチェとの戦いで相性を理解した。

 待ち受けるステルラに対策しないのは愚の骨頂、努力を忌み嫌う俺ではあるが――――それ以上に敗北が嫌いだからな。

 

 ルーチェがギラギラ闘争心を剥き出しにするように。

 

 俺も奥底で煮えている想いがあるのだ。

 

 ただアイツに勝ちたい――――そんな純粋な感情が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「君がロア・メグナカルトで合ってるかな」

「……そうですが」

 

 マジで見覚えのない人に話しかけられた。

 俺も有名になったものだ。幼い頃から承認欲求は薄い方だが、誰も彼もが俺の存在を知っているというのも心地いい。

 

 有名になった末路に明るい未来が見えないからだろうか。俺は自分自身で宣伝する気はないし、誰かに評価しろと強請る事もない。

 ありのままの俺を見てくれる物好きさえ居ればそれでいいのだ。

 

「ふ~む…………ルーチェと仲がいいそうだね」

「家族の方ですか」

「ああいや、家族ではない。顔見知りではあるけど」

 

 ……………………。

 

剛氷(アイスバーグ)────ブランシュ・ド・ベルナール。順位戦圏外の俺に何の用ですか」

「もしかして僕の事知ってた? 参ったね、そんなつもりで来た訳じゃあないんだ」

 

 肩を竦めながら苦笑を浮かべる。

 警戒している訳ではない。だが、俺が仲良くしていい立場ではない。

 ルーチェのメンタルが鋼だったら仲良くしても怒らないかもしれないが、少なくとも『倒さないと色々ヤバい相手』と俺が認知しているのにも関わらずそっちのけで仲良くされては良い気持ちはしないだろう。

 

「聞きたいことが有ってね。ルーチェが僕に順位戦を挑もうとしてる、そんな噂を耳にしたのさ」

 

 どこから漏れたんだよ。

 教室で話してる時だな。別に隠してる訳でもないし別にいいんだが、そこでどうして俺に来るのか。本人探せばいいじゃん。

 

「だとしたら、どうします?」

「……どうもしないよ」

 

 白い髪を柔らかく靡かせつつ、ブランシュは続けた。

 

「僕に出来るのは待つことだけ。一歩踏み出す勇気が付いたなら、改めて来て欲しい。そう伝えておいてくれ」

「……アイツは受ける事を確信していたが」

 

 そう言うと、少しだけ驚いた顔をした。

 

「…………そうか」

「ええ」

 

 足を動かす。

 これから飲み物の差し入れをしないといけないからな。ここでうだうだしている訳にもいかない。

 まあ、アレだな。ルーチェの言う程クズで最低な奴と言う印象は受けなかった。表面上だけの付き合いだから、かもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第四話

 

 

「という訳でさっき会って来たぞ」

「…………は?」

 

 魔力切れでぜぇはぁ言ってるルーチェに飲み物を差し出して自分も飲みつつ報告する。

 俺はあンま〜〜い飲み物より少しほろ苦い程度を好むのだが、今日はお店の人が間違ってゲロ甘砂糖尽くしトロトロジュース。クソが、間違えるならせめてもっとマシなのにしてくれよ。

 

「…………ステルラ。飲め」

「ありがとうっ」

 

 ニコニコしながら俺が口を付けた場所から躊躇いなく飲み、ジュースが喉を通過したあたりで微妙な顔をしている。

 

「……あま」

「お前が言う程性根が腐っている風には見えなかった。少し会話しただけだから上手いこと隠している可能性もあるが」

 

 仰向けで天井を眺めていたルーチェは身を起こす。

 

「お前のことを待っている、とも言っていたが」

「…………あっそ」

 

 拗ねるな拗ねるな。

 誰もお前の味方をやめるとは言ってないだろ、これだからコミュ障拗らせ野郎はよォ〜〜〜。無言でルーチェの前に立ち、膝を折って視線を合わせる。疲労感で朦朧としているのか、どこか空虚な瞳だ。

 

「進捗はどうだ」

「結構捌かれるようになっちゃった。全力の八割くらい」

 

 ステルラの八割を捌けるのか…………

 もう俺より強くね? 勘弁して欲しいんだが、なんでコイツらはそんなに習得するのが早いのだろうか。俺はステルラとの戦闘をずっと避けているからどうなるかわからないが、全力(氷以外、使用できる魔法全てを含む)の八割とか捌ける気がしない。

 

 今は奥の手が存在するから勝ちの目はある。

 だが素手で相対するのはぜぇ〜〜〜〜ったい無理。勝ち目がない。

 俺は勝てる戦いしかしないんだ。

 

「明日朝一番で殴り込みだ。向こうの教室まで行くぞ」

「……一人でいいわ。いいえ、一人がいい」

 

 鋭い視線で返してくる。

 いいね、バチバチしてる。

 こんだけ漲ってれば気持ちで負けることはないだろう。あとは実力で弾き返すしかない。下馬評は圧倒的に負けだろうが、んなもん吹っ飛ばすだけだ。

 

「フッ……今日はルーチェの家で飯だ。俺が作ってやろう」

「明日は雪かしら」

「たまには労ってやろうと言う俺の優しさに泥を塗ったな」

「冗談よ。……それは、勝ったらにして」

 

 要らない、とは言わないんだな。

 素直になってきたじゃないか。ツンツンしてるルーチェも俺は好きだが、ツンツンの中に少しずつ素直さがにじみ出てきて本来の性格の良さが分かる方が好きだ。一から十まで全部説明するような物語より、匂わせる程度の描写が特徴的な物語が好みだからな。

 

「むむむ……、私も食べたい!」

「食い意地張ってるな。太るぞ」

 

 女性に太るは禁句だったな。

 以前師匠に言ってボコボコにされたのを忘れていた。やはり師に似て電撃をすぐ出してしまう癖があるようだ。

 ステルラは師匠と違って優しいから出力をめちゃくちゃ抑えめにしてるのでノーダメージである。見た目的には若干焦げてるかもしれないが俺は電撃耐性だけはアホみたいに高いからな。

 

「冗談だ。そんなに俺の手料理が食べたいのか」

「うん」

 

 …………そうか。

 

「まあ、気が向いたら作ってやる。お前の好みが変わってなければな」

「ロアの作ってくれる物ならなんでもいいな」

 

 ……………………そうか。

 

「チッ……何イチャついてんのよ」

「妬いてるのか? かわいい奴だな」

 

 魔力が切れているとは言えルーチェは武術の達人である。

 胴体を突き抜ける衝撃は一般男性のものと比べても数段上であり、それすなわち俺の腹筋を通り越し内臓へとダメージが入ることを意味している。

 

「ぐ、おおおお……!」

「自業自得ね」

「自業自得だね……」

 

 内臓は鍛えようがない。

 その弱点を的確に突いてくるとは……末恐ろしい奴だ。

 

「あ、ヤバい。さっきの飲み物出る」

「キモ……」

 

 お前がやったんだからな? 

 あまりにもストレートな暴言に俺の涙腺は刺激され涙を流し始めた。こんなにも惨めな思いをなぜ俺がしなければならないんだ。俺はただ純粋にルーチェを揶揄いたかっただけなのに……! 

 

「おのれ世界の不条理。俺は認めない、これが世界の本質だとは」

「いつもの発作だね」

「コイツなんでこんなんなの……?」

「そのこんなん(・・・・)を甘やかしてくれるお前らはやはりいい奴だ。俺が選んだだけはある」

「誰目線なのよそれ」

 

 頭に手を当ててため息を吐くルーチェ。

 

「気は紛れたか?」

「頭が痛くなりそうね」

「それは大変だ。俺が手当てしてやろう」

 

 手当てというのは、文字通り手を当てることでなんとか効果が発揮され痛みが和らぐから手当てを言うらしい。

 ルーチェの頭に手を当てる。

 

 頭を撫でられて気持ちよく感じるか否か。

 これは個体差が存在する。より具体的に言うなら幼い頃の経験や異性との交友関係、そう言ったものだ。甘えたがりの寂しがり屋なんかが分かりやすい例だ。誰かに優しくして欲しい、慰めて欲しい、かまって欲しい。誰もが持つ原初の欲求であり、誰もが抱える心の内である。

 

「よーしよしよしよしよし」

「台無しなのよね」

 

 わしゃわしゃしてから手を上に離せば静電気で髪が浮き立つ。

 

「ハハっ」

「死ね」

 

 二度刺す、か。

 虫の中には人を二度刺すだけで殺せる猛毒を持つ個体もいる。

 ルーチェはそう言う類だ。俺の腹を二度も潰した攻撃の余波は確実に全身を蝕んでいる。

 

「それは怒られると思うな」

「す、ステルラッ……俺を助けてくれ」

「しょうがないなぁ」

 

 チョロいぜ。

 これが幼馴染みパワーだ、覚えておけよルーチェ。

 この安心感と安らぎが俺を覇道へと誘った。あれ? 全然安らいでないじゃんか。むしろ巻き込まれてんだよな。

 

「そう言えばロア、トーナメント出場確定してる人達のことは調べた?」

「どうした藪から棒に」

「ルーチェちゃんが勝った後のことも考えないとさ、準備しないと大変でしょ」

「……調べてはいない。アルに聞いた」

 

 なかなかに面白い話だった。

 一番上から順番に、おそらく確定しているだろう人物たち。

 

「テリオス・マグナス。

 テオドール・A・グラン。

 ソフィア・クラーク。

 マリア・ホール。

 プロメア・グロリオーネ。

 アイリス・アクラシア。

 とりあえず俺が聞いたのはこれくらいだ」

 

 人の名前を覚えるのは得意ではないが、何度か聞いていれば流石に覚えられる。

 授業の合間を縫って教えてもらったのだが誰と当たっても苦戦は免れない。それくらいの強者たちが集まっている。

 

「どいつもコイツも天才ばかりで腹が立つ。もう少し俺に手心を加えてくれなければ泣く」

 

 実際に戦うのはもう少し後だが既に絶望している。

 絶対強いじゃん。試合映像とか無いからどうにもできないけど百%強いじゃん。

 

「連戦はしたくないな……」

「全くだ。二日ほど日を跨いでからゆっくり戦わせてくれ」

 

 俺は相手に対して対策できることがないからな。近づいて斬る、それ以外に作戦はない。

 故に対策を取られてもそれに対応できる程戦い方は豊富ではないし、なんならヴォルフガングとの戦いで既に手の内を晒しまくっている。

 

「肝心のブランシュの情報を全然知らないんだが」

「バカでかくてバカ硬い氷を扱うわ」

「わかりやすくていいな」

 

 小技を効かすと言うより火力といった方向性か。

 そのくらいわかりやすい方がいい。才能ある人間が小技を使うとか勘弁して欲しい。凡夫に抵抗できる僅かな可能性を消し飛ばしている。

 

「……今なら、やれる」

 

 拳を握りしめ、楽しそうに笑いながら呟いた。

 

「今なら、勝てる」

 

 ……怖ぇ〜。

 俺と戦うときこんな感じだったよな。

 やっぱり戦闘に狂ってる節がある。ルーチェもヴォルフガングも、十二使徒の子供ってのはこれがデフォなのか。

 

「感謝するわ、ステルラ(・・・・)

「がんばってね、ルーチェちゃん」

 

 おお……

 コミュ障二人が仲良くしている。

 喧嘩してるような仲よりこっちの方がずっといい。俺はそう思う。

 

「両親は見にくるのか?」

「……来ないわよ、ただの順位戦だもの」

 

 前に来てた気がするけどな。

 て言うかこないだ来たときに絡まれなかったのが奇跡だ。

 あんな公衆の面前でイチャイチャしてて親御さんに怒られなかったのが何よりも助かった。やはり娘交友関係に口を出しづらいのはどこも一緒なのだろうか。いや待て、試合中の言動だけで見れば俺はそこそこストレートなイケメンだ。「まともそうだね」で結論が出て特に触れなくていいと言う判断をしたのではないか。

 

 普段の俺と試合中の俺は大分差がある。

 

「来るといいな」

「…………そうね」

 

 少しだけ残念そうに、それでいて嬉しそうに呟いた顔が印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────翌日。

 

『────さァ、注目のカードです! 

 十二使徒門弟が一人、ブランシュ・ド・ベルナールに対するは────』

 

 坩堝にて、会場の盛り上がりが最高潮に達すると同時に入場してくる。 

 冷たく鋭い刃物のような雰囲気を漂わせ、近づこうとする者を悉く斬り付ける冬の辻斬り。

 

『魔祖十二使徒第四席・第六席が三女!!』

 

 その名を堂々と掲げ、一歩前へと踏み出した。

 

『ルーチェ・エンハンブレッッッ!!』

 

 因縁へと。

 

 

 

 



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第五話

「……まさか君と戦う日が来るとはね」

 

 腹の立つ苦笑いと共に言葉を吐き出した。

 

 幼い頃から劣等感に塗れていた。 

 周りの視線と自己評価の相違に気が付くことも無く、自分は偉大な両親の血を受け継いでいると確信していたあの頃。間違いなく自分も後を継げると思っていた幼き頃。

 

「家を飛び出して早数年────僕は生まれ持った才を育てる為にも、師の元に弟子入りした。君はどうしていた?」

「決まってるでしょ」

 

 相変わらずムカつく男だ。

 自覚しているのかしていないのか、そこはどうでもいい。だがとにかく癪に障る男だった。

 昔からそうだ。人の事を小馬鹿にするような態度と仕草、そして言葉遣い。表面上を取り繕っただけの薄っぺらな仮面の底には他者への絶対的な侮蔑が含まれている。

 

「アンタをぶん殴るために必死だったわ」

 

 母様も父様もそこに目を瞑った。

 私が才能を持ち合わせなかったばかりに、諦めさせるためにもそうしたのかもしれない。

 

 現実の難しさ、夢の重圧。

 

 本人がどれだけ願っても叶わない事がある。

 

「見掛けだけのクソ野郎。死んでも楽しんでやらない(・・・・・・・・)

「……やれやれ、嫌われたものだね」

 

 会場の盛り上がりは既に消沈した。

 好き勝手に他者の因縁を面白がり、レッテルを貼り付けるこの文化が好きじゃなかった。

 他人に失望されるのが嫌いだ。私だって努力しているのに、どうして責められなければいけないのか。それこそ死に物狂いだったのに、どうして皮肉を言われなければいけないのか。

 

薄氷(フロス)、ね。君らしい名前じゃないか』

 

 うるさい黙れ。

 

 自分が一番理解っている。

 

 自分自身に期待するのが嫌いだ。

 どこかの誰かさんのように、あーだこーだ文句を言いながら何かを通せる強さは無い。

 

 息を一度整えてから、ゆっくりと吐き出す。

 吐息に混じる冷気。血は嘘を吐かず、私には正しく受け継がれている事を証明している。どうしようも無い程に悪い組み合わせになってしまっただけで、受け継がれているのだ。

 

「…………始めましょう」

「僕も準備オッケーだ。何時でもどうぞ」

 

 

 

 

 

 

 # 第五話

 

 

「正面から戦えば負けるだろうね」

 

 静まった会場内。

 嵐の前の静けさ、まさしくそう表現する他ない空気感へと変貌している。

 明らかに確執がありそうな睨み方をしているルーチェにそれを飄々と受け流しているブランシュ。

 

 登壇したキャストを放置し、アルが楽し気な表情で語る。

 

「そう言ってやるな。戦意が下がる」

「逆さ。ルーチェが素直に聞く訳無いじゃないか」

 

 ケラケラ笑っているが、聞き耳を立てていたのかルーチェが明らかに此方を見ている。

 もしかしなくても俺もターゲット扱いされているのか。自己主張の激しい青筋と眉間に寄った皺が殺意を如実に表していて怖い。

 

「おまえ終わったら覚悟しとけよ」

「怖いねえ……僕の知ってる淑女ってのはお淑やかで慎ましい気性だったよ?」

「実家が太くて良かったな」

「利用できるモノはなんでも使う性質(タチ)でね」

 

 もうやだこいつ。

 ただの金持ちじゃないのはわかってんだぞ。このクサレ公爵一族め。

 

「ああでも、子供の頃のルーチェは静かで気品のある子だった気がする」

「パーティーか?」

「その通り。僕はご覧の通り後継としては不合格だからね、あくまで兄が主賓だったよ」

 

 どうりで謎の情報ラインを持っているわけだ。

 子供の頃のアルはこんな風じゃなかった筈なのにどうしてこうなってしまったのだろうか。

 

「ブランシュ・ド・ベルナール。恵まれた血統があるわけでもなく、一般家庭の出自。それなのに魔祖十二使徒門下に入れたのは本人の才覚とそれを活かす努力を重ねたからだね」

 

 個人情報とかそう言う概念はやはり持ち合わせていないらしい。

 いやまあ、噂程度なら俺も耳にしたが……そんな出自とかそこまでは興味ねぇよ。お前絶対実家特定済みだろ。

 

「ジャンルで言えば君のお姫様と一緒さ」

「だが、アイツほどのイカれではない」

「イカれって何さ!」

 

 いつの間にか横にいたステルラに話を聞かれていたらしい。

 ポカポカと肩を殴ってくる。身長は俺が唯一勝っていると言っても過言ではない部分なので堂々と見下ろしてやるのさ。体格差による圧迫感と屈辱を味わうがいい。

 

「確かにそれもそうだ。いまだに魔法を素手で弾いた仕組み理解してないんだけど、アレってどう言う理屈なんだい?」

「知覚されない程度の魔力を一瞬だけ直撃する部位に展開して弾いただけだよ」

「…………??」

 

 アルが笑顔のまま固まっている。

 現実を受け入れるのに必死なようだ。

 

 要約すると、今回ルーチェにひたすら積ませたトレーニングの完全上位互換である。

 

「……雷魔法ってさ、直撃だけがダメージ源じゃない強力な魔法だよね。速度と比例しない拡散性能の所為で難易度が高い、それ故に使い熟せれば防ぐのは難しいって言う…………」

「いやだなー、雷魔法の動き方くらいなんとなくわかるもん。私、紫姫(ヴァイオレット)だよ?」

 

 現時点で世界最強の雷魔法使いは師匠だが、それと比肩するのが我が幼馴染み兼宿敵兼悪魔である。

 紫姫(ヴァイオレット)の名を継いでいるのは伊達ではないのだ。そう言われるほどの実力を兼ね揃えているからこそ呼ばれるのである。

 

「十二使徒の二つ名を継いでるのは皆こんなのばっかりだ」

「…………君、よくヴォルフガング君に勝ったね」

「運が良かった。次はないな」

 

 今更俺の凄さを認識したか。

 ヴォルフガングが俺に負けた姿を見て勝てると踏んだのか、何人もの同級生や上級生が挑み──土を舐める結果となった。阿呆共め、俺が勝てたのは完全初見であり相手が対策を少しでも練らないように立ち回ったからだ。

 

 何かを極めているわけでもない凡人が甘い考えを持ったまま戦っていい奴じゃない。

 

「そんなお姫様に扱かれてたなら──ルーチェにも希望はあるね」

 

 実況席の方を横目で見れば、なんともまあ豪華なメンツが揃っていた。

 なんで魔祖十二使徒が普通にいるんだろうね、この学園。和気藹々としてるし、お菓子食ってんじゃないよ。

 

 実況解説は少し慣れ始めたのか順調に用意を終わらせたらしい。

 

『さて、両者共に準備は整ったようですので。

 十二位、ブランシュ・ド・ベルナール。

 九十位、ルーチェ・エンハンブレの順位戦!! 

 

 ────開始いィッッ!』

 

 先手はベルナール。

 

 自身の周囲に氷柱をいくつか生成しながら、足元より氷山を生み出し会場を埋め尽くさんと動く。

 小手調べにしては大規模に感じるが……

 

「上手い逃げだ」

 

 あえて氷山に足を引っ掛け上へと駆け上がる。

 空は自由な空間だ。本来ならば逃げ場所のない悪手だと言われるが、ルーチェにおいてその常識は通用しない。独学とは言え才覚を有した人間が鍛え続けた一つの魔法は、壁を越えることに成功するものだ。

 

『空中を蹴り(・・)ながら氷柱を回避しているぞ! これはすごい機動力だ!』

 

 前回の俺との戦いより更に洗練されている。

 

 なんで? 

 

 薄ら笑いを消し、少し真面目な顔つきになったベルナールが次の手段へと移行する。

 

「なるほど。薄く魔力の壁を張って踏み込んでるのか」

 

 おかしい。

 そんな特訓は一ミリも実行してないが、いつの間にかできるようになっている。

 隣にいるステルラを見てみれば満足気な表情で腕を組んでいるので、コイツが仕込んだようだ。

 

「魔力を込める、抜く、その動作を早く速くやれるように慣れば応用が利くからね。ちょっとルーチェちゃんに伝えたんだ」

「……ん? この理論を展開するなら、君は魔力でシールドを張れるのかい?」

「張れるよ? 防ぎ様のない火力は凌ぐしかないからね」

 

 なおその前提として、その「防げない火力」を上回る魔力量を瞬時に展開できる器用さが求められる。

 

「そうか、シールドか……その観点はあまり無かったね」

「アル君はどういう戦い方なの?」

「泥臭い戦い方さ。前のめりに動くだけの」

 

 俺たちが話している間にも試合は動く。

 氷柱(つらら)でダメだと判断したのか、今度は氷の巨大な柱を何本も生成。少しずつ接近しているルーチェに対して高速で射出した。

 

 だが。

 

『────砕いた! 砕きました、剛氷(アイスバーグ)と呼ばれる程の強度を誇るベルナールの氷を、その拳で打ち砕いた!!』

 

 正面から相対したルーチェは、ベルナールの氷を叩き壊した。

 もう薄氷(フロス)ではない。そんな呼び方などさせない。そう轟かせる様に、会場全体へと見せつけた。

 

「……やってやれ、ルーチェ」

 

 お前の人生だ。

 散々積み重ねた苦労を、今ここで──吹っ飛ばしてやれ。

 

 

 

 

 

 

 ────気分が高揚する。

 どうしようもない程に昂っている。

 

 楽しんでいる訳じゃない。

 ロアと二人で、閉ざされた世界で戦ったときとは違う。あの時はいつまでもいつまでも、二人っきりで混じっていたい。そんな気分に包まれていた。

 

 カタルシス、なんて呼び方をする。

 反逆の快楽だ。これまで積み重ねた私の人生そのものが、絶頂を迎えているのだ。

 

「…………ふふ」

 

 思わず漏れてしまった歓喜の感情をぐっと堪え、冷気が支配する空間で気を引き締め直す。

 

 自身の代名詞でもある氷山が通用しないと踏んだのか、足元の氷が徐々に溶かされていく。

 その表情は優れない。

 

 いい気味だ、ざまあみろ。

 

「どんな気分かしら? 剛氷(アイスバーグ)さん」

「……やれやれ。これじゃあ悪役だな」

 

 ため息を吐きながら、その手に氷の剣を作る。

 飛び道具は効かないから近接戦闘に切り替える、その判断は正しい。遠近両方を一人で熟せる才を持ち合わせるが故の傲慢さだ。

 

 パキパキ音を出しながら、ベルナールの周囲にいくつもの氷剣が展開される。

 

「成長したじゃないか。ルーチェ・エンハンブレ」

「アンタになんか褒められても何も嬉しくないわ」

 

 高速で飛来する剣を砕きつつ、一歩踏み込む。

 踏み込みにて大地を砕き、坩堝全体を揺らす大きな衝撃を伝える。

 

 一息吸い込んで────前進する! 

 

 自分の才覚が望んだものでは無かった。

 それでも、この瞬間だけは好きになれた。身体的限界(リミットオーバー)を越えるほどの身体強化を施した末に見ることのできる、この世界。

 

 全て真っ白に染まり、雑多な情報が全て消え失せたここだけは。

 

「私が────」

 

 全身全霊なんて、賭けてあげない。

 私が嫌いな人間に、私の全部を賭けることなんてしない。

 

 積み上げてきた恨み、妬み、負の感情と呼ばれる全て────今、ここで清算してみせる。

 

 私自身が認識できない速度で加速し、これまでの感覚通りに足を振るう。

 

『努力は嘘を吐かない』。

 私が一番嫌いな言葉で、一番好きな言葉だ。

 ……好きになったと、言い換えたほうが良いかもしれない。

 

 好き勝手振る舞って、そのくせ人のことをいい奴だのなんだの言って揶揄ってくる女泣かせ。

 奴のせいだ。全部全部、あいつのせい。

 

「────勝つの!!」

 

 取り戻した意識と景色を瞬時に把握し、ベルナールに向かって踵落としをお見舞いする。

 避けきれないと判断したのか受け止める姿勢に素早く整えるが──遅い。

 

 剛氷(アイスバーグ)なんて、叩き壊してやる! 

 

 氷の剣を砕き、肩へと足をたたき込んだ。

 地面が崩落し腰辺りまで大きく陥没した姿を逃さずインファイトを仕掛ける。

 

 剣の生成を並行しつつ捌こうとするがその表情は苦悶に満ちている。

 ダメージは通ってる。大丈夫、問題ない。

 

「──やるじゃないかっ!」

「おかげさまでね!」

 

 鋭く人体を裂くのに適した形の氷を整え振るうがそれは悪手だ。

 自身の代名詞すら信用できなくなった男に負ける理由はない。

 

 一瞬、わずかに視線をずらし後ろへと移動しようとした隙。

 踏み込んだ足から氷をわずかに展開して、ベルナールの足が引っ掛かるように調節する。

 

 焦りからか確認を怠ったのか、予想通りまんまと引っ掛かった。

 

「しまっ────」

 

 二の句は継がせない。

 腰を深く沈め、腕に力を込める。

 

 右腕を思いっきり引き、十分な溜めを用意できた。

 

 後ろに滑るような形で転がるベルナールに対し、思いっきり────叩きつけた。

 

 砂塵が舞い、土砂が崩れ、大地が割れる。

 確かな手応えを感じた。私にとっては未経験の初めての感触だった。

 

「…………頭でも冷やしてなさい」

 

 大地へ沈んだまま動くことのない奴に吐き捨てて、腕を掲げた。

 

『────勝者、ルーチェ・エンハンブレッ!! 九十位から十二位へ、奇跡のような繰り上がりだ!! 下克上が成った!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 





幕間ネッチョリやりたいので次回からやると思います。
遅れてごめんなさいなのだ。


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第六話

本気で間違って投稿して焦って非公開にして直してました。
申し訳ない……


「えー、ルーチェの勝利を祝いまして~」

「祝いまして~~」

「……やめてよ恥ずかしい」

 

 アルが乾杯の音頭をとり、ステルラが続き、ルーチェが恥じらう。

 なんと素晴らしい青春風景、なんと素晴らしい我が交友。この場が俺の家で、リビングで、死ぬほど持ち込まれたゴミの処理を俺がしなければいけないと言う欠点がなければ完璧だったのに。

 

「おい待て。なんで俺の部屋になったんだ」

「君が唯一お金を持っていなくて差し出せるものがなかったから」

 

 正論は時として暴力になるってことを知らないのか? 

 これだから人とレスバしたことのない貴族様は困るぜ、相手の事情も加味してどうにかこうにか受け止めてやるのが貴族の務めじゃないのだろうか。

 

「ステルラ、援護」

「もー、そんなこと言うならお肉あげないよっ」

「ルーチェ……」

「いい薬になりそうね」

 

 クソが。

 今日に限って師匠は遠くに出かけてるし、なんで俺はこんなに不遇なんだ。

 いや確かにルーチェが主役だし、アルが俺を気遣う理由も特にないし、ステルラも主賓を立てるのは正しいし……あれ、俺を庇える要素一ミリもなく無いか。

 

「……はぁ、そんな顔しなくてもお肉くらい食べればいいでしょ。辛気臭い顔しないでよね」

「やっぱお前しかいないわ」

 

 この圧倒的甘やかし力! 

 普段との差が激しすぎて風邪を引きそうだが、それこそがルーチェの真骨頂。俺が出会った人間の中で一番チョロくていい奴だと思う。

 

「見たかステルラ。やはりこれくらいの包容力が俺は欲しい」

「ぐ、ぐぬぬ……たまには厳しくしないとロアはダラけるからダメ!」

「ほーう? 嫌だと拒絶する俺を身体強化で無理やり連れ出したことを忘れたとは言わせないぞ。あ〜あ、そのせいでインドア派になったからナ〜」

「嘘つき!」

 

 頬を膨らませてプリプリ怒るステルラを宥めながら、早速料理に手をつける。

 俺は今回携わってないからよくわかってないが、もしかしてこれステルラが作ったのだろうか。できるとは思っているが、まさかこんな形で幼なじみの手作り料理を食べることになるとは……

 

「……美味いな」

「本当? それ僕が作ったんだよね」

「クソボケが失せろよホントに」

 

 気分が絶不調になった。

 お前今度こそゆるさねぇからな。俺の淡い期待を粉々に砕いた上にスプーンに料理を乗っけて「あ〜ん♡」とか言ってきた。今日ここがお前の命日に変身するとは誰もが思わなかっただろう。

 

「このアホ! 実家に言うぞ」

「はーはっはっ! 好きにするといい、僕は家から見放されてるからね!」

「胸を張るところじゃないんだが……」

「実家のことは兄さんがどうにかするからいいのさ。僕は僕、アルベルトとして見て欲しいね?」

「んぐんぐ……実家?」

 

 ステルラが首を傾げて聞いてくる。

 

「そんなに仲良しなの? ロアとアルくんのお家」

「いや、単に脅し文句にしてるだけだ。……なんだステルラ、知らないのか」

「私もロアも一般家庭出身だからねー、ルーチェちゃんのお家がとんでもなく大きいことは知ってるよ」

 

 その情報は初めて聞いたが、十二使徒ならばまあそれくらいはできるだろう。

 むしろあんな辺境で隠居気味な暮らしをしていたうちのおばあちゃんがおかしいのだ。エミーリアさんとか豪邸に住んでるしな。

 

「アルベルトの家はこの中なら一番デカい。権力的にも物理的にも」

「一応元公爵家だからね、その程度の影響力は持ってるよ」

「…………公爵家?」

「統一前、グラン公国に於ける最高権力者一族だとでも解釈すればいい」

 

 本当はもっと複雑だが、今の時代ならこの程度の認識でも十分だろう。

 

「公爵家って呼ばれてたのは何代も前の話、今は軍部と政界両面に関係者がいる程度の血族だよ」

「グラン家の異端児、なんて呼ばれ方してる男は言うことが違うわね」

「正しい認識さ。別に僕の家や血が優秀なのではなく、受け継いだ人たちがそれぞれ優秀だっただけ。勝手に期待される方が困るけどねぇ」

 

 チクチク価値観で戦うのやめてくれないかな。

 ルーチェが気にしてないから問題ないのだが、アルは狙って言ってそうだ。

 

「大体、今の在校生は突然変異の変わり種が多いからね。正統派はバルトロメウス君ぐらいじゃないか?」

「否定はしない。俺もステルラも、ルナさんもそうだ」

 

 純粋に強い人から、強い人間が誕生する。

 かつての大戦以前ならば幾度となく繰り返された悲劇ではあるが、今の時代となってはそうそう起こり得ない話だ。

 

「アンタの場合は勝手に変わり種になっただけでしょ」

「ハハ、そこを突かれると痛い。堅苦しい文化を兄が引き受けてくれたんだ、その分楽しまなきゃ損だ」

 

 兄────順位戦第二位だったか。

 きっとトーナメントが組まれなければ興味を持つこともなかっただろう。最高学年時に一位を取ればいいとしか思っていなかった故に、ほぼほぼノーマークである。

 

「どんな人だ」

「厳格で荘厳で潔白──を心がけている人」

「本当にお前の兄か?」

「血の繋がりは確かにあるよ」

 

 なかったら一大事だよ。

 

「さ、僕の話はここらへんにしておこう。今日の主役はルーチェだからね」

「それもそうだな。よく頑張ったな」

「……ん。ありがとう」

 

 素直なルーチェは扱いやすいが、それはそれとして茶化してやらないとなんか雰囲気違くてむず痒いので難しいところだ。

 

「次回が怖い内容だったよ」

 

 雰囲気が変わった。

 お前空気ぶち壊してるんだけど自覚あるかな。こういうちょっとした祝いの席でしなくてもいいだろ。

 

 そんな俺の懐疑的な視線は無視してアルは続けた。

 

「勝ちは勝ち。それは揺らぎない事実だけど────底を全く見せていなかった。これは一考の余地があると思うね」

「……ベスト(・・・)は尽くした。そう言っていたわ」

 

 真剣な反省会になりつつある。

 まあ、祝われている本人がいいならそれでいいが……

 

「ほほう! それはそれは、ふーん……?」

「ふーん?」

 

 アホ(アル)アホ(ルーチェ)が並んで顎に手を当てて思案している。

 

「……ははあ、そういう事か。中々悪趣味だな」

「わざと負けた。そう言いたいの?」

「いいや。わざと(・・・)じゃない、負けても良かったのさ」

 

 どういう事だ。

 

「要は最終的に君の邪魔に繋がればいい。そう考えたんだろうね」

 

 戦い、敗北する事でルーチェの邪魔になる。

 ……………………それより負ける方がムカつくよな。俺だったらそんな手は取らない。

 

 負けて煽られる方が圧倒的にムカつかないか? 

 

「それは君だけだね。煽り耐性も低いし沸点も低いのに自分を冷静沈着だと思い込んでいる異常者だから」

「お前マジで許さないからな。後で覚えとけよホント」

 

 ロア・メグナカルトは激怒以下略。

 

 だがしかし、今はルーチェの話なので飲み込むことにする。

 俺は何時だって冷静沈着清廉潔白質実剛健を地で行く男なのだ。一度煽られた程度で青筋を立てるほど若くはない。

 

「順を追って説明しよう。まずは前提、『彼にとって負けた場合の損得』だ」

「……トーナメントの出場権とか?」

「いいや。彼は魔祖十二使徒門下だから、初めから出場は決まってるのさ」

「受けて戦うことに意味がある……?」

 

 ルーチェ曰く、確実に挑戦は受ける。

 そういう奴ではあったらしい。本人たちの間にどんな確執があるのかは知らないが、約束でもしていたのだろうか。

 手を抜いて戦うってことは、対戦相手を舐めているという事。

 

「ベストは尽くした。そう言っていたんだね」

「…………ええ」

「本気を出したとは言っていない」

「だからと言って手を抜いた、という考えにするのは早計が過ぎる」

「勿論わかってるさ。だからこれは前提──彼は、負けても損をあまりしない。名誉が傷つくくらいさ」

 

 十分デメリットがあるんだが……

 アルベルトの性格の悪さとベルナールの性格の悪さ、何か共通点があるのだろうか。

 

「煽った相手に負けるという屈辱はあるけれど、それを引っくり返せる舞台があるとしたら?」

「…………理屈は理解した。だがそこまでして負けて一体なんの意味が──」

「ルーチェへの嫌がらせ」

 

 嫌がらせ。

 パッと思いつく内容はない。

 わざと負けた後に勝っても、「でもお前負けたじゃん」で論破できるからなんの得があるのだろうか。

 

「君みたいな図太い人間ならともかく、負けてもいい(・・・・・・)と考えながら手を抜かれた勝利で喜べる女だと思う?」

「……少なくとも俺がやったら絶交されてたのは間違いない」

「よくわかってるじゃない。死ぬだけじゃ済まさなかったわ」

 

 ルーチェの機嫌が少しずつ悪くなっている。

 冷気が滲んでいないだけマシか。

 

「それだけじゃない。ルーチェの手札を晒しつつ、自身の手札は隠す。そういう目的もあっただろうね」

「そこまで計算して負けてたら本当にタチが悪いな」

 

 考えすぎだとは思う。

 俺はベルナールの本性を知らない。本当にそこまでする悪辣さを持ち合わせているのか、過去にルーチェと何があったのか。

 

 それを知らない限りは勝手に想像で話すわけにはいかないのだ。

 

「とまあ確定的に喋らせてもらった訳だけど、これは僕の推測に過ぎない。手を抜いていたという事実はあってもその理由までは定かじゃないよ」

「…………フン、どうでもいいわ。今度は本戦でボコればいいだけよ」

 

 楽しそうな顔で笑うルーチェ。

 自信がついたようで何よりだ。

 

「……それに、今は一人じゃないもの」

 

 …………デレた。

 少し目線を下に逸らして恥じらいながら呟いた。

 お前、何時の間にそんな高等テクニックを身につけたんだ……!? 

 

「わ、わあ……聞いたロア! ルーチェちゃんがデレたよ!」

「ああ。こんなテンプレート的なスタイルに変貌するとは思ってもいなかった」

「うるさいわね!」

 

 やけくそ気味にアルの手作り料理を口の中に放り込んでいる。

 

「あ〜あ、子供の頃のルーチェはあんなに」

「それ以上口を開いてみなさい。二度と立ち上がれない体にしてやる」

 

 本気の脅しだった。

 アルが珍しく笑みをなくして冷や汗を流しているのだからその本気度合いが理解できる。

 子供の頃のルーチェ、普通に気になるんだが誰に聞けばいいだろうか。後でこっそりアルに聞いておこう。

 

「参った参った。それで子供の頃のルーチェはね」

 

 そこまで話を続けて、アルは音もなく崩れ落ちた。

 一撃で意識を刈り取ったらしい。インファイトを仕掛けたり正面突破的な部分もあるが、やはり本質的な部分は暗殺者ではないのだろうか。

 

 一応回復魔法をかけているステルラを尻目に話を続ける。

 

「子供の頃のルーチェ、俺は気になるな」

「聞くな。絶対聞くな」

「そう言われても気になる。大切な友人の幼い頃、独占されているのもなんだかモヤモヤする」

 

 具体的には俺も弄りに参加したい。

 幼少期ネタは鉄板だろ。ステルラはガキの頃、インドア派だと宣言している俺を強制的に外に連れ出す悪魔の子だった。魔法で俺を一方的に打ちのめしてきた事実も忘れてはならない。

 

 何? 

 俺が無駄に挑発するからだと? 

 

 …………フン。今日はここまでにしておいてやる。

 

「……そんなに知りたいの?」

「ああ。お前のことは(ネタに出来るから)なんでも聞いておきたい」

「………………あ、そ。勝手にすれば」

 

 耳がわずかに赤くなっている。

 

 今気がついたが、この言い方では俺が猛烈にルーチェに興味を持っているように聞こえてしまう。

 興味があるのは間違いない。だがそれは性的な意味ではなく、良き隣人としていい関係を継続したいがためなのだ。だから何時の間にか隣に立ち若干くすんだ瞳を向けてきている我が幼馴染みへと弁解せねばならない。

 

「落ち着けステルラ。確かにルーチェの全てを知りたいと発言したがそれは言葉の綾だ」

「……いーもんいーもん。どうせ私はスタイル抜群でもないし芋娘だもん」

 

 め、めんどくせぇ〜〜〜! 

 

 ネガティブモードへと突入しもそもそ料理を口にするステルラからは陰鬱なオーラが漂っている。

 今更お前の何を聞けというんだ。世界で一番か二番目か三番目くらいにはお前のことを知ってるぞ。もう聞く必要がないから聞かないだけであり、俺は別にステルラを軽視している訳じゃない。

 

 などと、俺の内心を並び立てるわけにもいかないのだ。

 これは俺に残ったチンケなプライドが邪魔するからである。師匠にもステルラにも素直に愛情を示すのはなかなか恥ずかしいのだ。ルーチェとかルナさんには気楽に巫山戯られるのになんでだろうな。

 

「スタイルでいえば一番残念なのはルナさんだぞ」

「最低」

 

 選択肢をミスったらしい。

 ルーチェとステルラから飛んでくる視線が絶対零度になった。

 冷ややかな視線だ。俺じゃなきゃ身震いしちまうね。

 

「いや違うそうじゃない。俺は外見で判断してないと伝えたかったんだ」

「……まあ確かに、師匠と一緒にいれば普通じゃ満足しないよね」

 

 師匠はスタイル抜群だからな。

 ついでに言えばとても美人である。なお中身は伴わないものとする。

 

「だから違うと言っている。俺は俺を甘やかしてくれる人間全員好いているだけだ」

「一ミリも好感を持てる発言じゃないね……」

「堂々と宣言するあたり潔いよ」

 

 呆れつつも否定しないあたり、そういう俺の部分を認めているのだろう。

 護身完成、すでに俺を守る砦は築かれた。

 

「フン。あーだこーだ言う暇があったら俺の事をもっと甘やかして欲しいね」

「…………なんでこんなのを……」

「ルーチェちゃん。もう遅いよ……」

 

 女子二人がもそもそ飯を食べ始めた。

 復活したアルベルトが俺の肩に手を置いてキザな顔をしている。殴るぞ。

 

「君、刺された時用に遺書用意しておきな?」

「いやに決まってんだろ。俺は寿命以外で死なないと決めている」

「刺さないよ! ちょっと痛い目にはあってもらうかもしれないけど」

 

 それは死刑宣告か? 

 

「ルーチェ。お前は俺を守ってくれるよな」

「……たまには痛い目見た方がいいんじゃないかしら」

 

 なぜか急に裏切りの目にあった。

 

 酷く悲しい気持ちになった。

 俺はこんなにもみんなを平等に考えているのに……

 

 ヤケクソ気味にアルの作った料理を口に運ぶ。

 無駄に完成度が高く美味しい味付けに腹を立てつつ、緩やかな食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間

師匠回です。


「やあやあ馬鹿弟子。元気にしていたかな?」

「出たな妖怪。今日こそは我が刀の錆にしてくれるわ」

 

 ニコニコ笑いながら唐突に出現した妖怪紫電気に対して毒を吐きながら昨日の残りを食う。

 気合を入れて作ってくれたのはいい。その残りを俺が食べるのも別に問題はない。一つ問題があるとすれば、これはアルが作ったと言う事実だけだ。作られた料理に罪はないし俺は心優しいからな。そこら辺飲み込んで食べているのだ。

 

「今日は何の用ですか。勝手に組まれたトーナメントのせいで少しずつ予定が狂っているんだ」

「用事って言うほどでもない。顔を見たくてね」

 

 ……まあいい。

 

「こないだ付与したアレ(・・)の調子もついでに聞きたくてね」

「まだ使ってないですよ。切り札ってのは最後まで取っておくから切り札なんです」

「ぶっつけ本番、と言うわけにもいかないだろう? そこでわざわざやってきたと言う訳さ」

 

 模擬戦相手か。

 まあ確かにライバルにこれ以上手札を晒すつもりもない。

 そう言う意味では非常に助かる。助かるのだが……

 

「俺の弱点知り尽くしてるでしょう」

「だから役に立つ。ねちっこく指摘してあげるから、どうかな?」

 

 不愉快な事この上ないが、ごもっともすぎる。

 実力向上を図るならこれ以上ベストな相手もいないだろう。また努力という名の拷問を続けなければいけないことに嘆息しながら、朝食を胃のなかに流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、なんでここなんですか」

「たまには里帰りするのもいいじゃないか。私なりの気遣いというヤツさ」

 

 苦い思い出しかないと何度言えばわかるのだろうか。

 人の痕跡が一切ない山の中で唐突に出現する平野。草は剥げ、木々は倒れ、この空間だけ自然が壊滅している。

 

「…………ほんの少し前の事だというのに、どうにも懐かしく感じるな」

「……まあ、それには同意します。あの地獄の様な日々は今でも夢に見る」

 

 虫特有の気持ち悪い食感とか、もう忘れたい。

 ていうか俺は水で無理やり身体を清めてたりしたのに師匠だけ魔法使って綺麗にしてたんだよな。すごい差別じゃないか? それくらい俺にかけてくれてもいいじゃん、幾ら色々適当な俺でも体臭は気にするわ。

 

「憎しみは底を知らない。故に俺は加速する」

「どうしたんだい急に……」

「過去の積み重ねが今巻き戻りました。これより俺は復讐の羅刹へと至ります」

 

 隣で雨に濡れた犬みたいな臭いしてる奴がいるのに一人だけフローラルでいい香りに変身してんだぞ。これを許せるか? 俺は許せない。

 

「────光芒一閃(アルス・マグナ)

 

 身体中に刻まれた祝福が起動し、本来の役割を全うせんと稼働する。

 目まぐるしい魔力の奔流が激しく脈動し、やがて一つの剣へと形を成した。

 

「……我ながら素晴らしい完成度だ。逆に言えば、それくらいしか渡してあげられなかったんだけどね」

「十分過ぎる。これ以上を望むことはありませんよ」

 

 頼るのは全く躊躇わないが、こう……何もかも与えられ尽くすのは好きじゃない。

 何を面倒くさい奴だと思われるかもしれないがしょうがないのだ。ステルラには甘えさせて欲しいがいつの日にか勝利すると誓っているし、そのうち師匠にも勝利を叩きつけるつもりである。

 

 これは俺に残った唯一のチンケなプライドだ。

 

「今日は私もある程度の全力を尽くす。それくらいが丁度いいだろうね」

「…………そうかな……」

 

 流石にボコボコにされる気しかしないが、今はとっておきがある。

 師匠の全力に勝つことはできなくても、前より進めていることがわかればいい。

 

 普段被ったままの帽子を取り、ひらひら舞うドレス調のローブが姿を変える。

 スリットがスカート部分に入り機動性を重視、普段は見えない足がわずかに垣間見えて不覚にも動揺した。

 

 そのまま両手を重ね、莫大な紫電を発生させたかと思えば収縮させる。

 

「──よし、始めようか」

「……お手柔らかに」

 

 いつも通り霞構えで待つ。

 

 これからの相手は全員身体強化と並行して魔法を使えると仮定を打つ。

 そうなると、初速で追いつけない俺が先手を取るのは不可能に等しい。自分から動くことで隙を晒す可能性が非常に高くなるのだ。

 

 故に、俺ができるのは『待ち』。

 

 それもガン待ちである。

 

「まずは小手調べからだ」

 

 バチバチ紫電を帯電させながら、師匠が一歩踏み出した。

 これまでの経験をフルで動かす。相手メタでは意味がない、この状況で狙われやすい箇所を客観的に推測する。

 

 俺が想定以上の速度で動けないのは把握済みだとして、ならばどう仕掛けるか。

 

 一度視界の外へと移動して、そこから攻撃を放つ。

 

「勘がいい! 鈍ってないな、ロア!」

 

 上空から聞こえてきた声に間違っていなかったと安堵する。

 その安堵も束の間、後ろへ飛び跳ねた俺の足元へと雷が着弾した。この紫電何が厄介かって、マジで僅かにしか目で捕らえられないところだ。

 

 身体強化をすれば別だろう。

『人体では太刀打ちできない魔法』に対抗するために磨かれてきた現代の身体強化魔法があれば見切ることすら可能になるかもしれない。だが、それが前提として存在しない人間にとっては本当に苦労する。

 

紫電双墜(しでんそうつい)

 

 アッ────!! 

 コイツ昔は技使ってこなかったのになんの躊躇いもなく撃ってきやがった! 

 

 初見ではない。

 記憶の中で幾度か見たことのある、大戦時から使っていた技だ。

 左右に分かれた蛇を模した紫電により相手を追い詰める──決め技にはならない、相手に行動させないための技。

 

「こなくそッ!」

 

 ほぼ同時に体当たりを仕掛けてこようとしているのを肌で感じ取った。

 前に宙返りしつつ光芒一閃を振るい、おそらくこの辺りだろうと当たりをつけて前進する。

 

 が、足を止めて顔を守る体勢に入る。

 

「おいっ! ずるいぞ!」

「ある程度全力と言っただろう?」

 

 上から降ってきたのはかつての天才野郎の模擬体。散々痛めつけられたこの魔力人形には憎しみしかないが、今この状況ではジョーカーすぎる。

 

 二対一。

 冷静に行こう。

 優先すべきは人形ではなく師匠の撃破である。

 

 人形はいくらでも生み出せるから構うだけ無駄だ。

 だが、まだだ。まだ手は残っている。

 

 この模造品、実は倒した際に僅かなタイムラグが発生するのだ。

 再生するための情報を読み込んでいるのか、それとも純粋に未完成だからか──理由は不明だが、とにかくそういう仕様がある。

 

 それを狙う。

 

 師匠の位置を把握したまま鎧を断ち切り破壊して、その僅かな一瞬の隙間を狙うしかない。

 

 ……どうしても、俺は戦いを長引かせることができない。

 戦闘スタイル的にもそうだし、自分が枯れるか相手が枯れるかを期待できる才能は持ち合わせていないんだ。

 

 俺にできるのは────とにかく自分の全てを出し切って相手を倒すことのみ。

 

 剣を弾き近接魔法を避け、すでに技量では俺が上回っている事実を飲み込んで鎧を叩き切る。

 それを想定していただろう師匠は次の魔法へと準備しているが、その一瞬を上回る速度を今捻り出す。

 

 全身の祝福が僅かに光る。

 俺が何をしようとしているのか察したのだろう。紫電を両手に発生させ、光線のように放とうとしている。

 

 これが初使用だ。

 作ってくれた本人に試すことになるとは思っていなかったが。

 

「行きますよ、師匠……!」

 

 俺に残された魔力が煌びやかに輝く。

 身の内側を奔る紫電が激しい痛みを引き起こす。だが、これでいい。

 歯を食いしばし痛みを堪え、一歩足を踏み込んだ。

 

「紫電迅雷────不退転(イモータル)

 

 喉の奥から血の塊がせり上がってきた。

 骨が軋み肉は焼け、俺自身へと自傷が入る。

 

 しかし躊躇わない。

 

 これこそが俺の望んだ切り札だ。

 才能溢れる天才どもに追いつくために、少しでも隙間を埋めるためならば──どんな努力も惜しまない。

 

 刹那、世界が変わった。

 これまでの景色が移りゆく世界ではない。文字通り、認識できないような速度。

 超えられない壁を突破したその先──灰色の世界を垣間見た。

 

 のも、僅かな間だった。

 

「え」

 

 早すぎて制御できず、師匠に激突した。

 向こうも想定より速度が上だったのか、それとも油断していたのか、全く踏み堪えることはなく錐揉み回転を続けた。

 

 天地が逆さまになる程度には回転した後に巨木へ激突、二人揃って目を回すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とてもじゃないけど制御できてないね」

「仰る通りです……」

 

 俺は何も言えなかった。

 情けないことこの上ない。折角気合入れて作ってくれた祝福、もとい魔法を上手に運用することに失敗したのだ。

 これを恥じなくて何を恥じればいいのだろうか。俺は思わず膝を抱えた。

 

「まあまあ、課題が見つかっただけいいじゃないか。作戦も問題なかったと思うよ?」

「そういう話じゃない。これは俺の価値観の問題なんだ」

 

 クソが。

 あんだけ意気揚々と息巻いていたのにこの始末。

 怒りに打ち震えるより情けなさに身震いしてしまうほどには悔しい。

 

 才能がないのなんて知っているが、まさかこんなことにすら才能がないとは思わないだろう。

 

 何より師匠に普通に受け止められたのが一番悔しい。

 魔法の切り替え速度が半端じゃなかった。発動寸前だったのにもかかわらず、俺を受け止める方向にシフトしたのだ。状況判断とそれに伴う技量が高い。

 

「はー…………」

「そ、そんなに気に病まなくても大丈夫だ。ほら、私製作者だし……」

 

 励ますな。

 惨めに感じるだろうが。

 

「…………開催までに、どうにかする。付き合ってくれ」

「…………ン゛ンッ! 任せておきたまえ。君の師だぞ?」

 

 このままじゃ終われない。

 俺の予想図だと、本戦で実力者に追い詰められ『もう後が無い……!』って状況でステルラと師匠だけが『問題ない』ってしたり顔してるような状況を予想していたのだ。なのにこの始末である。

 

「それよりもロア。君、少しだけ魔力量が上がってるよ」

「マジっすか。もうその情報だけで今日一日生きていける」

 

 先程までの陰鬱とした気分は吹き飛び、寝起きに朝日を浴びた時のような温もりが心を埋め尽くした。

 

「うんうん。飲み干した後の一滴残った水くらいには増えたよ」

「それは増えたって言わないんだよバカ」

 

 持ち上げて落とす急転直下はマジでやめろ。

 俺の精神がある程度成熟しているからいいが、それ無いのと変わらないからな。魔力探知すら難しい領域だろ。植物レベルだって言いたいのか。

 

「何を言う! これは大きな情報じゃないか」

「増えるって事がわかったのはいい。ぬか喜びしたのが気に食わんのだ」

「贅沢だなぁ……」

 

 なにおう。

 いいじゃないか少しくらい願望を抱いても。

『目が覚めたら最強の魔力保有者になっていました~俺を見下してきた天才共をぶっ飛ばす~』とか、駄目なのか。

 

「それで満足するかい?」

「まさか」

 

 そんなので満足できるわけが無い。

 魔力は確かに欲しい。何時だって最強に成りたいと願っている。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。

 俺が何も積み上げてきていないただの愚か者ならばそれでもよかった。

 積み上げてきてしまった。人の手を借りてここまで来てしまった。誰かの人生を巻き込んで俺は今ここに居る。

 

 ならば、そこに報いなければならないと考えるのは必然だろう。

 

「君は優しいからな。私の事なんて気にしなくていいのに」

「別にそんなんじゃない。最低限義理は通すべきだと俺が思ってるだけだ」

 

 戦い方も剣の腕も何もかも、他人に与えられて生きてきている。

 記憶の中の強敵たち、彼の英雄が辿って来た軌跡。俺はそこをなぞっているに過ぎず、何一つとして独力で成し遂げてはいない。

 

「ただ一つ、俺だけの技を……」

 

 これは欲張っているだろうか。

 贅沢な願いになってしまうのだろうか。

 才無き俺が、一つでいいから欲しいと願う。積み上げて来た全てを活かしそれを集約し解き放つ。

 

 彼ら(・・)ですら何かを犠牲にする手段しか思いつかなかったのに──俺に、何が作れるのだろうか。

 

「ロア」

 

 座り込んでいた俺の頭をくしゃくしゃ撫でまわしてくる。

 

「気にすることはない。君はまだ若く、これから人生の全盛期を迎えるんだ」

「……焦るなと」

「どうしても焦るのはわかる。でも、それを諭し導くのが我々大人の使命なのさ」

 

 …………師匠も、誰かに言われたのだろうか。

 

「一つずつ自分の出来る事を増やして、着実に地に足付けて踏み出せるように────また、踏み堪えられるようにする。私達は(・・・)そうしなきゃ、だろ?」

「…………そうですね」

 

 俺達は才能が無い。

 師匠は強制的に施された薬や人体改造によって得た魔法力。

 俺は何故か保有するかつての英雄の生きた記憶に付随する沢山の戦闘記録。

 

 ある意味こうなる運命だったのかもしれない。

 

「ま、ステルラを追いかけるならばもっともっと努力しないといけないけどね!」

「喧しい。俺を憐れむなら少しでもアイツを矯正してくれれば良かったのに」

「いや、だって教えてないことまで勝手に習得するようになっちゃったし……」

 

 もうステルラいい加減にしろよおまえ。

 二人で溜息を吐く。あーあ、才能ある連中が羨ましいよ。血反吐を吐く努力を重ねて同じステージに立てるかどうかすら分からないなんて不愉快すぎる。

 

「……もう一回だ。今日中にモノにできなくても最低限扱える程度にしてやる」

「出力下げようかい?」

「いいや。なんか負けた気がするからそれは嫌だ。このまま使えるようにならなきゃ気が済まない」

「男の子だなぁ……」

 

 この後半日もの間師匠にボコボコにされ続けた。

 

 だが、以前よりもまともに立ち回れるようになった。

 この経験は得難いものだ。非常に不服だが、トーナメント前に模擬戦という形でやり合えたのはとても都合が良かった。感謝している。

 

 …………言うと弄ってきそうだから絶対に言わないが。

 

 

 

 

 



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五章 群雄割拠
第一話 顔合わせ、宣戦布告


トーナメントを文章で説明するのが無理すぎて外部に頼りました。
エクセルがあれば……!


 授業の終わった放課後。

 俺・ルーチェ・アルベルトの三人で何処かに遊びにでも行こうかと話している最中だった。

 

「失礼。ロア・メグナカルト君って何処にいるか分かる?」

 

 突然言葉を投げかけられた。

 俺を探している人物か。心当たりはあまり無いが、別に無碍にするような必要も感じない。

 素直に応対するとしよう。

 

「俺がロア・メグナカルトです。何か用ですか」

「君か! 実はこれからトーナメントの組み合わせ抽選するんだけど来れないかと思ってね」

 

 ──ということは、すでに出場メンバーが揃ったのか。

 

「あと、エンハンブレさんとアルベルト君もいればいいんだけど」

「……アルも?」

「うん。彼も出場権を持つから」

 

 その話は聞いていないぞ。

 アルのほうに振り向いてみればにこやかに笑みを浮かべている。

 

「どういうことだ」

「僕も上の順位に上がった、それだけの話さ」

 

 詳細を話すつもりはないらしい。

 あとで口を破らせてやるから覚悟しておけよ。そういう意味を込めてひと睨みしたが、軽く肩を竦めるだけだった。

 

「ああ、三人とも揃っていたのか。ちょうど良かったな」

「わざわざ貴方が迎えに来なくても良かったのに」

「そういう訳にもいかない。他の人達のところにはテオドールが向かってるからね、僕は一年生を回収する役目があるんだ」

 

 教室の扉からステルラが顔を出した。

 ヴォルフガングもいるのだろう、ということはこれで一年生は全員か? 

 

「うん、そうだね。今年の一年生は強いとは思っていたけど、まさか五人も出場してくるとはなぁ……」

「俺は十二使徒門下枠です。少し立場が違う」

「君は強いよ。思わず嫉妬してしまう(・・・・・・・)位にはね」

 

 俺なんぞに嫉妬せずにステルラに嫉妬して欲しいな。

 剣しか振るうことのできない男と魔法ならばなんでもできる女、どちらが優秀かなんて一目瞭然だ。

 

「っと、あまり待たせても申し訳ない。行こうか」

 

 金色の髪を切り揃えた彼は歩き出した。

 その後ろを歩きながら、それとなくアルに視線を送る。

 

「……誰か知ってるか?」

「勿論。ていうかなんで君は知らないの?」

 

 山育ちだから俗世に疎いことにしてくれ。

 

「まあ、面白いことも聞けたし教えてあげる」

 

 ……? 

 今の会話に何かあっただろうか。

 特になんでもない、普通の会話だったと思うのだがアルは楽しそうに笑っている。

 

 疑問を浮かべる俺を放って、笑みを崩さないまま言葉を続けた。

 

「名をテリオス・マグナス。新鋭(エピオン)の二つ名を冠する、順位戦第一位の怪物。魔祖様の息子さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第一話 

 

 

「遅かったな」

 

 俺たちが連れてこられたのは会議室。

 教員達が定例会議を行う際に使う場所だろうが、今日は俺たちが使っていいことになっているようだ。

 

 円卓のようになっている長机、すでにその半分程が埋まっていた。

 

「ごめんよテオドール。少し話し込んでいてね」

「気にするな。こちらも一人見つからなかった」

 

 すでに居ない人物もいるのか。

 その分はまあ、勝手に決めればいいか。このトーナメントは辞退できるのかどうか知らないが、そういう意図ではないだろう。

 

「俺はテオドール・A・グラン。いつも愚弟が迷惑をかけていると聞く」

 

 初対面だが、テオドールさんの好感度が上がった。

 その通りです。いつも迷惑かけられています。主にルーチェが。

 

「やあ兄上。久しぶりだね」

「少しは矯正されたかと思ったが……そんな筈もないか」

「嫌だなぁ、実家に迷惑かかるようなことは何もしてないよ?」

「表面上だけでも取り繕えるようになった所は褒めよう。だが女性にセクハラするのはやめておけ」

 

 一瞬俺に鋭く飛んできたかと思ったが、相手も望んでいる節があるのでこれはセクハラではない。

 やれやれ、ちょっと焦ったぜ。冷や汗を掻きそうになるくらいには焦った。

 

「ささ、好きに掛けてくれ。これから説明をするから」

 

 兄弟の微笑ましいやり取りで場が和んだ(?)ところでテリオスさんが引き継いだ。

 順位戦第一位、テリオス・マグナス。魔祖本人が拾い育てたという噂が囁かれていたが────……どうやら本当のようだ。あの魔祖を見て育ったにしてはとても真っ直ぐな青年という印象を受けた。

 

「今日集まってもらった理由だが……簡潔に言うと説明のため。あと組み合わせのくじ引きの為だね」

「説明はともかく、くじ引きでいいのかよ。一回戦でアンタに当たるのは御免だぜ」

「私は構わない。誰と当たろうがいつも通り臨むだけだ」

「とは言うがな。テオドールとテリオスと初っ端やり合うのは貧乏クジ扱いだろ」

 

 上級生同士の話が始まった。

 

 テオドール・A・グラン。

 順位戦で言えば第二位、十二使徒との関わりは一切ない。

 だが総合順位で言えば二番目である。かつての英雄のように、高水準の魔法と剣を使いこなす戦闘スタイルだそうだ。

 

「欲を言えば一年坊と戦いたいね。なぁベルナール?」

「……そうですね。勝率の高い方が僕としてもありがたい話になる」

 

 先日ルーチェに敗北したベルナールも席についていた。

 しかし余裕そうな態度は変わらず、やはり手を抜いていたのは確定だろうか。負けは負けだがな。

 

「────一年下だから、と言う理由で相手を舐めるのはやめた方がいいですよ」

 

 小さく、しかし響く声だった。

 お気楽なムードで話していた男は声を潜め、ベルナールも視線を声の主人へと向けた。

 

「そうやってテリオスさんに負けて行ったのが前の世代です。同じ道を辿ることになりますよ」

「…………冗談さ、冗談。緊張をほぐしてやろうって言う優しい気遣いだ」

「ほう、ライバル相手にそんな余裕か。さぞかし自信があるのだろうな」

 

 女性二人に責め立てられた男は降参と言わんばかりに両手をあげた。

 

「悪かったって。進行止めてすみませんね」

「問題ないよ」

 

 にこやかに微笑んでテリオスは話を続ける。

 

「抽選は後にするとして……簡単に説明していこう。

 まずはルール。基本は順位戦と変わらないけど、会場が少しだけ変わる。坩堝を拡張するらしい」

「わざわざ工事するのか……」

「と言っても広げて観客席を増やすだけ。工事自体はすぐに終わるさ」

 

 パチっ、と指を弾き音が鳴る。

 次の瞬間全員の正面へと紙が出現した。

 

 ……まさか、テレポートか。

 師匠以外でできる人に初めて会った気がする。勿論他の十二使徒達はできるのだろうが、俺たちの世代で会得してるとは。

 

「詳細はそこに書いてあるから各自目を通しつつ、大事な項目だけ伝えていく。複雑なのは日程くらいだけどね」

 

 手にとって中身を確認する。

 

 今から一週間後にトーナメントを開始。

 総勢十四名による勝ち抜き戦で行われ、一組だけシードが存在しているそうだ。

 と言っても一位以外に特になんの勝利報酬もないのであまり意味はないが……優勝候補同士でぶつかり合うなら恩恵がある。

 

「初日に四試合、二日目に三試合。そこからは準々決勝、準決勝、決勝──って形なんだけれど……」

「…………なんか、日付空いてませんか? 準決勝と決勝の間」

 

 …………本当だ。

 違和感がある。明らかにおかしいだろこれ、なんで一ヶ月近く空いてんだよ。

 

「僕も確認したんだけどね。『儂が休みたいからこれでいいのじゃ』……って言い切られたよ」

「魔祖様だな……」

「こうと決めたら意地になるからなぁ……」

 

 全員仕方ない、と言った雰囲気。

 それで諦めがつくあたり流石としか言いようがない。普段から苦労してそうだな、テリオスさん。

 

「だから申し訳ないけど夏休みを挟んで決勝戦、ってことになる。ある意味楽しい結果になりそうだけどね」

「一ヶ月もあれば戦略を新しく出来る。それはそれでアリかもしれないな」

 

 俺は不利になるんだが? 

 一つのことしかできないのにこれ以上手札を増やせる訳ないだろ! いい加減にしろ! 

 

「ああ、そうだ。一応自己紹介しておこうか」

「必要か? それ」

「俺たちに不要でも一年生達には必要だ。顔馴染みではないからな」

 

 テオドールさんはこんなに人間ができてるのになんで弟のアルはダメなんだろう。

 俺には甚だ疑問である。当人はニコニコ話聞いててより一層やばいやつ感が溢れてる。

 

「僕はテリオス・マグナス。一番戦いたいのはロア君かな」

「え?」

「俺はテオドール・A・グラン。エールライトとの戦いを望む」

 

 あ、これそういう感じなんですね。

 なんで俺なんだよ、ステルラっていう明らかに強い奴がいるじゃないか。テオドールさんはやる気満々だぞ、テリオスさんもそっちに行ってくれ。

 

「ソフィア・クラーク。私は、そうだな……メグナカルトだ」

「なんで俺そんなに狙われてるんですか??」

「二つ名が原因だろう」

「おのれ魔祖。やはり許さないでおくべきだったか……」

英雄(・・)────魔祖十二使徒の誰もが異を唱えないのだ。興味も湧くさ」

 

 んもおおおおおおおっ! 

 また俺が損してるじゃねぇか。テオドールさんくらいだよ、ちゃんと実力見れてるの。

 

「フレデリック・アーサー。誰が良いとか要るか?」

「必要ないでしょう。僕はブランシュ・ド・ベルナール。どなたでも構いませんよ」

「言ってるじゃないですか……私はアイリス・アクラシアです」

 

 待て待て待て待て、情報量が多い。

 テリオスさんはわかる。テオドールさんもなんとなくわかる。アルベルトと同じ髪色だからな。

 

 ソフィアさんは銀髪の美人で、フレデリックさんは……なんか、こう……二枚目っていうのか。なんか昼行灯な感じがする。だらけてるように見えるからか? 

 ベルナールはどうでも良い。

 

 で、桃色の髪がアイリス・アクラシアさんね。

 

「一気に伝えても良いとは思いませんが……マリア・ホールです。マリアとお呼びください」

「ルーナ・ルッサです。ロア君とは将来を誓い合った仲です」

「そんなわけがあるか。いきなりホラを吹き込むな」

 

 油断も隙もありゃしない。

 なんでいきなりブッ込むんだよ、こういう場で身内ネタを出す人間がどんな目で見られるのか知らないのか? 

 

「ロア君がそういう子なのは知っていたけどまさか本当だとは……」

「知っていたけどってどういうことですか? テリオスさん」

「いつも女の子と一緒にいるからね。噂知らないのかい?」

「聞きたくありません……」

 

 ステルラの方を直視できない。

 ルーチェの方も直視できない。

 必然的に逃げ道がアルとルナさんだけになった。ヴォルフガングは面倒臭いからパスで。

 

「俺が集めているわけではなく、集まってきているだけです。いわば俺は誘蛾灯であり──勝手に寄ってきている方が悪い」

「……すごいな。いや、男として尊敬する。なろうとは思わないが」

 

 テオドールさんから称賛を受けた。

 

「…………クズだな」

「一見クズなんですよ。そこのギャップがいいんですよね」

「最悪だろ…………」

 

 おいやめろルナさん止まれ。

 暴走列車ルーナ・ルッサ号は止まることを知らずに走り続けている。俺に対する評価がどんどん下がっていくのを感じた。

 

「ン゛ン゛ッ!! ……か、彼の名誉のためにもここまでにしておいて。くじ引きをしようじゃないか」

 

 テリオスさんの救いの手によって俺は一命を取り留めた。

 もう少しで社会的地位が底辺にまで落ちるところだったぜ。なお、すでにソフィアさんから放たれる視線が絶対零度になっていることには目を瞑る。

 

「交換は禁止、順番はどうする?」

「素直に順位が低い者からでいいだろう。そっちの方が公平だ」

 

 ……ってことは、俺からか。

 

「うん。ちょっと待ってね、確か記入用紙があった筈」

 

 ガサゴソ机を探っている間に俺の手元へクジが配られる。

 古典的だがシンプルでわかりやすい、箱の中が見えないタイプだ。この某を引き抜けばいいんだな。

 

 十四人で、一組だけシードか。

 狙うはそこだな。戦う数が減ればそれだけ俺は有利に働く。連日続けて戦うには辛いからそこだけはなんとしてでも引きたい。

 

「…………頼む!」

「ン、一番か。シード組とは真逆だね」

 

 神は死んだ。

 どうして試練ばかりが俺に降りかかるのだろうか。

 この世界の理不尽な構造はいつの日にか取り除いてやらねばならない。俺は硬く心に誓った。

 

「次は私ですね。ロア君、箱ください」

「はいはい」

 

 ルナさん躊躇いなく棒を取り出した。

 書かれていた番号は六番。ちょうど真ん中とかそのくらいか。

 

「悪くはないですね。誰と戦うかによりますが」

 

 その後も引き続け、無事に今いるメンバー全員が引き終わった。

 

 結果────

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「…………正反対だな」

「…………正反対だね」

 

 俺とステルラは決勝戦以外でぶつかる事のない振り分けとなり、一回戦の相手はアイリスさんに決まった。他の聞き覚えの無い名前に関しては今居ないメンバーだろう。

 

 これで俺とステルラが戦うには並み居る強豪を押しのけて決勝戦まで進出せねばならない事が確定した。

 嫌だ~~~もうハラハラするんだが? 俺は自分が負けるのは勿論ステルラが負けるのも嫌なんだよ。これはなんていうかな、アレだ。自分を散々負かしてきた強い奴がそこら辺の奴に負けるのが納得できないんだよ。わかるだろ。

 

「……すごいな。くじ引きなのにこうもピンポイントで」

 

 意味深に呟いたテリオスさんは放っておいて、日程的に作戦を考えよう。

 

 俺がいるブロックをA、ステルラがいるブロックをBとする。

 Aで特に注意するべきなのはテリオスさんとルナさんの両者。ルナさんは順位だけで言えば下だが、それあくまで数値上での話。

 

『魔祖に育てられ数年間に渡り首位を独占する男に対し唯一対抗できる』、等と噂される程度には強さがある。

 あの人の場合過去のトラウマが要因で戦えない訳だが……それでもそうやって評価されるくらい圧倒的な一勝だったのだろう。よくある話だ。

 

 覚醒して本気になった時の強さを誰も知らない。

 

 テリオスさんがどこまで引き出せるか──いや。

 テリオスさん相手にどこまで喰らいつけるか、という所か。

 

 常識的に考えて世代の入れ替わりも発生する戦場において常に頂点を維持してるのは頭がおかしいと言わざるを得ない。

 俺も勝ち抜けば戦うことになる。いや、どうやって戦おうかなマジで。

 

「一回戦は私ですか……」

「アクラシアさん、でしたか。ロア・メグナカルトです」

「アイリスで構いませんよ。で、一つだけ聞いても構いませんか?」

「なんでしょうか」

「魔法使用の有無についてです」

 

 ……それ聞くか、普通。

 不利に働くから答えたくないが、今更なところはある。

 

「私は魔法をほぼ使いません。ある意味似た者同士ですね」

「マジすか」

 

 一回戦がいきなりやりやすくなったと一瞬だけ考えたがすぐに訂正する。

 魔法を殆ど使わないのに上位にいるのは化け物がすぎる。これ貧乏くじだよな。確実に配役間違えてるだろ。

 

「持ってるな、坊主」

「やめてください。俺はできるだけ楽をしたいんだ」

「気が合うじゃねぇか。俺もそうなんだよ」

 

 このちょっと胡散臭い感じの人がフレデリック・アーサーか。

 一応第七席? の弟子って聞いたことがあるが……いかんせん手に入った情報が多すぎる。小出しにして欲しいね。

 

「中々楽しそうな振り分けになったねぇ」

「お前はいつもマイペースだな。少しは顔を顰めたらどうだ」

「ハッハッハ、うまくいけば兄上とも戦うことになるんだ。楽しみで仕方ないさ」

 

 結局アルベルトの戦いを見るのはトーナメントが最初になるのか。

 グラン家に伝わる魔法……うーん、特に記憶にないな。グラン公国に関しては一番最初に矛を収めた国だったし、戦後の復興が最速だったことが強く印象に残っている。

 

 わからない。

 

「それよりもホラ、君のお姫様()の方が大変じゃないかな?」

 

 俺がせっかく目を逸らしていたのに現実を突きつけてきた。

 堂々と座するシード組、そこに刻まれた名前はステルラとルーチェ。決勝とか準決勝とかじゃなくシンプルに一番最初に戦い合うあたり何かに導かれてるんじゃないだろうか。

 

 ルーチェは難しい顔をしているしステルラも微妙な表情だ。

 

「……まあ、深く考えるな。その時(・・・)が来たのが早かった。それだけだ」

「…………そうね。寧ろ都合が良いわ」

 

 ────私が負かすんだから。

 

 そう言わんばかりの強気な目つきへと変化した。

 最初の頃のヘニョヘニョルーチェに比べて随分と心が強くなった。やっぱりこう、自分を支える何かがあると人は変わる。自信のある無しは問わず、自己を強く保つということの大切さ。

 

「それに比べてお前と来たら……」

「う゛っ」

 

 ため息を吐いて視線を向ければ顔を逸らすステルラ。

 

「対戦相手はやる気十分。待ち受けるぐらいの気概を見せればいいじゃないか」

「わ、わかってるよ。全くもう……ロアみたいにアホメンタルしてないの!」

「誰がアホメンタルだこのコミュ障。泣くぞ? 俺が」

「君が泣くのか…………」

 

 思わずツッコミを入れてきたテリオスさんの声で気を取りなおす。

 こういうやりとりは後ですれば良い。少なくともライバルとなる人たちがいる場所でやる行動ではない。

 

「さて、時間をとらせてすまなかったね。予定通り進めば開催は一週間後になる、各自準備は怠らないように」

 

 ……一週間、か。

 それまでにできることはあるだろうか。

 付け焼き刃でも良い。情報を集めて対策を重ね、一つでも多く勝利への道筋を作る。

 

 この場にいる全員が敵になる。

 

 はーやれやれ。

 誰も彼もが強そうでギラギラしてて嫌になるね。

 

 楽は一切出来なさそうだし確実に勝てる見込みもない。

 

 ────だからと言って負けてやるつもりも毛頭ないが。

 

 良いぜ、叩きつけてやるよ。

 新たな時代がやってきた。次に頂点に立つのは俺達(・・)だってな。

 

 

 

 

 

 

 

 




修正

テオドールが見つけられなかった人数
二人→×
一人→○


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第二話 第二席、弟子二人

 夏と言うには少し早いが、ここは首都。

 俺の暮らしていた田舎に比べて夏入りがほんのりと早いのだ。山籠りを続けていた俺に言わせて貰えば布で体を覆えるだけマシなのだが、厚手の服を着るには暑い季節が近づいてきたと言える。

 

「お待たせ! ごめんね遅くなって」

「気にするな。俺はさっきまで寝てた」

「台無しだなぁ……」

 

 唯一持っている(師匠に買ってもらった)服を身に纏い、家までやってきたステルラを出迎えた。

 

 トーナメントの開催も決まり、日程もある程度定められた。

 戦う相手・順番も確定したこともあり出場選手達には公休が与えられたのだ。互いに情報を秘匿し公平に戦うため────という名目だがそんな筈もなく。勝ちに執着しているのは否定しないが、それはそれとして日常は日常として楽しませてもらう。

 

 そんな訳で、今日は休み初日。

 ステルラとのデートである。

 

「そういう時は『今準備が終わった』とか、『待ってない、ちょうど来たところだ』って言わなきゃ!」

「俺がそんな殊勝なことを言うと思ったか、甘いな」

「誇れることじゃないからね?」

 

 やれやれ。

 ステルラが幼馴染みなのに今日が初めてのまともな付き合いになる。どう言うことだよ。師匠と二人っきりで暮らしていた、ルーチェとはデートをした、ルナさんには強制的に連れ出された。

 

 いやでも……グイグイいくのはなんだかこう、ちょっと違うなって気がしたんだよ。

 ルーチェや師匠が相手なら気にせずいけるんだがなぁ、どうしてもステルラ相手は躊躇ってしまう。十分情けないところは見せているんだが、本気で気障なことは言い出せないのだ。

 

「そうだ。ステルラ、似合ってるぞ」

「今この流れで言うの!?」

「ええいうるさい。素直に受け取れ」

 

 やかましい奴だ。

 

「もー……ま、いっか。行こ?」

「ああ。今日の分は俺が出そう」

「えっ…………」

 

 今日は俺が金を持っているからな。

 まあ、師匠に貰ってたお小遣いを解放しただけなんだが。普段は絶対使わないぞ、何故なら財布の紐を師匠に握られているから。

 

 ステルラと出かけるって言ったら普通にくれたから躊躇いなく使わせてもらおう。

 

「何処から盗んできたの……?」

「お前良い加減にしろよ」

 

 少しは感謝しろよ。

 疑いから入るなよ。お前、幼馴染みがせっかくお金出してデートしてやろうってのになんだその態度は。

 

「いやだって、ロアがお金出そうなんて言うとは考えてもなかったから……」

 

 これまでの俺を見てそんなことを言うのか。

 ……………………フン。俺が悪いな。素直に謝罪するか。

 

「今日だけだ。お前だからな(・・・・・・)

「…………あ、ありがとう?」

「それで良い。師匠に感謝しておけよ」

「全部台無しだから!!」

 

 

 

 

 

 

 # 第二話

 

 

 朝食を抜き、ランチを食べて買い物を済ませた午後。

 普段入ることのない喫茶店にて俺たちは涼んでいた。買うものは買ったからな、たまにはこういう休日も良い。

 

「よく食うな」

「う゛く゛っ!」

 

 昼飯を俺と同じくらい食べて、また喫茶店で甘い物を食べているステルラについ言ってしまった。

 悪意はない。ただ事実として述べただけなのだが、どうやら動揺する程度には自分でも思っていたらしい。

 

「むぐ、むぐぐぐ……!」

「俺の分も食え。ほら」

 

 口元を隠しつつ顔を逸らすが全くもって意味を成していない行動だ。

 

「お前は変わらないな。ガキの頃もそうやって俺が食べるおかずを横取りし悪びれる事もなく野菜を押し付けてきた。今は好き嫌いが大分無くなったみたいだが、俺の犠牲は無駄にならなかったんだな……」

「そんなの子供の頃だけに決まってるでしょ! すぐそうやって子供扱いするんだから……」

「口の周り」

 

 若干付いていたケーキを拭き取り、何事もなかったかのように振る舞い出した。

 淑女と呼ぶには無理がある。淑女ってのは気品に溢れた作法品位を高く保てる女性のことを指すのであって、甘い物を口の周りにつけて喜ぶお子様は別である。

 

「そう言うロアは……なんで完璧なの?」

「そりゃまあ叩き込まれたから」

 

 野生の食事でマナーを気にしなくちゃいけないのアホくさすぎるだろ。

 そうは思いつつもいずれ表舞台に出ることは確定していたし、師匠の評判を下げる気もさらさら無かった。その程度できて当然だと思っていたからな。社会的地位のある人間の弟子が粗野なのは不味いのだ。

 

「社交界に急に出ることになっても擬態できるぞ」

「外面だけは完璧にしようとするね……」

「外面さえ良ければ損をしないのが世の中だ。お前やろうとすればすぐ出来るようになるんだから教えてやるよ」

 

 絶対ダンスとかできないだろ。

 センスあふれる創作ダンスは出来るかもしれないが、マナーで雁字搦めの社交ダンスは絶対習得してない。賭けてもいい。

 

「ま、最低限できれば文句は言われない。覚えるだけ覚えとけ」

「……私は気にしないけどな」

「並んで出来た方が綺麗だ」

 

 珈琲を口に入れる。

 冷たい飲み物はいい。思考を切り替えるのにも役に立つし、何より飲む時の爽快感。

 読書の時なんか特にいいんだ。頭の中にぼんやりとたまった熱を吐き出せるような、そんな開放感すら与えてくれる。

 

「並んで、か…………」

 

 そう呟くと、ステルラは外に視線をずらした。

 

 ………………………………うん。

 イイな。何がとは言わないが、うん。

 のんびりと過ごす休日も悪くはない。

 

 そんな風にぼんやり考えていると、ステルラが話を始めた。

 

「私でいいのかなぁ……」

「なんだ藪から棒に」

「……ロアに並ぶの、私でいいのかなって……ちょっと思ったの」

 

 …………そうか。

 

「ルーチェちゃん、とんでもないくらい頑張ってるし。ルナさんはロアにグイグイ行くし、満更でも無さそうだし。師匠は相変わらずロアのこと好きだし……私なんかがって、ちょっとね?」

「戯けが。お前以外誰がいる」

 

 お前はさァ〜〜〜。

 メンタルが普通すぎんだよ。自己肯定感の低さっていうのかな、ルーチェ相手にやらかしたのまだ引きずってるのは知っていたがそこまでか。

 前に散々言ってやっただろうが。

 

「だ、だってロア私に対して全然ああいうことしないじゃん!」

「ああいうこと……?」

「ルーチェちゃんと距離が近いの!!」

 

 なんだお前嫉妬してんのか。

 合点がいった。要するに、他の人たちとは距離が近いのに自分だけちょっと遠い気がして最近しょげてたんだな? 

 

「して欲しいのか、それならそうと言えば──」

 

 普段暴力を浴びないからか忘れてしまうのだが、ステルラは師匠の名を継ぐ弟子である。

 つまり同じような秘匿性のある魔法を使用できるのであって、周囲にバレないように紫電を俺に向けることなど造作もないのだ。

 

「ホハッハホヒ(よかったのに)」

「食らうのに慣れきってる……」

「お前は加減してくれるからな。こういう風に即治療もしてくれるからありがたい」

「マッチポンプっていうんだよね」

 

 痙攣の治った顎あたりを摩りつつ、言葉を慎重に選ぶ。

 メンタルが平凡よりちょっと弱いステルラなので、ルーチェにバシバシ行ったりアルに辛辣に行くようにしてはいけない。人それぞれに対応せねばいけないのだ。

 

「やれやれ。そこまで言うならこれからは徹底的に触りに行ってやろう。具体的には足とか手とか」

「そうじゃない! それじゃただの変態だから!」

「なんだ煩いやつだな……俺はお前を触る。お前は満たされる。win-winじゃないか」

「うぐっ……た、確かにそれはそれでいいけど……」

 

 いいんだ…………

 判定がよくわからんな。もっと気安くして欲しいって話か? 

 

「もうちょっと自然体で接して欲しいな!」

「…………何をバカな。俺はいつだって」

「いーや、そうじゃない。私に話す時だけ違和感あるもん」

 

 そんな筈はない。

 俺はいつだって変わったことはない。

 ステルラと話すときも師匠と話すときもルーチェと話すときも、誰と話すときも俺は俺であると自覚している。そこからブレたことはない。

 

「少しだけ考えてから話してるよね。私の時だけ」

 

 あ~~~~…………

 

 否めない。

 否定できない。

 

 それを言われちゃおしまいなんだよ。

 だってお前、それはホラ……あれだよ。あんまり失礼すぎる事言わないように心掛けているからであって、ルーチェとかルナさんは結構適当に失礼なこと言っても謝れば許してくれる。ちょっと嫌われてもまあ、見捨てられないだろうと思ってるわけだ。

 

 お前には嫌われたくない。

 師匠みたいに全肯定するわけでもないから言葉を選んでるだけだ。

 

 と、真正面から言うのも嫌なのでどうにかこうにかして誤魔化す(・・・・)

 

「それは思い込みだな。俺は平等に接しているつもりだ」

「そんな気はしないけどなぁ……」

 

 くそっ、こんな所で勘の良さを発揮しなくていいんだよ。

 素直に言ってもいいが……それは嫌だ。なんとなく負けた気がする。俺とステルラがぶつかりあうのは未来で確定しているがこれは言わば前哨戦、既に『そう』だと認識した瞬間戦いの鐘は鳴っているんだ。

 

「……私の事、嫌いになった?」

「ちょっと気恥ずかしいだけだ。深く考えるな」

 

 クソったれが。

 俺の負けだ。何でいつもこうなるのだろうか。

 ニッコリと笑いながら俺の顔を覗き込んでくるステルラにデコピンして追い払う。あ~あ、恥ずかしいわホント。告白みたいなもんだろバカにしやがって。

 

 お前の事を意識している、それ以外にどう受け取るってんだ。

 

「あだっ」

 

 ズズズズと音を立てて珈琲を飲み切る。

 苦い。甘みを何一つとして入れずに嗜むのが礼儀だと思っているから普段からブラックだったが、今日ばかりは甘味が欲しかった。

 

「……そっか。嬉しいな」

「……………………前も言ったが、俺はお前を嫌ったりすることはない。自信を持て。絶対に追いついてやる」

 

 人の心を読み解くのが苦手なんだろう。

 俺だって得意ではない。ただ自分を当てはめて客観的に冷静に考える事が出来るから少しは寄り添えるだけだ。

 ステルラはそこに自信が無い。対人関係がボロボロだったんだ、魔法や身体能力を活かすのは感覚的に行えてもそこは難しい。

 

 ……しかし、そうか。

 俺は嫌われたくなかったんだな。

 他の人達に嫌われてもいい、そういう風に考えている訳でもない。でも、ステルラにだけはどうしても嫌われたくなかった。

 

 言葉にすればそれだけだ。

 

「私もロアのことを嫌いになることはないよ」

「……ならいい」

 

 これで嫌われてたら流石に凹むが? 

 嫌われてたとしても全く考慮しないが。ステルラがなんと言おうが絶対に死なせるつもりはないし先に死ぬのは俺と決めている。そのうち師匠側(超越者)に成るのはわかりきってる事だから、どちらかと言えば俺が置いていく側である。

 

 寿命ならば納得できる。

 無惨な死は認めない。

 

「しかしまあ、くじ運の無さは酷かった。特に俺とお前」

「あはは、決勝以外じゃ戦えないね」

「あれだけいる強豪を全員倒さなくちゃいけないってのが最悪な部分だ。なんで俺にそう言う役回りが来るんだよ」

 

 最低でも三人倒さねばステルラに挑戦することすら許されない。

 向こうは向こうで強い人がいるが負けることはないと思ってる。だってステルラだし。自分の価値観に於ける『最強』が負けて欲しくないと願うのは悪いことじゃないだろ? 

 

「でも負ける気はないんでしょ」

「当然だろ。俺が一番上に立つ」

 

 ……なんだお前その目は。

 なんか腹立つな。こう、微笑ましい目付きって言うか。

 

「ロアらしいなって思っただけ」

「やかましい。お前も倒してやるから覚悟しておけよ」

「どんとこい! ……で、でさ。一つ相談なんだけど」

 

 先程までの視線とは百八十度回転し目を泳がせながら呟く。

 

「その〜、私と一緒に特訓しませんか……? ホラ、私とロアって反対ブロックでしょ、だから二人で協力し合うのがいいと思うんだ。別に他の人たちの情報をスパイしようとかそう言う意味じゃなくてもうちょっと二人きりで作業とかしてみたいなとか一緒にご飯食べて談笑したいなって思っただけで」

「わかったわかった。それ以上自爆するのをやめろ」

 

 聞いてもいないのに本音を撒き散らしまくったアホが顔を赤くして俯いている。

 さっきまでグイグイ押してきたくせにどうした急に。まあ俺はステルラと二人きりでも全く構わないが……

 

「そのパターンで行くと師匠が来ないか?」

「……………………たし、かに……」

 

 俺とステルラはそもそも同じ師を持つ。

 その二人が協力しているのだから師匠が間に挟まっても何も問題ないのだ。故にあの人の感じだと「放って置いていかれて寂しいから混ざりにきたよ」って感じに乱入してくる可能性がある。

 

「ぐ、ぐぎぎぎ……!」

「俺は二人まとめてでも構わないが」

「ロアはね!!」

 

 何をムキになってるんだか。

 ここまで可能性を勝手に語っておいてアレだが、師匠も暇じゃないのでそんな毎日参加することはないだろう。あの人立場ある人だから俺たちと違ってやんなきゃいけないことが多いんだよな。

 

 あくまで可能性。

 実際はほとんどステルラと二人になるだろう。

 

 …………が、面白いので放っておく。

 

「あ〜あ、師匠が来ちゃうだろうな」

「私に一時間頂戴。完璧な作戦を考えるから」

「なんでそこまで真剣なんだよ……」

「折角のチャンスなの! ルーチェちゃんもいない、ルナさんもこない、アルくんも近寄らない! ロアと二人になるには今が絶好のチャ……ンス……」

 

 立ち上がって力説する程度にはやる気に満ち溢れていたのに唐突に静かになって座る。

 

 忘れてしまったかもしれないが、ここは喫茶店である。

 勿論他のお客さんは居るし店員のお姉さんも居るわけだ。

 

 そんな中大声を出せばどうなるだろうか。

 

「……ふーん。そんなに俺と一緒に居たかったのか」

「う゛っ」

「クラスも違うしな。飯も一緒に食べたかったのか」

「あ゛う゛っ!」

 

 机に突っ伏した顔を隠したステルラに勝利宣言をした。

 また一つ勝ちを重ねてしまったな。もちろん俺にも『あのカップル騒がしいな』的な視線は飛んできているが今更その程度気にする筈もない。甘いんだよ、最後の詰めまで計算してこその策略だ。

 

「あざとい野郎だ。まあ素で晒してる間抜けだから許してやろう」

「…………もうお嫁に行けない」

 

 どこに行くってんだ。

 逃すつもりはないぞ馬鹿野郎。

 

「準決勝まで勝ち抜く。そこから一ヶ月の猶予期間があるんだ、確実に勝てるようになるぞ」

「……うん!」

 

 

 

 

 

 



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第三話 かつての記憶とこれから

「うんしょ、うんしょ……」

 

 準備体操で身をほぐすステルラを尻目に、俺は空を見上げていた。

 雲一つない空、澄み切った青い色。こんなにも雄大な景色をまさか連続して見ることになるとは思ってもいなかったのだ。

 

「どうしたのロア、そんな黄昏て」

「ありがた迷惑という言葉について考えていた」

 

 ありがたい話ではあるがそれは時として迷惑となる。

 お節介と似たようなものだ。

 

「こんな山奥にわざわざ小屋まで用意しやがって……」

「でもここなら邪魔は入らない。私とロア、二人っきりになれる」

 

 ギラついた視線を俺に向けるな。

 勝ちたいと願う気持ちは俺もステルラも同じだが、一週間戦いっぱなしは流石に堪えるぞ。一日はゆっくりとサボらせてもらうからな。

 

 そんな俺の考えを気にもせず、パリパリ指先から紫電を滲ませつつステルラが構える。

 

「ここで雌雄を決した所で意味はない。……が」

「負けるつもりもない、でしょ?」

 

 よくわかってるじゃないか。

 本番で勝てばいい、そういう話だが────模擬戦で負けるつもりも全くない。

 

「条件は」

「本気は出さなくていい。でも全力、試したいことを優先」

「理解した。……時間はある。ゆっくり楽しんで行こうか」

 

 

 

 

 

 # 第三話 

 

 

 俺には俺の課題があって、ステルラにはステルラの課題がある。

 それぞれ我武者羅に戦闘を繰り返すのではなく頭を使い弱点を克服、もしくは長所を伸ばす。そういう方向性で固まったのだ。

 

 まあ、都合の良いことに場所を師匠が用意してくれた。

 俺の少年期が封印された山である。

 

 場所をどうしかしたいとステルラが師匠におねだりしたら快諾してくれたとかなんとか。

 そのついでに互いのやるべき課題を渡してきた。そういうところは師匠らしい事してくれるんだよな。自分では気がつかない領域もあるからありがたい話だが。

 

「────負けた!!」

「わ、びっくりした……」

 

 普通にボコボコにされたが? 

 は~~~~~~……俺の成長を無に帰す理不尽さだった。

 涙が出るぜ。接近できなければ詰むってのは俺の課題だったが、まさかステルラが『徹底的に近づかせない戦法』取ってくるとは思わないだろ。

 

 踏み込めば炎魔法、離れれば紫電、回り込もうとすればそれ以上の速度で後ろに回ってくる。

 

 トラウマになりそうだ。

 

「はァ~~~~~……凹む」

 

 凹んだ。

 心が落ち込んでいる。本気で勝ちたいと思っていた訳では無いがもう少しいい勝負にしたかった。特訓だから勝敗は関係ないだと? その通りだ。

 

「なんだ、どうでもいいな。少しでも弱点克服したからいいじゃん」

「切り替え早いなぁ」

「現実を受け止めて後に砕けば無問題だ。俺はそうやってメンタルを維持している」

 

 そういう訳でやる気を取り戻した俺は取り敢えず今日の訓練を終える事にした。

 一応酷い出血と大きな負傷は回復してもらったが疲労感は抜け出せない。氷と炎で包むのは反則だろ。天変地異って言うんだよそう言うの、単独でするなよな。

 

「飯だ飯。……そこら辺、師匠なんか言ってたか?」

「……いや、特に何も言ってなかったけど」

 

 お前これ自分で取ってこいスタイルじゃねーか! 

 

 弟子二人を山に放り込んで放置である。

 俺がいるからいいとでも思ったのか、まったく。大体同い年の男女を同じ屋根の下に二人きりにするとか一体何考えて……あっ、俺が勝てる訳無いと思われてんのか。

 

 怒りのボルテージが上昇した。

 

「いつか理解(わか)らせてやる……あの妖怪……」

「多分そういうところじゃないかな」

 

 まあいい。

 幸か不幸か(おそらく不幸にも)、俺は野生動物を狩るのになれている。食べていいラインの植物も身体で覚えたしその中でも美味い調理法もマスターしているのだ。

 

 最近は料理ができる家庭的な男性が人気らしいからな。

 俺もそれにあやかって……ああ、そうだ。あやかって……そんなわけはない。できなきゃ死ぬからできるようになっただけである。

 

 山籠り初日、俺が食べた飯はそこらへんの雑草と生のキノコだった。

 

「あの時は大変だったな……」

「あ、見て見てロア! 美味しそうなキノコあるよ」

 

 そう言ってステルラが指差すのは明らかに毒々しい色をした青色のキノコだった。

 

「やめとけ。腹壊すぞ」

「こんなに綺麗な色なのに〜」

「綺麗だから食える訳じゃない。俺はこの手のキノコで幾度となく死にかけた、コイツらは死神だ」

「そこまで言う?」

 

 川の向こう側で手を振る二人組に定期的に呆れられていた気がする。

 

「ていうか何個も挑戦したんだね」

「毒に負けるはずがないと思って口にしたのがダメだったな」

「どうしよう。幼馴染みが狂っちゃったよ……」

 

 元々狂っとるわ、色々と。

 

 そんな話はさておき、今日の晩飯を確保せねばならない。

 主食が存在しない今栄養バランスもそこそこ考えた食事など用意できるはずもなく、俺にできるのは男飯のみ。

 

 この場合の男飯というのは動物の皮を剥き火を起こし丸焼きにした姿を指す。

 

「よしステルラ。リスだ、リスを探せ」

「リス?」

「ああ。あいつらは木の実を主食とする生き物だ。ゆえにそいつらを見つけることができれば俺たちも木の実にありつけるという訳だな」

 

 嘘だが。

 これは俺のささやかな反抗心からなる悪戯である。

 本当はリスが主食になるんだぞ。目の前で可愛い生物を見つけさせて俺がそこで捌いてやる。

 

 見せつけてやるんだよ、俺の本当の怖さってモンをな。

 

 そんな俺の邪悪な思考は全く気にせず、ステルラは気合を入れて森へと侵入していった。

 

 ……今更だが、風呂はどうするのだろうか。

 魔法で水作って魔法で火沸かしてってやるのか? 持ち込んでる服は学生服とジャージのみである。

 それはそれで楽でいい。問題は俺が一切魔法を扱えないという部分だが、そこに関してはステルラの存在で解決できる。

 

 俺とステルラ、二人いればそれなりに山暮らしも楽しそうだ。

 

 …………気持ち悪い考えしやがって、殺すぞ俺。

 

「ロアー! 動物の足跡あったー!」

「今行く、その場所で待ってろ」

 

 さてさて、今日一日ボコボコにされた仕返しをしてやるか。

 ステルラが見つけたのは小動物、木の身を主食とするリスとは違った生物だった。

 

『可愛いね!』なんて楽しそうに笑うステルラを尻目に俺は首元を掴んで捕獲した。

 この時点で嫌な予感はしていたのだろう。笑顔を凍りつかせてステルラは声を絞り出した。

 

「……ロア、なんで捕まえるの?」

「そりゃお前コイツを食うんだよ」

 

 木の実が主食になるか? 

 数を集めて調理法を工夫すればパンのように楽しむことができるが、これはサバイバルでありサバイバルではない。俺にとって食事という娯楽は堕落をするという次の次の次の次程度の優先順位だ。

 

「…………か、可愛いよね? ほら、瞳とかが特にクリクリしてて」

「ああ、そうだな。動物一匹分のカロリーは無駄にはならない」

 

 あ、目が濁った。

 諦めたみたいだな。よかったよかった。

 この世の儚さ、栄えある文明すら滅ぶこの無常さをその齢にして理解できたのだ。俺に感謝して欲しいね。

 

「安心しろ。尻尾の先まで身が詰まってるタイプだ」

「そんなこと聞いてないから!!」

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ……ごめん、ごめんね……」

 

 ボロボロ涙を流しながら串刺しになった動物(晩飯)へと謝るステルラ。

 あの後無事に一家族分まとめて捕獲し、命を繋いでくれることに感謝をしながら手を血に染めた。流石の俺でも泣き始めたステルラの目の前で締めたり毛皮を剥ぐとかそういう行動はしないぞ。

 

 最初は楽しかったが徐々に心が痛くなってきた。

 

「…………まあ、水は生み出せるし良いか」

 

 あの頃期間中(山籠り)────一年目は学びを得るための日々だった。

 木々の間を駆け回り、枝や葉で出来た小さな切り傷や擦り傷から菌が身体の中に入り病気になる。言葉ではわかっていたつもりで、いざ自分がそうなると不安で仕方がなかった。

 ゆえに服の重要性というものに気がついたし、動物がなぜ毛皮なんてものを身に纏っているのかも漠然と理解できた。

 

 水も食料も自分でとってこい。

 そういうスタンスで放り込まれた上に定期的に襲撃してくる師匠に怯えながら生きる毎日。

 正直生きた心地はしなかった。目が覚めなかったらどうしよう、そんな考えが頭を過ぎった夜はもう寝れなかった。獣の唸り声が真横で聞こえた時は流石に死んだと思ったし。

 

 このままじゃ駄目だ。

 そうやって思考を切り替えてから、ようやく前に進めた。

 大体そこまでたどり着くまで一年はかかった。生き残るのに必死だったから。

 

 焚火に焼べた木が弾ける。

 独特の甲高い音だ。俺はこの音が好きだ。

 火が付いている、明かりがついている、熱を確保できる。いろんな理由はあれど、自分の身を滅ぼす危険性もある炎でも──扱い方さえ学べば利用できるから。

 

「もう焼けるぞ」

「……………………うん」

 

 食事をするとはこういう事だ。

 いくらなんでも齢一桁に押し付ける事じゃねぇよな。美談にしようと思ったけど無理だろこれ。

 

「味付けはない。これが肉を焼いただけの味だ」

 

 俺にとってはどこか懐かしい味付け。

 母親の手料理よりも食べた年月が長いと聞くと思い入れがあるように聞こえるだろう。そんなわけはない。これは俺の苦しみの体現である。

 愛情たっぷりの誰かが作ったご飯を俺も毎日食べたい……食べ……あれ、俺食べてるな。昼飯ルーチェに食わせてもらってるじゃん。なんて事だ……

 

 俺は無意識に求めていたのか。

 

「美味くはない。だが、生きる上では重要なんだ」

 

 幻滅しないで欲しい。

 これが現実だから。

 

「お前が学び舎に行っている頃、俺は師匠にひたすら扱かれていた。その中で培った知識も経験も苦痛も何もかもが今の俺を構成する大切なピースになっている」

 

 肉を喰らい、余す事なく胃袋の中に収めた後に骨を集める。

 ステルラの方を見ると、もそもそ食べ進めている。年頃の女子には少し厳しいかもしれないがこれも必要な事だろう。

 

「……悪いな。俺には才能がないから、こうやって生きていくほか無かった」

 

 もっと華麗に煌びやかに。

 華のある生き方に憧れたのも束の間、鮮烈な光に目を焼かれてしまった。

 俺には出来ない。俺には無理だ。俺じゃあ役者不足。諦観が俺の根底にはこびり付いている。

 

「…………うん。ちょっとだけショックだったけど、わかってる。見てなかっただけだって」

「世の中には見なくて良いこともある。情報は有り過ぎても困るだけだ」

「知らないままで終わりたくない。ロアと同じ景色を見たい」

 

 …………そうか。

 涙で赤くなった目元を指で拭いつつ、ステルラは真っ直ぐ視線を向けてきた。

 

並ぶ(・・)なら、知っておきたいんだ」

 

 ……は~あ。

 これだから才能ある連中は困る。

 人が飲み込むのに長い月日を費やした価値観に一瞬でたどり着く。

 

「…………生意気なやつだ。風呂覗くぞ」

「……ふふん、一緒に入る?」

「言ったな? 情け容赦なく侵入するからな覚悟しとけよ」

「ごめんなさい嘘です冗談です」

 

 ここは押した奴が勝つ。

 ルーチェとの戦闘経験(レスバトル)が身を結んだ。わかるんだよな、今しかないって攻め時が。

 アルベルト……お前の畜生さはやはり正しかった。人は煽る際に畜生にまで落ちねばならないのだ。

 

「ま、まだそこまで心の準備が……」

「やれやれ。俺は後片付けするから、風呂の準備してそのまま入ってしまえ。小屋なのに室内に風呂場あるからな」

 

 そこの微妙な気遣いはなんなんだ。

 設備もそれなりにちゃんとしてるのが腹立つ。魔法で水張って魔道具に魔力を通すだけ。ふざけおって。

 

 俺一人じゃ何もできないじゃねぇか。

 

「…………いや」

 

 一人で熟す必要はない。

 そう伝えたいのか? 

 

 わからん。

 急にそんな風にやられてもな……

 

 俺は何時だって誰かを頼っているし自分一人だけでどうにかしようと思う事は無い。

 

 自己犠牲なんて尊い物を全面に押し出すときは、きっとそれは取り返しのつかない時だけ。

 

「なんてな」

 

 痛々しいモノローグはここまでにしておこう。

 ステルラが入った後は俺が風呂に入らねばならない。細かい切り傷や擦り傷は治ってないので百パーセント痛い。

 あの地味な痛み嫌なんだよな。じんわりと石鹸が傷口に触れた瞬間とか叫びそうになる。

 

 だが汗臭い血の匂いが滲んでるとか、そういう状況じゃないのが幸いだ。

 

「……………………懐かしいな」

 

 夜の山特有の空気感。

 嫌いでしょうがなかったこの匂いに懐古を抱くようになるとは思っても居なかった。

 

 星の明かりだけが俺を照らしている。

 

 焦る必要はない。

 これまでの積み重ねた物をどうにかこうにかやり繰りするだけなのだから。

 師匠に育てられたんだ。無様な姿は見せる訳にはいかない。

 

「ワ゛ーーーーッ!! ロアーっ! 虫が一杯!?」

 

 やかましい奴だな。

 珍しく感傷に浸ってるんだから少しは時間くれよ。

 

 溜息を吐いて小屋へと足を向け、歩き出した。

 

 

 

 

 

 



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第四話 超越者

 魔祖十二使徒第二席、エイリアス・ガーベラ。

 紫電(ヴァイオレット)等という二つ名を戴いてはいるが、そんな評価を受けるような大層な人間ではない。

 

 恋をした男の最期を看取って数十年、未練たらたらで引き摺ったまま生きてきてしまった。

 

 やっと表舞台に出る覚悟が出来たのも愛しい弟子が育ったからだが──詳しくは割愛する。

 

「ガーベラ様、ありがとうございました」

「気にすることはない。元を辿れば我々の発案が原因だからね」

 

 無駄に長く生きて来た経験だけはある。

 人を導けるような清い人生を辿って来たわけではないが、魔法に関する事を教えるのは造作も無い事だ。

 

「……しかし、魔法授業なんて随分と久しぶりにやったよ」

「とてもわかりやすい内容でしたが……」

「世辞は止してくれ。本職に褒められるとムズ痒くて堪らない」

 

 いつものローブの上に白のジャケットで適当に肌を隠しただけの服装だが、意外と生徒達には好評だった。

 

「皆優秀でいい子達ばかりだ。ウチの馬鹿弟子と違ってな」

「メグナカルト君ですか?」

「すぐ名前が出てくるあたり想像できるよ」

 

 問題児にはならない程度のやさぐれだからなぁ……

 

 そこら辺の調整が無駄に上手いのだ。

 誤魔化す努力も惜しまない辺りが実にロアらしい。

 

「…………ふむ」

 

 明日様子を見に行こうと思ったが気が変わった。

 丁度やるべきことも終えたのだ。愛弟子たちの事を見に行こうでは無いか。

 

「ではまた明日、お疲れ様です」

「ご苦労さま、よろしく頼むよ」

 

 珍しくステルラから二人で修行したいと言われたから喜んで場所を提供したが、気になる。

 

 仲良くやっているだろうか。

 ロアは普段から調子に乗った言動を繰り返すわりにあと一歩を絶対踏み出さないヘタレた心があるし、ステルラに関しては精神的にあまり強くないのでぐいぐい押しきるのは無理だろう。

 

 学園の外に出て魔力を練りテレポートを発動。

 ステルラは今年中には会得するだろう。ロアは無理だ。

 これが出来るようになって漸く一歩踏み出せる(・・・・・)ようになる。これはそういう魔法。

 

 僅かな浮遊感の後に視界が消え、次の瞬間には地に足付けている。

 

「む」

 

 どうやら小屋の中に二人ともいるらしい。

 

 今日の分は終わってしまったか。

 どうせならアドバイス出来ればと思っていたが……まあ仕方ない。

 夕食くらいは私がひとっ走りして用意してあげようじゃないか。少しは師匠らしい事をしてやらねばな。

 

 そう息巻いて二人の魔力の場所(ロアは本当に極わずかの探知すら難しい)まで歩みを進めた。

 

『────……いいか、そっとだぞ。そっと、裂けるからな』

『大丈夫だよ! 破れても治せばいいじゃん』

『俺が痛い思いをするんだが…………』

 

 どうやら何かを思案しているようだ。

 少しばかり外で聞いているとしよう。これは盗み聞きではない。

 

『オ、ウオオオ……ッ! 異物が俺の中に入ってくる!! 止まれ!!』

『そ、そんな簡単に出し入れできるわけないじゃん! 全部入れちゃうよ?』

『まて落ち着け。俺に一度落ち着く時間もくれ。あと痛みはないから大丈夫だ』

 

 …………うん。

 

 一体何をしているのだろうか。

 

 状況を整理しよう。

 人里離れた山の中、幼馴染の男女が二人きり。

 丁寧に用意された小屋という密室で何やら怪しい会話が聞こえてくる。

 

 …………いやいやまさか。 

 あの二人に限ってそんな、直接的な行動を取るとは……いやでも年齢的にはそういう年頃だし……

 

『ウ゛ッ…………急に来るじゃないか』

『だ、だってどこまで入れていいかわかんないんだもん……えいえい』

『馬鹿やめろお前破裂する!』

 

 ロアがやられる側なのか……

 違うそうじゃない。そこじゃないだろ納得するべき場所は。倒錯的な愛だろうが私は肯定しよう。だがまさかそっち方面に傾倒してしまうとは……! 

 

 止めるべきなのか。

 私はどうすればいいんだろうか。

 

『よ、よし。多分全部入ったぞ……』

『なんか疲れちゃったな…………』

 

 終わってしまったらしい。

 最悪だ。止める止めないとかじゃなくもう完全に終わったらしい。

 今日来るべきでは無かった。私は自分の判断を恨んだ。こんな事実を知ってしまって、これからどうやって接すればいいのだろう。

 

「何してるんだ」

「ウォヒエッ」

 

 窓から身を乗り出しているロア。

 思わず変な声を出してしまったが、それを気にすることなく呆れた顔で話を続ける。

 

「なんか居るなとは思ったが……」

 

 しまった。

 長い野生生活のせいで気配に敏感だった。

 

「今日は来ないかと思ってたから先に済ませちまったぞ」

「そ、そうか……」

 

 私が先に来てたら巻き込まれていたのか? 最近の若者はこんな過激な愛情表現をするのだろうか。いや私が教育を間違えたのか。情操教育をしっかりと終えてないから────

 

「しかし、師匠以外の魔力が張り付いてるのは違和感がある」

「…………魔力?」

「ステルラに補充してもらったんだ。祝福の奴」

 

 ………………………ああ~~~!! 

 

「良かった……私は気が気でなかったよ。次々と恐ろしい事実が発覚していってこの世の終わりかと思ってしまった」

「なんなんだ一体……」

 

 

 

 

 

 

 # 第四話

 

 

 なんだか不名誉な視線を擦り付けられている気がする。

 ニコニコ笑っている師匠が不気味でしょうがない。いや、顔立ちは非常に整っているので不快感があるとかそういう意味ではないし寧ろ目の保養にはなるのだが……なんかこう、ね。

 

「ねーねーロア、試さなくていいの?」

「おや、まだやる気なのかい」

「いつも師匠の魔力で起動してるから、私の魔力でやったらどうなるんだろーってお試しです」

 

 そういう流れにはなる。

 まず初めに、光芒一閃が魔力切れで起動できない事に気が付いた。当然訓練にもならないし今更剣技を磨いた所で意味が薄い。

 

 仕方ないからステルラに魔力を補充して貰おう! と、言う風になったのだが……

 

「ふむむ……よく解析出来たね。一応簡単に干渉できないように細かく刻んでいたんだが」

「あはは、昨日から寝ないでロアの身体見せてもらったから出来たんですよ」

「一日か…………やれやれ。才能というのは凄まじいな」

 

 全部は理解できずとも、おおよその機能は把握したらしいステルラの手によって魔力の注入が始まった。

 しかしステルラの才覚は理解していても祝福を施した張本人ではないゆえ、俺はビクビク震えながらされるがままだったのだ。失敗したら身体が破裂するのは怖すぎるだろ。

 

「ウン? という事はステルラは寝てないのか」

「もう何でも出来る気がします!」

 

 ハイになってるな。

 髪がちょっとボサっとしてるので風呂に入って寝て欲しい。

 

「ステルラ、臭うから風呂って寝ろ」

「におっ……………………」

 

 スンスン袖口のにおいを嗅いでから、ステルラは俺から距離を取った。

 まあ臭いがするのは嘘だが。いつも通りにステルラの香りしか漂ってこないので、これはただの口実。夜更かしして倒れられた方が困る。

 

「…………お風呂入って、寝ます……」

「ロア……君もうちょっとこう、手心というか」

「ええいうるさい。こういう時はストレートに言った方が伝わるだろ」

 

 ショボショボ歩いて行くステルラを見送って、服を脱ぐ。

 

「一応確認して貰えますか。大丈夫だとは思いますが」

「そうだね、誤作動起こさないかどうかだけチェックしようか」

 

 俺の胸元に手を当てて目を閉じる師匠。

 百年以上魔法に触れて生きて来た人間の人生の結晶と言って差し支えない祝福を一日である程度解析できるのはやはり、目を見張るものがある。

 

「うん。特に変化は起きていないし魔力量もほぼ満タンだ。誤差はコンマ一秒程度だろう」

「そこまでわかるもんですか」

「当然さ。君の事をどれだけ見て来たと思って…………ああいや、そういう意味じゃないからな。あくまで師としてだからな」

 

 何を慌てて訂正してるんだこの人。

 誰が勘違いするんだよその意味合いを。いや待て、もしや俺に煽られると思い先手を取ってきたと言う事か? 

 フゥン……中々やるじゃないか。俺の事をよく理解してきたと褒めてやろう。

 

「そりゃあ子供の頃から世話になってますし……」

「ウム、その通りだ」

 

 なんで若干不満そうなんだよ。

 不満というかなんか微妙に納得してない顔つきだ。でもそれに気が付いてないっぽいし指摘しなくてもいいだろ。

 

「…………ン゛ンッ。それはそうと、対戦相手の事は調べたのかい?」

「名前と二つ名くらいは」

「情報が足りてない。君は普通の人間より対策を立てなきゃいけないのは知ってるだろう」

 

 ごもっともだ。

 だが今回に限っては封殺されているのだ。

 公式がセコセコ情報を集めるのではなく正面から堂々とやり合ってね、そう宣言してるんだよな。そうじゃなきゃわざわざ公休でバラバラにしないだろ。

 

「……そ、そうだな」

 

 あ、こいつ忘れてたな。

 

 溜息を吐きつつ、自分の頭の中である程度膨らませた仮設を言葉にする。

 

「アイリス・アクラシア。

 順位戦第六位で二つ名は剣乱(ミセス・スパーダ)

 

 大人しそうな見た目とは裏腹に随分と殺伐とした二つ名だ。

 剣に乱れる、ねぇ。それでミセスなんてつけられる時点で相当極まってるんだろうな。

 

「それでいて魔法をあまり使用しない────俺の上位互換じゃねぇか!」

「気が付いてはいたんだね」

「遺憾ながら」

 

 目を逸らしたい話ではあったが、直視しない訳にもいかない。

 

「上位互換かどうかはわからない。ロアの剣の腕は疑いようもない一流だからね」

 

 剣技では師匠に負ける事はなくなった。

 かつての天才の模造体に負ける事も無い。完封と言える技量の差はあるだろう。

 だからと言ってそれに胡坐をかける立場では無いのだ。常に相手が自分より強いと考えていなければ足を簡単に掬われる。

 

「かといって私も戦ってる所見た訳じゃないからな……有益なアドバイスは出来ない」

「まあやるだけやりますよ。負ける気はない」

 

 寧ろやり易い。

 記憶の中には達人と呼ばれる部類の怪物が沢山いる。全員の戦いを見届けるのは不可能だが、剣に限定すれば難しくはない。

 

「斬るか斬られるか────魔法よりよっぽど良い」

 

 選択肢が少ないからな。

 接近して斬るか、斬られるか。このわかりやすさが戦いやすいのだ。

 光芒一閃ならばそれなり程度の剣なら叩き斬れるし、なんとなく経験上わかる。

 

「……さて、ステルラが寝てる間続きをしたい。付き合ってくれますね?」

「構わないとも。ロアは寝たのかい?」

「俺は寝てました」

 

 小屋の外に出て光芒一閃を展開する。

 

 …………む。

 

「……普段と感触が違うな」

 

 なんだろうか、ちょっと違う。

 重さ? 長さ、いや一見変わりはない。

 振るって見ても違和感はない。なのに違和感がある。

 

「ふーむ。師匠、なんか調子が違うんだが」

「どれどれ。……それ多分、魔力が違うからだと思うよ」

 

 魔力の違いだと。

 俺はそんな繊細なのか。魔力探知すら出来ない癖に欲張った性能をしているな。

 

「逆に私の魔力以外に慣れてないのさ。大戦時代は他人の魔力を浴びるのなんて当たり前だったから我々にとって問題ないが、平和になってからそういう機会も減ったからね」

「身体の中に別の魔力が渦巻いてる状況に慣れてない……? いやでも師匠の場合最初から違和感は特に感じてなかったぞ」

「あれだけ長い期間一緒に暮らしてたんだしそりゃあ慣れるだろうね」

 

 確かに。

 ていうかそれだと意図的にやられてたのか。最終的にこうなる事を見越して。

 

「……少しくらい話してくれても良かったんじゃないか」

「別に言わなくても問題ないだろう。現にボコボコにされてたじゃないか」

「は? ムカついた」

 

 今日という今日は理解(わか)らせてやる。

 普段と違う服装だからと言って加減はしない。似合ってんじゃん。でもなんかムカつくから褒めてやらねぇ。

 光芒一閃を持ち直し霞構えで息を整える。

 

「…………ふむ。そうだな、良い機会だし見せてあげよう」

「何をですか。いい加減な事だったら許さんぞ」

「なに、恐らく出場者の中でも到達しているのが二人(・・)はいるであろう領域をね」

 

 不穏だな。

 

「超越者と呼ばれる人間を越えた存在──そこに片足突っ込んでる奴らだけが扱えるモノ」

 

 師匠の指先から紫電が発生する。

 それはいつも通りだ。

 

 目を凝らしてよく観察する。

 指先の紫電が濃さを増していく──それに乗じて、指先そのものが紫電へと姿を変えていく。

 

 ジリジリと、人体から魔力へ、魔力から紫電へ────人ではないナニかへと。

 

「かつて魔祖が発見し、人類で最も始めに至った場所。自らの人体を構成する遺伝子すらも組み替えて疑似的な不老不死になる──我々はこれに成った者を、座する者(ヴァーテクス)と呼んでいる」

 

 ま、私のは未完成(・・・)だが。

 そう言いながら、腕一本丸ごと紫電と化し──次の瞬間には翼と見間違う程の出力となって吹き出した。

 

 背面にまで広がる莫大な量──そう言うことか。

 

 魔祖十二使徒達の魔力量、自らの身体を改造した……そう言うことか! 

 

「さて────文字通り腕一本。ロアはどこまでやれるかな……?」

 

 おい。

 おいおいおい。

 ちょっと待てよ。お前そのまま戦う気か? 弱いモノ虐めはよくないだろ。

 

「ハッハッハ! 先んじて経験しておくのも大切な事さ。()だって至ってない身で魔祖を相手取ったのだから、ロアにだって出来る筈だ!」

「だからと言って弟子に押し付ける奴がいるか馬鹿!」

 

 加減を知れ! 

 止まる気は無さそうなので仕方なく構え直し、先手を取る事にする。

 ステルラの魔力が渦巻き紫電の旋風を生み出し、俺の中を駆け巡る嵐となって刺激してくる。

 

「紫電雷轟────!!」

 

 痛みを堪えてとにかく動く。

 相手は完全に格上、今の俺が正面から太刀打ちできる格差ではない。

 ならばとにかく動く事だ。動いて動いて攻撃を避けて攪乱して此方の一撃を叩き込む、そのための手段だけはひたすら磨いて来た。

 

 爆発と見間違えるような破壊力の紫電が降り注いでくる。

 オイオイオイお前これで全力じゃないのかよ。以前猛特訓した甲斐もあり無事に発動出来たし動けるようになったのだが、それはそれとして攻撃が厚すぎる。隙間が存在するのが余計に誘われている様な気がしてならない。

 

 降り注ぐ紫電と地面を這いまわる紫電、この二つを対処しつつ自在に動かせる腕を文字通り雷速で叩きこんでくるので堪ったものではない。

 魔法の発動量は変わらないのに一手増えてるのズルくないか? 軌跡の決められた紫電魔法に加えて自由自在な紫電腕はセコい。

 

「こ、なくそォ────ッ!!」

 

 その誘いに乗るしかない。

 師匠が想定するよりも速く動けば突破できるだろ! 

 

 ────が、それすらも想定済みだったようで。

 

 紫電の嵐を突破した先に広がったのは紫電の波と言うほかない圧倒的な物量。

 避ける事も敵わない完全にフリーな状態で当てられ身動きが取れなくなり、そこからはもうボロボロだった。振り返る事すらしたくない程度には浴びせられた。

 

 最終的に焦げて動かなくなった俺を見てようやく手を止めてくれた。

 

 もう少し手心を加えてくれてもいいのではないだろうか。

 

 何も見えなくなった視界の中、呪わずにはいられなかった。

 

 

 

 



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第五話 団欒

『君が魔祖で合ってるかな?』

 

 動かすつもりもない口が勝手に動いている。

 意志はあるのに身体の行動権が俺に無いという事は──これはかつての英雄の記憶。その追憶だ。

 

 目線の先には不機嫌な表情の魔祖が居る。

 

『……なんじゃ貴様は。殺すぞ』

『ああ、申し訳ありません。()は■■■、ちょっとした魔法剣士だ』

 

 とことん興味の無さそうな視線を向けてくる魔祖に思わず身動ぎする。

 ……実際に身体が動いている訳ではない。あくまで俺の心構えであるが、それくらいの迫力があるという事。

 

『知らん。失せろ』

 

 魔祖が手を軽く払った。

 その瞬間目の前が爆炎で包まれる。

 俺が動くまでも無く勝手に反応して防御姿勢を取っている“英雄”の反射神経には思わず脱帽するが────それよりも早く反応した人がいる。

 

『…………ほう?』

『いくら何でも手が早すぎる、もっと平和に行きませんか?』

 

 この声────エミーリアさんだ。

 

 これは仲間集めの最中。

 戦場を一、二個経由して魔祖とかいうラスボスクラスの場所までいきなり行くの頭おかしいとしか思えないんだが……

 

『フン、片足程度(・・・・)は踏み込んでるらしい。だが……所詮はその程度だ』

『エミーリア、下がっててくれ。ここは僕が』

『ええい、貴様はどけ! 足元にも及ばぬような塵が楯突いて何に成る?』

 

 妙に苛立っているな。

 エミーリアさんは英雄を信用しているのか素直に後ろへと下がったが、それに魔祖は苛立ちを覚えたようだ。

 

『…………よかろう。そこまで死にたいと言うなら相手をしてやる』

『聞いてくれ、魔祖様。僕は夢があるんだ』

 

 何度聞いてもタイミング唐突すぎて驚くが、それ故に魔祖も手を止めて耳を傾ける。

 話術とかそう言う次元じゃない。

 

『今この大陸がどう言う状況か、貴女は知っているだろう。四大国による戦争に疲弊する民衆、常に戦力として補充されていく子供達。新たな時代が訪れる気配が完全に死滅した今のこの世界を』

『それが儂になんの関係がある。社会などと言う脆弱なシステムに頼らねば生きていけぬ弱者が始めたことだろう』

『ああ、そうだ。貴女には一切関係がない』

 

『────でも、僕には関係がある。

 僕は戦争を止めたい。恒久的な平和を築きたい。そのためには大きな力が必要なんだ』

 

 真っ直ぐ魔祖へと視線を向ける。

 呆れた表情だ。俺でもそう思うわ、よくこれについていく気になったよなエミーリアさん。

 

『協力してくれ、魔祖様。貴女が必要だ』

 

 

 

 

 

 

 # 第五話 

 

 

 ……久しぶりに見たな。

 同じ場面を見ることはそうないから貴重な経験だ。こう言うパターンもある、そう理解しておこう。

 

「あ、起きた」

「おはようステルラ。妖怪紫電気はどこ行った?」

 

 俺の記憶が定かならばあの妖怪にボコられた後気を失って今に繋がるはずだ。電撃で記憶が飛ばなくなってることが既に違和感がとんでもないのだが、もう刺激で記憶を掘り起こされてるあたり逆に効果が出てる。

 俺の身体どうなってんだろ。

 

「師匠なら、『お詫びと言ってはなんだけど今日はごちそうにしよう!』……って飛んでってから戻ってきてない」

「俺が飯で絆されると思うなよ」

「ていうか寝てる間に何があったの? 気が付いたらそこら辺の木が全部焼け焦げてるし……」

「話せば長くな……りはしないな。簡単に言えば師匠が本気出してきた」

 

 詳細は省くが、ステルラにどう言うことをしてきたのかを軽く伝えた。

 

 かの英雄はあの勧誘の直後魔祖とタイマンして実力を認めさせた。

 と言うよりその思想とイカれた精神構造を魔祖が気に入って手を止めたんだよな。あの人あの戦いで数回死んでるけどその度に自己蘇生してるのが狂ってる、俺ですらそこまでやろうとは思わない。

 

 まず痛いの我慢できないし。

 あの死ぬ瞬間特有の途方もない虚無感に加えて薄寒い感覚は味わいたいとは思えない。

 

座する者(ヴァーテクス)、ステルラは知ってたか?」

「話には聞いてたよ。でも見たことはないから見てみたかったな〜」

「やめてくれ。お前が至ったら俺は泣く。ギャン泣きする」

「そ、それは情けなすぎて見たくないかな……」

 

 散々俺の情けないことなんか見て来てるだろうが。

 

「…………で、さ。その、どうだった?」

「……何がだ」

「わ、私の魔力!」

 

 ……………………???? 

 

 言われた意味が理解できなくて困惑している。

 え、これもしかして嫉妬してたのか? 師匠の魔力でしか起動してなかったからそこに若干独占欲を覚えたのか? 意味不明すぎるだろ。

 

 大体魔力の使った感触ってなんだよ。

 人によって違うとか俺にはわかんないよ。師匠の魔力かそれ以外かでしか判別不可能なンだわ。

 

「…………まあいいんじゃないか」

「…………いや、ごめんね。おかしかったの」

 

 自覚があるならいい。

 俺は一人のものじゃないからな。俺みたいに魅力的な男は多くの女性が集まって来てしまうのだ、いや〜すまないね。

 

「うぅ〜〜〜……! まだチャンスはある……!」

「聞こえてるぞ」

「もー! 乙女心を理解してよ!」

 

 え、嫌だが。

 俺の気持ちこそ理解してほしい。

 考えてもみろ。魔力がゴミカスで完全物理型なのに同門は完全に魔法型だぞ。嫉妬もせずに不貞腐れずに研鑽を積んでる時点で俺は褒められて然るべきではなかろうか。

 

「フン、俺の好物の一つでも特定してから言うんだな」

「確かに……ロアって何好きなの?」

「毒がなくて味が美味い関節がたくさんある蟲以外」

「なんでも好きじゃん……」

 

 普通に食べられる飯って時点で俺にとっては贅沢品だ。

 あの細くて硬い足が口の中を自由に動き回る感触は本当に不愉快だ。最初に口に放り込んだときは胃の中のもの全部吐き出す羽目になった。

 

「しかも毒持ちだったせいで死にかけたんだよ」

「踏んだり蹴ったりだね」

 

 師匠のガチ焦りが見れたからそれはそれでヨシとする。

 普段から『いや本当大人の余裕なんで^^』と言わんばかりの態度を取っている人間が本気で焦ったときの声とリアクションは聞いていて心地がいい。俺が原因で余裕を崩した時とかたまらない。

 

 格上に一撃当てたような達成感がある。

 

「まあそこから毒に対する耐性つけるために死ぬほど食わされたけど」

「師匠何してるの?」

「少しは毒に強くなったな。少しだが」

 

 俺の身体はあくまで人間ベースなのでそんな超人的な力は手に入らないのだ。

 悲しいな。

 

「……じゃ、じゃあさ。私がご飯作ってあげるって言ったら────」

「やあただいま二人共! 高級食材たくさん買ってきたよ!」

 

 ステルラ…………

 お前は不憫だな。

 なんかこう、とことんこう言うタイミングで妨害入ってる気がする。そう言う星の下で生まれたんだよきっと、諦めろ。

 

「……何かまずかったかな?」

「結構酷いぞ」

「いいもんいいもん、どうせこうなる気はしてたから……」

 

 あ〜あイジけた。

 責任とって励ましてください。俺はその間飯の準備するんで。

 女心を慰めるのと飯を作るの、より重たい労力がかかるのはどちらだろうか。

 

 当然前者である。

 

 他人の心を推測するのすら疲れるのに異性を励ます、それもその、ほら、アレ。

 いろいろ気まずいだろ。

 

「じゃあお願いします。上手いことやらないと飯抜きだからな」

「おいロア。待て、せめて事情を────」

 

 扉を閉めて外に出る。

 いやー今日は天気がいいな。雲一つない満点の星空だ。

 あの頃腐るほど見てきたこの景色がこんなにも心を満たすだなんて想像もつかなかったなー。

 

『……師匠』

『な、何かなステルラ。まあ落ち着いて話をしようじゃないか、ほらロアも一緒に交えてご飯食べよう?』

『もう知りませんっ!! 師匠のバカ!』

 

 

 

 

 

 

 食卓の雰囲気が最悪なんだが……

 

 仏頂面で飯を食い続けるステルラ。

 それに対してチラチラ視線を送る師匠。

 それら全てをガン無視して飯を食う俺。

 

 何一つとして上手く行ってないだろお前。おい、どうすんだよこの空気。

 横目で師匠を見たが目を逸らして口笛で誤魔化そうとしてる。

 

 どうにかしろ、その意図を込めて鍋の具を押し付けた。

 君がなんとかしろ、そう返さんと言わんばかりに笑顔で具を俺の皿に載せてきた。

 

 …………………。

 

 ぐぐぐ、と力を込めて押し返す俺。

 それに対して箸で対抗してくる師匠。

 

「…………何二人でイチャイチャしてるの」

 

 ヒ、ヒェ〜〜。

 ステルラがキレ期ルーチェみたいになっちまった。

 

「別にイチャイチャなんてしてないさ。私はただロアは育ち盛りだから沢山食べろ、と言う親心で」

「それは老婆心という奴だな。やっと年齢通りの行動ができてよかったじゃないか」

 

 高速で飛来した鍋汁が俺の右目を覆い隠した。

 まぶたが防ぐ暇もなく襲撃してきた熱が俺の目を焼き尽くしている。痛い。電撃じゃ効果が薄いと悟って食べ物で攻撃してきやがった。

 

「ぐ、くく……少しは学んだようだな。その年齢にしてはよくやったと」

 

 左目目掛けて飛んできた汁を防ぐことには成功したが、口の中に放り込まれたぐつぐつ煮えている野菜は殺人的だと思う。

 舌の感覚がしなくなった。あーあ、また一つ俺は失ってしまった訳だ────人らしさって奴をな。

 

「ふ、ふへふは。はふへへふへ」

「……はぁ、しょうがないなぁ。わかったよう、もう」

 

 灼熱の顔面が徐々に修復されている感覚によって視界が安定していく。

 ふぅ、やれやれ。ピエロになるのは構わないがもう少し痛みを伴わない方法を編み出して欲しいところだ。終いには訴えるぞ。

 

「鍋ひとつでここまで追い詰められるとは考えていなかった。腕を上げましたね師匠」

「何も誇らしいことはしてないんだが……褒め言葉として受け取っておこう。あと次生意気なこと言ったら潰す」

 

 最終警告だな。

 これ以上煽ると生命が脅かされるので黙ってステルラにすり寄っていく。肩が触れそうな距離感になったら途端に離れていった。

 

 ……………………もう一度近付く。

 

 離れる。

 近付く。

 離れる

 

 師匠・ステルラ・俺。

 三人並ぶことになってしまった。

 

「……なあ、狭いんだが」

「……ロアに言ってください。へんたい」

「俺は自らの命を守るため仕方なくお前に守ってもらおうとしてるだけだ。ゆえに全ての原因は師匠にある」

 

 まあ俺は間近でステルラの顔が眺められるから不満はないが。

 顔面を堂々と向けると顔を逸らすので仕方なく横目で覗き見ながら食べる。

 こんなにも長閑に夕食を食べているのに、もうあと数日したら殺伐とした大会に出場せねばならない。

 

 憂鬱だ。

 

「そういえば師匠。さっき座する者(ヴァーテクス)に至ってる人が二人はいるとか言ってましたが」

「ああ、そうだね。あくまで私の予想ではあるけど」

「俺と当たる人ですか」

「……さてどうだろうね。それは私の口からは言えないな」

 

 チッ、少しは情報を漏らすかと思ったが全然じゃないか。

 

「前評判通り、ではあるだろうね」

「……そうですか」

 

 なるほど。

 

 軽く推測をするならば、魔祖の息子であるテリオスさんは至っている可能性が高い。

 順位戦第一位を四年間も死守している実績もあるし、単純な実力者という観点ではナンバーワン。その次点でテオドールさんって所か。

 

 師匠は紫電へと姿を変えるが、他の人たちはやはり各属性に変化していくのか。

 エミーリアさんは炎、ルーチェ両親ならば氷と水。

 

「不完全とか言ってましたね」

「うん。全身を纏めて変化させることは出来ないからねぇ」

 

 ズズズ、と汁を飲みながら話している。

 

「終ぞ私には到達出来なかった領域さ」

 

 ……ふーん。

 確かにそれが出来ればかの英雄も死ななかったかもしれない。

 しかし魔力切れが起こらなくなるわけではないからな。十分な余裕を持った状態でなければ基本的にリスクのある第二形態ともいえる。

 

「ステルラはまずテレポートを覚えてもらって、ロアは……諦めろ」

「上等じゃねぇか。目に物見せてやるよ」

「ハッハッハ、切った張ったしか出来ないんだし大きな口を叩くのは止しておいた方が身のためだ」

「やれ、ステルラ」

「そこで私に振るのがとことん残念なんだよね……」

 

 なぜか呆れられてしまったが、ステルラの機嫌が治ったのでヨシとしよう。

 

 しかし、二人か。

 二人もあの領域に突っ込んでいる奴がいるのか。

 

 なんとかして対策を立てねばならない。

 ……それこそ、また記憶に頼るしかないのか。俺にあるのはそれだけだからな。

 自分で何かを生み出せるほど積み重ねた訳でもなく、ただ英雄の記憶を模造しているだけの劣化品。

 

 それでも。

 

 それでもやってみせる。

 

 もう負ける訳にはいかないから。

 

 

 

 



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第六話 開幕

「……さて、準備できたかな?」

「…………問題ない」

 

 朝起きて、身体を日の光に当てて起こす。

 この何気ない行動が大切だ。

 

 体調不良、なし。

 各部位の健康状況問題なし。

 祝福の補充された魔力の量も完璧である。

 

「はぁ……胃が痛いよ」

「なんだステルラ。お前今日戦わないだろ」

「ロアが勝てるかどうかハラハラしちゃって」

 

 まあ負けるつもりはないが……応援してくれているのだろう。

 その気持ちはありがたく受け取る。だが俺が負けると思うのは心外だな。ここ一週間必死こいて足掻いてる俺の姿を見ているのに。

 

「いや、勝つとは信じてるんだけど…………」

「じゃあなんだ」

 

 一瞬躊躇った後に、俺の様子を伺いながら呟いた。

 

「…………怒らない?」

「内容による」

「ウ゛ッ……じゃ、じゃあ言わない!」

「怒らないから答えろ」

 

 両方の頬をムニィ~~~っと引っ張る。

 柔らかい。俺のカサカサでゴツくなってしまった皮膚(恐らく電撃を喰らいすぎによる後遺症)に比べてこんなにも女性らしい身体つきに変化している。

 俺的にはそっちのほうが嬉しいがな。幼馴染がゴリラに変身とか考えたくも無いわ。

 

「い、いふぁい」

「ええい口を割れ! なんか気になるだろ」

 

 手を放したら師匠の裏へと隠れてしまった。

 チッ……仕方ないから許してやる。

 

「やれやれ。ロア、子供みたいな事をするんじゃないよ」

「やかましい。モヤモヤするんだよ」

「…………ロアのばか」

 

 なんで俺が責められなきゃいけないんだよ。

 女性二人と男一人、悪いのはいつも男になる。やれやれだ、俺はこんなにも誠実だというのに。

 

「その、さ。今更ですごく申し訳ないんだけど……」

 

 何をもじもじしてるんだ。

 

「……ルーチェちゃんの時もそうだけど、あれだけ頑張ってたのに負けたらと思うと…………」

 

 …………本当に今更だな。

 他に言うことがない。今更すぎるだろ、勝負をする上で敗者と勝者に分かれるのは必然である。

 なのでどちらかが負けるのだ。そこに重ねた努力の量は関係なく、如何に上手に丁寧に積み重ねたかと言う精密さが求められる。

 

「……成長したなぁ」

「成長したねぇ」

「なんで二人共そんな目で見るの!」

 

 その上で俺が『いつかお前に勝ってやる』と宣言していることの重さを理解してほしい所だ。

 

 ……いややっぱ理解しなくていいわ。

 クソ恥ずかしい告白みたいで嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第六話

 

 

「や、久しぶり」

「そんなでもない」

 

 およそ一週間振りにアルと挨拶を交わした。

 見た目は特に変わってない、それもそうか。一週間で劇的に見た目が変化するとかよっぽど危ない薬使ってるだろ。

 

「初戦を勝つ自信はどれほど?」

「勝つさ。問題なくな」

 

 苦戦は免れないだろうが、最後に立っていればいい。

 

「……ふーん。本気みたいだね」

「当たり前だろ。俺はいつだって本気だ」

 

 勝ちに執着していると言ってもいい。

 それほどまでに焦がれているのだ。負けず嫌いとしての性格が悪い方向にねじ曲げられて行った結果、これ以上の敗北を容認しない程度には狂ってしまった。

 

 それで勝ちにつながるならいいだろう。

 堕落な俺の本質は変わらず、だが勝つためならばどれほど憎んでいる努力であっても重ねることを厭わない。

 我ながら都合の良い変化をしたものだ。

 

「お前はどうなんだ」

「そりゃあやるだけやるよ。僕としては優勝が目的じゃないからね」

「……そうなのか」

「うん。楽しくやれればなんでも良いのさ」

 

 ウワ…………

 刹那快楽主義者みたいなこと言い出したぞこいつ。

 本当に大丈夫か? 普段殴られまくってるけどジュクジュク音を立てて再生している姿を知っている身としては確実に凄惨な殺人現場が生まれそうで怖い。

 

「ハッハッハ! 大丈夫大丈夫、魔祖様直々にオッケーもらってるから」

「なんの許可だよ。絶対ロクでもないことだ」

 

 嫌だなぁ。

 アルの魔法は気になるが正直近寄りたくなくなってきた。なんで十二使徒門下が相手なのに全然プレッシャーないんだろ。

 

「朝から元気ね馬鹿ども」

「お、三銃士が揃ったじゃないか。決め台詞でも用意する?」

「死ね」

 

 随分な挨拶だな。

 構うのも面倒くさそうなのにしっかり相手してやるあたりこいつら互いの距離感を理解している。仲がよくて何よりだ。

 

「ようルーチェ。勝つ算段はついたか?」

「…………それ聞く?」

「もちろん、気になるからな」

 

 ため息を吐きながら椅子に座り込んだ。

 態度が悪い。一週間、各々好きに修練を積んできた訳だが────ルーチェが一番飛躍しているかもしれん。

 歩き方と言うかな、なんと言うか……元々体のブレがごく僅かしか無いくらいにはバランス取れてたんだが、今はそのブレがなくなっている。尻の揺れが少なくなった。

 

「……どこ見てんのよ」

「尻」

「…………は?」

 

 やべ、そのまま言葉が出た。

 怪訝な顔で覗き込んでいるルーチェ。どうにかして誤魔化さないとナチュラルスケベ扱いされてしまう。

 

「いや、尻(の揺れ)が小さくなったと思ってな」

「…………褒めてるのか貶してるのか、どっちだと思う?」

「僕はお尻が大きい方が好きだよ」

「聞いてないわ下衆」

 

 ヨシ、アルに擦り付けられたな。

 

 言い訳をさせて貰うと別にいつも尻を見ていた訳じゃない。ただ身体の揺れ方、要するに体幹の強さを測るのにそういう重心の取り方を参考にしていたのだ。

 我流じゃなくある程度ちゃんとした指導を受けた人間なんかはそっち側に偏るからな。ルーチェはぐちゃぐちゃなのにバランスいいから意味わからんと思って常々観察していたのだよ。

 

 因みにアルベルトは気持ち悪い位にしっかりと(・・・・・)歩いている。

 ムカつくよなコイツ。

 

「……はぁ、まあいいか。今日はアンタからでしょ?」

「ああ。体調は万全、いつも通りだな」

「ま、応援してるわ。勝ちなさいよ」

 

 これだよこれ。

 俺が求めてるのはこれなんだよ。

 普段ツンツンしてる奴が性根は真っ直ぐで優しいから偶に漏らす素直さがいいんだ。

 

「お熱いねぇ」

「だろ? 俺達仲良しだからな」

「……否定はしないわ」

 

 お前ほんとさぁ…………

 

 理解(わか)ってるよな。

 

「さて、大仰な開会式も無し。事前通告してあるから出場者は会場入りしていいらしいよ」

「お前がいると楽で助かるよ。これからも良き友人程度の距離感を保てることを期待している」

「格別なるご厚情を賜り、誠に恐悦至極に存じます」

 

 無駄に気品に溢れた返答に少し苛立った。

 腐っても元貴族である。落ちぶれてはいないガチガチの御家なので、正直俺みたいな平民出身が陽気に絡んでいい相手じゃないんだが……まあ、そういうのひっくるめて無くしたかったんだろうな。

 

 結局生まれも何もかも最終的にはどうでもよくなる。

 

「あ、それと観客には色々な人達が来るってさ」

「それを早く言えバカ」

 

 もう嫌な予感がするんだが? 

 確実に十二使徒が揃い踏みするだろ。んで予定の空いてる弟子達が沢山やってくるし、十二使徒と繋がりを持ちたいお偉いさんとかも沢山……

 

 めんどくさ。

 

「何せ初めての試みだからね。創立から百年近く経つ学園で、ず〜〜っとトップが変わらないとは言え学園主体のトーナメントは前例なし。そりゃあ注目も浴びるよ」

「なら優勝すれば永遠に名を刻めるな」

 

 そのうち最強議論とかされるようになるんだろ。

 

「…………それくらいは、残してやりたいな」

 

 名前くらいは残してやりたい。

 将来的に、ステルラより先に逝くのは決まっている。

 アイツが座する者(ヴァーテクス)に至っても俺は成れない。ただそれだけの事実だが、擬似的な不老不死になった幼馴染みに手は届かないのだ。

 

 ならばそれより先に、誰でも覚えていられるように名を残す。

 

 紫電(ヴァイオレット)を継ぐのはステルラだ。

 それでも一番弟子は俺だ。俺の方が先に師匠に師事を受けている。

 

 これは譲らない。

 

「……さて、行くか」

 

 まずは目先の相手に集中しよう。

 アイリス・アクラシア────またの名を、『剣乱(ミセス・スパーダ)』。

 

「絶対強敵だよなぁ……」

「アクラシアさんは強いよ。僕が正面からやりたく無いと思うくらいには」

「楽しめないタイプか」

「……よく覚えてたね。楽しめない訳じゃ無いんだ」

 

 少し驚いた表情を見せたアルベルト。

 

「ただねぇ。僕とは相性が悪すぎるのさ」

「お前と相性いいのは誰なんだ?」

「うーん、ソフィアさんかな」

 

 これまた絶妙なラインを突いてきたな。

 

「僕は魔法を扱うのが巧い人ほど相性がいい。ルーナさんは火力が高すぎて駄目、テリオスさんはあの手この手で突破してくる、兄上は……多分直接斬ってくる。君のところのお姫様はなんかよくわかんないけど突き抜けてきそうだし、候補としてはプロメサさんとソフィアさんだね」

「いろいろ情報が垂れ流しになってるんだが……」

「まあ大丈夫でしょ。二つ名の時点で察せるんだし」

 

 それもそうか。

 

「それに君も兄上も二つ名抽象的すぎるし、そんな特徴的なの付けられる時点で一発屋さ。十二使徒を継いでる人たちは別だけど」

「言うじゃ無い。アンタこそそのまま(・・・・)のクセに」

「おやおや。薄氷(フロス)さんじゃあ無いか、溶け無いようになったのかな?」

 

 それは怒られて当然だと思う。

 いつものように顔面が凹んでおかしい形になってるが、こいつの顔の骨はどうなってるんだ。もう打たれ過ぎて鉄くらいには固くなってそうだが。

 

「こんなカス放っておいて行きましょう。時間の無駄よ」

「く……口で勝てないからと言って暴力を振るうのは敗北の証明さ。これ以上ないほどのふべっ!」

 

 こいつ本当楽しそうだな。

 殴られてるのにニコニコしてるのが伝わってくるのが余計キモいわ。

 でもそれでこそアルベルト・A・グランって感じがする。最悪なことにな。

 

 

 

 

 

 会場となる坩堝へと到着したが────いや、工事で広くしすぎだろ。

 

「学園中すべての人間集めても半分も埋まらないぞ……」

「随分と張り切ったみたいだ」

 

 顔の傷がスッキリなくなったアルベルトが追いついた。

 この回復速度は目を見張るものがある。俺も欲しいな、そうしたら幾らでも師匠とステルラに敗北を叩きつけられる。

 

 ルーチェ? 

 ルーチェはそんなことしなくても勝手に負けてくれるから大丈夫。

 

「お前どうやってそんな早く自己修復してるんだ?」

「企業秘密さ。負債を上手に取り扱っている、とだけ」

 

 ……………………負債、ねぇ。

 お前は公爵家の子孫だ。当然、過去の大戦の記録は一般家庭に比べてたくさん残してあるだろうし、色んな書物を保有してるだろう。

 あーあー、知りたくなかったわそれ。

 

 魔祖の許可が出てるってお前それさ……改造しただろ、当時の悪い(・・)魔法。

 

「一気にお前と戦いたくなくなった」

「逆にこの程度のヒントで正解に辿り着くのなんなの?」

「俺は天才だからな。この程度訳ないのだ」

「はいはい天才天才(笑)」

「ルーチェ、やれ」

「いやよ汚い」

 

 ルーチェに拒否られたので仕方なく俺が殴ることにした。勿論左手でグーパン。

 戦いの前に利き腕で殴るのはアホだろ。

 

「ウ〜〜〜ン、やっぱり魔力の篭ってない物理は痛いなぁ!」

「お前ついに隠さなくなったな。正体見えたぞ」

「実際君と戦う場合どうなるか予想できないんだよね。その魔力の元に飛ぶのか、それとも君自身に飛ぶのか……ちょっと試してみてもいい?」

「駄目に決まってんだろはっ倒すぞ」

 

 なんで本番の前に実験体になんなきゃいけないんだよ。

 

「相変わらず仲が良いな!」

「出たな熱血暴風」

 

 そんな俺たちの目の前に現れたのはヴォルフガング。

 少し着崩した制服が無駄に似合っている。厳つい顔してるけど男前ではあるのだ、多分男の羨むイケメンタイプ。

 アルベルトは優男で甘いマスクなんだが、どうにも中身がサイコパス臭すごくて近寄りがたい。逆にそれが良いのか? 時代が違えば大量殺人鬼とかになってても俺は違和感ないが。

 

「応援にきたぞ」

「それはありがとう。でもお前も今日試合だよな」

「ああ。戦う前から結果を語るのは良くないが、おそらく勝てないだろうな」

 

 ……冷静だな。

 俺がそう言う結論に達したらもう取り乱す自信がある。視界がぐにゃあ〜〜〜って曲がったりすると思うわ。

 

「実績を考えれば当然でもある。数年間一位の座にいる人間が、十二使徒一番弟子とは言え一属性しか極められてない人間に負けると思うか?」

「客観的に考えればな。でもそんなのどうでも良いだろ」

「それはそうだ! 負けるかもしれない、と分析する自分と負けるはずがない、と奮い立つ俺は両立できる」

 

 良いね。

 そう言う精神性、俺は好きだぜ。

 諦めない力ってのは存在している。思い込みだろうがなんだろうが、諦めなければいつかは星にだって手が届くかもしれないのだ。

 

「当たって砕けろなんて言葉もある。今度こそお前にリベンジしないといけないからな!」

「俺としては拒否したいが……まあ、なんだ。俺も勝つ。勝ち続ければ戦える」

 

 握り拳を掲げ、そのまま俺に向かって突き出した。

 

「互いにいい勝負をしよう。満足できる位に、出し切った勝負を」

 

 ……青臭い野郎だ。

 だが嫌いじゃない。

 そう言う実直さが世界を救うことだってある。

 

「ああ。互いに(・・・)な」

 

 拳同士を突き合わせる。

 もう言葉は必要ない。振り返って観客席へと歩いていくヴォルフガングを見送って、アルベルトも歩き始めた。

 

「ま、頑張りなよ。僕も応援してるぜ」

「任せとけ。華々しく……は、無理だが。勝ちは譲らん」

 

 ルーチェも後ろに続き、歩いていく。

 

「……勝ちなさいよ」

「当然。お前こそ目を離すなよ」

 

 通路の先を進む。

 ここを抜ければ場内だ。

 足を踏み出したが最後、始まってしまう。

 

 ……緊張ではないな。

 

 武者震い。

 変な感傷に浸るよりよっぽどいい。俺の闘志は今が全盛を迎えていると確信した。今この時、俺は俺自身の最強を更新した。

 

「…………行くか」

 

 足を踏み出す。

 光溢れる会場へと。

 

 

 

 



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第七話 剣に乱れる

 

『────さあ、ついにこの時がやってきました!』

 

 ……眩しいな。

 天井が空いているので、太陽の光が直射されている。

 じりじりと焦されるほどの熱量ではないから大丈夫だが、長引くと影響がありそうだ。

 

『開催を待ちわびた一週間と二日、我々はじっくりことこと煮込まれる野菜のような』

『その下手くそな比喩をやめんか! お主何年間この席に座っとるんだ』

『す、すみませ〜〜ん!』

 

 どう言う実況なんだよ……

 しかも魔祖直々に解説席に座ってんじゃん。

 

『全く……お、小僧じゃないか。お〜い小僧、こっちじゃこっち』

 

 面識ないのにめっちゃフレンドリーじゃん。

 コワ……かつての魔祖を知る身としては恐怖が勝る。

 いや、多分、かなり変わったんだろう。大戦時の傍若無人っぷりはだいぶ鳴りを潜めてると思う。それでも性格がアレと評される程度には残念だが。

 

 目線を向けると、視力の都合上顔の様子は窺えない。 

 ただ声色から楽しそうにしているのは想像できた。

 

お前(・・)には期待してるからな、精々楽しませて見せろよ?』

「…………英雄サマサマ、だな」

 

 随分と高評価を戴いているみたいだ。

 かつての英雄のお陰だな。彼の技を再現しようとしているだけで、俺のオリジナリティはひとつもないのにこれだ。

 少しだって威張れない情けなさがある。

 

『えー、すでに入場しているのはメグナカルト選手(・・)です。二つ名は英雄、魔法適性とは裏腹な近接戦闘能力が特徴的ですね!』

『貴様ら小娘、童共にはわからんかもしれんが────アレは正真正銘かつての彼奴の技だ』

 

 場内が騒つく。

 やめろ。俺をナチュラルに英雄扱いするな。

 別人だからな。俺はあくまでも彼の背中を追いかけてるだけの未熟者に過ぎない。

 

『エイリアスの奴が仕込んだにしてはクオリティが高すぎる。

 故に彼奴は英雄。儂らが誰一人として反対しないのがその証拠じゃ』

『おおお……!』

『まあ、彼奴はあんな情けない男では無かったがの』

 

 ぶっ飛ばすぞロリババア。

 若作りしやがって、年齢だけで言えばそこら辺の樹木どころかこの大陸くらいの年齢してるくせに。

 

『オイクソガキ、今余計なこと考えただろ』

 

 イイエ、決してそのようなことは考えてイマセン。 

 

『チッ……エイリアス、もっとしっかり教育しておけとアレほど』

 

 放任主義こそ至高。

 年がら年中絡まれて付き纏われる方が嫌だね。あれ? でも俺師匠とずっと一緒にいたのでは……

 

 …………切り替えていこう。

 

『フン、態度こそ舐めてるガキそのものだがあの技だけは認めてやる』

 

 いまだに英雄の域に達していないと俺は考えているが、昔の英雄を知る人間ほど俺のことを否定することはしない。

 それだけ彼の技が素晴らしかったのだろう。

 

『────ただ、今回相手をするのもそうそう容易い相手ではないぞ?』

 

 場内と観客席を分けるように、薄い魔力の壁が張られる。

 すぐに透明に変質したがその場所に確かに存在している。なるほどな、こうやって安全をとるわけか。

 

『この小娘もまた、時代が違えば……英雄等と呼ばれることはあっただろうな』

 

 正面から人影が現れる。

 しっかりと地に足つけて、腰に剣を差した女性。

 

「よろしく、メグナカルトくん」

「……こちらこそよろしくお願いします、アクラシアさん」

 

 アイリス・アクラシア。

 現代の魔法が発展した世界において、(スパーダ)の二つ名を戴いている怪物。

 

「アレ、便利だね。ちょうど私たちに声が入らないようにしてるみたい」

「俺たちの戦いに必要かどうかはわかりませんけどね」

「確かに。静かで、それでいて情熱的に……きっと君は満たしてくれるよね」

 

 …………ん? 

 

「剣と剣。

 斬る感触と斬られる感触。

 肉が破れて血が弾け、命の火が消えていくあの感覚。

 何物にも変えられない貴重で大切で魅力的で暴力的なあの世界」

 

 あ、この人ヤバい人だ。

 俺は悟った。ただ強いだけの人じゃないわこれ。

 

 なんで現代にこういう怪物が生まれてくるのだろうか。

 いや、生まれても矯正出来るように教育は進化したはずだ。逆か? むしろ個性を伸ばしましょうみたいな方向性に行ってしまったのか。

 

 そりゃあ時代が違えば英雄と呼ばれる筈だよ。

 敵を殺しまくれば戦場で英雄になれるんだから。

 

「君は……………………斬られてくれる(斬ってくれる)?」

 

 なんて物騒な誘い文句なんだ……

 それに応えるのって相当な変態だぜ。

 俺は斬る感触も好きじゃないし、当然斬られるのは嫌いだ。痛いし怖いし。

 

 ────だが、嫌いな事だって受け入れて生きてきた。

 

 今更すぎるな、その問いは。

 

「斬ってあげますよ。でも俺は我流なんでね、作法は期待しないでくれ」

「いいの。一緒に踊ってくれるだけで十分だから」

 

 腰に差した剣を一本取り出し、俺の目の前へと投げてくる。

 ふーん……まあ、疑わなくてもいいか。そういう人じゃないだろう。

 

「ごめんね。君の剣でもいいんだけど、二人で(・・・)楽しみたいな」

 

 めっちゃ拗らせてるよこの人……そりゃあ剣乱(ミセス・スパーダ)なんて付けられるわ。

 

「しょうがないですね、乗ってあげます。俺は優しいからな」

「……ふふっ、自分で言うと台無しだよ?」

「大胆不敵でいいでしょう?」

 

 いつも通り霞構えで待ち受ける。

 魔導戦学園でのトーナメント初戦が、魔法の干渉しない物理で開幕していいものなのだろうか。

 アクラシアさんも剣を持ち、中段で構える。

 

 互いに射程内では無い。

 だが警戒する。あの魔祖が、時代が違えば英雄と呼ばれるとまで言った。

 ただ剣が巧いだけじゃ無いのはわかっている。もっと深く読み取れば、『英雄と呼ばれる位には敵を殺せる』技術があると言うこと。

 

 つまり──戦い自体が巧いのだ。

 

 始まりの鐘は鳴らない。

 互いに相手の状態くらい把握している。

 その上で、納得した勝利を俺たちは求めているのだ。そんな無粋なことはしないさ。

 

 完全なる状態の相手を下さず、何が勝利だ。

 

「アイリス・アクラシア。順位戦第六位、我流」

「ロア・メグナカルト。順位戦は圏外、魔祖十二使徒第二席が一番弟子」

 

『────いざ、尋常に』

 

 踏み込む。

 先手を取る、取らないは関係ない。

 互いに斬ることを目的としているのだ。近づかねばまず話が始まらないだろう。

 

 故に、作戦だのなんだのは全て無視して駆け寄る。

 

 その思考は相手も同じだったようで、場内の中心にてぶつかり合うこととなった。

 

 勢いを殺さない突きを剣で逸らし、そのまま突きを返す。

 軽く首を捻ることで避けた状態──即ち身体のバランスが崩れたまま剣を斜めに切り返してきた。

 

 巧い。

 

 胴体を狙った一撃だろう、真っ向から剣を叩きつけて対抗する。

 

 折れない。

 折る気は無かったが最低でも怯んで欲しかったところだ。

 そのまま押し切られ、顔と顔を突き合わせるような近距離で鍔迫り合う。

 

「……同じくらい、だね?」

「まことに遺憾なが、らっ!」

 

 身体を弾き距離を取る。

 今の交差である程度理解した。俺とアクラシアさん、剣の技量がほぼ同じだ。

 対戦経験(記憶の中)がある分俺の方が上だろうか。だがこれはハリボテ、実質的には彼女が上だろう。

 

 やれやれ。

 才能ってのは本当に理不尽だ。

 かつての英雄、そして相対した強敵との経験。それを余すことなく存分に利用してきた俺と平和な時代に生まれた突然変異が互角。

 

 勘弁して欲しいね、全く。

 

「そう易々と譲る気は無いけどな」

 

 剣を握り直し、改めて呼吸を整える。

 集中しろ。他の何もかもを排除して、剣を振るうことだけに注力しろ。今はそれが出来る、それをしても許される場所だ。目標も理想も何もかも放り投げて、今この瞬間だけは────剣に賭ける。

 

 

 

 

 

 

 

 ……空気が変わった。

 

 肌を突き刺すような鋭さが支配している。

 思わず喉を鳴らし、自身の身体が正常なことを確認してしまった。

 

 ロア・メグナカルト──またの名を、英雄。

 

 伊達でも酔狂でもなく正真正銘本物とまで言われた怪物。

 ワクワクする。きっとこの人は私を満たしてくれるだろう。いや、これは確信だ。きっと私のことを造作もなく斬り捨ててくれる。

 

 この叶えられることのないと半ば諦めていた願望が、叶うかもしれない。

 

「────ふふっ……」

 

 幼い頃、料理の手伝いをしていた時に指を切った。

 

 その程度の事だった。

 

 自分の指から溢れ出る血と覗きみえる赤い肉、鋭く燃えるような痛み。

 アレを知った時から、私の人生は大きく変わっていった。いい方向にも悪い方向にも、どちらにも。

 

「ふふ、あははっ」

 

 胸の内を満たしているのは歓喜。

 先走る期待が私の全身を駆け巡っている。電撃(・・)のような速さで、痺れが全身に行き渡る。

 

「────ありがとう、私! 今日この瞬間まで、突き進んでくれて!」

 

 瞬間、駆け出した。

 剣の重さは既に感じない。

 何年も何年も使い込んだ、私のお気に入り。

 

 何人もの肉を斬った上段からの振り下ろし。

 いとも容易く受け止められた事実を喜色とともに受け入れ、次の手へと移行する。

 

 引き摺るように剣を下段から振り上げる。

 この高低差にも少しも引っかかる事はなく、それどころか易々と対応して見せた。

 視力を強化しているわけでもない、純粋な戦闘能力。勘、と言い表せるものか。

 

 一、二、三四、五六七八九────止まることのない剣戟が繰り返された。

 

 剣には癖が出やすい。

 師事を受けた人間の好み、と言った方が正しいか。

 これまで戦ってきた人は皆誰か(・・)が見えていた。そこまで歩んできたであろう誰かの経験、知識、そう言ったものが受け継がれてきているような。

 

『君の剣でもいいんだけど、二人(・・)がいい』。

 

 この言葉の意味を理解してくれてはいるのだろうか。

 誰かの魔力でも、誰かの力でなくても。そうじゃない、私が気にしてるのはそこではないんだ。

 

 (ロア・メグナカルト)()を知りたい。

 

 初めて君の試合を見た時から、私はずっと願っていた。

 

 金属と金属がぶつかり合う独特の音が響く。

 甲高い耳触りのいい音。

 

 少しずつ、僅かに彼が有利か。

 体格の差はある。素の力で私は押し負けているが、そこを技量で無理やり補っている形だ。

 それだって長く続く訳ではない。力量が拮抗しているならいずれ負けている部分で押され始めるだろう。

 

 …………その瞬間まで、ただ只管に打ち合っていたい。

 

 そう思う私も存在する。

 だが、だけど────それは何時でも出来る。

 彼と私、命の奪い合いにならない程度(・・)の斬り合いなんていつでも出来るんだ。

 

 なら今の私が求めるのは。

 今の彼に求められているのは。

 

 全力全開────この身に重ねた武勇を解き放つこと。

 

 自分が現代に於いて異端なのは理解してる。

 血を求めるのも、斬り合いを求めるのも、金属と金属がぶつかり合うような鉄火場を好むのがおかしいのも。

 

 故に我慢した。

 堪えた。欲望をひたすら押し留めて将来を考え、少し満たせればいいと考えていた。

 合法的に人を斬ることが出来る手段を模索した。命を絶つのが目的ではないけれど、命のやり取りというものをどうしてもやりたかった。

 

 人を殺したいんじゃない。

 仲間を探したかっただけなんだ。

 共に斬り合い、探り合い、深い沼にのめりこんでくれる仲間を。

 

「────君は、“英雄”なんでしょ!?」

 

 鍔迫り合う。

 先程同様に顔と顔がくっつくような近さ。相手の吐息すら感じ取れるくらいには近距離だ。

 こんな風に付き合ってくれる人も居なかった。誰も彼もが魔法を使い、勝つための方法を模索していた。

 

 そうじゃない。

 

 私は勝ちたいんじゃなくて────分かち合いたかった。

 

「受け止めてよ! 私の全部!!」

 

 これまで一人で積み上げた研鑽。

 かつての時代ならば英雄になれた、なんて皮肉を言われる程度には高めた私だけの剣。

 

 誰にも重ねない。

 

 私の、私だけの剣技。

 

「──────剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)!」

 

 斬り合おう。

 

 勝敗なんてどうでもいい。

 生死だってどうでもいい。

 

 今この瞬間、私達は出会ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※アイリスは人殺しをしたことはありません。


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第八話 絢爛、閃光

 僅かな足運びで土煙が立つ。

 空気の揺らぎが剣の軌跡を伝えてくれる。視覚で捉える事の不可能な領域に至った斬撃に対応するためには、俗にいう第六感という不確かなものに頼らざるを得なかった。

 

 一拍に数度の斬撃。

 無論それは感覚的な話であり、実際はそうではない。よくて二回、いや、返す剣も交えれば三度だろうか。

 

 これだけ剣を交えれば嫌でも理解する。

 アイリス・アクラシアという女性は『剣における天才』。

 俺如きでは生涯を賭けても到達できるかどうかわからない、そういう領域に足を踏み入れている化け物。

 

 今の俺がある程度相手になるのはただ一つ。

 

 かつての英雄の記憶を保持しているから。

 その軌跡を余すことなくなぞってきているから対応できているだけだ。

 心の奥底に棲んでいる劣等感が湧き出て来たが、それを何とか飲み込んで目の前に集中する。

 

 一度距離を取りたい。

 だがそれを許してはくれない。

 少しでも離れようとすればそれより先に一歩踏み込んでくるので、それに対する反応をしなければいけない。

 

 戦いの勘が鋭すぎる。

 

「…………すごいな」

 

 思わず言葉が漏れた。

 腐っても剣の修練を只管に積んで来たんだ。実力差はそこまでではないが、その戦闘能力の高さには脱帽せざるを得ない。誠に遺憾ながら。

 嫉妬で狂いそうだ。俺が望まない血と汗と泥に塗れて生きて来たのに、苦痛に塗れたいと願う天才の常識の範疇の努力で対等に並ばれてしまうのだ。これに嫉妬せずにどうすればいい? 

 

「キミこそ。問題ありません、って顔で捌いちゃって」

「デキる男は表に出しませんからね」

「ふふっ、言うね」

 

 滅茶苦茶ギリギリだった。

 初めて握る武器、ロア・メグナカルトとしては初めて向き合う同じタイプ。即ち剣の達人。

 手に汗握るどころではない。命懸けの綱渡りだ。

 

「…………不思議」

 

 そんな俺の内心は露知らず、話を進めていく。

 

「キミの剣、一人じゃないみたい」

「…………我流ですからね」

「ううん、そうじゃない」

 

 勘が鋭すぎるだろ……

 そりゃあ一人じゃないさ。ありとあらゆる人の技を勝手に盗用してるんだから。

 でもそれを見破れる人はいない。あくまで俺の“才能”として勝手に判断してくれる。俺がかつての英雄の記憶を持っている事なんて誰も知らなくていい。

 

「すごい沢山見える。積み重ねた量が、数が、こんなに多い人は……本当に初めて」

「それは光栄です。俺は努力家なんでね」

「うん。凄いよ、ほんとうに…………」

 

 笑みを深めないでくれませんか。

 背筋が凍るような寒気がした。この感覚は懐かしい。

 

 そう、あれは山籠もりをして最初の頃の話だ。

 野生の動物に怯えながら、自衛できるような武器もたった一本の剣しか無い時に出会った巨大な獣。

 アレは死んだと思ったね。要するに、圧倒的な上位者に捕食対象として定められた時のような恐怖感と焦燥感が俺の身を襲っている。

 

「もっと、もっといる(・・)でしょ」

「さあ、どうでしょうか。一か二はいるかもしれませんね」

「…………あはっ」

 

 更に深く口元を歪めている。 

 こ、怖ェ~~~~! 逃げ出したくなってきたんだが。

 なんかこう、ルーチェとかと戦った時とは別。勝ちたいという思いは確かに俺の中で根強く活動しているが、それ以上に根源的な恐怖が滲み出てきている。

 

「ありがとうロアくん」

「何がでしょうか。皆目見当もつきませんが」

「……きっと、()に会うために私は生きて来たんだね」

 

 運命はこれ以上背負えないから勘弁してくれ。

 そういう星の下に生まれてるのか? 俺は。女性関係をきっぱり終わらせてひっそりと消えて行った英雄と違い、俺は何処までも追われ続けるという事なのだろうか。

 

 今ですら追ってる立場なのだからいい加減にして欲しい。

 

「────ロア・メグナカルト! 私、君に出会えて本当に良かった!」

「そうですか。俺としてはこれ以上増えて欲しくないんですけど」

「なら振り払ってよ! 私の事も、全部纏めて!!」

 

 再度斬りかかってくるのは予想していた。

 

 意識を切り替える。

 反射で相手をしろ。俺の思考で追いつける相手じゃない。

 身体に染み付いた英雄のトレースをどこまでも実直に行う、俺に勝てる芽があるとすればそこだけだ。

 

 上段からの振り下ろし剣で受け流し、そのまま肩をぶつける。

 体格差が存在する以上俺の方が有利になれるのがフィジカル面での話。積極的に利用していきたいが、それは甘くなりすぎる。

 

「ね、その切り替えも!」

経験上(・・・)、わかるんですよっ!」

 

 本当に楽しそうにやってくるな。

 加減なんて一切してないからさっき腹に入った一撃は相当な威力になっているはず。なのに動揺が少しも見られない、寧ろ興奮が先に来てる。

 

 脳内物質の過剰分泌だな。

 極度の興奮状態にあるのだけは間違いない。

 

「斬って、斬って斬られて斬って────こんなにも楽しいの……!」

 

 昂り、頬を紅に染めながらアイリスさんは剣を地面に突き刺した。 

 

「魔法は無粋。でも、私の全部(・・)を見て欲しいんだ」

 

 ……嫌な予感がする。

 正直受け止めたくないが、やってみせるしかなさそうだ。

 ここを不意打ちで倒しても誰も認めないだろう。俺だってそうだ。全身全霊を賭けるから勝利に価値が生まれる。

 

剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)──燦爛怒涛」

 

 何も持っていなかった筈の左手に、新たな剣が出現した。

 まるで血が染み付いたような赤黒い色が生きているかのような胎動を繰り返している。魔力反応か、それとも……

 

「誰がなんて言ったって、私にとっては煌びやかなんだ。君にもわかるでしょ?」

「……なるほど。随分と無粋なことを言う奴がいる」

 

 満面の笑みで頷くアイリスさん。

 

「良いじゃないですか。俺には絢爛(・・)に見えます」

「…………う、ふふっ。ありがとう、ロアくん」

 

 しっかりと意図が伝わったようで何よりだ。

 それは貴女の努力の結晶だ。泥臭くて血に塗れるのが努力だ。苦痛が滲んで吐き気がするのが努力だ。

 だけど、どうしようもないくらいに明るく眩しく見えてしまうのも、努力なんだ。

 

「────光芒一閃(アルス・マグナ)

 

 その想いに応えるために。

 師匠に授かった祝福を起動する。

 俺にとっての燦爛はこれだ。誰かに授かった力こそが俺にとっても眩い輝き。

 

「私の燦爛怒涛はね。特殊な効果もないし、ただ鋭く斬れるだけの剣」

「奇遇ですね。俺の光芒一閃も同じような役割だ」

「気が合うね、私たち。どうかな?」

「残念ですが心に決めた奴が居るので」

 

 霞構えで受けて立つ。

 互いに楽しむだけの時間は過ぎ去り、後に残ったのは勝者と敗者を決めるための残酷な時間。

 

 それで良い。

 

「そっか。振られちゃったな」

「アイリスさんは魅力的だから、俺みたいなのより良い人が見つかりますよ。そう悲観することはない」

「……あれ? でもロアくんってハーレム作ってるんじゃないの?」

「ちょっと待て。なんだその話は」

 

 戦う空気じゃなくなってきたぞ。

 俺はそっちの方が気になるんだが、アイリスさんは惚けた顔をしている。

 

「だってルーナ・ルッサさんでしょ。エンハンブレさんにエールライトさん、極め付けには師のエイリアス様。これだけの女性と関係を持つとか噂されてたけど」

「肉体的な関係はないのでハーレムではないと断固として訴えておきたい。あと俺は拒否もしないし深追いもしない、適切な距離を保っているから互いに損得の少ない関係になっているんだ」

「すごい言い訳するね……」

 

 あ〜〜〜〜もぉおおぉぉ!! 

 

「あはは、冗談だよ冗談。振られちゃった仕返しね?」

「憤怒で人を殺すことも可能だと言うことを今証明しなければいけなくなった」

「良いね、全力で来てよ!」

 

 この人わざとやったな? 

 俺が手を抜くことが確実にないように。これだけ剣を交えたのだからそこは理解して欲しかったが、まあ仕方ない。今この瞬間全力を出さずしていつ本気で戦うと言うのだろうか。

 

 誰しもが納得のできる勝利を。

 

「…………当然」

 

 全力で行かせてもらう。

 本来ならばここで使うべきではないが、そんなのは知ったことではない。後の事は未来の俺に任せれば(放り投げれば)良いのだ。

 

 身体のダメージは少ない。

 高速戦闘にも十分耐えうるだろう。

 

「紫電迅雷────不退転(イモータル)

 

 身体の内側を駆け巡る紫電。

 猛烈な痛みと共に齎す効力を十全に活かすために歯を食いしばる。堪えて堪えて、整ってからしっかりとコントロールする。

 俺の道に近道はない。どこまでもどこまでも続く真っ直ぐな道を、愚直なまでに歩いていくことしかできないのだから。出来ないことを出来る様にするのではなく、出来るようにするための努力を幾つも重ねる。

 

「行くぞッ!」

「────来い!!」

 

 視界の淵に浮かぶ紫電を目で捉え、足に力を込める。

 肉体の損傷なんか気にするな。いくらでも治せるんだ。使えるものは使えるうちに使え。

 

 ────刹那、踏み込んだ。

 砕ける大地、揺れる世界。これこそがかつての英雄の至った領域。身体強化だけではなく、雷魔法も利用して自身を最速へと至らせた魔法。損傷すらも自己修復を繰り返すことで治してしまうのが完成形だが……十分すぎる。

 

 ありがとう、師匠。

 貴女のお陰で俺は前に進める。

 

 全身に叩きつけられる衝撃。

 あまりにも速すぎる世界の中で、自身の肉体が死に接近しているのを感じとった。俺が鍛え上げた唯一の感覚、死への嗅覚というべきか。

 警告を鳴らしている。これ以上踏み込めば死ぬぞ、俺の肉体を過信するなと。

 

 その全てを無視して、空中へと駆け出した。

 

 足りない。

 足りないんだ、何もかも。

 全ての手札を合わせても、全ての記憶を晒しても。

 

 俺があの星(ステルラ)に手を届かせるには、この程度じゃ足りていない! 

 

「星縋閃光────!!」

 

 紫電と同等の速度で繰り出せる、現状唯一の技。

 一週間で積み上げられたのはこの程度だった。だが、このたった一つが全てを凌駕する大切な要素になる。

 

 既に俺には認識できない速度での一撃だったが、超人的な反射を見せたアイリスさんの剣と一瞬鍔迫り合った後に真正面から打ち砕く。

 

 地面に着地し、勢いを殺すために何度か転がりながら止まった。

 全身が痛い。猛烈な痛みだ。俺自身、かなり興奮していたとはいえこの痛みは洒落にならない。腕とかもう持ち上がらんくらいにガタガタだし。

 

 後ろを振り返ってみれば、アイリスさんは上を見上げている。

 肩口から血が滲んでいるので斬ることができたのだろう。だが、これで勝敗がついたかどうか……

 痛みを堪えて歩いていく。これで反撃されれば俺の負けだ。全てを出し切ったと言っても過言ではない。故に近づく。

 

「…………アイリスさん」

 

 反応はない。

 呼吸はしているのがわかってるから死んではないだろう。いや、死ぬような一撃にはしてないから大丈夫だとは思う。

 学生同士の戦いで殺す殺されるが発生する方がやばい。

 

「……すごいなぁ」

 

 俺にギリギリ聞こえるくらいの声量で、一言呟いた。

 

「欲しかったものが……見えたような気がするんだ」

 

 手に持っていた剣が魔力となって崩れていく。

 半ばから断ち切られたそれは、まるで未練など無いかのように空気へと溶けていく。

 

「…………綺麗な、閃光……」

 

 最後の方は聞こえなかったが、そのまま崩れ落ちてしまったので急いで支える。

 ボロボロの下半身と腕に過剰な負荷がかかって思わず叫びそうになった。ここで叫ぶのを堪えた俺を本当に讃えてほしい。

 

『────そこまで! 勝者、ロア・メグナカルト!』

 

 歓声が沸いた。

 俺の勝利を祝福しているのか、俺たちの勝負を称えているのか。

 

 詳細はわからないが──不思議と、心地よく感じた。

 

 

 

 

 

 

 無事全身ボロボロになった俺とアイリスさんは医務室へと運び込まれた。

 坩堝内に新たに設置したこの部屋は最新の機材等が持ち込まれて、そこら辺の病院よりよっぽど良い施設になっているらしい。

 

「お疲れ様、ロア」

「師匠」

 

 回復魔法で主要な傷を全部治してもらい後遺症も残らないようにしてもらったタイミングで師匠が入ってきた。

 血の匂いが染み付いた制服を着直す。

 

「良い戦いだった。完全勝利じゃないか」

「あんなにボロボロになってですか」

「内容だけをみればそう見えるかもしれない。それだけが勝負じゃないだろう?」

 

 その通りではある。

 アイリスさんの想いに俺は応えられただろうか。

 俺より深傷を負っていたため治療後まだ意識を取り戻さない。気絶したまま治療ができるのが良いな。

 

「アレ、一回戦で使ってしまって良かったのかい?」

「その内使うことになりますし、相手に迷いを発生させられるのでちょうど良い」

「……やれやれ。男の子だな」

 

 師匠の身長と同じくらいには成長したのに、頭をぐりぐり撫でてくる。

 別に拒否する理由もないのでそのまま受け入れておこう。こういうタイミングで誰かに見られて苦労するのは俺じゃなくて師匠だ。

 

「それにしてもあの技。星縋閃光? だったか。いつ編み出したんだ」

「咄嗟に出ました。アンタら(紫電)にいつか使うために考えないとな、とは思っていたんですけど」

 

 嘘です。

 本当は英雄の記憶から取りました。

 一から考えたわけじゃなく、最期の一撃を参考にして必死こいて考えてました。

 

「そうか…………よく、頑張った」

「わっぷ」

 

 なんで抱きしめられてるんだろ。

 まあ柔らかいし良い匂いするし俺は別にどうでも良いんだが……ここが医務室ってこと忘れてないか? この人。

 

「……………………じー」

「ン゛ンッ!! ま、全くロアは甘えん坊だなー!」

 

 お前それはないだろ。

 ステルラがジト目で俺たちのことを見ていた。

 

「ステルラ。どっちが原因か、わかるよな」

「ロアでしょ」

「お前節穴か?」

 

 紫電がピリピリ飛んでくる。

 電気マッサージか、なかなか乙なことするじゃないか。

 

 なお表情筋が変に操作されているから変顔をする羽目になっている。お前どこでこんな技覚えたんだよ。

 

「全くもう……ロア、おめでとう!」

「……ああ、ありがとう」

 

 まあ良いか。

 別に俺が甘えん坊とか言い触らされてもそれを利用する人が増えるだけ。つまり俺は今まで以上に甘やかされる日々が待っているのだ。俺の明晰すぎる脳が恐ろしいぜ。

 

「素晴らしいなこの世界は。俺のために存在しているかのようだ」

「急に変なこと言い出すところはダメだと思うな」

「ポジティブなのは良いことだぞ。俺は繊細すぎるからな」

「嘘つけ、図太いメンタルしてるくせに」

 

 でも子供の頃自分の胸に問いかけたら憂鬱になったぞ。

 もしかして俺も成長してるのか……? ステルラの胸はあんまり成長してないが、ハハっ! 

 

「安心しろ。まだ望みはある」

「何が……?」

 

 師匠を一度見て、その後ステルラを見る。

 笑顔でサムズアップしたら意図を理解されたのか全力で殴られた。試合終了後だというのに凹んだ顔面が俺の凄惨さを表している。

 

「何やってんのよ……」

「る、ルーチェ」

 

 非常に不甲斐ない。

 ジュクジュク音を立てて視界がクリアになっていく気持ち悪い感覚を味わいつつ立ち上がる。

 

「次の試合見にいくわよ。いつまで経っても戻ってこないから迎えにきたわ」

「それはすまないね。バカ弟子がアホなことを言うものだから」

「それはいつもの事ですね。心中察します」

 

 おい。

 

 今回に限っては俺は冤罪だぞ。

 ムカついたから手を差し伸べてきたルーチェの手に指をめっちゃ絡ませる。こう言う日々のセクハラがいつか身を結ぶと俺は信じてる。

 

「……何すんの」

「何がだ?」

 

 ため息と共に諦めたのか、そのまま歩き出していく。

 次の試合はソフィアさんとプロメサさん、だっけか。どちらかと戦うことになるのだから見ておかなければいけないな。

 

「…………ロア」

「なんだ」

「一回戦突破、おめでとう」

 

 ルーチェが小さく呟いた。

 お前一対一なら言えるのに周りに人がいると言えないんだな。そう言う所がまた可愛い部分なんだが、今回は相手が悪かった。

 

 師匠は楽しそうに笑ってるしステルラはなんかニコニコしてる。

 

「ありがとう、お前らも頑張れよ」

 

 正直そっちの方が問題だと思うがな。

 ステルラとルーチェは明日ぶつかるのに。

 

「簡単にやられてなんかやらないわ」

「私も、負けられないからね」

 

 ……ついこないだまでめっちゃ仲悪かったのに、仲良くなったなぁ。

 

 女同士の友情というのはよくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第九話 智謀と月光

「随分遅かったね。お楽しみだったかな?」

「な訳あるか。……どうなってる?」

 

 観客席に到着し、アルベルトと合流する。

 俺たちの分の席を確保してくれていたらしく、前列の見やすい席だ。こういうところの気配りはできるんだな。

 

「もう少しで始まるよ。君が齎らした余波が思いの外デカくてね、保守の人たちが大変そうだったよ」

「俺なんぞよりよっぽどヤバい戦いがこれから始まるんだが……」

「それはそう。寧ろ君たちが殺伐としすぎだったんだけど」

 

 普通は魔法の撃ち合いになんだよ。

 なんで一回戦から剣と剣の斬り合いになるんだ。普通に殺意に満ち溢れてたんだが? 

 

『えー、それでは場内整備も整ったようですので。これから入場して頂きますが──』

『気乗りしな〜〜い。エミーリア、頼む』

『しょうがないな……』

 

 アイツほんま……

 苦笑いだぞ、俺たちが浮かべてるの。駄々こねてる仕草が容易に想像できる。

 

『それじゃあ魔祖が飽きたから代わりにアタシがやるぞ。一応第三席を名乗らせてもらってる、エミーリアだ』

『知らない人はいないと思いますので、大丈夫だと思いますよ! それで、今回のお二人ですが……』

『今代の智謀(メイガス)、ソフィア・クラークだな。この組み合わせも中々なぁ……』

 

「アル、詳細」

「どんどん僕の扱い雑になってきてるよね? ……まあ構わないけれど」

 

 それでも答えてくれる辺りが流石だ。

 

「ソフィア・クラーク。二つ名は智謀(メイガス)、学園に在籍する人間の中で最も多く(・・・・)魔法習得・魔法研究を進めた人物に与えられる称号だ」

「俺には縁のない名前だな」

「十二使徒関係以外なら最も名誉なんじゃないかな。だけどまあ、その性質上どうしても軽んじる奴がいる」

「……十二使徒門下が参加できないからか」

「そう言うこと。くだらないよね」

 

 要するに『称号を競う相手の実力不足』を疑う奴がいる。

 くだらん奴だ。相手が十全だろうがなかろうが、そうして認められたのならそれまでだろ。歴代と比べて何がしたいんだ? 

 

「特にあの人の場合、テリオスさんがね」

新鋭(エピオン)だったか」

「魔祖直々だからねぇ。誰も否定できないし肯定できない、彼にも智謀の資格はあった筈さ」

 

 そりゃまた複雑な関係だ。

 当人達の間には何もなさそうだったが、とっくの昔に蟠りはなくしているのだろう。

 俺たちよりも少しとは言え年上だ。そう言う対処法は知っている筈。

 

「対するプロメサさんもまた、智謀を授かる可能性のあった人。十二使徒とは全く関係ないのに月光(ムーンライト)なんて呼ばれてるからね」

「固有の魔法か。月の光とはまた強気だな」

「欠点としては二人とも研究者だから近接戦闘が素人なところかな! ハッハッハ」

 

 アルベルト辞典がとても楽しそうに語ってくれたお陰でどう言う組み合わせなのか理解できた。

 

 と言うことはアレか。

 プロメサさんが組み合わせにこなかったのって、純粋に興味ないからか? トーナメントの勝敗に興味はなく、その称号にも特に興味がないとか。

 

「ド派手な勝負になりそうだな」

「それには同意する。君らは鮮やかだったけど大半が引いてたと思うよ」

「俺は悪くないだろ。アイリスさんがそう言うタイプだっただけで」

「私のせいにするんだー?」

 

 いつの間にか背後に忍び寄っていたアイリスさんが会話に混ざってくる。

 こう言う場面でグイグイこれるタイプはあまりいなかったな。ルーチェもステルラも師匠も無理やり入ろうとはしてこないし、これはコミュニケーション能力高そうだ。

 

「あーあ、悲しいなー。あんなに激しく()った後なのに」

「語弊を招く言い方をしても全員目撃してるから意味ないです」

「残念。あ、ロアくんが言ってた心に決めた子って」

 

 俺はコイツの口を今すぐ黙らせなければいけない。

 その使命感が全身を駆け巡った。

 

 アイリスさんの口を物理的に手で覆い隠す。

 よし、完璧だな。

 

「……なんだお前ら。こっちみんな」

「いやいや、面白いこと呟いてたよね。君の心に決めた人とか超気になる」

「黙れ。脅しでもなんでもなく殺してやる」

「今のロアには魔力補充してないから抗う手段はないね」

 

 おい!!! 

 この妖怪!!! バカ!!! 

 

 にじり寄ってくるアルベルトに対しアイリスさんを人質として扱う。

 

「それ以上近寄ればこの人がどうなるかな」

「さあ、僕にはあんまり関係ないから」

 

 コイツそういや人でなしだったわ。

 ちらりとステルラに顔を向けてみれば悲しそうな顔で俺のことを見ている。わかったわかった、やめればいいんだろやめれば。絶対口は割らないけど。

 

「チッ……命拾いしましたね」

「別に本命聞いてないからどうしようもないけど……」

「確かに」

 

 それはつまり、俺がただ女性を人質に取ろうとしただけの屑に成り果てたってことか? 

 

「ねね、誰なの誰なの?」

「言いません。死んでも言ってやらん」

「死ぬ前には言おうよ……」

 

 やだね。

 俺を失った悲しみに明け暮れて……くれるといいなぁ。

 誰かの記憶の中では生きていたいと思う自分がいる。ステルラが長寿になるから、その分寂しい想いをさせないようにしてはやりたい。

 

「言わなくても察せるけどね」

「黙れ。殺すぞ」

「戦るかい? 僕は大歓迎だ!」

 

 うざ…………

 めんどくさくなってきたので放置する。多分つまらんと判断したら変に擦ってこないタイプだし大丈夫だろ。

 いざって時にバラされるリスクは存在しているが。

 

「やれやれ。振られてしまったよ」

「私と同じだね! 私も振られたからさ」

「……別に、俺の気が向いた時で良ければ相手くらいしますよ」

 

 アイリスさんの惚れた腫れたは正直あまり興味はないが、斬り合う相手が欲しいと言うなら相手くらいしてやる。

 必死に自分を抑えて生きてきたのだからそれくらいは手伝ってあげよう、そう思うくらいの慈悲は持ち合わせているのだ。ただし真剣はやめませんか? 

 

「…………本当に?」

「ええ。我慢が利かなくなった時だけですが」

 

 常日頃から殺伐としたモードに移行はしたくないので、本当にたまに。

 

「……………………」

「……君、そろそろ本当に刺されるよ?」

「なんでだ。寧ろ他人のことを想っている俺の心意気を褒め称えて欲しいな」

 

 なぜかステルラとルーチェに一発ずつ叩かれた。

 背中がヒリヒリする。

 

「…………あー。なんで英雄って呼ばれるのかわかっちゃった」

「ふっ、ほら見ろ。俺の心があまりにも清いからアイリスさんも悟っている」

「僕は見てる分には面白いんだけど、そろそろ不憫に思えてきたな」

「そう言ってやるな、アルベルト君。昔からこうなんだ」

 

 そんなくだらない話を続けている内に、いつの間にか二人とも会場入りしていたらしい。

 

「どっちが勝つと思う?」

「七対三でソフィアさんの勝ち」

「私も同じく」

 

 学園のことをよく知ってる(アイリスさんは上の学年)二人が言うのなら間違いはないのだろう。

 このわずかな休暇の間に新技をいくつも持ってきているなら別だが……

 

「ただ、純粋な魔法技量だけで問うなら僕はいい勝負だと思う」

 

 これ以上はこの目で確かめた方が良さそうだ。

 向かい合った二人へと視線を向けるが、ソフィアさんはともかくプロメサという人は随分覇気に欠けているように見える。乱雑に伸ばされた足元まで届く黒髪、その隙間から覗き見える目には隈がびっしりとこびりついている。

 

「研究職ってのは本当らしいな」

「事実、功績は凄まじいものがある。彼女らの魔法に対する才覚はどこをどう切り取っても一流だ」

 

 十二使徒でも手放しで褒められる程度には凄いんだな。

 なんでその二人の内どっちかと俺が戦わなきゃいけないんだよ。一番相性悪いだろ、普通に考えてさ。

 

『また部屋に閉じこもっていたのか?』

『ああ、うん。どうにも上手く行かなくてね…………理論上は問題なかった筈なんだけど、想定していた効果とは外れた魔法になってしまった』

 

 ちょっと待て。

 オイ。なんで二人の声が聞こえてきてるんだ。

 

「君達の声も筒抜けだったよ」

 

 ビシリ、とアイリスさんが固まった。

 そりゃあそうなる。俺はともかく、アイリスさんは散々色んなことを言っていた。

 顔を両手で覆ったまま俯いてしまった。南無。

 

『やはり五つ以上複合するのは難しい。私は三つが一番綺麗だと思うが』

『確かに、魔法としての完成度が一番高いのは三属性複合魔法だろう。雷・風・水で放つ雷雲(トニトルス)なんかがいい例だ』

 

 雷雲……ああ、ヴォルフガングが放ってきたアレか。

 今なら完璧な調整できるんだろうな。絶対再戦しないからな、フリじゃないぞ。

 

『だが、最も破壊力を生み出すのはコレ(・・)だ』

 

 ソフィアさんの周囲へと、七つの魔力球が浮かび上がる。

 無色透明、されど高い魔力が保有されている為に空間に歪が発生している。

 

『火・雷・水・氷・風・光・闇…………主要な七つを混ぜ合わせる事で完成する、この魔法こそが最も美しい』

『君に意見を聞いた私が愚かだったよ。結局そこに着地してしまうからね』

『ふっ、この会話も既に何度目かな?』

『数えるのも億劫になる程度には繰り返したさ』

 

 七つの魔力球がそれぞれ渦巻き、前述した属性が一つずつ灯っていく。

 

 膨大な魔力だ。

 俺でも認識できる程には高まった魔力が丁寧に属性へと変換されていく。

 特異性のない汎用的な魔法だが、それ故に精度の高さを見せつけられた。魔法を一つずつ変換するならともかく、同時に七つも変性させるのは控えめに言って頭がおかしい。

 

「師匠できますか?」

「無理だ。あれは彼女と、まあ……多分魔祖様は出来るだろうね。やらないけど」

「バケモンかよ……」

 

 そんな俺の驚愕をよそに、向かい合った二人は高まる緊張感の中でも変わらず会話を続ける。

 

全属性複合魔法(カタストロフ)────確かに認めよう。鮮やかさとそれに比例する理不尽さはピカ一だ』

 

 気だるげに拍手を送るプロメサ・グロリオーネ。

 しかし先程までの妙に覇気の無い目付きはいつの間にか変化を遂げ、なんらかの感情を剝き出しにしている。

 長くなり過ぎた髪の毛の所為で右目しか見えないのだが不利では無いのだろうか。

 

『だが、それよりももっと大切な事があるのさ』

 

 これ、もしかして二人は戦いというより自分の魔法自慢比べしてないか? 

 雰囲気が完全にそうなんだが……殺伐では無くなんかこう、お前に勝つ! とかですらなく、私の魔法は凄いんだぞ? って発表会に近い。

 

「周りは因縁めいたものを感じていても、二人からすればどうでもいいんだろうねぇ」

「そっちの方が健全だな」

 

 拍手を止め、両手を胸の前で仰ぐように広げる。

 掌の上に少しずつ魔力が渦巻き、徐々にその形が作られていく。右手には光り輝く閃光、左手には万物を飲み込むような黒。

 

『浪漫だよ、浪漫。人は何時だって浪漫を見出して進化を遂げてきているのだから、我々若い世代が信じなくてどうする?』

『だからと言って、先達の積み上げた物を無視するのはいただけないな』

『一から積み上げるからこそ意味があるんだろ? まったく』

 

 難解な言い回しを好む二人だな……

 

 そして耳が痛い話をしてくれる。

 誰かが残したものを受け継ぐか、一から何かを生み出すか。

 俺は前者であり、後者をより素晴らしいと考えている。英雄として至ったかつての彼の方が俺より優れているのは当然だから。

 

『────月光(ムーンライト)

 

 呟いた刹那、眩い光と対称的な暗黒が両手より放たれた。

 ぶつかり合い相反する全く別物である筈の魔法が混ざり合い、やがて一つの小さな魔力球へと姿を変えた。

 

『薙げ』

 

 魔力球を右手で覆い、その腕を振るう。

 

 ワンテンポ遅れ、直後に莫大な衝撃と共に閃光が放たれた────が、それに対抗して真正面からぶつかり合う魔力。

 

『────全属性複合魔法(カタストロフ)!』

 

 その衝撃が会場全体を揺らす。

 魔力の障壁を突破し、風が観客席を駆け巡った。

 相応の防御力はある筈の魔力障壁をいとも容易く貫くその火力、少しでも逸れたらヤバいなこれ。正面から受け止められる気がしない。

 

 まあ、俺は素の肉体で普段から動き回ってるから風に特に動揺しないが。

 

 中央でぶつかり合うそれぞれを冠する魔法は揺らがない。

 籠めた魔力量、魔法の完成度、そして威力。

 

「……凄まじいな」

「魔法の撃ち合いこそこの学園に於いては王道。寧ろ僕達がおかしいんだよ」

 

 こんなもん食らったら消し飛ぶぞ。

 つくづく正面からぶつからなくて良かったと安堵するが、この後どっちかと戦わなくちゃいけない。やめて欲しい。

 

『…………ふむ。まあこんなものか』

 

 そう呟き、徐々に魔法の勢いが削れていく。

 

『実戦での運用検証は、やはり私では心許ないな……』

 

 魔法同士のぶつかる爆音でソフィアさんには届いていないだろう。

 言葉とは裏腹に楽しげな表情をしている。アレは俺にでもわかる。良からぬことを考えている時の顔だ。

 

()にでも託すとするか』

 

 不穏なことを言いながら、月光はそのまま姿を消していく。

 …………順位戦に関して興味がないのだろう。

 

『審判、あー、それに準ずる者。降参するよ』

『……あのなぁ。少しくらい真面目に戦いな、出れなかった奴もいるんだぞ?』

『それは実力不足が原因であり、私のような端役に勝てない者達が悪い。こうなることはわかっていただろうに』

 

 既に興味を失ったのか、足早に会場の外へと向かいだす。

 癖が凄いな……

 

 ソフィアさんも特に止めようとはしていない。

 薄々予想してはいたんだろうな、この感じだと。

 

『……えー、煮え切らない勝負ではありますが……ソフィア・クラークの勝ちです』

「……いつもこんな感じなのか?」

「自分でやりたいことやっちゃうタイプの人だから、試したらそこで終わっちゃうんだよね」

「それだけで勝ち進んできてしまったとも言う」

 

 ……………………やっぱ才能ってクソだな。

 

 それだけで出場できなかった上昇志向の高い人たちが不憫でならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十話 星火燎原のルーナ・ルッサ

 

「理論はともかく、実際に試すのはやはり外部に頼るのが一番だな」

 

 控え室を通り越し、プロメサ・グロリオーネは歩いていた。

 目的地はこの坩堝の観客席、敗北という形で参加権を早々に失いはしたが他者の魔法を見るチャンスは残されている。何度も正面からぶつかった連中はともかく、次に出場する人間には興味が沸いた。

 

「また考え事かい? グロリオーネ」

「おや、誰かと思えばテリオスじゃあないか。勝者の元に行ってやればいいものを」

「こうなる気はしてたからね。ていうか呼びつけたの君だから」

「……そういえばそうだったか」

 

 完全に忘れていた、と内心呟く。

 

「先程見せた通り、私は理論上月光(ムーンライト)を完成させた。習熟度が上がりその効果を世に知らしめる事ができれば歴史に名を遺すことも出来るだろう」

「…………それで?」

「完成したのはあくまで理論上の話。私ではあの魔法を正確に使い熟すことはできない」

「……話が見えないな。どうして僕を呼んだんだ?」

 

 迂遠な言い回しを普段からしている癖に、こいつはこういう部分がある。

 どうにも甘いヤツ(・・・・)だ。それ故に私としても付き合い易いのだが──これは胸の内に抑えておく。

 

「期待に胸を膨らませておいて、すっとぼけるなよ? 君に月光(ムーンライト)を託す。使ってくれ」

「……………………正気か?」

「ああ、正気だ。無から魔力研究を始め、独学でここまで登り詰めた。それが正真正銘私の最高傑作さ」

「人生そのものと言ってもいい。自棄になった訳でもないだろ」

「だからこそ、さ」

 

 この意味を理解してくれたのだろう、テリオスは黙って目を見つめてくる。

 

「君だからこそ、意味がある。私は君を選んでるんだ」

「…………そうか」

「うん。まあ、なんだ。あまり不貞腐れるなよ?」

「……参ったね、全くさ」

 

 

 

 

 

 

 

「次は……ルナさんの番か」

 

 正直心配でしょうがない。

 魔法が当たった時に焼く感覚思い出すって相当なトラウマだろ、頑張るとは宣言していたが……

 

「実力的には全く問題ないと思うけど」

「……そんなに?」

「うん。多分相性が……」

 

 アイリスさんが若干遠慮気味に視線を送った。

 既に会場入りしているのは対戦相手のフレデリック・アーサーだ。

 

「順位戦第七位、魔祖十二使徒第七席の弟子──なんだけど」

「うん、まあ……流石にルーナ君を相手にするのは無理だろうね」

 

 なんだなんだ皆揃って。

 

「相性がなぁ……決して弱い訳じゃない。近接相手に対しては無敵に近いだろうね」

「俺が当たってたらヤバかったですか、もしかして」

「……残念だけど負けてると思うよ」

 

 相性ゲーすぎるだろ……

 そんなにルナさんと相性悪いのか。くじ引き反対してた方が良かったんじゃないか? 

 

「あれ、でもアイリスさんの方が順位高いですよね」

「『怖いから戦いたくない』って拒否されたの」

「ああ……わからなくはない」

「ロア君?」

 

 そういう風に言われて即座に首締めに入るあたりがダメなんだ。

 お淑やかに品性を保つというのはとても大切なことだぞ? 

 

「ぐ、ぐぇ……ス、ステルラ」

「多分ロアが悪いんだけど……」

 

 仕方ない、という表情でステルラが救ってくれた。

 ふっ、一人敵を作っても俺にはこれだけ味方がいる。遂に護身が完成してしまったようだな。

 

「常識的に考えて斬り合いを所望してくる女性は恐ろしいのでは?」

「でもロア君は好きでしょ?」

「別に好きじゃないが……特に否定もしませんよ」

 

 人の好き嫌いなんて否定していいことないしな。

 黙って受け入れて、少し甲斐性を見せる程度でいいのだ。毎時間殺し合いとかは無理だからそれは勘弁な。

 

「……まあ、そういう部分はいいんじゃないの」

「素直に惚れたって言ってもいいん」

 

 せめて言い終わってから手を出して欲しい。

 舌噛んだらどうするんだよ、治してくれる人達いるから大丈夫だなくそったれめ。顎を下から掬い上げるようなアッパーでぶっ叩かれたので脳が揺れている。

 

「君、そうなることを望んでるのかな」

「が、ガス抜きは必要だからな……」

 

 手を差し伸べてくれたアルベルトの手を取る。

 

「ほら、入場してきたよ?」

 

 目線を場内へと向ける。

 トコトコ歩いてくるルナさん。その足取りは軽く、特に気負ったものは感じ取れなかった。

 俺たちの存在に気がついたのか、相変わらずの無表情で手を振ってくる。あの人めっちゃ感情豊かなんだが、あの無表情さだけはどうにかならないのだろうか。あれも幼い頃のトラウマの一つなのか? 

 

『よう、随分時間かかったな?』

『レディの支度には時間がかかるんですよ』

『そいつは失礼した。配慮の足りん男ですまないな』

 

 前評判については特に気にしてなさそうだ。

 外野の声を聞くより自分の力を信じた方がいい、そういう時もある。

 

『因みに開戦はいつでもいいらしいが、どうする? いっせーので合わせてもいいぜ』

『それには及びません。────もう、やる気は十分のようですし』

 

 そう告げた刹那、爆炎が場内を埋め尽くした。

 魔力障壁から本当にごく僅かな隙間を残して、それ以外全てを飲み込む(くれない)の爆炎。魔法の操作能力が、異常なまでに高い。この規模の魔法を発動しておきながらそこまで精密な操作ができるのか。

 

『話で少しでも気を逸らし、魔法使用を悟られないようにする。素晴らしい作戦だと思います』

『────……破られちゃあ世話ねぇんだが』

 

 炎が消え、そこに現れたのは無傷のフレデリック・アーサー。

 あの爆炎を凌いだのか。

 

『お前のぶっぱ癖は知ってたからな。あの戦いを見た連中なら誰だって警戒するだろうさ』

『若気の至り、という奴です。当たるぶっぱはぶっぱじゃないと偉い人も言っていました』

『そんなの唱えるの魔祖様くらいじゃねぇのか』

 

 避けられてるんだが、それは気にしない方向性らしい。

 

幻影(ファントム)────使用したタイミングはわかりませんでしたが、違和感には気が付きました。注視しても気がつかない程度の僅かな歪みでしたが』

『おいおい勘弁してくれよ。俺の必殺技だぞ?』

 

 何を話してるのか全くわからない。

 師匠に目を向ければ苦笑とともに解説を始めてくれた。

 

「フレデリック君の二つ名を冠する幻影(ファントム)だが、光魔法を利用した幻覚を見せる魔法だ。この技は『如何に相手の視点を再現できるか』という技術を求められる」

「……つまり、相手から見た自分の姿を完全に理解しないとダメなのか」

 

 かなり難易度が高くないか、それ。

 あー、それは近接戦闘不利だわ。完全に使い熟されたら抵抗する手段がなくなっちまう。俺みたいに高速で動き回れても、初撃を確実に防がれるのは厳しいぞ。

 

「近接殺しすぎるな……」

「その魔法と並列して攻撃魔法等も使えるから、彼は十二使徒門下として評価を受けているのだが…………」

 

 相手が悪すぎる。

 そうとしか言いようがない。

 

『はーあ、自信無くすぜ。メグナカルトみたいな近接型を相手にしたかったんだが』

『運も実力のうち、と言います』

『違いねぇ。────まあ、楽に勝てないだけで……勝てないとは、言ってない』

 

 フレデリックの掌に光が収束していく。

 

『もう掌の上さ』

 

 解き放った光線を、右手をかざして防ごうとして────後ろから衝撃を喰らったのか、大きく前へと吹き飛んでいく。

 

 ……なんだ? 

 

「…………そうか、凄まじいな」

「何が起きたんですか。後ろから吹っ飛んだように見えたが」

「ああ、後ろから(・・・・)攻撃を食らっている。あの光線が直撃したんだ」

 

 …………マジかよ。

 ていうことは、あれか。俺たち観客側も全部含めて幻影を見せられたってことか。

 

「実際そう見せられているのだから、認めざるを得ない。凄まじい技量だよ」

 

 場内へと視線を戻す。

 起き上がったルナさんは気怠げに埃を払い、ゆっくりと周囲を見渡す。

 フレデリックは姿を見せることはない。俺たちにすら認識出来ていないのだから、ルナさんは当然見えていないだろう。

 

『ふむ…………』

 

 再度爆発と見間違うような炎が巻き上がり、場内全てを埋め尽くす。

 全体攻撃で居場所を探るのか、正しい選択だと思う。

 

「初撃を防いだ方法がわかれば攻められるんだろうが……」

 

 難しい。

 フレデリック・アーサーは勝ちに来ている。

 確実に、絶対に勝てるように、どんなに美しくない形であっても勝とうとしているのが伝わってきた。

 

『無駄だ。お前くらいの使い手になれば、当てた感触くらい把握できるだろ?』

『ええ。五つほど(・・・・)

『実態のない影を作れない訳じゃないからな。消耗が激しいから普段はやらないが────その分、通じるぜ』

 

 上手いな……

 能ある鷹は爪隠す。

 飄々とした態度は自身の巧妙な作戦を一切感じさせない為か。

 

『炎を撒き散らすだけだってんなら、俺が終わらせてやるよ。あの野郎(・・・・)に挑むのは俺だ』

 

 並々ならぬ思いを抱いているようだ。

 ルナさんも攻撃に躊躇いを持っている訳では無さそうなので、まだ手札はあると思うが……

 

 と、俺が内心思い始めた時だった。

 

『…………仕方ありませんね』

 

 呟きと共に、揺らめきだす。

 

『切り札か。いいぜ、のらりくらりと────』

『フレデリックさん』

 

 周囲の温度がどんどん上がり、陽炎のように揺らいでいく。

 

『私から言える事は、一つだけ』

 

 ────どうか、上手に避けてください。

 

 チリ、と。

 僅かにルナさんの髪から火が舞ったように見えた。

 いや、というよりアレは──まさか…………

 

 俺の疑問を置き去りに、ルナさんの周囲に可視化できる程の魔力が集まっていく。炎じゃない。純粋な魔力が集まり続け、俺のような凡人にすら見えるほどに高まっている。

 先ほどの魔力球のように形成されている訳じゃないのだ。

 

「……ロア、私が修行中に言っていた事を覚えているかい?」

「なんですかこのいい時に」

「今だからこそだ。座する者(ヴァーテクス)について」

 

 やっぱりそうじゃねぇか!! 

 マジかよ……なんで同じブロックにいるんだ。戦う事確定じゃん、なんでルナさん俺と戦いたいとか言ってたの? いじめか? 

 

二人はいる(・・・・・)って言ってたな」

「ああ。魔祖十二使徒第三席一番弟子、紅月(スカーレット)────ルーナ・ルッサ」

 

 集まり続ける魔力が爆炎と化す、その僅かな刹那。

 俺は見えた。ルナさんの髪が僅かに炎へと変性していく様を。

 

「彼女はもう、至っている」

 

『────紅月(スカーレット)

 

 宣言と共に、無慈悲な紅が視界全てを埋め尽くす。

 自身諸共巻き込むであろうその爆撃(・・)が障壁を容易に打ち破る。それでもなお勢いを止めない炎は、更に内側へと形成された障壁が堰き止めてくれた。

 

 試合の状況は不明だが、これは疑う余地のない決着になるだろう。

 

「────…………格が、違うな……」

 

 新しく改装された坩堝だが、無惨な姿へと変貌を遂げてしまった。

 綺麗に作られた筈のステージは蒸発し底の見えない穴が開いている。天高く貫いた炎の柱は徐々に姿を消していき、やがて雲ひとつない青空が広がった。

 

『あ、フレデリックさんは確保してるので大丈夫です』

 

 ぐったりしているフレデリックを傍にルナさんが現れた。

 かわいそすぎる…………俺、ルナさんと戦う可能性があるってマジ? もう嫌になってきたんだけど。絶対拷問だよこんなの、俺は魔力強化すらできないから多分身体吹き飛ぶぞ? 

 

『……うん。勝者、ルーナ・ルッサ!』

 

 歓声が湧く。

 学生レベルとは思えない魔法を目の前で見た観客たちは皆興奮している。そういう目で見れてないのは俺くらいだ。だってこの後戦うことになるんだぜ。嫌だよ。

 

 勝ちの目が見えない。

 こんな化け物連中と戦えるほど俺は強くないが? 

 

 そんな風にしょぼくれてる俺を尻目に、ルナさんはピース小さく掲げている。

 無表情ではあるが、少しだけ嬉しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 



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第十一話 疾風怒濤のヴォルフガング

「勝ちました」

「おつかれさまです」

 

 ぶい、なんて言いながら指を立てている。

 なぜか俺の膝に座って来た。……確かに周囲に席はないからな、これが合理的か。

 

「ふん、良いだろう」

「やってみるもんですね」

 

 勝手に俺の手を取るな。

 まあいいか。なんかぬいぐるみ抱えてるみたいで懐かしい感覚を……待てよ。俺は子供の頃にぬいぐるみを抱くことはあったか? 嫌ない。

 

 ではこれは全く知らない感覚だ。

 

「ちょっとルナさん。貴女色々隠してましたね」

「聞かれてませんので、特に話す必要もないかと」

 

 よく言うぜ。

 対抗手段がワンチャンないわけじゃないんだが、今の俺には使用不可能である。寿命削れば一撃与えるくらいは出来ると思うけどさ、多分それやったら師匠にクッソ怒られるんだよな。

 

 一回やろうとして死ぬほど怒られた。

 

座する者(ヴァーテクス)、か。でも俺は安心しましたよ」

「安心、ですか?」

「ええ。これで一人にしなくて済む」

 

 これは確信だが、ステルラは絶対に至る。

 師匠がいるから寂しくはないだろうが、それでも仲のいい人間が先に逝くのを見続けるのは精神的に堪えるだろう。それを少しでも和らげることが出来そうで俺は心底安心した。

 

「末長く、よろしくお願いします」

「…………ああ、なるほど。そう言うことですか」

「察しが良くて助かりますね」

「ふふん、ロア君のことならなんでもわかりますよ」

 

 嘘つけ。

 

「むっ。その顔は嘘つきとでも思ってますね?」

「なんでわかんだよ」

「女の勘です」

 

 勘でそこまで当てられたら世話ないぞ。

 ムカつくので頬をぐにぐに引っ張ったり揉んだりして嫌がらせする。ぐええ〜、なんて言いながら止めろとは言ってこないのでそのまま続行だ。

 

「ぐ、ぐぬぬ……」

「ほらお姫様、行かなくていいの? 取られちゃうよ?」

 

 余計な事を吹き込むな! 

 いいだろステルラお前一週間一緒に暮らしてたんだから。お前俺が寝ついてる間に頬触ってきたの覚えてるからな。

 

「ヴェッ!?」

「一時間も触ってたら普通に目が覚めるわバカたれ」

「……………………ぐう」

 

 唸りながら師匠の後ろに隠れた。

 ケッ、俺に勝とうなんて十年早いんだよ。俺は生まれて数年で勝利への執着を覚えたんだ、格が違うぞ。

 

「ルーチェはいいのかい? 混ざらなくて」

「…………別に。それより次に集中しないと」

 

 それもそうだ。

 ムニムニしていた手を止めて思考を切り替える。

 

「……ヴォルフガング、勝てると思うか?」

「無理だろうね」

「無理だと思う」

「無理でしょう」

 

 満場一致で無理は可哀想過ぎるだろ。

 上からアルベルト・アイリスさん・ルナさんの並びである。この三人が無理って言ったらもう無理だろ。

 

「順位戦一位を在学中ずっと維持してるのは控えめに言って頭がおかしいから。これまでの歴史上成した人物は一人もいないんだぜ?」

「バルトロメウス君が弱いのではなく、相手が強過ぎると言ったほうが正しいでしょう。私も勝てるかどうかは怪しいところです」

 

 なあルナさん。

 その発言さ、そう言うことか? 

 

「むむっ。……な、なんの事デショウカ」

「いいです、その情報は知りたくなかった。更に深い絶望が俺の胸を埋め尽くしています」

 

 は〜〜〜〜〜〜……

 そりゃあ一位維持できるわけだよ。

 

「安心してください。負けるつもりはありませんから」

「余計安心できないんだが……」

 

 ヴォルフガングがどこまでやれるか。

 アイツも才能はとてつもないが、それ以上に化け物が多い年代すぎて目立ててない。過小評価されていれば御の字、って所だな。

 

「……そう易々と、負けるような奴じゃない」

 

 腹を斬られて腸を剥き出しにしても心底楽しむようなジャンキーだ。

 下馬評なんざ覆して見せろ。

 

 

 

 

 

 

 

 #第九話 

 

 あれほど見慣れた坩堝の景色が変わっている。

 入場して最初に抱いた感想はそれだった。選手一人一人に与えられた控え室の豪華さに驚き、本当に学園全体が注目しているのだなと思い知らされた。

 

 恐らく魔祖様の魔法であろう、映像を映し出す魔法で他選手たちの戦いを見ていた。

 

 圧巻だった。

 誰も彼もが正面からぶつかり合い信念を打ち付け自分こそが一番だと証明しようとしている。

 ……まあ、そう言う感情を持ってない人もいたみたいだが。選手たちの呟きすら鮮明に聞こえるのがいいところでもあり悪いところでもある。

 

「相変わらずだ」

 

 観客席で囲まれている人気者に目を向ける。

 果たして彼が逃さないのか、それとも周りの人間が逃さないのか。その両方だろうな、と自分の中で納得する。

 

「────やあ、待たせたね」

 

 柔らかい表情と裏腹に闘志が溢れる目つきだ。

 纏っている空気感、雰囲気、そして────滲み出る圧倒的な魔力。

 

 格上。

 

 その二文字で全てを言い表せるほどの圧倒的な存在感。

 

「…………ふ、はは」

 

 凄まじい相手だ。

 俺が相対してきた中で、それこそ十二使徒本人にすら届きうる実力。感じとれてしまった。戦うより先に自身の敗北を悟ってしまった。

 

 俺はどう足掻いてもこの相手に勝つことはあり得ないと。

 

「君がヴォルフガング・バルトロメウス君か。話には聞いているよ」

「光栄な事だ。俺も貴方のことは耳にしている」

 

 強者と戦うために、この学園に来た。

 

 初戦は負けた。

 相手が強かった。本人は自虐ばかりしているがその実力は確かなものだし、その努力は計り知れない。彼はまことに英雄と呼ばれるだけの積み重ねがある。

 

 その後は、とにかく相性の悪い相手と戦った。

 戦って戦って戦って、ようやく登り詰めた一桁。

 

「…………本当に、ありがたい」

 

 まだまだ俺は強くなれる。

 その確信が胸を埋め尽くしている。天上にはまだ見ぬ存在(魔祖)が居て、明確に目指せる場所すらわかる。

 こんなに恵まれていていいのだろうか。俺の願いを成就させるのに必要なピースが揃っている。

 

「胸をお借りします! 新鋭(エピオン)と謳われた偉大なる人間の!」

「君みたいな熱い子は嫌いじゃない。先達として、恥のない姿を見せてあげよう」

 

 魔力を練り上げ、初っ端から全力で行く。

 出し惜しみは一切しない。小手調べも必要ない。相手は圧倒的な格上だ、ならばこちらの振舞う礼儀は────喰らい付いて魅せる事だ。

 

「────暴風(テンペスト)!」

 

 二つ名としても名を馳せた最強を解き放つ。

 入学当初と見比べて随分と練度の増した魔法に、我ながら最高の一撃だと思う。

 

 嵐どころでは無い、これはもう風という形を取っただけの破壊の渦。

 最上級魔法として完成形を迎えた事をここに確信した。

 

 先程までの試合よりも強化された魔力障壁に余波で罅割れを入れながら、上空へ一瞬で飛び立つ。

 

 最上級魔法を一発ではとても足りない。

 彼を超えるにはとても足りない。

 

 ────冷静に分析している様に、俺は語った。

 負けるだろう、と。実績や実力差を客観的に見比べて、俺は勝てないだろうと予測を立てた。

 

 それは会場の誰しもが思っている。

 ヴォルフガング・バルトロメウスの勝利を予想している人間なんて誰一人としていないだろう。

 

「────それでも!!」

 

 自分だけは自分の勝利を信じている。

 勝利を想うことこそが、過去の自分への手向けになるのだから! 

 

「それでも!! 俺は勝ってみせる!!」

 

 既に放った一撃は容易く打ち破られた。

 風を断ち切る様に放たれた光の剣。どこまでも見覚えのある光景だ。

 かつては敗北を喫した。今は成長した。敗北を糧に、俺は一つ上へと登ったんだ。

 

 それでも破られた。

 最上級魔法程度(・・)では足りない。

 足りないのなら────もっともっともっと高く! 

 

 魔力を掻き集める。

 自身の身体に満ちる魔力全て、防御も何も考えずにこの一撃に全てを籠めるために。

 両手の中を渦巻く嵐を圧縮し続ける。

 

 倦怠感が脳内を支配するが、そんなものはお構いなしだ。

 

 今この瞬間を味わわなくてどうするんだと奮い立たせる。

 

「これが俺の全力! 未熟なこの身で放てる最高の一撃!」

 

 未だ至る事のない我が身だが、いずれ辿り着くと信じている。

 俺は諦めない。どこまでも勝利を追い求めている。ただ自分が強くなるために、誰とも関係もなく────ただ、どこまでも高い景色を見てみたいから。

 

 視界の一部が嵐と一体化(・・・・・)した様な錯覚を覚えた。 

 ここが限界だと悟り、しかし感じた事のない全能感と高揚感が溢れ出ている。今ならば、今ならば出来るはずだ! 

 

「────喰尽す暴風(ヴォルフガング・テンペスト)!!」

 

 正真正銘最高の一撃。

 自身の名を冠する、俺だけの技。

 誰かの後を追うんじゃない。二代目ではない。ロカ・バルトロメウス二世ではないのだ。

 

 ────俺は、ヴォルフガング・バルトロメウス。

 

「今、成った(・・・)のか……!」

 

 目を見開くテリオス。

 第一位を死守し続けた怪物が俺に対して動揺している。

 強く、果てしない強さだと感じた格上が俺に対して警戒をしている。これほどまでに嬉しいことはあるだろうか。

 

「だが、一歩踏み出した程度(・・)だ……!」

 

 その手に再度光が灯る。

 一瞬煌めいて、爆発的な閃光の後に手に剣が握られる。

 

「負ける訳にはいかないんだ。僕が証明するために……!!」

 

 ギ、と口を紡ぐ。

 詳細までは聞こえなかったが、来る。

 俺の一撃を打ち払うための攻撃が! 

 

 片目が光の粒子へと変貌する。

 あれは──紛れもない証拠。テリオス・マグナスは座する者(ヴァーテクス)へと至っている! 

 

月光剣(ムーンライト)────!」

 

 溢れんばかりの極光が、天へと放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 嵐と光、二つがぶつかるのが見えた。

 その衝撃は計り知れない。先程の全属性複合魔法と月光のぶつかり合いより、もっともっと大きな衝撃。

 

「どうなった……!?」

 

 腕の中にいたルナさんを庇ったためまともに風に煽られてしまった為に結末を見逃した。

 

 ヴォルフガングが至り、テリオスさんが迎え撃つ。

 とんでもない出力の魔法がぶつかりあった末に生まれた爆風は会場全てを撫で切って駆け抜けた。

 

「…………いい、戦いだった」

 

 師匠の呟きと共に少しずつ煙が晴れていく。

 片手に剣を持ったまま天を仰ぐテリオスさんと────地面に倒れ伏すヴォルフガング。

 

 勝負は決まった。

 

『……強かった。君はこれからもっと強くなれる。ヴォルフガング・バルトロメウス』

 

 その言葉は届いてはいないだろう。

 だが、その確信は本人も抱いている筈だ。

 

『それでも僕は負けない。あの人に育てられたのだから。あの人に誓ったから。どれだけ否定されても、僕はそこを諦めない……!』

 

 その言葉の後に、俺に視線を向けてくる。

 特に何かを交わしたわけではない。ただ視線が合っただけで、何かを伝えようとしたわけじゃない。

 

 それでも伝わってきた。

 テリオス・マグナスという人物は明らかに俺に何かしらの感情を抱いている。

 

『────勝者、テリオス・マグナス!』

 

 歓声と共に勝敗が決まり、彼は朗らかな笑顔を浮かべながら控え室へと戻っていった。

 

 これで一日目の対戦は全て終わった。

 最終戦に相応しいぶつかり合いだったが……気になることが増えたな。

 

 具体的には厄介ごとの気配。

 ていうかおかしくない? ヴォルフガング片足突っ込んでたよなアレ。

 普通に対処するテリオスさんはなんなの。予想通りだったけどよ、このブロックおかしいだろ。

 

 ソフィアさんが唐突に成らない事を祈る。

 

「やはり強敵ですね」

「頑張ってくださいよ」

「もう少しいい感じに言えます?」

「頑張れ、ルナ」

「オ゛っ…………」

 

 耳元で囁いたら動かなくなった。

 恥ずかしいからフォローしてほしいがマジで反応がない。しょうがないから頬をムニムニして気を紛らす。

 

「君、よくアレに勝てたね」

「俺もそう思う。今やったら絶対負ける」

 

 ヴォルフガング、おかしくない? 

 上に移動する速度が速すぎたし、あの技なに。

 

「歴代の十二使徒門下でもオリジナルを組み上げた人間ってのは本当に少ない。彼と、そしてルーナ君はすでに資格があると言ってもいい」

「なんでそんな化け物に囲まれてんだよ……」

「君も大概なんだけどね」

 

 師匠の言葉に絶望する。

 それに勝てるテリオスさんヤバすぎだろ……故に新鋭(エピオン)か。既存の魔祖十二使徒という枠組みを超えられる新たな存在。

 もうちょっと楽な世代に生まれたかった。

 

「大丈夫さ。ロアならやれる」

「なんだその信頼は」

「君のことは誰よりも見てきたからね。信じてるよ?」

 

 …………ふん、まあ、言われなくてもやることはやるが。

 相手が化け物なのは承知の上だ。それでも負けられない領域がある。時間切れを狙う様な人達ではないからまだ勝機がある。

 

 もう貰えるものは貰った。

 後は俺次第だな。

 

「で、ルナさん。そろそろよけてもらっていいですか?」

「…………もう少しだけこのままでお願いします」

「まあいいですけど……」

 

 仕方ないな。

 明日にはステルラとルーチェの戦いがある。

 俺はどっちを応援すればいいのだろうか。どっちも応援すればいいか。

 

 戦いがないことに安堵しつつ、膝の上の重さを少しだけ楽しんだ。

 

 

 

 




碑文つかさ様(@Aitrust2517)に描いていただきました。


【挿絵表示】


いやもう全部が素晴らしくてもうね……
最高です!!!ありがとうございます!!


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幕間 

「よう」

「ムッ、メグナカルトか」

 

 待ち伏せ完了、だな。

 今日の分の試合は終わり、観客はそれぞれが帰路についた。こっからが本番と言っても過言ではないのだが内容が濃かったお陰で興奮収まらぬ、と言った様子。

 

 折角開催したことだし、師匠持ちで飯を奢ってくれると宣言したので行きたい連中だけで高級料亭に突撃する事になった。権力バンザイ。

 

 それでどうせならヴォルフガングも誘おうと思って俺だけ残っていた訳だが……

 

「お疲れさん。晩飯奢りだから一緒にどうかと思ってな」

「わざわざ待ってもらってすまないが、遠慮させてもらう。試したいことが幾つもあってな」

「相変わらず上昇志向の高い奴だ。そんなに急がなくていいだろうに」

「仕方ない。義務でやっているのならまだしも、楽しいんだ。どうしようもない位に」

 

 楽しい、か。

 強くなることが楽しいのは理解できる。

 自分の出来る事が日に日に増えていくあの感覚はいいものだが、それを得るための努力という概念がどうしようもない程に嫌いだ。

 

「それに、次こそお前に勝たなくちゃいけないからな!」

「勘弁してくれ。もうお前と戦うのは嫌だ」

「何故だ! きっといい勝負になる!」

 

 ならねぇよ。

 俺がボコられて終わるんだわ。

 過大評価が凄いな? テリオスさんとタイマンでやり合える化け物に勝つ方が難しいんだが……

 

「とか言っておいて負ける気はないんだろう?」

「当たり前だろ。そもそも俺は勝てる勝負しかやらないからな」

「ハッハッハ! そういう所が実にメグナカルトらしい」

 

 負けた時の屈辱を俺は誰よりも知っている。

 かつての英雄が没した際のあの感覚。アレは中々な虚無感だ。

 大戦が終わり、平和になった世で消え去ろうとした途端に現れた遺物。親友と共に死を覚悟したあの瞬間。共に駆けだした友が先に死に、残された剣を手に死力を尽くしてなお届かなかった時。

 

 あれほどの絶望感をこれから先味わう事はあるのだろうか。

 

「…………無力なままでは居たくないからな」

 

 あ〜〜〜〜、でも更に頑張らないといけないんだよな。

 魔祖とやり合った時の技を習得しなきゃならんのか。改めて考えて無理ゲーすぎる。

 

「はー…………やはり世界は理不尽だ。もう少し俺に優しくならないものか」

「立ち向かうのも悪いものではないぞ?」

「嫌だよ。俺はぬくぬく平和を享受し子供達がはしゃぐ様子を見ながら本を読む人生を送りたいんだ」

「具体的だな……」

「願望すら形にしないと叶わないからな。シビアな世界だぜ」

 

 最近は本を読むこともままならんし、学園の図書室に紛れ込んでいる英雄系の話を探っている途中なんだ。

 ルナさんを通していくつか話を聞いているが……あの人、かなりの英雄マニアだ。本当に詳しいし、多分アレエミーリアさんに聞きまくってるな。二人きりの時の話とかめっちゃ知ってるもん。

 

 だから俺にも興味を持ったのだろうが、こんなヒモ野郎で幻滅しなかったのが彼女の凄いところだ。

 

「まあ、なんだ。無理はするなよ」

「自身の体調管理くらいは問題ない。メグナカルトこそ、応援してるぞ」

 

 手を振って別れる。

 相変わらずクレイジーな奴だが、俺たちと違ってあいつは純粋なまでに強くなりたいという欲求を抱えているだけだ。何かに悩むわけでもなく、ただひたすらに研鑽を積み上げる。

 

 結果は自分だけが知っていればいいという究極的な思考。

 

「…………強くなりたい、か」

 

 そう言えば、俺が最初に抱いた感情もそうだった。

 ステルラを庇い師匠に救われたあの日あの夜、確かに俺は強くなりたいと願った。フラッシュバックした記憶がそう思わせたのか、俺自身がそう思ったのかはわからないが。

 

 確かに強くなった。

 天才共と刃を交えられる程度には強くなった。

 

 だが、絶対的に足りていない。

 魔力が足りず魔法が使えないという圧倒的な弱点がある限り、俺はいつまでも追いつくことはできない。

 

「何を黄昏てるんだ?」

「……わざわざ迎えに来なくてもよかったのに」

「迷ってるかと思ってね、心優しいワタシが来てあげたんだから泣いて喜んでもいいんだぞ」

「ハッ」

 

 ピリピリする〜。

 人が年齢特有の感傷に浸っているのに邪魔をするな。

 

「師匠」

「なんだい?」

「俺の魔力は攻撃に転用できますか」

 

 切り札の切り札、これ以上打つ手のない時にのみ扱える──奥の手。

 

「一撃限りでいい。一回撃てればいい。それきり魔力を失ったって構わない。どうしても、俺は勝ちたいんだ」

 

 ステルラは必ず勝ち上がってくる。

 ルーチェには悪いが、こればっかりは譲れない。俺はステルラ・エールライトという存在を信じている。

 だからこそ応えたい。

 

座する者(ヴァーテクス)へと届く一撃が、欲しい」

「…………だからと言ってアレは禁止だ」

「師匠が止めてくれるでしょ」

「私の心臓が保たないんだよ!」

「やっぱ老人は労るべきだな」

 

 痺れるとかそういう次元ではなく焼け焦げてしまったわけだが、悲しいことに俺の皮膚は電撃に耐性を持ってしまった。俺はどういう生物に進化したんだ? 

 

「全く……実際考えてあるんだろ?」

 

 流石に喋れないのでコクコク頷く。

 徐々に修復されていく特有の感覚を味わいながら立ち上がる。

 

「右腕だけでいい。そこに俺の魔力を掻き集める、それが欲しい」

「それだけなら大丈夫だが……光芒一閃(アルス・マグナ)と並行使用はできない」

「問題ない」

 

 後は俺次第だな。

 どこまでやれるか────結局ヴォルフガングと同じで鍛錬を積むしかない。

 は〜あ、嫌になるな。俺は自堕落にまったりと出来れば欠伸でもしながら魔法の開発ができる程度の才能が欲しいんだよ。なのに実際にやれる事はひたすら自分の身を痛めつけることだけ。

 

「そう悲観するな。君は十分努力を重ねてるよ」

「重ねただけじゃあ何にもならないのが世の中です。俺は結果さえ出せればそれでいいんだ」

 

 俺から話を振っといてなんだが、俺も高級料亭の飯食いたいんだけど。

 そう思い師匠に言おうとしたら、本当ににっこり笑いながら俺の肩に手を置いてきた。

 

「そうか! なら私も付き合おう──今から!」

「馬鹿か?」

「なあに遠慮する事はない、結果が出る様に足掻こうじゃないか!」

 

 遠慮するが。

 あ、こいつ身体強化まで使ってやがる! 全然引き剥がせねぇ! 

 

「嫌だ! 俺も美味いもん食べたいんだよ!」

「安心したまえ。テイクアウトも出来るから」

「そういう問題じゃないんだが?」

 

 ずるずる首根っこを掴まれたまま運ばれていく。

 …………ああ、くそったれめ。なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ。

 恨むぞ師匠。具体的には寝てる間に悪戯する程度には恨む。性的な悪戯はしないが、寝てる口の中に虫を放り込む程度の嫌がらせはしてやる。

 

「ふーむ。なら優勝したら私が直々になんでもしてやろう」

「言ったな? なんでもだぞ」

「ああ! なんだってしてあげようじゃないか」

 

 来たぜ来たぞ俺の時代だ。

 優勝するしかなくなったな。師匠に永遠に俺のいうことを聞いてくれってお願いすれば無限にお願いし放題じゃん。あ〜〜〜、やっぱ頭脳が冴えてるな俺は。

 

「とんでもなくアホなことを考えてないか?」

「この世の課題を全て解決する様な秘策を閃いただけです」

「本当かなぁ……」

「散々思い出作って寂しくさせてやるよ」

「……………………ロアは無駄に鋭い時があるな」

「他人の心を思いやるのはいいことだろ」

 

 改めて自覚し始めた様だな。

 悪いが俺は皆を置いていくのは確定しているのだ。

 だからこそ今を大切にしている。修行も大切だし、勝つのも大事だ。だがそれ以上にこれから長い刻を生きる人達に楽しい記憶を分け与えてやりたい。

 

「ていうわけで今日の修行は無しにしましょう。地位のある人間が行く料亭とか絶対うまい」

「ブレないな……まあ、そういう面もあるか」

 

 よっしゃ。

 思わずガッツポーズをとる。

 

「まあロアが特訓を始めても私はテレポートでいつでも戻れたんだけどね」

「貴様覚悟しろよ? 俺にだって怒りの概念は存在するんだ」

 

 この後料亭に向かうまでの僅かな間に何度も黒焦げにされた。

 魔力を補充されてないからどうしようもないということに気が付いたのは料亭についてからだった。最悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………英雄……」

 

 呟いて、息を吐く。

 胸の奥に詰まった大きな何かが永遠に引っ掛かったまま、僕は成長した。その結果が今であり今日に至る。

 

「羨ましいな、本当に」

 

 見てしまったのは偶然だ。 

 見るつもりなんてなかった。たまたま帰り道でヴォルフガング君と話し込んでいる姿が見えてから、つい隠れて聞き耳を立ててしまっただけだ。

 

 流石に秘策っぽい話を始めたから急いで聴力強化をやめたからよかったのだが、少し危なかった。

 

 嫌だ嫌だと言いながら、決して努力を止める事はない。

 その上周囲の人間への気遣いもしている。口では邪険にしつつも、大切に思っていることが丸わかり。僕のように取り繕っていることがバレても全く問題ない、素晴らしい人間性だ。

 

「僕じゃ、役者不足か……」

 

 そんなの認めたくない。

 こうなることがわかっていたから僕を英雄として育ててくれなかったんですか? なりたいと願う事はそんなに罪なのか。かつての英雄も、英雄になりたいと頼ってきたと……あんなに楽しそうに語っていたのに。

 

「こういう所が駄目なんだろうな」

 

 自覚はしている。

 本当に英雄ならば、こんなことを胸に抱くこともなかっただろう。どれほど自身の力不足を目の当たりにしても、どれほど苦しい現実を叩きつけられても諦めなかった不撓の英雄。

 

「こんなところで何をしている?」

「……テオドールか。少し、考え事をね」

 

 あんなに嬉しそうな()を見たのは初めてだった。

 なぜなら、過去を語るときの母はいつだって寂しそうな顔をしていたから。楽しそうなのに寂しい、そんな感情が目に見えて伝わってきたから。

 

 ()はそれが嫌いだった。

 いつだって笑っていて欲しい。楽しく生きて欲しい。

 大戦という動乱を生き抜いて、人生の彩りを知り始めたばかりなのに最愛の人を失った。

 

 その悲しみを忘れなくても抜け出して欲しかったんだ。

 

「ハリボテじゃ意味がないな」

「お前らしくもないな。メグナカルトに嫉妬でもしてるのか?」

「ああ、そうさ。僕はロア・メグナカルトに嫉妬してる。狂おしいほどにね」

 

 英雄になりたい。

 

 幼い頃に誓った願いは未だ果たされず。

 それどころか、英雄と呼ばれる人間が出てきてしまう始末。

 

座する者(ヴァーテクス)へと至り、同じ場所に肩を並べられたと思っていたんだけど……見当違いだったよ」

「フン、随分と贅沢な悩みだ。いつまで経っても至れない俺への嫌味か?」

「違うよ。自己嫌悪さ」

 

 決して英雄とは呼ばず、僕に新鋭(エピオン)なんて二つ名を授けて。

 彼のことを初めて見た時のことは鮮明に覚えている。母が何もかもを放り投げ、感情を大きく爆発させてるあの瞬間。

 

 僕はどんな表情でそれを見届けただろうか。

 

「…………駄目だな。もっと制御できるようにならないと」

「くだらん。お前はお前だろう」

「僕に価値はない。僕は英雄になりたいんだ」

「そう言う事くらい知っているさ。何年お前と友人をやってると思ってる?」

「感謝してるよ、僕らの友情には」

「……だからこそ、言うぞ。お前はお前だ」

 

 ロア・メグナカルトにはなれない。

 

「ルーナ・ルッサは強敵だ。証明して見せるんだろ、魔祖様に」

「…………うん。そうだね」

 

 本当に()は弱い。

 取り繕っている仮面が剥がれないように塗り固めているだけで、本当は英雄なんて器じゃないんだ。

 

 嫉妬と羨望に塗れた醜い人間。

 

「でも、諦めてなんてやるもんか……!」

 

 僕こそが英雄に相応しい。

 僕は英雄になって見せる。

 二度と寂しい思いなんてさせない。英雄の代わりを務められるのは、()だけだ! 

 

「負けるなよ、テオドール。決勝で会うのは僕達だ」

「その通りだ。最高学年の意地がある」

 

 拳をぶつけ合って誓う。

 

 彼らに強い想いがあるように、こちらにも強い想いがある。

 誰しもが勝ちたいと願っているんだ。

 

「それじゃあ飯でも行こうか。此間新しく出来た店が知り合いがオーナーでな」

「……それさ、密談とかに使うお店じゃないよね」

「今回は大丈夫だ。……多分」

「君さぁ!」

 

 不安だ。

 

 以前巻き込まれたのを思い出して思わず身震いする。

 

「周りのお客さんの顔に見覚えがあるから何事かと思ったよ、あの時は……」

「たまたま政治家が集まってただけだからな。俺は意図してないぞ」

「それでも沢山絡まれたからね!?」

 

 お偉いさんとの遭遇で突然社交会のようなムードになってしまったお店。

 店主さんも苦笑いだったよ。

 

「俺たちはまだ学生だ。学生らしい店を楽しむのもいいだろう?」

「……なるほどね。それなら大丈夫だ」

 

 青春はまだ続いている。

 夢があるんだ。僕には叶えられそうもない、大きな大きな夢が。

 

「明日は頑張れよ、親友」

「お前こそ負けるなよ、親友」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どこかに誤字あったんですけど、ちょっと目が疲れて見つかんなかったのでごめんなさい><


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第十二話 皇子(レグルス)と呼ばれた男

 

 

「今日も今日とてトーナメントか」

「ふふふ、ルーチェさんもステルラさんも居ない。ここは私の独壇場ですね」

「あっ、ルーナちゃん私の事無視してる~」

「新参者が、甘いんですよ。私はロアくん一筋一ヶ月ですからね」

「それ何か自慢になる……?」

 

 両隣を陣取る二人の女性の馴れ合いに耳を傾けながら、今日の予定を頭の中で確認する。

 

 一番最初はアルの兄でもある順位戦第二位、テオドール・A・グランとベルナールの試合。

 Bブロック(俺がいるのはAブロック)では一番の実力者だろう。ステルラは別枠な、アイツは戦闘中に進化するヴォルフガングと同じタイプの化け物。

 

「完成された魔法剣士か」

 

 皇子(レグルス)────軍部のエリートコースへ入ることが確定しており、後に国を背負うことになると期待を高められていることから付けられた二つ名。

 なんか昔の公爵家も戦闘能力高かったけど何考えてるんだろうな。偉い奴が弱いと駄目な法則でもあるのか? 

 

「むむっ。アイリスさん、この男私達のことを無視して別の男のことを考えています。許せませんよね」

「私はたまに構ってくれるだけでもいいし……」

「そんなばかな。独占欲が無さすぎませんか?」

「ええい喧しいな。昨日あれだけ構ったでしょうが」

 

 ルナさんが暴れまわっているがアイリスさんがうまいこと捌いている。

 

「もっと構ってください。じゃないとあることないこと言いふらします」

「ほう、いいだろう。好きに言うといい」

 

 俺は何も損をしないからな。

 噂のターゲットにされた奴には申し訳ないが犠牲になってもらうとしようか。噂というのは所詮噂で、真偽が定かではないから広まるものだ。

 

「じゃあロアくんに襲われたって」

「それはまずいだろうがこのボケナスが!」

 

 頬を思いっきり引っ張って黙らせる。

 いふぁ〜〜〜い、なんて涙目で言うあたり反省が見られない。この女随分と図太いな? 元々だな、健啖家だしデートに連れ出してくるし。

 

「なんだかんだ言って構ってあげるあたりが優しいよね」

「構わなきゃ社会的に俺が殺されるので」

「ふっふっふ、私がそのまま引き取ってあげますよ」

 

 それが狙いかよ……

 悪いが俺は誰にも縛られない自由な男だ。俺の人生は全て(・・)俺の意思によって決める。

 

「そんなことより目先の勝負だ。テオドールさんの詳細を知りたい」

「うーん、アルベルト君程は詳しくないけど」

「アイツは控え室にいるので代わりに解説してくれ。貴女しか頼れない」

「……………………そういうところだなぁ」

 

 なぜか両隣からべしべし叩かれてしまった。

 俺何かやっちゃいました? 人気者は辛いぜ、何を言っても偏向されてしまうからな。

 

「まあ、見ていればわかるでしょう。彼の戦闘方法はテリオスさんと瓜二つですが微妙に違います」

「あんな風にド派手な魔法使うんですか」

「いいえ。そもそも座する者(ヴァーテクス)になれる人の方が希少なので、テオドールさんはそこに該当しません」

 

 フゥン? 

 なんとなくわかるもんなのか、それ。

 

「なんとな〜くですが。でも正直バルトロメウス君が成れるとは思ってなかったのであまり信憑性はありませんね」

「あれはアイツがおかしいだけです」

「そう言って頂けると助かります。で、テオドールさんは純粋なまでに魔法剣士です。本当にそれだけで言い表せる強さです」

 

 技量が高く魔法も扱えて弱点がない。

 そう言うことか。逆にテオドールさんに勝つなら格上に変貌でもしなきゃ無理そうだな。

 

「フレデリックさん相手でも難なく勝利するでしょうね。相性とか関係なしに戦いの場に引き摺り込める強さを持っています」

 

 一位が座する者(ヴァーテクス)

 二位が完全無欠。

 三位が智謀とすら言われる魔法使い。

 

 出来過ぎてるぐらいにドラマチックだな。

 

「……それ、ベルナールに勝つ手段あります?」

「多分無いですね」

 

 無慈悲すぎる。

 まあルーチェ相手に舐めプかましてボコられるような奴だ。格上相手に全力を出してなんとかやりくりできる実力ならばそもそも負けはしないだろう。

 

「ていうか呼び捨てなんですか?」

「ええ、まあ。なんとなくですけど」

「……もう一回私のこと呼び捨てしてくれませんか?」

「いやです」

「なーんーでー!」

 

 ええいやかましい! 

 ポカポカ頭を叩くな。俺の方が身長高いんだぞ。

 あれ、でも座ると身長差が少し縮まるって事は……ルナさん足短いんだな。

 

「なんか失礼なこと考えてませんか?」

「鋭いですね。ルナさんの幼児体型はなぜ生まれたのかと思考の渦にハマっていました」

「…………すぞ」

 

 ガチの殺気が飛んできたのでアイリスさんに視線を向けて助けを求めた。

 逸らされた。

 

「まあ俺はスタイルもいい顔もいい性格もヨシの超人なので、そんな俺に惹かれてしまうのもわからなくは無い」

「急にイキリ始めましたね。そうやって調子に乗っていつもボコられてるのにやめないのはすごいと思います」

「本当のことを言うのに罪はないですから。時に正論は暴力になりますが、俺の正論は神の一声に近い。あ〜あ、我ながら完璧人間すぎて驚いちゃうぜ」

「ヘタレ」

 

 誰がヘタレだこの野郎!! 

 

「いい加減ステルラさんに好意をぶつけたらどうですか? このヘタレ、腰抜け、意気地なし」

「は? 別に好きとかそう言うのじゃないんでやめてもらえますか。そういう根拠の存在しない個人の妄想による謎推理は駄目なんですよ。もっと論理的理論的に確かな証明ができるなら話は別ですが」

「ふ〜〜〜〜〜〜ん?」

 

 まずい流れになってきた。

 このままでは俺が負けてしまう。アイリスさんはニヤニヤして俺のことを見ているし周囲に味方はいない。それどころか女を侍らすハーレム野郎という噂が広まっている所為で敵意しか向けられてなくないか。

 

「ルーナ、あんまり失礼なこというもんじゃ無いぞ?」

「エミーリアさん! 女神か何かか?」

「なんだ突然……まあ、そう言われて悪い気はしないけどな」

 

 照れてる。

 かわいい。

 

「今日は実況席じゃないんですか?」

「中の会話聞こえるし正直要らなくないか? って言って出てきた」

 

 確かに……

 あくまで状況が理解できてない人たちのために実況解説は必要なのであって、最低限のラインが高いこの学園ならあんまり必要ないだろう。

 

「後ろに失礼するぞ。で、恋話か? アタシも混ぜろよ」

「断固として拒否する。俺は誰のものでもない」

「また大胆な奴だな……」

 

 意味をしっかりと受け取りエミーリアさんは苦笑している。

 

「ルーナ、苦労するぞ」

「覚悟の上です。でも爆発する前に気付いてくれるから大丈夫です」

「気苦労の絶えない俺の身にもなってくれないか? 頼むから」

 

 ルーチェという溜め込むタイプの爆弾、ステルラとかいうシンプルな爆弾、アイリスさんとかいう狂人爆弾、ルーナさんは不思議系爆弾、師匠は勝手にどっか行こうとする爆弾。

 俺の身の回り爆弾ばっかじゃねぇか! 

 

「お、ベルナールが入場してきた」

「露骨に話を逸らしましたね……」

「逸らしたな……」

「逸らしたね……」

 

 これ以上俺が追い詰められるわけにはいかない。

 俺の爆弾だってあるんだぞ! ちょっと英雄の記憶があるっていう爆弾が。

 

「顔つきは相変わらず薄い笑みだが……」

「実力差は本人も痛感してるだろ。そこをどう引っ繰り返せるかが見所だけど」

 

 下馬評は完全にテオドールさんの勝ちで決まり、か。

 

「一つしか極められてない奴と、ほぼ全て極めてる奴。差は歴然だよ」

「それを言われると耳が痛いですね」

「ロアくんはあれだ、ルーナと一緒。対策を極めないと勝負にすらならず速攻でやられるタイプさ」

 

 なんだそれ。

 

「そのくせ相手の本気に真っ向から立ち向かうんだからタチが悪い。まあ、だからこそかなって思うよ」

「……そうですか」

 

 俺は才能がないからな。

 相手の全力に俺の全力をぶつける以外に勝ちの目がない。

 

「お、テオドールくんも入ってきたな」

 

 ようやく本番といった空気だ。

 正直あのままだったら俺の噂がさらに悪化しそうだったので助かる。

 

『さて。俺たちの会話も客席に筒抜けだが、何を語る?』

皇子(レグルス)なんて呼ばれているのに随分と庶民的な人だ』

『民の心がわかるのは人気になるからな。我が家の教訓だ』

 

 ああ……

 うん。アルベルトの兄だな。血縁者って感じするわ。

 

『お前と戦るのは久しぶりだな。一年振りか』

『そうですね。去年は色々学ばせてもらいました』

 

 上の世代はやはり戦ったことがあるのか。

 まあそうだよな。俺達より長い間順位戦をやってるなら何度か激突したことはあるだろう。

 

『まあ、先日の試合を見る限り……あまり成長は見られないが』

『一度の敗北が全てを決める訳ではないでしょう。それに────僕としても油断して貰っていた方が助かる』

 

 ベルナールの両手に氷の剣が生成される。

 

『出し惜しみはしないのか?』

『当然。前哨戦は既に終わっている』

 

 パキ、と何かが割れるような音と共に周囲に白い霧が漂い始める。

 ルーチェと戦った時もこうなったが、その時とは規模も速度も違いすぎる。長い時間戦って白銀の世界に変化したのに対して速攻で包まれ始めている。

 

 氷の剣を空に浮かせながら、ベルナールは右手を前に出す。

 

 演者のような仕草を見せながらゆっくりと指を鳴らした。

 

『────串刺しだ』

 

 瞬間、テオドールさんの頭上から氷柱が降り注ぐ。

 一本や二本では無く、もっと大量に──数え切れないほどの量。以前ルーチェとの戦いで放っていた氷柱とは異次元。形状は殺傷性が増し、鋭く堅く密度を圧縮した完成形。

 

「あれじゃあ足りないね」

「……あれで?」

「うん。見てたらわかるさ」

 

 ギリギリ目で追えるくらいの速度で落ちてくる氷柱を────表情一つ変えず、同じ数の炎の剣を展開して迎え撃つ。

 

 それに動揺する事も無く、足元から氷山とすら呼べるほどの氷を生成しながら空へと飛んだ。

 

『お前の魔法は性格とは裏腹に教科書通りの優等生だ。教えられたことを忠実に守り、鍛錬を積み上げ、満足することもなく磨き上げたのは理解している』

 

 チリ、と。

 炎の剣が輝きを増す。

 

『だが…………その直向きさが時に弱点になることもある』

 

 どす黒い炎が噴出し、剣を振るう。

 氷山をそのまま飲み込むように暴れ回る黒炎が空まで広がり、徐々にその勢いを強める。

 

 おい、あの炎。俺見たことあるんだけどさ。

 大戦の頃に使われてた奴だよな。しかもどっちかというと『あまり良くないタイプ』の魔法。

 

 初見の魔法だが、ベルナールは氷で包み込むことで対処している。

 こればっかりは交戦経験がモノを言うが────あの魔法に対してそれは悪手だ。

 

 氷を打ち破り黒炎が喰らいつかんとしている。

 

『時には邪道に手を染めるのもいい勉強になる。この際だ、しっかりと味わうといい』

『何を勝ち誇っている!』

 

 それでも諦めずに魔法を展開する。

 小さな氷が収束し、上空に巨大な氷塊となって顕現した。

 

氷壁絶界(アデュ・ラリア)!』

 

 自分を巻き込んでも構わないと言わんばかりの怪物級の氷塊──降り注ぐソレ見て、テオドールさんは笑みを深めた。

 

『やれば出来るじゃないか!』

 

 再度黒が収束した剣を上空に向け、振るう。

 

永久焦土(アーテルム・イグニス)!』

 

 かつて、堅牢な守りを突破するためだけに開発された災厄の魔法。

 ただひたすらに焼き尽くし、どこまでも灰の大地へと変えてしまう戦争を体現する魔法だったはずだ。

 

 それをどうにかこうにか危険性を減らして運用できるようにしたのだろう。

 

『────足りないか……!』

 

 僅かに緊張感を孕んだ声色だ。

 その言葉に呼応するように、もう一つ大きな氷塊が現れる。

 

『────まだだ、まだッ! こんなもんじゃない!』

 

 衝撃を後押しするように氷塊────否。

 もうアレは山そのものだ。剛氷(アイスバーグ)ではない、あれは氷山そのもの。

 

「巧い」

 

 その影に潜ませた氷柱一つ一つが精巧な形を保たれている。

 並行していくつの魔法を使用しているんだ? 十や二十どころではないだろう。

 

『貴方に敗北を叩きつけられてから一年! 片時も忘れたことはない!』

『そうか! お前は随分と強くなったな!』

 

 迫りくる巨大な氷山に対し、テオドールさんは不敵に笑いながら剣を構える。

 

 マジで? 

 あれ斬るつもりか? 

 

 俺でも感知出来る程度には高まった魔力が焔へと変わりゆく。

 テリオスさんとテオドールさんの戦い方が瓜二つだと、先ほどルナさんは語った。互いに完成された魔法剣士であるが故にそうなのだと俺は解釈していた。

 

 だが、違う。

 

 この二人は『王者』だ。

 一位と二位という絶対的な差がありながら、二人ともが王者として君臨している。

 

 だから似る。

 全てを受け止めて、なおかつ弾き返してやろうという気迫がある。

 

『勝つのは僕だ! ────氷壁絶界(アデュ・ラリア)!!』

 

 上空も、周囲も、どこを見ても氷が埋め尽くす白銀の世界。

 氷で閉ざされた世界の中で、ただ一人だけ焔の剣を携えている。瞳に揺れはなく、真っ直ぐに氷の先へと向かっていた。

 

『謝罪をする、ベルナール・ド・ブランシュ。お前は勝負を舐めているわけじゃあなく……ただひたすらに、目標のみを見ていたんだな』

 

 この呟きが届くことはないだろうが、それでも俺にはその意味が理解できた。

 ルーチェに負けたあの戦い。手抜きをしていたのは事実だろうが、それはルーチェに対しての嫌がらせなどではなくて──ただただ爪を隠すため。

 

 磨き上げた自身の切り札を温存するためだった。

 

『受けて立つ! ────紅炎王剣(イグニス・ラ・テオドール)!!』

 

 放たれた焔の斬撃が氷と激突し、その恐ろしく硬いであろう質量をいとも容易く斬り裂いていく。その身を焼かれながらも必死に氷を放ち続けるベルナールだが──足りない。

 

 一閃であったならば、まだ対処できたかもしれない。

 しかし振られた斬撃は幾重にも連なる無数の炎舞、一度、二度、三度四度──空に打ち上げられるようにその身に浴びたベルナールは、地上へと落下していく。

 

 既に氷は溶け、場内を支配するのは紅炎の皇子。

 

『勝負あり! 勝者、テオドール・A・グラン!』

 

 落ちてきたベルナールを魔法を使い受け止めて、その勝利を完全なるものとした。

 

 

 

 

 

 

 

「ンン〜〜……」

 

 流石兄上だ。

 思わず唸ってしまう程度には完全な勝利だった。

 ベルナールが全力を出したのに対して切り札をいくつも温存した状態での勝利────これは実力差がなければなし得ない。

 

「アンタの兄貴、相変わらずね」

「うん。子供の頃から変わんないよ」

「……アンタは滅茶苦茶変わったけど」

「失礼な! 成長したと言って欲しい所だ」

 

 ため息を吐いて睨んでくるルーチェに肩を竦めながら、ようやく自分の番が来たと奮い立つ。

 

「僕は元々こう(・・)だった。切っ掛けがあっただけで、こういう奴だったのさ」

「猫被りくらいして頂戴。不愉快だから」

「手厳しいなぁ。今の世の中個人を殺す必要はないんだ、自由に生きさせてもらうよ」

 

 身体をほぐしながら立ち上がる。

 相手は魔祖十二使徒門下の中でも上位の人間である。

 

 幸い、僕とは相性が悪いようで良い。

 

「ベルナールが負けたけどどんな気持ち?」

「…………別に。どうでも良い」

「へぇ、手を抜かれてたのにか」

 

 煽ると若干目を吊り上げつつ、それでも特に気分を害した空気はないまま話しだす。

 

「傲慢な奴だったけど、毒が抜けたなら良いじゃない」

「…………大人だねぇ」

「余計なことはしなくて良いわ」

 

 あらら、見抜かれてる。

 少しばかりベルナールにちょっかい出そうと思ってたけどやらないほうが良さそうだ。

 

「負けてくれると嬉しいのだけど」

「おいおい、そこは嘘でも応援してくれよ」

「嫌よ────アンタと戦いたくないもの」

 

 言うじゃないか。

 随分と覇気に満ちた表情だ。

 ステルラ・エールライトなんていう怪物と戦うってのに随分清涼感のある声色。恋する乙女は強いってことかな? 

 

「そうかい。僕は君と戦りたいけどね」

「遠慮するわ。私は一途なの」

 

 また振られてしまったみたいだ。

 やれやれ、いつも僕が悪者みたいになっているじゃないか。手心を持って接して欲しいね。

 

「さて、行くとするかな」

 

 魔力は十分、肉体的にも損傷はなし。

 心のうちに秘めた本心も十二分に渇いてる。

 

 楽しい戦いが出来ます様に────なんてね。

 

 

 



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第十三話 異常者

 試合で使用された魔法の影響がほぼ消し取られ、漸く試合の準備が整った。

 俺としてはアルベルトの戦いに興味はあるが……あまり目にしたくないと思っているのも事実。確実に血みどろの地獄だと思うし。

 

「どうしたんですかロアくん、そんな微妙な顔をして」

「この後の光景に胸を痛めています」

 

 嫌だなぁ。

 アルベルトの魔法が俺の想像する魔法なら本当に嫌。テオドールさんがああいう魔法使った時点で嘘ではないことが確定してしまったので、魔祖本人が直々に許可を出すって確実にダメな魔法だろ。

 

「エミーリアさん。アルベルトの魔法を知ってますか?」

「あぁ〜、うーん…………うん。知ってるよ」

 

 なんとも言えない表情な当たり察せる。

 再生能力が鬼のように高く、物理で殴るがメインウェポン。ルーチェにとっては最悪な相性だな。

 

「え、なになに。そんなにヤバいの?」

「まあアイリスさんに比べればマシかもしれないです」

「ひどくない!?」

 

 えぇ〜。

 だって斬って斬られてが大好きな女性って控えめに言って狂ってるじゃん。

 俺は否定しないし拒絶しないが普通の人間は恐怖心を抱いて自ずと離れていくのだ。それに比べてアルベルトは…………あれ? どっちもイカれてないか? 

 

「すみません訂正します、多分同じくらいヤバい」

「は、ははは……感じ方は人それぞれだから、アタシはいいと思うぞ」

「なんの励ましにもなってませんよ」

 

 シクシク崩れ落ちたアイリスさんはさておき、入場してきた女性に目を向ける。

 

「やっぱりなんか、こう……抽選とは言え因縁を感じるな」

「なんかあるんですか? この二人」

 

 アルベルトは個人情報をあんまり漏らさないので俺はあいつのことを良く知らない。知っていても知らなくてもあんまり変わらないしな。

 グラン公爵家の跡取りじゃないし、弱みを握ったところでもな。

 

「いいや、互いに確執があるとかそういうわけじゃない。シンプルに相性の話だ」

「相性……マリアさんは物理なんですか」

 

 ぐ、ぐっと軽く身体を解している。

 確かに歩き方や体幹に関しては他の追随を許さない領域ではある。ルーチェよりも基本がしっかりしているというか、教科書通りというか。

 

「十二使徒第十席、そして第十一席────二人の十二使徒を師に持つんだ」

 

 第十席は確か回復、第十一席が身体強化。

 

「だだ被りしてませんか?」

「うん。どっちが有利かって言われればまあマリアだと思うけど……」

 

 けど。

 煮え切らないな。

 常識的に考えれば十二使徒門下であり順位戦も高順位なマリアさんが勝つと予想できるのだが、魔祖十二使徒の目を持ってしてもアルベルトには大物喰い(ジャイアント・キリング)の可能性が秘められているようだ。

 

「どう転ぶかな」

 

 見るしかないと判断したあたりで、アルベルトが軽快に入場してくる。

 鼻歌が観客席に響き渡っているが全く気にしている様子はない。それどころかとてつもなく楽しそうに笑顔を保っている。いつも通りのアルベルトだな。

 

『初めまして、マリア・ホール』

『初めまして、アルベルト・A・グラン』

 

 これから戦うにしては随分と軽い雰囲気のまま、二人は挨拶まで始めてしまった。

 

『名門グラン家の異端児──噂に違わないですね』

『ええっ。そんなに変に見えました?』

『貴方のような人物は腐るほど目にしてきたので』

 

 ぐるり、とマリアさんの魔力が唸りを上げる。

 見た目には何も変わっていないが、おそらくあの肉体には既に身体強化が施されている。それも恐ろしく高水準の、規格外の質。

 

 金色の髪を綺麗に後頭部で纏めた気品溢れる姿────そのままを維持し、さらに高負荷を掛け続けている。

 

『ハハっ、凄いな。そっちこそ噂通りだ』

『で、あるならば──私との相性は理解しているでしょう。素直に諦めてはどうですか?』

『うーん、確かに勝てる見込みは少ないだろうねぇ』

 

 その場に佇んでいるだけで圧迫感を前面に押し出してきているのに対し、アルベルトはいまだに何も構える気配はない。

 それでもなお、楽しげに笑いを浮かべたままだ。

 

『でも。僕のことも知ってるだろう?』

『……勿論。グラン家の生み出した、いいえ────生まれてしまった狂人』

 

 散々な言われようだな。

 遠くに見えるテオドールさんに視線を向けるが、その言葉に対して特に気を悪くした様子はない。

 

飢餓(カース)、アルベルト・A・グラン』

『酷い話だよねぇ。僕はただ自分に正直に生きているだけなのに』

『社会性に馴染もうとしている所は認めます。ですが、貴方の性根は根底から腐っている』

 

 肩を竦めて茶化そうとするアルベルトを強く睨みつけながら、マリアさんは言う。

 

『グラン家の皆様には申し訳ありませんが、いい機会です。ここで矯正します』

『やれやれ。壊天(エリクサー)なんて皮肉を言われてるのによく言うぜ』

 

 瞬間、マリアさんの姿が消えた。

 遅れて飛んでくる音と衝撃から地面を蹴り付けて移動したと言うことは理解できる。だが、しかし──この速度は尋常ではない。

 

 鈍い、何かが弾ける音が感覚を開けずに鳴り響く。

 俺にはわかる。この音は人体が弾ける音だ。血液が爆発し、肉が弾け飛んでいる音。

 

『────流石、容赦ないね』

 

 視線を向ければ血液が飛び散った中心に佇むアルベルト、その胸の中心を貫くマリアさんの姿。

 

『その()も、普通じゃないよ』

『私の異常性に関しては十分に理解しています。痛みは堪えればいいだけですので』

『ハハっ! 普通の人間が足が吹っ飛んでる痛みに耐えられるかよ!』

 

 お前胸貫かれてるのにめっちゃ楽しそうだな。

 このまま放っておけば死ぬと思うんだが、アルベルトのことを知る人たちの表情はげんなりしている。ああ、いつものことなんだこれ。

 

 引き抜かれた腕に油と血肉がこびり付いていて非常に目を逸らしたい気持ちになるが、悲しいことにそこそこ見慣れているのでそのまま直視する。傷口がぐずぐず言い出しているし自己治療自体は開始してるっぽいな。

 

『たまに勘違いする人がいるんだ。僕みたいな奴は誰かれ構わずターゲットにする犯罪者予備軍だって』

 

 ポケットに手を突っ込んだままアルベルトは楽しげに語る。

 口から零れ落ちる血液もお構いなし、正気の沙汰ではないのだが……寧ろ恍惚とした表情。あ、あ〜〜……そう言うパターンね。最悪だよ。

 

『酷いよねぇ。どうせ相手にするんなら、人を傷つけたくないけど力を持ってしまった可愛い女の子に傷つけてほしい。人を傷つける感触をじっくりと味わいながら苦痛に顔を歪める表情とか良くない?』

『理解し難いですね。ただただ趣味が悪い、それに尽きる』

『価値観は人それぞれさ! ただ僕にとってはそう感じてしまうだけ、そしてそれを悪いことだと認識する理性もある』

 

 空いた胸の穴に手を当てて、鼓動を感じるかのようにゆっくりと呼吸をする。次の瞬間には修復された胸。

 

 制服が破け、ただそこにはアルベルトの肌が映るだけだ。

 

『でもまあ、たまには────異常者同士の殺し合いも悪くない!』

 

 喜色を浮かべながら拳を振るう。

 

 マリアさんの一撃に比べれば随分と遅い攻撃。

 目で捕らえられない一撃と、目で追うことのできる一撃。雲泥の差があると言ってもいいだろう。

 

 余裕たっぷりに回避し、そのまま鋭い蹴りを顔面に放つマリアさん。

 

 顔に直撃を喰らいアルベルトの口が裂ける。

 しかし一向に笑みを抑えることもなく、笑ったまま足を掴んだ。

 

『踏み込む度に壊れてる足、大丈夫なの?』

『慣れてますので』

 

 掴まれたまま身を蹴り上げ、かかと落しを無理やり叩き込む。

 近接戦闘におけるセンスが桁外れだな。戦闘経験も豊富そうだし、この人……ただの門下じゃない。これは実戦を知っている戦い方だ。

 

 より具体的に述べるならば、かつての戦争における泥沼の格闘戦。

 

『師は言いました。私の身体は私の魔法に耐えられるほど丈夫ではないと』

 

 衝撃で無理やり距離をとり、再度加速の構えをとる。

 

『ならば簡単な話。耐えられないならば、何度でも元に戻せばいい(・・・・・・・)

『それができたら苦労しないさ。やっぱりイカれてるよ、君も』

 

 ゆえに、壊天(エリクサー)

 第十席の名を継いでおきながら、わずかな侮蔑が含まれた二つ名。

 

『僕もね、兄上の体裁がある以上それなりにまともには過ごしてるんだ。実家に迷惑をかけたいわけじゃないしね』

 

 その価値観はあるんだな。

 結構ナチュラルカスだけどそこらへんには気を配っているようだ。本当か? 

 

『でも、ま…………こう言う時くらいはさ』

 

『羽目を外しても、いいだろ?』

 

 ペロ、と手についた血を舐める。

 一々気持ち悪い動作をしているが、マリアさんは顔を顰める事もなく相対している。

 

 ────しかし。

 

 何かに違和感を抱いたのか、僅かに眉を顰めながら後ろへと跳んだ。

 頬を触りながら、ゆっくりと正面を向く。

 

『…………なるほど。これが例の魔法ですか』

『まだ仕掛けられてないと思ったかい? 残念、最初から仕込んでるんだ!』

 

 本当に楽しそうに言うあたり嗜虐性が出てきている。

 テオドールさんの顔は……特になんとも思ってなさそうだが、口元が釣り上がってる辺り楽しんでないか? あれ。

 

『僕の魔法はね。かつての大戦で生み出された魔法をちょっと弄っただけのアレンジ品。けどまあ、やっぱり戦争で実際に使われてた魔法ってのは役に立つよ────こんな風にね』

 

 突如として自身の親指を噛み千切る。

 次の瞬間にはゆっくりと自己再生を繰り返しているが──相対するマリアさんの様子が少しおかしい。

 

 アルベルトが噛み千切ったのは右手の親指、対してマリアさんも右手の親指を押さえている。

 

『結構悪趣味だろ? これはね、対象の魔力を体内に取り込む事で発動出来るんだ。勿論一人しか対象に選べないから使い勝手は悪いけど』

 

 続けて人差し指、中指、薬指小指の順番で一本ずつ折っていく。

 折るたびにアルベルトが楽しそうな表情で喘ぎかけるのが気持ち悪くてしょうがないんだが……ちょっと声漏れてるんだよな。とても気持ち悪い。

 

『対象に自身のダメージと感覚を強制的に植え付ける。あ、死は伝達しないから安心して欲しいな! そこは魔祖様に弄られてるから』

『…………悪趣味な』

『悪趣味とは酷いなぁ! しょうがないじゃないか、だって──生まれた時からそうなんだから!』

 

 先ほどと同じく喜色を浮かべながら、狂気を孕んだ表情で大仰に語る。

 

『痛いのも苦しいのも大好きなんだ! 殴り殴られ蹴り蹴られ嬲り嬲られ、あの感覚が堪らない!』

『生と死の狭間が僕にとっては住処みたいなもんなんだ。生きていると実感する、死にそうだと実感するあの瞬間! あの虚無感と多幸感は他ではもう味わえないんだよ!』

 

 血を撒き散らしながら生えてきた指を動かして、アルベルトは高らかに謳った。

 

『君なら満たしてくれるだろう!? 壊天、マリア・ホール!』

 

 完全に曝け出した本性。

 それに臆することも動揺することもなく、構え直して強く睨み付ける。

 

『……やはり、危険な人だ』

『社会性は認識してるよ。その上で僕は言っているんだ────きっと満たしてくれるって』

『過度な期待は止めて欲しいです』

『あはは、過度なんかじゃないよ。美麗で強くて繊細で、それでいて豪胆な女性。期待通りにしてくれるって信じてるのさ』

 

 マリアさんの全身から音が鳴る。

 骨が軋む音だ。普通人体からは奏でられない、通常ならば耐えることのできない身体強化を自己修復の重ねがけで無理やり維持している。

 

『────覚悟してください。殺す気(・・・)でいきます』

『そっちこそ! 僕なりに楽しませてもらうよ、女神様』

 

 

 

 



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第十四話 死を想え(メメント・モリ)

 拳が頬を打ちぬく。

 特有の乾いた音が貫いて響き、更に連続して鈍い音が鳴り続ける。

 人体のぶつかる音じゃあない。大きな岩が砕けている様な、もっと硬くて大きな質量を持つ物質が弾けている音だ。

 

 血肉が弾ける。

 それでも止まる事のない拳戟が、目にも止まらぬ速度で繰り広げられている。

 

「執念だな」

 

 本来及ばぬはずの世界。

 魔祖十二使徒一番弟子というのは重たい称号だ。

 

『最も始めに弟子になった者』が名乗れるのではない。

『魔祖十二使徒を継ぐに値する者』のみが名乗る事を許されるのだ。純粋に生物として到達できる領域の差。

 

 それに、喰らいついている。

 

 かつての『超越者へ対抗するための魔法』を用いて、形は違えど真っ正面から立ち向かっている。

 

『────痛った!! ハハ、あははっ!! 最高だ!!』

 

 顔面に殴打を喰らい骨が砕けても、次の一撃を受けるまでには再生が完了している。

 

 歓喜の渦に身を委ねながら、アルベルトは更に吠えた。

 

『殴った腕が折れてる! とんでもない肉体だ、凄い!』

 

 少年みたいだな。

 どこまでも戦いを楽しんでる。多分、今この世界で最も戦いを楽しんでるのはアイツで間違いない。

 俺には想像もできない。痛みや苦しみが興奮に繋がるなんて理解に苦しむ。人によって個人差はあるが、それでも限度というものがあると思うのだ。

 

『もっと! もっともっともっと激しく! まだ足りない!!』

 

 地面に穴を空けながら、アルベルトは踏み込む。

 その僅かな隙間に三連撃を浴びせるマリアさんも大概だが、本気で揺らがずに一貫して攻撃しか考えてない辺りアルベルトは筋金入りだな。正真正銘本物のイカれ。

 

 普段自制している分、曝け出してもいい環境になると暴走するんだろうな。

 

「うわ…………」

「多分周りから見たらアイリスさんもそんなに変わりませんよ」

 

 あのさぁ。

 俺がせっかく胸に秘めてた感情をどうして本人にぶつけるんだ? ルナさん。

 

「え゛」

「斬って斬られてを望むのも、あそこまで究極の被虐趣味も多分大差な」

「よーしよしよし、戦いに集中しましょうね!」

 

 ルナさんの口を塞いでアイリスさんを庇う。

 これ以上アイリスさんの精神をいじめるわけにはいかなかった。愕然とした表情で自己認識をしてしまったまま動かなくなった石像(アイリスさん)は放っておく。時間が解決してくれるだろう。

 

「もが、もがもがもご」

「ええい喧しい。余計なことを言うな」

 

 諦めて口を噤んだので手を離す。

 相変わらず血飛沫が舞い続けてる異常な戦場だが、いつまでこの状態が持つかはわからない。少なくとも互いに魔力を消費し続けているし、アルベルトの魔法が本来の機能を取り替えていないのならば──自ずと時が訪れる。

 

 数本指がかけた拳を握りしめて、突きを放つ。

 その一撃を余裕を持って回避しながら蹴りを入れる。無防備に腹に打ち込まれた一撃はあまりにも重たく鋭く、その音は流石の俺でも顔を顰める程度には衝撃的な音だった。

 

『痛っ……た〜〜! ハァ、たまんないなぁ……!!』

『…………いい加減諦めてはどうですか?』

 

 腹を抑えて蹲るアルベルトに追撃は入れず、拳を握りしめて目の前に仁王立ちするマリアさん。腕は組んでないがな。

 

『貴方の耐久力は想定以上でした。私が知る限り一番しぶといと言っても過言ではない、この学園ならば誰と競っても負けることはないでしょう。ですが…………私には勝てません』

 

 近接戦闘におけるナンバーワン。

 肉弾戦という形を取るならば負けることはないだろう実力差。

 

『その魔法の特徴は痛みの共有という点にある。私にとって痛みは慣れ親しんだもの、耐える耐えないではなく──隣にあるもの』

 

 この人も大概イカれてる。

 痛みを度外視して肉体が耐えられないならば耐えなくていいし回復すればいいとかいう歪んだ認識のまま極めてしまった人物だ。普通の感性をしている方が稀だろう。

 

 ていうか魔祖十二使徒になれると認められるような人物は、大抵どこかネジが外れてる。

 ステルラ? あいつは才能の螺子が存在してないだけだから。

 

『貴方に勝ち目はありません』

『……そう、だね。普通に考えれば、そうさ』

 

 アルベルトがゆっくりと立ち上がる。

 身長差はほぼないため互いの視線が真正面からぶつかり合う。

 

『知ってるかい? 世の中にはフラグって言葉が存在してる』

『創作で用いられる言葉でしたか』

『これは意外だ。娯楽にも手を出すんだね』

 

 顔と顔が触れ合いそうな距離まで接近するが、互いに手を出すことはない。

 決して視線を逸らさないまま、本当に顔が間近な状態で話を続ける。

 

『文化には一通り興味を持っています。新たな文化が生まれる瞬間を見届けるのも中々楽しい、そんな風に師が仰っていました』

『フゥン、豊かだねぇ。それなら解説する必要もないな』

 

 アルベルトがマリアさんの顔を触ろうとして、手を軽く払い除けられる。

 

『僕の魔法は痛みやダメージを共有するもの。それはきっと認識しているだろうけど────一つだけ隠していたことがある』

 

 アルベルトの目から血が流れ始める。

 それだけに留まらず、口や鼻からも流血が始まり、腕や足もおかしな方向へと捻れ始める。

 

損傷の再現(・・・・・)。これに関しては僕のオリジナルでね、かつての古傷を思い出せたらいつでもガス抜きできるだろ?』

『……………………まさ、か』

『そのまさかさ! そしてこの損傷を、僕は固定できる!』

 

 最悪な魔法だ。

 かつての大戦時代よりも凶悪になってるんだが、よくもまあこれを許可したな。アルベルト以外は誰一人として扱うことのできない究極的な自滅魔法。

 

 顔に少しだけ恐怖の浮かんだマリアさんにも同様の異変が現れ始める。

 

『我慢比べさ、マリア・ホール。治療できない怪我は久しくしてないだろう?』

 

 瞬間、折れて骨が突き出ている拳を全く気にも留めずに掌底を繰り出す。

 動揺を隠せないままに回避の形を取るが、回復魔法を行使しても次の瞬間には再度怪我を再現されるためにマリアさんは先ほどまでの力を出せていない。

 

 互いに全力は出せてない。

 だが、それゆえに実力差が急激に縮まった。

 

 痛みの中でこそ輝ける男と、痛みを無視してきた女性。

 

『っ…………悪趣味な』 

『策略だよ、策略。もちろん正面から殴り合ってもいいんだけどね──どうしても、勝ちたいのさ』

 

 僅かに視線をずらしたのを見逃さなかった。

 

 その先にいるのは肉親でもあるテオドール。

 気が付いてるだろう、口元を歪めて不敵な笑みを保ったまま腕組みをしている。まさに皇子ってかんじの仕草がデフォルトで出来てるあたり英才教育には成功してるんだな。なんでアルベルトだけこんな感じになったんだろ。

 

『肉体的限界が訪れるのは、経験上三分くらい。その間に僕を倒せるか、それとも僕が凌ぎ切るか……さあ、やろうじゃないか!』

 

 魔力が渦巻く。

 この土壇場に来て更にギアを上げるのが末恐ろしい。

 

 歯を食いしばる音が響く。

 アルベルトからではなくマリアさんの音だ。

 拳を握りしめて、同じように肉体が損傷しているまま魔力を練り上げる。

 

『…………認めます。貴方は正真正銘気狂いだ』

『勿論自負しているさ。理性で上書きしてるだけでね』

 

 一拍置いたのち、再度拳戟が始まる。

 さっきまでの圧倒的な打ち合いではなく泥臭い図太い殴り合い。

 速度も威力も先ほどとは桁違いに低いが、それでも迫力が衰えることはない。少なくとも俺は混ざりたくない。

 

 何もかもを投げ捨てて、全身全霊を尽くした殴り合いだ。

 

 一分経った。

 徐々に動きが鈍くなるマリアさんと比例して、アルベルトはキレを増していく。

 

 マリアさんの表情に恐怖が混ざっていく。

 明確なまでの死。肉体の停止という名の永遠の死が待っているのだ、恐怖を抱かない方がおかしい。

 俺のように何度も死の寸前まで達してしまった人間とは違う。彼女は死を遠ざけ続けた故に、アルベルトの魔法に対して弱点がある。

 

『うん…………そう、そうだ。これだよ、この感覚!』

 

 息切れを起こしながらアルベルトは楽しげに叫ぶ。

 

『この薄くなり始める意識! 徐々に徐々に眠たくなるような、独特な堕ちる感覚! これが気持ちいいんだよ、どうしようもないくらい!!』

 

 既にマリアさんは拳を振るえない。

 振るってしまえば自身の命を断つ可能性すらあるのだ。そのリスクを背負えるのか、背負えないのか。ただそれだけの差が勝敗を分けた。

 

『…………私、は……』

 

 その言葉を最後に膝から崩れ落ちるマリアさん。

 地面に倒れ込む寸前にアルベルトが受け止めて、静かに横たわらせる。

 

 胸が上下しているから死んではいないだろう、かなり小さい鼓動だ。

 

『……なんてね』

『僕の魔法が許されてる理由は、片方が死なない限り絶対に死なないから許されてるのさ』

 

 だから、死ぬことはあり得ない……か。

 そうわかっていてもあの感覚は嫌だろ。俺は二度と味わいたくないがな。

 

『────勝者、アルベルト・A・グラン!』

 

 歓声はない。

 ただ、異常なまでの静けさが会場を支配する──のが気に食わないので拍手をする。

 どれだけ凄惨な戦いで、歪んだ試合で、異様な光景だったとしても、そこには信念があった。誰かの人生を賭けた信念がぶつかり合ってるんだ。

 

 それを汲み取れる程度のことはするさ。

 

 まばらだが少しずつ伝播していく拍手がこの試合の恐ろしさをあらわにしている。

 

 渦中の人間は俺の方を見て、少し楽しそうに笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ気持ちよかったなぁ…………」

「お前どういうメンタルしてんだよ」

 

 あんな戦いの直後なのに普通に観客席にやってきたアルベルトに思わずツッコミを入れてしまった。

 

「うふふ、いや、本当に良かった。暫く発散しなくていいね」

「その調子で俺に近づかないように頼む」

「やはり友情とは儚いものだね」

「バカが」

 

 周りを見ろよ。

 お前が来てから明らかに人が減ってんだよ。反対側に人が集まってんじゃねぇか。

 なお、アイリスさんは自分があんなふうに見えている事実を知って自然と消えていった。心の傷を治してくれるのは時間だけだからな、仕方ない。

 

「会場が明らかにお前の血で汚れてるんだが」

「高貴なグランの血だぜ? いい値で売れる筈さ」

 

 容赦なく水魔法で洗い流されてるんだが。

 

「凡人には理解しがたいんだねぇ」

「もうお前黙ってろ」

 

 ルーチェが恋しい。

 アイツがいれば物理的にアルベルトを黙らせることが可能なのに……あ、でもこいつ殴られたら嬉しがるのか。それはそれでなんかキモいな。俺に残された僅かな独占欲がルーチェが汚されていると認識した。

 

 でも今更だな。

 

「ステルラには近付くなよ」

「過保護だなぁ。僕なりに相手は選んでるから安心して欲しいね」

「誰がどう見ても悪影響出てるだろうが」

 

 常識的に考えてヤバい奴だから。

 

「次の試合は君のお姫様とルーチェだけど、どんな気持ち?」

「かなり複雑な気持ちで見てるのは否めない」

 

 話題を切り替えていこう。

 

 一回戦最終試合、ステルラとルーチェのぶつかり合い。

 正直この組み合わせが一番気まずい。かつてルーチェに対して「ステルラに勝てば万事解決」とか言ったことがあるが、今となってはそれが大層難しいことなのは理解している。

 

 だってステルラ糞強いもん。

 

 特訓と称して何度も手を合わせて一週間で理解した。

 もうあれは別の生命体に近い。こと魔法を使用する戦闘に於いては格が違う。

 

 技の引き出し、それを使いこなす器用さ、冷静な判断力。

 

 普段のコミュ障具合はどこに行ってしまったのだろうか。

 

「ステルラが勝つ。だが、ルーチェもただで負けて欲しくない」

「モテる男は辛いねえ。僕はステルラの勝ちに賭けようかな」

「何堂々と賭け事してるんだお前は」

 

 ちなみに等倍らしい。

 賭ける意味ないだろ。

 

「君はどれくらい勝算あるの?」

「ステルラに対してか」

「うん。気になるじゃないか、あれだけ勝つって宣言してるんだからさ」

 

 ニコニコしやがってこいつ……

 本当性格悪いな。

 

「本番にならなきゃわからん。が…………」

「が?」

「負けるつもりはないさ」

 

 切り札は用意した。

 あとはそれを生かしきれるかどうか。要するに、土壇場での俺の粘り具合がかつての英雄に届くならば勝てる見込みはある。

 

 才能がないと散々嘆いてきた癖に最後に頼るのは自分の才能。

 あ〜あ、嫌になるな。

 

「そっか。それは楽しみだ」

「ていうかこのまま勝ち進めばお前も戦うことになるが」

「兄上相手は厳しいよ。まあ、マリアさんに勝てたんだから十分だよね」

 

 ふーん。

 

 まあお前が良いなら良いか。

 諦めてる目つきではないからどうせ本番で色々やるんだろうな。

 

「さ、そろそろ清掃も終わる。君は目を逸らしてはいけない戦いだね」

「…………そうだな」

 

 あ〜〜〜〜〜、嫌だな。

 俺とステルラがぶつかったとき、師匠はどちらを応援してくれるだろうか。

 俺のことを応援してくれるかな。それともステルラのことを応援するかな。できれば俺のことを応援してほしい。これは俺の切なる願いだ。

 

「…………頑張れよ、ルーチェ」

 

 言葉は届かないだろうが、せめて口にしておきたい。

 勝敗にかかわらず頑張ってくれ。同じように、互いに辛酸を嘗め続けた者同士の僅かな願いだ。

 

 

 



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第十五話 星光と星屑

 試合が終わった。

 

 あまりにも低い勝利の確率を手繰り寄せた、鬱陶しくもある意味付き合いの良い男の勝利で終わった。どこまでも苛烈で、それでいて鮮烈で、煌びやかな血筋とは対照的に泥臭い殴り合いの果てに────勝利を掴んだのだ。

 普段の態度も気に入らないし無駄に絡んでくるのはムカつくが、それはそれ。

 

 勝ちたいと願った末に勝てたのは祝うべき事だ。

 

「…………私だけ、か」

 

 これで勝てなければ、私だけが何時もの三人組で敗退する。

 それだけでも大きなプレッシャーなのに、相手はあのステルラ・エールライトだ。私のトラウマの根底にこびり付く女であり、同じ男を好いた者同士であり──その男の本命。

 

 悔しい。

 

 決して置いて行かれはしないけど、振り向いてくれることも無い。

 

「……………………勝つ」

 

 それでも。

 それでも、勝利を切望する想いは途切れる事はない。

 勝つために生まれて来たなんて大それたことは言わないけれど、生きている内に抱いたこの感情は偽物じゃないから。

 

 

 

 

 

 

 

 #第十四話 

 

 どうやら、先に入場していたのは相手の方らしい。

 準備が終わって速攻来たのに随分と早いものだ。それだけ私との戦いを大切に思ってくれていたなら、僅かにでも傷つけられた自尊心が癒されるような気がした。

 

「こんなことを考えてる時点でダメ、か……」

 

 甘すぎる。

 もっと厳しく自分に在らねばならない。

 彼女は、ステルラは生半な相手ではないのだ。逆立ちしたって縋り付けないほどの絶対的な実力差に、才能の壁。

 

「……ルーチェちゃん」

「早いわね。私のことなんて石ころと同じ程度に思ってるんじゃないの?」

「そんなこと思ってないよ!?」

「そうかしら。にわかには信じ難いわね」

 

 ぷりぷり頬を膨らませて否定してくる。

 こういう仕草は何ていうか、こう……子どもらしくて可愛いと思う。普段の小動物感とは裏腹な戦闘能力が恐ろしい。

 

「冗談よ。チョロい奴ね」

「ルーチェちゃんにチョロいって言われるのはちょっと……」

 

 心が苛立った。

 別にチョロい女とかじゃないから。普通に。なんか勘違いしてる男が多いけど誰にでも靡くような訳でもなくただ単にすり寄ってきた男の中でアイツが一番マシで一番心に響く励まし方をしてきたからその恩義があるだけで、別に簡単に堕ちてるわけじゃないし。

 

「…………何よ、文句あるの」

 

 ステルラは目を逸らした。

 こいつ……! 少し気になって観客席のバカ(二人組)に視線を向ければ、『チョロいのはお前だろ』と言わんばかりの表情でこちらを見ている憎き男が二人。

 

「イラついたわ。この怒りは全てアンタにぶつける事にしたから」

「それ、八つ当たりって言うんだよね」

 

 魔力を全身に張り巡らせる。

 身体強化魔法を関節の一つ一つにまで染み渡らせて、最初から全力で飛ばしていけるように準備する。

 

 ベルナールと戦った時は、全身全霊を賭けてやろうとは思わなかった。

 

 私にだって全てを賭ける相手を選ぶ権利はある。

 自分のこれまで培ってきた全てに応えるために、人生そのものに嘘をつかないように──命すらも賭け金にできる相手。それこそ、価値観の全てを賭けたって良い。

 

「…………ステルラ」

 

 既に身体の周囲に紫電を帯電させている時点で戦闘準備は十分できているのだろう。

 私は近接戦闘が主軸だ。それ以外何も持ち合わせていない、そう言っても良いレベルで。だからこその置き魔法、突撃してくる相手に対して待てば良いと言う合理的な回答。

 

 それを意識的にしろ無意識にしろ、一瞬で選択できるところに戦闘センスが垣間見えている。

 

「…………私は、ルーチェ・エンハンブレ」

 

 だからどうした。

 それが諦める理由になるか? 

 私以上に強くて、何もかもが優位で、好きな男の気持ちすらも既に手に入れている相手だからって────こっちが逃げ腰になる必要なんて何処にもない! 

 

「本気で来なさい、ステルラ・エールライト!」

 

 手を抜くなんて許さない。

 

 それが私の意地だ。

 勝つにしろ負けるにしろ、互いに全力を尽くして──! 

 

 刹那、踏み込む。

 紫電が真っ直ぐ飛んでくると言う読みをした上で直線勝負に持ち込む。

 身体強化すら勝っているとは言えない分野だ。全ての魔法を高水準で熟す才を持ち合わせている上で第二席を継ぐ化け物、それ相手に策を持たないのは愚かだとすら言われるだろう。

 

 じゃあ、自身の得意分野ですら負けを認めて、優等生みたいな手段に移行すれば満足か? 

 

 そんなわけがない。

 そんなわけがあるか! 

 

 自分を証明したいんだ。

 どこまで行っても十二使徒の娘、出来損ないの魔法適性を抱えた私であっても────努力は嘘をつかない(・・・・・・・・・)と! 

 

 大地を踏み砕き、莫大な衝撃をまき散らしながら()を駆け抜ける。

 

 一歩、二歩、三歩四歩と重ねるごとに速度は増していく。

 かつて見た白く眩い世界へと到達しても足の感覚は衰えることがなく、それでなお加速を続けて居る。これだ。この世界だ。私が求めていたのは、私がたどり着きたかった世界。

 

 私以外の誰もがいなくなって、私だけが世界に到達できたかのように思えるこの瞬間を。

 

 感覚に従って拳を叩き込む。

 恐らくこのあたりにいるだろう、これまでの経験上幾度となく放ってきた打撃と勘を信じて打ち抜く。

 

 完全にドンピシャなタイミングで硬い何かにぶつかった感触とともに世界が元に戻る。

 

 目の前には紫電を奔らせるステルラ、私の渾身の一撃を──片手で受け止めていた。

 

 動揺はなかった。

 即座に姿勢を変え蹴りを放つも、それすら軽く捌かれる。

 近接戦闘も問題ないようだ。予想はしていたから驚愕もない。逆にステルラ・エールライトという天才が格闘戦を苦手とするわけがないという自信すらあった。

 

 空中で踏み込めない姿勢であっても、今の私には壁を作り出す手段がある。

 

 魔力壁を簡易的に作成し高低差を活かして立体的な格闘戦を仕掛けた。

 

 右足での蹴り、回し蹴り、踵落とし、跳ね上がって逆さまに回転しながらの裏拳────何事もなく処理されるが、その事実がより私を高揚させた。

 

 戦えてる。

 かつて心折れる要因となった少女との才能差に臆すことなく、自信を持って私は立ち向かっているのだ。

 

 思わず口が歪む。

 勿論これは苦痛に歪んだわけではない。

 

 歓喜に満たされたから。

 

「────ねぇ!」

 

 組技に移行しようと腕に絡みつくが、僅かに紫電が見えたのでそれより先に動く(・・・・・・・・)

 一度距離をとって息つく間もなく再度駆け寄る。魔法を使えば遠中距離のアドバンテージを活かしきれるというのにその手は打ってこない。

 

「あの頃と比べて、私はどう!?」

 

 表情を見ればわかる。

 ステルラ・エールライトはこの戦いを僅かにでも楽しんでいる。

 

 眉間に寄った皺、輝く瞳、笑う口元。

 

 この私が、あの女を楽しませている! 

 

「強い。強いよ、とんでもなく!」

 

 嬉しいことを言ってくれる。

 歓喜を噛み締めながら、身体強化のギアを一段階引き上げた。

 こんなのは想定していない。自分の中でできる極限でやりくりしてきた筈だ。紛れもなく、今この瞬間までの私は全力だった。

 

 でも、ここからは。

 

 全身全霊、全てを賭ける。

 

「身体強化・限界突破(オーバーロード)────!!」

 

 いずれ使わねばならなかった切り札。

 氷に拘る意地も投げ捨てて編み出した、私のオリジナルとすら呼べない魔法。

 ただ純粋に自身の肉体の限界を越えて、常識も何もかもかなぐり捨てて────星へと追いつくために。

 

 自身の保有する魔力の全てを放棄する。

 

 これで戦闘時間は限られた。

 多く見積もってあと二分。肉体が手遅れになるのは一分三十秒と言ったところ。

 

 気にしなくて良い。

 それまでに決着はつくのだから。

 

 ────駆け出した。

 

 先程までの速度すら置き去りにする、雷にだって追い縋れる速度。肉体が悲鳴を上げるのに対して歯を食いしばって堪えて、宙を踏み込んで更に加速する。

 

 血が胃の底からこみ上げてきた。

 口の端から零れ落ちていく血液を飲み込んで、ステルラに肉薄する。

 

「──……紫電迅雷」

 

 小さく呟いた言葉の後に、視界から消え失せる。

 目で追えなかった。血管が破裂する程度には強化をしている視力ですら追いきれない速度。文字通り紫電と一体化したような、そんな馬鹿げた速さ。

 

 諦めるな。

 

 奮い立たせるように自身へと戒める。

 そのまま壁へと着地し、勢いを殺さぬまま駆け出す。

 反対側に同じように着地したステルラと一瞬視線を交わし、互いの狙いを完全に理解する。

 

 弧を描くように同じ地点へとたどり着き拳をぶつけ合う。

 鈍い痛みだ。同様に身体強化を行ってなお明確になる実力差に歯痒い思いを抱きながら、残りカス同然の魔力を更に練り上げて宙へと抜け出す。

 

 追随する紫の渦。

 意表を突くためにまた踏み込んで殴りかかるが、それすらも対応される。

 それでこそだ。それでこそ、ステルラ・エールライトだ。

 

「────それでも、勝ちを願うの!」

 

 宙を高速で駆け抜けながらぶつかり合う。

 余波で障壁に歪みが入っているが構うことはない。

 

 計算よりも早く魔力消費を行っているから、もうあと数度のやりとりしか出来ないだろう。

 それも織り込み済みだ。長期戦で勝てる戦い方じゃないのだから、短期決戦を望むのが正解に決まっている。

 

 未来への布石を全てここに持ち出す。

 ここから先は考えない。ただこの瞬間、この一撃に全てを賭けて! 

 

 風を切り、大地の束縛すらも断ち切った蹴り。

 

 それを鮮やかに避けて迫りくる紫の拳──避ける余裕は一切ない。

 清々しい気持ちだ。自分自身の限界すらも越えたのに、通じなかった。なんともないように対処された。

 

 走馬灯のように感情が湧き出てくる。

 あの頃に比べてとても強くなった。想像もできない程に努力は実を結んだし、一人の人間として成長できた。そうだ。後悔することなんて何一つとしてない。晴れやかに胸を張れる。

 

 ……………………だけど。

 

 それなのに。

 

 こうやって眼前に迫る敗北を前にして湧き上がってくるのは、結局…………

 

「…………悔しいなぁ」

 

 悔しい。

 負けたくない。諦めたくない。

 胸を締め付ける苦しみだけが、私の心を満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何しにきたの」

「何って……慰めに、とでも言ってやろう」

「要らないわよ」

 

 試合が終わり、一回戦の勝者が決まってから一時間と言ったところか。

 治療も終わったと思い医務室までやってきたが────思っていたより凹んでるな。

 

「良い戦いだったな」

「良い戦いなんて、なんの価値があるのよ……」

 

 あ〜も〜〜。

 あんなに戦ってる最中はウキウキしてたのにすぐこれだよ。

 まああれだけ勝つと息巻いていたのだから、そりゃあ負ければショックだろう。だがそれはそれとして、戦いの内容は褒められるべきなのだ。

 

 俺が言われたら? 

 

 ブチギレる。

 戦いの内容とかクソだろ。勝ちと負け、それ以外に何か意味があるか? 

 

「フン。納得のいく戦いじゃなかったか?」

「そうじゃないわ。…………負けたのよ、結局ね」

 

 椅子に座ったまま顔を俯かせる。

 学生同士の戦いだと言ってしまえばそれだけだし、大人は一度の失敗を引き摺るな、なんて前向きに生きるように言ってくる奴もいる。

 

 俺はそうは思わない。

 一度の戦いが人生を決めてしまうことだってある。

 

「アイツは本気じゃなかった。ある程度は全力を出してくれていたと思うけど、本気じゃなかった。手を抜かれてた訳じゃないのに、本気を引き出せなかった。…………何よりも悔しいのは、自分の不甲斐なさ」

 

 …………へぇ? 

 なんだ、思ってたより大丈夫そうだな。

 

「もっとやれた事はあったかもしれない。練り足りなかったかもしれない。全てを賭けたと思っていたけど、まだ賭けられるモノは残っていたかもしれないって。散々考えてきた内容が、次から次へと頭に浮かんでくるの。…………本当に、どうしようもない」

「俺はお前が成長したと思っているが」

「…………は?」

「他人を恨む事は無くなったんだな。自分に嘘を吐かないようになれたんだ」

 

 他人を恨む事が悪いと明確に理解していた女が、他人を恨むという選択肢すら完全に無くなっている。自分自身を恨むわけでもなく、まだやれた事はあったと引き出しを漁るようになった。それは大きな進歩だろう。

 

「自分の力だけで前を向けてる。強い奴だ、ルーチェは」

 

 心が折れている訳じゃない。

 次の戦いに向けて、今の戦いの反省点を振り返っているだけだ。

 

「────……冗談、よしてよ」

「褒める事は悪い事じゃないからな。お前が俺を甘やかすように、俺もお前を甘やかしてやろう」

 

 その証拠に負けた直後だというのに頬が緩んでいる。

 自分の成長具合なんて実感できないモノだ。他人からの評価があってようやく理解できるという非常に難しい指標。

 

 かつてのルーチェならば、ステルラに負けたという事実のみを見てショックを受けていただろうしな。

 

「……ああ、それと一つ」

 

 少し顔を腕で隠してるあたりがまさにそうなんだが……

 

「お前が一番チョロいぞ」

「うっさいわねバカ。歯へし折るわよ」

 

 宣言通りに飛んできた手は歯を折る事はなく、しかし俺の頬に大きな赤の模様を残すだけにとどまった。

 手加減できるようになったのも成長かもしれない。

 

 

 



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幕間 休日

『なあ。お前、奥さんってどうするんだ?』

 

 唐突に投げかけられた言葉。

 なんだなんだと一瞬慌てたが、特有の感覚に気が付いたので胸を撫で下ろす。これは夢、それもかつての英雄の見た記憶──要するに追体験だ。

 

『どうって……何も?』

『……お前な。あれだけアプローチ来てるんだから誰も選ばない、なんて事はないだろ』

 

 呆れるようなエミーリアさんの声。

 時系列的にはアレだな。戦争が終結して各々の陣営に戻り、平穏を取り戻すための復興作業へと移行し始めている時期。

 

 だから今は故郷に帰っている最中だ。

 

 英雄の視点で事が進むから初めの頃は少し戸惑ったが今となっては慣れたもの。

 

『不誠実だとは思うさ。でも僕には勿体なくてね』

『ま、貴族だのなんだの沢山居たからなぁ…………良い機会じゃないか。あの子の事はどうするんだよ』

『エイリアス、かい?』

 

 ここで師匠の名前が出てくるとは。

 この時点であの人は魔祖の元に弟子入りしてた筈だから、完全にバレバレだったんだな? 

 

 腕を組んで頷きながらエミーリアさんは続ける。

 

『恋と憧れは違う、なんて昔は言って断ってたが────正直もう言い逃れできないだろ』

『…………否定はしない。彼女の好意は認識してるよ』

 

 英雄の事が好きだったのは知られてたのか……

 そりゃまあ引き摺るよな。いや、俺への態度の時点で完全に理解してたけど。

 

『応えてやれよ。それがどんな形であれ、さ』

『……………………そう、だね』

 

 ────ん。

 ん〜〜…………今少しモヤッとしたな。

 たまに強い感情を抱いたときに俺自身にも伝播するときがあるんだが、今は珍しく不快感が伝わってきた。訓練時代とか、親友にボコられてる時とかはめっちゃ伝わってきたんだけど……二人きりで話してるときに来るのか。

 

 どういう感情なんだ。

 

 パチパチと焚火が音を立てる。

 結婚とかそういう概念に対しての忌避感だろうか。英雄になると志して人生を棒に振って、一人の人間としての幸福は捨て去った。そう解釈してるのか? 

 

 こういう時に読み取れないからこそ、俺はかつての英雄ではないと断言できる。

 本人じゃないんだから気持ちとか完璧に理解できる訳ないじゃん。俺にできるのは英雄のことを知り、その軌跡をなぞり、偉大すぎる功績を利用することだけ。なんともちっぽけな男だ。

 

『…………好きな人、か……』

 

 心が痛い。

 俺がここまで明確に感じ取るって事は、相当重たい感情だぞ。

 えぇえぇぇえ、もしかして失恋したとか。でも別に故郷の村を焼き払われたとか暗いニュースはなかったし、そもそも幼少期を拷問に漬け込んでいた所為で異性との出会いが異常なまでに薄い。

 

 だって、旅に出て初めに出会った女性って────……ムムッ。

 

 あれ、これ、もしかして…………そういうことか? 

 

『…………実は、男が好きだったりするのか? いや、もしそうならすまん。アタシが浅慮だった』

『違うよ。全く…………』

 

 あ、あぁ〜〜〜〜〜! 

 うわ、うわわ…………そういうことか。

 これマズいな。あんまりこの場面を見ないほうがいいかもしれん。

 

 滅茶苦茶感情伝わってくる。

 

『でも、そうだな。いつかは決めないといけない』

『気になる奴でもいるのか。アタシには言えないのかよ〜』

 

 言える訳ないだろ! 

 これ、うわ〜〜〜…………知りたかったけど知りたくなかったよ、マジで。

 かつての英雄の思い人って……ウゲ……エミーリアさんはさぁ……………………

 

『…………うん、秘密。僕の気持ちの整理が終わったら、改めて言おうかな』

『…………そっか。ま、なんだ。どんな形であれアタシは応援してるぞ』

 

 応援してる、ね。

 

 …………だから、最期の最期で……

 

 

 

 

 

 

 

「あ、起きた」

「おはようございます」

 

 ……………………最悪だ。

 

 知らなくていいことを知ってしまった。

 夢見が悪いとか言う次元じゃない。悪夢に近いだろ、こんなの。

 

 あの後エミーリアさんとも別れて故郷に戻り、実家の整理とか色々身の回りのことを片付けてたら親友が遊びにきて……あの最期に至る。

 

「…………どうしたの?」

「なんでもない。いい夢を見れなかったから落胆してるだけだ」

 

 なぜか俺の部屋に普通に居るステルラとルナさんはさておき、誰か料理してるなこれ。

 流石に匂いで断定できるほど異性の香りを嗅ぎ回る変態ではないので仕方なく確かめに行く。少し気怠い身体を起こし、もう昼頃だろう陽の光を浴びながら。

 

「賭けに勝ったルーチェさんがご飯を作っています」

「何してるんですか? 本当に」

「『ドキドキ☆ロア君の胃袋を掴む作戦』の実行権を得る賭け事です。ロア君について私が独断と偏見に塗れた知識で作ったクイズで優勝した人に与えられます」

「わざわざそんなことをしなくてもアイツの飯は食い慣れてるが」

「…………おのれルーチェさん。小癪な手を使いますね」

 

 昼飯は大体アイツの手作りだぞ。

 読んでいた本を閉じて怒りを露わにする(無表情のまま)ルナさんは台所へと駆け抜けていった。ポテポテ歩いてるので躍動感は一ミリもない。

 

 ていうか俺のクイズってなんだよ。

 どういう出題傾向だったんだ、そしてなんでステルラが負けてんだよ。コイツあんまり俺に興味ないのか? もしかして。あ、これダメな方向に思考が偏るな。やめておこう。

 

「師匠は?」

「学園長に呼び出された〜って飛んでったよ」

 

 ふーん。

 

 トーナメント一回戦が完全に終わり、二日のインターバルを挟んでから準々決勝を行う段取りになった。

 当初の予定だと続投だったが流石に疲労が溜まる上に想定より精神的に辛い戦いが行われてることもあり、教師側から生徒たちへのケアも含めて必要だと判断されたのだ。

 

 俺としては休めるから都合がいい。

 

「右手になんかちょちょいってやってたけど」

「ん…………ああ、あれか」

 

 約束の奴だな。

 右手に俺の魔力を掻き集める、ただそれだけのモノ。魔法と呼ぶのも烏滸がましいレベルだが、師匠は快く返事をしてくれた。

 

 後は俺がどれだけ弄れるか。

 

「ステルラ。お前俺の魔力感知できるか?」

「無理」

 

 バッテンを腕で形作る程度には無理なんだな。

 わかった。わかってても結構心にくるモノがある。

 で、でもそのおかげで色々伏兵として仕込めるから俺には好都合だね。ルナさん並みの魔力があったら俺が無双できるのにな〜! あーあ! 

 

 自虐はそこまでにして、試しに起動する。

 

 …………じんわりと右手に集まっていく感覚はある。

 若干のタイムラグがあるな。総量がゴミカスなのに全身に行き渡るようになってるから余計感知不可能なのか。何かを形作るのも無理なほど小さな光だが、魔力が掌に浮かび上がる。

 

月光(ムーンライト)だっけか」

 

 魔力球を混ぜ合わせ、その球から光線を出したり軌跡を刻んだり様々な応用の利く魔法。

 参考にするべきはそれかもしれない。天才が作り上げた魔法を俺如きが解析できるとは微塵も思っていないが、イメージを形作るだけなら自由だ。魔力を剣にしたりするのは諦めて、破壊の効果を付与する。

 

 それが限界だな。

 

「ザ・初心者だ。自分が情けないぜ」

「十年近く剣だけを磨いてたならしょうがない気もするけど……」

「お前は自分の身体が成長してない理由を他人に語られても許せるのか?」

 

 成長してるもん、なんて慟哭と共に飛んできた紫の稲妻が俺の身体を貫いた。

 俺の魔法自虐は俺がするから許せるのであって、他人にされるとそれはそれでムカつくのだ。同情していいのも慰めていいのも憤っていいのも俺だけなんだよ。プスプス焦げ臭い匂いが部屋中に充満してしまった。

 

「べ……別にお前の身体が成長してないなんて言ってない。女性らしい膨らみはあるし、男の俺に比べて柔らかいのは事実だ」

「…………なんか嬉しくない」

「それと同じだ。お前のことを許せるのはお前だけで、俺のことを許せるのは俺だけ。ただそれだけなんだ」

「そうかなぁ…………?」

 

 よし、うまく誤魔化せたな。

 

『ルーチェさん。よくも私のことを騙しましたね』

『なんのことかしら。皆目見当もつかないわ』

 

 それよりも何故か勃発した女同士の戦いを眺めるべきだろう。

 こういう時“下手“な奴は自分から間に入って収めようとするが、それは不正解だ。火種が火の中に飛び込んでもなんの意味もないだろう? 

 

 この場合はな────裏で静観して後でイジるのが正解なんだよ。

 

「という訳だステルラ。盗み聞きするぞ」

「いっそ清々しいね……」

 

 二人揃ってひっそりと息を潜めつつ、リビングへと移動する。

 

『企画倒れじゃあないですか。折角私が夜しか眠れなくなるくらい精神を擦り減らして問題を作り上げたと言うのに』

『健康体だし、そもそもなんでこの企画を思いついたのか知りたいわね』

『そんなのお二人がロア君をどう思ってるのか把握して後で密告するためですが』

 

 ルーチェがルナさんの顔を掴んだ。

 ルナさんがルーチェの顔を掴んだ。

 

 頬を引っ張り合う泥沼の戦いが唐突に展開された。

 これ間違いなくルナさんが悪いんだけど、ルーチェを煽るためなら正しいとか間違いとかそんなのはどうでもいいんだ。いまこの状況を利用する手段を俺のあまりにも完璧すぎる頭脳をフル稼働して導き出した。

 

「何やってんだあいつら…………」

 

 なんの躊躇いもなく互いの顔を掴んだあたりがアホすぎる。

 結論としては俺が手を加えるまでもなく醜態を晒してくれるだろうと至ったが、次の瞬間にはやり合い始めるのは予想外である。

 

「で、お前は俺のことどう思ってるんだ」

「ウ゛ェ゛!?」

「どこから声出てんだよ」

 

 ステルラがボケみたいな声を出した所為でプロレスが終わってしまった。

 残念だな、このままいけば体格差の関係でルナさんがボコボコにされる場面が見れたと言うのに。

 

「はぁ、はぁ…………きょ、今日はここまでにしておいてあげましょう」

「あら残念。私は延長戦でも構わないわよ」

 

 煽りよる。

 ルナさんは成長が止まってる感あるので、多分座する者(ヴァーテクス)になった影響だろうな。ステルラはもう少し育ってからならないか? もうなってる可能性もあるから安心できねぇや。

 

「ふっ……どいつもこいつも師匠以下。やはり駄目だな」

「ステルラ、ルナさん。休戦してコイツをボコるわよ」

「合点承知です」

 

 おい待て。

 三対一は卑怯だろうが。

 ステルラが羽交い締めしてきて無駄に感触が伝わってくる。

 

「それ以上俺に近づいてみろ。あることないこと言いまくるぜ」

「言えば言うほど死期が近づくだけよ」

「ヒェッ…………」

 

 なんて冷徹な瞳なんだ……

 あれは人をなんとも思ってない。処刑を繰り返し過ぎて精神を病んだ処刑人。

 

「ステルラ! お前しか頼れないんだ。頼む」

「う゛っ」

 

 チョロいぜ。

 

 振り返って(首が変な音を出した)耳元で囁けば俺の勝ち。

 目は死んでるし覇気はないとか散々言われる俺ではあるが、普段出さない声をうまいこと利用すればギャップを発生させられることは理解している。特にステルラに頼ることはあまりないからな、こう言う場面で役に立つ。

 

「これで二対二。諦めろルーチェ」

「どっちかと言うとダウンしてるように見えますが」

 

 ステルラは俺の横で崩れ落ちている。

 役に立たねぇなコイツ。

 

「ルナさん! 俺の方についておけば後でサービスしてあげますよ」

「申し訳ありません、ルーチェさん。こればかりは譲れないので」

 

 最初からこれが狙いだったのか、この女。

 相変わらずの無表情ではあるが少し嬉しそうである。策略がうまく行ったとか思ってそうだな。

 

「孤軍奮闘もいいが、ここは素直に従ったほうがいい。お前はもう包囲されている」

「包囲されているー」

 

 気の抜ける声だ。

 あの、拳に氷が発生してるように見えるのは俺だけですかね。

 なんか殴る気満々なのは気のせいか? 

 

「…………全員まとめて、ぶっ飛ばしてあげる。まずはアンタからよ」

「落ち着けルーチェ。お前はいま調理中だろう」

「……………………あ゛っ!?」

 

 先ほどからカタカタ鍋の蓋が音を立てているので、これは少々まずいのではないだろうか。

 

 一瞬で台所へと戻ったルーチェは一言呻いた後にその場で動かなくなってしまった。

 

「………………焦げ、た……」

 

 別に焦げた程度じゃ気にしないが……

 生きてる虫を食べてた男が今更文明の発展した料理を否定する訳ないだろ。

 

 と、以前料理失敗した師匠に言ったら『私の気持ちが納得しない!』ってめちゃくちゃ激しく抵抗されたので今回は別の手段を取るとしよう。

 

 鍋の中身を確認して、そのまま味見をする。

 熱いけど俺の(良い意味で)死んだ舌なら問題ない。ほんのり焦げ臭さは香ってくるがその程度。

 

「美味いな」

「…………………………食べなくて良い。私が全部食べるから」

「それは残念だ。折角だから俺にも分けて欲しいんだが、ルーチェは俺のことが嫌い(・・)だから食べさせたくないらしい」

「そんな訳っ…………あー、もう」

 

 半分くらい俺の責任もあるからな。

 強制的にでも全員に食わせるさ。当たり前だろ。

 

「寝起きで腹が減った」

「…………わかった、わかったわよ」

 

 ため息を吐きながら俺の手から器具を取ってそのまま火を入れ直す。

 

「でも、最低限整えさせて。じゃないと納得できないから」

「俺はお前の作る飯なら何でも良い。それくらい気に入ってる」

「…………………………バカ舌」

 

 かわいい奴だ。

 

 口元が緩んでいるのを隠せてないぞ。

 だが、ここで指摘するのは無粋の極み。俺は気配りと気遣いのできる男、ヒモとして生きていく上でなくてはならない大切な要素だ。

 

「──とか思ってますよ、この男」

「おい。余計なことを言うんじゃないよ」

「うええぇぇ〜〜」

 

 頬をぐにぐに引っ張りながら黙らせる。

 

 今日は一日中ぐうたらさせてもらうか。

 最近ずっと張り詰めてたしな。息抜きしないとコンディションの維持も難しい。

 

「ルーチェ。俺の分は肉多くしてくれ」

「野菜も食べなさいよね」

 

 お前は母親か? 

 俺も料理は出来るが、そこそこの出来でしか作れない。家庭的な料理というより野生のサバイバル食になりがちな故、誰かに作ってもらうご飯というものを強く切望しているのだ。師匠の料理も別に悪くはないのだが……こう、ね。

 

「後ステルラの肉も多めで」

「ちょっとちょっと。私のお肉がなくなるじゃあないですか」

「良いでしょもう成長しないし」

 

 俺の身体は雷には強いのだが炎に慣れてない。

 半袖を着ていたからよかったものの、右腕が半分も一気に炭化したら恐ろしいだろ? 

 

「私にも堪忍袋という概念が存在しています。ロア君はいまその袋に穴を空けました」

「まあ小さいでしょうね……(ルナさんに視線を向けながら)」

 

 追撃の炎は左手を焼き払った。

 やれやれ、これで俺は腕が使えない人間に変身してしまったな。もう神経丸ごと消えたから幻痛しか感じないからほぼ無傷みたいなもんだよ。

 

「ステルラ、頼む」

「…………抑えるとかそういう概念はないんだね」

「俺が我慢する訳ないだろ」

 

 ジュクジュク音を立てて肌の色を取り戻していく。相変わらず不快な感覚ではあるがもう慣れ切ってしまった。

 

 最悪だよ。

 

 この後、調整にわずかに時間をかけてから四人で食卓を囲んだ。

 どうやら俺を引き連れて街に買い物に行きたかったらしい。なのに俺が爆睡(英雄の記憶を閲覧)してるので起こせず、仕方なく食材だけ買って戻ってきたそうだ。俺のプライバシーはだいぶ失われてるな。

 

 服をプレゼントすると言われたので夜まで遊び歩いた。

 ルナさんが変なパジャマのペアルックを押し付けてきたことは一生根に持つことにする。何だよこの着ぐるみ。

 

 確実に俺が着ていい類の服じゃ無いだろ。

 

 

 





次の話、もしかしたら投稿が遅れる可能性があります。


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六章 宿命の前に
第一話


 完全に休息に割り振った一日を過ごし、翌日。

 師匠に金を貰い、色々試したいことがあったので街に繰り出したのだが…………

 

「メグナカルトか。奇遇だな」

「…………どうも」

 

 店の中、俺が知りたい分野の書物が置いてある場所になぜかテオドールさんがいた。

 

 一度棚を見てから、どこか納得したような表情で頷きながら話す。

 

「魔法の成績は下のほうだったか」

「ええ、まあ。俺は根本的に才能がないので」

 

 悪かったな初心者用の本で。

 入門編も良いとこ、かつてステルラが初見で発動した身体強化くらいしか載ってない本だよ。

 

 別に理論を理解してない訳では無い。

 もっと単純で効率的、もしくは普通の人間ならば使わないであろう発動方式を調べたいのだ。

 

「テオドールさんはなぜここに?」

「連れがいるんだが……ある魔法に対して異常な執着がある奴でな。没頭し始めたから退散してきたと言う訳さ」

 

 肩を竦めて仕方ない、といった雰囲気だ。

 

 誰かと出掛けても基本付きっきりだから別行動するのは珍しく感じる。金がないから付きっきりじゃないと駄目とも言う。

 

 そんなテオドールさんの視線を無視して目的の本を手に取った時だった。

 

「お前と話してみたいとは思っていた。どうだ、一杯付き合わないか?」

「連れの方は?」

「小一時間はかかる。奢るが」

「行きましょう」

「……噂通りだな」

 

 何笑ってんだよ。

 金ないんだから仕方ないだろ。師匠、不必要な分をくれないケチんぼだから。

 

 

 

 

 

 

 

 テオドールさんに連れられて、街中の喫茶店にやってきた。

 連れの人が定期的にこうなりその度に待たされることになるので、最終的に「店で待ってるから気が済んだら来い」と言うスタイルになったらしい。もう出掛けない、と言わないのはすごいと思う。

 

 俺も言わないけどな。

 ステルラの私服選べるとか結構楽しいだろ。俺色に染めてる感じがして……これかなりキモいな。やめておく。

 

「苦手なものは?」

「特には」

「いいことだ」

 

 アルベルトの所為で色々麻痺しているが、この人はとんでもない金持ちである。

 そんなお金持ちが利用する店とか恐怖でしかない。

 

 ────まあ、奢ってもらえるならばなんでもいいのだが。

 

「で、答えられることなら答えますよ」

「話が早いのはいいが、もう少し前菜を楽しむことを覚えた方がいい。特に女性相手ならば」

「俺の周りにいるのなんて俺のことを知ってる奴だけです。気にする必要はない」

「学園随一のヒモ男は言うことが違うな」

 

 俺公式でヒモ扱いされてんの? 

 もうどうしようもないだろ。英雄への風評被害半端ないことになってないか。

 

「アクラシアの心すら射止めたのは流石としか言いようがない。剣に乱れる、そんな皮肉を言われるような女性が男に靡くとは考えてもいなかった」

「俺は来るもの拒まずをモットーに生きているので」

 

 アクラシアさんは変な女性ではない。

 一つ勘違いして欲しくないのが、あの人は『自制心』をしっかりと備えた人だと言うこと。

 自分で悟った本性、それでもなお社会性を認知していたのだ。アルベルト程突き抜けていない狂人ではあるが、単に他の人間と価値観が違うだけ。死生観が狂い切ってるアルベルトと同じにしてはいけない。

 

「お前のそう言う部分が引きつけてるのだろう。俺たちのほうが年齢は上だが、どこか経験の差を見せつけられている気分だ」

 

 同世代に比べれば他人のサンプルは沢山あるからな。

 戦闘する時にも相手の情報は役に立つ。性格、気性、武器、二つ名────その全てを把握するとまでは言わないが、ある程度理解できる範囲で知っておかなければならない。

 

 柔軟性に欠ける俺の手札ではそうするしかない。

 

「そこも踏まえて、まず一つ。お前は英雄についてどう考えている?」

 

 真剣な表情で問いかけられた。

 どうやらこれが本題のようだ。

 

「偉大な人間で、狂った戦争を止めるために立ち上がった聖人」

「他には?」

「…………特には」

 

 何を知りたいんだろう。

 俺が英雄をどう思っていようが関係ないし、この問いの目的がわからない。

 

「ふむ、そうか」

 

 届いた飲み物を口にして喉を潤す。

 

「友人が英雄にコンプレックスを抱いていてな。当人は英雄になりたいと思い努力を続けてきたのだが、誰も認めてくれなかったそうだ」

 

 ……………………あ〜。

 正体わかった。テリオスさんのことか。

 あの人そういうことだったんだな、全部繋がったわ。俺に対する感情重たすぎないか? 勘弁してくれよ。

 

「俺は何もしてやれませんよ」

「知りたいだけさ。英雄と呼ばれる人間が、“かつての英雄“に何を思うのか」

 

 なるほどね。

 目的がわかった。

 テオドールさんはかつての英雄を知らない。テリオスさんのように近しい者の主観的な話を聞いたわけでもないから情報として知っているだけ。故に、あくまで昔生きていただけの人物としか見れないのか。

 

 だから知りたい。

 

「……これは俺の本音ですが、あまり口外しないでもらいたい」

「魔祖の様子を見ればそれくらいは理解できる。俺だって命が惜しいからな」

 

 殺されはしないだろ。

 多分大人になってるから批判的な意見に対しても死ぬほど拳を握りしめて魔力を練り上げて歯を食いしばって放つ三秒前くらいになってから止まってくれるはずだ。

 

「頭のおかしい人間」

「…………具体的には」

「人生を捧げてまで世界を平和にしたいなんて願った狂人、死という恐怖の根源を人間のまま克服しようとした気狂い」

 

 これくらいならば誰かに口外されても問題ない。

 印象だからな、印象。自堕落な俺の本質を知っている人物ならば「ロアならそう考える」と理解してくれるだろう。

 

「俺はそんな高潔な人間じゃない。手の届かない範囲が傷つくのが嫌だから届かせようと足掻いているのであって、かつての英雄とは似ても似つかない行動原理が存在している」

「……では、魔祖十二使徒の英雄への感情はどう考える?」

 

 また答えにくい質問が飛んできたな。

 記憶があるとか一言も漏らしてないのにめちゃくちゃ的確な質問してくるじゃないか。

 

「そればっかりは憶測ですが、後悔しているんじゃないですか」

「後悔? なぜだ」

「彼の最期を知る者はいないから」

 

 憶測は本当で理由は嘘だ。

 

 後悔しているだろう。

 平和になったと油断して、自分たち強大な力を持つ人間達が止められなかった戦争の遺物によって命を落としたのだから。その正体を見極めることもできず、いまだにソレに備えて戦力を維持している始末。

 

 彼の最期を公式で記している書物は一つもないから理由としては十分だな。

 

「だから俺に過度な期待を向けている。師曰く、俺の剣技はかつての英雄と同じらしい。それ故に後悔によって感情が膨れ上がっているのではないかという推測です」

「…………なるほどな。少し整理させてくれ」

 

 ロカさんとかエンハンブレ夫妻は振り切ってると思うけど、片想い組とエミーリアさんがズタボロになりすぎなんだよ。

 時間が癒してくれるというのは嘘だったのか? 全く振り切れてないんだが。

 

「一つ疑問だが、君は第二席によって剣を仕込まれた訳じゃないのか?」

 

 やべ、やらかした。

 そう言えばそれで通してたんだった。ここで言われておいて良かったかもしれない。

 

「……ソウデスヨ」

「……まあ、深くは聞かないでおく。君の天賦の才、ということにしておこう」

 

 誤魔化せてねーじゃねーか! 

 

「君が何を知っていて、何を誤魔化したいのかはわからない。だが今回の話を聞こうとしているのは俺で、あくまで知りたいのは『ロア・メグナカルトがかつての英雄に何を思うか』のみ。そういうことだ」

「助かります。いや、本当に」

 

 自分で借りを作ってしまったかもしれない。

 そういう事をしないのを信条に生きていた筈なのに気がつけばボロが出ている。え? ルーチェに貸しを作ってマウント取ろうとしてた? 

 

 …………知らんな。

 

「話を戻すぞ。英雄と呼ばれることになったのを強く否定しない理由はあるのか?」

「俺は常に英雄じゃないと言い続けているんだが…………なぜか誰も聞き入れてくれないだけです」

 

 若干呆れ顔のテオドールさん。

 だってそれが事実だし。俺は英雄なんて器じゃないと言い続けてるのに誰も訂正しないからこうなっているわけで。

 

「謙虚なのか豪胆なのか…………アイツが聞いたら怒り狂ってしまうかもしれん」

 

 ウェエェ〜〜! 

 テリオスさんの「嫉妬してしまうほどには」ってガチでそんくらい重たい言葉だったの? だからアルはあの時「面白いものが見れた」とか言ってたのか。アイツ本当許せないな。

 

「冗談だ。そんな顔をするな」

「グラン家って全体的にこんな感じなんですか?」

「弟の格が違うだけで俺は悪辣じゃないと自負している。少しばかりは自覚はあるがな」

 

 この兄弟マジでさぁ…………

 

 聞きたいことは一通り聞いたようで、満足した顔で飲み物を飲んでいる。

 俺は奢ってもらう立場だからな。余程露骨に蔑むような事を言われたとしても一度ならば許すことにしている。次してきたら裁くに決まってんだろ。

 

 話すこともなくなり少しだけ静かな時間が流れ、氷が溶け始めて音を奏で始める頃合い。

 

「────テオ!」

 

 閑静な空間に響き渡る声。

 聞き覚えのあるその声は足音を立てながら俺の背後へとどんどん近寄ってきている。対面のテオドールさんはニヤニヤしているので、この人が待ち人で間違いなさそうだ。

 

「聞いてくれ、今日発売の特典としてエイリアス様の直々のサイン付きだったんだ! 永い時に渡って表に出てこなかった人物の初期サイン、これは絶対後世に残さねばならない逸品に────」

「それは良かった。だがソフィア、彼の前で態度を崩してもいいのか?」

 

 たまたま相席していると思ったのだろうか? 

 テオドールさんの目の前まで来て興奮さめやらぬと言った様子で力説していたのだが、俺の顔を見て徐々に動きが止まっていく。

 

「……………………メ、グナカルト」

「どうも、ソフィア・クラークさん。師匠のファンなんですか?」

「エイリアス様の、というより十二使徒全部だ。それも重度の」

 

 フリーズしたまま動かなくなってしまった。

 別にいいんじゃないのか、俺も究極的には英雄オタクになるしな。

 

 しかも扱いとしては英雄のことめっちゃ調べてるし知ってるけど自分が英雄扱いされるのはイヤとかいう典型的なめんどくさ野郎である。

 

「わざわざ変装までするんすね」

「恥ずかしいと思ってるらしい。俺はいい趣味だと言い続けてるのに一向に信用されんのでな、婚約者(・・・)としては悲しい思いをしているよ」

「ちょっと待ってください。なんでもないように爆弾発言するのやめてくれませんか?」

 

 やっぱアルベルトの兄貴だよこの人、確実に血の繋がりを感じるわ。

 

「────何を暴露してるんだお前は……!」

「店の中でくらい静かにしたらどうだ? 落ち着きがないな」

 

 あ、テオドールさんが魔法で攻撃食らってる。

 なるほどな、いつもの俺は側から見たらこんな感じなのか。人の振り見て我が振り直せ、でもルーチェとかステルラが煽れる状況なら煽るよね。我慢漬けの人生だったからその反動で我慢ができなくなってしまった。

 

「師匠のサインか……」

 

 しかし、その手があったか。

 師匠にサインを書いてもらってコレクターに売りつける。魔祖十二使徒の俺への感情の向け方は度外視して、その稼ぎ方があった。やる気はないけど。

 

 俺のために書いてくれた奴を売るってこう、さ。

 

 何か酷い話だろ? 

 

「あ、ソフィアさんどうぞ。俺は暇つぶしに付き合ってただけなので」

「むっ、そうか。ありがとう」

 

 席を譲る。

 

 俺と違って耐久力も完備しているテオドールさんはピンピンしている。

 羨ましいぜその魔法耐久。俺も欲しい。

 

「ご馳走様です、テオドールさん。また今度お礼をしますよ」

「気にすることはない。俺から誘ったのだし、面白い話も聞けたからな」

 

 英雄関連の話をすることはなかったから結構新鮮な気持ちで話をさせてもらった。

 そう言う意味では俺が感謝するべきでもあるのだが、これ以上借りを作るわけにはいかない。

 

「ああ、その前に一つだけ。これが最後だ」

 

 またそっち系かな。

 十二使徒が好きな人の前で俺が知ったかぶりをするのはイヤだからそれとな〜く話を逸らしたいんだが……

 

「お前は何を背負っている?」

 

 …………ふむ。

 

「いろいろ、とかじゃダメですか?」

「漠然とした回答でも構わないが、お前は内容物をしっかり認識してるタイプだろう」

 

 バレてーら。

 それもテリオスさんを測る物差しに使うのだろうか。

 俺なんぞよりよっぽどまともで優秀な人だと思うんだが……まあ、隣の芝生が青く見えるのは人間のサガ。しょうがない部分もある。俺は生きてる人間全員に嫉妬してるよ。

 

「煌く星の輝きが損なわれないために。伝わりますよね」

「十分だ。似たもの同士だよ、お前らは」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

「何を拗ねている。ちょっと奢っただけだろうに」

「そうじゃない」

 

 なぜか拗ねている婚約者様に嘆息しながら理由を考察する。

 情報が漏れた程度で怒るほど器量の狭い女じゃないし、この後飯に行くのだから他人と二人でいたのに引っかかっているわけでもなし。

 

「……メグナカルトだからか?」

 

 不機嫌と言った様子を隠さないまま俺からグラスを奪い取り飲み干してしまう。

 

「アイツは次の対戦相手だ。別に私たちが婚約者だとか十二使徒のみなさんのファンだとか暴露された事は気にしてない。ああ、一切な」

「気にしまくってるじゃないか。安心しろ、お前が負けるとは思っていないさ」

「……だが、テリオスのことだろう?」

 

 理解した。

 つまり、俺はメグナカルトとテリオスが戦うと想定していると思っているのか。

 

「軽んじているように感じたならすまない。確かにあの二人が戦うのは面白いと思っている」

 

 英雄になりたかった男と、英雄にされた男。

 

 この二人の戦いがどういう結末を迎えるのか──楽しみじゃないわけがない。

 因縁、運命、宿命……何と名付けてもいいのだが、あえて名前をつけるとするならば。

 

浪漫(・・)さ。ロア・メグナカルトという人間と、テリオス・マグナスという人間──その二人がぶつかり合う瞬間を俺は見てみたい。舞台に関係なくな」

 

 よき友人ではある。

 だが、俺では彼の悩みに干渉する事はできない。

 だからこそ少しは期待しているのだ。全てにおいて対極をいく男に。

 

「ソフィアのことをどうでもいいと思ってるわけじゃないさ」

「……………………ならいい。私もそれなりに楽しみなんだ、水を差さないでくれ」

 

 

 

 

 



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第二話

「どうも、魔祖さま」

「…………エミーリアか」

 

 実況席と呼ぶには少し豪勢な装飾のなされた一室の中。

 外は夏真っ盛りと呼んでも差し支えない程度の気温まで上がってきたと言うのにこの部屋は冷房が備わっているため、とても過ごしやすい空気感だ。

 

「ご一緒しても?」

「好きにするがよい。小僧はどうだ?」

「ロア君のことならアタシはよく知らない。彼にとっては師匠の友人ってポジションだからさ」

 

 ただのファンだよ。

 空いてる椅子に腰かけて会場を見下ろす。

 思い付きで始めた学園がここまで立派なものになるなんて考えていなかったし、ぶっちゃけ魔祖が続けられると思っていなかったので驚愕した。

 

「…………成長したなぁ」

「……オイ。儂の方が年上だぞ」

「中身は子供のままだったろ?」

 

 顔を逸らして聞かなかった振りをするあたり、本当に人間的に成長したんだなと実感する。

 

 出会った当初だったら殺されてるよ。

 

「『なぜ雑魚に教えなければならんのだ』、なんて言ってた奴が人を育てる職に就くなんて……」

「…………それなりに使える奴が増えて来たから儂も少しやる気になっただけだ」

「いやいや、良い変化だ。アタシは嬉しく思うぞ」

 

 あいつ(・・・)が死んで、色んな影響があった。

 戦争終結を、なんて願って立ち上がった志のある連中ですら動揺を隠せなかったのだ。公表できる筈も無く、弔うことすら満足に出来ずに秘匿する始末。挙句の果てに殺した奴の特定すら出来ていない。

 

「危うく分裂寸前だったのが、よくもまあここまで持ち直したもんだよ」

「フン。儂は今でも平和だの何だのに尽力する気など毛頭ない。そんなものはソレを願う者達が支えればいいとすら思っているが────それはそれとして、だ」

 

 語る目付きは柔らかく、なんだかんだ今の世界を気に入っているのだろう。

 かつて作り上げた魔法という概念。争いごとに積極的に運用されるのではなく、『守るための力』として発展を続ける姿が。

 

「まあ、その、なんだ。あやつが成し遂げた物で、唯一遺した成果が平和(コレ)だ。ならば維持してやろうという気にもなる」

「…………健気だ」

 

 ベタ惚れだな……

 本当にアイツには驚かされてばかりだ。 

 四か国が戦争を続ける様を見て、それでもなお『人は変われる』と豪語したあの胆力。『変えてみせる』とすら宣言して手始めに魔祖にコンタクトを取るって聞いた時は正気かと思ったが────大正解だ。

 

「“英雄”────良かったのか?」

「何がだ」

「ロアくんに付けて、さ。テリオスくんに対して見向きもしなかったのに」

 

 少し嫌そうな顔をして此方を見てくる。

 

「……あやつはあやつだ。死んでも“英雄”等にはなれんし、なる必要も無い」

「ちゃんと言ってやれよ。言葉は言わないと伝わらないって学んだだろ?」

「ぐ…………それは、その通りだが……」

 

 やれやれ。

 そう言う点ではやはりロアくんに“英雄”と名付けたのが如何に慧眼だったか思い知らされる。人の心を労わり、努力が嫌いだと宣言しておきながら鍛錬を怠る事は無く、授かった唯一を以て戦いに臨む。

 

「戦ってる時の顔がさ。似てるよな」

「…………ああ。似ている」

 

 歯を食い縛って闘志を剥き出しにするあの表情。

 普段の態度とは似ても似つかないあの様相が正しくそうだ。

 きっと本人すら自覚してない類似点、相対した人間にしかわからないあの共通点。エイリアスはそこに気が付いていないのかもしれないが、魔祖やアタシならわかる。

 

「本当に、似てるんだ……」

 

 彼とアイツは違う。

 全く別の人間で、全く別の生命体。

 考える事も違うし向けるべき感情だって違わなければならないのだ。

 

 ……なのに。

 

「駄目な大人に、なっちゃったな」

「…………ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 #第二話

 

 

 なんだか視線を感じる。

 

 当たり前か。

 今俺がいるのは坩堝の会場内、それも出場者として既に準備を終えて待機している状態である。観客席から丸見えなのだから視線は幾らでも感じるに決まってる。

 

 身体の調子はそれなりにイイ。

 魔力の補充もしてもらったしこれまで通りのパフォーマンスは保てるだろう。

 問題があるとするならば、これまでの戦い方で通用していた接近戦での差し合いがほぼ発生しないだろうという点。純粋なる魔法の圧力を凌いで近づかなければならない不利な状況が存在している。

 

 智謀(メイガス)、ソフィア・クラーク。

 

 全属性複合魔法(カタストロフ)という圧倒的な火力を有する上に、並行して幾つもの魔法の使用が可能。単独で戦争を再現できる人材であることは間違いなく、今この世界に現存する人間の中でもトップクラスの使い手だ。

 

 マリアさんやアイリスさんという超近接戦闘型を抑えて三位に君臨している時点で容易い相手ではない。

 

『如何にかつての英雄と同じ軌道を描けるか』────これに尽きる。

 俺自身のセンスなんて一ミリも信用していない。俺にできる事は積み上げてきた事実を僅かにでも増幅させる未知の経験のみ。

 

 …………昨日変な問答をさせられた所為で少し影響されているな。

 

「待たせたな、メグナカルト」

「お気になさらず。俺も今来た所だ」

 

 俺の一番の強みを思い出せ。

 精神力だ。これまでの辛い環境に適応するべく必死に自分をコントロールしてきたじゃないか。現実逃避を重ねて目を逸らせない世界に目を向けて、俺は理想に走り続けている。

 

 ……そんなこと、なんの誇りにもなりゃしないが。

 

 ただ気付けにはなる。

 

「昨日はすまないな。テオドールが余計な事をした」

「それは気にしてませんけど、この会話聞こえてますが大丈夫ですか?」

「……………………あっ」

 

 あのさぁ。

 いきなりへっぽこ晒してんだよね。

 これ俺悪くないよな? 相手が自爆しただけだよな、多分。

 

 頬を引き攣らせながらソフィアさんは俯いた。

 

「終わった…………」

「最高学年だし全体にアナウンスしても別にいいのでは……」

「違う、違うんだ……あ、あんなに色々拒否してたのに……」

 

 会場の空気感から察するに、上の学年の人達はわかってたっぽいな。

 てことはこれ、あれか。自分は隠してるつもりだったけど傍から見ればバレバレだったパターン。

 

「よくこの感じで隠せてると思ってましたね」

「私に落ち度があるとでも言いたいのか?」

「無くはないですよね、確実に」

 

 そうか…………と言いながら意気消沈してしまった。

 これが戦う前の雰囲気なの冗談だろ。テオドールさんが笑ってる姿が想像できるんだが。

 因みにアルベルトは控え室にいるので観客席の様子を伺う事は出来ない。なぜか頬を膨らませているステルラと、その隣で苦笑している師匠は見つけた。

 

「イイじゃないですか。俺はロマンチックで良いと思いますよ」

「…………恥ずかしいだろうが。貴様のようなイカれたメンタルは持ち合わせていない」

「これは酷い言い草だ。以前も言いましたが、俺はあくまで来るもの拒まずというスタイルなだけで別に自分から吸い寄せには行っていない。どちらかと言えば餌に釣られた人達側に問題がある」

 

 舌戦は俺の勝ちでよろしいか? 

 またレスバトル最強の称号を手に入れてしまったな。最近どいつもこいつもすぐ手を出してくるから全然戦いにならないのが悔やまれるぜ。

 

 ルーチェには全勝している。

 

「よくもそれで、“英雄”と呼ばれるな」

「そればっかりは俺にもわからない。なにせ俺は“英雄本人”じゃないからな」

 

 祝福を起動。

 

 慣れ親しんだこの感覚に身を任せ、右手に握るは光芒一閃。

 俺に出来るのはこれだけだ。魔力で自身を強化する事も出来ないし、剣を作り出す事も出来ない。師匠が分け与えてくれた力を以てようやく戦場に立つことができる。

 

「成ろうとしても成れないし、誰かに成り代わるつもりもない。ロア・メグナカルトという人間はただ一つの事に全てを賭けると決めている」

「……我々(・・)にとっては耳が痛い話だ」

 

 俺の戦闘準備を見てソフィアさんも魔力を練り上げる。

 その両手に現れた二つの魔力球──あれを媒体にして魔法を放っているのは前回確認した。

 一つ一つに属性を振り分けて発動させる全属性複合魔法の鍵にもなるのだが、俺の予想が正しければそれだけではない。あの魔力球一つ一つに警戒を向けるべきだ。

 

「何かに憧れ、何かに成りたくて、ただ我武者羅に生き続ける我々と──お前達のように、ただ一つを追いかけ続ける者。大差ない存在の筈が、大きな壁が目の前にあるような気分だ」

「そこまで変わり無いと思いますが」

「違うさ。どうしようもないくらいに」

 

 一度苦笑を溢してから、更に魔力球を増幅させる。

 既に数は四つまで増えた状態で、語りを続けた。

 

「どうしても手が届かない。その領域に辿り着きたくて必死に藻掻いていても、選ばれた人間ではない。それが真っ向から叩きつけられた時の虚無感は筆舌に尽くし難い。それが他人の手に渡っている瞬間は本当に不愉快な気持ちになる。そこで満足しろ、お前は選ばれた人間じゃないかと────嫉妬するのさ」

 

 気持ちはわかる。

 俺にそれくらいの力があれば、才能があれば、センスがあれば、全てがあれば────こんなに苦しむことはなかったのに。

 

「病気だよ、これは。現実と理想に折り合いを付けられない病だ」

「……自分にとってのゴールが必ずしも他人のゴールとは限らない。そういう事でしょうね」

 

 霞構えで待ち受ける。

 七つまで増えた魔力球は高密度で練り上げられたのが俺ですら認識できる程で、とてもではないが油断できる状況ではない。

 

「君の胸を借りたい。英雄と呼ばれ、憧れ(目標)に認められる君の!」

「どちらかと言えば俺の方が格下なんだが…………」

 

 また『英雄』の所為じゃねぇか! 

 いい加減にしろよ、この二つ名。厄介事を引き寄せる事ばかりだ。

 魔祖め……怨むからな。具体的には英雄がどういう感情を寄せていたか、死ぬ直前になるまで伝えてやらねぇ。

 

「最大出力で────全てをねじ伏せろ!」

 

 とんでもない号令と共に、魔力球が唸りを上げる。

 一瞬で臨界点を越えた魔力がその威力を保証している。

 

 どうする? 

 受け止めるには強すぎる、だが──避けてどうにかなるような技でもない。

 賢く行くのならば距離を取って上に逃げるべきだ。幸いな事に空でもある程度動けるのは確認済みだし、機動力がある相手との空中戦にでもならない限りは大丈夫だろう。

 

 だが…………

 

「────全属性複合魔法(カタストロフ)!」

 

 放たれた七色を含む黒の閃光。

 

 智謀。

 俺が絶対に到達する事の無い魔法の到達点に位置する人物の放つ攻撃。

 避けてもなんとも言われないさ。合理的に、俺はステルラと決勝戦で会うと決めている。それを考慮すれば正面から行くのは愚策中の愚策で、俺は弱者として考えて立ち回るべき。

 

 だが。

 

 光芒一閃を力強く握り締める。

 俺にはこれがあるんだ。師匠に授けられた唯一、かつての英雄と同じこの武器が。

 

 ならば、証明してみせなければならない。

 

『俺が英雄として相応しいか否か』ではなく、『かつての英雄は偉大だった』という事を。

 

 それが、誰よりも彼の事を知っている俺がやるべき事だ。

 

 過大評価もいいとこさ。

 かつての英雄ならば簡単に対処できただろう圧倒的な物量の魔法一つにこれだけ葛藤する時点で俺は到達できてない。まだ、ステルラを守るには何一つとして足りていない。

 

「──……それでも」

 

 これは星を追いかける技じゃない。

 どこまでも二番煎じで誰かの影を踏んで歩く俺だからこそ使える技。剣に光が収束し、これまでの剣技とは一つ違う段階に至ったことを証明している。

 

 一度だけ放った未完成な技。

 ヴォルフガングと相対した時に放ったあの一撃を思い出せ。

 

 劔に紋章が浮かび上がる(・・・・・・・・・・・)

 

「応えて見せるのが、男だろうが!」

 

 莫大な閃光を伴い、真正面からぶつかり合うために駆け出す。

 一歩、二歩、三歩────距離は満足に助走できるほどある訳では無いが、それで十分だ。

 

 滑り込む様に身体を揺らし、回転の勢いも乗せて渾身の一振りを叩きつける。

 

「────光芒一閃(アルス・マグナ)!!」

 

 其れは、かつての英雄の完全再現(・・・・)

 俺が幼い頃に夢見た軌跡を描き斬る、これまでの人生で最も積み重ねた輝き。

 

 その全てを、今ここで──解き放った。

 

 

 

 



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第三話

お待たせしました


 黒に染まった視界を紫の光が切り裂いていく。

 振るう腕が僅かに軋む。肉体的な補助は一切つけていないため全属性複合魔法の発生させた物理的な圧力が俺を蝕んでいる。

 

 光芒一閃に影響は無い。

 

 握る俺の指が少しずつ、ほんの少しずつ削れていく。

 じわじわと肉が消滅して行く不快感を噛み締めて、更にもう一踏ん張り畳みかける。

 あ〜〜〜〜〜〜〜〜、クソが。死ぬほど痛ぇ。神経が剥き出しになってるし指先の感覚が消えてくしなのに幻痛は残り続けるし、欠損は本当に嫌いだ。

 

「────これで、どうだッ!!」

 

 光芒一閃を振り切って視界がクリアになる。

 残光が僅かに漂うがそれも束の間、驚愕といった表情を隠せないソフィアさんの姿を捉えた。

 

「…………剣一本で、切り抜けるか……!」

「俺にはこれしかないので、ねっ!」

 

 隙は与えない。

 だが、紫電迅雷はまだ使うべきではない。

 あれは相手が消耗して、正真正銘渾身の一撃を叩き合う時に使うのだ。ただでさえ手数でも威力でも負けているのだから先にジョーカーを切るわけにはいかない。

 

 一歩踏み込み、大きく加速する。

 

 動揺は見られない。

 驚きはしたが想定の範囲内だったという事か。

 

 もっと慢心して欲しいね、俺としては。

 強敵相手に一撃叩き込むには油断につけ込むのが一番手っ取り早いし、何より楽なんだよ。それなのに俺の対戦相手は誰一人として油断しないし諦めもしない。

 

「行け!」

 

 高速で飛来する魔力球。

 そう使うのか! 魔法を出すための単純な装置ではなく、自立、もしくは手動で動かすことの出来る飛び道具。

 

 正面に飛んできたのを一つ避けて、避けきれない球二つを叩き斬る。

 

 ──瞬間、視界が閃光に包まれた。

 

 まずい、と思った時には遅かった。

 至近距離で爆発をまともに受けてしまった──が、この程度の損傷なら問題ない。

 

 顔を腕で覆って爆炎の影響を回避する。

 僅かな耳鳴りと歪んだ視界が生身に対する影響力を如実に表している。それに加えて庇った腕も当然無傷とはいかず、制服は焼け落ちて皮膚は赤黒く変色した。

 

 あ〜あ、最悪だよ本当にさ。

 

「ノーダメージ、という訳にはいかんだろう?」

「このくらいならダメージにはなりませんよ。痛いから不愉快ですけど」

 

 魔力球そのものに、破壊された際に爆発するように仕込んである。

 厄介極まりないぜ。放置していれば魔法を独立して放ってくる可能性があるし、そもそも俺に突撃してきて周辺で爆発されたら堪ったもんじゃない。

 

 指先が欠けてるが……まあ、この程度ならば放置して問題なし。

 腕が消滅したとかそういう風になったら流石にキツいからな。そうならないように鍛錬は積んで来たし、機動力が下がれば致命的なまでに戦闘能力が低下するので気を割いている。最悪腕の一本程度くれてやるさ。

 

 それで勝ちが拾えるのなら。

 

 そんな俺の思考はさておき、ソフィアさんの周囲には未だ魔力球が健在である。

 これは非常によろしくない。これまでの相手の攻撃は光芒一閃で破壊すれば無効化できて、なおかつ俺自身のレンジに持ち込むことが可能であったから勝利をもぎ取れた。

 

 しかし……究極的に相性が悪い。

 

「近接殺しすぎるだろ」

「君に近づかれては勝ち目がなくなるからな。そうならないように徹底的にやらせてもらう」

 

 過大評価キッツ〜〜〜〜! 

 近づかなきゃ勝ち目がないのにその可能性すら叩き潰されたらもう俺ボコられるだけじゃねぇか。思わずげんなりした表情を見せてしまったが、それでもソフィアさんの警戒が弱まることはない。

 

 人気者は辛いぜ、やれやれ。

 

 そんな風に戯ける余裕もないが……

 涙がでそうだ。

 

 魔力の保存量はまだ問題ない。

 光芒一閃を十分に使えるのはおよそ五分、紫電迅雷を使用できるのは一分と言ったところか。

 なかなか厳しいラインではあるが────こちらが追い詰められている側である。出し惜しみは不可能で、俺は死力を尽くすほかない。

 

 思考をクリアして一度だけ深呼吸する。

 

 落ち着け。

 冷静に行こう。

 決め手に欠けるとか、火力が足りないとか、そんなのは気にするな。

 

 勝つ。

 絶対に勝ち上がる。

 

 俺が胸に抱く感情はそれだけでいい。

 

「────行きます」

 

 紫電迅雷を起動する。

 一瞬で身体中を駆け巡る紫の雷の痛みに歯を食いしばりながら、踏みしめる。

 

 魔力球を無効化する方法は一つ。

 

 ────爆発するより早く動けばいい。

 それができないから苦労しているのが前までの俺で、それが出来ても制御出来ないから苦労してるのが今の俺である。

 

 かつての英雄は勿論自力で高速移動できる。ズルじゃん。

 

 内臓が傷付き喉の奥から血の塊が込み上げてくる。

 下手すれば呼吸困難にでも陥ってしまいそうだが、幸か不幸かこの処理にも慣れてしまった。飲み込んで胃の中が真っ赤に染まったのを想像しつつ全力で足を進めた。

 

 僅かに、ほんの僅かにだが、視界に紫が混ざる。

 

 これでいい。

 俺自身では逆立ちしたって絞り出せない限界ギリギリのラインを攻めろ。

 

「紫電迅雷……!」

 

 これは俺が定めた技名だ。

 紫電靡かす且つての英雄、その一閃は龍をも切り裂く────公式に記された記録であり英雄譚に遺された伝説。魔法で造られた巨大な龍を切り裂いたあの一撃に俺はようやく手を届かせられる領域に辿り着いた。

 

 それでも尚追いつくことのない影。

 踏むことすら出来ない、永劫とも呼べる距離を走り続けるこの道。

 

 踏み込んだ右足が悲鳴を上げる。

 初速を出すための一歩目でコレだ。

 

 身体強化の恩恵というより、この魔法は強制的に(・・・・)紫電と同等の速度へと引き上げる魔法。師匠もリスクを考慮してあまり使うなと忠告してくれたが…………

 

 その優しさは受け取れない。 

 俺の身を案じてくれているのはわかるし、俺だって自分の身体は大事だ。無理やり壊したいとは思って何かないさ。

 

 それでも────どうしても、成し遂げなければならない事がある。

 

 なんの証明にもならない気晴らしの決意を胸に抱いて跳ぶ(・・)

 視界は追いつかないが、必死こいて鍛錬した成果もあって身体の動かし方が何となく把握できるようになった。焼け石に水程度だがないよりマシ、自分の成長は日々糧にしてしまおう。

 

 いつも通りの感覚に頼って剣を振るうが────硬い感触が伝わってくる。

 斬れてない。明確に知覚できたのはその事実のみ、構うことなく追撃を入れる為に浮いたまま剣戟を繰り返す。

 

 ────しかし。

 

「それはもう視た(・・)……!」

 

 左目から血を流しながら素手で受け止めるソフィアさん。

 光芒一閃は特徴の無い、ただ純粋に魔力を裂き切れ味の鋭いだけの剣。外部に散々その情報は漏らしてきたから対策される事自体に疑問は無いが────……ぶっつけ本番で試してくるとは思わなかった。

 

 両手に魔力を異常なほどに高めた膜を纏って、近接戦闘を仕掛けてくる。

 

「お前のそれは、魔法に対して絶対的な効果を持つ! 全属性複合魔法ですら呆気なく切り裂かれた事でこれは確信に変わった、ゆえに今────仮定を実証している! 純粋な魔力に対しての効果を!」

「近接もいけんのかよ……!」

 

 ルーチェ程では無いが、十分に実践的な格闘術。

 魔法が出来る人間は物理的にも戦えないと駄目というルールでも存在するのか? もう少しこう、両極端な感じにしようぜ。じゃなきゃ俺が不利だ。

 

 無論俺は紫電迅雷を使用したままなので身体中が軋んでいる。

 そろそろそこら中から血液があふれ出してもおかしくない程度には損傷が激しくなり始めた。視界が赤く染まって来てる感じ目が一番最初にやられ始めてるな。

 

 ソフィアさんの血涙は魔力を集中させ過ぎた代償だろう。

 両手に圧縮した異常なまでに高い魔力、そして紫電迅雷を正確に見抜く身体強化。それだけ並行して魔力制御を行っていれば消耗するに決まっている。俺の選択は間違っていなかったようだな、ただ一つ────俺も死ぬほど消耗しているという点を除いて。

 

 数度の打ち合いでソフィアさんの技量は大体把握した。 

 教科書のようなスタイルだ。正確に、どこまでも基本に沿ったやり方。相手の隙に攻撃を入れるカウンタータイプ。

 

 交戦経験はそこまで豊富では無いと読んで、とにかくかき乱す方向にシフトする。

 

 先程の踏み込みと比べても遜色ない膂力で、超高速で壁に跳ね飛ぶ。

 

 壁に歪みが発生し俺の足にも急激な負荷がかかるが、それを押してでも今を勝負の時と定めた。

 相手は消耗が激しく通常ならばとてもではないが切れない魔力を湯水のように使い果たしている。両手に圧縮した魔力量は俺ですら感知できるほどなのだから非合理的(・・・・)な仮説の結晶、それに加えて魔力球が未だに五つほど浮遊しているのも大きい。

 

 俺の紫電迅雷が切れるのは恐らくあと三十秒程度。

 

 ならば、速攻で片を付ける! 

 

 壁を蹴り反対側の壁に着地、勢いを殺さないように身体を最大限に痛めつけながら更にもう一度跳躍する。正面から向かってくる俺に対応は出来ても、紫電の残光が残った状態ならば見分けるのは困難だろう。

 

 俺もソフィアさんの様子は伺えないがそこは仕方ない。

 

 上へ上へ、徐々に速度と勢いを増しながら魔力障壁を駆けあがる。

 まだ足りない。まだかつての英雄には届かない。あの完成度に至るためには、もっともっと時間を要する。

 

「────……ここから、なら……!」

 

 全身を蝕む激痛に呻きたくなるがそれをぐっと飲み込んで、遥か下へと目を向ける。

 

 未完成な俺と、師匠の力で足りないのならば。

 それに何かを付け加えればいい。

 

 高高度からの突撃────防げるものならば! 

 

「防いで、見せろッッ!!」

 

 両手を合わせ、前へと突き出す形で俺を真っ直ぐ見抜くソフィアさん。

 この遠距離からですら知覚できる程に高まった魔力が両手にかき集められている。

 

 ……上等だ。

 俺達(・・)とソフィアさん、どちらが上か。

 雌雄を決しようじゃないか。

 

 刹那、駆け出す。

 走るというより最早墜ちると表現したほうが良い程の速度で真っ逆さま。

 まさに紫電、いいや──稲妻とでも表現しておこうか。名付けるのならば、雷槌紫電とでも呼ぼう。

 

 正面から叩きつけられる膨大な魔力の壁。

 どうやらソフィアさんが選択したのは純粋な魔力による防御らしい。大正解だし、再度全属性複合魔法を放たれてもどうとでも出来る自信があった。超高濃度の魔力に対する効果がどれほどのものなのか俺は理解できてないが……師匠の力だ。

 

 それを貶める訳にはいかない。

 

 数秒拮抗した後に、魔力壁に罅が入る。

 認識したのだろう、急激に絞り出された魔力が追加され更に強固になるが────イケる。

 最後の一押し。右腕に独自に刻まれた祝福が輝きを増し、焼き尽くされた皮膚に紋章のように線を描いて行く。

 

 右腕限定の身体強化(・・・・)

 俺自身の魔力ではない。あくまで祝福に遺された僅かな量だが──俺が人生で初めて見た魔法。ステルラ・エールライトという天才が発動出来てしまった魔法だ。入学して以来一歩ずつ教本通りに進めて来た魔法が、今ようやく発動出来た。

 

 初めての魔法発動が他人の魔力ってのも、俺らしくていいだろう。

 

 鈍い魔力の輝きを突き破って、視線を交える。

 打ち破られたというのに清々しい表情をしている。勢いを保ったまま肩口から腰あたりまで浅く斬り、致命傷にならない程度の傷で抑える。

 

 婚約者がいる立場の人を傷物に出来る筈もない。このくらいならば傷跡一つ残らず治療できるだろう。

 

「…………手加減までされては、何も言えないな」

 

 静かに肩口を抑えながら呟くソフィアさん。

 

 魔力のほぼ全てを魔力壁につぎ込んでいたのだろう。

 先程まで感じられたあり得ないくらいの魔力が無くなっている。貫けたのは確実に師匠に新たに付与して貰った祝福のお陰であり、また一つあの人に感謝しなければならない項目が増えた。

 

 残心を解き、相対するように立ち上がる。

 右腕の光は既に消え、恐らく本当にギリギリの魔力量だったのだろう。光芒一閃も姿を消して、俺は右手に虚空を掴むのみとなった。

 

「侮辱されていると感じたならそれは謝ります。俺は紳士なんでね、女性に手はあげない主義なんだ」

「自分の女には手を出すのに、か?」

「誰が自分の女だ。そんな思い上がりでもないですよ」

 

 単にそういうマナーだと認識しているだけである。

 いや、アクラシアさんもルーチェも斬らなきゃ止まらないから斬ってるだけなので。ソフィアさんはそこら辺熱くなっていても決着を理解してると踏んだからこれで終わりと定め、その意を汲んでくれただけ。

 

「それに、一つ勘違いをしていますね」

「……勘違い?」

 

 怪訝な表情で俺を見る。

 そもそもの話、だ。俺がこれまでスパスパ斬って来たから間違って認識してるのだろうが……

 

「俺は人を斬るのが嫌いだし、戦うのも傷つくのも傷つけるのも嫌いだ」

 

 かつての英雄の記憶と俺の培ってきた経験。

 師匠は死なないから安心して斬れるのだが、それでも不快感が俺の手を離れる事はない。相手を死に追いやるという行動の大きさは十二分に理解させられているのだ。

 

 勝つためならば斬る。

 殺すという明確な意思を持って剣を振るう事は無い。

 

 この剣(英雄の技)を以て明確な殺人を行おうとするのは…………俺としては、絶対にやりたくない行動になる。

 

「これは俺のくだらない拘り。否定するのもされるのも構わないし、好きに言ってくれて構わない」

 

 だが、撤回するつもりはない。

 人の技を借りてるんだ。貸してくれた人たちの意志を少しでも継ぐのは間違いにはならないだろう。

 

「…………“英雄”、か」

 

 小さく呟いたその言葉。

 

「なぜ君がそう名付けられたのか。かつての英雄を知る由もない我々が計り知れるものではないが…………」

「納得しちゃだめですよ。俺は納得してないんだから」

 

 最後まで言葉を紡がせる事は無く、俺の勝ちでこの試合は幕を閉じた。

 戦闘時特有の興奮が過ぎ去ってしまえば残るのは怪我による激痛である。正直立ってるのも辛い位全身ボロッボロなのだが、気合で歩き出す。

 

 あ゛~~~、痛いなぁマジで。

 見た目はソフィアさんの方が重傷に見えるけど多分俺の方が重傷。

 内出血とか永遠に繰り返してるし筋肉は千切れまくってる。見栄を張って通路まで歩いたが、いくら強固でプラチナ級の硬さを誇る俺のメンタルを以てしても耐えがたい苦痛となって襲い掛かって来た。

 

「やれやれ。そんな事だろうと思ったよ」

「師匠…………なぜここに」

「見栄っ張りの少年ならこうすると理解してるのさ」

 

 悔しい事に言い返せない。

 

 まあ師匠の年齢を鑑みれば俺はガキもいい所だ。百歳超えてる樹木みたいな人と一緒にされても困る。

 

「今、失礼な事を考えなかったか?」

「師匠は何時までも美しいと心の底から褒めていた所です」

「ロアは何時まで経っても変わらないね」

 

 精神が安定している俺と見た目が安定している師匠。

 なかなか因果な巡り合わせになったものだ。いつもの如く回復魔法で治療されている間、身体強化魔法を初めて使用した感触を確かめる。

 

 練習で数度発動したことはあった。

 だが、光芒一閃と並行しての使用が可能だとは思っていなかったのだ。だからあれは完全なる博打であり、これまでの俺の戦い方とは正反対と言える手段。

 

「どうだった?」

「……わかりますか、流石に」

「何年一緒に居たと思ってるんだ。わかるさ」

 

 どうやら師匠には発動を悟られていたらしい。

 祝福を授けてくれた本人だしな。当たり前と言えば当たり前か。

 

「まだ自分の魔力では発動できません。その点で言えばやはり才能ナシなのは変わりませんが────……」

 

 ぐっ、ぐっと数度開閉する。

 すっかり感覚が元通りになった右腕は先程までの怪我など初めから無かったかのように変化しており、魔法という存在の偉大さを改めて実感するとともに、己がどれだけのハンデを背負ってるかを叩きつけられたような気分に陥る。

 

掴んだ(・・・)。いずれ自力で発動する」

 

 魔法剣士としての才は無い。

 幼い頃に師匠に言った通り、俺は大成する事は無いだろう。

 ……それでも、まあ。少しの希望に縋りつくのが俺だ。僅かな望みに賭けて、現れるかもわからない謎に立ち向かおうとしている。

 

「師匠。きっと俺は、貴女が居なかったら折れていた」

「……………………そんな、ことはない。ロアは強い子だからな」

 

 二の腕を摩りながら少し顔を逸らされた。

 

「なんだ。照れてるのか」

「ン゛ンッ! 別に照れてないが?」

 

 まあ、たまには正面から感謝を告げるのもいいだろう。

 毎日言う気はない。こういう時だけだ。

 

「次はルナさんの試合だ。さっさと観客席に戻ろう」

「……まったく。忙しない子だな」

「誰に似たんですかね」

 

 軽く頭を叩かれた。

 

「おめでとう、ロア」

「…………ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

 観客席に向かう前に一個寄り道がしたい。

 師匠に告げて、付いてきてもらっても構わないので用事を足しに行くことにした。共通の知り合いだし、俺より付き合いが長いまであるだろう。

 

「応援か?」

「そんなところです。ていうか察してるだろ」

「テリオスくんに宣戦布告するのかと思って冷や冷やしていたよ」

 

 するわけないだろ。

 面倒ごとは出来るだけ避けたい性質だからな、俺は安全な道を出来るだけ選ばせてもらうぜ。

 

「俺は誰彼構わず相手にするわけじゃあない。それは師匠だって理解してるでしょう」

「けれど、放っておくこともしない。君はそういうヤツだ」

 

 放置することに得ないし……

 心の傷を癒すのは時間だが、それ以外で具体的な手段を取ることで精神が回復できるなら協力するに越したことはないだろうが。人と人、同じ生物であっても言葉にしなくちゃ伝わらないことなんざ腐るほどある。

 

「知らん知らん。あの人たちは俺たちより大人だ」

「……そうだな。大人だ、ロアよりもね」

 

 なんか含みのある言い方だな……

 

 それは置いておいて、目的の部屋の前に到着した。

 特に名札とかが貼ってあるわけではないが────まあここだろ。ノックして反応を待つと、すぐ後に入ってよしとの了承が返ってくる。

 

「失礼します、調子はどうですか?」

「ロアくんじゃないですか。後エイリアスさん」

「お邪魔だったかな?」

「いいえ。私は人目を憚らないので」

「胸を張るなよ」

 

 むふーといつも通りの無表情で胸を張るルナさん。

 緊張はあまりしてないようで何よりだ。戦うコンディションを維持できているというのは素晴らしい。

 

「エミーリアさんはいないのか」

「お師匠は魔祖様と一緒にいるそうです。ロアくんの試合が始まる前にどこかへ行ってしまいました」

 

 …………へ、へぇ。

 そうなんだー。魔祖と一緒に俺の試合見てたんだ〜。

 なんか余計なこと言いまくった気がするんだよな、俺。大丈夫か? 変に捉えられないことを祈る。

 

「ロアくんがわざわざ試合前に応援しにきたのは私だけ……つまり私のことを選んだってことですよね?」

「バカが」

「照れ隠しが強烈ですね」

「このアホを黙らせろ」

 

 ぐにぐに頬を引っ張るが変わらぬ無表情。

 もう一種の愛嬌ですらある。

 

「い〜いじゃないか。いつも私たちのことを掻き乱しているんだし、たまには引っ張り回される側にまわっても」

「俺はいつも巻き込まれてるんだが……」

 

 主体となっているのは貴女方であって俺はあくまでそれを収めようとする解決役だ。ステルラのコミュ障、ルーチェの拗らせ、ルナさんの爆弾、アイリスさんの異常性癖、アルベルトは等しく地雷を踏みしめる地雷処理班(爆発させているだけ)。

 

 俺よりよっぽど周りの連中の方がヤバいんだぞ。

 

「ルーチェさんは他のご友人といらっしゃるときはお嬢様みたいになりますよ」

「嘘をつくな」

「嘘じゃありません。ルーナみたもん!」

「その若さで幻覚を……」

 

 ムッキー! と相変わらず無表情で憤りを見せる。

 頬だけ膨らましているが目の曇り方と起伏の無い表情筋が本当に微動だにしないのだ。いやまあ、内面は感情豊かだと理解してるから俺はいいんだがな。

 

「ルーチェが(ワタクシ)とか言い出したら悪いけど笑っちまうな」

「あっ…………」

「何よりも暴力と努力というお嬢様からはかけ離れた要素で構成されているし、俺に対してそんな態度を見せたことはない。名家の出身だという事は理解しているし、それ故の所作を身に付けている事は否定しないが…………むっ」

 

 俺の肩に置かれる手。

 嫌な予感がヒシヒシとするぜ。具体的には、とてつもなくテンプレートな展開が俺を待ち受けている予感だ。

 

「────そう。それはとても、哀しい話ですわ(・・・)……」

「深窓の令嬢と表現するのが適切では無いというだけで俺はルーチェ・エンハンブレという少女は可憐で慎ましい淑女だと認識している。だから徐々に強くなっている握る力を少しずつ弱めてくれると非常に有難いんだが」

「遺言はそれだけかしら?」

「…………優しく頼」

 

 久しく味わっていなかった床の感触だ。

 地味に冷えているこの感覚に加えてゴツゴツとした硬い感触が堪らない(我慢できない的な意味で)。

 

「ルーナさん。頑張ってくださいね」

「ありがとうございます。是非とも勝利をもぎ取ってきますよ」

 

 やれやれ。

 どうやら俺の事は無視する方向性らしい。

 床を伝う足音から察するに、いつものメンバーに+して一人って所か。アイリスさんかな? 追加メンバーは。

 

 左目が見えないのだが、これ潰れてる? 

 

「ロアは学習しないな」

「学習はしている。懲りてないだけだ」

「悪化してるね……」

 

 師匠が顔にちょびっと触れて回復魔法を使ってくれる。

 もうこの治療の気持ち悪さにもなれちまったな。もう仲良しだし親友みたいな感じにすらなっているが、向こう(苦痛)がどれだけ俺の事を好きになっても俺が好きになる事はないぞ。

 

「大丈夫?」

「誠に遺憾ながら」

 

 ステルラが覗き込んで来たから身を起こして立ち上がる。

 

「ルーチェ。お前は感覚が麻痺しているのかもしれないが、普通に考えて眼球が潰れるのは大怪我だ」

「痛みが好きな人もいるじゃない」

「アルベルトしか喜ばん」

「僕が異常者みたいな言い方やめてくれない? まあ痛いのは歓迎だけど」

 

 お前そう言うトコだぞ。

 コイツもこの後試合があるっていうのに余裕綽々と言った様子だ。

 

「やっぱり愛が籠ってる一撃はイイよ。ロアもそう思うだろ?」

「俺を巻き込もうとするな。愛ってのは態度と言葉で繋がるものであって暴力で分かり合えるものじゃないだろうが」

「えぇ~。ルーチェとはあんなにイチャイチャしてたの」

 

 アルの姿がブレた。

 少し耳が赤くなったルーチェによる渾身の一撃はアルベルトの腹部に直撃し、痛みに強い筈の男ですら沈ませてしまった。仮にも出場選手だから師匠が回復魔法をかけているが恍惚とした表情を浮かべているので放置してもいいんじゃないだろうか。

 

「ルーチェが俺の事を好きなのと愛を伝える手段は関係ないだろ」

「すっ…………別に、誰もアンタの事を好きだなんて言ってないでしょ」

 

 ニヤニヤしながら言ったらめっちゃ睨まれた。

 モテる男はつらいぜ。俺は来るもの拒まず、全員で養ってくれるならドンと来いという器量を持ち合わせている。

 

「じゃあお前は俺の事が嫌いなのか……悲しいな……」

「~~~っ! ああもう、だからそうじゃないって言ってるでしょうが!」

 

 お前このパターン何回目だよ。

 いい加減学習しろよ、俺は面白いし色々感情満たせるからそれでいいけど。

 

「俺は等しく皆の事を好いている。全員が俺の出資者足り得るからな」

「とんでもない発言してますねこの男」

「育てた人間の顔が見てみたいね」

 

 師匠が顔を逸らした。

 

「さ、さあ! そんな事よりそろそろ試合じゃないかな?」

「話題の逸らし方よ」

 

 かなり強引に変えて来たが、確かにそろそろ始まる位の時間ではある。

 

「テリオスさん、か……」

 

 俺も因縁を付けられているが、ルナさんもルナさんで因縁があるだろう。

 下馬評では『唯一土を付けられるかもしれない存在』、そして魔祖の息子と呼ばれる彼と第三席を継ぐ女性。どちらも英雄という存在に何かを感じている。

 

「絶対ド迫力怪獣バトルだろ」

「否定はしません。小手調べはともかくとして、私と彼が本気になるのは必然ですからね」

 

 ルナさんの戦いに対するモチベの高さはなんなんだろうな。

 

 俺の手を取ってにぎにぎしてくる。

 炎魔法を扱うルナさんだが、人肌と変わらない温かさをしている。

 この人のトラウマの根源は自身の無力さとそれによって引き起こされた凄惨な事件。死に対する考えが他人より一歩後ろで先にいる。

 

 この中で死んだ経験(記憶だけだが)を持つのは俺だけだ。

 

「戦わなきゃ駄目な時代は終わりました。俺達が戦っている理由は個人の我儘に過ぎません」

「……ありがとうございます。ですが、大丈夫です」

 

 変わらぬ無表情ではあるが、やはりルナさんは強い人だ。

 ルーチェやステルラとは一つ年上というだけなのだが、恐らく紅月(スカーレット)と呼ばれている事に起因している。ステルラやヴォルフガングも継いでるんだがな、それとは少し責任感が違うんだ。

 

 エミーリアさんはずっと表舞台に立ち続けている。

 英雄と共に最前線を駆け抜けて戦争を終結させた、ある意味で英雄の次に人気があると言っても過言ではない。他の十二使徒は個人を優先したり姿を晦ましたりしているが、魔祖とエミーリアさんだけはず~~~っと国の為に生きている。

 

 その跡を継ぐという意味。

 

 …………だからか? 

 魔祖がテリオスさんの事を英雄と呼ばないのは。

 俺は向こうの事情を一切知らないが故に憶測になるが。

 

「勝ちますよ。私」

 

 チリ、と。

 僅かに火の粉が舞った。

 

「勝ったらハグしてください」

「別にそれくらいなら構わないが……」

「ロアくんからしてくることに意味があるんですよ。『勝ったんだね、流石僕の見込んだ婚約者(フィアンセ)だ……』って言いながら」

「絶対やだ」

 

 えぇ~~、じゃないんだよな。

 それやられて喜ぶ奴いねぇだろ。ていうか英雄すらそこまで気取ったことはして……して……な……い筈だ。

 

「それでは行って参ります」

「いってらっしゃい。……応援してますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと会場までの道を歩く。

 

 戦う事が好きじゃない。

 いいや、正確には違う。

 

 自らの培ってきた炎属性の魔法────それに伴う被害が怖い。

 完全に制御できる程度には磨き上げてきた。両親を失い精神的に崩壊した時も、全ての気を紛らわすために、罪の清算をするために必死に師匠に教わって生きて来た。

 

 それでも、始めて試合を行ったときに聞こえた声。

 燃える炎の中で生きたまま焼かれるクラスメイトの姿。忘れてはいけない、忘れるわけにはいかない。治療が間に合ったけれど、心に傷を負ったまま魔法自体にトラウマを抱き学園を去ってしまった。

 

「…………ふむ」

 

 小さく指先に火を灯す。

 魔法という種別ではあるが、コレは一般的な魔法とは少し違う。

 

 魔祖十二使徒第三席・紅蓮(スカーレット)のみが扱う特殊な魔法。

 自身の肉体が炎へと変化するのを前提とした(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、正真正銘オンリーワンの魔法。師であり育ての親であるエミーリアが本当に教えるのを渋った魔法だ。

 

 勿論一般的な魔法も習得している。

 座する者(ヴァーテクス)へと至る前にひたすら積み上げた研鑽よりも、至ってから習得したこの炎魔法の方が圧倒的だ。

 

 指先の炎を消して、自身の手を眺める。

 

 先程まで触れていた想い人の熱が宿っている。

 どことなくドライな空気感を出そうとしているけれど、内に籠める熱量が尋常ではない人。客観的に自分を見れている様で見れていない人。

 

「わかってますか? ロアくん」

 

 勝ちますよ、という宣言。

 これはテリオスさんだけではなく、貴方も含めて勝って見せるという宣戦布告。

 かつての英雄に勝ちを譲り仲間になって後悔を積み重ねたのが先人ならば、私は勝ちを譲らず仲間になる。

 

 師の後悔は根深いものだ。

 

 最期の瞬間に立ち会えず、好きな奴がいると聞いていたのに――そんな風に嘆いていた。

 口調は柔らかいモノではあったが、表情は無意識に出ていた。いくら人との関係性に疎い私であってもそれはわかるくらいだった。

 

「……時代が変わったからこそ。私は貴方を置いて行きません」

 

 師の因縁も、私の心も。

 

 全部纏めて焔で染める。

 

 

 

 

 

 



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第五話

 用意された飲料水を口に含んで、熱を冷ますようにゆっくりと飲み込む。

 

 よく冷やされた液体が喉を通過し食道を通り胃の中に落ちる。

 自分の肉体はよく把握できている。ベスト、とは言い難いが、調子が悪いと言い訳できるほどではなかった。

 

「不安か?」

 

 共に控え室で待機しているテオドールが揶揄うように言ってくる。

 婚約者が負けたというのにいつも通りの調子を崩さない彼は、優雅に足を組み紅茶を楽しんでいる。

 

「相手が相手だからね。これまでの戦いとは条件が違う」

紅月(スカーレット)、ルーナ・ルッサ。一回戦はバルトロメウスだったし、お前は何かを継いだ人間としか戦えない仕組みになっているんじゃないか?」

「……そうだね。そして、僕だけが何も継いでいない」

 

 敬愛する魔祖より受け継いだものは魔法くらいで、血も繋がっていない。

 ()は一体なんなんだろうか。英雄になりたいと願って、それ相応の努力はしてきた。母のあんな寂しそうな顔を見たくないから、そんな顔をさせるくらいならば()が英雄になってやると意気込んだ。

 

「ロア・メグナカルト……」

 

 その答えを君は知っているのか。

 人を惹きつけてやまない君ならば、僕の求める答えを持っているのか。

 きっとこうやって頼ろうとするから駄目なんだろう。母曰く、かつての英雄はとてつもなく頑固だったそうだ。それはもう面倒臭いくらいに頑固だったと、楽しげに話していた。

 

 僕は頑固だが、それは聞き分けのない愚かさ。

 自覚している。彼のような、「一つのことを成し遂げようとする」意思を頑固だったと言っているのだろう。

 

「……やれやれ。過ぎた憧れは身を滅ぼすぞ?」

「もう、とっくの昔に焦がれてる。手遅れさ」

 

 呆れるようなテオドールの声に、少し意地になって返した。

 冷静であれ。いつだって感情豊かに、それでいて自然に、そして柔らかく。僕が目指したのはそこの筈であり、今の状態はとてもではないが褒められたものじゃない。

 

「…………すまない」

「気にするな」

 

 僕は弱い。

 

 戦いの実力は確かに相応のものだ。

 誰にだって胸を張れるくらい実績も積み重ねて、名実ともに世代の最強を名乗っている。七世代に渡る中で最強を名乗れるのは僕だけで、決して隙間世代とは呼ばせないくらいの自負はある。

 

 それとは違う精神の根底の話だ。

 

「それになテリオス。どんな人間だろうと、弱みを吐き出すタイミングは存在するものだ」

「まあ……それに関しては確かに。彼は弱みを吐き出しまくってるし」

「アイツはアレが本性なだけだ。包み隠さずに全てを曝け出してなおかつ人を惹きつける、そういう人種であるというだけ」

「正に英雄、か」

 

 ハリボテとは違う、本物。

 これが彼ならば、役目を譲るのだろうか。自分が座りたい、座らなければならない席に誰かが座ったとしたら────彼は諦めることはあるのか。

 

「是非とも、確かめさせて貰わないとな」

「その意気だ。まずはその前に強敵が待っているがな」

 

 そのためにも今日勝たなきゃ行けない。

 

 強敵だ。

 戯れで十二使徒の人たちに相手してもらったことはあったけれど、本気になったあの人たちにはやはり一歩届かなかった。純粋な戦闘経験と、何よりも命の奪い合いというプレッシャー。

 

 あの人達は、人を殺すのに躊躇いがない。

 故に死の淵まで平気で追い込んでくる。

 

 仕方のないことだと思う。

 かつての戦争のことを知っていればそう思える。

 

 僕は人間同士の凄惨な殺し合いを見たわけではないけれど、人の尊厳を踏みにじることがどれほど屈辱的なことかは理解している。それを招かないために、あの人達は厳しく現実を押し付けてくるのだ。

 

「同格相手の戦いなんて随分と久しぶりだからね」

「俺は格下か?」

「油断はできない相手だよ」

 

 至ってなくても強い奴は強い。

 その代表格がテオドールという男だった。 

 

 しかし今日の相手は至っていてなお強い相手である。

 これまでとは違う心持ちが必要だった。

 

「行ってくる」

「頑張れよ」

 

 

 

 

 

 

 

 #第五話

 

 ルナさんが会場へ向かったので、俺達も観客席に移動することにした。

 アルベルトだけはその場に放置である。申し訳ないがな、お前は次の試合に出る人間だから。気にしてないと言った仕草だったが、本当に気にしてないだろう。そういう奴だし。

 

「あれ、師匠どっか行くんすか」

「うん。ちょっとこの試合はね」

 

 ふーん。

 最前列の席にスタスタ歩いて行ってしまったが、空きが多くあるようには見えない。仕方ないから後ろ側に陣取るしかないな。

 

「あ、ロアくんだ」

「どうもアイリスさん。ご一緒しても?」

「どうぞどうぞ」

 

 周りが都合よく空いているのでその席に座る。

 元々避けられ気味なんだろうな。別に斬ったりなんだりを速攻するような人ではないが、確かに狂気はあるので事情を知らない人間からしてみれば恐怖でしかない。

 

「ねね!」

「なんですか」

 

 ぐいっと顔を寄せて耳元に囁いてくる。

 

「痛いのも斬るのも嫌いなのに、なんで私には付き合うって言ったの?」

「困ってる人が居たら手を差し伸べるのは普通じゃないですか」

「……それだけ?」

 

 なんか不服そうだな…………

 

「誰でもいい訳じゃない。俺が、離れて欲しくないと思った人にだけだ」

 

 これはある程度本音である。

 俺は自身の性根とそれを見る世間一般からの意見を客観的に理解しているからな。ヒモ男というレッテルはどうにも拭えないし、一度沼に嵌まったとしてもある日突然目を覚ましてしまう事も無いとは言い切れない。

 

 ゆえに、甘えるだけではなく『いなきゃ駄目だ』と思わせる事が大事なんだ。

 

「……ふ~ん。優しいね、ロアくんは」

「そいつ絶対ロクな事考えてないわよ」

「なんだルーチェ。お前は俺の事を信じてくれないのか」

 

 勿論演技だが、余計な事を言ってきたルーチェには少しだけ悲し気な声色を乗せて話す。

 目に見える位動揺してるな。普段の俺ならばもっと淡白に白々しく告げている事だし、その程度の声の差すら聞き分けられる程度には俺の事をよく見ているし聞いている。

 

「冗談だ。信じてるからな」

「…………最っ低、ホントに」

「やっぱり女の敵かも」

「何故だ。俺ほど女性を思い遣る紳士はいないぞ」

 

 ナチュラルに前の席に座ったステルラは会話に混ざろうとしない。お前さ、もう少し積極的になれよ。

 

「おい」

「うひゃあっ!?」

 

 無防備な首筋を両手で軽く触る。

 一瞬紫電奔ったんだけど、これってそういう事か? う~ん、でもなんかまだ(・・)な気がする。ステルラ・エールライトは人の域を脱してないような気がするんだ。

 

 ルナさんとか師匠とか、そういう枠から外れた人よりは、こう……

 なんとなくだよ、なんとなく。

 

「む~~~~~っ……」

「悪かった。そう睨むな」

 

 肩あたりに手を避けて、まあ、軽く揉むような仕草を見せる。

 マッサージくらいはしてやるよ、という意味でやったのだがどうやらステルラはそうは受け取らなかったらしい。

 

「すけべ」

「変態」

「男の名誉さ」

 

 ルーチェは極寒の視線、ステルラは「~」みたいな口で不満を表してくる、

 

「あ~あ、師匠はなんだかんだ言って(マッサージとして)触らせてくれるのにな」

「え゛ッ」

 

 ステルラは俺のマッサージを必要としないらしい。

 少しだけかつての英雄の好んだやり方を織り交ぜているが、殆ど俺の独学である。あんまり露骨すぎると流石に怪しまれそうだし。

 

「話はここで終わりだ。わかったか、アイリスさん」

「一応流れは渡すんだね」

「恩と義を忘れたことはない」

 

 椅子に少しだけ深く腰掛けて、観客席の様子を伺う。

 師匠がわざわざ前の席に行った理由を考えたのだが────防御要員か? 

 ぱっと思いつくのはその程度だった。常識的に考えて座する者(ヴァーテクス)として相当な地点に足を踏み入れている二人が全力でぶつかればどうなるか、想像できない人達ではない。

 

 寧ろスペシャリストと言っても良いだろう。

 

 ヴォルフガングの一撃で容易に砕けていた魔力障壁が信用できるかと言われれば否と言わざるを得ない。

 

「凄まじい戦いになりそうだな」

 

 魔祖に育てられた人間として功績を残し続けたテリオスさんと、エミーリアさんに育てられ既に継いでいるルナさん。

 このカード以上の戦いは見られない。

 

「ステルラ、お前はどう見る?」

「うーん…………わかんないかも」

 

 にへらっと困ったように笑いながら、ステルラは答えをぼかした。

 

 …………微妙に引き攣った顔をしてるな。

 

「まあいい。俺はルナさんに勝ってほしいとは思うが、勝ってほしくないとも思う」

「応援してるんじゃなかったの?」

「応援はしている。だがその後戦うことになると言われれば話は別だ」

 

 ルナさんと戦ったら消し炭になるだろ、常識的に考えて。

 それだったらまだ光の剣とぶつかり合うテリオスさんの方がマシ。火は燃え続ければやがて窒息に導かれたり火傷で皮膚が爛れたり腕が炭化したり、地獄の責め苦が待ち受けている。

 

「ルナさんとは戦いたくないな」

「……まあ、私も遠慮したいわね」

 

 ルーチェは相性最悪だろうな。

 氷は溶かされるし水は蒸発するし物理は炎でゴリ押しされたらたまったもんじゃない。

 

 そんな風に予想と所感を語っていると、ルナさんが入場してくる。

 緊張は見られない、いつも通りのポーカーフェイス。ただ一つ違う点があるとすれば、俺ですら感知できる程度に魔力が高まっているという事。やる気満々じゃねぇか。

 

 それを見て特に気負った様子もなくテリオスさんが入場する。

 

『驚いたよ。まだ始まってないのにそんなに浴びせられるとね』

 

 なんて言う割には冷や汗一つ掻いてない。

 

『それだけ、僕との戦いを楽しみにしていてくれたのかな?』

『はい。私個人、というよりかは────責任と言った方が正しいですが』

『…………ああ、そういう事か』

 

 一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに納得する。

 責任、責任ね。魔祖十二使徒第三席の弟子としての責任を指すのなら俺も理解できる。前述したとおりエミーリアさんの後継者として名実ともに認められてはいるが、その実力で言えば未だに懐疑的な面もある。

 

 ようは実績不足。

 これから積み上げていく段階ではあるのだが、ルナさん自身が抱える問題があってそれを実行できていなかった。ゆえにそのことに対して自分なりに思う事があった────そういう話。

 

 エミーリアさんは気にしてないと思うがな。

 

『僕の考えが正しいのなら光栄な事だ。紅月(スカーレット)の一歩目に相応しいと評価されているのだから』

 

 紅蓮(スカーレット)────大戦が始まる前からそう呼ばれていたあの人の一歩目は、酷く泥臭いモノだったらしい。自嘲を交えながら事実を淡々と語るエミーリアさんの姿はとても珍しかった。

 

『…………輝かしくもなく、煌びやかでもなく、ただひたすらに(あか)

 

 謳うようにルナさんが話す。

 表情に現れない感情が籠った声が、静まり返った会場に響き渡る。

 落ち着いた冷静な声とは裏腹にうねりを上げる魔力が、その感情の大きさを如実に表していた。

 

『そうやって始まった紅蓮(スカーレット)が、今は私のもとにあります』

『受け継いだ人間の覚悟、か』

 

 …………ああ。

 ルナさんが一番最初に俺に言った言葉の真意がようやく掴めた。

『英雄』と呼ばれる人間に興味が湧いたのは、自らと同じ立場の人間に出会えたから。その上で昔から話に聞いていた遺恨を残し続けた『英雄』の後継者だから、か。

 

『失礼な話だけど、羨ましいよ。見ての通り僕は受け継ぐことが出来なかったからね』

 

 右手に光の剣を握って、テリオスさんは吐露する。

 

『それでもいいのかな、とは思うさ。僕の欲しい席に誰かが座っているのなら、空席ではないのなら。望んだ結果が訪れるのなら…………それでもいいかな、なんて』

『……貴方も大概ですね』

『そう言われると何も言い返せない。そんな僕だからいけないんだろうね』

 

 ザリ、と靴が地面に擦れる音を立ててテリオスさんが体勢を整える。

 

『────でも。諦められないよな……』

 

 非常に見覚えのある構え。

 俺と同じ、そして、かつての英雄と同じ────霞構えで待ち構える。

 

『如何に愚かでも、実に醜悪でも、成し遂げたい夢がある。それを願うことは、誰にだって(・・・・・)否定させない……!』

 

 耳が痛い話だ。

 俺はそんな大した奴じゃない。一から何かを築き上げ、自己を確立した人間と比べるな。

 誰にも言えない秘密があるからここまでやってこれただけなんだ。かつての英雄の記憶があるから今この場にいられるだけ。

 

 テリオスさんが座りたい席に俺が座っているのは、ただそれだけの理由。

 

「……過大評価もいいトコだ」

「…………ロア?」

「気にするな、独り言だ」

 

 ステルラに聞かれてしまった。

 まあいいか、俺が自嘲するのなんていつものことだし気にも留めないだろう。少しだけ不安そうな表情になってから、やがて視線を俺から外す。

 

『…………なんだ。似た者同士ですね、私達』

『……そうかな』

『ええ。どうしようもないくらい』

 

 そう言いながら、ルナさんの身体から炎が漏れ出す。

 徐々に徐々に、少しずつ背後へと収束していくのに比例して圧力が増していく。

 

『親不孝者同士、偉大なる目標のために────ぶつかり合いましょう』

『…………はは。確かにその通りだ』

 

 ルナさんの言葉に懐疑的だったテリオスさんも、苦笑と共に納得を示す。

 

『僕はテリオス。偉大なる魔祖を親に持つ愚か者だ』

『私はルーナ。偉大なる紅蓮(スカーレット)が師であり親である、愚か者です』

 

 瞬間、爆炎が巻き上がる。

 相対するテリオスさんの剣も輝きを増し、そこに籠められた魔力の高さは異常なほど。会場を包み込もうとしていた爆炎が圧縮に圧縮を重ねられ、ルナさんの手の中に収まる。

 

 鮮烈な輝きを発しながら佇むその球体を、惜しげも無く解き放つ。 

 

『────紅月(ルナ・スカーレット)!』

『────月光一閃(ムーンライト・レイ)!』

 

 閃光と爆発が響き渡り、壮絶な戦いが幕をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話

 膨大な魔力を持つ、互いに座する者(ヴァーテクス)という生物の一歩先を行く者達のぶつかり合い。全力全開本気の一撃ではないにしろ、その被害は計り知れないモノになる。

 

 本来ならば、この坩堝という会場そのものが吹き飛んでもおかしくない余波が発生するハズだった。

 

「…………あやつら、なんにも考えておらんな」

「ははっ、いいじゃないか。尻拭いはアタシらがすればいい」

 

 魔祖とエミーリア、二人並んで観客席の最前列に佇んでいる。

 目の前には軋む魔力障壁、されど罅割れ一つ入らない強固な壁と化したソレが揺らぐ。

 

 座する者(ヴァーテクス)に対抗するのなら、座する者(ヴァーテクス)が一番有効。古い大戦を経験し理解していた二人は率先して最前列へとやってきていた。

 

 すべては平和に競い合う事の出来る環境を作り上げる為に。

 

 いまだ爆煙に包み込まれた会場の中で高まり続ける魔力が二つ。両者ともに全く譲る気のない戦闘の行方を憂う様に魔祖がため息を吐いた。

 

「愚か者め。あんなもの(英雄)に憧れなくていいものを」

「若者の特権……とは、言い難いな。ルナもそんな気負う必要ないってのに」

 

 背負った者と背負えなかった者、そして背負わせてしまった者と背負わせなかった者。

 立場の違いがありながらそれぞれが共通して抱えている感情がある。

 

「この立場になってわかるよ。育てるって、大変だよなぁ……」

「……否定はせんが、それはそれじゃ。青臭いガキ共に教えなければいけない事もある」

「じゃあ先ずはテリオスくんとしっかり話し合ってもらって」

「うぐっ……」

 

 愉快そうに笑うエミーリアと対称的に、やましい事があるのか顔を逸らす。

 何かを話そうとして悩む仕草を見せた後、結局口を閉じた。

 

「見届けて、そこからだ。口にしないと伝わらないからな」

「…………フン」

 

 腕を組み僅かに口を尖らせ、不服そうな表情を見せる魔祖。

 それでも瞳は一切動かさない所から、彼女がどれだけ真剣に試合を見ているかが伺える。魔祖のそんな姿を横目で見ながらエミーリアは薄く笑いながら呟いた。

 

「…………運命なんて陳腐な言葉、信じるって言ったら驚かれるな」

 

 脳裏に浮かぶのはかつての英雄。

 

 魔法も剣も体術も才能が無いから死ぬほど頑張ったと言っていた、運命や因縁と言った言葉から最も遠い不屈の男。いつだって気丈に振る舞って、弱みなんて全く出そうとしなかったが、二人で旅した頃の思い出は何時までも焼き付いている。

 

 それでいて闘志は剥き出しの愛しい英雄。

 

 懐かしむ様に想起し、時が過ぎてなお雁字搦めになっている自分の現状を再認識した。

 

『…………輝かしくもなく、煌びやかでもなく、ただひたすらに(あか)

 

 そう呟いた、娘とも呼べる自身の後継者。

 

 人を育てるのは、とても難しい。

 出来るだけ影響の出ないように、出来るだけ自立できるように、一人の人間として生きられるように育てようと思っていた。魔祖十二使徒という枠組みなんて気にしないでほしかった。

 

 あの戦争であんなにも人を殺したのに、今更育て上げることの難しさを痛感する。

 

 振り切れない自分の甘さ。

 そしてそれを受け取ってしまう子供の優しさ。

 どうするのが正解なのか、なにが正解だったのか。

 

「…………ごめんな」

 

 その呟きは、煙を振り払うように放たれた爆炎によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 上空へと身を燃やしながら駆け上がるルーナを追うために、テリオスは背中から光の粒子で形作った翼を展開。

 炎の残滓が残る速度で飛翔する相手に対し衝撃を撒き散らしながら空へと飛び立つ。

 

「……速いですね」

 

 その気配を察知したルーナは、呟きながら周囲に展開した火球を直下へと射出。

 大きさだけならば巨大というほどではなく、手のひらで覆える程度のサイズだが──その中に込められた魔力量は尋常ではない。

 

 ルーナ・ルッサは自らを客観的に評価している。

 火力だけならば師と同等かそれ以上で、純粋な戦闘能力に関しては足元にも及ばないと判断した。それは戦闘経験の少なさからくる自信の無さでもあるし、わずかに心の内にある劣等感の現れでもある。

 

 故に、相手の実力と地力の差を比べ作戦を選択した。

 

 一方、避けた火球が地上で爆発を巻き起こしたのを視認したテリオスは思考を重ねる。

 

 テリオス・マグナスは冷静に分析を行った。

 ルーナ・ルッサの強みはその火力と圧倒的な範囲にある。十二使徒門下であるフレデリックが全力で防御態勢をとっても凌ぐことが出来ない暴力的な出力と広大な範囲、自らの射程の外から放たれた際の脅威は無視できるものではない。

 

 故に、相手の実力と地力を比べ作戦を選択した。

 

 放たれた火球を月光剣(ムーンライト)で切り裂いて、その火球から生み出される爆発を利用しさらに加速する。

 距離が開いていたのにも関わらず、道を阻むものは一つもないと言わんばかりの速度で迫る。

 

 妨害としていくつか置いていた炎のトラップをすべて破壊し、避け、剣を振りかぶった。

 

「────やるね」

「ありがとうございます」

 

 剣は生み出した炎の壁が受け止めた。

 

 魔力量は互角、魔法の質も互角。

 

 紅と光が空で激突する。

 一瞬の拮抗、すぐさま離れ孤を描きながら再度ぶつかりあう。

 漏れ出す炎と溢れる光、現実離れした光景が描かれる坩堝の上空。既に戦いの領域は『学生同士』という枠組みを超え、『頂点に近しい者たち』の戦いへと変貌していた。

 

 剣を炎で受け止めるルーナに対し、テリオスは呟いた。

 

「……近接戦闘も出来るとは考えてなかったよ」

「あまり得意ではないので、離れてくれると嬉しいですね」

「それはできない相談────だッ!」

 

 剣から光が溢れ出し、ルーナの手を弾く。

 懐を曝け出したままではあるが依然として変わらない無表情、落ち着いた様子で後ろへ下がりながら呟いた。

 

「────紅月(ルナ・スカーレット)

 

 振り払うように腕を横薙ぎ、その軌道をなぞるように現出した炎が空を焼き払う。

 光を包み込む、いや、飲み込むように燃え上がりその勢いは衰えることはなく、魔力障壁がなければ広い範囲を焼き尽くしていただろう。

 

 衰えず、いつまでも対象を燃やし滅ぼさんと蠢く炎だが────僅かに、光が漏れ出る。

 

 一度、二度、三度四度五度。

 切り刻むように振るわれた光の剣が炎を打ち砕く。

 力を失ったように小さな燃え滓となって落ちていく炎を見送って、テリオスは服を手ではらった。

 

「……袖口すら燃えませんか」

「かなり焦ったよ。容赦ないね」

「以前の貴方であれば少しは通じた手でしょうが…………やはり、効果は薄いですね」

 

 トーナメント以前のテリオスならば、多彩な種別の魔法を誰よりも高水準で扱うからこそ特有の隙があった。

 自分の魔法への自信と言うのだろうか。決して慢心してるわけでもないし驕っているわけでもないが、『その魔法における特別な才を持つ人間』を甘く見ていた節がある。

 

 炎ならばルーナ。

 雷ならばステルラ。

 風ならばヴォルフガング。

 

 一番弟子、なおかつ二つ名を継ぐような才を持つ人間との戦闘経験の少なさ故の隙。

 

 それが今、完全に消え失せている。

 

「…………そうだね。前に比べれば、今の僕は更に強くなったと胸を張れる」

「私も、以前に比べれば随分と強くなりました。肉体・魔法的な強さではなく精神的な話ですが」

「彼に出会ったからかな?」

 

 揶揄うように、それでいて僻むような感情が少しだけ混ざった言葉。

 言ってから僅かに自らを叱責するような表情を見せてから、テリオスは呟いた。

 

「…………すまない。忘れてくれ」

「事実ですから構いません。ロアくんに出会ったからこそ、私は今ここにいます」

 

 謝罪に対して断固とした意思を見せながら、ルーナは続ける。

 

「自分がやられて嫌なことをするな──そんな簡単な事でさえ出来ていなかった私が恥ずかしくて仕方ありません」

「それを言われたら僕は何も言えなくなってしまう。器の大きさを見せられて嫉妬するなんて、子供のすることさ」

 

 苦笑いを浮かべながら、剣を握り直す。

 ロアの使う光芒一閃とはまた違う、光の剣。譲り受け、自分なりに使いやすい形に改造した姿。

 それもまた自身の思い描く理想図とは違う未来を肯定されているようで、テリオスの心を少しだけ蝕んでいた。

 

「…………好きなように世界を否定できたなら、どれだけ気楽だったかな」

「少なくとも楽しくはないでしょう。貴方も、私も────誰にとっても」

 

 呼応するように、炎が揺らぎを増していく。

 火の粉が飛び、僅かに身を焦がすような熱がじわりじわりと放たれていく。その熱さに堪えた様子もなく、吐き捨てるように呟いた。

 

「なるようにしかならない現実を、望む世界にしたいから足掻いているんです……!」

 

 かつて失った家族。

 目の前で命が失われていくあの虚無感。

 胸の内を埋め尽くした悍しい恐怖と、それを理解できていなかった愚かな自分。

 

 そんな自分を育ててくれた、救ってくれた母親代わりの女性。

 

 動かない表情とは裏腹に、激情が燃え盛る感情を魔法に込めてルーナは叫ぶ。

 

「────紅月(スカーレット)は此処に在る! 私は、証明して見せる!」

 

 瞬間、溢れ出す爆炎。

 ルーナを中心に、僅かに白が混じった炎が爆発する。

 全方向への無差別的な攻撃────これこそが、圧倒的な火力を活かす最大の手段だと言わんばかりの大胆さ。

 

 僅かに目を顰めて攻撃を視認したテリオスは、焦ることなく下降する。

 ここで接近することはできない。中心、すなわちルーナに近づけば近づくほど温度が上昇していると、その豊富な戦闘経験で判断した。

 

 炎を軽々と振り切って地面へと着地するが、見上げれば上空から押し寄せる波は止まる気配を見せない。

 何もかもを飲み込むという意思が溢れ出ていた。

 

「……圧倒的なまでに、見せつけているよ」

 

 学園唯一の座する者(ヴァーテクス)として一位に君臨し続けた。

 英雄として相応しい人間になるべく育ての親が話してくれた内容は覚えているし、公式に遺されていた記録もほぼ全てに目を通した。

 

 外見や話し方だけではなく、強さも伴うようにと努力もした。

 

 それでも呼ばれない自分と、今こうして、紅い月と表現するのが相応しい姿を見せるルーナ。

 

 卑下と嫉妬を繰り返す弱さを飲み込んで、テリオスは静かに剣を構える。

 押し寄せる炎の津波が更に勢いを増していく。渦のように荒れ狂う災害そのものと呼んでも差し支えないソレを見て、一度深呼吸を挟んだ。

 

 僕にあるもの。

 

 テリオスは心の中で一つ唱える。

 戦いとはこれまで積み重ねてきた経験を組み合わせ、練り上げ、放出する場である。

 努力するのは大前提。天才だったとしても、見たことのない攻撃を想像することはできない。故に、彼の積み重ねてきた人生の中で────最も難しく、最も強い魔法の組み合わせを土壇場で整理する。

 

「────全属性複合魔法(カタストロフ)…………!」

 

 月光の剣に、すべてを破壊する終焉が交わる。

 一瞬の合間にいくつもの複雑な工程を積み重ね、これまでに築き上げてきた経験すべてを総動員し荒技を成していく。数世代に渡り一位の座を死守したテリオスと言えど、複合魔法と複合魔法の合成などと言う暴挙に出たのは今回が初めてのことであった。

 

 普通であれば、常人であれば決して成功しない狂気の選択肢。

 

 それでもテリオスは選んだ。

 かつての英雄に追い付くためには無茶を通さなければならないと判断して。

 英雄(ロア・メグナカルト)ならばこのくらいの無茶はやってみせるのだと自分に言い聞かせて。

 

「どちらの、()が上か……!!」

 

 無意識のうちに溢れた血液が脳の異常を表す。

 されど気に留めることもなく、むしろ歓喜を浮かべたままテリオスは剣を構え直した。

 

 剣に渦まく魔力に色がつく。

 白の閃光に交わる漆黒。対極に位置する筈の二色が陰陽を描き写す。

 白日に混ざり合う影が世界の終焉を表すように、日を阻むのは影であると表すように。

 

 口の端から血液が零れ落ちていることにすら気が付かないほどの集中力を保ったまま、その銘を叫ぶ。

 

月光剣・終焉(ムーンライト・カタストロフ)────!!」

 

 極限まで絞り切った破壊の極光が解き放たれる。

 衝撃で空間が歪み、その輝きは鈍く明るく輝いていた。暗黒の閃光とも呼べる矛盾を孕んだ一撃が炎と衝突し────僅かな拮抗の後、容易に打ち砕き進撃を続ける。

 

 上空を埋め尽くす炎の波が晴れ、空には漆黒の月明かりが満ち渡る。

 日の光すら吸い込んでしまうと錯覚するほどの燻んだ光が猛進を続け、第三者から見れば勝敗は明らかな程だった。

 

 座する者(ヴァーテクス)として全力を解き放った両者の魔力は五分、しかし展開した魔法の完成度・質・威力はテリオスが圧倒的に優位。故に、炎の中で押されていることを感覚的に理解したルーナは、もう一手賭けに出る。

 

 全方向へと放出していた炎を操作し、全て身体に収束させる。

 一瞬見えた光線と自らの位置を即座に計算し時間を導き出し、両腕を空へと掲げた。

 

「足りないのなら────もう一つ……!」

 

 激情は変わらず、灼熱の感情を咆哮する。

 両腕に残る全ての魔力(・・・・・・・)を掻き集め、その圧力に耐えられなかった肉体が罅割れる。隙間から漏れ出す火力がすべてを物語っていた。

 

「星火燎原……!」

 

 右頬まで罅割れが広がり炎が噴出する最中、爆炎がルーナの腕を突き破り生み出される。天空まで届いた圧倒的な出力が形を歪め、やがて一つの巨大な火球へと変貌を遂げた。

 

 もはや火球と表現することすら烏滸がましいと思えるほど。

 白と紅が混ざりあった鮮やかな恒星を掲げ、ルーナはその名を轟かせる。

 

「────紅月墜(ルナ・フォール)!!」

 

 魔力障壁を砕きながら落下を開始。

 あと一歩で届くと思われた灰混じりの光線は、僅かに拮抗するもその墜落を止めることはない。

 

 テリオスの手に伝わった感触が、抑え切れないと確信を抱かせた。

 

「────だからこそ!」

 

 この一撃がルーナ・ルッサによる最高の魔法だと直感で理解し、自らを奮い立たせる。

 

 魔力障壁すら破壊する異次元の魔法。

 初めのぶつかり合いですら罅一つ入らなかった、現役十二使徒の手によって強化された障壁。それを易々と砕き割る火力。

 

 この壁を乗り越えれば、一つ英雄(・・)に近づける。

 

「彼が成し遂げたのだから────僕だって、出来る筈だ!」

 

 背中の翼が鈍く色付く。

 剣に宿った滅びの月光と同じ色、同じ魔法。

 自身の処理許容を明らかに越えた魔法展開に身体が悲鳴を上げる。罅割れを刻み、座する者(ヴァーテクス)でなければ粉々に破裂していてもおかしくない状態。

 

 半不死身だからこそ使える自爆に等しい。

 

 行っていることがどれだけ愚かか理解しながら、テリオスは想いを馳せる。

 

 無茶を通して勝ち抜いた青年がいる。

 魔法がほぼ使えないという欠点を微塵も感じさせない戦いをする青年がいる。

 かつての英雄を知る人物に英雄と呼ばれ、授かった祝福を手に戦いを繰り広げる青年がいる。

 

 嫉妬心とはまた一つ違う感情。

 どれだけ英雄になることを目指してもなる事は出来ない自分の暗闇に突然現れた、希望の光でもあった。彼が現れたからこそ、諦めかけた自身の心を奮い立たせることができた。

 

 明確な目標が現れたから、テリオス・マグナスは再度前を向けたのだ。

 

英雄(・・)になりたいんだ」

 

 ポツリと、荒れ狂う翼とは裏腹に静かな呟き。

 

「もう二度と、あんな寂しそうな顔は見たくないから」

 

 自身の原点とも言える感情。

 

 他の誰でもいい。

 そう言えるのがかつての英雄だと、彼は理解している。

 そう言えないからこそ自分が呼ばれないのだと、彼は解釈している。

 

 仕方ないと思ってしまうから、彼は『英雄』と呼ばれないのだと思っている。

 

僕が(・・)笑って欲しいから…………僕で(・・)、笑って欲しいから!」

 

 剣が光り輝き、翼は鈍い輝きを放つ。

 自身の奥底にある感情を曝け出し、彼は隠すことをやめた。

 ここで勝利し次の戦いを迎えるために、互いの本当の感情をぶつけ合うことを覚悟したのだ。

 

「僕が成らなきゃ意味がないんだ! そうじゃなきゃ、僕が満たされないから!!」

 

 どこまでも自分のため。

 誰かのためにという感情こそあれど、テリオスの本質は────自分が魔祖()を喜ばせたいという思い。

 

 誰かに押し付けるつもりは毛頭なく、その醜さを飲み込んだ上で。

 先程と比べて遜色ないほどに魔力が集められた剣を握りしめ、僅かに歪んだ色をした翼で羽ばたいた。

 

 音を置き去りにした速度────人体では耐えられない極限の世界で、彼は焔月へと目を凝らす。

 

 火力だけならば相手が上だ。

 自分にこの障壁を破るほどの力はない。

 正面から立ち向かうのは下策、避けろ。これが地上に着弾すれば被害は計り知れないものになるのだから、きっと十二使徒から何らかの干渉がある。

 

 そこを狙うべきだ。

 

 脳裏で囁く『勝利への嗅覚』を全て無視し、握り直した剣を構える。

 

月光剣(ムーンライト)────」

 

 白く、それでいて鈍く。

 矛盾する二つの閃光が溢れ出す。

 

 墜ちる月と一筋の光────皮肉なことに、彼が愚かだと思う選択肢こそが。

 英雄(ロア・メグナカルト)と似た光景を生み出していることに気がつかないまま、テリオスは剣を振り切った。

 

「────終焉(カタストロフ)!!」

 

 

 

 



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第七話

 爆発と閃光。

 白焔と化した恒星に対し、愚直な軌跡を描いて邁進する漆黒。

 白と黒、矛盾する二つがぶつかり合うその刹那────色鮮やかで煌びやか、籠められた魔力と感情が噴出するように、空に魔力の幕が彩られる。

 

 それも僅かな間ではあったが、まるで超質量の隕石が何かに衝突したような。

 可視化できるほどの空間の歪みを引き起こして、二つの魔法は混じり合う。互いを喰らい尽くすように、互いを打ち破るために、己の法則を押し付けて。

 

 終末を予期させるような眩い光を放ちながら、誰も彼もが目を背ける中で爆発を引き起こす。

 大爆発、なんて陳腐な言葉で言い表すことが出来ないほどの規模。仮にこれを守る術がなかった場合、首都は跡形もなく吹き飛んでいただろう威力。

 

 直後、衝撃が空に伝播する。

 

 空間が歪み、砕け、揺れ動く。

 十二使徒が補強した障壁を叩き割った二つの魔法は遥か彼方の空にて相打ち、その行方を晦ませる。街に被害が出ないように一瞬で張り直された魔力障壁が物理的な影響を全て防ぎ、障壁の内部は地獄とも呼べる環境へと変化した。

 

 音、衝撃、風、熱、魔力────どれもこれもが、普通の人体には毒となる領域。

 

 内部に閉じ込められた二人を救助しよう、と動かないのは一重に人を辞めているから。

 座する者(ヴァーテクス)と言う異次元の場所に若くして辿り着いた二人を心配するよりも、会場外への影響と観客を保護するのを優先した。

 

 だが、決して安否を気にしていない訳ではない。

 さっさと中に入って解析し安全地帯へと戻したいと内心渦巻いている魔祖が、苛立ちを隠そうともせずにエミーリアに聞く。

 

「エミーリア! どっちじゃ?」

「ウ〜〜ン…………わからん。贔屓目で見るならルーナ」

「話にならん!!」

 

 かなり適当なことを言ったエミーリアに怒鳴るが、慣れた様子で肩を竦めて受け流した。

 それを見てまた一つ青筋を浮かべた魔祖が自分の目で見てやろう、と魔力を練り始めたとき──肩に手を置いて止められる。

 

「……なんじゃ。儂は今から見にいくのだ、邪魔をするな」

「アタシらが審判じゃちょっと良くないだろ。都合よく、手が空いてる奴がいるじゃないか」

 

 そう言いながら指を差す。

 不満を前面に押し出していた魔祖はその人物を見て、納得の表情を見せた後に唇を尖らせてそっぽを向いた。

 

「…………フン。その方が間違いはない」

「だろ? おーい、エイリアスー!」

 

 呼ばれたことに気が付いたらしい。

 魔祖十二使徒第二席、エイリアス・ガーベラ。

 弟子の試合も終わり、念のために最前列にいたのが役に立った。まさかここまでバカみたいな火力を出すとは誰も思っていなかったのか、内心冷や汗をかいていた大人達三人である。

 

「何かな、エミーリア」

「悪いんだけど審判やってくれるか? アタシらじゃ公平にならんだろうし」

「……ああ、そう言うことか。構わないよ」

 

 師である二人が審判を務めるのは、『公正ではない』。

 どちらが嘘をつくとか、つかないとか、そういった次元の話ではなく単純にその肩書きの問題である。

 

 この中で最も公正な立場で判断出来るのは魔祖でもエミーリアでもなく、第二席というこの戦いに何も関与してない人物である。

 

 その意図を正確に理解したエイリアスは視力を強化し、上を見上げる。

 熱や風で空間が歪んで見えるが、そう言ったものに見慣れているというのも十二使徒の経験が豊富な部分。この時代において正確にそう言った現象を飲み込めるのは数少なく、それこそテリオスやロア(少し事情が違うが)等の上位者との戦闘経験が多い面々。

 

 故に、観客は何が起きたのかを正確に理解し切れていないのが大半だ。

 

「…………ふむ」

 

 目を凝らした先に見えたのは、光の翼をはためかせるテリオス。

 左腕と左足が吹き飛び、僅かに粒子がこぼれ落ちている満身創痍な姿だが────その手にはしっかりと剣が握られている。

 

『…………私の、負けですね』

 

 剣先を首筋に添えられているルーナの言葉が聞こえてくる。

 実際の状況と照らし合わせても、互いに残る魔力は少ない──故に、完全に後一手で命を取れるテリオスの勝ちであった。

 

「と、まあ。聞いた通りだ」

「あー、そうか。負けちゃったか」

 

 苦笑いと共に、僅かに安堵したような様子を見せるエミーリア。

 

「わーはっは! どうじゃエミーリア、エイリアス! テリオスの勝ちじゃ! ガハハ!」

「ちゃんと正面から褒めろよ?」

「……………………う、うむ」

 

 めっちゃ勝ち誇った威張り方をしたのに息子とのコミュニケーションを指摘された途端これである。

 エイリアスは私のところって上手く行ってる方なんだなぁ、と思った。

 エミーリアは大人側が拗らせてもしょうがないよな、と思った。

 魔祖はあんまり変な事言って嫌われたくない、なんて怯えていた。

 

 そんな大人達の思考は露知らず、剣を納めてゆっくり地上に下っていく二人は話を続けていた。

 

 維持ができず、片方しか残らなかった翼でなんとか速度を調節するテリオスとその横でふわふわ漂いながら降りるルナ。魔法の性質の差ではあるが、勝者の方が余裕が無いのは最早恒例行事である。

 

「……正直いいかな」

 

 明らかに疲労困憊と言った様子で口を開く。

 声は枯れていないが、どちらにせよすぐにでも休憩を取ったほうがいい。素人目にもそう判断できるほどだった。 

 

「なんでしょうか。私も魔力が底を尽きかけてるので治せませんよ」

「そんなことじゃないさ。ただ純粋に、感想として──死ぬかと思った」

 

 酷く焦燥した表情で呟いたテリオスの顔を見て、ルーナは自らが放った魔法について考える。

 確かに人一人殺すには十分な威力だっただろう。紅月(スカーレット)として放てる最大の火力を何も考えずに放ったのは確かだった。ただ、個人的には、テリオスは座する者(ヴァーテクス)に至っているのだし、多分他にも耐える人はいるから大丈夫だろう──なんて、簡単に結論を出した。

 

「多分ロア君も耐えますよ」

「…………それ、絶対に試さないでね。本当に」

 

 仮にそれが試されるのであれば、焼死体が一つ増えるよ。

 

 内心そこまで思ったが口に出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………コワ……」

 

 恐怖しか抱かないが……

 耐えれないから。常識的に考えろよ、座する者(ヴァーテクス)なんて人の道から外れた奴ですら死にかけたと明言してるのに基本スペックが人間の俺が生き残れるわけないだろ。

 

 ルナさんには申し訳ないが、テリオスさんが勝ってよかったと心底思った。

 

「…………あれが、十二使徒基準なわけ?」

「俺を見てもそう言えるか? あれは規格外同士の異次元バトルだよ」

 

 打ちひしがれるように声を絞り出したルーチェに返答する。

 あれに巻き込まれたら死ねる。なんすかあの爆発、誰があれに耐えれるって? 命がいくつあっても足りないぞ。

 

「ヤバすぎだろ……」

「剣一本で挑むの、男らしくていいと思うよ」

「バカにしてますか? こういうのは無謀って言うんだよ」

 

 アイリスさんが茶化してくる。

 自分は優勝を狙ってないからって好き勝手言いやがって……! 腹立たしいので頬をツンツン突いて黙らせる。

 

 しかもテリオスさんバチバチに意識してくるじゃん。

 ルナさんの無遠慮殺害炎が飛んでこない事は救われたが、テリオスさんの激重感情が魔法に込められたら俺は普通に死ねる。なんか勘違いしてないか、こいつら。

 

「根本的に俺は周回遅れ。他の連中は皆才能があってスタートラインに立つのが早い。俺はスタートラインに立つのが遅くて成長も遅い、その差を借り物でどうにかこうにかやりくりしてるだけだ」

「……どうにかこうにかやりくり出来るのは紛れもなくアンタの努力でしょ」

「俺は努力が嫌いだからな。出来る事ならば神に授けられた才能でぬるま湯に浸かっていたい」

 

 堕落こそ至高。

 昼飯を食べた後に襲いかかってくる眠気に身を任せる幸せこそが俺が最も追い求めるものであって、決して昼飯すら確保できず泥と不廃物に塗れて森を駆け巡り木の根を齧る生き方がしたかったわけじゃない。

 

「ルーチェが飯を作り、ステルラが俺を養い、ルナさんと本を読む。アイリスさんは俺がぶくぶく太るのを防ぐために運動に定期的に誘う。おや、完璧な護身が完成したな」

「本当に最低ね」

「俺はお前の作る飯は美味いから食べたいが」

「…………たまにはアンタも作りなさい」

 

 いいデレをするようになったな。

 少しだけ頬が赤いのがポイント高い。ここにルナさんがいれば「あざといですね……」くらいは言うだろう。

 

「ステルラ、なんか頼む」

「私!?」

「私はツッコミに回れないからさ、よろしくっ」

 

 明るく笑顔でステルラに威圧をするアイリスさん。

 実際友人同士であるのは確かだが、そんな軽口を言い合うような関係性を構築できているのは俺だけ。その中で無遠慮にルーチェに言葉を吐ける人がいるだろうか? 

 

 …………いるな。アルベルトとか。

 

「え、え〜と…………ロアは渡さないから!」

「おっと、唐突な宣戦布告が来たな」

 

 まず俺がお前のモノになっているという認識に驚いた。

 どちらかと言えば師匠の所有物と成り果てつつあるんだが、そこら辺あの人はノーカンなのか。生きる上で必要な物全て師匠の金で養われてるんだぞ、今の俺は。

 

「と言うわけだ。すまんなルーチェ、俺はステルラのものらしい」

「なんで私が敗者認定されなくちゃいけないのか納得いかないわね」

 

 ステルラの首から手を通して胸の前で両手を合わせる。

 ピクリと動いたルーチェの眉が僅かに苛立ちを示していて、ステルラはギリギリ服に触らないくらいの距離感で胸の前にある俺の手を見て固まっている。触ってるわけじゃないしセーフだろ。

 

 内側、つまりステルラの身体に近付くように力を込めると身体を僅かに跳ねさせた。

 

「なんだ、触って欲しいのか」

「そんな訳無いでしょ!」

 

 パリパリ紫電を響かせて威嚇してくる。

 その程度の電撃が俺に通用するか、毎日師匠の紫電をくらいまくった俺にとってはマッサージのようなものさ。

 

「さて、バカ騒ぎはここまでにするか」

「どこ行くの?」

 

 肩に手を置いてそれを軸に立ち上がった俺にステルラがそのまま話しかけてくる。

 

「今一番労うべき人物のトコロだ」

「……ロア君、本当にそういうトコだよ?」

「あまり褒めるなよ。照れるだろ」

「君が照れるのはステルラちゃんに──」

 

 最近舐められているとは感じていたんだ。

 そろそろ俺との立場を理解(わから)せる必要があった。

 それは今訪れてしまったという訳だな。アイリスさんの口を人差し指で無理矢理塞いで黙らせて、そのまま他の誰にも聞こえないように耳元で呟く。

 

「アイリス。あまり俺を困らせないでくれ」

「……………………う、ん」

 

 よし、予想通りの効果だ。

 少し驚いた顔のまま俺の顔を見詰めてくる。

 

 ルナさんにやった時はとても淑女が出していい声では無かったが、アイリスさんのこの純粋無垢な瞳。少し見開かれた目が驚きと困惑、そして現実の情報の処理を必死に脳内で行なっていることを示している。

 

「一つ言うのならば、俺は攻められるのもある程度は許容するが──根本的に攻める方が好きだ」

 

 俺が打たれ強い(非常に不服な評価)のは理解しているだろう。

 何時だって甘える構え、誰かに全てを支えられて生きて行きたいのが俺のモットー。が、それはそれとして揶揄って恥じらう異性の姿を見て己の欲望を満たしたいという感情もある。

 

 師匠にもステルラにもルーチェにもルナさんにも相応に突っ込んではいたが、アイリスさんにはあまりやっていなかったからな。

 

()()()()ってのは、互いを理解して成り立つものでしょう?」

「………………うん」

 

 納得して貰えたみたいだな。

 ステルラ関係で弄られるのはいいんだが、こう……あんまり本人が居る所でやられたらその、アレだろ。露骨にバレるだろ。ステルラは鈍感だしコミュ障だから大丈夫だとは思うし他の連中にバレる分にはどうでもいいが、それはそれとして悔しいだろうが。

 

 ていうかあんだけお前に置いていかれたくないから努力してるって言ってるのに未だに俺に対して引け腰なステルラサイドにも問題がある。

 

「はぁ…………やっぱステルラはステルラだな」

「なんで私が駄目みたいに言われてるんだろう……」

「お前らしくて俺は好きだって事だ」

「……そ、そうなんだ。ありがとう?」

 

 ちょっと照れてるな。

 俺は(遺憾ながら)成長を続ける男。

 以前ならば一対一、または面と向かって言えない恥じらいを持ち合わせていたのに今はこれだけの胆力がある。

 

 ステルラに愛を囁くのだって吝かではない。

 

「じゃ、俺はルナさんの所に行ってくるから。探さないでくれ」

「好きにやってきなさい」

 

 ひらひら手を振って興味無さそうに送り出してくれるルーチェに後で悪戯を仕掛ける事を心の中で誓いながら、観客席から離れる。

 

 いるとすれば医務室だろうが、どうかな。

 座する者(ヴァーテクス)なんてトンチキな生命体を治す技術が発展したとは思えない。現存する数すら両手両足の指があれば数えられるくらいだし、自己修復をローコストで行えるから他人の手にかかることがほぼないのだ。

 

 ゆえに、彼ら彼女ら関係はほぼ進歩してないと踏む。

 

 だからまあ、要するにだ。

 俺が一人で探知魔法も使わずに足を使うのは恐ろしく非効率的である。

 それを理解するには少しばかり遅すぎて、少しばかり愚かであった。認めようじゃないか。

 

 自分の過ちを認めるのは早ければ早いほど良いからな。

 

「…………しかし、どうするか」

 

 事実を認識した所で現実が変わる訳ではない。

 俺に天賦の才が備わらないように、この状況を打開する手段は持ち合わせていないのだ。師匠の魔力はぼんやりと感じるが会場内であることから別行動しているだろうと推測、ルナさんやエミーリアさん単体の魔力を覚えるほど身近ではないので完全に無駄。

 

 と、そんな風に一人で悩んでいる時の事だった。

 

「──何か困り事かな?」

「探している人がいるんですが、探す手段がなくて困っています」

「かなり根本的な問題だね……」

 

 苦笑と共に話しかけてきたのは、先程の戦いでかなりこう、自分の感情を吐露した件の人物。より具体的にいうならば、英雄という単語そのものに囚われている人。

 

「僕でよければ手伝うよ」

「疲労が残っているでしょう。大丈夫ですよ」

「そう言わないでくれ。君と話したいことがあるんだ」

 

 …………それが本題か。

 どのみち俺一人だと時間がかかるのは確実、魔力探知が出来るテリオスさんに手伝って貰うのは正解だ。

 

 仕方ないな。

 

「ならお願いします。ルナさんの場所がわからなくて」

「ああ…………探知できないのか」

 

 速攻で把握された。

 次戦う相手なのに俺の弱点が露呈するの最悪じゃないか? 

 魔法がほぼ使えないって理解されてる時点でもう弱点もクソもないな。最初から不利は変わらず、格上に対して無謀を通しているだけだ。

 

「テリオスさんはもう着替えたんですね」

 

 テリオスさんが着替えたってことはルナさんも着替えたってこと。

 つまり同じくどこかに移動しているのではないか? そう思ったが……

 

「うん。ていうか魔力で無理やり補強しただけだよ」

「ズルじゃん……」

 

 言われてみれば俺が斬った服を弁償しろとか言われてないし、ルーチェもすぐに直していたな。もしかして俺以外の全員がそういうこと出来たりする? もしそうだったら憤りを隠せない。

 

「多分彼女も着替えているだろうけど……ただ、第三席と一緒にいるみたいだね」

 

 それはちょっと……近寄り難いな。

 俺の雰囲気からなんとなく感じ取ったのか、苦笑いしながら話を続ける。

 

「それじゃあ、程よく時間が経つまでどうかな。僕と話してくれないか?」

「構いませんよ。面白い事は言えませんが」

 

 

 

 



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第八話

遅くなってすみません。
インプットしまくってました。


「飲むかい?」

「お言葉に甘えて」

 

 廊下で話し続けるのもあまり好ましくないので、わざわざ控え室までやってきた。

 無駄に用意し過ぎなのはある。何人は入れるようにしてるのかは知らんが、最低でも全選手一人ずつ割り振っても空きが出る位には作られている。なんでそんなに増やしたんだよ。

 

 わざわざ飲み物まで淹れてくれるのは有難いのだが、少し申し訳ないな。

 

「テオドールさんと同じですね」

「テオと?」

 

 愛称で呼ぶ程度には仲が良いらしい。

 僅かに驚いた表情のままカップを俺に差し出してきたのを受け取って、一言感謝を述べてから口に運ぶ。まあただのお茶なんだが──中々美味い。

 

「前に話した時に飲み物を奢ってもらいました」

「ブレないな君は……いや、君らしいよ」

 

 苦笑しながら椅子に座る。

 もう俺がヒモ気質なのは周知の事実、誰もその点に関して疑問を抱いたりしない。

 

 完璧だな。

 

「さて……何から聞こうか。聞きたいことは沢山あるんだけどね」

「別に今度時間取っても構いませんが」

「出来るだけ本番で語り合いたいんだ。僕の我儘だけどね」

 

 試合中に問答したいって事か。

 

 嫌だな〜〜〜! 

 

 すごい嫌だ。

 

 坩堝の会場内なんて声筒抜けだし変なこと言えないもん。

 魔祖とか師匠とかエミーリアさんとか十二使徒勢ぞろいしてる中で英雄について語るとか拷問か? 

 

 俺が微妙な顔をしていたのを察したのか、また苦笑いで流されてしまった。

 本当に少ない言葉しか交わしてないが……この人、とんでもない位自分を押し殺すな。普通の人間がそんなことしてたら潰れるぞ。

 

 俺はそれを自覚しているし自分の精神の強さと比べても余りにも損をするからやらないと決めている。極限まで自我をすり減らしてまで成し遂げたいことがあると言えば聞こえはいいが……

 

 そこまで考えて、自身の状況を見つめ直すと思わずため息が出た。

 

 今更だな。

 俺に言えたことじゃない。

 

「“英雄”──そう呼ばれることに不満はある?」

「ありまくりですね」

「そうなんだ……」

「俺は常々言っていますが、仮に英雄と呼ばれることがあっても“かつての英雄”には程遠い。彼が成し遂げた事は俺には出来ないし追いつく事も出来ないのになぜ同一視しようとするのか甚だ疑問ですね」

 

 割と好き勝手言ったが表情に変化はない。

 俺の持ち合わせる意識に不平不満をぶつける為に話したかった訳ではないみたいだな。あくまでもテリオスさんの中で渦巻く感情を咀嚼するのに使いたかったのか? 

 

 ゆっくりと飲み物を口に含み、少し考えたのちに言葉を放つ。

 

「君は…………どうして強くなろうと思った?」

 

 俺の原点の話か。

 ……まあいいだろう。

 テリオスさんとステルラが会話するとは思わないし、言ったところで損はない。

 

「ステルラに置いていかれたくないから」

「僕から見れば十分才能があるように見えるけど」

 

 英雄の技を再現するのに人生捧げてきたからな。

 遺憾なことに俺の努力が報われていることが認識できて複雑な気分だ。世界で一番才能が無いとは言わないが、この世を引っ張る天才に比べれば劣るのは確実。

 

 そんな俺よりも才能が遥かにある英雄(狂人)ですら勝てなかった化け物が未だに生きている事実さえなければ、俺がこんなに足掻く必要はなかった。その一点に関しては恨みがある。全くもって自分勝手な我儘だがな。

 

「俺は努力が嫌いだが、ただ生きているだけでは置いていかれる。それが嫌だったんですよ」

「痛いのも苦しいのも嫌い。そう言っていたね」

「ええ。苦痛は嫌いだが、非常に不服だが、誠に遺憾だが、飲み込めなくはない」

「本当に嫌なんだね……」

 

 誰が好んで拷問を受けるんだ。

 師匠に毎日電撃浴びせられた所為でもう俺の耐久力はバカみたいな値になった。足が折れても走れるし腕が折れても剣は振れる。言うなれば俺はこの十年間で『バッドコンディション』の下限値をとにかく下げて下げて下げまくったのだ。

 

 攻撃を受けるのが前提、受けても問題ない事が出来るように修練を積んだ。

 

 ……皮肉な事に、かつての英雄と似た戦い方になったが。

 あっちは回復可能でこっちは回復不能。完全な下位互換だよ俺は。

 

「どうしてそこまで彼女に固執するのかは、聞いても大丈夫かな」

「…………ノーコメントは許されますかね」

「うん。言いたくない事を無理矢理聞く程ではないし、あくまで言える事だけで構わない」

 

 少しだけ微笑んでいるが……勘違いしてないか。

 いやまあ、ステルラが死ぬところを見たくないからそれは防ぎたい、だから頑張っているという点ではあってるんだが。

 

 それは“かつての英雄”の記憶がある俺だからこそ通じる言い訳であり理由である。

 他人から見た俺が努力する理由は明らかに『ステルラ・エールライトに惚れているから追いつくため』だろうな。その位客観的に理解出来てるさ。

 

 そしてそれもまた否定する必要はない。

 俺がステルラに惚れていようが惚れていなかろうが、俺が『肯定』しなければ真実にはならない。英雄と同一視されるくらいなら純情な感情を抱いた青少年と考えてくれた方がマシ。

 

 そこまで心の中で言い訳をしてから、お茶で喉を潤す。

 

「テリオスさんが“英雄”に固執する理由──推測は出来ていますが、お聞きしても?」

 

 これは尋問ではなく会話。

 一方的に投げかける、投げかけられるだけじゃあ友好的とは言えない。

 向こうが一線を越えないようにしているのだから此方も相応な態度で臨む。

 

「……そうだね、どこから話したらいいかな」

「人格が破錠してると噂されていたあの魔祖に育てられたあなたがどうしてそこまでしっかりした人なのかが特に気になります」

「否定はできない。母さん(・・・)は傍若無人を地で往く人だからね」

 

 少し魔祖に対する悪めの印象を伝えても動揺は無い。

 冷静に客観視出来ている。何かを盲信してるようにも見えないが、どうしても“英雄”という固有名詞に拘りがある。

 

「僕はそもそも孤児みたいなものだったんだ。天涯孤独の身になった所をあの人が気まぐれで拾ったのさ」

 

 それはまた……とんでもない確率だ。

 たまたま孤児同然の立場で、たまたま魔祖が拾って、たまたま魔力も魔法の才能もあって、この齢にして既に座する者(ヴァーテクス)へと至っている。

 

「まさかここまで強くなるとは思ってなかったのでは?」

「そうだと思う。最上級魔法を二つ覚えた時点で母さんは何も教えてくれなくなったからね」

 

 ん~~~~……

 教えてくれなくなった、か。

 寂しげな表情で語る辺り、その理由はわかってないんだな。あの魔祖が自分が追い抜かれるなんてみみっちい事を考える筈がないし、最上級魔法を教えるって事は結構ノリノリで教えてた筈。

 

 ()はそうだった。

 

「『もう、魔法を覚えるのをやめろ』────突然言われたよ」

 

 …………ふむ。

 突然、か。

 

 それまでは仲良くしていたのに随分とまあ、態度が急変しているな。テリオスさんに“英雄”と名付けない理由もそこに関係してそうだ。

 

「でも、僕は止めなかった。どうしても座する者(ヴァーテクス)へと至り、英雄と呼ばれる必要があったから」

「その理由を聞いてもいいですか?」

 

 英雄と名付けられてしまった人間に聞かれるのは癪だろうが、顔色一つ変えずに穏やかな口調で語りはじめる。

 

「あの人は、どこまでも“英雄”を引き摺ってるのさ」

 

 あ~~~~~…………

 

「寂しそうな顔をして、昔話をしたりしますか?」

「よくわかったね。エイリアスさんもそうだったのかな」

「似たようなものです。十二使徒はどいつもこいつも引き摺り過ぎなんだよ……」

 

 俺が溜息を吐くと、テリオスさんは苦笑する。

 いい歳してどんだけ昔に囚われてんだ、あの人達は。師匠は俺の剣を見て『英雄の剣』とか言う程度には拗らせてるし、ていうか多分あの人の初恋はかつての英雄だろうし。俺の事をしっかりと見てくれてるからいいんだが、もし俺がメンヘラだったらどうするつもりだったんだ? 

 

「じゃあなんですか。テリオスさんは魔祖に悲しい思いをして欲しくないから“英雄”に?」

「そうなるね。というより、僕が見たくないんだ。あの人の寂しそうな顔は」

 

 まあ確かに、俺が覚えてる魔祖も自由奔放で子供っぽい笑顔が印象に残っている。

 

 見た目だけなら幼いしな。

 年齢換算するなら十三歳くらいだ。

 

「……とはいっても、わかってるんだ。僕じゃ英雄の代わりに成れないって」

「俺も英雄にはなれませんよ」

「それもわかってる。君は君、ロア・メグナカルトという一個人。かつての英雄と呼ばれた人物はもう居ないんだ」

 

 自覚がある。 

 だけど他に方法がない。

 

 魔祖やエミーリアさん、そして師匠が英雄を振り切る事は出来ない。

 

 百と数年、失ってから流れた時がそれを表してしまっている。

 

「──だからと言って、諦める訳にはいかないだろう?」

 

 強い意志を感じさせる瞳で俺を見詰めてくる。

 言外に何を語りたいのか、何を図りたいのか。

 

「手が届かない目標ですよ」

「それでも諦めないで足掻く。君もそう願ってきたはずさ」

 

 その通りだ。

 

 英雄になりたいと願うテリオスさんと、英雄にはなりたくないと願う俺。

 その本質はどちらも同じようなものなんだ。テリオスさんが欲しがる唯一の才能(記憶)を俺が持っていて、俺が求める全ての才能(強さ)を所持している。

 

 因果、運命、宿命────なんだっていいが、神とやらが存在するなら俺は憎む。

 こんなにも皮肉な関係ばっかり持たせやがって、俺は凡人だぞ。才能が飛び抜けてある訳でもなく、人間を越えられるような逸材でもない。

 

「僕はもう、寿命で死ぬには長すぎる人生を辿る。座する者(ヴァーテクス)という枠組みに入る事で、母さんと同じ領域に至った。目的の一つは達成したんだ」

「貴方を失う悲しみを味わう事は無いでしょうね」

 

 頷いて同意を示す。

 俺はその点で言えば置いていきまくりである。

 師匠・ステルラ・ルナさん・エミーリアさん・ヴォルフガング……はいいか。アイツはちょっと別枠。俺が死んでも悲しむ理由は戦えないからじゃね? 

 

 話を戻そう。

 

 テリオスさんは魔法の才能があり努力も出来た。

 だから魔祖──つまるところ、長寿の大切な人に余計な悲しみを遺さないように出来た。

 

 じゃあ俺は。

 なぜか所持していた英雄の記憶を利用して足掻いて、かつての英雄を再現しようと頑張って──昔の辛い想い出を想起させて。

 

 そして先に逝く。

 

 とんだ英雄(・・)だな。

 

「……これを聞いても、テリオスさんは何も嬉しくないでしょうけど」

 

 隣の家の芝生は青い。

 

 誰しもが抱くこの感情は俺も例外ではなく、しっかりと持ち合わせている。

 寧ろ他の誰よりも感情が強いとすら自負している。普通に考えて俺が嫉妬しなかったら他に誰が嫉妬するんだよ。

 

「俺から見れば、テリオスさんの方がよっぽど英雄足り得る人物です」

 

 彼の英雄すら、座する者(ヴァーテクス)という格に至る事はなかった。

 死という定めを跳ねのける事が出来なかったのだ。

 

 だが、この人は。

 その才能を十全に活かし実らせ、目標を達成して見せたのだ。

 

『自らの大切な人を寂しくさせない』────その、ささやかで大きすぎる願いを。

 

 詳しい本音は伝えず、大雑把な俺の思いだけ口に出す。

 

「…………そう、かな」

「ええ。そう思います」

 

 少なくとも、俺はそう宣言する。

 劣等感に苛まれて生きてきた俺が高らかに謳ってやろう。

 

 テリオス・マグナスという人間は英雄に相応しい。

 張りぼてを自覚する俺だからこそ下せる評価だ。上から目線で語る資格があるのかと言われれば──資格だけは持ち合わせていると答える。

 

「まあ、魔祖が認めるかは別問題ですが」

「上げて落とすなんてひどいことをするね。素直に喜ばせてくれないのかい?」

「わかってるくせに良く言いますね」

 

 面白そうに笑うテリオスさん。

 思っていたよりイイ(・・)性格をしてるな、このひと。

 テオドールさんも愉快な性格だからな。あの人と友人、それも親友と呼んでも差し支えないくらいの仲良さなのだから納得する。

 

「そうか。君から見て、僕は英雄に相応しいのか……」

「主観ですけどね。そもそも俺は俺を英雄だと認めていない」

「…………君らしいよ」

 

 乾いた喉を潤すために飲み物に口をつけようとして、もう空になっていることに気がつく。

 思っていたより長く話をしてしまったようだ。俺の仕草を見たテリオスさんが時計に目を送り、目を閉じる。

 

「……ありがとう、ロア・メグナカルト。()と話してくれて」

「……こちらこそ。とても有意義な時間でしたよ」

 

 なるほど、それが素なのか。

 完全に演技ではないだろうが、俺はテリオスさんの評価をさらに一段階上げることにする。

 

()のことはテリオスで構わない。もっと砕けた口調が望ましいな」

「俺としては気楽で良いが…………」

「早速順応してるじゃないか。けどまあ、そういう部分が君たる所以なんだろうね」

 

 俺のことを理解してくれたようで何よりだ。

 懐に潜り込んで後はドロドロに甘やかしてもらうのがモットー、他人のパーソナルスペースにナチュラルに入り込むのが得意技だ。ルーチェは懐がガバガバだったから判定外な。

 

「付き合わせてしまって申し訳ない。そろそろ向こうも落ち着いただろうさ」

「控え室にいるんだろ。それだけわかれば十分だ」

 

 少しわざとらしく口調を崩してみたがテリオスさんは満足そうだ。

 呼び捨てにする気はあまりない。ルナさんとも仲良くなったがそのままの呼称だし、そこまでは気にしないだろう。

 

「テリオスさん」

「なんだい?」

 

 扉に手をかけて、出る直前に声をかける。

 

「────俺は英雄と呼ばれることに納得はしてないと、そう言いましたね」

「……うん」

 

 らしくない。

 自分で言い切ったくせに心のうちに渦巻く感情に不快感を抱きながら、表面にできるだけ滲まないように言葉を紡ぐ。

 

「だが、期待は裏切るつもりはない」

 

 俺は英雄じゃない。

 英雄になることはない。

 英雄を越えることもできない。

 

 それでも────俺を『英雄(憧れ)』と呼んだ声を無下にするつもりはない。

 

「どちらが英雄に相応しいか…………くだらないと、笑ったりしませんよね」

「…………勿論さ。願ってもない」

 

 ギラついた瞳で戦意を漲らせるテリオスさん。

 

 ああ、よかった。

 いや、よくはない。

 

 ただでさえ低い勝率がさらに低くなった。

 

 俺は自分の行いに酷く後悔する。

 

 だが、これでこそだ、そう褒め称える感情も存在している。

 

『あの背中を追いかけるのならば、これくらい成して見せなければ』。

『思い上がった愚か者、張りぼての偽物が調子に乗るな』。

 

 相反する二つの思考を纏めて飲み込んで、部屋から出る。

 

「…………当てられた(・・・・・)

 

 そういう事にしておこう。

 いつものように未来の俺に(丸投げ)する。

 ため息と一緒に不快感を吐き捨てて、ルナさんが待つであろう控え室へと歩き出した。

 

 

 



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第九話

 テリオスさんと別れ、ルナさんがいるであろう控え室を目指して歩き始め早五分。 

 坩堝の大型改築によって異常なほどに広くなった所為で移動が面倒くさくてしょうがない。テレポートを気軽に使えればベストだが、俺は使えない。

 

「こういう小細工が効かないのがムカつくトコだな」

 

 楽してぇ~~~~。

 

 師匠との共同生活でイヤという程見せつけられた利便性が喉から手が出る程欲しい。

 椅子作ったりお湯沸かして一人でお風呂に入ったりベッド作ったりその他いろんな罪状が(俺視点で)付いている。人が葉っぱを掻き集めてかろうじて形成した寝床の真横でぬくぬく生活されたら誰だって怒る。

 

『おい妖怪、おれは子供でアンタは大人。何が言いたいのかわかるだろ』

『ンン〜〜、よくわからないな。ロアの迂遠な言い回しは時として理解を拒むよ』

『くたばれ妖怪紫電気バ』

 

 ああやって何度電撃を喰らったのだろうか。

 思い出すと理不尽すぎて呆れすら湧いてくる。俺が告げているのは全て客観的な視点に基づいた正論であり否定されるはずのない根拠を持ち合わせているのに。

 

 世界は言論ではなく暴力で支配されている、そんなことを思い知った若く苦い思い出だ。

 

 それに葉っぱのベッドって最悪なんだよ。

 虫の這いずる感覚が肌に焼き付いてしょうがない。もう途中から慣れた。

 

「さて、ここか」

 

 憎き記憶に蓋をして、目的の場所までたどり着いたことを確認する。

 

 試合が始まる前にルナさんがいた場所で間違いない。

 相変わらず魔力探知なんて大層な技は扱えないので、扉を三度ノックする。

 

「……どなたでしょうか」

「顔が良くて性格も良い無敵の男です」

「顔も声もいいけど情けないヒモ男なら知ってます」

 

 誰が情けないヒモ男だ。

 ルナさんが中にいることは確認できたので、扉を少し開いて入っていいか尋ねる。

 ラッキースケベ的な奴は求めてないんだ。そんなことしなくても別に頼めば見せてくれそうだし、そもそも肉体的な接触はそこまで要求してない。どちらかといえばそのシチュエーションに意味があるとすら思っている。

 

 忘れられがちだが、俺は陰の者である。

 元陽キャのステルラは半分陰の者になったが、それでも本質的には外に出て遊び日の光を浴びることをよしとするタイプ。俺は外に出るのが面倒くさくて本に塗れた埃をはたき気にも止めないタイプ。

 

 何が言いたいかというと、根本的に理屈をこねこねして言い訳するのが好みな訳だ。

 

「入っても問題ありませんよ。残念ですね、私のグラマラスボディを見ることができなくて」

「まあ生涯見ることはないでしょうね(ルナさんの背丈を見ながら)」

「なにをー!」

 

 相変わらずの無表情でポコスカ殴ってくる。

 物理的な攻撃力は皆無に等しいルナさんではあるが、若くして座する者(ヴァーテクス)へと至った実績は計り知れないものがある。

 

 先のテリオスさんとの激戦を見ればわかる。

 世界で一番強いのが魔祖だと仮定するならば、その下に十二使徒達が横並びする真下。

 層で言うならば上から三番目だ。世界で三番目に強いと言っても過言ではない領域にいるのがこの二人である。

 

 あ〜〜〜〜ヤダヤダ。

 俺みたいな凡人がどうしてこんな怪物連中と切磋琢磨しなければいけないのか。

 しかもつけられた二つ名で因縁つけられるし因縁つくし最悪だよもう。一撃で首都を破壊できるような化物と一緒にしないでほしい、俺は人間だ。

 

 言い訳とないものねだりはここまでにして、改めてルナさんに視線を向ける。

 

 覇気のない表情ではある。

 いつもそうだからな、変化に乏しい──というより変化がほぼ無い事で有名だが、今もそれは変わらない。魔力はほぼ使い切ってる筈だが全回復出来る位には残してあったのだろうか。

 

 そもそも座する者(ヴァーテクス)の回復って何を指すのだろう。

 

「…………体調は問題なさそうですね」

「本当は限界、そう言えば何かしてくれますか?」

「聞くだけなら」

 

 そう言いながらとりあえず椅子に腰かける。

 そして何故か対面に椅子があるのにも関わらず、ルナさんは俺の上に座り込んで来た。

 別に拒否する理由も無いからそのままにするが…………ステルラやルーチェよりも幼い身体つきではあるが、女性らしさは兼ね揃えている。

 

 少しだけ『触りたい』という欲求が湧いて来た。

 さりげない雰囲気でお腹へと手を回す。

 

 まるで付き合いたてのカップルがイチャイチャするときみたいだ。

 生憎と俺は前世(便宜上の呼称)も今世も彼女がいたことはないゆえ、完全な想像なのだが。

 

「ふっふっふ、口では否定しながらロアくんも私のボディにメロメロのようですね」

「俺にも性欲はありますからね。ルナさんは魅力的な女性ですので」

「結婚しますか?」

「それは御免被る」

 

 むきー! と言いながら暴れようとするが、物理的な力があまりにも矮小すぎて何も変わらない。

 魔法・総合力で言えば惨敗するがパワーだけなら負けない。

 

 やがて落ち着いたタイミングを見計らって、本題に入る。

 

「良い戦いでしたね」

「はい。負けましたが」

「勝ち負けよりも大切な事があの試合にはあった。そうじゃないですか?」

 

 ルナさんは敗北したが、あの試合の裏側にあった本当の目的に関しては問題なく達成しただろう。

 数世代に渡り首位独占を果たした怪物────テリオス・マグナスをあと一歩まで追い詰めた事実。これを以てして、魔祖十二使徒第三席紅月(スカーレット)は歩みを始めたのだ。

 

「焦らなくても大丈夫ですよ。ルナさんはこの先長いですから」

「負けたら意味ない────そう言ったら?」

 

 …………ふーん。

 

 顔は見せてくれないが、僅かに腕が震えてる。

 ルナさんは無表情で感情が伝わりにくい人だが、言葉と仕草がとても豊富な女性だ。

 表情で何でもかんでもわかるルーチェとは違うタイプの人で、素直に口に出してくれる分共に過ごしていて気楽な人でもある。

 

「…………ロアくんは、凄いですね」

「俺は自分が優れてると思ったことはありませんよ」

「そういうトコロ(・・・)です。君と初めて会った時からずっと、私は貴方に憧れている」

 

 大して重くもない身体から力を抜いてもたれかかってくる。

 

「“英雄”に、じゃなくてですか?」

「……覚えててくれてるのは嬉しいですが、意地悪しないでください」

「俺に渦巻く因果は全て“英雄”の名の下にある。誰にも理解されなくてもいい、俺だけが知っていればいい事実です」

 

 英雄の記憶が無いロア・メグナカルトに価値はない。

 英雄の記憶があるからこそ俺と言う存在が生まれた。

 

「ロアくんって、意外と隠し事ありますよね」

「ミステリアスな男はモテるからな」

「カッコいいのは否定しませんが、相変わらず残念です」

「誰が残念なイケメンだ」

 

 弱みを曝け出すのは俺の基本ムーブ。

 

 俺が弱い奴だと理解してくれた上で甘やかしてくれると助かる。

 師匠は言わずもがな、ステルラも大分甘やかしてくれるようになってきた。ルーチェは最初から激甘、ルナさんは一緒にだらけてくれるタイプの人。

 

 アイリスさんは修羅。

 

「大分外堀埋まってきた感じがあるな」

「私は三番手でも構いませんよ?」

「全員平等に扱うに決まってるでしょう」

 

 順序は付けたくない。

 

 俺に何かしらの感情を向けてくれている人を無下にはしたくない。

 コンプレックスを抱いているが故の欲望であり、かつての英雄の二の舞にはなりたくないという精一杯の強がりでもある。

 

 想い人を誰にも知られることなくひっそりと逝く位なら誰一人として零れ落ちないようにする。

 

 そこだけはかつての英雄に勝っていたいのさ。

 

「ルナさんも大概ですね。自覚してますけど、俺はかなりカスみたいな事言ってますよ」

「客観的に見ればそうですね。堂々と浮気宣言してます」

 

 無表情が故に伝わりにくい感情だが、しっかりと言葉に乗せてくれるから助かる。

 

「何というか…………放っておいても大丈夫そうなんですけど、放っておいたらよくない気がするんですよ。何も話さずどこかに行きそうですし」

「俺を何だと思ってるんだ」

「勘です。言うなれば座する者(ヴァーテクス)としての」

 

 それを言われちゃ仕方ないな。

 師匠も俺にそう思ってるのか? 

 

 ふと思い返してみたが、ずっと俺に構ってる癖に中途半端に距離を置こうとする対人距離下手くそ女の印象しか出てこなかった。

 

 全然参考にならん。

 

「なら仕方ありませんね。そういう風に見えている、というのも受け取っておきましょう」

「置いていったら許しませんよ」

「……それは、許してくれませんかね」

 

 …………馬鹿みたいな考えが脳裏を過ぎる。

 

 ルナさんが急いでた理由、もしかして俺も含んでるのか。

 俺がしっかりと生きてる間に積み重ねなくちゃいけないとか、思ってるのか。だってエミーリアさんは半分不死だし、これから少しずつ世代交代すればいいのだから焦る必要はない。

 

 自意識過剰ならそれでいいが……

 

「後悔したくないんです」

「仕方ないことだ。俺は寿命がある」

「逝かないでください、なんてお願いしたら頑張って長生きしてくれますか?」

「まあ限界迎えるまでは」

 

 ンン〜〜〜〜…………

 

 俺に会ったからか。

 エミーリアさんと二人ならば互いに寿命で死ぬことはない故に、大切な人を失うという悲しみから目を逸らせた。幼い頃のトラウマを記憶の片隅に追いやることが可能だった。

 

 だが、俺に会ってしまった。

 

 限られた時間の中で、俺は先に逝くことが確定している。

 最近意識させるように振る舞っていたから、少し悪いことをしたな。

 ルナさんはトラウマを乗り越えたわけじゃなく、見ないようにしていただけ。後悔しないために己の殻に閉じこもっていただけだ。

 

「歳を重ねれば割り切れるようになりますよ。きっとね」

 

 傷口を抉るようで申し訳ないが、俺には月並みなことしか言えない。

 

 悲しみというのは時間が解決してくれる。

 いや、時間しか解決してくれない。胸が痛むような悲しい出来事も十年二十年と時が過ぎるにつれて遠い記憶になっていく。現実を受け止める心構えができるのだ。

 

 だからこそ師匠やエミーリアさん、それに魔祖も少しずつ前を向くことができた。

 

「…………ロアくんは、怖くないんですか?」

「……まあ、寂しいモノではあります」

 

 自分が培ってきた価値観や教養が全て無に帰す瞬間。

 かつての英雄が死んだ記憶は鮮明に覚えている。身体が動かなくなり、視界すら動かせなくなる。耳が何も捉えなくなり、苦しみと共に暗闇に引き摺り込まれるような感覚。

 

 不愉快の極みだ。

 

「それでも避けられないんだから、それまでを目一杯楽しむ。それに……」

 

 本当に心苦しいものではある。

 師匠やステルラが泣く姿は見たくない。

 俺に何かしらの好意を向けてくれた人が涙するのは求めていないんだ。

 

 でも、俺は自分勝手で自堕落な男。

 

「いつまでも俺を覚えてくれている人達がいるなんて、幸せですよ」

 

 俺なんかを覚えてくれている。

 俺なんかで泣いてくれる。

 

 俺如きを、大切に想ってくれる。

 

「それだけで十分です」

「…………置いていかれる立場のことも、考えてください」

「すみませんね。運が悪かったと諦めてください」

「ずるいです」

「ズルくて結構。俺は才能(・・)が無いからな」

 

 ため息と共に、身体の力を抜いて完全にもたれかかる。

 

「後悔はさせない。そこだけは信じてください」

「…………なんだか、ダメ男に引っかかってる気分です」

 

 あながち間違いではない。

 将来ヒモ志望の男がまともなわけがない。

 倫理観がかなり欠如していると言われても何も否定できない。まあ俺の場合倫理観の更に上に欲望があるから逆らえないだけだが。

 

「さ、そろそろ行きましょう。アルの試合も準備できたでしょう」

 

 立ち上がろうとして──立てない。

 ていうか、ルナさんが動く気配を見せない。

 

「ルナさん?」

「………………もう少しだけ」

 

 かなり小さな声だったが聞き取れた。

 

 もう少しだけ、か。

 普段一緒にふざけてくれる女性だが、心の奥底にある感情を今日ばかりは見せてくれた。弱みを俺に見せてくれた訳だ。

 

 アルには申し訳ないが、少しばかり優先させてもらおう。

 

「そうだな。俺も少し、眠たくなってきたな」

「……ふふっ。ご友人の試合が始まりますよ?」

「ちょっと寝過ごしたくらいで怒る奴じゃないさ」

 

 意図を察したルナさんが茶化してくる。

 

「そういうトコロ(・・・)、好きですよ」

「ありがたく受け取っておきましょう。俺は紳士だからな」

 

 二人で話すのは久しぶりだな。

 それこそデート以来かもしれない。

 

 ステルラやルーチェとイチャイチャしてる時間を考慮すればこれくらいしてもバチは当たらないだろう。

 

 撫でろと言わんばかりに頭をぐいぐい寄せてくるので撫でながら。

 

 試合の準備が整うまで、二人で過ごした。

 

 

 

 

 

 



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第十話

「いやあ、凄い戦いだったなぁ」

「そうですね」

「十二使徒門下としてはどうなんだい?」

「私は強くなることが目的ではないので」

 

 それもそっか、呟きながら納得する。

 

 十二使徒門下として最強格と謳われた二人の正面衝突────互いに人類を越えた若き怪物同士のぶつかり合いを見て、そんな感想が零れ落ちた。

 

 語彙豊かに表現する必要すらない圧倒的すぎる後継。

 見る者すべてに格の違いを魅せつける姿を見てなお、笑みが浮かぶ。

 

「あんなの一瞬で消し炭になっちゃうね」

「言葉と表情が合っていません」

「少年の心を忘れないのが男の秘訣らしいよ」

 

 そんな事を言っていた友人の顔を思い浮かべる。

 

「────ところで、何故僕の所に?」

 

 ナチュラルにやってきた女性──マリアさんに真意を問う。

 

 こう言っては何だけど、僕と彼女に接点は無い。

 これまで付き合いがあったわけでもなく、僕が一方的に押し掛ける事こそあっても向こうからやってくる理由なんて…………まあ、思い浮かばない訳では無いが。

 

 それでも十分『おかしい』事態だ。

 趣味が人間観察と自負しているがそれでも推し量れない事柄はある。

 

 故に意図が知りたい。

 

 用意した飲み物に口を付けて、気品溢れる所作を惜しみなく披露した後に話を始めてくれた。

 

「私に勝利した貴方は、この後戦うことになるでしょう。対戦相手は皇子(レグルス)、テオドール・A・グラン──実の兄が相手になる」

「そうだね。単純な実力差で言ってもかけ離れてる事実は否めないさ」

 

 テリオス・マグナスという異次元の怪物さえ居なければ一位の座を長きに渡って守り続けたと言われるのが兄上だ。

 僕とは違い将来を約束されたグラン家の至宝と言っても良いだろう。

 

「肉親にアレ(魔法)を放つことに対する問題かな?」

「……端的に言うならば」

「勿論使うけどね」

 

 僅かに眉を顰める。

 

「倫理的・道徳的に問題だらけです」

「倫理も道徳も主観で決まるモノさ。ここは魔法を用いて戦う事を推奨している学園であるのだから仕方ないじゃないか」

「肉親が苦しむ顔を見たいんですか?」

 

 不愉快そうな顔をしながらそれでも理性的に問う事は止めない。

 そういう事が出来る人は大概好きだけれど、マリアさんは僕と同類な節がある。

 

 一概に愛を語れる人ではない。

 

「見たいね。特に、兄上の顔が歪むところは是非見てみたい」

「…………歪んでますね」

「僕の心は兄上公認だぜ?」

 

 信じられないと言った表情で僕を睨んでくる。

 おかしいな、嘘は何一つとして言ってないのにどうしてここまで敵意を向けられているんだろうか。それも興奮に繋がるからいいんだけど、今は気持ちが一つに向いている。

 

「僕はそもそもかなり抑え目に生きて行こうと思ってたんだよ。兄上は優秀だから、僕にとっても自慢の兄上なんだ」

「自制できずに表に出ただけでは」

「結論それなんだけど切っ掛けがあったのさ。兄弟そろってやんちゃしたときにね」

 

 今でも鮮明に思い出せる。

 

 入るなと言われていた父上の書室に侵入した時。

 当時は幼く、漠然と自分が異常だと周囲の反応から察し始めた頃だった。庭にいる虫を捕まえて手足を捥いで反応を見たり、そういう『純粋が故の残酷さ』が『人間性の歪み』と認知され始め──自身もそれを自覚し、出来る限り抑えようとしていた。

 

 若くして社会と言うものを漠然と理解し始めたのは生まれが関係しているだろう。

 

 その『生まれ』に固執しないのに自身の身の振り方は制限しているのは、何故か。

 

「…………さ、そろそろ行くか」

 

 思い出を懐かしむのはここまでにして、準備が整った坩堝へと足を向ける。

 

「マリアさんは僕を応援してくれるのかな?」

「して欲しいんですか」

「美人が味方に居るってのは心強いよね」

 

 控えめな溜息を吐いた後に、すごくどうでも良さそうな声で告げた。

 

「楽しめるといいですね」

「ありがとう。最高に励みになる」

 

 

 

 

 

 

 

 #第十話 

 

「遅かったわね」

「ああ。うたた寝してた」

 

 律儀に二人分の席を確保してくれていたルーチェに感謝を告げつつ座る。

 何故か席が空いてるのに俺の膝に座ろうとしてくるバカ炎使いを隣に放り投げて、相変わらず前列に一人でいるステルラに声をかける。

 

「アルはまだ来てないのか」

「あ、おかえり。まだどっちも来てないよ」

 

 いいタイミングで戻ってこれたみたいだな。

 そろそろ戻るか~って俺が思い始めた瞬間にルナさんがガチ睡眠始めたから焦った。寝顔は可愛かったからじろじろ見ておいたが、それは察知されてない事を祈る。

 

「後はステルラを見るだけだな……」

「何の話?」

「気にするな。俺の事情だ」

 

 無垢な顔をしている。

 子供の頃のステルラはこういう顔をよくしていた。

 

 惚けている様な呆けている様な、何も考えてない表情だ。

 

「アンタ、こういうのが好みなのね」

「大好物だ」

「え、え? なになに何の話?」

 

 ルーチェが眉を顰めながら軽い口調で言ってくる。

 

 笑い話にしたいがなんとなく不快に思ってる感じだな。

 かわいい奴め、ステルラに対抗心がある上に俺への謎の好意があるから余計捻くれた事になってるぞ。

 

「お前は嫌いか?」

「気に入らないだけよ」

「それは嫌いとも言うな」

「嫌いじゃないわ。好きでもないだけ」

 

 普通ね~~~~。

 

 お前らが二人で出掛けている回数を数えたらとても普通の友人って感じじゃ無いと思うが。かなり仲が良い友人とも呼べるだろ。

 

「残念だったなステルラ。お前の事はどうでもいいらしい」

「そんな事は言ってないでしょうが」

「え、えーと……ルーチェちゃん、私の事嫌い?」

「…………嫌いじゃないって言ってるでしょ」

 

 にへらっと笑うステルラと口角が上がって照れてるルーチェ。

 

 実に微笑ましいな。

 整った顔つきの女性が朗らかな笑みを浮かべているのは目の保養になる。

 

「ねね、ロアくん」

「なんですか」

 

 コソッと話しかけて来たアイリスさん。

 

「ルーナちゃんと何してたの?」

「昼の陽気にあてられて二人仲良く惰眠を貪っていた」

「それだけかな~?」

 

 揶揄うような目をしている。

 この俺を揶揄うだと? 随分と思い上がったな、アイリス・アクラシア。

 

 温厚質実謹厳実直を地で往く俺が女性関係でふしだらな事をするわけが無いだろう。

 師匠と共に暮らした数年間でどれほどの禁欲生活をさせられたと思っている。(便宜上の表記ではあるが)前世ですら数える程度の性的接触しかない程の紳士だぞ。

 

 悪く言えば奥手です。

 

「それだけだ。なあルナさん」

「いっぱい可愛がって貰いました。嫁入り前なのに」

 

 おい!! 

 

「大概にしろよバカレッド」

「ふぁれがふぁかふぇっふぉふぇふか」

 

 頬をびよんびよん伸縮させて黙らせる。

 可愛がったのは否定しない。頭撫でたし一般的に言う『可愛い』という対象に行う動作としては何も間違えていないだろう。愛玩動物を柔らかく触るとかそういう類だ。

 

「よ、嫁入り前を重要視するような事を……?」

「そんな訳があるか。ルナさんが俺に抱き着いて来たから受け入れて撫でていただけだ」

 

 よし、何一つ嘘は言ってないな。

 さりげなくルナさん()と付け足しておくことで『先に始めたのは俺じゃ無い』とアピールすることが出来る。言葉一つに意味を込めるのは俺からすれば当たり前で、何も考えずに語るのは愚か者のすることなのさ。

 

「……ま、そんな事だろうとは思っていたけれど」

「これが信頼の差って奴ですよ、ルナさん」

 

 ルーチェが勝手に納得したから余裕で俺の勝ち。

 

「一緒に寝た事実は揺るぎません。この時点で他の人達にアドバンテージがあります」

 

 表情が一切変わってない癖にとんでもないくらいドヤってる。

 残念ながら師匠とずっと生活してたから初めてではないんだが、あの人の枠組みは母親とかそういうジャンルになるからノーカウントだな。いくら顔が美人で髪も綺麗で肌も麗かで俺好みに仕上がっている人だとしても駄目だ。

 

 本当に駄目か? 

 駄目じゃないか。

 駄目じゃないかもしれない。

 

「なんか悔しいから駄目にしとくか」

「…………ロアくん。全然動揺してないんですが、どういうことですか?」

「俺への信頼が厚いんでしょうね」

「ロア、師匠と二人で暫く暮らしてたし」

 

 ステルラさぁ。

 俺が何のために心の中で結論を出したか分かってないよな。わかるはずもない。わからなくていいよ、お前の魅力はそういう所だ。

 

「ロアくん。詳細を」

「以前言ったが、数年間師匠と共に山暮らしをしていた。その時の話だ」

 

 別に他意はない。

 

 俺は嫌がったのに無理矢理連れ出されて半ば監禁のような生活を強いられていたのだから、寧ろ俺は慰められるべきではないだろうか。

 

 確かに苦しい記憶ではあるが、魔法でとことん女として完璧な姿を見せ続けて来た師匠の所為で若干性癖が捻じ曲がった節があるのは否めない。感謝より先に恨みが出て来て然るべきじゃないか、俺。

 

「思わぬ強敵ですね……」

「俺と師匠の間にそういう関係はありませんよ」

「ロアくんは誰に対してもそう言うので信用できません」

 

 やれやれ、信用無いね。

 

 ムカついたので頭を撫でて黙らせる。

 むふー、と鼻息を荒めに噴き出して落ち着いたルナさんは置いておいて、会場に入って来た姿に目を凝らす。

 

「テオドールさんか」

 

 先に来たのは兄。

 

 兄弟揃って愉快な性格をしているが、弟はヤバさに全振りしてるから比べてしまうと差を実感してしまう。テオドールさんはあくまで問題ないラインで愉しみ、アルベルトは問題になる範囲も含めて全部愉しんでいる。

 

 厄介すぎるだろ。

 

 至極真面目な表情で入場し、そのまま剣を地面に突き刺し待ち構える。

 

「……相対したくないな」

 

 学生が出していい空気感じゃない。

 

 歴戦の武将、それも総大将とかその領域が醸し出す雰囲気。

 あの時代に傑物が揃っていたのだから今の時代に現れないとは限らないが、それにしたってヤバいだろ。

 

「強いよねぇ、テオドールさん」

「交戦経験が?」

「何回かね。剣の腕も凄い良いから楽しめるんだけど……なんかいやらしいんだよね」

 

 視線がとかそういう意味合いじゃなさそうだ。

 

「わざとやってそうだ」

「やっぱりそう思う?」

「あの兄弟ですからね」

 

 アイリスさんと視線が合う。

 

 俺の予想は間違ってないみたいだ。

 敢えてアイリスさんにだけ戦い方を楽しみにくい形に変更している。

 

「テリオスさんと戦う時はギラギラした目でやる癖に…………」

 

 羨ましそうに言うあたりアイリスさんが恋してるように聞こえるが、この人は人に恋しているのではなく剣に恋しているのでノーカウント。

 

「ま、今はロアくんがいるからいいけどねっ!」

 

 そうですか。

 

 ぎゅ~っと俺に身を寄せてくる。

 何故か対抗して反対側から押してくるルナさんがやかましい。

 

「モテモテね、色男」

「妬むな僻むな。俺は全部受け入れるぞ」

 

 ルーチェが極寒の視線を向けてくる。

 もう最近慣れて来たなこの感じも、マンネリってこういう状態の事を言うのだろうか。

 

 マンネリと言うには少々命の危険が多すぎるのだが。

 

 ルーチェは俺を殴って来るしアイリスさんは命を奪りにくるしルナさんも燃やすし師匠は電撃を浴びせてくる。やっぱステルラが一番大人しくて慎ましいな。

 

「俺にアルベルト並の感性が備わっていれば……」

「この世に生まれちゃいけないレベルのたらしが誕生するからやめて」

 

 随分な言われ様じゃないか。

 

 別にそんな特別な事は一切してないし、女性に惚れさせようなんて意識して行動したことはない。

 相手の感情や気持ちを思い遣って言動に気を付けるのは人として当たり前の事であり、戦闘における才が塵程しか存在せず他人の借り物で見栄を張っている俺なのだからその位はしなくちゃな。

 

 まあ俺はそこにつけこみ甘えてヒモ生活を望んでいるのだが。

 

「────で、だ。どっちが勝つと思う?」

「兄」

「お兄さんかな」

「テオドールさんでしょうね」

 

 上からルーチェ、ステルラ、ルナさんの順番である。

 

 アルには悪いが勝負は決まりみたいなもんだな。

 こんな舞台で兄弟勝負を実現させたのだから、アルにも箔は付いただろう。

 グラン家の出来が悪い方とかそういうイメージではなく、グラン家の実力のあるヤバい奴。

 

 良くなってるのか、これ。

 

「しかしどうなるか…………」

 

 テオドールさんが痛みに呻いて動けなくなる姿が想像できない。

 俺もそれなりに耐えれる方ではあるが、骨が一本折れるだけで様々な状態異常が身体に振りかかってくる。折れた箇所が痛みを発し続け熱は出るし動かしにくいし力を籠めるのにだって覚悟が必要になる。

 

 それを再現される、しかも相手はその状態異常が苦にならないと来た。

 

「戦場で出会うのは勘弁願いたいな」

「アルベルトくんの魔法は私もあんまり……」

「これは驚いた。アイリスさんは痛みなら何でもいいのだとばかり」

「そんな訳ないでしょ! 尻軽みたいに言わないでよね!」

 

 そういう問題か? 

 

「斬るも折れるも痛みに差異は無いが……」

「鋭い鉄が皮膚を裂いていくあの感覚がいいんじゃない」

 

 コワ……

 俺はルナさんを軽く持ち上げて席を交換した。

 

「酷くない!?」

「そこに死んでも死なないレアな存在がいるからご自由にどうぞ」

「ロアくん。いくら聖人の如き心を備えている私でも怒りの沸点というのは存在しています」

 

 頭を撫でて黙らせる。

 ルナさんは親の愛情に飢えているのか、それともエミーリアさんがよくこうやってしてくれていたのかわからないが、頭を撫でられると途端に静かになる。わかりやすい弱点を発見できたから俺としては大助かりだ。

 

「ン゛ンッ!! じ、実際問題アルベルトくんとテオドールさんではリーチの差が大きすぎます」

 

 俺の手を受け入れたまま咳払いで呼吸を整えたルナさんが語る。

 

「近接戦闘しか(・・)できないのと、近接戦闘()出来る。何回か説明したような気もしますがこの違いは無視できません」

 

 かつての英雄が剣だけに拘らなかったのもそこに理由がある。

 最初の戦場にて雷魔法を応用した身体強化を行い、瞬く間に一軍を無力化した訳だが……当然軍隊なので魔法使いと近接戦闘の枠で別れている。近接戦闘は問題なく武装破壊したが、魔法使いの犠牲を問わない攻撃を防ぐのに悪戦苦闘していた。

 

 遠距離から攻撃可能なのは圧倒的すぎるアドバンテージなんだ。

 

「──まあ、これはあくまで普通の理論です」

 

 チラリと俺を一度見てから、改めて口にする。

 

「ロアくんを始めとして、この学園には近接狂いの人が多い」

「近接狂いとは不名誉だな」

「全くだよね」

「遺憾ね」

 

 ここのメンバー半分が近接物理型なの本当に魔学か? 

 魔法に頼りきりでは上位に辿り着く事は難しく、仮に魔法一本で生き抜くのならばソフィアさんと同等の強さが無ければならない。

 

 魔法戦ではなく魔導戦だからか。

 

「何が言いたいのかというと────一定のラインを越えた近接技術は、遠距離の魔法を上回ります」

「割と身体強化ありきですけどね」

「それでもです。ロアくんの場合全属性複合魔法(カタストロフ)すら無効化してるので正直ズルいですね」

 

 俺からしたら魔法を十全に使える人達が羨ましいよ。

 アルはそういう悩みあるのだろうか、一瞬考えたけど無さそうだ。

 

「最終的な勝利はテオドールさんが掴むでしょう。でも……」

 

 アルベルトがただでやられるとは、思わない。

 

 いつも通りの飄々とした表情で入場してきたアルに注目が集まる中で、相対するテオドールさんが口元を歪めて笑う。

 

『ようやく来たか。まだかまだかと待ちわびていたぞ』

『どうも、親愛なる兄上。少しばかりデートと洒落こんでいたのさ』

『女性を無理矢理手籠めにするのは庇えんからやめておけ』

『僕のイメージがどうなってるのか知りたいね』

 

 カラカラ笑いながらアルは歩みを進める。

 対するテオドールさんは未だ仁王立ちのような形を保ったままであり、戦う準備が整っているとは思えない。

 

『いい機会だ。この際明確に決めてしまうのも悪くない』

 

 呟き、剣を引き抜く。

 その姿を見てもアルはゆっくりと歩みを進める。

 

 アルに関しては恐怖心とかそういう心が欠如している可能性が高い。

 普通ぶった斬られる可能性があるんなら引け腰になる。絶対に防げる方法を持ってるなら別だけどな。

 

()────どちらが相応しいかを』

『そんなの兄上に決まってるじゃないか。僕はどっちかと言えばやられ役だよ』

 

 ミドルネーム。

 二人揃って付けてる訳じゃなく、名付けられた時にそのままにしているのか。

 

『テリオスさんには?』

『話していないさ。一族の恥ずかしい拘りだ』

 

 それ絶対この場で話していい話題じゃないと思うんだけど気にしないノンデリ兄弟は楽しそうにしている。

 観客席の反対側に視線を向けると、ソフィアさんが頭を抑えて俯いていた。

 あれは事情を知ってる側だな。

 

『俺に英雄願望は無い。お前にも英雄願望は無い』

『それに関しては母上に申し訳ないね。こんなのに育っちゃってさ』

『教育を押し付けるのは親の悪い所だ。成人もしていない子供に諭されているのだからな』

 

 剣に炎が宿る。

 開戦が近いのを悟ったアルが、ゆっくりと拳を構える。

 

『――――普段気ままに過ごしているのだ。偶の親孝行位いいだろう?』

『そうだね。期待してるよ、皇子(レグルス)さん?』

 

 

 

 



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第十一話

スランプでした。遅くなってごめんなさい。


 炎が渦巻く。

 嵐の如く吹き荒ぶ熱風は障壁の内部に充満し、呼吸一つ行うのが困難に思える程だ。

 

 鼻を通して肺に満ちる不快な空気────喉が焼け付くようなひりつきを感じながら、心の底から湧き上がる歓喜の衝動を抑える事なく受け入れる。

 

 マリアさんにはあんな風に息巻いたけれど、本当は望んでなかった。

 

 兄に対して劣等感を抱いたことはない。

 見返してやろうとか、競争心を抱いたことすらない。

 なぜならば、彼は優秀だから。僕が背負うべき責務を全て背負い、その道を是として進み続ける傑物であるから。

 

 一転して僕は違う。

 

 大役を担うことを良しとせず、寧ろ木端の如き扱いを受けることを望む。

 戦場の一番真ん中に放置してくれても構わない。数多の殺意に身を晒して無惨に屍となり果てるのも悪くはない。言うなれば、僕は自分自身のためにしか生きていけないのだ。

 

 そういう風に出来ている。

 

「────相死相愛(アリシダ)

 

 魔法を起動する。

 僕が唯一信じている絶対の魔法。

 超越者を殺すとか、人間爆弾のような扱いをされていた兵士が強制的に植え付けられたこの魔法──仮にも貴族の血筋である僕が愛用することを、かつてのグラン家当主が知ればどう思うだろうか。

 

 人でなしの当主であり、かつての戦いの元凶(・・)は。

 

 考えても仕方のないことだ。

 けれどどうしても夢想してしまう。

 かつての大戦時代に僕が居れば、もしも僕がいられたなら──どれだけ幸せだったのだろうか、と。

 

「…………フン。流石に覚えていたか」

「そりゃそうさ。僕が最も初めに浴びた魔力を忘れる筈もない」

 

 この魔法の弱点は相手の魔力をしっかりと探知しなければならないこと。

 

 マリアさんと戦った時は回復魔法をかける際の魔力をしっかりと受け取ったし、そのためにわざわざ初撃を受け止めた。決して趣味で受け止めたわけじゃない、戦略的な視点から受け止めただけさ。

 気持ちよかったけど。

 あの胴体がぶち抜かれて激痛と呼吸困難が混ざり合う中で喉からこみ上げてくる血の味が癖になるんだよね。

 

 ふぅ…………話を戻そう。

 

 相手の魔力を知らなければこの魔法は発動できない。 

 

 でも、兄上の魔力は既に知っている。

 かつて僕が偶発的にこの魔法を発動した時隣にいたのは他でもない、兄上なのだから。

 

「あの時は誤魔化すのに苦労したな。お前は酷く興奮していたし、俺はお前のせいで傷を負った。あの時ほど死に近づいたと確信した日はない」

「光栄なことだね。天下の皇子(レグルス)を死に追いやったなんて素敵な実績じゃないか」

 

 自分が評価される事に意味は見出せないが、高い評価を受けた人間が顔を歪ませる瞬間はとんでもないくらい興奮する。

 それが僕の手によって引き起こされた事なら格別だ。

 

「まあ、二度とそうはならないがな」

 

 そう呟いて、更に魔力を高める。

 

「痛みなどいくらでも抑え付けられる。

 恐怖などいくらでも抑え付けられる。

 ────憎悪も、狂気も、何もかも。人の感情は理性によって抑えることが出来る」

 

 口元のみで描いた歪な笑みを浮かべ、炎が宿る剣を一片の躊躇いなく振るった。

 

 既に感覚は共有している。 

 普通であれば、僅かに躊躇が出るのだ。

 初見であっても感覚を共有されているのを理解すれば動揺するし、ある意味真っ直ぐに狂っていたマリアさんですら心の揺らぎは存在した。

 

 しかも、兄上は一度相死相愛(アリシダ)の効果を味わっている。

 どのような症状が現れるのかを明確に覚えている筈なのだ。

 

 なのに一片たりとも動揺が見られない。

 

「────それでこそだ!」

 

 正面から振るわれた炎剣を、魔力も何も宿していない両手で受け止める。

 掌が一瞬で焼け爛れ指一本残らないほどの火力。消炭と化していく両手が幻痛を訴えるのを脳が認識するよりも早く、溶け続ける両手で抑えつける。

 

 身体強化は使わない。

 今はまだ必要ない。

 

 回復魔法をかけ続け、再生と消滅を繰り返す痛みで快感を得続ける。

 

 そうだ。

 この香りだ。

 僕はこの、凄惨な戦場でしか味わえないような香りが大好きだ。

 

 熱され続け熱源そのものと表現してもいい高温に至った剣を再生途中の手で握りしめて、そのまま地面へと叩きつける。

 

 燃え盛る炎の僅かな隙間から、彼の顔が見える。 

 ギラギラ輝く瞳に牙を剥いたような口、闘争心に塗れた表情。

 

 魔法を無効化してるわけじゃない。

 どこまでもどこまでも戦いを愉しんでいる。

 苦しみも怒りも痛みも快楽も全て等しく、僕たち(・・・)にとっては生きていると実感する最高の素材なのだから! 

 

「狂人め!」

「お前が言うな!」

 

 僕らの間に因縁はない。

 特に愛憎も渦巻いていないし、どちらかと言えば良好と言える。

 

 だからこそ、なんの躊躇いもなく命のやり取りを楽しめる。

 

「これのどこが親孝行だって?」

「兄弟で愉しんでいる姿は尊いものだとソフィアが言っていたからな!」

 

 それ多分違う意味────こんな殺伐とした空気感ではなくて、珈琲でも嗜みながら穏やかに談笑する姿を指すのではないだろうか。

 

 絶対にわかった上でこういう発言をしている。

 頭を抑えるソフィアさんの姿を見れないのが残念でならない。

 

 剣から手を離してすかさず殴りかかる。

 射程は向こうが有利ではあるが近距離ならば話は別だ。

 相手が剣を振り終わるまでに拳が頬を打ち抜けば問題なく、手足が切断されても即座に回復できるから圧倒的に僕が有利。

 

 ──それが、普通の相手ならば。

 

 読み辛いように少し変則的なリズムで打撃を加えていくが、その攻撃は鉄に激突を繰り返す。

 器用貧乏ではなく万能と呼べる実力を備えた相手に対し愚策ではある。だが、このくらい激しく苛烈なやりとりの方が好ましい。兄上もこれを抜け出して一撃で葬り去る手札は保有しているだろうに、あえて僕の策に乗ってくれている。

 

「お優しいこと──だッ!」

 

 姿勢を大きく崩し飛び跳ねての蹴り上げ。

 

 格闘戦を得意とする人たちには、何らかの流派が存在する。

 ルーチェ・エンハンブレならば自己流に改造した既存の技術。

 マリア・ホールならば魔祖十二使徒直伝の異次元の技術。

 ロア・メグナカルトは……あれは、正直よくわからない。剣技にのみに注目されがちだが、基礎的な体術もそれなり以上に仕上がっている。

 

「獣じみた動きだ……!」

学園(ここ)じゃ珍しいだろ!?」

 

 由緒正しき、とまでは言わないが、ここに入学できるのは限られた人物のみである。 

 なにせ魔祖十二使徒という現役最強でかつての大戦を終わらせた英雄一行が直々に教育に携わっているのだ。それを少し魔法が出来る、少し実戦が強い程度の人間に与える訳にはいかない。

 

 だからある程度戦法は似たようなものになる。

 搦手をよしとしない正統派、癖のある剣を軸とする技巧派、対人に特化した本格派────僕はそのどれにも属さない、自分が動きたいように動く立体的な動きを主軸に置いている。

 

 言うなれば本能で動いている。

 基本に忠実な兄上からすれば、あまり相対したことのないタイプだろう。

 故に今ばかりはこちらが優位に立てる。根本的な実力差をひっくり返す程では無いが、十分脅威を与えるに相応しい。

 

「────相死相愛(アリシダ)、共有!」

 

 この瞬間に賭ける。

 マリアさんとの戦いでも使用した古傷の再現──そして、共有。

 互いに同じ損傷率に追い込んでからの死の瀬戸際で粘り合い。兄上なら、兄上ならば……死の淵まで殺し合ってくれる筈だ。

 

「可愛い可愛い弟からのリクエスト! 応えてくれるだろ!?」

「愚弟が──構わん!」

 

 ゾクゾクする。

 背筋に一本、興奮を伴う寒気が奔った。

 回復魔法をぶん回して、身体の中から魔力が突き抜けていく感覚を味わいながら突喊する。

 

 視認できない速度で振るわれた剣が、僕の両足を切断する。

 それを魔力で繋ぎ直して踏み込んで、骨がぶつかり合って激痛が全身に行き渡る。それと同時に兄上の足も切れている筈だが、すでにくっついている辺り対応策はバッチリだ。

 

 僕の魔法を攻略する最善策。

 自分の攻撃が直撃するのと同時に、その箇所に対して回復魔法をかければいい。

 

 簡単だろう? 

 痛みと混乱でそれどころではないという点を除けばだが。

 

「痛〜〜〜ったいなぁ! 最高!!」

 

 手足を両断されようが僕は対応できる。

 兄上もそれに対して対応できる。

 

 これは魔力が切れるまでの千日手。

 勝敗の定まった出来レースと言ってもいい。

 

 それでいい。

 僕にとってはこれこそが最善。

 普通の生活をしていれば決して得られない興奮、痛み、苦しみ、歓喜。これを一片に味わえる舞台に立てたのだから、文句の一つもあるはずがない。

 

「勿体ぶるなよ!」

 

 足を進める。

 左腕が切断される。身体強化をしてはもったいないので、回復も最低限に抑えながらツギハギ状態で前に往く。

 

「僕に全部くれよ!」 

 

 兄上の笑みが深くなっていく。

 もっとだ。もっともっともっともっと、気が狂うほどに滾らせてほしい。唯一の肉親と殺し合うという禁忌、それを侵している自分達。兄弟や家族という縛りにこだわりのない自分であっても、世間一般の常識に喧嘩を売っているこの状況にすら興奮できた。

 

皇子(レグルス)なんて大層な名を、味わわせてくれ!!」

 

 ただの炎で終わらせるな。

 ただの剣で終わらせるな。

 僕と離れていた数年間で編み出した集大成を、僕にもっと見せて欲しい。

 

 僕ら、家族じゃないか。

 

「────自暴自棄(アリシダ)!!」

 

 これまでの魔法とは完全に異色の赤黒いオーラが滲み出る。

 魔祖が改造を施しある程度現代に適応した相死相愛(アリシダ)ではない。グラン家に伝わる最低最悪の人間爆弾を生み出すための魔法──かつての大戦で超越者を殺すために編み出された、原典。

 

飢餓(カース)だろうが何だろうが好きに呼べ! 僕は、アルベルト!」

 

 二つ名に意義はない。

 少なくとも僕にとっては、僕を表す言葉にならない。

 

「アルベルト・アルス(・・・)・グラン! かつての英雄になど興味はなく、たった一度も夢想したことはない! ただ一つ願うのは────」

 

 なんて皮肉だろうか。

 かつての英雄に肖った名をつけられたのに、その実態は戦争を愉しむような腐った性根を抱えた人間である。

 

「興奮を! 永久に覚めない興奮だ!」

 

 赤黒いオーラ──可視化された魔力ラインが僕と兄上を繋ぐ。

 このラインが命綱であり、また、互いの命を蝕む鎖でもある。

 

 どろりと、口から血が零れ落ちる。

 僅かに詰まった血塊を吐き捨てて呼吸を確保、ツギハギ状態だった身体を兄上の魔力を利用して治し足を前に進める。

 

「僕の残った魔力と、兄上の残った魔力──これを共有して、回復など出来ない状況に陥ってから自殺する。そうしてこの魔法は完成するのさ」

「それに怯むとでも? と、言いたいところだが…………」

 

 チラリと兄上が視線を観客席に移す。

 僕もつられてみると、魔祖が凄まじい形相で何かを叫んでた。多分十二使徒にとっては思い出したくもない大戦の悪夢なんだろうなぁ。

 

「まあまあ、流石の僕も心中する気はないよ。兄上を殺したいわけじゃないし」

「死ぬ感覚は実際気になるんだろう?」

「そりゃもちろん! 痛くて苦しいのがあれだけ気持ちいいんだから、死ぬ瞬間はどれほどの虚無感に襲われるのか……想像しただけで涎が止まらないよ」

 

 呆れ顔で指摘する兄上に嬉々として答えるが、肩を竦めて笑うだけだった。

 

「人は、死という概念に対してあまりにも無力だ」

 

 生命という概念に囚われている限り、死は必ずやってくる。

 人間だけではない。魔獣も、動物も、虫も、草花ですら死を迎える。

 

「俺は超越者になれない。座する者(ヴァーテクス)という異次元の存在に至ることは出来なかった」

「そうとは限らないんじゃない? 僕がいうのはアレだけど、兄上の才覚は尋常じゃない」

 

 本心で褒めるが、兄上は首を横に振る。

 

「いいや。座する者(ヴァーテクス)に到達することが出来るのは、己の命すらも捧げてしまおうと覚悟できる者のみ。ただ才能がある人間が魔力という要素に愛されるのではなく、狂気と呼べる感情を抱えた者だけが成るんだ」

「…………納得したかも」

 

 十二使徒はともかく、この学園で人を辞めた人たちを羅列する。

 

 テリオス・マグナス。

 ルーナ・ルッサ。

 ヴォルフガング・バルトロメウス。

 

 このラインナップだ。

 テリオスさんは英雄に狂い、ルーナさんも炎に狂い、ヴォルフガングは戦いに狂う。

 

「俺は何かが足りなかった。その何かがわからないまま、それでも自分が成すべき事を探り当てた」

 

 剣の炎が、燃え盛る。

 理性の怪物が感情を表すように、激情となって炎が拡大する。

 

「まだ死ねん。死ぬ気はない。こんな俺でも、大切な人間はいるからな」

「うらやましい話だ。僕にとっての叡智は現れるかな?」

「お前が望めば、見つかる。今はそれでいいのさ」

 

 互いに顔を合わせ、笑い合う。

 微笑ましい兄弟仲だと自負しているが、これほどまでに平和的な会話を行ったのはいつ以来だろうか。

 子供の頃、僕が僕を自覚する以前────あの頃以来、か。

 

「…………何だ」

 

 僕は案外、家族を大切に想っていたらしい。

 少なくとも、このままの関係でありたいと願う程度には。

 

「捨てたもんじゃないな……!」

 

 魔力を全身に漲らせて身体強化を複雑に施す。

 二重、三重四重──肉体が悲鳴をあげても躊躇う事なく限界を超えて、ひび割れた肉体に一切の考慮をせずに貫き通す。

 

 兄上も握った剣の炎を圧縮し、大技の準備が整った。

 

「久方ぶりの戦いだったが────楽しめた」

「僕もさ。ありがとう、兄上」

 

 一度瞳を閉じてから、一拍の後に見開く。

 

「────紅炎王剣(イグニス・ラ・テオドール)!!」

 

 逆巻く炎を纏い、剣と呼ぶにはあまりのも異質な一振り。

 単体を殺すには十分過ぎる火力を前にして、心の奥底から湧き上がる虚無感と興奮に当てられて、僕は足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 



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第十二話

 

「いやぁ、負けた負けた! 完敗だよ」

 

 ベッドの上で楽しそうに笑うアルベルト。

 闘争心が欠けてる訳では無いが清々しい顔である。

 

「楽しめたか?」

「そりゃ勿論。勝ちの目が無くても目的を果たせたからね」

 

 自覚はあったようだ。

 

「ならいい。マリアさんとの戦い程凄惨じゃなかったから俺としても安心した」

 

 毎回毎回血みどろすぎるんだよ。

 魔力障壁が何もかも遮断してくれているとはいえ、普通に致死量の血液が飛び散ったらビビるだろ。

 

「僕にも好みはあるからね。相手が苦痛に歪むのもスパイスだけど、兄上は動じないからねぇ」

 

 残念そうに言うな。

 コイツがステルラと戦うことにならなくて良かったと心底安心している。

 ありがとうテオドールさん、このヤバイやつを受け止めた上で敗北に導いてくれて。

 

「アンタと戦り合う事にならなくてよかったわ」

「そもそも負けてるから戦う訳無いじゃないか、ルーチェは馬鹿だn」

 

 ルーチェを煽ったアルは試合直後であったのに容態が急変した。

 顔面陥没胸部陥没程度で済んだのだからまだマシではないだろうか。世の中には言っていい事と言ってはいけない事が存在しているが、コイツはものの見事に駄目な方向へと突き抜けた。

 

「ステルラ、回復してやれ」

「しなくていいわ。ここで死んだ方がマシよ」

 

「えっ!?」なんていいながらオロオロするステルラを横目にアルは自己蘇生を開始した。

 グジュグジュ音を立てて肉と骨が巻き戻るのを眺めるのは普通に不快なのだが、俺もいつもこんな感じなのかと思うと涙が出てくる。俺は被虐体質なんてないのに。

 

「酷いなぁ、これでも怪我人だぜ?」

「怪我した所で治せるでしょ」

「いいや? 残念ながら今は無理だね」

 

 ……魔力切れか。

 鼻が折れ曲がってるのと少し呼吸が苦しそうなのはそれが理由か。

 ルーチェの方を見るとバツの悪そうな顔をしている。根底が善人なのに擦れた結果他人に暴力を振るうようになってしまった哀れな少女の姿がそこにあった。

 

「あ~あ、ルーチェの所為で鼻怪我のこっちゃったな~~」

「あ~あ、やっちまったな」

「うるさいわね! 治せばいいんでしょ、治せば!」

 

 ヤケクソ染みた顔でアルの顔面を鷲掴み、そのまま回復魔法を当てながら二・三発殴ってベッドに叩きつけた。

 

「家庭内暴力は良くないぞ」

「どこが家庭内よ」

 

 ついでと言わんばかりに俺の顔を小突いてくる。

 アルにやり過ぎたから俺には優しくってか。そういうすぐ反省する所とか、その癖素直に成り切れない部分が可愛いんだがコイツは自覚してやってるのか? 

 

「子供に影響は出て欲しくないよな」

「……………………わかったわよ」

 

 別に俺の子供とは明言してないが、そこで少し恥じらう所だよ。

 俺はあくまで『両親が暴力を振るい振るわれる家庭で育った子供に対する悪影響』を語っただけなのに、ルーチェは少し頬を赤に染めて俺のことをチラ見する。僅か一言与えただけでここまで想像できるルーチェの思考に脱帽せざるを得ない。

 

「なんて卑しい女なんでしょう……見なさいステルラさん!」

「い、卑しいのかな……」

「コミュ障にこれを理解しろというのは酷でした。すみません」

 

 絶妙にニュアンスが伝わらないステルラに溜息を吐きながらルナさんが暴言を吐き散らした。

 

 卑しいという単語を聞いたルーチェは顎に手を当てて何かを考えている。

 

 自覚なし……! 

 これが……天賦の才……! 

 

 俺とルナさんは顔を見合わせて頷き合った。

 

「怪我人の前で乳繰り合わないでくれないかい?」

「気にすらしてない癖によく言う」

「君には効かなくても淑女達には効くからね」

 

 ルーチェは煽り耐性が無さ過ぎるんだよな。

 俺のように仏の御心と根深く座する大樹の如き耐性を身に付けて欲しい所だ。

 

「一番あったまりやすい人が何か言ってますね……」

「事実を並べる事で誹謗中傷される事もあるみたいだ。俺には無いが」

「魔力が無くて魔法が殆ど使えなくて子供の頃から幼馴染に負かされて泣かされている所とかですか?」

 

 言っていい事と言ってはいけない事がある。

 世界は思いやりと優しさで構成されているのに悪意と剥奪を目的とする異分子は俺が排除せねばならないのだ。これはかつての英雄の記憶を所有する俺の使命でもある。

 

「表出ろ。ボコボコにしてやる」

「上等です。そろそろどっちが優位か理解(わか)らせる必要がありますね」

 

 スゥーーーーッ 

 

 よし。

 心はホットに頭もホット。

 溶岩の如きタフネスをもってすればルナさんを敗北に導くことは容易い。

 

 これまでに築き上げて来た経験がそう告げている。

 

「かつてないくらい茹ってるわね……」

「それくらい言われたくないんだろうね。君のコンプレックスみたいなものじゃないかな?」

 

 ノンデリカシーが過ぎるぞコイツら! 

 誰が幼馴染に負け続きだ。事実だよクソが。

 しょうがないだろ。どう足掻いてもステルラに勝てねぇんだよ、逆にどうやったら勝てるのか教えて欲しいね。

 

「あ、そうだそうだ。楽しくイチャイチャするのもいいんだけどさ、一つだけ確認していい?」

「構わんが手短にな。俺は今燃えている」

 

 そしてこれから燃える事になる。

 

「エールライトさんに尋ねたいことがあるのさ」

「私?」

 

 アルはにこやかに、それでいて含みを持たせるような笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「君はもう至ってる(・・・・)?」

「…………いや、まだだよ」

「そっか」

 

 うんうんと頷きながらアルは話を切った。

 さっさと行けといわんばかりに目線を送ってくるのでしょうがなく退出する。

 

 今の問いに意味はあったのだろうか。

 ステルラが座する者(ヴァーテクス)に至るのは確実であり、それは定められた運命でもある。俺の知るステルラ・エールライトという少女ならば絶対に成る。

 

 横を歩くステルラは少し暗い顔をしていた。

 俺はなんだかその表情が気に入らなくて、手を伸ばそうと思ったが、それよりも先にルナさんが腕に絡んで来た。

 

「何をよそ見してるんですか。相手を見ないのはロアくんの流儀に反するのでは?」

「……そっすね。いくら相手が小さくても目を逸らすのは失礼でした」

「ムムムムムッッ」

 

 フンスフンスと鼻息荒くしているが相変わらずの無表情である。

 火の粉が飛び始め、その場でシュッシュッと手を動かし始めた。型も何も無いから結構荒い動きなのだが本人は至って大真面目である。

 

「私の怒りのボルテージが溜まっていきます」

「それは良かった。受けてやれ、ルーチェ」

「嫌」

「頼むルーチェ。お前しか頼れないんだ」

「…………嫌」

 

 ルナさんと顔を見合わせた。

 

「卑しい女ですね……」

「カワイイですね」

「誰が卑しい女よ!」

 

 この後なぜか俺とルナさんでは無くルナさんとルーチェの取っ組み合いになり、結果はルーチェの勝利で終わった。

 如何に氷と炎と言えど接近戦では分が悪かったようだ。

 

 おとといきやがれ、なんて負け惜しみを放ちながら空を飛んで帰る年上の姿を見ると何か心にクるものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず愉快な一行だ。

 頭部に残る痛みと綺麗さっぱり無くなった怪我の感触を思い出しつつ、ゆっくりとベッドに寝転ぶ。

 

 どこから金が湧いているのか、無駄に質の良い布団の感触に身を委ねつつ考えをまとめる。

 

 僕はどうしようもない畜生である。  

 前提として存在する条件であり揺るがない根幹。

 ルーチェ・エンハンブレが口は悪いけど性根は良い典型的なツンデレであるように、アルベルト・A・グランは口調だけは丁寧だが他人の踏み込んで欲しくない領域にズケズケ入り込んで苛立たせて愉しむ陰湿さを持ち合わせている。

 

 友人達への友情はある。

 世間一般的な常識を理解した上でこう(・・)振舞っているのだから、正解はわかっているのだ。

 

 本来なら僕はアドバイスをするべきだった。

 本当に友人達の勝利を願うのならば、ステルラ・エールライトの表情に陰りが見えたのを指摘するべきだったのだ。

 

「…………ふふっ」

 

 でも僕はそうしなかった。

 

 ロア・メグナカルトは気配りが上手い。

 他人の心を言動から分析し自分なりに噛み砕き、相手を不快にさせず、寧ろ心地よくなるような態度を取ったりする。だから大丈夫だろうと言う驕りがあるのは否定できないが、そんな彼でも唯一と言っていい弱点がある。

 

「随分と愉しそうですね」

「そう見えるかい?」

「ええ、とても」

 

 姿を現したのは、マリア・ホール。

 全身が焼かれ生と死の狭間を彷徨っていた僕を治療し医務室へと連れて来た張本人であり、僕の良き理解者の一人でもある。

 

「あの四人の中で気が付いてるのはルーナさんだけ。きっとあの人は言わないよ」

「ステルラ・エールライトが座する者(ヴァーテクス)至れない(・・・・)事でしょうか」

 

 その通り、なんて言いながら指を鳴らす。

 

「彼は自分を低く他人を高く評価してる。そこが美徳、ようするに魅力でもあるんだけれど……」

 

 それが裏目に出るかもしれない。

 彼が気が付けるか、彼女が素直になれるか、どちらも果たされなかったときは────それはもう、愉快な出来事が起きるだろう。

 

「君はどう思う?」

「私には因縁という言葉に()がありません。ですので一般的な感性を述べさせていただきます。決勝で出会えれば美しいと」

 

 そう、美しい。

 田舎の街から出て来た少年少女が長い年月をかけ、成長し再会する。

 そうして負けないと誓った二人が再び戦うのは学園で最強を決める舞台──美しい。出来過ぎなほどに、美しい。

 

「君に残された唯一が折れた時…………」

 

 ロア・メグナカルトにとっての努力する理由。

 ステルラ・エールライトによる努力する理由。

 

 僕等は友人だ。

 そうして僕はこういう奴だ。

 

「どんな顔をするんだろう」

 

 不撓不屈を体現する男が折れる瞬間。

 自分の事は幾らでも受け入れられるが、彼にとっての絶対の指針が折れればどうなるのか。

 

「愉しみだよ。どうしようもないくらいにね」

「…………存外、どうにでもなるかもしれませんよ」

「へぇ? その心は」

 

 口元を歪め、始めて楽しそうに笑ったマリアさんが言う。

 

「人には秘密が付き物です。見透かしたつもりでいる間は、案外思い通りにならない事が多い」

「経験談か。タメになるねぇ」

「先達の話はよく聞いておくことです」

 

 煽っても無駄か。

 ここでの勝ち目はないみたいだから素直に引いておくことを肩を竦めてアピールする。

 

「少年少女の愛が勝つのは物語の中だけさ。現に僕に奇跡は現れなかった」

「求めてもないのによく言いますね。嫉妬するような人でもないでしょう」

 

 よくわかっていらっしゃる。

 少しにこやかに微笑んだ後、マリアさんは言葉を続ける。

 

「彼が盲目的に見ているように、貴方も盲目的に見ている事がある。そしてそれは、私にとっても言えた(・・・)事」

「今は違うって?」

「以前に比べれば」

 

 強かな人だ。

 そこまで言うのならば期待せずに待っていよう。

 ステルラ・エールライトに起こる奇跡を、いや…………

 

 彼女が放てる輝きが、星の光ほど煌くことを。

 

「まあ別に負けを望んでる訳じゃないんだけどね」

「どちらかと言えばそちらの方が予想外だから考えていただけでしょう?」

「兄上が負けても勝ってもどうでもいいけど、彼女が負けた事を想像する方が愉しいからさ」

 

 ベッドから起き上がって身体をほぐし、立ち上がる。

 

「さて、僕はもう行くよ。治してくれてありがとう」

「構いません。命あってのものでしょう」

 

 あれだけ好き勝手言ってきた性格の悪い男に優しく出来るのはすごいよ。

 自覚はあるからね。その分マリアさんやロアの心の広さには常々驚かされてばかりだ。

 

 周りからそう(・・)思われているのだから、きっと彼ら彼女らも僕に近づいてくることはない──そういう思い込みがあったのも否定できず、結局のところ、僕も偏見を抱えて生きていたと言うことなのだろう。

 

「僕も、まだまだ子供だなぁ」

「……私よりも、アルベルト(・・・・・)さんは年下ですから」

 

 意味が違うのを理解した上で答えてくれたマリアさんに微笑みつつ、廊下へと出る。

 

「馬に蹴られたくもないし僕は帰るよ。それじゃあね」

「はい。また」

 

 

 

 

 



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幕間

 準決勝までは少しだけ日が空くので、努力が嫌いと明言して止まない俺としても少しは惨めな足掻きを見せつけてやろうと言う気持ちになり、教導本を枕にし手に昔から読んでいる英雄の小説を持ち睡眠に勤しんでいた休日の朝。

 

 最近噂の睡眠学習とやらに期待したが、寝心地の悪さがかつての山暮らしを連想させて不快な気持ちになっただけだった。

 

 首がやたらと痛い。

 少しマッサージしようと思い手を伸ばしたが、室内であると言うのに何故か影が覆いかぶさってくる。

 

「や。おはよう」

「おはようございます」

 

 仰向けで寝転ぶ俺の顔の横に手をついて、それなりに近い距離で顔を見つめてくる師匠。

 

 これが巷で噂の床ドンって奴か。

 電撃で起こされなかったのは随分久しぶりな気もするが、それは師匠との共同生活の間だけの話。愛の鞭などと嘯いて俺に虐待を行ってきたのは忘れようもない事実である。

 

「どうしたんですか。ようやく俺の魅力に気がつきました?」

「君の魅力は散々思い知らされているさ。朝食をご馳走になろうと思って来たら気持ちよさそうに寝てるものだから、悪戯してやろうと思ってね」

 

 くすくすと楽しそうに笑う師匠に、怒る気も起きずにため息を吐く。

 銀色の髪が顔に当たってむず痒い。髪から香る嗅ぎ慣れた匂いが無性に心を浮つかせるが、右手で一房払う。

 

「悪いが、俺は他の誰かがいるときに飯を作ると死んでしまう病気なんだ。師匠が作ってくれよ」

「それは困った。こんな所に君が欲しいと願っていた秘蔵の文献が」

「よこせ。今すぐよこせ」

 

 ブオンブオンと手を唸らせるが師匠は軽やかに俺の追撃を躱す。

 くそっ! それは俺のだぞ! 正確には俺が所有している記憶の持ち主が遺した表に出回らない資料だ。俺が手に入れるのは当然だよな? 

 

「あ〜あ。ロアがご飯を作ってくれればなぁ〜」

 

 チラッチラッと見てくる。

 非常に鬱陶しい。なぜこの年齢で介護をしなければならないのか、俺はまだ若者だしそう言う年齢の親を持っているわけでもない。師匠がボケたのならば仕方ないが、まだボケているようには見えないしそもそも見た目だけで言えば若々しく美しい女性である。

 

 そう言う人に支えて欲しい。

 俺は寄りかかるだけのヒモでありたい。

 

「ちっ……食材は」

「勿論ない」

「何が食べたい」

「ロアの料理ならなんでもいいよ」

 

 一番めんどくせェな~~~~!? 

 

 悪態の一つでも吐きたくなるが、相変わらずニコニコ笑っている師匠を見るとそんな気も失せる。

 無駄に顔がいいもんだから見るのも楽しいのがムカつくぜ。

 

「じゃあそこら辺で見つけた野草と昨日部屋に侵入していた虫のリゾットで」

「別に構わないよ」

 

 は? 

 くそが、調子狂うな。

 何時もみたいに反発してくればいいだろうに、何が楽しいのか全肯定してくる。

 

「ほらほら、早く作ってくれたまえ」

「ぐ、ぎぎ…………」

 

 俺は歯軋りした。

 久しぶりだ、ここまで追い詰められたのは。

 相手を見誤った。ヤケクソになった師匠が捨て身の口撃に出てきたら俺になす術はない。

 

 考えろ、冷静になれ。

 まだここから逆転する一手がある筈だ。

 

 なぜ妖怪紫電気ババアがここまで強気に出たか、その理由を探らねばならん。脈絡が無さ過ぎるし、本当に俺の飯を食いたいのならばこんな言い方はしない筈だ。

 

 常識的に考えて人にものを頼むときは下手にでる。

 そういった一般常識から外れた女ではあるが、少なくとも体裁を保つために威厳を放とうとする癖があるのは理解している。外面用と呼べばいいか、俺やステルラの前だとフランクだが魔祖十二使徒として表舞台に立つときは基本無表情で物静かだ。

 

 つまり、この女は今わざと言っている。

 ハーン、読めて来たぞ。この手を使えば俺が本当に虫や草を出さないと踏んだな? 

 

 馬鹿が、出すわけないだろうがクソったれ。

 なんで恩も義理もある人間にそんな事するんだよ。全部冗談なのわかってていいやがったなこの女。

 マジで許せねぇ。山よりも高く海よりも深い俺の菩薩(神や古き存在の一種)の心を持つ俺としても怒りを禁じ得ない。

 

「このクソボケババア、調子にの」

 

 反撃の代償は痛みだった。

 復讐は何も生まないなんて綺麗事を耳にするが、少なくとも痛みを生み出すと俺は思う。現に稲妻が奔り筋肉が不自然に痙攣している俺の姿はとても滑稽に映るだろう。

 

「うん、やっぱりロアの身体は雷に対して耐性ついてるね」

「どこぞの野蛮な老婆の所為だな」

 

 最期の一撃は、切ない。

 二撃しっかり叩き込んでくれたおかげで俺は生死の境を彷徨う羽目になった。以前は呑気に手を振ってくれていた英雄も心なしか苦笑いするような雰囲気を醸し出している。おい、アンタの遺していった人達軒並み俺に牙向いてくるんだが? 

 

 俺の嘆きは届くことはなく、しっしと追いやられているような気がする。

 これが俺の生み出した幻想であることを願う。本当に生と死の狭間を行き来しているとしたら師匠にどう告げればいいのだろうか。いやまあ、普段から死ぬリスクを許容して修行や訓練を遺憾にも行って来たのだから今更か。

 

 柔らかく温かい感触と共に、意識が表層に戻る。

 

 時間は経過してない筈だがナチュラルに俺の頭を膝に乗っけて撫でてくる師匠。

 目が合うが、互いに何かを言う訳でもなく、少しの間見詰め合う。

 

「こういうの、なんて言うか知ってるか」

「美しく心優しい師が居てよかったね」

「マッチポンプだよバカが」

 

 好感度は上がらないし下がる一方だ。

 俺がやるとすればもっと迂遠な方法で弱らせてから全てをカバーするように参上する。ルーチェの時にやったように、俺が傷つけて俺が癒す完璧なコンボだ。

 

 再度クスクスと軽やかに笑いながら、撫でる手を止める。

 

「そうだね。マッチポンプだ」

「ヤラセとも言う」

「時には汚い手に染まるのも致し方ない事さ」

 

 拝啓、かつての英雄。

 あなたが救った少女は成長し、こんな横暴な事を言い出すようになりました。これ全部あなたのせいでいいですかね、俺は責任負わないので任せたいんですけど。

 あーだーこーだ理由を付けて一回りどころか十回りくらい年齢が違う男に対してこんな風にするようになったのは明らかに魔祖十二使徒他数名の責任があるだろう。俺は被害者であり一身にその暴虐を受け止めている、いわば防波堤。

 

 少しは感謝して欲しいぜ。

 

「ロア」

「なんだ」

 

 先程までの微笑みは消え、真剣な表情で名前を呼ぶ。

 どうやらここからが本命らしい。こんな周りくどい事しなくても直球で聞いてくればいいのに、そういう所が弟子に受け継がれている。

 

「以前、君は言った。『散々思い出作って寂しくさせてやる』ってね」

「ああ、確かに言った。何も師匠に対してだけじゃない、ルナさんにもステルラにも言えることだ」

 

 先に逝く。

 繰り返すことになるが、俺は座する者(ヴァーテクス)に至る可能性は微塵も存在せず人間の寿命通り死ぬだろう。

 

 そして寿命という概念から解き放たれた数人を遺す事になる。

 

「俺はその事について悔いはないし、それまでを生き抜いてやろうと誓っている。この意思は崩さないぞ」

「……まあ、寂しい話だけれどね」

 

 ぎゅ、と、師匠が俺の服を掴む。

 長寿を持った人間の一番の弱点と言ってもいいのが、この人間関係の構築だと俺は思っている。

 

 魔祖は英雄大戦よりもずっと古い時代に生まれ、魔法という概念を発見し、それを悪用されたが故に人里から離れた。そこから幾星霜の刻を経て件の英雄に出会うのだから、あれはあれで運命と言ってもいいだろう。

 

 師匠もまたそうなのだ。

 敵対していた者に救われ、その人物たちの役に立つために必死を尽くし座する者へと至ったのに──英雄の死に、付き添うことすらできなかった。

 

 味わった無力感は想像できる。

 かつての英雄にすら数え切れぬほどに後悔が存在したのだから。

 完全無欠を目指し我儘を極限まで心の奥底で擦り潰した英雄だからこそ存在する無限の悔い。あの時ああしていれば、この時こうしていれば、その時そうしていれば────嫌になる程見せつけられた、あの記憶。

 

 他人への愛情とかそういうのは全然伝わらないように心の中でぼかしまくってる癖に負の感情を心の底に溜めまくるから俺が苦労している。生まれた時から敗北を義務付けられている俺だから耐えられたが、これが他の人物にあったらと思うと怖く思える。

 

「寂しいさ。そりゃあ俺だって死にたくはない」

「…………やめてくれ」

 

 今生きているのだからいいだろう。

 未来の話は過去と同意義だ。起きるのが確定していてもそれまでを受け入れるのと、すでに起きてしまった事象を受け入れてそれからを生きていく。

 

 幾ら感情を連ねて重ねたところで俺の死は避けられない。

 ある意味で、俺は避けようとすら思っていないのかもしれない。

 

 死の虚無感に包まれるのは論外だ。

 だが、俺にはなんとなくだが、予感がする。

 ロア・メグナカルトという人間の一生はとても充実したモノになると確信すらしているのだ。

 

「師匠は受け入れてくれるだろ?」

「……………………ああ」

 

 酷く長い沈黙の後に、か細い肯定が飛んでくる。

 まだ死んだわけでもないのに大袈裟な人だ。逆の立場だったら、まあ……俺も悲しい(・・・)だろう。

 

 英雄を亡くしてからの百年間は師匠を大人にし、また、師匠は大人にならざるを得なくなった。

 

 きっとステルラもそうだ。

 俺が死んでから数年・数十年・数百年────永い生の中で踏ん切りをつけて、俺が好きな表情を振りまいてくれるだろう。

 

 …………そうだといいなぁ……

 

「私は、受け入れられるかもしれない。一人だけなら(・・・・・・)ね」

 

 一人だけなら。

 俺以外の誰かの死を受け入れる余裕はない、と。

 それはつまり、俺と同じくらい距離が近い人物が死ぬ可能性があると明言している。

 

「……まさかとは思うが…………」

「そのまさか、さ。君にとっては信じられない事かもしれないけど」

 

 師匠にとっての弟子は俺とステルラの二人だけ。

 それは揺るがない事実であり、才無き俺と才に溢れるステルラの両極端な存在で──ステルラならば、至れるのだと。

 

「冗談はよせ。アイツが至れなければ誰が成る?」

「こればっかりは自分達で気がついて欲しい問題だった。でも、ステルラも誰に似たのか頑固でね」

「師に似たんだろうな」

「幼馴染みに影響されたのかもしれないよ?」

 

 笑ってる場合じゃないが……

 しかし師匠の表情は至極真面である。

 ステルラが至れない、俺達の問題、頑固……ふむ。わからんな。

 

「才能は問題ない。精神の問題か?」

「正解だ。先の戦いでテオドールくんが言っていただろう」

 

座する者(ヴァーテクス)に到達することが出来るのは、己の命すらも捧げてしまおうと覚悟できる者のみ。ただ才能がある人間が魔力という要素に愛されるのではなく、狂気と呼べる感情を抱えた者だけが成るんだ』。

 

 それを師匠は肯定した。

 かつての英雄が至る事が出来なかったのは至ること、魔力に愛されなかったから。

 

「自分で言うのも恥ずかしい事ではあるが、私は命を気軽に賭けられる価値観で生きて来た」

 

 知っている。

 俺は貴女が想像しているよりずっと、貴方の事を理解している。

 ただの村娘同然の少女だったのに戦争の道具へと改造され、その果てに殺戮を繰り返す存在になってしまったことも。

 

「勝利を。完膚なきまでの勝利を。身が朽ち血が果て命尽きても、護国終生。君なら、知っているかな?」

「資料で見ました。かつての大戦は血で血を洗う惨劇、などという表現すら生温かったと」

 

 頷きと共に、師匠が何を言いたいのか理解できた。

 

 師匠が至れたのは当時の環境もある。

 命の価値が薄く、それ故に狂気に染まりやすかった時代。

 その中で才覚に恵まれた僅かな一握りの人材が人という種を越えたというだけなのだ。

 

「ステルラはな。ロアが思うように強く才覚に恵まれてはいるが、その心根は────」

 

 わかっている。

 続きを話そうとする師匠の口を人差し指で抑えて、止める。

 

 わかっている。

 わかっていたんだ。

 ステルラ・エールライトの心は少女で、極一般的な女性となんら変わりないことを。

 

 寧ろ精神的に打たれ弱く、ルーチェやルナさんなど強かな女性に囲まれ、その差に苛まれていることすらある。

 

 それでも、俺は信じている。

 ステルラは強い。乗り越えられる。

 なぜなら、アイツはステルラ・エールライトだから。俺を散々打ちのめしてボコボコにし、こんな道へと引き摺り込んだ張本人だからだ。

 

「端的に言えば、俺はステルラを信じてる。誠に遺憾ではあるが、俺は努力と同じくらい才能というものを信じているからな」

 

 俺が努力という反吐が出そうな単語に尽力したように、ステルラには絶対的な才能がある。

 

 気持ちの問題ではあるだろう。

 だが、それに俺が手出しすることはできない。

 至れないのならそれはそれでいい。俺がそれ以上に苦しめば済む話なのだから、ならなくたってステルラはステルラだ。

 

「ゆえに心配はしていない。俺以外に負けることは許さないがな」

「…………ふふっ、そうか。そうだな、ロアはそういうやつだ」

 

 他人に対して出来ることなんてたかが知れてる。

 俺がステルラに出来ることなんて数えるほどもない。だからこそ、俺は信じることしかしない。

 

「……ああ。だから俺の所にきたのか」

「朝食を頂きに来たのは本当さ。ステルラが寝ないで修行してるもんだから、邪魔するのも悪いだろう?」

 

 夜通しかよ、それだけ追い詰められてるのか。

 流石に不安にもなるが、ギリギリの匙加減は俺より師匠の方が理解しているだろう。

 

「なら仕方ないな。足りない分は買いに行きますよ」

「お小遣いはあげるよ。久しぶりに味付けが超適当なロアの焼肉食べたいな」

「それバカにしてますよね? 俺だって真面目に作ればちゃんとしたものくらい出せるわ」

 

 本当かな〜? なんて煽ってきたバカ紫電気に本気でキレたので、かつての英雄が一度振る舞ったことのある飯を用意して作ってやったら一口で止めてしまった。味付けは完璧だったが何か思うことがあったのか、嬉しそうに、それでいて寂しそうに食べ始めた。

 

 俺が死ぬまでに何度でも食べさせてやるから、いつか寂しさが消えてくれることを祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身の魔力を集中させる。

 掌に集まり可視化できるほどに濃くなった魔力が形を成し、蒼白の雷へと変化し、紫電へと移りゆく。

 

 幾度となく繰り返したこの工程に淀みはなく、師からも満点のお墨付きを得ている。

 かつて目にした雷魔法における最上級魔法──今の私には問題なく放てる難易度であり、切り札とも呼べる一手。

 

「…………だめだなぁ」

 

 手に宿った紫電が霧散し、僅かな魔力が身体の内へと戻っていく。

 魔法が使えないわけではないし寧ろ好調と言っていいのに、胸の真ん中に穴が開いたような虚無感と焦りがずっとこびり付いている。

 

 至れない。

 師匠、ルーナさん、バルトロメウスくん────みんなと同じ領域に、立てない。

 

 ただそれだけの事実がどうしようもないほどに締め付けてくる。

 ルーチェちゃんのように格闘技術があるわけでもなく、アイリスさんのようにロアと同じ世界を見れているわけでもない。

 

 私は、どこまで行っても、師匠の下位互換でしかない。

 

「なんでダメなんだろう」

 

 テオドールさんは狂気にも似た覚悟が必要、なんて言っていた。

 私にそんな大層な精神がないことも、わかっている。だけど、それ以上に、座する者(ヴァーテクス)になりたいという感情が強かった。

 

 ならなきゃいけない。

 私は期待されてるんだから。

 期待してくれているんだから、その想いに応えなきゃ、私に価値がなくなってしまう。

 

 ロアは何があっても私は私と言ってくれた。

 

 本当にそうだろうか。

 ルーチェちゃんも出会って間も無い頃は優しく柔らかな態度だったけど、ある日を境に私にだけ態度が変わってしまった。けど、よく考えてみれば、周りもずっと似たような態度で──気がついていなかったのは、私だけだった。

 

 今もそうじゃないのかと思い悩むことすらある。

 

「……なんで、ダメなんだろう」

 

 私のこの想いはダメなのだろうか。

 人の心を思いやるのが下手でどうしようもない私には、そんな資格はないとでも言うのか。

 

 それは嫌だ。

 私に才能がなければ、ロアは見てくれないかもしれない。

 そんなことはないって頭の片隅で思っている傲慢さが、これまでの私の無意識な悪意の塊のようで、余計に気持ち悪く感じる。

 

「…………何が、足りないのかなっ……!」

 

 才能という要素に頼ってきた私にとって、今この状況がとにかく辛かった。

 

 成りたいのに成れない。

 ロアが常日頃から言っていた重みが、今更になって本当の意味で理解できた。

 だからこそ自分の振る舞いが如何に無情で最低な行為だったのか、ロアがどんな思いを込めて言葉を口にしていたのか、こんなにも辛い現実を直視してもなお私に構ってくれるロアが、どれだけ優しいか。

 

 自分の惨めさが際立つようで、でもその優しさこそが私は大好きだった。

 

 こうやって弱音を吐いて自分を守ろうとする自分自身も、醜くて嫌いだ。

 

「……………………成らなきゃ」

 

 至らなきゃいけない。

 私は魔祖十二使徒第二席・紫電(ヴァイオレット)の名を継いでいるのだ。

 休んでいる暇なんてない。失望されたくない。見捨てられたくない。人の心が変わっていくのが怖くて、周りの人からの評価を下げたくない。

 

 強さこそが私を私足らしめているのに、それが不足するなんてあり得ない。

 

 泣いている暇もない。

 テオドールさんは強い。

 師匠曰く、今の私が本気で戦ってどうなるか判断できないくらいには。

 

 負けるなんてことがないように。

 絶対に勝つためには、人を越えなくちゃいけない。

 

 ロアが期待してくれているのだから、越えて見せる。

 

 

 

 



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七章 栄光を掲げし者たち
第一話 


めっちゃ速く書けたので更新です。
昨日更新しているので、そちら見てない方は気をつけてください。


 結局、休みの間にステルラと顔を合わせる事も無く。

 数日が経過した後に訪れた準決勝当日────緊張はしてないが、特に安堵もしていない。戦うのに最適な緊張感を維持しているだろう。

 

 魔力も師匠に補充して貰ったし準備万端では、あるのだが……

 

「────ん。美味いな」

「備え付けの奴ですけどね」

「淹れ方が上手いのさ」

 

 男に褒められてもうれしくない。

 言外に表情に出ていたのか、突如俺の控え室に現れたテオドールさんは楽し気な表情で笑っていた。

 

「なぜ俺の所へ? テリオスさんの場所に行けばいいでしょうに」

「なに、少し用事があってな。お前にも関係がある話だ」

 

 今更なんだろう。

 テリオスさんに関する忠告ならば喜んで聞き入れるが、そういうつもりでも無さそうだ。 

 いやらしい(性的な意味ではない)笑顔をニコリと携えて、優雅に気品に溢れる所作で茶を口に含んだ。

 

 喉を潤し喋るのに十分な水滴を喉に這わせた後に、ゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「俺の我儘で、先に戦わせてもらう事になった」

「…………はい?」

 

 どういうことだ。

 意図を理解できず、思わず疑問形で聞き返してしまった。

 別に戦う順番が前後するのは構わない。だが、テオドールさんの我儘という点が納得できない。

 

 俺の戸惑いを理解しているのか、これまた楽しげに喉を鳴らして話す。

 

「そっちの方が楽しめそうだからな。学生時代最後と言っていいイベント──最上級生を優先してくれても構わんだろう?」

 

 学生を終えた先は終わりなき労働の社会である。

 俺が絶対に迎えたくない地獄の日々であり、何としてでもヒモとしてぶら下がって行かなければならない最低ライン。それに正面から向き合っている強さは尊敬するが、俺とテリオスさんの前に戦う事で何か得られるものがあるのだろうか。

 

「まあな。お前の戦いを先に見てしまえば()が覚醒するやもしれん」

「そっちの方が楽しめるんじゃないんですか」

「違うな、メグナカルト」

 

 チッチッチ、なんて音と共に指を振ってわざとらしく肩を竦める。

 なんて表現豊かなんだ、惚れ惚れするぜ。

 

 うぜぇ~~~。

 

「まだ覚醒してない少女をいたぶる最後のチャンスだ」

「その言い方はまあまあ最悪ですね」

 

 それはそうとも言える。

(師匠の入れ知恵ではあるが)勝ちの目を見れるギリギリの領域であり、テオドールさんの実力ならば拮抗していると表現しても差し支えないだろう。

 

 ていうか、テオドールさんはステルラが至れると思っているのか。

 

「後は背中を押すだけ。それは近しい者でも俺でもなく、きっと彼女自身だ」

「……まあ、同意しますが」

 

 俺も少しは反省した。

 ステルラへの絶対的な感情は揺らがないが、過大評価気味だと言外に伝えられたのだから考えもする。自分が間違っている場合他人にマウントを取る時に揚げ足取りされる可能性があるので出来る限り芽を摘んでおきたい。

 

 ステルラは才能が優れているが、精神的な根幹は細く一般的な少女だと言える、と。

 

「俺がその役目を奪うのも悪くはないな」

「そんな安い女じゃないさ」

「それは承知の上だ。お前たちは間違いなく繋がっている」

 

 嬉しいのか嬉しくないのか、反応に困るコメントばかりだ。

 俺を煽ろうとしてるのかそうではないのかすらも判断付かない。もう少し迂遠な言い回しをやめて直球で意志を伝えて欲しい所存であります。

 

「そう邪険にするな。俺には許嫁が居るんだぞ」

「本命が居ても周りに手を出す前例がおりますゆえ」

「ハッハッハ、それもそうだな!」

 

 なに笑ってんだよ。

 こっちは笑い事じゃねぇんだよ。

 将来を賭けて一世一代の大勝負に出てんだ。何時だって大博打勝率惨敗劣等上等、本気で挑んでる(ヒモ人生を賭けて)。

 

「ま、そう深刻に捉えるな。逆に言えば少年少女のボーイ・ミーツ・ガールを手伝ってやろうと言う善意だ」

「有難迷惑って言うんですよね」

「無論その過程で発生する苦しみなんかは仕方のない事だから受け入れてもらう」

 

 クソが。

 今すぐコイツを叩きのめしたい気持ちが湧いて来たが、ぐっと堪えて会話を続ける。

 多分本心からステルラに対し女性的な魅力は抱いていないが、それはそれとしてその過程で発生する甘酸っぱいナニカを糧にしようとしているのだ。

 

「周りをかき乱すのは君だけの特権じゃあないって事だ。先達の忠告は聞いておいた方が良いぞ?」

「そもそも俺は何時も振り回されてるんだが……」

「台風の目は君だ。それは否定できんだろう?」

 

 それは……そうなのですが……

 

 何も言えなくなった。

 口を閉じて歯軋りするが、その無様な俺を見てテオドールさんは愉快に笑う。

 

「お前にも弱点があって安心した。どうにもお前はそういう部分を曝け出しているつもりで、肝心な部分は隠し通そうとする節がある」

 

 バレバレなんだが? 

 鋭すぎるだろこの人、そこまで親睦を深めた訳でもないのにここまで理解されてるとちょっと気持ち悪いかもしれない。

 

 そんな俺の感情が伝わったのか、くつくつと笑いを噛み殺している。

 この兄弟は本当によォ〜〜〜! 

 

「ステルラ・エールライトは間違いなく天才だ。だが、その才が際立つが故に────弱みがある」

「だからといって、易々と崩せる奴じゃない。それは俺が保証しますよ」

「期待しているよ」

 

 言いたいことを言い尽くしたのか、気分よさげに部屋を出ていくテオドールさん。

 

 自由奔放な人ではあるが、アルベルト程滅茶苦茶ではない。

 今の問答に意味はあったのか、なかったのか。テオドールさんのみぞ知ることだ。

 

 戦う前だと認識していた脳を休ませるために、(ぬる)くなった茶を一気に飲み干す。

 僅かに目が冴えたような感覚がして、目元を揉んで解した。

 

 モニターに映る幼馴染みの姿を見て、ここから見るのもなんだと思い足を動かし始めた。

 向かう先は観客席。

 

 こればっかりは目の前で見届けないと気が済まない。

 勝つにしろ、負けるにしろ────ステルラのことだけは、見逃したくない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………どうしよう。

 戦う順番が入れ替わったのは仕方ない。戦闘に対する気持ちが整っていなかった訳じゃないし寧ろ早めに戦えるのはいいけど、緊張する。

 

 数日休んで全て修行に当てたとはいえ、当然のことながら座する者(ヴァーテクス)に至る筈もなく。

 ただのステルラ・エールライトとしてこの戦いに臨むことになった。

 

 負けたらどうしよう。

 ロアは私のことを、どうするのかな。

 慰めてくれるだろうか。それとも叱責するだろうか。失望、されるよね。

 

 無関心かもしれない。

 別に私は強くない、なんて思われて見捨てられるかな。勝ってこその私なのに、負けたら意味ないし。勝たなきゃいけないのに、なんとしてでも、勝ちを願わなきゃいけないのに。

 

 自分を守る為に言い訳と後悔ばかり重ねている。

 

 ロアはそんな酷い人じゃ無い。

 そうわかっていても、私の弱い心は悪い方向ばかり考えてしまう。

 

『俺はステルラの全てを肯定する。これまで通りじゃなくたって、ステルラはステルラだ』。

 

 そう言ってくれたロアを、大好きな男の子を、私は信じきれない。

 

 言葉の裏に意味があるのか。

 その意味を私は理解できているのか。

 他人の事を思いやるという誰でも出来る優しさを持たずに成長してしまった私は、何が正しいのかがわからない。

 

「…………だめだな、私」

 

 もうすぐ戦いが始まると言うのにこの体たらく。

 

 ロアは私のことを強くて凄い奴って言ってくれた。

 でも、本当はそんなことないんだ。コミュニケーションが下手くそで、緊張に弱くて、ネガティブ思考に偏っちゃうような女。ルーチェちゃんみたいに何度でも立ち上がれる強さはないし、ルーナさんのようにどこまでも上に走り続けられるわけでもない。

 

 たまたまロアの幼馴染みで、たまたまロアに出会えただけで…………大した人間じゃない。

 

「自己嫌悪か? エールライト」

 

 その声に引き戻されるように俯いていた顔を上げると、対戦相手であるテオドールさんが佇んでいた。

 これまでの戦いでも使用していた剣を腰に下げ、自信に満ち溢れた勝気のある表情。

 

「そんな顔をするな。折角こんないい舞台での戦いなのに、辛気臭くて敵わん」

「……すみません」

「…………重症だな」

 

 これから戦う人に咎められて、ため息まで吐かれてる。

 

「戦うのが怖いか?」

 

 全てを見通すような問いかけ。

 どうしてそんなに核心を突くような答えをさらりと出せるんだろう。

 訓練すれば、練習すればわかるようになるのかな。人の考えてることが、わかるように……なるのかな。

 

 そんな風に考え込む私に対して、口元を軽く歪めて笑みを浮かべた。

 

「戦うことに恐怖する人間には、いくつかの種類がある」

 

 戦う気配はなく、まるで教鞭を振るうようにテオドールさんが語り始める。

 動揺させるための作戦かもしれないけど、どうしてか私は耳を傾けた。自分でも追いきれない心を、紐解くヒントになるかもしれないと。

 

「一つは、傷つけ合うことに恐怖を抱いている者。命を奪い合う野蛮な行動を忌避し、血を見るのも嫌いだ、と言う人種」

 

 頷いて同意する。

 子供の頃、師匠のもとに本格的に弟子入りする切っ掛けとなった事件。

 封印されていた筈の石がひび割れて中から怪物が現れた時のことだ。私は反応なんて出来ずに、何が起きたのかの把握も遅かった。ロアに助けられて、目の前で吹き飛んでいくロアを眺めることしかできなかった。

 

 二度と、そんな風にならないためにと。

 最初はそんな想いだった筈だ。

 

「もう一つは、戦いの結果を恐れる者。勝つことで起きる影響、負けることで起きる影響を考える──要するに、リスクを考慮する者だ」

 

 今の私は、まさにそうだ。

 自分が戦える力を身につけることで、ロアを傷つかせない。私よりも弱いロアを守る、なんて傲慢な考えを持っていた頃に比べて今の私は────弱い。

 

「お前は天才だ。

 才能がある。

 魔祖十二使徒第二席という偉大な人物の下で学び、これまでに当たった壁など数えるほどもないだろう。ゆえに、超えられない壁を目前にし足を止めている」

 

 全くもってその通りだ。

 魔法や戦闘、勉強に関する才能だけはあったから困ることはなかった。

 だから駄目だったのだろうか。過程を理解するのが浅くて悩むことがなく、一度は経験するような苦しみを味合わなかったから? 

 

「あと一つ。きっとエールライトは、一つ自覚するだけでいい」

 

 …………自覚、するだけ。

 これから戦う相手、いうなれば敵の言葉だというのに──すとんと、胸の内に言葉が落ちる。

 

「…………どうして、ですか?」

 

 言葉が足りない。

 聞きたいことはたくさんある。

 なんでそこまで人のことを考えられるの、とか。

 私の何を知っているの、とか。

 自覚するって何を、とか。

 

 それら全ての意味を含ませた疑問を聞いたテオドールさんは、またも薄く笑った。

 

「そういう奴がいたのさ。勝てない奴に勝ちたいと足掻いて結局届かなかった、哀れな男がな」

 

 懐かしむ表情で呟く。

 その瞬間、なんとなくわかった。

 きっとテオドールさんもそうだったんだ。立場は違うけど、同じ壁に当たって────私より先に、諦めてしまった人。

 

「お前は、そうなりたくないだろう」

「…………はいっ!」

 

 負けない。

 負けたくない。

 ロアと約束したのだから、負けるわけにはいかないから! 

 

 敵に塩を送ったと言うのに、テオドールさんは楽しそうに笑いながら剣を手に取る。

 滲み出る紅の炎が戦闘開始の合図のように揺らぎ、その身に宿る魔力が増幅していく。

 

「その意気だ! いいか、エールライト!」

 

 バチバチと、私の身体から漏れた魔力が紫電となって宙に浮く。

 全身に満ちる魔力を紫電へと変換し、身体強化だけでは辿り着けない速度へ至るために準備をする。

 

「戦う前に負ける心配などするな! 

 戦いに臨むのは勝つつもりだからだ! 

 誰だって負けるために戦いには挑まない、挑むつもりはない!」

 

 吠える声に呼応して、魔力障壁に莫大な余波が叩きつけられる。

 魔力で身体を覆った私にすら熱を感じられるのだから、生身で直撃してはひとたまりもないだろう一撃。

 

「負けてたまるかと言う精神こそが、勝利に導くのだ!」

 

 剣を掲げ、天まで伸びる炎剣が聳える。

 テオドールさんの大技──ならば、私もそれに対抗する。

 かつて師匠が見せてくれた、雷魔法における最上級魔法を。

 

 両手に魔力を集め、可視化できるほどまでに高まった魔力を全て紫電へと変換。空高くから堕ちる雷撃ではなく、地を這い空へと駆け抜ける稲妻となれ! 

 

「────紅炎王剣(イグニス・ラ・テオドール)!!」

 

 燃え上がる爆炎が収縮し、熱線と表現しても問題ないほどに高まった剣が振られる。

 

 鋭く、速く、圧倒的な火力。 

 意気消沈し、へたれた私では避けることを選択しただろう奥義にも似た技に対し──真っ正面から、待ち構える。

 

「────紫閃(しせん)

 

 両手を叩きつけ混ぜ合わせるように紫電を融合。 

 閃光が弾け、不規則なうねりを伴って広がり続けたその稲妻を制御する。これまでに賭けたことのないような魔力量を消費しているため、わずかに眩暈のような感覚がするが──問題ない。

 

 できる。

 私には、できる。

 

 私は、私には────魔法の才能だけは、あるから! 

 

「────震霆(しんてい)!!」

 

 

 

 

 

 



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第二話

 学園に入学する前に一度、師匠に聞いた。

 師匠が思う強い人物は今どれくらい居るのか、と。

 

 私の声を聞いた師匠は、驚いた表情を見せた後に、口元を柔らかく曲げて笑みを浮かべた。その真意がなんだったのかは、今でもわからない。

 

『……同世代と、大人たちも含む全世代。どちらが聞きたい?』

『同世代でお願いします』

『ん、わかった。となれば──ステルラが聞きたいのは魔導戦学園に在籍する強者、という認識で問題ないかな?』

 

 言葉足らずな私の問いを補足してくれた上で確認してくれる師匠に感謝を示しつつ、頷く。

 

『まずは、君たちと同い年から。代表的なのは魔祖十二使徒第五席が一番弟子、ヴォルフガング・バルトロメウス君だね』

 

 第五席と言えば、風魔法。

 私は電気だから相性で言えば良くも悪くもなく、戦いを上手に運べば問題なく勝利を収められる筈。

 

『彼は既に最上級魔法を扱えるし、才能もある。ステルラと違う点があるとすれば──戦いが大好きってところかな』

『殆どの人と外れてるような気が……』

『何度か手合わせしたけれど……彼は強くなる。確実にこちら側(・・・・)だろうね』

 

 そこまで評価するんだ。

 少しだけ胸の中で渦巻いた矮小な嫉妬心を抑え込んで、話に耳を傾ける。

 

『他の面々もいるんだけど、君達の学年だと彼くらいだよ。ステルラに比肩するのは』

『ロアはどうなんですか?』

『気になるかい?』

『ま、まあそれは……気になります』

 

 違う。

 最初からロアのことが聞きたかったわけじゃなくて、戦うべき相手の情報は聞いておかなければならないと考えたから師匠に聞いたんだ。だからニヤニヤして見透かさないで下さい、恥ずかしいです。

 

『乙女だねぇ…………』

『し、仕方ないじゃないですか! もう何年も会ってないんだから気になりますよ、もう!』

 

 昔の私はわんぱくで活発的で悪く言えば阿呆な子供だった。

 今の私を見たらロアはどう思うのだろう。ああいう快活さが良い、みたいなことを言っていた記憶もあるし何度か師匠を伝ってロアが私のことをどう思うか聞いてみたけどその時もやはり『元気なステルラ』ってイメージを私に抱いていた。これでロア以来にできた友人にデリカシーのない言動を繰り返して絶縁してそれをいまだに引き摺ってるような女だと思われたら────いや、そう考えてるのは事実だから否定できない。

 

『やれやれ。相変わらず対人関係はダメダメだな』

『う゛っ……』

『ロアはそんなこと気にする男じゃないだろうに』

『うぐっ!』

 

 胸を押さえて跪く。

 それ以上はやめてください。

 

『そういうところが可愛いんだけどね…………さ、話を戻そうか』

『お、お願いします……』

『ロアの強さは計りきれない部分もある。あくまで私の主観になるけれど────今のバルトロメウス君に負けることはないだろう』

 

 代表格、なんて言っていた存在に負けない。

 贔屓目ありで語るにしろ、現在ロアがどれだけ戦えるかを知っているのは師匠だけ。だからこの情報を真として見る他ない。

 

 やっぱり、ロアは凄い。

 あんなに辛そうで、あんなに苦しそうで、あんなにキラキラ輝いてて……カッコいい。魔法が殆ど使えないのがハンデにならないなんて、考えられないよ。

 

『世代一を競うのは君たち三人。恐らく、だけどね』

 

 私とロアと、バルトロメウスくん。

 やけに楽しそうな師匠の表情からは何も読み取れないけど、きっと近いうちに戦うことになるのだろう。

 

『上の学年はどうですか?』

『一個上に世代最強。二つ上に準最強格、そして一番上に──全世代を統合しても最強格と呼べるのが、一人(・・)

 

 全世代の中でも、最強。

 それはつまり、師匠達を含んでも……ということだろうか。

 

『うん。私たちを含んだ中でも十二分に最強格と呼べる逸材だ』

 

 そんな人がいるんだ。

 私は師匠の本気を引き出すのもやっとだし、流石に同学年の子達と比べれば強いと言えるけれど────流石に師匠と対等かと言われれば、頷けない。

 

『……今の私でも、勝てますか?』

『ステルラがその気ならね』

 

 勝てる、と保証はしてくれなかった。

 勝ちの目がないとは、言わなかった。その事実に安堵を覚えるのと同時に、負けてしまったらどうしようという妙な緊張感が生まれるが胸の奥に仕舞い込む。

 

『まあ、特に頭二つ分くらい飛び抜けてるのが彼──テリオス・マグナスくんだけど、彼だけじゃないのがあの世代の凄いところさ』

『し、師匠達に対等なんて言われる人だけじゃないんですか……?』

 

 どうしよう、少し自信が無くなってきた。

 一つ上の世代最強って断言された人も気になるけど、それ以上にそんなに沢山の実力者達が集ってる学園に怖くなってきた。

 

『そう気に病むこともない。彼らは君たちより三年も研鑽を多く積んでいるのだし、実力が開くのも仕方のないこと。これだけは確かだけど、才能という点で言えばステルラが一番なんだから』

『……そう、かなぁ』

 

 才能。

 ロアが褒めてくれた、一番のモノ。

 僻むように、それでいて本心から褒め称えてくれた私の一番の長所。才能なんてものに全振りしたせいで人間関係の構築が下手くそなんだけど、そこだけは嫌いだった。

 

 複雑な感情を抱いている私に、師匠は苦笑しながら告げた。

 

『君たちが最高学年になる頃には、きっとステルラが学園で────いや。私たちも含めた中で、最強になれると信じてるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第二話

 

 

 苦しい。

 

 呼吸は荒く、魔力操作が乱雑になり、僅かな乱れを捕捉されて更に苦しくなる。

 身体強化と紫電による超加速に並行し繰り出す攻撃は易々と回避され、本当ならば優位を取らなくちゃいけない選択肢すらも押し負ける。

 

 苦しい。

 

 焔の剣が迫り来る。

 紫電の剣で受け止めて、音速を超える速さで奔る電撃を加えているのに、避けられる。私が鍛え上げてきた唯一が通じず、これまでの戦いなら冷静になれた思考が定まらない。

 

 私の絶対的な自信。

 唯一の、才能という土台。

 魔法の練度も、完成度も、総合力も。

 

 何もかもが格上の相手に完封されるなんて、初めてだ。

 

「驚いたか?」

 

 話しかけてくる余裕すらあるなんて、どういうことなの。

 こっちは捌くのに必死で、思考を纏めることすらままならないっていうのに……! 

 

「そう睨むな。俺はお前より多く研鑽を重ねているんだ、易々と超えられてはたまらんからな」

 

 電撃を身に纏い身体強化で上乗せした超加速と共に、完璧な制御を成した焔の剣を携えて──テオドールさんは語る。

 

「俺が万年二位なのは事実だ。友人に負け続けた情けない負け犬なのもまた、事実。否定する気はない」

 

 肩を竦めて皮肉げな表情で言う。

 納得しているようでしていない、文句はあるけどそれを口にすることはない。

 負けた人間として言い訳などするつもりもない、そんな意地とプライドがひしめき合っている。

 

「二番手なんてのは所詮敗者。頂点を目指したのに獲れなかったのは、運でもなんでもなく──そいつの実力だ」

 

 今は私に追撃するつもりはないらしい。

 それを都合よく利用させてもらい息を整えるが、それすらも手のひらで弄ばれている感覚がする。

 

 事実そうなのだろう。

 テオドールさんからしてみればこんなのは出来て当然、テリオスさん(最強)と切磋琢磨してきたのだからできない筈がない。

 

「お前は世代で一番になれるかもしれない。ヴォルフガングを越えることも、いつか(・・・)は出来るかもしれない」

 

 かもしれない。

 既に、他人から見れば私は格下なんだ。

 

 その通りだ。

 ヴォルフガングくんは至った。

 自身の殻を突き破り、人としての壁を乗り越えて────私を軽々と追い越していった。

 

 その事実を認識し、暗い感情が胸に灯るのを自覚する。

 

「だが、それは今日じゃない」

 

 卑下する言葉を噛み締めて、魔力を練り上げる。

 そんなのわかってる。今の私ではテオドールさんは愚か、同世代で一番を名乗ることすら出来ない。

 

 胸の奥が、痛む。

 

「お前は今日、負ける」

 

 それ以上、言わないで。

 怒りではない。怒りなんて大層な感情じゃない。逃げることのできない正論に打ちのめされて、ただただ自分が情けない。

 

 でもそれ以上に、その言葉に…………そうだ、と。

 

 納得してしまった、自分が居る。

 

「メグナカルトとの対戦も果たせず──お前は、負けるんだ」

「────紫電(ヴァイオレット)!!」

 

 言葉をかき消すように放った紫電。

 不意打ち同然の一撃だったのに、当然のように斬り払われた。

 

 それだけは言って欲しくなかった。

 怒りより焦り、これまでに培った私の経験と才能が告げているのだから。

 

 ────『テオドール・A・グランは自分より強い』と。

 

 それでも、諦める訳にはいかない。

 心折れても諦められない。 

 

 思考を戦闘に切り替えるように集中する。

 中途半端な点への攻撃が通じないのは理解した。ならば次は面──一点特化ではなく、全体攻撃と並行して放つ! 

 

 胸の前で両手を合わせ、練り上げた魔力を爆発させる。

 どうせ魔力探知で場所を把握されるだろうけどやらないよりマシだ。視界を遮り、少しでも攻撃の精度を高めるために煙幕を張る。

 

 五秒後に面で広がる電撃を設置し上空へと駆ける。

 魔力を足場にし、一秒にも満たない速さで定位置に到着した。

 テオドールさんの魔力が感じ取れる場所は今だに煙幕で覆われており目視はできないが、何かを警戒しているのか僅かに魔力が高まっている。

 

 威力を優先した形で最上級魔法での一点突破と、設置した面制圧の電撃による挟撃。

 

 ただの紫電では火力で押し負ける。

 最初のぶつかり合いで紫閃震霆ならば勝てることは把握しているので、どうにかこうにか最大火力に賭ける他なかった。

 

 私が探知できているということは、向こうも魔力の探知ができているということ。

 二方向からの攻撃が来ることはバレているのだから、その防御をどうにかこうにか突き破れる選択をするしかない。その隙は情けか慰めか、気まぐれで与えられた絶好の機会。

 

 今を逃しては勝ち目がなくなる────私の信じられる()が、そう告げていた。

 

 歯を食い縛り、脳を最大限回転させて魔力を編む。 

 先程までと比べても雲泥の差がある速さで完成した最上級魔法は、間違いなく私の人生の中で一番の輝きを放っていた。余計な感情を一切含まない、本来の私が出し切れる一番の完成度。

 

 僅かに脳裏に浮かんだ全能感を受け入れて、その銘を叫ぶ。

 

「────紫閃!」

 

 かつて見た、ロアの腕を奪った化け物を葬り去った一撃。

 本来なら私達が見れるような速度ではなかった筈の魔法を意図的にゆっくりと放ち、魔導の極みを見せてくれた師匠の姿。

 

 負けたくない。

 負けられない。

 

 ロアに、胸を張って報告したい。

 

 そうだ。

 ロアに、褒めて欲しいんだ。

 

 だって私は、ロアのために(・・・・・・)────…………

 

 ……………………。

 

 ふと、違和感が生じた。

 これまで目を逸らしてきた事実と言うべきか、私が考えてこなかったこと。

 

 ……ロアのために、何? 

 私は、なんでロアのために勝利を求めたんだっけ。

 

 ロアのために、とは言うけれど……私が勝つことで何がロアの得になるのだろうか。

 

 …………ロアのために、負けたくない? 

 私が負けても、ロアは許してくれるかもしれない。そもそも怒るようなことはせず、ただ、失望されるかもしれない。

 

 でも、冷静になって考えてみれば。

 ルーチェちゃんは幾度となく負けて立ち上がっているけど、ロアが見捨てるようなことは一切ない。それどころかその折れない強さに共感し、距離が縮まっているようにも見える。

 

 ルーナさんもテリオスさんに負けた。

 でも、それを責め立てるようなことはしてないし、寧ろ仲良くなっていたような気がする。

 

 アイリスさんはロアに負けた。

 その結果を受け止めて、それでもまた戦おうと互いに楽しそうに約束していた。

 

 …………じゃあ、私が負けたら? 

 戦いの才能なんてものしかない私が負けたら、何が残るのか。

 

 私がロアに負けたら。 

 

 いずれ戦うとしたら、私はロアに負けたいの?  

 

 だってそれが、ロアの望みだから。

 いつか私に勝ってやるって、いつも口ずさんでる言葉だから。

 

 それじゃあ、私は、今を勝っても。

 ロアに負けるつもりで、戦うことになるの……? 

 

「────…………なんで、だろ」

 

 それが互いに誓った約束の筈なのに、わからない。

 私はロアに負けるために勝ち続けようとしていたのか? 私は、ロアに勝ちたいのか。負けたいのか。それとも、全部に勝ちたいなんて欲望があったのか。

 

 …………わからない。

 

 だって私は────ロアのことが、好きなだけで…………ロアに勝ちたいわけじゃ無くて。

 

「……わかんないよ…………」

 

 形を成したはずの魔法が、魔力へと巻き戻る。

 その隙を見逃してもらえる筈もなく、声が聞こえる。

 

「些か、集中が欠けすぎだな」

 

 放つことなく霧散した魔力を嘲るように、テオドールさんが目前に迫っていた。

 

 焔すらも途切れたただの剣が、私の胴体を貫く。

 技を使う価値もないと思われたのか、鈍くて鋭い痛みだけが脳に響く。じんわりと体外に漏れ出ていく血液が、私の今の空虚さを表すようだった。

 

 初めて受けたと表現してもいい、致命傷になりうる一撃に耐え切れる筈もなく。

 魔力の維持もままならなくなった私は、そのまま堕ちていく。

 

 見下すようなテオドールさんの視線が、嫌に痛い。

 

 だって、別に私は、戦いたいわけじゃない。

 攻撃が当たれば痛いし、負けることを考えたらこんなにも苦しい。

 

 順位戦も、とりあえず上にいければいいと思ってて。

 

 ……どうして順位戦で上位を目指したんだっけ。

 

 なんでこんなに、頑張ってたんだっけ。

 

 抵抗なく地面に身体を打ち付けて、衝撃が身体を貫く。

 背中を強打したのか、後頭部に痛みがないのが唯一の救い。こうやって考えることの、妨げにならないから。

 

 痛い。

 苦しい。

 どうしてこんな目に遭ってるんだろう。私は何がしたかったんだろう。勝つことが目的じゃなかった筈なのに、勝たなくちゃいけないと思い込んでいる理由はなんだろう。

 

「…………哀れだな、エールライト」

 

 砕けた地面を踏む音と共に、テオドールさんの影が陽を遮る。

 

 見下す瞳には、嘲りすらも存在しない。

 そこにあるのはただ純粋なまでの憐れみ──ステルラ・エールライトという、勝負の場において戦う意味に迷う愚か者を見る目。

 

「才があると煽てられ、言われるがまま歩みを進めた結果────自分自身すらも見失っている。ただ一度壁にぶつかっただけで、お前は折れる」

「………………」

「成長する中で目標が変わることなど珍しくはない。むしろ、幼い頃に抱いた願いをいつまでも想い続けている方が稀だ」

 

 首筋に剣が当てられる。

 

 死にたくはない。

 でもどうやって、どうして頑張ってきたのかがわからない。

 

「お前の器は凡夫だ。魔法の才のみを与えられ、呪いにも近しい世界に身を投じることになった、ただの少女。このトーナメントに出場した何者よりも、お前は普通だ」

 

 ……普通。

 そうかもしれない。

 私は弱くて、世間知らずで、他人のことを思いやるのが一歩遅れた愚か者。

 

「だから、哀れだ。身近にいたのが鮮烈なまでに光を放つ存在だったが故に、お前は目を眩ました」

 

 鮮烈な光────ロア。

 

 同世代の皆に対し無礼を行う私を、それが無礼だと認識できてない私を見捨てなかった人。口ではあーだこーだ文句を言いながら、決して努力をやめることはしなかったカッコいい男の子。

 

 私がどんなに調子に乗っても、嫌そうな顔をしながら積極的に付き合ってくれた────大好きな君。

 

「…………終わりにしよう。お前はまだ若い。人生を見つめ直すには、ちょうどいいさ」

 

 剣を振りかぶり、刀身に反射する太陽が視界を焼く。

 

 反射的に目を逸らす。

 苦しいのは、もうたくさんだ。

 覚悟が浅いって言われれば、そこまで。

 

 皆、どうしてそんなに頑張れるの? 

 

 自分の器を認めて、足掻くのをやめれば楽なのに。

 どこまで行っても自分を認めないで、もっとやれる筈だと奮い立つ。

 この学園の人は皆そうだ。ロアの周りにいる人は、みんなそうなんだ。なんとなく理解できる無理と可能の領域を正面から乗り越えようとする。

 

 そんな強さが私にはない。 

 なくて、持ち合わせてなくて。

 

 それが普通だった。

 周りの誰もが私に追いつこうとしない。勉強も運動も魔法も常に私が一番で、誰も私に勝とうと思ってなかった。

 

『アイツは特別だから』

『アイツは贔屓されてる』

『アイツは────』

 

 聞き飽きた羨望と嫉妬を見ないフリをして、密かに優越感に浸っていたんだ。

 

 誰一人として私に挑まない。

 

 誰も私に勝てない。

 私はすごくて、恵まれていて、それを活かす才能もあったって。

 

 でも、ロアは違った。

 テストはいつも私が一番でロアが二番。

 運動も私が大差で一番で、その後に他の子が続いた。修行を始める前のロアはポンコツみたいな運動能力だったから、そこだけは仕方ない。

 魔法に関してはからっきしで比べるまでもなく、それでもロアは決して諦めない道を選んだ。

 

 どうやっても諦めないロアに少しもやもやして、嫌がらせのように付き纏って、それすらも受け入れてくれたロア。

 

 いつかお前に勝つと言い続け、努力を嫌いだと公言するのに努力して────ねぇ、ロア。

 

 どうして勝つ事に、そんなに必死になれたの? 

 血反吐を吐いて苦しい思いをして、大嫌いな努力を嫌になる程重ねて…………

 

 目を逸らした先は、観客席。

 最前列、障壁の手前に来て何かを叫ぶロアの姿が見える。

 今まさに敗北を喫する私に対して、障壁を殴りつけるように吠えている。

 

 そんなに必死なロアは、久しぶりに見た。

 

 あの時以来だ。

 封印が解かれた怪物から、私を庇ったあの瞬間。 

 今回は助けてもらえない。これは私の勝負で、ロアの入り込む余地のない戦いだから。

 

 でも、それでいいのかもしれない。

 私が負ければロアは戦うのをやめてくれるかも、しれない。もう、傷つくことはないのかもしれない。だって、私のために戦ってくれているんだから。

 

 …………本当に、そうかな。

 弱音として浮かんだ私の願望は、それは違うと()が告げていた。

 

 だって昔と違って今は────ロアを支える人があんなに居るんだもん。

 

 アイリスさんは、ロアと唯一剣を交えられる人だ。

 私の知らないロアを知っていて、彼の苦しみや努力を正確に理解できる唯一。態度で拒もうとするけれど、ロアは優しいからアイリスさんも受け入れている。そんなアイリスさんも、露骨にロアに好意を抱いている。

 

 ルーナさんは、私よりも強くて、ロアの強さを楽しめる人。

 立場やそれに付随する責任感も持ち合わせていて私より大人で、ロアがどんな人か理解した上で「惚れた」と明言する強かな人。ロアもそれを否定することなく受け入れている。

 

 ルーチェちゃんは、ロアと同じで同じじゃない。

 私がデリカシーのない言動を繰り返し怒らせてしまい、そのままロアに出会って仲良くなった人。互いに努力家で、共通点が多くあって、私なんかよりよっぽど距離が近い子。

 

 師匠は────ロアのことを、大切に思っている一番の人。

 ロアもそう思ってるし互いのことを尊重している、パートナーみたいな二人だ。私の方が先に出会った筈なのに、空白の九年で随分と差がついた。

 

 そこまで考えて、気が付いた。

 

 …………なんだ。

 

 私、負けてるじゃん。

 

 ロアの努力を知る人がいる。

 ロアの強さを知る人がいる。

 ロアの人柄を知る人がいる。

 ロアの人生を知る人がいる。

 

 それじゃあ、私はロアの何を知っている? 

 

 乾いた笑いが、喉の奥から込み上げた。

 

 ああ、そっか。

 私が今のロアを理解できない間に、とっくの昔に────みんなに、置いていかれてた。

 

 私、負けてたんだ。

 

 納得だ。

 くだらない女だ。

 自分自身の愚かさと、子供のままでいた阿呆さと、大人になろうとしない矮小さに吐き気がする。

 

 ギリ、と。

 自然と口に力が入った。

 歯が砕け、激痛と共に口内が血液の味で充満する。その痛みが鈍く鮮烈に脳を貫いて、落ち着いた思考を再度沸き立たせる。

 

 嫌だ。

 

 ロアには、私が一番早く出会った。

 ロアには、私が一番早く気づいた。

 ロアには、私が一番早く近づいた。

 

 嫌だ。

 

 他の誰でもない。

 ロアにとっての一番は、私じゃなきゃ嫌だ。

 だって、私の世界に色を齎してくれたから。私の人生を楽しくしてくれたから。私の生きる世界にロアがいないなんて、信じられないから。

 

 星の光にだって負けない轟こそが、ロア・メグナカルトだから。

 

 …………私が一番だ。

 

 アイリス()でもなくて、ルーナ(紅月)でもなくて、ルーチェ(輝き)でもなくて、エイリアス(紫電)でもなくて! 

 

 ロア・メグナカルトの一番は────私だ。

 どこまでも駆け抜ける星の輝き(ステルラ・エールライト)を追ってくれるのがロアだ! 

 

 ────ロアの一番は、私じゃなきゃ嫌だ! 

 

「────────紫電(ヴァイオレット)ッッッ!!!」

 

 首筋を狙って振るわれる剣を、紫電を纏った右手で受け止める。

 腹部からの出血が止まらない。握りしめた指先が皮膚を貫き肉を破り、命が漏れ出ていく感覚と脳から湧き出す高揚感の両方を受け止めて──それでも尚、魔力を練り上げる。

 

「…………負けたくない」

 

 そうだ。

 負けたくないんだ。

 

 二度と誰にも、負けたくない。

 

 勝負だろうがなんだろうが、私は常に一番でありたい。

 そうあることでロアは私を見てくれるから、私のことを見続けてくれるから、私のことを追いかけてくれるから! 

 

「負けたく、ない!」

 

 咆哮と共に、紫電を解き放つ。

 私の戦闘継続の意思が伝わったのか、テオドールさんは焔の剣を再展開しながら後ろへと跳ぶ。その顔は驚きというより歓喜、まるで私が再起したのを心の底から喜んでいるように見えた。

 

 赤く染まりつつある制服を気にする事なく、痛みを全て無視して立ち上がる。

 

「…………私は」

 

 負けたくない。

 他の誰が負けても、ロアは気にしない。

 私が負けたって、ロアは決して気にしないかもしれない。

 

 でも、嫌だ。

 他の誰がロアに負けても、私だけはロアにだって負けたくない。

 

 それが、約束だから。

 ロア・メグナカルトは────私が先を往く限り、追い続けてくれるから! 

 

「────私は、ステルラ・エールライト!!」

 

 魔力を編み、その一撃に全てを賭けるように収束させる。

 

 防御なんて捨てる。

 次善策なんて必要ない。

 負けることなど考えない、私の勝利のみを確信した一撃で! 

 

紫姫(ヴァイオレット)を継ぎ、紫電(ヴァイオレット)を越え────遙か先へと駆け抜ける者!」

 

 脳の細胞一つすらも掌握したような全能感。

 腹部に空いていた傷跡から漏れ出すのはいつしか血液から紫電へと変異し、その感触すらも自身の意思で操作できるような感覚を覚える。

 

 自身の身体の全てが魔力になったような、なんでもできるようなこの感覚。

 

 できる。 

 私には、できる。

 なぜなら────積み上げてきた魔法の全てが、私の全てであるのだから! 

 

 魔力から蒼雷へ、蒼雷から紫電へ、紫電から極光へ。

 眩い輝きを放ち空から地を照らす太陽の如き閃光を制御し、その全てをテオドールさんへと向ける。

 

「────紫電星光(ヴァイオレット・エールライト)!!」

 

 その身に掻き集めた全て(・・)を解き放つ。

 

 これが私だ。

 どこまでも誰よりも何よりも眩い輝きと共に、幾星霜を駆け抜ける星光。

 

 それで良い。

 それしかない。

 

 なぜならば、(ステルラ)を追い続ける轟き(ロア)が在るのだから! 

 

 天から降り注ぐ神罰にすら類似する落雷に、テオドールさんは震えた声で叫ぶ。

 

「────それが、お前の全てか! エールライトッ!!」

 

 剣に宿る炎が変色する。

 紅から白へ、白から──黄金へ。

 

 黄金の焔────ここまで見せてこなかった切り札を切り、豪剣を胸の前に掲げる。

 

「よくぞ至った! 

 よくぞ気づいた! 

 お前は俺を超えた! 

 俺の後悔を、貫いた! 

 誇れ、ステルラ・エールライト!!」

 

 振りかざされる剣の圧は先程までと比べても圧倒的。

 黄金の揺らめきは全てを埋め尽くす苛烈なほどの輝きを伴い天雷へと立ち向かう。

 

 けれど、私の胸中に不安はなかった。

 

 絶対的な自信。

 今の私には、必要だったピースがある。

 

「────黄金王剣(エーテルノ・ラ・テオドール)!!」

 

 互いの全力がぶつかり合う。

 勝利するのは、より全力が注がれた方。

 

 魔力の全てを費やしてなお拮抗する絶対的な黄金に対し、勝利への渇望を燃やす。

 

 負けない。

 負けられない。

 

 星の輝きが、永遠の剣に負けてたまるものか! 

 

「────轟け(・・)──ッッ!!」

 

 轟音と共に、黄金を突き破る私の光。

 身体中全ての魔力を使い果たしたような倦怠感を伴いながら、私の叫びに呼応した天雷がテオドールさんへと降り注ぐ。

 

 全身を焼き尽くす雷を避けることもせず、全身を広げ受け止める。

 速すぎる世界の中で、テオドールさんは笑っていたような気がした。

 

 閃光と爆発────会場を埋め尽くす魔法は、私にすら目視を許さない。

 全て出し切ったが故に抵抗できず、私もまた、壁に全身を打ち付ける事となった。

 

 疲労感が全身を包み込んだ私も肩で息をするのがやっとで、倒れ込んだテオドールさんはピクリとも動かない。

 

 ふう、はあ、と呼吸を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「…………勝っ、た?」

 

 勝ち。

 私の、勝ち。

 

 気がつけば怪我は治療されていて、自分で回復魔法をかけた記憶なんてものは存在していない。

 

 だけど治っている。

 不思議な感覚だけど、自分が一つ壁を乗り越えた──そんな気がする。

 

「……勝った」

 

 実感が沸々と湧き出す。

 勝ったんだ。テオドールさんに、あんなに強かった人に、私は意地を通したんだ。

 

 両腕を掲げて、拳を握りしめ、吠える。

 

「────勝ちだ!」

 

 私の勝ちだ。

 他の誰が負けたって、私だけは勝ちを譲らない。

 それこそが私が生きる意味。ロア・メグナカルトっていう大好きな男の子に追いかけて欲しいから。

 

「ロア!!」

 

 いまだ静かな観客席へと叫ぶ。

 最前列にまだ立つロアは、安堵したような表情と僅かな絶望感が混じった表情で私を見ていた。

 

 私は酷い女だ。

 努力が嫌いな男の子に、更に努力を強いるように生きている。

 

 私は最低な女だ。

 才能が無いと嘆く男の子に、自身の才覚を見せつけている。

 

「追いかけて来てよ!」

 

 よそ見してもいい。

 月に寄り道しても、光に魅せられても、虹を見つけ出しても、紫電と寄り添ったって構わない。

 

 でも、私がいる。

 ロアの遥か先を往く星の光を、追い続けてくれるのなら。

 

「私はここにいる。私は先にいる。私は待ち続けるから!」

 

 僅かにぼやける視界が、私の曇りを洗い流してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話

 銀色の髪を後頭部で一房に纏め、椅子に腰掛ける女性。

 開け放たれた窓からは風が靡き清純な空気が部屋を満たし、手に持った本を読み進めるのにはうってつけの気温。

 

 そんな静かで神秘的とも言える部屋に、コンコンコン、と音が響く。

 扉を控えめに叩き入室しても良いかを訊ねるノックに対し、女性は凛とした声で了承を告げる。

 

「や、具合はどうかな」

「テリオスか。怪我は治ったが、見ての通り寝たきりだ。魔力を使い果たしたようだからな」

 

 ため息を吐きつつも、その口調には呆れは無い。

 

 ただただ優しい声色。

 仕方ないのだと、微笑むような音色だった。

 しかしわずかに滲む後悔の念──そこに込められた意味を見過ごせる男では無い。

 

 テリオスも察して、女性────ソフィアの顔を一度見て、顔を逸らした。

 

「…………凄まじい戦いだった」

「……ああ。誇りに思えるくらいに」

 

 共に勝利を誓い合った友が敗れたのにも関わらず、テリオスの表情は穏やかだった。

 

「コイツも自覚していた筈だ。ステルラ・エールライトという少女が突き抜けてしまえば(・・・・・・・・・)、最早打つ手はないと」

「現時点で彼女はテオ(人間)を飛び越えて、(座する者)と並び立った。……いや、下手すればそれ以上に」

 

 互いに意見は共通していた。

 本気で勝ちを狙うのならば、成長の機会など与えずに完膚なきまでに叩きのめせば良かったと。

 

 スポーツマンシップなんて存在しない。

 血で血を洗い尊厳を奪い尽くす凄惨な戦の中ならば、それが正解だった。

 

 しかし、今は違う。

 互いを尊重し互いを認め互いを慈しみ、『命の奪い合い』は『次の世代へと受け継ぐ』儀式となった。それを自覚しているが故に、二人は冷静な戦いへの合理性と感情的な人間の心を天秤にかけ────なんの躊躇いもなく、後者を取る。

 

 それは無論、魔力切れによる疲労に包まれているテオドールも同じであった。

 

 …………しかし。

 誰も彼もが、合理的に、全てを諦める事は不可能。

 仲が良い三人組であっても、一つや二つは相違点が生まれてくるものだ。

 

「…………たわけめ」

 

 ソフィアは、一度大きく溜息にも似た言葉を吐く。

 しかし罵倒に籠められた感情はまるで違う、優しく慈しむような声。

 

「……最後の、チャンスだったんだぞ」

 

 そこには万感の想いが詰まっていた。

 

 この学園で一番になりたい。

 この世代で一番になりたい。

 この時代の一番になりたい。

 

 同世代に怪物が生まれてしまった哀れな人間の、どうしようもない嘆き。

 その渦から拾い上げた当事者としてソフィア・クラークには、テオドール・A・グランへの言い表せない感情がある。訊ねることのできない後悔は幾つも重なり心の底へと追いやられたが、決して消えることはない溝。

 

 諦めさせてしまった女の、小さな懺悔。

 

「テリオスと戦える、最後のチャンスだった……!」

 

 三人の付き合いは長い。

 テオドールとテリオスは入学前から、ソフィアも入学してからずっと付き合いがある。

 

 故に、テリオスは知っている。

 

 テオドールがこの戦いを最後に順位戦から退く事を。

 グラン家という由緒正しき家系を継ぐ人間として、軍部の次期幹部として、すでに定められた道を歩むのが決まっているが故に。表面上はなにも抱えていないように見えるが、その実それなりに繊細な男だ。

 

 だからこそ、二人で誓ったのだ。

 決勝で会おうと。

 

 順位戦に力を入れられる、最後のチャンスだった。

 

 それを理解しているソフィアの嘆きは、テリオスにも伝わる。

 

 ソフィアの中で燻る僅かな後悔も────彼は客観的に理解していてなお、そこに触れようとはしなかった。

 

 なぜなら、二人の強さを知っているから。

 そこを過大評価するつもりも、過小評価するつもりもなかった。

 

 自分が首を突っ込む必要はなく、また、それが悪い方向に流れるとは全く考えない。

 

「……それじゃあ、僕は行くよ。先達の意地を見せてあげないとね」

「ああ。…………テリオス」

 

 扉に手をかけて、ソフィアの声がけに応じて動きを止める。

 

「メグナカルトは、強いぞ」

「……知ってるさ。嫌というほどにね」

「だろうな。誰よりもアイツを意識してきたのがお前だ、それを理解してない筈もない。…………因縁、とでも言えばいいのか」

 

 因縁というよりかは、嫌がらせにも似た感覚だったとテリオスは胸中で吐露する。

 英雄と呼ばれたいのに呼ばれない、笑顔にしたい女性は自分以外の男を見て笑い英雄と名付ける。嫌味の一つでも言ってやろうかと不愉快な気分になる自分の矮小さにまた一つ腹が立ち、後腐れない全力を剥き出しにする『英雄』に────気が狂いそうだった。

 

 自分の間違いを認めるのが嫌だ。

 自分の積み上げてきた人生を否定するのは嫌だ。

 自分の価値観や願いを嘘だとは、口が裂けても言いたくない。

 

 そこを割り切れないからこそ、自分は呼ばれないのだと。

 

「…………そうだね」

 

 それでもテリオスは立ち塞がる。

 決して英雄と呼ばれなくても、英雄という形に固執せずとも、英雄に敗れるという末路が待っていたとしても────そこに嘘はない。

 

 なぜなら、その英雄が言ったのだ。

 どれだけ自己否定を繰り返す愚かで矮小な自分に対して、言ったんだ。

 

『どちらが英雄に相応しいか』────世辞でも詫びでもなんだって、テリオスにとっては関係ない。

 誰もが認める英雄(ロア)が、テリオス・マグナスも英雄だと言ってくれたんだ。

 

 その事実だけが彼を現在奮い立たせている正体であり、また、かつての願いとは違った感情であった。

 

『英雄』。

 いまだ彼の胸中で渦巻く感情は複雑で、一言で言い表すことなど到底不可能なくらい沈み込んだ泥沼のように混ざり合っている。

 

 それでも、これまでとは違い。

 テリオスにとってその記号は呪いではなく、希望に変質しつつある。

 

 ロア曰く、英雄なんてクソ喰らえ。

 口は悪いが、そんな意見が出てくるとはまるで考えていなかったテリオスにとっては目から鱗となった。

 誰も彼もが絶賛し賞賛するかつての英雄を否定する、今を生きる英雄。この差異こそが、自らが英雄として呼ばれない理由そのものではないかと。

 

 その理由を、テリオスは知らなければいけないと思った。

 

「『期待を裏切るつもりはない』────……か」

 

 あの意志の強さ。

 どこまでも苛烈な程に輝く瞳が、彼を英雄足らんとしていた。

 

「案外楽しみなんだ。本物(ロア)を目前にした偽物()が、どれだけ足掻けるか」

 

 僕は英雄になりたい。

 ()は英雄になりたい。

 尽きることのない渇望、幼き頃から抱き続けてきた願望。

 

 テオドールは道を変えることを良しとした。

 テリオスは、道を変えることを否定した。

 

 きっと、変えることを良しとしない意固地で頭の硬い愚か者こそが、座する者(ヴァーテクス)という領域に足を踏み入れるのではないか。

 現実を直視せずに夢を見続ける愚か者への、永遠の罰。

 

 自嘲を囀りながら、テリオスは医務室を後にする。

 

 瞳から滲む光は果たして、輝くか。

 諦められない願望を抱き渇いたまま、願いを叶えるために。坩堝の中心にて、二つの対極が混ざり合う瞬間を目指して。

 

 運命の刻は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第三話

 

 

 ステルラが勝った。

 ステルラが覚醒した。

 ステルラが死にかけた。

 ステルラが俺を苦しめる宣言をした。

 ステルラが本当の意味で至ってしまった。

 ステルラを悲しませる事が確定してしまった。

 ステルラに追いつくのが至難の領域になってしまった。

 ステルラが…………

 

「ホラホラ、いつまでもいじけてないでお姫様のお出迎えしたらどうですか」

「いやです。俺は今非常に繊細で硝子同然の心をしているゆえ、これ以上の負荷には耐えられない」

 

 膝を抱えて丸まった俺に対しペチペチビンタをしてくるルナさん。

 もうちょっと、こう……傷心中の男を慰める手法を拘ってくれないかな。それで励まされる男がいる訳ないだろ、もっと甘やかせよ。男は何歳になっても甘えん坊なんだよ。

 

「ステルラさんが負けそうな時のロアくんの慌てっぷりと言ったらもう……」

「やめろ。次それを言ったら舌を引っこ抜く」

「再生するから問題ないですよ」

 

 くそがっ! 

 誰だって焦るだろ、あんな状況になったらよ! 

 

 俺はステルラに俺以外に負けてほしくない。

 ステルラ・エールライトという少女が俺以外の人間に負けるはずがないと思っているが、それと同時にこれ以上強くならないで欲しいという願望もあり、その上で俺を含めた誰にだって負けないくらい強くなって欲しいと祈っている。

 

 大目標で言えば『ステルラが死なない、傷つかない』が目標だ。

 幼き頃から変わる事のない願い、ステルラ・エールライトという才能溢れる天才少女が戦いの場で命を散らす事が無いように足掻くのが俺の目的。

 だから長期的な目で見るのならば、ステルラが座する者(ヴァーテクス)へと至るのは喜ばしい事だ。なぜなら、命という概念から遠のいていくから。人を越え魔力に身を捧げれば捧げる程、座する者(ヴァーテクス)は超越的な力を得られる。

 

 魔祖の実年齢は五百を越えている。

 未だに座する者(ヴァーテクス)として覚醒したものでもそこまで長い間を生きる存在は、居ない。

 

 ステルラならばそれくらいの領域に辿り着けるだろう。

 

「…………ま、それに関しては問題ないとしてだ」

 

 ルナさんもいるし師匠もいる。

 ルーチェが至るかどうかはわからないが、友人が残れば残る程ステルラにとって豊かな人生になるのは確実だ。俺はアイツに人生を謳歌して欲しいし出来る事なら争いから離れていて欲しいが、生憎前世とも呼べる謎の記憶の持ち主が遺した未解決事件があるゆえにその願いは届かない。

 

 戦力はそれなり以上に整ってきた。

 

 今なら、なんとか出来るかもな。

 

「…………ロ、ロア?」

「……なんだ、ステルラか」

 

 先程激烈な勝利を収めて来たステルラが、観客席までやってきた。

 

「よく勝った。やっぱりお前は強いよ」

「あ、ありがとう。えへへ……」

 

 ふ~~~~ン……

 可愛い奴だ。これで魔法の才能に溢れていて俺を打ちのめした事実さえなければな。

 

「『追いかけて来てよ!』」

「ヴッ」

「『私はここにいる。私は先にいる。私は待ち続けるから!』

「ヴァッ!?」

 

 ルナさんの非常に感情の籠ったモノマネによりステルラはダウンした。

 正直俺が聞いていても少し恥ずかしかったから相当なダメージだろう。感性に関しては一般人と比べても大差ないステルラのことだ、勢いで言葉を吐いたことを後悔してるだろう。

 

 目をぐるぐる回しながら「ひええぇ~!」なんて言いながら俯いてその場に蹲る。

 

「うぅ…………穴があったら入りたい……」

「フフン、トーナメントでは負けましたが実質私の勝利ですね」

 

 胸を張って鼻息荒く宣言しているが、ステルラは恥の上塗りによってダウンしたままである。

 

「そういえばルーチェはどこに行った?」

「ルーチェさんは過去の自分と向き合いに行きました」

「どういうことだよ……」

 

 さっきまで居たのになんで居ないのかと思ったら、なんだろうか。

 ステルラが負ければいいとでも思ってたのか? いや、そういう女じゃないな。どちらかといえば強くなったことに絶望した……違うな。

 

 うーむ、わからん。

 

「そっとしておいて下さい。多分致命傷です」

「そうですか。まあルーチェならそのうち戻ってくるだろ」

 

 さっきから妙にガツンガツン何かをぶつける音が響いてるが、誰もその場所に近寄ろうとしていない。

 変なのには絡まれたくないからな。

 俺も気をつけよう。

 

「……ちょっと、妬けちゃいますね。うりうり」

「う、ううぅ……」

 

 蹲るステルラをペチペチ叩くルナさん。

 

「こんなに大勢の前で堂々と告白とはいい身分ですね」

「あうっ」

「こらこら、そこらへんにしておいてくれ。泣いちゃうだろう?」

 

 どこからかテレポートで現れた師匠が蹲ったままのステルラの上に座った。

 ぐえっ、なんて年頃の女が出していい声じゃない音が聞こえてくる。

 

 ざまあないぜ。

 

「これはエイリアスさん。こんにちは」

「こんにちはルーナくん、ステルラ、馬鹿弟子」

「誰が馬鹿弟子だ、若造り妖」

 

 戦いの前だというのに身体を駆け巡る雷に、流石の俺も動揺を隠せない。

 普通はケアしてくれるのが師匠の立ち場じゃないのか。敵に塩を送る、しかも俺より強い上位存在へ塩を送る。こんな非道な行いが許されていいのだろうか。

 

「────ん?」

 

 が、しかし。

 俺が考えているような電撃ではなく、どちらかといえば身体の気怠さや重さが薄くなり調子が良くなった。

 

 どういうことだと視線を送ると、呆れた表情でため息を吐かれた。

 

「全く、いくらなんでも試合の直前にダメージを与えるわけがないだろう」

「師匠ならやりかねないと思いまして」

「君は私のことをなんだと思ってるんだ?」

「虐待趣味のショタコ」

 

 ここから先は口を閉じた。

 これ以上下手なことを言えば死ぬ。

 俺の培ってきた第六感がそう告げている。これは間違いなく死の予兆であった。

 

「美しく聡明なエイリアス様デス」

「良し、よくわかってるな」

「ひどい信頼関係を見ました」

 

 ルナさん、これが真実だ。

 エミーリアさんはこういう事無さそうだな。良くも悪くも師匠は付き合いが長いから俺に染まっているのかもしれない。

 

 昔から生きている上位存在が俺に染まってるの、結構いいな。

 

 そんな風に考えている俺に対し、師匠が若干声色を変えてつぶやいた。

 

「……ロア。君の言う通りだったね」

 

 ステルラのことだろうか。

 まあ、師匠はステルラのことを極一般的な少女と同じと称していた。俺もそこには同意する。

 

 悲しければ泣くし嬉しければ笑うし辛ければ辛い顔をする、そんな普通な少女。

 痛みを隠すのも下手くそで、誰かに気が付いて欲しいと思いながらそんな厚かましいことは自分から言えないと我慢しようとするのがコイツだ。

 

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」

 

 人を見る目だけはある。

 自分で信じているのはそこだけだ。

 なぜなら、経験則から推測できるから。俺自身の目に狂いがあっても英雄の記憶が全てを補完してくれる。きっと、ステルラならこうなるだろうという予想。

 

 …………いや、白状する。

 正直な所、ステルラ云々に関しては勘だ。

 俺が憎くて堪らない才能のないロア・メグナカルトとしての勘。

 

 英雄の記憶もクソもない。

 ステルラ・エールライトと生きたのは他でもないロア・メグナカルトだからな。そこに英雄が入り込む余地はない。

 

 ああそうだよ、まったく。

 

 俺は非合理で非論理的な勘と祈りからステルラならばと願っていただけだ。

 

 それを見抜かれたのか知らんが、きっと俺が本心からステルラの勝利を願っていたのが伝わってしまったのだろう。柔らかく微笑んだ後、クスクスと小さく師匠は笑った。

 

「素直じゃないねぇ」

「そういうトコロがいいんですよね」

「ええい黙れ黙れ、俺は次の試合に備えなければならん」

 

 相手はテリオスさんだ。

 簡単にはいかないどころか、負ける可能性の方が高い。

 それも圧倒的にな。座する者(ヴァーテクス)としての真価を発揮してしまえば俺のことなど一捻りだろう。

 

 無理難題に打ち勝たなきゃいけないってのが、辛い所だ。

 

「あー…………あ、あのさっ、ロア」

 

 ガバッと顔を上げて話しかけてくるステルラ。

 師匠も空気を読んで避けたから立ち上がれるはずなのだが、なぜか四つん這いのままである。

 

「どうした?」

「えーっと…………その〜……」

 

 …………? 

 

 若干歯切り悪く、妙に言葉を選んで話そうとしている。

 口を開いたかと思えば、まごつかせて口篭もり再度何かを思案するように視線が右往左往。

 

「何もないなら行くぞ」

「あ〜〜、待って待って! えっとね、その……」

 

 テリオスさんが来る前に会場入りしておきたいからな。

 観客席から飛び込むつもりだが、流石に上級生の前でやるのは無礼だろう。

 

 チラチラ会場へと視線を送る俺を見て意を決したのか、息を大きく吸い込んで深呼吸を行なってから言葉を放つ。

 

「私、待ってるから!!」

 

 やけくそじみた声量で叫ばれた声。

 決勝で待ってる────そう言いたいのだろう。

 その意図はわかる。先ほどから何度も連呼していたから、俺にも十分伝わる。

 

 だが、今その言葉である必要はあっただろうか。

 

「頑張って、とかじゃダメだったのか?」

「え? ………………あっ」

 

 恥の上塗り……

 ルナさんすら煽ることを選択せず、静かに目を逸らした。

 師匠は帽子のつばを深く押さえて顔を隠した。ステルラは涙目になっている。

 

 ここで煽ることを選択してもいいのだが……

 

 せっかく俺のために言ってくれたんだ。

 少しは報いてやらないとな。

 

「待ってろ」

 

 握り拳を差し出す。

 

 あ〜あ、恥ずかしい恥ずかしい。

 こんな若者みたいな行動してよォ〜〜、後からどんだけネタにされるかわかったもんじゃないぞ。アルとか嬉々として弄ってくるだろうし、ルーチェにすら嫉妬されて変なこと言われるかもしれん。

 

「絶対に追い付いてやる」

 

 明言することの無かった、俺の目的。

 迂遠な言い回しをすることはあっても、絶対にそのまま口にすることはなかった俺の真実。

 

「お前が何処に行こうが、絶対に追い付いてやるよ」

 

 だから、安心して駆け抜けろ。

 お前が死ぬことのないように、お前が息絶えることがないように、お前が傷付くことがないように、お前が悲しまないように。

 

 十年越しの告白か。

 我ながらなんとも気持ち悪い事実だが、仕方ない。

 ここまでステルラのことを見続けている癖に一歩引いていた自分の所為だ。常々俺が吐いている言葉だが、『今の俺は常に未来に負債を託して生きている』。

 

 今でも変わることのない俺の生き方。

 

 そのツケが今、回ってきただけだ。 

 

「…………うんっ!」

 

 朗らかに、俺の見慣れた眩しい笑顔と共に握り拳をぶつけ合う。

 女性らしい線が細く若干丸みを帯びた拳だ。

 

 俺もお前も、互いの性差がよくわかるくらいに成長を重ねた。

 

 二度と負けないから。

 あの時お前が放った言葉の意味を、未だに俺は知らない。

 知らないまま知りたいと願いつつ、聞き出すことができてない。

 結局のところ、いつまでも引き摺っている重たい奴ってのは俺のことを指すのかもしれない。

 

 師匠の事も言えないな。

 

 観客席から飛び降りて、会場に着地する。

 ある意味この戦いが最も因縁深いモノになるだろう。

 英雄になりたいと願った男と、英雄になりたくないと言った男。英雄になれる才能を持つ男と、英雄の記憶だけを持つ男。英雄の領域へと至ったが英雄になれない男と、英雄の領域に至らないのに英雄となった男。

 

「…………皮肉なもんだ」

 

 英雄。

 

 偉大なる英雄は、没してなお百年近い時を経ても未だに干渉してくる。 

 きっと本人は、そんな影響力を望んでいないだろうに。そして、そんな英雄本人の気持ちを最も理解している俺も────英雄に染められている。

 

 そういう事にしておこう。

 

 そうじゃなきゃ、この闘争心が説明できない。

 英雄として呼ばれたくないと言いつつも、英雄として認めてくれる他人へ報いたいという願望を。

 

 身体の調子は万全だ。

 魔力の流れも悪くない(・・・・)

 師匠に授かった祝福もしっかりと効果を発揮してる。

 最強と戦うにはやや物足りないが、ロア・メグナカルトとしての全てを発揮するには十分。

 

 ステルラ・エールライトが負けなかった。

 

 ならば、俺に残された道は勝つことのみ。

 

 そうやって、誓ったのだから。

 



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第四話

 会場の空気が変わる。

 控え室から歩みを進め、未だ激戦の痕が残る坩堝場内に足を踏み入れる怪物。

 身体から溢れる魔力とその激烈なまでの闘志が揺らぎ、完全に空気を飲み込んでいる。

 

 未だ戦闘が始まっていないと言うのにこれ程までにやる気とは…………

 

 やれやれ、困っちまうな。

 

「待たせてしまったかな?」

「ハンデ代わりの準備運動をさせて貰いました。それくらいは譲ってくれますよね」

「構わない────って、言いたい所だけど……」

 

 光の粒子が瞳から零れ落ち、涙を想起させる。

 しかしその一粒一粒がテリオスさんの『覚悟』の果てであり、俺にとっては何よりも欲しくて何よりも羨ましいものだった。

 

 俺はどれだけ努力しても、ああ言う形になることはない。

 その事実が今更積み重なって蓋をして、俺の傷だらけの精神に僅かに痛みを与えてくる。

 羨ましい。俺も出来ることならずっと生きていたい。生きていることができないから諦めた振りをしているだけで、結局のところ俺は誰よりも嫉妬し羨望し切望している。

 

「君相手にそんな悠長な事も言ってられない」

「冗談を。俺みたいな格下に本気にならないでくださいよ」

 

 肩を竦めて戯ける。

 

「貴方は最強だ。この学園で、この世代で、この時代における『最強』。魔祖十二使徒という怪物集団にすら喰らい付ける正真正銘本物の天才」

「ありがとう。…………でも、さ」

 

 一度話すのを躊躇った後に、苦笑しながらも深呼吸を挟んで続けた。

 

「僕は英雄になれない」

 

 …………知ってるさ。

 テリオス・マグナスという人物が求めてるものは、十二分に知っている。

 ただ一人のために目指した到達点がぽっと出に奪われて、それに嫉妬することすら矮小だと自らを戒める高潔であろうとする精神。俺にとってはそれだけの強さを兼ね揃えていることが偉業であると言いたいが、彼にとってはそうじゃない。

 

 そんなものを評価されても嬉しくないんだ。

 

「僕は英雄になりたい」

 

 まるで子供の願望だ。

 幼い子供が絵本を見て憧れを抱き、『英雄になりたい』なんて言ってしまうような戯言。

 

「僕は、英雄になりたいんだ」

 

 心の奥底から響く声。

 静かに、それでいて複雑な感情が入り混じったこの言葉は重たくて、俺と似た理由(・・・・)で英雄を渇望する男の心境は容易に想像できた。

 もしも俺がステルラに全く追い縋れることはなく努力もしなかったら、もっと後悔していた筈だ。考えたくもない『もしも』の可能性が脳裏を過ると、顔を顰めたくなるくらいの不快感が身体中を駆け巡る。

 

 きっと、そうなんだ。

 テリオスさんが味わってる負の感情は、それに似た物だ。

 

「……僕は、君が羨ましい」

 

 震える声で吐き捨てる。

 

「才能がない現実を直視して、それでも前を向ける君の強さがね」

「それは愚かとも言いますよ。無いならないで諦めればいいんだ」

「よく言うよ。そんなこと思ってもないくせに」

「思ってるさ。俺に才能があれば、こんな風に辛い思いをする必要もなかったって」

 

 俺に才能があれば。

 かつての英雄の生まれ変わりとして堂々と生きていける程に強ければ。

 ロア・メグナカルトって存在が塗りつぶされるくらいに弱くて、英雄として完全に成れ果てていれば違う結果だった。

 

 でもそれは『もしも』だ。

 空想にしかならないし今から派生することもない、決して訪れることのなかった都合の良い世界。

 

「だが現実として苦しんだ。血反吐を吐いた。虐待かと思うくらいの毎日を過ごした。死と隣り合わせどころか死は友人と呼べるくらいの気軽さで俺の元に訪れた」

「そ、それは中々……流石に同情はするよ」

 

 久しぶりにストレートで怨嗟をあげていたらテリオスさんが引き攣った表情をしている。

 観客席の師匠を覗き見たらステルラにジト目で見られながら下手くそな口笛で誤魔化していた。全然誤魔化せてないからな、そろそろ世間からの視線が痛くなる頃合いだぞ。

 

「ン゛ン゛ッ! まあ何が言いたいかっていうと、ないものねだりはするだけ得だが損をする。心が落ち着いても現実に反映されることは無い、非情で生温く残酷なものだってことです」

「……その通りだ。でも、人は空想に縋らないと辛いだけさ」

「するななんて言いませんよ。ただ、現実を見ることを止めちゃいけないって話です」

 

 現実を見続ける。

 どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、どれだけ気持ち悪くても、どれだけ残酷でも────どんな末路でも。

 

 最期まで付き纏うのは歩んできた現実だけ。

 夢物語で終われるほど、世界は優しくない。

 

「そんなのクソ喰らえだ。いつだって現実は甘やかしてくれないし肩代わりもしてくれない癖に、無理難題ばかり押し付けてくる。俺はそれが気に入らない」

 

 そうさ、気に入らないんだ。

 俺に才能がないのも、ステルラに才能があるのも、かつての英雄の記憶が頼りになることも、頼らざるを得ない俺も、破滅か生存の二択しかない究極の選択が未来に控えている事実も何もかも──気に入らない。

 

「だから足掻いてる。

 俺は絶対認めない。

 俺が才能がないってだけの理由(・・・・・)で諦めるなんて、気に入らない」

 

 才能がないからなんだ。

 才能が無いと言い訳したらステルラは死ななくて済むのか。

 現実から目を逸らせばステルラや師匠は俺の前から居なくならないのか。

 

 違うだろ。

 

 俺自身が繋ぎ止めないと駄目だ。

 誰かに頼る以前に、自分自身が明確な意思を持って立ち上がらないと誰もついてこない。

 

 誠に遺憾ながら、それをかつての英雄が証明してしまった。

 そして俺はそれを知っている。世界で唯一、かつての英雄の心の内を知っている。

 

 ならば、現実から目を逸らすわけにはいかないだろ。

 

「どれだけ嫌いな努力であっても、怠惰を望む性根であっても、俺が諦めることは絶対ない!」

 

 英雄の記憶を借りて築き上げたハリボテであり空虚な俺の中身ではあるが、それでもそんな俺に色んな感情を託してくれる人がいる。虚構と自嘲してもそんなことはないと否定してくれる人がいる。

 

 俺にとっては、それだけで頑張る理由になった。

 

「俺は英雄じゃない。英雄にはなり得ないが────導いて、もらったんだ!」

 

 そうだろう、テリオス・マグナス。

 

 努力する理由なんてそんなもんだ。

 努力する理由に特別性は必要ない。

 実際に努力を積み重ねより多く実らせた人間こそが、現実の勝者となるのだから。

 

 全身に刻まれた祝福を起動する。

 もはや解号は必要なく、俺が念じれば発動できる程度には馴染んだこの魔法。

 師匠に与えてもらった最高の証であり、最高の祝福であり、最高の呪い。俺が英雄と同じ道を歩む起因でありながら決して離すことのできない願い。

 

 手中に納めた光り輝く光芒一閃を握りしめ、霞構え。

 

 そうして、胸に刻んだたった一つの誓い口にする。

 

「俺はロア・メグナカルト!」

 

 この学園に入った時から何一つ変わらない。

 俺は何も見失っちゃいない。俺は今、現実に抗い続けてやっとこの場所に立っている。

 俺なんかじゃ一生懸けても辿り着けない天才達を相手に勝ち抜いて、勝者のみが立てるこの舞台に立っている! 

 

紫電(ヴァイオレット)の一番弟子にして、遥か先を往く星を追い続ける者だ!」

 

 俺にはわかる(・・・・・・)

 貴方は天才だ。この学園にいる人間の大半が天才だ。

 

 ……だけどな。

 

 それでも! 

 

 星の輝き(ステルラ・エールライト)を追い続けるのは俺だけだ! 

 

 世界で唯一俺だけがアイツを追い続ける。

 他の誰もが諦めたって、俺だけは追いかけ続ける。

 

 いつか届くと手を伸ばし続けるんだ! 

 

「いいか、最強!」

 

 やけくそ染みたテンションで言葉を吐き出す。

 どいつもこいつも俺に押し付けやがって。俺は両手分しか抱えられないし、その両手はすでに埋まってる。 

 

「英雄になりたいんだろ!」

 

 背負えるものはとっくに背負った。

 誰にも言えない悩みは心に根深く染み付いてる。

 傷つく心はすでに擦り切れて、傷ついてもそれを深く受け止めることしかできない。

 

「英雄を、諦められないんだろ!?」

 

 ああ、くそが。

 どうしてどいつもこいつも俺をそんな目で見るんだ。

 俺は凡人で、才能なんてなくて、どこまで行っても捻くれた性根を抱えた小心者で。

 

 俺なんかじゃ太刀打ちできないくらい強くて立派な皆が見るような、出来た人間じゃ無いってのにな……! 

 

「────英雄は(・・・)此処にいる(・・・・・)!」 

「…………本当に、君は……」

 

 テリオスさんの魔力が、可視化出来るほどに高まった魔力が、光の粒子へと変貌していく。

 

 濁った灰色の悉くを滅ぼす魔力ではなく、希望と未来に満ち溢れた輝きへ。

 

「…………そうさ」

 

 収束する粒子はやがて剣を形成し、手の中に収まる。

 その輝きは光芒一閃に負けずとも劣らず、かつての英雄を知る師匠と大差ない程に類似する剣へと変化したそれを握りしめ、正面に構える。

 

「諦めて、たまるか……!」

 

 背中に羽ばたく翼を展開し、ルナさんとの戦いで見せた全力の姿へと移り行く。

 

 圧倒的な絶望感だ。

 どこまでも駆け抜けていく光を携えて、どこまでも突き抜ける鮮烈な輝きを放つ。

 

 間違いなくテリオスさんは、ステルラに比肩する程の才覚を有しているだろう。

 

『英雄として相応しい』表情を捨てて、心の奥底に溜まった重苦しい感情を吐き出した。

 

「────()は、英雄になりたい!」

お前(・・)が妬ましい。母さんに英雄と呼ばれ、寂しがらせず、楽しませることのできる英雄が!」

 

 言葉は憎しみに塗れているが、その表情は晴れやかだ。

 忌々しいが、おそらく俺もそうなんだろう。さっき吐き捨てた言葉とは裏腹に、こんなにも忌み嫌った戦いへの欲求があるのだから。

 

「どうして俺じゃない! なぜ俺が英雄じゃない! そこに立つお前が、どうしようもないくらいに邪魔で嫌いで憎くて────でも、それ以上に…………」

 

 言葉の途中で何かに気がついたのか、少しだけ言葉に詰まった後に、苦笑と共に続けた。

 

「…………それ以上に。君以外に『英雄』と呼ばれるのなんて想像できないくらいに、納得したよ!」

 

 魔力が高まる。

 先程までの闘志の揺らぎどころでは無い、全力全開の一撃を放つのに足りる程の火力。

 

「君は英雄だ! ならば僕は、君を倒して英雄に成る!」

 

 互いの剣が光り輝く。

 俺は紫電を身に纏い、テリオスさんは光り輝く粒子を漂わせる。

 

「行くぞ、英雄!!」

「来いよ、英雄(・・)!!」

 

 足に全力をこめて、紫電迅雷を発動し大地を蹴る。

 

 既に視界全てが白い閃光に包まれたが、俺の勘が告げている。

 死という絶対の領域に何度も足を踏み入れ成長した俺の唯一頼れる勘が、告げているのだ。

 

 きっとテリオス・マグナスならば────正面から挑んでくると。

 

「────月光魔導剣(ムーンライト・マグナス)!」

 

 闇と光の交わった陰陽の剣を振りかざし、銘を叫びながらテリオスさんが肉薄してくる。

 

「────星縋閃光!」

 

 ぶつかり合う二つの剣。

 発生した衝撃波だけで障壁が歪み観客席に漏れる魔力の渦。

 現役の魔祖十二使徒の魔力と、それに匹敵する存在の全力のぶつかり合いだ。

 

 鍔迫り合いの最中、互いの顔をはっきりと視認する。

 牙を剥くような凄んだ表情、俺の最も苦手とする戦いへの苛烈な情熱を持った男の姿。

 

 だが、その瞳に反射する俺の姿もまた、激情を迸った末路であり。

 

 その事実を深く受け止めて、仕方ないと飲み込んだ。

 

 既に俺の出せる全力は切った。

 テリオスさんも俺に時間制限があるのを理解した上で正面から戦うことを選択した。

 

 ならば、その選択に敬意を表して──苦しみもがいて勝利を手にしようじゃないか! 

 

 肉体が鳴らす死への警笛を全て通り越して、悲鳴を上げる筋肉すらも酷使して剣戟を繰り返す。

 大技を放った直後に反動を無視するなど愚の骨頂。それが許されるのは才があって柔軟性に長けた人間だけであり、俺のように積み重ねこそが全ての人間がやっていいことじゃない。

 

 だが、やる。

 

 そうしなければ負けるから。

 そうじゃなきゃ負けるから。

 そうしないと、勝てないから。 

 

 無理無茶無謀は慣れ親しんだ作戦だ! 

 

星縋(・・)────!」

 

 剣戟一振り一振りに、俺の全てを籠める。

 此処までやってようやく同等だ。剣の才能が負けてるわけじゃない。押し切るには、これくらいしなければならないのだ。

 

 魔力の高まりに気がついたのか、一歩離れて様子を伺うテリオスさんだが──それは悪手だ。

 

「閃光────!!」

 

 紫電を纏った剣圧が空に放たれる。

 軌跡そのものに攻撃力を含ませた衝撃波がテリオスさんの身体に迫るが、焦った様子もなく、ただ一度──悔しげに笑った後に、剣を構える。

 

「斬撃を飛ばすか。無茶をするよ、本当に!」

 

 剣を胸の前に掲げ、莫大な魔力を収縮させる。 

 右目が光の粒子へと崩れ落ち、既に人を超えた領分を解き放っていることを表している。それは、俺に対する警戒度を一歩引き上げたことを意味していた。

 

()は、テリオス・マグナス!」

 

 ルナさんとの戦いで見せた、究極の一撃。

 複合魔法と複合魔法を混ぜ合わせる人外とも呼べる其れを輝かせた後に、迫りくる攻撃を前に叫ぶ。

 

「遥か昔の栄光を追い駆け、無謀にもその身を捧げし者!」

 

 両翼が羽ばたき、剣を構える。

 全てを乗り越えた先に栄光があると信じて、その身を滅ぼす魔法を編み上げて高らかに謳い上げる。

 

「────月光終焉剣(ムーンライト・カタストロフ)──!」

 

 

 

 

 

 

 



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第五話


昨日更新分がございますので、見てない方はお気を付けください。


 大技同士の衝突によって生まれた衝撃と風が全身を打ち付ける。

 身体強化も何もない、ただの生身でただ速く動いているだけの俺にとっては余波すら無視できるものではない。

 

 あ゛〜〜〜、痛えよ痛えよ響いてるよ骨にさぁ! 

 

 烈風を耐えるために跪くような形を取っているが、依然として構えは解いていない。

 

 別に霞構えじゃなくても使えないことはない。

 でも、俺はどうしてもこれを使いたい。真っ直ぐ正面に構えるのでもなく、上段に構えるのでもなく、下段に構えるのでもなく。

 

 どこまでも一点を目指すような、この構えこそが──俺に一番合ってると思うから。

 

 大地を踏みしめ力一杯に蹴り上げて、空に躍り出る。

 風を掻き分け目を細め、ぶつかり合った魔力の剣跡にて魔力を高め続けるテリオスさんに対して突撃する。

 

 アイリスさんの時に初めて試合で使用し、ソフィアさんの時に多少の柔軟性は見せたものの師匠に授かった紫電迅雷を完全にコントロール出来ている訳じゃない。

 

 寧ろ振り回されていると言った方がいい。

 機嫌を損ねないように自分の身体を痛めつけながら無理矢理使わせてもらってるだけだ。

 

 だから、余計な遠回りはできない。

 

 振りかざした光芒一閃がテリオスさんの掲げる月光剣と衝突する。

 魔力で足場を形成しているわけでもないのに浮遊を容易に行っているあたり、本当に優れた才を持ち磨いてきた怪物だということを実感する。

 

 ステルラですら、至る前は魔力による足場形成に頼っていたのに。

 

 顔を見合わせるような距離感で鍔迫り合い、挑発的で闘志をむき出しにするテリオスさんと一言交わす。

 

「空中じゃ踏ん張りが効かないんじゃないかな?」

「そうでもない。俺はオールマイティな男だからな」

 

 一度大きく押し込み剣を引かせてから、テリオスさんの()を足場に魔力障壁に高速で移動する。

 

 着地の衝撃で脚がめっちゃ痛くなったけどこの際構わない。

 痛みで嘆きたくなる心に蓋をして、空中で静止して待ち受けるテリオスさんに対し再度突撃をする。

 

 現状ヒットアンドアウェイ、当てて移動してを繰り返す他に手札がない。

 

 恐らくまだ読み合いの段階。

 俺の剣筋を直接対峙しても追い詰められない盤面に移動し、対策を立てられずとも癖を少なからず把握した上で本格的な戦闘に移る。

 

 合理的だ。

 俺は勝負を急がなければいけないから攻める以外に手段がなく、向こうは最悪時間稼ぎで構わない。

 嫌になる程合理的で効率的で現実的。なんで俺のような一芸しか務まらない二流にそこまでガチガチにやってしまうのか、テリオスさんの方が圧倒的に上位者なのを忘れたのか? 

 

 言い訳と愚痴を繰り返す思考とは裏腹に戦闘は移り行く。

 障壁をリングロープのように扱っていた俺だが、着地して再度突撃を行おうとした時にテリオスさんの姿が見えないことに気がついた。

 

 まずい。

 全く追えてないのがまずい。

 

 一撃喰らえばアウト、この状況で警戒するべきは──死角からの攻撃。

 

 障壁を足場に、掴んでいるわけでもないから当然滑り落ちるのだが、その前に上へと剣を振る。

 

「────流石だ!」

「速すぎだろうが……!」

 

 俺の勘通り、テリオスさんは俺の上から障壁を駆け堕ちるように落下攻撃を仕掛けてきた。

 こんな不安定な場所じゃあ受け止めきれない。受け流すにも身体が変な方向へ回転してしまうし、かなり状況は苦しいが────この程度ならば! 

 

 上段から振り下ろされた一撃を受け止めて、テリオスさんの剣を伝ってエネルギーを返す。

 無論全部完璧にとはいかないが、俺が最低限の形を整えるために身体を空中で操作するくらいなら支障ない。やや驚いた表情をしたのちに、更に口を食いしばって粒子を零れ落としながら追撃を仕掛けてくる。

 

 自由落下という形を取るのが俺。

 空中で加速しながら落ちれるのがテリオスさん。

 

 どちらが速く、強力なのかは明白だ。

 

「これは受け切れるかい!?」

 

 剣が鈍く光り輝き、俺が最初に放った軌跡と似たような剣筋を描きながら魔力刃を飛ばしてくる。

 

 属性を纏った攻撃じゃないだけマシだ。

 怨嗟を心で告げながら、光芒一閃を二刀流に分離させて対応する。

 ルーチェとの戦い以来使わなかったがこの状況なら活かせる。相手は威力を重視せず、こちらもまた、攻撃を捌くことだけできればイイからだ。

 

 一撃、二撃三撃と繰り出される魔力刃を両手で捌きながら背面へと気を配る。

 

 俺たちがいた場所はそれなりに高いが坩堝の会場を飛び出るほどではない。

 落ちる時にテリオスさんに勢いを投げ渡したとはいえ、自由落下の速度は計算できん。そこまで戦闘中に頭を回せるならば俺はこんなに苦労してないさ。

 

 だから、俺が頼るのは勘。

 

 山暮らしで師匠に投げ飛ばされ、大きく弧を描きながら地面に墜落した際の経験だけだ。

 

「────こなくそっ!!」

 

 未だ迫りくる追撃を致命傷にならない程度に受け止める覚悟をして、二刀流を一刀流に戻し地面へと向き合う。

 

 俺が考えるよりずっと地面に近く、既に手遅れとすら思える距離。

 絶対的に訪れる死の警笛が脳に鳴り響くのを無視して、左肩を犠牲にすることを選択した。

 

 着地後に転がって衝撃を逸らす。

 

 地面が近づく。

 テリオスさんから放たれた追撃によって僅かに勢いを増してしまった俺の落下速度は速く、断頭台に首を並べた囚人の気持ちが僅かにわかった。

 

 死ぬ。

 少しでも間違えたら死ぬ。

 

 心臓が高鳴る。

 動悸が激しくなる。

 荒くなりそうな呼吸を、唾を飲み込むことで抑制して思考を回す。

 

 肩から激突する。

 衝撃が響くが、まだなんとかなる。

 鈍い骨がぶつかる音が聞こえてくるが、それを聴かないように意識を逸らした。

 

 そのまま身体を丸めて回転するように動く。足を伸ばしてはダメだ。足も丸めて、球体同然にならなくては行けない。

 

 転がることでいつかは止まる。

 それまでのダメージをとにかく抜く。

 

 背中が大地と接触する。

 頭部を守るために光芒一閃を手放して、後頭部を抱く。

 

 二度、三度回転したのちに両手を地面について飛び跳ねる。

 勢いは問題なく殺せた。不恰好なことこの上ないが仕方ない、俺には恵まれた身体能力は存在しないのだから。

 

 僅かに視界が回っているが、これもそのうち治る。

 死を目前にして沸いた脳内物質の影響もあるが、身体に痛みはない。

 細部を動かすのに不快感も存在しないし、なんとかなったと言えるだろう。

 

 空からゆっくりと降りてきたテリオスさんは、少しバツの悪い表情をしたのちに、小さく口を開く。

 

「…………対峙することで、実感することがある」

 

 どうやら俺の疲労を利用するつもりはないらしい。

 呼吸を整え冷静になれるからそれはそれで有難いが、温情か? 

 

「君はどうしようもないくらいに普通だ。ああいや、違う。普通ってのはそういう意味じゃなくて、『肉体的に平凡』なんだ」

「そりゃあそうですよ。魔力はカス程しか存在しないから身体強化も使えないし、空を飛ぶ相手に対抗できる飛び道具は殆どない。俺に残されたのは肉体と与えてくれた祝福(これ)だけだ」

「そう、その通りだ。そして君は、そのハンデを背負いながらも格上と言われる相手に勝利を収めてきた」

 

 初戦のヴォルフガング。

 アイツは学年次席で超がつくほどに優秀で、本来ならば俺が逆立ちしたって勝てない相手だった。相手の経験の薄さと戦いを楽しむという点を利用して拾い上げた勝利で、俺は完全初見での戦闘だったから優位に立てた。

 

 次はルーチェ。

 互いに手の内がそれなりに割れた状態ではあったが、インファイトがメイン距離なのが幸いした。手数では押し負けるもののそこばっかりは俺の経験が上を行って、ルーチェもまた、俺相手に正面から攻撃することを選択したから勝てた。

 

 アイリスさんもソフィアさんも、これまで戦ってきた全員が『正面から戦ってくれなかったら』勝つことはなかった。

 

「勝利への執着、とでも言えばいいのか…………君からは尋常じゃない意地を感じるんだ」

意地汚くて(・・・・・)申し訳ない」

「褒めてるのさ。僕も勝ちを望んできたが、それは勝利が前提にあるが故だ」

 

 あー…………

 

「勝って当然、みたいな?」

「……恥ずかしい話だけどね」

 

 頬を掻きながら少しだけ頬を赤に染め、テリオスさんは恥じらいながら笑った。

 

 男の照れ顔とか誰が得するんだよ。

 魔祖は得してるかもしれないな。テリオスさんが胸の内に抱いてた感情を聞かされた反応が気になるぜ。

 

 俺の予想だと、魔祖は想像以上に愛を持って接してる筈だ。

 

「僕はあの(・・)魔祖の息子だ。血は繋がっていないけれど、魔導の開祖とすら謳われる生ける伝説に育てられた。真実が違っていたとしても、世間はこう見るだろう。『魔祖様の息子なんだから、魔法技能に長けている』ってね」

 

 否定はできない。

 如何に色眼鏡を通さないように見たとしても、絶対に先入観に囚われないようにするのは不可能に等しい。

 

 ヴォルフガングも、ルーチェも、テオドールさんだってそうだ。

 生まれた瞬間に立場を手に入れてしまった人々は、生涯その先入観に囚われて生きていく。

 自分自身が気にしないように努めても周囲は気にするし、周囲が気にしなくても自分は気にする。レッテルや評価というのはそういうものだ。

 

「多分、僕の思いはここから生まれた。勘違い、いや、思い込みと言った方が正しいだろうね」

「そうでならなければならないって?」

「その通り。『偉大なる母親に育てられたのだから、相応にならなければいけない』」

 

 目を細めて、何かを思い返しながら言葉を続ける。

 

「…………僕のスタート地点は、きっとここだ」

 

 …………どちらにとっても、辛い話だ。

 

 以前聞いた通り、僅かな擦れ違いからテリオスさんはここまで来た。

 

 来てしまった。

 魔祖が望まない、英雄などという者に固執しながら──テリオスさんは登り詰めたのだ。

 

「悔いはないよ。嫉妬や羨望こそあっても、そこに後悔はない。僕は僕の歩んできた道を、絶対に否定したくない」

「同意したいところですが、俺は後悔ばかりです。あの時師匠に少しでも弱音を吐いていればここまで苦しまなくて済んだんじゃないかって、夢にまで見る程だ」

「でも否定はしないだろ?」

「そりゃまあ」

 

 否定なんてしてたまるか。

 俺の苦しみや嘆きは偽物じゃない。

 本当に辛くて苦しくて涙を流して血反吐を吐きながら、前に歩き続けた憎い努力の日々は嘘じゃないからな。

 

 それをわかっているから、誰しもが後悔を抱きながらも自分を否定しない。

 

「俺は常に口にしている。感謝も文句も垂れ流し、周囲の人間に勘違いなどさせないように努力を続けているんだ。なのにどいつもこいつも余計な口を挟んで変な感情を向けてくるから、俺としてはそれに応えてやろうと奮起しているに過ぎない」

「………僕はさ。君の、そういう所も羨ましいんだ」

「プライドがないだけです。プライドなんざとっくの昔に捨ててきたからな」

 

 ステルラに蹂躙されたあの瞬間から、俺は根本から折れてしまっている。

 折れた場所をとにかく無理やり繋ぎ直しているに過ぎない。

 

「人の言葉に嘘はない。意図的に嘘を吐こうとしているため犯罪者や無関係な人はともかく、自身に親しい人の言葉には耳を傾けておくほうが得だ」

 

 師匠は言葉とは裏腹に面倒な感情を抱えている。

 初めの頃のかつての英雄を見る目がすぐに自己嫌悪に変わる瞬間とかな。

 言葉だけならいくらでも嘘をつけるが話している時の仕草や目線は嘘をつかないものだ。それが善人であればあるほどに。

 

「イ〜イじゃないですか。擦れ違いが悪い方向に進んだのならともかく、テリオスさんの選択肢は間違いばかりだったとは言えないと思いますよ」

「……そうかな」

「ええ。前にも言いましたが……」

 

 公衆の面前で言うのはあまり好ましくないが、まあいいだろう。

 騒がしくなったらその時はその時。未来の俺がどうにかしてくれるといつも通り放り投げて、以前言葉に込める事すらなかった言葉を吐き出す。

 

「俺はその領域に至れない。人を超えることが出来ない。先の戦いで一歩先に行ったステルラを、生涯追いかけ追いついたとしても────必ず、置いていくことになる」

 

 自覚してない奴がいるのなら自覚させてやる。

 魔祖十二使徒は百年以上生きている。人間の寿命はせいぜい八十歳くらいが長生きと言える領域で、しかも若かりし姿を保ったまま生きていくことなど普通は不可能なのだ。

 

 それを成しているのは、この大地に生まれた人類の中でも一握り。

 文字通り両手で数える程度、と表記するのが正しいだろう。

 

「だから、俺は貴方が羨ましい。別れそのものと訣別できた貴方達が、どうしようもないくらいに……!」

 

 死にたくない。

 死にたくないに決まってる。

 

 アンタは俺に嫉妬していて、それが愚かだって蔑んでいるだろ。

 

 俺だって同じだ。

 

 俺は永遠が欲しい。

 師匠ともステルラともルーチェともアイリスさんとも、俺を産んで育ててくれた両親とも、俺に関わる全ての人と、死って形で迎える訣別なんざゴメンだね。

 

 だが、俺に永遠は訪れない。

 英雄から借りたメッキを貼り付けた俺じゃあ、本当の黄金(永遠)には届かないんだ。

 

 なぜなら、魔力に嫌われているから。

 

「俺の勝利への意志について、言いましたね」

 

 勝ちへの執念。

 死んでも勝ってやるという、俺の中での一番の歪み。

 色々詰め込まれすぎて狂った俺の中で、絶対的な芯として君臨するくせに歪みきっているこの渇望。

 

「勝ちへの渇望が途切れることはない。

 勝ち続けることで俺の生涯が保証される。

 勝ち続けなければ俺の人生は証明されない。

 勝って、勝って勝って勝って勝ち上がって上り詰めた頂に────俺の望みがある」

 

 だから勝つ。

 俺は負けず嫌いだからな。

 そしてまた、勝てる戦いしか挑まない(・・・・・・・・・・・)

 

 俺は最初から最期まで、負けることなんざ考えてない! 

 

「やがて星光に並び立つその刹那に、駆け上がってやるのさ!」

 

 紫電が全身を駆け巡る。

 今の問答で時間は消費したが、幸い戦闘継続に問題はない。

 脳内麻薬がドパドパ排出されて軽い興奮状態にある。ああ、きっとそうだ。

 

 足に力を込めて、筋肉の連動だけで骨が軋んでいるのではないかと錯覚するほどに、力を込めて。

 

 全速力で駆け抜ける。

 紫電と同等────否。

 紫電の速度すら超えた雷速に至り、移動の衝撃で全身が痛む。風圧を受け止めている顔なんか最悪なことになっているが、その痛みを食いしばって耐え抜いた。

 

「速────」

 

 俺の耳に入る言葉。

 テリオスさんが言葉を発するより先に一手差し込んだ。

 

 恐らく身体強化をしていても、紫の残光しか見えなかっただろう。

 

 テリオスさんが見えてないのだから、当然俺も見えてない。

 俺にとっては慣れ親しんだ世界だ。敵の姿が見えないのなんて当たり前で、それをどうにかこうにか補うために培った経験がある。

 

 勘を頼りに、光芒一閃を振り抜いた。

 

 僅かに接触した抵抗感とスムーズに刃を通した感覚。

 本当にごく僅かな間であったが手に感じたそれを、信じる。

 

「────まだだ!」

 

 これじゃ足りない。

 こんなんじゃ、足りてないんだ。

 

 一太刀通した程度じゃ到底敵いやしない。

 全身に刃を通し魔力を消耗させ、極限まで削り切らねば座する者(ヴァーテクス)という上位者に勝ち目はない。

 

 足に力を込めて無理やり軌道を修正する。 

 紫電の生み出した勢いが止まるはずもなく、俺の体は急激な負荷に襲われるだろう。三半規管がぐちゃぐちゃに歪み、視界も音も何もかもが混ざり合った吐き気のする世界。

 

 喉元までこみ上げて来た液体を飲み込んで、歯が砕ける程に噛み締めて、足の損傷など気にも止めずに駆け出す。

 

「本当に、無茶をするッ!!」

 

 身を犠牲に捧げてでも追撃を放ったのに、テリオスさんは正面から受け止めた。

 

 勘弁してくれよ本当になぁ〜〜! 

 方向変えるのにすらダメージ負ってんのに簡単に適応するなよ! 俺は文字通り身を削って肉を削ぎ骨が折れてでも突き進んでるのに、そっちだけデメリットなさすぎだろ! 

 

 いい加減にしろよ、本当に────!! 

 

 左、右、右斜めから振り下ろす袈裟斬りに急所を狙う斬撃ではなく細かく傷を入れて魔力をロスらせるために剣を振る。

 その全てを対等に受け止め、テリオスさんは俺に反撃を繰り出してくる。

 

「剣も魔法も何もかも────ふざけんなよ、この超人!」

「君みたいな化け物に言われたくないな!」

「俺はこれしか無かっただけだ、なんでも出来るアンタと一緒にすんな!」

 

 ギラギラ目を輝かせながら鍔迫り合う。

 身体強化を施しているだろうが、接近戦で同じ剣使いならばまだ俺に分がある──と、言いたいところだが。

 

 生憎この超人はなんでも出来るらしい。

 僅かに勝る程度の剣技では、魔法と剣技の重ねがけには届かない。

 

 ニィ、と笑みを深めて。

 テリオスさんは銘を口にする。

 

模倣・剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)!!」

 

 ────冗談だろ? 

 解き放たれた斬撃は弧を描き、僅かなズレを伴って同時に襲いかかってくる。

 

 冷静に考えれば、わかることだ。

 テリオスさんは俺より早く、俺よりずっと順位戦に力を入れている。 

 挑戦を受け続け、強者と戦い続け、向上心を忘れずに励み続けた超人。当然のことながら、アイリスさんと戦ったのも一度や二度ではない。

 

 迫りくる死の予感を目前にしながら、まだバレてない前提で切り札を切る。

 

 祝福として右腕に刻まれた紋章が光輝き熱を齎して、俺の腕に魔法を付与する。

 これで戦闘時間が短くなった。

 だが、こうする他なかった。

 

全属性複合魔法(カタストロフ)が使えて、他人の剣技が使えない道理がないだろ!?」

「全くだ、涙が出るくらいに正しいよ!」

 

 右腕に身体強化と紫電によるブーストが付与される。

 これまで俺が解き放ってきた全ての攻撃を上回り、師匠にだって見せたことのない重ね技を土壇場で披露する。

 

「でもなぁ!」

 

 これは、かつての英雄の再現。

 紫電靡かせたかつての英雄、その光の剣技を俺は知っている。魔祖十二使徒しか知らないような奇跡を俺はいま、体現した。

 

他人の模倣で(・・・・・・)、俺が負けるわけないだろうがッッ!!」

 

 アイリスさんの剣を打ち破り、テリオスさんの剣を貫いて、座する者(ヴァーテクス)として覚醒した怪物に袈裟斬りを浴びせる。 

 

 アイリスさんの剣を模倣したことに憤っているわけじゃない。

 他人の剣に頼ったテリオスさんに憤っているわけでもない。

 

 じゃあ俺は何に憤って吠えたのか。

 

 そんなの決まってる。

 

 英雄の模倣で塗り固めた俺が(・・・・・・・・・・・・・)、模倣に人生を捧げた俺が────負けるわけないだろう! 

 

「星縋、閃光────!」

 

 いまだ倒れないその身に対し、トドメの一撃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────見えた。

 

 テリオス・マグナスは明滅する視界の中で、確実にそれ(・・)を目で捉えた。

 

 ロア・メグナカルトには読み切れない底の深さがある。

 戯けて器を広げようとしないが、確実に隠している刃がある。

 

 アイリス・アクラシアとの戦いで披露した紫電を身に纏い高速移動する魔法と、それを利用した鋭く素早い斬撃。

 そして、ソフィア・クラークとの戦いで魅せた空からの急襲。

 

 それ(・・)に気がついたのは、後者での戦いの時だった。

 

 ソフィアが何重にも広げた莫大な魔力の籠もった魔力障壁に衝突している最中。

 

 ロアの右腕が、光り輝いた。

 その時点でロアが勝ち上がると確信していた部分はある。ソフィアには申し訳ないが、勝ち上がってきてくれとすら願っていたのだから、一つのヒントも見逃さないと注視していた。

 

 右腕が輝いた直後、ソフィアの展開した障壁を打ち破り切り裂いた。

 

 確かに、そこには紫電以外の輝きがあった。

 

 それこそがロア・メグナカルトの切り札。

 身体強化か、それとも剣に威力を込めているのか。詳細はわからなかったが確かに見つけた一つの穴。

 

 自らの身体を信じる男が、自らの身体以外を信じるその瞬間に、テリオスは賭けた。

 

 振りかざされる光芒一閃に対し、魔力をバカみたいに込めた左腕で受け止めて、その衝撃で地面に沈み込む。

 光芒一閃を握りしめ、手のひらから血が滲むことすら気にせずにテリオスは吠える。

 

「──それ(・・)は、わかっていたさ!!」

 

 右腕にもった月光魔導剣を握りしめ、剣を封じたロアに剣を振りかざす。

 受け止められることを想定していなかったのか、顔は伺えないが身動きひとつ取らないロアに勝利を確信する。奥の手は見えていたと、テリオスは自らの眼を褒め称えた。

 

 肩口から大きく切り裂く一撃を放ち、ギリギリでねじ込まれた左腕に剣を掴まれる。

 既に身体強化は使えなかった。ロアが切り札を放ったのと同じように、テリオスもまた、限界に近づいていたから。

 

 しかし。

 テリオスは身体に触れる以前に受け止めたのに対し、ロアは肩に突き刺さった剣をそれ以上深くならないように抑えているだけ。

 

 どちらが有効打を放ったかは一目瞭然であった。

 

「勝つのは、()だ! ロア(英雄)を倒し、英雄に至るのは、俺だ!!」

 

 喉に絡みつく血塊を吐き捨てながら、己を鼓舞する。

 少しずつ、ほんの少しずつ押していく自分の力に、さらに勝利を確信した。

 

 捻り出した僅かな魔力──その全てを右腕に込め、決意を握り締め吠える。

 

「────月光魔導剣(ムーンライト・マグナス)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。

 

 全身が痛い。

 激痛と表現することすら烏滸がましいような、言い表すことが不可能なくらいの損傷。

 足は砕けて肩に剣は刺さるし手も出血して骨は砕けたりヒビが入ったりでまともじゃない。いつもこうだ、俺が戦うとい〜〜っつもこう。

 

 ふざけんなよ。

 アンタ超人すぎんだよ。

 なんで対応出来るんだ。かつての英雄の技、完全に再現したと言っても差し支えないんだぞ。

 

 その意味をわかってんのか。

 

 テリオス・マグナスは今この瞬間、かつての英雄の剣技を超えたんだ。

 

 光芒一閃は掴まれたままで、俺はそれに対抗できるほど力が残ってない。

 むしろ向こうは再起したまである。こんなことが許されていいのだろうか、ポンポン壁超えるのやめろよ。師匠だってそこまでイカれた性能はしてないのに。

 

 もう、祝福に刻まれた魔力も殆どない。

 光芒一閃を維持するのも不可能だ。既に紫の粒子となり始めてるから直に消えるだろうし、俺自身の力も尽きかけてる。

 

 才能が欲しかった。

 

 英雄の記憶なんてものより、願い狂うだけで人を超えられる人智を超えた才能を持って。

 他の誰にだって負けないくらいに歪んだ才能を持って生まれていれば、俺はこんな風に屈辱と虚無感に襲われることはなかっただろうに。

 

 才能が欲しい。

 

 俺はいつだって願っている。

 朝起きれば無敵になっていることを祈り、起床と同時に溜息を吐く。そんな毎日が嫌いでうんざりしていても決して変わらない現実と記憶に、無性に苛立ちを募らせた。

 

 才能。

 

 俺は、魔力に愛されたかった。

 そんな才能が、一番欲しかった。

 

 左腕に力を込めて、既に砕けた足で踏ん張って。

 気が狂いそうになる激痛を堪えながら、血塊を飲み込んで叫ぶ。

 

「俺は!!」

 

 光芒一閃から手を離す。

 霧散する紫の粒子を見送って、テリオスさんがさらに剣に重圧を乗せてきたのを感じとる。

 吹き出す血液と削られる骨、骨を切らせて何もできてない今の現状を認識した上で、絶体絶命であることを理解して、右腕に力を入れた。

 

諦めない(・・・・)!」

 

 俺は、魔力には愛されなかった。

 

 自分の魔力が、ロア・メグナカルトのことを嫌っているのは十分に知っている。

 だからそこに頼ることは最期の瞬間まで無くて、俺自身それはあり得ないと断じている。

 

 それは今も変わらない。

 

 だけどな。

 俺に対して、師匠の魔力(・・・・・)は微笑んでくれた。

 魔法が使えない俺に、少しは操れるように適応してくれてるんだよ。

 

 握り拳の中から紫電が溢れ出す。

 正真正銘師匠の魔力、俺の祝福に宿った残滓。

 本当なら操れない他人の魔力って概念を、俺は根底から覆す。

 

 才能じゃない。

 十年近く師匠の魔力に浸っていた悪影響とすら言っていいだろう。 

 自分の魔力は使えないのに師の魔力は使えるとか、なんか、気持ち悪いだろ? 

 

「────サンキュー師匠! 愛してるぜ!」

 

 テリオスさんの魔力は既に感知できない。

 それはつまり、向こうも搾り出しているだけで限界ギリギリってことだ! 

 

「────紫電雷轟(ヴァイオレット・フォークロア)!!」

 

 決して爆発的な量じゃない。

 掌に収まる程度、俺が食らえば僅かに痺れる程度の搾りカスでしかない。

 

 だがそれは、俺にとってというだけ。

 

 消耗しきった人間一人をダウンさせるのならば、十分すぎる。

 

 雷属性ってのは難易度が高く威力の高い、ハイリスクハイリターンな魔法だからな! 

 

 俺の胴体を剣が別つより先に、俺の拳がテリオスさんの頬に激突する。

 

 頭に直接流れる紫電は効くだろう。

 緩んだ隙を見逃さず、連続して顔に拳を乱打する。

 興奮状態にあるから痛みは無視できる。相手も同じだと判断し、とにかく動かなくなるまで追撃を続ける。

 

 左肩は骨を貫きあわや心臓まで届かんとする程深く突き刺さっている。

 

 ここで意識が戻れば、俺に勝ちの目はなかった。

 

 もう顔を壊せる程力は残ってない。

 せいぜいが骨を砕けるかどうか、打撲として与えられれば良いくらいの威力でしか殴打はできない。

 それでも起き上がることが無いのは、決着がついたからだろうか。

 

 気がつけば馬乗りのような形になって続けていた追撃の手を止めて、乱れ切った呼吸と痛みで歪む視界を何とかして整える。

 

 左肩に刺さっていた剣は粒子となって消滅し血が溢れ出す。

 命が急速に漏れていく感覚に青ざめながら、テリオスさんの様子を伺った。

 

 両手を投げ出し大の字で寝転び、顔は出血で見えないくらいに変形している。

 胸が上下しているから生きているのは確かだ。まあ、この程度で死ぬようならとっくに死んでいる。主に俺が。

 

「は、は、はは……っ、いて、いてで……」

 

 膝が震えて立ち上がれない。

 喉が焼け付くように痛い。まるで老人のような嗄れた声に、我ながら笑ってしまいそうだった。

 

 紫電の影響か、痺れた影響で麻痺しているのか感覚がない右腕を、少しずつ動かす。

 

 今俺はどんな顔をしているのだろうか。

 笑っているのか、泣いているのか、困っているのか、怒っているのか。俺らしくないことに、痛みに苦痛を覚えていることはなかった。

 

「勝っ、だ…………!」

 

 震える右腕を掲げる。

 顔は空を見ることすらできない。

 首が痛くて、左肩が痛すぎて、もう全身激痛で。声を上げることすら辛いけど、どうしてもこれだけは外せない。

 

「勝ち、だ…………!」

 

 痛みを全部飲み込んで、天を仰ぎ見る。

 どこまでも広がる快晴と夏の日差し、蒼すぎる空が視界一面に広がった。

 

「俺の────勝ちだ!!」

 

 万感の想いを込めて、叫ぶ。

 

 勝った。

 勝ちだ。

 俺は、テリオス・マグナスに勝った! 

 

「勝ちだぁ────ッ!!」

 

 



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第六話

 ────叫びが轟く。

 

 勝利の宣誓。

 ただ一人の為にどこまでも愚直に努力を繰り返し、自身の信条を曲げプライドを投げ捨ててでも食らいついた男の咆哮。

 

 魔力障壁を揺るがす程の歓声と共に、決着の合図が鳴り響く。

 勝者はロア・メグナカルト。英雄の記憶を持ちながら英雄の才を持たずに生まれてきてしまった青年が、時代の覇者として君臨していた圧倒的強者に勝利した。

 

 嫉妬や羨望する者はいても、この瞬間だけは────誰もが賞賛を惜しまない。

 

 その中でも、特にロアやテリオスと親しき仲を持つ人物達が抱く感情は筆舌にしがたい。

 

 母親であり魔祖十二使徒でもあるロカと共に観戦していたヴォルフガングは、目を輝かせて喜んだ。

 

『とか言っておいて負ける気はないんだろう?』

『当たり前だろ。そもそも俺は勝てる勝負しかやらないからな』

『ハッハッハ! そういう所が実にメグナカルトらしい』

 

 かつて、ロアはそう語った。

 超越者に敗北した自分を食事に誘いに来た時、不貞腐れた様に言葉を吐きだすので聞いたのだ。

 

 あの人(テリオス)は強い。

 俺が手も足も出なかった強者を相手に、魔法が殆ど使用できないというハンデを背負いながら最後の最後まで諦めずに勝利を掴んだ。英雄と呼ばれる事を否定しながら英雄として相応しい在り方を見せつけて、男の意地すら貫き通す。口から発する言葉とは裏腹に情熱的で苛烈な男の勝利を祝いつつ、必ず再戦してもらおうと誓った。

 

 アルベルトは彼の本当の感情に気が付き、心の底から笑った。

 

他人の模倣で(・・・・・・)、俺が負けるわけないだろうがッッ!!』

 

 英雄と呼ばれる事を否定していた癖に、本当は誰よりも英雄と呼ばれたがっている。

 模倣で負けるわけが無い(・・・・・・・・・・・)────その言葉の真意を、彼は正確に理解した。英雄について詳しいのは前から理解していたが、ロアが英雄という存在にどんな感情を抱いているのかを想像し、あまりにも遠回りな告白に笑いながら、茶化すように手を叩き勝利への祝福を送った。

 

 エミーリアはその姿に、かつての英雄を見てしまった。

 

『星縋、閃光────!』

 

 紫電を纏い刹那の剣技を放つ、閃光の瞬き。

 彼が純粋な願いを込めて描いた軌跡を同一視しないようにと考えていた筈なのに、彼女の目にはかつての想い人が剣を振る姿が。その事実が自分達大人のエゴを下の世代に押し付けているようで。甘さや後悔、ありとあらゆる感情が混ざり合って複雑な気持ちを抱きつつも、大人として惜しみない賞賛を送った。

 

 アイリス・アクラシアは、目まぐるしく露わになる努力の証に身震いした。

 

『良いじゃないですか。俺には絢爛(・・)に見えますよ』

 

 あの時の称賛は間違いなく本音だった。

 私の剣を受け止めて、この世界でただ一人剣を極めている君。

 

 真っ直ぐな一刀流、防御型の自由な二刀流、そして貫き押し通すための剛剣。ありとあらゆる剣技を納めているのではないかと錯覚するほどに多彩で経験を積んだその引き出しの多さ、そしてそれを適切なタイミングで惜しみなく曝け出す胆力。一体どれだけ戦い続ければこんな風になれる(壊れる)のか。

 

「………………あはっ」

 

 その修練の凄惨さと異常さを正確に認識し、剣戟(逢引き)をして貰おうと笑みを深めた。

 

 ルーナ・ルッサは、彼の嘆きを受け止めた。

 

『歳を重ねれば割り切れるようになりますよ。きっとね』

 

 一人寿命で逝くことを寂しいと言っていた彼は、決して乗り越えている訳では無かった。人間を越えられない、寿命を延ばせない、私達座する者(ヴァーテクス)を置いて逝く事実を受け止めて諦めただけだった。怖いに決まっている。恐ろしいに決まっている。嫌に、決まっている。なのにそれを悟らせないように本音を隠していた。置いていかれる私達に、悲しみを遺さないように、少しでも気遣って。

 

「…………本当に……」

 

 ロアくんは、優しいですね。

 唇を噛み締めて、自身の積み重なった後悔を胸中に抱いたまま、ルーナは拍手を送った。

 

 ルーチェ・エンハンブレは、自身と似た境遇でありながら背負った全てを成し遂げるロアに嫉妬した。

 

『お前はいいヤツだからな』

 

 どこか掴みづらい印象を漂わせつつ、その実とんでもない正直者。

 弱音を吐く事を悪いと考えておらず、周囲の人間に感情をストレートに伝える愚かな男。誰にでも好きだと言い放ち、自分が好きだと言われても動揺すらしない性格の悪い男。そして、本当は心に決めた女がいるのに手あたり次第気に入った人間を懐に取り込もうとする人たらし。トラウマになった要因とすら言える女が育つ理由になった因縁のある男。

 

「……………………ふん」

 

 告白じみた決意表明を聞かされる身にもなれ。

 好きな男が堂々と本命宣言をする残酷さを、少しは想像しなさい。不貞腐れつつも、あいつならば絶対に捨てないだろうという確信を抱いているからこそ、口を軽く歪めて微笑みながら言う。

 

「…………次は、負けないわよ」

 

 今は私を見てなくてもいい。

 幼馴染に夢中でも構わない。絶対に、何度だって振り向かせてやる────決意を胸に、一先ずは激闘を制したことに対し祝福を投げた。

 

 ステルラ・エールライトは、大好きな男の子が答えてくれたことに歓喜していた。

 

『やがて星光に並び立つその刹那に、駆け上がってやるのさ!』

 

 私は何処までも駆け抜ける星光だと謳った。

 彼は星光を追い続け並び立つまで駆け上がると謳った。以前とは違い、ステルラ・エールライトが座する者(ヴァーテクス)に至って隔絶した差が生まれてしまったのにも関わらず、それでも勝てると吠えたのだ。その意味を、重たさを、大事さを、寸分違わぬ正確な意味で受け取ったステルラは頬を赤らめ僅かに恥ずかしがりながらも、満面の笑みと共に勝利を賞賛した。

 

「────やったぁ! 師匠、ロアが、ロアが勝ちましたよ!!」

 

 きっと誰よりもロアのことを理解しているだろう師に声を投げかけるも、反応がない。

 いつものように平静を装い皮肉げな言葉を言ってくるだろうと予想していたステルラは戸惑い、隣の席に座る師に視線を移す。

 

「…………師匠?」

 

 呆然と口を開いて、頬を僅かに赤く染めながら、瞳が揺れている。

 照れ隠し同然の言動をとっている所は見たことがあった。生意気なことを言ってきたロアに対して紫電を放ち暴力で黙らせてきたことも多々あった。

 

 だが。

 こうして表情に現れる程動揺したことは、無かった。

 

 ステルラの視線が自身に向いていることにすら気が付かないほど、エイリアスは自身の感情が制御できなくなっていたのだから。

 

「……ぁ………の、馬鹿弟子……」

 

 眉を顰めて口を緩ませ、困り顔で嬉しそうに笑う。

 足を組んで膝に肘をつき、前屈みになりながら片手で口元を隠した。

 

 彼女は誰よりもロア・メグナカルトを知っている。

 彼が大嫌いな努力を続ける理由がたった一人の幼馴染を孤独にさせないためだと。彼が英雄と呼ばれる事を嫌がるのは『自分では見合っていない』と思っていることも。彼が師である自分に将来的な死を伝えてくるのも、本当は誰よりも誰よりも苦痛を嫌う彼が誰かに共有することで不安を少しでも和らげようとしていることも。

 

「……………………全く」

 

 そして────よくも自分を愛してる、なんて言ってくれたこと。

 坩堝にいる全ての人間の耳に入るのに、なんて恥ずかしいことを言ってくれたんだと。

 

 無論家族愛だとは理解している。

 自分は子供の頃から世話をしているのに、そんな対象に恋愛感情を抱いていい筈もない。いくら自分の精神が未熟で気持ちの悪い女だとしても、ロアが愛を伝えてくれたとしても、そこだけは履き違えてはいけない一線だと思っている。

 

 エイリアスは、誰かの一番になったことはない。

 かつての英雄も自分ではない誰かを見ていたのはわかった。まるで子供を相手にするような仕草だったし、事実、女性としては全く見られていなかっただろう。

 

 ロアにとっての一番はステルラだ。

 それをよくわかっているからこそ、エイリアスは距離を取ろうとしていた。

 自分なんかが入り込む必要はないし、彼ら彼女らの邪魔をしてはいけないと心の底から思っていたから。もう、自分が必要とされる時代ではないのだと。

 

 ……でも。

 それでも。

 

 大戦で全てを失って天涯孤独となった自分を、受け継いでくれた。

 自分の憧れ(英雄)でもなくて、自分の道標(星光)でもなくて、授けた紫電(唯一の繋がり)を最後の切り札として扱ってくれた。

 

 彼女にとって、それが何よりも嬉しかった。

 まだ居ていいのだと。まだ居なくては困るのだと、ロアに甘えられているようで。ロアに必要とされているようで、誰かに求められているようで。

 

「────…………ありがとう、ロア」

 

 帽子を掴み深く被って、周りから見られないようにする。

 嗚咽も出ないように極限まで気を配って、どうしようもない程にごちゃ混ぜになった感情を受け入れる。

 

 かつての英雄が使ってくれた、同じ紫電。

 ただの雷魔法ではなくて、私が発展させた魔法を象徴として使ってくれた。

 

「……私は……十分に、幸せだよ…………」

 

 そう呟くエイリアスを、ステルラは苦笑と共に目を逸らした。

 

「全くもう、ロアはたらし(・・・)なんだから……」

「同感ね。あんなに趣味の悪い男はそういないわよ」

「同感です。あんなに残酷で心優しい人はいないですよ」

「たらしなのは否定できないかなぁ……あ〜あ、早く私と斬り合ってくれないかな〜」

 

 一人だけ目的が違うが、概ねロアへの評価は似たようなものだった。

 思うことは同じだと視線を合わせため息を吐き、魔祖の魔法によって治療と運搬を同時に行われている二人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室に運んだ二人を治療した後に、魔祖はゆっくりと椅子に腰掛けた。

 

 この部屋にはまだ誰も入れておらず、意識を失っている二人と魔祖一人だけ。

 どれだけ感情を撒き散らしても、どれだけ熟考を重ねてもなんの問題もない閉鎖空間だった。

 

「…………“英雄“、か……」

 

 これも自分の愚かさが招いた事だと自嘲しながら、因縁深い名を呟いた。

 

「アルス。お前は、こうなりたくなかったのだろう」

 

 永遠になどなりたくない。

 なぜ座する者(ヴァーテクス)にならないのかと聞いた時、彼は笑って応えた。

 本当の自分は矮小で小賢しい存在で、社会を支えるために日々労働に費やす歯車と何一つ変わらないのだと。超常の存在ではなく、何処にでもいる一般人。そんな歯車のような生き方にこそ、憧れていると応えた。

 

 永遠になど、なりたくない。

 人は定命の存在である。命ある限り死が訪れるのだから、僕は受け入れるよと。それは嫌だとみっともなく喚く自分に対して困ったように苦笑して、頭を撫でた。

 

「儂は…………何を、間違えたのだろうな」

 

 ため息を吐いて、後悔を滲ませながら呟く。

 

 魔祖────マギア・マグナスは、間違いだらけの人生を刻んできた。

 生を受けた時は既に忘却した。両親と呼べる存在は未だ未発達の文化形態だった世界で集団の長を名乗っており、今の水準から考えれば底辺レベルの教育を受けた。

 

 ただ決定的なまでに他者と違ったのは、魔法の才覚。

 異常なまでに優れていた彼女の感覚は瞬く間に技術を開拓し、魔法という存在に魅入られた。魔力に愛され魔力を愛し、魔法に祝福された(呪われた)存在だったのだ。

 

 得体の知れない力を持っているとわかってもなお、両親は彼女の扱いを変えなかった。一人娘として長にするのではなく、意思を尊重した。魔法という力を極めたいというマギアの純粋な願いを。

 

 気がつけば己は歳をいくら重ねても成長しなくなり、両親が他界する頃ですら子供のような容姿だった。

 その歪さは周囲に気味悪がられたがマギアにとってはどうでも良かった。自分が探り見つけた魔法が他の人間に使われていることを見てもなお、どうでも良かった。

 

 極限までに他人に対する興味がなかった。

 彼女の中にあったのはただ一つ────魔法という存在の研究だけだったから。

 

 複数の家族が集まって構成されていた集団は、マギアが戯れに見せた魔法という『武器』を手に行動範囲を広げ、自然や他の人類を制圧し屈服させることで領地を拡大。

 

 やがて『国』と呼ばれる程に大きくなり────支配が、始まった。

 

 マギアはそれでも興味を持たなかった。

 魔法は自分が探求したいからしている。その副産物を利用したいのなら好きにしろ、ただし邪魔はするな。どんなことに使われようとも、どうでもよかった。

 

 だが、周りの人間はそうは思わなかった。

 

 権力を持った人物達が魔法の真価を理解すればするほど、彼女の脅威を明確に理解する。

 この世界中の誰もが逆らったところで、彼女に抵抗できる者は居ない。自分達が築き上げたこの『国』すらも、マギア一人に勝てないのだと。

 

 だからといって排除できるはずもなく。

 彼ら彼女らに出来ることはマギア・マグナスという魔導開祖の機嫌を損ねないことだけであり、また、価値観が凡庸な者達の気配りがマギアにとって目障りだと思われるようになるのも時間の問題だった。

 

「儂は……お前を失っても、何も変われなかった」

 

 人間社会から離れて一人自然に包まれた場所で暮らす。

 食事も睡眠も必要なくて、必要なのは魔道研究の道具のみ。それも独学で用意できるのだから、彼女の世界は彼女一人で完結してしまった。

 

 侵入してきた者は何もしなければ放置する。

 何か余計なことをしてきた者は、なんの慈悲もなく殺す。

 そうやって魔祖は価値観を形成し、幾星霜の時を過ごす事となったのだ。

 

「…………お前が命を賭けてまで求めた女は、こんなにも愚かだった」

 

 かつての英雄は、そんな彼女を求めた。

 世界を平和にするために。誰も涙を流さない世界を作りたいから。魔法という超常の力を身体に刻み込んでなお俗物であろうとする怪物に、マギアは多少なりとも興味を抱いた。

 

 短い期間ではあったが共に戦争に参加し、時に仲間を増やし、時に言葉で訴えて。

 マギアの知らない人間の善性を見せつけられて、彼女は少しずつ変わっていったのだ。価値観を変え、人間社会という存在に興味はなくとも、己が興味を持った男が大切だと思うのなら────自分も大切に思えるように努力しよう、と。

 

 尊大で傲慢だった少女は、遅すぎる人格形成を迎えた。

 

「……………………儂は」

 

 後悔ばかりの人生。

 マギアは生まれるのが早すぎて、そしてまた、出会うのも遅すぎた。

 もっと早く出会えていればきっと違った形を迎えられたかも知れない。英雄に出会うより先に価値観を変えるような何かに出会えていれば、こんなにも引き摺ることにならなかったのかも知れない。

 

「どうすれば、良かったのだ」

 

 誰も導いてくれなかった。

 魔祖として名を挙げてしまった彼女を導く存在は、どこにもいなかった。誰よりも歳を重ねているだけの少女は、先の見えない暗闇を一人で歩き続けることしかできなかった。

 

「……母さん」

「……目を覚ましたか、馬鹿者め」

 

 いつの間にか時間が経っていたのか、テリオスが起き上がる。

 

「お前の負けだ。小僧が勝って、お前が負けた」

「そうみたいだね。折角順位戦全勝だったのに、勿体ないなぁ」

 

 少しだけ残念そうに笑うテリオスに、マギアは苛立ちを覚えた。

 

「やめろ」

「え?」

 

 困った顔をするテリオスに、苛立ちを覚えた。

 

彼奴(・・)の真似をするのを、やめろ」

 

 これまで言うことが出来なかった一言。

 マギアが心の奥底に溜め込んでいた言葉を受けて、テリオスは真面目な顔つきへと変わる。

 

「嫌だ」

「……やめろ、と言った」

「嫌だね。やめるつもりはないよ」

 

 舌打ちをしながらマギアは立ち上がる。

 背丈で言えば子供と言えるのだが、その身から放つ圧力は尋常ではない。

 その圧を正面から受け止めて、僅かに冷や汗をかきつつもテリオスは目を逸らさなかった。

 

「僕はこれでも色々背負ってる。使命や酔狂で名乗ってるわけじゃなくて、僕がやるべきだと思ってるからやってるんだ。誰が止めてきてもやめないよ」

「儂が英雄と認めた小僧に敗れたのにか?」

 

 言葉を口にしながら、どの口がと自嘲した。

 自分が愚かで甘いからこそ息子はその道に足を踏み入れたのに、何を苛立ってるのだと。何もかもが自分達が原因の癖に周囲に当たり散らすように言う自分を唾棄しながら、不愉快さを隠そうともせずに続けた。

 

 しかし。

 それでもテリオスは折れない。

 英雄と認められなくてもその意思の硬さは筋金入りだ。英雄と呼ばれる少年が認めるくらいには、頑固。

 

「ああ。絶対やめない」

 

 一度負けたからなんだ。

 英雄と呼ばれる少年との直接対決で負けたからなんだ。その敗北は現時点での差を表しただけであり、人生を賭けて英雄を目指すことを諦めさせる道具ではない。

 

 まるで何処かで見た強い瞳を見たマギアは一瞬怯み、目を逸らす。

 

「…………ならば、もうよい。好きにするがいい」

 

 そして諦める。

 以前もそうだった。

 迂遠な言い回しで伝えようとして、うまく伝わらずに失敗する。

 

 本当に自分は愚かだ。 

 

 魔祖の胸中を支配するのはその感情だった。

 拾ったのは気まぐれだったのに、気が付けば愛おしい存在になっていた大切な息子。戦争を終わらせ平和を無気力に築き上げたマギアに、その意味を教えてくれた大切な息子。

 

 英雄なんて追うな。

 追わないでくれ。

 お前はお前だ、それ以上何が要る。

 

 その言葉が喉元まで出かかって、それを吐き出せない自身の弱さが醜く写った。

 

「────待ってくれないか」

 

 話を終わらせ立ち去ろうとするマギアをテリオスが引き止める。

 

「前もそうだった。母さんは一方的にやめろと言うだけで、その理由を決して教えてくれなかった」

「……言う必要もないからだが」

「そんな事はないさ。言葉は案外、口にしないと伝わらないんだ」

 

 英雄を模倣した笑顔──ではなくて。

 テリオス・マグナスとして、話を続けた。

 

()は、母さんに泣いて欲しくない」

 

 知っている。

 自分のために英雄に成ろうとしているのだと、マギアは理解している。

 だからこそ止めたかった。自分なんかのために人生を使わず、テリオスはテリオスの人生を歩んで欲しかったから。

 

「『英雄』。彼こそが、母さんを泣かせる人であり、母さんを喜ばせられる唯一の人だ」

 

 そう見られている事自体恥ずべきことで、隠すべき事。

 大人として、子を育てる親として、あまりにも愚かなことをした。

 

「だから俺は、どうしても諦められなかった」

 

 違う。

 諦めろ。

 お前はお前のままでいい。順調に大きくなって、幸せな家庭を築いてくれれば良かった。魔法なんてモノに手を出す必要もなくて、こんなに苦しい永遠を味合わなくてもいいのだと。

 

「どれだけ否定されても、どれだけ無駄な行為だと言われても────それで母さんが喜ぶなら……」

「喜ぶわけがあるか!!」

 

 エミーリアに揶揄される程度には言葉足らずだったと自覚のあるマギアは、声を荒げて遮った。

 

 これを言ってしまったらどうなるのだろうか。

 下手なこと言って将来に影響を与えたくない、子供には人生を好きに謳歌してほしい。だから出来る限り不干渉を貫いて過ごしてきたが、ついにそれではやり過ごせない段階まで来てしまった。

 

 口にする恐怖を抑え込んで、感じたこともない動悸が喧しいと思考の中で文句を言いながら、叫んだ。 

 

「…………子供に、気遣われて。人生を賭ける理由が、儂が泣くからと言われて。嬉しい訳が、ないだろう!」

 

 そんな事考える必要はないのに。

 親の事なんか考えなくていい。自分の人生なんだから、自分が生きたいように生きるべきだ。人生を賭けて他人に成り代わろうなんて──それこそまるで、かつての英雄(・・・・・・)のようで。

 

 無惨に最期を迎えた、彼の後を追いかけているように見えた。

 

「お前は英雄にはなれん」

 

 これまでの努力の否定。

 なんでも覚えるからと調子に乗って教え続けた自分が招いた最悪の言葉。

 

 それでも、言わなければいけないと悟って──言葉を続けた。

 

「お前は、アルスにはなれん。

 お前は、お前だ。テリオス・マグナスという一人の人間だ!」

 

 言ってしまった。

 血が繋がっていないとはいえ、大事に育てた息子の人生を、否定してしまった。

 それがどれだけ重たいのか、わからないマギアではない。百年の間に人生経験をそれなりに積んだ彼女は人の痛みを知った。

 

 言葉に掛かる責任というものをわかっている。

 

「無駄な気を遣うな! お前はお前らしく生きていればいい! 他の目など気にするな、儂のことなど気にするな! 親は親、子は子だ!」

 

 嫌われないように気を付ける事なんて、初めてだった。

 大戦時代に出会った者達は自身の人格を知っているが故に器の広い人間か、始めから己の性格に期待などしていない実力主義者のみであったから。誰かに気を遣う事も無く、誰かに嫌われたくない等と思う事なんて、初めてだった。

 

「お前は────……好きな様に生きてくれれば、儂はそれで……」

 

 言葉は、続かなかった。

 流石にこれだけ騒いだ影響で目を覚ましたロアは、なんとなく自分が出てきていい場面ではないような気がして、都合がいいと二度寝した。

 

「…………それが、母さんの本音?」

 

 テリオスは静かに呟いた。

 落ち着いた冷静な声で、焦りや動揺は見られない。

 そう言われることは予想していたと言わんばかりの自信すら感じられるような声色だった。

 

「……やっと、言ってくれたね」

 

 今更無責任だ、と罵られると思っていたマギアは思わず顔を上げた。

 

「正直、そんな所じゃないかとは思ってたんだ。『もう、魔法を覚えるのをやめろ』────いくら何でも遠回しすぎるんじゃないかってさ」

「ぐ…………」

「しかも俺の事なんて見向きもしないでロア(・・)の事を英雄なんて名付けるし。酷い当てつけだって、正直泣きたかったよ」

「ぐぎっ…………」

 

 文句を言う口とは裏腹にテリオスは苦笑を浮かべているのだが、マギアは顔を逸らしているのでそれを見ることができない。

 自分でも思ってるような事をぐさぐさ言われ続けているので自責の念が押し寄せて来た。

 

「…………長かったなぁ」

 

 ふぅ、と一息吐いて。

 憑き物が落ちたように、晴れた笑顔を浮かべながら言った。

 

「もっと早く、聞きたかったな……」

 

 自分が考えているより、ずっと自分の事を想ってくれていて。

 自分が英雄の代わりになる必要なんて最初から無かったのだと、歩んで来た道が間違っていたという事を再認識して、テリオスは目を瞑る。

 

 わかっていた。

 ロア・メグナカルトが現れた時点でわかっていたんだ。

 

 ()が英雄になろうとどれだけ尽力しても振り向いてくれなかったのは、俺に諦めさせたかったからで。

 

 母さんが見てくれなかったんじゃない。

 僕が、俺が、思い込みで突っ走っていただけなんだ。わかっていた筈なのに、自分の努力が無駄だったと認めたくないから──正面から見ている振りをしていた。

 

「……………………うん」

 

 間違いは、認めた。

 ならばやることはひとつだけ。

 自分が悪かったのだと、謝ることだ。

 

「これまで迷惑をかけて、ごめんなさい」

「…………は?」

 

 敬愛する母親へと、頭を下げる。

 

「遠回りではあったけど、ずっと俺に言葉は伝えてくれていた。それを読み取れなかったのは偏に、俺の力不足が原因だ」

 

 もっと信じることが出来ていれば。

 もっと言葉をまっすぐ伝えられていれば。

 もしもの可能性を考えればキリがないくらいに、後悔は積み重なった。

 

「母さんにとっての俺の価値が、わからなかった。よく面倒を見てくれていたのはわかってるし、不自由ない生活をさせてくれた。俺がここまで強くなれたのも環境が良かったのもある」

 

 でも、それが愛情なのかはわからなかった。

 なぜなら立場があったから。魔祖というネームバリューの高さは子供ながらに漠然と理解していたし、とんでもなく偉い人に拾われたと恐れ慄いた時すらあった。

 

 そしてもう一つ。

 

「母さんは、かつての英雄の話ばかりするんだ」

「……………………すまん」

「責めてるわけじゃないんだ、謝らないでくれよ。……ただ、さ」

 

 俺を見る目と違いすぎて、そこに違和感があった。

 

「好きなのか嫌いなのか、興味があるのかないのか。ただ一つだけ断言できたのは、母さんが英雄が亡くなった事実を悼んでいるということだけ」

 

 だから俺は目指した。

 感情の読みにくい母親が唯一わかりやすくなるのが『かつての英雄』に関する話題の時のみ。

 

 ならばなるしかない。

 そうなればきっと、俺のことを見てくれるって(・・・・・・・・・・・・)

 

「幸い魔法の才能はあったからね。気がついたらこんな所にいたよ」

「…………儂は」

 

 戯けるように自嘲するテリオスに対して、マギアが言葉を発する。

 

「儂は、お前に嫌われたくなかった」

「……………………え?」

 

 息子は全てを吐き出してくれた。

 本当ならば先に親が言い出すべきであろう話し合いの場を、子供に作ってもらった。

 

 それだけお膳立てされて言い出せなければ────きっと生涯、悔やむことになる。

 

 その情けなさを噛み締めて、マギアは続ける。

 

「人に嫌われたくないなどと考えたのは初めてだ。言動に気を配ったのも初めてだ。他人の健康を気にして世話をするなど、初めてのことだらけで…………」

 

 不甲斐ない。

 こんなにも頼りがいのない親はいないだろう、とマギアは思った。 

 魔導の祖なんて呼ばれて畏敬を抱かれた所で、傍若無人な振る舞いを貫いていたところで、その実息子一人を満足に育てることすらできない。

 

 育児の難しさに驚愕し、魔法とは違って正解が必ずしも正しいとは限らない理不尽を学び、生まれて初めて嫌われたくないと思うほどに愛情を抱いた。

 

「……………………テリオス(・・・・)が楽しく生きてくれるだけで、それで良かった」

 

 既に友人と呼べるエミーリアやエイリアスは別枠だ。

 嫌われるとか嫌われないとかそういう関係性は通り越して、もはや腐れ縁とすら表現出来るほどの仲の良さである。互いに変に遠慮せずにズカズカ失礼な物言いをしても罅が入らないような強固な関係。

 

 だが、テリオスは違った。

 マギアは親でテリオスは息子。そこには敬意や愛情が含まれており、ただ対等の友人と接するのとは訳が違った。

 

「…………なんだよ、それ……」

 

 最初から此方が伝えていれば良かった話。

 怒られても仕方ない。殴られても仕方ない。……嫌われても、仕方ない。

 

 マギアは次に続く言葉に怯えながら、テリオスの反応を伺った。

 

「……………………本当にさぁ」

 

 ふぅ、とため息を吐いて。

 

「もっと早く聞きたかったよ、それ」

「……すまない」

「俺が母さんを嫌いになる訳ないだろ」

「すまな…………はっ?」

 

 ふんっ、と鼻息荒く一度吐き出してから腕を組んで仁王立ちする。

 

「見くびるなよ。人生賭けてでも成り代わって見てほしいと思うめんどくさい息子が、母親がそっぽ向いた程度で嫌いになる訳ないだろ!」

「い、威張る事ではないだろうが!」

「い〜〜や、威張るね。勘違いされないように盛大に威張る。俺は母さんのためにとは言っていたが、結論真正面から見て欲しかっただけ。でも母さんは母さんなりに俺のことを見ていたけど、俺は気がつかなかった。互いに気が付かなかったから俺たちは擦れ違ったんだ」

 

 そんな風になるくらいならば、恥はいくらでも貼り付けてもいい。

 後悔するくらいならば口に出す。

 

 それもこれも全部、対戦相手に教えられたことで。

 

 つくづく敵わなかったと、テリオスは苦笑した。

 

「……まだ、間に合うだろ?」

「…………フン。時間だけはあるな」

「それは良かった。俺も、時間は沢山あるからね」

 

 間違った努力を続けた。

 けれども、積み重ねた努力は決して嘘をつかなかった。

 

 いつかの試合で()が吐き捨てたように。

 

「……………………努力は決して嘘を吐かない、か……」

 

 ならば、君にとっての努力は。

 君の努力が真の目的を達成する瞬間は、一体どうなるのか。

 

 敗北したばかりであるというのにテリオスは晴れやかな気持ちだった。

 

 先に退出していくマギアの後を追うように歩みを進めて、彼女が先に部屋を出てから振り返った。

 

「ロア・メグナカルト」

 

 話し合いの最中もわずかに気配は感じていたし、途中から起きているのにも気がついていた。

 聞かせてしまった事は申し訳ないけれど、それはそれとして言わなければならないことがあるとテリオスは思った。

 

「おめでとう。今は(・・)、君が『英雄』だ」

「…………諦める気は?」

「無いさ」

 

 起き上がって目線を交わす。

 相変わらず気怠げに見えるが、奥底に隠された闘志は並外れている。

 

「『かつての英雄』にはなれない。その役割は俺じゃない。ならば────俺は()として、『英雄』になればいい」

「……勘弁してくれ」

「そう言うなよ。結構楽しみにしてるんだぜ?」

 

 ひらひら手を振りながら、テリオスは身を翻した。

 

 今は英雄じゃなくていい。

 彼が英雄と呼ばれることに異論は一切ない。

 彼こそが本当の意味で英雄と呼ばれることに、納得している。

 

 ──だが、それはそれとして。

 

 負けたままでいられるかと言われればノーだ。

 ロア・メグナカルトが意地を貫き通したのと同じように、テリオス・マグナスにも意地がある。

 

 英雄になりたいとか誰かのためとかそんな言い訳を積み重ねたものじゃなく、もっと純粋で純然たる渇望。

 

「────男として。負けっぱなしじゃいられないのさ」

 

 捨て台詞のように吐き捨ててそのまま部屋を出る。

 

 まだやる仕事があると言って消えていった母を見送ってから、控え室に置いていた荷物を手にして坩堝から出る。

 

 夕暮れを背景に校門で待ち構えていた友人達に声をかけた。

 

「いや、随分と待たせたね」

「気にするな。それぞれ敗北した者同士傷の舐め合いをしていたところだ」

「一緒にするな戯けが」

 

 巻き込むように恍けて遊ぶテオドールと、それに巻き込まれて不機嫌そうな表情で罵倒をするソフィア。

 

 いつもと何一つ変わらない光景。

 きっとかつての英雄が守りたかったのは、こういうものなのだろうと。普遍的で、平和的で、不変的なものであって欲しいと願った日常────きっとそうなのだろうと、テリオスは思った。

 

「…………おい、何を見ている」

「え? あー、いやいや。仲が良いなと思ってさ」

 

 今更すぎる。

 

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 もっと早く身近なものに目を向けて、気が付けていれば────何か変わったかもしれないのに。

 

 そんな悔いを飲み込んでから、空を見た。

 時間はある。間違った道を進み続けて、時間は沢山作ることができた。

 

 だから大丈夫。

 俺の人生は、まだまだここからだ。

 

 

 

 

 



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幕間

 テリオスさんと魔祖が部屋から出ていってから十分程度経っただろうか。

 さっさと帰れば良いのに、俺らしくもなく寝転んで思考に時間を費やしていた。

 

 議題はずばり、テリオスさんの発言。

『かつての英雄は君で良い』────これだ。まあ確かに技はそっくりそのままだろうし、戦い方なんかも参考にしてる。本人を知る人達に言われるなら納得はしないが飲み込めるんだが、テリオスさんに言われると少し懐疑的に思ってしまった。

 

 テリオスさんの目を疑っているのではなく、どう見えているのかが気になる。

 

 なぜなら、英雄と評価されるような言動はしていないからだ。

 

 かつての英雄は品行方正清廉潔白質実剛健、清らかで根強い芯を持った人当たりのいい青年だった。

 そうあるべきだと心掛けていたのは確かだし、どちらかといえばテリオスさんと同じタイプ。本当は一人称も『俺』だし、もっとダウナー気質なところがあったのは否めない。だから本当は俺なんかより、テリオスさんの方が『かつての英雄』と一致している部分は多いと思っている。

 

 俺はヒモ志望で女性を周囲に侍らせ少しでも甘えようとするキモすぎ人間であり、世間一般から見れば不埒で信用の置けない怪しいやつという印象が先に来るだろう。

 しかもそれが真実だから否定できず、近づいてきた人は退いていく…………

 

 ……………………。

 

 おかしくないか? 

 なんか近づいてきた奴らほぼ全員懐に入ってるんだが。

 

「邪魔するわよ」

「邪魔するなら帰ってくれ」

 

 俺が自問自答をしてアイデンティティを確かめる大切な時間を踏み躙り、ノックすらせずに侵入してきたルーチェに軽口を返す。

 

「いやよ、帰る理由がないもの。────身体は大丈夫?」

「問題ない。丁寧に治してくれた」

 

 傷一つ残らず、寧ろ体調が良くなった。

 回復魔法って熱を下げるとかそういうのにはあんまり効果がない筈なんだが…………そういう点で、流石は『魔導の祖』。俺(かつての英雄の記憶も含めて)が知らない魔法があってもおかしくはない。

 

「久しぶりにあそこまでボロボロになった。心臓に傷が付く手前まで追い詰められたのは山籠りしていた頃以来だな」

「ちょっとやりすぎじゃない?」

「普通にやりすぎだが、犯人は治せばいいと思っていた節があるからな。俺の苦痛はお構いなしに放り込まれた雷撃と斬撃は今でも夢に見るぜ」

 

 部屋の外からひゅ、ひゅ〜なんて音すら鳴ってない口笛が聞こえてくる。

 

 ……あの、師匠。なんかそんなことばっかりロアにしてませんか? 

 あ、ああいやっ、違うんだ。聞いてくれステルラ、ロアなら多分耐えれると思って……

 ロアが死んじゃいますよ、そういうことばっかしたら! 大体師匠はいつも────

 

 俺を最もイジメ抜いたトップ2のレスバトルが展開され始めたところで、意識をルーチェとの会話に集中させる。

 ステルラも俺のこと死ぬほどイジメ抜いてるから絶対忘れねぇからな。いじめた側にとって些細な記憶と過去であっても、いじめられた側には永遠に記憶が残り続けんだよクソが。

 

「チッ……セクハラで倍返ししてやるからな」

「また碌でもないこと考えてたのね」

「復讐は何も生まないが、気持ち良いことだけは確かだ」

 

 詭弁万歳、欺瞞万歳。

 こんな思考してる奴がかつての英雄と似てるとか勘弁してくれないかな。あんな激烈で苛烈で熱烈なバケモンみたいな奴と比べられたら俺が如何に矮小なのかを思い知らされてヘラる。

 

 俺は腕が弾け飛んだら涙目で食いしばるが、かつての英雄は動揺すらせずに勝利のみを見つめる。その代わりに闘志を再燃させる。負けた時の悪感情の伝わり方と言ったらやばかったぜ、屈辱と侮辱と情けなさでめっちゃ自分を責めながらその場を切り抜ける方法と次に勝利するための道筋組み立ててんだもん。

 

 頭おかしいよ。

 

「セクハラですか。受けて立ちましょう」

「もうちょっと出るとこ出てから声かけてもらって良いですか?」

「殺しますよ」

 

 ヒェッ…………

 

 普段から無表情なのに完全に表情が抜け落ちたルナさんが、僅かに火の粉を散らしながら脅してきた。

 助けを求めるようにルーチェの腰あたりに抱きつくが、あまり抵抗されない。ふ〜ん、なんか今色々甘い判定になってるんじゃないか、これ。

 

 良い機会だ、利用させてもらおう。

 

「セクハラする相手を選ぶ権利もある。親しき中にも礼儀あり、という奴だな」

「越えてはいけないラインを越えました。温厚篤実と名高い私でも怒る時はあるんですよ」

「温厚…………?」

 

 ルーチェの疑問の声を気にせずに、ルナさんが飛びかかってくる。

 身長差もあり、しかも魔法をつかってこなかったので普通に俺の方が強い。ただの身体能力ならばこの学園でも上位の俺になぜ勝てると思ったのか、今一度問いただして欲しい所だ。

 

 頭を押さえて進めないようにするとぐるぐるパンチを披露してくれた。

 やってることがまんま子供なんだが、そこら辺を気にはしてないのだろうか。ルナさんの判定よくわからないところにあるな…………

 

「哀れね」

「そう言ってやるな。ルナさんにも淑女としての誇りはあるからな」

「ぐ、ぐおお、このっ……!」

 

 深窓の令嬢というには少し無理があるが、体力がないもやし娘なのは変わらないのでやがて一人でダウンした。

 ぜえはあ言いながら四つん這いで呼吸を整えている姿は淑女とは言い難い。これが淑女の姿か? これが…………なんと泥臭くて醜い姿なんだ、哀れだな。

 

 なお俺が這いつくばった姿を見られてるのはカウントしない事とする。

 

 棚に上げて自分が優位にたてるポジションでのみ戦えば良いのさ。

 レスバトルをする前提、話を逸らして相手の思考を乱して俺が有利なポジションに引き摺り込む。これを実行すれば勝利は間違いない。

 

 あ? 

 いつも煽られて先に負けに行ってるだと? 

 

 ……すぞ。

 

「俺は自意識すらマウントを取ってくるのか。最早最強に近いな」

「アンタが頭おかしいのは元から知ってるけど、何自然と抱きついてきてんのよ。ぶっ飛ばすわよ」

「い〜いじゃないか。そりゃあご飯をたくさん食べて少しお腹が出てるときに抱きつくのはデリカシー無さすぎだが、食事をとってから半日も経った後ならお腹が最も細くなっていてプロポーションとしても美しいフォルムになっている。お前はスタイルがいいからな」

「………………ふーん」

 

 口元は緩んでないが、僅かに耳が赤くなっている。

 コイツなんでか知らないけど正面から直球で伝えるとマジで耐性ないんだよな。異性との友人として清く正しい関係性を保たせて貰っているが、一線超えればどうなるのだろうか。

 

「お前は自己評価が低いが、客観的に見て美人でスタイルもよく女性的な魅力が溢れている。コンプレックス丸出しの目付きと暴力的な拳が特徴的だ」

「喧嘩売ってるでしょ? 言い値で買ったわ」

 

 まだなんとも言ってないのに俺の顔面にエルボーをぶち込んでくるその判断の速さは素晴らしいが、もう少しは躊躇いを持って欲しい。

 回復魔法があまりにも酷使されているから暴力を振るうことに違和感を抱いていないのか……!? 

 

「前が見えねェ」

「自業自得ね。……………ふん」

 

 じんわりと暖かいので多分回復魔法をかけてくれている気がする。

 でもゆっくり回復魔法をかける時の欠点として、じわじわ治っていくので損傷箇所が元に戻る歪な気持ち悪さを味わう羽目になるんだよ。

 

「照れ隠しが強烈ですね」

「……うるさい」

 

 ルナさんが煽っているがルーチェにキレがない。

 視界以外は元に戻った気がするが、一番大切な目が見えないんだけどこれって何かの間違いですか? 

 

「ロアくん、もうちょっとだけ待ってあげてください。同じ淑女(・・・・)として情けをかけてあげたいので」

「それは構いませんが、俺の目が見えないストレスを消化することも手伝ってください」

「仕方ありませんね。ステルラさんにもルーチェさんにも出来なさそうなので私がやってあげますよ」

 

 急にマウントを取りに来たルナさんは放置して、なぜか膝枕に近い形で俺の頭を撫でてくるルーチェの手を甘んじて受け入れる。

 

 これだよこれ、この護身。

 これこそが俺の追い求めたヒモ生活。

 女性に甘え男としての優越感を得て、存分に甘えられるこの環境。時たま拳と魔法が飛んでくるのはちょっとよくわからないし、それが致死級であるというのもちょっとよくわからないが、損得ちょうどいいんじゃないだろうか。

 

 いや良くねぇよ。

 なんで損してんだよ。

 痛くない思いも苦しい思いもしたくないからヒモ生活を願ってるのになんで率先して攻撃されてんだよ。おかしいだろ。

 

 働かなくていいのはいいがそれ以上に受けてる苦痛が大きすぎないか? 

 

「これも全て師匠の仕業か……! おのれエイリアス、俺は決して貴様を許さない」

「何言ってるんだか……馬鹿は死んでも治らないとは良く言ったものだよ」

「自虐ですか? 死なないから治らないのは仕方ないですね笑」

 

 フカフカの柔らかいベッドと比べて、この坩堝の壁は些か固すぎるように思える。

 骨に罅が刻まれる程度には威力が高かったのだが、師匠はいつもと変わらない雰囲気を保っている。ステルラはレスバで負けたのか? 馬鹿な、と言いたい所だがアイツはレスバ雑魚なのでそこまで違和感はなかった。

 

「目が見えねェ」

「まだ治してもらってなかったのか……どれ、仕方ないな」

 

 目が治ってないのはルーチェのせいだが、今俺が壁に打ち付けられて磔のようにされているのは貴女のせいです。

『やんちゃ小僧め』と言いたげな雰囲気で近づいてくるが、普通に元凶だからな。こういうところあるからな、この女。そういうことばっかり覚えるから好きな男が死んでもずっと引き摺ってんだよアホたれ。

 

「今なんか余計なことを考えなかったかな?」

「師匠は美麗で聡明な女性だと改めて認識を深めていた所です」

「それは良かった。もしもへんな考えを抱いていたら手が滑って頭に電撃を流し込む所だったよ」

 

 コワ…………

 

 なんで俺の周りの人間ってこんなに遠慮ないワケ? 

 アルベルトの方が俺に暴力振らないし無理強いしないのに女性陣は俺を奴隷のように扱ってくる。この格差はなんだ、これを差別と言わずしてどうするのだ。山よりも高く海よりも深い心を持つ俺からしても些かやりすぎてはないのかという意見が飛び出すぞ。

 

「御せる狂人と御せない常人。恐ろしいのはどちらだと思いますか?」

「前者は日常生活において歯止めが効かないが、いざという時に頼りになる。後者は日常において暴発することこそないが、緊急事態下では少々扱いにくいな」

 

 流石に大戦経験者は違うな。

 そう言う回答がスッと出てくるのは素直に称賛する他ない。 

 俺もずる(英雄の記憶)があるからある程度は判断できるが、あくまで普通の人間よりかは冷静に判断できるだけ。この人たちは命を賭けて殺し合いをしてきたのだからレベルが違う。

 

 少し話がずれたな。

 要約するとアルベルトですら自制できるのになんで君らは自制できないの? って遠回しにチクチクしたけどあまり伝わらなかった。

 

 やっぱ言葉はまっすぐ伝えないとダメだな。

 俺は学んですぐさま修正できるタイプ。舐めてもらっちゃ困るぜ……! 

 

「やっぱ狂人は自覚がないからダメだな」

「狂ってないと座する者(ヴァーテクス)には成れないからねぇ」

「その理論でいくならば俺は正常で普遍的な人間だと証明できる。甘いな師匠」

「誰がどう見ても君に魔法の才能がないからだが……」

 

 俺の逆鱗に触れる人はそう多くはないが、師匠は日常的に俺の逆鱗にヤスリをかけてくる。

 苛立ちとか腹立たしいとかそんな“軽い“感情はとっくの昔に通り越し、今の俺に許されているのは込み上げてる怒りに身を任せて激昂することのみ。

 

「一線越えた。表でろ」

「まずはその磔状態を解除してみたらどうだい?」

 

 クソボケがぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!! 

 お前が魔力で固定してるから俺が動けないんだろうが!!! クソバカ!!! 

 

「逆になんでその状態で強気に出れるんだ…………」

「人の意思は折れない限り輝き続けるからな。先人に倣い俺も挑戦してみたが、才能がある人間にしか許されないテクニックだったみたいだ」

 

 今の俺は祝福に魔力もないので正真正銘ただの一般人。

 ちょっと剣の扱いがうまくてちょっと体が強いだけの弱者である。アイリスさんに絡まれないことが救いだが、アイリスさんがここに来てないのは少し寂しい。

 

「どいつもこいつも照れ隠しに暴力を使いやがって。他に方法はないのか蛮族どもが。俺はこんなにも建設的で平和的で文化的で知的な方法での解決方法を提示しているのに、どうして俺の周りはこんなに領域(レベル)が低いのか嘆かざるを得ないな」

「壁画が喋るなんて珍しいこともあるもんだねぇ。さてみんな、準決勝も終わったことだしご飯でも行かないか?」

「おいコラ紫電気ババア」

 

 動けない身体に鞭打って(強制的に)痺れる(紫電によって)のは勘弁願いたい。

 これは拷問と何一つ変わらないんだよな。

 

()ふへふは(ステルラ)! はふへへふへ」

「なんでこんなに情けない人を好きになってしまったのか、自分でもたまに疑問に思う時があります」

「情けなさを常に表に出してる癖に困ってる時だけ本気出すからタチ悪いのよ……」

 

 部屋の外にいるであろうステルラに助けを求めるが、顔を一度ひょっこり見せてジト目で見てきた後に、顔をひっこめられた。要するに見捨てられた。

 

 終わった……

 

 もうこの学園に味方はいない。

 そう思うと涙が出てくるし胸の中を悲しみが支配するが、俺はこんなところで立ち止まっていられない。ありとあらゆる手段を用いてでも復讐(セクハラ)を完遂するとあの日(記憶の中の)墓標で誓ったのだ。

 

「あーあー! 今俺のこと助けてくれたら夏休み付き合ってやろうと思ってたのになー! せっかく水着とか用意した(してない)のになー!」

 

 今用意してないだけで未来の俺が用意してくれる事に賭けて大嘘をついた。

 師匠は俺が金を持ってないことを理解しているので呆れ顔だが、おそらくこの二人は気が付いていない。そうに決まってる。

 

 が、俺の淡い期待も虚しくルーチェはため息を吐きながら腕を組んだ。

 

「アンタ金ないのにどうやって用意したのよ」

「黙秘権を行使する」

「…………本当に用意したわけ?」

「当たり前だろ。俺が嘘をついたことがあるか?」

「なんなんですかねこの自信。エイリアスさん、なんなんですかこれ」

「私に聞かないでくれ。昔からこうなんだ」

 

 俺ほど誠実で正直な男はいないもんだぜ? 

 現実を知らない女性陣に世の中の真実というものを教えてやりたかったのさ。

 

 なんだかんだ言いつつも魔力を解いてくれたので、地面に着地する。

 身体中痛んでいるが打撲程度なので放置しても問題ないだろう。

 

「…………水着を用意したかはどうでもいいわ」

「そうか。ならぶっちゃけると用意してない。嘘だった」

「それは疑う余地もないくらいにバレバレだったけど、問題は前者よ。夏休みの予定合わせてくれるって認識でいいかしら?」

「あー、まあ、うん、そうだな。三日に一日くらいのペースならいいぞ」

 

 一ヶ月あるんだっけ? 

 詳しい内容を忘れたのでルナさんに視線を送ると、やれやれと言わんばかりに肩を竦めながら無表情で解説を始めてくれた。

 

「去年と同じならば一ヶ月半休みになります。理由としては遠い地方出身者がいた際、余裕を持って帰省出来るようにする為ですね。切り詰めたカリキュラムではありませんので、それくらい余裕を持っても大丈夫なのでしょう」

「首都近郊から通っている子もいるけれど、一人暮らしをしている私たちみたいなのが大半よ。実家が首都にあってここに通っていられるくらいの実力者は案外少ないの」

 

 昔ならコネ入学とか出来たかもしれんが、統一されてから建てられたこの学園には通用しないな。

 理事長が一番最強で一番影響力あるんだからコネが通用するわけない。ある意味コネ(十二使徒推薦枠)はあるんだが、それは貴重な入学枠を実力が離れすぎた人間に使わないためにある。

 

 ステルラが一般入学を余裕で首席通過、ヴォルフガングも三番手に大きく差をつけての次席だったと聞く。

 

 それくらい隔絶した実力差があるものだ。

 まあ例に出したこいつらがあまりにもおかしいって話ではあるんだがな。

 

「ルナさんは家が首都にあるとして、俺とステルラも帰っていいんですか?」

「構わないし、私も数日は向こうに戻るつもりだからそのタイミングに合わせてくれるなら送るよ」

 

 自動送迎テレポート、非常に便利だな。

 魔力で包んで高速で移動させているのか、魔力そのものに変換して移動させる狂気の手法をとっているのかの判断がつかない。エフェクトを付与できたりするから魔力で包んでいる説を推していきたい。

 

 そうじゃないと俺が魔力に分解されてる説が出てきてしまうからだ。

 怖いだろ普通に。

 

「で、ステルラはいつまで不貞腐れてるんだ」

「べっ、別に不貞腐れてなんかいないし……」

 

 ひょこひょこ扉から顔を出してそのまま入室してきた幼馴染は少しだけ気まずそうな顔をしている。

 

「一応予定的には明日が最終登校日、そこから先が夏休みになってる筈だ。長期休暇中は私も忙しくなるから、ロアの面倒は任せるさ」

「よろしく頼む。俺は一日でも世話を放置されると死んでしまうからな」

「ねこ以下の癖に無駄に尊大でムカつくわね」

「好きだろ?」

「好きじゃないわ」

「ルーチェ……俺のことを嫌いなのか……」

 

 もう何度目になるのかわからないやりとりなのだが、その度に愉快な反応をするのでやめられない。

 

「…………嫌いじゃないって、言ってるでしょ」

 

 ルナさんのルーチェを見る目が本当に面白い。

 無表情なのに呆れてるのが伝わるのがあの人の凄いところだ。無表情なだけであって感情豊かだからな。

 

「卑しい女ですね……」

「じゃあアンタはどうなのよ。嫌いなの、コイツの事」

 

 珍しく反撃してるが固有名詞が出て来なすぎて誰が何のことを指しているのかが全くわからない。

 ニュアンスから感じとるに、「じゃあルーナさんはロアの事どう思ってるんですか」で合ってそうだな。残念だなルーチェ、ルナさんにその手法は通じない。

 

「私はロアくんのこと大好きですよ。愛していると言ってもいいです。恋仲になりたいし手を繋いだりしてデートしたい所ですが、まだそれだけの立ち位置に至れていないのでもっと精進しなければならないと噛み締めているところです」

 

 大胆な告白だが、俺は一人を特別扱いしない主義でな。

 全員等しく俺に好意を持ってもらって、全員等しく相手をすれば関係性を保っていけるのさ。かつての英雄は決して好意に靡かなかったが、自分の好意にすら靡かなかったのは普通に悪いことだと思う。

 

 自分の好意と自分に向けられる好意には正直でいるべきだ。

 

 攻撃をした筈なのに反撃を喰らったルーチェは眉を顰めて不機嫌さを隠そうともしないままルナさんを睨みつけた。

 

「まあルーチェさんのようにツンデレも需要がないわけではないですが笑」

「甘えられすらしない女が何言っても惨めなだけね(身体を見つつ)」

「一線越えました」

 

 顔を掴み合ってボコスカ争い出した二人を尻目に、トコトコ俺の方に近づいてきたステルラと師匠。

 

「アイリスさんは?」

「『滾ったから発散してきます! ロアくんに格好良かったって伝えといて〜!』……って言いながら走ってったよ」

 

 ああ……

 滾ったんだな……

 

 俺に向けられなくて心底よかった。

 俺が求めてる好意ってのは極一般的な愛情を示したもので、剣と剣を交えて愛を伝え合う特殊性癖のことを指しているわけではない。誘われて気分が乗れば受けてやらんこともないが、今は無理。

 

 それを予想できる時点でアイリスさんだいぶ俺のこと理解してるな。

 ロアポイント(俺が向ける評価値)を三点追加だ。

 

「しかし、なんでわざわざ決勝を夏休みの後にやるんだ……」

 

 説明を受けた時は魔祖ならばやりかね無いと思ったが、本当に理由はそれだけなのかと疑問を抱いた。

 さっきの会話を聞いていれば少しは思うだろう。決して魔祖は何も考えていない訳ではなく、行動の裏には何かしらの理由が隠されている。そりゃまあ、たまにどうでもいい行動や我儘を通すことはあるかもしれんが。

 

「師匠。理由知らないか?」

「夏休みを挟む理由かい?」

「ああ」

「知らない。私は学園の運営には携わってないからね」

 

 どうせ気まぐれだろう、師匠もそう言ってきた。

 本当にそうだろうか。どうにも拭えない気持ち悪さがあるが、それを確かめる術はない。

 

「さ、そんな事より今日はパーティーにしようじゃないか。我が弟子の2トップが確定したし、祝うには丁度いいだろう?」

「人の金で食う飯ほど美味いものはないからな。おいそこのバカ二人、聞いてるか」

「誰がバカ二人よ。一人だけでしょ」

「自分のことを貶めるのは構いませんが、自虐はロアくん好きではないですよよよよ痛い痛い痛いです!」

 

 ジタバタ暴れるルナさんの頭をアイアンクロー、身長差もあるのでそのまま持ち上げられている姿はまるで釣られた魚のようだった。

 ルーチェの顔に青筋奔ってるし普通にキレてんじゃん……

 

 やれやれ。

 ルーチェはギリギリ怒らないで煽れる限界があるから、少しくらいはルナさんに伝授してやらんこともない。

 でも俺以外の誰かが生意気なこと言ってボコられてるの見るのは楽しいからこのままでもいいかもな。ルナさんは何故か率先して攻撃をくらいに行くが頭が悪いのではないだろうか。

 

 少しは俺を見習って欲しい所だぜ。

 

 そんな風に仲の良い二人を眺めていたら、ステルラが横に来た。

 

「……………………」

「なんだ」

「じ〜〜…………」

 

 ジト目で見てくる。

 昔のステルラはジト目なんてしない活発娘だったのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

 正直可愛いからいいんだけどな。

 

「本当に私のこと見てくれてる?」

「お前まだ疑ってるのか…………」

 

 思わず本気で驚いた声を出してしまった。

 

「だ、だって全然私のこと見ないじゃん!」

「日常的に異性の事を見まくってるのは分かり易すぎるだろ」

 

 ルナさんを握りしめていた拳から力が抜けて、ルーチェがビクリと身体を揺らした。ルナさんは地面に落ちた。

 

「ふー…………いいかステルラ。お前のいう『気になる異性を目で追いかける』って行動はな、恋に恋する年齢の少年少女がするもんだ」

「えっ」

「お前が俺を好きなのは理解しているが、それはそれとして相手にも同じ行動を求めるのは愛じゃない。エゴだ」

「す、好きだけど……でも直接言ったことなんてないのに……」

 

 話も聞かずに自爆しまくってるアホを放置して、信じられないものを見た顔で俺を見ているルーチェを嘲笑っておく。

 

 気が付いてんだぜ、お前が俺をよく見てることには。

 知ってて放置してたのはそういうことさ、後々になって弄れるから言わなかっただけだ。

 

 この中で一番恋愛的な意味で好意がわかりやすいのはルーチェだからな。

 

「ロア、良心が痛んだりしないのか?」

「しませんね。複数人に好きだと言われたからって一人を選ばなくちゃいけない理由は俺にはない」

「…………どこで教育間違えたかな……」

 

 それはきっと最初からだ。

 仕方ないことだ。俺は『かつての英雄の記憶』を反面教師にすると誓ったからな。いわば究極の逆張り、人生を懸けた英雄へのアンチテーゼと言えるだろう。

 

「来るもの拒まず去るもの逃さず、一度でも俺が気に入ったら絶対に逃さないから覚悟しとけよ」

「言ってて恥ずかしくないか?」

「全く。ヒモでありたいと常日頃から公言しているゆえ、俺に痛む心は一切無い」

 

 師匠が俺を見て呆れた顔をしているが、アンタの事も含んでるのに気が付いているのだろうか。

 そういう意図がなければ冗談でも愛してる、なんて言わない。

 

 が、それを自分から説明するのは癪なので気が付かないのならそれはそれでいい。

 

 離れようとした時に離さなければいいだけだ。

 

「…………ま、それはそれで良いのかもしれんな」

「そうでしょう? 俺は気遣いが出来る男だからな」

「悲しませるなよ、ヒモ男」

「おそらく泣くのは俺だな、具体的には暴力によって涙を流すことになる」

 

 現時点ですらボコボコにされて涙を流すことがあると言うのにどうして俺が泣かせる立場になるのだろうか。

 師匠は慧眼ではあるが曇り眼でもある。

 

 少なくともかつての英雄の事を見抜けていないので、師匠も完璧ではないのだ。

 

 完璧な人間などいない。

 どれだけ外見を見繕っている人間であっても、どれだけ明るく振る舞っている人間であっても何か一つ欠けているものがあるんだ。

 

 その事実を忘れないように胸に刻み込んで生きていこう。

 

「どうしたの、そんなに真面目な顔して」

「師匠の顔と身体は満点なのになんでおばあちゃんなのかという事実について論文を書いていた」

 

 この後放たれた紫電の行方を知るものはいない。

 一つだけ確かなことがあるとすれば、俺は祝いの料理を食べ損ねたという事くらいだ。

 

 

 

 

 

 



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ここまでの人物纏め(学生限定)


 ちょっと怠慢なんですけど、スマホでめっっっっっちゃ見づらいのでPCもしくはタブレットでの閲覧を推奨してます。スマホでも横画面のほうがマシかもしれません。
 魔祖十二使徒を入れたら頭おかしくなりそうだったので省きました。すみません。


──魔導学園一年生──

 

 

 

 ◇ ロア・メグナカルト

 

 魔祖十二使徒第二席・一番弟子

 

 二つ名 英雄

 

 攻撃 C(祝福使用時A+)

 防御 E

 機動 C(祝福使用時A)

 技術 B→A(剣所持時A+)

 射程 E(祝福使用時B)

 魔力 E-→E

 魔法 C

 精神 EX

 

 ・祝福 光芒一閃(アルス・マグナ) 

 魔祖十二使徒第二席・エイリアスより授けられた祝福。

 効果は『純粋に硬く鋭く折れない魔力の剣』を生成する事。特殊な魔法効果は一つも付与されておらず、シンプルな性能になっている。

 

 ・祝福 紫電迅雷

 魔祖十二使徒第二席・エイリアスより授けられた祝福。

 効果は『全身に紫電を張り巡らせ自身の損傷を顧みずに雷速を宿す』事。ロアが出せる最高速度であり、身体の限界的に制限されている技。祝福に刻まれた魔力を多く使用するために本来ならば先手必勝で発動するのがベストだが、なぜか相手の大技を待ってから使用するので真正面から突撃し毎回エイリアスが気を揉んでいる。

 

 ・星縋閃光

 星の光に追い縋り閃光を叩きつける、ロアが独自に編み出した技。

 紫電迅雷の使用時に決め手となる技を追い求めて色々考えた結果この形に辿り着いたが、やる事はシンプルでとても速く剣を振っているだけである。高速戦闘下を想定しとにかく真っ直ぐ剣を振るう事が本来の目的なのだが、何故かテリオス戦にて発展させようとした為にデメリットはあるものの連撃として扱えるようになった。

 

 ・紫電雷轟(ヴァイオレット・フォークロア)

 正真正銘最後の切り札、自身の名を冠する一撃。

 光芒一閃すら使えなくなり、エイリアスの魔力が感じ取れる限界ギリギリの状態で発動する。決め手と言うよりかは最後の抵抗、最後っ屁と表現する方が正しい。他人の魔力を操る事は通常不可能だが、エイリアスの魔力が身体に馴染んでいる事もありロアにだけは使用できる。

 雷轟は刹那で過ぎ去るモノではあるが、強烈で鮮烈な輝きを放ち大地に放たれた雷轟を古き人間は神の力と呼んだ。彼が亡くなりどれだけ長い年月が経ったとしても、その輝きだけは受け継がれるだろう。

 

 人物像

 かつての英雄の記憶を持った現代の『英雄』。

 誰よりも英雄を知り、誰よりも英雄に近く、誰よりも英雄を理解して、誰よりも英雄に憧れ、誰よりも英雄に遠い事を自覚している。英雄と呼ばれることを嫌がっているが強く否定しないのには複雑な理由があるが、少なくとも一端を担っている。

 

 トーナメントに出場する誰もが自分より強者だと思っていて、その上で全力をぶつけあってこその『英雄』でありその名を継ぐ人間の最低限の義務だと考えた。捻くれているので表面上の思考や言葉は軽薄でやる気のないものになるが、行動の全てが彼の根本的な思想を表す。身バレする可能性は一切考慮しておらず、そんな風に問い詰められても適当に誤魔化せるだろうと楽観視して日々を過ごしているために定期的に長寿組にクリティカルヒットする行動とる。エイリアスはその度にドキドキしてる。

 

 最近の悩みは女性陣からボディタッチが増えてきた為に多少なりとも異性として見てしまう事が増えてきたこと。

 

 自分のことを意地汚くてずる賢い男だと思ってる。

 

 他者への評価(前回やった組は一部カットします)

 

 魔祖     イメージと違うけど凄い成長している

 テリオス   自分の欲しい物を持ってる羨ましい人

 テオドール  アルベルトの兄、でもすごくまとも。強い

 ソフィア   魔法に関しては学園でも随一。もう戦いたくない

 アイリス   唯一自分の剣を理解してくれる人

 フレデリック 思っていたより情熱的だった。戦いたくはない

 ベルナール  ルーチェを踏み台にしようとしたのは好きじゃない

 マリア    何故かアルベルトと周波の合うやべー人

 プロメサ   研究一筋って感じの狂人

 

 

 

 ◇ ステルラ・エールライト

 

 魔祖十二使徒第二席・後継者

 

 二つ名 紫姫(ヴァイオレット)

 

 攻撃 A→A+

 防御 A→A-

 機動 B→A+

 技術 A

 射程 A

 魔力 A→A+

 魔法 EX+

 精神 C→B

 

 ・紫電(ヴァイオレット)

 師であるエイリアスより直伝の紫に光る雷。

 普通の雷魔法と大きな差異は特に無いのだが、エイリアスが開発した魔法なので後継者しか扱えない代物。威力や範囲も自由選択できるが、細かく設定すればするほど魔法発動の難易度は上がるし魔力消費量も増える。

 

 ・紫電星光(ヴァイオレット・エールライト) 

 蒼雷を経て、紫電を超え、星の生み出す極光へ。

 其れは、ステルラ・エールライトの集大成。未だ短い人生の中で築き上げた必殺技であり、彼女の異常な才覚を象徴する切り札。他のどんな誰にだって負けたくない、負けることなど許されないと狂った彼女が至った告白。 

 

 人物像

 ロア・メグナカルトに再会したことで少しだけコミュ障が改善されたが、自分にとっての唯一の取り柄であり大好きな幼馴染との繋がりであり『強さ』が揺るがされ、勝利と敗北の瀬戸際で覚醒。悠久の時を生きることが確定してしまったが、彼女に後悔はない。

 何故なら、大好きな彼に追い駆け続けて貰えるから。ずっとずっとずっとずっと向こう、たとえ彼女が光の向こう側へ到達してしまったとしても、決して諦めないと確信したから。

 

 決勝戦でロアと戦うことは今から楽しみではあるが、それ以上に人生で初めて友人と共に過ごす長期休暇に心躍らせている。師匠と二人で行った海にはカップルが多くて、家族で遊びに行ったお祭りもカップルが多くて、狭い交友関係しか作れなかったステルラにとって学園での出会いはかけがえのないものになった。

 

 最近の悩みは親友であるルーチェの身体がとてつもなく美しくなっているのに対し、自分の成長が止まったこと。

 

 自分のことを意地汚くてずるい女だと評価している。

 

 他者への評価

 

 ロア      大大大大好き

 エイリアス   大好きだけど一番は譲りたくない

 アルベルト   普通(少し怖い寄り)

 ルーチェ    大好きだけどロアに引っ付きすぎ、ずるい

 ルーナ     大好きだけどロアと仲良すぎ、ずるい

 アイリス    好き、ロアの努力の重さを唯一正確に理解できる人。もっと仲良くなりたい

 ヴォルフガング そこそこ好意的だけど怖い(何度も対戦を申し込んできてる)

 

 

 

 ◇ ヴォルフガング・バルトロメウス

 

 魔祖十二使徒第五席・後継者

 

 二つ名 暴風(テンペスト)

 

 攻撃 B→A

 防御 D 

 機動 B

 技術 B+→A

 射程 B→A

 魔力 B+

 魔法 A→EX

 精神 A

 

 ・暴風(テンペスト)

 親から受け継いだ魔法特性を余すことなく活用し、彼自身の得意技と呼べるほどに改良を重ねた。

 大戦時の使い方とは違い個人への攻撃として用いるのに特化しており、内側での渦巻きを超高回転させる事で相手の肉体を切り裂き捻じ切りぐちゃぐちゃにする殺傷性の高い魔法。細かく調整できるようにしてあるので、これまで一人も殺したことはないし重症に追い込んだこともない。

 

 ・喰尽くす暴風(ヴォルフガング・テンペスト)

 蒼風(テンペスト)を超えて、ただの暴風(テンペスト)ではないアイデンティティを追い求めて至った魔法。

 可視化できる程に風が渦巻き獰猛な肉食獣が喰らい付くように襲い掛かる。その規模や威力は調整など到底できるモノではなく、正面から立ち向かい消滅させない限り全てを飲み込んで蹂躙するだろう。その威力は現役魔祖十二使徒にすら通用する程で、彼が至ったのはその領域である。

 

 人物像

 因縁とコンプレックス塗れの周囲と違い、自分一人の為にだけ戦いを求めてる戦闘狂。

 ロア・メグナカルトに敗北した事をしっかりと受け止め鍛錬と研鑽を繰り返し続け、地力を高め続けることで座する者(ヴァーテクス)へと到達した。永遠を得た感想としては、「無限に強くなることが出来るのだから得をした」と一貫している。母であり現十二使徒でもあるロカはそんな息子を見て安心したり不安になったりした。

 

 夏休みは国中を巡って武者修行をする予定。立場もあり顔立ちも整っていて背も高いヴォルフガングはそれなりに見合いの話が飛んでくるのだが、今はそれよりも戦いたいと思っているので母親に丸投げして全て断っている。

 

 最近の悩みはない。

 

 自分はどこまでも強くなれる可能性がある逸材だと評価している。

 

 他者への評価

 

 ロア    やはり俺が認めたコイツはすごい! 人を超えられない身でありながら人を超えた存在に牙を剥き、与えてもらったとはいえ剣一本で勝利を収める。あんなにハンデがあって俺にできただろうか、いや出来ない。彼が負かした人物と戦ってから再戦を申し込むのが筋だから今はまだ挑まないが、死ぬまでに絶対戦ってもらいたい。

 両親    偉大であり、いつか越えるべき壁。

 ステルラ  今の自分では勝てないかもしれない人。早く受けろ

 ルーナ   今の自分では勝てないかもしれない人。挑戦するつもり

 テリオス  今は勝てない人。何度でも挑むと決めた

 テオドール めっちゃ強い人。絶対戦うと決めた

 ソフィア  とても強い人。戦う気満々

 アルベルト 一度戦ったけどどれだけ打ち込んでも倒れないやばい奴。また戦おう

 

 

 

 ◇ アルベルト・A・グラン

 

 二つ名 飢餓(カース)

 

 攻撃 A

 防御 A

 機動 D

 技術 C

 射程 E

 魔力 B

 魔法 C

 精神 A+

 

 ・相死相愛(アリシダ)

 自暴自棄を魔祖の手を借りて改造し、現代に適応させた魔法。

 常人が使えばデメリットが多すぎるためにあまり使う意味のない魔法になるが、アルベルトのような被虐体質で嗜虐体質の曲者が扱うと途端に最悪の魔法に変化する。魔祖も正直アルベルトに与えたくなかったが、歴史から葬ることだけが対策ではないと理解していた為に対抗策を編み出してそれも同時に教えた。 

 

 ・自暴自棄(アリシダ) 

 大戦時代から存在する、しかし表世界に決して伝わる事の無かった魔法。優秀な魔法使いが戦場に現れた際にその者だけを必ず殺す為に造られた、対魔法使い専用魔法。魔力で肉眼で捉える事の出来ないラインを繋ぎ合わせ、相手と自身の感覚を共有し自害する事で相手諸共殺す。

 

 人物像

 グラン家の次男で、優秀な兄が全てを継ぐ為に自身には用無しだと考えている。

 兄が何でもかんでも請け負ってくれたのでそれを喜び自分は率先して兄の影になる事を優先した。情報を多分に抱えているのはアルベルトが独自で築き上げたパイプの成果であり、それを他人に流しまくる事に対して全く躊躇いもない。兄が軍のトップになる手伝いでもしようと思い始めたのだが、色々調べた結果何もしなくても勝手にのしあがると判断しグラン家としての役割から完全に降りる。でもコネとして使う。自分のアイデンティティはそこにはないのでなんとも思っていない。

 

 夏休みは実家には帰らずに個人所有の別荘で過ごす予定。

 将来的に結婚するかどうかも考えていないが、もしも生涯共にする人を選べるのなら盛大に文句を言いながら付き合ってくれる人がいいと思っている。

 

 最近の悩みはない。

 

 自分のことを最低最悪の屑だと思っているが、それを気に留めたことはない。

 

 他者への評価

 

 ロア      器が広すぎる凡人。最近本質を理解し始めた

 ステルラ    恋する乙女は強かだね

 ヴォルフガング 一回戦ったけど肉弾戦にも乗ってくれたイイヤツ、またやろう

 ルーチェ    いつまでも味のするガム、叩けば鳴る最高のおもちゃで好き

 ルーナ     ノリはいいけど踏み込みすぎたらロアに怒られる気配を察知した

 テオドール   自慢の兄。弟の我儘にすらちゃんと相手してくれるいい人

 ソフィア    兄嫁。チクチクするといいリアクションをするので楽しい

 アイリス    同類煽りするとムキになって反論するのが楽しい

 マリア     何を言っても嫌そうな顔と態度を取ってくれる上に美人だから最高にイイ

 

 

 

 ◇ ルーチェ・エンハンブレ

 

 二つ名 薄氷(フロス)

 

 攻撃 B→B+

 防御 E

 機動 A-→A

 技術 B

 射程 F

 魔力 D→C

 魔法 C→C+

 精神 C→B

 

 ・自己流格闘技

 自身の魔法適性が望んだものでは無いと悟った日から絶え間なく研鑽を続けてきた唯一の武器。

 身体強化と組み合わせることを前提として複合しており、無論独学で技術体系を生み出せるほどの才は無いため現存するありとあらゆる格闘術に手を出している。まだ完成形ではなく、より一層発展させるために経験を重ねている最中。

 

 ・身体強化

 一般的な出力に比べてわずかに勝る程度だったが、長年使い込むことにより練度を増し凡夫では捉えることすら出来ない強化に至った。魔力を固形化し足場として活用し、速さに対応できる相手に対しても三次元的な動きをすることで対等な勝負に持ち込めるようになった。

 

 人物像

 ロアへの恋心を自覚して早数ヵ月、自分では素直になれないと思っているが実は周りから見ればバレバレのツンデレ少女。

 因縁でもあるステルラと戦い敗れたが、以前と違い倒れてもすぐに立ち上がる不屈の心が宿った為に次こそはと意気込むようになった。自分よりも不利な状況、ハンデ、何もかもが不足している男が吼える姿を間近で見続けた彼女もまた、鮮烈な輝きに目を焼かれたのかもしれない。

 

 最近の悩みはステルラと買い物に出かけた際に変な服をあの手この手で買わせて揶揄おうとするが、何故か毎回じゃんけんに持ち込まれた上に負けるので部屋に着る予定のない変な服が増えていること。

 

 自分のことを諦めの悪い無能だと思っているが、凹むことは無くなった。

 

 他者への評価

 

 ロア      好きとは口に出せないけど大好き

 両親      大好き

 ステルラ    親友

 アルベルト   嫌いと普通を行ったり来たりしてる、屑

 ヴォルフガング 自分と同じ立場なのに自分より強くて超嫉妬してる

 ベルナール   負けてざまあみろ、バカ

 ルーナ     生意気なチビ、年上だけど対等だと思ってる

 

 

 

──魔導学園二年生──

 

 

 

 ◇ ルーナ・ルッサ 

 

 魔祖十二使徒第三席・後継者

 

 二つ名 紅月(スカーレット)

 

 攻撃 C→A

 防御 C

 機動 C→B

 技術 B

 射程 EX

 魔力 A+

 魔法 A+→EX

 精神 D(トラウマ持ち)→B

 

 ・紅月(スカーレット)

 かつての戦争において最も人を殺害したと言われる魔法、紅蓮(スカーレット)を受け継ぎ発展させた姿。

 火力が高すぎるという欠点を抱えており、世代でトップクラスに強い程度では受け切ることができない。これはどれだけ魔力の扱いが上手でも変わらない長所であり短所で、故に彼女は強者としか全力で戦えない前提が存在している。

 

 ・紅月墜(ルナ・フォール)

 白日のように煌めく紅月が、星火燎原であれと祈りを込めて解き放った究極の一撃。

 自身に絡みつく因縁も宿命も運命も、師に纏わりつく永遠の影も纏めて焼き尽くすという決意の現れ。悔やんでも取り返しの効かない過去を嘆くことを止め、今に目を向けた最強になれる才を背負った少女の慟哭でもあった。

 

 人物像

 英雄に憧れるのをやめて、等身大のロアを見るようになってから改めて惚れなおした。

 彼は永遠にはならないけれど、せめて彼を寂しくさせないように盛大に引っ付いてやろうと決めた。口で嫌がる素振りを見せても絶対に遠慮しないし、ぐいぐい攻める。多分それこそが彼の望んでいる事だから、彼に少しでも刻み込む為だから。師には懐かしいものを見るような目で見られているが、かつての英雄も同じような関係性を保っていたのだろうかと邪推した。それでもロアくんのほうがカッコいいですけどね、なんて惚気も思うほどには好き。

 

 エミーリアの予定が埋まっているらしく、夏休みは一人で過ごす。それだけじゃ寂しいのでロアやルーチェ、他数名を巻き込んで好き勝手すると決めている。花火は刹那に儚く崩れ去るが、その美しさは永遠に記憶に刻まれるのだから。

 

 最近の悩みはプロポーションが成長しないこと。二、三年前に座する者(ヴァーテクス)へと至った影響で体付きが未熟であることがコンプレックスで、ロアがちょくちょく弄ってきてムカつくので魔法で無理やり大人になろうかと計画している。

 

 自分の事は特になんとも思ってない。あまり興味がない。

 

 他者への評価

 

 ロア     好き、結婚したい

 ステルラ   幼馴染だしロアくんの好きな人だから許します

 ルーチェ   卑しい女です。見てくださいステルラさん! 

 アイリス   狂人の癖にデレるの、ズルくないですか? 

 テリオス   次は負けません

 フレデリック 正直やりすぎました

 

 

 

 ◇ アイリス・アクラシア

 

 二つ名 剣乱(ミセス・スパーダ)

 

 攻撃 A+

 防御 D

 機動 C

 技術 A+

 射程 E

 魔力 B

 魔法 C

 精神 A+

 

 ・剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)

 自他ともに認める剣狂いっぷりに、畏敬を込めて名付けられた。

 元々我流であるため技名などは持っていなかったが、テオドールやテリオスと戦いを重ねる度に最適解へと突き進んでいく剣の才能が磨かれ続けた結果、魔法が全盛の現代において異端扱いされ呼ばれることに。女性なのに卑陋などと付けられた事に対して彼女は特になんとも思わず、寧ろ剣への情熱が伝わったのだと歓喜すら浮かべるほど。

 

 ・燦蘭怒濤

 魔法も剣も傷も痛みも全て受け入れて、斬るという一つの行動に賭けた一振り。

 血を刀身に浴びることで血液から魔力を吸収しさらに純度を増す、言うなれば彼女の剣は戦争において活躍してしまうモノ。斬られることで幸福を感じ斬ることで悦楽を浴びてしまう彼女が追い求めた最適解の終点は凄惨たる戦場であり、現代では間違いなく手に入らない姿。それでも彼女は出会えた、ただ一人斬り合いに興じてくれる人に。

 

 人物像

 特に因縁とかは持ち合わせておらず、ある程度自制も出来るし世間的な常識も身につけた剣狂い。

 どこまでも斬り合うことだけを考えており、異性との触れ合いという意味合いでイチャイチャするよりも剣を両方持って皮膚を裂き合う血みどろの関係性を欲している。……だが、ロアに出会い唯一理解してくれた男性だったので彼が望むなら斬り合いは求めないと思っていたのに別に構わないと許容されたことで少し感情がオーバーフローした。

 

 夏休みは道場破りでもしようと思っていたが、ロアと一緒に過ごしたいのでどうするか考えている最中。生まれて初めて異性に興味を抱いたので年上なのにステルラ以上に奥手でルーチェ以上に恥ずかしがり屋。

 

 最近の悩みは無くなった。

 

 他者への評価

 

 ロア    剣と同じくらい好き

 ステルラ  好きな男の子の本命、羨ましい

 ルーチェ  よく自爆する可愛い子

 ルーナ   圧倒的恋愛強者(?)

 テオドール もう少しちゃんと相手して欲しかった

 アルベルト 雑食と同じ扱いしないで欲しい

 テリオス  私の技を使ったけど私の方が冴えてるから(謎の意地)

 

 

 

──魔導学園三年生──

 

 

 

 ◇ ブランシュ・ド・ベルナール

 

 二つ名 剛氷(アイスバーグ)

 

 攻撃 B

 防御 B

 機動 C

 技術 B+

 射程 B

 魔力 A

 魔法 A

 精神 B

 

 ・氷壁絶界(アデュ・ラリア)

 彼の代名詞でもある堅牢な氷を最も活かせる、超質量の氷山を形成し地へと叩きつける大技。

 攻撃にも防御にも転用できる万能な魔法ではあるのだが、師には未だ届かない。自身の周囲一帯を完全に掌握してありとあらゆる生命が動きを止めるくらいの域を昔は目指していたが、自身の限界を悟り妥協した。

 

 人物像

 俗物的な人間で、自分は真の強者と呼ばれる層には遠く届かないが全体で見れば強者なのでここまででいいと納得している。本当ならルーチェにも負けないくらい強いのだが、トーナメント開催を知っていたし自分は確実に出場できることがわかっていたので完全に手を抜いた結果敗北、だが本命であるテオドールとの戦闘は満足のいく内容だったのでそれでよかったと思っている。

 

 最強になりたいとかそういう欲望は一切ないが、そこそこの立場とそこそこの強さを得られればいいと思っているために死ぬ気で相手を越えようという意思はない。

 

 他者への評価

 

 ロア    スペック以上の強さがある

 ルーチェ  弱虫が気がつけば随分と強くなった

 テオドール 一矢報いたから満足だ

 テリオス  勝ち目が無さすぎる

 ソフィア  魔法の撃ち合いで勝てないから無理

 アイリス  剣一本で氷全部砕かれるとは思わなかった

 

 

 

 ◇ マリア・ホール

 

 二つ名 壊天(エリクサー)

 

 攻撃 A

 防御 B+

 機動 B+

 技術 D

 射程 E

 魔力 B

 魔法 C

 精神 B+

 

 ・廻天(エリクサー)

 魔祖十二使徒第十席の作り出した魔法。

 …………と表向き言われているが、この魔法は二人の女性によって作り出された。大戦という凄惨な現実から目を逸らし、誰も傷つき苦しむことがなければいいのにと願望を込めて生まれたのが、広範囲強制治癒魔法廻天(エリクサー)である。一人は既に没し、意志を継いだ片割れが第十席として今を過ごしている。

 

 ・金剛不壊(アールム・セスタス)

 魔祖十二使徒第十一席が誇る、最強の身体強化魔法。

 物理的干渉に対して圧倒的な強さを有しており、世界で一番と謳われる剣士ですら歯が立たなかった逸話がある。実際は魔力に対しての耐性が低く、魔祖十二使徒や一部の強者に負け越している。が、魔法攻撃を除いた身体強化のみで比べれば間違いなく世界で一番優秀である。

 

 人物像

 幼い頃に自然災害で住処を失い、転居した先で流行病によって家族も失い天涯孤独となった。

 死の間際に第十一席に救われ、病を治すためにやってきた第十席に教育を受ける。定期的に様子を見にくる二人に育てられて行くうちに『やがて人々を救える万能の魔法を作りたい』と思い、自身の肉体を実験体にしつつ高度な魔法学習を開始。結果的に「傷をいくらでも治せる回復魔法と傷つかない身体強化を極めればいい」と極論に辿り着き現在に至る。

 

 アルベルトが思っていたより理性的で社会全体を見通せる程度には大人だったことに驚いたが、それはそれとして気持ち悪い性根をどうにかして欲しいと思っている。新しい回復魔法を試すのに自分だけではデータが少ないと思っていたので、アルベルトにそれとなく話を持ちかけると秒で返事が返ってきて気持ち悪いと素で言ってしまった。

 

 最近の悩みはアルベルトが苦しんだりする度にあげる喘ぎ声が気持ち悪いこと。

 

 他者への評価

 

 ロア    英雄と呼ばれることに納得

 アルベルト 正直気持ち悪いけど、そこに目を瞑ればいい協力者になってくれる

 アイリス  斬られる事と殴られる事に差異はないのでは? 

 テオドール 理性的、という点に関しては随一

 テリオス  思っていたよりずっと熱い人でした

 ルーナ   無表情なだけで感情豊かですね

 

 

 

──魔導学園四年生──

 

 

 ◇ テリオス・マグナス

 

 二つ名 新鋭(エピオン)

 

 攻撃 A

 防御 A

 機動 A

 技術 A+

 射程 B+

 魔力 A+

 魔法 EX

 精神 B+

 

 ・月光剣(ムーンライト)

 プロメサ・グロリオーネの作り出した魔法。

 光属性と闇属性という相反する二つの属性を混ぜ合わせ、反発させる事なく形を保った複合魔法。通常は魔法をそのまま解き放つのが正しいのだが、テリオスの拘りによって剣という形に収束した。

 

 ・月光剣・終焉(ムーンライト・カタストロフ)

 全属性複合魔法(カタスロトフ)月光剣(ムーンライト)を混ぜ合わせる狂気の魔法。

 複合魔法に複合魔法を重ね合わせることはそもそも想定されておらず、暴走して魔力が爆発してもおかしくなかったのをおかしくなるくらいの魔法処理能力と集中力で乗り切って形にしたテリオスの意地。全部合わせれば強いだろう、という小学生みたいな感想から混ぜ合わせた結果大体の魔法には正面から打ち勝てるヤバイ魔法が完成した。

 

 ・月光翼(ムーンライト・アーラ)

 座する者(ヴァーテクス)としての特性を活かし自在に空を飛ぶため背中に生えた彼だけの翼。

 雷には負けるものの、目で捉えるのが難しい速度で滑空できるので使い勝手は良い。ルーナがナチュラルに空を飛ぶので自分も飛ぼうと思ったら勝手に生えた。

 

 ・月光魔導剣(ムーンライト・マグナス)

 自身の全てでもある【マグナス】銘打つ渾身の一振り。

 光輝く刀身は煌びやかで、彼の本心とは裏腹にどこまでも透明感がある健やかな剣。効果はただひたすらに壊れず相手の魔法に対抗するだけであり、魔祖という魔導の祖がありとあらゆる魔法に対してアドバンテージを保有するという意味も込めて彼は手に取った。

 

 人物像

 かつての英雄になると誓った一人の青年。

 母親である魔祖の悲しみを取り除こうと奮起していたが、自身の事など全く目にも留めずロアに英雄と名付けたことから全てが狂った。ロア自身の対するぐちゃぐちゃの感情と、母親に対する逆恨みのような感情が混ざり合って混乱の最中だったがトーナメントにて色々蟠りを解く。

 

 ロアとの確執は無くなったが、相対する中で【英雄としての在り方】を見せつけたロアに羨望を抱き将来的に彼を越えるような人間になることを目標にする。いかにも俗物的で自分らしいと自嘲しつつも、彼は自分に正直に生きていくと決めたのだ。

 

 夏休みはゆっくり観光でもしようかと思っている。生き急いでいたのは確かだし、どうせ長生きするのは確定しているのだから今を大事にしたいと考えるようになった。魔祖を誘って旅行する計画を立てている。

 

 他者への評価

 

 魔祖    大好き

 ロア    越えるべき人、尊敬している

 ステルラ  自分より強いかもしれない

 ルーナ   次戦えばどうなるかはわからない

 テオドール 親友

 ソフィア  良き友人

 プロメサ  【新鋭】としての自分を評価してくれた人

 

 

 

 ◇ テオドール・A・グラン

 

 二つ名 皇子(レグルス)

 

 攻撃 A

 防御 A

 機動 A

 技術 A

 射程 B

 魔力 A

 魔法 A

 精神 A+

 

 ・紅炎王剣(イグニス・ラ・テオドール)

 携えた剣に炎を宿し、聳える炎を解き放つ。

 斬るか燃やすか叩くかを選択できるくらいには汎用性があり、使い手の技量によっては殆どの場面で使用できる。

 

 ・黒炎

 かつての大戦において使用された棄却専用魔法。

 死体だらけになり伝染病が蔓延る死の大地を焼き尽くし新たな命が芽吹くように治すための魔法なのだが、グラン公国で使用されていた魔法で対象を焼き尽くすという効果があまりにも強すぎて戦場で使われるようになった。結果として放ったが最後相手が消滅するまで燃え続ける災害のような魔法として完成してしまった。

 

 ・黄金王剣(エーテルノ・ラ・テオドール)

 黄金に輝く炎を剣に纏わせる。 

 永遠になりたいと願ったが、永遠である必要はないと考えを改めた男が編み出した渇望の形。黄金は永遠の象徴であり、どこまでも手が届かない儚い存在を指すものである。

 

 人物像

 程々に他人を揶揄い程々に他人に興味を持つ理性の怪物。

 かつてはテリオスとの友情もあり、「永遠にならねばならない」と考えていたが一人駆け抜けていくテリオスに置いていかれた際にソフィアと改めて向き合い、少しずつ関係を深めていった。言うなれば置いていかれた者同士で傷を舐め合っていただけだが、この国の現状や過去を見続ける親友を見て「別に永遠でなくても残せるものはある」と気がつき諦めがついた。それと同時にソフィアに求婚、自分自身が残る必要はなくもっと色んなものを残したいと思い始め「二人で紡いでいこう」、なんて臭いセリフも吐いた。それを受けたソフィアは赤面しつつも小声で了承した。

 

 ステルラとの戦いに関しては、かつての自分が成れなかった事と重ね合わせてつい導くような戦いをしてしまった。置いていかれることの苦しみを十分に理解しているテオドールにとって、表情に出るほどに感情を抑制できてないステルラは写鏡のようであった。敗北を受け入れることができたのも自分の成長だと思っている。

 

 夏休みは軍に出向いて顔合わせや打ち合わせをする予定だが、無論それ以外に空いた時間はあるのでソフィアと二人で旅行するつもりである。なおこの話はまだ伝えてない。

 

 他者への評価

 

 テリオス  ようやく思い込みをやめたみたいで安心した

 ソフィア  かな〜り愛しているが口には出さない

 アルベルト 我儘で仕方のない弟だが家族愛はある

 ロア    テリオスに唯一土をつけた男、英雄

 ステルラ  羨ましい部分もある

 ルーナ   テリオスと引き分けれる実力はある

 アイリス  わざと変な戦い方をすると嫌そうで寂しげな顔をするのが楽しい

 

 

 

 ◇ ソフィア・クラーク

 

 二つ名 智謀(メイガス)

 

 攻撃 C

 防御 C

 機動 C 

 技術 EX

 射程 A+

 魔力 A+

 魔法 EX

 精神 B

 

 ・全属性複合魔法(カタストロフ)

 かつての大戦時代ですら実用化する人間は殆どおらず、魔祖も扱えはするものの得意技ではない程に難易度が異次元に高い魔法。

 難易度に比例する威力の高さは魅力的だが、難しすぎるというシンプルな欠点が全てを阻害している。彼女が扱えるのも別に組みやすくした新たな方式を編み出した、とかそういう訳ではなく純粋に技量が高すぎるから使用可能なだけ。

 

 人物像

 幼い頃から魔法に触れて生きてきたことで、異常な迄に魔法の処理能力が成長した。

 永遠を生きるとかそういう目標は一切なかったが、それはそれとして難しい魔法を使うのが楽しいのでひたすら覚えていったら全属性複合魔法なんてトンチキなものを手にしてしまった。魔導の極地でもある【魔祖】に魔法を褒められて以来、必ず追いついてやると必死に鍛錬を続けたがあまりにも壁が分厚すぎて断念。数百年を魔法に費やしてきた天才に、十数年を魔法に費やした天才程度では追いつけないと諦めた。

 

 この頃にテオドールと恋仲になり互いに傷を舐め合っていたのだが、気がつけば本当に好きになっており無意識に目で追う程度には心の中をテオドールが占め始めた頃合いを見計らって求婚された。

 

 他者への評価

 

 テオドール 好き。愛してる

 魔祖    尊敬。すごい人

 テリオス  友人。強いやつ

 ロア    嫉妬。羨ましい

 プロメサ  親友。気が合う

 

 

 

 ◇ プロメサ・グロリオーネ

 

 二つ名 月光(ムーンライト)

 

 攻撃 D

 防御 D

 機動 D

 技術 A

 射程 A

 魔力 B

 魔法 EX

 精神 A

 

 ・月光(ムーンライト)

 既存の技術体系を無視して独自に組み上げた魔法。

 誰かの足跡が刻まれた場所を歩んでも意味などない、一からモノを作り上げるからこそ失敗も成功も浪漫になると思っているからこそ完成した。相反する二つの魔法を混ぜ合わせる事はハイリスクローリターンだと思われていたのだが、逆張り属性もあるので思いっきり逆らって才能発揮したらできた。

 

 人物像

 魔法研究に人生を費やすと既に決めているやばい人。

 色恋に興味は一切ないが、優秀な子供が産まれれば私の魔法も受け継がれるなと考えてるくらいに倫理観が欠如してる。テリオスに魔法を託したのは自分以上に才能があって発展させられる人物だと見込んだからで、彼女の思想とは正反対な道を歩んでいる彼に何を思ったかは彼女のみぞ知る事。

 たまに研究室を訪れるソフィアとは仲がいいとは思っているが、自分のような日陰者よりも相手には仲の良い人物がいると思い込んでいる。

 

 他者への評価

 

 テリオス  新鋭としての実力を評価してる

 テオドール 面白い奴だが魔法は託せない

 ソフィア  正反対の思想だけど友人として見れる

 ルーナ   身体を魔法に直接変換するのは珍しいから実験に協力してほしい

 ロア    根底の思想がもしかしたら似てるかも……?    

 魔祖    自分の目指す姿。足元程度には追いつきたい

 

 

 ◇ フレデリック・アーサー

 

 二つ名 幻影(ファントム)

 

 攻撃 C

 防御 B

 機動 C

 技術 A

 射程 C

 魔力 A+

 魔法 B+

 精神 B

 

 ・幻影(ファントム)

 実体のある幻影を生み出す。

 攻撃も防御もある程度自立式にしてくれるために、彼は一人で群体になれるのだが……相手が悪く、彼が順位戦で活躍できるのは格下を相手にした時だけ。自分と同等・それ以上の魔法を扱う相手には太刀打ちできないのがこの魔法の弱点。広範囲で薙ぎ払う、全部破壊する、冷静に対処される前に勝負を決めるのが彼の戦闘スタイル。

 

 人物像

 飄々とした空気感を出しているが、実は人一倍負けず嫌い。

 入学当初同年代相手には余裕で勝てるだろうと順位戦を勝ち抜いていたらテオドールにボコボコにされ、絶対負かしてやると決意した過去がある。相手がルーナだったのはかわいそうだけど、テオドールには絶対勝てない。師とは既に五年近く顔を合わせておらず、後継者でもないために放置されているのだがそれは特に気にしていない。

 

 相性ゲーによって蹂躙されたかわいそうな人物ではあるが、超越者を除いたインファイトに関しては最強格に近いのでめげずに頑張ってほしい。

 

 他者への評価

 

 師     教師と同じくらいの感覚

 テリオス  勝てる気がしない化け物

 テオドール いつか負かす

 ソフィア  幻影使ったら全部薙ぎ払われたからトラウマ

 ルーナ   幻影使ったら全部薙ぎ払われたからトラウマ2

 ロア    勝てそうだけど勝てなさそう

 ステルラ  勝てる気がしない化け物

 アイリス  なぜか勝てないタイプ

 

 

 



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八章 大いなる休息
第一話


『…………あの、すみません』

 

 またこのパターンか。

 自分の意思では全く動く気配がないくせに自動操縦になった我が身に嘆息しながら、かつての英雄の記憶を追想することに意識を集中する。

 

 窓から見える景色は闇に包まれており、夜遅い時間だと示していた。

 

 それなりに立派な部屋だから……終戦後か? 

 基本的に野宿が大半だったから少なくとも序盤では無い。

 

『なんだい?』

『その…………本を、返しに来ました』

 

 一人称視点で勝手に動くからなんだか気持ち悪いんだよな。

 戦闘時じゃないだけまだマシだが、乱戦の追想とか最悪すぎて何も言えない。目が覚めたら寝ゲロしてる事が大半だから出来るだけ避けたいのに、絶対役に立つ情報があるから見逃すわけにいかないのだ。

 

 やれやれ、勘弁してほしいぜ。

 

『失礼します』

 

 何かを執筆していたのか、机の上にペンを置いて振り向いた。

 扉を開いて入って来たのは銀色の髪をかわいらしくポニーテールで纏めた少女。左目に眼帯をしているが特徴的な赤目が良く目立っていて────おい待て。

 

『何もこんな時間に来なくても良かったのに……』

『うっ…………続きが気になってしまって』

『そんな面白いモノじゃないけどなぁ』

 

 うげ、ダイレクトに嫌~~な感情。

 

 少しもやっとするような感覚が胸の中で渦巻いている。

 こんな簡単にヘラるような人なのに表に一切出さないように生きてたの、マジで超人すぎるだろ。あんだけ強いテリオスさんですら表に吐き出してしまうのにどうして隠し通せたんだこの人……。

 

 っと、それはそれとして。

 それよりも今は相手だよ相手。

 

 なんか見覚えがあるんだよな~~、この銀髪赤目の女! 

 

『い、いえ! そんなことないですっ』

『ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ』

 

 真正面に立った姿は見慣れない筈なのに既視感しかない矛盾を俺に見せつけてくれた。

 魔祖にボコボコにされた時と然程変わらない容姿だから……予想から大きく外れてないみたいだな。終戦直後、もしくは終戦に近い時期で間違いなさそうだ。

 

 そんな俺の考察を置き去りに、かつての英雄は嘆息しながら呟いた。

 

『言われたから書いてるけど、僕にこういう才能はないね。本職に任せたいのに……』

『好き勝手盛られるんでしたっけ』

『非常に残念なことにね』

 

 やれやれ、なんて言いながら伸びをする。

 ここを見るのは初めてだ。この記憶と共に生きてきて十年近く経ったのだが、いまだに見ることができていない部分が圧倒的に多い。

 

 幼い頃に一気に見て以降、たまにしか見ることのなくなったかつての記憶。

 

 面倒臭い。

 いっそのこと全部見せてくれれば踏み込めるかもしれないのに、俺からは一切干渉できないのが腹立たしい。

 

『英雄譚、なんて大層な呼ばれ方しなくても……日記じゃだめかな』

『に、日記……だめですよ! 貴方は英雄(・・)なんですから』

 

 英雄。

 

 かつての彼は、『英雄になりたい』と願った。

 それは戦争を終わらせる象徴になる必要があったから。国を超えて泰平の世にするためには、一個人ではあまりにも矮小すぎたから。

 

 彼は大きな象徴になることを選んだ。

 

『英雄、ね…………』

 

 ぐええぇ〜〜っ! 

 ダイレクトにドロドロする負の感情俺に伝えないでくれますか? 俺の劣等感とアンタの劣等感どっちも感じて最悪だし、なんで俺以上に何もかも持ち合わせてる癖に英雄コンプ煩わせてんだよしばくぞ。

 

『そんな大層な人間じゃないのに』

『そういう事言ってたらアステルさんに怒られますよ』

エイリアス(・・・・・)が言わなきゃ怒られないさ』

 

 はい確定〜〜〜〜っ! 

 現代よりもスレンダー(やんわりとした表現)なボディラインを保ったこの女は予想通り師匠だった。銀髪赤目がそもそも希少種だからな、自然発生するにしてもめっちゃレア。

 

 そういう意味合いでいうと師匠は作り物だから少し別ジャンルになるな。

 

『別に、言いませんけど…………でも』

 

 本を胸に抱き、少し頬を赤く染めながら呟いた。

 

『誰がなんと言っても、私にとっては──英雄なんです』

 

 ………………………………。

 

 なるほどね。

 

 ッスウウゥ〜〜〜〜…………

 

 俺、もしかして色々やらかした? 

 迂闊な事言いまくってないか。もう取り返しのつかないような発言しまくってるんだけど。

 

『…………そっか』

 

 勝手に動く身体は、まだ人間だった頃の師匠の頭を撫でくりまわす。

 あわわっ、なんて言いながら甘んじて受け入れている姿はとても新鮮だ。俺が頭を撫でられる立場だからな、あまりこういう機会はないしする気もなかった。

 

『それ、あげるよ』

『えっ……い、いいんですか!?』

 

 胸に抱えていた本を指さして、かつての英雄が話を続けた。

 

『公式に残すのは本職に頼んで、他人から見た僕を描いてもらう。僕が遺した記録は、君に持っていて欲しいんだ』

 

 あ? 

 

 あぁ? 

 ンンンン〜〜〜…………

 

 …………あっ。

 

 も…………しかして……アレか。

 此間師匠が寝てる俺に悪戯しにきた時に言ってた文献って、もしかしてコレのことか!? 

 

『は、はいっ! 命と同じくらい大切にします!』

『いや、そこまで大事なものじゃ……』

『大事です!!』

 

 今一度、強めに抱きしめて師匠は言った。

 

『私の…………憧れ、ですから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………くそが」

 

 第一声で呪詛を吐き散らしながら、窓から差し込む光を遮るように目を瞑る。

 あ〜〜〜〜〜も〜〜〜〜〜いっつもこうなんだよな! 英雄の記憶を見るといつもこうなるんだ。いい所で場面が終わって只々俺が生活しづらくなる情報だけが与えられる。

 

 もしかして俺のこと嫌いなのか、かつての英雄。

 

 身体を解すために少しだけ伸びをして、深呼吸を一度する。

 心拍数に問題はなし、思考もクリア。体調に問題は一切無いが、精神的な負担が寝てる間に増えるとかいう人体の歪さを発見してしまった。やれやれ、また一つ俺が上の位階に上がってしまったな。

 

 ていうかいい匂いするんだけど。

 美味しそうな匂いがするので、誰か俺の家に侵入してるのは確実。家主を放置して飯を作る人間に心当たりがありすぎるので迂闊に通報もできない状況です。

 

 扉を開いて寝室から出ると、ナチュラルに食卓に座ってる二人の女がいた。

 

「あ、おはようロア。ご飯あるよ」

「おはようステルラ。それより先に言うことがあるんじゃないか?」

「…………きょ、今日もかっこいいね?」

「当然だな」

 

 いや違うが。

 人の家に普通に侵入してることをおかしいと思えよ。

 モグモグ口を動かしてる銀髪赤目の女はにっこり笑っている。ぶっ飛ばすぞ。

 

「まあいいだろう。俺は寛大で心優しい聖人ゆえ、少し機嫌が悪くなった程度で怒り狂うような愚か者ではない」

「ロアは優しいよね」

「……なんだお前」

「褒めたら怒られた!?」

 

 脈絡なく褒められる方が怖いだろ。

 唐突に俺が「ステルラかわいいねチュッチュ」とか言い出したらめっちゃキモいのと同じで、冗句に対して真摯に褒め殺しという手段を用いられるとやるせなくなる。

 

 そんな俺の内心を悟っているのか、銀髪赤目のバカ女は口の中のものを飲み込んでから話を始めた。

 

「照れてるだけさ。あまり気にするものじゃないよ」

「わかった気になるなよ不法侵入者」

「これは前も言ったが、この部屋を借りてるのは私だ。君の住居登録はされていても実際の借主は私、要するに私もこの部屋に住んでなんの問題もないわけだ」

「歳の差がね……」

 

 あぶねーな。

 負けそうになったからとりあえず年齢を突きつけることで引き分けに持ち込んだ。師匠は顔と身体がマジで満点なんだが、年齢いじりをすると一瞬で沸騰するくらいコンプレックス抱いてる。別に深く傷ついてるわけじゃ無いと思うから俺もやめないし、師匠もやめろとは言ってこない。

 

 ぷすぷす焦げたがそこまで苦しくないので放置、ステルラの皿に乗ってる野菜を摘む。

 

「あっ、行儀悪い」

「気にするな、テーブルマナーなんか俺の家には存在しない」

 

 ドレッシングもかけてないただの野菜だが素材の味が口全体に広がって青臭い。

 そこら辺の野草に比べれば遥かに健康的で人間の体に適した味なので気にはならないがな。常識的に考えて人が管理して作ったものより天然で採ったものが安全なわけがない。

 

 病原菌が潜んでる可能性があるし、生の虫とか絶対食っちゃいけない筆頭だ。

 

 俺? 

 俺は食ったよ。

 それしか食うものなかったからな。

 

 そしてマナーなんて存在しないと言いつつも、立ったままで食べるのは普通に食べづらいので椅子に座ったのだが…………

 

「ちょっと待て。なんで椅子が増えてるんだ」

「なんでって……そりゃあ使うからさ」

 

 ???? 

 

 なんで俺の家は一人暮らしなのに四人分以上の椅子があるんだよ。

 おかしいだろ普通に考えて。 

 

「どうせ君の家は溜まり場になってるし問題ないんじゃないか?」

「ざけんなバカが、俺のプライバシーを返せ」

「ハッハッハ、そんなもの森に埋めてきただろうに」

 

 ……すぞ…。

 

 山よりも高く海よりも以下略な心を持つ俺としても怒るべきラインは存在している。

 こうやって表現することも数えるのが億劫なくらいだが、もうめっちゃライン越えしてるんだよなこの女。そろそろ俺の怒りというものを見せるべきなのかもしれない。

 

「じゃあ俺もステルラからプライバシーを奪う。それで対等だ」

「私!?」

 

 何『私は何もやってないのに、酷い……』みたいな顔してるんだ。

 家主の了承を得ずに家に侵入している時点で同罪に決まってんだろ。あとお前からプライバシーを奪えば俺が好き勝手出来るから代償としては丁度いい部分もある。

 

「あんな事やそんな事をしてやる。覚悟しておけよ」

「あ、あんな事……」

 

 喉を鳴らして頬を少しだけ赤く染めているが、具体的には金を出してもらったり食事を作って貰ったり身の回りの世話をしてもらう事で一切性的な要素は含んでいない。

 確かに最近ボディランゲージ(接触型コミュニケーション)が多くなっているとはいえそこまで困っている訳じゃあない。ていうかそもそも、ステルラが女性として滅茶苦茶魅力的かと言われれば別にそこまでというのが世間の評価だろう。

 

 可愛いし身長もそこまで高くはない。

 笑顔が魅力的というのがミソなのだが、実はステルラは普段から笑いまくるタイプじゃない。

 

 昔はよく笑っていたんだがなぁ……

 成長すれば変わっていくのは当然だが、俺はこいつが笑ってる姿が好きだから出来る限り笑っていて欲しい。でも不憫な時のステルラも割と好きなんだよな。

 

 以上、生涯外に出す事の無い俺の感情。

 

「どうせ食事とかお金とかだろうに」

「よくわかってますね。流石は師匠だ」

 

 再起動に時間が掛かるステルラを放置して、用意されてた取り皿におかずを盛る。

 食文化に関しては明るくないのだが、三人で食事を摂る時はなんとなく故郷の飯に寄せている。大層なもんじゃないけどな。

 

 別に誰かが言い出した訳でもない。

 なんとなく、それぞれがそういう風に寄せているだけだ。

 

 皿に盛ったおかずを口に放り込んで咀嚼する。

 

 懐かしい味だ。

 俺にとっては十年近く離れていた味ではあるが、実は師匠も何回か山籠もりの時に作ってくれてるからそこまでノスタルジーを感じている訳ではない。

 

 十年。

 

 親に会わなくなってそれくらいの時が経つ。

 

 今、どうしてるんだろうか。

 師匠から元気にしているという報告は聞いているが、顔も見ていないのだ。俺に親の立場はわからないが故に想像するしかなく、子供が成長していく過程を見る事が出来なかったのはどう思ってるんだろう。

 

 師匠はそこら辺の話を俺に一切しない。

 俺は家族との話し合いの場には同席しなかった。俺が援護しても意味はなく、師匠がいかにして両親を納得させるかどうかの話であるからだ。

 

 そこそこ小賢しいとは言っても俺は所詮子供。

 立場も何もない俺があの手この手を使うより、立場もあり合理的で倫理的な言葉を扱える師匠に任せるべきだと判断したのだ。だって俺はやりたいって言ってるのに反対するんだもん。毎日ヘトヘトになって帰ってきてるのにそれ以上に苦しむかもしれないなんて言うからだよ、全く。

 

 少しくらいは嘘ついてもいいのにな。

 

「どうしたんだい?」

「俺の親はどうしてるのか気になっただけです」

「…………会いたいか」

「そりゃまあ。出来る事なら元気な内に顔は見ておかないとな」

 

 いくら俺に前世の記憶らしき何かが混在すると言っても、俺は俺。

 ロア・メグナカルトという一個人であると認識しているし、産み育ててくれたのは紛れもなくメグナカルト家の人間である。途中から師匠が親代わりとして育ててくれたがそれはイレギュラー、

 

 記憶の代償かは知らんが高熱を出した時に献身的に救おうとしてくれた事を忘れるわけにはいかない。

 

「勘違いするなよ。俺は今の(・・)人生後悔だらけではあるが決して呪うつもりはない」

 

 俺が必要だと考えたから師匠に願ったのだ。

 誰かの手を借りないと強くなれない事を理解し、非常に不服ながら、本っ当~~~~に嫌だけど師事をしてもらいたいと思った。努力はクソだが役に立つゆえ、才能がない俺に残された道はそれしかなかったんだ。

 

「だからいちいちそんな顔をするな。俺は貴女に感謝してるさ」

「……すまない」

 

 俺は子供だが、だからと言って大人に対して過剰な希望を見たりはしない。

 そりゃあ魔祖とか魔祖十二使徒は長生きだし、その分色々経験してるだろう。そこら辺のめっちゃ経験豊富そうな老人以上に年齢を重ねてるのだから頼れるのは間違いないのだが──完璧じゃない。

 

 人は何処か完璧じゃない部分がある。

 外面を完璧に見せようとしたところで上手く行かないのさ。

 

「────で、何時頃帰省する」

「そうだねぇ……私は後半忙しいから、先に行っておきたい気持ちはある」

 

 フーン、後半忙しいのか。

 

「俺は師匠に合わせるぞ。何にも用事がないからな」

「それはそれで悲しい話なんだが……」

 

 暇万歳、暇最高。

 暇と自由という単語には夢が詰まってるんだよ。

 

「ステルラは?」

「私はいつでも…………お母さんもお父さんも去年まで一緒だったし」

 

 確かに。

 

 もしかしてどうしても帰省しておきたいのって俺だけか? 

 

「じゃあ明日から一週間くらい滞在って形で構わないかい?」

「それでいいっすよ」

「私も!」

 

 もしゃもしゃと野菜を口に放り込みつつ、予定も決まったから先程の記憶について考える。

 

 あれは師匠の若かりし姿で間違いない。

 魔祖にボコられるというか、英雄一行(便宜上の呼び名)に出会うまでは人体実験によって作り上げられた殺戮人形(キリングマシーン)だった筈だ。

 

 そこから解放されたのも英雄が全部を叩き潰したからで、その点を踏まえて師匠は『私の英雄』と言っていたのだろうか。

 単に好きだから言ってる説も否めないけどな。師匠が英雄に惚れていたのは記憶の中からも推測可能であり、尚且つエミーリアさんとかロカさんとかの揶揄い方を見るに確実なモノだろう。

 

 今でも好きなのかは知らん。

 

 俺を見る目から察するに、愛情は持ち合わせていても色恋のような感情は無いんじゃないだろうか。

 

 少なくとも俺に対しては、だが。

 好きな男が死んで数十年引き摺って隠居生活してるんだからそりゃもうドロドロのドロに決まってる。なぜ俺の事を『英雄』として育て上げたのかは、本人のみが知るところだ。

 

 俺個人としては意を汲んでくれたのだと解釈している。

 才能が無くて、それでもどうにかこうにかして惚れた女に追いつきたいから強くなりたいと願う子供。英雄の軌跡を描いていたから導いてくれたのか、俺自身を見てくれたのか。出来る事なら後者であることを願いたい。

 

「なあ師匠」

「なにかな」

「こないだ言ってた“英雄”の文献、見たいんだが」

 

 ダメもとではあるが、とりあえず話を振ってみた。

 実際彼が記した本であるなら喉から手が出るくらいに見たいし、そうじゃなくても十二使徒が抱えている秘密の文書は気になってしょうがない。

 

 少しだけ目を細め、マグカップを口元に寄せてつける寸前で止まる。

 

「…………そうだな」

 

 やはり師匠にとっても大事なモノなのだろう。

 俺が欲しいと言う機会はそれなりに多いのだが、ここまで深く思案する事は無かった。

 

「ロアがステルラに勝ったら、見せてあげるよ」

 

 はい出ました~~~! 

 

 すーぐそうやって○○やったらって条件付けるんだからさぁ! 

 

「ふふっ。いいじゃないか、勝てば見れるんだから」

「ステルラに勝つってのが難しいんだが……」

「負けちゃうのかい?」

「バカが、負ける訳ねぇだろ」

 

 なっ、ステルラ。

 肩に手を回して同意を求めたが、どうやらお気に召さなかったのか紫電での返答が来た。

 

 少しピリピリするな。

 

「負けないもん!」

「負けてくれなかったら俺はステルラの前で死ぬ」

「え゛っ」

 

 勿論嘘だし全力を出してくれないとキレるのだが。

 全力じゃないステルラに勝って何がある。そんなもの勝ちじゃない。卑怯な手段で勝ったところで一体誰が俺を褒めたたえると言うのだろうか。

 

 俺は納得しない。

 正面からぶつかり合って勝利して、やっと証明できるのだ。

 

 俺を信じてくれた人に。

 俺に期待してくれた人に。

 俺を、育てて導いてくれた人達に。

 

 親不孝者が出来る唯一の親孝行がソレだ。

 

「嘘に決まってんだろ」

「えっ、あっ…………もー!」

 

 こんなに可愛い反応をしてくれるのにどうしてあんなに強いのだろうか。 

 その華奢な身にどれだけの才が込められているのか。

 

「俺は全力のお前じゃないと嫌だ。わかってるだろ」

「も、もも勿論わかってたから!」

 

 絶対わかってなかったな……

 師匠と共に懐疑的な視線を送ってしまった。

 

「まあ、こういう所がステルラらしい」

「そうだねぇ。君も気に入ってるだろ?」

「勿論」

「ロアの意地悪……」

 

 最近こういう日常の割合が増えて来たな。

 殴られたりするより全然こっちの方が好みだ。自堕落でありたいという俺の想いが成就する日は果たして訪れるのだろうか。

 

 頬を膨らませながらもりもり飯を食らっている幼馴染。

 呑気だが、その呑気な状態こそがステルラの最も魅力に見える時だ。

 

「…………何?」

「いいや。お前はなんだかんだ言ってステルラのままだ」

「……………………そう、なんだ?」

 

 ああ、そうなのさ。

 

 マグカップを手に取って、一口。

 

 夏休みの後半は師匠が居ない。

 ならば前半でひたすら遊び尽くすしかない。思い出は作らなければ存在しないが、作りすぎて消える者じゃないのだから。

 

 暇出来ると思うなよ。

 

 静かに、それでいてゆっくりとだが。

 確かに俺達三人の日常を過ごす休日も、まあ、悪くはない。

 

 

 

 



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第二話

 三人で過ごした休日を終えて、翌日。

 昼頃に俺の家に集合し、そこそこ荷物を抱えたステルラと鞄一つの俺という対極な装備で固めた一行はテレポートによって一瞬で故郷へと転移した。

 

 馬車で一週間、転移で一瞬。

 いや〜〜〜、楽でいいね。俺は楽と快楽と堕落をこよなく愛する男、手を抜くことに関しては誰よりも研究を重ねていると自負しているがこれほどまでに楽だともう離れられんな。

 

 一生師匠に世話してもらおう。

 

 そんなどうでもいい思考を尻目に、ボケーっと空を眺めていた俺に声をかけてきた。

 

「懐かしいかい?」

「十年ぶりだ。覚えているようで覚えていないような景色だな」

 

 故郷(ふるさと)

 確かに俺にとってここは生まれ育った地であるのだが、それ以上に山での暮らしが強烈すぎて塗り替えられているような感覚だ。

 

 なのに覚えているのだから、子供の頃の記憶というのは案外舐めたものではない。

 

「君にとっての故郷は間違いなく此処だ。私との暮らしは別物だよ」

「そうですかね。俺は結構師匠と暮らした数年間を大切に思っていますよ」

 

 大切に思わなきゃやってられねぇ。

 毎日答えのない拷問を受けているような気分で陰鬱とした精神のまま成長を重ねた俺を慰めるにはそれしかなかった。大切だったよ、あの日々がなければ俺はきっと後悔していた。

 

 取り返しのつかない間違いを犯す所だった────そうに決まってるんだ。

 

「そうじゃなきゃ昔の俺があまりに不憫だ」

「ああ、そういうやつ……」

 

 師匠が少し眉を顰めているが、不機嫌な様子ではない。

 なんだかんだ言ってこの人は俺の人生を預かっているという事実を滅茶苦茶重たく認識している。具体的にはお小遣いをねだると絶対多めにくれる所とか、学園に通わせてその後の進路を提示してくる所とか。

 

 百年以上生きてるからと言って精神的に超越したかと言われればそうじゃない。

 

 人並みに傷つくし人並みに悩むし人並みに苦しむ。

 

「何度言ったかわからんが、俺の人生に関して師匠が気に病むことは一切ない。俺は俺の目的があって師事を仰いだ、師匠はそれを受け取った。途中でやめるチャンスをいくらでもくれたのは忘れてないさ」

 

 みんな他人を過大評価しすぎ。

 人は人であるという点から逃れられないし、思っているより自分は優秀じゃないし、思っているより他人も優秀じゃない。考えていることが想像もつかないとは言え培った常識が存在し、また、彼ら彼女らにも各々の家族や人生が存在している。

 

 言わなくても伝わる、なんてのは幻想だ。

 

 ま〜〜じで何度もこう言ってるんだが、全然信用してくれない。

 これだけ本音をぶちまけてるのにいまだに信用されないのは少し悲しくなってくるぜ。

 

「…………相変わらず、ロアは優しい子だ」

「他人に優しくしておけばいつか報われる日が来るかもしれないからな」

「わ、私も師匠に鍛えられて感謝してます!」

 

 俺と師匠の会話に入り込む幼馴染。

 ふっ、お前は典型的なコミュ障だからな。自分一人だけ取り残されているような感覚に耐え切れなかったんだろうが、その程度俺たちは予想可能だ。

 

「……ふふっ。ありがとう、二人共」

 

 うむ。

 本当にダメな奴はここで『年下に慰められるなんて、本当に私はダメだ……』ってヘラるからな。その点師匠は真っ直ぐに受け取ってくれるからイイ。

 

「で、だ。此処はどこら辺だ」 

「西地区だね。懐かしいんじゃないか?」

 

 お前悪魔か? 

 先程まで師匠に優しくする優男ムーブをしていたが、今この瞬間取りやめることを決意した。

 

 俺の家は東地区にある。

 此処は西地区。若かりしステルラが覚えたての身体強化魔法で爆走し十分程度で来てしまった場所であり、俺にかつての英雄の最期を見せる原因となった因縁深い場所だ。

 

 そしてシンプルに家まで遠い。

 めんどくせぇ、一発で家まで連れてってくれよ。

 

「あの後ステルラに引き摺られ空を駆けたのは今でも根に持っている」

「も、もう! 子供の頃はノーカンでしょ!」

「今も大して変わらんが……まあいい。子供じゃなくてもルーチェとやらかしてるしな笑」

「う゛あ゛っ!」

 

 致命傷だったのか、ステルラが崩れ落ちて四つん這いになった。

 プルプル震えた後に頭を地面に打ち付け、周囲に人目がないのを良いことに暴れ出す。

 

「あ゛ぁーッ! 子供の頃に戻りたい!! やり直したいよぉ!」

 

 壊れちゃった…………

 

 好きな女がジタバタ暴れるのを悲しい目で眺めることになるとは考えていなかった。

 俺は子供の頃に絶対絶対絶対ぜぇ〜〜〜ったいに戻りたくないのだが、ステルラほど色々持っているならそりゃあ戻りたくもなるだろう。未来から巻き戻ってはい俺つえーは全男児の憧れだからな。

 

 勿論俺も妄想したが、別に子供になったからと言って今と思考も知っていることも特に変化がないので単純にまた苦しむだけなので諦めた。

 

 虚しくなるな、やめよう。

 

 師匠と目線を合わせて、無言で頷いた。

 

「師匠、どうにかしろ。アンタの後継者だろ」

「ロアがどうにかしなさい。君の幼馴染だろ」

「二人で押し付け合わないでよぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愚か人間ステルラが落ち着き、軽く周囲を見ながら歩いておよそ一時間ほどだろうか。

 雑談をしながらだったからそこまで長くは感じなかった。むしろちょうどいい運動になって俺も調子が良くなってきた頃合いだったのだが、到着してしまったのだから仕方ない。

 

 師匠は役場に用事があるらしく先に消えていった。

 家のある場所が変わってないのは聞いているので途中まで二人きりで歩き、なんとなく心地いい雰囲気になった。

 

 ステルラと家の前で別れてそこからおよそ三分程度。

 手土産(前日に急遽購入した適当な菓子)を持って実家に向かうと、事前に師匠が伝えていたのか両親が待ち構えていた。

 

「お久しぶりです、母上。それと父上も」

「おかえりなさい。大きくなったわねぇ」

 

 よしよしと頭を撫でようとするが、母上は背が低いので届きそうもない。

 背丈は父上を越えているからな。もうとっくの昔に両親よりも大きくなっていたらしい。

 

「元気だったか?」

「まあまあだな。それなり以上に苦しんだが、それなり以上に納得している」

 

 そうか、と答えると、父上はにこりと笑った。

 皺が増えたな。十年会わない間に俺は子供と言える容姿ではなくなり、二人は老けた。身近にいる人間が衰えを一切感じさせない超越者だから忘れていたが、普通の人間はこうなるのだ。

 

 しみじみと俺が噛み締めていると、空気を全て破壊して母上が問いかけてきた。

 

「ステルラちゃんと交際はしてるの?」

「してませんが…………」

「なんだって!?」

 

 いきなりぶち込んできたなこの女。

 子供にそういう話題を振るのは嫌われやすいぞ。大人は揶揄うように言葉を放つだけだが、幼い子供にとってデリケートな部分を踏み躙ってはいけないんだ。

 

 後父上、なんだってじゃねぇよ。

 何付き合ってるのが前提だと思い込んでんだよ。おかしいだろ。

 

「付き合う付き合わないは明言してない。俺はモテるからな、独占すると悲しむ女の子が多いのさ」

「我が息子ながら中々に気持ち悪いな」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 誰が勘違い男だ。

 勘違いじゃねーし。ルーチェが明らかに好意を寄せてきてるのもルナさんが明らかに俺のことを異性として好きなのもアイリスさんが俺を気に入ってるのも全部勘違いじゃねーし。

 

 これが勘違いだったら死ぬ。

 

「若いっていいわねぇ」

「若気の至りというヤツだ。山暮らしの反動だとでも思ってくれ」

「ああ、なるほどな」

 

 なるほどな、じゃないんだけどな。

 禁欲生活が長かった所為で反動が来てると思われるのが一番丸い。

 

 実際師匠みたいな顔はいい身体もいい最高の女性がすぐ側にいるのに性を発散できないの、控え目に言って地獄だろ。

 

「それはそれとして、俺の部屋ってまだ残ってるのか。残ってないなら適当に寝泊まりできる部屋を貸してくれるとありがたいんだが」

「ちゃんと掃除したぞ。ロアがよく読んでた本もそのままだ」

 

 ありがてぇ。

 さりげないこういう気遣いが助かる。

 十年間顔を合わせていなかった家族とか少しギクシャクしてもおかしくはないんだが、そういうのを一切感じさせないように配慮してくれている。こういう所なんだよな〜〜、こういう所。

 

「助かる。一応これが土産だ」

「あらまぁ、ロアがこんな風に気遣いできるようになるなんて……」

「まるで俺が気遣いできてないみたいな言い方になってますが、昔から俺は気遣いが出来ていたと自負しています」

 

 主にステルラに対して。

 

「昔から妙に聡い子供ではあったからなぁ。神童か、なんて思ったこともあったんだが……」

「ステルラちゃんが居たからあんまりそうは思わなかったわねぇ」

「その話はやめてくれ。俺に効く」

 

 古傷に響くぜ。

 あ〜あ、俺にも俺つえーできる時期があったんだけどなぁ〜〜! 

 まじで一瞬で消え失せた俺の最強時代はどこにいっちまったんだよ。ステルラの登場と共に俺は一般人に堕とされたんだ。あの頃の自信はもう取り戻せそうもない。

 

「さてと。いつまでも立ち話もなんだし、顔合わせするか」

「そうねぇ」

 

 顔合わせ? 

 

 ボケっとする俺を置いて母上が家の中に入っていった。

 

「誰と顔合わせするんだ。祖父や祖母はいなかったと記憶しているが」

「同居はしてないもんな。そっか、会った頃の記憶は流石にないか」

 

 ううむ、覚えていないな。

 俺が子供の頃から色々覚えているとはいえ、赤子の頃の記憶はない。

 

 それを考えると祖父や祖母にも悪いことをしているな。

 孫が顔すら見せないまま十年経過してるのに成長過程がわからないのって普通は悲しい出来事なんじゃないだろうか。俺は子供を持ったことがないし保護者と呼べる年齢でもないから想像に過ぎないが、子供の成長が楽しみという人たちも一定数以上いることを知っている。

 

 また一人、しっかりと向き合わなくちゃいけない人達が増えたな。

 

 そんな風に待つこと一分程度。

 扉が開き、中から母上ともう一人──小さい子供が出てきた。

 

「…………ちびっこだ」

 

 子供なんだが…………

 さっきまで想定していた流れが完全に崩れた。祖父と祖母の話はどこ行ったんだよ、父上の口ぶりはブラフだったのかよ。

 

「ほら、よく話してるでしょ? お兄ちゃんよ」

 

 ……………………? 

 

 思わず思考停止してしまった。

 

 お兄ちゃん。

 そうか、俺の妹か。

 

 は? 

 

 母上の身体から少しずらして顔を見せた少女は、覇気のない瞳のまま俺のことを見つめる。

 

「はじめまして」

「……はじめまして」

 

 動揺したまま返答してしまったが、少女はそれを気に留めることもなく身体を翻す。

 身長で言えば俺の腹部とかそこら辺まで、幼い顔立ちから齢も十に満たないくらいだろう。つまりこの子は、俺がいなくなってから数年で誕生した妹である。

 

「スズリ・メグナカルトです。これからよろしくお願いしますね、お兄ちゃん」

 

 ぺこり、と。

 やたらと綺麗な作法で一礼する妹に対して、よろしくと答えるのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 




最近忙しかったのでリハビリ中です(執筆)
前のペースで投稿するのは厳しいかもしれませんが、ご理解頂けますと幸いです。


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第三話

「おっ、ロア坊じゃないか」

「お久しぶりです」

 

 部屋に荷物を置いてリビングに降りてくると、客人として招かれていたのかエールライト(父)がいた。

 

 顔は老けたがその身体に衰えは見られない。

 腕の筋肉とかチラ見えしてる胸元の筋肉とか発達しまくってる。流石農家、一生懸命働いているだけで肉体が鍛えられる過酷な職業だ。

 

「随分大きくなったじゃないか! ステルラに手を出してないだろうな」

「手を出すわけないじゃないですか。俺は向こうから手を出してこない限り攻めませんよ」

 

 理由としてはそれをネタに脅されたくないからだ。

 揶揄われる程度ならばレスバしてボコればいいが、女に手を出したというのは些か不利になりすぎる。責任とかいう俺が最も忌み嫌う単語すら発生してしまうし、学生で養われている身でやるのはちょっとヤバいやつだろ。

 

 師匠の名誉も傷つけてしまうのでやらん。

 

「アイツはなんだかんだ言って普通の女。こっちから愛を囁いてやればそのうち我慢できなくなって襲ってくるだろう。そしてステルラは強いやつなので、必然的に俺は悪くない流れが作れるわけだな」

「昔より酷くなったな」

「聡くなったと言ってほしいですね」

 

 扱いやすさで言えば上から三番目くらい。

 一番扱いやすいのはルーチェ、二番目に扱いやすいのはルナさんと師匠、三番目にステルラ、アイリスさんもそこら辺だな。あの人ストレートに感情をぶつけるのに弱そうだからその手で攻めてみるのも良さそうだ。

 

「……ま、結局うちの娘を追いかけてくれたのはロア坊だけ。アイツも満更じゃないだろうし、俺は許す。泣かせるなよ」

「勝手に泣くから最後のは承諾しかねますね」

 

 涙目になってルーチェに言葉責めされてる姿を何度か見たことがある。

 もうちょっとぐいぐい押してきてもいいじゃねーかとは思うんだが、ステルラにはステルラのペースがある。俺の精神力が鋼(笑)だから耐えられているが、これが普通の青少年だったらどうなっていたのだろうか。 

 

 恋愛に関してクソ雑魚すぎる俺の周り、一番心臓が強いのはアルベルトだからもうお終いだよ。

 

「これは時間の問題かしら」

「孫の顔が見られるのはそう遠くなさそうだなぁ」

 

 おいコラメグナカルト夫妻。

 他人の恋愛事情に突っ込んでやんややんや言うのは正直あまり好きじゃない。好きだの嫌いだの、そういう感情は本当に本当に本っ当〜〜〜に丁重に扱わねばならん。

 

 好きと嫌いはありとあらゆる感情を置き去りにするほど重たいんだよ。 

 それを気軽にいじったら爆弾が爆発したなんて事例は腐るほどあるし、実際学園の中でも恋愛で破滅する男を見かけたことがある。逆に恋愛で破滅させる男も周りにはいるが、そうならないように俺は細心の注意を払っているのだ。

 

 俺? 

 俺はノーカンだろ、だって向こうが俺のこと好きなのわかってるし。

 

 見え見えなのが悪い。

 

「エイリアスさんの教育の是非がわからんな」

「フッ、俺が優秀すぎるせいでそう見えてしまうのも仕方ありません」

「少なくとも個人を活かすタイプなのは間違いないようだ」

 

 さて、と口ずさみながら膝に手をついて立ち上がるエールライトさん。

 

「邪魔したな。折角だから顔を見たくて抜け出してきたんだ」

「お疲れ様です。俺も今度会いに行きますよ」

「俺じゃなくてステルラに会いに来い。ずっと寂しそうだったんだぞ、全く」

 

 ふ〜〜〜ん。

 

 愛しい奴め。

 友人としてか異性としてか、詳細は問わないがアイツにとって俺が重たい比率を占めている事実だけで正直興奮する。

 

 しょうがないだろ。

 子供の頃から負けっぱなしでもうそれ自体が性癖に刻まれてるんだ。師匠に対してもステルラに対しても、本当に認めたくはないが色々思う所があるのは否めない。

 

 俺も大人になったからな。

 色々考えて受け止めることができるようになったのさ。

 

 家から出て行ったエールライトさんを見送って、父上が呟く。

 

「いやー、久しぶりに話したけど元気そうだな」

「へぇ、最近付き合いなかったのか」

 

 意外だな。

 俺とステルラが幼馴染というより、家族ぐるみでの付き合いの方が大きいと思っていた。

 

「向こうが忙しくてな。エイリアスさんが抜けた穴を埋めてたから仕方ない」

「あ〜〜〜…………」

 

 そういやあの人めっちゃ役職抱えてたわ。

 今更思い出したが、軽く数えるだけでも七個くらい並行して仕事してたような気がする。

 

 あれ? 

 これって俺のせいで村に負担押し付けたんじゃないか。

 

 少なくとも元の予定ではステルラに対して英才教育にも似たスケジュールを組んでいた筈。

 無論ステルラが首都魔導戦学園に入学するのは確定だろうから、そこに合わせて引き継ぎや各種手続きを行う予定だった。ところが俺という異物が乱入した結果俺にかかりきりになった師匠は引き継ぎ等を元のペースで行うことが出来ず、村のいろんな方面に迷惑をかけた…………

 

 あー…………

 

 うん。

 

 これ俺が悪いな。

 子供だからと言い訳するのは容易いが、冷静に考えたら破茶滅茶に迷惑かけてる。

 

 その旨を伝えると、俺の想像とは違った答えが返ってきた。

 

「いや、別にそこらへんでは苦労してないぞ?」

「マジかよ」

「エイリアスさんが教育も兼ねて次の世代と一緒に仕事してたからな。ちょっと効率とかが落ちたけど一年くらいで慣れたもんだ」

 

 俺が想像しているよりも大人たちは冷静で優秀である。

 そりゃそうだ。俺は十五年しか生きていないがこの人たちは俺の倍の年数生きている。

 

 経験したことも学習してきたことも俺とは比べ物にならないだろう。

 

 そんな風に少し感心していたんだが、あの人が忙しい理由はまた違うらしい。

 

「単にアイツが村長も兼任してるから忙しいだけだな」

「…………村長かよ……」

「因みに俺は何も負担してない。ワッハッハ!」

「働け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く、感心して損したぜ。

 見事なまでに村に関心がない父上を黙らせたところで、俺は妹の部屋へと向かっていた。

 

 理由はただ一つ。

 仲良くなりたいから。

 

 折角血を分けた唯一であるし、俺の方が年上だからな。

 怠惰で自堕落な性質を持つ俺であっても最低限の礼儀は持ち合わせているのさ。

 

 長年顔すら合わせてなかった男がいきなり兄ですなんて言ってきてもあまり嬉しくはないだろうが、どうせ長い付き合いになるのだ。

 

「スズリ。今時間いいか?」

 

 扉をノックして反応を伺う。

 礼儀作法だけは完璧に仕込まれているので失礼はない筈だが、反応はない。多分いるのはわかってるので寝てるか無視されてるかだな。

 

 仮に無視されていたら寂しいんだが、俺がヘラるより先に扉が開いた。

 

「……なんですか?」

 

 相変わらず覇気のない瞳で、顔だけひょっこり覗かせている。

 敵意はないし警戒されてるわけでもなさそうだ。多分これがデフォルトでそういう性格なんだろう。

 

「折角だし仲良くなろうと思ってな。どうだ、俺がめんどくさくない範疇で遊んでやるぞ」

「遊ぶのは面倒くさいのでちょっと……」

 

 ……………………。

 

「……身体を動かすのは嫌いか」

「嫌いっていうより、動きたくないですね」

 

 ……………………。

 

「休日といえば」

「読書です」

「勉強は」

「興味のあることだけやりたいです」

 

 流石は俺の妹だ。

 急に親近感が湧いてきたので頭をわしゃわしゃ撫で回したが、特に反応がないままぐりぐりされている状態だった。

 

 少し乱れた髪の毛を自分で整えてから、スズリは口を開く。

 

「本を読むだけで生きていける仕事ってありますか?」

「父上の脛齧って生きていくのがベストだな」

 

 何かに満足したのかスズリが扉を開いて中に入っていった。

 これは俺も入れってことか。違ったら出てけって言われるだろうしお邪魔しよう。

 

 歳の離れた妹の部屋だが特に緊張はない。

 女子の部屋とか入り慣れてるしな。ルーチェの部屋がメルヘンな物ほとんど置いてないのによくわからん寝巻きがあるのとか、ステルラの部屋は可愛い系のぬいぐるみが沢山ある所とか、人それぞれで結構違う。

 

 スズリの場合大きな本棚と積み上がった本。

 

 まるで俺の部屋みたいだな。

 

「本が好きか」

「本を読んでいる間はいくらでも言い訳できるから好きです」

 

 滅茶苦茶正直だなオイ。

 その理屈は理解できる。俺もステルラにボコされて一週間の間何もする気にならず、どう足掻いても俺は負けたんだという事実を受け入れるために心を無にして本だけ手にしていた時期があった。

 

 本を読んでいるときは言い訳ができるんだ。

 勉強している、本に興味ができた、読むのが楽しいから、時間を潰せるから。

 

 自分の心を落ち着かせるための時間が欲しいだけなのに、読書という工程が入るからまるで自分が正しい行動をとっているかのように錯覚できる。

 

「何もないですがどうぞ」

「本がある」

 

 借りていいか聞き了承を得たので一冊手に取る。

 

 大戦時代の少々過激な描写もある伝奇だった。

 過激と言っても性的な描写が濃いのではなく、単純に戦争の凄惨さが色濃く描写されている本。一夜にして滅んだ街とか、住民全てが焼死した村とか、魔法で溶けた貴族とかそこら辺。

 

 かつての英雄の記憶に結構そういうのあるから想像できてしまうのが余計キツイのかもしれない。

 

「お兄ちゃんの本も幾つか読んでました。ごめんなさい」

「気にするな。本は読まれるために書かれてるんだ」

 

 持ち主が山に消えたからな。

 埃を被っているよりかは読んでもらったほうが本にとって本望だろう。

 

 本だけに。

 

 特に何も考えずに開き癖の残っているページを開いて、なんとなく読む。

 

「父上も母上も、何も言ってこないだろ」

「そうですね。すごい気楽です」

「俺もそれに救われてた。抜けてるようで妙に察しのいい両親だからな」

 

 ステルラにボコされて抜け殻のようになっていた俺に過度に干渉することもなく、かと言って距離を離しすぎるわけでもなく。

 

 待てるだけ待って、ダメそうなら手を貸そうってスタイルなのが俺には合っていた。

 

「スズリは勉強が嫌いか」

「嫌いではないけど……楽しくはないです」

 

 楽しいことだけやっていてぇ。

 楽したいよな〜〜〜、わかるよその気持ち。

 本読んでるだけで褒められる世界に生まれたかったと思うこともある。

 

「人生なんてそんなことばっかりだ。俺もできることなら一生誰かに養われていたいし縁側で本を読みながら眠くなったら寝る動物と同じ生活がしたい」

 

 出来ないのがわかってるから文句を言いながらやるしかないのが辛い所だ。 

 

 やらないことは現実に反映されず、僅かにでもやったことだけが人生に影響を及ぼしていく。

 

「夏休みの宿題はあるのか?」

「あります。やってないです」

 

 清々しいな。

 俺も課題は出されているが向こうの家に置いてきた。

 休む時と(非常に心苦しいが)頑張るときはメリハリをつけなくちゃいけないと師匠も言っていた。九割脱力一割全力スタイルの俺にとってこの言葉は金言だった。

 

「やるときはやる。これが中々面倒くさい」

 

 コクコクと頷く妹。

 血は争えない、か…………

 

「お兄ちゃんは極度の面倒くさがりだと聞きました」

「間違ってないが少し不愉快だ。父上が犯人だな?」

「ごめんなさい。でも好きな人のために数年間苦しんでいたって話も聞きました」

 

 俺の本命普通にバラすのやめてくれないか? 

 

 ふぅ〜〜〜〜っ…………

 

 ステルラ以外全員気がついてることはいいだろう。

 認めてやる。人に気配りするのが得意で苦手という謎の矛盾を抱えている俺が認めてやるのだ、それは事実だ。

 

 ステルラが好きなのを認めるのはいいが、それがステルラの耳に入らないように騙しまくってる俺の気持ちにもなってくれ。

 

「なんで頑張ったの?」

 

 先程と同じく覇気のない瞳で見つめてくる妹。

 

 純粋な興味か、何かしらの感情があるのか。

 流石に付き合いが短すぎるから読み取ることは出来ない。

 

 どう答えれば正解か────そうやって探るのもよくなさそうだな。

 

「それしかなかったからだな」

 

 シンプルな答え。

 俺にはそうするしかなかった。

 

 ステルラが将来的に死に瀕するような予想をしたのも、自分が努力しなければいけない理由も、どうにかしたいという感情も全部含めて考えた結果がそれだった。

 

 他人に期待するのは楽だが気持ち良くはない。

 期待を無責任に投げかけて他人を潰すだけの生命体にはなりたくなかった。かつての戦争を終結させた英雄、彼に全てを押し付けた過去の人間のように。

 

 俺には記憶がある。

 全て背負って立ち向かった側──要するに、押し付けられた側の記憶がある。

 

「そうするしかなかったんだ」

 

 だからやった。

 それ以外に方法があるなら教えて欲しかった。

 魔法は使えず、強くもなくて、でも未来に惨劇が起きる可能性を俺だけが予知している。

 

 記憶があるなんてことを誰かに言ったところでどうにもならず、十二使徒という超越者たちはかつての英雄(他人)へ複雑な感情を持っているのに、「英雄の記憶持ってるよ。他人だけど」なんて変なガキが現れても困るだけだろ。

 

「ま、それ以外にマウント取れるからやったんだけどな」

「うわ…………」

「勉学はステルラにボコボコにされたが礼儀作法は完璧だ。いきなり貴族のパーティーに呼ばれたって褒められる自信があるぜ」

 

 外面は整えるだけ得をするからな。

 

「スズリも覚えておくといい。

 勉強は楽しくないが役に立つ。

 運動は苦しくなるが役に立つ。

 努力はゴミクソだが役に立つ。

 以上をロア・メグナカルト三箇条と名付けよう」

「すごく嫌なアドバイス……」

 

 大人も所詮は子供だ。

 子供が大人に成長しただけで別に大人じゃない。

 

 変な言い回しになってしまったが、要するに人生経験を積んでいろんな考え方や生き方をする人に出会った奴こそが最も成長するのだ。

 ロクな人生経験も出会いも他者との触れ合いもなく生きてきた人間がどういう大人になるのか、想像は容易い。

 

 その点で言えば俺に成長する要素が一切無いのも道理である。

 

 最初から知識や見識の面で言えば伸び代ないので。

 英雄の記憶(忌々しい記憶)が全てを証明してくるせいで俺の人生はすっかり変わってしまった。変わったおかげで後悔しなかっただろう事柄は多くあるが、変わらなければ抱かずに済んだ苦しみも沢山ある。

 

 俺はそれを投げ出すこともできたが、投げ出さなかった。

 投げ出そうというつもりにもならなかった。本気で捨て去りたいと思ったことはあったが、なくなっては困ると認識していたんだ。

 

 (ロア・メグナカルト)に才能はない。

 幼馴染(好きな人)を守る力は備わっていなかった。

 

 だから選んだ。

 助けてもらった。

 

 俺の話をそれなりに真面目に聞きつつ、力の籠ってないやる気のなさが丸わかりなモーションでスズリはベッドに倒れ込んだ。

 

 スズリはまだ子供だ。

 社会の仕組みも、大人の強さも知らない。

 

 まだ、知る必要もない。

 

「今は夏休みだ。長期休暇とは学生が青春を駆け抜けるためにあるのであって、即ち俺たちは楽しまなければ学生の本分を全うしていないということになる」

「一理ある」

「遊びに行くのが面倒くさいなら、好きなことをすればいい。俺は人を導けるほど優れちゃいないが、困っている人間を放っておくほど薄情でもないからな」

 

 そう言いながら本を元の場所に戻す。 

 

「…………そうなんだ」

 

 敬語が抜けたな。

 唐突に現れた男としては及第点を貰えたのだろうか。

 年も離れた初めて顔を合わせる兄妹なんて前例がないからありのままで対応したが、スズリにとって俺が不愉快な対象ではなかったのは喜ぶべきことだ。

 

 あの両親に育てられてるんだしそうなるだろうとは思っていたが……人には個人差がある。

 

「お兄ちゃんも勉強嫌いなんだ」

「勉強は手段だ。大変心苦しいことではあるが、手段を用いることで達成できる目的もある」

 

 他人にマウントを取る時とか。

 

「運動も勉強も何もかも、手段にすぎないと思っておけばいい。スズリにやりたいことはあるか?」

「ないよ。なーんにもない」

 

 ボケッと天井を見つめる妹。

 いまだ年若いのに既にそんなにやる気がないのは少々心配になるが、案外そんなものだ。

 

「やることが無いから本を読んでる。これが一番疲れないんだ」

「そうか。なら俺も肖るとしよう」

 

 スズリの隣に邪魔にならないように寝転ぶ。

 

 疲れないのはいいことだ。

 世の中には適度な運動をしなければいけないという常識があるが、そんなもの知ったことではない。

 

 面倒くさいことは面倒くさい。

 やりたく無いことはやりたくない。

 どうでもいいことに時間をかけたくない──その感情を振り払えない人達だって多くいる。

 

 その堕落と怠惰の果てにかつての戦争に繋がったのだから忌むべきものだが、少なくとも俺はそう思ってる。

 

「たまにはこんな日も悪くない。どうしても何もやりたくない時はな、何もしなくていいのさ」

「いいね。お兄ちゃんのこと、結構好きになったよ」

「嬉しいこと言うじゃないか」

 

 

 



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第四話

 妹と親睦を深め、身内判定を無事に頂いた翌日。

 二人揃ってリビングでぐうたら寝転んで本を読んでいると、家に喧しいのが飛んできた。

 

「────ロアー! ロアはいますかー!」

 

 俺の平穏はここまでらしい。

 母上は買い物に、父上は仕事をサボって買い物に同行しているために阻む障壁はない。

 

「何用だ。俺は常々言っているが、割と忙しいんだ。今日は特にやることもないがゆっくりと過ごそうと心に決めていたので帰れ」

「お久しぶりです、ステルラさん」

「あ、久しぶりスズリちゃん……じゃなくて!」

 

 リビングに普通に侵入してきたステルラが俺たちの姿を見て目を見開いた。

 

「なんで……一日で仲良くなってるの……!?」

「そこかよ」

 

 なんでって言われても俺達兄妹だからな。

 互いに悪意も警戒心も持ち合わせていないのだから順当に仲良くなるだろう。

 

「これが転校生と出会って一日で恋仲に発展するようならば驚愕に値するだろうが……俺達は兄妹だ。仲良くするのは当然だろ」

 

 動くのが面倒くさいのかブラブラ空中で揺らぐスズリ。

 

 俺は魔法を扱えないが代わりにフィジカルを鍛えた。

 昔は逞しい筋肉とか男らしい体格に憧れたものだが、それを維持する労力や努力を考えると反吐が出た。今だって努力を続けるのは不愉快極まりない。でも一度手に入れた物を手放すような愚かさは持ち合わせていないが故に必死に頑張っている訳だ。

 

 くそが。

 

「一人っ子のステルラにはわからんか笑」

「ぐ、ぐぎぎ……!」

 

 そんな歯を食いしばる程悔しいのか……

 一人っ子には一人っ子の特権がある。どちらかと言えば羨ましがられるのは一人っ子の方じゃないのだろうか。

 

「ステルラさんにお兄ちゃんは渡しませんよ」

「え゛ッ!?」

 

 おっ。

 ステルラの扱い方は完璧だな。

 

 俺はコイツが朗らかな顔で笑っているのが好きだが、不憫な思いをしてショックを受けている顔も好きだ。

 子供が好きな子を虐めるのと同じように俺にも嗜虐心というものが存在している。

 

 あ? 

 

 子供の恋愛だと? 

 

 うるせーな。

 こちとら前世(恐らく)すらロクに愛を叫んだこともねぇんだ、こんくらいが普通だろ。

 

「ね、お兄ちゃん」

「そうだな。のんびりと縁側で寝れるような将来を約束してくれない限りは」

「…………今と変わんなくない?」

 

 チッ、冷静になったな。

 今日の挨拶はこの程度にしておくか。

 

「で、何用だ。下らん事だったらキレるぞ」

「素に戻るんだ……いや、その、ね?」

 

 後ろで手を組んで、少し恥ずかしそうに頬を染めながらステルラは此方を見てきた。

 これがルーチェだったらあざといと煽る所だが、恋は盲目という言葉もある通り俺はステルラに惚れているのでこんな風にいじらしい姿を見せてくるのも中々に効く。

 

「お兄ちゃん、鼻の下伸びてるよ」

「そういう事もある。長く生きていればな」

「言っちゃおうかな」

「何が欲しい? 俺が与えられるものならなんでもやるぞ」

 

 これ以上妹に余計な事を言わせたらまずい。

 この十年間で培った俺のありとあらゆる勘が警笛を鳴らしていた。脳内で激しく響き渡る衝撃は止まる事を知らず、妹に対する危険度を急上昇させるのは当然の成り行きであった。

 

「えー、うーん…………面白い本ちょうだい?」

「よーしよし、任せておけ。俺(の師匠)は金持ちだからな。その程度造作もないぜ」

「わーい、お兄ちゃんだいすき~」

 

 めっちゃ棒読みで愛を告げられた。

 笑顔もないし感情も籠っていないが、現在何かを恥じらった状態のステルラにはそうは見えなかったらしい。

 

 明らかに動揺を隠せないままもごもご口を動かしたステルラはやがて覚悟が決まったのか、キッと瞳を強く輝かせて口を開いた。

 

「ロア!」

「なんだ」

「わ、私とデートしてください!!」

 

 …………ほう。

 

 俺から誘ったことはあったが、ステルラに誘われるのは初めてだな。

 師匠に言われたのかエールライト父に言われたのか、誰かしらに唆された可能性は高いが────嬉しいな。

 

 だが、ここで喜びを表情に出すわけにはいかない。

 

 クールに、それでいて大胆に。

 

「駄目です。お兄ちゃんはあげません」

「妹よ。なぜお前に決定権があるんだ」

 

 ぶいぶい言わすぜ、なんて言いながらスズリはファイティングポーズを取った。

 

 やめとけ。

 お前じゃ勝てねぇ。

 俺に任せておきな。ジャイアントキリングはお手の物、相手が格上しかいないってのが本当の話だ。

 

 未だに俺の手によって空中に無防備にいるスズリを降ろして、まるで告白でもするかのような姿勢でお辞儀をしながら右手を伸ばしているステルラに近付く。

 

「いいだろう。言い出しっぺの法則って知ってるか?」

「え? う、うん」

 

 折角地元に戻って来た訳だが、実は俺には問題が一つあった。

 夏休みに入って間もなく働く暇もなく師匠に連れられてきたので、(働くつもりは毛頭ないが)学生が働ける簡易的な仕事を見つける事が出来なかった。実家の手伝いは家族の労力として扱われるために金銭が発生せず、俺にとっては得がない損しかしない最悪の働きである。

 

 何処かへ行くには心許ない懐を一回弄って、俺の経済的立場を理解した後に口を開いた。

 

「お前の奢りだ。俺は金が無い」

「…………最悪だ」

「さいあく……」

 

 

 

 

 

 

 なぜか実妹にすら蔑みの瞳を送られた所で、ステルラに言われるがまま連れられて外に出て来た。

 

 俺は面倒くさがりだし甲斐性もない。 

 甲斐性を与える側であると自覚しているが故に財布は持ち歩かず、俺に好意を持つ女性に全てを託している。

 

 これは俺の価値を明確に理解して、他人からの感情の向き方を正確に把握しているからに他ない。

 

「む~~…………」

「なんだステルラ。此間は俺が金を出したよな」

「そうだけど……そうじゃないじゃん!」

 

 ぷんすか怒りを露わにする。

 等価交換ってヤツだ。何かを得るためには何かを支払わなければならない。俺はステルラとのデートを手に入れる為に金と時間を使用したから、今度はステルラが金と時間を使う番。

 

 別に俺は何処にも行かなくてもいいけどな。

 世界にはお家デートとかいう最強の文化も存在するらしいので、今度はそれについて詳しく調べてみようと思う。

 

「んもう、なんで戦ってる時はあんなに格好いいのに……」

「まるで普段は格好良くないみたいな言い方だな。ん? どうなんだ」

「情けないが勝つかなぁ……」

 

 クソボケが……

 

 誰が情けねぇだと。

 俺ほど男としての尊厳を重視し必死に足掻いている奴は居ないと言うのにこの言い草である。

 

 乙女心をわかってよ、なんて女性が文句を言うシチュエーションを偶に見るが、俺から言わせてもらえば男心ってモンをわかってほしいね。

 

「で、だ。普段の俺が情けなく見えてしまうという幻については目を瞑ろう」

「あ、うん。そういう所なんだけど」

「喧しい奴だな。お前の部屋に蟲放り込むぞ」

「やめてよ! 人が嫌がることしないでよねっ」

 

 お前が言うの? 

 

 俺は打ち震えてしまった。

 これほどまでに無自覚な悪意を抱えた人間がいるのかと、心の奥底から震え上がった。

 

 恐怖。

 これは恐怖だ。

 ステルラはどうやら俺にどれだけの痛みを植え付けて滲ませ刻みつけたのかを忘れてしまったようだ。

 

「あ…………ご、ごめんなさい」

 

 何かに気が付いたのちに顔を青褪めさせ、ステルラは謝罪した。

 良かった、これで完全にスルーだったらいくら聖人のような心を持つ俺としても怒りを忘れることが出来なかったかもしれない。いや、これは最早怒りとか生易しい感情ではない。

 

 千年の恋も冷める、なんて言葉が頭の中を過った。

 

「う……ご、ごめんね。私さ、結局頑張って他の人の嫌がることはしないようにって気を付けてるんだけど、よくわかんなくてさ。それでもちゃんと考えよう、変わろうって思ってるのに、こうやってロアにも嫌われるような、事をさ……」

「こらこら泣くな泣くな」

 

 ぐすぐす言い始めて涙目になったんだが? 

 も〜〜〜〜さ〜〜〜〜子供じゃないんだからさぁ! 

 泣くのは構わんが人の目がないところで泣いてくれ、そして俺が見ている場所で泣いてくれ。お前が影で泣くことには全く納得してないし、人間は過ちを繰り返しながら学んでいく生物なので反省して変わろうとしてるのだから俺からすればステルラは無罪。

 

「別に嫌いになったりしないって何度言えばわかる。俺がお前を嫌いになることはない」

 

 ちょっと引くだけで別に嫌わない。

 そりゃあステルラも人間だからな。いかなる完璧超人(に見せかけた人間)にも弱点が存在していると明確に理解しているが故に俺の許容範囲はとてつもなく広くなっている。

 

 そうじゃなきゃ幾ら好きな奴の為とはいえあんな努力しないぞ。

 

「ふー……ステルラ。お前は自分の精神性が幼く未熟だと思っているな」

 

 涙を拭って落ち着いたのか、ややしょぼくれた表情でコクコク頷いた。

 

「俺も自分が大人だと思うことはない。誰にも気負わせないために強がる事はあるが、本当は弱くて脆くて幼稚な部分が大半を占めている」

 

 頷いた。

 

 オイ、頷いてんじゃねぇ。

 何納得してんだよ。そこはもっと否定しろよ。

 これから生暖かい目で見られることになるだろうが! ただでさえ最近見抜かれてる感が否めなくてマウントも取りづらくなってるのに、このままではステルラにすら負けてしまう。

 

「チッ……」

「なんで舌打ちしたの!?」

「俺の未熟さを噛み締めている。反省しろ反省しろ反省しろ反省した。二度と同じ失敗はしない」

 

 えぇ……じゃないが。

 俺はお前と違ってあらゆる才能が欠如している(やる気がないとも言う)ので、これくらい強制的に植え付けなければ反映するのに時間がかかるのだ。

 

「何が言いたいかと言うと、人は大体そんなもんだ。大人に見える人間でも何処か子供らしさを残している。師匠を見ればわかるだろ」

「あぁ〜……うん」

 

 納得するのか……

 まああの人対外的には取り繕ってるけど結構スカポンタンだからな。

 そこら辺弟子という近い関係にある俺たちにとっては貫通して中身が見えてしまうワケだ。

 

「確かにお前は無遠慮で配慮に欠け他人のプライドを足で踏みつけ擦り潰しながらコンプレックスの地雷原を走り抜けるようなデリカシーの無さが目立つが、それも他人と関わることで少しずつ改善されてるならいい事だろう」

「ごめんなさい」

 

 ステルラは顔を逸らした。

 ケッ、雑魚が。舌戦で俺に勝てるワケねェだろうが! 

 

 まだまだ甘いな。

 俺の身の回りの奴は口で負けたら手を出す野蛮な蛮族しかいないが、ステルラはよっぽど俺が適当なことを言った場合にしか反撃をしてこない。

 

 師匠のように手当たり次第電撃を撒き散らす妖怪とは訳が違う。

 

 そのまま真っ直ぐ成長して欲しいものだ。

 

 主に俺を養ってくれる正統派な女性として。

 

「よし、ここまではいいな。話を戻すぞ」

 

 いつの間にか脱線した話を元に戻す。

 俺が聞きたかったのはステルラがヘラるようなことでもなく貶めるようなことでもなく、純粋な疑問に対しての回答を求めていた。

 

「デート、お前はそう言ったな」

「うん!」

 

 よし、元気がいいな。

 

「この田舎にデートするような場所があるのか?」

 

 子供の頃しか暮らしていなかったとはいえ、両親がどこかへ出かけてるような記憶はない。

 日帰りで帰れるような観光地は近辺にないのは知ってるし、ちょっと遠出しようにも山に囲まれているために気軽に出ていくのもあまり得策ではない。一週間程度の滞在を計画して首都や他の地に赴くならともかく、この村に年若い男女が出かけて楽しい施設は存在しないはずだ。

 

 ステルラはゆっくりと瞳を閉じて、自信あり気に腕を組んだ。

 

「────ありません!」

「そうか。じゃあ俺は家に帰るから」

「ちょっと待って! せめて話を聞いてください!」

 

 計画性ゼロである。

 俺ですらステルラと出かける時は事前にリサーチしたというのに、コイツはそういうところもダメらしい。

 

「なんだ。手短に頼むぞ、スズリが待ってるからな」

「ぐ、グギギ……!! 今なら誰からの妨害も入らないと思って、村の中を散歩してゆっくり二人きりになりたかったんですぅ!」

 

 女が出していい声じゃないが素直でよろしい。

 スズリの存在を忘れていたみたいだが、お前は知ってただろ。伏兵になり得る性格なのもわかってただろうに……あ、無理か。コイツコミュ障だもんな笑。

 

 多分スズリとまともに友好を築いてる感じでもない。

 さっきも俺には敬語が外れていたが、ステルラには敬語だった。身内判定を貰ったというのもあるが、あのくらいの年齢ならば敬語じゃなくタメ口なのがデフォルトだろう。

 

 故にステルラは仲良しな近所のお姉さんではなく、普通に近所にいる女性判定だ。

 

「そうか。そういう意図があるなら別にいいぞ」

「えっ……いいの?」

「俺もお前と並んで歩くのは嫌いじゃない」

 

 スズリ云々は置いといて。

 

 別にステルラに誘われたらよっぽど嫌じゃない限り付き合うつもりだ。

 その意図を説明するのは癪なので絶対に伝えないが、ステルラなら伝わらんだろうと判断した。

 

 言葉通りの意味で解釈してくれると助かるぜ。

 

 ほっと胸を撫で下ろし、安堵した表情でステルラは俺の横に並んできた。

 

「ロアがいない間にちょっと変わった所もあるんだよ?」

「お前がどういう風に過ごしてきたのかも知りたい所だ。一人寂しく泣いた公園とかあるんじゃないのか?」

「無いからね、そんなの。……泣くときは部屋で泣いたもん」

 

 悲しい奴だ…………

 

 多分エールライト父にはバレてるんだろうな。

 だから俺に対してああいう風に励ますようなコメントを寄越してきた。

 自分の娘が実は空気の読めないデリカシーが欠如した女の子で周りから敬遠されていてそれを本人も気にしてるとか親からすれば結構辛いだろ。どうすることも出来ないのは両方わかっているが故に、ステルラから頼ってくるのを待っていた。

 

 でもステルラは頼れなかった。

 両親のことは好いているが故に、自分のことで心配をかけさせたくなかった。

 

 全てを見透かしたわけではないが大方そういう流れだろ。

 

 先程まで暗い顔をしていたが、今は晴れた表情をしている。

 

「俺の立場がいうのもおかしな話だが。エスコート頼むぜ、お姫様」

「任せといてよ、私の王子さま? ……な、なーんちゃって、あははは」

「今度ルーチェに言っとくわ」

「絶対ダメだから。言ったら許さないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暇だ。

 

 折角仲良くなれそうなお兄ちゃんだったのに、彼女(まだ彼女ではない)に連れて行かれてしまった。趣味や性格も似たようなもので、確かにあのお兄ちゃんがいたのなら私に対しての放任主義も理解できなくも無い。

 

 もっと一緒にいてくれないかな。

 

「ぶ〜〜…………」

 

 一人で本を読むのはつまらない。

 学び舎も別に楽しい授業じゃないし、体を動かすのも面倒くさい。

 私には才能が無い(・・・・・)から、人並み以上の努力をしないと人並みになれない。それがどうしようもなく面倒で、覚える気も無い文字を頭の中に叩き込むのも億劫だ。

 

 興味が無いことに時間を費やすのが難しい。

 

「は〜…………」

 

 ゴロゴロベッドで転がって、やることもないから寝ようと思ったのに眠気が来なくて、むくりと起き上がる。

 

 釈然としないけど外に出よう。

 

 机の中に隠していた、拾った虹色の珍しい石(・・・・・・・)をポケットにしまって、静かで暇を潰せる場所を探しに。

 

 

 

 

 

 

 



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第五話

 暑い。

 

 太陽はキラキラ輝いていて、夏真っ盛りで蒸し暑い。

 こんな田舎では涼むような場所もないから、子供は暑さに耐えて遊んでいなさいと言わんばかりだ。

 

 パタパタ手で仰ぎながら、木陰を目指して歩く。

 

「…………あついなー」

 

 なんで外に出てきてしまった? 

 やることがないから。

 いや違う。

 

 やることはあるけどやりたくないから逃げてきた。

 

 仕方ないよね。

 やりたくないものはやりたくないしめんどくさい。

 どうでもいい事に時間をかけるのも嫌で、それをしない為ならばこうやって嫌いな外に出てきて暑いと愚痴を溢すのも躊躇わない。

 

 我ながらブレまくっているな、とつくづく思う。

 

 手に持った本が日焼けしないように、鞄の中に入れておく。

 コロコロ口の中で転がせるようなお菓子があればよかったのに。なんで田舎ってこうなんだろう。子供に対して優しさが足りないよね。

 

 朝起きて、寝ぼけ眼を擦りながら二度寝する。

 お昼頃に差し込んできた日光を浴びて起き上がり、遅い朝ごはんを食べて一日を始めるのが理想。

 

 それなのに今はどうだろうか。

 お兄ちゃん(初見)が帰ってくるからと朝から叩き起こされて、特に褒美があるわけでもなく半ば他人のような男の人と親睦を深めさせられる始末。許されていいのだろうか、いや、よくない。

 

 …………でも、わたしのお兄ちゃんだなって納得する人だった。

 たった一つ、されど大きすぎる違いはあってもあの人は兄だ。血の繋がった兄妹って、確信を持って言えます。

 

 出会って一瞬で接近されすぎなのは認めざるを得ない。 

 わたしは懐に潜り込んだら甘え上手に変貌するのだ。

 

 多分お兄ちゃんも同じタイプだし。

 エイリアスさんが言っていた通りだった。

 

 ふー…………

 頭の中で言い訳を沢山してから、木陰に座り込む。

 

 鞄からそっと本を取り出して、題名に注目した。

『統一戦争記』────百年と、少し前に起きた大戦争。

 この大陸が平定されるきっかけになったらしい、大まかな時系列が書いてある。

 

 昔の人が何を考えていたのかなんてわからないけど、少なくとも、この本には事実だけが記されている。

 

 余計な情報なんて必要ない。

 ただ純粋な、答えが記入されてるのがわたしは好きだ。

 そこにわたしが思考を挟む余地もない、誰かが出した答えがあるんだ。

 

 こんなに楽しくて気楽に知識を詰め込めることがあるだろうか。

 

 たぶん、わたしは考えるのが苦手なんだと思う。

 数式を見たら気が狂いそうになるし、自分で何かを求めるって行動が嫌い。

 

 その代わり、無心で何も考えなくても正解が得られる分野がどちらかといえば好きなんだ…………と、思う。

 

 ペラペラ捲って、戦争の時系列とか原因の説とかをスルーして、ある項目で手を止めた。

 

『出自不明の英雄誕生』。

 全くもっておかしな話だ。

 確かに戦争が始まってから二十年近い時が経過してから現れたのだから、住んでた記録とか、そういうのが全部なくなっているのは理解できる。

 

 でも、唐突に現れた達人って存在が周囲に放って置かれる筈がない。

 絶対に背景を探ろうとしていた人がいる筈なのに、そういう人の文献や記録は一切残されてないらしい。

 

 おかしい。

 

 なぜそう思うのか? 

 

 それは、実体験から。

 顔も見合わせたことのない兄が、首都で『英雄』と呼ばれ始めてから数ヶ月。

 何度知らない大人に話しかけられたか、それがどれだけ億劫でどうでもよくて不愉快な事柄だったか。

 

 そりゃあ、わたしは面倒くさがりで才能もなくてやる気もないダメなやつだけど。

 それでも出来の良い(・・・・・)知らない兄と比べられて愉快な気持ちになるかと言われると、そんなハズはない。わたしみたいに適当な奴は、特に何もしてない癖に自尊心が高いって特徴がある。

 

 それをしっかり認識してほしいです。

 

 …………話がずれた。

 

 要は、英雄と異名を付けられたお兄ちゃんの身の回りを探ろうとする人間がこれだけ居るのに、戦争を終結させた実績のある人物を誰も嗅ぎまわらなかった筈がない。

 

 なんで今更、こんな謎に包まれたと公式に明言されてる人について調べているか。

 

 前述した通り、兄の影響だ。

 だって気になるし。

 会ったことも話したこともない兄が『英雄』って呼ばれてる割に、身近の評価は「面倒くさがりなインドア派」とか、「スズリに似てるわ」とか、「ヘタレ坊主」とか、「カッコイイ男の子」とか。

 

 一人惚気みたいなことを言ってきた近所のお姉さん(ステルラさん)は置いといて、兄を知る大人の評価はそんなものだった。

 

 なのに世間では英雄と呼ばれてる。

 気にならない方がおかしいでしょ。

 

「…………む〜」

 

 相対して見てどう感じたか。

 

 確かに器はとんでもなく広そうだった。

 ノリもいいし頭の回転も早い、わたしのおふざけに対して軽快なテンポで乗ってくれたのは高評価間違いなし。グッドだね。

 

 でも女癖も悪そうだった。

 

 ていうかダメ男感が半端じゃなかった。

 あれはだめだ。気軽にわたしのパーソナルスペース(だらけたい欲望)に入り込んでくるし、肯定してくるし、面倒くさいお情けなんてちっとも表に出してこない。

 あんなのが周りに居てずっと肯定してきたらもうやばい。

 兄とは顔も合わせてなくてよかったかもしれない。

 

 …………んんっ。

 総評として、お兄ちゃんは人誑しの才能があるんだと思う。

 あれだけ口ではやりたくないって言っておきながら、いざというときのために備えることは欠かさない。とんでもない執念だし、怖いくらいの危機感を持ち合わせてる。

 

 お母さんはわたしとお兄ちゃんが似てるって言ったけど……

 本当に、そうかな。

 

 いざって時が来ない事だけを祈って、ただただ怠惰に過ごしているわたしと。

 いざって時が来ても後悔しないために、努力を積み重ねているお兄ちゃんは。

 

 似てると、言えるのだろうか。

 

「……やだなー…………」

 

 兄が学び舎に通っていたのは短い間らしく、知り合いと呼べる人は多くないそう。

 これは両親からの話だから信憑性は高いと思う。だから、わたしに対して「○○の妹」って突っかかってくる年上の学生は殆どいない。大人たちの方がやかましい。

 

 先生方はどうかな。

 ただでさえ学び舎を休んでる(・・・・・・・・)わたしのことをどう思ってるんだろう。夏休み云々関係なしに、勉強もしたくない、運動もしたくない、人と話すことも嫌だって我儘をごねるわたしのことを。

 

 …………お兄ちゃんは、干渉してこないかもしれないけど。

 

 英雄なんて呼ばれる人の妹がこんな出来損ないじゃ、嫌だよね。

 

 本を閉じて、考えることをやめた。

 

 わたしらしくない。

 無気力がモットー、やる気を持たず将来の夢もないのがわたし。

 何をやっても上手くいかないセンスの無さが、どうしようもないくらいにこうなることを決定付けたって言い訳したい。

 

 勉強は苦手、運動も苦手、人付き合いも苦手。

 

 誰かに勝ちたいなんて欲求もないし、人の上に立ちたいって向上心もない。

 自分に才能が溢れていればいいとは思うけど、汗をかいてまで努力はしたくない。

 

 それがわたしだ。

 スズリ・メグナカルトはそういう人間なんだ。

 

 そよ風が吹いて、考えることで茹だった頭を冷やしてくれる。

 

 ふ〜〜…………

 別に、わたしが変わる必要は一切ない。

 お父さんもお母さんも、それこそお兄ちゃんだって言ってこない。

 

 だから、わたしが考えることは何もない。

 これまで通り、これまでと変わらずに、ずっと静かに生きていればいい。

 

 たとえお兄ちゃんが、『英雄』だったとして。

 近所のお姉ちゃんと付き合って、英雄と紫姫なんて呼ばれるベストカップルみたいな存在になっても。

 わたしみたいな石ころは存在感を出さずにひっそりとしていればいいんだ。

 

「…………結局のところ。才能があったんだもん」

 

 そうでも思わなくちゃ、やっていける気がしない。

 

 お兄ちゃんには才能があった。

 勉強が嫌いでも、勉強をする才能が。

 運動が嫌いでも、運動をする才能が。

 努力が嫌いでも、努力をする才能が。

 

 そして────どうしても無くしたくないと思える、大切な何かがあった。

 

 羨ましくなんてない。

 わたしがそんな才能持ってても、絶対に同じ道は歩んでないと断言できる。

 だから、絶対、決して、羨んだりはしないけど。

 

 もぞもぞと首筋で動く感覚がする。

 草の上に直接座り込んで木にもたれ掛かってたから虫が登って来た。

 手で掴んで、潰れないように地面に放り投げる。

 

 虫になりたかったとまでは言わないけど、それくらい考えることもせずに生きていきたかった。

 

 なんでこんなに、色々考えなくちゃいけない立場に生まれてしまったんだろう。

 お兄ちゃんに比べればそれは見劣りするけど、注目と喝采を浴びる人物の身内というのは嫌が応にも比べられる。

 

 他人の視線も何もかも無視できればいいけど、そんな図太いメンタルをしてるなら学び舎で失敗して恥ずかしくて行かなくなる、なんてこともない。

 

 今度は地面に寝っ転がる。

 草の香りが広がって、サラサラと風によって揺れ動く草の音色が心地いい。

 ポケットから虹色の石を取り出して、まじまじと観察した。

 

 綺麗だ。

 いろんな本で調べたけど、この石が載ってる本は何処にもなかった。

 そう、無かったんだ。手広く種類と絵だけが載ってる図鑑にも、詳しい研究者が記した専門書にも、こんな石が存在してるとは書いてなかった。

 

 だから、わたしはこの石を隠した。

 大人が答えを言うより先に、珍しく興味が湧いたこの石を調べたかったから。

 

 興味のないことに時間を使うのは嫌いだ。

 何もやりたいこともない時間は、ひどく退屈。

 でも、興味があることがあれば時間は急に足りなくなる。

 わたしが一心不乱に本を読み漁っている姿を見て両親は何かに安心したようで、ある意味この石に救われたとも言えるかな。

 

 本当はもっと前にやる予定だったんだけど、まだまだ試したいことが多かったからやらなかった最後のテスト。

 これが外れれば、もうわたしの知識じゃ石の正体を知ることが出来ないであろう選択肢。

 

 自然発生した石なら、魔力に反応することもないと思う。

 仮にこれが人造で、何かをトリガーに反応するような石ころだったら。

 

 こんな、何も持ってないようなわたしでも……

 何かの役に、立てるんじゃないかって。

 新たな発見をしたって、褒められるんじゃないかって。

 

 どうにもわたしの事なんて見ようとしない大人達に、ちょっとでも見返せるんじゃないかって。

 

 そう思ってしまったのが、間違いだった。

 

「────……あっ」

 

 両手で包んで、魔力を送り込む。

 お兄ちゃんは魔力が殆どない落ちこぼれ体質で、魔法に関する才能だけは持ってないらしいけど、わたしは少し違った。

 

 わたしは相応の魔力だけは持ってた。

 でもステルラさん程多い訳じゃなくて、でもお兄ちゃんみたいに感知すら難しい程じゃなく。

 ごく一般的、魔法使いを目指すには心許ない程度の魔力だ。

 

 どこからどこまで行っても中途半端でモノ哀しくなるけど、わたしにあるのはこれしかない。

 

 でもやっぱり適当にやってきたツケなのか、虹色の煌びやかな石に罅が入ってしまった。

 魔力の扱い方も特別巧いってわけじゃないし、しょうがないかな。

 でもでも、これで中身が見えればそれはそれでいいかも。

 

 外側から鑑賞するのは十分行った。

 なら、こう……なんか中身が凄く神秘的だったり、なんか起きてくれることを祈る。

 

 つるつるだけど鋭角があって、少し凹凸がある形状。

 罅が入っても特に見た目の変化は無くて、何か起こる事を期待したけれど何も起きない。 

 そよ風が吹いて、前髪を軽く撫でて行った。

 

 …………ですよねー。

 

 わかってた。

 わかってたし。

 わかってたもん。

 

 所詮そんなもんだって。

 近所の山で拾っただけの石だもん。

 そんな人生を変えるような劇的な出来事、簡単に起きるはずもない。

 

 なにさ。

 ちょっとくらい望んでもいいじゃん。

 そんなに餌を与えられるのを待つのはいけないことですか? 人生そんな覚悟を決めて、なにがなんでも死に物狂いで極めようなんて思える人は多くないんですよ。

 

 たった一つの失敗が心の奥底に植え付けられて、身動き取れなくなるようなわたしも居るんです。

 

「…………あれ?」

 

 そんな風に内心諦めの言葉を重ねていたところで、手に持った石の様子が変化している事に気が付いた。

 

 何度か脈動のような鈍い輝きと共にゆっくりと光を放ってる。

 

 …………もしかして……これ…………

 

 物は試しという事で、コントロールしきれない魔力操作を行って石に直接魔力を注入した。

 

 するとどうだろうか。

 みるみる内に石は輝きを増して、どんどん綺麗な色に変わっていく。

 

 やった。

 やったやったやった! 

 たぶんこれが正解だったんだ! 

 

 これはただの石ころじゃない、魔力で反応する新しい宝石だったんだよ! 

 

 にへら、と喜色で歪む口元を気にもせず、わたしは無我夢中で魔力を流し続ける。

 

 へへっ。

 見たか同年代。

 わたしは勉強は出来ないし運動も出来ないけど、こういう未知の発見が出来た。皆より普通の事は出来ないけど、皆が出来ない特別なことが出来たんだ。

 

 へへ、へへへっ。

 顔も知らなかったお兄ちゃんの事ばっかり聞いて来た大人達は、どうせ掌返して「流石は“英雄殿の妹”だ」とでも言うんだ。

 

 妄想が膨らむね。

 人生案外どうにかなるもんなんだ。

 お兄ちゃんが本格的に修行を始めたのも同じくらいの年齢だったらしいし、わたしの人生これからだってね。

 

 起き上がって、煌びやかな光を放ち続ける宝石を空に掲げた。

 

 これからだ。

 この話をお父さんとお母さんにして、これがぬか喜びじゃないかどうかを確かめて。

 

 きっと、きっと本物だから。

 こんなに綺麗な色なんだから──この喜びはきっと、本物になるはずなんだ。

 

 ピシリと、大きく罅割れが入った。

 

「あっ……や、やばいかも」

 

 魔力流し過ぎた? 

 きょ、許容量とかもしかしてあったのかな。

 でもわたしの魔力ってそんな多くないし、その程度で壊れるとは…………う、うーん。

 

 わ、割れて分割されなければセーフだから。

 

 なんだっけか。

 現物的価値? みたいな奴が下がったら嫌だ。

 

 割れないように優しく腕を動かしてるのに罅割れは深まる一方であり、さっきまで高揚していた気分は急激に冷やされていった。

 

 あ、あう…………

 どうしよう。

 一気に割れるとかならまだしも、徐々に罅割れが広がっていくのはもう手遅れな気もする。

 

 ビシビシと音を立てながら全体にひび割れが浸透した。

 ……あ~あ。

 結局、無駄になっちゃいそうだ。

 

 変に興奮した自分が恥ずかしい。

 そんな特別な事がポンポン起きる訳もないのに、わたしは何を夢見ていたんだろう。

 人生を一気に明るく照らすようなイベントは現実には無い。戦争とか、かつての本には何の変哲もない日常が災禍に変わる瞬間とかが描かれていたりするけれど──たぶん、わたしの人生にはあり得ないことで。

 

 お兄ちゃんは、そういう星の下にでも生まれた人。

 わたしは違う。

 優秀で、人誑しの才能もあるような兄と比べられながら生きて行く不出来な妹。

 

 それがきっと、わたしだ。

 

 歪みきった虹色の石を地面にそっと置いて、木陰から出る。

 やりたくなんてないけど、結局は努力を重ねる以外にわたしに出来る事はないみたいだ。

 嫌だなぁ……楽したいよ。

 のんびり寝ながら一日を過ごして、お腹がすいたらご飯が用意されてて、たまに家族と団欒する。

 

 頑張るって難しいよ。

 だって、頑張ったところで、報われるとは限らないし────なにより。

 

 頑張った成果を出すための場所に行くことが、わたしにとっては恐怖でしかないんだ。

 

 …………とりあえず。

 とりあえず家に帰って、寝直そう。

 それからやる。提出できるかもわからない課題に手を付けて、一日一問でもいいから進めるんだ。

 

 それくらいなら出来る気がする。

 

 ……暑い。

 夏の暑さがわたしを駄目にしてるのか、それとも、お兄ちゃんにわたしも誑かされたのか。

 少なくとも、これまでのわたしと違って、褒められたいという欲求が前面に出て来たのは確かだった。

 

 そうして、少しだけやる気を出したからなのか。

 わたしらしくない行動を取った罰なのか、いろんな偶然が重なった所為か。

 

 

 ────ドゴンッ! 

 

 

 さっきまでわたしが居た筈の背後から、大きな大きな音がした。

 

 なんでかわからないけど、振り向いてはいけない気がする。

 もしかしてさっきの石が原因で爆発とかしちゃったりして……、そんな悪い予感が脳裏をよぎる。

 

 いやだなぁ…………

 なんでそんな危ない事をしたんだとか、怒られたくないや。

 ただでさえ同年代には悪い印象を持たれてるのに、こんな田舎だからすぐに情報が伝わっていく。今日の夜には「メグナカルトさん家のスズリちゃんがね~」って始まるに違いない。

 

 そういう部分が、どうにもわたしが上手く生きて行けない理由でもある。

 

 見ない訳にもいかないから、溜息を吐いて覚悟を決めて後ろに振り向く。

 爆発っぽい音だったよね。

 だからたぶん、わたしの魔力が原因で石が爆発したんだ。

 これはこれで新しい発見だけど褒められる気はしないかな。

 

「────…………ぁ、えっ」

 

 わたしが傘代わりにしていた木は半ばから圧し折れて、空に浮いてる。

 

 なぜ空に浮いているのか。

 それは、突然その場に現れた白い化け物(・・・・・)が握り締めているから。

 ていうか────武器みたいに構えてて、明らかに……わたしを狙ってる感じがするんだけれども。

 

『────オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッ!!』

 

 あまりにも声が大きすぎて、鞄を落として耳を塞いだ。

 塞いだ手を越えてガッツリ脳に響いてくる咆哮に足が竦んで、その場に座り込んでしまった。

 

 耳鳴りが激しく頭を揺さぶる間に、白い化け物はわたしに向かって近づいてくる。

 

 何をしてくるかはわからない。

 けど、明らかに友好的じゃないことだけはわかる。

 

 逃げなきゃ。

 とりあえず逃げなくちゃ。

 わたしを害そうって感情がぷんぷん外側に滲み出てるのに、どうしてか、わたしの足は動いてくれない。

 

 震える腕で必死に後退る。

 

 いやだ。

 痛い思いはしたくないし、そもそも、え、なんで? 

 わたしがあの石を壊したから? 

 あの石に、なにか秘密があったの。

 

 そんなの、どの本にだって書いてなかったのに。

 

 後退るわたしの何倍もの背丈の化け物は、簡単にわたしに追いついた。

 見下ろして武器のように構えた木を振りかぶって、そこまで見て、わたしはここで死ぬんだと理解した。

 

 あ、殺す気だ。

 なんの躊躇いも無く、普通に殺す気。

 …………痛そうだなぁ。

 でも、これくらい得体の知れない化け物なら一思いに殺してくれそうかな。

 

 死ぬのは嫌だから生きていたけど、いっそのこと、一息で殺されるのなら──それはそれでいいのかも。

 

 目を瞑って、高鳴る心臓の音が脳に響いてるのを感じる。

 

 死ぬ。

 死ぬんだ、わたし。

 

 原因もわからず、なにも出来ず、なんてことないただの出来損ないが一人死ぬ。

 

 この年にしては大人びてるってたまに言ってくる人がいたけど、そんなのどうでもよかった。

 わたしは、他の子と同じくらいの才能があればよかったのに。

 お兄ちゃんと比べて見劣りしない、なんて贅沢は言わない。

 

 勉強が苦しくなくて、努力する気になって、運動も楽しくできて。

 

 そんな風に生まれたかった。

 そうすれば────……こんな卑屈な性格に、ならなくて済んだかな。

 

 次に生まれる時は、もっと才能溢れるカッコいい男の子にでも生まれ変わりたい。

 

 勉強も出来て。

 運動も出来て。

 人前で話す事も出来て、失敗と恥を恐れることがないくらい勇気がある人間に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疾風が駆け抜けた。

 

 頬を撫で、髪を梳き、僅かな刺激が肌に突き刺さる。

 不思議と空に浮くような浮遊感が身体中を包んだかと思えば、まるで高速で飛び跳ねたかのような急激な加重を感じた。当然の事ながら、わたしの身体はごく一般的な子供とまったく差がないので、あんな化け物に殴られたら一撃で死んじゃうと思う。

 

 ……あれっ。

 …………いたく、ない? 

 

「大丈夫っ!?」

 

 …………ステルラさん? 

 

 恐る恐る目を開くと、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。

 

「スズリちゃん、怪我してない?」

「……はい、ですけど…………」

 

 もうなにがなんだか……

 疲労困憊、唐突に現れた死の現実を受け入れようとしていたら命を救われていたみたいだ。

 

 ていうか、抱えられてる。

 ステルラさんに、俗にいう「お姫様だっこ」と呼べる格好で抱きかかえられています。

 お、お父さんにもされたことないのに……(お父さんは非力なので腰を壊してしまうためしたことがない)。

 

「あ、それよりあの化け物はっ」

「大丈夫だよ、今は空飛んでるから(・・・・・・・)

 

 えっ。

 

 首だけ動かして下を見ると、確かに空に飛んでいる。

 それこそわたしが傘代わりにしていた木よりも、あの化け物の一振りでは届かないような高さに。

 

「うわっ、わわわっ」

「あはは、慣れてるし大丈夫だよ」

 

 空を飛ぶのに慣れてるってなんですかね。

 普通の魔法使いも空は飛べないんですよ。

 わたし達を見失ったのか、白い化け物は周囲をキョロキョロと探っている。

 

 そしてそんな化け物に対して、ただ一人。

 正面から歩いて行く人影が見えた。

 

 わたしと同じく白髪で、わたしと同じくやる気のない瞳をしていて、わたしと同じ血を持った人で、わたしが一生かかっても追いつけないくらい魅力的な人。

 

「ロアー! スズリちゃんは無事だよー!」

 

 こっちの姿を確認してから、お兄ちゃんは右手を振ってきた。

 

 後は任せろ、なんて言わんばかりのポーズ。

 

 そして掲げた右腕に光が集まって、いつのまにか一振りの剣が握られている。

 剣をぐっと握り締めて、お兄ちゃんに対して威嚇をする化け物に対して構えた。

 

「……大丈夫かな」

 

 わたしはお兄ちゃんの強さを知らない。

 英雄と呼ばれていること以外、お兄ちゃんが魔法を使えないと言う事実しか知らない。

 

 だから、少しだけ不安になったけど……

 

「安心していいよ、スズリちゃん」

 

 一寸の曇りもない瞳でわたしの事を見詰めてくる。

 わたしは親しみやすくてダメ男って感じがするお兄ちゃんしか知らないけれど、たぶんステルラさんは違う。

 ステルラさんはお兄ちゃんがどれだけ凄くてどれだけ強いのかを知ってるんだ。

 

「ロアは、とんでもなく強いから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話

ワートリ杯なるものに参加していた為更新がとても遅くなりました。
優勝したから許してください……/(^o^)\


 話は少し遡る。

 

 俺とステルラがデートという名の散歩をしている時の話だ。

 呑気に鼻歌なんか奏でながら心地よさげに歩くステルラの横で、俺は久しぶりの筈なのにどこか嗅ぎ慣れた田舎特有の香りを楽しんでいた。

 

「周囲の視線を妙に感じるな」

「あはは、ロアは有名人だからね」

 

 そうか? 

 俺からすればステルラの方が有名人だと思う。師匠の名を継いでるし、幼い頃から大物になるのは決まってたみたいなもんだからな。

 

 少々同年代からは距離を置かれているが大人はそうでもないんじゃないか。

 

 その旨を告げるも、ステルラは少し歪な笑顔で流した。

 

 …………ふ〜ん。

 なるほどね。

 どうやら俺が知らないだけでステルラにも思う所はあるみたいだ。

 

 ピクついてる頬を掴んでむにむにしておく。

 

「むえ~~~」

「なんだその声は……」

 

 腑抜けた顔でぐにぐにされるがままのステルラ。

 フン…………特に言うことはない。強いて言うなら、俺が幼き頃から憧れていた関係性というものに近付いてきたのだから感慨深いものが込み上げてくる。

 

 素直に言ったら負けた気がするから絶対言わないけど。

 

 手を放して、ステルラの歩く速度に合わせる。

 なにもデートと言うのは金を支払い外食をして共に何かの思い出を共有する事だけを指すわけじゃない。

 

 こうやって大した特別感も思い出も無いが、互いの時間を使ってなんでもないひと時を過ごすのもまた風情がある。

 

 それでいいじゃないか。

 かつての記憶を鑑みれば、なんでもない日常こそが最も大切だと思わされることもあるのだ。

 

「スズリちゃんとは仲良くできそう?」

「問題ない。俺の妹だからな」

 

 いきなり兄貴面するのはどうかと思うが、やっぱりスズリは俺の妹だ。

 面倒くさがりで才能なくて本を読むのは暇つぶし。ウ~ン、かつての英雄が押し付けて来た(?)記憶が無かったら間違いなく俺もそういうルートを辿っていたと断言できる。そしてステルラが一人強くなる未来で俺は無力で、どうしようもない後悔に苛まれて生きている姿も想像できた。

 

「スズリはまだ幼い。まだ将来に悩むような年齢じゃないし、世界は思っているより娯楽に溢れているからな。何かに手を付けてそれから努力を始めたって遅くはない」

「スズリちゃんは意外と魔力あるからねー。鍛えればもっと育つかもしれないし」

 

 なんだと? 

 こいつは今聞き逃せない一言を言い放った。

 俺の視線に気が付いたのか、ステルラは「やってしまった」と言わんばかりに表情を変化させて目を逸らした。

 

「キリキリ話せ。今すぐに」

「え゛ッ、えぇっとぉ~~……なんといいますか……」

 

 俺が魔力感知できないからってバカにしてやがんのか。

「五段階評価でE、最低値の更に下ってトコロかな?」ってニコニコ笑顔で言ってきた師匠はその日ボコボコにしてやろうとしたが逆に返り討ちにされた挙句魔力の扱い方をレクチャーされた。イヤミかテメェ、いつかぶっ飛ばすリストからいつかぶん殴るリストに格上げした。

 

 そして今、俺が魔力感知できない程に魔力に恵まれていない事を忘れていたであろう幼馴染は汗を垂らしながら必死に思考を巡らせている。

 

「ま、魔力だけならって話だし……それにほら、魔力の有無は強さに比例しないし?」

 

 そこじゃねえンだわ。

 俺が気にしてんのはもしかしてメグナカルト家で魔力を持ち得ないの俺だけって可能性が発生したことなんだわ。俺だけが完全無欠に劣等生じゃねーか。

 

 その意図を察したのか、ステルラは微妙な顔をして頷いた。

 

 そうか…………

 そうなんだな…………

 

 薄々感じてはいたんだ。

 俺は魔力なし才能なしやる気なしのダメ人間だが、父上は学者としてそこそこ権威のある立場だし母上もおっとりした天然さがありながらも大事な所は外さない芯の鋭い人だ。

 

 俺はあえてあの二人に魔力があるのか無いのかを知ろうとはしなかった。

 

「俺だけか…………こんなに魔力がないのは……」

「う、うん…………」

 

 ふ〜…………

 

 ふん。

 わかってはいたさ。

 父上も母上も魔法を使えないのではなく、使う理由がないから使ってないってことくらい。

 

 師匠が魔力をポンポン使って生活を楽にしてるのは、()()()()()()の中で生きて来たからだ。

 

 見た目が若いから忘れる人もいるかもしれないがあの人の年齢は百数歳(詳細を知ろうとしたら電撃で昏倒させられた)。

 

 百年も進めば文明は進化する。

 現に俺の部屋にある家具は魔力がなくても不自由なく利用できる物で揃えてあるし、実家の家具もそうだった。

 ルーチェとかステルラの部屋は結構魔力を動力にした道具が多かったけどな。生活の一部で才能差を見せられるのは普通に悲しいからやめてほしい。

 

 話を戻そう。

 意図的にか、それとも偶然か。

 師匠は俺が扱えないのはわかっていたからそういう道具で固めてくれたんだろうけど、父上と母上はどうなんだろうか。俺が生まれて俺が魔力がないことを知って、変えてくれたのかな。

 

 もしそうなら有難いことだ。

 

「あ、あのねっ。おじさんもおばさんも隠してたとかそう言う訳じゃなくて、ええっと……なんていうかその……言うタイミングが無かったっていうか……わざとじゃないっていうか……」

 

 こいつもう喋らせない方がいいかもしれねぇ。

 人をフォローする才能がなさすぎる。無自覚に他人の心を抉りトラウマを築きダメージを与えるのは幼い頃から実証済みだったが、引っ込み思案になったことで解決できたと思ったら全然解決できて無かった。

 

 溜息を吐いてから、慌てながら弁明を繰り返すステルラを見る。

 

「お前は本当に変わらないな」

「う゛っ…………」

 

 俺をボコボコにし続けた頃から変わらないし、なんならルーチェとの関係にヒビが入った時とも大差ないだろ。

 

 変わってなくてある意味安心する。

 俺もステルラも、一生このままなんだろうなって。

 

「気にするな。俺はそんなに気にしてない」

「うぇ……ほ、本当?」

「本当だ。だからその下手くそすぎる誤魔化し方をやめろ」

 

 えへへじゃねぇんだよ。

 クソが、そう言えば俺が抵抗できないと思ってやがるな。

 

 その通りだ。

 

「スズリに魔力がそこそこあるってのはどれくらいなんだ」

「えーとね。多分ロア百人分くらいかな」

 

 もっといい表記の仕方はあったと思う。

 俺を百人並べるよりヴォルフガング二分の一とかルーチェ五人分とか、絶対そっちの方が良かっただろう。なぜ俺を貶める形で例に出してしまったのか、ステルラに小一時間ほど問いただしたい。

 

「あ、でもね。別に魔法を使えたりするわけじゃないから大丈夫だよ」

「お前さては魔力のある人間全部に俺が嫉妬すると思ってないか?」

 

 ステルラは目を逸らした。

 

 ふざけんな。

 確かに俺は魔力を持ってる生きとし生ける全ての生命体に対して嫉妬と怨嗟を抱えているが、それはそれとして身内という別枠のジャンルが存在している。

 

 ルナさんとかステルラとかルーチェは別枠。

 

 いやでも待てよ。

 仮に俺に魔力があったとすれば、多分もっと手軽にこの領域に到達出来てるんだよな。

 身体強化魔法と並行して雷魔法使えばいいだけだから並行処理自体はそこまで難易度高くないし、もしも俺が魔力を持っていたらそれはもう楽な道のりだっただろう。

 

 前言撤回、俺は身内判定とか関係なく魔力が欲しかったし魔力を持つ人間に嫉妬する。

 

「俺よりお前の方が俺を理解していたみたいだな」

「今の間に一体何を考えたのかな……」

「ステルラは聡い奴だなと感心していたのさ」

「絶対嘘だ」

 

 信用が足りねぇ。

 あ~あ、スズリは俺以上の魔力どころかそこそこ高水準の魔力を抱えてんのか。

 

 悲しくなっちまうな。

 スズリがその道に進むかはわからんけど、もしも魔法使いになりたいって言いだしたらどんな顔すればいいんだろうか。俺は苦虫を嚙み潰したような表情で祝福を言えるのだろうか。

 

「ハ~~~~…………」

「ま、まあまあ。元気出してよ」

 

 俺はいつだって元気だぞ。

 元気だが眠たくてやる気がないのがデフォルトで、時には絶望に心が支配されてしまう事もあるだけで。

 

 でもこうやって気が落ち込んだ時は少しでも気力を回復させるべきなんだ。

 具体的にはそう、美味いもの食うとか。

 

「美味い飯が食いたい。ステルラ、お前料理できるか?」

「ウ゛ェッ!?」

 

 どういう声出してんだよ……

 ステルラお得意のダミ声を織り交ぜた驚愕を慣れた様子で受け流し、呆れた目線を送った。

 

 コイツが料理出来ないのは周知の事実である。

 だって師匠・俺・ステルラの三人で特訓した一週間で一度も飯を作らなかったからな。魔力だけは貸し出してくれたので調理器具を使えたのには感謝してるが、それはそれとしてだ。

 

 俺だってそりゃあ、アレだ。

 好きな女が作る手料理は味わってみたい。

 でも俺が口に入れるチャンスがある時は毎回毎回別のやつが作っている。ステルラの手作りだと思って食べたらアルの手作りだった時は流石の俺も堪忍袋の尾が千切れて消滅した。

 

「あ~あ、ルーチェは作ってくれたのにな~」

「ぐぎっ……」

 

 そう、ルーチェはお嬢様なのに料理上手なのだ。

 花嫁修業的なのやってたのかと一度聞いてみたが、ルーチェ曰く「自分で作るしかなかったから覚えた」らしい。一々悲壮感が漂ってくるところにアイツらしさを感じてしまった俺は悪くない筈だ。

 

「…………べ、別に作れない訳じゃないし……」

「へ~~~、そこまで言うなら作って欲しいトコロだぜ」

 

 ステルラはそっと目を逸らした。

 

 はい、俺の勝ち。

 師匠と同じくらいの飯を作れるようになってから言ってくれ。

 俺が死ぬまでに美味いもん食わせてくれればそれでいいし。

 

「────ロア」

「どうした」

 

 先程までのおふざけ空気感とは違い、至極真面目な表情で家の方を見つめるステルラ。

 

 ……魔力感知、か。

 師匠がいるから大事ないとは思うが、耳を傾けておこう。

 

「スズリちゃんの場所で、あの時の魔力(・・・・・・)…………」

 

 そう呟くが否や、ステルラは紫電を奔らせる。

 

 あの時の魔力。

 何時の事を指すのか俺にはわからんが、どうやら良くない出来事なのは確かだ。

 そしてステルラは俺の手を取って────いや待て。

 

 お前なんでナチュラルに俺の手を掴んでる訳? 

 いや確かに移動速度じゃ俺は勝ち目がないし、こうするのが合理的なのかもしれんけれどもさ。

 

 バチバチ帯電したステルラの手を通して僅かに痺れる俺の手が、これから起こる悲劇を想像して震えている様だった。

 

「ロア、行くよ!」

「待てステルラ。おそらくその行動は正しいが俺の気持ちが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は今に至る。

 

 ──痛ってぇ~~。

 ステルラアイツ、俺の事を運ぶだけ運んで途中で手を放しやがって……絶対に許さねぇ。

 

 左腕めっちゃ痛むんだけど、これ変な感じに着地しちまったな。折れてなければ動けるんだが……

 

 でもスズリが危ない状態だったみたいだしそこは褒めてやる。人命を優先したってワケだな、俺の命が脅かされている事実は此処に関しては置いておいてやろう。

 

 で、だ。

 

 眼前で威嚇をする白い怪物────大戦時代の遺物、その体現。

 

 随分と懐かしい野郎だ。

 おおよそ十年前、おれ(・・)はお前にしてやられたな。

 そしておおよそ百年前、かつての英雄はお前達にしてやられた。

 

 まだまだ未熟で足りない事のほうが多いこの身ではあるが、今ならお前に一手指し返すくらいの事は出来る。

 

 いつまでも人の世に現れるもんじゃない。

 怪物や伝説は、語られるだけの存在になるのが一番いいのさ。

 

 光芒一閃(アルス・マグナ)を振りかざす。

 こいつを一体斬るのに技は要らない。

 技なんか使ってやらん。

 

 雄叫びと共に俺に向かって、右腕で殴りかかってくる。

 

 ンな単調なもの、今更くらって堪るか。

 こっちは毎回毎回命を賭けて天才共と戦ってんだ。

 どいつもこいつも強い奴ばっかだ。

 大戦の頃と比べても個性豊かでずば抜けた連中だよ。

 

「起きてくんなよ、時代遅れ……!」

 

 とんだ自己否定だ。

 俺は埋没した英雄の記憶を頼りに成り上がろうとしているのだから。

 滑稽な事この上ないだろ? 

 

 本物の英雄ならば一撃で両断できているだろう怪物の腕を断ち切る。

 

 そのまま流れに乗っかって、生物のように痛みに反応してる怪物の首を切断する。

 

 師匠の力を借りて、これだ。

 まだだ。

 まだまだ俺の力は足りてない。

 この程度じゃ何も守れない。何も果たせない。

 

 ズズン! 

 と、大きな音を立てて倒れ込んだ死体。

 スズリに見せてないだろうなと確認するためにステルラの方を確認した。

 

 ほわ~、なんて言いそうな感じで口を開いてるスズリ。

 なんかスズリにめっちゃ話しかけてるステルラ。

 

 アイツなんの気遣いもしてねぇな。

 この白い怪物が魔力で構成されてるとは言え血しぶきと似たような噴出の仕方をする。

 あまり多感な時期の子供に見せていい光景では無いのだが、そこら辺に気配り出来ないのがステルラ・エールライトって女。

 

「ロア、おつかれっ」

「おう。とりあえず俺に回復魔法頼む」

「え、怪我したの?」

「具体的には左腕、お前に叩きつけられた時のだ」

 

 あっ……じゃねぇんだよな。

 口をキュッと結んで冷や汗を垂らしているステルラの姿は非常に見慣れたものだ。

 昔は天真爛漫で笑顔が良く見れる明るい女になると思ったのに、蓋を開けてみればコミュ障拗らせ対人下手くそ女になっていた。俺以外に靡く可能性が殆どないからそれはそれでいいんだが、一々病むような気質ではないステルラも見て見たかった。

 

 …………んー? 

 

 何か引っかかった、ような気がする。

 俺は確かにステルラ・エールライトという少女の事が好き(いろんな意味で)だが、こう、なんか…………

 

 あれ? 

 俺は割と初めの方はステルラの事が嫌いだったんだが、一体何時から好きになったんだ。

 普通に煽って来るし勝てないし一方的なあの女を好きになったタイミングがわからん。別に何時だって構わないんだが、そもそも俺の好みはなんだ。

 

 ……案外。

 引っ張られてたのかもしれん。

 かつての英雄に。

 

「はい、治ったよ。…………ご、ごめんね」

「気にするな」

 

 グーパーグーパー繰り返して問題ない事を確認する。

 痛みもないし、流石の魔法技術だ。

 そもそも身体強化+雷魔法+回復魔法を同時並行で扱える時点で俺とは雲泥の差があるのだが、その差をどうにかこうにかして埋められてる師匠の祝福が異常な性能をしている。

 

 痛みはデメリットに入らない。

 不快だが我慢すればいいだけだからな。

 

「スズリ、怪我は無いか」

「あ、うん。お兄ちゃんこそ」

 

 ステルラの腕から降りて、ふらふらとバランスを取る。

 

「カッコよかったよ。ぶい」

 

 ブイサインを掲げてくる。

 俺の妹だな……間違いなく。

 こういう所でふざけられるのは俺のルーツ、というより父上のルーツ。変な所で胆力があるのは母上のルーツ。

 

これ(・・)どうする?」

 

 一方でニコニコ笑顔で俺達の事を眺めていたステルラに死体を指さして確認する。

 

 村の中でも人気がない場所ではあるが、大木が折れた上にあんな化け物の声が響き渡ったのだからその内大人達が見に来るだろう。

 師匠が来ないとは思えないが──……まあ、色々あるんだろうな。

 或いは、ステルラが大急ぎでここに来たのを感知していたのかもしれない。

 

「燃やすね!」

「それで本当にいいのか? お前ちょっと考えろよ」

「えっ、昔師匠が燃やしてたし……」

 

 確かに雷で焼き殺してたが……

 まあ今更こいつを調べる事なんてないか。

 そうだとしたら以前の個体を隅々まで見てるだろうし、俺達の所に現れたのが唯一って訳でもない。

 

「……一つ聞くが」

 

 この怪物が目を覚ますのは、魔力を籠めることが条件になっている。 

 俺の時はステルラが無自覚に流していて、おそらくテリオスさんの時もそうだろう。

 魔法を覚えたての子供ってのはそんなもんだ。

 だから魔法を教えるのには資格がいる。

 

 俺には必要無いから知識としては蓄えてない。

 

「スズリは魔法使いになりたいか」

 

 ボッ、と後ろで空気を全部破壊した炎が広がる。

 スズリが俺の後ろに目線を送った。

 俺はその視線を遮った。

 

「うーん…………なれればいいなって感じ」

「そうか」

 

 ま、そんなもんだろう。

 師匠の雷に惚れたステルラとは違い、英雄の剣技を遠目から見たくらいじゃ凄さは伝わりづらい。

 剣を振ったことのある人間なら少しはわかるかもしれないけど、スズリは箱入り娘でやる気がない俺の妹だ。この程度で惹かれる程チョロい娘じゃあないのさ。

 

「……でも」

 

 両手を見詰めて、スズリは躊躇いがちに口を開く。

 

「空を自由に飛べるのは、ちょっと羨ましいかも」

 

 ……そうか。

 やりたいことと言うには早すぎるが、興味が少しでも沸いたのならそれでいい。

 俺が言うのもなんだが、人生は思いのほか楽しい事に溢れている。斜めに構えてさえいなければ存外楽しめるもんだ。

 

 ただし苦行はNGだ。

 苦しくて辛い事をやるのは狂っている。

 俺は俺がやりたいからじゃなくて、そうするしかなかったからやっただけ。

 他の誰にだってこの生き方は勧めない。

 

「まあ空を飛べるようになるには滅茶苦茶努力しないと無理だが」

「やっぱやる気なくなってきたかも……」

 




一方師匠はお茶を飲みながら窓際で暴れる魔力を感知しつつステルラが反応したことを察知したので「育つの早いな~」なんて思いながらのんびりしていました。


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第七話

 暗闇は拓けない。

 暗黒は拭えない。

 被った血糊は鼻につく。

 両手に沁みた罪は禊きれない。

 

 エイリアスは夢を見る。

 毎晩ずっと、百年近くずーっと同じ夢を見続けている。

 覚えてすらいない本当の両親との僅かな日常、攫われて■■■の殺戮兵器として改造されたこと、他国の兵士や身動きできない女子供すら手に掛けたこと────そして、魔祖直々に手を下されて死に瀕した事。

 

 絶望と地獄の繰り返しの中で摩耗していく自身の心が死んでいくのを認知しながら、投薬によって強制的に安定させられた精神性が死ぬことを許さない。

 自死という選択肢を塗り潰し、死ぬまで永遠に戦わせる戦争の生み出した業。

 そこから救い上げてくれた英雄の姿。

 

 そして、そんな英雄が没する瞬間。

 

 既に乗り越えた筈の泥沼から抜け出せないまま。

 何時の日にか現れる、死神が眼前に至るその日まで。

 

 ──エイリアスは夢を見続ける。

 

 遠い何処かへ消えた、かつての想い人へと手を伸ばし続ける夢を。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「…………寝てるのか」

 

 何時まで経っても来ないから心配して来てみたが、この女は静かな寝息を立てて寝ているだけだった。

 

 俺と生活していた十年近い期間で一度も寝坊したことは無かったから、少し過剰に考えてしまったのは否めない。

 

 だが、まあ……

 こういう何気ない「大丈夫だろう」が英雄の死を招いた。

 誰も彼もが魔力の揺れを認知できず、全てが過ぎ去った後に事が表面に現出した。

 

 それを考慮すれば早すぎて困る事は何一つとしてない。

 

 いつも俺が悪戯されてばかりだからたまにはやり返すか。

 横向きで瞳を閉じたまま熟睡している師匠の横に座って、とりあえず頬を摘まむ。

 

 柔らかい。

 座する者(ヴァーテクス)として人智を超越した怪物の身でありながら、女性らしい柔らかさと美しさを保っている。魔力である程度補完しているとはいえそれは相応の苦労が伴っているだろう。

 

 俺は女じゃないからな。

 女性が『女性らしさ』を維持する難しさはわからない。

 

 頬を触っても僅かに身動ぎするだけで、目を覚まさない。

 

 さてさて、何をしてやろうか。

 いつも床ドンとか地味な寝起きドッキリを喰らっている訳だが、俺から仕掛けるのはなんだかんだ初めてである。ていうか修業期間中は先に起きれなかった。眠たくて仕方なかったし。体力消耗したまま十年生きてたんだから頑張った方だろ? 

 

「『エイリアス』────…………何か違うな」

 

 某英雄の真似をして名前を呼んでみたが、どうにも違う感覚がする。

 

 やっぱ俺とあの人は他人だわ。

 俺は師匠に対して子供を慈しむような感情は湧いてこないし、美人で綺麗だなくらいしか思い浮かばない。

 

 まあそうだよな。

 俺はこの人の事を『母親』という視点では見ていない。

 

 正直色々複雑なんだ。

 他人の記憶があって、その中ではこの人は幼くて。

 でも俺はロア・メグナカルトという個人の人格を有しているし、アルスという名を持つかつての偉人とは別人だと断言できる。

 

 割り切るのだってタダじゃない。

 

「────…………んん……」

 

 お。

 

 安らかな寝顔ではなく、少し不愉快そうに眉を顰めて師匠は布団に潜り込んだ。夏だってのにそんな暑い状態で寝てて大丈夫なのかとも思うが、師匠の身体は人を超えた存在だ。

 

 俺がやれば脱水症状で体調不良を起こすだろうが、きっと問題ないだろう。

 

 ツンツン頬を突いてみたが起きる気配はない。

 髪も触った。

 寝ていたと言うのに寝汗なんて一つもかいてない艶と質感を維持している。魔法か? 体質だったら世の女性が黙ってないぜ。

 

「…………やめろ……」

 

 …………寝言か。

 夢でも見てるのか知らんが、俺の手を払い除けようとはしない。変わらず撫で続けているが懐かしいような感覚は少しも湧いてこず、俺の胸を占めるのは謎の動悸だった。

 

 冷静に考えて欲しい。

 俺はポーカーフェイスを極め平常心を習得し男女平等を掲げる程度には芯が強く(遺憾ながら)我慢強い方だ。

 

 だが、こう…………

 わかるだろ。

 

 普段上位者の女性が俺に無防備な姿を晒してる事実に動揺してんだよ。

 

 だからと言って変な事をするわけじゃない。

 後々弱みになりそうな事を口にしないのか気になっているだけだ。決して師匠みたいに床ドンしてビックリさせようなんて事は考えてないさ。

 

 俺は計算高い(自称)男。

 変にいやらしい手法でセクハラしたら後から何を言われるかわかったもんじゃない。 

 だから俺が怒られない程度で納めておく必要があるのだな。

 

 すうすう寝息を立てているがその顔は険しい。

 どんな夢を見ているのやら。

 

 俺も悪夢(かつての英雄の記憶)とは付き合いが長いが、慣れなんてしない。

 いつ見ても不愉快だしいつ見ても無力感に襲われる最悪の映像だ。

 

 俺は惰眠を貪るのが趣味なのに、趣味を続けていたら嫌な気分にさせられる最悪のデバフがかかっている。

 

 どうしようもないくらい欲しいモノは手に入らない癖に、要らないものばっか押し付けられてる俺の人生を少しは憐れんではくれないだろうか。

 

「…………ふん」

 

 師匠の布団に潜り込みはしないが、そのまま横に添い寝する。

 子供の頃はよくやってくれたっけな。

 山に入りたての頃は一人の夜が怖くて仕方なくて、眠れない夜が一週間程続いた後に師匠が気が付いて一緒に寝てくれるようになった。

 

 ガサガサ唐突に近くの木々が揺れるのがあんなに怖いなんてな。

 

 そのおかげで先人の築いた文化や文明の素晴らしさを再認識したよ。

 

「起きろよ師匠。俺は早く帰りたいんだ」

 

 実家に居座るのも楽しいが、そろそろ家の手伝いを任されるくらいの立場になってきた。十年離れ離れになってようが少し一緒に暮らせば戦力として見做される。

 俺は客人として招かれるのが好きなのであって、家庭を支える一人の人間として当てにされるのは好きじゃない。

 

 そりゃあ言われれば手伝うさ。

 でもそれとこれとは話が別だろ。

 

 でも父上があんな適当なんだから母上の負担は相当なものだと思うんだが、なんであの人たち仲良いんだろ。仲がいいからこそなのか……? 

 

「………………まだ……もう、少し……」

 

 …………魘されてないのなら、まあ、マシになったんだろう。

 かつての大戦の際、禁則兵団が壊滅して英雄一向に加わった師匠は長い間悪夢を見続けていた。投薬を重ねられていたのに唐突に途切れたのだから中毒症状もあったんだろう。

 

 柔らかくきめ細やかな髪を撫でながら、師匠が目を覚ますように耳元で声を出す。

 

「師匠。早く起きてくれないと俺が困っちまうぞ」

 

 きゅ、と手が動く。

 俺の首を通すように手がするすると伸びて、胸元に顔を寄せた。起きたのか? 癖でやるような行動とは思えないが……

 

 ぼんやりと蕩けるような瞳で俺のことを捉えた後に、師匠はゆっくりと顔を逸らした。美しい銀髪の隙間から覗いた耳は赤くなっているように見えて、師匠らしくもない動揺をしているなと冷静に思った。

 

「……………………お、はよう……ロア……」

「おはようございます、師匠。随分ぐっすり寝ていましたね」

「た、たまにはそういうこともある。……なんでいるんだ?」

「何でって、時間」

 

 俺がそっと時計を指差すと、師匠はやってしまったと言わんばかりに目を見開いた後に「あー……」と一言漏らした。

 いい加減手を退けて欲しいがいい匂いがするし目の保養にもなるから黙っておく。子供の頃から見続けている美しさではあるけれど、見ていて飽きたことは一度もない。

 

「ん〜〜…………すまないね」

「気にするな。珍しいものが見れたからな」

「淑女の寝顔を覗き見るなんてロアらしくないじゃないか」

「そうでもない。アンタが初めてじゃないし」

「…………ほう」

 

 ぐぐぐっと顔を引き寄せられる。

 戦ってる時は何度も何度もこの距離に近づいた事はあるし、今更気恥ずかしく感じるような初心さは持ち合わせていない。

 

「……君は…………」

 

 なんスか。

 俺の頬を触ったまま、師匠は目を逸らさない。

 今更まじまじと見るもんでもないだろうに、至極真剣に俺の顔を観察し続ける。

 

「……すまない、なんでもないんだ」

「なんかある時の誤魔化し方だろ」

「そんな事はないさ。私だって過去を想う時はある」

「俺はかつての英雄とは別人ですからね」

「わかってるよ」

 

 一度目を閉じて、師匠は俺から手を離した。

 少しばかりは口惜しくも感じるが、俺から言い出すことはない。

 

「恥ずかしい女だな、私は……」

 

 どうやら今度は自己嫌悪タイムに突入したらしい。

 

 夢見が悪かった時なんてそんなもんか。

 夢想するのは悪いことじゃないが、それに伴って飛来する虚無感と言ったら酷いものがある。

 魔法の才能があって剣の才能もあって強さも全て兼ね揃えている俺を妄想したことがないわけはなく、ステルラに圧勝する姿や師匠に打ち勝つイメージは数え切れないくらいした。

 

 でも現実は何も変わらない。

 俺が何かを強くイメージしたところで現実には何も反映されない。

 

 頭の中で『本当はイケるんじゃないか』と徐々に妄想が現実に侵蝕していって、挙げ句の果てには大失敗をして自分を卑下する。

 

 気が小さすぎるのも良くないが、気が大きすぎるのも考えものだ。

 

「いいじゃないか。人は何処かしら欠けている部分があるんだから受け入れてしまえばいい」

「…………まあ、その通りさ」

 

 身を起こして、あくまでベッドに腰掛ける形になる。

 師匠は依然として横たわったままだが、仰向けで天井を睨んでいる。

 

「君は、女の敵だな」

「褒め言葉として受け取っておきましょう。人心掌握は得意分野だ」

「女泣かせ。ヒモ。甲斐性しかない男、ヘタレ」

「ンだと百年間男いない癖に図に乗りやがって」

「おや、幼馴染に愛を伝えられない男が何か言ってるね」

 

 マジでぶっ飛ばすぞ…………

 

 言葉にして良いこととしちゃいけない事が世の中には存在する。 

 今回の場合は後者であり、俺の逆鱗を逆撫でどころか引き千切った上に堪忍袋の尾をズタズタに引き裂いた発言だ。

 

「ぐ、ギギギギッ…………」

「どういう感情なんだい? それは……」

 

 見りゃわかんだろ、めちゃくちゃ言葉を選んでるんだよ。

 師匠に軽率に言葉を投げるのは簡単だが、思いの外この人の人生は重たい。そりゃあ戦争に巻き込まれた張本人だし当たり前なんだが、あまり失礼すぎることを言うとトラウマを刺激しかねない。

 

 俺は他人を傷つけたくはない。

 それが後々の禍根になることだってあるんだから、出来る限り敵は作らないでおくべきだと思っている。

 

「フゥ〜〜〜ッ…………妖怪め。気は済んだか」

「…………ああ。情けないことこの上ないけれど」

 

 気にするな。

 誰にでもそう言う時はある。

 寧ろ俺はそっちの方が安心する。欠点がない人間なんて不気味だろ。

 

 かつての英雄だって欠点があったんだ。

 それを表面上に出さないように、極限まで自分のうちに仕舞い込んでいただけで。

 

「さ、気が済んだならそろそろ帰らせてもらうぞ。母上の圧が徐々に強くなってきたからな」

「君はそういう所なんだよね、本当に」

 

 

 

 

 

 

「じゃーねお兄ちゃん。とーなめんと? は応援に行くから」

「うむ。俺がこの憎き天才をボコボコに打ちのめす姿を期待するといい」

「……なんか不安に感じる言葉だなぁ」

 

 なぜだ妹よ。

 兄を信じろ、俺はやると言ったらやる男。

 は〜〜、出来るかな〜本当に。出来ると信じたいし出来るはずなんだけど、ステルラ土壇場で覚醒するタイプだからマジできちぃ〜〜ッ! 

 

 電撃に耐性ある俺が若干有利みたいな所はあるけど別に有利でもないし。

 ステルラと正面切って戦える数分間で俺の集大成を放たないといけないの、普通に辛い。

 

「次会う時は楽しみにしててね。私も雷魔法頑張るから」

「そこまで真似しなくてもいいんだが……」

「雷魔法格好いいじゃん」

 

 しゅっしゅっとシャドーをして気合を表現するスズリだが、その表情は相変わらずの仏頂面である。

 ルナさんの無表情とは違って、なんかこう……やる気がないのが伝わってくるんだよな。あの人はボディランゲージでもなんでも使って表現するタイプの人だからわかりやすいし、なにより感情豊かだ。

 

「ま、無茶はするなよ。俺が言うのもおかしな話だが」

「お兄ちゃんみたいに苦しみたくないから辛くない範囲内で頑張るがゆえ、安心して欲しい」

 

 それでこそ俺の妹だ。

 わしゃわしゃ頭を掻き撫でてやると、むぎゃ〜〜なんて言いながら抵抗してきた。

 ふっ、年上の男に勝てると思うなよ。

 俺は物理だけは鍛えてるからな。

 

「父上も母上も、身体を大事になさって下さい」

「俺は何もしてないから身体を壊しようがないな」

「スズリ、お前はこうなっちゃダメだぞ」

 

 父上は考古学者としてはそこそこ権威ある人間なのにこれである。 

 

「今生の別れじゃないしそんなに畏まらなくてもいいのよ?」

「形式上でもなんでも良いから言いたい言葉は言っておくべきだと俺の心に刻んでありまして」

 

 母上も父上も老いを感じる。

 俺が見ない間にすっかり歳をとってしまったのだから、今のうちに伝えられることは伝えておくべきだと思っている。

 

「それではバシーさん、ヘレナさん。またロアくんをお預かりします」

「はい。よろしくお願いします」

 

 今の立場になってわかることだが。

 子供の頃一人息子を長い間任せるのは親としてどう思うのかと考えていたが──師匠の肩書きや実績がデカすぎるからかなり信頼できる材料になっている。不安に思うこともあるだろうけど、俺の意思も込みでこの道を歩ませてくれた両親には感謝しかない。

 

「また帰ってくる。それまでのお別れだ」

「ああ。頑張って来なさい」

 

 頭は下げない。

 俺たちは家族だからな。

 握手を一回して見送ってもらえればそれでいい。

 

「さ、行こうか」

 

 師匠の後に続く。

 

 夏休みはまだ長い。

 ステルラとの戦いを考えなければいけないのは当然だが、それ以上に今年しかない夏を楽しんでおくべき。友人達との思い出や楽しみはいくらあっても損するもんじゃないからな。

 

 夏休み終了までおよそ三週間、と言ったところか。

 

 ジワジワ蒸し暑くなり始めた空気感が、夏本番を迎えることを苛烈に表していた。

 

 

 

 




大○コソコソ小噺!
師匠がメインヒロインみたいな風潮があるらしいですよ。


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第八話

 夏休みに突入してから大体一週間。

 帰省の一週間をそれなりに満喫し満足したので、今度は誰にも邪魔される事のない一人暮らしを満喫する事になった。

 

 目が覚めるのは正午を過ぎてから、だらだら布団で本を読んで腹が減ったら身支度を始めて夕方辺りに外に出る。幸い夏休み期間中という事で師匠からそれなりの金額を支給して貰ったので豪遊可能だ。

 

 飲食店に一人で行って、食べ物を頼んで腹を満たす。

 後は気の赴くままに夜を嗜むのさ。

 

「これ美味しいですよロアくん。はい、あ~ん」

「あ~~」

 

 口の中に放り込まれたデザートをもぐもぐ咀嚼して、甘さと酸味が程よく合わさった旬の果物を贅沢に使った一品を味わう。

 

「美味い」

「良かった。結構気に入ってるんです」

 

 表情は変わらんが、ルナさん的には良かったらしい。

 

 は~~…………

 なぜ一人を満喫している筈の俺が首都デートに連れ出されてしまったか。

 別に特別何かが起きた訳でもないのだが、朝起きた時点でルナさんが部屋にいた。

 

『おはようございます、ロアくん。今日もいい寝顔を堪能させていただきました』

『そうですか。満足したなら早めに出て行ってもらえると嬉しいんですけど』

『こんな美少女にそんな事を言うだなんて……罪深い男ですね』

『美少女、ね……(背丈を見つつ)』

 

 子供の女の子だね。

 そういうニュアンスを込めて視線を送った。

 

 額に青筋を立てたルナさんに消し炭にされる寸前だったが、心優しい美少女がデート一回で許してくれると言ってくれたのでそれに肖ったのだ。

 つまるところ俺の所為。

 自業自得。

 

 でも責任を他人に投げる事は止めないよ。

 そうすることで自分の心を平穏に保つことが出来る。

 自分が悪いと自責の念を抱くのは徳を積めるかもしれないが、かわりに荒んだ日常を送る事になる。

 

 それならば俺は他人に全てを擦り付ける畜生に落ちよう。

 あと面倒くさいから他人に全部助けて欲しい。

 あ~~、めんどくせぇな。

 

「ふふふ、恋人同士にしか見えなくないですか? 私たち」

「恋人同士ではありませんけどね」

「む~~、そういう時は合わせて下さいよ。ホラホラ」

「はいはい甘えん坊でちゅね〜」

「灼きますよ」

 

 ヒェッ…………

 

 人を灼くことに恐れを抱いていた筈の少女はいつしかトラウマを払拭し嫉妬と刑罰の炎を降らせるようになってしまった。

 

 怖いね。

 

 ずずず、と音を立てながら珈琲を啜る。

 普段から飲むには少し苦すぎるが、甘いものと一緒に摂取すると世に存在している飲料の中でもトップクラスに君臨する。

 

 俺は別に味にうるさくはない(うるさかったら数年間の生活で餓死している)が、どちらかと言えば甘めの味付けが好みだ。多分これを知ってるのは現状ルーチェと師匠だけ、ステルラは手料理が残念なので知らない。

 アイリスさんも家事うまそうなイメージを勝手に抱いているのだが、どうだろうか。

 

「別の女の子の事考えてますね?」

「ええ」

「ええ、じゃあないんですよ」

 

 ムキーッ、とルナさんは威嚇してきた。

 だが残念だな、俺にその手は通じない。

 なぜならルナさんにはそれなりに常識があるからだ。

 

 ルーチェのように場所を問わずに手足を出して破壊しようとする悪魔のような倫理観ならば警戒するに越したことは無いが、幸いルナさんはそんな事をするような人ではない。

 どちらかと言えば止める方……ではないかもしれないが、好んで攻撃をしようとはしないだろう。

 

「どれ、ちょっと貸してください」

「? 構いませんけど」

 

 ルナさんから食器毎奪って、テーブルマナーに従った作法で切り分ける。

 

 俗にいうケーキという奴だな。

 流石にその方向性には明るくないから原料がなんだとかは知らんが、とにかくふんわりしていて甘いクリームと合わせて食べると美味い。果物が一緒に入ってても美味い。

 

「はい、あーん」

「────……あ~ん」

 

 素直に受け入れてもぐもぐと咀嚼している。

 そのままルナさんが口を付けたフォークを使って、俺も続けてケーキを頂く。

 

 甘いクリームと絶妙に乾いた生地が混ざって美味い。

 果物の酸味が僅かに感じられるのもいいポイントだな。

 

「俺一人だと入らない店、食べない料理。新しい楽しみを知れたのはルナさんのおかげです」

「…………なら、良かったです」

 

 ふん、余計な心配はしなくていい。

 俺は自分から出掛けたとしても新たな環境を手に入れようとはしない。

 今いる環境が好きなんだ。自分から手を広げて失敗した時に責任を取れるのは俺しかいなくて、そのリスクを背負うのは少々面倒くさい。

 

 だから、誰かと出掛けるのは結構好きだ。

 結果的に言葉で文句を吐いていたとしても、どうせその内感謝する事もある。

 気負う必要はない。

 

「特に喫茶店はイイ。本を読んでいても怒られないし、いつまでも居座っていても怒られない。一日で数冊消費できる」

「そういう換算なんですね。勿論私も持ってきました」

「いいですね、何の本ですか?」

「お師匠がくれた昔の本です」

 

 は? 

 

 表紙は古びており、沢山の年月を重ねているのが一目でわかった。

 ていうか……それ…………あのさ……

 

「ふふん、どうですか。たぶん現品限りでしか存在してない百年前の本です」

「ルナさん、俺と資産共有しませんか? 俺から出せるカードは師匠が隠し持ってる英雄の書物です」

 

 バチバチと視線が交差する。

 

 ──私が八割独占します。

 ──せめて俺に五割くれ。

 ──だめです、譲りません。

 ──ならこっちだって譲らん。

 

 …………ふう、とお互いに溜息を吐いて矛を収める。

 

 俺達は与えられた餌で一喜一憂する他ないのだが、魔祖十二使徒は長く生きている特権を十二分に活用してくる。

 

 ずるくね? 

 俺も死ぬ間際に英雄カミングアウトして死んでやるからな、一生俺の事を忘れられないようにしてやるからな。覚悟しとけよ超越者共。

 

「仲良く折半しましょう。因みにこの中身はお師匠と英雄が出逢った時の話が書いてあります」

 

 書物には逆らえなかったよ…………

 俺の大目標は未だにステルラを死なさない為に強くなることだが、それとは別に成し遂げると心に決めていることがある。

 

 英雄の全てを公表する。

 残ってる問題も解決して、因縁も全部ケリつけて、そうして纏め直す。

 

 断片的に誰かの手が入った情報ばかりでは物悲しいだろ? 

 創作は創作のまま残っていても構わんが、それはそれとして真実を知って貰いたいのさ。

 

 俺は彼が正当に評価されないのは腑に落ちない。

 

 ルナさんは一度息を吐いてから、変わらない無表情のまま話を続ける。

 

「相変わらずロアくんは“英雄”の事が好きですね」

「尊敬はしてます。なりたいとは思いません」

「でもロアくんの生き方は彼の人物に劣っていないと思います」

 

 それ褒めてんの? 

 苦しみ抜いたという点に於いては確かに共通点があるだろうが、生憎彼と俺では天と地ほどの差があると言っていい。

 

「謙遜も過ぎれば嫌味になる。ロアくん、そろそろ素直に認めてもいいんですよ?」

「まあ俺がカッコいいのは事実ですからね」

「否定はしませんが……」

 

 ルナさんは優しい人だ。

 大方俺が自己否定を繰り返してる事を案じてるんだろう。

 

 安心して欲しい。

 俺は決して人格(アイデンティティ)を無くさない。

 自堕落で面倒臭がりで異性に金銭も集るし飯も要求するし世間的にみれば良くないであろう行動は一通り行える度胸は持ち合わせているぜ。

 

「俺は自分の功績なんかどうでもいいんですよ。誰かの手を借りなければ成し遂げられないのに自分の成果だと胸を張るのは少々心苦しく感じるし、そもそも名を挙げたい訳じゃないので」

 

 そこら辺はきっちりしていきたい。

 

 本質を見失わなければそれでいい。

 俺がここまで苦しみ続けているのは大切なものを失くしたくないから。

 

「ね、ロアくん」

「なんですか」

「前に言っていた、『渦巻く因果は全て英雄の名の下にある』という言葉の意味。教えてくれませんか?」

「それは無理ですね」

 

 チッ、忘れてなかったか。

 ルナさんが想像しているよりも重たい感情を俺に向けて来たから勢いで言ってしまった俺の黒歴史。

 

 匂わせとかそういうキャラじゃないだろ。

 バレたらヤバいのは理解してるから出来るだけ否定しまくってるんだが、うっかり漏らしてしまったのはひたすら誤魔化すほかない。

 

「ステルラさんやルーチェさんは気が付いてないと思います。アイリスさんも当然気が付いていませんし、私だけがこの立場に居るからこそ疑問に抱く事が出来ました」

「皆目見当もつきませんが……」

「ロアくん。幼少期から学園に入るまでの期間、ずっと山にいたんですよね」

 

 あれ? 

 これマズイ流れじゃないか。

 かなり本格的に追い詰められ始めてる気がする。

 

「エイリアスさん以外の十二使徒に会ったことは無かったと聞きました。でも君は、お師匠(エミーリア)の事を知っていた」

「特徴は聞いていましたから。赤い髪で師匠の知り合いと言えばそれくらいしか俺に思い当たる節は無かったので」

「本当にそうですか?」

「ええ」

 

 白を切る時の面の皮には自信がある。

 普段からこうやってポーカーフェイスを維持しているからこういう時に役に立つ。

 

「エイリアスさん曰く、『剣技に関しては天賦の才』だそうですよ」

「あの人が身内贔屓なだけですね」

「私はそうは思いません。ロアくんの剣技は“英雄”にそっくりってお師匠も言っていましたから」

「世間は狭いですねぇ」

「一人で抱え込むのは辛くないんですか?」

 

 別に抱え込んでる訳じゃないんだけどな……

 単に誰にも言いたくないし面倒な事になるから言ってないだけで。

 言った方が明確に得するんなら言う。でもそれは今じゃないし訪れるかはわからない未来の話だ。

 

「辛い事はありません。俺だけが知っている事があるってのも優越感があって中々楽しいモンだ」

「…………そう、ですか」

 

 どうやらうまい事流せたっぽいな。

 

 好奇心で聞いている訳じゃないのはわかってる。

 多分、俺のことを考えた末に踏み込もうと決断してくれたんだろう。

 

 それくらいはわかるさ。

 ルナさんは優しい人だからな。

 

「心配しなくても何処かに行ったりしませんよ。人知れず消えるような男に見えますか?」

「はい。ロアくんは優しいけど残酷な人なので」

 

 俺程の紳士を捕まえて酷い言いようだ。

 

「女の子が逝かないでって言ってるのに一人で逝ってしまうような男の子はダメですよ」

「俺にどうしろと……」

「たまには振り回されてください」

 

 いつも振り回されてるんだが……

 

 俺から女性を振り回すような事をした覚えはない。

 強いて言うならばルーチェヘラヘラ時期にマッチポンプ染みた接近をしたくらいだ。

 

 アイツはぐいぐい押したら押した分だけ受け入れる女だからな。

 

「ロアくんってそういう所ありますよね」

「そこら辺は他人にどうにかしてもらうつもりです」

「生粋のヒモ気質はどうにもできません」

 

 呆れるような声でルナさんが言った。

 

 俺は幼い頃から少しも変わってないと自負している。

 やる気なし展望なし想望あり羨望あり才能ナシ、これくらいのスタンスを保って生きて行かないと俺の精神が安定しないのさ。

 

「……いつか」

 

 すっかり冷めたお茶に口をつけ、喉を潤してからルナさんが口を開く。

 

「いつか、私に話してください。誰よりも先に」

 

 いつも通りの無表情だが、眼光は鋭い。

 それだけ望んでいるんだろう。俺の秘密を共有する事を────……いや、違うな。

 

 正確には、『俺の破滅するかもしれない可能性』を失くそうとしてる。

 

 これも座する者(ヴァーテクス)の勘ってヤツ? 

 別に身バレすることの恐怖はない。単に面倒臭くなるだろうから隠してるだけだ。

 

「私はロアくんの事が好きです。

 私はロアくんと一緒に居たいです。

 私はロアくんが死ぬことは耐えられません。

 私が一番じゃなくてもいいです。何番でもいいです。愛されなくても構いません。でも、ロアくんには…………」

 

 お、重てぇ~~~~~っ!! 

 

 一回落ち着いてもらうために、手を翳してストップして貰う。

 

 ふーむ…………

 まあ、そう簡単には振り切れないか。

 トラウマは払拭できないからトラウマなんだ。そう易々と誰もが乗り越えられるような薄さはしていない。

 

 きっとルナさんは自覚してる。

 喪失感が胸を締め付けるあの感覚を忘れられてない。他人に比べて重たく、現実味のある悲しみが胸の内をぐにゃぐにゃ巡っているあの感覚を。

 

 俺もわかるんだ。

 彼の記憶を見ていく内に、重たくて強い感情だけが伝わってくる。暗くて、腹の底に溜まっていくような不快感と不愉快な感情だ。劣等感に塗れた俺じゃなかったら耐えられないだろうな。

 

「成った事、後悔してますか?」

「…………いいえ。お師匠を悲しませなくて済みますから」

「俺はルナさんにも(・・)死んで欲しくない。共犯者がいれば気は楽かもしれませんが、不確定な要素を悪戯にばら撒けば何も想定できなくなってしまうかもしれない」

 

 そもそも遺物の正体が不明なんだよ。

 最後の一撃も届いてないだろうし、本体を見れてない。溢れ出てくるのはあの虹色の石で間違いないと思うんだが…………

 

「知ってますよね。俺はステルラの為にこうやって苦しんでると」

「……………………ええ」

そういうことです(・・・・・・・・)。今はそれで満足して頂けませんか」

 

 かな~りやんわりと言ってしまった感じはあるが、ルナさんを信じる他ない。

 

 顎に手を当てて何かを思案するルナさんを尻目に、俺は冷めきった珈琲を喉に流し込む。

 最初から冷えた飲料ならともかく、温くなった珈琲はどうにも好きじゃない。

 

 たっぷり三分程静寂に包まれた後に、ルナさんは俺の目をしっかりと見つめてきた。

 

「……わかりました」

「ただまあ、その代わりと言っては何ですが。俺が困ってる時は助けてくれると嬉しいです」

 

 俺は基本的に無力。

 周りの人が凄いからどうにかなっていて、どうにかしてもらってるだけ。

 

「俺とルナさんだけの(・・・)秘密です」

「────……はい。二人だけの秘密、という事で」

 

 デートと言うには些か物騒な話題だが、少しは気を持ち直してくれたのならそれでいい。

 

 未来の事は未来の俺がどうにかするさ。

 今はただ、二人きりで過ごすこの時間を楽しんでいこう。

 

 

 



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第九話

「や、元気してるかい? ヒモ男」

「ついさっきまではすこぶる快調だったが、たった今不調になった。お前の顔を見たからだな」

「ウ~ン、元気そうで何より。はいこれお土産」

 

 なぜか部屋までやって来たアルベルトの土産を受け取る。

 えー……なんか見覚えのない袋だ。毒でも入ってんのか? 俺は毒味はやらんぞ。

 

「失礼だなぁ、こことは違う大陸の土産だよ」

「……そういえばお前一応グラン家だったな」

「僕ほど気品に溢れる人間になんて失礼なことを……」

「心にもないことを言うな」

 

 別大陸、か。

 戦争が終わってから数十年後に見つけたらしいんだが、人の手はまだ入ってるようには見えないとか未開の地だとか言われてる。

 

「マリアさんも呼び出しくらってたみたいでね。一緒に旅行気分を味わおうって言ったら断られちゃった」

「呼び出し…………ああ、そうか」

 

 魔祖十二使徒の約半分程がそちらの大陸を調査している、なんて話は耳に挟んだことはあったが本当だったのか。

 

「流石にあの距離をテレポートで移動するのは不可能、魔祖十二使徒と言えども帰ってくるには一週間程必要。僕は移動に合わせて四日使ってるから、実質三日間しか滞在してないのさ」

「そういうものか」

 

 テレポートも万能じゃないんだな。

 多分その別大陸ってのも、想像したこともない位遠く離れた場所にあるんだろう。

 

「で、この土産はなんだ」

 

 嫌な予感がするんだが……

 縦に振りまわせばガサガサパラパラ乾いた音が聞こえてくる。……砂? 

 

 アルはふふんと得意げに鼻を鳴らしてから、悪びれもせずに言い放った。

 

「持ち込み禁止の新植物の種子だね」

「文字通り厄介事の種を持ち込むな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 パチパチと火花が弾ける音が周囲に響く。

 夏真っ盛りでジメジメムワムワと不愉快な熱気が経っているのにもかかわらず焚火で追い打ちしなくちゃならない手間を増やされたのは普通に謝罪して欲しい。

 

「ああ、隠して持ち込むの苦労したのに……」

「アウトラインを一瞬で越えてんだよ。助かりましたルナさん」

 

 クソバカを縛り上げて他にモノは無いか詰問したところ、流石にやりすぎるとマズいと判断していたのかこれだけだと言ったので信用することにした。

 

 まず持ち込むなよ。

 ドッキリにしたって限度があるだろ。

 

 燃やすためだけに魔祖十二使徒を継ぐ人を呼びつけるのはどうかと思ったが、これが原因で異常が起きてもしょうがない。

 念には念を入れてってヤツだな。

 

 俺が呼んだ時は(家まで行った。エミーリアさんにも挨拶した)僅かに楽しそうな空気感が漂っていたのに今はまるで違う。虚ろな瞳で火を見つめ続ける姿は流石の俺でも恐怖を感じざるを得なかった。

 

「私は都合のいい女です……」

「すみませんって、埋め合わせは今度してあげますから」

「やりました、何でも言ってみるもんですね」

 

 ボソッと呟いた言葉に反応したら元気そうに返事をしてきた。

 コイツ……俺の事を嵌めやがったな、許せねぇよ。

 

「ロアくんに学びました」

「これはロアの所為だよね」

「ふざけんな。人の所為にするとかお前ら常識がないのか?」

「胸に手を当てて自分に問いてみると良いよ」

 

 試しに胸に手を当ててみたが変わらぬ平常心と心拍数、異常は何処にもない。

 一体何のことを言ってるかわからんな。

 

「は~~、今日も俺の心は晴れやかな空模様だ。何一つとして後ろめたいことは無い」

「なんでこんなのに惚れたんですか?」

「自分でもわからなくなる時があります」

 

 うるさい奴らだ。

 取り敢えずアルベルトを縛り上げている縄を外して、部屋に戻る。

 いつまでも暑い空間に居たくない。

 

 部屋の中は冷房(魔力で動くが、俺は魔力が殆ど無いので予備魔力を借り受けている)が効いている。金さえ払えばそういうサービスを受けられるのが都会のいい所だ。その金は師匠の懐から出ているが。

 

「文明の利器最高。山には二度と戻りたくない」

「まあ魔法が使えれば自分で調節可能なんですけどね」

「水差すような事言わないでください。水かけますよ」

「水くらい弾けるから構いませんよ」

 

 クソが…………

 何言っても勝ち目がない。

 ルナさんは先日のデート以来顔を合わせるのだが、相変わらず波長が合う人だ。

 

 より具体的に言うのならノリが気安くて楽。

 

「とか言って本当にやらないからね、ツンデレだ」

「ロアくんは優しいですからね。人が悲しむ行動はあまりしたがりません」

「寄ってたかって俺を虐めて楽しいか?」

 

 ニコニコ明るく「うん!」と即答したアルは後でシバくとして、ルナさんはいつも通りの無表情でコクコクと頷いた。

 

「チッ…………で、何しに来たんだ。まさか本当に土産を渡すためだけに来たのか?」

「まさか。誘いに来たのさ」

 

 誘い? 

 

 俺を犯罪に巻き込むなよ。

 師匠の名を傷つけるような事はあまりしたくない。俺がヒモだと世間にバレるのはどうでもいいが、明確な犯罪行為は流石にアウトだ。

 

「君は僕をなんだと思ってるんだ?」

「女性と殴り合いをして興奮する変態」

「やれやれ、何も否定できないね。正論は時として暴力になるんだぜ」

 

 喧しい奴だ。

 

「ま、今回の誘いは君にとっても得がある筈さ。そうじゃなきゃ話すら持ってこないし」

「聞くだけ聞いてやる。用件を言え」

 

 一応さっき出した茶をズズズと啜った後、アルベルトは楽し気な表情で言った。

 

「────夏と言えば?」

「暑い」

「うんうん、それもそうだ。でもそれだけじゃあないだろ」

 

 問いかけか。

 夏と言えば、に続く言葉を当てろという事。

 常識的に考えれば海だろうな。真夏の海水浴は風物詩になってるとは話に聞いたことがあるけど、あんなもん金持ちの道楽だから気にしたことすらなかった。

 

 忘れがちだが俺は田舎出身山育ちの野生児である。

 

「夏と言えば海ですね」

「正解です、ルーナさん」

 

 俺も正解に辿り着いてたから実質正解だったな。

 

「という訳で、心優しい僕は海に行ったことが無いだろう貧しい君を海に遊びに行かないかと誘いに来たのさ。勿論皆一緒にね」

「少々不愉快な物言いだがお前にしては珍しい心がけだ。何を企んでいる?」

「一夏の思い出ってのを僕も作っておきたいのさ。学生の特権だろ?」

 

 ふーん。

 アルベルトは変態でカスで外道な部分がナチュラルに混在しているだけで、世間一般的(?)な常識は持ち合わせている奴だ。

 

 心の奥底でまた変な事を考えてる可能性は高いが、友人と遊びに行きたいという欲望は間違いないと見た。

 

「で、本音は?」

「君が女性陣に囲まれてボコボコにされてる所がみたい」

「お前本当にイイ性格してるよ」

 

 

 

 

 

 

 

「────という訳で、水着を買いに行きます。準備は良いですか」

 

 無表情で楽しそうに啖呵を切るルナさんを眺めつつ、俺は菓子を口に放り込んだ。

 

 美味い。

 甘めのお菓子で以前喫茶店で嗜んだように珈琲が欲しくなる。

 

「美味い。ありがとうルーチェ」

「口に合ったなら良かったわ」

 

 口を隠すように肘をついてそっぽを向くルーチェ。

 

 俺とステルラが実家に帰省している間、首都近郊の実家に戻っていたらしい。

 一人暮らしをしているのはコミュニケーションエラーが原因だが、少しはトラウマというか心の傷が癒せたのならそれは良い事だ。

 

「私も貰っていいの?」

「当たり前でしょ」

「やった!」

 

 そして何故か一緒に来たステルラ。

 俺の家に来るより先に向こうに寄ったようだ。

 

 仲良しになってて俺は嬉しいよ。

 ルーチェはともかくステルラは友達が少ないからな。男友達は出来る限り作らないで欲しいし俺以外見ないで欲しいが、同性の友人は増えれば増えるだけステルラの人生を豊かにする。でも変な奴とは関わんないで欲しい。

 

「……で、何をいきなり言ってるの。水着?」

「先程説明した通りですが、アルベルトくんの厚意で海に連れて行ってくれるそうです。持つべきものはお金持ちの友人ですね」

「多分ルナさんの家もお金持ちに分類されますよ」

「…………言われて見れば……」

 

 楽しそうにお菓子を食べているステルラと俺の家が一番下。

 そもそも二人とも魔祖十二使徒の家族なんだから裕福に決まってるだろ。

 

「嫌味になっていました。すみません」

「別に気にしてませんが……受け取っておきます」

 

 そもそも俺は働いてすらいないから貧乏煽りを喰らう程弱くもない。

 

「……そういえば、海なんて行ったこと無いわね」

「意外だな」

「他人の視線が多い場所で肌を晒したくないのよ」

 

 でもお前俺と戦う時滅茶苦茶脚振り回してたよな。 

 あれ、最悪下着まで見えてた可能性があるんだが──そこまで口に出そうとしたが、藪蛇を叩きたくなかったのでだんまりを選択。

 

「ロアくんの前なら良い、と。聞きましたか?」

「そんな事一言も言ってないでしょうが!」

 

 偏向が凄まじいことになっているルナさんの言葉に憤りを示すルーチェだが、思い上がりじゃ無ければコイツは俺に対して肌を晒す事をあまり躊躇ってないように思える。これまでの経験上デレた時の解放感はルーチェが一番だ。

 

「……なによその目。ぶん殴るわよ」

「怖い怖い。ステルラ、お前も水着用意しろよ」

「む゛く゛ッ」

 

 唐突に標的にされた事で驚いたのか喉に菓子を詰まらせたらしい。

 お茶で一気に流し込んで台無しにしている辺りがステルラっぽいが、今回はいきなり話しかけた俺にも非が有るかもしれないのでちょっとだけ反省しておく。

 

「み、水着ってあの…………し、下着同然の奴?」

「そうだが……なんか言い方がイヤだな」

 

 言われて見れば下着同然だ。

 でもそれはそういうタイプの過激な水着を指しているのであって、普通に被面積が多い物を着用すればいいのでは? 

 

「あっ…………そ、それは……ソウナンデスケド……」

 

 フッ。

 

 ステルラが何を考えているのかはわかった。

 

 あえて触れないでいてやるのも優しさだ。

 今のステルラには時間が必要なんだ。現実を受け入れる時間が。

 

「あ、ロアくんはついてこないでください。当日までの秘密ですから」

「なんで俺の家に集まったんですか? 最初から別で話してくれ」

 

 なんでこの流れで俺をハブるんだよ。

 おかしいだろ。

 見た目が整ってて俺に好意を抱いている女性陣の水着姿を見てぇよ。

 

「ロアくんの趣味に合わせるのはいいんですけど、今回は私達の仁義なき勝負なので」

 

 つまり各々の趣味に合わせてくれるって事だな? 

 

 それはそれで楽しみだ。

 ぶっちゃけた話俺は長い間文明に触れていなかったから私服がかなり適当である。こないだルナさんとデートした時の服は多少気合を入れたのを着たが、普段着はめっちゃ適当。

 

 一方部屋の中にいる女性陣の服装は綺麗で似合っている。

 

「センスで勝負です。

 衣服のセンスは女性にとって必須。

 着飾る事で美しく自分を表現し、ロアくんが一番好みだった人間がロアくんと夜の砂浜デートできる感じで行きましょう」

「なんでわざわざ夜なんですか」

「そっちの方が雰囲気出るって本に書いてました」

 

 ロマンチストだな。

 満天の星空を眺めるのは確かにいい雰囲気だろうし、流れで少し手が進むこともあるかもしれないが、残念な事に俺は嫌という程星空を見て来た。もう本当に嫌になるくらい。寝転ぶと同時に虫が身体を這いずる感覚を思い出す。

 

 たくさん生えてる足がうねうね肌の上を元気に駆け回るあの感触は不愉快という言葉だけでは言い表せない。

 

「…………ふーん。いいわ、受けてやろうじゃない」

「ものの見事に釣られましたね」

 

 ルーチェ…………

 

 お前はどうしてそうなんだ。

 いや、俺と夜の砂浜を歩くのを楽しみにしてくれるのは有難い。

 それに可愛い女の子を見るのは好きだ。ていうか見た目が整ってて自分に好意を寄せてくれてる異性で尚且つある程度両想いの相手が着飾ってる姿を見たくない奴は居ないだろ。

 

「……なによ。文句あるの?」

「何もない。楽しみにしてるぜ」

 

 ふん、と一呼吸おいてルーチェは満足げに息を吐いた。

 

「俺とステルラは田舎者だからな。ドレスアップは任せた」

「少し意味合いが違いますが……まあいいでしょう。敵に塩を送るのは不服ですが、フェアな勝負にならなければ意味がありません」

「一体どこからその情熱が沸いてきてる訳?」

「わからないんですか、ルーチェさんともあろうものが」

 

 やれやれと気障なモーションと共に呆れた声を出したルナさんに対して青筋を浮かべながら、ルーチェは怒りを飲み込んで言葉を続けた。

 

「トーナメントで手に入れられる筈だったチャンスです。田舎から出て来たばかりの芋娘に都会で育ったレディの威厳を見せつけ男を奪うチャンスなんですよ」

「そんなことしなくても全員見ますけど」

「だまらっしゃい!」

 

 フンスじゃねぇんだよな。

 楽しそうなのはいいんだが、言われている張本人である芋娘は口角がピクピク震えている。

 

「……俺達の地元に、流行りの服屋なんて洒落た店は無かった。美容室なんてモンも無かったし、流行りの雑誌なんて見た事すらなかった」

「……………………」

 

 ステルラは口元をキュッと結んで顔を逸らした。

 

「ステルラ。期待してるからな」

「…………はい……」

 

 ステルラは目を逸らした。

 

 おい。

 こっちを見ろよ。

 正面に座ってるくせにルーチェの方へ逃げようとしたステルラの肩を掴む。

 

「頼むぞ。

 俺は本気で期待してる。

 これでしょうもない恰好だったら一生かかってもお前を許せないかもしれない」

「あ、あぅ……」

「目が本気ね……」

「本気ですね……妬けます」

 

 外野が何かを言っているがどうでもいい。

 わかったなステルラ。

 以前アイコンタクトでお前と話した時があった。あの時と同じくらいの想いを俺は視線に乗せている。

 

 ──わかるだろ。

 ──ハイ。

 

 完璧なコミュニケーションだな。

 

「勝負は三日後。

 浜辺で最も似合う水着を選択し着こなした人間の勝ち。

 勝者にはロアくんとの夜散歩デート権利が与えられます!」

 

 うおおー、なんて盛り上がるルナさんと静かにお茶を飲むルーチェ。

 

「あ、この話はアイリスさんにも通しておくので気を付けた方がいいですよ。私の勘ですが……彼女は曲者です」

 

 なんだそのダークホース的な扱いは……

 でも確かにアイリスさんって身体のプロポーションいいし顔整ってるし可愛い系の女性である。

 

 ルナさんは子供、ルーチェは美人、ステルラはどちらかといえば可愛い系。

 成長の見込めないステルラと違って一足先に大人の女性に近付いているアイリスさんは伏兵というより本命と言った方が正しいのではないだろうか。あの人常識兼ね揃えてるからな。

 

 あれ? 

 俺が一番期待できる人ってアイリスさんじゃないか? 

 

「ふっふっふ、三日後を楽しみにしておくといいです。咽び泣きながら私に抱き着くロアくんの姿が想像できますゆえ」

「吠え面かかせてやるわ。覚悟しておきなさい」

「わわわ……どうしようどうしようどうすればいいんだろ……」

 

 三者三様、みんな違ってみんな良いという言葉があるが、ここまで全員色が違うと逆に統一感があるように思えてくる。

 

 海、海か。

 一度だけ彼の記憶で見たことはあるが、確かに綺麗な風景だった。

 どこまでも広がるような青い水、僅かに波立つ美しさ。白と青が混ざり合っていて、太陽の輝きを反射した青が更に煌びやかに映る。

 

 ……いい思い出作り、か。

 誰がアルベルトに手を回したのかはわかりやすいが、素直に受け取っておこう。

 

「む。なんですかじっと見て。惚れました?」

「そうっすね。気遣いの出来る女性は好みですよ」

「……やっぱりロアくんは意地悪です」

 

 

 



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第十話

あけましておめでとうございます。
年越しは職場でした。
やっと取れた休みも全部寝てゲームして過ごしてました。


「あ、起きた」

「…………おはよう」

 

 覗き込むようにステルラの顔を見上げて、寝起きに見るには最高の景色だと内心呟く。

 

 どうやら膝枕されてたみたいだ。

 そういうのは俺の意識がある時にやって欲しいんだが、面と向かってやるのは恥ずかしいのか知らんが師匠もやろうとしない。コソコソ裏で隠れながらしようとする。

 

 まったく。

 

「よく眠れた?」

「枕がよかったからな」

「そっか…………えっ」

 

 たまには正面から褒めてから身を起こす。

 

 身体をゆっくりと解しながら、姿勢が固定される魔導車の中から周囲を見渡した。

 

 魔力を動力源に動く画期的な移動手段なのだが、残念な事に俺は扱えない。

 一人で乗るなら金を支払って魔力を購入しなくちゃならん。魔力があればこんな面倒くさい手間は省けるのにな~! 持つべきものは魔力を沢山持ってる友人だぜ。

 

「アンタ魘されてたわよ。どんな夢見てたの?」

「む……」

 

 特に何か夢を見ていたわけではない。

 

 いつも寝てる時に()の記憶を見ていると思われそうだが、見れる時と見れない時がある。

 

 むしろ見れない時の方が多い。

 幼い頃に一気に見てしまった影響かは知らんが、流石に人の一生分の記憶を常に供給され続ければ俺の頭は焼き切れてアボンだ。多分俺はかつての英雄の生まれ変わりだぜ、なんて言い出してる。

 

 今回はただ寝てるだけだったのに魘されてたってことは、睡眠とるだけで魘されてるってことだよな? (二度聞き)

 

「ふざけやがって……」

「何怒ってんのよ……」

「俺の人生はいつだって厳しさに溢れていると悲観していた」

 

 窓を開いて外を見る。

 無論外は灼熱の太陽に晒されて真夏日真っ盛りであるが、魔導車の中は魔導冷房が効いてるのでめちゃくちゃ過ごしやすい。魔力が世界の覇権を握ってる中で一人落第者のおれ、流石に涙を禁じ得ない。

 

 寝る前はまだ山に入ったくらいだったのに気がつけば山を抜け、少し遠い場所に青一面が広がっている。

 

「あれが海、か…………」

 

 空気に溶け込んだ、こう……なんと言い表すべきだろうか? 

 独特な香りが鼻を突き抜け、ずっと山で暮らしていた俺にとってはなかなか慣れない感覚だ。

 

 初めて見る筈なのにどこか懐かしいような気持ちが胸に湧き上がるのはなぜなのか。きっと英雄の所為です。あの人の場合バカンスではなく完全に魔物対峙に赴いた時の記憶だからな……

 

「楽しみだね!」

「アイリスさん」

 

 ニコニコ笑顔で話しかけてくるのは久しぶりに会話をするであろうアイリスさんだった。

 

「私もホラ、一般家庭出身だから」

「そういえばそうでしたね」

 

 魔導戦学園は所謂普通の出自(・・・・・)の人間は少ない。

 

 幼い頃から優秀な教師が居て、なおかつ魔法を子供の頃から扱い続け才能を高く保有する者だけが入学できる最高峰と言っていい舞台だ。他にも魔法を扱える学校は存在するが、そのどれもがウチに比べて数段階質が見劣りするらしい。

 

 魔法を使えない俺からすればあまり誇れる内容じゃないが、どうにもそういう風潮があるんだとさ。

 

「アイリスさんは魔法というより戦いっていうか……」

「ネジは複数外れてますよね」

「アルベルトと同じくらいよ」

「みんな酷くない? 私なんかしちゃった?」

 

 アルベルトと同レベルって言葉は普通に暴言だと思う。

 

 よよよと泣き崩れながらさりげなく俺にもたれかかってきたので、振り払うことも特にせずにそのまま受け入れる。

 

「……ロアくんって動じないよね」

「慣れてるんで」

「それはそれで結構複雑かな……もっと女の子の気持ちを労わってあげないと!」

 

 えぇ~。

 十分報いてる気がするんだが……

 

「労った結果俺にプラスの作用をするならそうするが、残念なことに身の回りにいる女を労って良い思いをしたことが無い。辛うじてルーチェが飯全般でランクインしてる程度だ」

「フッ…………」

「何勝ち誇った面してるんですか。燃やしますよ」

「負け犬が何言っても意味ないって、言いたくなる気持ちもよくわかるわ」

 

 いつも通り掴み合いに発展した馬鹿二人のせいで多少魔導車が揺れるが、そこはアルベルトが手配しただけあって問題ないようになっている。

 こんな密室空間が揺れても大丈夫な設計、ね……

 やっぱアイツ金持ちだし貴族だしやる事やってるわ。

 

「はわ〜……ルーナって見かけによらず情熱的だよね」

「やる気なさそうに見えるのは否定できません」

 

 いい加減外の熱風がうざくなってきたから窓を閉めて、物理の戦いはルーチェの圧勝で終わったらしいアホ二人を尻目にステルラの横に座り込む。

 

「楽しみか」

「うんっ」

 

 ニコニコ笑顔で返事をする。

 お前はぼっちだった。

 俺が居ても居なくても結局ぼっちだった。

 

 そんなお前が友達と海に遊びにいくなんてイベントを楽しみにして、心の底から笑顔で笑えるなんて……………………

 

「まだまだ世界は捨てたもんじゃないな」

「え? なにが?」

「お前が友人を作った事実に驚き喜びから咽び泣いているだけだ」

「…………う、うん。いいのかな……」

 

 友人ゼロだったお前がやっと友達を作れたんだ。それも女友達。男友達は一人も作るな、頼む。

 

 どうでもいい会話を続けている内に気が付けば魔導車は速度を緩めはじめる。

 

 もう着くのか。

 出発して半日と経ってないが、俺の地元に馬車で行くのとはえらい違いがあるな。

 

「そりゃそうでしょ。天下のグラン家お膝元なんだから交通手段がしっかりしてない筈ないじゃない」

 

 そりゃそうだ。

 俺の故郷は田舎もイイトコって事を忘れちゃいけない。

 金持ちで尚且つ元々貴族とかそういう次元じゃない階級に位置していた家なんだから、それくらい整えられて当然か。

 

「昔からある程度整えられている区画は存在しています。統一国になる以前の話、旧四大国時代のインフラと言うべきでしょうか。旧グラン帝国は最も栄えていたと言われていますので、帝国領だったこの地域は特に綺麗なのでしょう」

「街も幾つか通ったし、大陸の端まで来たのに人の手が入り続けてるのは凄いよね」

 

 ステルラの言葉に同意する。

 ウチなんて最後の街を抜けてから一日掛かるもんな。道が悪いから。

 山脈地帯を迂回していく必要があるので必然的に距離が延び、そして需要も少ないため改善されることはなく今に至る。

 

 唯一の有名人が師匠と俺の父親だし、定期便で連絡する程度で仕事は進んでるらしいからな。

 

「そういやステルラはまだテレポート出来ないのか」

「あ~……試してないけどどうだろ。感覚とか聞いとけば出来るかも」

 

 感覚でイケるのか……

 細かい部分で才能差を痛感させられるな。

 

「ぶっちゃけ座する者(ヴァーテクス)なんて感覚派しかなれないので才能ある人間しか居ませんよ。はーっはっは、ロアくん敗れたり!」

「あーそうっすか。傷ついたんでルナさんに振舞おうと思っていた料理はステルラの胃に収まる事になります」

「誠に申し訳ございませんでした。愚かなわたくしめに慈悲を与えてください」

 

 フン、俺の勝ちだな。

 別に才能でマウント取られるのなんざ日常茶飯事すぎてどうとも思ってないが、それはそれとして正面から改めて言われるとムカつく。完膚なきまでにその分野とは別の場所でボコボコに磨り潰してやらんと気が済まない。

 

 今日もまた一人負かしてしまった。

 俺の連勝記録は止まる事を知らんな。

 

「何を勝ち誇ってるんだか……」

「おお~、みんな慣れてるね」

「呆れてるだけよ」

 

 感心したような顔でうんうんと頷くアイリスさんに対してツッコミを入れるルーチェ。

 

 お前は変わらんな。

 この後俺がちょっと煽ればすぐに掌返してツンデレ発動するってところまで読めてるぜ。

 

「ま、まあ……ロアの事をわかってきたって事じゃないかな。…………たぶん」

「お前マウント取りたいのか中和したいのかハッキリしろよ」

 

 ちょっといじいじ指先を弄りながら小声で呟いたステルラだったが、あまりにも煮え切らない回答に閉口せざるを得ない。ほら見ろ、言われたルーチェすら別に効いてないって感じな表情してるしアイリスさんはポカンとしてるしルナさんはいつも通りだ。

 

 何も変わんねえじゃねぇか。

 

「……ステルラちゃんって……もしかして、結構残念?」

「逆にどういうイメージだったんですか」

 

 俺のように幼い頃から思い込んでるわけでもなく特に親しみがあるわけでもない人間の評価はちょっと気になるな。

 

「結構優秀な優等生って感じだったかも」

「そういやルーチェも同じような事言ってたな」

「今はポンコツアホ娘としか思ってないわ」

「あ、あはは…………」

 

 そこでなんとも言えない顔するからお前残念な奴って言われるんだぞ。

 

 そうしてのんびり暇を潰している間に気が付けば魔導車は動きを止め、窓から覗く景色には青に煌めく海とどデカい豪邸が聳え立っていた。

 

 半日もかからずに大陸の端に到着したのか。

 師匠たちのような遠くまで移動できる魔法を扱える人達程では無いが、魔法が使えなくても魔力さえあればここまで便利な生活が出来るようになっている。

 

 なんていうかな。

 少しずつ、本当に少しずつではあるが……

 かつての英雄が創りたいと願った世界はこうあるべきなのかと、その意思をちゃんと継いでくれたんだなって思える。

 

 報われている、なんてアンタなら言うんだろうな。

 

「さ、降りますよ。ホラホラ荷物持って持って」

「はいはいわかってます」

 

 降りる前に荷物を持ち上げる。

 いつもなら他のメンバーの分を持ったりはしない(魔法による身体強化が使用できるため)のだが、今日は移動手段でもある魔導車の動力を供給してもらったので俺が持つ。別に大したことではないし、多少の対価としてこの程度働くことは許容してやろう。

 

 俺は働きたくないし自堕落に生きて行きたいし他人に恩義を返すのも面倒だと思っているが、貰ったものはちゃんと返してあげないと筋が通らないだろ。

 

「自分で持つからいいわ」

「気にするな。帰りも四人を頼る事になるんだ」

 

 一人で持とうとしていたルーチェからも大きな荷物を奪って、最終的に四つ分の袋を右手で抱えて左手に俺の荷物を持った。総重量も別にそんな重たくないし、荷物持ち程度で魔力代を精算できるなら安いもんだ。

 

「おお~、力持ちだ!」

「それしか取り柄がないもんで」

「自虐がすぎる……」

 

 アイリスさんにペシペシ肩あたりの筋肉を叩かれた。

 

 いやでも貴女も似たようなものですよね。

 ルーチェは魔法使用しなくても結構筋肉ある方だけど、アイリスさん斬り合いするとき魔法使ってませんよね。身体強化使う事も出来るけどしないタイプ。俺とは違って楽しみたいから使わん狂人。

 

「ま、女の子の手ではないよね~」

 

 年頃の女性らしさは確かにあまり見られない。

 美容用品? 的な商品も首都だと結構豊富らしく、度々ルーチェが使っているのを見た。ステルラは恐る恐る使ってた。ルナさんは…………その……座する者(ヴァーテクス)なので最初から使ってないと思います……

 

「アイリスさんらしいじゃないですか。俺は気にしませんよ」

「私も別に気にしてはいないけど……男の子はやっぱりさ、綺麗な方がいいじゃん?」

 

 どうなんだろうか。

 アイリスさん見た目綺麗だし特に気にしないと思うが。

 

「あ、ほんと? それは嬉しいかも」

「俺の前では気にしなくていいです」

 

 俺が気にするのは暴力を振るってきたり強制的に外に連れ出そうとしてきたり俺の自由を破壊しようとする者共の事だ。

 出資者とは言え常識の範疇で生きて貰わないと困るし、確かに俺の人生全てを師匠に支えられてはいるがあの人の横暴さに常についていけというのは酷な話ではないだろうか。

 

「おっ、着いたんだね。長旅ご苦労様だ」

「よう。本日はお招き頂きありがとうございました」

 

 友人関係でこういう風に言うものではないかもしれんが、誘ってくれたのはアルベルトだからな。

 

「うむうむ、僕に感謝するのだ」

「流石はグラン家ですなぁワハハ」

「なにしてんのよ……」

「汚職政治家ごっこだね」

 

 流石のノリの良さだ、アルベルト。

 

「僕は将来的に政治とかそういう方面に進むつもりは一切ないけど、一応出来なくもないからね」

「嫌なやつだ……」

「いやぁ名家の生まれで申し訳ない。没落してるんだけどね!」

 

 笑えないギャグすぎるだろ。

 グラン家はそもそも戦争が起きた間接的な原因なんだから褒められたもんじゃない筈だが、そこら辺は終戦後に上手い事やってるのだろうか。

 

「それはそれ。現に今の時代になっても僕らは滅んでないぜ?」

「結果論が過ぎる。間違いではないけどな」

「細かい事は気にしない、それが生きて行く上で一番大切なことだよ」

「アンタに言われると釈然としないわね……」

 

 ルーチェの意見に同意する。

 

「さ、挨拶はこんなもんでいいね。海に行くのもよし、食事を行うのもよし、バカンスなんだから好きに過ごすと良い。聞きたいことがあったら訪ねてくれ」

「なんだ、一緒に遊ぶんじゃないのか」

「……流石にそこに僕が入るのは悪手すぎるからね」

 

 蹴られるのは好みだけど、なんて言葉を付け足してアルは肩を竦めた。

 

「それに女性陣にいいようにしてやられてる君を遠くから観察するのも楽しそうだ」

「良い度胸だな。後で表に出ろよ」

 

 

 



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第十一話

 夏の日差しとは大変辛く厳しいものである。

 数年間野外で暮らし文明もクソもない小屋の中で生活した俺だからこそ言える言葉だ。

 

 ジワジワと身を焦がすような熱波、まとわりつくような粘着質な熱気。

 

 これを心地いいと言える人間は世界に存在してない。

 

「…………冷てー……」

 

 だがしかし。

 何事にも例外というものは存在する。

 世界は常識と論理の上で成り立っているが、時として感情だけが先を行くような状況は起こりえるのだ。

 

 結論、海冷たくて最高。

 

 外気は蒸されてるのかってくらい暑いんだが、それを破壊して有り余るほどの冷たさ。

 熱された身体が冷やされて気持ちいい。

 内陸部の田舎に暮らしていたが故、初めての体験だ。

 ルーチェの氷にボコボコにされるのとは訳が違う。

 

 ぷかぷか顔だけ出して漂いつつ、じっと空を見つめる。

 

 果たして過去の遺物は本当に現れるのだろうか。

 散々走り抜いてきた未来にたどり着いた訳だが、最近になってそういうちょっとした疑念が湧くようになった。

 

 そもそも英雄の記憶すら丸々全部見れた訳じゃないし敵の正体も曖昧なまま。言動から察するにグラン家が関与してるって事は確かだけど、戦争の首魁が死没してから月日が経ってから事件は起きてる。

 

 でもグラン家は存続してる。

 

 つまり子孫たちに罪はなく、そして知るすべもない。

 そこら辺を、その……言い方は良くないが、管理したのはエミーリアさんと魔祖だと思う。

 

 事実、統一後国内のゴタゴタはあったらしいからな。

 ()も勿論協力したが、死没した後はなーんにもわからん。表舞台でずっと活動し続けている二人位しか候補がいねぇ。百年前の記録もちゃんと残されてるけど整合性を自分で確認できてないから確証が持てないし、どうしたもんかね。

 

 ブクブク息を水中で吐き出して泡立てて気を紛らわしながら、結局今の状態ではどうする事も出来ないと結論付けた。

 

 ちょくちょく新しい記憶を見てはいるのだが…………

 

 いっそのことバラしてしまおうか。

 俺の記憶の事、何が起きて死んだのかって事。いや、だがしかし…………悩みどころだな。

 

「──ロア~! なにしてるのー!」

 

 ……うるさい奴が来てしまったので今日の考察はここまで。

 

 頭を切り替えて遊ぶための気分に変える。

 こういうのはメリハリが大事なんだ。決して疎かにしてはならない大切な事柄だが、俺には俺の人生がある。気を張り詰めすぎても空回りするんだから少しは気を抜いて生きていきたい。

 

 極力面倒なことはしたく無いし。

 

 ──それはそれとして。

 

「ロアー! こっちこっちー!」

 

 俺を呼ぶステルラの声に応じて振り返る。

 

 海に入るのは初めてだが泳ぐのは初めてじゃない。

 師匠の手によって生み出された大量の水に放り込まれて数時間もがき苦しんだおかげで水中でだって自由に動けるぜ。まあ身体強化使えば水を吹き飛ばせるから意味のない技術なんですけどね。

 

 ザバザバ泳いで浜辺まで移動する。

 海は波が高く身を攫われてしまえばひとたまりもない、と注意されたが、ぶっちゃけこのメンバーがいる時ならどんなところに流されても助けてもらえる気がするんだよな。空を自由に飛べる人が二人、身体強化で水の上を走れそうな奴が一人、アイリスさんは剣技がうまい。

 

「──着替え終わったのか」

「えっ、あ、うん」

 

 足が着くくらいの場所からはゆっくり水の中を歩いて、浜辺まで上がりきる。

 

 髪が濡れて邪魔くさい。

 適当に掻き上げてだらしなくならない程度に分けておく。

 山の中で暮らしていた頃は伸び始めると師匠が切ってくれたが、首都暮らしになってからは師匠の都合が合う時にしかやってもらってない。だから今非常に邪魔くさいことになっているワケだな。

 

「…………おぉ〜……」

「なんですか、ジロジロと」

 

 いつも通り覇気のない瞳だが、何処か爛々としたような煌めきがあるように見える。

 

「ふんふん……水も滴るなんとやら、ですね」

「言ってて恥ずかしくならないんですか? それ」

「思ったことを口にするのは大切だってどこかの誰かさんが教えてくれましたから」

 

 まあ……そうだけどさ……

 正面からカッコイイとか褒められて素直に全部受け取れるナルシストは多くないぜ。俺は受け取るけど。いや〜カッコよすぎて困っちまうな〜ホント! 

 

「何してんのよ。不用意に褒めたら調子乗るでしょ」

「調子に乗って叩き落とされるまでがロアくんですからね」

「貴様ら……」

 

 いつの間にかみんな着替え終わっていたらしく、惜しげもなく水着姿を俺に晒していた。

 

 女性が四人いると言うのにキャピキャピした空気感ではないのはなぜだろうか。

 たまにデートで行く喫茶店とかめっちゃ甘い空気を漂わせてるカップルとか女性集団とかが居るのに、うちの女性陣はあまりそう言うことがないように思える。

 

 不躾にならん程度の視線を四人に送る。

 

 ルナさんはいつも通り自信満々な仕草だな。

 残念ながら俺は女性物の服装に明るくないので、大雑把にしかわからない。赤色が髪色とマッチしてて統一感が表れていて美しいと思う。

 

 ステルラは……絶妙に体を隠してるので見えにくい。

 でもあれだな、黄色の水着っぽいな。ルナさんと似た感じでフリルっぽいのが付いている……気がする。口がふにゃふにゃになってる所とかがカワイイね。ああいうの見ると大好きになっちまうよ。もう好きだけど。やかましいわ。

 

 ルーチェは視線を俺には向けないように逸らしてる。

 口がちょっと尖ってるから、お前本当はちょっと恥ずかしいだろ。安心しろ、俺も恥ずかしいから。いつも寝ている間に俺の部屋に勝手にお前たちは侵入していたが、寝顔を見られるのもそれなりに恥ずかしかったりする。今お前は俺の恥を味わっている。イイ反応してくれそうだから真剣な眼差しを送りつけて十秒くらい近くで見てやった。大きめの舌打ちをされた。

 

 アイリスさんは……うお…………。

 あんまり恥じらいとかがない感じだけど、胸元をアピールするのとかは恥ずいらしい。強調するようなポーズを取った後に照れっと笑いながら後ろを振り向いた。この人こういう所あるよな。クソかわいい。あとやっぱこう…………年上の包容力っていうかさ……ね……。

 

「あ〜…………アイリスさん優勝で」

「おっしゃ!!」

「ちょっ……と、待ちなさい。もっとよく見て決めて」

「そうですよ! プロポーションを加点するのはずるいと思います!」

 

 それだけじゃねぇんだわ。

 プロポーションは確かにこの中で一番良く見えるし、無意識のうちに形成されていった俺の歪んだ性癖(主に師匠のせい)を鋭く突いたのがアイリスさんだったのは認めよう。

 

「水着のセンス、って話ですよね」

「まあ…………やっぱり可愛さ勝負にしませんか? もしくはロアくんの好感度勝負」

「どう足掻いてもルナさんが勝つことは無くなりましたが……強いていうなら、俺とセンスが少し似てるからですかね」

 

 灰になったルナさんは放置して、アイリスさんの姿を再度見る。

 

 なんていうかな。

 俺は綺麗で豪華に着飾ったお姫様も美しく綺麗だと思えるくらいの感受性はあるし女性陣みんなベタ褒めする程度に節操のない人間だ。

 

 ルーチェもルナさんもステルラも、三人とも時間をかけてどれが似合うのかを考えてくれたんだろう。

 

 勿論似合っている。

 可愛いさ。正直、俺には勿体ないとすら思う。絶対誰にも渡さないけど。

 多分ステルラは自身の好みというより、俺がステルラに抱いていた明るいイメージを想像してその色にしたんだろ。ルーチェは……お前は……黒のビキニってさ……めっちゃ攻めてるんじゃないか……? ルナさんは可愛い。

 

 三人のことは結構理解できてる(と思いたい)から、それなりに予想できていた。

 

 でもこう、アイリスさんは……ちょっと違ったんだよな。

 

「ま、その理由は三人には言わんが」

「えっ……」

「なんだステルラ。まさか教えてもらえると思ったのか」

 

 俺は確かにステルラに対して歪な独占欲を抱えてはいるが、だからといって全てをお前に教えてもいいと思ってるわけではない。俺にも人生があるしプライバシーがある。人生に関してはほぼ全部お前に捧げてるから、それ以外のちょっとした事くらいは大目に見て欲しいところだぜ。

 

「秘密だ。アイリスさんとデートする時にでも言うとするよ」

「お、おぉ〜……改めて言われるとドキッとするかも」

 

 ステルラも灰になった。

 座する者(ヴァーテクス)二人を無力化できたし実質俺が最強ってことで異論ないな。

 

「……負け、ね」

 

 そう言いながらルーチェは上着を羽織った。

 

 ……………………やるじゃん。

 ふ〜〜……最初からそうだったら少し危なかったかもしれない。

 これは参考までの話で決して俺の話ではないんだが、師匠はスタイルの良さと顔の良さが世界で一番って言えるくらい良い。あの女はそれを理解しつつ、『私がロアにそういう目で見られることはない』っていう意味不明な謎の自信をもってる節があるんだ。

 

 だからあの女は俺に遠慮を全然しなかった。

 特に山で修行してた頃はそりゃあキツかった。俺じゃなかったら性癖歪んで今頃狂った人間が一人爆誕してるだろうと確信を抱ける程度には狂わされるところだった。

 

 関係のない話になってしまったかもしれないが、俺の言いたいことはただ一つ。

 

 一度でもそういうボディラインを目に焼き付けてしまったら、服を着ていようが着ていなかろうがえっちに見えることがあるってことだ。

 

「ふ〜〜〜〜〜…………ルーチェ、流石だ」

「は? 何が?」

「ロアくんってたまにわけわかんなくなるよね」

 

 俺も男だからな。

 ぶっちゃけ甲乙付け難いから全員纏めてデートしてやるって威張り散らしてもいいが、それだとせっかく選んでもらった意味がないし、何よりもだ。

 

 今回選ばれなかった誰かが同じようなことをもう一回やってくれるかもしれないだろ。

 

 これは悪魔の作戦だな。

 次は選ばれたいから自信があって得意なことで一番を決めようとして、さらに研鑽を積んで俺の目の前で披露してくれる。失敗した料理とかでも別に食うし、そんなんで嫌いになったりしないし。

 

「やれやれ、俺の頭はいつも冴え渡っているな」

「どういう情緒してんのよ」

 

 呆れながら俺にツッコミを入れるルーチェ。

 上着のポケットに手を突っ込みつつ、上着は前が全開なので普通に水着が見えているし、戦闘方法が格闘だから引き締まった肉体がよく見える。俺は目がいいからな。

 

 俺の視線に気が付いたのか、ルーチェはそっと身体を捩って隠した。

 

「あざといな……」

「あざといね……」

「あざといですね……」

「うっさいわね!」

 

 ぎゅむ、とルナさんの頭を掴んだままルーチェは海に飛び込んでいった。

 身体強化してるから結構遠目に飛んでいったんだが、まあルナさんだし大丈夫だろ。遠くから叫び声が聞こえてくるけど多分大丈夫だ。

 

「あはは、それじゃあ私たちも遊ぼっか!」

「そうっすね。問題があるとすれば、俺たちは一般的な海での遊び方を知らないということだけです」

 

 俺、田舎生まれ山育ち。

 ステルラ、田舎生まれ田舎育ち。

 アイリスさん、田舎生まれ田舎育ち。

 

 ここにいる全員が首都魔導学園に入って初めて都会というものを経験しているため、誰一人として海での定石を知らん訳だな。

 

「…………後でお肉焼くって言ってたよ!」

「よし、理解しました。魚獲れば一石二鳥っすね」

「ちょっと違う気がするけど合ってる気がする……」

 

 ククク、任せて欲しい。

 確かに俺は魔法技術も魔力もゴミカス程しか存在しておらず、みんなの様にいつでもどこでも生きていけるような環境生成は出来ない。

 

 だが俺には十年近い野生の経験がある。

 何も嬉しくないし誇れない。俺は野蛮人か? 

 

「師匠のせいで強制的に身につける羽目になった泳ぎを見せつける時が来たな……!」

「ロアもなんだかんだ楽しみにしてたんだね」

「はしゃぎ倒すぜ、今日ばっかりは」

 

 俺を好いてくれてる女性四人と男が俺だけのバカンスでテンション上がらない奴はいない。

 

「楽しめる時は楽しむ。今日この日の思い出が、お前の中に残り続けて欲しいからな」

 

 俺はお前を置いて死ぬ。

 俺はお前より先に死ぬ。

 俺はお前を看取ることができない。

 俺はお前の死に際に立ち会うことができない。

 

「アイリスさんも一緒に。今日を最高の一日にしましょう」

「────……あ〜、なるほどね」

 

 苦笑いを浮かべつつ、アイリスさんは俺の手を取った。

 

「ちょっと、羨ましいかも」

「……異性に囲まれる俺が?」

「違う違う! ステルラちゃんがね」

 

 ──すごく、愛されてるなって。

 

 俺から手を離してアイリスさんはステルラの手を取り、そのまま駆け出した。

 

「も〜〜、この幸せ者めっ!」

「わあああ────っ!!」

 

 ざっぱーん! 

 と、大きな音を立てながらステルラは海に投げ飛ばされた。

 身体強化を使用した人間投げなので俺が食らったら確実にダメージを喰らうだろうが、あいつは魔法を使えるからノーダメージ。

 

「────行こ? ロアくんっ」

「……仰せのままに、お姫さま」

「そんな畏まらなくてもいいけど…………照れるかも」

 

 傷だらけの手で顔を覆い隠して、少し赤みがかった耳がどんな感情を抱いているかを如実に表している。

 

「今日は俺が一番強い日だ。普段マウント取られてる分泳ぎで全て見せつけてやる……!」

「さっきまでいた筈のかっこいいロアくんはどこに……?」

 

 この後泳ぎ対決をしたが、身体強化に身を任せているルナさんに敗北しステルラにぶっちぎられてルーチェには魔法を行使してないにも関わらず同格の泳ぎを見せつけられた。

 最後に戦ったアイリスさんがあんまり泳ぎ得意じゃなかったのが救いだった。

 

 勝てたとは一言も言っていない。

 

 途中まで優勢だったのに魔法で一気に逆転されたので、やはりこの世界は魔力がなければ人権すら与えられない厳しい世の中なのだと痛感する羽目になった。

 

 

 




水着だけはある程度悩んで決めたんですけど、イラストを人数分依頼出来るほどの余力が無かったので皆さんの想像に任せます。ハイネックビキニとかフレアビキニとかで検索履歴が埋まって人にみせられない状態になりました^p^


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第十二話

超難産でした


「────……むむ……」

 

 これで問題ないだろうか。

 中身を何度も読み直して、違和感が出た部分を修正する。

 生活費からちょびっとずつ捻出している紙代も馬鹿にはならず、まあまあ逼迫した経済状況。学校に提出する書類なんかは適当にするくせに、初めて送る訳でもない手紙を書くのに三時間程経過していた。

 

 無理もないよね。

 家族に送る手紙だし、書く事は最近増えたし。

 いつもより二枚も多く書いてしまった事に、これまでの自分がどれだけ薄い(・・)人間だったのかと実感すると共に──誰かに共有できることがとてもワクワクする。

 

 今日から旅行が始まるから、その間の出来事だって手紙に書きたい。

 

 でも、それはまた今度。

 次送る時の楽しみにしよう。

 一回の手紙で全部を伝える必要なんてないから。

 

 ──『最愛の両親へ。アイリス・アクラシアより』

 

 綺麗に綴った後に封をして、無くさないように鞄にしまいこんだ。

 

 凝り固まった上半身の筋肉を解し、窓から外を眺める。

 

 首都ルクスマグナ────私が暮らしていた村とは大違いの大都市。

 

 一歩外に出ればお洒落な喫茶店があって、かわいいお洋服を買いに行けて、文化的で美しい街並みが広がってる。

 生きやすさで言えば田舎よりよっぽどいい。

 

 命を脅かされる心配もないしね。

 

 …………だけど。

 

「……………………今日は……」

 

 読んで、くれるかな。

 

 首都に投げ出されて(・・・・・・)から早五年。

 両親と音信不通になって、五年。

 手紙を送り続けて、五年経った。

 

 こんなに人で溢れかえってる都会に住んでると言うのに──こんなにも孤独を感じてる。

 

 ため息を一つ吐きながら窓枠に肘を乗せた。

 賃貸の集合住宅地とは言え、記憶の中の実家よりも設備も内装も綺麗。そこに不満は無いし、文句のつけようもない。

 

「…………どうすれば、いいんだろうね……」

 

 本当はわかってる癖に、行動に移せない。 

 我ながらなんて情けなさだと、ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 真夏の夜は気温差が激しくなることがあった。

 

 特に自然の厳しさという点で言えば、山は顕著に表れた。

 昼は突き刺さるような熱波が天から降り注ぎ人間の体力を奪いつくし、夜は寒波が訪れ身体の芯から震え生きる活力というものを奪っていく。

 

 雨が降った時なんか最悪だね。

 水が確保できるのは良いけど寒すぎてそれどころじゃない。何回か死にかけて師匠に助けてもらった記憶が今でも思い出せるぜ。

 

「いやー、星が綺麗だね~」

「そうっすね」

 

 そして今日、俺の脳裏に浮かんだ疑問がある。

 

 もしかして俺の暮らしてた山が異常神域過ぎたんじゃないだろうか。

 学園のどこの誰に聞いてもあんな環境で暮らしていた人間は居ないし、なんかそういう異常気象が起きやすい地点の山に放り込まれた可能性がある。じゃないとおかしいだろ。あんなピンポイントで人を殺そうとしてくる自然の猛威があってたまるか。

 

「雪が降った日の空は最悪でした。体温を奪われ幻覚が見え始め、俺はいよいよ死ぬのだと意思が弱くなり始める。温存しておいた枯れ木に火をつけるという簡単な思考回路にすら辿り着けなかったのが恐ろしいです」

「子供が経験する事じゃないと思うんだけど……」

 

 最後には魔法で助けてくれるとはいえ、死ぬギリギリまで一人だから毎回毎回焦燥感がヤバかった。

 

「今夜はどう?」

「バカンスなんて初めてですから」

「……えーと、楽しいって事かな」

 

 大体合ってる。

 迂遠な言い回しをするのは完全に師匠の影響……まあ、影響って事にしておくか。

 ガキの頃からそうだった気もする。捻くれた子供だと自称するのはあまり好かないが、ここで師匠の所為にしてもステルラあたりに突っつかれそうだし。

 

「アイリスさんはどうですか。楽しかったですか?」

「わたし? う~ん、そうだね……」

 

 しゃがみ込んで、僅かに足元を濡らす海水を気に留める事もなく思案している。

 

「楽しいよ。こんな風に誰かと出掛けるのも久しぶりだからなぁ」

「友達は…………失礼、愚問ですね」

「と、友達の一人や二人いるわい!」

 

 動揺が隠せてないぜ。

 俺の周りに集まる人間は全員何かしらの欠点を持っているが、共通している点として友人がかな〜り少ないと言う特色がある。

 

 社交的でない、という訳ではない。

 単純にコミュ障だから自分を出すのが下手な奴らが多い。立場を気にして動くことはできる癖にね。

 

「へェ~~」

「ぐ、ぐぬっ……」

 

 アイリスさんは俺の一個上。

 ルナさんと同じ世代な訳であり、ルナさんと同様に周囲から距離を置かれてる人。

 普通に考えて斬る為に学園に入る人は怖いし近寄りたくないと思う気持ちもわかる。俺だって人となりを知らなかったら近寄ろうとはしないし、レッテルってのはそういうもんだ。

 

「…………い、いません。意地を張りました……」

「素直でよろしい」

 

 はい、今日も俺の勝ち。

 相変わらずの常勝不敗に俺の快進撃は止まる事を知らない。

 周りの女性陣には圧倒的な戦歴を叩きつけてしまったから後倒すべきは魔祖とかそこら辺だけだな。ヴォルフガングはルール無視で肉弾戦を要求してくるからアウト。

 

「はぁ~、友達なんて出来ないよ」

「欲しいですか」

「……うん」

 

 アイリスさんは静かに海を見つめながら、絞り出すような声で呟いた。

 

「…………本当は私、普通の女の子になりたいんだ」

 

 …………ふむ。

 意図せず悩みを引き出してしまったみたいだな。

 こんなんだから俺はそういう類の人ばっかり寄せるんだろうな。嫌じゃないけど、他人を導くのなんて俺には身に余る行動だからもっとちゃんとした人に相談してほしい。

 

「普通ですか。今の時代は多様性を認められる社会になりつつありますけど」

「都会はね。田舎はそうじゃないでしょ」

 

 まあ、それはそう。

 俺やステルラも同年代からは敬遠されている。

 同い年の友人とか地元には殆ど居ないし、久しぶりに帰っても遊ぼうって言える奴は一人もいない。

 

 別にそれ自体を気に病んでいる訳ではない。

 誇らしい友人は居るし、知り合いの数だけが人生を豊かにするとは言い難いからな。

 

「子供の頃はさ、ちゃんと友達居たんだよ? 毎日家の手伝いして、終わってから公園に遊びに行って、男女関係なく追いかけっことかして遊んでたんだぜ」

 

 俺達よりよっぽど健全で泣けてくるんだが? 

 一人は大人達から英才教育を受けているために周囲から距離が離れ、もう一人は単に動くのが嫌いで面倒臭い事は何もしたくないからと極力体力もエネルギーも使わない生活を営んでいた。俺は虫と同じような生態をしている事が否定できなくなった。

 

「でもまあ、こないだ話した通りになってしまったワケですが」

「なるほど。化けの皮が剥がれたんですね」

「その言い方はちょっと傷つく……」

「すみません」

 

 しゅんとしてしまった。

 ふ~む、話を纏めると『子供の頃はまともだったけど血を見たり斬ったり怪我したりするのが好きだという事に気が付いてから周囲に疎遠になったことを後悔している』、って事か? 

 

 いや、うーん……

 違う気がする。

 後悔してる感じじゃなかっただろ、あの時。

 めっちゃノリノリだったし。俺に斬られた後すげぇ綺麗な瞳で呟いてたし。

 

「────ごめんごめん! 変な話しちゃったね」

 

 うんしょ、なんて言いながらアイリスさんは立ち上がった。

 振り向いた表情に陰りは見られず、昼に楽しんでいた時と遜色ないように俺には見えた。

 

「帰ろっか。お風呂もあるって言ってたしさ」

 

 違和感はない。

 違和感は無いが、どうにも誤魔化そうとしているのが透けて見えている。

 

 は~~~~…………

 他人のお悩み相談を出来る程俺は高尚な人格を持ち合わせてないんだが、ここまで聞いておいて無かった事にするのは後味が悪い。

 

 このパターン何回目だ。

 もしかして最初にある程度ちゃんと対応しちゃったのが悪かったのだろうか。

 いやでも、目の前で困ってる人がいたら取り敢えず話くらいは聞くだろ。普通に。かわいそうじゃん。

 

「アイリスさん」

「わっ」

 

 横を通り抜けようとする彼女の手を掴んで止めた。

 

「アイリスさんは俺の事をどれくらい理解してますか」

「ロアくんの事?」

 

 少しだけ悩む素振りを見せた後、僅かに申し訳なさそうな表情でか細く呟く。

 

「他の子に比べれば、全然ロアくんの事を知らないかな」

「でしょうね。俺もアイリスさんの事をあまり知らない」

 

 俺が知っているアイリスさんは、他人と斬り合う事が好きで血を見る事に興奮する異常な部分を抱えた人。それを呪う事も無く受け入れ、自由気ままに生きている人という認識だ。ジャンル的にアルベルトと同類というのが正しい。

 

 だが、先程の発言からそれだけじゃない事がわかった。

 

 気に病むことがあるなら話して貰おう。

 俺に解決できる・できないはこの際関係ない。

 誰にも何も言えない辛さは知っている。この世の誰よりも知っていると自負してるからな。

 

「──なので、俺の話からします」

「えっ」

「なんですかその顔は。俺の事なんて知りたくない、と言われるのならしょうがないから諦めますけど」

「いやいや! 滅相ございません!」

 

 にへらっと笑ってアイリスさんは続きを促す。

 

「まず俺は戦うのが嫌いです」

「うん」

「そして痛いのも嫌いです」

「うんうん」

「動くのが面倒なので動くのも嫌いです」

「……うん」

「本音を言うなら本を読んで一日中怠惰を貪り堕落を極めて一生を終えたいですね」

「それは知ってる」

 

 ふっ、常々口にしてきた成果だな。

 俺を周りからしか見てないような人間でも俺のことを「適当な人間」だと認識してくれる。これは大いに意味があるんだ。

 

 最初期は『魔祖十二使徒第二席の弟子』という肩書きから興味本位で辺りをうろつく連中が居たが、トーナメント開催が決定した位から視線が減った。気にはしないが気が付きはする。

 俺は繊細だからな。

 

「注目されるのもどうでもいい。他人からの評価なんて無視したいけど無視できない理由がある。でもそれを言い訳にしたくない。俺は面倒くさくて適当で常に矛盾してる男なんですよ」

「……ロアくんって、なんでそこまで色々はっきりしてるのにステルラちゃんに告白しないの?」

「それはあれ……その……なんかこう……」

 

 万が一にでも振られたら最悪なことになるので……

 ステルラが俺のことを好きだという予感はまあ多少はある(自分の中では半分の確率を優に超えた)が、それはそれとして一世一代の告白とやらに命を賭けるには早すぎるんじゃないかと思うんだ。

 

 勝てたら告白する。

 うん、きっとそうだ。

 勝ったら告白するかもしれん。

 

「へ、ヘタレ……」

「俺は単純に勝てない戦いをしないと言うだけです。別に勝率百パーならいつだっていいですけど今の俺の中では確実とは断言できない状態にありますからね、それにステルラが俺以外の人間に靡く姿というのは想像できませんししたら死にたくなるのでしません」

「あ〜……ルーナの気持ちがよくわかってきたかも」

 

 くそっ! 

 なぜか俺が追い詰められてやがる……

 さっきまで優勢だったはずの俺立場は一体どこへ消えてしまった。やっぱステルラは話題に出さない方がいいんじゃないか? いやでも、ステルラについて何も言わなかったら俺が気にかけてることすらあいつに届かないだろうしな……

 

「…………ははっ」

「何笑ってるんですか。俺はまだ負けてません」

「やっぱりロアくんは面白い人だなって思ったんだ。ね、ロアくん」

 

 少し俺から距離をとりつつ、アイリスさんは別荘とは真逆に歩き出した。

 

「私ね。実家から絶縁されてるの」

 

 ……………………。

 

「生活費は毎年送られてくるし、最低限の補助はして貰えてるんだけど──故郷に戻ってくることは許さない、って言われちゃった」

 

 腰付近で手を合わせ、哀愁漂う背中を見せて歩き続ける。

 

「……それは、何故か聞いてもいいですか」

「ありがと。こんな趣味じゃん? 今でも大っぴらに公開してるんだけど、当然周りから見れば気持ち悪いって思うよね」

 

 あー…………

 

「虐め、みたいな感じになって──全部斬っちゃった」

「…………マジすか」

「大マジだぜ」

 

 やば……

 逆によく捕まらなかったな。

 師匠が俺に魔法をべしべし撃ちまくっても怒られなかったのは資格を保有していた事とその立場がデカい。社会的に信用足る人物であるが故、ド派手にボコボコにされる俺が居ても特に問題にはならなかった。

 

 だがアイリスさんの場合、相手にも非はあるがそれ以上に剣で斬ってしまったという事実の方が大きい。

 

 特に田舎なんてのは、一瞬で噂話が広まる環境にある。

 もう普通に暮らして行ける場所ではなくなるだろう。

 

「大体半年くらいかな。施設みたいなところで教育受け直して戻ったんだけど……叩かれて、絶縁状渡されたんだ」

「ご両親はずっと地元に?」

「うん。だから余計堪えたんじゃないかな」

 

 うげ~~~~……

 想像してるよりも百倍くらい重たい家庭環境と生い立ちなんだけど……

 俺が思ってたアイリスさんとはかけ離れてる。全然剣に狂ってる人じゃねぇじゃん、剣に狂う以外の選択肢が無くなってしまった人じゃねぇか。

 

「だから私はさ、叶わないってわかってても──普通(・・)の女の子に憧れてるんだ」

 

 ……なるほどね。

 

 そりゃそうか。

 アルベルトが許されてるのは立場があって、それでいて本人のメンタルが化け物だから。アイツは自分自身が悪に傾くことも厭わないだろうし、周囲を巻き込むことに疑念も抱かない。何が悪くて何が正しいか、それを理解した上で悪に傾ける最悪の人種。

 幸いな事に今は世の為に働く方が楽しい、と認知しているから何ともなってない。

 俺が手綱を握らなきゃいけないのか? 

 

 そしてアイリスさんは違う。

 この人は根が善良だ。

 だから周囲との違いを受け入れるのに迷いがあるし、自身のやったことの重さを理解している。そしてその過去を悔やんでいるが──悔やんだところで何も変わらないと知っているから、過去を無駄にしない為に自信の悪癖とすら呼べる部分を受け入れた。

 

 と、すれば……

 

「俺からはなんとも言えません。立場的に言えば、俺は周囲から自身の差異を認めてもらい支えてもらった側なので」

 

 アイリスさんは答えない。

 

「だから俺に出来る事は、今のアイリスさんを否定しない事です」

 

 剣に乱れる、なんて揶揄される程に打ち込んだんだろう。

 それはかつての自身の行いを無駄にしないため。起こしてしまった事件から何かを得る為。人生を悪戯に消費したと思いたくないから、努力を重ねた。

 

 現在進行形で人生を浪費してる俺からすれば、潔くて好ましい人格だと思える。

 

「少なくとも俺の剣(・・・)を理解できたのはアイリスさんだけ。理解者がいなくても生きていけますが、居てくれた方が気楽なのは確かです」

 

 貴女はそんな考えは持ってないかもしれない。

 俺は超人じゃないからな。他人の考えてる事全てが理解できる、なんて言う程傲慢じゃない。

 

「アイリスさんの問題を解決することはできません。今、友人(・・)として出来る事があるとすれば……」

 

 祝福を起動する。

 無駄遣いじゃないから許してくれよ。

 これもきっと必要な事なんだ。俺の人生においては。

 

「…………なんで……」

 

 魔力に気が付いたのか、アイリスさんは振り返って目を見開いている。

 

「『気が向いた時で良ければ相手くらいします』――以前、そう言いましたね」

 

 暗闇に包まれた夜の海岸で、燦然と照らす光芒一閃。

 

「俺は今までアイリスさんのことを、よく知らなかった」

「……私も、ロアくんの事をよくわかってなかった」

 

 立ち上がって俺に相対した。

 俺にアイリスさんの悩みを解決する事は出来ない。

 だから、俺に出来る事は――――今のアイリスさんを肯定すること。いつか解決策を導き出すために、今現在の辛さを少しでも受け止めてやる事。

 

「ロアくんは底抜けに優しいよ。そして、酷い人でもある」

 

 その手に握るのは赤黒く胎動する剣。

 燦爛怒涛――そう銘打たれた彼女だけの一振り。

 

「……誰にも、理解されるとは思ってなかった。私一人だけ、周りと違うんだってわかってたから」

 

 俺もそうです。

 誰にだって理解されなくていい。

 理解される時が来るとすれば、それは滅びが眼前に迫ってる瞬間だから。

 

「…………ありがとね」

「気にしないでください」

 

 デートというには少々物騒な催しになったが、これはこれでしょうがない。

 

 どこからか感じる複数の視線を感じなかった事にして、剣を構える。

 

 俺とアイリスさんの出会いは戦場だった。

 なら、もう一段回先に進むために必要なのはやはりコレだろう。

 

 俺は戦う事は好きじゃない。

 それでも、まあ…………俺の重ねてきた努力を他人に隅から隅まで知ってもらえるってのは、得難い経験なのさ。

 

 言い訳に言い訳を重ね正当化して、霞構えに移行した。

 

「始めましょうか、俺達なりの話し合い(デート)ってのを」

「うん。甲斐性見せてよ?」

 

 

 

 

 

 



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九章 弔鐘懺悔の音が響く
第一話


「────……む……」

 

 夜が更け月光のみが照らす深夜。

 暗闇の中、何かの違和感に気がついたのかエイリアスはその場で振り返った。

 

 当然見えるのは歩いてきた道、具体的に言うなら人の手が一切入っていない獣道。背丈ほどの高さまで乱雑に成長した植物と生い茂る木が視界を遮り、彼女が見たいと願う景色に届くことはありえなかった。

 

「どうした?」

「いや…………なんでもない」

 

 そんな彼女の様子に何か思いついたのか、エミーリアは肩を竦めておどける様に笑った。

 

「ロアくんに何かあったのか」

「光芒一閃を起動してる。でも危機的状況という訳では無さそうだ」

「あ〜……今は旅行中だっけ、ルーナが言ってたよ」

「友人同士で親睦を深めている最中さ」

 

 親睦を深めるには少々荒い手段だが、とエイリアスは呟いた。

 

「剣を合わせることでわかりあう────よくわからん部分まで似てきてるじゃんか」

「そんな所まで似ていかなくていいのにな……」

 

 互いに顔を見合わせて、苦笑した。

 

「実際、ロアくんはどうなんだ。血の繋がりは?」

「完全にシロ。正真正銘突然変異としか言いようがないね」

「……ま、そうだよな」

 

 期待して聞いた訳では無かった。

 

 戦争中、そして戦争終結後。

 エミーリアは空いた時間を利用してアルスの血族を探して回ったが、見つかることは無かった。もしかすると──なんて、淡い期待が心の奥底に潜んでいたことは否めない。

 

「私達大人の後悔はどうだっていいのさ。大切なのは今とこれからを生きていく子供達、だろ?」

「……そうだよなぁ」

 

 そう言ってから、二人は正面を向いた。

 戦争から百年以上経過する現在だが、いまだに人の手が入っていない未知の領域は存在している。

 

 人の手をかけず、自然そのままの姿を残している場所。

 人の手を入れることができず、秘境などと言われる幻の場所。

 そしてまた──かつての大戦において絶望的な程汚染され、立入禁止区域として刻まれた場所。

 

 現在二人がいるのは三つのうち最も危険な、立入禁止区域であった。

 

「旧グラン帝国の魔導兵器実験場────調査はしてる筈だが」

「記録も残ってるし、一回目はアタシも同行した。魔力が濃すぎたから深くまで入り込めなかったんだよ」

 

 手元に突如資料が出現するが、二人とも驚くことはない。

 自身の体すら魔力へと変化して瞬間移動を可能にする二人にとって、遠方から詳細な情報を取り寄せることなど何も難しいことではないからだ。

 

「地下施設も二階まで調査済み、建物自体はそこまでしか深さがない──と、記録ではそうなってる訳だな」

「そういうこと。あのまま行ったらヤバそうな雰囲気があったから止めた」

 

 エミーリアは歴戦の魔法使いである。

 経験だけで言うのならば、魔祖十二使徒と呼ばれるメンバーの中でも一番と言っていい。戦争の最初期から流れの傭兵として活動していた彼女にとって、最も信用できるのは培い磨き上げた勘だった。

 

「今はどうだ?」

「さあな。相も変わらずヤバそうな空気は漂ってるけど──アタシがそう感じちゃうだけかもしれない」

「…………同感だよ」

 

 どれだけ力を付けても、身を捩るような悍ましい経験というのは消えることがない。

 

 二人は長く生きた。

 人の倍近い年齢を生きている彼女らが抱える痛みは、常人には想像出来ないほどに重く苦しいものもある。それを必死に抑え込んで悟らせないようにしているのは果たして意地なのか、それとも…………

 

「今日の目的は下見だ。地下二階まで軽く確認してから入り口を探そう」

「了解。さっさと済ませて次に行こう」

 

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

 

 時刻は十日ほど前まで遡る。

 ロアとステルラが故郷へと帰省している頃、村から離れてエイリアスは単身首都へと帰還していた。

 

 理由は、招集されたから。

 彼女を呼びつけることが出来る人物はそう多くなく、他にも来れる十二使徒全員に声をかけているというのだから一筋縄ではいかないことが起きつつあることを誰もが認知した。

 

 予定の時間よりも早い到着。

 しかし既に会議室が空いており、先客がいる事を示していた。

 入口から堂々と入室し、一人の女性が席に座っているのを確認。互いに面識のある人物であり、気楽に挨拶をしても問題が無い貴重な相手だった。

 

「や、ロカ」

「随分早いわね」

「君こそ早いじゃないか、ヴォルフガング君は?」

「あの子なら夏休み入って早々にどっかに出掛けたまま。今頃道場破りでもしてるんじゃないかしら」

「それはまた…………」

 

 誰に似たのかしら、なんて言いながらロカはため息を吐いた。

 

「若い頃の君に似たのさ」

「…………信じたくないわ」

 

 顔を手のひらで覆って俯いた。

 

「『戦いの中でしか生きられない!』──なんて豪語してたもんなぁ」

「あ゛ぁ゛──!! やめてやめて〜〜〜!!」

 

 ケラケラ笑いながら入室してきたエミーリアに対して降伏宣言をしながら、机に突っ伏して顔を完全に隠してしまった。

 

 若い頃の黒歴史は長い間その身を蝕む事となるが、長く生きる分積み重ねたことが大きい彼ら彼女らにとっては大きなダメージとなる。

 特に昔尖ってた連中。

 主に戦闘狂だった奴。

 

「……こうして見ると、見事に武闘派が残ってるな」

「アタシらは開拓するのに向かないからしょうがない。人体に対する影響とか、そういうのを考慮すればあのメンツが行くのが道理だよ」

 

 現存する魔祖十二使徒の内、およそ半分近くが開拓地──要するに新大陸の調査へと赴いている。

 

 第七席・恒星(セーヴァー)

 第八席・闇夜(ノクスノーチェ)

 第九席・腐食(メルト)

 第十席・廻天(エリクサー)

 第十一席・金剛(フルメタル)

 そして──唯一欠番となっている、空白の第十二席。

 

 それらを除いた約半数がこの場に招集されている。

 

「集められたのは半分か……」

「言いたいことはわかる。でも向こうも向こうで大事な局面になりつつあるみたいだから、邪魔は出来ない」

「あのメンバーで大事が起きるのか」

「土地の問題だよ。結局のところ文明を築くのはアタシら超越者じゃない、力を持たない人達だろ?」

 

 新大陸に駐留してるのは魔祖十二使徒だけではない。

 少数ではあるが一般人が向かっている。新たな知識、新たな文化、新たな世界。好奇心に身を突き動かされる冒険家のような人間もいれば、仕事上必要だから高額な報酬と引き換えに向かっている人間もいる。ある程度開拓が終わった此方側とは違い常に未知の危険に包まれた土地から、戦力を奪うのは憚られた。

 

「そんな訳でグランの坊ちゃんに手紙を持たせたからまあ……問題は無いと思う。流石にこっちが滅びはしないだろうし」

「君が足りると判断したなら従うさ。私は君ほど器用じゃ無いからね」

「おいおい、一緒に考えてくれてもいいだろ~?」

 

 ハハハ、と笑いながらエミーリアは肩を叩く。

 和気藹々とした空気が漂ったが本来の目的を忘れるほど耄碌してはいない。表情を真剣なものに変えて続け様にエイリアスが問いを投げかけた。

 

「……で、何があった」

「地底の奥底に一瞬魔力反応があったらしい。観測したのはマギアただ一人、他のどんな装置にも引っ掛からず──『あの時』の魔力に似てたそうだ」

 

 あの時────それが何を示すのか。

 普通であれば抽象的で具体性がなく疑問に抱くであろう伝え方に対して、二人はすぐに気が付いた。『あの時』というのが、一体何のことを指し示しているのかを。

 

「……………………まさか」

「そのまさか、かもしれないって程度だけどな。それでも警戒するに越したことは無いだろって事で呼び出したってワケ」

 

 かつて、一人の英雄が居た。

 戦争を終結させ大地を平定し統一国を作り上げその姿を消した偉大なる男。そして、誰も知らぬ間に危機に陥り──その存在を表舞台から限りなく不自然のないように薄められた、もう一人の英雄とも呼べる人物と共に命を落としてしまった悲劇の人。

 

 その人物が亡くなった時に、ほんの少しだけ感じた魔力。

 

「それ以来観測不能、マギアは仕事が溜まりすぎて動けない。だからアタシらに出番が回ってきたのさ」

「…………そう、か……。現れなければいいと願っていたが」

「……アステルの二の舞にはならないようにしなくちゃならないわね」

 

 ロカは机の下で、誰にも悟られないように拳を握り締めた。

 エイリアスは、アルスの死に間に合わなかった。崩れ落ち、命が失われていく彼を見届けることしか出来なかった。

 エミーリアは、彼の死を見届けることすら出来なかった。報告を受け急いで向かった時には既に事切れており、取り乱すエイリアスが縋り続ける彼の遺体を呆然と眺めた。

 

「…………そうだな」

 

 脳裏に浮かび上がる記憶。

 国を建てたその日から、彼女からプライベートは消え失せた。

 超越者であることを活用し不眠不休で国に全てを捧げた。寝る必要がない身体だから、()がもうこれ以上苦しい思いをしなくていいように。ひっそりと、表舞台から消えたいという彼の唯一の我儘に応えるために。

 

 結果としてそれは果たされた。

 余生を安寧に包まれた中天寿を全うするのではなく、人知れず秘境にも近い場所で暮らしていた彼が命を落とし──国を混乱させない為に、死すらも隠匿することによって。

 

「これは完全な推測だけど──爺さんの置き土産だろうな」

「同意する。未知の座する者(ヴァーテクス)の仕業という線も無くはないが……」

「流石にわかるし、彼を殺す理由が無い。現状一番可能性が高いのはそうでしょうね」

 

「────ちょっと、予定まで一時間くらいあるのになんで集まってるのよ」

 

 半ば確信を抱きながら話し合う三人の元へ現れた人物。

 黒髪で勝ち気な瞳に綺麗な雪華を象ったピアスを付けた女性と、雫のようなピアスを付けた黒髪の男性。揃いの衣服を着用し、どこか似た空気を漂わせている二人の男女──ここに召集されたメンバーの残りが、これで揃った。 

 

「あらあら、誰かと思えば子供が還暦を迎えた若夫婦じゃない」

「百以上年が離れた男に手を出した女に言われたくないのだけど?」

 

 ロカは額に青筋を立てた。

 対する黒髪の女性────ローラ・エンハンブレは強気な視線を保ったまま、やがて溜息を吐いて首を横に振った。

 

「……やめるわよ。虚しくなってくるから」

「……そうね。ごめんなさい」

 

 ロカとローラは仲が悪い。

 百年前の因縁──かつてロカはグラン帝国(・・・・・)の魔法使いとして戦争に参加し、ローラはリベルタ共和国に暮らす一端の魔法使いとして活動していた。侵攻を最初に開始したのはグラン帝国であるがゆえ、ローラは攻め込まれる自らの街を守る為に手を汚す事となり。

 

 原因は国そのものであるとはいえ、戦場で何度も殺し合った関係を修復するのは容易なことではない。

 

「……ていうか、私からすればアンタらが仲良くやってるのが本当に異常なんだけど」

「マギアも丸くなったしそろそろ許してやれよ~。アタシも謝るからさ、な?」

「アンタなにもやってないし寧ろ仲間だったでしょーが! そんな相手に謝られてもどうしようもないわ」

 

 まったく、とため息を吐きながらローラは席に座った。

 

「……ま、だからといって邪魔したりしない。出来る事があるなら協力するつもりよ」

「そういってくれると助かるよ。ニコは……聞かなくても大丈夫か」

「アレ? 僕の扱い雑じゃない?」

「信頼されてんのよ」

 

 本当かなぁ……とつぶやいて、男性──ニコ・エンハンブレは着席した。

 

「ところで──戦力は足りてるの? マギア抜きでも」

「それをこれから調査するんだ。幸い夏休みだから教職はやらなくて済むし、アタシら宛の連絡は一括して集められるように処理もしてる」

「根回し早…………」

 

 ここぞとばかりに働きまくるエミーリアに対して、ローラは僅かにたじろいだ。

 

「そして──これが過去の調査記録も含めて精査した結果だ」

 

 各々の手元に現れる資料。

 特に動揺することもなくそれぞれ手に取って目を通し始める。

 久しぶりに集うとは言え、これまで一度も協力して来なかったわけではない。建国後、表舞台に決して姿を現さなかったエイリアスとは違いローラとニコは積極的に活動していた。

 

 だからこそ、彼ら彼女らに取っては見覚えのある資料だった。

 

 かつての戦争の後遺症が刻まれた、忌むべき区域。

 

「三つに分かれて調査する。アタシとエイリアスで旧グラン帝国領、ローラとニコは旧ミセリコ王国領だ」

「私はどうすればいい?」

「ロカはもう一人協力してくれる奴がいるから、その子と一緒に行動してもらう。旧リベルタ共和国領だな」

「オッケー、理解したわ」

 

 振り分けに疑問視する声は上がらず、四人は素直に受け入れた。

 それだけエミーリアを信頼しているという事でもあるし、実際に危険度を考えるのならばこれが妥当だと判断した。グラン帝国は戦争以前からインフラの整備が進んでおり、他の国に比べてそのまま(・・・・)運用されている施設が多い。住宅の建て直しや古くなった建造物を作り替えることはあっても、基礎的な部分は魔法によって強化されているから安全性の確保だけ行って放置されている部分が多かった。

 

 だからこそ、危険だと判断した場所はそのまま監視を続けることで放置していたのだ。

 触れて藪蛇がでた、程度ならばまだいい。

 鬼が出るか邪が出るか、でもまだマシ。

 

 本当に最悪のパターンを想定して、対応できるように国が落ち着くまでは触れないようにしていた。かつての戦争を生き抜いた魔祖十二使徒をもってしても、それくらい警戒を続けなければならない相手。それこそが旧グラン帝国という存在だった。

 

 そして、それら全てを加味した上で対応できるであろうと判断されるのが十二使徒でも最上位の二人。

 

 エイリアスとエミーリアのコンビだった。

 

「そしてもう一人は────マギアの代わりになれる奴さ」

「……アイツの代わりになれる奴なんて、居ないでしょ」

 

 少々苦い顔でローラは呟く。

 単騎で大群を押し留めそのまま押し返し、戦況を引っくり返す。戦場の一部から崩していくではなく、戦場の全てを薙ぎ払う。当時複数人いた座する者でもそこまでの火力を出せるのはエミーリアしかおらず、彼女がアルスと合流してからはそれはもう酷かったものだ、とかつてを知る人物は語る。

 そしてやりすぎてアルスに怒られるまでがセットだった。

 

「今のところはな。でも将来的にワンチャンあるんじゃないかとアタシは思ってる」

「将来的? ……………………もしかして」

「マギアには言うなよ。アタシの独断だ(・・・・・・・)

 

 その言葉を聞き、ローラはもちろん、この場にいる全員が悟った。

 そしてそれと同時に何を意味するかを理解し、各々が別々の感情を抱いた。

 

「……まあ確かに、ロカと一緒なら問題ないわね」

()なら問題ないだろうね」

 

 ローラとニコが納得し、口を出さなかった二人も頷いて同意を示した。

 

「次代を担う、正真正銘本物のマギアの後継者(・・・)──テリオス・マグナスに協力してもらう。ロカには彼に経験を積ませてやって欲しいんだ」

「はいはい、了解したわ。出来るだけ危険がないように探らせるわね」

「助かるよ」

 

 手筈は整った。

 子供たちが安寧に暮らす為に、今を生きる子供の手を借りることについて思うことがないわけではない。本来ならば十二使徒だけで解決しておきたい話をどうしてわざわざテリオスという下の世代に関わらせるのか。

 その理由を、皆が理解していた。

 

「……そろそろアタシらは、裏に消えていかなくちゃいけない。いつまでも上の世代がいると時代が動かないってことが、この百年間でわかったからな」

「こっちはいつでも引退できるように備えてるってのに、他の連中が全然後継者探さないんだもの」

 

 魔祖十二使徒の中で弟子を取っていたのはわずか数人。

 数世代に渡って魔法技術を継がせたエンハンブレ夫妻だけが、最も早く準備を終わらせていたとも言えた。

 

「ローラが早く二人きりになりたいって言うから……」

「は?」

「ごめんなさい、冗談です」

 

 ニコの頬に拳がめり込んだ。

 

「ま、いいんじゃない? 少なくともここまで発展させたんだから誰も文句言う奴はいないわよ」

「…………だと、いいけどな」

 

 苦労を知るが故に、誰もエミーリアを貶さない。

 たとえ仲が悪かったとしても、その領分だけは犯さないと決めている暗黙の了解だった。長い付き合いがあるからこそ出来る気遣いでもある。

 

「それじゃ、私らもう行くわ。とっとと調査して終わらせてやるわ」

「私も行こうかしら。テリオスくんは今どこにいるの?」

「マギアと一緒に書類捌いてるよ」

「…………そ、そう……」

 

 やや引きながらロカは退出した。

 それに続いてローラとニコも出ていき、その場に残ったのはエミーリアとエイリアスのみ。

 

「……本当に、よかったのか?」

「何が?」

「私と君だけで、さ。全員で取り掛かっても文句は言われないだろう」

「いいんだ。あそこに踏み込むのは限られた人数の方がいい」

「…………そうだが……」

 

 不安そうな表情をするエイリアスに対して、エミーリアは明るく笑った。

 

「大丈夫だろ。アタシら二人なら」

「彼を殺した奴に負けるつもりはないよ。それでも万が一がある」

「そこはまあ、連絡を通してどうにかしてだな……」

「全く…………」

 

 嘆息しつつ、わずかに笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「────あんなところを無関係な人間に見せるのは私だって嫌だ。ありがとう、エミーリア」

「こっちこそすまん。一番嫌な所なのに」

「気にするな。長生きしてるんだ」

 

 ──少しは慣れるものさ。

 

 内心呟いて、資料を手に取る。

 ある意味で確信すら抱いているだろう場所。

 彼女にとって最も因縁深く忌み嫌うべき施設────グラン帝国の魔導実験場。

 

 此処にて彼女は誕生した。

 忘れたくても忘れられない、最悪の記憶だった。

 

「踏み込むのは後日。とにかくしらみ潰しにしていって、重要な地点をマークしていこう」

「賛成だ。私たちの手で終わらせよう」

 

 子供たちが明るく過ごす未来の為に。

 死した英雄達への負い目でもあるが、それ以上に彼女らには今がある。

 今を生きる大切な子供達が、これ以上負債を背負わなくていいように────大人達の暗躍と闘争が、静かに始まった。

 





 魔祖十二使徒の英雄大戦における勢力図〜!

 マギア→アルスに勧誘されるまで秘境に引き篭もり。
 エイリアス→グラン帝国所属、後にアルスに勧誘される。
 エミーリア→戦争最初期からミセリコ王国の雇われ傭兵としてグラン帝国に敵対、後にアルスに勧誘される。
 ロカ→グラン帝国所属、アステルの率いる部隊に所属。
 ローラ→リベルタ共和国所属、後にアルスに勧誘される。
 ニコ→リベルタ共和国所属、後にアルスに勧誘される。


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第二話

ちょっとずつ更新ペースを戻していきたいと思います(希望的観測)


 相変わらず血生臭い部屋だ。

 

 この施設が使用されなくなってから百年近く経過するというのに、こびりついてとることが出来ない異臭と黒く変色した血液の痕。

 さっさと破壊してしまえばいいのにと訴える自分と、後にこんなことが起きない為に戒めとして残さなければならないと判断する自分。そのどちらもが正しいのだと思う。

 

「エイリアス、部屋の間取りは覚えてる?」

「ああ…………少し、待ってくれ」

 

 感傷に浸っている暇はない。

 これから数日────いや、数週間調査を続けなければならない。

 急がなければ弟子の決勝戦に間に合わず、文字通り彼にとっては決戦と呼べる大舞台を見届けることができなくなってしまう。

 

「すぐに思い出すから」

 

 トラウマとして刻まれてしまった忌まわしき記憶は忘れることも出来ずに、今でも心の奥底に眠っている。

 ふとした拍子に思い出し不愉快になることもあれば、動悸が止まらなくなるほど苦しくなることもある。眠らなくても生きていける身体になっても、起きているだけで苦痛に感じて無理矢理寝るようなこともあった。

 

 情けない話だ。

 

「…………エイリアス。辛いなら……」

「いや、大丈夫。自分を過大評価するのは良くないと戒めていただけだ」

 

 切り替えよう。

 私の愛しい弟子ならば、このくらいのことは平然と乗り越えてみせる。

 師匠である私がこれ以上不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。私が生きてきた時代の負債は、私が清算する。決して彼ら彼女らに背負わせるわけにはいかないのだから。

 

「やらせてくれ」

 

 それが責務。

 現実から目を逸らし続けた私のような人間にはお似合いだ。

 自身の傷跡と正面から向き合える強さがない、卑怯者には。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 アイリスさんと斬り合いという名のデートを終え無事に別荘へと帰還した俺に襲い来るのは、寝床を提供しているのだから少し晩酌に付き合えという未成年とは思えない発言をしたアルベルトだった。

 

「酒の肴にすると美味しいものっていうのはさ、人によって差があるらしいよ」

 

 カラカラとグラスに入った氷で音を奏でながら、生乾きの赤髪を放置してアルベルトは言う。気障ったらしく格好つけて、妙にザワつく気色の悪い口調だった。

 

「基本的には味が濃いものが好まれていて、その中でも甘いモノしょっぱいモノ酸っぱいモノ苦いモノ────とにかくなんでもいい。最悪塩と酒だけで楽しめる中毒者もいるしね」

「で、お前はどうなんだ」

「塩だけでも十分楽しめるよ」

 

 そう言いながらアルはグラスを呷る。

 

 コイツ絶対ガキの頃から飲んでたな。

 ケラケラ笑いながら飲み進めるアルベルトに呆れながら、俺も出されたグラスを手にする。

 

「飲むのは初めて?」

「山暮らしだったからな」

「それこそ好き放題出来そうだけど……ま、あのお師匠さんだもんな」

 

 ああ見えてかなりまともで真面目な部分がある。

 そもそも俺自身別に酒に興味がある訳じゃなく、特に飲みたいとも思わなかった。

 

 水分摂れればなんでもよくね? 

 わざわざ水分消費してまで身体に余分な要素をいれる事に特別な感情は湧かない。

 

「禁止されてた訳じゃない。周りに無かっただけだ」

「僕はもう貴族じゃないけど無駄にネームバリューが残ってるからね。普段は気にしてないかもしれないけどこう見えてイイトコの坊ちゃんなんだぜ?」

「知ってる。畏れ多いグラン一族だからな」

 

 要するに、パーティーとかにお呼ばれして大人の社会に踏み込むのが庶民より早いから慣らされている、と。

 

 まあわからなくはない。

 成人して一発目でやらかすのは最悪だし、酒に弱いからと言って誘いを断り続けるのも少々心証によろしくないんだろ。だから子供の頃からある程度飲酒させられるし、育ち切ってない身体に無理矢理突っ込むことでより早く成熟させようって魂胆。

 

「合理的だろ?」

「そうだな」

 

 未成年の飲酒は禁止されている、という事実さえ省けば。

 

「ままあることじゃないか、君にだって覚えはある筈さ」

「俺の過去がそれを示唆しているから何も言えることは無い」

 

 成人は十六になって初めて迎える春────つまり、来年進級して俺達は晴れて成人扱いとなる。

 

 ルナさんやアイリスさんは既に成人しているのだ。

 だから合法的に酒は飲めるし一人暮らしをするときの手続きも面倒くさくない。飲んでる姿見たことないけど、あの人たちも酒より好きなことがあるからそっちを優先してるタイプ。

 

 そしてまた、未成年に対して魔法をぶち当てたり暴力を振るったりするのは法律上は禁止されている。当たり前だな。

 

「齢一桁の子供に魔法を当てるのは畜生のやる事だからね」

「俺から頼んだ事とは言え常識的に考えたらヤバすぎなんだよ」

「君もよくそこまで頑張るよねぇ。何が起きるのかな?」

「さあな。天変地異でも起きるんじゃないか」

 

 何も起こらないとは言わない。

 何か起きるかもしれないから、俺はその時に後悔しないように今後悔し続けている訳だ。

 滅茶苦茶かもしれないが平和な時こそ後悔するべきだと俺は思う。平和で健全で安心で、そんな世界ならば幾らでも後悔してもいい。取り返しがつくだろう。

 

 だが、破滅した世界で後悔するのは嫌だ。

 俺が頑張る範囲内でどうにもできない領域になってしまったら、後悔すらも無駄になる。

 

「魔祖様に名付けられた時、本当はどう思った?」

「最悪だった」

 

 口の中に僅かに含ませた独特の風味に顔を顰めつつ答えた。

 

「模倣先と同じ名前なんて光栄な事じゃあないか。何を不満に感じたのかなぁ」

「……お前、本当に性格が悪いよ」

「お褒めに預かり恐縮です」

 

 ……まあ、アルベルトだからな。

 これくらい鋭い奴ではあるし、どこかで悟られてもおかしくないとは思ってた。

 一対一で話をぶち込んでくるあたり周囲に対して全部バラす魂胆がある訳じゃないんだろう。性格が悪く悪意のある奴ではあるが、それ以上に俺達は友人である。

 

「最悪なのは変わらない。あの程度の完成度で()と同じ扱いなんざ納得いかない」

「当時を知る人達は気にしてないみたいだけど?」

「俺も大概厄介な奴というだけだ」

 

 俺が伝える気が殆どない回答をしているのにも関わらず、アルは楽しそうに笑顔を維持したまま。その内核心をつく言葉をポロッと零しそうで嫌になるが、こいつの事だから秘密を保持したまま俺を脅す程度の事しかしてこないだろう。

 バラす旨味がほぼない。

 

「つまり君はまだ強くなれるって事か」

「…………どうだろうな」

 

 もうある程度わかっている。

 師匠は決して言わないだろうし、あとこれに気が付けるとすれば……アイリスさんくらいか。あの人だけが俺の剣の重みを理解しているから、きっと気が付く。

 

 斬り合いの最中にもちょっと悟られた感じはあった。

 

「俺はもう強くなれないかもしれん」

「……君らしくない弱気じゃないか」

「まあ聞け。誘ったんだから少しはいいだろ」

 

 かつての英雄は少しも弱音を漏らさず、唯一の親友と呼べる男にだけ本当の自分を見せていた。

 

 俺は本当の自分なんて大層なものは持ち合わせておらず、最初から最後まで情けない部分を見せまくっているので特に躊躇いは無い。最初から凡人だって言ってるし。

 

「俺は基本的に自分の力2、他人の力8くらいの割合で戦ってるし生きている」

「非常に情けない告白だね」

「一般人を少し超える程度の身体能力に()に少しは近づいたであろう剣技。負けん気なんざ誰にでも搭載されてる当たり前の機能だから省くとして、俺はもうこの二点を強化する事は出来ない」

 

 薄々気が付いてはいた。

 

 成長には色んなタイプがある。

 早熟早め遅め晩成──早いか遅いかだけではなく、それ以上にどれだけ才能があるかという点もある。

 

 ステルラは才能があまりにも高すぎてどこまで成長するのかもわからないのに早熟タイプとかいう異次元、ヴォルフガングも似たような感じ。ルーチェはどうなんだろうな、才能はあるけどそれがアイツの望んだ形で表れてないだけだと思う。

 

 俺の場合、成長力も低くて才能の底も見えている上で晩成型として完成を迎えてしまった。

 

 待ち望んだ舞台に間に合ったことを喜ぶべきか、俺の才能が無さすぎて完成した筈なのに成長中の相手に勝てないことを嘆くべきか。

 

「今日アイリスさんと手合わせして実感した。以前のトーナメントで戦った時より鋭い振り、細かい足運びの変化、俺が数年かけて調整してきた現在を確実に潰すように変化していた」

「合わせられないのかい?」

「合わせるにも限度がある」

 

 アイリスさんが純粋な技術で押してくるならまだやりようはある。

 それは俺の実力範囲内でやりくりできる内容だからであり、魔法という埒外の力が作用している訳では無いから。

 

 ステルラが超火力で圧し潰して来たら突破する方法が限定され俺はその選択肢を取らざるを得なくなり、徐々に退路を削られて最終的に敗北する。

 

「ま、一個だけ切り札はあるんだが」

「君が太鼓判を押すような一撃なら安心だね」

「そうだな。一つ問題があるとすれば、俺の寿命を削る一撃だって事だ」

 

 師匠からは禁じられた一撃。

 かつての英雄が死を目前にして放った、山河を打ち砕き光で全てを消し飛ばした最後の攻撃だった。

 

 師匠には悪いが、俺はきっとこれを使う。

 使わなければ勝てないのなら使う。そうやって生きて来た俺を今更曲げる事は出来ない。

 

「…………それさぁ、僕が相手で良かったね。そうじゃなかったら止められてたぜ?」

「だから言ったんだ。お前なら止めないとわかってるからな」

「そりゃ勿論! 君が命を消費している事に気が付いた親しい人物たちの感情を想像したらそれだけで興奮できるからね!」

 

 やっぱこいつ屑だわ。

 

「良き友人が命を無駄に散らすっていうなら流石の僕でも良心が働くけれど、命を削ってでも成し遂げたいことがあるなら応援する。だって他人の人生なんだからどう使おうが勝手だろ?」

「お前が言うとなんかアレだな……」

「はっはっは、それを撃たれた瞬間のお姫様の姿が見たいなぁ!」

 

 酔っぱらってる訳では無いがハイテンションになったアルに溜息を吐きつつ、グラスの中身を全部飲み干す。

 少し頭はふらふらするが問題ない。

 これくらいなら不調の内に入らないだろう。

 

「おや、もういいのかい?」

「俺は飲酒を楽しむ質じゃないってのがわかったから十分だ」

「それは残念。十年後にはもっと楽しめるかもしれないよ」

 

 十年後、ね。

 その頃の俺は何をしているんだろうか。

 

 らしくもない仕事をしているのか、ヒモとして生活しているのか、まだ師匠から離れられてないのか、それとも────……

 

「もっと肩の力を抜いてもいいんじゃないかな」

「……十分抜いてるさ。怠けられる程度には」

「いいや。もっともーっと気楽に生きても許されると思うぜ」

 

 生憎それはできない相談だ。

 アルも珍しく俺を心配するような口調で語りかけている。今の俺はそんなに生き急いでいる様に見えるのだろうか。でも別に俺は生き急いでいる訳じゃない。絶対に後悔したくない終わり方を迎えたいから必死になってやりたくないことも何だってやってるだけだ。

 

「それを生き急いでいる、と世は評価するんだ。まだ学生だろ」

「子供だからと言い訳出来る範囲内で事が済むなら、俺は最初からそうしてるよ」

「……ふ~ん、なるほどね。誰にも言わないでおくよ」

「そうしてくれると助かる」

 

 部屋から出て暗い廊下を歩く。

 

 最期の一撃。

 命を使い果たして山河を消し飛ばした彼の一撃でさえ、あの遺物を破壊する事は敵わなかった。直撃しなかったのか、それとも耐えられたのかはわからない。確認できてないからな。

 

 もしかしたら大人達がとっくに問題を解決した可能性だってある。

 それならそれで構わないんだ。要するに俺が嫌なのは、ステルラが戦場に放り出されて死を迎える事だった。

 

 ……だけどな。

 今となってはステルラだけではない。

 俺の身の回りには大切な友人が増えすぎた。

 

 友人だけではない。

 師匠やエミーリアさんに魔祖、俺の父上と母上、ステルラの両親──俺の小さな世界はこの半年足らずの間に拡張を続け、この両手で覆える数の限界まで広がってしまった。

 

「…………あんたなら、何も問題なく守り切れるんだろうな」

 

 アルスの名を冠するアンタなら、きっと。

 羨ましい事だぜ。魔法が使えれば、魔力があれば、俺はもっと選択肢があって──なあ。

 どうして俺にこの記憶を持たせたんだ。どうして俺を選んだんだ。それ自体には感謝してはいるけどさ。

 

 もし会えるのなら会いたいもんだ。

 言いたいことは腐る程あるからな。

 

 

 

 



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第三話

「…………お、おかえり、ロア」

「…………何してんだ」

 

 一泊二日のハーレム旅行(誇張ではない)を終え、予想外の剣戟に巻き込まれたりアルベルトに飲酒させられたり帰り道でステルラに電撃を浴びせられたりルナさんに燃やされそうになったりして安寧の地へと帰ってきた俺を待っていたのは、人の布団に包まって睡眠を決め込む不法侵入者兼家主だった。

 

 あまり見たこともないような動揺をしながら、ゆっくりと俺に視線を合わせる。

 

「確かにアンタは変な奴だが、一手踏み込むことはしないと思っていた。なぜなら最低限の面子と立場があって社会的な地位を崩される訳にはいかない人間だからだ」

「違う。ロア、落ち着いて聞いてほしい。深い事情があるんだ」

「そうか。どういう事情があれば百近く年齢が離れてる男の布団に潜り込んでぬくぬく惰眠を貪れるのか是非とも教示して頂きたいな」

 

 荷物をパッパと元あった場所に戻しながら、未だに布団に包まったままの女に視線を向ける。

 

「いや~……ちょっと忙しくてね。ホラ私、家が田舎にあるだろう?」

「ああ。少し遠いな」

「うんうん。そうなんだ距離がかなり離れてるからわざわざ帰るのが手間でね首都で用事があったしというか寧ろ暫く首都を中心に行ったりきたりしないといけないから大変でねだから都合よくロアの家で寝泊まりしようと思っていたわけなんだ」

 

 早口で捲し立ててくるが、この女は根本的な言い訳を間違えている。

 距離が遠い、確かにな。馬車でも数日かかるし連絡したりするのも不便だし言いたいことはわかるぜ。

 

 でもな。

 

「テレポートすれば良くないですか?」

「…………フッ……」

 

 フッ……じゃねぇんだわ。

 まあ人の布団を勝手に使っていたことはいい。そこはどうでも良い、だって師匠に買ってもらった奴だし。

 

「来るなら来ると言え。強盗かと思った」

「む……それは、すまない」

 

 しょんぼりしながら目元くらいまで布団に隠れた。

 

「土産はない。道中何処かに寄った訳でもなく、単にアルベルトの所有する別荘に泊まっただけだからな」

「楽しかったかい?」

「……ええ。楽しかったですよ」

 

 眼福とはああいうことを言うのだろう。

 

 周りにいるのは俺に好意を持った女性、しかも皆目麗しい人達が水着で楽しそうに遊んでる。

 前世の英雄が見る事の無かった……あー、いや。見る事はあったな。お偉いさんの策略でハニートラップは仕掛けられまくったけど、あの頃の彼はそんな事より救済だっていう救いの権化だったからしょうがない。

 

 当たり障りない対応してたのを覚えている。

 

 それに比べて俺は彼の作り上げた平和の中ですくすく健康に(?)育ったので、ああいう時間をちゃんと楽しめるようになっている。ありがとう英雄。

 

「……そうか。楽しかったなら、よかった」

 

 そう呟くと師匠は布団から起き上がり、少しだけ荒れた髪の毛を魔力で強制的に解していく。

 

「師匠」

「なんだい?」

「櫛を貸せ。梳いてやる」

「…………わかった」

 

 ギシ、とベッドが音を立てる。

 俺が乗り上げた音だ。師匠はうなじ付近で髪を持ち上げるように待機しており、透き通るような白い肌が見えていた。今更この程度に動揺するような少年心を持っている訳では無いので、特に反応する事も無く髪の毛に触れる。

 

「忙しいのか」

「……少しね」

 

 魔力で編んだ櫛を使って丁寧に流していく。

 

 綺麗だ。

 薬の影響で抜け落ちた、と記憶の中で語っていた。

 俺には教えてくれてない話だ。大戦時代、英雄の仲間になってすぐの頃。

 

「懐かしい場所に行ったんだ。あまり心地いい場所ではない、それでも私にとっては……故郷みたいな場所だった」

 

 吐き出すような言葉。

 師匠にとっての故郷────要するにあの実験施設だ。

 故郷と呼ぶには血生臭くて嫌な場所だろう。同じ境遇の仲間がいて、その仲間たちも実験に次ぐ実験で命を落とし続け、生き残った人間で構成されたグラン帝国の闇。

 

「知り合いも、友人も、家族もそこには残ってない。私達が居たという記録だけがあって、それすらも僅かな資料一枚分程度しかないんだ」

 

 知っている。

 ロア・メグナカルトが知る筈もない情報だから決して口には出せないけれど、俺は確かにそれを知ってるよ。

 

「寂しくなりましたか」

「……そう、だね。寂しくなったのかもしれない」

 

 本当にそれだけか。

 

 昔の俺──それこそ子供の頃の俺なら、そうだと納得したかもしれない。

 なぜなら師匠の事をよく知らなかったから。年齢相応に無知蒙昧だったおれ(・・)ならば、あんた程の人間がそう言うのならと納得していたかもな。

 

 だが、今の俺は違う。

 あんたの事を良く知っている。

 エイリアス・ガーベラという女性が思っているより打たれ弱くて心が弱くて今でも引き摺っている過去の傷があるって事を。

 

「寂しいだけか?」

「──……そういう事にしておいてくれ」

 

 …………ふ〜〜〜ん。

 本人がそうして欲しいって言うんならそれで良いけどさ。

 

 長く生きてる分色々考えてるんだろ。

 俺は英雄の記憶があるとは言え十年と半分しか生きてない若造であり、戦争の記憶はあるが自分自身で体験したわけではない。

 

 そこは大きな違いがあると思っている。

 

「教えてはくれないんだな」

「聞いて楽しい話でもないからね。負債のようなものさ」

 

 それでもずっと覚えてるんだろうに。

 

「これはあくまで俺の主観だが────忘れられないように誰かが覚えてくれるってのは、案外嬉しい事だと思うぞ」

 

 無論前提として諦めているという状況が必要だが。

 俺は魔力に愛されてないからいつまでも生きている事は不可能だと理解しているし、使おうとしている技的に長生きするのも難しいと悟っている。だからこそ既に長生きするのが確定している親しい人間には俺を刻み込もうと躍起になっているし、いつまでも覚えていて欲しいと直接口にすることもある。

 

 師匠の仲間は既に死んだ。

 百年以上前の戦争で、誰の記憶に残る事も無くあっさりと。

 俺はその現場を見ていないからどのようにして死んだのかすらわからない。

 

 なぜなら────師匠が自分の手で殺したと、記憶の中で言っていたから。

 

「それがどんな形であってもな」

 

 英雄は語り継がれた。 

 本人は後世に名を残す事を良しとせずに歴史の裏に消えようとしたが、残された人間がそれを許さなかった。立役者が称賛されないなんて―バカげた話だが、世界には時として起きる問題だ。

 

 形を変えて彼は完全無欠の英雄として現代に名を遺している。

 

 彼がこの話を聞けばどう思うだろうか。

 馬鹿げていると笑うのか、盛りすぎだと苦笑するのか、それとも困るのか。

 

「…………ロアは、たまに古臭い事を言う」

「今そんな言葉あったか?」

「ああ。古臭くて懐かしい言葉だった」

 

 懐かしい言葉。

 無意識のうちに誰かさんと同じような事を言ってしまったのかもしれない。

 まあリスペクトしてるからな。嫌いだけど好きだし、俺は英雄に関して面倒くさい感情を抱えていると遺憾ながらも認めている。

 

「時たま思う事があるよ。君は本当に()の生まれ変わりなんじゃないかって」

「俺もそうだったらいいなと思う時があります。主に才能面で」

「ブレないね……」

 

 才能さえあればな~~~! 

 

 こんな風に悩んだりしないかもしれないのに。

 今の俺は一体どうしてこうなってしまったのだろうか。才能が無さ過ぎた? それはある。でもそれ以上に何かが俺に作用したんだ。とてもくだらなくてどうでもいい僅かなプライド────男の矜持ってモンがな。

 

「はい、綺麗になりました。素人のやったことなので気に入らなかったら直してください」

「いや、構わない。ありがとう」

 

 そう言って師匠は立ち上がった。

 

「もう行くのか」

「うん。あんまり休んでいられないからね」

 

 随分と忙しそうだ。

 ルナさんもエミーリアさんがひっきりなしに動いてて全然家に居ないという話はしていたし、大人は大人でなんかやってるんだろうな。俺? 俺は子供であるという立場を活かして絶賛サボタージュ中です。

 

「飯くらいは作ってやるからちゃんと帰ってこい。夏休み中くらいはな」

「……ロアがそんなこと言い出すだなんて、明日は槍でも降るのか」

「次舐めた事言いやがったら晩飯は全部雑草にする」

「出さないとは言わないのがロアだねえ」

 

 ぐ、ぐぎぎっ…………!! 

 

 歯軋りが止まらなくなった俺を見てケラケラ笑いながら、師匠は歩き始める。

 

「またそのうち来るから、食事は豪勢なのを頼むよ」

「金置いてけよ」

「…………ああうん、そうだよね」

 

 非常に残念そうな顔でため息を吐いた。

 しょうがないだろ金ないんだから。こちとら無職ヒモ志望のダメ人間だぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなりに纏まった額をポンと残し師匠は何処かへ消えて行った。

 

 大人達の作戦を教えてこないあたり俺達子供に伝える気はないんだろう。

 巻き込みたくないという願望からなのか、単純に戦力も人数も足りてるのかはわからん。学徒動員をしなくていい世の中だというのは、かつての英雄にとっては嬉しい世界になったのだろう。

 

 その分大人達は大変だ。

 俺がそんな立場になったら血反吐を吐いて毎日地べたを這いずりながらじたばた暴れて休みを要求する姿が見える。

 

 そしてやる気の欠片もない俺は今日も楽しく読書を貪る──事が出来れば良かったのだが。

 

 誠に遺憾ながら現在は夏休み。

 ただ無様に怠惰に時間を消費するのにもってこいではあるのに俺はその選択を取れない。この自堕落を自負している俺がだ。こんなにも悲しい事はあるだろうか。

 

「は~~~~~…………」

 

 長い溜息に絶望の感情を滲ませつつ、立ち上がって隠し持っていた剣を手に取る。

 首都のど真ん中で真剣を所持するのは流石に危ない奴なので刃を潰した師匠お手製の道具だ。魔法使える連中が蔓延ってるのに今更何をと思うかもしれんが、魔法は個人によってなんかこう……感じ取り方が違うだとか何だとか。だから仮に犯罪が起きてもすぐに特定できる、らしい。

 

 俺にはわからない話だ。

 殺傷事件が起きて俺の所為にされる可能性は限りなく0に近いと思うが、念のため。

 

 この剣は山籠もり何年目くらいだっけか。

 大体三年目くらいで師匠に作って貰ったんだったか。

 素振り用として、俺が一番嫌いな努力という概念を体現するこの道具を他人に見られるのは少し嫌だった。

 

 持ち手に滲んだ俺の血と汗────度々洗っているというのに拭えないくらい染みこんだ俺の人生。

 そんな簡単に落とせてたまるかという僅かなプライドと、そんなものに価値はないと否定する俺の心。相変わらず矛盾した二つを抱え持つのは特別感があってちょっといいだろ? いいと言え。じゃなきゃ泣く。

 

 中庭への窓を開いた瞬間夏の熱気が部屋中に入り込んでくる。

 蒸し暑くて肌が張り付く不快感が全身を覆うが、眉を顰める事も無く平常心で外に踏み出す。

 

 あ゛~~、暑い。

 なんでこんなバカみたいな気温なのに外で鍛錬しなくちゃならんのか。

 全部ステルラに勝てばいいだけなのにその勝つって行動が非常に難しいのが原因である。許せねぇよやっぱ俺……

 

 脱水症状で死なないように常温の水を用意して、終わる頃にはぬるま湯になってるので残念な気持ちになる一杯を想像して嫌になる。

 

 確かに俺はアルに勝ち目が薄いという話をした。

 だがそれはそれとして、現実がそうだからと諦めるようなことはしない。

 そうじゃなきゃ俺の人生無駄になっちまうだろ。今この瞬間をどんだけ嫌いな努力に費やしても勝てるのかわかんないんだからそりゃああるだけ全部ぶち込んでやるさ。努力は積めば積むほど未来を豊かにするかもしれない(・・・・)んだから。

 

 記憶を反芻しながらイメージトレーニング。

 子供の頃から幾度となく繰り返した、俺の強さの根幹を司る要素。

 

 今日の相手は……そうだな。

 先日アイリスさんと戦った感じ近接戦闘は問題なさそうだ。

 確かにコロコロ戦術を変えられるとやり辛いが、それはそれとして一本突き通すしかない俺にはあまり関係のない話。ステルラがどれだけ天才だとしても、唯一勝利を拾えるこの距離を譲るつもりはない。

 

 これまでだって、これからだって。

 

 あ、待ってやっぱり訂正したい。

 結局近接戦で勝ててない相手はいる。

 想像上の相手ですら勝てないんだから現実で対面したらまあ勝てないだろ。

 

「────…………そろそろ、アンタに勝ちたいところだな」

 

 脳裏に浮かべるのは、かつての英雄。

 その片割れとも言うべき、歴史の裏に葬られてしまった悲しき運命を持つ男。

 

 師匠が模造体として魔力で再現した彼は決して本物じゃない。

 

 俺の記憶の中にいる彼────アステルは、もっともっと強い。

 

 ガキの頃を思い出すよ。

 毎日毎日師匠に生み出された作り物のアンタにボコボコにされて、やっと少し抵抗出来るようになったかと思えば二人がかりで斬りかかってくるようになった。これやっぱ虐待だよな。

 

 今ならアンタの偽物くらいなら一捻り出来る。

 だから、俺が掲げるべき目標は────二人の英雄を超え、その上でステルラを倒す事。

 

 不相応にも戴いた“英雄”を冠するのならばこの程度やってみせなくてはならない。

 

 目の前に揺らぎを伴い現れた幻覚。

 何度も何度も何度も繰り返しイメージをしまくった結果、相手の動きを想像しながら自身も剣を振り身体を動かすという誰が得するのだと疑問を抱きたくなるような能力を手に入れた。俺しか知らない記憶から勝手に読み取ってるのだから仕方ないが、それはもう奇特に見えるだろう。

 

 しかも何が問題あるってさ。

 俺の記憶はあくまでかつての英雄のものであり、俯瞰的に周囲を見渡したりすることはできない。一人称視点で始まるこの記憶は常に激烈で苛烈であり、俺のようなやる気なしには少々目に毒なのさ。

 

 剣を構えて備える。

 ステルラ・エールライトは紫電を操る魔法使い。

 奇しくもアステルは雷電を操る魔法使いで、それが座する者(ヴァーテクス)に届かない人間の限界とでも呼べるような強さであり──逆に言えば、この程度超えられなくちゃステルラには勝てないって事だ。

 

 上等だ。

 決戦までまだまだ時間はある。

 

 絶対に勝ち抜いてやるさ。

 

 そうして俺は大嫌いな努力を続ける事を誓い、翌日にはやりたくない嫌だと駄々を捏ねて地べたを這いずりながら中庭に身を引き摺り下ろしぶつぶつ文句を言いながら鍛錬を続ける不審者と化してしまうのだった。一日を終えて眠りにつく俺の元に現れる英雄二人は揃って呆れたような表情をしているような気がした。

 

 呆れるくらいだったら強さをくれ――――おれの切実な願いを聞き届けてくれることを祈るばかりだ。

 

 

 



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第四話

「──…………よぉ、英雄サマ。まだ生きてるか?」

「君こそ、随分調子悪そうだね」

「バッカお前、興奮が抜けてきてこうなってるだけだ」

 

 口から零れる血を拭って、アステルは笑って答える。

 しかしその瞳に安堵は無い。険しく絞られた眉間が現状の苦しさを表しており、短く震える両手が消耗を示していた。

 

 フゥ、と一度息を吐いて。

 小さく呼吸を整えたのちに、絞り出すように声を紡いだ。

 

「…………悪い。結構限界だ」

 

 英雄────アルスはその言葉を聞いて周囲を見渡す。

 

 崩れた山、削れた大地、荒れ果てた文明。

 元より人の手が入っていない僻地で暮らしていたとはいえ、自身が愛情を持っていた土地がこの有様だと落胆の一つもするだろう。

 

 ──…………。

 

 哀しい感情を胸の内にしまいこんで、アルスは口を開いた。

 

「大体三日位経った。首都で忙しなく動いてるだろうマギア達が来ない事を察するに、この魔力障壁はそういう効果もあるみたいだ」

「破ろうにも破れないくらいには硬ぇのがクソだ。あのクソジジィ、死んでからも迷惑かけやがって……」

「おいおい、キミの上司じゃないか」

「諸悪の根源だぜ」

 

 軽口を叩き合うが、状況は悪化の一途を辿っている。

 

 現実は想うだけでは変わらない。

 彼ら二人ともそう確信し、幼い子供ながら努力を積み重ねて強さを手に入れたからこそ今もその思想は変わることはない。

 

 舌打ちを一つ鳴らし、アステルは呟く。

 

「こいつらだけなら何年でも耐えられるだろうが……」

「懐かしい顔ぶれがこうも揃ってると、ね」

 

 白い異形の怪物は魔力で形成されているのか、形を失うほどのダメージを負うと虚空へと霧散する。既に三日も戦い続けていると言うのに止まることのない軍勢に加えて、新たに現出した人型の敵。

 

 剣を持つ者、槍を持つ者、杖を掲げる者、魔法を現出させる者。

 どれもこれもが二人にとっては見覚えのある光景であり、今からおよそ十年近く前に終結させた戦争にて命を散らした猛者達が、魔力のみでこの世界に再度復活していた。

 

 口元まで流れて来た血液を舌で舐めとって、アステルは剣を握り直す。

 

「ったく、死人が顔見せてんじゃねーよ」

「別れを済ませるいいチャンスじゃないか」

「あのなぁ……」

 

 呆れるアステルではあるが、アルスの言葉を聞いて柔らかく口元を緩ませた。

 

「緊張感のない野郎だ。死ぬしかない状況だってのに」

「これまでだってそうだったさ。ただ死ななかっただけでね」

 

 アルスの脳裏に浮かぶ、激烈で苛烈で過酷で凄惨な日々。

 血と汗と涙を忘れたことなど一日たりとも存在せず、苦しみもがいて命を枯らした子供達の姿や、命乞いをする人間の最期の表情など──彼にとって、いつだって現実は辛く悲しい存在だった。

 

 そんな現実が嫌いで、彼は足掻いた。

 到底勝てないであろう格上に食らい付き、世界を平和にするためだなんて大口を叩いて異名をつけられ。功名よりも平和が欲しいと尽力した彼の願いは届いた筈なのに。

 

 何時だって、現実は上手くいかないことばかりだ。

 

「僕の予想を言ってもいい?」

「希望に溢れた言葉ならな」

「これを止める手段を考える猶予は無い。もう限界が来る」

「…………だろうな」

 

 フゥ、と一度息を吐いてアルスは剣を胸の前に掲げた。

 

「増援はない。

 応援もない。

 ここにあるのは過去の遺物、遺しちゃいけない災厄。

 未来に希望を残すと誓った僕らがやれることは、あと一つだ」

「……は~~~…………」

 

 互いに大人になった。

 年若く、手の届かない大きすぎる夢に手を伸ばすことは出来なくなってしまった。

 夢物語や英雄譚が輝ける時代は終わりを告げて、ここから先は人類が発展し平和な文化が築かれていく。そんな世界が待っているのに、ここで遺恨を残すわけにはいかない。

 

「行こう、アステル。命を捨てられるのは、今しかない」

 

 アルスの瞳に力が宿る。

 胸の前に掲げた剣を構え直して。霞構えへと移行した。

 

「……今ばっかりは、超越者共に感謝してやる。どうにかしてくれるって思えるからな」

 

 アステルの瞳に輝きが宿る。

 握り締めた指先から迸る魔力、剣を包み込むように輝く雷炎が煌めいた。

 

「あの世で仲良くしようぜ。英雄サマ」

「君こそ僕の事を見捨てないでくれよ。友達だろ?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ────剣を振るう。

 一閃薙いでもう一閃、一撃一撃で命を奪うという意思を籠めながら連続で斬り続けるという矛盾。それでも尚防がれる俺の剣技に自信がどんどん失われていくがしょうがない。相手は俺の思う最強に近い人間なのだから。

 

 片手でいとも容易く振るわれる絶命の一振りを受けて捌いて身を翻し避け、ようやく差し込める一手も空いた片手で受け止められる。

 

 そうだよな。

 アンタならこの程度簡単に受け止められる。

 きっとそれはステルラも同じだ。あいつはフルプレートに身を包んでいたりしないけど、有り余るほどの魔力強化によって生身とは思えない強度になるのは間違いない。

 

 そんなことはとっくの昔にわかってんだ。

 

 フルプレートの隙間を縫う斬撃何て今更要らない。

 既にそれは出来る技術であり、俺に必要なのは鎧を相手にした戦闘方法ではない。力押しに対して抵抗する術を見出す事だ。

 

 まあそれが簡単に見つかるようなら俺は才能が無いと嘆くことは無かっただろうし、こんな風に記憶の中の敵を頼りに藻掻いたりする必要が無いワケだ。

 

 あ゛~~、勝てる気しねぇ~~! 

 空想の中で命のやり取りをしてみたが毎回普通に首を跳ね飛ばされて終わる。

 俺のイメージが強すぎるのか? いやでもこの記憶を頼りにするとこうなるんだよな。だってこっち(英雄)も強い筈なのにそれでも追いつかない時とかあるもん。合計で五回くらい戦ってるけど一回目は惨敗、二回目も敗走、三回目でやっと惜敗(せきはい)まで持ち込んだ。

 

 俺の上位互換がそんなザマなんだから俺が勝てる訳無くない? 

 

 剣を握って身体を動かすだけが鍛錬では無いとは言え、身体が資本の俺としては、なんだかこう……ちょっとでも動かしてないともやもやする。別に運動が好きとかそういうわけではなく純粋に、少しでもやってないと焦りがこみあげてくるからだ。

 俺らしくないが、俺だって人間だ。

 いつも冷静沈着で頭脳明晰な俺にも焦る時はある。

 

 と、いう訳で頑張るのにも具体的な策が必要だと改めて認識したので次の手段へ移行することにした。

 

「ロアくんから呼び出しがあるから期待してきたのに……」

 

 アイリスさんがぷりぷり怒っている。

 

「嫌でした?」

「嫌とかじゃないけど……残念な気持ちになるの!」

 

 女心はよくわからん。

 

 俺は単に『助けて欲しい事がある』って相談しただけなんだが……

 

「いーもんいーもん、どうせそんな事だろうと思ってたもん……」

 

 しょんぼりしてしまった。

 俺がアイリスさんを呼んでお願いしたことはただ一つ。

 俺の剣を見定めて、貴女の感性で構わないから伸ばせる方向性を教えて欲しいという願いだった。

 

 俺はかつての英雄の技を参考にしているけれどそれだけじゃない。

 他にもたくさんの剣豪を勝手に利用しているしごちゃまぜになってる部分がある。霞構えなのはそこから技を展開することが基本だったから真似してるだけであって、俺が剣技を培ったわけじゃないのがここにきて響いている。

 

 その旨をアイリスさんに伝えたところ、まあまあ予想外な感想が返って来た。

 

『ロアくんの剣? 確かにたまにバランス悪いな〜って思うことはあるけどそんなに変には見えないよ』

 

 と、改造の余地があることを教えてくれた。

 だから今日改めて誘ったんだ。

 

『今日デート(斬り合い)しませんか』

『デート(お出かけ)!? いくいく〜!』

 

 以上、ここまでの経緯。

 

「デートはデートでしょ! なんで学園に来るのさ!」

「誰にも知られない良い場所があるって言ったじゃないですか」

「言ったけどさぁ~~~~!」

 

 不満が止まらない様子でアイリスさんはカチャカチャ音を立てて剣の整備を始めた。

 なんだかんだ言って準備はしてくれてるので素直に謝っておこう。俺が女性の心を弄んだと噂がたってもめんどくさいし。

 

「すみませんでした。今度俺の家に招待しますよ、何もありませんけど」

「…………二人きりって条件付けてよね」

 

 許してくれるらしい。

 優しい心を持った女性が周囲にいるお陰で俺の人生は安泰に向かいつつある。

 具体的に言うと、燃やしてきたり痺れさせてきたり殴ったり蹴ったりしてこない女性は貴重なんだ。おかしいよね。

 

「へっへ、言ってみるもんだね」

「もしかして俺の事嵌めました?」

「さ~~~てなんのことかな~?」

 

 この女ァ……ッ!! 

 俺はアイリス・アクラシアという女を勘違いしていた。

 狡猾で目標を達成するためならどんな手も厭わないタイプ、つまり俺と同族。気が合うじゃないか、くそったれめ。

 

 先程とは打って変わり楽し気に剣を手に取り、部屋を見渡す。

 

「学園の個人練習場──まさかここで斬り合おうなんて、考えもしなかったよ」

「夏休みとは言え申請さえすれば使えますからね。密室で周囲に見られることも無く、それでいて犯罪にはならない合法的に訓練が出来る場所。ここを使えるのは俺達の特権ですよ」

 

 ステルラと俺によって地雷を踏み抜かれ許容範囲を悠々超えたルーチェが不貞腐れて隠れた場所でもある。

 

 俺が使う時は魔法実習をなんとか合格するために使うときなので、ここを血に塗れた空間に変えてしまうという事実には申し訳なく思う。だって俺達がこれからやるの、殺意が無い殺し合いだし。一番やりたくない手段をやらなくちゃならん領域まで押し込まれてきてるのが最悪だよ。

 あ~あ、もう剣を競い合う必要なんてないと思ったのにな~! 

 最強格になったと思ったのに上にまだ人がいるなんて誰が思うよ。魔法全盛の時代と言っても過言ではない現代に於いて他人の記憶でズルしてる俺を超える怪物が居るとは思わんだろ。

 

「なにぶつぶつ言ってるの?」

「この世に苦しみなんて言葉が無ければいいのに」

「たまに聖人みたいな事言うよね……」

 

 聖人君子を志した事は無いが、少しはそうありたいと願う心はある。

 そうじゃなきゃ英雄なんて二つ名抱えて生きてられない。でもそうやって生きるのは俺にとってストレスだからそんなもん知るかと言わんばかりに投げ捨ててヒモ志望全開マックスで人生をお送りさせてもらっている。こんだけ苦しんでんだからそれくらい許してくれ。

 

「今日の予定は?」

「とことん俺に対して嫌な選択肢(・・・・・)をとってください」

「ん~……いいけど、私とステルラちゃんじゃ違うよ」

「わかってます。でも共通点がある」

 

 共通点? と疑問符を浮かべるアイリスさん。

 

 俺が思うに、アイリスさんの剣は才能が大きい。

 だっておかしくね。我流でひたすら磨き上げて来た剣技しか習得してない上に学園にも本当の剣豪と呼べる存在なんていないのに、彼女は俺の剣を見抜いた。確かに複数人からハチャメチャにパクって今の形にしたとはいえ、俺なりに整えているし師匠と共に組み上げたんだ。

 

 それを我流で剣を振って来た人間がわかるとは、俺には思えない。

 だから才能だと評価した。ステルラが魔力・魔法・戦いにおいて天賦の才が与えられたように────アイリス・アクラシアは剣に於いて圧倒的な才を保有すると。

 

「つまり、才能がある人間がどう対処してくるのかを知りたいのかな」

「そういう事です」

 

 テリオスさんやテオドールさんも中々得難い人材ではあったのだが、今回はアイリスさんが適任だった。

 だって俺は魔法を使用した戦いを極める事が無意味だもん。あの人達剣も使うけど本質は魔法だからな、所謂英雄とお揃いの『魔法剣士』ってヤツ。師匠が俺を仕立て上げようって冗談で言ってたヤツね。

 

 当然魔力の無い俺は魔法剣士にはなれなかったが、時間制限付きで魔法剣士に追い縋れる手段を手に入れた。

 

 でも基本が魔法じゃない。

 師匠曰く、俺にとって最も根幹にあるのは精神(・・)

 どれだけ打ちのめされ弾かれみっともなく敗北を喫したとしても、決して折れない鋼の心なんだとさ。

 

 そしてそれはもう完成している。

 おれ(・・)が子供の頃からステルラに負けて折れ続けた心は何時しか鋼の強度を誇りつつ折れてもすぐに修復できる驚異的な性能に仕上がった。師匠のお墨付きだから間違いない……んだと思う。多分。

 

 よって、俺がこれ以上磨けるとすれば魔法か剣の二択。

 魔法は自力で使えないんだから剣を選ぶのは必然。

 

「という訳なんで、アイリスさんは俺の剣が何も対処を選べなくなるくらい嫌な選択をひたすらし続けてください。泣きながら食らいつきます」

「泣かれるのはちょっとイヤなんだけど…………そういう事ならわかった。お姉さんに任せなさい!」

 

 そう言いながら剣を手に持って立ち上がった。

 服装は汚れてもいいやつって伝えてあるから簡素な運動着だが、煌びやかな装飾に身を包むよりこっちの方が俺は似合ってると思う。本人が喜ぶかわからないから言わないけど、アイリスさんは戦いの中で輝く女性だから。血に塗れたドレスも美しいかもしれないけどな? 俺の好みはこっちなんだ。

 

「先手は……俺が貰います」

「フフン、しょうがないなー。────いつでもいいよ」

 

 刃を潰してある特別性の剣を握り締め、俺は何時もの形、つまり霞構えのままアイリスさんへ向けて一歩踏み込む。

 

 ────その瞬間、アイリスさんは俺より早く踏み出した。

 そりゃ妨害しろとは言ったけど最初からやってくるとは思わないだろ! 

 見てから反応したことから察するに身体強化も使ってる。俺の要望通りガチガチに嫌がらせをしてくれるらしい。

 

 才能ある連中はこれだから困る。

 俺はその現実を改めて脳に刻み込んだ。

 忘れるな。俺の相対する人間は全て俺より才能があって努力も出来て強くて格が上だ。

 

 どこか勘違いしていたかもしれない俺の自己評価を再度最低まで叩き落してから、アイリスさんの突きを避けるために受け流す。

 

 独特の金属音を奏でながら緩やかに滑っていく剣を弾こうとするが、そこを力で抑えつけられる。

 

 ──まずい。

 失策を悟りつつ、がら空きの胴体へと振るわれる蹴りの間に肘を差し込むことでクッションにする。激痛と共に衝撃が内臓まで伝わってくるが、少しでも痛みを減らすために自分から跳ぶことで緩和した。代償として既に右肘がジリジリ痛いぜ。最悪だよ。

 

 横跳びして着地するが、少々不安定な体勢。

 その隙を見逃される筈もなく容赦のない高速移動からの大振りな追撃が飛んでくるのに対し、俺はここで凌ぐ事ではなく真っ直ぐ処理する事を選んだ。

 

 ガッッ!! という大きな音と共に鍔迫り合う形に誘導し、その隙をついて身体を密着させる。

 

「随分情熱的だね?」

「少しは滾ってるんで────ねっ!」

 

 口づけでもするのかという至近距離まで顔を近付ける。

 

 ギラギラと今にも爆発しそうな輝きを秘めたアイリスさんの瞳と見つめ合い、口角がつり上がるのを実感する。

 少しだけ、俺自身でもわからなかった事だったのだが…………この瞬間悟った。

 

 どうやら俺にも、俺だけのプライドってものがあったらしい。

 

「あはっ、ロアくん…………!」

 

 何だと答えるのも野暮だった。

 互いに考えている事は同じだと、なんとなく確信している。

 

 以前トーナメントで戦った時とは全く違う感情。

 勝てない相手に挑むことが嫌いで、そもそも戦う事が嫌いな俺が高揚している。

 まるでルーチェと初めて戦った時のように、俺は今、血が流れる事すら楽しんでしまえるだろう。

 

「きみ、本当は!!」

 

 やめろよ。

 言うなよその続き。

 アイリスさんの腹部へ渾身の蹴りを叩きこもうとするが、それを察知したのか後ろへと跳び──すぐさま俺に斬り返してくる。身体強化に身を任せた暴力的な加速だが、俺にはそう来ることがわかっていた。

 首筋に迫る剣が命の危機を知らせ、心に抱えたままの恐怖心や劣等感という感情を吹き飛ばしながら突き進む。

 

 チリ、と。

 僅かに俺の首筋を、アイリスさんの剣が掠めた。

 しかし断ち切られた訳ではない。俺の首はしっかりと胴体に繋がったままなのだから、この程度のリスクはノーリスクとさして変わらない。

 

 そしてそのまま前のめりに倒れ込むような深さで沈み込み、踏み込んだ足を軸に大きく剣で斬り上げた。

 弧を描くような一撃──たとえ相手が巨大な怪物だったとしても確実に斬り殺せるであろう斬撃に対し、目を見開いて集中しきったアイリスさんは反応して見せる。完全にがら空きだった筈の胴体は強制的に生み出された運動エネルギーによって前へと消えていき、俺の剣とは真逆の弧を描きながら空を舞う。

 

 そこを逃す手は無い────! 

 そのまま追うように剣を動かそうとした俺の考えを嘲笑うように、斜め上の選択肢を取ってくることも予想して。

 

 空中のままならば加速は不可能だろうと判断したのは間違いじゃなかった。

 

「────バランスくらい、崩せよ……っ!」

 

 笑みすら消し飛び全ての意識をここに集めているだろうアイリスさんにとって、空は弱点になりえない。

 剣を握った手から伝わる力を正確に受け止めながら、その勢いを活かして後方へと────

 

 飛ばない! 

 俺の胸倉を掴み、身体強化による恩恵を受けた肉体によって無理くり空へと身を投げ出される。

 くそが、なんでもありじゃねぇか! そう悪態をつく暇すらも勿体ないため思考を断ち切るが、既に遅かった。

 

 追撃の剣よりも先に背中にぶつかった衝撃。

 

 狙いはこれか! 

 壁に叩きつけられた事で肺から空気が漏れ出す。

 一瞬視界が明滅したのを理解し、そして、直感と呼べるかすらわからない感覚で俺の身体は勝手に動いていた。

 

 予知能力とまではいかないが、死の感覚に対する嗅覚。

 俺が最も優れている才能はこの瀬戸際でも大活躍だ。その内褒美をやるよ。

 

 俺の胴体があった場所に奔った斬撃は強化されてる筈の壁を容易く切り裂き崩壊させる。

 

 あれに当たったら確実に死ぬ。

 死なない程度に加減してくれるかもしれないが、ワンチャン死ぬから駄目だな。食らえない。

 

「……………………すごいなぁ」

 

 嫌味か? 

 こっちは肩で息をしてるのに対し、アイリスさんに呼吸の乱れはない。

 まあ当然だよね。向こうは身体強化でもりもりに持ってるけど俺は使ってない。

 

 ていうか、この感じから察するにさ。

 

 トーナメントでも普通の順位戦でも使ってなかった身体強化使ったら、アイリスさんはどこまで伸びるんだよ。

 

 そんな俺の考えを否定しつつ、答える。

 

「あはは、違うよ。私並行して使えないから」

「……そうですか。それは嬉しい話だ」

「これはね、意味が無いの。ある意味ロアくんにしか通用しない奥の手だね」

 

 意味が無い────呼吸を整えつつ立ち上がった俺に対し、小さく呟く。

 

「身体強化なんて当たり前、この程度の速度は当たり前、この程度の強さは──この学園じゃ、当たり前。だから私は魔法を全部剣に注いでるんだ」

「あー…………そういえば、そうでしたね」

 

 ルーチェと戦った時を思い出した。

 俺からすればルーチェの身体能力は圧倒的に格上なのに対し、無理矢理光芒一閃と素の身体能力で対抗していたあの順位戦。

 

 まったく、羨ましい限りだ。

 身体強化すら他人の力を借りなければ使えない俺からすれば全員が強者。

 

 その大事な基本をどうやら、少しだけ忘れていたみたいだ。

 

「…………俺は、才能がない」

「私から見れば才能あるように見えるんだけどなぁ」

「だまらっしゃい。俺は今過去を見詰め直して悪かった点を非常に遺憾ながら洗いざらい抜き出している最中なんすわ」

「……たぶん、才能無い人はそんな努力できないよ…………」

 

 まあ、それが才能で片付けられるのは構わない。

 正しく俺にとって才能がないことを自己認識していれば問題ないのだ。

 だって俺は誰かさんの記憶を頼りに生きてきてるんだもん。自分自身が何か大事な事をしたわけじゃないと理解しておけ。

 

「でも、ちょっと安心したよ」

「安心ですか」

「うんっ!」

 

 先程までの戦闘モードとは打って変わり、アイリスさんは花開くような笑顔で言う。

 

「ロアくん、私と戦うの嫌いじゃないでしょ!」

 

 ……………………。

 

「いや、そんなことは……」

「あんなに楽しそうだったのに~?」

 

 ……………………いや、違うんだ。

 否定させてくれ。俺は確かに残り僅かのプライドが高揚していると独白を重ねた。

 しかしそれはあくまで戦闘時に昂った異常状態だからこそ導き出した答えであり、ようするにイレギュラー。平時の俺は勿論、トーナメントだってぶっちゃけ戦いたくないと思いながらやってたんだからそれはあり得ないだろ。

 

「理由は私にはわからないけど――――そんなにイイ目で見られちゃうとさ……」

 

 ゾクリと背筋が凍り付くような笑みを浮かべ、アイリスさんはゆっくりと剣を構え直す。

 

「がんばれ男の子! 好きな子に勝ちたいんだろっ」

「ぐ、ぐぎぎぎ……!!」

 

 歯軋りをして顔を顰める俺に対し、より一層深みのある笑顔で笑った。

 

 この後やる気に満ち溢れたアイリスさんの魔力が切れるまで永遠にボコされ続けたのは言うまでもない。いきなり強くなることはないが、自分自身の実力を見詰め直すには丁度いい機会だった。勿論ステルラとの差を感じて絶望したところまでがワンセットである。

 

 



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第五話

 夏休みが終わるまで残り一週間。

 

 楽しい楽しい帰省や旅行が終わってしまってからは肉体を痛めつける事に集中していた為に、折角の長期休暇が血と汗にまみれてしまったのは大変心苦しいことだった。

 

 そこまでやって得られたものが殆ど無いってのが一番つらい。

 

 才能の限界値、とでも言うのだろうか。

 身体のキレとか鋭さとか剣技とか、そう言ったものの大半が頭打ちに到達した。

 たぶん、俺はこれ以上強くなれることは無い。少なくとも俺だけの力で戦うのならば、これ以上を望むことは出来ないだろう。

 

 それを悟ったしアイリスさんにもやんわりと伝えられたから感謝を告げた後に家に引きこもり始めた。

 やる事と言えばイメージトレーニング──なんてものはやらず、ベッドに横たわってぼーっと天井を眺める事だけだった。大半の本も読んでしまったし、コンディションを維持する事しかやる事が無いとも言う。

 

 これ以上強くなれないなら、これ以上弱くならないように現状維持をする。

 俺に出来る事はそれだけで、あと何か出来る事があるとすれば、かつての英雄の記憶を必死になって思い返す事だけ。

 

 ベッドに横になってゆっくりする機会が出来たのはすごくうれしい。

 そこに至るまでの過程でズタボロになっているが、それでも今こうやってのんびりできる事はとてもいい事だ。

 

 ……そう思えるのだが。

 

「は~い、ロアくんお肉焼けましたよ」

「……それ私が焼いてた肉なんだけど」

「いやあお手頃なお肉があったのでつい。野菜あげますよ」

「生で手渡すんじゃないわよ!」

 

 ぎゃあぎゃあと目の前で喧嘩を繰り広げる二人の女、それをオロオロしながら止めようか悩む女、我関せずと言わんばかりの調子でのんびり肉を焼いている女。

 

 こんなにも協調性がないバーベキューはそうそうないぜ。

 喧嘩してるのはルナさんとルーチェ、オロオロしてんのはステルラ。お前なんで居るの? 

 

「仲良いねぇ〜」

「親しき中にも礼儀あり、という言葉がある程度には」

 

 のんびりと肉を焼いていたアイリスさんが呟く。

 和気藹々……うん……たぶん…………肉そっちのけで喧嘩を始めたルーチェとルナさんは放置して、俺も二人が育てていた肉を普通に取る。

 

 このままにしてたら焦げるし、美味しいうちに食べてあげるのがせめてもの責任と義務ではないだろうか。

 

「うむ、美味い。アイリスさんもどうですか」

「私は自分で育てるからいーの。ちゃんと野菜もたべないと駄目だよ?」

「別に好き嫌いはないんですけど……」

 

 ポンポン皿に乗せられていく青や赤の野菜を次々に食べ続け、気付かれない間に次の肉を投入する。

 生肉触ったトングでそのまま食ってるけどまあ大丈夫だろ。魔力パワーで殺菌されてる気がするし、山暮らしの時も生肉食べたけど腹下して高熱出た程度で死ななかったしな。

 

「それは多分大丈夫じゃないね」

「死ななかったし五体満足なんでセーフ判定っすね」

 

 なんなら焼いてない野菜もいける。

 毒があったりとか新鮮じゃないとか、そういう理由がない限りは問題ない。

 

「ステルラ、これやるよ」

「えっ、あっ、ありがとう……」

 

 焼けた肉と生焼けの野菜を一緒に放り込んでおく。

 いつも通り二人が戯れあいを始めて、ステルラはその間に割り込むことができないコミュニティ能力しか持ってないので、心優しい俺はわざわざ構ってあげてるのだ。いや〜優しいな俺って。

 

「ステルラちゃん、それ貰うね。代わりにこれあげるから」

「えぇっ」

 

 そしてアイリスさんに肉を奪われる、と。

 助けて欲しいって目で俺を見てくるんだが、俺は俺で食いたい肉がある。

 

 ルナさんが親の財力を存分に振るい用意してきた肉は高級なものばかりで、本当ならこんな雑に焼いて食うより料理人に任せた方が美味しい仕上がりになるだろう。

 でもやっぱりこのバーベキュー特有の自分で焼いて食べるというのが楽しいんだよ。

 

「はいロアくん、あ〜ん」

「む」

 

 アイリスさんから差し出された肉を頬張る。

 

 うむ、美味い。

 現状俺の中で一番美味かったのは山で暮らし始めて一週間でようやく捕獲した動物の素焼きなんだが、あれはシチュエーションが仕事をしすぎたから美味く感じた。死の一歩手前までひもじい思いをしてから食べる肉はこんなに美味いのか、と。

 

 ボロボロ泣きながら食べたもんだ。

 

「美味いっす」

「えへへ、良かった」

 

 ニコニコ俺を見ながら彼女は楽しそうに笑った。

 う〜ん、剣に狂ってなければ最高の女性なんだがな。

 身体付き・顔・性格、どれをとっても良い女性だと思う。性格に性癖は含まないことにする。

 

「……………………」

 

 そして俺達のことを見ながらもそもそ肉を頬張る女、ステルラ・エールライト。

 

 なんだその目は。

 

 じ〜っと俺のことを見てくる。

 ちょっとこう、目からハイライトが消えつつある。 

 

「取られた……」

「そもそもアンタの物じゃないでしょ」

「そうだそうだ!」

 

 しょげるステルラに突っ込むルーチェ、それに便乗するルナさん。

 この二人俺とかステルラに攻撃するときだけいやに仲良くなるんだよな。最悪のコンビネーションだよ。

 

「なんだルーチェ、嫉妬か?」

「……いいえ、嫉妬なんてする訳ないでしょ。──そもそもアンタは私のものだから」

 

 は? 

 

 困惑する俺をよそに、ルナさんも続いた。

 

「いいえ違いますよ、私のものですから」

「あっ……ふーん。私のものなんだけどナ~」

 

 棒読みが入ってんだよなぁオイ。

 何をやりたいのか理解したので俺は勿論黙っておく。

 幼馴染であり俺の好きな女がボコボコにされているのはあまりいい趣味ではないかもしれんが、少なくともガキの頃からボコボコにされ続けて来た恨みはこんなものじゃすまない。

 

 どうやらルーチェも実力じゃ勝てないからこっち方面で攻める事にしたようだ。僅かに頬が赤く染まってるのは、見逃してやろう。

 

「…………がう」

 

 がう。

 

 謎の威嚇音を出しながら、ステルラはそっぽ向いて一人で肉を食べ始めた。

 

 あ~あ、コミュ障拗らせて壊れちゃったよどうすんのこの空気。

 パチパチと火が弾ける音だけが響く中、ルーチェがチラチラ俺を見てくる。

 

 肩の一部分だけが露出している解放的なトップス、太ももあたりまでしかないかなり短めのショートパンツ。

 

 かなり目のやりどころに困る服装だが、俺に遠慮何て言葉は存在しないのでジロジロ見回して似合っていると褒めた。顔面に拳が飛んできた。

 

 え、もしかして俺に解決するように求めてんのか? 

 

 この流れで? 

 明らかに俺は関係ないだろ。

 悪乗りしたのはあなた達三人であり、俺はどちらかというとダシにされただけの被害者である。

 

 その意を込めてルナさんの事を見たが、彼女は吹けもしない口笛をひょろひょろ吹いて肉を観察していた。この女…………

 

 後でシバく事を決意しつつ、俺はステルラに近付く。

 音を聞き取ったのか僅かに身動ぎしたが、意地でも振り返るつもりはないらしい。

 

 前みたいに溜め込むよりは全然マシだな。

 構って貰えなくて寂しいのに言い出さずに一人で何処かに行こうとするバカ師匠に似なくて良かったぜ。

 

「おいステルラ」

「…………」

 

 無言で肉を頬張り続ける悲しきモンスターに成り果てた幼馴染の肩に手を置いて、う~ん、ここからどうしよっか。

 特に何も考えていなかったために背後から身体に触れている変質者に変貌しつつあるが、一度ビクリと身体を震わせるもののステルラが抵抗することは無い。それどころかなんか、こう……ジリジリこっちに向かってきてる。

 

 別に俺は構わんが、こいつは防御力を自分で下げている事を自覚してないのだろうか。

 

「そもそもお前なんでいるんだ?」

「うえ゛っ!?」

 

 俺の言葉に驚愕し、思わずと言った様子でステルラは振り向いた。

 

 勿論その時に罠を仕掛けるのも忘れない。

 肩に置いていた指を伸ばし、頬に人差し指が刺さるようにおいていたのだが、ステルラの勢いが良すぎて俺の指から異音が鳴るのと同時に変形してしまった。あ~あ。

 

「痛ぇ……」

「ああっ! ご、ごめんね」

 

 完全に俺が悪いのだが、ステルラは甲斐甲斐しく回復魔法をかけてくれる。

 

 そこに罪悪感は一切抱かない。

 こいつ、悪い男に一瞬で騙されそうだな。

 

「ステルラ。俺とお前はトーナメントの決勝で雌雄を決すると決めたよな」

「……うん」

「言わば敵同士。俺とお前は運命の相手だ」

「う、運命!?」

 

 そこかよ。

 

 頭の中お花畑の乙女同様の思考回路になってる。

 俺のように幼い頃から中二病に至り即座に現実を見せつけられればそんな甘い考えを抱くことはないのだが、ステルラは抗体が出来てないから駄目だったのだろう。

 

「あーうんそうそう、俺とお前は運命だ。出会うべくして出会ったのだ」

「アンタ恥ずかしくない訳?」

「おや、男を自分の物宣言した俺の事大好きおん」

 

 どうしてだろうか。

 俺は何時だって矛先全開、世の全てを呪ってでも言葉を吐きだし続けてやると心に誓ってから、顔や体に刻まれる痛みと恐怖が増したように思える。

 

 言葉なんだからせめて言葉で返して欲しい。

 最初から暴力に頼っていたらロクな大人にならないんだ。

 

「何も見えねぇ……」

「デリカシー無さすぎです」

 

 俺が悪いみたいになってるじゃん。

 回復魔法すらかけず、俺の潰れた目の事は放置してこの女共は食事を再開した。ステルラは俺の近くにいる筈なのに回復してくれない。泣いた。目が潰れてるから涙が出ないけど。

 

「どうして俺の身の回りにいる女はどいつもこいつも手を出すんだ。俺はこんなにも紳士的だというのに」

「自覚ないまま悪逆非道を尽くすのは巨悪と称されるんですよ」

「なるほど、自らを語るのは得意なんですね」

 

 熱っつ~~~~!! 

 

 ジュッ! という音を立てながら俺の顔面に肉が飛んできた。

 肉汁が頬を撫で食欲をそそる香りが鼻腔を擽り、それと同時に徐々に治っていく視力の気持ち悪さを並行して味わいながら肉を頬張る。

 

「はい、あ~ん」

「あふひ(熱い)」

 

 倒れて目元がぐじゅぐじゅ言ってる俺に対して遠慮なく肉を放り続ける悪女、ルーナ・ルッサ。

 

 エミーリアさんに報告してやろうかマジで。

 あーでも駄目だ。なんか俺が悪い扱いになって負ける気がする。 

 

 負ける戦いは極力避けたい俺はこのまま泣き寝入りをせざるを得なかった。

 

「…………ふふふ」

 

 すっかり視力が元に戻り元気に立ち上がった俺を見て、なぜかルナさんは楽しそうに呟いた。

 相変わらず表情筋になんらかの故障があるのではないかという無表情ではあるのだが、それでも、彼女が出来る限りの微笑みを浮かべながら。

 

「……続けば、良いですね」

 

 今が。

 

 今が、続けばいい。

 今が続いて欲しい──そういう言葉だった。

 

「続きますよ」

 

 俺が死ぬまでは。

 流石にこれをいう事はなかったが、その意味を悟ったルナさんは小さくため息を吐いた。

 

 近いうちに戦う相手が一緒にいるのはまあ良いだろう。

 結局、ステルラも俺は置き去りにするんだから。いくらルナさんが一緒に生きてくれるとはいえ、現状あいつの心の一番重要な場所にいるのは俺だ。…………多分、俺。

 

 それならば、俺が死んでから五十年くらいは引き摺ってくれるように散々思い出を作ってやるのも良い復讐になるのではないだろうか。幼い頃から無自覚に俺の心を蹂躙した罰である。

 

 やっぱりこの路線で攻めるのが一番だな。

 ステルラも師匠もルナさんも長寿で格上の人間に対してはやはりこれが効く。俺が死んだことに対してマジで一生引き摺ってて欲しい。

 

「またロクでもないこと考えてるわね……」

「死に方を選べるのは幸せだと噛み締めていたのさ」

「洒落にならないのよ、アンタの場合」

 

 そう言いつつもルーチェは余裕と言った顔だ。

 

 だろうね。

 ルーチェ俺と一緒で才能が超絶ある訳じゃないから、凡人の中の天才にはなれるけど、天才の中の天才にはなれない。まだまだ伸び代はあるけどそれも人を超えられるような場所ではない。

 

 ある意味俺とルーチェは相性抜群だぜ。

 

「な、ステルラ」

「うん。そうだねっ!」

 

 何もわかってなさそうな顔でホクホク肉を頬張っている。

 機嫌が元に戻ったようで何よりだ。俺はお前の不幸な顔を見ていたいが、それと同じくらい笑って幸せそうなお前を見ていたい。他の男には絶対に見せたくない。

 

 …………最近、独占欲がよく噴出するな。

 昔から欲望だけは大量に抱えているのだから無理もないことだ。

 十年近く我慢し続けたんだから、この程度の感情を心の内で呟くのは許されても良いだろ? 

 

 俺の気持ちなんて露知らず、呑気に飯を食べ続ける幼馴染のことを横目に見ながら、怠惰な一日を過ごした。

 

 

 




久しぶりにランスやってました。


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第六話

九話まで書き溜めしたので一日一話で放出していきます。



「…………ふう」

 

 一息吐いて、気を落ち着かせる。

 こういう時ばかりは長く伸ばしている髪が鬱陶しく感じる────心の中で焦りを隠せず、それを誤魔化す為に一度頭を振りながら、エイリアスは前を見据えた。

 

「気負い過ぎてもよくないぞ」

「わかってるさ。今更緊張なんて、らしくもない」

 

 眼前に広がる穴──完全な暗闇に包まれており、どこまで続いているのかすらわからないような深い深い洞窟。わざわざ施設の奥深くに隠してあったことから、明らかにここが怪しい場所であることは確かだった。

 

「マギアには報告済み。アタシらの下見の後に大規模な調査隊も用意した、念のため他の十二使徒は各地で異常が起きないか確認してもらってる。…………十分保険は掛かってると思うけどな」

 

 紅い髪を後ろ髪で纏め、普段とは違う戦闘用のドレスを着用したエミーリアが言う。

 

 彼女があの服を着るのは随分と久しぶりだ。

 それこそ戦争が終わってから初めて着るのではないだろうか──そんなどうでもいい事を考えた。

 

「……なんだ?」

 

 見つめていたエイリアスに苦笑しながら笑いかける。

 

 エイリアス・ガーベラにとって、エミーリアという女性はある意味特別な女性だった。

 

 彼女を救った伝説の英雄。

 アルスの名を冠する彼と共に戦争を終結させ、死を待つだけだった自分を救ってくれた人。親とまでは言わないが、戦争終結後も世話になったことは今でも思い出として残っている。

 

 そんな女性が懐かしい装備を着ているのだ。

 少し気になることがあってもおかしくなかった。

 

「いや、すまない。本気だと思ってね」

「本気にもなるだろ。何が出てきてもおかしくないんだ」

 

 空気の流れは澱んでおり、ここから先に踏み出せば二度と戻れなくなりそうな予感がする。

 

 戦場で戦い続けた経験からか、大概こういう時はヤバいことが起こるのだと二人とも理解していた。それゆえに侮ることなく、この先に待ち受ける何かを見つけるために準備は怠らなかった。

 

 いつか、彼を殺した犯人を見つける。

 戦争を終わらせた彼女らの小さな復讐心だった。

 

「マギアが感じ取ったんだ。確実に奥底にいる」

「……そうだね。私達も感じ取れれば良かったが」

「マギアはなぁ……なんでも出来ちまうから」

 

 魔法に関しては、と付け足した。

 

 魔祖マギア・マグナス。

 彼女が今でも最強だと言われ続ける所以はそこにある。

 他の十二使徒が飛び抜けて得意な何かがあるのに対し、彼女は全ての分野において十二使徒と同列だと言われている。魔導の祖という異名は伊達ではなく、十二使徒同士で戦闘を行えば最後に立つのはマギアだというのが共通認識であった。

 

「普段の生活はダメダメだけどな」

「そこは言ってやるもんじゃないさ。人のことを言えた立場じゃないだろう?」

「…………よし、行くか!」

 

 思い当たる節があったのか、エミーリアは何事もなかったかのように一歩先に進んだ。

 

 ひんやりと冷えた空気が奥から溢れ出ており、ただの気温の変化だけではない空気の違いを感じ取る。

 

 平和な現代では味わうことのない、かつて嫌と言う程浴びてきた緊張感を帯びた空気。

 何が潜んでいるのかは不明だが、少なくとも何かいるのかだけは確かだと、心の中で確信を抱いてエミーリアは歩き出す。

 

 そんな姿に苦笑しつつ、エイリアスもまた同様に何かを感じ取ったのか表情が一変する。

 

 嫌な空気だ。

 自分が働いて悪と対峙することに抵抗は一切ない。 

 それが今を生きる若者たちへの手向けであることを理解しているし、子供の世代に負の遺産を背負わせたくないと思うから。

 

「……終わらせるぞ」

「ああ」

 

 短い会話を切って、二人は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 エミーリアにとって、エイリアスは娘のような存在だった。

 

 年齢で言えば娘を持っていてもおかしくないエミーリアは、グラン帝国を相手に雇われの傭兵として戦場に浸かりきっていた。

 

 魔法を使用し兵士を焼き尽くし、焼け野原を次々と生み出す。

 その紅蓮の髪色と扱う魔法の灼熱をなぞらえて、紅蓮(スカーレット)と異名を与えられた。

 

 当の本人はむず痒く思っていたが、戦場で自分でもわからないうちにストレスを溜め込んでいたのか、自分が思うよりも不快感は無かった。それどころか多少の誇らしささえあった。

 

 覚悟して戦場に来ているとはいえ、人の命を奪い続けている事は負担になっていたのかもしれない。

 仲の良い人物など身近にいる筈もなく、淡々と戦場の一角を燃やし尽くしていた。

 

 そんなある日の事だった。

 

 いつもと変わらず戦場に出たエミーリアは、想定より押されていることに気がつく。

 普段であればもっと前線構築がまともに出来ているのに、今日はそれが出来ていない。それどころかかなり押し込まれており、既に前線崩壊と言って差し支えない状況に変化していた。

 

 ピリピリと肌を焼き付けるような感覚。

 自身が焼き払った際に生じる熱とは違う、独特の空気感。

 飲み込まれるような威圧感と共に遠くで生じる紫の稲妻を視認して、顔を顰めながら歩みを進める。

 

 ──出てきたか…………

 

 エミーリアの出身国はグラン帝国。

 訳あって決別し敵対しているが、その内情はよく理解している。

 故に、現在戦場を蹂躙している存在がどのような相手なのか悟っていた。それは普通では太刀打ちできないような実力を持ち、普通ではない精神を持ち、強制的に強さを植え付けられた人形。

 

 魔法による人体実験をくり返し行われたグラン帝国の闇そのもの。

 

 魔力を漲らせ、身体強化を利用して一気に駆け抜ける。

 音すら置き去りにする速度であっという間に中心地へと辿り着き、そのまま状況を把握するために空へと駆け上る。

 

 既に味方は壊滅、残っているのはグラン側の兵士のみ。

 それも見慣れない服装に身を包んだ特徴的な魔法使いがぽつらぽつらと見えるため、彼女は自分の考えが間違えていなかったと確信を抱く。

 

 これ以上侵攻されては形勢が不利になる。

 その事実を正しく認識し、仲間が一人も残っていない大地へと着地する。

 

 大きく音を立てたものの、こちらへ向けられる注意はまばら。

 

 これならば一気に壊滅させられる。 

 火力だけで言うならば現役最強格であることを自負しているエミーリアが静かに魔力を練り上げ──そこで、声が聞こえた。

 

『…………目標を確認』

 

 いつの間にか目の前に立っていた兵士。

 

 白髪を腰辺りまで乱雑に伸ばし、その瞳は赤く輝いている。

 無機質な表情と感情の篭っていない声色に警戒を強めながら、牽制するためにも会話を始めようとする。

 

『あ〜……君、名前は?』

『────排除します』

 

 薄々そうなることを悟っていたエミーリアが咄嗟に魔法を撃つ────が。

 

 それよりも早く動き出した白髪の兵士が紫電を発する。

 

 ほぼノータイムで放たれた雷魔法を防ぐ手立ては持ち合わせておらず直撃を喰らうも、すぐに動き出せるように回復魔法も並行して発動していたために動けなくなることはなく。

 その場から大きく後ろに下がり、辺り一面を焼き尽くす炎を放った。

 

 このまま戦い続けるのはよくないと判断し、先ほどまで自身がいた場所へと引いていく。

 

 無論その間に牽制するのも忘れない。

 こちらの目的はこれ以上進ませないことであり、たった一人で前線を盛り返せるとは思っていなかった。

 

 未だピリピリと全身に残る痺れに舌打ちしつつ、彼女の正体に当たりをつけて、ついにそこまで手を出したのかと、自分の生まれた国に対して憎悪を膨らませた。

 

『……禁則兵団、か。あのクソ親父め』

 

 一言呟いて、敗れ落ちた仲間たちの元へと身体強化を用いて走り始める。

 

 それこそがファーストコンタクトであった。

 

 この数年後にアルスに出会い旅を始め、その道中で再会し──無機質で無感情な人形に等しい存在だった彼女を目一杯愛した結果が、今に繋がる。

 

 ゆえに、エミーリアはエイリアスの事を娘のような存在だと思っている。

 本人はそれを決して受け取らないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい記憶を思い出して、エミーリアは苦笑する。

 

 何もこんな時に思い浮かべなくても良いだろう。

 某少年があまりにも懐かしく感じることばかりするものだから、そこに精神を引っ張られてしまったのかもしれない。

 

 そんな風に考えながら、隣を歩くエイリアスに視線を向ける。

 

 昔は乱雑に伸ばしていた髪は綺麗に整えられ、異性でなくてもその美しさには目を惹かれるだろう。

 身体付きも少女のようだったスタイルではなく、女性としての魅力を十二分に引き出したプロポーション。極め付けにはスリット部分から垣間見える生足なんかが、特に若い少年には目の毒ではないのだろうか。

 

「……どうした?」

「いや、ロアくんは偉いなって思ったんだ」

「随分急だな」

 

 苦笑しつつ、エイリアスも少し息を吐く。

 暗闇を照らしている灯りがあるとはいえ、既に長時間歩き続けている。

 疲労は魔法で癒しているが、精神的な疲れまでは取れない。唐突に襲われる可能性だってあるのだから、一瞬足りとも気は抜けなかった。

 

「エイリアスの服装でずっと一緒にいられたら歪んじゃうんじゃないか?」

「そんなことはない。彼は私のことを女としては見てないだろう」

 

 だろう、か。

 少々含みのある言い方だが、そこを問い詰めることはしなかった。

 

「ロアは癖のある奴だが、一般常識に関してはなぜかそこそこ身に付けている。……生意気にも、そこを突かれたこともあるが」

 

 そうやって楽しそうに話すエイリアスの姿は、最近になって見られるようになった。

 

 百年近く田舎に引き篭もって暮らしていた彼女と顔を合わせても、その度に何かを諦めたような暗い表情をしていた。

 それを心配しているけれど、どうにかしてやれることはない。長い付き合いの友人なのに、何もしてやれることはない。かろうじて何かをしたとすれば、彼女に干渉しないように自分達で国を回すことくらいだった。

 

 取り戻してあげられなかったことは後悔しているが、それと同じくらい笑顔にしてくれた少年には感謝していた。

 

「手を焼いてるみたいだな?」

「そんな優しいもんじゃない。手に負えないのさ」

 

 冗談を言い合いながら、二人は歩みを進めていく。

 一応50メートル程先までを炎で照らしているが、ここまで深くなると空気が薄くなり始める。

 それが大丈夫なのはどちらも人間をやめているからなのだが、この様子だと調査隊を送ることも難しいかもしれない。

 

「……どれくらい経った?」

 

 一度足を止め、確認のために呟く。

 

「大体五時間程は歩き続けているな」

「底が見えんなぁ……」

 

 呆れながら肩を竦める。

 これだけ長い坑道を一体いつの間に掘り進めていたのだろうか。

 少なくとも戦時中ではないことは確かだ。ありえるとするならば、戦争が始まるよりもっと前の話だろう。

 

 それだけの計画を裏で進めていた自らの父親に呆れながら、エミーリアは深くため息を吐いた。

 

「一体なんのために作ったんだ」

「さあね。目的は不明だが、良くない使い方をしてるのは間違いない」

 

 深く潜れば潜るほど増大に膨れ上がっていく圧。

 

 緊張感ともまた少し違う圧力は徐々に増しており、ただの人間ではまともに降りることが出来ないだろう。死の恐怖や未知への恐怖、そういった怯えをとことん増幅させるこの()は、この奥にいるであろう存在の邪悪さを如実に表している。

 

「…………進むぞ」

 

 互いに言葉を減らしながら、それでも進むことを選択した。

 

 魔法を使用して近づけば大幅に時間を短縮出来るだろう。

 

 しかし、それは悪手。

 相手が何をしてくるのかもわからないのが最も厄介な点である。

 もしかするとこちらの魔法を感知して先制攻撃をしてくるかもしれない。この坑道に足を踏み入れている時点で把握されている可能性はあったが、それよりも警戒するべきは魔法を使用したばかりに防御を十分に行えない事だった。

 

 時間はある。

 常にマギアに魔力探知をするように指示しているし、二人に出来るのはとにかく奥へを進み状況を把握することだった。

 

 そして、一歩ずつ確かに踏み締めて進み続け────およそ、三日後。

 

 二人は、大空洞へと辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 



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第七話

 それは、純白の繭だった。

 空洞全体に糸のようなものを張り、肥大した自身の殻を支え胎動する不気味な存在。

 ポロポロと隙間から虹色の石(・・・・)を零れ落としながら、ドクンドクンと静かに胎動を繰り返す繭。

 

 それは、成長を続けていた。

 かつて古の英雄に両断され姿形も崩壊したかに思われたが、確実に生き延びていた。魔力を吸収し、その魔力を利用し自らの手駒を量産し続ける最悪の魔導兵器。

 

 前回は失敗した。

 十数年の積み重ねでは、かの英雄に討ち滅ぼされる可能性があった。

 

 ならば次は失敗しない為に──百年間(・・・)待ち続ける。

 たった一つ下された命令である、『この世界を破壊しろ』という指示に従って。

 

 繭はまだ、動かない。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「────……これ、は……」

 

 数日間かけて坑道の最深部へと辿り着いたエミーリアは、眼前に広がる光景に絶句する。

 

 空気が淀みきった空間。

 魔力濃度が徐々に高まりつつあるのは悟っていたが、それにしたってここまで異常なものが存在するなんて思ってもいなかった。

 

 大きい空洞──それこそ街一つ飲み込めるほど巨大な場所に、身を丸ごと収める形で繭が根を張っている。溢れ出る魔力の高さにどうして気が付かなかったと歯噛みしつつ、エミーリアは冷静に現状を把握しようと思考を巡らせた。

 

(バカでかい繭──十中八九置き土産だろ。最悪な遺産残していきやがってあのクソ親父め……)

 

 一歩踏み出すのは憚られた。

 これ以上先に進めば踏み締めるのは虹色の石、おそらく地上で定期的に悪さをしていたものと同じだろう。まだこちらに攻撃してくる意志を見せていないのだから、わざわざ刺激するのは愚策だった。

 

(あの繭……めちゃくちゃな魔力量してる。ルーナが千人いても足りないくらい溜め込んでるのに、どうしてこの距離まで近づかないと感知できない? 魔力を抑えるにしたってマギア以外に感知不能なんて隠匿技術は存在しない筈だ)

 

 ドクン、ドクン、と胎動を繰り返す不気味な音を耳にしながら、エミーリアはパズルを紐解いていく。

 

(原因がコイツなのは間違いない。んで、ああ、そういうことか。なんで感知できなかったのかは──この魔力障壁が原因だな)

 

 眼前まで近づくことでようやく目に捉えることができた。

 薄く展開された魔力障壁──おそらくこれが探知阻害の効果を発揮していたのだろう。

 迂闊に手を出すことは躊躇いながらも、顔をギリギリまで近づけてその効果を探ろうとエミーリアが身を乗り出した、その瞬間だった。

 

 先程までぼんやりと感知できていた筈の魔力探知が、完全に機能を停止する。

 なんの前兆もなしに突然遮断されたことで瞬間的に動揺が生まれるが、そこは流石に十二使徒。二人揃って少しずつ後退りながら、撤退することを選択した。

 

「エイリアス、最速で頼む」

「了解した。こういう時に直通でいければ便利だったんだが」

 

 身を紫電へと移し、その場から雷速で立ち去ろうとした。

 

 そう、立ち去ろうと──した(・・)

 

「……?」

 

 ──違和感。

 いつものように髪を基点に紫電へと身を変換しようとして、変換した感覚が消失するような、違和感。

 

 自身の手足同然のように扱えていた筈の魔力が霧散するような、あり得ない感覚。

 

「…………おかしい」

 

 十二使徒という自らの身体を魔力で構成するプロフェッショナルだからこそ、その感覚に疑念を抱くことができた。

 

 ただ魔力や魔法で妨害されたのではない。

 

 昔どこかで味わった感覚。

 改造を施された時、魔祖と対峙した時と同じように────自分の身体が離れていくような、喪失感。

 

「まさか────魔力を吸い取って……?」

 

 そこまで呟いてエイリアスは気が付いた。

 

 先程魔力探知が遮断されたのは、何かを影響を受けてのことだろう。

 

 では一体何の影響を受けたのか? 

 この現状で何か一つ答えがあるとすれば、目の前に用意されたその魔力障壁そのものではないのか、と。

 

(まだ障壁内部には入ってない。障壁そのものが魔力を吸収するのなら、エミーリアの方が被害は大きい筈だが……)

 

 エミーリアは怪訝な表情でこちらを見ている。

 

 つまりまだ気が付いていない。

 

 再度指先に紫電を奔らせる。

 今度はしっかりと意識して、解けないように丁寧に。

 結果として魔法は体を成したが、普段よりも消費魔力量が多く感じた。

 

 魔法が使えない、という訳ではない。

 問題なく使用すること自体は出来るだろう。ただ、使用すればするほど魔力を余計に消費していることは否めない。

 

 そして障壁の奥に存在する大きな繭────状況を考えれば答えを導くことは容易だった。

 

「…………気が付かない間に、障壁の中に入れられていたのか」

 

 そんな筈はないと否定したかった。

 

 だが現実がそれを許さない。

 使用すればするほど余分に奪われる魔力に、目の前で胎動する巨大な繭。

 自分達は誘い込まれたのだと明確に意識して、エイリアスは次にどうするべきか思考を巡らせる。

 

 気が付かなかったことは仕方ない。

 ならば次はどうやって()に伝えるか。

 

(障壁が魔力をも遮るのならそれはそれでいい。マギアが異常に気が付くだろうから、一番マズイのは……あの時(・・・)と同じだった場合)

 

 あの時(・・・)

 アルスという偉大なる英雄が没した時、その大陸にいる全ての人間が彼らの危機に気が付くことは無かった。魔力の残滓すら残っておらず、荒れ果てた大地と二人の遺体だけが無惨に転がっていた悪夢。

 

(原因はこいつで間違いない。そうすると、既に術中に嵌まっている我々の末路は)

 

 そこまで考えて、思考を振り払う。

 

 まだ未来は決まっていない。

 歩いて戻れば時間は掛かるが確実に報告できるし、この巨大な繭が動き出さない限りは間に合う。

 

 そう結論付けたエイリアスに対して、エミーリアもまた長考していた。

 

(たしかに、魔法の使用量に対して消費魔力が多すぎる。アタシらだから普通に振舞えてるだけで、人の身には少し重たいな)

 

 一度退く事を選ぼうとしているエイリアスに対して、エミーリアは少し違った方向へと考えている。

 

 仮にこの国全ての戦力をこの地下に連れて来たとしても、九割役に立たないと断言できた。

 

 理由は一重にこの魔力に対する圧倒的なデバフ。

 座する者(ヴァーテクス)という存在である自分達ですら厄介に感じるのに、ただの魔法使いに何が出来るだろうか。

 

 これが地上にまで影響を及ぼしていない事を祈りつつ、ここで口火を切るのはよくないと判断。

 当初の予定通りエイリアスが雷速で地上まで戻り状況を報告し増援──その他の十二使徒を集めるのが正解だ。

 

「エイリアス、戻────」

 

 そこまで口にして、正面に張られていた魔力障壁に罅が入った。

 

 無論二人は何も手を加えていない。

 それどころかここから立ち去ろうとしていた所であり、それは不意打ちにも等しいタイミングだった。

 

 障壁の向こう側に佇む白い怪物。

 次々と虹色に輝く石が割れ、その内に潜んでいた存在が溢れ出てくる。

 異常事態ではあるものの、まだ異変が起きていなかった繭の周囲には次々と怪物が姿を顕しており、それは何かの始まりを告げているようにも思えた。

 

 障壁が罅割れる。

 

 生まれ落ちた怪物たちの歪な瞳が、一斉に二人を貫いた。

 

「────くそっ!」

 

 障壁を蹴りで破壊し、突き出した足に熱が宿る。

 視認されてしまった時点で戦闘を避ける事は出来ない、ゆえに、先手を取る。ここまで誘い込まれてしまった事実を噛み締めて、ならば次からは有利に立ち回ろうと。

 

 紅蓮に輝く脚を叩きつけ、周辺一帯を吹き飛ばす。

 幾つか蒸発した石はあったものの、その魔力は周囲に溶けることなく繭へと向かっていく。

 

(戦えば戦う程魔力は消費して、しかも全部あの『繭』に吸われると来た)

 

 飛びかかって来た怪物を一撃で粉砕しながら、それでも尚無限に生まれ続ける存在に舌打ちをする。

 

「……どこまで石なんだ」

 

 地面を吹き飛ばしたのにも関わらず一切底が見えない程に敷き詰められた石に辟易するエミーリアに対し、唐突に放たれた蹴りによる余波を防ぎながらエイリアスが言った。

 

「いきなりとは酷いんじゃないか?」

「緊急事態だし許せ。想像してた最悪を引き当てちまったなぁ」

 

 生じた煙を払いながら、二人は一歩前に出た。

 今も尚虹色の石から姿を解放され、その数を増やし続ける異形の怪物を前に退くという選択肢は選べなかった。

 

 仮にこの場から二人揃って逃げ出したとする。

 そうなったら目覚めた怪物達は一斉に出口を目指すのだろう。魔力によって生み出されたこの怪物は魔力を求める習性を持ち、しかも戦闘能力もそれなりにある厄介な存在だ。入り口で塞き止められるのならば問題ないが、より最悪なのは別の出口を作られること。

 

 法則性もなにもなく好き勝手暴れまわる様に大陸中に出没してしまえば、手が回らなくなる。 

 

(…………それに)

 

 一撃しか放ってないにも関わらず、想定していたよりも魔力の消費量が多い。

 自分達がどのタイミングで障壁の内部へと誘われたのかはわからないが、もしもこれがもっと広範囲にばら撒けるとすれば。

 

『繭』の溜め込んだ膨大な魔力を利用して大規模な自爆でも行われてしまえば、この首都は愚かこの大陸そのものの危機を迎えるだろう。

 

 ――――バチチッ!! と、大きな音を立てて紫電が迸る。

 

 眼前で威嚇を繰り返していた怪物を無慈悲に焼き焦し、物言わぬ炭に黙らせてからエイリアスは口を開いた。

 

「退けなかったのは手痛いが……それならそれでやりようはある」

 

 強い意志の籠った瞳で胎動を繰り返す繭を睨みつける。

 確かに似たような状況下で、およそ百年前に亡くなった二人がいた。その前例から鑑みればここで戦闘を行うのは決して褒められたものではない。

 

 しかし。

 

「ああ。そもそもアルスもアステルも全盛期とは程遠い時期に殺されてるしな」

「その通り。長期戦に於いては我々座する者(ヴァーテクス)を超える事は出来ない」

 

 それは一重に魔力というある種のブラックボックスに足を踏み入れた者の差。

『魔力』という概念をより一層深く理解しているが故の絶対的な理解度が、超えた者と超えてない者では天と地ほどの差がある。

 

 左拳を眼前で握り締め、焔を宿らせながらエミーリアが言う。

 

「意思無き怪物と意思有る怪物、どっちが勝つか……」

 

 紅蓮迸る(ほむら)があふれ出し――――開戦の合図となった。

 

 

 



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第八話

 繭の胎動する空間は灼熱に包まれていた。

 

 エミーリアがその四肢を振るうたびに暴力的な爆炎が撒き散らされ、その余波に当てられて白き怪物が蒸発する。次々現れる群もなんのその、汗の一つもかかずに敵を殲滅し続ける。

 

 既に普通の人間ではまともに呼吸をするのも厳しいだろう環境へと変化させた張本人は、戦いの最中に思考を巡らせていた。

 

(────おかしい)

 

 倒しても倒しても減らず、それどころかどんどん数を増していく。

 無限に存在するのではないのかと思える程に変わらない戦況に対して苛立ちを抱いた──そういう訳ではなく、この程度(・・・・)なのかと疑問を抱いていた。

 

(こんな雑魚がどれだけ群れてもアルスは殺せない。しかもアステルと一緒に居たのなら、余計殺せるわけが無い)

 

 アルスの死因はわからなかった。

 身体から魔力が根こそぎ消えており、肉体はなぜか老化が著しく進んだ状態であった。

 魔力吸収も行えるこの『繭』が何かをやったというのは考えられるが、老化を進める魔法なんて聞いたこともない。ないだけで作れるのかもしれないが……、なんて考えてから頭を横に振った。

 

 アステルの死因は斬撃。

 身体中が傷つけられており、放っておいても出血多量で死を迎えていたのは明らかだったが、トドメとなったのは一振りの斬撃であった。

 

 そしてその一撃は恐らく、アルスの放ったものという答えが出ていた。

 

 アステルと消耗度外視でぶつかりあえば確かにどちらかは死ぬだろうが、それをこんな状況で行うとは到底思えない。

 

(アステルの身を犠牲にしてでも攻撃しなければならない存在が居た)

 

 それはこの白い怪物ではない。

 きっと未だ姿を顕さない新たな敵か、もしくは────この純白の繭だろう。

 

「……駄目だな、通らない」

 

 面で火力を通すのに適しているエミーリアに対し、点に火力を通すのに適しているエイリアスは本体への攻撃を行っていた。

 

 宙に浮かび上がり、周囲をぐるぐると回りながら魔法による攻撃を続けているもののあまり効果は見られない。接触した瞬間に消失する魔法に眉を顰めつつ後退する。

 

 内包する魔力が徐々に高まっている上に生み出す石の数も変わらない。

 無限に出続けるのではないのかという疑念が頭の中に浮かび上がるが、それらの不安を振り払い再度紫電を放つ。

 

 弟子の魔法より洗練された一閃が繭を貫かんと迸る。

 

 木々を薙ぎ払い水を干上がらせ雷速による防御不可の絶対的な魔法なのに、通用しない。

 

(…………無駄だ。これから何かが“生まれる”のを待つしかないか)

 

 現状攻略するのは不可能、幸い周囲で魔法を放つ分にはまだ問題ないので殲滅に参加する。

 魔力制御に秀でている自分達十二使徒でこれなのだから、一般の魔法使いではこの空間に辿り着く事すら難しいだろう。出来れば気が付いて援軍として来てくれると有難いんだが、と溜息を吐いてからエミーリアの隣に降り立った。

 

「駄目そうか」

「ああ。直撃したら即吸収、ダメージが通ってる手応えがない」

 

 だろうな、と呟いた。

 

「物理も効くのか? アレ」

「常人の域を出ない生身の一撃が効くのなら有効打になりうるさ」

 

 それはないだろうけどね。

 ぼんやりと頭の中に浮かんだのは一人の愛弟子。魔法の才能がなく魔力に愛されなかった英雄に憧れる少年。自らが授けた祝福のみを武器に獅子奮迅の戦いを見せる彼ならば、この繭を斬ることが出来るのではないだろうか。

 

 こんな死地に彼を呼べる筈もなく、これは完全に希望的観測────つまりはないものねだりだった。

 

「……癖が移った、か?」

 

 子は親に似ると言うが、まさか師が弟子に影響されるなんて。

 まあロアは色々癖が強いし我が強いし個性あふれる男の子だから、空虚な自分が染められても仕方ないと苦笑する。

 

 ないものねだりは何も得られるものは無いが、気が楽になる。

 常々言っている言葉を思い出し、確かに悪い気分じゃないと思う。

 

「な~にニヤニヤしてんだ」

「ん゛ん゛っ! な、なんのことやら」

 

 澱んだ空気を払拭するかのように明るい雰囲気が流れる。

 状況は何も好転していないが、二人の心の内に陰りは存在しなかった。

 

 単体で攻撃を繰り返すことに意味がないと判断したのか、白い怪物達は距離を取る。

 射程もパワーもスピードも全て上回る相手により合理的に勝つのならば連携で。連携しても無駄だと言うのならば、自分達以上のスペックを作り出せばいい。

 

 生命を持たない存在だからこそ行える簡単な方法だった。

 

 ぐちゃぐちゃと不愉快な音を奏でながら怪物が混ざり合っていく。

 

 大人の男性が二人並ぶほどの大きさを誇っていたのに対し、十体ほど吸収と融合を繰り返したのちに、刺々しい突起を生やす巨大な異形へと変貌する。

 

「趣味わりー……」

「あの男の趣味が良かった時があるのか?」

「ある訳ないな」

 

 脳内に浮かび上がる災禍の元凶となった死人の顔に苦い顔をしながら、エミーリアは呟いた。

 

「……バシレオス。あんたはこれを救いだと思えるのか」

 

 バシレオス・(アルス)・グラン。

 終戦の時に命を絶った筈の人間が、いまだに現世へと遺物を残し続けている。

 その事実を噛み締めて、断ち切れなかったのは自分達大人の責任だと飲み込んで、再び四肢に焔を纏わせる。

 

「エイリアス。これ(・・)はアタシに任せとけ」

「おや、それならお言葉に甘えるとしようか」

 

 一歩進んだエミーリア、エイリアスは動かない。

 しかし気を緩めたわけではなく、冷静に『次』を観察している。

 

 この巨大な怪物が最後の敵な訳はないと思っているため、片方が直接戦闘を行い片方が周囲の索敵と観察を行う。

 卓越した実力を持ち、互いを信用しているが故にできる戦い方。

 

 そしていざという時援護に入るため────有利に状況を見定めるための一手だったのだが、それは敵の行動によって阻害される。

 

 巨躯の怪物ではなく、白い繭本体から感じる魔力が高まっていく。

 

 明らかに何かしようとしていると判断し、魔力障壁を展開。

 物理的な攻撃・魔法・環境に干渉する何か──それらすべての懸念出来うる可能性を全て含め、ありとあらゆる遮断効果を乗せる。無論余分に取られた魔力は痛いが、初見で直撃するよりはマシだった。

 

「……さて」

 

 鬼がでるか蛇が出るか。

 障壁に包まれる直前に放った炎で上半身が融解した巨躯を無視し、これからが本番だとエミーリアは意気込んだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 あくびを噛み殺し、少しだけ睡魔に身を任せる。

 長い野生生活は俺に多大なる不便を招いたが、それと同じくらい特殊な能力を与えた。

 

 死に対する絶対的な勘、夜目が効く、鼻も聞く、聴力もいい、等々有難いようであまり喜べないもの以外にも便利な力を手に入れたのだ。

 

 名付けて『立直睡眠』。

 俺は立ちながら寝るという必殺技を編み出した。

 どうしてこれを身につける必要があったのかは涙無しには語れない辛く厳しい現実があったのだから、とても簡潔に説明すると木の上で寝るために習得した。

 

 太い枝に両足つけて背中に全体重を任せる。

 無論支えてくれるのは己の身体と樹木だけなので、突風が吹けば墜落するし虫は這いずって来るし魔獣が木を揺らしたりするので最初の頃は死ぬ思いをしながら寝ていた。特に魔獣が積極的に餌を求める時期はヤバかったからな。

 

 地上でうたた寝してたら普通に襲い掛かって来たもん。

 

「(寝てるわね)」

「(悪戯するかい?)」

「(……やめとくわ)」

 

 コソコソ後ろの方で話している声が聞こえてくる。

 意識は落としてても音だけは拾うという野生動物顔負けの危機感である。

 

 布団で寝たらそういうのガン無視で爆睡出来るんだけどな。

 

『あ~…………怪我人はいない、補習を受けるようなアホ共も無事に合格。ま、及第点じゃな』

 

 尊大すぎる物言いに驚いて目が開いた。

 

 これが学生に言う言葉か? 

 いや確かにまあ補習受けなくちゃいけないほど勉強を怠っているのが悪いのだが、この学園にそういう生徒がいることに猶更驚く。

 

 本当なら俺なんかが合格できないような超名門なんだぜ? 

 

『儂は今ア~~~~ホかと思う程忙しいからこんなもんで終わるぞ。トーナメント決勝は明日やるからの』

 

 サラッと流して魔祖が降壇する音が聞こえてくる。

 師匠も前会ったときに忙しそうだったし、大人達の策謀策略は裏で蔓延っているらしい。子供たちを巻き込まないように、と苦心してくれるのはとても好感が持てるが、手伝えと言われれば吝かではない。そんくらい信用してくれてもいいのにな。

 

 特になんの遅延も無く予定通りに行われた始業式は終わり、順次教室へと戻っていく。

 

 流石にその頃には完全に覚醒しており、仮眠をとったおかげで眠気もサッパリ消えていた。

 

「おや、目が覚めたのかい?」

「寝てはいたが意識はあった。だから正確に言うなら活動を始めたというのが正しい」

「意識をもったまま寝るってどういう事よ」

 

 どうって…………

 

「野生の中で生きていくには必要な技能だったのさ」

「……たまに奇天烈な事言うの、どうにかしなさい」

たまに(・・・)? ロアはいつも奇天烈な奴だろ」

 

 クソボケアルベルトを一発ビンタで叩いて、あんっと気持ちの悪い声を出したので触れた手をルーチェで拭き取ろうとしたが、意図を見抜かれて情け容赦のない拳が頬に突き刺さった。

 

「汚いわね!」

「お、おれはグーパンなんてしてないのに……」

 

 あまりにも躊躇いの無い一撃に動揺を隠せない。

 罪悪感を煽る為にわざとらしく演技して見せ、ルーチェに暴力ではなく行動で攻撃していく。俺は才能がないから色んな手段に頼らないといけないんだよね。

 

「…………そういう意図で触られたくはないの」

 

 はい、俺の勝ち。

 すこしバツの悪そうな表情で目を逸らすあたりがまだまだ防御力クソザコだと言わざるを得ない。

 

「う~ん、変わらないねぇ」

「ああ。根が優しい癖に捻くれるからこうなる」

「ぶん殴るわよ」

 

 言う前に殴るのは普通じゃないんだが、ルーチェにそこら辺の常識は備わってはいないらしい。俺との生活で少しは改めてくれたかと期待していたのが間違いだったぜ。

 

「やれやれ。ステルラ、回復」

「うんっ」

「なんでいるんだい?」

 

 俺達がわちゃわちゃしてるのを見かねてステルラが近付いていた。

 当然魔獣蔓延る山の中を生き抜いた俺は気配探知にも優れている(魔力はわからない)ので、ある程度の動きなら悟れるというワケだ。

 

「なんでクラスが違うステルラがわざわざここに来たか。それはクラスに友達がいないからだな」

 

 そして俺に回復魔法をかけていたステルラの動きが固まった。

 

 ナチュラルに他人に対してマウントを取ってしまうクソカス性格を保有するステルラが上手く他人に馴染める筈もなく。入学当初からずっと昼休みに俺の教室まで来てるんだから答えは出ていた。

 

「お姫様は友達が居ないんだねぇ」

「こっちに友達何ているのかしら」

「虐めるのはそこらへんまでにしとけ」

 

 あ~~不憫な面してる時のステルラかわいいな~くそったれ。

 

 …………キモ。

 俺は冷静になった。

 あまりにも気持ち悪い感情が堂々と表に顔を出そうとしたのを飲み込んで、表情に出る前に塞き止めたのは俺の強固な覚悟のお陰だ。サンキュー師匠、でも許さないからね。

 

 これが青春か。

 好きな幼馴染とこうやって冗談言い合える学生生活を送れたのは一重に過去の俺が努力を怠らなかったからだな。

 

 努力はクソだが役に立つ、でもこれ以上努力は勘弁。

 

「安心しろステルラ。お前が友達いなくても俺は見捨てないし気にしないから」

「あっ…………べ、別に友達くらい……」

「気にするな。俺がいるじゃないか」

「ロア…………」

 

 上目遣いで俺を見つめてくる。

 ふん、俺がその程度で籠絡されると思ったか? まあ最初から陥落してんだけどさ。 

 

「もう一回ぶん殴ってやろうかしら」

「流石に教室で修羅場生成は控えた方がいいね」

 

 聞こえてんぞお前ら。

 殺意がインストールされた瞳で俺達を睨みつけるルーチェを片手で抑えるアルベルト。しかしその口元は歪んでいるので今もなお他人の感情の揺らぎを推測して面白がっているのだろう。

 

 やっぱこいつ悪の方向に傾いてるよな。

 

「────っと……揺れてる?」

 

 そんな風に和気藹々とふざけあっていた時だった。

 建物がぐらぐらと根元から揺らいでいるような感覚、大きな衝撃を受けた余波のような揺れだった。

 

 それを感じたのは俺だけではなくクラスのほとんどの人間が感じたらしく、皆が皆怪訝な表情で様子を窺っている。

 

「…………地震ね」

「珍しいなぁ」

 

 呑気に呟くアルと、真剣な表情で何かを考えるルーチェ。

 

「大人達の企みに関係してるのか?」

「……わからない。でも、大規模な魔力が暴れたりとか、そういうのは感じないわ」

 

 ほーう。

 ルーチェは何をやっているのかという具体的なところはともかく何かをやっているって事は把握していたようだ。

 

「そうか。そうなると、十二使徒総出か」

「いや、半分だけだ。新大陸出向組は戻ってきてないから」

「…………お前、こないだ新大陸から……」

 

 俺の言葉を笑い飛ばしてアルは続ける。

 

「十二使徒上位組が軒並み協力してるから、揺れはそれの影響だろうね。僕も全然探知できないけど」

「え、ロア。師匠何してるの?」

「さあな」

 

 策謀を張り巡らせるのは不得意ですと自己申告するステルラを尻目に、俺は思考を重ねていく。

 

 十二使徒が総出になって取り掛かるようなことが現代で発生するとは思えない。

 あの人たちを除いた最強と呼ばれる人間がテリオスさんだし、どんだけすごい性能の魔道具を開発しても抑えられないだろ。

 

 と、なると……可能性が一番高いのはやはり負債か。

 より正確にはグラン帝国の遺した兵器。兵器? あれが兵器なのかは俺にもわからんが、多分そうだ。

 

「…………まあ、いい」

 

 察するに、俺たちを関わらせたくないんだろう。

 多少は噛みつきたい気持ちもあるが、当の本人が姿を現さない。魔祖はいつも通りだったし、俺が首を突っ込んでも特に変わるわけでもない。

 

「少しは信用してほしいもんだ」

「君は根本がお人好しだよね」

「人の本質が悪意である、なんて現実は好きじゃないからな」

 

 俺がお人好しなわけではなく、親密な人間が裏で暗躍してるとわかったらその中身を知りたいと思うのは普通のことだろ。

 

 ましてや俺もそれなり以上に秘密を抱えているし、師匠達はその秘密の当事者。

 現代に残されているかも知れない英雄すら殺してみせた遺物と相対しているかも知れないんだ、そりゃあ気になるし手伝わせてほしい。

 

 ──だってそれ終わらせたら晴れて自由だもん。

 

 そうなんだよな。

 それが解決したらステルラも死なないだろうし、俺ってばマジで自由になれる。人生を賭けて叶えたい夢を叶えられるんだから、俺はここで本気を出すべきなんじゃないか? 

 

 まあ師匠が俺の前に現れないから何も進まないんだけど。

 

「……ステルラ。今日飯食いにくるか?」

「えっ…………な、何が目的?」

 

 俺への警戒を多少高めてステルラが言った。

 こいつはこうやってチャンスを無駄にするんだな、よくわかった。

 

「じゃあいいや」

「あー待って待って! 食べたいな〜ロアのご飯!」

 

 よし、釣れた。

 そしてついでに体が密着しているので柔らかい感触とめちゃくちゃいい匂いがする。普段アピールする事はないくせに、こういう意識してないタイミングでのさりげない接触が俺の心を狂わせる。

 

 惚れた弱み、か……

 

「明日戦うのに一緒にご飯食べるわけ?」

「同じ門を叩いてるんだから問題ない」

 

 これが俺VSテリオスさんだったらそうはならなかったかもしれんが、俺とステルラは同門の幼馴染。どちらが師を継ぐのかは既に決まっているから仲違いする心配もない。

 

「…………ふーん」

「な、何かなルーチェちゃん」

「くたばりなさい」

 

 シンプルにひどい罵倒を受けてステルラは涙目になった。

 

 うなだれたステルラの頭に手を置いて、特に文句を言われないのでそのまま撫でておく。

 俺の唯一の友となった(?)魔獣君は一晩で食材へと成り果てたが、あいつの触り心地は中々悪くなかった。なんかあの時と同じような感覚だな。

 

「……にへへ」

 

 だらしない笑い方してやがる。

 そういう所が好きだから文句はない。

 

「ごちそうさまだ。それじゃあ馬に蹴られる前に僕は帰るとするよ」

「珍しく殊勝だな。拾い食いでもしたのか」

「君は僕の事をなんだと思ってるのかな?」

 

 畜生。

 

 俺からの評価を聞き肩を竦めるそういう姿が余計印象を悪くしているのだが、こいつは分かっててやってるので仕方ない。

 

「ふ~ん、こないだの話バラしちゃおっかな」

「俺が悪かった。何が欲しい?」

 

 前言撤回、こいつは畜生どころではない。

 

 畜生を超えた鬼畜である。

 話す事はないだろうとは思いつつ、でもうっかり口を滑らせそうだから止める事しかできない。そして俺がアルを止めるような手段は持ち合わせていないので、最悪な事に何かしらの条件を付けてでも黙らせておくことが最善手だった。

 

 歯軋りしながら露骨な態度を露わにした俺にクスクス笑いながら、アルは鞄を手に取った。

 

「冗談さ。男の友情を壊すつもりはないよ」

「嘘つけ、止めなかったらバラすだろお前」

「ハッハッハ! 僕の事をよくわかってるね、親友」

 

 誰が親友だこのクソ赤毛。

 相変わらず怪しい薄い笑みを浮かべたままアルは教室から出ていく。

 

 今日は授業が無く、クラスメイトも地震が来た時点で半数も残っていなかった。

 だからステルラは俺達のクラスに来れた訳だが……

 

「……ロア? 一体なんの事かな」

「気にする必要はない。くだらない男の約束だ」

 

 流石にこの一撃を知られては俺が不利になる。

 アルの野郎、いつだって場をかき乱して消えていくな。迷惑な奴め。

 

「また変な隠し事じゃないでしょうね」

「この俺が誰かに隠し事をしたことがあったか?」

「隠し事の塊みたいな男よ、アンタは」

 

 ルーチェが呆れている。

 

「……帰る。精々楽しんでおきなさい、ステルラ」

「うん。ルーチェちゃんも一緒にどう?」

「……………………ぶん殴るわよ」

「痛いよ!?」

 

 ポカッと軽く小突いて、ルーチェは帰って行った。

 

 どうやら遠慮させてしまったようだ。

 苦虫を噛み潰したような表情だったが、その気持ちは想像するのは容易い。

 多分俺の事が好きなのに、好きな男が本命の幼馴染とイチャイチャし続けた挙句二人で晩飯食べようとか話してたらそりゃそういう顔もするだろうな。ステルラが目の前でそんな会話したら俺自殺する自信あるわ。

 

「俺達も帰るぞ。買い出し行くが、どうする」

「一緒に行く!」

 

 明日はついに決勝戦。

 俺とステルラの戦いであり、俺のこれまでの集大成をぶつける日。

 それでも尚敵わないのなら、きっと二度と追い縋れることはなくなってしまうだろう。合理的に戦えばいくらでも俺を倒す手段を持ち合わせるステルラがこれからもっと成長したら、天と地ほどの差を見せつけられる。

 

 だから、最初であり最後のチャンス。

 

「ステルラ」

「なに?」

 

 教室で暫く駄弁っていたせいで陽が落ち始め、既に夕暮れと言うべき時刻に差し掛かっていた。

 

 隣を歩く幼馴染の顔は夕日で染まり、朗らかな笑顔がより一層輝いて見える。

 

「負けないからな」

「……うんっ」

 

 ステルラは俺の言葉を聞いて、嬉しそうに答えた。

 

「信じてる。ロアはどこまでも追いかけてきてくれるって」

「…………重いぞ、お前」

「それはロアでしょ~?」

 

 ぐ、ぬ、ぎぎっ……

 

 誰が重い男だお前。

 俺は昼行灯を自称する男だぜ。

 

「吹けば飛ぶってこと?」

「上等だ、俺に喧嘩を売るってことでいいんだな? お前の嫌いな野菜盛り合わせ食わせてやる」

「あ、へうっ……」

 

 はい俺の勝ち。

 ステルラの分際で俺に勝とうなんざ百年早いんだよ。

 

「……えへへ」

「なんだいきなり」

「なんでもなーい」

 

 変な奴だな。

 

 この後は特筆するような出来事も無く、二人で買い出しを行って、二人で料理を作って、二人で食事をとった。

 

 ステルラを家まで送り、誰も居ない家に戻る。

 食器を片付けて、一息つくために飲み物を冷蔵庫から取り出す。

 その際に見えた、数日間で作りすぎてしまった品物が幾つも並んでるのを確認し溜息を吐いた。

 

 師匠が家に来なくなって、一週間が経った。

 

 



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第九話

書き溜めは無くなりましたが普通に書いていくので一週間一話更新は維持できると思います。Twitterで言うことが多いので、気になる方がいらしたらそちらから見てもらえると助かります。


 トーナメント決勝当日。

 

 大規模な改装工事によって豪華な施設になった坩堝の待機場で、俺は一人椅子に座り込んでいた。

 

 あ~~、ついに来ちまったよこの日が。

 俺の人生における目標の第一段階、ステルラ・エールライトに勝利を収めるという大それた目的を達成する日が。

 

 深呼吸深呼吸、慌てない慌てない。

 落ち着きこそが大切だ。こういう大切な場面に向かうのであれば猶更慎重に、それでいて豪胆にいかなければならない。きっと俺はこの戦いで幾つもの博打をうち、限りなくゼロに近い可能性を手元に手繰り寄せるために神に祈るようなことまでするんだろう。

 

 それは織り込み済みだぜ。

 

「ふ~~~…………はぁ……」

「全然割り切れてないじゃんか」

 

 アルがカラカラと笑っている。

 しょうがねーだろ、いくら俺でも緊張することはある。

 

「ここで君が負けたらどうなっちゃうんだろうね?」

「考えたくもない」

 

 負けたらこれ以上努力しなければならん。

 最悪新大陸に放り込まれて十年近く修行させられるかもしれん。魔法とは別のパワーアップ方法を手に入れれば楽になるが、そんな都合がいいもん何処にも落ちてないのでそれは叶わないだろう。

 

 いやだ~~! 

 

「これ以上努力したくない。ここで終わりにしてぇ」

「ほう? エールライトに勝てばお前は報われるのか」

 

 なんか来たんですけど。

 ニヤニヤ笑うアルベルトと口元をニヒルに歪ませるテオドールさん、そして隣に佇むソフィアさん。

 

「久しいな、メグナカルト」

「どうも、お久しぶりです。式には呼んでくださいね」

「貴様だけは呼ばんと今決意した」

 

 ソフィアさんに拒絶されたが、テオドールさんは肩を竦めて誘ってやるとアイコンタクトで伝えてくる。流石アルベルトの兄、よくわかってるじゃないか。

 

「…………テオ。余計なことしなかったか?」

「なにもしてないが」

「……そうか」

 

 イチャイチャするカップルは応援しに来たのか見せつけにきたのかわからない。

 

「兄上と、えー……義姉上と呼んだ方がいいかな」

「ソフィアは恥ずかしがり屋なんだ。俺と会うまで異性と顔も合わせられないくらいには」

「初心だなぁ」

 

 ぷるぷる震えるソフィアさんに対するグラン兄弟揶揄い合戦に巻き込まれてはしょうがないので距離をとった。

 

「こんにちは、ロアくん」

「こんにちは、ルナさん」

「私もいるんだけどなー……」

 

 ルナさんとアイリスさんも一緒に入って来た。

 この感じだと先にステルラの所に行っていたのだろうか、でもアルだけはずっと俺の部屋に居るんだよな。なんなの? 

 

「ステルラはどんな感じでしたか」

「絶好調って感じでしたね」

「さいあくだ……」

 

 思わず言葉が漏れる位には絶望した。

 これでステルラの調子があんまりよくなかったら無難な勝利を納められるというのに。

 でもステルラが弱かったらそれはそれで問題なんだよね。何度も繰り返し言うことになるが、俺の目標はあくまでステルラ・エールライトが死なない事なので、非常に悲しい事にアイツが強くなり続ける事を祈っているし願っているし確信している。

 

 俺の出番なんて必要ない位に強くなってくれればな~! 

 

「やっぱ負けっぱなしは嫌だな。一回くらいどんでん返ししてやらんと気が済まない」

「え? ステルラちゃん子供の頃に負けたって言ってたけど」

 

 は? 

 

 アイリスさんをじっと見つめる。

 

『やべっ、やらかした』と言わんばかりの全力の目逸らしを許さずに近付いて顔を思い切り見合わせる。

 

「誰に」

「ロ、ロアくんに」

 

 俺が子供の頃にステルラに勝っただと……? 

 

 思い返してみよう。

 

 出会った日。

 当時既に英雄の記憶があったおれは無双できると信じており、勉学で当然高得点をとった。間違えたのは一問だけだったが、ステルラは満点だった。その後の魔法実技はおれは発動できず、ステルラが発動しておれに直撃させた。涙目になった。

 

 明らかにこの日じゃないな。

 あとあり得るとすれば…………

 

 ? 

 

 思いつかないが? 

 

「直接聞くしかないな」

「勝てばいいじゃないですか」

 

 そうそう、勝てばいい。

 勝てば──……ん? 

 

 あれ、待てよ。

 

 そういやあの時アイツなんて言ったっけ。

 なんか大事な事を聞いたような気がするんだが、どうにも思い出せん。誰にも負けないみたいな事を言っていた朧げな記憶があるのにな~。

 

「今ならロアくんの一番を奪えるのでは」

「それは無理ですね。俺の中でステルラが一番なのは変わらないので」

「ちっ……」

 

 残念だったな。

 本人に言う事は絶対に無いが、俺はステルラが死ぬ可能性を失くすためだけに全てを投げ打って生きて来たんだからそこは揺るがんよ。

 

「やはりお前は面白い。ステルラ・エールライトの覚醒はお前なくして成し得なかっただろう」

「そんなことはない。あいつは天才で、ガキの頃から英才教育を施されて来た魔導の結晶だ。俺が居なくても別の方向性からあの領域に辿り着いています」

 

 ルナさんが至ったように──この言い方をすると語弊が生まれるかもしれないが──ステルラは少女のような精神性を除いて全てが異常である。

 

 一を聞いて十を知り、己の試行錯誤で百を手にする。

 

 そういう類の怪物。

 

 頬に一筋の紅葉を刻み微妙に締まらない空気感を漂わせつつ、一切それらを気にしない豪胆さを見せつけながらテオドールさんが続けた。

 

「身内贔屓、過大評価、盲信…………エールライトを少し特別視しすぎだ」

「他人からそう見えるのも仕方ない事だと諦めています。俺にとってステルラは希望なんだ」

 

 そうだ、希望だ。

 心の奥底ではきっと、ステルラならば俺の助けが無くても全てを丸く収めて解決してくれると願ってる。

 

 だってあいつは天才だから。

 

 英雄の記憶を持って生まれた俺じゃあ太刀打ちできない強大な敵にただ一人立ち向かい、勝てると俺は信じてる。

 

「希望?」

「ああ。きっとステルラなら大丈夫なんだ」

「……それは、精神性の話か」

「違う。生きるか死ぬか」

 

 そう信じたい。

 ステルラが死ぬなんてこと考えたくもない。

 突き抜けた星の輝きが手に届かなくなっても、それでも輝き続けてくれる。昔のおれ──かつての英雄の末路を知るまでは、きっと、湖面の月を眺めて哀愁に身を浸らせるだけで満足していた。

 

 なのに知ってしまった。

 俺なんかより、それこそステルラよりも強いであろう『英雄』という偉人の末路を。誰にも見送られることもなく、ただただ妄執とすら呼べる悪意に引き摺られて死んでいったことを。

 

 きっとその時点で師匠に告げればよかったんだ。

 ロア・メグナカルトという一人の人間の足掻きなんか無視して、徐々に見る内容が増えていた英雄の記憶を利用して大人達全員を巻き込んでおけばよかった。

 

 俺の人生なんか考えずに、それだけを祈っていればよかった。

 

 でもそれは選ばなかった。

 理由は何であれ、選ばなかったから今日この時がある。

 

 気づけばステルラだけじゃなく、俺の手に余るくらいたくさんの人に出会った。

 その誰もが、負の遺物が目を覚まし再度侵略を再開すれば────その命を散らすことになるのだろう。

 

「待て、何の話をしている」

 

 だから、俺は英雄の軌跡をなぞった。

 ステルラ・エールライトという希望の星が輝きを失わないように、俺が全部終わらせてやると。

 

「俺は何もかもがハリボテで、借り物で、偽物で、テリオスさんの足元にだって及ばない」

 

 いつの間にか、誰も言葉を発さなくなっていた。

 いつもならばこんな雰囲気で真面目に、己の内心を吐露するかのような言葉を紡ぐことはあり得ない。

 

 でも続けてしまった。

 

 きっと、その、なんだ。

 多分俺も不安なんだと思う。

 だって俺はステルラに勝って、実力を証明しなくちゃいけない。証明して、役に立つのだと知らしめて、初めてスタートラインに立てる。

 

「それでも誓った。あの日あいつが紫電に情景を抱いたあの瞬間。おれ(・・)は、()が全部終わらせるって」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 逃げるように控え室から立ち去って、俺は一人坩堝の通路に立ち尽くしている。

 

 なかなかに恥ずかしい告白だった。

 何であんなことを口走ってしまったのか、妄想が過ぎると小馬鹿にされても文句は言えんし、寧ろそっちの方が有り難かった。

 

『……なーんて、冗談ですよ。そんな崇高な理由持ってる人間に見えますか?』

 

 そう言って誤魔化そうとしたんだが、なぜか誰も笑わない。

 それどころかルナさんは何か納得したように頷いてくるし、アルベルトも珍しく目を見開いていた。

 

 あ~~~~~あ。

 色々やっちまったなぁ。

 なんか全部どうでもよくなってきたわ。

 

 結局おれ(・・)も、誰に聞いて欲しかったのか。

 抱え込んでいるなんて大袈裟な自覚は無く、単に誰にも渡したくないアドバンテージだと思っていたのに。英雄の記憶があるからおれは這い上がる選択肢を選べて、ただの凡人で終わるであろう人生がこんなにも高みに昇る事となった。

 

 それのどこに不満があるってんだ。

 

 不満だらけさ、くそったれめ。

 縁側で日向に座り込み、眩しく輝く太陽に目を絞って、ゆっくり眠る様に暮らす。

 おれの願いはそんな姿だったのに気が付けばこんな場所にいるのだ、そこに不満を抱かない筈もない──が。

 

 なってしまったことはしょうがない。

 

「……ったく」

 

 おれは本当に弱いな。

 

 呆れるくらい弱虫だ。

 

 いつだってそうだった。

 これ以上傷つきたくない心を保つため、現実を諦めた振りをして、心の最奥で何かを願ってた。何か起きてくれと祈りながらないものねだりを繰り返し、何も実る事がない自分の才能を憎んだ。

 

 齢5つになる頃には諦観が根付き、あの頃のおれを支えていたのは一重にステルラへの異常な感情だけ。

 

 おれの人生をぐちゃぐちゃに破壊したステルラが、おれに構い続ける。

 なんでお前はおれに構い続けるんだと喉元までせりあがった言葉は飲み込んで、お前のような凄い奴がおれ如きを相手にしてくれるのかと混乱する。

 

「ステルラ・エールライト」

 

 名前を呼ぶだけで胸が高鳴る。

 これは恋慕なのか愛情なのか羨望なのか嫉妬なのか、当時のおれじゃあ何一つわからなかった。

 

 今もそうだ。

 ただ一つだけ確かなことがあるとすれば────もうおれは、ステルラ無しでは生きていけない。

 

 お前に今更見捨てられたら、おれはその場で抜け殻になるだろうな。

 

 俺がそのままどう生きていくのかは知らんが、多分、面白みのない堕落的な人間が一人誕生するだけ。

 

「アンタ、控え室でなにやったのよ」

「何もしてない。俺の未熟さが表に出ただけだ」

 

 どうやら俺が出て行ってから着いたようで、ルーチェがわざわざ追いかけて来た。

 

 ふん、と鼻を鳴らしつつ、じっと通路の先を眺め続ける俺の横に並び立つ。

 

「私も、アンタが何を抱えてるのかは知りたいわ」

「抱えている訳じゃない。ただ、これが無きゃ今の俺は無いってだけで」

「なら教えてくれる?」

「んー…………まだ駄目だ(・・・・・)

 

 今はまだ。

 これは俺のどうしようもないエゴ。

 

「じゃあ明日教えなさい」

「随分急だな。どうした?」

 

 ルーチェがこんなにぐいぐい詰めてくるのは珍しい。

 

「……いいから」

「俺にも俺の計画がある。ステルラやルナさん、師匠たちに置き土産は用意しておきたい」

「置き土産……?」

 

 聡いルーチェのことだ、具体的な意味はともかく何を言いたいのかは理解してくれるだろう。

 

「才能溢れる連中に、少しくらい意地悪したいだろ?」

 

 答えを聞かずに歩きはじめる。

 これ以上誰かと会話していたら全部喋ってしまいそうだ。平常心を保っていられないくらい次の戦いに高揚しているんだろうし、また、不安を感じている。

 

 ルーチェが追いかけてくる気配はない。

 通路には終わりが見えており、後は会場に出るだけ。

 そこまで出てしまえば悩む暇なんてなくなって、夢にまで見た舞台へと登る権利を得る。

 

 ここまで来れたのは師匠のお陰だ。

 俺達の前に姿を現わさないのは何故なのか。まあ忙しいんだろうが、どこかで見てくれてると嬉しい。

 

 薄暗い通路を抜けると、既に観客席が人で埋め尽くされた会場へと出た。

 光の濃淡が激しく僅かに目を細めながら、ゆっくりと歩く。

 

 対面に佇む人影に、待たせてしまったなと呟いた。

 

「昨日ぶり、ロア」

「ああ。出来れば来ないで欲しかった一日だ」

 

 さ、切り替えていこう。

 ウジウジ悩む青少年ロア・メグナカルトは心の奥底に仕舞いこんで、英雄の軌跡を歩き続ける愚か者ロア・メグナカルトが此処にいる。

 

「デートくらいなら幾らでも付き合ってやるが、こんな戦いは一度切りで願いたい。修行を積むなんてガラでもないし、これ以上努力したくない」

「んふふ、ロアらしいね。でも私、本当にうれしいんだよ?」

 

 胸の前で両手を合わせて、見惚れるような表情で笑いながら続けた。

 

「ありがとう。私、ロアに出会えてよかった」

「…………ああ。おれもだ」

 

 嬉しいセリフだぜ。

 それが戦う直前で、それに加えてバチバチ雷電を漏らす幼馴染から言われた言葉じゃなければな。

 

 それとなく客席を見渡すが、見知った顔ばかりで少し辟易している。

 勝たなくちゃならん理由がいくつも背中に増えていき嫌な気分になりつつある。あ、スズリじゃん。家族全員来てるし最悪だよマジで。

 

 負けたら大恥だなぁ。

 勝たなくちゃならんなぁ。

 

「……ステルラ」

「なに?」

「いや、なんだ。お前が昔俺に負けたと言ったらしいな」

「…………」

「俺は勝ったつもりはないが、どこで勝った? 教えろ」

「…………やだ」

 

 先程の笑顔とは裏腹に、少し頬を赤く染めて言った。

 

「え、えへへー……勝ったら教えてあげるよ?」

「言いやがったな。吐いた唾は飲み込ませないぞ」

 

 祝福を起動して、右手に光芒一閃を握り締める。

 

 俺が一度でもステルラに勝った事実があるらしい。

 生憎俺はそれを知らないが、この戦いに勝てば合計二回勝利したことになる。それはもう俺の方が強いと言っても過言ではないのでは? 

 

「加減は一切無し。俺は一番強いお前に勝たねばならん」

「────そっちこそ。躊躇いなんて捨ててよね」

 

 スイッチが切り替わったのか、ステルラの瞳が変色する。

 

 翡翠色から黄金色へと、その位階が一つ上がったことを指し示すかのように。

 

 あー、本気なんだな。

 本当の本気で俺はステルラと戦うのだ。

 手が震え歯がぶつかりカチカチと情けない音を発するが、それを無理矢理抑えつけて言葉を続けた。

 

「武者震いだぜ」

 

 自分に言い聞かせる。

 気迫で負けて堪るものかよ。

 ステルラは超強いが、俺もまた、その超強いに勝つためだけに人生を費やしてきた。俺は大嫌いな努力を無価値なものにする訳にはいかん。

 

「星の輝きはどこまでも遠くを照らし続ける永遠なるものだ。時に目を灼くような閃光を煌めかせることもある」

「でも追いかけてきてくれる。雷鳴が轟き続ける限り、きっとロアは私の場所まで来てくれる」

 

 ああ、その通りだよくそったれ。

 どれだけ苦しくて辛くて泣きたくて辞めたくても、俺は絶対に諦めないと誓ったんだ。

 

「放っておいたらどっかへ消えちまいそうだからな。心優しい俺は幼馴染を孤独にしないために立ち上がったというワケだ」

「それがあの頃の私にとって──…………いや、違うね」

 

 バチバチと身に纏う蒼雷が色づいて行く。

 

「今もそう。きっと私がどれだけ強くなっても、遠くへ行っても、ロアだけは私の事を忘れない。そういう確信があるよ」

「忘れたくても忘れない。お前は俺の心に傷を残し過ぎだ」

「そ、それは非常に申し訳なく……」

 

 こんなぐちゃぐちゃになった感情を持たされた少年の気持ちにもなって欲しいね。

 

 剣をいつものように霞構えに持ち帰る。

 こうなっちまえば後は簡単だ。少し息を整えて、幾度も重ねた軌跡を思い出せ。

 

「────だから、ここまで来たのさ」

 

 俺一人居た所で何も変わらないかもしれない。

 そんな弱音は今でも心の中に眠っているし、ふとした拍子に表に出てくることだってある。

 日々自堕落な生き様を晒したいと願っているのに英雄の記憶がステルラの末路を示唆してくるし、努力何て嫌いなのに努力しないと強くなれない己の身を呪うことが毎日だ。

 

 俺の心は決して強くない。

 もうとっくの昔に壊れてしまった結果、今の俺を形成したにすぎない。

 

「……おれ(・・)は、取り戻しに来た」

 

 幼馴染に負け続け、心が弱り英雄に縋った少年。

 現実から目を逸らし、起きるかもわからない奇跡に全てを賭けた少年。

 逸らした先が地獄のような現実だという事に気が付かないまま、こんな所までやってきた愚かな少年。

 

「狂った全てを取り戻しに、こんな場所までやってきたんだよ!」

 

 お前に勝って、俺の存在を証明してやる。

 英雄の軌跡をなぞって、ただの凡人に過ぎない俺が天才共に食らいつき。

 

 俺が世界の悪意に決着をつけてやるのだと! 

 

 祝福に刻まれた魔力を全身に行き渡らせる。

 自分の魔力は塵程しかないくせに、他人の魔力は操れるという特異な特技を身に着けた俺の数少ない切り札。テリオスさんのような剣も極めた化け物には効果薄だったが、ステルラにも多少は効くだろう。

 

「勝負だ! 魔祖十二使徒第二席後継────紫姫(ヴァイオレット)ステルラ・エールライト!!」

 

 ステルラの纏う蒼雷が紫電へ、そしてやがて紫を超え────眩い輝きを放つ極光へと。

 

「受けて立つ! 魔祖十二使徒第二席一番弟子────英雄、ロア・メグナカルト!!」

 

 両手に莫大な極光を握り締め、ステルラの魔力が急激に増幅する。

 

 お前が俺如きに本気を出そうとしている。

 幼い頃から俺の事を無自覚に下し続けて来たお前が、俺のような凡人を相手に本気で戦おうとしている。

 

 口元が歪む。

 嬉しいのか悲しいのか、もう俺には判断できない。

 それでも胸に高鳴る感覚があるのだから、これはきっとそういう事なんだろう。

 

紫電(ヴァイオレット)────!」

紫電(ヴァイオレット)────!」

 

 同じ師を仰ぐ者同士、初手は一緒だった。

 これを通じ合っていると言うのか定かでは無いが、どことなく奇妙な感覚で繋がったのは確かである。

 

 そして、今解き放とうとした、その瞬間だった。

 

 大地を突き破り、純白の奔流がステルラを飲み込む。

 汚れなんてどこにもない綺麗で美しいその白は天高く突き抜けて、坩堝を静寂へと追いやった。

 

「……………………は?」

 

 俺の戸惑いを飲み込んで、白き奔流が徐々に勢いを失っていく。

 

『────小僧っ! 今すぐそこを離れろ!』

 

 聞いたこともない、魔祖の焦った声。

 だが俺はそれどころではなく、目の前から消えたステルラの行方を無意識に探していた。

 

 奔流が止まった。

 しかし、そこに幼馴染の姿はない。

 剣の構えを解いて、呆然と空を見上げる。

 

 空か。

 まさか、死ぬハズがない。

 いやそもそもなんだ今の。

 

 二転三転していく思考の中で、唯一信頼している俺の勘が働いた。

 

『このまま黙っていたら死ぬ』と囁く。

 

 その直感を信じて、一度全ての懸念事項を頭の片隅に置いて目の前のことに注視する。

 

 奔流によって穿たれた大地。

 近づくことを躊躇わせる空気感を漂わせたまま、手が伸びてきた。

 

 割れた大地から人影が這い出てくる。

 幼い頃に俺とステルラを襲った件の怪物と相似点のある、それでいて怪物などではないしっかりとした人型のそれ。

 

 俺にとっては、誰よりも長い間見続けてきた呪い。

 

「────…………『英雄』……」

 

 右手に剣を左手に魔法を。

 俺の上位互換たるかつての偉大な英雄が、純白の虚像となって牙を剥いた。

 

 



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第十話

 その一撃を防ぐ事ができたのは、俺が積み重ね続けた努力の賜物だった。

 

 首を断ち切るように振るわれる剣を受け止め、左手から放たれる魔法を蹴り飛ばす事で軸ずらし。

 空中という不安定な土台であるのにも関わらず剣閃を紡ぎ続ける化け物相手に必死に喰らいつくのは日常茶飯事であり、いつも俺の敗北で終わっていた悲しい事実がある。

 

 ──ステルラはどこだ。

 

 不安になる心をぐっと抑え込んで、ただひたすらに剣戟に集中する。

 

 俺が片手間に捌ける相手じゃない。

 

 俺にだけはわかってしまうのだ。

 この【英雄】の姿をした純白の化け物は、紛れもなくアルスという名を持った人物と同じ技量を保持しており。

 

 俺の完全上位互換────本物の、【英雄】なのだから。

 

「チッ────!」

 

 とにかく追い詰められないように捌き続ける。

 この応酬だってあと数分すれば俺の負けになるだろう。俺ですら感知できる程に高い魔力で構成された英雄相手に、未だその幻影に手が届いた程度の俺では太刀打ちできないと。

 

 身体強化に加え雷速での切り替え。

 すでに目で追うことは諦め、完全に感覚に託している。

 

 剣が身体を掠めるが致命傷には至らない。

 時間にしておよそ五秒程度の合間に二十は打ち合ったが、辛うじて出血も微量で抑えることが出来た。

 

「────紅炎王剣(イグニス・ラ・テオドール)!!」

 

 横合いから殴りつけるような炎が巻き上がり、英雄を飲み込んでいく。

 

 熱っち~~! 

 勿論目の前で斬り結んでいた俺に余波が振りかかるわけであり、手に焦げ付いた跡が残った。

 

「無事か、メグナカルト」

「少し手が焦げました」

「問題なさそうだな」

 

 くつくつ喉を鳴らして笑うテオドールさんに青筋を浮かべつつ、増援が来たことに安堵する。

 

 正直に言うと、一対一でアレに勝てるとは思えなかった。

 無論負けるつもりは毛頭ないけれど、それはそれとして現実にはどうしようもない差が存在する。俺に魔力があってステルラ並の才能があれば英雄を追い抜くことも出来たかもしれないが、そうはならなかった。

 

 でもなぁ~~、何時かは超えなきゃいけないとは言っていたが、今出て来いなんて誰も言ってないんだよ。

 

 これが大人達の企みだったのか。

 だとしたら大失敗してないかこれ、師匠はどこ行ったよ。

 

 ……………………まさかな。

 

アレ(・・)はなんだ?」

「【英雄】アルスの出涸らしです」

 

 疑問に即答する。

 もうこうやって表に出てきてしまった時点で俺が隠し通す理由は一切ない。

 

 ロア・メグナカルトとしてではなく【英雄】の記憶を持つ男という見方をされるのも構わない。俺にとって大切なのはステルラが死なないことだし、ステルラどこ行ったマジで。死んでないよな、大丈夫だよな。魔力感知が出来ないから生死の判断が出来ないのが死ぬほど歯がゆい。

 

「なるほど。お前の根源はアレか?」

 

 ぐるりと周囲を見渡している英雄。

 観客席からはすっかり人が消えており、退避が早くて安心した。

 

「根源なんて大それたものじゃないですよ」

「では、なんだ?」

「ん~~…………」

 

 端的に表せる言葉がない。

 それくらい複雑なんだ、俺の心は。

 今も冷静に落ち着いて対処しようと心掛けているけれど、本当は滅茶苦茶緊張してるしパニックになりつつある。

 

 ステルラの姿が見えないから。

 

「……ああ、安心しろ。エールライトは無事だ」

「マジすか」

「俺もこの眼で見た訳じゃないがな」

 

 つまり魔力感知で無事を確認したと。

 才能欲しいぜ。

 

「詳しく言えることはありません。……ただ」

 

 周囲に人が居ない事を確認し、俺達に剣を構える。

 それはいつも見ていた姿と全く一致しており、そしてまた、相対する俺と同じ構え方。

 

 本物は彼で偽物は俺。

 

「正真正銘、本物の【英雄】ですよ」

 

 師匠がくれた魔力を練り上げる。

 今の俺には限られた手札だが、温存していいこともない。

 ここでテオドールさんと協力し、さっさと打ち倒した方がよっぽど得するだろう。なにせ、この後も次々敵は現れるのだから。

 

「紫電──迅雷!!」

 

 紫電が視界に映り込み、身体中を蝕む鈍い痛みに歯を食いしばって突貫する。

 

 視界が高速に耐えきれず虚ろなものに変化するが、俺の勘は決して鈍っていない。常日頃から死ぬ思いをしている甲斐があるな、最悪だ。

 

 一撃で終わらせるために首を狙うものの、流石に読まれていたのか何の動揺も無く受け止められる。受け止められている間に紫電を両腕に集中させ、斬り合い特化に移行する。

 

 舐められているのか手加減しているのか、英雄は雷電を纏った高速移動をするつもりがないらしい。

 俺はそれをされた途端防御に手いっぱいになるから嬉しいが、何かを待っているとすれば嫌な予感しかしない。具体的に言うならば増援を待っているとか。

 

 テオドールさんも加勢してくれるが、二人で斬りかかっているにも関わらず涼し気に捌かれる。

 あ~~~、技量も本当に変わらないじゃんかよくそったれめ! 

 

「合わせろッ、メグナカルト!」

 

 大技ぶっぱするのを悟り、テオドールさんの隙をカバー。

 

 その刹那を縫うように斬撃を飛ばしてくるあたり実力差を痛感するが、こちらも負ける訳にはいかない。テオドールさんを狙った攻撃を全て叩き落して、捌けなかった斬撃は身体で受け止める。

 

 激痛が左脚を駆け巡る。

 思いっきり歯を噛み締めて痛みを堪え、完全に感覚が消え去った足の重心をなんとか整えて次の一撃に備えるものの、遅すぎた。

 

 マズい。

 マズいマズいマズい! 

 

 がら空きの胴体へと【英雄】の一撃が放たれる。

 それは何時か見た斬撃であり、俺が再現しようと躍起になっていた美しい軌跡。

 避けれない、死ぬ。こんなところで俺は死ぬのか。ステルラは無事だから大丈夫だけど、この後こいつと戦わざるを得ないんだろう。そうなればステルラは無事じゃすまないかもしれない、いや、師匠も無事じゃないのかもしれん。

 

 使うべきか。

 死ぬくらいならば、寿命を削ってでも一撃を────

 

「────紫閃震霆」

 

 俺に狙いを定めていた英雄は突如後方へと下がる。

 その直後通り抜けていった莫大な紫電に、俺は思わず安堵の息を吐く。

 

 ふらりと俺達の間に立ち、わずかに煤けた髪を靡かせながら、聞こえるように呟いた。

 

「遅くなった。怪我はないかい?」

「……………………」

 

 その問いの答えを出せない。

 なぜならば、俺の視界に映る師匠は、左腕が半ばから欠けている上にそこからボタボタ血を流し続けていたから。

 

「……ロア?」

 

 無言の俺に疑問を抱いたのか、振り返った師匠の顔は傷だらけだった。

 

「……一体、どこで何してたんだ」

「ちょっとした調査だ。……な、なんだ」

 

 この感じだと確定っぽいな。

 俺達にコソコソして大人達は静かに終わらせようとしていたようだが、失敗したらしい。

 

「どうして治さない」

「あ~……斬った場所から魔力を吸収するんだ。そういう効果が付与されていてね」

 

 死ぬほど厄介じゃん……

 俺スパスパ切り傷付けられてるけど大丈夫か。祝福刻まれた場所じゃないからセーフかな。

 

「いや、君は魔力無さ過ぎるからあんまり影響ないだけだ」

 

 は? うざ……

 

 弛んだ空気で話していたが、英雄は静かにこちらを見据えている。

 きっと貴方に記憶は無いし人格も無い、強さだけが再現された張りぼて。俺と同じ張りぼてでありながら、“英雄”としての強さを再現されている真逆の存在。

 

「なにがあったかは後で聞いた方が良さそうだな」

「……そう、だね」

 

 羨ましいぜ。

 俺はアンタの強さがどうしても欲しかったのに、こんな形で対面させられている。もしも本人と話す事が叶うのならば、なんで俺に才能を寄越さなかったのだと小一時間問い詰めてやる。

 

「そうだ、他に誰が調査とやらに出向いてたんだ?」

「エミーリアと私、それと他の十二使徒にテリオスくん」

 

 その戦力で行って失敗ってマジかよ。

 ちょっと自信無くなって来たけどやるしかないか。目の前に現れてしまった以上、ここから事態は加速していく。

 

「治さなくても問題ないのか?」

「おいおい、私は半不死の身体を持ってる超越者だ。こんなのじゃ致命傷にもならないさ」

 

 得意気に語るが、俺は思わずジト目で見てしまった。

 

 記憶の中ではある程度の怪我を負うと同じように死に至ると認識している。そうじゃなきゃ当時超越者だった連中は何処に消えたんだという話だし、そもそも英雄は超越者殺しを達成してる。

 

 座する者(ヴァーテクス)が隔絶した実力を持つのはその圧倒的な魔力と精密な操作によるものであり、完全な不死と呼べるのは魔祖以外は居ない。逆にアイツ全身魔力に変換しても生きているってなんなの? 

 

「……ん゛ん゛っ! それよりもロア、君は逃げろ」

 

 そう言いながら師匠は紫電を身に纏う。

 いつもより出力が抑えられているのは勘違いではないだろう。これでも十年近くずっと隣で見続けてきたんだから、コンディションを見間違う筈もない。百年近く溜め込んできた魔力量の底が見え始めたのか。

 

 それはつまり、長時間莫大な消費をし続けたことに他ならず。

 

「断る」

 

 かつての英雄達とは違い、あの地獄のような数日間を生き延びたのだ。

 

 俺はそれを心底凄いと思う。

 正直、こんな状況じゃなければ速攻師匠を退かせている。

 沸き続ける白い怪物、次々現れるかつての実力者達、一向に現れない救援。そんな状況で心折れず耐え切ることが出来たのは、師匠だからだ。

 

 それでも、今素直に退くことは出来ない。

 消耗してるのは治療しない事から丸わかりだし、ここで死のうなんて考えは決して遂行させん。

 

「他の十二使徒が集まったら考えてやらんこともない」

「…………ロア。()は君の手に負える相手じゃ──」

「彼? あれはそんな崇高なものじゃない」

 

 あんなのガワだけ被った偽物だ。

 俺と同様、英雄という存在の一側面だけが受け継がれた最悪の存在。

 彼に残されていた優しさが剥がれ落ち、無慈悲な実力のみが発現した力の塊にすぎない。

 

「確かに強いだろう。なぜならアレは英雄そのもの(・・・・・・)なんだから。強さだけなら魔祖にだって打ち勝てる、そういう領域にいる」

 

 でもな。

 

 英雄を英雄足らしめたのは、そんな強さだけじゃない。

 彼の底抜けの善意と人間らしさこそが、この世界を平和に導いたのだ。故に彼は【英雄】と呼ばれた。自身を顧みず他者の幸福を願い、光を纏って悪意に立ち上がったから。

 

「それでもアレは、英雄じゃない」

 

 アルスは死んだ。

 人格は抜け落ち、魔力と強さだけが悪意に利用され、記憶のみが役立たずに零れ落ちた。その事実を理解しているのは現状俺だけであり、才能がなかったから誰に伝えることも出来ず、この状況を招いた。

 

 俺がもっと強くて、俺がもっと【英雄】に近くて、俺がもっと────俺にもっと、才能があれば。

 

俺と同じ(・・・・)、張りぼての偽物だ」

 

 そう告げた瞬間、英雄の姿が目の前から消え去る。

 師匠が少し遅れて反応するが、それよりも早く嫌な予感が脳裏によぎった。

 

 一番弱い駒から削っていく。

 戦いの常套手段であり、戦争を経験した彼ならば即座に思いつく簡単な一手。

 だがこの状況において俺が狙われるのはここにいる二人ともが考えつくことであり、その対策を取らないとは考えられない。わざわざステルラを不意打ちした時点で相応の知能は備わっていると仮定するべきだ。

 

 あえて俺を狙うことで、他の戦力の足を引っ張り────本命はそっちか! 

 

 師匠の魔力を足にのみ回し、紫電と身体強化を同時に起動する。

 幸い二つの魔法程度なら俺でも発動可能であり、最低限の才能が備わっていたことに安堵した。

 

 俺の思考が正しければきっと奴の狙いは師匠かテオドールさん。

 

 そして師匠の優先度が高いのは俺の方であると、先ほど攻撃を庇われた時点で悟られている。

 

 狙いは手負の師匠だ。

 

 誰よりも早く動き出し、師匠よりも前に飛び出した。

 

 俺ならば(・・・・)こうするだろうという確信と予想を伴って、その剣の軌道に振りかざす。

 瞬間ぶつかり合った光芒一閃同士の衝撃が坩堝を揺るがすが、そこに甘えることなく幾度となく剣戟を繰り返す。師匠が割り込む余地は発生させないように時に攻め時に防ぎ、まるで互いを知り尽くしているかのようなやり取りが数十合に及んだ。

 

 確かに総合的な実力では、俺はこの英雄の人形に太刀打ちできない。

 それは先ほどのやりとりで嫌というほど実感したし、出来ることなら十対一くらいの割合でボコボコにしたい。戦力差が欲しいね。

 

 でも今それは叶わない。

 きっと大陸中に出現した怪物の対処に軍隊は駆り出されているだろうし、安全圏の確保と退避でそれどころではないだろう。

 

 だが幸いなことに俺がここにいる。

 この世界で唯一【英雄】を相手に生きてきた俺が、この首都の中心にいる。

 

 どういうタイミングで魔法を放つのか、彼が好んだ攻撃のリズムはなんだったか。

 剣戟はどれほどの割合を占めるのか、搦手はどのようなタイプか。

 崩しを混ぜるのは特徴を見つけた時、相手の性格を考慮して。

 

 急加速からの背後への回り込む斬撃や、初見では対応のしようがない突きなんかも俺には読めている。

 

 それは何度も見たことだから。

 俺が追いつきたくて追いつきたくて、それでもずっと先をいく天才共と肩を並べるために──十年近くずっと、貴方のことを想い続けて来たのだから。

 

 師匠には指一本触れさせないぜ。

 これ以上貴方に罪は背負わせない。貴方はもう休んでいいんだ。

 戦争を終わらせて、愛を求めてもよかった。そんな権利はないのだと、自分の感情を押し殺して余生を過ごさなくてよかった。

 

 意識が先鋭化されていく。

 これまで幾度となく繰り返したイメージトレーニングとは違って、技量だけでも本物と呼べる【英雄】が眼前にいるのだ。俺が倒したいと願っていた、倒さなければならないと信じている敵が。

 

 ああ、そうだ。

 きっと英雄ならばこうする。

 恐らく英雄ならばこうする。

 

 俺なら(・・・)、英雄ならば。

 

 英雄になるのならば────

 

「────ロアっ!!」

 

 師匠の声が耳に入った。

 

 英雄は俺と鍔迫り合う形で静止しており、魔法を放つ気配もない。

 

 先ほど傷つけられた脚からは絶えず出血しているが、それもまだ耐えられる程度だった筈だ。

 

 だが。

 それならば、俺の腹部を貫くこの剣は一体なんだ。

 焔を纏い、血肉を焼き焦がしながら俺の命を削っているこの剣は一体。

 

 喉の奥底から血液が這い上がってくるのを抑えられない。

 ずるっと引き抜かれた傷痕からは臓物がこぼれ落ちるだけで、傷自体は焼いて塞がれたらしい。激痛なんてヤワな言葉では表現できないほどの痛みが腹部を中心に駆け巡る。

 

 滝のように口から吐き出した血溜まりに膝を突き、呼吸もままらない身体を必死に整える。

 

 まだだ。

 まだ死ぬわけにはいかない。

 何も終わっていないし、何も伝えていない。死ぬならばせめて、何か残してから死なないと。

 

 痛い。

 苦しい。

 陳腐な表現しか浮かばないほどに混乱している最中、何者かが俺の前に立ち塞がった。

 

「テオドールくん。ロアを連れて逃げてくれ」

 

 白銀の髪を靡かせて、失った片腕を紫電で補った師匠。

 その身に纏う魔力は既に尽きかけているのだろう、力無くバチバチと小さく発光する紫電は彼女の衰えを示している。

 

 だめだ。

 今の師匠じゃだめだ。

 アンタ、このままじゃ死んじまう。

 

「……俺では無力か」

「ああ。君では無意味だ」

 

 そんなわけないだろ。 

 テオドールさんは強い。

 俺よりもずっと総合力で上にいる。この人がまだいるのならば、耐えられる時間がずっと多くなる。その間に救援が来る可能性もなくはないだろう。

 

「首都周辺の退避はまだ終わってない。いくらマギアが万能とはいえ、一度のテレポートで運べる人数は限られている以上百万人を移動させるのにはまだまだ時間がかかるんだ」

 

 俺たちに言い聞かせるように言葉を続ける。

 この間も俺が死なないよう回復魔法をかけ続けてくれるテオドールさんには感謝しかない。おかげで少しだけ呼吸が整ってきた。

 

「今はこれ以上被害を増やさないことが重要だ。わかるだろう、テオドール・A・グラン」

 

 奇襲が成功した時点で勝ち目はない。

 一度立て直し、攻略方法をしっかりと精査しなければならない。

 それくらいは俺でもわかるし、テオドールさんならば尚更わかっている話だろう。ずるい話し方だ。

 

「…………死にかけの十二使徒一人と、君とロア。どちらが大事かな」

 

 ふざけんな。

 

 確かにアンタ達魔祖十二使徒の最大のアドバンテージとも言える、莫大な魔力は無くなったかもしれない。

 それでも犠牲になっていい立場じゃないことくらい理解しているだろ。この女は理解した上で言っているのだ、この場で死ぬのは自分だけでいいと。自分が死んだ場合の影響を加味した上で、俺を生かそうとしてやがる。

 

 ごちゃ混ぜになった感情が沸騰する。

 脳が過敏に稼働しているのを実感した。

 

「…………確かに、この場を切り抜けるには一人抑える人間が必要だ。今はたまたま攻撃を控えているが、【英雄】だけじゃなく【将軍】の偽物まで現れた。三対一であれだけ戦いに差があったのに勝ち目があるとは思えん」

 

 言い聞かせるように呟くテオドールさん。

 

 俺に諦めろと言いたいのか。

 歯が砕けるほどに噛み締めているのがわかっているんだろう、身体の震えも感じ取っているんだろう。だから、俺に抑えろと。

 

「ガーベラさん。一つだけ聞かせてほしい」

「なんだい?」

 

 傷が塞がり、失った血液と体力はともかくとして即死の危険性だけは今免れた。

 

 故に俺から手を離したテオドールさんは、静かに師匠に問いかけを投げる。

 

「我が一族のお転婆姫様は、死んだのか」

「……………………わからない」

「貴女の予想でいい。教えてくれ」

 

 顔を見上げると、苦虫を噛み潰したような表情の師匠。

 

「…………恐らく、もう……」

 

 お転婆姫。

 誰のことを指しているのか俺にはわからないが、それだけで伝わる人物がいたようだ。

 

「なるほど。察するにアステルの時間稼ぎをしていたんだな」

 

 アステル? 

 それは英雄の大親友、もといもう一人の英雄の正体。

 俺の腹を貫いたのがそうだとするのならば、それの時間稼ぎをしていた…………一族の姫? 

 

「十二使徒が二人(・・)欠ける。これは少々、重すぎる」

 

 二人。

 グラン一族の姫。

 

 …………まさか。

 

「そして死人が蘇り攻撃をしてくるという点から察するに、ここで貴女まで死んでしまうと我々には勝ちの目がなくなる。故にここで俺達だけ退くという選択肢は────選べんな!」

 

 黄金の炎を剣に宿し、高らかに宣言する。

 

「誰の一人も死なさずに、坩堝ひいては首都からの離脱。中々に難易度の高い初陣じゃないか……!」

 

 なんでこの人燃えあがってんの? 

 先程まで滅茶苦茶シリアスで鬱側に傾いてた思考が一瞬で振り戻された。すげ〜カリスマ。

 

「それに、あくまでうちの婆様が死んだというのは貴女の予想に過ぎない。紫電で駆け抜けてきた貴女と違い、一歩ずつ此方へ上がって来ている可能性も考慮すべきだ」

「……………………」

 

 師匠は黙り込んだ。

 どこまでも合理的に効率的に、それでいて命を救う選択をする。

 強く気高くあるべきと古くから伝えられていた貴族としての在り方を貫くテオドールさんと、不意打ちだったとはいえあっさり腹を貫かれて足を引っ張った俺。

 

 やば、涙出そう。

 

「そう卑下するな、メグナカルト。お前が一対一であれば【英雄】を抑えられるが故の選択だ」

「普通に不意打ち食らいましたけどね」

 

 おかげで光芒一閃の出力が下がった。

 これでまともに打ち合えるかわからんが、多分だめだろうな。

 

「あれは止められなかった俺達が悪い。お前の因縁に動揺して躊躇った此方に責任がある」

「……ま、今更隠してもしょうがないんで。こうなる前に止めたかったんだが」

「その答え合わせは生き延びてからだ。状況は今から最悪になるからな」

 

 ? 

 

 俺の疑問をよそに、師匠とテオドールさんの表情は芳しくない。

 

 二対三で有利とはいえ、まだ逃げるのならば可能なレベルだが……

 

 俺が疑問を抱いた瞬間、俺たちを取り囲むように地面から魔力の奔流が流れてくる。

 英雄が現れた時同様、天高くまで伸びる純白の柱。

 

「────お出ましだ。まるで戦争の再現じゃないか」

 

 その言葉を皮切りに、柱から現れる純白の人型。

 

 誰も彼も見覚えがうっすらとある、かつての英雄の記憶に存在した人たち。

 死ぬ間際に放った一撃でほぼ全ての人型を駆逐したはずなのに、これほどまでにストックがあったとは。いや、違う。これはあの時いなかった人たちばかり集められているような……? 

 

「聖女に傭兵に剣聖。他にも戦争終結後に寿命で亡くなった実力者なんかもごちゃ混ぜ────さて、ここから如何にして逃げ出すか……」

 

 あ、これ詰んだかも。

 少なくとも俺が逃げ切るのは不可能に近い。

 二人が稲妻と同じ速度に至れても、魔力が切れかかってる俺はもう絶望的である。

 

 あ〜…………

 

「自分を置いていけ、なんて考えるなよ」

 

 釘刺された。

 この人アルベルトの兄なのに滅茶苦茶人格者だよな。

 

 こんな絶望的な状況なのに、生き延びる可能性を絶対に捨ててない。

 

 俺がそう言うと、困ったように肩を竦めて答えた。

 

「“全員“生きて戻ると約束してしまったからな」

 

 なるほどね。

 ソフィアさん、いい女だ。

 

「……やれやれ。学生がこんなにやる気なのに、私だけが死ぬわけにもいかないか」

 

 どうやら師匠も前向きになってくれたようだ。

 こういう絶望的な状況ではあえて明るく希望を見出すことに意味がある。心が折れることこそが、最も最悪なことであるから。折れまくってる俺には耳が痛い話だ。

 

「退路の確保は任せた。なんとしてでも全て防ぎきって見せよう」

「十二使徒第二席様直々に守ってくれるんだ。俺達が怠けるわけにはいかんな」

 

 師匠は紫電を、テオドールさんは黄金の剣を。

 そして俺は僅かに輝きが衰えた光芒一閃を構える。

 

 雰囲気は最高だな。

 この後確実に全員死ぬという予測さえ脳裏になければ、きっと最高の戦いになっただろう。

 

 手負いのお荷物である俺目掛けて数多の魔法が飛んでくる。

 それに対し残り僅かな紫電を見に纏い、間をすり抜けるように坩堝の外側を目指す。目的は倒すことではなく逃走すること、あわよくば一人でも戦力を削れればいい。

 

 視界は何も捉えちゃいないが勘だけは働く。

 重大なダメージを齎す攻撃だけを破壊して、他は全て受け入れる。死なないなら儲けものだ。

 

 会場から飛び出す頃には全身血塗れに変貌しており、追撃が次々に襲いかかってくる────が、それを弾く黄金の剣と紫電。

 俺だけが狙われているわけじゃないだろうに、カバーしてくれるのは本当に助かる。

 

「行け、メグナカルト!」

 

 音速で飛来する矢を弾き、飲み込むような濁流を炎が蒸発させる。

 一人で数人分捌き続けるあたりやっぱ強いな、この人。

 

 師匠もまた手負いの状況でありながらアルスとアステル、両名の攻撃を捌き続けているらしい。

 

 蒼の軌跡が二本、それに追われる形で先行する紫電の残光。

 

 ふー…………

 ここからは賭けになる。

 

 二人には申し訳ないが、俺は生き残ることよりも相手を打ち取ることに比重を傾けていた。

 

 理由としては、かつての記憶が挙げられる。

 アルスの持つ記憶では最後、打ち倒した人型が蘇ることはなかった。一人一体までという条件なのか、再現性がないのか、魔力の問題なのかは不明だが──少なくとも二体同時に同じ個体が現れることはなかった。

 

 そして当時滅ぼした個体は今回現れていない。

 

 つまり、ここで一体でも多く俺が倒しておけば後が楽になる。

 

 散らすのならば、ここが一番だろう。

 

 光芒一閃の輝きも残りわずか。

 このまま行けば魔力が無くなるのと同時に俺のカバーに動いたどちらかが不利を受け、一気に崩されることが見えている。

 

 師匠もテオドールさんもそれは理解してるだろう。

 

 だから俺に差し込めるのは、その不利を受けるようなカバーに動く前。

 

 命を犠牲に出力できる渾身の一振り。

 標的はここにいる人型全て、首都を分割するくらいの破壊力で吹き飛ばすことだ。

 問題点があるとすれば、俺が剣を振る方向に人がいた場合その人間も巻き込んでしまうので、難易度が高くなるもののなんとかして空中に敵を集めるしかない。

 

 俺一人を守る為に二人も巻き添えになるくらいなら、俺は死を選ぶ。

 当然進んで死にたいわけじゃない。まだまだ生きてやりたいことも過ごしたい時間も数えきれないくらいあるし、ルナさんとかに死ぬほど怒られそうだしな。

 

 でも、そうだな。

 俺のために誰かが傷付くのなら、俺が傷付こう。

 こういうところ誰に似ちまったんだかなぁ。

 

 俺を狙った攻撃が少しずつ苛烈になっていく。

 意識を集中させねば捌けないであろう多種多様な技を一つずつ丁寧に処理して、上手い具合に手足や胴体に直撃するのを浴びていく。

 

 追い込まれてるであろう演出、打つ手が削られている感覚、命の危機に差し迫っている実感。

 

 これら全てをただ一撃のために立てていく。

 

 最期に振り絞る一手が届けばいい。

 まるで俺の生き様そのものを表してるようで、才能のない惨めな末路だと思った。

 

 師匠はアルスとアステルという二代巨頭を相手にしているが故にタイムラグ無しでの行動は不可能、テオドールさんは俺以上の相手を抱えているので無理な援護は望めない。

 

 流石に英雄両名も巻き添えにするのは難しいが、俺とテオドールさんが相手にしている連中ならばまだ希望はある。

 

 こんな思考を回している間にも攻撃は勢いを増し、いよいよ首が回らなくなってきた。

 苦悶の表情を浮かべる余裕もなく、だだひたすらにチャンスを待つ。致命傷だけは避けながら、最悪片足片手があればいい。他は全て捨て駒にしてしまおう。

 

 剣聖の一振りと打ち合う。

 その衝撃で、光芒一閃にヒビが入った。

 師匠に悟られてしまえば、なりふり構わずこっちに来るだろう。先程の会話でそういう傾向があることは把握してある。

 

 光芒一閃に剣が喰い込んだ。

 

 まだだ、まだ耐えろ。

 ルナさんの火力程ではなく、それでもテリオスさんの剣と同等の範囲。半ばまで折れている光芒一閃でも問題なく放てるだろうから、あとは敵の集まり方だけだ。

 

 あと三秒だけでいい。

 三秒だけ致命傷を避けろ。

 

 ぐっ、と剣聖が剣を押し込む。

 光芒一閃は押し負け、半ばから断ち切られる形となる。

 首を取ろうと迫りくる剣をしゃがむことで避け、居合の構えでその時を待つ。

 

 光芒一閃が輝きを増し、俺の鼓動は徐々に弱まっていく。

 魔力を操る感覚に近い何かを捏ねくりまわし、触ってはいけないであろうものに無遠慮に掴む。命を捨てるというのはこういう事なのだと、嫌でも実感した。

 

 残った魔力は全部剣に回す。

 最低限の維持さえ出来ていればいい。肝心のエネルギーは俺の命を使う。

 

 もっと余裕がある状態で撃てれば最高だったんだが、これも才能の無さが招いた結果。大嫌いな努力も継続したし、身につくように工夫もした。結果も出た。

 

 それでも、最高の終わり方を迎える事は出来なかった。

 

 残念だ。

 

「…………本当に」

 

 残念だよ。

 

 何もかもが。

 

 光芒一閃が光り輝く。

 俺の命を吸っているとは思えないくらい綺麗で眩しい光。

 急速に死が近付いてきている感覚と共に、これを放てば死ぬという事を直感で理解した。

 

「────ロアっっっ!!!」

 

 師匠の叫び声が聞こえる。

 きっと貴女は、俺がこうするとわかっていただろう。幼い頃に一度見せたこの輝きは不完全で悟られないと高を括っていたのに、見抜いてみせた。才能が無くて、英雄の記憶に縋るだけの愚かな子供の事をしっかりと見て育ててくれた。

 

 おれにとってそれがどれだけ嬉しかったか、わかっては貰えんだろうけどな。

 

「────光芒(アルス)斬覇(ノヴァ)──!」

 

 一閃振り切ろうと右腕に力を込めた、その瞬間。

 

 俺の眼前まで迫っていた剣聖を飲み込む火柱が巻き上がり、強引に身体を引っ張られる。

 当然こんな状況で技を放ってしまえば命の無駄遣いなので、いったん引っ込めることで即死の可能性は免れた。……が、空中へと投げ飛ばされた影響で身動きが取れない俺に対し追撃が入る。

 

 情け容赦ないアルスとアステル、両名による剣戟。

 光芒一閃も既に折れ、戦う手段を持たない俺が抵抗出来る筈もなく。

 

 無惨にその首を刎ねられる────寸前で、何かが俺の身体を包んだ。

 

 鮮血が顔に掛かる。

 生温い感触がいやに感じ取れた。

 

 誰かが俺を抱き締めたまま、荒れ果てた首都の街中を転がる。

 魔力を利用していない常人なら耐えきれないだろう衝撃でぐちゃぐちゃにかき回されながらも、抱き締める力は一向に減らない。

 

 赤に染まった白銀の髪が風で靡いてる。

 

 止まれ。

 早く止まってくれ。

 

 俺の無力な願いが届いたのか、視界が上下反転する程に暴れ回ったのちに勢いよく建物に激突して止まった。

 

 ずるりと力なく滑り落ちる肢体。

 拘束していた力も抜けて、俺を庇った人物が良く見えるようになった。

 

「……………………師匠」

 

 三半規管が狂っている所為か、まともに立ち上がる事も難しいが、それでも無理を通して立ち上がる。

 

 綺麗だった白銀の髪は血と汚れで見る影もない。

 口から零れるのは僅かな音、コヒュ、ヒュ、と今にも途切れそうな呼吸と血液だけ。

 

「師匠」

 

 肩口から大きく切り裂かれた傷口。

 今も尚流れ続ける血液は赤黒く、誰がどう見ても、致命傷だった。

 

 祝福に刻まれた魔力は尽きた。

 光芒一閃の維持に全てを回して、俺が命を消費して作り上げた魔力も霧散した。十年二十年、どれくらいの年数分を使ったのかはわからないが、あと一撃放てればいいくらいだ。

 

 魔力が足りない。

 少しで良いんだ。

 ほんの少しだけ魔力があれば、師匠は死なずに済むかもしれない。

 

 上着を脱いで、中に着込んだホワイトシャツが真っ赤に染まるのも気にせずに師匠の傷跡に充てる。

 

 血が止まらない。

 欠けた腕からの出血も増え続けている。血の海に沈む、という表現がこれほどまでに適した現場もないだろう。

 

 焦り続ける脳裏とは裏腹に、俺の心は酷く冷静だった。

 いや、冷静であろうと自分に言い聞かせ続けているだけ。ここで俺が焦ってもいい事はなにもなく、出来る事は、とにかく師匠を死から遠ざける事。

 

「師匠」

 

 返事はない。

 虚ろな瞳が一瞬揺れ動き、俺を捉えた。

 見えているのか見えていないのか、鮮血と同じ色をした真っ赤な瞳を見つめる。

 

「…………ァ……………っ……」

 

 意味のない掠れた声だけが漏れた。

 なんの感情もうつさないまま、焦点がずれていく。

 

 だめだ、やめろ。

 

 死ぬんじゃない。

 ここであんたが死んだら、どうなる。

 あんたは敵に回るし、ステルラも泣くし、俺も酷く動揺する。

 

 なんで俺を守ったんだ。

 どうして俺を優先するんだ。

 強さで言えばあんたの方が圧倒的に上だし、ステルラを導けるのはあんたなんだ。

 

 どうして俺を優先した。

 

 こんな出来損ないの無能を、なんで。

 

「…………生きているのか?」

 

 テオドールさんの声だ。

 あの状況下で生きてここまで来てくれたようだ。

 

 回復魔法を少しずつ師匠に使ってくれているが、その表情は険しい。これだけの傷だ、治療に使う魔力も多いのだろうか。

 

「今のままでは間に合わん。退くぞ」

「あいつらは、どうしたんですか」

 

 ふと気が付いたが、俺達の場所まで追手が来ていない。死んだと判断されたのならば納得するが、そうじゃない気がする。

 

「ああ。残って足止めしているが、それも時間の問題だ。逃げるぞ」

 

 一体誰が。

 その問いは、喉を越えることは無かった。

 

 坩堝の方で大きな爆発が生じ、衝撃が吹き抜ける。

 紅蓮に唸る炎が蒼の残光と渡り合う、異常な光景。

 

「人的被害は最小限に抑えられた。……これが、最善手だ」

 

 テオドールさんが静かに師匠を抱え、俺の事もついでと言わんばかりに横抱きで拾い上げる。

 足が限界に来ていたのを悟られた。

 

「メグナカルト」

 

 呆然と炎を見詰める俺に、気遣うような声色で告げた。

 

「まだ負けてない。まだ、間に合う」

 

 だから今は、生きる事を考えろ。

 

 違う。

 違うんだ、テオドールさん。

 

 あの人に、伝えてないんだ。

 

 エミーリアさん。

 “英雄”の想いを、まだ貴女に────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三時間後。

 

 魔祖十二使徒第三席、エミーリア・A・グランの魔力反応が消失。

 

 死亡の判断が下された。

 

 

 

 



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最終章 真・英雄大戦
第一話


 初めは、空腹が抑えきれない自分の感覚に疑問を抱いたところからだった。

 

 貧しい村に生まれ、幼いながらも大人達が苦心していることを理解していた。国が戦争を始めてしまった影響で軒並み食料資源を献上、貴重な労働力として共存していた家畜も物言わぬ肉となって兵士たちの胃袋へと収まっていく。

 

 若い男────父親は戦場へと赴き、残された女子供に衰えた老人だけで冬を凌ぐ。

 

 食料も足らず労力も足らず暖も満足に取れない中生き残り続けるのは至難であり、当然のようにバタバタと人が死んでいった。

 

 頬がこけ、すっかり弱った身体を無理に動かして畑に向かう母を見送りながら、少年は思った。

 

 不幸なんだと。

 それが当たり前だとは、思わなかった。

 涙を流し苦労を慈しみながら日々人生に絶望するなんて────あまりにも、哀しすぎる(・・・・・)

 

 少年は感じた。

 

 これはおかしいことだと。

 

 少年は思った。

 

 これは覆さなければならないと。

 

 少年は考えた。

 

 どうすれば現実を変えられるのかと。

 

 少年は、実行した。

 

 強くなればいいのだと。

 自分達から食糧や家族を奪っていく兵士たちよりも強く。そんな兵士達を盾とし後方より援護をする魔法使いよりも強く。そんな魔法使いを口先だけで思うがままに突き動かす司令官よりも強く。司令官に命令を下す、国の首相よりも強く。

 

 そして────国同士の衝突を終わらせるのならば。

 

 国そのものを、無くせばいい。

 国が一つだけになれば戦争は無くなるのだと。

 

 あまりにも巨大すぎる願いに、愚かにも手を伸ばし続ける。

 

 そうして戦い抜いたその先に、きっと未来がある。

 誰も彼もが健康に充実した日々を送る事が出来る未来が、きっと全ての先にあるのだと信じて。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 緑一色の不思議な光景が眼前に広がっている。

 

 夢心地と言った感覚でもなく、どちらかといえばズキズキと痛み続ける傷のせいで目を覚ましたと言った方が正しい。

 

 むくりと身体を起こしてから、鼻腔を擽る薬品の香りに顔を顰める。

 野生で長く過ごしていた影響か常人よりも優れた嗅覚にとって、この独特の香りは不愉快に分類されるものだ。まあ今更好き嫌いで身悶えるほど幼くはない。努力は嫌いなので否定するけど。

 

 そしてわずかに香る嗅ぎなれた匂い。

 視線をずらせば、俺の寝ていた布団に突っ伏す幼馴染の姿。

 

 身体の状態から察するに……一日か二日ってところか。

 筋肉の衰えとか同じ体勢をとり続けた影響から、大体どれくらいの時間が経過したのかを悟る。

 

 そして地面が土なのから見て取れるのは、ここは急拵えの場所。

 テントか何かで外と区別してるだけの、なんの変哲もない一室だ。

 

 よだれを垂らしてだらしない顔で寝ている幼馴染の頬を突っつきながら、今の状況を考える。

 

 大まかに三つほどか。

 

 一つ目は首都を襲った連中について。

 二つ目は師匠、それにエミーリアさんの生死。

 三つ目は現状がどうなってこれからどうするか。

 

 襲ってきた敵────ほぼ確実に英雄を殺したやつで間違いない。

 正体までは知らなかったが出てきた連中から察するに、死んだ人間を魔力で再現する趣味の悪いやつ。英雄、将軍、聖女、剣聖、傭兵、狩人、その他複数。

 

 “記憶“の中で見た相手は誰一人としていなかったから、英雄の最期の一撃は無事に直撃していたらしいな。それでもなお死んでいなかった辺りが最悪だ。

 

 復活はしないが個の戦闘能力が高く、しかも魔力に物を言わせてゴリ押しを可能とする。魔力は理論上無限供給で、倒すには本体を倒すしかない。前の本体はグラン当主本人だったが、今回は誰なんだ? 

 

 他にも情報は集めないとダメだが、とりあえずこんなもんだろ。

 

「………………ふぁ……」

 

 ステルラがあくびのような何かを呟く。

 瞳は閉じているので寝ていることは確定だろうが、俺の看病でもしてくれてたのか。夢のシチュエーションだな、現実が追い詰められている事実から目を逸らせば。

 

「ステルラ、起きろ」

「ん〜〜…………」

 

 ゆさゆさ揺らすが目を覚さない。

 頬をムニムニしても無反応、それどころか指に頬を擦り付けてくる。動物かな? 

 

 肩を揺らすものの反応はない。

 こうなっては放置するしかないな。確認したいことと考えなければ行けないことは腐るほどあるが、仕方ない。

 

 起こさない程度に頭を撫でる。

 座する者へ片足突っ込んでから魔力で適当に美容を保っているのか、サラサラで触り心地のいい髪だ。いつまでも撫でていられるし、許されるのならば顔を突っ込んで匂いを嗅ぐくらいのことはしたい。

 

 ずぼずぼ髪の毛に指を突っ込む。

 もぐら叩きみたいで楽しいと思った。

 

「…………っ…………」

 

 ……本当に寝てんのか? こいつ。

 今一瞬呼吸のリズムずれてたぞ。

 

 半分くらいは俺のせいかもしれんが、もしかして寝たふりしてやがったな。その上で俺の行動を見過ごして弱みでも握ろうとしたか、愚か者め。 

 

 ため息を吐いてチラリとステルラを見る。

 

「ステルラ。本当はおれ、みんなに隠してる秘密があるんだ」

「えっ」

「やはり起きていたか」

「…………あっ」

 

 一瞬でつれた。

 こいつに腹芸は無理なのだと改めて理解させられた。

 

 口元をゴシゴシ制服で擦って、ステルラは椅子に座り直す。

 

 いや汚ぇよ。

 流石の俺も好きな女の涎は触れたくねぇよ。

 

「お前は本当に残念な女だな」

「なっ、なにおう!」

 

 頬を赤く染めて威嚇してくるが、そういう細かい部分で減点されていることに早く気がついてほしい。でもこいつが完璧な女になったらモテるだろうし、俺以外にステルラの魅力がわかるのはムカつくから一生変わらなくていいぞ。

 俺はハーレムを築くけどお前はだめだ。

 

「まあいい。状況はどうなった?」

「ん〜とね。あの日から三日経ったよ」

「…………そうか」

 

 三日も経ったのか。

 

「うん。……………………師匠、だよね」

「ああ。教えてくれ」

 

 俺の表情から珍しく察したのか、聞きたい言葉を吐いたステルラ。

 

 死んだのか、死んでないのか。

 今の俺にとって大切なのはそれだった。

 俺を庇って死ぬなんて絶対に許さない。死んでも許さない。どこまでも追いかけて謝罪させてやる。

 

「…………まだ(・・)、生きてるよ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で言う。

 

 まだ(・・)────そこに何らかの意味を含んでいるのは明らかであり、死んでないだけで生きているとは言えない状態なのか。魔力に身体を変換して生きながらえているとか、そういうオチじゃないだろうな。

 

「ううん。人の形を保ったまま、まだ生きてる。…………でも……」

 

 歯切れ悪く顔を逸らす。

 死んでないだけマシ、か。

 

 …………安堵するには、まだ早い。

 

「師匠はどこにいる」

「そんなに離れてないテントで治療受けてるけど……」

「連れて行け」

 

 痛むのは左足だけ。

 こんなのは負傷に入らない。バッドコンディションとすら言えない、ちょっと犬に噛まれた程度だ。

 

「だめだよ、治るまで安静にしてなくちゃ」

「いいかステルラ。こんなもの怪我の内に入らん」

「えぇ…………」

 

 布団をどけて、血まみれの包帯に包まれた状態の足を見る。

 力は入るし、神経とかそこら辺は繋がってる。これで動かないようだったら流石にお手上げだったがそう言うわけでもないし、問題はない。

 

「服を寄越せ」

「え────……わ、わああっ!?」

 

 布団の下、俺は下着しか付けていなかった。

 別にそのまま公然猥褻男になって師匠の場所まで行ってもいいんだが、流石に衆目がある場所で肉体美をひけらかす趣味はない。

 

 下着は濡れていなかった。

 これは非常に大事だった。

 

「ろ、ロアのえっち!」

「いや、誰がどう見ても俺は悪くないんだが……」

 

 いいから服くれよ。

 夏が過ぎて秋とはいえまだまだ暑さはなくならず、でも少し肌寒くなってくる頃合いだ。このくらいの季節になると風邪ひきやすいからな(実体験)。

 

 ステルラがあたふた周囲を探すが、どうやら服はないらしい。

 血まみれのホワイトシャツ、血まみれの制服(ズボン)があった。何でそのままにしてんだよ。でも着ないという選択肢は存在しないので、乾いてパリパリ剥がれる血を落としてから着用した。

 

 姿見なんて贅沢なものはないからステルラにどうだと聞いてみたが、そっと目を逸らされた。まあ血塗れだしな、そりゃあ目を逸らしたくもなるだろう。俺だって好きな女が血塗れだったら嫌すぎるよ。

 

「よし、連れて行け」

「急病人と勘違いされるかも……」

「足に穴空いてるんだし同じようなもんだ」

「怪我のうちに入らないんじゃなかったの!?」

 

 ええい、やかましい奴め。

 ステルラを華麗にスルーして、テントから外に出る。

 夕刻と言ったところか、怒号と悲壮な叫びが轟く野営地は控えめに言って地獄の様相だった。

 

【英雄】の記憶で嫌になるくらい見たが、やはりいいものではない。

 

「……で、どこにいる」

「もー……本当に、大丈夫なんだよね?」

 

 そっと袖を掴むステルラ。

 

「ああ。何も問題はない」

「…………死なない?」

「死ぬわけないだろ」

 

 死のうとしたが死ななかった。

 だからまだ死なない。次の戦いでは死ぬだろう。

 

「……テオドールさんがね、言ってたんだ」

 

 げ。

 

 顔を俯かせ、絞り出すような声色でステルラが言う。

 

「ロアが命を捨てて、何かを撃とうとしてたって」

 

 ぎゅ、と袖を握りしめる。

 血で赤黒く染まったシャツは変色を極め、すでにホワイトとは呼べなくなっている。周りを歩く人がぎょっとした顔で俺たちを見るが、触れない方がいいと思ったのか離れていった。なんだその気遣いは。

 

「…………ね、ロア」

 

 すっかり俺の方が高くなってしまった身長差から、上目遣いで俺を見上げてくる。

 

「教えて欲しいな。ロアの────……」

 

「ロアの、全部を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、寝坊助ヒーローじゃないか」

「ぶっ飛ばすぞくそ赤毛」

 

 後でみんなの前で話すと約束をして、師匠が治療を受けていると言う場所まで足を運んできた。

 

「はっはっは、師の恩人に対してなんて口の利き方だ! 今なら僕の指先一つで全てを変えられるんだぜ」

「黙りなさい、下種が」

 

 マリアさんの手によって強制的に黙らされたアルベルトが地面に埋没したのを確認しつつ、俺はガラスの向こう側にいる師匠へと目を向けた。

 

 ここだけ病院と遜色ない医療設備に加え、それらに囲まれた中心で力なく横たわる一人の女性。

 美しかった白銀の髪は赤黒の血液に染められ、肩口から胸あたりまで切断された(・・・・・)傷口。左腕は半ばから欠けて失っており、生きているのかと疑わしくなるくらいの状況だった。

 

 胸の上下すら確認できず、正直なところ、俺から見て……死んでいると言われても、納得できるくらいだ。

 

 そんな俺の機敏を察してくれたマリアさんが言葉を紡ぐ。

 

「臨時診療所すら無い状態、避難が完了して間もないくらいにエイリアス様は運ばれてきました。正確には出血多量で気絶した貴方と共に、テオドール・A・グランの手によって」

 

 テオドールさんには感謝してもしきれないくらいだ。

 おかげさまで命を繋ぐことができたし、まだギリギリ取り戻せるかもしれない程度で済んでいる。

 

「当然回復魔法────十二使徒仕込みの魔法を発動したものの、効果を発揮せず。傷口が魔力を吸収しどこかへ運んでいくのを見て、正直なところ…………打つ手なしと判断しました」

 

 そうか。

 師匠は英雄の剣によって傷を負った。

 左腕を回復しなかったのも魔力吸収によって阻害されるからであり、つまり、英雄の剣には魔力を吸収する効果が付与されていた。

 

 性格の悪いやつだ。

 

「お通夜ムードを破壊したのは僕ってワケさ」

「……遺憾ながら、ええ、非常に遺憾ながら、この下種の力を借りることにしたのです」

 

 滅茶苦茶罵倒されてんじゃん……

 マリアさんもそう言う部分あったんですね。いやまあトーナメントの時点でアルベルトに嫌悪を向けてたけど、ここまでとは思わなんだ。

 

 恍惚とした表情を浮かべながら起き上がったアルの顔はベコベコに歪んでいたが、マリアさんがわざわざ治療していた。自分で治すもんだと思っていたが、どうやらそうはしない事情があるみたいだ。

 

「僕の魔法、相死相愛(アリシダ)の効果は覚えているかな?」

「なんとなくは。…………あ?」

 

 アリシダは確か自殺魔法。

 大元が殺せない超越者を殺すために開発されたもので、アルベルトが持つのは死ぬ機能を破棄して安全性をそこそこ引き上げたやつ。確かに、理論上は双方が死ななければ死なないという条件が付くが……

 

「……そう上手くいくものか」

「簡単ではなかったさ、勿論ね。共有するべき対象を一つ一つしらみ潰しに消していかないと、流石に僕もこんな傷を共有したら死んじゃうからねぇ」

 

 ヒラヒラと手を振るアルに怪我はない。

 

「これには魔祖の力も借りたんだ。残念なことに、この魔法を一番知ってるであろう人は死んだから」

「…………エミーリアさんか」

「うん。魔力反応が消えちゃったからね」

 

 瞠目する。

 エミーリアさんは、死んだのか。

 

 テオドールさんの言葉に加え否定しない師匠。

 あれだけ条件が揃っていればバカでも気がつくだろう。グランのお転婆姫様とやらはエミーリアさんの事を指し、また、アステル・アルスの両名の足止めを行なって死んだのだと。

 

 そうか、グランか。

 ならあの人が昔取っていた行動も、なんであんな場所で出会ったのかも、納得いくものであり。

 

 統一国となってからずっと働き続けたのはつまり────

 

「…………ははっ」

「なんだ」

「すごい顔してるぜ」

 

 余計なお世話だ。

 

 ふざけやがって。

 煮えくり返る腸を強引に押し込む様に手を握り込み、奥歯が不愉快なくらい軋んでいるのを堪える。

 

 失敗した。

 ああ、認めざるを得ない。

 俺は何もかもを間違えて、今この最悪な状況を生み出した。俺が弱くても駄目なやつでも、しっかりと記憶の事を伝えておけばよかったのだ。ロア・メグナカルトなどではなく、【英雄】アルスの記憶を持つ少年として師匠に出会っていればこんなことにはならなかった。

 

 取り返しのつかないミスをしたんだ。

 

「…………どれくらい持つんだ」

「僕の魔力? 大体あと三日ってところだね」

 

 理論上アルベルトが魔力を補充し続ければ切れる事はないが、今は戦時中。満足に魔力供給が出来るとは思えないがゆえの回答だろう。

 

「そうか。…………ありがとう」

「ん、どういたしましてだ」

 

 虚ろな目で天井を見上げる師匠から目を離して、テントの外へと出る。

 

 茜色に染まる空と僅かに紅が混じり始めた木々。

 街とすら呼べないただの山に設置されたこの野営地の喧騒は途絶えることなく、常に誰かが忙しなく駆けている。

 

 後悔しろ。

 懺悔しろ。

 噛み締めろ。

 

 俺が弱かったせいで引き起こされた地獄だ。

 俺だけはわかっていた筈の敵を誰にも伝えなかったから、俺の個人的なプライドなんてものを優先したがゆえに起きたんだ。

 

 俺はおれである必要はない。

 

【英雄】になるんだ。

 誰に請われたわけでもなく、それがこの記憶を持っている人間の役目だろう。

 

「あ、あのさっ、ロア」

 

 無言で耳を傾ける。

 

「ロアはさ、すごいよ。私は子供の頃から何やってもアレだったけど、その……ロアはねっ、出来ない事を出来るようにするのが、本当にすごい」

 

 出来ない事が出来るようになる。

 それ自体は大変喜ばしい事だし克服したという概念は美しいが、そんなものなんの慰めにもならない。現実は何かを克服した程度で変えられる程矮小ではないのだから。

 

「私は、弱い人間だから、その…………怖いモノには立ち向かえないし、嫌いなモノは避けたい。だから私、ロアのこと尊敬してるんだよ?」

 

 違うんだ。

 俺は嫌いなことに勇気を振り絞り立ち向かっている訳じゃない。

 ただ、やらなくちゃいけないと分かっている事が嫌いで、現実は待ってくれない事を知っているからやるだけだ。お前みたいに誰も彼もを救えるような強さが無いから、それ以外のどうでもいい些細な事に目を向けているんだよ。

 

 強くなりたい。

 そうだ、強くなりたかったんだ。

 強くなれば、なんだって出来るから。弱いままでは出来ない事が出来るようになって、こんな惨劇が起きないように対策を立てて。

 

 誰にも負けないくらい、強く……

 

「…………そうは、ならなかった」

 

 強くなれなかった。

 おれは、おれの範疇でしか強くなれなかったんだ。

 

 それが現実なんだ。

 

「ステルラ」

「……うん」

 

 きっとお前は、俺が何に憤っているのかわからないだろう。

 

 この憤りは俺にだけわかればいい。

 俺が、とにかく俺を恨み続ける為に必要な火種だ。

 

「魔祖は今、どこにいる」

 

 すべてに決着をつける。

 

 英雄の因果もおれの人生も何もかも――――俺こそが、【英雄】なんだから。

 

 



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第二話

 仮設司令本部内────首都を中心に広がり続ける災禍に対抗するべく立てられた一室の空気は、淀んでいた。

 

 無理もない話だ。

 首都は奪われ魔祖十二使徒という最大戦力のうち二人が戦闘不能、残った三人が各地で奮闘を続けているがやがてそれも限界が来る。学徒動員までして前線をどうにかこうにかやりくりしているというのに、無限に増え続ける敵は次第に味方の心をも折っていく。

 

 瀬戸際をとうに通り越し、敗北が決定的になる寸前。

 

 現状を改めて認識し、マギア・マグナスは静かに息を吐きだした。

 

 燦爛な装飾は味方の血で染まり、かつては埃一つ被る事が無かった王冠にはこびり付いて取れない赤黒い血が付着している。

 

 彼女はこの国で最も強大な個であり祖であるが、身体一つしかないのだから限界がある。

 どれだけ魔法を扱えても敵が減らないのならば削り続ける他なく、同時に全ての場所を救える程手は広げられない。百年前の喪失で、孤高など無力(・・)だと悟ったマギアにとって現状は受け入れ難いものだった。

 

 こうならない為に後継を探し、後進を育て慈しみ、他人を導くなどという似合わない職務を全うしてきたと言うのに────全て、無駄だった。

 

 その事実がマギアの胸を埋め尽くす。

 

「……………………フン」

 

 僅かばかりの休息。

 一日のうち昼夜問わず戦い続けている十二使徒は、日に数分の休憩しかとらない。

 

 味方は睡眠を必要とするが、敵は睡眠を必要としない。

 此方が休めば休むだけ相手は進撃を続けるため、常に出ずっぱりの状態になる。そしてそうやって消耗していく超越者達にも徐々に傷跡が刻まれ始め、やがて捉えられるのは目に見えていた。

 

「…………なによ」

「そろそろ潮時だと思っただけじゃ」

 

 魔祖十二使徒第六席【氷精(アバランス)】、ローラ・エンハンブレ。

 

 左目は潰れ、右足も太腿の半ばから両断されており、無い部位を氷で無理やり補強して動かしている。

 ただの一般兵士を庇い重傷を負いつつも、彼女は撤退を完遂させた。死ななかったのは運が良かっただけであり、次の出撃で生きて帰れるかは不明。それは誰もが悟っている状態だった。

 

 沈痛な空気が漂う。

 

「私はまだやれるわ」

「死ぬのならば意味のある死を。戦力も時間も限られた現状、お前を無駄死にさせるのは勿体無い」

 

 今もなおジワジワ魔力を奪われながら、ローラは気丈に振る舞う。

 

「そ。死にかけの魔法使い一人で救える命があるなら儲けものね」

 

 ぎゅ、と服を握りしめる。

 死ぬことへの畏怖があるわけではない。

 ただ、死ぬことでしか役に立てない自らの弱さをひどく貶めているのだ。

 

「生存者を全て港町へ集結させ、守る範囲を減らす。戦力は減っていく一方だが、これで少しはマシになるじゃろう」

 

 十分な戦力とは言い難い。

 それでも、まだ自由に動かせる強力な駒がいくつもあるのだ。全てを守ることは諦めて、一部を守ることを選択する。少し遅かったと僅かに後悔しつつ、マギアは指令を下す。

 

「儂が全て移動させる。それと並行して船の準備をせよ」

「…………新大陸に?」

「うむ。全部完璧に移送するのは難しいかもしれんが、次世代に必要な奴らは確実に逃がせる筈じゃ」

 

 とはいえ、いくら五百年以上生きているマギアと言えど百万人をテレポートで運んだ後にそのまま戦闘を継続している。その魔力消費量はすさまじく、既に半分は使い切っているだろう。

 

 その全てを破壊に使っていれば、あるいは。

 

「未来で儂らを殺せる者を選定しておけよ」

 

 過去のことを悔やんでも仕方がない。

 またしても判断を間違えたのかと歯を食いしばり、しかし立ち止まることは無い。時間は有限なのだから。

 

(……エミーリア)

 

 既に亡くなったであろう友人の名前を呟く。

 彼女の後継、ルーナはどれだけショックを受けたのだろうか。教えないのは忍びなく、しかし直接的に告げるのは、その、怖い。

 

 マギアは人を失うことを恐れており、また、その狭い交友関係が更に狭まることに畏怖していた。

 

 だからエミーリアの死を直接言うことはできず、代わりに伝来を通して連絡した。

 

(……エイリアス)

 

 彼女もまた、死を迎えたと言っていいだろう。

 辛うじて命を繋いでいるものの、このままでは助けることはできない。心臓すら失った彼女を救うためには魔法を行使するほかないのに、魔法を使うと魔力を吸収する趣味の悪い技術の所為でどん詰まりだ。

 

 立て続けに友人を二人も失うこととなったマギアは、自棄になることこそなくとも──動揺していた。

 

「…………ではな」

 

 今際の別れになるであろう挨拶を簡潔に済ませ、マギアは魔法を展開する。

 大陸の端から端まで瞬時に移動する魔道の極み、テレポートを行使しようとして────勢いよく、本部の扉が開かれた。

 

「…………なんかタイミング悪かったか」

「ちょ、ちょっとロア! だから待ってって言ったじゃん!」

「しかしだなステルラ。あまり時間は残されてないし、何より全員揃う事が珍しいと言ったのはお前だ」

 

 ぎゃあぎゃあ騒がしく入室した二人組、先程思い浮かべた友人の愛弟子たちに気を削がれ魔法行使を取り止める。

 

「…………小僧」

「よう、魔祖さま。面と向かって話すのは初めてか」

 

 英雄。

 自らが名付けた二つ名を掲げる青年。

 似ても似つかないとわかっていながら滲み出てしまった引き摺った過去。

 

 ロア・メグナカルト。

 魔法の才が欠如していながら、その身一つで実力者と渡り合う現代の英雄。その在り方はかつて英雄を名乗った青年とはまるで違う、人間らしい姿だった。

 

「何の用だ。儂らはこれから────」

「『聞いてくれ、魔祖さま。()は夢があるんだ』」

 

 マギアの頭が真っ白になった。

 何か大切なものが抜け落ちた様に思考力が霧散し、その忘れもしない出会いの言葉を噛み締めるように反芻する。

 

 どこまでも無表情なまま、隣に佇むステルラの訝しむような仕草も無視してロアは言葉を続けた。

 

「大きすぎる夢に愚かにも手を伸ばす事に、人々は嘲笑を向けた。誰も彼もが無理で夢物語だと笑い飛ばした未来を、馬鹿みたいに本気で追いかけた奴がいた」

 

 なぜ。

 どうしてその言葉を知っている。

 その声色、その話し方、その言葉。

 

 どれもこれもがかつての大切な想い人と重なって見えて、マギアは無意識に喉を鳴らした。

 

「大真面目に『英雄になりたい』なんて言う男は、世界に一人で十分。そうは思わないか?」

「……………………きさま……」

 

 感情の抜け落ちた顔から読み取れることは無い。

 戦うたびにギラギラ目を輝かせていたのに、貼り付けた無表情はマギアの知らない顔だった。

 

「おれはな、魔祖さま。【英雄】が嫌いなんだ」

 

 血塗れのシャツに身を包み、昏い瞳で言葉を続ける。

 それは()が決して見せなかった人らしい部分であり、また、幾度となく彼女の周りで張り巡らされた某策の類で遭遇した人の闇。

 

「おれは魔法が使えなくて、頭も良くないし、何かを成してやろうと言う大望も抱いてない。ただ身の回りにある幸せさえ続けばいいと思っていたのに、あの男が植え付けた記憶の所為でこんなところまで来てしまった」

「…………待て、待て。お前は一体、何を……」

「それを幸か不幸かと問答をするよりも先に、末路だけを見せられちゃ堪ったもんじゃない。どうせなら強さも一緒に分けてくれれば良かったのにな」

 

 先程まで漂っていた沈痛な空気はいつの間にか消え失せ、場の雰囲気をロアが支配する。

 

 ロカ・バルトロメウスも。

 ローラ・エンハンブレもニコ・エンハンブレもマギア・マグナスも。ステルラ・エールライトですら、言葉を聞き逃さないように意識を集中させていた。

 

「おれは英雄にはならない。いや、なれない。才能が無いから」

「……そんなことないよ?」

 

 ステルラの言葉に苦笑しながら、ロアは呟く。

 

「いいや、おれには才能なんてものはない。ただ一個だけ、偉い人が残していった呪いがあっただけだ」

 

 でも、と言いながらロアはマギアを見る。

 先程までの昏い感情は鳴りを潜め、そこにあったのは真っ直ぐな瞳。

 遥か昔に見た、僕は英雄に成りたいのだと言い放った愚か者と同じ、愚直なまでの真っ直ぐな感情。

 

「俺はロア・メグナカルト。戦争を終結させた栄光には敵わないかもしれんが、ただ────師と想い人を救うため、英雄になろう」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「────貴様の言い分は、『子供の頃からアルスの記憶を持っていたが他人だと認識しておりその末路も知っていたが、全部を知る事が出来た訳じゃ無いので黙っていた』と」

「そういうことになる」

 

 はぁ~~~~~っ、と深いため息を吐いて魔祖は黙った。

 周囲に視線を向けてみればロカさんは納得したように頷きながら苦虫を噛み潰したような表情をしているし、ローラさんに至っては額に青筋を浮かべて睨んでいる。ニコさんはニコニコしてる、一番怖いんだけど? 

 

「…………あくまで、アルスじゃないのよね?」

「ええ、まあ。そう在れというならそうなりますが」

「何言ってるのよ……」

 

 呆れたようにロカさんが呟く。

 ロア(おれ)じゃ納得できないと言うならアルスになることだって吝かでは無いが、その必要は無さそうだ。

 

「それにかつての英雄の記憶がありますけど、穴あき状態です。師匠の事も最初はわからなかったし、魔祖さまは生意気なクソガキって感じの印象が強かっ」

「ぶっ殺すぞクソガキ」

 

 どうして忠告という言葉を知らないのだろうか。

 せめて言ってから殴って欲しいんだが、どうにも身の回りの人間はそういう配慮を知らないのだ。

 

「…………これがアイツの記憶を持ってるって、うそでしょ……?」

 

 ドン引きするローラさんを横目に、殴られた痛みがじんじん響く頬を摩りながら胸を張って答える。

 

「本当は俺が死ぬ間際に全部ネタバラシして超越者共にしこりを残してやろうと画策していたが、こんな事態になってしまっては元も子もない。俺がさっさと言っておけば被害は抑えられた可能性もある」

「結構ひどいこと考えるね、君」

「ステルラやルナさんには効かないでしょうが年上連中には効果抜群だと思ってたので」

 

 さいあく……

 ステルラの呟きが耳に入った。

 

「俺がこういう性格になった理由の八割はステルラの所為だからな。英雄の記憶を自覚し有頂天になっていたおれをボコボコにして心を何度も折ったお前の所為だ」

「私の所為なの!?」

 

 うむ。

 

 自覚無き悪魔はここで自覚を覚えてくれると助かる。

 ルーチェがお前を嫌ったのは偶然でもなんでもなく必然であったし、なんならおれもちょっと嫌いだったからな。負けず嫌いで謎のプライドを有していたから折れても前を見ただけだ。このあほ。

 

「あ、あほ……あほ…………」

 

 動かなくなった役立たずは捨て置いて、改めて十二使徒達へと身体の向きを正す。

 

「本題はここからだ。これからの作戦について、一つ提案しよう」

 

 ここにくるまでの僅かな時間で練った賭け。

 もう敗北は確定している現状、これ以上の無理を通す事を良しとするとは思えない。俺が指揮官ならば撤退の判断を下すだろうし、相手が相手だからな。

 

「俺は【英雄の記憶】を保有している。その中には彼がどのようにして果てたのか、という内容もあった」

「果て…………つまり、死んだときの事かい?」

 

 頷いて肯定する。

 ニコさんは頭の回転が速いな。

 俺の与えた僅かな情報から、たぶん、次に何を言うのかも予想してるだろう。

 

「魔力障壁に包まれ三日三晩を戦い抜いた。応援は来ず限界が訪れ、せめて葬り去ろうと放った一撃は確かに敵を貫いていたさ」

 

 今とは比べ物にならないくらい強力な敵が沢山いた。

 戦争の最中に亡くなった実力者の大半が現れ、二人の英雄は限界まで戦った。そして、後の未来に遺恨を残さぬように命すら投げ出して一撃を与えたのだ。

 

「あの白い人型は、一度倒せば復活しない」

「…………にわかには信じ難い話だ」

「少なくとも英雄が倒した連中は誰一人として今回現れなかった。証拠としては弱いですが、賭けるには十分だと思います」

 

 問題があるとすれば一体の魔力量がすさまじく多くなったこと。

 あの状態の英雄とタイマンを強いられては勝ち筋を無限に潰されるだろう。

 

「俺はここで決着をつける。この手で英雄の残滓を葬るから、どうか協力して欲しい」

 

 それでも、俺は勝つ。

 

 努力は時に嘘を吐くし、ひどく残酷な事もある。

 それでも俺には努力しかないのだ。積み上げてきた努力だけが俺を証明してくれるし、俺が証明するのはその積み上げた努力のみ。

 

 ゆえに、この瞬間を逃すわけにはいかない。

 

「…………一つ、聞いても?」

「なんなりと」

 

 笑顔は鳴りを潜め、至極淡白な表情でニコさんが問う。

 

「君がアルスに勝てる保障はあるのかな」

「邪魔さえ入らなければ」

 

 嘘だ。

 勝てる保障なんてない。

 魔力使い放題で身体も治し放題の英雄を相手にして、確実に勝てるなんて口が裂けても言えない。

 

 でも言わないといけない。

 

 彼らはここで博打をするわけにはいかないから。

 

「俺は英雄の記憶がある。それでも、かつての英雄とは別人だ。その上で魔祖さまは俺に名付けた────【英雄】と」

 

 究極的に言うなら、おれはステルラと師匠だけ生きていればそれでよかった。

 家族も大切だが、それよりも上の地位に二人がいる。俺にとって二人はかけがえのない存在で、絶対に失いたくないもので、俺の命を賭してでも取り戻さなければならないんだ。

 

「英雄大戦の再臨だ。どうか協力してほしい、俺を英雄にするために」

 

 どこまでも他力本願な、俺らしい文句じゃないか。

 



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第三話

 

 魔祖十二使徒にネタバラシを行い協力を取り付けた所で、次の問題を解決せねばならない。

 

 俺は自分自身の魔力がカスなので他人の力を借りねばならないのだが、貸してくれてた師匠は現在意識不明である。回復に魔力すら回せないぐらい消耗しているし、本末転倒だ。

 

 問題とはずばり、誰から魔力を借りるか。

 これまた難しい話だ。師匠以外の魔力に馴染みはないし、あくまで長年身体に浸透していた師匠の魔力だからこそあれだけ色々無茶が出来た。ぽっと出の他人から借り受けた魔力を上手に扱う自信など欠片も無かった。

 

「どうしたものか」

 

 大人達は俺を中心とした作戦を煮詰めるらしく、情報を提供したら「心身を休めて来い」と言わんばかりの強制的な締め出しを喰らった。確かに庇護を受けるべき立場ではあるが、こんな緊急事態でそんなことを言い続ける程愚かではない。

 まったく、少しは子供を信用して欲しいな? 

 

 手持無沙汰となってしまった俺が出来る事は何もない。

 メンバーとしてはテリオスさん、ルナさん、ヴォルフガング、テオドールさん、ステルラ、その他諸々。人型を撃破する組と暴れて白い怪物を寄せ集める組で分けて、それと並行して民間人の守りも増強する。

 

 難しい話だが悪くはない。

 戦力は相応に揃っているんだ。若い世代だけで超越者が四人もいるなんて、これは大人達の努力の結果だと俺は思う。

 決してこの百年は無駄じゃなかった。きっと、エミーリアさんの人生は、無駄じゃなかった。無駄にはさせない。それが、何も伝えられなかった俺が出来る唯一の贖罪だ。

 

 あの人は救われたのだろうか。

 最期の最期まで争いの中に身を置いて、その果てに、かつての想い人の形をした無機物に殺されて。

 

 …………救われた筈も無い、か。

 

「ねえ、ロア」

「なにかねステルラ」

 

 一人シリアスに考え込んでしまった。

 そんな空気を払拭するためなのか、それとも単に暇だったから話しかけたのか。どちらにせよ今の俺には有難いタイミングだった。

 

「その、英雄の記憶があるって言ってたよね」

「ああ。他人だと認識してはいる」

「じゃあさ、その…………師匠のことは?」

 

 師匠のこと。

 

 忘れる筈も無い、あの憎き怪物に手を吹き飛ばされお前(ステルラ)が紫電に憧れを抱いた日。思い出せなかった何かを思い出した、運命の日。

 

「最初はわからなかった。彼の記憶では師匠は子供だったから」

「子供…………」

「ああ、白髪赤目の子供だった上に口調も違った。あんな年上お姉さん感は何処にもなく、英雄に憧れと好意を抱いた少女って感じだったさ」

 

 まさかそれが近所に住んでるとは思うまい。

 なんだかんだ世界でトップクラスの実力者だぞ。今の俺が逆立ちしても勝てないし、師匠とタイマンして勝てる生命体は一人か二人だろ。

 

「俺がそうだと気が付いたのは、あの日だ。お前が拾って来た虹石を砕き中から怪物が溢れて来た、あの瞬間」

「…………そう、なんだ」

 

 歯切れ悪く言葉を終えたステルラを流し見しながら、なんとなく考えていることを察した。

 

「師匠は俺の記憶に気が付いていたんじゃないかって?」

「……うん」

「それはない」

 

 ステルラ視点から見れば、そう見えてもおかしくはない。

 

 師匠は昔の英雄を知っている。

 彼の事をすぐ傍で見続けて、剣技も魔法も戦い方も何もかもをその目に刻み込んだ。それでは飽き足らず届かないながらも剣技を身に修めて見せた。それくらい彼に対して真摯に生きていた。

 

「あの人は不器用なんだ。俺の事を英雄の生まれ変わりだと思いたくて、でもそれはロア・メグナカルトという個人を亡き者にする行動だと理解している。だから重ねることはあっても同一視してはならないと心に誓いながら、それでも振り切る事が出来なかったんだろ」

 

 記憶に気が付いていた訳じゃない。

 でもやっぱり、どこか重ね合わせている節はあった。決して気が付いた訳じゃないのに、ほぼ正解な部分に思考が辿り着き、それだけはしてはいけないと否定した。

 

 真面目で不器用なのさ。

 

「それに、今なら俺の言葉の意味がわかるだろ。俺は英雄なんかにはなれない、なりたくもない、その言葉の意味が」

「う~ん…………あんまり」

 

 こいつ…………

 

 思わず口元が歪んだ。

 

「お前に期待した俺が馬鹿だった」

「え、えぇ~……」

 

 何か言いたげな表情でもごもご口を動かして、でも諦めた様に閉口した。

 

「……………………私にとっては……」

 

 目を逸らして呟いた一言は、しっかりと俺の耳に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「無事だったんですね、ロアくん」

 

 師匠の元に戻ってきたら、ある意味一番顔を合わせたくなかった人がいた。

 

 いつもより昏い瞳で、ハイライトなんてとっくに消え失せた絶望の目。

 感情を一切表情に出さないが、元来感情豊かであったはずの女性────魔祖十二使徒第三席、紅月(スカーレット)のルーナ・ルッサ。

 

「ルナさんこそ、ご無事でなにより」

 

 こくりと頷いて、彼女は師匠の事を見詰める。

 

「…………」

「…………」

 

 アルが無言で本を読み、マリアさんが小さな作業音を立てながら机の上で資料を纏め、俺とルナさんの間には不気味な沈黙が訪れる。

 

「ロアくんは…………」

 

 視線を師匠に固定したまま、ルナさんが呟く。

 俺はそれに対して続きを促すような仕草もせず、ただその言葉を待った。

 

「…………」

 

 しかしその続きが呟かれることはない。

 身動ぎひとつせず、呼吸もまったく乱さぬまま、口をつぐんだ。

 

 どうせいずれ説明する事ではあるが、一足先に言わねばならない事がある。特にルナさんにだけは、真っ直ぐに伝えなくてはならなかった。

 

 一息吐き出して整えてから、声色に変化が無いように呟いた。

 

「エミーリアさんが死んだのは、俺の所為です」

 

 ピクリと、ルナさんが反応した。

 でも顔の向きは固定されたままで、彼女らしさは見受けられない。

 俺の知っている貴女は感情が無いように見えてどこまでも感情的で、それを上回る理性で色々な事を押さえつけて我慢してきた強い女性。

 

 今は、どうだろう。

 

「俺を守ったからではなく、俺が重要な情報を抱えていたのにも関わらず、その一切を言わなかったから。こうなる可能性を考えずにまだ余裕はあるだろうと高を括ったのが駄目だった」

 

 それさえなければ死ななかった、とまでは言えん。

 それでも少しはマシになる筈だった。地下深くに眠る遺物の存在を示唆し、英雄の記憶の有無を告げ、俺自身の関係性等というものを気にしなければよかったのに。

 

「俺には……かつての英雄の記憶がある。大陸中で暴れ回り、魔祖十二使徒に手傷を負わせ人々を死に追いやる最大の敵と化したその人の記憶が」

 

 アルが面白そうに喉を鳴らしたものの、マリアさんの拳によって黙る事を選ばされた。

 

「…………やっぱり、知ってたんですね」

 

 そう呟いて、ルナさんは俺の事を見た。

 飲み込まれそうなくらい真っ暗な瞳だった。

 太陽の如き紅蓮を身に宿した人が、漆黒に染まりきってしまえばそうなるだろう。月が太陽を蝕む時があるように、今の俺にはそう見えた。

 

「お師匠のことは、知っていたんですね」

「…………はい。あの時は、嘘を吐きました」

 

 夏休み。

 二人きりで出掛けた時に、貴女は俺に沢山の問いかけをした。 

 

 半ば確信を抱いていた口振りだった。

 

「私、言いました。一番最初に教えてくれって」

 

 表情は変わらない。

 でも、その瞳には、薄暗い感情が浮いている様に見える。

 

「…………何を言えばいいのか、私はわかりません。何が言いたいのかも、自分にはわかりません。何が聞きたかったのか、もう、わかりませんから」

 

 正直なところ。

 

 この戦いを無事に終わらせることが出来たなら、おれは、ルナさんに殺されても文句を言うつもりは無い。

 

 死にたい訳じゃない。

 でも、それくらいこの人に最低な事をした自覚がある。

 幼い頃に両親を失い、その親代わりとして共に暮らして来た大切な人が死んだ。それを未然に防ぐ方法を探せたかもしれない唯一の人物が、僅かなプライドを持っていた所為でそうはならなかった。

 

 ロア・メグナカルトなんて存在はさっさと切り捨てておけば。

 

「────でも」

 

 そんな俺の思考を断ち切る様に、ルナさんが力強く言う。

 

「私はロアくんを恨んだりしませんよ」

 

 瞳の昏さは変わらない。

 それでも、嘘では無かった。

 

「今なら、ロアくんが言っていた言葉の意味が殆ど理解できます。張りぼてだと、虚勢だと、偽物だと、そうやって自己否定を繰り返していた言葉の意味を」

 

 俺の手を握って、初めて二人で出掛けた時と同じように体温を確かめる。

 

 温かい。

 感情が噴出しないだけで、とても豊かな心を持っている人だとよくわかる。

 

「────私は、魔祖十二使徒第三席、紅月(スカーレット)のルーナ・ルッサ」

 

 チリ、と火の粉が舞う。 

 

「貴方のことが好きです。

 それと同じくらいお師匠の事が好きでした。

 でも、もうお師匠は戻ってきません。それは誰の所為でもなく、あの人が選択した結果です。だから、だから…………」

 

 涙は流れない。

 

「ロアくんが話してくれたのは、嬉しいんですよ」

 

 表情に変化はない。

 声色も変わらない。

 感情に起伏があるのかどうか、今の俺では判断できなかった。

 

「思う事はあります。でも、決して恨んだりはしません。だって私はロアくんが好きなんだから」

「それは…………どうなんですかね」

「向けられた好意は否定しないでしょう?」

 

 よくわかっていらっしゃる。

 俺はこんなにも曇り眼だというのに、ルナさんは俺の事をこんなにも信用していた。

 

「それに、きっとお師匠は……」

 

 お師匠は? 

 

 今、俺が一番聞きたいことだった。

 絶対に本人からは聞く事が出来ない、既に終わってしまった過去の話。

 俺なんかよりもエミーリアさんの事を理解しているルナさんが語るのならば、それはきっと本当の事なんだろう。

 

「…………いえ。これは言いません」

「今一番教えて欲しんですが……」

「だめです。絶対にだめです」

 

 怒っている訳ではなく、どこか嬉しそうに言った。

 

「それよりも────えいっ」

 

 無表情のまま俺の腕に抱き着いてくる。

 今更どうしたのだろうか、その程度のボディランゲージで動揺する訳もないが。

 

 ふふんと楽し気に吐息を漏らすその姿は、以前のルナさんと相違ない。辛い気持ちを押し込んで気丈に振舞うその姿が、なんだかイヤなくらい記憶に残った。

 

「あ、あっ、ああっ……あう…………」

「どうしたお前……」

 

 なぜか隣で呆然とするステルラ。

 しかも意味の分からない言葉を発しながら、顔に両手を当てて何かを抑え込む様に呻いた。

 

「さ、行きましょうロアくん。エイリアスさんなら大丈夫ですよ」

「……どこからその自信が沸いて来たんですか」

「だって、ロアくんが何とかするんですよね?」

 

 おっとそう来たか。

 

 ぐいぐい俺の腕を引っ張りながらテントの外に連れ出そうとしてくる。

 

 思わず力を込めて立ち止まろうとしてしまったが、それを読んでいたのか、ルナさんの力が更に強く籠められた。

 

「なあ親友。僕は嘘つきで下種野郎だって自覚してるけど、それなりに真摯な気持ちは持ち合わせているつもりだぜ」

「…………知ってる。少なくとも俺よりは嘘つきじゃないだろ」

「重症だねぇ」

 

 そうやって抵抗していた俺に突然言葉を投げかけながら、アルベルトはカラカラ笑った。

 

「三日は持つんだ。その三日の間で君が全ての因縁に決着をつければいいだろう?」

 

 随分と簡単に言ってくれる。

 そんなにとんとん拍子で事が進むものか。

 相手はあの【英雄】と、それを支えた偉人達。戦争を生き抜き後世に何かを託して死んだ偉大なる人達が、俺達に悪意を剥き出しにしている。その全てを滅びに向けているんだ。

 

 それを、こんな、魔力の欠片も有していないような張りぼてに簡単に言うなよ。

 

 そうやって卑下したくなる気持ちをぐっと抑え込み、喉元までせり上がって来た否定の言葉も飲み込んで、もう、進み続けるしかないのだと言い聞かせて。

 

「────当たり前だ。三日もあれば十分すぎる」

 

 そうやって虚勢を張り上げた。

 きっとお前には俺の内心など筒抜けだろう。

 らしくもなく、苦悩を声色に乗せる俺を見てお前はきっと嘲笑するだろう。

 

 それでも構わない。

 お前は人でなしの精神を抱えていて、自他問わない不幸に快楽を見出す男だ。

 

 それでもお前は俺の親友だ。

 お前は俺の真実を知って尚、決して【英雄】と同一視なんてしない。俺が今も尚届かない光に目を焼かれているのを知っていて、それを楽し気に見るのだろう。

 

「お前こそ油断するな。もし師匠の命を落としたら…………」

 

 どうすると言うのか。

 俺には師匠の命を維持する事すら出来ないのに。アルベルトが居なければとっくに師匠は死に、俺は色々なものを失った上で最後の戦いに臨んでいただろう。

 

 果たしてそうなった場合、俺は正気で居られただろうか。

 

「…………呪ってやる。グランも俺も英雄も、全てをな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かになったテントの中で響くのは、ただ紙を捲る音のみ。

 

 娯楽も満足に楽しめる状況ではなくなったが、本が幾つか無事だったのは幸いだった。鼻歌でも歌いながら読んでやりたいところだけど、そう楽観してられないような状況なのも確か。

 

「…………先程の問答」

「うん?」

 

 共に死に体の女性を監視する仲になったマリアさんが呟く。

 

「彼の精神状況を圧迫する必要があったのですか?」

 

 金色の美しい髪をハーフアップで纏め、書類に目を通しながら彼女は言った。

 

「ロアはあれでいいのさ。彼の精神を救い上げる役は僕じゃないからね」

「だからと言って、わざわざ追い詰める必要はなかったのでは」

 

 本人曰く、『心が強いのではなく何度折れてもなんとかしている』らしい。

 

 それは普通の人には出来ない芸当なのだと気が付かないまま、彼は何とかしてしまった。それもこれも全部【英雄の記憶】なんてものを所有しているからだろうか。

 

「期待は重圧となりプレッシャーへと変化し、本人が気が付かないまま負荷となる。この大陸の命運をかけた戦いに赴く人間に対し、あれは余計なことでしょう」

 

 確かにその通りだ。

 これから戦いに行く人間に対し、わざわざ期限と背負うものを自覚させるのは悪手。

 

 大切な人間の命が三日で終わると言う現実をわざわざ突き付ける必要はなかったかもしれない。

 

「でも、今回ばかりは必要なのさ」

 

 脳裏に浮かび上がるのは、夏休みの一節。

 

 初めて仰ぐ酒の魔力に導かれ、彼が漏らした秘密。

 命を代償に放つ最強の一撃が切り札だと自白した、誰にも漏らしていない秘密。

 

 きっと君が生き急いできたのは今日この日の為なんだ。

 流石にあれだけポツポツ溢した言葉あるんだ、それら全部と彼が暴露した英雄の記憶────それら全部を合わせれば察しがつく。

 

 君は自分が死んで全てを終わらせようとしている。

 自分の死を対価に、万事解決しようとしているのだろう。

 

「良き友人が死に向かっていくのを見るのは、あまり楽しい気分じゃないからね」

 

 だから、覆い隠せなくなるくらい感情を露わにさせる。

 

 師が行動不能な今、君を止められるのは一人しかいない。

 鋭いようで鈍感で、人の心に鈍いようで機敏で、他者のコンプレックスを刺激し周囲に亀裂を生み出す社交性が欠けた魔法の怪物。そして彼が唯一固執する、たった一つの輝き。

 

 空の果てまで駆け抜けてしまうだろう星の光だけが、刹那の轟を抑えられるのだから。

 

「どうか気が付いてくれたまえよ、紫電のお姫様」

 

 喉を鳴らして、心の底から浮き上がるような気持ちで笑った。

 

 





・ロア
 エミーリアはかつての想い人の死を侮辱され、かつての想い人に殺され、そこに救いは無かったと思っている。

・ルーナ
 エミーリアはかつての想い人を継ぐ人間の死を直前で回避させ、己が犠牲になる事で今度こそ間に合ったと、少しは救われた筈だと思っている。


 
 あまりにもわかりにくい話が続いてるので、こんな感じの意があるよ~って具合のあとがきです(他にも色々ある)


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第四話

 

 あと三日。

 

 たった三日間が師匠の命綱。

 よくわかっていた筈なのに、それを改めて認識すると息苦しくなる。

 

 こんなプレッシャーや重圧を背中に乗せて、よくもまあ戦争を終結させる等と大望を抱けたものだ。アルスという男はやはり、生まれながらにして英雄だったのだろう。

 

「アルベルトめ……」

 

 いやらしい奴だ。

 俺がお前の意図に気が付かないと思ったか。

 気が付かなかったよくそったれ、ルナさんにやんわりと言われるまで気が付かねえよ。そんくらい追い詰められてるよ。

 

『ロアくん、死んだら私も後を追いますからね?』

 

 完全にハイライトが消えた瞳で見つめながらそう告げるルナさんを前にしては、流石の俺も黙って頷く事しか出来なかった。相変わらずの愛の重さだったが、思いの外重たい愛を向けられるのは心地が良い。結構癖になるぜ。

 

 だからと言って命を投げ捨てる事に抵抗はないんだが。

 

 最低人間の独白をしたところで、現実的な打開策を練ろうと思う。

 

 具体的なメンバーとしては、

 

 テリオス・マグナス

 テオドール・A・グラン

 ソフィア・クラーク

 ベルナール・ド・ブランシュ

 ルーナ・ルッサ

 ステルラ・エールライト

 ヴォルフガング・バルトロメウス

 

 あと付け合わせの俺ってところか。

 十二使徒メンバーを連れて行きたいのは山々だが、非常に悲しい事に俺らが首都に乗り込んでも白い怪物の侵略は続く。無限に生まれ続ける限り通常の軍隊では疲弊していくだろうし、やはり生き残った十二使徒には戦線の維持をしてもらわねばならん。

 

 兵隊が死んでも動揺なく指揮できるのは俺達の世代には誰一人としていないからな。

 

 戦線維持は経験豊富な人達に任せなければいけない。

 首都攻略メンバーはほぼほぼ学徒になるが、大陸全体でみても上位トップクラスの実力に至ってるおかしい奴らが多いから仕方ない。

 

 魔祖も私情を抜きにすればこれが一番最善だと悟るだろう。

 

 唯一英雄と剣を交えて生存可能な俺、既に超越者へと至った数人、超越者と比類するほどの実力と圧倒的な魔法センスを持つ連中。ベルナールは首都中の白い怪物を抑える役割に徹して欲しいんだよな、あの制圧力はバカにならん。

 

 本当は制圧要因として扱いたいルナさんは恐らく、人型との戦闘に赴く。

 

 俺はこんな戦いの基礎なんぞ教わっていないのにそれなりに思いつくのはやはり記憶の影響か。それとも俺が他人だと意固地になっているだけで、本当は英雄そのものなのだろうか。もしそうなら今すぐ才能を添付して欲しい。

 

 溜息一つ溢してから、目的地に到着していた事に気が付く。

 頭を回転させると疲労が大いに増える。本を読んだ結果の充実感の有る疲労ならともかく、不安を抱きながらする思考なんてなんにも楽しくない。最悪だよ。

 

 ドアを三度ノックしてから、返事が来る前に入る。

 

「…………む、小僧か」

「暫しの暇を満喫していた。方針は……決まったみたいだな」

 

 部屋の中にいるメンバーを見ればわかる。

 煤けた服に身を包んだテオドールさん、埃一つ被っていないテリオスさん、所々破れた服装だが傷が一つも残っていないヴォルフガング、滅茶苦茶嫌そうな顔で佇むベルナール、静かに瞠目したままのソフィアさん。

 

 現役の軍人に優れた人たちが居ない訳ではない。

 だがその人たちも既に戦闘不能に追い込まれていたり、その……癒えない傷をつけられ、十全な戦闘を行えない状況にあったりする。

 

 上記のメンバーが誰一人として欠けてなかったのは、一重に運が良かったからだ。

 

 どうやらあと一歩の瀬戸際はなんとか踏みこたえたらしい。

 

「……くくくっ、お前の話は聞いたぞ。随分と面白いモノを抱え込んでいたようだな」

「随分と趣味が悪いですね。流石はグランだ」

「お前が保証してくれるのならば安心だ、グランだからな」

 

 あ~はいはい、俺が悪かったよ。

 口で勝てると思わない方が良さそうだ、流石に現役で政争してる人間に立ち向かうべきでは無かった。

 

「…………テオ、やめろ。お前の悪い所だ」

 

 ソフィアさんに窘められ、肩を竦めて言葉を止めた。

 兄弟そろって意地の悪い奴らだが、どうにも俺の精神状況に対してちょっかいをかけているだけに見える。だから俺も本気で怒らないし、向こうも本気で言っている訳ではないだろう。

 

 揶揄い、それに耐える精神状況ですら無いのなら止める。

 

 多分そういう事だ。

 …………多分、きっと、いやそう思いたい。

 

「────メグナカルト!!」

 

 うわ出た……

 

 爆音で叫んだのはヴォルフガング。

 相変わらずの熱血っぷりに辟易するが、それを見たロカさんも目を逸らして知らんぷりしているのでもう筋金入りである。あなたの息子さんですよね、止めてもらっていいですか? 

 

 俺の祈りが届くことなく真っ直ぐに俺の元まで歩んで来た嵐の熱血漢は、変わらぬ熱意に満ちた瞳をギラギラ輝かせながら言い放つ。

 

 俺の力の本質を悟り、怒るような奴ではない。

 

 だが、否定されたくはなかった。

 なんだかんだこいつは、俺の事を認めてくれていたのだ。強い奴だと、尊敬に値するのだと、こんな張りぼての力を振るう愚か者にそう言ってくれた。

 

 才能にかまけることなく努力を続けてて来たお前にとって、俺の力は、醜く見えるだろう。

 

 俺の胸倉を掴み、馬鹿力で持ち上げられる。

 あまり苦しさは感じなかった。

 

「…………お前は」

 

 呟いたヴォルフガングの顔色は変わらない。

 怨嗟も嫉妬も失望も、負の感情は一切含まれていない清々しい顔つきだった。

 

「お前は────本当に凄い奴だな!」

 

 ……………………。

 

 ふむ。

 なるほどそう来たか。

 

「詳しい事情はわからんが、お前の言う『才能が無い』という言葉の意味。ただの冗談かと思っていたが、まさか本当に才能がないとは!」

 

 改めて言われるとムカつくな? 

 俺が額に青筋を立てていることに気が付いたのか、快活に笑い飛ばしてヴォルフガングは続けた。

 

「お前は英雄アルスではなくロア・メグナカルトだろう?」

「当たり前だ。だからこんな無様を晒している」

「で、あるならば。お前は0から今の強さを築き上げた努力家であり、その精神性にこそ感服し礼賛を送ろう」

 

 ……相変わらず真っ直ぐな奴だ。

 

 そうだ。

 俺に才能はない。

 

 ただ呪いのように付与された英雄の記憶のみに縋って生きてきた。

 

「お前は凄い。ロア・メグナカルトが本来辿ったであろう運命を跳ね返し、この場所に立っている事実そのものが、お前の努力の結晶だ!」

 

 やめろよ。

 俺の力の大部分は記憶によるものだ。

 あの記憶がなければきっと折れていただろうし立ち止まっていただろうし、ここまで強くなることもなかった。

 

 努力の結果、エミーリアさんを殺し師匠も死にかけに追いやって。

 

 俺を、なんて無様な人間なんだと罵ってくれれば良かったのに。

 

「…………やめてやれ、ヴォルフガング」

「む? ──…………すまん、無遠慮だった」

 

 胸倉を掴まれた体勢から解放されたが、俺の脳内を占めるのは苦痛だけだった。

 

 どうして俺を責め立ててくれないんだ。

 どうして俺に対して優しくするんだよ。

 

 そうだよ。

 俺の努力の結果がこれ(・・)だ。

 

 この様なんだ。

 

 子供の頃から必死になって、大嫌いな努力も何度も何度も逃げ出したくなる気持ちを抑え込んで続けて、才能が無いことを認めてでも成し遂げたいことがあったから、師匠に頼み込んでひたすらに強くなるために頑張ったんだ。

 

 努力は裏切らない。

 ただし、重ねた努力とそれに比例した才能の分のみ。

 

 初めから持ち合わせていない魔力も魔法も俺に応えてくれることは無く、ただこの役立たずな身体と剣すら生み出せない塵芥同然のおれだけが残る。

 

 そんな事になんの意味は無いとわかっているのに。

 

「っ…………ふ~~……」

 

 ……落ち着け。

 

 冷静に、現実だけを見ろ。

 ないものねだりは俺の特権だが、今するべきなのはそうじゃない。

 

 具体的に、現実的に、どのようにして今の戦いを終わらせるか。師匠もステルラも死なないように、三日以内にケリをつける。無理難題のようにも思えるが、それを唯一可能にする鍵は俺の頭の中にある。

 

 切り替えろ。

 

「…………俺の事はどうでもいい。それよりもマギア(・・・)、ここにいる奴は全員参加で構わないな」

「……ああ。小僧、お前の計画を教えろ」

 

 先程考えていた内容を話す。

 付け焼刃であり応急処置である感は否めないが、それでも現状出せる最善手だと思う。仲間が死んでも継続して指揮をとり続けるのは俺達若年層には無理な話だし、年上の軍人に死んで来いと命令する学生はテオドールさんくらいだ。

 

 こっちの大陸に残っている魔祖十二使徒を東西南北に分けて、それぞれの戦域の維持。

 

 そして首都に少数精鋭の部隊で殴りこむ。

 

 大目標は機能の停止(遺物そのものの破壊)、小目標は人型全ての破壊。

 

 大雑把だが、魔祖はそこそこ納得したらしい。

 というかこれくらいしか打てる手がない。白い怪物は無限に沸き続ける為倒しても意味がなく、倒すのならば人型を徹底的に排除する。

 

 最悪人型さえ全部倒してしまえば、まだ新大陸へ人を逃す時間を稼げるのだ。

 

「なるほど、合理的だ。勝たない限り首都に突入した奴は死ぬ、という重い点を除けば」

 

 テオドールさんの指摘は中々痛い所を突いてくる。

 

 そりゃそうだ。

 この作戦は負ける事を一切考慮していない、勝たなければ全てが終わる起死回生の一手なのだから。

 

 人型は事実上無限に近い魔力を保有する。

 それらを打ち倒すためには、どうにかこうにか必死になって魔力を全て失わせるか、圧倒的な一撃でこの世界から消し飛ばすか。

 

 こちらが魔力を使えば使うほど不利になる状況でそれを冷静に判断し、なおかつプレッシャーに負けないように倒さなければならない。

 

 だから俺が言える言葉は、たった一つしかない。

 

「ああ。負けた時はこう思ってくれ」

 

 ────自分が負けた所為で、全員死ぬのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分が負けた所為で、全員死ぬ。そう思い悔やみながら死んでくれ」

 

 そう告げる幼馴染の表情は、これまでの人生で一度も見たことがないくらいに怖かった。

 

 ロアの笑う顔を知っている。

 ロアの怒る顔を知っている。

 ロアの泣き顔を知っている。

 ロアの────色んな表情を知っている。

 

 たまに思い詰めたような顔をして、それを不思議に思い眺めていると、ロアは決まって誤魔化した。

 

「…………なんだ、ステルラ」

 

 そう。

 いつもこんな風に言って、私の頬を触ったり髪に触れたりして誤魔化す。

 

 きっとこれまで何回も悩んできたんだと、私はやっと理解した。

 ロアは完璧な人間じゃないとわかっていながら、どこか盲目的にロアを信じ過ぎていたのだと、過ちを抱えていたことを理解したんだ。

 

 ロアは余裕がないんだ。

 今、本当に、心の底まで追い詰められている。

 子供の頃から無自覚にロアの心に負担を押し付けてきた私でも、わかるくらいに。

 

 さっきの言葉は、すごく冷たかった。

 なんの感情も灯ってないような、友達が死地に赴くという重さを理解した上で軽く言っていい言葉じゃないって、ロアもわかってる筈。

 

 でもロアは口にした。

 ……言わなくちゃいけないって思ったからなのかな。

 

「────『英雄』が言うには、シビアな言葉だね」

 

 どこか引っ掛かる部分があるのに、見つからないからうんうん唸ってる私を尻目に、テリオスさんが話を切りだしてくれた。

 

「そこは『皆生きて帰るぞ』でもいいんだぜ?」

「気休めならそれでいいですが、今必要なのは現実を見据える事だ。夢物語で解決するなら俺もそうしてます」

「……こう言ってはなんだけど、一応俺達も前線で戦って来た。今の惨状は理解出来てると思うけど」

 

 ロアの表情は変わらない。

 テリオスさんも口で言い負かしたい訳じゃないのか、主張を通してからすぐに引き下がる。

 

 私はこういうやり取りが苦手だ。

 いや、もっと正確に言うなら、人の心を汲み取るような会話が苦手なんだ。

 

 わからないから。

 ロアや師匠が昔から迂遠な言い回しを好むのに、私一人だけそういうのが理解できない。だから二人だけの会話をずっと続けられて、そこに混ざれない事が酷く嫉妬心を掻き立てていた。

 

 …………でも、今はそれじゃ嫌だ。

 

 考えなくちゃ。

 いつもいつも頼って生きて来た。

 私が強くなれたのも、ロアのことを考えてたからだった。

 

 私はいつも助けられていた。

 勝手に心の支えにして、そして、色んな理由付けに使って来た。

 

 ロアはいつも私の事を、バカでアホだって言うよね。

 

 その通り。

 私は、バカでアホな女だから────ロアを理由にしなくちゃ、頑張る事も出来ないんだ。きっともう、バレてると思うけど。

 

「ロア」

 

 返事はない。

 でも視線が私の事を捉えた。

 

 いつものようなやる気のない瞳じゃなく、なんの感情も映らないような昏い瞳。

 

「ロアは、ロアだよ」

「……………………? 知ってる」

 

『何言ってんだこいつ』と言わんばかりの怪訝な視線に変わった。

 い、今から本題に入るからいいのっ! 

 

「わ、私が言いたいのはその~~……」

 

 いったん落ち着こう。

 落ち着いて、話したい内容をしっかり考えてから喋ろう。

 さっきテリオスさんが言っていた内容もなんとなく(・・・・・)理解できたし、あとはこれを言葉にするだけ。

 

「私達はロアより強いよ」

 

 額に青筋が浮かび上がり、ロアの手が私の頭に伸びて来た。

 

 あ、これ間違えた。

 そう悟って謝ろうとするよりも先に鷲掴みした指が頭に喰い込み、鍛え上げられた筋力によって締め付けられる。

 

「痛~~~いっ!」

「クソバカが……」

 

 うっ、酷いよう。

 

 でも痛いのは一瞬で、すぐに手を離してロアは溜息を吐いた。

 

「…………知ってるさ。俺なんかより、皆の方が強いなんてことは」

 

 痛みすらしない頭を摩って、ロアの目を見る。

 

 私は鈍い女だから、そこから感情を読み取るなんて事は出来ない。

 それでも次に何を言えばいいのか、やっとわかったような気がした。

 

「だからさ、もっと、こう…………頼って欲しいな」

 

 たぶん、こうだ。

 ロアには子供の頃から『英雄の記憶』があるらしい。

 それがどれだけ影響を与えたのか私にはわからないけど、それでも今のロアはらしくない(・・・・・)

 

 他力本願を謳いながら自分も努力する昼行灯のような男の子。

 

 自分が譲れない部分は絶対に曲げず、でもそれ以外の所は面倒くさいから他人に丸投げするような人。ちょっと最低なところもあるけど、そういう所も含めて私の大好きな男の子だ。

 

「ロアはロア。【英雄】は私達のことなんて知らないでしょ?」

 

 だから心配なんていらない。

 いつもどおり言ってくれればいいんだ。自信満々に、大胆不敵に、汗と泥に塗れながらも諦めないその姿勢を貫いて。

 

「『勝てる戦いしかしない』んだから、今回も大丈夫だよ」

 

 ロアが目を見開いて、驚きを露わにする。

 

 普段とは逆の立場になれたことで僅かに高揚感が沸いたけど、それも抑え込んで言葉を続けた。

 

「【英雄】も、星の光には届かないんだからっ!」

 

 

 



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第五話

短めです


 

 勝てる戦いしかしない。

 

 俺は常々そう嘯いてきた。

 元来持っていたプライドゆえか、そうやって虚勢を張ることを良しとした。

 

 手が届かない英雄の記憶を見せつけられ、彼我の差をまじまじと見る羽目になり、虎の威を借る狐のように打ち立てたハリボテのプライドは容易く打ち砕かれた。

 

 本物の天才には届かない。

 俺に与えられた才能(記憶)では、絶対に届かない世界がある。

 

「…………英雄も、星の光には届かない、か……」

 

 オロオロする幼馴染はさておき、その言い放った言葉には思わず唸らざるを得ない。

 敵対するのはかつての英雄、大陸中を巻き込んだ戦争を止めて統一国を打ち立て百年の平和を完成させた偉大すぎる人物。

 

 恐れ多くも、そんな偉人の記憶を持って生まれたおれ。

 魔力もない、魔法の才能もない、持ち合わせた肉体と記憶だけで彼を再臨するのはほぼ不可能であり、他人から魔力と武器を与えられているのだから無能もいいところだ。

 

 それでも言い続けてきた。

 負けたくないから、これ以上の努力などしたくないから勝てる戦いしかしないのだと。

 

 そんな保障はどこにもないとわかっていながら。

 

「え、え〜とね! ほらその、勝てる戦いしかしないんだから今回も大丈夫だよねってお話をですね〜……」

「とりあえず黙ってろ」

 

 ションボリしながら引き下がったステルラとは裏腹に、全くもってその通りだと俺は理解を示していた。

 

 いつも自分を鼓舞するために言っていた。

 いつも自分が絶望しないために言っていた。

 戦う相手の強大さに押し潰されないように、虚勢を張って気持ちを偽り勝つために信じ続けていた。

 

 俺は勝てる戦いしかしないのだ、と。

 

「…………ちっ。全くもってその通りだ」

 

 俺らしくなかった。

 確かに師匠が死にかけでエミーリアさんが死にルナさんの心にダメージが入り、挙げ句の果てにはこの国の存亡がかかっている事態にまで広がった。

 

 だからと言って、ここで余裕をなくしても良いことは何もない。

 

 無茶無謀を通さなければならないのはこれまで通りだ。

 何一つ動揺することはない、相手はかつての英雄であり偉大な祖ではあるが、俺はそんな相手の記憶を持っている上に十年以上戦い続けてきた。

 

 この世界で誰よりもあの男と戦い続けて来てるんだ。

 

 それが国規模に上がっただけだろ。

 

 髪をガリガリ掻きむしって気持ちを入れ替える。

 

 基本的にさっきまでの作戦で変更点はない。

 全員が戦い全員が勝つ、負けたら滅ぶがそれまでという条件も変わらない。

 

「────変更だ。全員、必ず勝て」

 

 負けることなど許さない。

 敵は強大だが俺達も、いや、俺以外のみんなは強いんだ。

 それは俺が誰よりも知っているだろう。誰よりも弱くて誰よりも情けない俺だからこそ、見誤ってはいけなかった。

 

「首都に突入した奴も、外で戦う奴も、全員負けることは許さん。この作戦は全員の勝利の前提で成り立っているのだから、絶対に負けるな」

 

 俺は負けない。

 俺は勝てる戦いしかしない。

 一番弱い俺が勝つと決めたんだから、他の連中が負けては困る。

 

 言いたいことは伝わったのだろう、笑いを抑えきれないと言った様子で口元を覆い隠すテオドールさんが呟いた。

 

「そこまで言うのなら十分。俺はお前に賭けることにしよう」

 

 こういう時はありがたいぜ。

 

 どの道数世代時を経て挑むより、今戦力が整っている状況で戦った方が確実に良い。

 魔祖十二使徒は敵に回らず人型の数は多くない、問題となる英雄を抑えられる唯一が全盛期を迎えている。それならば賭けは成立する筈だ。

 

「……さっきまでのロアくんは信用できませんでしたが、今のロアくんなら大丈夫です」

 

 そんなに駄目な作戦だったか……? 

 それなりに合理的だったと思うんですけど。

 

 ルナさんにその旨を告げたものの、嘆息しながら呆れられた。

 

「自棄とまでは言いませんが抱え込んでる様子だったので。確かに今を解決したいのは山々ですが、無駄死にして欲しい訳じゃありません」

 

 いつもと変わらない無表情だが、そこには確かに心配が存在した。

 

 愛されてることは自覚している。 

 もしも寿命を投げ捨ててでも勝ちを拾えばどんなことを言われるかわかったもんじゃないな。……必要ならやるんだけど。

 

「メグナカルト」

「なんだ熱血バカ嵐」

「ひどい言われようだな!」

 

 はっはっはと豪快に笑い飛ばすヴォルフガングに辟易する。

 さっきは滅茶苦茶地雷を踏まれまくったが、今はそれなりに持ち直したからドンと来いだぜ。でも戦いだけはノーサンキューな。

 

 そしてひとしきり笑って満足したのか、やたら真面目な顔つきになってこう言うのだ。

 

「安心しろ。お前の師は死なんぞ」

 

 ────…………。

 

「それは高度なギャグか?」

「意図せずそうなってしまったのは肯定しよう。だが、これは俺の本音だ」

「…………そうかよ」

 

 当たり前だ。

 師匠が死ぬ訳ないだろ。

 俺が、俺達(・・)がここで全部終わらせるんだから。

 

「ゆえに、努力は無駄にならん。お前がここまで積み上げた全てが、この戦いに収束しているんだ」

「忌々しいことにな」

 

 努力はクソだが役に立つ。

 

 ああ腹立たしい。

 望むのならばこんな努力など必要としない世界が良かった。

 英雄が全てを終わらせてくれれば、俺のような出来損ないの力を借りなければならないほどに逼迫した世界じゃなければ良かったのに。

 

 俺を見る幾つもの視線。

 その全部が期待と信頼を寄せているように、俺には思える。

 

 この戦いが起きてしまった以上、この立場にあることは非常に望ましい。

 仮におれが研鑽を一度も積まなかった場合、ただ蹂躙されるだけの一般人となり、もっと甚大な被害が出ていたとも言える。それこそ此処にいる数人が死んでいてもおかしくはなかった。

 

 それが避けられたのは今までの俺の努力の証であり、取り零してしまった命は、俺の功罪である。

 

 くそ、真に人生とはくそったれだ。

 

 溜め息ひとつ吐いてから、絞り出すように言った。

 

「作戦時間は今から大体十時間後、夜明けと共に首都へと転移(・・)する。魔祖、頼むぞ」

「ふん、小僧に言われなくともやっとるわ」

 

 あんなに昔ブイブイ言ってたのに人は変わるものだなと視線に籠めて伝えていると、睨まれた挙句魔力が掌に集まりだしたのでステルラを盾にした。

 

 盾にされた側はぎゃあぎゃあ文句を言っていたが知ったことではない。

 作戦開始までの時間なにをしてもいいが、俺にはやるべきことが────というより、ステルラに協力を仰がなければならない。

 

「ステルラ、お前師匠の祝福解析してたよな」

「えっ? ああうん」

「俺の身体に残る祝福をお前の手で受け継いで、その上で魔力を分けてくれ。お前にしか頼めない」

「…………うん……」

 

 これである程度問題は解決したか。

 

 エミーリアさんが一人でも敵を打ち倒したのか、それとも抵抗虚しく誰一人倒すことが出来なかったのか、全ての人型を把握しているわけではないから判別がつかないが戦力不足にはならないだろう。

 

 ヴォルフガング、テリオスさん、テオドールさん、ルナさん、ステルラ、俺。

 ベルナールは怪物を押しとどめてもらう大役を担ってもらうので負担がデカいだろうが頑張ってもらう。

 

 …………一手、足りないような気もするが……

 

「ロアくんロアくん」

「なんですかルナさん」

「私の魔力も分けてあげましょうか?」

「え゛」

 

 …………あ〜、その手があったか。

 別に一人だけの魔力である必要はない。一番手に馴染む師匠の魔力は期待できないし、誰からどれだけ貰ってもあんま変わらないからな。

 

「むしろここにいる全員から貰った方が回復するだろうし効率的では?」

「じゃあ祝福だけステルラに確認して貰ってそうします。そういうわけでステルラ」

「…………はい……」

 

 しょんぼりしている。

 英雄は星の光に届かないとお前は言ったな。

 覚悟しとけよ。かつての英雄は届かなくても、俺は絶対に届かせてやる。今誓ったからな、マジで覚えとけよ。

 

「あ、あ、ロア? なんか顔が怖いな〜って」

「良いから来い。それじゃあ十時間後にまた来ます」

 

 ステルラの腕を引っ張って本部を後にする。

 

 次来るときは決戦へ向かう時だ。

 

 覚悟は既に決まった。

 あとは、この身に刻んだ経験を遺憾なく発揮するのみ。

 必ず届かせて見せるのだと、師から授かった剣に大望を宿すだけ。

 

 首を洗って待ってろよ、英雄。

 

 現代に英雄は二人(・・)もいらないんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………え?」

 

 荷物を纏めていた私の場所に母様がやってきて、言い放った。

 

「だから、このあと攻勢に出るの。失敗したら後のこと頼むわね」

 

 ローラ・エンハンブレ。

 

 それが母様の名前。

 魔祖十二使徒として名を馳せ、今も人のために戦い続けている偉大な人。重傷を負いながらも戦うことをやめないその姿勢はすごく頼もしいけど、もう、休んで欲しいとも思ってた。

 

 新大陸に撤退する(・・・・・・・・)と言われていたから纏めていた荷物を床に落とし、思わず聞き返してしまう。

 

「…………誰が……?」

「生き残った私達十二使徒と十二使徒候補、それとグランの次期当主に英雄のガキね」

 

 …………ロア。

 

「ロアが……?」

 

 確かに師匠────エイリアスさんが死に瀕していると聞いた。

 それを解決するような術を持ち合わせている人はおらず、このままで死んでしまうだろうという話も、耳にした。

 

「あー……うん。あんたは気にしなくていいのよ」

 

 よくない。

 何にもよくない。

 私の知らないところでなにが起きてて、一体なにをしようとしているのか。

 

 それを母様に問いたいけれど、優しげな瞳の裏にある言葉が怖くて、口に出せない。

 

「それじゃあね、ルーチェ。元気でやってなさいよ?」

 

 なんでそんな別れのような言葉を言うのか。

 手を伸ばそうとした私のことを置いていくように、母様はテレポートでその場から姿を消した。

 

 一人取り残されたまま、事態がどう動いているのかも知らないまま、力無く拳を握った。

 

「なにが、起きてるのよ……」

 

 わからないことばかりだ。

 突然襲いかかってきた怪物たちに、坩堝でロアに斬りかかった真っ白な人型。

 首都から離脱するときに化け物は数体打ち倒したけれど、それが今敵となっていることだけはわかっていた。

 

「…………何処にいるの?」

 

 探さなくては。

 私が知らないことを知らなくては。

 確かに私は弱い。魔祖十二使徒なんて圧倒的な人たちに比べて、あの怪物を数体打ち倒した程度で強さは誇れない。

 

 あの怪物が無限に湧く最悪の戦場が今この大陸なのだと、それくらいのことは知っているけれど、今なにが裏で進んでいるのかを知らなくては。

 

 差し伸べられた手を取るだけの自分とはもう決別したの。

 

 進むんだ。

 自分の足で、自分で考えて、自分の手で掴み取る。

 そう生きてみろと、そうやって生きた結果を肯定してくれた男の場所に──全てを知りに。

 

 




次回ルーチェ回(自分を追いこむ宣言)


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第六話

ルーチェはこの作品で一番愛でたいと思う人です


 

 崩壊した首都。

 新たに改築されたばかりの坩堝もその様相は荒れに荒れ、巨大な観客席は朽ち果て壁も抜かれた状態────つまるところ、吹きさらしだった。

 

 そんな場所の中央にて蠢く一つの影。

 ぐねぐねと何か形を成すように、粘土で造形を弄る様に自由な姿へと変貌していく。

 

 その傍らに打ち捨てられた、紅い遺体を飲み込んで。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「どういう事か教えなさい」

「……いきなりどうした」

 

 予定通りステルラの力を借り祝福に不具合が及んでいないかを確認し、大体三分の一くらい魔力を込めて貰ったところにルーチェが殴り込んで来た。

 

 半裸(上半身のみ)の俺をガッツリ見た後、顔を思いっきり逸らして言うあたりが可愛いと思った。

 

「何もやましいことはしてないが……そういう(・・・・)行為に見えてしまう事は否定しない」

「違うに決まってるでしょうが!」

 

 そういう行為? なんて清純を装うステルラはさておき、顔真っ赤にして叫ぶルーチェは実に面白い。最悪な状況に舞い降りた最悪の天使と言ったところだ。暴力を振るう所が玉に瑕である。

 

「肉体の傷は言うまでもなく、あとお前が疑問に抱くことは思いつかんな」

「…………ああそう。なら言ってあげるわ、今後についてよ」

 

 やや平静を取り戻したのか、はっきりと言った言葉を考える。

 

 今後について。

 先程までの流れから考慮しておそらく、ローラさんかニコさんのどちらかに言われたのだろう。この後攻撃に出るから失敗したら後はよろしく、元気でねみたいなニュアンスで。

 

 父親であるニコさんはともかくとしてローラさんから漂う不器用な優しさから察するに、言葉が足りないまま適当に投げ出されたんだろうな。う~ん、あまりにも完璧な推理に地頭の良さを実感してしまうなガハハ。

 

「失敗したら死ぬ作戦に賭ける。それだけだ」

「アンタね……っ!」

 

 音を立てて苛立ちを表現しつつ、ルーチェが眼前まで迫って来た。

 

「お前は参加出来ない。諦めろ」

「っ…………」

 

 何かを言われるよりも先に結論を言っておく。

 ルーチェ・エンハンブレが戦える戦場ではない。尋常ではない魔法の才を持ち合わせた怪物と、魔力に愛された傑物と、ある意味反則ばかりしている俺のような存在。そういう奴しか集まらない死地にお前はいけないよ。

 

「俺が行くのは俺にしか出来ない事があるからだ。かつての英雄が敵に回った今、十数年彼と戦い続けて来た俺が適任だった。だから俺は行くが、お前は一体なんの役に立つ?」

 

 事情を知らないお前からすれば支離滅裂だろう。

 

 でも、そこからくみ取れることが有る筈だ。

 俺の事情を知っている奴は軒並み戦場に向かうのであって、何も知らない(・・・・・・)お前は決して選ばれていないのだと。

 

 まるで大層な自信を抱いている様で反吐が出るが、それでも言わなければならない事だ。

 

「……なにを、言ってるの」

「ああ、そうか。お前は知らないんだな、俺の正体も」

 

 突き放すために声色から熱を消し去り、極力冷めた視線でルーチェを見詰めた。

 

「なら権利は無い。ローラ・エンハンブレがそうだと判断したのならそれに従うべきだ。全てが終わった後に知る方がい」

「ふざけんなっっ!!」

 

 会話を遮るのは愚かだと思うんだ。

 特にその手段が暴力ならば猶更だ。人類は対話によって進歩してきたのだから先人に倣い平和に穏便に行くべきじゃあないか。

 

 出会った頃なら至極真面目に聞いていただろうに、半年間で精神的に成長したルーチェは情け容赦ない拳に頼る様になってしまった。これは果たしていい事なのだろうか。

 

「あ…………ご、ごめんなさい。思ってたより威力が」

ほれが歯抜へにはっへもいいのか(おれが歯抜けになってもいいのか)?」

 

 ステルラに回復魔法をかけてもらいながら、仕方ないので話を聞く事にする。

 

 伝える事実はかわらない。

 ならばしょうがない、暴力に訴えてくるのなら誠心誠意話し合おうじゃないか。

 

「で、何が聞きたい。なんでも答えてやるぞ、知ってる事なら」

「なんでも答えるのね?」

「知ってる事だけな」

「それじゃあ何が起きててこれから何をするのか、簡潔に」

 

 俺が腰掛けるベッドに並ぶようにルーチェも腰掛ける。

 後ろにいるステルラがヒュッと息をのんだ気がした。ウケる。

 

「百年前の戦争で残ってた負の遺産が目を覚ました。敵はかつての英雄と…………」

 

 チラリとステルラを見る。

 

 焦げ茶色(・・・・)の髪色に、圧倒的な天賦の才。

 魔法も物理的な戦闘もそつなく熟せてしまうその才の出所を、果たして語っていいモノかどうか。

 

 逆になんで気が付かなかったんだ、というレベルだけどな。

 確かに髪色一致してるし誰も苗字で呼ばないから気が付かなかったが、あまりにも類似する点が多すぎた。そりゃあ師匠も英才教育施すよ、まったく。

 

 ステルラを指差しつつ、十二使徒しか知らないであろう事実を告げる。

 

「こいつの遠い祖先、アステル・エールライトとその他複数が復活した。だからそれらを討伐する」

「ちょっ…………と、待ちなさい。情報が多すぎるわ」

 

 えぇ~。

 お前が簡潔にって言うから簡単に言ったのに。

 

「私の……祖先? ご先祖様?」

「なんで知らないんだよ」

「え? ほんとに何の話?」

 

 あ~~~も~~~グダグダじゃねぇか! 

 

 仕方が無いのでアステル・エールライトの解説を一分間してやったところで上手く飲み込めたのか、ルーチェが再起動を果たした。

 

「……それで、なんでロアまで行くわけ?」

「俺がかつての英雄の記憶を持ってるからだな」

「……………………?」

 

 ルーチェは固まってしまった。

 

「俺が常々才能なんてないと言っていたのはこれが理由だ。剣を振るのも、その剣の強さを知っているから振るっているに過ぎない」

 

 これまでの俺は嫌な奴に見えただろう。

 才能が無いと言いながら魔祖十二使徒第二席に拾われ、かつての英雄と同じ銘を持つ剣(これは師匠の独断)と祝福を与えられ推薦入学した男。

 

 その実態は何故か持っていたかつての英雄の記憶を利用し己を詐称する張りぼての男だったという訳だ。

 

「師匠に会ったのもステルラに会ったのも偶然だが、前にも言った通り────運が良かった。それに尽きる」

 

 以上、ルーチェが知らないであろう説明。

 かなり色々考え込んで隠していた訳だが、言葉にしてしまえばこの程度の事でしかない。

 捨てた筈のおれのプライドが英雄と同一視される事は耐えられても、英雄そのものとして見られることは許容できなかったがゆえの隠匿であった。

 

「他に聞きたいことはあるか?」

「…………じゃあなに。アンタ、その、英雄なわけ?」

 

 もっともな疑問だ。

 既に何度も解答したから面倒臭い。

 

「いいや。別人格だが記憶がある、理由は知らん」

「……ああ、そうなの。正真正銘ロア・メグナカルトってことね」

 

 うむ。

 頷いて肯定すると、ルーチェは何かを考える仕草を取った。

 

「お前の要求には従ったが、だからと言って連れて行くことはないし戻ってくる保証もない。だから別れをここで済ませるのも一つの手だ」

「嫌に決まってるでしょ。なんで私が諦めなくちゃいけないのよ」

「現実を見ろ。お前は弱い」

「…………知ってるのよ、そんなこと」

 

 なら諦めろ。

 俺に好意を抱いてくれるような女が無駄死にする姿は見たくない。

 

「そして俺もそんなに強くない。幸いアルス何某との戦いは(脳内で)何度もやったから比較的マシだが、突入メンバーで一番死ぬ可能性が高いのが俺。残念だが全てが終わった後に会えるとは思えん」

「…………死ぬ気?」

「……いいや。死ぬかもしれないという事実が拭えないだけだ」

 

 死にたくはないが、まあ、命を賭け金に含んでるのは否定しない。

 俺の命一つ捧げてこの戦いが落ち着くのなら躊躇いなく投げ捨てているが、別にそういう訳でも無いので積極的に死ぬつもりはない。

 

「……それでいいの?」

「良くはない。だが、これ以上贅沢を望めない」

 

 誰にもわからないことかもしれない。

 それでも俺はこの時の為に生きて来た。やがて最強に至るステルラ・エールライトですら届かない世界があるのだと知っているから、ただ一人を倒すためだけに鍛え上げて来た俺の努力。

 

 それはきっと、ここで奮うべきだと思うのだ。

 

「俺はステルラに死んで欲しくなかった。これが恋慕なのかもっと薄汚い欲望なのか、はたまた嫉妬が好転したのかはわからない。努力が嫌いで日々を怠惰に過ごしていた中で覚醒した記憶が、いつの日にかそういう戦いが起きると示していた。ゆえに、俺はここまでやってきた」

 

 口にすると、言葉にするとよく分かる。

 俺は望んでこの場に辿り着いたのだと、非常に不愉快だが。

 

 意味を噛み締めているのか、ルーチェは喋らない。

 

「……それってつまり、ロアは子供の頃から私のことす、好きだった感じ?」

「さあどうだろうな。好きに解釈すると良い」

 

 少なくとも今は好きだがそれをわざわざ言ってやる義理は無い。ていうか結構な頻度で伝えてるんだけど? 

 

「だが覚えておけステルラ。戦いの前に愛を囁いたり誓ったりすると────死ぬ」

「死ぬの……!?」

「英雄は嘘をつかない。覚えておくがいい」

 

 古来から存在する概念だそうだ。

 

 戦場に向かう兵士が懐に仕舞っている写真を見て幼馴染の顔を思い出したりすると、次の戦いで死ぬ確率が一気に跳ね上がるらしい。俺にも何を言っているのかよくわからんが、そういう風に出来ている。

 

 そんな風にのんびり会話をする俺達の間に挟まる様に、ルーチェが呟いた。

 

「…………つまり、ロアはこの馬鹿を死なせない為にここまで努力してきて、この戦いで死ぬかもしれないけど行かない訳にはいかない、と」

「概ね合っている」

 

 溜息を盛大に吐いて、俯いたまま続けた。

 

「……アンタに、死なれたら困る」

「それは嬉しい言葉だが、俺もステルラに死なれたら困る」

「こいつが死ぬとは思えないわ」

「そう信じたいのは山々だが、百年前にそうやって英雄が死んでいる」

「っ……今、このタイミングじゃなきゃダメなの?」

「ああ、ダメだ。今この瞬間じゃなきゃ、師匠が死んじまう」

 

 俺は欲張りなんでな。

 エミーリアさんの死だって覆してやりたいが、そんな超越者の如き力は存在しない。

 

 …………あー……。

 

 なるほどね、こんな感覚か。

 何とも言えない不快感に、胸の中を渦巻く重い空気。頭もぼんやりするような気がするし、息を吐きだして沈み込みたくなる。

 

 記憶を通した無力感は散々味わっていたが、こういう事か。

 

「…………やっぱアンタには敵わんな」

 

 こんなのをずっと味わい続けてそれでも折れずに貫いたのだ。

 やはり俺にとって、英雄アルスという存在は少しばかり特別視してしまう相手である。

 

「……どうやっても、行くつもりなのね」

「そういう事だ。わかってくれたか」

 

 すまんなルーチェ。

 俺も出来る限りの必死を見出すが、それでも絶対に戻れる保証など無い。

 坩堝で行う戦闘とは違い命を奪い合う殺し合いだ。相手に命は無いがその存在を奪う事を目的としているし、向こうは俺達を殺しに来ている。ならばどちらかが動かなくなるまで戦い抜いた奴の勝ちだ。

 

「わかった。それなら私にだって、考えがあるもの」

「……まあ、俺もそこまで止めるつもりはない。着いてくるのも不可能だしな」

 

 テレポートは運ぶ人間を選べるので、普通に首都に連れて行かなければいいだけである。いくら身体強化を施しても長期的な走りは難しいのだ。

 

 何かを決めた覚悟の灯った表情に変わって、ルーチェは外へ出て行こうとする。

 

「ステルラ」

「へっ、なに?」

 

 テントと外を区切っているだけの簡易的な入口に手を当てて、そのまま言葉を続けた。

 

「……アンタにだけは、渡さない(・・・・)から」

 

 うお…………

 

 嫉妬心も対抗心も何もかもを隠すことなく吐き捨てながら、ルーチェは外に出て行った。

 

 それを告げられた我が幼馴染はポカンと呆けた後に、その意味を理解したのか焦った表情で俺を見る。

 

「…………ロアは私の事、見捨てないよね」

「お前本当になんかもうダメだな」

 

 ここまで来たのになんでまだ信用できないんだよ。

 

 鈍感系主人公はやっぱりダメだわ。

 溜息を共に諦観を吐き出しつつ、残り僅かな安息の時間を楽しむために思考を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹が立つ。

 

 苛立ちを抑えることもなく、激情を灯したまま足をすすめる。

 

 周りを慌ただしく交差する大人達は私を避けるように、それでいて邪魔だと言わんばかりの表情で見てくる。

 

 ────腹が立つ。

 

 邪魔だと思われることに。

 子供を見るように邪険にされることに。

 私のことを肯定しながら、お前は役に立たないのだと告げてくる大人達に────そして、想い人(・・・)に。

 

 私が弱い。

 そんなことはわかってる。

 誰に言われるまでもなく、自分自身が一番わかっているのだ。

 

 我流で磨き上げた武に身体強化を扱えるだけで、一流の相手には決して敵わない。あのトーナメントで誰と当たったとしてもきっと私は勝つことがなかったのだと、誰よりもわかってる。

 

 歯を食いしばり、今すぐにでも発散したくなる破壊衝動を抑えつける。

 

 ────『あー……うん。あんたは気にしなくていいのよ』。

 

 気にするに決まってるだろう。

 足と片目を失い魔法で無理やり補い、それでもなお戦場に赴く母親を思いやらないわけがない。

 才能を受け継ぐことが出来なかった不良品相手にすら愛情をかけてくれる優しい両親を、失うことを肯定できるわけがない。

 

「…………くそっ……!」

 

 大陸全てを蹂躙する敵。

 かつての英雄が復活し、その剣を振り翳している。

 俄には信じ難いことばかりなのに、そのどれもが真実らしい。

 

 坩堝を割るように現れた純白の人型。

 

 剣の形も、構えも、そしてその振るう剣も何もかもが何処かの誰かと一致していた。

 

 つい目で追ってしまうくらいには気にかけている、想い人と同じだった。

 

 だからわかる。

 嘘ではなく本当なんだと。

 ロア・メグナカルトが言っていたことはほぼ全てが偽りないことであり────彼が英雄の記憶を保有していたということも、この時のために努力を重ねてきたのだと。

 

 コンプレックスを覆したくて、それでも方向性の違う才能しか持ち合わせていなかった自分とはまるで違う。

 

 あいつは最初から英雄だったんだ。

 

 最初から、ああ、そうだ。

 胸が締め付けられる痛みがじんじん滲んでいる。

 

『ああ、そうか。お前は知らないんだな、俺の正体も』

 

 そんな冷たい顔で言わないで。

 そんな突き放すような言い方はしないで欲しい。

 

 咄嗟に出た拳は恐怖を振り払うためだった。

 

『残念だが全てが終わった後に会えるとは思えん』

 

【英雄】なんて二つ名が名付けられるずっと前から、彼はきっと英雄だった。

 

 それがわかってしまった。

 きっと私のことも、紅蓮を継ぐ女のことも、剣に狂った女も真の意味ではどうだっていいんだろう。

 

『俺はステルラに死んで欲しくなかった』

 

 これが全てなんだと、わかってしまった。

 

 ロア・メグナカルトにとって────ステルラ・エールライトこそが惚れた唯一の女であり。守りたいと思った、原初の願いであり。

 

 ステルラ・エールライトだけの(・・・)英雄として、在りたかったのだと。

 

 わかっているつもりだった。

 理解した上で、諦めないのだと誓った筈だった。

 それでも現実を叩きつけられると心は苛立つし、軋むし、泣きたくなる。

 

 ロア・メグナカルトはステルラ・エールライトのことしか見ていない。もし他にも見ている対象がいるのなら、それはきっと師匠のことだけだ。エイリアス・ガーベラという大昔から生きる一人の超越者だけが、彼の世界に入ることを許されている。

 

『お前は弱い』

 

 そのとおりだ。

 

 弱い。 

 絶対に、この先の戦いは私が生き残れる世界ではない。

 巻き込まれてなすすべもなく命を落とすだろう。圧倒的な上位者である母が五体不満足となった時点で、それは悟っている。

 

 …………だけど。

 

「諦めて、たまるか…………!!」

 

 好きな男の視界に自分は映っていない。

 映っていても、それは主役にはなり得ない。どこまでも先に輝いて見える星だけを見つめている彼にとって、近寄ってきただけの誰かでしかないんだ。

 

「諦めて、やるもんかっ!!」

 

 悔しい。

 誰かの一番になれることがない自分が情けなくて、その事実を飲み込もうとしてしまう諦めの早い自分が嫌いで、魔法を引き継げなかったと言い訳を挟むばかりでそれを諦めてしまった自分が。

 

 確かに私に母のような絶対的な氷も、父のような絶対的な水も存在しない。

 どちらの特性もバランス悪く引き継いだ中途半端、それこそが私だ。

 

 付け焼き刃で生き残れる戦場ではない。

 誰も彼もが私を遠ざける理由だってわかっている。

 

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 

 どんな理由も捨て置いて、これまでの私の人生の意味だって投げ出していい。

 ロアとの問答で自覚した私の気持ちは、やっと本当の言葉を生み出してくれたのだから。

 

 死にたくないくせに死ぬことも許容してるイカれた男。

 他人を死なせないと誓っているくせに、自分の命は賭け金にする男。

 …………私が、人生で初めて出会った、心の底から好きだと言える悪趣味な男。

 

 私は、アンタに死んでほしくない。

 

 ステルラのことだけを見ていてもいい。

 紫電の中に私がいなくたって構わない。

 たとえアンタが見てなくても、私はアンタのことを見続けるから。ずっとずっと、星に追いついたその後も、私はアンタのことを想い続けてやる。

 

 そしていつの日にか、ロアが輝きを失うその瞬間に掠め取ってやる。

 その瞬間だけは、私が一番になってやる。

 

 だから────絶対に死なせてやらない。

 

 足りないのなら別から補えばいい(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 その手段はロアが証明してる。

 

 氷と水の祝福(・・)は、未だ世に出てないのだから。

 



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第七話

 

 ルーチェ・エンハンブレに才能は無い。

 

 凡人と比べれば優秀とは言える。

 

 それでも時代を象るような怪物にはなれない。

 ステルラ・エールライトのような埒外の才も、ルーナ・ルッサのような桁外れの魔力も、ヴォルフガング・バルトロメウスのような強くなる心も、ロア・メグナカルトのような人生を全て賭けられる程の愚かさも、持ち合わせていない。

 

 絶対的な強さを誇る両親から生まれ落ちたが、子が全てを引き継げるはずもなく。

 寧ろ引き継いでしまったからこそ、彼女は魔法使いとしては中途半端な実力に落ち着いてしまった。身体強化による物理的な攻撃と、僅かに扱える氷魔法。水魔法に関しては魔力量がネックとなり切り札として扱えない始末。

 

 その事実を受け入れたくなくて、努力を重ねてきても────届かない世界があった。

 

「…………母様」

 

 息を切らして走り続け、どこにいるのかもわからない母親を探し出して、ルーチェは呟く。

 

「……驚いた。どうしたのルーチェ、忘れ物でもあった?」

 

 心底驚いたと言った様子で言葉を続ける女性、ローラ・エンハンブレは椅子に座ったまま足を組む。

 片方の足が氷で形作られて、神経も何も繋がってないのにも関わらずまるで自分の身と変わらない操作精度。不老になり、魔力で構成された肉体を持つ超越者だからこそできる荒業であった。

 

「私を連れて行ってください」

「……? どこに?」

 

 話が掴めないと疑問を押し出しながら、ローラは首を傾げる。

 

 その動作一つ一つが、これから言おうとしている事を愚かだと証明するように感じ、ルーチェは瞠目した。

 

「────戦場に。首都に、私を連れて行って欲しい」

 

 鋭く訝しむ視線へと変化したのを感じ取る。

 先程まで走り回っていた影響から流れていた汗はすっかり引き、実の母親と行う舌戦を前に、冷や汗が一筋流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「やあ、調子はどうかな?」

「ぼちぼちと言ったところです。そちらは?」

「似たようなものさ」

 

 のんびりと休息を取っていた俺達二人の場所に次に現れたのはテリオスさんだった。

 

 金色の髪を整え、整った顔立ちで優しく微笑むその姿は正にイケメン。

 正統派な英雄と言った出で立ちである。

 

「エールライトさんもこんにちは、仲良しだね」

「あっ、あ、はい。こんにちは」

 

 テリオスさんはお前を嫌うような人格してないからキョドらなくていいぞ。

 

 俺を英雄だと褒め称えたうえで、俺の最低な秘密を知っても尚責め立てるようなことをしない聖人だ。テリオスさんこそ俺は英雄だと言い続けてやろう。

 

 ステルラの心配を悟ったのか、苦笑いしながら離れた椅子に腰掛けた。

 

()は君の想い人をとったりしないし、そんなに警戒しないで欲しいな?」

「何言ってるんすか……」

 

 テリオスさんの好みは魔祖だから人格を損なった上位者を好ましく思うのだろう。おや、この文面だけ見れば中々に最悪な性癖をしているように思えるな。

 

 ステルラは可愛いが、シンプルに俺と師匠以外に懐かないし懐く必要も無いと思っている節がある。俺もそれでいいし、ステルラの友人関係が広まるのは嬉しいが異性の友達は本気で作らないで欲しい。俺以外が付け入る隙を絶対に作らないで欲しい。ていうか作るな。お前の人生に男は俺だけでいい。

 

「君らお似合いだぜ」

「なにを今更。俺はこいつの為に人生賭けて来たんだ、お似合いじゃ無かったら困るな」

 

 揶揄うようにステルラに目を向けてみれば、テリオスさんから俺を庇うように身を乗り出そうとしていた。

 

 何してんの? 

 

「ロアはあげませんからっ!」

「どうして俺が奪われる側なんだ?」

「なんか……なんとなく」

 

 そっか……

 

 確かに英雄的な意味では奪われてもおかしくないかもしれん。

 

 俺はかなり好意的にテリオスさんの事を見ているし、テリオスさんもまた(何故か)俺の事を好意的に捉えてくれているのだろう。あの戦いはそれだけ俺達の間を縮めるような価値があった。

 

「俺が女だったのならその世界もあり得たかもしれんな。ねえテリオスさん」

「────ああ、そうだね」

「あ、あ……」

 

 ぐにゃあ~~、と歪んでいくステルラを尻目にクスクス笑いを堪えられていないテリオスさん。

 

 グラン兄弟程の悪辣さは無いが、やはりこれくらいふざけてくれる人の方が好ましいぜ。

 

「ステルラの脳を破壊して遊ぶのもそれはそれで楽しいが、本題に入りませんか?」

「これといった用はないんだけど……」

 

 む? 

 

 じゃあ普通に話に来ただけなのか。

 

「いやまあ、それだけではないんだけどね? ちょっと確認したいことがあったと言うか……」

 

 いまいち煮え切らない回答をする。

 珍しくうんうんと唸りながら言葉を選ぶテリオスさんを尻目に、脳を破壊されて歪んでしまったステルラを見る。

 ハイライトが消えた瞳で呆然としながら俺を見てる姿は恐怖の対象であるが、ブツブツ何かを言ってる訳では無いのでそこまで重症では無さそうだ。なんで今になっても俺の事を信じられないんだ? この女…………

 

「その……復活した人達って言うのは、昔の強い人達なんだろ?」

「俺の記憶の限りでは」

 

 英雄アルス、もう一人の英雄アステル、剣聖フェクトゥス、傭兵セドリック、聖女アルストロメリア。

 

 あの時点で俺がそうだ(・・・)と判断出来たのはそれくらいだった。

 ていうかテオドールさんは如何して正体わかったんだ。グラン家次期当主だしそこら辺の情報も持ち合わせてんのかな。

 

「その中だと誰が一番厄介?」

「聖女アルストロメリア一択ですね」

 

 西の地方を治めていたミセリコ王国第一王女、アルストロメリア。

 

「……英雄たちじゃないんだ。意外だな」

「彼らは勿論脅威ですけど、それ以上にあの聖女はヤバい。人間を辞めてる訳でも無いのに座する者(ヴァーテクス)の攻撃を普通に防ぐ障壁張れる女ですよ」

 

 防護という点に於いてあの人を超える人間はいないんじゃなかろうか。

 エミーリアさんの爆撃を普通に防ぎきった時は流石の英雄も驚きを隠せていないようだった。

 

「それの魔力が無限大にあるとかもう考えたくもない。ルナさんの火力で押し切ってもらう、くらいしか思いつきませんね」

「とんでもないな……剣聖ってのはどうかな」

「二刀流のヤバい人ですね。俺は一度も勝ち越したことがありません」

 

 これ結構変な言い方だな。

 正確には英雄の記憶にある剣聖フェクトゥスにイメージトレーニングで勝ったことが無いという事であり、決して俺が英雄と同一の存在だから過去に戦った事がある訳ではない。勘違いされてしまう。

 

「…………傭兵は?」

「諜報特化の人間だった筈です。戦えない訳ではありませんが、アルスよりは二、三段下の実力です」

 

 他にもいた筈だが一瞬の出来事だったが故に全てを覚えられた訳ではない。

 しかし一番厄介な連中は割りだせたから十分じゃないだろうか。戦後に死んだ人間で上記五人を超える人は居ないと思う。

 

「なるほど……」

 

 顎に手を当てて、テリオスさんは思案する。

 

「……よし。アステルは俺に任せて欲しい」

「…………ステルラに任せようかと考えてましたが」

「君達は二人でアルスにあたってくれ。言っただろう? 俺は『かつての英雄』にはならないが、別の『英雄』を志すのだと」

 

 ヒュ~~~~……

 

 ま、眩しい。

 茶化してる訳では無いが、やはりテリオスさんこそが英雄と謳われるべきである。

 

 そもそも俺も貴方もスタート地点は同じなのだ。

 互いにたった一人の人間の為に英雄となる事を選んだ。俺は英雄などと崇められなくてもステルラさえ生きていてくれればそれでよかったが、貴方は魔祖が泣かないように英雄に成る必要があった。

 

「この戦いを終結させるのは君だ。この戦争を終結させる新たな『英雄』は、君が成るべきだ」

「そう言ってくれるのは有難いが……」

「俺は時間があるからね。百年後でも名を挙げるのは遅くない」

 

 別になりたいわけじゃないんですけどね。

 ならなくちゃいけないっぽいから功績を挙げることを狙っているだけで。

 

 その旨を告げるとテリオスさんは苦笑いしながら、「君らしい」と呟いた。

 

「かつての英雄も、そんな想いから戦うことを選んだのかな……」

 

 問うような口調ではなかった。

 どちらかと言えば自責に近いと思う。

 

 彼は、そうだな。

 俺のような感情から始まったわけじゃない。

 多分彼は底抜けのお人好しだったんだと思う。他人が苦しんでる姿が嫌いで、幸福が周りに集まっていてほしい。その対象に自分がない矛盾を孕んだ、ある種狂った価値観を抱いた男。

 

 自分が不幸を背負えば世界は平和になるのだと、本気で言い放てる人だ。

 

「…………あの人は、そんなんじゃないですよ」

 

 狂った男。

 以前話したように、それに尽きる。

 

「正しい方向に狂ったから彼は英雄になった。それを基準に考えるのならば、狂えてすらいない俺達の行き着く先は果たして……なんでしょうね」

 

 正義に狂えなかった。

 俺は誰よりも自分が大事で、その大事な自分が何よりも大切だと思う僅かな人だけを両手に抱えている。

 

 大切な人間を救うために戦う必要があったから【英雄】などと呼ばれることを許容した。

 

「いやぁ、君は結構狂ってるぜ。俺が保証しよう」

「全然嬉しくないが?」

「普通は一人の女の子のためにそんな苦しまないからね……」

 

 それくらいしかできる事無いしするだろ。

 ステルラに同意を求めようとしたが、コクコクと力強く頷いていた。むかついたので叩いた。

 

「それにとっておきの一撃ってアレだろ、寿命を魔力に変換するやつ」

「は?」

「……えっ」

 

 なんでバレてんの? 

 

 テオドールさんが伝えたのか? 

 いやでも、あの一瞬でそこまで理解が及ぶものではない。生命力全てを魔力へと変換し攻撃に充てる一撃必殺、現代に伝わっていない訳ではないけれどその存在はあまり公に明かされていない。

 

 長年英雄に関しての資料をかき集めていた俺が言うのだ、間違いない。

 

 ではなぜテリオスさんが知っているのか、という話なのだが……

 

「たった数年だけど、俺は君より年上だ。年齢を重ねていると言うことはつまり、その分経験を多く積んでいると言うことで────要約すると、それに手を出したことがあるからだね」

「それ魔祖さまに死ぬほど怒られませんでした?」

「死ぬ前に座する者(ヴァーテクス)に覚醒したからセーフだ」

 

 なんだこの才能お化け……

 

 心底震えて恐れを抱いてしまった。

 俺は現代に生きる人間で最も才覚があるのはステルラだと言い続けてきたが、ここでその絶対的な法則に揺らぎが生じた。

 

 この人は化け物だ。

 今それを確信した。元々恐ろしい怪物だとは考えていたが、その想像ですら温い。

 

「あの時はやばかったなぁ。テオの黒炎が想像よりも厄介でさ、長期戦になれば不利になるのはこっちなのに三日位戦い続けてたからね。最後に全部搾り出そうとして間違って撃っちゃったんだよ」

 

 やば…………

 

 師匠、どうやら貴女はまともな人だったようです。

 友人との戦いでガチガチに命すら投げ出してしまう狂人が現代に生まれてしまった事実を胸に受け止め、師匠の評価を上方修正した。

 

 それと同時にテリオスさんのまとも度を下方修正した。

 

「……ごめん、話を戻そう。俺は言いたいのはね、メグナカルトくん」

「ロアで構いませんよ」

「…………そういう所だぜ。ロアくん、命を投げ捨てるのを俺は止めない。止める権利もない」

 

 そりゃそうだ。

 テリオスさんの立場からすれば、英雄を抑えると豪語しているやつの切り札が自爆技だったとしても、それで本当に英雄を倒せるのなら止める訳がない。

 

 私情を込みにすれば止めてくれるだろうけど、そうはいかん。なんてったって大陸の危機なのだから。

 

「現に一度放り投げてる俺が言えたことじゃないしね。それをきっかけに君が覚醒する可能性もある」

「そう上手くいくとは思いませんけど」

 

 もしそうならさっさと覚醒して欲しいんだが? 

 

 いつまでもないものねだりはしたくない。

 

「でもまあ、そうだな。君が死んでも守りたいと思う相手が、黙って守られることを良しとするかは別問題だ」

 

 ……………………痛い所をついてくる。

 

「俺は止めない。ただ、君がどうしても守りたいと思う彼女が黙っているかは、わからないよ」

 

 そう言って立ち上がり、テントから出ていく。

 色々衝撃発言をしてくれたのだが、一番最後の言葉が一番厄介だった。

 

「…………ロア」

「どうした」

 

 ステルラと顔を合わせないように地面を見つめる。

 

「結局聞きそびれてたけど────そういうことなんだよね?」

「…………ああ」

 

 有耶無耶に出来ないかと黙っていたんだが、それを察したのかテリオスさんにバラされてしまった。

 

 全く、善性の塊のような男だ。

 

「俺は命を犠牲にしてでも勝つつもりだ。師匠を死なさないために、お前が死なないように、俺自身の命を対価に勝利を得るつもりでいる」

 

 その瞬間まで黙っていたかったがそれは敵わなかった。

 嘘をついても見抜かれるだろうし、ここは正直に答えるしかない。

 

「なんと言われても曲げるつもりはない。俺はお前を死なせないためにここまでやってきた。この大陸の未来も、統一国の行方も、十二使徒たちの因縁だって本当はどうだっていい。ただ一つ、お前と師匠だけがいればよかった」

 

 いつの間にか抱え込んだものは増えたが、それはそれ。

 

「お前が俺に死ぬなと願ってもそれを守れるとは言えない。悪いな、ステルラ」

 

 改めてステルラへと目を向ける。

 

 しっかりと俺を見据えて、珍しいことに、なんらかの意思が瞳に宿っているように見えた。

 

「…………そっか……」

 

 それきりステルラは静かになり、およそ十分ほど無言で過ごした。

 

 悪い気分ではなかった。

 それどころかむしろ、どこか解放されたような気持ちだった。

 

 生まれ落ちて数年で抱いたこの目標を、とてもいい形とは言えないが、それでもやっと迎えられたのだ。失敗すれば全てが崩壊する最悪の盤面でもなお、やっとこの場所まで辿り着いたのだという実感がある。

 

 最悪な人間だからな。

 世界が平和でなくなったことよりも、俺の人生が無駄じゃなかったのだと少し安堵してしまった。

 

「…………うん、決めた!」

 

 俺が胸中で気持ちの悪い独白をしていると、ステルラが立ち上がり大きな声で言う。

 

 幼い頃に何度も見た。

 明るくて元気で、天真爛漫という言葉がよく似合う大好きなお日様。俺の事情など知ったことかと言わんばかりに俺を連れ出し、苦しみへと導き続けた諸悪の根源。

 

「ロアは私を守ってくれる?」

「ああ。傷一つ負わせない」

「師匠のことも救ってくれる?」

「ああ。完膚なきまでに」

「なら────私がロアを守るよ」

 

 ……………………そうか。

 

「宣言する。誓ってもいい。誰にも負けないって誓って、これまで有言実行してきたんだから──ロアを守ることくらい簡単だもん!」

「お前俺に喧嘩売ってる?」

「ち、ちがわいっ!」

「其方が喧嘩のつもりでなくても此方は喧嘩だと受け取ることもある。いい経験になったな」

「ちょ、ちょっと待ってロア! 言い訳を、言い訳をさせて!」

「待つわけあるか! ウオオオオオ────!」

 

 これまた珍しいことに。

 

 いつもならば長々と弁明を繰り返す俺の感情は鳴りを潜め、素直に受け取ることを良しとした。

 

 ステルラの宣誓は決して不快なものではなく、なんというか、その……真の意味でやっと互いを理解し合えたのだと悟った。

 

 俺が一方的に想いを抱き続ける訳でもなく、ステルラが一方的に想いを隠し通しているのでもなく、俺たちは今やっとスタートラインに立てたのだ。

 

 それを正面から吐き出すのは少々気恥ずかしく、紛らわせるために飛びかかりしっかりと雷撃を体に刻まれたところで、照れ隠しをしているという事実に気が付き────遺憾ながら、嬉しいと思ってしまったのさ。

 

 

 

 



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第八話

 

 束の間の休息を終え、俺達は再度作戦本部へと足を進めていた。

 

 慌ただしい喧騒は未だ終わらず、寧ろこれから最後の攻勢を行うからこその緊迫感が張りつめている。

 

 そんな空気を感じ取っているのかどうなのかはわからないが、隣を歩くステルラはいつものポワポワした顔つきではなく真剣な表情であった。流石のコミュ障でも現状の苦しさは理解できるらしく、物珍しい物を見たと面食らっているところだ。

 

「……なんか失礼なこと考えてる?」

「顔立ちが整っているなと改めて認識していたところだ」

「へぇ~…………えっ?」

 

 今日も俺の勝ちという事でよろしいか。

 

 レスバトルにおいて最も重要なのは相手の意表を突き動揺を誘いまともな思考を奪う事で反論を寄せ付けない事である。俺はこうやって幾度となく勝利を重ね代償として拳を浴びて来た、間違いない。

 

「……私が可愛いってこと?」

「己惚れるなよ」

「はい…………」

 

 こう言い続ける事でステルラは自己評価が低いままで俺に依存し続けるってワケ。

 

 我ながら中々に最低な手法を使っていると自覚があるが止める訳にはいかない。今はまだ俺しかステルラの魅力に気が付いていないからいいが、こいつが本来の明るさを取り戻してしまえばあっという間に周囲の視線を集め人気者になり面倒な貴族様とかが寄ってくるだろう(※寄ってきません)。

 

 しょぼしょぼ顔を渋くさせたステルラを横目に、いつの間にか作戦本部前まで辿り着いていた。

 急ごしらえの建物にしては立派であり、古い英雄の記憶でも利用したことは一度も無さそうなので戦後に何かしらの意図をもって建てたのだと推測する。

 

 こうなること(・・・・・・)を予想してたとは思えんし、中途半端な山脈に打ち立てられた施設なんてなんのために使うのかもわからん。

 

「入らないの?」

「……ああ、行くか」

 

 ぼうっと考えていたら復活したステルラに促されたので中に足を進める。

 

 一階建てで会議室とその他四つ程度の部屋しかないプレハブ小屋に近い何かではなるが、この緊急時では十二分に機能を発揮してくれていた。持ち運びさえちゃんと行えば単体で利用可能な魔道具の存在がデカく、それなりに衛生的な医療空間を保てているのはそれのおかげだ。

 

 それも限界に近づいてきている。 

 正直言って、あと一週間も持たないのは明白だった。

 それは多分、ここにいるすべての人間が察していることだろう。

 

「ロア、だめだよ」

「…………急に察しが良くなったな。どうした?」

「もうっ! ……ロアを支えられるのは今は私しかいないからね」

 

 …………なるほど、お前らしい切り替え方だ。

 

 師匠が堕ち、俺を精神的に導いてくれる人はいなくなった。

 要するに俺が矢面に立ち人々を先導しなければいけない立場になり、その余裕を癒してくれる人間が誰もいないことを危惧してこいつは切り替えたのだろう。じゃあなんですか、普段は師匠がいるから俺に何やってもいいと思ってたの? こいつ……

 

「……いや、それはその…………ちょっと心境の変化というものがございまして……」

 

 安心と信頼のナチュラルボーンコミュ障ステルラ・エールライトをよろしくな。

 

「う、うぎぎ…………」

 

 どこかで見覚えのあるリアクションを取る幼馴染。

 俺と再会した時にそれくらい割り切り出来てる女だったのならと一瞬思案したが、それではこいつの魅力が全世界に晒されてしまうのでやはり今のタイミングがベストだと結論を出した刹那の思考で断ち切った。

 

 他に比べて大きい設計になっている扉を開けて、数時間前に訪れた作戦室へと足を踏み入れる。

 

「む、ようやく来たか」

「時間には遅れてない筈だが」

「こういう時は年長者より早く来るもんじゃろうが!」

 

 この女……自分が誰よりも偉くなったから好き勝手常識語ってやがる……

 

「うるせーよアルスにフラれたくせに」

「死ぬか? クソガキ」

「大変申し訳ございませんでした。英雄アルスは貴女様の事をお慕いしておりますゆえどうかご容赦を」

「なっ、情けな……」

 

 おいおい侮るなよロカ・バルトロメウス。

 

 こんなもの序の口だぜ。

 

「でもアルスの本命は別の人ですよ。教えてあげましょうか?」

「もう黙っててくれる? 多分悪い方向にしか進まないわ」

 

 ロカさんが額に青筋を浮かべながら脅してきたのでしょうがないから黙ることにする。

 

 このまま二度と会えない可能性もあるので好き勝手言って遊んでやろうと思ってたのに〜。

 

「儂はフラれた訳じゃない! ちょっと間が悪かっただけじゃ!」

「……母さん…………」

 

 必死の弁明を繰り返す魔祖を見てテリオスさんが死んだ目になった。

 

「アルスの本命はエミーリアさんなんで、そこら辺押さえといてもらっていいですか?」

 

 ──空気が死んだ。

 

 ふむ、これはどうした事だろう。

 既に部屋の中にいたルナさんの表情はいつもと変わらないが、どこかハイライトが消え失せているように思える。

 

 魔祖は弁明した顔のまま固まっているしロカさんは引き攣った笑みを浮かべたまま、テオドールさんは笑みを深くして心底愉快と言った顔つきでいる。性格悪い奴が一人紛れてるな? 

 

「スゥ────ッ…………それ、本当?」

「ええ、まあ……俺は別人ですが、強い感情は伝わるって話はしましたっけ?」

「なんとなくは」

「つまりそういう事です。旅の終わり、最後にエミーリアさんと二人でのんびりと過ごしてたあの記憶はなかなかにクるものがありましたよ」

 

 ロカさんが頭に手を当てて天を仰いだ。

 

「ああ、そういう……そういう事…………ああもう最悪……」

 

 ロカさん本命はアステルさんだったし別にそんな警戒する事なくないか? 

 

「黙らないと殺すわよっ!」

 

 ヒェッ……

 

 ポーカーフェイスを貫いているが冷や汗タラタラである。

 しかし地雷踏みつけまくるの楽し〜〜〜! 俺が逆立ちしても勝てない超越者たちが一人の記憶でぐちゃぐちゃに翻弄されてるのは無様という他なく、具体的には、テオドールさんがゲラゲラ声を上げて爆笑しているのが全てを物語っていた。

 

「…………ロアくん。お師匠と英雄アルスは、つまり……」

「そういう事ですね」

 

 エミーリアさんは英雄の最期に間に合わず、英雄はエミーリアさんを(おそらく)その手で殺害した。

 

 最悪だ。

 最悪すぎる。

 こればかりは笑っていられない最悪さだが、俺たちはそれを受け入れなければならない。

 

「……なぜいまそれを…………」

 

 魔祖が声を絞り出した。

 

 死ぬ間際に暴露してやろうと思っていた秘密をここぞとばかりに今放出しているのは他でもない。

 

 誰に知られるまでもなく死ぬくらいならば、皆に共有しておこうという純粋な気持ちだ。

 

 俺の原点でもある、英雄の記録を全て公開するという夢。

 そんなことは出来ずロア・メグナカルトという不出来な英雄としてこの場に足をつける羽目になっているが、それでも俺はあの男に憧れと憎しみを抱いているのだ。故に、仮に俺が死んでも、後世に遺したい話というのはある。

 

 だって俺が死んだら誰も真実を知らないままだろう。

 

 そんなのは嫌だ。

 あの男が評価されていないなんてごめんだ。

 俺を地獄に叩き落とす理由であり、俺が平和な時代に生まれることが出来た恩人であり、唯一手を届かせたいと願った幼馴染の隣に立つこととなった恩師。

 

 そしてあと純粋に、超越者たちを手玉に取る快感を味わっておきたかったから。

 

 最後の一文以外の旨を伝えるとどこか納得したような、それでいて納得できないような不思議な表情へと変わった大人たち。

 

「余計負けられない理由が出来たじゃないの…………」

「おお、それは良かった。アルスも滅ぼしてくれる事を望んでいるでしょう」

 

 確実に言えることは、今の現状を彼は決して許さないこと。

 戦争の遺物が未来に影響を与えることなど許さない、あの戦争は大人たちが背負うべき責務だと彼ならば言う。人らしい欲望を持ち合わせながらそれらほぼ全てを封じ込め、【英雄】というシンボルに成りたいと謳ったあの男ならばそう言う。

 

「他にアルスのことが聞きたければ俺が帰ってくることを祈っていてください。俺だって死ぬ気は毛頭ありませんが、何せ相手は彼ですから」

 

 皮肉気に微笑めば完璧だ。

 俺からやる仕返し(八つ当たりとも言う)はこれくらいでいいだろう。

 これを理由に奮起してくれれば俺たちは首都から戦力が引いていき俺たちは有利に動けるようになるし、外側からジワジワ戦線を追い詰めてくれれば寿命が伸びる。

 

「お前も大概だぞ、メグナカルト」

「俺なんかを一緒にしないでください。テリオスさんが一番相応しい」

「そこで俺に投げるのは勘弁して欲しいんだけど……」

「【英雄】の記憶をもつ男に認められて負けるわけにはいかんな? テリオス」

 

 これまた楽しそうに微笑むテオドールさんの言葉に苦笑いしながら、テリオスさんは柔らかく笑った。

 

「俺達は偉人の強さを知らないからね。絶望よりも希望を抱く方が容易いのさ」

「そういうことになる。もしかしたら俺達の方がやる(・・)かもしれんぞ?」

 

 心強い二人だ。

 

「ヴォルフガングは……なんでもいいか」

「未知の強敵と戦えるのならば俺は構わんぞ」

 

 流石に母親の過去について気になるところはありそうだが、それはそれとして割り切ってるこいつの精神力は一体どうなってるんだ? メンタル最強すぎんだろ……

 

「なに、今はまだ未熟だが──百年後の大地で最強に成れればいい。そして更なる高みを目指し続ければ、自ずと周りも強くなるだろう?」

 

 やば……なんなのこいつ……

 先程のテリオスさんが放った爆弾発言にも引いたが、それ以上に引いている。

 

「二度と俺は戦わんからな。勝ち逃げしてやる」

「ワッハッハ! あと一回くらいは戦ってもらうぞ!」

 

 嫌すぎ〜〜〜! 

 先程から黙っているステルラを覗き見れば、俺を見てニコニコ楽しそうにしていた。

 

「どうしたステルラ」

「え? なんでもないよ」

 

 そうか。

 

 戦の前、ひとときの交流をしていたところで扉が開く。

 

 あと来てないのはエンハンブレ夫妻だったか、あの人たちは一族と言っても過言ではないくらい広い家系だし準備も必要だったのだろう。

 

「待たせて悪かったわね」

「……あら、ローラ。もしかして」

 

 ロカさんがニヤリと笑みを浮かべた。

 それに釣られて視線を移して見ると、一体どうしたことだろうか、なぜかルーチェが同伴していた。

 

「ま、そういうことよ。用意だけはしてたからね」

 

 うん? 

 

 意味深な事を呟くローラさんに続き、ニコさんも言葉を紡ぐ。

 

「ロア・メグナカルトくん」

「なんでしょうか」

 

 俺の肩に手を置いて、おっ、ちょっと圧力感じるぞ。

 

 笑顔は崩さないまま威圧感を醸し出しつつニコさんは続ける。

 

「君はヒモになりたいそうだね」

「はい」

 

 威圧感が二割増しになった。

 

「……女性を侍らせることにも躊躇いは」

「ありませんね」

 

 さらに三割ほど増えた気がする。

 心なしか肩口が冷たくなってきたが? 

 おそらく地雷を踏んでいるのだと理解しながら、それを曲げるのは俺のプライド(消えかけの僅かなもの)にぶち当たるので堪える。

 

「…………ふぅ……………………」

 

 大きなため息を吐きながらも徐々に威圧感は収まっていく。

 一体何がしたかったのだろうか、今更俺に倫理を説いても遅いぜ。育ちに倫理がなかったからな。

 

「娘をよろしく頼むよ、英雄くん」

「言われなくても手放しません」

 

 せっかく俺を好いてくれた女性をわざわざ手放すほど酔狂な男ではない。

 嫉妬や羨望という醜い感情に浸かって生きてきたのだ、独占欲や自己顕示欲が少しなりとも噴出してもしょうがないだろう。そんな男に引っかかる方が悪いのであって俺は悪くない。

 

「ルーチェ。無茶だけはしないように」

「……ありがとう、お父様、お母様」

 

 おいおい、なんでかよくわからんがルーチェも来る流れじゃないかこれ。

 

 死ぬだけだ。

 それを二人が理解してないとは思えない。

 

 そんな俺の内心を察したのか、ローラさんが微妙な顔をしながら説明してくれた。

 

「ルーチェには私たちの祝福を与えたわ」

 

 ……………………? 

 

「元々持ち合わせていた氷と水、中途半端に混ざり合ったそれを完全に融合させる祝福。複雑なものは刻めないけど、私たちの血を引く実の娘だから可能だったのよ」

 

 …………へぇ。

 

 ルーチェに祝福を与えたと。

 水と氷の魔法適正をどうにかしちまう祝福を。

 

 ルーチェの表情を見る。

 心底嬉しいと言った様子ではない、何かを噛み締めるような顔つきだった。

 

「…………何よ」

「いいや、なんでもない。俺の所為か?」

 

 とても抽象的な問いかけだったが、その意図を察してくれたらしく、静かに答えを呟いた。

 

「……そうよ。全部ロアの所為なんだから」

「……それは悪いことをした。ありがとう」

 

 ルーチェにとってのコンプレックスの源。

 彼女が人生を賭けてでも抗ってみせるとしたそれを解決する神の一手。俺たちが欲しい欲しいと欲しがってしょうがなかった、なんでもありのズル。

 

 それに手を出させてしまった。

 

 どれだけの葛藤があったのだろう。

 お前が心に抱えていた闇を飲み込んでまで、そこまでする必要はあったのか。この戦いのためだけにこれまでの全てを無に帰したルーチェに、報いることは出来るのか。

 

 それらを俺が口に出すのは憚られた。

 

「おめでとう。お前もこれで天才(・・)の仲間入りだ」

「…………あまりいいものじゃ無いわね」

 

 そうだろう。

 

 俺もずっとそうだった。

 今だってそうだ。誰かの借り物で力を威張る事ほど情けないことはない。

 

 それでもそうやって生きていくと決めてしまったからには、そうするしかないのだ。

 

 頑張って生きていこうじゃないか。

 互いに誰かの借り物で威を張ると決めたもの同士、傷跡舐め合って醜くな。

 

「────これで戦力は出揃ったか」

 

 俺達の会話が一区切りしたと判断したのか、テオドールさんが切り出す。

 

「首都に突入するのは計9名。人型の数は正確には不明だが、おそらく7体程度。ヘイトを稼ぐ役目をベルナール、ヴォルフガングにやってもらう」

「……仕方ないですね。無事に終わったら貸しにして頂きたい」

「役割をしっかり果たしたのなら聞いてやろう。ヴォルフガングはどちらかと言えば全体の調整をやれ、死にそうになったやつをフォローしろ」

「随分な大役だ。拝命した」

 

 ヴォルフガングのことめっちゃ高評価してるな……

 まあその気持ちはわかる。戦いが好きで強くなることに重きを置いており、なおかつ戦闘中冷静に立ち回れる頭脳。百年前に生まれてたら確実に最強の一角として現代まで生き残ってるだろうし。

 

「ルーチェ・エンハンブレとルーナ・ルッサは坩堝から少し離れた場所で戦闘を行え。二体引き受けてくれれば十分だ」

「わかりました。ロアくん、終わったら聞かなければいけないことが沢山あるので絶対に死なないでくださいね。死んだら追いかけますから」

「一体くらい軽く捻り潰してやるわよ。勝手に死んだら許さないからね」

 

 なんで俺に飛び火してんの? 

 おいテオドール何笑ってんだ。笑い事じゃねぇんだよ。

 

「俺、テリオス、ソフィアの三人は坩堝周辺で敵を堰き止める。理想を言えばここで【英雄アルス】以外全てを請け負うぞ」

「それは…………負担が大きすぎませんか?」

「お前達に負けたから信用できんかもしれんが、これでも自信はある。三日三晩戦い漬けになったのも初ではないからな」

「そのことは謝っただろ?」

「謝ってどうにかなるものではないだろうが……お前達二人の机から出てきた遺書を見て気が気でなかったんだぞ」

 

 この二人は本当に何してんの? 

 ここ数時間でテリオスさんとテオドールさんのヤバ狂人度具合が急上昇している。もしかしてヤンチャし終わって落ち着いた時期だからまともに見えただけで、入学したての時とかもっとオラオラだったのか……? 

 

 ソフィアさんからは苦労人のオーラが滲み出ていた。

 

「しかも見つけたら血だらけで死にかけてるし、片方は人間辞めてるし、お前達は問題児だ」

「あれだけやって母さんには愚か者がとしか言われなかったからね……」

「う゛っ!」

 

 魔祖、嘘だよな。

 コミュニケーション下手すぎという代償に絶対的な魔法技能を手に入れた超越者の姿がこれだ。無様なもんだぜ。

 

「ふっ、話を戻すぞ。メグナカルトとエールライトは────言わなくてもわかるな?」

 

 ニヒルな笑みを浮かべ、俺たちに視線を投げてくる。

 

 ああ、言わなくてもわかってる。

 こんなにもお膳立てして貰って、選択肢を間違えるわけがない。

 

 たかが英雄の記憶を所持するだけで、特別な才能を持たない俺に、ここまで状況を整えてくれた。

 

 感謝の言葉程度では言い表せないくらい有難いと感じている。

 

「この戦いを終結させ、俺が新たな【英雄】に成る」

 

 この連鎖はここで終わらせる。

 英雄大戦を終わらせた過去の【英雄】を倒し、負債を全て精算した新たな【英雄】に成ろう。

 

 そうしなければ救われないのなら。

 そうする必要があるのだから。

 何よりも、俺がしたいから。

 

 師匠を救いステルラを生かすためには、こうするしかないんだからな。

 

 そして。

 

 ────…………すみません、エミーリアさん。

 

 貴女に手が届かなかった。

 もっと早く手を伸ばしていれば、もしかすれば届いていたかもしれない。

 後悔は何度しても足りないくらいだ。いつだって胸中に渦巻くのは後悔と嫉妬と羨望ばかり、まともな感情なんてありゃしない。

 

 こんな男が英雄に成りたいだなんて、とんだ笑い話だぜ。

 

「俺は、英雄になる」

 

 自虐も罵倒も何もかも仕舞い込んで、もっとも見慣れて付け慣れない仮面を被る。

 

 見本はいつだって見れたから、ぶっつけ本番でもさしたる問題はなかった。

 

「英雄────ロア・メグナカルトだ。全てに決着をつけに、行くぞ」

 

 全てが集結する首都。

 

 その中心に位置する、英雄がいるであろう坩堝へと。

 

 



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第九話

 

 いざ決戦へ、と意気込んだのは良いものの、陸路で首都まで侵攻する訳にはいかない。

 

 厚く広がった戦線を越えて中心地まで赴くのはリスクがデカすぎるし何より時間が掛かり過ぎる。俺達に残された時間は多くないのだから、最短距離で向かわねばならない。

 

 その事情はよくわかっている。

 わかっているし理解しているが、だからと言って積極的に危ない目に遭いたい訳じゃないのだ。

 

「は~~~~~……」

「もー、いつまで文句言ってるのさ」

「お前は空飛べるんだからいいかもしれんが、空を飛ぶことも勢いを殺す事も出来ない一般人からすれば高高度からの落下など自殺に等しいことだ」

 

 作戦はこうだ。

 

 首都上空へと魔祖のテレポートでぶっ飛び、そこからは各々何とかして首都に着地。

 

 以上。

 

「…………儂だって無理があるのはわかっとる」

「これで戦う前に死んでも呪わないでくれ。全てはステルラ次第だ」

「任せてよねっ」

 

 スイッチを切り替えたステルラは頼りになる感じがしているが、これは幼き頃の傍若無人スタイルに戻っただけなのでその内俺が割と食うことになるだろう。

 

「ほう、英雄でも落下死は恐ろしいのか」

「アンタも飛ぶ手段は無いでしょうに」

「俺はこいつを使うから良い」

 

 そう言いながらテリオスさんの事を指差した。

 

「テリオスさん、反撃するべきだ。どうせ愛しの婚約者に助けて貰えますよ」

「おい」

「はっはっは、そうだね。俺の事なんかすぐ忘れてイチャイチャしだすに違いない」

「おい!」

 

 銀色の髪を後頭部で纏め上げ動きやすいようにしたソフィアさんが額に青筋を浮かべて怒鳴る。

 

「……テオドール(・・・・・)、少しは真面目にやれ」

「今はテオ(・・)と呼んでくれないのか?」

「くたばれ」

 

 実の婚約者に死ねと告げられた男は楽しそうに笑ってる。

 

 いい空気吸ってやがるぜ、流石はグランの家系。

 これが実質的に国の中枢全てを掌握していたという事実があるのだから、そりゃあ戦争だって起きるだろうと思ってしまう。テオドールさんがそんなことする人だって意味じゃないぞ。

 

 一通り周囲を煽り気が済んだのか、先程まで纏っていた緩やかな空気を一変させ、真面目な表情を作り話を始めた。

 

「なぜわざわざ空からを選んだ?」

「……フン。さっき一度だけ転移して状況を確認してきた」

 

 魔祖の声色は優れない。

 いい事は起きてなさそうだ、少なくとも良くない事が起きた事だけは間違いない。

 

「首都全体を閉じ込めるように、魔力障壁が展開された。おそらく昔と同じパターンじゃな」

 

 …………なるほどな。

 

 それはつまり、正真正銘アルスの時を再現しているという事か。

 

 つくづく因縁というものを痛感させてくれるぜ。

 英雄なんかにはなりたくないと言っていたのに、いつの間にかそうならざるを得ない立場までやってきた。そのお膳立ては意思を失くした英雄がやってくれたし、後は倒すだけと。

 

「ゆえに、まず侵入するために破る必要があるのだが────」

「呼ばれてやってきました、ロアくん愛しのアイリスです」

 

 桃色の髪が所々赤く染まり、制服にも血が滲み、特に頬辺りに飛び散った血がとても特徴的な女性──アイリス・アクラシアさんがひょっこり顔を出した。

 

「いや~、お久しぶりだね。ロアくん元気だった?」

「……もしかしてずっと戦ってました?」

「…………あんまり近寄らないで欲しいかも」

 

 怪我はしてなさそうだが、その……結構強烈な臭いがした。

 久しぶりに嗅いだから一瞬驚いたが、ぶっちゃけあの山暮らししてたときに人間が発せられる最大限の激臭に悩まされていたので今更である。

 

 躊躇わず一歩踏み出すとそれに合わせて下がられた。

 

「はよせい」

「あっ、はい。という訳でこれ」

 

 そう言いながらアイリスさんは剣を突き出した。

 

 赤黒く光り胎動するような脈動を繰り返すその一振りは、間違いなく簡単に手に取っていいものではなかった。具体的に言うなら呪われた剣、ていうかこれ、どっかで見た事ある気がするんだが……

 

「聖なる祝福を授かった剣を聖剣と呼ぶのなら、魔の祝福を授かった剣はなんと呼ぶか」

 

 恐る恐る左手を伸ばす。

 利き手である右で握っても良かったが、なんだかそれは嫌だった。

 だって師匠の祝福は右手に多めに刻まれてるし? それに干渉とかなんかされたくなかったし、ちょっとやだ。

 

「お前の記憶にそれ(・・)はあるか?」

「…………朧げにしかない。これは?」

 

 左手で握り締めると、違和感が生じる。

 

 気持ちが悪いような気持ちがいいような矛盾した感覚。胸の奥底から吐き出したくなる感情と、その剣先を早く何処かへ振りかざせと強制させるような意思。早い話が、これは呪いの類ではないだろうか。

 

「…………ほぉ、腐ってもあやつの記憶を持つだけはある」

「それ言って後悔しないか?」

「ええいやかましい! それは所謂魔剣────敵を殺す、壊すことに特化した剣だ。常人が持てば容易く飲み込まれるだろうよ」

 

 魔剣。

 

 その概念を耳にしたのは初めてだが、聖剣があるなら魔剣もある。

 光芒一閃は聖剣に分類していいのか? あれも言い方を変えれば斬る事を目的としてるから魔剣の類では……

 

「そうでもない。魔剣の使用者は大体ぶっ壊れるからの」

「なんてもん渡してんだこのロリババア」

「あ~……その、それ欲しがったの私だから……」

 

 アイリスさん? 

 

 にへらと疲れた笑顔で笑う彼女は明らかに先程まで戦っていたであろう汚れが身についている。

 

「私は他の人みたいに君を励ましたり、助けたり、器用な事が出来る訳じゃない。……斬る事しか出来ないからさ」

「……何日間戦ってるんだ」

「三徹はしたかな」

 

 背中に突き刺さる視線が痛い。

 

 テリオスさん。

 言わなくても流石に俺だってわかる。明らかに重たい愛を俺に寄せてくれてる人をどうにかしろという視線を送るな。あんたも大概だぞ。

 

 テオドールさん。

 絶対お前面白がってるだろ、堪えてる声が聞こえてくんだよ。いい加減にしろよ。

 

「あー…………アイリスさん」

「なに?」

「とりあえずこれは預かります。二度とそういう事するなよ」

 

 確かにアイリスさんはあの怪物を相手にするのならばまあまあ適任だろう。

 

 現代でも有数の剣の腕を持ち、唯一扱う魔法は魔力の剣を作り出す事。

 最悪普通の剣でも十全の戦闘力を発揮できる彼女にとって、魔力で構成された動きの遅い怪物など難しい相手ではない。精神力もずば抜けており、戦場に於いて高揚し愉しむことが出来る天賦の才も持ち合わせている。

 俺なんかよりよっぽど戦いの才能に溢れていて、それを生かす事も出来る性格。

 

 戦い続けても問題は無いように見える。

 

 ────だが。

 

「受け入れてやるとは言ったが、突き抜けて良いとは言ってない。貴女がそうならないように俺が全部解決してやるから、寝て休んでろ」

 

 あの怪物が血を出すとは思えないから、きっと負傷した仲間たちの血だろう。

 周囲で傷ついて行く人を無視していたのならあれだけ付着しないだろうし、しっかり庇って撤退とかもしたと推測する。制服ボロッボロだしな。

 

 剣を振るいたくなる全能感が溢れてくる。

 麻薬か何かか? 戦いにおいて必要な要素が大体詰まってるんだろうが、日常生活を送るにあたって支障しかない効果を催しているのは如何なものか。魔祖が直々に渡してんだからそこまで酷くないのはわかるけども。

 

「…………んふふ」

 

 左手に赤黒い剣を携えた俺を見ながら、アイリスさんが小さく笑った。

 

「なんですか」

「ん~ん、なんでもない。ちゃんと帰って来てよ?」

「善処はします」

「任せといてください!」

 

 ステルラが元気に割り込んで来た。

 

 まあいい。

 しょぼしょぼしてるステルラも見てて楽しいが、結局のところ、おれに対して色んな事を仕出かしたのは昔のステルラだ。例えお前が進歩する事を拒み昔に戻ったとしても、約束通り肯定し続けよう。

 

「ごめんね、力になれなくて」

「十分です。これをアイリスさんの代わりだと思うには少々禍々しいんだが……」

 

 多分血を吸って喜ぶタイプの剣だろ。

 俺とは真逆の精神だ。アルベルト辺りにぶっ刺しておけば平和に解決しそうだな。

 

「一つ聞いておく。魔祖、これは何処産だ?」

「さてな。効果は把握しておるが時代まではわからぬ」

「……効果は?」

「斬りつけた先にある魔力を消滅させる」

 

 えぇ……

 

 これで斬れば万事解決じゃん。なんてご都合主義ソードなんだ……

 

 そんな俺の内心を察したのか、呆れながら魔祖が言葉を続けた。

 

「残念な事に限界があるらしい。お前の剣もそうだろう?」

「ちっ……そう上手くはいかないか」

「流石にそれで決着付けたら師匠も微妙な顔すると思う」

 

 そうか? 

 全部綺麗に終わらせたら万事解決で許されねぇかな、俺も楽だしこれ以上の被害が極限まで抑えられたという事でラッキーだよ。

 

 要約すると、この魔剣は斬りつけた先の魔力を消滅させる効果があるらしい。そしてその許容範囲には上限があり、雑魚をひたすら殺し続けるのには一切支障が出ないが、アルスやアステルですら破壊して逃げ出す事が叶わなかった障壁を一度でも斬りつければ────その時点で折れるだろう。

 

「片道限定、なんとも世知辛い加護だな」

「帰りの分は既に握ってるじゃろが」

 

 粋なことを言う。

 アンタにそんなセンスがあったとは驚きだ、とおどけて煽ろうとしたが額に青筋が浮かんでいるのを見て中止した。俺の人格も大分掌握されて来たと見える。

 

「…………はふぁ、なんか眠くなってきちゃった」

 

 アイリスさんが口元を抑えながら欠伸をする。

 隈はえげつない事になってるし髪も大荒れ、あの夏の夜でさえここまで酷くはならなかったのだからやはり戦場においてアイリスさんは爛々と輝く人のようだ。

 

「楽しめましたか?」

「────……うーん……」

 

 一度考える仕草をとり、少しだけ眠そうに頭を揺らしながら、それでも答えてくれた。

 

「あんまり。私斬り合うのは好きだけど、人の不幸が好きな訳じゃないからね」

 

 聞いてるかアルベルト、聞こえてますかテオドール。

 

 つくづくあの赤髪の友人は性格が悪いのだと再認識させられる。でも師匠の恩人だからな……くそっ、板挟みってのはこうも辛いのか。

 

「あんな形で血を見るのは好きじゃないよ。だから────また、私とも斬り合おうね?」

「……………………年に一回くらいなら……」

「めっちゃ嫌そうじゃん……」

 

 本当に嫌なんだもん……

 何度も言っているが、俺は進んで痛めつけられたい訳ではない。強くなるためには痛めつけられるのが最も効率が良かったからそれを許したのであって(恨みはしている)、この事変さえ乗り越えれれば俺を縛るものは何もなくなるのだ。

 

 つまり自由。

 つまり自堕落。

 俺は晴れてヒモニートになることを許されるという訳だな。

 

「んもう! すぐそうやって誤魔化すんだから」

「なんと、誤魔化してなどいません。アイリスさんが俺の事を想って言ってくれた心配と応援を誤魔化すだなんて」

「……改めて言われるとなんか照れるからやめてね」

 

 そう言いながらアイリスさんは退出していく。

 これまた負けられない理由を一つ背負ってしまった。重さが増えたのかどうかすらわからんくらい背負ってしまったのだが、それを選んでるのも俺である。もう少し自分に素直になれればもっと生きやすいのにな。

 

 禍々しい光を放つ魔剣。

 お前は一体誰の願いから生まれたんだ。

 さっぱりわからないが、最初の願いは何だったのだろうか。少しだけそれを知りたいと思うし、誰かが遺したであろう祈りを一回きりの使い捨てにしてしまうのは悪い気もする。

 

「……ありがたく使わせてもらおう」

 

 それも全部飲み込んでやるさ。

 過去の全てをここで清算すると決めたのだ。今更因縁一つ背負ったところでなにも変わりはしない。この戦いを終える為に、どこの誰ともわからない呪い(願い)は役に立ったのだと俺だけが刻めるように。

 

「…………ふん。準備はもう良いな?」

「ああ。待たせた」

 

 魔祖の両手に魔力が集まっていく。

 首都から百万人近くを速攻で退避させ、三日以上戦い続けていると言うのにこの女から余裕が消え去る事は無い。圧倒的な魔力量に圧倒的な魔法センス、一から魔法を築き上げた史上最高の天才。

 

 仮に俺達が全員無駄死にしても、この大陸が滅んでも、人類は滅ばないだろうという確信を抱ける最後の砦。

 

 安心して戦いに赴ける。

 たとえ派手に命散らす事になったとしても、俺に後悔はない。

 

「それではの。────また会おう、英雄たちよ」

 

 視界が不思議な空間へと移り行き、わずかな浮遊感と共に引っ張られるような感覚を伴って────俺達は、決戦の地へと向かった。

 

 

 




次回からやっと最終決戦です。


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第十話 口火を切る

 

 視界が明ける。

 

 夕刻も過ぎ、水平線の彼方に沈み行く太陽が眩く光っている。

 全身に叩きつけられるような風に目を細めながら、眼下に広がる赤黒い障壁へと目を向けた。

 

 坩堝を満たしていた障壁とはまるで違う。

 確かに何もかもを遮るであろう見た目だが、とてもじゃないけど綺麗なモノには見えない。どす黒い負のイメージカラーだぜ。

 

「やれそうか!?」

 

 僅かに耳が捉えた怒声、テオドールさんのものだ。

 現在落下中であり風圧が喧しく、周りの確認も十全に出来ない状態だが────他の連中はきっと余裕なんだろう。あ~あ、こういう細かい部分で不自由なのが本当に気に食わない。魔力で瞳を守ればこのくらいどうってことないのにな。

 

「やれます!」

 

 左手に持った魔剣を握り締める。

 

 握り締めた感触にそこまで大きな差は感じない。

 それでもなんというか、どこか不気味な雰囲気を放っている。魔剣という名を与えられているだけあり、これはもう呪いになったんだろう。

 

 狙いを定めて一振り、さあ綺麗に障壁を解除だと行きたい所なんだが……

 

「ステルラ! なんとか俺の眼を守れ」

「あ、うん」

 

 近くにいたステルラに声を張り上げ任せる事にした。

 自分にできない事は他人に頑張ってもらう事で極力無駄をなくす俺の得意技能はここでも役に立ってくれた。

 

 背中に温もりを感じるのと同時に顔に叩きつけられていた風が弱まる。

 心地よく感じる程度のそよ風に変貌したので、ここまで手助けしてもらえれば外すことはない。

 

「大丈夫そう?」

「ああ。それよりなんでお前抱き着いた?」

「えっ……そっちの方がやりやすかったから」

「……そうか」

 

 魔法ってそんな感じなの? お兄さん才能無いからわかんないや。

 

 障壁に接触するまで残り十秒と言ったところか。

 高高度から落下を始めたので、そのエネルギー全部を叩きつければ流石に上手くいくだろう。こういう力のやり場が非常に少ない面倒な状況で全力を出すという事だけは幼い頃から学び続けて来たから身体が覚えている。

 

 ゆえにその感覚に従い。大きく振りかぶった剣のインパクトが一点に集まる様に集中し────よし、行ける。

 

「俺が吹っ飛びそうになったら頼む」

「任せといてよ!」

 

 三、二、一と心の中で唱え、障壁そのものを遮断するように魔剣を叩きつける。

 

 斬る、というより割る。

 俺の予想だと斬ることは不可能だ。

 削った傍から修復する仕様だとぶっちゃけ勝ち目がないんだが、わずか一点だけでもいいから穴があけばいい。粒子の領域でも構わん、それだけ空いてればあとは超越者共に任せられる。

 

 障壁に激突した瞬間、腕を伝って全身に満遍なく衝撃が行渡る。

 空中で逃げ場がないから一瞬で骨が砕け散った感覚が生じ、両腕に亀裂が走って出血した。幸いにも制服で隠れてるから周囲に見られてはいないが、多分ステルラにはバレたな。

 

「ぐ…………!」

 

 歯を噛み締めて痛みを堪え────いや、痛すぎ。

 そりゃそうなるよな、高い所から落ちてその勢いを全部ここに籠めたんだ。そりゃあこうもなる。魔力で強化してる訳でもないし。

 

 幸か不幸か、こういう不十分な状態でもしっかりと力を入れられるくらいには痛みに耐性がある。

 

 ゆえにそのまま押そうとしたのだが……

 

「ちょっとロア! 先に言ってよ!」

「無茶言うな」

 

 かなり圧縮された会話だが、おそらくステルラは『そういう風になるなら事前に言ってくれれば身体強化を付与する』という意味で、俺は『冷静に考えればわかる事だったがこの状況で無茶を言うな』という意味。

 

 これで通じ合うの特別感あっていいだろ? 

 

 両腕に灯る淡い光が傷を修復していくのを感じ取る。

 相変わらず気持ちの悪い感覚だがすっかり慣れたものだ。普通の魔法使いに比べて肉体を酷使しすぎているので、この戦いが終わったらゆっくり休ませてやりたいと思う。俺の脳も休みたいと言っている。

 

 ぐ、と力を込める。

 空中という踏ん張りの効かない状態でも、俺が破らなければ全ての作戦が破錠する。

 だからと言ってここで命を投げ捨てる技を撃つわけにもいかず、どうにかこうにか極力消耗しないようにこの硬すぎる壁に穴をあける必要がある訳だ。

 

 押し当て続けても穴が開かない事はわかった。

 ならば方法を変えるのみだ。強固な盾を破壊するのに剣を用いるのならば──……おそらくこれがベスト。

 

「ステルラ! 足場!」

 

 展開された魔力を踏みしめ、ほんの少しだけ態勢を整える。

 

 狙うべきは一点。

 寸分の狂いもなく同じ部位を破壊し続け、ほんのわずかな空白状態を作れればいい。

 内側からの攻撃に対して強力なのは間違いないが、外からの刺激に関してはそれなりの筈だ。そう信じたい。

 

 一息いれて、両手で握り締めた魔剣を振るう。

 

 刹那に幾重もの斬撃を放つ。

 奥義などと呼べる大層なものではないが、剣技だけならばかつての英雄に追いついたと多少は自負しているのだから、この程度出来なければならん。

 

 たとえアイリスさんが天才でも、テオドールさんが剣技で俺を追い抜こうとしても、テリオスさんに負ける事があったとしても────剣技だけは俺が唯一分捕れる領域だ。ここだけは誰にだって譲りたくない。

 

 そんな俺の信念は置いてけぼりに、たった一度の攻防で抜ける訳もなく。

 当たり前だと飲み込んでから再度剣を振り抜く。そこに揺れも乱れもない、ただ一点のみを貫こうと押し続ける。

 

 魔剣が悲鳴にも似た高音を奏でた。

 許容量を大幅に超えているのだろう。

 振りかざせば振りかざす程消滅していく魔力、最早無限に近しいコレにぶつかり続ければやがて限界が来るのは此方。バキ、パキ、と嫌な音が軋み始めるのを認識しつつも手を止めることは無い。

 

 ────ここだ。

 

 これ以上は魔剣が持たない。

 だからこそ、今この瞬間削り続けた一点を完全に穿ちぬく。

 継続して与え続けたダメージは蓄積し、あとは火力を集中させるのみ。

 

 右手に刻まれた祝福が光る。

 ステルラから分けて貰った魔力は十分にあるしアルスとの戦いにも十分備えられた。手早く破壊して乗り込もうじゃないか。

 

 斬撃を解き放つとともに、魔剣が砕け散る。

 

 赤と黒の軌跡を残しバラバラに砕け散った刀身を見送って、背中にくっついてたステルラが魔法を起動した。

 

「跳ぶよ────!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 視界が開けた時、ルーチェ・エンハンブレの目に映ったのは崩壊した都市だった。

 

 薄暗く、夕刻になるというのに陽の光が差しこまず不気味な空気に包まれた首都。

 完全な暗闇というわけでもなく、気味の悪い明かりが全体を覆っていた。建物の多くは崩れ落ち、かつては中心に聳えていた学園もすっかりその荘厳な見た目を損なっていた。

 

「────っ、とと……すみません、まだ飛べないんですね」

「……悪かったわね」

 

 相方として選ばれた一つ年上の女性──魔祖十二使徒第三席(・・・)、ルーナ・ルッサに悪態混じりの謝罪をする。

 

 宙ぶらりんで情けない格好だが、自分自身の力で飛べないのだから仕方がない。

 空を自由に駆けることは許されていないのだ。

 

 ────足手纏い。

 

 心に翳りが出来るのを感じ取り、それでも構わないと傲岸不遜に態度を改める。

 

 そうでもしなければ、何も成せない自分がいる。

 だから頭を下げて覚悟を示し、己のアイデンティティすらも投げ打ってこの場に来たのだ。たとえこの命が尽きたとしても役割だけは全うして見せるのだと誓っただろう。

 

 頭を小さく振り思考を入れ替えて、ルーチェは冷静に眼下を観察した。

 

 崩壊した都市を跋扈する白い怪物。

 大地を埋め尽くす軍勢だと話には聞いていたが、首都内部はそうでもないようだ。ぽつぽつと点在する連中は一体なんの意図があるのか、周辺を不気味に徘徊するばかりで空に浮く此方への殺意など一向に見せることはない。

 

「随分鈍いのね」

「……そんなことは無かったと思いますが…………」

 

 ルーチェの呟きにルーナが歯切れ悪く反応する。

 

 第三席を継いで以降、何度も戦場に出た彼女は怪物達を何百何千と撃破した。

 師から受け継いだ紅蓮を用いて幾度となく燃やし尽くし、彼女が前線に立っていた東地方の一部は完全に焼け焦げ不毛の大地と化した。

 

 木々も植物も、果ては山すらも焼き飛ばした。

 それなのにも沸き続ける怪物達に辟易していた程────なのに首都内部は、信じられないほど静かだった。

 

「おかしいですね」

 

 ロアが障壁に穴をあけ、その隙間に捩じ込むように座する者がテレポートを発動。

 それぞれ相方として選ばれたメンバーを抱え所定の座標に移動した、そこまでは完全に作戦通りだ。障壁が想定よりも硬いというトラブルはあったが、それもロアが単独で解決した。

 

 そして想定ならばここで戦闘が各地で発生する────筈だったのだが……

 

「……音がしません。どこからも戦闘音が聞こえない」

 

 坩堝へと飛んでいった二人はともかく、学園周辺に飛んだ上級生三人組とヴォルフガング・ベルナールコンビはド派手にやっていてもおかしくない。特にヴォルフガングとベルナールはわかりやすく大暴れする手筈だったので、そこにルーナは疑問を抱いた。

 

「どこも似たような状況なんじゃないかしら」

「そうだとは思います。……ふむ」

 

 片手をルーチェから離して炎を灯らせる。

 

 魔力に反応するのならこれで気が付かれるかと試したが、眼下の怪物達は動く素振りを見せない。

 

 それならば、と炎を燃え上がらせて──そのまま、地上へと解き放った。

 

 全力で放てば首都丸ごと吹き飛ばすくらい造作もないが、それをすると仲間が全員巻き込まれるのでそうすることはない。紅蓮を司る彼女にとって、全力で戦える環境とは、仲間がいない孤軍奮闘の状況だった。

 今のように仲間達と協力して戦う場合、その力は大きく制限されることになる。

 

 それでも────魔祖十二使徒を継いだのは、伊達や酔狂ではない。

 

 ──ボッッッ!! 

 爆音と共に広がった爆発は大きく、周囲の建造物を吹き飛ばしながら怪物達を飲み込んでいく。

 手加減をしてもそのくらい造作もないのだと誇ることもなく、ルーナはその状況を確認し、改めて違和感を胸に抱いた。

 

(攻撃にすら反応しないとは……)

 

 そのまま焼け付いた大地へと降下していく。

 既に魔力へと変化していった消し炭を見送り、所々が融解した道路へと足をつけた。

 

「……どういうこと?」

「私にもわかりませんが……」

 

(どちらにせよやることは変わらない、か……)

 

 戸惑いを隠さないルーナを見て、ルーチェは結論を出す。

 敵が不可解な動きをしていたとしても、こちらがやることは変わらない。あくまで遊撃であり、囮であり、陽動。本体(?)が眠るであろう坩堝へと移動し全てを終わらせるのはロアとステルラで、自分達は露払いに徹するのみだ。

 

 右足から冷気を噴出させ、ぐつぐつ煮えたぎる道路を静かに鎮圧する。

 

「…………燃えたままじゃ、アンタの所為なのが確定するでしょ」

「遠回しすぎませんか? その気遣い」

 

 戦いが終わった後のことを話すルーチェに呆れを示しつつ、ルーナは小さく口元を歪めた。

 

 そうだ。

 やることは変わらない。

 敵に不審な動きこそあっても、こちらがやるべきなのは戦闘なのだ。

 

 ド派手にぶちまけて人型を寄せ付け、可能な限り撃破する。

 

 それが英雄(ロア)に託されたことだから。

 それが想い人(ロア)の為にやりたいことだから。

 

「ツンデレというやつですね。私にもやったってことは、ルーチェさんは私のことが好きということで間違いなさそうです」

「ぶっ飛ばすわよクソ女」

「誰がクソ女ですか! クールぶったコテコテのツンデレのくせに」

 

 睨み合う二人が魔力を高め、やがてそれが各々の魔法へと変換される程になったときに────爆発と閃光が二人を包み込む。

 

 ドッ────ドガガガガガッ!! 

 

 周囲のことなど何も考えていないであろう破壊の炎。

 山河を焼き尽くし地平を打ち砕く爆閃は続け様に幾度となく放たれ、首都そのものが焦土と化しても厭わない。何もかもを焼き尽くすという意志が込められた紅蓮(・・)を解き放った張本人は、静かに姿を現した。

 

 崩壊していない建物の屋上に佇む一人の影。

 

 目も髪も服も、何もかもが真っ白で不気味な物質で構成された人。 

 無表情そのもので立ち尽くし、消え失せたであろう二人に対し右腕を翳し──さらに追撃を放つ。

 

 紅蓮(スカーレット)

 

 炎属性魔法における特異点。

 通常扱われる炎魔法がただ燃やすことに観点を置いたものに対し、この魔法は爆発を織り混ぜることで対象を徹底的に破壊することを目的としている。

 

 かつてのグラン帝国において開発された魔祖の手が入っていない魔法であり、公爵家に代々伝えられてきた一子相伝の魔法だった。

 

『────…………』

 

 無言のまま、無表情のまま、意志があるようには見えない真っ白な人形(ヒトガタ)の右手が煌めく。

 

 刹那、紅蓮が放たれる。

 焔が光り輝き、空間そのものを歪めていると認識するほどに高められた魔力が惜しげもなく、たった二人の人間を消し飛ばすためだけに放たれた。

 

 その煌めきは障壁内部を全て埋め尽くすほどの衝撃と威力。

 

 もしもそれが十全に放たれていれば、きっと障壁内に侵入した人間は形すら残らず蒸発していただろう。それどころか、この首都は二度と人が立ち入ることのできない区域へと変貌していたかもしれない。

 

「────紅蓮(スカーレット)

 

 それは許さないと遮断する声と共に、消し飛ばされた筈の人間から放たれた魔法。

 

 同じ輝き、同じ炎、同じ響き。

 一子相伝の紅蓮を受け継いだ彼女(・・)の一撃は、首都を消し飛ばす紅蓮に対抗して見せた。

 

 衝撃を撒き散らしながら霧散していく魔法を見送って、人形は不気味に見据える。

 

「……そんな気はしてました。きっとそうなんだろうなと、そうなってしまうのだと」

 

 爆発で生まれた煙を振り払い、熱で融解した地面も気にせず踏み出す。

 屋上で佇んだままの人形に視線を向けながら、()魔祖十二使徒第三席────紅月(スカーレット)を冠するルーナ・ルッサは呟く。

 

「お師匠が死んだ。その報告を受けた時点で、こうなることはわかっていましたから」

 

 その瞳に光はない。

 しかし、絶望が宿っているわけでもない。

 

 無表情のまま、ルーナは堂々と立ち塞がる。

 

「貴女は私が滅ぼします。これ以上、誰も殺させません」

 

 かつて自身の愚かさから両親を失った少女は、ありとあらゆる因縁を飲み込み親殺しを決意した。

 

紅蓮(スカーレット)は、人殺しの魔法ではないのだと────証明して見せましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、爆炎に巻き込まれたかに見えたルーチェは更に北の地点で息を吐いていた。

 

 閃光が煌めくその刹那、人智を超えた反応でルーナに投げ飛ばされた。

 彼女の目が捉えられたのはそこまでだったが、小さい身なりでも自分なんかよりよっぽど強いから心配するだけ無駄だ。現に今、近寄りたくないくらい高まった魔力が二つ衝突している。

 

 ────もし、お母様が死んでいたら……

 

 エミーリアだけではなく、ローラ・エンハンブレも死んでいたとしたら。

 

 そこまで考えてルーチェは思考を切り替える。

 たらればに過ぎない話で現実では起きてないこと。考えてもしょうがないことだが、もしもそうなっていたらとゾッとする。

 

 少数の犠牲でここまで抵抗を成し得ているのは超越者たちの力があってこそで、その力が敵に回った場合どれだけ不利になることかをあらためて実感した。

 

 空中で身体強化を掛けることで無傷だった彼女は瓦礫から身を起こす。

 崩れた建物に突っ込み更に粉々に打ち砕いてしまったが、後で復興するから許してほしいと内心愚痴を吐き、周囲を見渡した。

 

「──見計らったように湧くじゃない」

 

 ぐちゃぐちゃと、不愉快な音を立てて沸いてくる怪物。

 その敵意は全て自分に向けられており、殺してやると明確な殺意となって降りかかっている。

 

 その全てを受け止めて、ルーチェは瞠目した。

 

 力は与えられた。

 誰かからの借り物でいい気になるのなんて、無様なだけだ。

 それでも、そんな無様な姿を晒してでも成し遂げたいことがある。

 

 そう言い続けた男。

 傍目から見れば才能があるようにしか見えないのに、その実誰よりも才能がない。磨き上げられた剣技はそれしか無いが故に高められたもので、それすらも借り物でハリボテだと自嘲する情けないやつ。

 

 一度戦闘を始めれば、絶対に負けてたまるかと闘志を燃やしてくるやつ。

 

 ────あんたも、こんな気持ちだったの? 

 

 己の身に刻まれた祝福が呼び覚まされ、冷気が滲み出る。

 それは世界全てを包み込むような極寒の魔法、魔祖十二使徒と呼ばれる程に高められた究極を受け継いだもの。欲しくてしょうがなかった魔法が、この手で自由自在に扱える。

 

 決して、ルーチェ・エンハンブレの才能ではない。

 

 それなのに、どこか高揚してしまう。

 それが情けなくて、悔しくて、嬉しい。

 感情がぐちゃぐちゃに乱れていることを自覚しながら、ルーチェは自嘲した。

 

「今の私は──…………強いの」

 

 この身に刻まれた祝福に誓う。

 負けることなど許さない。これ以上敗北を重ねてなるものか。

 こんな、人間を殺すためだけに生まれてきた悪意の塊なんかに! 

 

 冷気と共に魔法が発動する。

 

 水を極めた男の祝福と、氷を極めた女の祝福────その両方を授かったからこそ放てる唯一。

 

 本来の彼女では到底到達できない領域。

 

 水が凍りつき氷と混ざり合って、白く煌めく美しい冷気となって周囲へ伝播していく。道路も瓦礫も怪物も、空気すらも凍り付かせる息吹は瞬く間に広がり──やがて、術者も凍り付かせるであろう諸刃の刃となる。

 

 身震いと共に白い吐息を吐き出して、ルーチェは薄く笑みを浮かべた。

 

絶対零度(フロストバイト)────こんな空気か……」

 

 薄氷と蔑まれた己はもういない。

 

 才能がなくたって構わない。

 この身が凍りついても止まるつもりはない。

 与えられた才能を裏切らないように、戦い続けてやる。

 

「……思ってたより、いいもんじゃないのね」

 

 息苦しさが鼻腔を満たし、突き刺すような痛みが肺を刺激する冷気の中で、静かに呟いた。

 

 

 



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第十一話 紅い月

 

 はっきりと覚えている最古の記憶は、凄惨な殺人現場だ。

 

 ぐちゃぐちゃ、べきべき。

 人が人を殴打して殺害するような罪深い内容ではなく、強力な力を持った魔物が村を襲ってきて、人を貪り食べている光景。不愉快な音と共に引き伸ばされた皮膚、噛み砕かれた骨、ボタボタ口から零れ落ちていく血液。

 

 弱肉強食の自然の摂理────それを何度も大切に語ってくれた両親が、動かぬ死体となって貪られている、その光景。

 

 それを見て何を思っただろう。

 なんだかどうしようもないくらいに切なくて、死んだ生き物が動くことは無いという事も知っていて、それが……悔しかったような気がする。

 

 その理由はもう、思い出せない。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 空へと飛び上がり炎を展開する。

 

 戦場を移さねばならない。

 少なくとも大地で継続してはいけない。私達の火力だと街の一つや二つ簡単に消し飛ばせる上、比較的近くで戦闘をしているルーチェさんは氷と水属性を操る。

 

 流れ弾一つで向こうに不利を押し付けてしまう恐れがあった。

 

「──……来てくれますか?」

 

 不安を抱きながら眼下を見下ろすと、そこには変わらず真っ直ぐに私のことを見つめるお師匠の姿。

 

 意志はない。

 人格はない。

 生命もない。

 

 そんな姿に成り果てて、それでも私の事を見続けてくれる。

 

 腹立たしいような嬉しいような、よくわからない感情が心の内を満たした。

 

「────紅蓮(スカーレット)

 

 焔が身を焦がす。

 身体すらも魔力に変換して破壊に特化させたのが、この魔法。グラン公爵家を最強に至らせる為に何世代もかけて開発された最高傑作だと皮肉げに語った貴女の顔。

 

 それを受け継ぎたいと言った時の、嫌悪の表情。

 

「──紅蓮(スカーレット)……!」

 

 背から羽ばたく翼を生やし、更に空高くへと舞い上がる。

 障壁があるが故に限界があるけれど、少しでも空という舞台で周囲に見せつけなければいけなかった。

 

 薄暗い障壁の中を照らしつけるように、両腕に溜め込んだ魔力を圧縮。

 爛々と輝く焔へと変換し一つの火球へと形を変え、人間一人を破壊するには過剰なほどの威力を撒き散らすであろうソレを────空に向かって撃ち出した。

 

紅蓮(スカーレット)!!」

 

 紅蓮は紅蓮であるということそのものが必殺。

 

 あなたはそう言った。

 私はそれに対して、その通りだと感じた。

 

 通常の火属性魔法とは違い爆発を含むこの魔法は、一撃一撃を必殺とするだけの威力を有している。その代償に消耗する魔力量は比べ物にならないくらい多く、私が持っていた魔力量が尋常ではなかったからこそ適性があった。

 

 そして────こんな魔法を使う機会がない時代にしたかったと、あなたは切なく言った。

 

 空中で弾け飛ぶ火球。

 まるで花火のような鮮烈な散り方、降り注ぐ小さな焔、綺麗で華やかな燃え尽きる姿。

 精神的に限界まで追い詰められ爆発し、二度と元には戻れないとすら言われていた私にたった一度だけ見せてくれた美しいもの。どんな魔法でも使い方次第で人の役に立てると言ったあなたが、唯一蔑んでいた己の魔法。

 

 ……手向けとして送るには貧相な一撃。

 でも、どうしてもこれだけはやっておかなければいけないと思った。

 何もない、お師匠の姿をしただけの魔力の塊が相手でも──この首都で亡くなったであろうあなたに向けた鎮魂歌(レクイエム)

 

 私はトラウマを乗り越えた。

 過去を全部背負い込んで、これから続く永い生涯を生き抜くという宣誓。

 あなたが抱いた失敗を糧に、間違えることがあってもそれを正して見せるのだと。

 

 煮えたぎるくらい高まった魔力が身体中を駆け抜ける。

 どこぞの紫電を操る彼ら彼女らのような速さはないけれど、泥のように重いこの炎は決して途絶えることはない。ぐつぐつと臓腑を湧き上がらせるのとはまた違う、ギラギラとひしめく己の最内。

 

 脳裏にふと思い浮かべたのは、あのトーナメントで垣間見た彼の強さ。

 

 …………ああ、なるほど。

 

 どうして彼があんなにも頑張れるのか。

 どうしてあれだけ文句を言っておきながら、決して折れることを選ばないのか。

 なんとなく理解はしていたけれど、それで命を失ってしまうなんてことは起きてほしくなくて、己の感情に従い生き残るように言い続けたのに────今になって納得した。

 

「…………負けたくない」

 

 お師匠の姿をした魔導の怪物がその手を揺らす。

 

 ゴバッッ!! と轟音と共に打ち上げられた紅蓮がこちらに飛んでくる。

 そこに躊躇いは一切なく、かつての見せてくれた全力の一撃というものには縋ることがなくても、容易に山河を打ち砕くであろう火力を有しているのは見間違いようもない。

 

 それに対し私は、正面から紅蓮を叩き返す。

 

 余波が広がりすぎないようにシャープに、地面を穿つことがあっても地表を灼くことはないように、全身に漲る魔力を変質させた紅槍で。

 

 叩きつけるような衝撃が響くけれど身動き一つ取らず、ぶつかり合う紅同士を睨みつける。

 

「……負けるわけには、いかない!」

 

 やがて膨張し、閃光と爆発が障壁内を満たすよりも先に──紅蓮を用いて生成した炎の障壁(・・・・)が、私とお師匠以外の全てを遮断する。

 

 繰り返し反芻する衝撃が煩わしい。

 相変わらず地に足つけたまま私のことを見上げるその姿に僅かに苛立ちを感じつつ、これで正解だと勘が告げていた。

 

「誰にも邪魔はさせません。私の魔力が尽きるまで、もしくはあなたを燃やし尽くすまで──存分に灼き合いましょう」

 

 背に生えた翼が揺らめく。

 紅蓮を爆発させることでその衝撃を利用し高速で移動する。

 座する者(ヴァーテクス)という超常の存在になったが故に使用可能になった離業を惜しみなく使い、先手を狙った。

 

(まずは動く(・・)、そして動かす(・・・)!)

 

 火力だけならば確かに負けないかもしれない。

 全力の撃ち合いならば、その一瞬競り勝つことだって出来るかもしれない。

 

(長期的な撃ち合いになれば敗北が決まる、そうはさせません……!)

 

 自覚したことのないような闘争心が湧き上がりながらも、勝利条件は決して見失っていなかった。

 

 目的はこの戦いを収束させること。

 大目標としてロア・メグナカルトの勝利。

 小目標に人型の撃破があるだけで、私がここで完全勝利を収めても大局には響かない。

 

 いまだに余裕綽々と言った様子で佇むその眼前に着地するのと同時に爆発を引き起こす。

 

「これなら────」

 

 幾重にも重ねた紅蓮(・・)を解き放ち、炎の障壁の内部を破壊で埋め尽くす。

 

 ド──ドガガガガガガッ!! 

 掘削しているのかと疑うほどの連続の破砕音と飛び散る瓦礫。

 どんな生命体が相手でもこの破壊の渦から逃れることは出来ないと確信を抱き、更に追撃を放とうとして────

 

「────ぐぇッ」

 

 煙幕の向こう側から伸びてきた真っ白な腕が、首を捻り上げた。

 

 ギリギリ締め付ける指が皮膚を破り肉を裂き、骨の一部が悲鳴をあげる。

 

(ま、ずい…………ッ!)

 

 効いていなかった? 

 いや、そんな筈はない。あれだけ叩き込めば超越者に傷を負わせることが出来るし、空間が歪むほどの魔力が込められていたとしても打ち砕ける。

 

 なんで、どうして? 

 

 両手で腕を掴み必死に力を込めても動かない。

 それどころか徐々に力が増していき、ずぶり、と肉に埋められた指が骨まで断ち切ってやろうと侵入してくる。

 

「ぐ…………が、ぁッ……!」

 

 殺される。

 死んでしまう、ここで死ぬ。

 行き渡らなくなった酸素が欲しくて必死に息を吸い込もうとして、情けない音を立てながら魔力を練り上げる。

 

 息ができない。

 苦しい、痛い、怖い。

 口から流れ落ちて、頬を滑り落ちていく液体の感覚だけが妙にリアルで気持ち悪い。

 

 明確に迫ってきた死の恐怖を抑え込んで、開いたままで何も吸い込めてない口に魔力を集中させる。

 

 首がへし折られるまで時間はかからない。あと数秒で死が近付いてくる。

 

 ────よくもまあ、こんなにも怖いのに……君は頑張ったものですね。

 

 どこかの誰かさんへ称賛を投げかけて、口に溜め込んだ魔力を暴発させる(・・・・・)

 

 刹那、流れ込む激痛。

 音も視界も鼻も何もかもが消え失せて、何かが猛烈に痛いと訴えかけてくる感覚のみが脳内を支配する。

 

 でも首から離れた手の感覚に安堵を抱いて、顔と首の治療と並行しながら一歩踏み込む。

 

「あ゛あ゛ぁ゛────!!」

 

 なんの意味もない叫び。

 でも気合は入った。

 

 先程放出したのと変わらない熱量を右腕に籠め、そのまま前方へと振り抜いた。

 

 身体強化・紅蓮・回復魔法。

 三属性の魔法を同時に使用して、全てを融解させてやると解き放った一撃が、同じ一手を出したのであろうものと衝突する。

 

 激突した拳が吹き飛び、飛び散った血肉が一瞬で蒸発する。

 傷口を焼き焦がす熱量に歯を食いしばって堪えて、回復魔法なんてかけている暇はないと全てを身体強化と紅蓮に変更した。

 

 痛い。

 

 どうしようもないくらいに痛い。

 手が吹き飛んでる。顔の一部だって治りきってない。吹き飛んだ口とか鼻は治ったけど多分、頬は削り落ちてる状態。血が流れ落ちる暇もなく蒸発して、その熱が神経を焼き焦がす。

 

 痛いなぁ。

 

 左手に炎剣を握りしめ、首を断ち切ってやると振るったものの効果は薄い。

 容易に受け止められた挙句握りつぶされ、生まれた隙を利用して顔に殴打を浴びせられた。

 

 ────戦うことは好きじゃない。

 子供の頃に両親を喪って、争うことに酷く嫌悪感を抱いている。わかっているんだ、この魔法を覚えようと思った理由は、親代わりになってくれる人に捨てられたくなかったからだって。

 

 両親と周囲の人間を魔物の所為で失った少女、それが私の世間的な評価。

 

 でも、本当は違う。

 両親の教えを盲信して、明らかに正気を失っている魔物に命を捧げるように両腕を広げ迎え入れようとして、眼前に迫ってきた巨大な牙を見ても恐怖を抱かなかった愚かな少女。命の重さを全く理解できていなかった、愚鈍な女。

 

 それが、私が下す自己評価。

 

 だけど、そのままじゃダメだってわかった。

 私が下す評価はどうでもいい。他人が、国民が、一般人がどう思うか。私がどう振る舞えばお師匠に迷惑が掛からなくて、どう生きていけばあの人に報いることが出来るのかと考えて────私は、私に成れた。

 

「ぐ、ぎ……!」

 

 奥歯が割れる感覚がする。

 痛みが脳天まで突き抜けて、殴打を喰らい後退しそうになったのを咄嗟に抑えた。

 

 前へ進もうとすると、今度は蹴りが飛んでくる。

 それを避けられる筈もなく情け容赦ない一撃は顎を蹴りぬき、軽い痛みと意識が薄まるような感覚が包み込んだ。

 

 貴方は張りぼてだと言った。

 私がそれを聞いて、どんな気持ちを抱いたか…………わかりますか? 

 自分自身を張りぼてだと卑下する、『英雄』と二つ名を与えられたあなたになんと思ったか。

 

 一目惚れと言ったのは、決して嘘じゃないんですよ。

 

 ──視界が、開けた。

 

「────紅月(ルナ・スカーレット)!!」

 

 爆炎が灯る。

 身の内側から沸々と煮えたぎる業火が溢れ出し、近接戦を主体として繰り出してきた偽物のお師匠を弾き飛ばす。学んだ紅蓮(スカーレット)だけでは成し得なかった偉業を成し遂げながら、怪我の一つも治療せずに、一歩踏み出した。

 

「輝かしくもなく……!」

 

 紅蓮は秀麗だ。

 人を殺し戦争で『英雄』になるために作られた魔法を、私は美しいと思った。

 

「煌びやかでもなく!」

 

 紅蓮は美麗だ。

 人の血液を蒸発させる真紅の色は、あの日目前で飛び散った両親の血肉を彷彿とさせた。苛立ちと不快感と共に、それを操る女性の美しさに目を奪われた。

 

「ただひたすらに(あか)!」

 

 視界に真紅が映り込む。

 傷口全てから噴出した炎を抑えることもせずに、心は真っ直ぐ前だけ見ていた。

 

 それは紅蓮の謳い文句。

 ただ人を焼き殺すために在れとかけられた呪いであり、誰よりもお師匠が憎いと思った概念。戦争が起きても人を殺すことでしか抵抗できない己の愚かさを呪い呪われた呪詛。

 

 その何もかもを私は、否定する。

 

「────そうは、させません……!」

 

 どうして死んだんですか。

 どうして死んじゃったんですか。

 どうして私を置いて逝ったんですか。

 

 なんで、私のことも一緒に、殺してくれなかったんですか。

 

 ぐちゃぐちゃの感情を全部詰め込んで、真紅の焔が白炎へと変化していく。

 

 死にたかった。

 お母さんとお父さんと一緒に死ねればよかった。

 あの時、あと一秒でもお師匠が来るのが遅ければ、一緒に死ねたのに。

 

 死にたくなくなった。

 お師匠がとてもいい人で、お父さんとお母さんの死に間に合わなかったのが、私が逃げなかったからだとわかってしまった。私が死んだら、この世界にあの二人の愛を知る人がいなくなってしまうから。二人の死が無駄になるから。

 

 死ねなくなった。

 私は喜んだ。私はこの世界に二人を刻み込んだ。お師匠の寂しさを少しでも紛らわせられるようになった。紅蓮を継ぐ新たな魔祖十二使徒候補として噂され、少しは恩を返せると思ったから。

 

 お師匠は、悲しそうだった。

 

 そして今、私は────少しだけ、死にたい。

 

「私は間違えない!」

 

 彼を愛している。

 秘密を知った時、何よりも嬉しかった。あなたの張りぼてという意味が理解できて、それでもなお虚勢を張って英雄を貫こうとするその姿勢が、まるで写鏡に映る自分を眺めているようで。

 

 同族嫌悪なんて起きない。

 彼は真実、私と同じだった。

 誰かのために誰かを演じる、一人の女の子が好きなだけの、男の子。

 

 そんな彼が、私を置いて死んでしまうくらいなら…………

 

 私が先に死にたいんだ。

 そうすればきっと、君の心に私は一生刻まれるから。

 ステルラ・エールライトがどれだけ好きでも、あなたのために死んだ人間を忘れるような男じゃないと知ってるから。

 

 そう願ってしまう弱い自分を押し込んで、真偽の区別すらつかないくらい身に染みついた『紅月(ルーナ・ルッサ)』を被り直して大きく息を吐いた。そこに混ざった焔が喉を赤熱させ、心地よい熱気を感じ取る。

 

「だから────貴女を殺します」

 

 プラチナに輝く焔が生まれる。

 お師匠が変質させることが出来なかった、私にだけ与えられた才能。紅蓮(スカーレット)を発展させ新たなステージへと進ませる一手を、幸運にも有していた。

 

「それが、私からお師匠に送れる最後の愛なので」

 

 貴女が二度と紅蓮を振るわなくていいようにする。

 

 そうすれば、少しくらいは救われてくれますか? 

 私は英雄(ロア)じゃないから、人を助けるのは得意じゃないんですよ。

 

「…………エミーリアの、娘なので」

 

 弾き飛ばしたお師匠の偽物は未だに佇んだままだが、ここからでも感じ取れるくらいに魔力が高まっている。

 

 ぐつぐつと煮えたぎるような濃い魔力。

 総合的な戦闘力では勝ち目がないのがわかった。時間稼ぎに徹してもいつかは負けるのも、理解した。それなら下策中の下策で挑むほかない。なぜならば、その下策こそが私にとって最も誇らしい部分なのだから。

 

 両腕に全ての魔力を集中させる。

 許容量を大幅に超えて混ぜ合わせる魔力は悲鳴をあげ、いたるところから限界を越えた魔力が溢れていく。

 

 ────まだ足りてません……! 

 

 この程度で根を上げるな。

 お師匠ならば、この程度軽くやってのける。

 テリオス・マグナスも、ロア・メグナカルトも、この程度の苦境は難なく乗り越えるだろう。いつまで甘えてるつもりなんだ、ルーナ・ルッサ。

 

「まだ、まだ足りてないっ!!」

 

 頭の中で何かが張り詰めて、その糸が脆く断ち切られたような感覚があった。

 

 脳が沸騰しそう。

 心臓がうるさいくらいに高鳴ってる。

 極度の緊張状態に加え、これまで心の内側にだけ押し留めていた感情が堰を切って溢れていく。

 

 それら全てをかき混ぜて、ありったけの魔力を白炎へと。

 

 ────ボウッッッ!! 

 

 爆音と共に身体から炎が噴出する。

 肩、背、腰から突き出た三対の炎。翼のように展開されたそれらを自在に操りながら、久しぶりに味わう全能感のようなものに身を委ねる。

 

 この高揚感はわかりやすい。

 脳内で生まれた麻薬のような快楽物質が与えているのではなく、魔力が悦ぶ時にこそ(・・・・・・・・・)訪れる最幸の瞬間なのだ。

 

 所々破れて不恰好な制服も気にせずに、同じく紅蓮を身に纏い佇むお師匠へと向かい合う。

 

「…………長くは持ちません。ゆえに、速攻で終わらせます」

 

 炎の障壁を維持する分、ここまで火力で無茶を通そうとした分、それら全部が今になって負債となって襲いかかってくる。

 

 魔力量が多いと言われたって所詮一人分にすぎない。

 無限に供給される相手からしたらどんぐりの背比べだろう。

 

 だから、私がとる手段はたった一つだけ。

 

「あなたが唯一負けたと言ってくれた、全力の炎で!」

 

 六つの翼をはためかせ、先端全てを突き合わせ魔力を集中させる。

 

 紅蓮を越え、白炎を越え、紅月だって越えて────太陽だって呑み込んでみせる極大の炎。

 

 視界全てを埋め尽くすような光を撒き散らすその火球へと圧縮し、その銘を叫んで。

 

紅月蝕(ルナ・エクリプス)────!!」

 

 閃光と共に、解き放った。

 

 

 

 

 



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第十二話 柳発火

 

 外界と遮る炎の壁の中を衝撃が満たす。

 身体中全部ぐちゃぐちゃになってしまいそうなくらい激しい振動と痛みが揺さぶって、吐き気に頭痛に目の痛み出血意識の混濁────いくら人間を超えた存在になったとはいえ、人の肉体をベースにしている以上襲いかかってくる症状を抑えることはできない。

 

 焼ける身体の感覚と壊れた側から治し続けることでなんとか形を保って、それで失われていく魔力を考慮することも出来ずに──およそ五分が経過した。

 

(……息が…………)

 

 鼻も口も肺も何もかも焼け尽くされて、治せば治すほどに痛みが襲ってくる。

 

 苦しさだけが脳を支配して、それでも死なない不死性の狭間で必死に呼吸をしようと踠いてる。

 

(……見えない)

 

 おそらく温度が高すぎるのか。

 治した側から焼けていくのだから、きっと人体では耐えきれない温度なんでしょう。なら魔力で周囲を覆って安全圏を作るしかないのだけれども、それを行うための冷静な判断力がとうに失われていた。

 

 なぜなら、酸素を取り込めていないから。

 今生きているのは反射的に魔力が勝手に反応しているに過ぎず、朦朧とした意識で考えられるのは短絡的なことだけだった。

 

(このまま死ぬんでしょうか)

 

 苦しい。

 一つ壁を越えたと思ったのにこの体たらくで情けないことこの上ない。魔祖十二使徒として人々を安心させるにはこの程度では全然足りない。

 

 肺を治して焼けて、喉を治して焼けて、口を治して焼けて、鼻を治せば溶ける。

 臨界した環境下において人体が如何に脆弱なのかを実感しながら、それでも魔力を用いた生存だけは諦めなかった。

 

 まだ死んでない。

 それならまだ、生きるために足掻かなくちゃ。

 

(ロアくんは、無事でしょうか)

 

 炎の壁がまだ保たれてるのかどうかすらわからない。

 

 魔力を消費し続けている感覚はあるけれど、それが果たして障壁の維持費なのか肉体の修復に利用している分なのかがさっぱりわからない程度には混濁している。

 

(お師匠は……)

 

 倒せたのでしょうか。

 倒せなかったとしても、手傷くらいは負ったのか。

 それを確認する手立てすら用意できない。そんな自分の状況を愚かだと罵りながらも、沸々と湧いてくる疑問に素直に答えていく。

 

 死んでもいいと思った。

 お師匠を止められるなら、お師匠を倒せるなら、お師匠を殺せるなら、ここで死んでも構わないと考えてた。

 

 一歩踏み込んだ覚悟で放った一撃は確かに当たったと思うし手応えもある。それの巻き添えとなる形で自分の命がどんどん削られていく現状も納得する。

 

(…………でもこれじゃあ、お師匠は悲しんでしまう)

 

 自分が育てた娘が、自分を止めるために命を落とす。

 そうならないために努力していたことはわかっているから、この結果を招いてしまった自分の弱さを呪った。

 

(やっぱり、私じゃ……)

 

 死の間際に弱った心が呟くのを止められない。

 ああ、やっぱり私じゃだめなのかもしれないんだ。だって私は英雄(ロア)じゃないから、英雄(アルス)に心奪われたままのお師匠を救うことは出来ない。英雄になればお師匠の心を救えるのかと考えたけれど、私にそうなることはできなかった。

 

 だって、私が死にかけてもお師匠を救うことはできないけれど────ロアくんが死にかけたあの時、きっとお師匠は救われたと思っているから。

 

 百年前は届かなかった英雄の死を、自らの命で堰き止めた。

 幾度となく夢想した夢だっただろう。エミーリア・A・グランという女性にとって生涯忘れることのできない呪いを解くことができたのは、他ならぬ英雄(・・)だけなのだから。

 

(…………悔しいなぁ……)

 

 私の方が、ずっとずっとお師匠のことが好きなのに。

 同じくらい大好きな貴方がお師匠のことを救えた事実が、どうしようもないくらいに悔しい。

 

(…………本当に……)

 

 意識が、朦朧とする。

 希薄になっていく己の感情を、休みたいという欲望に委ねた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

アイツ(英雄)の話が聞きたい?』

 

 無言で頷く。

 

『ん~~……それは別にいいんだけど……』

『……なにか不都合が?』

『いやいや、そういう訳じゃない。何から話せばいいかと思ってさ』

 

 そう言いながらお師匠──エミーリアは苦笑しつつも立ち上がる。

 

 両親を失い、それまでに培ってきた全てを壊した私を迎え入れてくれた恩人。

 魔物を討伐するのが間に合わなかったのだと謝りながら、責任をもって育てると引き取られ既に数年。親身に私の事を考えてくれているのはわかるのに、どうしてか距離が互いに詰められないまま経過してしまっていた。

 

 それを歯痒く思いつつも(恐らく)、私が自分から立ち直る事を諦めずに様子を見続けてくれたこの人には感謝しかない。

 

『……エミーリアさんしか知らないようなことが、聞きたいです』

 

 この頃はまだ名前で呼んでいたんだ。

 育ての親ではあるものの、他人という意識の方が強い。家族の枠組みで考えるには少々、若すぎた。

 

 私の我儘を聞いて苦笑しつつ、私が持っていた本を慈しむように見つめる。

 

『色々あった。出会いも別れも悲劇も喜劇も、世に出回ってる英雄譚には出せないような出来事だってたくさん』

 

 声色は優しい。

 でも何処か寂しくて切ない。

 今になって思えば、後悔だったんだと思う。もう取り返しのつかない重たい事実を、現実を受け止めた大人の後悔。

 

『アルスの話は面白いか?』

『…………わかりません』

『そ、そうか……』

 

 面白いとは思ってなかったかもしれない。

 

 ただ、彼の話を聞くと──エミーリアさんが感情豊かに話してくれるのが何故か気になって、それでお願いしてたような気がする。

 

『面白いかどうかはわかりませんが……』

 

 本音は隠して、エミーリアさんに喜ばれる答えを考える。

 

『知りたいと思いました』

『…………そっか!』

 

 嬉しそうに私の頭を撫でる手は優しかった。

 

 私は、これが正しかったと理解した。

 エミーリアさんは、英雄のことを────アルスという男の話を、誰かに伝えたかったのだと。それが本音だと信じたくなかったとしても、きっとそれが彼女の抱いていた禍根だと。

 

 だから私は興味を抱いた。

 

 私のことを助けてくれたエミーリアさんがここまで夢中になる存在に。

 私のことを育ててくれたエミーリアさんがここまで虜になっている人に。

 私のことを娘だと言ってくれた、大切な人が求めている羨ましい男の人に。

 

 彼のことを理解すれば、きっといつの日にか────私のことだってそれくらい大切に思ってくれるんじゃないかと、間違った理解を抱いてしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────……! 

 

 息が苦しい。

 空気を一つ吸い込むだけで焼けたような痛みが喉に奔り、口内からはもうなんの感覚もしない。

 

 ────…………いよ! 

 

 声が聞こえる。

 

 夢の中に出てくるわけがない声。

 

「────目を開けなさい! ルーナ・ルッサ!」

 

 目は開かない。

 熱でぐちゃぐちゃに焼け爛れた皮膚がくっついて、修復しようにも上手くいかない状態だから。それどころか呼吸器系ないし内臓全部がドロドロに溶けているんだろう。それでもなお命を維持できてるのはきっと、座する者(ヴァーテクス)という超越者の末席にいるから。

 

 口を動かして言葉を話そうとして、何も動かない。

 

 身体の感覚が大分失われている。

 それどころかあんなにも慣れ親しんだ魔力の感覚すら薄れており──魔力切れを起こしたのだと気がついたのはこの時だった。

 

(先程の夢は……走馬灯ですか)

 

 そう長くは保たない。

 いくら人間を超えたと言っても、魔力あってのものだ。

 魔力がなくなり封じられてしまえば、紫電(ヴァイオレット)を司るあの人のように屍同然の姿を晒すことになるだろう。

 

 そして、私の末路はおそらくそれだ。

 

(…………ルーチェさんがいるということは、私の炎は解けた。極限まで熱された空気がどうなったかは不安ですが、多分どうにかなったのでしょうね)

 

 彼女は氷と水を操る力を有している。

 それを全開で振るえば、いくら祝福で後付けされた力だとはいえ空気を冷やす程度のことは造作もないだろう。

 

「どこから治せば────ああくそっ! 時間も魔力も足りない……!」

 

 悪態付く声色に、いよいよ死が近づいてきたと自覚する。

 苦しさと痛みだけが訴える身体が、緩やかに崩れていく。死というのはこういう感覚なのかと、この空虚な感覚を一度味わっているのならそれは自堕落な人間にもなるだろうと少しだけ納得した。

 

 それでもなお英雄としての一歩を踏み出そうと思った彼はやはり、すごい。

 

(……きっと、君なら成せますよ)

 

 ロア・メグナカルト。

 英雄の記憶を持って生まれ、英雄になんてならないと言っておきながら英雄と成ることを選んだ男の子。幼馴染を守るために剣を握りその人生全てを費やしてきた愛の重たすぎる男。

 

 愛だけでは救えない。

 だから、それ以外の全てを投げ捨てで強さを掴もうとした。

 たった一人の女の子を救うために────なんて、羨ましい話でしょう。

 

(私が、生まれ直す前に……)

 

 どうか英雄になってほしい。

 それこそが、紅蓮(私たち)を救うことになるのだから。

 

 そう願って意識を委ねようとして──身体を包み込む淡い暖かさを感じ取る。

 

「────間に合ったか?」

「……アンタ、どうしてこっちに」

 

 魔力に物を言わせて強制的に肉体が修復されていく。凄まじい激痛が身体中を駆け巡るけれど、その側から治されていく上に喉が優先されていないので声は出ない。でも、意識だけはしっかりと痛みを認識していた。

 

(────っ!! 痛、痛い!)

 

「敵が期待外れだった。故に、周りの強い奴らに混ざろうと思ってな」

「……まあ……遊撃としては正しいのかしら」

 

 激痛が奔り痛みに喘ぐ私を無視して、二人は会話を続ける。

 

「メグナカルトとエールライトがいるのだから坩堝内部は必要なし、学園周辺もあの三人が陣取っているから邪魔になる。ベルナールは文句を言いながら一人で十二分に敵を引きつけていたから消去法でこちらを選んだら、ほぼ死にかけの人間がいたという訳だ」

「…………理由は置いておくとして、助かった。私だけじゃ治せなかったもの」

 

 ああ、この声は、彼か。

 

 魔祖十二使徒次期第五席、ヴォルフガング・バルトロメウス。

 

「人型は?」

「一体だけ殺った。他は俺の元には現れなかったな」

「……どうやったわけ?」

「障壁と風で磨り潰した」

 

 障壁を破るには威力が足りない。

 風で削り切るには威力が足りない。

 ならその二つを組み合わせて削り続ければ殺せるだろう────普通はその発想には至らないんですが。

 

 ルーチェさんが呆れたようなため息を吐いた。

 

「化け物ね」

「相手が弱かった。いくら魔力が無尽蔵だったとしても、殺しがメインの奴が現れたところで大した脅威にはならん」

 

 ルーチェさんが舌打ちをした。

 

「ルーナ・ルッサ。調子はどうだ?」

「…………助か、りました……」

 

 喉はまだでも内臓が修復され、徐々に人間として最低限の形を成していく。

 回復魔法が異常なくらい発展しているとはいえ、もうすでに死人と変わらない状態から復活させられるとは思っていなかった。

 

 視界が少しずつ明けていき、私を覗き込むルーチェさんの顔が大きく映った。

 

「ならよかった。まだ貴女とは闘っていないからな」

「……本気で言ってるの?」

「ああ。俺は世界最強を目指している」

 

 至極真面目なトーンで言い放つ。

 

 世界で一番強い存在。

 この男の子は大真面目に、何者よりも強くなることを夢にしている。

 

「この大陸で一番になり、新大陸を制覇し、この世界の全てを知り尽くした上で最強になる。それが今の俺の夢だ」

 

 だから、と言葉を続けて、バルトロメウスくんは言う。

 

「まだ死ぬな。俺が貴女を超えるまで」

 

 それがメグナカルトのためでもあると後付けして、彼は空に飛び上がる。

 背から乱雑に展開された風魔法が荒々しく羽ばたきながら、あっという間に首都の空を駆けて行った。

 

「……ここが、ゴールではないと」

 

 起き上がって周りを見てみれば、そこには氷漬けになった住宅街の姿が。ルーチェさんに視線を向けると、僅かに氷が皮膚に滲んでいた。

 

「色々助けられてしまいましたね」

 

 やはり私では役者不足だった。

 ロアくんは元より、ルーチェさんのような友人、バルトロメウスくんのような知り合いくらいの人でさえ、死ぬなと願ってくるのに──あんなに死に急いでいた。

 

 お師匠のためになるなら死ぬことだって構わない。

 でも、私が死ぬことはお師匠は酷く悲しむだろう。たとえ私が英雄になれないとしても、お師匠にとってただ一人娘として扱ってきた存在だから。もっとわかりやすく本音を伝えてくれれば楽だったんですけどね。

 

 私の生を諦めなかった友人に一言感謝を告げる。

 

「ありがとう、ルーチェ。貴女のおかげで私は生き残れた」

「…………驚いた。アンタ、そういう話し方出来たのね」

「喧嘩売ってます? 魔力が無くなっても才能は私の方が上ですから」

「ぶん殴るわよ」

 

 今すぐには変えられないかもしれない。

 でも少なくとも、この戦いで死ぬつもりは無くなった。

 何者にも変え難い想い人が死ぬまでは、それくらいの心持ちでいいのかもしれない。

 

 お師匠の姿はどこにもない。

 あの炎で飲み込むことが出来たのならば、今はそれでいい。

 

「────……さようなら、エミーリアさん」

 

 私はまだ死ねない。

 死にたい理由はあっても、それ以上に死ねない理由が出来たので。

 貴女が後世に語り継ごうと生きてきた理由もきっと、そうなのでしょうか。

 

 白く吐き出す吐息が薄く消えていくのを眺めながら、私は一歩師に近づいてしまった気がした。

 

 






前話で100話到達していました。
後もう少し続きますので、お付き合いよろしくお願い致します!


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第十三話 手の届かない輝き

 

 ──越えたい。

 

 己の心に渦巻く欲望は常にソレ(・・)だった。

 

 何かを、ひたすらに具体的な目標もなくただ漠然と、何かを越えたい。

 越えて越えてその先に掴み取れるものを分捕って、さらにその上を行くのだと。生まれ落ちて物心ついた頃から使命感のようなものに駆られ続けて十数年、その憑き物が落ちたことはいまだにない。

 

 何かを奪ってでも、(お前)は上に立つのだと。

 

 呪いのように呟き続けるこの心は、果たして本心なのだろうか。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「随分派手にやってるな」

 

 遠い北の方で燃え上がる炎を尻目に、右手に握り締めた炎剣を振るう。

 

 その剣で斬り裂くのはあの怪物。

 純白で構成された白い怪物を一振りで両断し、絶えない怪物群に飲み込まれないように立ち回る。

 この程度は造作もないことだ。今更雑兵を相手に苦戦することもなし、つい先日までは一部隊を率いる立場としていた筈なのに気がつけば前線に立っている。

 

 結局、俺が求めるのはこの場所か。

 

 諦観のような感情が湧き上がるが、それもまた俺らしいと思う。

 

「ソフィア! 下がるぞ、テリオスと合流する」

「わかった。……しかし、無尽蔵だな」

 

 無限に湧き続ける怪物は衰えるということを知らないらしい。

 

 地面からいくらでも生まれてくるため、どれだけ倒してもどれだけ削っても減っている気がしない。かといって無視すればそのまま増え続けるので厄介この上なく、単独ならばいくらでも斬り捨てられるのに数の暴力とは偉大なものだ。

 

「俺たちが削り続け、メグナカルト達に妨害が入らないようにする。奴らが負けない限りは俺たちに敗北もないだろう」

「そうは言うがな、テオ。この量を相手し続けるのは些か────面倒だぞっ!」

 

 漆黒の魔力が鈍く輝く。

 全属性複合魔法(カタストロフ)──ソフィア・クラークの必殺技であり代名詞。

 純粋な魔力同士のぶつかり合いならば負けはしないという絶対的な自信の元に放たれる一撃はその道に存在する全ての怪物を飲み込んで街外れまで巻き込んでいく。

 

 建物なんかも巻き込んでるが、まあ、コラテラルダメージ。仕方なかったって分類に入ると心の中で嘯いた。

 

「ああ、綺麗な街並みが崩れていく」

「……緊急事態だ。仕方ない」

「我が婚約者様は独裁の趣味があるようだ」

「ぶん殴るぞ!」

 

 殴ってこない辺りが優しい女だ。

 

 俺の知ってるヒモ男はこういう発言をした後大体殴られてるし電撃も浴びてるし炎で燃やされてる。うむ、あれに比べればかなりマシだな。

 

 ふざけた思考の合間にも数体斬り刻み両断した上で、足早に後退していく。

 

「テリオスの位置は……離れてないな。かなり近い」

「二手に分かれてすぐこれだ。どこからかタイミングを測っていたとしか思えん」

「この怪物共に知性が?」

「そうじゃない。少なくとも、あの偽物の英雄が出てきたタイミングは完璧だった」

「……それはまあ、そうだが…………」

 

 ソフィアはあまり信じたくないようだ。

 

 だが、俺は疑っている。

 障壁の存在そのものがもう怪しい。何かを隠匿したまま暗殺するのに特化しすぎだ。

 家に置いてあった文書にもこんな存在は残されていなかったし、十二使徒の誰もが知らなかった様子。故に、俺は疑っている。

 

 この戦いは全て、知性のある存在が仕組んだものではないのかと。

 

「…………ま、十二使徒が知らん時点で候補は限られるが」

 

 現在進行形ではなく、過去の存在が絡んでいるのだろう。

 それもおそらく、グラン一族の何者かが。元凶の先祖が一番怪しい。

 

「どうした?」

「いやなに、我が一族はやはり滅んだ方がいいと思っただけだ」

「……あまり否定できん」

 

 少しくらい庇ってくれてもいいのに、婚約者は顔に手を当てて呆れた仕草をとっている。走ってるのに器用なやつだ。

 

 そのまま怪物を葬りながら走っておよそ三十秒程度、目的であったテリオスの元へと到着する。

 

 光り輝く剣を携え、光の翼を背から生やしたその男は、今まさに一人の人型にとどめを刺そうとしているところだった。

 

「テリオス」

「……ああ、テオにソフィア。どうしたんだ?」

 

 そう言いながら一閃振るい首を両断。

 純白の人型は魔力へと溶け落ちて、その場にはテリオスだけが佇んでいる。

 

 ────またお前に負けたのか。

 

 そう思う感情をグッと堪えて、いつも通りの皮肉屋である己を維持する。

 

「随分と手早く片付けたな。退屈凌ぎにすらならないとは」

「強かったよ。決して弱い相手じゃなかった」

 

 そう呟いてこちらへと振り向く。

 袖口から大きく切り裂かれた右腕は何も覆うものがなく、おそらく切断された上で修復したのだろう。

 

 ────また一歩、お前は先に進んだんだな。

 

「凄まじい剣術だった。多分彼が剣聖フェクトゥスその人なんだろうね」

「……なるほどな。剣聖ですら今のお前には届かないか」

 

 胸の奥底でドス黒い感情が湧き上がる。

 今更何の用だと睨み付けても、その感情が抑えられることはない。俺がそう願うことはとっくに辞めたんだ、さっさと消え失せろ。

 

 自分の感情を叱責していると、テリオスが小さく微笑んで言う。

 

「これでもまだ届かない。全然彼には届かない。たった一言で現状を打破して見せると告げた彼には、全く……!」

 

 直後移り変わり表情。

 ギラギラと何かに吠えるその気迫は、しばらく俺が見ることができなかったものだ。

 

 数年前に雌雄を決したその時から、俺とテリオスはライバルではなくなった。

 俺が負け、お前が勝ち、生物としての次元すらも超越してお前は永遠になった。俺の願いも何もかもを無視して、一人頂点へと上り詰めた。

 

 もう、俺では引き出すことができない感情。

 

「…………やれやれ」

 

 思う事はある。

 

 トーナメントで俺達は最後の戦いを行うと誓い、敗北した。

 戦いの舞台に立つよりも早く、年下の因縁に負けたのだ。この事実は正直かなりクるものがあったが……

 

「本懐を忘れるなよ、テリオス」

「……わかってるさ。俺達は露払いだ」

 

 そう、俺達は脇役。

 この戦いにおいて主役を張ることは無い。

 

 考えれば考える程『あの男』が如何に主人公染みた存在か思わされる。初めて出会ったときはただの面白い奴としか思わなかったのに、今では立場がすっかり逆転した。

 

 そういった部分全て含み、あいつは面白い。

 あれだけ覚悟を決めてる癖に、適当に生きたいという欲望を絶対に捨てない。それもかつての英雄の記憶を保有しているが故の固執なのだとわかれば猶更。

 

「彼ならきっとやり遂げる。ロア・メグナカルトはこの瞬間を待っていたんだろう」

「本人は嫌がりそうだがな。来なければよかったとすら言いそうだ」

「それは……確かに言うね」

 

 あれだけ鍛え上げて人生を捧げても尚そんな事は起きなければいいと言い張れるあの精神性は異常の一言に尽きる。

 

 努力が嫌いで怠ける事を好み異性のヒモになることを積極的に選ぶのに、他人が絶望に落とされることは良しとせずに手を差し伸べて隣に寄り添う事は簡単にやってのける。

 

「奴は確かに戦う才能は無かったのかもしれんが……」

 

 これは言うには憚られる。

 だから、せめて心の中で、胸中に抱える言葉は同じであっても声にすることはない。

 

 ──ロア・メグナカルトには『英雄』の才能があった。

 

 そう思わざるを得なかった。

 

「…………羨ましい、なんて言っていい立場じゃない」

「その通りだ。アイツはそれ(・・)しか出来んが、俺達にも俺達なりの役割というものがある」

 

 談笑の合間に斬り捨てた怪物共の身体が魔力へと溶け落ちて、異質な魔力が周囲に現れる。

 

 その数およそ二つ────ルーナ・ルッサを容易に超える程のバカげた魔力量。

 

 視線を向けると、俺の持つ剣とそっくりな炎剣を携えた鎧姿の男と、その横に佇む燦爛なドレスに身を包んだ女性の姿。そしてそのどちらもが全身を真っ白な魔力で構成されており──つまり、復活した人型。

 

 二人の姿は、俺にとって見覚えのあるもの。

 かつてグラン家で調べ尽くした資料の中にいくつも記されていた重要人物達。

 

「聖女アルストロメリア。そんな姿になって一体何を救おうと言うのか」

 

 皮肉を聞いても答えない。

 知性も意志もやはり無いのか。あるのは何らかの破壊衝動のみで、それが災厄を引き起こす要因になっている。

 

「アステル。また英雄を作る手助けか?」

 

 挑発に応える様子もない。

 ああ、これはきっと抜け殻だ。

 意志も何もない抜け殻で、魔力の身で構成された悪意の塊。

 

 他人を害する事だけを考えた最低の人間が生み出した負の遺産と言って差し支えない。

 

 それを作り出した一族の血を引いている。

 

「────……くく」

 

 どの面下げてここにいるのか。

 ああ、まったく嫌になる。出自や血を否定するつもりは一切ないが、それにしたってこれはない。

 

 本来ならば不快感を抱くはずのこの境遇を、面白い(・・・)と思える己の品性に失笑する。

 

()のことも、何も言えんな……!」

 

 炎滾らせて剣先を向ける。

 

「テリオス、想定通りだ。お前がアステル・エールライトを止めろ」

「…………ああ」

 

 アステル・エールライト。

 グラン帝国が全てを支配する事で戦争を終結させようと試みた人間。アルスのようなバカげた理想とは違い、一つの国以外を滅ぼせばもう戦争は起きない。これから血を流し続ける位ならばすべて背負って終わらせると誓った狂人。

 

「俺ではもう、縋ることも出来無さそうだ」

 

 エールライト。

 トーナメントで俺を打ち倒した強者。

 過去の俺に重なる部分が少々見えすぎて手解きのようなことをした自覚はあるが、あの領域に至ってしまえたのなら話は早い。元よりそこに到達するのは決まっていて、俺がしたことは大局を左右するものでは無かった。

 

 所詮俺の役割なんてそんなもの。

 そう受け入れてから一年以上、それなのにも関わらず、こんな歴史を左右する現場に直面しているのだから誇れるだろうさ。

 

 テリオス・マグナス。

 

 俺が何年かかっても勝つことが出来なかった宿命の相手。既にその眼中から俺は消えていたとしても、俺はそれでいいと飲み込んだ。ああ、仕方ない。仕方ないんだ、全部が。

 

「勝てよ。英雄になれ」

「言われなくても。テオこそ、後は頼んだぜ」

 

 頼んだか。

 お前はいつもそうやって俺を頼るんだ。

 お前は俺なんか歯牙にもかけないくらい超人的で人間的でどうしようもないくらいに人から好かれる性質を持っているくせに、俺のような性悪な人間を友人だと言った。

 

 ──まったく、どいつもこいつも英雄を志す連中は……

 

 いつかの喫茶店での問答を思い出す。

 あの時の会話もよくよく思い出せば非常にわかりやすい。

 ポロポロ零れる会話の節々に違和感はあったが、それが英雄の記憶を持っていたのなら納得だ。寧ろそうだからこそ辻褄が合う。

 

 いつの間にか姿を消していたアステルとテリオスを見送って、向けた切っ先を下げ堂々と構え直し、一言告げる。

 

二人掛かり(・・・・・)で申し訳ないが……ここで果てて貰う」

 

 純白の聖女は身動ぎひとつしない。

 それでもその身に宿った魔力は膨大で、それを撃ち抜けるかと言われると微妙なラインだ。俺一人では勝ちを拾えないだろう。

 

 今は、一人ではない。

 

「援護は任せた。やれるな、ソフィア」

「誰にものを言ってる? お前の背中は私が守ってやるさ」

 

 



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第十四話 プライド

遅くなってすいません><


 

 

 

「────はあッ!」

 

 聖女目掛けて剣を振りかざす。

 炎滾る矛先は躊躇いなく首目掛けて進んでいくが────その身に触れる直前で何かに防がれる。

 

 とてつもなく硬い何かと接触したことだけはわかる。続けざまに振るった斬撃も軒並み棒立ちのまま防がれて、口角が釣り上がるのを実感した。

 

「伝承通りか!」

 

 聖女アルストロメリアの伝説。

 

 グラン帝国主力部隊による首都攻略作戦を、文字通りたった一人(・・・・・)で防ぎ切った。

 敵を打ち倒すわけでもなく、敵を退かせたわけでもなく、ただただ防いだ。刺突も殴打も魔法も投打も何もかもを通さぬ絶対の壁となり、王国の危機を救った偉大なる話だ。

 

「化け物め……!」

 

 宿る炎が形を変える。

 轟々と燃え盛っていた赤が黒へと歪んでいく。

 対象が燃え尽きるまでずっと燃え続けるこの魔法ならば相性はいいだろう。たとえ防御を突破できなくても妨害にはなる筈だ。

 

 聖女自身を包み込むように纏わりついた黒炎を見送って、反撃する事もなく佇んだままの姿へと追撃を叩き込む。

 

 ──まるで岩盤に剣を叩きつけてるような感触。

 

 衝撃も何もかも通じていない。

 斬った反動すら吸収され尽くすとは、これならば確かに王国を守る事も出来るだろう。

 一体どうやってこんな化け物を味方につけたのか、かつての英雄は随分と人誑しでもあったのだと内心感想を呟いてから一歩下がる。

 

「──全属性複合魔法(カタストロフ)!」

 

 進路に存在する全てを軒並み呑み込みながら、濁流の如き魔法が飛ぶ。

 

 七色の鮮やかな光を全て漆黒へと変貌させて、たった一つの人型を破壊するために放たれた黒閃が直撃し────そして、僅かな拮抗の後に、その一切を吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされたのは俺達(・・)

 吹き飛ばしたのは、障壁。

 

 全方位へ無座別に展開された障壁がカタストロフも黒炎も何もかもを削ぎ落し、その勢いそのままに俺達を吹き飛ばしたのだ。

 

 傍にいたソフィアを抱きかかえ、身体強化を発動し距離をとる。

 障壁と治癒のたった二つのみであの戦争を生き抜いた実績は現代においても通用するもので、寧ろ今の俺達では手出しできない格を有している。

 

「全部防がれてしまったな、はっはっは」

「笑ってる場合か! ええい、まさか弾き飛ばされるとは……」

 

 カタストロフは力負けしなかったが容易く防がれた。

 意思はない癖に戦闘の知能だけは高いとは、これまたなんと厄介な存在だ。人を害するためだけに生まれて来たと称されるのも不思議ではない。

 

 さて、どうするか。

 相変わらず偽物の聖女は身動ぎひとつしないまま佇んだまま此方を見詰めるばかり。見詰めると言っても表情が無いために、ただ顔の方向をこちらに定めているだけに過ぎない。

 

 ソフィアを下ろして少し作戦を考える。

 

 剣で無傷炎で無傷、カタストロフですら対処される。

 そもそもあの障壁を破る事が出来たのは魔祖ただ一人であるため、正直なところ無茶がある話だ。せめて超越者の一人でも応援に欲しい位である。

 

 ────倒す必要があるのなら、だが。

 

「ようはここで釘付けにしてしまえばいい」

 

 本命はメグナカルトだ。

 俺達がやるのは向こうに増援を増やさない事、ゆえに負けはしないが勝てもしない人型と相対しているのであって、別に俺が全てを解決しなければならない訳ではない。

 

 倒してやれれば一番良かったが……

 

「今暫く付き合ってもらうぞ、聖女アルストロメリア」

 

 俺達を見据えながら、障壁を再度展開したその姿を見て──これは長い戦いになると確信した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ぐるぐると目まぐるしく変わる視界。

 

 風を切る音と度々打ち鳴らされる衝突音だけが耳に残り、その音すらも置き去りにして超速で駆け巡る。電撃が身を焼く感覚を無理矢理治癒魔法で治しながら、対面する白い人型に剣を振りかざす。

 

「────はああぁぁっ!」

 

 一、二、三四五六七八────合わせて十数合、刹那の間に交わした攻防は状況を少しも進ませない。

 

 鍔迫り合う形になり顔を見合わせるが、そこに表情はない。

 以前同じようにぶつかり合った()の時と同じだ。一つ違う点があるとすれば、相手に気迫というものが存在してない事くらい。

 

「意思なんて関係なしか……!」

 

 打開するために一度距離を取り、雷撃と炎を組み合わせた一撃で牽制する。

 雷の速さと炎の破壊力────無視できないそれを容易く振り払い、アステル・エールライトの偽物がその身に稲妻を纏わせる。

 

 来る。

 

 瞬き一つ許されない状況で、口角が釣り上がる。

 

 ああ、くそ。

 これだから俺は駄目なんだ。

 忌むべき状況で楽しみを見出してしまうような人格だから、きっと俺は英雄になれないんだろう。きっと彼なら今この状況を呪うだろうし、少しの感謝も抱かない。

 

 でも、俺は違った。

 俺は楽しさを感じてしまう。

 だって今この状況を乗り越えたら、俺は一歩先に進めると思うのだから。

 

 何も成す事の出来てない愚か者から、世界を救う手助けをした一人として名を馳せる事が出来る。この俗物的な思考こそが一番不必要なものだとわかってるのに手放せないのだから、俺は英雄にはなれないんだと実感する。

 

月光剣(ムーンライト)!」

 

 剣が輝きを放つ。

 足場の無い空中という場所でありながら、魔力で足場を生み出す事でその問題点を解決し踏み込む。

 

 目一杯に踏みしめたことで魔力は崩壊するが構わない。

 

 地に足付けて初速を大幅に上げ、その代償として右脚が魔力へと還る。それを特に気にも留めずに、更に翼で加速する。

 

 相手は稲妻の速度で移動できる。

 それはつまり、速さでアドバンテージを取る事が難しいという事。俺の強みは手数の多彩さとそのどれもが高水準で保たれていることなのだからそれを生かさない手はない。

 

 脳がパンクするその刹那まで、とにかく我武者羅に幾重もの策を重ね続ける。

 

 稲妻を優に超える速度で肉薄し、その首を狩る為に剣を振るが──そこに手ごたえはない。それどころか、空を切った感覚がある。

 

 失敗した。

 なら次はもっと早くもっと多く、何よりも洗練された一撃を叩きこもう。

 思考と並行して奇襲を喰らわないようにその場から移動する。その速度も稲妻を優に越すものだったのは、少しだけ怯え過ぎだと思った。

 

「……強いなぁ」

 

 いつの間にか上空へと移動していたアステルを見詰めて呟く。

 

 トーナメントでロアと戦った時とはまた違う強さ。

 彼に魔力が備わっていてなおかつ魔法の才能が飛び抜けていればきっと、それと同じくらい強くなっていただろう。そもそも剣一本分の祝福と剣技だけで自分に勝ったのがおかしいんだけどね。仮にも超越者だぜ? 

 

 今回の相手は超越者になる事こそなかったが、仮に成っていれば十二使徒でも最強格と言われていたであろう人物。母も苦々しい顔で足元程度には強いとか言っていたのは嘘じゃない。

 

 見上げるこの距離感が、今の俺達の実力差を表しているようだった。

 

「なんでそんなに強くなろうと思ったんだ?」

 

 答えが返ってくるはずもないけど、問わずにはいられなかった。

 

 俺は英雄になりたい。

 そう願うことは決して悪じゃないと思う。大切な誰かを笑顔にするために必要ならば、喜んで身を捨てる気持ちすらあった。……結局それは間違いだったけれど、新たな道を見つける事が出来たのだから悪い事ではないんだ。

 

 ロア・メグナカルトが英雄に成る理由は聞いた。

 本人は決して望んではいないだろうけれど、抱えた秘密と様々な事情が絡み合って英雄に成らざるを得ない。それをすんなりと受け入れてしまうトコロが彼らしい。

 

 ならば、他の二人は。

 かつて英雄と謳われたアルスと、影の英雄と称されたアステルは一体何を願ったのか。

 

「……きっと、誰かの為なんでしょうね」

 

 魔力を漲らせる。

 誰かの為に奮い立つことは間違いじゃない。

 自分がそうして生きるのと同じように、他人も誰かの為に生きていることがある。互いが互いを害そうと言うのならば、後に残るのは勝者のみ。

 

「貴方達に意思は無い」

 

 非があるとは言えない。

 国を救った英雄たちが没した事にすら気が付けなかった此方に非がある。だから、その後継足る自分に出来ることは。

 

「貴方達を滅ぼす事だけだ」

 

 それこそが、きっと彼らを救うことになる。

 

 漲らせた魔力を翼へと移す。

 翼も、中途半端なままではダメだ。

 両翼備えて加速したところで彼には追いつけない。それすらも超える速度で動くことを可能とした相手に追い縋るためには、もっと一極化しないと。

 

 片翼へと変貌させ、その羽一つ一つに魔力を異常な程籠める。

 漏れ出した魔力が空間を歪ませ軋みをあげるが、今求めているのは安定した戦いではない。圧倒的な一撃、刹那を奪うこと。

 

 依然として空で待ち受けるその姿は堂々としており、そこから感じ取れる魔力も急激に上がっていた。

 

 ────真正面から受け止められると判断された。

 

 ああ、まったく。

 

 俺は駄目な奴だ。

 

 相手はほぼ無限の魔力を扱う事を可能とする化け物で、本来のスペックすら超える性能を発揮してるんだ。それを相手に火力勝負だなんて普通は選ばないし、選ぶとしても特化した者のみ。さっきから立ち上っている炎柱を生み出した者なら可能かもね。

 

 でも、俺はそうじゃない。

 火力より汎用性を選んだ。

 一芸に特化する事よりも、誰にも負けない絶対的な立ち位置を求めた。

 

 誰にも負けないという事は、誰よりも輝けるという事だと思ったから。

 

 なのに。

 こうやっていざ()と対面して、思い知らされる。

 俺程度の奴は昔幾らでもいて、そういう連中すらも死んで踏み越えた先に魔祖十二使徒という重さがあるのだと。俺如きは警戒に値しないと、意思の消えたかつての英雄が体現している。

 

「────舐めやがって」

 

 きっと彼ならば今この状況を幸いだと喜んだに違いない。

 相手がわざわざ受け止めてくれるのだ。こちらが準備した必殺を受け止めてやると身を晒しているのをチャンスだと思う筈だ。

 

 どこまでも現実と結果を見据える事が出来るのに、それでいて夢や理想を肯定する矛盾した彼ならば。

 

 怒りの感情が沸々と湧き、口元から零れる帯電した魔力が霞のように消えていく。

 

 俺だって強者だ。

 ロア・メグナカルトには負けたが、それ以外の奴には殆ど負け無しだ。母さんには勝てる見込みがほぼないけれど、他の十二使徒相手ならばいい勝負が出来る。

 

 俺は超越者だ。

 人智を超え、この世の理から外れた人ならざる身。

 魔力が全てを左右するこの大陸に於いて、現代最強格に名を連ねているんだ。

 

 たった一度、ロア・メグナカルトに負けたからと言って────アンタら死人に舐められる程、弱くなったつもりは無い……! 

 

「舐めやがって……!」

 

 俺だって認めてる。

 彼──ロア・メグナカルトがどれだけ偉大な人間かなんて、嫌という程味わっている。

 

 魔法が使えない、魔力がない、才能もない。

 ただ朧げなかつての英雄の記憶の身を与えられ、その末路を自分だけが知っていると悟った時に同じ行動をとれるかと言われれば、閉口せざるを得ない。

 

 苦しい道なのを理解してる。

 どれほどの痛みや苦しみに苛まれるかも理解した上で、彼はその道を選んだ。決してかつての英雄に辿り着けることが無かったとしても、ただそれだけで諦めたくないからと彼は言った。

 

 ただ一人、幼馴染が戦いで命を散らすかもしれない。

 その可能性を排除するためだけに人生を捧げ今全てを解決するために身を粉にしている君は正に【英雄】と呼ぶに相応しいだろう。

 

 そんなことはわかってる。

 

 それでも────それでも、俺だって……!! 

 

「────舐めやがってッッ!!」

 

 どいつもこいつもメグナカルトの事ばかり。

 

 そんなに俺は醜いか。

 そんなに俺は不相応か。

 そんなに俺は足りないか。

 こんな俺では、その場所に行けないとでも言うのか。

 

 そして何よりも、一番腹立たしいのは────彼に追い付く事は出来ないと悟ってしまった、俺自身だ。

 

月光剣(ムーンライト)……!!」

 

 片翼に搔き集めた魔力が渦巻き、握り締めた剣は眩く輝く。

 

 今この一振りで山河を消滅させる事すら可能だと確信しているのに、相対する偽物の英雄は構えたままだ。未だに俺の攻撃を問題なく受け止められると判断しているらしい。

 

 歯を喰いしばり、憎しみにも似た嫉妬を全て剣に乗せる。

 

「行くぞ、アステル・エールライト────ッ!」

 

 音を超え稲妻を超え、光にすら差し迫る程の速度で肉薄する。

 魔力によって強制的に引き上げた五感が正常に作動する事で、到達したことのない領域でも問題なく状況判断が行える。

 

 ──正面から受け止めると言うのならば、正面から叩きつけてやる! 

 

 光を宿した剣を一振り、ただその一閃だけで消し去るには十分だ。

 ただ解き放つだけでは足りない。もっと、もっと洗練させなければ。ただ一点、その座標そのものを吹き飛ばすつもりで魔力を操る。

 

月光終焉剣(ムーンライト・カタストロフ)!!」

 

 以前トーナメントで放ったそれよりも完成された一撃。

 試行錯誤の果てに完成された正真正銘超越の一閃は、瞬く間に彼を飲み込み────その渦が、割れていくのを見た。

 

「な」

 

 最後に目で捉えたのは、無傷で現出したアステルと。

 俺目掛けて振りかざされた、一筋の光だった。

 

 



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第十五話 魔導到達点

 

 両親の顔は今でも覚えている。

 

 温かくて、優しくて、心地いい。

 この世の楽園と表現する場所があるのならば、きっとそう呼んでも差し支えないだろう。血の繋がりという強固な信頼関係に家庭環境の良さ、紛れもなく()は恵まれていた。

 

 俺より五歳くらい年下の弟が居て、兄だからと世話を良く頼まれた。

 決して嫌じゃなかったし寧ろ──楽しかった。赤子特有のくちゃっとした顔で楽しそうに笑う弟を見て、俺もまた嬉しくなった。

 

 穏やかな毎日だった。

 

 なんの代わり映えもない特別もない、凡庸な日々。

 俺はそれがどうしようもなく大事だと気が付かないまま過ごし続けて────全てを失ってから、ようやく気が付いた。

 

 俺はまだ。

 

 なんの恩も返せないまま、別れを迎えてしまったのだと。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「…………いまさら、だな」

 

 ぼやけた視界が徐々に回復していく。

 全身を包み込む激痛と、所々感覚が無い箇所がある。具体的には両手を動かせている感覚がないから吹き飛んでいるかなんらかの損傷を起こしているのは間違いない。

 

 げほ、と一度咳き込んだ。

 喉奥に詰まった血塊を飲み込んで、肉体の内側から回復魔法を使っていく。

 

 ──座する者(ヴァーテクス)なんて大層な存在になってて良かった。

 

 たぶん、人間の身体だったら死んでた。

 直撃する寸前に身体強化と障壁を張ったのにも関わらずこの傷だ。魔力が無限に使用できるってのは厄介だな。

 

 震える脚と、生えて来た右腕を無理矢理動かして立ち上がる。

 

 ここは…………障壁ギリギリの場所だ。

 ということはつまり、首都周辺から端まで吹き飛ばされたのか。ある意味障壁があって助かったと言うべきだ。

 

「気を失ってる間に全部手遅れになりました、なんてことは……無いかな」

 

 魔力感知に見知ったものがあるし、坩堝の方から紫電が垣間見える。

 この距離でも捉える事が出来るのだから流石としか言いようがない。炎の壁はいつのまにか消えているから状況は推し量れないが──……助けに行ける程余裕はない。

 

 身体がすっかり癒えたので自己分析をする。

 

 魔力量、半分程度。

 自分で考えていたよりも多く咄嗟に使用してしまったらしい。

 思わず溜息を吐きたくなるけれどそれをぐっと抑え、再度光の翼を展開する。

 

 先程のは紛れもない全力だった。

 今の俺が放てる全てを込めた。嘘じゃない、本当だ。感情というものが強さを左右すると言うのならば確実に過去最強だったと言えるし、魔法の完成度だって上がってる。トーナメントの時よりもよっぽど俺は強くなった。

 

 それでもなお、届かなかった。

 

 ただそれだけだ。

 

「……まったく、卑怯だぜ」

 

 一言文句を吐いてから、魔力探知を広げる。

 件のアステルはテオ達の所に行ったようで、空に浮かび上がって其方を覗けば確かに荒ぶる魔法が飛び交っている。すっかり白い怪物は立ち入れない戦場に変質してしまった。

 

 ()にも、戦場を左右するような選び抜かれた力があれば良かったのに。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 無力な己を呪うのは慣れたものだけど、その代償として今にも命を喪いそうになっている友人がいる。もし俺が先程の攻防でアステルを葬れるほどに強ければそんなことは訪れなかったのに。

 

 翼に力を込めて、消耗を度外視した速度で突撃する。

 

 音を置き去りにするほどの速さ、それでも最高速には程遠い。

 駆け抜けた先で、ソフィアを庇うテオに対し後少しで突き立てられる刃を目撃し────急ぎ飛ばした光の羽が、その刃を受け止める。

 

 羽に込めた魔力を操作し、無数の自立型魔法へと変化させアステルに対して攻めを継続。

 

 二人に怪我がないことを確認してから至近距離での戦いに踏み込んだ。

 

「──はあッ!!」

 

 剣を両手に持ち、翼から羽を射出し、並行思考を行うために魔力を頭にも集中させる。

 

 光刃がぶつかり合い衝撃を撒き散らしながら、飛び交う魔法が相殺する。

 

 一点に集中させるのがうまくいかないのならば今度は逆。

 つまるところ、手数でとにかく押し続ける。どれか一つでも当たればそれを起点に連撃を行えるように常に計算しながら手を打っていく。

 

 もちろんさっきみたいに一撃で覆されるかもしれない。

 命さえ失わなければ戦闘を継続できるので、絶対に失ってはいけない場所だけ守る事にした。そうすれば合理的だ、食らうときの痛みさえ考慮しないのなら。

 

 こんな痛みに耐えながら、死ぬ恐怖と戦いながら君は戦っているのか。

 

 本当に、凄いやつだ。

 

「──月影羽(ムーンライト・ソニック)!」

 

 急造の技だが悪くない。

 威力は低いけれど数が多く、一発食らうことにリスクはないけど数発受ければ動きを止められる程度のもの。だからこれは、数を多く展開できる魔力に優れたものにしか使えない。

 

 今の俺には適していない魔法だ。

 

 それでも使う。 

 諦めたわけじゃない。この現状を打破するために、最後のとっておきをぶつけるために必要だから。

 

 アステルに大技を使わせないように牽制も忘れない。

 派手さも何もない地味な一手だけれども、これこそが最善の策だ。

 

 およそ二分ほど変わらない絵面の後に、向こうに動きがあった。

 

 ピクリと僅かに身動いだ直後、坩堝の方向へと剣を向ける。

 

 ぐるりと方向転換をして隙を晒すその姿に、多少雑多な感情が湧き上がった。

 それら全てを飲み込んで、目を見開いて強く剣を握り込む。

 

 ────今しかない! 

 

 ここで倒さねばならない。

 剣に余った魔力を掻き集め、その無防備な身体を打ち滅ぼす。

 正面から受け止めるのならまだしも、今回は背中を晒している。これを逃す手はない。

 

 急激に集めたことで僅かに魔力が漏れ出すけれどそれも気にせず、双刃が輝きを高まらせていく。魔力の精度が荒れる程度には冷静じゃないという事実を認識できないまま、刃を振りかざそうとして──気がついた。

 

 先程一撃喰らいそうになっていた友人が、いつの間にか坩堝を遮るように立ち塞がっている事に。

 

 アステルの放つ一撃を防ぐために、射線を防ぐために、黄金に輝く剣を手にして。

 

 そして、俺の眼前に突如現れた真っ白な人形。

 色が抜け落ちているのにどことなく美麗な装飾が施されているのがわかるドレスに身を包み、その身の魔力を解放しようとしている女性。

 

 聖女アルストロメリア。

 絶対的な障壁を掲げ、ありとあらゆる攻撃を防いだ大戦の功労者。英雄一行を陰ながら支援し、終戦後も国の運営に協力した偉大な人物。また、今回の戦いで最初に出現が確認されていた一人。

 

 ここまで来て、俺は自分の失策に気がついた。

 

 俺はここでアステルの一撃を止めるために全力を賭すべきだった。坩堝に対して魔法を打ち込まれては現在戦闘中である二人に被害が及び、最悪の場合作戦が失敗する。そうなったらこの大陸は終わりだ。

 

 攻めを継続したところまではよかった。

 目標を見失っていた。俺が倒さなくてもいいのに、倒すことに固執してしまった。

 ロア・メグナカルトとステルラ・エールライトの勝利こそが今回の目的であり、決して俺が勝つことを目的としてるわけじゃない。ついさっきまで理解してたはずなのに、どうして。

 

「────まだッ!」

 

 動揺を隠せないまま自責をする己に蓋をして、今自分がやらなくちゃいけないことを再認識しろ。

 

 わかってる。

 

 今の俺は、最高にかっこ悪い。

 

 思い上がって、無理して、逆にやられて気絶して、復活して援軍に来たと思ったら判断ミスで作戦失敗の危機に陥ってる。

 

 最高に最悪なかっこ悪さだ。

 これで『英雄になりたい』だなんて笑えてくる。

 

 なあ、きっと君ならそう言ってくれるか? 

 

 ロア・メグナカルト。

 

 ほんの僅かな逡巡の後に、剣に集めていた魔力を霧散させて身体に引き戻す。

 

 テレポートで瞬間移動し、テオの真横に降り立った。

 そして彼の肩に手を置いて、有無を言わさずにテレポートで送り返した。アステルの放つ技を生身で受け止めるのは自殺行為だ。それなりにしっかり備えた俺でも半身失いかけたのだから、普通の人間が食らえば即死は免れない。

 

「すまなかった」

 

 届かない謝罪を呟いて、眩く輝き出した剣に対して構える。

 

 聖女が展開した障壁は坩堝と俺たちだけを包み込み、何人たりとも干渉を許さないといった様相。それが出来るなら最初からやっておけと思わなくもないが、多分、坩堝側の状況が変わったのだろう。

 

 アルス一人では対処しきれない状況に。

 

 もしそうならば喜ばしいことだ。

 複数人でかからねば良くないと、この戦うことだけを定められた偽物たちが判断したのだから。

 

 きっと上手くいってるんだろう。

 彼は間違えないのだから。

 

 いや、間違えたとしても、彼ならばなんとかしてみせるんだろう。

 

「ならば俺は────その手伝いをさせてもらう!」

 

 他人頼りの情けなさで申し訳ない。

 でももうとっくにかっこ悪くなってるんだからどれだけ重ねようが関係ないだろ? 

 

 俺はこれを耐え抜いてみせる。

 だから君たちは、勝利を収めてほしい。

 それが俺の名誉にも繋がる、なんて俗物的な考えで締めくくろうじゃないか。

 

 剣を収め、純粋な魔力を両手に集中させる。

 

 どこまでも『魔力』としての質を高めて高めて高め続けて、それは肉眼で捉えることすら可能とする揺らぎ。物質とも呼べるほどに変質した魔力の極みを両手に掲げて、今にも解き放たれようとしている剣に相対する。

 

「こんなんでも魔祖の息子だ。魔導(・・)の頂は、とっくの昔に垣間見てるのさ!」

 

 ああ、怖い。

 受け止められなかったら全部崩壊する。

 作戦も俺の人生もこの大陸の歴史も、母さんが積み上げてきた全てがオジャンだ。こんな緊張感、どうして今になって襲ってくるんだ。

 

 受け止めろ。

 どこにも受け流せない。少しでも漏らしてしまえば終わりだ。

 ドクンドクンと心臓が高鳴り、異常なぐらい血流が速く巡っている。血の引くような心地よさと、意識が希薄になる気持ち悪さが合わさっていて、どうにも冷静じゃない。

 

 それでも、そんな苦しい状況な筈なのに──どうしてか、俺の口角は吊り上がっていた。

 

 両手から障壁を展開し、瞬く間に強固な壁を築き上げる。

 構築に七割、維持に二割、残り一割は最後の一滴。魔力配分はそんなもので、後先なんかこれっぽっちも考えていない。

 

 それを考えるだけの余裕はとっくに消え失せた。

 

 そして全てを防いでやろうと息巻いた俺の覚悟が整うとの同時に、アステルの掲げた剣が輝きを増す。

 

 光り輝く剣から生み出された一撃が、今解き放たれて────視界が眩い閃光に染まった。

 

 ────ドガガガガガッッッ!! 

 

 掘削するような音が鳴り響き、その影響で耳が遠くなる。

 頭の中を何かが埋め尽くしたような苦しい感覚に陥った刹那、身体中に襲いかかってくる衝撃。特に両腕の負荷が凄まじく、ほんの僅かな衝突時間に対し異常な程の威力。

 

 一瞬で押し込まれる感覚を必死になって抑えて、前に前にと突き出そうと足掻く。

 

 少しでも前に動かせば筋が断裂し力を失いそうになる所を、残り僅かな回復魔法で抵抗を繰り返す。強化も無駄だろう。この魔法の奔流に耐える方法は限られていて、今の俺では実現不可能な方法ばかりだ。

 

 腕が千切れ飛びそうだ。

 既に回復をするのも億劫なくらい、刹那に負うダメージがでかすぎて間に合っていない。

 噴き出した血液が飛び散り時折肉が弾け飛ぶ。強く噛み締めた歯が砕けて、口内を満たす鉄の味がどうにも不愉快に感じた。

 

「ぐ────が、ああああああッ!!」

 

 痛みで泣き叫びたくなる気持ちを噛み締めて、一歩前に踏み出す。

 

 既に魔力は尽きそうだ。

 それでも障壁は破られていない。

 俺の障壁は彼らを守ることを達成している。

 

 指先がジワジワと削れ落ち、腕の筋線維もブチブチ不愉快な音を立てて弾け飛ぶ。出血してない部分がないのではないかと思える程に負傷した二の腕を一切考慮することなく、更にもう一歩踏み出した。

 

 魔力が足りない。

 

 さっきの戦いで無駄に使ったからだ。

 

 足りない分は何処から補填する? 

 このまま続けて防げる保障は? 

 一体いつまでこれは続く? 

 

 そんなことは知ったことではない。

 

 今、ここで、防ぎ切ると決めた。

 ならそれくらい押し通さなければ──俺はきっと、誰にも顔向けできくなってしまう。

 

この(・・)くらい(・・・)……!」

 

 どうってことないぜ。

 

 考えろ。

 思考を巡らせるための酸素がどうにも足りなくて、みっともない呼吸で空気を肺に取り入れる。あっという間に全身を駆け抜けた酸素が脳まで行渡るが、すぐさま足りなくなる。

 

 俺の強みはなんだ。

 それは、魔法という存在そのものを、魔祖を除いた生命体の中で最も理解している事だ。今この場で活かせるか。活かせる筈だ。

 

 今抑え込んでいるこれ(・・)は魔法だ。

 火と光を複合させた眩い斬撃、名称は不明だけれど、容易く創り上げられるものではないだろう。それでも、俺がこの一瞬で解析できるくらいのもの。つまりは偽装されていない。

 

 いや違う、考えろ。

 属性なんかどうでもいい。

 魔法かどうかもどうでもいい。

 相手が持っている絶対的なアドバンテージは、魔力が恒久的に繰り返し利用できること。供給源は不明だけれど、少なくともこの障壁内で虚空へ消えた魔力をほぼほぼ利用していると考えていい。

 

 なら俺に何が出来る。

 このまま耐え続ける事は不可能ならば、俺は一体どうすればいい。

 無限の魔力を持つ相手の攻撃を防ぐのに必要なのは────…………

 

「…………ははっ」

 

 今にも割れそうな障壁を両手で支えながら、俺は思わず笑ってしまった。

 

 なんて簡単で難しい答え。

 誰でもわかるようで、誰もが諦める選択肢。

 どうしてこんな事を悩んでいたのか、自分でも愚かだと言わざるを得ない。

 

 英雄の記憶を持った少年が生まれるくらいだ。常識は吹き飛ばさないといけないな。

 

 一度呼吸を整える。

 これから行うのは博打だ。失敗すれば死ぬし、やらなければ死ぬ。それどころか作戦が終わりこの大陸は終焉を迎えるだろう。

 

 やれるだろう、テリオス。

 俺は魔導の祖、マギア・マグナスの息子だ。

 結局のところ、どんな望みやアイデンティティより──俺にとって大事なのは、そこだった。

 

 魔導を司るあの人の息子になったのだ。

 ならば、魔法を操る限り、どんな相手にだって負けてはいけない。

 そうすることこそが、何もかもを失くした俺を育ててくれたあの人への何よりの恩返しになるのだから。

 

 一息吐いて、割れる寸前の障壁を────自ら解除した。

 

 当然、溢れんばかりの奔流が押し寄せてくる。

 それに指先が触れた瞬間、蒸発するよりも先に、俺はその魔力の本質に潜り込むように解析をかけた。

 

 この魔法を阻害するためではない。

 この魔法を構成する魔力を分析し、理解して、己の物にする(・・・・・・)ための行動。

 

 刹那の合間に肘辺りまで消し飛ばされたけど、それよりも早く俺の魔法が完成する。全属性複合魔法に更に魔法を付け加えるような無茶を何度もしてきてよかった。そのお陰で構築するのが間に合った。

 

 腕を全て飲み込んで、俺の身体すらも消滅させようと迫っていた魔法が────突如として霧散する。

 

 ああ、理解した。

 完全に理解した。

 

 霧散した魔力を搔き集め(・・・・)、相も変わらず佇んだままの人型達に分け与えられるより先に俺の物に。

 

 両腕を瞬く間に修復し、右手に剣を握る。

 追撃を放つ気配はない。ありがたいことに、俺が態勢を整えるのを待ってくれるようだ。その情けをもっと早く使ってくれればよかったのに。

 

 気付いた時には俺達だけを隔離していた障壁は消え失せて、変わらない薄暗い首都の光景が映っている。

 

「……そういう役目、か」

 

 ロア・メグナカルトという少年の存在。

 歴代でも飛び抜けた才能を持つ複数人の座する者(ヴァーテクス)到達者、十二使徒の後継。偶然にしては綺麗に集まり過ぎているこの世代の中で、どうして俺は母さんに拾われる運命にあったのか。

 

 魔導の祖を親に持つ、英雄願望を抱えた愚か者。 

 英雄の記憶を持って生まれた、本当の英雄と呼べる少年に敗北した情けない奴。

 そんな男がこの場に立って何を成せるのか────ああ、そうだ。この立場は誰にだって譲らない。

 

 俺は母さんに育てられたことを誇りだと思う。

 確かに性格に難があることは否めない、それでも俺の事を大切だと言ってくれたのは嘘じゃなかった。そこに愛情は確かにあったし絆もあった。バカな俺の所為で起きたすれ違いだって、『英雄』が解決してくれた。

 

 その恩を返せるのは──……今しか、ないだろう! 

 

「────【魔導終点に座する者(ヴァーテクス・テリオス)】」

 

 全身を魔力へと変換し(・・・・・・・・・・)、なんのデメリットも無しに構築し直す。

 

 傷付いた肉体を修繕し、制服も元通りとなった。

 余分な装飾を付け加えたのは俺の趣味だ。派手過ぎないし、少しくらいはいいだろう。

 天敵である魔力を吸収し続ける【英雄】は別の場所にいて、相対するのはただの操り人形のみ。ただ撃破するだけではない、彼らの助けになる様に戦わなければ。

 

 障壁内全体に薄く魔力を広げる。

 それらが吸収されないように常に制御をしながら剣を構え、斬撃を飛ばす。

 光刃煌めき、音の何倍もの速度で迫る斬撃を軽く受け流したアステルの様子を伺いつつ、魔力の流れを探った。

 

 霧散した魔力は消えることなくその場に漂い続けるのだが、坩堝の方向へと引っ張られていく。

 

 やはり本体は向こうらしい。

 つまり、俺達が戦えば戦う程向こうは回復していく。尽きない魔力を補充し続けて消耗戦に持ち込まれ、いずれ俺達は敗北を迎えるのだろう。

 

 ――俺がここに居なければ、そうなっていたかもしれない。

 

 引っ張られている魔力の制御を奪い、俺の身体に取り込む。

 今やこの身は魔力で構築されている。ただ魔力を奪い続ける機能を搭載された遺物と、今全盛を迎えた人間。どちらの方が強いかなど考えるまでも無い。

 

「俺は、テリオス・マグナス」

 

 足りない分は他所からもってくればいい。

 この領域に足掛けてようやく、君と同じ結論に至ったよ。たとえ方向性は違っても、やっと君と対等に成れた。それ故に生じる情けなさと傲慢さこそが、俺と君を絶対的に違うものだと隔てていたものだから。

 

 首都を覆い隠していた障壁を吸収(・・)し、薄暗いだけだった首都へ光が差し込む。

 暮れに近い黄金色の夕日が照らす事で、この現実に希望を見据えた。

 

魔導の王(・・・・)にやがて至る者、テリオス・マグナスだ!」

 

 戦い続けてやるさ。

 彼らが勝利するその瞬間まで、こいつらの魔力を根こそぎ奪い続けてやる。

 

 だから――――君達もどうか勝ってくれ。

 

 坩堝で轟く雷鳴を耳に入れながら、勝利を祈った。

 

 

 



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第十六話 【救国の英雄】アルス

 

 視界が開けた時、見慣れた光景が映った。

 

 崩れた建造物に積み上がった瓦礫、所々に付着する血液のような赤黒い染みに坩堝全体を侵食するように広がる白い繭。

 

 異様な光景だ。

 初めて坩堝を訪れた者が見ればなんの施設なんだと疑問を抱く事だろう。

 

「ねえロア。あれって……」

「そういうことだ」

 

 たぶんきっと。

 自信がある訳じゃ無いので微妙なラインだ。

 

 まあでも、俺以外の誰かが保証してくれているから今回の場合問題は無いのだが。

 

 繭の横に静かに佇む一人の男。

 真っ白な色彩に染められた()は後世に伝えられたのと同様の服装で身を包んでおり、右手に握り締めた剣と全身から僅かに発せられている稲妻がその名を如実に表している。

 

 まるで繭を守る様に立ちふさがった彼は突如現れた俺達に対して微動だにせず、危害を加えない限りは動かんと言わんばかりの無関心っぷり。

 

 表情を構成する眼や口は抜け落ちているのがこれまた傀儡扱いしている様で不愉快だ。

 

「…………もしも意思があるなら穏便に済ませたいんだが?」

 

 答えは無い。

 そりゃそうだ。仮に意思があって逆らえるのならエミーリアさんを殺したりはしないだろう。アルスにとってそれが一番避けたいことであったのだろうから。

 

 それを阻止できなかった俺の無能さを呪いつつ、俺もまた右手に剣を生み出した。

 

 今全身を巡っている魔力はほぼステルラのもので、極僅かな量だけ皆の魔力を取り入れている。魔力にも個人差があるみたいだからな。変に混ぜると誤作動を起こすらしい。

 

 つまりは今、俺はステルラの色に染まっているという事。ちょっと興奮した、キモいね。

 

 落ち着く為に一息吐いてから、俺はゆっくりと一歩踏み出した。

 向こうに反応は無く、警戒ラインにすら乗っていないのだろう。悲しい事ではあるが嬉しい事でもある。舐めてかかってくれるだけ得するぜ。

 

「ステルラ、作戦は」

「ロアが接近戦で私がフォローだね。大丈夫だよ」

 

 事前に決めていた事で、近接戦闘を主体で行える俺がメインを張る事になった。

 個人的にステルラに丸投げしても大丈夫な気はするんだが、それだと俺が役に立たない。俺は英雄の剣を誰よりも知ってるし戦い方も熟知しているのだから、合理的に考えて俺が戦うべきだと判断した。決してステルラに傷付いてほしくないから嫌々前に出る事にした訳ではない。決してな。

 

 それにステルラは天才だ。

 でも剣術を真面目に学んだわけではないのでそれなりに不利を受ける立場にある。なにせかつての英雄が葬って来たのはそういう魔法に特化した連中ばかりなのだから。

 

「……幸か不幸か、なんて言いたくはないがな」

 

 俺が近接でお前が中遠距離、いいバランスだ。

 魔法力の有無を加味しないのであれば。

 

 光芒一閃(アルス・マグナ)を手に掲げ、いつも通り霞構え。

 俺の敵対心を感じ取ったのかは知らないが、アルスも同じ構えに移行した。そのままだらりと待ち構えてくれると楽だったんだが、流石にそうはいかないらしい。

 

 俺如きを敵として認識してくれる事実に混ざり合った感情が沸きだしつつも、本命は忘れない。

 

 俺は貴方を殺しに(越えに)来た。

 師匠たちを救い戦争を終わらせ後世に名を遺す程の偉人であり、身体的な強さも精神的な強さも俺なんかよりずっと優れている貴方を、ただ記憶を持ち合わせてしまっただけの俺が。

 

 コンプレックスから始まった人生だった。

 いつだって現実が理不尽な結果を伝えてくる中で、幾度となく心の奥底に溜まっていく不愉快な重みを抱えながら諦めたくないと僅かな意地を張って来た。

 

 記憶の中にはいつも貴方が居た。

 誰もを照らす鮮烈すぎる光を放ちながら、その奥底にある人間らしい昏い感情を見せることなく演じきった貴方が。強固な意思で押し込んだその薄暗い感情こそが、俺にとっては自分を保持する大切なものだったのに。

 

 俺は英雄が嫌いだ。

 今でもその感情に変化はない。

 大嫌いで憎たらしくて、子供の頃から何度も何度も見て来た貴方の人生は────誰よりも醜く綺麗で、それを見る度に涙が流れそうになる。

 

 主に自分自身の情けなさとかその他諸々を込んだ感情が原因で。

 

 貴方が一人で成すこと全て、俺は一人じゃ出来ないんだぜ。

 

「────紫電迅雷」

 

 解合を唱える事で祝福が起動する。

 

 バチバチと視界に紫電が写り込むのと同時に全身を痛みが駆け巡った。

 ノーリスクで雷を受け入れられるような体質だったのならよかったが、生憎俺にそんな素敵な性能は搭載されていない。いつだって己が身を犠牲にして何かを得ている。

 

 なんならこれでマシになった方だ。

 

 痛みを喰いしばって戦闘準備を整えて、ここから死に塗れた場所へ自分から踏み入らなければならないのだ。

 

 悲しくてしょうがない。

 

「【救国の英雄】、アルス」

 

 鏡写しのような形で向き合う俺達のことを遮るものは何もない。

 今この瞬間の為に俺は生きて来たのだと言われても否定はしないし、寧ろ理解を示して首を縦に振る。だって結局のところ、ステルラを殺す可能性が最も高い相手はこの男だから。また復活するかもしれない未来を見過ごすわけにはいかなかったのさ。

 

 深く、沈み込むような呼吸を一度して。

 

「…………殺すぜ、アンタを」

 

 じり、と足を僅かに動かし────一気に踏み込む。

 

 視界が急激に灰色へと変化し、俺の認識能力が追い付いていない事を理解した。

 それでも問題はない。この空虚な世界で十全に動けるようにこれまで努力を重ね続けて来たのだから、今更失敗などするものか。

 

 右脚から折れた痛みが昇ってくるのと同時に剣を全力で振りかぶる。

 飛びかかるのは下策、しかし距離を詰めるにはある程度浮いてしまう。相手が剣を横薙ぎに振るよりも先に受けさせる──それが今回の狙いだ。

 

「オ────ラアアアアッッ!!」

 

 叫びと共に振った一閃は見事に防がれたものの、光芒一閃には見覚えのない雷撃が付与されている。

 普段の刀身よりも三倍程度の太さに膨れ上がったそれからは斬る事など何も考えてないように思えるが、恐らく魔力で無理矢理裂くのだろう。ステルラがかけてくれた魔法だな? 

 

 魔力同士のぶつかり合いにより坩堝全体を揺らがす衝撃が撒き散らされ、俺はその圧に流されるように一度後ろへと下がる。

 

 相対するアルスの身体が一瞬ブレて──まずい! 

 

 急ぎ右側をカバーするように剣を逆立てた。

 バギャッ!! という音と共に大きく視界が反転し、吹き飛ばされた事に気が付くまでおよそ一秒足らず。

 

 全身を襲う痛みに顔を顰めつつ、命だけは失わないように勘を頼って地面を駆ける。

 

「ステルラっ!」

 

 返事はないが意味は悟ってくれたらしい。

 俺の声を聴いたステルラが、追撃を仕掛けようとしていたアルスを止めてくれた。俺が反応するより早く迫っていたアルスを止める手段が既に無く、あと数秒遅れていたら首と胴体が別れていただろう。容赦ない奴だぜ、本当に。

 

 英雄を英雄足らしめていたのはその精神性だと言うのに、それを損なわせるなんて解釈違いにも程がある。

 

「【紫電(ヴァイオレット)】!!」

 

 紫電の煌めきが視界を焼き焦す。

 紫電迅雷を一度解除し生身同然の身となったが、それでも脚は緩めない。ステルラが時間を稼いでる間に速攻を仕掛ける。

 

 そもそも俺達は長期戦に不向きだし不利なのだ。

 相手は無限に魔力を運用できる癖に此方はできない、こんな馬鹿な話があるか。ジリ貧を迎えるのは当然の帰結なので、短期決戦で仕留めるしかない。それをするには時間も手数も火力も足りてないんだが? 

 

 あ~あ、俺に魔力があったらな!! 

 

 ステルラと魔法の応酬をしつつも駆け続けるアルスの進路へと割り込んで剣を一振り。

 奴は稲妻の速度で走れるが、ステルラの妨害が効いている。紫電もまた稲妻と同じ速度で奔るんだから、アルスが足を止めれば止める程距離は近くなるのだ。

 

 たった一度の接触でバカでかい衝撃が生まれている所為で身体が吹っ飛ぶが、こういう宙を飛ばされる感覚は慣れ親しんだ物なので問題ない。でも痛いのは嫌だから出来ればしたくないのにそうせざるを得ないってのが一番厄介だよ。

 

 そしてまた地面を滑りながら着地して駆け出す。

 

 無数の雷槍がステルラから放たれて、ヒットアンドアウェイを繰り返す俺を避けるようにアルスへと奔っていく。援護アリの戦いってこんなにやりやすいんだな、とこんな状況で考えてしまうのは悪い事だろうか。

 

 これまでの戦いがね……

 

 流石にステルラは戦いの才能にも恵まれていたのか、上手い事俺の隙を縫うような戦いをしてくれる。雷速で動けるのならばまだしも常に紫電と同化出来る訳でもない俺が晒す隙は大きく、たぶん、アルスにとっては簡単に取れるだろう。

 そこをカバーしてくれるステルラに(少々遺憾ながら)感謝をしつつ、もしも俺が一人で戦うことになっていたら秒殺されていたなと情けない結論が出て少し涙が出そうになった。

 

 一進一退の攻防を行って大体二十秒程度、進展が見られないために一度引き下がりステルラと共に作戦を練り直す。

 

 アルスは俺達二人に無策に突撃する事はよくないと判断したのか、再度繭の隣へと歩いて行った。

 

 多少息の上がった俺と全く息の上がってないステルラ。

 ジワリと汗が零れていく額を拭う俺とそんな俺の顔を見るステルラ。

 

 次の作戦は? と言わんばかりに期待して目線を向けてくるお前には少し悪い事だが、ここまでの攻防でわかったことが幾つかある。

 

「参ったな。俺の剣が通じない」

「えっ」

「冗談だ」

「びっ……くりするよね、うん」

「正しくは通じていないのではなく効いていないだ」

「それ同じことじゃないかな」

 

 剣技で後れを取る事は無いだろう。

 多分、全く同じ条件ならば負けることは無い。スポーツとかでよく例えられるアレと一緒だ、全ての条件が同じだった場合に誰が最も優れているのか、みたいなやつ。

 

 剣技のみで戦えるのならば俺が死ぬまで粘ってやることも出来なくはないだろうが、決め手に欠ける。

 

「改めて確認するが、あの男は【救国の英雄】アルスその人。俺に何故か宿っている記憶の持ち主であり、端的に言うならば上位互換だ」

「だから私とロアで戦おうって話でしょ」

「そうだ。それでイケると思ってたんだが…………」

 

 正直に言おう。

 俺は彼を見誤っていたかもしれない。

 その人生の軌跡を見て来たくせに彼を過小評価してしまった。

 

 アルスの人生の本質は逆境だ。

 常に不利な状況を押し付けられ、その上で戦い相手に認めさせ極力命を奪わず協力を取り付ける。勿論武力行使をせざるを得ない場面も存在したが、それでもこの男は戦いを交渉の道具だと割り切っていた。

 

 一方俺の人生は不遇と幸運の両者が合わさった矛盾してるものだ。

 常に不利な状況を押し付けられ、その上で戦いたくないと抜かしながらヒモとして生きていきたいと願っている。武力行使をしなくちゃいけないからここまでやってきたが、俺はこの戦いで全てが終わると思っている。

 

 奴にとって多対一なんて当たり前。

 負けそうになる事だって沢山あった。

 それでも負けないで、数えられない程の苦しみを背負って生き抜いた。

 

「…………つまり?」

「アルスにとってこの状況は不利でも何でもない、いつも通りってことだ」

 

 俺達は有利な盤面を作りだせたわけではない。

 勝ち目のない状況だったものが、ほんの僅かにだけ対抗できる可能性が湧いて出て来ただけだった。

 

 それでも十分だと言いたいが、俺達が時間をかければかける程犠牲が生まれる事を考えれば全く足りていない。

 

「俺には剣技がある。だが総合的なステータスが欠けている」

「私には魔法がある。でも剣技がないから打ち合えない……」

 

 チラリとステルラに視線を送れば、真面目な表情で思考を巡らせている姿が。

 

 顔が良いな……

 

 思考を振り払うために頭を横に振って、あまり絶望するのもよくないから慰みの言葉を吐くことにする。

 

「互いの弱点を補えていると言えばそうなんだが」

 

 他人であるが故にどうしても足りないのだ。

 その、アルスの隙を突くほんのわずかな点が。

 

 俺が強ければこんな風に悩まなくてよかったのに。

 魔力さえあれば問題なく今の攻防で終わっていたかもしれないのに。

 

 こういう負けられない場面を迎えて自分の力不足を見せつけられるのは、少し心に来る。

 

「────大丈夫っ!」

 

 ステルラは無邪気に言った。

 先程までのような深刻そうな、真面目そうな空気を吹き飛ばして、まるでいつも通りのステルラのように振舞って。

 

「だってロアがいるもん」

「……今まさに俺の無能さをアピールしたばかりだが」

「ロアは無能なんかじゃないよ」

 

 真っ直ぐに俺を見詰めて、空いた左手をそっと握って来た。

 

 オ゛ッ…………

 ン゛ン゛ッ! 

 

「わたし、ロアのこと信じてるから」

「どいつもこいつも見る目がないな」

「灼かれちゃったんだよ、きっと」

 

 俺からすればお前が一番の太陽なんだが……

 

 そんなどうでもいい感想は放っておいて、具体的に現実をどうするかという点を煮詰めなければならん。

 

「うーん……方法を思いつかない訳じゃないんだけど」

「マジか」

 

 やはり、天才か……

 

「ちょっと時間が必要かな。五分くらい」

「フッ……ステルラ。お前俺が五分もタイマン張れると思ってるのか?」

「え? 出来ると思うけど……」

 

 だからなんなの? その信頼。

 

 そんなことは出来ないしやりたくないが、それでアルスを倒せるならそれでもいいかもしれん。

 

 代わりに俺が死ぬかもしれないという悲しい可能性がある点だが、まあ、なんだ。

 俺が死ぬことで大陸が平和になるならそれでもいいだろう。俺の責任でもあるし、師匠とステルラがそれで生き残れるならそれでいいか。

 

「…………ねぇロア、なんか変なこと考えてない?」

「未来に夢と希望を見出していたのさ」

 

 光芒一閃が問題なく使用できる時間は残り十五分と言ったところ。その間に決着をつけないといけないのだから、ステルラの作戦に従うのが一番だろう。

 

 は~~~~…………

 

 まったく。

 最後の戦いだってのに、そこでも役に立てるわけじゃないってのが堪えるな。

 俺に全てを解決する超人の如きスペックがあれば、そう願わずにはいられなかった。

 

 光芒一閃を握り締め、一歩前に出る。

 

 やりたくはない。

 情報通りのスペックを十全に扱えるアルス相手にタイマンとか本当に嫌だが、それが必要ならばやろう。一人醜く生き延びながら戦う術は身に着けているし、というか寧ろ、それが一番得意ではないだろうか。

 

 特にアルス相手には。

 

「五分間きっちり守り抜いてやる。骨は拾ってくれ」

「縁起でもない事言わないでよ!」

 

 精々死なないように頑張るとするか。

 

 稲妻を身に纏い剣を構えたアルスの姿に思わず辟易としながら、もう一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で繰り広げられる剣戟を見詰めながら、必死に魔力を練る。

 

 私の思いついた作戦は至極単純だ。

 二人の連携にラグがあるのなら、それを無くせばいい。

 ロアに剣技と魔法のどちらも付与すればきっと、かつての英雄にだって勝てると思った。

 

 上手くいくかはわからない。

 全身を魔力に変換して(・・・・・・・・・・)、その上でロアに宿る。

 宿るって表現正しいのかな。どうだろ、わかんないや。でもとにかく、ロアに魔力と魔法を付与するのならばきっとこれが最適解だ。

 

 その結果どんな影響が出るのかはわからないけれど────わたしは、ロアに生き残って欲しい。死んで欲しくない、幸せになって欲しい。

 

 こんな私の事を見捨てないで、人生全部捧げるなんて言ってくれた男の子。

 大好きな幼馴染、かっこいい男の子、言いたい言葉は沢山あるけど…………うん、そうだね。

 

 幸せになって欲しい、が一番かな。

 

 もし失敗して【私】が消えてもロアは勝てる。

 ロアが私のことを(たぶん)大切に思ってくれてるのと同じく、私だってロアのことを大切に思ってるんだ。死んででも刺し違えるなんてこと許さないからね。

 

 私はロアが居なくちゃ生きていけないけど、ロアは周りに沢山の人がいる。いくら私の事を特別だって言ってくれてるとは言え、みんなを置いて死ぬことなんて選ばないでしょ? 

 

 だから、まあ、その。

 

 もし失敗したら────…………ごめんね? 

 

 

 

 



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第十七話 星の行方

俺はハピエンが大好きです、信じてください


 

 死んだ目でアルスの相手をし続けて大体四分が経過した。

 

 上に前に横に超高速移動から背後、もう好き勝手やりやがるよね。

 俺は単独で高速移動できないし無限回復も出来ないし魔法も使えないと言うのにこの横暴っぷりである。身が持たないんだが? 

 

 辛うじて被弾はしてないが、そう長くは無いだろう。

 

 それでも生きているのは一重に培ってきた死への嗅覚であり、俺が絶対的に忌み嫌う努力というものの集大成のお陰であった。最悪だね。

 

 気分を紛らわすために思考でふざけ倒してみたが、現実は一向に変わらない。

 ステルラの用いる作戦が何かはわからんが、少なくとも俺諸共消し炭にするようなものでない事を期待する。そんな合理的で非情な女じゃないよな……

 

「────いい加減止まってくれると嬉しいんだが?」

 

 一度大きく距離を取る事で、アルスもまた同じく警戒の姿勢に移行する。

 厳密には魔力を高め続けているステルラを警戒して、だ。俺如きが一歩下がる事を警戒する筈も無く、いつでもどこでも紫電を放てる奴を警戒するのは当然の帰結。俺は虎の威を借りる狐というワケだ。

 

 ふ~~~~っ……

 

 情けな。

 

 チラリと覗き見たステルラは至極真剣な顔をしており、まだ準備が整ったようには見えない。

 

 どうやらもう少し痛い目を見なければいけないらしい(俺が)。

 

 流石に自分を安心させるためならいざ知らず、この緊迫した場面で魔力を整えているステルラの邪魔をするほど愚かではない。光芒一閃を再度握り締め、一歩ずつ前に進んでいく。

 

 多分、アルスは俺の事を殺せる。

 何の躊躇いもなく、技術的にも強さ的にもさしたる妨害もないのなら。

 一対一で戦い続ければその内死ぬのは明白で、従来の作戦通りだったのなら即死して終わっていただろう。

 

 それはステルラだけが戦う場合も同じだった筈だ。

 

 戦いの才能もある、魔法の天才、魔力も豊富。

 そんな選び抜かれたステルラであっても、魔力を無限に使えて身体を回復し続ける奴に勝てたとは思えない。座する者(ヴァーテクス)としても未覚醒のままだったのなら。……俺は覚醒してたと信じたいんだが、なんか周りの連中はそうは思ってないらしいんだよ。

 

 俺が大嫌いな努力を選ばなければ、俺が英雄の記憶を持っていなければ、俺が師匠に出会わなければ。

 

 あり得たかもしれない可能性はどれも残酷な末路を迎えるものであり、今この場に立てたこと自体が奇跡のようなもの。幾重もの正解を選び続けたからこそ、ほんの僅かな勝利の可能性を見出せた。

 

「……複雑な気分だ。わかってくれよ、英雄サマ」

 

 相も変わらず死の気配を纏わせて佇むアルスに近付いていく。

 その度に俺の本能のようなものが叫ぶのだ。これ以上奴に近寄れば死ぬ、これ以上この場にいれば死ぬ、これ以上戦えば死ぬ、わかりきった答えを愚かにも。

 

 わかってる。

 そんなことは誰よりも俺が知っている。

 かつてアルスと相対した人間全てと比べても俺は決して強い方じゃないし、なんなら真ん中から下くらいの実力でしかない。

 

 この場にいるのが不相応なくらい貧弱なのは、アルスの人生を知り尽くした俺が一番理解してる。

 

 それでもやらなくちゃならん。

 涙が出そうなくらい屈辱的だが、それでも堪えて戦わなくちゃならん。

 ステルラ・エールライトが死なない為に、これ以上こいつが傷付かなくてもいいように。

 

 惚れた弱みってのは辛いぜ。

 

「紫電迅雷──ッ!」

 

 全身を駆け巡る紫電の痛み。

 すっかり慣れきってしまったが、それでも痛い思いは出来る限りしたくない。

 これが最後、これが最後だ。俺の人生で最も苦痛に塗れた青春時代は、この戦いを最後に役目を終える。

 

 歯を喰いしばって痛みに耐えて、ハッピーエンドを迎えたいもんだ。

 

 ステルラが提示した五分間まで残り二十秒程度。

 

 全力でこの間を保持するのが俺の仕事だ。

 耐えるだけで敵を倒せるのならそれでいい。俺は志が低い人間だから、そもそも戦うことに肯定的じゃないんだ。いつだって他人が全てを解決してくれることを祈ってる。

 

 だから、残り僅かなこの刹那に────星の輝きを照らしつけるのさ。

 

 駆け出す。

 全能感溢れる感覚など何処にもなく、ただ灰色に変化した風景と全身に打ち付ける風の圧だけを感じる。それでも思い通りに身体は動くしそれを何とも思っていないのだから、大概染まってしまった。

 

 地に足付けるのと同時に動きの無いアルスに向かって剣を振るう。

 

 全身に紫電を宿らせている間だけ、俺は超越者に食らいつける。

 たった数分間の間対抗できるだけ。それすらも全部借り物で構成されている俺が英雄に抗おうなんて、身の程知らずにも程があるね。

 

 地面を削り取る様に速度を打ち消しながら、右手に刻まれた祝福を起動。

 

 ほんの少しだけ剣を加速させるためだけの身体強化、スペックで越えられない相手に一手だけ差し込むための逆転の駒。それを躊躇なく使用して、少しでも俺に注意が向くようにする。

 

「────星縋、七閃ッ!!」

 

 七度煌めく剣閃に、流石にアルスも全力を出さざるを得ないと判断したのか。

 

 それら全てを防ぐように放たれた剣技に動揺する暇もなく、続けて連撃を繰り出した。

 

 隙を与えるな。

 奴に先手を渡らせるな。

 常に攻撃を繰り返し、全ての攻撃に殺意を込めて、牽制の一つもなく──一撃あてれば死ぬのだと、その判断を続けさせるんだ。

 

 あと数秒で五分が経過する。

 その瞬間まで決して野放しにするな。

 

 残り五秒。

 右に左に切り替えて振るう剣は全て防がれる。右足を軸に蹴り上げようとするものの、それを手で容易に受け止められた挙句こちらの行動を止められた。

 

 残り四秒。

 首目掛けて振りかざされた一閃を紙一重で避け、脚を掴んでいる手を斬り捨てる。一瞬で回復し生え変わったが問題ない、身を低くして懐へと踏み込んだ。

 

 残り三秒。

 腰から肩へ斜めに斬り上げた。剣を振る速度は紫電と同化しているから超高速だと言うのに、アルスは意図も容易く一歩下がる事で回避。俺が必死になって喰らいついてるのに余裕かまされるのはクソほど頭に来るが、短気なのは戦いにおいて不利なので冷静沈着に行く。いやダメだ、ムカつくから畳みかける。

 

 残り二秒。

 魔法を撃つ暇を与えてないのはいいことだが、代償として俺の動きが鈍くなってきた。無呼吸状態に加えて動かしちゃいけない方向に動かしたりしてるから、痛みで思考も阻害されてる。それでも致命的なミスだけは避けるようにやれてるのは良い事だ、そう思わなくちゃやってられん。

 

 残り一秒。

 踏み込んだ左脚の骨が折れた。めっちゃ痛いけど力を入れるのに不都合はないから、そのまま勢いを殺さず首目掛けて剣を振る。殺せない事はわかっていても、俺ですら魔力を感知できる程に強まったステルラの事は無視できないだろう。だからこれを防ぐのはわかって────防がないで受け入れやがった。

 

 わずかに喰い込み、このまま振り抜けば確かに首は獲れるだろうと確信した一撃を終わらせるより先に、アルスの剣が胸に突き刺さる。

 

 左胸、急所、心臓。

 喰らってはいけない部分を穿たれ、その痛みを理解するより先に、そのまま肩を裂くように剣が振り上げられた。

 

 あ、死んだ。

 

 痛ぇ。

 この死が急速に近付いてくるタイプの怪我を負うのは随分と久しぶりだったが、相変わらず空虚で不気味で寂しい感覚だ。

 

 薄暗い昏さと痛みと高熱が患部から沸きだし脳を焼くようなこの感じ、もう後戻りはできない。

 

 アルスの剣には魔力を吸収する効果が付与されている。

 ゆえに回復魔法は効かないだろうし、光芒一閃も一時的に断ち切られた。抵抗する手段はもうないな。

 

 

 ────それがどうした。

 

 

 諦めてたまるか。

 俺の生存なんぞはどうでもいい。

 問題はこのままいけばステルラも順当に斬り捨てられるという点。それを迎えないために生きて来た俺の人生を無駄で諦める気は毛頭ない。

 

「────【光芒(アルス)】」

 

 右腕に魔力を搔き集める。

 ステルラの魔力を操れるほど馴染み深い訳ではなく、トーナメントの時と同じような自由度は無い。

 それでも命全てを投げ捨てる一撃(・・・・・・・・・・・)は、どうしてか俺と馴染み深いようだった。こんなにもスムーズに魔法を使えたのは初めてだな、涙が出そうだ。

 

 歯を喰いしばって、全身から力が抜け落ちない程度に足を保持して、右腕を殴打の為に控えさせる。

 

 煌めく輝きは眩い。

 まるで俺が生み出したとは思えないような美しさだ。

 もしも俺が十全に魔力を持って生まれたのなら、この光を自由に生み出せたのかもしれない。それでも天才にはなれないだろうから結局宝の持ち腐れになってたかもな。

 

 劣等感に包まれた人生だった。

 社会には常に上位互換が存在する。

 剣技における天才はいたし、戦いにおける天才もいたし、魔法における天才もいたし、魔力における天才もいたし、精神における天才もいたし、何もかもを兼ね揃えた超人もいた。

 

 羨ましかった。

 

 俺も、俺一人がいれば全部を解決できるような英雄に成りたかった。

 

 でも成れなかった。

 そうは、ならなかった。

 俺は英雄になれるような人間では無いと、他ならぬ英雄の記憶を垣間見た事で理解してしまった。

 

 少年の心に傷を植え付けた罪は重いんだぜ、英雄サマ。

 

 だから、せめて。

 この人生で貴方を越えられるような、そんな人間に成りたいって、少しくらい思っちまった。

 

終覇(ノヴァ)────!!」

 

 人生丸ごと一つ賭けた一撃を、解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────準備、出来たっ! 

 

 提示した五分にはギリギリ(・・・・)間に合わなかったけど、これなら多分上手くいく。

 

 一度ロアに戻って貰って、その上で付与する。

 全身変換自体は問題なく出来る、たぶん私の意思も問題ない。魔力に霧散する終わりは私だって嫌だから、ほんの少しだけ時間を貰えれば大丈夫。

 

「ロア、お待た……せ……」

 

 …………あ

 

 待って

 

 死んじゃうよ

 

 ロアの右手に魔力が集まってる。

 見たことも無い位の魔力、ロア一人じゃ絶対に出力できない。

 ぶらりと血を滴らせながら放り出された左手に、肩口から大きく切り裂かれた背中。心臓が、回復魔法、あ、効かない。

 

 呼吸が乱れて、さっきまで保ってた魔力に揺らぎが生まれる。

 それを取り返そうと言う選択を選ぶよりも先に、ロアの放つ極光が視界を焼いた。

 

「待って、待ってロア!!」

 

 紫電と同化して(・・・・・・・)、ロアの背中に抱き着いてすぐさま後退。

 

 べちゃ、と不愉快な音と一緒に制服にこびり付く血。

 少しだけ見える臓器が手遅れだと言う事を如実に表していて、こみあげて来た吐き気を魔力で蓋をして物理的に塞き止める。

 

「う、ロア。ねぇ、大丈夫、ロア」

 

 血が止まらない。

 返事もしてくれないし、目は焦点があってない。

 少しだけ痙攣する手足は生きているからなのか、それとも、身体が勝手に動いてるだけなのか、私には判断できなかった。ただとにかく回復魔法をかけて、その魔力が虚空に消えていくのが信じられないくらい憎くて、血の気が引いた。

 

 ……どうしよう。

 どうしようどうしようどうしようどうしよう!!? 

 何をすればロアを助けられる? よく考えなきゃ、回復魔法は効かなくて、もうたぶん、死ぬ直前で、治せない。血液を増やし続けても意味が無い。治らない。ロアに意識があるようには見えない。治らない。

 

 気持ち悪い。

 胃の中にあるもの全部吐き出したい。

 でも、今のロアの近くで汚いものを出したくなかった。だから、魔力で無理矢理喉を塞いだ。

 

「……………………う」

 

 ロア。

 

 死なないで、ロア。

 私、ロアが居なきゃ生きていけないの。

 子供の頃からずっとそう、ロアだけが私の事を見捨てないでいてくれた。ごめんなさい、甘えてばかりでごめんなさい。

 

 魔力器官────つまるところ、心臓の一部であるそこが斬り捨てられていて、もう望みが限りなく薄い事も理解できてしまった。

 

 ロアはこのままだと死ぬ。

 避けようがない。普通の手段では、どうあってもロアを助けられない。

 

 だから。

 普通(・・)じゃ助けられないから。

 わたしは、異常(・・)な手段に頼る事にした。

 

「…………ごめんね、ロア」

 

 幸い、敵対しているあの人が攻撃してくる様子はない。

 攻撃に転じようとするつもりはないから、敵意を感じ取ってないんだと思う。今私の心にあるのは自分に対する憎悪と罵倒、それとロアに対する感情だけだから。

 

 魔力で私の心臓を作って(・・・・・・・・・・・)、切断面にあてる。

 

 そして、魔力を吸収し続ける部分を切断して、ロアの身体をちょっとだけ削ったことに吐き気を強めながら、準備を整えて。

 

「全部、全部あげるから────許してね?」

 

 そしてどうか、師匠のことも助けてください。

 最後の最後までロアに頼りきりで甘えてしまう、弱い私で、ごめんなさい。

 

 願わくば、この感情が────ロアに、伝わりませんように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたとき、視界は変わらず坩堝の中だった。

 

 どうやら一命取り留めたらしく、しかも何故か身体の調子が頗るいい。

 妙な全能感に包まれた状態で、これくらい戦いの前に整えられたらどれだけ楽だったかと溜息を吐いてしまうような感覚だ。

 

 身を起こして周囲の様子を探る。

 

 状況は何も変化なし。

 相変わらず繭は張ってるし、なんならアルスもまだ佇んでるし、俺の与えた一撃はさしたる影響もなく防がれてしまったらしい。ふざけんな。

 

 やれやれといつもの諦めを抱きつつ立ち上がって──その時に、滑り落ちて行った制服に視線を落とした。

 

 首都魔導戦学園の制服だ。

 緑色で、実用性を重視した耐久性に優れた素材を使用しているらしい。女生徒がスカートなのは実用性に優れた結果なのかと疑い深く考えたが、そっちの方が見た目がいいからいいと結論を出したこともあるそれ。

 

 女生徒用(・・・・)の、スカートが、持ち主を失って落ちていく。

 

「…………ステルラ?」

 

 一言呟いて、周りを見る。

 

 やかましくて、コミュ障で、さわがしくて泣き虫で恥ずかしがり屋で、めんどうくさい幼馴染の名前を呼んだ。

 

 返事は無い。

 坩堝は広いが隠れる場所は無いから、見落とすってことも無い。

 仄かに香る匂いがステルラの衣服だと主張していて、香り一つで判断出来る位に無意識な注目をしているお前を、俺が見失うとは思いたくなかった。

 

「ステルラ、どこだ?」

 

 どこを見ても姿が見えない。

 衣服だけを残して消えるなんてそんなことあるだろうか。仮にあったとして、それは一体どんな状況なんだ。

 

 謎に俺の傷も塞がってるし────…………あ? 

 

 待て。

 どうして俺の傷が塞がってる? 

 

 魔力を吸収する悪意塗れの剣で傷つけられたから治しようがない筈だ。

 だから俺は生存を諦めて全て振り絞ろうとしたし、事実絞り出しただろう。アルス自体に損傷は見られないが、奴らが背にしている壁には大きな穴が開いている。

 

 あれは幻じゃない。

 だから本来なら、俺は死んでる筈だ。

 

 そして今この場所でそれを捻じ曲げる事が出来る奴は、一人しかいない。

 

 傷跡を弄る。

 そこには紛れもない痕が遺されていて、負傷したのも嘘じゃなかった。

 ドクン、ドクンと胎動する心の臓。そこに断ち切られた様子はなく、正常に動いている。

 

 ああ、紛れもなく正常に動いている。

 

 俺の心臓には無かった、余計な機能を備え付けて。

 

 身体中に満ちるこの全能感。

 気が付いてなかったわけじゃない。それでも確証が無かったから、まだ可能性が高い方を信じていた。

 

 これは、だって、俺が────おれ(・・)が手に入れられる筈も無いんだ。

 

 記憶の中で幾度か味わった全能感。

 魔力を十分に有する英雄が、とてつもなく昂った時に俺の全身を焼き焦すように味わっていた麻薬の如き心地よさ。

 

 魔力が全身を満たし、最も戦いに向いたコンディション。

 師匠の祝福を全開に起動したその瞬間にだけ訪れる、この感覚は。

 

「……………………なにを、しやがった…………ステルラ」

 

 先程(・・)まで俺の全身を駆け巡っていた魔力と同じ。俺の身体を巡るこの膨大な魔力全てが心臓から生み出されていて、そして、それは────ステルラ・エールライトのもので。

 

 姿の消えたステルラ。

 持ち主を失った衣服。

 塞がった俺の傷に、溢れんばかりに巡る魔力。

 

 ここまで状況が整えば、いくら俺でもその答えは導き出せる。胃の中身を全て吐き出したくなるような不快感と共に、頭に浮かんだそれを、呟いた。

 

「────────死ね、このクソ英雄(・・)が」

 

 心の底から死んでしまえと思ったのは、初めてだった。

 

 

 

 



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第十八話 英雄転生

 

「────オオオオォォォッ!!」

 

 雄叫びと共に紫電を身に纏う。

 痛みも何もない。快適だ、このままでずっといたいと思う程。

 

 ふざけんな。

 

 力には代償が付き物だと言うが、そんなこと誰が決めた。

 ノーリスクで力を手に入れている奴が居るんだから俺もそれでいいだろうが。悲劇的な物語にするためのアクセントを入れられて愉快だと喜ぶのは観客だけで、当の本人からすれば最悪な事以外の何物でもない。

 

 ふざけやがって。

 

 苛立ちを抑えられない。

 戦いにおいて感情的で繊細なのは良くない事だと学んだ。それが事実だし、冷静な奴ほど現実を見据えていて生き残る確率が高い。それがどうした。憎しみや怒りは他の何者にも替えられない火種であり、人の心を巣食う悪の根源であり、正しい感情だ。

 

紫電(ヴァイオレット)!」

 

 雷速で飛びかかる雷槍を展開しつつ、俺自身もアルスに向かって飛びかかる。

 この時最も大切なのは、アルス本体に対して差し向けるのではなく、後ろに控える繭を破壊するために放つこと。奴は明らかにあの繭を守る仕草をしており、それによって隙を生じさせるのはいとも容易い事だ。

 

 いい力だ。

 ふざけんなよ、クソ野郎が。

 

 紫電を纏った自家製光芒一閃(アルス・マグナ)を振りかざし突撃。

 剣圧の余波で傷つける事も忘れずに、軌道に沿って紫電の波がアルスへと襲い掛かる。

 

 並行して幾つもの攻撃を放ったが、特に動揺した様子もなく(果たして意思があるのかは不明)障壁を展開。雷槍には同じようなものを展開して相殺し、俺の剣は直々に受け止める。

 

 受け止めた剣を介して紫電を流すが効いた様子はない。

 人体とは明らかに違う構成してるしそれはなんとなくわかっていたが、此方の持っている優位性をひっくり返してくるのは心底頭に来る。その力があればステルラが消えなくてよかったかもしれないのに。

 

「とっとと死ね」

 

 それは果たして誰に向けての言葉なのか。

 そもそもこの怒りと憎しみが一体誰に向かっているのか。わかりきった答えから目を逸らしながら、剣を一度退き戻し連撃を繰り出す。

 

 一閃、二閃三閃。

 その一振り一振りがこれまでとは隔絶した速度と力強さを保有しているのにも関わらず、アルスには受け止められる。

 

 なぜか(・・・)魔法を使うことに慣れている俺の感覚に従い、風魔法を展開する。

 

 風圧でアルスの事を横薙ぎに吹き飛ばし、収束させた紫電を繭へと叩き込む。

 俺を狙うのではなく守る事を優先したアルスが射線に割り込んできた為に目的を変更し、氷と炎を混ぜ合わせた魔法を発動。

 

「爆炎氷華──!」

 

 急速に冷やされた空気を業火が刺激し爆発させる。

 難易度も危険性も高い魔法を簡単に扱えてしまうこの才能(・・)が、何よりも否定したい現実を補強していく。

 

 俺に魔法の才能は無い。

 魔力が無いだけで本当は上手く扱えるとか、そういう訳では無かった。

 一度の魔法発動がやっとで、辛うじて扱えるのが二種類の並行使用。一年生上半期の実習で取り扱ったのが比較的簡単な二種類だと言うのに、その発動に手間取っていた俺が魔法の才に優れている訳ではない。

 

 それじゃあどうして今、こうやって発動出来ているのか。

 

 どういう手法かはわからないが、とにかく何処かの誰かさんの才能が混じってるからだろう。

 

 他人の記憶が宿ってるんだ。

 誰かの才能が後付けできても、おかしくはない。

 

「────紫閃震霆」

 

 その証拠に、ホラ。

 師匠が放っていた最上級魔法を刹那に構築し解き放つ、こんな才覚俺に備わっていた筈がない。それは、ステルラ・エールライトの専売特許だったから。

 

 瞬きの間に空から降り注ぐ紫電の裁きを、愚かにも大地から天に向かって解き放たれた英雄の一振りで相殺される。相殺という手段を取る辺り火力は五分と言ったところ、先程までと比べて勝率がぐんと上がった。

 

 その事実が、なによりも憎たらしい。

 

「紫電迅雷」

 

 呟きと共に縦横無尽に駆け巡り、フェイントを時折織り交ぜながら斬撃を飛ばす。

 

 並行して魔法を展開する事も忘れない。

 いくら魔力を吸われても枯渇するより先にあの繭を討ち滅ぼせばいいだけだ。もう、なんの躊躇いも無い。

 

 生きていてもどうしようもない世界だ。

 だからせめて、自分の愚かさをこれ以上重ねないためにも──必ずあいつは殺すし滅ぼす。

 

 一通りの攻撃を防ぎ切った後に、アルスは此方へ追従する事を選んだ。

 守り通すよりも俺を殺した方が良いと判断したらしい。そうやって油断してくれると有難い、たとえ俺が死んでもお前を殺すと決めたから。

 

 一閃防ぎ反撃の斬撃をお見舞いする。

 空中という踏ん張りが効かない場所で、互いにこれまでと変わらない状態を保つ。アンタがそうやって戦えるのなら俺が戦えない道理はないだろう。アンタの記憶に選び抜かれた才能が宿った俺なら、どんな奇策を練っても対応しきる自信がある。

 

 俺一人で成し得る事では無かったから、本当に最悪な男だ。

 

紫電雷轟(ヴァイオレット・フォークロア)

 

 坩堝を縦に割る一閃。

 放たれた極大の剣に押し込まれるように地面へと叩きつけられたアルスを、そのまま削り殺す為に幾重もの斬撃を重ねる。

 

紫電剣閃(ヴァイオレット・スパーダ)

 

 煌めく軌跡が重なり、その一点を破壊するためだけに暴威を振るう。

 

 地面から突然現れた地底の住民を押し返すには足りないが、たかが一つの個体を破壊するには十分な筈だ。

 

 それでも油断はしない。

 戻って来るよりも先に繭を破壊する事で万事解決、と行きたい所だったが、非常に残念なことにその一撃は防がれる。

 

「……死にぞこないが」

 

 早く死ねと言っている。

 何が英雄だバカバカしい。好きな女一人守れないような奴が英雄なんて崇められて良い訳があるか。そいつの死の原因が自分だなんて、猶更だ。

 

 アンタもそう思わないか? 

 

「死ぬなら俺達(・・)が死ねばよかったのにな」

 

 自分が死にかけた事で好きな女が死んだ。

 自分が死んだことで好きな女を殺した。

 

 俺達みたいなクソ野郎は、とっととくたばっちまえばいいのに。

 

 ぐちゃぐちゃになった感情を押さえつけることもなく、憎悪に身を任せて剣を握り締める。

 この怒りだけで人が殺せるのなら、この憎しみだけで世界が救えるのならどれだけ良かったか。不愉快な感情だけが己の内に巣食った果てを知っているのに、いざその状態を迎えてしまったら躊躇うことなく受け入れてしまう。

 

 そんな弱さを持ってしまったのが、嬉しくて、とてつもなく不快だ。

 

「…………紫電(ヴァイオレット)

 

 諸共消し飛ばしてやる。

 光芒一閃に溜め込んだ莫大な魔力を収束させて、零れ落ちる余波だけで人体など吹き飛ばせてしまう程の圧。枝分かれして胎動のように発電を繰り返すそれを握り締め、とにかく相手を殺すことだけを念頭に、霞構えで構えた。

 

 超越者の強さは何よりもこの魔力量だ。

 人体の許容量を大幅に超えた膨大とすら呼べる魔力を自由自在に引き出し、それでいてなお魔力の産出量が多い。ズルだね。

 

 …………くそったれが。

 

紫電轟墜(ヴァイオレット・ケラヴノス)……!」

 

 英雄も何もかもすべて纏めて薙ぎ払う。

 エミーリアさんの一撃を防がずに避けていたのから察するに、全てを吸収しきる程の高性能ではないらしい。それが出来るならあの白い怪物全てに機能を搭載してるだろうし、アルスの強さも格が違うものに変化していただろう。

 

 天雷が轟きを伴って落ちていく。

 この超越的な光景を俺が作り出しているという事実に少しだけ高揚して、お前にそんな資格は無いと蔑む。

 

 確かに、俺は才能が欲しかった。

 才能は欲しかったが、それは全てお前を守りたかったからだ。

 惚れた女の一人くらい全てを賭して守りたかった。誰がなんと言おうと、俺にとって強くなりたいと願った根源はそこなんだ。

 

 それなのに、お前が消えてどうする。

 なんの意味も無いだろ。俺の人生に意味があったなんて言えなくなってしまった。こんな無能が、英雄にしてくれだなんて、とんだ笑い話だ。

 

 墜ちた紫電はアルスの持つ剣と対抗し、僅かな拮抗の後に矛先を逸らされる。

 

「…………チッ」

 

 やはり駄目か。

 

 薄々感づいていた事だが、俺一人でやれることには限界がある。

 ステルラの才と俺の記憶を組み合わせてやればそれはまあ強いだろうけど、アルスはその才と記憶を同じように持つ怪物だ。

 

 負けることは無い。

 だが勝つ事も無い。

 

 そういう勝負だ、これは。

 

 時間が経てば経つほど俺は不利になり、奴は今と変わらない状態で戦闘を行える。こんな理不尽な話があってたまるか。

 

「……お前が居ればな」

 

 空虚な感覚が消えない。

 先程の攻撃も俺が単独で成し得るのは不可能なもので、それを放てた事に高揚を抱いていた。俺が追い求めていた強さが手に入って、少しだけ嬉しいと思えるような感情もあった。

 

 だが、それら全てが憎悪へと変わっていく。

 ステルラ・エールライトを犠牲に生き延びた俺に対する憎悪に。

 死ねばよかったのに、ロア・メグナカルトなんて無能が死ねばよかった。生きていてもしょうがない奴だ。この世にいてもいなくても変わらないような、そんな矮小な男。誰かを頼らないとまともに生きていくことすら出来ない愚か者が死ぬことで全てを元通りに出来るのなら、喜んでこの身を捧げていた。

 

 自死を選ばないのはそれで何も解決できないのを知っているからで、師匠を救うには、どうにかしてこの戦いを終わらせなければいけないから。

 

 この鼓動の元にお前がいるのなら、形振り構わず向かうのに。

 

「…………もう、終わらせようぜ」

 

 アルス。

 これ以上手を汚させはしない。

 アンタも俺もくそったれのクソ野郎だが、それでも、アンタは俺よりマシだ。

 

 アンタは出来る事を全てやった。

 自分の持ちえた力を極限まで伸ばして、人生全て投げ出して戦争を止めて、敵の遺した切り札によって命を落とした。それを否定する奴は誰もいないだろう。

 

 だから、ここまでだ。

 この戦いを終わらせて、俺も後を追おう。

 そして地獄に落ちればいい。死んで救われなければきっと、この憎悪も少しは晴れてくれるだろうから。

 

 紫電を身に纏う事も無く、ただ只管に俺に対する殺意だけをもって歩いていく。

 

 アルスが稲妻を身に纏い突貫してくるが、それら全ての攻撃を余裕をもって弾き返す。

 

 身体強化も問題なく扱える以上、俺に存在した弱点ほぼ全てが消えたと言っていい。

 

 散々願った強さが目的を失った後に手に入るなんて、よほど神様は俺の事が嫌いなようだ。そりゃそうか、俺も嫌いだ。情けなくても己がそうだと決めたことくらい貫き通す、そういう奴になれなかった俺の事なんざ大嫌いだね。

 

 物理的に足を止めさせるために斬りかかって来たアルスを受け止めて、そのまま剣戟へと移行する。

 

 一、二、三四五六七八────刹那の合間に幾重のも剣戟が繰り広げられ、剣と剣の衝突とは思えない衝撃が坩堝の中を駆け巡る。

 

 俺はそっちの手を知り尽くしているし、そちらは単純に技量が高い。

 千日手になってもおかしくないやり取りを繰り返し、それは痺れを切らした俺が魔法を使用する瞬間まで続いた。

 

 剣を引き絞り、霞構えで待ち受ける。

 

 魔力の量も限られているのだからこれ以上悠長に付き合っている暇はない。こうしている間にも誰かが犠牲になっているのだ。

 

 ────これで駄目なら、もう、打つ手はない。

 

 右腕に全ての魔力を搔き集めて、アルスの剣を左手で受け止めた。

 当然腕を貫いて振り抜こうとしてくるが、それらを強制的に筋肉で止める。魔力は右腕に集中させたから奪われる量も少ないし、これでお前の動きを止められるなら問題ない。

 

 すまない、ステルラ。

 お前の命を犠牲にしても、俺に出来る事はこれしかなかった。

 俺は優れた奴なんかじゃない。常々言っている通り剣を振る事しか出来ない愚か者で、それで誰かを救えるような人間じゃなかった。

 

 師匠に教えを受け、英雄の記憶を受け継ぎ、お前を守ると心に誓っておきながらこの体たらく。

 

 そっちで会ったら失望されるだろうな。

 死ぬほど嫌だが、死人に口はない。

 

「一緒に逝こう、英雄さま」

 

 煌めく光芒一閃(アルス・マグナ)を握り締めた。

 結局のところ、俺に出来る事はこれだけだ。何かを犠牲に何かを得る、等価交換の法則に従ったこれだけ。

 魔力を得るためにステルラを失い、命を得るために師匠も失いそうになり、そして今度は勝利を得るために命を投げ出そうとしている。

 

 先程までの俺では中途半端な一撃にしかならなかったが、魔力を十全に生み出せる今なら違う。

 

 それは、かつての英雄の軌跡。

 最期に彼が足掻いて見せた、人が持ちえる全てを代償に発揮した超人の如き力。魔力も魔法も命も人生も、全てを犠牲にすることで得られた最後の軌跡。

 

 自身を媒体に莫大な魔力を生み出し、その命を捧げる事で対価を得る。

 

 右腕から噴出するエネルギーがその圧倒的な量を指し示しており、この一振りは大陸を両断する事だって可能だろう。

 

 これを振るえば俺は死ぬ。 

 ステルラに与えられた命を犠牲にして、勝利を収める事が出来るだろう。

 ……………………もしも、おれに、選び抜かれた才能があったのなら。今、こんな思いをしなくてよかったのかな。

 

「なあ、ステルラ────おれは、お前の為だけに生きてたんだぜ」

 

 誰に伝える訳でもなく、ただ、この鼓動を繰り返す心臓に呟いた。

 お前に届けばいいと、この感情をお前に伝えたいと、ありもしないありふれた奇跡を期待して。

 

「おれは、おまえさえ生きてればそれで──……」

『……………………ンッ』

 

 ……………………。

 

 急いで魔力を元に戻し左腕を肩口から切り落として後ろに下がる。

 

 左腕を再生しながら変わらず接近戦を仕掛けてくるアルスの対応をしつつ、酷く動揺した己を誤魔化す為に一言呟いた。

 

「ステルラ、この戦いが終わったら結婚しようぜ」

『結婚!!???』

 

 ざけんな馬鹿が、俺の中に渦巻くありとあらゆる感情に謝れ。

 

『いや、まあその、結構色々ありまして……』

 

 脳に直接響く感じで聞こえるステルラの声。

 あ~~、考えてた通りの事をしたワケか。お前五分待ってこれしようとしてた訳じゃないよな? 

 

『…………そ、それは当然! 私にはちゃんと作戦があったもん!』

 

 へ~。

 信じてやるよ。

 

『危なかった……』

 

 筒抜けになっている思考はさておき、アルスの剣戟を全て受け止め流しきって更に距離を取る。

 

「ステルラ、お前攻撃出来たりするか」

『あ、ちょっと待って。私も今目が覚めたんだ』

 

 勝手に魔力が動いてる感覚がする。

 左腕からニュルリと出て来た紫電が形を作り、やがてそれは見覚えのある姿に変わっていく。

 

『んしょ、んっ…………どうだ!』

「眼福なりと言ったところだ」

『えっ? ……あ゛』

 

 上半身裸のステルラが現れた。

 ていうか下半身が存在してないので、文字通り超越的な存在になったらしい。めっちゃ複雑な気分だ。

 

 急いで服を展開したステルラを尻目に、先程まで暴れ回っていた心が少しだけ落ち着いたような気がする。そりゃそうか、正直、お前の声が聞こえたのは幻聴だったのかもとすら疑った。

 

「で、何があった」

『えーとね、すごく簡単に言うと……ロ、ロアと一緒になっちゃった感じかな?』

「この心臓はお前のか」

『うん。ロアに死んで欲しくなかったから』

 

 俺もそうだよ。

 俺も、お前にだけは死んで欲しくなかった。

 だっておれは、お前の為だけに生きて来たんだから。お前を守るこの瞬間の為に生きて来たのにそれが失敗するなんて、想像もしたくなかったんだ。わかってくれよ。

 

『う、うん。ロアって思ってた以上に私の事好きだったんだね』

「当たり前だろ…………あ゛? 今何て言った」

『だからロアが私の事好きだったんだなって』

 

 少し待て。

 俺にも考える時間が欲しい。

 ぶっちゃけさっきから色んなことが立て続けに起きすぎて理解が追い付いてない。

 

『私もそんなに慣れた訳じゃないんだけど……』

 

 ナチュラルに思考に答えるんじゃあないよ。

 

 は? 考えてる事筒抜け? 

 さっきまで俺が一人で戦ってる間のは? 

 

『…………全部聞こえてました。だから戻ってこれたんだけど』

 

 あ゛~~~~~~~~~~、もう死にてぇな。

 

 光芒一閃で首を裂こうとしたら思考を読み取られてステルラに止められた。

 

『ちょっとロア!! 何考えてるの!! いや、何考えてるのかはわかるんだけど!』

 

 うるせぇ!! 

 俺は今史上最大級の恥をかいてるんだよ!! 一回死なせろ!! お前だって一回死んだだろ!! 

 

『そんなこと言ったらロアは何回死んでるの……』

 

 俺はいいんだよ俺は。

 紫電で身体を構成しているステルラは器用に俺の剣を受け止めて、生前(この表現が正しいのかは不明)と同じ制服に身を包んでおり、色彩さえ変えれば元通りになると確信できる程には生きていた。

 

『その……あのね。ロアは恥ずかしいって思うかもしれないけど、私はすごく嬉しいよ』

 

 恥辱塗れだが……? 

 

『ロアはいつも誤魔化してばっかりだからわかりづらいもん! 皆は何かわかりあってる空気出してるのに、私だけよくわかんなくて苦笑いで流してる苦労を知ってよ!』

 

 ああ、あの微妙な顔な。

 お前が受け流してるのは知ってたけどそれはそれで可愛いから放置してた。

 

『うっ……あんまり嬉しくない……』

 

 そうやってウダウダしてる所も可愛いが? 

 

 すごく微妙な顔で此方を見るステルラを横目に、別に状況が好転したわけじゃない現実を見据える事にする。

 

 俺も詳細は聞きたいけどな。

 でもそれは今じゃなくていい、戦いが終わった後にゆっくり聞かせてもらおうじゃないか。

 こいつが元に戻れるのかとか、そういう事は後で考えよう。

 

 ステルラと話せた。

 ステルラが生きてた。

 ステルラと一緒に居られる。

 

 その事実だけで高揚している自分が如何にチョロいのかと溜息を一つ吐き出しつつ、顔を両手で覆って俺から顔を逸らしているステルラに話しかける。

 

『あ、あのあの、その…………私の事好きすぎじゃない? ねぇ』

「今更かよ。好きでもない女に人生捧げてたまるか」

『そ、それはそうだけどさ……っ! たまに言ってくれることはあったけど、それもどこまで本気かわかんなかったし……』

 

 ぶつぶつ言い訳すんなコミュ障。

 

 もう思考が筒抜けだからヤケクソだからな。

 このまま一生お前といるのも別に構わないし、ああでもお前を味わえないのは正直不愉快だ。こんなに近い場所にいるのに手が届かないなんて信じたくはない。

 

『わざとやってるでしょ!!』

 

 怒られてしまった。

 

 こんなにも愛を囁いてやってるのに一体何が不満なのか、皆目見当もつかないな。

 

『ぐ、ぐぬぬっ…………』

 

 ふへ、ちょっと楽しい。

 

 先程まで曇り空だった俺の心はすっかり晴れ渡り、今は生きるのが楽しいと言う感情で胸いっぱいだ。まだ問題は解決してないのにね。

 

「で、だ。やれそうか?」

『ンンッ…………うん、大丈夫だと思う』

 

 バチバチ紫電を弾ませたステルラの表情は自信に満ちている。

 

 そうか。

 なら、手早く問題を解決してやらないといけないな。

 師匠を救うために、この大陸を救うために、俺達(・・)が英雄になるためにも。

 

『……うんっ!』

 

 後の事は未来の俺に後回し(丸投げ)、今出来る事をやってやろう。

 

 先程までのような空虚な感覚はとうに消え失せて、胸を占めるのはどこか晴れやかな感情のみ。お前も俺と同じならいいな、ステルラ。

 

『~~~っ……そ、そういうのフラグって言うからね』

 

 散々回収しただろ。

 後は勝つだけだ、きっとアルスもそう言ってくれる。

 

 相変わらず表情の無いアルスだが、あの世で会えば苦笑いしながら謝罪をしてくるだろう。

 

 だから、これが決戦だ。

 俺達の未来の為にも、嘘じゃ無くするためにも、人生に意味を見出すためにも。

 

 霞構えで剣を構えて、魔力を全身に行渡らせる。

 ステルラが復活しても才能は保持されたままのようだ。少なくとも、この戦いが終わるまでは維持してくれると助かる。

 

 そして、俺の考えはステルラに共有されている。

 俺がこれまで戦って来た記憶もステルラに共有された。出来ればこの戦いだけが共有されていて欲しいんだが、それを問い詰めるのも後だ後。

 

 あと一歩が足りなかった。

 その一歩を埋めるために帰って来た。

 だから――もう、俺達の勝ちは決まってるのさ。

 

「『────紫電星轟(ヴァイオレット・メテオノヴァ)!』」

 

 降り注ぐ紫電の星の最中、かつての英雄と雌雄を決するために、その果ての一歩を────踏み込んだ。

 

 

 

 

 



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第十九話 後世㿺蝕

 

 ステルラ・エールライトは、本来ならば死ぬ運命にあった。

 

 全身を魔力へと移し、その本体ともいえる心臓を他者へ受け渡した時点で意志を喪失、自我も忘却、完全に魔力そのものへと存在を移行する。ただ魔力を生み出し続ける心臓に全てを託し、消え失せる。

 

 彼女の末路は、そんな装置に成り果てる事であった。

 

(……………………)

 

 一度でもそうなってしまえば取り戻す方法はない。

 座する者(ヴァーテクス)という超越者の如き力を得ても、他者へ力の源である魔力と心臓を譲渡するのは死に等しい行動。おそらく、魔祖でも全く同じ結果を得るだろう。

 

 全てを捧げてでも生き延びて欲しい。

 その感情のみが、ステルラ・エールライトに決死の行動を行わせた。

 

(……………………)

 

 結果として彼女は暗闇に囚われたまま希薄になり、その生を終える────筈だった。

 

 ただ、一つだけ。

 

 ステルラにだけ許された、絶対的なもの。

 この世界のどんな人間よりも執念深く想い続けた感情。『普通』と称された彼女がたった一つだけ、超越者へと至る要因となった妄執。

 

 ロア・メグナカルトへ向ける複雑怪奇な感情。

 恋慕も嫉妬も羨望も愛情も、それら全てをただ一人に差し向けた大きな心。

 

(……………………ロア)

 

 そんな対象からずっと、ずっとずっと、心の内側で抱えていた本音を、己が消失するまで延々と語られて。

 

 満足して消え去る程、ステルラは、物分かりの良い女では無かった。

 

 それが故に──この結末へと至る。

 ロア・メグナカルトは疑似的な超越者へと成り上がり、ステルラ・エールライトは復活を果たして。

 

 坩堝を割り首都を揺るがし国を崩した戦争の終結へと。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 剣と剣がぶつかり合う。

 

 光芒一閃(アルス・マグナ)光芒一閃(ルクス・マグナ)の効果は似通ったもので、その二つの激突はその度に衝撃を撒き散らす。

 

 鍔迫り合う形で押し付け合って、そのまま紫電を身に纏いながら剣戟を繰り返す。

 超速で駆け抜けながら行う近接戦闘は慣れたもんだ。どっかの誰かさんが何度も何度もやってたからな、その記憶を誰よりも見て来たこの俺が出来ない訳がないだろう。

 

「雷閃──ッ!」

 

 魔力の刃と斬撃(・・)を並行して飛ばしながら、アルスの展開する弾幕を紙一重で避けて懐へと潜りこむ。

 

 俺とアルスの技量は拮抗している。

 剣技においても、魔法操作は僅かに向こうが上だが、総合的な戦闘力に関してはほぼほぼ平行線と言っていい。俺はアンタを越える為に努力してきたのに、あれだけ人生を費やしたのに越えられなかった事実がどうにも憎いな。

 

『──紫閃震霆!』

 

 だが、今は俺だけじゃない。

 

 俺とアルスの拮抗した戦場を横からぶん殴って干渉してきたステルラの魔法は容易に全てを薙ぎ払っていく。避けるために後ろへ動こうとしたアルスに対して追撃を行うのも忘れない。

 

 口角が吊り上がる。

 あんなにも戦いを否定していたのに、どうしてか俺の心は高揚している様だ。

 そりゃそうだろうさ。だってよ、俺が絶対に手が届かないと思ってた相手だぜ? 国を救うような大馬鹿の化け物を相手に、幾度となく敗北を重ねて来た奴に、俺の眼を焼くことになった鮮烈すぎる光と闇を前に、ここまで大立ち回りしてるんだ。

 

 これで高揚しなかったら男じゃないだろ! 

 

『じゃあ私とも戦えるよねっ』

 

 それとこれとは話が別なんで、良いから援護して貰っていいですか? 

 

『わ、私の事好きなんだよね? じゃあお願い聞いてくれてもよくない?』

 

 ステルラの言葉を完全にシカトしながら、変わらぬ剣戟を繰り広げる。

 

 俺は、アンタの背中を追い続けた。

 誰よりも、この世界のありとあらゆる生命体全て含んだなかで、誰よりも追い続けた。人の醜さと言うものを幾度となく見せつけられながら、それでも善性を信じ続けた愚か者。

 

 現存する超越者達にすら色んな感情を植え付けて死んでいったアンタと今相対して、斬り合って、その強さを実感する。

 

 戦いなんて好きじゃない。

 それでもやはり────俺の人生は無駄じゃなかったのだとわかるこの瞬間を否定する気はなかった。

 

 首を狙って放たれた横薙ぎを光芒一閃で抑えつけ、胴体を蹴り飛ばす事で一時的に隙を作る。

 

「────ステルラっ! 合わせろ!」

『────あ、はい……』

 

 めっちゃテンション低いな……

 

 テンションは低いが、しっかりと魔法は撃ってくれたので気にしない。そういう事は後で聞くからさ、今は真面目にやってくれよな。

 

『いや、だって…………なんか私どうでもいいと思われてるみたいですごく……こう……』

 

 …………? 

 

 別に、お前の事は好きだが。

 

『そ、それは疑ってないけど。この人と戦うのは凄い楽しそうだから、羨ましくて……』

 

 そりゃ、まあ……

 さっきまでは地獄みたいな感情抱いていたが、好転したからな。

 俺が負ける事がほぼない状況で、お前と一緒にいて、尚且つこれまで勝てないと思ってた奴に勝てる現実が見える。めっちゃ興奮するね、正直。

 

『なんだろう……言ってる事は凄くさいあくなんだけどな』

 

 細かい事は後で言うし聞く。

 だから今は取り敢えず勝つ事を優先しようじゃないか。

 ここで勝たなきゃ師匠が死んじまうし、これ以上犠牲を広げるのだってよくないだろ。

 

『…………うん。そうだねっ』

 

 素直でよろしい。

 

 魔法を正面から喰らったアルスは土煙を振り払い、僅かに欠けたままの指先を治す事も無く、再度剣を構え────あ? 

 

 ……なんで治ってないんだ? 

 

 さっきまでは何喰らっても一瞬で治してたのに、治す気配も無いのは一体、どうして。

 

『…………もしかして』

 

 ステルラが一言呟いた。

 俺にはさっぱり心当たりが無いが、何か思いついたか? 

 

『うーん……外で滅茶苦茶暴れ回ってる人がいるのは感知できる?』

 

 いや、全然。

 魔力が十分あって魔法も扱える状態になったが、それはそれとして全部いきなり使えるようになったわけではない。よってアルスに魔力がどういう形で供給されているのか、とかは読み取れない。

 

『たぶん、マグナスさんのお陰かな』

「……なるほどな」

 

 確かにどデカい破壊音が聞こえていたが、テリオスさんか。

 

 それは納得だ。

 素のスペックで俺を越えてくるあの人ならその程度やってのけるだろう。

 アンタは自分自身の事を卑下して英雄にはまだならない、なんて言っていたが────十分それ以上の功績遺してる。

 

「魔力の供給が十分ではない、つまり魔法の威力も下がるだろうし負傷は治らないと来た」

『うん。それなら────どうとでも出来るよ』

 

 紫電を発露させながら、ステルラが姿を現わす。

 

『私が火力を出して』

「俺が手数で潰す」

 

 完璧な作戦だな。

 

 紫電を身に纏い、霞構え。

 

 疲労感は抜け落ちて、身体を支配するのは全能感だけ。

 僅かな達成感と極度の緊張感、胸の高鳴りが興奮と高揚を如実に表している。これまでの戦いとはまるで違う、まるで俺の戦いじゃないみたいだ。

 

 皮肉なもんだ。

 結局最後の最後まで、俺は誰かの借り物で生きている。

 師匠に祝福を授けられ、力を磨き、この剣だって元を辿ればアンタがオリジナルだ。ステルラの力を得て対等に戦う舞台に立てるのも、情けない。

 

 それが俺だ。

 

『…………ロア』

「わかってる。だが、これが俺の自己評価だ」

 

 誰が何と言おうと、俺は張りぼてのカス野郎だ。

 

 誰かの力を借りなければ生きていけない弱者。

 そんな奴が英雄になりたいから力を貸してくれ、なんて言うのは──なんて烏滸がましい事だろうか。

 

 でも多分、アンタは否定しないんだろう。

 

 それもわかる。

 アンタはそうやって立ち上がった人間の事を否定するような、人の痛みも怖さも苦しみもわからないような人間じゃない。

 

 他人に共感し、それらの苦しさや痛み恨み全てを背負って生き抜いたのだから。

 

「だから、俺が継いでやるよ」

 

 英雄アルスは死んだ。

 

 俺が受け継いでやる。

 その末路も、アンタの人生の苦しみも、その果てに生まれた幸せも何もかも。身に余ることだが、残念なことにそれを出来そうなのは俺以外に居ないからな。

 

「アルスの人生は、一つたりとも無駄じゃ無かったってな!」

 

 脚に力を込めて、一気に踏み込む。

 大地をえぐり取り、その衝撃だけで木々を圧し折るであろうくらいに力を込めた。それでもなお健在の四肢に感嘆を隠せないし、身体強化とはこんなにも有難いのかと涙が出そうだ。これまでの俺の苦労は一体。

 

 光芒一閃を受け止めたアルスに剣閃を重ねる。

 一振りで二撃生み出しながら、俺の一撃を無視できないアルスは後手へと回っていく。俺への対処で手一杯なところに、ステルラから正確無比な援護が飛ぶ。

 

紫電雷弾(ヴァイオレット・サンダーバレット)!』

 

 それでも流石と言うべきか。

 限界ギリギリなのは間違いないが、同等の魔法を展開し相殺を試みる。この程度でアンタを倒し切れるとは元々思ってなかったが、余裕の態度で斬り結んでくるのは腹が立つ。

 

 雷速で襲い掛かる魔法を撃ち漏らし、百の弾丸から僅か二発のみが直撃する。

 

 これだけ状況が揃ってようやくこれだ。

 だが、そのほんの僅かな傷跡が、俺達に勝利を齎す。

 

 小さな揺らぎを逃すことなく、目を見開き深く息を吐いた。

 

「────紫電剣閃(ヴァイオレット・スパーダ)……!」

 

 紫電の刃が────否。

 刃というにはあまりにも強く、偉大で、大きな魔法。

 触れるだけで対象を消滅させる事すら可能な一振りを幾重にも重ねて、未だ疲労感の一つも訪れない腕を振り抜く。

 

「とっとと、くたばりな────!」

 

 成す術もなく飲み込まれたその姿を見失わないように、魔法を展開したまま空に駆け出す。

 

 魔力の足場を一部展開し踏み込んで、紫の軌跡のみを残して、障壁も何もかもが消え失せた首都の上空へと。

 

 その崩壊した景色に目を向けるでもなく、ただ、落ちかけの夕日が照らす眩しさだけが俺達を照らしつけた。

 

 左脚と右腕を失ったアルスが、残った左腕に魔法を展開しながら落ちていく。

 坩堝へ飲み込まれるように落下をするその背後に、白い繭が大地へと飲み込まれていく姿を捉えた。

 

紫電(ヴァイオレット)!!」

 

 アルス。

 アンタが救った娘は、こんなにも強大な魔法を扱うようになった。

 英雄アルスが救った人々はあんなにも強くなった。人の枠組みを超え、人智を越える魔法を編み出した。誇ってくれよ。

 

 師匠、後で幾らでも伝えてやる。

 それでも今この瞬間に、言わなくちゃいけない事がある。

 きっとこの後傷が治って、アンタは自分を卑下するんだろう。百年近く生きてきて何の異常にも気が付けなかった愚か者で、下の世代に全てを押し付けてしまったと後悔を滲ませながら。

 

 俺はそれら全てを否定する。

 

 俺達は、少なくとも俺は、師匠に救われてばかりだった。

 

 なぜか俺にだけ与えられた英雄の記憶と現実の違和感に苦労しながら、すっかり自分自身を諦めてしまった俺だったが、そんな俺の努力を笑わなかった。無理無茶無謀何て一度も言わずに、ただ頑張れと言い続けた。

 それはそれで苦しかったけどな。

 

 でも、そのお陰でここまで来れた。

 最悪の結末は避ける事が出来て、後悔する事は多々あっても────人生を否定しなくて済んだのは、師匠のお陰だ。

 

 だから、目を覚ませよ。

 

 まだ俺は、師匠に何も返せてない。

 

「『紫電…………雷轟(星光)────!!』」

 

 大地の奥底まで、潜む全てを薙ぎ払え。

 

 俺達二人分の全魔力を込めた一撃は、坩堝諸共学園を吹き飛ばし────極大の爆発と共に、天高くまで届く光の柱を生み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇だった。

 暗黒に包まれていた。

 血肉の生臭い匂いが抜け落ちない。

 殺した人の顔を、忘れたことは一度も無い。

 

 罪は拭えない。

 それが百年近く生き続けて出した、私の結論だった。

 

 それまでに通った過程なんか何も関係ない。

 

 ただ人を殺して、他人の家族を奪い、悲しみを生み出した。

 その一点が存在するだけで私は、最低最悪の人間だと自覚している。

 

 だから、何もかもから目を逸らして逃げていた。

 

 平和になった世界で、【彼】が夢見ていた景色を共に作り上げようと努力して。その基盤を整えて、戦い漬けだった【彼】を解放して、長寿になった我々がこれからの世を導くのだと思い上がって。

 

 ────英雄アルスが、死んだ。

 そこから、私の世界は崩れた。あの人がいない世界に、どうして私は残されたのだろう。

 私にとって、あの人が全てだった。両親の顔も忘却し、多くの人間を殺して血に塗れた私を許してくれた優しい人。

 

 どうやって生きていけばわからなくて、逃げ出した。

 

 責任も何もかも投げ出して、呼吸もままならないような状態で、人里離れた山奥に逃げ込んだ。

 

 あの人が隠居した後に選んだ自然の中で、数十年過ごした。

 十二使徒の中でも仲が良かったエミーリアは私の事を心配して時折訪ねてきてくれた。責めもせずに、ただ、最近の調子はどうかと世間話をして、別れる。

 

 彼女との関係だけが、私の生きがいとなるのもそう遅くはなかった。

 

 長い間一人で生きていく内に、エミーリアが酷く忙しそうにしている時期があった。

 

 私は彼女と話すのが好きだったけど、それを理由に邪魔をしたくなかった。

 だから、一言だけ、申し出た。私でよければ力になる、と。この一言を振り絞るのに費やした月日は数えたくも無いが、そこでようやく一歩進めたんだと思う。

 

 そして、少しずつ人と関わり始めた。

 初めは村に馴染めるように、そして村の人達と交流を始めて、役に立てるように勉強をして。長生きだけはしていたからその間に蓄えた知識と魔法はとても優秀で、立場を開示しなくても私個人を頼るようになった。

 

 十年、二十年と月日が経って不老であることが悟られても、彼らは決して聞き出そうとはしなかった。

 

 そういう所がきっと、あの人が遺したかった優しさなんだと思う。

 他人を思いやり、時にぶつかり合う事があっても決して害することは無い。折り合いをつけられるように我慢と話し合うという手段を用いて、隣人として歩んでいく。

 

 戦いと怨嗟の記憶しかない私にとって、それは、何事にも代えがたい美しい光景で。

 

 その果てに迎えたこの末路は、お似合いだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が明ける。

 

 まず感じたのは、鼻をツンと貫く血液の匂い。

 鉄のような独特のこれを味わうのは久しく、全身隙間ない程に浴びたこれは嫌いな香りだった。

 

「────……や。………こと、…………か」

 

 聞いたことのある声だ。

 年若い青年、たしかロアの友人で、あの血筋の者だったはず。

 

「エイリアス・ガーベラさん。聞こえていますか?」

 

 次に聞こえて来た声ははっきりとしていた。

 何度か顔を合わせたこともある、廻天(エリクサー)を受け継いだ少女。

 

「……ァ、ぁ……っ」

「聞こえている様ですね。今回復魔法をかけますので、少しだけ我慢してください」

 

 回復魔法を。

 どういう状況だったか、随分と長い間眠っていたような気もする。

 たしか、エミーリアと共に地下の調査に赴いて、ヤバそうな奴らに当たって、応戦して、それで…………

 

「────…………ロア、は……」

 

 喉が治ったらしい。

 はっきりと発音できたのは名前だけだったけれど、マリアは正確に意図まで受け取ってくれた。

 

「詳しい事はわかりかねますが、恐らく事態は収まりました。そうでなければ、貴女の傷を治せることも無かった」

「少しは僕にも感謝してくださいよ、第二席さま」

「…………不快な男ですが、この男が居なければガーベラ様は亡くなっていたでしょう。非常に不愉快ですが」

「……………………そうか」

 

 傷は塞がった。

 あの人の姿をした何かに斬られた部分は傷跡もなく綺麗になり、失われ続けていた魔力が回復していくのも感じ取れる。

 

 そうか、終わったのか。

 

 少しずつ記憶の整理が終わって、何があったのかを回帰していく。

 地下での接敵、突如上へと駆け上っていった敵、包囲されたあの瞬間、ロアが命を投げ捨てようとしていた時にそれを止めたエミーリアの姿に、庇って死を覚悟した後の、泣きそうな顔をしたロア。

 

 ────結局私は、どこまでも……

 

 瞠目と共に胸の内に沸いたネガティブな感情を遮るものは何もなく。

 ただ淡々と、外から聞こえてくる歓声が、どうしてか自分を責めている様な気がして。

 

 ぐちゃぐちゃになった心の内を、そっと抱き締めた。

 

 

 




次回、師匠を救う締めのお話(エピローグはもう一つ先)


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第二十話 終戦

 

 坩堝を丸ごと吹き飛ばして、およそ一週間。

 

 白い怪物は全て溶けて消え、地下深くまで様子を伺いに行った魔祖達も無事に帰還し────この戦いは完全に終結した。

 

 行方不明者数はおよそ五百名、死傷者数は千を優に超えた。

 奇襲をかけられたのにも関わらずその程度で納められたのだから決して無駄では無かっただろうし、亡くなってしまった方々には哀悼の意を表する。

 

 俺が最初から強ければ、こんな事態は訪れなかったかもしれないんだからな。

 

『……あんまり責めちゃだめだよ?』

 

 お前がそうなっちまった原因なんだから責めるに決まってんだろ。

 

『私は困ってないんだけどな……』

 

 能天気娘が……

 飯も食えない排泄不要口も鼻も五感は死んでる、視覚と聴覚だけで生きてる姿を見るのはあまり好みじゃない。

 

 俺はお前が周囲の言っている事がわからず置いてかれたくないからとりあえず苦笑いで誤魔化しているあの微妙な間も好きだが、それはそれとして幸せいっぱいの顔で楽しそうにしてんのが好きなんだよ。俺はお前を元に戻して見せるからな。

 

『なんだろう……すごい複雑……』

 

 頭の中でステルラと会話しながら、全身に繋がれた謎の機器をジロリと見詰めた。

 

「気になるか? メグナカルトくん」

「そりゃまあ。結局何を検査してるんですか」

「前代未聞の出来事だからな。採るべきデータは腐る程ある」

 

 そう言いながら、忙しなく魔道具を動かしているのはプロメサ・グロリオーネさん。

 

 トーナメントの時と一切変わらない長髪を無造作に後ろ結び、邪魔にならないようにしている。制服を着用して隈塗れの瞳を輝かせながら、楽し気に口元を歪めて語った。

 

座する者(ヴァーテクス)へ至った者との融合、ほぼ死んだ状態からの蘇生、なぜか宿った英雄の記憶エトセトラ。禁止されているからやらないが、本来なら閉じ込めて永遠に調査してやりたいところだ」

『ヤバい人だ……』

「その声は漏れてるからな、エールライト嬢」

 

 ぴっ、なんて言いながらステルラは閉口した。

 

 雑魚が……もう少し頑張れよ。

 

『いや、怖い人だし……』

「……ひどく不名誉なレッテルを張られた気がするが、まあいい。私は私の仕事をするだけだし、君は大人しく実験台になってくれればいい」

「遂に取り繕う事すらやめたな。ソフィアさん呼びますよ」

「好きにしろ。君達の情報次第で世界が変わるかもしれないのだから」

 

 大袈裟だな。

 

 俺のげんなりした表情から言いたいことを悟ったのか、鼻を鳴らしながら不服そうに言う。

 

「大袈裟なものか。心臓移植による魔力増強はとっくの昔に研究され尽くし、効果は発揮するがその半分程度の出力しか出ないと結論付けられている」

座する者(ヴァーテクス)の心臓を移植したことは無かったんでしょう」

「それは勿論。量産できるようになるまでそう言った対象としては扱えない」

『とんでもない発言だよ……ねぇロア、本当に大丈夫かなこの人』

 

 まあ大丈夫だろ。

 そんくらいの事は師匠も平然とされてただろうし、あの人がそういう真似を許すとは思えない。無論抵抗はするし、今の俺なら全力で足掻けば大陸を割る程度の事は造作もない事だからな。

 

 いや~~、才能あって申し訳ねぇな~~! 

 

「む、数値が変動した。何を考えていた?」

「この世の真理というものを嘆いていたのさ」

「そうか」

 

 自分から聞いておいて興味無さそうに受け流された。

 

 普通に腹立つ。

 

 窓の外に見える風景は木々で覆われた山々が聳えるのみで、数日前までは人で溢れていたこの仮設野営地も鳴りを潜めて静かな場所となった。

 

 今動ける人員の大半は首都へと赴いており、新大陸へ移送を開始していた層も出戻ってきている。被害の無かった地域の者達は一足先に向かっていて、順次首都復興へ準備をしているらしい。

 

 こうやって一人(一人なのかはさておき)ゆっくりと病室に寝転がっている事に罪悪感を抱いている────そんな訳はない。

 

 俺は休みたい。

 出来る限り他人に解決してほしい。

 英雄の背中に憧れた節はあるが、それはそれとして自堕落な側面が消えたわけではない。寧ろ増強されてしまったまである。

 

 それに今回おれ頑張ったぜ。

 エミーリアさんの事だけが本当に、悔やみきれないくらい心に傷として残っているが、それ以外の事は本当に頑張った。勝てる訳も無い戦いに勝率を見出すためにあの手この手で嘘ついて作戦許可貰ったし、本当は死ぬ前に暴露して全員の感情ぐちゃぐちゃにしてやろうと思ってた秘密言っちゃったし、なんかそれを聞いた師匠めっちゃよそよそしいし。

 

 あの後見舞いに行く前に魔祖に捕まってしまったので結局会いに行けなかったんだが、一度だけ此処に足を運んできたことがある。

 

 その時の空気は何とも言えない微妙な空気感だった。

 

『……大丈夫かなぁ、師匠』

 

 なんだ、お前にも他人を心配する心はあったんだな。

 

『バカにしてるよね?』

 

 驚愕を露わにしただけだ。

 ルーチェもそうやって心配して欲しかっただろうに……

 

『……………………はい』

 

 ……でも確かに、少し心配ではある。

 あの人は心が強い様に見せかけてるだけで、たぶん、とても臆病な人だと思う。

 そうじゃなきゃ寝てる時にあんな魘されたりしないだろうし、抱き着いたり温もりを求めるような行動はしない。いい匂いしたな、あの時……

 

『ロア?』

 

 師匠の痴態をステルラにも広めた所で、ここ数日間練習した魔法を発動する。

 

 とは言っても初級も初級、ただの魔力探知。

 範囲もそこまで広くないし精度も高くないが、これを使用するのにも一苦労だ。幼い頃から魔法を自力で発動する感覚に慣れてない上に戦闘に関係しない魔法を使うのはちょっと、怖い。魔力切れで戦えなくなったら終わりだから。

 

 あ、やべ。

 ステルラに伝わるんだった。

 え~と、ステルラの可愛い所はそうだな。笑った時の目元がめっちゃ可愛いんだけど、やっぱそこが子供の頃から変わらなくて

 

『誤魔化さなくていいよもう!!』

 

 ここからだってのに……

 

 探知に引っ掛かるのはまあ当然この野営地に居る人のみで、特に何もない。

 

 魔法を扱えるようになっても所詮俺はこの程度。

 戦いに人生を捧げて来たのだから当たり前か。ステルラやルーチェ、他の人が生活の経験を積んでいくのに対して俺は戦う事だけを続けて来た。それは永い英雄の旅でも同じで、彼は人の文化を愛していたし沢山知りたがっていたけれど、俺にはそんな暇すら無かった。

 

 もう戦いは終わった。

 俺が振るう剣も役目を終えた。

 師匠に鍛えられて培ったこの技はもう、必要ない。

 

 そう考えると少しばかり寂しく思えた。

 

「ま、捨てる訳じゃないからな」

 

 それはそれ、これはこれ。

 努力の証(遺憾だが)を放り捨てるなんてもったいないことはしない。過去の栄光は期限付きだから、精々それが途切れるまでは肖ろう。何故なら働きたくないので、救国の英雄ならぬ何かの英雄になってお金欲しいよね。こんだけ苦労したし一生分心に傷も負ったしよくね? 

 

『いつも言ってた事、全部本当の事だったんだなぁ……』

 

 お前は人の心をわからなすぎ。

 お前みたいな女は誰にも好かれないまま老後を悲しみながら過ごすことになってかもしれないんだ、俺に感謝しろうよ。

 

『うん…………うん? なんか暴言吐かれてる気がする』

 

 俺のお陰でお前は一人じゃない。

 俺はお前が好きで、お前も俺が好き。いいな? 

 

『うん……ウン……』

 

 よし、洗脳完了。

 

「────君達の関係に口を挟むつもりは毛頭ないが……」

「プラトニックな関係でありますゆえ、何も心配されることは無い」

「……そうか。強く生きろよ、エールライト嬢」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 復興は順調だ。

 

 あの戦いから一月が経過し、既に首都の大部分が機能を回復している。

 

 建物は材料さえ確保できれば魔法で組み上げる事が可能で、インフラ関係を重視して治していったから問題ない。一応再度同じ事が起きては敵わないので、私達十二使徒総出で警戒状態を続けたまま、昼夜問わず作業を継続している。

 

 予定よりも早い段階で瓦礫の撤去等は、終わったのだが……

 

「ああ、お待ちしておりました! ガーベラさま」

「すまないね、想定より作業が長引いた」

 

 テレポートで向かったのは、首都魔導戦学園周辺を担当しているチームだ。

 

 指揮を執っているのは魔祖、一番被害が大きいここは地面が抉れてたり大穴が空いてたり建物が消し飛んでたりとやりたい放題。これに関しては多分、敵だけではなく此方の攻撃の影響もあるんだろうな……

 

 そして恐らくその下手人は、我が弟子たち。

 

 ────私が居なくても二人は大丈夫だ。

 

 ロアの事は聞いた。

 英雄の、もとい、あの人の──アルスの記憶をもっていること。

 戦いの最中一度命を落とし、ステルラの起こした奇跡で蘇生され、魔力と疑似的な不老の肉体を手に入れた。あの人が手に入れられなかったものを手にして勝利を掴んだ、現代の英雄。

 

 ……出会った頃は、そんな片鱗どこにもなかったのにな。

 

「────この先に、保管してあります」

 

 思考を重ねている内に目的地に辿り着いていたらしい。

 

 少し何かを悩む様に躊躇いつつ、案内役の男は言った。

 

「その、あまり状態が良くなくて……正直なところ、服装で判断致しました。回復魔法で修復をして綺麗な状態に治してあります」

「…………そうか、わかった。わざわざありがとう」

 

 一礼をして、彼は去っていく。

 

 気の利く男だ。

 それを伝えるかどうかも迷っていたが、包み隠さず話した方がいいと判断したらしい。遺体が見つかったという報告を受けた時点で覚悟はしていたから、そこまで気を遣われると、申し訳なく感じた。

 

 一呼吸おいて、テントの中に入る。

 そこは一時的な遺体置き場として利用されており、中は魔法で清められている。

 英雄大戦でそこら辺の対策はされていたので、その技術の応用だ。あの大戦は負の遺物だけではなく、役に立つものも残していった。

 

 此度の戦いは果たして、何を遺していったのだろうか。

 

「…………なぁ、エミーリア」

 

 目的の()を目に留めて、僅かに早歩きで駆け寄った。

 

 既に動く事の無い、力の抜けた身体。

 首から上が綺麗に切断されていて、恐らくその犯人はあの人。

 

 魔力切れによる死亡判定だったから、遺体を発見できたのは運が良かったそうだ。崩壊した坩堝の穴の底で、無残に打ち捨てられていた所を魔祖の調査隊が発見したらしい。

 

 苦虫を噛み潰したような表情で私に伝えに来たマギアの顔は、見たことも無いようなものだった。

 

 椅子を魔力で形成して、座り込む。

 

「……私を置いて、先に逝くんだな」

 

 どうしてだろうな。

 どうしていつも、私は間に合わないのだろうか。

 なんでもそうだ、私は肝心な場所に立ち会えない。彼の死に際も、お前の終わりも、この戦いも。

 

 有事の時に備えて鍛えた魔法は役に立たない。

 

「また、寂しくなるよ」

 

 積み重なった後悔は数知れず。

 私の心の内を占めるのは、もう、何処かへ消えてなくなりたいという感情だけだった。

 とっくの昔に折れた心が、諦めたいと叫んでいる。もう疲れたと、もう何もしたくないと、百余年生きている癖に繊細な精神が駄々を捏ねている。

 

 涙は出ない。

 その代わりに、もう良いだろうと、諦観の言葉が出る。

 ここまで堪えて来た全てを決壊して、このまま身を任せてしまおうか。

 

 …………そうやって無責任に終えても、誰も気にしないだろう。

 

 私如き、誰も気にしない。

 こんな、何も成せない愚か者なんて。

 

「────なんだ、先客がいるじゃないか」

「…………ロアか。入りたまえ」

「言われなくても入るが……」

 

 ロア・メグナカルト。

 

 ステルラと奇跡を起こし、一心同体の身となった男の子。

 私が幼い頃にあの人と重ねて思い描いてしまった、あの人とは全然違う、男の子だ。

 

「よう、師匠。……別れは済ませたか」

「そう、だね……」

 

 あの人とは違う。

 違う、はずだったのに。

 それなのに、本当は、あの人の記憶を持っていて。それでも他人だと言い張るロアにどんな感情を抱けばいいかわからなくて、少しだけ、会いたくない相手だった。

 

「俺もエミーリアさんには世話になった。だから、庇われる形で死なせてしまったのは結構引き摺ってるんだ」

「……そんな事を気にするようなやつじゃない。寧ろきっと、ロアを助けられたことを誇りに思ってるだろうさ」

 

 そうだ。

 彼女は私のような小さな女じゃない。

 最も早くあの人と出会って、旅をして、関係を積み重ねて、誰よりも理解し合っていた。あの人の死を無駄にしない為にと後世に何かを遺そうと常々話していて、それでいて自分のようなロートルはさっさと引退するべきだと朗らかに語っていた。

 

「実はな、アルスの想い人はエミーリアさんだった」

「────…………」

 

 突然の告白に思考を止めた。

 

 私の戸惑いをよそに、ロアは話を続ける。

 

「だから、俺は後悔している。死ぬ間際に暴露しようとしていたこの記憶を、もしも最初から話していれば違った結果になったのかと。考える度にステルラに止めるように言われるが、それでも考えちまう」

 

 エミーリアの最期はきっと、あの人に斬られたことが原因で。

 それもきっと、戦い抜いた後に抵抗出来なくなってから死んだのだろう。ああ、そうか。それはなんとも、最悪な話だ。

 

「師匠」

 

 ぼうっと遺体を見詰めていた私の隣に立ったロアが、静かに呟く。

 

「俺は確かにアルスの記憶はある。だが、赤の他人という認識だ」

「…………ん」

「だから、今師匠が何に苦しんでいるかを悟って救える程万能じゃないし、優れた人間じゃない。俺にあんたは救えない」

 

 ひどい否定の言葉だ。

 だがそれに傷付く訳でもなく、ただひたすらに、ロアらしいと思った。

 

 君はそういう奴だ。

 そうやって自分は無力だと嘯いて、とにかく傷付かないように殻に籠ろうとする。それでいて他者に手を差し伸べるのを躊躇わないのだから、自分が傷ついている事を自覚しながら止まることは無い。ある意味であの人より質が悪い。

 

 その後に続くであろう言葉も、なんとなく予想が出来た。

 

「それでも、俺にとっちゃ師匠は大切な人だ。消えるにしたって言葉は残せ、その上で帰る場所くらいは用意しといてやる」

「…………ロアは、気遣いが出来るのか出来ないのか不思議な男だ」

「あんまりに完璧すぎても困るだろ?」

 

 口元を柔らかく歪めながら嘆息し、先程までの曇った思考が少しだけ晴れている事に気が付く。

 

 友人が亡くなったことを悼む気持ちは当然ある。

 だがそれと同じくらいに、ロアに抱いている感情は大きかったらしい。いざ失うという手前まで追い込まれてやっと自覚する程度には鈍いのだから、私はきっと報われないだろうな。

 

 エミーリア。

 

 君にばかり辛い思いをさせてしまった事を謝罪する。

 

 いつの日にかこの報いを受けるその日まで、この胸の内にある感情は、誰にも伝えないでおこうと思う。

 

「……君に出会えて、本当に良かった」

「俺もだ。師匠に出会えなければ、きっとこの未来は無かったから」

「どうかな。ロアはふしだらな男だから、それこそエミーリアに拾われていれば同じような事になっていたかもしれないぞ」

「それはないな。師匠だから何とかなったんだ」

 

 ────…………

 

「師匠が紫電を託してくれたから、鍛えてくれたから。傲慢にも誰にも負けない強さが欲しいと願った俺に一切手を抜かなかったから強くなれた。足りないものばかりの俺に力を与えてくれたから勝てたんだ」

「…………」

「あんまり卑下するなよ。師匠の魔法が無きゃ、師匠の存在が無けりゃ、この国は終わってた」

 

 そう言って、ロアはテントから出て行った。

 

 言いたいことを言って好き勝手に出ていく。

 もっと淑女の扱い方を学べと言ってやりたいところだが、当の本人は何処にもいない。どこか震えた声が漏れ出すのを止める事が出来ず、やはり気遣いの出来る男だと今更ながらに思わされた。

 

 こんなみっともなく嗚咽を奏でるのはいつ以来だろうか。

 

 それこそ、あの人が亡くなったと聞いた時だな。

 あの時は悲しくて、やりきれない感情がぐるぐるかき混ぜられて涙という形になった。現実の理不尽さを改めて叩きつけられて、己の無力さと重ね合わせて随分と動揺してしまった。

 

 今回は……そう、だな。

 悲しいのは勿論ある。エミーリアの死と、自分自身の情けなさ。

 

 でもそれと同じくらい、ロアに肯定されたことが、嬉しくて。

 

 あの人の記憶を持っていて、あの人の末路も知っていて、あの人の感情も知っている君が──私のことを、肯定してくれた。

 

 誰よりも、何よりも自分の無力感に苛まれているであろう君が。

 

 私が居なければ国は終わっていた。

 たとえお世辞でもリップサービスでもなんでもいい。私が存在していたお陰で救われたものがあるのだと、そう言ってくれただけで、その一言だけで救われたような気持ちになる程に────心が弱っていたらしい。

 

 少し泣こう。

 

 喧しいかもしれないが、私から送れる唯一の鎮魂歌だ。

 

 




次回、数年の時を経てエピローグです(予定)


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~そして後世へ~
エピローグ 


え~、これで本編自体は終わりますが明らかにやってない話もあるしやりたい話も多いので更新自体は止めません。なので安心して読んで欲しいです。番外編って形でやると思います、ええ。


 

『────あの戦いから、三年の月日が経過しました』

 

 燦々と太陽が照り付ける日差しの最中、男性の声が響き渡る。

 

『首都の崩壊、魔祖十二使徒の死、殉職者千と少し、犠牲になった死者数はおよそ五百…………凄惨な事件で、忘れる事が出来ない辛い戦争でした』

 

 悔しさが滲みだす声色に、それを聞く人々の表情にも憂うようなものが生まれる。

 

 戦いは終わった。

 しかし、それによって生まれた被害は多かった。

 家族を失った者達はやり場のない怒りを胸に抱き、それらを未然に防ぐことが出来なかった超越者達もまた、深い後悔と自罰の意識を持ち。誰も彼もが報われない戦いの果てに、その身を退くことを決意した者は多かった。

 

『あの戦いで犠牲になってしまった方々がいたからこそ、我々は今こうして未来を見据える事が出来る。彼ら彼女らが遺したこの命を、どのように扱うか────その意義を、今一度問いたださねばいけません』

 

 拳を強く握り締め、力強く語る。

 

 金色の髪を靡かせて、その端正な顔立ちを凛々しく覗かせながら男────首都魔導戦学園()()()()()、テリオス・マグナスは宣言する。

 

『その死は無駄では無かったと、あの戦いに意味はあったのだと! 辛くて悲しくてどうしようもない、死んだ命はもう戻らない──そうわかっているからこそ!!』

 

『俺達は努力(・・)する! 決してその名を忘れないように、死したことに意味があったと報いるために!』

 

 その声を、坩堝に集められた人々は静聴していた。

 熱意にあてられて、少しばかり興奮している者もいる。

 決して忘れる事の出来ない傷跡を残されたから、だからより一層努力することで傷に意味を見出す。

 

 過去は変えられない。

 今を生きて未来を創る人間の役目というのは、そういう事だ。

 

『選び抜かれた若者よ。

 その鍛え上げた力を示せ! 

 生き残った大人達よ。

 その努力の行く末を見届けろ!』

 

『ここに────第二回(・・・)、首都魔導戦学園トーナメントの開催を宣言する!!』

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「…………はあ」

 

 憂鬱だ。 

 心の底からため息しか出ない。

 どうしてこうなってしまったのだろうかと己の愚かさを呪いながら、控え室の冷房で冷やされながら菓子類をつまんだ。美味い、テリオスさんが用意しただけはある。

 

「は~~~……」

「幸せが逃げるよ、ロア」

「とっくの昔に幸せには嫌われてるから問題ない。それよりもこれから俺の身に振りかかる不幸に対して嘆いていた方がマシだ」

「捻くれてるなぁ……」

 

 不貞腐れる俺と同じように菓子を摘まみながら、ステルラが呟いた。

 

 俺が捻くれたのはお前ら天才共の所為なんだが? 

 

「一回戦ルーチェ、二回戦アランロド、三回戦ヴォルフガング、決勝でお前。ふざけんなマジで、相手したくない奴らばっかだろうが」

 

 どうしてこうも運命に嫌われているのか。

 厳正なるくじ引きの結果何故かフルで知り合いと戦うことになり、しかもその内二人が超越者である。もういい加減にしろよ本当。

 

 そんな俺の嘆きを聞いて苦笑いして、ステルラが小さく言う。

 

「でも私、ロアと戦えて……嬉しいよ?」

「…………そうかよ」

 

 俺は嬉しくねぇんだな~~! 

 

 そんな野暮な事を言う訳にもいかず、思わず閉口してしまった。

 

「……むむ。ロア、合体しよ」

「絶対嫌だが? 俺が何考えてるのか知るためだけに同化しようとするのはやめろ」

 

 あの戦いでステルラに命を救われて、三年。

 

 それなりに長い月日の間に色々な事が起きた。

 

 まず一番大きい出来事はアレ、ステルラを元に戻せるか問題。

 プロメサさんやソフィアさんの尽力と、魔祖やテリオスさんの身体データを搔き集めて全身が魔力ってどういうことなのかという意味をめっちゃ調べ尽くした。俺はその分野で勉強できるわけじゃないから役に立てなかったが、最終的に戻ろうと思えばいつでも戻れるのではないかという結論が出た。

 

 テリオスさんと心臓六個くらい増やして遊んでたらソフィアさんに怒られたり、テリオスさんの手を六本に増やして完全体テリオスを考案してたらソフィアさんに怒られたり、テリオスさんの眼とか翼とかその他諸々を合わせて完全体テリオスとして君臨させようとしたら魔祖にボコボコにされたりした。

 

 いやあ、忙しかったな……

 

「ロクでもない思い出だな……」

「……流石に何考えてるのかわかったかも」

 

 変身は男の浪漫だからな。

 テリオスさんは今も密かに完全体テリオスを考えているらしい。百年後に黒歴史として突然世に流出させて困らせてやろうと誓った。

 

 そして肝心のステルラと言えば。

 

「むぐむぐ…………ん?」

「飴ちゃん食うか?」

「子供扱いしないでよ!」

 

 テリオスさんの編み出した魔力吸収を習得し、外部から魔力を取り込むことで実質的な無敵状態を確保した。つまるところ、コイツは世界から魔力が消えない限り死なない最悪の生命体に成り果てた訳である。

 勿論俺の心臓からは分離してる。

 でも心臓はステルラの持ち物なので、俺はステルラの持ち得ていた魔力を手に入れ、いつでも合体可能になり、寿命に変化は無かった。

 

 めっちゃ簡単に纏めるとステルラは完全に不死身の怪物になり俺はスペック上最強になり二人合わせて無限の可能性を得たという所だな。

 

「…………はぁ~~……」

 

 あー、めっちゃ鬱。

 ステルラが未来で悲しまなければいいが、最後には一人になる事が確定してしまった。この世界に魔力がある限り、ステルラはその存在を維持し続ける。それはつまり、この国が滅んでもこの大陸が沈んでもこの世界が壊れても、魔力という概念が尽きない限りは残り続けるのだ。

 

「あ、あはは……そんなに気にしないでよ、私はそんなに気にしてないから」

「お前俺達全員居なくなった世界で生きていけるのか?」

「…………善処します」

 

 喧しいわ。

 

 寂しくなってそこら辺を漂う謎の生命体になるのは間違いないだろう。

 

「ていうかナチュラルに読んだな?」

「あ~~、美味しいなーこのお菓子」

 

 ステルラは逃げ出した。

 

 元に戻れるようになって図々しくなったというか、なんか幼い頃の奔放さが戻ってきたような気がする。

 

 俺はそれに関して懐かしいと思うのと同時に初恋の記憶が蘇るので少し甘酸っぱい感覚がする。俺の初恋、ボコボコにされ続けた幼き日々、勉強で負けたあの日、努力の無意味さを悟った瞬間…………

 

 辛いぜ。

 

 部屋から姿を消したステルラを放置しのんびり菓子を摘まみながらモニターを見ていると、部屋の扉がノックより先に開いた。

 

「やあやあロアくん、あなた愛しのルーナがやってきましたよ」

「うわ出た」

「うわじゃあないんですよ。ほらほらチュッチュ」

 

 なんなのこの人……

 学園を卒業し魔祖十二使徒として正式に拝命したルナさんは三日に一度の頻度で会っている。ていうか今でもあの部屋(復興済み)に俺が住んでるから、なんか知り合いが集会所みたいな感じで集まってくる。

 

 あの戦いでエミーリアさんの影を撃破し、その代償として死に掛けていたらしいのだが、その頃俺は普通に一度死んでいたのでそれ所では無かった。ステルラと合体できるようになったと報告を受けて最も憤慨していた人である。おもろすぎだろ。

 

「むむっ、この匂いは……ステルラさんですね!」

「魔力で感知した癖に何言ってるんですか」

「バレましたか。こっちの方がヤンデレっぽくて良いと本に書いてたので」

 

 それなんて本ですか? 

 ちょっと燃やしてきます。

 

「燃やすのは私の専売特許なのでちょっと……」

 

 そういう問題じゃねぇんだわ。

 ただでさえ後輩が出来て余計人間関係面倒臭くなったのに(十割悪いのはロア)、これ以上爆弾抱えてられるか。ヤンデレとメンヘラの差も分からんような奴は俺が許さない、成敗する。

 

「でもロアくんめんどくさい女の子好きですよね」

「いや別に好きなわけじゃなくて好きになった女が軒並み面倒くさかっただけ何でそこを同一にされるのは俺にとっては少し不服だな」

「早口出てますよ」

 

 は~~~!!!? 

 別にめんどくさい女が好きなわけじゃないが!!?? 

 

 好きになった、好意を抱いて来た女が軒並みめんどうくさい奴らだっただけで俺は別にめんどうな女が好きなわけじゃないんだが!? 

 

「ルーチェさん」

「めんどくさい女だ」

「ステルラさん」

「めんどくさい女だ」

「エイリアスさん」

「……めんどくさい女だ」

「アイリスさん」

「…………めんどくさい女です」

「アランロドさん」

「……………………めんど」

「わたし」

「はい、俺が悪かったです。めんどうくさくて手間がかかる女の子が好きです、すみません」

 

 あ~あ、また負けちまった。

 二度と敗北しないと誓った筈なのにこうも簡単に負けてしまうと、やはり持って生まれた才能には勝てないのかとあきらめざるを得ない。

 

「やれやれまったく、今日も清々しい敗北だ」

「何を良い感じにしてるんですか、このヒモ男」

「何も恥じる事がない。ヒモでありたいと願った俺をヒモとして生かしている張本人が一体何を?」

「…………ぐ、ぐぬぬ」

 

 相変わらずの無表情を保ったままルナさんは唸った。

 

 かわいい。

 

 そんな風に二人で談笑していると、新たな刺客もとい客人が現れた。

 

 コンコンコン、と三度丁寧なノックをした後に入っていいと許可を出す。

 

「失礼します、メグナカルト先ぱ────あ、こんにちは」

「こんにちは、アランロドさん」

 

 入って来たのは俺達より二つ下の学年である、アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ。

 

 結局首都魔導戦学園が復活したのはあの戦いの二年後であり、つまるところ、俺達の一個下の代は存在していないのだ。その世代の者には不幸な事だが、二世代纏めて入る事になったので倍率がエグい事になったらしい。

 そしてそんな苛烈な世代を首席で合格してきたのがアランロドである。

 

「よう、アランロド。お手柔らかに頼む」

「勝ったら結婚するとかそんな感じの賭けしませんか? 私が負けたら結婚して、先輩が勝ったら結婚する。これで解決しますね」

「何も解決してないが? 急にトチ狂った事を言い出すのはやめろ」

 

 問題児アランロド。

 品行方正清廉潔白を地で往く女だがちょっとだけ欠点があり、それはこの異常な執着心というか頭のおかしさというかそこんところである。

 

「んもう、そっちの名前じゃない方で呼んでくださいって言ったじゃないですか」

「いや…………お前重たいし……」

「ま! 女の子に重いとか言っちゃだめですよ、ねっルーナさん!」

「いや普通に重いですよそれ」

 

 アランロドは崩れ落ちた。

 

 胸に抱いた決意とかが重たすぎて色々気負ってた女だが、それも良い感じに解決した(無理矢理)。その代償として俺に集まる女性がまた一人増えたが、まあそこまで深く気にしない事にする。こいつの話はまたいずれするだろう。

 

「きっ、傷物にされた……もうお嫁に行けない……」

「そういうのは公衆の面前でするから効くのであって密室でやっても意味はない。覚えておくんだな」

「なるほど、勉強になります。自称ダメ人間はやる事が違いますね!」

「ぶん殴られたいか?」

 

 自分から言ったのにぃ~、なんて言いながら逃げようとするアランロドの背後に雷速で回り込んでチョップした。

 

 フッ、いつもルーチェに殴られてばかりだから殴る相手が出来るとスッキリするぜ。

 

「それは多分ロアくんが悪いからですね……」

「そんな奴を好きになる方が悪い」

 

 酷い暴論だがこれに反論は出来ないのかルナさんは黙り込んだ。

 

 ケッ、さっきの負けはこれで帳消しだ。

 

「……ところでステルラさんは?」

「さっき霞のように消えましたが」

「ほほう! これはチャンスですね、メインが居ない間に私が全てを掻っ攫って」

 

 それは無理だからやめとけ、と俺が言うよりも先に紫電がアランロドを襲った。

 

 俺の身体から出て来たのが。

 

「あばばばばっ」

「ああ、お前いつの間に混ざってたんだよ」

『ロアにちょっかい出す不届き者を成敗しようと思って……』

 

 そしてヌルリと現界した。

 ステルラが正真正銘壁を越えてしまったので平然とこういう行動をとるようになった。まあ俺はステルラに思考を読み取られてもどうでもいい領域に突入したので寧ろドンと来いなんだが、最近ステルラも俺から好き好き言われるのに慣れて来たので倦怠期のカップルみたいな空気感が出ている。

 

 そういう時は無理矢理ちょっとアレな事をしてなんとかしてる。

 戦いの才能は無いがそっち方面の才能には長けてたらしく、俺の適性はあまりにも最悪だと驚愕した。

 

「ロア?」

「なんだ」

「なんか変な事考えてるよね」

「まさか! 俺がそんなふしだらな事を考えてるような事が!?」

「白々しいなぁ……」

 

 ステルラは苦笑した。

 

 復活したアランロドも含めて四人でぐうたらしてると、ルナさんが賓客として招かれているので仕事だと離脱した。

 

 そしてアランロドも戦いの準備をして参りますと消え、ステルラもまた、同様に準備をすると部屋から出て行った。

 

 複数人で過ごすのが最近当たり前になってるから一人の時間は貴重だ。

 別にずっと誰かといるのも苦ではない。それでもやはり、一人で静かに過ごしたいと思う時はある。死人を悼むのに騒がしさは必要ないし、心の整理は静かにゆっくりと落ち着いてやりたいのだ。

 

 俺達の代は最上級生。

 

 つまり学生生活最後の年だ。

 大分頑張ったぜ、マジで。魔力を手に入れたから単位も取れるようになったし、師匠頼りの戦いからある程度自分だけでも戦えるようになった。師匠は寂しそうだった。

 

 結果的に師匠が家に来る回数は激減、何やら常に忙しなく飛び回ってるらしい。

 

「……なにをやってるんだか」

 

 自分の役目はもう終わりとでも言いたいのだろうが、そんな理由で手放す俺ではない。

 

 俺が死ぬまで世話させるし見届けさせるつもりだ。

 これ以上仲のいい人間が死ぬのを見たくないという思いかもしれん。それでも俺は見届けさせる、俺の人生に最も影響を与えたうちの一人なんだ。責任もって見届けてくれないとな。

 

「────…………行くか」

 

 奇しくも三年前と同じく一回戦。

 あの時とは違う立場だ。俺は挑まれる立場にあり、名実ともに負ける訳にはいかない場所に立ってしまった。

 

 魔力は十分漲っている。

 

【英雄】なんて大層な名前を戴いてしまったからには、この貰いものの力であっても虚勢を張らざるを得ない。

 

 肩書には責任が伴う。

 俺は誰の名も傷つけるつもりは無い。

 俺に負けた奴は全員『俺が強かったから負けた』のだと。負けた奴が弱かったのではなく、勝った俺が強かったのだと思わせてやる。

 

 少なくとも、ステルラ・エールライトも含むすべてに勝つのだと誓ってしまったから。

 

 あの日の約束は今でも守っている。

 敗北はただの一度だって許さない。

 そうだろう、ロア・メグナカルト。上手くいかない人生だって、その程度の理由で諦める訳にはいかないもんな。

 

 部屋から出て、通路を歩いていく。

 懐かしい光景だ。ここを通って潜り抜けてしまえば大歓声に包まれ戦いが始まる。

 俺にとっては苦痛に塗れた苦い思い出であり、それと同じくらい光栄で心躍る場所だ。

 

 苦しみ抜いた俺が輝く場所、俺が苦しむ原因となった場所、ああ、くそったれめ。

 

 そして光差す出口へと辿り着いた時、教員統一の服装に身を包んだテリオスさんが待ち構えていた。

 

 ニッコリと笑顔で楽しそうに、それでいてどことなく悔しさを滲ませながら言う。

 

「調子はどうだい?」

「戦うという事実に辟易としている心を除けばそこそこですね」

「そうか。俺も今の君と戦いたいんだが……」

「お断りします」

 

 俺の即答に苦笑い。

 

 結局順位戦自体は一位を維持したまま卒業したテリオスさんは教師を志したようで、一年で教員免許を取った後にここに戻って来た。

 

 学園長補佐という立場で将来的に次ぐ路線なのだろう。

 明らかに贔屓されているという点について特に不満を言う者はおらず、あれだけ真面目に学生生活やっててあの戦いでも常に最前線で戦い続けた男の就任を拒否する奴はいなかった。当の本人は不思議そうにしていたが。

 

「テオはしっかりやってるからね。それなのに俺だけが楽しい思いをするのはずるいだろうから、今度は二人で誘わせてもらう」

「本気で勘弁してくれませんか? 俺とテリオスさんの戦いなんて誰も得しません」

「俺は得するぜ、英雄くん」

 

 あ゛~~~ふざけんな! 

 わかってて言ってんだろこの男! 

 

 クスクス笑いながら(そういう所作が何故か絵になってムカつく)、テリオスさんは続ける。

 

「きみ、卒業してからの進路決まってないだろ?」

「決まってますよ。専業主夫です」

「…………本気だな」

「当たり前じゃないですか。なんで俺が働く必要があるんですか?」

 

 この学園さえ卒業してしまえば俺は自由である。

 

 負ける訳にはいかないが、それは何も一生戦い続けなければいけない訳ではない。この学園で無敗の男として名を馳せればいいのだ、そうすれば永遠に名は残るし他の奴も同時に蹴落とせるので最高である。テリオスさんに勝ったという箔は中々消えないぜ。

 

「なので勝ち逃げします。このトーナメントが終わり次第俺の戦いは二度と起こらないでしょう」

「……なんか、また変なタイミングで戦ってそうだよ」

「やめてくれ。俺も何かそんな気がしてならない」

 

 どこかで戦う羽目になるんだろうな。

 家から出ないことで全てを解決できないだろうか。

 

 そんな嫌な予感を抱いて複雑な表情をしている俺に、テリオスさんはめっちゃ清々しい顔で笑った。殴るぞ。

 

「引き留めて済まなかった。君の健闘を祈るよ」

「ありがとうございます。出来る事なら二度と戦に誘わないでほしい」

「それは無理だね。なにせ君は、【英雄】なんだから」

 

 ひらひら手を振って送り出してくれるテリオスさんを無視して、光が差し込む出口を潜り抜ける。

 

 ざわめきが収まらぬと言った様子の会場にやってきたが、どうやら俺は後入りしたらしい。

 既に相対する形で待ち受けていた愛しい女の元までゆっくりと歩いていく。そして、俺が来たことに気が付いた会場が沸き立った。

 

「うるさいわね」

「身に余る光栄だ。コンディションはどうだ?」

 

 そうね、と一拍おいて。

 三年前より女性らしい膨らみが発展し、美人という形容がより似合う女に成長した────ルーチェ・エンハンブレが答えた。

 

「悪くないわ。今なら夜を過ぎても踊れる気がするもの」

「そうか。俺は布団に包まって惰眠を貪りたいが……」

「許すわけないでしょ? 明けない夜は無いの」

「溶けない魔法はあるかもしれないけどな」

 

 二人見合って、口角を釣り上げて笑い合う。

 

 あの日は魔法が溶けるまで共に踊ったな。

 

 あれから三年経った。

 俺は膨大な魔力と一般的な魔法を扱う才能を手に入れて、お前は唯一欠けていた氷と水を扱う祝福を手に入れた。無い物ねだりを続けていた俺達は、いつの間にか欲しがっていた何かを手に入れていた。

 

「じゃあなんて言うかわかる?」

「ああ。そうだな、まずは……」

 

 ────我儘な女性は嫌いじゃない。

 ────私も紳士が好みなの。相性良いんじゃないかしら。

 

 あの時のやりとりそのまま呟いて、二人揃って笑ってしまった。

 

 観客席の一部に視線を向ける。

 そこにはいつも通りのメンバーが揃っていて、何やらどす黒い感情を発露させている奴もいれば、楽し気に此方を見ている奴もいる。はい、アルベルトはいつも通り愉しそうですね。この後が怖いんだが? 

 

「…………大体、あと十分。それが、全力で相手できる時間だ」

 

 全力で魔力を稼働させるなら、俺は消費が激しい方だからな。

 かつての戦いでアルスに行ったレベルのを行うのならそれくらいになる。いくら魔力があっても、消費する量は減らない。超越者に至った訳では無いから、あくまで人間の域を出ないのだ。

 

 この後に二回戦が続く事実があるから、正直そうやってなりふり構わない戦いをするつもりは無かったが……

 

 こんなにも楽しそうな(・・・・・)ルーチェを見たら、そうは言ってられない。

 

「魔法が解ける(・・・)まで、一緒に踊ろうか」

「────喜んで。丁重にお願いするわ」

 

 紫電を身に纏い、光芒一閃を握り締める。

 

 あの時とは違う。

 全力全開、一撃で全てを終わらせる以外の選択肢も手に入れた。

 合理的に行くのならば、牽制を繰り返し小競り合いを経て情報を集めしっかりと攻略に臨むべき。戦いとはそう在るものだ。

 

 ああ、わかってる。

 

 その位の事は、あの記憶からもとっくに理解してる。

 

「────紫電(ヴァイオレット)……」

 

 それでも、俺は答えちまうんだ。

 

 そんなものクソくらえって。

 正真正銘相手の本気を受け止めずに手に入れる勝利になんの価値があるんだって。だって、アルスはずっとそうやって勝って来たから。敵の攻撃を受け止めて、立ち向かって、決して逃げなかった。

 

【英雄】なんて立場を一番理解している俺が、そこから逃げ出すなんて訳には────行かないんだな、これが! 

 

紫電雷轟(ヴァイオレット・フォークロア)────!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 才能が欲しかった。

 才能が欲しい。

 才能。

 

 俺はそうやって常々願って来た。

 

 英雄の記憶なんてものより、願い狂うだけで人を超えられる人智を超えた才能を持って生まれたかったと。

 

 俺はいつだって願っていた。

 朝起きれば無敵になっていることを祈り、起床と同時に溜息を吐く。そんな毎日が嫌いでうんざりしていても決して変わらない現実と記憶に、無性に苛立ちを募らせた。

 

 でも、現実は願うだけじゃ叶わなかった。

 俺自身が努力し続けなければ手に掴むチャンスすら訪れることは無く、誰も助けてくれることは無いのだと幼い心ながらに悟った。

 

 だから、努力した。

 嫌だった苦痛に自分から飛び込んで、それを対価に手に入れられる強さを願った。その強さでも満足できなくて、でもそれ以上を手に入れる方法は無くて、心に陰りがある事を自覚しながら一切気にしないように振舞った。

 

 取りこぼしたものもある。

 手が届かなくて、自分の愚かさが原因で招いたことすらあった。

 それらに関して後悔してももう遅くて、やはり俺は間違っていなかったのだと悟ると同時に、なんて愚かな奴なんだと自嘲する。

 

 …………それでも。

 

 それでも。

 それでも絶対に逃したくないものだけは守れた。

 俺にとって、こんな矮小な人間が成せたのは、十分に誇れるものだった。

 

 取りこぼしたものに関しては、そうだな……

 

 いずれあの世で会ったら謝るさ。

 

 沢山の思い出を持って、盛大に会いに行ってやる。

 

 だから、それまでは。

 それまでは、俺の人生を歩ませもらうことにする。

 

 俺の因縁を巡る戦いは終わるが、まだ、俺の人生は────この世界は、終わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 




ロア・メグナカルト

この後無事にトーナメント決勝まで進出するが、化け物になってるステルラに負ける。負けたショックが普通にデカすぎて一週間ぐらい寝込み最終的に「まあアイツめっちゃ強いし別の分野なら勝てるからいいか」とメンタルを回復する事で事なきを得た。新大陸に冒険しに行ったり剣術道場をアイリスと開いたりアランロドに結婚を迫られたりルーチェと秘密の別荘を作ったりルーナと墓参りに行ったり自分の子供達に努力はクソだと言い聞かせていたら師匠とステルラにボコられたりした。

ステルラ・エールライト

八十年後くらいにロアやルーチェ、アイリスが死んで十年近く閉じこもるが、子供や孫たちの励ましやロアの遺書を見て生きている内は楽しめるだけ楽しむことを決意。新大陸に超越者仲間複数人で殴り込みに行ったり自然とか文化に興味を見出すことになる。めっちゃ初期の構想だと、次回作でステルラ・エールライトの冒険をやろうとしていた(やらない)。ロアが死んで最もダメージが強かったうちの一人。

エイリアス・ガーベラ

人気ありすぎ自己肯定感低すぎ師匠。この後新大陸に行ってそのままフェードアウトしようとしていたが全力出したステルラとロアに発見され、無事に家に帰ってくることを確約させられる。自分なんかを本気で求めてくれたロアに惚れている気持ち悪さから自己嫌悪が高まるものの、それでもいいと言ってくれたことにより陥落。一ヵ月に一度帰ってくる美人ミステリアスお姉さんとして子孫達の性癖を破壊し続けた。ロアが死んで最もダメージが強かったうちの一人。

アルベルト・A・グラン

最上級生になる頃にはすっかり被嗜虐趣味は鳴りを潜め……る筈も無く、相変わらず最悪の人間性を維持しつつ楽しく過ごしていた。マリアとイイ感じの関係になり、卒業後にグラン家当主の座に就く事となる。軍上層部との二束草鞋は割に合わんと宣言したテオドールに指名された事で強制的になったが、権力も利用できて公に嫌味を言っても許されるこの立場は存外気に入っていたらしい。ロアより先に死んだので特にダメージは無い。

ルーチェ・エンハンブレ

卒業後、国の運営する魔法学校へと進学。『雪原地帯における魔法・および魔道具による影響緩和』の研究を行い人が住めないような豪雪地帯でも安全に生活できる方法を確立。人類の生存権を広げ、その給料である人物を養っていたらしい。一体何メグナカルトなんだ……。子供は三人、育てきった頃には女としての旬が過ぎておりその事に少しだけ寂しさを抱きつつも一人の人間として立派に成長した。好きな男に友人達、蟠りの解けた両親と子供達に囲まれながら病によって亡くなる。死に顔は安らかだった。

ヴォルフガング・バルトロメウス

ロアに二度の敗北を喫するが決して折れることは無く、卒業後軍部に就職する。ある程度の技術を学んだ所で超越者以外で相手になる者が居ない事を悟り、新大陸に旅立った。十年に一度の頻度で本大陸に帰宅するが、その度に強くなっていたのでロアは二度と戦ってくれなかった。その事に少しだけ悲しさを抱いている。五百年後の新大陸で最強の名を冠していたりして欲しいしなんなら別の物語に干渉する位の奴になって欲しい(そういうポジションの奴がマジで好きなだけです、察してください)

ルーナ・ルッサ

魔祖十二使徒第三席として、数百年間国家首席の座に収まる事になる。ロアが存命の間は子を遺そうと躍起になったが、色々問題が発生し遺せない事がわかって一時絶望した。二日くらいで持ち直したが、その反動で他の子どもたちに激甘になっている。エミーリアの墓参りを欠かしたことは一度もなく、ロアが自由に動ける間はずっと共に行っていた。ロアが満足に動けなくなる年は墓前で寂しさを露わにし、ロアが死んだ時は大泣きした。何処かでロアと顔を合わせたエミーリアが、良くも泣かしてくれたなと怒ったり怒らなかったりする(こういう妄想が好きなので許してください)。ロアが死んで最もダメージが強かったうちの一人。

アイリス・アクラシア

卒業後実家に戻り全力の五体投地を行い、両親に必死の謝罪をした。ロアは受け入れてくれたが世の中そういう人物だけではなく、自分が周りと違うということに甘えて図々しく生きるだけでは駄目だと自分を変える事を決意。数年後、全国の剣術道場を破りまくって踏破した後にロアと共に道場を経営することになる。ロアの扱うかつての英雄の剣を正当に継承し、その上で自分のオリジナルも加えたものを生み出して歴史に名を刻んだ。齢八十を越えた辺りで剣豪として位階を一つ突破し、剣のみで超越者を斬るというよくわかんない領域に至ったり至らなかったりする。ロアと同じ日に死んだのでノーダメージ。

テリオス・マグナス

数年後、入学してきたロアの妹であるスズリ・メグナカルトと出会う。担任としてクラスを受け持っていたテリオスは何だかんだ親近感をもって接して、やはりどことなく同じ空気感を持つスズリについ全力で指導。結果としてスズリは超越者や一流の怪物には届かないが、トーナメントに毎年出場するくらいの実力を兼ね揃えるようになってしまった。その責任を取れと定期的にスズリに追い掛け回されるようになったりならなかったりしてほしい(これは完全におれの妄想なので気にしなくていいです)。
マギアが学園長を引退してからおよそ数百年の間本大陸にて人類の発展に貢献し、やがてその役割を己の子孫に託して新大陸に旅立つこととなる。その仲間には、かつて共に雌雄を決した親友の子孫が居たという(これもおれの妄想です、テリオスは子孫たちに黄金時代の話をずっとしてくれ~~!!残されたお前の役割を悲しく全うしててくれ~~!!)

テオドール・A・グラン

ソフィア・クラークと結婚。数年後、軍総司令となりグラン家当主の座を弟のアルベルトに譲る。結局あれから一度も全力で戦う事は無く、あれ以上強くなることも無かったけれど、彼は模擬戦で負け知らず。五十を過ぎてますます男に磨きがかかりモテたが、妻が怒るからという理由で女性とはあまり関りを持たなかった。グランの血筋の問題も何もかもを解決してくれたロアに感謝しつつ、それはそれとして相変わらず面白い奴だとちょっかいを出し続けた。ソフィアを看取り、隠居生活五年目で老衰で亡くなった。

ソフィア・クラーク

テオドール・A・グランと結婚。国主導の研究部主任となり、後にルーチェと共同研究を行ったりする。プロメサと二人で掲げた『座する者(ヴァーテクス)への意図的な移行』は残念ながら実を結ぶことは無かったが、亡くなる数日前までずっとデータを集め資料を纏め後世に遺そうと尽力した。それはきっと、己が到達する事が出来なかった愛する男へ最後の贈り物として用意したかったのかもしれない。その真実を知る者は、もう居ない。

ブランシュ・ド・ベルナール

大戦で無事生き残った功績を評価され、軍にてエリート街道を邁進する。最終的に新大陸総司令の座に着いたものの、すっかり独り身のまま生きたことに若干の孤独感を抱いた。だがその強さは本物で、彼の魔法は魔祖十二使徒直伝の貴重なものとして専用の部隊を作られるくらいに評価された。後の時代に、どこかの街で伝わっててほしいよね。欲しいです、欲しいんです。

マリア・ホール

真面目に人助けしてたら変な男に絡まれて最終的に結婚することになる。要するに全部アルベルトの所為。殴っても喜ぶし罵倒しても喜ぶしたまに虐めてくる性格の悪い男にちょっと誑し込まれたかわいそうな人。己の目標であった『全ての病を治す魔法』は作れなかったが、廻天(エリクサー)と称される偉大な回復魔法の難易度を下げて一般化したことで新大陸開拓にいおける死傷率が大幅に低下。その功績は教科書とかに乗って欲しい。そういう地味な活躍で名を遺すタイプの人になって欲しいんです。

プロメサ・グロリオーネ

魔祖十二使徒の身体を解明し人類全てを次の位階に押し上げようと思ってたり思ってなかったりする。結局一生分の時間では何もかもが足りないという事を悟り、己の知的好奇心を満たすために研究を続けた。最終的に寿命を二十年くらい伸ばす魔法を開発したものの、それを世に広めたりせずに己の限界はそこだと満足げに終えた。

フレデリック・アーサー

卒業後は軍特殊工作員として雇われたが、数年で辞職。強さを追い求める事は止めて、新大陸にて人の役に立つことを選択。光魔法を利用し植物の栽培や動物の生殖研究に非常に貢献し、新大陸に骨を埋める事となった。

マギア・マグナス

十年後に引退を表明、面倒事全てをテリオスにぶん投げて隠居した。エミーリアの墓参りとかその他暇になった時にちょっかいを掛けて国に迷惑をかける時以外、一人で暮らし続けた山奥で生活する。魔導の研究を百年以上疎かにしていたため、今度は己自身の欲望を満たす事を優先した。時折人に会いたくて首都に飛んでくるが、その度にぶっ壊れる設備にテリオスが発狂しながら対応した。

ロカ・バルトロメウス

魔祖十二使徒第五席をヴォルフガングに譲り、夫が亡くなるまでのんびりと過ごす。亡くなってからは新大陸に出ずっぱりの息子の帰る場所として家で暮らし続け、一ヵ月に一度の頻度で十二使徒の生き残りでお茶会をして楽しんだ。

ローラ・エンハンブレ

失った部位を治し、これまでと変わらない生活をする。夫婦揃って超越者のため特に席を譲る事も無く、仕事と並行して子育てとか色々やって最終的に三百年後くらいまで子供が生まれ続けた。この二人が一番ヤバいかもしれない。でもまあ一組ぐらいずっと愛し合っててくれてもいいよね。





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嫉妬の炎は燃え上がる

皆さまの感想めっちゃ嬉しいです。
なんだかんだ英転(勝手に呼んでる略称)のキャラクターもシナリオも面白いと思って書き続けて来たので、それを他人に肯定されるとホッとしますね。

活動報告で見たい話を募集してるので、なんかこんな話~ってのがあったら教えてください。

今回はルーナさん回です。


 

「────という訳でロアくん、合体(・・)しましょう」

「嫌ですが……なんですかいきなり」

 

 あの戦いからおよそ三ヵ月、未だに復興作業が完遂していない首都ではあるが、生活基盤は整ったらしいのでようやくまともな生活がスタートした。

 

 魔力を十全に扱えるようになったから最新の魔道具を搔き集め(十二使徒特権で師匠に取り寄せさせた)快適なスローライフを目指した結果、最強の生活空間が完成した。三ヵ月前の俺が見たら咽び泣いてるだろうな。

 

「ズルくないですか? ステルラさんだけずっと一緒なの……」

『え、こわ……』

「聞こえてますからね」

 

 ぴ。

 

 こいつは学習しないバカなので仕方ないが、それはそれとしてルナさんの言う事も一理あるだろう。

 

 ステルラと融合した結果未だに分裂不可能だし、研究は続いてるし、最近なんてもうなんの進展も無いから遊び始めてるからね。同じ領域にいるテリオスさんなら同じ事が出来るんじゃないかと思って合体しようとしたら複数人に強制的に止められた。

 

 俺はただテリオスさんと男同士の友情の地続きで遊ぼうと思っただけなのに……

 

「しかも寄りにもよって男と合体しようとするなんて余計許せません。ゆえに、私と合体する他ないでしょう」

「どうしてその結論が出たのかが甚だ疑問だが?」

「黙って合体すればいいんです! ウオオ────合☆体!!」

 

 暴風のように吹き荒れる魔力が熱風となって俺を焼き焦す。

 部屋があれては困るのでステルラと意思を取り合い(この行動にタイムラグは一切生じない)障壁を張り、部屋中を防護する事で事なきを得た。

 

「……………………なぜ……」

『私とロアの運命だったからじゃないかなぁ』

「坩堝丸ごと焼けばよかったですね」

「俺も死ぬから巻き込むな。やれやれ、こっちに来てくださいルナさん」

 

 魔力を収めたルナさんがトコトコ歩いてくる。

 

 あの決戦が終わって以来益々嫉妬深くなったルナさんは、時折こうやって何かを爆発させるように俺の元に現れる。

 

 それを不快だとは思わないし面倒だとも思わない。

 寧ろ俺に対して依存しているからしめしめと言ったところではあるが、その原因を考えるとそう簡単にも言ってられん。だってこうやって一個人に依存するの、明らかにエミーリアさんが亡くなったのが原因だし。

 

 元々頼られたいという願望を抱いていたルナさんは、最後の最後まで頼られることは無かった。

 

 それは力不足だとかそういう意味ではなく、真の意味で心配していたからだと思う。

 エミーリアさんは長寿で、元公爵家という血筋で、それでいて人の痛みや心の脆さを理解できる優しい人だった。だから子供に迷惑なんてかけられないと奮起したんだろうし、子供の為に全てあそこで取り払うつもりで残ったんだろう。

 

 俺の命を救って、他の数多の命も救って、あの人は死んだ。

 

 それを乗り越えるには時間がかかる。

 

「残念なことにステルラが強制的に付いてくるので二人きりとはいきませんが、少しだけ歩きましょう。金は無いので歩くだけで勘弁してください」

「その一言が無ければ最高なんですが、その一言があるからロアくんって感じですね。喜んで同行します」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 夏が終わり、秋も過ぎ、既に季節は冬に移行し始めている。

 

 暖房が無いと肌寒く感じるようになったし、半袖は無いね。

 長袖のシャツに軽いジャケットを羽織って準備を終えて、俺とルナさんと+一名は外に出た。

 

『邪魔者扱いしてる? もしかして』

 

 俺はそんなこと無いが、ルナさんから見れば邪魔だろうな。

 お前もデートの時にずっと師匠がいたらちょっと嫌じゃないか? 

 

『別にそんなことないけど……』

 

 例が悪かった。アルベルトが居たら嫌じゃないか? 

 

『それは……そうかも……』

 

 悪いアルベルト、お前のこと売っちまった。

 でも俺達の友情はこんなことじゃ砕けないし揺らがないからいいよな。いや~青春最高! 

 

「絶対二人でコソコソ話してますよね」

「ステルラが邪魔だという話をしていました」

『ひどいっ!?』

「邪魔ですし……意識オンオフとか出来ないんですか?」

 

 出来たら俺は簡単に性欲の処理とか出来たんだが……

 

『あ、あああ~~~ちょっとやめてほしいな~~~っ!?』

 

 もういい加減慣れろよ、何か月一緒に居るんだ。

 俺はもう諦めた。お前に対してどれだけ情けない姿を晒しても大丈夫だと思ったが、流石にそういう面で筒抜けになるのは心が痛む。ていうかもう痛み過ぎて感じなくなった。好きな女にトイレしてる所見られるの、普通に拷問だろ。

 

『べ、別にみてないから! ちゃんと指で覆い隠してるから! ……隙間から見えた分はノーカウントだよね

 

 聞こえてんぞオイ!! 

 絶対に見るなって言ってんだろうが!!! 

 

「ロアくんロアくん。寂しいです」

「あ、すみません。合体してもデメリットばかりですよ」

「それはなんとなくわかってますが……それでも、羨ましいんですよ。正真正銘、二人だけ全てを分かり合えてるのは」

 

 そうか……? 

 このまま行けばステルラが特殊性癖を患う未来が見えるんだが。

 

「じゃあそういう方向性なのはステルラさんに任せるので、私はノーマルで行きますね。アブノーマル専門の女になってください」

『と、特殊性癖なんて持ってないし!! 私だって普通にロアの手とか好きだもん!』

「…………?」

 

 ??? 

 

『いや、これはその……あの……ゴツゴツした手に撫でられた時とか、握った時とかすごい「男の子」って感じがして好きなだけで……別にそんな不思議な意味はなくて……あ、あうあう……』

「……やっぱり合体はしなくていいので、早く分離出来るようになってください」

「ようやく悟りましたね、このデメリットを」

 

 そう、この身体になってからステルラは睡眠を必要としなくなったのだ。

 

 俺が寝てる間一人で寂しい思いをさせているので、せめてその間くらいは自由にしてていいぞと言った結果がこれである。

 

 これはもう十分拗らせてるよな。

 幼馴染が変態になったが俺は元気だ。

 

 寝ている間に何をされているのかは怖いので何も聞いていない。布団に汚れも何もついてないから、まだプラトニックな関係で済んでいるのだろう。信じたい。

 

「知らないうちにロアくんが変態に蹂躙されている……」

『変態じゃ無いもん!!』

 

 蹂躙されてるのは昔からだけどな。

 

 ふう、と一息吐き出してから、ルナさんの横顔を覗き見る。

 

 いつも通りの無表情、幼い頃から動かなくなったそれと付き合って何年目だろうか。

 言動による感情表現がとても豊かな人だからわかりやすいが、それでも顔がほぼ動かないのはどういう感覚か。俺達に言わないだけで今の立場に悩み苦しんでるのはよくわかるから、それの軽減くらいはしてやりたい。

 

 親が亡くなってその弔いすら出来ないまま今に至るんだ。

 

 ルナさんは優しい人だからな。

 表に出ないだけで、心の中でどれくらい傷付いているのか。

 

「おや、どうしました。ついに私に惚れましたか?」

「元々ルナさんの事は好きですよ」

「…………そうですか。ステルラさん、今の本心?」

『え、あ、はい。本心です』

 

 むふーと満足げなルナさんと低めのテンションで答えたステルラが嫌に印象的だった。

 

「……ちなみにお伺いしておきたいんですが」

「なんですか。答えられることなら答えますよ」

「では率直に────ロアくんは今、どういう状態なんですか?」

 

 ……ふむ。

 

 これは真面目な話になりそうだ。

 現役の十二使徒なんだし見ようと思えばいくらでも閲覧可能だとは思うが、わざわざ俺に聞きに来たって事はつまり、そういうことなんだろう。

 

「借り物の心臓は完全に定着して、俺に魔力を十全に与える器官になっています。ステルラは座する者として覚醒していますが、俺はそうではない。あくまで人智を越える事はないでしょう」

「それはつまり、寿命が存在しているという事で間違いないですね」

「そういうことです。申し訳ありませんが、俺は数十年後に死ぬ」

 

 ステルラはこういう話題をすると無言になる。

 

 多分考えたくないんだろうな。

 俺も出来るだけ考えたくない。死ぬことは怖いし、それを回避できるのならば回避したい。あの空虚な感覚は何度も味わいたくないんだ。

 

 それでもやはり手が届かないものはある。

 俺にとって強くなる理由は既に消え失せて、後はステルラに勝つ事くらいだが……それはまあ未来の俺に丸投げする。

 だから何が言いたいかというと、もうこれ以上努力を積み重ねる意味が無くなったんだ。英雄は倒し遺産を清算し、決して軽くはない犠牲を伴って手に入れた今を険しいものにしたくない。

 

 きっと、俺は至ることなく死ぬだろう。

 

「でも、それで構いません。寂しいですが、そういうものだ」

 

 そう軽々と超えていい壁じゃないし、そもそも超えられる壁じゃない。

 

 俺にとってその壁は何よりも高いんだと思う。

 ステルラやルナさんにはその壁を乗り越えるだけの燃料があったけど、俺には無かった。

 

 ただそれだけの話だ。

 

「今に満足してしまいましたから」

 

 そう告げると、ステルラは勿論ルナさんも黙り込んでしまった。

 

 エミーリアさんの事だけが心に残り続けている。

 

 果たして俺が先に伝えていれば未来は変わったのだろうか。

 あの人が死ぬこと無く完全な戦力を持って戦いに臨んで、それで勝てたのだろうか。

 もしも過去に戻れるのならば、それだけは試しておきたい。いや、それで上手くいくかはわからないけど────少なくとも、チャンスがあるなら挑戦しなくちゃいけないんだ。

 

 俺はあの人に最悪な事をしてしまったから。

 

『……ルーナさん。あのね、ロアは…………』

 

 ステルラ。

 余計な事は言わなくていい。

 誰が何と言おうと、エミーリアさんが死んだ理由に俺が関わっているのは否定できない。

 

 これは一生俺が抱えて生きていかなくちゃいけない。

 俺が嫌がらせしてやろうと、最後の最後に伝えてやろうと意地悪な感情を持っていたから起きたことだ。それはわかるだろ。

 

『…………うん……でも……』

 

 でもじゃない。

 エミーリアさんを殺したのは、ルナさんの唯一の家族を奪ったのは俺だ。

 

 俺は、ルナさんに殺されても文句を言うつもりはない。

 

 それきりステルラは押し黙った。

 不気味な沈黙が俺たち三人を包み込み、夕暮れの首都に影が落ち始めるのを見ている。

 

 そのまま五分ほど居た堪れない空気の中、歩く事も止めて顔も見合わせる事が出来なかった。

 

 そして、そんな空気を換えることもなく、静かにルナさんは話を始める。

 

「…………やはり、羨ましいです。私も、ロアくんの事は何だって知っておきたい。なぜなら、知らないことがあればあるほど、私の事を置いていくかもしれないから」

「……そこはまあ、諦めて欲しいんですけど」

「いやです。これ以上誰かを失うのは、いやです」

 

 ルナさんは顔をこちらに向けない。

 だからその表情から何かを察する事は出来ないし、もしかしたら、それは俺に見せたくない何かなのかもしれない。

 

 それでもなお、この話をしようと決意したと言う事は。

 

「あの夏の日を覚えていますか?」

「もちろん。あの日に全てを暴露しておけばこうはならなかった」

「かもしれません。でも、そうはならなかった」

 

 二人だけの秘密だと嘯いたあの日。

 あの時点で大人達の戦いが始まっていたのならば、手遅れにはならなかった。だからもしも全てを避け得る最高のタイミングがあるとすれば、きっとそこになる。その後の戦いに勝てるかは不明だが、少なくとも、何かを変えようと藻掻くのならばあの日だ。

 

「もう、これで私の死を哀しむのはロアくんだけになってしまいました」

 

 そうで……………………ん? 

 

「数十年後に貴方が亡くなったあと、私を止める者は誰もいません」

 

 なんか雲行きが怪しくなってきたな。

 先程までのしんみりとした空気はいつの間にか鳴りを潜め、いつの間にか重たくて絡みつく空気へと変貌していた。

 

「貴方が死んだら、私も後を追いましょう。私の死を哀しんでくれる人が誰もいないのなら、もう、生きていても仕方ありませんので」

 

 オイオイオイオイ話が違うじゃねーか。

 

 此方を振り返ったルナさんの眼は少しだけ朱くなっている。

 

「だから────私に死んで欲しくなかったら、死なないでください。ロアくん」

 

 …………お、重てぇ~~!! 

 

 せ、責任は出来る限り取るが、それでもこれは予想すらしていなかった。

 

 俺はルナさんの執着心を見誤っていた。

 この人は正真正銘俺の事を好きで、それでいて恨むような人格でもない事は理解はしていても万が一を考えていたんだ。ある日ふと「そういえばアイツの所為でお師匠死んだな」と思われて焼かれる可能性すら考慮していたので、この方向性に辿り着くとは……

 

「わかりますよねロアくん。もう私にはこれしかないんです、ロアくんがお師匠を奪ったので」

 

 あ゛あ゛ぁ゛~~~それを言われたら何も言えねぇだろうが! 

 

「……こうでも言わないと、容赦なく置いていかれますからね。何番目でも構わないので、ちゃんと私の事も見てくれないと────燃やしますよ?」

「…………胸に刻んでおきます」

 

 ニコリと微笑んで────えっ。

 

 ルナさんが笑ってる。

 柔らかく口元を歪めただけではない。

 朗らかに楽しそうに嬉しそうに、とても安心しきったような表情だった。

 

「おお、ロアくんのそんな顔はレアです。私の記憶フォルダに保存しておきましょう」

「いや…………かわいいっすね」

「ありがとうございます。結構頑張って練習したんですから」

 

 スン……といつも通りの表情に戻ったが想像していたよりも全然可愛らしくて正直驚いた。

 

「本当はロアくんにしか見せないつもりでしたが……仕方ありません」

「邪魔だってよ、ステルラ」

『う……すみません……』

 

 せめて意識のオンオフ出来るようになってくれ。

 ああでもそれで二度と浮上してこなかったらそっちの方が嫌だな。うーん、悩ましい所だぜ。

 

 仕方がない、俺がトイレとか風呂とか入ってる時は目を瞑ってろ。

 

 じゃないとお前の風呂毎回覗くからな。

 

『ロアの変態っ!』

「いや、お前の方が何十倍もヤバいが……」

「いくら私でもロアくんのトイレを覗く趣味はありませんね……」

 

 ステルラの絶叫と否定の言い訳が頭の中に響く中、ルナさんは僅かに微笑んでいた。

 

 結局さっきの発言が“ガチ”だったのかはわからんが、まあ、うーん……

 

 善処はしよう。

 その中で俺が死んでも生き続けられる理由を見つけて貰えれば、それでいい。

 ステルラ、お前に対しても言ってるんだぜ。お前は俺が死んでも絶対に後を追うなんてことは考えるなよ。

 

 いつの日にか、また会えるかもしれんのだから。

 

 その時お前が姿形を変えてない方がわかりやすいからな。

 

 

 

 

 




ルーナ・ルッサ

この後ステルラやルーチェとの間に生まれたロアの子供を見て自分も欲しくなるが、未成熟な身体で子供を作る事が不可能で絶望した。でもロアの子供たちがめっちゃ可愛かったのでロアが死んでからも生きていこうと言う感じになって欲しい。次に見せた表情はロアが死んだ後に墓前で大泣きした表情とかだったらめっちゃいいな~~!!!!(←なにもよくない、最悪)

ステルラ・エールライト

吉良吉影程ではないがロアと一緒に居すぎてロアの身体と触れ合うことに異常な興奮を覚えるようになった。一年程でそれは収まるが、その間に患った性癖のせいでボディタッチが苦手になったらしい。されたらめっちゃテンパりながら紫電を放出する。ロアはその度に怪我を負って欲しい。

ロア・メグナカルト

好きな女に何もかも見られて絶望した。四六時中死んだ目で生きるようになり益々心配したルーナが様子を伺いに来た、というのが今回の発端である。なおなぜか限界感情を叩きつけられて以前の約束を大きく飛び越えるクソデカ感情アホ約束をさせられることになりロアはますます顔が死んだ。笑ったルナさんの顔はめっちゃ好みだった。


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アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ①

 

 今日から新生活が始まる。

 

 あの恐ろしい戦いから二年が経過した。

 家は治ったし私も無事だったけど、全て元通りとはいかない。もう二度と元に戻らない、どうしようもない犠牲もあった。

 

 だから、私は。

 

 私にとって大事な戦い(・・)は、ここからだ。

 

「──……行ってきます!」

 

 返事はない。

 

 誰もいない。

 私の家族は二年前に居なくなってしまった。

 

 この名に刻まれた全てを、私だけが知っている。

 この重みは私だけが抱えている。もう、他の誰もこの名を知る者はいない。

 

 だから、絶対にやり遂げて見せる。

 

 必ずや、かの英雄――――ロア・メグナカルトに取り入って見せると。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「新入生入学だそうよ」

 

 そこそこ手抜きしてある手作り弁当をもぐもぐ咀嚼して飲み込んだ後、ルーチェが呟いた。

 

「去年はいなかったよな」

「それどころじゃ無かったもの」

「確かに。ロアは愛しの姫様と隙あらば合体してたしルーチェは氷強すぎてまともに魔法使えてなかったよね」

「……否定はしないけど、腹立つわ」

「俺が合体を望んだ訳ではなくなんかアイツが定期的に飛び込んでくるだけだ」

 

 あの戦いが起きる前と全く同じ俺たちの昼休み。

 テリオスさんの代はしっちゃかめっちゃかだったが卒業式の体裁を整えて無事に送り出され、就職組と進学組で分かれて乱れたままの社会に飛び込んでいった。

 

 テオドールさんは確約されていたエリート幹部コースに、ソフィアさんは魔導研究を本格的に行える学園に、テリオスさんはなぜか首都魔導戦学園に帰ってきた。

 

 新米教師兼学園長補佐とかいう色々ありまくりな立場で日々忙しそうにしているが、同僚と飲み会に行ったりするのは楽しいらしい。先日の定期検査の時にソフィアさんの目を盗んで抜け出し賭博場に行った時に言っていた。

 

 勿論そのあと見つかって怒られた。

 

 テリオスさんだけ。

 

 俺は拒否したのに連れていかれましたの一点張りで事なきを得たが、その際のテリオスさんの表情は見ものだった。

 

「そのお陰で軍資金調達出来たから結果オーライだな」

「今の会話の流れでどうしてそんな呟きが出るんだい?」

「俺も暇じゃないって事だ。もう一度潜るかどうか決めあぐねている」

「招待出そうか?」

 

 あ、そういえばこいつ元公爵家だった。

 そういう紳士淑女の社交場にはそれなり以上に関わってる方のやつ。

 

「またエイリアスさんに怒られるでしょ、やめときなさい」

「師匠ならば問題ない。いくらでも言いくるめる方法はある」

「勝つ前提なのが面白いんだけどな……それもアルスの記憶ってヤツ?」

 

 いや、単純に身体能力に身を任せて正々堂々と戦ってるだけだが。

 

「……いや……そんな簡単な話じゃないと思うぜ……?」

 

 珍しくアルが苦笑いで終わらせたので多分深く言わないほうがいい。

 

 魔力を手に入れても変わらず剣は振っているから身体能力は落ちてない、それどころか成長するに連れてどんどん増している。

 

 単純な技術とかに伸びしろはほぼ無いが、身体能力の面で全盛期はまだだったらしい。まあそこに修正する手間暇を考慮するのなら真の意味で一番強かったのは一年前になるんだが……

 

「…………ねえ。もしかして前に出掛けた時のお金って」

「お偉いさんの懐から出たものだな。おっと、勘違いするなよ。俺はテリオスさんに連れていかれた場所でたまたま巻き込まれただけだ」

 

 ルーチェから盛大な舌打ちと溜息が聞こえて来た。

 アルベルトはめちゃくちゃ楽しそうに笑っている、こいつ一回葬っといた方が良さげだよな。

 

 勿論その時に大勝ちして以来一度も行ってないので、本当にテリオスさんに無理やり連れていかれたという風に仕向けている。勝った金で飯を奢ったら笑いながら許してくれたから滅茶苦茶優しい人だと思った。

 

「……真面目に働きなさい」

「嫌だが…………」

「なんでよ。子供にそんな姿見せる訳?」

「気が早すぎじゃないか? 君らまだ学生だぜ」

「──……あっ、いや、違うの。少し待って、今のは勘違いよ」

 

 クラスメイトからため息が聞こえてきた所でルーチェの羞恥心はマックスになったらしく、耳まで真っ赤に染め上げて飯を掻きこんで何処かへ逃げていった。可愛い奴だな、最高の女だ。

 

「チョロいね」

「そこがいいんだよ」

 

 やれやれ、なんて肩を竦めるアルベルトを尻目にルーチェの手作り弁当を完食して片付ける。

 

 今日も今日とて美味かった。

 やはり他人が労力を支払って作った料理とは格別だ。これだけ聞くと最悪な人間としか捉われないかもしれないが、実際最悪な人間なので否定はしない。ルーチェのご飯美味いし毎日食べたい位だ(毎日食べている)。

 

 ……おっと、なんだか寒気が…………

 

「で、実際の所どうなの。しっかり全員お手付きした?」

「下世話な野郎だな、まだ出してない」

 

 どうして責任も取れない身分で手を出す必要があるんだ。

 

 師匠みたいに何をしても許される人とは違って俺達全員学生だから。

 俺はそこら辺しっかりしている。大人になって誰に迷惑をかける事も無くなってようやくそういうことをする権利を得られると理解しているからな。なおそこに至るまでの好感度を貯める事はいくらやっても良いものとする。

 

「ウ~~ン、シンプルにクソ野郎だ」

「何とでも言うがいい。格の違いってもんを教えてやる」

 

 男二人でのんびりと会話していると、廊下の方が騒がしい事に気が付く。

 

 珍しい事もあるもんだ。

 最近この学園で騒がしい奴がいたらそれは大体メグナカルトみたいな風潮があるので、ここぞとばかりに反論してやりたい気分だね。

 

 オイオイどこの誰だよ白昼堂々騒ぎを起こしてる輩はよォ~! 

 これだから常識が無い奴は困っちまうんだよな~~! 

 

「────メグナカルト先輩!」

 

 オイ…………なんで、俺の名前が呼ばれている……

 

「また君だねぇ」

「今度こそは本当に覚えが無いぞ……」

 

 俺が慄いていると、周囲の視線を集めた一人の女生徒があらわれた。

 

 栗色の髪の毛をサイドテールで纏め上げ、どこか気品を漂わせる高貴な所作。制服に一つの乱れもないのは真新しいものだからか、それとも彼女自身の几帳面さ故か。

 

 いずれにせよ面識が一切ないであろうその女生徒は、何一つ戸惑うことなく俺目掛けて直進してくる。

 

 そして目の前までやってきて、自信満々に胸を張って言い放った。

 

初めまして(・・・・・)、メグナカルト先輩! 今お時間いいですか?」

「まあ別に構わないが……」

 

 また新しい女引っ掛けたのか、なんて不名誉な言葉が聞こえてくる。

 

 俺はどうでもいいが向こうが嫌がるだろ。

 そういう事は心の内に留めておくのが大人ってもんだぜ。

 

 まあ俺に関わるってそういう事だからな。問題児扱いされているのは非常に不愉快だが仕方ないことであり、お前も風評被害の犠牲者になってもらう。

 

 そして女生徒はそんな声に反応する事も無く、極自然な笑顔で己の事を切り出した。

 

「私はアランロド・ミセリコ・マクウィリアムズと申します。よろしければ、私と友人になってくれませんか?」

 

 …………うん。

 色々言いたいことはあるが、まあそれらすべては取り敢えず置いといてだ。

 

 ざわめきが広まり、まさかそんな……という声が聞こえてくる。

 

「もう後輩に手を出したのか……今日入学したばかりなのに……」

「流石は英雄だな。色を好むとはよく言ったよ」

「私エールライトさんに言ってくるね!」

「おいふざけんなお前ら。どこからどう見ても俺は無実だろうが」

 

 クラスメイトが速攻で俺を売ろうとしたので必死に押さえ込む。

 

 勇敢にもステルラにチクろうとした女生徒を身体強化を駆使して先回りして壁ドンで止めた。これが魔力を持つ者の真の実力だ、舐めるなよ。

 

「わ、わ〜……大胆だね?」

「お前は何も見ていない。いいな?」

「で、でも流石に不憫だよぅ……」

「アイツは俺の心の内全てを理解してるから浮気にはならん。そもそもマクウィリアムズ? で良かったか。とは初対面だ」

 

 だからいいな、余計な行動はするな。

 

 誠心誠意真心込めたお話を行う事でクラスメイトの半数を黙らせることに成功した。お前らもいいとこの家出身だろうけどこちとら十二使徒複数人に加えて英雄という箔を持ち更にはグラン家とも懇意にしてるんだぜ。

 

 そこらへんの名家に負ける訳ないだろ。

 

 額と額がぶつかりあうくらいの距離感でガン見して念を込めた結果、首をぶんぶん縦に振って同意を示した彼女から顔を離した。

 

「よし、わかったら席に戻るんだ。ベアトリス」

「はい…………」

 

 ミッション完了という訳だ。

 これにて俺の平穏は保たれ尚且つ風評被害を防ぐことにも成功した、あまりにも天才のムーブすぎて俺の才能が末恐ろしい。

 

「やっぱり最悪な男だな」

「顔だけは無駄にいいからあんなに近付くと普通に動揺するよね」

「わかっててやってるに決まってるじゃないか。よっ、天才女たらし! ヒモ! 無職!」

「おいアルベルト、お前が定期的に噂流そうとしてる事実は知ってるからな」

「本当の事だしいいだろ? 世の女性のために正義の行いをしてるだけだしね」

 

 俺ほど世の女性を守り抜いた人間は居ないだろうが、舐めやがって。

 

 アルベルトと睨み合い一触即発の空気の中、置いていかれたと自覚したのかはわからんがマクウィリアムズは咳払いひとつして話を切り出した。

 

「あ、あのー! 先輩、メグナカルト先輩! どうですか私を友人にしませんか! 今ならお得ですよ〜!」

 

 ンン、なんか想像と違う方向に進んでいくな? 

 

 アルの顔を見てみると実に面白いオモチャを見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。見る人が見れば悪役だと指差されても文句は言えない感じのヤツ。

 

「へぇ、お得か。具体的にどんな内容か教えてくれないかい?」

「あ、そ、そうですねっ。えーと、私は首席入学してきたので将来に期待が持てます。なのでメグナカルト先輩のことを養えますよ!」

「少し待て。たった今ありとあらゆる手段を使ってでも取り払わなければならない事を認識した」

 

 俺金さえ出せば誰にでも釣られるやつみたいになったんじゃねぇか。

 そんなに間違ってないけど正解でもねぇよ。誰だよ言い出しっぺ、絶対お前だろアルベルト。

 

「まず第一として、俺は養ってくれる女性なら誰でも靡く訳じゃない」

「えっ、そうなんですか?」

「なんで疑問を抱かれるのか遺憾だが、たまたま俺の事を好きになった女が全員養ってくれる奴だっただけだ」

 

 ステルラ、師匠、ルーチェ、ルナさん、アイリスさん……は唯一対等かもしれん。アイリスさんは俺を養いたいと言うより斬り合ってくれる理解ある彼くんみたいなポジションだからな。あの人根本的に俺が居ないと生きていけない訳じゃないから。

 

 因みに現在アイリスさんは順位戦第五位である。

 一位は言うまでもなくステルラ、二位にルナさん、三位にヴォルフガング。おい、何か面子バグってないか。現役の十二使徒が一人とほぼ十二使徒を受け継ぐことが確定してるのが二人、この世代どう考えてもおかしいぞ。

 

「…………そ、そうなんですね。わかりました、でもそれなら私にもまだチャンスはある……

 

 一体なんのチャンスだよ。

 そんなに俺の事が好きなら止めはしないが、いきなり現れた少女にホイホイついて行くのは年上の男としてどうなのかと塵に等しいプライドが邪魔をする。

 

 それに恋愛とは受けてばかりでは良くない。

 時として引く事も大事なのだ。特に俺のように周囲全てに頼って生きようとしてる最悪人間の場合、そこの調整を間違えるとヤバい。背中から刺される程度では済まない可能性すらある。

 

 だから、ここは一度断っておこう。

 そうすることで『俺は一度誘いを断ったがどうしてもと言われたから受けた』と言い訳をすることが出来る。何度も俺に声を掛ける程恋煩い(もしくは他の事情)がある人を無視できるような人間性ではないと世間に植え付ける事が出来る訳だな。

 

「だがすまない、マクウィリアムズ。生憎俺の友人枠は埋まっていてな」

「えっ」

「恋人枠も埋まってるんだ。家族枠も埋まってるし、親友枠ももう……」

「ええっ!?」

「だからお前と何らかの形で関係を結ぶのは難しいんだ。わかってくれ」

 

 全部嘘だが、先程までの様子から察するに何らかの目的を持っているのだと思う。

 

 本当に俺の事が好きで好きで好きで好きすぎる女の子だと言うのなら仕方ないが、多分そうじゃない。自分に対して好意を抱いている女の子かどうかくらいは判別できるぜ。さっきのベアトリスは俺の事を好きでは無いが異性に興味津々なタイプなだけだったりとか、その程度の判断は容易い。

 なにせアルスの時にハニトラとか死ぬほど喰らってたから……その頃の名残が……ウッ……

 

 思想に共感した! って近付いて来た村人全員が帝国の息が掛かった刺客だった時が一番最悪の記憶だったな。人の醜さとはああも酷くなるのかと顔を顰めてしまった。

 

「う、うそうそ……どうしよう。このままじゃ計画が……」

 

 そして断られたマクウィリアムズはこれである。

 ああ、こいつどうしようもなくポンコツだな。この考えが今この教室を満たしているのは明らかで、隣に佇むアルは滅茶苦茶楽しそうに笑ってる。最悪だね。

 

「――――…………きょ……」

「きょ?」

 

「――――今日の所はここまでにしておきますわ!」

 

 いやお前お嬢様口調になるの遅すぎ。

 マクウィリアムズはごきげんようと優雅に汗を掻いて焦りながら退出していった。これまた面白い人材がこの学園に入学してきたな、この国の未来が不安だ。

 

「君と同じくらいガバガバな計画を立ててそうだね」

「は? 俺のは完膚なきまでに緻密に練られた一部の隙も無い完璧な作戦だったが?」

「エールライトを守るためにガーベラさんに弟子入りして努力する事は完璧な作戦だったのかい?」

「物事をどう見るかだ。結論から言えば少しは悔いのある結果に終わったが、俺自身に才能が無かったんだからあれが最善だった」

「初めから魔力持って生まれてればね笑」

「お前ライン越えたからな」

 

 全力でアルをぶん殴り窓をぶち破って空中戦に移行して三秒後、何故か嬉々として混ざりに来たヴォルフガングを交えてド派手な喧嘩をした。被害は壊れた窓くらいだったので魔法で治してお咎めなしだったが、これに関しては俺悪くないだろ。

 

 軽々と地雷を踏み抜いたアルベルトサイドに問題があると提言したのに却下されたのは遺憾の意を示さざるを得ず、その流れのまま三人(ヴォルフガングはこれまた楽しそうだった)で校内清掃を命じられた。

 

 ちゃんと誰も巻き込まないようにしたのにな、と三人でぶつくさ言いながらやる青春の一コマだった。

 

 

 




アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ

ガバチャー構築系ヒロイン。二年前に家族を失いそれからは多大な苦労をしてきたらしい。今家計は火の車で首都魔導戦学園には借金をして入学した。借金先はグラン家である。アルベルトはまだ事情を知らない。

ベアトリス・イグレシアス

特になんの設定も存在してないクラスメイト。今考えましたが、おそらく王国の元重要ポストの子孫とかそこら辺にしておきたい。かわいい、彼氏は居ないけどイケメンは好き。トーナメントでステルラの脚が吹き飛ぶ姿がトラウマになり坩堝で戦えなくなったりしててほしい(これは完全に意味の無い妄想)。

テリオス・マグナス

ロアが手っ取り早く金を稼ぐ手段を知らないかと尋ねて来たので、心臓の定期検査の時に隙を縫って連れ出した。賭博場で無双するロアを見て大笑いしてしっかり楽しんだ後、ソフィアに教師としての責任とか大人として未成年をとかそこら辺でしっかり怒られた。ロアの言い方はともかく嘘は言っていなかったので問題を押し付ける事も出来ず、裏切られた表情でロアを見つめた。後日勝った金で食事を奢って貰ったので許した。


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アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ②

 

「マクウィリアムズ、か……」

「知っているのか師匠」

 

 久しぶりに家にやってきた師匠と二人で飯を食っている時に話題にしたら、意味深に呟いた。

 

「ああ。マクウィリアムズ家はミセリコ王国元騎士団長の子孫だ」

「めっちゃ重要ポストじゃないか」

「と言っても、百年以上前の事だ。あの人の記憶に無かったかい?」

 

 見たいタイミングで全部見れる訳じゃないからな。

 そこらへんの自由度が利かないのがムカつくところであり、俺を俺たらしめている部分だろう。

 

「しかし、あー……マクウィリアムズ家か……」

「何かあるんですか」

「そうだね、多分色々ある。でもこれは今言うべきじゃない気がする……」

 

 うーんうーんと首を捻る姿は珍しく感じる。

 

 普段身に纏っていた紫のローブではなく、薄い黒色のジャケットを羽織りロングスカート。 

 

 大人の女性の服、という感じだ。

 

「なんだ、私に見惚れたのか?」

「改めて美人だと思っただけだ」

「…………こんな年増口説いていいことないぞ」

「反撃されて口を尖らせるな偏屈妖か」

 

 バチバチ紫電が身を貫くが最早俺にそれは通用しない。自分で紫電を生み出しておけば相殺出来るという訳だ────同等の魔力を込めているのならば。

 

 勿論俺は最低限しか振らないのに対し師匠は情け容赦なく全身焼き焦すくらいの威力で当ててくる。全部貫通して身動きが取れなくなってしまったので、渋々回復魔法で復活した。

 

「ロアはいつまでも変わらないな」

「変わってるさ。アンタらと違って歳を取るからな」

 

 我ながら上手に出来た料理を胃に収めながら話す。

 

 思えば師匠と二人でのんびりするのは随分と久しぶりだ。

 アルスの記憶を所有している事を打ち明けてからよそよそしいこの女はどうにも俺を避けている傾向がある。今日は飯作るから来いと言ったのでやってきた。今更俺から逃げようだなんてそんなことはさせないぜ。

 

「それに伴って見た目も変わる。きっと十年後にはもっとイケメンになってるだろうし二十年も経てばイケオジとして大陸全土のマダムを虜にする魔性の男になってる筈だ」

「何を目指してるんだ?」

 

 俺の身の回りの女性が他の男に目移りしてたらそいつを殺すが(過激な表現になってしまったので謝罪と訂正、正確には息の根を止める)、俺がやる分には俺は困らないので大正義という事になる。

 

 ウム、誠に見事な理論武装だ。

 

「そのうち刺されるよ」

「師匠が治してくれるだろ」

「……私が刺すことは考えないのかい?」

「師匠俺のこと大好きだしないだろ」

 

 師匠はぷいと顔を背けてしまった。

 

 ふっ、今日も俺の勝ちか。

 ハンデとして欠陥だった魔力を手に入れてしまった今、俺に死角は一つも無い。こんな無敵最強人間が爆誕してしまって本当にいいのだろうか? 

 

「女たらし。軟派男、ハーレム野郎」

「オイオイそう育てたのは師匠だぜ。責任取ってくれよな」

「……別に私なんていなくても大丈夫だろ?」

「いいや全く大丈夫じゃない。俺はアンタのこと好きだから」

 

 その顔と身体と声と態度で子供の頃から狂わされてんだよいい加減にしろ。一体何時になったらこの女は自分の魅力を認識するのだろうか、そんな態度で「やあ少年」ってガキの頃から言われ続けて壊れた俺の性癖の責任を取って欲しい。

 

「大体あの人の記憶があるから私のことだってわかってたくせに」

「いや、あの頃の師匠はロリだったからわからなかった。そうだと気が付いたのはステルラが魔法に心底惚れこんじまったあの日だ」

「…………それはつまり、あれか。私を色眼鏡で判断するより早く、その……」

「…………いや、別に好きだったわけじゃない。俺の本命がステルラなのは物心ついた時から変わらないし、ただそれとは違う魅力を師匠に感じていたのは否めない」

 

 なんだよこの空気。

 付き合いたてのカップルですらこんな初々しい空気出さないが? 

 口元が緩んだのを隠そうと必死な師匠を眺めながら食べる飯は最高に美味い。このまま俺が死ぬその瞬間まで続いてほしいしなんなら死んだ瞬間全員が大泣きする光景を見たいので、死人が十分くらい現世に残れるシステムだったらいいな。

 

「というかだな。師匠は自己肯定感が低すぎる」

「そんなことはない。私の事は私が一番正当に評価しているさ」

「例えば?」

「親友の死と引き換えに生き残ってしまった愚かな女」

 

 そういうとこだぞエイリアス~~! 

 

 アンタは自分を卑下しすぎ! 

 もっと胸張って生きろよ! エミーリアさんがそんな姿を望むと思ってんのか。あの人は寂しい本心を隠しつつも祝ってくれるタイプの人だし、周りの人間に前に進んで欲しいと思うタイプだろ。

 

「君は【英雄】だ。偉大な事を成した、現代の英雄。そんな人に愛を受けて良いような人間では……」

「あ~~、めんどくさ。もういいから俺の事好きって言えばいいのに」

「おいっ! こっちは真面目だぞ!」

「俺だって真面目だ偏屈妖怪め」

 

 溜息を盛大に吐き出して、空になった食器を片付ける。

 師匠も全部食べ終えたようで空になっていたから一緒に片付けておこう。

 

「ああ、ありがとう。……全く、私はロアが思う程出来た女でも魅力のある女でもない。それだけは確かだ」

「師匠……それ、他の奴の前で言うなよ。特にルナさんとかステルラとか」

 

 あいつらもう成長することないからな。

 その恵まれた身体(言葉は濁しておく)でそんな事言われた日には戦争が起きる。卑屈なのは良くない事だ、特に師匠の場合。

 

 胸張って堂々としてろ。

 アンタはそれくらい立派な人間だ。

 

「…………そんな事を言うのは、ロアくらいだ」

「いや……多分皆言うと思うが。言わないだけで」

「一瞬で矛盾したことを自覚しているか?」

「師匠だって心の内に隠してる事は言わないだろ。それと一緒だ」

 

 はい完全論破。

 

 師匠は押し黙ってしまった。

 カチャカチャと俺が食器を洗う音だけが部屋の中に響き渡る。

 

 もっと素直になれればいいのに、他に何とか言う方法はあるだろうか。俺は師匠を肯定しまくっているが、師匠はそれを受け取らない。

 

 いっそのこと一回押し倒してみるか。

 

 俺の不躾な考えに勘付いたのか、師匠はガタリと音を立てて立ち上がった。

 

「さて、ごちそうさま。私はもう行くよ」

「今度はどこに行くんだ」

「グラン地方だ。……ちょっとした調査さ、心配するな」

「勝手に何処かにいくのはいいが、一ヵ月に一回は帰ってこい。俺は師匠と仲良くしてたいし」

「……肝に免じておく」

 

 そう言ってテレポートで姿を消した師匠を見送って、溜息を一つ吐いた。

 

 ステルラと共謀して一回話し合った方がいいな。

 ああ~~……あの手この手で篭絡しないと本気で何処かに消え去りそうだし。全く、齢百を過ぎてるのに若者を困らせるもんじゃあない。

 

 結局マクウィリアムズの事に関しては聞けなかったが、まあいい。

 

 その内わかるだろ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「先輩っ! おはようございます、良い朝ですね!」

「……お前距離感ぶっ壊れてないか?」

「ぶっ……そ、そんなこと無いですよ? 今の若者のトレンドはこれくらいですから」

「嘘つけ」

 

 翌日。

 

 飯を食ってのんびり登校しようと外に出たらマクウィリアムズが出待ちしていた。

 

 先日のファーストコンタクトが失敗したから今度は一対一のタイミングを狙ったらしい。ポンコツに拍車が掛かっているが、ここまで計算通りだったのならばよく考えたものだ。

 

 俺もそこそこ有名人になっちまったからな。

 多分、この国で俺の顔はともかくとして名前を知らん奴はいない。

 

 魔祖十二使徒第二席門弟ロア・メグナカルト。

 

 英雄の二つ名を授かり此度の動乱を収めた者。

 

 それが世間での風評であった。

 因みに両親には怪我ないかと心配されたが、何故かステルラと同一に合体したと報告したら今すぐエールライト家に婿入りしてこいと放り投げられた。ムカつく。

 

「お前の計画に乗ってやらんこともないが、目的がわからん。俺に取り入ったところで権力も無いし得はないぞ」

「取り入るだなんてまさか! 私はそんな損得感情で先輩に近付いてる訳じゃありませんよ!」

 

 白々しい奴だ。

 だが先日よりかはマシだな。

 

「お嬢様言葉はやめたのか?」

「あれは! …………そっちの方が好みですか?」

「いや別に……面白い奴だなと思っただけだ」

 

 グッと手を握ったのを見逃さない。

 うん…………なんなんだろうな、こいつ。面白い奴なのは確かだが、一体俺に何を期待しているんだろうか。

 

「マクウィリアムズ、お前の目的を吐け」

「え゛っ…………い、いやだな~! やましい事なんてなにも」

「いいか。世間的に見れば俺は先の大戦を終わらせた人物で英雄等と称される事もあるが、それはそれとして周囲の女性に手を出しまくっている等という不愉快な噂────もとい事実が公表されている」

「そこは認めるんだ……」

「別にいいだろ当人が満足してるんだから。余計な口を挟むのは無しにして欲しいな」

 

 そもそも国に定められたルールの中でも特に問題がある訳ではない。

 一夫多妻という制度を活用しない人間がほぼ全てであり、寧ろこの大陸でそれを採用してるのはよっぽどの大富豪で尚且つ愛が広い奴だけだ。大抵は失敗して終わるため推奨されることはない。

 

「まあ俺は天才だからな。そこら辺のヘイトコントロールも抜群というワケだ」

「そ、そうなんですね……」

 

 お、ちょっと引いたな。

 マクウィリアムズの本質が少しだけ垣間見えた気がするぜ。

 

「つまり、そんな風評が出回っている男にひょいひょい近付いてくる女は怪しい」

「うぐっ…………」

 

 自覚はあったのか……

 

「誰かに被害を与える為だと言うなら容赦はしないし、お前が何らかの形で俺を利用したいのなら少しくらい話を聞いてやってもいい」

 

 一人だけを特別扱いすると俺も私もと便乗する輩が増えそうだからあまりやりたくないが、世間的な風評としてカス野郎の気があることが知れ渡っているので気分で弾けるだろう。でも可愛ければ取り入ることが出来るとか思われたくねぇな。

 

「やっぱやめとくか。俺がチョロい奴だと思われるのは面倒だ」

「ああっ、ちょっと待ってください! 今考えるので!」

 

 ブツブツ呟きながら顎に手を当てて思考を始めたマクウィリアムズを放置して歩き始める。

 

 折角早起きして調子もいいしのんびり首都を眺めていこうと思ったのにこれだ。どうにも俺の人生はどこかで捻じ曲がってしまうようで、少しばかり溜息を吐き出したい気持ちになる。

 

 先週は結局校内清掃やらされたし。

 破壊した窓だって直して周囲に一切零れないようにぶつかり合ったのにどうして罰則が……? これがわからない。

 

 因みに法律上街中で初級魔法以上の物を使用する事は禁止されている。魔力を物質へと変える行為が駄目だ、というのがより正確か。

 

 なので本来だと紫電を人に当てたりするのは法律違反です。

 許せねぇよな、エイリアス……ステルラ……ルーチェ(生身での殴打なのでどちらかと言うとシンプルな暴力)。

 

「せんぱ~~い! 置いてかないで~!」

「やかましいな……」

 

 汗一つかかずに走って追いついた辺りコイツそれなりに鍛えてる。

 

 しっかりブレずに歩いてるし、それなりに肉弾戦を好むタイプか。

 

「全くもう! 可愛い後輩を置いていくなんて信じられません!」

「後輩であるという点以外何一つ一致していない自己評価だ」

「慕っている人間を無下にするのは酷いという話ですっ」

「……お前嫌われるタイプだな」

「どうして!?」

 

 いや、うん…………

 俺にそんな時期はあっただろうか。う~ん、思い出せないな。

 多分無かったとは思うが、こう……ね。ちょっと心に来るものがある。そういうムーブが許されるのは中学生までだ。大人になったら「なんだこの喧しいガキは」としか思われなくなるんだぜ。

 

 やめよう、哀しくなる。

 

「いずれにせよ、俺はあれこれ適当に手を出してる訳じゃない。出会った女性がたまたま俺の事を好きになって、俺はそんな人たちの中から誰か一人を選ぶくらいなら全員等しく手に入れたいと思った。そしてそれに皆答えてくれたから今があるのであって、性欲に身を任せた訳ではない」

 

 まあ向こうに対して色々思う事はあるし、向こうだって俺に対して思う事はあるだろう。それら全てを帳消しにして最期の瞬間全員の感情を俺が揺るがしたという事実を観測するのがマジで楽しみだ。

 

「だから正直に話すか諦めるかの二択だけがお前に遺されている。さあ、キリキリ吐け」

「黙って受け入れると言う選択肢は……?」

「あるわけが無いな」

「ですよねー」

 

 はぁ、と溜息を一つ吐いてマクウィリアムズは肩を落とした。

 

「どうしてこんなことに……完璧な作戦だったのに……」

「全然何一つとして完璧じゃなかったが……」

「私の中では満点でした! 花丸です!」

「周りが認めない限りそれは落第点になる」

「うううう、ウキッ!」

 

 いや、怖いよ……

 

 見た目は美少女なのに言動がこれである。

 ステルラも越えたしルナさんも余裕で越えた、マクウィリアムズは逸材かもしれない(ヤバ女という意味で)。

 

「今ものすごく不名誉な称号を与えられた気がします」

「勘が良いな。俺が出会って来た中でナンバーワンヤバ女として名を馳せて良いぞ」

「絶対に嫌ですけど……先輩って結構失礼ですよね」

 

 はいはい。

 

「“はい”は一回です!」

「あ~はいはいはいはい」

「もおおおぉぉ!」

 

 ウケるな。

 

 肩で息をしていたのを整えて、マクウィリアムズは改めて話を始めた。

 

「…………正直に話せば、聞いてくれるんですか?」

「話だけは聞いてやる」

「言わなければ?」

「聞かないままだ」

 

 少しの間沈黙が場を支配する。

 いくらガバガバだったとは言えそれなりに練って来たんだろうし(ガバガバだったが)、マクウィリアムズ家が古くから続く由緒正しき家系だと言うのならばそれ相応の立場がある。

 

「……わかりました。聞いてください、メグナカルト先輩」

 

 覚悟が決まったのか顔を上げ、先程までとは違う凛然とした表情で言った。

 

「私は────メグナカルト先輩を利用して、家系を存続させることを狙っています」

「…………続けろ」

 

 ? 

 

 ちょっとよくわかんないが……

 

 別にそれ、俺じゃなくてもよくないか。

 

「マクウィリアムズ家はかつてミセリコ王国騎士団長を務めた事もある格式高い家系。父も母も祖父も祖母も、統一国となってからは上級魔法使いとして国に登録されています」

「お前も将来的にはそこに入るのか」

「はい。……まあ、もう家族は皆亡くなってしまったんですが」

 

 アッ。

 

 ……また重たい過去もった女かよ!! 

 俺の周りにそういう悲劇抱えた奴多すぎんだけど。なんで? 

 

「皆、先の戦いで戦場へと赴き────誰一人として、戻る事はありませんでした」

 

 ……………………。

 

「マクウィリアムズ家に遺されたのは私だけ。家財も知恵も何もかも失って、私には重たすぎる歴史とこの身一つしか許されなかった」

「だから、何がなんでも先輩に取り入ろうと思ったんです。私の家族が皆敗れて散ったあの戦いを終わらせた、英雄と称される先輩なら────この歴史を途絶えさせることは無いと、そう思って……!」

 

 スゥ────ふぅ…………

 

「馬鹿なのはわかってます。滅茶苦茶なのかも、わかってます。でも、縋りつかなきゃ……私一人じゃ、そんなこと出来る筈もないからっ……!」

 

 拝啓、過去のおれ。

 

 お前が丸投げしてきた問題は常に未来のおれに飛んできている。

 簡単に解決できるようなものならいいが、そうではない事ばかりだ。

 

 あ~~、マジかよくそったれめ。

 

 二年前の戦いで家族全員死んだなんて言われたら放置は出来ないだろ。

 

 師匠め、このことわかってたな。

 わかってて言い出すのは卑怯だと思って言わなかったな?

 

 マクウィリアムズ自身に問題はあるかもしれんが、それでもこの事情は考慮すべきだと判断したんだろう。

 

 正解だ。

 俺が最も責任を感じてる部分だから、それを言われてれば一発だった。

 

 俯いた状態から顔を上げ、目尻に少しだけ涙が浮かべつつも、凛然とした表情を崩すことなく。

 

「私の事も、救ってはくれませんか?」

 

 片手間で構いませんので――――そう言いながら、マクウィリアムズは静かに微笑んだ。

 

 

 




アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ

ポンコツ元お嬢様。没落令嬢みたいな立ち位置に近いけどめっちゃ現実に追い詰められて限界ギリギリの状態で暮らし続けた結果、何故かロアと結婚する事で全てを解決できると謎の正解に辿り着く。まあ尊敬する家族が全員死んだ戦いをその身一つで終わらせて英雄なんて呼ばれるようになっちゃった男に抱く感情はぐちゃぐちゃだよね。心の内にある暗い感情も全部抑えつけてロアを頼る選択肢を取ったのは奇跡的に大正解だった(ロアが最も責任を感じているあの戦いでの犠牲者関係の為)。


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アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ③

完結したので別サイト様用の準備とか更新とかしてて遅れました。
特に差はないんですけどそっちでも応援して貰えたら嬉しいです(露骨な宣伝)

規約確認して宣伝は問題なさそうなのでしましたが、もし引っ掛かりますよとかそう言うのあったら教えてください。


 

 ステルラ・エールライトは絶好調だった。

 

 犠牲者も出たあの戦いから約二年、幼馴染で想い人でもあり大好きな男の子の思考をこの世界でただ一人知る事が出来る権利を手に入れ、課題でもあった人間不信コミュニケーション能力不足を強制的に解消する力技で人生を豊かにしている。

 

 ────ロアが私の事をわかってくれるならもう良くない? 

 

 いや、何も解決していない。

 解決はしてないが、ロアただ一人の考える事が全部わかるようになったのでもうどうでもよくなった。

 

 ロアがステルラのためだけに生きてきたように、ステルラもまた、ロアの事が好きだから頑張って来た節がある。

 

 だから究極的に言ってしまうと、ステルラはロアさえいればいいのだ。

 それに今は親しい友人も数人いる上にその中で超越者となった者もいる。確かに寿命の問題は解決できないけれど、それでも楽しく生きていこうとステルラが思えるくらいには充実していると感じていた。

 

 残り限られた学園生活も、あの戦い以降更に周囲と距離を置かれたような気がしたけど全然気にしていない。だって隣のクラスに行けばロアが居るし。気にしてないったら気にしてない。

 

 今日も今日とてルンルン気分で鼻歌を歌いながら歩いていく。

 昼休憩の時間はロアと触れ合える貴重な時間であり、放課後も本当は独占したいけどそれは止めろと当人に言われているので抑えている。ステルラは依存気質な女の子だ。

 

 ニコニコと可愛らしい笑顔で舞うように歩き、目的地である教室の前に辿り着く。

 

 そのまま躊躇うことなく扉を開き、中に入っていった。

 

「ロアー、こんにちはっ!」

「────だからメグナカルト先輩っ! どうか認知してください! お願いします、これから生まれる赤ちゃんの名付け権も上げますから!」

「要らないし俺の風評に傷がつくから却下だ。さっさと教室に帰れ」

「そこをなんとか!! 私の事も好きにしていいのでお願いしますうううぅぅ!」

「困ってない。帰れ」

「私達の未来はどうするんですか!?」

「そんなものはまず無い。というか現時点で既に俺は風評被害を受けつつある」

「う、ううっ! お母さん、お父さん、私……傷物にされちゃいました」

「おいバカやめろ。そういう事を言った途端悪い方向に話が進みがちで……げ、ステルラ」

 

 ────なんか知らない女と乳繰り合ってる。

 

 絶望に心が染まりそうだ。

 目眩と吐き気が同時に襲ってきて、しかしそれでもステルラは覚束ない足取りで前に進んだ。

 

 問いたださねばならない。

 

 その使命感だけが、ステルラ・エールライトの身体を突き動かしていた。

 

「…………ロア、その子、だれ?」

「あー……俺が責任を取らなくちゃいけない女」

 

 ステルラは めのまえが まっくらになった! 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「なーんだそういう事か~!」

 

 あっけらかんと笑ってステルラはあははと声をあげた。

 

 先程意識を失いながら俺に同化した女と同一人物とは思えないくらいだが、まああんな会話いきなりしてたらそれは驚くだろうな。

 

 仮にステルラがやってたら男を殺してると思う。

 

「良かったなマクウィリアムズ、ステルラじゃなかったら殺されてるぞ」

「えっ」

「ルーチェ辺りだったら(俺が)殺されててもおかしくないな」

「ええっ」

「あー……確かに(ロアが)殺されててもおかしくないね」

 

 もしかして頼る相手間違えたのかと言わんばかりに不安そうな顔をするマクウィリアムズだが、今日の朝暴露された色んなことを踏まえて少しばかりは話を聞いてやる事にした。

 

 現在こいつが頼れる親族はほぼおらず、天涯孤独に近い状況にある事。

 

 そして家を失くしてしまった分は被災者向けの無賃立て直しでなんとかなったが、家財とかが軒並み消失してしまった所為で色々な保険証とかを紛失したこと。

 

 上級魔法使いとは言え別に裕福だったわけではないので底をついた財産をどうにかするためグラン家に借金したこと(←これが一番驚いた)。

 

 はい、学生の身分でどうにか出来る事ではありません。

 首都魔導戦学園はしっかり成績優秀なまま収めれば将来は確約されてるみたいなもんだし、ここに入学したのは正解だ。その分すら奨学金として借金してるのは可哀想だけど。

 

「まあ入学するかどうかを決めたのは私ではないんですが」

「……そうなのか」

「はい。グラン家当主様がここに入学するのが条件だと」

 

 …………ふーん。

 

 なんかきな臭いな。

 

「そして、卒業時に最優秀生徒になっていた場合のみ、返却義務を棄却すると」

「……………………アルベルト、言え」

「僕だって知らない事はある。青田買いじゃないかな?」

 

 マクウィリアムズ家は代々上級魔法使いを輩出している優秀な家系で、その生き残りであるアランロドにわざわざその条件を出す理由…………

 

 まあ純粋に将来的な戦力を期待していると考えた方がいいのか? 

 

「去年の最優秀生徒はテリオスさんだね」

「ああ、なるほどそういう事か……条件は?」

「順位戦一位、学力成績一位、魔導成績一位の三冠だ」

 

 はい、クソです。

 

「そもそも獲れてる世代が少ないだろ、それ」

「少なくともテリオスさんが在籍している期間中は一人も出てないね」

 

 とんでもない条件を押し付けられたアランロドに同情の目線を送った。

 

 アランロドは涙目で見返して来た。

 

「……もしかして私、結構詰んでる?」

 

 俺とステルラは視線を逸らした。

 アルベルトはニコニコ楽しそうにしている。それを見てアランロドは猶更涙目になった。

 

「せ、先輩いぃ~~……」

「俺にどうこう出来る領域ではない。諦めろ」

 

 よよよ、とアランロドは崩れ落ちてしまった。

 

 昼休みもあとちょっとで終わるのにこいつは学友とか居ないんだろうか。

 

 居ないんだろうな、朝一番で男の家に突撃してくるような奴だし。

 

 ステルラと同じ気配を感じるぞ。

 

「不名誉な呼び方された気がする」

「気のせいだろ、コミュ障は自意識過剰で困る」

「言い過ぎだよ!」

 

 ぷんすか怒りながらステルラは教室を出て行った。

 

 どうせ放課後になったらロア~、なんて言いながら入ってくるからクラスメイトも慣れた様子を見せている。俺に対して殺意のようなものが向けられているのは気のせいじゃないと思うけど。

 

「ああ、終わった…………このまま一生お金返すだけの人生やるんだ……もう、何も頼れない……終わった……私の人生……」

 

 崩れ落ちたアランロドがブツブツ呟いてて怖い。

 

 アルに視線を送りどうにかしろと伝えたのに返って来たのはお前がどうにかしろという視線。俺を面倒事に突っ込もうとするな、世界で一番面倒が嫌いな男だぜ。

 

「お父さん、お母さん…………ごめんなさい、マクウィリアムズ家はここで途絶えます……借金まみれの女なんて誰も貰ってくれないし…………」

 

 うわ、現実的で嫌な悲観の仕方だ。

 

 周りからもお前がどうにかしろと言わんばかりの視線が飛んできている。それら全てを無視してルーチェの膝に飛び込むのも悪くないが、目の前でこうも陰鬱にされると流石に気分が悪い。

 

 そしてそれを止める事が出来る奴が周りに一人もいないのならば、俺がやるしかないだろう。

 

 溜息を吐きながらアランロドの目の前に仁王立ち。

 目の前まで近づいて来た俺に気が付いたのか、顔を上げた。

 

「いいか、アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ」

 

 頬には涙の痕が刻まれている。

 苦労しているのはわかるし、その苦労の大元を辿れば俺がいる。責任を取れと言われれば吝かでは無いが、それはアランロドにとって選ばざるを得ない選択肢である。

 

 俺なんぞに頼りきりになる人生より明るい未来はきっとある筈だ。

 

 まったく、こういう役回りは俺にやらせないでほしい。

 他人を導けるほどまともな人間じゃないと常々言い続けていると言うのに気が付けばまた逆戻りだ。どいつもこいつも俺に何もかも押し付け過ぎだし俺に何もかも収束しすぎ。

 

 そういう星の下に生まれたのは否定しないけどな。

 

 そうじゃなけりゃこんなもの(記憶)持って生まれてたまるかよ。

 

「俺にはお前を助ける義務と責任がある。英雄の記憶なんて大層なものを持っていながら最初の邂逅で決着をつける事が出来なかった俺の落ち度により首都は災禍に落ちたのだから、お前の肉親の死に関与していると言っても過言ではない」

 

 少なくとも、あの戦いで巻き込まれて亡くなった一般人の名前はすべて覚えている。

 軍の人間も教えて欲しいと頼んだら『彼らは職務を全うした』とテオドールさんに拒否されたが、それくらいの事は最低限するべきだと思っている。

 

「首席入学は並大抵の事じゃないし、お前の努力も理解できる。だからここで諦めるというのなら、それはそれでいい」

 

 今の俺はただのヒモじゃなく、お金をたんまり持ってるタイプのヒモだ。

 国の法律上堂々と報酬を与えたりとかは出来なかったらしいが、俺がじゃあ金でよろしくと伝えたらすごく微妙な顔をして魔祖が個人財産を渡してくれた。

 

 滅茶苦茶微妙な顔だった。

 

「お前は俺に助けてくれと言った。だから特別扱いしてやろう」

 

 ていうか多分、アランロドの場合さ。

 色々正規の手順踏み外して借金してんじゃないのかな……

 俺に被災者達の悲しい現実を敢えて聞かせないようにしていた可能性は勿論あるけど、それにしたって国はもうちょい補助金とか出してると思うよ。

 

 エミーリアさんが携わってたんだぜ。

 

 でもそれを今言うのは追撃になるからやめておく。

 あとで一緒に確認しに行こうな。

 

「俺の手を取れ。お前の諦めた全部、俺が掬い上げてやる」

 

 教室で一体何を言ってるんだか、もう教師入って来てるし。

 なんで何も言わないんだよ。そりゃ今この場面で割り込める奴は早々居ないだろうけど黙々と授業の準備を進めてるんじゃあないよ。

 

 差し伸べた手におずおずと合わせようとして、躊躇って、また伸ばして、アランロドは俺の手を掴むのに逡巡している。

 

 じれったい奴だな。

 だが、俺はあくまで手を差し出しているだけだ。

 積極的に拾い上げようとした奴なんてそんなに多くないぞ。……多分。

 

「…………メグナカルト先輩って、本当に……底抜けに優しい人ですね」

「助けてくれと言う奴を見捨てる程ではないというだけだ」

「それでもです。……そっか、そうですよね。『諦める』んだ……」

 

 そう呟いて、アランロドは俺の手を取ることなく立ち上がった。

 

 その瞳には先程までのような絶望しておちゃらけたような感情は見られず、真っ直ぐで力強いものに変化している。

 

「ありがとうございます、先輩。わたし、大事な事を忘れてました」

 

 何が琴線に触れたのかわからないが、どうやら俺の手助けは必要なくなったみたいだ。

 

 ほれみろ。

 どいつもこいつも俺の助けなんて必要ない位強いんだ。

 ルーチェもルナさんもアイリスさんもステルラも師匠も、どいつもこいつも強い奴ばかり。

 

 俺がしてるのはそんな人たちの心の隙間に潜り込む行為だけ。

 

諦めない(・・・・)。私は、私の未来を諦めません」

「……そうか。何かあったら言えよ、比較的楽なことなら手伝ってやる」

「心配ご無用です! あなたの後輩ですからっ!」

 

 そう言ってアランロドは走り去っていった。

 

 もう授業は始まってるだろうけどな。

 隣の席から感じる視線が妙に刺々しい。誰が発しているかと言えばルーチェなので、いつも通りでもある。

 

「メグナカルト、一つだけ大人として言っておく。責任は取れよ」

「教師として止めろよ」

「十二使徒のお気に入りにデカい態度取れる奴がいるか」

 

 大分いい態度してるけどなアンタ。

 担任という事もありそれなりに世話になっているので(かつて魔法実技がゴミカスだった名残)仲はいい。

 

 溜息一つ吐きながら授業を始めるその背中からはどこか哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸の高鳴りが抑えられない。

 

 ドキドキと、まるで初恋を知った時のような緊張感。

 呼吸を乱しながら廊下を駆け抜けて、本来ならば一年生の教室に戻らなくちゃいけないのを無視して、私は一人坩堝に足を運んでいた。

 

「はぁ、はっ、はぁっ────」

 

 胸を抑えて息を整えながら、観客席に座り込む。

 

 あーあ、なにやってるんだろ。

 普段から真面目に、それでいて親しみやすく、誰に見られても好印象を持たれるような優等生になる。

 

 そう決めて、メグナカルト先輩の性格も考慮して、彼が見捨てないような人格に緩やかに自分を変えたのに。せっかくのチャンスを無駄にして授業をサボって何がしたいんだろうか。

 

 自嘲しつつ、思考を落ち着かせるためにも一息。

 

「…………『諦めない』、かぁ……」

 

 まだお父さんもお母さんも生きていたあの頃。

 二人とも、私にとっていい経験になるからと軍部のツテを利用して首都魔導戦学園のトーナメント観戦券を確保してくれた。

 

 次の世代を測るためという建前と、私の将来のライバルになるであろう人達。

 

 そこで行われたとんでもない戦い。

 私と少ししか違わないのに人体を超越したような戦いと、それに食らいつく強者達の絶対的な意思を肌で感じた。

 

「私なんかが勝てる人達じゃないって、そう思ったっけ」

 

 それは憧れだった。

 紅蓮に迸る焔、荒々しく猛る嵐、黄金に煌めく炎、全てを無に帰す破壊の魔法、相反する闇と光、人智を越えた怪物、紫電を越えた星光、そして────それら全てを乗り越える紫電を身に纏った英雄。

 

 あんな風になりたい。

 あんな格好良くて綺麗で輝かしい人達に、私もなりたい。

 首都魔導戦学園に入学して、この舞台に立って、戦いたい。その上で勝ちたい、誰も彼もに認められるような存在に──なりたいって。

 

 叶う訳のない妄想だった。

 私は一族の中でも飛び抜けて優秀という訳でもなく、平均的な才能の持ち主だったから。それでも上級魔法使いにはなれると思うし、それくらいの実力はある。

 

 それでも。

 あの超越者達の輪に入れるかと言われれば、そんな事はあり得ないって。

 

「…………だから、貴方の事を知った時は、本当に驚いたんですよ?」

 

 私以外誰もいない坩堝で、贅沢に観客席に座り込み。

 膝を組み肘をついて、少し前屈みになるような格好で顎に手を当てながら想起する。

 

「魔力が無いのに、そんな、『諦めない』なんて言われたら……みんな、憧れちゃいますよ」

 

 この大陸の歴史全てを統合した中で、恐らく五本の指に入るであろう実力者相手にそんな啖呵を切った上で勝利を収める。

 

 ああもう、思い出しちゃった。

 かっこよくて、凄くて、熱を感じて、今抱いているこの感情と全く同じ高鳴り。

 

 それこそまるで────初恋を知った時のような、緊張感だった。

 

「何も変わらなかったなぁ、先輩。かっこいいままじゃん」

 

 それなのに私は何をやっていたんだろうか。

 

 両親が亡くなったことは悲しくて辛いことだった。

 今でもそれは尾を引いてるし、完全に乗り越えられた訳では無いんだと思う。

 決戦を前にワクワクしてたら乱入してきた白い人型と、それと相対する先輩の姿を最後にその場からテレポートで強制離脱させられて、そこから私は不幸に見舞われて。

 

 どうにもならない現実に勝手に絶望して、諦めてしまった。

 

「…………よし!」

 

 確かに未来は曇ってる。

 私の人生はきっと、借金返済に追われながら過ごす事になるんだと思う。

 それが嫌で、もっと自由にやりたいことをやって生きたいのにと言い訳をして、努力を怠ってしまった。

 

 諦めない。

 私はそれを学んだはずなのに忘れてしまった。

 

 ――――だから、諦めていた私とはここでお別れしよう。

 

「まずは先輩に責任取ってもらおうかなっ」

 

 最優秀生徒になるための第一歩として、順位戦に一桁入りしないといけない。だから手始めに先輩と戦って勝って見せよう。

 

 きっとあなたなら受けてくれる。

 

 だって先輩は、私を助ける義務と責任があるんだから。

 

 

 




アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ

第一回トーナメントを見てロア達の戦いに目を焼かれた少女。あの頃に抱いた憧れは嘘では無かったが、その後に起きた悲しい現実の出来事に疲弊し自分の力を諦めてしまっていた。手を取る直前に『諦めない』と力強く言っていたロアの姿を思い出し、かつての願いと情熱を胸に宿してロアへの恋心か羨望かよくわからないごちゃまぜの感情を自覚する。この後順位戦の申し込みをしてロアの顔を滅茶苦茶に歪ませた。

ロア・メグナカルト

ステルラの脳を破壊するのが最近趣味になってきた。一々面白いリアクションをするので可愛いと思っている。アランロドに順位戦を申し込まれ死ぬほど断りたかったが前もって責任を取るなどと言っていた上にクラスメイトにさっさと受けろと睨まれたため承諾。嬉しそうに感謝を告げるアランロドに死んだ目で頑張ろうと発言した。


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アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ④

めっちゃお待たせしました。
お待たせしすぎたかもしれません。
どうも、ずんだもんです。

すいません嘘です。
忙しかったです。


 

「は〜〜〜……」

 

 溜息を吐いてゆっくりと深呼吸。

 あー、昨日も憂鬱なイベントが始まってしまう。せっかく厄災を退けたというのに俺を待つのは戦いばかり、もうちょっと俺に優しい世界になって欲しいな。

 

「めんどくさ。帰っていいかな」

「先輩!? なんて事言うんですか!!」

「人は弱い生き物だからな。嫌なことからは逃げ出したくなるものさ、じゃあ俺逃げるから」

「だ〜〜め〜〜で〜〜す!」

 

 身体強化で逃げ出そうとしたが、残念なことに無理矢理引っ張られてしまった。

 

 不幸だぜ。

 

「承諾したじゃないですか! あんなにも嬉しそうな笑顔で『ああ、わかった。お前は俺が救ってやる』────きゅんきゅんしますね!」

「一言もそんなことは言ってないし引き攣った顔と笑顔の区別が付かないのならばお前はかなりヤバい」

「ヤバくなければ借金が無くなってるならそうしてます」

 

 スン……と、ガチの顔に変化したアランロドは本気だった。

 

「……ごめんな」

「……いえ、ごめんなさい。私の方こそ……」

 

 なんて可哀想なやつなんだ……

 

 同情した訳ではないが、しかし、やっぱり優しくしなければよかったと後悔している。

 だってこれから戦わなくちゃいけないし。具体的には復活した坩堝で初めての一桁クラスが戦うのだ、注目めっちゃ浴びてて嫌すぎる。

 

「先輩こういう女の子好きなんじゃないですか? 基本的に明るくて笑顔が眩しくてそのくせ対人距離がぐちゃぐちゃな奥手の女の子!」

「……………………ノーコメントだ」

 

 なんだこいつ、どうして俺の性癖を……!? 

 やはりアランロド、警戒するべきだった。でも俺はあくまでステルラのことが好きだからそういう女を好きなだけであって別にそういう属性の女全部好きな訳じゃないぞ。

 

 なめんな。

 

 相変わらず空調が完璧な坩堝待機室でアランロドに絡まれていると、無遠慮に扉を開いて侵入してきた存在がいた。

 

 紅の髪色にかつてエミーリアさんが身につけていたドレスを改造し、少し豪華な礼服として着用している女性──即ちルナさんである。

 

「コラ~~ッ! ロアくん浮気独占罪で逮捕します!」

「うわ出た」

「応援しにきた十二使徒にいい態度してますね。燃やしますよ何もかも」

 

 相変わらずの無表情ハイテンションで物騒なことを告げながら、ルナさんはキッと(仕草だけ)アランロドを睨みつけた。

 

「アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズさん」

「は、はいっ」

 

 あ、緊張してるな。

 

 俺と話すときは自然体だが、流石に現役の魔祖十二使徒と対面するのはビビるらしい。

 

「人の男に手を出すとはいい度胸ですね」

「ぴ」

 

 大人げないルナさんの圧にあてられてアランロドは涙目で呻いた。

 

 呻いたって言うか呟いたって言うか……まあとにかく、無残な屍を晒すまで秒読みってところだな。

 

「そ、それはその、本当に申し訳なく思っています。魔祖十二使徒さまに横恋慕しよう等という考えは微塵もございませんが、め、メグナカルト先輩が私の事を助けてくれると仰ってくれたので……」

「ンン~~聞こえませんなぁ」

「ヒュッ」

 

 俺を戦いに巻き込んだアランロドがボコボコにされているのを見るのは大変気持ちがいいが、これ以上続くと俺の名誉に関わって来るので止めに入る。

 

 今の図を他人に見られたら『妻がいるのに不倫して不倫相手に全ての責任を擦り付けているクズ男』にしかならん。

 

 ……何一つ間違ってないな…………。

 

「ルナさん。ちょっとこっちへ」

「あっ」

 

 ネチネチ言おうとしていたルナさんの身体を抱き締め、アランロドに背中を向ける形で耳元に口元を寄せた。

 

「俺はルナさんの事を愛してますよ」

「あ…………はい」

「だからあまり意地悪はしないように頼みます。そうじゃないと、(俺の社会的な立場が)どうなるか……」

 

 コクコクと頷いてルナさんは沈黙した。

 ふっ、今日も俺のリカバリー力は冴え渡っているな。

 この才覚だけは誰にだって負けないと自負している。最悪の自信だ。

 

「感謝しろよマクウィリアムズ、俺のお陰でお前は燃えずに済んだのだから」

「……今、色々ダメな部分を見せつけられた気が…………」

「気のせいだ」

 

 俺は何も悪い事をしていない。

 ただ好意を寄せてくれてる女性が意地悪をしていたからそれを止めただけだ。俺の立場が危ないという事を伝えて。

 

「こ、これが英雄……大人の世界……!」

「何がなんだかわからんが、もうそれでいいよ」

 

 ぼーっとしているルナさんといい暴走するアランロドといい俺の身の回りは滅茶苦茶だな。

 

 振り回されてばかりだが、これもまあいいもんかもしれん。

 

 絶対に口にはしないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 順位戦専用競技場──通称、『坩堝』。

 

 あの災禍にて中心になった舞台であり、ステルラが命を落としかけた場所でもあり、俺達の因縁が全て集まった終着点でもある。

 

 なにもかもごちゃまぜになった坩堝とはよく言ったものだ。

 

「ここに来るのも久しぶりだな……」

 

 アランロドより先に入場したらしく、既に観客席は埋まっていた。

 学園の生徒は勿論の事、なんか明らかにそれ以上の人数入ってるんだが? 新たに設置された魔導モニターには俺がドアップで映し出されている。

 

 惚れ惚れする男前だぜ。

 

「ロアーっ! がんばれーっ!」

「出たな諸悪の根源め……」

「聞こえてるからね!!」

 

 やべっ。

 ステルラに聞こえてないと思って呟いたのにしっかり聞こえていたらしい。もしかして以前の性能そのまま復帰したのか? 

 

「余計な事を……今なら何言っても許されると思ったのに、おのれマギア!」

『おい小僧、ぶっ飛ばすぞ』

 

 実況席から飛んできた魔力球を慌てて避けて額を拭った。

 

 試合前の人間に攻撃するか普通、常識無さ過ぎだろ。

 

 やっぱマギアの性格は治らなかったね……

 

『ぐ……その顔と言い方をやめろ』

「一体何のことを言ってるのかわからないけど……マギアが困ってるならやめるよ」

 

 ()はマギアを困らせたい訳じゃないから、と付け加えておく。

 

 マギアは沈黙した。

 

 フッ、俺はこの世界で唯一真の意味でアルスの真似が出来る男だ。

 

 お前みたいにいつまでも男を引き摺ってる奴を撃沈する事くらいワケないさ。

 

「────は、はぁっ、お待たせしました先ぱ……なんか変な空気になってませんか?」

「気のせいだ。待ちくたびれたぞ」

 

 マギアが黙り込んだことで僅かに騒がしくなった坩堝に待ち人が現れた。

 

 両手に大盾を持ち、普段通りの制服ではあるが、髪型がツーサイドアップに変わっている。

 

 さっきまではそんな事無かったんだが、あの短い時間で身支度整えたのか。

 先にやっておけば良かったのに……

 

「……やっぱり先輩って、悪い男の人ですか?」

「俺程世界平和に貢献している男はいないと自負している」

「たしかに……」

 

 それ騙されてるだけだよ、なんて声が観客席から聞こえて来た。

 

 我が妹であるスズリがやる気のない顔で声を張り上げていた。

 偉大なる兄上に欲しい物を買ってほしかったらその口を閉じておいた方がいい、俺の名誉に傷がつく。

 

「スズリも成長したな」

「あ、また知らない女性の名前が」

「妹だバカ」

「い、妹さんまで!?」

 

 こいつの脳内お花畑だな~~! 

 

 額に青筋が浮かび上がったのを自覚する。

 苛立ちを抑えるのは難しい。俺の心は何時だって荒れ狂っていて嵐の海の如き苛烈さを誇っているが、それでも必死に抑えようと努力しているのだ。

 

 それをこいつは軽々と踏み越えていく。

 ステルラと同じくらいにはセンスがある、褒めてやるよ。

 

「……またバカにされた気がする」

「ざまあないわね。日頃の行いよ」

「ルーチェちゃん!?」

 

 観客席で発生した醜い争いを二人揃って目にしてしまった為に微妙な空気を漂わせつつ、アランロドは両手に大盾を構えた。

 

 どちらも純白に黄金のラインの刻まれた潔白なデザイン。

 記憶の中を探ってもそれらしいものは思い出せないが、王国の誰かが使っていたような感じはする。それが例の騎士団長かは不明だが……

 

「これ結構重たいんですよ。持てるようになったのが大体十歳くらいの頃で、お父様には結局及第点をいただけませんでした」

「じゃあ半分は独学か」

「はい。今でも納得はしてませんけどね」

 

 ──……うん? 

 

 魔力を軽く探ってみると、アランロドが魔法を発動している気配はない。

 

 すでにこの心臓との付き合いもそれなりだ。

 魔力は身体に馴染んで来たし、師匠の魔力を取り入れる必要もない。自分自身で生み出した魔力を操る感覚も掴み苦労していた探知だって出来るようになった。

 

 なのに感じられないという事は────さてはこいつフィジカル高いタイプだな? 

 

「うふふ、それはどうでしょう」

「お前の一族が末恐ろしくなってきたな」

「もう私しか居ないから大丈夫ですよ。……先輩が責任取ってくれるなら増えますけど」

「恐ろしい事を言うな。まだ俺は学生だし責任も何も取りたくない」

「さ、最悪だ……」

 

 観客席が静まり返りドン引きしたような空気に包まれる。

 

 何をどう言われようと俺は曲がらない。

 一度そうだと決めたことを容易く曲げるような男にはならないと誓ったのだ。

 

 あ~努力したくないから全部勝手に解決してくれるもう一人の人格が欲しい。そしてそいつが生み出した蜜を俺が吸う。完璧な作戦だ、実行できる可能性がほぼ無いという点を除けば。

 

 これ以上口を開くと俺の評価が更に下がっていく気がするので無理矢理流れを断ち切る事にした。

 

「立ち話もなんだ。そろそろ始めるか」

「逃げた様にしか思えません……」

「この話をした上で負ければ最悪だが、どうせ俺が勝つ。何も問題はない」

 

 魔力を右手に展開し、記憶を頼りに作り上げた光芒一閃(アルス・マグナ)を手に取る。

 

「知ってるか、マクウィリアムズ。俺は勝てる戦いしかしないんだ」

 

 安い挑発だ。

 戦いの前にする軽口としては上等だろう、俺のポリシーはずっと昔から変わってない。

 

 いつだって勝てると信じているから戦ってるんだ。

 負けるつもりで戦いに赴く奴がいるかよ。

 死ぬ気はあっても負ける気はないぜ。

 

「ヴォルフガングもルーチェもアイリスさんもソフィアさんも、テリオスさんだって乗り越えた。お前にこの重みを越えられるか?」

 

 二度と再戦してやらんが勝ちは勝ち。

 

 かの英雄だってステルラと二人がかりで倒したから実質勝利したみたいなもんだろ。

 

「越えて見せろよ、マクウィリアムズ!」

 

 実は、少しばかり高揚している。

 これまで挑戦する立場にずっといたから、挑まれる側として堂々だ受け立つのは初めてなんだ。

 

 ヴォルフガング? 

 あれはノーカウントだろ。

 

 紫電を漲らせ、僅かに浮き足立った内心を抑え込み。

 

 相対するアランロドに、俺の思いを伝える。

 

「お前のありとあらゆる因果因縁何もかも────俺が受け止めてやる」

 

 それが先達の役目ってもんだ。

 俺が成さなければならない役割は既に果たしたが、後進が俺を頼りたいというならば、非常に遺憾ではあるし誠に不愉快だが協力しよう。

 

 そうすれば、後進を遺せなかったかつての英雄にも勝てるかもしれん。

 

 俺の言葉を受けて、アランロドは俯いて嘆息した。

 呆れたような感じではなく、ほっと一息吐くようなやつだ。

 

「……私、結構頑張って来たんですよ」

「共感は出来ないが理解は出来る。俺はその努力に報いてやらなければならん」

「どうして? 私が言うのもおかしな話ですけど、先輩はこんな小娘一人無視してもよかったじゃないですか」

「そんなの決まってる。俺は努力が嫌いだからな」

 

 努力が大嫌いだ。

 だけど努力だけは積み重ねて来た。

 俺の人生は過去の俺が藻掻いた結果で彩られ形作られているのだから、俺だけは努力を否定する訳にはいかない。

 

「他人を害するような奴以外、俺はどんな努力だって肯定する。それがどれだけ苦しくて辛いのかはよくわかってるのさ」

 

 柄を掴んで、霞構え。

 

 実戦形式で戦う事は減ったが、それでも日課と化した鍛錬は怠っていない。

 

 もうそういうものなんだ。

 悔しいが、俺の日常に努力は組み込まれてしまっている。やるたびに溜息を吐いている癖に止めれないもんだから病気みたいなもんだ。

 

「来い、マクウィリアムズ」

 

 俺はお前を肯定してやる。

 他のどんな奴がお前を否定しても、俺だけはお前を肯定してやろう。

 両親への愛、家系への誇り、積み上げた重み、自分の人生をそれに懸ける覚悟――――まったく、どれをとっても()()()で仕方ない。

 

「――――来いッ!」

 

 アランロドが顔を上げた。

 

 喜色と怒気が混ざり合ったような歪な表情。

 

 今、お前の中で渦巻く感情は計り知れない。

 きっと自分自身でも整理は出来てないんだと思う。感情なんてそんなもんだ、特に俺達みたいな若者の場合は。

 

「――――行きますっ! 私の全部、受け止めてくださいね!」

 

 両手に掲げた大盾が白く輝く。

 魔力の流れが其方へ集中するのと同時に駆け出し、その超質量とも呼べる武器を前面に押し出し突撃してきた。

 

 地面を削り取りながら音速に近しい速度で突っ込んでくる姿は恐ろしいと表現する他ない。避けるべきなのは理解しているしそれが最善手だとわかっているが――――愚かにも、俺はその場で魔力を練り始めた。

 

 それがお前の選択ならば、俺はそれを受け入れよう。

 

 光芒一閃が光り輝く。

 紫電を纏い音を立てながら、アルスとの戦いで至った領域を引き摺りだしていく。

 ステルラの補助は無いが問題ない。一人でも十二分に叩けるように必死に積み重ねて来たものがある。三ヵ月ほど師匠と二人で過ごしたが、大分ボコボコにされた。やっぱ許せねぇなあの女。

 

紫電(ヴァイオレット)――――剣閃(スパーダ)!!」

 

 幾重にも重なった斬撃が刹那に飛び――――大盾と激突。

 

 魔力の波が衝撃となって伝播し、開戦の狼煙を上げる事となった。

 

 




マギア・マグナス

色々後処理が終わり一息ついたので折角だしあの小僧の試合でも見に行くか~とちょっかいをかけたら反撃された。アルスの真似をするときのロアに弱い。その度にテリオスが微妙な顔をすることには気が付いていない。

ルーナ・ルッサ

ロアが生きてる間にはっちゃける事を決めたが、最近自分でもキモくないかと悩んでいる。アランロドに対するロアの口振りから肯定して貰えるような予感がしたから止まらないことにした。止まれ。


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アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ⑤

 

 剣閃と大盾がぶつかり合う。

 

 その衝撃は凄まじく、大観衆が詰め寄った坩堝そのものを揺らす程。

 

 当然距離の近い俺達にもそれは襲い掛かって来るが、魔力に愛されている今はそんなものなんてことは無い。

 

 そんな事よりも、その余波が生まれた結果、傷一つ付ける事叶わずに紫電は霧散した。

 

 ────堅い。

 

 それも恐ろしい程に堅牢だ。

 この一閃で理解できたのは、紫電剣閃ではあの堅牢さに隙を作る事すら出来ないという事。止まることなく紫電剣閃を打ち破り吶喊と共に突き進んでくるその姿には恐怖を感じるぜ。

 

 再度霞構えに戻って、揺らぎ一つ無い姿で静止。

 

 今ここで必要なのは突破力だ。

 面を制圧するのではなく点で捉えて貫く力。あの大盾は並大抵ではなく、短期決戦を想定しているとは言え、俺の全力の一撃を容易に防ぐアレを攻略するのは苦労する。

 

 少し威力は落ちるが……まあ、物は試しだ。

 

 光芒一閃に魔力を充填し技を披露するに十分な量を蓄えてから、迫りくる大盾に対して────刺突を繰り出す。

 

「────紫電雷穿(ヴァイオレットランサー)!」

 

 目指したのは武の極致。

 剣のみではとても辿り着けない程の絶技を誇ったある槍使いの一撃。個人の武でありながら、軍隊に匹敵するとまで謳われたその一突きは天まで届いたと語り継がれている。

 

 ──実際雲を掻き分けて天に青空を生み出したのだから化け物なんだよな。

 

 不完全な形での再現となりつつも、アランロドの守りを突き崩すのには十分だったらしく右側の盾を大きく弾き、その衝撃で無防備な隙を晒していた。

 

 当然その隙を見逃すわけがない。

 脚に宿した紫電を加速させ雷速へと至り、がら空きとなった胴体へ一閃浴びせようとするが──防がれた。

 

 バギッッッ! 金属と金属がぶつかり合うような爆音と共に魔力同士が鍔迫り合う。

 

 相応の魔力を光芒一閃に籠めていると言うのに拮抗するとは、やはりこの学園に首席入学したのは伊達じゃない。

 

 例え年下だろうが才能ある奴は羨ましいな〜! 

 

「はああああぁぁっ!!」

 

 弾き飛ばされた右側の盾を、その質量を十二分に知らしめるようなゆっくりとした力強いモーションと共に叩きつけてくる。

 

 左側は拮抗。

 両手は使用済み。

 手が空いてない。

 

 右脚を軸に地面を掴む様に力を込めて、左脚を思い切り振りかぶる。

 

 前だったら出来ない選択だが今なら出来る。

 激痛と衝撃さえ堪える事が出来るなら、これは最善の一手に等しい。

 

 左脚に身体強化をかけて大盾を蹴り上げ────その衝突の瞬間、鈍い砕ける音と共に脚の一部から何かが突き出て来た感覚を味わった。

 

 あ~~、痛ってぇなこんちくしょう。

 折角魔力を手に入れたってのにどうしてこうも痛い思いをしなくちゃならんのだ。もうお腹いっぱいだよ。

 

 回復魔法で即座に修繕しつつ、連撃を避けるために一度後退。

 

 アランロドはそれを見逃さず追撃を放とうとしてくるが、それよりも先に紫電で牽制をしておいたのでそれは免れる。

 

 おお、なんだか普通の魔法使いみたいな戦い方だ。

 俺も随分進歩したな……何もかも貰いものだけど……。

 

「なんの躊躇いも無く生身で行くなんて……」

「そうでもしなけりゃ戦いにすらならん事ばかりだったからな。慣れちまった」

 

 嫌な慣れだ。

 痛いのも苦しいのも嫌なのにそれを受け入れてでも成し遂げたい何かがある。

 

「私、ふと疑問なんですけど」

「なんだ」

「いえ、本当に先輩って努力が嫌いなのかなと思って」

 

 大嫌いだが? 

 

「だってだって、いつもなんだかんだ言って努力してるじゃないですか! 本当に嫌いならそんな頑張れないんじゃないかなって……」

 

 大盾の隙間から垣間見えたアランロドの表情は少し切なげだ。

 

 大方何を期待しているのかはわかるが……

 

「痛いのも苦しいのも私だって好きじゃないですし、その嫌な感じは理解できます。だからこそ、先輩は本当はどう考えているのかって気になって────」

「嫌だぞ」

「そ、即答……」

 

 既に魔力障壁が貼られているために観客席の声は聞こえないが、おそらく俺達の声は向こうに届いているのだろう。

 

 ならばちょうどいい。

 改めて俺がどんな人間が知らしめるにはいい機会だ。

 

 最近英雄だのアルスの生まれ変わりだの面倒な持て囃され方してるからな。

 

 その称号も間違いでは無いが、おれ(・・)はおれだ。

 どこまで行ってもステルラ・エールライトという女の子に惚れて努力する事を決めた男に過ぎない。

 

「俺は単に責任を感じているだけだ」

「責任……ですか?」

 

 そうだ、責任だ。

 

 幼かったあの日、英雄の死を見たあの日。

 あれこそが全ての始まりであり、俺の大嫌いな努力をすることになった元凶。この説明をするのは何回目になるんだ? まあいいか、その内本にして印税で生活しよう。タイトルは英雄転生後世成り上がりなんてどうよ。

 

 どうでもいい話はさておき、続きを口にする。

 

「俺にはアルスの記憶がある。あの男がどんな人生を歩みどんな感情を抱きどんな末路を迎えたのか、この世界で誰よりも理解している」

 

 エミーリアさんが本命だった事とか、本当は苦痛が嫌いだったこととか、それでも世界を救うと決めた事とか、目の前で死んでいく人達を見て諦めたくなったとか。色々あるんだぜ、英雄にだって。

 

「それは決して公開しない。彼が見せるべきじゃないと判断したのだから、それを世に出す事はしないさ」

 

 魔祖十二使徒の皆さんには悪いが、俺はアレを世に出すつもりは無くなった。

 そもそも世に出そうとしてた理由がお金持ちになりたかったのと英雄の事を俺しか知らないのが嫌だったからだね。色々ありすぎて事情も変わってしまった。

 

「だが────癪な話だが、アルスという人間は偉大だった」

 

 俺なんぞとは比べ物にならないくらいに高潔で荘厳で清廉で、それでいて現実を見据えたうえで子供みたいな夢を真剣に語る。

 

 人生を全て捧げて子供みたいな夢を叶えて世界中の人間を幸せにした。たとえその災禍が後世に遺されていたとしても、彼の軌跡は決して色褪せない。

 

「そんな偉大な人間の記憶が宿ってるんだ。少しくらいは無茶を通したくもなるだろ?」

 

 結局のところ、俺はあの男に憧れたんだ。

 

 憧れたからこそ嫌いだった。

 なぜなら、俺の才能じゃあの領域に届くことは無いと悟ってしまったから。彼に追い付く事は俺には不可能で、誰よりも努力を積み重ねたあの人には手が届かないと理解できたから。

 

 羨ましくて、それを羨んで思う事が良くないとわかってて、嫉妬すら出来ないような相手だったから嫌いになった。

 

 そして────心の何処かで、そうなりたいと願ってしまった。

 

「男の子は一度は憧れるのさ。英雄なんてものにな」

 

 そうじゃなきゃ、大真面目に世界を救う戦いなんて挑むわけないだろ? 

 

 俺の言葉を聞いてアランロドは納得したのかしてないのか、大盾の隙間から垣間見える表情は微妙なモノになっている。

 

 それでいい。

 誰も彼もに全てを理解してもらおうとは思ってない。

 俺の内心なんて俺だけが理解出来てればいい。勘違いして欲しくないから常々本音を言い続けているのであって、全人類に俺を理解する事を押し付けたりはしないさ。

 

「つまり……本当に嫌でやりたくないけど、憧れちゃったから諦められなかったって事ですか?」

「少し違うが大体あってる」

「それ、普通の人は出来ないですよ」

 

 そうでもないだろ。

 努力なんて誰でも出来る事だ。

 才能があって努力を積み重ねた奴が勝つ世界で努力と貰いもので生きている俺は異質かもしれんが、そこに特別性はない。

 

「……先輩ってやっぱり何処か狂ってますね。それも、英雄の記憶を持つからですか?」

「失礼な奴だな。俺程常識を身に着けている奴はそういないぞ」

「常識は持ってても非常識なんですよ……」

 

 心外だぜ。

 折角丁寧に問答をしてやったと言うのにこれだ。

 心優しく仏の如き心を持つ俺でも助走をつけて殴り掛かるレベルだ。

 

 呆れた表情で俺を見るアランロドは、小さく口を結んだ後に大盾をゆっくりと構える。

 

「知ってますか? 世間ではそれを天才と呼ぶんだ」

「お世辞にも俺は才能溢れるとは言えないな。仮に天才ならば、きっとあの戦いはもっと綺麗に終わりを迎えていただろうから」

 

 俺もそれに倣って霞構えで待ち構える。

 

 紫電を帯電させ戦闘準備はすっかり整った。

 アランロドの大盾も淡く輝きを放っているため、先程の堅牢さと何一つ変わらない性能を発揮できるだろう。

 

「だから責任を取るのさ。俺なんかに宿った記憶に、俺が取りこぼした全てに」

 

 傲慢と呼ばれても仕方がない。

 それでも最初から俺に才能があればと思わずにはいられないんだ。

 

「納得したか?」

「……先輩がとんでもない人だ、という事はわかりました」

「そう言うな。俺も相応に苦労してるんだ」

「だからこそ、ですよ。やっぱり先輩は天才です」

 

 輝きを増す大盾を構えて、アランロドが姿勢を変える。

 

 右脚を僅かに後ろに後退し、身体は前傾姿勢。

 

 走り込むつもりだと、すぐに理解した。

 

「────だからこそッ!」

 

 大地に突き刺さった大盾が稲妻を纏う。

 紫電ではない普通の雷魔法────だが、その精度は目を見張るものがある。

 

 身体強化に盾を強化する魔法に加えて雷魔法、三種類を使いこなしてるのに及第点を貰えないって冗談だろ? どんだけキツイ条件なんだ、マクウィリアムズ家は。そりゃあグラン家が囲い込もうとする筈だよ。

 

「だからこそ、ここで貴方に勝利して────証明して見せるんです! マクウィリアムズは滅びないって!」

 

 随分と重い決意だ。

 

 学生が背負うべき使命にしてはあまりにも重く、人の一生をかけて証明するのも難しい話。

 

 首都魔導戦学園に首席入学した才覚はとんでもないものなのに、そこで満足していない欲深さ。どこかの誰かさんによく似ていると思わないか? 

 

「そんな重いもん学生が背負うべきものじゃないぞ」

「先輩に言われたくないな、それ……」

「だから言うんだ。先達の話は聞いておくだけ損はない」

「じゃあ、先輩はそう諭されたら足を止めましたか?」

「止めるわけが無いな」

 

 そうと決めたらやるんだよ。

 安いプライドと意地を張って、これと決めた事だけは貫き通す。人生全て投げ打ってそれを達成すると決めたのならそれに突き進んでみせるのが人間の在り方だろ。

 

 時に失敗し時に心折れるかもしれない。

 

 それでも前に歩くんだ。

 成し遂げたい、達成したい夢や目標を真っ直ぐに見据えて────ただ只管に進み続ける。

 

「俺達に出来たのはそれだけだからな」

「ええ、まったくです。まともな手段で解決できるものならこんなに悩みませんもんね?」

 

 ああまったく、その通りだ。

 

 アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ。

 お前は俺と似た者同士だよ。縋れる相手が何もない、その身に秘めた使命を達成するために人生を投げ打つ事を覚悟した者同士だ。

 

「行きます! もし私が勝ったら結婚してください!」

「その条件は受ける気は一切ないが、こっちからも行くぞ!」

 

 紫電に加えて身体強化を施した今の状態で加速を行うと、刹那の合間に音の壁を越える事になる。

 

 アランロドが如何に身体強化に長けていても追い付けない領域だ。

 これは限られた上澄みだけが使用できるもので、また、その限られた上澄みならば問題なく使用できる最低限の技術。言うなれば入り口に立つ最低条件と言っても過言ではない。

 

 視界が瞬時に移り行き、アランロドの背後へと回り込む。

 紫の軌跡だけが後を引いているが問題ない。それを認識する事には決着がついているのだから。

 

 無防備に背中を晒すアランロドに対し、光芒一閃を振りかざし────大盾(・・)が、その一振りを塞き止めた。

 

 魔力同士の鬩ぎ合いにより発生する衝撃が坩堝を駆け巡るが、その事実に動揺しつつ手を止めることは無い。こちとらその程度で隙を晒す程甘い鍛え方はしてないんだよ。

 

「やるな!」

「────まだまだッ!」

 

 淡く光り輝く大盾に紋章が浮かび上がる。

 

 あ? 

 紋章? 

 

 おい、ちょっと待てそれ────! 

 

起動(オープン)────!!」

 

 俺の疑問を口に出すよりも早く、大盾が、その姿を更に巨大化させる。

 

 いや、正確には違う。

 魔力で構成された大盾の如き何かが、俺ごと光芒一閃を弾き飛ばした。荘厳で煌びやかで聳え立つそれを両手に掲げ、アランロドは声色高く謳い上げる。

 

「顕現せよ────神域創造(デウス・アルストロメリア)!!」

 

 そして、その絶対の領域が姿を現す。

 

 現代にまで語り継がれる伝説の再来。

 国をたった一人で守り抜いたという苛烈な伝説であり、また、それが故に戦争を長期化する要因と後世で評価されるたった一つの防壁。

 

 先の戦いでもその姿を現わした、とある聖女の切り札。

 

 その祝福が、現代に蘇った。

 



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アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ⑥

 

 顕現した絶対領域を目前に、俺は死ぬほどげんなりしていた。

 

 だってそうだろ。

 難攻不落なんて生易しいものじゃなく、万物を通さない最強のフィルターが唐突に現れてなおかつそれを攻略しなくちゃいけないとくれば嫌な気分にもなる。

 

 どうして世界は俺にだけ試練を与え続けるのだろうか。

 たまには気持ち良く勝たせてくれてもいいんじゃないかな。

 だって俺頑張ったし、結構強くなったと思うんだけど。

 

 以上現実逃避終わり。

 

紫電剣閃(ヴァイオレット・スパーダ)────!」

 

 幾重にも重なる斬撃を、ただ一点を打ち破る為に集中する。

 繰り出す斬撃の数は瞬きすら許さない精度で、それに加えて斬る事を極限まで意識して放たなければならない。

 

 そうでもしなければ一瞬の拮抗すら許されないというのが、かの絶対領域だった。

 

 雷撃に等しい斬撃を何十何百と重ねて放ったものの、アランロドの構えた大盾と接触し激しくぶつかり合った後に霧散する。

 

 まあ、そんな気はしてた。

 万物を防ぐ魔法の盾とはよく言ったもんだ。

 遮断対象に選んでないだけで世界の何もかもを遮断できる魔法、門外不出の技術で大助かりだぜ。

 

「──どうですか先輩。これが私の切り札で、私に唯一遺された家族の証です」

「そんな重たい宣言されてもな……」

「そういうの好きですよね?」

「別に好きじゃない。ただ、理解はしている」

 

 歴史の積み重ねがどれだけ貴重なモノか分からない訳ではない。

 

 実際俺の剣だって色んな要素が混ざり合って完成している。

 師匠の剣、アルスの剣、あの大戦で戦い抜いた強敵たちの姿も何もかもをイイトコどりしたのが俺流だ。

 

 アランロドは一瞬だけ苦しそうに顔を歪めたが、すぐさま笑顔に戻る。

 

「なにもかもを遮断する最強の盾────先輩に攻略出来ますか?」

「それが祝福という形ならば問題ない。手間と労力がかかって非常に面倒だが、勝つためには打ち破るしかないからな」

 

 仮にアランロドが遮断する対象すら自由に選べる真の使い手だったのならぶっちゃけ勝ち目は無いに等しいが、今回はそうではない。

 

「……本当に? 虚勢とかじゃなくて?」

「俺がそんなこと言うと思うか」

「はい!」

 

 ぶっ飛ばすぞ。

 虚勢じゃなくて嘘って言うんだよ。

 俺の嘘は優しい嘘だからな、世界を優しく包み込むために時として事実と異なる事を口にしているのは否定しない。

 

「忘れたのか。俺にはアルスの記憶がある」

「あっ……」

 

 アルスは途中から盾を装備していた。

 王国の事件を解決し、未だ戦争中であった国境付近にてアステルと再戦する際身に着けた。

 それには聖女アルストロメリアの祝福が施されており、その助力もありアステルと対等の戦いを繰り広げたらしい。

 

 逆にそこまでして対等のアステルは一体なんなんだよ。

 

「ゆえに、その弱点は理解しているつもりだ」

 

 決められた範囲決められた効果、曲げる事の出来ない不変の法則。

 

 そこを読み取って出し抜いた側が勝つ事が出来る。

 相手にそれを強制させるという事を考慮すれば強力な祝福だ。俺は師匠の祝福の方が好きだけど。

 

 問題があるとすれば俺にそこまで余裕がないという点。

 魔力に恵まれたが才能に恵まれた訳じゃ無いので魔力の総量はそう期待できたもんじゃない。ステルラの心臓が今も尚俺の中で鼓動を重ねている事実にはなんともいえない慈しみを感じるが、それはそれ。

 

 どうせならお前の才能も全部引き継げればよかったのに、中途半端なやつだ。

 

 そう言った不安を全て表面に出すことなく己の内で完結させて、改めて剣を握り直す。

 

「終ぞ聖女を相手にすることは無かったが──俺が新たな因縁を刻むのも、悪くはない」

 

 いつまでも誰かの後を追うなんて御免だね。

 

 俺は俺だ。

 アルスの記憶があろうとなかろうとロア・メグナカルトという人間であることは誰にも否定させん。

 

 一対一では勝てなかったがステルラとのタッグで勝利したから実質俺の勝ちだし愛の力の勝利って事で、そろそろ後進に道を譲ってもらおう。

 

「英雄アルスの道は俺が終わらせた。ならば次は、英雄ロアが歩む道を刻んでやるのも悪くない」

「……………………」

 

 ぽかんと口を開けたままアランロドは動かない。

 

 観客席も静かだし、俺またなにかやっちゃいました? 笑

 

 ちょっと気分が乗ったから酔ってみればこの有様だ。

 これがアルスの言葉だったなら周囲の人間がその言葉を胸に刻んだりするのにどうして俺はこうなるのか。やっぱり英雄の才能なんてないな、俺。

 

 そんな風に自嘲する俺を尻目に、アランロドは一言小さく呟く。

 

「…………いいんですか?」

「何がだ」

「い、いえ、その……私が初めで、いいんですかそれ」

 

 あ? 

 

 一番初め……ああ、そういう事か。

 

「アルスの呪縛から解き放たれて、俺の意思で一番最初に戦うと決めたのはお前だ。諦めろ、もうお前は俺の人生に刻まれている」

 

 気色の悪い宣言かもしれんが、俺は俺の人生を売り物にできると思ってる。

 

 くっくっく、英雄の半生を勝手に書物に記して印税生活してやる。

 アルスの分と俺の分を合わせればそれなりに売れるだろ。たまに英雄さまなんて崇めてくる子供がいるがそれは止めろと言いつつ呼ぶこと自体は否定してないので、これからの世代に俺は英雄として刻まれる筈だ。

 

 そしてそれを俺に収益が来る形で公開する、と。

 

 どこをどう隠せばいいかは俺が知ってるからそこも問題ない。ああ、なんて抜け目のない計画なんだ。あまりにも冴え渡る高度な頭脳が人生の答えを導き出してしまった。

 

「…………先輩」

「なんだ」

「いえ、本当に最悪の人誑しだなと思って」

「誰にだってするわけじゃない。そこは勘違いするなよ」

「そういうところですから!」

 

 頬を膨らませて微妙に怒りを滲ませながら、しかし喜色を孕んだ笑みを浮かべている。

 

「これってもう公認ですよね? えへへ、先輩ってば素直じゃないんだから~」

「ムカついたからたった今お前を助ける気は消えた。失せろ」

「ごめんなさい嘘ですすみません! 言いたかっただけです!」

 

 溜息を一つ吐き出して、アランロドの両手に持った輝く盾を睨みつける。

 

 聖女の庇護。

 ……というより、こいつは王家の血族だろうな。

 なんとなくそんな気がする。騎士団長の系譜だと言っていたが、それだけなら国名を冠する『ミセリコ』は刻まれないだろう。

 

 聖女以外の王族が結ばれた果て──まあ、それくらいが妥当か。

 

 正真正銘本物のお姫様を見るのは初めてだが、本人はそんな思考も露知らずあわあわと謝罪を繰り返している。

 

「アランロド」

「えっ、あ、あのっさっきのは冗談ですよね……?」

「さあな。そんなことよりお姫様(・・・)、そろそろいいか」

 

 あまり衆目で語る内容ではない。

 あ~あ、またロア・メグナカルトやらかし列伝に一つエピソードが加わってしまった。最悪だよもう。スズリも見に来てるのに会場の雰囲気凍り付いてんだけど。

 

 俺の言葉に勘付いたのか、アランロドは先程までのお転婆娘から雰囲気を一点。

 

 細められた瞳からは何かを推し量るような気配を感じる。

 

 なるほど、それがお前の本質か。

 あ~~、大体理解してきたぞ。

 

 俺の仮説が正解だったとしたら、あー……うわ、めっちゃ面倒くさいな。やっぱり無かったことにしていいか? 

 

「……何か思い出しました?」

「いいや、ごく単純な推察だ。察するに当たっていたらしい」

 

 ふ~~……

 

 師匠の言ってたことはこれか。

 つまるところグラン家のやろうとしてることは即ちそういうことですか。なるほどなるほど悪趣味だな~! 

 

 溜息を吐いてから観客席に目を通すと、相変わらずの笑みを浮かべたテオドールさんがテリオスさんと共にこちらに視線を向けている。

 

 隣のテリオスさんが苦笑いしてるあたりなんか察したな。

 

「まあいい。色々理解したし、どうやら最初からそういう役割を押し付けられていたのはわかった」

「えっ……もしかして……」

「大人のやり方は汚くて困るぜ」

 

 つまりテオドールさんのお節介だな。

 アランロドの立場が苦境に立たされているのは事実であり、それでいてその血は公に明かされていないもの。それでも遺さない訳にはいかず、かといってこのご時世であくどい手段を取るのは憚られる。

 

 政略結婚とか貴族の世界ならありふれてるのかもしれんが、マクウィリアムズ家はそうじゃない。

 

 ゆえに囲い込むことにした。

 そしてアランロドを崖際に追い詰めて、もう独力じゃどうにもできないラインまで追い込んだ上でその傍で掬い上げるための俺を用意したと。

 

 諦めてグラン家に囲われる事を選ぶのも良し、全部制覇して乗り越えるくらい強くなるのもそれはそれで良し、俺を頼らせることで発生する損得を丸々手に入れるのも良し。具体的に言うなら俺の政界入りとかな、死ぬほどやりたくないからやらないけど。

 

 例えば今この状況でアランロドがミセリコ王国の系譜だとバレたら俺の立場ヤバいし。

 

 流石に難色を示されるだろう。

 そんなもの知ったこと無いと払いのけるからどうでもいいけど。

 こちとら英雄だぞ、なに世界を救った英雄に意見してやがる……!! これが権力だ! わかったかグラン! 

 

「なんか先輩の顔が百面相してる」

「喜怒哀楽を駆け抜けていた。お前も面倒な立場にいるな、今すぐ全部かなぐり捨ててテオドールさんの庇護下に下るのは駄目なのか」

「それ絶対全部気が付いたからですよね。しょうがないじゃないですか、私なんて気が付いたらもうここですよ。絶壁が目の前にあるし後ろには崖があるんです」

 

 死んだ目で話すアランロドを見て悪い事をしたような気がした。

 

 互いに目を見合わせて溜息を吐く。

 ああ、そうか……お前も苦労してるんだな。出来るならそれを俺に寄せないで欲しかった。

 

「一蓮托生って奴ですね、先輩っ!」

「ふざけるな」

「いいえ、否定しません。先輩が拒否しても絶対に否定なんてしてあげない」

 

 アランロドは真剣な表情で俺の事を見る。

 輝き続ける祝福は今も尚胎動の如き鼓動を繰り返している。

 

「だってもう、貴方の旅路に私は刻まれてるんでしょう?」

「…………ぐ、ぎ……」

「女の子は傷つきやすいんだから、そんな顔したら駄目です!」

 

 誰の所為だと思ってる、俺の所為だよくそったれ。

 

 無言でテオドールさんに視線を向ければ皮肉気な表情のまま口をゆっくり動かした。

 

『それでこそお前だ』、だとさ。

 余計なお世話だと言っておく。英雄だと担ぎ上げるのは構わんがこういう形で利用されるのは少々不服なので今度ソフィアさんに嘘を教えることにした。

 

「それにほら、こういう時の先輩って本気で嫌がってる訳じゃないですよね」

「本気で嫌だが……」

「えっ……す、捨てませんよね? 今更私の事」

「手放せない状況に追い込まれてるから本気で嫌がってんだよ、察しろ」

 

 何が悲しくて王族の血を引く少女を手籠めにしなくちゃならんのだ。

 そういうのに興奮する性質を持っていたなら良かったが、ああ、まあ、高貴なる者を自分のモノにするってのは古来から伝わる最悪の性癖だからな。まあ理解だけは示してやるが、そのアフターケアを想像するとそれどころじゃないと冷静になってしまう。

 

 ああいうのは創作だからいいんだよ。

 自分の身に振りかかった時に後悔するのなんてわかりきっている。

 

 光芒一閃を握り直して霞構え。

 

 閃光の如き紫電を漏らし始めた剣を見て、アランロドはやる気なのを理解したんだろう。

 

 先程までのふざけた雰囲気はすっかり無くなり、そこにはただ目の前の敵を見据えた戦士が一人佇んでいる。

 

 まったく。

 王族がどうしてこんな肉体派になるのか。

 強くないと人を導けない世の中はとっくの昔に終わったのに、どうしてかこいつらは強くなることを願い続けている。

 

 他人の影響か、それとも自分で選んだ道か──そこに差はないが、勘弁してほしいぜ。俺は楽して勝ちたいんだ。

 

「本気で嫌だが────今更だな」

 

 アランロドには聞こえない程度の声量で呟く。

 

 嫌なことを受け入れる人生だった。

 本当に、心の底から望まぬ未来を避けるために嫌いな努力に身を浸してきた。その果てにたどり着いた今は後悔もあるが、そう悪いものじゃない。

 

 過去は戻らない。

 ならば未来に投資するのは当然の事だと、思わないか? 

 

「今更その程度躊躇う訳がないだろうが」

 

 観客席には目を向けられない。

 どうせ呆れた顔してるんだろう、見なくても分かる。

 アランロドは動揺して疑惑を抱いていたが他の連中はそうじゃない。テオドールさんのように「ああ、きっとお前ならそうすると思っていた」と言わんばかりの理解者面で俺を見ているに違いないからな。

 

 ただ怠惰に過ごしたいだけの女なら手を差し伸べる事もない。

 

 アランロドはそうじゃなかった。

 努力して努力して道を探し続けて──もう、どこにも道が無いと諦めてしまった。

 

 天涯孤独の身でそうなった人間の手を取れない程、器が狭いと思われるのは遺憾だな。

 

「俺は負けるのが大嫌いなんだ。だからお前も負けてくれると助かる」

「そうはいきませんね。私にだって叶えたい未来はありますから」

 

 大胆不敵に笑ってからアランロドは両盾を構える。

 

 俺の手に握った光芒一閃(アルス・マグナ)と同じ祝福だ。

 かつてグラン帝国から全てを守り抜いたその盾が今目の前に顕現しているという都合の悪い現実からは目を逸らしつつ、勝利するための道筋を探す。

 

 これで盾が片方だったらまだやり易かったんだがな……

 

「……ま、なんとかなるだろ」

 

 紫電を帯びた脚を地面に叩きつける。

 

 一歩踏み込んだその衝撃で足場が罅割れ崩れ落ちるが気にしない。

 

 音も景色も置き去りに雷速へと至り、しかし俺の視界は開けたまま。

 ああ、とうとうこの領域へと足を踏み入れたんだと感動してしまう。戦いの最中であり、ある意味で彼女の運命を決定づける重い世界である筈なのに、こんなにも心地いい。

 

 紫の軌跡を描きながら、あの戦いの後から磨き続けた熟練の一閃をブチ込むために集中する。

 

 狙うべきは隙間。

 盾と盾で守られたアランロド自身を射抜くためのほんのわずかな隙間を穿つ。

 針に糸を通すようなか細い狙いだが、それだけ狙いがわかっていれば十分だ。なにせこれまでの戦いは──これ以上に無理無茶無謀を要求されていたからな! 

 

「──紫電(ヴァイオレット)……!」

 

 剣に宿る紫電が更に輝きを増す。

 

 今に至るまでに俺が刻み続けた軌跡。

 それら全ての終着点、いや、到達点と呼べる斬撃。

 この一閃ならば誰が相手でも必ず手傷を負わせることが出来るだろうと自信を持って放てる必殺の一。

 

 逆に言えば、正攻法でやり続ける限りお前に有効打は与えられない。

 

 少なくとも俺はそう判断した。

 

 だから誇っていいぞ。

 こんなんでも『英雄』なんて呼ばれてる男が本気を出したんだって、お前の価値はそんなもんじゃないって誇ってみせろ。

 

雷轟(フォークロア)────!」

 

 それは、かつての英雄の領域をも凌駕する一閃。

 

 俺が、たった一つの星を手にするためだけに磨き上げた至高の一撃。

 

 暴風を過ごし薄氷と育み剣鬼と高め智謀を打ち破り新鋭をも越え、紫電の導きの元に辿り着いた英雄すらも乗り越えて。

 

 この戦いから(・・・・・・)、俺の話は始まるのだ。

 

 俺の、俺だけの、アルスの記憶も何も関係が無い────ただ星を追い続けるだけの戦いが。

 

「──神域創造(デウス・アルストロメリア)ッ!!」

 

 雷速に対応されたらどうにもならんがそれは杞憂だった。

 

 とにかく正面から来ると思ったのだろう。

 両盾で隙間を防ぐように展開して見せたそれは紛れもない正解だ。どうにも正面衝突する癖が出来てしまっているが、そうでもしなければ完全勝利とは呼べなくなってしまうからな。よく俺の事を理解している。

 

 ──そして、その程度乗り越えられなければならないという事も。

 

 完全に隙間を埋めきるより先に身を屈め、身体が変な方向に曲がり激痛を訴えるのも無視して結界の中に躍り出た。

 

 頬に血が飛ぶ。

 顔の一部分と耳が削れたっぽい。

 痛みがまだやってきてないから大丈夫だ。多分それを認識するより早く決着するだろう。

 

 スローモーションのようにゆっくりと動くアランロドの胴体に向かって、光芒一閃を振りかぶった。

 

 下から上へ斬る。

 動作で言えばそれだけなのに、幾度となく重ねたその斬撃の完成度は比肩するすらいない。

 現時点で世界最高の一閃だ。アイリス・アクラシアとかいう才能の塊に追い付かれるのは分かりきっていても今最高の一撃を繰り出した事実だけは否定させん。

 

「────ッッ!!」

 

 斬り裂いたアランロドから血飛沫が吹き上がる。

 顔の大半が血に染まる。濃厚な血液の香りと声にもならぬ絶叫、そして酷く慄いた表情で俺を見詰める瞳。

 

 眼に血が入り込んだのか視界が悪い。

 それでも目を瞑るなんて行動は一切しない。その程度我慢できなくちゃ負けるような戦いばかりしてきたのだから。

 

「──まだっ……!」

 

 残心のような形をとる俺に対しアランロドは挟撃を仕掛けてくる。

 

 いい手だ。

 普通ならここまで懐に潜り込んだ相手に対して、その盾と魔法ならば有効に働くだろう。

 

 生憎と、今の俺は普通の領域をやっと抜け出したわけだが。

 

 刹那の加速で背後へと回り込む。

 きっとアランロドは目で追えていない。

 雷速は普通目で追えるもんじゃない。身体強化したところで雷の速度には至れないし追いつけないんだ。俺の場合は勘でなんとかしてた。

 

 完全に俺を見失っていたアランロドはビクリと身体を震わせ背後へと振り向こうとするが──それはさせない。

 

 無防備な背に一閃。

 袈裟斬りに刻まれた傷跡から血が滲み溢れ出るし制服も裂いてしまったのでちょっと怪しい事になっているが、何とかなるだろう。

 

「また戦おう、アランロド」

 

 俺にしてはらしくない言葉だ。

 まったく、こんな優しい言葉を投げかけるのはお前だけだぞ。

 救ってやるなんて言っちまったからな。その責任を取る事を選んでるだけ。

 

 だから――――お前がその目的を達成できるように、お前が強くなれるように何処まででも相手をしてやる。

 

 卒業するときにきっと誰よりも強くなれるように。

 

 盾を地面に突き刺して堪えようとしながら、それでも膝から崩れ落ちていくのを見送って――――決着だ。

 

 力を抜いたアランロドに制服の上着を肩から羽織らせて少しずつ回復魔法で休ませながら、沸き立つ観客席へと目を向ける。

 

 ステルラは俺の事を真っ直ぐ捉えていた。

 いつかきっと、お前に手を届かせてやる。俺と融合可能になったからそれを疑ってはいないだろうけど、今改めて確信してくれると嬉しいぜ。

 

 



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アランロド・ミセリコ・マクウィリアムズ⑦

アランロド編完結!!
なんで本編終わった後に7話もかけて新ヒロインの話してんだよ!!教えはどうなってんだ教えは!!


 

 ……負けちゃった。

 

 坩堝に併設されてる治療室の中、窓から差し込む茜色の夕焼けで決着から時間が経過してるのを悟って溜息を吐く。

 

 負けちゃったなぁ。

 

 気持ちが少し軽くなったようななってないような、そんな曖昧な感覚。胸の内に渦巻いていた変に重たいモノが抜けた気もするし、まだあるような気もする。

 

 先輩と戦えば、もっと楽になると思ったんだけどな。

 

「……そんな上手くいくわけないか」

 

 現実は甘くない。

 この数年間で嫌というほど思い知らされたことだった。

 

 たった一度、たった一人の男性に認められたくらいで人生が明るくなるわけがない。

 

 戻らない両親、もう思い出せない声、優しく撫でてくれた手、楽しく旅行した記憶。

 もう二度と訪れない過去を幾度となく想起しては悲しんで、身体すら埋まってない墓前で涙を何度も流した。そうやって泣いてとにかく苦しんでいると、ふと、楽になる事があった。

 

 ──ああ、私はなんて可哀想なんだ。

 

 そうやって自分の境遇に少しでも価値を付けないと心が耐えきれない気がして、現実逃避が無駄だと知りながら何度もやった。

 

 そして一向に変わらない現実と、少しでも心を癒すための現実逃避を繰り返しながら、やっとチャンスを掴めそうだったのに……。

 

 そんなんだから上手くいかないんだ。

 もっと先輩みたいに、いや、先輩達みたいに自分の人生をこれと決めていれば──もっと良い方向に進めていたのかな。

 

「……先輩に聞かれたらバカにされちゃうかも」

「いや、しないが」

「ヒュッ」

 

 隣を見れば椅子に座りながら本を読んでる先輩の姿が。

 

 ぜ、全然気が付かなかった……

 

 というか、今何時くらいだろ。

 夕方なのは明らかだし、試合中はまだ明るかったから……もしかして先輩、ずっと待っててくれた? 

 

 そんな期待を込めながら身を起こして先輩に視線を向けると、戦いの最中とは全く違う普段通りのやる気のない瞳で私のことを捉えた。

 

「目が覚めたなら何よりだ。治療は終わってるのに魘されてるもんだからお前が見ておけと教師に押し付けられてな」

「そこは嘘でも心配だったって言ってくださいよ!」

「ああ、心配だった。乙女の柔肌に傷をつけた責任を取れと言われては流石の俺も拒否しづらい」

 

 本当に最悪なんですけど!? 

 

「冗談だ。身体に痛みは残ってないか?」

「……絶対本気だった、このひと……」

 

 昼行灯というかシンプルにダメ人間だよね、先輩って。

 いや私が言えたことじゃないんだけど、やっぱりうん、うん……

 

「お姫様に傷を付けたとなると俺の身分も危ぶまれる。よかったよかった、これで万事解決だな」

 

 ────……。

 

「ねえ、先輩」

「なんだ」

「どうして私のことに気が付いたの?」

 

 私は一言も言ってない。

 

 ミセリコ王国、王族の血を受け継いでいることを知っているのはごく僅かだ。

 

 魔祖十二使徒の中でも一握り、政界ですら片手で数えるくらいの人間しか知らないことなのに、先輩は答えに辿り着いてみせた。

 

 確かにお師匠でもあるエイリアスさんなら知っている。

 でも口を滑らせるような人ではない。マクウィリアムズ家でも後継者として見染められた人間じゃなきゃ知り得ないのに、なぜ? 

 

 会話に集中するためか、先輩は本を閉じた。

 

「……結論から言うと、勘だ」

「勘」

「ああ。勘だ」

「……勘かぁ」

 

 そうですか、勘ですか。

 そっか〜……勘で身バレしちゃったのか〜……

 

 ?????? 

 

「そこに至るまでで幾つかヒントはあったが、一番は聖女の祝福が理由になる。記憶の限り(・・・・・)ではアルストロメリアの祝福が喪失していてもおかしくないと考えていたが故、突然目の前に出てきた驚いたぞ」

「英雄アルスの記憶ですか?」

「そういうことだ。それを扱う記憶もあるし、それを相手にどう立ち回れば良いかという経験もある。……いや、剣一本だったのにあれだけ強かったんだからやはりあの男は色々狂ってる」

 

 苦い顔で言葉を吐き出した先輩を尻目に、仮に誰かの記憶があったとして、それを己の経験として消費できるものなのかと疑問を抱いた。

 

 私に聖女の記憶があっても同じこと出来るとは思わないんだけどな……

 先輩は自分がおかしいことをしてる自覚がない。幼い頃からエールライトさんが身近にいたり師匠が魔祖十二使徒だったりしたからしょうがないかもしれないけど、もう少しおかしいことをしてる自覚を持ってほしい。

 

 そう言いたげな私の顔で悟ったんだろう、先輩は皮肉気に笑いながら話し続ける。

 

「この程度出来なくちゃ何も出来なかったから仕方ない。根本的に才能がないんだ」

 

 才能。

 

 才能なんて、私にもない。

 ただ私に出来たのは幼い頃から親の教育について行く事と、憧れた両親のようになるために積み上げた努力だけ。

 

「そうか、俺と一緒だな」

 

 一緒……

 一緒、なんでしょうか。

 

 私は誰にも言えないけれど、王族の血を受け継いだものとしてある程度自覚を持っている。

 

 その上で、それを知られてはいけないことも理解している。

 

 だから自分を分けた。

 王族として高貴に振る舞う私と、ただの武人の娘として努力を積み重ねている私。

 前者を使うことなんて殆どない。忘れないように家で一時間くらい思い出して一人会話をするくらいで、その姿を見せた人物なんて両手で足りる。

 

 それを苦しいと思ったことはない。

 

 でも、それら全ての因果が背中にあるという事実が、重たいと感じることは何度もある。

 

「お前の気持ちはそれなりに理解しているつもりだ。あくまで俺なりにだが」

「……聞かせてもらえますか?」

 

 きっとそれは先輩なりの励ましだったし慰めだった。

 

 本当なら聞き流すべきで、きっとそれを耳にしてはいけない。

 

 先輩は私を救うと言ってくれた。

 手を差し伸べてくれたんだから、その手を取るだけでよかった。

 本気(・・)になってしまう前に、なあなあの距離感で終われるようにしておくべきだったのだ。

 

「……今ではアルスの記憶を持っていることを隠していないが、子供の頃は周囲をかなり警戒していた。なぜならアルスの記憶と英雄譚に食い違う点が幾つかあったし、何より決して楽しい記憶じゃなかったから」

「ああ……つまり、隠してたんですね」

「隠していたし、そんな答えに辿り着く奴は一人もいなかった。そのせいで剣技において光る原石みたいな扱いを受けたがな」

 

 特に師匠から、と若干嬉しそうに言う。

 

 先輩ってエイリアスさんのこと大好きだよね。

 あのトーナメントの時も思ったけど、正直こう、よくない師弟関係って感じがして、いかがわしい空気があるのは否めない。

 

 それに気が付いているのか気が付いてないのか、どちらかと言うと気がついてるのはエイリアスさんだと思う。

 

 そんなどうでも良い思考は置き去りに、先輩の話に耳を傾ける。

 

「だが否定は出来なかった。才能がないと言い続けても、天才と褒め称えられるのは悪い気はしなかった。本当は誰かの借り物で他人の力を利用しているだけなのに、それをあたかも自分の物のように振る舞う。矮小で醜い生き物だ」

 

 とてつもない卑下をしながら、先輩は自嘲する。

 

 そんな風に高潔に、誰しもが生きられるわけじゃないのに。

 

「だから誰にも負けたくなかった。負けることはアルスを否定する事と同意義で、師匠を否定する事と同意義で、ステルラを否定するのと同意義で、あと単に俺が誰かに負けたという屈辱的な事実が心底気に入らないから負けたくなかったんだ」

「それ半分くらい後半の理由が占めてませんか?」

「そう言うこともある。俺は負けず嫌いで面倒臭がりだからな」

 

 多分こういうところなんですよね。

 先輩がどこまで行っても人誑しだと言われる所以は、多分ここ。

 これだって内心誤魔化してるんだと思う。本当は前半の理由がほぼ全てだけど、それを理由にすると重たすぎる(・・・・・)から少し戯けた理由付けをする。

 

 そうじゃなきゃテリオスさんとの戦いで、あんなこと叫ぶものか。

 

 そして真剣な表情で、こう続けた。

 

「故に、少しはお前のことを理解できる。誰にも話せない秘密を誤魔化しながら生きていく面倒くささは」

「……あ…………」

 

 秘密。

 

 私が王族である秘密。

 先輩に英雄の記憶がある秘密。

 私はそれを隠し通して密かに血を紡がねばならない事実。

 先輩はそれを受け入れて己の矮小さに歯噛みしながら世界を救ってみせた事実。

 

「まあ、なんだ。困っている人間を見放せる程楽な性格じゃないんだ、俺は」

 

 …………うん。

 

 やっぱりこの人、英雄って呼ばれるだけはある。

 

「全部を救ってやることは出来ないが……お前が良い未来を掴めるように、まあ、再戦するくらいのことはするし、強さを伝えることを惜しまない。夢は叶った方が嬉しいからな」

 

 少しだけ穏やかに笑った後に、先輩は椅子から立ち上がった。

 

 心臓が高鳴る。

 恋のような嬉しいものじゃない。

 もっと欲深く罪深い、重たい感情が原因の高鳴り。

 

 王族としての私が抱いてはいけない重さだった。

 

「早く帰れよ。また明日」

 

 鞄を持って踵を返す先輩を見送って、見送って────いやだ。

 

 離れようとする先輩の手を掴んだ。

 

 わずかに驚いた表情を見せながら、それでも手を振り払ったりはせず、静かに私が話始めるのを待ってくれる。

 

 本当に、そういうところだ。

 

「…………ね、先輩」

「……どうした?」

 

 若干引き攣った頬。

 あ、これなんか嫌な予感受け取ってるんだろうな。

 

 でもそんなのはおかまいなし。

 

 先輩には、責任(・・)取ってもらうから。

 

「マクウィリアムズ家には代々伝わる別の名前があるんですよ」

「……そうか」

「ええ。アルストロメリアの名はあまりにも有名になり過ぎたのであまり知られてないですが、英雄大戦の頃は三姉妹だったのはご存じですね?」

 

 第一王女、アルストロメリア。

 第二王女、アリアンロッド。

 第三王女、アナスタシア。

 

 その後国は解体され誰も継ぐことがなかった為に、その名残として代々受け継がれていた真名。

 

「第一王女は子を残すことはなく、第三王女は戦争の最中悲劇の死を遂げられました。さてさて、残った第二王女は一体どのような人生を送ったでしょうか」

 

 先輩の顔が引き攣った。

 悟ってくれたようで何よりです、やはり聡明なお方。

 

 にっこりと笑顔で敵意なんて一つもない、完璧な表情で先輩に対して告げる。

 

「私の真名は、アリアンロッド・ミセリコ・マクウィリアムズ。これを異性に告げたという意味は、先輩なら理解してくれると思います」

 

 本気(・・)です。 

 私は、本気で貴方を捕まえます。

 

 貴方は私の理解者だ。

 アランロドとしての私は貴方に憧れて惚れた。

 その果てに貴方は受け入れてくれた。本質を隠すように戯けて振る舞う私を受け入れてくれるだけなら、そこで終わりだった。

 

 王族として(・・・・・)の私すら受け入れるなんて、言ってみせるから。

 

「アルスの記憶があるならわかりますよね? 王族の在り方は」

「…………ああ……」

 

 先輩は歯軋りしながら、なんとも言えない表情で私を見つめる。

 

 それをクスリと笑いつつ言葉を続けた。

 

「この世に現存する唯一の王女として、貴方に恋をしました。改めてこれからよろしくお願いしますね、ロア先輩?」

 

 アルストロメリアの二の舞にはならない。

 

 私は私の恋を全力で追いかける。

 夢も何もかも叶えるために、このどうにもならない現実をどうにかしてみせる。

 

 握った手から伝わるこの熱が、どうか途切れませんように。

 

 




第一王女アルストロメリア

アルスに恋をしていたがそれを伝えることは出来ずにアルスを失って生涯独身で終わった。いろんな責務とかそう言うのに追われて最終的に疲れてしまったのかもしれない。戦闘力は三姉妹の中で一番上。

第二王女アリアンロッド

戦場に自ら足を運ぶこともあったが実力は三姉妹で一番下。ゆえに歯がゆい思いをしたり色々劣等感を感じたりしたが、後世に唯一子を遺した。老衰で亡くなっている。

第三王女アナスタシア

一度国境に近い街へ政治的側面を含めた演説を目的に行ったときに襲撃を受けて殺害された。街はグラン帝国お得意の黒炎で燃やし尽くされて街を破壊することで周囲の安全を確保したので、彼女の遺体は消し炭すら残らなかった。戦闘力は二番手。

アリアンロッド・ミセリコ・マクウィリアムズ

アランロドの王族としての意識を全面的に押し出すときに自覚する名前。とかそう言うのは全部後付けで、アリアンロッドって名前と聖女を結びつけるのがどうしてもやりたくてやった。軌跡シリーズはなんだかんだ好きです。


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最強無敵の十二使徒 〜エターナルテリオス〜

これはエピローグでチラ見せした完全体テリオスとはまた別の存在です(死ぬほどどうでもいい点)


 

「──実は、無敵になりたいんだ」

 

 テリオスさんは至極真剣な表情で語った。

 

 至極どうでもいい話を切り出された俺としては全て放り投げてやりたい気分だが、話くらいは聞いてやろう。

 貴重なランチタイムを犠牲にして聞くべき価値がなかったときはぶん殴る。

 

「はあ、そうですか」

「ああ、無敵になりたい。具体的に言うと大戦の時に現れた白い怪物みたいな感じで威厳と畏怖を集められる存在になってみたいんだ」

 

 この人何を目指してんの? 

 

 バカおもしれーじゃん。

 その話乗った、多分この感じだとテオドールさんに相談すると『ガチ』の怪物に昇華させられる気がしたから俺を選んだな? 

 

 ソフィアさんだとバカバカしいと呆れられ、魔祖を頼るのはちょっと論外。

 テリオスさんの交友関係の中でアホみたいな話に真剣に乗るのは俺だと判断したわけか。

 

 適任だな。

 

「人外になってみたいと」

「もう人外だけど見た目も弄れるんだしやってみなきゃ損だと思ってね。こうすることで座する者(ヴァーテクス)に至れなかった君にドヤ顔するのも目的に含まれてるよ」

「ぶん殴るぞ」

「な、殴った後に言うのは理不尽じゃないか……?」

 

 左頬を抑えて仰け反りながらテリオスさんは俺に畏怖の目を向けた。

 

 安心してほしい。

 俺はいつもやられてるしなんなら再起不能レベルの殴打を喰らっているが、回復魔法で事なきを得ている。

 

 その旨を伝えたところ畏怖から畏敬へと視線が変わった気がした。

 

「流石だ……英雄たる者、理不尽にも耐えて見せなければならないと言う事だね」

「いえ別にそういうわけではないですが」

「それが当たり前、か…………君には勝てる気がしないな」

 

 勝手に苦笑いしてわかった気になるなバカ! 

 

 ギィ、と安そうな椅子を鳴らしながらテリオスさんは一つの資料を取り出した。

 

「これは()の俺による俺のためのプレゼンテーションだ。君には協力してもらうから、そこんところ宜しく頼むよ」

「図々しくなりましたね……」

「それを教えてくれたのは君達だ。安心して胸を貸してくれ」

 

 支離滅裂な言動を繰り返す化け物を尻目に、差し出された資料に目を通す。

 

 題目は『最強無敵の十二使徒 〜エターナルテリオス〜』とバカデカい文字で書いてあって。この人本当はとんでもないバカなんじゃないか? ていうかバカだよ。

 

 視線を向けるとキラキラした瞳で見ていた。

 

 …………目を通す。

 

 一枚目。

『これはテリオス・マグナスの改造計画書である。改造と言っても怪しげな薬や手術で人外へと至るのではなく、単純に超越者としての力を発揮して見た目も化け物にしたり変身したりそういう存在になりたいが為の計画書であり、母さんには絶対に見せないものである。仮に母さん──この母さんはマギア・マグナスを指す──が目を通していた場合、即刻やめていただきたい。さもなくば俺は恥ずかしくて自死を選ぶだろう』

 

 いや長い長い長い。

 そして迂遠だ。

 何考えてこれ作ったんだよ、深夜テンションの子供でもここまでのものは作らねぇぞ。

 

 テリオスさんの瞳の下には隈ができていた。

 

 二枚目。

『方向性を決めるために三つパターンを用意した。この中から一つ選んで、選択した回答によって移行ページが変わっているのでそちらを見てほしい。

 ①戦いになったらいきなり肉体を突き破って怪物が出てくるパターン

 ②原形をとどめつつ、徐々に人の身から外れた怪物になっていくパターン

 ③段階を刻んで変身していくパターン。この場合大きく人型から外れることはない』

 

 この人バカだな。

 

 ①はインパクトが最強だから、やるとしたらマギアの前でドッキリなんだけどこれ下手したらガチのトラウマになるかもしれん。いやでもマギア生意気だからな、アルスの物真似しながら『俺は、僕は……ッ、それでも彼に……!!』みたいなこと言いながら怪物に成り果てるテリオスさんを見せつけられてぐちゃぐちゃに感情をかき乱されたマギア、めっちゃ見てぇ〜! 

 

 でも明らかに俺も巻き込まれて説教されるのでやめておこう。

 

 ②、これも中々いい。それこそ俺が相手になれば偽装し放題だから強さの段階を引き上げていってるけどその代償として人から外れていく、みたいなよくある悲しい話に仕立て上げてマギアの目の前でやる。おい、全部相手がマギアだ。テリオスさんが化け物になって一番ダメージ食らうのあの女だからな、楽しくなってきたぜ。これも同様にマギアに大ダメージを与えられるだろうし、事前に師匠巻き込んで『それ以上はやめるんだ! 人に戻れなくなる!!』とか言わせとけばいける。

 

 でもこれも俺が巻き込まれて説教されるのでやめておくか。

 

 となると許容できるのは③だが──これ、普段からやってないか? 

 

「……そうかい?」

「翼生やしてたり光を纏ってたりしません?」

「してるかも……あれって変身に分類できるのか?」

「出来るでしょうし完全無欠に変身でしょ」

 

 本気出したら目から光の粒子溢れさせたり翼生やしたりとか十分に変身してるだろ。つまりテリオスさんはあれを変身と思っているわけではなく、無自覚無意識に戦闘するときに必要だから生やしていると言うことになる。

 

 カッケェ……

 

「……でも、足りなくないか?」

「テリオスさんほどの人がそういうなら……」

 

 俺は変身はしないけど第二形態あるからな。

 俺単体での戦いよりステルラと融合した方が圧倒的に強い。

 英雄と互角だった俺単体と、英雄を葬り去れる俺とステルラ。どちらが強いかは明白だ。

 

「それなら②と③を混ぜたらどうですか。最終的に化け物になったら俺がマギアに怒られるので拒否しますが、多分そうじゃない限りは嗤われると思います」

「そうか、笑ってもらえる(・・・・・・・)か。ならそれで行こう」

 

 なんか行き違いが発生したような気がするが、どうでもいいか。

 

「まず──腕を増やそうと思ってる」

「初手で化け物になってますね」

「腕が増えれば手数が増える。俺の脳が処理し切れるかが問題だけど、そこも魔力で無理やりカバーすれば問題ない。腕六本尻尾二本目玉六つ口三つくらいはやってみたいんだ」

 

 どこからどう見てもただの化け物です、本当にありがとうございました。

 

 思わず目頭を抑えてどうするかと思い悩んでいるが、もうテリオスさんはやる気満々だし、というか既に腕が増えている。

 

 加速し続ける暴走車両を止めれるほど俺は優秀じゃないんだよなぁ……

 

「うん、効率がいい。腕が増えたらそれと同時に目も増やした方が効率的だ」

「キモ……」

 

 ギョロリと額に生えた一対の瞳に嫌悪感を抱いた。

 しかもめっちゃ目玉動いてるし。キモすぎんだけど。

 

「翼の数も増やそうか。──フンっ」

 

 バサァッ!! と豪快に花開く三対の翼。

 純白の羽が散らばるが、これら全て魔力で構成されているので地面に落ちる前に虚空へと溶けていく。その姿自体は神秘的だけど手と目の数が完全に化け物のそれ。

 

 すまないマギア、もう俺には止められない。

 

「ふ、ふふふ────テリオス・マグナス推参ッ! どうかなロアくん!?」

「いいんじゃないでしょうか」

 

 机の上に立ち上がって決めポーズ。

 散らばる最強無敵の十二使徒 〜エターナルテリオス〜の片付けが面倒くさそうだなと思った。

 

「尻尾、尻尾か。動物のを参考にするべきか、架空の尻尾を作り上げるか……」

「現存する動物にしたらふざけてるのが丸わかりですよね」

「それもそうだ。じゃああの白い怪物のやつにしよう」

 

 はい、計画通り。

 

 もうここまできたら俺も乗っかってしまったので言い逃れは出来ないが、俺が発案したら悪意がバレてしまうのでテリオスさん自身に発案させる必要がある。

 

 あいつの尻尾を流用することでテリオスさんが乗っ取られた感を出して更にマギアを焦らせるという流れだ。これにはあまりにも明晰頭脳すぎて俺自身に感嘆してしまった。

 

「色はどうします?」

「白、が一番いい気がするんだけど……決めあぐねているよ」

「白で行きましょう。貴方には純白が似合っている」

「そ、そうか? ならそうしよう」

 

 ニコニコ嬉しそうに全身を白に染めるテリオスさん。

 

 表情が抜け落ちてないからまだ本物だと理解できるが、あの戦いで直接戦闘した人間なら思うだろう。

 

 ──あれ、これってもしかしてテリオスの偽物か? 

 

 ってね。

 どこからどう見ても繭から生まれた怪物だが、本人はその事実に全く気がついてない。多分深夜テンションで書き上げて昼に俺に伝えようとウキウキだったんだろうな、バカだ。

 

「今日ステルラの順位戦があるのでそこに乱入しましょう。お披露目にはいい機会だ」

「現一位と元一位がぶつかる、という訳だ。これ以上にないね」

 

 互いに笑みを浮かべて悪い考えを張り巡らせ握手をした。

 

 ……どうにかこうにかして全部テリオスさんの所為にしよう。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 

 ステルラVSヴォルフガングという世紀の一戦が行われる日であり、坩堝は観客で埋め尽くされていた。

 

 ──かなりやばいことをやってしまったかもしれない。

 冷静になって俺は焦っていた。

 テリオスさんはやる気満々だった。

 ちょっと止めたけど聞く気は一切なかった。

 

 ルナさんも仕事を終えて見にきている。

 ちょっとトラウマ刺激どころじゃない話に発展してしまうかもしれん。

 

「……ちょっとどうしたのよ。汗すごいわよ」

「いや、暑くてな。夏の温度は辛いぜ」

「春だし暑くないけど……風邪でも引いた?」

 

 ルーチェが健気に心配してくれた。

 一番心配なのは未来の俺が生き残っているかどうかである。

 具体的にはブチギレたマギアの手によって殺されていないかどうか。

 

「おかしいな、ロアが風邪を引いたことなんてほぼ無いが」

「そんな時もあります。あの頃は師匠が近くにいて病気とは無縁でしたから」

 

 いつも通り豊満な乳を見せつけるように腕を組んだ師匠が俺の隣に座っている。

 

 珍しく何もなかったようで、ステルラの戦いを見届けにきたらしい。

 オイオイオイオイ、想像以上に最悪な未来が訪れる気がしてきたが? 今すぐにでもあのバカ止めた方がいい。

 

 ステルラの戦い、乱入する白い怪物、見届けている師匠、ルナさん、マギア、エトセトラ。

 

「……………………まずい……!」

「また変な戦いをしているね、ロアは」

「師匠、ガチでやばいのでちょっと来て下さい」

「あ、ちょっと……」

 

 師匠の手を引いて観客席の裏側へ移動し、人気がないことを確認してから向き直った。

 

 師匠は帽子の鍔を抑えて表情をあまり見せないようにしている。

 

「……何かな?」

「実は、師匠に言わねばならぬことがあります」

 

 俺は真剣なトーンで告げた。

 師匠は一度身を震わせた後、咳払いをしてから帽子から手を離して俺と目を合わせた。

 

 何かを覚悟した目だ。

 

 俺も相応に覚悟した目をしているだろう。

 

 このままでは悪ふざけでは済まない可能性が出てきた。いやテリオスさんをこれで一生擦るのは確定したが、それはそれとして俺に被害が飛ばないようにしなければならない。

 

「実は──このままでは(俺の命が)危ないです。このままステルラを戦わせては、(俺の未来が)取り返しのつかないことになるかも……」

「…………(ステルラの命が)危ない? 一体どういう……」

「このままでは(俺が)死にます。今ならまだ間に合う、止めましょう」

「ま、待ってくれロア。(ステルラが)死ぬって、一体何が……ッ!?」

 

 師匠は何かに気がついたように目を見開いた。

 

「ま、さか……(大戦の遺物が)来るっていうのか?」

「……はい。(悪ふざけで武装したテリオスさんが)来ます」

 

 後退り、師匠は吐き気を堪えるように口元を抑えながら瞠目した。

 

 おい、絶対行き違いが起きてるだろ。

 

 流石に俺も気がつくわ。

 言葉が足りなかったのは自覚している。俺も焦ってるんだよ、このままじゃガチでパニックが起きる。テリオスさんが悪ふざけで殿堂入りしちまう。

 

「師匠、ちょっと待ってくれ。多分勘違いして──」

 

 その瞬間、会場から爆音が轟いた。

 

 それは悲鳴であり絶叫であり絶望であり、とにかく耳障りでぐちゃぐちゃに織り交ぜられた終わりの声だった。

 

 ────ああ、終わった。

 

 俺に許されることは誠心誠意謝ることだけである。

 でも発案テリオスさんだから全部なんとかして押し付けよう。ステルラの戦いだけだったらまだいいけど、まさかヴォルフガングとやり合うとは思ってなかったんだよ。

 

 そりゃ満席にもなるだろ。

 次期魔祖十二使徒同士の戦いだぞ。

 

「────くそっ!!」

 

 師匠は一部を紫電と化して奔った。

 俺も全力で駆け抜けたが、既に観客席から溢れかえるように退避する人々に巻き込まれないように辿り着いた時には、例のエターナルテリオスが顕現していたし、『あ、ガチでやったこれ』と悟ったエターナルテリオスと相対する師匠達の姿があった。

 

「────貴様、()の息子をどうした」

 

 マギアがガチギレしている。

 顔がガチだし魔力もガチだった。

 隣に立っている師匠が少し距離を置くくらいガチギレだった。

 

 テリオスさんは青い顔(真っ白なのでわかりにくい)で俺を見ている。

 

 眼が多くてキモい。

 

「答えんか、腐れ畜生がッッ!!」

 

 マギアから溢れ出した黄金の魔力が坩堝を満たす。

 

 羅刹の如き圧力。

 単独で国を堕とす、なんて言葉では語りきれない。

 常識の範疇から世界で最も遠い女、いや、単一存在。原初の超越者であり最古の魔法使いである本物の魔道の祖は、怒りを露わにしながらエターナルテリオスに一歩歩み寄った。

 

『あ、か、母さん……これはその……』

「その面で母などと口走るな!! ぶっ殺すぞ!!」

 

 エターナルテリオスはオロオロしている。

 

 ヴォルフガングは俺に気がついた。

 テリオスさんと俺の間で交わされるアイコンタクトで悟ったのだろう、呆れた表情を取ったのちに徐々に笑みを浮かべ始めた。

 

 ステルラも俺に気がついた。

 

『ステルラ! 融合』

 

 口パクで意図を伝えると、一度頷いた後に紫電が俺の元へと駆け抜けた。

 

 刹那の時間で融合し、簡潔に事情を伝えると、ステルラは呆れた声を出した。

 

『…………バカだよね?』

「俺もそう思う。あまりにも愚かだった」

 

 深夜テンションは良くない。

 

 苦虫を噛み潰すような気持ちだ。

 ステルラが呆れながら嘆息し、俺は罵りを受け入れるほかない。

 

「あれ、魔祖が止まると思うか?」

『ロアが無理だと思うなら無理だと思うけど……』

 

 ふん、よくわかっているな。

 もうあのブチギレ具合は止まらないだろ。アルスが死んだ後めっちゃ暴れてたって話は師匠に聞いたし、なんならその争いで山が一つ平地になったと聞く。それを止めたのはエミーリアさんである、偉大すぎる人物だった。

 

『とりあえず師匠に説明しないと』

「ヴォルフガングは気付いている節があるから、先に師匠だ。……関係各所に謝罪巡りだな」

『自業自得だね! 全くもう……』

 

 ステルラは融合を解いて元に戻った。

 制服も一緒に戻せるようになったのはいいことだが、結局、あの時見た裸はとても美しかった。もう一回くらい見たい、できればエッチなことをする前に見るのではなく偶然を装ってみたい。

 

 そして師匠に説明しようと駆け出した、その時だった。

 

『ウ…………ウオオオ!! 俺の名前は、エターナルテリオス!! テリオス・マグナスを超え、テリオス・マグナスに至り、真のテリオス・マグナスに成り代わるもの!!』

 

 おいバカやめろ!!! 

 

 エターナルテリオスはマギアの地雷を踏み抜き、堂々と胸を張った。

 

 しかもやばい内容である。

 隣に立つ師匠は俺が必死に止める姿を見て何かおかしいと悟ったらしく、既に魔力を収めている。ていうか冷静に感じ取るとテリオスさんそのものの魔力だし姿形以外テリオスさんそのもので、喋れる時点であいつら遺物とは違うという点がある。

 

 でもマギアは冷静じゃない。 

 

 後日師匠に話を聞いたところ、ここ百年で一番キレていたらしい。

 

 マギアは顔を俯かせ、その迸る黄金の魔力全てをその身に収めた後────世界に、黄金が満ちた。

 

「────黄金世界(エルドラド)!!」

 

 エターナルテリオスを星にするわけにはいかない。

 

 この後、怒り狂う魔祖を相手に師匠、俺、ステルラ、ヴォルフガング、エターナルテリオスの共同戦線で戦う羽目になった。

 

 首都が損壊しなかったのは奇跡だと思いたい。

 代わりに空から雲が全て消え失せたが、快晴になったからヨシということで許してくれ。

 




エターナルテリオス

この後ボコボコにされつつもマギアに懸命な弁明を繰り返す事で命を確保したが、次やったら殺すと宣言されたので永遠にお蔵入りとなった。次はファイナルテリオスを目指すらしく、ロアに全く学んでない英雄コンプレックスのバカと罵倒され激怒と共に再臨し宣言通りマギアに再度ボッコボコにされた。

マギア・マグナス

ガチでテリオスがやられたと思ってマジギレしたらおふざけだったので滅茶苦茶ブチギレた。黄金世界(エルドラド)は世界を文字通り黄金に染める魔法なのでギャグ時空じゃ無ければテリオスが消し炭になっていた。

エイリアス・ガーベラ

この後紛らわしい言い方をしたロアを叱りつつ、冷静じゃないマギアを口で思考誘導させるロアに「教育間違えたかな」と本気で悩んだ。手を引かれている時は乙女回路全開だった。

ヴォルフガング・バルトロメウス

ステルラとの戦闘が盛り上がっていた所でエターナルテリオスが乱入したから心底驚いたし警戒したが、テリオスとロアの悪ふざけだと悟ると嬉々として魔祖相手に戦いを始めた。風すら黄金に染められたのは初めてだと大喜びしながら戦った。



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ルーチェ・エンハンブレの嫉妬まみれの日々

ルーチェ!
お前は生涯卑屈な心を持ちつつそれを同世代の限られた人間にだけ見せ続けてくれ!子供たちからは厳しいけど優しい人と認識されて才能持って生まれた子供に嫉妬してる心を見せないように振舞ってくれ!!


 

 最近イライラする。

 

 そう自覚したのはいつだったか。

 多分そんな前じゃない、あのアランロドとかいう女が絡み始めてから如実に感じるようになった。

 

 イライラする。

 

 苛立ちを抑え込み諦めたようにため息を吐いて、目の前で繰り広げられる寸劇に視線を向けた。

 

「先輩先輩っ! どうですかこれ、愛妻弁当ですよ!」

「新参のくせに生意気ですね……はいロアくん、愛するルーナからのお弁当です」

「お、お弁当は作ったんだけどちょっと失敗しちゃったっていうか……ごめんね? ロアくん」

 

 イライラする。

 

 露骨に眉を顰めつつ、無言で弁当を口の中に放り込んだ。

 

 私の好みより少しだけ濃いめの味付けになっているこれは、一体誰のために合わせたものだったか。そう言う部分全部含めて心底イライラしてくる。殴り放題のサンドバックでもないかしら。

 

「ロア……何考えてるのかな?」

「落ち着けステルラ。今はそれどころではない」

 

 あ゛〜、イライラするわね。

 なんなのよこいつら全員ぶっ飛ばすわよ。

 どいつもこいつも人目も憚らないでイチャイチャイチャイチャくたばれば良いのに。恥という感情がないのかしら、羨ましいことこの上ない。

 

「やあルーチェ、君ってば本当におもしろ」

 

 何か喋ろうとしていたバカが居たから黙らせて、少しだけ飛び散った血肉が教室に広がった。

 

 サンドバックに血肉を詰めるなんて粋な事するじゃない。

 もう二、三発殴っておこうかしら。

 

「……やばいですね、かなり来てますよ」

「ああ、かなりやばいです。なので皆黙って帰ってくれると嬉しいんだが」

「そうは問屋が卸しませんとも! そうやって私のこと置いていくつもりですか?」

「一々重たいなこの女」

 

 弁当に中身を全部口に放り込んで苛立ちを隠さずに物にあたりながら弁当箱を片付けて、小声でご馳走様と呟いてから教室を出ていく。

 

 ああ、イライラする。

 

 どいつもこいつも邪魔くさい。

 私だって二人きりになりたいし出掛けたいのに、そうやって話しかけるチャンスすら最近はない。ポッと出の女に出番を奪われているような気すらする。

 

 落ち着け、落ち着け私。

 

 漏れ出た冷気を抑えながらトイレに駆け込み、頭を冷やす。

 濡れた髪は魔法で乾かせるから問題ない。両親から祝福を授かって以来風邪とは全く付き合いがないから警戒する必要も無くなった。

 

 ……前にステルラが風邪で看病してもらってたわね…………

 

「チッ……」

 

 フゥー……

 

 あのヒモ……次から次へと女を引っ掛けやがって……可愛いとすら最近言われなくなってきたし……まさか、飽きられた……? 

 

 いや、そんな訳はない。

 あの男は自分の懐に一度でも潜り込んだ人間を逃さない。そうじゃなきゃあんなに私に付き纏うものか。

 

 いやでも最近はグイグイ推す女ばっかり周りにいるし、もしかして私もそうやって動かなくちゃ忘れられる? そんなことはない、と思いたいけれど……

 

 不安が募る。

 見捨てられることはない。

 私の好きなアイツは、身近な人間を捨てることはない。

 でも果たして今の私は、アイツの周りにいるに相応しいのだろうか。

 

 …………ああ。

 

 そこまで考えて、少しだけわかった。

 

 最近の苛立ちはこれか。

 自分に特別性が無くて、あいつが特別視してくれるような自信がなくて、自分から動くこともできない愚かな女だとわかっている癖に何もできない──そういうところからイライラしてる。

 

 水を止めて、深呼吸。

 

 冷気で水気を発散させてから、ゆっくりと鏡を見る。

 

 酷い顔。

 肌は荒れてないけれど寝不足で隈が出来ている。

 こんな、色恋ひとつでこんなになって、未熟もいいところ。また叱られちゃう。

 

 切り替えなさい、ルーチェ。

 

 アイツはそういう男。

 来るもの拒まず、ゆえに相手は増え続ける。

 今更離れようなんて殊勝な気持ちはないけれど、もっと自分に素直にならなくちゃ。

 

「…………そんなんで変われるなら苦労してないわよ……」

 

 ああ、イライラする。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「やあルーチェ、さっきはいいパンチだったね」

「失せなさい」

 

 教室に戻った私を出迎えたのはクソ野郎だった。

 

 いつも通りの赤毛を楽しそうに揺らしながらクソ野郎──アルベルトは言う。

 

「一行は出てったぜ。テリオスさんの場所に遊びに行くらしい」

「それはそれでどうかと思うわね……」

 

 一応あの人教師なのだけれど、なんか微妙に距離が近いのよね。

 

 特にロアに対して距離が近い。

 なんていうか、こう……ちょっと嫉妬するくらいには通じ合っててムカつくわ。

 

「で、どうしてイライラしてるんだい? 話くらいは聞いてあげようじゃないか」

「……遠慮しておくわ。どうせそれをネタにするつもりでしょ」

「よく分かったね、大正解だ。具体的には校内放送でネタにするくらいには」

「死ね」

 

 無遠慮で最低な男だ。

 でも友人だから死ねと言うくらいに留めてあげる。

 

「まあ言わなくてもわかるけど。大方ロアの周りに近寄れなくて大好きな彼と話したいのに話せないのが気に入らないんだろ?」

「…………ノーコメントで」

 

 なんなのよこいつ……

 性格が死ぬほど悪い癖に他人の機敏を悟るのは上手なの、本当に最悪。早くくたばればいいのに。

 

「はっはっは、いやあ仮にも元公爵家で今も貴族だからね。この程度出来なくちゃ話にならないし──それ以前に君はわかりやすい」

「ぶっ飛ばすわよ……!」

「そういうところだぜ、可愛いや」

 

 頬をぶん殴って言葉を止めたら気持ち悪い声をあげて喜んだので手をタオルで拭った。

 

「うーん……ここで君をかき乱して修羅場を起こすのも楽しそうなんだけど、僕にも良心はある。友人に対して真摯なアドバイスをするくらいの器量は持ち合わせているつもりだ」

「アンタにそんなものある訳ないでしょ」

「いやいや、悦に浸りたい感情と友人を思う心は別さ。だから君にとっておきの言葉を送ってあげよう」

「……必要ない」

 

 ため息を吐いてぼんやりと外を眺める。

 

 今頃女に囲まれて楽しそうにしてるのだろうか。

 いや、周りの女がアイツと絡みたいだけだから本でも読みたいと思っているのかもしれない。なんなら帰りたいとすら思ってるかも。もしそうならアイツを一番気遣えているのは私ということになるから逆に一番ね。

 

 面倒くさがりで自堕落で適当で、でもいざという時は格好いい。

 

 ……そんな男に絆された私の負け、か。

 

 忘れられてないといいな。

 そんなことを言えるわけもなく、負け犬のように惨めにプライドを持ったまま私は終わるんだ。

 

 ああ、そんな気がしてきた。

 悪い方向にばかり考えが向いているのは否定できないけど止められない。

 

「…………好きなのに」

 

 もっと素直になれれば良かった。

 

 人目があるところで好きなんて言えない。

 少なくとも素面では、戦いの最中ならまだこう、高揚感に身を任せたり後先考えない行動でどうにか出来たりするけど、日常生活でそれが出来るほど私は吹っ切れてない。

 

 外を歩いてる時に「ロアを好きな人」なんて覚えられ方をしていたら自殺する自信がある。

 

 酷い胸の高鳴りだ。

 悲しくて寂しい時特有の、昔から何度も付き合ってきた懐かしい感覚。

 

 ズキンズキンと胸の内を刺激する苦しさ。

 

 こういう時は何も考えずに寝る。

 寝て何もかもスッキリさせるのが一番だって、あの苦しい日々に学んだから。

 

 机に突っ伏して睡眠の体勢を取り、小さく呼吸を刻んでいく。

 

 イライラしてもしょうがない。

 もう私の人生は何かに追い立てられるようなものじゃなくなった。義務感も努力も身を結んで、結局私自身の力じゃないけれど、誰かに貰った力で証明することはできた。

 

 あの戦いで生存出来たんだから、私は立派に育ったんだ。

 

 ……そうでも思わないと、やってられない。

 

「おいルーチェ、起きろ」

 

 ……………………。

 

「ルーチェ、起きろ」

 

 肩に手が触れた。

 わずかに身体が跳ねた。

 狸寝入りは出来ない。今一番顔を合わせたくて、それでいて一番話したくない奴が来た。

 

 本当にこの男は、こう言う時に来るんだからずるい。

 

 それを嬉しく思う自分が情けなくて、いやだ。

 

「……何よ、ハーレム野郎」

「お前もその一部だと自覚はあるのか?」

「一緒にしないでよ、不潔」

 

 そんなことを言いたいわけじゃないのに。

 

 好きだと言いたいけど、そんな素直になれない。

 二人きりならいざ知らず、こんな数年間いっしょに過ごしてきたクラスメイトの前で好きだなんて大っぴらに脈絡なく言えるわけがない。

 

 それを悟ってるんだろうか、ロアは口元にいやらしく歪めて楽しそうに言う。

 

「ほほう、そうかそうか。お前は俺のことはどうでもいいんだな」

「っ……そうとは言ってないでしょ」

 

 にやついてるのがわかる。

 ロアはこう言う時心底楽しそうにするんだ。

 性格の悪い男だ、この変態。

 

「どうでもいいから弁当もくれなかった訳か」

「……そんな訳ないわよ」

 

 地味に気に掛かってるところを突いてくる辺り、本当に最悪だ。

 

 弁当を食べさせて欲しいとお願いされてからずっと作ってた。

 どうせ自分の分は作らなくちゃいけないし、一つ増やすくらいならそこまで手間じゃない。冷凍食品使えばいいし、手作りのおかずとかは殆ど無い。

 

 それでも食べたいとお願いされてから、少しだけ作れる料理を増やしたりしていた。

 

 そういう微妙な努力の積み重ねでやっと、こいつと一緒にご飯を食べていたのに──許せない。

 

「さ、腹が減ってるんだ。時間もないし早くくれ」

「は?」

 

 ?

 

 さっきまでの思考の全てが無駄になった。

 

「…………アイツらの弁当はどうしたのよ」

「全部食べたが……」

「じゃあお腹いっぱいでしょ。別に無理しなくていいわ」

「いや、食った飯全部魔力に変換したからちょっと腹減ってるんだよな」

「どうしてそんなことしてるのよ……」

「……最近襲撃に遭ってな。定期的に魔力を失う羽目になっている」

 

 とてつもなく渋い顔で告げたロアの顔はいつもより二割増しで不愉快そうだった。

 

 ざまあないわね。

 私の心を弄んだ罰よ。

 ……絶対に言わないけれど。

 

「しょうがないわね」

「おお、流石ルーチェだ。お前の飯は美味いから楽しみにしてるんだ」

 

 ――……そんなんで絆されると思ったら大間違い。

 

 人のご飯食べてるんだから感謝くらいは当たり前にして欲しい。そういう言葉に出さないけど悟って欲しい気遣いだけは欠かさないから余計嫌な男なのよ、コイツ。

 

「毎日助かっている。これからもよろしく」

「…………ん」

 

 予鈴が鳴るまで残り五分と言ったところ。

 

 時間は無いけれど誰の邪魔も入らない二人きりの時間。

 言いたいことも話したいことも沢山あるけど、私の作ったお弁当を一人で黙々と食べるロアを見ていたら自然と言葉は浮かばなくなった。

 

「美味い」

「…………そ」

 

 口角を緩めたのは、見られてないと思いたい。

 

 

 




ロア・メグナカルト

パーフェクトコミュニケーションしかしない男。自分で地雷を踏み抜いてその後処理をする天才。ルーチェがイライラを自覚して限界まで追い詰められそうになってから構う事で全て解決できると踏んだ。さいあく。

ルーチェ・エンハンブレ

ツン8割デレ2割からルン3割デレ7割に変化した女。最終決戦以降祝福を自分の魔力で補えるようになり戦闘力が向上し、順位戦トップ5に君臨し続けた。弁当を作る為に早起きしているので夜更かしが苦手。

ステルラ・エールライト

超越者になった癖に風邪を引いた女。新大陸にちょっと遊びに行ったときに引っ掛けた菌だったので普通にヤバかったが、冷静にロアと同化して全て治した。ずるい。

アイリス・アクラシア

普通の恋愛っぽい事するために弁当を作ってみたが失敗した。自分で食べてみて味は悪くなかったが見た目がアレなのでどうしようか悩んだが、ロアならまあ食べてくれるだろうという信頼の元食べさせた。エンジョイ勢特有のフットワーク。


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ヴォルフガング珍道中

書いてはいましたがコロナでダウンして投稿もクソも無かったお話です。


 

 強くならねば。

 

 強くならねばならない。

 幼き頃、木賊色の髪を靡かせながら、なんとなくそう思った少年が居た。

 

 強くなりたい。

 誰よりもどんな存在よりも強くなりたい。

 どれだけ傷ついてもいい、どれだけ苦しんでもいい。

 

 そんな己の感情よりももっともっともっと上へ──最強に、なりたい。

 

 少年────ヴォルフガング・バルトロメウスは、風を手にした。

 

 母から受け継いだ魔法特性。

 魔祖十二使徒という圧倒的上位者の腹から誕生したヴォルフガングには、何よりも強い渇望が芽生えていた。

 

 どこまでも透き通った、なによりも透明で、そして真っ直ぐな渇望が。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 魔力を全身で膨らませ、背から生み出した嵐の如き翼を縦横無尽に薙ぎ払う。

 

 ただそれだけ。

 たった一つ魔法を行使するだけで、己の実力がわかる。

 ヴォルフガングは天才だった。強くなりたいと愚直に願い続けられる異常な精神を持ち合わせた上で戦いの才能もある、麒麟児と言っても過言ではない青年。

 

「──参った。私の負けだ」

「──……うむ! とてもいい勝負でした、ありがとうございます!」

 

 悔しさを滲ませ、一回りも年齢が下の学生に頭を下げる大人に感謝を告げる。

 

 ────もう、苦戦する事もないか。

 

 彼は現役の軍人だった。

 上級魔法使いとしてそれなりに高名で、指導資格すら持っている熟練の者。

 同い年の平均的な実力を持つ者が戦ったとすれば、まず間違いなく埃一つ付ける事すら出来ずに敗北するだろう。

 

 そんな相手に、ヴォルフガングは勝利した。

 

「流石は魔祖十二使徒の息子と言った所か……」

「まだ若い。が、既に実力は我々を優に超えている」

 

 大人達の称賛を浴びながら、心の内で渇きを訴える闘争心を押さえつけ、ヴォルフガングは静かにクールダウンを測る。

 

 戦闘狂の自負がある。

 そしてそれらが一般的に受け入れられるものではないこともまた、理解している。

 もう戦争をするような時代ではなく、戦いを称賛するような時代でもなく、これからは平和な世へと導いていかなければならない。魔祖十二使徒を継ぐ人間としてその理解はしているのだ。

 

(──物足りんな)

 

 ギラついた瞳を輝かせながら、ヴォルフガングは嘯く。

 

(足りん。何もかもが足りん)

 

 己の糧とするべく強者との戦い。

 血肉沸き踊り高揚感と緊張感に包まれた命のやり取り。

 一歩間違えれば相手の命を、自分の命を奪い去るであろう凄惨な鬩ぎ合い。

 

 母より受け継いだ木賊色の髪が真紅に染まるような争いを、心の底から望む彼にとって、現状は不満なものだった。

 

 魔法道場(一般人向けから軍人向けまで幅広く全国に展開されている施設)を出て、快晴の空の下でヴォルフガングは力強く歩く。首都に居を構えている道場は全て打ち破り、夏休みも半ばを過ぎようとしているこの時期に、困ったと頬をかく。

 

「もう候補が居ないぞ」

 

 噴水に腰掛けて淡い冷気を浴びながら、ガイドブックに記された×印を閲覧していく。

 

 道場破り。

 ヴォルフガングが行っていたのはそれだった。

 かつては道場の札をかけて争い合う地獄の如き奪い合いだったが、時を経る度に形を変え、今の時代では道場破りは実力向上を図る学生の恒例行事と化している。

 

 全部制覇した者は数える程しかおらず、片手で数える程の名前の中にはヴォルフガングが敗北を喫したテリオス・マグナスの名もあった。

 

 故に自分を高めるために参加したのだが……

 

「まさか、全て呆気なく終わってしまうとはな」

 

 当然である。

 ヴォルフガングは超越者に片足突っ込んでいる。

 他の連中がドロドロした重い感情をもって覚醒してるのに対し一人だけ強くなることだけを考え続けて至った気狂いだ。

 

 そりゃこうもなる。

 

「こうなったらメグナカルトでも襲うか……? いやしかし、流石に唐突に戦闘を仕掛けるのはどうだろうか」

 

 強者に飢えているヴォルフガングは支離滅裂な思考をしている。

 

 それでも一線を越えないあたり、どこぞの超越者より倫理観が保たれているようだ。

 

「恐らくメグナカルトを襲えばエールライトも出てきて、しかもガーベラ氏も出てくる可能性がある。エンハンブレもアルベルトも出てくる……!?」

 

 まるでバイキングだとヴォルフガングは思った。

 この思考をロアに知られれば二度と近寄るなと冷たく見放されるのだが、当の本人はそんな可能性を考える事も無く旅行に出かけている。運のいい男だった。

 

 次は誰と戦おうか、そんな物騒な考えを張り巡らせているヴォルフガングの目の前にふらりと一組の男女が足を運ぶ。

 

 噴水の縁に座り込み、何やら深刻な表情で思案する姿に何か思ったのかもしれない。

 わずかな逡巡の後に結局声を掛けたのは、女性だった。

 

「ううむ、悩みどころだな……」

「────あら、こんなところで何してるの?」

「むっ……ああ、母上!」

 

 魔祖十二使徒第五席、蒼風(テンペスト)のロカ・バルトロメウス。

 

 ……と、隣に佇む一人の男性。

 金色の髪を靡かせて、簡素なシャツと七分丈のズボンでラフな格好をした青年。

 かつてヴォルフガングが敗北を喫した超越者の一人──テリオス・マグナスが何故か共に居た。

 

「……どういう組み合わせで?」

「あー……成り行きというか何というか、仕事中?」

 

 何とも言えない顔で誤魔化す母に何事か、と思ったが、そう言えば最近大人達がコソコソ動いていたのを思い出す。

 

 それに巻き込まれているのだろう。

 まだ学生の身分であると言うのに大人と同格の扱いを受けているテリオスに畏敬を深めつつ、ヴォルフガングは立ち上がりながら挨拶をした。

 

「お久しぶりです、マグナスさん」

「ああ、うん。久しぶり、バルトロメウスくん」

「ヴォルフガングで構いません。わかりにくいでしょう」

「では遠慮なく。久しぶりだね、ヴォルフガング」

 

 相も変わらず覇気を漲らせ闘争心に満ち溢れているヴォルフガングに苦笑いしつつ、テリオスは話を切りだす。

 

「それよりどうしたんだ? こんなところで黄昏て」

「大したことではありません。道場破りに参加していました」

「……ああ、アレか。その様子から察するに、もう終わったようだね」

「はい。お陰で手持無沙汰となりまして、次は誰と戦うか考えていたところです」

 

 なるほどとテリオスは頷いた。

 

 既にヴォルフガングは超越者の道を歩み始めている。

 如何に現役の軍部に務める人間でも、そして軍部を指導する熟練の魔法使いでも、単純にスペックが化け物な彼を抑えるのは至難の業だ。

 

(当時の俺がやらかしてるからな……)

 

 数年前の時点で既に超越者へと至っていたテリオスにもやらかした記憶が蘇る。無双状態だった、どうしようもないくらいに。思わずもう参加を取りやめようかと思うくらいには。

 

 最後までやり通したのは大人達に対して失礼になるから、自分にとって糧にならないと分かっても、それを公に晒すわけにはいかないと思ったから。敵は作らない方が得だと悟っていたテリオスはそうした。

 

「ちなみに誰が候補なんだ?」

「一番はメグナカルトです。恐らく受けませんが無理矢理襲えば付随して複数人の超越者とも戦えるのでお得ですね」

 

 この子ヤバい子だなとテリオスは悟った。

 

 ロカは目を逸らして左腕を右手で摩った。

 

「……そ、そうなんだ。それはちょっとやめておいた方が良い気がするんだけど」

「逆鱗に触れる事で手に入る事もあります」

「ウ~~ン、そっか……」

 

 それはそうだとテリオスは納得してしまった。

 もう反論は出来ない。

 ロカは余計な事をするなと睨みを利かせた。

 

「やめなさい、ヴォルフガング」

「冗談です。地雷を踏み抜くのは戦闘時だけで十分でありますがゆえ」

「ああ、自覚はあったんだ……」

 

 戦闘時に於いて地雷を踏み抜く事は役に立つ。

 

 特に勝つためならば、手段を選ばなくていいのならばなんの躊躇いもなく踏み抜く覚悟がヴォルフガングには──と言うより、この場にいる三人全員に共通して備わっていた。

 それは当然だ。

 敗北とは即ち死である。

 そういう価値観の世界を生き抜いた女がいた。

 その女から生まれ育てられ強さのみを求める気狂いがいた。

 そして、それら全てよりもっと偉大で強大な存在の息子として、敗北のできない生涯を背負った男がいた。

 

 ここにいるのは誰も彼もが狂人であり超越者であった。

 

「本気を出せぬと言うなら感情を昂らせることはやりましょう。本気の本気、生と死の間際を交差するような刹那の全力を正面からねじ伏せてこそ力は増していくと思っています」

「……はあ、本当どうしてこうなっちゃったのかしら」

「親の背を見て育つものですよ」

「何も言い返せない……」

 

 ロカはため息を吐いた。 

 その姿を見て申し訳ないと思いつつ、その道を曲げることはないとヴォルフガングが再度決意を固めた。

 困らせたいわけではない。

 ただ強くなりたいだけなのだ。

 ヴォルフガング・バルトロメウスという少年の抱く渇望はそれだけでしかない。

 誰よりも強くなりたい。

 魔法で、白兵戦で、戦闘で。

 個人で戦争を演じられるような超越者へ足を踏み入れてなおその想いは途切れない。

 

 それはきっと、この世界でただ一人存在する怪物と成り果てたとしても──消え失せない。

 

「……ですが、俺は恵まれました。ライバルの存在、目指すべき目標、容易く超えることはできない先達の壁。手を伸ばしたいものがいくらでもある」

「まあ、それは本当に同意するわ。時代の節目なんでしょうね」

 

 これだけの数の新世代が出揃ってきた現代。

 きっとある少年を中心に、嵐となることは間違いない。

 少なくとも既に敗北を喫しているテリオスにとって、彼こそが主役で輝かしい舞台に立つ人物だという諦めはあった。

 

 ──超越者に至ってもなお、母の感情に気がつくことができなかった愚か者が俺だ。

 

 彼のような立派な男に、憧れても仕方ないだろう。

 

「…………全く、うかうかしてられないな」

「ええ、本当に。それとももう譲っちゃおうかしら」

「あ、それはまだ待っていただきたい。いつか母上を超えるので、その日に正式に継ぎます」

「……生意気ね」

 

 周囲に風を散らし威圧するロカ。

 その魔力は圧倒的で、人の形に押しとどめたハリケーンそのもの。

 かつての戦争で多くの命を奪い去った究極の嵐が未だ健在だと、平和な世界がひび割れるように顕現する。

 

 それに目を細め、周囲の人に影響が出ないように気配りされているのを察知しつつ、テリオスはいつでも止められるように構えた。

 

「──蒼風(サイクロン)。殺傷能力を極限まで低め、しかし破壊力は残した。人体は破壊せず魔法を破壊することに特化させたそれを破れてようやく、第五席を名乗れると言ってもいい……!」

 

 欲望を滲ませた瞳をギラギラ輝かせながらヴォルフガングが立ち上がる。

 

(冗談だろ……)

 

 テリオスはドン引きした。

 こんな衆目のあるところでガチ戦闘をするわけがない。 

 仮にも超越者で、本気で暴れた際どのような被害が発生するか想像すらしたくない。

 テリオスは心配した。

 かつてヴォルフガング以上の暴れ馬だったロカ・バルトロメウスが我慢できるのかできないのか。

 そんなことより調査の続きをしたい。

 もしかして暴れることを知っててみんな押し付けてきたのか? 

 そこまで考えた。

 

「まだアンタ如き(・・)に越えられるような甘い鍛え方はしてない。ぶっ飛ばされたいか?」

「ああ、是非ともそうして頂きたい! そして俺はまた一つ強くなれるのだから!」

 

 史上最悪の親子喧嘩が始まる。

 

 高まった風は互いに共鳴のようなぶつかり合いを起こし、周囲が徐々に竜巻に包まれていく。

 周囲の人間が退避する暇もなく始まりそうになった戦いに──テリオスが水を差した。

 

「──それ以上やるなら、母さんを呼ぶ。情け容赦なく叩き潰す」

「……俺はそれでも全く構わないが──」

「……全部纏めて相手してもいいけど──」

 

 流石に死ぬのでやめておく。

 二人揃って風を収めたので、テリオスは内心ほっと息を吐いた。

 

(なあ、母さん)

 

 風の影響で舞う落ち葉や砂埃に塗れながら、テリオスは思う。

 

(俺、本当にあなたの後釜やれるかな)

 

 超越者を制御するなんて不可能なのではないか。

 親子で全力の戦いに発展しかけた二人に呆れつつ、この人たちより強くならないと抑えきれないんだと悟ってため息を吐く。

 

 後世で色々とやらかす男の真面目な悩みだった。

 





ヴォルフガング・バルトロメウス

とにかく強くなって色んな強者とずっと戦っていたい系男子。母親譲りの闘争心と魔法力でマ~ジでこんな感じでずっと生きていく。500年後の大地で最強になるのはこいつ(鋼の意思)、それぞれの子孫を見てちょっと懐かしい気持ちを抱いたりしてくれる。

ロカ・バルトロメウス

元グラン帝国所属の魔法使い。要するに戦争起こした側に所属してた人。エステルと一緒にアルス一行と何度も戦ったり殺し合ったり潰し合ったりした後合流。人を殺した数はエミーリアの次点。

テリオス・マグナス

魔祖を継ぐ予定だが超越者を扱いきれない気がする不安を抱いてる男。この段階だとまだ吹っ切れて良い感じになり始めてるくらいだが、将来的にヤバいことを何度も繰り返し魔祖の息子だと世間を戦慄させることはまだ誰も知らない。




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エイリアスは拒めない

本当は師匠が一番好きなんですよね結局(ンチャンチャニチャァ……)


 

「……ふむ」

 

 美しい銀寄りの白髪(はくはつ)を後頭部で一つ結びで纏め、整った顔を真剣なものに染めながら女性──エイリアス・ガーベラは、一つの本に目を通していた。

 

 表紙には『真・英雄アルス』と記されており、彼女がよく知る人物であるかつての偉人の生涯を纏めたものになる。前もって発行していたもの──つまるところ、十二使徒が真実を覆い隠すために作成した本とは全く違い、アルスの視点で綴られていく物語。

 解決していない闇を覆い隠すために夢物語として書いたものではない、それなりに史実に沿った内容。

 書こうとしても本人でなければ(・・・・・・・)知り得ないような部分すらある。

 

「…………なるほど」

 

 元来の純然たる救世主というイメージを崩さないように、それでいてアルス本人の感情も細かく描写されており、これならばきっと彼も不満を言う事はないだろうと納得した。

 

 登場人物に若い自分がいるのだから少し気恥ずかしい思いを感じつつも、エイリアスは感慨深く読み終えた。

 

「君には彼がこう見えていたんだな」

 

 著者はロア・メグナカルト。

 英雄アルスの記憶を持ち、幼い頃からやがて起きるであろう災厄に備えて己を鍛え力を付けた少年であり、救国の英雄。

 そう対外的に評価されている事実をエイリアスは知っていたし、なんならそれは決して間違いでは無いとすら思っている。本当は惚れた幼馴染が死ぬかもしれないという事実が嫌だったから努力を始めたというなんともまあ評価し難い始まりだが、それはそれとして。

 

 一般にも既に流通し、魔祖十二使徒達が公認として流布しているのだから十年も経てばこちらが正しいものだと世に広まっていく。

 

 混乱を避けるために隠し続けていた真実を公開できた事、また、その内容を表に出して問題ない様に調整できる張本人(・・・)が現代に居たこと。それら全てが重なってこの本が生まれたのだと思うと、胸を掬う柔らかい感覚を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は冬。

 窓の外は一面の雪景色に染まっており、それは彼女が家を持つとある村でも変わらない。北と南に差異はあれど大陸中に雪が舞うこの季節は、人々の活動も控えめになる。

 

 二年程前に学園を卒業した弟子に魔祖十二使徒という立場を譲り事実上無職となったエイリアスは余生──余生と呼ぶには長すぎる年月を生きるが──を謳歌していた。

 

 一日の始まりは遅い。

 昼前に起床し気だるく布団から起き上がり欠伸をし静かに身体を解す。

 肩こりなんかとは無縁な肉体でも同じ姿勢を保っていれば疲労は蓄積していくため、魔力で無理矢理治しても大丈夫だが、彼女はそう言った手間を惜しまずにのんびりと受け入れている。人の身を止めたからこそ、人らしい生き方を大事にしているからだ。

 

 窓から差し込む太陽光に加えて真っ白な雪で反射した輝きで目を細めつつ、乱れた髪を手櫛で丁寧に整えてからベッドから降りた。

 

(…………眠いな)

 

 およそ三十年程だろうか。

 魔祖十二使徒として国の運営に携わることはあまりしなかったが、それはそれとして研究機関や教育機関に協力しつつ村の長として様々な職を並行してこなす日々。

 

 直近十年はそれに加えて二人の弟子を鍛え上げる事もしていたために余計忙しかった。

 

 故に、こんなにも深く睡眠を貪れるようになったのはつい最近の事。

 長い間鞭うった肉体を労わる様に。

 

「ロアの怠け癖が移ってしまったか」

 

 嬉しそうに呟きながら指先に魔力を灯らせて、魔道具へと注いでいく。

 空のコップに沸き立つお湯に、インスタントのティーを入れて待つこと二十秒程度。

 薄めで抽出したストレートティーを口に含み、僅かに身を蝕む冬の冷気との温度差に震わせながら目を覚ます。冬の季節はすっかり一連の流れをしなければ気がすまなくなってしまったなと苦笑して、両手を温めるようにカップを包み込んだ。

 

 じんわりと伝わる熱が、まるで誰かの手を握っている様な暖かさをもたらしてくれる。

 

 エイリアスはこの暖かさが好きだ。

 

 血に塗れて罪の拭えない両手を優しく包み込んでくれる誰かの手を想起できるから。

 自分を地の底から救い出してくれたたった一人の大切な人を、忘れないでずっと覚えていられるから。

 

「──……あの人らしさ、か」

 

 共に過ごした私よりよっぽど理解度が高い。

 嫉妬に似た重たい感情を自分の弟子に抱くなどなんて浅ましい女だ。

 

 そこまで考えて思考を振り払うように頭を小さく揺らした。

 

「やめろと言われたばかりじゃないか、エイリアス」

 

 何時までも卑下するなと愛する弟子に言われ続けている。

 それでも癖が抜けない辺り自己肯定感の低さが滲み出ているのだが、その事には気が付かず──また、もう一つ大事な事を忘れているのに気が付くまでは秒読みだった。

 

 自分に問いかけるように独り言を吐いているその時、揺れ動く灰の髪に目が動いた。

 

「こんな調子じゃ愛想つかされてしまうな」

「そうだな。いい加減やめろと言っているが」

「ミ゜」

 

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 呼吸が止まる寸前で手に握っていたカップの中身が揺らぎ中身が思い切り零れるが、そこは腐っても元魔祖十二使徒。

 瞬時に自己防衛魔法が作動しかかりそうになった熱湯が蒸発し事なきを得るが、未だに心臓はバクバク言っている。

 

「独り言をぶつぶつ言い始めたかと思えばまったく……怒るぞ」

「お、怒ってるじゃないか……」

 

 完全に失念していた、とエイリアスは頭を抱えた。

 

 昨日はアルスが命を落とした日であり、いろいろ重なって忙しかったのだ。

 朝昼と食事を摂る暇すらなくバタバタあっちこっちで仕事をこなし続け最終的に落ち着いたのは日を跨ぐ寸前、夕食をこれから食べようにもそんな気力すら湧かずに家に戻って来たら──確か……

 

『おつかれ師匠。簡単に飯を作っておいたぞ』

『……明日は槍でも降るのか?』

『要らないなら俺が食うぞ』

『ああいやすまない! 無論頂くよ、なにせ何も食べてなくてね』

 

 珍しく、本っ当〜に珍しく。

 忙しさを察知していたステルラにご飯ぐらい作ってやれと家を追い出されルーチェの元に顔を出すも忙しいから構えないと辛辣に追い出されルーナが私が養ってあげましょうと息巻いて現れたがエイリアスに連れていかれたのを見届けて、流石に忙しそうだなと同情したために起きた事だった。

 

 結果、家に帰れないなら別の家に帰ればいいと最悪の結論を叩き出したヒモはエイリアスの家に我が物顔で侵入して勝手に食材を使いかつての英雄が作っていた手料理を再現し疲労困憊の彼女にトドメを刺した。

 

 そしてぐっすりと眠るエイリアスの隣で自分も寝転び手を出さないように鋼の精神で爆睡を敢行して、今に至る。

 

「……ロアのえっち」

「キツいぞババア」

「ぶっ殺すぞクソガキ」

 

 額に青筋が走り怒りのまま紫電が迸るものの、ロアはそれを何なく弾く。

 すっかり才能も手に入れてしまい一時期は天狗になりかけていたが、順位戦で絶対的な一位に降臨するステルラを見て身の程を知ったため何かが変わったわけでもない。

 

「すっかり可愛げのない男になった」

「師匠から歪んだ愛を受けたもので」

「別にアルスと重ねたりなんてしてないからな?」

「おっと、俺は何も言ってませんが……」

「…………ノーコメントだ」

 

 手に持ったストレートティーを口に含んで、わずかに熱を持った顔を見せないようにそっぽを向く。

 

「ふっ、すっかり師匠も俺にメロメロだな。まあ元々俺のこと大好きだったのはバレバレだったが」

「…………そうだな。否定はしないさ」

 

 顔は会わせないまま、ベッドに寝ころんだままのロアの言葉を肯定する。

 

 初めて出会った時は、妙に大人びた子供だと思った。

 マセているとか、背伸びしているとか、そういう事ではなく……言動はふざけた内容が多いけれど、枯れ果てた老人のような部分を見せる事があった。

 

 メグナカルト夫妻はそれに関して個性だと割り切っていたが、そういう意味でも彼は恵まれていただろう。

 

「君は魅力的だった。私が見て来たどんな男よりも怠惰でありながら、どんな人間よりも努力を惜しまない。その癖誰でも努力するから、なんて理由で自己評価は低いまま他人をこう評価するものだから困った男だったよ」

 

 事実、ステルラは完全に依存するような形で愛情を向けている。

 

 それはそうだろう。

 幼い頃から唯一自分に構い続けてくれる異性の同年代であり、なぜか強くなるために人生の大半を消費し、しかも都会の進学先までついてきてくれる男の子。端的に言うのならばステルラの性癖は完全に破壊されているし男性観も崩壊している。

 

「……そうか」

「ああ。幼気な少女の価値観を壊したんだから、そこの責任はしっかり取らないとな?」

「言われずとも既に取っている」

 

 薬指には指輪が嵌められており、紫の宝石が小さく輝く慎ましいものだ。

 

「それを言うのなら師匠こそ責任を取って欲しいが」

「私が?」

 

 惚けているが自覚があった。

 内心流れる冷や汗を悟らせないように敢えて普段通りに行ってみたが、隠し通せるのだろうか。

 

 いくらアルスの記憶を持っていたとしても彼に才能があると思い込み山籠もりという形で子供の青春時代を奪ったのは自分である。

 本人が了承したとはいえ、幼い子供と親を引き離したという事実がある。

 ゆえにそこは責任を問われれば頷くほかないし取るしかない。

 だが、ロア自身がそれを否定していた。

 

 自分で望んだことの責任は自分で取る。

 あくまでエイリアスに非はないという姿勢を崩さず、それはこれまでずっと一貫していたのだが──……

 

(…………ロアの望むことならなんだっていいか)

 

 大概彼女も絆されているし惚れているし甘々だった。

 大人であり魔祖十二使徒という立場を抱えていた自分が解決するべき事態を全て収めてもらった上に命まで救われた身で、エイリアスはロアの言う事なら何だって聞くという覚悟をしている。

 

 一度ならず二度も終わった命だ。

 ならば、それを救ってくれた彼に捧げるのも悪くはない。

 

 エイリアスがそう考えていることなんて露知らず、ロアは続きの言葉を紡ごうとして──躊躇っていた。

 

(俺の性癖ぶっ壊したのはこの女なんだよな……)

 

 ステルラに惚れているのは間違いない。

 ただ、身体のスタイルが完璧で顔も美人でいい匂いもするし自分に謎の好感度を持っているミステリアスな年上に幼い頃から絡まれていた為にそういう癖がある。

 

 山籠もりしてる時に限界状態なのにめっちゃ良い女性の香りを漂わせてきた時は流石のロアもメタメタに来ていたが、圧倒的な実力と立場の差に何も出来ないで悶々とする日々を過ごした過去がある。

 

 ゆえに今、躊躇っていた。

 

(今なら好き放題出来るんじゃないか?)

 

 ロアは既婚者である。

 妻は超越者だ。

 学園を卒業し一年でヒモ生活に激怒され結婚したが、相変わらず好意を持たれている女性陣とは付き合いがあるしなんなら公認である。

 卒業と同時に身を晦ませようとしたエイリアスを弟子二人で止めてちゃんと帰ってくるように約束を取り付けた仲であり、ぶっちゃけると、今なら手を出しても許されるのではないかと何となく考えていた。

 

(なんかもじもじしてるし満更じゃ無さそうなんだよな……)

 

 脳裏に浮かぶのはアルスの記憶、即ちハニトラである。

 純情そうな子、あからさまな娼婦、寝込みを襲おうとするボーイッシュな少女等様々な姿が浮かび上がる。

 

 死んだ目で捉えるエイリアスからはそう言った空気感は感じず、どちらかと言えば、こう……いつぞやのステルラの姿と被る。滅茶苦茶失礼だった。

 

「師匠」

「な、なにかな」

「結婚するか」

「……………………いや、駄目だろう」

 

 滅茶苦茶悩んだなとロアはほくそ笑んだ。

 エイリアスは愛弟子でありその愛弟子の夫でありかつての想い人の記憶を持っており子供の頃から知っている少年の押しの強さは知っていたが、こんなにも堂々と浮気宣言をしてくるとは考えすらしていなかった。

 

 因みにエイリアスは与り知らぬことだが、身を固めたロアが相変わらず周囲の女性陣とイチャイチャしているため既に世間での評価は女好きの英雄である。比例してアルスの評価が上がっているのでロアの作戦通りと言った様子だった。

 彼は自分自身の富と名誉よりもアルスの偉大さを知らしめたいと考えている厄介オタクである。

 

「ステルラは俺が説得するし大丈夫だ。結婚しよう、エイリアス」

「けっ……!」

 

 ロアはここぞとばかりに詰め寄って、未だ顔を逸らそうとするエイリアスの手を取った。

 

「ロ、ロアっ!」

「俺は本気だ。アンタの事は逃すつもりは無いって言っただろ?」

 

 密かに身体強化を使用して力強く抑えつけ、持っていたカップが地面に落ちる。

 割れることは無かったが中身が溢れかえり、すっかり冷めてしまったティーだけが床に撒き散らされた。

 

 鼻と鼻が触れ合うような距離感で目を直視する事となり、ロアの気だるげな瞳に覇気が宿っている事に気が付いて──そこまでされて、本気なのだと唾を飲み込んだ。

 

「わ、私のような女を選ぶなんて随分と」

「ああ。俺は師匠も選ぶ。他のどんな奴だって逃しはしない」

 

 腕を掴まれて壁へと追い込まれた。

 抵抗しようにも力強く、エイリアスは身動ぎして顔を逸らす程度の事しか出来ない。

 自己肯定感が妙に低く己を卑下する癖のある彼女は、どうにも肯定されるのが得意では無かった。

 

 長い社会生活で世辞には慣れたが残念なことに周囲にいた人間は魔祖十二使徒という後悔を抱えて生きている長寿の生命体ばかりであり、その中で特に交友があるのは激重感情を抱えていたエミーリアである。

 

 よって、互いに傷を舐め合うような言い合いはしたことがあっても──このように全肯定されるようなことがほぼ無かった。

 

「……欲張りめ」

「強欲で結構。手の届く場所にあるのに手を伸ばさない理由が無い」

「節操無しの甲斐性無しのヒモ人間」

「言っていい事と言っちゃいけない事があるからな?」

「女誑し……」

「誑かされる方にも問題があるが……俺はそういう女も好みだ」

 

 身体から力が抜けていく。

 囁かれる言葉が全身に浸透して、どこまでも否定したい己の弱さを柔らかく溶かしていった。

 

「…………ロア……」

 

 小さく呟いて、目を瞑った。

 

 静かに近づいた二つの影が、重なる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ねぇ、二人とも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何してるの?

 

 

 

 

 

 

 

 




エイリアス・ガーベラ

激重感情弟子向妖怪。
この後乱入したステルラにボロ雑巾にされるロアを庇って余計面倒な事態を引き起こすが、結果としてロアのハーレム形成の一助を担う事になる。チョロい。

ステルラ・エールライト

ロアが女を口説いている気配を感知し馳せ参じた所現場に遭遇し怒りのあまり雷撃ブッパし三日三晩戦い続けた結果、気が付いた時にはロアの隣で寝ていた。チョロい。

ロア・メグナカルト

幼い頃からごちゃまぜの感情を向けていた師匠も篭絡して無敵になった。自分の評価が落ちれば落ちる程アルスの評価が鰻登りになるガバガバ計画を立案するが、「まあ元々そういう事言ってたしな」で納得され大して影響が無かった。バカ。


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