シャインナックルさんが世界をぶっ壊してみるテスト (偽馬鹿)
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シャインナックル

おのれフェザー。


目が覚めたら。

自分が自分じゃなかった。

そんな経験ないだろうか。

ないか。

知ってる。

 

 

 

というわけで、今日から他人である。

名前も知らない、赤の他人。

そんな感じである。

 

目深にかかった金髪に赤みがかった茶色の瞳。

背中に星と翼のマークが入った真っ赤なジャンパー。

黒のインナーとズボン。

手にはドライバーグローブ。

これが今現在の自分の恰好である。

どこかで見覚えのある、しかし思い出せない格好であった。

 

 

 

「しかし……」

 

呟く。

しかし返事はない。

知っている。

辺りに人影はないのだから。

 

だが、どうしても愚痴を吐きたくもある。

何故なら周りには何もないのだから。

 

――ザーっと、大きな雑音。

 

……訂正。

バケツをひっくり返したように、雨が降り注いでいた。

 

 

 

「……ん?」

 

暫く歩くと、視界の先に小さな影が。

なんと、こんなところに人が。

そう思って駆け出すと、すぐに人が座り込んでいるのがわかった。

 

近寄る。

こんなところに座っていたら汚れてしまう。

そう思ったからだ。

 

「あ、う……」

 

そしてその人の目前に足を踏み込んだ時に、ぐちゃりと足元が歪んだ。

水たまりかと思い下を見ると、赤い。

血だまりだった。

 

――しかし。

しかし俺は。

その血だまりを見ても、なんとも思わなかった。

 

おかしい。

何故なら俺は普通の……普通の何だっただろうか。

思い出せなかった。

 

しかし今はそれどころではなかった。

今、目の前の人は血だまりに沈んでいる。

助けなければ。

 

「無駄よ」

「ん……?」

 

声が聞こえた。

背後からだ。

 

振り返ると、そこには目深のローブをまとった小柄な人物がいた。

その人物が、無駄だと言う。

何故か。

 

いや。

わかっていた。

今助けようとした人は、もう死ぬのだ。

間に合わない。

 

「そう」

「物分かりがいいのね」

 

小柄な人は、鈴のような声を鳴らして立ち去ろうとする。

しかし、俺はそれを引き留める。

 

「……何?」

「わたしはもう行くのよ」

「まだ生きてる」

 

だから、最期の願いを聞こう。

そう言ったのだ。

 

「ふぅん」

「貴方、傲慢なのね」

 

そう言って、小柄な人はいなくなってしまった。

文字通りだ。

一瞬で消えてしまった。

 

しかしだ。

今はこの死にゆく人の声を聞かなければ。

それが、俺にできる手向けだろう。

 

「何か、言うことはあるか?」

「――ああ、ある」

 

その人物、少年は、最期の言葉を口にする。

それは弱々しいものでありながら、今降る雨の中でもはっきりと聞こえた。

 

 

 

「――こんな世界、嫌いだ」

 

 

 

「……」

 

少年を埋葬すると、俺はまた歩き出した。

雨が止む様子はない。

仕方がない。

 

少年の致命傷は俺が見たことのないものだった。

しかし、わかる。

あれは裂傷だ。

それも、何重にも重なった刃で切り裂かれたものだ。

 

何故わかるのか。

俺にはわからなかった。

わからないはずなのに、わかった。

意味がわからない

 

しかし。

今は歩くことにした。

このままでは体温が落ちて動けなくなってしまう。

 

そう思っていたのだが。

 

結構限界だったようで。

 

雨が止むかどうか、といったところで。

 

俺はその場にぶっ倒れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして」

「どうして」

「どうして!」

「どうしてっ!!」

「なんで貴女はそうやって笑っていて!!」

「わたしは……こんなに苦しいの……!?」

 

顔も知れぬ少女の慟哭。

その絶望は計り知れなかった。

そして、その絶望は。

彼女の目の前の少女に向けられていた。

 

 

 

「……殺す!」

 

 

 

 

 

 

「……」

「おや、目を覚ましたのかい?」

 

不快な夢を見た。

いや、今のは夢だったのか。

よくわからない。

 

目の前のお婆さんが言うには。

俺は町の端っこの方で倒れていたらしい。

 

おかしい。

俺は何もない砂地で倒れていたはずだ。

それなのに何故。

 

と、考えたところで何の解決にもならないことに気付く。

それよりもお礼。

助けてくれてありがとうございます。

それで今回の話は解決である。

まる。

 

 

 

「……何、やってるの?」

「ん?」

 

翌日。

俺は助けられたお婆さんの家事手伝いをしていた。

今は家の壁を清掃中だ。

 

そこに、昨日出会った小柄な人が来たのだ。

意外な再会である。

というかそろそろ名前を教えてほしい。

めんど、ではなく。

いや、面倒だからだ。

 

「……タレイアよ」

「可愛いな」

「ぶっ殺すわよ」

 

唐突な殺意。

いや、本当の殺意なんてわからないのだが。

 

タレイアはふん、と鼻を鳴らしてまたいなくなる。

また消えた……と思ったところで、お婆さんから声。

タレイアのことは後回しだ。

今はお婆さんと一緒にお昼ご飯だ。

 

 

 

星晶獣グラティエ。

この島はそういう神様的な奴のおかげで生活できていた。

過去形なのは、今まさに崩壊の危機だからだ。

 

かつては複数の巫女によって鎮められていたグラティエだが、今は一人の巫女によって鎮められているはずなのだとか。

はず、というのは。

今その巫女が行方不明であるということ。

そして、一月以上も降り続ける雨。

雨は星晶獣グラティエがもたらす恵みのはずであり、島を脅かすものではないはずなのにである。

 

そう、星晶獣。

つまりこの世界はグランブルーファンタジーの世界、またはそれに類する世界であるということ。

興奮してきた。

 

 

 

とはいえ。

そんなことを知るお婆さんは何者なのか。

聞いてみれば、なんとかつての巫女だったとか。

 

代を重ねるごとに力を持つ巫女が減っていき、最後の一人は年端もいかない少女であったという。

その少女の名前はタレイア。

お婆さんの娘。

それが数十年前。

 

 

 

「――つまりは、そういうことなのか」

「ええ」

 

雨の降りしきる中、タレイアは現れた。

どうやらそういうことらしい。

 

タレイアは数十年前の巫女であり。

今なお巫女としてありつづけているのだろう。

 

「いいえ? もうやめたわ」

「やめた……?」

 

「疲れたの」

「もう誰かのために何かをするなんてこりごり」

「わたしだって自分のために何かしたい」

「わたしだって友達が欲しい」

「わたしだって笑ってみたい」

「わたしだって……自由になりたい」

 

「ただそれだけよ」

 

その声は。

あまりにも重くて。

俺なんて全く役に立たない気がした。

 

 

 

だがしかし。

俺はこの世界をぶっ壊すのだ。

 

あの少年は、この世界を嫌いだと言った。

あの少年は、俺にそんな言葉を残した。

だから俺は、そんな少年の言葉をどうにかして実現してやるのだ。

 

 

 

「というわけで、俺はこの世界をぶっ壊すよ」

「ふん……」

 

タレイアは鼻で笑う。

俺は笑って返す。

イラっとしたのか、タレイアは俺を凝視した。

と思う。

実際のところ見えないのだった。

 

「いいわ」

「待ってるから」

 

そう言い残して、タレイアはいなくなった。

また消えたのだ。

 

どこで待っているというのか。

そう思ったが、答えは単純だった。

というかお婆さんに聞けば一発だった。

 

 

 

そう。

星晶獣グラティエを祭っている祠だ。

 

 

 

「来たのね」

「来たよ」

 

歩いて数時間。

ついにタレイアの元に辿り着いた。

かなりつらかったが、傘のおかげで大丈夫だった。

いや本当に。

 

雨は止まない。

この雨は星晶獣グラティエの涙なのだという。

それも悲しみの。

巫女であったお婆さんにはわかるらしい。

 

 

 

「ふん……」

「殺してあげるわ」

 

とタレイアが言うと同時に、周囲の雨が刃になった。

 

「っと」

 

俺はバックステップをしたり、前転したり良い感じのステップを踏むことで回避する。

よくわからないが、攻撃の避け方というのを知っている。

気がする。

 

「鬱陶しい……!」

「だろうな」

「痛っ」

 

俺は足元にあった小石を拾い、タレイアにぶつけた。

当然頭とかに当たらないように調節した。

見事におなかに命中した。

 

「こっ……!?」

「隙あり」

 

激昂して両手を振り上げたタレイア。

そこを狙っておでこに肘うち。

見事に転ぶタレイア。

 

 

 

恐らく。

タレイアは星晶獣グラティエの力を利用している。

だから星晶獣グラティエは悲しんでいるのだと。

お婆さんはそう言っていた。

 

そして、そのコントロールをできなくすれば。

タレイアは無力な少女に戻るだろう。

そう言っていた。

 

 

 

「痛、痛い!」

 

というわけで。

精神を乱してコントロールを放棄させることにした。

所詮子供。

軽くいじってやれば余裕。

 

いや。

本当は子供じゃないんだったか。

でもまあ。

関係ないのかもしれないが。

 

「こ……このっ! このぉっ!!」

「えい」

「ひゃめなひゃいょ!!」

 

口を引っ張ってやる。

普通の女の子だ。

これが星晶獣グラティエの巫女なのか。

本当に?

 

 

 

「グラティエっ!」

「おっと」

 

いじめ過ぎた。

攻撃が来たのでバックステップで避ける。

本当に当たらない。

まるで無敵みたいだ。

 

 

 

ここで、バサリとタレイアのローブが脱げる。

美少女。

その一言に尽きる。

 

年齢の関係だろうか。

髪の色は白。

ボブカット。

捻じれた羊のような角。

そして、まるで乾いた血のような濁った赤い瞳。

 

「この……このっ!」

「グラティエぇっ!!」

 

まるで、いや実際癇癪を起した子供。

それが強大な力を振るってくる。

刃になる雨。

それがずっと降り続く。

 

星晶獣グラティエの能力は水である。

水を媒介にして様々なことができる。

遠見、予知。

そういった、見る力があるという。

 

それなのに俺の行動を見切れないのは何故か。

何か理由でもあるのか。

 

まあ、理由は何でもよかった。

今タレイアを止めることができればいい。

そして、星晶獣グラティエをぶっ飛ばす。

それであの少年の世界はぶっ壊れるのだ。

 

 

 

「グラティエ!!!」

 

タレイアが大きく声を張り上げる。

すると、周りの雨が集まり、形を作り上げる。

 

それは人だった。

いや。

人に見えただけだ。

単純に人の形をしているだけで。

その実態はまるで違った。

 

まるで能面のような顔。

まるで水そのもののような肌。

まるでイカやタコのような触手でできた手足。

 

 

 

そして。

なんとなくだが。

俺の力の一端が見えた気がする。

よくわからないが。

 

よくわからない。

よくわからないのによくわかる。

それは闇だ。

闇の炎だ。

力だ。

力。

 

そう。

俺の力だ。

 

それと同時に、身体から風が湧いてくる。

これも力だ。

そう。

これも俺の力だ。

 

 

 

力を込めて。

俺の力を込めて。

目の前の星晶獣を目掛けて。

俺は力を開放する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――喰らいな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 

タレイアは不貞腐れている様子でこちらを見る。

何故だろうか。

彼女を縛っていた星晶獣グラティエは俺が殴り飛ばした。

最早彼女を縛る者は誰もいないのに。

 

「だから、何?」

「何でもない」

「はぁ……?」

 

心底呆れているような声と表情。

その様子に痺れもしないし喜びもしないが。

 

しかし。

あの少年の世界をぶっ壊すことができた。

それが少し嬉しくて。

 

 

 

そんなわけで、俺は旅に出ることにした。

何がそんなわけで、なのかはわからないが。

ただなんとなくだ。

俺はなんとなく旅に出たくなったのだ。

 

そして。

そんな自由気ままな旅に、タレイアは付いてくるという。

何故か。

いや、本当に何故なのか。

 

 

 

……まあいいか。

俺はそう思考を切って歩き始めた。

まだ見ぬ世界へ。

俺は、俺たちは歩き始めるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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レイジングストーム

そういえばこっちも投稿しないと意味わからないなって思いました(こなみ)


「もう異変は終わったぁ?」

「ええ、ええ」

 

彼らグランサイファーの騎空団がその島に辿り着いた時、依頼されていた事件は既に解決していた。

そのことを知らせてきたお婆さんは、にっこりと笑いながら話してくれた。

 

降り続いていたという雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、いいじゃないか」

 

少年――グランはそう言う。

誰かが不幸になったわけではない。

そう言って、笑ったのだ。

 

「でもよぉ」

 

それに異論を唱えるのはグランの相棒、ビィである。

彼(?)はドラゴン。

そのドラゴンであるビィは、相棒であるグランのセリフを遮って言う。

 

「依頼を受けたのにこれじゃあ、商売あがったりだろ?」

「うんまあ、そうなんだけどさ」

 

ビィに反論されて、グランは困ったような顔をする。

実際困っている様子だった。

 

「お人好しですね……」

「あ、あはは……」

 

コウの一言に、グランは更に困ったような顔をする。

 

「そういうところ、嫌いじゃないですけど」

 

小さく呟く。

誰にも聞こえないくらい小さく。

しかしその声を聴いてた者もいた。

背後に控えていたユエルである。

 

「コーウ! ツンデレか、ツンデレさんなんか!?」

「うわあああ!?」

 

べしべしべし。

ユエルがコウの背中を叩く。

 

「ちょ、やめてくださいよ!?」

「ユエルちゃん、コウ君嫌がってるんやない?」

「嫌よ嫌よも好きの内って言うやない?」

「やめてくださいって言ってますよね!?」

 

ぐぐぐ、とコウがユエルの腕を掴んで叩くのをやめさせようと頑張っている。

しかし年齢差か、どうしても押されてしまうコウ。

結局べしべしべし。

 

 

 

「そういえば」

 

サラが紙を片手に、とことことグランに寄っていく。

 

「これがグランさん宛に届いてました」

「ん?」

 

『はろー』

 

手紙には、今回の依頼に関係のある人物について心当たりがあると書かれていた。

 

 

 

「――で、何かしら?」

 

夜。

どうやら俺達は何者かにつけられていたらしい。

タレイアが言わなければ気付かなかっただろう。

そのことを素直に告げると軽く怒られたが。

 

「えーっとね、君たちについてきて欲しい所があるんだー」

 

飄々とした態度のエルーンの男。

エルーンにしては厚着である。

恐らくドランク。

 

「ふん……回りくどいぞドランク」

 

きりっとした雰囲気のドラフの女。

その雰囲気に押されがちだがちんまい感じ。

恐らくスツルム。

 

「じゅるり……おさかな……」

 

あの食欲に塗れた少女は恐らくオーキス。

俺が釣った焼き魚を狙っているようだ。

 

「あげません」

「しょんぼり……」

「うるさいわ」

 

ザクリと頭に剣が刺さる。

痛い。

オーキスの頭にも刺さってる。

痛そう。

 

「あの、ついてきてくれるかなー?」

 

 

 

 

「……えっと」

「…………」

 

困惑している少女。

むすっとしているタレイア。

ぼんやりしている俺。

あ、剣が刺さった。

痛い。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫よ、死なないもの」

 

脳天に剣ぶっ刺しておいてひどい言いよう。

いやまあ死なないんだが。

 

身体のどこに攻撃が来ても。

あんまりダメージが入らない身体になっているらしい。

よくわからないが。

 

 

 

少女――ルリアが言うには。

タレイアは未だに星晶獣グラティエの影響下にあるらしい。

ちらりとタレイアの方を見ると、さっと視線をそらした。

どうやら自覚はあったらしい。

 

そして。

その力がとても強くなり。

タレイアの身体に影響が出てきているという。

具体的には死が近い。

 

何故そんなことに気付いたのか。

どうやら彼らは俺達がいた島を訪れたらしい。

そこで星晶獣グラティエの痕跡を調べた結果がそれだったとか。

 

「……なんです?」

「俺は」

「別に、貴方のせいでもなんでもないですよ」

 

ふん、とでも言いたげなタレイア。

気にしないで欲しいという雰囲気がしている。

なるほど。

気を使ってくれているのか。

 

「うるさい」

「痛い」

 

また剣で刺される。

慣れてきた。

タレイアの方も俺への対応に慣れてきたようだが。

 

とにかく。

俺はタレイアのことをどうにかしたいと思っている。

何故かわからないが。

 

「……どうして?」

「さあ」

 

わからないが。

やらなければいけない。

そんな気がしたのだ。

 

 

 

ルリアが言う。

グラティエの影響は強力で。

タレイアだけではどうしようもない。

 

それと同時に。

ルリアの力だけでも駄目らしい。

 

だから。

どこかでその力を発散しなければならない。

その相手をしてくれる人を探さないといけない。

 

そして。

俺はそんな人物に心当たりがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

拳を振るう。

蹴りを放つ。

肉体の全てを活性化させて戦う。

 

そう。

力を発散する相手とは俺だった。

 

タレイアはルリアの指示のもと。

力をうまく発散しているらしい。

よくわからないが。

 

具現化したグラティエを相手に、俺は戦っている。

タレイアは人型だった。

というか女の形をしていた。

水晶のように透明な女のマネキンみたいだった。

 

振り下ろされた剣を手の甲で弾き、反対の拳で殴りかかる。

威力はそれなり。

岩程度なら砕けるはずのそれ。

グラティエに直撃したが、それはまるでダメージにならなかった。

逆に拳が痛い。

 

そう。

攻撃に転じても無意味に近いのだ。

ただ力を発散する相手になってしまっている。

 

それでいいのか。

俺は自身に問いかけていた。

それでいいはずだ。

俺はそう思っていた。

 

余計なことを考えて、タレイアを危険に晒す必要はない、

そう思っていたのだ。

いたのだが。

 

しかし。

なんかむかつく。

 

何故タレイアがこんな目に遭うのか。

いや、ついこの間までグラティエの力を乱用してたのだが。

それにしても限度があるのではないかと思った。

 

「あ……」

 

なので強く殴る。

グラティエが吹き飛ぶ。

全体重をかけた、謎の一撃。

それがグラティエを襲ったのだった。

 

どうしてそれがあれだけの威力を発揮するのか。

俺にはよくわからないが。

わからないが、とにかくすっきりした。

 

そう思ったところで、グラティエが突進してきた。

水を固めた剣による振り下ろしである。

それを腕で受け止めて、力をそのままに受け流して引っ張る。

そして地面へと叩きつける。

 

グラティエはその身体を一瞬で組み替えて、直立状態に戻る。

そして即座に反撃に出た。

剣をばら撒くように。

俺の方に射出した。

 

俺はそれをサイドステップで回避する。

移動距離は長い。

全身がかなり揺れた。

まあセーフだが。

 

そのまま前進。

ダメージとか考えず。

勢いだけで殴りかかる。

 

ドゴンと轟音。

一撃でグラティエは吹き飛んだ。

 

ぐちゃりと着地。

グラティエはまた身体を変形させて直立状態に戻った。

またか。

 

しかし。

他にやりようがない。

俺が魔法使いなら。

どうにかできたりするかもしれないが。

 

剣を避ける。

放たれる剣は正確性を欠いている。

先程よりも雑に見える。

 

直撃は避ける。

当然だ。

何が起こるかわからない。

近寄らないと勝ち目がないし。

 

 

 

……いや。

多分遠距離から攻撃できる。

何となくだが。

 

その場に留まって力を込める。

円を描くように下から上に拳を振るった。

 

すると風が巻き起こる。

その風は勢いよく突き進み。

グラティエに直撃した。

 

威力はそこそこだろうか。

俺のパンチとあまり変わらないようだ。

中々使える。

 

 

 

しかし。

グラティエの攻撃が苛烈になった。

遠距離攻撃ができると知ったからか。

先程のように動きを止めて風を飛ばすのは難しい。

 

ならば普通に接近する。

速度を上げる。

普通のパンチでは勝てない。

 

しかも。

攻撃の衝撃をグラティエに全てぶつける必要がある。

普通の攻撃では駄目だ。

 

 

 

ならば。

先程覚えた遠距離攻撃を組み合わせる。

破壊力のある一撃を思いついた。

 

しかし。

やはり接近するしかない。

そうなれば。

確実に強力な一撃を叩き込める。

 

なので。

今まで使っていない移動方法を見せる。

飛んでくる剣に合わせて前転。

上手く飛び込むことで回避していく。

しかも接近もできる。

一石二鳥だ。

 

立ち上がった時。

グラティエは焦っているように見えた。

気のせいか。

わからない。

わからないがチャンスだ。

 

グラティエの懐(?)に潜り込んだ。

そして両手を掲げた。

風を纏った拳を地面に叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、一応感謝しておいてあげます」

 

結果として。

グラティエは沈静化した。

俺の頑張りはちゃんと実ったようだ。

 

タレイアはそんな俺に感謝をしてくれた。

ちょっとだけ近づけたか。

いや。

近づいてどうだというのか。

よくわからない。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」

 

タレイアは無傷。

俺は軽傷。

本当に問題ない。

 

グラティエの力は。

ルリアがほとんど吸収したらしい。

これでタレイアを食いつぶすことはない。

一安心だ。

 

「あのあの!」

「なにかしら」

 

ルリアがタレイアに声をかける。

なんとなく必死に見える。

タレイアは嫌そうな声。

何を言うか気付いているのか。

 

「一緒に旅、しませんか?」

「………………………………」

 

無言。

タレイアは重い沈黙を返した。

しかも嫌そうな顔。

何かあったのか。

いや。

あったからそんな顔してるんだろうが。

 

 

 

しかし。

一緒に旅をするのは便利だ。

俺とタレイアだけでは色々と厳しい。

 

俺はともかく。

タレイアは大変だろう。

年頃の女の子が旅するとかきついだろう。

いや。

実は結構な年だったか。

 

ドスッ。

 

何か刺された。

 

「ひとつ言うと」

「ん?」

「わたしは思考が読めるの」

「ん……?」

 

つまるところ。

……どういうことなのか?

 

ドスッ。

 

また刺された。

どうしてなのか。

 

 

 

「……………………………………………一緒に行きます」

「え?」

「一緒に行けばいいんでしょう!」

 

半ば怒っている様子のタレイア。

まあ切れてる。

切れたナイフだ。

 

ドスッ。

 

更に刺される。

そろそろ顔面に隙間がなくなってきた。

 

「まあ、そろそろどこかに居着くのも悪くないかと思っていたところよ」

「そうか」

 

それならいいんだが。

なんか言動に違和感があるというか。

気のせいか?

 

「気のせいよ」

「そうか」

 

ならいい。

俺も異論はない。

 

 

 

「というわけでお世話になります」

「あ、はい! よろしくお願いしますね!」

 

 

 

というわけで。

俺たちはグランサイファーに乗り込むことになったのだった。

 



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デッドリーレイブ

とりあえずの区切り。
タレイアちゃんはこんな感じです。


タレイアは悩んでいた。

それもこれも少し前に出会った青年のせいである。

 

「……いえ。別にあれがどうとかこうとかではないのですが」

 

誰に言い訳しているのか、などと呟きつつ。

タレイアはむすっとした顔でプリンを食べる。

今日のおやつだ。

ローアインに作ってもらったものである。

こういう時は子供の姿も悪くない、と思ったり思わなかったり。

 

「……それにしても」

 

タレイアはこのグランサイファーに集う団員の数に驚いていた。

正確な数は把握していないが、見ただけで百人はいるのではないか。

 

「烏合の衆……というわけでもないですね」

 

もう一口、プリンを食べる。

これだけの人数だ。

トップが余程の人物でない限り、簡単に崩壊することはないだろうと思う。

そして、このトップの人物はその余程の人物であることも分かった。

 

「……まあ、それにしてもお人好しですが」

 

また一口。

タレイアはグランの人となりを見ていたが、お人好しが過ぎる以外はかなりの好感触であった。

お人好しだが。

 

かたり、と食べ終わったプリンの容器を片付けるタレイア。

まあこれくらいならこなせますと、どや顔のタレイアだった。

 

 

 

ぐちゃあ。

 

 

 

「……ん? あ?」

 

一瞬死んだ。

文字通りである。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

しかし、タレイアはその場に倒れ込むことはなく、立ったまま()()()

 

「そんな……どうして……!」

 

そんな様子を見ていた誰かが叫ぶ。

タレイアが振り向くと、その人影は即座に消えてしまった。

 

「ふぅん」

 

タレイアは考える。

どうやら流石に完全な一枚岩ではないらしい。

いや、一枚岩だからこそか?

そんな風に考えたタレイアは、周囲の様子を見た。

 

「…………これ、わたしが片付けないと駄目?」

 

辺りは血まみれ。

かなりの出血量だった。

 

 

 

「…………はぁ」

 

 

 

タレイアはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

にゃーん。

 

甲板に、猫がいた。

 

タレイアは猫があまり得意ではなかった。

自由で囚われることのないその姿に憧れたりすることもあったが、それはそれとして苦手だったq。

 

にゃーん。

 

「う……」

 

苦手だ。

寄ってくる猫をじっと見ながら、少し後退するタレイア。

いつものことだ。

気圧されるタレイアを見ていたあの少年が笑っていた時は、容赦なく剣を叩き込んだが。

 

「あ……」

「むっ……」

 

そこに、洗濯物を運んでいたサラが通りかかる。

タレイアは誰かに猫に気圧されてる姿を見せるつもりがなかった。

なので、即座にすっと背筋を伸ばして猫を睨みつけた。

 

にゃーん。

 

駄目だった。

すぐにその鳴き声と姿に気圧された。

やはり何となく苦手なこと即座に変えることはできないようだ。

 

「ふふっ……」

 

サラが笑う。

微笑ましいと思ったのだろうか。

タレイア的には死活問題だったのだが。

 

「誰にも言わないで」

 

少しむすっとした表情で、タレイアは口にする。

その様子に、サラはもう一度笑顔を浮かべた。

そしてその顔を見たタレイアは、更に表情をむすっとさせた。

 

 

 

タレイアが猫と同じくらい苦手な相手がサラであった。

何故かというと、かつてグラティエの能力によって見ることがあった巫女の一人だったからだ。

 

タレイアの能力は水に由来する。

その水が関与することであれば、割と万能であった。

その万能な能力を使って、少し前にタレイアはサラのことを知ったのである。

 

その結果があの島の惨劇であり、あの青年と出会った原因。

そして自分が旅に出ることになった理由。

 

かつて巫女という立場に囚われていた彼女に共感していたタレイア。

そして、巫女という存在ではなくなり、自由に生きるサラ。

その生き方に、タレイアは憧れながらも苦手意識を感じていたのだ。

 

 

 

なので、タレイアはサラを敵視していた。

何となくだが。

自由な存在が苦手である、という面倒臭い性格なのであった。

 

当然のように、自由の伝道師たるダーントは苦手の極みだった。

というか猫多い。

あんなの近寄りたくないわ。

顔を合わせたこともないのにこの嫌われようである。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

とにかく。

苦手なサラとあまり会話がしたくなかったタレイアは、その場を去る。

すっとサラが向かう方向とは反対側へと歩いていき。

 

 

 

「あら―――――?」

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

「あ……だ、大丈夫ですか!?」

 

その時に何かを察知したのか、サラが寄ってきた。

心臓がぐちゃぐちゃになっているタレイアを見て、サラは顔を青くした。

出血も止まらない。

このままでは死んで―――――

 

 

 

「……っ」

 

 

 

―――――しまうことはなかった。

 

タレイアの身体は時間が巻き戻るかのように修復されていった。

星晶獣の力だと、直感で思った。

 

それは、タレイアを殺したそれに対して感じたことであり。

同時に、タレイアを生かしたそれに対しても感じたことでもあった。

 

確かにこのグランサイファーには多くの星晶獣がいる。

彼らはとても強く、そして多彩だ。

その力さえあれば、ただの人間はごみくずのように殺されてしまうだろう。

まあ、そんなことをするような人(?)たちではないが。

 

その力が、今タレイアを殺したのだろう。

サラは直感的に感じた。

というよりは、サラと一緒にいるグラフォスが感じ取ったのかもしれないが。

 

 

 

「……また、同じ人?」

「え?」

「何でもない」

 

タレイアの呟きは、サラに届くことはなかった。

それよりも、タレイアが喋ったこと自体に驚いていたからだ。

 

タレイアは血だらけで、服は真っ赤だ。

そういえば、朝見たときはもっと淡い色だったような気がするな、とサラは思った。

 

タレイアはすっと立ち上がり、グラティエの能力で水を呼び出して血を押し流した。

先程はモップでせっせと拭き掃除したが、ここならグランサイファーから流してしまえばいい。

 

「あ、あの」

「何?」

「大丈夫……なんですか?」

 

サラは心配だった。

流石に目の前で死にかけた人間を心配しない人などいないだろう。

気味が悪いと思うことはあるかもしれないが、サラはそう感じることはなかった。

 

タレイアは、そのサラの態度を少し面倒臭く感じていた。

別に死んでも問題ないからであった。

 

タレイアは死ぬことはない。

否。

死んでも()()()()()()()()()()()()のである。

それはサラがグラフォスとともに生きているのと同じように、彼女が生まれ持っていた機能であった。

それが理由でタレイアはグラティエの巫女として祭り上げられたのだが、今は関係ないだろうか。

 

「気にしないで」

「ええ……?」

「ええ、気にしないで大丈夫よ」

 

何となく、こんなことをする相手にも見当がついたからだ。

次出会ったときに問い詰めるだけだ。

 

「で、でも!」

「……」

 

それよりもまずは、サラを説得するのが先であった。

面倒臭そうな顔で、タレイアはサラを見る。

いや、実際面倒臭かったのであるが。

 

そもそも、タレイアはただの居候みたいなものである。

野垂れ死のうが関係ないだろう、というのがタレイアの言い分だった。

それが通じないのがこのグランサイファーなのだが、タレイアはそのことをよく理解していなかった。

 

「あんな怪我をした人を放っておけません!」

「………………面倒臭い」

「めんど……!?」

 

しまった、つい口に出してしまった。

タレイアは口元を押さえた。

反省である。

 

「とにかく! 私は放っておけないんです!」

「…………」

 

しかし、それでもサラは頑なだった。

どうやらタレイアについて回るつもりのようだ。

あっちにとことこ、こっちにとことこ。

先程まで洗濯物を運んでいたことも忘れて、タレイアの後ろをついていく。

 

「めんど……」

 

おっと。

タレイアは口を押さえてセリフを止めた。

どうせ意味がないからである。

 

 

 

「とにかく」

「?」

「まずは洗濯物を片付けましょう?」

「……あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――で、貴女でしょう? わたしを殺したのは」

「っ!」

 

それから数分後。

タレイアは容疑者を問い詰めていた。

というかニーアだった。

 

最近、騎空団に合流したエルーンである。

タレイアの印象はそれだけだが、危険人物っぽいということをあの青年から聞いていた。

まさかここまでとは思っていなかったが。

 

「ニーアさん……?」

 

ニーアの顔は青かった。

それはそうだ。

こんなことが団長、グランに知られたらグランサイファーから降りなくてはいけなくなるからだ。

 

そこまで把握しておきながら、タレイアはこの状況が良くわかっていなかった。

何故ここまで執拗に殺されたのか。

彼女にとっては謎だったのである。

 

 

 

「……もうしないっていうのなら、黙っていてあげます」

「ええっ!?」

「ほ、本当……?」

 

タレイアのセリフに、サラとニーアは驚いた。

それはそうだ。

ただ殴られたりされただけならともかく、タレイアは殺されたのだ。

その殺された本人が、殺した相手を許すというのだ。

頭おかし……変である。

 

「ど、どうしてですかっ!?」

「え、いや。めん……っと」

「面倒臭いって言おうとしましたね!?」

 

既にサラはタレイアのことを理解し始めていた。

そう、タレイアは面倒臭がりである。

それも極度の。

 

タレイアは殺されること自体は気にしていないのだった。

ただ理由だけが知りたかった。

それだけである。

 

「だから教えて? どうして殺したの?」

「…………」

 

ニーアは黙る。

それもそうかとタレイアはため息をつく。

人を殺した理由を、殺した相手に言うことなんてないからだ。

 

いや、その理屈はおかしい。

サラはタレイアの横でそんなことを思っていた。

 

 

 

「え……と」

 

しかし、ニーアは口を開いた。

まさかの展開に、サラはともかくタレイアも驚いた。

 

 

 

「だって……グランと仲良くしてたから……」

「は……?」

 

 

 

そして、その口から出てきたセリフに、タレイアは心底呆気にとられた。

まさか。

まさかそれが理由なのか。

タレイアは呆れた。

 

そして、その横でサラは戦慄していた。

もし。

もし自分に目を向けられていたら。

自分が殺されていたかもしれないからだ。

 

「ふぅん、そう」

「痛っ」

 

肩を抱えて震えているサラの頭を軽く叩いて、タレイアはニーアの顔面を掴んだ。

自分の身長に合わせて引っ張ったので、ニーアはかなり前傾姿勢になっていた。

 

「もう一度言うわ。もう二度としないなら、黙っていてあげる」

「あ、う……」

 

顔面同士がぶつかり合うスレスレの距離で、タレイアはニーアに言い聞かせるように話しかけた。

念押しだ。

タレイアが死んでも蘇る以上、ニーアは黙っていてもらう方法がひとつしかない。

それを言い聞かせているのである。

 

「返事は?」

「は、はい!」

 

タレイアが凄むと、ニーアは気圧されて返事をした。

これでいい。

タレイアは満足そうにニーアの顔を離すと、すぐに踵を返した。

 

「え、ええ?」

「い、いいんですか……?」

 

ニーアもサラも困惑気味である。

それに対して、タレイアは頷くだけだ。

そして、そのままタレイアは一目散に走り去っていった。

 

「……」

「……」

 

残されたのは、無言の二人。

顔を合わせて、何も話すことはできなかった。

暫くすると、二人はゆっくりとその場を離れた。

二人とも怪訝そうな表情を浮かべたまま。

 

 

 

「……あの男」

 

一方、タレイアは激怒していた。

その矛先は例の青年である。

まさかあんなに危険人物だとは思っていなかった。

 

もしちゃんと知らされていたら、タレイアはもっと慎重に動いていただろう。

流石に殺人鬼と仲良しこよしするつもりはなかったからである。

 

しかし、お世話になっている身である。

相手が譲歩するなら、こちらも譲歩する。

そんな思考がタレイアにはあった。

 

 

 

「……」

 

タレイアは考える。

グラティエは水を操る。

その水を操る能力で、タレイアは自身の身体に巡る水をコントロールして蘇生した。

 

もし、概念的な死を与えられていたら。

タレイアは死んでいたかもしれない。

まあ、そんな相手が早々いるとは思えなかったが。

 

 

 

とにかく。

タレイアはあの青年を見つけて、水の剣で串刺しにしたのだった。

 

 

 

 

 



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近A

タレイアの近くの話。


「む、むむむ」

 

コウは悩んでいた。

いや、悩まされているというべきか。

 

「んー?」

 

それもこれも、このユエルという人物が原因である。

いや、ソシエとヨウというセットもかなり頭痛の種ではあるが。

 

「なんやー?」

「なんでもないです」

 

ぼーっとしているのか、眠そうな声のユエル。

コウは即座に返事をすると、するりと彼女の腕から抜け出し、外へと出て行った。

 

 

 

「ふぅ……」

 

抜け出したコウはソシエやヨウに見つからないように、忍び足で歩く。

たまには一人になりたい時もある。

そんな感じだ。

 

そもそも、グランサイファーに来るまで、コウは一人だったのだ。

あんまりこういう賑やかな状況に慣れてはいないのだ。

悪くはない、とは思ってはいるが。

 

 

 

「ん……?」

 

甲板の方に行くと、何やら衝撃音が聞こえてきた。

響きからして打撃音だ。

そっと歩いて様子を伺うことにした。

 

 

 

「はああああああああ!!」

「ふっ!」

 

衝撃が奔る。

拳と拳がぶつかり合っていた。

 

激しい拳と、静かな拳。

それが互いに交錯していた。

 

苛烈な拳、精錬された拳。

それが幾度となくぶつかり合う。

 

 

 

「……何が楽しいのかしら」

「!?」

 

コウはその殴り合いに夢中になっていて、すぐ横にいた少女に気付かなかった。

まるで星晶獣のような気配を纏っている少女に、コウは驚いて飛び退いた。

 

「ん?」

 

すると、殴り合いをしていた青年と少年もコウの方を向いた。

どうやら邪魔になってしまったらしい。

コウは謝ると、そそくさとその場を退場するのだった。

 

 

 

「んむ」

 

朝食だ。

ユエルは未だに寝ている様子。

あつあつのご飯ではない。

人によって食事のタイミングは異なるのだ。

冷めても美味しいご飯がベターなのだろう。

 

そんなご飯を、食事当番達は一生懸命作ってくれている。

ありがたい話である。

コウはそう思いながら、いただいたご飯に手を合わせた。

 

「ふむ」

「あ……先程はどうもすみません」

「いや、問題ない」

 

コウは隣に座っていた青年に気付かなかった。

気配を感じなかったのである。

これまで一人で生きてきていたコウには、その気配の薄さに驚いた。

普通の人間であっても存在するであろう気配が、青年からは感じなかったからである。

先程はとても鮮烈な気配を発していたから、更に驚いた。

 

コウは申し訳ない気持ちがあった。

あれは恐らく鍛錬の一環だったのだろう。

それを邪魔したと思ったからである。

 

「別に、気にしなくてもいいのよ」

「っ!?」

 

そして、青年を挟んで向こう側にいた少女にまた驚く。

先程の少女だ。

また気配を感じなかった。

 

「どうせ、勝っていたのはこいつだから」

 

少女は何やら自信満々でそう言い切った。

その姿に、なんとなくソシエのことを自慢するユエルの姿を幻視したコウであった。

 

 

 

少女の名前はタレイア。

グランサイファーにはたくさんの人が集まっている。

そのせいで、コウがあまり顔を合わせない相手も存在する。

目の前の少女もその内の一人だった。

 

「ここまで人が多い騎空団も珍しいですよ」

「そうなの?」

 

タレイアは不思議そうな顔で、コウに聞く。

彼女は最近グランサイファーに乗り込んだらしい。

旅の途中だったらしいが、世間知らずだと先程の青年が言っていた。

 

その青年は少女が放った剣によって串刺しになっていた。

脳天に直撃していたのにダメージを受けた様子はなかった。

なんとも不思議な現象を見たコウだった。

 

 

 

「コーウッ!」

「ぐえっ!?」

 

タレイアと話していたコウは、背後から近づいてきたユエルに気付かなかった。

見事に首に抱き着かれたコウは、その場に押しつぶされた。

 

「もう、ユエルちゃん。またコウ君に抱き着いて」

「えーいいやん。コーウ。コウ! コウー!」

「ううーユエ姉ぇばっかりずるいー!」

 

コウが潰れていると、すすすっと近寄ってくるソシエと、潰れているコウに抱き着こうとするヨウが現れた。

どうやらコウの安息の時間はここまでのようである。

タレイアはその様子を見て、巻き込まれないようにそーっといなくなった。

 

 

 

「ああもう、たまには一人にしてくださいー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、むむむむ」

 

サラは悩んでいた。

タレイアと仲良くなりたいのである。

……なりたいのだが。

 

タレイア本人が人間関係にあまりにも無頓着。

そのせいで、他の人との関わりが全くない状態であった。

唯一彼女と交流があるのが、例の青年くらいであった。

 

その青年も、あまり積極的に他の団員と交流しようとはしない。

唯一交流があるとすれば、ついこの間鍛錬を一緒にしていたフェザーくらいだろうか。

 

 

 

「あのですね」

 

とりあえず、サラはその青年に話を聞いてみることにした。

タレイアは青年には心を許しているような気がする。

そんな気がしたので、何か気を引く材料があるのではないかと思ったのである。

 

「プリンだ」

「え?」

「タレイアはプリンが好きだ」

 

しかし、聞けたのはそれくらいだった。

そもそもこの青年、あまりに人に対する興味が薄い。

タレイアに関する話でなければ、サラに反応してくれなかったのではないかと思わせるほどだった。

 

 

 

それにしても、情報が少な過ぎた。

サラは一応プリンを用意して、タレイアの部屋をノックした。

こうなれば当たって砕けろだ。

グラフォスがいれば平気!

いやもうグラフォスは砂だから粉々なのだが。

 

「……何かしら?」

「あ、あの」

 

タレイアはノックをした直後に出てきた。

まるでノックをする前に気付いていたかのようだった。

 

「め……まあ、入りなさいな」

「う、うん」

 

また面倒臭いって言おうとした。

サラはそう思いながらも、誘われるままにタレイアの部屋へと入っていった。

 

 

 

「うわ」

「……何かしら?」

 

サラは余りにも殺風景な部屋に驚いて声を上げてしまった。

タレイアの声が若干冷えていたように思えた。

 

外に比べてタレイアの部屋は涼しかった。

何か理由があるのかとサラが考えたが、即座に反応があった。

 

「グラティエは涼しい方が楽なのよ」

 

意外だった。

この程度のことなら言わないと思っていたからだ。

それくらい、タレイアは面倒臭がりだと思っていたのである。

 

「思ったより失礼ね、貴女」

「……?」

 

そして、ふと気付く。

サラがまだ口に出していないことに対して、タレイアは反応していた。

 

もしかして。

サラがそう考えると、タレイアは口を押さえた。

失敗した、という顔だ。

 

「……心が読めるの?」

「…………」

 

沈黙は肯定だった。

つまり、先程までの思考はタレイアに筒抜けだったというわけだ。

 

「は、恥ずかしい……!」

 

サラは顔を両手で挟んで座り込んだ。

顔が熱い。

まさか、仲良くなりたいと思ってここに来たことまで知られているのではないか。

そう思った瞬間、しまったと思った。

今心が読めると知ったはずなのに。

 

「め……うん。まあいいわよ」

 

また面倒臭いって言おうとした。

サラは自分の目が据わっているのを自覚した。

 

ふと、サラは自分が持っていたはずのプリンがなくなっていることに気付いた。

落としたのかと思って下を見たが、そんなことはなかった。

というかタレイアが持っていた。

 

「これ、頂いてるわ」

「いつの間に……」

「貴女が落としそうだったから救出したのよ」

 

それはそうなのだけど。

サラはそう思いながら、パクリと食いつくタレイアのことを見ていた。

 

 

 

しかし、羨ましい。

タレイアの持つプリンは特別だ。

デザートが貰えること自体が珍しく、大人が貰えることは希少。

サラが珍しくねだったことで、快く作ってもらえたが、それもあまり回数を重ねることはできないだろう。

 

「……」

「……」

 

サラはじっとタレイアを見る。

プリン。

美味しいのだ。

それを独り占めである。

ずるいのではないか、と思った。

 

「……」

「……」

 

サラがじっと見つめる。

タレイアがそっと視線をずらす。

心が読めるくせに、ずるい。

 

 

 

「……」

「…………貴女も食べる?」

 

勝った。

サラは内心でガッツポーズした。



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近B

勢いで更新できるだけ更新していくという耐久プレイ。
出てくるグラブルキャラは身内のリクエストです。


にゃーん。

 

タレイアは猫を見ていた。

今日は青年もいなかった。

何やら仕事があるらしく、先程グランサイファーを降りて行った。

 

そう、タレイアは暇だった。

最近よく一緒にいるサラもいなかったので、本当に暇だったのである。

 

 

 

なので猫を見ていた。

じーっと見ていた。

ゴロゴロと鳴いて、足を舐めて、ゴロゴロ転がっている。

 

「…………何やってるのかしら」

 

口に出すと、途端に馬鹿らしくなった。

タレイアはすっと立ち上がると、そのまま歩き出した。

 

 

 

「……タレイア」

「……ん?」

 

ふと気付くと、横にゴーレムの少女がいた。

オーキスだ。

タレイアをこのグランサイファーに招いた人物である。

 

結構雑で、割と適当なところがある。

あるが、それがいいところなのだと、なんとなく思っていたタレイアであった。

 

「頼みたいことがある」

「……何かしら」

 

深刻そうな顔。

ゴーレムの心は読み辛いらしく、何やらもやもやしている。

人にしか通じない、結構使いどころが限られる読心術だった。

なので猫の心は全く読めないのであった。

 

ともかく。

オーキスが深刻そうな顔で頼み事をしてきた。

タレイアはじっとそのあとの言葉を待った。

 

 

 

「この子を預かって欲しい」

 

 

 

「……で、魔物の雛を預かったわけか」

「ええ、何故かしらね」

 

青年が帰ってきて見たタレイアの姿は、羽まみれになったそれだった。

どうやらその魔物は鳥系。

それも空を飛べそうになく、ふっくらとしていた。

そして黄色い。

 

「チョコボ……」

「何かしら?」

「いや、何でもない」

 

そういえばと、タレイアは気付く。

青年の思考はあまり読めなかった。

他の人の思考と比べて、あまりにも弱々しいからだった。

たまに面白いことを思い浮かべるので、そういう時は勢いよく剣を刺しているが。

 

今いるのはタレイアの部屋である。

ちょうどルームメイトがいないので、一人で寝起きしている。

地味に寂しいと思ったり思わなかったり。

 

「お邪魔しまーす……」

 

暫く雛と格闘していると、そっとサラが部屋に入ってきた。

ちょうど青年の肩に顎を預け、向かい合うようにしていたところだった。

抱き着くような格好になっていたが、青年の背中に逃げようとした雛を捕まえていたのだった。

 

 

「あー……」

「……」

 

しかし、そんなことを来たばかりのサラが知る由もなく。

盛大な誤解をしたまま、サラはドアを閉めたのだった。

 

「追うわ」

「こいつは?」

「任せたわ」

 

タレイアの行動は迅速だった。

雛を青年に預けて全力で部屋を出た。

 

何とは言わないが、何とは言わないが大変なことになる。

タレイアはそう思ってサラを追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キュピ。

 

何か鳴いてる。

どうしろというのか。

 

俺は別にこいつを預かる義務はない。

ないのだが。

タレイアに任されたので仕方がない。

 

ご飯だろうか。

とりあえずトウモロコシやらなにやらの混じったご飯を与える。

 

きゅ、きゅ、きゅ。

 

もぐもぐ食べる雛。

美味しいらしい。

夢中になっている。

 

 

 

しかし。

タレイアはどうしてオーキスの頼みを聞いたのか。

理由を聞いていなかった。

 

まあいいか。

俺はこいつをどうにかしないといけないわけだ。

いや。

どうにもしないようにしないといけないのか。

ややこしい。

 

 

 

しかし。

タレイアがいたときは暴れていた雛は。

全然暴れなくなった。

凄く大人しい。

ご飯だからだろうか。

よくわからない。

 

ぐにぐにと雛の身体を揉んでみる。

柔らかい。

美味しそうだ。

流石に食べないが。

 

 

 

そういえば。

魔物料理はジビエというのだろうか。

わからない。

わからないが。

まあどっちでもいいか。

 

とにかく。

時間を潰さなければならない。

流石に暇だ。

こいつを連れてどこかに行くか。

 

 

 

というわけで。

抱えたまま出歩く。

 

本当に大人しい。

羽を抜いても大丈夫そうだ。

いややらないが。

 

甲板に出るのはやめておこう。

流石に逃げ出して空にぽーんはまずい。

 

というわけで室内をうろうろする。

グルグルと回ってみるが。

別に代わり映えはしなかった。

 

 

 

「お」

 

すると。

目の前にふらふらと歩いている人を見つけた。

大きなもふもふの耳。

もふもふのしっぽ。

ユエルだ。

 

「えーっと、タレイアちゃんの保護者さん!」

「ええと、まあ。合っているか」

 

確かに。

見た目的にはそうなるか。

全くそんなことはないのだが。

 

ずびしっと指差してくるユエル。

その指先は俺からすーっと雛へと向かっていく。

 

「……今日は鳥料理?」

「ペットだ」

 

流石にそれは困る。

タレイアが困る。

なのでちゃんと間違いは解消する。

 

「そーなんか。美味しそうなんやけどなぁ」

「確かに」

「先っちょだけならセーフ?」

「駄目だ」

 

油断も隙もない。

というかうっかり頷いてたらどうなっていたか。

流石に食わないだろうが。

……食わないよな?

 

 

 

「あ、そうや! コウ見なかった?」

「ん……見てないな」

「そうかー」

 

どうやらうろうろしていたのはコウを探していたかららしい。

なるほど。

これは一人になりたがるわけだ。

タレイアが言っていた。

どうにも弟離れができない姉のような感じだ。

知らないが。

 

 

 

「じゃあ、向こう探すなー」

「ほどほどにな」

「ははは」

 

俺のセリフに笑うだけ。

これは聞いてないな。

南無。

コウは犠牲になったのだ……。

 

 

 

ユエルと別れた。

次はどこに行くか。

そう思ってうろうろする。

 

「……あ」

「む」

 

ふと。

背後を見たら。

誰かがいた。

というかニーアだった。

 

「こ、こんにちわ……」

「ああ、こんにちわ」

 

もしかして殺されるかと思ったが。

別にそんなことはなく。

普通に挨拶した。

 

 

 

どういうことだ。

ニーアはもっとこう。

ぶっ飛んだ存在だと思っていたが。

違うらしい。

ちょっと安心である。

なんだかタレイアとぶつかりそうな気がするからだ。

 

 

 

「それでは」

「あ、はい。さようなら……」

 

とはいえ。

実際にそうなるかはわからないので。

今はスルーしておくことにした。

 

きゅい、きゅい、きゅぴー。

 

どうやら雛は眠いらしい。

瞼が下りてきている。

そうなれば。

さっさと帰ることにしよう。

 

 

 

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 

部屋に戻ると。

タレイアが先に帰ってきていた。

 

ということは。

サラちゃんに追いつけたということだろうか。

 

「そうね。ちゃんと話し合ったわ」

「ならよかった」

 

含みがあったが。

まあ大丈夫だろう。

 

とりあえず。

雛を寝床に置いて。

タレイアと向かい合う。

 

 

 

「どうだ?」

「……何が?」

「ここは、どうだ?」

「……」

 

何となく。

こんなことを聞いてみたくなった。

友達っぽいのもできたようで。

楽しそうで。

何となく聞いてみたくなったのだ。

 

 

 

「まあ、そこそこよ」

「そこそこか」

「ええ、そこそこ」

 

そこそこらしい。

ならよかった。

俺は満足した。

 

タレイアはどうやらそこそこな環境を得たらしい。

ならそれを守ってやるのもいいだろう。

 

 

 

あの少年のことを忘れたわけではない。

わけではないが。

どうすればあの世界を壊せるかを考えてみた。

 

あの世界はタレイアが泣いていたからできた。

いや。

グラティエが泣いていたからか。

どっちも一緒か。

 

とにかく。

タレイアとグラティエが泣いていなければあの世界は生まれない。

 

ならば。

俺はその泣き顔を生み出さないように戦う。

それでいい。

きっとそれでいい。

 

 

 

とはいえ。

一体何と戦えばいいのか。

わからない。

わからないが。

なんとかなりそうだ。

 

そう思って。

俺はタレイアの頭を撫でるのだった。



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近C

こんな風にタレイアの交友関係はサラちゃん経由で増えていきます。


ぐちゃりと壊れた音がした。

拉げた音がした。

砕けた音がした。

 

「―――――!」

 

誰かが叫んでいる。

動けない。

動かない。

どうして。

おかしい。

 

今動かないでどうする。

今戦わないでどうする。

 

死ぬかもしれない。

それは本当にそうなのか。

わからない。

わからないが。

死ぬのは今ではない。

そう思った。

 

 

 

 

思ったところで目が覚めた。

変な夢だ。

 

それと同時に。

変な状況だった。

 

右手がタレイアにしっかり抱き着かれていたからである。

 

「……」

「……」

 

目が合う。

タレイアはぼーっとしていたようだが。

すぐに今の状況に気付く。

 

目を見開き。

顔を赤くし。

そして俺に剣を大量に降らせた。

 

 

 

痛い。

 

 

 

 

気付けば。

近くにフワフワ系少女がいた。

というかヴェトルだった。

 

「ふふふ。楽しんでくれたかしら?」

「?」

「え、あれ? 楽しい夢だったはずなんだけど」

 

どうやら。

あの変な夢はヴェトルのせいらしい。

とりあえずほっぺたを引っ張って伸ばす。

 

「いひゃいいひゃい」

 

何やら手違いがあったらしい。

この子が意図した夢ではないらしい。

それはそれとしてどや顔がむかっとしたので引っ張る。

 

「……」

 

そして。

さっきから無言のタレイアが圧力を出している。

目標はヴェトルのようだが。

 

「あれが」

「?」

「あれが楽しい夢、ですか?」

 

ニッコリと。

タレイアが切れていた。

切れたナイフだ。

 

ザクリと刺さった剣を抜きながら。

俺は二人の様子を見る。

 

タレイアは切れていて。

ヴェトルがおろおろしていた。

ついでにサラが遠くからこちらを見ていた。

 

 

 

しかし。

タレイアはどんな夢を見たのか。

気になったが。

降り注ぐ剣を避けるのに必死でそれどころではなくなった。

 

 

 

「あの……」

「ん?」

 

じりじりと詰め寄るタレイアと。

少しづつ逃げていこうとしているヴェトル。

そしてそんな二人を避けるようにこちらに来たサラちゃん。

どうやらこの惨状を見て怯えているようだ。

 

「あの、どうしてこんなことに……?」

「わからない」

 

わからないが。

わからないなりに解説してみた。

 

「なるほど……」

 

すると。

合点がいったのか。

サラちゃんは頷く。

 

結構乙女なんですねーとか言っている。

ちょっとよくわからないが。

飛んでくる剣の数が増えたから。

何かがタレイアに引っかかったのだろう。

 

 

 

結果的に。

ヴェトルは見事に逃げ切って。

俺達は見事に穴だらけだった。

いや。

サラちゃんは一応グラフォスが守ったけども。

 

「知らない」

「ええータレイアちゃーん」

「ちゃん付けはやめて」

 

サラちゃんは何やらニコニコしながらタレイアに抱き着いている。

なんだろう。

どうしてなのかいまいちわからない。

 

 

 

ちなみに。

タレイアの機嫌はプリンで直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふん」

 

サラは自室で日記と向かい合っていた。

ボレミアが買ってくれた日記帳である。

鼻をならしてふんふんふん。

すらすらと日記にペンを走らせる。

 

サラはボレミアがいない間のことをこの日記帳に書き留めている。

そして、ボレミアが帰ってきたらその内容を話すのだ。

勿論、ボレミアがいるときの日々も書き留めているが。

 

 

 

「ただいま、サラ」

「おかえりボレミア!」

 

今日はちょうどボレミアが帰ってくる日であった。

なので今日はお休み。

サラはボレミアとお話するのである。

 

「あのねボレミア。私友達が増えたの!」

「そうなのか、よかったな」

 

サラはタレイアのことを話す。

かなり面倒臭がりで、それでいて可愛らしい。

そんな女の子。

 

「ほう」

「それでね、今日は不思議な夢を見たみたいなの」

 

サラは今日あった出来事を聞かせる。

興奮している様子のサラを、ボレミアは優しい顔で受ける。

しかし、話を聞く内に少しづつ顔が強張ってきた。

 

「……サラ」

「なに、ボレミア?」

「大丈夫なのか……?」

「うん!」

 

元気な笑顔。

その顔に、ボレミアは何も言えなくなった。

まあ、サラがいいならいいか。

げろ甘である。

 

 

 

「というわけで紹介するね! この人がボレミア!」

「や、やあ」

「ど、どうも……」

 

サラが素晴らしい笑顔でタレイアにボレミアを紹介した。

にっこにこである。

サラを挟んだ二人は、なんとも言えない笑顔で挨拶をすることになった。

 

「私の大切な人なの!!」

「笑顔がまぶしい!」

 

タレイアもいつもは言わないようなセリフを言う。

それくらい、サラ笑顔はいい笑顔だった。

 

 

 

サラはニコニコしながら二人の様子を見ている。

二人は何となく、それとなく息を合わせて、サラが悲しまないように話を合わせることにした。

 

「ご趣味は……」

 

ボレミアの一言目である。

見合いか。

 

「裁縫を少々……」

 

嘘だった。

何となく少女っぽい趣味を言っただけである。

そして何となく目線をやる。

今度はそっちの番だと言いたい感じである。

 

「あ、ああ。私はパズルを少々」

 

ちらちらとサラの方を見ながら話す。

最早授業参観である。

 

 

 

「では、今日はこの辺りで……」

「ああ。それでは……」

 

それから少しして。

二人は少し疲れた様子で解散した。

 

一方サラはにっこにこである。

大好きな人と友達が知り合いになって嬉しいようだ。

 

「ふふっ……」

「……嬉しそうだな、サラ」

「うん」

 

日記に書くことが増えた。

そう言いながら、サラは笑った。

 

 

 

「はぁ……」

 

一方、サラと別れたタレイアはがっくりと肩を落とした。

今になって疲れが襲ってきた感じである。

 

「どうだ?」

「何が……?」

 

ひょっこりと顔を出した青年に、タレイアはもたれかかる。

心底疲れたようだ。

 

「かなり疲れてるみたいじゃないか」

「それはまあ、慣れないことをしたから」

 

歯切れの悪い感じのタレイア。

いつもならばっさりと切り捨てるところである。

 

 

 

「だけど、まあ……友達ですから」

 

しかし、サラは彼女の友達なのである。

そのための苦労なら、少しはしてやってもいい。

そう思っているタレイアなのであった。

 

 

 

そんなタレイアの頭を、青年は撫でる。

タレイアはその手を払いのけることなく、甘んじて受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タレイアは暇だった。

また暇なのか、と思わないでもないが、タレイアの代わりに青年が働いているのである。

その分タレイアは暇なのである。

 

「タレイアちゃん!」

「ちゃんはやめて」

 

タレイアがローアインズにプリンをねだろうとしたところで、背後からサラに声をかけられた。

振り向くと、サラがぎゅっと抱き着いた。

それをタレイアは甘んじて受ける。

先程のタレイアのセリフも、なんとなく言っているのである。

 

「どうしたの?」

 

タレイアが聞いてみたが、サラはご機嫌のまま何も答えない。

ただ近くにいたから抱き着いただけなんだろう。

そう思ってタレイアは好きにさせることにした。

面倒臭いからだ。

 

「今日は、新しいお友達を紹介します!」

「……」

 

最近、サラがちょっと面倒臭い。

そう思いつつ、タレイアは付き合っている。

面倒臭いが、嫌ではないからだ。

 

「はい! ごしょうかいにあずかり? ました! ルリアです!」

「……」

 

嫌な顔。

これ以上人が近くにいるのは面倒臭いと思ったからだ。

 

「あ! タレイアちゃん面倒臭いって思ったでしょう!」

「うわめ……そんなことない」

「このー!」

「こ、このー?」

 

タレイアが口走ると、サラがタレイアに絡みつく。

そのまま倒れ込んだタレイアに、追加でルリアが飛び込む。

もみくちゃだ。

 

「あははは!」

「えへへ」

「……ふふ」

 

まあ、そんな感じでも楽しくなった。

それもこれも、あの青年のおかげだろうか。

タレイアはふと思ったのだった。

 

 



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近D

ちょっとだけ戦闘。
人選を誤った模様(瞬殺的な意味で)


「……」

 

タレイアは困惑していた。

今日は騎空団の仕事の手伝いをすることになっていた。

 

しかし、その場所にいつも一緒にいる青年はいない。

それどころか初対面の人間がいたのだ。

ベアトリクスにナルメア、それにニオである。

タレイアは全く面識のない面子であった。

 

「どういうこと……?」

 

タレイアはこの面子を集めたグランに睨みを利かせた。

グランは軽く笑うだけでしっかり返事をしてくれなかった。

何か理由でもあるのか。

そう思ったところで、タレイアの意識は別のことに割かれることになった。

 

「なあグラン、今日はどんな仕事なんだ?」

 

割り込んできたベアトリクスに気を取られたからだ。

なんというか、タレイアとグランの会話を遮ってきたように思えたのである。

 

「グランちゃんグランちゃん! お姉さんに任せてっ!」

 

それと一緒にグランに抱き着いたナルメアにもだ。

その様子にベアトリクスがむすっとしたが、その理由はタレイアにはわからなかった。

 

「……」

 

そんな様子を、ニオは少し離れたところから見ていた。

観察しているような気がする。

タレイアはそう思った。

 

 

 

「水源の調査……」

 

今回の任務は、水源が枯れてしまっているかもしれないから調査してほしいというものだった。

タレイアは呼ばれた理由に合点がいった。

恐らく、グラティエの能力によってどうにかできるかもしれないと考えたのだろう。

 

「……なあ」

「……何?」

 

グランを先頭に歩いていると、ベアトリクスがタレイアに話しかけてきた。

何やら深刻そうな顔だった。

タレイアも少し緊張した様子でその次のセリフを聞こうと身構えていた。

 

 

 

「タレイアだっけ? お前って……す、好きな人とかいるのか?」

 

 

 

ガクン、とタレイアの肩が落ちた。

まさかの質問だった。

まさかそんな質問をしてくるとは思わなかった。

 

タレイアは面倒臭いと思った。

それと同時に、どうしてそんなことを聞くのかとも思った。

 

 

 

なので、ちょっと思考を読んだ。

するとどうだ。

ベアトリクスがそんなことを聞いた理由があっさり分かった。

 

なんてことはない。

ベアトリクスはグランが好きなのだ。

それがわかったから、何となく優位な気がしたタレイアだった。

 

「……いませんよ」

「ほ、ホントか!?」

「本当ですよ」

 

そっけなく答えるタレイア。

少なくとも、彼女にとっては事実であった。

 

すると、ベアトリクスの顔がぱぁっと明るくなった。

ちょろい……とタレイアは思って、口を押さえた。

危うく口に出すところだった。

 

 

 

そしてタレイアは気付く。

この調子で他の人の心を読んでしまえばいいんだと。

 

 

 

「グランちゃんグランちゃん!」

 

次に狙いを定めたのはナルメアだった。

ニコニコと笑いながらグランに構っている彼女の心を、タレイアは覗いてみようとした。

したのだが…………特に変わりがなかった。

 

「グランちゃんグランちゃん! 何かして欲しいことある? あ、この間作ってあげたチョコレート! また作ってあげるね!」

 

そのままこのまま、心の声も一緒だった。

表裏のない性格なのだろうと思ったタレイア。

まあ、この人もちょろいんだな……とも思った。

 

 

 

そして知らない相手である最後の一人、ニオの心を覗こうとして……失敗した。

 

「……!」

 

まさか、自分の……というかグラティエの能力が通用しないとは思わなかった。

驚いたものの、何とか表情に出さないように努めるタレイア。

ばれたら何を言われるかわからない。

そう思ったからである。

 

「……悪戯は、駄目」

「っ!」

 

ニオが小さく呟く。

気付かれた。

タレイアは直感的にそう思った。

 

 

 

「ここが水源……?」

「だった、みたいだね……」

 

一同が辿り着いた先には、まるで水の気配のない大きな空洞があった。

既にひび割れ、砂もあるような場所。

そこが村の人たちが言う水源だった場所。

 

「……微かに水の気配があるけれど、もう力は残ってないわね」

 

タレイアは言う。

グラティエの反応からそう断じた。

 

「星晶獣の気配はありませんね……」

 

グランの中から現れたルリアが言う。

その様子に驚いていたタレイアだったが、周りがまるで驚いていないことで無理矢理冷静なふりをした。

嘘だ。

心臓がバクバク言ってる。

 

「あーうん。じゃあどうしてこうなったんだ?」

 

ベアトリクスは疑問をぶつける。

それはそうだ。

原因がわからないのだ。

それがわからなければどうしようもない。

 

「……いるわ。こっち」

 

それに答えたのは、ニオだった。

ふわふわと浮かんでみんなを先導していく。

 

タレイアはニオに警戒しつつ、その後ろについた。

警戒している理由はもちろん、自分の能力が通じなかったからだ。

いや、あんまり通じない相手はそこそこいるのだけど。

それでも、完全にシャットアウトする方法で無効化されたのは初めてだった。

 

 

 

「……来た」

「っ!」

 

突如、森の奥から何かが飛び出す。

それは水の塊だった。

というか超巨大なスライムか。

それが、勢いをつけて飛び出してきたのだ。

 

各自散開、即座に戦闘態勢に入った。

タレイアはその様子に感心した。

動きが洗練されている。

訓練でもしているのだろうか。

タレイアはそんなことしたことないからか、かなり驚いていたが。

 

 

 

巨大スライムは触手のようなものを射出して、全体に攻撃をしようとした。

かなり早い。

いつも出てくるようなスライムとは桁が違うようだ。

 

「お姉さん、頑張っちゃうね!」

 

しかし、その全てをナルメアが斬り裂いた。

一瞬だった。

まるでコマ送りのような速度で次々と触手が断ち切られたのだった。

 

……タレイアはその間に何度も変形する刀に驚いていただけだったが。

 

「グラティエ!」

 

とはいえ、それだけではただのお荷物である。

流石にそれは困るということで、タレイアも働く。

 

グラティエの能力を使って水の動きを把握して、操作する。

巨大スライムがその能力に抵抗しようともがくが、それが狙いだった。

別にタレイアひとりでどうにかする必要はなかったからだ。

 

「エムブラスクの剣よ!」

 

ベアトリクスが大きく巨大スライムの身体を斬り裂く。

かなり踏み込みの深いそれは、身体が巨大スライムにめり込みそうなくらいだった。

 

「止まって」

 

悲鳴を上げて暴れようとした巨大スライムを、今度はニオが動きを止めた。

巨大スライムから流れる旋律を、ニオがコントロールしたのだろう。

まるで自分から動きを止めたようだった。

少なくともタレイアにはそう見えた。

 

「とどめだ!」

 

そして最後には団長、グランによる一撃。

ルリアの力を借りた、強力な一撃が巨大スライムに放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タレイア! お前凄いな!」

 

ベアトリクスが大きな声を出しながら、タレイアの背中をバシバシと叩く。

なにしやがるのか、とタレイアは思ったが実はそれどころではなかった。

 

あの巨大スライムの大半は水源から吸い上げた水だったが、その成分には多少の酸が含まれていた。

その酸は割と強力で、ただの服であれば即溶かしてしまうものだった。

 

「……服」

「ん? ……あ」

 

単純な話である。

ポロリだった。

 

「……ああああ! 見るなぁ!!」

 

放たれるエムブラスク(投擲)

グランに刺さるエムブラスク。

非難の目がグランに刺さる。

災難な……。

タレイアの感想だった。

 

 

 

「……そういえば」

「え? お姉さんとお話し?」

 

タレイアはナルメアに声をかける。

その理由はあんまりなかったが、あえて言うのならば助けてもらったからだった。

 

例の触手の攻撃の際、ナルメアが対処しなければ確実にタレイアは攻撃を受けていた。

だからこう、感謝したいのだが。

タレイアはプライドが邪魔をして口に出せないのだった。

 

「……ええ、助かりました! 感謝してます!!」

 

何とか口に出したそれは、まるで怒っているかのようだった。

その感謝を受けて、ナルメアは一瞬きょとんとして、すぐにニッコリと笑った。

 

 

 

「うふふ、どういたしまして。タレイアちゃん」

 

 

 

「……ちょっと」

「え、何かしら?」

 

そして、タレイアは最後にニオに声をかけた。

苦手意識は芽生えかけていたが、流石にあのまま苦手になってしまうわけにもいかない。

そう思って声をかけたのだ。

 

とはいえ、まずはあの読心術を防御した方法が知りたかった。

タレイアの生命線のひとつ。

それを無効化する手段がいくつもあっては困るのである。

 

「……ああ、心を読もうとしてたのね。残念ね」

 

そう言って、ニオはあっさりその手の内を明かす。

タレイアから発せられた旋律を読み取って、それと正反対の旋律を生み出して相殺したのだという。

 

タレイアは驚いた。

単純な方法だ。

それでいて、難易度の恐ろしく高い技術であった。

 

「……凄いのね」

「十天衆だもの」

 

ニオは若干自慢げな顔をしたが、タレイアにはわからない程度の変化だった。

タレイアは十天衆を知らなかったが、凄い人物が十人いることはわかった。

 

 

 

そして、タレイアは気付かなかったが。

当然ながらニオはタレイアの心を読むことができるのであった。

 

「……まあ、グランに危害を加えるような子じゃない」

 

タレイアがサラに連れていかれる様子を見ながら、ニオはふらふらとグランに寄り添うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、お仕事してきたわ」

「お疲れ様です」

 

プリンを食べながら、タレイアはサラに報告した。

まあ、プリンを持って出迎えられたら仕方ない。

タレイアは内心でそう言い訳しながらプリンを口に運ぶ。

 

「ふふっ……」

「……何かしら?」

 

その様子にサラが笑う。

そして若干不機嫌そうな顔で、タレイアが頬を膨らませる。

 

「お友達、増えたんですか?」

「…………」

 

その膨らませた頬をゆっくりとすぼませる。

ノーコメントである。

ついでについっと顔を逸らした。

 

「別に、知り合いが増えただけよ」

「それにしては、楽しそうでしたよ?」

 

つまりは図星なのだった。

タレイア的にはなんとなく認めたくない感じなのだ。

あんまり友達が増えても、面倒臭いと思っているからだ。

 

とはいえそれは寂しさの裏返しなのだろう。

とある青年がそう呟いたところで、がっつり剣が突き刺さったが些細な事。

 

 

 

「今度紹介してくださいね!」

「ああもう、わかりました! わかりましたから離れてください!」

 

 

 

まあ結局のところ。

完全に拒絶できない彼女は、色んな人が集まるグランサイファーに馴染んでいくのだった。

 

 



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ライジングタックル

オーキスのおかげで主人公は強くなります。
……主人公自体が強くなるわけではないんですが。


 

「うぐぐぐぐ」

 

唐突な話だが、ベアトリクスは悩んでいた。

最近、グランとあんまり話せていない気がするのだ。

実際のところそんなことはないのだが、彼女はそう感じていた。

 

「なあ、タレイアはどう思う?」

「……わたしに聞きます?」

 

ベアトリクスはテーブルに突っ伏しながら、ちょうど向かい合って座っているタレイアに話を聞いてもらっていた。

彼女たちはとある騒動で顔を合わせ、友人になった。

それからというもの、ベアトリクスはゼタがいないときは結構な頻度でタレイアに会いに来るようになったのであった。

 

「……ん。まあ、そういう時は行動するのみじゃない?」

 

タレイアはベアトリクスが持ってきた限定品のプリンを食べながら、適当に返事をする。

肉体年齢はともかく、精神年齢はタレイアの方が上だが、実際のところ恋愛関係に関してはそこら辺の少女以下の経験しかないタレイアである。

本当はどうアドバイスしたらいいかわからないというのも真実であった。

 

「大体、貴女がアプローチしないと、いつまでたっても仲が深まることはないでしょう?」

「うぐっ」

「ああいう朴念仁相手にはストレートな感情表現が有効なんですから」

 

プリンを食べつつ、タレイアは自身の意見を口にする。

とはいえ、それは恋愛小説の知識なのだが。

恋愛に対しての知識がタレイアよりも乏しいベアトリクスにとっては、ベテランの言葉に聞こえたりする。

 

「そもそもですよ? あの団長の周りには女性がたくさんいるわけでしょう?」

「そ、そうだな」

「さっさとどうにかならないと、出し抜かれるだけだと思いますよ」

 

ぱくぱくと、限定品のプリンを食べるタレイア。

一つ目のプリンを食べつくした彼女は、静かに二つ目に手を伸ばし、ベアトリクスに防がれた。

残りはゼタのものだったからだ。

 

「けち」

「けちじゃない! ……とにかく! どうにかなるってどういう意味だよ!?」

「どうにかって……どうにかですよ。その辺りは頑張りなさいな」

 

仕方なく、タレイアはベアトリクスとの会話に集中する。

一応先程も集中していたのだが、やはりプリンを食べながらだと気持ちの入り方が違ってくるようで。

 

「それとも何? あの団長を誰かに取られていいのかしら?」

「それは困る!」

「なら押しの一手よ。その豊満な身体を使って篭絡するなりなんなり」

 

頑張りなさいな、というセリフは言えなかった。

何故なら、ベアトリクスがタレイアの顔のギリギリまで詰め寄り、大声で叫んだからだ。

 

「と、ということは! タレイアはあいつと()()()だったりするのか!?」

 

一瞬、空気が止まる。

 

叫んだベアトリクスも、その声を至近距離で聞かされていたタレイアも無言。

そして、顔を赤くしたタレイアが口をぱくぱくとさせてから、漸く声を発すした。

 

「…………だ、誰があんな男と?」

「ん……? あ」

 

一瞬疑問に思ったベアトリクスだったが、すぐに気付く。

これは反撃のチャンスだと。

 

「あの男? 私はただあいつって言っただけなんだけどなー」

「うぐ」

「一体誰のことを考えたんだろうなー?」

 

先程まで動揺したり叫んだりと色々していたベアトリクスとは思えない、にやにやとしたいい顔だった。

タレイアは冷や汗をかいていた。

それはそうだ。

今まで話を聞いていただけなのに、いきなり自身の内情まで聞かれているのだから。

 

「だ、誰でもないわよ。何を言ってるのかしら」

「ふふーん。そっかーそうだよなー。あれを好きになる奴の気が知れないな―」

「それは言い……あ」

「やっぱりあいつかー。ふーんやっぱりかー」

 

タレイアは失敗した、という顔をしてベアトリクスを見た。

にんまりとした笑顔のベアトリクスが憎らしい。

タレイアは両手を伸ばしてベアトリクスにつかみかかろうとしたが、ひらりとかわされた。

 

「どうしようかなー! 言っちゃおうかなー!」

「くっ」

「それともー! 何か手伝ってもらおうかなー!」

 

形勢逆転だ。

ついさっきまでと力関係が完全に逆転してしまったのである。

恋愛相談を受ける側だったはずが、恋愛関係を弄られる状態に。

 

「あー! ちゃんと私の作戦に力を貸してくれる人はいないかなー!」

「わかりました! わかりました!!」

「んー? なにかなー?」

「手伝わせてください!!」

 

勝った……! という顔のベアトリクスと、完敗したと項垂れるタレイア。

TKOである。

 

 

 

「じゃあこうこうこうする感じでさー……」

「………………………まあ、手伝いますけどね」

 

 

 

ちなみに作戦自体はあえなく失敗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タレイアちゃん!」

「ちゃんはやめて」

 

今日のタレイアは、ナルメアに絡まれて……もとい構われていた。

少し前までこのように関わることはなかったのだが、その少し前に起きた出来事によって妹として扱われるようになってしまったタレイアである。

 

「タレイアちゃんタレイアちゃん! 何か欲しいものはない? やってみたいことはない? ねぇねぇねぇねぇ!」

「……」

 

面倒臭い。

タレイアは口に出さずに顔に出した。

しかしそんなことしてもナルメアはタレイアから離れることはなかった。

 

「もしかして具合が悪いの? お姉さんが看病してあげよっか? おかゆつくってあげるね!」

 

というかもっと接近してきた。

タレイアは結構うんざいしはじめていた。

 

「ついてこないで……」

「そんな……! お姉さん悪いことした? 謝るから待って!」

 

何をしても寄ってくる。

というか距離が近い。

どうしろというのか。

タレイアは他の人間と距離の取り方が違うナルメアへの対応に困っていた。

 

「タレイアちゃんタレイアちゃん!」

 

いつの間にか捕まっていた。

タレイアは逃げ出そうとするが、全く歯が立たなかった。

 

「この間は頑張ったね! いい子いい子してあげるね! プリン買ってあげよっか?」

「……」

 

タレイアは逃げるのをやめた。

力と時間の無駄だからだ。

決してプリンにつられたわけではない。

ないったらないのだ。

 

 

 

ぐりぐりと頭を撫でられつつ、タレイアは考える。

この状況、あの人に見られたらどうしよう。

完全に子ども扱いだ。

とても困る。

何が困るかと言うと、彼女にもよくわからないのだが。

 

「タレイア、今日はどうす……」

「……」

「……失礼した」

 

見られた。

殺すしかない。

タレイアはグラティエの力を引き上げて剣を作り出して撃ち出した。

 

「こら」

 

しかし、その剣はナルメアによって止められた。

しかも片手でだ。

ぴくりとも動かない。

 

「タレイアちゃん! そういうのはいけません! めっ!」

 

どうやらナルメア的には今の行動はいけないことらしい。

タレイアは不満ではあったが、仕方なくその言葉を受け入れた。

それと一緒に今の状況も。

タレイアはナルメアの膝の上に抱えられて座っているのだ。

 

 

 

「タレイアちゃんタレイアちゃん!」

 

 

 

にこにこと笑うナルメアに、タレイアは内心面倒臭いと思いながらその身を任せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば。

タレイアは色んな人と仲良くなっていた。

いいことだ。

いいことなのだが。

この場合。

俺はぼっちということになるのではないだろうか。

 

それはいけないのではないか。

なんというか。

大人として見本となるべきなのではないかと。

思ったり思わなかったりしているわけなのだが。

 

 

 

「ん」

「……ああ、オーキス」

 

そんなことを考えながら歩いていたら。

オーキスと出くわした。

 

珍しい。

しかも一人だ。

いつもならドランクとスツルム。

そしてたまに黒騎士が一緒なのだが。

 

「やっほー」

「やっほー」

 

ノリが軽い。

助かる話だ。

いつも通りでいいのは楽だ。

 

 

 

しかし。

オーキスが来ているということは。

何かあるかあったということだ。

 

「何かあったのか?」

 

聞いてみる。

なんとなく。

深刻なことではないと思ったからだ。

俺でも対処できる気がするという感じ。

 

「実は」

「実は?」

 

 

 

「……ボコが、育った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ボコって何?」

「オウルキャットだ」

「オウル……え、フクロウ? 猫?」

 

何故そうなったのか、誰も分からない。

分かるのは、それは梟ではなく、猫でもないこと。

否、強いて言えば猫かもしれない。

大型の鳥と言う人間もいるだろう。

いずれにせよ、人間が語る姿形など星の獣にとって瑣末なことだ。

猫梟は、今日も夜の合間に空を翔け、昼の路地裏に想いを馳せる。

(フレーバーテキスト抜粋)

 

「え、だから何?」

「それを連れてきた」

 

タレイアは黒い鎧を着込んだ人物――アポロニアと話していた。

時刻はそこそこ遅い時間。

夜のプリンを食べようとしたところで呼び止められたのだった。

 

「ルリアは寝ているようだったのでな」

「そこでわたしに声をかけたと……?」

「先日、ペットを預かってもらったと聞いてな」

 

どうやら先程の太った鳥の話をしているらしい。

それは滞りなく預かり、丁重にお返ししたのであったが。

 

「あれはどうなったの?」

「親元に返した」

「そう……」

 

あまり興味もなかったが、それでもなんか安心したタレイア。

親がいるなら一緒の方がいいだろうという、そういう気持ちである。

 

 

 

「で、どうしてまたオウル? キャットが来るわけ?」

 

タレイアの疑問はもっともだ。

何故そんな謎の生物を連れてくるのか。

そもそもオウルキャットって何なのか。

疑問は尽きない。

 

すると、アポロニアはまるで苦虫を潰したかのような顔で何かを言おうとする。

というか言いたくなさそうな顔をしている。

 

しかし、意を決して口を開いた。

 

「……星晶獣なんだ」

「は……?」

「オウルキャットは、星晶獣なんだ……!」

 

まるで仇を見るかのような目をしている。

タレイアはそう感じながら、その決死の声を聞いていた。

 

 

 

「というわけで、今日はこの子を預かって欲しい」

「わかった」

 

 

 

そして、そんな状況を知らない青年とオーキスは。

のほほんとした顔でオウルキャットの受け渡しを完了したのだった。

 

 

 



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