英雄転生後世成り上がり (恒例行事)
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序章 努力嫌いの小さな英雄
第一話


 かつて、大陸全土を巻き込んだ闘争があった。

 

 北のロバス帝国、南のリベルタ共和国、東のグラン公国、西のミセリコ王国。

 その戦は熾烈を極め、軍人・民間人問わず数多の犠牲者が発生した。数えられただけで、当時の総人口のおよそ四割が死滅したのだから、語るまでもないだろう。

 

 戦争は長期に渡って広がり続け、最初は国境での小競り合いから徐々に規模を広げ、大陸中どこを見ても戦火が燃え盛る死の大地と化したのだ。

 国は枯れ、民は死に、富は次々と滅びを迎えていく。

 

 誰もかれもが疲弊し、それでもなお覇を唱える地獄がどこまでも続くと思われた──その時。

 

 一人の青年が現れた。

 それはまるで流星のようで、崩壊を迎える世界に突如出現した彗星の如き救世主。

 

 内戦の鎮圧、紛争の終焉、その手には聖なる神官から祝福を授かった聖剣を携えて。

 共に立ち上がった魔法使い、傭兵、数多の実力者たちと戦い、認め合い、彼は戦場を駆け回った。

 

 それはリベルタ共和国へ勝利を齎すためではない。

 

 人類を一つに纏め上げる為、統一国を建設するため。

 もう二度と人類が戦争の悲劇を繰り返さない為に、彼はその身に過ぎた渇望を抱いて立ち上がったのだ。

 

 幾度となく繰り返される戦争。

 ありとあらゆる祝福をその身に宿し、彼は戦を次々と終焉に導いていく。

 

 武器を破壊し、魔法を砕き、戦う意思を挫く。

 命は奪わず、どれほどの大罪人であってもその命を奪うことは無かった。

 常人では考えられない程の速度で大地を駆け巡り、やがてその刃はそれぞれの国の中枢へと至る。

 

 感化された議員が立ち上がり、休戦を訴えた。

 

 民が支持し、青年は英雄として讃えられていく。

 

 英雄は戦争を終わらせた後に、統一国を建設する。

 それぞれの国の蟠りと立ち向かい、それでも人の意志を信じ抜いた彼は成したのだ。

 

 二十年もの間続いた戦争を終え、彼はやがて姿を消す。

 戦の無くなった世界に英雄は不要だと言わんばかりに、忽然と姿を消したのだ。

 

 大陸中を探し回るも終ぞ見つかることは無く──英雄は、伝説となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第一話 

 

 冬の苛烈な寒波が過ぎ去り、草花が実りを付け始める春。

 季節が一巡する頃に、おれは目覚めた。

 

 目覚めたと言っても変な方向性に目覚めた訳じゃ無い。

 あー、でもまあ、これはこれで変な方向性と言える。少なくとも普通の人間にはないであろう、自身にだけしかないであろう特別な出来事だ。

 

 今の年齢はおおよそ六歳と言ったところか。

 肉体的には全く整合性のとれていない未熟さで、己の能力の低さに絶望する日々が続いている。

 

 どうして己の能力の低さに絶望するのかと言われれば、簡潔に言えば──より完璧な理想像が頭の中に存在するから。より端的に言うならば、『前世の記憶』と呼べる謎の思い出があるからである。

 

 それこそ御伽噺のような出来事だ。

 

 空を翔ける龍を切り裂いた一撃、星を穿つとすら謳われた使い手を殺した感触、山河を埋め尽くす機械兵団を滅殺したときの光景、地の底から溢れ出た闇の軍勢と三日三晩殺し合ったときの疲労感、愛を謳って一生を駆け抜けた親友との雌雄を決した瞬間。

 百と数十年前にあった、大陸を統一する英雄の追憶。

 

 始めは何のことか訳が分からなかったが、訳が分からないという事実がおれに補完させた。

 

「あ、これ前世の記憶か」

 

 理解した瞬間に高熱に魘され死の淵を彷徨ったが、両親の献身的な介護により事なきを得た。

 流石に首都まで医者を呼びに行く、なんて無茶を行った父親を止めはしたが。ここド田舎だし、首都まで馬車を利用しても大体一週間は掛かる。

 

 往復で二週間とか普通に手遅れだろ。

 

 なんやかんやで生き延びたのが今から二年前、四歳のころの話だ。

 そこからはこれまで通り違和感のない子供を演じつつ、記憶の整理を行って生きている。

 

 伝記に遺された文献を幾つか読み漁って、時々保有する知識量じゃ解読できない部分を記憶を必死に掘り起こして読み解いて、それを更に自身の記憶で補完する。

 かつての大戦を纏め上げ、この大陸を統一国と定めた英雄の記憶を。

 

「ロアくん!! あそぼー!!」

「……おれは常々言っているが、割と忙しいんだ。きみたちの遊びに付き合っていると疲れるし、今日はまだやることがある。あと一時間待ってくれ」

「やだ!!!」

 

 これだから子供は……! 

 

 憤りを溜息に籠めて吐き出しつつ、ナチュラルにおれの部屋に入って来た幼馴染に向き合う様に立ち上がる。

 

「ふー……やれやれ。どうやら“理解”らせないと駄目らしいな」

「鬼ごっこしよ!」

「もう少し話を聞く努力をして欲しいんだが」

「鬼ごっこしよ!!」

「これはあれかな、おれは試されてるのかな」

「鬼ごっこ!!!!」

 

 おのれ、おれは心の中に根付く他人の記憶を漁るので忙しいんだ。

 子供の無邪気なエネルギーはこれだから困っちまうよ、本音を言えばベッドで横になりながら気楽に文献を読み漁っていたいのに。

 

「参加人数は?」

「わたしとロア!」

「1 on 1かよ」

 

 タイマンとは恐れ入った。

 おれこと『ロア・メグナカルト』の身体を簡単に表現するならばもやしっ子である。三度の飯より読書が好き、太陽光より人工的に調整された照明を好む体質。

 

 幼馴染こと『ステルラ・エールライト』は元気な活発娘である。三度の飯より運動が好き、読書をする暇があるならとにかく身体を動かしたい典型的アウトドアタイプ。

 

 つまりこれはおれの敗北が確定している出来レース。

 如何に英雄の記憶らしきものを保有しているおれとしても現時点では覆す事の出来ない敗北である。

 

「やだ。おれは負けず嫌いなんだよ、勝てる戦いしかしたくないんだ」

「でもわたしはロアと遊べればそれでいいよ?」

「…………クソがッ!」

 

 おれの負けだ。

 これで通算敗北数二千くらいか? 盛ったな、でもまあ正確な数なんてどうでもいいだろ。どうせおれしかカウントしてないし。

 

 手に持っていた文献(父親のツテで手に入れた)を机の引き出しにぶち込んでから、かわいい幼馴染の要望に応える為に準備をする。本当はあまり“全力”を出すのは好きじゃないんだ。何故なら、負けた時に言い訳出来ないから。

 

 かつてのおれ(英雄のこと)は幼い頃から剣術を修め魔法を学び、魔法剣士という器用貧乏を万能へと昇華させ戦場を駆け廻る嵐となったらしい。

 

 いまのおれは幼い頃から堕落を極め魔法は知らず、インドア派という名のごく潰しへと昇華させ家内のリビング・トイレ・自室を往復する無能である。

 

「いいハンデだぜ。かかってこいよステルラ、おれは負けない」

「じゃあロアが鬼ね!」

「マジかよ」

 

 鬼を押し付け颯爽と走りだしたステルラ。

 非常に残念なことに、大変遺憾ながら、あの幼馴染はクソチート才能ウーマンである。

 おれが記憶の中にあった身体強化魔法を適当に教えたら初見で発動した怪物。ナチュラルに魔法を使い、両家を困惑させおれを説教へと導いた無邪気な悪。

 

 文献のなかに書いてましたで事なきを得たが、危うく実の両親に怪しまれるところだった。

 

 ちなみにおれは魔法を使えない。

 魔法を使うのには魔力が必要なのだが、おれは魔力を生み出す器官がゴミカス程度の出力しかないらしい。

 

「世の中は誠に不公平である」

 

 ぶつくさ言いながら玄関に向かい、運動用に買ってもらった靴を履く。

 

 靴に魔法発動効果くらい付与してほしい。

 それくらいのハンデは必要だろ、もう少しおれを有利にしてほしい。

 

「あら、遊んでくるの?」

「遺憾ながら鬼を押し付けられたゆえ」

「夕飯までには帰ってくるのよ」

「わかった」

 

 今日は勝てると良いわねぇ、なんて呑気に言う母。

 まるでおれが毎回負けてるみたいな言い草だ。失礼だとは思わないのか、すこしは自分の息子の勝ちを信じてくれたっていいだろう。これが噂に聞く児童虐待ってやつか? 

 

 と思ったが、記憶の中の英雄の幼少期と比べておれは非常に充実している。

 

 あんな血と汗に塗れて苦痛の中で育ってどうして救国なんて崇高な意識が芽生えたのだろうか。

 朝、時間になったら冷水を掛けられて目を覚ます。朝食すら食べずに修行を行い、手の皮がズルズルに剥けるまで素振りを強制。塩を塗り込んで傷口を消毒し、包帯も巻かずに組手。意識を失うまでボコボコに打ちのめされた後に致命傷すら回復させる回復魔法で蘇生に近い治療を行われ、休憩を挟まずに魔法の座学。

 

 やっぱクソだな。

 

「おれは今生に感謝すらしている。ありがとう母上、父上」

 

 才能が何も無くても、強さなんてものが無くてもいい時代なのだ。

 平和は保たれかつての英雄の苦痛は闇に葬られ、輝かしい歴史だけが表に記されている。

 救国の英雄に悲劇は必要無いと言わんばかりの徹底的な隠蔽である。

 

 魔法の一つすら満足にあつかえないおれだが、生きて行くのに魔法など無くてもいいのだ。

 

「それはそれとして、魔法が使えるのはズルくないか?」

 

 生きるのに必要無くても勝つのには必要。

 魔法とは即ち、強さ。おれは負けず嫌いで偏屈なプライドを保有しているが、それを支える為の強さは一切存在していない。いわば虎の威を借りてすらいない狐以下の畜生である。

 

 魔力機関は使用すれば使用するほど強くなる。

 

 使えないおれは生涯強くなることは無い。

 

 あまりにも不平等すぎる世の中だ。先程は英雄に比べればマシ等と戯れ言を吐いたが、それは嘘だ。やはり現実はクソ、おれの才能の無さは絶望の二文字ですら有り余る深さをもつ。

 英雄の記憶はなーんにも役に立たないし、あんな辛い修行しなきゃ英雄になれないなら成らなくていい。

 

「楽に強くなりてぇ……」

「おっ、ロア坊じゃんか」

 

 ぶつくさ言いながら歩いていると、件のチートウーマンの父親が話しかけてきた。

 

「どうもエールライトさん。お宅の娘さんに苛められています」

「まあまあそう嘆くな。俺の娘が才能あるのは認めるが、魔法を一発で使いこなしたのも凄いと思うが、勉強も出来るのが凄いが……凄いな。何で農家の娘に生まれたんだろう」

 

 疑問に抱くな。

 自身の子供の才能くらい信じてやれよ。

 おれみたいに才能ナシだが明るく励まされてる子供よりマシだ。

 

「あーあ、才能が欲しい。努力値とか要らないから才能限界値を人類の上限突破するくらい与えて欲しかった」

「ま、今の時代には必要ない才能だよ。少なくとも、俺の世代にすら必要ないからな」

 

 それはそう。

 

 今は百余年続いた平和な時代であり、その平穏は未だ保たれている。

 英雄の意志を継ぐ傭兵団、魔の祖が擁する魔導兵団、その他にもかつての英雄が関係を築き上げた多数の勢力が尽力している。

 

 かつての勢力を纏め上げたのは間違いなく英雄であり、それこそが英雄たる所以。

 

「やっぱり男は強くてなんぼよ! ロア坊も剣術の師くらい探したらどうだ?」

「修行とか絶対無理です。おれは楽して強くなりたいんだ」

「なんて甘えた根性なんだ……」

「平和な情勢に苦痛を伴う強さとか必要ですかね」

「発言に正当性を持たせようと必死だな」

「それでも俺はァッ! (楽して)強くなりたい!」

「英雄譚の名言をそんな風に使うな」

 

 公式に遺されている英雄譚・青年期編にて、自身の努力を嘲笑う様に登場した稀代の大天才に敗れた時の台詞である。

 どれだけ現実に打ちのめされようと決して折れない心の強さはその姿を見た者を奮い立たせた、なんて描かれている。その実態は血反吐滲むどころか血肉吹き飛ぶ修練の先に越えられない壁が存在する現実に対し、その絶望感を胸に抱きながら高らかに謳った言葉である。

 

 ──どれだけの絶望がこの胸を埋め尽くそうとも、俺の積み重ねた現実は決して無くならない。

 

 そんな想いを抱いて、英雄が絞り出した悲鳴にも似た叫びである。

 

 偉大な男ではあるが、それを基準にして考えられると少々困ってしまう。

 人は強い人間に惹かれる、事実ではあるがそれが全てではない。おれのように心の底から適当に自堕落に生きたいと願うのもまた人の本質であると思う。

 

 この記憶が無ければもっと努力していたかもしれないが、この記憶があるからこそ努力の儚さを理解している。

 

 という建前だ。

 

「それではおれは勝利を求めてくるので」

「おう、まあ程々に相手してやってくれ。アイツも寂しいんだ」

 

 ステルラは才能チートウーマン。

 この田舎に居ていい人材かわからない程度には才能に溢れているため、何をやっても人一倍熟してしまう。大人からは英才教育のように蝶よ花よと育てられているが、同年代の子供からは敬遠されがちだ。

 

 持ち前の明るさで気にならないように振舞っているが、精神年齢が成熟した人間でない限り嫉妬心が燃え上がってしまうのも確か。

 

 おれ? 

 

 おれはもう嫉妬とかそういう次元通り越したよ。

 記憶が芽生えて、『おれ本当は英雄さまなんじゃね?』とか思い込んでた俺を散々に打ちのめした怪物である。

 

 完全上位互換だし、もう嫉妬するもクソもないよね。

 

 ロア・メグナカルトは現状何も成していない人間である。

 

「任せといてください。おれは置いて行かれても、追いかけるのはやめませんよ」

 

 それが英雄の記憶を持つ人間として、最低限の意地だ。

 あんな苛烈に、鮮明に輝きを見せつけられてはどれほどの闇が背後に巣食っていたとしても憧れは抱く。

 

 抱くのは憧れまでだ。

 

 羨望は決して抱かない。

 

 いまだ英雄の記憶を最期まで辿れた事は無いが、その最期は現在不明となっている。

 

 曰く、海の果てを探しに行った。

 曰く、闇を祓いに地底に行った。

 曰く、救った民衆の凶刃に倒れた。

 

 星の数ほど最期は語られているが、どれもこれも確証があったりなかったりするため不明扱いである。

 

 救国の英雄の最期は悲劇であってはならないが、この記憶を辿る限り──それは惨たらしく残酷な最期を迎えたのだろう。

 

 悲劇で始まり悲劇に終わる。

 英雄とはよく言ったものだ。その果ての平和を享受しているおれが言えた義理では無いが、現在の目標はコレである。かつての英雄の人生、それを正しい形で纏めて発表する。たとえそれが悲劇であっても、誰かの人生を歪めていい事にはならない。

 

 発表したら暗殺される可能性も視野にいれるけど。

 

 隠している事実を公表したらそりゃあ隠されるだろうな。

 そのためにある程度の立場を手に入れるとか、何かしらの手段は講じなければならない。生憎とおれにチートは一切備わっていないので、現状出来る手段としては役人になって国の重要ポストに就く位である。

 

 なお、そのための勉強もステルラの方が成績がいい。

 

「誰かステルラを見かけませんでしたか」

「おっ、ロアくんじゃないか。またお嬢様に振り回されてるのかい?」

 

 近所に住む妖怪に話しかける。

 妖怪と言っても言葉の綾で、俺が生まれた時から姿が一切変わってないから便宜上妖怪と呼んでいるだけである。

 

 白い髪を腰まで伸ばし、赤い瞳は此方を見透かすように捉えてくる。スタイルは整っているし、一人だけ古風なローブを身に纏っているのもまあ目立つ理由になる。

 

「お嬢様というのがおれを一方的に打ちのめす悪魔の事を指すならそうです」

「彼女は才能に溢れているからな……私がこれまで見た人間の中で、最も才能に満ち溢れているよ。本人の努力もあるけれどね」

 

 この妖怪お姉さん(以前おばさんと呼んだ際に三時間程正座させられた)、時々年を重ねたアピールしてくるが本質的に物事を良く考えている人だ。

 どうしてこんな田舎に居るのかわからないが、役割としては村の医者兼主計兼魔法指導員兼教職員兼土木作業監督者兼畜産主任兼、なんて意味が分からないくらいの肩書を持つ。

 

 あまりにも有能過ぎて嫉妬する気すら浮かばないが、村の人からはよく頼られる村長でもある。

 

「優秀な人間は周囲を置き去りにしてしまいがちだが、彼女の場合は問題なさそうで安心するよ。君が付いているからな」

「代わりにおれの自尊心が砕け散っているんですが、それはいいんですかね」

「自己修復出来るだろう?」

「限度ってモンがあるんですよね。おれにだって男としてのプライドはあります」

「ヨシ、それなら私が君を立派な魔法剣士に」

「なりません。魔法使えないし、イヤミですか? 終いには泣きますよ」

 

 誠に遺憾である。

 ロア・メグナカルトは激怒した。必ずかの邪知暴虐なる年齢不詳魔女を泣かすと決意した。

 

「今失礼な事を考えなかったか?」

「マサカソンナコト」

 

 ロアは苦痛に弱い人間である。

 普通に裏切るし、友を信じて三日三晩走り回る事はない。家に帰ってゆっくりしているだろう。

 

「それで、お嬢様兼悪魔は何処へ」

「ああ、そうだったな。私の探知魔法によると西地区あたりに居るらしい」

「遠過ぎんだろ……」

 

 我が家は東地区の中央部、ステルラがいるのは西地区の南側。

 距離で言えば歩いて一時間くらいの距離である。

 

「加減しろ!」

「流石に不憫だな……どれ、ここは一発ワタシが送ってやろう」

「おお、その重い腰を上げてくれるんですね」

「大陸の果てを見たいとは、中々良い趣味を持つな」

「大変申し訳ありませんでした」

 

 なんだよ、言葉の綾じゃないか。

 齢六歳にキレるとか威厳ゼロだぞ、ゼロ。

 

「私のテレポートだってタダじゃないんだぞ。まあ? 私は優しいからな、ちゃんと子供には大人の対応をしてやるのさ」

 

 それを言うのが大分子供なんだが、おれは心優しいから黙っておく。

 

「あ、帰りは頑張って歩いて帰ってくるんだぞ」

「マジで言ってます??」

「男だろう、それくらい気張って見せろ」

「おれは六歳なんだが……」

「安心しろ。普通の六歳はソレを言い訳にしない」

 

 暗に子供らしくないと告げられた所で、視界が光に包まれる。

 この年齢不詳の魔女、魔法にエフェクト付与して誤魔化しやがった……! 

 

「この年齢不詳! 魔女! 美人!」

「罵るのか褒めるのかどちらかにしたまえ」

 

 独特の浮遊感と共に、一瞬だけ浮かび上がったかと思えば、次の瞬間には地に足着けてしっかりと立っている。

 

 何度も送ってもらっているが、相変わらず魔法の感覚が独特だ。

 

 こんだけ発達してるなら馬車とかやめて運送業やればいいのにな。絶対儲かるだろ。

 

「あ、いたいた。ステルラ見っけ」

「あー、またエイリアスさんに送ってもらったでしょ!」

「おれは魔法が使えないから普通にやったら日が暮れても追いつけないんだが……」

 

 気が利く魔女様は、どうやら標的の真後ろに送り込んでくれたらしい。

 

「ほい、タッチ。チェンジだチェンジ」

「ずるい! 折角ここまで走って来たのに~!」

「いや、ここまで普通は走ってこないからな。街道通っても一時間は掛かるぞ」

 

 のんびり歩いて来たから、陽が傾き始めている。

 おれはそろそろ家に向けて歩き始めなければ夕食に間に合わなくなってしまう。母との約束は夕食までには帰宅する事、このままでは遅刻してしまう。

 

 事情があれば許してくれるし、大半が事情があるんだが、それはそれで負けた気がするのでイヤだ。

 

「ステルラ、おれのこと運んでくれないか?」

「え、一緒に走って帰ろうよ!」

「多分それはおれが置いて行かれるだけだな」

 

 自分を基準にするのをやめたまえ。

 おれは典型的もやしっ子、100メートル二十秒の記録を持つ。

 

 自慢じゃないが、ここから時間通り帰るのは不可能に近い。

 

「まあいいか。魔女に誑かされたって言い訳しよう」

「じゃあ競争しよう競争!」

「おれに一切の勝ちの目が無い事を今説明したと思うんだが……」

 

 なにが楽しいのか、きゃいきゃいと笑いながらステルラが騒ぐ。

 負けっぱなしなのは気に食わないが、まあ、コイツが楽しいならそれはそれでいいか。

 

 いつか絶対負かしてやる。

 

「ハイスピードなのを否定はしないけど、たまには緩やかに行こう」

「でもロアはいつもスロースピードじゃん」

「ステルラが急ぎ過ぎてるだけなんだ。おれが普通だから」

「おっそーい! 遅い遅いおっそ~~い!」

「普通にムカつく。おれに魔力が無くてよかったな、もしも魔法が使えたら八つ裂きにしてるところだ」

 

 ハ~~~。

 まあ、お子様にはわからないか、おれの気遣いとか諸々が。

 

 努力はクソだが、こういう目にあっていると定期的に努力はするべきだと思わされる。努力の最低値を地で行くスタンスだが、ごくまれに努力値を振るのも悪くはない。

 剣術とかやれる気がしないし魔法は使えないが、このままだとステルラに一生敗北したままである。三日坊主になる未来が見えるが、明日から本気出そう。

 

「ほらほら、走ろっ!」

「待てステルラ。おれの手を引いたまま走るな、そのままだとおれが宙に浮いたまま──」

 

 おれの命乞いも虚しく、かの暴虐なる悪魔的お嬢様は駆け出した。

 無意識に発動した身体強化によって増幅された身体能力を発揮し、おれは連れ去られる体を保ったまま風を切る隼と化したのだ。

 

 家に着いたころには疲労困憊、視界がぐわんぐわんと揺れ動き全身から変な汗が吹き出し続けたおれは翌日高熱で倒れた。

 

 英雄の記憶なんざ持っていても所詮この程度である。

 ロア・メグナカルト六歳。勝ちの目が見えなくても挑まなくてはならない勝負がある、そんな理不尽な現実に付き合った結果。

 

 “理解(わか)”らされたのは、どうやらおれだったらしい。

 これで通算敗北数がまた一つ星を重ねる事となった。

 

 天才に付き合えるのは狂った努力家かそれを越える天才である。

 おれはそのどちらでもなく、ただ誰かの記憶を持った凡人で終わる。その事実がなんだか悔しい気もするが、それが現実だから仕方が無い。

 

「母上、父上……もしおれが死んだら、犯人はステルラだ」

「ご、ごめんねロア。ロアが弱くて女の子に勝てなくて意地っ張りで見栄を良く張ることを忘れてたよ」

「おまえちょっと表出ろ。おれがこの手で引導を渡してやる」

 

 ナチュラルすぎる煽りに、おれの海よりも深い寛大な心でさえ沸点を優に通り越し、臨界点を突破した。

 誰が一度も勝ったことのない負け癖のついた万年最下位だ。勝てるってところをたまには見せてやらないから、こういう思い上がりが出来てしまう。

 

 魔法を封印するルールでステルラと即刻鬼ごっこを再開する。

 おれは熱で魘されていて体調が万全とは言い難いが、そんな事を無視してでもいまこのチャンスを逃すべきではないと心の奥底から思ったのだ。

 

「クソ……ッ! 待て、この……!」

「ロア、無理しなくていいよ?」

「クソがッッ!!!」

 

 おれの体感では三年は鬼ごっこをしていた感覚なのだが、その実一時間も経たずに症状が悪化したおれは魔法を解禁したステルラによって自宅に強制収容された。

 

 医者として訪れていた妖怪ババアことエイリアスさんには、「意地を張るのは男らしくて好感が持てるが、それはそれとして休むときはしっかり休め。どこかの誰かみたいに手遅れになるぞ」なんて説教も頂いてしまった。

 

 一度に二度の敗北を味わわされることになるとは……やはりステルラ・エールライトはおれの宿敵である。

 

「ぐおお……おのれ、つぎはおれが勝つ……」

「まったく。回復魔法も限界があるんだぞ?」

 

 強制的に体力が増やされていく謎の快感と共に、おれは高熱の最中意識を失った。敗北に敗北を重ねた敗北のミルフィーユである。

 

 それは大層苦い味だった。

 

 

 

 

 

 ──そして、高熱で意識が混濁する中、ある夢を見た。

 

 それは英雄の詩だった。

 人類同士の争いを終え、かつての仲間たちとも別れを告げ、故郷へと帰還した後の話。語られる事のない英雄の闇。

 

 人の心から産まれた地底の悪が、古の大地より溢れ出る。

 ただ一人、共に時を過ごした稀代の天才にして親友と共に駆け抜けた語られない戦。

 かつての仲間たちへ言葉を遺し、二人は戦いへと赴いた。

 

 いくら祓えど勢い衰える事が無く、次第に疲弊していく両者。かつて暗黒の力をその刀身に封印したと謳われた魔剣が折れ、聖なる神官が祝福を施した鎧も打ち砕け、王女より授かった伝説の盾も今や鉄くず同然と化した。

 

 それでもなお、両者は諦めない。

 

 人の悪意が無限に生まれるように、奴らは尽きる事が無い。山を越える巨大な怪物、空を埋め尽くす悪意の軍勢、人の形を保った、魔法を扱う異質な敵。

 その絶望的な程に明確な戦力差であったが、決して諦めることは無かった。

 

 しかしそれも時間の問題であり、最早二人で止める事が叶わないと理解し、両者はある決断をした。

 

 それは、英雄が作り出した魔法だった。かつての敗北に気付き、自分ではどうにもできない努力の差を乗り越えるための苦肉の策だった。

 それは、親友の作り出した奇跡だった。かつての勝利に気付き、自分すらも乗り越える天才を凌駕するために生み出した必然の策だった。

 

 自身を媒体に莫大な魔力を生み出し、その命を捧げる事で対価を得る。

 

 両極端な二人が至った結論は、奇しくも同じであった。

 

 産まれ続ける根源を突き止め、悪意の孔へと二人は駆けた。

 それはまさしく天地開闢の一撃だった。それはまさしく天下無双の一撃だった。

 

 二人の英雄がその身を犠牲に撃ち放った一撃により、孔は崩壊を迎える。

 しかしその奥底に潜む闇は未だ死なず、百余年続いた平和の地の底で今か今かと機を窺っているだろう。

 

 二人の英雄は死に、悪は生き延びた。

 

 それこそが、誰にも語られる事のない──英雄の最期である。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話

 

「……ふむ」

 

 父上に取り寄せてもらった文献を読んで、一息吐く。

 おれが先日高熱を出した際に見た夢はどの文献を漁っても記されてることはなく、これは誰も知る事のない真実なのだろう。

 

 確証が取れない故に、確証が取れた。

 たしかに英雄の最期がこんなモノであり、なおかつその身を犠牲にしてなお闇を祓う事は出来なかったという事実を公表すればたちまちパニックになってもおかしくはなかった。当時の上層部はそれを恐れて隠匿し、のちの時代に戦力を保ち続けているのだろう。

 

 おれは英雄の記憶を保持しているが、かの英雄と同一人物ではない。あくまでロア・メグナカルトという人物がかつての英雄と謳われた人物の記憶を保有しているにすぎないのだ。

 

 おれがここで、英雄としての自覚を持つ必要は一切ない。

 

「だがまあ、このままだと面白くない方向に進むのは目に見えてる」

 

 おれは才能を一切持たないもやしっ子だが、おれの幼馴染はそうではない。

 ステルラ・エールライトという少女は反対位置に座する天才少女である。魔法技能に優れ、そして恐らく直接的な戦闘の才能も持っているだろう。天は二物を与えず、されどステルラは例外として与えられ放題である。

 

 果たして神が愛しているのか、単純に運がいいのか。

 

 おれは英雄にはなれない。

 魔法を扱うのがほぼ絶望的な時点でわかりきっている事だ。魔法剣士を極めたかつての英雄と、魔法を始めることすら出来ない今のおれ。雲泥の差であり、覆す事の出来ない圧倒的なハンデ。

 

 だが、ステルラは違う。

 彼女は才能があり、英雄の素質があり、戦いを行える人間だ。

 それはつまり、おれの記憶にある滅ぼしきれなかった闇といずれ戦う可能性があるということで。

 

「……参ったな。おれは努力が死ぬほど嫌いなんだが」

 

 努力は嫌いだし、走り回るのも好きじゃないし、剣を握るのも好きじゃない。

 

 怠惰を好み、椅子に座り本を読み、ペンを握って文字を書く。

 不平等すぎる世の中に思わず嘆かざるを得ない。戦いたくない人間に戦う理由を与えて、戦える人間にも戦う理由を与えて。

 

 平和が百余年続いたというのに、おれはこんなにも嫌いな努力をしなければならない。

 

「ロアくん! あそぼー!」

「来たな、おれを修羅道に導く悪魔め」

 

 そんなおれの内心は露知らず、無邪気な暴れん坊お嬢様はおれを遊びに誘ってくる。子供の在り方としてはこれ以上ない正しさであり、今の時代になってようやく実現された形である。

 

「悪いが今おれは忙しい。具体的にいうと、この先の人生をどうするかの分かれ道に立っている」

「……? つまり?」

「悩んでるって意味だ」

 

 我ながら珍しいことに、悩んでいる。

 

 おれはステルラの圧倒的な才能に追いつくことは出来なくていいと考えていた。

 なぜなら、おれに才能が無いから。才能があれば少しは努力したかもしれないが、おれがコイツに追いつくためには、非常に不服だが死に物狂いで生きて行かねばならない。追いつかなくても、おれが『ステルラ・エールライト』という一個人をしっかりと認識していればいいと思っていたのだ。

 

 それが今、あの記憶の所為で破壊された。

 

 何時の日か来るかもしれない戦いの中できっとステルラは成長し、かつてのおれのライバル(親友)と同じくらい強くなるだろう。

 だが、それでもなお倒しきる事の出来なかったのが件の敵である。

 

 ステルラが命砕けたとしても、意味がない犠牲になり得る可能性がある。

 

「……それはなんでか、イヤだな」

 

 敗北者ゆえのプライドだろうか。

 おれに勝ち続ける天賦の才を持った幼馴染が、どこの馬の骨ともわからない変なクソ野郎に殺される。

 

 何故か腸が煮えくり返る気がした。

 

「努力はしたくない。おれは極力楽して強くなりたいんだ」

「いつも言ってたよね」

「ああ。でも、おれには才能がない。極力楽して強くなるには才能こそが必要で、おれにはその絶対条件が付随していないわけだ」

「じゃあ一緒に頑張ろうよ!」

 

 気楽に言ってくれるぜ。

 

 ステルラの頑張るとおれの頑張るじゃ文字通り天と地の差がある。

 十時間頑張れば結果が出るのが前者で、おれは一日を倍に伸ばして修行を行ってようやくそれに追い縋れる可能性がある程度だ。

 

「…………かつての英雄は、こんな気持ちを抱いたことはあるのだろうか」

 

 この圧倒的な絶望を前にして、ヤツは『それでも強くなりたい』と叫んだ。

 自暴自棄ではない確固たる自信を持って、現実の不条理に抗う言葉を紡ぎ続けた。

 

「おれは負けず嫌いなんだ。負けが決まった戦いはしない主義でもある」

「でもいつも負け越してるよね」

「話を掘り返すんじゃあない。おれは何時だって自分が勝利する事を疑っていないからおまえと勝負しているだけで、最初から敗北すると悟っている場合は大人しくしている。エイリアスさん相手とか」

 

 あの妖怪お姉さんは魔法をパパッと扱うから、現時点のおれでは勝ち目が一切存在していない。せいぜい口悪く精神にダメージを与える位しか有効打が存在しないのだ。

 

「おまえがエイリアスさんに負けるのはいい。清々するし、おれはその事実だけで三日間は高揚しているだろう」

「なんだかすごいあくどいこと言ってる気がするんだけど……」

「だが、おまえを真の意味で負かすのはおれだ」

 

 そうだ。

 

 おれは努力が嫌いで人一倍運動を憎み本の虫だが、『自分は英雄じゃないか』なんて思い上がったおれをボコボコに打ちのめしたステルラ・エールライトにだけは負けたくない。

 コイツを世界で初めて負かすのは、おれでなければならないのだ。

 

「本当に、心の底から疎ましく感じる位に癪だが──おれは大嫌いな努力をする」

 

 男の自尊心というものがおれにもまだ芽生えていたらしい。

 かつての英雄の誇りなんてモノは一欠片も持ち合わせていないが、積み重ねた敗北の数だけ負けられない重みがある。

 

「未来になって嘆くのは勘弁だ」

 

 英雄の記憶、最期の瞬間。

 整った表情を歪ませながら、涙を流し続ける女性の顔が印象に残っている。

 

 おれは今のままではそこにすら辿り着けない。

 送られて来たステルラの遺体の前で懺悔する事だけはしたくないのだ。

 

「精々高みでふんぞり返ってろ。おれは必ずおまえに手を届かせる」

「……うん! わかった!」

 

 満面の笑みで頷くステルラ。

 

「じゃあ遊ぼう!」

「じゃんけんで決めようじゃないか。おれはグーをだす」

「じゃあ私もグー!」

「おまえさては何も考えてないな? ゴリ押しで心理を一切悟らせない手口はガチで厳しいからやめろ」

 

 おれはこの後敗北を喫することになる。

 

 見てから後出し余裕でしたと言わんばかりに高速で変化する手の形には、物理的に勝利する事が叶わないことが判明した。ぜってぇあっち向いてホイで負かす。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第二話

 

 そんな訳で、非常に不愉快で誠に遺憾ながらおれは強くなるための努力を始める事にした。

 

 おれとステルラの間には、かつての英雄とその親友でもありライバルである大天才と同じくらいの差がある。

 しかも努力し始めているのは大天才が先である。もうこの時点で半分くらい詰んでるんだが、おれには他人にない絶対的なアドバンテージが存在するのだ。

 

 そう、英雄の記憶そのものである。

 

 なぜ持っているのかは知らんが、これを利用しない手立てはない。

 おれも英雄も才がある訳ではなく、彼は死に物狂い、というより実際に何度も死にながら蘇生を幾度となく繰り返し血と汗と涙に塗れて道を突き進んだ狂人である。

 

 流石に同じ手段を取ることは出来ない。

 手軽に蘇生してくれる超スパルタ鬼畜教官は身近におらず、やりすぎれば両親に心配されるからだ。

 ていうかこれ、修行中に死んだら元も子もないからな。普通に考えてやりすぎなんだよ。

 

 なので、おれはこれまでの生活を全て投げ捨てる事にした。

 

「父上、おれに木刀と真剣買ってくれ」

「……さては偽物だな! 我が息子を返したまえ!」

「わかった。二度と父上とは口を利かない」

 

「母上、おれの飯だけバカクソ多くしてくれますか」

「あらあら、それじゃあお風呂も用意しておくわね! これから忙しくなるわ~!」

「流石です母上。では、夕食後には戻ります」

 

 父上が買ってきてくれた木刀を持ち、手首足首に重り代わりのリストバンドを身に付けて、公園の存在する西地区まで走る。

 

 初日は死にかけた。

 到着した時点でもう動くのを諦めかけたが、記憶の中の英雄が止まった瞬間骨を折られて回復魔法によって無理矢理動かされていたのを思い出して奮い立たせる。あそこまでヤバくないからまだ動けるだろう。

 

 生まれたての動物みたいなプルプル具合を道行く人達に見詰められながら、素振りを行う。

 剣術の師は誰一人として存在しないが、記憶の中の数多く存在する強敵たちが自然とその技を魅せてくれた。無論いきなり習得するなんてことは無理だろうし、おれにとっては雲の上の技術群である。

 それでも最終的な目標地点が存在するのだから、あとは我武者羅に走り続けるだけだと思えた。

 

 最期に力を振り絞って放った一撃──おれは、アレを放てるようになる。

 

 到底無理に思えるほど高い山だが、それでこそやりがいがあると言うものだ。ああ、そうだ。クソが、努力したくねぇ。楽に強くなりてぇ。

 おれの心を埋め尽くしたのはその言葉だった。苦しみの中でもいつだって『楽して強くなりたい』という感情が消えることは無い。だってそれが本質だもの。

 

 クソクソ言いながら息を切らして素振りを続ける六歳児はさぞかし不気味に見えた事だろう。

 

 帰り道の途中で倒れそうになったが、なぜかたまたま現れたエイリアスさんに少しだけ手を貸してもらった。

 

「ロアくん。ついに頑張る事にしたのか」

「誠に……遺憾、で」

「ああ、喋らなくてもいい。ほら、あと少しで家に着くよ」

 

 なぜ優しくしてくれるかは知らんが、おれにとってはその少しの気遣いがあれば十分だった。

 ステルラに負けないと自分でやると決めた事だが、応援してくれる人がいればそれは段違いにやる気がでるものだった。

 

 一週間経ち、無理矢理詰め込んでいた食事を戻す事がなくなった。掌に出来たマメが潰れてたくさん出血したが、傷口に塩を塗り込んで我慢した。

 

 一ヵ月経ち、掌の皮が厚くなった。元のもやしっ子としての面影は多分に残しつつ、少しずつ骨格が立派に育ち始めた。ステルラはそこら辺物理法則を無視して筋力とかありそうなんだけど、そこもまた天賦の才で済ませていい問題なのだろうか。

 一日に定めていた素振りの数を増やし、ひたすら素振りを続ける。

 

 おれの記憶にある英雄は基礎トレーニングを終えた後、すぐ実戦形式で応用を行っている。

 

 しかしこの村で実戦形式の訓練が出来る師は見たことが無い。強いて言えばエイリアスさん、くらいだろうか。

 我が父上はおれと同じくもやし男、三度の飯より文献整理が好きな考古学者である。勿論魔法も使う事が出来るが、実戦で殺し合えるような強さは持っていない。

 

 こればかりは仕方が無かった。

 時代も環境も待遇も違うのだ、全てを彼と同じように生きていける筈もない。

 持ち前の切り替え力でスパッと割り切り、イメージトレーニングでひたすら斬り合いを行うことにする。虚空に他人を生み出してそれを自身で動かしながら戦う、言葉で説明したら異常者そのものだがおれは他人の記憶が普通に頭の中にあるのでそこら辺は問題なかった。

 

 そうして自身で出来る限りの努力を続ける事、更に半年。

 

 おれにとっても予想外の出来事が起きたのだ。

 

 

 

 

 

 

 最早見慣れた西地区までの道を走り、常識の範囲内の速度で到着する。

 前は夕方に行っていたこの訓練を朝一番に行うことにした。なぜなら、もっとも注目されずもっとも集中できる時間帯だからである。

 

 日が昇り始める直前に目を覚まし水を被って意識を起こし走る。

 

 なんと健康的な毎日なのだろうか。

 

 木刀と真剣、どちらも相応の重さだがその重みにも慣れ始めていた。

 腰に差すにはおれの背丈が足りないので、背中に二本とも紐で纏めて運んでいる。抜刀術とか極めてるヤツが居たが、その内技術だけ吸収させてもらおう。

 

 吐き出す息が白くなり、寒さで手が悴む。

 それをぐっと堪えて、指先が麻痺するような感覚を得ながらもしっかりと柄を握りしめる。

 あぁー、楽したい。どうしておれは毎日こんな風に苦しんでいるのだろうか。おれは世界で一番苦痛が嫌いと言っても過言ではないくらい甘えた人間であるし、それは自他ともに認められる習性である。

 

 素振りとか腕が疲れるし、溜まった乳酸の感覚が恨めしい。

 

 おれに天賦の才をくれ。

 ないものねだりは毎日の日課だ。

 これをしなければ一日が始まらないとすら思い始めて来た。

 

「クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ……!」

「相変わらず色々矛盾しているね、ロアくん」

 

 誰かと思えば妖怪エイリアスお姉さんである。

 この寒空の下で温かそうなローブに身を包んだお姉さんは、おれが反応をしても素振りをやめない様子を見て満足そうに笑っている。

 

「どうも妖、ではなくお姉さん」

「その若さで自殺を願うのは私としても心苦しい部分がある」

「大変申し訳ございません。すべて私の不徳の致すことなので見逃してください」

「図々しいな……」

 

 軽口の中で命を握られる感覚を味わいつつも、振る腕を止めることは無い。

 

「ほんの半年前まではお嬢様に泣かされていた君がこんなにも努力を続ける子になるなんて、お姉さん感慨深いよ……」

「やはりどんな魔女でも寄る年波には勝てないと」

「開発したばかりの魔法があるんだ。サンドバッグを探していたがまさかこんなところにあるとは」

「児童虐待だ! 訴えてやる!」

「私だって気にしてるんだぞ!!」

 

 溜息を吐きながら指を一振りし、その場に椅子を生成する。

 あーあ、ずっけぇなーその力。おれは魔力がゴミカスすぎて何にも出来ないけど、魔力さえあって魔法を弄る才能を持てばあんなふうに何でも出来ちゃうものだ。

 

「君のような若い子が必死になっている所を見ると、私も昔を思い出すよ」

 

 そう呟いて、何が面白いのか、おれの素振りをじっと見つめるエイリアスさん。

 見られると気恥ずかしいからやめて欲しいんだが、こうなった時のこの人は止めても聞かない。年齢重ねた分だけ我儘になっているのだろうか。

 それに素振りなんざ所詮基礎の基礎、武器を振るのに向けて身体を慣らすのが目的である。本格的な戦闘訓練に関してはイメージトレーニングくらいしか行えてないのが現実だ。

 

 おれも来年には学び舎に行かなければならない年齢になる。正確にはあと半年と言ったところだが、七歳の数え年の春が初年度だ。

 

 それまでに同世代の天才たちに少しでも詰め寄らねばならないのだ。

 本当はもっと焦ってもいいが、それはそれとしておれは楽をしたい。そこの本質的な部分だけは曲げる気は無い。

 

 素振りを終えて、疲労が色濃く残る両腕から力を抜いて、夢に見る英雄の斬撃の軌跡を辿る。

 

 彼は努力の人である。毎日毎時間毎分毎秒、ひと時も武から心を離したことは無い。ゆえに振るう斬撃は常に完全であり、そこに乱れは存在しない。凡人がゆえに、彼は究極に至ったのだ。

 

 おれは努力が嫌いである。毎日毎時間毎分毎秒、ひと時も堕落から心を離したことは無い。ゆえに振るう斬撃は未熟であり、それは乱れて観測できる。おれが究極に至れることは無いだろうが、目標は究極である。

 

 かの英雄が辿り着いた究極の一撃を、おれは知っている。

 

「────……うーん、未熟」

 

 たしかに記憶通りの軌跡を描いている筈だが、軸もブレているし魔力は籠らず、強靭な彼の不屈の闘志も宿ることは無い。

 目標と定めたのは失敗だっただろうか。

 

「………………ちょっと待て」

「え、なんですか」

「ロアくん、今のもう一回振ってくれないか?」

 

 黙って観察していたエイリアスさんが唐突に声をかけて来た。

 なんだよしょうがないな、おれはこれを振るうたびに楽が出来ない現実を直視させられるから嫌なんだが、なんか目が据わってて怖いので従うことにする。別にビビった訳では無い、しなければ進まないような気がしたから従っただけだ。

 

 決してビビった訳では無い。

 

「はい、やりましたよ。べつに見てて面白いもんでもなくないですか」

「…………いや、だが……、まさか……」

 

 コワ……

 おれは思わずつぶやいてしまった。

 大の大人がブツブツ言ってるの、恐怖でしかないだろ。

 

「……ロアくん。それ、どうしてその軌道?」

「なんとなくです」

 

 うそです。

 本当は手本にしてる人がいます。沢山います。

 でも全員と面識ありません。おれは勝手に師匠扱いしています。

 

「なんとなく、か…………圧倒的すぎる才能の前に隠されていた原石が、まさかこんなところにも居たとは」

「え、コワ……何言ってるんだこの妖怪」

 

 節穴eyeすぎる。

 おれの才能は張りぼてだぞ。

 言うなればレアメタルがたまたま大量にくっついていた石ころに過ぎない。

 

「今はその言動も見逃そうじゃないか。どうだいロアくん、よかったら私が剣の相手になろうか?」

「高齢者虐待とか言って訴えてきませんか?」

「……キ……!」

 

 この後、有無を言わさないエイリアスお姉さんの手によっておれは地面に這いつくばる事になった。

 

 その間わずか五秒である。

 

「ふぅ……こう見えて私は剣術も納めている。師範代にはなれないが、それでも今の君の相手くらい訳ないさ」

「ふがふがふが(土が口の中に入って気持ち悪い)」

「な、なんだいその目は。元はと言えば君が私を老人扱いするのが悪いんだ。怪我だって治してあげただろ?」

「おれは六歳だ。世間的にみれば子供であり、あなたたち大人が庇護するべき対象である。これは事実と常識に基づいた確固たる証明であり、すなわちおれは今の出来事を両親に報告する事が出来る」

「大変申し訳ありませんでした」

 

 エイリアスさんの負けだから、これは勝負に勝って試合に負けた判定でいいな。

 ふう、大人にすら余裕で勝ってしまうおれの勝負強さがおそろしいぜ。なお、幼馴染であるステルラに関してはマジで勝ちが無い。死ぬまでに勝ちたいよな。

 

「ん゛ん゛ッ!! いいかい。今のロアくんは実力不足、道端に転がっている石ころ程度でしかない」

「流したな……はい、それは理解してます」

「だが、私は君()才能があると思う。いや、今確信したと言ってもいい」

 

 塗装された才能なのだが、どうやらそこは気にしないらしい。気付いてないとも言う。

 

「どうだい? 君が独学で頑張るより、私の元で頑張った方が()()()()()()()()()

 

 なんとも甘美な誘い文句である。

 おれのことをよく理解していて、なおかつ否定しない完璧な言葉じゃないだろうか。

 

 そうだ。

 

 おれは努力が嫌いだ。

 本当は努力何てしたくない。おれは、自分が頑張らなくていい範囲内で生きて行きたいんだ。

 ステルラのためになんて言っているが、結局誰かを理由にして楽な方に気持ちを逃がしているに過ぎない。

 

 そんなおれなんだ。

 

 おれはより楽な道を選びたい。努力は嫌いで、寝て起きて本を読んで飯を食う生活をしたい。

 おれはより楽に生きていたい。運動も苦手で、走り回り武器を振り回す生活なんざごめんだ。

 

「──なら。おれに楽をさせてくれ、エイリアスさん」

「……ああ、承知した」

 

 そう告げると、エイリアスさんは指を鳴らした。

 

「楽をできると言っても、それは最終的に、という話だ」

 

 エイリアスさんの横に、魔力が形成されていく。

 紫の粒子が徐々に形作られていき、やがて彩りすらも鮮明に刻まれていく。

 

 鎧だ。

 

 フルプレートの騎士鎧。

 全身に鳥肌が立った。おれはこのフルプレートの騎士を知っている。

 

 ロア・メグナカルトは知らない。

『英雄』の記憶が叫んでいる。

 

「君には成人を迎えるまでに、この騎士を倒せるようになってもらう」

 

 右手に握るのは、暗黒の力を刀身に封印したと謳われた伝説の魔剣。

 

 百と数十年前の、『英雄大戦』。

 かの英雄と雌雄を分けたと呼ばれる、稀代の天才。

 

「――戦争を終わらせた立役者、その模造体だ」

 

 この瞬間、おれは楽が出来ない事を悟った。

 

 

 

 



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第三話

 しつこいくらいに宣言するが、おれは努力が嫌いである。

 

 敬遠しているとかそういうレベルではなく、死か努力かを選ぶなら三時間程悩んだ末に苦肉の策として努力を選ぶ。

 努力を如何に簡略化出来るのか、どうすれば楽して努力を終わる事が出来るのか、おれの思考の三割程度はそこに割り振られている。もはや意識的に行っている事ではなく、これはおれにとって呼吸をするのと同じだ。

 

 前振りは済んだな。

 

「師匠。おれは楽がしたいから弟子入りしたのであって、決して苦労を重ねまくって最終的に天下に名を轟かせる覇者になりたいわけじゃない」

「何を甘えたことを言っているんだい……いや、君はそういう奴だったな。半年間なんだかんだ言って続けてきてるじゃないか」

 

 そりゃあやるしかないんだからやるだろ。

 誠に遺憾ではあるが、これを三日坊主で済ませるのはよくないと思う。

 今となってはおれだけが明確に知っているかつての英雄の記憶、それがあるから努力しているに過ぎない。強くなる努力はどれだけ重ねても確実性のない本人のセンスによるモノが大きいので、おれや彼は大変苦労しているのだ。

 

「魔法は相変わらずダメだが、剣術と体術はそれなりになってきただろう? 五段階評価で言えばCにはなれるんじゃないか」

「同年代の中でCとか意味無いです。やらないのと同意義です、つまりおれは努力しなくても今と同等の価値を保つことが出来たという証明に他ならない」

「たまにとんでもない事言うよね。そこら辺のぶっ飛び具合、私の知り合いにも居なかったな……」

「じゃあおれが師匠の初めてを奪ったんですね。ヴィンテージ百年くらいですか」

「今日のトレーニングは私も混ざろう。二対一の想定もそろそろ始める頃合いだと思っていたんだ」

「ヒエッ……」

 

 師匠の魔力で生み出された大天才と師匠による連携アタックにより、おれは無惨な姿を晒すことになった。

 

「あ、エイリアスさーん! ロアー!」

「おや、君の大切なお嬢様がやってきたぞ。よく来たねステルラ、このボロ雑巾に用かい?」

「ボロボロ~。水魔法覚えたから流してあげるね!」

「ちょっと待てステルラ。それは拷問の一種」

 

 おれの懸命な命乞いも虚しく、泣きっ面に蜂と言わんばかりにかけられた追い打ちにさしもの鬼畜妖怪ですら同情の意を示した。

 

「エールライト家の教育方針を知りたいですね」

「…………」

「だって、汚れは流さないと駄目でしょ?」

「そうだが、時と場合によるだろ」

「え……?」

「え……?」

 

 これはおれが悪いのか? 

 常識を教えるのは大人の仕事で、おれは子供な筈なんだが。

 

 助けを求めるように師匠に目線を向けても、応えてくれることは無かった。

 

「おのれ社会。こんな社会は間違っている、おれが革命の怒号を鳴らす必要があるな」

「私も手伝うよ!」

「諸悪の根源という自覚を持たないのか。悪の自覚がない無邪気な悪意は時として巨悪に勝るとは真実だったんだな」

 

 まさか七歳になって抱く思いがこんな悲壮なモノになるとは、誰が想像しただろうか。

 

 既に師匠の元に弟子入りして半年、おれが大嫌いな努力をする原因となった時期からおよそ一年が経過していた。

 自分でもここまで続けられるとは思っていなかったが、なんだかんだやると決めたらやれるあたり流石はおれである。褒めるなよ、照れるだろ。

 

「魔法使いてぇ。広域破壊魔法使えればこんな努力しなくて済むのに。どうして神はおれに才能を与えなかったのだろうか、おれはこんなにも才を求めていると言うのに。才能の代わりに能天気になってしまった幼馴染を見ると嘆く心を抑えきれません」

「そうだエイリアスさん! 火属性魔法なんですけど、こんな感じになりました!」

 

 ンボッ!! 

 なんてアホらしい爆発音と共に、ステルラが掲げた掌の先に火球が生まれた。

 ちょっとした岩くらいのサイズなんだが、おれ、これからそんなのポンポン放てる連中と切磋琢磨しなきゃいけないのか? 努力確定じゃん。はー、もう全部投げ出したくなってきたな。

 

「おぉ……相変わらず馬鹿弟子と違って才に溢れているなぁ。複合魔法はまだ危険だが、もう次のステップに移ってもいいかもしれないね」

「クソが。図に乗るなよ、そんな火球切り裂いてやるわ」

 

 おれの記憶にある一撃を掘り起こす。

 それは天にも届いた一撃だった。空を駆ける巨大な龍、溶岩と一体化し周囲を融解させる恐ろしい生命体だった。

 空から隕石と共に降り注ぐ小規模な太陽にも似た攻撃に対し、かつての英雄はその身一つで対処して見せた。今のステルラの火球はそんなヤバい代物では無いが、当社比で匹敵すると思われる。

 

 かつての軌跡をなぞるように、掲げた火球に木刀を当てた。

 

「……ちょうど重すぎると思っていたんだ。おれにはこれくらいがちょうどいいサイズだ」

「どうして木刀で薙ぎ払えると思ったのか不思議なんだけれど……」

 

 火球に突っ込んだ木刀の半ばから先までを失った。

 一年間連れ添った相棒のあまりにも呆気なさすぎる最後に涙を禁じ得ず、衝撃と共にまた新たな敗北を刻んだ。

 

「英雄大戦ではこういう事できる人達が多数いたのでは……」

「そりゃあ持ってる武器に魔力宿ってるからね。ほら、ロアくんなら知ってると思うけど祝福が施された武器ってそういう意味だよ」

「師匠、今すぐおれに祝福を授けてください。鬼畜妖怪の祝福ならおれがこれ以降負ける事はないでしょう」

「君に生涯託すことはないのが今確定したが、これは今となっては免許が必要な部類になる。ステルラはその内出来るようになるかもしれないが、魔法を外でポンポン使うの本当は駄目だからな?」

 

 口を滑らせた事でおれの不幸が確定した。

 悠久なる刻を生きる魔祖・聖なる祝福を持つ偉大なる神官・ヴィンテージ百年の鬼畜妖怪。ネームバリューとしては負けず劣らず、いい勝負が出来るのではないだろうか? 

 

「馬鹿弟子は休んでいる暇はないよ。さっき火球に突っ込んだ剣筋は褒めるが、身体の成長と比例する程度の伸び代では置いてけぼりにされてしまう」

「グラフがとんでもない事になりそうですね」

「現在進行形で異次元を刻んでいる天才が傍に居るからね」

 

 倫理観と共に人の心も置いて来た鬼畜妖怪は再度鎧を生み出し、おれに対して剣を構えさせた。

 

 この日逆鱗を踏み過ぎたのか、おれは回復魔法によりエンドレスリンチを食らう羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第三話

 

 おれが努力を始めてからおよそ一年が経過した。

 

 毎日あまりの不快感に顔を顰めながら生きているが、少しずつ芽生える成果がなおさら苛立ちを増幅させる。おれは毎日コツコツ継続する大切さとかを謳われると唾棄したくなる性質を持つので、ズルできるならしたいとその度に思っている。

 

「ハァ~……ア゛ァ゛ッ!! フゥ、ハァ、あ゛あ゛~……!」

「がんばれロア~」

 

 だれの為だと思ってるんだ? 

 

 マメが潰れて出血を繰り返しながら、それでも素振りを続けるおれの不屈の心には自賛せざるを得ない。

 継続は力なりとか言いたくないし、心に刻む言葉は三日坊主である。

 

 自堕落万歳。

 

 それなのに今のおれは情けない。

 堕落と言う言葉からかけ離れた日々を過ごし、追いつけるはずも無い天才へ追いつく為に無理無茶を通す事すら出来ずにひたすら抗っている。

 あ~あ、くそったれ。

 

「おれも魔法使いてぇ……身体強化すればこんな地道な訓練しなくていいし、剣の一撃より魔力で形成した大質量を墜とした方がつよい。おれの経験がそう語っているんだ」

「魔法戦闘したことないくせに何言ってるんだい?」

「おれは天才だからな」

 

 文字通り見なくてもわかるのだ。

 なぜなら記憶のなかに頭おかしい魔法を大量に放つ人が存在するからである。

 

 魔祖とか言われるあの若作りロリババア、控えめに言って頭おかしいだろ。

 湖を一瞬で干上がらせたり、山と見紛う質量の岩を生成するし、電撃を収縮させて光線にしたりする。現代に伝わる魔法のほぼ全てあの人関係から生み出されたモノである。

 

「でも君魔法に関しては素人以下だよ」

「人のやる気を削がないでくれます? 仮にもあなた師ですよね」

「生意気なクソガキを導いている教職者でもある」

「え、定年じゃないんですか」

「やれ」

 

 ア゛ァ゛ー!! 

 

 突如背後から襲い掛かって来た鎧の攻撃が肩に命中し、あまりの痛みに悶絶しながら攻撃に対応する。

 記憶のなかの本物に比べれば未熟すぎる鎧の完成度だが、いまのおれにはそれすらも強敵である。ていうか体格差ある時点でめちゃくちゃ不利なんだが、七歳にしては頑張ってる方だと思うんだよ。

 

「ふーむ、なんだかんだ言いつつ対応できるようになってきたじゃないか」

「うでの痺れが取れないときはどうすれば」

「魔法戦士なら回復すればいいし、そういう祝福を施された装備を身に付けるね」

 

 つまりおれが今治す手立てはない。

 師匠に媚び諂い甘やかしてくれることを祈るしかないのだ。

 

「ロアくんはわからないだろうが、剣を極めた者は魔導を極めた人間を容易く打ち倒す事が出来るんだ。剣一つ身一つで戦争を左右するような猛者だっていたんだぞ」

「かの英雄ですか」

「いや、あの人はどっちかと言えば魔導よりだったよ。すでに祝福を受けた剣に更に重ね掛けを行う繊細さとか、派手さはないが細かな操作が本当に上手だった」

 

 まるで見て来たみたいな言い草だ。

 おれもそれが事実なのは理解できるのだが、どれほど英雄の記憶を覗いても師匠に似ている人物は出てこない。マジで何者なんだろうか、年齢弄りを繰り返しているが否定する事はないのも余計あやしい。本当は隠すつもりないんじゃないか? 

 

「繊細、か……おれにピッタリですね」

「三度自身の胸に問い続けて自責の念に駆られなかったらそう信じてもいいだろう」

 

 おれは繊細か? 

 おれは繊細だ。

 おれは繊細過ぎる。

 

「憂鬱になってきたな」

「センチメンタルと拘れる性格なのは別だ。良かったね、戦闘の時に役に立つよ」

 

 相手を煽るのはいいんだが、おれも煽られるとまあまあ腹を立てるタイプである。

 いやまあ、おれはとても心が広いうえに海よりも深い堪忍袋を兼ね揃えているので論戦最強なんだが、冷静ではない時に言われてしまえばさしものおれとて動揺を隠せない。

 

 棒立ちで佇む鎧の騎士をペシペシしつつ、仕方がないので再度剣を握る。

 

 あぁ、楽したい。

 薬とかで魔力増幅できるならそれで済ませたい。

 投薬で運用されてた禁則兵団とかどうなったのだろうか。かつて存在した、とは明記されているがその実態を書き記した教材は存在しなかった。

 

 ちなみに記憶の中ではたしかに存在する。

 

 英雄が普通に倒して救って、以降は魔祖の元で暮らしたとかなんとか。

 

「いやじゃ~~、おれは楽がしたい。楽がしたい楽がしたい楽がしたい楽がしたい」

「欲が駄々洩れだ……」

「人の本質は欲望だとおれは思うんです」

 

 今のおれの一日を書き記すと、朝起きて素振りを二時間・その後朝食を食べて身支度を整えて村から少し離れた学園まで走って移動に一時間・学園で勉強を大体五時間・帰ってきて師匠の元でひたすら実戦形式で打ち合いを寝るまで。

 

 おいおい、おれの読書時間はどこに消えちまったんだ? 

 

 こんな修行僧みたいな生活してるからこうなるのだ。

 欲望を押さえつけることで解決しようとするのは愚者のやることで、賢者は抑えつけるのではなく解消させるのである。

 

「君が早く強くなれば訓練の時間は減るだろうね」

「それはおれにもっと努力しろと言っていますよね。それはつまり女性に脱げと言うのと同じなんです」

「教育方針を間違えたかな」

 

 相手の嫌がる事をしないというコミュニケーションの基礎を述べただけでこれである。

 

「さて、すまないが今日は早めに切り上げることにする」

「デートですか?」

「似たようなモノだ」

 

 それにしては何時もと恰好が変わらないが。

 こういう時はおしゃれしていくのが女性なんじゃないのか? もしかして長生きしすぎて植物と同じ領域に精神が進歩してしまったのだろうか。

 

「君が何を考えているのか、最近理解できるようになってきたよ」

「以心伝心ってヤツですね。師弟の絆が深まったようで何よりです」

 

 おれはこの後、飛んできた雷に打たれて気絶した。

 気が付いた時には家に居たので、またもや運ばれたのだろう。敗北を重ねすぎて自身のスタンスが揺らぎそうだ。

 

 

 

 

 

 

 後日、師匠が不在の一日。

 

「ねーねー見てロア! 綺麗な石拾ったんだ!」

「へぇ、見せてくれ」

 

 そう言ってステルラが見せて来たのは虹色に輝く石のようなモノである。

 うん、おれが知っている石と大分違うのだが、こんな鉱石あっただろうか。齢七歳のロアには該当する知識はなく、また、英雄の記憶の中にもそんなもの存在しなかった。

 

「危ないからペッしなさい」

「食べないよ!?」

「そうなのか。てっきり非常食として持ってきたのかと思った」

「ロアは時々私をとんでもないくらい馬鹿にするよね」

 

 ステルラお嬢様は一年間で大分変化があった。

 口調はあまり変わってないが、暴れん坊からやんちゃと言い変える事が出来る程度には大人しくなったのだ。それも魔法の修行が本格化したあたりからなので、おれの必死な抵抗は一切意味をなさなかった。自分より上位の人間に教わり始めて大人しくなったのである。

 

 逆に考えればおれが負けすぎて駄目にしたとも言う。

 

「なんか手触りが石じゃないんだが……」

 

 ふーむ、師匠が居れば一瞬で特定できるのだろうが。

 あの人はなんだかんだ優秀なので定期的に首都に呼ばれたりする。なんでこんな田舎に居るのが許されてるんだ? 

 

 そんなどうでもいい事を考えながら、素振りを継続する。

 手のマメが潰れて皮膚が強靭になり過ぎて、すでに元のモヤシっ子の面影はない。本で指を切る事が暫くは無いだろう。

 あれ地味に痛くて不快だったからそれはそれで助かるな。

 

「そのうち質に入れよう。軍資金になる」

「売らないよ? なんで実利を得ようとするのかな」

「ロマンを信じるのはいいが、いつだっておれたちが向き合うのは現実だ」

 

 石ころじゃ腹は膨れないが、腐ったパンは胃に溜まるのだ。

 

 でも腐ったパンは美味しくないし身体を壊す。

 ならば石ころを搔き集めて売った金で美味しい物を食べる方がいいだろう。ああ、なんて合理的なんだ。ちなみにおれは努力したくないからもっと簡単な手段を取りたい。

 

「傷を付けたら価値が下がる。おまえに持たせておくとどうなるかわからんから、おれが責任を持って預かっておこう」

「そう言って売るつもりでしょ! ロアならそういうことするもん!」

「おれの理解度が高くてなによりだ。三日もすれば忘れて肉を食うおまえを想像できる」

「かえせー!」

 

 なお、本気で暴れられると勝ち目がない模様。

 だがおれには現状勝率がある。だからまだ挑んでいるのだ。

 

「フン、こいつがどうなってもいいのかな?」

「ロアは価値が下がるからやらないでしょ」

「…………」

 

 人質(石)作戦失敗。

 その間僅か二秒、おれはステルラに頭脳戦ですら負けるのか? それだけは避けないと一切のアドバンテージを失ってしまう。

 

「こうなったら死なば諸共」

 

 そう言いながら、おれは虹色に輝く石を手の中で握り締めた。

 特に力を籠めたつもりはなかったが、僅かに罅が入る感触がした。

 

 ピシリ──なんて、明確な音が響く。

 

「あ、割っちまった」

「え」

 

 違うんだ。

 おれは割ろうとしていたがそれは本心ではなくふざけている範疇で、別にステルラを悲しませようと策を講じた訳では無い。これは咄嗟のアドリブであり、いじわるしようとかそういう願いからやったおれの本質的な部分では無いのだ。

 

 どう弁解しようか高速で思考を回すおれの手の中で、何かが蠢く感触がする。

 

『──ガ』

 

 なぜか響く低い声。

 人とは少し違う声の揺れ方をした低音が響き、おれは剣を放り投げて咄嗟にステルラを突き飛ばした。

 

 右手に握った小石から何かが溢れてくる感触がある。

 ああ、嫌な予感がする。具体的にはおれの最も忌み嫌う苦痛と後悔が連続で襲ってくる気がするのだ。

 

 掌から決して離れないように。爪が皮膚を貫通するのも厭わず全力で握り締める。

 

 おれのそんな小さな抵抗を一切気にせず、握った石ころはどんどん広がっていく。

 離してしまおうか、なんて弱気な思考が一瞬頭をよぎったその時だった。

 

 おれの肘から先が、吹き飛んだ。

 

 血肉が顔に飛び散る。

 特有の匂いだ。何度も何度も鼻に入った鉄の匂い。

 

 おれはこの匂いが大嫌いだった。

 これは生き物が傷ついた証明だから、おれの事を否定する痛みそのものだからだ。

 嫌いな努力にはいつだって苦痛が伴うのだから、その半身とすら呼べる血液を好きになれるはずも無い。口を切った時の不快感と言ったらもう、それは最悪なんだ。

 

 やがて空に浮くおれの血液が石ころに集まり、形を成していく。

 明らかに質量を無視したその蠢き方に、おれは一つの記憶を思い返していた。

 

 それは英雄の最期の記憶だった。

 

 それは人の悪意の結晶だった。

 

 無尽蔵に沸き続ける悍ましい異形の怪物たち、血肉を追い求める悍ましい化け物。

 どこからか生まれてしまった生命体の失敗作。

 

『──ク』

 

 やがて、石ころは土くれに、土くれは異形に。

 腕が四本・顔が二つ、尻尾が三本の怪物はその数多の瞳をおれに向けて、静かに立ち上がった。

 

『──オ゛ア゛ア゛ア゛ァ!!』

 

 それは万感の叫びだった。

 おれたちに向けられる敵意と殺意、それを掻き消す程の無邪気な喜び。

 死を目前にして、おれは震えあがることしかできない。これ以上の痛みを得ない為に、おれの身体は抵抗を諦めてしまった。

 

 思えば短い一生であった。

 

 英雄の記憶なんてものを保持していても、おれはおれである。

 他人の記憶を持っている事がどれほど苦痛になるか、想像もつかないだろうが、こんなにも不愉快な感覚は無い。おれは努力が嫌いで苦痛を憎み、血反吐を吐くくらいならば地べたに這いつくばる事を選択する精神を持っている。

 それなのにかの英雄はおれと正反対の人間であった。

 

 努力を欠かさず苦痛に耐え忍びやがて救国を成したまごうことなき英雄。

 おれとは正反対で、おれの全てを否定されたような気持ちになった。

 

 誰にも伝えられる筈のない、おれの人生を象徴する感情だ。

 

 まだ動く腕で剣を拾い直して、かつての一撃をなぞる。

 おれは英雄が嫌いだ(・・・)。個人を捨てて誰かの希望の依り代になるなんて御免被る、そんなおれを否定するかつての英雄たちが嫌いだ。人類すべてが光に向かわなくたっていいだろう。弱い人間は弱いままでもいいだろう。

 

 そうだ。 

 おれは努力も英雄も信じる心も、どれも嫌いだ。

 

 本当は寝ていたい。

 本当は頑張りたくない。

 本当は本当は本当は本当は──おれはいつだって楽をしたい。

 

 それを許してくれないこの記憶と世界が、おれは人一倍嫌いなんだよ。

 

 手に持った(つるぎ)が輝きを増す。

 鈍く光る刀身に紋章が浮き、特異性を表していく。

 でもそんな事だってどうでもよかった。いまのおれの内心を占めるのは、ここまで積み上がって来た不平不満を煮詰めて完成した悪感情のみ。この苛立ちと死の恐怖でおかしくなったおれは、勇猛果敢に剣を手に取ってしまった。

 

「──ロア!」

 

 幼馴染の悲鳴にも似た叫びが耳に入る。

 おれの人生はおまえのために頑張ったと胸を張りたいが、それは責任の押し付けになる。おれの人生はおれだけのものだ。誰かに背負わせたりするものじゃない。

 

 異形が、おれが反応する速度の数倍早く腕を振る。

 当たれば死は免れないだろう一撃がやけに遅く見えた。これが死の走馬灯というヤツなのだろうか、一撃で死ねるのならば苦しくはないかもしれない。それはそれでいい終わりだ、なんてどうでもいい他人事のような感情が生まれた。

 

 才能が欲しかった。

 

 こんな訳のわからない状態で殺されるくらいなら、おれは才能を持って生まれたかった。

 英雄の記憶何て必要ない。おれはおれ、ステルラ・エールライトに対抗できる程の才を持って生まれれば全てを解決する事が出来たのに。

 

 才能が欲しい。

 

 おれはいつだって願っている。

 朝起きれば無敵になっていることを祈り、起床と同時に溜息を吐く。そんな毎日が嫌いでうんざりしていても決して変わらない現実と記憶に、無性に苛立ちを募らせた。

 

 才能。

 

 天才は天才と呼ばれる事を嫌うが、そんなプライドどうでもいいと思う。

 なぜならおれは頑張ったのに天才と呼ばれることは無いからだ。どれだけ頑張っても天才と凡人には決定的な差が存在してしまう、そんな残酷な現実。

 生き延びたいと思う感情より、日々を楽に過ごせないくらいなら死にたいと思うのは罪だろうか。

 

 もう少しで異形の腕がおれの頭部を吹き飛ばし、ロア・メグナカルトは死を迎える。

 

 ステルラ・エールライトは生き延びられるだろうか。

 散々独白を連ねて抱いた疑問はそこだった。なぜここで死ぬとか、こんなにも世界は理不尽だとか、そんな憎悪よりも深い場所から生まれて来た願い。

 

 ステルラ・エールライトは生き延びる事が出来るか。

 

 死んで欲しくない。

 

 そうだ。 

 おれはお前だけは死んで欲しくない。

 だから、どれほど苦しくても、どれほど妬ましくても、どれだけ現実を嘆いても、大嫌いな努力を続けた。

 

 昔のおれでは反応する事すら出来ずに死んでいるだろう。

 

 進歩はあった。

 微々たる進歩だが、おれの寿命を数瞬延ばす程度の成果は出ていたのだ。

 

 ……なんの意味もない程度の、僅かな努力の結晶が。

 

 無意識に腕に力が籠る。

 その一振りはヤツの生命を止める為ではなく、おれの命を繋ぎ留める為に動いた。

 身体に染み付いた、あの鎧の騎士の攻撃から身を守る為に養った反応だった。敵の攻撃に合わせておれも攻撃をして、力を受け流すようにいなす。

 

 正直、奇跡に近い反応だ。

 

 おれの頭部を吹き飛ばすはずだった一撃は、おれが間に挟んだ劔が半ばから折れる事でその力を大幅に減少させた。

 風を切って身体が空に浮いた感覚と空と大地が交互に見えるおれの視界から察するに、全身まるごと吹き飛ぶように調整に成功したのだ。だが、だからどうしたという話。

 

 どこまでも吹き飛んでいきそうに思える急激な加速のなかで、痛みが全身を覆いつくす。

 声の一つすら出せない痛みにただ歯を食い縛る事しか選べなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──意味はある」

 

 いつしかおれの視界は急転を止め、ぼやけた意識の中で柔らかな感触が背中を押した。

 

「君が積み重ねた現実の努力は、決して無駄にはならなかった」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 ロア・メグナカルトにとっては師匠、かつての英雄にとっては──

 

「こうして私が駆け付ける数瞬を稼いでくれた。それがどれ程の事か、理解できない君ではないだろう?」

 

 いつも身に付けるローブを華麗に脱ぎ、おれの全身を包む。

 じんわりと身体全体に滲むような温かさと共に、これは回復魔法と似た感触だと理解する。

 端正に整った顔を柔らかく微笑みに変えて、一度おれの頭を撫でて異形の怪物へと向き合いながら師匠は告げる。

 

「……またもや、私から奪おうとしたな」

 

 おれからは師匠の顔は見えない。

 だが、どんな感情を抱いているかは、声から理解できた。

 

 魔力探知に疎いおれですら知覚できる程の、圧倒的な魔力。

 師匠が普段から抑え込んでいる力の奔流が流れ出し、異形による絶望の支配をいとも容易く打ち払ってしまった。

 

 美しい魔力。

 おれの本心から抱いた感想だ。

 

 空間が歪むような揺らぎと共に、徐々に魔力が形を成していく。

 

「愛弟子を可愛がってくれた分は礼をする。なに、遠慮はするな──礼儀は尽くさねばいけないからね」

 

 稲妻迸る雷龍が、師匠の傍で咆哮を挙げた。

 

 

 

 

 



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第四話

 かつての戦争で、魔祖と謳われた魔法使いが存在した。現存する魔法体系の全てを構築した天才であり鬼才であり英傑であり、寿命すらも超越した魔力の果て。

 今も尚存命し後継育成に努める彼女には、十二人の弟子が居る。

 

 それぞれの属性を極め、寿命を乗り越えた生命の超越者達。

 人類が到達できる限界点を突破し、新たな生命体へと成った超人。

 

 魔祖十二使徒と呼ばれる偉大なる魔法使いである。

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第四話

 

「ふむ……」

 

 いまこの場を支配しているのは、あの異形の怪物ではない。

 おれが散々妖怪だのなんだの小馬鹿に軽口をたたいて来た師匠であり、その傍らに佇む膨大な魔力で作られた龍。

 

「ステルラ、ロアを見ててくれるかな」

「ロアッ! ねえロア大丈夫!?」

 

 右腕を欠損してると言うのに、痛みは和らぎ落ち着いている。

 全身を包み込む師匠の香りが、おれの大嫌いな血と汗の臭いから遠ざけてくれた。

 

「私のローブは特別製でね。祝福が幾つか付与してあるから着ているだけで健康体を維持できる優れものなんだ」

「だから普段動いてないのにスタイルいいんですね」

「次舐めた口聞いたら君のもう片方の腕も捥ぐ」

「コワ……」

 

 だっておれをボコる時くらいしかやる気出さないし、普段は魔力で作った椅子に座ってばっかだし、逆になんでスタイル維持できてるのか気になるだろ。

 

「エイリアスさんっ! ロアは、ロアは大丈夫なんですか!?」

「焦るなステルラ。さっきの軽口を聞いただろ? ロアは意地っ張りではあるが、自分が辛いときはいの一番に辛いと口に出す虚弱な精神を持っている」

「師匠の信頼が厚いぜ」

 

 死が目前に迫っているときはそりゃあ内心文句を吐きまくるが、今はそうでもないから余裕こいている。

 腕部欠損が衝撃的な訳ではないが、記憶の中の英雄の欠損具合が酷すぎてあまりダメージになってない。物理的な痛みは伴っているが、精神的にはそこまで傷を負っていないのだ。

 

「師匠、ヤツは?」

「前時代の遺物さ。私たち大人が禊切れなかった呪いと言っていい」

 

 かの英雄が祓いきれなかった遺物、か。

 おれの目の前に現れたのは偶然か、それとも必然か。知能がある風には見えないがそれ故の凶暴性が悍ましく感じる。

 

「師匠……」

「ふっ、心配しなくていい。私はこう見えてそれなり以上の魔法使いではあるし、かの大戦を生き抜いた実績もある。魔祖クラスが現れない限り負けないさ」

「やっぱり年齢が」

「後で君にはデリカシーを叩き込んであげよう」

 

 そう言いながら、師匠は緩やかに腕を動かす。

 奏者のように優雅に指を振るいながら、雷迸る雷龍が大きく口を開く。

 

「ここ周辺は全て綺麗にした筈だが──それだけ、近いという事か」

 

 不穏な言葉だ。

 

 なんでも出来る幼馴染が知ることは無い、おれとこの世界の上位者だけが知る真実。かつて葬り去る事が出来なかった悪意、英雄大戦の遺物。

 

 一度おれの事を見た師匠は、改めて異形へと向き合った。

 

「……ロア。君にとっては最悪な一日になるだろうが、一つ教えよう」

『ガア゛ア゛ア゛!!』

 

 異形が吼える。

 

 それに対し迎え撃つのは、古の魔女。

 そうだ、思い出した。髪色とか、瞳の色とか細かい部分が変わってるから気が付かなかったけど──師匠は、エイリアスは英雄の記憶に出てくるじゃないか。

 

「君が追い付かねばならない、魔導の極みを」

 

 閃光が炸裂した。

 空を駆け巡り瞬く間に紫電へと姿を変えた魔力が異形を焼き尽くす。

 四方八方から雁字搦めに縛り付け、身体が焼けた事で動くことを止めたのにも関わらず手を止めることは無い。

 

「──紫閃震霆(しせんしんてい)

 

 本来であれば、おれには知覚する事が出来ない程の速度で放たれる魔法。

 雷の速度を優に超える超速により必ず先手を取る事を目的とした、雷魔法における最上級魔法。雷への変質を呼吸をするのと同じほどに極め、なおかつ大海をグラム単位で管理するような精密さが求められる。

 

 記憶の中ですらまともに見たことのない必殺を目前にして、おれの心は震えあがっていた。

 

 ──え、こんなレベルまで進化する気なの、おれの幼馴染。

 

 これを自由自在に使いこなす師匠の狂いっぷりにも絶望したが、これを見て射抜かれた表情をしている幼馴染にドン引きする。

 

 うそだろおまえ。

 おれを置いてくとかそういう次元じゃなく人間を置き去りにしてんだよ。これに追いつける訳無いだろ、かの英雄が記憶の中で苦笑いしてるのが見えるぞ。

 

 おれの怪我を心配する純情弱気娘は一瞬にして姿を消し、妖怪雷ババアに心を射抜かれた天才少女が生まれてしまった。あの、おれは身体強化すら出来ないんだが……。

 

 そんなおれの内心など露知らず、師匠は異形を消し炭にして大地に降りる。

 

「ま、こんなモノかな。早くロアの腕を治さないと……」

「エイリアスさんっ! いいえ、師匠っ!」

 

 ステルラが話を遮る。

 師匠が一瞬おれの顔を見てギョッと動揺を露わにした。

 

「私もあれ(・・)、撃てるようになりますか!?」

 

 キラキラしてんじゃねぇ。

 おれはどんよりしてるんだよ。絶望に胸が軋んでるよ。

 これまでは常識の範囲外から一歩外れた程度の進化しかしてこなかった幼馴染が、明確な目標を見つけた事で更に飛躍的な進歩を遂げるであろうことが理解できてしまった。

 

 何故ならかつての英雄がそうだったからである。

 

 目指すべきは救国の英雄。

 だが、具体的にどうなればいい。

 その答えがわからなくても、とにかく彼は強くなろうと努力を重ねた。そして現れた親友でもありライバルでもある大天才に敗北し、更に上のステージへと駆け上ったのである。

 

 天才にモチベを与えないでくれ。

 凡人のモチベが枯れ果ててしまう。

 

 おれの願いを込めて師匠に視線を送ったが、おれとステルラを何度か往復した後に目線を俯かせた。

 

「……君は、撃てるようになるヨ」

 

 オイ!! 

 おまえそれでもおれの師匠か!? 

 

「なります!! 絶対絶対絶対に、二度と誰にも負けないくらいに!!」

 

 おま……

 おれの鋼のような心であっても、罅が入る音がした。

 

「……ふ、ふふっ。そうか、そうだな。負けないくらいに、強くならなきゃな」

 

 何が可笑しいのか、師匠は笑いながらおれに対して目線を向けてくる。

 やめろ。都合のいい時だけおれの発言を切り取ろうとするな。おれはこれ以上の努力はガチでしたくない、嫌いな事を積極的にやるとか頭おかしいんだぞ。ていうかおかしくなる。前まで出来てた昼寝が出来なくなって夜に八時間ぐっすり寝る事しかできなくなるんだ。

 

 その恐ろしさがわからないのか。

 

「良かったな馬鹿弟子、愛しの姫様が覚醒の兆しを見せているぞ?」

「今本気で人生を悔やんでいます。おれの人生設計がどこから狂ったのか見直してる所です」

「ふ、はははっ。責任は取ってやるんだ、男だろ」

 

 あ~~~~~~、いやだいやだ負けたくない。

 これ以上負けたくないよ~~エンエン。おれのプライドは鋼鉄だが、いとも容易く融解させる超高熱の雷には勝てる気がしない。ガンガン形を歪められて二度と戻れなくなってしまいそうだ。

 

 腕を治療されながら、おれは自責の念を連ね続けている。

 

「それにな、ロア。今日は君が居なかったら危なかった」

 

 唐突に褒めモードに移行した気配を感じ取り、おれは心を切り替えた。

 

「君が生命の危機に瀕した時に反応するよう魔法を刻んでおいたが、上手く動作した。お陰で私はテレポートで戻ってこれたし、この村に犠牲は一人として出なかった」

 

 だが、出来たのはそこまでである。

 かの英雄ならばあの時点で切り返し、両手両足が無くなろうとも抵抗していただろう。おれは片腕が無くなった痛みと虚無感で一度心折れたし、傷一つ与える事すら敵わなかった。きっとここが、おれの限界値だと思う。

 

「上出来だ、胸を張れ。今日を生き残ったのはロア・メグナカルトの努力の賜物である」

 

 努力の結晶、ね。

 おれの大嫌いを積み重ねた結果がこの薄命である。

 

「ね、ロア!」

「なんだ悪魔」

 

 もうおれにとっては悪魔にしか見えない。

 おれの命を刈り取り弄ぶ死神、戦場を駆け巡る紫電の龍。

 あぁ~、見えて来た見えて来た。おれ以外の人の未来が成功するのが見えてきてマジでつれぇ。

 

「私もう負けないから。誰にだって、ロアにだって、二度と(・・・)負けないから!」

「おれはステルラに勝ったことはないんだが」

「……えへへ、秘密!」

 

 なんだと? 

 それ詳しく教えてくれ、たのむ。うまく行けばおれは自尊心を満たせるし融解した心が更に強固な錬鉄へと昇華するだろう。

 

「私に勝てたら教えてあげるー!」

「ンだとこの野郎……舐めやがって」

 

 ロア・メグナカルトは激怒した。

 度重なる煽りにより臨界点を突破した(五百回目くらい)エマージェンシーが鳴り響き、身体中の血液という血液が煮えくり返る気持ちになった。

 

「じゃんけん」

「ポン!」

 

 おれはグー、ステルラはパー。

 

「君、本当になんかこう……」

「やめてくれ師匠、その言葉はおれに効く」

 

 やめてくれ。

 溶けた心がぐちゃぐちゃに掻き回されている気分だ。

 

 この日はおれにとって最悪な一日になった。

 幼馴染が覚醒の兆しを見せ、おれは腕が一度吹き飛び(治ったが)、師匠には敗北をまざまざと植え付けられプライドというプライドに土を付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 おれは一人ベッドに横たわり、振り返りをしていた。

 いわば記憶の整理とも言う。英雄の記憶が稀におれに混濁することもあるから、自意識の確認は大切な作業である。

 

 こういう些細などうでもいい努力が一番嫌いだが、やらねば困るのでやる。

 

「……エイリアス・ガーベラ」

 

 それが師匠の名だ。

 魔祖十二使徒と呼ばれる人類を超越した異次元の魔法使い、その成れの果て。

 かつての英雄の記憶ではロリだったので一切わからなかったが、今日の魔法を見て確信した。

 

「あの禁則兵団の人じゃないか。うわ、地雷踏み抜くところだった……」

 

 しかもあの人天然の才能で強くなったわけじゃ無く、研究段階の非合法な手段を強制的に付与されたタイプ。その上努力家であり、自らの身体のデメリットを超越するために魔祖の元へ下った異次元の意志を持つ人だった。

 

 努力か。

 みんなよく努力できるよな。

 

 おれは努力程魅力のないギャンブルは存在しないと考えている。

 賭けが当たるかわからず、その成功率は自身が苦しんだ時間と比例する上に盤外の才能が求められる。戦闘とかギャンブルの連続だし、いつだって命を対価に賭け事をしてるのと変わらない。

 

 かつての英雄が証明するように、あれだけ人生を苦しみ抜いた人物は結局闇に葬られた。

 その身を犠牲にしてすら届かなかったのだ。それはギャンブルに失敗しているのと同じだと、おれは思う。

 

「……楽して強くなりたい」

 

 この願いは変わらない。

 

 努力が大嫌いだが、それと同じくらい敗北が嫌いだ。

 でも頑張る事はしたくない。だから必然的に才能を求める。

 

「あ゛あ゛~~、負けたくないし強くなりたいが痛いのは嫌だし頑張りたくない。どうして神はおれにこんなクソみたいな選択肢を与えたのか」

 

 妬ましくてしょうがない。

 一度捨て去ったはずの嫉妬心が再度心の熱を燃料に燃え上がり始めた。

 ああ、羨ましい羨ましい羨ましい。おれにだって才能の一欠片くらい分けてくれてもいいじゃないか。

 

「悩んでいるようだね、少年」

「出たな妖怪雷ババァ」

「チッ」

 

 ガチの舌打ちと共に、おれの身体を紫電が貫いた。

 微弱な電気ではあるし痛みも無いが身体が痺れてうまく動かない。

 

「あがごごあががあごご」

「淑女に対する礼儀を弁えたまえ、まったく……」

 

 溜息を吐きながら窓からおれの部屋に侵入し、ナチュラルに布団に腰掛ける。

 

「…………君は自身を卑下する事を止めないな」

「おれに才能が無いのは事実ですから」

 

 あるのは一ミリの英雄の記憶と、おれの自堕落な本質である。

 

「大嫌いな努力と、大嫌いな敗北。天秤は傾くことはないし、おれにとってそこの比率は同じです。ゆえに、悩んでいます」

「本当は決まってるんだろう?」

「……まあ」

 

 非常に不愉快で誠に遺憾だが、諦めることはない。

 

 どいつもこいつもおれをなめやがって。

 確かにおれは英雄の記憶があるのにただの幼馴染にありとあらゆる分野でボコボコにされてへし折られたし、屈辱に塗れてプライドが僅かに沸々湧いた所で『でもおれアイツに勝てないしな……』って深層心理で考えている節はある。

 

 染み付いた負け犬根性だと? 

 おまえ表出ろ。

 

「それでも」

 

 本っっっっっっ当に嫌なんだが、おれが死にかけたのと同じようにステルラが死ぬ可能性があるのがこの世界だ。強くなれる才能がある代償と言わんばかりに、次から次へと戦いがやってくるのだろう。

 

 は~~~~~。

 

「それでも、おれしか追いつけないだろ」

 

 この時代を形作るであろう天才ステルラ・エールライトを唯一負かすのはおれである。

 どこまでも自堕落で面倒くさがりで戦いとか嫌いで血も汗も友情も心に響かないおれだが、理想像に常に押し潰されていて努力の虚無を理解しているおれだが、どれだけ強くなっても死ぬ可能性があるこの世界が好きじゃないおれだが。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!! 頑張りたくない努力したくない汗かきたくない!」

 

 天才を追い越すのは何時だって一握りの天才だ。

 

 おれに才能は無いが、才能の代わりに割り振られた記憶がある。

 泥臭く足掻く努力の結晶なんざおれのキャラじゃないが、誰かが積み上げた階段を登れるのもおれだけだ。

 

 夢に見る英雄にはならない。

 

 ステルラ・エールライトを負かす。

 おれの願いはそれだけだ。そんでもって、おれより弱いステルラ・エールライトに価値なんざない事を証明してやる。おれが全部解決してやる。

 

「……つよくなる」

 

 ステルラ・エールライトという天才を越える程に。

 他のどんな奴にも負けない。誰にも負けないおれになる。

 

 おれは今この瞬間自分から天秤を傾けた。

 努力へのヘイトより敗北の屈辱を憎んだ。

 

「おれを強くしてくれ。魔祖十二使徒、エイリアス・ガーベラ」

「──……君の大嫌いな努力を沢山させるよ」

「構わない」

 

 今の努力は未来への投資だ。

 おれは必ず英雄の技を修めて見せる。英雄の培った経験を全ておれのモノにする。

 

 そうして全部打ち負かす。

 

「上等だろ。アンタも英雄もステルラも、全部ひっくるめておれが負かす」

 

 敗北は味わいつくした。

 ゆえに、ここからは常勝するのみ。

 

 腕の借りも返さねばならない。

 

「……ふ、ふはっ。ふはははは!」

 

 唐突に壊れてしまった。

 やはり年季が入り過ぎていたのだろうか。

 

「お姫様だけじゃなく私もか?」

「当たり前だろ。アンタもおれを負かしてる。なら勝ちを重ねるまで諦めない」

「良い! 良いな我が弟子よ!」

 

 バサァとローブをはためかせ、人の家である事も憚らず師匠は声を上げた。

 

「我は魔祖十二使徒()()()、『紫電(ヴァイオレット)』を戴くエイリアス・ガーベラ!」

 

 あれ? 

 なんか、記憶の中より大層な名前が付いてるんだが。

 しかも瞳がキラキラしている。こんなにもやる気に満ちてる師匠見たの初めてなんだが、おれはもしかして地雷を踏んでしまったのだろうか。

 

 おれが僅かに流した冷や汗など気にも留めずに、昂ぶりをそのまま言葉に乗せて師匠は叫んだ。

 

「お前を“英雄”にしてやろう! ロア・メグナカルト!」

 

 かつての英雄をその目で見てきた魔法使いのその言葉は、おれを震え上がらせるには十分過ぎた。

 

「いや、英雄にはなりたくないです」

「いいや! ロアは英雄になれる──何故ならば!」

 

「その(つるぎ)には既に、英雄が宿っているのだから!」

 

 そりゃ宿って見えるだろ。

 本物の記憶から読み取ってるのだから。

 

 ここに来て英雄の記憶を利用してるツケが回って来た。

 あの時代を生きて来た妖怪がそんなに身近に居るとか誰が思うんだ。第二席ってなんですか、一番上から二番目じゃないか。薬物とかそういうデメリット乗り越えて二番手に昇格するとか怪物かよ。化け物だわ。

 

 この人がやたら俺を評価する理由を完全に理解した。

 

 そりゃあかつての英雄が至った領域に形だけでも入ろうとしてる奴が居たら疑うし、すぐ傍で同じ事何度もしてきたんだから確信に変わる。

 

「……ハハッ」

 

 乾いた笑いが出た。

 おれの脳裏に浮かび上がるのはかつての英雄、その茨の道。

 

 腕が折れる。

 足が折れる。

 肺が破れた。

 頭部も拉げた。

 臓器が零れた。

 血液が流れ、意識を失った。

 

 ありとあらゆる痛みを乗り越えて英雄へと至った彼のその軌跡だ。

 

「…………ハハハッ」

 

 前言撤回。

 おれは努力をすると言ったが、幼馴染を追い抜くと言ったが……。

 

「……お、オアアッ!!」

「ようし、やる気だな! ここまではあの模造体も手を抜いていたが、これからは段階的に引き上げていく」

 

 なんて? 

 

 ガタガタ身体が震えて来た。

 

「いずれ至るその領域へ──目標がハッキリしているほうがいいだろう?」

「ハイ、ソノトオリデス」

 

 目標が見えるだけで、手が届くとは言っていない。

 おれの人生設計がズタボロに崩れていくのが目に見えてわかった。どこで間違ったのだろうか、やはり英雄の記憶があったのが駄目だったか。

 

 心臓の鼓動が痛い。

 もしかしてこれが恋煩いって奴だろうか。劣等感に支配されたおれの人生を彩る大切な出来事になるかもしれないから、しっかりと自分に向き合いたい。

 

 そんな現実逃避がおれの安らぎになっている。 

 

「……頑張れよ。天才少女の、小さな英雄くん」

 

 師匠が小さく呟いた言葉は、錯乱するおれの耳に入ることは無かった。

 

 

 

 




 
 第一章はこれにて終わり、次からは時間が飛び首都魔導戦学園編へと移行します。
 出来る限り毎日投稿を心がけていきますので、よろしくお願いします。


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一章 首都魔導戦学園
第一話 


 一章と明記していましたが、よく考えたら序章だと気が付いたし言われたので序章に訂正します。

 いや~申し訳ない。

 なのでここからが一章、物語の本編になります。


「……おぉ」

 

 眼前に広がる光景に思わず声を漏らす。

 かつての記憶と比べても、立派に発展したこの街──首都ルクスマグナ。

 

「どうだい? 久しぶりの文明は」

「それ、師匠が言っていい言葉じゃないですよね」

 

 ()が暫く文明に触れてないのはあなたの所為であり、大自然に触れる事を選ばざるを得なかったのもあなたの所為である。

 何を好んで虫と獣に塗れた山の中でバチバチに剣戟しなきゃいけないんだ。

 

 あ~、辛かった。

 

「ちゃんと世話してあげただろう? いいじゃないか植物に囲まれて生きるのは」

「俺は自然より科学を愛してます。師匠みたいに長生きしすぎて精神が植物と一体化してるヤツと一緒にしないでください」

 

 街の往来だと言うのに、俺は気が付けば地に伏せていた。

 

「こ……こんなことしてタダで済むと思うなよ……」

「私の顔を知ってるのは一部だけだから、何も躊躇う事はない。時に恥も外聞もかなぐり捨ててでもやらなければならない事があるんだ」

 

 こんな野蛮な師匠に育てられた人間の今後が不安になる台詞だ。

 

 これで齢百以上なのだから、人の精神成熟度は年齢によらないと証明できたな。

 なぜなら俺は十五歳(・・・)なのに師匠より大人だからだ。我慢強いし。

 

「さ、行くぞ馬鹿弟子。急がないと間に合わなくなってしまう」

「俺今日入学式なんですけど……」

「全く。十五歳になってまだ自己管理が甘いのか?」

「喧しいぞ妖怪」

 

 俺は必死に立ち上がろうとしていた筈だが、気が付けば空を見上げていた。

 あー言えばこう言う、ていうか俺は一方的にやられるのが嫌だから反撃しているだけなのにどうして更に反撃されるのだろうか。

 

 目には目を歯には歯を、軽口には軽口を。

 

 きっと師匠は長く生き過ぎた代償に常識を忘れてしまったのだろう。

 

「やれやれ。困っちまうぜ」

 

 空の色はどこでも変わらず蒼色である。

 山の中から見た幻想的な星空も、文明に囲まれた首都から見上げた青空も変わる事はない。

 

 世界の広さに比べれば、随分と自分はちっぽけだ。

 

 思い上がる事が無いように刻んでいこう。

 徹底した敗北思想の上に、俺は立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第一章 第一話 

 

 

 首都魔導戦学園(しゅとまどうせんがくえん)──魔学なんて呼ばれ方をする、魔法戦闘におけるプロフェッショナルを育成する学園である。

 

 学長を務めるのはかの高名な魔祖、そのネームバリューの大きさと卒業生の実績の積み上げにより戦後の教育機関として頂点に君臨する超人気学園。師匠が正体を明かし、俺を本気でボコボコにし始めたあの日に結んだ約束の一つだった。

 

『ロア、将来的に首都学園行ってもらうから』

『承知した(意識が朦朧としている)』

 

 この会話したの、全身ズタボロになって折れてない箇所ないんじゃないのかと思う程に痛めつけられてる最中だった。

 普通に酷いと思うのだが、約束は約束だ。

 

 俺からしても学園で一番を取るのは目標なので、まあそれに関しては許そう。

 

「俺の席は……ああ、あそこか」

 

 必死こいてしがみついて来た結果として、なんとかその約束は果たした。

 師匠の提示する条件をクリアして、自分でもある程度の地点まで到達したと自覚したので入学したのだ。

 

 指定された座席に座り、その心地よさに思わず腰が抜けそうになる。

 

 ああ、やっぱコレだよこれ。

 人類の進歩は素晴らしい。もう硬い切り株に腰掛けなくていいし、虫の這いずる地面で寝なくていい。寒さに震えながら火を起こして焚火で暖まるとかしなくていいんだ。

 

 地獄のような八年間だった。

 かつての英雄に負けず劣らず、気が付けば懐柔されていた両親の許可が出た所為で師匠は自重を止めてしまったので日々歯軋りと身動ぎの止まらない生活だった。人里離れた山奥で師匠と二人、定期的に襲撃してくる模造体に対応しながら基礎も身に付け、師匠に魔法でボコられる。

 

 思い出すだけで身震いしてしまう。

 

「入学初日なのに随分と眠そうだね」

 

 そんな風に恐ろしい記憶を消し去ろうと睡眠に移行しようとしていたら、隣の席から声を掛けられた。

 

「ようやく悪夢から解放された門出なんだ。安眠出来る環境であれば寝ておけというこれまでの経験が睡眠を促した」

「そ、そうなんだ……大変そうだね」

 

 明らかに引かれたが、今の俺にとって最も重要なのは「自堕落>越えられない壁>関係形成」である。

 

 ふ、ふはは、ワッハッハ! 

 俺の事を見ている奴は既に誰一人としていないし、師匠の監視の目も無い! 

 八年、いいや九年ぶりの自堕落生活が俺を待っているんだ。そう思えば未来も明るいし心も軽くなるモノだ。

 

「僕はアルベルト。君は?」

「ロア」

 

 アルベルトか。

 いい名前じゃないか。

 

「ロア・メグナカルトだ。よろしくな、級友」

「こちらこそよろしく。アルベルト・A・グランだけど長ったらしいからアルでもいいよ」

 

 もしかしてステルラ以外の友人が出来るの初めてじゃないか? 

 アイツは村の学び舎に足を運んでいたのに、俺だけ山に拉致されたので交友関係がそこで閉ざされている。嫌だよ魔獣が友達とか、認めませんから。

 

 藍色の髪を流したナチュラルヘアを爽やかに靡かせつつ、アルは楽しそうに話を始めた。

 

「僕は東の方から来たんだけどロアは何処から?」

「南の辺鄙な村から出て来た田舎者だ。倒錯的な師匠に苛め抜かれてここに入れられた」

「随分と過激な師だね」

「七歳の俺をボコボコに打ちのめした悪魔だ。俺はようやくその支配から逃れる事が出来て、本来の自分を見つめ直してる最中だ」

「ごめん、気楽に触れていい話題じゃないね」

 

 ハハハ、なんて笑い声と共に返答していたら謝られた。

 見たか師匠、これが世の中の回答だ。世間的に見ればおかしいし、普通は山に何年も閉じ込めないだろ。

 裁判を起こせば勝つ自信が湧いて来たな。

 

「お陰で暫く嫌いな努力をしなくても良くなった。先に死ぬほど痛くて苦しい目に遭うか、それとも後に死の危険と共に辛い目に遭うかの二択だっただけだ」

「なんでそんなに追い詰められてるのかな。今の世の中、そんなに心配しなくてもいいと思うよ?」

「俺と師匠は心配性なんだ」

 

 まあ、そういう事だ。

 あの時師匠が祓った異形はかつて英雄が死した後に零れた連中らしく、封印が徐々に解け始めている。確認できる分はちまちま回収しているがそれでもなお追いついてない──そう、後に語っていた。

 

「そんなに言う人も見たこと無いなぁ。ロアの師匠って高名な方?」

「ネームバリューはある。長寿の妖怪だ」

「よ、妖怪……」

「アルは師は居るのか?」

 

 コイツ、ぱっと見気安い男だが多分イイトコの人間だ。

 話すときの声のトーン、僅かな所作、整った容姿。金持ちの家なのは間違いないだろう。

 

「子供の頃から教えてくれた人はいるよ」

 

 家庭教師か。

 ステルラと同じパターンか? 

 アイツは村娘なのに周囲の人間が英才教育を施した所為でどこに出しても恥の無い天才娘に進化を遂げたと聞いている。

 

 何故知ってるか? 

 

 師匠に聞いたに決まってんだろ、言わせるな恥ずかしい。

 

『これより入学式を始めますので、新入生の皆さんは移動をお願いします』

 

 どうやらお喋りはここまでらしい。

 教室集合にしたくせにロクな打ち合わせも無く入学式とは、流石はあの魔祖が学長なだけはある。色々すっ飛ばしてやらかしてても疑問を抱かない程度には、かつての英雄の記憶で理解している。だってあの老人やべーもん。色々イカれてる。

 

 あの老人に比べれば我が師は相当にまともだ。

 

「いや、師が問題を抱えすぎているがゆえにマトモに……」

「自信家だね」

「俺は何時だって正しく自分を見詰めている」

 

 怠惰を好み努力を嫌う、そんな性質が根本にある。

 それにしてはよく頑張ったと自分を何度も褒めてやりたい。

 

「この理屈で行けば俺は聖人になれるな」

「逆にどれだけヤバいのか気になってくるね。他にエピソードある?」

「村で最上級魔法をぶっぱなした」

「やば……」

 

 最上級魔法をポンポン撃てるのもヤバいし、それを普通に村で撃つのもヤバい。

 実際は俺達を守る為に撃ったんだが、嘘は一つも吐いてないので問題ない。このまま俺の師匠=ヤバい奴扱いしてどんどん擦り込んでやる。いずれこの学園中に『ロア・メグナカルトの師匠はヤバい奴』と根強く理解されるようにしてやるのだ。

 

 これは俺の正当な復讐である。

 

「運が良ければ、今日見れるかもな」

「そんなに高名な人なの!?」

 

 首都魔導戦学園は仮にも魔祖が学園長を務める国営教育機関であるので、行事があるたびに有名人が来る。

 その都度待たされる生徒側としては非常に退屈だが、たまに滅多に表に出てこない仙人みたいな人も来るらしいので一大イベントになっているそうだ。

 

 なお、学長の挨拶は『めんどいからパスなのじゃ』とかいう適当過ぎる一言で無くなった。

 

 どうして教育者をやろうと思ったのか甚だ疑問である。

 

「ネームバリューだけはあるのさ」

 

 

 

 

 

 

 大きい別館に集められた俺達新入生、そして在校生が並んで立つ。

 軍隊でもないからそこまで丁寧さを求められてないが、この学園に入学する位の連中なので必然的に綺麗な形になる。俺も一通り叩き込まれてしまったので、右に倣えで同じようにしている訳だ。

 

「……ね、ロア」

「なんだ」

「来てる? 君のお師匠さん」

 

 細々とした声で問われたので、それとなく見渡してみる。

 あの人の魔力を浴びすぎて分かるようになってしまったから、ここの会場に居る事は分かる。場所は来賓席だが、俺の身長より高い奴が周りに居るので見えない。

 これでも結構成長したんだが傷つく。また俺の鋼のようなプライドに傷をつけられてしまった。

 

「いる。来賓席だ」

「おぉ、楽しみだな」

「──そこ、うるさい」

 

 コソコソ男二人で話していると、更に隣の女子生徒に咎められてしまった。

 あーあ、俺は悪くないからな。アルが話しかけてきたのが原因で、心優しい俺は出来た友人のささやかな問いを断ずるという行動をしたくなかったので答えてあげたのだ。つまり『話しかけてきたアルが悪い』という図式を作れる決定的なチャンス。

 

「ごめんね、つい気になってさ。でも最上級魔法を村でぶっぱする人って言われたら君も気にならないかな?」

「……最上級魔法を?」

 

 おいおいお前が釣られんのかよ。

 ていうかアルに先手取られたが、まだ決定的な敗北には繋がっていないな。

 

「そう、最上級魔法。あの魔祖十二使徒達が編み出した、それぞれの属性における()()の技だよ」

「あり得ない。最上級魔法は国中探しても使える人が限られてるし、魔祖十二使徒以外で撃てる人なんて──」

「今は静かにしておいた方がいいんじゃないか?」

 

 はい、決まった。

 

 女子生徒はハッと顔を驚かせ、やがて俺を睨んで来た。

 はい俺の勝ち。謀略ってのは周囲の偶然も利用して積み上げてくモノだからな、いい勉強になったんじゃないか? 

 アルはやれやれ、なんて肩を竦めている。

 

 もしかしてコイツナチュラル畜生か? 

 

 わかっててやった節があるな、これ以降コイツの前での言動には気を付けよう。いつ足を掬われるかわからない。

 

『──ありがとうございました。では次に、新入生挨拶』

 

 新入生挨拶、か。

 実技・筆記・面接全てにおいてトップを獲った人間が選ばれるこの新入生挨拶。本当なら俺が目指して堂々と見下げながら『一般生徒の皆さん、こんにちは!w』と言ってやらねばならないが、生憎俺は一般入試を受けていない。

 

 よって、そもそもこの選択肢に入れない訳だ。

 

 いや~特別扱いされちゃって困るな~。

 

 

 

 

『新入生代表、ステルラ・エールライト』

 

 俺は血の気が引いた。

 愕然とする、そんな言葉を今体現している。

 声にもならない悲鳴を内心であげながら、思わず壇上を見た。

 

 静かに、あの頃とは比較にならない程丁寧な所作で壇上へと登っていく幼馴染。

 

 バカな。

 俺は、()()はあの頃とは違うんだぞ。

 才能が欲しい楽がしたいと嘆くだけの非力な凡人から、楽がしてぇ寝ていたいと願う自堕落に焦がれた男へと進化したんだ。それなのに何故、どうして勝利を誓った相手に見下されている? 

 

 まさか、まさか……あの雷ババア! 

 

 俺を嵌めたな? 

 

「……ハ、ハハッ」

 

 キッと隣の女子生徒に睨まれるが、それどころではなかった。

 儀式とか礼儀とかどうでもよくなって、()()は乾いた笑いを挙げてしまった。アルがギョッとして俺を見て来た。

 

 ステルラじゃなければ。

 ステルラ・エールライトじゃなければ。

 

 俺が勝利を誓った幼馴染(英雄)でなければよかった。

 

『誉ある魔導学園に入学できたこと、大変うれしく思います。私は──』

 

 声も少しは変わっているが、あの頃と大差ない。

 ウ、ウワアアァ────ッ!! 今すぐ殴り込みたい、今すぐ入試受けたい、今すぐここから逃げ出したい。

 

 いる事を言えよ! 

 あの妖怪、長く生きてるからロマンチストな部分がある……そこが悪さをしたな、間違いない。

 絶対『暫く会ってない幼馴染が同じ学園に通うのいいな……そうだ! 秘密にして入学式で驚かせてやろう、きっと喜ぶぞ~』みたいな思考をしているに決まってる。

 

 かつての英雄と同じ剣筋を自然に出してる子供を英雄に仕立て上げようとするくらいだ、おかしくない。

 

「カ、カヒュッ……」

「ロア!?」

 

 既に女子生徒へのマウント合戦での勝利は記憶から消えた。

 九年越しの敗北を師匠と幼馴染に叩きつけられた俺としては内心煮えくり返り、既に温度は融点を越え、臨界点に至ろうとしている。

 

『──以上。新入生代表、ステルラ・エールライト』

 

 一礼をして、ヤツは壇上から降りていく。

 同じクラスにはいないから別のクラスだな。後で殴り込みに行ってやる。

 

「……相変わらずお上品な子」

「知り合い?」

「私が引っ越してから大体三年、ずっとボコボコにされてた」

 

 おお同士よ。

 お前と俺は同じだ。天賦の才を持つ化け物に蹂躙される凡人枠、さっきはマウント取って悪かったな。仲直りしよう。

 

『では続いて来賓祝辞へと移ります』

 

 おい。

 既に嫌な予感がしてきたぞ。

 どんだけ鈍くてもこれはわかるだろう、この流れ。

 

『魔祖十二使徒第二席、エイリアス・ガーベラさまより祝辞を戴きます』

 

 オアアァ────ッ!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーいロア、大丈夫?」

「おれはだいじょうぶだ」

「大丈夫には見えないけど……」

 

 クソが。

 絶対師匠の仕業だろ。

 アイツこの時の為に仕込んでたな、そうに違いない。

 

「まあビックリするよね、第二席って言えば数十年外部露出の無い人だって言うし」

 

 俺の師匠です。

 正確には新入生代表のステルラ・エールライトの師匠でもあります。あの儀式は師弟による宣誓の儀だったんですかね。俺の方が先に門下入りしてる筈なんだが? 

 

「やっぱり来たって事は本当なのかな、あの噂」

「噂?」

「聞いたこと無い? 第二席の弟子が入学するって噂さ」

 

 俺とステルラです。

 

「あ、あぁ……初めて聞いた」

「他にも第四席、第六席、第七席の弟子も入学してるらしいし本当っぽいね。同学年がこんなにバリバリしてると僕としては困っちゃうよ」

「まったくだ。俺は努力が嫌いだから困る」

 

 教室へといつの間にか戻っていたようで、俺にはその間の記憶がない。

 あまりの敗北のショックで意識を飛ばしてしまったようだ。自己防衛がしっかりしているいい意識だと思う。

 

「お前はどう思う? 同士よ」

「誰が同士よ」

 

 さっき俺がマウント取って負かした女子生徒に話を振る。

 気が付かなかったがどうやら俺達の横だったようで、栗色の髪をショートヘアで揃えているのが特徴だ。

 

「……噂の真偽はともかく、あの女には勝つ」

 

 お前は俺か? 

 俺がいない間にまた新たな犠牲者が生まれていたとは……恐ろしきステルラ。

 

「譲れない女の戦いってヤツ? 怖いねぇ」

「うっさい、黙ってなさいよ」

 

 おーこわ、なんて言いながら飄々と躱している。

 コイツやっぱ畜生で正解だな。気を付けてないと後ろから刺してくるタイプだ。

 

 軽薄な笑みもそう思うと怖く感じる。

 裏で何考えてるかわからないな、結構冗談は通じるけど。

 

「そういえば何でロアは悶絶してたの?」

「それを説明するには長い時間が必要になる。あれは今から九年前の事だった」

「長くなるっていうか日が暮れるよね」

「簡潔に告げるとトラウマが刺激されて呼吸困難になった」

「昔何があったの!?」

 

 それはもう辛く厳しい毎日だった。

 

 人力で凧あげをされた時は大変だった。

 あの後暫く悪寒が止まないし、その所為で見たくもない光景見せられるし。あれ、全部大体ステルラの所為じゃないか。

 

「同士、名前は何と言う」

「だから誰が同士よ。なんで言わなきゃいけないの」

「言わなければ同士と言い続けるが」

「やめなさい。……ルーチェ、ルーチェ・エンハンブレよ」

「俺はロア・メグナカルト。こっちの畜生はアルベルトとでも呼んでやればいい」

「僕凄い軽視されてない?」

 

 事実だが。

 これでさっきの貸し借りはなくなったぞ、ルーチェ。

 主に俺が勝手に勝利した戦いはこれでチャラだ。

 

「ていうか何で同士呼ばわり?」

「それは簡単な話だな」

 

 教室の扉が開かれて、誰かが教室内に入ってくる。躊躇いの無い足音から察するに教員だろうか、いずれにせよ相当の自信を持った人間だ。

 これで話は終わりだと言わんばかりに、俺は振り向きながら言葉を続けた。

 

「俺も、ステルラ・エールライトに負かされ続けてるからだ」

 

 だからこそ、ここへ来た。

 頂点を目指す環境の整った、この国で一番の教育機関へと。

 

「勝負だな。俺とルーチェ、どっちが先にアイツに勝つのか」

「ちょっと、その話詳しく……ああもう! 後で聞かせてよ!」

 

 先程まで絶望していたが、案外面白い学生生活を送れそうだ。

 

 ──ああ、そうさ。

 

 ここからは常勝するのみ。

 俺が掲げるのは敗北の理念ではない、勝利への渇望である。

 

 

 ──常勝不敗。

 

 

 それこそが俺の銘だ。

 

 

 

 

 



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第二話

 首都魔導戦学園には不思議なルールがある。

 それは学生間での魔法使用を許可した模擬戦、公式に『順位戦』と呼ばれる戦いがある事だ。

 

 敷地内に堂々と建てられた競技場を利用し行われる順位戦は、実力差を明確にするための指標として取り扱われる。学生同士が積極的に組む場合もあれば、学園側が意図をもって強制的に戦わせることもある。

 

 ……これ、明らかにアレ(・・)対策だな。

 

 安定して戦力向上を見込める上、各生徒達の実力を測る指針にもなる。

 学園側としても何が足りていなくて何が足りているのかを把握しやすく、よりコストの削減も図れるという訳か。

 

 師匠の言っていた通り、上層部は事態を把握しているみたいだ。

 

「聞いたかいロア。早速順位戦を一年生がやるらしいよ」

「まだ入学して三日目だが」

「随分と気が早い生徒が居たみたいだね」

 

 野蛮な奴だな。

 俺みたいな超硬派な人間は情報をしっかり確認したうえで戦いに臨むので、そういう人種とは一生分かり合えないと考えている。俺は才能が無いから、積み重ねた敗北と積み上げた努力の結晶にアドバンテージを上乗せしなければいけない。

 

 お陰で既に寝不足だ。

 

「そうそう、順位戦をやるのは例の幼馴染さんらしいよ」

「お前表出ろ、行くぞ」

 

 アイツを負かすのは俺だけだ。

 ルーチェとはその場のノリで勝負だとか言ったが、俺は自身が勝利する事を疑っていない。

 

「待ちなさい。──私も行くわ」

「ルーチェ卿」

「誰よそれ」

「かつて実在した貴族だ。大戦で滅びてしまったが、民を守り大地を耕した偉大な領主だったらしい」

「へぇ……アンタ意外と博識なのね」

「全部嘘だ」

「は?」

「人を疑う事を覚えた方がいいぞ? 俺の勝ちだな」

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第二話 常勝不敗のエールライト

 

 

 授業が終わり、放課後。

 野生の中で生活していたとはいえ、それと並行して師匠&鎧の騎士VS俺の二対一をしながら片手間に勉強はしていた。お陰で師匠からも直々にオーケー貰えたし、寝る前の『ああ、俺は今日も何をしていたんだろう』タイムが苦しかったのだがそれも今となっては良き思い出……等と言うと思ったか。

 

 何時までもメラメラ心の奥底でくべる燃料になってくれている。

 

「ここだここ。順位戦に用いられる会場──『坩堝(るつぼ)』、なんて呼ばれ方をしてるらしい」

 

 いつの間にか調べていたのか、アルの先導により俺達三人は移動していた。

 勿論狙いはあの憎き天才幼馴染の順位戦を見届ける為で、俺たち以外に負けないように観客席から腕を組んでみてやるつもりだ。

 

 じんじん痛む左の頬を摩りながら、内部へと入る。

 

 外から見ても思ったが、かなりの大きさだ。

 これを首都に作るのに大分苦労したのではないだろうか。

 

「師匠が入れと言う訳だ」

 

 致命傷のダメージを喰らっても、学園に居る優秀な魔法使いの回復魔法によって治療可能。

 俺が数年間貯めた経験値は膨大なモノだと自負しているが、実質二人との交戦経験しか無いため柔軟性に欠ける。課題としては対応力の強化が目下にあるところになるだろう。

 

「どうしたルーチェ、そんな納得してない顔して」

「アンタ思ってたよりふざけてるわね」

「失礼な。俺程紳士に生きている人間は居ないぞ」

「さっきのは怒られても仕方ないと思うよ」

 

 数年間負け続けていた所為で誰にでもマウントを取る厄介な癖がついてしまったのだろうか。

 いや、違うな。俺の中では『ステルラ>俺≧ルーチェ』の方式を無意識に立てていて、『俺≧ルーチェ』は不安定なモノだと自覚しているから積極的に勝利を掴みに行っているのだろう。

 

「すまない。これもステルラの所為なんだ」

「多分そこまで姑息な奴じゃないわ」

「もしかして俺の事を姑息だと言っているのか? おお、俺は悲しいぞルーチェ」

 

 ロア・メグナカルトは激怒した。

 

「姑息と言うか……こう、狡い」

「言うに事欠いて狡い……だって……?」

 

 才能無いから仕方ない。

 俺にだって才能があればもっと真正面からぶつかり合うライバルキャラになれたかもしれないが、俺は才能が無いのでチマチマ足元を削って敵の意表を突くのが本命である。

 

「俺に才能を渡さなかった世界が悪い。よって俺は悪くない」

「とんでもない責任転嫁を見た気がするよ」

「なすりつけのレベルが違うわね……」

 

 全く失礼だな。

 俺はこの世界で最も努力を嫌うが、この世界でも有数の努力をしてきた自負はある。

 

「俺の事はどうでもいい。対戦相手は?」

 

 どうせ知っているのだろう、そんな思惑を言葉の裏に乗せてアルに問いかけた。

 

「『雷電(エレクト)』のロゼリッツ」

「……詳細を頼む」

「時代遅れの貴族主義者さ。大方一般出自なのに主席合格した彼女を負かす為に挑んでるんじゃないかな?」

 

 くだらない主義だ、なんて否定をしてやりたいが、俺も似たような勝敗の価値観を持っているので何も言えない。

 

「くだらないわね」

「そうかい? 君の思想も似たようなモノだと思うけど」

「…………」

 

 あ~あ、俺が言わなかったのに。

 ギスギスし始めた俺達の空気を差し置いて、件のロゼリッツとやらが入場してくる。

 俺より少し低い位の身長だが、逆立った金髪が特徴的な容姿をしている。

 

雷電(エレクト)って事は雷魔法か」

「正解。雷魔法は難易度が高めだから、学生としては十分すぎる位に強いと思うよ」

 

 雷魔法。

 知らないとはいえ、それでステルラに挑むのは愚かだな。

 

「ステルラの勝ちだな」

「……へぇ。そう思った理由は?」

 

 アルが目を細め、少し楽しそうに口元を歪めている。

 何か裏があるのは理解しているが特に警戒する理由は無い。現状まだ俺に敵対する気は無いように見える上、ステルラの情報を与えた所で『ステルラは不利にならない』からだ。

 

「決まってる」

 

 イヤと言う程思い知らされた苦い経験だ。

 増長した俺を叩き潰し、折れた俺を更に砕き、起き上がった俺をメタクソに打ちのめし、立ち上がった俺にトドメをさした。その類まれなるセンス、異常なほどの対応力。俺の全てを上回り越えて行ったのだ。

 

「アイツは天才だからだ」

 

 俺以外ステルラに勝てる奴は居ない。

 

「なんだいその自信は」

「見ればわかるさ。な、ルーチェ」

 

 先程不機嫌になったルーチェに話を振れば、一度溜息を吐いた後に俺の言葉に同調した。

 

「……そうね。呆れる位に天才よ」

 

 ──会場に、ステルラが入って来た。

 円形の盤へと入場していく幼馴染と、一瞬視線が合った。

 

 あの頃と変わらない色の艶やかな髪を肩あたりで揃え、インテーク? と言うのだろうか。

 一度だけ聞いたことのある形で可愛く仕立てているので、やはりステルラも成長したのだろう。魔法使いとか天才とかそういう点ではなく、一人の女性として。

 

 柔らかな瞳でありながら勝気な明るさをチラつかせつつ、歩くその僅かな隙間。

 

 

 

 ──勝てよ。

 ──勝つよ。

 ──俺が倒すまで負けるな。

 ──負けないから。誰にも。

 

 

 

 

 微笑んで、なんとなく、そんな会話をしている気分になった。

 それも仕方のない事だと思う。なぜなら、俺とステルラが顔を合わせたのは八年振りになるのだ。積もりに積もった話題はあるが、互いにまだ接触する事は無かった。

 

 いずれ来る舞台がある。

 

 そんな予感が胸を占めているからだ。

 

「ステルラ・エールライトが、こんなところで負ける訳が無い」

 

 これは確信だ。

 子供が逆立ちしても大人に勝つことが出来ないように、草食動物が肉食動物に基本逆らえないのと同じように。自然の摂理と同じくらい定められた勝利を俺は疑っていない。

 

『──さあ、やって参りました! 

 今年の新入生は血の気が多い、入学三日目にして早くも“順位戦”の時間だァーッ!!』

 

 実況が入り、俺達以外にも観客席へと流れ込んでくる。

 沸き立つという空気感ではなく、少しでも多くの情報を仕入れようとする敵情視察の意味合いの方が上だ。前評判の存在しないステルラと、前評判が存在するロゼリッツ。賭けが存在すればどれくらいのオッズ差になるだろうか。

 

 無論俺はステルラに賭ける。

 初回限定で丸儲けできるかもしれないからな。

 

『西側、雷電(エレクト)のロゼリッツ! 数少ない雷魔法の使い手にして、既に魔導兵団から目を付けられている程の傑物!』

 

 ふんぞり返るような態度でステルラを見下すロゼリッツ。

 

『東側、詳細不明の主席合格者! 実技試験に於いて過去最高点を叩き出した完全なるダークホース──ステルラ・エールライトォッ!!』

 

 対する幼馴染は、俺の方から視線を変えて正面に向き合っている。

 俺もステルラも、互いに暫く会っていない。ゆえに現時点での実力は不明瞭で、当時の記憶しか存在していない。

 

 ──それでも。

 

「どうやら分の悪い賭けになりそうだね」

「今日の晩飯は決まりだな」

「財布の紐は締めておきたいんだけどなぁ」

 

 これから先はステルラの試合で賭けが起きる事は無いだろう。

 この初試合、全く不明な情報状況だからこそ成立するのだ。実際に俺が賭けてる訳じゃなくて、言葉の綾だが。

 

『両者準備は整っていますね? ──順位戦、始めェッ!!』

 

 僅かな魔力の渦巻きと共に、ロゼリッツが魔法を構築する。

 莫大な魔力量でしか探知できない俺にとって、『普通の魔法使い』はこうも苦手な相手に変化する。また一つ課題が見つかったな。

 

 師匠よりも数段遅い速度で放たれる雷魔法に対し──ステルラは、()()()薙ぎ払った。

 

「──……んッ?」

「……うそでしょ」

「……??」

 

 は? 

 

 目の前で起きた不可解な現象に思わず困惑の声をあげてしまった。

 

『──…………んん? 私の目では、どうにも……素手で打ち払ったような気が……』

 

 そんな周囲の驚愕を尻目に、ステルラは歩みを進めた。

 一歩ずつ緩やかに、ここは戦場でも何でもないただの舞踏会だと示唆するような優雅さを保ちつつ、幼い頃からは感じられなかった気品を受け取った。

 

「──教えてあげる」

 

 静まった会場に、声が響く。

 

「私は、誰にも負けないって決めたの」

 

 バチバチと、帯電を始める。

 溢れ出る魔力が瞬く間に雷へと変化し、稲妻へと変わり──やがて色を変えて、紫電へと至った。

 

『む、紫の、雷……』

 

「……そういうことか」

 

 隣でアルが呟いた。

 察しのいい人間はそれだけで気が付くだろう。

 

 魔力から雷への変質は難易度が高く、逆に火や水の難易度は低いとされている。

 一説には具体的なイメージやそれに伴う影響を理解していればやり易くなるとかなんだとか。師匠曰く「センス」らしい。

 

 俺か? 

 仮に俺にセンスが備わっているのならば、宝の持ち腐れという言葉がこれほどまでに適当なコメントは無いだろう。

 

「──『紫電(ヴァイオレット)』」

 

 瞬く間に紫電が駆け巡り、ロゼリッツの身体を貫いた。

 僅かに展開された防御も体を保つことすら出来ずに一撃で、体格差もあった筈のロゼリッツは膝をつき、地面に倒れ伏した。

 

「噂に聞く、第二席の弟子──彼女がそうだったのか。そりゃあ勝てるはずもないな」

 

 上位互換に勝てる訳が無い。

 蓋を開けてみればそれだけの理由だった。

 

『──しゅ、瞬殺っ!! しかも今のはまさか、紫電か!? ちょっと詳しく! 少しで良いから解説席まで来てー!』

 

 そんな騒ぎ立てる声を無視しながらステルラは退場を始めた。

 圧倒的な勝利だ。それでこそ俺の乗り越えるべき相手、俺が戦う事を誓った相手。

 

 こんな風に完全勝利を叩きつけられちゃあ──いや、やってられないです。

 

 え? 

 どういう事? 

 

 なんで魔法を素手で打ち払えるんだよ、現象がわからないんだが。

 バトルセンスで片付けられる話じゃないのだが、それ以上に皆にとっては第二席の弟子という称号の方が気になるらしい。

 

 いや……ええ? 

 師匠、もしかしてとんでもない怪物育てたんじゃないだろうか。俺の方をメインに育ててくれたのにコレだから、ガチの育成をされてたらもう二度と追いつくことは出来なかったかもしれない。

 あんなに辛い目に遭っていたのはそのためだったんですね。

 

 泣いた。

 だってホラ、大体九年間師匠に苛め抜かれた上に八年間山の中で修行。その上幾度となく死にかけた上に魔法も好き放題撃たれたので、非常に、大変遺憾ながら魔力そのものに対する耐性もちょっとだけ染み付いた。現代を生きる人類が備え付けていい機能じゃない。

 

 それだけやって尚勝てる気がしない。

 

「なんで泣いてんのよアンタ」

「現実は非情だ。世界は俺を憎んでいる」

「なんなの……」

 

 ()()、結構頑張って来たと思うんだ。

 凡人なりに必死にしがみついて、師匠の無茶振りに耐え、俺なりに強くなったと自信があった。

 それなのに現実はこれである。

 

「……順位戦俺も組む。この学年全員ボコして覇を唱えて良いのは俺だけだと証明してやろう」

「情緒が安定しないね」

「緩急優れる人間の方が好まれるらしい」

「少なくとも私は静かな奴が好きね」

「遠回しな告白か? やれやれ、困ったな……」

 

 俺は歩いていた筈だが、気が付けば空を見詰めて横たわっていた。

 ルーチェはステルラに張り合っていただけはある気性の荒さを兼ね揃えているので、ちょっと軽口を叩いただけでコレである。もしかして俺の周囲の女性って全員躊躇いなく暴力振るうんじゃないだろうか。

 

「ある偉人が言ったそうだ。『右の頬を叩かれたなら、左の頬を叩き返しなさい』、と」

「もう一発やられたいならそう言いなさいよ」

「違う、やめろ落ち着け」

 

 外で寝転がった俺に堂々と追い打ちをかけてくるルーチェ。

 淑女の自覚は無いのだろうか? 流石のステルラもここまではやらないし、師匠は……いや、わからないな。やってくるかもしれない。ビンタ代わりの魔法行使に関しては断トツ一位である。

 

「仲良いね、敗者同士のシンパシーってやつ?」

「お前表出ろ」

 

 もう表だが、そういう話ではない。

 海よりも深く山よりも高い俺の堪忍袋だが流石に度が過ぎる。聖人の如き倫理観を兼ね揃えている俺としても看過できない一線は存在するのだ。

 

「一時休戦しようルーチェ。俺はコイツを殴らねば気が済まない」

「奇遇ね。さっきの事は水に流してあげるわ」

「なんだいなんだい、二対一とは卑怯じゃないか。騎士らしく正々堂々とやり合おうよ」

「悪いが俺は才能が無いからタイマンはしないんだ。諦めてくれ」

 

 この後、アルを一方的にボコボコにしたルーチェ共々全員纏めて教師に見つかり説教を受ける事となった。

 俺もアルもボコボコにされただけで手を出したのはルーチェだけなのだが、それを言っても野暮だし『ここであえて言わない事で借りを作った雰囲気』を出す。そうすれば勝手に罪悪感を味わってくれると言う俺の高等テクだ。

 

「あいててて……ルーチェ、君格闘技かなんかやってる? ダメージが素人のソレじゃないんだけど」

「ふん、いい気味ね。言う訳無いでしょ?」

 

「いつか戦う可能性だってあるのに」

 

 どうやらルーチェからすれば俺達も敵判定なようだ。

 ステルラに負けたくない、勝ちたいと上昇志向が強いのかと考えていたが……少し違うな。

 敗北への劣等感か、何かしらの負の感情が強めだ。

 

「それもそっか。癖は見抜いたから安心してよ」

「はぁ? あんなのお遊びに決まってるじゃない」

「下着の色も把握した。僕に隙は無ぶべっ」

 

 本日四度目、ルーチェの拳がアルの顔を貫いた。

 どうせ回復魔法で治るし気にしなくていいだろう。その程度じゃ死なないし、痛くも無いだろ。

 

「愚かな男だ……」

「最っっっ低。死ねばいいのに」

 

 うつ伏せで倒れたアルの手を取って、肩を持つ。

 

「う、あ、ありがとうロア……」

「気にするな。──で、色は?」

「黒だったよ」

 

 直後、天丼のように襲い掛かって来た蹴りに成すすべなくやられた俺達は陽が落ち切るまで起き上がる事は無かった。

 



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第三話

「や、おはようさん」

「アルか。おはよう」

 

 登校する途中で後ろからアルが合流した。

 東の方から来たと言っていたし、たしか……グラン地方だったか。

 コイツの名前は「アルベルト・A・グラン」。なるほど、そっちの関係か。

 

 かつての英雄の記憶を掘り起こして少し確認するが、流石にグラン公国の貴族とかは覚えてない。

 公爵家もあんまり記憶にないな。戦場に出るような立場でもないだろうし、そこは仕方ないか。地道に自分で調べていくしかない。

 

 なんとなくアルの出自を考察しながら、歩みを進めていく。

 

「聞いた? もう君の幼馴染に異名が付いたらしいよ」

「新入生に付く最速タイム更新らしいな」

「おっ、流石に興味アリって感じ?」

「アイツの情報を漏らすわけにはいかないからな」

 

 これは俺のプライドである。

 鋼の強度の心を何度も何度も繰り返し煮詰め湾曲させられた俺のプライドは、不純物が混じりに混じってカオスな内訳になっている。それでも俺の心の半数を占めるのは『ステルラ・エールライト』なのだ。たとえ余計なモノを背負ったとしてもその基準は変わる事はない。

 

 何故か。

 

 それはアイツが俺を負かし過ぎたからだ。

 

「君は『紫電(ヴァイオレット)』の弟子だって知ってたの?」

「ああ。俺もそうだからな」

「…………ん?」

 

 ステルラがインパクト満載のネタバラシをしてしまったので、もうそこで驚かせる可能性は低い。

 だって素手で魔法弾くような(・・・)技見せた上に、異名を持った実力者を瞬殺である。これもう俺がアイツのインパクト塗り替えるには上級生の実力者倒さないと駄目だろうしな。

 

「え? 君も?」

「俺とステルラは同じ村出身、アイツは第二席の弟子。最上級魔法を扱える師匠」

「ああ~~……うん、確かにそうだ。それしかないね、逆に何でそう考えなかったんだろ」

 

 俺の魔力量がカスすぎて凄いと思われる事がないのだろうか。

 もしそうだとすれば訴訟も辞さない勢いで学園に殴り込みに行く。俺は今でも努力は嫌いだが、それと同じくらい負けっぱなし舐められっぱなしは気に食わないのだ。ルーチェに関してはこう、舐められてるとかそういう話以前に『ステルラに敗北した』という共通点があるので気にしない。

 

「じゃあ入試で負けたんだ」

「は? 負けてないが??」

 

 お前表出ろ。

 

 出会って数日で既に五回程度表に出ろと言っているが、俺の心の許容量が少なく器が小さい訳ではなくコイツが失礼すぎるだけなのである。

 結構イイ(・・)性格してるアルベルトは、他人がギリギリ許せる範囲での軽口を叩こうとする。

 

 まったく、失礼なヤツだな。

 

「でも主席じゃ無いんだろ?」

「俺はそもそも主席とか次席とかそういう場所じゃない。おまえなら理解できると思うんだが」

 

 そう言ってからアルは少し考え込むような顔をしてから、引き攣った笑みを向けて来た。

 

「……マジ?」

「大マジだ」

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第三話

 

 

「順位戦組んだわ」

「……早くないか?」

 

 昼休み、アルと飯を食っているとルーチェが弁当持参で乱入してきた。

 俺達まあまあ失礼な事を言っているんだが、根が優しいのか見捨てられることはない。ステルラに負けた影響でちょっとだけ歪んでいる部分はあるが、それは俺のコンプレックスと同レベルなので問題ないだろう。俺の努力嫌いとはレベルが違うがな。

 

「そのためにこの学園に来たんだもの、利用できるものはさっさと使うに限るでしょ」

「合理的だねぇ。僕も一ヵ月くらいしたら始めようかな」

 

 実際、新入生が順位戦を始めるのはそれくらいの時期からになる。

 最初の一ヵ月はどうしても首都に初めて来た連中がいたり生活に慣れなかったり、事情がある事が多い。よって一ヵ月経ち落ち着くまでは学園側も干渉する事はないのだ。暗黙の了解としてそうなってるよ、なんて師匠に教えて貰った。

 

「君はどうするの?」

「俺は魔法授業をどうにかこうにかやり繰りせねばならないゆえ、暫くは何も出来ない状態が続く」

「あっ……」

 

 やかましいな、俺だって察してるんだ。

 魔法授業──簡単に纏めれば、新たな魔法を習得するための課題授業である。習得する魔法は生徒の自由となっているが、一年で何個取るかの規定数をクリアせねばならない。

 

 俺は既に戦闘スタイルが確立されている上、魔法は()()しか使えない。

 

「そういえば苦い顔してたよね」

「俺は魔力量が乏しいから基本的な魔法の行使は不可能に近いんだ。俺は根本的に才能が無いからな、二人とも柔軟性に富んでて羨ましい」

 

 嫉妬だ、これは。

 ステルラ程で無かったとしても、コイツらは根本的に『才能がある側』の人間。努力もしてきているだろうが、俺に二人と同じくらい前提条件が整っていればもっと飛躍的に強くなり、もっともっと自堕落に過ごす事が可能だった。これを羨まずに何を憎むのか。

 

「あ゛~、思い出したら腹立ってきた。なんで俺こんなに才能無いんだよ」

「これ冗談とかじゃなく本気で言ってるんだね」

「当たり前だろ。才能があったらもっと別の選択肢取ってるわ」

 

 ハ~~~~。

 

 近所の商店街で買った惣菜詰め合わせ自作弁当を口の中に掻きこんでから、味を噛み締める事も無く水で流し込む。

 かつての修行の経験から培った技である。なんで俺こんなどうでもいい技能ばっかり磨かれてるのだろうか、自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「……よく心折れなかったわね」

 

 ルーチェが苦い顔で言う。

 俺とは入れ違いに近い形でステルラに触れた()()()天才は、自身の天狗になりつつあった無意識の心を圧し折られたのだろう。それでも立ち上がる強さも妬ましいが、相当に辛い記憶で合ったのは確かだ。

 

「折れたさ」

 

 俺もそうだ。

 

 何度だって折れた。

 俺の心に傷のついてない部位はなく、死を覚悟したあの瞬間にだって折れている。折れて折れて潰されて、それでも諦める事を許さないこの世界の理不尽さと勝手に存在する英雄の記憶を恨んで生きていた。

 

 凡人にステルラ・エールライトは眩し()()()

 

 ゆえに、足掻いた。

 

「悔しいだろ、負けたままとか。それだけだよ」

「いやぁ、男の子だね! 僕もそんな経験してみたかったな~」

「そんな願望捨てる事をオススメする。いや、激しく推奨する。う~ん、命令する。捨てろ」

「滅茶苦茶引き摺ってるなぁ!」

 

 当たり前だろ。

 

「で、だ。俺の事はどうでもいいが、ルーチェの対戦相手はどんなヤツなんだ」

 

 級友として気になるので聞くことにする。

 学園生活とか久しぶりだし、かつての英雄の記憶と遜色ないモノになってしまった俺の灰色の青春を塗り替えるには今しかないのだ。そういう意味でアルが話しかけてくれたのは非常にありがたかった。絶対に本人に言わないが。

 

「つまんない奴よ」

「つまらん奴なのか」

「ええ」

 

 心底つまらなそうに言うあたり、本気でどうでもいいと思ってそうだ。

 

「アル、詳細」

真風(アウラ)って異名持ちだよ」

「アンタらね……!」

 

 流石の情報収集力だ。

 お前が友人で良かった。

 

「勝てるのか」

「当たり前じゃない。勝てない勝負に挑むのは()()()()()()の」

 

 お前は俺か。

 恐ろしい程に俺と同じような精神性を持つな、この女。

 そりゃあステルラに出会ってボコられるわけだ。

 

「応援には行く。手の内を見るついでにな」

「来なくていいわ」

「何故だ。友達じゃないか」

「……冗談やめてよ」

 

 チョロすぎないか? 

 俺は既にお前の将来が心配になって来た。

 チョロくて負けず嫌いって相当アレだぞ、お前……。

 

「俺はお前を誤解していた。ただの口悪い女かと思っていたが、案外いい所あるじゃないか」

「一度死んできなさい。そうしたらもう一回殺してあげる」

「なんて猟奇的な趣味なんだ……コワ」

 

 俺は椅子に座っていた筈だが、気が付けば地面に寝そべっていた。

 最近自分の身体がどうなってるのかわからない、なあアル。

 

「大体君が悪いと思うよ」

「お前にだけは言われたくないぞ。ルーチェ、俺とアルどっちが駄目だ?」

「どっちもダメに決まってるわ、バカども」

 

 

 

 

 

 放課後になり、俺は非常に遺憾ながら魔法習得の鍛錬をしていた。

 

 かつての英雄は最低限魔法を扱うに値する力を持っていたから身体を酷使する事で魔力量を増やし、魔法戦士としての選択肢を増やした。

 

 いまの俺は最低限魔法を扱う事すら出来ないので魔力量を増やす事は出来ず、ある意味ズルをして利用可能にした唯一の魔法が武器である。

 

 あ~あ、この落差はなんだ。

 努力すれば身に付く程度の才能を与えてくれればよかったのに、とにかく要領が悪い。俺の事を言っているのにどこか他人事に聞こえるかもしれないが、それくらいヤケクソにならないとやってられないのだ。

 

 やらなくていいと思った努力をするのが死ぬほど苦痛だ。

 実際に死にかけていたので苦痛の感覚は理解している、よってこれは死ぬほど苦痛という言葉に適している。

 

 証明完了。

 

「あ゛ぁ゛~……せっかく誰もいないから気を抜けるのに、なんで俺は放課後まで努力しなけりゃならんのだ」

 

 ブツクサいいながら教導本を見て調整する。

 魔法を使用する感覚はわからない。あの英雄の記憶では使ってるのはなんとなく感じ取れるのだが、いざ実践となると上手く行かない。どれだけ頑張っても出来ない事は仕方ないのだ。

 

 なお、自宅はそこまで広くないので学校に居残りである。

 魔法使用を前提とした補強をされてる個室が幾つもあるので、やはり学習を行うには最適な場所だと再認識した。

 

「努力はクソ、努力はクソ努力はクソ努力はクソ努力はクソ努力は……」

「やあ馬鹿弟子、今日も元気に頑張ってるみたいだね」

「出たな妖」

 

 俺が何かを言う前に先手を喰らい、口が痺れて動かなくなった。

 身体にある程度の耐性は出来たと言えぶっちゃけ耐えれる限界は低いのであんまり役に立たない。クソが。

 

「なぜ此処に? そう聞きたいのだろう、わかるとも。では説明してあげようじゃないか!」

 

 テンション高いなこの老婆。

 俺はやる気もクソもないのに大嫌いな努力をしていて不愉快なのに、横槍を入れてきた妖怪雷ババァはそれはもうご機嫌なモノへと変化した。

 

「幼馴染みを連れてきたよ」

「やっほーロア! 久しぶりだねぇ~!」

 

 ほ、ほぎゃっ……

 俺の抱いていた全ての感情を破壊し尽くし満面の笑みを浮かべる師匠と幼馴染。やはりコイツらは俺にとっての凶星であり呪いであり悲しみである。

 

何故(なにゆえ)、ステルラが此処に……?」

「会いたかったから来ちゃった!」

 

 めっちゃ恥ずかしい奴だろコレ。

 以前『俺とあいつは会うべき舞台が存在する』とか考えてたのが死ぬほど恥ずかしい。

 

「君は毎度勝てないな」

「うるさいですね……」

 

 天と地ほどの差があるのだから、それは仕方ない。

 昔の俺はよく生きる事を諦めなかったと感嘆の意を示さざるを得ない。なんかもう自信が根こそぎ破壊された気分だ。

 そんな俺の内心など露知らず、この師弟は楽しそうに話を続けた。

 

「順位戦見に来てくれたんだよね!」

「そりゃあ見に行かないとな。俺が倒すまで負けるなよ」

「負けないよ! ロアじゃないんだから」

「お前表出ろ」

 

 かっちーん。 

 流石に天を貫くバベルの塔よりも高く海の底に沈む海底神殿と同じくらい許容量がある俺の心でも許す選択肢を与えなかった。俺は大概お前以外には負けてない……うん、負けて……負けてないと信じたいが、言っていい事と悪い事がある。

 

 俺の友(魔獣)は翌日には胃袋に収まっていたので今は居ないが、ここまでの屈辱を与えられたのは久しぶりだった。

 

「やる? 順位戦」

「まあ落ち着けステルラ。俺とお前が戦うに値する舞台ってのはそんな突発的に生まれるモノじゃなく、長き因縁にケリをつけるオオトリで行われるモノだろう? いわば卒業前日、そういうタイミングでの勝負が一番望ましいと俺は思うんだ。因縁の大きさって言うのはバカに出来るモノじゃなく、それは人生すらも左右する事があるんだ。迷信じゃなくてな」

「ヘタレ」

「うるせーな妖怪、黙って婚活してろよ」

 

 幾ら魔法で強化されているとは言え、壁が壊れなくても俺の身体は生身なのだ。

 壁にめり込むほどの威力で吹き飛ばされたらどうなるかわかるだろ。

 

「カ、カヒュッ……」

「師匠!?」

「しまった。つい何時もの感じでやってしまった」

 

 全く悪びれずにとぼける師匠。

 小走りで駆けよって来たステルラの回復魔法で、痛みが引いて行く。

 

「くそっ……負けた気分だ」

「君のプライドはどうなってるのだろうね。私も時々気になるよ」

 

 そりゃあボロボロのズタズタよ。

 師匠に嫐られ幼馴染に治療され、これを情けなく感じずにどうすると言うのだ。あ~あ、自己治療くらい出来るようになりたいさ俺だって。使えないんだからしょうがないじゃないか。

 

 俺も魔法習得を早めに行っておきたいのだが、それをこの二人に言うのは憚られる。

 

 どうして? 

 そんなん俺のチンケなプライドが邪魔してるからに決まってるだろ。

 

「そうだロア。君の順位戦組んどいたから」

「は?」

 

 聞き逃せない言葉が聞こえて来たのだが、冗談だろうか。

 

「明日、半日授業終えたら『坩堝(るつぼ)』に来てくれ。君とは相性がいいようで悪い相手を用意したよ」

「師匠の有難迷惑で俺の涙は枯れそうです」

「感情の抑制は努力したほうがいい。戦いのときは特にね」

 

 おまえの所為だよ。

 俺は歯軋りした。

 

「さ、ステルラ。これ以上邪魔しても悪いし帰るよ」

「え~、もう少し話したい!」

「これから何度だって出来るさ。あの頃と違ってね」

 

 ステルラを引っ張りながら出口へと向かう師匠に二度と来るなと笑顔で手を振り送り返し、溜息を吐きながら教導本を手に取った。

 

「……ん」

 

 先程まで開いていたページを開こうとして、栞が挟まれている事に気が付く。

 こういう事が出来るのはステルラじゃなく師匠だな、あの人回りくどい表現で助けようとするので結構弟子としては苦労するのだ。

 

 挟まれていたページを見れば、そこには魔法の仕組みについて事細かく書かれている場所――まあ俗にいう基本部分だ。

 

「基礎からやり直せって? ハハッ」

 

 乾いた笑いが出た。

 俺に才能が無いのは自他ともに認める事実なので、師匠がこうしろと言うならそういう事なのだろう。だってあの人仮にも才能ナシの俺を育てた教育者だし、かつての大戦を生き抜いた実績もあるし、人生経験も長いからな。

 自分で考案した方法よりいい方法を知っている可能性は高いだろう。

 

 基礎、基礎だ。

 俺は剣も初歩の初歩から歩いて来た。

 魔法が使用できないと最初から諦めて剣のみを極めて来たが、師匠がこの学園に俺を入れた理由を考えればそうではないのかもしれない。

 

 俺に魔法が使える可能性がある。

 

 自分の事は一切信用できない俺だが、師匠の事は信用できる。

 

 ならば仕方ない。

 非常に不服で誠に遺憾だが、しょうがないので最初から始める事にしよう。

 先ずは自身の中にある極わずかな魔力を感じ取るところから始めようか。こういう地道な手間が一番好きじゃないんだ、進歩がわずかしか見られないから。

 

 やれやれ。 

 自身の才能の無さに呆れを示しながら、瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった? 久しぶりの幼馴染は」

「やっぱり面と向かって話すのが一番です!」

 

 校舎を出て、二人は街を歩いていた。

 有名校の制服を身に纏った少女と、荘厳なローブを身に纏った気品あふれる女性。これほど目を引く案件も無いが、不思議と彼女らの周囲に人の気配はなかった。

 

「前に見た時は必死そうだったから声掛け諦めましたけど、同じ学校に入れて本当に良かった~」

「彼は本当によくやったよ。当時、私達の頃ですら過激だと批判される修行を行っていたのは否定できないからね」

 

 しみじみと、噛み締めるように女性が話す。

 

「本当に、よくやったよ」

 

 どれ程の泣き言を吐いても、どれ程の弱音を吐いても。

 彼の心魂に刻まれた不屈の闘志は途切れる事はなく、確かに、少しずつ磨かれていく技。

 

「見せつけてやるんだ。ロア・メグナカルト」

 

 ステルラ・エールライトは確かに天才だ。

 

 だが、その天才の中の天才に追い縋る為に死すらも受け入れ努力を重ねた凡人が追い付けないか。

 答えは否だと、エイリアス・ガーベラは思っている。

 

 かつての記憶が、強く訴えかけているから。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「アンタ、私より早く順位戦やるんじゃないわよ」

 

 半ば呆れた表情で言いに来たルーチェ。

 ここは坩堝の控え室、半日授業を終えた俺は非常に不服ながら強制的に組み込まれた順位戦に臨むべく、誠に遺憾ながら待機しているという訳だ。

 

 相手を知らないからマジでどうなるかわからない。

 

「師匠に言え、師匠に。あの人が滅茶苦茶通してるだけだ」

「十二使徒、それも第二席に言える訳無いでしょ」

 

 それもそうだ。

 あの人は俺やステルラの前だとふざけるし素の自分を出すが、公的な場所では一切出さない。滅茶苦茶丁寧だし心底所作も気品に溢れているのだが、どうにも他人感が拭えない。

 典型的な身内には甘いタイプか、ガハハ! 

 

「勝利が見えて来たな。いつか泣かしてやる」

「どういう思考してるのかわからないわ」

「お前も俺と同じ思考にならないか? 共に憎き天才を負かそうじゃないか」

「誰が人の手を借りて掴んだ勝ちを有難がるのよ。私はそんな安い女じゃない」

 

 それに関しては同意する。

 俺は努力が死ぬほど嫌いでそれと同じくらい負けず嫌いだが、師匠にひたすらボコボコにされた後のステルラを倒してもなーんにも気持ちよくなれないだろう。俺がボコボコにしたうえで師匠も纏めて倒すから気持ちいいんだよ。

 

「折れないでくれよ。一緒に追いかけてくれる奴がいるなら、それはそれで良いからな」

「……理由は?」

「ンなもん優越感に浸れる仲間がいればモチベが」

 

 俺は試合前だと言うのに、顔面が凹む感覚を味わった。

 気遣いの出来ない友人を持つと苦労するよ、やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第四話

 

 一足先に会場に入って、ゆっくり身体の確認をする。

 広々とした空間だからこそ出来る安全確認もあるのだ、そう自分に言い聞かせて柔軟を開始する。

 

 俺の身体は所詮凡人なので、そりゃあ耐久度や強靭度は強くなったとは言え最低限の前提を守らねばならない。魔法による身体強化でブースト、初速から音速を越えさせるとかはムリムリカタツムリなのだ。これが非才な人間の限界なんだよね、あ~あ。

 

 まあ、全くの無名である俺の試合も見に来る物好きも多くは無いので観客席に知り合いが二、三人いる位で──なんか師匠が居るんだが。

 思わずギョッと目を見開いてみれば、ニコニコ笑顔で手を振ってくる。

 

 そうじゃね~~~、俺が求めてる反応はそうじゃねぇンだわ。

 

 隣には緑髪の知らない女性もいる。

 その人に視線を向けてみれば静かに一礼されたので、とりあえず俺も一礼して返しておく。

 

 礼儀には礼儀を、軽口には軽口を。

 

 読唇術を使えるような『実はすごい技能』とか無いので、何を話しているかはわからないけど楽しそうではある。

 まあ楽しそうならいいか。賭け事に使われてたら腹立つから許さない。全員俺の勝利を期待してないって事だからな、賭けは不成立なのが俺にとっては嬉しいのだ。

 

 一度途切れた集中を持ち直し、再度深く沈み込む。

 

 思考、問題なし。

 腕部、問題なし。

 脚部、問題なし。

 末端の操作、問題なし。

 指先の感覚、問題なし。

 触れた肌の感覚に差異も無く、五感も問題なし。

 

 今現在、俺の身体は戦う準備が出来ている。

 

 ……あれ? 

 こんなに万全の状態で戦うの初めてじゃないか。

 

 村に居た時は不意打ちで片腕持っていかれたし完全に格上だったから殺される寸前だったし、山籠もり開始してから永遠にボコられ続けてた所為で感覚がおかしくなってしまってる。

 あ、あはは。俺の人生、なんでこうなっちまったんだろ。

 

 視界がぼやける。

 くそっ、こんなので。

 

「あはは、ロア泣いてる~」

「は? 泣いてないし」

 

 お前は来てるなら来てるって言えよ! 

 いつの間にか最前列で身を乗り出しているステルラに返事をしつつ、俺は瞼を拭った。

 

「これは男の苦労が滲んだだけで、決して涙と言う液体ではない」

「むー、相変わらずめんどくさい言い回しするねぇ」

「師匠に言え。これは俺のアイデンティティではなく、全部元凶がいる。あの人も大概面倒くさいだろ」

 

 そう言ってから師匠の方を見れば、額に青筋を刻んでいた。

 

「今なら何言っても大丈夫そうだな。ケッ」

「絶対後でロクな事にならないと思うんだけど……」

「チマチマいくのは性に合わない。俺は何時だって豪快にチャレンジ精神旺盛だ」

 

 パリパリ紫電が滲んでいるので、後で半殺しは確定だろう。

 あ~あ、俺の人生早くも終わりか。結構頑張って来たのにこんな形で終わりを迎えるのは納得いかないぜ。

 

「結構余裕そうだね、安心したよ」

「余裕も何も相手を知らないからな。不安がる理由が無い」

「……あ~……うん、頑張って」

 

 ちょっと待ってくれ。

 ステルラ、お前がそんなに微妙な顔をするのは初めて見た。

 訂正しよう、先程までは不安が一ミリも無く現実に安心していたが今は不安が胸を覆いつくし思考は暗闇に閉ざされている。

 

「おい妖怪、どういう事だ」

 

 声を張り上げて聞いてみるが、我関せずと言った態度で顔を逸らす師匠。

 お前年齢考えろ、見た目が良いからってそういう行動取りやがって……! みんな騙されるなよ、コイツの実年齢は百と半世紀程だ。

 

「あれ? ロア、あの人知らない?」

 

 ステルラは師匠の隣の人に目線を移動させた。

 

 緑髪の知り合いとか居ないんだが。

 緑色の髪、サイドテール……うーん、わからない。例に漏れず美人なのはわかるが、見覚えは無いな。

 

「知らないな」

「あぁ~……うん、頑張って」

「それは不安になるからマジでやめろ」

 

 嫌な予感が俺の心の内を支配した。

 ステルラでも知ってる有名人で、なおかつ師匠の隣に並べる人材。

 

 ……あっ。

 

 今、最悪な答えが頭の中に浮かんだ。

 

「まさかな、まさかまさか」

 

 一番初めにぶつける相手にソレはないだろう。

 ステルラが鮮烈なデビューをして、アイツは学年主席という実績に不透明な魔法技能という謎があったから観客が多く来たが、俺にはそんなモノ一つも無い。

 よって、観客は少ない。

 

 順位戦そのものを見るのを楽しみにしている層が僅かに来る程度で、その人たちは師匠と隣の人を見てギョッと目を見開いている。

 

 あ~~~~~、嫌だ嫌だ嫌な予感してきたよマジで。

 

 鬼、悪魔、妖怪、紫電気ババァ。

 

『──さァ、今日も順位戦の時間がやって参りましたよ!?』

 

 観客が少ないのに対しテンションが振り切れてるイカれた実況の声が響く。

 もう後戻りできない、ていうか最初から後戻りできない状況にある。クソゲー、マジでクソゲーだよ。

 

『何故か魔祖十二席の方が二名(・・)いらっしゃってますが、これは一体……何が始まるのか!?』

 

 はい、確定。

 そうなると俺の対戦相手も読めてくるな、マジで言ってんのかよ。

 エ~~~~ンエンエン、俺を虐めて楽しいか? お前ら。頑張りたくないし痛い思い出来るだけしたくないのに、これ頑張るの確定だろ。

 

『そして今日試合を行う選手の情報ですが……な、なななんと!?』

 

 今、急いで外に走り出した生徒が見えた。

 これ絶対見世物にされるパターンだな、師匠がどういう未来図を描いてるのかわかってきて思わず溜息を吐く。

 

『ロア・メグナカルト──魔祖十二使徒第二席、紫電(ヴァイオレット)様のお弟子さん!? しかも数日前に試合を行ったステルラさんとは違い、十二使徒推薦による入学者だァー!?』

 

 まあ、そういう事だ。

 ここは魔祖が学長を務めていて、代が変わる事のない不老の存在にある程度の権限がある。

 それぞれ魔祖、そして十二使徒には一世代に一人だけ推薦する権利があるのだ。魔祖十二使徒推薦枠は、その年に於ける『最強の次世代候補者』として取り扱われる。

 

 つまり──師匠はステルラより、俺の事を推薦枠として使う事を選んだのだ。

 

 あの、圧倒的な勝利を収めたステルラ・エールライトよりも『上』だと示唆したのだ。

 

 その期待に応えてやりたいのは山々だが、現実は非情である。

 今すぐにでも戦うことになれば俺は負けるだろうな。

 

『既にヤバい情報が出まくっていますが、続いて対戦相手は……ウヒェッ』

 

 変な声を出しながら、そのまま五秒ほど黙ってしまった。

 

『ン゛ン゛ッ……え、えーと。対戦相手の方はですね、えー……』

「──俺だ!!」

 

 会場の反対側から、名乗りを挙げながら入場してくる。

 

 制服を着崩し、それでいてだらしなくない程度に収めている格好つけ。 

 闘争心剥き出しで悠々と歩いてくるその姿には、かつての英雄の記憶にある──『強者』の風格を感じる。

 

 鋭い目付きで睨みを利かせ、まるで獣と言わんばかりの獣性を見せつけながら一歩踏み出した。

 

「俺はヴォルフガング・バルトロメウス!! 

 魔祖十二使徒第五席、“蒼風(テンペスト)”の一番弟子であり──“暴風(テンペスト)”を戴く男だ!」

 

 まさしく暴風と表現する他ない程の風が場内に渦巻く。

 嫌な予感が的中した、そう言わざるを得ない。絶対異名持ちの中でもレベルの違う奴が出てくると思っていたが、十二使徒の弟子が出てくるとは思わないだろ。こういうのってもう少し時間をおいてゆっくり引き出してくんじゃないのか。

 

 ハ~ア。

 俺の相手ってこんなんばっか、前途多難すぎて文句すら出ねぇ。

 

「熱く厚く暑くアツく、アツい戦いをしようぜ!!」

「風なのに熱血系かよ、困るなオイ」

 

 ──だが。

 

 負ける気は毛頭ない。

 どんな奴が相手だろうと、俺は勝利を収めるのみ。

 右腕を前に掲げて、自身の身体に刻んだ魔法を起動する。

 

 俺に魔法を扱う才能は無い。

 かつての英雄の模倣をしても、俺は再現する事が出来なかった。魔力というエネルギーに絶望的に嫌われているのだ。

 

 だから俺は師匠に強請った。

 

 ただ一つ、俺に武器をくれと。

 

起動(オープン)

 

 解号を唱え、幾重にも重ねられた複雑な祝福(・・)を起動する。

 

 膨大な魔力が渦巻き、光と風が俺の掌へと収縮していく。

 それは荒ぶる暴風を抑え込み、新たな風を巻き起こしていった。

 

「……俺の風を阻むか!」

アウラ(そよ風)だ、暑苦しくて堪らなかったんでな」

 

 ニィ、と口を歪めて笑うバルトロメウス。

 やがて光は縮小し、風は物質へと変化していく。

 

 先程のルーチェの言葉──同意してはいたが、俺には耳の痛い話だった。

 

 自分一人では魔法に対抗する事すら出来ない、この絶対的な才能差。

 理不尽すぎる世界と記憶に抗うには、俺は誰かの手を借りるしかなかった。

 

『君に授ける武器ならば、最初から決めていたよ』

 

 あの時師匠はそう言った。

 ロア・メグナカルトが願うその前からあの人は定めていたのだ。俺の唯一の強さを生かすための方法を、その長い経験から編み出していた。

 俺の為だけに、新たな祝福と魔法の構築をしてくれたのだ。

 

 ああ、そうだ。

 俺は努力が嫌いで死ぬほど負けず嫌い、自堕落な生活を好む人間だ。

 光より影が好きな典型的な日陰者だよ。

 

 ……それでも。

 

 俺の為に何かをしてくれた人間の期待にくらいは、応える事の出来る人間でありたい。

 

「顕現せよ──光芒一閃(アルス・マグナ)

 

 手に握った確かな感触に、無事祝福による魔法発動が成功したことを悟る。

 

 光芒一閃(アルス・マグナ)

 師匠が名付けた銘だ。

 

 それは、かつての英雄の武器。

 

 聖なる神官によって祝福を施された劔である、『光芒一閃(ルクス・マグナ)』にちなんで名づけられた銘。俺が使うのにこれ以上ない程の因縁を感じる、俺だけの武器だ。

 

 魔力の奔流を凝縮し、一振りの劔へと収まった時。

 それは、才能という名の現実の壁を打ち破る。

 

「紫電靡かす且つての英雄、その一閃は龍をも切り裂いたそうだ」

「英雄譚の話だな? 俺もあの話は大好きだ!」

「俺は英雄じゃない。俺は決してかつての英雄にはなり得ないが──選ばれたんだ。導いてもらったのさ」

 

 両手で柄を掴んで、霞構え。

 切っ先をバルトロメウスに向ける形で準備を終えた。

 

「俺はロア・メグナカルト。紫電(ヴァイオレット)の一番弟子にして、遙か先を往く星を追い続ける者だ」

「──クハッ」

 

 一度収まった暴風が、今度はバルトロメウスへと収縮していく。

 強烈な風速全てを自らの手にかき集め、更に魔力を風へと変質させていくことで俺ですら感知できる魔力量へと増幅していく。

 

「師から楽しめるヤツが居るとは聞いていたが……まさか、ここまでとはな」

 

 風を鎧のように纏わせ、その圧を高めていく。

 魔力量だけで言えば俺が出会った人物の中でもトップクラス、既に肌に感じる鋭さで言えばあの鎧の騎士に勝るだろう。

 

「いいぞ! 俺は今猛烈に感動している!!」

 

 俺にはわかる。 

 お前は天才だ。この学園に居る人間の大半が天才だ。

 俺のように前提をすっ飛ばして入学した人間はほぼいない、なぜならいた所で追いつくことが出来ないから。

 

「同じ推薦入学者同士──さァ、雌雄を決しようじゃないか!!」

 

 嵐と見間違う程の風量。

 目を開いている事すら過酷な風圧に対し、側面を駆けながら揺さぶりを掛ける。

 会場はそれなりの広さを誇るので、俺としてはやりやすい。かつての記憶を頼れば室内戦の経験もあるかもしれないが、俺にとっては未知の領域である。

 

 風は受け慣れている。

 

 ずっと自然の中で戦ってきたのだ、今更風に怯むはずもない。

 

 風を纏い空へ浮き上がり、上空から一方的に打ち下ろしてくる。

 ……行けるな。光芒一閃を使用している状況でも俺の魔法的技能に変化はないが、この武器があるからこそ無茶を通せるようになる。

 

 身体能力はそのまま。

 五感の超強化も無い。

 

 俺に施された祝福はただ一つ。

 

 俺に向かって発射された風弾に対して、斬撃を奔らせる。

 その魔法的効力の一切を無力化し、霧散させた。

 

「……ただ砕いた訳じゃないな!?」

「さあ、どうかな」

 

 光芒一閃による絶対的魔法への優勢保持。

 魔力と魔力がぶつかれば、より強い方が勝利する。俺の祝福にはあの魔祖十二使徒第二席の魔力が込められているのだ。例えお前が第五席の一番弟子でも、どれほどの才能があったとしても、負ける事はない。

 

 それこそ、魔祖クラスでなければ。

 

 射程も足りない。

 速度も足りない。

 魔力も足りない。

 

 そんな俺が唯一足掻く方法が、これだ。

 

「────おおおォォオオ!!」

 

 互いの牽制程度の攻撃を早々に終わらせ、バルトロメウスはスイッチを一段上に引き上げた。

 

 まったく、嫌になるな。

 俺は今の風弾の破壊で腕が痺れてるってのに、お前ら天才共はどいつもコイツも容易に限界を越えていく。俺の限界値はお前らの最低限で、どこまで行っても地力じゃ追いつくことが出来ない惨めさと、それを理解していて手を伸ばし続ける無意味さを理解しているのか? 

 

 ぐんぐん込められていく魔力量に、始まったばかりだと言うのに撃とうとしている魔法を理解した。

 見に纏っていた風が全てヤツの頭上へと集い、身から零れた魔力は全て風に成る。

 

 莫大な魔力を、膨大な属性へと変換する事で放つことを可能とする()()()()()

 

 

「喰い荒せ! 暴風(テンペスト)オォォ────!!」

 

 

 荒れ狂う嵐が単体を破壊するために、渦巻く風が俺へと向かってきた。

 

 会場の保護は気にする必要は全くない。

 魔祖十二使徒が二人揃っているのだから、俺如きが出る幕は無いだろう。で、あるならば……俺がやるべきことはただ一つ。

 

 この男に勝利する、それだけだ。

 

 且つての記憶を呼び覚ます。

 

 其れは、古の奥義だった。

 魔法戦士としての極致へ至った英雄が閃き形にし、現在でも極わずかな人間のみが使用できる劔の頂き。

 斬撃、魔法、弓矢、ありとあらゆる殺傷手段が飛び交う戦場ではなく、圧倒的な個に対抗するための技だった。努力を重ね続けた最果てを作ったのは、とても()()()と俺は思った。

 

 その輝きを再現しろ。

 俺に無い才能は、()()()()()()()()()

 情けないだろう? でも、それが俺だ。

 

 どこまでも自堕落で、何処までも情けない俺らしいだろう。

 

 劔に紋章が浮かび上がる。

 幼い頃に失敗した斬撃の軌道を、幾度となく振り絞った剣戟を。

 

 俺の大嫌いな努力の結晶を、暴風へと解き放った。

 

 

 



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第五話

 パラパラと瓦礫が崩れる音がする。

 俺はその音で目を覚ました。

 

 状況を確認するまでも無く、しっかり記憶は保持している。牽制終わった直後に考えるの面倒だからと放り込まれた最上級魔法に対して、俺はかつての英雄の再現をしようとした。

 

「ふゥ~~~ッ……どーよ天才共」

 

 痛快な気分だ。

 俺は光芒一閃(アルス・マグナ)以外全部ぜーんぶ一般人だ。

 魔力も扱えず、魔法はわからない。知識として理解しているだけで対策も破壊することくらいしかない。

 

 そんな俺でも、絶対的な才能を磨き続けてきた人間に通じるのだ。

 

 それが自分だけの力では無かったとしても、それこそが俺()()()

 

「効くだろ、凡人からの一撃は」

「──ハッ! どこが凡人だ、何処が」

 

 あれだけの大出力を放って尚魔力を維持している、ズルいね全く。

 

「その剣技──目で捉える事が出来なかった。魔力の形成具合を察するに、それ()は外部出力だな?」

「流石の観察眼だ」

 

 一瞬でバレてんじゃねぇか。

 俺はお前の魔法の方式一切理解してないが? 

 

「……実を言うと、お前の事は少しだけ知っていた」

 

 肩を竦めながらバルトロメウスは言う。

 俺の事、ね。十二使徒の繋がりは一切理解していない(かつての記憶はあるが、今は役に立たない)ので、師匠が俺の事をどう話しているのかはわからない。ただまあ推薦してくれる位だし、それなりに評価してくれてはいるんじゃないだろうか。

 あの日謳った英雄にしてやるという野望は幸いな事に果たされずにいる。

 

「魔法が使えず、その身体一つで覇道を往く強者だと」

「ちょっと待て」

 

 俺の一番バレちゃいけない部分がバレてるんだが。

 観客席の方に目を向ければ、へたくそな口笛をヒューヒュー言わせながら誤魔化している師匠が居た。ブラフにすら使えないんだが? また一つ才能を持たない人間の手札が消えた、やれやれだぜ。

 

「──だからこそ!!」

 

 咆哮と共に、再度風を収縮していく。

 ……もしかして、アイツの風魔法ってかなり特異的じゃないか。

 普通の魔法使いは自らの魔力を変換し、それぞれの属性へと姿を変える。その筈なのに、アイツは周囲の風すら自らのモノにしているような。

 

「俺は全力で往く! これほどの強者相手に手心を加える程、自惚れはない!」

「自惚れてる方が俺にとっては有難いね」

 

 渦巻きが濃さを増し、奴自身の翼となって空に飛びあがる。

 魔鳥との交戦経験はあるが、人間サイズの化け物とは戦ったことはない。あー、死ぬ気で努力してきた経験が息をしてねぇ~~~。

 泣き言を頭の中で吐き続けながら再度構える。

 

「“暴風雨(サイクロン)”!」

 

 ──ただの風じゃない。

 

 物理攻撃の風と、何かが混じっている。

 俺の動体視力ではその正体を見極める事は出来ないので、回避を優先するために駆け出す。先程の最上級魔法とのぶつかり合いで体力も半分程度消耗した上に手足のダメージも広がりつつあるが、この程度なら問題ない。

 これまた嫌いな苦痛だが、この程度は散々受けて来たのだ。

 

 嫌だが耐えられる(・・・・・・・・)

 

 地を這うように俺を追尾する二つの嵐を視界に収めつつ、空中を駆け抜ける為の準備をする。

 経験上──この経験は、ロア・メグナカルトと英雄双方のモノ──どういう具合に力をぶつければ、どういう風に戦場が変化するのかという問いには強い自信がある。才能は無いが、積み上げた努力は、忌々しい事に嘘を吐かない。

 

 走りながら僅かに会場に傷を付けつつ、未だ空を漂うバルトロメウスを中心に円を描くように周回を重ねていく。

 

「逃げてばかりでは好転しないぞ!」

 

 更に魔力の濃さを増して、解き放つ。

 計四本の風渦が四方から迫ってくる。空がフリーなのは俺に逃げ場が無いのを理解しているからだろうが──準備は整った。

 

「それを、待ってたんだよ……!」

 

 先程まで会場を僅かに斬りながら移動していた意味は、この時の為だ。

 あと少し傷をつければ砕け瓦礫になる、そのくらいまで傷をつけて回る事で奴自身の攻撃で『俺の足場を作る』。

 

 直撃するまでの僅かな時間に見渡して、俺は空へと踏み出した。

 

 幸いにもバルトロメウスへの最短距離は見つかったので、後は瓦礫を踏みしめ駆け抜けるだけ。

 

「────なんとッ!?」

 

 曲芸染みた技術ではあるが、俺は何だって試してきた。

 山の中を駆け回るためには、枝すら利用せねばならない。地面を這いつくばって、幹を駆け上り、枝を折りながら走る。最初は何も出来ずに師匠に転がされていたが、一年・二年と時間が経つにつれて俺の身体は自由になった。

 

 八年間の修練の結果──俺は、天才共と対等に戦える場所まで辿り着いたのだ。

 近づいて斬るという、この二つのみをひたすら磨き続けて。

 

 浮く為に維持していた渦巻きを俺に差し向けてくるが、この距離まで近づいてしまえば俺の方が有利だ。

 肉弾戦が出来ないとは思わない。

 

 あのステルラ・エールライトだって接近戦を熟せるだろう。だから油断はしない。奴らが十の集中をするなら、俺は百の集中をする。自分が得意な分野くらいは上回れる程度に必死になれ。

 

 渦巻きを斬り、その身へと剣を突き立てる。

 人を斬るのはこれで二人目だが、かつての英雄の記憶が俺を震え上がらせた。

 自分の手で殺した人間の怨嗟の声。いつまでも続く悪夢、死の間際にすら蘇った悪意。

 

 その苦痛に対し──真っ向から勝負を仕掛けた。

 

 バルトロメウスの脇腹を斬り、血が噴出する。

 

 血が俺の顔に掛かる。

 相変わらず不快な臭いだ。子供の頃は忌み嫌っていたこの臭いも、今となっては嗅ぎなれてしまった。主に俺自身の血で。焦げた肉の匂いとかも覚えた。主に俺自身が焼けた時。

 

 すぐさま後方に引くことで距離を引き離された上に、瓦礫も風で振り落とされた。

 その対応力と冷静さは流石としか言いようがない。初見ですぐに対応されると嫌になるな。

 

 地面に着地し、すぐさま駆け出す。

 攻めるなら今しかない。少しでもダメージを与えているので相手が次の手を思いつくより先に勝負を決めに行く。俺の光芒一閃はメリットばかりではなく、デメリットもあるのだ。

 

「ならば、これはどうだ!?」

 

 腹を斬られてるというのに楽しそうに魔法を放ってくるあたり、かなりの戦闘狂だ。

 あーやだやだ。こういう奴は次から次へと進化を重ねていくので、俺としてはこれ以上強くなって欲しくない。もう俺より強い奴全員弱体化し……いや、やっぱするな。

 

「暴風雨……否!」

 

 魔力が可視化出来る程に唸りを挙げていくのがわかる。

 これを許してはいけないが、妨害するためには──あるな。

 

 会場を再度斬りつけ、ブロックで切り取った瓦礫を蹴り飛ばす。

 ギリギリ砕けないで形を維持できる最高速度だ。代償として俺の右足は涙が出そうなくらい痛い。感覚的に骨に罅いってるなコレ。

 

「────雷雲(トニトルス)!」

 

 俺の決死の妨害虚しく、魔法を完成させたバルトロメウスの圧が解き放たれる。

 バチバチと青白い稲妻を奔らせながら渦巻く嵐が俺に迫りくる。

 

 腕も足もそれなりに重症、体力も削られてる。

 息も荒くなってきたが……やれるか? 

 

 三属性複合魔法とか大概にしろ。

 お前天才すぎんだよ、一回戦でぶつかる相手じゃないんだよ。師匠、もう少しパワーバランス考慮してください。俺の心が持ちません。

 

 一度だけ息を吐いて。

 

これ(光芒一閃)を抜いた時は、負けたくない」

 

 自分の感情を改めて認識し、構える。

 避けてもいい。いや、避けるのが正しいのだろう。魔法出力が落ちてきているとはいえ三属性を混ぜ合わせたバケモノみたいな魔法だ。それを十二使徒の弟子になれるような天才が、圧倒的な魔力で練り上げて放ってきている。

 

 でもな。

 おれは負けず嫌いなんだ。

 

 おれを負かしていいのは未来永劫たった二人だけだ。

 

 その二人も最後には倒す。

 

 ふ~~~……

 未来の事は、未来の俺が何とかするだろう。

 デメリットを頭の中から完全に消去し、眼前の勝利を掴むために意識を内側へと集中させる。

 

 正面から行くのは愚策だ。

 そんな事は分かっている。

 

 師匠に授けられた祝福を以てしても、俺が耐えられる保証はない。

 わかってる。十分に理解している。

 

 ────それでも。

 

 俺は証明して見せたい。

 才能無き人間が、大嫌いな努力を重ね続けた結果を。

 劣等感に塗れた俺が、光に塗り潰されないように足掻き続けた末路を。

 

 そして、俺を選んだ師匠の目が曇っていない事。

 

 覚悟は定めた。

 一度放つだけでダメージが両腕に来る斬撃を重ねて放ち、真正面から雷雲を打ち破る。単純明快な答え、俺が死ぬ前に敵の魔法を全部壊してしまえばいい。ゴリ押しもゴリ押し、戦術のクソもない。

 

 安心してくれ。

 俺は、勝ち目のある勝負しかやらない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 三属性複合魔法は難易度が異常なほどに高くその分上手く調整すればとてつもない効果を発揮するのが多い。今回の場合は雷・水・風の複合魔法になるだろう。

 俺には絶対にできない天才の魔法だ。

 

 劔に光が灯る。

 僅かな紫電が漏れ出し俺の手をも焼くが、皮肉なことにその自傷はダメージにならない。本当に上手く調整してくれたものだ。

 

 ここまで御膳立てされて決めない訳にはいかんだろ。

 

 肉の焦げる匂いを嗅ぎ取ったのと同時に、雷雲へと向かって駆け出す。

 愚策だろう、下策だろう。それでも、ステルラ・エールライトに辿り着くためには我武者羅にならなきゃいけないんだよ。

 

 雲を斬り嵐の中へと突入する。

 荒ぶく風と混ざる水弾を致命傷になるモノのみ斬り落としながら走り続ける。時折混ざる雷が他に比べて僅かながら精度が低いので、バルトロメウス自体この魔法を使う事はあまりないのだと推測する。

 

 そこが突破口になる。

 

 一息吸い込んで、先程の座標目掛けて全力で跳ぶ。

 この魔法の弱点は、大きく作りすぎたことだ。視界も悪く、内部での殺傷能力も低い。本来ならばもっと大雑把に、それでいて精度を高めた風・水・雷のそれぞれ別方向からの多重攻撃が強みだ。

 

 それが無いのならば、今ならば。

 

 雲を抜け、構えた光芒一閃を振り翳す。

 予想通り俺の事を待ち構えていたのか、巨大な風を作り出すが。

 その行動よりも俺が早い。魔法の才を持つが故に、接近戦と魔法戦の切り替えのタイムラグがある。

 

 ただの風程度振り払い、一閃。

 雲が晴れた坩堝の屋上が崩れ、瓦礫が降り注いでくる。

 あと一撃叩き込めば俺の勝ちだと言うのに、バルトロメウスは笑っていた。獰猛に、どこまでも楽しそうな表情で。

 

 歯を食い縛って、全身を迸る稲妻の痛みに耐えながら光芒一閃を振るう。

 

「俺の────」

 

 袈裟斬りによって刻まれた刀傷から血が噴き出て、身に纏っていた魔力も霧散する。

 切り返す刃でもう一度、十字に傷を刻む。

 

 激痛が奔ってるだろうに満足げな表情で墜ちていくバルトロメウスを見送って、俺も地面に降り立つ。

 着地の衝撃で折れた右足が悲鳴を上げたが、ここで情けない声をあげるわけにはいかなかった。それは俺の小さなプライド、ただ一つ残された矜持の問題だった。

 

 ロア・メグナカルトは凡人である。

 だが、それと同時に男でもあった。

 

 壊れた天井から差し込む光が俺の初勝利を祝っているようで、俺の努力は無駄では無い事を証明するようで。

 

「────勝ちだ!」

 

 光芒一閃の柄を右手で握り締め、胸の前に掲げる。

 今すぐにでも倒れてしまいたい程に消耗しているが、それでも倒れる訳にはいかない。

 いつの間にか人であふれていた観客席の中から俺を見る幼馴染に向けて、あの時の約束を果たす為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい馬鹿弟子。聞いてるかな馬鹿弟子。約束したよね馬鹿弟子」

「いや、もう……返す言葉もございません」

 

 勝利宣言の直後、試合終了と同時に会場に飛び込んできて俺を搔っ攫っていった師匠に説教をされながら治療を施されていた。

 もうちょっと愛弟子の勝利を祝ってくれてもいいんじゃないですか? 

 

「君をそういう道に誘ってしまったのは私だから偉そうなことは言えないけど、なんでああいう無茶苦茶通すかな。バルトロメウス君は強いが、光芒一閃を上手く使って立ち回ればそれだけで勝てる相手だった」

「いや~、男のプライドがありまして」

「それで死んだら元も子も無いだろう!」

 

 ベシンと折れた足を叩かれる。

 歯がギリギリ言ってるし、そろそろ削れ初めてもおかしくないな。

 

「君はいざってときに命を軽視しすぎている。そんな風に投げ捨てるために育てたわけじゃ無いからね」

「はい……」

 

 今回は俺が悪いので素直に従っておく。

 師匠も意地悪で言ってるわけではなく、俺を心配してくれているので言っているだけだ。

 これで意地悪で言ってたらいつか殺すリストに入れる。

 

「全く……誰に似たんだか」

 

 あなたも知ってる人に似たんじゃないですかね。

 

「……だが」

 

 ベッドに腰掛けて、俺の頭を持ち上げる。

 そのまま膝の上にゆっくりと乗せる。

 相手の年齢が樹木と同レベルなのを除けば、見た目も含めて何もかもが理想のシチュエーションだと言うのに。

 

「よく頑張った。ロアはよくやったよ」

 

 柔らかく微笑みながら俺の髪を手櫛で梳く。

 俺と師匠が修行をしてる時、俺が完全に動けなくなったときにやってくれていた。子供扱いもいい加減にしろと思うが、それも含めて後にひっくり返す予定なので今は甘んじておく。

 

「あ~らら、楽しそうにやってるわね」

「ヒョッ」

 

 ビクンッ! と師匠の身体が跳ねて、それにつられて俺の首もゴキリと音を立てた。

 呼吸は苦しくないから骨は折れてない事を祈りつつ、声の主に目線を向ける。

 

「エイリアスったらも~~、そういうのイケないと思うけど……逆に背徳感あっていいわね!」

「違う、そういうのじゃない。そのキラキラした顔をやめないか」

「でも貴女随分イキイキしてるわよ? いいのよ、認めちゃいなさい」

「違うんだ。ロア、本気にするな……あー、違う。ええと、そうじゃないんだ」

 

 珍しく師匠が手玉に取られている。

 あれ? 珍しくか? いつも俺の軽口で簡単にクルクル手を出してこないか? 

 

「第五席……」

「あら、良く知ってるわね。山籠もりしてたから世情に疎いって聞いてたけど」

「俺は優秀ですからね」

「聞いてた通りの性格で安心しちゃった」

 

 思ってたよりのんびりしてる人だな。

 会場で師匠の隣に座っていた緑髪の美人──この人が魔祖十二使徒第五席、『蒼風(テンペスト)』。

 

「そう、私が第五席のロカ。気軽にロカさんって呼んでね?」

 

 にこやかに微笑みながら同じくベッドに腰を下ろし──いや、座れよ。椅子があるだろ。

 どうして病人が寝ているベッドに腰掛けるのか、これがわからない。早く回復魔法使って俺を治してくれ。痛いのは耐えれるが、嫌いなのは相変わらずなのだ。

 

「って事は師匠と同じく年齢誤魔化してる感じですか?」

「とんでもなく失礼ねこの子」

「負けすぎて歪んでしまったのさ。もう心を癒す事は出来なかった」

「うるせーな年増」

 

 俺は重症患者の筈だが、何故か左足が痺れて動かなくなった。

 

「過激すぎないかしら、あなたたちのコミュニケーション」

「愛の鞭さ」

「俺もラブコールしてるだけです。やれやれ、師匠も素直じゃないな。まあ誤魔化してる時点でそりゃ」

 

 俺は重症患者の筈だが、何故か口も動かなくなった。

 

「んもも、んもんも」

「激しいわね……」

「フンッ」

 

 フンッ 

 じゃないが。 

 俺が言いたい気分だよ。フンッ。

 

「メグナカルトォ!!」

 

 怒声と共に病室にガタガタ音を立てて侵入してきた。

 まだ姿は見えてないが、これは多分バルトロメウスだな。さっきまで聞いてたしこんな感じで叫ぶのアイツくらいしかいない。

 

「良い戦いだった! またやろう!!」

「勘弁してくれ。俺は一回勝ったらもう負けたくないし戦う気ないぞ」

「なんと!? 折角お前を倒すための魔法を一つ考えたのに」

 

 あ~~~いやだよ~~。

 なんでこの短時間で思いつけるんだよ、そういう所だぞ本当にお前ら。

 お前ステルラ程じゃなくても才能ありすぎなんだよ。

 

 ステルラが200、お前が80、師匠が50、俺1。

 

 わかるか? 

 この理不尽すぎる世界の違和感が。

 

「懐に入られたのは随分と久しぶりだ。メグナカルト、お前は強い!」

「そうか。お前も強いから二度と戦わない」

「そこを何とか! 母上(・・)、もう一回秘密裏にセッティングしてくれ!」

 

 なんて?? 

 

 ニコニコ微笑むロカさんに向かって、事もあろうにコイツは母上と呼んだ。

 

「ごめんねロア君、うちの息子(・・)強い人と戦うの大好きで」

「エイリアスさんと戦っている時と同じくらいのプレッシャーだった! 俺とお前は切磋琢磨すれば高みへと登れる、俺の血がそう叫んでいるんだ!! 頼む!!!」

「いやだ。俺は痛いのも努力するのも大嫌いなんだ」

 

 助けてくれ師匠。

 僅かに動く激痛がヤバい腕を動かして師匠へと縋りつく。

 ほら、可愛い愛弟子が助けを求めてるんだぞ。こういう時に颯爽と助けるのが師匠の役目でしょ。

 

「ロアッッ!!」

 

 ぎゃ~~! 

 めんどくさい熱血台風だけでもアレなのに、更に憎き幼馴染が現れた。

 しかも滅茶苦茶にテンション高い。このテンションの高さ、あの日のステルラとおんなじだ。目がキラキラ輝いている。

 

 もういやな感じがする。

 

「凄かった!!!」

「語彙力無いのか」

「だってだって凄かったんだもん!」

 

 身振り手振りで感動を表そうとする子供みたいだ。

 

「────負けないから! 

 私、ロアと戦うまで絶対に!」

 

 俺とやる時は負けてくれ、頼む。

 アレを見てやる気満々になるお前らやっぱおかしいよ。俺なんかお前が圧勝したときドン引きしたよ。

 才能だけではなく向上心にすら溢れる連中はやはり頭がおかしい。俺のようなマトモな人間にとっては大変苦しい環境である。

 

「ならば俺と修行だ! エールライトもいずれ俺が倒す!」

「は? お前がステルラに勝てる訳無いだろ、俺に勝ってから言え」

「ならば戦おう!」

「やれ、ステルラ」

「今の話の流れで私に振るの?」

 

 俺はもう勝ったし、バルトロメウスも弱くないしハチャメチャに強いがステルラには勝てないだろう。

 あの(・・)ステルラ・エールライトだぞ? 

 

 つまりここでステルラに振れば、俺は永遠に勝ち逃げできる。

 

「やはり俺の頭脳は冴えわたっている。明晰すぎて末恐ろしいぜ」

「さっきまでのカッコよかったロアはどこに行ったんだろう……」

「失礼だな。俺はいつだってカッコイイだろ、なあ師匠」

「あーはいはいそうだな、かっこいいかっこいい」

 

 もうちょっとやる気を出して褒めて欲しい。

 死ぬ気で頑張ったんだぜ、おれ。

 

 随分と騒がしい病室になったが、俺は噛み締めている。

 自身の才能の無さと現実の不安に涙を溢した日々は無駄じゃなかった。誰かの手助けが無ければスタートラインにすら立てない俺だが、そんな俺を快く受け入れてくれた人がいる。

 

 ここからだ。

 

「待ってろよステルラ。お前を追い越すのは俺だ」

「……ふふっ。うん、わかった。高みでふんぞり返ってるね?」

 

 久しぶりの幼馴染の笑顔は、とても眩しかった。

 

 

 

 

 



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幕間

 理不尽な順位戦を終えて、休日。

 完全な休日を手に入れたのは随分と久しぶりだ。何年間も一人の時間を得る事がなかったので、俺の自堕落精神はうずうずしている。

 

 具体的に言えば、朝起きてゆっくりと飯を作って適当に流し込み、着替えるのも面倒くさいので寝巻のまま本を手に持ってベッドに倒れこむ。硬くてベコベコのカスみたいな木の板が布団ではない、最高の環境だ。

 

 これほど自堕落に過ごせる環境を手に入れられるとは思っていなかった。師匠の事を散々言ってきたが、やはりあの人は俺の事をよく理解してくれている。だってこの家用意してくれたの師匠だし、俺は何でもいいと答えたのにこれだけまったり出来る部屋を選んでくれたのはもう愛されてるだろ。

 

 昨日の嫌な記憶に蓋をしてから、寝っ転がったまま本を開く。

 

 そうしていい気分に浸った瞬間、ドアの呼び鈴が鳴らされた。

 おいおい今日は休日だ。世間一般(暫く山の中に籠っていたが)では七日の内一日は完全休日を取る様になってるんだ。どんな用事を持ち合わせた人間が来た所で動く気はない。なぜなら、俺がここに棲んでいるのを知ってるのは師匠だけな上に師匠も鍵は持ってない。

 

 つまり居留守を使用できるという訳だ。

 良心も痛まないしな。

 

『────ロアーッ! 遊びに行こー!』

 

 うそだろ……

 俺の平穏な一日が一瞬にして暗雲に包まれた。 

 なぜステルラが来る。それは師匠が教えたからだ。

 

 だがここで居留守を使わない選択肢は無い。

 なぜなら、俺は休みたいからだ。

 

 悪いなステルラ。

 俺の初勝利、そしてお前の敗北をこんな形で刻んでしまって。

 自身の才覚が恐ろしいぜ。全く持ち合わせてないけど。

 

 鼻歌を歌いながらのんびり放置していると、二分程度で音が聞こえなくなった。あ~あ、勝っちまったな。一度勝利してしまえば呆気ないものだ。俺は十数年に渡る確執に今終止符を打ったのだと実感すると同時に、途方もない虚無感が湧いて来た。

 

 溜息と共に立ち上がって寝室から移動し、台所でお茶を淹れる。

 魔法を使うよりいっそ楽なインフラの整っている首都は一度住んでしまうと戻れそうにない。あの村で生きて行くには俺はセンスが無さ過ぎるのだろうか。

 

「ロア、私の分も貰っていいかな?」

「はいはい、わかりました」

 

 もう一杯分用意するのは面倒だが、たまにはいいだろう。

 今日は気分がいいからな。

 

 お茶の香りが心地いい。

 クソも味の染み出してこない雑草ティーは死ぬほど飲んだが、やはり正規品は違う。専門の力を持つ人間は偉大だな。

 

「どうぞ師匠」

「ん、ありがとう」

 

 一口含んでから、味わいを楽しむこと無く流し込む。

 強烈な熱が喉を焼いたが気にしない事にした。

 

「ふ~~~~~……この紫電気ババア。何勝手に入って来てんだ」

「ワッハッハ、八年間も一緒に暮らしておいて何を言っている。今更何を気にするんだい?」

 

 ロア・メグナカルトは激怒した。

 必ずかの邪知暴虐なる老人に辛酸を舐めさせると決意した。

 エイリアスは常識がわからぬ。エイリアスは一介の魔法使いでありながら不老の身体を持つ超越者で、その実力は圧倒的に格上だった。

 

 ロアは魔法が使えない。

 しかし、敗北の屈辱には人一倍敏感だった。

 

「今日と言う今日は許さない。青少年にアンタの身体がどれくらい毒になるか教えてやる」

「正面切って褒められると照れるね」

「調子に乗るなよ百年間彼氏いない癖に」

 

 妖怪電気ババアを許した辺り自分が悪いと言う自覚はあるのだろうが、気軽に超えてはいけないラインを越えると自動反撃してくるらしい。

 少しでも罪の意識があるのなら俺はそれでいい、先程までの誓いとは違い改めてそう思わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 幕間的な? 

 

 

「で、何の用ですか。俺はゆっくり過ごしていたいんですけど」

 

 合流したステルラの治療により無事快調にされた俺は不貞寝する事も許されずに、棚から引っ張り出してきた客人用のお茶を淹れていた。

 こんな事されてもしっかり丁寧に対応してる俺は破格に優しいと思う。

 

「昨日頑張ったからご褒美でも上げようかと思ってね。遠慮するな」

「俺は一人でゆっくり出来るのがご褒美なんだが……」

 

 何年間も共に暮らしていたのに発生した解釈違いに、俺は呆れを示さざるを得なかった。

 

「たまには二人で水入らず、首都観光でもしてきたらどうかな?」

「師匠とやったじゃないですか」

 

 こっちに来て二日目、本も何もないので寝る食べる以外の行動を行わなかった俺を見かねて師匠に強制的に連れ出されたのだ。

 その際に服とか家具とか本とか色々世話してもらったが、それで十分じゃないだろうか。俺は景色や文化も良いモノだとは思うが、それ以上にインドア派なのだ。

 

「あー……ロア」

「?」

「いや、君も大概だなと思っただけさ」

「喧嘩なら買いますよ。今の俺は休日を邪魔された怒りによって打ち震えている」

 

 何故か呆れた表情で俺を見てくる師匠に若干苛立ちを覚えたが、たまにある事なので飲み込む。

 俺は優しいからな。他人の考えている事がわからないからと言って周囲に当たり散らす程子供では無いのだ。いや~、やっぱ本人の素質ってのがあるんじゃないだろうか。

 

「大体出かけてこいと言われても、俺はデートプランなんざ持ち合わせてないです。飯も保存食でいいし、服も普通でいいし、買うモノは本くらい。あれ? 俺って男としての甲斐性ゼロじゃないですか」

「ウ~~~~ン……案外そうでもないな」

「マジすか」

 

 相手はヴィンテージ百年だからあまり参考にならないが、自分で思ってるより終わってないという自信が得られたので今日は得る物があった。

 今日も一日有意義に過ごしたな。

 

「普段の君はどうしようもない位情けないしみっともない所はあるが、時たま見せる男らしさはいいと思う」

「半分以上罵ってますよね。それが開戦の合図でいいですか」

 

 どうしようもない位情けなくてみっともないけど偶に男らしいってそれただの悪口だから。

 森で暮らし過ぎて常識が欠如してしまったのだろうか。

 

「ねね、ロア」

「なんだ」

「ご飯食べに行こ?」

「……他に知り合いがいるだろ」

「ロアと一緒がいいな」

 

 俺の負けだ。

 普段から明るくて天才で俺の事をナチュラルに煽ってくる畜生生命体だが、俺はどうしてもコイツに弱い。ステルラの涙を見たのは一度しかないが、それ以来絶対に泣かせたくないという意思が俺の中にある。

 

 お前がそんな控えめな笑顔なの初めて見たぞ。

 

「今回はステルラに罪は無い。ゆえに不問にしてやろう」

「懐かしいなぁその言い回し。昔から変わんないよね」

「俺は真っ直ぐな心を持っているからな。そう簡単にひん曲がる事はない」

「真っ直ぐ……」

 

 おい、そこで疑問を抱くな。

 

「俺は着替えすらしていないから一度退出してくれ。まあ、俺の着替えを見たいと言うなら別だが」

「君の身体を拭いてあげていたのは誰だったか」

「おっと、俺にその記憶は無い。なぜなら気絶している時の事だから、俺に不都合な点は一切ない。師匠俺の事好きすぎですね笑」

 

 照れ隠しで放たれた紫の雷は普段よりも高出力であったため、魔獣が居ない平和な首都に居る筈なのに大きく負傷してしまった。

 ステルラが回復魔法を使えなかったら二、三度は死ぬところだった。

 

「ちょっと師匠! やりすぎですよ!」

「う、し、しかしだなステルラ」

「“しかし”じゃないです。ロア死んじゃいますよ!」

「……すみません」

 

 はっは、負けてやんの。

 先程までの暗い気持ちは全て晴れて、俺はいま快晴の元を旅立とうとしている。

 身体が軽い。こんな気持ちで外に出るの初めて。

 

「では師匠、金を恵んでください」

「今の君はとてつもなく情けない事になっているね」

「なんとでも言って下さい。俺は金が無いし、自分で金を得る手段はあるかもしれないけど面倒なので師匠が持ってるなら頼りたいだけです。無論ステルラに払わせても俺は一向に構わないが」

「私が誘ってるし別に構わないけど……こう……なんか、あるよね」

「心優しいステルラ様。哀れで惨めな俺に一食恵んでいただけますか」

「そうじゃないんだよね。昔の堅実だったロアは何処に行っちゃったんだろう」

 

 俺はロア・メグナカルト。

 努力が嫌いなので出来る限り周りの人間を頼ろうとする男だ。

 

「過去の俺は何時だって未来に託してきた。つまり今の俺は過去の負債が積み上がった生贄に過ぎない」

「要するに全部後回ししてきたって事じゃないかな」

「そうとも言う。俺は問題解決よりだらける事を求めている」

 

 クソッ、少しずつ不利になってきたぞ。

 なぜ飯に行くという重い腰を上げたのに俺が責められなければならないのか。男が食事代支払わないといけない時代はもう遅れてるんだぞ。男女平等、富める者が貧しい者へ恵むのが世の常識だろうが。

 

「仕方ないな……夕飯は肉で頼む」

「美容に気を遣わなくていいんですか? ゲテモノ肉買ってきますね」

「それを食べるのは君も含まれているんだが」

「俺は構いません。ゲテモノみたいな肉と草なら嫌と言う程食べてきました」

 

 はい、アド取った。

 反論ないなら俺の勝ちになるが。

 

「食べてみたい!」

 

 ステルラ……

 お前、ゲテモノって聞いてなんでキラキラ輝かせてるんだ。この感じだとご飯に行くではなく食材を買いに行く、調達しに行くで終わるぞ。

 

「やめとけ。八年間食い続けた俺が言うんだ」

「でもロアが食べてたんでしょ? なら食べてみたいな」

 

 よくわからない好感度システムをしているな。

 俺に対する好感度の高さは『師匠>ステルラ(希望)>アル=ルーチェ=バルトロメウス(?)』だと思っている。逆に幼い頃に死にかけてまで助けたのに嫌われてたらもう俺世界投げ出してるから。

 

「何故だ。自分から苦行に突っ込む理由はなんだ」

「えぇ……なんでそこまで気にするの?」

「俺がゲテモノ肉を食べていたというアドバンテージを活かしてクソ不味い飯を食ったときに『アレに比べたらマシだな……』みたいな事をしてみたいからだ」

 

 そこにステルラが居ればちょっと優越感に浸れるかもしれないだろ。

 ならばその可能性は取っておきたい。先程までは負債の塊だった未来の俺が、僅かに光明が差し込み始めた。

 

「よし、ステルラ。私がテレポートで送ってあげるから採りに行ってきなさい。ロアと二人で」

「貴様裏切るのか」

 

 深い悲しみと絶望が俺を支配した。

 

「剣も貸してあげるから帰りたくなったら呼んでくれ」

 

 適当にパリパリ魔力で生み出された紫の剣を手渡され、顔をヒクつかせながら俺は聞いた。

 

「……マジであの山に帰らなきゃいけないんスか」

「里帰りって奴さ。二人でゆっくり楽しんでくると良い」

 

 光が俺達二人を包み込む。

 俺の休日は何処に行ってしまったんだ。俺の予定では文化的な暖かさに包まれた室内でのんびり本を読み、飽きたら寝る。そんな素晴らしい生活をする予定だったのに。

 

 なにが悲しくて絶望しかない山へと戻らねばならないのか。

 

 独特な浮遊感に身を任せ、気が付けば地に足着けている。

 もう少しテレポートされてる側に優しくしてくれてもいいのではないだろうか。慣れてない人間が飛ばされたら驚いて跳ね上がるぞ。

 

 視界が開けた場所は緑に包まれた山で、左右どちらを見渡しても全てが森。

 う~わ、本当に帰って来たんだが。もう帰りたくなってきた、首都に。

 

「わっ、懐かしいなー」

「来たことあったのか」

 

 俺が永遠にボコられ続けた跡地とか、焼け焦げて自然が死にかけてる不毛の大地とか、色んな被害を出してしまった悲しみの山でもある。

 山の主的な奴は最初の数年間追い掛け回されるだけだったが、結果的に俺が腹減り過ぎてそこら辺の木の枝を加工した杭を刺しまくって倒した。翌日には俺の胃袋に収まったよ。

 

「何回か見に来てたよ? その度に寝てたけど」

「俺だけ永遠にここに囚われていたんだが??」

 

 理不尽すぎる差に涙を隠せない。

 

 昔は快活というよりヤンチャだったステルラは人間社会での生活で鳴りを潜め、俺は寡黙なインドア少年だったのに過酷すぎる山籠りによって辛い過去を背負ってしまった。時は人を変えるというが、これほど残酷な事はあるだろうか。でもステルラに無茶振りされてボコされなくなったのは良いな。

 

「……ロアはさ」

 

 ふと、ステルラが呟いた。

 

「後悔してない? 色々と」

「なんだ藪から棒に」

 

 お前そういうタイプじゃないだろ。

 俺の中のステルラ・エールライトはもっとこう……邪智暴虐を極めたナチュラル畜生であり、人を煽ることに全力を掛けた逸材だった筈だ。お前さては偽物か。

 

「私はね。結構後悔してる」

 

 真面目な話の気配を感じ取って、俺はふざけた思考を取りやめた。

 

 俺の中のステルラ・エールライトの記憶は八年前だ。

 およそ八年間俺達は顔を合わせる事も無く会話をすることもなく、ただ約束をしたから研鑽を続けた。それは未来で起こりうる可能性を否定するためであり、俺自身のミリ残りのプライドが邪魔をしたからだ。

 

 では、ステルラ・エールライトは。

 

 一体何を目標に努力を続けた? 

 

「ずっとずっと、ロアに甘えてばっかりだった」

 

 立ち止まった俺に対して、そのまま足を進めるステルラ。

 その言葉からは、俺が初めて知る感情が滲み出ている。

 

「失敗したんだ。ロアが居なくなった後に会った女の子との付き合い方」

 

 きっとそれは俺の知る女の子。

 ルーチェ・エンハンブレとの事だろう。

 人間関係に関しては俺以外の同年代と一緒に居る事の無かったステルラだ。だからこそ俺は、今この瞬間まで『変わってない』と認識していた。

 

 だが思い返してみろ。

 入学式でのルーチェの言葉を。

 

 ────『相変わらずお上品な子』

 

 俺の知るステルラ・エールライトは決して上品では無かった。

 粗野で乱雑で暴れん坊で、他人の目を気にすることはあってもそれを飲み込んで自分らしく振舞う少女だった。少なくとも、俺の前では。

 

「ルーチェか」

「そう。仲良くなったんだ、本当だよ?」

 

 えへへ何てはにかんで誤魔化す姿を見るのは初めてだった。

 俺は八年間の間時が止まっていた。比喩ではなく、本当の事だ。

 ロア・メグナカルトという人間の時は進むことはなく、ただ愚直なまでに剣を振り身体を動かしていただけに過ぎない。

 

「今はすごく恨まれてるな。すごく、なんて言葉で足りるかわからん程度には敵意向けられてる」

「やめてよもう、気にしてるんだから」

 

 細部を語る必要はない。

 俺の知るステルラ・エールライトは、八年間を孤独に過ごしてきた少女は大きな変化を遂げた。言葉にすればそれだけのことだ。

 

「今日も無理言って来てもらったんだ。私、そうする以外の方法を知らないから」

 

 ……これ、半分くらい原因が俺にあるな。

 ステルラはそのままでいいと、才があるのだから一人でも大丈夫だろうと高を括っていた。

 

「これまでも全部そう。ロアに嫌われるんじゃ無いかって、でも会いたくて、いざ会ってみたら変わってなくて……また、昔みたいな事言っちゃって」

 

 あの頃、子供だった俺たちには無かった。

 俺たちの世界は、俺たちしか居なかったから。

 

「……私さ。すごく情けないんだ」

「そうか。俺からすれば十分に変わったように思える」

 

 非常に恥ずかしい話だが、自惚れでなければ過去のステルラの人生を構成していた三割程度は俺が占めていると自負している。

 それは客観的に見た場合でも主観的に見た場合でも、“そうである”と説明できるから。

 

 俺の知るステルラ・エールライトは対人関係で悩むことはなかった。

 他人を気に掛ける事はあっても、それを深く考える性格では無かった。

 

 俺が居なくなり、一人になったステルラは変わったのだろうか。

 

……いや。 

元々そうだったのかもしれない。俺が見抜けてなかっただけで。俺が肯定したかつてのステルラはそういう娘だった。

 

「少なくとも、俺にとってのステルラ・エールライトは未だに無礼でガサツでそれでいて明るい笑顔を振りまく少女のままだった。あと俺を煽る悪魔」

「あ、あはは……」

「八年間別の道を歩いていたんだ。俺だってカッコよくなっただろ」

 

 おい、微妙な顔をするな。

 やれやれ、お子様にはわからないか。俺の魅力が。

 

「俺はステルラの全てを肯定する。これまで通りじゃなくたって、ステルラはステルラだ」

 

 互いにすれ違いをしていた。

 俺はステルラがそのままだったと思っていた。

 成長はしたが、精神的なモノは変わっていなかったと考えていた。

 

 でもそれは勘違いだった。

 

 俺に合わせる為に、敢えてそう言い続けていた。

 『昔はこう言っていれば良かった』と、経験を元にして。

 かつて、『同年代と唯一仲の良かった』時のことを。

 

「…………あんまりそうやって甘やかされちゃうと困るなぁ」

「いいか、今この瞬間一度しか言わない。何年間も大嫌いな努力をただ一人の為に続けて来たのに、少し性格が控えめになったからって嫌いになるわけ無いだろ。このコミュ障」

「コミュ障……」

 

 今更なんだよな。

 お前に対する負の感情なんざガキの頃に通り越してんだ。

 

「……わかった。じゃあありのままのわたしを肯定してもらうから!」

「どんとこい。世界中がお前を嫌っても俺だけはお前を肯定しててやる」

「遠回しなプロポーズ? 私もロアならいいよ」

「ハッ」

「鼻で笑われた!?」

 

 こちとらプロポーション化け物の年齢樹木と数年間一緒にいたんだ。今更大人になってない子供の身体に惹かれるかよ。

 

「かっちーん。もう怒った」

「待てステルラ。今のは言葉の綾で、決してお前の身体が貧相な幼児体型だと言ったわけでは」

 

 俺は必死の弁解にも関わらず、三度焼き焦げた遺体に成り果てる所だった。

 せっかくの休日だってのにロクな目に遭わなかったが、一つ確執を取り除けたならそれで良しとしよう。せめて来週はゆっくり休ませてほしいところだ。

 

 

 

 

 

 





 この度は私の自キャラ解像度不足により大変お見苦しい姿を晒した事を謝罪いたします。私の中でステルラ・エールライトは定まりましたが皆さまは違和感を感じ取ってしまうかもしれません。

 本当に申し訳ない…………

 未熟です


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二章 恒星と星屑
第一話


 無理矢理押し付けられた順位戦に勝利して週明け。

 完全休日なのにこれまた押しかけて来た師匠とステルラに構っていたら一日が過ぎ去り、俺の平穏な休日が訪れなかったことに憤りを覚えつつ登校した。

 

「おやおや。“英雄”サンじゃないか」

「なんだそれは。説明を要求する」

 

 からかい口調で言ってきたアルに返事をしつつ鞄を机に置く。

 

「君の異名だよ。学園長が速攻で決めたらしいよ」

「学園長……魔祖が?」

 

 あのロリババァマジでロクな事しないな。

 記憶の中でもまあまあ無自覚邪悪だし、ひたすらステルラの才能にゲロと泥を混ぜ込んでカスみたいな性格を盛り込んだ、みたいな人格をしている。師匠を禁則兵団から解放した時とかあまりにも趣味悪すぎて真顔になってしまった。

 

「なんでも

 

『エイリアスの奴引き摺りすぎじゃ!! ワハハ、面白いから異名は“英雄”で!』

 

 ……って」

「ふーん、覚えた」

 

 今日また一人いつか負かすリストにぶち込んで席に座る。

 なにが英雄だ。俺は武器が無ければその英雄の剣技を再現する事も出来ない程度の人間でしかない。それを見抜いたうえで名付けたのだろうが、師匠が渋い顔をしているのが容易に予想できる。

 

 魔祖は魔法的技能で言えば誰も追い縋る事の出来ない圧倒的な基盤を持つ。

 土壌の存在しない技術体系を自身で作り上げた手腕は伊達ではなく、どんな人物であっても彼女の後追いになる。実年齢はわからん、英雄の記憶を覗いても何時から生きてるのかわからなかった。

 

 アレに年齢不詳とかでバカにしたら殺されるかもしれない。

 よくもまぁあの女を惚れさせたモノだ。かつての英雄の底知れない魅力なのか、それともあの女が倒錯的すぎたのか。

 

「で、感想は?」

「最悪だ。今すぐにでも訂正させてやりたい」

 

 意味が無いだろうが。

 師匠は兎も角、他の十二使徒でかつての英雄を知る人間ならば理解できてしまうだろう。あの軌跡は間違いなく英雄のモノで、俺はその領域に到達していると()()()する。ぜぇ~~~ったい。

 

 俺今どう思われてるんだ。

 師匠が拗らせすぎて作り上げたかつての英雄の現身とか思われたくないんだが。

 

「……いいわね、人気者は」

「おやルーチェ、嫉妬かい? 大丈夫、きっと“英雄”サマがどうにかしてくれるさ」

 

 この後、俺とルーチェの手によって数発拳を撃ち込まれたアルベルトは地面に倒れ込んだ。

 クラスメイトの見る目が馬鹿二人に絡まれる一人から馬鹿一人に巻き込まれる二人組に変わったのはとてもいい傾向だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第二章 薄氷燈火のルーチェ・エンハンブレ

 

 

 昼休み。

 朝購入してきた弁当を摘まみながら俺は一言。

 

「視線が鬱陶しい」

「そりゃあそうもなるだろ。君の今の注目度は学年一だぜ」

「俺みたいな奴見たってなにも面白くないだろ。ステルラとかバルトロメウスとか、もっと上の連中に注目しろ」

 

 ステルラは学年主席の十二席の弟子、バルトロメウスは学年次席の十二席の弟子。

 普通に考えれば俺如きに注目する必要はない筈だが。

 

「だってさルーチェ」

「……うるさいわね」

 

 どこか不機嫌なルーチェは苛立ちを隠そうともせず、姿勢は崩さずに弁当を口の中に放り込んで食べ終えてしまった。

 

「あーあもったいない。もっと味わって食べないとお腹に」

「アンタはデリカシーを磨いてきなさい」

 

 食事中だが炸裂したルーチェ拳でアルは倒れた。

 こいつ学習しないな。いや、学習してるけど楽しんでるな。自身が受ける痛みと損害よりも相手を煽る事に全力を注いでるのか。ハチャメチャに迷惑な類の人種で友人を辞めたくなってきた。

 

「なんかあったのか」

「……なにもないわ」

 

 嘘つけ。

 あからさまに何かあった表情と態度だが話すつもりはないようで、一足先に片付けて教室を離れた。

 

「あはは、いや~やりすぎた」

「で、何があったんだ」

「本人に聞かないの?」

「俺が悪者になるだろ。こっそり聞いておくことに意味がある」

 

 一理ある、なんて言いながらアルは弁当をもそもそ食べながら話を始める。こいつも所作が丁寧なので、イイトコの坊ちゃん説はより強固なモノに近づいている。

 

「端的に言えば順位戦が上手く行かなかったからだろうね」

「勝ったんだろ。それは知ってる」

「内容の話さ。ま、半分以上君らの所為だけど」

 

 俺達の所為。

 あ~、なんとなく話読めて来たぞ。

 俺はルーチェの本質を一切理解できてないのでこの情報だけではわからないが、大まかな話の枠組みは掴めてきた。

 

「……俺達の後でやったから、なんか不燃だったのか」

「そういう事。観客はおろか当人たちもね」

 

 ルーチェの対戦相手は風魔法使いだった筈だ。

 

「普通にルーチェが勝ったけど……盛り上がりは察しの通り。十二使徒門下同士の全力全開に比べればそりゃね」

「それは悪い事をしたな。だが差し込んだのは俺じゃないゆえに、俺の所為ではない」

 

 最後の一口を放り込んで水で流し込む。

 まったく、どいつもこいつも色々と抱えすぎだ。

 面倒くさいとは思わないが、色々思慮しなければならないのが厄介だ。もしかしてこの学園に来てる奴って腹に何か抱えてる奴しかいないのか。

 

 ニコニコ楽しそうにしてるアルが現状一番ヤバい奴だが、敵意は無いし気にしない。幸いな事に本人が暴力による対価を支払っているのでそこのバランスは取られている。

 

「俺だって必死なんだ。あんな熱血台風野郎と何度も戦ってられるか、このまま勝ち逃げさせてもらう」

「…………あっ」

「そもそも過大評価し過ぎだ。俺は魔法を一つしか発動できないし、魔力感知すらまともに行えない程度。それなのに“英雄”だのなんだの、学長はふざけ過ぎなんだ。そんなんだから……なんだ」

 

 アルが一層楽しそうな顔をしているので、思わず後ろを見る。

 うわ、嫌な予感する。この話しながらそんなニコニコするって確実に厄介事だろ。頼むから学長だけは避けてくれ、この通りだ。

 

「────再戦を申し込もう!!」

「お断りします。帰ってくれ」

「俺はお前と戦いたい! お前も多分戦いたい! それでいいじゃないか」

「どこがいいんだどこが。俺は一つもよくない」

 

 学年次席(バカ)がやってきた。

 ロカさん、あなたの息子さんは今日も暴走しています。暴風(テンペスト)じゃねぇンだよ、暴れるのは戦う時だけにしとけ。こちとら英雄サマだぞクソが。

 

「ふ~~……いいかバルトロメウス」

「ヴォルフガングでいいぞ!」

「バルトロメウス。お前に一度言っておこう」

「ヴォルフガングでいいぞ!」

「……バルト」

「ヴォルフガングでいいぞ!」

 

 もう嫌なんだけど。

 こんなにゴリ押ししてくるの幼少期のステルラを彷彿とさせる。あの遊びに行こうと俺の手を(強制的に)引いて外に連れ出す感覚、吹き飛ばされる俺、置いて行かれる俺、風になった俺。

 鳥肌が立ってきたので嫌な思い出を想起するのはここまでだ。

 

「わかった。ヴォルフガング、俺は負けるのが大嫌いだ」

「そうか! だが俺も勝ちたい!」

「この話はここで終わりだな。俺とお前が交わる事は二度とないだろう」

「……?」

「なんだその面は。ぶっ飛ばすぞ」

「構わん、来い!」

 

 ア゛~~~~~!! 

 頭に来ますわねこのお方。

 おいアル楽しそうにするな。俺は本気で嫌がっている。それはもう全力で嫌がっている。

 

「やっほロア、元気して……うわぁ」

「よく来たなステルラ!!!」

 

 俺は大歓迎した。

 過去に無い程にステルラの登場を嬉しく思う。

 引き攣った笑みを携えて教室に入場した魔祖の名を継ぐ“紫姫(ヴァイオレット)”にクラスメイトは驚きを示している。おい、俺も一応英雄なんて呼ばれてるんだが。

 

「やれ、ステルラ」

「流石にいきなりは酷くない?」

「世界は何時だって不条理だ。俺は常に不条理に悩まされていたが、不条理には不条理をぶつければいい相対性に気が付いた。また一つ世界の法則を解決してしまったな」

「あーうん。師匠が偶に面倒くさくなるって言ってた意味がわかった」

 

 失礼な奴らだ。

 俺は他人に魔法を撃ったりしないし、暴力を振るう事もない(当社比)。

 それに比べたら如何に平和的で紳士的で道理的な人間な事か。

 

「やれやれ。どいつもこいつも着いてこれないか、この“領域(レベル)”には」

「ヴォルフくんもこんにちは。えーと、アルベルトくん?」

「おお、かの高名な紫姫に覚えて頂けているとは。と言う訳でどうもアルベルト・A・グランです。気軽にアルって呼んでね」

「よろしくアルくん! ……ルーチェちゃん居る?」

 

 俺をガン無視しといて話の流れを俺に寄越すとはいい度胸だな。

 だが俺は心優しくすべてに対して平等な心を持っている。俺の神仏と同等の豊かな心に感謝するんだな。

 

「ルーチェは俺がさっき地雷踏み抜いてどっか行った」

「あっ…………」

「よく聞けステルラ。俺は別にわざと踏み込んだわけじゃなく、完全に気にしてなかっただけだ」

「そっちの方が酷くない?」

「……訂正する。ちょっと間違った」

「今更訂正してももう遅い!」

 

 ええい、ここぞとばかりに責め立ててくるな。

 流石にそこまでセンシティブだとは思っていなかったんだよ。ステルラにコンプレックスがあって、敗北そのものに劣等感を抱いてるのは理解していた。その先の背景とか俺が知るわけ無いだろ。

 

「このままだと学生生活に支障があるか……」

 

 なんだかんだ言って、俺は学園生活に憧れを持っていた。

 かつての英雄は学校とか行ってないし、友人と呼べるのもまあいなかった。仲間は多かったが本当の意味での友人はかの天才のみ。俺は学び舎に一年ちょっと通ってそれ以来経験がないので、この年齢の学園生活を楽しみにしていたのだ。

 

 初めて出来た級友をこんな形で失うのは面白くない。

 

「ステルラ、ルーチェの事を教えろ。キリキリ話せ」

「ウェッ……う、うーん。私はやめとこうかな」

 

 この対人関係拗らせ女もさァ~~~。

 まあ話す内容によっては最悪な事になるだろうが、言わなきゃ話が始まらない。流石にルーチェ本人に「お前のコンプレックスの大元を教えろ」なんて言える訳が無い。いくら鋼のメンタルを保有する俺であっても無礼の極みを働く訳にはいかないのだ。

 

「ルーチェの異名を知ってる?」

「お前本当流石だよ」

 

 この学園随一の無礼枠は伊達ではない。

 心外だね、なんておどけて言うあたりがそれっぽい。

 

「“薄氷(フロス)”って言うらしいよ」

「その情報源は何なんだ」

「誰にだって触れられたくない事はあるだろう?」

「それにズカズカ入り込んでいるんだが……」

「この話題は僕が不利になるからやめておこう。質実剛健清廉潔白を地で往く僕だからね」

 

 既に全員のお前を見る目が疑いの目になっているのだが、どうやらまだ取り戻せる範囲だと思ってるらしい。安心しろ、アルベルト。お前は十分に疑われてるぞ。

 

 しかしアルの話を聞くのは駄目そうだな。多分踏み込んじゃいけない領域まで普通に踏み込んでいく未来が容易に想像できる。

 そうなると……やはり、ルーチェ本人に聞いて回るしかないか。

 

 俺は対人関係が壊滅してるから正直自信は一切ないが、ステルラとかアルに任せるよりかは大丈夫だろう。

 

「薄氷、薄氷ね……」

 

 氷属性魔法を使うのは間違いないだろう。

 そのうえで薄氷なんて名付けられ方をするのは皮肉か。

 

「気軽に触れていい話題じゃないのは確かだな」

「ごめん、こればっかりは私力になれない」

「お前も謝んだよ。往くぞステルラ」

「えぇっ!? い、今から?」

 

 手を掴んで教室の外へと向かう。

 これで合法的にバルトロメウスの事を避ける事が出来る上、ルーチェと変な確執を抱えるステルラもついでに連行できる。なんて合理的なんだ……

 

「ちなみに何処に行ったのかは一切わからない」

「ちょっと真っ暗だね……」

「お前が照らせ。俺は先行きを求めている」

「一回戻ろう、ね?」

 

 嫌だ。

 今戻ったらまたバルトロメウスに絡まれる。

 でも待てよ、ステルラが居るなら全部丸投げできるんじゃないか。また一つ閃いてしまった。もうステルラ常備しようかな。

 

「俺のクラスに来れないか?」

「またいつもの急展開だ……」

「俺はお前が必要だ。たのむ」

「…………はぁ」

 

 呆れた溜息と共に何故か顔を俯かせてしまったステルラは放っておいて、周囲を軽く見渡す。

 まあ、戻ってきてるかは謎だな。手を繋いだままでなんかステルラが離そうとしないのでそのままにし、後ろを振り向く。

 

「……どいて」

 

 はい。

 もうこれ触れないほうがいいんじゃないだろうか。

 今マジで眉間に皺寄ってたぞ。本気の顔だった。また一段溝が深まったような気がしてならない。

 

「ひ、久しぶり。ルーチェちゃん」

「……………………」

 

 ウ、ウワ~~~~ッ! 

 悪い、修復不能だこれ。ステルラはよく頑張ったと思うぞ、俺はお前の決断を肯定するよ。

 声をかけられた瞬間足早に去ってしまったので相当に根が深い。

 

「もう諦めろおまえ」

「頑張れって言ったのはロアでしょ!?」

 

 責任転嫁とは情けないな。

 俺はただ「学園生活を豊かにするならば友人関係はどうにかしたほうがいいですよ」という世間一般的な論を告げただけで、別に無理して嫌われてる人間に取り入ろうとする必要はない。

 

「そういう運命なんだよ。ルーチェと今後関わる事を禁じます」

「そ、そんなぁ」

 

 俺に口まだ利いてくれるかな。

 ちょっと不安になってきた。アルが先に話しかけてオッケーだったら大丈夫だろ、アイツ百倍くらい失礼だし。

 

「試合見返す事が出来ればな、どういう様子だったのかわかるんだが」

 

 人の心を思いやるのは大変だ。

 自分が正しいと思っている事が相手にとって正しいとは限らないから。英雄大戦で腐る程見た人の負の側面すら誰かから見れば正義である。果たして無理矢理にでも近づくことが正しいのか正しくないのか、なんてことは誰も知らない。

 

 ようは自分で責任を持ち考える事が出来るかだと思うんだ。

 

「……ふむ」

 

 俺は努力が嫌いだ。

 それは万物に対する努力を嫌っていると宣言している。

 根本的に自分が良ければそれでいい、そういう性質なんだ。だからまあ、俺が他人の事で悩むのは非常に面倒だが……

 

「ルーチェはいい奴だからな。俺としては楽しく学園生活を共に過ごしたい訳だ」

 

 折角友人になれたのにこれで終わりは悲しいだろ。

 やれやれ。俺みたいな凡人にそういう方面で期待しないで欲しいぜ。

 

 情報収集もクソもないが、まあとにかくぶつかるしかないだろう。俺の経験上案外ぶつかり合うのがいいって英雄も言ってた(記憶で)。

 でもなァ~~~、ルーチェの拗らせ方凄そうだからな~~、俺の魔法関連も話さなければいけないかもしれない。いや、別にいいんだけどさ。いいんだけどこう……あんまり公にしたくないだろ。ただでさえ英雄なんて面倒な呼ばれ方され始めてるのにここで『十二使徒の祝福で元英雄の武器を使用している』とかいう情報出て来たら逃げ場ないし。

 

 まずはルーチェの根本を理解せなばならないな。

 

「と言う訳なので、俺は早退する。後頼んだぞステルラ」

「えっ」

 

 教室に戻り鞄を持ち、ついでにルーチェの鞄も勝手に準備しておく。

 一週間程度の付き合いしかないが、アイツは逃げれる状況だと逃げる傾向にある。順位戦の時アルに煽られた時もそうだが、反抗する事より逃げて押し込もうとしてる。

 

 確実なのは逃げる事の出来ない状況にこっちから追いやる事だ。

 

 外れたら外れたでまた考えればいい。

 

 先程ルーチェの去って行った方向へと歩き、ここから一人になれそうな場所を思い返してみる。

 屋上か。テンプレ的な場所ではあるがあそこカップル多いんだよな。アルと二人で様子を見に言ったらゲンナリした記憶がある。あのアルが嫌そうな顔をしてたから相当にあま~い環境だった。

 

 俺が一人になりたい時はどういう場所に行っていたか。

 ルーチェと俺は似てる部分が多いから冷静に考えてみるのもいいかもしれない。

 

 とにかく静かな場所だ。

 誰も来ない、それでいてある程度ゆっくり出来る場所。密室で鍵を掛けれる場所がベストだな。

 

 となると……あそこか。

 

 この学園には都合よく魔法を使うために頑丈に補強されている部屋がある。

 普通なら誰も入ってこれない、個室が。

 

 先日の師匠やステルラがどうやって入って来たか不明だが、鍵をかけてなければ普通に入れるだろう。掛けてたら知らない、ノックして引き摺りだす。

 

 昼休みの時間すら利用する人は少なく、友人がいないボッチ飯とかここで決める人がいるという噂がある。

 まさか級友がそんな枠に入ってしまうとは……俺は悲しいよ。

 

 地雷踏み抜いたのは俺なんですけどね。

 

 到着し、部屋の空き状況を確認する。

 使用中の部屋は……一つだけか。アテが外れたか。

 

 どちらにせよ確かめないといけないので部屋の前まで行き扉を開く。 

 

「開くのかよ……」

 

 勢いよく限界まで開け放ってから中に入る。

 照明はついてないし若干冷気が漂ってるし、あたりを引いたと考えるべきだな。

 

「おいルーチェ、居るんだろ」

「…………帰って」

 

 姿は見えないのに声だけ聞こえる。

 夜目は利く方だが、流石にオンオフの切り替えは利かない。俺は人間だからな、そんな便利機能は搭載してないんだ。

 

「悪いが帰らない。俺はお前に用事がある」

「私は何も用事がないの。だからどこかに行って」

「そっちか。おやおや、随分と縮こまってしまったな」

「……うるさい。いいから帰って」

 

 ハ~~~~~。

 どいつもこいつも拗らせやがって、面倒くさいんだよ本当に。

 俺みたいな奴を頼らなくてもいいぐらい強いんだからもっとバランスを持ってほしい。

 

「ほら、行くぞ」

「…………触んないで」

 

 とか言いつつ全然抵抗しない辺り深刻だ。

 もしかしてさっきのステルラでトドメ刺したか。その可能性が結構高いな。

 即決してよかった。過去に取り返しのつかない事があった、その記憶を見たからか。どちらにせよ今は忌み嫌った英雄の記憶に感謝しておこう。

 

「いいから行くぞ。首都デートと洒落こもうじゃないか」

「────……は?」

 

 

 

 

 

 



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第二話

 さて、ルーチェを引っ張り出す事には成功した。

 街中を堂々と制服で歩く訳にも行かないので裏道的な場所を通りつつ、人気のない公園までやってきた。子供も遊びまわってるわけじゃないし秘密の会話をするにはうってつけの場所だろう。

 

 本来ならばもう少しこう、飲み物とか軽食用意しておくべきだ。

 

 だが残念な事に俺は無一文である。

 ルーチェに金をタカって軽蔑される未来が見えたから計画変更した。いや~、師匠に貰っとけばよかったな。

 

「単刀直入に言おう。お前は過去に何があった」

「直球過ぎないかしら」

「俺は才能が無いからな。他人の感情を読みとるなんて芸当は出来ない、言葉にしてくれない限りは」

 

 さっさと吐いてもらうに限る。

 わざわざその為に授業抜け出して来てんだ、俺の養育費支払ってる師匠に申し訳ないからあんまり取りたくない手段だった。推薦枠貰ってる人間が素行不良は普通に駄目だろ。

 

「……別に、大したことじゃないわ」

「拗ねるな拗ねるな、まったく。どいつもこいつも裏側で感情を抱えすぎなんだよ」

 

 ステルラも師匠もルーチェも全員そうだ。

 俺は常に口に出している。かの英雄の記憶ですら、全てを理解してくれる人間は一人しかいなかった。腹を割って話し合った唯一の親友、ただ一人だけ。どれだけ清い心を持っていても、どれほど素晴らしい心意気をしていても、口に出さない限りその感情は受け取られることはない。

 

 だからこそ俺は常に正直でいる。

 

「お前から話せないというなら俺から話してやる。そうだな、どこから話すべきか。俺とステルラの出会いから話そうか」

「聞いてないのだけど」

「あれは今から十年程前の事だった」

「続けるのね……」

 

 うるさいな、折角俺が自分語りをしてやろうというのに。

 俺がここまで詳細を語ろうとした人間は居ないぞ? ここまで手間をかけてるのもお前だけだ。

 

「まあ聞け。俺は昔ある事情から『自分は本当は凄い奴なんだろう』と思い込んでいた時期があった」

 

 若干苦しい顔をしながら聞いてるので多分思い当たる節があるのだろう。

 俺もかなり苦しいから安心しろ、その苦しみはお前だけのモノじゃない。恥ずかしすぎて憤死しそうだ。

 

「その実魔法は使えない運動も出来ない、出来たのは歴史の文献を読み漁る事くらいだ。そんなときに()()はステルラに出会った」

「あっ……」

 

 察したな。

 かな~り顔を引き攣らせてるのでありありと想像できるのだろう。

 

「俺はアイツに勉強でボコボコにされた。

 それに加え運動力でボコボコにされた。

 そして更に魔法力でボコボコにされた。

 魔法の詳しい使い方も知らないガキがただちょろっと教えただけで魔法使うとか誰が想像できるんだ。あれ……今思えばアイツが天才的な方向を極め始めたのって俺が原因か……もしかして……」

 

 なんてことだ。

 俺を苦しめ続けてステルラ・エールライトの覇道を歩ませ始めたのは俺だったのか。

 なんて……ことだ。俺があの時魔法さえ教えなければ……いや、あんまり関係ないな。多分勝手に強くなってるだろ。あの村には師匠だって隠居生活してたし、英才教育を施されていたのは否定できない。

 

「ともかく、俺はお前より先にアイツにボコボコにされている。ちょっとした事故が起きてからは会って無かったが」

「…………でも、選ばれたんでしょ」

 

 ふ~~ん、なんとなくわかってきたな。

 過去に『誰かに選ばれる事はなく』、『才を認められることが無かった』。

 ルーチェのコンプレックスの根底が少しずつ見えて来た。

 

「師匠に出会えたのは()が良かった。俺はあの人に会わなければ今でもあの村で燻ったままだったし、後悔も今の比じゃないくらい積み上げている」

 

 決して今、後悔を抱えてない訳ではない。

 それでも選んだ道を悔やみたくないのだ。俺は自分が重ねて来た大嫌いな現実と、他人が期待してくれた嫌いな努力を否定したくない。そうでなければ俺の十年間は無駄になってしまう。その否定をしてしまうのは簡単だが、勿体ないだろ。

 

「お前はどうなんだ。ルーチェ・エンハンブレ」

 

 お前は否定してもいいのか。

 自分の積み上げてきた現実を、使ってきた時間を。

 

「……………………そんな簡単なモノじゃない」

「そうだろうな。俺も、一人(・・)だったら割り切れなかった」

 

 どれもこれもあの記憶が悪い。

 子供にあんな映像見せやがって、普通だったらトラウマものだぞ。

 

「急に全部話せとは言わん。俺はお前の事を気に入ってるし、友人として楽しく過ごしたいと思っている。だから最低限配慮できるようにしたい訳だ」

 

 会話の流れで地雷を踏む可能性を極力配慮すればルーチェもそこまで不快にならんだろ。

 アルは知らない。殴る事でどうにか対応してくれ、たのむ。

 

「……いや。話したくない」

「そうか。それならそれで構わない」

 

 俺は俺で勝手にお前に配慮する。

 互いに別の人間なんだ、全部を全部許容できる筈もない。

 

「適度に仲良くやろう。友達だろ」

 

 

 

 

 

 ♯ 第二話

 

 

「所でルーチェ、一ついいだろうか」

 

 公園を離れ放課後の時間帯になった頃。

 俺達と同じ学生服の連中が出没すようになってから俺達は移動を始めた。

 

「なによ」

「実は俺は今金が無い。正確に言うと金を得る手段が無くて俺は金欠なんだ」

「……アンタよくそれであんな事言ったわね」

 

 おっと、先程まで頑張ってあげたルーチェの温度が急激に下がっていく気がする。

 こんな筈ではなかった。俺だって頑張ったんだ。でもどうしてもお金を得るためには働かなければいけないし、でもそれは面倒くさい。俺は誰かが養ってくれるのを希望しているのだ。

 

「まあ待て。俺は甲斐性は無いと自負しているし、極端に面倒を嫌う。努力も序に嫌いだ」

「何も誠実な部分がないのだけれど」

「結論を急ぎ過ぎているな。もっと緩やかに生きた方がいい」

 

 俺は説法を説くのに向いていないかもしれない。

 ルーチェの右ストレートが頬に突き刺さった感触を受け流しつつ、痛みを堪えながら言葉を続けた。

 

「ストレスを解消するのは食べ物を食べるのが一番だ。なので飯を食べに行かないか?」

「奢らないわ」

「友達じゃないか。俺はお前を頼りにしている」

「……奢らないわ」

 

 お前ほんとチョロいな。

 コンプレックス抱えすぎて求められると断れないのだろうか。ふ~~む、それが目的で友人を続けようと思ってるわけじゃないから気軽に断って欲しい。これは俺なりの冗談だ。

 

「ではこうしよう。俺かお前、どっちかの家で飯を作ればいい」

「……いやよ。アンタの家に入ったらどうなるかわからないもの」

 

 人を獣にするな。

 俺程自制が利く理性的な人間は居ないぞ。性的欲求もあるにはあるが、なんか、こう……薄いんだよな。これも全部英雄の所為にしておこうか。

 

「安心してくれ。俺の家には勝手に侵入してくる妖怪がいるかもしれないから、いざとなればどうとでも逃げられる」

「どこが安心できるのよ!」

「俺が知りたい。どうすればあの家で安心して暮らせるのだろう」

 

 ある意味で最強の防犯システムである。ステルラは遠慮して攻めてこないのにあの妖怪マジで気にせず突っ込んでくるからな、どっちが大人かわかりゃしねぇよ。

 

「じゃあお前の家だな」

「ちょっと待ちなさい。そもそもこれから何で付き合わなきゃいけないの」

「付き合う……俺とお前が? すまん、そういう意味では無くて」

 

 右の頬を打たれたなら、左の頬も差しだせ。

 俺は偉人の教えを遂行する完璧な紳士だと自負している。今この瞬間痛みを代償に称号を得た訳だ。

 

「ぶっ飛ばすわよ……!」

「まあ待て。身体強化して殴るのは流石にズルだろ」

「ふぅ~~……ッ……!」

 

 俺の説得も虚しく、ルーチェは往来の最中でその握り拳を解き放った。

 響く打撲音と俺の乾いた呼吸だけが響く。

 

「ぼ、暴力反対。いいかルーチェ、俺は身体強化すら出来ないんだ。わかるだろうその意味が」

「十二使徒の弟子で最上級魔法撃てる化け物に勝てる奴に遠慮するわけないでしょ!!」

 

 お、少しずつ本音が出て来たな。

 頬が抉れてるのかってくらい痛むが、まあそれは飲み込んでやろう。

 

「ふーむ。お前は勘違いしているな」

 

 この話をするのは別に構わないのだが、他の人間に聞かせたい話題ではない。

 折角ここまで話を持っていけたんだ。上手い事人がいない場所に誘導したいところなんだが……

 

「俺の魔法は魔法じゃない。これは祝福(・・)だ」

「は?」

 

 まあいいか。

 英雄なんて異名も付けられたし、正直逃げられないと思ってる。魔祖十二使徒にもその内広がっていくだろうしあの男を否定する人物は居てもその功績を否定する人間は居ない。

 

 常識的に考えれば『魔祖十二使徒第二席が昔の初恋を忘れられずに拗らせまくって新たな英雄を作った』とか思う筈。少なくとも魔祖はそう思ってる。

 

 悪いな師匠、俺はそれを否定も肯定も出来ない。

 

「より正確には師匠が俺の為だけに考えた魔法を発動するための祝福、それを全身に刻んでいる。俺は魔力に関係する才能が著しく低いから魔力感知すら出来ない。だからあの魔法を起動するのに『誰かの魔力』を必ず必要としてい」

「一旦黙りなさい! ああもう、なんなのよホントこいつ……!」

 

 俺の腕を掴んでどんどん歩みを進めてしまった。

 

「馬鹿じゃないの? こんな場所で話していい内容じゃないでしょうが」

「お前がどうしても拒否するからな。仕方が無かった」

「~~~~ッ……それならそうと言いなさい!」

 

 結構人目を引いているが、今はそれどころではないらしい。

 先程の公園まで戻るのも良かったが、今の時間帯は学校が終わった時間帯だ。子供たちがいる可能性が高い。

 

「急に積極的になったじゃないか。いつぞやの時を思い出すな」

「うっさいわね。……いつぞやの時?」

「失言だ。忘れてくれ」

 

 下着の色を聞いたことを掘り起こされては敵わない。

 俺はあの時の記憶に蓋をした。悪いなアル、お前の犠牲は忘れないよ。

 

「で、どこに向かってるんだ」

「…………よ」

 

 声が小さすぎて聞こえない。

 

「もう一度頼む、どこだって?」

「だから、………えよ」

「すまんもう一回」

「私の家! 文句あるの!?」

「急にキレなくてもいいじゃないか。カルシウムが足りてないな」

 

 握っていた手に思い切り力を入れられたらどうなると思う。

 俺はそんな想像もしたくない痛烈な刺激を加えられて内出血を繰り返す自らの腕を見て青ざめながら、抵抗を試みた。

 

「俺が悪かった。たのむ、落ち着いてくれ」

「本当に黙っててくれない? 今の私ならその腕を破壊する事も厭わないわ」

 

 怖すぎだろこの女。

 俺はルーチェの事をいい奴だと言ったが、その評価を覆さなければならない日がくるかもしれない。今命の導火線を握っているのは俺なのだ、その事実を正しく認識しておく必要がある。

 

「つまり、俺の話を聞く気になったんだな」

「同情はしないわよ」

「俺だってしないさ。互いに配慮しましょう、そういう話だ」

 

 俺は別にどうでもいいんだが、こう言った方が効く気がする。

 

「で、どこら辺なんだ」

「南区」

「そうか。俺は北だから少し離れるな」

 

 魔導戦学園は中心部に近い場所にあるので、一応何処に住んでも通学時間に差はあまりない。

 端から端……村……鬼ごっこ……やめよう。嫌な記憶を呼び覚ます事をフラッシュバックと呼ぶらしい。

 

「一人暮らしか」

「ええ、そうよ。何かしようとしたら凍らせるから」

 

 俺は祝福を起動しない限り勝ち目がないんだが。

 そもそもあの部屋全て凍らせられるような規模を撃てるんだから、お前自分が十二分に優秀な魔法使いって事を忘れてないか。劣等感に苛まれるのは仕方のない事だが、自身の強さはしっかりと見つめていて欲しい。

 

 そうでなければ俺のような凡人が辛い。

 

「任せておけ、肉を焼くのは得意だ」

「冷凍したらどれくらい保つかしら」

「なんて猟奇的なんだ……俺は美味しい人間じゃない」

「氷漬けにされたくなければ余計な口を叩くのをやめなさい」

 

 やれやれ、俺の気遣いが伝わってないみたいだな。

 焼肉って全世界共通の美味い飯じゃないのか。少なくとも俺は数年間焼肉と焼き魚ばかり食ってきたせいで食生活が完全にイカれている。味が濃いモノを食べるより味の薄い自然な食事をとるのが一番だ。これも師匠の所為である。

 

「氷漬けか。俺はお前の魔法を良いモノだと思う」

「……こんなの、良いモノでも何でもない。私にとっては呪いみたいなもの」

 

 呪い、か。

 

 本当に俺とお前は似た者同士だ。

 お前は呪いのような魔法を使い、俺は呪いのような記憶を持つ。

 お前は魔法を育てた。それこそが生きる道であったから。俺は呪いに従った。それこそが自分の道を作る力になるから。

 

「案外運命かもな。俺達が会ったのは」

「…………気持ち悪い事言わないでよ」

「宿命は既に抱えているからな。俺の容量は一人分しか無いんだ」

「物は言い様ね」

「星の光に目を焼かれてしまった。それが分かれ目だった」

 

 他人を理由にしなければ強くあろうとすらなれない俺だ。

 どこまでも鮮烈な光を何時までも脳裏に描いて、未来に起きるかもしれない破滅を避ける為に今を生きている。それすらも、誰かを理由付けして。もっと意志を強く生きて行きたい。

 

「お前はどうだ。ルーチェ・エンハンブレ」

「…………そうね」

 

 やがて歩みは緩やかになり、一つの家の前で立ち止まる。

 至って普通の賃貸物件だ。学生一人が生きて行くのに支障は無く、十五歳の女性が一人で暮らすのに支障のない安全性が保たれている。

 

「私もそう。憧れた何かに呪われてるの」

 

 人は存外そんなものじゃないだろうか。

 かつての英雄も、覇を唱えた人々も、今を生きる俺達も。何かに憧れてその生を歩いているのだ。

 だからこそ俺は否定しない。嫌いだ、憎い、そんな感情を抱いても無くなれとは言いたくない。どうしようもなく追い詰められればそりゃあ罵倒ぐらいするが、その程度で済ませる。

 

 扉を開き、部屋の中に入る。

 

 よく整頓された部屋だ。

 俺の部屋と間取りは似てないが広さは同じくらい。机の上に乱雑に置かれた本とかは努力の証だろうか。

 

「私の両親は魔法使い。それも、私なんかじゃ手も足も出ないくらいに立派な」

 

 オイ、急に不穏な話になってきたぞ。

 あ~~~~~、そう言う事か。あ、あああ。うわ、全部一気に情報が繋がってきた。

 

 幼い頃から劣等感を持っていて。

 その出所は両親で。

 でも負けるのが嫌い。

 

 コイツ……くそめんどくさいな……。

 俺が言うのもなんだがとても回りくどい。

 とことん俺と同じような因縁に絡まれてるな、おまえ。

 

「魔祖十二使徒第四席、第六席────その二人の間に生まれた出来損ないの魔法使いが、私」

 

 そりゃあ拗らせもするし、俺なんぞに劣等感を抱くだろう。

 俺とステルラとか超地雷じゃないか。未だに付き合いを続けてくれてるのを感謝する。

 

「私はどちらの弟子でもない、ただの魔法使いなの」

 

 

 

 

 

 

 



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第三話

 ルーチェ・エンハンブレは偉大な両親の元に誕生した。

 

 魔祖十二使徒第四席、第六席。

 かつての大戦を生き延びた伝説的な魔法使いの愛の結晶、その三女として満天の祝福を受けながら産声を上げたのだ。

 

 齢が三つになる頃、魔法に触れた。

 母親の扱う()魔法を見て、その真似をした。

 

 ────当然、発動しない魔法。

 

 その年齢では当たり前、教えられたばかりの魔法を独学で発動した人類は片手で数える程しかいない。常識を理解していた母親はにこやかに、ゆっくり教えればいいと考えていた。

 

 ルーチェが成長し七歳になった頃。

 少しずつ魔法の使用が可能になり魔祖十二使徒の娘として注目を浴びていた。……と言っても、上から数えて五番目。一番上とは二十も年齢が離れている。

 

 世間的な注目度は低く、彼女に対する期待度が低かったと言ってもいい。

 

 無論両親はそんな事は無い。

 他の子供達と変わらず愛を注ぎ分け隔てなく育てて来た。

 いずれ訪れる災厄に備えつつも、魔法に関すること以外にも注力していた。

 

 ────しかし。

 

 ルーチェ・エンハンブレ十歳。

 

 彼女は、初めての挫折を味わった。

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第三話

 

 

「これまでの兄妹が問題なく発動してきた魔法が、私には使えなかった。才能無かったのよ」

 

 自嘲するような表情で吐き捨てながら、手に持ったカップを握り締める。

 その自分の手を一度見て、ゆっくりと力が抜けていく。

 

「そして傷心してる間にステルラに会って、か」

 

 控えめに頷くルーチェ。

 幼い頃から僅かながらに『兄妹たちに比べれば期待されてない』事を理解しつつ、それでも諦めずに努力した。両親はそれならそれでいいと別の道を推奨しても、それは無価値だと考えただ真っ直ぐに鍛え続けて来た。

 

 その結果出会ったのがステルラ(チート)だった。

 

「おまえ運無いな」

「……わかってる」

 

 俺も物心ついた時には既に隣にいたからそこまでの落差は存在しなかったが、そういう背景を持っていたならそりゃあ嫌いにもなる。

 俺だったら嫉妬心で気が狂うね。間違いない。

 

「でも首都学園に入れてるだろ。それはお前の努力の証じゃないか」

「こんなの、何の意味もない。何の意味も無いのよ」

「少し嫌な言い方をするが、お前が否定する事で否定される連中も居る」

「…………知ってる。わかってて言ってるの」

 

 だったらそういう顔するなよ。

 ハ~ア、根がまともでどこまでも努力家だからそういう風に捻れるんだよ。自分の言動の結果すら想像できる奴がここまで捻れたのって俺達が原因だよな。

 マジでステルラに近づくなって言ってて正解だった。俺は多少の積み重ねがあるから話をしてくれるが、手遅れになるところだったな。

 

「最低値が保証されてる分、運があるのかないのか。お前自身が認めない功績でも誰かは認めてる。わかってるんだろ、そういう事も」

 

 だからこそここまで来た。

 親の期待に応えたい、ではない。

 親の力を証明して見せたいのだ。

 

 自分は出来損ないと自嘲する癖に認めたがらないその姿勢はそういう事だ。

 

「親御さんの事好きなんだな」

「……うるさい」

「その上他人を恨むのも良くないと理解してる。自分を卑下する事で正当性を保ちたいが、それをしてしまえば自分で自分の信じる事を裏切る事になる。だからしたくないのに、現実は甘くない。俺にはわからんが、その心意気はいいんじゃないか」

 

 俺にこれだけ言われても激情に駆られないのがその証拠だ。

 おまえ、人を憎むのに向いてないよ。俺みたいに『かつての英雄の記憶』なんて特別なモノを抱えてる訳でもなく、人の悪意がどれほどのモノか明確に悟ってる訳でもない。

 

「俺は弱いからな。すぐに他人に頼るし誰かの所為にするし出来るだけ頑張りたくない」

「でも、恵まれてるじゃない」

「ああ。恵まれて生きて来た。マジで地獄みたいな日々を過ごしてきたし、誠に遺憾ながらその努力は実を結んだ。魔法なんざ一個も使えないが、それなりの場所には辿り着いたよ」

 

 前提として誰かの力を必要とするが。

 ……いや。俺は全て誰かの功績を利用している。

 この剣技も俺が磨き上げたモノではなく、かつての英雄の記憶を参考に鍛えただけに過ぎない。ヴォルフガングとの戦いで熱くなってしまったのは師匠の目を証明してみせたかったから。

 

 俺は何時だって誰かを頼っている。

 

 ルーチェが求めてるモノを俺は持っていて。

 俺が求めていたモノをルーチェが持っている。

 

「なんで俺の話は聞いてくれたんだ」

「……気分よ」

 

 ふーん、気分か。

 なら仕方ないな、そういう日もある。

 今日一日適当に過ごして、また明日学校で話せばいい。

 

「明日も話してくれるようにご機嫌取りしないとな」

「慰めなんか要らないわ」

「俺が飯を作ってやる。任せておけ、ゲテモノを扱うのには慣れている」

「待ちなさい。人の家で何作ろうとしてんよ」

「何って……焼肉だが?」

 

 魔獣って案外美味いんだよ。

 お前にはそれを教えてやる。

 

「俺がある程度強くなったのは魔獣の肉を食い続けたからだ。山に監禁され八年間、俺はひと時たりとも文明を忘れたことはない。あの苦しみと憎しみが俺を強くしたんだ。やるぞルーチェ、俺とお前ならきっとステルラを越えられる」

「出て行きなさい」

 

 若干冷気が滲み始めた。

 ふっ、まだまだだな。師匠の紫電を毎日受け続けた俺に死角はない。

 

「エプロン借りるぞ」

「駄目に決まってるでしょ!」

 

 台所に侵入しようとしたら止められた。

 今思えばルーチェも立派な女性なので、俺のやっている事はそれなりにアウトなのではないだろうか。いや、友達の悩みを解消するためだからセーフだな。

 でも異性の私物を勝手に見ようとしたのはアウトでは。

 

 ……………………。

 

「ルーチェ様、大変申し訳ございませんでした。全ては私の不徳の致すところですので勘弁してください」

「どういう思考回路してるのよ……」

「止めないでくれ。俺は今懺悔をすることで現実の罪を帳消しにしてる所だ」

「罪状はなにかしら」

「すべては神のみぞ知るって感じだ」

 

 頭が高かったのか、艶やかな感触の地面へと這いつくばっていた。

 俺は仮想神へと祈っていた筈だが目の前に降臨した怒りの日からは逃れる事が出来ないらしい。もしかして謝らなかったらバレなかったんじゃないか。

 

「ル、ルーチェ。俺にはわかるぞ、お前は心優しいから本当はこんな事したくない筈だ」

「あら、変質者が喋ってるわね。私は人間にはこんな事しないの」

「俺はペット扱いか。なるほど、そういう……ぶべっ」

 

 俺の口は止まる事を知らない。

 猪突猛進を体現するこの姿勢を普段ならば認めたいところだが、今ばかりは静まる事を覚えて欲しい。

 

「ゲテモノの調理には慣れてるんでしょう? 腕の一本や二本くらい」

「待てルーチェ。待ってくださいルーチェさん。流石にそれはヤバいだろ」

 

 口元から冷気漏れてるんですけど。

 いよいよ怖くなってきたんですけど。

 くそっ。俺じゃこの程度が限界か……! 

 

「まったく。我儘だな、お嬢様は」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 ぶっ飛ばすわよ、という言葉は忠告であり『殴る』と宣言する訳ではない。

 ルーチェはそこら辺が甘いな。隣の部屋に響いたりしないかが心配だが、壁が凹んでる様子はないしかなり頑丈に造られている。俺の身体は悲鳴を上げているが。

 

「ぐおお……!」

「……はぁ。バカみたい」

 

 人が元気づけてやろうとしてるのになんて言い草だ。

 俺だってやろうとすればかつての英雄みたいな事言えるんだぞ。『君はもう救われていいんだ』なんて言いながら聖なる劔を振りかざせばそれはもう完璧。

 でも駄目だな。ルーチェは救われたがってるのではなく乗り越えたいと思ってるタイプだと思う。俺もそうだし、ずっとそのままだろうな。本人が納得できるラインを越えない限りはな~んにも解決しない。

 

「解決、解決か…………」

 

 原因を取り除かなければルーチェはこれから病んだままである。

 それはめんど……ン゛ンッ。いや、違う。ちょっと一緒に過ごしていくのが面倒くさいよね。配慮するのは構わないんだが、それだと本人も息苦しいだろう。俺もめんどくさいし。

 

「あ、思いついたぞルーチェ。お前の悩みをすべて解消する方法を」

「は? 何言ってんの」

「まあ聞け。これは恐らく一番いい」

 

 いや~~、自分の頭脳が良すぎて困っちゃうな。

 こんなに頭の回転が良いってのが比例して魔力系は駄目なんだろう。今になって思えばその通りだ。やはり天は二物を与えず、か。

 

「ステルラと順位戦やって勝てばいいんだよ」

「………………は?」

「そうすればお前の根底から覆せる。これほど完全な手は無いな」

 

 目を見開いて驚きを示す。

 なんだよ、これが綺麗で手っ取り早いだろ。

 ステルラ・エールライトは一般出自でありながら天才で魔祖十二使徒第二席の弟子でありその名を継ぐ程の実力を持つ。既に学園全体でも上位に君臨しつつあるので、そのネームバリューはトップクラス。

 

 それでいて過去の確執を振り払う事も出来る。

 

「何言ってんのよ。勝てる訳……」

「諦めるのか?」

 

 意地悪くなるがそこは飲み込む。

 ここは勝負に出る。ここで決めきるべきだ。時間を置いて冷静にしてしまえばまた思い詰める可能性が高い。他人の人生を左右するかもしれない選択なんて俺に委ねないでくれよ。自分自身だけで手いっぱいなのに、誰かを導けるような立派な人間じゃない。

 

 かつての師匠を救った英雄のようにはなれない……が。

 

「勝てる見込みが本当にないのか。

 お前の努力の引き出しはそれだけか。

 人生の積み重ねはどれくらいの厚みなんだ。

 それは、ステルラ・エールライトに完膚なきまでに叩きのめされるモノか?」

 

 一人で立ち上がろうとしている友を見捨てる事は出来ない。

 何故なら、俺がそうだったから。立ち上がる為の方法を、力を、何もかも授かって来たのだから。

 

 俺が否定する訳にはいかないんだよ。

 

「自分の価値を決めるのは自分じゃない。他人だ」

 

 自身がどれだけ願っても、他人が決める絶対的な評価。

 異名なんてシステムが如実に表している。自分で決めた訳でもないのに他人からの呼ばれ方が変わる、評価値が変動するのだ。

 

 ヴォルフガング、ステルラは正当な後継者として。

 俺は魔祖達から認められた所為で強制的に“英雄”。

 

 では、今のルーチェは。

 一体誰に決められた、一体何時決められた。

 

「覆すなら今だろ。その絶好のチャンスが転がってるのに、掴まない理由があるか」

「…………アンタは、私が勝てると思うの?」

「戦ってるところ見たこと無いからわからん」

「じゃあ何でそんな事言うのよ」

「お前だからだ」

 

 ふん。

 自分で言うのも何だが、俺は他人がステルラに勝てると一ミリも思っていない。師匠はスタート地点が違うから比べようがないが、それ以外の同世代・今の大人達にステルラ・エールライトという少女を打ち倒せる人間は居ないと思っている。

 

 なぜなら俺が倒す相手だから。

 天才が極みに至り、やがて覇を貫いたとしても。

 ただ一人俺だけは追い続けると決めたからだ。重ねすぎた敗北が、俺のプライドを何度も何度も叩き直す。

 

 俺の心を理解できる人間はいない。

 そしてまた、ルーチェ・エンハンブレの心を理解できる人間も居ない。

 だが、俺達には共通点がある。自身が才能に恵まれないと思っていて、他人からの評価を気にしていて、自らの大切な人間の事を軽視などさせたくない。

 

「俺はステルラ・エールライトに勝とうと意気込むお前を知っている。意志が揺らいでも、現実に打ちのめされても、その事実がある限り俺はお前を信じるよ」

 

 俺はスーパーヒーローじゃないからな。 

 人の感情全部読み取って手助けする事なんて出来ないし、罵倒してくるような屑を救う聖人君子ではない。

 だが、自分の感情と向き合い立ち上がろうとしている人間位は否定したくない。

 

「ま、勝てるかはお前次第だ。その責任は俺に要求されても困る」

「アンタね……」

 

 なんだよ。

 しょうがないだろ、結構憶測で喋ってるんだから最後に保険位掛けとかないと不安になるし。こちとら八年間ほぼ他人と触れ合ってこない生活してきたんだぞ。なのに人生相談に乗るの、おかしくないか。

 

「まったく。隣の芝生は青くて嫌になるな」

「…………そうね」

 

 すっかり冷めてしまったお茶を一口含んで喉を潤す。

 一人分の隙間が開いた俺とルーチェの距離だが、存外友人としては適切かもしれない。結局俺とルーチェは同じなのだ。どこまでも自分自身に卑屈な感情を抱いていて、誰も彼もが羨ましく見えて、それでも自分の積み上げてきた人生で対抗するしか無いと理解している。

 

 俺は運が良かった。

 こいつは運が無かった。

 

 それくらいだ。

 

「いい考えが、私にも浮かんだわ」

「楽しみにしてる。俺としてはさっさと振り切って欲しいからな」

「ええ。楽しみにして頂戴」

 

 無事と言えるかわからないが少しは気分が晴れたみたいだな。

 これなら大丈夫だろ。

 

 これにて一件落着、俺の役目は終わり! 

 いや~今日もいいことしたな。有意義な一日だった、問題は学校をサボったことをどう言い訳するかだ。

 傍目から見ればめちゃくちゃ鬱になってる同じクラスの女子生徒を引っ張り出して家に乗り込んだヤバい男になってしまうので、これ、どうにかしなければならん。

 

 師匠は何だかんだ許してくれるだろうし、ステルラも気にしないだろうな。

 周りからの目線もその内収まるだろう。

 

 ヨシ! 

 

「じゃあ帰るぞ。ま、楽しくやれよ」

「そうね。楽しく(・・・)やりましょう」

 

 ニコリと笑顔で微笑むルーチェ。

 まだ何も振り切ってないが、やっぱお前は強いよ。

 心が強い。どれだけ苦しくても辛くても前に進める、俺にはない強さが確かにある。

 

 借り物が無いと土俵に立つことすらできない俺とは、大違いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、教室にて。

 

「おっ、来たね色男」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 茶化してきたアルに返答しつつ教室に入る。

 

「お姫様の調子はどうだった?」

「まあまあだろ。少しは元気になったと思うが」

「泣いてる女の子は放っておけないか、流石だね」

「そんな高尚なモンじゃない。単に友人として付き合いを続けたいから話を聞いただけだ」

 

 まあ俺は紳士だからな。

 他人を気遣える上にむやみやたらと刺激する事はないのだ。多分、きっと。

 ……刺激しまくってたのは俺達なんだが。

 

「揃いも揃って強い癖に問題抱えすぎなんだ。

 俺みたいな誰かを頼らないと生きて行けない人間と違うんだ、もう少し俺を怠けさせて欲しい」

「でも友人が困ってたら手を差し伸べるんだろ」

「そりゃあ友達だからな」

「……君、そういう所だよ」

 

 やれやれじゃないが。

 肩を竦めるアルに腹が立ったが、俺はすぐに暴力を振るう連中とは違うからな。紫電で毎日ズタボロにされ続けた俺にとってはこの程度子守歌と同じだ。

 

 いや、待てよ。

 俺が寛大すぎるのが駄目なんじゃないか。ラインを越えればそりゃあ怒るが、そうでない限り許している俺の心が皆を増長させているのではないか。

 

 なんて……ことだ。

 やさしさという概念を勘違いしていた。

 俺は絶対にしてはいけない間違いを犯していたのだ。

 

「俺は今この瞬間から心を鬼にする。手始めに“英雄”なんて呼び方をしてきた魔祖を手に掛ける事を定めた」

「それは新しい女性を狙うって宣言?」

「バカが表出ろ」

 

 完全にキレた。

 俺の寛大な心が縮小して胃袋程度の大きさに変化する前であってもぶっ飛ばすラインの発言だ。

 青春らしく泥臭い殴り合いをしようじゃないか。魔法使用のない生身でのぶつかり合いなら大体負けない、格闘技とか習ってる連中を除き。

 

「邪魔よ、どいて」

「ちょうどいい所に来た。ルーチェ、俺と一緒にこの愚か者に天誅を下そうじゃないか」

「いやよ面倒くさい。そんな事よりこれに名前書いてくれるかしら」

「婚姻届けか? 気が早すぎるんじゃないだろうか」

 

 机の感触は中々に悪くない。

 大地のゴツゴツ感、虫が身体を這いずる感覚とかに比べれば俺はここが寝室と言われても疑えない程度には。

 なお、高速でぶつかったことによる顔面の痛みは考慮しない事とする。

 

「な…………んだ、その紙は」

「良いから書きなさい。怪しいモノじゃないから」

「それは怪しい詐欺の謳い文句だ」

 

 仕方ないから紙を受け取って内容に目を通す。

 順位戦申請用紙、ね。両名の署名を書いて教師に渡し不備が無ければ受理され、空いていれば都合のつく時間で戦えるのか。こういう手間が必要なのに捻じ込んだあの妖怪共には呆れざるを得ない。

 

「なんで俺の名前を?」

「そんなの一つしかないでしょ。私とアンタが()るのよ」

 

 …………ん? 

 

「すまん、もう一回頼む」

「私、ルーチェ・エンハンブレはロア・メグナカルトに順位戦を申し込みます。正々堂々一対一で、胸を借りるつもりで挑戦するわ」

 

 引き攣った笑みとともにルーチェの顔を見てみれば、それはもう楽しそうな顔をしていた。

 おま、おまえ…………確かにな。いや、うん。言われて見れば合理的ではある。

 

 俺も魔祖十二使徒の弟子だし、先日力を見せつけたし、英雄なんて呼ばれ方をしてる。

 

 ソイツに勝てば証明できるだろうな、そりゃあな。

 

「チャンスを掴まない理由があるかしら」

 

 あぁ~~~~~、もお~~~~。

 俺はただ友人の人生相談に乗っただけだ。それもちょっとしたアドバイスを出しただけで、俺は戦いたいなんて一言も言ってない。寧ろ戦うのが嫌いまである。

 

「私を信じているんでしょ?」

 

 昨日の発言を撤回させていただきたい。

 う、オ、アァ……ッ! 

 

「あーあ、修羅場ってヤツ?」

「うるさいだまれ、俺は今過去の負債を帳消しにする方法を脳内で検索している」

「いいから書きなさいよ! あれだけの事をしといて無かったは許さないわ」

 

 ルーチェさん。

 あなたの発言で俺のヒエラルキーは急降下しています。

 昨日、俺がお前を連れ出してサボった。家にまで乗り込んだ。これは揺らがない事実であり、俺が君に何かしたという事を一切否定できないのだ。

 

楽しく(・・・)やりましょう、私と貴方で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「…………ふん」

 

 息を一度吸って、吐く。

 魔法を扱う時は何時だって冷静に、意識することなく淀みなく発動できるように研磨してきた。

 

 そんな程度じゃ足りない、もっともっと上を目指しているのに手が掛かったのはこの地点。その半端さが今の自分をよく表していて、付けられた名前も相応だと自嘲する。

 

 そしてその自嘲すら不快に思い、自分の感情が憎いと感じる。

 

「……才能が、欲しい」

 

 切実な願い。

 私はいつだって願っている。

 目が覚めれば超常的な力を手に入れて、突如覚醒した才覚で崖っぷちから山の頂上へと登り詰めるその光景を。

 

「才能が欲しい」

 

 偉大なる人達に追い縋れるような天賦の才。

 一を知れば十を得る。理不尽すら感じるあの圧倒的な差を見せつける側に回りたい。仮に今の努力と引き換えに才能を得られるとすれば手にすることはあるのだろうか。

 努力は否定されない。でも、現実に抗えるとは限らない。

 

 この嫉妬は覆る事はない。

 

 何時までも人生に付き纏い続ける負の感情。

 目を逸らすように生きて来た。手が届かない場所に手を伸ばし続けた。誰かに何を言われても、私にはそれしかないと言い聞かせて進んで来た。

 

「……案外」

 

 目を逸らさなくてもいいのかもしれない。

 そんな風に思わされたのは、初めてだった。

 私以上に才能が無い。魔法に関して、彼は何一つ持ち合わせてなかった。

 

 それでも強い。

 

 努力をしてきた私が、努力を積み重ねてきた人間を否定する訳にはいかない。

 

「勝つの、ルーチェ」

 

 一言呟いて立ち上がる。

 さあ、あそこまで好き勝手言った友人なのだ。

 

 せめて責任を取ってもらおうじゃないか。

 

 焚きつけた火種の責任を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 祝福の再充電も休日の内にして貰ったので戦う準備自体は出来ている。

 問題は、俺が出来るだけ戦いたくないという点だけ。

 

 既に書類は受理され、会場へと出ていくだけ。

 この一歩を踏み出すのが非常に億劫なのだ。あ~~、どうすれば丸く収まるかな。

 こうやって考えるのがルーチェに失礼かもしれないが、ヴォルフガングと戦った時とは訳が違う。

 

 アイツにはとにかく勝ちたいと思ったが、ルーチェ相手に、その……下手を打てばコンプレックスが肥大化してしまうし、俺がトドメを刺す可能性もある。

 勝つ負けるの話以前に、再起不能になる可能性がある相手に勝利を願うのはどうかと思うのだ。

 

 俺も変わった。

 度重なる敗北により勝利と才能を求めるのは幼い頃で終わったんだ。

 え、今? …………才能は欲しいよな。

 

「あ゛~~~~~~、めんどくさ」

 

 ガシガシ頭を掻いて水を飲む。

 うだうだ考えるのは嫌いなんだ。

 俺とルーチェ、同じ星を追う者として何時か雌雄を決する日が来るとは思っていた。

 

 でもこんな早く来るとは思わないだろ。

 

「勝つのは俺だ。そう決めただろうが」

 

 身体の調子は至って普通。

 これから嫌いな苦痛が飛び交う戦場に足を踏み入れなければならないのが不快だが、友人の頼みなのだ。なら仕方ない。戦うほかない。

 

 俺だって負け続けて来た。

 コンプレックスに塗れて生きて来た。

 諦めて、それでも抗って生きて来たんだ。

 

 誰にだって否定させない。

 俺の努力を否定していいのは俺だけだ。

 価値を決めるのは他人だが、中身を定めて良いのは自分だけ。

 

 俺は勝つ。

 

 ルーチェ・エンハンブレに負けない。

 

 それこそが、俺が生きていく理由なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ♯ 第四話

 

 

 会場内は既に埋まっており、一体誰が宣伝したんだと言いたくなる程度には注目を浴びている。

 見知った顔もポツポツいるので、まあ……察せる。

 

「いい舞台だ。自分の努力を見せるにはちょうどいい」

「そうね。前はこんなに盛り上がらなかったのだけど」

 

 それは俺達の所為なので、チクチクするのは勘弁してほしい。

 

「同じくらい沸かせてやればいい。集まった連中に、『ルーチェ・エンハンブレ』を見せつけてやればいいんだ」

「会場が凍えてしまうかもしれないわね。氷像が一体生まれるだけ」

 

 薄く笑いながら話すルーチェ。

 大分吹っ切れてるみたいだな。少なくともプレッシャーでガチガチって事はない。

 これが名も知らぬ相手だったら舌打ちくらいするが、相手は友人である。

 

「あ~あ、先日のルーチェ()()()は可愛かったのにな」

「半殺しで済まそうかと思っていたけど、()()を殺すことにしたわ」

「なんて苛烈な告白なんだ……情熱的だな」

「ロマンチックでいいじゃない」

 

 ……嫌な予感がヒシヒシとしてきた。

 全く動揺無し。それどころか戦意をどんどん漲らせている様子である。

 

「ロア」

 

 会場の声を全て無視してルーチェは続ける。

 

「私を見てくれる?」

「今は」

 

 今この瞬間、俺はルーチェ・エンハンブレしか見ていない。

 他の人間の事を考えられる程気を抜ける相手ではない。

 

「今だけ?」

今はな(・・・)

「…………そう言うと思ったわ」

 

 うだうだ駄々を捏ねたが、焚きつけたのは俺だ。

 そうして考えた末に俺を相手に選んだのだから、責任を取らざるを得ない。その程度の誠実さは持ち合わせているつもりだ。

 

 俺は星を追い続けると誓ったのだ。

 で、あるならば。それ以外に目を向けさせたいのなら、相応の事をしてもらおうじゃないか。

 

 ルーチェの魔力が高まっていく。

 少しだけ感知できるからバルトロメウス程ではないが、十二分に高い魔力値だ。

 部屋を氷漬けにしていた事もあるし警戒しておくに越したことはない。

 

「私」

 

 口から冷気漂う息を漏らしながら、呟いた。

 

「こんなに楽しみなの、初めて(・・・)よ」

 

 お前、そんな風に笑えるんだな。

 いいじゃないか。眉間に皺寄せて不機嫌なお前よりよっぽどいい。

 

「なら良かった。楽しんでいこうか」

「ええ。楽しみましょう」

 

 実況席から始まりの合図が鳴る気配は無い。

 馴染み深い魔力がそこから感じ取れるのでなんだかんだ観にきてるのだろう。ていうかあの場所、よく考えなくてもヤバいメンバー集まってないか。気付いてない振りしといた方が良いな。

 

「────起動(オープン)、光芒一閃」

 

 祝福に籠められた魔力が解放され形を成す。

 前回は見た目のインパクトも重視して時間をかけたが今回は違う。素早く武装展開、さっさと戦う事を意識する。

 

 氷属性と戦うのは久しぶりだ。

 師匠が戯れに全属性コンプリートとかはしゃいだ時以来。

 あの人俺の事をなんだと思ってるんだろうな。いや、それなりに大切に思われてるのは理解してるが。

 

「考え事かしら」

 

 腕が反応した。

 顔面目掛けて放たれた拳を光芒一閃で防ぎ、後ろに避ける。

 速い。身体強化を施したにしたって相当な速さだ。バルトロメウスの風弾よりも初速が上。

 

 距離を取ったのにも関わらず、躊躇いなくかかと落としを放ってきた。

 いや、待てよ。射程が絶対的に足りてないのに攻撃を放つ理由は何だ。まさか適当にやった訳じゃないだろ、とすれば────どうにかこうにか届かせる手段がある。

 

 今から後退するのは間に合わない。届くと仮定してその位置まで光芒一閃を移動させ防御態勢を整える。

 

 予測通り、ルーチェのつま先から伸びた氷が眼前まで迫るが問題なく破壊する。

 

 着地の隙間を狙って剣を振るっても、それは容易に回避された。

 呼吸を整える暇もなくインファイトを仕掛けてくる。見切れないが、見切れない分は()で対処する。一撃二撃程度は貰うのも勘定に入れてとにかく受け流す。

 

 数十は打ち合い、僅かな息切れを見計らって後ろへと下がる。

 

「……ほんと、似た者同士だな」

 

 指抜きグローブと同じ形状のメリケン氷、そして足に纏ったスリムな氷鎧。

 遠距離戦を捨てた超近距離戦特化。扱う武器が違うだけで、俺とは相性が良いようで悪い。

 

「私の氷はね。どれだけ凍らせても、どれだけ固めても壊れるの」

 

 さっきのやり取りでほぼ毎回破壊していたのだからそれは理解している。

 生成速度が恐ろしく早く、ほぼタイムラグ無しで氷を生み出している。しかも鋭く、人間の身体程度は容易く貫通できる硬度。

 

「母様とは似ても似つかない魔法性質。

 絶対に凍らせて固める氷に、中途半端に水が混ざり込んだ結果よ」

「ゆえに薄氷(フロス)か」

「そう。幾ら固めても無駄なら、最低限の値をとにかく上げて────何度でも作り直せばいい」

 

 胸の前で拳を合わせ更に鋭さを増す。

 殺傷力高すぎないかそれ、出来るだけ苦しむような設計になってる気がするのは俺だけだろうか。目が笑ってないのに口元が微笑んでるのが恐ろしい。

 

「無粋だったな。謝ろう」

「気にしてないわ。今は私の事だけ見てくれるんでしょ?」

「今ばかりは、お前しか見えないさ」

 

 ていうか気を抜いたら一発でヤられる。

 身体強化の精度と格闘戦の技術が鬼高い。かつての英雄の記憶でも、最強とまでは言わないがそれなり以上の強さだ。今の俺では手を抜くは愚か普通に負ける可能性がある。

 

「……もっと」

 

 ぐり、と拳を握り締める音が聞こえた。

 

「────もっと早く……」

 

 喜びと悲しみが混じった浮かべた表情で突っ込んでくる。

 こ、怖ェ~~~~。さっきは数発喰らう事すら想定するとか言ったが、これは無理だ。勿論耐える事は出来るだろうが、一発喰らってしまえば喰らった瞬間にラグが発生する。

 

 消耗を待つか。

 常に全力で動くのは疲労を招くし、先程のように一息吐くタイミングがある筈だ。

 そのタイミングを狙って一撃入れる戦法ならば……

 

『こんなに楽しみなの、初めて(・・・)よ』

 

 脳裏に浮かんだ先程のルーチェの言葉。

 楽しみ、楽しみか。それは俺を殴れるからか。それとも、ルーチェ・エンハンブレのみを見ると言ったからか。

 一体何を以て楽しみだと言ったのだろう。ルーチェはこの戦いの何を楽しんでいるのだろうか。

 

 俺の何を期待して、楽しんでいるんだ。

 

「────ああ、くそ」

 

 ルーチェの拳に合わせて剣を振りかざす。

 鍔迫り合いのような形になり氷を削る傍から生成していくのでどんどん冷気が周囲に散らばっていく。諸刃の剣すぎるだろ、お前。自分にだって影響あるだろ、その魔法。

 

 一度互いに離れて、再度()戟を繰り返す。

 

 戦うのは好きじゃない。

 出来る事なら安全圏からチクチク攻撃を入れて、痛い思いをしないように立ち回りたい。こんな真正面からやり合うのは俺の性分じゃないんだよ。

 

 この学園に来てから自分を捻じ曲げてばかりだ。

 自分を曲げるのは嫌いだった筈なのに、気が付けば自分にとって不利な事ばかりやっている。天才共と渡り合うために磨いた技術と肉体はそれに耐え得るかどうかなんて気にせずに、正面から受けて立とうとしている。

 

 英雄なんて呼ばれて驕ったか。

 俺はそんな大層な人間じゃない。

 

 どいつもこいつも真っ直ぐ生きやがって。

 俺が否定したかった生き方を肯定してくる。こんな辛い道を歩まなくたって、弱いままでも良かったというあり得たかもしれない未来を。

 

 歯を食い縛って、光芒一閃を幾度となく振る。

 

 俺の八年間に対し、拳の連撃で対応するルーチェ。

 わかってる。俺の八年間の密度を通り越していくのが才能だ。散々味わって来たし、これからも沢山舐めさせられる。

 

 お前の努力だって理解してる。

 今この瞬間、互いに叩きつけ合う威力が物語っている。

 魔祖十二使徒から授かった剣と俺の八年間を叩きつけているのに、一方的に押し通す事が出来ない。

 

 悔しい。

 悔しくて堪らない。

 

 こんな風に思う事が俺らしくない筈なのに、とにかく悔しくてしょうがない。

 

 お前もそうなんだろ、ルーチェ・エンハンブレ。

 

「――――はぁッ!」

 

 一喝と共に踏み込み、回し蹴りを放ってくる。

 鋭さも速さも十分だが拳ほどの脅威ではない。屈んで避ければ――――待て。

 これはブラフだ。さっきの氷を思い出せ、ただ鎧として出すだけではなく攻撃の延長戦として扱える。

 

 俺ならば、どうするか。

 

 僅かな思考の直後、つま先目掛けて剣を振る。

 氷を発生させてくるのならば発生する前に破壊してしまえばいい。無論生み出してくるだろうが、攻撃を防御するという本命は達成できる上に運が良ければダメージも期待できる。

 

 剣と蹴りがぶつかり合い砕けた氷塊が飛び散る。

 

 刹那の合間に交わした視線。

 何を考えているのかはわからないが、何を思っているのかはわかる。

 

 楽しいか。

 

 楽しめてるか。

 

 俺はお前の期待に応えられているか。

 

 砕けた氷が冷気を周囲に撒き散らす。

 少しずつ下がり始めた温度による寒気を無視して攻防を繰り返す。

 吐息も互いに白くなった。手が僅かに悴んでいる。

 

 近距離戦闘を主軸とする俺にとっては都合が悪い。それはきっとお前にとってもだろう。

 自分が得意とする分野が、自分が手に入れたい分野と相性が悪い。だけどそれは諦める理由にはならない。お前に“薄氷(フロス)”なんて名前を付けた奴は阿呆だな。

 

 一度後ろに下がり、柄を握り直す。

 

「寒いな。凍えそうなくらい」

「そうかしら。とても暖かいわ」

 

 楽しそうで何よりだ。

 会場全てを包み込むような寒さは存在しないが、俺達二人が動ける程度の範囲を冷気が覆っている。

 確かに強い。強いが、他の魔法使いに対しては有効ではないだろう。

 

 そこそこの魔法使いであれば身体強化と格闘術でワンパン。

 それ以上の強い魔法使い相手には手も足も出ない。

 

 そういう相性だ、これは。

 

 少なくともバルトロメウスのようなバカげた魔力を保有する奴が全開で放った魔法に対しては成すすべがないだろう。

 

「汗を冷やすと良くないぞ。病気の元になる」

「失礼ね。それくらいどうにでも出来るわよ」

「……そういえば今更なんだが」

 

 これは非常に今更なのだが、言わねばならないような気がする。

 この雰囲気をぶち壊すのは完全に理解しているが、それでも言わねばならんだろう。友人として、これを見過ごしていいものか。

 

「…………? なに」

「お前パンツ全開だぞ」

 

 なぜスカートの下に何もカモフラージュを履いてこないのだろうか。

 俺はほとほと困ってしまった。かかと落としの際はそれどころじゃなかったが、回し蹴りの時にバッチリ見えてしまった。黒だった。喧しいわ。

 

「おっと、これは事故だ。お前が履いてこないのが悪いのであって俺は悪くない。少し背伸びしてる感じはあるが、魔法と戦闘スタイルと相まっていい下着だと思う」

「…………はぁ。なんか、細かい部分でズレてるわね」

 

 なぜ俺が呆れられるのか。

 

「気にしなくていい。今は互いに真剣勝負、水を差すのも悪いでしょう?」

「それはそうだが……後で半殺しパターンはやめてくれ。俺が凹む」

「貴方の態度次第ね。紳士に励んでくれれば言う事は無いわ」

「やれやれ。手に負えないお姫様は一人でいい」

「じゃあ丁度いいじゃない。今は()()しか居ないのよ」

 

 コイツ……

 ほんと素直じゃないな。

 

「まあ、我儘な女性は嫌いじゃない」

「私も紳士が好みなの。相性いいんじゃないかしら」

 

 あーあー。

 会場に声が響いてない事を祈りたいが、これ全部聞こえてるだろうな。

 未来の事はいつも通り未来の俺に託す(放り投げる)事にして、霞構えで光芒一閃を持ち直す。

 

 互いに有効打は未だ入らず、小競り合い同然のやり取りをしただけ。

 本番はこれからだろう。

 

「大体あと十分。それが俺が全力で相手できる時間だ」

 

 光芒一閃の持続時間と言い換えてもいい。

 直接的に言うのはアレだが、まあ、ちょっと湾曲した言い回しをしても伝わるだろう。

 これに関してはバレてもしょうがないと思っている。後々の順位戦で不利になると思うがそれは気にしない事にした。

 

 今この瞬間だけは、この戦いしか考えない。

 

「魔法が溶けるまで一緒に踊ろうか」

「喜んで。丁重にお願いするわ」

 

 

 



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第五話

 拳と剣がぶつかり合う。

 躊躇いなく命を獲りに向かってくる氷の刃を避け、避けれない分は合間に破壊する。腕が許容の限界を越えてきたが歯を食いしばって堪える。

 

 呼吸の度に肺が痛む。

 話には聞いたことがある。寒すぎる気温の中息をすると冷え込んだ空気が息苦しさを与える。北の地方では冬の季節によくある事らしい。

 

 耳が痛い。

 露出した部位の中でも特に耳が痛む。

 風が吹き荒んでる訳でもなく、ただ純粋な寒さが身体を襲う。

 

 なのに、高揚している。

 

「────ッ」

 

 その事実を受け入れて、握る力を強くする。

 認める。俺は今この瞬間を楽しんでる。間違いなく、ルーチェ・エンハンブレとの逢引にも似た戦いに高揚してるのだ。

 

 初めて体感する極寒の息吹に晒されながら。

 

 身体を動かすのだって野暮に感じる。

 正面切って一対一、純粋なまでのぶつかり合い。魔法だの才能だのセンスだの、そんな事柄はどうでもいい。

 ロア・メグナカルトとルーチェ・エンハンブレ。この二つの存在しか舞台に登ってないんだ。

 

 砕けた氷が皮膚を突き破る。

 その痛みが意識を覚醒させ、更なる集中へと潜り込む。

 一秒が十秒、十秒が一分、一分が十分────矛盾した感覚を味わっている。

 

 言葉を交わす事もない。それすらも無粋だと、俺達は全身全霊を懸けて臨んでいるのだ。

 

 …………楽しい。

 

 戦いが嫌いだと、痛いのが嫌いだと。

 散々宣言した癖に、いまの俺はどこかおかしくなってしまった。

 ルーチェに合わせる為でもない。俺自身がこの殴り合いを楽しいと感じている。嗜虐性か、被虐性かはわからない。それでもどうしようもないくらい楽しいのだ。

 

 こんなことは初めてなんだ。

 

「ッ、は、ルーチェ!」

「なに、よッ!」

 

 右拳と光芒一閃が鍔迫り合う。

 鼻と鼻が触れ合うような距離まで顔を近づかせてから、互いの目を覗き込んだ。

 氷の細かな結晶が視線の間で光を反射し煌めいている。

 

「これがお前の世界か!」

「そうよ! ここが私の世界なの!」

 

 感情を表すように白い吐息が暴れまわる。

 

 どこまでも肌を突き刺すような極寒の世界。

 無論、火属性魔法が使えればこんな事にはならないだろう。普通の相手はこんな風になる事も無い。

 

 だが、俺達だけはこうなるのだ。

 

「良い世界だ! 芯から震えそうなほど!」

 

 寒さと辛さに苛まれていながらも磨き上げた努力を実感している。

 ルーチェの拳にも赤が混ざり始めた。生成速度が徐々に落ちてきているのだろう、光芒一閃が一度突き刺さったのが深手になっている。それでもなお、互いに止めようという気は一切なかった。

 

 口を結び、はちきれんばかりの笑みを浮かべながら回し蹴りを放ってくる。

 

 ────速い。

 この土壇場で最高速度! 

 

 腕が悲鳴を上げるのを食い縛って堪え、頬を裂きながら通過する蹴りを回避する。

 

 冷え続ける世界に閉ざされた場合、俺とルーチェにはデメリットが生まれる上に差が存在するのだ。最低限魔法が使えるのなら身体強化でゴリ押しできるのだが──俺は不可能。

 

 その内身体が動かなくなって終わりである。

 微妙に俺の方が不利ではあるが、それは相手も同じ事。

 俺よりも身体全体を動かし続けているルーチェの方が体力消費は圧倒的に上だ。

 

 頬の裂ける痛みが鈍い。

 

 感覚が緩やかに鈍くなっている。

 空気に冷やされ神経が希薄になりつつあるのだろうか。雪山で遭難した人の気持ちを味わっている気がする。

 

 まだ光芒一閃が解けるまで五分程ある。

 

 ここにきてトップスピードに至った以上、俺がこれまで通りで対応できるかは不明。

 ならば、此方も手数を増やす。

 

 一度後ろに下がり、光芒一閃の刀身に触れる。

 こっちは極めたと言える熟練度ではないが初見ならば有効打になるだろう。戦い方の癖も見抜かれ始めている頃だしちょうどいい。

 

光芒一閃(アルス・マグナ)、変形」

 

 かつての共和国にて、強大な力を持つのにも関わらず覇を唱えなかった者が居た。

 武家として長い歴史を誇り、守護という点に於いて大陸最強とすら謳われた剣技の使い手。その師範代。

 

 どれほど戦が激化しても決して自ら攻め入る事はなく、終戦するその瞬間まで人々を守り続けたと語り継がれた伝説の一人。

 

「────フェクトゥス二刀流」

 

 あの剣技には未だ届くことはなく、されど我が剣は諦める事を知らず。

 正面で交差させ待ち受ける。そりゃあ不意打ちで攻撃が来るなら未熟な剣技を使うことはないが、今回ばかりは正面からぶつかり合うのが確定している。武器の強さに任せて手数を増すのだって有効な手段だ。

 

 とにかく師匠と共に叩き込み合った剣技は未だ幾つか保有するが、その中最も洗練されているのがシンプルな一刀流。

 その次にこの二刀流なので、俺のセンスの無さは脱帽せざるを得ない。

 

 喋るたびに肺が痛み白い吐息が漏れる。

 

 早くこの苦しみから脱出したいという俺の本能も存在するが、それとは別にここから僅かな間のぶつかり合いを心待ちにしている自分も居る。

 そうさ。今だけはこれでいい。

 

 目を輝かせながら突撃してきたルーチェの拳を二刀で受け止め、上に弾き隙を発生させる。無論その反動を利用して蹴りを放ってくるのでそれに対して────俺も蹴りを入れる。

 

 二刀流の強みは何も手数だけではない。

 その軽さから派生できる体術が多い点もそうだ。特にこの流派に関しては身体強化が前提なので、とにかく汎用的にバランス良く対応できるように設計されているのだ。

 

 俺はそのうま味を利用出来ないから宝の持ち腐れ状態だが、それでもいい。

 

 初見で使うという部分に意味がある。

 

 ぶつかり合った脚が悲鳴を上げている。

 あ゛~~~~、痛ぇ。超痛ぇ。絶対折れた、確実に折れた。

 

 だが、そのお陰で集中できる。

 

 痛みを軽減するためにも思考を全て戦闘へと移行する。

 激痛奔る右足に力を入れて踏ん張って、殴り合いにも似た剣戟を繰り広げる。

 

 対応に手こずっているのかルーチェの肌に届くようになってきた。

 制服の一部が破れ、肌から血が滲み、氷に混じって空を漂う。

 

 互いに息切れが始まった。

 極寒の空気に身体が耐えきれず、徐々に体力の底が剥き出しになってきている。

 それは俺もルーチェも察していた。凡人のレッテルから抜け出せない俺と、“普通の天才”から抜け出せないルーチェ。

 

 付き合いの短さからは想像も出来ない程に俺達は深まっていた。

 

「…………とても」

 

 口の端から零れる血液を気にすることもなく、白い吐息と共に言葉を漏らした。

 

「とても、楽しかったわ」

「それは良かった。出来る事なら、次は無い事を願う」

「一回戦ったらもう用済みなの? 酷い男ね」

「言ってるだろ、俺は甲斐性無しなんだ」

 

 徐々に()まされていく熱を自覚しながら、最後の言葉を交わした。

 二刀流に展開した光芒一閃を元の形へと戻し、俺の本来の強みを活かす一刀へと変形させる。

 終わったらまた師匠に相談しなければいけない内容が増えた。やはりこれだけでは足りない、もっと外部から出力できる何かを付けなければ。

 

 これが最後の呼吸になる。

 

 一息吸い込んで、目を閉じた。

 思い描くのはかつての軌跡。ただ一撃あればいいと、自分よりも速く鋭い敵を捕らえる為の斬撃。自分から踏み込むのではなく待ち受ける事で絶対的なアドバンテージを取る最強の後出し。

 

 抜刀術。

 

 知覚する事の不可能な攻撃に対し、死の感覚を絶対的に信用する事で可能にした極地の技。

 幾度となく死の狭間を彷徨う事で磨かれた第六感を持つ人間にしか使用する事の出来ない大博打だ。

 

「…………来い」

 

 届くかもわからないような声量で静かに告げた。

 

 俺はお前を否定しない。

 言葉で告げる事なんてしなくても十二分に伝わっただろう。

 ルーチェ・エンハンブレの事を俺は信じている。何故ならば、『イイヤツ』だからだ。

 

「────来いッ!!」

 

 だからこそ、全身全霊を懸ける。

 

 俺はお前の友達だ。

 友人の駄々くらい幾らでも聞いてやる。

 互いに励まし合って傷口を舐め合って頑張っていこうじゃないか。

 

 目を見開いた。

 

 右拳にのみ氷の鎧を一点集中。

 狙いがバレバレだがそれはお互いに一緒だ。

 

 視線が交わった。

 

 刹那の交差の後に、ルーチェの姿がブレる。

 これだけに懸けて来た訳じゃない。俺は抜刀術をある程度取り扱ってきたが、真の達人と言えるかと言われればそうではない。ルーチェのように格闘全振りで鍛えて来た相手に付け焼刃で戦うのは愚策の極みだ。

 

 だが、俺は第六感を信じている。

 

 死の八年間は嘘を吐かない。

 どこまで行っても俺を支え続ける苦い思い出だ。

 

「────────」

 

 極限まで引き伸ばされた意識の中で、僅かな綻びを捉えた。

 幾度となく実感した死の狭間。この感覚だけは俺の味方であり続けるのだ。

 なぜなら────遺憾ながら、努力は嘘を吐かないから! 

 

 光芒一閃を振り抜く。

 

 劔に宿った紋章が光り輝き英雄の再来を誇示している。

 ぶつかり合った氷の鎧と僅かに拮抗し、跡形もなく破砕する。

 砕け散った氷の粒が俺とルーチェの合間で煌めいている。その華麗さに目を奪われながらも手を止める事はない。

 

 上段から振り下ろす袈裟斬りが氷の鎖を断ち切って、この世界の終わりを示していた。

 

「…………俺の勝ちだな」

「…………ええ。私の負け」

 

 丁度良くタイムリミット、光芒一閃の維持可能時間も終わった。

 白銀煌めく世界は終焉を迎える事となる。

 

 制服を断ち切る様に斬ってしまったので、その、前が全開になりそうで怖いから上着を渡す。

 俺の上着も冷え切っているので寒いだろうが見えるよりマシだろう。無論肩から勝手に掛ける事はしない。あくまで手渡しだ。

 

「羽織っておけ。じゃないとお前の上半身を全部見る事になる」

「……本当に、負けたわ」

 

 血液が流れ落ちる中で背中からゆっくり倒れ込んだ。

 医療班早く来て欲しいんだが、何してるんだろうか。空気をぶち壊すとか気にしなくていいよ。それより俺もコイツも割と死にかけだから。

 

「寝るなよ。起きれなくなるぞ」

「大丈夫よ。ロアが起こしてくれるでしょ」

「お前な……俺も疲れてる。具体的には暖かい寝床で温かいスープを飲んだ後に熟睡したいくらいには」

 

 寒すぎて感覚がわからなくなってきた。

 戦闘時特有の高揚感が無くなり、残ったのは極限の疲労感。正直立ってるのも辛いんだよ。早く助けに来てくれ、お願いします。

 

「少しは溶けたか」

「──……そうね」

 

 天井で阻まれて見る事の出来ない天を見上げながら、ルーチェは呟いた。

 

「少しばかりは、溶けたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 凍傷がヤバい。

 刀傷もヤバい。

 

 ついでに骨折もヤバいし打撲もヤバい。

 

 それが俺達二人の診断結果だった。

 二人そろって医務室のベッドに叩き込まれたのはいいんだが、ステルラがルーチェの方から戻ってこない。おい、一応幼馴染だぞ。

 

「はい、傷は全部治した。よくもまああれだけ派手に暴れたもんだね」

「俺にしてはらしくない事に戦いを楽しんでました。そこは言い逃れできません」

 

 動くようになった指先を確かめながらマグカップを受け取る。

 

 あ゛あ゛~~~~、五臓六腑に染み渡る温かさ。

 こうやって冷静になるとやはり先程までの俺はおかしかったのだ。戦いを好まず苦痛を嫌う、戦いの高揚感に身を任せるのは良くない。

 あれだけ苦しい想いを八年間も続けて一度も味わう事が無かったのにどうしてあんな風になったのか。

 

「まったく。

 本当に俺らしくなかった。

 やはり痛みを嫌い努力を憎む、それが俺のスタンス。ブレてはいけない領域でした」

「君、本当にそういうトコだよ」

「うるさいな。男を見る目の無い老人のアドバイスが役に立つかよ」

 

 氷の次は雷か、やれやれ。

 極寒の中閉ざされる感覚と対比するような焼き焦げる灼熱に身を焦がしてしまった。

 

 我儘な氷姫を溶かしたと思えば次は妖怪紫電気ババアである。

 俺の運の無さを嘆くのは俺だけだ。

 

「ふう。人生を豊かにしてくれる人は何処にいるのやら」

 

 そんな事願っても居ないのだが。

 ない物ねだりは俺の基本である。初心に帰る意味でも改めて楽しんでいるのだ。

 

「元気そうで良かったわ」

「これが元気に見えるのか。おかしいな」

「さっきの発言は確実に貴方が悪いわ。それだけは確かよ」

 

 どうやら女性陣に俺の味方は居ないらしい。

 これほどまでに紳士に務めたというのにこれだ、嫌になるね。

 

「冗談だというのに。

 たとえ俺が婚期を逃してズルズル全てを引き摺っている老人に軽口を叩いたとしてもそれは触れ合いに過ぎない」

 

 冗談だと前振りしたのにも関わらず、俺の喉が紫の雷により焼かれて話す事が出来なくなった。

 戦いは終わったはずなのに襲い掛かってくる苦痛に悶える他ない。

 

「ォ゛……ッ!」

「これも触れ合いの一つだ、いい勉強になっただろう。

 さて、お邪魔虫は退散する事にするよ。後は若い人同士で楽しくしてるといい」

 

 俺の喉を焼き切った悪魔は部屋から出ていき、苦しみ悶える俺に回復魔法をかけてくれる天使と我が友ルーチェのみが残る事となった。

 

「ありがとうステルラ。俺はお前を悪魔だの憎しみの権化だの散々な呼び名を付けて来たが謝ろう。お前は天使だ」

「え? あ、うん。天使、天使かぁ……」

「ちょっと待ちなさい。その前に貶されてるのよ」

 

 嬉しそうにはにかんだステルラを引き留めるルーチェ。

 くそっ、折角だから過去の清算を済ませてしまおうと思ったのにまさかルーチェに防がれるとは。

 

 恩を仇で返すとはこの事か。

 

「ルーチェ。お前も俺を労わらないのか、なんだかんだ言って結構尽力したんだぞ」

「感謝はしてるわ。それとこれとは話が別なだけよ」

「我儘だな」

「嫌いじゃないでしょう?」

 

 ハ~~~~。

 してやったり、みたいなドヤ顔しやがって。

 お前が美少女じゃなかったらぶん殴ってる所だ。

 

「チッ、今日はここまでにしといてやる」

「私の勝ちね。何で負けたか考えておきなさい」

「一線越えた。表出ろ」

 

 許せねぇ。

 山よりも高く海よりも以下略な心の広さを持っている俺だが、どうしても見過ごせない事はあるのだ。今日は俺の勝ちで決まりだろ。あんだけ正面切ってやり合って負けを塗りたくられては我慢できない。

 

「ステルラ。お前は俺の味方をするんだ」

「へ」

「いいえ。ステルラは私の味方よ」

「えっ?」

 

 どういう事だ。

 いつの間に貴様ら仲直りを済ませた。

 

「う、う~~ん……お灸を据えたいからルーチェちゃんの味方で」

 

 裏切りだ。

 幼い頃から約束を交わした友ではなく……新しく出会った友人を選ぶのか……ステルラ……

 

 俺は悲しい。

 

「ハァ……もういい。俺は深く傷ついた。そっとしといてくれ」

 

 折角苦しい想いをしてまでやったのにこれだ。

 やはり努力はクソ。人生楽観できる程度が一番幸せなのである。

 

 あーもーいじけた。今日は何もしない日に定めた。この後は何もせずに家に帰って寝る。それ以外勝たん。

 

「まあ、感謝の印と言ってはアレだけれど。今日の夕飯の予定はある?」

「ない」

「なら私の家に来なさい。少しくらいは作ってあげるわ」

 

 おお、ルーチェ。

 やはりお前はイイヤツだ、よくわかってる。

 

「ウェッ……」

「どうしたステルラ。なにを呻いている」

「い、いや……なんでもないヨ」

 

 どこか遠い目をしているステルラを鼻で笑いながら勝ち誇った顔をするルーチェ。

 

「ぐぬぬ…………ロア!」

「なんだ」

「明日泊まりに行っていい!?」

「急すぎないか?」

 

 頬を赤く染めながらヤケクソ気味に叫ぶ幼馴染の姿に少し恐怖を抱きつつも別に断る事では無いと思う。

 しかし待て。俺は現状ルーチェの家に上がり込んだり家にステルラを連れこんだりと世間的に見てヤバい男に変貌しつつある。しかも俺の家には堂々と不法侵入してくる妖怪だって湧くのだ。

 

「まあいいぞ。飯代頼む」

「……こういう部分よね」

「……こういう部分だね」

 

 何故か二人揃って溜息を吐いた。

 つい先日までめっちゃ嫌ってたくせに一体何をどうしたらこんなに息が合うのか俺にはさっぱりだ。

 

 やはり女心の理解は何よりも難しく面倒くさいと改めて実感した。

 

 





 


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幕間

 

 ルーチェとの激戦を終えた翌日、昼。

 俺を見る目が少しずつ変わりつつあることに恐怖を抱きつつも平常運転、授業も真面目に受けて昼飯を食べようと言うタイミング。

 

 俺は絶望した。

 鞄の中身が妙に軽いとは思ったのだ。

 昨日の夜は結局ルーチェ宅でご馳走にはならず、家に帰って一人で飯を食った。回復魔法で治療された後は妙に腹が減る。全員同じなのだろうか。

 

 昨日の夜一杯食べて、昼飯分は用意した筈なのだ。

 

「神は死んだ。アル、俺はこれより幽鬼になる」

「突然なんだい」

 

 悲しみを抱いている。

 昼抜きか。すっかり金は無くなっているので(元々ない)買うこともできず俺は無賃昼食をせねばならない。今だけは都会の発展性に怒りを目覚めさせた。

 

「ここが山だったら良かったのに」

「何言ってんのよ。……どうしたの」

 

 おおルーチェ。

 俺の味方はお前しかいない。

 

「この哀れな羊に食料を恵んでくれる方は居ませんか。報酬はない」

「……お弁当忘れたのね」

「そういうことだ。頼むルーチェ、俺にはお前しかいない」

 

 呆れるような顔をした後に、一度溜息を吐いてから席に座った。

 

「少しくらいなら分けてあげる。嫌いな物はある?」

「特には無い」

 

 正直腹が減ってしょうがないので何でもいい。

 少なくとも俺が食べていた味のしない野草サラダよりはマシだ。本当に二度と食べたくない。肉は焼けばまだ味わえるが本当に野草サラダはダメだ。毒に当たるし。

 

「肉をくれ。肉さえあれば夜まで何とかなる」

「普段の食事はどうしてるのよ」

「師匠が置いてく食材をやり繰りしてる」

 

 あの人三日に一度は来るんだよな。

 暇じゃない筈なのだがかなりの頻度でやってくる。子離れ出来ない親みたいなもんだと思っているが、なんだかんだ言って変なことはして来ないので俺も許している。

 

 ていうか何年間も一緒だった所為で隣に居ないのが違和感ある。

 

「……ふぅん」

「おやおや」

「殺すわよ」

「僕まだ何も言ってないよね? やれやれ、これだから恋す」

 

 アルが余計な事を口にしようとした瞬間、ルーチェとアルの身体がブレた。俺との戦いを経て身体強化が更に一歩上に踏み込んだのか知らないが、俺の時より早くないか。

 顔面から吹き飛んで壁に叩きつけられたアルは流石に死んだかと疑うほどの損傷だった。

 

「アル……うそだよな」

「死んだわ」

 

 洒落にならん。

 

「冗談よ。ちゃんと蘇生出来る程度に留めてるわ」

「本当に大丈夫なのか……?」

 

 少しだけアルの遺体(死んだ訳ではない)を観察していたら、名状し難い変化を遂げていた顔がメコメコ治療されていく。微妙に肉の質感とかがあって非常に気持ち悪い。

 

「……ふう。いやぁ〜、普通に殺す気だったよね」

「死なないでしょ。そういう風になってるんだから」

「アハハ、よくご存知で」

 

 へぇ。

 自己治療、それもかなり高度なレベルじゃないか。

 だからお前毎度毎度挑発してたのか。耐久力を底上げするつもりだったのか……いや、違うな。

 

 単にアルの性根が腐ってるだけか。

 

「いいパンチだ。僕の家で雇ってもいい」

「本当に殺すわよ」

「おいおい、仮にも友人だろ? ロアとはあんなにも熱烈な逢引をしていたのに僕はスルーか」

 

 ギリっと歯軋りをする音が聞こえた。

 触らぬ神に祟り無し、だったか。俺は殴られたいわけでは無いのでここは黙っておく。

 

「……否定しなさいよ」

「うん? 何をだ」

「私とアンタの、その…………」

 

 ……これはアレか。

 自分で否定してもいいが、それはそれとして『強く否定した場合相手はどう思うのか』を想像した結果か。根がいい子過ぎるルーチェと根がヤバすぎるアル。水と油だな。

 

「確かに俺たちはデートをした」

「君、そろそろ背中に気をつけた方がいいんじゃないかな」

「何故だ。別に恋愛関係でも無いし、女友達と二人で遊びに行くのは広義的に見れば逢引と言われても否定できない」

 

 完璧だ。

 敢えて否定しない事でルーチェ自身の気持ちを傷つける事を緩和し、だが『そういう関係』では無いとアピール。だが女友達と明言する事で『女性としての気持ち』を否定する事がない。

 

 フ、俺の完全なる頭脳がまた一つ正解を導いてしまったな。

 

「な、ルーチェ」

「……それもそうね」

 

 どうやら俺の意図を汲んでくれたようだ。

 その理解力の高さ、やはりお前は優秀だよ。

 

「さ、俺に飯を恵んでくれ。こんなにも腹を空かせた男がいるのに無視するなんて酷い事はしないよな」

「やっぱりやめとこうかしら」

「頼むルーチェ、お前しかいないんだ」

 

 アルが呆れた顔をしているが、今の俺はそれどころじゃ無い。

 死活問題なんだ。もう空腹の感覚を味わいたく無い。極限状態で食料しかない、生き物を殺すことに抵抗がある最初の時の話だ。

 

 あの頃は命ある存在を殺すという事に忌避感があった。

 

 自分が殺されかけたからなのかもしれない。

 右腕が無くなった喪失感と激痛を想像できてしまうから、そして自分が痛めつけられて苦しむ感覚を理解しているから。他人にそういう部分で投影してしまったのかもしれない。

 今となってはそんなこと無く、余裕で動物を殺せる。進んで殺しはしない。

 

 自分が死ぬくらいならば相手を殺す程度の気概は持ち合わせている。

 

「わかったわよ。ほら、口開けなさい」

 

 マジか。

 これが俗にいう『あーん』って奴か。

(俺が動けない状態で)師匠にされた事はあるが、あれは看護みたいなモンだ。これは愛情全開の青春ムーブ、憧れてたんだよ。

 

「んが」

「……はい」

 

 ルーチェは少し恥ずかしがっているようだが、俺に恥じらいは存在しない。

 街の往来で師匠にボコされ、あらぬ噂も立てられ、学園に通う同級生たちの目の前で堂々とクッサイ台詞を吐いて戦ったのだ。もう何も恐れるものは無くないか。

 現状師匠が養ってくれてるし捨てられる心配もまあ無い。

 

 俺の将来……安泰じゃないか。

 

 なんだ、何も心配する必要はなかった。

 

「んももんも、美味いな。毎日食べたい位だ」

「まっ……そう」

 

 チョロいぜ。

 

 そんなに単純では将来的に変な男に引っ掛かりそうで俺は心配だ。

 お前は心優しい人間なんだから同じような優しさを持った人間と結婚するべきだと思う。

 

 だがここで一つ考えて欲しい。

 俺はマジでヒモみたいな扱いを受ける事を望んでいるのだが、もしかするとルーチェも許してくれるのではないだろうか。俺の明晰な頭脳がそう囁いている。

 

 ルーチェ・エンハンブレは割とダメ男に優しい。

 

「俺に弁当を作ってくれ。頼む」

「はぁ? …………う、うーん……」

 

 押せばイケるな。

 これで許されることがあれば夢の生活に一歩近づくことになる。

 極力自分で頑張る必要のない部分を増やす事で自堕落な生活に一歩近づく事が出来るのだ。その重要性がどれほどのモノか、わからない人はいないだろう。

 

「お願いだ。俺にはお前しかいない」

「あっ…………」

 

 アルが何かを察した。

 俺の予感が告げている。今、ロクでもない事が起きると。

 このパターンは前にもあった。渦中の人間ではないが絶妙に面倒毎になる人間がやってくるのだ。つまり今回俺の後ろにいるのは────

 

「え、え~と……ア、アハハ。ごめんね、私空気読めてなかったみたいで」

 

 クソ面倒くさい事になった。

 今の現状を説明すると、弁当を忘れたデートをしたと発言している男に飯を恵んでいる女(ルーチェ)と同じ門弟でありながら幼馴染であり浅からぬ関係を持った女(ステルラ)の間に挟まれている俺(ロア・メグナカルト)。

 完全にダメな奴だろ。

 このままだと更に変なレッテル貼られてしまう。それだけは避けたかった。

 

「待て落ち着け。俺は友達と話しているだけだ、誤解するな」

「ロアには私しか居ないんでしょう?」

 

 あ゛~~~~~! 

 この女ァ゛~~~~!! 

 

 勝ち誇った笑みを浮かべるな。

 このままでは名誉を失う。更に敗北まで付与されてしまう。

 

 ルーチェはステルラと俺にそれぞれ優越感を得ているし、ステルラは打ちひしがれている。

 

 俺が自堕落な部分を持っていると知られるのは一向に構わない。

 何故なら事実だから。それを理解して甘やかしてくれる師匠みたいな人が居るのを知ってるから俺は“待ち”の姿勢でいいんだ。寧ろこれまでがおかしかったんだよ、頑張り過ぎたんだよ。もっとのんびりするべきなんだ。

 

「フ…………僻むな僻むな。俺は二人纏めて相手する(飯代を貰う)程度の気概はあるぞ」

「絶対別の意味が含まれてるよね」

「同意するわ。コイツがそんな簡単に言う訳無いもの」

 

 チッ、察しのいい連中だ。 

 だが親しい人間にしかバレないと確信してる。

 なんだかんだ言いつつ学園では猫を被っているのでまだ本質が見えてないと信じている。

 

「まあお弁当くらいなら作ってあげるけど?」

「流石だルーチェ。おかずは肉多めで頼む」

「バランスよく食べないと身体を悪くするのよ」

 

 お前は母親か。

 やっぱり格闘技とか学んでいるだけあって身体が資本、しっかりしている。

 俺だってそれなりに考えてる。けどホラ、野草とか食って毒って死にかけてとか繰り返してたし今更って感じがするんだよ。

 

「でも俺は年頃の男だ。肉を食べたいのは道理じゃないか、お前もそう思うだろうアル」

「とんだキラーパスなんだよね。それはそれとしてお肉は美味しいと思うよ」

 

 野菜も悪くはない。

 でもやっぱ肉なんだよ。

 

「だからルーチェ、その控えめな肉団子を俺にくれ」

「とんでもなく図々しいわね……」

「頼れるのはお前(とニ、三人)しかいないんだ。日銭を稼ぐ事すら出来ない俺に情けをくれ」

「働くの面倒くさいだけだよね。知ってるんだから」

 

 ステルラが余計な口を挟んで来た。

 

「いちゃもんつけるな。そこまで言うなら誠意を見せてもらおうじゃないか」

「…………??」

「誠意……?」

 

 ルーチェが何言ってんだこいつみたいな顔をしてみてくるが、ステルラは俺の話術に嵌まっている。

 

「そうだ。俺の昔の夢は何だ」

「えーと、学者さん?」

「合ってる。痛いのも嫌いで苦しいのも嫌いで努力が大嫌いな俺が何故ここまで頑張ったと思う」

「え、え~と……男の子のプライド?」

 

 シンプルに頑張った理由は100%ステルラの為なんだが、自分から言うと恥ずかしいのでそういう事にしておこう。

 

「俺の男のプライドを刺激したのは誰だと思う」

「…………し、師匠かな~アハハ」

「たわけ。お前だバカ」

 

 若干頬を赤く染めながら小さく顔を扇ぐステルラ。

 

「俺の人生を左右したのは俺だが、きっかけを与えたのはお前だ。

 つまり俺はお前から対価を徴収する義務があり、お前は俺に対価を与える義務がある」

「何言ってんのよコイツ……」

「黙っててあげなよ、今照れ隠しの途中なんだから」

 

 外野が何か言ってるが、今の俺達には聞こえてない。

 いや~我ながら完璧な理論だな。今の話題を誤魔化す事も出来るし、その上ステルラに甘える事ができる。何から何までやられると屈服した感じがあって嫌だが、手作り弁当とか貰うのは青春イベントの一つだろ。

 

 護身すらも同時に熟してしまう俺の実力が恐ろしいぜ。

 

「……それって要するに、私の為に頑張ったって事だよね」

「勘違いするな。俺は確かにお前に負けない為に頑張ったが、それは俺の為であり自分自身で決めた事だ。でもちょっとくらいは頑張った褒美が欲しいからお前につけこもうとしてるだけであってだな」

「今自白したわね」

「自白したね」

 

 うるさいぞ。

 

「わかった。今日泊りに行くね」

「待てステルラ。今の話の流れでそれはマジでまずい」

 

 まだ修正が可能だ。

 落ち着いて考えろ、俺。

 

「晩飯、そうだ晩飯にしよう。久しぶりに二人でご飯食べよう、そうしよう」

 

 なお、そのお金はステルラに出してもらう模様。

 流石の俺ですら情けないと思ってきたが、でも自分で働いて日銭を稼ぐのはもっと面倒くさい。

 俺自身にレッテルが貼られる事より実務労働する方が嫌なので俺は損得考えて切り離したわけだ。こういう論理的な思考こそが将来的に大切になると俺は学んだ。

 

 なぜ飯をたかろうとするだけでこんなに苦労せねばならないのだろうか。

 正直憤りすら感じている。

 

 頑張った対価がこれだ。

 

「ハ~ア、やっぱ努力ってクソだわ」

「今の一瞬で何を考えてたのかな」

「世の不条理さを嘆いていた。俺に優しく出来る世界であって欲しい」

「よっ、ヒモ男」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 誰がヒモ男だ。

 ただ自堕落で面倒くさがりで誰かに養ってほしいだけで、俺は別にヒモじゃ……ヒモ……じゃん……何も言い逃れできねぇ。

 なんだ、既にヒモ男だったのか。もう何も気にしなくていいな。

 

「名誉は師匠が守ってくれるし養ってくれる。

 ステルラもルーチェも居るし、俺はその言葉を否定する理由が一切なかった。ハハハ、俺の勝ちだな」

「…………はぁ、何でこんなのを……」

「あ、あはは。ロアらしいよね、うん」

 

 呆れるな。

 俺は元通りになっただけ、ステルラに勝つという目標は未だ消える事はないがそれはそれというだけだ。

 

「昔からこんなんなのに八年間も山に籠ってたの?」

「そうなんだよね……いざって時は凄いからさ」

 

 何か二人揃ってコソコソ話してるな。

 地味に聞こえないが、まあいい。

 

「君、いつか女性関係で手痛い目見ると思うよ」

「何故だ。俺程誠実な人間が他にいるか」

「ウ~~~ン……一連の会話の後にそう言える精神は類をみないかもね」

 

 あんなに友人のために身体を張って頑張れる奴もそうそう居ないぞ。

 

「まったく。世の人間は瞳が曇っている」

「君のフィルターはどうなってるんだろうね……」

 

 心底呆れる声を出したアルに苛立ちを一瞬覚えたが、俺は心が広いからな。

 即手を出すルーチェと違って、俺は言葉での平和的解決を好むのだ。

 

「で、課題はどんな感じかな? 魔祖十二使徒第二席門弟ヒモ男のロア・メグナカルト」

「お前表出ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みにアルをしばき、放課後。

 約束していた夕食まではやや時間があるので校内の魔法行使専用部屋を一つ使い復習に勤しんでいた。

 

「駄目だわからん」

 

 自分の魔力の渦巻きとか一切理解できない。

 ただでさえ感知能力がゴミカスなのに、魔力量そのものがゴミカスなのでマイナスとマイナスを掛けてマイナスになった最悪の結果である。なーんにも感じ取れない、祝福くらいしかわからん。

 

 師匠にやられすぎて自分の魔力が完全に分からなくなったのかもしれない。

 

 光芒一閃や最上級魔法の高まりは感知できるが、それ未満となると相当厳しくなる。

 魔法使用できる気がしません。落第しますこのままでは。

 

「せめて魔力を感知して身体の中で操る感覚さえ掴めれば早いんだが」

 

 適当に祝福を起動する訳にもいかない。

 あの人は魔力量はそれなり以上にはあるが、それは百数年の研鑽の結果だ。元々の魔力量は大したものじゃないし改造された結果なので、さしもの俺としてもソコはデリケートに扱いたいのだ。

 

「ンガ~~~~、どうしようもない。才能ないセンスない」

 

 今ばかりは呪いを吐く事しか出来ない。

 魔法は出ないしね。

 

 仰向けに倒れ込んで右腕を真っ直ぐ挙げる。

 唯一の魔法行使が出来るとすれば右腕からだろう。光芒一閃を顕現させるのは何時も右腕だし、一番魔法の行使に慣れていると言っても過言ではない。

 

 せめて魔力を打ち出す感覚を理解したい。

 

「……焦っても仕方のない事だが」

 

 分かっている。

 かつての記憶とロアの記憶。

 この二つからも努力は際限ないモノであり、俺達は急速に育つ才能を有してないと理解している。

 

 焦燥はいくらでも襲ってくる。

 

 それから逃げたいが為にひたすら自堕落に生きて行きたいのだ。

 

 ガシガシ頭を掻いて誤魔化してから立ち上がる。

 

 嘆いても仕方がない。

 我武者羅にやるしかないのだ。

 それが人生なのだから、面倒くさくてしょうがない。

 

 溜息と共にやる気を少しずつ放出しながら、日が暮れるまで鍛錬を続けた。

 約束にはギリギリ間に合ったのでヨシとする。

 

 今日も一日、何の進捗も無い素晴らしい日だった。

 

 

 

 





 現在表紙にも設定させて頂いているイラストを此方に。

 
【挿絵表示】


 あらすじにもありますが、碑文つかささん(@Aitrust2517)様に書いていただきました。
 こんなにいいイラスト頂いていいのかって感じですね。正直めっちゃビビってます。

 これも皆さまから感想等応援のメッセージを頂けるから続けられます。
 本当にありがとうございます!!

 


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三章 星火燎原
第一話


鬼☆難産


「やあロア。元気にしてたかな」

「出たな妖怪」

 

 出会い頭の挨拶にしては激しめのコミュニケーションを味わいつつ、俺は読んでいた本に栞を挟んだ。

 

「お腹空かせて無いかと思ってね。予定が空いたから馳せ参じた訳だ」

「ふっ。俺だって何時までも孤独ではない。新たに出来た友人が食事を恵んでくれました」

「……甘やかしすぎたかなぁ」

「い~いじゃないですか。俺は今の生活を気に入ってますよ、何故ならとことん楽できてるから」

 

 流石に一週間ほど前に食料が切れた時は焦ったが、それはそれとしてルーチェとステルラに強請る事で事なきを得た。エプロン姿で料理を作ってくれる幼馴染の姿が見れただけでここまでの苦労が報われたような気がした。

 

 ステルラの為に頑張って来たんだからステルラにも身体張って貰わなきゃな。

 

「全力で介護されるの最高。

 もう俺元に戻れません。これも全て師匠の教育の賜物です」

「人に責任を擦り付けるな。まったく……」

 

 溜息を吐きながら無駄に豊満な胸を強調している。

 惑わされんぞ。俺は同世代の女の子の魅力に最近目覚め始めている。今更百数歳の身体につられると思うなよ。異性に甘やかされるという点で喜ぶのではなく、他人が俺に労力を使用しているという事実に喜んでいるのだ。

 

「……まあ、君が楽しそうでなによりだ」

 

 少しだけ憂いを帯びた顔で呟きながら俺の足元に座った。

 

「ルーチェ嬢の事は知っていた。彼女の異名の由来も、その魔法特性も、入学した理由も」

「教えてくれれば良かった……とは言いません。多分、誰かに聞いていい領分では無かった。直接話し合って、クソ面倒な事にバトった結果仲が深まったんだから俺から言う事はありません」

 

 チョロい所がネックだ。

 あのままでは悪い男に騙されてしまうだろう。

 

「さっきも言いましたが、俺は今満足している。そこに関しては誰にだって文句を言わせるつもりはない」

「…………そうか。ありがとう」

 

 何のことだか。

 長生きしてるのに繊細すぎるんだよ。

 もっと大雑把に、魔祖と同じくらいにはなって欲しくないが無礼にならない程度にあっさりして欲しい。

 そんな所も師匠らしいんだけどな。

 

「で、だ。実はお客さんが来てるんだ」

「面倒ごとの気配を察知した。こんなところに居られるか! 俺は学園に帰らせてもらう」

「今日は休校日だ。ステルラもルーチェ嬢と遊びに行っているから君を守る存在はいない」

「師匠。俺には貴女しかいません、どうか守ってください」

「その清々しいまでの保身っぷりが君らしいよ」

 

 ダメだ効かねぇ。

 ルーチェやステルラだったらこれで俺を助ける側に回るかもしれないのに一抹の希望すらない。鬼! 悪魔! 紫電気ババア! 妖怪! 

 

「この樹木!」

「ふんっ!」

 

 しまった、声に漏れていた。

 ベッドの上で痙攣する不気味な生命体へと成り果てた所で、師匠が一度玄関まで歩いて行った。そのまま帰宅してくれ、今家主は……あれ。家主って俺じゃなく無いか。家の金支払ってるの師匠だぞ。

 

 なんてことだ。家主ですらないじゃないか。

 そこら辺の届け出どうしてるんだろうか。血縁者じゃないけど扶養扱いか。

 

「待たせたね。ホラ、これがロアだよ」

「あ、ああ……世の中には色んな愛の形があるからな。アタシは否定しないぞ、うん」

 

 なんとか首を動かしてみれば赤い髪を一つ結びで垂らす女性。

 はきはきとした顔のパーツが彼女自身の明るさを示すように、俺の記憶の中にあるこの女性はとても常識人でマトモな人間だった。

 

「す、紅蓮(スカーレット)……」

「おっ、知ってるのか! そうそう、アタシは第三席の紅蓮(スカーレット)で…………なあエイリアス。これ本当に大丈夫か? 泡吹いてるけど」

「演技だよ。彼の電撃耐性に関しては相当なモノだ」

「少しは心配してくれてもいいじゃないですか」

「心配はしてるさ。ロアが将来背中から刺されないかと」

 

 未来の俺は多分どうにかするからどうでもいいんだよ。

 普通に考えてベッドで痙攣する人間放置するか? どうやら常識が根本から剝がれてしまったらしいな。

 ロア・メグナカルトは激怒した。必ずかの邪知暴虐なるエイリアスを叱らねばならぬと決意した。何回激怒すればこの怒りが収まるのかは一切分からないものとする。

 

「どうも。ロア・メグナカルトです」

「大丈夫なのか? 一応回復魔法かけるぞ」

 

 はい、この格の違い。

 かつての大戦で英雄パ初期メンバーの感性は伊達じゃないな。見下すわ暴言は吐くわ普通に人を殺す魔祖を英雄と二人がかりで矯正した手腕は流石といったところか。

 

「最高です。うちの師が常識無くてすみません」

「あぁ~~……似た者同士だな。うん、らしくていいんじゃないか」

「本当にそう思ってるのか??」

 

 ハッ。

 幾ら常識人ムーブしようが無駄だ。

 こんな完全体聖人みたいな人間がやってきてしまったんだからな。仮初の聖人は地に堕ちてその皮を剝がされる時が来たんだよ! 

 

「メグナカルトくんも聞いてた通りだなぁ。何で“英雄”って付けられたのかわかる気がする」

「冗談はよしてください。俺のどこが英雄なんですか」

「なんだかんだ全部やり通す所とか……」

 

 なんだと…………

 俺の最低限のプライドが英雄と呼ばれる所以だと。

 嘘だ、そんな筈はない。記憶の中の英雄はこんな情けない事一度も言ってない。

 

「だからそう思ってるのはエミーリアだけだ。彼の精神性はそんな弱っちいモノじゃない」

「い~~や、アタシはそうは思ってないぞ。表に出さなかっただけで辛かったに決まってるじゃないか」

 

 満点満点アンド満点。

 え、こんなに理解してくれてる人が居るのに英雄の記憶では存在感が薄い……何故だ。最初期から一緒に居るのに他のメンバーが濃すぎるのだろうか。

 

「メグナカルト君は吐き出しまくってるけど案外こんな感じだったかもしれないだろ? な!」

「俺もそう思います」

「ぐぬぬ……」

 

 俺達三人の中じゃ師匠が一番英雄との付き合いが短いんだ。

 俺達二人に解釈バトルで勝てると思うなよ。……ていうかあの人、ある期間を通り越してから本当にバケモンみたいな精神性に進化したからあながち間違いでもないんだよな。修行中とか俺がドン引きする位苦しくて辛いと思っていたし、何で自分がこんな風にならなきゃなんて呪詛も心の中で振りまきまくってた。

 

 ある意味二人とも正解か。

 

「それで何用ですか。とりあえずお茶くらいは出しますよ」

「あ、お構いなく。そんなに長居するつもりじゃないしな」

 

 これだよ。

 図太くなく、相手の事も気遣う上で自分の用件を的確に伝える。

 これが本当の年長者ってヤツじゃないだろうか。な、エイリアス。俺はそう思うぞ。

 

「端的に言うと、アタシの弟子に会って欲しいんだ」

「お弟子さんですか」

 

 俺はカウンセラーじゃないんだが、一体何を期待されているのだろうか。

 

「構いませんけど、急に戦うとかはナシですよ。俺は痛いのも苦しいのも嫌いだし努力だって極力したくない」

「おおぅ……話に聞いていた通りだ。これでいざって時にやるんだろ?」

「まあ、そういう事だ。だからタチが悪い」

「おい妖怪」

 

 溜息と共に呆れを示された。

 解せねぇ。俺のプライドをズタズタにした主犯(ステルラ・師匠)癖に被害者ヅラしてやがる。被害者を名乗っていいのは俺だけなんだが。

 

「どんな人なんですか、そのお弟子さん」

「ん~~、すっごい極端な言い方をするとインドア派」

 

 俺の仲間じゃないか。

 逆になぜもっと早く紹介してくれないんだ。

 陽キャより陰キャ、俺達は惹かれ合う運命にあるんだよ。

 

「まあ会ってみればわかるさ。ていうか呼んであるんだ」

「えっ。これでもし会いたくないって言ってたらどうしたんですか」

「そんなこと言わないだろ?」

 

 眩しい。

 陽のオーラをひしひしと感じている。

 こんなにも自分の心が醜いと思わされたのは随分と久しぶりの事だった。嫉妬の炎が常に渦巻く俺の精神だが、より鮮烈な輝きに対抗する事は出来ないのである。

 

「いや、まあ、はい。別に構いませんよ」

 

 いかん。

 周囲の人間が回りくどい奴らばかりだったから直接的に言葉を伝えてくることに対して耐性がない。顔に出ないように訓練してて良かったぜ。

 

「おーい、ルナ!」

「…………お邪魔します」

 

 俺の寝室なのだがナチュラルに侵入してきた事についてはまあ気にしない方にする。同年代の異性に見られて困るものは一つもないからな。ステルラとルーチェを招待した時に色々漁っていたみたいだが残念だったな。

 

 俺は自分の敗北に繋がる要因を極力身の回りから削減している。

 マウントを取っていいのは俺だけだ。他の誰にだって取らせねぇ……! 

 

 そんな俺の思考は置いておいて、ルナと呼ばれた人は静かな所作で扉を閉めた。

 

 キョロキョロ部屋内を見渡してから、俺に一礼する。

 人の部屋に入る時に一礼出来る時点で滅茶苦茶礼儀正しいな。この時点で好感度は連中の数倍上にランクインしたのだ。

 

「ルーナ・ルッサです。ルナでもルーナでも構いません」

「ロア・メグナカルトです。好きに呼んでください」

「ではロアくんで」

「じゃあルナさんで」

「ルナちゃんでもいいですよ」

 

 ふ~~ん。

 陰キャの皮被った陽キャだな? さては。

 俺にはわかるぞ。こんな軽快なやり取り陰キャには出来ない。俺はかつての英雄の記憶があるから何とか受け答えできるだけで、一番最初にステルラにボコされた時とか

 

『あっ……あ、ああ……』

 

 みたいな感じで呻く事しかできなかった。

 

「どうしました?」

「少々苦い思い出が沸いた。気にしないで欲しい」

「不思議な人ですね」

 

 そうだろうか。

 人間誰しも苦い記憶はあるだろう。

 

「で、何の用でしょうか。痛くて苦しいのは遠慮します」

「そんな物騒な用じゃないですよ。一つお願いがありまして」

 

 金色の髪を靡かせて、彼女は軽く告げた。

 

「英雄と認められるあなたに興味があります。お友達になりませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てな事があった」

「…………刺された方がいいんじゃないかな」

 

 何故だ。

 アルにすらそんな顔をされるのは納得いかない。ていうか俺悪く無くないか。全部魔祖が付けた異名の所為で迷惑被っているんだが。

 

「ルーチェ。おまえはどう思う」

「……知らない」

 

 めっちゃそっぽ向かれたんだが。

 えぇ~~~~。これやっぱ俺が悪いのか。

 どんだけ拒んでもグイグイ来る奴は居るんだよ。ヴォルフガングとか、十二使徒門下は常識が欠如してる事で有名だからな(当社比)。

 

「第三席のお弟子さん、ねぇ。紅月(スカーレット)と言えば学年一つ上だよね」

「ああ。先輩と呼ぶのが相応しいんだが」

「あと後輩を揃えればコンプリートだ!」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 ルナさんは戦うのが好きじゃないと言っていた。

 だが異名が存在するという事は戦った経験があり、そこで名付けられた過去がある。

 ていうか当然のように全員名前継いでんのヤバくね? 俺以外全員十二使徒の一番弟子なんだけどどうなってんだろ。デスマッチとかで決めてんのかな。

 

「結構有名だよ。この学園じゃあ特にね」

「なんかあるのか」

「うん。一回戦ったっきり一度も順位戦やってないんだ」

 

 ……なるほど。

 思っているより面倒くさい事になって来たかもしれない。

 仮に戦いたくない理由が『痛い思いをしたくない』とか『傷つけたくない』とかだったらそれはもう面倒くさい事になってくる。俺に興味がある、その言葉の意味が少し変わるぞ。

 

「訳は知らない。本人が話そうとしないらしいからね」

「やっぱり面倒事じゃねぇか。いい加減にしろよ全く」

 

 俺はカウンセラーじゃない。

 ただのヒモ男だ。解決策を持ってくるのはステルラとか周りの人間で、俺はあくまで解決される側なんだよ。

 

「……ていうか、順位戦戦わなくてもペナルティ無いのか」

「今のところは一切存在してないよ。魔法を学ぶ場所ではあるけど、今の時代は平和そのもの。ほんの数人くらいはそう言う人が居てもおかしくないさ」

 

 それもそうだ。

 今のところは平和そのものである現代、戦いたくない人間を無理矢理戦わせる必要は無いのである。思い違いをしていた、というより少し思考が引っ張られていた。良くない傾向にある事だけは確かだな。

 

「そうだな。その通りだ」

「君みたいなトラブル体質は別だと思うよ」

「越えた。ルーチェ、手を貸せ」

「嫌。汚れるし」

「君達僕の扱いが雑過ぎない??」

 

 自業自得だ。

 

「おーい三馬鹿。朝礼始めるぞ」

「誰が三馬鹿ですか」

 

 ここで黙るのは認めるみたいで癪だが仕方がない。

 ニヤニヤ笑うアルを後でボコる事を決意しつつ、件の先輩に意識を傾ける。

 

 昨日部屋で話した時に抱いた印象は、『慎ましいがジョークを話す』タイプ。

 陰キャの皮を被った陽キャである。俺はまぁ? 根本が明るいからさ、そこら辺の嗅覚は鋭いンだよね。キョドる少年ロア・メグナカルトは時代を経て陽キャに進化したんだよ。多分。

 

 読書が趣味って言っていてああいう会話を好むなら頷ける。

 

『英雄』って名前に興味を持つ、か。

 ヴォルフガングより面倒じゃなさそうでいいや。アイツ俺に負けたけど既に順位は二十位くらいだし、バカくそ強いんだよな。いい加減俺に絡むのやめて欲しい。

 

 英雄、英雄ねぇ。そんな大層なモンじゃないけどな、この称号。

 

 俺には重たすぎる。

 仲間がいたとは言え戦争を止めた魔法剣士と、魔法の一つすら使えずに誰かに手を引いてもらわなきゃ何も出来ない俺。対比するのも烏滸がましい雲泥の差だ。

 努力を重ねた事なんて何にもならない。誰だって努力してるのだから、そんな事なんの自慢にもなりゃしない。

 

 かつての英雄を知る人たちは誰も否定しないが、かつての英雄の記憶を持つ俺は否定する。

 

 俺は英雄には程遠い。

 

 これ以上の期待なんて背負ってられねぇよォ~~~~! 

 本音はこれだが。俺の両肩はそんなに耐えきれないし両手からも零れ落ちていくからさ、英雄を知る人間からすればその内落胆するような事も出てくるだろう。だって俺だもん。

 無理無茶通せる彼とは違うんだ。

 

「ハ~~~~~~……」

 

 溜息が零れてしまうのは仕方がない事だ。

 どんなに頑張っても無理なものは無理。大嫌いな努力をこれ以上重ねるのは嫌なんだ。

 

 …………でもさぁ。

 チラつくんだよな、ああいう口調でああいう事言う人。

 むかしむかーし、遠い記憶の中で一人だけ居たんだよ。

 

 因縁か宿命か運命か、神の悪戯か。

 どこまで行っても過去の記憶が付き纏ってくるのは諦めた方が良いのかもしれない。

 

 全部師匠の所為だな。

 本来の自堕落な俺を残しつつ真面目にやるよう訓練させたあの人の所為だ。そういう事にしておこう。

 

 今日の晩飯は豪勢にしよう。

 肉だ肉。高級肉たらふく食いたい。

 油乗った肉と赤身を交互に食べれば胃にも財布にも優しい親切仕様だ。俺は金無いから師匠の奢りなんだけどな。

 

 

 

 

 

 



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第二話

 入学してから一ヶ月と少し。

 現在の生活にも徐々に慣れてきて余裕が生まれる頃合いだ。無論俺は学生生活など久しく行っていないから慣れもクソも無いが、周りの人間は少しずつ習慣付いてきている。

 

 アルは順位戦を開始したらしい。

 既に一年生の中では中堅、二年生下層に挑戦してるそうだ。肉体のオーバーヒールを利用した完全物理型で狂気すら感じる戦い方だった。出来ることなら戦いたく無い。

 

 ルーチェはたまに負けてるが、それでも二日に一回のペースで順位戦を行っている。敗北しても引き摺らない強さになったのはやはり素晴らしい。俺は負けたらクソ引き摺るだろうからマジで無敗でやれる相手だけ倒してぇ。

 

 でも無敗でやれる相手とかたかが知れてるんだよな。侮辱してるとかそういう意味ではなく純粋な意味合いで、俺より順位低い相手と戦う理由は無い訳だ。

 ランキングだけで言えば推薦枠だから一年生の中では上。二年生とか上級生を倒してるバケモン共と比べれば下になる。

 

 最上位を目指すなら最上級生になるまで待って、そこからステルラを負かせばいい。

 

「フ、俺の頭脳は相変わらず明晰すぎるな……」

「突然どうしたんですか」

「未来は明るいと噛み締めているトコロです」

 

 変な人ですね、なんて言いながら本に再度目を向けた。

 現在時刻は放課後でいつも通り、俺が課題に取り組んでいる最中だ。何故か教室に襲来したルナさんが着いて来たいと言うので了承したが…………

 

「ロアくんは魔法の才能が無いですね」

「うるさいですね……」

 

 あーはいはい、無能無能。

 悪かったですゥ~~俺に才能が無くてよォ~~~。

 

「決してやり方が悪い訳ではありませんし、無駄な努力をしている訳でも無い。ですが究極的に魔力という概念に対しての理解がどうしようも無いんですね」

「俺を虐めて楽しいですか? 俺は鋼の心を持っているが許容量には限りがあるんですわ」

 

 褒めるのか貶すのかハッキリして欲しい。

 俺は九対一で貶められていると感じている。大変遺憾です。

 

「いえ、逆です。それだけ難しいと自分でも理解しているのに諦めないその姿勢が素晴らしいと思います」

「努力何てなんの価値もありません。何故なら、誰もが努力しているから」

 

 実らなきゃ努力何て意味を成さない。

 

 魔獣に殺されないように努力した。

 努力はしたが、実力と武器が無くて勝てなかった。

 

 最終的に生きて勝たなきゃなんにも残らない。

 

「少なくとも俺はそう思ってる。誰か他人の努力を否定するつもりはさらさら無いが……」

 

 努力は嘘を吐かない。

 ならば、嘘を吐いた努力は無駄になるのだろうか。

 発揮できなかった努力は無駄だったと諦めなければならないのだろうか。過ごした時間は、人生は無駄になるのだろうか。

 

 俺はそう思いたくない。

 自分が選択した道は誤りでは無いと考えていたいんだ。

 

「……優しいんですね」

「捻くれてるだけですよ」

 

 

 

 

 

 # 第二話

 

 

「で、どうですか。俺を見た感じ」

 

 薄暗くなってきたので家までルナさんを送る帰路にて問い掛けた。

 俺に近づいてきた理由は『英雄』として興味があったのであり、俺個人に興味があった訳じゃないだろう。勝手な予想だけどな。

 

 一度顎に手を置いて考える仕草をしてから、ルナさんは喋り出した。

 

「英雄と呼ばれるのも納得です」

「誰かに言わされてませんか?」

「そんな事ありませんよ。私が考えた結果です」

 

 失礼な、なんて言いながら変わらない無表情で呟く。

 

「私なりに英雄のことは噛み砕いていました。師は大雑把に見えて繊細な部分があるので信用しています」

「それは確かに。ウチとは大違いだ」

 

 エミーリアさんは親友を除いて最も英雄を理解していたと言っても良い。

 なのにあんな風に記憶に鮮烈に残ってるのはヤバい連中なのおかしくないか。身近な仲間にもっと注目しろよ。……いや、逆か。身近な奴らは大丈夫だから注目してなかったんだろうな。

 

 その点俺は違う。

 

 その他大多数の人間のことは考えてないし、身の回りの大切な知り合いだけ守れればそれでいい。ていうかステルラのために頑張ってるんだよ。そこら辺分かってんのかなアイツ、いやわかんないままで良いわ。なんか癪だし。

 

「愛情表現が過激すぎる。子供の頃からなんにもかわらねぇ」

「でも楽しんでるんじゃないですか?」

「そんなバカな。俺はいつだってやめて欲しいと切に願っている」

 

 ちょっと揶揄ったら電撃ビリビリは洒落にならない。

 俺だから大丈夫だがいつか他の人間に飛んでいくんじゃないかと危惧している。主に帯電した先で。

 

「お陰で雷に対して耐性が出来ました。まったく」

「気付いてないんですか」

「何がですか」

 

 自分の口角をむに、とあげて無表情のままルナさんが言う。

 

「笑ってますよ」

「…………バカな」

 

 そんな筈はない。

 苦い思い出を語るのにどうして微笑む必要がある。

 思わず口角を触るが、筋肉が動いている感覚はない。

 

「嘘です」

「……ハメたな」

「優しい嘘もあるんですよ」

「それは言われた側の言葉であって言った側の免罪符ではない」

 

 イイ性格してやがる。

 

「なんだか私も楽しくなってきました」

「代わりに俺は急転直下だ。機嫌取ってくれ」

「甘い物は如何ですか。いいお店知ってるんですよ」

 

 ゴチになりま~~~す。

 っぱこういう恵が俺を癒してるんだよ。相変わらず働いてないので金が無いからお店とかは行ったことないんだよな。ルーチェに集るにしたって限度があるし、そもそも俺はソレ目当てで友人になった訳では無い。

 

 あくまで話の流れで奢られるのがベストだ。

 

「俺はお金無いから任せます」

「………なるほど、こういう部分が」

 

 なんか一人で納得しているが知った事ではない。

 俺が貶められた事実なんぞどうでもよく、既に頭の中は甘い物に支配されている。

 

「いいでしょう。人気者を独り占めする対価です」

「そんな大袈裟に考えなくてもいいんスけど……」

「エンハンブレさんやエールライトさんに悪いですからね」

 

 あの二人だって常に俺と絡んでたい訳じゃないだろ。

 良き友人だし片方は人生を左右した幼馴染みだが、それでも他人は他人。一人で過ごしたいと思う時はあるだろうし用事がある時もある。

 

 他人は他人、この考えが一番大事だと思っている。

 

「遠慮する必要はないです。俺は誰でもいいので」

「その発言は相当アレなんですけど……」

「自分を曝け出すのは気持ちがいいですね」

「世の中には隠しておいた方がいい本音もあるんですよ」

 

 俺の隠しておきたいことはどんどん明るみに出ていってるのでその理論は通用しない。猫被りは既に体をなさず、普段はヒモ系やる時はやる昼行灯キャラしか俺の行末は無くなってしまった。

 なお昼行灯がうまく定着しなければただのヒモ。

 

「ルナさんは俺を受け入れてくれますよね」

「甘やかす人は十分いるでしょう?」

「まだ足りないです。護身を完成させる日は訪れないと確信している」

「欲張りですね。あんまり泣かせちゃだめですよ」

 

 誰をだよ。

 常に泣かされてるのは俺だよ。

 毎日いたぶられて悲しい思いしてるのは俺の方だよ。ちょっとの飴くらい許してください、お願いします。

 

「そういえば、順位戦やらない理由ってあるんですか」

「ええ、ありますよ。くだらない理由ですが」

 

 ふ~ん。

 話したい感じでは無さそうだな。触れないでおくか。俺は気遣える男、他人の嫌がることは出来るだけやらないようにしてるのさ。

 

「俺も出来ることなら戦いたく無い。痛くて苦しいし」

「バルトロメウス君とエンハンブレさん。どちらも十二使徒関係者ですね」

「ルーチェはともかくヴォルフガングは金輪際戦わないと誓いました。アイツ強すぎるんです」

 

 次代の十二使徒候補とか格が違うんだよ、マジで。

 一発目でヴォルフガングに勝てたのは本当に良かった。運では無く実力だと高らかに謳いたい所だがそこまで思い上がりはない。初見特有の驚愕、好奇心からの慢心。

 

 正面からやり合えば負ける可能性の方が高い。

 負ける気はないけどな。

 

「このまま最上級生になるまで維持すれば学年トップ10は確実。つまり四年後、自動的に俺は一位になれるかもしれないって計算です」

「狡いですね…………」

「なんとでも言ってください。俺は一度勝てばいいんです」

 

 同学年にバグみたいな連中が大量にいるのだけはやめて欲しい。

 俺が負けさえしなければ不動の順位を保持できるのでこの作戦は実際有効である。俺の周りだけ戦っててくれ、俺は戦いたく無い。

 

「じゃあ私が挑んじゃいましょうか」

「お断りします。紅月(スカーレット)なんて名付けられてる人に勝てると思うほど驕っちゃいない」

 

 アル曰く、唯一の公式戦では圧勝。

 爆炎で焼き殺すんじゃ無いかと思うほどの熱量でワンパンしたらしい。相手は無事に生還したが、以後火を見るとトラウマが刺激されるようになってしまったそうだ。

 

 それもあるのだろうか。

 無闇矢鱈と実力を発揮しては良くならないと、天災クラスである自身の力を改めて認識してくれたのかもしれない。

 

「バルトロメウス君には勝てたのなら、私にだって勝てるかもしれませんよ?」

「やらないやらない。俺が苦しむのが確定している」

 

 灰色の未来は願っていないのだ。

 まったく、強い連中は強い奴ら同士でやり合ってくれ。俺は師匠の魔力が無いと何もできない一般人だぞ。

 

「……ふふ。でも、ロア君と戦いたいのは本音です」

 

 変わらない無表情で、だが僅かに喜色が滲んだ声色でルナさんが言う。

 

「受け止めてくれますか?」

「…………今すぐは遠慮します」

「誰にだってそう言うんですか」

「親しい人間にだけです」

 

 クソが。

 嫌に決まってるじゃないか。

 記憶の中にあるエミーリアさんの戦い方すら相手にしたくないと思うのに、百年以上経過して進化した連中とか戦いたくないに決まってる。

 

 でもさァ~~~~、縋られたらどうしようもないよな。

 

「俺は決して自分から進んで戦いません。唯一戦う相手はステルラ・エールライトだけですから」

「なんだか嫉妬してしまいそうです。どうですか、私もロアくんに執着してますよ」

「そういうのありがた迷惑って言うんすよ。俺の両手はもう埋まってます」

 

 もう随分歩いて来た。

 自宅に着く頃には夜も深まり風呂入って寝るくらいしか出来そうにない。

 雑談の切れ目にルナさんが足を止めて、俺もそれに倣い止まる。

 

「ありがとうございました。ここなので」

 

 目を向けてみればデッッッッカイ屋敷。

 めちゃくちゃ広いじゃん。俺の部屋何個分だよ、同級生でここまでいい場所に住んでる人居ないと思うんだが。

 

「お師匠と一緒に住んでいるので」

「その手があったか……!!」

 

 どうして俺は思いつかなかった。

 ステルラや師匠が突撃してくると最初からわかっていれば俺も同じ選択肢を取れたはずだ。師匠も立場を配慮すればこのくらいの屋敷に住むことは可能だし、俺もそこにあやかって暮らす事が出来た筈。

 

「クソッ……ハメたな! エイリアス……!」

「人の家の前で何騒いでるんだ……」

「お師匠。ただいま戻りました」

 

 あきれ顔で中から出て来たのは魔祖十二使徒第三席。

 此間俺の家に来た時とは違いオフ感漂う服装と髪型だ。赤い髪を緩やかに後頭部で纏めた簡易的な姿も似合っているのが流石としか言いようがない。

 

「おっ。デートか?」

「違います。どちらかと言えば護衛です」

「もうちょっと色気のある回答してくれてもいいじゃないですか」

 

 無表情で膨れるのは違和感しかない。

 でも不思議とわかるのだからすごいな。表情の起伏が薄いのに感情を表に出すのが上手ってどういう事なのだろうか。

 

「俺はデートで奢られると決めている。どれだけ罵られようとそこだけは譲るつもりはない」

「うわ…………」

「改めて聞くと結構引きますね……」

 

 何とでも言うがいい。

 その篩を乗り越えた奴のみが俺とデート出来る。あれ、めっちゃ自己評価高いクソ野郎みたいになってるじゃないか。こんな大それたこと言っても見捨てない奴らが周囲にいる所為で俺の屑度合いが日に日に増している気がする。

 

「男女平等。俺は等しくすべてにたかると胸に誓っているんです」

「エイリアス……甘やかしすぎだろ……」

「師匠は俺の事大好きなので王権を築くのは容易かった。ステルラも俺に負い目があるのか知らないけど勝手に背負いこもうとするし、ルーチェはイイヤツなので俺に甘い。護身が割と完成してるのでは……?」

「最悪です」

 

 ルナさんの俺を見る目が若干厳しくなった気がする。

 

「待ってください。確かに俺はヒモ気質で誰にでも釣られていく夜の虫みたいな性質はありますが、それは親しい人間にのみという条件があって」

「言い訳になってないからな。まったく……」

 

 溜息交じりに笑うエミーリアさん。

 流石はあの大戦での人格者枠、魔祖を見て来た人たちからすれば俺とか可愛いモンだろ。

 どんぐりの背比べとか言うなよ。俺の判定では確実にセーフだから。

 

「まだご飯食べてないだろ。食べてけよ」

「マジすか」

 

 これだよ。

 このナチュラルな甘やかし方、これこそ俺が求める全てだ。エミーリアさんを見習ってルナさんも学んでほしい所存であります。

 

「お師匠の料理は絶品です。私が保証します」

「そんなにハードルは上げないで欲しいんだが……まあそれなりだよ。普通に食べれる程度には練習したからな」

 

 若干遠い目でそう呟く。

 急に闇出すのやめてくれないか。

 かつての英雄の中でエミーリアさんの料理が美味いという記憶はそう色濃く残ってないので、大戦終わった後に練習したパターンだろ。

 

 因果が全て収束してきてる気がするのは俺だけか。

 

「ではありがたく」

「おう、大したもんじゃないけどな?」

 

 ……まあ、俺はかつての英雄じゃないが。

 少しくらいは肩代わりするのもやぶさかではない。たとえ本人がそれを知らないとしても、誰一人としてその事実が伝わらなかったとしても。

 

 少しは報われたっていいんじゃないか。

 

「余すことなく俺の胃の中に収めて見せましょう。それが招かれた者の定めです」

「ほほう。では勝負しましょう。負けた方は一回だけなんでも言う事聞くルールで」

 

 勝負、その単語が会話に出て来た瞬間にゴングは鳴っている。

 俺の勝負脳が即座に弾きだした計算の結果リスクよりリターンがデカい事を結論付けたのでこの勝負には乗っかる事にした。ルナさんに一度命令できる権利とかあまりにも贅沢すぎる、負けた場合クソ痛い事になるが負ける事は考えてないから問題ないな。

 

「後悔させてあげますよ。俺に勝負を挑んだことを」

「ふふ、こう見えて結構食べるんですよ?」

「あ~あ…………」

 

 男子学生の胃袋を舐めるなよ。

 俺は師匠の置いて行く食材を余すことなく食べている程の健啖家だ。

 

 何お願いしようかな。

 一回のお願いを複数回に増やすのがやっぱり鉄板だろ。

 そんでもって俺に沢山奉仕してもらうぜ。これが勝利の方程式ってヤツだな。

 

 

 

 

 

 この後、アホみたいな量のご飯が出てきて俺は敗北を喫する事となる。

 無表情感情豊かキャラが健啖家とか属性盛りすぎにも程があると思うんだ。エミーリアさんのご飯は大変美味しかったが、それどころではない敗北の屈辱を味わう事となってしまった。

 

 

 

 

 



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第三話

 俺は自分の発言には一貫性を持っている。

 言い繕う瞬間は掌返すことはあるが、自分の生命の危機に瀕した時以外は常にスタンダードを貫いているハズだ。

 

「どうですか、似合ってますか?」

「大変お似合いです」

 

 変わらぬ無表情で軽やかにボディランゲージを表現する犯人を見ながら、俺はどうしてこうなったのだろうかと思いを寄せた。

 

「むむっ。もう少し興味を持ってください」

「異性の着替えに対して興味津々なのもどうかと」

「男の子はそれくらいで良いんですよ。ホラホラ、ひらひらですよ」

 

 ハッ。

 今更スカート丈に釣られるような男じゃないぜ。

 ルーチェ戦でバッチリ焼き付けたからな。弱冠十五歳にして黒の派手パンツだったから刺激十分すぎる。

 

 そもそもルナさんは起伏の激しい身体つきではない。

 ステルラはやや平均的と言えるスタイルで、ルーチェは年齢にしてはそこそこ。最上位にスタイルお化けがいるからそっち方面では俺は無敵の耐久力を誇るのだ。

 

「やはりエンハンブレさんやステルラさんには勝てませんか……」

 

 こいつエスパーか? 

 思わず汗が流れ落ちたような気がしたが、それを悟られるのは非常に失礼なのでなんとか誤魔化す事にする。

 

「ルナさんは魅力的ですよ」

「嬉しい事言ってくれますね。でもまだ足りません」

「……足が綺麗です」

「もっともっと」

「髪が綺麗だ」

 

 むふーと満足げにする。

 

 一種の拷問か。

 別に褒めるのは構わないんだが、公衆の面前で行われる行動だと言うのが問題だ。首都はそれなりに広い、だが俺たち学生の生活圏内は近いのだ。

 

 つまりどう言うことか────

 

「…………ロア?」

 

 はい、ロアです。

 錆びた機械のような動きで首を動かして後ろを見る。茶色の髪に幼さが少しだけ残る美少女が私服で佇んでいる。瞳から僅かに失われたハイライトが星の終わりを示すようで、俺の生命の終わりすらも示唆している。

 

「おや、エールライトさんですか。初めまして、ルーナ・ルッサと申します」

「あ、どうも初めまして。ステルラ・エールライトです…………?」

 

 早くも先手を取られているが首を傾げたまま固まっている。

 その調子だルナさん、アンタが先手を取り続ける限り俺に終わりは訪れない。今この瞬間だけはアンタを支持することにするぜ。

 

「ロアくんをお借りしてます。デートって奴ですね」

 

 変わらぬ無表情のまま俺の腕に抱きついてくる。

 役得だ〜うれし〜なんて言う訳ねぇだろボケ! 面倒に面倒を重ねた面倒のミルフィーユになってんだよ。重なりすぎておかしくなりつつあんだよこの状況はよォ! 

 

「デ、デート…………」

「ロアくんがどうしてもって言うので」

 

 合ってるけど違う!! 

 

「ステルラ、ホラ吹きの言うことは信じるな。俺は勝負に負けて屈辱に塗れた一日執事とか言うヤバい条件と一日デートを天秤に掛けられてやむなく選択したんだ。お前ならその意味がわかるだろう」

「燕尾服も似合うと思うんです。そうは思いませんか?」

 

 思わないです。

 

「燕尾服のロア……」

 

 ダメみたいだな。

 お前ホワホワしてんじゃないよ。もっとしっかり自分の芯を保てよ。頑張ってくれ頼むから。

 

「何やってんのよアンタら」

「ルーチェ! よく来てくれた」

 

 やはりお前は俺の救いだ。

 

 苦しい逆境の最中唯一と言っていい俺の味方。

 春の気候も相まって少し暖かい服装だ。ニットセーター……って言うんだったか。ボディラインも合わせて似合っている。

 

「初めまして。ルーナ・ルッサと申します」

「……初めまして。ルーチェ・エンハンブレよ」

 

 他二名に比べて少しだけ身長が高いので見下すような形になっている。

 目付きが悪いんだよ。デフォルトで睨んでるのかってくらい鋭い時があるからそこだけは直した方がいい。でも最近絡むようになってから程よく柔らかい目尻に変化していっているから良い傾向ではないだろうか。

 

「ロアくんをお借りしていました。返す予定はございません」

「別に好きにすればいいんじゃないの。私らのモノじゃないし」

 

 少しは俺を慰めようってつもりはないのか。

 恩を仇で返すとはこの事か。

 

 あ~あ、そういう事言うなら俺は流されちゃうもんね。ルナさんは俺を甘やかしてくれるオーラたっぷりあるし、エミーリアさんすら俺を甘やかしてくれる。

 俺の本質を見誤ったか? 

 

 悲しいよ、ルーチェ。

 

「ふふっ。(今日一日は)私のモノですね」

「そうですね。(今日一日は)貴女のモノです」

 

 腕を絡めて来たルナさんを振りほどく事も無く受け入れる。

 籠絡する手立てには乗らないが、そういうことなら喜んで協力しよう。

 

 予想通り眉間に皺を寄せたルーチェは睨みを利かせた。

 

 俺に。

 

「おやおや、どうしたんだルーチェ。俺は約束で仕方なく従っているだけで望んで服従している訳じゃない。今も屈辱に塗れて腸が煮えくり返っている所だ」

「それにしては楽しそうね」

「そう見えてしまうか。やれやれ、まだまだ俺の理解度が浅いな」

 

 額に青筋が浮かび上がるのが見えた。

 やりすぎた。調子に乗ってごめんなさい。ア゛~~~~!! 今すぐ平謝りして逃げ出してぇ。でも勝負の結果である約束を投げ出すわけにもいかない。

 

 煽らなければよかっただと? 

 

 その通りだ。

 

「まあ落ち着けルーチェ。お前は俺の事をよくわかってるだろう」

「スケベ野郎」

 

 誰がスケベ野郎だ! 

 言うに事欠いてスケベ野郎だと…………? 

 

「フン。単に俺の周りの人間が俺の事を好きなだけだろ」

「思い上がり甚だしいわね」

「そんな……じゃあ、お前は俺の事が嫌いなのか……」

「……………………そうは言ってないでしょ」

 

 本当チョロいな。

 

 腕を絡めて来たルナさんも若干呆れ顔になっているような気がする。

 

「……あざといですね」

「カワイイ奴なんです」

「うっさいわね!」

 

 

 

 

 

 

 

 # 第三話

 

 

 女三人寄れば姦しい、なんて言葉がある。

 一括りで表現してしまうのは失礼かもしれないから好ましくないが、今ばかりは頭に浮かんでしまう。

 

「へぇ、ロアくんってステルラちゃんの為に頑張ってたんですね」

「俺は一度もそんな事いった事無いんだが、どうしてそういう風評が広まっているのか甚だ疑問ですね」

 

 何時までも服屋で騒ぐわけにもいかず、ルナさんが気に入った服を何点か購入して後にした。

 流石に下着とかそういう部分で揶揄う気は無かったのが助かる。そこまでやられてたら対応に困っていたところだ。具体的にはエミーリアさんに泣きつく。

 

「これ本気で照れ隠しなんですか? わかりやすいですよね」

「え、えへへ……そういうトコロがいいんですけど」

 

 コラそこ、なに話してんだ。

 聞こえてんだぞ。身体能力も人間の枠から外れない俺だが、自然の中で危険から遠ざかる為に鍛えられた五感は引けを取らないと自負している。

 

 なにが『そういうトコロ』だ。

 

 クソが、ムカムカするぜ。

 

「フ…………モテる男は辛いぜ」

「スケベ野郎」

 

 お前さ。

 俺はあの時確かに言ったハズだ。

 後になって制裁とか無しだって。同意もしただろう。約束を破るのか……! 

 

「ロアくんはスケベなんですね」

「非常に遺憾だ。今すぐ撤回させてやる」

「力尽くでそんな……」

「このボケ」

 

 頭桃色のアホ先輩は放っておいて、冷ややかな目線を差し向けてくるルーチェに対して反論する。

 

「俺は男だ。成人が近い男性は性に興味を持つのが当たり前であり必然である。特に思春期と呼ばれる段階に突入している今、身の回りに整った顔立ちの女性が沢山いるのだから発情してもおかしくは無いだろう」

「なんだか釈然としないわね……」

「お前は綺麗だ。だから仕方ない」

 

 ここまで言っとけば問題ないだろう。

 予想通り顔を隠すようにマグカップを手に取ったルーチェ。既に手のひらの上なのさ。

 

「むむむっ。私に対してはあんなに適当だったのに……」

「愛情の差です。好感度と言い換えてもいい」

 

 まったく。

 俺は無条件で他人に施しを与えるような聖人君子ではないのだ。手の届く範囲しか差し伸べないし、そもそもずっと手が届かない場所に走り続けてるのだからそんな余裕は一切持ち合わせて無い。

 

 なのに周りも見捨てないとか我ながら良いやつすぎないか? 

 

「ルーチェはいいヤツだから俺だって相応の態度を取る。何処ぞの紫電気ババアみたいに暴力を振るうこともあるがそれも全て照れ隠しだ。照れ隠しに暴力は見方によっては犯罪かと思われてしまう可能性もあるが、その全てを俺は受け入れてやろう。あ〜あ、懐が広すぎて驚いてしまうな」

「台無しだよ!」

 

 突然憤りを露わにする幼馴染み。

 落ち着きが足りないな、自分で言うのもなんだが山で過ごしてみたらどうだ。怒りは無駄にエネルギーを浪費するだけの無駄な感情だし、人生を曇らせる要因になると言っても過言では無い。

 

「確かにロアくんは勝負に負けたら潔く受け入れる度量はありますね」

「俺に喧嘩売ってますか。買ってやろうじゃねぇか」

 

 キレた。

 一度負けたことはまあ認めてやろう。

 だがそれを永遠に引き摺られ擦られることはゆるせない。その行動をしていいのは俺だけなんだ。

 

「やれやれ。落ち着いてくださいロアくん」

「俺は至極落ち着いている。心の中で憤りを感じているだけで頭は冷静だ」

「煮え切ってますね。熱という分野なら負けませんよ」

「魔法が炎なだけだろうが」

 

 フンッと胸を張るアホ先輩。

 こんなのに乗せられていたのか……俺は。冷静になると自分が恥ずかしくなる。

 

 魔獣が一匹魔獣が二匹、魔獣が三匹魔獣が四匹……よし、落ち着いた。

 

「二人で出掛けてたのか」

「うん、そうだよ!」

 

 楽しそうに笑うじゃんか。

 ルーチェは……ちょっと顔を背けてるな。照れてる感じか? お前。

 

 ホントかわいい奴だな。

 

「偶然同じ店で出くわすとは」

「折角のデートがご破算です。ロアくん、埋め合わせしてくださいね?」

「嫌です」

 

 注文した菓子を平げお茶を流し込む。

 風情もクソもないように聞こえるかもしれないが作法は完璧だ。どこに出されてもそういう面では問題ないと自負している。

 

「別にルナさんと出掛けるのが嫌な訳ではなく、純粋にやりたいことがあるからお断りします」

「私でよければお付き合いしますよ」

「遠慮しておきます」

 

 俺は家でゆっくりしてたいんだよ。

 出来る事なら魔法の勉強とかしないで歴史書とかを読み耽っていたい所を勉強に費やしているんだ。学校以外で努力とかしたくないし寝ていたいのにやっているあたり俺がどれだけ苦しんでいるか予測できるだろう。

 

 簡潔に述べれば家でゴロゴロしたいのだ。

 

「振られてしまいました。一途ですねぇ」

「誠実な人間が好まれるらしいので、俺も誠実に生きているだけです」

 

 何一つ嘘は言ってないからセーフだな。

 

「少し不真面目なくらいが好みです」

「それは残念だ。俺とは真逆の性質です」

 

 フンッ。

 女性陣がゆっくりとお茶を楽しむのに対し高速で食事を終えた俺。これも全て数年間の山籠りの果てに磨かれたクソ技能なのだが責任を取るべき妖怪は見て見ぬ振りをしてくる。

 

 それどころかどんどんおかわりを渡してくる始末だ。

 

 思い出したら気持ち悪くなってきたな。

 もう限界ってくらい食ってんのに更に渡してくるんだもん。めっちゃ楽しそうに見てるから断るわけにもいかないし無理やり押し込んで飲み込んだよ。もう味はわからなかった。

 

「どしたの?」

「なんでもない。少しトラウマが刺激されただけだ」

「それは大丈夫じゃないと思うんだけど……」

 

 甘やかされるのは好きだが甘やかすのは好きじゃない。

 俺は自分勝手だからな。本質を見誤る人が多いが俺は根本的に屑寄りの人間である。捻くれてると言ってもいい。

 

「ロアくんロアくん」

「なんでしょうか」

 

 スッ…………と、目の前にフォークに乗った果物がやってきた。

 

「あ~ん」

「…………」

「あ~ん」

「…………むぐ」

 

 チッ、仕方ない。

 ご飯に罪はないからな。それにこの行為も受け取り方によっては甘やかしているのと同意義であるので俺としても文句はない。別に腹一杯でも無いし。

 

 甘いクリームが僅かに口の中で広がり、果物の酸味と美味く混ざり合っている。美味しい。

 

「美味しいですか」

「美味しい」

 

 まったく。

 まあ一日何処かに連れまわされるよりかはマシか。

 服屋でまあ、見た目は美少女な先輩の着せ替えを見れたのだ。人によっては褒美にもなるだろう。

 

 俺にとっては別に褒美でも何でもないが。

 

「ぐぬぬ…………」

 

 ステルラが唸っている。

 その手に握ったフォークにはケーキが突き刺さっている。なあ、その矛先を誰に向ける気なんだ。品位と作法が失われつつあるんだが。

 

 その隣のルーチェを見れば、絶対零度の視線が突き刺さっている。

 勿論魔法が漏れてるとかそういう訳ではない。あくまで比喩である。

 

「モテモテですね、ロアくん」

 

 お前の所為だよ。

 いつも変わらない無表情しやがって、責任取れ! 

 俺が受け入れなければいいとか野暮な事言ったやつは座ってろ。受けれる時に受けておくのが慈悲を授かる人間としての基本なんだよ。

 

「む、むむっ」

 

 むにぃ~~っと頬が伸びる。

 それでも変わらぬ表情筋。なんか裏がありそうで嫌だから触れてないが、理由はあるのだろうか。単にそういう性格なだけか。

 

「淑女の肌に無断で触れるとは……」

「自分から腕を絡めてくる女が何を言っている」

「いやですね、ロアくんにしかしませんよ」

 

 謎の好感度やめろ。

 なんの理由も無い好意は恐怖でしかない。

 政界もクソも関係してないから個人の好みなのだろうが、それでも突然現れた美少女に『あなたが好きです』と言われて頷けるのはリスク管理が出来てない人間だけだ。

 

 無論俺はリスク管理を徹底しているので美人局にも引っ掛からない訳だ。

 

「俺は合格ですか」

「私個人としては一つも文句はありません」

 

 どうやら許された様だ。

 

「自分の身が置かれている状況を正確に理解した上で全部巧みに利用しているのは小賢しいのか、それとも図太いのか……」

「褒められてる気がしないんだが」

「勿論褒めてます。器が大きいと言い換えていいでしょう」

 

 ならいい。

 言葉選びが最悪なんだよ。

 

「少し女泣かせな部分が目立ちますが、それも含めて魅力的です。倒錯的な恋愛をしている気分になれます」

 

 これ褒めてないよな。俺がヒモ人間だってバレてる上で冷静に外部から分析されてるだけだろ。単純に言い換えれば『ダメ男に弱い女』泣かせってことだろ。

 

 何一つ言い返せない。

 

「なにより────好みの顔です」

「主観的な評価ですね」

「なにおう。異性の顔の良さが十割を占めると言っても過言ではないのです、私が一目惚れした可能性は信じられませんか?」

 

 それが目的じゃない事くらい見抜いてる。

 

 確かに俺は田舎出身山育ちの野蛮男性である。

 だが頭の中には二人分の人生が詰まっているのだ。対人関係に関しては寧ろ豊富、腹の裏側で考えてることだってお見通しだ。相手の思惑を把握し理解したうえで全て踏み越えた英雄とは違い、相手のストレートを避けて自分の領域に引き摺り込まなければならないのが俺である。

 

「信じるか信じないか、という二択で言わせて貰うならば信じます。思惑が有ろうと無かろうと俺に恵みを与えている事には変わりはない」

「ブレないですね……」

「そこがイイんだろ」

 

 おいステルラ。

 なに「うわぁ……」って顔してんだ。俺は元々こういう性質だぞ、お前わかってんだろ。

 

「言い換えればパトロンだ。略してパト活」

「アンタ今色々ダメな方向に進んでるわよ」

 

 ここで呆れ果てた三人に仮に見捨てられるとしよう。

 俺は途方に暮れる。ステルラに見捨てられたらもう泣きたくなるんだが、あくまで仮定。見捨てられることは無いと信じている(・・・・・)

 

 一人寂しくご飯を食べている俺に救いの手を差し伸べるのは師匠だ。

 あの人だけは俺を見捨てない。ステルラが怒って一時的に仲違いしたとしても、ルーチェがマジギレして疎遠になっても、ルナさんの本当の思惑が露わになっても。

 

 誰がどれだけ俺から離れようが師匠は離れないのさ。

 

「魔祖の性格だってカスだし問題ないだろ」

「それを言われると言い返せません」

「そ、そんなになんだ……」

 

 ステルラはまだ顔合わせをしてないらしい。

 噂程度にしか聞いてないのだろうか。まあ記憶の中で目の当たりにしてる俺やかつての魔祖の話を聞いている人間はカス呼ばわりでも生温いと思う。

 

「さあどうだ。俺とデートをするとはこういう事だ」

 

 ルナさんが離れる事は暫く無さそうだが、とりあえず言っておく。

 興味本位で近づいてきてある程度俺の事は理解しただろう。その上でまだ絡む気があるのなら俺も態度を変える。具体的には甘える姿勢を上方修正するつもりだ。

 

「財布も持たずにデートに誘う男は違うわね」

「金持ってる奴が出せばいいじゃないか。俺は無い」

 

 あの時は急いでたからしょうがないんですゥ~~~! 

 

「甲斐性が無くても生き甲斐を与える事は出来ると確信しているからな」

「………………はぁ」

「ま、まあまあルーチェちゃん」

 

 二人はともかく本来の相手であるルナさんへと視線をズラす。

 

「こうやって頼られるのは初めてなので新鮮な気持ちです。もっと任せてくれてもいいんですよ」

「マジかよ」

 

 一目惚れは嘘じゃないかもしれない。

 だが少し待て。今聞き逃せない単語が出てきたような気がする。

 

『頼られるのは初めて』、か。

 他に弟子が居る訳でもない第三席の一番弟子で、住む家すら同じで。

 

 ルナさんの家庭環境はどうなってるんだ。

 

 ン、ンンンン~~~~……

 急激に怪しい方向になってきたぞ。

 こんだけイイ性格してて色々引っ張ってくれる人が頼られた事がない、か。深読みで済めばいいんだが。

 

「はい。私に家族は居ないので」

 

 突如ブチ込まれた激重家庭状況に場が凍り付いた。

 温度差の激しさが急転すぎて風邪引きそうなんだが。そういう地雷原抱えてるの、そろそろやめて頂けませんか。俺も他人を気遣うのは疲れるのだ。

 

「あ、深く考えなくて大丈夫です。子供の頃の話ですし、今はお師匠が家族ですから」

 

 そう言いながらお茶を飲む。

 

 無表情が変わらない所為で測れない。

 他人を全て理解する事なんて不可能だが、それにしたって怖い話題だよ。センシティブな話題に顔を突っ込んで大丈夫かどうかの判断は何時だって怖い。

 

「む……すみません。お恥ずかしい話ですがこれまで友人が出来た事無いのでどこまでがセーフかわかりませんでした」

「そこのエールライトとかいうヤツも同じタイプなので大丈夫です」

「ロア!?」

 

 コミュ障自覚がある分マシだな。

 こういう事を言うあたり本当に大丈夫だと思ってそうだ。

 深く触れないように注意すれば問題ないだろう。ルーチェの時みたいにステルラが地雷原を走り抜ける前でよかったぜ。

 

「俺も人生の七割を山で育っている。人によっては虐待に取られても不思議ではない」

 

 師匠が魔祖十二使徒という社会的地位と説得力があるから何も言われてないだけである。

 

「似た者同士ですね。私達お似合いじゃないですか?」

「そう言うにはまだまだ関係が浅いですね。もっと理解度を深めてもらわないと」

 

 グイグイ来るな。

 ウ~~ム、エミーリアさんに聞いてもいいんだが……

 

 折角話す中になったんだし直接聞く方がいいか。

 

「一つだけ俺から聞いてもいいですか」

「? なんでしょうか」

 

 家族の話題ほど暗い話じゃなければいいな~~。

 それを切に願う。いや、本当に冗談じゃなく。

 

「戦わない理由を教えてください」

「構いませんよ」

 

 よし、フラットな声だ。

 ルーチェクラスの地雷を抱えてる人なんて稀だから俺が身構え過ぎたな。被害妄想というか、無駄に考えすぎていた気もする。

 

「魔法で相手を焼くと家族が燃えた瞬間を思い出してしまうんです」

 

 ……………………俺が悪かった。

 想像の十倍は重たい話を喫茶店で聞きだそうとした俺が悪い。

 

 そんな俺の懺悔など知らず、ルナさんは話を続けた。

 

「……いえ。正確には、私を守って亡くなった両親の遺体を燃やす感触」

 

 

「今から十年前。お師匠様に出会った頃のお話です」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「どこから話をするべきでしょうか」

 

 悩む仕草を見せる。

 喫茶店で話す内容じゃないんだが、周りの客席が俺達の反応を窺っている様子はない。他人に注目してる人間もそういないだろう。

 

「……私達、お邪魔ですか?」

「……? いえ、そんな事はありませんよ。逆にお話したいくらいです」

 

 この人距離感ちょっとおかしいよな。

 ロクに絡みの無い人間が踏み込んでいい話ではないと思うのだが、そんなのはお構いなしだ。

 

「勿論誰にでも言う訳じゃないですよ。私に偏見なく近づいてくれた人だと判断しただけです」

 

 俺達全員偏見を持たれるからな。

 その意識は非常に理解できる。魔祖十二使徒の弟子ってだけで面倒臭いのだから、個人として付き合いが出来る相手ってのは貴重だ。

 

 そういう意味で、俺達が出会うのは必然だったかもしれない。

 

「…………あっ」

「どうしたんですか」

 

 突然何かに気が付いたのか、声だけで驚愕を表す。

 じっと俺の目を見詰めてくる。

 

「いえ、ロアくんは優しいなと」

「なんなんですか藪から棒に。俺を褒めても自尊心しか出しませんよ」

「自責の念に苛まれている最中です。慰めてください」

「すみませーん」

 

 腕を広げているがシカトしながら店員を呼ぶ。

 皆喉が乾いたのかすっかり飲み物が無くなっているし、改めて話すタイミングを作れる。聞き手である俺たちだって喉は乾くのだ、話が話だし。

 

「同じの一つずつ下さい」

 

 店員がメモを取りそのまま席を離れる。

 因みに堂々と注文しているが金は持っていない。ルナさんに頼み、その後にルーチェを頼り、最後にステルラを脅す。対人経験のないうら若き少女達等俺の敵ではない。

 

「どうですか、英雄(・・)の気遣いは」

「それを言わなければ完璧でした」

「そういう所あるからね……」

 

 えぇ〜〜〜。

 俺の完璧なフォローのお陰でルナさんに負い目をまったく背負わせない頭脳ムーブなのにコレである。優しく正直な人間ほど損をする社会なんて俺は許せない。

 

「なるほど、これは結構……」

「ですよね、結構ですよね!」

 

 謎の共感を果たしているステルラとルナさん。

 一方のルーチェは見て見ぬ振りをしながら聞き耳を立てている様子だ。

 

「俺の話はどうでもいい。ルナさんの話をしよう」

 

 俺の話なんて聞いてもつまらないだろう。

 今メインなのはルナさんであって俺ではない。これ重要な。

 

「そうですね。話を戻しますか」

 

 タイミングよく注文した飲み物も届いたので喉を少し潤した後、続いて話を進めた。

 

「私の生まれはごく普通の一般家庭。

 特別な出自等は一切なく、ありふれた田舎の夫婦の元に生まれました」

 

 俺たちの世代、突然変異が多くないか。

 この四人の中で一番強い理由があるルーチェがコンプレックス抱えまくりなの本当なんなんだよ。生まれは選べないというが、育つ環境で精神なんて形作られるわけで。

 

 俺は特殊だから省くとして、ステルラは天賦の才が故の孤独。

 ルーチェは生まれと自身にかかる重圧からの精神的な抑圧で追い詰められていた。

 

 ルナさんはこう、現時点で出てる情報が重すぎるんだよな。

 焼いた感覚とか考えたくもない。肉を斬り命を奪うあの瞬間の気持ち悪さはいつまで経っても慣れる事はないし、その一撃が原因で死に至ることだってある。

 

 順位戦という形で戦ってはいるが、そこにはいつだって死のリスクが紛れ込んでいるのだ。

 

「二人とも猟師でしたので、命の価値観についてはよく教えられていました。私達が動物の命を奪い日々暮らしているのと同じように、いつの日か死を迎える時が来るかもしれないと」

 

 覚悟キマりすぎだろ……

 猟師としては正しいし、人としても素晴らしい価値観だとは思う。でもソレ物心ついたばかりの子供に教える事なのか。あーうーん、でも変な部分で根幹が揺らぐような人間に育つくらいならしっかりと教えておくのはアリか。

 

 俺? 

 俺はホラ、一週間程度天狗になっていた時期があるからさ……

 

 この話はやめようか。

 

「ですので、あの夜の事はよく覚えています」

 

 あの夜、ね。

 俺とステルラで言うあの日。

 死を目前にして自分の無力さを呪ったあの日だ。

 

「白の怪物。何処からどう見ても自然の産物ではない異形が家を襲ってきました」

 

 あ~~~~~~…………

 

「もしかしてソレって、腕が多かったり……?」

「そうですね。尻尾も生えてました」

 

 ドンピシャじゃねぇか! 

 うわ、うわうわわ……少し考えてみればわかる事だった。

 俺たちが襲われた(事故で封印が解けた)のと同じように、他の場所で発生している可能性もある。その被害者が多くいる事も、その解決のために事情を知る人たちが忙しなく動いている事も。

 

「まあ食べられるのも吝かではなかったんですけど」

「幼児の思想じゃないぞ……」

「仕方ないです。私にとって世界はそれしかありませんでした」

 

 死を受け入れる姿勢が恐ろしいんだが……

 今は矯正されてることを祈るぞ。エミーリアさんはそこんところ大丈夫だとは思うが。

 

「なので逃げる所か受け入れようとしたんですよ」

 

 ……察しが付いたぞ。

 そりゃあおま、トラウマにもなるだろ……逆にその程度で済んだのが奇跡だと思う。洗脳ではないが、自身の思想と現実の相違によって精神的に追い詰められてくるってしまう人は多い。

 

 マジでエミーリアさんでよかったな。

 

「まあ、はい。そんな私を庇うように二人とも殺されてしまいました」

 

 無表情で変わらないように見えるが、わずかに手が震えている。

 その心の強さ、俺は尊敬する。現実に打ちのめされて、思想すら変わり、自分の非を認めるのは簡単なように見えて難しい。

 

 頬杖をついて話を聞いていた姿勢をやめて、ルナさんの手を握る。

 

「…………ふふっ。ありがとうございます」

「気にしなくて良い」

 

 ハ~~~やれやれ。

 俺の気遣いにレディとして対応してくれたのはルナさんが初めてだ。

 

 妖怪紫電気ババァは雷で、ステルラは才能差による暴力、ルーチェは物理で殴る。

 

「女の涙は?」

「蜜の味」

「最っっっ低」

 

 いや違うんだよ。

 ハメられたんだ。俺は悪くない。

 今の話の流れで突然問いかけが飛んでくる方がおかしいだろ。俺はよく速攻で対応したと褒められても良いくらいじゃないか。アドリブがうまいねとか、そう言う方向で褒められて然るべきだと思うんだ。

 

「やはりロアくんは面白い人ですね」

「嘲ってますか? ナメられたと感じたらソレは終わりを意味するんですよ」

 

 このままではルーチェから制裁が飛んでくる。

 周りにバレないように体を殴るつもりだろう。虐待してる親じゃねーんだぞ。

 

「そんなこんなでお師匠に寸前で助けられた私はそのまま弟子入りした訳です」

「あっさりしすぎじゃないですか。その、こう……重たい話なんだからもっとシリアスでも構いませんよ」

「暗い空気なの好きじゃないんですよ。過去に起きたことは過去のことですし、事実を茶化すわけでもないならあっさりとしてるほうが好みです」

 

 手が震えるようなトラウマが刻まれてる癖によく言うよ。

 その無表情も関係しているのだろうか。表情筋が動きにくいとかそう言うレベルではなく、感情を表すことが出来なくなったとか。

 

「む、はひふるんへふは(何するんですか)

 

 ぐにぐに頬を掴んで伸ばす。

 

「フン。俺の前では金輪際誤魔化すことを禁止します」

「……何のことでしょうか」

 

 頬を摩りながらまたトボけている。

 

「辛い時は辛いと言えば良い。悲しい時は悲しいと泣けば良い。嬉しい時は嬉しいと喜べば良い。感情を押さえ込む必要があるのは大人になってからで、俺たちはまだ子供だ。我慢する必要はない」

「ロアは我慢を知らないもんね」

「お前ライン超えたぞ」

 

 ガチでキレた。

 確かに俺は我慢知らずの暴君を目指しているが、ナチュラル暴君コミュ障天才に言われるのは納得がいかない。

 

「俺は常に願っている。毎朝目が覚めれば最強になっていて欲しいと今も思う程には」

「……………………」

 

 ルーチェが顔を逸らした。

 お前考えたことあるだろ。目が覚めたら才能が芽生えてて魔法の適性が変わっていれば良いのにって願ったことあるだろ。俺にはわかるぞ。

 

「どいつもコイツも、自分が一番辛いくせに周囲を気遣う。そんなモン要らん。辛いと言え。泣け。周囲を頼れ。俺は少なくともそうしている」

 

 何も言わなければ何も伝わらない。

 理想で言えばそりゃあ気付くのが一番だが現実はそううまくいかない。

 

 だからこそ言葉がある。

 

 何度だって言ってやろう。

 

「人間一人で抱えられる量なんて決まってるんだ。好きに吐き出せ」

 

 なんで俺がこんな事をしなければいけないのだ。こういうのは年長者が率先して行うべきであり、本来ならば魔祖とかそこら辺がやる仕事だ。

 メンタルケアは専門外故に、英雄の記憶と俺の経験を頼りに話をするしかない。

 

 それが如何に確証に欠けたモノか。

 

「…………そう、ですか」

 

 握った手を僅かに握り返してくる。

 肯定と受け取っていいだろう。直接的な表現を避けて、出来るだけ意図を逸らして伝えて来た人だ。

 

 甘える練習もしておくべきだったな。

 

 すっかり冷めてしまったお茶を流し込んで、独特の苦味が口を潤す。

 偉そうな口を叩いているが、俺は誰かを導けるような人間じゃ無い。導くってのは他人の人生を左右するような出来事を起こす事を意味するのだ。

 

 自堕落に生きていきたい俺にそんな覚悟も度胸もない。

 

 ただ一人だけ、ステルラだけは引き摺り込んでしまったが故に責任を取るつもりではある。

 

「温かいですね」

「触ってて楽しいモンでもないでしょうに」

 

 にぎにぎ俺の手を弄り回す。

 俺に父性は存在してないだろうからそういう側面で重ね合わせる事はないだろう。俺の方が年下だし頼り甲斐は無いと自他共に認める堕落人間だ。

 

「いえ」

 

 静かに、それでいて何かしらの感情を多分に含ませた声で言う。

 

「とても楽しいです」

 

 変わらぬ無表情。

 それでもまぁ、本人が楽しいというならいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「約束なので」

 

 すっかり日が暮れた夕方、ルーチェステルラの二人と別れた後のんびりと歩いて回っていた。

 

 他の連中に比べれば比較的我儘が可愛いレベルだから特に気にしていない。

 

「約束しないとデートしてくれないんですか?」

「俺は家で寝ていたいんでね」

「酷いですね。こんな美少女が居るのにも関わらず」

 

 美少女なのは認めるがそれとこれとは話が別だ。

 性的欲求が無い訳ではない。それ以上にゆっくり怠けている時間が欲しいだけだ。

 

 などと思っていたが、ここで一つ待ってほしい。

 俺は怠けていたいしのんびり本を読んでいたいのだが、それを許してくれる女性ならばすべての条件が当てはまる。

 

 今の所俺を叩き起こそうとする奴は居ても全て受け入れてくれる人は居ない。

 

 ルナさんは甘えられるのが新鮮で楽しい。

 つまりこれは……

 

「家デートならいいですよ」

「────なるほど」

 

 完璧すぎるぜ。

 家デートならば二人とも本を読むのが好きなうえ、ご飯すら作ってもらえる可能性もある。頭の回転が早すぎて恐ろしすら感じてしまうな。

 

「つまり私を選んだ、と……」

「分け隔てなく、全て平等に俺は頂く事にしている。あと家にルーチェもステルラも来てるから特別感はない」

「ちっ」

 

 一体何を張り合っているのか。

 俺が一人だけを選ぶ等と思っているのだろうか。

 

 そんなわけが無い。

 俺は全員選ぶに決まってるだろ。かつての英雄は誰一人選ぶことなく死を迎えたのだ、ならば俺は全員受け入れて死を受け入れない。

 

 う〜ん、完璧だな。

 

「やはり簡単には落とせませんね」

「俺は最初から堕ちきっているんだが……」

「たしかに。掬い上げてる人が居るだけですね」

 

 代わりに救ってはいないが手は差し伸べてるから許して欲しい。

 俺程優し〜い男はそうそう居ないぞ。

 

「そういうトコロです。ギャップってヤツですね」

「褒められてる気がしないんだが」

「褒めてますよ。やはり普段の屑っぷりから反転して男らしくなるあの急転っぷりには驚いてしまいます」

 

 以前も言った気がするがそれは褒めてない。

 褒められてると感じるのはよっぽど自覚のあるイカれ野郎であり、俺のような自身を客観視して冷静に語る事の出来る人間からしてみれば事実を陳列されているだけである。

 

 事実が貶められているように聞こえているだけ? 

 

 ……そうだが? 

 

「クソったれ……」

「そこまで嫌ですか」

「いえ、どちらかと言えば俺を認めない社会に対しての憎悪です」

「唐突ですね」

 

 世界はいつだって唐突な偶然に満ち溢れている。

 悲劇も喜劇も平等に訪れるものだ。

 

「平和なんだし俺みたいな奴がいてもいい。そうは思わないか?」

「何人も居ると嫌ですが、ロアくんならいいですよ」

 

 この好感度の高さよ。

 今日一日で随分踏み込んでしまったが、ていうか踏み抜いてしまったがなんとか無事に処理できた。

 

 処理出来たのか? 

 いや……なんかしたか、俺。何もしてなくないか。

 ルーチェの時とか物理的に殴り合ったけど今回は何もして無い気がする。やっぱり本人の心の強さだよな。

 

 ルナさんは心が強いよ。

 

「…………順位戦、頑張ろうと思います」

 

 …………ふーん。

 俺じゃなくてもいいのか、なんて思ったりはしない。

 手を焼くことが無くてむしろ有難いくらいだ。

 

「頼りっぱなしは良くありませんから。それに……」

 

 ぎゅ、と俺の手を握る。

 小さくて柔らかい手だ。俺のボロボロのズタズタな手とは違い、綺麗で泥がつく事すら躊躇うような繊細さ。

 

「頼られるようにならないといけません」

 

 そういうもんか。

 

「はい。そういうモノです」

 

 口元を柔らかく変化させる。

 軽く微笑む程度なら出来るんだな。可愛い顔してるじゃんか。

 

「おやおや、私のポーカーフェイスから繰り出される笑顔でメロメロですか」

「そうですね。とても可愛いです」

「…………そうですか。好みですか?」

「想像にお任せします」

 

 順位戦か。

 俺も順位戦やらなきゃダメか。

 合理的だのなんだの言い訳ばかりしているが、そんなので示しがつかない事くらい理解してる。

 

 俺が目指すべきは現時点での完膚なきまでの一番。

 

 手を伸ばし続けても届く事のないような圧倒的な天才たちに挑まなければならない。

 

「……憂鬱だ」

「むむっ、考え事でしょうか」

「順位戦めんどくさいな〜って」

「でもいい機会ですよ。何てったって私たちは強制参加ですから」

 

 …………ん? 

 何の話だ、それ。

 

「……聞いてないんですか?」

「俺はそんな事何も聞いてない」

 

 そんなルールあっただろうか。

 記憶の中を整理してみるがいまいちピンとこない。

 

「今年の新入生の質と全体のレベルが上がっていることを踏まえて、今年は通常の順位戦とは別にトーナメントをやるんですよ」

「…………お、ア……まさか……いや、そんな筈……」

 

 嫌な予感しかしない。

 俺たち強制参加。俺とルナさんの共通点。魔祖十二使徒門弟。一番弟子と異名持ち。

 

 新たに取り込んだ情報が、散らばっていた情報が重なり始める。

 

「私たち十二使徒門下は全員強制参加、上位ブロックで鎬を削る事になりますね」

 

 

 

 




ウマぴょいしてたしタルコフ市に移住したしランドソルで彷徨っていました。

ごめんなさい。


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第五話

「────エイリアスの馬鹿野郎は何処だ!」

 

 おれは激怒した。

 かの邪知暴虐なる云々。

 とにかく怒り心頭、灼熱の憎悪がおれの身を燻っている。

 

「ステルラァー!! あのバカ紫電気は何処に行った!」

「ひょへっ!? ちょ、ちょっと待ってロア!」

 

 朝一番、普段の俺ならばまだ素振りをして時間を潰しているような時間帯。

 貴重な睡眠時間すら削ってステルラの住んでる家へと突撃した。無論合鍵など持っていないので玄関で待機である。

 

「庇ったところでもう遅い。お前は完全に包囲されている、大人しく開錠しろ」

「ちょっと待ってってば! まだ何の準備も出来てないの!」

「お前ら俺が寝てても入ってくるだろうが!」

 

 普通に考えておかしくないか。

 俺もステルラも年頃の男女なのになぜこんなに格差が存在する。俺のプライバシーは何処へ行った。これが……男女差別なのか。許せない、憤りのボルテージがまた一段上昇した。

 

「山で培った俺の腕力を舐めるなよ……!」

 

 借家だろうが知ったことではない。

 この扉を破壊してでも成さねばならない事があるのだと、今この瞬間理解した。

 

「ぐ、ぎぎぎ……」

「うぎゃあ!? ちょ、この変態!」

「自分の胸に手を当ててよーく問い合わせてみろ」

 

 俺が変態と罵られる理由はなんだ。

 準備が終わってないという事はまあ、まだ寝間着でも着てるんだろう。

 それがどうした。幼馴染の寝間着姿とかそうそう見れるモノでもない。合法的に覗き見るチャンスではないだろうか。

 

 バキン! と音を立てて扉が浮いた。

 壊れた分は師匠がどうにかしてくれるだろうし気にしなくていいな。俺が金を出す? 元手が存在しないから無理だな。

 

「ロア! なんか壊れてる! 壊れてるから!」

「知ったことか。俺の部屋にいつも無断で侵入してるんだからそんくらい飲み込め」

 

 徐々に開いて行く扉。

 純粋な力比べで男が負ける訳にはいかない。世の中には強かな女性もいるかもしれないが、ステルラはその類ではない。素の力で負けてたら流石の俺でも涙を禁じ得ない。

 

「~~~ッ……この……」

 

 扉の向こう側でステルラが唸っている。

 俺の第六感が告げている、今すぐ手を放せと。俺の命を守るにはそれしかないと叫んでいる。

 

 だが放すわけにはいかなかった。

 それは俺の敗北を意味するからだ。

 この対抗心が何時か身を滅ぼすのだと理解していながら抗う事が出来ない。

 

 自分の愚かさを心の中で笑いつつ、変わらず腕に力を籠める。

 

「朝から何やってるんだ……」

「あ、師匠」

 

 気が緩んだ刹那、俺の視界は急転した。

 遅れて頭に響いた衝撃と痛みが吹き飛んだ事を認識させて、受け身を取る準備すら出来ずに地面に叩きつけられる。

 

 空を飛んだのは随分と久しぶりだ。

 やはり血は争えない。師匠とステルラは全く関係のない生まれだが、それはそれとして弟子は師に似る。鈍い痛みを発する鼻から血が零れていくのを認識しながら、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第五話

 

 

「まったくもう、無断で女の子の部屋に入ろうとしたら駄目だよ?」

「いや、お前いつも入って来てるだろ」

 

 俺を扉越しに吹き飛ばした後身支度を整えたステルラによって治療され俺の命は繋がれた。

 危うく川を渡るところだった。向こう側で手を振ってる二人の姿に気が付いたおかげだ。やはり死んでも英雄と言う事か。

 

「男性である俺の部屋に侵入するのは俺以外誰も気にしてないのに、俺が幼馴染で最も気を遣っている女性の部屋に侵入するのは許されない。これが差別でないなら何を以て差別と言うんだ。あの戦争はこういう争いの火種を無くすために終結したんじゃないか。俺は悲しいよ、散った人々が不憫でならない」

「スケベ」

 

 ……せねぇ。

 俺はやられたらやり返す、いわば因果応報を行おうとしているに過ぎない。人の寝顔を見た者は自分の寝顔を見られる覚悟を持て、古い書物にもそう記されている。

 なのにこの仕打ちだ。俺は謂れのない罵りを受け蔑称を付けられている。

 

「ここで怒らない俺の懐の広さに感謝するんだな」

「クソガキ」

「ンだとババ」

 

 自分から誘っといてカウンターパンチはズルイと思う。

 顔面の骨が陥没した気がする。

 

「お、おごごご…………」

「淑女に対する扱いはまだまだだね」

 

 淑女ってのはルーチェみたいな奴を指すのであって……あれ? アイツも普通に暴力振るうよな。俺の周りの女性ってもしかして……

 

「やれやれ。で、朝から何を騒いでいたんだ」

「よくわからんトーナメントについてだ」

 

 ああ……と、謎の納得を見せる。

 俺は何も納得してないんだが。寧ろマジで巻き込まれた側なので説明を要求したい。

 

「言ったら嫌がるだろう」

「よくわかってるな。そして無理矢理やらされる時の俺がどう思うかもわかるだろう」

「なんだかんだ決まったらやるじゃないか。それに開催が決まった頃のロアは女の子に夢中で忙しそうだったからね。私が邪魔する訳にはいかなかったのさ」

 

 よくわからん気遣いだな。

 しかも遠い目をしてやがる。何を考えてんのか知らないが、今更俺と師匠の間に“遠慮”という言葉が存在するのが気に入らないな。

 

「嫉妬か。やれやれ、モテる男はつらいぜ」

「ルーナちゃんも引き摺り込んだのかい?」

「勝手に沼に嵌まってきた。人聞きの悪い言い方をしないで頂きたい」

 

 俺が誑かしてるみたいに聞こえるだろ。

 勝手に近寄ってくる地雷を必死に処理しているだけである。

 

「俺は悪くない。どちらかと言えば爆発物サイドに問題がある」

「そこは嘘でも庇ったらどうなんだ」

「嫌だ」

 

 呆れた声を出すんじゃない。

 溜息を吐きたいのは俺なんだが、どうして責められなければいけない。この謎を探求するには幾千もの時間を要することになりそうだ。

 

「そんな事はどうでもいい。問題は何故俺も出場するかだ」

「君が出場しなくてもステルラは出るからね、つまりはそういう事さ」

 

 あ~~はいはい理解した。

 ステルラが出るなら俺も出さないと意味が無いと、師匠が人間関係や俺との因縁を考慮してくれたんだな。なんていい心遣いなんだ、あまりにも弟子想いすぎて涙があふれ出しそうだ。

 

 クソが。

 俺もステルラも出なければ解決するだろ。

 嫌だよ~~、相手が強者揃いなの確定じゃねぇか。全員ヴォルフガングクラスが相手とかマジで嫌なんだが。

 

「……その大会の選出条件は」

「十二使徒門下でも推薦しないと出れない。私が推薦したのはロアだよ」

 

 ………………つまり、推薦とは別枠で出場権があるのか。

 ステルラはそっちで出れる。俺が出れないのならアレだな、順位だな。上位のメンバーを戦い合わせる地獄みたいな光景が繰り出される事になる。

 

「ステルラ」

「なに?」

「お前聞いてたか、この話」

「うん」

 

 道理でよォ~~~~、順位戦めっちゃやってると思ったんだよな~~~。

 俺の所に絡みに来るがそれとは別でバチバチやってると思ったんだよ。ステルラの事だから常に覇を往くスタイルだと思って放置してたのが良くなかった。

 

「開催は何時だ」

「正式な発表が一週間後、その後に予選をやる予定だね」

 

 予選か。

 俺は関係無さそうだな。

 

「学年関係無しで戦うことになる。何を言いたいか分かるだろう?」

 

 つまり、現行最強の連中にぶつかる可能性が存在してる。

 嫌すぎる。ステルラなら勝てるだろうが俺が勝てるか微妙なラインだろ。魔祖の息子なんて噂されてるヤツも相手しなきゃいけないのか、うわ……

 

「最悪だ。今すぐ帰って不貞寝する」

「まあまあ待ちたまえ。そう言うだろうと思って用意したモノがある」

 

 モノで俺が釣られると思うなよ。

 だがまあ話くらいは聞いてやろうじゃないか。別に何かに惹かれた訳じゃなく、純粋に俺の優しさから発生した気まぐれである。

 

「なんだステルラ、その微妙な顔は」

「相変わらずだなぁと思って」

 

 急にニコニコするな。

 燻ってるよりはマシだがそれはそれでイラッとくる。

 

「────じゃん! 新しい祝福だよ」

 

 それこの空気で出すモノじゃなくね? 

 滅茶苦茶ウキウキでやってくれたのは有難いが、この絶妙な間で出すモノじゃないだろ確実に。

 

 見ろよステルラの顔。

 

「ロアの要望通り身体強化も付与したけど、その分使用時間は短くなってる。魔力の充電限界値を上げ過ぎるとロアの身体が弾け飛ぶから無茶は出来ないからね。全力で動けるのは二分程度だと思ってくれ」

「二分もあれば十分だ。問題はステルラに手の内を晒したという点だ」

「…………あっ」

 

 うっかりしてんじゃねぇ。

 俺にとっては死活問題なんだよ、今も尚話を聞いていたステルラは頬を引き攣らせつつも目を逸らさなかった。

 

「えっと…………バラさないから安心してよ」

「お前が口を割るとは思ってない。お前と戦う時不利に傾くようになっただけだ」

 

 まあイイか。 

 それもいずれバレるんだし、完全フリーな状態で俺達が戦えるとは限らない。

 先に知られても問題はないな。

 

 そう、問題はない。

 だがこれは利用できる。

 

 俺の秘密を握ったという事実を利用し逆に脅せばステルラに何かしらの条件を叩きつけられる可能性がある。

 昼飯はルーチェ、放課後はルナさんになりつつあった最近から考慮すれば何を要求できるのか。……朝飯だな。朝飯を要求できる。ていうかここまで来たら一緒に住んでも問題なくないか。こちとら同門だぞ。

 

「あ~あ、ハンデ取られちゃったなー。このままだと安心して戦えなくて何処かで負けるかもなー」

「うっ……」

「絶対に悪用しないって契約でも結べれば安心できるんだけどなー」

 

 予想通りステルラは揺らいでいる。

 悪いな、俺は利用できるものはなんだって使うぜ。

 

「そう、契約だ。俺とステルラの間で契約を結ぼうじゃないか」

「そ、そんな事しなくても話さないもん!」

 

 ……クソが。

 俺の負けだ。

 涙目でプルプルするな。

 

「君本当弱いね」

「うるさいですね……」

 

 しょうがないだろ。

 なんかよくわからんけどステルラには弱いんだ。

 子供の頃からずっとそうだ。どうしようもないくらい負けず嫌いな癖に、俺はステルラが打ちのめされる姿を見たくない。

 

 情愛か。

 少なくとも、何かしらの好意的な感情を抱いている事は否定できない。

 

「…………チッ」

「舌打ち!?」

 

 はぁ。

 惚れた弱み、なんて言い方をするのだろうか。

 俺は好きという感情を理解できていないが故に適当にあしらう事が出来るが、これを自覚してしまった日にはどうなるのか。周りの人間には好意を抱いていると理解しているが、それが恋愛に繋がるかと言われればノーだ。

 

 ステルラにだけある感情、という訳でもない。

 

「人間わからん。もっとわかりやすく作ってくれれば良かったのに」

「また突拍子もない事言ってる……」

 

 自分の感情の整理くらい簡単に出来るようになって欲しい。

 そうすれば争いも何も生まれないだろう。……いや、争いは生まれるわ。

 

「まあ祝福を刻むのはまた今度にしよう。そろそろ行かないとマズいんじゃないか?」

「寝たい」

「駄目だ。学校に行きなさい」

 

 サボりてぇ。

 あんなダルいイベント知らされてやる気になるのはよっぽどのバカか戦闘狂だけだ。

 これから先苦しい思いを沢山しなければならないという事実だけで心が震える。主に恐怖で。

 

「ステルラ。馬鹿弟子を連れてってくれ」

「ロア、学校行こ?」

「嫌だ。面倒くさい。寝る」

「も~~、無理矢理連行するからね!」

「待てステルラ、お前この流れは」

 

 身体強化により破滅的な速度を出せるようになったステルラに手を引かれ、俺は瞬く間に連行された。

 風により急速に身体を冷やされ、学校へと到着した頃には俺は冬の寒さに包まれたようだった。変な汗が噴き出て高熱が出るかとも思ったが、数年間の修行により無駄に頑丈になった身体は耐えてくれた。

 

 

 







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ここまでの人物纏め


 見ないとわからなくなり始めたので自分用も兼ねてまとめます。
 あとキャラデザしていただいたのでそちらも乗っけます。全員想像通りで嬉しい嬉しい。あとがきに挿絵乗っけておきますね。


 

 

 

 ◇ ロア・メグナカルト

 

 二つ名 英雄

 

 攻撃 C(祝福起動時B)

 防御 E

 機動 C

 技術 B(剣所持時A+

 射程 E

 魔力 E-

 魔法 C

 精神 EX

 

 ・祝福・光芒一閃(アルス・マグナ)

 魔祖十二使徒第二席・エイリアスより授けられた祝福。

 魔力を流し込むことにより起動し、刻まれた紋章が魔法を発動する。……が、ロア自身の魔力量がゴミなので自分自身では現状発動する事は出来ない。紋章自体に魔力を溜めれるように設計してもらったので発動できるのは、そのお陰である。

 効果は『純粋に硬く鋭く折れない魔力の剣』を生成する事。特殊な魔法効果は一つも付与されておらず、シンプルな性能になっている。

 ひたすらに剣技と体術を磨き続けたロアだからこそ扱える唯一無二の力になっている。戦う力を持たない戦いたくない人間に戦う力を与えた事に関して、ロア自身は特に何とも思っていないが……? 

 

 

 人物像

 根本的に面倒くさがりで堕落的な性質。

 誰かに集る事に対してプライドは持ち合わせておらず、隙あらば誰かの手を借りて楽をしようとしている。尚それを咎める人は誰もいない模様。

 かつての英雄の記憶を保有しているが、自分は自分で彼は他人だとハッキリ認識している。なので転生したと言うよりどちらかと言えば……何て言うんだろコレ……ジャンルがわからないため明言は避けておく。

 物心ついた頃に記憶を理解しちょっとしたトラブルもあったが乗り越えて、『俺実はすごいヤツなんじゃね?』とイキった瞬間ステルラに(無自覚で)叩き潰された。コンプレックスか羨望か嫉妬か恋心か、本人すらわからないようなバカデカい感情をステルラに対して抱えている。

 

 

 他者への評価

 

 両親      感謝をしている

 ステルラ    好意を持っている

 エイリアス   何かしらの好意を持っている

 アルベルト   ヤバい奴

 ルーチェ    イイ奴でカワイイ奴

 ルーナ     強い人 甘やかしてくれる

 エミーリア   何かしらの好意を持っていると思われる

 ヴォルフガング 真っ直ぐでイイ奴だが戦わない 

 ロカ      もう少し息子を抑えて欲しい

 魔祖      子供

 

 

 

 

 ◇ ステルラ・エールライト

 

 二つ名 紫姫(ヴァイオレット)

 

 攻撃 A

 防御 A

 機動 B

 技術 A

 射程 A

 魔力 A

 魔法 EX+

 精神 C

 

 ・紫電(ヴァイオレット)

 師であるエイリアスより直伝の紫に光る雷。

 普通の雷魔法と大きな差異は特に無いのだが、エイリアスが開発した魔法なので後継者しか扱えない代物。威力や範囲も自由選択できるが、細かく設定すればするほど魔法発動の難易度は上がるし魔力消費量も増える。

 ステルラの才能値は正直イカれてるので問題なく扱える。やる気になれば三属性複合魔法を二つ同時に放つとかその内やるかもしれない。

 

 人物像

 幼少期は天真爛漫を地で往く少女だったが、ルーチェと色々あって対人関係奥手コミュ障少女に変身した。

 目の前でロアの腕が吹き飛んだのを今でも夢に見る。紫電に魅せられ力を付けたが、未だ脅威に対抗できるかどうかの確信は抱いていない。“負けない”と拘るのもロアとの繋がりがソコしか無かったからで、敗北を迎えた自分は何も成せない何も出来ない存在になってしまうと思っている。

 

 他者への評価

 

 ロア      大好き

 エイリアス   大好き

 両親      好き

 アルベルト   普通(関わりがないため)

 ルーチェ    大好き寄りの好き

 ルーナ     まあまあ好き

 エミーリア   好き

 ヴォルフガング まあまあ

 ロカ      まあまあ

 魔祖      普通

 

 

 

 

 ◇ エイリアス・ガーベラ

 

 二つ名 紫電(ヴァイオレット)

 

 攻撃 A

 防御 C 

 機動 C

 技術 A+

 射程 A

 魔力 B

 魔法 B

 精神 A(特定条件に置いてC) 

 

 ・紫電(ヴァイオレット)

 過去の大戦時に独自に開発した魔法。ただの村娘として生きていたが戦争に巻き込まれ、人体実験により強制的に植え付けられた魔法力を活かし発展させた。禁則兵団の一人として日々戦いに明け暮れていたがある日唐突に現れた魔祖の手によって蹂躙され、共に旅をしていた英雄に救われた。

 以来英雄にずっと片想いしていた。

 

 人物像

 今が人生の絶頂期、ヒロインレース盤外最速師匠。

 ロアに出会うまでは想い人を失ったショックと現実逃避も兼ねて各地を転々としていたが、エミーリアがお勧めしてきた何の変哲もない田舎で暮らし始めて数年でロアが生まれる。子供らしくない大人びた表情や言葉遣い、かつての英雄とは似ても似つかない筈の彼と過ごしていく内に少しずつ前を向き始めた。

 山暮らしを提案してから後悔しやはり止めておこうと伝えた所、師匠を信用してるから問題ないと伝えられそこからロア沼にのめり込んだ。

 ロアとじゃれつくのが非常に楽しいが、年齢を考えると自分は女として相手にされていないと思ってる。

 

 他者への評価

 

 ???     引き摺ってる

 ロア      大好き大好き&大好き

 魔祖      色々言いたいことはあるがヨシ

 エミーリア   一番仲のいい親友

 ロカ      よき友人

 その他十二使徒 まあまあ(登場してないだけ)

 ステルラ    カワイイカワイイ娘くらいに思ってる

 ルーナ     すごい頑張り屋さんで強い子

 ルーチェ    芯が強くて頑張ってる子

 ヴォルフガング 好青年

 

 

 

 

 ◇ ルーチェ・エンハンブレ

 

 二つ名 薄氷(フロス)

 

 攻撃 B

 防御 E

 機動 A-

 技術 B

 射程 F

 魔力 D

 魔法 C

 精神 C

 

 ・自己流格闘技

 自身の魔法適性が望んだものでは無いと悟った日から絶え間なく研鑽を続けてきた唯一の武器。

 身体強化と組み合わせることを前提として複合しており、無論独学で技術体系を生み出せるほどの才は無いため現存するありとあらゆる格闘術に手を出している。まだ完成形ではなく、より一層発展させるために経験を重ねている最中。

 

 ・身体強化

 一般的な出力に比べてわずかに勝る程度だったが、長年使い込むことにより練度を増し凡夫では捉えることすら出来ない強化に至った。が、一定のラインを越えた強者に対しては一方的に有利を取られてしまうのでそこをどうにかするための方法を模索している。

 

 人物像

 全身コンプレックス塗れ。

 都会で心折られ田舎に傷心を癒しに行ったら星の光で塗り潰された。最初は仲良く絡んできたから程々に遊んでいたが、無意識のマウントと自己肯定感の無さからくる被害妄想が膨らみある日爆発した。学年での成績は二番目、クラスでも二番。

 星の輝きを磨いた張本人によるマッチポンプで少しだけ立ち直り、ステルラにロア争奪戦を宣戦布告したことで仲が改善。ロア関連ならばステルラにマウントが取れると言うことを理解してから毎日イジってる。その後ロアに直球で褒められたり求められたりして恥ずかしがる。勝ってるのかはわからない。

 

 他者への評価

 

 ロア      無意識に目で追ってる

 両親      大好き

 ステルラ    好きだけど言えない

 アルベルト   嫌いとまあまあを行ったり来たりしてる

 魔祖      ヤバイ人

 ヴォルフガング 自分の成功例だから嫉妬してる

 ???     逆恨みだが根深い感情がある

 ルーナ     ちょっと好き

 

 

 

 

 ◇ ルーナ・ルッサ

 

 二つ名 紅月(スカーレット)

 

 攻撃 C

 防御 C

 機動 C

 技術 B

 射程 EX

 魔力 A+

 魔法 A+

 精神 D(トラウマ持ち)

 

 ・紅月(スカーレット)

 師であるエミーリアをも上回る圧倒的な炎魔法。

 莫大な範囲と威力により広範囲を焼き切り不毛の大地と変化させることすら可能だが、現代において彼女が得意とする戦場が生まれることはないだろう。魔法に関してはステルラよりは劣るが類稀な才を持ち、魔祖直々に魔法を教えたことすらある。

 オリジナルの魔法として名を冠する『紅月』があるが、エミーリアの前以外では使ったことはない。

 

 人物像

 親が口すっぱく自然の摂理とかを語ってたら洗脳染みた思考を持ってしまった悲劇の幼少期。

 食われることすら命の内、だから食べられることに抵抗はないというイカれた思想から家族を失った。エミーリアに救われ改めて学問や哲学に触れていくにつれて自分の異常性と社会の広さを見せつけられ一度精神的に狂ったが、長い年月をかけて少しずつ修復されていった。自分のかつての行いは後悔しても悔やみきれるようなものではなく、将来的に教育者となって子供を導くことはできなくても行ってはいけない道を閉ざす程度の罪滅ぼしをしたいと思っている。

 エミーリアが楽しそうに英雄のことを語るので英雄に憧れている。

 

 他者への評価

 

 両親    死んだら謝りに行くつもり

 エミーリア 自分が教育者として人を育てる姿を見て欲しい

 ロア    夜寝る前におやすみって言いたいし言われたい

 ステルラ  ロアくんが好きな子だから少し嫉妬してる

 ルーチェ  とてもカワイイ女の子

 魔祖    恩人なのだか性格が悪いのが残念

 エイリアス 世話になった恩人

 

 

 

 

 ◇ アルベルト・A・グラン

 

 二つ名 ??? 

 

 攻撃 A

 防御 A

 機動 D

 技術 C

 射程 E

 魔力 B

 魔法 C

 精神 A+

 

 人物像

 場を掻き乱すのが好き。

 荒らすだけ荒らして後の処理は他人にぶん投げる最低な性質を持つためこれまで友人らしい友人は少なかったが、ロアとかいう全方面吸引機に出会った所為でイキイキしてる。ルーチェ弄りの際に発生する殺人に近い暴力に関して自分が悪いことを自覚しているから何も気にしていない。寧ろ耐久上げに使えるとすら思ってる。

 S気質な人間はMでもあるらしい。特に関係はないが。

 

 他者への評価

 

 ロア   よき友人

 ルーチェ ツンデレのいい奴

 

 

 

 

 ◇ ヴォルフガング・バルトロメウス

 

 二つ名 暴風(テンペスト)

 

 攻撃 B

 防御 D 

 機動 B

 技術 B+

 射程 B

 魔力 B+

 魔法 A

 精神 A

 

 ・暴風(テンペスト)

 親譲りの風属性を色濃く受け継いだサラブレッド。

 圧倒的な破壊力と圧倒的な範囲を持つこの魔法は大戦時に切り札として用いられることが多かった。広範囲を巻きこみ空へと兵士を打ち上げ、超高高度から叩き落とすというちょっとエグい技になっている。

 本来の使い方はこれだが殺すわけにはいかないのでアレンジすることで多様な使い方を習得した。

 

 人物像

 三度の飯と同じくらい戦うのが好き。

 他の十二使徒門弟の過去がクソ重いからこいつにも何かある筈と推測している人がいたがマジでこいつだけは何もない。本当に何もない。健やかに育ち健全な人生を歩んでます。

 死への倫理観とかそういうのぶっちぎって『ひたすら自分が強くなれる環境』と『自分より強い奴』と戦うことばかり考えている。

 

 他者への評価

 

 両親    偉大な人たち

 ロア    再戦したい。共に高め合いたい

 ステルラ  とても強い奴。そのうち順位戦を申し込む予定だった

 ルーチェ  話には聞いたことがある

 

 

 

 





 ロア・ステルラ学生服ver

 
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 ルーチェ・ルナ
 
 
【挿絵表示】


 いつも通り碑文つかさ様(@Aitrust2517)に書いて頂きました。もう足を向けて寝れないですね。ステルラのあどけなさを残しつつ美少女として成長した顔立ちとローブのバランスの良さ、ルーチェの『マジでめんどくさい女』感のあるこの全体像で極めつけはルナとかいう激重過去持ちジト目デフォ女性がこれ。

 もう本当に……すき……

 


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四章 咲き誇る氷華
第一話


お待たせしました。


 登校して朝一番、俺たちは別館へと集められた。

 入学式も行ったこの場所は儀式で使う場所なのだろう。俺たち新入生以外にも上の学年も集められているらしく、また面倒事の気配を感じた。

 

 それとなく入場するときに周りを観察していたがルナさんが俺に手を振っていた。仕方ないから振り返した。

 

「……発表か」

 

 トーナメントの開催宣言だろうな。

 俺たち関係者(?)には既に漏れている情報だ。逆に今持ってる情報だとこの程度のことしか推測できない。

 

「おやおや、渦中の人間じゃあないか」

「勘弁してくれ。面倒くさくて敵わん」

 

 ナチュラルに全部知ってるアルは放っておいて、激戦が確定しているのが本当に心苦しい。

 出場権を賭けた順位戦を高みの見物できるのだけが唯一の救いか。

 

「フン。争う為に争いを激化させる愚かな集団に混じる事は無い」

「それっぽく言ってるけど要するに戦いたくないんだよね」

「俺は平和主義者だからな」

 

 大切なのは本質ではないだろうか。

 建前上はそう聞こえてしまうかもしれない。

 人の言葉を切り取って編集するのは誰にだって出来るが、その真実と正確性を伝えるのは何よりも難しいのだ。俺は平和な世界を望んでいると伝えても悪意ある第三者によって捻じ曲げられ、ただ俺が戦いたくないビビリ野郎だと勘違いされてしまう。

 

 世界は儚く、また民衆は愚かである。

 

「やはり信用できるのは自分だけ。他者を盲信するのは良くないと思わないか」

「なによ急に……」

「この世の理に嘆いている」

 

 呆れた表情で見てくるルーチェ。

 

「嘆きたいのはこっちなんだけど」

「ああ、もう聞いてるのか」

 

 親御さんと仲が悪い訳じゃないんだな。

 元々嫌いでは無かったのか、それとも俺に言われて少し変わったか。どちらにせよいい方向性に傾いていると思う。

 

「今どれくらいだ」

「……九十位くらいよ」

「へぇ、二桁乗ったんだ。流石だねぇ」

 

 俺が大体百十位だから普通に追い抜かされたな。

 負けてないが? ただ戦ってないだけであって別に負けてはいない。それを理解してくれないと困るね。

 

「どうだい、そろそろ僕と」

「お断りよ。誰が好き好んでアンタと戦るのよ」

 

 アルは光の速度で振られて残念そうに肩を竦める。

 お前本当そういう所だぞ。

 

「まあ俺は順位関係なく出れるから別にどうでもいいがな」

「……ちょっとイラついたわ」

「僻むな僻むな。あ~あ、俺は何一つ嬉しくないんだけど証明されてしまったからな~」

 

 そう言った刹那、目で捉えられない程の速度で腹部に衝撃が奔った。

 ご丁寧な事に内部で衝撃を爆散させて内臓までダメージを通すガチの打撃である。視界が白に染まって意識が飛びそうになってしまった。

 

「ル……チェ。暴力系少女はもう流行らないぞ」

「アンタらが煽るからでしょうが!」

 

 やれやれ。

 育ちがいいのにこんなにも殺意に満ち溢れているのは何故なのだろうか。本人の気性の荒さだろうな。

 

「今何考えた?」

「ルーチェは美しくまるで深窓の令嬢のようだ」

「殊勝なことね」

 

 生命の危機を無事に脱出したところで、以前ステルラが新入生代表的な語りをした場所に人が立っているのが見えた。

 背丈は小さく起伏も浅い。それでいて制服ではない別の服装を纏っているし、あのツラ……

 

 忘れる事は無い。

 

「ン、あ、アー~~……」

 

 音量調節も兼ねて発声を繰り返す。

 あの頃と何も変わってないな。師匠をボコった時のあの声そのままだ。

 

「聞こえとるかガキ共」

 

 ウ~~ンこの尊大な態度と物言い、完全に俺の記憶通りである。

 人は成長と共に大人へと育っていき徐々に子供のような振る舞いは無くなっていく筈だが、コイツだけは違う。本当の意味での超越者、人類の枠組みを単独で突き抜けた怪物。

 

「ワシが学園長のマギアじゃ。いつ見てもこの光景はいいもんじゃなぁ~」

 

 満足そうに腕を組んで頷いている。

 初見の学生諸君が居れば申し訳ないが、学園長────もとい、魔祖マギアは人間性が欠けているのだ。大方多くの人間が自分に見下されているのを当然として受け止めている事に対して悦びでも覚えているのだろう。カス。

 

「新入生が入学しておよそ二ヵ月。才能ある連中は台頭を始め、才能のないただ進級しただけの凡愚は叩き落される時期になった。一年のアドバンテージ如きじゃあ絶対的な才は覆せんよ」

 

 心底愉快そうに顔を歪めながら蔑みの言葉を放つ。

 コイツ本当こういうトコロなんだよな。俺は英雄じゃないからわからないが、彼はどうしてこんな性格激ヤバサイコパス婆と行動を共にすることにしたのだろうか。

 

 持ってる力は強大だから仲間にする他無いと判断したのかもしれない。

 

「百と数十のこの中に、一体どれくらい本物が居るのか…………それを知る為に順位戦を設けているのだ。まあワシに勝てる奴はおらんがの! ガハハハ」

 

 非常に不快な事に、長く生きているだけあって戦闘能力は化け物だ。

 記憶の中ですら勝ち目が無いと思わされる程だったが今やどうなっているのか見当もつかない。

 

「ン゛ン゛ッ、ワシに勝てる奴が居ないという当たり前の話はここまでにしておいて。今日の本題はそこじゃあない」

 

 拡声器を使ってる訳でも無いのに自然と響く声は魔法を利用しているのだろう。

 魔法の応用というより、基礎の基礎である魔力そのものを使っている。かつて師匠がやっていた物質構成のオリジナルバージョンか。

 

「今年は例年に比べ“本物”が多い。故に、少しだけ過激な手段を取る事にした」

 

 ニヤリと歪な笑みを浮かべる。

 順位戦そのものが過激だと思うのだが、どうやらそこはカウントしないらしい。大戦を生き抜いた連中からすればそれはそれはお優しい試合に見える事だろう。俺は命懸けなんだが。

 

「────全学年混合、強制バトルトーナメント! 

 強さだけを競うこの戦いを制する者に、我が秘術を教えてやろう!」

 

 ……なるほど。

 確かに魅力的だ。

 

 魔法を使う誰もが羨む報酬だな。

 この学園でしか通用しない甘い囁きという訳か。

 

「ま、秘術と言っても各々に適した魔法を作るだけじゃ。ワシ自ら何かをしてやる事なんて滅多にないからの、精々チャンスを逃さんように気張るがいいぞ?」

 

 ケラケラ笑いながらその場から姿を消した魔祖は放っておいて、場内は困惑半分とざわつき半分と言った様子だ。

 無論開催される事を知ってた連中は報酬でざわついている。

 

「詳しいルールとか一切説明無かったわね」

「どうせ丸投げしてんだろ。この後教室で説明されるさ」

 

 この学園の教師にだけはなりたくない。

 

「準備期間は一週間~二週間。その後順位で振り分けたブロックごとにくじ引きでもしてトーナメント形式にするんじゃないかな」

「お前が言うならそうなんだろうな」

 

 どこからその情報を手に入れてんだよ。

 ……でもコイツの正体が暴けるかもしれんな。ルーチェの打撃も普通に受け止めてるし素の防御力がアホ程高いので、結構いい所まで登れるだろう。

 当人にやる気があればの話だが。

 

「ルーチェが出場確定させるには三十位以内には入らないと駄目だね」

「残念だ。お前と戦いたかった」

「言ったわね。絶対這い上がってやるから覚悟しなさい」

 

 目がガチすぎるだろ……

 血走ってるという言葉が世界で一番似合う女に変身してしまった。

 

「嘘だ。俺は女性に手を挙げない紳士だからな」

「男に二言は無いわね。サンドバッグが出来て私も嬉しいわ」

 

 短い人生だった。

 長き刻を苦しみに包まれた俺だが、今際の際ですら救われることはないらしい。

 殴打によって折れた骨が生み出す熱量と痛みは何にも比較できない程であるし、骨が皮膚を突き破って出て来た時はそれはもう最悪だ。

 

 あの『死ぬかもしれない』という緊迫感、『痛い、これは治るのか?』という不安感。

 

 正直味わいたくない。

 苦痛を忌み嫌う俺にとって痛みの種類を多種多様に分ける個性豊かな相手は嫌いな対象だ。

 ルーチェは脳筋ゴリゴリインファイターだから相手しやすいな。ハハッ、互いに魔法の才能無いから波長あってるじゃないか。

 

「でもまぁ現実的に考えてルーチェが三十位以内に入るのは厳し」

 

 余計な事をスラスラ言い放ったアルは無事に大地に伏せる事となった。

 周りの目線が気になるが、その対象は蹲るアルに集まっている。腹痛起こしたとでも思われているのだろう、僅かに舞った拳圧に関しては誰も気が付いてないらしい。暗殺者としての才覚が徐々に芽生えつつある。

 

「早めに予約しないと坩堝すら確保できなくなりそうだな」

「……そうね」

 

 たまに忘れてしまうが、ここは国の中でも最高峰の学園である。

 そんな所に入学する連中が果たして大人しいのだろうか。

 

 俺みたいな奴がマジで珍しいのであって、推薦入学でもない限りどいつもこいつも上を目指す事を目標に掲げてきている。

 ある程度命の保障がされているのに加えて同世代で格上・同等・格下を選んで全力の模擬戦を行える環境。しかも全員に勝ち続ければ『自分専用の魔法』を貰える。やる気にならない奴の方がおかしいだろう。

 

「お前は勝ったら何を望む?」

「………………」

 

 俺もお前も、求めているのは『勝利』。

 自身の才を否定する世界に対し、自分の努力を以て証明して見せたい。

 吐き気がするほど青臭い願いなのにそれを否定する事ができない。勝ちたいから戦うのか、勝てないから戦うのか。

 

「そんなもの、勝ってから考えればいいのよ」

 

 道理だな。

 取らぬ狸の皮算用ってヤツだ。

 勝った後の事を考える位なら勝つための手段を一つでも多く増やした方が確実に役に立つ。

 

「その通りだ。鍛錬に付き合うぞ」

「……付き合いなさいよ?」

「ああ、(鍛錬に)付き合ってやるさ」

 

 その場で小さく拳を握りしめてルーチェは口元を歪めた。

 

「私の勝ちね」

「まだ戦いは始まってすらいないんだが……」

「アンタはわかんなくていいの」

 

 女の戦いって奴か。

 俺を奪い合うような仲に発展したのは果たして喜ばしい事なのだろうか。俺への何かしらの感情があるのは構わないし、それによって甘やかしてくれる事を理解しているから俺はいい。

 

 だがそれで女性間の友情を維持できるのだろうか。

 

 出来れば仲良くしてて欲しい。

 理由は聞かなくてもわかるだろう。全員仲良く俺を甘やかしてくれた方が空気が軋まなくていいからだ。

 

「俺はルーチェの事も好きだぞ」

「……………………そ」

 

 照れるな照れるな。

 こういう部分が可愛いんだよな、コイツ。

 普段の憎まれ口も裏にある感情を正確に読み取ることさえ出来ればなんにも問題はない。

 

「…………むむむ」

「なんだステルラ。俺に文句あるのか」

「なんでもないっ」

 

 隣のクラスが故に少し離れた場所にいたステルラが横まで来て不満を爆発させてきた。

 

 嫉妬する女の子は可愛いと思う。

 俺が嫉妬しまくってるのは醜いだの情けないだの散々な言われ様なのにこれが女性で見た目麗しい人になった途端これだ。世の中は真に不平等である。

 

「俺はお前の事も好いている」

「……一番?」

「それはどうかな」

「むっきー!」

 

 揶揄ったらプルプル震え出した。

 普通に考えたらステルラが一番なんだが、コイツはコイツで人間不信気味な所があるから気付かないだろう。ルーチェの目線がぐりぐり刺さってきて心地いい。今日は夜道に気を付けよう。

 

 二人の美少女に言い寄られている事実を周りに見せつけることで俺のヒエラルキーの高さをアピールしていく。

 自尊心が満たされる、俺の敗北で包まれた渇いた心が癒されていくのを感じるんだ。

 

「そういえばステルラは何位なんだ」

「私? 九位かな」

 

 …………そうか。

 

「強い人も多かったけど、その分出来ること増えたから期待しててよね?」

「とても嫌なんだが……」

 

 すごく嫌だ。

 ヴォルフガングですら三属性複合魔法に慣れが必要なのにお前は絶対に完璧に熟して見せる。それを対応しなければならない俺の身にもなって欲しい。

 

 紫電の強さも師匠に比肩する奴が師匠以上の魔力量で襲いかかって来るのは勘弁してくれ。

 

「ルーチェがお前を倒すらしい」

「そこまでは言ってないでしょ!」

「あ、あはは。ルーチェちゃんにだって負けないよ!」

 

 ルーチェ対ステルラの因縁勝負もまあまあ盛り上がるだろう。

 俺とステルラ? 今のところ処刑になる可能性が高いので、どうにかこうにか戦闘力を上げなければならない。

 

「で、だ。ルーチェ、お前このあと誰と戦うのか決めてるのか」

 

 いつまでも雑談をしている訳にもいかない。

 いい加減教室への移動を開始するだろうし、現に上級生はまばらに動き始めている。

 

 情報を晒すのは良く無いかもしれないが、今日の放課後にでも訓練を始めるなら対策を始めた方がいい。

 

 そう思って問いかけたら、ルーチェは眉間に皺を寄せて難しい顔をした。

 

「…………一人、候補がいる」

「どんな奴なんだ」

「とびきり嫌な奴でとびきりクソな奴よ」

 

 …………ルーチェの知り合いか。

 それでいてここまで酷評するのか。

 知り合いで憎悪を抱いているにしたってステルラですらここまで言われていなかった。かなり性格に難がある、もしくはルーチェが一方的に嫌う要素があるということ。

 

 つまり────コンプレックスを抱く要因、もしくはそのコンプレックスの対象だ。

 

「第四席、それか第六席の弟子か」

 

 無言で頷く。

 フ〜〜〜〜…………

 

「順位戦十二位、剛氷(アイスバーグ)────お母さんの弟子よ」

 

 

 

 

 

 




最近書く力が落ちている気がします。
少しずつでも書いて継続していかなければ……



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第二話

 自身の完全上位互換と戦う。

 

 生きている限りは幾らでもある話だ。

 魔法が世に生み出されてから何十何百と月日が経過し、最早触れられてない分野など存在しないのではないかと思うくらいには技術は進歩した。

 

 故に、自身が如何に『革新的だ!』なんて発明をした所で────既に先人が通った道。

 

「何が言いたいかわかるな」

「対策立ててもあんまり意味無いって事でしょ」

「そういう事だ」

 

 挑戦する相手は最上級生、ずっと順位戦で戦って来たのに十二位を保ってる時点で奇策は通じないだろう。

 

「勝率はどれくらいだ」

「…………大体二割ってところじゃないかしら」

 

 クッソ厳しい戦いになるのは間違いない。

 氷の完全上位互換か。ルーチェの戦闘スタイルも見破られているし、対策されていると考えるべきか。

 

「ふーむ…………詰んではないか」

「……二割勝てるって所には突っ込まないのね」

「そりゃまあ、俺は相手を知らないからな。ルーチェの主観に委ねるしかない」

 

 実質一割だと思って良さそうだな。

 近づいて殴る、それだけしか手札に無いのだから新しく手札を加えるのには時間が無さすぎる。練度不足で対応されるのが関の山だろう。ならば今持ってる手段を更に強くする、これしかないのだが…………

 

「接近できる自信はどれくらいある」

「五回に一回」

「勝ち筋はそれしかないな」

 

 同じ答えにたどり着いていたらしく、ルーチェが勝つためには相手の攻撃を避け受け止め懐まで滑り込む必要がある。

 接近できる可能性=勝率となるわけだ。

 

「その五回に一回を本番で引き当てる、か。中々厳しい話だ」

「わかってる。……でも、ね。どうしても……」

 

 俺がステルラに勝ちたいと願うように。

 ルーチェもまた勝ちたい奴がいる。

 

 その気持ちは非常に理解できる。

 

「勝てるさ」

 

 だからこそ、俺だけは勝利を疑わない。

 一人で戦い続けることの虚無、誰かが支えてくれているという事実が底力を引き出す。

 俺はそれを知っている。身をもって、そして記憶でも理解しているのだ。

 

 恋人でも家族でも友人でも、誰だって構わない。

 

 誰かのために────そう願い培った全ては無駄にならない。

 

「……簡単に言ってくれるじゃない」

「出来ないことを出来るとは言わない。お前なら出来るだろ」

 

 それくらいは信用してるさ。

 全身全霊を懸けて一度戦ってるんだ。その相手を信じないでどうする。

 その程度の心持ちはあるさ、しっかりとな。

 

「…………過度な期待は止してよね」

「照れるな照れるな」

「照れてなんか無いわ」

 

 暴力を伴わないツンデレとはここまで心地いいモノなのか……

 俺は驚いた。心の奥底で俺の知らない何かが開かれるような感覚、いわば新たな性癖が呼び起こされたような危なく甘美な感覚。

 

 そうか……これが、青春か…………

 あの大戦を終え、生き残った人々が作り上げてきた結晶。

 人生を豊かにする成分の一つに異性との適度な交友があるとは聞いたことがあるが、まさか本当だったとは。

 

「君、夜道は気をつけたほうがいいよ」

「暗殺する価値が俺にあるのか」

「暗殺というより謀殺……痴情のもつれだね」

「ルーチェ、俺を殺すのか」

「殺すわけないでしょ」

 

 これが好感度の差だ、アルベルト。

 そもそもルーチェは不快なことをしても正面から反省の意を示し深く詫びることで許してくれる程度には心が広い。心に余裕はないが心優しくあろうとしてるのだ。

 

「やはりいいヤツだ」

「……お人好し」

 

 

 

 

 

 

 

 #第二話

 

「それはそれとして俺は対魔法に関しては無力だから専門家を一人呼んだ」

「………………」

 

 なんだその顔は。

 冷静に考えてみろ、俺は魔法を自力で使えない貧弱魔法使い(笑)だぞ。魔法使いとは名ばかりの剣士に過ぎないのに、魔法使いとして格上と戦う人にアドバイスできるわけないだろう。

 

 やれやれ。

 

「というわけで連れてきたのがこちら」

「ステルラだよっ」

 

 並び立つ俺たちを底冷えするような視線で睨み付けているのはルーチェ。

 それとなく横に近づいてきたステルラに対して更に鋭い視線を向けている。ステルラは俺の後ろに回った。

 

「なんだなんだ。何を対立している」

「一回殴らせなさい」

「嫌だ。痛い思いをしたくないからな」

 

 眉間の皺が恐ろしいことになっている。

 お前俺を殺すつもりか? 久しぶりに死の感覚を味わっている気がする。

 

「まあ落ち着け。これは非常に合理的で効率的な判断を下した故にコミュ障を呼びつけたんだ」

「コミュ障呼ばわり……」

「クラスで友人出来たか?」

「出来てません」

 

 ケッ、一人でも友人作ってから反論してくれ。

 ルーチェは俺が間を取り持ったからノーカンだろ。俺? 俺はほら、アルベルトとかいるからセーフだろ。

 

「イチャイチャしないでくれる? ムカつくから」

「妬くなよ全く」

 

 ここが人目につかない場所でよかった。

 魔法訓練が可能な密室の有り難さを実感したのと同時に、ここであれば誰にも見られることなく人を殺せることに気が付いて身震いした。

 

 腹に奔った激痛に悶えつつステルラに縋り付きなんとか耐える。

 

「オ……オゴッ……やばい、中身でるかもしれん」

「え゛え゛ッ」

 

 淑女が出していい声ではない。

 それだけははっきり伝えたかったのだが、嘔吐物が撒き散らされる可能性を考慮したステルラの手によって全身に痺れが奔った。師匠より手加減してるから俺はゆるそう、だがルーチェが許すかな。

 

「放っておきましょう。期待させるだけさせといて……

「う、うん。ごめんねルーチェちゃん」

「この馬鹿が悪いの。氷魔法お願いするわ」

 

 この二人は俺が死んでも泣いてくれなさそうだ。

 

 痛みに呻きつつ身を起こし、ルーチェの鍛錬内容に付いて考える。

 正直なところ俺が手を加えられる部分は一つも存在してない。理由は前述したとおり、戦闘スタイルが違い過ぎて適していないから。

 一度戦ったからこそルーチェの強みは理解しているが、それだけだ。次の戦いに活かせる経験を俺は積んでない。

 

 それに痛いからな。

 ルーチェの相手をするということは俺自身が打撃を食らう可能性があるということ。それはちょっと避けたかった。

 

 目論見通り(?)ステルラと鍛錬を開始したが、これは中々……いや。お前本当いい加減にしろよ。

 氷魔法すら自在に使いこなしているので、益々ステルラに対する勝率が下がった気がする。お前全属性複合魔法とかやめろよマジで、そういうの。大戦時代ですらそこまでの怪物は一人か二人くらいしか居なかったんだからさ。

 

 接近しようとするルーチェに対し氷柱を飛ばし牽制、氷の壁を生成し視界を遮った後に氷山を形成。

 部屋全てを埋め尽くすんじゃないかという物量を放ち一瞬でルーチェの動きを止めた。

 

「…………さむ」

 

 口元から白い吐息が漏れ出している。

 俺はこれに勝たなければいけないのか。幼い頃の俺に見せつけてやりたいな、この圧倒的な姿。

 だがまあ、これだけ強くても勝てなかった存在がいる。ステルラが死ぬ可能性がある。それは許容出来なかった、それだけの話だ。

 

「ルーチェ、こんな感じか」

「……そうね、こんな感じよ」

 

 氷で全身固められ不満げな表情をしている。

 

「中々愉快な姿になったじゃないか」

「ぶっ飛ばす。……でも突破口は見えたわ」

 

 口元を歪め楽しそうに笑っている。

 闘争心剥き出しじゃないか、全く。俺と戦り合った時もそうだが、ルーチェは割と戦闘狂の節がある。ぶっ殺してやると言わんばかりの目つきと闘争心はあまり相対したくない。

 

「あ、今溶かすね」

「ステルラ。寒いから俺にも少し火を分けてくれ」

 

 俺は少し熱を取れればいいと思って発言したのだが、ステルラはそう思わなかったらしい。ナチュラルに飛んできた火球に驚き咄嗟に回避したが右腕に直撃した。生きたまま燃やされるのって結構苦痛だからやめてほしい。

 

「火を放る奴がいるかバカ」

「でもロア焼け焦げてても平気そうだったし……」

「そもそも痛くて苦しいのが嫌いだからやめろ。治してくれ」

 

 どういう育ちからすればこんな風になるんだ。

 親や師の背中を見て育った? …………おのれエイリアス、全ては貴様の所為だ。

 俺はいつの日にか復讐すると誓った。具体的にはあの人の目の前で旨いもの食ったり年齢弄りしたりすると胸に誓った。

 

「……火、か」

 

 ルーチェが小さく呟いた。

 

 属性間にも相性があるので、実際火を使うのは間違いではない。

 だが所詮は付け焼き刃だ。ルナさんが戦えばまた違うのだろうが、今回戦うのはルーチェである。しかも自身が使う属性の完全上位互換であり、優れてる面と言えば肉体的な部分。

 

「氷の耐久性はどうなってるんだ?」

「魔力の量で調節できるよ。とりあえずルーチェちゃんに破られないくらいの魔力で作ってある」

 

 とりあえずでドンピシャ調節出来るのがイカれてるのだが……

 氷から解放されたルーチェも若干引き気味である。これは仕方ない。

 

「……使えるな」

「そうね、使えるわ」

 

 だがとてもいいヒントになる。

 

「どうにかこうにか突破できるようにする。ルーチェ、瞬間的に魔力量を増やすことはできるか」

「出来なくはないわ。精度は良くないけれど」

「ならいい。精度をひたすら高める練習をしようか」

 

 ステルラを手招きして耳打ちする。

 

「氷柱を撃ち続けろ。徐々に硬さを増やして、ルーチェが対応できなくなっても撃ち続けろ」

「え」

「大丈夫だいける。俺はそうやって師匠に扱かれた」

「え゛」

 

 虐待に近い鍛錬の末、俺は才能がない身でありながらある程度の実力をつけることに成功した。

 この鍛錬方法が正解であるということの証明であり、一番堅実で近道である。

 

「お前回復魔法も使えるし大丈夫だろ。魔力切れに備えてもう一人連れてくるから安心しろ」

「……すごく嫌な予感がするのだけど」

「気のせいだな。俺の鍛錬と同じような方法を取るだけだ」

 

 ルーチェの表情が少し引き攣った。

 

「五百本氷柱を放つ、魔力切れを起こさないように瞬間的な火力を無意識に出せるようになれ。魔力が切れても撃ち続けるように伝えたから諦めろ」

「……………………本気?」

「生身で魔法に対抗する手段を身につけるのも悪くはない」

 

 ハイライトが消えた。

 ステルラを見るとステルラもハイライトが消えていた。

 そんなに難しいことは言ってないし、俺より才能あるから大丈夫だろ。ただちょっと痛くて死にかけたりするだけで別に死なないから問題ないな。

 

「じゃあ俺は助っ人もう一人呼んでくるから頑張れよ」

「うん……わかった、頑張るね」

 

 これが出来るようになれば一つ上の位階に上がれるだろう。

 精密な魔力操作を身につければ接近戦だって強くなる。魔力で足場を形成し踏み込む、なんて芸当ができれば空中戦も熟せるようになるのだから強さに繋がらないはずがない。

 

 それはさておき、俺は俺でやるべきことをやろう。

 もう一人の助っ人────いるじゃないか、炎属性のスペシャリストが。

 

 

 

 

 

 

「普通にやりすぎではないでしょうか」

「そんな筈はない。俺はこうやって強くなった」

 

 図書館までスペシャリスト、もといルナさんを探しに行って無事に見つけたので戻ってきた。

 流石にまだ潰れてないだろうと思ってゆっくり来たのだが……

 

「……なんか漏れてるな」

「漏れてますね、冷気が」

 

 もしかしてこの部屋、断熱性がクソなんじゃないだろうか。

 前もルーチェのメンタルブレイク冷気が漏れ出てたし、案外適当かもしれない。でも確かにそうか、完全密室状態で炎とか規模によっては死ぬから対策してるのか。

 

 納得した。

 

 隣のルナさんが早くしろと言わんばかりのジト目で俺を見てくるので仕方なく扉を開く。

 別に死んでも蘇生出来る設備だし大丈夫だと思うのだが、世の中の人間は案外丈夫ではないらしい。

 

 俺がおかしいだけか。

 あ、涙出そう。かつての英雄はこんな目に遭っても後に覚醒してメンタル最強になったが俺はそんな汎用性は無い。メンタルなんて常にボロボロの自虐マシーンである。

 

 もっと世界は俺に優しくしてほしい。

 

「…………ふむ」

 

 扉の隙間から覗き見る。

 

 氷で包まれた世界の中で、ステルラの膝枕で安眠しているルーチェ。

 既に片は付いたか……

 

「世はかくも儚きもの、か……」

「嗾けたのロアくんですよね」

 

 細かい事はいいんだ。

 

 扉を思い切り開いて中に入る。

 じんわり氷が解け始めてるのを察するに、周囲の温度を保ちつつゆっくりと室内を温めているのか。冷やされた空気が外に流れ出して代わりに生温い風が室内へと流れ込む。

 

「怪我はないか」

「あ、おかえり。怪我はそんなに、魔力も途中で切れちゃったからそこで止めたんだ」

「気絶するくらいやったならそれでいい。五百本はあくまで脅しだからな」

「……本当かな」

 

 懐疑的な目線で見られている。

 俺と同じ量の修行をすればぶっ壊れるのは理解しているし、世間の常識で考えれば普通でない事も知っている。だがそれとは別問題で俺が耐えられたのだからそれよりハードルが低い鍛錬内容程度なら皆出来るだろうと思っていたのだ。

 

「どれくらい精度は増した」

「前半はそこそこ、後半は殆ど弾かれたから少しずつ硬くしたよ」

 

 伝えなくても本質を理解している辺り流石だ。

 

「……今のうちに落書きしとくか」

「ロア?」

「冗談だ。その氷を収めてくれ」

 

 ニコニコ笑顔で圧力をかけてきた。

 くそっ、計算外だ。いつの間にここまで仲良くなったんだ。

 俺はただ普段の仕返し(※いつも殴られてるのは自分が悪い)がしたいだけなのに……! 

 

「おのれ女の友情。ルナさん、ステルラを抑えろ」

「お断りします。あ~あ、トラウマ刺激されて涙出そうですよ」

 

 こいつっ……!! 

 

「ルーチェ! 起きろ、俺にはお前しかいない!」

「見苦しいですね……」

「本当に、こう……普段が酷過ぎて……」

 

 前門のステルラ、後門のルナ。

 こうなればルーチェに助けを請うしかないが未だ目を覚まさない眠り姫仕様である。

 眠り姫は人を殴ったりしないんだよな。ていう事は別に眠り姫じゃないしヒロイン扱いしなくてもいい節がある。深窓の令嬢ってのはルナさんみたいな人の事を指すのであってやはりルーチェは違う。おてんばお姫様というより武闘家である。

 

「誰が野盗ですって……?」

「そこまでは言ってない。落ち着け」

 

 ルーチェが目を覚ました。

 魔力が切れて既に身体強化は使えない筈なのに他二人に比べて迫力が増している。

 

「フ…………訓練の成果が出」

「ふんッッッ!」

 

 この後、日が暮れてから俺は医務室のベッドで目を覚ました。

 

 顎に殴打の跡があった。

 痛みはないし変形もしてないが、恐らく一撃で沈められたのだろう。

 よく一回真正面から戦って勝ったな。過去の自分を思わず褒めたたえてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話

 あくびを噛み殺しながら歩く。

 

 昨日は酷い目に遭った。

 まさか失神した俺を医務室に放置してスタコラ帰宅するとは思わなかった。俺たちの友情はその程度のもので、心配はされても看病はしてくれなかった。

 

 深い悲しみに包まれた俺は悲壮感を漂わせながら自宅へと帰宅したのだ。

 あ〜あ、一人っきりで家に帰るの寂しいナ〜〜。そんなオーラを漂わせていたのにも関わらず誰一人として俺のことを待っていなかった。当然のように家の中に入り込んでいた妖怪紫ババアに安堵すらしてしまったのだ。

 

 失態だ。

 

 しょうがないから晩飯を二人で食べて久しぶりに組み手をした。

 雷耐性があるとは言えビリビリするし筋肉は動かなくなるしで普通に最悪なんだよな。人体の構造上電撃は相性が悪すぎる。

 

 おかげでスッキリ眠れたからよしとするが、今日は一言いうつもりである。

 

「…………しかし、早く来すぎたな」

 

 いつもなら爆睡かましてる時間帯なんだが、今日は幸中の不幸(誤字ではない)で師匠が泊まりだった。

 電撃で叩き起こされるし朝飯もしっかり食べてきたし笑顔で見送られた。ここまでされてサボろうと思うほど薄情な人間ではないゆえ、仕方なく学園に足を運んだのだ。

 

「誰かいるか」

 

 扉を開い中の様子を見る。

 窓際で突っ伏している奴が一人いるだけで他にはどこにも姿が見えない。

 女子生徒──あれ、ルーチェか。随分と早起きだな。

 

「おはよう」

 

 声をかけてみるが返事はない。

 早起きだと言ったな。あれは嘘だ。コイツ爆睡してるぞ。

 顔をうまいこと隠しているが俺に躊躇いは存在しない。ちょっと顔の向きをずらして寝顔が見える角度へと揺らしたが、それでも意識を取り戻すことはない。

 

 小さな寝息が僅かに聞こえるだけだ。

 

「いびきはしないタイプか……」

 

 俺はいびき所か周囲を魔獣に囲まれた状態で生きてきたから図太いとかそういう次元ではなくなってしまった。即死しない限りは受けて反撃するくらいの防衛システムは自分で確立してあるのでそういう点で問題ない。

 

 あ? 師匠の電撃はどうしたって? 

 

 ……………………。

 

 細かいことは置いておき、とりあえず寝顔を観察する。

 

 流石に泊まり込む訳にいかないからな。

 男女はある程度の年齢を越えれば寝床を分けろなんて言葉があるくらいだし、ルーチェが性欲の怪物へと成り果てて俺を襲う可能性は無くはない。俺が襲う可能性もあるにはあるが、正直ちょっと枯れ気味なのを自覚してるのでそこは多めに見て欲しい。

 

 性的快楽より堕落してたい。

 

「さてさて、どうしてくれようか」

 

 筆記用具を取り出す。

 今日一日は消えないペンで落書きしてやるか。

 内容は、そうだな……『†薄氷†』とかにしとくか。『卍フロス卍』でもいい。悩みどころだな……

 

「ここは『卍薄氷卍』で統一感を出していくのがベストか……」

 

 頬を触りつつ、ゆっくりと太い方で文字を書いていく。

 今思ったんだがこの漢字だと字が潰れるな。額に書くのは趣味が悪いと思うから頬で我慢するが、薄がバカつぶれて何書いてるか分からなくなってしまいそうだ。しかし後悔先に立たず、既に『卍』を刻んでしまった。

 

「くっ……どうする」

 

 やはりフロス? 

 卍フロス卍しかないのか。

 

「…………何してんの」

「ああ。ルーチェが無防備に寝顔を晒しているから悪戯書きをしようとしている。候補は『卍薄氷卍』だったんだが、文字が潰れてしまうからな……」

「……………………そう」

 

 全く。

 俺は今忙しいんだよ。

 この話し声でルーチェが目を覚ましたらどうする、俺の生命ここで途切れるぞ。

 

「ところでロア。血文字ってお洒落だと思わない?」

「野蛮すぎるな。ルーチェは戦化粧と勘違いしてつけるかも知れんが」

 

 血文字は趣味ではないが、ダイイングメッセージは床に残した。

 犯人はルーチェ・エンハンブレ。俺の陥没した顔面と教室に散らばった血液が全てを証言してくれるだろう。最期に見たルーチェは冷め切った瞳と対象的に、仄かに赤く染まった顔が印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 #第三話

 

「おっ、クソボケ君じゃないか」

「ぶっ飛ばされたいのかカス野郎」

「おお酷い酷い。僕は君の顔に書いてある文字を読んだだけなのに」

 

 クソが。

 

 確かに寝ている女性の顔にいたずらしようとした俺が悪いのは認めよう。

 一歩間違えば法機関へと突き出されていてもおかしくはない。だが、だがな。それ以前に俺は殴られて失神させられているのだ。

 

 その仕返しをしようとしたのに返り討ちにあった俺が蔑まれるのはこの世が狂っているとしか言いようがない。

 

「あら、お洒落ね」

「出たな蛮族」

 

 頬に『卍』と刻んだ女、ルーチェ。

 俺の血は頑張って落としたのだろう、その気遣いと努力を俺にも向けて欲しい。

 

「左頬にボケ、右頬にクソ。お前は俺に恨みがあるのか」

「目には目をって言うでしょう?」

「おれは一方的にやられているんだが……」

「年頃の女の子の寝顔を見た罰ね」

「そこまで言うんだったら責任取ってやろうか」

「…………バカね、冗談よ」

 

 はいおれの勝ち。

 こう言うのは恥じらいなく躊躇いなく恥ずかしいことを真顔で言った奴が勝つんだよ。

 ポーカーフェイスは任せとけ、この世界でも随一の表情筋を持っている俺だからこそ仕掛けられる勝負だな。あ〜あ、また一つ勝利を刻んでしまった。

 

 負け越してるだと? ぶっ飛ばすぞ。

 

「図太いよねぇ」

「人生図太い奴が得をする。俺は出来る限り損をしたくないからな」

 

 て言うか図太さで言えばお前がナンバーワンだから。

 正直さと失礼さを履き違えて生きているとしか思えないアルだが、コイツはわかっててやってるので本当に性格と趣味が悪い。

 

「なんでコレを選んだの?」

「私が聞きたいわ…………」

 

 やれやれ。覚悟しろよ、俺は一度捕まったら逃げる気はないからな。

 

「自信満々に言う事じゃないのよ」

「うーん、ロアって感じ」

 

 失礼な連中だ。

 俺はこんなにも自分に正直に生きているのに、世界は俺を認めてくれない。

 この理不尽さを幾度となく嘆いているのに世の中は変わらない。やはり自分で世界を変えるしかない、か……

 

「クソボケくん、宿題出してよ」

「ンだとこの野郎。俺は相手が女でも手を挙げる男女平等の使者だぞ」

 

 なぜこんなにクラス内でのヒエラルキーが低いんだ。

 これでも順位だけなら結構上なんだが。一年生全体で鑑みれば上位一割には喰いこんでるんだが? 

 

「普段の行いでしょ」

「普段の行いだねぇ」

「解せん」

 

 ちょっと面倒くさがりでちょっとやる気ないだけじゃないか。

 ルーチェに昼飯集ってるとか、ルーチェを揶揄ってる度に殴られてるとか、ステルラとルーチェに挟まれてるとか、たまにルナさんが遊びに来るくらいで……俺は特に何もしてない。だからか、何もしてないから余計ヘイトを集めているのか。

 

「謎は解けた。これからは自己評価の上昇に励もう」

「多分そういうトコだと思うよ……」

 

 アルが呆れ顔で指摘する。

 

「フン。そんなに言うならいい、俺の評価は俺の事を知る奴だけが下せばいい」

「その結果がそれなんだよねぇ……」

 

 ああ言えばこう言う。

 くどい奴だ、俺はこの話題からさっさと次に変えたいのに。

 こうなればルーチェに話題を転換して押し付けるか。順位戦の話に切り替えれば問題ないだろう。

 

「それはそうとルーチェ。お前何時申し込むんだ」

「…………来週には」

 

 随分と弱気だな。

 今のうちに堂々と申し込んでおけばいいだろうに、乗り気じゃないらしい。

 

「まあまあロア、きっとルーチェにも考えがあるんだよ。決してビビってるとかそういう訳じゃなく゛ェ゛ッ」

 

 潰れた声を発しながら床へ沈んだアホは放っておいて、ルーチェの事情でも推察しようか。

 

 ぶっちゃけた話考えるまでも無いが、コンプレックスの要因となった人間に対し『戦いましょう』と言えるのは相当心臓が強い奴だけだ。

 ルーチェの心臓が強い訳もなく、図太さも無いし繊細だしメンタルズタズタのボロッカスなので無理に決まっている。じゃあどうやって挑むんだよと言われると────……どうやって挑むんだろうな。

 

「……来週じゃ遅いな。三日後だ」

「…………三日後、ね。そうするわ」

 

 自分でも思う部分はあったのだろう。

 反論なく受け入れたし、切っ掛けが欲しかったのかもしれない。

 

「そもそも確実に受けて貰えるのか」

 

 そこが不透明だ。

 いくら確執が存在するとは言え、ルーチェは現時点で九十位の格下である。十二使徒門弟として既に選ばれているとしてもわざわざ戦うリターンが見えてこない。

 

「受けてくれなかったら詰みだ」

「受けるわ」

 

 ……そうか。

 

「必ず受ける。

 そういう奴なの」

 

 確信を抱いているならいい。

 後に待ち受けるトーナメント、そこにルーチェが参加するのかしないのか。俺達は前座すら迎えていない準備段階に過ぎないのだ。準備にすら参加出来ない、なんてかわいそうだと思わないか。

 

 俺は戦いたいとは思わない。

 

 だがルーチェは別だ。

 ルーチェは友人であり、イイヤツであり、俺に対して好意的な言動を示してくれる。

 自分に対して好意的な人間に対して悪意を持つわけもなく、手を差し伸べるのは当然の行動だろう。

 

「ならいい。手でも握ってやろうか?」

「いらない。その位自分でやる」

 

 不敵な笑みを浮かべながら闘志を漲らせている。

 

 相手には回したくないな……

 どいつもこいつも戦いになった途端ギラギラしてやがる。

 価値観の相違で済ませられる話ではなるが、狼共の群れに放り込まれた羊の気分だ。出来るだけ俺にヘイトを寄せ付けないで貰いたい。

 

「じゃあステルラにもっと厳しくて良いって伝えておく」

「……程々にして」

「程々じゃ意味が無いだろ。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。その狭間を交差するからこそ伸びるんじゃないか」

「なんでこの時代にこんな価値観が生まれたんだろうね」

 

 えぇ~~。

 俺はこうやって育ったからな。

 お前らもこうやって強くなれる手段があるのはいいじゃないか。逆に言えば俺は既にこの手法で強くなれる限界に到達しているから他の連中は伸び代しかないという事だ。

 

「未来は明るい。エイリアス式スパルタ鍛錬として塾を開くか」

「児童虐待で訴えられるのがオチね」

「死んでも生き返れば死んだとは言わないんじゃないか」

「それは殺人って言うのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、ステルラとルーチェが移動した後。

 

 正直氷魔法について勉強不足なので図書館まで本を借りに来た。

 こういう時専門的な書物がたっぷり保管してあるのが非常にありがたい。俺は貧乏だからな、収入ゼロなので本を買う金すら持ち合わせていない。普段読んでる本? あれは師匠に買ってもらってるからノーカン。

 

「教科書教科書教科書…………」

 

 しかし、広い。

 本は物理的にも場所を取るから、国で一番の図書館を作るともなれば相応の土地を要求される。

 こんな首都の中心部に堂々と作れたのは国を平定した功績からなのか、行政的に鑑みて問題ないと判断されたのだろうか。

 

 俺は子供ではあるが、街一つ作るのにとてつもない労力が支払われる事くらいは理解している。

 

 ……一度、魔祖と話をしてみたい気もする。

 学園長として数十年務めてきて、彼女は変わったのだろうか。

 俺の記憶は確かに過去の事を精彩に映し出してくれているが、果たしてそれは今でも通用するのか。

 

 英雄を絶対視しないと誓った筈なのに、気が付けば記憶を頼りに生きている。

 

「…………愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。その通りだな」

 

 頭をぶんぶん横に振って、思考を切り替える。

 俺は賢者にはなれない。それは幼い頃に悟っていた。

 だからこそずっと、それこそ無意識に────英雄を盲信していたのか。

 

 気が付けた。

 それだけでいい。

 

 俺はそのまま盲信するのではなく、その記憶を元に自分の答えを導き出せる。

 ほんの少しの差だがその少しが大切だと、俺は思う。

 

「まだまだ子供だな……」

 

 師匠と長く過ごし、ロカさんに会い、エミーリアさんに出会った。

 

 俺は英雄じゃない。

 では、この思考は一体誰の物だ。

 

 ステルラに抱く感情は、ルーチェに懸けた思いは、ルナさんが見た俺は。

 

 悩むまでも無い。

 俺は俺、ロア・メグナカルトだ。

 

 …………しかし、今回は(・・・)急に来たな。

 時々来るのだ。特に不調でも何でもない時に、ふと思い詰める。

 

 以前にもあったような気がするし、これが初めてかもしれない。

 そんな不透明な浮遊感が胸の内を巣食っている。

 

 俺以外の誰かの記憶があるのが原因だろう。

 

 少なくとも俺はそう思っている。

 子供の頃は無邪気に「前世の記憶」なんて考えていたのに、今は負担であり祝福である。

 別に苦しんでたりはしないんだがな。ただ、ふとした瞬間に浮かんでくる。

 

 それだけだ。

 

 俺がそうしたいから、こうやって人の手助けをしている。

 面倒くさがりな俺もお節介を焼く俺も、矛盾しているがどちらも俺だ。

 

 以上、言い訳終わり。

  

 目当ての本を手に取って図書館を後にする。

 貸出は魔力で自動的に判別してくれる便利機能になっている。

 肉体的な修行は既に習熟したと言ってもいいだろう。それよりも俺に必要なのは魔法的知識。

 

 対策も兼ねてルーチェの訓練にも生かせる、正に一石二鳥という訳だ。

 

 ヴォルフガングとの戦いで目の当たりにし、ルーチェとの戦いで相性を理解した。

 待ち受けるステルラに対策しないのは愚の骨頂、努力を忌み嫌う俺ではあるが――――それ以上に敗北が嫌いだからな。

 

 ルーチェがギラギラ闘争心を剥き出しにするように。

 

 俺も奥底で煮えている想いがあるのだ。

 

 ただアイツに勝ちたい――――そんな純粋な感情が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「君がロア・メグナカルトで合ってるかな」

「……そうですが」

 

 マジで見覚えのない人に話しかけられた。

 俺も有名になったものだ。幼い頃から承認欲求は薄い方だが、誰も彼もが俺の存在を知っているというのも心地いい。

 

 有名になった末路に明るい未来が見えないからだろうか。俺は自分自身で宣伝する気はないし、誰かに評価しろと強請る事もない。

 ありのままの俺を見てくれる物好きさえ居ればそれでいいのだ。

 

「ふ~む…………ルーチェと仲がいいそうだね」

「家族の方ですか」

「ああいや、家族ではない。顔見知りではあるけど」

 

 ……………………。

 

剛氷(アイスバーグ)────ブランシュ・ド・ベルナール。順位戦圏外の俺に何の用ですか」

「もしかして僕の事知ってた? 参ったね、そんなつもりで来た訳じゃあないんだ」

 

 肩を竦めながら苦笑を浮かべる。

 警戒している訳ではない。だが、俺が仲良くしていい立場ではない。

 ルーチェのメンタルが鋼だったら仲良くしても怒らないかもしれないが、少なくとも『倒さないと色々ヤバい相手』と俺が認知しているのにも関わらずそっちのけで仲良くされては良い気持ちはしないだろう。

 

「聞きたいことが有ってね。ルーチェが僕に順位戦を挑もうとしてる、そんな噂を耳にしたのさ」

 

 どこから漏れたんだよ。

 教室で話してる時だな。別に隠してる訳でもないし別にいいんだが、そこでどうして俺に来るのか。本人探せばいいじゃん。

 

「だとしたら、どうします?」

「……どうもしないよ」

 

 白い髪を柔らかく靡かせつつ、ブランシュは続けた。

 

「僕に出来るのは待つことだけ。一歩踏み出す勇気が付いたなら、改めて来て欲しい。そう伝えておいてくれ」

「……アイツは受ける事を確信していたが」

 

 そう言うと、少しだけ驚いた顔をした。

 

「…………そうか」

「ええ」

 

 足を動かす。

 これから飲み物の差し入れをしないといけないからな。ここでうだうだしている訳にもいかない。

 まあ、アレだな。ルーチェの言う程クズで最低な奴と言う印象は受けなかった。表面上だけの付き合いだから、かもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第四話

 

 

「という訳でさっき会って来たぞ」

「…………は?」

 

 魔力切れでぜぇはぁ言ってるルーチェに飲み物を差し出して自分も飲みつつ報告する。

 俺はあンま〜〜い飲み物より少しほろ苦い程度を好むのだが、今日はお店の人が間違ってゲロ甘砂糖尽くしトロトロジュース。クソが、間違えるならせめてもっとマシなのにしてくれよ。

 

「…………ステルラ。飲め」

「ありがとうっ」

 

 ニコニコしながら俺が口を付けた場所から躊躇いなく飲み、ジュースが喉を通過したあたりで微妙な顔をしている。

 

「……あま」

「お前が言う程性根が腐っている風には見えなかった。少し会話しただけだから上手いこと隠している可能性もあるが」

 

 仰向けで天井を眺めていたルーチェは身を起こす。

 

「お前のことを待っている、とも言っていたが」

「…………あっそ」

 

 拗ねるな拗ねるな。

 誰もお前の味方をやめるとは言ってないだろ、これだからコミュ障拗らせ野郎はよォ〜〜〜。無言でルーチェの前に立ち、膝を折って視線を合わせる。疲労感で朦朧としているのか、どこか空虚な瞳だ。

 

「進捗はどうだ」

「結構捌かれるようになっちゃった。全力の八割くらい」

 

 ステルラの八割を捌けるのか…………

 もう俺より強くね? 勘弁して欲しいんだが、なんでコイツらはそんなに習得するのが早いのだろうか。俺はステルラとの戦闘をずっと避けているからどうなるかわからないが、全力(氷以外、使用できる魔法全てを含む)の八割とか捌ける気がしない。

 

 今は奥の手が存在するから勝ちの目はある。

 だが素手で相対するのはぜぇ〜〜〜〜ったい無理。勝ち目がない。

 俺は勝てる戦いしかしないんだ。

 

「明日朝一番で殴り込みだ。向こうの教室まで行くぞ」

「……一人でいいわ。いいえ、一人がいい」

 

 鋭い視線で返してくる。

 いいね、バチバチしてる。

 こんだけ漲ってれば気持ちで負けることはないだろう。あとは実力で弾き返すしかない。下馬評は圧倒的に負けだろうが、んなもん吹っ飛ばすだけだ。

 

「フッ……今日はルーチェの家で飯だ。俺が作ってやろう」

「明日は雪かしら」

「たまには労ってやろうと言う俺の優しさに泥を塗ったな」

「冗談よ。……それは、勝ったらにして」

 

 要らない、とは言わないんだな。

 素直になってきたじゃないか。ツンツンしてるルーチェも俺は好きだが、ツンツンの中に少しずつ素直さがにじみ出てきて本来の性格の良さが分かる方が好きだ。一から十まで全部説明するような物語より、匂わせる程度の描写が特徴的な物語が好みだからな。

 

「むむむ……、私も食べたい!」

「食い意地張ってるな。太るぞ」

 

 女性に太るは禁句だったな。

 以前師匠に言ってボコボコにされたのを忘れていた。やはり師に似て電撃をすぐ出してしまう癖があるようだ。

 ステルラは師匠と違って優しいから出力をめちゃくちゃ抑えめにしてるのでノーダメージである。見た目的には若干焦げてるかもしれないが俺は電撃耐性だけはアホみたいに高いからな。

 

「冗談だ。そんなに俺の手料理が食べたいのか」

「うん」

 

 …………そうか。

 

「まあ、気が向いたら作ってやる。お前の好みが変わってなければな」

「ロアの作ってくれる物ならなんでもいいな」

 

 ……………………そうか。

 

「チッ……何イチャついてんのよ」

「妬いてるのか? かわいい奴だな」

 

 魔力が切れているとは言えルーチェは武術の達人である。

 胴体を突き抜ける衝撃は一般男性のものと比べても数段上であり、それすなわち俺の腹筋を通り越し内臓へとダメージが入ることを意味している。

 

「ぐ、おおおお……!」

「自業自得ね」

「自業自得だね……」

 

 内臓は鍛えようがない。

 その弱点を的確に突いてくるとは……末恐ろしい奴だ。

 

「あ、ヤバい。さっきの飲み物出る」

「キモ……」

 

 お前がやったんだからな? 

 あまりにもストレートな暴言に俺の涙腺は刺激され涙を流し始めた。こんなにも惨めな思いをなぜ俺がしなければならないんだ。俺はただ純粋にルーチェを揶揄いたかっただけなのに……! 

 

「おのれ世界の不条理。俺は認めない、これが世界の本質だとは」

「いつもの発作だね」

「コイツなんでこんなんなの……?」

「そのこんなん(・・・・)を甘やかしてくれるお前らはやはりいい奴だ。俺が選んだだけはある」

「誰目線なのよそれ」

 

 頭に手を当ててため息を吐くルーチェ。

 

「気は紛れたか?」

「頭が痛くなりそうね」

「それは大変だ。俺が手当てしてやろう」

 

 手当てというのは、文字通り手を当てることでなんとか効果が発揮され痛みが和らぐから手当てを言うらしい。

 ルーチェの頭に手を当てる。

 

 頭を撫でられて気持ちよく感じるか否か。

 これは個体差が存在する。より具体的に言うなら幼い頃の経験や異性との交友関係、そう言ったものだ。甘えたがりの寂しがり屋なんかが分かりやすい例だ。誰かに優しくして欲しい、慰めて欲しい、かまって欲しい。誰もが持つ原初の欲求であり、誰もが抱える心の内である。

 

「よーしよしよしよしよし」

「台無しなのよね」

 

 わしゃわしゃしてから手を上に離せば静電気で髪が浮き立つ。

 

「ハハっ」

「死ね」

 

 二度刺す、か。

 虫の中には人を二度刺すだけで殺せる猛毒を持つ個体もいる。

 ルーチェはそう言う類だ。俺の腹を二度も潰した攻撃の余波は確実に全身を蝕んでいる。

 

「それは怒られると思うな」

「す、ステルラッ……俺を助けてくれ」

「しょうがないなぁ」

 

 チョロいぜ。

 これが幼馴染みパワーだ、覚えておけよルーチェ。

 この安心感と安らぎが俺を覇道へと誘った。あれ? 全然安らいでないじゃんか。むしろ巻き込まれてんだよな。

 

「そう言えばロア、トーナメント出場確定してる人達のことは調べた?」

「どうした藪から棒に」

「ルーチェちゃんが勝った後のことも考えないとさ、準備しないと大変でしょ」

「……調べてはいない。アルに聞いた」

 

 なかなかに面白い話だった。

 一番上から順番に、おそらく確定しているだろう人物たち。

 

「テリオス・マグナス。

 テオドール・A・グラン。

 ソフィア・クラーク。

 マリア・ホール。

 プロメア・グロリオーネ。

 アイリス・アクラシア。

 とりあえず俺が聞いたのはこれくらいだ」

 

 人の名前を覚えるのは得意ではないが、何度か聞いていれば流石に覚えられる。

 授業の合間を縫って教えてもらったのだが誰と当たっても苦戦は免れない。それくらいの強者たちが集まっている。

 

「どいつもコイツも天才ばかりで腹が立つ。もう少し俺に手心を加えてくれなければ泣く」

 

 実際に戦うのはもう少し後だが既に絶望している。

 絶対強いじゃん。試合映像とか無いからどうにもできないけど百%強いじゃん。

 

「連戦はしたくないな……」

「全くだ。二日ほど日を跨いでからゆっくり戦わせてくれ」

 

 俺は相手に対して対策できることがないからな。近づいて斬る、それ以外に作戦はない。

 故に対策を取られてもそれに対応できる程戦い方は豊富ではないし、なんならヴォルフガングとの戦いで既に手の内を晒しまくっている。

 

「肝心のブランシュの情報を全然知らないんだが」

「バカでかくてバカ硬い氷を扱うわ」

「わかりやすくていいな」

 

 小技を効かすと言うより火力といった方向性か。

 そのくらいわかりやすい方がいい。才能ある人間が小技を使うとか勘弁して欲しい。凡夫に抵抗できる僅かな可能性を消し飛ばしている。

 

「……今なら、やれる」

 

 拳を握りしめ、楽しそうに笑いながら呟いた。

 

「今なら、勝てる」

 

 ……怖ぇ〜。

 俺と戦うときこんな感じだったよな。

 やっぱり戦闘に狂ってる節がある。ルーチェもヴォルフガングも、十二使徒の子供ってのはこれがデフォなのか。

 

「感謝するわ、ステルラ(・・・・)

「がんばってね、ルーチェちゃん」

 

 おお……

 コミュ障二人が仲良くしている。

 喧嘩してるような仲よりこっちの方がずっといい。俺はそう思う。

 

「両親は見にくるのか?」

「……来ないわよ、ただの順位戦だもの」

 

 前に来てた気がするけどな。

 て言うかこないだ来たときに絡まれなかったのが奇跡だ。

 あんな公衆の面前でイチャイチャしてて親御さんに怒られなかったのが何よりも助かった。やはり娘交友関係に口を出しづらいのはどこも一緒なのだろうか。いや待て、試合中の言動だけで見れば俺はそこそこストレートなイケメンだ。「まともそうだね」で結論が出て特に触れなくていいと言う判断をしたのではないか。

 

 普段の俺と試合中の俺は大分差がある。

 

「来るといいな」

「…………そうね」

 

 少しだけ残念そうに、それでいて嬉しそうに呟いた顔が印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────翌日。

 

『────さァ、注目のカードです! 

 十二使徒門弟が一人、ブランシュ・ド・ベルナールに対するは────』

 

 坩堝にて、会場の盛り上がりが最高潮に達すると同時に入場してくる。 

 冷たく鋭い刃物のような雰囲気を漂わせ、近づこうとする者を悉く斬り付ける冬の辻斬り。

 

『魔祖十二使徒第四席・第六席が三女!!』

 

 その名を堂々と掲げ、一歩前へと踏み出した。

 

『ルーチェ・エンハンブレッッッ!!』

 

 因縁へと。

 

 

 

 



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第五話

「……まさか君と戦う日が来るとはね」

 

 腹の立つ苦笑いと共に言葉を吐き出した。

 

 幼い頃から劣等感に塗れていた。 

 周りの視線と自己評価の相違に気が付くことも無く、自分は偉大な両親の血を受け継いでいると確信していたあの頃。間違いなく自分も後を継げると思っていた幼き頃。

 

「家を飛び出して早数年────僕は生まれ持った才を育てる為にも、師の元に弟子入りした。君はどうしていた?」

「決まってるでしょ」

 

 相変わらずムカつく男だ。

 自覚しているのかしていないのか、そこはどうでもいい。だがとにかく癪に障る男だった。

 昔からそうだ。人の事を小馬鹿にするような態度と仕草、そして言葉遣い。表面上を取り繕っただけの薄っぺらな仮面の底には他者への絶対的な侮蔑が含まれている。

 

「アンタをぶん殴るために必死だったわ」

 

 母様も父様もそこに目を瞑った。

 私が才能を持ち合わせなかったばかりに、諦めさせるためにもそうしたのかもしれない。

 

 現実の難しさ、夢の重圧。

 

 本人がどれだけ願っても叶わない事がある。

 

「見掛けだけのクソ野郎。死んでも楽しんでやらない(・・・・・・・・)

「……やれやれ、嫌われたものだね」

 

 会場の盛り上がりは既に消沈した。

 好き勝手に他者の因縁を面白がり、レッテルを貼り付けるこの文化が好きじゃなかった。

 他人に失望されるのが嫌いだ。私だって努力しているのに、どうして責められなければいけないのか。それこそ死に物狂いだったのに、どうして皮肉を言われなければいけないのか。

 

薄氷(フロス)、ね。君らしい名前じゃないか』

 

 うるさい黙れ。

 

 自分が一番理解っている。

 

 自分自身に期待するのが嫌いだ。

 どこかの誰かさんのように、あーだこーだ文句を言いながら何かを通せる強さは無い。

 

 息を一度整えてから、ゆっくりと吐き出す。

 吐息に混じる冷気。血は嘘を吐かず、私には正しく受け継がれている事を証明している。どうしようも無い程に悪い組み合わせになってしまっただけで、受け継がれているのだ。

 

「…………始めましょう」

「僕も準備オッケーだ。何時でもどうぞ」

 

 

 

 

 

 

 # 第五話

 

 

「正面から戦えば負けるだろうね」

 

 静まった会場内。

 嵐の前の静けさ、まさしくそう表現する他ない空気感へと変貌している。

 明らかに確執がありそうな睨み方をしているルーチェにそれを飄々と受け流しているブランシュ。

 

 登壇したキャストを放置し、アルが楽し気な表情で語る。

 

「そう言ってやるな。戦意が下がる」

「逆さ。ルーチェが素直に聞く訳無いじゃないか」

 

 ケラケラ笑っているが、聞き耳を立てていたのかルーチェが明らかに此方を見ている。

 もしかしなくても俺もターゲット扱いされているのか。自己主張の激しい青筋と眉間に寄った皺が殺意を如実に表していて怖い。

 

「おまえ終わったら覚悟しとけよ」

「怖いねえ……僕の知ってる淑女ってのはお淑やかで慎ましい気性だったよ?」

「実家が太くて良かったな」

「利用できるモノはなんでも使う性質(タチ)でね」

 

 もうやだこいつ。

 ただの金持ちじゃないのはわかってんだぞ。このクサレ公爵一族め。

 

「ああでも、子供の頃のルーチェは静かで気品のある子だった気がする」

「パーティーか?」

「その通り。僕はご覧の通り後継としては不合格だからね、あくまで兄が主賓だったよ」

 

 どうりで謎の情報ラインを持っているわけだ。

 子供の頃のアルはこんな風じゃなかった筈なのにどうしてこうなってしまったのだろうか。

 

「ブランシュ・ド・ベルナール。恵まれた血統があるわけでもなく、一般家庭の出自。それなのに魔祖十二使徒門下に入れたのは本人の才覚とそれを活かす努力を重ねたからだね」

 

 個人情報とかそう言う概念はやはり持ち合わせていないらしい。

 いやまあ、噂程度なら俺も耳にしたが……そんな出自とかそこまでは興味ねぇよ。お前絶対実家特定済みだろ。

 

「ジャンルで言えば君のお姫様と一緒さ」

「だが、アイツほどのイカれではない」

「イカれって何さ!」

 

 いつの間にか横にいたステルラに話を聞かれていたらしい。

 ポカポカと肩を殴ってくる。身長は俺が唯一勝っていると言っても過言ではない部分なので堂々と見下ろしてやるのさ。体格差による圧迫感と屈辱を味わうがいい。

 

「確かにそれもそうだ。いまだに魔法を素手で弾いた仕組み理解してないんだけど、アレってどう言う理屈なんだい?」

「知覚されない程度の魔力を一瞬だけ直撃する部位に展開して弾いただけだよ」

「…………??」

 

 アルが笑顔のまま固まっている。

 現実を受け入れるのに必死なようだ。

 

 要約すると、今回ルーチェにひたすら積ませたトレーニングの完全上位互換である。

 

「……雷魔法ってさ、直撃だけがダメージ源じゃない強力な魔法だよね。速度と比例しない拡散性能の所為で難易度が高い、それ故に使い熟せれば防ぐのは難しいって言う…………」

「いやだなー、雷魔法の動き方くらいなんとなくわかるもん。私、紫姫(ヴァイオレット)だよ?」

 

 現時点で世界最強の雷魔法使いは師匠だが、それと比肩するのが我が幼馴染み兼宿敵兼悪魔である。

 紫姫(ヴァイオレット)の名を継いでいるのは伊達ではないのだ。そう言われるほどの実力を兼ね揃えているからこそ呼ばれるのである。

 

「十二使徒の二つ名を継いでるのは皆こんなのばっかりだ」

「…………君、よくヴォルフガング君に勝ったね」

「運が良かった。次はないな」

 

 今更俺の凄さを認識したか。

 ヴォルフガングが俺に負けた姿を見て勝てると踏んだのか、何人もの同級生や上級生が挑み──土を舐める結果となった。阿呆共め、俺が勝てたのは完全初見であり相手が対策を少しでも練らないように立ち回ったからだ。

 

 何かを極めているわけでもない凡人が甘い考えを持ったまま戦っていい奴じゃない。

 

「そんなお姫様に扱かれてたなら──ルーチェにも希望はあるね」

 

 実況席の方を横目で見れば、なんともまあ豪華なメンツが揃っていた。

 なんで魔祖十二使徒が普通にいるんだろうね、この学園。和気藹々としてるし、お菓子食ってんじゃないよ。

 

 実況解説は少し慣れ始めたのか順調に用意を終わらせたらしい。

 

『さて、両者共に準備は整ったようですので。

 十二位、ブランシュ・ド・ベルナール。

 九十位、ルーチェ・エンハンブレの順位戦!! 

 

 ────開始いィッッ!』

 

 先手はベルナール。

 

 自身の周囲に氷柱をいくつか生成しながら、足元より氷山を生み出し会場を埋め尽くさんと動く。

 小手調べにしては大規模に感じるが……

 

「上手い逃げだ」

 

 あえて氷山に足を引っ掛け上へと駆け上がる。

 空は自由な空間だ。本来ならば逃げ場所のない悪手だと言われるが、ルーチェにおいてその常識は通用しない。独学とは言え才覚を有した人間が鍛え続けた一つの魔法は、壁を越えることに成功するものだ。

 

『空中を蹴り(・・)ながら氷柱を回避しているぞ! これはすごい機動力だ!』

 

 前回の俺との戦いより更に洗練されている。

 

 なんで? 

 

 薄ら笑いを消し、少し真面目な顔つきになったベルナールが次の手段へと移行する。

 

「なるほど。薄く魔力の壁を張って踏み込んでるのか」

 

 おかしい。

 そんな特訓は一ミリも実行してないが、いつの間にかできるようになっている。

 隣にいるステルラを見てみれば満足気な表情で腕を組んでいるので、コイツが仕込んだようだ。

 

「魔力を込める、抜く、その動作を早く速くやれるように慣れば応用が利くからね。ちょっとルーチェちゃんに伝えたんだ」

「……ん? この理論を展開するなら、君は魔力でシールドを張れるのかい?」

「張れるよ? 防ぎ様のない火力は凌ぐしかないからね」

 

 なおその前提として、その「防げない火力」を上回る魔力量を瞬時に展開できる器用さが求められる。

 

「そうか、シールドか……その観点はあまり無かったね」

「アル君はどういう戦い方なの?」

「泥臭い戦い方さ。前のめりに動くだけの」

 

 俺たちが話している間にも試合は動く。

 氷柱(つらら)でダメだと判断したのか、今度は氷の巨大な柱を何本も生成。少しずつ接近しているルーチェに対して高速で射出した。

 

 だが。

 

『────砕いた! 砕きました、剛氷(アイスバーグ)と呼ばれる程の強度を誇るベルナールの氷を、その拳で打ち砕いた!!』

 

 正面から相対したルーチェは、ベルナールの氷を叩き壊した。

 もう薄氷(フロス)ではない。そんな呼び方などさせない。そう轟かせる様に、会場全体へと見せつけた。

 

「……やってやれ、ルーチェ」

 

 お前の人生だ。

 散々積み重ねた苦労を、今ここで──吹っ飛ばしてやれ。

 

 

 

 

 

 

 ────気分が高揚する。

 どうしようもない程に昂っている。

 

 楽しんでいる訳じゃない。

 ロアと二人で、閉ざされた世界で戦ったときとは違う。あの時はいつまでもいつまでも、二人っきりで混じっていたい。そんな気分に包まれていた。

 

 カタルシス、なんて呼び方をする。

 反逆の快楽だ。これまで積み重ねた私の人生そのものが、絶頂を迎えているのだ。

 

「…………ふふ」

 

 思わず漏れてしまった歓喜の感情をぐっと堪え、冷気が支配する空間で気を引き締め直す。

 

 自身の代名詞でもある氷山が通用しないと踏んだのか、足元の氷が徐々に溶かされていく。

 その表情は優れない。

 

 いい気味だ、ざまあみろ。

 

「どんな気分かしら? 剛氷(アイスバーグ)さん」

「……やれやれ。これじゃあ悪役だな」

 

 ため息を吐きながら、その手に氷の剣を作る。

 飛び道具は効かないから近接戦闘に切り替える、その判断は正しい。遠近両方を一人で熟せる才を持ち合わせるが故の傲慢さだ。

 

 パキパキ音を出しながら、ベルナールの周囲にいくつもの氷剣が展開される。

 

「成長したじゃないか。ルーチェ・エンハンブレ」

「アンタになんか褒められても何も嬉しくないわ」

 

 高速で飛来する剣を砕きつつ、一歩踏み込む。

 踏み込みにて大地を砕き、坩堝全体を揺らす大きな衝撃を伝える。

 

 一息吸い込んで────前進する! 

 

 自分の才覚が望んだものでは無かった。

 それでも、この瞬間だけは好きになれた。身体的限界(リミットオーバー)を越えるほどの身体強化を施した末に見ることのできる、この世界。

 

 全て真っ白に染まり、雑多な情報が全て消え失せたここだけは。

 

「私が────」

 

 全身全霊なんて、賭けてあげない。

 私が嫌いな人間に、私の全部を賭けることなんてしない。

 

 積み上げてきた恨み、妬み、負の感情と呼ばれる全て────今、ここで清算してみせる。

 

 私自身が認識できない速度で加速し、これまでの感覚通りに足を振るう。

 

『努力は嘘を吐かない』。

 私が一番嫌いな言葉で、一番好きな言葉だ。

 ……好きになったと、言い換えたほうが良いかもしれない。

 

 好き勝手振る舞って、そのくせ人のことをいい奴だのなんだの言って揶揄ってくる女泣かせ。

 奴のせいだ。全部全部、あいつのせい。

 

「────勝つの!!」

 

 取り戻した意識と景色を瞬時に把握し、ベルナールに向かって踵落としをお見舞いする。

 避けきれないと判断したのか受け止める姿勢に素早く整えるが──遅い。

 

 剛氷(アイスバーグ)なんて、叩き壊してやる! 

 

 氷の剣を砕き、肩へと足をたたき込んだ。

 地面が崩落し腰辺りまで大きく陥没した姿を逃さずインファイトを仕掛ける。

 

 剣の生成を並行しつつ捌こうとするがその表情は苦悶に満ちている。

 ダメージは通ってる。大丈夫、問題ない。

 

「──やるじゃないかっ!」

「おかげさまでね!」

 

 鋭く人体を裂くのに適した形の氷を整え振るうがそれは悪手だ。

 自身の代名詞すら信用できなくなった男に負ける理由はない。

 

 一瞬、わずかに視線をずらし後ろへと移動しようとした隙。

 踏み込んだ足から氷をわずかに展開して、ベルナールの足が引っ掛かるように調節する。

 

 焦りからか確認を怠ったのか、予想通りまんまと引っ掛かった。

 

「しまっ────」

 

 二の句は継がせない。

 腰を深く沈め、腕に力を込める。

 

 右腕を思いっきり引き、十分な溜めを用意できた。

 

 後ろに滑るような形で転がるベルナールに対し、思いっきり────叩きつけた。

 

 砂塵が舞い、土砂が崩れ、大地が割れる。

 確かな手応えを感じた。私にとっては未経験の初めての感触だった。

 

「…………頭でも冷やしてなさい」

 

 大地へ沈んだまま動くことのない奴に吐き捨てて、腕を掲げた。

 

『────勝者、ルーチェ・エンハンブレッ!! 九十位から十二位へ、奇跡のような繰り上がりだ!! 下克上が成った!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 





幕間ネッチョリやりたいので次回からやると思います。
遅れてごめんなさいなのだ。


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第六話

本気で間違って投稿して焦って非公開にして直してました。
申し訳ない……


「えー、ルーチェの勝利を祝いまして~」

「祝いまして~~」

「……やめてよ恥ずかしい」

 

 アルが乾杯の音頭をとり、ステルラが続き、ルーチェが恥じらう。

 なんと素晴らしい青春風景、なんと素晴らしい我が交友。この場が俺の家で、リビングで、死ぬほど持ち込まれたゴミの処理を俺がしなければいけないと言う欠点がなければ完璧だったのに。

 

「おい待て。なんで俺の部屋になったんだ」

「君が唯一お金を持っていなくて差し出せるものがなかったから」

 

 正論は時として暴力になるってことを知らないのか? 

 これだから人とレスバしたことのない貴族様は困るぜ、相手の事情も加味してどうにかこうにか受け止めてやるのが貴族の務めじゃないのだろうか。

 

「ステルラ、援護」

「もー、そんなこと言うならお肉あげないよっ」

「ルーチェ……」

「いい薬になりそうね」

 

 クソが。

 今日に限って師匠は遠くに出かけてるし、なんで俺はこんなに不遇なんだ。

 いや確かにルーチェが主役だし、アルが俺を気遣う理由も特にないし、ステルラも主賓を立てるのは正しいし……あれ、俺を庇える要素一ミリもなく無いか。

 

「……はぁ、そんな顔しなくてもお肉くらい食べればいいでしょ。辛気臭い顔しないでよね」

「やっぱお前しかいないわ」

 

 この圧倒的甘やかし力! 

 普段との差が激しすぎて風邪を引きそうだが、それこそがルーチェの真骨頂。俺が出会った人間の中で一番チョロくていい奴だと思う。

 

「見たかステルラ。やはりこれくらいの包容力が俺は欲しい」

「ぐ、ぐぬぬ……たまには厳しくしないとロアはダラけるからダメ!」

「ほーう? 嫌だと拒絶する俺を身体強化で無理やり連れ出したことを忘れたとは言わせないぞ。あ〜あ、そのせいでインドア派になったからナ〜」

「嘘つき!」

 

 頬を膨らませてプリプリ怒るステルラを宥めながら、早速料理に手をつける。

 俺は今回携わってないからよくわかってないが、もしかしてこれステルラが作ったのだろうか。できるとは思っているが、まさかこんな形で幼なじみの手作り料理を食べることになるとは……

 

「……美味いな」

「本当? それ僕が作ったんだよね」

「クソボケが失せろよホントに」

 

 気分が絶不調になった。

 お前今度こそゆるさねぇからな。俺の淡い期待を粉々に砕いた上にスプーンに料理を乗っけて「あ〜ん♡」とか言ってきた。今日ここがお前の命日に変身するとは誰もが思わなかっただろう。

 

「このアホ! 実家に言うぞ」

「はーはっはっ! 好きにするといい、僕は家から見放されてるからね!」

「胸を張るところじゃないんだが……」

「実家のことは兄さんがどうにかするからいいのさ。僕は僕、アルベルトとして見て欲しいね?」

「んぐんぐ……実家?」

 

 ステルラが首を傾げて聞いてくる。

 

「そんなに仲良しなの? ロアとアルくんのお家」

「いや、単に脅し文句にしてるだけだ。……なんだステルラ、知らないのか」

「私もロアも一般家庭出身だからねー、ルーチェちゃんのお家がとんでもなく大きいことは知ってるよ」

 

 その情報は初めて聞いたが、十二使徒ならばまあそれくらいはできるだろう。

 むしろあんな辺境で隠居気味な暮らしをしていたうちのおばあちゃんがおかしいのだ。エミーリアさんとか豪邸に住んでるしな。

 

「アルベルトの家はこの中なら一番デカい。権力的にも物理的にも」

「一応元公爵家だからね、その程度の影響力は持ってるよ」

「…………公爵家?」

「統一前、グラン公国に於ける最高権力者一族だとでも解釈すればいい」

 

 本当はもっと複雑だが、今の時代ならこの程度の認識でも十分だろう。

 

「公爵家って呼ばれてたのは何代も前の話、今は軍部と政界両面に関係者がいる程度の血族だよ」

「グラン家の異端児、なんて呼ばれ方してる男は言うことが違うわね」

「正しい認識さ。別に僕の家や血が優秀なのではなく、受け継いだ人たちがそれぞれ優秀だっただけ。勝手に期待される方が困るけどねぇ」

 

 チクチク価値観で戦うのやめてくれないかな。

 ルーチェが気にしてないから問題ないのだが、アルは狙って言ってそうだ。

 

「大体、今の在校生は突然変異の変わり種が多いからね。正統派はバルトロメウス君ぐらいじゃないか?」

「否定はしない。俺もステルラも、ルナさんもそうだ」

 

 純粋に強い人から、強い人間が誕生する。

 かつての大戦以前ならば幾度となく繰り返された悲劇ではあるが、今の時代となってはそうそう起こり得ない話だ。

 

「アンタの場合は勝手に変わり種になっただけでしょ」

「ハハ、そこを突かれると痛い。堅苦しい文化を兄が引き受けてくれたんだ、その分楽しまなきゃ損だ」

 

 兄────順位戦第二位だったか。

 きっとトーナメントが組まれなければ興味を持つこともなかっただろう。最高学年時に一位を取ればいいとしか思っていなかった故に、ほぼほぼノーマークである。

 

「どんな人だ」

「厳格で荘厳で潔白──を心がけている人」

「本当にお前の兄か?」

「血の繋がりは確かにあるよ」

 

 なかったら一大事だよ。

 

「さ、僕の話はここらへんにしておこう。今日の主役はルーチェだからね」

「それもそうだな。よく頑張ったな」

「……ん。ありがとう」

 

 素直なルーチェは扱いやすいが、それはそれとして茶化してやらないとなんか雰囲気違くてむず痒いので難しいところだ。

 

「次回が怖い内容だったよ」

 

 雰囲気が変わった。

 お前空気ぶち壊してるんだけど自覚あるかな。こういうちょっとした祝いの席でしなくてもいいだろ。

 

 そんな俺の懐疑的な視線は無視してアルは続けた。

 

「勝ちは勝ち。それは揺らぎない事実だけど────底を全く見せていなかった。これは一考の余地があると思うね」

「……ベスト(・・・)は尽くした。そう言っていたわ」

 

 真剣な反省会になりつつある。

 まあ、祝われている本人がいいならそれでいいが……

 

「ほほう! それはそれは、ふーん……?」

「ふーん?」

 

 アホ(アル)アホ(ルーチェ)が並んで顎に手を当てて思案している。

 

「……ははあ、そういう事か。中々悪趣味だな」

「わざと負けた。そう言いたいの?」

「いいや。わざと(・・・)じゃない、負けても良かったのさ」

 

 どういう事だ。

 

「要は最終的に君の邪魔に繋がればいい。そう考えたんだろうね」

 

 戦い、敗北する事でルーチェの邪魔になる。

 ……………………それより負ける方がムカつくよな。俺だったらそんな手は取らない。

 

 負けて煽られる方が圧倒的にムカつかないか? 

 

「それは君だけだね。煽り耐性も低いし沸点も低いのに自分を冷静沈着だと思い込んでいる異常者だから」

「お前マジで許さないからな。後で覚えとけよホント」

 

 ロア・メグナカルトは激怒以下略。

 

 だがしかし、今はルーチェの話なので飲み込むことにする。

 俺は何時だって冷静沈着清廉潔白質実剛健を地で行く男なのだ。一度煽られた程度で青筋を立てるほど若くはない。

 

「順を追って説明しよう。まずは前提、『彼にとって負けた場合の損得』だ」

「……トーナメントの出場権とか?」

「いいや。彼は魔祖十二使徒門下だから、初めから出場は決まってるのさ」

「受けて戦うことに意味がある……?」

 

 ルーチェ曰く、確実に挑戦は受ける。

 そういう奴ではあったらしい。本人たちの間にどんな確執があるのかは知らないが、約束でもしていたのだろうか。

 手を抜いて戦うってことは、対戦相手を舐めているという事。

 

「ベストは尽くした。そう言っていたんだね」

「…………ええ」

「本気を出したとは言っていない」

「だからと言って手を抜いた、という考えにするのは早計が過ぎる」

「勿論わかってるさ。だからこれは前提──彼は、負けても損をあまりしない。名誉が傷つくくらいさ」

 

 十分デメリットがあるんだが……

 アルベルトの性格の悪さとベルナールの性格の悪さ、何か共通点があるのだろうか。

 

「煽った相手に負けるという屈辱はあるけれど、それを引っくり返せる舞台があるとしたら?」

「…………理屈は理解した。だがそこまでして負けて一体なんの意味が──」

「ルーチェへの嫌がらせ」

 

 嫌がらせ。

 パッと思いつく内容はない。

 わざと負けた後に勝っても、「でもお前負けたじゃん」で論破できるからなんの得があるのだろうか。

 

「君みたいな図太い人間ならともかく、負けてもいい(・・・・・・)と考えながら手を抜かれた勝利で喜べる女だと思う?」

「……少なくとも俺がやったら絶交されてたのは間違いない」

「よくわかってるじゃない。死ぬだけじゃ済まさなかったわ」

 

 ルーチェの機嫌が少しずつ悪くなっている。

 冷気が滲んでいないだけマシか。

 

「それだけじゃない。ルーチェの手札を晒しつつ、自身の手札は隠す。そういう目的もあっただろうね」

「そこまで計算して負けてたら本当にタチが悪いな」

 

 考えすぎだとは思う。

 俺はベルナールの本性を知らない。本当にそこまでする悪辣さを持ち合わせているのか、過去にルーチェと何があったのか。

 

 それを知らない限りは勝手に想像で話すわけにはいかないのだ。

 

「とまあ確定的に喋らせてもらった訳だけど、これは僕の推測に過ぎない。手を抜いていたという事実はあってもその理由までは定かじゃないよ」

「…………フン、どうでもいいわ。今度は本戦でボコればいいだけよ」

 

 楽しそうな顔で笑うルーチェ。

 自信がついたようで何よりだ。

 

「……それに、今は一人じゃないもの」

 

 …………デレた。

 少し目線を下に逸らして恥じらいながら呟いた。

 お前、何時の間にそんな高等テクニックを身につけたんだ……!? 

 

「わ、わあ……聞いたロア! ルーチェちゃんがデレたよ!」

「ああ。こんなテンプレート的なスタイルに変貌するとは思ってもいなかった」

「うるさいわね!」

 

 やけくそ気味にアルの手作り料理を口の中に放り込んでいる。

 

「あ〜あ、子供の頃のルーチェはあんなに」

「それ以上口を開いてみなさい。二度と立ち上がれない体にしてやる」

 

 本気の脅しだった。

 アルが珍しく笑みをなくして冷や汗を流しているのだからその本気度合いが理解できる。

 子供の頃のルーチェ、普通に気になるんだが誰に聞けばいいだろうか。後でこっそりアルに聞いておこう。

 

「参った参った。それで子供の頃のルーチェはね」

 

 そこまで話を続けて、アルは音もなく崩れ落ちた。

 一撃で意識を刈り取ったらしい。インファイトを仕掛けたり正面突破的な部分もあるが、やはり本質的な部分は暗殺者ではないのだろうか。

 

 一応回復魔法をかけているステルラを尻目に話を続ける。

 

「子供の頃のルーチェ、俺は気になるな」

「聞くな。絶対聞くな」

「そう言われても気になる。大切な友人の幼い頃、独占されているのもなんだかモヤモヤする」

 

 具体的には俺も弄りに参加したい。

 幼少期ネタは鉄板だろ。ステルラはガキの頃、インドア派だと宣言している俺を強制的に外に連れ出す悪魔の子だった。魔法で俺を一方的に打ちのめしてきた事実も忘れてはならない。

 

 何? 

 俺が無駄に挑発するからだと? 

 

 …………フン。今日はここまでにしておいてやる。

 

「……そんなに知りたいの?」

「ああ。お前のことは(ネタに出来るから)なんでも聞いておきたい」

「………………あ、そ。勝手にすれば」

 

 耳がわずかに赤くなっている。

 

 今気がついたが、この言い方では俺が猛烈にルーチェに興味を持っているように聞こえてしまう。

 興味があるのは間違いない。だがそれは性的な意味ではなく、良き隣人としていい関係を継続したいがためなのだ。だから何時の間にか隣に立ち若干くすんだ瞳を向けてきている我が幼馴染みへと弁解せねばならない。

 

「落ち着けステルラ。確かにルーチェの全てを知りたいと発言したがそれは言葉の綾だ」

「……いーもんいーもん。どうせ私はスタイル抜群でもないし芋娘だもん」

 

 め、めんどくせぇ〜〜〜! 

 

 ネガティブモードへと突入しもそもそ料理を口にするステルラからは陰鬱なオーラが漂っている。

 今更お前の何を聞けというんだ。世界で一番か二番目か三番目くらいにはお前のことを知ってるぞ。もう聞く必要がないから聞かないだけであり、俺は別にステルラを軽視している訳じゃない。

 

 などと、俺の内心を並び立てるわけにもいかないのだ。

 これは俺に残ったチンケなプライドが邪魔するからである。師匠にもステルラにも素直に愛情を示すのはなかなか恥ずかしいのだ。ルーチェとかルナさんには気楽に巫山戯られるのになんでだろうな。

 

「スタイルでいえば一番残念なのはルナさんだぞ」

「最低」

 

 選択肢をミスったらしい。

 ルーチェとステルラから飛んでくる視線が絶対零度になった。

 冷ややかな視線だ。俺じゃなきゃ身震いしちまうね。

 

「いや違うそうじゃない。俺は外見で判断してないと伝えたかったんだ」

「……まあ確かに、師匠と一緒にいれば普通じゃ満足しないよね」

 

 師匠はスタイル抜群だからな。

 ついでに言えばとても美人である。なお中身は伴わないものとする。

 

「だから違うと言っている。俺は俺を甘やかしてくれる人間全員好いているだけだ」

「一ミリも好感を持てる発言じゃないね……」

「堂々と宣言するあたり潔いよ」

 

 呆れつつも否定しないあたり、そういう俺の部分を認めているのだろう。

 護身完成、すでに俺を守る砦は築かれた。

 

「フン。あーだこーだ言う暇があったら俺の事をもっと甘やかして欲しいね」

「…………なんでこんなのを……」

「ルーチェちゃん。もう遅いよ……」

 

 女子二人がもそもそ飯を食べ始めた。

 復活したアルベルトが俺の肩に手を置いてキザな顔をしている。殴るぞ。

 

「君、刺された時用に遺書用意しておきな?」

「いやに決まってんだろ。俺は寿命以外で死なないと決めている」

「刺さないよ! ちょっと痛い目にはあってもらうかもしれないけど」

 

 それは死刑宣告か? 

 

「ルーチェ。お前は俺を守ってくれるよな」

「……たまには痛い目見た方がいいんじゃないかしら」

 

 なぜか急に裏切りの目にあった。

 

 酷く悲しい気持ちになった。

 俺はこんなにもみんなを平等に考えているのに……

 

 ヤケクソ気味にアルの作った料理を口に運ぶ。

 無駄に完成度が高く美味しい味付けに腹を立てつつ、緩やかな食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間

師匠回です。


「やあやあ馬鹿弟子。元気にしていたかな?」

「出たな妖怪。今日こそは我が刀の錆にしてくれるわ」

 

 ニコニコ笑いながら唐突に出現した妖怪紫電気に対して毒を吐きながら昨日の残りを食う。

 気合を入れて作ってくれたのはいい。その残りを俺が食べるのも別に問題はない。一つ問題があるとすれば、これはアルが作ったと言う事実だけだ。作られた料理に罪はないし俺は心優しいからな。そこら辺飲み込んで食べているのだ。

 

「今日は何の用ですか。勝手に組まれたトーナメントのせいで少しずつ予定が狂っているんだ」

「用事って言うほどでもない。顔を見たくてね」

 

 ……まあいい。

 

「こないだ付与したアレ(・・)の調子もついでに聞きたくてね」

「まだ使ってないですよ。切り札ってのは最後まで取っておくから切り札なんです」

「ぶっつけ本番、と言うわけにもいかないだろう? そこでわざわざやってきたと言う訳さ」

 

 模擬戦相手か。

 まあ確かにライバルにこれ以上手札を晒すつもりもない。

 そう言う意味では非常に助かる。助かるのだが……

 

「俺の弱点知り尽くしてるでしょう」

「だから役に立つ。ねちっこく指摘してあげるから、どうかな?」

 

 不愉快な事この上ないが、ごもっともすぎる。

 実力向上を図るならこれ以上ベストな相手もいないだろう。また努力という名の拷問を続けなければいけないことに嘆息しながら、朝食を胃のなかに流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、なんでここなんですか」

「たまには里帰りするのもいいじゃないか。私なりの気遣いというヤツさ」

 

 苦い思い出しかないと何度言えばわかるのだろうか。

 人の痕跡が一切ない山の中で唐突に出現する平野。草は剥げ、木々は倒れ、この空間だけ自然が壊滅している。

 

「…………ほんの少し前の事だというのに、どうにも懐かしく感じるな」

「……まあ、それには同意します。あの地獄の様な日々は今でも夢に見る」

 

 虫特有の気持ち悪い食感とか、もう忘れたい。

 ていうか俺は水で無理やり身体を清めてたりしたのに師匠だけ魔法使って綺麗にしてたんだよな。すごい差別じゃないか? それくらい俺にかけてくれてもいいじゃん、幾ら色々適当な俺でも体臭は気にするわ。

 

「憎しみは底を知らない。故に俺は加速する」

「どうしたんだい急に……」

「過去の積み重ねが今巻き戻りました。これより俺は復讐の羅刹へと至ります」

 

 隣で雨に濡れた犬みたいな臭いしてる奴がいるのに一人だけフローラルでいい香りに変身してんだぞ。これを許せるか? 俺は許せない。

 

「────光芒一閃(アルス・マグナ)

 

 身体中に刻まれた祝福が起動し、本来の役割を全うせんと稼働する。

 目まぐるしい魔力の奔流が激しく脈動し、やがて一つの剣へと形を成した。

 

「……我ながら素晴らしい完成度だ。逆に言えば、それくらいしか渡してあげられなかったんだけどね」

「十分過ぎる。これ以上を望むことはありませんよ」

 

 頼るのは全く躊躇わないが、こう……何もかも与えられ尽くすのは好きじゃない。

 何を面倒くさい奴だと思われるかもしれないがしょうがないのだ。ステルラには甘えさせて欲しいがいつの日にか勝利すると誓っているし、そのうち師匠にも勝利を叩きつけるつもりである。

 

 これは俺に残った唯一のチンケなプライドだ。

 

「今日は私もある程度の全力を尽くす。それくらいが丁度いいだろうね」

「…………そうかな……」

 

 流石にボコボコにされる気しかしないが、今はとっておきがある。

 師匠の全力に勝つことはできなくても、前より進めていることがわかればいい。

 

 普段被ったままの帽子を取り、ひらひら舞うドレス調のローブが姿を変える。

 スリットがスカート部分に入り機動性を重視、普段は見えない足がわずかに垣間見えて不覚にも動揺した。

 

 そのまま両手を重ね、莫大な紫電を発生させたかと思えば収縮させる。

 

「──よし、始めようか」

「……お手柔らかに」

 

 いつも通り霞構えで待つ。

 

 これからの相手は全員身体強化と並行して魔法を使えると仮定を打つ。

 そうなると、初速で追いつけない俺が先手を取るのは不可能に等しい。自分から動くことで隙を晒す可能性が非常に高くなるのだ。

 

 故に、俺ができるのは『待ち』。

 

 それもガン待ちである。

 

「まずは小手調べからだ」

 

 バチバチ紫電を帯電させながら、師匠が一歩踏み出した。

 これまでの経験をフルで動かす。相手メタでは意味がない、この状況で狙われやすい箇所を客観的に推測する。

 

 俺が想定以上の速度で動けないのは把握済みだとして、ならばどう仕掛けるか。

 

 一度視界の外へと移動して、そこから攻撃を放つ。

 

「勘がいい! 鈍ってないな、ロア!」

 

 上空から聞こえてきた声に間違っていなかったと安堵する。

 その安堵も束の間、後ろへ飛び跳ねた俺の足元へと雷が着弾した。この紫電何が厄介かって、マジで僅かにしか目で捕らえられないところだ。

 

 身体強化をすれば別だろう。

『人体では太刀打ちできない魔法』に対抗するために磨かれてきた現代の身体強化魔法があれば見切ることすら可能になるかもしれない。だが、それが前提として存在しない人間にとっては本当に苦労する。

 

紫電双墜(しでんそうつい)

 

 アッ────!! 

 コイツ昔は技使ってこなかったのになんの躊躇いもなく撃ってきやがった! 

 

 初見ではない。

 記憶の中で幾度か見たことのある、大戦時から使っていた技だ。

 左右に分かれた蛇を模した紫電により相手を追い詰める──決め技にはならない、相手に行動させないための技。

 

「こなくそッ!」

 

 ほぼ同時に体当たりを仕掛けてこようとしているのを肌で感じ取った。

 前に宙返りしつつ光芒一閃を振るい、おそらくこの辺りだろうと当たりをつけて前進する。

 

 が、足を止めて顔を守る体勢に入る。

 

「おいっ! ずるいぞ!」

「ある程度全力と言っただろう?」

 

 上から降ってきたのはかつての天才野郎の模擬体。散々痛めつけられたこの魔力人形には憎しみしかないが、今この状況ではジョーカーすぎる。

 

 二対一。

 冷静に行こう。

 優先すべきは人形ではなく師匠の撃破である。

 

 人形はいくらでも生み出せるから構うだけ無駄だ。

 だが、まだだ。まだ手は残っている。

 

 この模造品、実は倒した際に僅かなタイムラグが発生するのだ。

 再生するための情報を読み込んでいるのか、それとも純粋に未完成だからか──理由は不明だが、とにかくそういう仕様がある。

 

 それを狙う。

 

 師匠の位置を把握したまま鎧を断ち切り破壊して、その僅かな一瞬の隙間を狙うしかない。

 

 ……どうしても、俺は戦いを長引かせることができない。

 戦闘スタイル的にもそうだし、自分が枯れるか相手が枯れるかを期待できる才能は持ち合わせていないんだ。

 

 俺にできるのは────とにかく自分の全てを出し切って相手を倒すことのみ。

 

 剣を弾き近接魔法を避け、すでに技量では俺が上回っている事実を飲み込んで鎧を叩き切る。

 それを想定していただろう師匠は次の魔法へと準備しているが、その一瞬を上回る速度を今捻り出す。

 

 全身の祝福が僅かに光る。

 俺が何をしようとしているのか察したのだろう。紫電を両手に発生させ、光線のように放とうとしている。

 

 これが初使用だ。

 作ってくれた本人に試すことになるとは思っていなかったが。

 

「行きますよ、師匠……!」

 

 俺に残された魔力が煌びやかに輝く。

 身の内側を奔る紫電が激しい痛みを引き起こす。だが、これでいい。

 歯を食いしばし痛みを堪え、一歩足を踏み込んだ。

 

「紫電迅雷────不退転(イモータル)

 

 喉の奥から血の塊がせり上がってきた。

 骨が軋み肉は焼け、俺自身へと自傷が入る。

 

 しかし躊躇わない。

 

 これこそが俺の望んだ切り札だ。

 才能溢れる天才どもに追いつくために、少しでも隙間を埋めるためならば──どんな努力も惜しまない。

 

 刹那、世界が変わった。

 これまでの景色が移りゆく世界ではない。文字通り、認識できないような速度。

 超えられない壁を突破したその先──灰色の世界を垣間見た。

 

 のも、僅かな間だった。

 

「え」

 

 早すぎて制御できず、師匠に激突した。

 向こうも想定より速度が上だったのか、それとも油断していたのか、全く踏み堪えることはなく錐揉み回転を続けた。

 

 天地が逆さまになる程度には回転した後に巨木へ激突、二人揃って目を回すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とてもじゃないけど制御できてないね」

「仰る通りです……」

 

 俺は何も言えなかった。

 情けないことこの上ない。折角気合入れて作ってくれた祝福、もとい魔法を上手に運用することに失敗したのだ。

 これを恥じなくて何を恥じればいいのだろうか。俺は思わず膝を抱えた。

 

「まあまあ、課題が見つかっただけいいじゃないか。作戦も問題なかったと思うよ?」

「そういう話じゃない。これは俺の価値観の問題なんだ」

 

 クソが。

 あんだけ意気揚々と息巻いていたのにこの始末。

 怒りに打ち震えるより情けなさに身震いしてしまうほどには悔しい。

 

 才能がないのなんて知っているが、まさかこんなことにすら才能がないとは思わないだろう。

 

 何より師匠に普通に受け止められたのが一番悔しい。

 魔法の切り替え速度が半端じゃなかった。発動寸前だったのにもかかわらず、俺を受け止める方向にシフトしたのだ。状況判断とそれに伴う技量が高い。

 

「はー…………」

「そ、そんなに気に病まなくても大丈夫だ。ほら、私製作者だし……」

 

 励ますな。

 惨めに感じるだろうが。

 

「…………開催までに、どうにかする。付き合ってくれ」

「…………ン゛ンッ! 任せておきたまえ。君の師だぞ?」

 

 このままじゃ終われない。

 俺の予想図だと、本戦で実力者に追い詰められ『もう後が無い……!』って状況でステルラと師匠だけが『問題ない』ってしたり顔してるような状況を予想していたのだ。なのにこの始末である。

 

「それよりもロア。君、少しだけ魔力量が上がってるよ」

「マジっすか。もうその情報だけで今日一日生きていける」

 

 先程までの陰鬱とした気分は吹き飛び、寝起きに朝日を浴びた時のような温もりが心を埋め尽くした。

 

「うんうん。飲み干した後の一滴残った水くらいには増えたよ」

「それは増えたって言わないんだよバカ」

 

 持ち上げて落とす急転直下はマジでやめろ。

 俺の精神がある程度成熟しているからいいが、それ無いのと変わらないからな。魔力探知すら難しい領域だろ。植物レベルだって言いたいのか。

 

「何を言う! これは大きな情報じゃないか」

「増えるって事がわかったのはいい。ぬか喜びしたのが気に食わんのだ」

「贅沢だなぁ……」

 

 なにおう。

 いいじゃないか少しくらい願望を抱いても。

『目が覚めたら最強の魔力保有者になっていました~俺を見下してきた天才共をぶっ飛ばす~』とか、駄目なのか。

 

「それで満足するかい?」

「まさか」

 

 そんなので満足できるわけが無い。

 魔力は確かに欲しい。何時だって最強に成りたいと願っている。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。

 俺が何も積み上げてきていないただの愚か者ならばそれでもよかった。

 積み上げてきてしまった。人の手を借りてここまで来てしまった。誰かの人生を巻き込んで俺は今ここに居る。

 

 ならば、そこに報いなければならないと考えるのは必然だろう。

 

「君は優しいからな。私の事なんて気にしなくていいのに」

「別にそんなんじゃない。最低限義理は通すべきだと俺が思ってるだけだ」

 

 戦い方も剣の腕も何もかも、他人に与えられて生きてきている。

 記憶の中の強敵たち、彼の英雄が辿って来た軌跡。俺はそこをなぞっているに過ぎず、何一つとして独力で成し遂げてはいない。

 

「ただ一つ、俺だけの技を……」

 

 これは欲張っているだろうか。

 贅沢な願いになってしまうのだろうか。

 才無き俺が、一つでいいから欲しいと願う。積み上げて来た全てを活かしそれを集約し解き放つ。

 

 彼ら(・・)ですら何かを犠牲にする手段しか思いつかなかったのに──俺に、何が作れるのだろうか。

 

「ロア」

 

 座り込んでいた俺の頭をくしゃくしゃ撫でまわしてくる。

 

「気にすることはない。君はまだ若く、これから人生の全盛期を迎えるんだ」

「……焦るなと」

「どうしても焦るのはわかる。でも、それを諭し導くのが我々大人の使命なのさ」

 

 …………師匠も、誰かに言われたのだろうか。

 

「一つずつ自分の出来る事を増やして、着実に地に足付けて踏み出せるように────また、踏み堪えられるようにする。私達は(・・・)そうしなきゃ、だろ?」

「…………そうですね」

 

 俺達は才能が無い。

 師匠は強制的に施された薬や人体改造によって得た魔法力。

 俺は何故か保有するかつての英雄の生きた記憶に付随する沢山の戦闘記録。

 

 ある意味こうなる運命だったのかもしれない。

 

「ま、ステルラを追いかけるならばもっともっと努力しないといけないけどね!」

「喧しい。俺を憐れむなら少しでもアイツを矯正してくれれば良かったのに」

「いや、だって教えてないことまで勝手に習得するようになっちゃったし……」

 

 もうステルラいい加減にしろよおまえ。

 二人で溜息を吐く。あーあ、才能ある連中が羨ましいよ。血反吐を吐く努力を重ねて同じステージに立てるかどうかすら分からないなんて不愉快すぎる。

 

「……もう一回だ。今日中にモノにできなくても最低限扱える程度にしてやる」

「出力下げようかい?」

「いいや。なんか負けた気がするからそれは嫌だ。このまま使えるようにならなきゃ気が済まない」

「男の子だなぁ……」

 

 この後半日もの間師匠にボコボコにされ続けた。

 

 だが、以前よりもまともに立ち回れるようになった。

 この経験は得難いものだ。非常に不服だが、トーナメント前に模擬戦という形でやり合えたのはとても都合が良かった。感謝している。

 

 …………言うと弄ってきそうだから絶対に言わないが。

 

 

 

 

 



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五章 群雄割拠
第一話 顔合わせ、宣戦布告


トーナメントを文章で説明するのが無理すぎて外部に頼りました。
エクセルがあれば……!


 授業の終わった放課後。

 俺・ルーチェ・アルベルトの三人で何処かに遊びにでも行こうかと話している最中だった。

 

「失礼。ロア・メグナカルト君って何処にいるか分かる?」

 

 突然言葉を投げかけられた。

 俺を探している人物か。心当たりはあまり無いが、別に無碍にするような必要も感じない。

 素直に応対するとしよう。

 

「俺がロア・メグナカルトです。何か用ですか」

「君か! 実はこれからトーナメントの組み合わせ抽選するんだけど来れないかと思ってね」

 

 ──ということは、すでに出場メンバーが揃ったのか。

 

「あと、エンハンブレさんとアルベルト君もいればいいんだけど」

「……アルも?」

「うん。彼も出場権を持つから」

 

 その話は聞いていないぞ。

 アルのほうに振り向いてみればにこやかに笑みを浮かべている。

 

「どういうことだ」

「僕も上の順位に上がった、それだけの話さ」

 

 詳細を話すつもりはないらしい。

 あとで口を破らせてやるから覚悟しておけよ。そういう意味を込めてひと睨みしたが、軽く肩を竦めるだけだった。

 

「ああ、三人とも揃っていたのか。ちょうど良かったな」

「わざわざ貴方が迎えに来なくても良かったのに」

「そういう訳にもいかない。他の人達のところにはテオドールが向かってるからね、僕は一年生を回収する役目があるんだ」

 

 教室の扉からステルラが顔を出した。

 ヴォルフガングもいるのだろう、ということはこれで一年生は全員か? 

 

「うん、そうだね。今年の一年生は強いとは思っていたけど、まさか五人も出場してくるとはなぁ……」

「俺は十二使徒門下枠です。少し立場が違う」

「君は強いよ。思わず嫉妬してしまう(・・・・・・・)位にはね」

 

 俺なんぞに嫉妬せずにステルラに嫉妬して欲しいな。

 剣しか振るうことのできない男と魔法ならばなんでもできる女、どちらが優秀かなんて一目瞭然だ。

 

「っと、あまり待たせても申し訳ない。行こうか」

 

 金色の髪を切り揃えた彼は歩き出した。

 その後ろを歩きながら、それとなくアルに視線を送る。

 

「……誰か知ってるか?」

「勿論。ていうかなんで君は知らないの?」

 

 山育ちだから俗世に疎いことにしてくれ。

 

「まあ、面白いことも聞けたし教えてあげる」

 

 ……? 

 今の会話に何かあっただろうか。

 特になんでもない、普通の会話だったと思うのだがアルは楽しそうに笑っている。

 

 疑問を浮かべる俺を放って、笑みを崩さないまま言葉を続けた。

 

「名をテリオス・マグナス。新鋭(エピオン)の二つ名を冠する、順位戦第一位の怪物。魔祖様の息子さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第一話 

 

 

「遅かったな」

 

 俺たちが連れてこられたのは会議室。

 教員達が定例会議を行う際に使う場所だろうが、今日は俺たちが使っていいことになっているようだ。

 

 円卓のようになっている長机、すでにその半分程が埋まっていた。

 

「ごめんよテオドール。少し話し込んでいてね」

「気にするな。こちらも一人見つからなかった」

 

 すでに居ない人物もいるのか。

 その分はまあ、勝手に決めればいいか。このトーナメントは辞退できるのかどうか知らないが、そういう意図ではないだろう。

 

「俺はテオドール・A・グラン。いつも愚弟が迷惑をかけていると聞く」

 

 初対面だが、テオドールさんの好感度が上がった。

 その通りです。いつも迷惑かけられています。主にルーチェが。

 

「やあ兄上。久しぶりだね」

「少しは矯正されたかと思ったが……そんな筈もないか」

「嫌だなぁ、実家に迷惑かかるようなことは何もしてないよ?」

「表面上だけでも取り繕えるようになった所は褒めよう。だが女性にセクハラするのはやめておけ」

 

 一瞬俺に鋭く飛んできたかと思ったが、相手も望んでいる節があるのでこれはセクハラではない。

 やれやれ、ちょっと焦ったぜ。冷や汗を掻きそうになるくらいには焦った。

 

「ささ、好きに掛けてくれ。これから説明をするから」

 

 兄弟の微笑ましいやり取りで場が和んだ(?)ところでテリオスさんが引き継いだ。

 順位戦第一位、テリオス・マグナス。魔祖本人が拾い育てたという噂が囁かれていたが────……どうやら本当のようだ。あの魔祖を見て育ったにしてはとても真っ直ぐな青年という印象を受けた。

 

「今日集まってもらった理由だが……簡潔に言うと説明のため。あと組み合わせのくじ引きの為だね」

「説明はともかく、くじ引きでいいのかよ。一回戦でアンタに当たるのは御免だぜ」

「私は構わない。誰と当たろうがいつも通り臨むだけだ」

「とは言うがな。テオドールとテリオスと初っ端やり合うのは貧乏クジ扱いだろ」

 

 上級生同士の話が始まった。

 

 テオドール・A・グラン。

 順位戦で言えば第二位、十二使徒との関わりは一切ない。

 だが総合順位で言えば二番目である。かつての英雄のように、高水準の魔法と剣を使いこなす戦闘スタイルだそうだ。

 

「欲を言えば一年坊と戦いたいね。なぁベルナール?」

「……そうですね。勝率の高い方が僕としてもありがたい話になる」

 

 先日ルーチェに敗北したベルナールも席についていた。

 しかし余裕そうな態度は変わらず、やはり手を抜いていたのは確定だろうか。負けは負けだがな。

 

「────一年下だから、と言う理由で相手を舐めるのはやめた方がいいですよ」

 

 小さく、しかし響く声だった。

 お気楽なムードで話していた男は声を潜め、ベルナールも視線を声の主人へと向けた。

 

「そうやってテリオスさんに負けて行ったのが前の世代です。同じ道を辿ることになりますよ」

「…………冗談さ、冗談。緊張をほぐしてやろうって言う優しい気遣いだ」

「ほう、ライバル相手にそんな余裕か。さぞかし自信があるのだろうな」

 

 女性二人に責め立てられた男は降参と言わんばかりに両手をあげた。

 

「悪かったって。進行止めてすみませんね」

「問題ないよ」

 

 にこやかに微笑んでテリオスは話を続ける。

 

「抽選は後にするとして……簡単に説明していこう。

 まずはルール。基本は順位戦と変わらないけど、会場が少しだけ変わる。坩堝を拡張するらしい」

「わざわざ工事するのか……」

「と言っても広げて観客席を増やすだけ。工事自体はすぐに終わるさ」

 

 パチっ、と指を弾き音が鳴る。

 次の瞬間全員の正面へと紙が出現した。

 

 ……まさか、テレポートか。

 師匠以外でできる人に初めて会った気がする。勿論他の十二使徒達はできるのだろうが、俺たちの世代で会得してるとは。

 

「詳細はそこに書いてあるから各自目を通しつつ、大事な項目だけ伝えていく。複雑なのは日程くらいだけどね」

 

 手にとって中身を確認する。

 

 今から一週間後にトーナメントを開始。

 総勢十四名による勝ち抜き戦で行われ、一組だけシードが存在しているそうだ。

 と言っても一位以外に特になんの勝利報酬もないのであまり意味はないが……優勝候補同士でぶつかり合うなら恩恵がある。

 

「初日に四試合、二日目に三試合。そこからは準々決勝、準決勝、決勝──って形なんだけれど……」

「…………なんか、日付空いてませんか? 準決勝と決勝の間」

 

 …………本当だ。

 違和感がある。明らかにおかしいだろこれ、なんで一ヶ月近く空いてんだよ。

 

「僕も確認したんだけどね。『儂が休みたいからこれでいいのじゃ』……って言い切られたよ」

「魔祖様だな……」

「こうと決めたら意地になるからなぁ……」

 

 全員仕方ない、と言った雰囲気。

 それで諦めがつくあたり流石としか言いようがない。普段から苦労してそうだな、テリオスさん。

 

「だから申し訳ないけど夏休みを挟んで決勝戦、ってことになる。ある意味楽しい結果になりそうだけどね」

「一ヶ月もあれば戦略を新しく出来る。それはそれでアリかもしれないな」

 

 俺は不利になるんだが? 

 一つのことしかできないのにこれ以上手札を増やせる訳ないだろ! いい加減にしろ! 

 

「ああ、そうだ。一応自己紹介しておこうか」

「必要か? それ」

「俺たちに不要でも一年生達には必要だ。顔馴染みではないからな」

 

 テオドールさんはこんなに人間ができてるのになんで弟のアルはダメなんだろう。

 俺には甚だ疑問である。当人はニコニコ話聞いててより一層やばいやつ感が溢れてる。

 

「僕はテリオス・マグナス。一番戦いたいのはロア君かな」

「え?」

「俺はテオドール・A・グラン。エールライトとの戦いを望む」

 

 あ、これそういう感じなんですね。

 なんで俺なんだよ、ステルラっていう明らかに強い奴がいるじゃないか。テオドールさんはやる気満々だぞ、テリオスさんもそっちに行ってくれ。

 

「ソフィア・クラーク。私は、そうだな……メグナカルトだ」

「なんで俺そんなに狙われてるんですか??」

「二つ名が原因だろう」

「おのれ魔祖。やはり許さないでおくべきだったか……」

英雄(・・)────魔祖十二使徒の誰もが異を唱えないのだ。興味も湧くさ」

 

 んもおおおおおおおっ! 

 また俺が損してるじゃねぇか。テオドールさんくらいだよ、ちゃんと実力見れてるの。

 

「フレデリック・アーサー。誰が良いとか要るか?」

「必要ないでしょう。僕はブランシュ・ド・ベルナール。どなたでも構いませんよ」

「言ってるじゃないですか……私はアイリス・アクラシアです」

 

 待て待て待て待て、情報量が多い。

 テリオスさんはわかる。テオドールさんもなんとなくわかる。アルベルトと同じ髪色だからな。

 

 ソフィアさんは銀髪の美人で、フレデリックさんは……なんか、こう……二枚目っていうのか。なんか昼行灯な感じがする。だらけてるように見えるからか? 

 ベルナールはどうでも良い。

 

 で、桃色の髪がアイリス・アクラシアさんね。

 

「一気に伝えても良いとは思いませんが……マリア・ホールです。マリアとお呼びください」

「ルーナ・ルッサです。ロア君とは将来を誓い合った中です」

「そんなわけがあるか。いきなりホラを吹き込むな」

 

 油断も隙もありゃしない。

 なんでいきなりブッ込むんだよ、こういう場で身内ネタを出す人間がどんな目で見られるのか知らないのか? 

 

「ロア君がそういう子なのは知っていたけどまさか本当だとは……」

「知っていたけどってどういうことですか? テリオスさん」

「いつも女の子と一緒にいるからね。噂知らないのかい?」

「聞きたくありません……」

 

 ステルラの方を直視できない。

 ルーチェの方も直視できない。

 必然的に逃げ道がアルとルナさんだけになった。ヴォルフガングは面倒臭いからパスで。

 

「俺が集めているわけではなく、集まってきているだけです。いわば俺は誘蛾灯であり──勝手に寄ってきている方が悪い」

「……すごいな。いや、男として尊敬する。なろうとは思わないが」

 

 テオドールさんから称賛を受けた。

 

「…………クズだな」

「一見クズなんですよ。そこのギャップがいいんですよね」

「最悪だろ…………」

 

 おいやめろルナさん止まれ。

 暴走列車ルーナ・ルッサ号は止まることを知らずに走り続けている。俺に対する評価がどんどん下がっていくのを感じた。

 

「ン゛ン゛ッ!! ……か、彼の名誉のためにもここまでにしておいて。くじ引きをしようじゃないか」

 

 テリオスさんの救いの手によって俺は一命を取り留めた。

 もう少しで社会的地位が底辺にまで落ちるところだったぜ。なお、すでにソフィアさんから放たれる視線が絶対零度になっていることには目を瞑る。

 

「交換は禁止、順番はどうする?」

「素直に順位が低い者からでいいだろう。そっちの方が公平だ」

 

 ……ってことは、俺からか。

 

「うん。ちょっと待ってね、確か記入用紙があった筈」

 

 ガサゴソ机を探っている間に俺の手元へクジが配られる。

 古典的だがシンプルでわかりやすい、箱の中が見えないタイプだ。この某を引き抜けばいいんだな。

 

 十四人で、一組だけシードか。

 狙うはそこだな。戦う数が減ればそれだけ俺は有利に働く。連日続けて戦うには辛いからそこだけはなんとしてでも引きたい。

 

「…………頼む!」

「ン、一番か。シード組とは真逆だね」

 

 神は死んだ。

 どうして試練ばかりが俺に降りかかるのだろうか。

 この世界の理不尽な構造はいつの日にか取り除いてやらねばならない。俺は硬く心に誓った。

 

「次は私ですね。ロア君、箱ください」

「はいはい」

 

 ルナさん躊躇いなく棒を取り出した。

 書かれていた番号は六番。ちょうど真ん中とかそのくらいか。

 

「悪くはないですね。誰と戦うかによりますが」

 

 その後も引き続け、無事に今いるメンバー全員が引き終わった。

 

 結果────

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「…………正反対だな」

「…………正反対だね」

 

 俺とステルラは決勝戦以外でぶつかる事のない振り分けとなり、一回戦の相手はアイリスさんに決まった。他の聞き覚えの無い名前に関しては今居ないメンバーだろう。

 

 これで俺とステルラが戦うには並み居る強豪を押しのけて決勝戦まで進出せねばならない事が確定した。

 嫌だ~~~もうハラハラするんだが? 俺は自分が負けるのは勿論ステルラが負けるのも嫌なんだよ。これはなんていうかな、アレだ。自分を散々負かしてきた強い奴がそこら辺の奴に負けるのが納得できないんだよ。わかるだろ。

 

「……すごいな。くじ引きなのにこうもピンポイントで」

 

 意味深に呟いたテリオスさんは放っておいて、日程的に作戦を考えよう。

 

 俺がいるブロックをA、ステルラがいるブロックをBとする。

 Aで特に注意するべきなのはテリオスさんとルナさんの両者。ルナさんは順位だけで言えば下だが、それあくまで数値上での話。

 

『魔祖に育てられ数年間に渡り首位を独占する男に対し唯一対抗できる』、等と噂される程度には強さがある。

 あの人の場合過去のトラウマが要因で戦えない訳だが……それでもそうやって評価されるくらい圧倒的な一勝だったのだろう。よくある話だ。

 

 覚醒して本気になった時の強さを誰も知らない。

 

 テリオスさんがどこまで引き出せるか──いや。

 テリオスさん相手にどこまで喰らいつけるか、という所か。

 

 常識的に考えて世代の入れ替わりも発生する戦場において常に頂点を維持してるのは頭がおかしいと言わざるを得ない。

 俺も勝ち抜けば戦うことになる。いや、どうやって戦おうかなマジで。

 

「一回戦は私ですか……」

「アクラシアさん、でしたか。ロア・メグナカルトです」

「アイリスで構いませんよ。で、一つだけ聞いても構いませんか?」

「なんでしょうか」

「魔法使用の有無についてです」

 

 ……それ聞くか、普通。

 不利に働くから答えたくないが、今更なところはある。

 

「私は魔法をほぼ使いません。ある意味似た者同士ですね」

「マジすか」

 

 一回戦がいきなりやりやすくなったと一瞬だけ考えたがすぐに訂正する。

 魔法を殆ど使わないのに上位にいるのは化け物がすぎる。これ貧乏くじだよな。確実に配役間違えてるだろ。

 

「持ってるな、坊主」

「やめてください。俺はできるだけ楽をしたいんだ」

「気が合うじゃねぇか。俺もそうなんだよ」

 

 このちょっと胡散臭い感じの人がフレデリック・アーサーか。

 一応第七席? の弟子って聞いたことがあるが……いかんせん手に入った情報が多すぎる。小出しにして欲しいね。

 

「中々楽しそうな振り分けになったねぇ」

「お前はいつもマイペースだな。少しは顔を顰めたらどうだ」

「ハッハッハ、うまくいけば兄上とも戦うことになるんだ。楽しみで仕方ないさ」

 

 結局アルベルトの戦いを見るのはトーナメントが最初になるのか。

 グラン家に伝わる魔法……うーん、特に記憶にないな。グラン公国に関しては一番最初に矛を収めた国だったし、戦後の復興が最速だったことが強く印象に残っている。

 

 わからない。

 

「それよりもホラ、君のお姫様()の方が大変じゃないかな?」

 

 俺がせっかく目を逸らしていたのに現実を突きつけてきた。

 堂々と座するシード組、そこに刻まれた名前はステルラとルーチェ。決勝とか準決勝とかじゃなくシンプルに一番最初に戦い合うあたり何かに導かれてるんじゃないだろうか。

 

 ルーチェは難しい顔をしているしステルラも微妙な表情だ。

 

「……まあ、深く考えるな。その時(・・・)が来たのが早かった。それだけだ」

「…………そうね。寧ろ都合が良いわ」

 

 ────私が負かすんだから。

 

 そう言わんばかりの強気な目つきへと変化した。

 最初の頃のヘニョヘニョルーチェに比べて随分と心が強くなった。やっぱりこう、自分を支える何かがあると人は変わる。自信のある無しは問わず、自己を強く保つということの大切さ。

 

「それに比べてお前と来たら……」

「う゛っ」

 

 ため息を吐いて視線を向ければ顔を逸らすステルラ。

 

「対戦相手はやる気十分。待ち受けるぐらいの気概を見せればいいじゃないか」

「わ、わかってるよ。全くもう……ロアみたいにアホメンタルしてないの!」

「誰がアホメンタルだこのコミュ障。泣くぞ? 俺が」

「君が泣くのか…………」

 

 思わずツッコミを入れてきたテリオスさんの声で気を取りなおす。

 こういうやりとりは後ですれば良い。少なくともライバルとなる人たちがいる場所でやる行動ではない。

 

「さて、時間をとらせてすまなかったね。予定通り進めば開催は一週間後になる、各自準備は怠らないように」

 

 ……一週間、か。

 それまでにできることはあるだろうか。

 付け焼き刃でも良い。情報を集めて対策を重ね、一つでも多く勝利への道筋を作る。

 

 この場にいる全員が敵になる。

 

 はーやれやれ。

 誰も彼もが強そうでギラギラしてて嫌になるね。

 

 楽は一切出来なさそうだし確実に勝てる見込みもない。

 

 ────だからと言って負けてやるつもりも毛頭ないが。

 

 良いぜ、叩きつけてやるよ。

 新たな時代がやってきた。次に頂点に立つのは俺達(・・)だってな。

 

 

 

 

 

 

 

 




修正

テオドールが見つけられなかった人数
二人→×
一人→○


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第二話 第二席、弟子二人

 夏と言うには少し早いが、ここは首都。

 俺の暮らしていた田舎に比べて夏入りがほんのりと早いのだ。山籠りを続けていた俺に言わせて貰えば布で体を覆えるだけマシなのだが、厚手の服を着るには暑い季節が近づいてきたと言える。

 

「お待たせ! ごめんね遅くなって」

「気にするな。俺はさっきまで寝てた」

「台無しだなぁ……」

 

 唯一持っている(師匠に買ってもらった)服を身に纏い、家までやってきたステルラを出迎えた。

 

 トーナメントの開催も決まり、日程もある程度定められた。

 戦う相手・順番も確定したこともあり出場選手達には公休が与えられたのだ。互いに情報を秘匿し公平に戦うため────という名目だがそんな筈もなく。勝ちに執着しているのは否定しないが、それはそれとして日常は日常として楽しませてもらう。

 

 そんな訳で、今日は休み初日。

 ステルラとのデートである。

 

「そういう時は『今準備が終わった』とか、『待ってない、ちょうど来たところだ』って言わなきゃ!」

「俺がそんな殊勝なことを言うと思ったか、甘いな」

「誇れることじゃないからね?」

 

 やれやれ。

 ステルラが幼馴染みなのに今日が初めてのまともな付き合いになる。どう言うことだよ。師匠と二人っきりで暮らしていた、ルーチェとはデートをした、ルナさんには強制的に連れ出された。

 

 いやでも……グイグイいくのはなんだかこう、ちょっと違うなって気がしたんだよ。

 ルーチェや師匠が相手なら気にせずいけるんだがなぁ、どうしてもステルラ相手は躊躇ってしまう。十分情けないところは見せているんだが、本気で気障なことは言い出せないのだ。

 

「そうだ。ステルラ、似合ってるぞ」

「今この流れで言うの!?」

「ええいうるさい。素直に受け取れ」

 

 やかましい奴だ。

 

「もー……ま、いっか。行こ?」

「ああ。今日の分は俺が出そう」

「えっ…………」

 

 今日は俺が金を持っているからな。

 まあ、師匠に貰ってたお小遣いを解放しただけなんだが。普段は絶対使わないぞ、何故なら財布の紐を師匠に握られているから。

 

 ステルラと出かけるって言ったら普通にくれたから躊躇いなく使わせてもらおう。

 

「何処から盗んできたの……?」

「お前良い加減にしろよ」

 

 少しは感謝しろよ。

 疑いから入るなよ。お前、幼馴染みがせっかくお金出してデートしてやろうってのになんだその態度は。

 

「いやだって、ロアがお金出そうなんて言うとは考えてもなかったから……」

 

 これまでの俺を見てそんなことを言うのか。

 ……………………フン。俺が悪いな。素直に謝罪するか。

 

「今日だけだ。お前だからな(・・・・・・)

「…………あ、ありがとう?」

「それで良い。師匠に感謝しておけよ」

「全部台無しだから!!」

 

 

 

 

 

 

 # 第二話

 

 

 朝食を抜き、ランチを食べて買い物を済ませた午後。

 普段入ることのない喫茶店にて俺たちは涼んでいた。買うものは買ったからな、たまにはこういう休日も良い。

 

「よく食うな」

「う゛く゛っ!」

 

 昼飯を俺と同じくらい食べて、また喫茶店で甘い物を食べているステルラについ言ってしまった。

 悪意はない。ただ事実として述べただけなのだが、どうやら動揺する程度には自分でも思っていたらしい。

 

「むぐ、むぐぐぐ……!」

「俺の分も食え。ほら」

 

 口元を隠しつつ顔を逸らすが全くもって意味を成していない行動だ。

 

「お前は変わらないな。ガキの頃もそうやって俺が食べるおかずを横取りし悪びれる事もなく野菜を押し付けてきた。今は好き嫌いが大分無くなったみたいだが、俺の犠牲は無駄にならなかったんだな……」

「そんなの子供の頃だけに決まってるでしょ! すぐそうやって子供扱いするんだから……」

「口の周り」

 

 若干付いていたケーキを拭き取り、何事もなかったかのように振る舞い出した。

 淑女と呼ぶには無理がある。淑女ってのは気品に溢れた作法品位を高く保てる女性のことを指すのであって、甘い物を口の周りにつけて喜ぶお子様は別である。

 

「そう言うロアは……なんで完璧なの?」

「そりゃまあ叩き込まれたから」

 

 野生の食事でマナーを気にしなくちゃいけないのアホくさすぎるだろ。

 そうは思いつつもいずれ表舞台に出ることは確定していたし、師匠の評判を下げる気もさらさら無かった。その程度できて当然だと思っていたからな。社会的地位のある人間の弟子が粗野なのは不味いのだ。

 

「社交界に急に出ることになっても擬態できるぞ」

「外面だけは完璧にしようとするね……」

「外面さえ良ければ損をしないのが世の中だ。お前やろうとすればすぐ出来るようになるんだから教えてやるよ」

 

 絶対ダンスとかできないだろ。

 センスあふれる創作ダンスは出来るかもしれないが、マナーで雁字搦めの社交ダンスは絶対習得してない。賭けてもいい。

 

「ま、最低限できれば文句は言われない。覚えるだけ覚えとけ」

「……私は気にしないけどな」

「並んで出来た方が綺麗だ」

 

 珈琲を口に入れる。

 冷たい飲み物はいい。思考を切り替えるのにも役に立つし、何より飲む時の爽快感。

 読書の時なんか特にいいんだ。頭の中にぼんやりとたまった熱を吐き出せるような、そんな開放感すら与えてくれる。

 

「並んで、か…………」

 

 そう呟くと、ステルラは外に視線をずらした。

 

 ………………………………うん。

 イイな。何がとは言わないが、うん。

 のんびりと過ごす休日も悪くはない。

 

 そんな風にぼんやり考えていると、ステルラが話を始めた。

 

「私でいいのかなぁ……」

「なんだ藪から棒に」

「……ロアに並ぶの、私でいいのかなって……ちょっと思ったの」

 

 …………そうか。

 

「ルーチェちゃん、とんでもないくらい頑張ってるし。ルナさんはロアにグイグイ行くし、満更でも無さそうだし。師匠は相変わらずロアのこと好きだし……私なんかがって、ちょっとね?」

「戯けが。お前以外誰がいる」

 

 お前はさァ〜〜〜。

 メンタルが普通すぎんだよ。自己肯定感の低さっていうのかな、ルーチェ相手にやらかしたのまだ引きずってるのは知っていたがそこまでか。

 前に散々言ってやっただろうが。

 

「だ、だってロア私に対して全然ああいうことしないじゃん!」

「ああいうこと……?」

「ルーチェちゃんと距離が近いの!!」

 

 なんだお前嫉妬してんのか。

 合点がいった。要するに、他の人たちとは距離が近いのに自分だけちょっと遠い気がして最近しょげてたんだな? 

 

「して欲しいのか、それならそうと言えば──」

 

 普段暴力を浴びないからか忘れてしまうのだが、ステルラは師匠の名を継ぐ弟子である。

 つまり同じような秘匿性のある魔法を使用できるのであって、周囲にバレないように紫電を俺に向けることなど造作もないのだ。

 

「ホハッハホヒ(よかったのに)」

「食らうのに慣れきってる……」

「お前は加減してくれるからな。こういう風に即治療もしてくれるからありがたい」

「マッチポンプっていうんだよね」

 

 痙攣の治った顎あたりを摩りつつ、言葉を慎重に選ぶ。

 メンタルが平凡よりちょっと弱いステルラなので、ルーチェにバシバシ行ったりアルに辛辣に行くようにしてはいけない。人それぞれに対応せねばいけないのだ。

 

「やれやれ。そこまで言うならこれからは徹底的に触りに行ってやろう。具体的には足とか手とか」

「そうじゃない! それじゃただの変態だから!」

「なんだ煩いやつだな……俺はお前を触る。お前は満たされる。win-winじゃないか」

「うぐっ……た、確かにそれはそれでいいけど……」

 

 いいんだ…………

 判定がよくわからんな。もっと気安くして欲しいって話か? 

 

「もうちょっと自然体で接して欲しいな!」

「…………何をバカな。俺はいつだって」

「いーや、そうじゃない。私に話す時だけ違和感あるもん」

 

 そんな筈はない。

 俺はいつだって変わったことはない。

 ステルラと話すときも師匠と話すときもルーチェと話すときも、誰と話すときも俺は俺であると自覚している。そこからブレたことはない。

 

「少しだけ考えてから話してるよね。私の時だけ」

 

 あ~~~~…………

 

 否めない。

 否定できない。

 

 それを言われちゃおしまいなんだよ。

 だってお前、それはホラ……あれだよ。あんまり失礼すぎる事言わないように心掛けているからであって、ルーチェとかルナさんは結構適当に失礼なこと言っても謝れば許してくれる。ちょっと嫌われてもまあ、見捨てられないだろうと思ってるわけだ。

 

 お前には嫌われたくない。

 師匠みたいに全肯定するわけでもないから言葉を選んでるだけだ。

 

 と、真正面から言うのも嫌なのでどうにかこうにかして誤魔化す(・・・・)

 

「それは思い込みだな。俺は平等に接しているつもりだ」

「そんな気はしないけどなぁ……」

 

 くそっ、こんな所で勘の良さを発揮しなくていいんだよ。

 素直に言ってもいいが……それは嫌だ。なんとなく負けた気がする。俺とステルラがぶつかりあうのは未来で確定しているがこれは言わば前哨戦、既に『そう』だと認識した瞬間戦いの鐘は鳴っているんだ。

 

「……私の事、嫌いになった?」

「ちょっと気恥ずかしいだけだ。深く考えるな」

 

 クソったれが。

 俺の負けだ。何でいつもこうなるのだろうか。

 ニッコリと笑いながら俺の顔を覗き込んでくるステルラにデコピンして追い払う。あ~あ、恥ずかしいわホント。告白みたいなもんだろバカにしやがって。

 

 お前の事を意識している、それ以外にどう受け取るってんだ。

 

「あだっ」

 

 ズズズズと音を立てて珈琲を飲み切る。

 苦い。甘みを何一つとして入れずに嗜むのが礼儀だと思っているから普段からブラックだったが、今日ばかりは甘味が欲しかった。

 

「……そっか。嬉しいな」

「……………………前も言ったが、俺はお前を嫌ったりすることはない。自信を持て。絶対に追いついてやる」

 

 人の心を読み解くのが苦手なんだろう。

 俺だって得意ではない。ただ自分を当てはめて客観的に冷静に考える事が出来るから少しは寄り添えるだけだ。

 ステルラはそこに自信が無い。対人関係がボロボロだったんだ、魔法や身体能力を活かすのは感覚的に行えてもそこは難しい。

 

 ……しかし、そうか。

 俺は嫌われたくなかったんだな。

 他の人達に嫌われてもいい、そういう風に考えている訳でもない。でも、ステルラにだけはどうしても嫌われたくなかった。

 

 言葉にすればそれだけだ。

 

「私もロアのことを嫌いになることはないよ」

「……ならいい」

 

 これで嫌われてたら流石に凹むが? 

 嫌われてたとしても全く考慮しないが。ステルラがなんと言おうが絶対に死なせるつもりはないし先に死ぬのは俺と決めている。そのうち師匠側(超越者)に成るのはわかりきってる事だから、どちらかと言えば俺が置いていく側である。

 

 寿命ならば納得できる。

 無惨な死は認めない。

 

「しかしまあ、くじ運の無さは酷かった。特に俺とお前」

「あはは、決勝以外じゃ戦えないね」

「あれだけいる強豪を全員倒さなくちゃいけないってのが最悪な部分だ。なんで俺にそう言う役回りが来るんだよ」

 

 最低でも三人倒さねばステルラに挑戦することすら許されない。

 向こうは向こうで強い人がいるが負けることはないと思ってる。だってステルラだし。自分の価値観に於ける『最強』が負けて欲しくないと願うのは悪いことじゃないだろ? 

 

「でも負ける気はないんでしょ」

「当然だろ。俺が一番上に立つ」

 

 ……なんだお前その目は。

 なんか腹立つな。こう、微笑ましい目付きって言うか。

 

「ロアらしいなって思っただけ」

「やかましい。お前も倒してやるから覚悟しておけよ」

「どんとこい! ……で、でさ。一つ相談なんだけど」

 

 先程までの視線とは百八十度回転し目を泳がせながら呟く。

 

「その〜、私と一緒に特訓しませんか……? ホラ、私とロアって反対ブロックでしょ、だから二人で協力し合うのがいいと思うんだ。別に他の人たちの情報をスパイしようとかそう言う意味じゃなくてもうちょっと二人きりで作業とかしてみたいなとか一緒にご飯食べて談笑したいなって思っただけで」

「わかったわかった。それ以上自爆するのをやめろ」

 

 聞いてもいないのに本音を撒き散らしまくったアホが顔を赤くして俯いている。

 さっきまでグイグイ押してきたくせにどうした急に。まあ俺はステルラと二人きりでも全く構わないが……

 

「そのパターンで行くと師匠が来ないか?」

「……………………たし、かに……」

 

 俺とステルラはそもそも同じ師を持つ。

 その二人が協力しているのだから師匠が間に挟まっても何も問題ないのだ。故にあの人の感じだと「放って置いていかれて寂しいから混ざりにきたよ」って感じに乱入してくる可能性がある。

 

「ぐ、ぐぎぎぎ……!」

「俺は二人まとめてでも構わないが」

「ロアはね!!」

 

 何をムキになってるんだか。

 ここまで可能性を勝手に語っておいてアレだが、師匠も暇じゃないのでそんな毎日参加することはないだろう。あの人立場ある人だから俺たちと違ってやんなきゃいけないことが多いんだよな。

 

 あくまで可能性。

 実際はほとんどステルラと二人になるだろう。

 

 …………が、面白いので放っておく。

 

「あ〜あ、師匠が来ちゃうだろうな」

「私に一時間頂戴。完璧な作戦を考えるから」

「なんでそこまで真剣なんだよ……」

「折角のチャンスなの! ルーチェちゃんもいない、ルナさんもこない、アルくんも近寄らない! ロアと二人になるには今が絶好のチャ……ンス……」

 

 立ち上がって力説する程度にはやる気に満ち溢れていたのに唐突に静かになって座る。

 

 忘れてしまったかもしれないが、ここは喫茶店である。

 勿論他のお客さんは居るし店員のお姉さんも居るわけだ。

 

 そんな中大声を出せばどうなるだろうか。

 

「……ふーん。そんなに俺と一緒に居たかったのか」

「う゛っ」

「クラスも違うしな。飯も一緒に食べたかったのか」

「あ゛う゛っ!」

 

 机に突っ伏した顔を隠したステルラに勝利宣言をした。

 また一つ勝ちを重ねてしまったな。もちろん俺にも『あのカップル騒がしいな』的な視線は飛んできているが今更その程度気にする筈もない。甘いんだよ、最後の詰めまで計算してこその策略だ。

 

「あざとい野郎だ。まあ素で晒してる間抜けだから許してやろう」

「…………もうお嫁に行けない」

 

 どこに行くってんだ。

 逃すつもりはないぞ馬鹿野郎。

 

「準決勝まで勝ち抜く。そこから一ヶ月の猶予期間があるんだ、確実に勝てるようになるぞ」

「……うん!」

 

 

 

 

 

 



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第三話 かつての記憶とこれから

「うんしょ、うんしょ……」

 

 準備体操で身をほぐすステルラを尻目に、俺は空を見上げていた。

 雲一つない空、澄み切った青い色。こんなにも雄大な景色をまさか連続して見ることになるとは思ってもいなかったのだ。

 

「どうしたのロア、そんな黄昏て」

「ありがた迷惑という言葉について考えていた」

 

 ありがたい話ではあるがそれは時として迷惑となる。

 お節介と似たようなものだ。

 

「こんな山奥にわざわざ小屋まで用意しやがって……」

「でもここなら邪魔は入らない。私とロア、二人っきりになれる」

 

 ギラついた視線を俺に向けるな。

 勝ちたいと願う気持ちは俺もステルラも同じだが、一週間戦いっぱなしは流石に堪えるぞ。一日はゆっくりとサボらせてもらうからな。

 

 そんな俺の考えを気にもせず、パリパリ指先から紫電を滲ませつつステルラが構える。

 

「ここで雌雄を決した所で意味はない。……が」

「負けるつもりもない、でしょ?」

 

 よくわかってるじゃないか。

 本番で勝てばいい、そういう話だが────模擬戦で負けるつもりも全くない。

 

「条件は」

「本気は出さなくていい。でも全力、試したいことを優先」

「理解した。……時間はある。ゆっくり楽しんで行こうか」

 

 

 

 

 

 # 第三話 

 

 

 俺には俺の課題があって、ステルラにはステルラの課題がある。

 それぞれ我武者羅に戦闘を繰り返すのではなく頭を使い弱点を克服、もしくは長所を伸ばす。そういう方向性で固まったのだ。

 

 まあ、都合の良いことに場所を師匠が用意してくれた。

 俺の少年期が封印された山である。

 

 場所をどうしかしたいとステルラが師匠におねだりしたら快諾してくれたとかなんとか。

 そのついでに互いのやるべき課題を渡してきた。そういうところは師匠らしい事してくれるんだよな。自分では気がつかない領域もあるからありがたい話だが。

 

「────負けた!!」

「わ、びっくりした……」

 

 普通にボコボコにされたが? 

 は~~~~~~……俺の成長を無に帰す理不尽さだった。

 涙が出るぜ。接近できなければ詰むってのは俺の課題だったが、まさかステルラが『徹底的に近づかせない戦法』取ってくるとは思わないだろ。

 

 踏み込めば炎魔法、離れれば紫電、回り込もうとすればそれ以上の速度で後ろに回ってくる。

 

 トラウマになりそうだ。

 

「はァ~~~~~……凹む」

 

 凹んだ。

 心が落ち込んでいる。本気で勝ちたいと思っていた訳では無いがもう少しいい勝負にしたかった。特訓だから勝敗は関係ないだと? その通りだ。

 

「なんだ、どうでもいいな。少しでも弱点克服したからいいじゃん」

「切り替え早いなぁ」

「現実を受け止めて後に砕けば無問題だ。俺はそうやってメンタルを維持している」

 

 そういう訳でやる気を取り戻した俺は取り敢えず今日の訓練を終える事にした。

 一応酷い出血と大きな負傷は回復してもらったが疲労感は抜け出せない。氷と炎で包むのは反則だろ。天変地異って言うんだよそう言うの、単独でするなよな。

 

「飯だ飯。……そこら辺、師匠なんか言ってたか?」

「……いや、特に何も言ってなかったけど」

 

 お前これ自分で取ってこいスタイルじゃねーか! 

 

 弟子二人を山に放り込んで放置である。

 俺がいるからいいとでも思ったのか、まったく。大体同い年の男女を同じ屋根の下に二人きりにするとか一体何考えて……あっ、俺が勝てる訳無いと思われてんのか。

 

 怒りのボルテージが上昇した。

 

「いつか理解(わか)らせてやる……あの妖怪……」

「多分そういうところじゃないかな」

 

 まあいい。

 幸か不幸か(おそらく不幸にも)、俺は野生動物を狩るのになれている。食べていいラインの植物も身体で覚えたしその中でも美味い調理法もマスターしているのだ。

 

 最近は料理ができる家庭的な男性が人気らしいからな。

 俺もそれにあやかって……ああ、そうだ。あやかって……そんなわけはない。できなきゃ死ぬからできるようになっただけである。

 

 山籠り初日、俺が食べた飯はそこらへんの雑草と生のキノコだった。

 

「あの時は大変だったな……」

「あ、見て見てロア! 美味しそうなキノコあるよ」

 

 そう言ってステルラが指差すのは明らかに毒々しい色をした青色のキノコだった。

 

「やめとけ。腹壊すぞ」

「こんなに綺麗な色なのに〜」

「綺麗だから食える訳じゃない。俺はこの手のキノコで幾度となく死にかけた、コイツらは死神だ」

「そこまで言う?」

 

 川の向こう側で手を振る二人組に定期的に呆れられていた気がする。

 

「ていうか何個も挑戦したんだね」

「毒に負けるはずがないと思って口にしたのがダメだったな」

「どうしよう。幼馴染みが狂っちゃったよ……」

 

 元々狂っとるわ、色々と。

 

 そんな話はさておき、今日の晩飯を確保せねばならない。

 主食が存在しない今栄養バランスもそこそこ考えた食事など用意できるはずもなく、俺にできるのは男飯のみ。

 

 この場合の男飯というのは動物の皮を剥き火を起こし丸焼きにした姿を指す。

 

「よしステルラ。リスだ、リスを探せ」

「リス?」

「ああ。あいつらは木の実を主食とする生き物だ。ゆえにそいつらを見つけることができれば俺たちも木の実にありつけるという訳だな」

 

 嘘だが。

 これは俺のささやかな反抗心からなる悪戯である。

 本当はリスが主食になるんだぞ。目の前で可愛い生物を見つけさせて俺がそこで捌いてやる。

 

 見せつけてやるんだよ、俺の本当の怖さってモンをな。

 

 そんな俺の邪悪な思考は全く気にせず、ステルラは気合を入れて森へと侵入していった。

 

 ……今更だが、風呂はどうするのだろうか。

 魔法で水作って魔法で火沸かしてってやるのか? 持ち込んでる服は学生服とジャージのみである。

 それはそれで楽でいい。問題は俺が一切魔法を扱えないという部分だが、そこに関してはステルラの存在で解決できる。

 

 俺とステルラ、二人いればそれなりに山暮らしも楽しそうだ。

 

 …………気持ち悪い考えしやがって、殺すぞ俺。

 

「ロアー! 動物の足跡あったー!」

「今行く、その場所で待ってろ」

 

 さてさて、今日一日ボコボコにされた仕返しをしてやるか。

 ステルラが見つけたのは小動物、木の身を主食とするリスとは違った生物だった。

 

『可愛いね!』なんて楽しそうに笑うステルラを尻目に俺は首元を掴んで捕獲した。

 この時点で嫌な予感はしていたのだろう。笑顔を凍りつかせてステルラは声を絞り出した。

 

「……ロア、なんで捕まえるの?」

「そりゃお前コイツを食うんだよ」

 

 木の実が主食になるか? 

 数を集めて調理法を工夫すればパンのように楽しむことができるが、これはサバイバルでありサバイバルではない。俺にとって食事という娯楽は堕落をするという次の次の次の次程度の優先順位だ。

 

「…………か、可愛いよね? ほら、瞳とかが特にクリクリしてて」

「ああ、そうだな。動物一匹分のカロリーは無駄にはならない」

 

 あ、目が濁った。

 諦めたみたいだな。よかったよかった。

 この世の儚さ、栄えある文明すら滅ぶこの無常さをその齢にして理解できたのだ。俺に感謝して欲しいね。

 

「安心しろ。尻尾の先まで身が詰まってるタイプだ」

「そんなこと聞いてないから!!」

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ……ごめん、ごめんね……」

 

 ボロボロ涙を流しながら串刺しになった動物(晩飯)へと謝るステルラ。

 あの後無事に一家族分まとめて捕獲し、命を繋いでくれることに感謝をしながら手を血に染めた。流石の俺でも泣き始めたステルラの目の前で締めたり毛皮を剥ぐとかそういう行動はしないぞ。

 

 最初は楽しかったが徐々に心が痛くなってきた。

 

「…………まあ、水は生み出せるし良いか」

 

 あの頃期間中(山籠り)────一年目は学びを得るための日々だった。

 木々の間を駆け回り、枝や葉で出来た小さな切り傷や擦り傷から菌が身体の中に入り病気になる。言葉ではわかっていたつもりで、いざ自分がそうなると不安で仕方がなかった。

 ゆえに服の重要性というものに気がついたし、動物がなぜ毛皮なんてものを身に纏っているのかも漠然と理解できた。

 

 水も食料も自分でとってこい。

 そういうスタンスで放り込まれた上に定期的に襲撃してくる師匠に怯えながら生きる毎日。

 正直生きた心地はしなかった。目が覚めなかったらどうしよう、そんな考えが頭を過ぎった夜はもう寝れなかった。獣の唸り声が真横で聞こえた時は流石に死んだと思ったし。

 

 このままじゃ駄目だ。

 そうやって思考を切り替えてから、ようやく前に進めた。

 大体そこまでたどり着くまで一年はかかった。生き残るのに必死だったから。

 

 焚火に焼べた木が弾ける。

 独特の甲高い音だ。俺はこの音が好きだ。

 火が付いている、明かりがついている、熱を確保できる。いろんな理由はあれど、自分の身を滅ぼす危険性もある炎でも──扱い方さえ学べば利用できるから。

 

「もう焼けるぞ」

「……………………うん」

 

 食事をするとはこういう事だ。

 いくらなんでも齢一桁に押し付ける事じゃねぇよな。美談にしようと思ったけど無理だろこれ。

 

「味付けはない。これが肉を焼いただけの味だ」

 

 俺にとってはどこか懐かしい味付け。

 母親の手料理よりも食べた年月が長いと聞くと思い入れがあるように聞こえるだろう。そんなわけはない。これは俺の苦しみの体現である。

 愛情たっぷりの誰かが作ったご飯を俺も毎日食べたい……食べ……あれ、俺食べてるな。昼飯ルーチェに食わせてもらってるじゃん。なんて事だ……

 

 俺は無意識に求めていたのか。

 

「美味くはない。だが、生きる上では重要なんだ」

 

 幻滅しないで欲しい。

 これが現実だから。

 

「お前が学び舎に行っている頃、俺は師匠にひたすら扱かれていた。その中で培った知識も経験も苦痛も何もかもが今の俺を構成する大切なピースになっている」

 

 肉を喰らい、余す事なく胃袋の中に収めた後に骨を集める。

 ステルラの方を見ると、もそもそ食べ進めている。年頃の女子には少し厳しいかもしれないがこれも必要な事だろう。

 

「……悪いな。俺には才能がないから、こうやって生きていくほか無かった」

 

 もっと華麗に煌びやかに。

 華のある生き方に憧れたのも束の間、鮮烈な光に目を焼かれてしまった。

 俺には出来ない。俺には無理だ。俺じゃあ役者不足。諦観が俺の根底にはこびり付いている。

 

「…………うん。ちょっとだけショックだったけど、わかってる。見てなかっただけだって」

「世の中には見なくて良いこともある。情報は有り過ぎても困るだけだ」

「知らないままで終わりたくない。ロアと同じ景色を見たい」

 

 …………そうか。

 涙で赤くなった目元を指で拭いつつ、ステルラは真っ直ぐ視線を向けてきた。

 

並ぶ(・・)なら、知っておきたいんだ」

 

 ……は~あ。

 これだから才能ある連中は困る。

 人が飲み込むのに長い月日を費やした価値観に一瞬でたどり着く。

 

「…………生意気なやつだ。風呂覗くぞ」

「……ふふん、一緒に入る?」

「言ったな? 情け容赦なく侵入するからな覚悟しとけよ」

「ごめんなさい嘘です冗談です」

 

 ここは押した奴が勝つ。

 ルーチェとの戦闘経験(レスバトル)が身を結んだ。わかるんだよな、今しかないって攻め時が。

 アルベルト……お前の畜生さはやはり正しかった。人は煽る際に畜生にまで落ちねばならないのだ。

 

「ま、まだそこまで心の準備が……」

「やれやれ。俺は後片付けするから、風呂の準備してそのまま入ってしまえ。小屋なのに室内に風呂場あるからな」

 

 そこの微妙な気遣いはなんなんだ。

 設備もそれなりにちゃんとしてるのが腹立つ。魔法で水張って魔道具に魔力を通すだけ。ふざけおって。

 

 俺一人じゃ何もできないじゃねぇか。

 

「…………いや」

 

 一人で熟す必要はない。

 そう伝えたいのか? 

 

 わからん。

 急にそんな風にやられてもな……

 

 俺は何時だって誰かを頼っているし自分一人だけでどうにかしようと思う事は無い。

 

 自己犠牲なんて尊い物を全面に押し出すときは、きっとそれは取り返しのつかない時だけ。

 

「なんてな」

 

 痛々しいモノローグはここまでにしておこう。

 ステルラが入った後は俺が風呂に入らねばならない。細かい切り傷や擦り傷は治ってないので百パーセント痛い。

 あの地味な痛み嫌なんだよな。じんわりと石鹸が傷口に触れた瞬間とか叫びそうになる。

 

 だが汗臭い血の匂いが滲んでるとか、そういう状況じゃないのが幸いだ。

 

「……………………懐かしいな」

 

 夜の山特有の空気感。

 嫌いでしょうがなかったこの匂いに懐古を抱くようになるとは思っても居なかった。

 

 星の明かりだけが俺を照らしている。

 

 焦る必要はない。

 これまでの積み重ねた物をどうにかこうにかやり繰りするだけなのだから。

 師匠に育てられたんだ。無様な姿は見せる訳にはいかない。

 

「ワ゛ーーーーッ!! ロアーっ! 虫が一杯!?」

 

 やかましい奴だな。

 珍しく感傷に浸ってるんだから少しは時間くれよ。

 

 溜息を吐いて小屋へと足を向け、歩き出した。

 

 

 

 

 

 



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第四話 超越者

 魔祖十二使徒第二席、エイリアス・ガーベラ。

 紫電(ヴァイオレット)等という二つ名を戴いてはいるが、そんな評価を受けるような大層な人間ではない。

 

 恋をした男の最期を看取って数十年、未練たらたらで引き摺ったまま生きてきてしまった。

 

 やっと表舞台に出る覚悟が出来たのも愛しい弟子が育ったからだが──詳しくは割愛する。

 

「ガーベラ様、ありがとうございました」

「気にすることはない。元を辿れば我々の発案が原因だからね」

 

 無駄に長く生きて来た経験だけはある。

 人を導けるような清い人生を辿って来たわけではないが、魔法に関する事を教えるのは造作も無い事だ。

 

「……しかし、魔法授業なんて随分と久しぶりにやったよ」

「とてもわかりやすい内容でしたが……」

「世辞は止してくれ。本職に褒められるとムズ痒くて堪らない」

 

 いつものローブの上に白のジャケットで適当に肌を隠しただけの服装だが、意外と生徒達には好評だった。

 

「皆優秀でいい子達ばかりだ。ウチの馬鹿弟子と違ってな」

「メグナカルト君ですか?」

「すぐ名前が出てくるあたり想像できるよ」

 

 問題児にはならない程度のやさぐれだからなぁ……

 

 そこら辺の調整が無駄に上手いのだ。

 誤魔化す努力も惜しまない辺りが実にロアらしい。

 

「…………ふむ」

 

 明日様子を見に行こうと思ったが気が変わった。

 丁度やるべきことも終えたのだ。愛弟子たちの事を見に行こうでは無いか。

 

「ではまた明日、お疲れ様です」

「ご苦労さま、よろしく頼むよ」

 

 珍しくステルラから二人で修行したいと言われたから喜んで場所を提供したが、気になる。

 

 仲良くやっているだろうか。

 ロアは普段から調子に乗った言動を繰り返すわりにあと一歩を絶対踏み出さないヘタレた心があるし、ステルラに関しては精神的にあまり強くないのでぐいぐい押しきるのは無理だろう。

 

 学園の外に出て魔力を練りテレポートを発動。

 ステルラは今年中には会得するだろう。ロアは無理だ。

 これが出来るようになって漸く一歩踏み出せる(・・・・・)ようになる。これはそういう魔法。

 

 僅かな浮遊感の後に視界が消え、次の瞬間には地に足付けている。

 

「む」

 

 どうやら小屋の中に二人ともいるらしい。

 

 今日の分は終わってしまったか。

 どうせならアドバイス出来ればと思っていたが……まあ仕方ない。

 夕食くらいは私がひとっ走りして用意してあげようじゃないか。少しは師匠らしい事をしてやらねばな。

 

 そう息巻いて二人の魔力の場所(ロアは本当に極わずかの探知すら難しい)まで歩みを進めた。

 

『────……いいか、そっとだぞ。そっと、裂けるからな』

『大丈夫だよ! 破れても治せばいいじゃん』

『俺が痛い思いをするんだが…………』

 

 どうやら何かを思案しているようだ。

 少しばかり外で聞いているとしよう。これは盗み聞きではない。

 

『オ、ウオオオ……ッ! 異物が俺の中に入ってくる!! 止まれ!!』

『そ、そんな簡単に出し入れできるわけないじゃん! 全部入れちゃうよ?』

『まて落ち着け。俺に一度落ち着く時間もくれ。あと痛みはないから大丈夫だ』

 

 …………うん。

 

 一体何をしているのだろうか。

 

 状況を整理しよう。

 人里離れた山の中、幼馴染の男女が二人きり。

 丁寧に用意された小屋という密室で何やら怪しい会話が聞こえてくる。

 

 …………いやいやまさか。 

 あの二人に限ってそんな、直接的な行動を取るとは……いやでも年齢的にはそういう年頃だし……

 

『ウ゛ッ…………急に来るじゃないか』

『だ、だってどこまで入れていいかわかんないんだもん……えいえい』

『馬鹿やめろお前破裂する!』

 

 ロアがやられる側なのか……

 違うそうじゃない。そこじゃないだろ納得するべき場所は。倒錯的な愛だろうが私は肯定しよう。だがまさかそっち方面に傾倒してしまうとは……! 

 

 止めるべきなのか。

 私はどうすればいいんだろうか。

 

『よ、よし。多分全部入ったぞ……』

『なんか疲れちゃったな…………』

 

 終わってしまったらしい。

 最悪だ。止める止めないとかじゃなくもう完全に終わったらしい。

 今日来るべきでは無かった。私は自分の判断を恨んだ。こんな事実を知ってしまって、これからどうやって接すればいいのだろう。

 

「何してるんだ」

「ウォヒエッ」

 

 窓から身を乗り出しているロア。

 思わず変な声を出してしまったが、それを気にすることなく呆れた顔で話を続ける。

 

「なんか居るなとは思ったが……」

 

 しまった。

 長い野生生活のせいで気配に敏感だった。

 

「今日は来ないかと思ってたから先に済ませちまったぞ」

「そ、そうか……」

 

 私が先に来てたら巻き込まれていたのか? 最近の若者はこんな過激な愛情表現をするのだろうか。いや私が教育を間違えたのか。情操教育をしっかりと終えてないから────

 

「しかし、師匠以外の魔力が張り付いてるのは違和感がある」

「…………魔力?」

「ステルラに補充してもらったんだ。祝福の奴」

 

 ………………………ああ~~~!! 

 

「良かった……私は気が気でなかったよ。次々と恐ろしい事実が発覚していってこの世の終わりかと思ってしまった」

「なんなんだ一体……」

 

 

 

 

 

 

 # 第四話

 

 

 なんだか不名誉な視線を擦り付けられている気がする。

 ニコニコ笑っている師匠が不気味でしょうがない。いや、顔立ちは非常に整っているので不快感があるとかそういう意味ではないし寧ろ目の保養にはなるのだが……なんかこう、ね。

 

「ねーねーロア、試さなくていいの?」

「おや、まだやる気なのかい」

「いつも師匠の魔力で起動してるから、私の魔力でやったらどうなるんだろーってお試しです」

 

 そういう流れにはなる。

 まず初めに、光芒一閃が魔力切れで起動できない事に気が付いた。当然訓練にもならないし今更剣技を磨いた所で意味が薄い。

 

 仕方ないからステルラに魔力を補充して貰おう! と、言う風になったのだが……

 

「ふむむ……よく解析出来たね。一応簡単に干渉できないように細かく刻んでいたんだが」

「あはは、昨日から寝ないでロアの身体見せてもらったから出来たんですよ」

「一日か…………やれやれ。才能というのは凄まじいな」

 

 全部は理解できずとも、おおよその機能は把握したらしいステルラの手によって魔力の注入が始まった。

 しかしステルラの才覚は理解していても祝福を施した張本人ではないゆえ、俺はビクビク震えながらされるがままだったのだ。失敗したら身体が破裂するのは怖すぎるだろ。

 

「ウン? という事はステルラは寝てないのか」

「もう何でも出来る気がします!」

 

 ハイになってるな。

 髪がちょっとボサっとしてるので風呂に入って寝て欲しい。

 

「ステルラ、臭うから風呂って寝ろ」

「におっ……………………」

 

 スンスン袖口のにおいを嗅いでから、ステルラは俺から距離を取った。

 まあ臭いがするのは嘘だが。いつも通りにステルラの香りしか漂ってこないので、これはただの口実。夜更かしして倒れられた方が困る。

 

「…………お風呂入って、寝ます……」

「ロア……君もうちょっとこう、手心というか」

「ええいうるさい。こういう時はストレートに言った方が伝わるだろ」

 

 ショボショボ歩いて行くステルラを見送って、服を脱ぐ。

 

「一応確認して貰えますか。大丈夫だとは思いますが」

「そうだね、誤作動起こさないかどうかだけチェックしようか」

 

 俺の胸元に手を当てて目を閉じる師匠。

 百年以上魔法に触れて生きて来た人間の人生の結晶と言って差し支えない祝福を一日である程度解析できるのはやはり、目を見張るものがある。

 

「うん。特に変化は起きていないし魔力量もほぼ満タンだ。誤差はコンマ一秒程度だろう」

「そこまでわかるもんですか」

「当然さ。君の事をどれだけ見て来たと思って…………ああいや、そういう意味じゃないからな。あくまで師としてだからな」

 

 何を慌てて訂正してるんだこの人。

 誰が勘違いするんだよその意味合いを。いや待て、もしや俺に煽られると思い先手を取ってきたと言う事か? 

 フゥン……中々やるじゃないか。俺の事をよく理解してきたと褒めてやろう。

 

「そりゃあ子供の頃から世話になってますし……」

「ウム、その通りだ」

 

 なんで若干不満そうなんだよ。

 不満というかなんか微妙に納得してない顔つきだ。でもそれに気が付いてないっぽいし指摘しなくてもいいだろ。

 

「…………ン゛ンッ。それはそうと、対戦相手の事は調べたのかい?」

「名前と二つ名くらいは」

「情報が足りてない。君は普通の人間より対策を立てなきゃいけないのは知ってるだろう」

 

 ごもっともだ。

 だが今回に限っては封殺されているのだ。

 公式がセコセコ情報を集めるのではなく正面から堂々とやり合ってね、そう宣言してるんだよな。そうじゃなきゃわざわざ公休でバラバラにしないだろ。

 

「……そ、そうだな」

 

 あ、こいつ忘れてたな。

 

 溜息を吐きつつ、自分の頭の中である程度膨らませた仮設を言葉にする。

 

「アイリス・アクラシア。

 順位戦第六位で二つ名は剣乱(ミセス・スパーダ)

 

 大人しそうな見た目とは裏腹に随分と殺伐とした二つ名だ。

 剣に乱れる、ねぇ。それでミセスなんてつけられる時点で相当極まってるんだろうな。

 

「それでいて魔法をあまり使用しない────俺の上位互換じゃねぇか!」

「気が付いてはいたんだね」

「遺憾ながら」

 

 目を逸らしたい話ではあったが、直視しない訳にもいかない。

 

「上位互換かどうかはわからない。ロアの剣の腕は疑いようもない一流だからね」

 

 剣技では師匠に負ける事はなくなった。

 かつての天才の模造体に負ける事も無い。完封と言える技量の差はあるだろう。

 だからと言ってそれに胡坐をかける立場では無いのだ。常に相手が自分より強いと考えていなければ足を簡単に掬われる。

 

「かといって私も戦ってる所見た訳じゃないからな……有益なアドバイスは出来ない」

「まあやるだけやりますよ。負ける気はない」

 

 寧ろやり易い。

 記憶の中には達人と呼ばれる部類の怪物が沢山いる。全員の戦いを見届けるのは不可能だが、剣に限定すれば難しくはない。

 

「斬るか斬られるか────魔法よりよっぽど良い」

 

 選択肢が少ないからな。

 接近して斬るか、斬られるか。このわかりやすさが戦いやすいのだ。

 光芒一閃ならばそれなり程度の剣なら叩き斬れるし、なんとなく経験上わかる。

 

「……さて、ステルラが寝てる間続きをしたい。付き合ってくれますね?」

「構わないとも。ロアは寝たのかい?」

「俺は寝てました」

 

 小屋の外に出て光芒一閃を展開する。

 

 …………む。

 

「……普段と感触が違うな」

 

 なんだろうか、ちょっと違う。

 重さ? 長さ、いや一見変わりはない。

 振るって見ても違和感はない。なのに違和感がある。

 

「ふーむ。師匠、なんか調子が違うんだが」

「どれどれ。……それ多分、魔力が違うからだと思うよ」

 

 魔力の違いだと。

 俺はそんな繊細なのか。魔力探知すら出来ない癖に欲張った性能をしているな。

 

「逆に私の魔力以外に慣れてないのさ。大戦時代は他人の魔力を浴びるのなんて当たり前だったから我々にとって問題ないが、平和になってからそういう機会も減ったからね」

「身体の中に別の魔力が渦巻いてる状況に慣れてない……? いやでも師匠の場合最初から違和感は特に感じてなかったぞ」

「あれだけ長い期間一緒に暮らしてたんだしそりゃあ慣れるだろうね」

 

 確かに。

 ていうかそれだと意図的にやられてたのか。最終的にこうなる事を見越して。

 

「……少しくらい話してくれても良かったんじゃないか」

「別に言わなくても問題ないだろう。現にボコボコにされてたじゃないか」

「は? ムカついた」

 

 今日という今日は理解(わか)らせてやる。

 普段と違う服装だからと言って加減はしない。似合ってんじゃん。でもなんかムカつくから褒めてやらねぇ。

 光芒一閃を持ち直し霞構えで息を整える。

 

「…………ふむ。そうだな、良い機会だし見せてあげよう」

「何をですか。いい加減な事だったら許さんぞ」

「なに、恐らく出場者の中でも到達しているのが二人(・・)はいるであろう領域をね」

 

 不穏だな。

 

「超越者と呼ばれる人間を越えた存在──そこに片足突っ込んでる奴らだけが扱えるモノ」

 

 師匠の指先から紫電が発生する。

 それはいつも通りだ。

 

 目を凝らしてよく観察する。

 指先の紫電が濃さを増していく──それに乗じて、指先そのものが紫電へと姿を変えていく。

 

 ジリジリと、人体から魔力へ、魔力から紫電へ────人ではないナニかへと。

 

「かつて魔祖が発見し、人類で最も始めに至った場所。自らの人体を構成する遺伝子すらも組み替えて疑似的な不老不死になる──我々はこれに成った者を、座する者(ヴァーテクス)と呼んでいる」

 

 ま、私のは未完成(・・・)だが。

 そう言いながら、腕一本丸ごと紫電と化し──次の瞬間には翼と見間違う程の出力となって吹き出した。

 

 背面にまで広がる莫大な量──そう言うことか。

 

 魔祖十二使徒達の魔力量、自らの身体を改造した……そう言うことか! 

 

「さて────文字通り腕一本。ロアはどこまでやれるかな……?」

 

 おい。

 おいおいおい。

 ちょっと待てよ。お前そのまま戦う気か? 弱いモノ虐めはよくないだろ。

 

「ハッハッハ! 先んじて経験しておくのも大切な事さ。()だって至ってない身で魔祖を相手取ったのだから、ロアにだって出来る筈だ!」

「だからと言って弟子に押し付ける奴がいるか馬鹿!」

 

 加減を知れ! 

 止まる気は無さそうなので仕方なく構え直し、先手を取る事にする。

 ステルラの魔力が渦巻き紫電の旋風を生み出し、俺の中を駆け巡る嵐となって刺激してくる。

 

「紫電雷轟────!!」

 

 痛みを堪えてとにかく動く。

 相手は完全に格上、今の俺が正面から太刀打ちできる格差ではない。

 ならばとにかく動く事だ。動いて動いて攻撃を避けて攪乱して此方の一撃を叩き込む、そのための手段だけはひたすら磨いて来た。

 

 爆発と見間違えるような破壊力の紫電が降り注いでくる。

 オイオイオイお前これで全力じゃないのかよ。以前猛特訓した甲斐もあり無事に発動出来たし動けるようになったのだが、それはそれとして攻撃が厚すぎる。隙間が存在するのが余計に誘われている様な気がしてならない。

 

 降り注ぐ紫電と地面を這いまわる紫電、この二つを対処しつつ自在に動かせる腕を文字通り雷速で叩きこんでくるので堪ったものではない。

 魔法の発動量は変わらないのに一手増えてるのズルくないか? 軌跡の決められた紫電魔法に加えて自由自在な紫電腕はセコい。

 

「こ、なくそォ────ッ!!」

 

 その誘いに乗るしかない。

 師匠が想定するよりも速く動けば突破できるだろ! 

 

 ────が、それすらも想定済みだったようで。

 

 紫電の嵐を突破した先に広がったのは紫電の波と言うほかない圧倒的な物量。

 避ける事も敵わない完全にフリーな状態で当てられ身動きが取れなくなり、そこからはもうボロボロだった。振り返る事すらしたくない程度には浴びせられた。

 

 最終的に焦げて動かなくなった俺を見てようやく手を止めてくれた。

 

 もう少し手心を加えてくれてもいいのではないだろうか。

 

 何も見えなくなった視界の中、呪わずにはいられなかった。

 

 

 

 



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第五話 団欒

『君が魔祖で合ってるかな?』

 

 動かすつもりもない口が勝手に動いている。

 意志はあるのに身体の行動権が俺に無いという事は──これはかつての英雄の記憶。その追憶だ。

 

 目線の先には不機嫌な表情の魔祖が居る。

 

『……なんじゃ貴様は。殺すぞ』

『ああ、申し訳ありません。()は■■■、ちょっとした魔法剣士だ』

 

 とことん興味の無さそうな視線を向けてくる魔祖に思わず身動ぎする。

 ……実際に身体が動いている訳ではない。あくまで俺の心構えであるが、それくらいの迫力があるという事。

 

『知らん。失せろ』

 

 魔祖が手を軽く払った。

 その瞬間目の前が爆炎で包まれる。

 俺が動くまでも無く勝手に反応して防御姿勢を取っている“英雄”の反射神経には思わず脱帽するが────それよりも早く反応した人がいる。

 

『…………ほう?』

『いくら何でも手が早すぎる、もっと平和に行きませんか?』

 

 この声────エミーリアさんだ。

 

 これは仲間集めの最中。

 戦場を一、二個経由して魔祖とかいうラスボスクラスの場所までいきなり行くの頭おかしいとしか思えないんだが……

 

『フン、片足程度(・・・・)は踏み込んでるらしい。だが……所詮はその程度だ』

『エミーリア、下がっててくれ。ここは僕が』

『ええい、貴様はどけ! 足元にも及ばぬような塵が楯突いて何に成る?』

 

 妙に苛立っているな。

 エミーリアさんは英雄を信用しているのか素直に後ろへと下がったが、それに魔祖は苛立ちを覚えたようだ。

 

『…………よかろう。そこまで死にたいと言うなら相手をしてやる』

『聞いてくれ、魔祖様。僕は夢があるんだ』

 

 何度聞いてもタイミング唐突すぎて驚くが、それ故に魔祖も手を止めて耳を傾ける。

 話術とかそう言う次元じゃない。

 

『今この大陸がどう言う状況か、貴女は知っているだろう。四大国による戦争に疲弊する民衆、常に戦力として補充されていく子供達。新たな時代が訪れる気配が完全に死滅した今のこの世界を』

『それが儂になんの関係がある。社会などと言う脆弱なシステムに頼らねば生きていけぬ弱者が始めたことだろう』

『ああ、そうだ。貴女には一切関係がない』

 

『────でも、僕には関係がある。

 僕は戦争を止めたい。恒久的な平和を築きたい。そのためには大きな力が必要なんだ』

 

 真っ直ぐ魔祖へと視線を向ける。

 呆れた表情だ。俺でもそう思うわ、よくこれについていく気になったよなエミーリアさん。

 

『協力してくれ、魔祖様。貴女が必要だ』

 

 

 

 

 

 

 # 第五話 

 

 

 ……久しぶりに見たな。

 同じ場面を見ることはそうないから貴重な経験だ。こう言うパターンもある、そう理解しておこう。

 

「あ、起きた」

「おはようステルラ。妖怪紫電気はどこ行った?」

 

 俺の記憶が定かならばあの妖怪にボコられた後気を失って今に繋がるはずだ。電撃で記憶が飛ばなくなってることが既に違和感がとんでもないのだが、もう刺激で記憶を掘り起こされてるあたり逆に効果が出てる。

 俺の身体どうなってんだろ。

 

「師匠なら、『お詫びと言ってはなんだけど今日はごちそうにしよう!』……って飛んでってから戻ってきてない」

「俺が飯で絆されると思うなよ」

「ていうか寝てる間に何があったの? 気が付いたらそこら辺の木が全部焼け焦げてるし……」

「話せば長くな……りはしないな。簡単に言えば師匠が本気出してきた」

 

 詳細は省くが、ステルラにどう言うことをしてきたのかを軽く伝えた。

 

 かの英雄はあの勧誘の直後魔祖とタイマンして実力を認めさせた。

 と言うよりその思想とイカれた精神構造を魔祖が気に入って手を止めたんだよな。あの人あの戦いで数回死んでるけどその度に自己蘇生してるのが狂ってる、俺ですらそこまでやろうとは思わない。

 

 まず痛いの我慢できないし。

 あの死ぬ瞬間特有の途方もない虚無感に加えて薄寒い感覚は味わいたいとは思えない。

 

座する者(ヴァーテクス)、ステルラは知ってたか?」

「話には聞いてたよ。でも見たことはないから見てみたかったな〜」

「やめてくれ。お前が至ったら俺は泣く。ギャン泣きする」

「そ、それは情けなすぎて見たくないかな……」

 

 散々俺の情けないことなんか見て来てるだろうが。

 

「…………で、さ。その、どうだった?」

「……何がだ」

「わ、私の魔力!」

 

 ……………………???? 

 

 言われた意味が理解できなくて困惑している。

 え、これもしかして嫉妬してたのか? 師匠の魔力でしか起動してなかったからそこに若干独占欲を覚えたのか? 意味不明すぎるだろ。

 

 大体魔力の使った感触ってなんだよ。

 人によって違うとか俺にはわかんないよ。師匠の魔力かそれ以外かでしか判別不可能なンだわ。

 

「…………まあいいんじゃないか」

「…………いや、ごめんね。おかしかったの」

 

 自覚があるならいい。

 俺は一人のものじゃないからな。俺みたいに魅力的な男は多くの女性が集まって来てしまうのだ、いや〜すまないね。

 

「うぅ〜〜〜……! まだチャンスはある……!」

「聞こえてるぞ」

「もー! 乙女心を理解してよ!」

 

 え、嫌だが。

 俺の気持ちこそ理解してほしい。

 考えてもみろ。魔力がゴミカスで完全物理型なのに同門は完全に魔法型だぞ。嫉妬もせずに不貞腐れずに研鑽を積んでる時点で俺は褒められて然るべきではなかろうか。

 

「フン、俺の好物の一つでも特定してから言うんだな」

「確かに……ロアって何好きなの?」

「毒がなくて味が美味い関節がたくさんある蟲以外」

「なんでも好きじゃん……」

 

 普通に食べられる飯って時点で俺にとっては贅沢品だ。

 あの細くて硬い足が口の中を自由に動き回る感触は本当に不愉快だ。最初に口に放り込んだときは胃の中のもの全部吐き出す羽目になった。

 

「しかも毒持ちだったせいで死にかけたんだよ」

「踏んだり蹴ったりだね」

 

 師匠のガチ焦りが見れたからそれはそれでヨシとする。

 普段から『いや本当大人の余裕なんで^^』と言わんばかりの態度を取っている人間が本気で焦ったときの声とリアクションは聞いていて心地がいい。俺が原因で余裕を崩した時とかたまらない。

 

 格上に一撃当てたような達成感がある。

 

「まあそこから毒に対する耐性つけるために死ぬほど食わされたけど」

「師匠何してるの?」

「少しは毒に強くなったな。少しだが」

 

 俺の身体はあくまで人間ベースなのでそんな超人的な力は手に入らないのだ。

 悲しいな。

 

「……じゃ、じゃあさ。私がご飯作ってあげるって言ったら────」

「やあただいま二人共! 高級食材たくさん買ってきたよ!」

 

 ステルラ…………

 お前は不憫だな。

 なんかこう、とことんこう言うタイミングで妨害入ってる気がする。そう言う星の下で生まれたんだよきっと、諦めろ。

 

「……何かまずかったかな?」

「結構酷いぞ」

「いいもんいいもん、どうせこうなる気はしてたから……」

 

 あ〜あイジけた。

 責任とって励ましてください。俺はその間飯の準備するんで。

 女心を慰めるのと飯を作るの、より重たい労力がかかるのはどちらだろうか。

 

 当然前者である。

 

 他人の心を推測するのすら疲れるのに異性を励ます、それもその、ほら、アレ。

 いろいろ気まずいだろ。

 

「じゃあお願いします。上手いことやらないと飯抜きだからな」

「おいロア。待て、せめて事情を────」

 

 扉を閉めて外に出る。

 いやー今日は天気がいいな。雲一つない満点の星空だ。

 あの頃腐るほど見てきたこの景色がこんなにも心を満たすだなんて想像もつかなかったなー。

 

『……師匠』

『な、何かなステルラ。まあ落ち着いて話をしようじゃないか、ほらロアも一緒に交えてご飯食べよう?』

『もう知りませんっ!! 師匠のバカ!』

 

 

 

 

 

 

 食卓の雰囲気が最悪なんだが……

 

 仏頂面で飯を食い続けるステルラ。

 それに対してチラチラ視線を送る師匠。

 それら全てをガン無視して飯を食う俺。

 

 何一つとして上手く行ってないだろお前。おい、どうすんだよこの空気。

 横目で師匠を見たが目を逸らして口笛で誤魔化そうとしてる。

 

 どうにかしろ、その意図を込めて鍋の具を押し付けた。

 君がなんとかしろ、そう返さんと言わんばかりに笑顔で具を俺の皿に載せてきた。

 

 …………………。

 

 ぐぐぐ、と力を込めて押し返す俺。

 それに対して箸で対抗してくる師匠。

 

「…………何二人でイチャイチャしてるの」

 

 ヒ、ヒェ〜〜。

 ステルラがキレ期ルーチェみたいになっちまった。

 

「別にイチャイチャなんてしてないさ。私はただロアは育ち盛りだから沢山食べろ、と言う親心で」

「それは老婆心という奴だな。やっと年齢通りの行動ができてよかったじゃないか」

 

 高速で飛来した鍋汁が俺の右目を覆い隠した。

 まぶたが防ぐ暇もなく襲撃してきた熱が俺の目を焼き尽くしている。痛い。電撃じゃ効果が薄いと悟って食べ物で攻撃してきやがった。

 

「ぐ、くく……少しは学んだようだな。その年齢にしてはよくやったと」

 

 左目目掛けて飛んできた汁を防ぐことには成功したが、口の中に放り込まれたぐつぐつ煮えている野菜は殺人的だと思う。

 舌の感覚がしなくなった。あーあ、また一つ俺は失ってしまった訳だ────人らしさって奴をな。

 

「ふ、ふへふは。はふへへふへ」

「……はぁ、しょうがないなぁ。わかったよう、もう」

 

 灼熱の顔面が徐々に修復されている感覚によって視界が安定していく。

 ふぅ、やれやれ。ピエロになるのは構わないがもう少し痛みを伴わない方法を編み出して欲しいところだ。終いには訴えるぞ。

 

「鍋ひとつでここまで追い詰められるとは考えていなかった。腕を上げましたね師匠」

「何も誇らしいことはしてないんだが……褒め言葉として受け取っておこう。あと次生意気なこと言ったら潰す」

 

 最終警告だな。

 これ以上煽ると生命が脅かされるので黙ってステルラにすり寄っていく。肩が触れそうな距離感になったら途端に離れていった。

 

 ……………………もう一度近付く。

 

 離れる。

 近付く。

 離れる

 

 師匠・ステルラ・俺。

 三人並ぶことになってしまった。

 

「……なあ、狭いんだが」

「……ロアに言ってください。へんたい」

「俺は自らの命を守るため仕方なくお前に守ってもらおうとしてるだけだ。ゆえに全ての原因は師匠にある」

 

 まあ俺は間近でステルラの顔が眺められるから不満はないが。

 顔面を堂々と向けると顔を逸らすので仕方なく横目で覗き見ながら食べる。

 こんなにも長閑に夕食を食べているのに、もうあと数日したら殺伐とした大会に出場せねばならない。

 

 憂鬱だ。

 

「そういえば師匠。さっき座する者(ヴァーテクス)に至ってる人が二人はいるとか言ってましたが」

「ああ、そうだね。あくまで私の予想ではあるけど」

「俺と当たる人ですか」

「……さてどうだろうね。それは私の口からは言えないな」

 

 チッ、少しは情報を漏らすかと思ったが全然じゃないか。

 

「前評判通り、ではあるだろうね」

「……そうですか」

 

 なるほど。

 

 軽く推測をするならば、魔祖の息子であるテリオスさんは至っている可能性が高い。

 順位戦第一位を四年間も死守している実績もあるし、単純な実力者という観点ではナンバーワン。その次点でテオドールさんって所か。

 

 師匠は紫電へと姿を変えるが、他の人たちはやはり各属性に変化していくのか。

 エミーリアさんは炎、ルーチェ両親ならば氷と水。

 

「不完全とか言ってましたね」

「うん。全身を纏めて変化させることは出来ないからねぇ」

 

 ズズズ、と汁を飲みながら話している。

 

「終ぞ私には到達出来なかった領域さ」

 

 ……ふーん。

 確かにそれが出来ればかの英雄も死ななかったかもしれない。

 しかし魔力切れが起こらなくなるわけではないからな。十分な余裕を持った状態でなければ基本的にリスクのある第二形態ともいえる。

 

「ステルラはまずテレポートを覚えてもらって、ロアは……諦めろ」

「上等じゃねぇか。目に物見せてやるよ」

「ハッハッハ、切った張ったしか出来ないんだし大きな口を叩くのは止しておいた方が身のためだ」

「やれ、ステルラ」

「そこで私に振るのがとことん残念なんだよね……」

 

 なぜか呆れられてしまったが、ステルラの機嫌が治ったのでヨシとしよう。

 

 しかし、二人か。

 二人もあの領域に突っ込んでいる奴がいるのか。

 

 なんとかして対策を立てねばならない。

 ……それこそ、また記憶に頼るしかないのか。俺にあるのはそれだけだからな。

 自分で何かを生み出せるほど積み重ねた訳でもなく、ただ英雄の記憶を模造しているだけの劣化品。

 

 それでも。

 

 それでもやってみせる。

 

 もう負ける訳にはいかないから。

 

 

 

 



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第六話 開幕

「……さて、準備できたかな?」

「…………問題ない」

 

 朝起きて、身体を日の光に当てて起こす。

 この何気ない行動が大切だ。

 

 体調不良、なし。

 各部位の健康状況問題なし。

 祝福の補充された魔力の量も完璧である。

 

「はぁ……胃が痛いよ」

「なんだステルラ。お前今日戦わないだろ」

「ロアが勝てるかどうかハラハラしちゃって」

 

 まあ負けるつもりはないが……応援してくれているのだろう。

 その気持ちはありがたく受け取る。だが俺が負けると思うのは心外だな。ここ一週間必死こいて足掻いてる俺の姿を見ているのに。

 

「いや、勝つとは信じてるんだけど…………」

「じゃあなんだ」

 

 一瞬躊躇った後に、俺の様子を伺いながら呟いた。

 

「…………怒らない?」

「内容による」

「ウ゛ッ……じゃ、じゃあ言わない!」

「怒らないから答えろ」

 

 両方の頬をムニィ~~~っと引っ張る。

 柔らかい。俺のカサカサでゴツくなってしまった皮膚(恐らく電撃を喰らいすぎによる後遺症)に比べてこんなにも女性らしい身体つきに変化している。

 俺的にはそっちのほうが嬉しいがな。幼馴染がゴリラに変身とか考えたくも無いわ。

 

「い、いふぁい」

「ええい口を割れ! なんか気になるだろ」

 

 手を放したら師匠の裏へと隠れてしまった。

 チッ……仕方ないから許してやる。

 

「やれやれ。ロア、子供みたいな事をするんじゃないよ」

「やかましい。モヤモヤするんだよ」

「…………ロアのばか」

 

 なんで俺が責められなきゃいけないんだよ。

 女性二人と男一人、悪いのはいつも男になる。やれやれだ、俺はこんなにも誠実だというのに。

 

「その、さ。今更ですごく申し訳ないんだけど……」

 

 何をもじもじしてるんだ。

 

「……ルーチェちゃんの時もそうだけど、あれだけ頑張ってたのに負けたらと思うと…………」

 

 …………本当に今更だな。

 他に言うことがない。今更すぎるだろ、勝負をする上で敗者と勝者に分かれるのは必然である。

 なのでどちらかが負けるのだ。そこに重ねた努力の量は関係なく、如何に上手に丁寧に積み重ねたかと言う精密さが求められる。

 

「……成長したなぁ」

「成長したねぇ」

「なんで二人共そんな目で見るの!」

 

 その上で俺が『いつかお前に勝ってやる』と宣言していることの重さを理解してほしい所だ。

 

 ……いややっぱ理解しなくていいわ。

 クソ恥ずかしい告白みたいで嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第六話

 

 

「や、久しぶり」

「そんなでもない」

 

 およそ一週間振りにアルと挨拶を交わした。

 見た目は特に変わってない、それもそうか。一週間で劇的に見た目が変化するとかよっぽど危ない薬使ってるだろ。

 

「初戦を勝つ自信はどれほど?」

「勝つさ。問題なくな」

 

 苦戦は免れないだろうが、最後に立っていればいい。

 

「……ふーん。本気みたいだね」

「当たり前だろ。俺はいつだって本気だ」

 

 勝ちに執着していると言ってもいい。

 それほどまでに焦がれているのだ。負けず嫌いとしての性格が悪い方向にねじ曲げられて行った結果、これ以上の敗北を容認しない程度には狂ってしまった。

 

 それで勝ちにつながるならいいだろう。

 堕落な俺の本質は変わらず、だが勝つためならばどれほど憎んでいる努力であっても重ねることを厭わない。

 我ながら都合の良い変化をしたものだ。

 

「お前はどうなんだ」

「そりゃあやるだけやるよ。僕としては優勝が目的じゃないからね」

「……そうなのか」

「うん。楽しくやれればなんでも良いのさ」

 

 ウワ…………

 刹那快楽主義者みたいなこと言い出したぞこいつ。

 本当に大丈夫か? 普段殴られまくってるけどジュクジュク音を立てて再生している姿を知っている身としては確実に凄惨な殺人現場が生まれそうで怖い。

 

「ハッハッハ! 大丈夫大丈夫、魔祖様直々にオッケーもらってるから」

「なんの許可だよ。絶対ロクでもないことだ」

 

 嫌だなぁ。

 アルの魔法は気になるが正直近寄りたくなくなってきた。なんで十二使徒門下が相手なのに全然プレッシャーないんだろ。

 

「朝から元気ね馬鹿ども」

「お、三銃士が揃ったじゃないか。決め台詞でも用意する?」

「死ね」

 

 随分な挨拶だな。

 構うのも面倒くさそうなのにしっかり相手してやるあたりこいつら互いの距離感を理解している。仲がよくて何よりだ。

 

「ようルーチェ。勝つ算段はついたか?」

「…………それ聞く?」

「もちろん、気になるからな」

 

 ため息を吐きながら椅子に座り込んだ。

 態度が悪い。一週間、各々好きに修練を積んできた訳だが────ルーチェが一番飛躍しているかもしれん。

 歩き方と言うかな、なんと言うか……元々体のブレがごく僅かしか無いくらいにはバランス取れてたんだが、今はそのブレがなくなっている。尻の揺れが少なくなった。

 

「……どこ見てんのよ」

「尻」

「…………は?」

 

 やべ、そのまま言葉が出た。

 怪訝な顔で覗き込んでいるルーチェ。どうにかして誤魔化さないとナチュラルスケベ扱いされてしまう。

 

「いや、尻(の揺れ)が小さくなったと思ってな」

「…………褒めてるのか貶してるのか、どっちだと思う?」

「僕はお尻が大きい方が好きだよ」

「聞いてないわ下衆」

 

 ヨシ、アルに擦り付けられたな。

 

 言い訳をさせて貰うと別にいつも尻を見ていた訳じゃない。ただ身体の揺れ方、要するに体幹の強さを測るのにそういう重心の取り方を参考にしていたのだ。

 我流じゃなくある程度ちゃんとした指導を受けた人間なんかはそっち側に偏るからな。ルーチェはぐちゃぐちゃなのにバランスいいから意味わからんと思って常々観察していたのだよ。

 

 因みにアルベルトは気持ち悪い位にしっかりと(・・・・・)歩いている。

 ムカつくよなコイツ。

 

「……はぁ、まあいいか。今日はアンタからでしょ?」

「ああ。体調は万全、いつも通りだな」

「ま、応援してるわ。勝ちなさいよ」

 

 これだよこれ。

 俺が求めてるのはこれなんだよ。

 普段ツンツンしてる奴が性根は真っ直ぐで優しいから偶に漏らす素直さがいいんだ。

 

「お熱いねぇ」

「だろ? 俺達仲良しだからな」

「……否定はしないわ」

 

 お前ほんとさぁ…………

 

 理解(わか)ってるよな。

 

「さて、大仰な開会式も無し。事前通告してあるから出場者は会場入りしていいらしいよ」

「お前がいると楽で助かるよ。これからも良き友人程度の距離感を保てることを期待している」

「格別なるご厚情を賜り、誠に恐悦至極に存じます」

 

 無駄に気品に溢れた返答に少し苛立った。

 腐っても元貴族である。落ちぶれてはいないガチガチの御家なので、正直俺みたいな平民出身が陽気に絡んでいい相手じゃないんだが……まあ、そういうのひっくるめて無くしたかったんだろうな。

 

 結局生まれも何もかも最終的にはどうでもよくなる。

 

「あ、それと観客には色々な人達が来るってさ」

「それを早く言えバカ」

 

 もう嫌な予感がするんだが? 

 確実に十二使徒が揃い踏みするだろ。んで予定の空いてる弟子達が沢山やってくるし、十二使徒と繋がりを持ちたいお偉いさんとかも沢山……

 

 めんどくさ。

 

「何せ初めての試みだからね。創立から百年近く経つ学園で、ず〜〜っとトップが変わらないとは言え学園主体のトーナメントは前例なし。そりゃあ注目も浴びるよ」

「なら優勝すれば永遠に名を刻めるな」

 

 そのうち最強議論とかされるようになるんだろ。

 

「…………それくらいは、残してやりたいな」

 

 名前くらいは残してやりたい。

 将来的に、ステルラより先に逝くのは決まっている。

 アイツが座する者(ヴァーテクス)に至っても俺は成れない。ただそれだけの事実だが、擬似的な不老不死になった幼馴染みに手は届かないのだ。

 

 ならばそれより先に、誰でも覚えていられるように名を残す。

 

 紫電(ヴァイオレット)を継ぐのはステルラだ。

 それでも一番弟子は俺だ。俺の方が先に師匠に師事を受けている。

 

 これは譲らない。

 

「……さて、行くか」

 

 まずは目先の相手に集中しよう。

 アイリス・アクラシア────またの名を、『剣乱(ミセス・スパーダ)』。

 

「絶対強敵だよなぁ……」

「アクラシアさんは強いよ。僕が正面からやりたく無いと思うくらいには」

「楽しめないタイプか」

「……よく覚えてたね。楽しめない訳じゃ無いんだ」

 

 少し驚いた表情を見せたアルベルト。

 

「ただねぇ。僕とは相性が悪すぎるのさ」

「お前と相性いいのは誰なんだ?」

「うーん、ソフィアさんかな」

 

 これまた絶妙なラインを突いてきたな。

 

「僕は魔法を扱うのが巧い人ほど相性がいい。ルーナさんは火力が高すぎて駄目、テリオスさんはあの手この手で突破してくる、兄上は……多分直接斬ってくる。君のところのお姫様はなんかよくわかんないけど突き抜けてきそうだし、候補としてはプロメサさんとソフィアさんだね」

「いろいろ情報が垂れ流しになってるんだが……」

「まあ大丈夫でしょ。二つ名の時点で察せるんだし」

 

 それもそうか。

 

「それに君も兄上も二つ名抽象的すぎるし、そんな特徴的なの付けられる時点で一発屋さ。十二使徒を継いでる人たちは別だけど」

「言うじゃ無い。アンタこそそのまま(・・・・)のクセに」

「おやおや。薄氷(フロス)さんじゃあ無いか、溶け無いようになったのかな?」

 

 それは怒られて当然だと思う。

 いつものように顔面が凹んでおかしい形になってるが、こいつの顔の骨はどうなってるんだ。もう打たれ過ぎて鉄くらいには固くなってそうだが。

 

「こんなカス放っておいて行きましょう。時間の無駄よ」

「く……口で勝てないからと言って暴力を振るうのは敗北の証明さ。これ以上ないほどのふべっ!」

 

 こいつ本当楽しそうだな。

 殴られてるのにニコニコしてるのが伝わってくるのが余計キモいわ。

 でもそれでこそアルベルト・A・グランって感じがする。最悪なことにな。

 

 

 

 

 

 会場となる坩堝へと到着したが────いや、工事で広くしすぎだろ。

 

「学園中すべての人間集めても半分も埋まらないぞ……」

「随分と張り切ったみたいだ」

 

 顔の傷がスッキリなくなったアルベルトが追いついた。

 この回復速度は目を見張るものがある。俺も欲しいな、そうしたら幾らでも師匠とステルラに敗北を叩きつけられる。

 

 ルーチェ? 

 ルーチェはそんなことしなくても勝手に負けてくれるから大丈夫。

 

「お前どうやってそんな早く自己修復してるんだ?」

「企業秘密さ。負債を上手に取り扱っている、とだけ」

 

 ……………………負債、ねぇ。

 お前は公爵家の子孫だ。当然、過去の大戦の記録は一般家庭に比べてたくさん残してあるだろうし、色んな書物を保有してるだろう。

 あーあー、知りたくなかったわそれ。

 

 魔祖の許可が出てるってお前それさ……改造しただろ、当時の悪い(・・)魔法。

 

「一気にお前と戦いたくなくなった」

「逆にこの程度のヒントで正解に辿り着くのなんなの?」

「俺は天才だからな。この程度訳ないのだ」

「はいはい天才天才(笑)」

「ルーチェ、やれ」

「いやよ汚い」

 

 ルーチェに拒否られたので仕方なく俺が殴ることにした。勿論左手でグーパン。

 戦いの前に利き腕で殴るのはアホだろ。

 

「ウ〜〜〜ン、やっぱり魔力の篭ってない物理は痛いなぁ!」

「お前ついに隠さなくなったな。正体見えたぞ」

「実際君と戦う場合どうなるか予想できないんだよね。その魔力の元に飛ぶのか、それとも君自身に飛ぶのか……ちょっと試してみてもいい?」

「駄目に決まってんだろはっ倒すぞ」

 

 なんで本番の前に実験体になんなきゃいけないんだよ。

 

「相変わらず仲が良いな!」

「出たな熱血暴風」

 

 そんな俺たちの目の前に現れたのはヴォルフガング。

 少し着崩した制服が無駄に似合っている。厳つい顔してるけど男前ではあるのだ、多分男の羨むイケメンタイプ。

 アルベルトは優男で甘いマスクなんだが、どうにも中身がサイコパス臭すごくて近寄りがたい。逆にそれが良いのか? 時代が違えば大量殺人鬼とかになってても俺は違和感ないが。

 

「応援にきたぞ」

「それはありがとう。でもお前も今日試合だよな」

「ああ。戦う前から結果を語るのは良くないが、おそらく勝てないだろうな」

 

 ……冷静だな。

 俺がそう言う結論に達したらもう取り乱す自信がある。視界がぐにゃあ〜〜〜って曲がったりすると思うわ。

 

「実績を考えれば当然でもある。数年間一位の座にいる人間が、十二使徒一番弟子とは言え一属性しか極められてない人間に負けると思うか?」

「客観的に考えればな。でもそんなのどうでも良いだろ」

「それはそうだ! 負けるかもしれない、と分析する自分と負けるはずがない、と奮い立つ俺は両立できる」

 

 良いね。

 そう言う精神性、俺は好きだぜ。

 諦めない力ってのは存在している。思い込みだろうがなんだろうが、諦めなければいつかは星にだって手が届くかもしれないのだ。

 

「当たって砕けろなんて言葉もある。今度こそお前にリベンジしないといけないからな!」

「俺としては拒否したいが……まあ、なんだ。俺も勝つ。勝ち続ければ戦える」

 

 握り拳を掲げ、そのまま俺に向かって突き出した。

 

「互いにいい勝負をしよう。満足できる位に、出し切った勝負を」

 

 ……青臭い野郎だ。

 だが嫌いじゃない。

 そう言う実直さが世界を救うことだってある。

 

「ああ。互いに(・・・)な」

 

 拳同士を突き合わせる。

 もう言葉は必要ない。振り返って観客席へと歩いていくヴォルフガングを見送って、アルベルトも歩き始めた。

 

「ま、頑張りなよ。僕も応援してるぜ」

「任せとけ。華々しく……は、無理だが。勝ちは譲らん」

 

 ルーチェも後ろに続き、歩いていく。

 

「……勝ちなさいよ」

「当然。お前こそ目を離すなよ」

 

 通路の先を進む。

 ここを抜ければ場内だ。

 足を踏み出したが最後、始まってしまう。

 

 ……緊張ではないな。

 

 武者震い。

 変な感傷に浸るよりよっぽどいい。俺の闘志は今が全盛を迎えていると確信した。今この時、俺は俺自身の最強を更新した。

 

「…………行くか」

 

 足を踏み出す。

 光溢れる会場へと。

 

 

 

 



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第七話 剣に乱れる

 

『────さあ、ついにこの時がやってきました!』

 

 ……眩しいな。

 天井が空いているので、太陽の光が直射されている。

 じりじりと焦されるほどの熱量ではないから大丈夫だが、長引くと影響がありそうだ。

 

『開催を待ちわびた一週間と二日、我々はじっくりことこと煮込まれる野菜のような』

『その下手くそな比喩をやめんか! お主何年間この席に座っとるんだ』

『す、すみませ〜〜ん!』

 

 どう言う実況なんだよ……

 しかも魔祖直々に解説席に座ってんじゃん。

 

『全く……お、小僧じゃないか。お〜い小僧、こっちじゃこっち』

 

 面識ないのにめっちゃフレンドリーじゃん。

 コワ……かつての魔祖を知る身としては恐怖が勝る。

 いや、多分、かなり変わったんだろう。大戦時の傍若無人っぷりはだいぶ鳴りを潜めてると思う。それでも性格がアレと評される程度には残念だが。

 

 目線を向けると、視力の都合上顔の様子は窺えない。 

 ただ声色から楽しそうにしているのは想像できた。

 

お前(・・)には期待してるからな、精々楽しませて見せろよ?』

「…………英雄サマサマ、だな」

 

 随分と高評価を戴いているみたいだ。

 かつての英雄のお陰だな。彼の技を再現しようとしているだけで、俺のオリジナリティはひとつもないのにこれだ。

 少しだって威張れない情けなさがある。

 

『えー、すでに入場しているのはメグナカルト選手(・・)です。二つ名は英雄、魔法適性とは裏腹な近接戦闘能力が特徴的ですね!』

『貴様ら小娘、童共にはわからんかもしれんが────アレは正真正銘かつての彼奴の技だ』

 

 場内が騒つく。

 やめろ。俺をナチュラルに英雄扱いするな。

 別人だからな。俺はあくまでも彼の背中を追いかけてるだけの未熟者に過ぎない。

 

『エイリアスの奴が仕込んだにしてはクオリティが高すぎる。

 故に彼奴は英雄。儂らが誰一人として反対しないのがその証拠じゃ』

『おおお……!』

『まあ、彼奴はあんな情けない男では無かったがの』

 

 ぶっ飛ばすぞロリババア。

 若作りしやがって、年齢だけで言えばそこら辺の樹木どころかこの大陸くらいの年齢してるくせに。

 

『オイクソガキ、今余計なこと考えただろ』

 

 イイエ、決してそのようなことは考えてイマセン。 

 

『チッ……エイリアス、もっとしっかり教育しておけとアレほど』

 

 放任主義こそ至高。

 年がら年中絡まれて付き纏われる方が嫌だね。あれ? でも俺師匠とずっと一緒にいたのでは……

 

 …………切り替えていこう。

 

『フン、態度こそ舐めてるガキそのものだがあの技だけは認めてやる』

 

 いまだに英雄の域に達していないと俺は考えているが、昔の英雄を知る人間ほど俺のことを否定することはしない。

 それだけ彼の技が素晴らしかったのだろう。

 

『────ただ、今回相手をするのもそうそう容易い相手ではないぞ?』

 

 場内と観客席を分けるように、薄い魔力の壁が張られる。

 すぐに透明に変質したがその場所に確かに存在している。なるほどな、こうやって安全をとるわけか。

 

『この小娘もまた、時代が違えば……英雄等と呼ばれることはあっただろうな』

 

 正面から人影が現れる。

 しっかりと地に足つけて、腰に剣を差した女性。

 

「よろしく、メグナカルトくん」

「……こちらこそよろしくお願いします、アクラシアさん」

 

 アイリス・アクラシア。

 現代の魔法が発展した世界において、(スパーダ)の二つ名を戴いている怪物。

 

「アレ、便利だね。ちょうど私たちに声が入らないようにしてるみたい」

「俺たちの戦いに必要かどうかはわかりませんけどね」

「確かに。静かで、それでいて情熱的に……きっと君は満たしてくれるよね」

 

 …………ん? 

 

「剣と剣。

 斬る感触と斬られる感触。

 肉が破れて血が弾け、命の火が消えていくあの感覚。

 何物にも変えられない貴重で大切で魅力的で暴力的なあの世界」

 

 あ、この人ヤバい人だ。

 俺は悟った。ただ強いだけの人じゃないわこれ。

 

 なんで現代にこういう怪物が生まれてくるのだろうか。

 いや、生まれても矯正出来るように教育は進化したはずだ。逆か? むしろ個性を伸ばしましょうみたいな方向性に行ってしまったのか。

 

 そりゃあ時代が違えば英雄と呼ばれる筈だよ。

 敵を殺しまくれば戦場で英雄になれるんだから。

 

「君は……………………斬られてくれる(斬ってくれる)?」

 

 なんて物騒な誘い文句なんだ……

 それに応えるのって相当な変態だぜ。

 俺は斬る感触も好きじゃないし、当然斬られるのは嫌いだ。痛いし怖いし。

 

 ────だが、嫌いな事だって受け入れて生きてきた。

 

 今更すぎるな、その問いは。

 

「斬ってあげますよ。でも俺は我流なんでね、作法は期待しないでくれ」

「いいの。一緒に踊ってくれるだけで十分だから」

 

 腰に差した剣を一本取り出し、俺の目の前へと投げてくる。

 ふーん……まあ、疑わなくてもいいか。そういう人じゃないだろう。

 

「ごめんね。君の剣でもいいんだけど、二人で(・・・)楽しみたいな」

 

 めっちゃ拗らせてるよこの人……そりゃあ剣乱(ミセス・スパーダ)なんて付けられるわ。

 

「しょうがないですね、乗ってあげます。俺は優しいからな」

「……ふふっ、自分で言うと台無しだよ?」

「大胆不敵でいいでしょう?」

 

 いつも通り霞構えで待ち受ける。

 魔導戦学園でのトーナメント初戦が、魔法の干渉しない物理で開幕していいものなのだろうか。

 アクラシアさんも剣を持ち、中段で構える。

 

 互いに射程内では無い。

 だが警戒する。あの魔祖が、時代が違えば英雄と呼ばれるとまで言った。

 ただ剣が巧いだけじゃ無いのはわかっている。もっと深く読み取れば、『英雄と呼ばれる位には敵を殺せる』技術があると言うこと。

 

 つまり──戦い自体が巧いのだ。

 

 始まりの鐘は鳴らない。

 互いに相手の状態くらい把握している。

 その上で、納得した勝利を俺たちは求めているのだ。そんな無粋なことはしないさ。

 

 完全なる状態の相手を下さず、何が勝利だ。

 

「アイリス・アクラシア。順位戦第六位、我流」

「ロア・メグナカルト。順位戦は圏外、魔祖十二使徒第二席が一番弟子」

 

『────いざ、尋常に』

 

 踏み込む。

 先手を取る、取らないは関係ない。

 互いに斬ることを目的としているのだ。近づかねばまず話が始まらないだろう。

 

 故に、作戦だのなんだのは全て無視して駆け寄る。

 

 その思考は相手も同じだったようで、場内の中心にてぶつかり合うこととなった。

 

 勢いを殺さない突きを剣で逸らし、そのまま突きを返す。

 軽く首を捻ることで避けた状態──即ち身体のバランスが崩れたまま剣を斜めに切り返してきた。

 

 巧い。

 

 胴体を狙った一撃だろう、真っ向から剣を叩きつけて対抗する。

 

 折れない。

 折る気は無かったが最低でも怯んで欲しかったところだ。

 そのまま押し切られ、顔と顔を突き合わせるような近距離で鍔迫り合う。

 

「……同じくらい、だね?」

「まことに遺憾なが、らっ!」

 

 身体を弾き距離を取る。

 今の交差である程度理解した。俺とアクラシアさん、剣の技量がほぼ同じだ。

 対戦経験(記憶の中)がある分俺の方が上だろうか。だがこれはハリボテ、実質的には彼女が上だろう。

 

 やれやれ。

 才能ってのは本当に理不尽だ。

 かつての英雄、そして相対した強敵との経験。それを余すことなく存分に利用してきた俺と平和な時代に生まれた突然変異が互角。

 

 勘弁して欲しいね、全く。

 

「そう易々と譲る気は無いけどな」

 

 剣を握り直し、改めて呼吸を整える。

 集中しろ。他の何もかもを排除して、剣を振るうことだけに注力しろ。今はそれが出来る、それをしても許される場所だ。目標も理想も何もかも放り投げて、今この瞬間だけは────剣に賭ける。

 

 

 

 

 

 

 

 ……空気が変わった。

 

 肌を突き刺すような鋭さが支配している。

 思わず喉を鳴らし、自身の身体が正常なことを確認してしまった。

 

 ロア・メグナカルト──またの名を、英雄。

 

 伊達でも酔狂でもなく正真正銘本物とまで言われた怪物。

 ワクワクする。きっとこの人は私を満たしてくれるだろう。いや、これは確信だ。きっと私のことを造作もなく斬り捨ててくれる。

 

 この叶えられることのないと半ば諦めていた願望が、叶うかもしれない。

 

「────ふふっ……」

 

 幼い頃、料理の手伝いをしていた時に指を切った。

 

 その程度の事だった。

 

 自分の指から溢れ出る血と覗きみえる赤い肉、鋭く燃えるような痛み。

 アレを知った時から、私の人生は大きく変わっていった。いい方向にも悪い方向にも、どちらにも。

 

「ふふ、あははっ」

 

 胸の内を満たしているのは歓喜。

 先走る期待が私の全身を駆け巡っている。電撃(・・)のような速さで、痺れが全身に行き渡る。

 

「────ありがとう、私! 今日この瞬間まで、突き進んでくれて!」

 

 瞬間、駆け出した。

 剣の重さは既に感じない。

 何年も何年も使い込んだ、私のお気に入り。

 

 何人もの肉を斬った上段からの振り下ろし。

 いとも容易く受け止められた事実を喜色とともに受け入れ、次の手へと移行する。

 

 引き摺るように剣を下段から振り上げる。

 この高低差にも少しも引っかかる事はなく、それどころか易々と対応して見せた。

 視力を強化しているわけでもない、純粋な戦闘能力。勘、と言い表せるものか。

 

 一、二、三四、五六七八九────止まることのない剣戟が繰り返された。

 

 剣には癖が出やすい。

 師事を受けた人間の好み、と言った方が正しいか。

 これまで戦ってきた人は皆誰か(・・)が見えていた。そこまで歩んできたであろう誰かの経験、知識、そう言ったものが受け継がれてきているような。

 

『君の剣でもいいんだけど、二人(・・)がいい』。

 

 この言葉の意味を理解してくれてはいるのだろうか。

 誰かの魔力でも、誰かの力でなくても。そうじゃない、私が気にしてるのはそこではないんだ。

 

 (ロア・メグナカルト)()を知りたい。

 

 初めて君の試合を見た時から、私はずっと願っていた。

 

 金属と金属がぶつかり合う独特の音が響く。

 甲高い耳触りのいい音。

 

 少しずつ、僅かに彼が有利か。

 体格の差はある。素の力で私は押し負けているが、そこを技量で無理やり補っている形だ。

 それだって長く続く訳ではない。力量が拮抗しているならいずれ負けている部分で押され始めるだろう。

 

 …………その瞬間まで、ただ只管に打ち合っていたい。

 

 そう思う私も存在する。

 だが、だけど────それは何時でも出来る。

 彼と私、命の奪い合いにならない程度(・・)の斬り合いなんていつでも出来るんだ。

 

 なら今の私が求めるのは。

 今の彼に求められているのは。

 

 全力全開────この身に重ねた武勇を解き放つこと。

 

 自分が現代に於いて異端なのは理解してる。

 血を求めるのも、斬り合いを求めるのも、金属と金属がぶつかり合うような鉄火場を好むのがおかしいのも。

 

 故に我慢した。

 堪えた。欲望をひたすら押し留めて将来を考え、少し満たせればいいと考えていた。

 合法的に人を斬ることが出来る手段を模索した。命を絶つのが目的ではないけれど、命のやり取りというものをどうしてもやりたかった。

 

 人を殺したいんじゃない。

 仲間を探したかっただけなんだ。

 共に斬り合い、探り合い、深い沼にのめりこんでくれる仲間を。

 

「────君は、“英雄”なんでしょ!?」

 

 鍔迫り合う。

 先程同様に顔と顔がくっつくような近さ。相手の吐息すら感じ取れるくらいには近距離だ。

 こんな風に付き合ってくれる人も居なかった。誰も彼もが魔法を使い、勝つための方法を模索していた。

 

 そうじゃない。

 

 私は勝ちたいんじゃなくて────分かち合いたかった。

 

「受け止めてよ! 私の全部!!」

 

 これまで一人で積み上げた研鑽。

 かつての時代ならば英雄になれた、なんて皮肉を言われる程度には高めた私だけの剣。

 

 誰にも重ねない。

 

 私の、私だけの剣技。

 

「──────剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)!」

 

 斬り合おう。

 

 勝敗なんてどうでもいい。

 生死だってどうでもいい。

 

 今この瞬間、私達は出会ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※アイリスは人殺しをしたことはありません。


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第七話 絢爛、閃光

 僅かな足運びで土煙が立つ。

 空気の揺らぎが剣の軌跡を伝えてくれる。視覚で捉える事の不可能な領域に至った斬撃に対応するためには、俗にいう第六感という不確かなものに頼らざるを得なかった。

 

 一拍に数度の斬撃。

 無論それは感覚的な話であり、実際はそうではない。よくて二回、いや、返す剣も交えれば三度だろうか。

 

 これだけ剣を交えれば嫌でも理解する。

 アイリス・アクラシアという女性は『剣における天才』。

 俺如きでは生涯を賭けても到達できるかどうかわからない、そういう領域に足を踏み入れている化け物。

 

 今の俺がある程度相手になるのはただ一つ。

 

 かつての英雄の記憶を保持しているから。

 その軌跡を余すことなくなぞってきているから対応できているだけだ。

 心の奥底に棲んでいる劣等感が湧き出て来たが、それを何とか飲み込んで目の前に集中する。

 

 一度距離を取りたい。

 だがそれを許してはくれない。

 少しでも離れようとすればそれより先に一歩踏み込んでくるので、それに対する反応をしなければいけない。

 

 戦いの勘が鋭すぎる。

 

「…………すごいな」

 

 思わず言葉が漏れた。

 腐っても剣の修練を只管に積んで来たんだ。実力差はそこまでではないが、その戦闘能力の高さには脱帽せざるを得ない。誠に遺憾ながら。

 嫉妬で狂いそうだ。俺が望まない血と汗と泥に塗れて生きて来たのに、苦痛に塗れたいと願う天才の常識の範疇の努力で対等に並ばれてしまうのだ。これに嫉妬せずにどうすればいい? 

 

「キミこそ。問題ありません、って顔で捌いちゃって」

「デキる男は表に出しませんからね」

「ふふっ、言うね」

 

 滅茶苦茶ギリギリだった。

 初めて握る武器、ロア・メグナカルトとしては初めて向き合う同じタイプ。即ち剣の達人。

 手に汗握るどころではない。命懸けの綱渡りだ。

 

「…………不思議」

 

 そんな俺の内心は露知らず、話を進めていく。

 

「キミの剣、一人じゃないみたい」

「…………我流ですからね」

「ううん、そうじゃない」

 

 勘が鋭すぎるだろ……

 そりゃあ一人じゃないさ。ありとあらゆる人の技を勝手に盗用してるんだから。

 でもそれを見破れる人はいない。あくまで俺の“才能”として勝手に判断してくれる。俺がかつての英雄の記憶を持っている事なんて誰も知らなくていい。

 

「すごい沢山見える。積み重ねた量が、数が、こんなに多い人は……本当に初めて」

「それは光栄です。俺は努力家なんでね」

「うん。凄いよ、ほんとうに…………」

 

 笑みを深めないでくれませんか。

 背筋が凍るような寒気がした。この感覚は懐かしい。

 

 そう、あれは山籠もりをして最初の頃の話だ。

 野生の動物に怯えながら、自衛できるような武器もたった一本の剣しか無い時に出会った巨大な獣。

 アレは死んだと思ったね。要するに、圧倒的な上位者に捕食対象として定められた時のような恐怖感と焦燥感が俺の身を襲っている。

 

「もっと、もっといる(・・)でしょ」

「さあ、どうでしょうか。一か二はいるかもしれませんね」

「…………あはっ」

 

 更に深く口元を歪めている。 

 こ、怖ェ~~~~! 逃げ出したくなってきたんだが。

 なんかこう、ルーチェとかと戦った時とは別。勝ちたいという思いは確かに俺の中で根強く活動しているが、それ以上に根源的な恐怖が滲み出てきている。

 

「ありがとうロアくん」

「何がでしょうか。皆目見当もつきませんが」

「……きっと、()に会うために私は生きて来たんだね」

 

 運命はこれ以上背負えないから勘弁してくれ。

 そういう星の下に生まれてるのか? 俺は。女性関係をきっぱり終わらせてひっそりと消えて行った英雄と違い、俺は何処までも追われ続けるという事なのだろうか。

 

 今ですら追ってる立場なのだからいい加減にして欲しい。

 

「────ロア・メグナカルト! 私、君に出会えて本当に良かった!」

「そうですか。俺としてはこれ以上増えて欲しくないんですけど」

「なら振り払ってよ! 私の事も、全部纏めて!!」

 

 再度斬りかかってくるのは予想していた。

 

 意識を切り替える。

 反射で相手をしろ。俺の思考で追いつける相手じゃない。

 身体に染み付いた英雄のトレースをどこまでも実直に行う、俺に勝てる芽があるとすればそこだけだ。

 

 上段からの振り下ろし剣で受け流し、そのまま肩をぶつける。

 体格差が存在する以上俺の方が有利になれるのがフィジカル面での話。積極的に利用していきたいが、それは甘くなりすぎる。

 

「ね、その切り替えも!」

経験上(・・・)、わかるんですよっ!」

 

 本当に楽しそうにやってくるな。

 加減なんて一切してないからさっき腹に入った一撃は相当な威力になっているはず。なのに動揺が少しも見られない、寧ろ興奮が先に来てる。

 

 脳内物質の過剰分泌だな。

 極度の興奮状態にあるのだけは間違いない。

 

「斬って、斬って斬られて斬って────こんなにも楽しいの……!」

 

 昂り、頬を紅に染めながらアイリスさんは剣を地面に突き刺した。 

 

「魔法は無粋。でも、私の全部(・・)を見て欲しいんだ」

 

 ……嫌な予感がする。

 正直受け止めたくないが、やってみせるしかなさそうだ。

 ここを不意打ちで倒しても誰も認めないだろう。俺だってそうだ。全身全霊を賭けるから勝利に価値が生まれる。

 

剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)──燦爛怒涛」

 

 何も持っていなかった筈の左手に、新たな剣が出現した。

 まるで血が染み付いたような赤黒い色が生きているかのような胎動を繰り返している。魔力反応か、それとも……

 

「誰がなんて言ったって、私にとっては煌びやかなんだ。君にもわかるでしょ?」

「……なるほど。随分と無粋なことを言う奴がいる」

 

 満面の笑みで頷くアイリスさん。

 

「良いじゃないですか。俺には絢爛(・・)に見えます」

「…………う、ふふっ。ありがとう、ロアくん」

 

 しっかりと意図が伝わったようで何よりだ。

 それは貴女の努力の結晶だ。泥臭くて血に塗れるのが努力だ。苦痛が滲んで吐き気がするのが努力だ。

 だけど、どうしようもないくらいに明るく眩しく見えてしまうのも、努力なんだ。

 

「────光芒一閃(アルス・マグナ)

 

 その想いに応えるために。

 師匠に授かった祝福を起動する。

 俺にとっての燦爛はこれだ。誰かに授かった力こそが俺にとっても眩い輝き。

 

「私の燦爛怒涛はね。特殊な効果もないし、ただ鋭く斬れるだけの剣」

「奇遇ですね。俺の光芒一閃も同じような役割だ」

「気が合うね、私たち。どうかな?」

「残念ですが心に決めた奴が居るので」

 

 霞構えで受けて立つ。

 互いに楽しむだけの時間は過ぎ去り、後に残ったのは勝者と敗者を決めるための残酷な時間。

 

 それで良い。

 

「そっか。振られちゃったな」

「アイリスさんは魅力的だから、俺みたいなのより良い人が見つかりますよ。そう悲観することはない」

「……あれ? でもロアくんってハーレム作ってるんじゃないの?」

「ちょっと待て。なんだその話は」

 

 戦う空気じゃなくなってきたぞ。

 俺はそっちの方が気になるんだが、アイリスさんは惚けた顔をしている。

 

「だってルーナ・ルッサさんでしょ。エンハンブレさんにエールライトさん、極め付けには師のエイリアス様。これだけの女性と関係を持つとか噂されてたけど」

「肉体的な関係はないのでハーレムではないと断固として訴えておきたい。あと俺は拒否もしないし深追いもしない、適切な距離を保っているから互いに損得の少ない関係になっているんだ」

「すごい言い訳するね……」

 

 あ〜〜〜〜もぉおおぉぉ!! 

 

「あはは、冗談だよ冗談。振られちゃった仕返しね?」

「憤怒で人を殺すことも可能だと言うことを今証明しなければいけなくなった」

「良いね、全力で来てよ!」

 

 この人わざとやったな? 

 俺が手を抜くことが確実にないように。これだけ剣を交えたのだからそこは理解して欲しかったが、まあ仕方ない。今この瞬間全力を出さずしていつ本気で戦うと言うのだろうか。

 

 誰しもが納得のできる勝利を。

 

「…………当然」

 

 全力で行かせてもらう。

 本来ならばここで使うべきではないが、そんなのは知ったことではない。後の事は未来の俺に任せれば(放り投げれば)良いのだ。

 

 身体のダメージは少ない。

 高速戦闘にも十分耐えうるだろう。

 

「紫電迅雷────不退転(イモータル)

 

 身体の内側を駆け巡る紫電。

 猛烈な痛みと共に齎す効力を十全に活かすために歯を食いしばる。堪えて堪えて、整ってからしっかりとコントロールする。

 俺の道に近道はない。どこまでもどこまでも続く真っ直ぐな道を、愚直なまでに歩いていくことしかできないのだから。出来ないことを出来る様にするのではなく、出来るようにするための努力を幾つも重ねる。

 

「行くぞッ!」

「────来い!!」

 

 視界の淵に浮かぶ紫電を目で捉え、足に力を込める。

 肉体の損傷なんか気にするな。いくらでも治せるんだ。使えるものは使えるうちに使え。

 

 ────刹那、踏み込んだ。

 砕ける大地、揺れる世界。これこそがかつての英雄の至った領域。身体強化だけではなく、雷魔法も利用して自身を最速へと至らせた魔法。損傷すらも自己修復を繰り返すことで治してしまうのが完成形だが……十分すぎる。

 

 ありがとう、師匠。

 貴女のお陰で俺は前に進める。

 

 全身に叩きつけられる衝撃。

 あまりにも速すぎる世界の中で、自身の肉体が死に接近しているのを感じとった。俺が鍛え上げた唯一の感覚、死への嗅覚というべきか。

 警告を鳴らしている。これ以上踏み込めば死ぬぞ、俺の肉体を過信するなと。

 

 その全てを無視して、空中へと駆け出した。

 

 足りない。

 足りないんだ、何もかも。

 全ての手札を合わせても、全ての記憶を晒しても。

 

 俺があの星(ステルラ)に手を届かせるには、この程度じゃ足りていない! 

 

「星縋閃光────!!」

 

 紫電と同等の速度で繰り出せる、現状唯一の技。

 一週間で積み上げられたのはこの程度だった。だが、このたった一つが全てを凌駕する大切な要素になる。

 

 既に俺には認識できない速度での一撃だったが、超人的な反射を見せたアイリスさんの剣と一瞬鍔迫り合った後に真正面から打ち砕く。

 

 地面に着地し、勢いを殺すために何度か転がりながら止まった。

 全身が痛い。猛烈な痛みだ。俺自身、かなり興奮していたとはいえこの痛みは洒落にならない。腕とかもう持ち上がらんくらいにガタガタだし。

 

 後ろを振り返ってみれば、アイリスさんは上を見上げている。

 肩口から血が滲んでいるので斬ることができたのだろう。だが、これで勝敗がついたかどうか……

 痛みを堪えて歩いていく。これで反撃されれば俺の負けだ。全てを出し切ったと言っても過言ではない。故に近づく。

 

「…………アイリスさん」

 

 反応はない。

 呼吸はしているのがわかってるから死んではないだろう。いや、死ぬような一撃にはしてないから大丈夫だとは思う。

 学生同士の戦いで殺す殺されるが発生する方がやばい。

 

「……すごいなぁ」

 

 俺にギリギリ聞こえるくらいの声量で、一言呟いた。

 

「欲しかったものが……見えたような気がするんだ」

 

 手に持っていた剣が魔力となって崩れていく。

 半ばから断ち切られたそれは、まるで未練など無いかのように空気へと溶けていく。

 

「…………綺麗な、閃光……」

 

 最後の方は聞こえなかったが、そのまま崩れ落ちてしまったので急いで支える。

 ボロボロの下半身と腕に過剰な負荷がかかって思わず叫びそうになった。ここで叫ぶのを堪えた俺を本当に讃えてほしい。

 

『────そこまで! 勝者、ロア・メグナカルト!』

 

 歓声が沸いた。

 俺の勝利を祝福しているのか、俺たちの勝負を称えているのか。

 

 詳細はわからないが──不思議と、心地よく感じた。

 

 

 

 

 

 

 無事全身ボロボロになった俺とアイリスさんは医務室へと運び込まれた。

 坩堝内に新たに設置したこの部屋は最新の機材等が持ち込まれて、そこら辺の病院よりよっぽど良い施設になっているらしい。

 

「お疲れ様、ロア」

「師匠」

 

 回復魔法で主要な傷を全部治してもらい後遺症も残らないようにしてもらったタイミングで師匠が入ってきた。

 血の匂いが染み付いた制服を着直す。

 

「良い戦いだった。完全勝利じゃないか」

「あんなにボロボロになってですか」

「内容だけをみればそう見えるかもしれない。それだけが勝負じゃないだろう?」

 

 その通りではある。

 アイリスさんの想いに俺は応えられただろうか。

 俺より深傷を負っていたため治療後まだ意識を取り戻さない。気絶したまま治療ができるのが良いな。

 

「アレ、一回戦で使ってしまって良かったのかい?」

「その内使うことになりますし、相手に迷いを発生させられるのでちょうど良い」

「……やれやれ。男の子だな」

 

 師匠の身長と同じくらいには成長したのに、頭をぐりぐり撫でてくる。

 別に拒否する理由もないのでそのまま受け入れておこう。こういうタイミングで誰かに見られて苦労するのは俺じゃなくて師匠だ。

 

「それにしてもあの技。星縋閃光? だったか。いつ編み出したんだ」

「咄嗟に出ました。アンタら(紫電)にいつか使うために考えないとな、とは思っていたんですけど」

 

 嘘です。

 本当は英雄の記憶から取りました。

 一から考えたわけじゃなく、最期の一撃を参考にして必死こいて考えてました。

 

「そうか…………よく、頑張った」

「わっぷ」

 

 なんで抱きしめられてるんだろ。

 まあ柔らかいし良い匂いするし俺は別にどうでも良いんだが……ここが医務室ってこと忘れてないか? この人。

 

「……………………じー」

「ン゛ンッ!! ま、全くロアは甘えん坊だなー!」

 

 お前それはないだろ。

 ステルラがジト目で俺たちのことを見ていた。

 

「ステルラ。どっちが原因か、わかるよな」

「ロアでしょ」

「お前節穴か?」

 

 紫電がピリピリ飛んでくる。

 電気マッサージか、なかなか乙なことするじゃないか。

 

 なお表情筋が変に操作されているから変顔をする羽目になっている。お前どこでこんな技覚えたんだよ。

 

「全くもう……ロア、おめでとう!」

「……ああ、ありがとう」

 

 まあ良いか。

 別に俺が甘えん坊とか言い触らされてもそれを利用する人が増えるだけ。つまり俺は今まで以上に甘やかされる日々が待っているのだ。俺の明晰すぎる脳が恐ろしいぜ。

 

「素晴らしいなこの世界は。俺のために存在しているかのようだ」

「急に変なこと言い出すところはダメだと思うな」

「ポジティブなのは良いことだぞ。俺は繊細すぎるからな」

「嘘つけ、図太いメンタルしてるくせに」

 

 でも子供の頃自分の胸に問いかけたら憂鬱になったぞ。

 もしかして俺も成長してるのか……? ステルラの胸はあんまり成長してないが、ハハっ! 

 

「安心しろ。まだ望みはある」

「何が……?」

 

 師匠を一度見て、その後ステルラを見る。

 笑顔でサムズアップしたら意図を理解されたのか全力で殴られた。試合終了後だというのに凹んだ顔面が俺の凄惨さを表している。

 

「何やってんのよ……」

「る、ルーチェ」

 

 非常に不甲斐ない。

 ジュクジュク音を立てて視界がクリアになっていく気持ち悪い感覚を味わいつつ立ち上がる。

 

「次の試合見にいくわよ。いつまで経っても戻ってこないから迎えにきたわ」

「それはすまないね。バカ弟子がアホなことを言うものだから」

「それはいつもの事ですね。心中察します」

 

 おい。

 

 今回に限っては俺は冤罪だぞ。

 ムカついたから手を差し伸べてきたルーチェの手に指をめっちゃ絡ませる。こう言う日々のセクハラがいつか身を結ぶと俺は信じてる。

 

「……何すんの」

「何がだ?」

 

 ため息と共に諦めたのか、そのまま歩き出していく。

 次の試合はソフィアさんとプロメサさん、だっけか。どちらかと戦うことになるのだから見ておかなければいけないな。

 

「…………ロア」

「なんだ」

「一回戦突破、おめでとう」

 

 ルーチェが小さく呟いた。

 お前一対一なら言えるのに周りに人がいると言えないんだな。そう言う所がまた可愛い部分なんだが、今回は相手が悪かった。

 

 師匠は楽しそうに笑ってるしステルラはなんかニコニコしてる。

 

「ありがとう、お前らも頑張れよ」

 

 正直そっちの方が問題だと思うがな。

 ステルラとルーチェは明日ぶつかるのに。

 

「簡単にやられてなんかやらないわ」

「私も、負けられないからね」

 

 ……ついこないだまでめっちゃ仲悪かったのに、仲良くなったなぁ。

 

 女同士の友情というのはよくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 智謀と月光

「随分遅かったね。お楽しみだったかな?」

「な訳あるか。……どうなってる?」

 

 観客席に到着し、アルベルトと合流する。

 俺たちの分の席を確保してくれていたらしく、前列の見やすい席だ。こういうところの気配りはできるんだな。

 

「もう少しで始まるよ。君が齎らした余波が思いの外デカくてね、保守の人たちが大変そうだったよ」

「俺なんぞよりよっぽどヤバい戦いがこれから始まるんだが……」

「それはそう。寧ろ君たちが殺伐としすぎだったんだけど」

 

 普通は魔法の撃ち合いになんだよ。

 なんで一回戦から剣と剣の斬り合いになるんだ。普通に殺意に満ち溢れてたんだが? 

 

『えー、それでは場内整備も整ったようですので。これから入場して頂きますが──』

『気乗りしな〜〜い。エミーリア、頼む』

『しょうがないな……』

 

 アイツほんま……

 苦笑いだぞ、俺たちが浮かべてるの。駄々こねてる仕草が容易に想像できる。

 

『それじゃあ魔祖が飽きたから代わりにアタシがやるぞ。一応第三席を名乗らせてもらってる、エミーリアだ』

『知らない人はいないと思いますので、大丈夫だと思いますよ! それで、今回のお二人ですが……』

『今代の智謀(メイガス)、ソフィア・クラークだな。この組み合わせも中々なぁ……』

 

「アル、詳細」

「どんどん僕の扱い雑になってきてるよね? ……まあ構わないけれど」

 

 それでも答えてくれる辺りが流石だ。

 

「ソフィア・クラーク。二つ名は智謀(メイガス)、学園に在籍する人間の中で最も多く(・・・・)魔法習得・魔法研究を進めた人物に与えられる称号だ」

「俺には縁のない名前だな」

「十二使徒関係以外なら最も名誉なんじゃないかな。だけどまあ、その性質上どうしても軽んじる奴がいる」

「……十二使徒門下が参加できないからか」

「そう言うこと。くだらないよね」

 

 要するに『称号を競う相手の実力不足』を疑う奴がいる。

 くだらん奴だ。相手が十全だろうがなかろうが、そうして認められたのならそれまでだろ。歴代と比べて何がしたいんだ? 

 

「特にあの人の場合、テリオスさんがね」

新鋭(エピオン)だったか」

「魔祖直々だからねぇ。誰も否定できないし肯定できない、彼にも智謀の資格はあった筈さ」

 

 そりゃまた複雑な関係だ。

 当人達の間には何もなさそうだったが、とっくの昔に蟠りはなくしているのだろう。

 俺たちよりも少しとは言え年上だ。そう言う対処法は知っている筈。

 

「対するプロメサさんもまた、智謀を授かる可能性のあった人。十二使徒とは全く関係ないのに月光(ムーンライト)なんて呼ばれてるからね」

「固有の魔法か。月の光とはまた強気だな」

「欠点としては二人とも研究者だから近接戦闘が素人なところかな! ハッハッハ」

 

 アルベルト辞典がとても楽しそうに語ってくれたお陰でどう言う組み合わせなのか理解できた。

 

 と言うことはアレか。

 プロメサさんが組み合わせにこなかったのって、純粋に興味ないからか? トーナメントの勝敗に興味はなく、その称号にも特に興味がないとか。

 

「ド派手な勝負になりそうだな」

「それには同意する。君らは鮮やかだったけど大半が引いてたと思うよ」

「俺は悪くないだろ。アイリスさんがそう言うタイプだっただけで」

「私のせいにするんだー?」

 

 いつの間にか背後に忍び寄っていたアイリスさんが会話に混ざってくる。

 こう言う場面でグイグイこれるタイプはあまりいなかったな。ルーチェもステルラも師匠も無理やり入ろうとはしてこないし、これはコミュニケーション能力高そうだ。

 

「あーあ、悲しいなー。あんなに激しく()った後なのに」

「語弊を招く言い方をしても全員目撃してるから意味ないです」

「残念。あ、ロアくんが言ってた心に決めた子って」

 

 俺はコイツの口を今すぐ黙らせなければいけない。

 その使命感が全身を駆け巡った。

 

 アイリスさんの口を物理的に手で覆い隠す。

 よし、完璧だな。

 

「……なんだお前ら。こっちみんな」

「いやいや、面白いこと呟いてたよね。君の心に決めた人とか超気になる」

「黙れ。脅しでもなんでもなく殺してやる」

「今のロアには魔力補充してないから抗う手段はないね」

 

 おい!!! 

 この妖怪!!! バカ!!! 

 

 にじり寄ってくるアルベルトに対しアイリスさんを人質として扱う。

 

「それ以上近寄ればこの人がどうなるかな」

「さあ、僕にはあんまり関係ないから」

 

 コイツそういや人でなしだったわ。

 ちらりとステルラに顔を向けてみれば悲しそうな顔で俺のことを見ている。わかったわかった、やめればいいんだろやめれば。絶対口は割らないけど。

 

「チッ……命拾いしましたね」

「別に本命聞いてないからどうしようもないけど……」

「確かに」

 

 それはつまり、俺がただ女性を人質に取ろうとしただけの屑に成り果てたってことか? 

 

「ねね、誰なの誰なの?」

「言いません。死んでも言ってやらん」

「死ぬ前には言おうよ……」

 

 やだね。

 俺を失った悲しみに明け暮れて……くれるといいなぁ。

 誰かの記憶の中では生きていたいと思う自分がいる。ステルラが長寿になるから、その分寂しい想いをさせないようにしてはやりたい。

 

「言わなくても察せるけどね」

「黙れ。殺すぞ」

「戦るかい? 僕は大歓迎だ!」

 

 うざ…………

 めんどくさくなってきたので放置する。多分つまらんと判断したら変に擦ってこないタイプだし大丈夫だろ。

 いざって時にバラされるリスクは存在しているが。

 

「やれやれ。振られてしまったよ」

「私と同じだね! 私も振られたからさ」

「……別に、俺の気が向いた時で良ければ相手くらいしますよ」

 

 アイリスさんの惚れた腫れたは正直あまり興味はないが、斬り合う相手が欲しいと言うなら相手くらいしてやる。

 必死に自分を抑えて生きてきたのだからそれくらいは手伝ってあげよう、そう思うくらいの慈悲は持ち合わせているのだ。ただし真剣はやめませんか? 

 

「…………本当に?」

「ええ。我慢が利かなくなった時だけですが」

 

 常日頃から殺伐としたモードに移行はしたくないので、本当にたまに。

 

「……………………」

「……君、そろそろ本当に刺されるよ?」

「なんでだ。寧ろ他人のことを想っている俺の心意気を褒め称えて欲しいな」

 

 なぜかステルラとルーチェに一発ずつ叩かれた。

 背中がヒリヒリする。

 

「…………あー。なんで英雄って呼ばれるのかわかっちゃった」

「ふっ、ほら見ろ。俺の心があまりにも清いからアイリスさんも悟っている」

「僕は見てる分には面白いんだけど、そろそろ不憫に思えてきたな」

「そう言ってやるな、アルベルト君。昔からこうなんだ」

 

 そんなくだらない話を続けている内に、いつの間にか二人とも会場入りしていたらしい。

 

「どっちが勝つと思う?」

「七対三でソフィアさんの勝ち」

「私も同じく」

 

 学園のことをよく知ってる(アイリスさんは上の学年)二人が言うのなら間違いはないのだろう。

 このわずかな休暇の間に新技をいくつも持ってきているなら別だが……

 

「ただ、純粋な魔法技量だけで問うなら僕はいい勝負だと思う」

 

 これ以上はこの目で確かめた方が良さそうだ。

 向かい合った二人へと視線を向けるが、ソフィアさんはともかくプロメサという人は随分覇気に欠けているように見える。乱雑に伸ばされた足元まで届く黒髪、その隙間から覗き見える目には隈がびっしりとこびりついている。

 

「研究職ってのは本当らしいな」

「事実、功績は凄まじいものがある。彼女らの魔法に対する才覚はどこをどう切り取っても一流だ」

 

 十二使徒でも手放しで褒められる程度には凄いんだな。

 なんでその二人の内どっちかと俺が戦わなきゃいけないんだよ。一番相性悪いだろ、普通に考えてさ。

 

『また部屋に閉じこもっていたのか?』

『ああ、うん。どうにも上手く行かなくてね…………理論上は問題なかった筈なんだけど、想定していた効果とは外れた魔法になってしまった』

 

 ちょっと待て。

 オイ。なんで二人の声が聞こえてきてるんだ。

 

「君達の声も筒抜けだったよ」

 

 ビシリ、とアイリスさんが固まった。

 そりゃあそうなる。俺はともかく、アイリスさんは散々色んなことを言っていた。

 顔を両手で覆ったまま俯いてしまった。南無。

 

『やはり五つ以上複合するのは難しい。私は三つが一番綺麗だと思うが』

『確かに、魔法としての完成度が一番高いのは三属性複合魔法だろう。雷・風・水で放つ雷雲(トニトルス)なんかがいい例だ』

 

 雷雲……ああ、ヴォルフガングが放ってきたアレか。

 今なら完璧な調整できるんだろうな。絶対再戦しないからな、フリじゃないぞ。

 

『だが、最も破壊力を生み出すのはコレ(・・)だ』

 

 ソフィアさんの周囲へと、七つの魔力球が浮かび上がる。

 無色透明、されど高い魔力が保有されている為に空間に歪が発生している。

 

『火・雷・水・氷・風・光・闇…………主要な七つを混ぜ合わせる事で完成する、この魔法こそが最も美しい』

『君に意見を聞いた私が愚かだったよ。結局そこに着地してしまうからね』

『ふっ、この会話も既に何度目かな?』

『数えるのも億劫になる程度には繰り返したさ』

 

 七つの魔力球がそれぞれ渦巻き、前述した属性が一つずつ灯っていく。

 

 膨大な魔力だ。

 俺でも認識できる程には高まった魔力が丁寧に属性へと変換されていく。

 特異性のない汎用的な魔法だが、それ故に精度の高さを見せつけられた。魔法を一つずつ変換するならともかく、同時に七つも変性させるのは控えめに言って頭がおかしい。

 

「師匠できますか?」

「無理だ。あれは彼女と、まあ……多分魔祖様は出来るだろうね。やらないけど」

「バケモンかよ……」

 

 そんな俺の驚愕をよそに、向かい合った二人は高まる緊張感の中でも変わらず会話を続ける。

 

全属性複合魔法(カタストロフ)────確かに認めよう。鮮やかさとそれに比例する理不尽さはピカ一だ』

 

 気だるげに拍手を送るプロメサ・グロリオーネ。

 しかし先程までの妙に覇気の無い目付きはいつの間にか変化を遂げ、なんらかの感情を剝き出しにしている。

 長くなり過ぎた髪の毛の所為で右目しか見えないのだが不利では無いのだろうか。

 

『だが、それよりももっと大切な事があるのさ』

 

 これ、もしかして二人は戦いというより自分の魔法自慢比べしてないか? 

 雰囲気が完全にそうなんだが……殺伐では無くなんかこう、お前に勝つ! とかですらなく、私の魔法は凄いんだぞ? って発表会に近い。

 

「周りは因縁めいたものを感じていても、二人からすればどうでもいいんだろうねぇ」

「そっちの方が健全だな」

 

 拍手を止め、両手を胸の前で仰ぐように広げる。

 掌の上に少しずつ魔力が渦巻き、徐々にその形が作られていく。右手には光り輝く閃光、左手には万物を飲み込むような黒。

 

『浪漫だよ、浪漫。人は何時だって浪漫を見出して進化を遂げてきているのだから、我々若い世代が信じなくてどうする?』

『だからと言って、先達の積み上げた物を無視するのはいただけないな』

『一から積み上げるからこそ意味があるんだろ? まったく』

 

 難解な言い回しを好む二人だな……

 

 そして耳が痛い話をしてくれる。

 誰かが残したものを受け継ぐか、一から何かを生み出すか。

 俺は前者であり、後者をより素晴らしいと考えている。英雄として至ったかつての彼の方が俺より優れているのは当然だから。

 

『────月光(ムーンライト)

 

 呟いた刹那、眩い光と対称的な暗黒が両手より放たれた。

 ぶつかり合い相反する全く別物である筈の魔法が混ざり合い、やがて一つの小さな魔力球へと姿を変えた。

 

『薙げ』

 

 魔力球を右手で覆い、その腕を振るう。

 

 ワンテンポ遅れ、直後に莫大な衝撃と共に閃光が放たれた────が、それに対抗して真正面からぶつかり合う魔力。

 

『────全属性複合魔法(カタストロフ)!』

 

 その衝撃が会場全体を揺らす。

 魔力の障壁を突破し、風が観客席を駆け巡った。

 相応の防御力はある筈の魔力障壁をいとも容易く貫くその火力、少しでも逸れたらヤバいなこれ。正面から受け止められる気がしない。

 

 まあ、俺は素の肉体で普段から動き回ってるから風に特に動揺しないが。

 

 中央でぶつかり合うそれぞれを冠する魔法は揺らがない。

 籠めた魔力量、魔法の完成度、そして威力。

 

「……凄まじいな」

「魔法の撃ち合いこそこの学園に於いては王道。寧ろ僕達がおかしいんだよ」

 

 こんなもん食らったら消し飛ぶぞ。

 つくづく正面からぶつからなくて良かったと安堵するが、この後どっちかと戦わなくちゃいけない。やめて欲しい。

 

『…………ふむ。まあこんなものか』

 

 そう呟き、徐々に魔法の勢いが削れていく。

 

『実戦での運用検証は、やはり私では心許ないな……』

 

 魔法同士のぶつかる爆音でソフィアさんには届いていないだろう。

 言葉とは裏腹に楽しげな表情をしている。アレは俺にでもわかる。良からぬことを考えている時の顔だ。

 

()にでも託すとするか』

 

 不穏なことを言いながら、月光はそのまま姿を消していく。

 …………順位戦に関して興味がないのだろう。

 

『審判、あー、それに準ずる者。降参するよ』

『……あのなぁ。少しくらい真面目に戦いな、出れなかった奴もいるんだぞ?』

『それは実力不足が原因であり、私のような端役に勝てない者達が悪い。こうなることはわかっていただろうに』

 

 既に興味を失ったのか、足早に会場の外へと向かいだす。

 癖が凄いな……

 

 ソフィアさんも特に止めようとはしていない。

 薄々予想してはいたんだろうな、この感じだと。

 

『……えー、煮え切らない勝負ではありますが……ソフィア・クラークの勝ちです』

「……いつもこんな感じなのか?」

「自分でやりたいことやっちゃうタイプの人だから、試したらそこで終わっちゃうんだよね」

「それだけで勝ち進んできてしまったとも言う」

 

 ……………………やっぱ才能ってクソだな。

 

 それだけで出場できなかった上昇志向の高い人たちが不憫でならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 星火燎原のルーナ・ルッサ

 

「理論はともかく、実際に試すのはやはり外部に頼るのが一番だな」

 

 控え室を通り越し、プロメサ・グロリオーネは歩いていた。

 目的地はこの坩堝の観客席、敗北という形で参加権を早々に失いはしたが他者の魔法を見るチャンスは残されている。何度も正面からぶつかった連中はともかく、次に出場する人間には興味が沸いた。

 

「また考え事かい? グロリオーネ」

「おや、誰かと思えばテリオスじゃあないか。勝者の元に行ってやればいいものを」

「こうなる気はしてたからね。ていうか呼びつけたの君だから」

「……そういえばそうだったか」

 

 完全に忘れていた、と内心呟く。

 

「先程見せた通り、私は理論上月光(ムーンライト)を完成させた。習熟度が上がりその効果を世に知らしめる事ができれば歴史に名を遺すことも出来るだろう」

「…………それで?」

「完成したのはあくまで理論上の話。私ではあの魔法を正確に使い熟すことはできない」

「……話が見えないな。どうして僕を呼んだんだ?」

 

 迂遠な言い回しを普段からしている癖に、こいつはこういう部分がある。

 どうにも甘いヤツ(・・・・)だ。それ故に私としても付き合い易いのだが──これは胸の内に抑えておく。

 

「期待に胸を膨らませておいて、すっとぼけるなよ? 君に月光(ムーンライト)を託す。使ってくれ」

「……………………正気か?」

「ああ、正気だ。無から魔力研究を始め、独学でここまで登り詰めた。それが正真正銘私の最高傑作さ」

「人生そのものと言ってもいい。自棄になった訳でもないだろ」

「だからこそ、さ」

 

 この意味を理解してくれたのだろう、テリオスは黙って目を見つめてくる。

 

「君だからこそ、意味がある。私は君を選んでるんだ」

「…………そうか」

「うん。まあ、なんだ。あまり不貞腐れるなよ?」

「……参ったね、全くさ」

 

 

 

 

 

 

 

「次は……ルナさんの番か」

 

 正直心配でしょうがない。

 魔法が当たった時に焼く感覚思い出すって相当なトラウマだろ、頑張るとは宣言していたが……

 

「実力的には全く問題ないと思うけど」

「……そんなに?」

「うん。多分相性が……」

 

 アイリスさんが若干遠慮気味に視線を送った。

 既に会場入りしているのは対戦相手のフレデリック・アーサーだ。

 

「順位戦第七位、魔祖十二使徒第七席の弟子──なんだけど」

「うん、まあ……流石にルーナ君を相手にするのは無理だろうね」

 

 なんだなんだ皆揃って。

 

「相性がなぁ……決して弱い訳じゃない。近接相手に対しては無敵に近いだろうね」

「俺が当たってたらヤバかったですか、もしかして」

「……残念だけど負けてると思うよ」

 

 相性ゲーすぎるだろ……

 そんなにルナさんと相性悪いのか。くじ引き反対してた方が良かったんじゃないか? 

 

「あれ、でもアイリスさんの方が順位高いですよね」

「『怖いから戦いたくない』って拒否されたの」

「ああ……わからなくはない」

「ロア君?」

 

 そういう風に言われて即座に首締めに入るあたりがダメなんだ。

 お淑やかに品性を保つというのはとても大切なことだぞ? 

 

「ぐ、ぐぇ……ス、ステルラ」

「多分ロアが悪いんだけど……」

 

 仕方ない、という表情でステルラが救ってくれた。

 ふっ、一人敵を作っても俺にはこれだけ味方がいる。遂に護身が完成してしまったようだな。

 

「常識的に考えて斬り合いを所望してくる女性は恐ろしいのでは?」

「でもロア君は好きでしょ?」

「別に好きじゃないが……特に否定もしませんよ」

 

 人の好き嫌いなんて否定していいことないしな。

 黙って受け入れて、少し甲斐性を見せる程度でいいのだ。毎時間殺し合いとかは無理だからそれは勘弁な。

 

「……まあ、そういう部分はいいんじゃないの」

「素直に惚れたって言ってもいいん」

 

 せめて言い終わってから手を出して欲しい。

 舌噛んだらどうするんだよ、治してくれる人達いるから大丈夫だなくそったれめ。顎を下から掬い上げるようなアッパーでぶっ叩かれたので脳が揺れている。

 

「君、そうなることを望んでるのかな」

「が、ガス抜きは必要だからな……」

 

 手を差し伸べてくれたアルベルトの手を取る。

 

「ほら、入場してきたよ?」

 

 目線を場内へと向ける。

 トコトコ歩いてくるルナさん。その足取りは軽く、特に気負ったものは感じ取れなかった。

 俺たちの存在に気がついたのか、相変わらずの無表情で手を振ってくる。あの人めっちゃ感情豊かなんだが、あの無表情さだけはどうにかならないのだろうか。あれも幼い頃のトラウマの一つなのか? 

 

『よう、随分時間かかったな?』

『レディの支度には時間がかかるんですよ』

『そいつは失礼した。配慮の足りん男ですまないな』

 

 前評判については特に気にしてなさそうだ。

 外野の声を聞くより自分の力を信じた方がいい、そういう時もある。

 

『因みに開戦はいつでもいいらしいが、どうする? いっせーので合わせてもいいぜ』

『それには及びません。────もう、やる気は十分のようですし』

 

 そう告げた刹那、爆炎が場内を埋め尽くした。

 魔力障壁から本当にごく僅かな隙間を残して、それ以外全てを飲み込む(くれない)の爆炎。魔法の操作能力が、異常なまでに高い。この規模の魔法を発動しておきながらそこまで精密な操作ができるのか。

 

『話で少しでも気を逸らし、魔法使用を悟られないようにする。素晴らしい作戦だと思います』

『────……破られちゃあ世話ねぇんだが』

 

 炎が消え、そこに現れたのは無傷のフレデリック・アーサー。

 あの爆炎を凌いだのか。

 

『お前のぶっぱ癖は知ってたからな。あの戦いを見た連中なら誰だって警戒するだろうさ』

『若気の至り、という奴です。当たるぶっぱはぶっぱじゃないと偉い人も言っていました』

『そんなの唱えるの魔祖様くらいじゃねぇのか』

 

 避けられてるんだが、それは気にしない方向性らしい。

 

幻影(ファントム)────使用したタイミングはわかりませんでしたが、違和感には気が付きました。注視しても気がつかない程度の僅かな歪みでしたが』

『おいおい勘弁してくれよ。俺の必殺技だぞ?』

 

 何を話してるのか全くわからない。

 師匠に目を向ければ苦笑とともに解説を始めてくれた。

 

「フレデリック君の二つ名を冠する幻影(ファントム)だが、光魔法を利用した幻覚を見せる魔法だ。この技は『如何に相手の視点を再現できるか』という技術を求められる」

「……つまり、相手から見た自分の姿を完全に理解しないとダメなのか」

 

 かなり難易度が高くないか、それ。

 あー、それは近接戦闘不利だわ。完全に使い熟されたら抵抗する手段がなくなっちまう。俺みたいに高速で動き回れても、初撃を確実に防がれるのは厳しいぞ。

 

「近接殺しすぎるな……」

「その魔法と並列して攻撃魔法等も使えるから、彼は十二使徒門下として評価を受けているのだが…………」

 

 相手が悪すぎる。

 そうとしか言いようがない。

 

『はーあ、自信無くすぜ。メグナカルトみたいな近接型を相手にしたかったんだが』

『運も実力のうち、と言います』

『違いねぇ。────まあ、楽に勝てないだけで……勝てないとは、言ってない』

 

 フレデリックの掌に光が収束していく。

 

『もう掌の上さ』

 

 解き放った光線を、右手をかざして防ごうとして────後ろから衝撃を喰らったのか、大きく前へと吹き飛んでいく。

 

 ……なんだ? 

 

「…………そうか、凄まじいな」

「何が起きたんですか。後ろから吹っ飛んだように見えたが」

「ああ、後ろから(・・・・)攻撃を食らっている。あの光線が直撃したんだ」

 

 …………マジかよ。

 ていうことは、あれか。俺たち観客側も全部含めて幻影を見せられたってことか。

 

「実際そう見せられているのだから、認めざるを得ない。凄まじい技量だよ」

 

 場内へと視線を戻す。

 起き上がったルナさんは気怠げに埃を払い、ゆっくりと周囲を見渡す。

 フレデリックは姿を見せることはない。俺たちにすら認識出来ていないのだから、ルナさんは当然見えていないだろう。

 

『ふむ…………』

 

 再度爆発と見間違うような炎が巻き上がり、場内全てを埋め尽くす。

 全体攻撃で居場所を探るのか、正しい選択だと思う。

 

「初撃を防いだ方法がわかれば攻められるんだろうが……」

 

 難しい。

 フレデリック・アーサーは勝ちに来ている。

 確実に、絶対に勝てるように、どんなに美しくない形であっても勝とうとしているのが伝わってきた。

 

『無駄だ。お前くらいの使い手になれば、当てた感触くらい把握できるだろ?』

『ええ。五つほど(・・・・)

『実態のない影を作れない訳じゃないからな。消耗が激しいから普段はやらないが────その分、通じるぜ』

 

 上手いな……

 能ある鷹は爪隠す。

 飄々とした態度は自身の巧妙な作戦を一切感じさせない為か。

 

『炎を撒き散らすだけだってんなら、俺が終わらせてやるよ。あの野郎(・・・・)に挑むのは俺だ』

 

 並々ならぬ思いを抱いているようだ。

 ルナさんも攻撃に躊躇いを持っている訳では無さそうなので、まだ手札はあると思うが……

 

 と、俺が内心思い始めた時だった。

 

『…………仕方ありませんね』

 

 呟きと共に、揺らめきだす。

 

『切り札か。いいぜ、のらりくらりと────』

『フレデリックさん』

 

 周囲の温度がどんどん上がり、陽炎のように揺らいでいく。

 

『私から言える事は、一つだけ』

 

 ────どうか、上手に避けてください。

 

 チリ、と。

 僅かにルナさんの髪から火が舞ったように見えた。

 いや、というよりアレは──まさか…………

 

 俺の疑問を置き去りに、ルナさんの周囲に可視化できる程の魔力が集まっていく。炎じゃない。純粋な魔力が集まり続け、俺のような凡人にすら見えるほどに高まっている。

 先ほどの魔力球のように形成されている訳じゃないのだ。

 

「……ロア、私が修行中に言っていた事を覚えているかい?」

「なんですかこのいい時に」

「今だからこそだ。座する者(ヴァーテクス)について」

 

 やっぱりそうじゃねぇか!! 

 マジかよ……なんで同じブロックにいるんだ。戦う事確定じゃん、なんでルナさん俺と戦いたいとか言ってたの? いじめか? 

 

二人はいる(・・・・・)って言ってたな」

「ああ。魔祖十二使徒第三席一番弟子、紅月(スカーレット)────ルーナ・ルッサ」

 

 集まり続ける魔力が爆炎と化す、その僅かな刹那。

 俺は見えた。ルナさんの髪が僅かに炎へと変性していく様を。

 

「彼女はもう、至っている」

 

『────紅月(スカーレット)

 

 宣言と共に、無慈悲な紅が視界全てを埋め尽くす。

 自身諸共巻き込むであろうその爆撃(・・)が障壁を容易に打ち破る。それでもなお勢いを止めない炎は、更に内側へと形成された障壁が堰き止めてくれた。

 

 試合の状況は不明だが、これは疑う余地のない決着になるだろう。

 

「────…………格が、違うな……」

 

 新しく改装された坩堝だが、無惨な姿へと変貌を遂げてしまった。

 綺麗に作られた筈のステージは蒸発し底の見えない穴が開いている。天高く貫いた炎の柱は徐々に姿を消していき、やがて雲ひとつない青空が広がった。

 

『あ、フレデリックさんは確保してるので大丈夫です』

 

 ぐったりしているフレデリックを傍にルナさんが現れた。

 かわいそすぎる…………俺、ルナさんと戦う可能性があるってマジ? もう嫌になってきたんだけど。絶対拷問だよこんなの、俺は魔力強化すらできないから多分身体吹き飛ぶぞ? 

 

『……うん。勝者、ルーナ・ルッサ!』

 

 歓声が湧く。

 学生レベルとは思えない魔法を目の前で見た観客たちは皆興奮している。そういう目で見れてないのは俺くらいだ。だってこの後戦うことになるんだぜ。嫌だよ。

 

 勝ちの目が見えない。

 こんな化け物連中と戦えるほど俺は強くないが? 

 

 そんな風にしょぼくれてる俺を尻目に、ルナさんはピース小さく掲げている。

 無表情ではあるが、少しだけ嬉しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 



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第九話 疾風怒濤のヴォルフガング

「勝ちました」

「おつかれさまです」

 

 ぶい、なんて言いながら指を立てている。

 なぜか俺の膝に座って来た。……確かに周囲に席はないからな、これが合理的か。

 

「ふん、良いだろう」

「やってみるもんですね」

 

 勝手に俺の手を取るな。

 まあいいか。なんかぬいぐるみ抱えてるみたいで懐かしい感覚を……待てよ。俺は子供の頃にぬいぐるみを抱くことはあったか? 嫌ない。

 

 ではこれは全く知らない感覚だ。

 

「ちょっとルナさん。貴女色々隠してましたね」

「聞かれてませんので、特に話す必要もないかと」

 

 よく言うぜ。

 対抗手段がワンチャンないわけじゃないんだが、今の俺には使用不可能である。寿命削れば一撃与えるくらいは出来ると思うけどさ、多分それやったら師匠にクッソ怒られるんだよな。

 

 一回やろうとして死ぬほど怒られた。

 

座する者(ヴァーテクス)、か。でも俺は安心しましたよ」

「安心、ですか?」

「ええ。これで一人にしなくて済む」

 

 これは確信だが、ステルラは絶対に至る。

 師匠がいるから寂しくはないだろうが、それでも仲のいい人間が先に逝くのを見続けるのは精神的に堪えるだろう。それを少しでも和らげることが出来そうで俺は心底安心した。

 

「末長く、よろしくお願いします」

「…………ああ、なるほど。そう言うことですか」

「察しが良くて助かりますね」

「ふふん、ロア君のことならなんでもわかりますよ」

 

 嘘つけ。

 

「むっ。その顔は嘘つきとでも思ってますね?」

「なんでわかんだよ」

「女の勘です」

 

 勘でそこまで当てられたら世話ないぞ。

 ムカつくので頬をぐにぐに引っ張ったり揉んだりして嫌がらせする。ぐええ〜、なんて言いながら止めろとは言ってこないのでそのまま続行だ。

 

「ぐ、ぐぬぬ……」

「ほらお姫様、行かなくていいの? 取られちゃうよ?」

 

 余計な事を吹き込むな! 

 いいだろステルラお前一週間一緒に暮らしてたんだから。お前俺が寝ついてる間に頬触ってきたの覚えてるからな。

 

「ヴェッ!?」

「一時間も触ってたら普通に目が覚めるわバカたれ」

「……………………ぐう」

 

 唸りながら師匠の後ろに隠れた。

 ケッ、俺に勝とうなんて十年早いんだよ。俺は生まれて数年で勝利への執着を覚えたんだ、格が違うぞ。

 

「ルーチェはいいのかい? 混ざらなくて」

「…………別に。それより次に集中しないと」

 

 それもそうだ。

 ムニムニしていた手を止めて思考を切り替える。

 

「……ヴォルフガング、勝てると思うか?」

「無理だろうね」

「無理だと思う」

「無理でしょう」

 

 満場一致で無理は可哀想過ぎるだろ。

 上からアルベルト・アイリスさん・ルナさんの並びである。この三人が無理って言ったらもう無理だろ。

 

「順位戦一位を在学中ずっと維持してるのは控えめに言って頭がおかしいから。これまでの歴史上成した人物は一人もいないんだぜ?」

「バルトロメウス君が弱いのではなく、相手が強過ぎると言ったほうが正しいでしょう。私も勝てるかどうかは怪しいところです」

 

 なあルナさん。

 その発言さ、そう言うことか? 

 

「むむっ。……な、なんの事デショウカ」

「いいです、その情報は知りたくなかった。更に深い絶望が俺の胸を埋め尽くしています」

 

 は〜〜〜〜〜〜……

 そりゃあ一位維持できるわけだよ。

 

「安心してください。負けるつもりはありませんから」

「余計安心できないんだが……」

 

 ヴォルフガングがどこまでやれるか。

 アイツも才能はとてつもないが、それ以上に化け物が多い年代すぎて目立ててない。過小評価されていれば御の字、って所だな。

 

「……そう易々と、負けるような奴じゃない」

 

 腹を斬られて腸を剥き出しにしても心底楽しむようなジャンキーだ。

 下馬評なんざ覆して見せろ。

 

 

 

 

 

 

 

 #第九話 

 

 あれほど見慣れた坩堝の景色が変わっている。

 入場して最初に抱いた感想はそれだった。選手一人一人に与えられた控え室の豪華さに驚き、本当に学園全体が注目しているのだなと思い知らされた。

 

 恐らく魔祖様の魔法であろう、映像を映し出す魔法で他選手たちの戦いを見ていた。

 

 圧巻だった。

 誰も彼もが正面からぶつかり合い信念を打ち付け自分こそが一番だと証明しようとしている。

 ……まあ、そう言う感情を持ってない人もいたみたいだが。選手たちの呟きすら鮮明に聞こえるのがいいところでもあり悪いところでもある。

 

「相変わらずだ」

 

 観客席で囲まれている人気者に目を向ける。

 果たして彼が逃さないのか、それとも周りの人間が逃さないのか。その両方だろうな、と自分の中で納得する。

 

「────やあ、待たせたね」

 

 柔らかい表情と裏腹に闘志が溢れる目つきだ。

 纏っている空気感、雰囲気、そして────滲み出る圧倒的な魔力。

 

 格上。

 

 その二文字で全てを言い表せるほどの圧倒的な存在感。

 

「…………ふ、はは」

 

 凄まじい相手だ。

 俺が相対してきた中で、それこそ十二使徒本人にすら届きうる実力。感じとれてしまった。戦うより先に自身の敗北を悟ってしまった。

 

 俺はどう足掻いてもこの相手に勝つことはあり得ないと。

 

「君がヴォルフガング・バルトロメウス君か。話には聞いているよ」

「光栄な事だ。俺も貴方のことは耳にしている」

 

 強者と戦うために、この学園に来た。

 

 初戦は負けた。

 相手が強かった。本人は自虐ばかりしているがその実力は確かなものだし、その努力は計り知れない。彼はまことに英雄と呼ばれるだけの積み重ねがある。

 

 その後は、とにかく相性の悪い相手と戦った。

 戦って戦って戦って、ようやく登り詰めた一桁。

 

「…………本当に、ありがたい」

 

 まだまだ俺は強くなれる。

 その確信が胸を埋め尽くしている。天上にはまだ見ぬ存在(魔祖)が居て、明確に目指せる場所すらわかる。

 こんなに恵まれていていいのだろうか。俺の願いを成就させるのに必要なピースが揃っている。

 

「胸をお借りします! 新鋭(エピオン)と謳われた偉大なる人間の!」

「君みたいな熱い子は嫌いじゃない。先達として、恥のない姿を見せてあげよう」

 

 魔力を練り上げ、初っ端から全力で行く。

 出し惜しみは一切しない。小手調べも必要ない。相手は圧倒的な格上だ、ならばこちらの振舞う礼儀は────喰らい付いて魅せる事だ。

 

「────暴風(テンペスト)!」

 

 二つ名としても名を馳せた最強を解き放つ。

 入学当初と見比べて随分と練度の増した魔法に、我ながら最高の一撃だと思う。

 

 嵐どころでは無い、これはもう風という形を取っただけの破壊の渦。

 最上級魔法として完成形を迎えた事をここに確信した。

 

 先程までの試合よりも強化された魔力障壁に余波で罅割れを入れながら、上空へ一瞬で飛び立つ。

 

 最上級魔法を一発ではとても足りない。

 彼を超えるにはとても足りない。

 

 ────冷静に分析している様に、俺は語った。

 負けるだろう、と。実績や実力差を客観的に見比べて、俺は勝てないだろうと予測を立てた。

 

 それは会場の誰しもが思っている。

 ヴォルフガング・バルトロメウスの勝利を予想している人間なんて誰一人としていないだろう。

 

「────それでも!!」

 

 自分だけは自分の勝利を信じている。

 勝利を想うことこそが、過去の自分への手向けになるのだから! 

 

「それでも!! 俺は勝ってみせる!!」

 

 既に放った一撃は容易く打ち破られた。

 風を断ち切る様に放たれた光の剣。どこまでも見覚えのある光景だ。

 かつては敗北を喫した。今は成長した。敗北を糧に、俺は一つ上へと登ったんだ。

 

 それでも破られた。

 最上級魔法程度(・・)では足りない。

 足りないのなら────もっともっともっと高く! 

 

 魔力を掻き集める。

 自身の身体に満ちる魔力全て、防御も何も考えずにこの一撃に全てを籠めるために。

 両手の中を渦巻く嵐を圧縮し続ける。

 

 倦怠感が脳内を支配するが、そんなものはお構いなしだ。

 

 今この瞬間を味わわなくてどうするんだと奮い立たせる。

 

「これが俺の全力! 未熟なこの身で放てる最高の一撃!」

 

 未だ至る事のない我が身だが、いずれ辿り着くと信じている。

 俺は諦めない。どこまでも勝利を追い求めている。ただ自分が強くなるために、誰とも関係もなく────ただ、どこまでも高い景色を見てみたいから。

 

 視界の一部が嵐と一体化(・・・・・)した様な錯覚を覚えた。 

 ここが限界だと悟り、しかし感じた事のない全能感と高揚感が溢れ出ている。今ならば、今ならば出来るはずだ! 

 

「────喰尽す暴風(ヴォルフガング・テンペスト)!!」

 

 正真正銘最高の一撃。

 自身の名を冠する、俺だけの技。

 誰かの後を追うんじゃない。二代目ではない。ロカ・バルトロメウス二世ではないのだ。

 

 ────俺は、ヴォルフガング・バルトロメウス。

 

「今、成った(・・・)のか……!」

 

 目を見開くテリオス。

 第一位を死守し続けた怪物が俺に対して動揺している。

 強く、果てしない強さだと感じた格上が俺に対して警戒をしている。これほどまでに嬉しいことはあるだろうか。

 

「だが、一歩踏み出した程度(・・)だ……!」

 

 その手に再度光が灯る。

 一瞬煌めいて、爆発的な閃光の後に手に剣が握られる。

 

「負ける訳にはいかないんだ。僕が証明するために……!!」

 

 ギ、と口を紡ぐ。

 詳細までは聞こえなかったが、来る。

 俺の一撃を打ち払うための攻撃が! 

 

 片目が光の粒子へと変貌する。

 あれは──紛れもない証拠。テリオス・マグナスは座する者(ヴァーテクス)へと至っている! 

 

月光剣(ムーンライト)────!」

 

 溢れんばかりの極光が、天へと放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 嵐と光、二つがぶつかるのが見えた。

 その衝撃は計り知れない。先程の全属性複合魔法と月光のぶつかり合いより、もっともっと大きな衝撃。

 

「どうなった……!?」

 

 腕の中にいたルナさんを庇ったためまともに風に煽られてしまった為に結末を見逃した。

 

 ヴォルフガングが至り、テリオスさんが迎え撃つ。

 とんでもない出力の魔法がぶつかりあった末に生まれた爆風は会場全てを撫で切って駆け抜けた。

 

「…………いい、戦いだった」

 

 師匠の呟きと共に少しずつ煙が晴れていく。

 片手に剣を持ったまま天を仰ぐテリオスさんと────地面に倒れ伏すヴォルフガング。

 

 勝負は決まった。

 

『……強かった。君はこれからもっと強くなれる。ヴォルフガング・バルトロメウス』

 

 その言葉は届いてはいないだろう。

 だが、その確信は本人も抱いている筈だ。

 

『それでも僕は負けない。あの人に育てられたのだから。あの人に誓ったから。どれだけ否定されても、僕はそこを諦めない……!』

 

 その言葉の後に、俺に視線を向けてくる。

 特に何かを交わしたわけではない。ただ視線が合っただけで、何かを伝えようとしたわけじゃない。

 

 それでも伝わってきた。

 テリオス・マグナスという人物は明らかに俺に何かしらの感情を抱いている。

 

『────勝者、テリオス・マグナス!』

 

 歓声と共に勝敗が決まり、彼は朗らかな笑顔を浮かべながら控え室へと戻っていった。

 

 これで一日目の対戦は全て終わった。

 最終戦に相応しいぶつかり合いだったが……気になることが増えたな。

 

 具体的には厄介ごとの気配。

 ていうかおかしくない? ヴォルフガング片足突っ込んでたよなアレ。

 普通に対処するテリオスさんはなんなの。予想通りだったけどよ、このブロックおかしいだろ。

 

 ソフィアさんが唐突に成らない事を祈る。

 

「やはり強敵ですね」

「頑張ってくださいよ」

「もう少しいい感じに言えます?」

「頑張れ、ルナ」

「オ゛っ…………」

 

 耳元で囁いたら動かなくなった。

 恥ずかしいからフォローしてほしいがマジで反応がない。しょうがないから頬をムニムニして気を紛らす。

 

「君、よくアレに勝てたね」

「俺もそう思う。今やったら絶対負ける」

 

 ヴォルフガング、おかしくない? 

 上に移動する速度が速すぎたし、あの技なに。

 

「歴代の十二使徒門下でもオリジナルを組み上げた人間ってのは本当に少ない。彼と、そしてルーナ君はすでに資格があると言ってもいい」

「なんでそんな化け物に囲まれてんだよ……」

「君も大概なんだけどね」

 

 師匠の言葉に絶望する。

 それに勝てるテリオスさんヤバすぎだろ……故に新鋭(エピオン)か。既存の魔祖十二使徒という枠組みを超えられる新たな存在。

 もうちょっと楽な世代に生まれたかった。

 

「大丈夫さ。ロアならやれる」

「なんだその信頼は」

「君のことは誰よりも見てきたからね。信じてるよ?」

 

 …………ふん、まあ、言われなくてもやることはやるが。

 相手が化け物なのは承知の上だ。それでも負けられない領域がある。時間切れを狙う様な人達ではないからまだ勝機がある。

 

 もう貰えるものは貰った。

 後は俺次第だな。

 

「で、ルナさん。そろそろよけてもらっていいですか?」

「…………もう少しだけこのままでお願いします」

「まあいいですけど……」

 

 仕方ないな。

 明日にはステルラとルーチェの戦いがある。

 俺はどっちを応援すればいいのだろうか。どっちも応援すればいいか。

 

 戦いがないことに安堵しつつ、膝の上の重さを少しだけ楽しんだ。

 

 

 

 




碑文つかさ様(@Aitrust2517)に描いていただきました。


【挿絵表示】


いやもう全部が素晴らしくてもうね……
最高です!!!ありがとうございます!!


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幕間 

「よう」

「ムッ、メグナカルトか」

 

 待ち伏せ完了、だな。

 今日の分の試合は終わり、観客はそれぞれが帰路についた。こっからが本番と言っても過言ではないのだが内容が濃かったお陰で興奮収まらぬ、と言った様子。

 

 折角開催したことだし、師匠持ちで飯を奢ってくれると宣言したので行きたい連中だけで高級料亭に突撃する事になった。権力バンザイ。

 

 それでどうせならヴォルフガングも誘おうと思って俺だけ残っていた訳だが……

 

「お疲れさん。晩飯奢りだから一緒にどうかと思ってな」

「わざわざ待ってもらってすまないが、遠慮させてもらう。試したいことが幾つもあってな」

「相変わらず上昇志向の高い奴だ。そんなに急がなくていいだろうに」

「仕方ない。義務でやっているのならまだしも、楽しいんだ。どうしようもない位に」

 

 楽しい、か。

 強くなることが楽しいのは理解できる。

 自分の出来る事が日に日に増えていくあの感覚はいいものだが、それを得るための努力という概念がどうしようもない程に嫌いだ。

 

「それに、次こそお前に勝たなくちゃいけないからな!」

「勘弁してくれ。もうお前と戦うのは嫌だ」

「何故だ! きっといい勝負になる!」

 

 ならねぇよ。

 俺がボコられて終わるんだわ。

 過大評価が凄いな? テリオスさんとタイマンでやり合える化け物に勝つ方が難しいんだが……

 

「とか言っておいて負ける気はないんだろう?」

「当たり前だろ。そもそも俺は勝てる勝負しかやらないからな」

「ハッハッハ! そういう所が実にメグナカルトらしい」

 

 負けた時の屈辱を俺は誰よりも知っている。

 かつての英雄が没した際のあの感覚。アレは中々な虚無感だ。

 大戦が終わり、平和になった世で消え去ろうとした途端に現れた遺物。親友と共に死を覚悟したあの瞬間。共に駆けだした友が先に死に、残された剣を手に死力を尽くしてなお届かなかった時。

 

 あれほどの絶望感をこれから先味わう事はあるのだろうか。

 

「…………無力なままでは居たくないからな」

 

 あ〜〜〜〜、でも更に頑張らないといけないんだよな。

 魔祖とやり合った時の技を習得しなきゃならんのか。改めて考えて無理ゲーすぎる。

 

「はー…………やはり世界は理不尽だ。もう少し俺に優しくならないものか」

「立ち向かうのも悪いものではないぞ?」

「嫌だよ。俺はぬくぬく平和を享受し子供達がはしゃぐ様子を見ながら本を読む人生を送りたいんだ」

「具体的だな……」

「願望すら形にしないと叶わないからな。シビアな世界だぜ」

 

 最近は本を読むこともままならんし、学園の図書室に紛れ込んでいる英雄系の話を探っている途中なんだ。

 ルナさんを通していくつか話を聞いているが……あの人、かなりの英雄マニアだ。本当に詳しいし、多分アレエミーリアさんに聞きまくってるな。二人きりの時の話とかめっちゃ知ってるもん。

 

 だから俺にも興味を持ったのだろうが、こんなヒモ野郎で幻滅しなかったのが彼女の凄いところだ。

 

「まあ、なんだ。無理はするなよ」

「自身の体調管理くらいは問題ない。メグナカルトこそ、応援してるぞ」

 

 手を振って別れる。

 相変わらずクレイジーな奴だが、俺たちと違ってあいつは純粋なまでに強くなりたいという欲求を抱えているだけだ。何かに悩むわけでもなく、ただひたすらに研鑽を積み上げる。

 

 結果は自分だけが知っていればいいという究極的な思考。

 

「…………強くなりたい、か」

 

 そう言えば、俺が最初に抱いた感情もそうだった。

 ステルラを庇い師匠に救われたあの日あの夜、確かに俺は強くなりたいと願った。フラッシュバックした記憶がそう思わせたのか、俺自身がそう思ったのかはわからないが。

 

 確かに強くなった。

 天才共と刃を交えられる程度には強くなった。

 

 だが、絶対的に足りていない。

 魔力が足りず魔法が使えないという圧倒的な弱点がある限り、俺はいつまでも追いつくことはできない。

 

「何を黄昏てるんだ?」

「……わざわざ迎えに来なくてもよかったのに」

「迷ってるかと思ってね、心優しいワタシが来てあげたんだから泣いて喜んでもいいんだぞ」

「ハッ」

 

 ピリピリする〜。

 人が年齢特有の感傷に浸っているのに邪魔をするな。

 

「師匠」

「なんだい?」

「俺の魔力は攻撃に転用できますか」

 

 切り札の切り札、これ以上打つ手のない時にのみ扱える──奥の手。

 

「一撃限りでいい。一回撃てればいい。それきり魔力を失ったって構わない。どうしても、俺は勝ちたいんだ」

 

 ステルラは必ず勝ち上がってくる。

 ルーチェには悪いが、こればっかりは譲れない。俺はステルラ・エールライトという存在を信じている。

 だからこそ応えたい。

 

座する者(ヴァーテクス)へと届く一撃が、欲しい」

「…………だからと言ってアレは禁止だ」

「師匠が止めてくれるでしょ」

「私の心臓が保たないんだよ!」

「やっぱ老人は労るべきだな」

 

 痺れるとかそういう次元ではなく焼け焦げてしまったわけだが、悲しいことに俺の皮膚は電撃に耐性を持ってしまった。俺はどういう生物に進化したんだ? 

 

「全く……実際考えてあるんだろ?」

 

 流石に喋れないのでコクコク頷く。

 徐々に修復されていく特有の感覚を味わいながら立ち上がる。

 

「右腕だけでいい。そこに俺の魔力を掻き集める、それが欲しい」

「それだけなら大丈夫だが……光芒一閃(アルス・マグナ)と並行使用はできない」

「問題ない」

 

 後は俺次第だな。

 どこまでやれるか────結局ヴォルフガングと同じで鍛錬を積むしかない。

 は〜あ、嫌になるな。俺は自堕落にまったりと出来れば欠伸でもしながら魔法の開発ができる程度の才能が欲しいんだよ。なのに実際にやれる事はひたすら自分の身を痛めつけることだけ。

 

「そう悲観するな。君は十分努力を重ねてるよ」

「重ねただけじゃあ何にもならないのが世の中です。俺は結果さえ出せればそれでいいんだ」

 

 俺から話を振っといてなんだが、俺も高級料亭の飯食いたいんだけど。

 そう思い師匠に言おうとしたら、本当ににっこり笑いながら俺の肩に手を置いてきた。

 

「そうか! なら私も付き合おう──今から!」

「馬鹿か?」

「なあに遠慮する事はない、結果が出る様に足掻こうじゃないか!」

 

 遠慮するが。

 あ、こいつ身体強化まで使ってやがる! 全然引き剥がせねぇ! 

 

「嫌だ! 俺も美味いもん食べたいんだよ!」

「安心したまえ。テイクアウトも出来るから」

「そういう問題じゃないんだが?」

 

 ずるずる首根っこを掴まれたまま運ばれていく。

 …………ああ、くそったれめ。なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ。

 恨むぞ師匠。具体的には寝てる間に悪戯する程度には恨む。性的な悪戯はしないが、寝てる口の中に虫を放り込む程度の嫌がらせはしてやる。