銀の兄【修正版】※半分凍結中 (泡泡)
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原作前
※過去※


 やっと書けます。


 「・・・・・・ゲホッッ・・・ごめんな、アドル。母さんはお前を最後まで育てることが出来なそうだ。ホントにごめんねぇ。・・・はぁ~こんなことになるんだったらもう一度リーシャに会いたかったわ」

 

 「母さん・・・。ま、まだ大丈夫だよ?こんなに元気じゃないか・・・」

 

 母親は俺が言った言葉が、空元気だと分かっているのだろう。しわくちゃになって皮と骨だけになった腕をこちらに伸ばし、やっとのことでアドルの頬を弱々しく撫でる。

 

 「う、嬉しいね・・・。最初はあんなに弱かったお前がこんなに強くなって・・・。いつまでも元気でいるん・・・だよ?それと、私が寝ている場所の床を剥がしておいて。きっと、きっとアドルにとって役に立つものがあるから・・・」

 

 「そ、そんなこと言うなよ!!俺には、俺にはまだまだ母さんが必要なんだから。ゆっくり休んで早く治してよっ!」

 

 「ふふふ・・・。憎まれ口を叩いても根は優しい子だね。これなら・・・安心して逝ける・・・・・・よ・・・」

 

 「・・・っ。か、母さん?ね、ねえったら?起きてよ。起きてってば!」

 

 ぱたりと力を無くして、布団の上に倒れる腕を握り締めゆさゆさと母親を揺するが、一向に起きる気配がしなかった。アドルはこの時、独りぼっちになったのだ。後から浮かんでくる感情は父親に対する激しい憎悪の感情だけだった。

 

 「このぉ・・・・・・糞親父がここからいなくならなかったら過労死なんてしなかったのに・・・」

 

 どうして・・・と呟いてから少し忘れ気味だったもう一人の家族を思い出した。

 

 「・・・そう言えば、俺には妹がいたっけなぁ。確か名前はリーシャとか言ったっけか・・・。少し落ち着いてからこれからどうするか決めようかな。かぁさん、今までありがとう。俺は俺なりに生きてやっていこうと思うよ」

 

 それから数日間、母に対して喪に服し土葬した。これも前々から母親が決めていた埋葬方法だった。そして形見のように、母親が大事にしていた指輪は鎖をかけて首から下げている。

 

 「母さん、生前に言ってたっけ。床を剥がせって・・・。なんのことかわからないがそれでも剥がしてみようか」

 

 ちょっと力を入れたらその場所だけ剥がれるようになっていた。そこにあったものは・・・。

 

 「ん?これって。母さんの日記?あと・・・古びた巻物?」

 

 日記には父親が暗殺者であったこと、そして自分もその後継者として途中まで育てられていたが、なぜだか理由は分からないがそれを諦め妹に矛先を変えたことなどが綴られていた。

 

 「確か、俺が物心ついた頃から妙な遊びを生活に加えていったっけ。そしてそれに対して俺が手を抜いているのが分かったら親父は苦々しく奥歯を噛み締めてそれ以上俺に関わらなかったっけ。それからだ。(リーシャ)が擦り傷や打撲跡を付けて夜帰ってくるようになったのは・・・」

 

 日記を開きながらその時の様子を思い出す。

 

 「そしてそれを母親がきつく咎めたその夜に、二人は何も言わずに行方不明になった。どうして・・・。過ぎたことはどうしようもない。大切なのはこれからどうするか・・・だ。母さん行って来ます、いつの日か妹と再会できる日が来ることを願っていてよ」

 

 こうしてアドルは母親の死をきっかけに独学で生き残る仕方を熟知し、時には死にそうになりながらも図太く生き残っていった。そして転換期ともいえることが起きた。

 

 それはアドルが18歳の時だった。ぶらり一人旅をしてリベール王国に辿り着いた時の事だった。一番目立つ建物を探して散策していた時、大きなお城の前に人だかりができていたのでアドルもそこに行った。

 

 「なんて書いてあるんだ?ここからじゃよく見えん」

 

 「ああ、ここには女王ノ護衛ヲ至急求ム。資格は親衛隊ヲ凌グ戦闘能力だと・・・よ」

 

 「おお、ありがとうな。・・・へぇ、こっち(リベール)にも来てみるもんだなぁ。まぁ、駄目でもいいから行ってみるか」

 

 門番に事情を説明すると、兵士が鍛錬する場所に案内された。

 

 「ここで待っててもらおう。・・・あー、お前の名前は?」

 

 「アドル。アドル・マオだ」

 

 「分かった。ではアドル暫し待たれぃ」

 

 あとから分かったことだが、アドルと対決した兵士の名前はマクシミリアン・シードと言う名前であり、かなり優秀であるゆえに信頼度も高い人物だったみたいだ。

 

 数分後、高位と思われる女性とその女性に隠れるように、女の子がやってきた。そして戦闘衣に着替えてきたシードが相対した。

 

 「私の名はシードと言う。よろしくな」

 

 「ああ、アドルだ・・・です」

 

 「私の性格上手加減と言うものはできそうにないが、よろしいか?無理ならここで引き下がっても、臆病だと(ののし)ることもないので観光して帰るがよい」

 

 「ふふ、大丈夫さ。それに俺だって修羅場潜ってきたんだから」

 

 「そうか、言葉は不要というわけか・・・・・・。すまなかったな。それでは私の落とすコインが地面に着いたときに始めよう。よろしいか?」

 

 「ああ、いつでも・・・・・・」

 

 アドルは片足を一歩後ろに下げ、両手をいわゆるボクシングスタイルをとる。この時代にボクシングがあるかどうかは分からないが。 

 

 シードが指で弾いたコインが重力に従って落下する。そして地面に着いたと同時に、剣を持って突進してきた。速さは十分・・・だが。

 

 「ふっ・・・」

 

 突き出された剣を紙一重で避け、胸元に潜り込むと寸勁を当てる。

 

 「がふっ・・・」

 

 という声を最後に数メートル転がりながら意識を失ったシードがいた。

 

 「あっ。お、おーい。シードさん?・・・あのー気を失ったんですが・・・」

 

 辺りは一瞬、静寂を纏ったかのように音が消えた。それから思い出したかのように、兵士らが慌ててシードを横たえて簡単な処置を加えていた。

 

 俺は・・・・・・と言うと試験の後、豪華できらびやかな謁見の間という場所に来ていた。難しい話は分からなかったが、女王の護衛に就くことができたみたいだ。

 

 「あなたアドルさんとおっしゃったわね?」

 

 「はい、女王」

 

 「年はいくつです?」

 

 「18になったばかりです」

 

 「そう・・・。少しばかり年が離れているけれど、いいかもしれないわね」

 

 「??えーっと話が見えないのですが?」

 

 思い浮かべるのは模擬戦の始まる前の事だ。女王の後ろに隠れるようにしてこちらを覗き込んでいた少女の存在。  

 

 「私の孫でね、同年代の友達がいない子がいるのよ。その子の話し相手になってくれるかしら?」

 

 「シードさんと相対した時に女王の後ろで隠れながら見ていた子ですか?」

 

 「ええ、どうかしら?」

 

 「その子が俺を気に入ってくれるといいんですが・・・・・・」

 

 「大丈夫よ。私の孫ですもの」

 

 根拠のない断言だったが、俺も女王の言う事はすんなりと心に染み渡った。どうしてなのかな。

 

 「・・・・・・ッ」

 

 女王が話に出てきた彼女を呼ぶ。謁見の間に現れた子は女王を幼くしたような女の子で直立不動でこちらを見ていた。いかにも緊張しているのが目に見えた。

 

 「え、えーっと・・・・・・」

 

 ――トテトテトテ――

 

 擬音が聞こえてくるような可愛らしい足音が自身の元へやってきた。そして声を発した。

 

 「私、クローディア・フォン・アウスレーゼって言います」

 

 「お、俺いや私はアドル・マオだよ。よろしくね、クローディア?」

 

 「どうかクローゼって呼んで下さい?私もアドルって呼びますから・・・?」

 

 「・・・・・・いいの?分かった。クローゼ!」

 

 「うんっ!」

 

 ・・・こんな感じだった。人を疑わないというか純真な子ってこうなのかなぁ。

 

 「まぁ、俺は裏切らないよ。絶対に・・・・・・。相手が裏切らない限り尽くすんだから」

 

 アドル・マオ・・・18歳。大人になりつつあった彼が出会った少女は、アドルの人生にどう影響していくのか・・・それはまだ分からない。それでも悪影響は及ぼさないであろう。 

 




 細々としたところは修正して投稿します。なろうに残されている泡泡Ⅱとハーメルンに存在している泡泡は同じ人物です。


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※赤い星座?別れ?※

 伏線張ります


 いきなりだがどうしてこんなことになったんだろう?どこかで分岐点間違えたかなぁ。そう思えてくるのは目の前に広がる光景だ。これについて説明させてくれ。あのな。目の前に大陸中で二大猟兵団のうちの片割れ“赤い星座”がいるんだよ。

 

 「がははは、にいちゃん。強ええなぁ。もっと熱く(たぎ)る戦いをしようぜ?」

 

 「ハァ・・・俺はメンドイ。付き合いきれん。もう帰っていいか?」

 

 何十時間も、もしかしたら日をまたいでいるかもしれない。時間の感覚がなくなりつつあるが俺の目の前で張り合っている男性は闘神もしくは猟兵王なんて呼ばれている男性・・・だったかな。

 

 「おいおい、そう言うなって。最近じゃ、身内の中にも滾る戦いをするヤツがおらんで、退屈しとった時だしなぁ・・・少し遊んでけ?」

 

 「あんたが言うと遊びじゃないんだわ!いったい幾つの山を無くした?更地しか残っとらんだろうさ!」

 

 「お?そうだっけ。ガハハハ・・・いいじゃねえか」

 

 「俺より、あんたの隣にいる身内のほうが面白いヤツいんぞ?」

 

 「どこに?まーだ乳飲んでる餓鬼が二人と、発展途上の青年しかしねぇぞ?」

 

 「身内だからってうかうかしてると足元救われる恐れがあるぞ」

 

 「そいつは・・・楽しみじゃ」

 

 「まぁ、俺は疲れた。・・・・・・あんたらの名前を聞いておこうか?」

 

 「フム・・・気は紛れたからいいじゃろ。儂はバルデル・オルランド、ほれお前たちも自己紹介ぐらいせんか!」

 

 「・・・バルデルの弟、シグムント・オルランドだ」

 

 「団長の息子、ランドルフ・オルランド・・・です」

 

 「あたしはシャーリー・オルランドだよ!」

 

 「・・・くくくっ、やっぱ隠した牙を持ってるじゃねぇか。闘神に赤い戦鬼、それにもう少しで異名を持ちそうな連中がゴロゴロと・・・・・・はぁ、ここらで引き上げてホントによかった」

 

 うんうん、と納得し頷くアドル。

 

 「今度はお前さんの名だぜ?」

 

 「あ、そっか。忘れてたよ。俺はアドル。アドル・マオだ」

 

 「フッ・・・ハハハハハ。今日という日に乾杯したいぐらい気分がすこぶるイイ!そうか、お前があの――狂喜乱舞――だったとはな」

 

 「・・・・・・もう広まってるのか。参ったな」

 

 やれやれだと言わんばかりに片手で顔を覆い天を見上げるアドル。だが、口元は少し微笑を讃えている。

 

 「今度、会ったときは再戦だ。覚えておきなよ!」

 

 「ああ!俺も忘れない」

 

 

 

 赤い星座と言う猟兵団との死闘・・・?なのかどうかは分からないが楽しめたと言えよう。

 

 「あれっ。俺って戦闘狂だっけ?段々と平和的じゃなくなってる気が。少し落ち込んできたかも。それはそうとクローゼどうしてるっかな?」

 

 18の時、リベール王国の女王の護衛と、クローゼの話し相手をしていたはずのアドルがどうして赤い星座とやりあっていたのかと言うと、平和になったのでその必要がなくなったのだ。

 

 まぁ別れに際してはクローゼには泣かれたが、ね・・・。

 

 「行っちゃやーだぁ。アドルぅ、どーしてここにいてくれないの?ねっ、ねー」

 

 「アリシアさんから話は聞いたでしょ?」

 

 「ううん、私は何も聞いてないよ!聞いちゃいないんだから!!」

 

 首を大きく音が鳴るのではないかと思うぐらい左右に振り、そして両手で両耳を塞いで聞く耳を持たないクローゼ。

 

 「聞いてってば。アリシアさんを守るのが俺の仕事だった。けど、平和になったんだよ。だから俺の仕事はもう無くなったの。クローゼだって平和になって嬉しいでしょ。いつだって外で遊べるんだからさ?」

 

 駄々をこねるクローゼの目を見ようと、屈んで話しかける。固く耳を塞いでいるわけではなさそうだが、やはり一年近くも一緒にいた護衛兼話し相手と別れるのは淋しいらしい。

 

 「う~っ、う~っ。もしかして私のこと嫌いになったの?他に好きな人できた?」

 

 上目遣いと涙目の表情・・・それ反則。あとそんな根も葉もない噂話を誰から聞いたんだ。

 

 「嫌いじゃないけど・・・」

 

 「だったら、ずっと一緒にいて?それでいいでしょ?」

 

 「・・・・・・ごめん。ムリ」

 

 「っ・・・そうなんだ。だったらもういい。アドルなんて友達じゃない。大っ嫌い。早くここから出てって・・・」

 

 泣きじゃくりながらクローゼは最後の(とど)めをアドルに刺す。

 

 「分かった。じゃあ明日出ていく・・・な?」

 

 「・・・・・・(プイッ)」

 

 その返事にビクッと体を震わせながらも、こちらを見ることなく手を握り締めたまま、クローゼは無言のままアリシア女王と謁見の間から出ていく。

 

 「お疲れ様・・・だ。アドル」

 

 「モルガンさん。ハハッ、嫌われちゃいましたよ・・・・・・。いやぁモテる男はつらいなぁ」

 

 「そう言うなって。ああは言ったがあれが本心ではないとお前さんにも分かっておろう?それにしても・・・この一年近く儂にとってもお前の存在は助けになったぞい?」

 

 「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいですわ」

 

 「ワシも願うことなら、お前さんにはこのままリベールにいて助けになって欲しいと願っておるのじゃ。まぁ、お前さんは嫌かもしれないがワシは本当の息子のように思っとったのでな。体に気を付けていくんだよ?」

 

 そう言うと、クローゼがいた場所を見つめているアドルの肩をモルガンは軽く叩き謁見の間を立ち去っていった。

 

 「まったく、アドルさんは罪作りなお人ですね?」

 

 「ユリアか。まぁ話し相手がいなくなると淋しいのだろう。クローゼにはユリアがいるから大丈夫だろうよ」

 

 「そういう意味ではないのですが。あなたは鈍感ですね?」

 

 やや呆れ気味にそう呟かれる。

 

 「なんのことかな、ん?まぁいいさ。さてと俺はこのまま消えるぜ」

 

 「えっ、明日ではないのですか?」

 

 「明日とは思ったが、時間的に地方へ飛ぶ最終便が残ってるらしいからそれに乗って行くよ。それにクローゼの泣き顔をふたたび見ることは辛い。泣き顔を見るのは一回だけで充分さ」

 

 「そうですか?な、なんかあなたがいなくなると少し淋しくなりますね」

 

 ユリアは零れた涙をアドルに見せないように袖で拭うと、会話を始める。まるで残された時間を惜しむかのように。もしくは気が変わった小さき迷い子が、こちらに来るかもしれないと思いつつ会話をする。

 

 「フフッ、ユリアは俺に負けっぱなしだったもんなぁ。レイピア捌きは上手くなったか?」

 

 「ええ、あなたに(しご)かれましたから。最初の頃よりはだいぶよくなってますよ。負けっぱなしでは説得力はないかもしれませんが・・・・・・」

 

 「そうか・・・・・・。それはそうと、どうして俺に対して敬語を使ってるんだ?同世代なんだからもっと軽く話してくれてもいいのに・・・・・・」

 

 「そ、それはですね。わ、笑いませんか?」

 

 「内容によるが、笑わないぞ。ほれ、話してみれ」

 

 (あお)るように手で催促してみると、覚悟が決まったかのように話し始めた。

 

 「う、うまく言えませんがあなたは私にとって憧れなんです。シード隊長を退けた体術や、扱うのが難しい武器をいとも簡単に扱う貴方は私にとって・・・」

 

 最後のほうは小声になってしまって聞き取れなかったが。

 

 「そうか、ありがたいな。ユリアがそう思っててくれるなんて・・・さ」

 

 嬉しいことを行ってくれるユリアの頭を優しく撫でるとユリアは嬉しそうに顔を緩める。

 

 「・・・・・・本当に行ってしまうのですか?」

 

 「平和になったことは結構なことじゃないか?それともユリアは平和じゃない方がいいって言うのか?」

 

 少し意地悪な質問をしてみる。ユリアもアドルと一緒に警備の仕事にあたっていたので、ピリピリした雰囲気にいつも体をこわばらせていた。それが終わったと言うのはユリアにとっても素晴らしく良いことと言えた。

 

 「で、でも!」

 

 「それに別れは誰にでも起こる事だ。遅かれ早かれ万人には別れが到来する。その時が少し早く来たってだけの事」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 ユリアもクローゼと同じように黙りこくってしまった。そしてもう話すことはないと言わんばかりにアドルの横から立ち去った。そして謁見室にはもう誰もいない。

 

 「ハハッ。な、慣れていることじゃないか。別れは誰にだって起こる事だよ」

 

 アドルが一番長い時間を過ごしていた場所の一つ、謁見の間に一礼しその場所を立ち去る。

 

 「・・・あっ、忘れていた。そこの女王が座る椅子の上でいいや。クローゼとユリアにこの間散歩のときに欲しそうに眺めていたネックレス。最初で最後の贈り物、だ・・・」

 

 クローゼにはハヤブサを形作ったネックレス。ユリアには月を形作ったネックレス。

 

 「気に入るといいなぁ。未練が無いと言えばそれは嘘になる。ここでの思い出は多すぎた。だが、これは永遠の別れじゃない。生きていればいつかきっと会える・・・。きっと、きっと・・・・・・」

 

 

 

 意気消沈してたアドルはいつの間にか赤い星座が活動する土地に入り込んでいたらしい。そして都合よく“赤い星座”の一員と間違われてそれと敵対関係にあった“西風の旅団”に問答無用で襲いかかられたので、身に降りかかる火の粉を振り払っていた結果西風の旅団は壊滅状態に至っていた。

 

 ――そして話は冒頭に戻る――

 

 「助かったぜ。名も知らぬ青年よぉ。()りあおうぜ?」

 

 「・・・・・・は?ええええっっっ!」

 

 そんなこんなで、闘神と戦ってたわけだがそこらへんを消滅させながら相対していた。結果、山が4つ消え、森林に至っては見渡す限りを更地に変えていた。近くに俺たち以外の非戦闘員がいなくて本当に良かったと思っている。

 

 そしてアドルの異名の如く狂喜していたらしい、と言うのを最後に聞いた。何とも面倒なことになりそうな話だった。最近は世の中も荒れに荒れている。リベールのほうは比較的平和を保っているが隣国は、誘拐事件が数年の間に多発しているというのを聞いた。

 

 しかし、アドルにとって(イン)が復活したと言う噂のほうが気になっていることだった。

 

 「銀の正体は親父なのか?それとも別の誰かなのか?親父は死んでいるのか。それともまだ生きているのか?どちらにしても少しの間、クロスベルに行かないと分からないな。よしっ、行くか!」 




 赤い星座=最狂の戦闘軍団

 西風の旅団=赤い星座と対を成す猟兵団の一つ。


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※主人公設定と歴史※

 名前:アドル・マオ≪男性≫

 

 年齢:25歳≪長身≫

 

 外見・容姿

 

 容姿はレギオスのサヴァリス。CV:諏訪部順一

 

 性格:性格はいたって温厚。しかし喜怒哀楽の内、喜と楽がかなり欠如。鈍感ではないにしても鈍いところがあり、取り巻く女性らからはため息を付かれることもしばしば。優柔不断、曖昧さが残るところあり、どっちつかずな性格。

 

 メイン武器:両手に隠した鋼糸(こうし)

 

 ※レギオスに出てきた鋼糸を想像してみてください。そこまでは多くありませんが30~50本ぐらいの鋼糸を使用し、敵を切断します。音がしないので暗殺に人気の武器です。

 

 メイン武器Ⅱ:導力砲

 

 ※ドルン兄が持っていたのを想像してください。想像できない方は持ち運びの可能な大砲と思ってくだされば幸いです。

 

 サブ武器:二振りの諸刃(もろは)の剣

 

 亜空間に入れて普通は使わない武器だが、本気を出すときには武器を召喚して使用。アリアンやワイスマンの武器の出し入れと類似。

 

 ※諸刃とは両辺に刃のついた剣で使い方を間違えると、自分も傷つけてしまう扱いが難しい武器。

 

 家族構成:父親・行方不明≪恐らく死亡≫。母親≪病死≫。妹が一人生存。リーシャ・マオ。

 

 歴史:父親と母親から厳しくながらも育てられ8歳の時、妹誕生する。その後数年経って父親、妹を連れ行方不明。風の噂で父親死亡と共に(イン)復活の情報立つ。苦労に苦労を重ねた母親はアドルが12歳の時病死。働きすぎによる過労死と思われる。

 

 父親に対する憎悪が芽生えたのと同時に、妹に会いたいと言う気持ちを持ち始めるのもこの頃の事である。

 

 七耀暦1179年アドル・マオ誕生?。

 

 七耀暦1187年リーシャ・マオ誕生。

 

 七曜暦1190年リーシャ・マオを連れて父親失踪。

 

 七耀暦1191年母親死亡。

 

 七曜暦1192年~1193年アドル行方不明。

 

 七耀暦1194年後期アドル、裏の世界へ向かう。同時期二つ名つく。

 

 七耀暦1195年アドル、泰斗流を師範代レベルまで習得。

 

 七耀暦1196年ルフィナ・アルジェントと対戦し引き分けに至る。

 

 七耀暦1197年リベール王国第26代女王を護衛する仕事に就く。クローゼと知り合う。

 

 七耀暦1199年猟兵団≪赤い星座≫と死闘を繰り広げ痛み分け。

 

 七耀暦1200年ガイ・バニングスが酒飲み仲間になる。

 

 七耀暦1201年エリィ・マクダエル誘拐事件に巻き込まれるがアドルが保護する。

 

 七耀暦1204年・・・・・・。

 

 詳細データ。

 

 幼い頃、先代の銀である父親の仕事に着いて行ったこともあるが、基本がいつまで経っても身につかないことに諦め、リーシャに想いを託す。そしてそのまま二人で行方をくらませる。

 

 その結果、母親に疲労がたまりアドルを残して死亡。アドルはそこから独学と決死の旅を続け強者と戦うことで生きるすべを身につけた。

 

 しかしそれは一般人よりも達人級のレベルにまで育ち、裏社会へと身を転じることになる。ルフィナやガイはその裏の仕事中に出会う。

  

 作中での立場は、アリシア女王の名代として「西ゼムリア通商会議」に出席するためにユリアと共にクロスベルを訪れたクローゼの護衛。しかしそこに至るまでには賛否両論があった。

 

 しかし誤解もあったとされ、非公式に中佐の地位を与えられて影ながら護衛することを引き受けた。

 

 

 ※アドル・マオは偽名だった。

 

 記憶を一部失っている状態であるが、それは過去の状況が重なっているせいである。この作品のキーマンと言える少女と同じような存在であり、数千年に渡って存在してきたある家柄と対になっているもう一つの家系により造られた存在。

 

 ゆえにアドル・マオという人物そのものも存在するものではなく、マオ家の人々の心に植え込まれた一人だけ存在しないアドルと言える。それに気づくにはかなりの時間が経過するものと思える。



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零の軌跡
※鉱山町マインツにて※


 蒸シ暑イデース・・・。説明口調になっていると思いますがこれから直していくようにします。


 2013/07/19編集


 ――七耀暦1204年鉱山町マインツ≪赤レンガ亭≫――

 

 そこには一人の男性の姿があった。このあたりでは見たことのない風貌をしている男性だったため旅行者の類であることを示していた。ここに来る前アドルはクロスベル大聖堂で数少ない親友の墓参りをした後、フラフラとマインツに足を運んだのだった。

 

 赤レンガ亭の料理に舌鼓をうち、一泊してから()とうとしていたが何やら胸騒ぎがする予感がした。・・・そしてそれは当たってしまう。

 

 昼過ぎから飲んでいたので少し酔いが入っていた。夕方ごろ、少し硬い表情の男女4人が赤レンガ亭に入ってきて、部屋を取って行った。その中の三人には見覚えがあった。

 

 「ちょっと聞きたいんだけどおかみさん、さっき部屋を取って行った青年たちは何て言うか分かるかい?」

 

 「ん?ああ、あれは特務支援課って言う新しく作られた警察の人たちだよ。マインツに魔獣が現れるんでその調査にやってきたんだろうさ」

 

 「ふーん、クロスベルの様子を知りたいんだけど・・・何かある?」

 

 「お前さんは旅行者かなんかかい?機関紙のクロスベル・タイムズがあるからそれを見てご覧よ」

 

 「あんがとっ」

 

 赤レンガ亭を切り盛りしている女性から、タイムズ紙を受け取り最近の動向を見ることにした。

 

 「えーっと、なになに・・・・・・」

 

 目を紙面に走らせていくと結構面白いことが書かれていた。

 

 「ふむ。この(たび)、警察は特務支援課なるものを発足させた・・・と。メンバーはロイド・バニングス。あっ、ガイの弟か。それにエリィ・マクダエル。この子はヘンリー市長の孫か。結構可愛く成長しているじゃないか」

 

 と、独り言を言いながら紙面を見ていると、そこにいる給仕の女性からジト眼で見られてしまった。少し話し声が大きかっただろうか・・・・・・。

 

 「それにティオ・プラトー・・・。この子はまだ少女って感じがするけど何か事情があるのだろうか。最後のメンバーがランディ・オルランド・・・。ん?ランドルフ・・・じゃないのか?」

 

 最後の男性の名前に少し引っかかるものを感じたが、会ってから時間が許せば話そうと思い違うタイムズ紙にも目を通した。

 

 「警察が発足させたのは今のところただ遊撃士の真似事だが、これからどう成長するのか楽しみだとかぁ。ホント楽しみなことが起きそうだ」

 

 外の景色が夕方から夜になって来ると、鉱山で働いていた屈強な男性らが仕事を終えて次々と赤レンガ亭に食事を取りに来た。

 

 「おっ、兄ちゃん。ここらで見かけん奴だけど、旅行かなんかかい?」

 

 「俺か?墓参りのついでにこっちまで足を向けたってわけだけど、いい感じの町じゃん!」

 

 「良い事言ってくれるじゃねえか。これは俺の奢りだぜ。飲め飲め~!」

 

 ・・・こんな感じですぐに仲良くなり、あっという間に飲んべの集団が出来上がった。

 

 深夜になってもアドルと一緒に飲んでいたのは、鉱山員のマルロとガンツと言う二人だったがそろそろ家に帰ろうとしていた。

 

 「ひっく・・・それじゃあアドルさんよぉ。俺たちゃあ先に帰って寝るぜ。明日も皆のために働かないといかんきゃらなぁ~・・・・・・ヒック・・・」

 

 「お~遅くまであんがと~な。気をつけて帰ってな~」

 

 ベロンベロンになって帰っていく二人。それを見送るアドル。

 

 「さてと・・・。事態が動くとすればこの後か?」

 

 そう言うと懐から黒い錠剤を取り出す。これは共和国東方人街の裏世界で知られている『酔い抜き』の強化版で酔う成分を一瞬で分解し素面(しらふ)に戻す薬だ。

 

 「と、言うかこの薬の題名ってイケてないよな~。やっぱりか、支援課は何をしようとしている?そして遠くから微かに臭ってくる獣臭の正体は?裏口から見てみますか」

 

 そこには野生?とは言い難い、特殊な訓練を受けた狼と戦闘している支援課メンバーがいた。ランディが閃光弾を投げつけ、怯んだ隙に鉱山員を助け出しそのまま戦闘・・・。

 

 「荒削りとは言え、大した連係プレイやなぁ~。俺は裏でこの結末を覗くに留まったほうがよさそうだ」

 

 そのあと“軍用犬”?なのだろうか、町はずれの運搬用トラックのもとに去って行った。そこには黒服の男性数名が支援課のメンバーに襲い掛かって行った。

 

 あわよくば拘束も出来るかもと言ったところで、マフィアの思わぬ抵抗に合い今度は本当の狼の群れが出てきて、軍用犬やマフィアの動きを止めてしまった。

 

 「へぇ、自分に被せられた汚名は自分らですすぐってところだろうか。っ、あの白い毛並みの狼俺に気付いた・・・?それに狼のせいで小高い丘の上にいた男性と幼女?にも気づかれたかもしれない。用心せねば・・・・・・」

 

 気配を自然と一体化していたはずなのに、白い狼に気付かれ焦った時に男女二人にも察知されることになるとは・・・。

 

 「面白いね・・・。平和ボケしている連中ではないってことなのか?まぁ、今すぐリベールには戻らなくてもここで目的を果たすために動きましょ」

 

 支援課の人たちに気付かれないように、その場を立ち去り赤レンガ亭へと戻った。ほどなくしてロイドたちも少し疲れた様子になりながら同じところに戻ってきた。

 

 「・・・悪ぃ、ロイド。先に戻ってくれないか?眠る前に少し酒を飲みたいんでね・・・」

 

 「ん?そうか。少しなら大丈夫だと思う。遅くならないうちに戻ってくれるとありがたい」

 

 アドルに気付いたランドルフが同僚に一言二言交わしてからこちらに、歩み寄ってきた。その様子を不思議そうに眺めるロイド、少し考えているのか首を傾げているエリィ、疲れたのかそのまま部屋に戻ろうとするティオがいた。

 

 「・・・・・・」

 

 「・・・久しぶり、でいいのか?」

 

 「それで大丈夫さ。ランディ?」

 

 「ハハ・・・。その名前で呼んでくれて少し助かるよ」

 

 「変わったな。牙の無いオオカミみたいだ。警察やってるということは、猟兵団は抜けたのか?」

 

 「・・・ああ、いい機会だからね。抜けたよ」

 

 「そうか、お前が決めたことなら仕方がないが・・・。お前と闘ってないのに残念・・・・・・」

 

 「俺は絶対ッ!!・・・・・・闘いたくない」

 

 きっぱりと言い切ったランディ・・・。嫌われたのかと思って少し悲しみを込めて言葉を紡ぐ。

 

 「・・・どして?」

 

 「あんなの・・・あんな山を更地に変えるような連中と闘いたくないわっ!」

 

 「そだっけ?まぁ、しばらくはこっちにいるから会った時はよろしくな」

 

 「ああ、この再会に!」

 

 「この再会に!乾杯!」

 

 その後、軽く飲むことを一緒にしていたが思い出したエリィの乱入によって静かな場が乱された。

 

 「思い出したわっ!」

 

 「んぁ?何を・・・」

 

 「私が15の時のことを覚えている?」

 

 少し興奮した様子でアドルとランディのもとに走り寄ってきて話しかけてきた。

 

 「・・・・・・」

 

 「お、覚えていないのぉ・・・・・・?」

 

 ――グスッ・・・グスッ・・・――

 

 少し意地悪してみようかと思ったけど、ジワーッと目に浮かんだ涙を見てすぐに止めた。

 

 「勿論!覚えているよー。あの時は可愛い少女だったけど、今は美人さんになっちゃって・・・びっくりしたぞ?」

 

 「えへへへ・・・・・・う、嬉しいなぁ~。美人さんだって」

 

 少しタガが外れたようにくるくるとその場で回るエリィ。

 

 「・・・一体何があったんだ?」

 

 「まぁ過去に困ったことが起きてそれを俺が解決したって話だよ。はぁ~メンド・・・・・・」

 

 「アドルも色々なこと経験してんだなぁ・・・・・・」

 

 そんな風にしみじみと言われたって何も変わるわけじゃないのに。

 

 「アドルさんはいつまでここにいるんですか?」

 

 「探し人が見つかるまで。もしくは見当が付くまでだよ」

 

 「そうなんだぁ。だ、だったらまた会った時は声かけてくださいね!約束ですよ♪」

 

 「あ、ああ・・・・・・」

 

 「俺もそろそろ寝るわ。今日は疲れたからなぁ・・・」

 

 「おっ、お疲れさん」

 

 「では、失礼します。アドルさん!」

 

 どうしてエリィは機嫌が良いのだろうか?ランディとエリィが去った後に考えてみる。

 

 「お酒に酔ったか?それとも危ない薬を・・・ま、まさかエリィに限ってありえん。駄目だ、全く分からない。クローゼに聞いたら分かるのかな。何か溜息をつかれそうな予感がするから止めとこ」

 

 少し人間の感情には鈍感になっているアドルだった。鈍感でいることで自分を守っているのかそれとも鈍感なふりをしているのかそれは今のところ誰にも知られてはいけない問題だった。




 ヒロイン候補募集中。この作品の中で、ロイドはティオと結ばれる予定ですのでそれ以外の女性陣の名前を書いてくださるとそれを反映するかもしれません。


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初めての邂逅・表

 アドルは妹のことをうっすらと覚えています。リーシャは兄の事をいたことは覚えていますが、それだけです。理由ですか?それはリーシャが兄と別れたのはまだ幼かったからです。


 

 ヘンリー市長からの要請で姿を見せなくてもいいから、アルカンシェルで行われる公演の護衛を頼まれた。捜査一課や特務支援課もいるのだから、心配いらないのでは・・・?と言ったが公演のプラチナチケットをちらつかされてあっさり要請に応じた。

 

 「全く、ヘンリーさんも心配性なんだから・・・。ガイの弟のロイドがそこまで気付かないとは思わないけれど。こちらもちょっと気になる子はいるしね…。準主役のリーシャ・マオ・・・。妹という括りになるとは思うけども最後に会ったのは、まだ幼かったから俺の外見を見て分かりはしないとは思うが・・・」

 

 アドルが席を取っているのは市長らが座っている場所の真下・・・。何かあればすぐに行くことが出来る位置になっていた。

 

 物語は第二幕に差し掛かる。リーシャの登場だ。・・・深淵の中、月の蒼さが際立ちそのまま演技を続ける。

 

 「ふむ・・・ここから見るに鍛錬は続けていた様子。あとはここでの練習の成果というわけ・・・か」

 

 アドルは片時も不審人物がいないかどうか、気を配っている。これは文字どおりの意味で、本気を出せば市内全域に渡って誰がどこにいて何をしているか?と言うレベルまで人探しができる。が、それにも欠点があり頭をガンガンと叩くようなレベルの頭痛が半端なく押し寄せてくるので多用できない。

 

 「ロイドとエリィが劇場内を捜索しているのか。あとは市長の周りにも怪しい人は見当たらないし大丈夫なのか?」

 

 アドルが探っている間も、太陽の姫イリアと月の姫リーシャの演舞が続いている。

 

 「っ、誰かの心が揺らいでいる。何か大事(おおごと)を引き起こす恐れがある・・・な。一応準備しておくか」

 

 と、事態は思ってた以上の速さで進展していたようだ。すぐ頭上から争うような音が頻繁に起きていた。漏れてくる声を頼りにして何が起こっているか確かめていた。

 

 判明したことは市長の秘書が銀の名を語って脅迫状を送り自分に目が向かないようにしていた事。そして市長を盾にしそのまま逃走を図る秘書。

 

 高笑いが聞こえ、段々と秘書の足音が遠ざかってゆく。ロイドともう一人の捜査一課の男性が秘書を追いかけて行ったのでこちらもそろそろ動こうかな。氣で強化した足でジャンプし、市長の貴賓(きひん)席へと乗り込む。

 

 「よっ、ヘンリー市長大丈夫か?」

 

 「えっ・・・・・・ア、アドルさん?どこから?てかいつの間に・・・?」

 

 「フフフ、少しやられちゃったわい・・・・・・」

 

 「無理に話さなくていい。少し体を見せてもらうぞ・・・・・・」

 

 「でもどうしてここにいるの?」

 

 「市長の頼みでね、裏方に徹したわけだが・・・。ふむ、どうやらロイドたちによって秘書は捕らえられたみたいだ。ヘンリーさん、体のほうは大丈夫なようだ。少しの切り傷と打撲はあるようだが・・・」

 

 「うむ、大丈夫じゃよ。それにしてもアドルに助けられたのはこれで二度目じゃな・・・。」

 

 応急処置を終えて、首だけこちらを向いてそうつぶやく。

 

 「ああ、そうだったね。でも今は・・・・・・」

 

 「ああ、大変なことが起こったが今はこのまま舞台を見届けよう。それがアルカンシェルの諸君に対する礼儀だからね」

 

 「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 

 横に控えていたアルカンシェルの支配人が市長にお礼を告げた。

 

 「さてと、一件落着かな」

 

 アドルはこの事態の前後数回に渡って、視線を感じていたが場所が場所なのでと割り切っていた。しかし・・・一度目の邂逅は間近に迫っていた。

 

 プレ公演も終わったので余韻に浸りつつも会場を後にしようとした時だった。先ほど市長の横に控えていた支配人から呼ばれたのは・・・。

 

 「あのー少しの時間よろしいでしょうか?」

 

 「ん?ああ、さっきの支配人さんですか。何の用事です?」

 

 「あなたに会いたいという方がおりまして、会って欲しいんです」

 

 「それは構わないですが・・・?」

 

 「ほっ。そうですか!ではこちらへ」

 

 九十度の角度で頼み込まれたら、嫌って言えない・・・。

 

 「まぁ、大体の予想はつくけど・・・ね。リーシャ?君はどう出る?そしてどうしたい?」




 


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初めての邂逅・裏


 リーシャ視点です。


 

 私リーシャ・マオが母親と兄さんから離されたのは、2歳か3歳ぐらいの時の事。だから兄さんがどんな顔で私を見送ったかはあまり覚えていない。でも、すごく淋しそうな表情をしていたのだけ覚えている。

 

 父親からは(イン)として暗殺の方法を教えられた。父親は先代の暗殺者だったらしく、私を後継者として育てたかったのかもしれない。どうして兄さんを選ばなかったのかな?

 

 幼い時はあまり疑問を抱かずに成長していった。だけど、十代を過ぎる頃私は疑問を抱いてそれを父親にぶつけてみた。

 

 その時の答えは答えてくれなかった。『そんな暇があるなら鍛錬しろ!』これが口癖だった。自分の気持ちを押し殺して成長してゆき、父親が病床に至った。その時に(イン)を譲り渡された。最後に謎めいた言葉を残して。

 

 父親が亡くなってから一度だけ、母親と兄さんがいたであろう家を訪ねる機会があったので行ってみた。しかしそこには誰もいなかった。裏庭に墓標が一つだけ残されていた。兄さんの面影はどこにも見当たらなかった。

 

 兄さんの名前は確かア、アル、とか・・・って言う名前だったはず、た、多分だけど。2歳やそこらで覚えているはずがない。でもどうして父親は兄さんを後継者にしなかったのだろうか。そこらへんの事は兄さんに聞けば分かるかな。

 

 その後私は旅を続け、遊撃士協会を訪ねたりして兄さんの行方を訪ねたりしていたが、いかんせん知っている情報が少なすぎて早くも暗礁に乗り上げつつあった。

 

 クロスベルと言う街に辿り着いたのはそのころだったかもしれない。ふと、偶然に入った劇場で声をかけてきたのがイリアさんだった。半ば強引に入れさせられたのを今でも覚えている。(イン)としての仕事も始めたばかりでどうなるか分からなかったけど入ってみた。

 

 うん、大丈夫。アルカンシェルは隠れ蓑として最適だわ。

 

 私のしている仕事は裏と言うか闇そのもの・・・、でもイリアさんは輝いていて少し羨ましかったのを思い出す。とても楽しいアルカンシェルでの演舞。でも銀として働くうちにどっちが自分か分からなくなって、泥沼の中でもがいている自分がいた。

 

 そんな時だった。私と同じ共和国東方人街出身の凄腕がクロスベルに来たというのを黒月(ヘイユエ)から聞いたのは・・・。それにアドルと言う男性も入国したのも人づてに聞いた。

 

 もしかしたらと兄さん?って思って嬉しくなった自分と違ったらどうしよう?と思う自分がいた。すぐに会うことはないだろうから保留でいいよねっ。

 

 って、考えていた自分が情けなくなりました。市長がプレ公演に招待されその護衛にその男性が現れたのです。公演に集中しなくてはと思っていましたがずっと誰かに監視されているかのような気配がしていました。どこかで見覚えのある眼差しと気配。

 

 公演も終盤に近づいたころ、市長が座っている貴賓席でいざこざがあったようです。遠目ではっきりしたことは分かりませんが、市長が傷を負ったようでした。そして・・・貴賓席の真下に座っていたはずの男性が何もない空中で跳躍し貴賓席に入っていくのが見えました。

 

 『あれは・・・く、空歩(くうほ)?東方人街のしかも(イン)(つら)なる初歩の移動技を使った?』

 

 少しと言っても一瞬ですが、公演の事が頭から拭い去られました。すぐに演舞を再開しましたが私の脳裏にはあの男性と、話してみたいという思いが強くなりました。それで支配人に伝えてその男性と話す機会を作ってもらいました。

 

 あとは、行くだけ・・・でしたが主賓の方たちから挨拶をされて中々、会いに行くことが出来ません。早く行きたいのに。待っててくれるかな。

 

 兄さん・・・、だと良いなぁ。でも避けられたらどうしようか・・・。今は会うことだけを考えよう。

 

 ――兄さん・・・、私はこんなに成長したんですよ?――





 どこが成長したと言うのは流してください。

 
 オリジナル技

 空歩=気を空中に固めて浮かせ、それを足場として用い移動する。


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すれ違い・表


 アドル視点です。


 

 結局、待たされた部屋で誰かと会う事は無かった。と言うか用事が出来たと言うのが結果だ。依頼主から殲滅業務を頼まれ、ほんの二千人の小さな組織を壊滅させるお仕事を待っててもらったのだから。

 

 再三、連絡が入りもう待っててもらうのも限界だったので、支配人には丁寧な断りの返事を伝えてもらって劇場を後にした。未練があると言えば未練があるのかもしれない。何度か振り返りながら歓楽街を立ち去った。

 

 会いたいと願った相手が、その部屋に来たのはほんの数分後だったと聞いている。すれ違ったわけだ。それでも俺は黒月(ヘイユエ)の仕事を受けたのだから果たさねばならない。

 

 「待ちくたびれたよ。来ないかと思った。おや・・・?少し不機嫌気味かね?」

 

 「すまないな。会いたいと言われて待たされたのに会えなかったものだから少し不機嫌だったかもしれない。それにしてもよくわかったね?」

 

 俺は仕事(暗殺)をする時には、手作りの狐のお面をかぶって仕事をしている。恨まれて逆襲にあったりしないための措置と言えよう。

 

 「それはそうさ。(イン)も同じような面を被っていてね。微妙な表情の変化には手間取らなくなってきたかもしれないよ・・・」

 

 冗談交じりに答えるのは黒月(ヘイユエ)の実質上の上司ツァオ氏だ。頭脳派と言われてきているが鍛えられている肉体は隠せない。多分、相当な武道派でもあるだろう。

 

 「それで・・・今日の仕事の内容を復習させてもらってもいいだろうか?」

 

 気分を変えるためにそう話を切り上げる。

 

 「そうだったね。最近、ルバーチェの様子が慌ただしいものになってきている。そこで、偵察任務とこちらにとって不利益を晒す組織だったら暗殺してもらえないだろうか?」

 

 「フム、偵察兼暗殺ってところか・・・?」

 

 「ああ、そうだね。君の評判は聞いているよ。何でも敵さんから≪狂喜乱舞≫と言う異名を与えられたそうじゃないか。その二つ名に恥じないように動いてくれればほかには何も言わないさ」

 

 「あんまり好きじゃねぇさ。だが、頼まれたからにゃあ殺るさね」

 

 その言葉を残して消え去るアドル。

 

 「・・・ふぅ、やれやれ。(イン)より手懐けられるかと思いきや難しいですね。それに私が闘っても勝てるかどうか。と言うかやられますね。先行きが地獄だというのは恐ろしいですね」

 

 『ツァオらしくない。弱気な発言だな』

 

 「おや、(イン)殿。遅かったじゃありませんか」

 

 「っ、そんなことはどうでもいい。私に仕事は無いのか?」

 

 「ええ、今日あなたに頼もうと思っていた仕事はありませんよ。来てもらってなんですが、帰ってもらって結構です」

 

 「・・・そうか。で、先ほどツァオと話をしていた人は誰だ?」

 

 「気になりますか?あの人は最近、黒月に協力している≪狂喜≫と名乗る人ですよ。まぁ、本当の名前なんてわかりませんが。そう言えば共和国東方人街の出身と聞いていますよ。(イン)殿と一緒の出身ですね?」

 

 「っ・・・・・・」

 

 「おやぁ?様子が優れないようですが、帰って休んだほうが良いのではないですか?」

 

 「そ、そうする。邪魔したな」

 

 少しふらつきながらも、銀は符を使ってツァオのもとから立ち去る。ツァオは一人ほくそ笑んでいたことを誰も知らない。

 

 

 ところ変わってアドルの眼前には数千人規模のルバーチェの末端構成員が並んでいるのが見える。

 

 「ここか?・・・・・・・・・・・・憂さ晴らしに丁度いい。――世のため人のため俺のため死んで貰おう――」

 

 石造りの建物の中には重機関銃、絵画、壺、その他の物品が所狭しと並んでいた。この先始まるオークションに出品するのだろうか。

 

 「まぁこれから無用のものになるのだし別にいっか。今日の気分はこれ。鋼糸(こうし)ー!面倒くさいから、バラバラでいいよねー」

 

 ちょっとハイになっているアドルだった。そして声を出していれば気づかれるのも当たり前と言えよう。

 

 「な、なんなんだ。貴様は?どこから入った?がはっ・・・」

 

 「う、うわぁぁぁぁ・・・ぎゃあああ」

 

 二人同時に四肢バラバラに切断されて、そこらの地面に散らかされる。

 

 「はぁはぁ、落ち着くぅ。・・・・・・ちゃっちゃと終わらせてミラ貰いに行きましょうか!」

 

 数刻後、生きているものは末端組織を統括している少し武芸に秀でた人物だけが残っていた。

 

 「な、何だよ。お前はっ!どうして機関銃を喰らっても無傷なんだよ!?」

 

 「ん~?見えないの。ほら、これだよ。俺の周りをキラキラしている糸、これでぶつ切りにしていったのさ」

 

 「そ、そうか。お前が≪狂喜乱舞≫かっ!」

 

 「それ、キ・ラ・イ♪」

 

 『か』の声がするかしないかで鋼糸で真っ二つにしたアドル。

 

 「少し気は紛れたかなぁ。ツァオに終わったって報告しないと。・・・・・・あ、ツァオ?終わったよ。報酬は明日取りに行くから・・・うん、うん。ではでは~」

 

 「さてと、今日やることは終わったし寝床に戻って祝杯でもあげようかなぁ~?」

 

 少し補足情報として挙げておくと、アドルは旧市街にある古いアパートに住んでいる。それが何を意味しているかと言うと、ばったり近隣の住民と出会う可能性もあるということである。

 

 やっと帰ってきたアドルの住居・・・・・・。そこには紙片と果物が置かれていた。

 

 

 ――こんにちは。私は二つ隣に引っ越してきた者です。お留守のようでしたので働き先で大量にもらった物を添えておきます。今後ともよろしくお願いします。  リーシャ・マオ――

 

 

 「はぁ~~。この広いクロスベル市でどうしてこんなに会う機会が増えるのかね?誰かの陰謀としか思えないんだけれど・・・。まぁ、いただきます」

 

 





 


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すれ違い・裏


 リーシャ視点です。


 

 「はぁ・・・・・・はぁはぁ・・・」

 

 私がこんなに急いでいるのはわけがあった。それは、公演中に一族にしか伝わらない技を使った男性が現れたからだった。支配人に聞くと、その人は市長の護衛に来た男性だという事しか分からなかったので、少し勇気がいる行為だったが直接会う事に決めた。

 

 プレ公演が終わってすぐにでも確かめたかったけど、それは無理だった。見に来てくれた人たちへの挨拶と言う仕事が残っていたからだ。イリアさんと、一緒になって挨拶をしていたが何度も心ここにあらずで心配をされた。私の表情ってそんなに表に出るのかなぁ・・・・・・。

 

 「そんな顔でお客さんの前に出ちゃダ~メ。ちゃんと原因があるんでしょ?だったらその原因を早く無くしちゃいなさい。それが済むまで戻ってきたらダメだからね?」

 

 イリアさんの提案により、一時的にその場を後にすることが出来た。イリアさん、ありがとう。それでも、その男性を待たせているのには変わりなかった。早く、早く行かなきゃ・・・。

 

 そしてその男性がいるであろう部屋の前に着いた。でもそこには支配人が申し訳なさそうな表情を浮かべていたので『あぁ、ここにあの人はいないんだろうな』と、すぐに思った。予想通り、部屋には誰もいなかった。あったのはテーブルの上に置かれた一つのメモだけ・・・。

 

 

  ――本当に申し訳ない。あなたと会えなくてすごく残念だ。だが、用事が出来てしまったので帰るしかない。また会えるのを楽しみにしている。   アドル――

 

 

 そのメモをギュッと握り締めてそのまま数分間立ち尽くしていた。

 

 我に返りふと、ツァオから仕事が入っているのではないだろうかと思い黒月(ヘイユエ)へと(イン)の格好で行くことにした。

 

 着いて早々、ツァオが何やら不思議な様子で考え込んでいたので声をかけることにした。

 

 『ツァオらしくない。弱気な表情だな』

 

 「おや(イン)殿。遅かったじゃありませんか」

 

 少し自分の内奥(ないおう)が見透かされたような感じがして慌ててしまった。

 

 「・・・っ、そんなことはどうでもいい。私に仕事は無いのか?」

 

 返ってきた返事は意外なものだった。それは・・・。

 

 「ええ、今日あなたに頼もうと思っていた仕事はありませんよ。来てもらってなんですが、帰ってもらって結構です」

 

 もしかして・・・さっき微かに感じた気配の持ち主と何か関係があるのかな。ちょっと聞いてみよう。

 

 「・・・・・・そうか。で、先ほどツァオと話をしていた人は誰だ?」

 

 「気になりますか?あの人は最近、黒月に協力している≪狂喜≫と名乗る人ですよ。まぁ、本当の名前なんてわかりませんが…。そう言えば共和国東方人街の出身と聞いていますよ。(イン)殿と一緒の出身ですね?」

 

 そ、そう言えばあの人も公演中に空歩(くうほ)を使っていたよね。ま、まぁ東方人街出身と言っても兄さんとは違うでしょ・・・多分。狂喜と呼ばれている人と市長の護衛をしていた人は別人だよね・・・。違うって言って?

 

 「っ・・・・・・」

 

 声にはならない声が出たのかもしれない。(いぶか)しむツァオの顔が正面にあった。

 

 「おやぁ?様子が優れないようですが帰って休んだほうが良いのではないですか?」

 

 これ以上ここにいたら、自分の心の奥底にあるものを吐き出してしまうかもしれない。ここは言う通り退散したほうがよさそうだ。

 

 「そ、そうする。邪魔したな」

 

 予め用意してあった護符を手に取り外部へと出るための、門を造って外に出る。

 

 「ふぅ少し暑くなっていたみたいだ。もう一度アルカンシェルに立ち寄って今日は家に帰ろうかな?」

 

 アルカンシェルに立ち寄ると、私のことを心配したお客さんから柑橘系の差し入れがあったみたいでそれをもらった。すると箱一杯にくれたみたいなので、おすそ分けで同じマンションの住民のみんなに分けることにした。

 

 「これであとはここの人だけだなぁ。確か少し前に引っ越してきた人でまだ会ったことがないんだよなー。夜だしいるよね?」

 

 ――コン、コン、コンッ――

 

 「いないのかな。物音一つもしない・・・。あ、そうだメモ置いておこう。えーっと・・・よしっ、こんなもんでいいよね」

 

 今日は色々な事がありました。プレ公演だけでもすごい経験だったのに、兄さん?って思う人に二度もすれ違って・・・・・・フフッ、疲れたけど近くに兄さんがいるみたいで少し安心した・・・のかな。

 

 「おやすみ・・・どこにいるか分からないお兄さん。でも・・・・・・いつかは会いたいなぁ」

 

 





 


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右手に金の薔薇、左側に・・・

 ヒロイン候補?


 「しっかし、このカードは何を意味しているんだか・・・」

 

 アドルが右手の指に(はさ)めて持っているカードは最近、ルバーチェから押収した物品の中に入っていた珍しいカードだった。どことなく高級感を漂わせる品は怪しさ満点だった。

 

 それにどこかで使う用途があるのかもしれない。誰かが悪戯で作ったものには見えなかった。それはカードに気品があるように思えたからかもしれない。

 

 「まっ、今日は記念祭初日だし少しぐらい仕事(暗殺)を忘れて騒いでもいいよね・・・。おや?」

 

 目の前には困った様子の二人の姉妹が立ち尽くしていた。

 

 「どうかしたんですか?」

 

 「へっ?」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 二人の様子は真逆だった。一人は抜けた妙な返事を返し、もう一人は返事を返した女性の後ろに隠れたのだ。

 

 「あ、怪しいものじゃないよ。目の前に困っている女性がいたから声をかけただけ。じゃ、じゃあこれで・・・・・・」

 

 ここで警察を呼ばれても怪しいのはこっちのほう。だからあまり深入りしないで(きびす)を返した。

 

 「待って下さい。あ、あのっ・・・」

 

 さっきの女性から声がかかった。

 

 「なんです?」

 

 「きょ、今日姉妹二人で休日を過ごしていたんですが時間が空いたのでどうしようか考えていたところだったんです。一緒に回りませんか?」

 

 「えーっと・・・・・・。本当にいいの?」

 

 「もちろん。ねぇ、お姉ちゃんいいでしょ?」

 

 「もぅ、フランがそう言うなら・・・・・・」

 

 「やったー。私はフラン・シーカーって言います。そしてこっちが姉の」

 

 「ノエル・シーカーです。よ、よろしくネ」

 

 「(か、可愛い・・・・・・)はっ、俺はアドルって言います。ちょっと見惚れていた」

 

 「ふえっ?ア、アドルさんったら、お世辞が上手ですねー」

 

 「ハハハ、それでこれからどこかに行くつもりだったのかい?」

 

 お世辞じゃないんだけどなぁ、と言う言葉をグッと飲み込んで話題を変える。

 

 「えっとー・・・・・・フラン。どこかない?」

 

 「え、お姉ちゃんがどこかに行きたいとかないの?」

 

 「じゃ、じゃあ、ブラブラしようか?実は俺、クロスベルに一時的に住んでいるだけでここの住民じゃないんだよー」

 

 肩をすくめて、そう言う。

 

 「そ、そうなんですかー」

 

 と、フラン。

 

 「そ、それじゃあ少し遠いですがミシュラムに行きませんか?保養地として有名なんですよ。どうですか?」

 

 少し考えてからノエルが思い出したかのように言う。

 

 「いいんじゃない、と言っても俺は全然分からないけど。二人に着いて行くよ」

 

 「じゃあ、行きましょう。港湾区から水上バスが出ているんです。アドルさん?」

 

 「ん?なんだい?」

 

 フランから呼ばれたのでそちらを向くと、手を差し出してきた。

 

 「手を・・・つ、繋いでくれません?」

 

 「えっ?」

 

 「ちょ、ちょっと、フラン?」

 

 「エヘヘ、男の人と行くなんてなんかデートみたいじゃないですか?らしいことしてみたい年頃なんですよ?」

 

 「お、俺は別にいいけど・・・・・・」

 

 と言ってから、ノエルのほうを向く。そこには地面を向いて表情が見えないノエルがいた。そしてバッとアドルのほうに近づくともう片方の手を握った。

 

 「あ、あのー。ノエルにフラン?君らは何を考えているのか全然分からないんだが?」

 

 「エヘヘ・・・・・・」

 

 「フフッ・・・・・・」

 

 含み笑いをされたところでアドルはかなりの鈍感スキル保持者。分かるはずもない。これの感情が分かる日は来るのだろうか。

 

 しばらくして水上バスが来てそれに乗り込んでも、二人は繋いだ手を離そうとはしなかった。周囲の男性陣からの冷めた視線は減るどころか、増える一方。歯ぎしりする音も聞こえてして物騒な雰囲気になりつつあった。

 

 「??な、なぁ。周囲の男らが睨んでるんだが。俺は何かやらかした?」

 

 「「えっ?(も、もしかしてアドルさんこの状況に気づいていないの)」」

 

 二人同時に返事をして、姉妹は目と目を見合わせ空を仰ぎ見る。

 

 「「はぁ~・・・(鈍感にもほどがあるでしょう・・・・・・)」」

 

 そして、呆れられた。

 

 「(ゴメン、二人とも。俺はそこまで鈍感じゃないよ。わかっているつもりさ。俺にはそれに答えを出すことなんてできないんだ)」

 

 まぁそんなこんなで、ミシュラムの波止場に着いた。

 

 「着きました!ここがミシュラムでーす!」

 

 フランが元気良く教えてくれる。やっと繋いでいた手を離してくれる。横にいたノエルも手を惜しみながらも、離す。もう少し繋いでいたかったかのように恐る恐る手と手が離れる。

 

 「もぅ~お姉ちゃんったらそんなにアドルさんと手を繋ぎたかったの?」

 

 「あっ、こら。フランっ!」

 

 「きゃあ~~」

 

 げんこつを振りかざしたノエルから逃げるかのようにクルッと回ってアドルの服の袖を掴む。

 

 「お、おいっ・・・」

 

 「だ、駄目だった・・・・・・?」

 

 フランは、目を潤ませ上目遣いで見上げる。

 

 「うっ・・・だ、駄目じゃあないけど。ホントフランって、恐ろしい子・・・」

 

 アドルは波止場に生えていた樹木に手をつき、女性の感情の難しさを実感していた。

 

 「・・・あのーアドルさん?そろそろ行きません?」

 

 ノエルが近づいてきて告げる。

 

 「そ、そうだな。ここから何か見れる場所はあるかい?」

 

 「ミシュラムと言ったらテーマパークがあるんですよ?でも一日では回りきれないので、近いうちに一緒に行きませんか?」

 

 「おっ、いいねぇ!」

 

 さりげなくフランが右側に近づき、手を繋ぐ。負けじとノエルも左側に来て手を繋ぐ。これが今日の定位置になったようだ。アドルも少しずつ慣れてきたのかもしれない。

 

 「じゃあ、次は何がある?」

 

 「レストラン、服飾店、アクセサリー店と・・・あとこれは見物するような場所ではないんですが、ハルトマン議長邸でしょうか」

 

 少しトーンを落として言うので最後は聞こえにくかった。

 

 「えっ、ノエル。最後に何て言ったの?」

 

 「ハルトマン議長邸があります。でもそれは観光スポットではありません」

 

 「へぇ。じゃあ一通り回ってみようよ。案内よろしくね!」

 

 「オッケーだよ」

 

 「分かりました」

 

 それからの時間はあっという間だった。レストランでは美味しい食事に会話を弾ませた。服飾店やアクセサリー店ではあまりの高級ぶりに目を丸くするシーカー姉妹がとても面白かった。そしてもう少しで帰らなくてはならない時になってアドルは。

 

 「今日は楽しかったよー。お礼と言う訳じゃないんだけど、ミシュラムに観覧車があるみたいだから一緒に乗らないかい?」

 

 姉妹の返事は二つ返事でオッケー。早速行くことにした。

 

 観覧車の内部では、アドルの正面に二人が乗り込み上昇してゆく。

 

 「それにしても・・・・・・」

 

 「どうかしました?アドルさん?」

 

 「何かあったの?」

 

 フラン、ノエルの順番に聞いてくる。

 

 「いやぁ・・・クロスベルに来て、こんな楽しい思いをするなんて夢にも思ってなかったものだからね。つい感慨深いものになったなぁってネ」

 

 「そ、そうなんだ・・・・・・」

 

 「アドルさんの目的って何ですか?何か探しているものがあるとか?」

 

 「ノエルは鋭いなぁ。さすが警備隊だわ」

 

 「私とアドルさんは初対面ですよね、どうしてそのことを知っているんですか?」

 

 「まぁ、偶然だ。マインツで魔獣被害があった時、支援課を装甲車で送ったろ?その時見かけたんだよ・・・」

 

 「私の事は見たことあります?」

 

 「フランは警察署で働いているんだろ?何度か入っていくのを見かけているよ」

 

 「エヘヘ、当たりですー。アドルさんは仕事何してるんですか?」

 

 「要人の護衛とか。色々・・・。まぁ敵対することはないだろ」

 

 って、言った瞬間ノエルの目の色が変わったのを見逃さなかった。

 

 「っ・・・・・・」

 

 そして俺は窓の外に目をやる。するとその方向には・・・。

 

 「へぇ・・・・・・」

 

 「何が見えました?」

 

 フランも続けて外を見る。

 

 「なんにも見えないじゃないですかー?」

 

 視力を増幅させて眺めた先には、最近潰した組織と同じ黒服の男性がハルトマン議長邸の周囲で、警備しているのが見えた。

 

 「湖面が夕日に照らされて綺麗だと思ってね・・・」

 

 「えーっ。ここに綺麗な子がいるのに浮気ですかぁ?」

 

 茶化したかのようにフランが言い放つ。

 

 「そうだったね。ごめんごめん。君たちの方が断然可愛いのにねー」

 

 それに対して真顔で返事を返すアドルに、赤面する姉妹。

 

 「あれ?どうしたの。風邪?」

 

 「「いいえっ!何でもないです!」」

 

 少し呆れ気味、不機嫌気味に返事を返された。そして観覧車が下降し到着するまでそのまま。

 

 「やれやれ。やっぱり女性って何考えているか分かんねー」

 

 あなたがそれを言いますか?

 

 そしてミシュラムから水上バスに乗ってクロスベルの港湾区へ。その帰り道は来た時と比べてあっというまだった。

 

 「それじゃあ・・・・・・」

 

 乗った水上バスの中から、港湾区に着いてもそのまま二人が不機嫌だったので、アドルは挨拶もそこそこに帰ろうとすると。

 

 「待って・・・」

 

 ――チュッ――

 

 

 フランに呼び止められたので振り向くと・・・・・・、何だか柔らかい感触がアドルの唇に、そして髪の毛の良い匂いが鼻をくすぐった。

 

 「フ、フラン・・・・・・?」

 

 「エヘヘ、今日のお礼だよ。お姉ちゃんはイイの?」

 

 「え、えーっと。それじゃあ、私もお礼に・・・・・・」

 

 ――ッ、チュ――

 

 いきなり飛びつかれてノエルがアドルの頬に軽く触るぐらいのキス・・・。

 

 「きょ、今日はありがとうねっ」

 

 「ありがとー。アドルさん、またねー」

 

 フラン、ノエルが次々に返事しアドルを置いて帰る。その場には呆然としたアドルだけが残された。

 

 「お、俺は二人からキ、キスされたのか?ど、どうして?俺にはその資格すらないというのに。ここに来ると過去を思い出してしまう」

 

 両手で顔を覆い、地面にしゃがみ込む。そして次に両手を離したアドルの顔には冷笑しか残っていなかった。今日、日中に見せた笑顔なんてどこにもないぐらいの冷たい、冷たい表情。

 

 「“D”。それに“叡智”か?()()君は後一歩に届かずに悔しい思いをするのかな?」

 

 ――ねぇ、キー○?――




 あれ?こんなはずじゃなかったのに、オリキャラが悪役になりつつある?今日はここまでの投稿と致します。


 読んで下さっている方たちに感謝を示したいと思います


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勘違い


 黒の競売会での出来事です。


 

 ―――ワタシヲミツケテ―――

 

 「ようこそ・・・歓迎します」

 

 「こりゃあどうも・・・今日は楽しませてもらうよ?」

 

 怪しまれないように、黒服に金薔薇のカードを見せて入場する。アドルのことを知っている大物はここにはいなかったらしく、普通に、裏社会の人間と思った黒服の番人はそのまま俺を中へと入れた。

 

 今現在進行形で、金の薔薇のカードを使ってハルトマン議長邸で開かれている黒の競売会(シュバルツ・オークション)に入ることができました。ここに来たのは八割方趣味と二割の興味本位です。

 

 「俺のカンとしてはなんか、面白くなりそうなんだよなー」

 

 それもそのはず、アドルの前には挙動不審のロイドとティオがいるのだ。ロイドは中流階級の兄。ティオはそれに着いてきた妹の役を演じているのだと推測できる。

 

 しかしこの二人の本当の目的は違うはずだ。この競売会は非公式で開かれ、警察も手出し出来ない深い闇の一角に過ぎないからだ。

 

 「しばらくは傍観・・・かな。一応、議長邸には目を向けているし」

 

 これはミシュラム全体ではなく、今いる議長邸限定で“氣”を使って不審人物の有無に気を配っているからだ。【邂逅・表参照】

 

 議長邸を眺めていると、どこかで見たことのある人に遭遇した。

 

 「キリカ・・・・・・?」

 

 「あらあなたは。ア、アドルさんでしたね?」

 

 「少し忘れていましたか?」

 

 「そ、そんなわけないじゃないですかっ。アドルさんはどうしてここに?」

 

 「招待カードを偶然にも手に入れましてね・・・。それで来たわけですよ」

 

 「そうでしたか・・・・・・」

 

 「それにしても・・・・・・」

 

 失礼に当たらないように細心の注意を払って、目の前に座っているキリカをまじまじと見る。

 

 「ど、どうかしましたか?アドルさん」

 

 「数年前に見かけた時よりもお綺麗ですね。正直驚いているところです」

 

 「ふえっ・・・?」

 

 これは嘘ではない。最初に見た時は可愛い女の子と言う雰囲気だったが、今では(あで)っぽい大人の女性へと成長していたのだ。正面にいて熱情的になるのは普通のことだった。

 

 「そ、そうですか。アドルさんですから嘘をつくとは思いませんので本当なんですね。かなり嬉しいです」

 

 手を口に当てて上品に微笑むキリカはとても美しかった。呆然としているのも不審がられるかもしれないので、楽しい会話を切り上げて立ち去ることにした。

 

 「キリカは共和国にいるのかい?」

 

 「ええ、大統領の直属で仕事をしているわ。アドルさんはどう?」

 

 「俺も、仕事しているよ。クロスベルではなくリベールが中心だけどね」

 

 「そうなの?あの・・・あなたはどうしてあの時・・・。いえ、もう過ぎてしまったことに口を出すのは無粋な事だと思うわ。だけどどうしても聞きたいことが一つだけ」

 

 「心配しなくても、またいつか会えるさ。悲しそうなキリカの顔は見たくないからね?」

 

 少し塞ぎ込みそうなキリカを励ますように両肩を手で挟み、顔と顔をかなり近い位置まで近づける。

 

 「ア、アドルさんっ?」

 

 「フフッ。少し、元気になったね・・・・・・。じゃあ、また」

 

 「もぅ・・・。アドルさんはいつも私を困らせるんですね。ええ、また会いましょう」

 

 勿体無い気もしたが、立ち去ったのには訳があった。それは、階上の部屋が慌ただしくなったと言う理由があった。

 

 「この場でロイドらに会ってもいいんだが、まぁそれよりも奥の部屋で何やら不穏な気配がするんだよなぁ。って言うかこの気配って(イン)?」

 

 それから少し経ってから中庭へと来た。会いたい人が来そうな感じがしたからだ。窓ガラスが砕け散る音が聞こえてきて誰かが飛び降りてくる。

 

 「よお。会いたかったぜ。最も、あんたの方はどうか知らないが………」

 

 アドルは狐の仮面を付けて相対する。そこには思った通りに銀がいた。

 

 「っ・・・。(キョウ)か?」

 

 「せーかいっ。珍しいところで会うじゃないか?」

 

 「あんたには関係ないだろ?」

 

 さっさと、ここから立ち去りたいらしく殺気を振りまきながら話してくる。

 

 「いいや、関係あるんだよ。あんたの素顔がどうしても見たくなってね」

 

 「・・・・・・そう聞いてイイですよって言って外すと思うか?」

 

 「ああ・・・外さないだろうさ。そこで譲歩して二つの質問だ。あんたはどこから来た?あと中身変わってないか?」

 

 「ッ・・・・・・。い、言ってる意味が分からない。私はお前、(キョウ)とおなじ東方街出身だ。それしか言い様がない」

 

 少し動揺していたのだろうか、答えた口調にはかすかに気づけるだけの少しの揺らぎがあった。

 

 「へぇ・・・。まだまだだね。口調の端々に同様が見られる。まぁいいか。ここで闘っても何のメリットもないしな・・・」

 

 言いたいことは言った、あとは知らないと言わんばかりに背を向けて立ち去って行く狂喜。

 

 「ま、待て!」

 

 静かな暗闇の中に(イン)の言葉が響く。・・・が、そこに狂喜(アドル)はもういない。

 

 「雰囲気が似てる。でもいるはずがない・・・。そろそろ私も帰ろう」

 

 少し時間をかけたようだ。議長邸が何やら騒がしい。マインツで見かけた、軍用犬の強化版が人々に襲いかかっているのが見える。支援課の面々がそれを撃退しているようだ。

 

 「おいおい、あれはやり過ぎだろ。一般人巻き込んでしまうのは後手だ。ロイドらに気づかれないように守っておくか。はぁ・・・」

 

 コキコキと関節を鳴らし、今にも一般人に襲いかかろうとしている軍用犬に退出願う。一言で言うと、怖がらせないように鋼糸で犬を引っ張って見えないところで切断しているだけの簡単なお仕事だ。

 

 「ロイドたちに混じって見たことのない男性と・・・幼女?・・・あぁ、キー○か。やっとロイドも声を聞いたって事でいいのかな?」

 

 水上バスの船着場まで無事に行くことができたロイドだったが、そこにまさかの人物が・・・。

 

 「あの熊づらは・・・。赤い星座とバトった時にその場の雰囲気で潰したキリング・ベア?もっと面倒なことになりそう」

  

 「はあはあ・・・」

 

 「てこずらせてくれたね・・・」

 

 「わ、若頭・・・?」

 

 「ククク・・・・・・ハハハ。味見だけのつもりだったが随分と楽しませてくれるじゃねえの!」

 

 少しダメージが通っているのかと思いきや、普通に立ち上がるガルシア。

 

 「チッ、化け物が・・・・・・!」

 

 吐いて捨てたかのようなランディの声が聞こえてくる。

 

 「クク・・・・・・・・・何を抜かしてやがる。ランドルフ・オルランド。てめぇだって同じだろうが?」

 

 「ッ・・・・・・!」

 

 「やっぱりそうだったか。大陸西武最強の猟兵団の一つ“赤い星座”その団長の息子にしてガキの頃から大部隊を率いて敵を殺しまくった赤き死神“闘神の息子”ランドルフ・オルランド!」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に対して無言を貫く。それは肯定の意を表すようだ。何か言いたいことをぐっと堪えるランディ。

 

 「赤い星座・・・聞いたことあります」

 

 どこで聞いたのか分からないが、ティオが話す。

 

 「まぁ、そのオッサンの言ってることは間違いじゃないな。その呼び名だけはヘドが出るぐらい気に喰わねぇが・・・・・・」

 

 「赤い星座と西風の旅団とは因縁の間柄。ここらで決着をつけてもいいんだぜ?」

 

 一触即発と言うところで、間の抜けた第三者が乱入してきた。

 

 「それもいいけど、ベア・・・俺とやらねぇか?」

 

 「・・・・・・お、お前はっ。あの時あそこにいただけで殲滅されかけた野郎!」

 

 「アドルさん・・・・・・?」

 

 エリィの声が乱入者の正体を述べる。

 

 「ハァイ~。ガルシア・ロッシ、あの時に受けた傷は癒えた?」

 

 「忘れもしねぇぜ。そう言えばあの時も赤い星座と闘っていたっけ。どうしてお前がいたんだ?」

 

 「別に深い意味はねぇよ。バルデルとバトってたらそのまま知らず知らずの内に巻き込んだだけ。はなっから眼中になしだよ。まぁ、あの時のあんたは弱かったし・・・・・・」

 

 「てめぇ、この・・・・・・」

 

 いきり立ちながら闘気を開放していくガルシア。

 

 「わっ、ビリビリするぅ・・・・・・」

 

 さっき、見た幼女がそう呟く。

 

 「こんなところで闘気解放ですかぁ?沸点低いねぇ。だけどまだまだだよっ」

 

 「なにっ!ガフッ・・・・・・」

 

 瞬地でかなりの距離を縮め、いきなりガルシアの胸元に現れ浸透勁(しんとうけい)を放つ。

 

 「はぁ・・・メンド。じゃあ、あとよろしく。もう少ししたらロイドらのお仲間が来るはずだから」

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 「何か用?ロイド・バニングス?」

 

 「助かったよ。明日以降に支援課の方に来てくれるとありがたいんだけど」

 

 「はぁ?お前は相手の目的も知らないのに呼び込むなんて。どうかしてるぜ。まぁ気が向いたら・・・」

 

 ロイドらはどうやって帰るのか、少しだけ興味が沸いていたが懐から取り出した符を一枚かざし長距離転移していった。

 

 「今の、どこかで見たような・・・・・・」

 

 「あれって、(イン)と同じような符じゃなかった・・・?」

 

 「「「「あっ・・・・・・そうだっ」」」」

 

 四人は同時に同じことを思った。アドルって(イン)なのか?と。それは遠からず当たっていると言えるだろう。過去に先代の符を数枚もらっており、それを自分で量産しているアドルだったので(イン)と同じ符だとしてもおかしくなかった。

 

 





 どうして競売会にいた幼女の名前を知っていたんでしょうか。それと愛される資格が無いと嘆くアドルの過去とは・・・。

 多分これから明らかになるでしょう。


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夜中の襲撃


 ツァオはアドルの正体を知っています。アドルもツァオと契約を結ぶときに正体をバラしています。


 

 事態が大きく進展したのはアドルが寝ている深夜の事だった。いきなり慌ただしくなる黒月(ヘイユエ)の建物。

 

 乱暴に押し入ってくる人物らはルバーチェ商会の黒服ら。キリング・ベアがいると思いきや、そこにいたのは下っ端のヤクザ。武装は重機関銃を乱射しながら黒月へと侵入しているが、何故か今までと違い強かった。

 

 「くっ、このままではマズイですね。しかしこれしきの事で(イン)(キョウ)を呼びつけるのもなんですから。私が出ます」

 

 決意を胸に武道派としての道を歩もうとするツァオがそこにいた。

 

 「でも・・・・・・これが終わったら(キョウ)にでも話をつけておきましょうか。情報屋として働いてくれるでしょうから・・・・・・」

 

 数時間後、黒月の建物は崩壊している所もあるが幹部らに怪我という怪我は見られなかった。ツァオの強さが際立った証拠だ。

 

 「終わったことですし、狂喜に連絡しておきますか・・・・・・」

 

 

 ――ブーン・・・・・・ブーン・・・・・・ブーン・・・――

 

 アドルのエニグマが枕元で振動する。しかしアドルのエニグマは音は出さない設定(マナーモード)なっていたのでそれに気づくことなく深い眠りに入っていた。

 

 ―はい、アドルです。緊急の用事でない方はそのままお切りください。ご用件のある方はメッセージをどうぞ―

 

 ―もしもし、(キョウ)ですか?ツァオです。朝一でいいですから、こちらに足を運んでくださるとありがたいです。と言うかこれは・・・留守電?よくそんなものをエニグマに付けていますね。まぁいいです。私は、心底疲れました。それではまた明日お会いしましょう―

 

 ―新規のメッセージは一件となりました。重要要件として保存します・・・。保存完了・・・―

 

 

 ~早朝~

 

 「ふあぁぁ・・・。よく寝たー。あれ、エニグマの留守電に一件用事が入ってる・・・。朝一で黒月(ヘイユエ)に来いねぇ。ツァオの声に切羽詰ったものを感じますのでさっさと行きますか。情報屋アドルとして」

 

 素早く着替えを済ませ、自宅を出て早朝の澄んだ空気を吸いつつ東通りを歩くが。

 

 「なにやら全体的に騒がしくなってます。それに警察が出張ってます。何かあったのでしょうか?」

 

 港湾区内に入るとその原因が分かった。襲撃されたかのような凹み具合が見受けられる黒月(ヘイユエ)がそこにあったからだ。いたるところが少し焦げており重火器の使用が認められた。

 

 「なるほど。だからツァオの声の調子がおかしかったんですね。玄関付近に警察がいるのはどうしようか・・・。見つかると面倒くさいので、ツァオがいるであろう窓から入ることにしよう」

 

 何食わぬ顔で水上バス発着場に歩いていくと、やはりそこは警察の姿などどこにもなく警戒度は低かった。そのまま何の苦もなく、壁づたいに窓までたどり着くと聞いたことのある声を確認した。

 

 「それをふまえて、率直な本音で話をさせてもらってもいいですか?」

 

 支援課ロイド・バニングスの声だった。

 

 「さすが、ガイ・バニングスの弟やなぁ・・・。遠回りをしない率直な言い方。これは捜査官向きだなぁー」

 

 「さすがはロイドさん。私の見込んだだけのことはありますね。いいでしょう。私も無意味なやり取りは好きではありません」

 

 ツァオもロイドの事は気に入っている様子。単刀直入に話し合いを始めるようだ。

 

 「ありがとうございます。お聞きしたいのは次の三つのことです。昨晩の襲撃者の事ですが、ルバーチェで間違いないですか?」

 

 「フフ・・・まずその可能性を疑いますか。ラウ、答えてあげなさい」

 

 「は。・・・襲撃者たちは覆面で顔を隠していましたが、間違いなくルバーチェの配下でしょう。武装が同じでしたし、何よりクセが似ていました。そういうものは簡単に偽装できるものではありません」

 

 ツァオの横に控えていた黒月(ヘイユエ)の幹部の一人ラウがロイドの問いに答える。

 

 「なるほど・・・」

 

 「少々()せないな。アンタら黒月(ヘイユエ)の構成員は、相当な武術家揃いと聞いている。一方、ルバーチェの方は戦闘のプロではあるが一人一人はアンタら程ではない。なのにどうしてここまで遅れを取ってしまったのか。あの“キリングベア”のおっさんでも襲ってきたのか?」

 

 ランディがそこで更に質問をぶつける。

 

 「いや、かの営業本部長は参加していないようでしたが。ルバーチェの中でも平均的な戦闘能力を持った者たちでしょう」

 

 「だったらどうして・・・?」

 

 「戦闘技術は並程度でしたが、力とスピードが段違いでした。重機関銃を片手で振り回して、力任せに突入してきたのです」

 

 ラウが付け足す。

 

 「なるほど。これがあのクスリの影響だとしたら全て原因と結果に結びつくんじゃないのか?」

 

 室内ではツァオが支援課の面々を威嚇しているのが聞こえてくる。

 

 「警察ごときに私の楽しみを邪魔されるつもりはありませんが・・・」

 

 少し愕然とした様子でロイドたちは黒月(ヘイユエ)を後にする。去っていった後。

 

 「フフ・・・これからが楽しみですね」

 

 「は・・・」

 

 「それにしても情報屋アドルとやらはまだ来ませんか?」

 

 「いや、もう来ているさ」

 

 ガチャッとツァオ後方の窓を開けて中に入り込む。

 

 「い、いつの間に・・・。今の話を聞いていましたか?」

 

 「ええ、ロイドが三つの問いを投げかける時ぐらいから聞いていました。それでこれからどうするんですか?」

 

 「まずは・・・様子見ですね。一応、ロイドさんには期待しているんですよ」

 

 ツァオはそう言うと含み笑いを浮かべて軽く、ラウとアドルに引きつった表情をさせていた。

 

 「それにしても・・・」

 

 ツァオはまじまじとアドルの顔を眺める。

 

 「な、なんです?」

 

 「(キョウ)の素顔がこんな整った顔をしているなんて知りましたよ」

 

 「見せてなかったっけ?まぁ、途中まで知った情報を伝えますわ」

 

 「お願いします。何か分かりましたか?」

 

 少し雰囲気が真面目なものになったことを悟ったツァオは、佇まいを直してアドルと対面する。

 

 「えーっと、ルバーチェが何かクスリらしき物を、バラ撒いているのを確認しました。クロスベルの住民がそれを懐に入れて商会内から出てくるのを見ましたが形相が普通と違っていました」

 

 「・・・と言うと?」

 

 「目は血走り、口を横一文字に閉じ猫背になって何やらブツブツと唱えているのを普通と言うでしょうか?言わないでしょ?総合的にふまえてジャンキーの様子と同じかもしれないです」

 

 「そうだね」

 

 「クスリの出処を知ろうとしていますが、支援課の後を着けようかと思ってます。何しろ、情報屋にそこまでの権限はないですから。訊問とか拷問とかは出来ますが」

 

 「そ、そうだね。そこらへんは任せます。そして黒月(ヘイユエ)の妨げになるような事を画策しているのであれば・・・」

 

 「ええ、分かってます」

 

 ツァオは右手を首元に持ってきて横にカッと引いた。邪魔になるなら処分しろって事を如実に伝えているのだ。

 

 「これから、私のエニグマは音が鳴らないようにしておきます。どこかに潜入中に鳴ってしまったらバレてしまいますからね。緊急の場合は数回鳴らしたあとに切って下さい。すぐにその端末から発された周波数を頼りに戻りますので」

 

 「やけに、慣れているね。それにアドルさんの通信器は、我々が持っているものよりも数倍高性能な気がしますね?」

 

 「いやぁ、これぐらいしないと白いハヤブサからは逃げられないんですよ。まぁ見付けられてしまいますが・・・」

 

 「白いハヤブサ・・・ですか。何やら秘密めいたものを感じますが聞かない方向にしましょう」

 

 尋ねたかったが肩をガックリと落としたアドルの様子に、これ以上詳しい話は聞けないなと思ったツァオとラウだった。

 

 「では、私はこれからロイドたちに影ながら同行します」

 

 「よろしく頼みます」

 



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ウルスラ病院


 アドルは決して悪役ではありません。ただし道を間違えたんじゃない?って思うようなやり方で目的を果たそうと必死です。

 ※多少の原作バレがあります。ですが、多少ですのでわからないかもしれないです。


 

 夕方、ウルスラ医科大学に行くためバス停に来たわけだが10分おきに出ているはずのバスが来ないせいで乗客が数十人並んで待っていた。そして市職員の話により、行ったはずのバスとも連絡が取れないということが分かる。

 

 更に不可解な事は立て続けに起こる。それはウルスラの教授の身元が怪しい証拠が揃ったということだ。

 

 「年貢の納め時が来たようだな?あいつは一人だけ浮いている存在だった。それに非人道的な実験を繰り返していた。断罪に値する」

 

 アドルも病院には早足と瞬歩をフルに使って急ぐことにした。その甲斐あってロイドたちが、病正面玄関から中に入るところを後ろから見ることができた。

 

 「あれは・・・(イン)?ははぁ、一緒に行くべきだとかロイドが提案したんだろうな・・・。生粋(きっすい)(たぶら)かし野郎め」

 

 索敵を開始すると研究棟の四階に気配を感じることが出来た。それと銀の存在も・・・。

 

 その場に佇んでいると少し寒くなってきたので、黒衣のポケットに両手を突っ込んでウルスラ病院を眺めてみる。暗がりにぼんやりと見えるその建物は、何かのシンボルのように思えた。

 

 それからすぐ研究棟四階の壁に張り付いた。それはヘイユエで話を聞いた時と同じことをやったわけだ。壁に張り付いた結果で室内の話を聞くことができた。

 

 「こちらの白いファイルも確かめてみよう」

 

 聞こえてきた声はロイドの声だった。どうやらすでにその部屋の主はいないらしい。置かれていた二冊のファイルを開いて確認しているところだった。

 

 「っ・・・・・・!」

 

 「こ、これは・・・」

 

 『ふむ、どうやら6年前の儀式の被害者か』

 

 ティオ、エリィ、銀の声が次々に聞こえてきた。ここから察するにティオは被害者の一人だったのだろうか。

 

 「外道が・・・・・・」

 

 「ごめん、ティオ。中を確認していくぞ・・・・・・?」

 

 「謝らないで下さい。どうかそのまま確認していってください・・・」

 

 震える声を隠すことなくティオがロイドに告げる。それはティオにとって一番辛い過去を皆に曝け出すことになるのだから。

 

 「(そうか、ティオは教団の被害者だったのか。だとするとあの人間の数倍の感応力を持ち、他人の気付かない音や導力波の流れ、属性の気配、人の感情や心の揺らぎを感じ取れるってのは実験のせい・・・か)」

 

 合点がいったようだ。アドルの中で、どんどんと失われていたパーツがピタッとはまってゆく。

 

  ファイルを一頁・・・また一頁・・・開く音だけがその部屋に響く。そしてどこかで見たことのあるような少女の姿が写真に写し出される・・・。

 

 「っ・・・・・・」

 

 「あはは・・・・・・この頃の表情に比べたらちょっとはマシになりましたか?」

 

 「ティオ・・・」

 

 「言うまでもないわ」

 

 「見違えるほど可愛くなったぜ・・・」

 

 自暴自棄にも取りかねないティオの言葉にロイド、エリィ、ランディが否定する言葉を出す。本当に辛いのはティオのくせにどうしてそこまで取り繕った返事をするの?と言わんばかりに・・・。

 

 「・・・お世辞でも嬉しいです。ロイドさん、どうか確認を」

 

 そしてまたその部屋には(ページ)をめくる音だけが聞こえてくる。一頁・・・そして一頁。

 

 「あ・・・・・・」

 

 「レンさん・・・・・・」

 

 「そう、やはりそう繋がるのね・・・・・・」

 

 『ふむ・・・・・・その娘もお前たちの知り合いか。当時、共和国の東方人街でも拉致事件の噂は聞いていたが・・・・・・。しかしよくもまぁ、これだけのことをしでかしたものだ』

 

 「・・・・・・」

 

 ロイドには何か考えているところがあるのか、一度目をつぶってからファイルをめくり続けた。

 

 そしてファイルの最後には真新しい写真が一枚挟まっていた。それはどこからどう見ても最近見た・・・いや、支援課のビルにいる笑顔が素敵な女の子だ。

 

 「ッ・・・!?」

 

 「キーアちゃん!!」

 

 「そんなっ・・・・・・」

 

 「野郎、まさかとは思ったが・・・・・・」

 

 ギリっとランディが奥歯を噛み締めた音が聞こえてきた。

 

 『・・・・・・例の競売会でお前たちが保護した少女か。この写真だけ新しいようだが最近撮ったと言う事か?』

 

 「ああ、多分そうだろう。クソッ、最初から知っていたのか・・・!」

 

 「俺たちがキー坊をここに連れて来た時、“ヤツ”は何食わぬ顔で検査入院を勧めてきたわけか」

 

 (イン)、ロイド、ランディの順に苛立ちを隠すことなく話す。と、そこに・・・・・・。

 

 「ふふっ、恐らくはそうでしょうね」

 

 その場にはいないはずの少女の声が聞こえてきた。

 

 『何・・・』

 

 皆が窓の方に注意を向けると、そこにはスミレ色の髪の少女が腰掛けていた。

 

 「君はいつからそこに・・・?」

 

 『気配を感じなかった。どうやら只者ではなさそうだな?』

 

 「ウフフあなたと同じぐらいにね。改めて自己紹介を・・・。見喰らう蛇(ウロボロス)の執行者No.ⅩⅤ殲滅天使(せんめつてんし)レンよ。お見知りおきを」

 

 「エステルたちから聞いたとおりか・・・。レン、これらの事について研究室の主の企てに結社も関わっているのか?」

 

 「いいえ、それはないわ。レンがこの地に留まっているのは個人的な理由によるもの。・・・ヨアヒム・ギュンター。聖ウルスラ医科大学准教授にしてD∴G教団幹部司祭。全ての儀式の成果を集めて闇に消えたグノーシスの開発者。これでやっとレンの知りたかったことが揃ったわ」

 

 「そうか・・・・・・」

 

 「あの白いファイルですか・・・」

 

 「“彼”の怪我も治ったし、お兄さんたちにも助けてもらった。この地にとどまる理由は一つだけになったわ」

 

 「えっ?」

 

 「エステルたちに会ったら伝えて頂戴。レンを捕まえられる最後のチャンスをあげるって。無駄な努力だとは思うけれど・・・・・・」

 

 「君は一体何をするつもりなんだ・・・?」

 

 「この地のレンは仔猫。気まぐれに観察するだけの存在。お兄さんたちを、邪魔するつもりも助けるつもりもないわ。でもまぁ一つだけ忠告を。あの子は多分全ての鍵。くれぐれも奪われないことね」

 

 「ひょっとしてキーアちゃんのこと?」

 

 「うふふ、それじゃあレンは行くね。皆様、良き夜を」

 

 レンはそのまま後ろ向きに窓の外へと落下する。そして轟音(ごうおん)と共に現れたのは、巨大人形兵器だった。それはレンを乗せ、みるみるうちに遠ざかってゆく。

 

 「(あら、あなたは?)」

 

 遠ざかっていくときにアドルの存在に気づいたようだ。しかしそのことはロイドたちに言う必要はないと結論づけてそのまま巨大人形兵器(パテル=マテル)に乗って空の彼方へと消えていった。

 

 それから国境警備隊が病院に到着し、銀は一時的共闘をやめそのまま立ち去った。・・・かのように見えた。しかし銀はさきほどまでいた研究室に舞い戻っていた。その理由は。

 

 『情報屋のアドル・M。やはりあなたの気配でしたか?』

 

 そこにはいるはずのないもう一人の人物がいたのだ。

 

 「(イン)か?俺は今忙しい。何しにきた?」

 

 『気配がしたので戻ってきました』

 

 「そうか・・・」

 

 それだけを言うとすぐに(あるじ)がいない部屋を見渡していた。

 

 『アドルらしくもない。どうかしたのか?』

 

 「お前には関係のないことだ。どうしてもと言うなら、煉獄の扉を開いて一緒に堕ちる所まで堕ちる決意をしてから横に立て・・・」

 

 殺気、覇気その他諸々をその部屋一杯に振りまいて(イン)を威嚇する。

 

 「っっ・・・・・・。カハッ」―ヒューヒュー―

 

 過呼吸になったのだろう、呼吸が一気に乱れその場に立てなくなり力無くその場に倒れ込んだ。いや、倒れこむその瞬間にアドルがその体を抱き寄せたがぐったりとしてしまった。

 

 「はぁ、またやっちまった。そこのソファにでも寝かせておくか?仮面・・・取ってみたいけれど、大体予想付いたし(イン)に関しては傍観貫くか。さてと・・・・・・」

 

 その部屋の本棚の裏に設置されている12桁の暗証番号を1秒もしないうちに叩き込んで秘密の部屋へと入っていく。ここはこの部屋の持ち主も知らない場所だった。知っているのはアドルと他数人だけ。

 

 そしてその扉はアドルが入ったのを確認すると、音を立てることなく閉まり本棚も元通りになった。その場には静かに息をする(イン)がいるだけとなった。

 

 ――認証中、認証中。我ガ主ヲ認証シマシタ――

 

 暗がりに自動で明かりが灯り、機械音が聞こえてきてアドルを認証した。ここは知られていない資料室とも言える場所。

 

 「今回で三度目か・・・。因果関係を操作して操作してやっとここまで来ることが出来た」

 

 ――一度目はマフィアから逃れることなく死亡――

 

 ――二度目は最終決戦でグノーシスを飲んだ相手に絞め殺されて全滅――

 

 「いよいよ・・・、パーツは揃った?ねぇ、キーア。俺は道も間違えたかもしれないけれど、キーアがしたいように手伝ってきたよ。でもっ・・・」

 

 そこで初めて表情を歪め、大粒の涙を流す。それは・・・。

 

 「キーアの記憶を、一度リセットして最初っからロイドたちと紡がなければならない記憶なんて・・・有り得ないでしょう。いや、それをキーアが望んだからそれを行なっただけ」

 

 自分の腕で体を抱き、更に辛い現実を言う。

 

 「俺はどうなる?俺はその二度の過ち、忘れてないんだよ。キーアの記憶を消した時も・・・ロイドたちが亡くなる時も・・・全部っ全部っ」

 

 そう、アドルにはキーアと同じような力があり、それを用いてキーアの心が壊れないようにいつも後始末をしていた。しかしそれはアドルにとって苦痛でしかなかった。アドルは、自分の記憶の消去ができないのだ。

 

 「ううん、俺は高望みしないんだ。キーアやそれに関係する皆が幸せになればそれでいいんだ」

 

 

 ――ねぇ、俺を育ててくれた両親、それに妹のリーシャ。俺はあなたたちと血繋がってないんだよ。知ってた?――

 

 ――それに・・・――

 

 ――この時代の人間じゃないの――





 最後のどんでん返し。あれあれ、こうなるつもりはなかったんだけどなぁ。突っ込みたい気持ちでいっぱいですが、この設定で行きたいと思います。


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閑話
閑話・リベールへ



 閑話を書いて碧の軌跡へと移ります


 

 俺が放心していたことと、クロスベル市にすぐ帰らなかったためか事件は終わっていた。教団幹部の死亡をもって・・・。俺はと言うと取るともの凄く嫌な予感がするエニグマを前にして硬直していたりする。

 

 そして現在進行形で、俺の頭上遥か空高くには見覚えのある白ハヤブサが旋回している。これはもしや。

 

 「出なきゃならない・・・・・・よね。はぁ~通信の相手が誰だか予想はついているんだよなー」

 

 十中八九・・・リベール王国の関係者からだろう。限定的に言うならば、女王かそれに類する者の関係者だと断言できる。黙っていてもどうしようもない、意を決したようにエニグマを取り話する。

 

 『もしもし・・・アドルです。どなたです?』

 

 『・・・・・・アドルさん。お久しぶりですね。お変わりないですか?』

 

 『そっ、その声はアリシア女王?ど、どうして・・・』

 

 『どうして居場所がわかったか、もしくは通信の相手が私で驚きましたか?』

 

 『両方です。居場所については頭上を旋回しているジークかと・・・あとはアリシア女王が私に何か用事でも?』

 

 溜息を一つ吐きながら、自分の不幸さを嘆いていた。

 

 『あなたに緊急な用事が出来ました。これからのリベール・・・いいえ、周辺諸国の問題に発展するかもしれません。ですからそちらでの用を済ませたら速やかに帰郷しなさい!』

 

 『・・・・・・』

 

 『異論は認めません。これはリベールにとっての一大事です。私は国民のためには手を汚してでも守る覚悟でいます。そしてその手段としてあなたを召喚したいとも思っているんですよ?』

 

 『その命令は脅しに聞こえますが・・・』

 

 『そう聞こえてもおかしくないかもしれません。空港に行くと、あなたの名前で座席を取っておりますので、その飛行艇でお早めにリベールにお戻り下さい』

 

 『退路は絶たれたというわけですか。・・・了解です。では早いうちに』

 

 エニグマでの通信を終えると、ドッと体中から汗が流れてきた。考えるのは嫌な別れ方をしたクローゼとユリアのこと。

 

 「脅しに聞こえてもおかしくないぐらい、切羽詰ったアリシア女王の発言。どうやら大事が起こりそうだ。こちらの事件がひと段落ついて良かった、では済まされないようだ」

 

 少しずつ荷物を纏めてリベールに戻る準備を始めたアドルだった。部屋の中の荷物が少なかったことも幸いして二日間で纏め終わった。近所の旧市街の方々に挨拶回りをすることも忘れずに行なったアドルだったが、その時にもリーシャには会えなかった。

 

 「いない・・・か?まぁこれが最後の別れでもないしいつか会えるでしょ」

 

 この時はあまり深く考えてもいなかった。この時少し歯車が狂っていったのかもしれない。

 

 次の日の午前中に空港からリベールに戻ろうとしたアドルだった。が、そこで同じくリベールに帰国するレンと他男女二人を発見した。ロイドたちに囲まれて嬉しそうに話しているのでそのまま空港の受付を済ませようとした。

 

 「いらっしゃいませ。どちらに行かれますか?」

 

 「ええっと、アドルと言いますが何か聞いていますか?」

 

 「・・・確認いたします。・・・搭乗手続きをされている方はアドル・マオさんですか?」

 

 フルネームを聞かれたので「そうだ」と頷いた。

 

 「聞いています。リベール王国に強制送還ですね。快適な空の旅をお楽しみください」

 

 と、少し笑いをこらえて言われた。

 

 「なんだかなぁ。強制送還ってあながち間違ってはいないが・・・。それにしても本当に一段落しちまったんだなぁ。ヨアヒムが犯人と聞いているが、黒幕は明らかになっていないしこれはまだまだ終わっていない・・・か」

 

 「あら、お兄さんもどこかに行くの?」

 

 後ろから少し幼い声が聞こえてきたので振り返った。

 

 「ん?ああ、レンちゃんだっけ?」

 

 「ウフフ、そうだけどお兄さんに名前教えていたっけ?」

 

 「・・・さすがに鋭いな。実を言うとあの時病院で聞いていたんだよ」

 

 「っ。そ、そうだったのー。そう言えば、パテル=マテルに乗って去る時に見たかもしれないわ」

 

 ここでの腹の探り合いは無意味と考えて真実だけを伝えた。

 

 「おや?レン知り合いかい?」

 

 もう一人、いや男女二人組がレンの後方から話に加わってきた。

 

 「知り合いって言うほどじゃあ無いわ。ヨシュア・・・。見たことのある人を見つけたからお話しただけよ」

 

 「そうかい。じゃあ自己紹介を。ヨシュア・ブライトって言います。こっちはエステル・ブライトです。もしよろしかったらあなたの名前も教えてもらっても構わないですか?」

 

 ちょいちょいと、手招きして呼んだ女性の名前も律儀に教えてきたヨシュア。

 

 「ああ、いいとも。俺はアドルだ。一応情報屋をしていた。ブライトって事はカシウスさんの関係か?」

 

 「うん、僕は養子なんだけど、エステルは実子だよ」

 

 「へぇ、よろしくね。三人とも!」

 

 「ええ、よろしくね。アドルお兄さん」

 

 「うんっ!よろしくー」

 

 「ところで・・・アドルはどこでレンを見たんだい?」

 

 「んー・・・?」

 

 「言っても大丈夫よ」

 

 少し答えに困る質問だったので曖昧に言葉を濁していたが、大丈夫だと言われたのではっきりと言う事にした。

 

 「実は少し前にウルスラ病院でレンと会ったんだ。と言ってもこっちが一方的に見かけた・・・・・・と言うだけだよ」

 

 「・・・・・・。ふむ、本当のことを言ってるみたいだね。少し安心したよ」

 

 「おいおい、ヨシュアは心配症だなぁー。仕事柄かい?」

 

 「・・・ま、まぁそういう事だね」

 

 「ヨシュアってば、ホントーに気を使いすぎだよー。今からそんなだったら、ハゲちゃうの早いかもよー?」

 

 「アハハハハ・・・・・・」

 

 「少しは気を抜いたほうがいいかもしれないな。ところでキミたちはどこに行くんだい?」

 

 「僕たちは王都に行くんだ。クロスベルで生じた出来事について、詳しい説明を求められているからね。アドルはどこに?」

 

 「君たちと同じ行き先だよ。はぁ~・・・・・・」

 

 嫌々そうに呟くアドルに驚きを隠せない三人だった。

 

 「ど、どうしたの?アドルさん?」

 

 「いや・・・戻ったら戻ったで、絶対面倒くさい事に巻き込まれるのは目に見えているんだ」

 

 「ふーん、そうなの?あっそうそう、話は変わるけどアドルお兄さんって何か武術はやっているの?」

 

 レンがあまり関心の無いのか話の話題を変えてくる。

 

 「ああ、少し嗜む程度だよ。自分の身を守るぐらい・・・」

 

 「そう?それ以上の武力はもっていそうだけど・・・。ね、ね。今度模擬戦やってみない?」

 

 「エステルには負けるよ。だからパス」

 

 「むぅぅ、そんなはずないと思うんだけどなぁ。嫌って言ってるししょうがないなぁ。機会があったらお願いネっ!」

 

 強引な娘っ子だ。少し顔が引きつったのを見られたかもしれない。

 

 「エステル!あまり無理強いは無しだよ」

 

 ヨシュアがエステルに歯止めをかける形でその話は終わった。

 

 「じゃあ、さ。一緒に王都を見物しに行かない?目的地は同じなんだしもっともっと親交を深めたいなぁ~・・・」

 

 「まったく、エステル君ときたら・・・・・・」

 

 「ウフフ・・・お姉さん。強引なんだから・・・・・・」

 

 ヨシュアとレンは呆れ気味ながらも止める気配は無かった。

 

 「ま、まぁ親交を深めるぐらいのことだったら。いいよ」

 

 「やったーっ!」

 

 はしゃぐエステル。だけど、ここが空港の中でそこにいるほとんどの乗客の視線を受けて縮こまるエステルがいた。

 

 「エステル・・」

 

 「ウフフ・・・・・・」

 

 「まぁたまにはこんな時間があっても困らないだろ・・・・・・それにしても。エステルたちよりもクローゼ達に会うのが少し億劫だなぁ」

 

 はっきり言ってあんな別れ方をしたんだから、クローゼとユリアに良い感情はもたれていないと思っているアドルだった。

 

 「さてさて鬼が出るか蛇が出るか。どっちもヤダなぁ」

 

 アドルが独り言のように呟いたその言葉は、はしゃぎ気味のエステルの声にかき消されて誰にも聞かれることは無かった。ただ一人の仔猫を除いて。

 

 「ふぅん、アドルお兄さんはクローゼ達と知り合いだったんだ。面白くなりそうだわ」 





 ダ○ンタ○ンDXの私服のランキングを見てたら「絶対にこんな格好でいかないでしょ!!」って言う私服が1位だった。


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閑話・女王との謁見と再会


 


 

 そろそろリベールに到着というところで、類例のないほどの異変に気づいたアドル。

 

 「フフッ、俺一人に対してここまでするかっ・・・?」

 

 「どうしたの、アドル兄さん?」

 

 俺の表情が曇ったことを覗き見たレンがそう尋ねてくる。

 

 「レンも気づいたかもしれないが、あれ見てよ・・・。リベール空港に尋常じゃないぐらいの王国軍親衛隊が結集してる。はぁ、どうやら俺にはゆっくり観光する暇はなさそうだな」

 

 「そのようね。お兄さんにレンも着いていったほうがいいかしら?」

 

 「嬉しいが、レンはエステルたちと一緒に後から来るといい。リベールも久しぶりなんだろ?」

 

 「ええ、そうね。そうするわ。気遣ってくれてありがとう。じゃあ、あとでね」

 

 レンの爽やかな声を聞きながら、これからどうするか最後まで足掻こうとしているアドルだった。しかし、その場所にいた人物を見て逃走することは止めた。それは数年前に嫌な別れをしたうちの一人だったからだ。

 

 飛空艇のタラップを降りて、すぐに王国軍親衛隊に囲まれたアドル。そしてその隊員らを掻きわけるようにして現れたのは紛れもないユリアだった。

 

 「・・・・・・アドル・マオでお間違いないですか?」

 

 「ああ、そうだ。間違いない」

 

 やや、緊張気味の声が向こう(ユリア)から聞こえてくる。少し大人びた声だ。そして目を見ると両目に涙を浮かべているのが見える。

 

 「・・・っ、ようこそ。リベール王都へ。到着してすぐの要請で申し訳ないが、すぐにでも女王に謁見してもらいたいのだが・・・。よろしいか?」

 

 ユリアはつぅーっと溢れてきた涙をさっと拭きその表情を隠し、取り繕って対応してきた。それを少し残念に思いながらも、こちらもそれ相応の対応を返す。

 

 「ああ、問題無いので早急に謁見したい。どうしてクロスベルにいた私が呼び出されるのか、疑問に思っていたのだよ」

 

 「それは私の口からはなんとも・・・。申し訳ありません」

 

 そう言うとアドルの前をユリアが歩き、左右と後方に親衛隊が囲むようにして歩き始めた。後ろでレンがニヤニヤし、おろおろするエステルの気配を感じながら・・・。

 

 数十分後、女王の謁見室の前にまで来ていた。少し待って欲しいとのユリアの声を聞いて今は一人で待っていた。

 

 「どうやら謁見室にはとんでもない人たちがいるみたいだ。この懐かしい気配はアリシア女王、クローディア姫、ユリア・・・それに強い気配。これは模擬戦で戦ったシードさん。あとは・・・確かリシャールさんだっけ?それにこのエステルと同じような気配はカシウス・ブライト?」

 

 なぜ自分が呼ばれたのか本当に謎が謎を呼ぶ状態で、混乱していた。自分が呼ばれたことにも気づかないぐらいに・・・・・・。

 

 『・・・ドル・マオ!・・・・・・アドル・マオ!謁見室に入室されよっ!』

 

 何度目か分からないが自分の耳に入ってきた大きめの声にハッと我に返り謁見室に入った。そこにはアドルを呼ぶ声に出し疲れたシードやリシャール、カシウス、ユリアが横に並び正面に女王とクローディアが座に座っていた。

 

 「ようこそ、リベール王国にいらっしゃいました。あなたの入国を心から歓迎します」

 

 「それはどうもありがとうございます。・・・それで私を早急に呼んだのには納得のできる理由がおありですか?」

 

 少し疲れていたのか女王の声にやや乱暴に返答してしまう。

 

 「貴様っ、女王の御前であるぞっ。(つつし)め!」

 

 リシャールの(とが)める声が響く。一瞬、その場は緊張に包まれたかのように静まり返る。

 

 「今は私と女王が話しているのだ。なぜ元犯罪者のリシャールが口出しするのだ?それに私は呼ばれた側ですよ?用事がないならそのまま帰りますが。よろしいんで?」

 

 イライラ感が否応なしに吹き出てしまった。苦笑いを浮かべるカシウス、ユリア、クローディア。

 

 「よろしいのですよ。アドルさんにも生活があったのに無理を言ってこちらに来ていただいたのですから・・・・・・」

 

 それに『脅し』があったと言うのは秘密にしておこう。

 

 「アリシア女王、話していただけますか?内容は私のことで呼んだのですか?」

 

 「ええ、それもあります」

 

 少し驚いた表情を浮かべながら女王はアドルに話す。

 

 「あなたの過去について知りたいのです。それと今現在就いている仕事についても・・・。私はあなたを咎めるつもりでここに招いたのではないことをまず最初に伝えます」

 

 「ふむ・・・。女王が言いたいことは分かりました。女王陛下の護衛任務を終了した時期から、今に至るまで人に誇れるだけの仕事をしたことはありません」

 

 その場が凍ったような感じに陥った。(おも)にユリアとクローディアの方向からだが。

 

 「そうですか・・・。今もですか?」

 

 「必要とあらば(あや)めることをしていますが」

 

 「それは困りましたわね」

 

 「どうしてです?陛下が何も思い悩むことなど無いではありませんか?」

 

 「それがね。もう少ししたらクロスベルのほうで西ゼムリア通商会議があるのよ。その護衛をアドルさんに頼めないかなと思っていまして」

 

 「昔のように私が護衛の職に就けるとお思いになっていますか?現実的に考えてそれは無理です」

 

 アリシア女王が言いたいことは、周辺諸国の重役らが一同に集まって介される会議での不安要素を少しでも取り除きたいために、アドルを雇いたいという訳だがアドルの行なってきた事に目を瞑るわけにもいかず苦闘しているといったところだ。

 

 「・・・ふぅ、今日はこの辺にしておきましょうか。アドルさんも疲れたでしょう。城の中に部屋を取りましたので、滞在中はそこでお過ごしください。あとどこかへ出かけるときには誰かに言ってからお出掛け下さい」

 

 「了解ですよ。アリシア女王。今も昔同然に、良くしてくださってありがとうございます」

 

 一礼して謁見室をあとにする。そのあと部屋からは、我慢できなかったのかリシャールやシードのいきり立った声が聞こえてくる。

 

 『私では不十分ですか?ユリアと以下親衛隊で事は纏まるのでは・・・?』

 

 『あいつはただの殺人狂ですよ!あんな奴に護衛を頼むんだったら、もっとマシな奴を雇うほうが良いに決まってます!』

 

 「聞こえてますよ。リシャールにシード。自分たちが過去に行なったことを忘れて、俺なんかにかまけていていいのですか?ここにいては精神的にダメになる可能性が高いので、どこか違うところに行きましょうか。庭園なんてどうでしょう・・・ねぇ、クローディア?」

 

 「っ・・・・・・」

 

 独り言のように呟きながら、しかし恐る恐る近づいてきた(クローディア)には気づいていたと言わんばかりに投げかける。

 

 「私は変わりました。昔のように戯れることができないぐらいに。私の両手は血にまみれています。あなたのような高貴な者に近づけないぐらいに・・・」

 

 「っ・・・。そ、そんなことない。あるはずがない。あなたが帰ってきてくれて私もユリアも感激しています。だ、だけど・・・」

 

 「だけど・・・なんですか?人というのは変わる存在ですよ。あなたと一緒にいた時と違って。私の両手は血で(けが)れてしまった。やはりこの話は無かった事として女王に上告しましょうか。って、クローディア・・・なんのつもりです?」

 

 話を切り上げて女王の元に戻ろうとしていると、クローディアがアドルの前に立ち塞がって両手で通せんぼをしている。

 

 「今日はまだ結論が出ないから一緒に時を過ごして欲しい・・・の」

 

 「それは(はた)から見ると愛の告白に思えますね?そんな気は更々ないのでしょうが・・・。一緒に来て頂けますか?クローディア姫。・・・それと、さっきからそこでモジモジしているユリアさんも一緒にどうですか?」

 

 「わ、私はモジモジなどしておらん!」

 

 「ユリアさん?どうしてここに・・・?」

 

 「ユリアも、クローディアに気づかれないように話を聞いていましたよ」

 

 「わ、私は殿下が心配で。そ、そうだ。見守りに来たのだっ・・・」

 

 「だけど、俺の話に一喜一憂してましたね?それについてはどう言い訳をするつもり?」

 

 グウの音も出ない正論にユリアはやっと呟きをやめた。そして・・・。

  

 「~~~~っ~~~」

 

 このすぐ後に見た、ユリアの赤面した顔は限定ものだった。そして、三人で手を繋ぎながら庭園まで行った。俺が二人の間に入ってクローゼ+俺+ユリアの順に手つなぎした。温かい二人の手がここに戻ってきたことを如実に物語っていた。

 

 二人の首元には、アドルが渡したネックレスが光っていたことをここに記しておこう。そのまま長い時間を思い出話を語り、話題が尽きるとただそこにいるだけに使った。話すのに疲れた様子だったのでそろそろお開きにしようと言うととんでもないことを提案しだした。

 

 「ねぇ。・・・ユリアと私からお、お願いがあるの」

 

 クローゼがそう切り出す。しかし、ユリアとクローゼはいつまで経っても話出そうとしない。

 

 「どうした。言いにくい事か?添い寝?お姫様抱っこ?口に出すことは、(はばか)られる事なのか?」

 

 アドルは茶化したように言う。そして、クローゼのわき腹をつつきながら促した。

 

 「う、うん。あのね・・・。アドルさんの膝に寝ても良い?」

 

 「はっ?そんなことでいいのか。焦って損したよ。ほらおいで二人とも」

 

 ポンポンと手で膝を叩き二人を()させる。二人は恐る恐る近づき、アドルの右膝にユリアが、左膝にクローゼがそれぞれ横になり静寂がその場を支配した。

 

 「ったく、いつまで経っても甘えん坊でどうするんだ?ユリアだって隠れファンが多いって聞くし、クローゼはクローゼで国民の上に立たなければならないのに・・・・・・」

 

 そう言いつつもアドルの口調は柔らかく優しいものだった。そしてそのまま二人は寝てしまう。

 

 「やれやれです。俺は、あなたたちが変わらず接してくれたことに感謝しているんですよ」

 

 風邪をひいては仕方ないので、アドルは着ていた服を脱いで二人の上に羽織らせた。そして様子を見に来た女王が、嬉しそうに微笑みながら写真を撮った時に二人が起きて騒動が起きたとか起きなかったとか。





 クローゼのことをクローディアと呼んでいるのは昔と違うクローゼにドギマギしているアドルの反応です。

 リシャールとシードの反応は過敏すぎるかもしれませんが、多分こうなるだろうなと想像しながら書いています。


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閑話・誤解と再び決裂


 今日は涼しい・・・。修正しながら書くのに楽です。


 

  ユリアやクローゼと話始めてどれだけの時間が過ぎただろうか。と言うか二人は俺の膝の上で眠りこけているのだが。すごく幸せそうな顔を見せているので、起こせないというのが現実だ。しかし俺たちを心配して見に来た女王のおかげ(?)で笑われもしたが自然に起こすことができた。

 

 「そろそろ戻ったほうがいいみたいだね」

 

 「そう・・・・・・ですね」

 

 「名残惜しいです」

 

 アドルの呼びかけにクローゼ、ユリアが答える。

 

 「でも、これが最後って訳でも無いでしょ?」

 

 「それはそうですが・・・」

 

 「明日から殿下には公務が待っているのです。時間が自由になるのは夜しかありません」

 

 「そっか、そっか・・・・・・。やっとクローゼも自分の道を決めて進むことができているんだね。単純に俺は嬉しいよ」

 

 クローゼが王族として進むことに対して心配しているアドルだったが、それを隠すようにして嬉しいと感想を述べた。

 

 「はぅぅ・・・。アドルさんがそう言ってくださると思ってました。私にはユリアさんや他にも、頼りになる方たちがいますので大丈夫です」

 

 「殿下・・・・・・」

 

 「ならどうして今更俺を呼んで護衛にしようと思ったんだか・・・。ねぇ、アリシア女王?」

 

 アドルの呟きは城内に戻ろうとしている二人には聞こえていないみたいだった。

 

 「アドルさん?どうかされましたか?」

 

 「いや、ちゃんとここに戻ってきたんだな。って感慨深くなっていただけだよ。さて城内に戻りますか。また心配されても困るだろうし」

 

 城内にいくと、ちょうどエステルと出会った。

 

 「あれ、アドルさん?城の中にいなかったけど、今までどうしていたの?」

 

 「エステルか。クローゼたちと話していたんだ。エステルは用事終わったのかい?」

 

 「あたしは終わったけどヨシュアとレンがまだ謁見してる。何だかアドルさんの事を話しているみたいだよ。何かやったの?」

 

 やけに長い話し合いなのでさすがのエステルも不思議に思ったようだ。

 

 「俺の職歴について話し合ってるんでしょ。多分。ユリア、俺は城内をブラついている」

 

 「承知しました。もう夜ですので、城外には出ませんように・・・・・・」

 

 「ああ、分かった。資料室にいる。調べたいことがあるんだ」

 

 三人と別れて向かった先は、城内に設けられている資料室。

 

 「フム・・・。さすがに沢山あるな。だが、俺が調べたいことがあるとは思わないけど。あったとしても少ないだろうな」

 

 ユリアと離れたことによって一人になれると思ったが、それは叶わぬ願いだったようだ。視認できない場所から監視されているような気配を感じる。

 

 「・・・・・・」

 

 俺が知りたいのは(イン)に関する資料。それと教団にまつわる事件やそれに類する事柄。

 

 「(イン)についての資料は無い・・・か。教団についてもウルスラ病院で確認した以上のことは出てきてないな。(それぐらいがちょうどいいかもしれない)・・・」

 

 資料に没頭していたのかもしれない。いつもだったら察知できるのにユリアが近づいていることに気がつかなかった。

 

 「何を読んでいるんですか?」

 

 「ユリアか?全然気がつかなかったよ」

 

 「いえ、私としては嬉しいですが・・・」

 

 何かもごもごと呟いたのでそれを聞くためにユリアに近づいた。その近づいた角度は、遠くから見たらキスをしていたように思えたのかもしれない。

 

 「ア、アドルさん?ユリアさんも何をしているのですか?」

 

 強張った口調が資料室の入口付近から聞こえてきたのはそれから間もない頃だった。

 

 「ま、待てって。クローゼ、お前は何か誤解してないか?」

 

 (きびす)を返して立ち去ろうとするクローゼだったが、ショックが大きいせいか何もない所で足をもつれさせ危うく転倒するところだった。それをギリギリのところで掴み転倒をさせないで済んだ。

 

 「や、痛っ。離して、逃げないから・・・」

 

 「嘘!絶対逃げる。クローゼの嘘は分かりやすいんだよ。ほら、今だって視線を逸らして目と目と合わせない・・・・・・。それは嘘の証拠。ちゃんと公務出来ているのか不安になってくるよ」

 

 クローゼから逃げようとする力が抜けていくので、それに合わせてアドルもクローゼから離れていく。

 

 「殿下。ご覧のように、私とアドルさんは何もしていません。殿下と交わしたあの時の約束を一度も(たが)えた事はありませんので・・・」

 

 「約束って・・・・・・?」

 

 今のユリアの言葉の中で、気になったセリフがあったので聞いてみる。

 

 「いえ・・・これは、私と殿下の間で交わしたものですのでおいそれと話すわけにはいきません」

 

 きっぱりと断られてしまった。そこがユリアの良いところだけど。

 

 「・・・・・・らい・・・」

 

 「えっ?」

 

 クローゼが何かを言ったが、聞き取れなかったので聞き返した。

 

 

「アドルさんなんて大ッ嫌い・・・」

 

 口から出た咄嗟の一言だったのかもしれないが、アドルの精神を深く傷つけるには十分の一言だった。

 

 「・・・・・・」

 

 三人で会話していた時に見せていた瞳の輝きが消え、濁った瞳へと変化するアドルの様子を見てクローゼも自分が言ったことの間違いに気づいた。しかし時間を戻そうと思ったとしても、もう遅い。

 

 「ア、アドルさん。殿下も本気でそう思っておられないはず。咄嗟に出た言葉でしょうから安心して下さい。ど、どうか気を静めて下さい」

 

  ユリアの必死な問いかけにも無表情、無反応を示すアドル。そしてその無表情で濁った瞳のまま出した言葉は・・・。

 

 「ええ、分かってます。知っていますか?言葉って、心で思っている本心が口から出てくるそうです。今の気持ちが分かりましたからそれで十分です」

 

 そう呟きながら段々と後ろ向きに下がっていく。握り締めた手からは鮮血が滴り落ちていた。

 

 「ねぇ、戻ってきてよ・・・。わ、私が悪かったから・・・・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 クローゼの強い口調にやっと足を止めたアドル。だが・・・。

 

 「何ですか?クローディア殿()()。これからアリシア女王の元に行く用事が出来たのですが?」

 

 偽の微笑みを浮かべたアドルに恐れを抱いているのかビクビクしながらクローゼは聞いてみる。

 

 「用事ってなんですか?」

 

 「仕事としてクローディア姫の護衛を引き受けると・・・そう伝えに行くんですよ」

 

 聞き間違えではない。はっきりと聞こえた。そして明らかな拒絶反応は愛称のクローゼではなく、クローディアと言った事から理解できる。

 

 「ど、どうしてそんなに濁った瞳が出来るの?」

 

 「それをあなたに教える義務はありますか?ありません。それでは失礼します」

 

 もう話すことはないと言わんばかりにそのまま離れてゆくアドルだった。アドルが、歩いていく廊下には握り締めた手から落ちたと思われる血が等間隔で滴り落ちていた。

 

 その場に残されたクローゼとユリアはただただ、追いかけることも出来ずに呆然とするしかなかった。

 

 「ねぇ・・・ユリアさん。私はどこかで間違ったのかなぁ?どうしていいか分からないよ」

 

 「殿下・・・。今は何を言っても無理だと思いますが、アドルさんも時間が経てば元に戻るのではないですか?」

 

 力無く床にペタリと座り込んだクローゼの呟きにユリアは、後ろから抱きしめて励ましそして一緒に慰めあった。

 

 ~アリシア女王私室~

 

 「夜分遅くにすみません。アドルですが今よろしいでしょうか?」

 

 「アドルさんですか。ええ、どうぞお入りなさい」

 

 「失礼します」

 

 親しき仲にも礼儀ありだ。アドルは勝手に入ることなく断ってから中に入った。

 

 「アドルさん、こんな時間に一体何の用ですか?」

 

 「申し訳ありません。すぐに失礼しますのでこれだけをお伝えしたく参上しました。私に対する結論が如何なるものだとしても、私は仕事として引き受けることにしました」

 

 「アドル・・・さん?如何なされましたか」

 

 「はい、なんでしょうか?」

 

 女王が(いぶか)しむような表情を浮かべながら聞いてくる。それもそのはずだ。さっきまでアドルには表情というものがあったが、今は真剣と言うより無表情だからだ。

 

 「やっと分かったんです。()と人は分かり合えないと・・・」

 

 「クローゼと何かありましたか?」

 

 「何もありませんよ。現在も将来もこれからそのままの関係を続けていくだけです・・・・・・」

 

 「分かりました。アドルさんのその気持ちを尊重した上で結論を出したいと思います。あとは何かありましたか?」

 

 「私にとって、ここに取って下さった部屋は大きすぎます。なのでここに滞在するのではなく、どこか都市内の宿泊施設に行くことをお許し下さい」

 

 「意志は堅いようですね、分かりました。あとは・・・勝手に消えないで下さいね?」

 

 やや諦めたかのようにアリシア女王は息を一つ吐き出し、それから許可を出した。

 

 「ありがとうございます。では失礼します」

 

 一礼してから部屋を後にする。そしてそのまま城を出てホテルに宿泊することにした。

 

 「これでイイんだ。これで・・・クローディアには余分な負担をかけてしまったけど、これからは負担をかけずに済む。これでイイんだ」

 

 人から拒絶されることには慣れているはずなのにどうしてこんなに胸が痛むのだろう。

 

 ――ズキン、ズキン――

 

 「ってぇな。悪ぃ・・・。ユリア、クローゼ。俺が淡い期待を抱いて近づきすぎた結果がこれだよ」

 

 





 さあ、歯科にいくぞ。続きの投稿は午後以降になります


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閑話・女王の配慮


 


 

 嫌な別れ方をした次の日の早朝。アドルは女王から呼び出された。

 

 「おはようございます、アドルさん。早朝で申し訳ありませんが、今からこちらに来ることはできますか?」

 

 「おはようございます。ええ、大丈夫です。もしかすると私の立場が決まったのですか?」

 

 「そんなところですが詳しい話はこちらに来てから話しましょう」

 

 そこで通信は切れた。

 

 「もう少しかかると思ったけど、意外に早かったな・・・」

 

 着替えてホテルを後にしアリシア女王が待つ城へと向かう。門番は分かっている様子でそのままアドルを通した。そして謁見室へと直接赴いた。

 

 「失礼します。アドル・マオただいま参上しました・・・」

 

 『どうぞ、お入りになって下さい』

 

 断りを入れて謁見室に入る。そこには同じようなメンバーが揃っていた。いないのはユリアとクローディア姫ぐらいだ。シードやリシャールは昨日のように怒り顔を見せてはいなかった。

 

 「私についての処遇が決まったと・・・?」

 

 一礼してから女王に尋ねる。

 

 「ええ、ヨシュアさんやレンさんからの話を聞いて、あなたについて少し誤解していたことに気づいたのです。ご自身で言うような冷酷なことはしていないと」

 

 「・・・買いかぶりすぎです。私はどう繕っても殺人者ですよ?」

 

 「・・・それでもです!」

 

 少し悲しそうな表情を浮かべながら、アドルを眺め違うと言い切った。

 

 「昨日はアドルの事をよく知らずに悪口を言ってしまって申し訳ない」

 

 リシャールとシードも詫びる。

 

 「別に私は気にしていませんから」

 

 「それでアドルさんの処遇ですが・・・・・・」

 

 「ええ、やっと本題ですね?」

 

 佇まいを正してアリシア女王が告げる。

 

 「アドルさんには護衛を頼みます。クローゼの横で護衛するか、影ながら護衛するかはアドルさんに任せますが一つだけ誓って欲しいことがあります」

 

 「なんでしょうか?」

 

 「それは全ての危険から守って欲しい・・・。ただ一つだけです」

 

 「分かりました。アリシア女王が、私のことを高く買って下さったのですからそれに答えたいと思います」

 

 「そうですか。良かった・・・」

 

 その場に漂っていた張り詰めた雰囲気が払拭(ふっしょく)され、やっと皆にも笑顔が戻った。

 

 「私はどのぐらいの立場になるのでしょうか?」

 

 「立場・・・ですか?」

 

 「例えばですけど、原因を作った犯人などに対してどの程度私の自由になるのか・・・と言うところです。尋問なり、拘束なりしてこちらに引き渡すような場合も想定しないといけませんし・・・」

 

 「そうですわね・・・。ユリアには准佐を与えていますので、アドルさんには非公式に中佐の位を与えておきます。リシャールさんたちもよろしいですか?」

 

 「構いません。そのぐらいが妥当と判断します」

 

 「私も妥当だと思います」

 

 リシャール、シードの順に告げてそのままアドルの地位が決定された。

 

 「あとこれをどうぞ」

 

 「何ですか?なになに・・・『この書状を持つ者に犯人やその疑いのある人物への尋問を許可する』って私が言いたいことは全て網羅していたというわけですか?敵いませんね、女王には」

 

 少し笑みを浮かべて答える。

 

 「そのほうがあなたにとっても動きやすいでしょう?」

 

 「そうですね。あと私に仕事はありますか?」

 

 「アルタイル市のほうに今は使われていませんが、疑わしい拠点があるそうです。早い内に搜索、もしくは壊滅をお願いしたいです」

 

 「拠点と言うと・・・。教団関係ですか?」

 

 「その可能性が高いです。リシャールさんからいただいた情報なので信憑性は高いと思います」

 

 教団関係と聞いて、アドルは少し顔を歪めた。無関係ではないからだ。

 

 「アドルさん?どうかしましたか?」

 

 「そういえば言ってませんでしたね。ユリアさんやクローディア姫が居ない間に言っておきましょうか。私と教団は切っても切れない関係ですよ」

 

 「「「っ・・・」」」

 

 誰もがグっと息を呑むのが分かった。

 

 「私は実験には関わっていませんが、教団の核とも言える人物と深い関係があることをここに告げておきます。これがこれから影響を及ぼすとしてもその子のしたいようにさせるだけです」

 

 「アドルさん・・・」

 

 「「・・・・・・」」

 

 アリシア女王はアドルの名前を呟くのが精一杯。あとの二人は青ざめた表情を浮かべた。

 

 「そんなに深刻に考えないで下さい。非人道的な事には一切関わっていないつもりですので。これからはどうなるか分かりませんが・・・」

 

 「それで君はいいのか?」

 

 リシャールの声が聞こえてくる。

 

 「えっ?」

 

 「君は人生を諦めていないか?僕には投げやりになって自暴自棄になっているようにも聞こえるのだが・・・?」

 

 「私はただ人と人とを結ぶだけですので、投げやりであると感じることがあっても仕方のないのかもしれません。それでもあなたたちが、思い悩むことではないんですよ」

 

 肩をすくめて三人に対して、言う。

 

 「そう・・・ですか。何か困ったことがあればいつでもおっしゃって下さって構わないんですよ?」

 

 「アリシア女王の心遣いに感謝を表したいと思います」

 

 そのまま一礼して部屋を後にした。このまま話を続けてもよかったが、今は会いたくない気配が二つ近づいて来ていたからだった。

 

 こうしてアドル・マオはクローディアの護衛を正式に引き受けることにした。アリシア女王の心温まる配慮により犯罪者と言うレッテルが貼られてもおかしくないのに、不問にしてもらった。

 

 アドルは、リシャールからもたらされた情報を頼りにアルタイル市へと急ぐのであった。今は使われていない拠点だったとしても存在すること自体が許されない場所だからだ。

 

 「見つけて潰さないと・・・。あれから機能していないと信じたいが、どうなっているか分からない状況で動くのは不確定要素が多すぎて怖い。聖杯騎士に頼るは最後の手段にしておくか。ルフィナに最近会わないけど何してるんだろうな?」

 

 少ない荷物を纏めてホテルの部屋を引き払い、空港からクロスベル市へそしてアルタイル市へ向かうことに決めたアドルだった。





 アドルはガイ・バニングスが亡くなったことは知っていますが、ルフィナが亡くなったことについては知りません。


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碧の軌跡~予兆~新たなる日々~
知りたくなかった事



 時間軸はロイドがアルタイルロッジを探索しているところです。


 

 リシャールの情報通りに、教団が使っていたと思われる施設を一通り見回ったアドルだったが大したものはなく結果はがっかりさせるものだったので憂さ晴らしを含めて火薬で爆発させた。

 

 その後、アルタイル市に戻ることになったのだが見覚えのある女性を見つけた。それは昔、模擬戦のような事をして痛み分けで終わった人物だった。それで声をかけることにした。

 

 「あのー・・・すみません」

 

 「はい?どちらさまですか?」

 

 「ごめんなさい、人違いでした・・・」

 

 振り返った女性は教会のシスター姿をしていた。両手には紙袋一杯の食物を入れて頬張っていたところだった。謝罪してからその女性の進行方向とは違う方向を向き・・・。

 

 「おっかしいなぁ。たしかにルフィナ(ねえ)だったと思ったのに」

 

 「っ!」

 

 後ろで息を呑むのがはっきり聞こえた。そして・・・。

 

 「あのっ!今、ルフィナと言いませんでしたか?」

 

 「へっ?た、確かに言いましたが・・・あのールフィナ(ねえ)の知り合いかなんかですか?」

 

 その女性はアドルの肩を強く揺さぶる。その影響で、両手に抱えていた紙袋が音を立てて地面に落下した。

 

 「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいっ!」

 

 「あ・・・ご、ごめんなさい。少し取り乱しましたね。私の名前はリース・アルジェントと言います。お察しの通り、ルフィナは私のお姉さんです」

 

 「すみません。取り乱させてしまって。俺はアドル・マオと言います。そうですか、道理で似ているはずですよ」

 

 「はい、こちらこそ。・・・それでですね、どうやって知り合ったんですか?」

 

 「まぁ、立ち話もなんですから時間が空いているようでしたらどこかで座って話しません?そちらの兄さんも一緒に・・・・・・」

 

 「えっ・・・?」

 

 「なんや、気づいとったんか?やれやれ・・・」

 

 飄々とした不思議な話し方をする青年も路地から出てきた。どうやらリースの知り合いのようだ。

 

 「ええ、こちらを窺う気配がしましたので・・・」

 

 「おお、兄さんやるなぁ」

 

 「ええ、それでどこかでお話しませんか?」

 

 「ええよー。そこらの軽食店で話そか」

 

 どうも軽い青年である。堅っ苦しくない話し方は共感を持てるが・・・。リースが慌てて落とした紙袋を拾い、数分歩いて歩道にイスとテーブルが置かれている店へとたどり着き腰をおろした。

 

 「・・・そうか、どこかで見たことのある武器だと思ったらルフィナの持ってた武器の種類なのか」

 

 「いったい、アドルさんはどこでルフィナと出会ったん?」

 

 アドルの呟きに咄嗟に問い尋ねる青年。

 

 「俺が出会ったのは・・・そう17の時だ。少し荒れていた時に引き止めてくれたのがルフィナさんだった。それから会ってないが今はどこに?」

 

 「・・・・・・」

 

 「・・・・・・殉職したんや。5年ほど前に」

 

 「そっか。惜しい人を亡くしたもんだなぁ」

 

 少しの間沈黙が続く。

 

 「二人は騎士団か?」

 

 「・・・っ。どこまで知ってるん?」

 

 虎の尾を踏んだのかもしれない。少し険悪な口調で尋ねてくる。

 

 「・・・昔会ったと言ったでしょ。それに腰に付いている七曜の紋章は、教会関係の人たちが持っている紋章だからな。そこからカマかけてみたんだよ」

 

 「そか。疑って悪かったな」

 

 あっさりと険悪な雰囲気を無くした青年。その横でリースは顔を青ざめさせてはいるが。

 

 「まぁ、騎士団や。隠しているわけではないがちょいとパンドラの箱を開きかけたでー」

 

 「面白い表現だ・・・。ところで、あなたからグノーシスの臭いがするんだが関わっているだろうか?」

 

 「あんさんはどこまで知っているんや・・・・・・」

 

 「はい、これ」

 

 話すのが面倒くさくなったので、アリシア女王から手渡された書状をケビンに見せる。

 

 「・・・あー、そういう事か。納得したでー。確かにさっきロッジに行ってたわ。そこで暴走寸前の男性を留まらせたっちゅう事をやってきたからかな」

 

 「そっか。そっちも手がかりなさそうだ」

 

 「アドルさんは何を探しているんや?」

 

 「相手があなたでも教えられないよ、それにいつかは・・・(敵対するかもしれないしなぁ)」

 

 「・・・そか。なんや、秘密にされると知りたくなるちゅーもんやがこの場はし仲良うなるだけにしとこーか・・・」

 

 「・・・そだね。それがいいかもしれない」

 

 青年は引きどころを考えて行動しているようだった。

 

 「・・・・・・ねぇ?」

 

 「ん、なんや。いきなり真面目な顔してからに?」

 

 「お腹空いた・・・・・・」

 

 ――グギュルルルルル――

 

 その場所にリースの豪快な腹の虫が鳴る。

 

 「「プッ・・・アッハッハッハ・・・・・・・・・」」

 

 二人は顔を見合わせて、同時ぐらいに爆笑した。さっきまでシリアスな雰囲気で会話していただけに、そのギャップに笑いが止まらなかった。

 

 ひとしきり笑ったあと、むくれたリースの機嫌を治すのに、大層な額のミラが吹っ飛んでいったのは確実だろう。

 

 「なぁ、アドルさん?」

 

 「どうしました?」

 

 「ここはワリカンでええか?」

 

 「俺にも原因はあるからワリカンにしておこうか・・・・・・」

 

 「おおきに!!」

 

 ホクホク顔で軽食店を後にする女性(リース)と、トボトボ歩く男性ら(ケビン&アドル)は数日の間、アルタイル市で話題になっていた。

 

 「なぁこれからどうするん?」

 

 「俺はクローディアの護衛があるから必要な時期に必要な働きをするよ。あなたたちは?」

 

 「ワイはクロスベルに行かないが、リースは行く」

 

 青年の横でコクンと頷くリース。

 

 「そうか。クロスベルで出会っても知らないふりをしようか?」

 

 「そこまではしなくてもいいけど、騎士団と言わなければ知り合い程度でなら構わないよ」

 

 「私もそれくらいなら大丈夫です・・・」

 

 「そっか。分かった。何かあったら連絡をしてもいいだろうか?」

 

 「ああ、それはこちらからも頼もうと思ってたところや・・・・・・」

 

 「いいの?」

 

 「少しでも情報は多いほうがええ。これからリースが行くクロスベルは魔都と言われているぐらい摩訶不思議なところ。ワイはお前の身が心配や」

 

 リースの肩に手を置いて心配している様子を示していたが、どうも適度さを越しているようなスキンシップだった。

 

 「おいおい、お二人さん・・・。そういうのは誰もいないところでやってくれや。さっきから町行く人の視線が痛いぜ」

 

 アドルはジト目で二人を見るのだが、あまり効果がないようだ。ハッと気付いたリースが彼のすねを蹴ってその甘甘な雰囲気を終わらせた。

 

 「ハハ・・・、すまんなぁ。ちょっと暴走気味やったわ・・・」

 

 「ご、ごめんなさい・・・。私も少し離れるからって神妙になりすぎたわ」

 

 「全くです。二人とも、そんなに離れるのが嫌なんですか?それはないですよね、騎士団として今までもやってきたんですから・・・」

 

 「・・・そうや。うん、君のおかげですこーし頭冷えたわ」

 

 表情が引き締まったものになった。これで彼は大丈夫だろう。時間も押してきたことだし、クロスベルに帰る準備にとりかかった。

 

 「・・・では、私は先に失礼します。・・・・・・リースさんも、ケビンさんもお気を付けてお過ごし下さい」

 

 「はい・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 リースは返事を返したが、ケビンは何かを考えるように真剣な表情を崩さなかった。一瞬、俺が何かやらかしたかな?と思うようになったが、いかんせん列車の出発時間が迫っていたのであまり気にも止めずに駅内に入っていった。

 

 

 ~その後の二人~

 

 「ケビン・・・、どうかした?さっきから表情浮かないよ・・・」

 

 「なぁ、リース?」

 

 「ん、なに?」

 

 リースも行く用意をしていたが、ケビンが声をかけてきたので一旦その手を止めてケビンの方を向いた。

 

 「俺、あいつに自己紹介したっけ・・・?」

 

 「・・・・・・してないと思う。私もケビンって言ってないし・・・」

 

 「あいつ・・・何者(なにもん)や?普通騎士団ちゅー言葉も出てこないはずやし・・・。要注意人物か?」

 

 「姉さんから聞いたという事はないかな?」

 

 「どうだろう・・・。まっ、用心にこしたことはない。大丈夫だとは思うけれどあいつの事もそれとなく見ててくれないか?」

 

 「うん、分かった・・・。ねぇ、ケビン?」

 

 ケビンの服の袖をギュッと握るリースの様子にドギマギしながら答えた。

 

 「な、なんや?ちょっとワイから離れるからって寂しくなったか?」

 

 「・・・・・・うん、そうかも」

 

 「えっ・・・?」

 

 まさかの返しに心臓の鼓動が激しくなったケビン。その心臓の音が外部にまで聞こえてきたら、辺り一面に大太鼓の音が激しく鳴り響いたかもしれない。

 

 「お守り代わりに・・・してもイイ?」

 

 「・・・・・・ああ」

 

 「ふふっ、ケビン何かされるかと思った?ねぇ、あなたの鼓動激しいわよ」

 

 「しゃ、しゃーないやろ!まさか抱きしめられるとは思わなかったし・・・」

 

 数分間、リースはケビンの胸元に顔をうずめていた。それはこれから魔都に向かうためのケビン養分をふんだんに得ているかのようだった。

 

 「ありがと・・・じゃあ、私行くね?」

 

 「ああ、きばりや。俺もあとから行くからな」

 

 名残惜しむようにリースがケビンから離れて、先程アドルが入っていった駅構内へと歩いて行った。それを先程、抱いた場所から歩かないで見守るケビンがいた。 





 ヒロイン候補募集中。

 現段階で決まっている組み合わせ

 ・ヨシュアとエステル

 ・ケビンとリース

 ・ロイドとティオ

 


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マリアベル・クロイス


 今回の話には碧の軌跡のネタバレがふんだんに含まれております。原作をこれからプレイされる方はお気を付け下さい。

 と言っても独自解釈のところもありますので、あまり危惧しなくてもいいかもしれないです


 

 アドルがクロスベルに着いたのは夕方になってからだった。クロスベル駅は閑散としていていたが、どこかで聞いたことのある声を聞いたのでそちらに意識を向けてみた。

 

 「・・・・・・大丈夫?どこか怪我してない?」

 

 見ると、記念祭中に両手に花状態でデートした姉妹が抱き合っているのを目撃した。その他にも支援課のロイドとエリィ、それとワジと呼ばれる青年を見た。これが新しい支援課のメンバーらしかった。キーアと呼ばれる支援課が保護した幼女もそこにいた。

 

 「キーアは元気だねぇ。でも俺は・・・・・・」

 

 関わってもネガティブな自分を吐露しそうだったので、反対側のホームに移って駅から退出することに決めた。行くところもあったしね。クロスベルを離れる前に行きたかったがそうできなかったので、早く済ませておこうと思った場所・・・・・・それはIBCだった。

 

 「口座に不明金が入っているから呼び出すか・・・。それにしたってクロイス家か・・・」

 

 IBCの玄関を通り、受付の女性に話しかける。

 

 「ようこそ、いらっしゃいました。どんなご用件でしょうか?」

 

 「こんにちは、要件は私の口座の内容について呼ばれたので参上しました」

 

 「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 カタカタと音を立てながら、端末を操作している女性を見ながら名前を伝える。

 

 「アドルです。アドル・マオと言います」

 

 「アドルさんですね。えっ、アドル・マオですか?少々お待ちください」

 

 受付の女性の手が小刻みに揺れ、動揺しているのがはっきり見える。どうしたのだろうか。

 

 「・・・。なんなんだ?」

 

 「お待たせしました。このキーを使って16階へ登り総裁室へお通りください。ご用件はそちらで伝えられるそうです」

 

 ポーカーフェイスに戻りきれていない女性の案内を聞きながら首を傾げるアドル。

 

 「ああ、ありがとう」

 

 どういう事?まぁ、会えばそこらへんの事情も分かるさ。

 

 エレベーターの内部に設置された装置に貰ったキーを通すと、静かな音を立てて上昇を開始した。

 

 ―――ポーン―――

 

 「ここか・・・・・・。おっ、いい眺めだなぁー」

 

 エレベーターを登って目的の階層に着くと、クロスベル市を一望できる窓があった。少し離れたところには新しいタワーがお披露目を待つ形でベールがかけられていた。

 

 「っと、待たせても仕方がないから早く行くとしよう・・・・・・」

 

 ――コンコン――

 

 『どうぞ、おはいりになって・・・・・・』

 

 少し若い女性の声がする。IBCの総裁はディータと呼ばれる人ではなかっただろうか。あっ、そう言えばあの人は市長になったもんなぁ・・・などと、考えながら部屋の中に入った。

 

 「失礼します。アドル・マオと言います。今日はどんな要件でここまで呼ばれたのでしょうか?」

 

 「ふふ、そう固くならないでください。受付では到底話せそうにない話でしたので、こちらまでご足労願ったというわけです。挨拶が遅れました。私はマリアベル・クロイスと申します。父が市長になりましたので仮ですが私が責任者となりました」

 

 「そうでしたか。自分と同じぐらいか、少し年下ぐらいの年齢でしたので驚いてばかりです。してお話と言うのは?」

 

 「ええ、アドルさんの口座に入っているミラの事です。口座が二つありまして片方が限度額の10億ミラ入っております」

 

 「へっ?」

 

 それは寝耳に水な状態だった。そこまで預金が存在していただろうかと不安にも思った。

 

 「そして、もう片方には7億5000万ミラ入ってます。どのようにそれだけの額を、集めることが出来たのかに関して理由をお聞かせいただけないでしょうか?」

 

 「・・・・・・」

 

 開いた口が閉じられないとはこのことだ。多分情報料が積もり積もったとしか考えようがなかった。

 

 「自分の仕事は情報屋です。一応それで納得してくれませんかね?」

 

 「詳しくなくても大丈夫です。犯罪に利用されていなければそれで構わないのです。それにしても貯めましたね?」

 

 「まぁ、知らぬ間に増えたとしか言いようがありませんわ」

 

 二人して苦笑いを浮かべながら話を続けた。

 

 「先程アドルさんは情報屋と言いましたが、どんな情報を持っているのですか?」

 

 「それはどの程度の情報です?」

 

 少し雰囲気が和んでいた状態から重苦しいものへと変化していたのでアドルもそれに倣う。

 

 「お任せします」

 

 「フム・・・。では申しましょう。マリアベルさんが返事しなくてもそれは肯定と判断しません。私が独り言を言うだけと思ってください」

 

 「面白いですわね。私のことはベルとお呼びくださって結構です」

 

 「ではベルさんと呼びます。ベルさんの家系、クロイス家に関してですが」

 

 「っ・・・。どうぞ続けてくださいな」

 

 動揺したように見えたがそれを追求せずに話す。

 

 「クロイス家は過去数千年に渡り錬金術を扱い続けている家系ですね。目的はデミウルゴス。七つあるとされている至宝の管理者であり、その再現しようと躍起(やっき)になっている。そしてキーアと呼ばれる少女はその為の手段・・・」

 

 「面白いですね。続けてどうぞ・・・」

 

 「ただの人間では無い。至宝再現の為の()(しろ)。そして500年前から揺り篭の中で眠りし人造人間(ホムンクルス)。その力は過去や現在に至る因果律の操作。それにより歴史は二度(・・)改変されている・・・。とまぁここまでですかね」

 

 「・・・どうしてそこまで知っているんですの?」

 

 「私は、暴露する気はあっても脅迫するつもりはないことを伝えておきますよ。それを踏まえたうえでお答えします」

 

 すぐにでも飛びかかってきそうなベルを横目で、見ながら落ち着かせようと和ませ言葉を紡ぐ。

 

 「これは、ね・・・。クロイス家でも把握していないことですが、七つあるとされている至宝は実は八つあるんですよ」

 

 「なっ、そんなはずは無いわ・・・」

 

 「あるんですわ。そしてその持ち主がそう言って(・・・)いるんですよ」

 

 狼狽(うろた)えるベルにそう言い放つ。

 

 「それでアドルさんは何を考えていますの?ここまでの情報を知っておきながら、何もしないということはないですよね?」

 

 「敢えて言うなら我が君を守ることだけに使いたいですね。それと大事な大事な妹を守るために・・・ね」

 

 「我が君?それに妹?」

 

 「私が仕えている人ですよ。それに妹に関しては最後まで言わないつもりですが・・・」

 

 「そうですか。では、私たちがこれからしようとしていることに気づいていると・・・・・・そう思っても差し支えはないですか?」

 

 「大まかにこうするだろうなー。ぐらいには・・・。しかしそれでも我が君と妹の害にならない限りは中立を保ちますので・・・」

 

 「そう・・・ですか?」

 

 突っ張る雰囲気を(ほぐ)しホッとした表情を浮かべる。

 

 「でも情報屋としての仕事っぷりだけでここまで知り得たとは信じられないのですが?」

 

 「・・・・・・それを告げるように出来る時まで保留ってことで」

 

 「分かりましたわ。どうやら生半可なことではアドルさんに敵わなさそうなので、今は満足することに致します。今日はご足労くださってありがとうございます。またいつでもいらっしゃってくださいね。少しあなたに興味が湧きましたので」

 

 立ち上がり挨拶をしようと振り返るとそこには、ウインク一つと妖艶な雰囲気を醸し出すマリアベルがいた。

 

 「お、おぅ。また来るよ」

 

 どもりながら返事を返すのが精一杯だった。これからこの物語はどのように転がっていくのだろうか。それはまだ誰にもわからない。

 

 





 リーシャ=本当の妹・・・でなくなりました。どうしましょ・・・。


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鬼との邂逅

 シグムントの口調が変わっているのはアドルに勝てていないからです。


 

 最近まで住んでいた旧市街の家まで戻ってきたアドル。一旦、契約を解除していたが戻ってくるような気がしていたと言う大家さんのご好意により、そのまま空部屋になっていたところにもう一度契約し直して住むことが出来た。疲れたアドルは最小限の荷物を片付けることもなくベッドに横になった。

 

 ・・・そして次の日の朝。けたたましく鳴るエニグマの音で目覚めたアドル。嫌々ながらエニグマを取るとダミ声の太い声が響いた。

 

 「おう、アドル・マオかい?俺だ、俺だ!シグムントだ!」

 

 うるさい声に一気に目が覚める。

 

 「あー、シグムント・・・・・・。ってシグムント・オルランドかっ?」

 

 「おーよ。懐かしいなぁ。元気にしていたかい?」

 

 「あんたの声を聞いて一気に目覚めたわ!」

 

 「ガハハハ・・・。それはそれはすまない事をした・・・・・・。で、今近くまで来ているんだが、会えないだろうか?少し話したいこともあるのでな」

 

 豪快に笑うシグムント。だが、空元気な雰囲気を出していることに気づきアドルはそのことに不安を感じた。

 

 「どうした?昔会った時よりも静かじゃねぇか?それも話したいことに繋がるのかい?」

 

 「・・・・・・お、おぅ」

 

 「フム・・・・・・。ではこれから再会でいいかい?」

 

 「助かる。では俺は西クロスベル街道をぶらついている。・・・は、早く来るんだぞ?」

 

 「フッ。ああ、またな」

 

 そう言う会話をして早々にエニグマを切った。

 

 「しかし、どうしてあんなに覇気が無いのだろうか。昔初めて会った時には覇気に溢れていたというのに・・・。会いたいなんて人間らしい事を考えるんだな」

 

 街道に出る用意をしながらそんなことを考えもする。その答えは再会した時に判明するであろうと考えそのまま準備を続ける。

 

 「そういやぁ、シャーリィは綺麗になっただろうか・・・?まぁ、あの胸だったら成長はしないだろうが・・・・・・」

 

 (よこしま)な事も多少は考えもしながら・・・。早歩きになりながらも久しぶりに会うシグムントとの初対面を思い出しもしていた。

 

 「懐かしいなぁ。まだあの時はオドオドしていたのに・・・。俺が不機嫌で出していた覇気にビビりながら自己紹介をしていたっけなぁ・・・・・・」

 

 「さすがにそれは忘れて欲しかったですが・・・・・・」

 

 「おっ?シグムントじゃないかっ。久しいなぁ」

 

 思い出し笑いをしながら一人で歩いている様子は、少し不気味だったのかもしれない。話しかけてきたシグムント・オルランドは引きつった表情を浮かべながらアドルの前方から歩いてきていた。

 

 「ええ、元気ですよ。私とシャーリィは・・・・・・」

 

 「って、事は元気じゃないやつもいるってことかい?」

 

 「はい、団長が逝きました・・・・・・」

 

 「っ。そっか・・・・・・。で、相手は?」

 

 「西風の旅団との一騎打ちで相打ちです。多分、満足して逝ったと思います」

 

 空を見上げて初めて死合をした時のバルデルを思い出した。あの豪快さが、もう二度と見ることは出来ないと思うと自然に涙が溢れてきた。

 

 「ありがたいことです。兄貴をアドルが覚えていてくれて・・・・・・」

 

 「忘れることは出来ないよ。俺と闘った相手なんだからさ」

 

 「ええ・・・・・・」

 

 しばらくの間、二人で上空を眺めその後思い出話や最近の情報を交換し合う。

 

 「そう言えばどうしてシグムントがここにいるの?」

 

 「えっ・・・・・・?」

 

 でも、俺のこの質問は想定外だったのかもしれない。尋常じゃない脂汗がシグムントから流れてきたからだ。

 

 「えっ・・・じゃなくてどうしてここにいるの?あんたがいるって事は他の連中もココにいるってことでしょ。さぁさぁ白状しなさい!」

 

 逃走を阻止するために、見えないように加工された鋼糸で両足だけ拘束しておく。案の定、次の瞬間走り出そうとしたからだ。だがすぐに鋼糸に阻まれて重そうな体は地面に這い蹲る。

 

 ――ピーン、ズダッ――。(鋼糸が張りシグムントが転げる音)

 

 

 「グエッ・・・・・・。こ、これはアドルの鋼糸?いつのまに・・・・・・」

 

 コントのようにスパーンと地面に直接土下座。痛めた顔面をさすりながら、目を凝らしてみると両足にアドルの武器である鋼糸が巻かれていた。

 

 「逃走防止にね。さぁちゃっちゃと白状しな。それとも尋問、拷問その他色々やっちゃてから口を割らせるほうが早いかもしれないだろうし・・・・・・。5,4,3,2,1・・・」

 

 「ま、待って・・・・・・。待って下さい」

 

 カウントダウンを始めると焦ったように口を挟んできた。

 

 「・・・・・・」

 

 地面にあぐらをかいているシグムントと同じ高さまで、つまりこちらもあぐらをかいて話を聞く体勢に移った。

 

 「西ゼムリア通商会議に関連して鉄血宰相に雇われました・・・・・・」

 

 「へぇ・・・。あの人も随分と派手なことを仕出かすもんだなぁ。で、それだけじゃないでしょ?」

 

 「へっ?それだけはっ、それだけは・・・・・・勘弁してくださいっ」

 

 ホッとしたのも束の間、次の追求には泣きが入ったシグムントだった。

 

 「ふぅん。まぁ俺に敵対しなきゃいいし。あ、あと会議中にリベールの代表に傷つけなきゃ別に関与しないよ。それ以外は中立を取るから」

 

 「それでいいのですか?」

 

 「ぶっちゃけ、リベール命だからね。あとは・・・その時に相対(あいたい)した時に伝えるからさ」

 

 「アドルさんがそう言うなら。こちらもそのように団員に伝えておきます」

 

 「お願いね。あ、あとクロスベルに来るのかい?他にもいそうな感じがするんだが?」

 

 「ええ、総出とまではいきませんが。八割がたの連中は一緒に来ていますよ。シャーリィもここにはいませんが一緒です。会いに来てやってください」

 

 「分かった、分かった」

 

 「では、俺はここで・・・失礼します」

 

 律儀にも頭を下げてからアドルの前から離れていく。行った方向はクロスベル方向だった。

 

 「へぇ・・・。少し力ついたみたいだね。これだったら闘い?できるかもな。その前に・・・」

 

 中途半端なところで話を切り後ろを振り向く。とそこには、大型魔獣が首をもたげていた。

 

 「待っててくれたの?・・・そんなハズ無いのは分かってるケドさ!タイミング良さげだから言いたくなるじゃん!」

 

 両手に鋼糸を展開し意識を集中する。

 

 「はあぁぁぁぁ・・・」

 

 「ギャアァァァッ!!」

 

 とても耳障りな魔獣の激昂が煩くて両手の鋼糸計35本でぶつ切りにする。

 

 「断罪(だんざい)・・・」

 

 「グアアアァァァァ・・・・・・」

 

 断末魔は次第に聞こえなくなり、そのまま綺麗に真っ二つに切り裂かれる。時間が止まったかのように裂かれたあとに緑色の体液が地面を滴り落ちて汚していく。

 

 「ま、こんなモンか?街道に出ているということはもしかして遊撃士か支援課で要請されていたりしてな・・・・・。そんなことはないと思っておくか」

 

 展開していた鋼糸を袖に仕舞い込み、歩くことを再開する。

 

 「これからクロスベルは難しい局面に陥ることになるだろうな。でも、俺は歩くのを止めるわけにはいかない。俺の妹の為とクローゼの為にも。あと俺に好意を抱いてくれる女性たちの為にも・・・」 

 

 その後、ノックス森林道へと進んで行ったがそこではランディがグノーシス漬けになった警備隊の連中を元に戻す手助けをしている以外は、特に変わった事はなかった。

 

 「やれやれ、ランディも甘くなったものだ。シグが見たらどう思うだろうか。赤い星座・・・、ランディの古巣と闘わねばならぬのか。それとも回避できるのだろうか。それも未だ暗闇の中にあるな」

 

 アドルは不思議な言葉を紡ぎながら、森林道を後にしてクロスベル市へと戻るのであった。

 




 ・断罪

 鋼糸を10~40本ほど操作して針のように刺す、もしくは切り刻むなど凡庸性の高い技。
 
 ・簡単な強さ表(一般人を10とする)
 

 アリアン・ロード220 兜割り後270
 
 アドル200 第二形態270
 
 シグムント170
 
 アリオス165
 
 シャーリィ120

 ランディ117 ランドルフ140

  


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最凶最悪な強者ども・・・

 


 

 やっとのことで、クロスベルに帰ってくることが出来たアドルは疲れた足を引きずって家路へと向かっていた。しかしここで新たな再会が待っていた。それは・・・。

 

 「アドル(にぃ)ーっ!」

 

 後ろからどこかで聞いたことがある声で呼ばれたので振り返った。厳密に言えば振り返ろうとしたと言うのが正しいだろう。(かす)かに甘く、それでいて濃厚な血の匂いを漂わせる少女に抱きつかれたのだ。

 

 「っ・・・。シャーリィ?」

 

 「うんっ。そーだよぅ・・・。もしかして忘れちゃったのかと思ってドキドキしてたんだぁー」

 

 あどけなさが残っている表情を浮かべてくるのはシャーリィ・オルランド16歳。天真爛漫の無邪気な性格をしているが、戦闘狂で“人喰い虎”に(たと)えられている。

 

 「昔と変わっているところと、変わってないところがあったからすぐ・・・ではないけど気づいたよ」

 

 「よ、良かったぁ。エヘヘヘ・・・。でもぉ、今の発言で気になったんだけど変わってないところってどこぉ?ま、まさかむ、胸・・・・・・とか?」

 

 「・・・・・・」

 

 シャーリィの胸が昔から比べて膨らんだとか無く、胸ぺたんなままだった。それで凝視していたのかその気配を察知したシャーリィからの冷たい視線に晒された。

 

 「胸・・・・・・無いの嫌い?」

 

 「いっ、いやぁそうじゃないよ!」

 

 

 全力で否定しても泥沼のような気がする。その証拠に今、歓楽街にいるのだが通行人の視線が突き刺さる。

 

 「私もエリィみたいにおっきかったらアドル(にぃ)に見てもらえるのかなぁ・・・・・・」

 

 ぐずりだしたシャーリィを見て通行人の視線が更に痛く、そしてヒソヒソ話が始まった。

 

 『いやだわ、あんな小さな子を泣かせて・・・兄弟かしら・・・・・・?』

 

 

 ――兄弟でないです・・・――。

 

 『それがねー。さっきの仲睦まじいのを見ていると付き合っているそうよー』

 

 ――付き合ってもいません・・・――。

 

 『そうらしいわね。と言う事は仲違いをして別れ話の真っ最中かしら・・・・・・?気になるわね』

 

 ――付き合いも無いのに別れ話なんてしてませんっ・・・――。

 

 「・・・・・・」

 

 「ぐすっ・・・・・・ぐすっ・・・。アドル兄ぃ。アタシじゃダメ・・・なの?」

 

 暑くないのにダラダラと汗が滴り落ちる。尋常じゃないぐらいの重圧がのしかかってくるようだ。さっさと場所を変えないと噂話のせいでここにいられなくなる。

 

 「わ、分かったから場所を変えるよ」

 

 「ふえっ?う、うん・・・。(アドル兄の体温が間近で感じられるー)」

 

 慌てふためいてもどうしようもないので、世間一般に言うお姫様抱っこをしてその場を切り抜けようとする。後ろから聞こえてきた声は全部無視しよう。

 

 『あら、いやだわ。さっきまで喧嘩していたのにすぐに仲直りして・・・。若いっていいわねー』

 

 『痴話喧嘩かしら?タイムズ紙に投稿しようかしら?』

 

 ――止めてっ、俺のライフはゼロよっ――

 

 

 場所を変えて・・・と言っても裏通りのバーに入ったわけだが、そこはさっきと違って落ち着いた雰囲気を出していた。ジャズのような音楽が静かに流れ、やっと話をする環境が整った。

 

 アドルの正面には今まで泣いていたはずのシャーリィが笑って座っていた。無邪気と天真爛漫と言う言葉が当てはまるように、人を(もてあそ)んでいたのだろうか?

 

 「・・・で。どうしてここにいるんだ?まさかお前も通商会議絡みか?」

 

 「んー。誰から聞いたの?」

 

 「シグから直接聞いて(尋問して)・・・」

 

 「そっかぁ。うん、そーだよっ!(聞いちゃいけない単語が聞こえたような気がしたけれども聞かないほうがいいよね・・・)」

 

 身を乗り出し顔をこちらに近づけてから言う。

 

 「ったく。戦争でもおっぱじめる気ですか?と言いたいわ・・・。はぁ~メンド・・・・・・」

 

 「っ・・・・・・」

 

 戦争と言った瞬間にビクッとシャーリィの肩が動いたのは気づかないふりをしておこう。面倒くさいからな。

 

 「ここにいる間の泊まるところはあるのか?」

 

 「も、もしかして(にぃ)といれる?」

 

 「いや。ただの社交辞令だ」

 

 「ぶぅぅ・・・・・・、ケチ~。ちゃんとあるよ。アド(にぃ)が心配するようなことは一個もないよ」

 

 「そっか・・・」

 

 そしてその返事を最後にしばしの沈黙が訪れた。

 

 「あっ、忘れてた」

 

 その静けさを打ち破ったのはシャーリィだった。

 

 「どした?」

 

 「行くところがあったんだ。アドル兄にも来てもらいたいんだけど・・・。この後って暇?」

 

 「遅くならないようだったらええよ」

 

 「ほんとっ!やったぁ♪」

 

 喜ぶ仕草を見ていると、年齢相応の無邪気な少女と言う言葉はぴったり当てはまるんだがなぁ。

 

 「あのねー。近くに商会?をもったのー!」

 

 「ん?商会だって?もしかしてクリムゾン商会のことか?」

 

 「うん、そう。って、アドル兄はもう知ってたの?」

 

 「一応、これでも情報屋やってるんだぜ」

 

 「そっかぁ・・・。兄の知らないことを教えて褒めて貰おうと思ったのにぃー」

 

 ガックリ肩をうなだれてしまった正面に座る少女。

 

 「まぁ、俺に隠せることなんぞ少ないと思うよ」

 

 気休めにもならない言葉を投げかける。

 

 「そ、そうだよね。カンは鋭いし情報網も広いから隠すこと自体が出来ないし。さっ行こー」

 

 気休め程度でも少し気分は上向きになったようだ。グイグイとアドルの体を引っ張り、バーの外へと連れ出す。そして向かう先は隣のルバーチェの跡地だった。そこにはシグムントと一応、初対面の青年がなにやら話し合っていた。

 

 「アドルも来てくれたのかい?」

 

 「シグ・・・・・・。シャーリィに連れられてねー」

 

 「ええっーその言い方じゃあ無理矢理連れてきたみたいな言い方じゃないの?」

 

 「だってねぇ・・・。ほら見てよ」

 

 そう言うとアドルは、ガッチリとホールドされた自分の左腕を見せる。そこには当たり前のようにシャーリィが両手で捕まっていた。

 

 「フム・・・アドルさんは嫌ですか?」

 

 「嫌じゃないが・・・・・・。そちらの人は一応初対面だね?」

 

 「ボクかい?そうだね、はじめまして・・・だね。あなたには知られていると思いますが、レクター・アランドールと言います。よろしくですね」

 

 「ハハッ。俺はアドル・マオだ。レクター・アランドール大尉・・・と呼ぶべきかな?」

 

 少し笑いながら会話を交わす。

 

 「シグがここの跡地を所有するとは・・・。少し意外だったよ」

 

 「まぁそれなりに・・・・・・レクターには頑張ってもらいましたから・・・」

 

 「詮索はしないでおくよ。それよりもよく見知った気配がこちらに向かってくるよ。多分ランドルフあたりじゃないか?」

 

 「そうか・・・」

 

 数分後、いきり立ったランディがこちらのほうに歩いてくるのが見えた。

 

 「伯父貴、シャーリィ・・・・・・」

 

 「あはははは、久しぶりだねランディ(にい)

 

 「2年ぶりか。変わってないようだな」

 

 やっとのことでここまで来た支援課のメンバーが合流した。

 

 

 「ランディ・・・!」

 

 「き、昨日の人たち・・・・・・!」

 

 「怪しい連中が揃い踏みか・・・・・・」

 

 ロイド、ノエル、ワジの順に話す。

 

 「ハハ、やっぱりこの彼氏。このオッサンの身内だったか・・・。そっくりな髪の色だったからまさかとは思ったけどよ~」

 

 アロハシャツのような服にサンダル履き、それにサングラスを頭に乗せたレクターが言う。

 

 「レクター大尉、どうしてあなたがここに?」

 

 「今回の買収について何か関係しているんですか?」

 

 ロイド、エリィがレクターに尋ねる。

 

 「ああ、ちょいと裏工作をね。いや~何とか黒月(ヘイユエ)のメガネを出し抜けてよかったぜェ」

 

 「ふふっ、楽しみだなぁ。東方人街の時は撤退したけど、今度は思いっきり遊べそう!」

 

 「東方人街・・・」

 

 「去年カルバートでやらかした黒月(ヘイユエ)との“戦争”か。なぁ伯父貴(おじき)、どうしてクロスベルに来た?いったいなにをするつもりだ?」

 

 「クク・・・ビジネスに決まってるだろう。それよりもランドルフ、貴様に伝えておくことがある。兄貴が逝ったぞ」

 

 「・・・・・・・・・ぇ・・・・・・」

 

 ショックで何を言われたのか分からないランディ。続けてシグムントが言う。  

 

 「半年ほど前だ。西風の頭と相討ちだった」

 

 「長年の宿敵同士の【闘神】と【猟兵王】の決着!もう、ホント凄かったんだから!」

 

 「・・・はは、そうか。・・・・・・あのクソ親父。最後まで戦いながら逝ったってことか。・・・満足そうだったろ?」

 

 「うん!すっごく楽しそうだった。あの時ほどじゃあなかったけど二番目かなぁ。いいなぁシャーリィもあんな相手が欲しいよ(アドル兄とはまだムリだけどねー。闘っても1分持つか・・・本気になったら持たないだろうなぁ)」

 

 「兄貴も悔いは無いだろ。・・・どこぞで迷ってる不肖の息子のこと以外はな」

 

 「・・・・・・!」

 

 「休暇は終わりだ、ランドルフ。いずれ話があるから、身体を()けておくといい」

 

 シグムントがランディに背を向け、買い取った建物の扉の方を向いてランディに話す。

 

 「それじゃあ、お疲れさん~」

 

 「またね、ランディ兄~。アドル兄はどうする?」

 

 「帰るさ。一緒に行くような雰囲気にはならなかったしね」

 

 今まで忘れ去られていたようなアドルにシャーリィが声をかける。そこにいた支援課メンバーは今気づいたようだった。

 

 三人はそのまま建物の中に入っていく。

 

 「ランディ・・・」

 

 「ランディ先輩・・・・・・」

 

 「あの2人、ランディの・・・・・・?」

 

 ロイドたちに、背中を見せた状態で俯き黙るランディにエリィ、ノエル、ロイドが順に声をかける。

 

 「ああ・・・」

 

 振り返りランディが更に告げる。

 

 「”赤い星座”の副団長、シグムント・オルランド。その娘で部隊長の一人、シャーリィ・オルランド。俺の伯父貴と従妹(いとこ)で・・・・・・最強最悪の戦鬼どもだ」

 

 「それにしてもどうしてここに貴方がいるの?」

 

 ふと気づいたかのようにエリィがアドルのほうを向いて言う。

 

 「シャーリィに拉致られてここまで連れて来られた。・・・それだけさ。ロイドは何やら勘ぐっているようだが、別調べられてやましい事はないさ。あとのことはランディに聞いたほうが早いと思うぜ」

 

 言うことを言うとさっさと(きびす)を返してその場を後にする。その場所には支援課の面々だけが残った。

 

 そしてその話の終わりを待っていたかのように、小雨だった雨は雷を伴った大粒の雨へと変化していった。

 

 その大粒の雨の中、ランディの慟哭が裏通りに響いた。

 

 




 お気づきのとおりシャーリィもヒロイン候補の一員です。


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アドルについて


 ランディ視点での話です。


 

 その日は足どりが重く、鉛のようになっていたがロイドたちは親切に俺を迎え入れてくれた。支援課のビルに数ヶ月ぶりに帰ってきたというのに感慨深いものなんて見当たらなかった。そんな時だった。

 

 伯父貴とシャーリィとの思いがけない再会で、戸惑う俺にロイドが話しかけてきた。

 

 「なあ、ランディ・・・?」

 

 「ん。どした相棒?」

 

 「あの場ではあまり関わらなかったけど、あのアドルと言う人物についてランディは詳しく知っているのかなって思って・・・・・・。今までも謎の多い人だったけど敵になるのか、味方になるのかはっきりしておきたいんだ」

 

 「お前・・・」

 

 「でも、俺たちはアドルについてあまり知らないしけれど。さっきのランディとの会話からするに、アドルと言う人物について少しでも知ってそうだったら・・・教えてほしい」

 

 「・・・分かった。俺はアドルに昔会っている。・・・と言うかそれは忘れられない遭遇だったんだ」

 

 「忘れられない遭遇・・・?先輩それはどういうことですか?」

 

 ロイドと話している時にノエルが加わった。

 

 「私も詳しく聞きたいわね」

 

 背後に般若のオーラを漂わせたお嬢(エリィ)も加わる。聞いてしまっては駄目な気がするがお嬢とアドルの間に何があったんだ?

 

 「俺が知っているアドルと言う男は一流の男だった。今もだが・・・。俺が初めて会ったときは“西風の旅団”と小競り合いをしている時だった。どこからともなく現れた青年・・・それがアドルだった」

 

 懐かしいなと言いながら昔話を始めた俺にみんなが聞き入っていた。

 

 「そして赤い星座の団長と互角の闘いをしながら、戸惑っているようでもあった。戦闘狂というわけでもなさそうだったが、強さは人間の限界を超えている強さだった。そして狂喜乱舞と言う二つ名を持っていた」

 

 「狂喜乱舞・・・?」

 

 「ああ、名前の由来ははっきりしていないが本人も嫌っているようだった。だからアドル自身が好きで付けたわけではなさそうだ」

 

 「私も聞いているとゾッとします。私たちと同じ人間という気がしません。人外なのではないでしょうか?」

 

 「ノ、ノエルさん?ちょっと言いすぎじゃないかなぁ?」

  

 「ノエルやお嬢の言い分もわかるけどなァ・・・。あれっ?」

 

 「ランディどうした・・・?」

 

 ふと思い出したような感覚に陥り、ロイドがすかさず聞いてくる。

 

 「あいつは誰かを探しているようだった。あとフルネームは・・・・・・」

 

 ――トゥルルルルルッ・・・トゥルルルル・・・・・・――

 

 俺が思考の奥に眠っている記憶を思い出そうとしていると、支援課に設置されている通信器がけたたましく鳴り響いた。みんなは俺の話に聞き入っていたので、ビクっと体を震わせたヤツもいた。それにその場の雰囲気に耐えられずに、その通信が入った時に深呼吸をした。

 

 まさか・・・。と思う気持ちはあった。確信・・・とまではいかないけれども、もしかして。

 

 ――ガチャッ・・・・・・――。

 

 『もしもし、こちらクロスベル警察・支援課ランディです・・・』

 

 『やぁ、ランディ。さっきぶりだねェ。元気にしているみたいで良かったよ』

 

 『っ、アドルさんですか?』

 

 俺の予想は当たっていた。なんだろうと後ろで見守っていた仲間にも緊張が走る。

 

 『そう、俺ー。妙な感じがしたから連絡してみたんだけど、俺の話してなかった?』

 

 『・・・。ええ』

 

 『そっかぁ。じゃあ、忠告だよっ!』

 

 ――この感覚の正確さはなんだろうか。見張っている・・・?いや、その推論は間違っているだろう。証明できない――

 

 『あーっ、見張っているとか考えた?残念だけど違うんだよなー。今は教えることができないんだけどいつかは教えるから・・・・・・ネ?』

 

 こちらが考えていることを的中させられて心底焦った。悪いことをしているわけでないのに咎められた感じ。それを押し殺すように冷静な口調にして聞く。アドルさんには気づかれているかもしれないけれどね。

 

 『な、なんでしょうか・・・?』

 

 『そんなに(かしこ)まらないで。言いたいことは一つだけ。俺のフルネームは伏せておいて。まだ確証が持てないうちに相手に消えられてもしょうがないし・・・』

 

 『やはり・・・』

 

 『やはりって・・・。昔の自己紹介を覚えてたんだね。まぁ、厳密に言えば違うんだけどネ。変な勘ぐりされてたら消すしかなくなるからね?』

 

 一瞬、寒気が走った。通信器越しに殺気を当てられたのだろう。頭のてっぺんから足の先までの、血液が凍ったような感覚に怖気(おぞけ)立つ。俺だけに当てられた殺気・・・。

 

 『っ・・・ええ、分かってます。用件はそれだけですか?』

 

 『もう一つ。確定しているんじゃないけど支援課は通商会議の時、警備に当たるよ?それだけ、じゃあね?』

 

 何を言われたのかわからなかった。思わず聞き返したけれど、通信器からは何の声もしなかった。言いたいことだけ言ってあっさり切ったようだ。

 

 「ラ、ランディ?」

 

 「・・・・・・どした?お嬢」

 

 振り返るとロイドたちが不安そうに見つめていた。エリィが代表して声をかけてきたみたいだ。

 

 「ランディの服。汗でびっしょりよ・・・・・・」

 

 「わ、ホントです。先輩の服が水をかけられたぐらいにぐっしょり濡れています!」

 

 ノエルも駆け寄ってきて服を見、そして驚く。俺も自分の服を手で触ってみた。あぁ・・・アドルさんの覇気に当てられて知らず知らずの内に汗をかいていたのか、と納得した。

 

 「ランディ・・・。大丈夫か?」

 

 「おっ、ロイド心配してくれるのかぁ。いやぁ嬉しいねェ・・・・・・。ああ、大丈夫だよ」

 

 「そうか、それならいいんだ」

 

 最初はおちゃらけていたが、ロイドの真面目な眼差しに俺も真剣になって答えた。

 

 「それでアドルさんは先輩に何を言ったんですか?」

 

 「アドルの暴露話してたのがバレた。あと恥ずかしいから昔のことはサラッと流してくれ。言わないで欲しいことはこれだー。って釘を刺されたよ」

 

 「そ、そうなんだ。ねぇ、ランディ?シャーリィって子と仲良さげに見えたけれどそこらへんはどうなの?」

 

 「ん、お嬢気になるのか?シャーリィは強い奴に一目惚れしているだけさ。お嬢が気になっているようなことは無いさ」

 

 よかったぁ・・・。と溜息をつくエリィを見て、本性知ったらどうなるんだろうと人知れず冷や汗を流すランディだった。

 

 「ともかく、アドルについての情報は欠けているところもあるけど、無視できるレベルではないってことだ。テロリストではないにしても心の片隅に置いておいたほうが良さそうだ」

 

 「まっ、そんくらいかな」

 

 「ええ、釈然としないけど分かったわ」

 

 「了解であります」

 

 ロイドの締めの言葉にランディ、エリィ、ノエルの順に答える。

 

 (それにしてもアドル・マオかぁ。リーシャとは兄妹か何かなのだろうか。ちょっと聞いてみたい気がするけれども、真相を知るのはまだ早いみたいだ。興味本位で近づいてしまうのも駄目だと言う訳か)

 

 思案するランディを横目で見るロイドだったが、先程とは違ってとてもリラックスしている様子だったので放っておいた。

 

 (支援課は警備に当たる?ま、まさかそんな予言みたいなこと言われても・・・ねぇ。これは分かるまで俺だけの中に秘めておこう)





 アドルの能力の一つ“真実の瞳”となります。これは予言まではいきませんが予測、予告、予報ぐらいの確率で近日起こる事が視えるというものです。

 アドルの強さについてですが研究レベルと戦闘レベルが超一流です


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碧の軌跡~西ゼムリア通商会議~
新しい教授


 ウルスラ病院に来た新しい教授のお話です。原作6割、オリジナル4割


 

 ――『西ゼムリア通商会議』各国首脳を招いた国際会議が、ディータ・クロイス新市長の提唱で開催されようとしていた。――

 

 ――同時にそれは、完成したばかりの新市庁ビルのお披露目を兼ねていた。通称『オルキスタワー』。地上40階、高さ250アージュとなる大陸史上初の超高層ビルディングは、今や大陸中の人々の関心を呼んでいた――。

 

 そして、各国首脳がクロスベル入りをし、オルキスタワーが公開される前日の事。支援課のメンバーも駆り出され、警察本部の対策会議に呼ばれていたのはアドルの知らないことだったようだ。そのアドルはどこにいるかと言うとアリシア女王と連絡を密に取っている最中だった。

 

 『それであなたは決めたんですか?』

 

 いつものように全てを知っているかのような落ち着いた口調が通信器から響いてくる。

 

 『ええ、決めました。私は姿を現してクローディアを守ろうと思います。それがどんな結果になったとしてもそうします!』

 

 『・・・・・・』

 

 通信器は少しの間、沈黙に包まれた。そして・・・。

 

 『分かりました。やっとアドルさんの気持ちも固まったようですし、私がとやかく言うような状態を乗り切ったということですね。とても喜ばしいことです・・・。ホホホ・・・・・・』

 

 『全く、アリシア女王だけにはいつまで経っても勝てませんね・・・。こうなると予想はしていたみたですし・・・・・・』

 

 『ふふふ・・・。全てが分かっていたわけではありませんが、あくまでもアドルさんの性格から分析した結果ですよ?』

 

 年の功と言うべきだろうか・・・、いややめておこう。アリシア女王と話した結果、気持ちが落ち着いたのは事実だ。その事を感謝して通信を終えた。アリシア女王のほうからクロスベルにおける護衛の追加のことは、クローディアに伝えるが誰が護衛なのかは伏せておく事にした。そのほうが面白いからと言う理由だ。

 

 

 「まったく、アリシアさんも人が悪いんだから。でも、クローゼとユリアと会う・・・のか?俺は心のどこかでまだ怖がっているんだな」

 

 

 しばしの間、目をつぶり黙想する。目を開けた時ふと用事を思い出した。それは聖ウルスラ病院に新しく着任した薬学・神経科の教授の確認だった。裏の社会にもヨアヒムの起こした事件は広まっており新しく来る教授がどんな人物なのか確かめて欲しいとの要望だった。

 

 「さて、行きますか」

 

 着いて早々、少し読みが甘かったのかもしれない。それは支援課のメンバーと鉢合わせをしてしまいそうになったからだ。支援課にも新しい教授に会う要請が来ていたのだろう。仕方がないので前回も行なったやり方で聞くことにした。

 

 聞こえてきた話は度肝を抜くものだった。

 

 「脳のリミッターですか?」

 

 ロイドの声が聞こえてきた。

 

 「よし、ここなら聞けるな・・・。ん、あれが新しい教授か。セイランド教授?知っているのが来たか」

 

 アドルの知り合いのようだ。どうして知っているのかは割愛させてもらおう。

 

 

 「そもそも人間というものは本来持っている身体能力の半分も使えないとされている。身体への負荷を減らすため、脳が引き出せる能力に無意識の制限をかけるからだ。このリミッターを外すことができるなら理論上その人間が持つ限界までの能力を、発揮できるようになるはずだ」

 

 「つまりグノーシスとは普段使われていない潜在能力を強引に引き出す薬というわけだね?」

 

 「その通り。無論、無意識にかかっていたリミッターを外せば、体への負担は相当なものだがな」

 

 ワジの質問に肯定する教授。

 

 「確かに教団事件後、警備隊のやつらは相当疲弊してたみたいだからな。しばらくは指一本も動かすのもキツイ有様だったようだし・・・・・・。まぁ、カンを取り戻すのも早かったが」

 

 「カンと言えば、高まったツキとカンを頼りにギャンブルで連勝をしていた人もいましたね。それと同時に性格や言動が豹変していたようでしたが・・・。それらもグノーシスが、脳のリミッターを外しているからで説明がつくのでしょうか?」

 

 ランディ、エリィの話が聞こえてきた。

 

 「うむ、そう考えていい。この薬には五感の働きを飛躍的に高める作用も確認されているからな。副作用として神経質になり、情緒不安定な状況になることも分かっている。それが凶暴な性格への変化につながるのだろう」

 

 「なるほど・・・」

 

 「確かに説明がつきますね・・・」

 

 ロイド、ノエルが相槌を打つ。

 

 「だが、あくまで生化学的に説明できるのはここまでだ」

 

 「え・・・・・・?」

 

 次に聞こえてきた教授の答えに一同動揺する。更に・・・。

 

 「いくつかの効能については非科学的としか言いようがない。具体的には、先ほども話に出たツキを呼び込むという効能・・・そして君たちも何度か目撃した魔人化(デモナイズ)という肉体変異現象だ」

 

 「た、確かに・・・」

 

 「そいつがあったか・・・・・・」

 

 「魔人化を引き起こすのは紅いタイプのグノーシス・・・。やはり蒼いタイプの物とは異なる成分だったんですか?」

 

 「それなんだが・・・・・・」

 

 エリィ、ランディ、ロイドの声に続いて教授は言いにくそうに言う。

 

 「実は蒼いタイプと紅いタイプのグノーシスには成分的に何ら変わりはない。少なくとも生化学的に考えてだがな」

 

 支援課とアドルを含め、6人に驚きが走る。

 

 「そ、そうなんですか?」

 

 「ああ、あの色の違いは精製時の処理の差によるものだ。主成分に何ら違いはないし、分子構成もほぼ一致している。にもかかわらず、紅いタイプは肉体変異などという説明不可能な現象を引き起こしている。正直、魔人化というのが君たちが恐怖のあまり見た“幻覚”と考えるのがしっくり来るぐらいだ」

 

 「いやそれはさすがに・・・・・・」

 

 「アーネスト秘書の魔人化はあたしも目撃していますし・・・」

 

 「判っている。だからここまでが限界なんだ。グノーシスと言う薬物の正体を生化学という分野からのみで解き明かすというアプローチではな」

 

 「なるほど・・・・・・」

 

 「最先端の近代医療の担い手にしてはずいぶん殊勝な意見だね?」

 

 ロイド、ワジが意見を述べる。

 

 「近代医療は万能ではないさ。こと心と魂の問題についてはな。そしてグノーシスはおそらく、それらと肉体を共鳴させるような何らかの働きを秘めているんだろう。多分、ヨアヒムもグノーシスの全貌は掴めていなかったに違いあるまい。教団に伝わっていた秘儀を元に試行錯誤しながら完成させ、量産化に成功しただけのはずだ」

 

 「確かに本人もそのようなことを認めていたような・・・・・・」

 

 「ああ、各地で行なわれた儀式のデータを元に、試行錯誤しながら完成させたと言っていた」

 

 「ふむ、やはりそうか。ヤツは有能で熱意もあったが天才というほどズバ抜けた発想の持ち主ではなかった。それが悪い方向に出てしまったか・・・・・・」

 

 「ひょっとして、ヨアヒムと個人的な知り合いだったりするんスか?」

 

 「ああ、ヤツがレミフェリアの医科大学で学んでいた頃の同輩さ・・・。それにもう一人の彼も・・・」

 

 最後の一言はロイドたちには聞こえなかった。しかし、アドルには聞こえていた。

 

 「彼女も覚えていたのか。ではあの時の処置は完全ではなかったということか・・・。まだまだ改良するところがありそうだ」

 

 

 部屋の中ではまだ話が続いていたがアドルは観察をやめることにした。

 

 「ここまででよさそうだ。どうやら新しい教授は知り合いだし、問題なしとしておこう。では、余った時間で病院内部を見学でも・・・・・・」

 

 これが懐かしい再会を引き起こしたのかもしれない。正面玄関のほうへ降りようとしたが、通路を間違えてしまい病院関係者の部屋へと通じる道を歩いていた。

 

 「いやはや、迷ったね。まぁ、どうにかなるでしょ・・・・・・ん?今、聞いたことのある名前を呼んでいる声がした・・・?」

 

 『ガイ・・・。どうして、どうして私を置いていったの?』

 

 「確か・・・葬式の時にロイドと一緒にいた女性・・・・・・?話をしてみよう、か」

 

 ――コンコン・・・――。

 

 控えめにノックしてみる。ハッと息を呑む音がしてほどなくしてドアが開かれた。

 

 「どちら様ですか?」

 

 「いきなりで申し訳ない。迷ってこの通路に出たとき、私の知っている知人の名前を呟いているのが聞こえて・・・ね」

 

 「・・・そうでしたか。はじめまして・・・ですよね?」

 

 「ええ、葬式の時あなたを見てはいますが直接会うのは初めてですよ。申し遅れました。俺はアドルと言います。よろしくです」

 

 「私の名はセシル・ノイエス。ここの看護師を勤めています。どうぞ入ってください」

 

 「失礼します」

 

 部屋に入ると本棚の所にセシル、ガイ、ロイドの三人で写っている写真があった。

 

 「へぇ・・・」

 

 「あなたとガイの関係って?」

 

 「私とガイは飲み友達ですよ。そうは見えないかもしれないですが」

 

 (いぶか)しむセシルにアドルは告げる。

 

 「21歳の時に仕事で知り合って、(なか)ば強引に酒を勧められたんです。あれほど楽しかったことは最初で最後だったのかもしれないですね」

 

 「そう・・・・・・」

 

 この後アドルは幾つもの思い出話をセシルに話して聞かせた。ほとんどが初めて聞くような話だったのだろう。アドルがガイの思い出を話す間ずっと、セシルは目を少し閉じたりして聞いていたことから、きっと思い出しながら楽しむことができたに違いない。

 

 少しの時間が過ぎた。部屋の外から気配がする。どうやらロイドたちがセシルの部屋にきたようだ。

 

 「っと、俺は帰るよ」

 

 「・・・楽しかったわ。また来て下さい。歓迎するわ」

 

 「ああ、またな」

 

 ドアを開けた時に鉢合わせしないように部屋の窓から外に出る。飛び降りると言ったほうが正しいかもしれにない。振り返るとセシルが手を振ってくれていた。

 

 ふとその時だった。セシルの背後にぼやけて映る女性の姿があった。

 

 「あれは・・・・・・」

 

 アドルの瞳が紅く染まる。そしてもう一度セシルを見ると・・・。

 

 「聖女ウルスラ・・・か。久しいな・・・。と言う事はセシルは聖女ウルスラ末裔か何かだろうか?」

 

 

 




 紅く染まった瞳で何を見る?【解析の瞳】

 ・効果

 物や人物の全ての有り様を見分ける。アーツであれば未確認のものであっても解析し、自分のものとする。クラフトでも同様のことを行なう


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意見交換と再来する白き翼


 遊撃士教会での意見交換の場に、アドルも呼ばれたと言う場面です。


 

 俺は、アリオスから意見交換をしないか?と誘われて遊撃士協会へと足を運んだ。そこに支援課のメンバーもいたことは少し意外だった。アリオスはまだ来ておらず、しばらく経ってからやっと登場した。

 

 ロイドたちとアリオスらを含めた面々で通商会議及び、黒月(ヘイユエ)と赤い星座についての情報交換を行なうことにした。

 

 「なるほどな。クリムゾン商会というのにそんな裏があったとは・・・」

 

 「最近帝都方面の情報が入りにくくなってたものねぇ。ありがと、たすかったわ」

 

 アリオス、そしてちょっと変わったクロスベル支部の受付ミシェルが答える。

 

 「いえ、お役に立てれば幸いです」

 

 「しかし“赤い星座”の情報はそっちでも掴んでいないわけ?ギルドって猟兵団と小競り合いをすることが多いって聞くけど・・・?」

 

 「確かに多いが“赤い星座”クラスの大物と事を構えることなど滅多にない。下手をすればお互い全面戦争になりかねんからな」

 

 ワジの(もっと)もな質問にアリオスが答える。

 

 「そこまで・・・・・・」

 

 「ちょっとした小国の軍隊レベルの戦いですね」

 

 「数ある猟兵団の中でも“赤い星座”は別格と言えるわ。大陸全土にコネクションを持ち、紛争の兆しあれば即座に介入して自分たちを高く売り込む・・・。同じ猟兵団で匹敵しそうなのは“西風の旅団”ぐらいかしら?」

 

 受付嬢?もとい受付男ミシェルが知っている情報を告げる。

 

 「確か、ルバーチェの若頭の古巣だった場所だっけ?」

 

 「あっちもあっちで歴戦の猛者(もさ)どもが集まる猟兵団だ。特に“猟兵王”と呼ばれたトップは化け物みたいなヤツだったが・・・半年前に“闘神”うちの親父と相討ちになったらしい」

 

 ランディが苦々しく吐き捨てるように話す。

 

 「ランディ・・・・・・・・・」

 

 「ふむ、色々あったみたいだな」

 

 「一応、ギルドでもその情報は把握しているわ。ちなみに現在“西風の旅団”は活動を休止しているそうだけど“赤い星座”のほうは相変わらず、精力的に活動しているみたいね?」

 

 「伯父貴が残っているからなぁ。赤い星座の副団長、赤い戦鬼(オーガ・ロッソ)シグムント。闘神と猟兵王に匹敵するほどの化け物だ」

 

 「その三人は特に有名だろう。話を聞く限りでは俺ですら太刀打ちできるかどうか・・・」

 

 アリオスの弱気な発言にアドルを除く支援課メンバーに驚きが走る。

 

 「そ、そんな“風の剣聖”が太刀打ちできない?」

 

 「あんたも強いが伯父貴は化け物だ。殺り合うとすればお互い無事ではすまないだろう」

 

 「ああ、場合によっては敵対することも考えておかねば。だが、現時点での問題として彼らがなんの目的でクロスベル入りをしたかだが・・・」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 ランディがちらりとアドルを眺めたような気がした。『何を知っている?』と言わんばかりに。だがすました顔を崩そうともしないアドルに諦めたのかみんなと一緒になって考えに没頭する。ふと、何かを思い出したかのようにミシェルが口を開く。

 

 「一つ気になる情報があるの。共和国方面でアリオスが掴んでくれたんだけど・・・・・・」

 

 「えっ?」

 

 「どんな情報ですか?」

 

 「ああ、黒月(ヘイユエ)に関するものだ。どうやら現在、共和国政府が“黒月”の長老たちと何かの取引を行なっているそうだ」

 

 「それでね。もうひとつのポイントなんだけど、その取引を主導したのがキリカ・ロウランって女性なの」

 

 「へぇ、黒の競売会で見かけた黒髪のお姉さんか」

 

 「(っ・・・キリカ、一体何を企んでいる?)」

 

 アドルの顔が一瞬曇ったが、誰にも気づかれずにその顔を無表情に変えた。横ではアリオスが遊撃士協会と深い縁のある女性であることを述べているが、思考の渦に没頭しているアドルには半分ぐらいしか聞こえていなかった。

 

 「ま、まさか、帝国と共和国がクロスベルの地で代理戦争を・・・・・・」

 

 慌てた声を出したノエルに気づいて、それ以上考えるのをやめたアドルだった。それよりも、自分が把握している以上の情報がここで手に入るかもしれない。それは自分のマスター(クローディア)を守ることに繋がると考え一心不乱になって聞きに入った。

 

 「特に明日の通商会議ではエレボニアからは宰相と皇子、カルバートからは大統領が来るわ。お互い機に乗じてそれぞれのトップを抹殺するつもりかもしれないけど・・・・・・」

 

 「だが、それにしてはお互い、接触を隠していないのは不自然だ。仮に“黒月”や“赤い星座”が動けば、そうした背景が明るみに出て国際社会の非難を招き寄せるだろう。どちらにしてもそれだけのリスクを負うとは思えん」

 

 「多分俺たちがまだ手に入れていない【欠けたピース】があるはず・・・。それを掴む必要がありそうですね」

 

 「さすがロイド君、先回りされちゃったわね」

 

 「遊撃士協会でも同じような見解でな。総動員して情報網をあたっているところだ」

 

 「何かわかったらこちらに知らせてくれるのか?」

 

 「ああ、新しいことが分かったら警察本部に伝えよう。これからの三日間を何事もなく終わらせるためにも・・・」

 

 「了解しました・・・・・・」

 

 話が終わってしばらくするとツァイトが、キーアとシズクを連れてギルドに戻ってきた。これから父娘水いらずで過ごすというアリオスとシズクと別れたロイドら。アドルも立ち去ろうとした時アリオスはアドルに用事があったみたいだ。シズクをギルドに入れてからそこにいるのは二人だけ。

 

 「・・・」

 

 「何か言いたいことでもあった?」

 

 「アドル・・・さんは俺がこれからしようとしていることは・・・」

 

 「・・・・・・ああ、そういう事ね。分かっているさ。と言うか別件であの子と話したからな。それでも、俺が正しいとかアリオスが正しいとか言う必要はないと思っている」

 

 「だ、だったらアドルもこちらに・・・・・・」

 

 「待った!」

 

 何かを言いかけたアリオスを手で(さえぎ)り話す。

 

 「なぁ、アリオス?ちゃんと自分の足でしっかり立って、後ろ指差されないようにあの時こうしていれば良かったって、後悔しないように行動しなきゃいけないよ?」

 

 「・・・ええ、分かっているつもりです」

 

 「そっ?ならいいや。今度会う時は・・・敵対しているかどうかは分からないけれど、アリオスの示した道を見させてもらうよ?」

 

 「ええ、見てて下さい。負け続けは嫌ですから!」

 

 決意したアリオスを眺めそのまま家に急いだ。それはガラにもないことを喋って少し赤面していたからだ。誰にも見られたくなかったからだ。その後、ロイドやランディがシグとシャーリィと会っていたことを聞いて少し残念がっていた。それは・・・。

 

 「俺も高級クラブで飲みたかった・・・」

 

 どうしようもない理由がそこにはあった。

 

 

 

 

 ~リベール王国上空・高速巡洋艦“アルセイユ”~

 

 「・・・・・・いい風。この雲の流れ具合だと向こうも晴れなのかしら?」

 

 アルセイユのデッキに佇む可憐な娘、その名はクローディア・フォン・アウスレーゼ。通商会議に出席するためにアルセイユでクロスベルを目指している最中だった。

 

 「ピューイ」

 

 後方から鳥の鳴き声がし、クローディアの腕に器用に留まった。白いハヤブサの名前はジーク、クローディアの飼っているとは言っても友達のような存在。

 

 「ジーク、いつもご苦労様」

 

 「ピュイ、ピュイ・・・・・・」

 

 よく見ると足首にはメッセージカードが取り付けられていた。それを見つめるクローディアの眼差しが段々と鋭いものになった。 

 

 「やっぱり、共和国方面でも火種がくすぶっているみたい。そして黒月の存在と大陸有数の猟兵団の介入・・・・・・やはり“鉄血宰相”の配下として働いているのは・・・・・・レクターさん?」

 

 「ピュイ?」

 

 「なんでもないわ。明日は北東に向かうから今日はこのまま船に乗っていてね?いくらあなたでもさすがに外国まで付いてくるのは大変でしょうから」

 

 「ピューイ」

 

 腕から離れてアルセイユで羽根を休めたジーク。そこに扉が開き、もう一人の女性が登場した。

 

 「殿下。こちらにいらっしゃいましたか」

 

 聞こえてきたのは凛々しい声。名前をユリア・シュバルツと言う。

 

 「ふふ、風に当たりたくなって。どうやら明日からの会議で少し緊張しているみたいです」

 

 「ご冗談を・・・。おやジーク来ていたのかい?」

 

 「ピュイ、ピュイ」

 

 「これを。R&Aリサーチからの手紙を届けてくれました」

 

 「リシャール殿からの。拝見させていただきます」

 

 手紙を両手で受け取り向かい合ったまま、後ろに下がる。

 

 「急進的な民族主義者・・・・・・それに共和国政府の動きですか。どうやら想定外の事態が各方面で進行しているようですね」

 

 「ええ、皇子と会ったらそのあたりも相談しないと。それとちょっとしたツテを頼らせてもらうかもしれません」

 

 「ツテですか?」

 

 「ええ、本当に頼ってもいいのか見極める必要がありますけど。もしかしたら私たちの助けになってくれるかもしれません」

 

 「ああ、エステル君たちが言っていたという・・・。なるほど当たってみる価値はありそうですね」

 

 「ええ・・・・・・」

 

 そして二人と一匹は夜空を見上げる。そしてふとユリアが呟く。

 

 「そう言えばR&Aリサーチでも分かりませんでしたね。クロスベルで就くとされている新しい護衛の正体・・・」

 

 「そうね。私も少し期待していたのだけれど『かなりの情報規制により見当つかず、申し訳ありません』とあったわ」

 

 「ピュイピュイ・・・・・・」

 

 「何かジークは知っていそうですね」

 

 「フフ、そうね(まさかアドルさんではないでしょうね)」

 

 「殿下・・・・・・私はアドルさんではないかと思っております」

 

 「っ!ユリアさんもですか?」

 

 「はい。アリシア女王によって規制がかけられているという状態を察するに、そのような結論に達したわけですが殿下も同じような事を考えていましたか・・・・・・」

 

 「少し期待してしまうのが私たちでしょう?全ては明日分かることですから・・・・・・」

 

 「ええ」

 

 もう一度夜空を見るが二人が思い出すのはリベール王都にいたアドル・マオの存在だった。いつの間にか通商会議に対する不安、緊張はどこ吹く風の如く消えていたのだった。

 

 「せっかく私たちの間にあった誤解が解けたのですから、そのまま何も言わずにいなくなったアドルさんにはそのツケを払ってもらいたいものですね・・・」

 

 「殿下・・・。ええ、私もそう思っております」

 

 





 アドルとアリオスは、模擬戦を繰り返し行なうほどの仲良しです。しかしアリオスは、一度も勝ったことがないという設定です。

 なろうに上げている話は修正して投稿し、その後番外編で書くかどうか迷ってます。見てくださっている方に感謝します。


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甘甘な子鬼


 シャーリィの壊れっぷり・・・。


 

 ――七曜暦1204年、初秋。新クロスベル市長にしてIBC総裁でもある、ディータ・クロイスが提唱した『西ゼムリア通商会議』が始まった――。

 

 ――西の大国エレボニア帝国からは鉄血宰相ギリアス・オズボーンに加え、粋人(すいじん)として知られるオリヴァルト皇子――。

 

 ――東の大国、カルバート共和国からは庶民派として支持を集めている、サミュエル・ロックスミス大統領――。

 

 ――北東にあるレミフェリア公国からは若くして国を治める、アルバート大公――。

 

 ――南西にあるリベール王国からは女王代理としてクローディア王太女――。

 

 いずれも国賓クラスのVIPたちが今まさにクロスベルに集まりつつあった。

 

 国賓クラスの代表らを迎えるために、クロスベルには大掛かりな規制がなされた。そしてその規制された道を、それぞれの代表らが乗った導力車が警察に護衛されながらオルキス・タワーに到着した。しかしクローディアの横にはまだアドルの姿はなかった。

 

 それもそのはず、アドルはクロスベルの外壁に沿って不審者が紛れ込んでいないかどうかの偵察を行なっていたからだ。

 

 「フム・・・これだけの規制がなされているとは想像もしなかったな。だがどこから紛れ込むか分からない。用心に用心を重ねても完璧とは言えないだろう。それにしてもいやはや、二人とも少し見ないうちに綺麗になったな」

 

 見とれている自分が、近くにあったビルの窓ガラスに映って自己嫌悪に陥ったアドルは偵察を続行した。

 

 「オルキス・タワーの間近に支援課のメンバーがいるのか。これは想定範囲内。でも俺の道を邪魔させない。クロイス家が何をしようとしているのか・・・それについても推論できているのだから・・・」

 

 眺めている先には新市長が挨拶を行ない、いよいよタワーの除幕式がなされるみたいだった。現時点で居場所が判明しているのは赤い星座の連中と黒月の連中。それにデパートの屋上にいるキーアとアリオスの娘であるシズクだった。

 

 「いよいよ・・・・・・か」

 

 眼前で幕が一気に下ろされる。するとアドルの胸が得体の知れない痛みに襲われたのだった。

 

 「っ。な、なんだ。この(うず)きは・・・。あぁ、アレ(・・)か。全くどうしようもないものを造ったものだな・・・。あとで拝見しようか」

 

 同時刻、キーアもデパートの屋上で何かを感じ取っていた。

 

 「(なんでだろ・・・。初めてあれを見るはずなのに。キーア・・・・・・あのビルどこかで見たことある気がする。・・さん、どこにいるの?)」

 

 この二人にはどんなかかわり合いがあるのだろうか。しかし、それはまたの機会に語ることにして除幕式が行なわれた今日は、昼食会に各種懇談会。夜には晩餐会とアルカンシェルの観劇が予定されているみたいだった。

 

 「どこで合流するかね・・・。おっ、ジーク飛んでる・・・・・・。ジークに都合良さそうな時に合流しようかなー」

 

 口笛を吹くと上空から一直線に下降してきた。そしてアドルが、佇んでいる建物の柵に優雅に止まった。

 

 「ピュイ!ピュイ?(アドル!どうしたの?)」

 

 少し鳥語が分かるみたいだ。クローディアと一緒にいた時に培ったものらしい。そしてジークもアドルの言いたいことは少し分かるらしい。

 

 「ジーク久しぶり。クローディアは元気?」

 

 「ピュイー!(うんうん元気ー)」

 

 バサバサと羽根を羽ばたかせてそれをアピールする。

 

 「そっか。じゃあ俺の言いたいことは何となく分かるな?これをクローディアかユリアに渡してくれないか?」

 

 (あらかじ)め用意してあった手紙をロール状にして、ジークの足首に取れないように巻く。

 

 「ピュイピュイー(分かった。じゃあねー)」

 

 用事は済んだ事を察知し、静かに空へと上昇しみるみるうちにアドルの視界から消えていった。

 

 「頼んだよ。ジーク・・・・・・。さてとそこから覗いている血まみれの子鬼は、いつになったら出ているのかなぁ?」

 

 ちょっと姿勢を後ろに傾けると赤髪が特徴的な女の子が、そこに立っていた。

 

 「いつから・・・・・・?」

 

 「ついさっき」

 

 「そう・・・?。(にぃ)に!久しぶりって程は開いてないけれど、元気にしてた?」

 

 シリアスな雰囲気はどこへ行ったのか、そう言うとすぐに後ろから抱きついてきたシャーリィ・オルランド。

 

 「ああ・・・。だから、はーなーれーろっ!」

 

 強めに抱きしめられたのを強引に剥がしてそのまま向き直る。そこにいたのは、殺人狂な女の子ではなく、年齢相応の恋する女の子だった。真っ赤に顔を染めて、俯き加減に両手をギュッと握り締めアドルの反応を窺う少女が・・・・・・。

 

 「アハハハ・・・。どしたん、こんなに天気は晴れ渡っているのにその不機嫌さは・・・。それとも俺に何かやって欲しいことがあるのかなぁ?」

 

 「・・・して欲しい・・・・・・かも」

 

 「ん?聞こえなかったよ。もう一度大きな声で?」

 

 実は少しだけ聞こえていた。『抱っこして欲しい』だ。シャーリィはこう見えてビックリするほどの甘えん坊。どうして殺人狂になったかというとアドルが関係していたりいなかったり。

 

 「抱っこ・・・して?」

 

 「・・・・・・よく言えました。ご褒美に抱っこしてあげる。おいで!」

 

 「っ!うんうんっ」

 

 両手を大きく広げてアドルの胸の中に飛び込むシャーリィ。そしてそのまま匂いをかぐようにアドルの服に顔をうずめた。

 

 「ったく、どうしてお前はこうなんだろ?いつまで経っても甘えん坊で困る。いや、俺は困んないかなぁ・・・・・・」

 

 『困る』と言った瞬間、シャーリィの悲しそうな瞳がアドルを貫いた。それだけで人は殺せるような殺気を伴って・・・。アドルはそれを簡単に避けて抱きしめながら頭を撫でる。それだけで、殺気は霧散しどこ吹く風の如く甘えん坊に戻るのであった。だから難しい子なのである。

 

 「むふふふ。ふへへへへ・・・。にゅふふふ・・・・・・。むにゃむにゃ・・・・・・」

 

 段々と落ち着いてきたのだろうか、寝息がするようになった。そして安心しきった顔を浮かべてアドルの胸の中で深い眠りにつくのだ。

 

 「おいおい、それも変わってないのか?ま、シグに連絡取るからいいか」

 

 数コールの後、緊張したシグムントの声がエニグマから聞こえてきた。

 

 「もしもし・・・・・・」

 

 「アドルだ。今いいか?」

 

 「ええ、勿論ですよ。どうかしましたか?」

 

 「今、俺の胸の中にシャーリィが眠っている」

 

 「・・・・・・はぁ~。()()ですか?」

 

 「ああ、()()だ。いい加減卒業して欲しいなとは思ったけど無理だったよ」

 

 「アハハハ。アドルさんにも弱点があったんですね?そちらに行きましょうか?」

 

 ()()の二文字で、言いたいことが分かるって素晴らしい!と言いたいがこれが最初でないことは言うまでもない。そして寝言や寝相で、大きな被害を被っているシグとアドルだからこその本当の意味での以心伝心と言いたい。

 

 「いや、そちらに赴こう。ずっと放っておいたんだから少しの間、いい夢でも見させておこうと思う。どこにシグはいるか?」

 

 「私は今ルバーチェの跡地にいます」

 

 「ってことは買い取った建物でいいのかな?」

 

 「はい。お待ちしております」

 

 シグムントの返事を聞いた後、エニグマを切り起こさないようにゆっくり移動を開始する。だからと言ってエリィやユリア、クローディアに見つかるような真似はしないように、ゆっくりしかし敏速に行動しシグの元にたどり着いた。

 

 一言、二言話を交わした後、シャーリィを寝床に寝かせてその場を後にする。雰囲気からして、シグも通商会議中に何かをしでかすのは確信を持てた。シグの元に行った時、二丁戦斧を砥いでいる音がひっきりなしに聞こえてきたからだ。

 

 

 余談だが、アドルが去ったあとに起きたシャーリィが大暴れしたのは無理のないことである。

 

 『どうしてっ。起きた時に近くにいるのがアドルさんじゃないのーっ!』

 

 『わわっ。お、落ち着いて下さい。お嬢。あーっ、この前買ったセプチウム鉱石がーっ。もう暴れないでくださいーっ』

 

 『どうして引き止めてくれなかったの?』

 

 『えっ。そ、それは・・・・・・(副団長の戦斧を研ぐ音で忙しいと思ったアドルさんが気を利かせて帰ったなんて言えないしなぁ。どうしようか・・・・・・)』

 

 『パパのせい?』

 

 『(ギクッ)ソ、ソンナコトナイデスヨ・・・・・・』

 

 





 性格が壊れてしまってますがこれはアドルの前だから壊れているだけであっていつもは戦闘狂や人喰い虎の異名にふさわしく行動しています


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自由奔放な演奏家


 時間軸は支援課が要請で行なっている『演奏家の捜索』の裏・・・。


 

 「久しぶりにシャーリィのあの顔を見れて良かったなぁ・・・・・・」

 

 と、知らない人が見たらニヤニヤしているアドルに不気味さを感じたであろう。そして暇つぶしに郊外へと出かけようとしている時だった。駅から支援課が出てくるのが見えた。すれ違ってアドルも駅へと入る。そこには場違いな黒服に身を包む男性が立っていた。

 

 「あ、怪しい・・・・・・」

 

 上下のスーツを黒色で統一し、直立不動で立っている。そして目にはサングラスをかけて目元が見えないようにしている。どうみてもカタギとは思えない存在だったので、声をかけてみることにした。

 

 「あのー・・・」

 

 「むっ、君は・・・・・・。あぁ、いや何でも無い。私に何か用だろうか?」

 

 驚いたような声色を出し、それから無関心を装って声を出す。

 

 「あ、いや。ここで何をしているのかと思いましてね。通商会議の期間ですので、一応声をかけた訳ですよ」

 

 「そうでしたか。私は音楽マネージャーをやっておりまして、少し目を離したすきに演奏家を見失ったので支援課に要請して捜索願を出したところだったんです」

 

 「なるほどー。ちなみにその演奏家の名前は何と言うんです?」

 

 「捜索の手は多いほうがいいかな。名前はオリビエ・レンハイム。20代金髪の男性で白いコートを羽織り、リュートを携えている」

 

 「えっ・・・・・・」

 

 「聞いたことがあるか?」

 

 「オリビエ・・・?それってオリヴァルト・ライゼ・アルノール?」

 

 「なっ!どうしてそれを?」

 

 「私は情報屋を営んでおりまして・・・。それに昔、クローディアの政略結婚の相手だった人のことは知ってます」

 

 「そうか。そこから知っていたか・・・・・・」

 

 「それにオリビエとして来るのはこれが最後・・・でしょ?」

 

 『あぁ』と感心して頷き肯定の意を表す。

 

 「だったら、少しハメをはずしてもいいのでは?」

 

 「私はアイツが心配だ。親友として、護衛対象として・・・・・・」

 

 「羨ましいなぁ・・・・・・」

 

 「キミもクローディアの護衛を引き受けたのだろう?どうしてそこまで卑下(ひげ)するのだ?」

 

 「ワケですか、あの二人と嫌な別れ方をしたんですよ。仕事を取るか、それとも私情を加えるかをずっと悩んでいるみたいですね。よく分かりませんが・・・・・・」

 

 「ふむ・・・。まだ時間はある。十分に悩め。そしてしっかりと納得の行く答えを導き出せ!」

 

 「はは。ミュラーさんは厳しくも優しい。あなたが傍にいるからオリビエさんも仕事と遊びを両立させてうまく自分を制御しているんですね・・・・・・」

 

 「おだてても何も出んよ。それでもキミのまっすぐとした瞳に結論が出ることを願うだけさ」

 

 駅の壁に二人並んで会話をしていたが、ミュラーは最後にアドルの肩を、ポンと叩き励ました。アドルは無言のお辞儀をして向き直る。

 

 「さて、俺もオリビエを探してこようと思います。また後ほど会うとは思いますけれど・・・」

 

 ミュラーと会話して、アドルの中でモヤモヤとくすぶっていた悩みの種が少なくなったのを感じ取ることができた。

 

 さっきまでとは打って変わり、颯爽(さっそう)と風を切るようにして走った・・・。そして港湾区の中央付近でみっしぃと踊る演奏家(オリビエ)の姿を発見した。とても楽しそうに踊っていた。しばらくすると支援課の人たちも息を切らせながら寄ってきた。オリビエに走らされたに違いない。

 

 「(変わってないんだ・・・。感慨深いもんがあるなぁ)」

 

 一人で納得しているうちに演奏家と支援課はどこかに行ってしまい、そこにはアドルと港湾区の公園で一休みしている家族連れぐらいしかいなかった。

 

 「って、どこに行った?」

 

 やっと見つけた時には全てが終わっていた。オリビエはミュラーに捕まっており、支援課の要請は終了していた。支援課から離れたところで、ミュラーは形ばかりの説教をオリビエに施していた。

 

 「全くお前というやつは・・・・・・いつもいつも好き勝手しおって。このクロスベルがどういった場所なのか知らないわけでもあるまい。少しは自分の立場というものを弁えてほしいものだが」

 

 「ふっ、心配かけてしまったかな。ただ身動きが取れなくなる前に、どうしてもこの街を見てみたくなってね。おかげでここが魔都クロスベルと呼ばれる所以がなんとなくわかった気がする。何やら“彼”も水面下で動いているようだし」

 

 「ふむ・・・・・・収穫はあったようだな」

 

 「それにしても・・・・・・」

 

 「ん、どうした?」

 

 オリビエがミュラーの表情を伺うように覗き込む。

 

 「ミュラー何か良い事あった?嬉しそうな顔をしているよ」

 

 「フフ・・・・・・」

 

 微笑を浮かべるだけで何も言わないミュラーに。

 

 「内緒でカワイイ子と会ってたんじゃないの?ヒ、ヒドイ・・・。もう僕との愛は終わったのね」

 

 と、ヨヨヨと地面に伏し泣き真似をしたので通行人からヒソヒソと噂話がなされた。

 

 ――あの黒服の人、金髪の男性を捨てたのね・・・・・・?――

 

 ――意外ね。人は見かけによらないというけれど・・・・・・――

 

 ―――ヒソヒソヒソヒソヒソ・・・・・・・・・―――

 

 「オ・リ・ビ・エ??」

 

 ドスの効いた声でオリビエの泣き真似を黙らせ引きずっていく。

 

 「ス、スミマセン。ワルノリシスギマシタ。ダ、ダカラユルシテェェェェ・・・・・・」

 

 ドップラー効果も相まって悲痛な声が東通り付近から聞こえてくる。

 

 ――あらあら、少し意地悪しすぎたかしら・・・?――

 

 ――まぁ、少し刺激がないと、ねぇ・・・フフフ――

 

 どうやらミュラーはいっぱい食わされたみたいだ。悪ノリしたのはオリビエだけではなく、そこらへんにいた主婦連中もそうだったようだ。

 

 ――まっ、たまには面白いこともないとね――

 

 そのまま何事も無かったかのように歩みを再開する女性たち。

 

 「む、酷い。ミュラーさんに会ったら茶化そうか・・・?それとも誤解だって言っておこうか。まぁ面白い方向に進むことは間違いないね」

 

 ピュイピュイ・・・・・・。上空から聞き慣れた鳥の声がする。太陽に気をつけながら上を見ると、ジークが舞い降りてくるのが見えた。ちゃんとユリアに手紙が渡ったようだ。それには明日の夕方、アルセイユに来て欲しいとの文面がジークの足首に巻かれた巻物に書いてあった。

 

 「ありがとー。ジーク。ほらお肉だよ」

 

 「ピュイピュイ(わー嬉しいなぁ。お肉ありがとー)」

 

 アドルの少し上をグルグルと回りながら上昇し、空港方面へと飛んでいった。

 





 この話を修正している時に作業用BGMで「スリーアミーゴス」がかかった時は笑いました。


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何度目かの再会


 最初のほうは原作通りで進みます。




 

 特務支援課ビルを出たロイドたちを出迎えたのは、一匹の白い鳥だった。

 

 「あれ?」

 

 「鳥の鳴き声・・・?」

 

 ロイド、エリィが空を見上げる。すると一直線に飛んできて、グルグルとロイドらの頭上を回りそして柵に止まる。

 

 「白いタカ・・・?」

 

 「いや・・・ハヤブサみたいだね」

 

 ノエルの疑問にワジが答えた。

 

 「おいおい、なんだってこんな街の真ん中で・・・・・・」

 

 ランディは驚きを隠せないでいた。

 

 「ピュイ、ピュイ。ピューイ!」

 

 「も、もしかして俺たちに用事があるのか?」

 

 何かを言おうとしているのは分かるが、ティオがいないと言っている言葉が分からない。どうしようかと迷っているとビル内からキーアが出てきた。

 

 「あれー。どうしたのー?わぁー白いトリだぁー。クチバシも尖っててカッコイイー!」

 

 駆け寄ってきて、柵に止まった鳥を見て目を輝かせ興奮する。

 

 「ピューイ♥ピュイイ、ピュイ、ピュイ♪」

 

 「ふむふむ。なるほど、そうなんだー」

 

 「(キ、キーア。やっぱり判るんだ)」

 

 「(す、すごいですね)」

 

 ロイド、ノエルがキーアの様子にぴっくりする。

 

 「えっとね、この子ジークって言うんだって。ロイドたちに伝言があるから、受け取ってって言ってるよー」

 

 「そ、そうなのか・・・・・・?」

 

 「おっ、確かに脚のところにメモが括りつけられているな」

 

 ランディの指摘通り脚にはメモが括りつけられていたので、ロイドはそれをジークの脚から取った。

 

 

 拝啓 クロスベル警察、特務支援課様

 皆様の評判を耳にして不躾ですが連絡させていただきました。

 もしお時間があれば内密に相談に乗っていただけないでしょうか。

 本日夕刻、クロスベル空港待ち合いテラスにてお待ちしております。

 追伸 もしご都合がつかない場合でもご返答はいただかなくて結構です。

 

 

 「・・・・・・・・・」

 

 呆然とするロイド。

 

 「こ、これって・・・・・・」

 

 「内容といい、差出人不明といい、怪しすぎますけど・・・・・・」

 

 「でも綺麗な筆跡だし、文章も丁寧な感じだね」

 

 「何よりも、メモに押されているその白ハヤブサの紋章は・・・・・・」

 

 エリィ、ノエル、ワジ、ランディの順番に言いそして目の前に止まっているジークを見た。

 

 「ピュイ、ピュイ、ピューイ」

 

 ジークは飛び立ち、そのまま来た方向を引き返してゆく。

 

 「えっと、ジークは何て言ったの?」

 

 「んーと、行くも行かないもロイド次第だって・・・・・・」

 

 「そっか・・・・・・。ありがとう、キーア」

 

 「うんっ」

 

 ロイドはキーアから伝えられた伝言を受け何かを考えているようだ。

 

 「ど、どうするの?まさかそんな訳はないと思うけど・・・・・・」

 

 「あぁ、さすがになぁ~」

 

 「あはは、いやが上でも期待しちゃうよねー」

 

 ロイドが出した答えは・・・・・・。

 

 「せっかくのお誘いだ。ここはお受けしておこう」

 

 「さすがに正装して行かなくてもいいと思うが・・・」

 

 「き、緊張しますね」

 

 「よくわからないけど、がんばってねー」

 

 ロイドは行くことに決めたようだ。キーアの後押しを受けて夕方までにすべての用事を終え、クロスベル空港の待ち合いテラスに向かうことにした。

 

 さてところ変わってアドルの方はというと、旧市街にある自宅で黙想していた。それはリベールにおける勘違いからの別れや、それ以前のユリアとクローディアとの楽しい時間の全てを思い出し想いを整理するためだった。これから仕事として二人に会うので、公私混同せずに果たすことが出来るかを黙々と考えていた。

 

 「クローゼ・・・。ユリアッ・・・。俺は仕事・・・として割り切れるだろう、か?」

 

 窓から外を見ると、段々と太陽が下がり夕刻へと近づいているのを確認することができた。それで身元を証明する書状を持ち外出することにした。

 

 空港に行き、アルセイユに近づくとユリアとは別の見たことのない王国親衛隊が立っていた。

 

 「何者だ・・・?」

 

 「アリシア女王の命令により、クローディア王太女の護衛に就くことになった。証拠の書状はこのとおり持参した」

 

 「っ・・・?か、確認した」

 

 しどろもどろになる親衛隊の誘導によってクローディアの元に行くことができた。

 

 「失礼します。アリシア女王より護衛の任に当たる人物を連れてきました」

 

 「っ・・・・・・。ど、どうぞお入りになって」

 

 少し慌てたような雰囲気がドアの外まで漂ってくる。そしてすぐに入室許可の声がかかったのでそこからはアドル一人で入ることになった。

 

 「失礼します。・・・護衛の任を(つかさど)ることになったアドルです」

 

 一礼してから部屋の中に入る。するとそこには目を潤ませたただの少女がいた。失礼、クローディア姫だが泣き出してアドルの胸の中に収まる様子は年齢相応の少女だった。

 

 「ア、アドルさんだぁ・・・。ゆ、夢じゃないですよね・・・?あ、あの時からずっと言いたかったのに言えなかった事とか、どうしていなくなったのぉ?」

 

 ポカポカと両手でアドルの胸を叩くがそれには力が入っておらず、痛くもなかったがアドルの心には響いたようだった。

 

 「ごめんなぁ。俺も未熟だったから分からない事があれば少しでも遠くに逃げようとしたんだ」

 

 「ば、ばかぁぁ・・・・・・・・」

 

 「ゴメンな・・・」

 

 泣き止むまでそのまま胸を貸していたが、空港のほうに感じ慣れた気配が5つと、ユリアの気配を感じ取った。

 

 「そろそろ泣くのを{止《や》めてくれ・・・」

 

 「ふえっ・・・ど、どうして?」

 

 「アルセイユに俺以外の誰かを呼んでいるんじゃないのか?」

 

 「・・・・・・あっ、そうでした。支援課の皆さんとオリビエさんたちを呼んでいるんですよ」

 

 「縁があるなぁ。クローゼ?こっちに顔を向けなさい」

 

 クローゼと呼んでいるのは最初にクローディアと呼んだ時に『昔のように言ってください』と懇願され仕事以外でなら良いとした。仕事中はクローディアと呼ぶ。

 

 「ふえっ?んっ。な、なに?」

 

 「ほら・・・、じっとして。涙を流しすぎたせいで、少し顔が赤くなっているから今のうちに誤魔化しておこうと思ってさ・・・。ほら元通り。可愛いクローゼの出来上がりだよ」

 

 「も、もぅ。冗談ばっかり言っちゃってー」

 

 頬を膨らませて、『私、怒っているんだよ』と言わんばかりのアピールをしているが、それも笑いのツボに入ったアドルだった。それはロイドたちが部屋の外に来るまで続いた。

 

 『殿下、失礼します。特務支援課の諸君をお連れしました』

 

 外から凛とした声が響いてくる。ユリアの声だ。少し離れていたが変わっていないのだろうか。不安が脳内をよぎっていたが、それを緩和してくれたのが横に座っていたクローディアだった。

 

 『大丈夫だよっ』と言って緊張している俺の顔を覗き込んだ。それだけで救われた気分だ。俺が落ち着いたのを見てからクローディアはユリアに返答する。

 

 「どうぞ、お通ししてください」

 

 「は、はい・・・」

 

 ロイドの緊張した声も聞こえてくる。5人の次にユリアが入ってきてアドルを確認するや、驚きの表情を浮かべた。そばではクローディアが自己紹介をしていたので、ユリアも迂闊なことを言えないでいた。

 

 「(パクパク・・・。ど、どうしてアドルさんがここにいるの?)」

 

 しかし、声に出せない口の動きで何を言っているかが分かったので簡潔に一言だけ言っておいた。

 

 「(護衛・・・)」

 

 なるほど。と納得したような様子。どうやらアドルが不安がっていたような雰囲気にはならずに済んだようだ。それぞれの自己紹介が終わったようだがもう一人ここに呼ばれていうようだがまだここに来ていないことを聞いた。

 

 「(ミュラーさんか?)」

 

 アドルの予想は当たっていたようだ。飄々とした声が部屋の外から聞こえてくる。リュートの響きに合わせて、オリビエとミュラーが入室してくる。

 

 「クローディア殿下、遅れてすまない。いつものようにこの(たわ)けが色々と首を突っ込んでいまして・・・・・・」

 

 ミュラーが遅れた理由を説明している。

 

 「あら、まぁ・・・」

 

 「フッ、改めて紹介しておこう。エレボニア帝国。皇帝ユーゲントが名代。オリヴァルト・ライゼ・アルノールだ」

 

 金色に輝く髪の毛をかきあげて自分の名を高々と告げる。

 

 「いや、有り得なくねぇか?」

 

 「遺憾なことに本当でな。帝国軍。第七機甲師団所属、ミュラー・ヴァンダール少佐だ」

 

 ランディのツッコミに冷静に自己紹介したミュラーだった。

 

 「で、どうしてここにアドルがいるんだ?」

 

 ここでロイドが我に返ったように、クローディアの横に座っているアドルに気がついた。

 

 「(もっと)もな指摘だな。じゃあ私も言っておくぞ。アリシア女王の(めい)を受けクローディア王太女の護衛を引き受けたアドル・マオ中佐だ。・・・です。身分に関しては通商会議中だけのものなので気になさらずに・・・・・・。それとユリア、久しぶりだな?」

 

 「え、ええ。私ももしかしたらと思っていましたが、まさか本当に会えるなんて。夢のようです」

 

 ユリアの両目にも同じように涙の粒が溜まっていたが、二人きりではないので敬礼する時に涙を拭って潤んでいる目を隠した。

 

 ここから支援課とクローディアとの密談が開始されたわけだったが、そこに一緒にいることをアドルは辞退した。それは・・・。

 

 「悪いが私はここで部屋の外に出ようと思う。許可して下さるか?」

 

 「理由をお聞かせいただけないでしょうか?」

 

 確固とした決意を(にじ)ませながら、クローディアが聞いてくる。隣にいるユリアも同様の考えを抱いているみたいだ。

 

 「なに・・・簡単なことさ。俺は“赤い星座”とも昔親交があったからな。それに他にもこの場では言えない事情があってな。辞退させていただく・・・・・・」

 

 「ランディ・・・、アドルの言っていることは本当か?」

 

 「ああ、俺がやっていた頃アドルと猟兵王が戦っているのを見ている。それに俺やシャーリィはアドルに良くも悪くも惚れたみたいだからなぁ。俺が知らない間に、会っていそうだ」

 

 「着眼点は合格ってところだな。あと猟兵王とは戦ったんじゃなくて、じゃれ合っただけ・・・。間違えないでくれよ?」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 そう言うと一同が唖然とした表情を浮かべて言葉を失った。

 

 「俺はクローディア殿下側だが、用心しておいたほうがいい。私はこの通商会議中はクローディア殿下が安全な状態に至るためにどんな犠牲でも払うつもりだ。そのことは数日前に“赤い星座”に警告しておいた。もし手を出したら傭兵団の一個や二個は壊滅するだろう・・・。」

 

 ――ま、被害などは考えないと思うがな・・・――

 

 そのあとに飛び出してきたセリフには、更に一同アッと驚く展開だった。

 

 「そ、そんな。あなたは他の市民がどうなっても良いとでも言うんですか?」

 

 「極端な言い方をすればそうなるな。・・・でも別に大したことではないだろ?」

 

 ノエルの興奮気味の質問にも冷静に答えるアドル。

 

 「アドルさん。そのように言って下さることは、嬉しいことは嬉しいんですが・・・。可能であれば私だけじゃなくてクロスベル市民も守ってくださると嬉しいです?」

 

 はにかみながらクローディアがそう答える。その表情は俯きながらも嬉しそうだ。

 

 「善処します。・・・ですがどうしてリベール王国の貴女がクロスベルの為にそう仰るのかがよく分かりかねます。・・・すみません。少し頭を冷やしてきます。しかし貴女が呼ばれる時にはすぐそばで貴女を、守ります。失礼します」

 

 そう言うと、アドルは自分の影に身を隠しその影もスッと消えて、その場には理解していないほかの連中が残された。

 

 「す、すみません。さて本題に入りましょうか」

 

 「え、ええ・・・・・・」

 

 

 「ゴメン、クローゼ・・・。俺は忘れたつもりは無い事が一つだけあるんよ。それは・・・俺の長きに渡る人生の中で辛かったが、それでも忘れられないキーアとの日々なんだ。キーアが歩む道が茨の道であるならその棘ごと潰してやる・・・」

 





 最後の文章は私自身書いていて分かりにくかったですが、これからの伏線となりつつある事柄ですので大目に見てください。


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閑話・姫の気持ち


 アドルに対するこれまでの気持ちをクローゼ視点で纏めたものです。


 

 私が、ここまで心をかき乱された男性というのは数少ない・・・いいえ、他にはいないでしょう。そのぐらいの存在だということを最近知りました。ユリアさんも同じのようです。私とユリアさんで決めた約束にはお互いが納得できる形でアドルさんと付き合うということも含まれていた。

 

 だけど、一度ならず二度も誤解から生じる別れを経験してしまった。一度目は、アリシア女王の護衛後に私が我が儘を言った時突き放したことだ。何とも言えない表情を浮かべながら誰にも言わずに消えていった。残されていたのは私とユリアさんに贈られたネックレスだけ。

 

 二度目は再会して嬉しかった。リシャールさんたちがアドルさんを悪く言う事も分かりますが、私は純粋に楽しんでいました。そう、あの時までは・・・。アドルさんの行方を探して資料室に入ろうとしていた時ユリアさんとキスしているように思えたんです。誤解であるとアドルさんが言う事は分かりましたが、私の口は止まりませんでした。

 

 『アドルさんなんてどっかに行けばいいんだわ・・・・・・』

 

 言ったあとに自分の失敗に気がつきました。あれほど冷や汗をかいたことは無いと思います。それだけアドルさんの表情が、冷たく濁った瞳で私とユリアさんを見ているんですから。私が言った事を撤回することもできたはずです。

 

 『ア、アドルさん。殿下も本気でそう思っておられないはず。咄嗟に出た言葉でしょうから安心して下さい』

 

 ユリアさんも必死になって説得をしようとしていたが、どうにもできなかった。だって、後ろ向きに下がりながら強く握り締めた拳からは鮮血が滴り落ちていたんですから・・・。少量の血を見ることはあったとしても廊下を汚すだけの血を見たのはあまりない経験。恐れと戦慄を覚え私の体が硬直したのを覚えています。

 

 『殿下・・・。大丈夫ですよ。きっと、時間が経てばアドルさんも元に戻ってくれるはずです。ですから明日一番にアドルさんの部屋を訪れて謝ってみましょう。私も着いて行きますから・・・・・・』

 

 『ええ、そうね。そうしましょうか・・・・・・』

 

 ユリアさんと抱き合い、心の欠けた者同士で慰めあった。だけど、結果は“遅かった”の一言だった。その日の内に・・・もしくは追いかけて行って聞き入れてもらえないかもしれないけれど・・・。

 

 ――一言伝えておけばよかった――

 

 『えっ、アドルさんいらっしゃらないの?』

 

 次の日、謁見の間に着いた私たちを待っていたのは想像もできなかった言葉だった。なんでも昨晩のうちにここを出て行ったというのだ。それも私に対する拒絶とも言える言葉を残して出て行ったのだ。私はもう諦めた。ユリアさんが何かを言っていたけど、それでもアドルさんの事を自分の中から除外して公務に打ち込んだ。

 

 打ち込んでいる間は良かった。仕事をしているときは思い出さないからだ。でも・・・一息ついて自室に戻ると思い出すの。アドルさんと会話したあの夜のことを・・・。事細かに、全ての場面でのアドルさんのセリフを空で言えるぐらい思い出すことができている自分がいた。

 

 私が元通りになるまでには時間が必要でした。それだけ私の中で必要だった存在なのでしょうね。それはユリアさんにも同じでした。ふと気がつくと呆然としている様子を何度も目撃しました。一度、親衛隊を(はず)されそうになったこともありました。

 

 私もユリアさんも、これだけ依存していたんだなぁと改めて実感しました。叔母様から聞いた私の護衛という仕事に就いたと言うのは初耳でした。護衛に就くのであればまた会えるでしょうと・・・。クロスベルで開かれる通商会議というものに私は出席することになりました。

 

 ――少しの不安と大きな期待を持って・・・――。

 

 アルセイユで待っていた時に聞き慣れた声が部屋の外から聞こえてきた時には驚きました。やはりという感情と驚きと半々ぐらいで・・・。わ、私の顔は大丈夫でしょうか。なんてどうでもいいことが頭の中を駆け巡りました。そこに立っていたのは思い出の中にあるそのままの人。

 

 駆け寄って胸の中に収まりました。そして両手でアドルさんの胸を何度も何度も叩きました。軽くですけれど。『ゴメンなぁ』と繰り返すだけだったので、私も何も言えずただ泣くだけでした。それでも何も言わずに胸の中で泣かせてくれました。・・・す、少し恥ずかしいですね。ですがあの方の前では私はただの少女でいられるのです。

 

 我に返った時には、支援課の皆様を呼んでいることをド忘れするぐらいいっぱいいっぱいでした。それでも涙を流しすぎたせいで赤く染まった顔を誤魔化してくれて『可愛いクローゼの出来上がり』って言われた時にはもぅ・・・・・・。と、とにかく私はこれで元に戻れそうです。

 

 ・・・・・・でもね、アドルさん。私だけを優先して守らなくてもいいんですよ。嬉しいですがそんなに背負わなくてもいいと思います。ですから今度、アドルさんの背負っているものも教えてくださると嬉しいですよ。分かっているんでしょうか?私とユリアさんは執念深いですよ?

 

 絶対に逃しませんよ?向こうから離れようとも何十年でも恋焦がれ慕い続けますよ?

 

 ――ウフフフフフフ――

 

 





 ・・・前の話ではここまで執念深くは無かったと思いたい・・・。


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初護衛


 完全オリジナルな話です。通商会議の前夜、アルカンシェルでアドルが護衛した時の話となっております。


 

 通商会議の前夜、アルカンシェルにより特別公演が開催されていた。そしてこの場所にアドルも護衛として見守っていた。ただし、影としてだが・・・。クローディアとユリアには念輪(ねんわ)なるものを渡してあった。これは指にはめているだけで特定の人との念話を可能にする魔具でありアドルの自作でもあった。

 

 『アドルさん。聞こえていますか?』

 

 『聞こえております、クローディア殿下。どうかアドルとお呼びください』

 

 久しぶりに再会した時のような少女の声が聞こえてくるが、それを一喝して毅然と答えるアドル。

 

 『それは・・・出来ません!それよりもあなたはどこにおられるのですか?私の横で護衛してくださればよろしいのに・・・・・・』

 

 『いいえ、私が姿を現すと動揺する方がおられますゆえ、察してください』

 

 『・・・・・・誰、ですか?』

 

 少し焦ったような口調が聞こえてきた。

 

 『キリカとリーシャです。多分、彼女たちは私と深い縁の持ち主ですので動揺すると思います。リーシャに関しては憶測ですがキリカは100%決まってます』

 

 『関係は・・・・・・?』

 

 『姫殿下、公演を見たほうがよろしいのではないでしょうか?』

 

 泥沼化しようとしていた話を断ち切ったのは、二人の話を聞いておりなおかつ今まで黙っていたもう一人の護衛人物ユリアだった。

 

 『っ、そ、そうでしたわね。アドルさん、逃げないでください。後ほどしっかりと教えてもらいますから』

 

 『御意・・・』

 

 ユリアの指摘もありそのまま公演に見入るクローディアとユリア。しかし心の内奥(ないおう)では焦りと苛立ちに乱されていた。

 

 「(どういう事?キリカさんとリーシャさんの事がここで出てくるとは思いもしませんでした。キリカさんは元・遊撃士。それ以外に何かありましたか?それにリーシャさんとはいったい・・・。アルカンシェルの二大主役の一人以外に何か隠されたものが・・・?そう言えば・・・・・・)」

 

 『姫殿下、何をお考えですか?』

 

 横で護衛しているゆえにこそ、見えてくるものもある。百面相をしているクローディアの様子を見ているユリアは、先ほどアドルが言っていたことがクローディアの思考の大半を占めていることにすぐ気づいた。

 

 『ふえっ?な、なんでもないわ。・・・少しボーッとしていただけよ』

 

 『そうですか・・・?』

 

 『クスッ・・・・・・』

 

 アドルが漏らした微笑に気づいた二人はそろって顔を赤くする。少しずつではあるが、昔に戻ってきたのだろうかと思って・・・。

 

 公演はあっという間に終わり、招待された者と役者との少しの時間会話があった。

 

 「素晴らしい公演でした。時間が経つのもあっという間でしたわ」

 

 「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいです。ねぇリーシャ?」

 

 「ええ、イリアさん。それにしても・・・・・・」

 

 「どうかされましたか?」

 

 まるで不思議なものを見たかのようなイリアとリーシャの表情を見て、クローディアとユリアは首を傾げる。

 

 「失礼ですが、お二人とも公演の途中で誰かとお話していませんでしたか?」

 

 「っ、どうしてそうお思いになったのですか?」

 

 「・・・勘でしょうか。いいえ、私も過去にそう言う雰囲気にあったからかもしれません」

 

 「リーシャさん・・・・・・」

 

 『アドルさん。今おられますか?リーシャさんとイリアさんが私たち二人の様子を敏感に察しした様子です』

 

 クローディアが考え、ユリアがアドルに念話を送る。

 

 『二人の勘の良さを見くびっていたか・・・。はぁ、結果がどうなろうとも知らないからな。それでいいなら姿を表そう』

 

 『構いません』

 

 クローディアが念話で答える。

 

 「ご指摘の通り、私たちはもう一人の護衛して下さっている方とお話していました。お話という形ではありませんが、気を悪くされたなら謝ります」

 

 「いいえ、ただ・・・・・・」

 

 「ただ、なんですか?」

 

 リーシャの『ただ』と言う言葉に引っ掛かりを感じて聞きただす。

 

 「その時のお二人が年相応の女性に見えたので、それで意識の中にはっきりと残ったのです」

 

 「「っ~~~」」

 

 指摘に再び顔を赤く染めて恥ずかしがる二人。ここが個室でなければそうはならなかっただろう。ここにいるのは、リベール王国代表二人とアルカンシェルの二大主役の4人だけなのだから。

 

 「そう苛めてくれるな」

 

 静寂の中、聞き覚えがあるが今はここにいないはずの男性の声がした。

 

 「っ、誰ですか?」

 

 クローディアの影から登場したのはアドルだった。

 

 「アドルさん、突拍子もない登場は体に毒です。なので止めてください」

 

 「ん・・・善処しよう」

 

 「もぅ・・・・・・。あっ、失礼しました。この方が私の護衛です」

 

 クローディアから紹介される時ぐらいには、すでに体は全部部屋の中に入っていた。

 

 「ご存知かもしれませんが、この(たび)クローディア殿下の護衛をやっておりますアドルです」

 

 「・・・・・・フ、フルネームは何と言うんですか?」

 

 「(・・・やっぱりきたか)アドル・マオと言います。そう言えばリーシャさんのフルネームもマオと付きますね?偶然でしょうか?」

 

 「どうでしょうか。多分、アドルさんも東方人街の出身でしょうし、遠縁かもしれないですね」

 

 「っ・・・。何はともあれよろしくお願いします。通商会議中は身を粉にして働く所存ですしどこかでまた会うこともあるでしょうね」

 

 「え、ええ。そうですね・・・」

 

 強張った表情になるリーシャにクローディアとユリアは首を傾げる。けれどアドルには直感というか親しんできた予感というものだろうか、近いうちに会うと予想していた。一言二言会話してアドルはその場を後にした。次はミシュラムで夕食会が開かれるようだ。アドルは自宅に戻ろうとしたのだがそこで想像もしなかった展開が待っていた。

 

 「では、私はこれで・・・。ユリア、あとのことは頼みましたよ?」

 

 「ええ、アドルさん」

 

 「お待ちになって・・・」

 

 颯爽と歩いてきたのは金髪のツインテールのマリアベルだ。あれ以来距離を取ってきたわけだが、何の用だろうか。少し身構えてしまう。

 

 「マリアベルさん・・・一体何の用だ?」

 

 「あら、そんなに身構えなくてもよろしいのに・・・。アドルさんがクローディア殿下の護衛をしているとお聞きしまして、今晩はミシュラムの迎賓館には宿泊できませんがホテルには特別に泊まることができます。如何でしょうか、そのほうが何か起きた時に対応を即座に出来ると思いましたの」

 

 「・・・・・・」

 

 「あなたなら顔パスですので来た事を告げるだけでよろしいですの。では失礼します。それといつものようにベルと呼んでくれて構わないのですよ。フフフ・・・」

 

 そしてすれ違いざまに・・・・・・。

 

 「(どういう事だ!何を企んでいる?)」

 

 「(私は何も企んでおりません。クローディア殿下に対して負になる事は一切考えておりません。アドルさんの本気に付き合うことなどできませんしね)」

 

 「(・・・信じられないからな。形だけ了解した)」

 

 「(それでいいんですの。・・・ところで私が言うのも何ですが、これからお二人の誤解を解くほうが大変なことなのでは?)」

 

 「はっ?」

 

 そう言われて気がつくと頬を膨らませて、こちらを睨んでいる二人の姿があった。睨まれても可愛いだけなのだが、それに気づくのはいつの事なのだろう。

 

 「ア、アドルさん。IBCの総裁の娘さんと一体どういう関係なんですかっ?」

 

 「『ベル』だなんて、親しすぎます。どこで知り合ったんですか?」

 

 クローゼ、ユリアの二人からの尋問は夕食会の知らせを伝えに来た係りの人が来るまで続いた。

 

 「い、いやぁ・・・・・・IBCに口座のことで呼ばれた時にそう呼んで貰っても構わないと言われただけだ。お、おい・・・ベr・・・マリアベルもそこでクスクス笑ってないで弁解しなさいっ」

 

 いつものようにベルと呼びそうになって、マリアベルと言い直したがそれも遅かったようだ。呼び方一つでどうこう言う神経が分からなくなっていた。

 

 因みにマリアベル嬢は、したたかな女性ゆえにリベール代表二人がアドルに恋心を抱いていることに気づいていたので、アドルにイタズラしようと思ってわざと言った。

 

 「アドルさん?この間はお楽しみでしたね?」

 

 ――だからこんなことを言ってその場を更にかき乱そうとするのもベルの本心からである。

 

 「「ア、アドルさん~~?ふ、不潔ですっ」」

 

 





 魔具【念輪(ねんわ)

 指にはめるタイプの魔具。効果は対になっている魔具を付けている者と密かに会話ができる。特定者との念話が出来るもの。


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通商会議直前


 


 

 「やれやれ、昨日はとんでもない目にあったぜ・・・・・・。もう、ベルの思惑にはひっかからないことにしたいものだ」

 

 体のいたるところをさすりながらミシュラムにあるホテルのロビーを歩くアドル。昨晩はベルの策略に逢ってクローゼとユリアの恨みを買ってしまった。そのお詫びに高級店の指輪を買ったらどこ吹く風のように期限が治ったのはさすがに驚いた。数百万ミラが吹っ飛んだ・・・がね。

 

 「さて、今日から本番だ。先にオルキス・タワーに行って護衛の準備でも始めようかな」

 

 借りている小舟に乗って港湾区へ行き、行政区を通ってオルキス・タワーへとたどり着いた。荘厳な雰囲気を出しているタワーだが、アドルにとっては何か違和感を感じさせる建物であった。一階受付で身分を証明し、各階を探索しかなりの時間をかけて屋上に向かった。

 

 「俺がテロリストだったら、屋上から攻めること間違いないからなぁ。ただでさえ、不穏な空気が漂っている中で黒月(ヘイユエ)や赤い星座、それ以外のテロリストとなったらどうにもてが回らないからな」

 

 瞳を爛々(らんらん)(かがや)かせながら屋上からクロスベル自治州中の気配を調査していると、見知った気配を感じた。エレベーターぐらいの早さでこちらに向かっているのは・・・。

 

 「ロイド・・・・・・ってことは支援課?それと一緒にいるのは新市長なのかな?クロイス家の思惑がどうであれ今回の会議を利用しようと願っているのは確実。新市長のあの笑顔には裏がありそうだ。騙されないようにしないと・・・・・・」

 

 

 

 「はは・・・。言葉も出ないな・・・」

 

 アドルとは別の場所から地平線を眺めているロイドら。やはり傍には新市長もいた。

 

 「ええ、そうね・・・」

 

 「街がまるで模型(ミニチュア)みたいに見えますね」

 

 「いや~、夜はさぞかしすげぇ景色なんだろうな!」

 

 エリィ、ティオ、ランディも言葉少なめに景色を眺めているようだ。

 

 「ハハ、この場所はいずれ市民に展望台として開放しようと考えている。政府関係者だけが独占するのはあまりにも勿体無いからね」

 

 「ああ、それはいいですね」

 

 「ふふ、キーアちゃんもここに連れて来たいわね」

 

 ロイド、エリィがディーター市長の言葉に賛成する。と、そこに電話がかかってきた。どうやら市長の気分転換する時間が無くなったようだ。

 

 「・・・うむそうか、分かった。すぐにそちらに向かおう。どうやら首脳がタワーに着いたようだ。申し訳ないがこれで失礼するよ」

 

 「そうですか。本当にありがとうございます」

 

 「どうもです」

 

 「いや~、マジ楽しかったッス」

 

 「いい経験をさせて頂きました」

 

 「はは、こちらこそいい気分転換になったよ。・・・それではまた後で。警備のほうは頑張ってくれたまえ」

 

 ロイド、ティオ、ランディ、ノエルが感謝の言葉を告げる。ディーターも嬉しそうだ。

 

 「はい、お任せ下さい」

 

 「ま、推薦分ぐらいは頑張らせてもらおうかな」

 

 「女神(エイドス)のご加護を。会議の成功、お祈りしております」

 

 ロイド、ワジ、エリィが続けて言う。

 

 「私も祈っているよ」

 

 そう言うと威厳ある堂々とした佇まいで歩いて行った。

 

 「それじゃあ、俺たちもダドリーさんのところに行こうか」

 

 「たしか34Fの警備対策室でしたよね」

 

 「しかし、このまま何も起きなきゃいいんだが・・・・・・」

 

 ティオ、ランディが答えるが、何も起きないことはないのではないか。そのまま足早に支援課メンバーもエレベーターを使って降りて行く。

 

 「これが無事に済むとは思ってないですが・・・ね。(こと)二大組織(黒月と赤い星座)がいる限りは・・・」

 

 『アドルさん、どこにおられますか?』

 

 物思いに(ふけ)ろうと思っていたところに念輪による念話が響いてきた。これは昨晩、妙にベルとの関係を探ってきた方の片割れ・・・、ユリア。

 

 『タワー屋上で探索中ですよ』

 

 『会議に参加する首脳たちが皆揃いました。屋上には異常ありませんでしたか?』

 

 『ええ、今のところは・・・。しかし一般人に紛れて特大な氣を発し続けている人がちらほら見受けられます。まぁ、始まってから行動するみたいですねー』

 

 『・・・・・・ええっと、それはアドルさんに任せて大丈夫なのですか?』

 

 『クローディア殿下に指一本も触れさせませんよ』

 

 『・・・・・・あ、ありがとうございます。アドルさん』

 

 ユリアとの念話で忘れていたが、クローディアにも筒抜けだった。作った自分が忘れているとはなんたる失態。

 

 『と、とにかくですね。殿下が“召喚”と念話してくだされば、殿下の影から出ていくことも可能ですので危機が迫ったときはお使いください』

 

 『何から何までありがとうございます。(惚れ直しそうですぅ・・・)』

 

 『・・・何かおっしゃいましたか?』

 

 『いっ、いいえ!』

 

 何やらすごく焦った念話が飛んでくるのを尻目に屋上から景色を眺めていた。

 

 『私からもその・・・お礼を申し上げたい』

 

 ユリアも律儀に感謝を表してくる。

 

 『あー、今更だがユリアはもう少し固い口調を何とかしてもらいたいんだがなぁ・・・』

 

 『無理です・・・。アドルさんは武術の先生でもあられますし、この会議だけですが上官ですのでこの口調に慣れていただけないでしょうか?』

 

 『善処しよう・・・。それでは二人とも後ほどに・・・・・・』

 

 『はい・・・それでは』

 

 『ええ・・・』

 

 クローディア、ユリアの順に念話が切れる。

 

 「はぁ・・・。今更言いにくいが念話している最中は心に思っていることも聞こえてくるだぜ。これは製作者の権限でだがな。だからクローゼの『惚れ直しそうですぅ』はバッチリ聞こえていましたわ」

 

 多分、言ったら軽蔑されるだろうか。まぁ、面白そうだしそれは内緒にしておくことにした。

 

 「ねぇ、リーシャ・・・?俺が昨日から心をかき乱されていることに気づいているのかな。いや、気づいていないだろうねー。形だけの兄妹だって言ったとしても、向こうは血の繋がった兄妹だって信じているわけだし・・・。ままならない物だな・・・。さ、これから通商会議が始まる。気を引き締めないと・・・」

 

 誰もいなくなった屋上から眼下に広がるクロスベル市を眺め、一喜一憂するアドルだった。

 

  

 





 戦闘表現がザルなのでどこかにうまく書ける表現方法など載ってないかな?って最近、素で思ってしまう。


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会議開始


 


 

 ――同日、13:00 マクダエル議長の開会の言葉で会議が始まる――。

 

 「それではこれより『西ゼムリア通商会議』の本会議を開始いたします。議事進行は僭越ながら私、ヘンリー・マクダエルが行わせていただきます。会議は一度休憩を挟んで、約5時間を予定しております。ただし進行次第では多少の延長はありえますのでよろしくご了承ください」

 

 粛々とした雰囲気の中、会議の進行が始まっていく。マクダエル議長の挨拶が続く。

 

 「・・・・・・それと会議に際して2名のオブザーバーに参加してもらっています。イアン・グリムウッド弁護士。クロスベルのみならず周辺諸国で活躍している法律専門家です。国際法・慣習法にも通じているため本会議への参加を要請しました」

 

 首脳で囲んでいるテーブルから少し離れた壁際に一つの机と椅子がおいてあり、そこにイアン弁護士が座っていた。そして挨拶のために立ち上がる。

 

 「はじめまして。イアン・グリムウッドです。誠心誠意、務めさせていただきます」

 

 「・・・遊撃士、アリオス・マクレイン。やはり周辺諸国で多大な功績を上げていることで知られています。遊撃士協会と言う中立的立場から本会議の安全を保証してもらうため、参加を要請しました」

 

 ビルの窓際に立ち続けているアリオスが挨拶をする。

 

 「アリオス・マクレインです。お見知りおきを」

 

 「それでは早速ですが、各議案の検討に入りましょう」

 

 「少し待っていただけないでしょうか?」

 

 と、声を上げたのはリベール王国名代クローディア殿下。

 

 「ええ、なんでしょうか?」

 

 「万全を期するためにこちらから一人出してもよろしいでしょうか?」

 

 「私は構いませんが、皆様の意見はどうでしょうか?」

 

 ぐるりと見渡して、首脳らに声をかける。反対意見は無くもう一人呼ぶことになった。

 

 「はい、大丈夫なようです。それは誰でしょう?」

 

 「この会議だけの護衛の方なのですが、私たちが最も信頼する方です。どうぞ、“召喚”」

 

 耳慣れない“召喚”と呟くと、()()はアリオスの影から一人の男性が現れた。

 

 「どうも、アリオスの影から失礼します。リベール代表クローディア殿下の(めい)により参上致しましたアドル・マオと申します」

 

 「っ。ア、アドルさん・・・?」

 

 同様を隠しきれないアリオスだった。周りの首脳の反応はそれとはちがったもののようだ。多分、アリオスがアドルに対して敬語であると言う点だろう。

 

 「・・・少し会議の中断になりそうですが、このまま進めたいと思います。アドルさんはどうぞクローディア殿下の横に・・・・・・」

 

 「ええ・・・」

 

 『殿下やりすぎです。どうしていきなり私を会議の護衛に呼ばれるのですか?』

 

 確かに直前の話し合いの時、“召喚”すれば傍に来ることができます。とは言ったものの会議に呼ばれるとは思ってもいなかったアドルだった。

 

 『私、この会議中にとんでもないことが起こる予感がしてならないのです。それで先にアドルさんをお呼びしておこうかと思いました。ダメ・・・でしょうか?』

 

 『・・・反対しているわけではありません。貴女がそう仰るのでしたら私はそれに従うだけのこと』

 

 念話は人知れず行なわれ、ある時は殿下の暇つぶしの為に、ある時は真面目に相談するために用いられていた。

 

 「提議者、ディーター・クロイス市長。説明と補足をお願いします」

 

 マクダエル議長の横に座っている市長が声をあげる。

 

 「は。まずお手元にある資料の最初にある議案ですが・・・・・・」

 

 

 その会議の様子をガラス越しに見ているのは1階上から眺めている支援課の面々。

 

 「始まりましたね・・・・・・」

 

 「ああ・・・。それにしてもアリオスさんが呼ばれていることは聞いていたけど、イアン先生まで呼ばれているとはな」

 

 「しかも“熊ヒゲ先生”の名前で知られているみたいですし」

 

 「国際会議では、様々な合意や協定が交わされることがあるわ。その場合既存の国際法や、国際慣習法に照らし合わせて妥当かどうか判断する必要があるの」

 

 「そのためのアドバイザーがあの熊ヒゲ先生っていうわけだね」

 

 ノエル、ロイド、ティオ、エリィ、ワジが会議の冒頭に関する感想を述べる。

 

 「しかし会議は小難しそうな内容だな」

 

 「まあ、会議の内容に関しては我々が関与するところではない。この通商会議が無事に終わるか、それだけに集中しておけ」

 

 「はい、心得ております」

 

 「では手はずどおりに?」

 

 「ああ、お前たちには34F、35F、36Fを一通り巡回してもらう。一応お前たちの身分は全関係者に伝えている状況だ。各国首脳のスタッフや招待されたマスコミなどにも話を聞いてみるといいだろう」

 

 「分かりました!」

 

 「では私は34Fに戻る。・・・女神(エイドス)の加護を。何かあれば連絡してこい」

 

 そうダドリーは支援課に告げるとエレベーターホールのほうへ歩いていく。

 

 「やっぱりダドリーさんも何かあると思っているらしいな」

 

 「ええ・・・・・・」

 

 「これだけ怪しい動きがあって、何もしないのは不自然かと・・・」

 

 ロイド、エリィ、ティオが話す。

 

 「どうやら気合を入れて巡回する必要がありそうですね!」

 

 「だな」

 

 ノエルがはりきって声をだしそれにランディが応じる。

 

 「それにしてもあの場にアドルがいるなんてなぁ・・・。みんなも驚いたんじゃないか?」

 

 「それは・・・・・・」

 

 「そうね・・・」

 

 ロイドの問いにエリィとノエルが肯定する。

 

 「アリオスのダンナも敬語だったな・・・。ひょっとしてアリオスの弱みを握っているとか?」

 

 「いや、それよりもアリオスよりも強いと考えたほうがありそうな気がしないか?」

 

 ランディ、ワジがそれぞれの意見を述べる。

 

 「どっちにしろ、あの場でアドルが会議を覆すためにいるとは考えにくい。会議場は任せて俺たちは手はずどおりに巡回をしよう」

 

 「分かったわ(ねぇ、アドルさん。クローディア殿下を見る目がいつもと違うよ?やっぱりクローディア殿下の事が好きなの・・・。ねぇ、分からないよ。私()あなたの事が好き・・・なの)」

 

 「了解であります!(あぁ、アドルさんが近くて遠い・・・。あの時のデート忘れていないよ。私もフランもあなたの事が好きみたい・・・。この早まるだけの鼓動どうしてくれますか?)」

 

 「ええ・・・(どうやらエリィさんとノエルさんはアドルさんに惹かれている様子。どうしてなんでしょうか。私にはまだその気持ちは分からないみたいです。ガイさん・・・。私はロイドさんを見ていればわかるでしょうか・・・?)」

 

 「了解(ヤー)。(ご婦人方は百面相をしている。これはあのアドルさんとやらに惚れているのかなぁ。ティオはそうでないが。あのアドルとやらを調査してみないといけないかもしれない。腹ペコシスターに聞いてみるか)」

 

 「了解ッス(ハハ、罪作りなヤツめ。確定2人は毒牙にかけたか。こりゃあ面白くなってきたかもしれない。だが、赤い星座の事もあるし俺たちは気を抜けない。はむかうのが無理でも抵抗しないといけないな)」

 

 





 エリィ、ノエル、フラン、シャーリィはアドルに恋心を抱いてます。誰とくっつくかはわかりませんが・・・。


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閑話・リーシャの気持ち


 リーシャ視点で始まる過去話です。


 

 私には家族がいた。いた・・・と言う言い方は違っているかもしれない。と言うのも3歳の時に父親に連れられて、代々続く仕事を教えられたからだ。私には母親、父親そして多分だけれど兄がいた。母親は元々病弱だった為に私が連れられてからすぐ亡くなったと聞いている。家があったところに土葬したと思われるこじんまりとした墓を見つけたからだ。

 

 だけど、兄の墓は無かった。その近辺をよく通る人の話によると、母親が亡くなってすぐにこの家を旅立ったというのを聞いた。だから生きているはず・・・。

 

 私は父が引いたレールをそのまま辿っているのだろう。東方人街で知られている(イン)を受け継いだからだ。どうして兄が受け継がないのかと一度聞いたことがあったが、その時黙ったまま話してくれなかった。

 

 そしてしばらくして父が亡くなった。よく分からない言葉を残して・・・。私はその後至るところを旅していた。それは多分、無意識の内に兄を探しているゆえの行動だったと私は思う。そしてクロスベルではイリアさんに出会った。最初は劇団に入ることを拒んでいたが、仕事(暗殺業)の隠れ蓑になるのではないかと思い二足の草鞋(わらじ)を履いた。

 

 最初は辛かった。夜、黒月(ヘイユエ)の依頼を受け夜が明けてから寝床に入り、少し仮眠後に劇団に行って練習をする。夜の仕事は毎日ではないものの、過酷な仕事ばかり・・・。やめてしまおうかと思ったけれど私の内の何かがそれを拒んだ。そのうち慣れるだろうと思いながら・・・。

 

 そんな時だった。噂で裏の凄腕暗殺者を知ったのは・・・。同じ東方人街出身ということもあって直ぐにではないけれど、二言三言は会話するようになった。その頃からかもしれない・・・、私が、幼い時別れた兄の夢を見るようになったのは・・・。

 

 

 「おにいしゃーん。ま、まってよぉ~・・・。あぅっ」

 

 ――ドテッ――

 

 「あ~も~、そんなに急がなくても俺はここにいるよ。リー坊?」

 

 優しい兄は私が慌てて転ぶと横に来てくれて、転んで汚れた服を払い立ち上がらせてくれた。

 

 「エ、エヘヘヘ・・・(キラキラ)」

 

 「ったくしょうがないなぁ・・・。ほらこっちにおいで・・・・・・」

 

 何かを期待するかのような表情を浮かべるとすぐに抱っこ、もしくはおんぶしてくれる。そんな優しい兄に憧れていたのかもしれない。それに幼いときにありがちな夢も持っていた。

 

 「おっきくなったら、にいちゃまのおよめさんになるのっ!」

 

 「そうか・・・・・・」

 

 ――ナデナデ・・・・・・――

 

 だけどそう言うと兄は決まってどこか冷めたような表情を浮かべ、その表情を隠すように頭を撫でてくれたものだ。その時は分からなかったが、私か兄にこれから将来忍び寄るだろう仕事を継ぐ事を考えていたのだろう。

 

 父と兄はたまにフラリといなくなり数日後に帰ってくることを繰り返していた。帰ってくるといつも父は兄を叱りつけ呆れ顔をする。変わった事と言えば、それは私が二歳ぐらいの時だっただろう。

 

 「ヒック・・・・・・、ヒック・・・。お、おにいしゃんはどこぉ?」

 

 「もうすぐ帰ってくるから安心して寝てていいのよ」

 

 その時は母と二人きりで過ごしていたのだが、母も私が顔を覗き込むと険しい表情を浮かべておりそれに私が気づくと何でもないかのように取り繕った表情をした。

 

 「お、おかぁさん・・・・・・?どうしてそんなにこわい顔をしているの・・・?」

 

 「っ。な、何でもないわ。さぁ、リーシャは早く寝ないと。お父さんとア○○が帰ってきませんよ?」

 

 「そ、そんなこと・・・ないもん。わたち、ちゃんとねるもん!」

 

 「ふふふ、良い子ね・・・」

 

 

 

 あれ、あの時母さんは兄さんの名前を何て呼んでいたっけ・・・・・・?ア※※何とか。思い出そうとすると何か記憶に鍵がかかっているかのような・・・。そういえば父も私に何かやっていたっけ。あれは母と兄と別れて数年後だったっけ。

 

 

 「ご苦労だったな。偵察とはいえちゃんと職務を果たしてきたようでなによりだ」

 

 「ありがとうございます」

 

 「今日はお前の力を強めるように余計な思い出に鍵をかけようと思う。お前にとって余計な思い出はあるか?」

 

 「・・・・・・えっと。分からないです」

 

 「そうか、なら先にロックをかけようと思うが異存無いな?」

 

 「・・・はい」

 

 私の頭の上に父の手が置かれる。あれ・・・?今何か思い出したような。温かい・・・手?あ、あれ?誰だっけ・・・・・・。ううん、私の頭の上に手を置くのは父が最初。誰もいない。私に必要なのは・・・父親だけ。それ以外は必要ない物。父の手・・・冷たい。うん、私はこれからもずっと独り。

 

 「ごめん、アドル。私はお前がこの家の息子でないことを薄々わかってたんだ。それでも男の子が欲しかったから、うやむやにしてそのまま問題を伸ばし続けていた。見知らぬ男の子が私たちに何か術式をやったのは覚えている・・・」

 

 あれから数年後には父親は仕事を私に任せ、突然引退宣言をして私に(イン)を正式に受け継がせた。その時に鍵をかけた記憶を解いた・・・けれど、その中に家族という思い出はなかった。ただ、父親と一緒に仕事の手伝いをしたというだけのこと。

 

 そうして現在に至るわけだが、最近妙に思い出したい思い出があるらしく頻繁に幼い時の夢を見る。最初はつぎはぎだらけの夢だった。だけどこのごろ、兄さんの名前を思い出してくるようになった。それと私の呼び方も。

 

 リ、リー坊だっけ・・・?フフフ・・・、今考えると恥ずかしいけれどこの呼び方は世界でたった一人だけ。そう世界で最も信頼するお兄ちゃんだけ。クロスベルにいて情報屋をやっているアドルさん。その横顔が兄と被るのはなぜ?早く確かめたいなぁ。

 

 そう思うと最初の一歩が踏み出せずにいる。モヤモヤした記憶でもどかしさを感じているけれども、この気持ちは一体何なのだろうか?

 

 





 アドルにとって父親は冷酷なイメージでしたが、アドルが記憶操作していることに気づいておりそれをふまえて息子同然に過ごしていました。

 あとリーシャの記憶に鍵をかけた父親ですが、自分が亡くなる前にそれを解き兄の事を思い出しそうになってますが、いたのかいなかったのか・・・そこが不明瞭な点です。

 いつ、形だけの兄妹と名乗りを上げるかそこは「なろう」で上げていた作品と大きく変化している箇所なので、自分自身さまよいつつ執筆している最中です。


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会議終了と休憩


 


 

 午前中の会議もほぼ平和に終わり、今は後半に向けての休憩時間となった。そしてアドルはアリオスとキリカに呼ばれて一緒の部屋にいた。

 

 「ギルドを離れてそろそろ一年か・・・。新しい場所にはなれたのか?」

 

 「それなりには。ギルドに居た頃とは違ってたくさん働かされていますけれどね」

 

 「そうか・・・」

 

 アリオスとキリカが話している。そして傍にはなぜかアドルも加わって?いた。

 

 「・・・・・・シズクちゃんはお元気ですか?」

 

 「ああ、少々聞き分けが良すぎるがいつも(ほが)らかで居てくれる。最近、出会いにも恵まれてな。よく笑うようになった」

 

 「そうですか。それはいいことですね。・・・・・・サヤさんが亡くなくなられてもう5年になりますか。私が初めてお会いしたのは6年前でしたが・・・・・・」

 

 「6年前・・・・・・。そうだったな。当時、あてもなく大陸中をさすらっていたという君がこの街で偶然サヤと知り合い、遠慮する君をサヤの奴が強引に引っ張る形で我が家に泊まったんだったか。・・・そんな君と3年前にリベールのギルドで再会したときは驚かされたものだ」

 

 「ふふ、そうですね。本当に人の縁は不思議なものだと思わされます。…私はあの一宿一飯の温もりを生涯忘れません。結局、その恩を直接返すことは出来ませんでしたが・・・・・・」

 

 アリオスは立って窓から外を眺め、キリカは長めのソファに座ってアリオスと視線を合わせることなく会話していた。アドルは、そんな二人を暖かい目で見守るかのように壁に背中を預けて立っていた。

 

 「ところでア、アドルさんはどうしてこの会議に参加されているのです?」

 

 「ああ、それは私も思いました。最初、私とイアン先生だけだと聞いていましたし、私だけでは不十分だというわけですか・・・?」

 

 キリカが先に別の話題に切り替え、アリオスがそれに乗っかかるような形で話に入る。少し不機嫌になっているようだ。

 

 「ん?ああ、クローディア殿下に頼まれたんだよ。今回はどうやら殿下にも考えるところがあるみたいでな。それで急遽呼ばれたってワケ・・・・・・。ま、俺も呼ばれて良かったかもしれないが・・・」

 

 「そ、そうでしたか。それにしても私の影から出なくても良いのでは・・・?一瞬、ホラーかと思いましたし・・・・・・」

 

 「フム・・・・・・それについては私の趣味だと言っておこう」

 

 少し考えもしたが、アリオスの影から出るのはアドル自身の茶目っ気だった。

 

 「それにしても、私は泰斗流の頃からアドルさんを知っているので今でも敬語ですがアリオスさんはどうしてアドルさんに敬語なんですか?」

 

 「それはアドルさんのほうが単に強いと言うだけのこと。過去に摸擬戦を5戦行なったが、結果は私の惨敗・・・・・・。まだ届かないと知った時、どんなに落ち込んだことか・・・・・・」

 

 「そ、そうなんですか?アリオスさんより強いとか本当ですか?」

 

 「ああ、アリオスのやつシズクに慰められてやっと自分を取り戻したぐらいだからなぁ。アリオスの中で黒歴史になっているだろうよ」

 

 「そ、それを言わんでください。また落ち込みますよ・・・?」

 

 窓に片手をついて落ち込む様子は、少し前に流行ったサルの反省のポーズに似ていた。そしてその様子を見てケラケラ笑う原因を作った張本人と、その話を振ってオロオロするキリカと言う惨事が出来上がっていた。

 

 「あ、俺違うところに行こうっと・・・。キリカ、後はよろしく~」

 

 「あぁ・・・あぁ・・・・・・あァ・・・・・・・・・」

 

 目が虚ろになり、過去の出来事を思い出し始めたアリオスは欝っぽくなった。

 

 「に、逃げないでくださぁい~~。アドルさんひどいですぅ・・・」

 

 うしろから悲痛な声で呼び止めようとしているキリカの声がしていた。それにも答えずに足を早めてその部屋から廊下へと向かった。笑うだけ笑って場を乱したアドルは誰かが見たら顔を赤く染めるだけの微笑を浮かべていた。

 

 そして、アドルがいなくなった場所には何とか落ち込むアリオスを立ち直らせたキリカが思い出話に花を咲かせていた。キリカとジンの話。エステルとヨシュアの成長話など、そこには落ち込むアリオスなどいなかった。

 

 そして半分逃走した形になったアドルは次に不可解な現場を見ることになった。それは帝国の書記官レクターと我が(あるじ)クローディア殿下が内密の会話をしているところだった。どちらからも見ることが出来ない死角に行き、何事かと探りに入った。

 

 「(はは、どうやら俺はあんな別れ方をしておいてまた誰かを失う事に怯えているようだ。俺が強いなんて言っているヤツが見たらどう思うだろうか・・・・・・。しかし、昔やってきたことからは逃れられないなぁ)」

 

 アドルがこんなことを考えているなんて想像もしないだろう。そしてアドルとは別の場所には支援課もいた。たまたまそこに行き着いたようだが二人は気づいていないようだ。いや、レクターは気づいている・・・のか。とにかく会話が始まる。

 

 「・・・・・・そうですか、ルーシー先輩と」

 

 「ああ、この前レミフェリアに出張に行った時バッタリとな。なんとか逃げようとしたんだが、フン捕まっちまってな。何発殴られたと思う?」

 

 目を下方向へ向けたままレクターがクローゼの言葉に対して呟く。

 

 「・・・・・・一発も。代わりに、しがみつかれて泣かれてしまったんじゃないですか?」

 

 「む・・・」

 

 「ふふっ・・・・・・。ルーシー先輩の気持ちは私も少し分かりますから。多分、先輩が普段どれだけ危険なことをしているか気づいたんじゃないかと思います」

 

 「あー、女ってのは時々恐ろしくなるぐらいカンが鋭くなるからなァ。やりにくくて仕方がねぇぜ」

 

 「ふふ、自業自得ですね。・・・・・・懐かしいな。レオ先輩とも会っていないし、いずれは同窓会とかしたいですよね」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 レクターはそれに対して無言を貫いた。

 

 「駄目ですよ、先輩?そこは『おお、ミシュラムあたりでパーッと豪勢にやるか!』って言ってくださらないと」

 

 「ハハ、一本取られたな。約束はできないが努力はしてみるさ。期待しないで待っててくれ」

 

 「分かりました。楽しみに待っています。・・・それでは、私はこれで。失礼します」

 

 「おお。ジークのやつにもよろしく言っておいてくれ」

 

 レクターがそう言ったのを最後にクローゼはその場から立ち去り、レクターだけが残る。

 

 「・・・・・・やれやれ、ホント成長してんなぁ。さすがは次期女王陛下。アンタらもそう思わないか?」

 

 「っ・・・・・・」

 

 「気づかれていたか」

 

 ロイドらがレクターの元に合流する。アドルはどうやら気づかれていない様子。そのまま出ていかないで聞くことにした。

 

 「すみません。立ち聞きするつもりは無かったのですが・・・・・・」

 

 「その、つい聞こえてしまって・・・」

 

 ロイド、エリィが言い訳する。

 

 「でも、エリィさんすごく興味津々でしたね」

 

 「ティ、ティオちゃん?」

 

 ティオのツッコミに本気であたふたするエリィ。

 

 「いや~、でも気になるぜ。一国のお姫様相手に随分お安くないじゃねぇの?」

 

 そしてランディは、持ち前の野次馬根性を出してレクターに問い尋ねた。

 

 「あー、学校の後輩ってだけだと。と言っても日曜学校じゃなくてジェニス王立学園ってとこだが」

 

 「ジェニス王立学園・・・・・・。たしかリベールにある有名な高等学校だったかな?」

 

 「ええ、たしかに留学生も大勢受け入れているけれど・・・・・・」

 

 「それじゃあ、国費で留学されていたんですか?」

 

 ワジ、エリィ、ノエルの順に口を開く。それに対してレクターはしれっと真顔で返す。

 

 「いや、ポケットマネーさ。ギリアスのオッサンのな」

 

 「!」

 

 「それじゃ、俺もこれで失礼させてもらうぜ。ああ、そういやアンタら狸どもに呼ばれているんだってな?どちらも一筋縄じゃいかないからせいぜい気をつけとけよ~」

 

 言うことだけ言うと、レクターは36Fの非常階段を降りて行く。クローゼとは逆の方向から・・・。

 

 「相変わらず怪しさてんこ盛りの人ですね~」

 

 「リベールの次期女王の先輩にあたる情報将校か・・・。フフ、ますます興味深いね」

 

 「いずれにせよ、彼が“鉄血宰相”の配下として動いているのは確かだ。何を狙っているのか・・・確認し見極める必要がありそうだな」

 

 そしてロイドたち支援課もそこから立ち去る。どうやら共和国の大統領と、帝国の宰相に呼ばれている様子だった。

 

 「・・・さすがにそこまで聞くことは出来ない・・・・・・か?勿体無い。それにしてもレクターとクローゼの関係か。もどかしいな、さすがに勘ぐりすぎだとは自分でも思っているが手放したくないところまで来ているのか」

 

 うんうん、唸っているアドルははたから見ても怪しさ100%だった。それは先ほどまでここにいたレクターより何倍も怪しかった。だから我に返った時、恥ずかしさで身悶えしたのは無理のないことだった。

 

 「さてと、誰かが仕掛けるとしたら後半の会議が始まってからだろう。俺は俺にしかできないことをやればいい。それと()()の出番がないことを祈ろう…かな。俺もテロリストとかの人格を破壊したくないしなァ・・・」

 

 懐から出したのは手袋にも見える禍々しい何か。漆黒に染まるそれはこの世のものとは思えないぐらいの魔具だった。

 

 「だが、安全を乱すような輩である場合は躊躇せずに用いよう」

 

 両手をギュッと握り、後半への決意を今一度固めたアドルだった。





 最後にちらっと出てきた魔具は“風の聖痕”を題材にしてます。和麻が使った黒い手袋?のような何かと思ってください。


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テロリスト登場


 会議内容はスルーで・・・。話の始まりはアドルの元に入ってくる一本の無線から始まります。


 

 『ちょっとよろしいか?』

 

 『どうした、ユリア・・・?』

 

 共和国と帝国で、クロスベルに関して熱い議論が繰り広げられていたので一歩引いた立場を保っているとユリアから念話が入ってきた。

 

 『ええ、無視できない情報が飛び込んできました。タングラムとベルガード両門付近に、設置されていたレーダー施設が破壊されました。このレーダーは自治州領空に侵入する不審な飛行船を補足するために設置された対空レーダーとなっております。開催される前から噂になっていたテロリストと思われます』

 

 『フム・・・。分かった、こちらはすぐにクローディア殿下の元に行ける距離にある。そちらも戦闘の用意を始めろ』

 

 『っ、了解です。お気をつけて』

 

 慌てた様子で念話を伝えてきたユリアなので、信憑性はかなり高いと思われた。

 

 『お聞きになりましたね?』

 

 『・・・ええ。あなたにお任せいたします』

 

 『Yes, Your Highness』

 

 『もうっ、そんなに堅苦しくなくてもよろしいのに・・・・・・』

 

 『ケジメです。終わったらまた昔のように呼びますので・・・』

 

 こちらからの一方的な切り方と堅苦しい口調に、クローディアは後ろに控えているアドルに振り返って頬をぷうっと膨らませて沈黙の抗議を行なった。それに対して、アドルはクスッと微笑してすぐに真剣な面持ちに戻った。

 

 そうこうしているうちにアドルの探知アーツにも引っかかった。身震いするような気持ちの悪い感覚が鋭くなっていく。

 

 そして・・・・・・。アリオスの一声が聞こえてきた。

 

 「方々、下がられよ!!」

 

 見ると強化された窓ガラスに、二機の飛空艇が掃射する機銃が止まることなく当たり蜘蛛の巣状のひび割れを起こしていた。

 

 「殿下、ご無事ですか?」

 

 隣の部屋から会議場にユリアたち他の近衛騎士らも飛び込んでくる。

 

 「ええ、私は無事ですが・・・・・・」

 

 「今のはラインフォルト社の高速艇か・・・?」

 

 「ああ、間違いないだろう」

 

 ミュラーの問いにオリビエ(オリヴァルト)が答える。

 

 「もう一隻はヴェルヌ社の軍用ガンシップですね」

 

 「ええ、連中に奪われたとは報告にありましたが・・・・・・」

 

 キリカと共和国将校が話す。

 

 そのまま二隻の飛空艇は屋上の方に消えていく。どうやらヘリポートに着陸したようだ。

 

 『ふむ、聞こえているようだな。会議に出席されている方々。我々は“帝国解放戦線”である』

 

 『・・・同じくカルバートの(ふる)き伝統を守るために立ち上がった“反移民政策主義”の一派の者だ』

 

 「帝国と共和国で活動しているテロリスト集団・・・?」

 

 熊ヒゲ先生(イアン弁護士)の呟きが聞こえてくる。どうやら、やはりテロリストはやってきたようだ。

 

 『この(たび)、我々は互いの憎むべき怨敵(おんてき)を討たんがため共に協力することと相成った。覚悟してもらおう、“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン!!』

 

 『ロックスミス大統領。貴方にはここで消えていただく!忌まわしき東方人に侵食されたカルバートの伝統を守るためにはそのぐらいの荒療治が必要なのだッ!』

 

 “忌まわしき”・・・その言葉を聞いた時、自分(アドル)の奥歯が鈍い音を立てていたことに気づかなかった。その様子を心配そうに見ていたのは殿下とユリア、それにキリカが気づいていた。

 

 「なんだとっ」

 

 詰所にいたダドリーの怒声が聞こえてきて我に返る。その時にユリア、キリカ、クローディアと目があったので“大丈夫だ”と言わんばかりに握りこぶしを胸の前で軽く叩きアピールした。その仕草に安心したのか、三人の女性らはハッと気づいてそれぞれの別方向を向いた。

 

 話を戻そう。タワーの制御を奪われたため、非常階段を上ってこようとする警備隊が足止めを喰らいエレベーターも使えないようになった。つまりテロリスト側の有利に立ち、我々のほうが不利になったわけだ。

 

 「どうしますか、姫殿下?」

 

 「・・・アドルさん。あなたにはこれを打破する事ができますか?」

 

 少し考えてから質問をぶつけてきた。

 

 「ええ、必要とあらばどんなことでも致します」

 

 少し離れたところから爆発音や、機械の動作音が聞こえてくる。どうやら用意周到にこちらに向かってくるようだ。無人兵器や、グレネードのような危険なものまで・・・。ともすると命さえ脅かされるかもしれない。この場にはリベールの三人しか残っていなかった。支援課が到着し、ダドリーやアリオスが打開するために動いているようだ。

 

 「・・・・・・」

 

 「で、殿下。どうなされました?」

 

 沈黙がここにだけあった。それで心配したユリアがクローディアの様子を伺った。

 

 「貴方はどこまで許されていますか?」

 

 「質問に質問を返すようですが、それはどんな意味ですか?」

 

 「アリシア女王からどのぐらいの権限を与えられていますか?」

 

 「なるほど・・・・・・」

 

 考えも鋭いところを付いてくるようになった。次期女王候補と言われても、おかしくないぐらいまで成長しているクローディアに目頭が熱くなっていた。

 

 「尋問や、その他出来る限りのことを行なって情報を吐かせることまでです。殿下は嫌われるかもしれませんが、生死は問わない行為も私に許されております」

 

 「っ・・・。そ、そう・・・・・・ですか。それならばアリシア女王に言われたことを、そのまま行なってしまいなさい。この会議を乱した罪は重いものと私は考えます」

 

 躊躇しながらも冷酷な命令を下すクローディア。ユリアの目が一瞬、大きく開かれたがそれもわずかな時間だけすぐに無表情に戻した。

 

 「Yes, Your Highness 承知いたしました。ではユリアはこのまま殿下の護衛に当たれ。私は別行動にてテロリストに鉄槌を下す」

 

 「yes my load 了解です。さっ、こちらへどうぞ」

 

 アリオス、ユリア、ミュラーらが活躍したおかげでテロリストは一時撤退をしたと思われたが、エレベーターが地下へ移動しているようだ。どうやら飛行艇に載せている爆弾を作動させるものと思われるのでそれを阻止するためレクター、キリカが向かう。

 

 ロイドらはダドリー、アリオスと共に地下へ逃走しているテロリストらを追跡する様子。

 

 「アドルさんは行かないの?」

 

 不安そうに見つめる我が主、クローディア・フォン・アウスレーゼ姫殿下。

 

 「ええ、私は爆弾解除に向かったユリアが戻ってくるまで貴女を守ります」

 

 「そうですか。それなら安心ですね」

 

 「油断は禁物ですが、大船に乗った気分でお任せ下さい」

 

 不安な表情から一転して、ホッと緊張が溶けたようだった。そしてしばらくしてからユリアらが屋上のほうから戻ってきた。どうやら無事帰ることができたようだ。

 

 「こちらは終わりました。アドルさんはアドルさんの仕事を行なって下さい」

 

 「・・・そうだね。では、姫殿下とユリア?・・・・・・暫しのお別れですね」

 

 「っ・・・・・・。そ、そうですね」

 

 「こちらはお任せ下さい」

 

 クローディアに背中を向けてエレベーターのほうに向かう。エレベーターは利用しないがここで普通の人から見て不可解な行動をとるわけにはいかない。

 

 「あ、あのっ・・・・・・」

 

 ギュッと服の端を強めに掴まれた。声だけで分かっていたので、止まるだけにしておいたが背中越しに抱きつかれた。

 

 「姫殿下・・・・・・、如何なされた?」

 

 俺の声は上ずっているだろうか。想い慕う気持ちは口調に表れていないだろうか・・・・・・。

 

 「どうか・・・どうか。無事に帰ってきてくださいね。それだけが私の望みですっ」

 

 背中から、前のほうに回されたクローディアの手に力が段々とこもっていく。

 

 「Yes, Your・・・「違うっ」えっ?」

 

 混同しないようにお決まりの文句を言おうとしたところ、それを阻止された。

 

 「どうか一度だけ貴方の普段の返事を聞かせて・・・・・・?」

 

 「・・・ああ、分かった。クローゼ、ユリア。俺は必ずお前の元に戻る。これでよろしいか?」

 

 「っ。うんうんっ・・・。きっと、きっとですよ?」

 

 返事に満足したのかゆっくりと回されていた手から力が抜けてくる。そのまま俺は一度も向き直らないままエレベーターホールへと足を向けた。

 

 「やはりこれを使わないとね。俺が作った魔具・虚無を。どうなろうと知ったこっちゃねぇ。忌まわしきの言葉だけで片付けようとするヤツらと、クローディアやユリアを危険な目に遭わせようとしたヤツの命なんかもうどうでもいいわ・・・・・・」

 

 そして俺は左手を自分の顔に当て、一言呟く。“具現”・・・と。すると顔の表面には狐を模したお面で顔が覆われていた。この苦肉の策は、支援課に顔バレしないための策であり万が一、魔具を使うときに嫌悪されないようにと願って造った物だった。

 





 Yes, Your Highness=イエス・ユアハイネス。王族などに対する了解の意。

 yes my load=イエス・マイロード。上官に対する了解の意。

 “具現”=両手サイズの無機物を創造


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魔具

 


 赤い星座の方についた時には遅かったかと思った。それは血だまりができほとんどのテロリストが死んでいたからだった。そして引き上げるシグムントたちと出会った。

 

 「おや、そのお面は・・・?」

 

 「このお面の時は(キョウ)と呼んでくれ。で、誰か生きているか?」

 

 「ええ、情けで一人だけ残してあります。支援課が保護しそうですが・・・。何か用事があればお早めになさって下さい」

 

 「そうか・・・・・・ではな」

 

 少し会話して落ち込んでいる支援課の方へ歩み寄った。最初に気づいたのはティオとワジだった。

 

 「「ッ・・・・・・」」

 

 警戒度最大でこちらを睨んでくる。それに気づいたロイドらもこちらを向いた。

 

 「何者です?」

 

 「あんたらにそれを言う必要があるか?大人しくソレを渡せ。そうすればテロリストの命だけは見逃してやる・・・」

 

 「それを俺たちが信じるとでも・・・・・・?」

 

 「(やっぱ、ロイドって面倒くさい性格だなぁ)本当だったら尋問や拷問するつもりだったのだが、譲歩してこの場で情報を知ろうとしているんだ。アンタらの見ている前で、な」

 

 今の格好は頭全体を覆うフードに狐の仮面、ダボダボしたズボンに両手に隠し持った鋼糸と魔具だけなので一見すると武装していないように思える。少しでも警戒をとけば僥倖だと思っていた。

 

 「分かりました。俺たちの見ている前でしたらどうぞ、勝手になさってください」

 

 「ありがたいが・・・そちらの赤毛の青年はどうしてそんなに落ち込んでいる?」

 

 「・・・こちらにも色々と事情がありますので」

 

 「そうか。ならこちらはすべきことを行なって立ち去ることにする。では誰か監視するか?」

 

 「わ、私が・・・・・・」

 

 そう言うのはエリィとノエルだった。

 

 「・・・・・・ではテロリストの男性よ。こちらに来るがよい」

 

 「ヒッ・・・。お、俺は何にも喋らないぞっ」

 

 どうやら、かなりの凄惨な状態を見たのだろう。血溜まりを見れば大方の予想はつくが。

 

 「安心しろ、記憶から覗き見るだけだ。頑張って、耐えろ♪」

 

 おちゃらけながらも勘ぐられないうちに魔具をはめている手を、テロリストの頭に置く。するとズブズブと頭に浸透していく右手。そして柔らかい感触に至る。どうやら脳内にたどり着いたようだ。

 

 「「ッ・・・・・・」」

 

 女性陣二人は、顔を逸らしてその状態を見ないよう必死だ。

 

 「アガッ・・・ッ・・・・・・・・・ッ・・・・・・」

 

 「大丈夫だ。壊れることはない。(多分・・・)」 

 

 抵抗出来ないように、筋弛緩剤も投与しながらの情報の抜き出しなので拷問ではなく尋問の類になるだろうか。それでも精神崩壊などの副作用も見られる。数分後やっと抜き出しが終わった。

 

 「フム。ご協力に感謝する。支援課の皆さんとテロリスト。では私はこれで失礼しよう」

 

 呆然と立ち尽くすロイドらと、意識が混濁しているテロリストの様子を見て『やはりこうなったか』と思いつつそこを立ち去ろうとした。

 

 「な、なんで?アイツは酷いことが淡々とできる?どうしてっ・・・・・・?」

 

 「あ゛?・・・・・・どうしてこいつらを擁護したくなるのか、その気持ちが分からない。オルキスタワーを襲ったこいつらは言わば悪者だ・・・。人権など存在しないに等しいじゃないか?・・・まぁ、支援課の方々と分かり合おうとは思いもしませんが、ね・・・・・・」

 

 言いたいことは言ってから今度こそその場を後にした。吐きたい気持ちを堪えながら、身悶えする支援課の面々がその場に残った。

 

 今得た情報では足りないと感じたアドルは、黒月(ヘイユエ)のほうにも行くことに決めた。高確率で(イン)がいると考えながら・・・。

 

 たどり着くとこちらには、捜査一課のダドリーと遊撃士のアリオスが黒月と向き合っていた。何やらひと悶着があったみたいだが、こちらも早々に情報を得たいので割り込むことにした。どうせ黒月(ヘイユエ)にも譲れないところがあるみたいだし、一人ぐらい貰ってもいいよね。

 

 「割り込み失礼・・・」

 

 「「っ・・・・・」」

 

 どうやらこちらは気づかなかったようだ。黒月の人たちは気づいていて、それでいて知らせていなかったけれども・・・。

 

 「おやぁ、(キョウ)さん。如何なされました?」

 

 「ツァオ・・・。テロリストを一人貰いたいのだが・・・・・・」

 

 「ふむ・・・」

 

 片手を顎にやり、少々考えるような仕草をしているツァオ。これすら演技に見えてくるのだから、どうしようもない。

 

 「見せかけの演技はいらない。(はよ)ぅ結論を出してもらえないか?こちらにも事情があるのでね?」

 

 「そうですか、それならば一人どうぞ・・・」

 

 ツァオは部下に言って一人をこちらの方に持ってくる。(イン)からの視線の厳しいことったらありゃしない。それに無言を貫いている一課と遊撃士も・・・鬱陶しかった。

 

 「な、なにをするつもりだ?」

 

 メガネが似合う一課のダドリーが、その場の雰囲気が禍々しいことに気づいて尋ねてくる。

 

 「ちょっと拷・・・聞くだけだ」

 

 「おっ、俺は何も知らないっ。知ってたとしても何も言うもんか・・・」

 

 「へぇ、その精神貫けるといいなァ。まぁ脳が焼き切れる前に頑張って俺に情報よこせ」

 

 そう言っている間にも、アドルが右手にはめた黒い手袋はテロリストの頭を物理的に通り、直接脳みそから情報を抜き取ってゆく。

 

 「・・・・・・」

 

 その場にいる誰もが、その光景に目を覆いたくなりそしてツァオの部下らも、吐き気を催してそのまま吐くやつらも多々いた。

 

 「ガッ・・・・・・ヒュー・・・ヒュー・・・・・・ヒュ・・・・・・・・・」

 

 身じろぎを繰り返していた男性も、痙攣をしてそのまま張り詰めた糸が切れるように地面に倒れて動かなくなった。

 

 「・・・・・・精神崩壊か。まぁ、情報は抜き取れたからヨシとするか・・・・・・。お騒がせしたみたいだな。それに耐え切れなかった連中も多少なりともいた・・・と?はは、何が起きるか分からないな」

 

 「ま、待て・・・」

 

 「ん、何かなダドリーさん?」

 

 自問自答して結論へと至り、やることはやったのでその場をあとにしようとしたところで、ダドリーから声をかけられた。それを無視することもできたが、そうしなかったのは何故だろう。

 

 

 「その手にしている黒い手袋は・・・どこかで見覚えがあるのだけれども・・・。まさかお前はロッジの」

 

 「へぇ・・・・・・。まぁ、あながち間違ってはいないか?知っている人まだいたんだ」

 

 ロッジのことを聞かれるとは思ってもいなかった。直接介入はしていないが、間接的にも関わったのだから共犯していると言われてもおかしくはない。それも隠している事だからまだ(・・)真相に近づいた人はいないだろう。

 

 そのまま口を(つぐ)んでしまうダドリーを尻目に黒月(ヘイユエ)へと向き直る。

 

 「一人くれてありがとう。でも、もう用済み・・・」

 

 「そうか・・・・・・。それにしても(キョウ)・・・やることがいつもより壊れていないか?」

 

 「んー?俺は昔っからこうだよ。何も変わっちゃあいない・・・」

 

 首をかしげて考えてみても、その答えは出てこない。普通の状態と、段々と壊れてきているのが交差しているのか自分でもわかってなかった。 

 

 「・・・・・・」

 

 「あれ、(イン)さんどうかした?」

 

 「何でもない・・・」

 

 「ふぅん。まぁ俺はやるべき事をしたから俺の依頼主のとこに戻るわ。その人の成れの果てはどうにかして?」

 

 「・・・・・・ふぅ、こちらで何とか片付けておきますよ。でも一つ貸しです」

 

 ツァオのその返事を向き直らないで聞いて、片手を上げ返事をする。後ろに感じるのは恨み積もった一課のダドリーと遊撃士のアリオス・・・。それに(イン)の視線だった。




 この話だけ風の聖痕(スティグマ)から応用した道具を使ってます。この話の中では魔具と呼んでいる物です。


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碧の軌跡~束の間の休息~
休暇



 ミシュラムでの話となります


 

 「ふぃー・・・・・・。どうしてこんな事に。絶対裏あるよなぁ。ベルのヤツ何考えているんだか」

 

 俺は朝早く、特別に用意された水上バスでミシュラムへと向かっていた。事の始まりはこんな具合だった。会議は思わぬ展開で幕を閉じた。それは新市長がクロスベルの独立を提唱してしたのだ。そして荒れに荒れた会議だったが、首脳も無事にそれぞれの国に帰ることができた。

 

 だったら、アドルの護衛は終了したのだからリベールに帰還しなきゃならないとも思った。しかしそれも思い出す必要がある。それは、クローディアとユリアがアルセイユでリベールに戻ろうとしていた時の直前だった。

 

 「さて、アドルさん帰りましょうか?」

 

 「了解です」

 

 「お待ちください」

 

 見るとタラップの外側にマリアベル嬢が立っていた。それで離陸を一時中断して話を聞くことになったのだが、護衛やその他の仕事で疲れた体を癒すためにミシュラムに保養に来ないか・・・、と言うものだった。その時のクローディアには、こめかみに青筋が現れていたが快く?俺を送り出してくれた。

 

 『早く帰ってきなさいよ。無事に帰ってこないと許さないんだから・・・・・・』

 

 これが遠くなるアルセイユから念話で聞こえてきた言葉だった。そして俺の横には嬉しそうにしているベルがいるが、どうも作り笑顔のような気がして気が安らがなかった。

 

 「ベル・・・。お前は何を考えている?そしてお前の親父も何を考えているか読めん」

 

 「・・・ただあなたにも休息が必要と考えただけのことですわ。それと、あなたにはとっておきのところで手伝って頂きたいのです」

 

 ミシュラムに着くと2,3人泊まれそうな部屋に俺一人だけ使用させるみたいだった。しかし、都合のよい話には必ず裏があるのが鉄板。みっしぃランドで働くことになった。そして俺がいるのは将来を視るところ。最近、恐ろしいぐらいに近い将来を当てていることをどこかから聞きつけたのだろう。それを使わない手はないと言う訳でここにきた。

 

 「ま、いいのかなぁ。顔をベールで隠しているし一応、声にもボイスチェンジャーを当てているから特定はできないだろう。それにしても誰かと遊べないだろうか」

 

 ウロウロとしているわけにはいかないので、ただひたすら待つこと数時間。目の前には絶世の美女らが二人いた。

 

 「ここね~。良く当たる占いってのは。リーシャここに来て」

 

 「イ、イリアさん・・・」

 

 どうしていきなり知り合いが来るのだろうか・・・・・・。ベルにドッキリでも仕掛けられているのではないかと思いつつも仕事を開始した。

 

 「いらっしゃいませ、どんなことを聞きたいですか?」

 

 「ここの売りって何?」

 

 「それは近い将来の出来事を告げると言うものです。それは良くも悪くも正直に伝えますので、それが嫌な場合もあります。その場合は告げる前にここを立ち去ってください」

 

 「別に構わないわよ。どんな悪い運命だって払いのけてやるんだから・・・」

 

 イリアはそう言って挑んできた。そのほうが俺もやりやすい。・・・とは言ったもののイリアには特大の苦難が待ち受けていることを()て驚いた。その回避する方法に俺とリーシャが関係していることにも驚きを隠せなかった。ヘタをすると気づかれるかもしれず、慎重に告げる必要があった。

 

 「・・・・・・では告げる。まずはイリア・プラティエのほうからだが、この先見たこともないほどの苦難が待ち受けているだろう。そしてそれはあなたの仕事を奪いかねない出来事である。それを回避するにはある一組の男女の助けを使わなければならない」

 

 俺はしゃがれた声を出して告げた。それに驚いた表情を浮かべているのはリーシャ。イリアは動じていない様子だった。

 

 「ふぅ~ん。そ・れ・で・・・?」

 

 「それでって事はないでしょ!イリアさん・・・!っ、あなたも変なこと言わないでよ」

 

 「おやおや、だから先に言ったではありませんか。どうしますか?とね」

 

 「くっ・・・・・・」

 

 「それでもう片方のほうはどうされますか?」

 

 イスを立って去ろうとしているリーシャに問い尋ねる。

 

 「リーシャ、私は大丈夫だからあなたも聞いてみなさい」

 

 渋々といった具合にイスに再度腰掛ける。

 

 「では告げる。近い将来、あなたのことを想っている・・・そんな人と出会うであろう。しかし・・・その人のことが読めない。すまない、こんなあやふやな予言で・・・・・・」

 

 「・・・・・・」

 

 「ちょ、ちょっとリーシャ?大丈夫。熱を出したように赤く染まっているけれど・・・(ニヤニヤ)」

 

 「いっ、いえ何でもないです。・・・少し胡散臭いとは思いますけれど、これが本当だったら嬉しいですね。一番・・・ですか、誰でしょうか?」

 

 「確かなことは言えませんが、どうやらあなたも探しているように向こうも探している様子。どこで会うかは分かりませんが衝撃的な出会いをするぐらいでしょうか・・・・・・」

 

 「あっ、ありがとうございます。私はこれで失礼します。イリアさん、またあとで~」

 

 リーシャはそのまま駆け出してすぐにいなくなった。そしてそこにはイリアと俺が残った。

 

 「へぇ、リーシャもあんな風に笑うんだね・・・・・・」

 

 「おや、イリアさんどうかされたんですか?」

 

 微笑ましくリーシャを見送るイリアの顔を見ながら呟いた。

 

 「あのさ、間違っていたらごめんだけど・・・・・・」

 

 「ええ、何でしょうか?」

 

 この展開はまずいと直感的に思った。そしてそれは現実のものとなる。

 

 「あなたさぁ、リーシャの兄・・・でしょ?」

 

 「・・・・・・面白い考え方ですね。どうしてそのように思われるのですか?」

 

 動揺を隠して声に強調を付けないように喋った。

 

 「女のカンよ、カン。それとあなたがリーシャを見つめる様子が赤の他人を見るのではなく、本当に心から気遣う家族と同じ愛を感じたからよ。で、どうなの?」

 

 「・・・参りましたね。どうしてそこから分かるんでしょうか。実を言うと私も最近、リーシャの存在を確信するようになりましてね。それで理由をつけてクロスベルに滞在しているんです」

 

 「へぇ、そっか。それでちゃんと会うんでしょ?まさかこのまま去ったりしないよね?」

 

 「ええ、それはしないつもりです。どんな形であれ、リーシャがここにいたことは間違いのないことですし、俺も逢って話したいですからね。それでも最近の状況が悪化し続けているので、いつになるか分からないですから」

 

 「あんたってイイ男よねぇ」

 

 バシバシと音が出るぐらい平手を使って背中を叩かれる。少し力が入っていたがそれは照れ隠しかもしれない。

 

 「さっき言った事は忘れないでくださいね。イリアさんにはほとんど避けられない悲劇が待ち受けているんですから。回避することもできますが確率数パーセントと言ったところでしょうか。なによりも軽微にするほうが確率は高いでしょう。その時になったら近くにおりますので・・・・・・」

 

 「私はそんなに深刻に思ってないのよ。どうしてあなたがそこまで思うのか分からないわ」

 

 そう言いながらアドルの元を去っていくイリアだった。

 

 「・・・・・・それは、ね。イリアさんのおかげでリーシャがスクスク成長しているからですよ。小さい頃は泣き虫で笑うことが少なかったリーシャだったのに、儚げに笑う表情でも顔に変化が現れていることに驚いているんです。だからかなぁ・・・。それでも厳密に言えば兄・・・ではないんですよ。兄であれば良かったですが・・・・・・」





 イリアが気づいたのはこれからに繋げるため少しカンを鋭くさせてみました。これから数話でインターミッションを終えると思います。次話は夜中の語らいでしょうか。ロイドの見せ場をアドルが取ります。

 次回:月夜の真実


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月夜の真実


 ロイドの見せ場を一つ潰します。リーシャの父親の名前を捏造。


 

 それはミシュラムで一日視る仕事を行ない、その後昼食をマリアベルと楽しんだあとの夜のことだった。眠れなくなった俺はラウンジで水でも飲もうかと思って起きた。するとそこには見知った顔がソファに座って窓の外を眺めていた。

 

 「リーシャ・・・?」

 

 「アドルさんでしたか。ど、どうしてここに・・・・・・」

 

 「俺もマリアベルに呼ばれてね。休暇をとっていたところさ。そしてこのホテルの部屋を用意してくれていてね。だけど、眠れなかったから水でも飲もうかと思ったらリーシャがいたわけさ」

 

 月夜にリーシャを見るのは初めてかもしれない。とても、とても綺麗だった。そして見惚れてしまった。それを隠そうとしても無理だった。心臓の鼓動は高なりを抑えきれずにいたためだ。

 

 「・・・・・・?ごめん、いきなり声をかけて驚かせたか?」

 

 「あはは、そんな・・・私がただボーッとしていただけですし・・・・・・」

 

 沈黙がその場を包む。

 

 「えっと・・・そこいいか?」

 

 リーシャが座っているソファを指さして同意を求める。

 

 「・・・・・・(コクン)」

 

 正面に座って向かい合う。満月の光が辺りを照らし、荘厳な雰囲気を出していた。

 

 「凄い月だな・・・。いつも見慣れている光景なのになぁ。ここはクロスベル市と違って街の明かりが少ないおかげかな?」

 

 「ふふ、そうですね。・・・・・・」

 

 またまた無言。リーシャは何かを考えているようだ。

 

 「その・・・最近同じ夢を何度か見たんだ」

 

 「えっ?」

 

 「俺が、夜中にふと起きて女の子とバッタリ出くわして2人っきりになった夢を・・・。正直起こらなさそうな夢だとは思ったけど、正夢になるなんてなぁ」

 

 「ふふっ・・・・・・」

 

 やっと少しその場が和らいだように思えた。

 

 「アドルさんは不思議ですね。誰かに側に居て欲しい時に本当にそこに居てくれて・・・・・・そこにいるだけで何だか安心できてしまう。ふふっ、あなたのそばにいる人が幸せです」

 

 「買いかぶりすぎだよ。これでも最近は思い悩むことが多々あってね。もっと、もっと強くならなきゃって思うんだ」

 

 「そうでしたか・・・・・・」

 

 「なぁ、リーシャ。失礼かもしれないが、聞かせてもらっていいか?」

 

 「え?失礼だなんて・・・・・・いったい何でしょうか?」

 

 俺は佇まいを正して問いかける。

 

 「どうして君はそんなに、そんなに(はかな)い目をして笑うんだ・・・・・・?繋ぎとめていないとどこかへ行ってしまいそうなぐらいの・・・・・・そんな表情を浮かべて笑うんだ?」

 

 「・・・!」

 

 「思えば最初に会った時からそう思っていた自分がいた。アルカンシェルで、イリアさんに望まれて最高のステージで活躍して・・・・・・。リーシャ・マオと言えば今やクロスベルじゃ二大有名人だ。なのにどうして・・・・・・どうして君はいつも何かを諦めたような微笑みを浮かべているんだ・・・・・・?」

 

 「ど、どうしてそんな・・・」

 

 「俺にも家族というものがあってね・・・。今は無き母親がいつもそんな表情をしていた。その表情の意味に気づくのに少し遅れたけれども・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 「その人の笑みは、大好きな人にもう会えないという哀しみに耐えようとするものだった。だったら、君は・・・・・・?イリアさんが大好きな君はどうしてそんな風に笑うんだ?彼女はいつも君の側にいるのに」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 またしばらくの沈黙の時間。そして・・・。

 

 「正直、驚きました。鋭いなと思うときはありましたがまさかそこまでなんて・・・・・・」

 

 「俺の予想は正しかったのか?」

 

 「ええ、概ね正解です。多分、私はそう遠くないうちにアルカンシェルを去りクロスベルから居なくなると思います」

 

 「やはり、か。理由は俺が聞いちゃいけない内容か・・・」

 

 「はい。でも、そうですね・・・。詳細は止めておきますが私には本来歩むべき道があるんです。家業と言ったほうがいいかもしれませんが。小さい頃からそのために生きてきました。気の遠くなるような昔から祖先が受け継いできた道。今となっては何のために歩んでいるのか分からない道ですが」

 

 「・・・・・・」

 

 「でもだからと言って否定できるようなことではありません。少なくとも父はその道を受け継ぐことに意味を見出しているようでした。世界そのものに働きかけ、歴史を動かすきっかけ足り得る、暗く密やかな道を・・・。そして私も父からその道を受け継ぎ今まで歩いてきました。多分これからも……」

 

 「(やはり君は・・・・・・)・・・・・・」

 

 「ふふっ、変ですね。私イリアさんが勧めてきたワインはちゃんと断ったんですが・・・。それともこの綺麗な月の光に酔ってしまったのかしら」

 

 「そうか。全てに関して納得がいった」

 

 「えっ・・・?」

 

 「君の父親の名前はエリック・マオだな?」

 

 「っ。ど、どうしてそれを・・・?」

 

 深呼吸をしてから更に言葉を紡いだ。

 

 「俺の名前はアドル・Mと名刺にあったな。それを支配人から見せられているはず。どうだ?」

 

 「・・・・・・(コクコク)」

 

 大げさなぐらいリーシャの頭が上下に頷く。

 

 「フフッ。俺がクロスベルに来たことにはちゃんと意味があったってわけか。この時ばかりは出会いについて女神(エイドス)に感謝しておこう」

 

 「・・・・・・?ま、まさか・・・あなたは」

 

 「今度はちゃんとフルネームで自己紹介しておこう。アドル・マオだ。また会ったな、リー坊?」

 

 「っ。その呼び方は一人しか知らない呼び方。お、お兄ちゃん?」

 

 信じられないものでも見るかのように、仰天に染まるリーシャ。

 

 「ああ、もっと確信が持てるようにしようか?ちっちゃい頃は、いつも俺の後ばかりついてきては転んで泣き俺に慰められてよく笑い、そして父親によって持ち逃げされた。俺が呼んでいた時の名前はリー坊。そしてお前は東方人街で不老不死と呼ばれるまでに至った(イン)だな?」

 

 「・・・っ。・・・・・・う、うん、そうだよ。私が父の後を継いで(イン)をやってます」

 

 リーシャは、会えて嬉しかったみたいだが俺には喜びが無かった。それは偽りを語っているからかもしれない。しかし、アドルには言わなければならないことがあった。それはリーシャの心が揺らぎ危うい状況へと移っていたからだ。

 

 いつもの天真爛漫な性格と、仕事をしている時の冷酷非道な性格が分たれている状況だったからだ。いつかは精神崩壊の危機に至ると考えて話したたのだ。

 

 「それで…。今の(てい)たらくは如何なものだ?」

 

 「えっ?」

 

 「どうしてそんなに気持ちが分たれている?どうしてクロスベルから逃げようとしている?そんなんだと、一番大切なものが守れなくなるぞ?」

 

 「ど、どうしてそれを?・・・も、もしかしてみっしぃランドで会った将来を視る人ってお兄ちゃん?」

 

 「ああ、そうだ。ベルに言われてな、手伝っていたんだが二人の将来があんなんだとはなぁ」

 

 ソファから身を起こし詰め寄って来そうなリーシャに俺は動揺して揺れ動く心を突いた。それは残酷なことかもしれないが、リーシャが成長するには大切なことだと思った。

 

 「お兄ちゃんは私にどうしろと・・・・・・?」

 

 「・・・何かを求めるつもりはない。だが、その生ぬるいまま今を続けるのであれば銀剥奪の為一騎打ちでも仕掛けようかと思ってな・・・・・・」

 

 一気に力を抜くと柔らかいソファは、俺の身体を物質的に包み込んだ。それを呆然とした表情で見つめるリーシャ。

 

 「・・・・・・・・・」

 

 「これから自治州を巡る事態は深刻さを増してゆく。その時が来た時にお前がどう行動するか、見ものだな。だが、忘れるな。壁に行き当たった時には呼べ。力になろう。夜は深まった、早う寝なさい。辛辣な言い方だったかもしれないが俺はリー坊に会えて本当によかった」

 

 「うん、私も嬉しかった。行方不明だった兄さんが同じクロスベルにいて再会出来たんだもの。兄さんの忠告を胸に考えてみるよ・・・・・・」

 

 「ああ、それがいい。まだ事態が動くまでに少しの時間が残されているはずだ。まだ若いんだから悩み抜いて・・・それで結論を出すが良い。どんな事になったとしても応援する」

 

 「うん・・・おやすみなさい」

 

 最初に見たときよりも晴れ晴れとした表情になって、リーシャはそこから居なくなった。

 

 ――次に来たのは・・・・・・――。

 

 「アドル兄さん?」

 

 「っ、キーアだっけ・・・?」

 

 リーシャが去ってから少し経って、幼い女の子の声がアドルに届いた。

 

 「う・・・ん。少し眠れないの。そばにいていい?」

 

 「ああ・・・。おいで」

 

 自分が座っているソファを手で叩き、横に来させる。

 

 「どうした、キーア?怖いことでもあった?」

 

 「うん、さっきロイドと寝てたんだけど・・・怖い夢見ちゃって起きたんだ・・・・・・」

 

 と、言いながらも眠たそうだった。

 

 「そっか・・・・・・」

 

 このまま寝てもいいように、自分が羽織っていた服をキーアに被せてみる。もどかしい気持ちでいっぱいだった。この時間軸のキーアは何も思い出していない・・・。俺はキーアに関する全ての記憶を持っているのに・・・・・・どうして?と言う気持ちでいっぱいだ。その事でキーアを詰問する事はできないけれども。

 

 「お兄ちゃん?」

 

 「ん、どうかした?」

 

 「どうしていつもキーアを見るときみけんに、しわよっているの?びょーき?」

 

 「っ、何でもないんだ・・・。何でも・・・・・・。それよりもキーア、眠くない?」

 

 「うー・・・ん、眠いかな?お兄ちゃんとしゃべっていると何だか落ちつく・・・・・・」

 

 覚えていなくても、心のどこかで求めている?のだろう。半分眠りに落ちたキーアを、ロイドたち男性陣が寝ている部屋の入口まで同行して室内に導いた。

 

 「おやすみー」

 

 「うん、キーア。おやすみ(今は焦ってもどうしようもない。このまま見守るしかないだろう)」

 





 


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閑話・それぞれのその後


 リーシャ&イリア。セシル&シュリ。ティオ&エリィ&キーアがそれぞれ同室です


 

 ~リーシャside~

 

 「~~♪~~~♪」

 

 私は、部屋に帰る途中から上機嫌なのを隠すことは出来なかった。そして多分、部屋にはイリアさんがいるだろうが寝ていることを願っていた。こんな幸福そうな表情を見られたら、いじられる事は確実だったからだ。その願いは木っ端微塵に砕かれたけれど。

 

 「・・・・・・」

 

 気づかれないように部屋のドアを開いて、そぅ~っと室内に入る。暗闇だけれど、私には昼間のように見える。これは夜目がきくせいだろう。――あと少しでベッドに入れる・・・・・・。

 

 「リーシャちゃ~ん。どこ行ってたの?」

 

 今の私には死刑宣告のような声が横から聞こえてきた。

 

 「イ、イリアさん・・・・・・?」

 

 「ねぇ、ど・こ・に行ってたの?」

 

 明らかに不機嫌な声?いや、少し雰囲気が違う。これは明らかにからかっている口調だ。どうしよう。

 

 「み、水を飲みに行ってたんですよ」

 

 嘘じゃない、嘘は付いていない。ただちょっとだけ伝えていないことがあるだけ。

 

 「それにしては嬉しそうな顔をしているわね・・・・・・?」

 

 この室内はまだ証明を付けていない。暗がりで何を言うか・・・、とも思ったけれどイリアさんの直感も素晴らしいものがある。暗闇で見えなくても、何となくで相手の表情を読み取ってしまう。超一流劇団員の証だ。

 

 「イリアさんはお酒に酔っているんですよ!」

 

 だ、駄目だぁ。いきおいに任せて言っちゃったけれどこんな事で納得するはずがない。

 

 「当ててみましょうか?」

 

 「えっ・・・・・・?」

 

 だけれど、私が想像したものとは違う・・・・・・いいえもっと斜め上を行く発言をイリアさんがしたので私の思考は硬直した。

 

 「お兄さんと再会でもした?」

 

 「っ。ど、どうして?」

 

 「どうしてだろうと思う?」

 

 はっきり言って予想できなかった答えだったが、二つぐらい予想付いた。

 

 「えっと、イリアさんと前から知り合いだった?それか何かの拍子にイリアさんがお兄さんに気づくことができた?」

 

 「んっふっふっふ・・・・・・。どっちだと思う?正解は、私がお兄さんだと気づいたが正解よ」

 

 部屋に明かりが灯されると、ベッドの上で腕組みをしながらこちらをドヤ顔で眺めているイリアさんがいた。

 

 「いつ・・・ですか?」

 

 「最近よ。と言うかさっき?」

 

 「ええっ・・・。あっ、将来を視た時ですか?」

 

 「そうよ。あなたを見る雰囲気が、妹を見守るような感じだったからあなたがいなくなってから聞いてみたの。するとあっさり認めたわ」

 

 「そうでしたか・・・・・・」

 

 「それにしても・・・・・・」

 

 「ど、どうしたんですか、そんな表情で?」

 

 「あのお兄さんってリーシャの事を本当に気遣っているんだなぁ~って思ってね。・・・茶化す意味ではないけれどちゃんと大切に想うのよ?家族ってのは本当に一番重要な宝なんだからね?」

 

 「~~~っ。う~、う~っ。ま、まぁお兄さんのことは大事に思いますよ。何たって唯一の心と心を結ぶ絆なんですからっ!」

 

 イリアさんの言い方にはドキっとするような言い方も含まれていたが、私は一度引き離されそして再度結ばれた絆をもう無くしたくはなかった。だから、私は絶対に兄さんから離れないよ。

 

 「よしよし。あら?少し外が騒がしいわね、どうしたのかしら」

 

 「え、ええ。そうですね。誰かを探しているような・・・」

 

 

 

 ~アドルside~

 

 「とうとう見つけた・・・。いや見つかった?どっちだろ」

 

 歩きながら思うのはさっきの光景。妹と再会できた喜び。一番大切な思い出だからだろう。

 

 「妹が(イン)かぁ。想定はしていたけれど、結構酷な結末だったな・・・・・・」

 

 妹を前にして一瞬、ドス黒い感情が芽生えたのも事実だ。(リーシャ)を亡き者にして俺が裏社会で恐れられている銀になるんだっ・・・・・・。って思ってすぐに消した。だけど、俺の感情の奥深くにそのような想いが未だあったことに驚いた。

 

 嬉しさ半分、欝気分半分の状態で自室に戻ってきた。少し乱暴に、バネの効いたベッドに体を投げ出しつつ横になる。

 

 「俺、どうしたいんだろ・・・?」

 

 それにしても綺麗になってたなぁ。別に幼い頃は可愛いがしっくり来るものだったが、今じゃ出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでて・・・・・・。

 

 「こ、これじゃあただの変態おっさんの思考じゃねぇか!!」

 

 誰かが見ていたら百面相をしているアドルを茶化しただろうか。それとも可哀想な目で見られただろうか・・・。どちらにしてもそれは避けたい事だっただろう。

 

 「はぁ・・・・・・」

 

 さっきから自問自答しているのにそれは虚空に消えていく。誰も答えるものはない。

 

 (認めちゃいなよ)

 

 心の声がそう聞こえてくる。

 

 「何をだ?」

 

 (あんたが犯した罪が蝕む。幸せになることなんてできない)

 

 「俺にだって人に与えられた最低限の幸せを噛み締めることぐらいできるはずだ」

 

 (無理だな。それにあんたは人とは違う(ことわり)の中で生きている。いかに自分を取り繕ったところで行き着く先は皆一緒さ。・・・・・・ほら耳を向けてみな)

 

 「ぐっ・・・・・・」

 

 俺の思考なだけあって、痛いところを的確に突いてくる。そう、俺は人間という枠から外れて生きている。それは事実だ。人間じゃない・・・それは今まで隠してきた事実の事だった。

 

 (俺がどうこう言うわけじゃない。それにあんたの事が心配だ。※※の事を言ったら利用しようとするに決まってる。早くここを出て独りになろうぜ…?)

 

 「煩わしい・・・・・・」

 

 (・・・まぁいいさ。お前がどう考えていようとも、分岐点は必ず来るぜ。それはお前が望もうとも、望まないとしても、だ)

 

 考えるのをやめるとそれは消えた。だが、こう考えるのはこれが最初ではない。最近、頭痛と共に思考が欝になるのが増えている。

 

 「多分、俺は見つけて獲得したものを失うのが怖いんだろうな。人は何かを得てそして失っての繰り返しだって言うのに・・・・・・。ハハッ、少しはまだ人間らしいことも残ってるじゃないか」

 

 さて寝ようか・・・と思ったときのことだった。

 

 「あらま、俺の髪の毛が薄紅色に?誰かが呼んでいる?この波動はキーア?思い出したか?」

 

 アドルのその呟きは聞こえたか、聞こえないかぐらいの小さな声。そして一瞬だけ、眩い光が部屋を照らしその場には誰もいなくなった。





 アドルの髪の毛が薄紅色になったのは、昔のアドルに戻りつつあるからです。そろそろ主人公設定を新たにしないと、自分自身も分からなくなりそうで怖いです。

 EDF!EDF!サイコー


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不完全





 

 闇夜を滑るようにして空を飛んでいた。眼下にはロイドたちが何か得体の知れない物・・・多分誰かの式神と思われる魔獣と戦っているのが見えた。しかし今のアドルにはそれをどうにかしようという気にはなれなかった。それは目の前に広がっている至宝の光を見たからだった。

 

 「どうして・・・・・・どうして・・・なの?」

 

 その場には、一人の幼い少女が鏡の城を見上げて呟いていた。その横に音を立てることなく降り立つアドル。

 

 「どうした・・・?」

 

 「だれ?」

 

 虚ろな目でこちらを見てきた。そのどこを見ているのか分からない目に少し驚きながらも返答することにした。しかし、この姿で出会うのは初めてのこと。アドルと言う名前は使えないだろう。

 

 「私の名前は“始まりにして終わりを意味する者”イニティウム・フィーニスと言う。好きなように呼んでくれて構わない(これが本当の名前・・・)」

 

 「え、えっとぉ・・・・・・」

 

 言いにくい名前に圧倒されたのかもしれない。目の前にいる少女の発光現象が、一時収まったかのように見えた。

 

 「じゃ、じゃあね・・・。フィーって呼ぶね!」

 

 「女性っぽい呼び方だな・・・。ま、まぁ好きに呼んだらいいさ。それでキーア、君はどうしてここにいる?」

 

 「ふぇっ・・・・・・。キーアどうしてここにいるの?」

 

 俺はそれを聞いて一気に肩の力が抜けた。そして今までは光を放っていたのに、光が消えてここにいるのはただの少女だった。

 

 「おいおい。ロイドたちが心配してここにやってくるぞ?寝ぼけたにしてもここまで自分で歩いてきたのか?」

 

 「う、うーん。夢の中で誰かがキーアを呼んだような・・・・・・」

 

 「そっか・・・・・・。(キーアの完全な至宝開放まで時間は少ないってことなのかな)ほら、ロイドたちのところまで送ってやっから背中におぶさりな?」

 

 「ありがとー。キーアもう眠くって・・・・・・」

 

 言いながら背中に少しの重みをもたらし、もたれかかってくるのを感じた。それでゆっくりと片膝を付いていた状態から立ち上がった。懐かしさを感じながらしばらく歩いていると、中央広場のほうからロイドたちが大慌てでこちらに向かってくるのが見えた。

 

 「はぁっ・・・はぁっ・・・・・。その後ろにいる子は知っている子なんですが・・・・・・」

 

 「そうらしいね・・・・・・。(あぁ、そっか。この姿でロイドたちの前に出たことないもんなぁ、知らない人を見るような堅い表情を浮かべているわけか)」

 

 こちらを見てこわばった表情を浮かべているロイドたち6人。戦闘で疲労困憊な中。急いでここにやってきたのだろう。

 

 「返して・・・下さい」

 

 ティオの声が小声で聞こえてくる。

 

 「私はこの子を保護しただけなのだかな。誘拐犯のように思われても嫌だ。それに教団の生き残りが何をのたまう?」

 

 「「っ」」

 

 ロイドとティオが息を呑むのが分かった。こちらは事実を述べたまでのこと。困らせるつもりは無かったのだがそれだけで、残りの人たちも武器を構えるのが横目で確認できた。

 

 「これが最後です。早く、早くその子を返してください」

 

 「・・・はぁ?なんだ。あんたらはつまらないな。今のこの子には用は無いから返すよ」

 

 両手に風を集めて、キーアをその上に横たわらせそのままロイドらに渡す。

 

 「な、なんだこのアーツは・・・・・・」

 

 「この形状はエアリアルのようにも見えますが。体が切り裂かれません」

 

 驚きを隠せない6人を尻目に、私は警告を投げかけることにする。

 

 「一つ言っておこう。その子にはある時、重大な選択肢が投げかけられる。その時、支援課の諸君はどのような結論を出すかな?その子は全ての鍵だぞ・・・・・・?」

 

 「っ」

 

 皆が、驚いた表情を浮かべてこちらを凝視していた。

 

 「あれ、どうして知っているのかって?それは・・・ね。私とキーアがとても近しい関係だからだよ?」

 

 「それはどう言う・・・・・・?」

 

 「どう言う事ですか?」

 

 ノエルやエリィが聞いてくる。ここで(アドル)だと言いたいが、それを言うと万が一の時、戦わなくてはならないかもしれない時に戦えない。それを隠して始まりと終を告げる者として行動する。

 

 「私はそのためにここに来たのだから。この後、クロスベルに大いなる転機が訪れる。選択を迫られた時に私はもう一度姿を現そう」

 

 言うことは言ったと言わんばかりに向きを変えて立ち去った。両手を広げて、重力を操りあ然とこちらを眺めている面々を横目に雲の上まで上昇する。

 

 後ろから「待って・・・」とか「名前を聞かせて・・・」という声が聞こえていたが、それらをすべて無視した形になったが、どうせすぐに再会するだろうと視ていた。

 

 雲の上に行ったものの、少し気になって鏡の城を調べてみることにした。触り程度だが、もし何かにキーアが反応したのであれば自分にも何か関係のあることだからだ。 

 

 「どれどれ。フム・・・・・・。なるほどね。巧妙に隠されはしているが、“鐘”が関係しているのか」

 

 触り程度のつもりだったが思わぬ収穫だった。クロスベルのいたる所に置かれている鐘の持つ意味が随分と分かったような気がした。キーアに執心していたヨアヒムが、ここまで分かっていたとは考えにくいがクロイス家が関係している事は明白の事実となった。

 

 「さて、問題はベルがいつ起こすか・・・だ。リー坊にも言っておいたが、イリアさんの結末にはほとんど最悪の結末しか視えなかった。それは何なのかは分からないが、リー坊が横で泣いているのが視えた。あいつの泣き顔はもう見たくない。それが嬉し涙だったら良いが誰かを失うことの涙だったらその原因を作ったやつを殺してしまうかもしれない」

 

 ギュッと握りこぶしに力を入れて、数年ぶりに再会を果たしたリーシャに対する家族愛を示したアドルだった。 

 

 「その家族愛が偽りだったとしても、その愛が見せかけだけのただ薄っぺらい何かだったとしても、この瞬間、今だけは守りたいんだ。それが偽善だったとしても・・・・・・」

 

 その横顔はもし誰かが見たのであれば、心配し戻ってきて覗き込むようなぐらい落ち込んでいた表情を浮かべていたそうだ。

 

 





 イニティウム・フィーニスですがアドルの昔の名前です。ラテン語で始まりと終わりを意味する言葉です。


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水上バスにて・・・

 やっと秋らしい天気が続いている毎日です。皆さん如何お過ごしです?


 その後、ホテルに戻り疲れた体に冷たいシャワーを浴びてスッキリさせてから眠りにつくことができた。そして遅い朝食を取った後、水上バスに乗りひと時の休息を終えるのだった。アドルにとって実りの多い休息になったことは間違いなかった。偶然、ロイドたちとも乗り合わせたが疲れているのか声をかけてくることはなかった。

 

 「ふぅ・・・・・・」

 

 水上バスの二階の部分、風の通りが良い場所に陣取って昨晩ミシュラムで起きた出来事を振り返っていた。濃い夜だった。リーシャと再会して、キーアの半覚醒状態と出会うことができた。

 

 「おにぃty・・・・・・アドルさんも一緒でしたか?」

 

 後ろから控えめな声がかかる。見知った、それも昔いつも聞いていた声だった。そして昨晩と同じ声だったから振り向かなくても分かる。リー坊の声だ。

 

 「おやおや、リーシャですか。あなたと一緒に帰れるなんて、夢のようですね?」

 

 まだ、兄妹と言いたくなかった。恥ずかしいとリーシャが言ったためだ。もう少ししたらみんなに打ち明けたいと言ってたが、この件に関してイリアさんの口止めが難しかったらしかった。

 

 

 ~朝食後~

 

 朝食後に偶然二人と会ったアドルだったが、ニヤニヤするイリアさんと、その様子を見て恥ずかしそうに柱の裏に隠れようとするリーシャがいて混沌(カオス)だった。

 

 「ほれほれ、どうだったの?昨晩再会して・・・・・・どうだったの?おねーさんに包み隠さず話してみなさいな!」

 

 「え、えーっと。ま、まぁ久しぶりに兄妹の絆を確かめ合うことができましたよ」

 

 「もっと面白いコメント出来ないの?」

 

 イリアの暴走が止まらなくなってきた。柱の裏に隠れようとするリーシャを引きずってきて俺の前に連れてきて話させようとするのだ。

 

 「・・・・・・あぅ。お、おはよー?・・・・・・お、お兄ちゃん・・・。はぅー・・・」

 

 「お、おぅ。おはようリー坊。昨日ぶりだな?」

 

 「う、うん。・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 こんな具合に夜は月に魅了されていたのか、あんなに喋っていたのに朝起きてもう一度出会ってみると、二人の様子は違うものとなっていた。

 

 「あんたたちを見てると漫才が出来そうね。ね、ね、やってみない?」

 

 イリアはイリアでむちゃくちゃな発言を繰り返していた。それも耳に入ってこないぐらい、緊張の渦に取り込まれていたのだ。しかしここでアドルはふと気づいたように言う。

 

 「そういえばここのフロアには誰も泊まってないはずだが、どうして二人はここに来たの?」

 

 「昨日の密会からアドルもここに泊まってるはずと思ってね、どこにいるんだろう?ってリーシャが気にしすぎるもんだから探しに来たのよ。リーシャの普段着を見れて嬉しいでしょ?」

 

 そういう事か、と思ってまじまじと正面に立つリーシャの服を見てみる。

 

 「ふむ・・・・・・初めて見るが可愛いな」

 

 自分の心に思っていたことを言葉にして出てしまった感想は、ストレートすぎるものだった。それはリーシャの顔を真っ赤に染めるのに十分のダメージだった。

 

 ※作者の表現不足ゆえここで着ているリーシャの服についての補足情報です。ベトナムのアオザイをイメージしてください。上部は白に花柄。スカートは淡い水色でゆったりとした雰囲気。

 

 

 「ほほぉ~。可愛いだってさ。リーシャ良かったね?って。あ、あれ?」

 

 「直立不動で気絶・・・してますね?からかいすぎたでしょうか?」

 

 「あまり異性から言われることのない殺し文句だったから、すんなり心を打ち抜いたんでしょ?あとのことは私が見ておくわ。邪魔したわね」

 

 「いいえ、朝から楽しい思い出が作れたので邪魔とは思いませんよ」

 

 「そう?それは良かったわ」

 

 イリアは自分の肩にリーシャの腕を絡ませ、顔を真っ赤にして気絶しているリーシャを半ば引きずる形でそこから出て行った。

 

 バタンと扉の閉まる音が聞こえてアドルは一息ついた。それは疲れた時に出る溜息ではなく、嬉しさを実感したいのに、現実についていけないことに対する一息だった。

 

 「どうしてこんなにも俺の心を揺さぶるのだろうか。これが家族なのかな。でもこれはどうにも出来ない問題だ。過去は変えられないもの・・・。リーシャ()本当の妹だったら良かったのに」

 

 心の中を整理したが、それでも中々落ち着けないアドルだった。

 

 ~水上バス内~

 

 「どうしたの?あ、俺と話したいことでもある?隣り来るかい?」

 

 「・・・・・・うぅ(コクン)」

 

 頷いたあと、リーシャは俺の横に座った。そのまましばらくの間、沈黙が続いた。心地よい風が二人の間を通ってゆく。

 

 「気持ち・・・・・・いいですね?」

 

 「ああ、そうだね」

 

 やはり世間に隠したままで過ごすのは無理があるのだろうか。俺は会話する時の口調の固さに無意識に口を歪めていた。

 

 「私といると苦痛ですか?さっきからずっと怖い顔をしてますよ?」

 

 「いや、これはなんでもない。・・・ワケじゃないか。あのなー、もう少しリラックスして喋れないだろうか?隠したままだったとしても友達のような、そんな関係とか・・・どうだろう?」

 

 「あっ・・・・・・そうですね」

 

 俺が何を言いたいのか分かったのだろう。他人行儀の話し方は、リーシャにとっても苦痛だっのだろうか。深呼吸をしている二人。その光景は少し異様だった可能性がある。

 

 「なぁリーシャ?」

 

 「なんです、アドルさん?」

 

 丁寧だがそれでも少し落ち着きを取り戻し、口調は柔らかなものと変化していった。

 

 「俺が住んでいるところ知ってるか?」

 

 「もしかして・・・私の隣?」

 

 「ああ、そうさ」

 

 「いっつも、いないところ?」

 

 「(ククッ)ああ、そうだ!」

 

 段々と話しているうちに堅っ苦しい言い方が無くなり、友達感覚で話せるようになっていた。他愛もないことを話していると、昔から知っているかのような感覚に陥る。いや、昔に戻ったかのような、そんな気分。

 

 それから数十分話したあと、リーシャは階下に戻りイリアのところに行くみたいだ。それでアドルはリーシャと別れることにした。すぐにでも再会できるから・・・・・・と言って。それからすぐの事だ。俺の前にはロイドがキーアと話している。

 

 「ふんふふーん♪」

 

 「キーアご機嫌だな。色々とあったけどキーアは楽しめたか?」

 

 「うんっ!またみんなで一緒にお出かけしたいねー。今度はアルモリカ村とか・・・」

 

 「はは、いいかもしれないな・・・・・・」

 

 嬉しそうにキーアと話すロイドだったが、いきなり難しい表情を浮かべて考え込んでいる。

 

 「んー?ロイド、どうしたのー?」

 

 「いや、なんでもないよ。・・・・・・それよりキーア。本当に昨日の夜、変なヤツを見かけたりしてないんだな?ピンク色の服を着たヤツとか」

 

 「んー、見かけてないと思うけど。キーア寝ぼけてたみたいだから、ちょっと自信ないかも」

 

 「そっか、それならいいんだ」

 

 キーアがどうしてあそこに(鏡の城)いたのか分からないのでロイドとしては、身喰らう蛇(ウロボロス)のカンパネルラが連れ出したと思っているのだろう。

 

 「あら、こちらにいましたか」

 

 キーアとロイドが話しているところに、マリアベルがやってくる。

 

 「あっ、ベルだー」

 

 「マリアベルさん。どうも、お疲れさまです」

 

 「ふふ、お疲れ様はあなたたちの方でしょう。しかし“結社”と言いましたか。ふざけた連中もいたものね。わたくしの人形を(さら)ったのもそいつらの一員と言う話ですし!これは保安部の警備体制を徹底する必要がありそうね・・・・・・!」

 

 少し感情的になりつつ話に熱がこもるベルだった。どうやら、怪盗Bと世間で呼ばれている人物が結社に所属するブルブランと同一人物らしく捕まえたいのが本音【?】だろう。

 

 「そ、そうですね・・・・・・」

 

 多少引きつった表情を浮かべてマリアベルと会話するロイドだった。

 

 「それはそうと、キーアさん。ロイドさん。ふと思ったのですけど、皆で記念写真を撮らない事?」

 

 「ああ、いいですね!」

 

 「えっと、記念写真って前にみんなでいっしょに撮った?」

 

 「ああ、みんなと一緒の思い出を写真に残しておくものさ。それを見れば、今回のバカンスをいつでも思い出せるってわけさ」

  

 「うんっ!撮りたーい!」

 

 ひときわ大きなキーアの声で、その記念写真を撮りたいと言う思いが伝わる。

 

 「決まりですわね。・・・・・・そうなると船内よりも甲板(こちら)のほうがいいかしら?」

 

 「そうですね。せっかくのいい天気ですし。俺、みんなを呼んできますよ」

 

 「ええ、お願いします。それと船内にいる添乗員に声をかけてください。記念写真のサービスならすぐに受け付けてくれますわ」

 

 「分かりました」

 

 ロイドは皆を呼ぶために船内へと向かう。その途中――

 

 「あ・・・・・・・・・」

 

 キーアは小さい声を漏らす。ロイドに向かって右手を伸ばすが、それのキーアの声と手にロイドが気づくことはなかった。そしてそのままロイドの姿は階段の方へ消えた。

 

 「・・・・・・・・・」

 

 「ふふっ・・・・・・、大切な人に余計な心配をかけたくない。いい女は大変ですわね?」

 

 「!」

 

 今までの口調とは打って変わって表情も一変。真剣な面持ちでキーアに語りかけるマリアベル。

 

 「何か悩みがあるのでしょう?わたくしならば力になれるかもしれませんわ」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 キーアは予想外の出来事に固まっている。

 

 「おいおい、そんな話し方じゃあ悪人かと思われるぞ。ベル?」

 

 「あら、アドルさんもいらっしゃったんですか。気づきませんでしたわ」

 

 心底驚いたかのように後ろを振り向くマリアベル。そこには、神妙な面持ちでベルと対話するアドルの姿があった。

 

 「気配を消していたからな。それにしてもその誘いは無いと思うぞ?そんな話し方だったらただの悪人だぞ?」

 

 「・・・・・・そうですわね、一理あるかと思います。ではどう言えばよろしかったかしら?」

 

 「うーん・・・・・・?それは自分で考えたらどうよ?俺はベルが道を踏み外さない限り助力してやる。それに・・・・・・」

 

 「それに・・・・・・なんですか?」

 

 「俺を手元に置いていたほうが良くね?」

 

 覗き込むようにベルのほうを眺めて少量の力を解放。感情を操作して不安を抱きやすくし、懸念を無くすためにアドルの力が必要と思わせる。

 

 「そ、そうですわね。あなたの力も必要かもしれません」

 

 パーッと明るい表情(操作された表情)を浮かべるマリアベルだった。

 

 「だが、キーアに無理強いはするな。あくまでもキーア自身が決定するまで待つんだ」

 

 「え、ええ。分かっていますわ」

 

 加えて母性本能をくすぐり、キーアを大事に思うように仕向ける。これがどこまで作用するかはまだ未定だが、良い方向に進んでくれればそれで良しとしよう。

 

 「キーア?」

 

 「ん、なーに?」

 

 首を軽く横にかしげ見つめてくる。それでキーアの顔と同じ高さまで屈み、優しく話しかける。

 

 「キーアに無理矢理させようとは思ってないよ。キーアが自分で考えて大切な人を守りたいって思ったらベルに連絡して。キーアにはその為の力があるんだよ?」

 

 「うーん・・・・・・。よく分かんない。けど、キーアが自分で決めていいんだね?」

 

 「ああ、そうさ」

 

 頭に手を置き、優しく撫でる。

 

 「んぅ・・・・・・。エヘヘヘ・・・。ふにゅーぅん・・・・・・(あったかい?それにこの頭を撫でられる事、昔誰かがやってくれた?誰・・・?見えない顔は誰?)」

 

 完全に安心しきっているようだ。それに信頼もしてくれた。

 

 「見事ですわね。あなたに関して、過去に遡って歴史を調べているんですがどこを見ても無いんです。あなたは一体何者ですの?」

 

 警戒、怯えとは別物の(おそ)れを抱いて聞いてくる黒幕の一人ベル。

 

 「今はまだ・・・・・・。しかし振るう時が来ればその時は・・・いずれ」

 

 クルリと向きを変えてその場を後にするアドルだった。しばらくすればこの場にロイド達が来るであろうことは明白だったからだ。キーアたちがいるほうとは反対側の手すりにもたれて空を眺めてみる。

 

 「うん、いい天気だ」

 

 この介入にはアドルなりの考えがあった。それは、何気なく()た時ベルがキーアに無理強いする光景(ビジョン)が飛び込んできたからだ。それを見た時リーシャとイリアにも気を配りつつ、可能な範囲でキーアにも影ながら見守ろうと思っていた。

 

 「(早く思い出してくれ。思い出さないとキーアに対する負担も大きい・・・。どうにかして思い出してくれないと・・・。これからの事が不安材料が多くありすぎてどうも視れない・・・・・・)」

 

 横目で(キーア)を見ながらそう思っていたアドルだった。




 原作プレイ中驚いたシーンでした。まさかのボイスと正面向いたベル有り。ベルが中心人物になるんだろうなーって思いながらワクワクしたものです。

 さて今回アドルが使った力のことですが、これは心を操作する力です。しかし強引にではなく例えば・・・敵対心を持っている対象の心を友好状態に持っていくとか、これからこうしようと決定しているのに違う決定をさせる、といった具合の力です。

 強引に心を捻じ曲げる事も出来ますがそうすることはないと思います。



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碧の軌跡~胎動・獣たちの謝肉祭~
変わりつつある日常



 この次の話から大幅に変更される予定です。


 

 「幻獣(げんじゅう)っすか?」

 

 「ああ、聞きなれないかもしれないがそうなんだよ。郊外で住民があまり立ち入ることがない所に、今まで見たことのない魔獣の(たぐい)が現れているんだよ。少し調査してくれるかな?」

 

 休暇後に仕事を探しに黒月(ヘイユエ)のところに行ったところ、ちょうど良くツァオから調査を頼まれたわけだ。

 

 「幻獣騒ぎが黒月にも上がっているんだったら、それより先に支援課が動いてそうだけれども・・・そこらへんはどうするんだい?また鉢合わせってことになったら面倒くさいことになりそうだよ・・・・・・」

 

 「フム・・・・・・それもそうだね。支援課で遭った分にはそちらに任せてしまって、君が遭遇したらしたで処置を取ってもらえるだろうか?」

 

 「それならば問題なさそうだな。手があいたときにでも調査してみます」

 

 「それでは失礼します・・・」と言って黒月を後にした。こちらが調査という形を取った仕事と言っても支援課とかち合わせになるのは避けたい。と言うか正直な話、ロイドなんかにもう会いたくないといったほうが正しいかもしれない。

 

 「ガイの弟、ロイド・バニングスは良い意味でも悪い意味でも熱い青年ゆえに、真っ当に生きていない俺としては反応するのが嫌になることもあるのさ」

 

 独り言を呟きながら行く先は、歓楽街に堂々と建てられているアルカンシェルだ。そこで起きるであろう用事は一つしかない。朝も会ったが少し(かど」が取れていて普通に話すことができた。

 

 

 ~朝・旧市街自室前~

 

 「「あ」」

 

 俺は部屋から出ると、そこに見知った気配が見なくてもあるのに気づいた。やはりリーシャだ。向こうも俺に気づいたらしく小走りでこちらに来る。まぁ、お隣さんだから歩きでも早歩きでもスキップでもすぐにたどり着くのだがな。

 

 「おはよ~。よく眠れた?」

 

 「お、おはようございます。兄さん。ええ、よく眠れました」

 

 俺たちが住んでいるマンションの人にだけは、二人の関係を『兄妹』であると言っている。まだ、口外しないで・・・とだけ付け加えて。みんな心良く応じてくれたのには感謝だ。だから、ここだけではリーシャも俺のことを「兄さん」と呼んでくれる。嬉しいの一言だ。

 

 「そっか。それはよかった。今日もアルカンシェルで特訓かい?」

 

 「ええ、もしお暇なようでしたら見学に来られてもいいんですよ?と言うか来ませんか?」

 

 「今日は仕事があるかどうか確かめる必要があるからな。・・・あぁ、でもちゃんと見に行くからそんな捨てられた子犬みたいな悲しそうな目をしないで・・・・・・」

 

 今までの反動かどうかは定かではないが、リーシャは、俺の中の|昔《作った)の記憶より甘えん坊になった兆候が見られる。今も見学に来ないかも・・・と思ったのか、目に涙をいっぱい蓄えているんだからかなり焦ったよ。

 

 「うんっ。おに~ちゃん!途中まで一緒に行こっ」

 

 「あっ。お、おい」

 

 リーシャは、俺の片腕に自分の腕を絡ませてギュッと抱きついてくる。ワザとなのか天然なのかどうか知る由もないが豊満な胸が当たって、平常心を保つのに苦労する。

 

 「(い、いかん。早くこの場を立ち去らないと。またマンションの人たちに茶化されても、対応が面倒なことになりかねん)」

 

 アドルの心配をよそにリーシャはウキウキ気分で、腕に抱きついたまま東通りへと足を進める。そう言えば忘れていたがリーシャは有名人だ。大きな理由としてアルカンシェルの二大主役の一人なワケで、動向全てに注意が向く。

 

 それが何を意味しているかというと「あのリーシャの横にいる男性は誰?」と言うように噂になるのが早いということだ。一応、兄妹とは言えないので住んでいるところのお隣さんとだけ説明をして事態は落ち着いたように見える。

 

 東通りで別れるつもりだった。俺は港湾区の黒月《ヘイユエ》へ行くし、リーシャは中央広場、裏通りを経由して歓楽街へと行く・・・が、ここで必殺の上目遣い+潤んだ瞳のアドルにとって特大コンボを喰らってアルカンシェルまで一緒に行くことになった。これは毎日の日課のように変わってない。

 

 「~~♪~~~~♪」

 

 元通りになった上機嫌のままのリーシャと一緒にアルカンシェルまで行くのはいい。良いんだが、アルカンシェルに到着して腕を離すのにも時間が少々掛かる。・・・・・・どうしてここまで兄大事になってしまったのか。

 

 最後は練習予定時間ギリギリになっても来ない事に、ピーンときたイリアが「ああ、やっぱり・・・」と出てきて強引にリーシャを引っ張って中に連れて行く。・・・ほとんど毎日コレの繰り返しだ。

 

 

 

 ~港湾区・黒月前~

 

 「さてと、約束だからアルカンシェルでも行きましょうか・・・・・・。その前に寄るところ寄ってから」

 

 裏通りに店を構えているイメルダ婆さんの店に顔を出す。

 

 「ひぇっひぇっひぇっ。おや、珍しい事もあるもんだね。何かお探しかい?」

 

 「ああ、久しぶりだね。可愛い子にプレゼントを贈ろうと思ってね。何か良いアクセサリーでも無いかな?」

 

 裏の仕事をやっている時に出会ったのがイメルダだ。蛇の道は蛇であるので、会う機会も多かったことを伝えておこう。

 

 「そうさな・・・・・・。これなんてどうだい?」

 

 「どれ・・・・・・。うん、いいんじゃないかな。これ、幾らだい?」

 

 「限定一作品だから高いよ?」

 

 「いいさ。幾らでも払うよ」

 

 顔を覗き込むように俺の真剣さを見てくる。客がちゃらんぽらん(何も考えていないアホ)だったら、値を吹っかけてきてそうでない場合は通常価格でご奉仕してくれる。

 

 「これさ」

 

 と、言って指を二本立てる。

 

 「20?200?」

 

 「200さ。後払いで結構だ。現金など持ち歩いていないだろ・・・・・・」

 

 「今日中に持ってくるよ。いつも良い品をありがとう」

 

 「いやいや、こちらも何かと助けてもらっているからね。そのお礼だよ」

 

 しゃがれた声を背にして店を後にする。今、包んでもらった品はリーシャへのプレゼント。リーシャにはまだ早いかもしれないがイヤリングを贈ることにした。そして商品だけを持ってアルカンシェルへと急いだ。待ち合わせをしたわけではないが、待ちわびて練習に手抜きが入る事のないためだ。

 

 「こんにちは、ようこそいらっしゃいました、アドルさん・・・・・・。ひょっとしてリーシャさんに会いに来ましたか?」

 

 「こんにちは、支配人。そうです、良くわかりましたね・・・・・・」

 

 「ええ、それはもう・・・。リーシャさんが朝練習を始める前からソワソワしだしておりましたゆえ。それに私どもとしましてもあなたからのお話は寝耳に水状態。とても嬉しく思っています」

 

 そう・・・・・・、口を滑らせたのかどうかは分からないが、イリアによって俺とリーシャが兄妹であることがバレたのだ。リーシャが怒っていないのでそれはそれでいいが。ここでも口止めをして劇団員以外に言わないように、特にイリアさんにはキツく口止めをした。

 

 「アハハ・・・。そ、そう?それで今は練習中ですか?」

 

 「そうですね・・・。今は舞台上で、リーシャさんとシュリさんが練習をしております。二階席にイリアさんがいらっしゃいますので、見学される際にはそちらでご覧下さい」

 

 「了解ですよ。そっと見学しますわ」

 

 気さくに(いつものように)、支配人との会話を終えて二階席へと移動する。そして階段を上がった先の扉を開けるとそこにはイリアがいた。いつものちゃらんぽらんな雰囲気を出さないで、演技中の真剣な表情で舞台上を眺めていた。

 

 「あぁ、兄君(あにぎみ)かい?」

 

 「こんにちは。・・・・・・その呼び方だけど、どうにかならない?どうもむずがゆくて・・・」

 

 どうしてこうなった?・・・・・・そうそう、ロイドのことをイリアは弟君(おとうとくん)なんて呼んでいるからって俺のことは兄君って呼ぶことにしたって言ってたっけな。

 

 「んふっふっふー・・・・・・。これは決定事項よ。異論は認めないわ。それよりも妹を見に来たの?」

 

 「この人は・・・。ま、まぁいいですけど。ええ、そうです。リーシャの様子を見に来ました。一緒にいるのはシュリ・・・でしたか」

 

 「ええ、あなたから見てシュリはどう見える?」

 

 「素人意見ですが・・・・・・、誰かを模倣しているように見えるね。自分の演技ではなく認められたいとの一心で真似ているように見える・・・・・・かな」

 

 「へぇ・・・・・・・・・」

 

 俺の答えを聞いたっきり、イリアは舞台上から目を離さなかった。舞台を見る前にこちらを見ていた目は、驚きと嬉しそうな目をしていたので見当違いの答えではなかったようだ。アドルにとっては鮮明に舞台上で二人が話しているのが聞こえてくる。

 

 「はぁはぁ・・・・・・・・・、はぁはぁ・・・・・・。なあ、劇団長今のは完璧だったよな?これならイリアさんも認めてくれるよな?」

 

 「ふむ、勿論及第点ではあるんだが・・・・・・」

 

 支配人の言い方は何か物の挟まったような言い方だ。

 

 

 「ハ、またそれかよ・・・。なぁリーシャ姉、リーシャ姉はどう思う?オレは間違った動きはしちゃいなかっただろ?」

 

 「うん、そうね。ねぇ、シュリちゃん。次はもう少し感情みたいなものを、込められないかな。『こうありたい』って思える自分をイメージすると言うか。うまく説明はできないんだけど・・・・・・」 

 

 「『こうありたい』って思う自分・・・・・・?ぐ、具体的にどうすりゃいいんだ?」

 

 リーシャからのアドバイスは的確に問題点を付いていたようだ。しかし、シュリの問題解決にはならなかったようだ。感情表現と『こうありたい』と思う自分の表現を指摘されても右往左往しているからだ。

 

 しかし今いる二階席から舞台の上の声まで相当な距離が離れているがその声が聞こえるなんて、アドル自身、人間をやめているのだろう。隣にいるイリアは、その場の雰囲気で何となくこうなっているだろうな・・・、と思いつつ自分も最高の演技ができるようにイメージトレーニングをしていた。

 

 「俺は舞台袖に行くよ。苦手な連中が来たっぽいからな・・・・・・」

 

 ロイド・バニングスら支援課のメンバーが近くに来たような気配を察知し、来た方向とは逆の扉を通って階下に行き、一階の舞台袖に向かった。歩いていると劇団員から挨拶をされるが、リーシャに気づかれては演技指導に支障をきたすかもしれない。

 

 それでアドルは、指を口に当てて騒がないで欲しいとジェスチャーをしてやっと静かに目的地までたどり着いた。

 

 「さてさて、悩める(偽妹)はどんな反応を示すだろうか?」 

 





 イメルダ店で買ったアクセサリーの金額ですが念のため、200ミラではありません。200万ミラです。片耳100万ミラで両耳200万ミラです。ふっかけすぎでしょうか?それより限定一品ってどんなのを想像しますか?

 今のところアドルはリーシャに真実を告げる事はしません。綻びが生じてくると自分で気づく暗示を掛けられていますのでどこかで気づきます。


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影で支える者


 あと一週間で発売。・・・何が?ってそれは・・・


 

 『じゃあ、ここらで一旦休憩しましょう』

 

 アルカンシェルにイリアの声が響き、小休憩となった。それでアドルも気配を隠す必要はないと思って舞台袖でリーシャを待つことにした。ほどなくしてアドルに気づいたリーシャは・・・。

 

 「っ。お兄ちゃーんっ!!(抱きっ)」

 

 やっと会えてもうどこにも行かないでと言わんばかりの雰囲気を出すリーシャに、そこにいた劇団員は誰もが苦笑いを浮かべるハメになった。

 

 「おっ、おいおい・・・・・・」

 

 口では嫌がりながらも、抱きついてきた偽妹《リーシャ》を優しく抱きしめそのままの状態を保ち続けた。

 

 「リーシャ姉・・・・・・」

 

 「シュリもお疲れ様」

 

 「ああ、でもリーシャ姉をこんなに骨抜きにするなんて兄貴はすげぇな!」

 

 舞台袖に来たシュリに声をかけるとそう返答する。俺のことは、兄貴と言って慕ってくれるシュリだが最初は揉めたものだ。詳しく言うと、シュリの呼び方にリーシャが反応してしまってにっちもさっちもいかない状態になったのだ。その時はイリアさんがその場を静めたのだがそのまま、呼び方に関する火種は燻りつつあった。

 

 「リーシャ、駄目だよ。ちゃんと教えなきゃ・・・・・・」

 

 「うぅ、だって・・・・・・」

 

 シュリに対するリーシャの教えは的確と言えるが、今回に限っては大雑把すぎる。リーシャが口でうまく言えないのもその理由となっているが、それでも後輩に当たるシュリを大切にそしてうまく育てないといけなかった。そしてそれを肴にリーシャは俺に対してグレるのだった。

 

 『master(マスター)・・・・・・』

 

 誰もいないはずの暗がりから声がする。アドルの配下の者だ。

 

 「どうかした?」

 

 『いいえ、赤い星座が動き出しました。それと支援課も幻獣を二箇所で打ち倒しました』

 

 「そうかい・・・・・・」

 

 見張ってもらっていた赤い星座が動き出した事と、支援課はアルカンシェルから立ち去ったあとすぐに幻獣を倒したという情報を聞くことができた。

 

 『いかがいたしましょうか?』

 

 「そうだな・・・。支援課は放っておいてもいいだろう。別に俺たちの邪魔になるようなことはないだろうし・・・。問題は赤い星座の方だな。だがそのまま見張れ。そして見つかったらそいつらだけ消せとは言わないが邪魔ぐらいしてもいいんじゃないか・・・」

 

 『了解致しました。master(マスター)

 

 それっきり気配は消える。しかしそれでさえ気配に聡いリーシャも気づくことは出来ない。少し離れていたとはいえ気づくことが出来ないのは異常な事と言える。それは中期の犠牲者だから・・・・・・と言っておこう。隠密性、暗殺者として人工的に育てられた()()は廃棄処分として捨てられそうになった時に、アドルが助けてからアドルに尽くすようになった。 

 

 「全くこの世というのは、救えねぇ事ばかりだなぁ・・・・・・」

 

 別れることを極端に嫌がるリーシャと別れて、外に出てきたアドルは澄み切った青空を見上げながらそう呟くのだった。

 

 先ほど別れたとは言え、情報交換をする必要性を感じたのでアドルの事をmaster(マスター)と読んでいた彼女を呼び寄せることにした。エニグマで連絡を取るとすぐに繋がった。

 

 「・・・如何いたしましたか。master?」

 

 「情報交換をしたいから近くにいるんだったら会おうじゃないか?今どこにいる?」

 

 「人形工房のほうを歩いております。しかし()んでくださったらすぐに参上いたします」

 

 「そう?だったら喚ぶよ・・・・・・“ユエ召喚”」

 

 誰が見ているか分からないので、裏通りに入ってから召喚する。天を貫いた光はすぐに消えて、その光の中から14歳ぐらいの女の子が現れてくる。アドルの唯一の仲間・・・ユエと言う名前だ。

 

 「ユエ、お疲れさん。どこも怪我してないかい?」

 

 「ええ、大丈夫です。それよりも久しぶりにmasterにお会いしましたが、お元気そうで何よりです」

 

 硬っ苦しい挨拶はほどほどにして、裏通りのジャズバーを訪れた二人だった。そこはアドルがよく使用する場所でユエも数回訪れているので、カウンターの主人も手馴れた様子で奥まったところに二人を案内した。

 

 「それじゃあ意見交換をしていこうか・・・。って言ってもそれほど時間が経っていないから他に付け足せる情報はあるかい?」

 

 「ええ、幻獣が出現した場所ですが・・・ほかにも蒼い花が咲いていました」

 

 「そう・・・。ユエはその花に心当たりはある?」

 

 と聞いてみると、微妙に表情を崩してアドルに答えた。

 

 「master。これはプレロマ草だと思います。確か・・・前に忍び込んだレミフェリア内部で、外典を拝見したのですがそこに書かれていた内容と合致すると思われます」

 

 「・・・・・・(やはり・・・か)」

 

 「master?どうかされましたか?私何か粗相でもしたでしょうか・・・・・・?」

 

 「あぁ、いや何でもないんだ。ただ俺の思考を刺激したからね。ユエに落ち度があったわけじゃないんだよ。安心してくれ」

 

 「そうですか。masterに捨てられたら私・・・どこにも行くところがないんですよ?」

 

 いつも気にかけ、優しくしているつもりであっても、それでも自分の仕えている(アドル)の様子が変わったことに気づいたらそれは不安になり情緒不安定に陥る困った子だった。しかしアドルはユエを手放す気など更々無かった。

 

 「大丈夫だから、その手に持った暗器で手首を切ろうとするのはやめなさい!」

 

 ・・・そして少し育て方を間違えたかもしれない。否、間違えた。

 

 「・・・(master。私はいつまでも貴方のお側におりますゆえ・・・・・・)」

 

 ユエの持っている暗器をその手から外し、手を絡ませると落ち着くのだ。

 

 「あぁ、それと本当の姿になったら呼び方も変えてくれ。フィーと名乗ることにするよ。長ったらしい名前は噛むかもしれないからな・・・」

 

 「分かりました。フィー様とお呼び致します」

 

 ユエはアドルと握っていた手を自分の額に当てて敬意を表し、それからジャズバーをでることにした。外の天気は晴れていたものの、何かが起こりそうな雰囲気を出していたのでユエに、気をつけるように促して一度別れた。





 修正する前は四人の仲間がいましたが、難しかったので一人にしました。アドル自身暗躍する身となるので、大勢よりは少数精鋭で書いていったほうが雑にならないかな?と思ってそうしました。

 ここまで見てくださる方がおられることに感謝します。


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衝突事故

 


 『master』

 

 「ユエかい。何か現状に変化あった?」

 

 『はい、線路上にて脱線事故が生じました。その調査に支援課が駆り出され、私も現場に向かっております』

 

 

 「へぇ・・・・・・それでユエなりに気になるところでもあった?」

 

 『はい。最近旧市街に住んでいるヴァルドと言う不良がいるんですが、その人物にクスリが渡ったという噂を耳にしまして。それに現場の様子が普通の脱線事故と違っているんです』

 

 「そうか、ユエがおかしいって思うんだったらそれは違和感があるんだろうね。支援課に貼り付き現場の調査も実行し、ヴァルドとやらの動向も情報を得られたらいいね。・・・他に何かあるかい?」

 

 『・・・・・・いいえ、今のところはありません。もし、事態が進展するようなことがあればお知らせいたします』

 

 「そう?いつも言っているようにくれぐれも怪我だけはしないでね?」

 

 『っ。勿論です。masterのお心遣いに感謝します、では・・・・・・』

 

 変わらず、少し畏まったようなユエとの通信が切れた。その様子はいつまで経っても変わらないことに苦笑しながら郊外へ行き、そこからユエの気配を辿って転移を始めた。時間にして一秒未満のまばゆい光が立ち上り次の瞬間にはアドルの姿が消えていた。

 

 現場にたどり着いた。そこは臨時のバスが行き交い、警備隊の連中が重々しく警備をしていた。そして線路側に支援課のロイドの姿も確認することができた。どうやら、お得意の推理でその場にいる責任者を唸らせているみたいだ。こちらも行動することにした。まずは・・・・・・。

 

 「ユエ?」

 

 「はい、master」

 

 シュタッ・・・と言う軽快な音を立てて横に現れるユエ。

 

 「こちらから質問するからわかった点を述べていって・・・・・・」

 

 「はい、master」

 

 佇まいを正して聞く姿勢を取るユエ。

 

 「脱線事故と言えば落石の可能性がまず先に考えられますが、それに関してはどうです?」

 

 「それは真っ先に否定できます。否定できる根拠として機関車先端の傷の少なさが挙げられます。落石の場合、先頭列車に当たって脱線するというのが考えられます。しかし、こちら側から見て奥の方向に押し付けたような跡を確認しました。それで落石という原因は排除することになりました」

 

 「そっか・・・・・・。それでユエは何が原因だと思う?」

 

 「まだ断言できませんが、ここまで押し付けて脱線させることができるパワーの持ち主から、大型の魔獣もしくは幻獣やその(たぐい)であるようなきがします」

 

 「ふむ・・・・・・・・・」

 

 俺が考えている間は、ユエも気を散らすことがないように直立不動の姿勢でいた。

 

 「ユエの考えも尤もな考えの一つだ。良い点に着目できたじゃないか。褒美は何がいい?」

 

 「あ、ありがとうございます。えっと、次の休日を一緒に過ごすことができたら他は何もいりません」

 

 「そう?全くユエは形無いものが好きなんだから・・・・・・」

 

 「わ、私にはmasterがいればそれだけで幸せなんです。胸の奥がホワホワって・・・・・・」

 

 「分かった、分かった。じゃあ次の休日は一緒に時を過ごそう?」

 

 「はいっ、嬉しいです!!」

 

 「じゃあ、決定って事で。にしても、この現場には何かの怨念でも宿っているのかね?」

 

 ユエを見てから視線をそらし、機関車のほうを見る。と、あまり聞いたことのない唸り声がそこらじゅうに響いた。

 

 ――ガルルルルゥゥゥゥ・・・・・・グルルルルォォォォォォ――

 

 「っ、ユエ?」

 

 「了解です、現場に直行します」

 

 短い言葉で分かってくれるユエに感謝しつつも、支援課を視界に入れながらこれからの事を考えるアドルだった。どうやら、自分の理解していないところでも問題が発生しているようだったから。それにキーアがこれからどうなっていくのかも心配の要素になっていた。

 

 「さてさて、これでハッピーエンドになってくれよ・・・?俺がバッドエンドを全部覚えているなんてきつすぎるからな・・・・・・」




 新しく出た零の軌跡は最高です。フリーズしなければ・・・・・・。


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