貞操逆転世界に男が転生したらしいです (銀のイルカ)
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1(プロローグ?)

主人公くんのウワサ①
前世は陰キャラらしい。


 吾輩は転生者である、名前は..ある。

 

 気付いたらよくわからない世界で新たな命を授かり第二の人生を歩むことになった。前世は華の大学生(笑)だった私ではあるが、生粋の根暗インキャだった私の人生など読者の皆もお察しの通りだろう。万年ぼっちとして生きてきた幾ばくかの人生に対しても何の未練も思い入れもなく、なんだかよくわからないままなるようになれやとなげやりに生きようと決めた私の出鼻を挫くような、前世とはまるで違った事実が、常識が、この世界にはあった。

 

「昨日深夜、足立区在住の独身男性宅に忍び寄り、下着など衣類数点を盗もうとしたとして、37歳の無職の女が逮捕されました。女は「下着が私を呼んだのだ」などと供述しており、精神鑑定を受けるかどうか現在医者の判断を仰いでいてーーーーー」「今朝、東京メトロ丸ノ内線を走る電車内で、通勤中の男性会社員に対し臀部など触ったとして、痴漢の容疑で33歳女性会社員の女が逮捕されました。女は「美しい尻を前に何もしないのはその男性に対して失礼だ」などと供述しておりーーーーー」「あの人気男性アイドルがついにグラビアデビュー!!!!!彼が掲載される予定の雑誌には既に予約が殺到しておりーーーーー」「男性の社会進出を目標に活動している男性社会参画推進委員会は今日、衆参両院の女性の占める割合が大きいことを嘆き、男性議員の増加を狙った新たな対抗策をーーーー」

 

ーーーーーーーーー貞操逆転ktkr、、

 

 

 

 

 

 いや待て、変態が多くないか?大丈夫なのかこの国は?いったいどこの世紀末なのだ。というより、これはどうやって生きていけば良いのだ。前世において大学生だった私の周囲にいた、常に女のケツを追いかけているような脳直結下半身野郎どもはこうした状況に直面したらどうするのだろうか。1に女、2に女、3、4も女、トドメの5に女の彼らは喜んで痴漢されに行くのではないだろうか。もしくはパパ活ならぬママ活なるもので荒稼ぎでもするのだろうか。

 

 ここで再び強調しておくが、前世において私はクソ陰キャ野郎である。男女交際など夢のまた夢であったのだ。それどころか女性との会話もまともにした覚えはない。大学特有の山ほど行われるグループワークでの女子を前にした私の情けない姿がふと頭によぎり、自己嫌悪にやられ頭を抱えてしばし部屋でゴロゴロ転がり回っていると、いきなり部屋に飛び込んできた姉にかなり心配された。いや姉よ、ノックくらいしてくれ。自家発電中だったらどうするのだ。いや、今のは私が悪いか。

 

 ちなみに姉は死ぬほど美人である。おそらく私と姉を構成しているDNAは1%たりとて一致していないのだろう。兄弟だけど。そうに違いない。そうに決まっているんだ。ぐすん。

 

 そんなことはさておき、超絶美人な姉ゆえに家族ながら会話をするにも一苦労だ。そんな私とは裏腹に超が三つも四つもつくほどのブラコンである我が姉は、何か理由をつけては私に接触しようとしてくるものだから困る。朝起きたら隣で姉がすやすやと寝息を立てていたり、いきなり風呂に突入してきたり、私の外出時にはこっそりと後ろからついてくるというストーカー紛いなことをしていたり(見守っているだけらしい)と、色々とぶっ飛んでいる。本人曰く「何か危険なことがあってはいけない」とのことだが、今現在一番危険な香りがするのが姉というのは何の皮肉だろう。兎にも角にも、高校生の姉と中学生の私の距離感ではない。

 

 話が大きく外れてしまったが、兎にも角にも女に不慣れな私にとっては、この男女比2:8とかいうぶっ壊れた世界では無難な毎日を送るのは難しそうだ。現在進行形でこちらをじっと見つめる姉を横目に見つつ、そう確信した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ところで私は現在中学2年という、ちょうど猿のように盛って部屋のゴミ箱に丸めたティッシュを量産し始める頃の年齢なのだが、この世界においては学校の様子も当然前世のそれとは大きく様子が違っていた。まず一クラス40人程度の中に男子が5人もいないのだ。つい最近まで女子高ならぬ女子中だった学校が今年からいきなり共学になりましたと言わんばかりのシチュエーションである。

 

 男子達の間では、どのクラスにおいても彼らの中での男子コミュニティが出来上がっていて、例外はない。ないはずなのだ。私を除けば、という文言がつくが。ええ、やはり私はここでも根暗陰キャラボッチです。いやはや、どうやら私はそういう負の宿命から逃れられないらしい。

 

 いや、実を言うと私が悔しくもクラスの男コミュニティからハブられてしまったのは、私が根暗陰キャだからということではなく、私のクラスにおける振る舞い方に問題があった。この世界では女は山ほどいて、男はほんの一握りしかいない。男はステータスだ、希少価値だと言わんばかりのこの世界において、女は必然男を性のはけ口にするし、男は当然そんな女を蔑視し、忌避する。これはこの世界の常識であり、誰も違和感など持つ事はないだろう。

 

 ここでしゃしゃり出てきてしまったのが私である。この世界の男のように、女に対して忌避感を持たぬ私にとって、また前世において非モテ!!圧倒的非モテ!!だった私にとっては、女は歓迎する事はあっても決して避けるような存在ではなかった。問題があったとすれば私が女とろくすっぽ会話もできないどころか目を合わせることもできないコミュニケーション機能に障害を持った人間であるという事だが、しかし数人の女を前にしてオドオドと情けなくも動転してしまった私という存在は、ここの女どもに好意的に映ったようである。要は、「あ、こいつ童貞じゃね?チョロそうじゃね?」ということだ。

 

 前世において処女の価値がストップ高であるように、今世においては童貞の価値がストップ高なのだ。えーマジ処女!?キモーイ!処女が許されるのは小学生までだよねーキャハハハハハ! 

 

 え?女に囲まれているのならぼっちじゃないだろうって?いや、絶対距離感おかしいしなんか時々ボディタッチしながらはあはあ息荒げてるしどうしたらいいか分からないんだよ。ボクこんな友達いらない。。

 

 閑話休題

 

 さてさてそんな私が、クラスの男子にどう見られているのかというのはもうお察しだろう。死ねビッチ、と言わんばかりの目線で私を時折見てくる彼らとは、そんなこんなで関係の修復は難しそうだ。身の振り方を考え直し、それとなく女子との距離をとった後でも、彼らは私に対する見方を変えることはなかった。ぴえん。

 

 と、そういうわけで私にはまともに友人と呼べる人はいなかったのだが、まあいい。なぜなら私にはつい最近、超絶可愛い天使のような友達ができたのだ。それで十分ではないか。泣いてなどいない。いないったらいない!我、齢14にして既に勝ち組ではないか!!ワハハハハ!!!

 

 「どうしたのー、優君??変な顔して」

 

 「いけません、はーちゃん。きっと優君もこの歳になってようやく精通でもしたのでしょう。わーお、これはとうとう私たち双子の出番なのでは?つまり、私たちはただの姉妹ではなく、竿姉妹になるのですね。やったぜ」

 

 「ちょっ!何言ってるの、なー!こんな人のいるところでそんなこと言わないでよ!」

 

 「ふふっ、しかしそんなこと言っても身体は正直ですよ、はーちゃん。さっきから優君のどこを見ているのでしょうか?」

 

 「そ、そんな事は...」

 

 ふむ、君たち、教室で一体何の話をしているんだ。精通くらいとっくにしていると、脳内ピンク姉妹のポエマー気質な方に言ってやりたいところだが、まあいいだろう。これくらいの戯れはいつものことなのだ。

 

 そう、ここで私の唯一無二の友達を紹介しよう。

 今絶賛猥談をし顔を真っ赤にしているのが、久川颯。多分むっつりスケベだ。可愛い。

 今絶賛猥談をしつつ、よくわからない構えをとりながら(本人曰く凪ポーズというらしい)こちらをチラチラ見てくるのが、久川凪。多分、いや確実にド変態だ。だが可愛い。

 

 この二人は何でも双子らしく、アイドルになるために徳島から上京してきたとのことだった。二人とも私のクラスに転校してきて、そしていきなり私に「凪は凪です。ネギではありません。」と話しかけてきたのだ。ちなみに颯は顔を赤くしつつ、凪の後ろに隠れていた。あざといしあざとい、だが可愛い。あと、凪、その挨拶は斬新すぎる。

 

 これをきっかけに、私は二人と一緒にいることに決めた。時々訳のわからないことを言うがユニークであるなーちゃんと、それを諫めるはーちゃん、私がこの姉妹を好きになるのに時間はかからなかった。今では放課後のレッスンのない日など3人で遊びに行くような間柄ではある。前世では考えられないリア充ライフと言えよう

 

 ...え?彼女達も十分危険そうじゃないかって?阿呆め、可愛ければよかろうなのだ。

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 「じゃ、はー達はレッスンあるから、また明日ねー!優君!!」

 

 「優君、寂しくなったらなーのとっておき、はーちゃんの寝顔写真を送ってあげます。え?凪の写真も欲しいって?やれやれ、さすがは中学生、きっとそのうち写真だけでは飽き足らずなーに直接乱暴する気なのでしょう?エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!!あ、大事なことなので2回言いました」

 

 放課後になり、レッスンがあるらしい二人と別れる。何か言っているなーちゃんは放置安定で、一方で顔を赤くして慌ててふためいているはーちゃんにくすっとしつつ、また明日と声をかけ、帰路に着き、家に帰れば過保護な姉に振り回される。

 

 これが、何の因果か転生してしまった私、渋谷優の日常である。

 

 ...オチはないよ、うん。オレ達の戦いはこれからだ!渋谷先生の次回作にご期待ください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書き終わって一言 凪のセリフ、考えるのめんどくせえ。。。。

好評、酷評、いずれもいただけるだけで幸いです。


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渋谷凛のウワサ①
弟の身体にあるほくろの位置を
全て把握しているらしい。


 渋谷凛は激怒していた。必ずやかの、自身が溺愛してやまない我が弟にまとわりついているらしい久川某とやらに一言二言三言いってやらねばならぬと決意した。渋谷凛には世間一般の姉弟の距離感などわからぬ。渋谷凛は、トップアイドルである。目つきの悪い、控えめに言っても堅気に見えないオッサン(プロデューサー)にスカウトされその道を歩みだし、厳しいレッスンに励み、時には泣き、挫折しながらもかけがえのない仲間たちと共に支え合いながらアイドルとして駆け上がってきた。もはや渋谷凛にとって、アイドルとしての日常は切っても切り離せないものであった。けれども弟に関することとなれば、人より数倍に、そして何よりも敏感であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 弟に、渋谷優に変化があったのはつい最近のことだ。少し前までの弟の様子はと言えば、平日は学校に行き、放課後になれば寄り道もせず帰宅するくらいのもので、休みの日にもあまり外に出ることもなかった(もちろん外出するとなれば、後をつけて弟に何か危険が及ばぬようにこっそりと見守っていた(ストーキングしていた)だろう)。また、弟が自分から学校や何か自身のことについて話すことは滅多になく、こっちから適当に学校であったことなどを母親の如く問うてみても、「特にない」の一点張りであった。

 

 誤解のないように言っておくと、弟のそんな様子に凛は一切の不満はなかった。どころか、あまり自分のことを語らないその姿は、凛にとって寡黙でクールで魅力的にしか映っていなかった。ふーん、エッチじゃん、である。弟を鑑賞する自身の目には、エロ同人宜しくハートマークが浮かんでいるかもしれない。もっとも、当の弟本人にしてみれば、美人な姉を前に自身のコミュ障がフル稼働してしまうことで緊張してうまく話せないだけなのだが、凛本人はそんなことを知っているはずもなかった。

 

 そもそも、優先事項が10番目くらいまで弟に関することで埋まっているこのブラコンにとっては、弟が元気で凛のそばにいてくれることだけでもはやお腹いっぱいなのである。それ以上を求めることはブラコンとしての自身の美学に反するのだ。一に曰く、弟を以て尊しとなす。二に曰く、篤く三宝を敬へ。三宝とは弟、弟、弟なり。三に曰く...

 

 閑話休題 

 

 だがしかし、そんなラブリーマイエンジェルと呼称しても良い弟の様子が、前述したように変化しつつあるのである。

 

 ある日突然、いつもなら学校が終わればすぐに家に帰宅するはずの弟が帰ってこなかったのである。当時の凛はいつも通りの時間に帰ってこない弟の身に何かあったのかと勘違いをし、居ても立ってもいられずに町内を駆け回った苦い思い出があるが、弟の身に何もなかったことを考えれば、その程度のこと何でもなかった。週刊誌に「今をときめくトップアイドル渋谷凛、鬼の形相をして〇〇町内を駆け回る。一体何が...」といった具合で自身の醜態をすっぱ抜かれ、プロデューサーや3()4()6()()()()からお小言をいただくことになったが、弟至上主義の凛にとってはそんなことも許せた。

 

 そんなこんなで後に弟に話を伺うと、どうやら新しくできた友達とやらと放課後遊びに行っていたようなのである。ふ、ふーん。友達、友達か...

 

 ここでその友達について問い詰めたり、過剰に詮索をしたりしてしまうのは、ブラコンとしてド三流である。弟の幸せは凛の幸せなのである。弟が友達と充実した日々を過ごせるというのであれば、それは凛としても喜ばしいことこの上ないのである。尋問のような行いはご法度だ。しかし気がかりなのは、凛が僅かながらに聞いた情報によればその友達とやらは異性であるということだった。

 

 通常この世界では、男女の友情というものが成立することは非常に稀である。なぜならこの世界の女は狼であり、友情関係が成立する暇があれば、隙を見て既成事実を作り婚姻関係を成立させるものだ。だからこそ凛は優が自分の預かり知らぬところで女に食われていないかと常に不安になるのだが、問題はそれだけではなかった。どういうわけか弟に、男性特有の女性に対する忌避感というものが皆無に等しかったのだ。

 

 いや、そういう男性も世の中に存在しないということもない。稀だが、一定数存在するというのは、凛のプロデューサーを見ればわかる。だが彼らとて、女性に対しては一線を引いている節があるのだ。要は、ある程度の警戒心は持っているということなのだが、弟にはこうした警戒心すらないように見えるのだ。こんなもの、飢えた女性の格好の餌食である。

 

 凛にとっては究極のジレンマである。これまでどうしてか友達が一人もいなかった弟にやっとできた友達を信じ、それを尊重するか。それとも弟に迫る危険因子としてちょっとそこらで()()()()するか。

 

 果たして、凛がとったのはその中間だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日、凛は優の通う中学校の正門が見え、かつあまり人目のつかない場所に身を潜め、優とその友達とやらが出てくるのをじっと待っていた。目立たない服装に着替え、サングラスとマスクを装着して、いつもは下ろしているロングヘアーもアップにして帽子を被り、変装したつもりになっているその姿は、不審者と紙一重というところだが、凛はそんなことに注意を払ってなどいなかった。

 

 通常、凛の通う高校の授業が終わる頃には、中学での授業もとっくに終わっており、帰宅する優達の姿を追うことはできない。そこで凛がとった行動は簡単だ。「仕事で大事な用事があるため止むを得ず早退します」と凛のクラスを担当する教員に物申すだけである。普通ならばこんな意見は通らなかっただろうが、トップアイドル渋谷凛が言うのであれば話は別である。アイドル活動のための大事な用件と教師に思わせることで、なんとか大めに見てもらい、授業のブッチを可能としたのだ。職権濫用じみた行いであるが、凛に躊躇はなかった。

 

 なんにせよ、凛はもう後には引けないのである。ブラコンは、我がアイデンティティなのだ。不審者に思われようがなんだろうが、弟のためならばどんなことでもやってのけるのが渋谷凛である。通りすぎる中学生にどんな目で見られようと構いやしないのだ。

 

 そう、凛が先程のジレンマにおいて取った選択肢は、どちらでもない、「優の友達の見極め」である。自分が実際にかの久川某とやらが優にとって危険であるか否かを見極め、決断を下せば良い、そう考えたのだ。そのために凛は今、中学校前で怪しげな格好をした不審者に成り下がっているのだ。

 

 そのまま待つこと数十分、ついにその時は来た。優の姿を認めるや否や緩んでしまう自身の頬を引き締め、注視する。ちょうど優を真ん中にして両側に陣取っているのが、話していた友達なのだろう。ふむ、なかなかに可愛いではないか。優自身も過去に可愛い言っていて、少しばかりムッとしてしまったが、これなら頷ける。容姿だけ見ても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さあ久川某よ、お前たちが我が弟の友達にふさわしいかどうか、この私直々に見極めてーーー

 

 「ところで優君、昨日はーちゃんとの間で、優くんが誘い受けか否かって言う話題で盛り上がったのですが、実際どうですか?私は誘い受けの方が大いにそそらr..ごほん。ちなみにはーちゃんはガツガツきてくれる方が良いそうですよ。初心ですし。ムッツリですし。おや、なんだかあざといな」

 

 「ちょっ!!だから人のいるところでこんな話しないでって!!!それに私はただ普段寡黙な優君が夜になると男らしくなるっていうギャップにものすごく燃えるっていうかなんというか...ってそうじゃなくて!!!!!」

 

 「わーお、はーちゃんったら大胆ですね。こんな衆目の中で自身の性癖を、しかも本人の前で暴露するなんて、凪には真似できません。我が妹ながら感服しました。にやり」

 

 「わー!!わー!!!わーーー!!!!!違うから!!優君!違うからーーー!!!!!!」

 

 「....うん、そうだね」

 

 ーーーーーーとりあえず、二つ結びの、ムカつくポーズをしながら、弟にセクハラをしている、あのクソガキは、つい最近346プロに入ってきた()()()に頼んで、彼女の実家のりんご農園に埋めてもらうとしよう。そうしよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「へ〜、だから凛、今日はそんなに不機嫌なんだ〜」

 

 「ほんとほんと、何事かと思ったよ全く...」

 

 場所は変わって、346プロ本社の談話室である。凛にとっては親友と言っても過言ではない二人、北条加蓮と神谷奈緒は、不機嫌ですと言わんばかりのオーラを隠しもしない凛と雑談をしていた。

 

 加蓮と奈緒が、凛のこうした姿を見るのは初めてであった。いつもであれば、聞いてもいない彼女の弟の自慢話を延々と続けているのだが、今日はそうではなかった。談話室で一人、()()()()()だの()()だの何やら物騒なことをぶつぶつと呟いているとの報告を同僚のアイドル達から聞いた二人は、正直に言ってあまり近寄りたくはなかったが、放置しておくと言うのもまずかろうと思い、渋々と部屋に乗り込んだのであった。

 

 誰が見ても穏やかではない凛をどうにか諌めて話を聞くと、どうやら愛しの弟くんに女友達とやらができたそうなのだが、これがまた彼女にとっては許されざることらしいのだ。なんでも弟くんの貞操の危機が迫っているとのことだが、いや、一番危険なのはお前だろうと、この時、加蓮と奈緒は同じことを考えていたのはいうまでもないだろう。

 

 「なら私が先に弟くんの貞操を頂いちゃおっかな〜♪」

 

 「ふふふ、◯すよ?加蓮?」

 

 ()()である、この女。加蓮は冷や汗をかき、奈緒はドン引きしていた。

 

 「冗談だって〜、本気にしないでよ、凛。そんな怖い顔してさぁ..」

 

 「そうだぜ凛、他の子達もめちゃくちゃビビってたし、少し落ち着こう、な?な?」

 

 と言っても、加蓮にとって先の言葉はまるっきり冗談というわけでもなかった。加蓮が凛の弟に会ったのは過去に一度凛の家にお邪魔したときにしかないが、女である加蓮を前に恐れている、と言うより緊張しているように見えた彼の様子は、加蓮にとっては新鮮であり、かつ好ましいものであった。おまけに、凛に会うたびに聞かされる彼の話を聞いているうちに、自然と彼に興味が湧いてきたのも事実だった。やはり加蓮も、一人の()に違いなかった。

 

 もっとも、彼とお近づきになろうとしても、ヤベー奴(ブラコン)がそばで睨みを利かせているのだから、加蓮にはどうしようもなかったのだが。

 

 「それにしても、女友達かー。どんな奴だったんだ?」

 

 「...双子で、結構可愛い子だったよ。()()()()()()()()()()()()()()には、ね。名前は確か、久川なんとかって言うんだけど..」

 

 「双子で、アイドルになれそうなくらい可愛くて、弟くんと同級生で、名前が久川...?ねえ奈緒、それってもしかして...」 

 

 「え?奈緒、知ってるの?」

 

 「...ん、あー、えーっと...」

 

 この時、奈緒の脳内は葛藤の嵐だった。先に挙げられた条件に一致している凛の弟の女友達かつ凛にとっての制裁対象というのは、間違いなくつい最近346プロに所属することになった後輩アイドルであるところの久川姉妹以外にはあり得ないだろう。ここで凛に彼女たちのことを明かすのは簡単だが、そうなれば凛がどんな行動を取るのかわかったものではなかった。同じ346プロのアイドル同士だ、これから会う機会などいくらでもあるが故に、揉め事になるのは避けたいところだ。しかし、凛にもう二人の顔は割れてるし、対面してドンパチするのも時間の問題だろう、どうするべきか...

 頭を悩ませる奈緒がふと加蓮に助けを求めようと加蓮の方を見ると、目を逸らされてしまった。コイツ、自分から話をふっておいて逃げやがって...

 

 「ねえ、奈緒は知ってるの?私、ちょっと()()()()しなくちゃいけないことがあるんだけど...」

 

 「ひっ!!!!」

 

 凛が奈緒に迫る。くそ、どうする、どうする。つか怖ええよ凛、あと怖い。ここはひとまず適当に誤魔化しておいて、そして何とか円満に凛と久川姉妹との関係を収める方法を探してーーーーー

 

 「わー!見て見て、なー!ここが談話室だって!すっごい広いねー!」

 

 「ふむ、さすがは天下の346プロ。天晴れですね。おや、あれは...」

 

 ーーーガチャリとドアが開き、今一番入ってきてはいけない二人がやってきてしまった。一周回って加蓮は笑いを堪えるのに必死だった。奈緒ももう、やけくそになっていた。ギロリと、凛が二人を、昔年の恨みだと言わんばかりに睨む。しかしどうやら、当の二人は気づいていないようでーー

 

 「初めまして!!新しくアイドルになりました、久川颯です!こっちは、双子の姉の凪です!よろしくお願いします!!」

 

 「どうも、初めまして。凪は凪です。残像ではありません、ピースピース」

 

 おお...なんていい笑顔だ、眩しいぜちくしょう。立派なアイドルになれるぜ、きっと、うん。後そのムカつくポーズはなんなんだよ。

 

 ーーーーーもう一度言おう。奈緒はもう、やけくそになっていた。

 

 その日、346プロの談話室では、一悶着二悶着あったという...

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はしぶりん視点でのお話しでした。ちょっとくどかったかもしれませんね、すみません。

それはそうと、評価のところが赤色になっていて超ビビってます、わーおって感じですね、はい。これを励みにこれからも執筆頑張ります。

好評、酷評、いずれもお待ちしております。


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鷺沢文香のウワサ①
最近のトレンドはおねショタらしい。


お久しぶりです。今回のお話のあらすじは↓

奏「文香...やるんだな!?今!ここで!」

文香「あぁ!勝負は今!!ここで決める!!」

優「この......ッッ!裏切りモンがアアアァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

....って言うのは冗談です。進撃34巻全裸待機してます。


「良いですよ、そこまで言うならやってやりますよ!!私がヘタレじゃないってことを証明して見せますよ!!!ええ、そうですとも!鷺沢文香は()()時は()()女なのですから!!!!」

 

 某日、都内のとある喫茶店にて、鷺沢文香は普段の彼女とは似ても似つかない様子で、同僚のアイドル速水奏に向かって声を荒げていた。

 

 その喫茶店はつい半月前にオープンしたらしく、店内はとても綺麗でかつ落ち着いた雰囲気が心地よいと、訪れた客たちの中で評判だった。速水奏と鷺沢文香はその日、レッスンもなくお互い暇を持て余していたために、その話題の喫茶店に赴き雑談に興じていた。評判に違わず居心地も良く、マスターの淹れるコーヒーも美味と言えた。店内は上品な雰囲気に満ちており、客たちも思い思いに心休まる時間を過ごしていた。

 

 ーーーだからこそ鷺沢文香の怒声は、魂の叫びは、穏やかではない宣言は、店内に響き渡り、その場に居た人達の注目を集めるのには十分だった。

 

 落ち着いた店内、居心地の良い空間、弾む会話、そこまではよかった。ただ、少々調子に乗り過ぎてしまった、それだけの話であった。

 

 この世界において女同士でもっとも盛り上がる話題はといえば、それはもう男性に関すること以外にはあり得なかった。第二次性徴を迎えていよいよ男に、性に目覚め始める女性達は、男のいないところで下品な会話でゲラゲラと盛り上がるなど珍しいことではない。それはちょうど、貞操逆転など起きていない世界において、女の胸やら尻やらで盛り上がる男のそれと同じと言えた。故に、淑女然として落ち着いた雰囲気を持っていたはずの女性が、いざ男性と交際を始めるや否や()になるというのは、よくあるとまでは言えなくともままある話であり、男性にとっては一種のホラーに違いなかった。

 

 当然のことながら、程度の差こそあるものの、速水奏も一人の女に違いなかった

 

 速水奏は346所属のトップアイドルである。彼女がどうしてアイドルになったのかと問われれば、きっかけは単にプロデューサーにスカウトされたからというだけの話ではあったが、それが全てでもなかった。アイドルとして魅力的な存在を目指し、そうした自分を世間にアピールすることで、何か良い出会いの一つや二つ期待できないかしらんと、それとなく考えていた。要は、下心であった。だが、こうした考えは同じく346に所属するアイドルたちの中では、決して珍しいものではなかった。

 

 もっとも彼女の、男を誘惑することに特化したと言わんばかりの艶美な雰囲気を漂わせたアイドル像は、多くの男性にとっては逆に恐怖心を煽ってしまうようなものであった。彼女がそれに気付き、それを知っていた上で黙っていたらしいプロデューサーがしばかれるのはまた先の話になるのだが、しかしその話はここではひとまず置いておこう。

 

 その日、例に漏れず奏と文香は、場所が場所故に控えめではあるが男トークに興じていた。奏が文香と出会って間もない頃、日常の大体において落ち着き払って本に夢中になっている文香がそういう話をして盛り上がるというのは、いくら同じ女とは言え少々意外な事に思えたのだが、しかし彼女の持つ108の性癖と、それらの原点となった聖書(バイブル)であるところの官能小説やら薄い本やらの山を見て、奏は同じ女から見ても文香が控えめに言ってヤベー奴だと確信した。そのおかげか今では自身の性癖から少々危ない妄想までなんでも話せる仲ではあるのだが。

 

 会話も山場、盛り上がってそこそこ高揚しているらしい彼女の口から垂れ流される妄想の数々は、もし男性がそこにいたとすれば鷺沢文香にトラウマを抱えてしまいかねないほどの、聞くに耐えないものに違いなかった。いつか絶対、生意気な○学生をこの手でわからせてやりたいだの何だのと息巻いている彼女に対して、奏が何となく投じた一言が、彼女の自尊心を傷つけ、と同時に、彼女の心にあるつけてはいけない導火線に火をつけた、つけてしまったのだ。

 

ーーーでもあなた、()()()じゃないの。

 

 「......は?よく聞こえませんでした。もう一度お願いします」

 

 「だから、あなたって頭の中では好き放題エグい妄想してるけれど、実際男の人前にしたら喋ることすらままならない()()()じゃないの」

 

 「......」 

 

 「そもそもプロデューサーさんと話すのでさえやっとじゃない。それだって、出会ってからそこそこ時間が経ってようやくって感じでしょう?」

 

 「...........」

 

 

 「この前現場でたまたま男性と話す機会があった時も、あなた顔真っ赤にして俯いていたじゃない。全く、フォローするこちらの身にもなりなさいよ」

 

 

「......................」

 

 

 

 

「あ、そう言えば思い出したわ。あなたが男性に対して全く免疫ないことってファンの間じゃ割と有名な話よ。このご時世に初心な女性は珍しいって、一部の男性からも好意的に見られているらしいわ。面白い皮肉よね、良かったじゃない。プッ...」

 

 

 

 

 

  「............................................................」

 

 

 

 

 

 「ああ、笑ってごめんなさいね、ちょっと言い過ぎたわ。けれどまあそんなもんよねってことよ。悪いことは言わないから、()()()()()()()。」

 

 

 

 

 

 

「...................................やりますよ」

 

 「え?なに?」

 

 文香はボソッと呟き、それから飲みかけのコーヒーをグッと勢いよく飲み干し、空になったコーヒーカップをドンッと派手に置いた。そうしてその勢いそのままに立ち上がり、奏を睨みつけーーー

 

 「やってやろうじゃねえかこの女郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!」 

 

ーーーーそうして、時は冒頭へと戻る。文香のキャラが崩壊してしまっているが、奏はそんなことを気に留める余裕もなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 鷺沢文香の絶叫により注目を浴びてしまった二人は、そそくさと店を後にした。前述の通り二人はトップアイドルである。故に当然、今日も軽く変装をしてお忍びでやって来てはいるのだが、やはり目立つ行動は避けるべきだろう。

 

 このお店には行きづらくなったなぁと、奏は少し残念に思うと同時に、その元凶であるところの文香をジトっとした目で睨む。奏のそんな視線を受けた文香は、しかし反省することも臆することなく逆に睨み返してきたのだからもうなんなのだと言いたくなるものだ。

 

 文香がここまで感情的になっているところを見るのは、奏にとって初めてのことであった。過去に彼女が、お気に入りらしい薄い本のどちゃシコシーンを聞いてもいないのに捲し立ててきたことがあったが、あの時もここまで興奮してはいなかっただろう。

 

 どうやら推してはならないスイッチを押してしまったらしい、奏は遅まきながら悟ったのだ。奏からしてみれば、男湯を覗こうとする不埒な輩を注意するくらいの感覚だったのだが、文香にとってはそうではなかったようだ。面倒なことになりそうだと溜息をつくと同時に、タカが外れた文香がこれからどんな行動を取るのか、少し楽しみにしているのもまた事実だった。

 

 「...はぁ。それで、やってやるって言っていたけれど、一体何をするつもりなの?まさかとは思うけどあなた、()()なんてしないでしょうね?」

 「しませんよ!!私を何だと思ってるんですか!!いくら何でも酷いですよ!!」

 

 ()()()()、ではなく()()である。男が少ないこの世界で、男にとっての不運は、男が基本的には非力であることだった。もちろん例外は存在する。鍛え上げられた逞しい肉体美を誇る男性もごく僅かに存在はするのだ。しかし、例外は例外である。そのほとんどにおいて非力である男性達が、飢えに飢えた女性達に無理矢理性的な暴行をされるという事件は、年に少なくない件数起きているのだ。何をしでかすかわかったものではない文香も、流石にそこまで人をやめていないのだとわかり、奏はホッとすると共に少し罪悪感を感じた。

 

 「...そうね、ごめんなさい。それじゃあ改めて聞くけれど、文香は何をするつもりなの?」

 

 「ふっふっふ、知りたいですか...?」

 

 「...帰るわよ?」

 

 「あぁーっ!ごめんなさい、言います!言いますから!!帰らないでください!というか奏さんも一緒にやりましょう!!」

 

 「私も?というか、だから何をするのよ?」

 

 奏がそう問うと、文香は姿勢を正してドヤ顔で答えた。

 

 「それはズバリ!ナンパです!!!」

 

 「...はぁ?」

 

 「ですからナンパですよ、ナンパ!!これから街に出て、暇そうな男性の方を探しに行きます!!」 

 

 「...」

 

 奏、絶句する。あれだけ啖呵を切っておいてやることがただのナンパだということに正直ガッカリもしたし、それに仮にもアイドルである自分たちがナンパなど確実にやっちゃいけないことだろうし、そもそも男とろくに話せない文香がナンパなどどうやってするのだと言いたいしーーー

 

 などなど、口にしたい不満や疑問点を挙げればそこそこあるのだが、しかし1番気にするべき問題があった。

 

 「ーーーそれから仲良くなっていってあわよくば...じゅるり」

 

 「盛り上がっているところ悪いけれど、あのね、文香」

 

 「...ん、失礼しました。何ですか?」

 

 「...そう運よくあなたの言う暇そうな男性が現れると思ってるの?」

 

 「うっ...そ、それはですね...」

 

 「いたとしても、隣に女性がいるに決まってるでしょう?男性だけで出歩いているなんてそうそうあることじゃないわ」

 

 「ううううーー...」

 

 そう、いくら男女比が2:8の世界とは言え、街中を歩けば男性にお目にかかれないわけではないのだ。だが、そうした男性が出歩くというのは最低限の安全が確保されている状況であり、つまりは横に番人たる、親しいであろう女性がいるということだ。当然、ナンパなどできるはずもない。

 

 そう、いるはずはない。いるはずはないのだ。それはこの世界の常識であるのだから。

 

 「...あ」

 

 ーーーただひとり、そんな常識など知らぬ()()()()()()を除けばだが。

 

 「...どうしましたか、奏さん。もういいですよ、私、帰って薄い本見て寝ますから...」

 

 「...文香、アナタ最高についてるわね...!」

 

 「...え?」

 

 「ほら、あそこ!見なさいよ!!」

 

 「...はっ!か、奏さぁん!!!」

 

 ーーーー二人の視線の先には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「あ、あにょ!!わ、私達とお茶しませんか?!??!!」

 

 「文香、少し落ち着きなさい。ああ、ごめんなさいね、でも決して怪しいものじゃなくてね...」

 

 「...」

 

 ーーーはっ!

 

 あ...ありのまま今 起こった事を話すぜ!

 

 「おれは ひとりで街中を歩いていたら

  とんでもなく美人な姉ちゃん二人にナンパされた」

 

 ...いや、このネタはよそうか。

 

 私は今日、珍しくひとりで街中を彷徨いていたのだ。久川姉妹も我が過保護な姉もちょうどレッスンで不在である。前者は私がどこかへ出かけようとするとついてくるし、後者に関しては..まあ何も言うまい。そんなわけで、私がひとりになれるのはこの世界にやってきて以降はあまりなかった。これは、前世で万年ぼっちだった私にとってはありえないことであり、少なくないストレスにもなっていたのだ。もちろん、今の暮らしも充実したものであることは間違いないが、しかしたまにはひとりで行動したい、ということである。毎日ステーキ食ってたらたまにお茶漬けも食いたくなる、みたいな感じだ。

 

 さてそういうわけで、何をするでもなくぶらぶらとしている矢先である、私は前世では無縁であったナンパというものをされたのだ。正直それだけであっぷあっぷしているのだが、それ以上に何なんだこの二人...スペック高すぎるだろ...

 

 一人は清楚とはかくや、といった趣の女性だった。丁寧にケアされているであろう彼女の濡羽色の長髪は美しく、また前髪に隠された瞳はぱっちりとしており...いや、彼女の魅力はそれはもう私の貧弱な語彙で表すのは限界があるのでやめておくが、しかし不躾ながらも彼女のその豊かな胸部についつい目線が吸い取られてしまう。これが万()引力の法則か...

 

 ...まあ、しかし、これはこの人が悪いんだよなぁとも言いたくなる。この世界の女性のお召し物は私にとって、もっと言うなら貞操逆転世界に馴染めていない私にとって、彼女達が男性からの性的な視線など気にしていない分刺激的な装いをしていることはよくあることなのだ。オラ!謝れ!清楚系みたいななりをしてるのにエッチでごめんなさいって私に謝れ!!

 

 ...ごほん、もう一人は先程の彼女とは対照的なショートカットがよく似合うこれまた美しい女性であった。全身から色気が滲み出ており、なんていうか数多の男を掌の上で弄ぶどころか殺し合いでもさせてそうな女性だった。...流石に失礼か。

 

 そんなわけでとんでもなく上玉である二人を前にした私はもはや「あっ...あっ...」と発するだけの機械と化していた。

 

 「...えーと、今大丈夫かしら?」

 

 「...あっえっと、はい、だ、大丈夫です」

 

 「ほ、ホントですか!?な、なら私たちと一緒に()()()()しまーーー」

 

 「だから落ち着きなさいよこのおバカ!!!」

 

 「いだっっっ!ぶたないでください!!」

 

 「そういうことばっかり言ってると最悪通報されるのがオチでしょうが!!!」

 

 「そ、そんなこと言ってますけどね!奏さんだって内心期待してるんでしょう??!?このビッグチャンスに!!」

 

 「...あ、あの

 

 「あなたと一緒にしないでくれる?!別に私はただ少し男性と会話ができればと思ってるだけで...」  

 

 「そもそも、みんな知ってるんですからね?!?奏さんって男慣れしている風を装っているだけで、実は全く男性経験のないちょっと痛い処○だってことは!!」

 

 「...もしもーし..

 

 「はぁ!!?あなただって処○でしょうが!!自分のこと棚にあげて何言ってるのよこの拗らせ喪女!!!」

 

 「あーー!!!言っちゃいけない事を言いましたね奏さん!!もう謝っても許しませんよ?!!?」

 

 「こっちのセリフよこのおバカ!!」

 

 ...だめだこの人たち、早くなんとかしないと。

 

ーーーその時、陰キャラに電流走る。

 

 「...ペらり」

 

 「「ぶっ!??!?」」

 

 激しく口論をしている二人は、しかし私の鶴の一声改め()()()()()()()により、おいおい大丈夫かよと言いたくなるくらいに首を瞬時にこちらに曲げ、私の露わになった()()をガン見している。

 

ーーーそう、小悪魔作戦である!今私がやったことはただ一つ、シャツをめくって私のお臍をぴろりんしたのだ!

 

 前世で例えるならば、偏差値35くらいの高校で童貞オタクをからかう経験豊富なギャルである。すなわち、「オタク君さぁ...w」である!私がこれの被害者であったことは言うまでもない!!うっ...頭が....

 

 私の今日の陰キャラファッションはというと、上は普通のシャツに薄いカーディガンを羽織ってきただけの軽装であり、シャツ一枚めくれば私のお腹がぴろりんしてしまうのだ。今まさに、からかい上手の渋谷君が爆誕してしまったのだ。小悪魔ムーブキモチェェェ〜〜〜!!!

 

 それにしても、つい最近まで女の子とろくすっぽ会話もしたことなかった(姉は省く)童貞が、妙齢の女性、しかも超絶別嬪さん相手に何をやっているのだという話である。昔よりも女性に対する免疫がついたとはいえ(雀の涙レベルかもしれない)、陰キャラクソ童貞の私には荷が重いことに違いはなかった。ふえぇ..助けてお姉ちゃん...と言ったら本当にあの姉は来そうなので、冗談でも言わない(真顔)。

 

 けどまあ、やはり貞操逆転が起きている世界でもエロは世を救うのである。エロかなーやっぱw。どんなに険悪な間柄である人たちがいても、昨晩のオカズを共有さえすれば、手を取り合って、いやチ○ポを取り合って心の友になれるというものである、うん。うん?じゃあなんでお前に友達はいなかったんだよって?ほっとけよ。その先は地獄だぞ。

 

 何はともあれ、これでひとまず騒ぎは落ち着いてーーーあの、お客様、おさわりは禁止となっておりまして、、、ああ、お客様!お腹を撫で回さないでください!!シャツをめくりあげないでください!!あの!!!お客様!!!!!お客様ーーーーーッッッッッ!!!!!!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 【速報】陰キャラ君、調子に乗った結果無事わからされる

 

 あの後、どうにかして暴走気味の二人を落ち着かせて、近くにあった喫茶店に入った。ここはつい最近できたばかりらしく、我が姉も良い店だったと言っていたため近いうちに行こうと思っていたので、都合が良かった。少し気になるのは、鷺沢さんと速水さんが店長さんから睨まれているような...?二人もなんだかとても気まずそうにしているのだが、何かあったのだろうか?

 

 その件の二人ーー暴走して私にあれこれしようとしていた二人はというと、すっかり反省してものすごい勢いで謝ってくれた。いや、私の行動が軽率すぎた故に起きたと言っても過言ではないし、調子に乗ってやってしまったことなので、謝らせていることに対して罪悪感がすぎょい...でもしょんぼり顔も可愛いですね、はい。

 

 その後は、せっかくなのでコーヒーを堪能しつつ、3人で軽い雑談をしていた。いや、少し語弊があるかもしれない。私がクソザココミュ障野郎なのは言うまでもないが、どうやら鷺沢さんも同類だったらしく、結果として速水さんが一人で会話を回していた。ごめんよ速水さん...ごめんだで...

 それから速水さんの話でわかったことだが、なんと驚くべきことにこの二人も346のアイドルだということだった。いや、私の周りアイドルだらけなのだが、346ってそんなに人抱えているのだろうか...?もしや私はプロデューサーだった...?

 今は丁度、速水さんの同僚の話を聞いていたのだが...

 

 「それでね?私と同じグループにすごい変わった子がいて...あら、ごめんなさい。プロデューサーさんから電話だわ、ちょっと席外すわね」

 

 ...その速水さんが、仕事の電話だろうか?離席してしまった。うーん、困った。何が困るって?

 

 「......」

 

 「......」

 

 この通り、すっかり間が持たなくなった。どうしよう、何を話せばいいのかさっぱり分からん。気まずい。すごい気まずい。例えるならば、なんとなく互いの存在を知っているくらいの、友達の友達みたいな間柄の人と偶然休み時間に一緒に小便をしているような、そんな感じの気まずさだ。

 

 まあ、私の対人経験値の低さを今更嘆いても仕方なかろうというものだ。初対面の鷺沢さん相手に私がうまく立ち回るなど、土台無理な話だろう。このまま速水さんが帰ってくるのを待つのが無難ーーー

 

 「ごめんなさいね渋谷君。なんだか急に仕事の打ち合わせが入っちゃって、今からプロデューサーさんのとこに行くことになっちゃったわ...」

 

 ーーーと思っていた時期が私にもありました。

 

 そんなこんなで、私と鷺沢さんだけがこの場に取り残されてしまった...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 鷺沢文香は途方に暮れていた。

 自分でもまさかとは思ったが、奏のサポートや、今目の前にいる少年が自分を相手にちっとも嫌な顔をしないことなど、いろんなことが偶然に重なった結果、奇跡的にナンパに成功した。したのは良かったのだが...

 

 「....あ、その、えと、、、、うぅぅ...」

 

 「.......」

  

 そう、全くもって会話が弾まなかった。奏がいた間は良かったのだが、急にいなくなられたらどうすればいいのかわかったものではなかった。奏がいなくなればこうなることなど、当の本人はよーくわかっているはずだから、いくら仕事とはいえ放置して去って行ったことに文句を言いたいくらいだった。実際に奏は、帰り際こちらを憎たらしい顔でニヤニヤとみていたのだ。確信犯である。

 

 しかし、鷺沢文香にも、このヘタレ処女にも、なけなしのプライドはあるのだ。そしてそのプライドは、丁度さっき奏に傷をつけられたばかりだ。このまま黙って引き下がれるものか。先ほど、他ならぬこの場所で、あれだけの啖呵を切ってやったのだ。ここで何もできずにお開きなど、その時こそ本当に鷺沢文香はヘタレ女として、同僚達から鼻で笑われることだろう。

 

 そうだ、私は天下の346アイドル、鷺沢文香なのだ。たった一人の男性を相手に会話すらできなくて、ファンを魅了することなどできようものか?否である!

 

 文香は自問自答をし、覚悟を決める。

  

 そうだ、私はいつまでもヘタレだとか、万年妄想女だとか、拗らせ喪女だとか、仲間内で馬鹿にされて黙っていられるほど間抜けじゃあないのだ。今だ、今この機会しかないのだ。見方を変えれば、奏がいなくなり二人きりになったというこの状況も、好都合というものだ。奏よりも一足先に大人の階段を駆け上がり、あのニヤついた顔を悔しさで歪めてやるのだ!

 

 幸いなことに文香には一つ、渋谷優攻略の糸口とも言えるものがあった。それは渋谷優が、()()()であるかもしれないということだ。

 

 そもそもおかしなことばかりなのである。男性にも関わらず一人で歩いていたり、女性である文香と奏の前で急に自分の腹部を見せつけてきたりと、考えれば考えるほど、目の前の彼が真正のビッチにしか見えなくなってきたのである。だとすると、今彼は女性と話すのが苦手なように振る舞っているが、しかしそれも演技なのではないだろうか?いや演技に違いない!!

 

 ...もしそうだとすると、()()というときに本性を見せ、豹変して襲いかかってくるのだろうか?エロ同人みたいに?私の持ってるエロ同人みたいに!?控えめに言って最高です、ええ!最高ですとも!!!

 

 いや違う!トリップしている場合ではないのだ!とにかく、とにかくだ、まずは確かめねば...

 

 「...あ、あの...渋谷さんは...その、えぇっと....た、単刀直入に言います!!渋谷さんは私と同類(欲求不満)なのですか!!?!?!」

 

 「(同類....?ああ、コミュ障ということだろうか?よし、ここは話を合わせて上手く会話を...)は、はい!僕もそう(コミュ障)ですが...」

 

 やっぱりビッチじゃないか!(歓喜)

 

 だが落ち着くのだ。まだ慌てる時ではない。ここからさらに会話を広げていって...

 

「....け、経験はあるんですか?!?!」

 

「(経験..?経験ってなんだ...?人前で恥を描いた経験なら山ほどあるが...とりあえず頷いとこ)えっと、ありますよ!」

 

 なんとなく予想はついていたが、やはり非童貞か...

 いやしかし!なんら問題はない。むしろこれでいいのだ。これがいいのだ。こういう、やることをやってわかった気でいる男を真の意味でわからせてやるのがたまらなく興奮するのだ。こんなことは薄い本にも書いてあるぞ!すでに予習は済ませてある!何百何千回とな!

 

 「...ええっと、さ、最近はどのくらいシてる(セッ○ス)んですか...?」

 

 「(..したってのは、会話ってことか?うーむ、変わったこと聞くんだなぁ)...えっと、最近友達ができまして、その子達と一応毎日(会話)してます...」

 

 「友達(セ○レ)と毎日(セッ○ス)シてるんですか?!?ほ、本当に!?」

 

 「....?えぇっと、せっかくできた友達ですし、お互いのこととか色々知りたいと思って、はい...」

 

 「お互いのことを?!?色々!!?」

 

 「....??は、はい。僕も(友達なんてできたのは初めてだから)経験なくて不慣れですけど、でも、色々と新鮮で楽しくて..」

 

 ふああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?!?!?お、おちゅちゅけ!!落ち着くのだ!!大当たりだ!これはもう疑いようのないビッチだ!!クソビッチだ!!いや!そんな言葉で片付けられないくらいの、それ以上の逸材じゃあないか!!なんたることだ!!!彼はきっと、私たち喪女が神から賜ったメシアに違いない!!そうじゃなきゃ、説明がつかないだろう!こんなモテない女の妄想が具現化したような男がそうそういてたまるものか!!!

 

 クソッ!!なーにが経験なくて不慣れだッ!!今更カマトトぶっているのか!??完全なヤ○チンじゃあないかッ!!!オラ!謝れ!清楚なふりしてるくせに実はド淫乱でごめんなさいって天と地と私に100回謝れ!!

 

 もう今更何を躊躇うものか!?!言うぞ!今言うぞ!!この鷺沢文香、一世一代の大勝負に出るぞ!!

 

 「..あ、あの!わ、私も渋谷君のお友達(セ○レ)になっても構わないでしょうか!!??」

 

 「(ファ!??ま、マジか...超絶美人の人からお誘い受けちゃったよ...)は、はひ!鷺沢さんのような美人な方と友達になれるなんて、ぼ、僕も嬉しいです!!」

 

 「ーーーーーーーーー」

 

 【速報】鷺沢文香、完全勝利するーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「フーッ...!!フーーッッ.....!!!」

 

 「...あ、あの、鷺沢さん...?どうしかました...???気分でも悪いんですか...???」

 

 なんだ...??なんか急に鷺沢さんの様子がおかしくなってきたんだが...?

 

 まあ多分アレだろう。鷺沢さん、男と会話するのなれてなさそうだしな。自分で言うのもアレだが、というか人のことは言えないが、結構緊張してたんじゃあないだろうか?友達になろうって言うワードを、コミュ障が提案するなんて、同じコミュ障として尊敬するぜ...!

 さすがアイドル!おれたち(コミュ障)にできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる!あこがれるゥ!

 よし、そう言うことなら、俺も勇気を出すぜ!ちょびっとな!

 

 「あ、あの、鷺沢さん。せっかく友達になれたことですし、お互いのためにも、(会話の)練習とかしませんか...??」

 

 「いきなり(セッ○スの)練習ですか!?!?今から!!??」

 

 「...?あ、もしかして実はお忙しかったりしますかね...?」

 

 「い、いいえ!!問題ありません!??むしろ今しか時間取れないくらいです!!ええ!一発()()ましょう!!!」

 

 「そ、そうですか。ならさっそく...」

 

 「は、はい!でしたらどこで(セッ○ス)シますか!??」

 

 「...?えっと、ここじゃだめですか??」

 

 「ここ(喫茶店)で!?ここ(喫茶店)で(セッ○ス)するつもりだったんですか?!?」

 

 「えぇ..!?ま、まずいですかね....??」

 

 「まずいに決まってるでしょう!!何を考えているんですかあなたは!!?(プレイが)ハードすぎますよ??!」

 

 ..な、なんだ??なんか微妙に噛み合っていない気がするんだが...??喫茶店じゃあダメなのだろうか...?というか今も会話しまくってるんだが...

 

 「で、でも、僕はよく友達と放課後に、そこらのファストフード店とかショッピングモールとかでーーー」

 

 「わーー!??そ、そんな場所で(セッ○ス)なんてできるわけないじゃないですか!!!し、渋谷君はそういう(野外プ○イ)のがお好きなんですか!?」

 

 「.....??えぇっと、僕は別に場所なんて気にしませんよ....??落ちついて過ごせるならどこでもOKですが..」

 

 「ほああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!?!?!?!?!?!?!」

 

 い、いやいや本当に鷺沢さんはどうしてこんなにも動転しているんだ???

 

 ...ハッ!も、もしや友達になろうと言うのはただの社交辞令のようなもので、私のさっきの提案は完全なる余計なお世話だったのか???う、迂闊だった...!この渋谷優、こんな初歩的なミスを...!

 

 そうだ、前世でも私は、こういった友好的な素振りを見せて近づいてくる相手に対して、変に勘違いしてなるものかと固く誓っていたではないか...!ぼっちの私などと仲良くなろうなんてするものは、十中八九よからぬ企みをしているものだと、散々学んできたではないかッ!クソッ!!この愚か者め!クラスのDQNにからかわれ、辱めを受けたあの日々をもう忘れたのか!!?

 

 いや、鷺沢さんは悪い人ではないはずだ、それはわかっているのだ。ただ私とどう接すればいいのか分からず、場を濁して適当に解散しようと考えていたんじゃあないだろうか??すまない鷺沢さん、同じコミュ障としてあるまじき過ちをしてしまった。。許してくれ。。。

 

 「...すみません渋谷君。せっかくのお誘いですけど、い、今の私では到底あなたについていけません...また今度誘ってもらってもよろしいですか...?」

 

 「....あ、はい。それは全然...こちらこそ、無理を言ってしまったようで...」 

 

 「いいえ、いいえ、渋谷君は悪くありませんよ。やはり私の覚悟が甘かったのです。奏さんの前でアレほど啖呵を切っておいてこの体たらく...もう顔向けできません...ふ、ふふ。ふふふ、ふふふふふ...」

 

 見ろ、この鷺沢さんの顔を。これはまるで、己の価値観では到底理解できないような、不可思議な、奇怪な存在と遭遇したような、そんな顔をしているじゃあないか。あぁ...姉の同僚相手になんてことを...私はそれほどまでに失礼な対応をしてしまったということか....

 

 結局、そのまま鷺沢さんとは気まずいままに別れてしまった...もうダメだ...おしまいだァ....また今度はーちゃんに慰めてもらうしかーーー

 

 ....い、いや、待て!もしかして久川姉妹も私のことなんて友達ともなんとも思っていないんじゃあないだろうか??馬鹿な!!そ、そんなことあるものか!この前だって一緒にプリクラ撮ったしーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 この後も、疑心暗鬼に陥った渋谷優の面倒臭い自問自答が延々と続くのだが、それを詳らかにするというのは蛇足だろう。

 

 果たして、二人の誤解が解けるのはそう遠くはないーーー

 

 

 

 

 




ジョジョに夢中になっていたら、続きを書く事をすっかり忘れてしまいまして...一月開いちゃいましたね。

でも、春休みが終わって大学が始まればもっと遅くなるかもしれません。それでも待っていただ けるという方がいれば幸いですというか恐縮ですというか...

今回は僕のかなり好きな鷺沢さんメインです。結果、書きたいことを書いてたらそれなりの文字数になってしまいましたね、ダラダラ長すぎるわボケェ!っと思われた方もいるかもしれません。お兄さん許して。。。

好評、酷評、いずれもお待ちしております。


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4

久川颯のウワサ①
周りからはむっつりスケベだと言われているが、本人に自覚はないらしい。


お久しぶりです。毎日毎日暇ですけど、何も思いつかなかったのでまた一二ヶ月空いちゃいました...
久川姉妹は天使だとか言っておいて全然まともに話書いてないよねってことで書きました。




 ♪〜〜いぇぇぇぇぇぇ〜〜↑↑↑↑↑いぇぇぇぇぇぇ↓↓↓↓↓〜〜〜〜〜♪

 

 やあやあ、私だよ。

 今何をしているのかというと、うちのなーちゃんが新曲「14平米にスーベニア」をリリースしたらしいので、それを即買いしてマイホームで聴いているよ。ちなみに気がついたらなーちゃんも部屋にいたよ。え、なんでだよ。

 

 「...あの、優君。私の歌を聞いてくれているというのは、ええ、もちろんアイドルとして嬉しいことなのですが、けれど私の前で堂々と流すのは遠慮してもらえませんか?恥ずかしいので。羞恥プレイははーちゃん相手にやってどうぞ」

 

 ちなみになーちゃんは私の部屋に、はーちゃんと一緒によく来る。ベッドの下にエロ本がないかゴソゴソ漁っているのはいつものことである。今の時代は電子書籍なんだよなぁ...いい加減敗北を知りたい。

 そして何やらなーちゃんが言っているようだけれど、私は今君の曲の鑑賞に夢中なのだ。もう何度リピート再生していると思っているのだ。暇ならしばし、天井のシミの数でも数えておいてくれ。私は今、作曲者と3日3晩久川凪について語り合いたい欲に駆られているのだ。なあ、兄弟。俺たちマブダチだよな...?

 

 「ふふ、無視ですか?いい度胸ですね、優君。泣く子も黙って3回回ってお手をするこの久川凪を前にそんな無防備でいるとは....よし、ズボン脱がすか」

 

 久川凪、14歳。6月16日生まれ。身長150cm、体重40kg。スリーサイズは上からーーーごほん。

 ユニークというか、個性的というか、ぶっ飛んでいるというか、とにかく「変わり者」である彼女は346のアイドルであり、現在双子の妹の久川颯とともに新人アイドルとして奮闘している。妹のはーちゃんはしっかりもので、なおさらなーちゃんとの対比が面白い。人呼んで徳島の産んだヤベー女とはこの久川凪お嬢様のことだ。いや、嘘だけど。

 

 「い、いいんですか?本当に脱がしますよ?第一回優君のおパンツお披露目大会開催しちゃいますよ?そのまま恒例行事にしちゃいますよ??」

 

 いやはやしかし、繰り返し強調するが、いい曲だ....出だしから既に、なーちゃんのつかみどころのないキャラクター性を表現出来ている。さすがは天下の346プロ、いい仕事をするじゃないか...愉快さと珍妙さと可愛さが絶妙に共存し絡み合っている。なーちゃんの魅力が全てとは言わずともエッセンスが詰まっているというか、これが久川凪だと言わんばかりの彼女の個性と魅力を全面にアピールしている曲と言ってもいいだろう。いや彼女の曲はこれだけではないのだ。他に代表的なものをあげるとするならばはーちゃんとのユニット曲である「O-Ku-Ri-Mo-No Sunday!」だろうこれもまた筆舌に尽くし難い良曲なのだはーちゃんの天真爛漫で女の子らしいチャーミングな部分となーちゃんのエキセントリックでシュールな部分が両立していて彼女らのアイドルとしてのデビューを飾るにふさわしいこれ以上ないと言っていいほどの曲なのだところでここで是非とも物申さねばなるまいことが私にはあるのだがそれは正直彼女は可愛いから何をしてもアリなんていう単純で頭の悪い結論に素人は至りそうなものだがしかしそれはグッと堪えて私の話を聞いてほしい彼女はただただ変人なのではないし久川凪検定1級持ち(自称)の私から言わせてもらえるとするならば彼女のそれは狙って作られた紛い物などではないのだ彼女が魅力的なのは彼女の等身大の姿がアイドルとしての久川凪とイコールでありそこらのやっすいキャラ作りの偽物三流アイドルとは違うのであってーーーー(オタク特有の早口)

 

 「お邪魔しまーす!いやー、ごめんね、遅れちゃ....って何してるのなー!!!優くんのぱ、ぱんつが、、ぱんつが、、」

 

 「いいところに来ましたね、はーちゃん。今この不届きものを成敗しているところです。さあ、せっかく来たのです、一緒に脱がせましょう。このおパンツさえ脱がせば優君の優君が!優君の優君が見れますよ、はーちゃん!我々はたった今、歴史的瞬間に直面しているのですよ!」

 

 「そ、そそそそそそんなことするわけないでしょ!早く直してよ、なー!ていうか優君もなんで何も言わずに黙ってるのさ!!??」

 

 「そこの阿呆は私の曲に夢中になっているので、今は何をしても許されるボーナスタイムなのですよ。だから今のうちに私たちで文香さん御用達の薄い本よろしく好き放題しちゃおうというわけです。やれやれ、自分のことながら恐ろしいものですね。歌一つで人をダメにしてしまうとは...凪ハザードですよ、これは」

 

 「もーーー!!わけわかんないよーーーーー!!!文香さんの趣味は私たちにはまだ早いからダメだって何度も何度も言ってるでしょー!!ほら!いい加減目を覚ましてよ優君!!」

 

 ...ハッッ!!!私は一体何を...いやなるほど、なーちゃんのことを考えていたらオタク特有のペチャクチャニチャアをしてしまっていたのか...

 というか、いつの間にはーちゃんがいるし、それより私はなんで私はズボンを脱いでいるんだ...???

 

 ...とりあえずなーちゃんはあとでしばくか。なんとなく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ハイ、唐突ですが私は今どこにいるでしょーか。

 

 「いやー、ららぽついに来たねー優君!いっぱい見てまわろうね!!」

 

 ハイ、ららぽでした(適当)。

 あの後ーーなーちゃんにお仕置きをした後、はーちゃんが私と共にどこかお出かけしたいということなので、ららぽにやってきたのだ。ふえぇぇ...人がたくさんいるよぉ...

 

 なーちゃんはといえば、彼女も一応ついてくるはずなのだったが、姉妹で何やらごにょごにょ話し合った結果今日は不参加とのことだった。その時のなーちゃんは「今回は特別ですよ、はーちゃん。ちなみに私はあと三回変身を残していますので、どうかお忘れなきように」などと言っていた。宇宙の帝王様かな?

 

 「ほらほら優君!ぼーっとしてないで行こ行こ!!せっかくのオフの日なんだから、目一杯楽しまなくっちゃ!」

 

 お、おう。しかし待ってくれはーちゃん。私は人混みが大の苦手なのだ。もう既に人酔いしそうなのだが...それに加えて私も一応男ということもあり、珍しいものとして周りから二度見三度見されていて非常に落ち着かない。なるほど、動物園の檻の中の動物達はきっとこんな気分なのだろうな。私だったらストレスで全身の毛がものすごい速度で禿げていきそうだ。

 というか、どうでもいいけれどこういうクソでかアウトレットモールって結局アパレル系の店ばっかだよな。私みたいな日陰者はららぽに来ても本屋でラノベ買ってすぐ帰るだけなんだが....

 

 というのは私の本音ではあるのだが、しかし今私の横で楽しそうな顔をしているはーちゃんに馬鹿正直にこんなことを言って悲しませようものなら、今度は私がなーちゃんからお仕置きを受けてしまうだろう。よし、そうと決まればここは全力ではーちゃんの休暇を盛り上げようではないか。いつもお世話になってるもんな、うん。

 

 というか、はーちゃんは駆け出しとはいえアイドルであるのに、男と二人で出かけるのはいいのだろうか?

 

 「あー、スキャンダルとか?でもでもそんなこと気にする人いないよー?まあ男の子と二人でいる私が周りから妬まれちゃうことはあるかもしれないけどねー...」

 

 お、おう。とことん女性に厳しくて男性に甘い世界なのだな。いまだにこのギャップには慣れないな。というかそれだと、はーちゃんは大丈夫なのか...?

 

 「優君と出かけられるのなら、これくらいへっちゃら!!だから優君は私と一緒にいてくれたらそれでいいんだよ?」

 

 ーーーーー天使かな?天使じゃないよ?天使だよ

                               

                                   渋谷優、心の一句。

 

 いやもうほんと、俺はこの子に出会うために前世でゴミムシのような扱いを受けてきたんじゃないか...?うん、そうに違いないな。彼女の尊さと私の前世での不幸度の絶対値取れば一緒くらいだろう。いや、はーちゃんの尊さが5000倍は勝ってるわ。尊みが深すぎて尊み秀吉になってる。彼女の笑顔を見てると、前世での私の傷がどんどん癒されていくかのような...この笑顔はがん患者にも効きますよ、きっと(適当)。はーちゃんの魅力はなんと言っても彼女のこの愛くるしく無邪気で快活な笑顔なのだ。年相応の少女然とした可愛らしい女の子なのだが、一方でまるで万物の母ような、計り知れない包容力を持ち合わせているのだいや人によっては何を矛盾したことを言ってるのだ間抜けと言いたくなるかもしれないがしかし私の方こそそんな戯言を申している無知な輩は義務教育を少なくとも後10回は受け直す必要があると言ってやりたい彼女はもはや私たちのような俗人の理解の及ばない領域にあらせられるお方なのであって我々人類の叡智の及ぶような存在ではないのだ私たちのできることといえば彼女の尊さにただただバブみを感じて崇拝していればいいのだ理解しようなど愚の骨頂思い上がりも甚だしい私が権力者なら処刑不可避の重罪であるからしていや待てそんな世界の母こと至高のお方にあらせられる久川颯様といくらこちらが誘われた側だとしても二人きりで出かけるなど厚顔無恥にもほどがあるのではないかいやしかしここにきて彼女のお誘いを断るなんて逆に失礼でーーーー(オタク特有の早口)

 

 「もう!優君一人でまた変なこと考えてるよ!!せっかく私と遊びに来たのに!!!ぷんすか!!」

 

 ....ッハ!また私はやってしまったのか...いやはや、申し訳ない。流石に自重しないと...

 

 「優君がそんなだから、今日はもう変なこと考えちゃう暇なんてないようにお店全部回っちゃうから!覚悟しててね!!」

 

 いい、笑顔です...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「やははー...ごめんね?流石に振り回しすぎちゃった!てへ☆」

 

 数時間後、私はいわゆるフードコートでくたばり果てていた。

 宣言通り、ショッピングモール内ではーちゃんの気になる店全てに連行された結果、情けなくもグロッキー状態である。燃え尽きたぜ、派手にな...でもまあ可愛いから許すよ、うん。

 

 「はいこれ、はーのだけどジュース飲んでいいよ!」

 

 お、おお...ありがてえ...今の俺のジュースにありつく様は、某地下帝国で借金返済のための強制労働の中ビール飲んで涙流してた例のあの人みたいになってると思う。こ、このジュース!キンキンに冷えてやがるッ・・・!!あ・ありがてぇっ・・・!

 

 と、喉をゴキュゴキュ言わせながら飲んでいるとふと気付く。これ、はーちゃんの飲みかけでは...?ぞ、俗にいう間接キッスとやらをしてしまったのでは...?

 

 慌ててはーちゃんの方を見ると、なんだか頬を赤く染めてモジモジしていた...いや、照れ方一つとっても可愛いなこの子。もしや可愛い行動しか取れないのでは?

 

 というどうでもいい思考は私の必死の現実逃避で、実際にははーちゃんのような可愛い子と間接キスしてしまったことでものすごくテンパっていた。いやお前、間接キス程度で何焦ってんだよ童貞か?と思うかもしれない。いや実際童貞なんだけど。でも分かってくれよ。経験値が浅すぎるからこんなことは愚か、多分手をつなぐだけでもかなり心臓バクバクなのだ。実際にこの目で女の子の裸なんて見た日には、多分どこぞのゾンビアイドルの男の娘みたいに心臓飛び抜けると思う。

 

 「じゃ、じゃあ優君。最後にプリ撮ろ!プリ!」

 

 気まずい雰囲気漂う中、それを払拭するように提案してきた。数百円払ってよくわからない加工写真を撮ってくれるプリをご所望のようだが。

 

 プリ、プリかぁ...何度かなーちゃん含め三人でとったことはあるのだが、未だに慣れないんだよな...当然前世ではプリクラなんて撮ったことないから、彼女達に半ば無理やり連れられ生まれて初めて撮ったプリの写真は、かなり変な顔をしていた。割と私の中では黒歴史みたいなとこがある。ちなみにまた取り直すから捨ててくれと頼んでも拒否られた。これも大事な思い出と言われたら如何ともし難いところではあったが、なーちゃんがかなりツボってたのは気に入らなかった。

 

 と、いうわけでやかましいゲーセンのプリ筐体が置いてあるコーナーに到着である。ちなみに私には操作とかよく分からないので全てはーちゃんに任せつつぼーっとする。いや、この狭い中に二人で入るということだけでも緊張するんだよな。

 

 「よ、よーし!始まるよ優君!」

 

 お、もう始まるのか。

 私はいっつもどんな表情をしていいのかわからないので、半笑いといえばいいのかわからないがとにかく微妙な表情をしてしまうのだが、しかしあることに気付いて思い切り変な顔をしてしまった。

 

 あの、はーちゃんさん?これカップルコースってやつでは?なんか変な要求されるやつなのでは?

 

 ーーーーお互い抱き合って撮ってみましょう!

 

 なにィッ!?!いきなりなんてこと言い出すんだこの無機物野郎がッ!うっかりジョジョキャラみたいなリアクションとポーズ取っちまったじゃあねぇか!

 

 「は、はわわ...」

 

 いや、選択したの君だよね?何予想外みたいな反応してるのかな?かな?

 と、どうすればいいかわからず二人してわちゃわちゃしていたのだが、撮影のカウントダウンが始まってしまった。

 

 ま、まあ無理することないよね。普通に取ればいいのだよ、普通に。普通が一番なんだよ。多分誰か偉い人もこんな感じの名言残してるでしょ、多分。

 そう思っていたのだが、横のはーちゃんは何やらムンと気合を入れている様子だった。

 

 「い、いくよ優君!!」

 

 まさか、と思っていたところに彼女の掛け声と同時に、はーちゃんが私の腕に抱きついてきた。瞬間シャッターは切られ、ぱしゃりと音がする。多分ものすごく間抜けな顔をしているんじゃないだろうか。私は今、腕に伝わってくる彼女の柔らかい感触に全ての思考を奪われていた。

 

 お、おうふ...なんとなく知ってはいたけど、この子!なーちゃんにはない巨大なアレをもっているぞッ!!うおおおおおおおおッ!!!!あとすごくいい匂いがします。

 これだけでもかなり刺激的で一杯一杯ではあったのだが、そんな私にさらに追い討ちをかけてきた。

 

 ーーーー次は、ほっぺにチューをしてみましょう!!

 

 「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 おー、さっきよりも顔赤くしてて可愛いなぁ...ほんと天使みたいな子だよなぁ...

 

 なんてお得意の現実逃避をしていてもどうしようもならないのだが...はーちゃんさん、これ大丈夫?というか君なんだか茹で蛸みたいになってはいないかい?

 

 再び無慈悲にもカウントダウンが始まる。

 ならばこその「無」!!祈りを込めた無の心!!呼吸 楽しい...

 

 どこぞの御令嬢の真似をしていたのだが、突然頬に伝わる感触と再び響くシャッター音により現実に引き戻された。あ、あれ...何を...?

 

 と、横を見るとこれ以上ないってくらいに顔を真っ赤にしてプルプル震えているはーちゃんがいた。いや、ほんと...ウブだなぁ...人のことは言えないけど...

 

 とまあ、波乱のプリクラ撮影会は他にもいくつかポーズを取らせた後に幕を閉じたのであった。

 

 ちなみにはーちゃんはこの後すぐに恥ずかしくなったのか、「お手洗いいってくりゅうううううううう!!!!」とダッシュしていってしまった。お、おい。これらくがきとかするんじゃないのか?俺センスないよ?いいの??

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 心の底から楽しいと思える、そんな1日だった。

 私ーー久川颯は今日、大事なお友達である優君と二人で遊びに来ていた。男女二人で出かけてるし、デ、デートなのかな...?なんて一人舞い上がってもいた。もっとも優君はいつも通りでなんら変わりなかったが。

 色々振り回しちゃったのは少し申し訳なかったけど...でもまあ、ぼーっとしてる優君が悪いのだ!うん!

 

 なんて、私はいつも優しい彼に甘えてしまうのだ。今日だって彼は文句ひとつ言わずに私についてきてくれたのだ。彼に体力がないことは知ってるけど、私のために頑張ってくれたのかな?もしそうならとても嬉しいものだ。

 

 それにしても...と、さっきのプリクラでの出来事を思い出す。抱きつくだけじゃなく、ちゅ、ちゅーまでしちゃったんだよね...なーに怒られるかな?

 

 勢いでカップルコースを選んだはいいものの、やはり男性に不慣れな自分はもう半ばヤケクソになっていたのだろう。とても恥ずかしかったけれど...でもそれ以上に、全身が心地よい感覚に満ちていたと思う。もっと彼と触れ合いたいとさえ思えるのだ。

 

 私はもう、彼に対する想いなどとっくに自覚していた。思えば不思議だ。女性を基本的に毛嫌いするはずの男性である彼は、しかし私たち姉妹を最初から暖かく迎え入れてくれた。少し優しくされて好きになるほどチョロい女などでは断じてない、ないと思っていたのだが...気付けば私は彼に恋情を抱いていた。

 

 彼と話せば気持ちが舞い上がるし、アイドル活動に励み会えない日が増えると切なくなる。良くも悪くも、私の日常は確実に前のそれとは異なったものとなった。

 

 今日なーに頼んで二人きりで出かけたのは、単純に彼と一緒にいたいというものあるが、それ以上に少しでも自分という異性を意識してくれればいいな、なんて打算もあった。だから、抱き付いた時に照れていた彼をみて少し嬉しくなったものだ。

 

 この想いをどうするのか、それについてはまだあまり考えてはいない。いつかは伝える予定ではあるけれど、なーがどう思っているのかも考えなきゃいけないもんね。

 

 とりあえず、彼を待たせているから早く行こう。あのプリを撮った後、恥ずかしくなってお手洗いに駆け込んでしまった。自分で提案したのに何してるんだろう...

 

 鏡で身だしなみをチェックしてから急いで彼の元に向かった、が...

 

 「ねえいいじゃーん。私らと遊びに行こうよ、ね?」

 

 「ビクビクしててウケるんだけど!ねえ、彼女とかいるわけー?」

 

 「..あ、あの、トイレ行ってるだけで..」

 

 ナンパされている、その光景に浮かれた気持ちがどこか霧散していく。気分が高揚していたせいか考えが及ばなかった。男の人を一人で放置すればどうなるかなんて分かりきっていたことのはずなのに。

 急いで駆け寄り、声を掛ける。

 

 「ご、ごめんねー優君。じゃあ行こっか!」

 

 「へー、優君って言うんだ。いい名前じゃん」

 

 「なになに、彼女さん? (笑)」

 

 「い、いえ、ただの友達ですけど...」

 

 「なーんだ、ならよかった」

 

 「つーか男放置してどっかいくとかありえないっしょ」

 

 「だよねー。つーわけであたしらが面倒見るから、もうアンタ帰っていいよ (笑)」

 

 ...否定できなかった。そして否定できない自分が情けなかった。自分の都合で彼を連れ回しているのだから、彼の身を守るのは義務でもあった。それなのに私は一人浮かれて、一体全体何をしていたのだろうか。

 

 さっきまであった暖かい気持ちは一瞬でどこかへ消え、かわりに暗く冷たい感情が私を襲った。

 

 「君もこんな子供なんかよりさー、アタシらといいことしようよー」

 

 「そうそう、アタシらならその子よりもっといろんなことしてあげられるよー?」

 

 ...彼はどう思っているのだろう。こんな私よりも彼女達と遊ぶ方が楽しいのだろうか。彼は優しい人だ。ここで私を置いていくなんて薄情なことはしないとは思うけれど、思考はネガティブなことばかりだった。どうしてもそんなことばかり考えてしまって、そしてもし本当に彼がそう考えていたらと思うと、怖くて彼の方を見ることすらできなかった。

 

 ーーー故に久川颯は、この時渋谷優がこれまでにないほど雄々しい表情をしていたのにも気付かなかった。

 

 「...の..は」

 

 「んー?なんて?」

 

 「...この人は、僕の大事な人です。」

 

 「....」

 

 「だから、誰であろうと悪く言うのは許しません」

 

 「え、えーっと」

 

 「...失礼します」

 

 そう言って優君は、私の手を取り彼女達から走るようにして逃げて行った。そう言えば手を繋いだことなど初めてだなぁとぼんやり考えていたが、そんなことは些細なことだった。

 

 ーーーああ、今、私はどんな顔をしているのだろう。きっと、さっきと比にならないくらい顔を真っ赤にして、そしてどうしようもないくらい女の顔をしているはずだ。

 彼に手を取られつつ、私たちはアテもなく走っていた。不思議とこのままどこへでもいけそうな気持ちにさえなっていた。さっきまでの暗い気持ちはまた一転し、心地よい幸福感に満ち溢れていた。

 

 やっぱり私は、本当にこの人のことがーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 しばらく彼と一緒に走った後、屋外の広場に出た。すっかり日も暮れかかっていて、夕日が眩しかった。

 ナンパをしてきた女性はついてきておらず、そのことを確認した優君は足を止めた。ぜーはーこひゅーと息を荒げて必死に酸素を取り込もうとしている姿は、さっきまでのなんでもできそうなくらい頼もしい様子とは180度違っていて笑ってしまった。

  

 さっきの彼の言葉を反芻する。その作業で今の自分はいっぱいいっぱいだった。想い人に大事な人だと言われただけで、こうも自分は幸福になるのかと、自身の単純さに驚いた。これじゃあ、なーにいつも初心だなんだと言われているのも否定できないなぁと少し自分に呆れる。

 

 「...あの、はーちゃん」

 

 「...ん、なーに?」

 

 「ええっと..さっきあの人達に少し言われてたけど..」

 

 「...うん」

 

 「僕は今日はーちゃんと遊べてとても楽しかったから...はーちゃんと一緒だったから楽しかったから...」

 

 「...うん、うん..!」

 

 そう言うや否や、恥ずかしくなったのか優君は後ろを向いてしまった。らしいなあと思いつつ、私は自身のとある感情が溢れ出てくるのを止める事ができそうにもないことに気付いた。我慢などもうすでに、できるはずもなかった。

 

 彼の背中に、勢いよく抱きつく。変な声を出して固まっている彼とは正反対に、今の私には以前までの羞恥心など一切なかった。当然だ。私は今、覚悟を決めたのだから。

 

 ーー本当なら、()じゃなかったんだけどなぁ...心の中でなーに謝る。ごめんね、はー、もう我慢できないや。

 そうして意を決して、口を開いた。

 

 「...ねえ、優君」

 

 「...うん」

 

 「...あのね、私ね?」

 

 「.....うん」

 

 「私ね?優君のことがね?」

 

 「.....」

 

 「優君のことがーーーー」

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

「なにしてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「うわあああああ!!!!」」

 

 急に現れた人と声におどろいて、彼と一緒になって叫ぶ。

 

 「ねえ、今何してたの?あんなに近くに寄り添って...まるで恋人みたいに...!」

 

 「こ、恋人なんてそんな...!」

 

 「お姉、いたんだ...お、驚かさないでよ」

 

 「私もいるよー。久しぶり〜弟くん。あとついでに奈緒もいるよ」

 

 「人をついで扱いするなよ、全く...ひ、ひさしぶりだな、優」

 

 「あ、どうも...北条さん、神谷さん」

 

 「もう、加蓮でいいよって何回も言ってるでしょー?」

 

 「えっと、は、恥ずかしくて....」

 

 「あはは、ほんと弟くんはかわいいな〜うりうり〜」

 

 「ちょっと加蓮、優に色目使うのやめてよ。○すよ?」

 

 「お、おい凛。落ち着けって、な?あんま言ってると颯ちゃんも引くからな?」

 

 「なに??奈緒も優に唾つけようってわけ?!?」

 

 「だから落ち着けよォォ!!!」

 

 さっきとは打って変わった雰囲気に、思わず笑ってしまった。さっきまでの()()はどこか消え去り、和やかな光景を前に脱力感に襲われている。せっかく勇気出したのになぁ、とも思わなくもない。

 

 「それより、ねえアンタ、聞いてるの?何してたの?場合によっては後輩だろうと...」

 

 「あは、あはは。なんでもないですよ、先輩!いえ、()()()()()!」

 

 「何一人で笑ってるの?あと私はアンタのお義姉さんじゃない!!!」

 

 けれど、今はまだ、この関係を楽しむのも悪くはないはずだ。告白だって、これからいくらでも機会はあるだろう。今はまだ、このままでも充分だ。

 

 「...ねえ、優君!」

 

 「な、なにかな?」

 

 「これからもよろしくね!!」

 

 「...うん。こちらこそ、よろしくね」

 

 だって、私の毎日は、優君やなー達と共にある私の毎日は、もう既に幸せに満ち溢れているのだから-----

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「信じて送り出したはーちゃんがやらかしていた件について」

 

 「.....」

 

 「...このキスプリはなんですか?何もしないって言ってましたよね?何か言い分はありますか、久川颯被告人」

 

 「......」

 

 「...覚悟はいいか?ワタシはできてる」

 

 「ごべんなざああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいい〜〜〜〜〜〜〜〜




はい、というわけではーちゃん好きのキモい妄想詰め込んだ作品でした。オチ担当の渋谷さんグレートですよ、こいつはァ..

はーちゃんメインでしたが、ちなみに僕はなーちゃんの方がすこです。いややっぱりどっちもすこです。

好評、酷評、いずれもお待ちしております。ではまた数ヶ月後に書いていれば...


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5

お久しぶりです。

無料10連で限定はーちゃんを引く
   ↓
喜びで発狂する
   ↓
そう言えばなんか小説書いてたよなワイ....ファッッ!?!?最終投稿日6月やんけ!!うせやろ!?!?
   ↓
前編だけやがなんとか投稿できたゾ....でもはーちゃん出てなくね?←今ココ

しぶりん回ではありません。あと、ウワサは思いつかなかったのとメインがいないのでお休みで。


 第一回 チキチキ 346プロダクション訪問〜〜〜!!!!ドンドンドンパフパフ

 

 はい、私です。今日も今日とて非常識な世界に振り回されてる私です。というわけで宣言通り、346プロに行こうと思う。というのも、本日私にはこなさねばなるまいミッションがあるのだ。

 

 今日は休日、いつもの如く惰眠を貪っていた私ではあったのだが、急に部屋に押しかけてきた母親に叩き起こされてしまった。なんでも、我が姉がレッスンに出かけたようなのだが、その際に弁当を持っていき忘れたとのことで、それを私に届けて来いと頼んできたのだ。お願い、というよりは拒否権がない時点でただの命令だった。

 この母親、トチ狂ったブラコンでお馴染みの我が姉を産んだとは思えないほど、私に対しては全く干渉してこないのだ。もう今更いうまでもないことだが、この世界で男という存在は貴重であり、ある一家に産まれた男というのはその一家総出で親戚までも巻き込んで蝶よ花よと育てられるらしい。だからこれはかなり珍しい教育方針なのだと思う。

 

 聞いたひどい話では、男が産まれたとわかるや否や、親戚内で売れ残ってしまっている喪女の、喪女による、喪女のための、血で血を洗う女同士の熾烈な争いが始まるとかなんとか。中でも、ギリギリ結婚が可能な4親等以降の傍系血族らを筆頭に()()()()()()なるものが企てられるというのも、決して都市伝説なんかではないそうだ。女性も必死だろうしまぁなんとなくそうなるだろうなというのはわかるのだが、しかし唾をつけられる側からしたらたまったものではない。彼女らの必死さからして、唾をつけられるというよりは塗りたくられるという表現の方が正確なのではないだろうか。

 

 なお完全に余談ではあるが、逆光源氏というのも通常のそれと逆という意味で、お察しかもしれないがこの世界における広く古典と呼ばれるものは基本女性が中心である。件の源氏物語も通常のそれとは打って変わって、超絶美女である光源氏が目に付くイケメンを取っ替え引っ替えする逆ハー物語なのだ。おい!それってYO!ただの乙女ゲーじゃんか!アッアッアッアッ

 

 ところがそんな男への執着をカケラも感じさせないのが我が母なのである。もしや母親、私と同じ転生者なのでは?って考える方が自然なくらいだ。良い意味で無関心と言えばいいのだろうか、別に虐待されているとか飯が出てこないとかいうわけじゃないので問題はないし、むしろ私にはそのほうが過ごしやすいのは確かではある。本人曰く「襲われたら殴れ。怪しいと思っても殴れ。」とのことだ。あ、転生者云々じゃなくただの脳筋だった。

 

 閑話休題。

 

 そういうわけなので私は今日、渋谷家におけるヒエラルキーにてトップである我が母のご命令通りお弁当を姉の元へ届けねばならないのだ(多分カースト最底辺は私だ)。しかも出かけるなら一人で行くな、誰か一緒に連れていけとまで言われた。いや、言ってることは理解できるしいいんだけど、注文多いんじゃボゲェ!と内心思ってしまうのは仕方がないことだと思う。そしてそれが伝わったのかどうか分からないが、ギロッと睨まれた。やっぱり女性は怖いょぉ。。。。

 

 これ以上駄々をこねていると母親にしばかれそうなので、支度を済ませて仕方なく外に出ることにする。

 さて付き添いに誰を連れて行くかということだが、皆もご存知の通り私の交友関係などたかがしれているため候補者は少ない。筆頭候補者の久川姉妹は、丁度姉と同様レッスンに行っているらしく不可。残る者はといえば、ついこの前に知り合ったばかりの鷺沢さんと速水さんである。しかし、二人とも私にとってはまだ距離感があるためとても誘い難い。というよりも、世間に名を馳せているアイドル様に対していきなりアポを取れるとは思えないしね。

 

 まあ一応、連絡先を交換した際速水さんには気軽に連絡してねとは言われたものだが、そんな程度で自発的にコンタクトを取れたら私は前世で根暗陰キャぼっちなどやっていないのだ。そしてもう一人の鷺沢さんだが、前回の喫茶店で変な分かれ方をしてしまって以来かなり気まずいため彼女も不可。というかL◯NE送ったのに既読つかなくて普通に泣いてるよワタクシ。

 

 じゃあもう一人もいないじゃねえかオイと言われそうなものだが、しかし侮ってくれるなよ、私にはもう一人だけ候補者がいるのだ。友達と言っていいのかどうか些か微妙なラインではあるのだが、とりあえずその人物に会いに行こう。

 

 向かう先は、とある神社である。休みの日の午前中で、人はまばらであり目的の人物はすぐに発見できた。こんちわーと声をかけようと思っていたところで、背を向けていた彼女が、まるで私が来ることをわかっていたかのように振り向いてきた。いや怖いよ君。

  

 「2週間ぶりでしてー、そなたー。お久しぶりなのですー」

 

 この独特な喋り方をする着物の似合うロリっ娘は、この神社に住み着いている?らしい依田芳乃ちゃんである。以前この神社で財布を落とした際に、失せ物探しが得意だという彼女が見つけてくれたということがあり、その時からたまーに喋るくらいの仲なのだ。

 

 コミュニケーションガイジである私が彼女とこうして交流を続けていられる理由は簡単だ。それは彼女がまだまだ()()だからである。身長も150cmくらいだろうし、詳しく聞いたことはないが多分()()()くらいの年齢だろう。流石の私でも小学生相手に慌てふためくほどカスではないのだ。

 

 「今日はそなたー、何か困っていることがあって、ここにやって来たのでしょうー?」

 

 う、うん。そうなのだが、なんで本当に見透かしたかのように事態を把握しているんだこのロリっ娘は...?何か不思議なぱわーでもおもちなのかしら??

 

 「そなたの意志がそのように告げている気がしましてー、伝わって来たのでしてー、さすれば、願い事を聞きましょうー」

 

 うーん、なんでもいいんだけど、君はそのよく分からない才能を使えば大金稼げたりするんじゃあないかい...?

 まあ子供相手にそんな不健全な話をするのもどうかと思うので、こちらの事情を説明しつつ、ついて来てもらえないかと小学生相手に頭を下げてみる。うわっ、私のプライド、低すぎ...?

 

 「わたくしも今日は出かける予定がございましてー、であれば途中まで付き添いましょうー」

 

 はい、というわけで小学生に頭下げて頼み事しないとお出かけもできないような交友関係を持つ渋谷優君の友達100人できるかなRTA、はーじまーるよー(大嘘)。

 なんて冗談はさておき、無事付添人である芳乃ちゃんと一緒に電車に乗り、346本社に向かっているところだ。この子、東京に来る前はコンビニもないような鹿児島のド田舎に住んでいたようなので、電車の乗り方も分からないんじゃないだろうかと思っていたのだが、そんなことはなかった。

 

 車内で適当に雑談をしつつ、最寄りの駅で降車して、歩くこと数分。目的地であるクソデカ建造物、346プロダクションに到着した。そういえばこの子も出かける予定があると言っていたが、結局最後までついて来てもらってよかったのだろうか?と思い彼女に問いかける。

 

 「問題ないのでしてー、わたくしもここにくる予定でしたのでー」

 

 え、マジで??超偶然なんだが....というか、このパターンはもしかして....?

 

 「わたくしもついこの前、あいどるとやらになりましたのでー」

 

 ですよねー、はい。もはやお約束展開になってきたな。というか私はあまり346のアイドル事情に詳しくはないので知らないんだが、小学生もスカウトするんだな。子役的な感じか?

 

 「...?そなたー。わたくしは、小学生なんかではないのでしてー。もう今年で16になるのであるからしてー、子供扱いはやめていただきたくー」

 

 ..........................................え?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 あの後、固まってしまった私を置いて芳乃ちゃんは一人社内に入っていってしまった。

 

 ....とりあえず、ずっと小学生だと思っていた相手が実は16歳でしたとかいう、なんかラノベとかでありそうな展開に遭遇してしまったのはもう置いておいて、私も中に入るとしよう。ビルの前で微動だにしない私、不審者じみてるしな、うん。芳乃ちゃん....いや、芳乃さんにはまた今度謝りに行こう。でも私より年上なんだよなぁ...意識しすぎると以前のように話しにくくなるし、この辺にしておこう。

 

 ただ去り際に「小学生だからって油断していると、いつか痛い目に合うから気をつけるのが吉でしてー」と身長差ある私の頭をグイッと下げて、耳元でぽしょぽしょ言われた。あ、耳はダメなんです...

 というか、この世界の子供はそんな幼い頃から男には唾をつけとけなんていう英才教育を施されているのか...私の安息どこ...?

 

 とまぁそんな私の独白はいいとして、ビルに入ってすぐに建物の綺麗さにビビる。これがトップアイドルの事務所か...なんかカフェもあるし。それにうさぎ?の格好したメイドさんみたいな人がキャハキャハ鳴きながら働いてるし。これが芸能事務所か...

 

 なんか初めて都会に来たやつみたいなリアクションしちゃってる私ではあったが、弁当を届けに来たんだったな。ちなみに先ほど姉に連絡をとったところ、ビルのエントランスにいるとのことだが、どこだろうか?

 

 「あの、渋谷優さんでお間違いないでしょうか?」

 

 「ヘアッ!?!?」

 

 「...?」

 

 「あ、いえ!その、すみません驚いてしまって...」

 

 で、デケェ...私の身長が160弱しかないチビだというのは否定できないけど、それを差し引いてもデケェ...めっちゃ見上げてます私、ハイ。ていうか失礼ですが、カタギの人間でしょうか....?私の中の下っ端精神が反射的にこの人に平伏するべく働きかけてきたのを、必死で我慢する羽目になったんだが、私はどれだけ小物なんだ...?

 

 「驚かせてしまい、申し訳ありません。自分はこういうもので...」

 

 と、渡されたのは一枚の名刺である。ふーん、あんたが346のプロデューサー?

 ....って、マジか。プロデューサーってことは、れっきとしたここの社員さんってことだな、ヤのつく人とかではなくて安心した。そういえばアイドルになると決めた姉は、顔が怖いプロデューサーにスカウトされたとかなんとか言っていた覚えがあるが、間違いなくこの人だろう。なんか色々と苦労してそうだな....

 

 「渋谷さんの...お姉さんのお弁当を届けにきたとのことですが、申し訳ありません。こちらの都合で今彼女は少し抜け出せなくて、代わりに私が参りました」

 

 あーなるほどね、姉ではなくこの厳ついプロデューサー様がきたのはそういうわけか。にしてもあれだな、私のようなクソガキにこんなデカくて厳つい人が頭を下げてるなんて、なんか偉い人にでもなれた気分だ。いや、こういう発想が正しく小物なのでは...?

 

 「では、ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

 「...えっ?いや、あの、自分弁当届けに来ただけで...それに部外者ですし!」

 「許可は取ってありますし、問題ありません。それに、渋谷君が直接渡した方がお姉さんも喜ぶと思いますよ?」

 

 ついでにお姉さんのレッスンも覗いてみるのも面白いと思いますよ、と付け足してから武内さんは、入社許可証的なものが入れられた首にかける吊り下げ名札を私にくれた。

 ....うーん、まぁこんな機会でもないとそうそう来られる場所でもないし、せっかくだからお言葉に甘えさせてもらおうかな...アイドル事務所で女性もたくさんいるだろうけど、まあ芸能人だしなんかやべートラブルとかも起きないでしょ(フラグ)。よし、そうと決まればついていきますぜ、武内のアニキ!いや、だから違うんだよこれは。

 

 そうして武内さんについていき、やたらと豪奢なエレベーターに乗って上階へ昇る。降りるとそこでは長ーい廊下が左右対称の形で続いていて、しかし迷うことなく前を行く武内さんがある一室の前で立ち止まった。

 扉の一部に円形のガラスがはめ込まれていて、中の様子をみることが出来るようになっている。促す武内さんをよそに見てみると、そこには姉がいた。いや、姉ではなく、()()()()がいた。

 

 ダンスのレッスンをしているのだろう。レッスントレーナーが何やら叫んでいて、息を整える間もなく姉は指示を汲み取りステップを踏む。覗き見をしている私などに目を向ける余裕もなくーーというより集中していて気付いてすらいないのだろうーー理想の形にもっていくために一心不乱に自分を高めていく。その姿は、普段の姉とは全く異なっていて、私はしばし言葉を発することも忘れて眺めていた。正直に言ってしまえば、そう、見惚れてしまっていた。

 

 思えば転生してこの世界に生まれてきてからこの十数年、特に久川姉妹と出会うまで、私は本当にずっと姉と一緒にいたのだ。なるほどそれはおそらく一般的な姉弟の距離感を鑑みるとおかしなものなのだろう。特に、異なる常識の前世を経験している私にしてみれば尚更だ。しかし少なくとも、私たちの間ではそういう関係が成立していて、必然的に私は誰よりも渋谷凛という女の子がどんな為人なのか、親以上に理解している自信だってあった。

 

 しかし今、扉を挟んで向こうにいる姉は、そんな私が全く知らないアイドルとしての姉に違いなかった。自惚れていたのだと、そう思った。私が知らない裏で、姉はアイドルとして輝くためにこうした努力を積み重ねてきていたのだろう。いや、アイドルというものがそうなのだろう。今まで気づかなかったのも変な話ではあるが、よく見てみれば横には神谷さんと北条さんもいた。彼女たちもまた姉と同じように輝くために必死に努力をしていてーーーーーそう、なんだか身近にいる人たちが物凄く遠くにいるような、そんな一抹の寂しさを感じてしまったのは否定し難い。

 それでもそれ以上に、弟として、姉のこうした姿を誇らしく思うし、それだけで今日ここに来た甲斐があったと言える。もしやこうなることを見越した上で、武内さんは私をここに連れてきたのだろうか...?

 

 ...なんて、まあ長々と語ってきたところで、率直な感想を言わせてもらえるのなら.........誰だよあの人!?!??!?!?

 

 いやいやいやいやいや!あんなカッコいい人が私の姉と同一人物なわけないだろ!いい加減にしろ!!暇さえあれば私のことをストーキングしてニヤニヤしてるような人なんだぞ!?大体なんなんだあのキラキラオーラは???私がはーちゃんやなーちゃんとキャッキャウフフしてる時なんてあんなキラキラしてないしむしろドロドロした負のオーラを醸し出しちゃってるぞ!?もしやこれがアイドル(偶像崇拝)の二面性というやつなのか!!?

 

 「...ちょうど落ち着いたようですし、入りましょうか」

 

 「...えっ?あ、ちょっとまーー」

 

 「失礼します。レッスンお疲れ様です、皆さん」

 

 「あ、プロデューサーさん、お疲れさまー...って弟君!?」

 

 「へ!?な、なんで優がここにいるんだ!?」

 

 「お疲れ様です、北条さん、神谷さん。渋谷くんは今日、お姉さんのお弁当を届けにーー」

 

 「ーーー優!!わざわざここまで来てもらってごめんね??大丈夫だった?何か変な目に遭わなかった??というか、誰と来たの?優に男の子の友達はいないから...女?そういえば...うん、なんかいつもと違う匂いがついてるね。誰ときたの?もしかしてまたあのメスガキ姉妹?!?いやでもあの二人も確か今ここにいるし...まさか私の知らない間にまた女の子を誑かして!??!」

 

 「落ち着いて、お姉。というか、恥ずかしいからほんとやめて。やめてください....あとさっきの感動全部返して、今すぐ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 弁当を姉に渡すというミッションも達成し、その後は神谷さんや北条さん達にも挨拶してレッスンルームを後にした。用も済んだしもう帰ろうかとも思ったのだが、せっかくだしいっそ施設を見学していってはどうかという、武内さんのありがたい提案に乗っかることにした。

 

 といっても、その武内さんは急用とやらが入ってしまったらしく、案内は出来ないとのことで。当然だがいくら許可を得たとはいえ部外者を勝手に歩き回らせるわけにもいかないだろう。

 

 残念だがもう帰ろうかと思っていたところ、武内さんが何やら手を打ってくれたようで、今は再びエントランスで待っているようにと言われたんだが、さて一体どうなるのだろうかーー

 

 「ふふ、お困りのようね渋谷くん!」

 

 「わお!これがあの凛ちゃんの弟クンなんだー!」

 

 「あ、確かに凛ちゃんに似てるとこあるかも!★」

 

 「クンクン...んふー、やっぱり男の子のスメルは独特だねー。ねえねえ〜、サンプルとっても良いかにゃー?」

 

 「お腹すいたーん」

 

 そこには、エントランス中央で人目を集めて、しかしそんなの知るかと言わんばかりに決めポーズを取っている五人組がいた。いや、若干一名は知ってる人ではあるのだけれど。

 

 .....よし、帰るか。

 

 

 

 

 




一体最後の五人組は誰なんだろう(すっとぼけ)
というわけで、中半?か後半に続きます。

芳乃ちゃんは本来出すはずのなかったキャラだったんですが、この前ノワール限定芳乃ちゃんが出てくれてあ〜^ってなったので、無理矢理出してみました。でも可愛いからオーケーですわ..

三ヶ月くらい空いた上でこのクオリティとこの文字数なのは...お兄サン許して!次回の更新も気が向いたらなので....気長にお待ちくださいませ。

好評、酷評、いずれもお待ちしております。





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6

後半です。捏造設定一名様入りまーす。よろしくお願いしまーす。

めっちゃ長くなってしまった。前後半に分けるのはいいとしても、分け方が下手すぎましたね。何も考えずに書いてるとこうなるっていう勉強になりました。

今回の話は↓


美嘉「ん?今なんでもするって言ったよね?」



城ヶ崎美嘉のウワサ①
年下のひ弱そうな男の人がタイプ
らしい





ーーー城ヶ崎美嘉という一人の女の子について語らせてもらおうと思う。

 

 彼女は誰もが知る346の、押しも押されもせぬトップアイドルだ。自他共に認めるギャルアイドルとして名を馳せている彼女は、一方でモデルとしても活躍している。アイドルとモデルの二足のわらじを履きつつ日々活動している彼女の人気っぷりは絶大であり、男に飢えに飢えている女性達からの支持も厚く、他のアイドルよりも比較的ファンが多いと言われている。

 

 それは彼女の圧倒的ビジュアルかもしれないし、はたまた彼女の人柄といった内面の要素がファンの人々に良い印象を与えているのかもしれない。いずれにしても、彼女が年齢を問わず幅広い層から人気と注目と期待を集めているのは間違いないことだった。

 

 ところでそんな彼女だが、ファンの一部からとある理由によって”一人の女性”として尊敬されていることもまた有名な話だ。それは彼女の()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 公務員であってもニートであっても、そして当然トップアイドルであったとしても、女性は女性である。男性が圧倒的に少ないこの世界で女性は、水が高いところから低いところへ流れるように、木から落ちた果実が重力に逆らえず落下していくように、男性を本能的に強く求めてしまう。それは、件の城ヶ崎美嘉にも当てはまるはずでーーー

 

 ーーーしかし、彼女はそうした言ってしまえば女性としての醜さを、少なくともこれまでは一度たりとて世間に晒すことはなかった。アイドルとしてステージに立つ時も、モデルとして被写体となりシャッターを切られる時も、プライベートの時でさえも、彼女は彼女自身の男性に対する執着というものをまるで見せることはなかった。それはその執着それ自体の存在の有無が疑われる事態に発展するほどでーーーつまり彼女が同性愛者、レズビアンなのではないかという噂が流布するまでの事態となった(後にこれは、他ならぬ彼女自身によって遠回しに否定されている)。

 

 加えて彼女はコミュニケーション能力にも長けていた。女性との距離感を常に念頭に置きながら行動している男性達と、彼女は交友関係を築くことも容易にやってのけた。女性はぶっちゃけてしまえば男性をただの捕食対象として見てることも珍しいことではないため、男性に邪な考えを抱きながら近づく女性も多く存在するし、一方で男性はそうした女性達を汚らわしいもののように扱い、これを避ける。この構図はこの世界から男が減っていく過程で成立したある種必然の産物である。

 

 そう、彼女の圧倒的能力は、警戒心の強い男性達をして女性としての下心を全くもって悟らせないのだ。それはやはり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 当然これは、掛け値なしに全世界の女性達にとっては喉から手が出るほど欲するものに違いなかった。彼女がそれらに関するノウハウをまとめた書籍を出版でもすれば、向こう数年間は増刷の嵐となる超超貴重品として、また世界に存在する主要な言語に対応するべく多くの翻訳版も出版されつつ、一家に一冊、果てには学校の図書館にまで蔵書されるほどの()()()()()になるだろう。

 

 男性に対してどうしてもガツガツしてしまいがちなイメージを持たれてしまう女性像とは裏腹に、男性経験が少なく男性と上手く接することが難しい女性というのも一定数いる。そうした人達からしてみても、多くの男性達と仲良くできる才能を持つ彼女は度々羨望の眼差しで見られているのだ。

 

 なお一般的に、多くの男性と親交を深めているような女性など、掃いて捨てるほど多く存在する喪女達からしてみれば、いわゆる”リア充爆発しろ”なんて怨嗟の言葉では真に比にならないほどの妬みやら殺意やらを集めるものだが、こと城ヶ崎美嘉に関してそれはなかった。これはただ単に憎悪も一周回って尊敬になった、というだけの話ではない。表舞台に立つ彼女を研究することで、城ヶ崎美嘉の持つノウハウ等奪えそうなものは奪えるだけ奪って有効利用しようという強かな喪女達の不文律が生まれたという、女性の必死さが伝わる虚しいエピソードも存在するだとか。

 

 閑話休題。

 

 ここまでした話で、城ヶ崎美嘉がどんな女の子か少しでも理解していただけたのであれば幸いである。

 

 老若男女、幅広い層から人気を博しているカリスマアイドル城ヶ崎美嘉。タレント業と学校生活の両立をそつなくこなす瑕疵のない完璧少女。数少ないアンチからマジで人生何周目なんだよコイツと妬まれるばかりの、彼女のその人物像は、しかし彼女自身が必死に取り繕うことによりなんとか成り立っているものでしかなかった。

 

 ーーーーーここらで、ここまでの話の大前提が崩れてしまいかねないことを明かしてしまおう。彼女は完璧少女でも転生チート持ち主人公でもなんでもなかった。ただの()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎなかった。

 

 そう、彼女のカリスマ性を匂わせる余裕ある笑み、男性に警戒させない巧みな立ち振る舞い、多くのファンから憧憬の念を以て畏れられる彼女の人格、それら全ては彼女の生まれながらによる産物ではなく、彼女のペルソナ(仮面)によるものなのであった。彼女自身、いつから仮面を被っていたのかは定かではない。しかし、世間はもうこれが城ヶ崎美嘉なのだと、カリスマアイドル城ヶ崎美嘉の姿なのだと認識してしまっているため、後戻りもできるはずもなかった。

 

 仮面を被ることは、確かに多少の労力を要する作業だった。特に、男性を前にすると激しく動悸する心臓を必死に落ち着け、なんでもないかのように振る舞うことは慣れるまで時間のかかったことだ。慣れる、と言ってもやはり男性それ自身に慣れてはいないのだが。

 

 モデルとして売れ始めた城ヶ崎美嘉がアイドルを掛け持ちすることを決心した最大の理由は、自分が取り繕うことを必要とせず、ありのままの少女(お姫様)である自分を受け入れてくれるような、そんな男性(王子様)と出会えることを夢見たからという、年相応のいかにもといった願望だった。ただ、それが城ヶ崎美嘉という女の子の本質なのだ。

 

 なんにせよ、彼女の精神的幼稚さを完全に包み隠すことに成功している猫被りは、完璧と言って差し支えないものだろう。実際に、これまで誰にだってーーー仲の良いユニットのあの娘達や可愛い妹にだってーーー本当の自分のことを話したことなどなかったし、周りにバレているということもないと断言していい。なにせ、数年間にわたって彼女の本性をひた隠しにしてきた仮面は伊達ではない一級品なのだから。

 

 「あ、あの!後で土下座でも靴舐めでもなんでもするので、今だけ!今ちょっとだけ我慢してください、城ヶ崎さん!!.......城ヶ崎さん?

 

ーーーそう、本当の彼女を知る者は今までは誰もいなかったのだ。()()()()

 

 人二人がやっと入れる狭い空間で、情欲を誘う男性特有の淫靡な香りが漂う中、半ば()に押し倒されるように壁に押し付けられ互いに密着し、まるで愛し合っている恋人かのように触れ合っている今この状況下で、城ヶ崎美嘉の、カリスマギャルの、難攻不落で完全無欠のペルソナが、()()()()()()()()()()()()によって剥がされる寸前に至るまで陥落していた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 「それで、どうだったかしら?面白かった?」

 

 「...はい。とても貴重な体験ができました」

 

 突如現れた五人組の変人集団...ではなく、私の施設見学のためにわざわざ武内さんが派遣してくれたという目の前にいる五人組は、どうやらLiPPSという大人気のアイドルユニット様らしい。

 私のためだけに時間を割いて案内してくれた彼女達には感謝しかないが...これ、お金とか発生しないよな...?この後人気のいないとこに連れて行かれて、その先に黒服の厳ついオッサンがいたりしないよな...?

 

 案内役を主に引き受けてくれたのは、以前にもお会いしたことのあるエチエチアイドル速水さんだ。やっぱり知ってる人が一人でもいるだけでだいぶ緊張の度合いが変わってくるし、いてくれて本当に良かったと思っている。

 それにしても相変わらずエッチですねぇ!速水さん!!

 

 「フンフンフフーン♪そう言ってくれるとフレちゃんも頑張った甲斐があったよね〜!」

 

 「いやー、フレちゃん特に何にもしてなかったと思うけどなー。まっ、私もだけどさ」

 

 「クンクンハスハス...やっぱり君いい匂いするよね〜。ねえねえ、後でちょっとラボで面白い事(実験)しようよ〜!」

 

 残りの四名は私の初めて会う人となる。

 

 自らをフレちゃんと称し、独特な鼻歌を歌っている金髪美少女が宮本フレデリカさん。フランス人とのハーフで、彼女の綺麗な金髪もなんと自毛だとか。ちなみにフランス語は全然話せないらしく、曰く「テキトーなパリジェンヌ」で通っているようだ。

 あ、ちなみに私は日本人ですけど日本語話せません。そもそもまともなコミュニケーションが取れないので!しるぷぷれ〜?(適当)

 

 宮本さんの金の髪とは対をなすかのような、これまた綺麗な銀髪ショートヘアを靡かせているのが塩見周子さんだ。実家が京都の和菓子屋さんで名のある名家出身だとかなんとかって話で、自由奔放でノリの軽い彼女が家出してきたところをスカウトされ、アイドルになったみたいだ。

 献血が趣味とのことで今度ご一緒しない?とのお誘いを受けたのだが...献血って一緒に行くものなのか?対人経験が少なすぎて分からないゾ...

 

 そして...なんかずっと私の周りでハスハスしている正しく変人が、一ノ瀬a.k.a志希さん。匂いフェチ。ギフテッド。帰国子女。失踪が趣味でよくいなくなる。....属性盛り過ぎィィィ!自分、分けてもらっていいっすか?いや、まあ属性過多なのはこのユニット全員に当てはまるんだけどさ....

 あ、私の属性?私の属性は陰キャラです。固有スキルは周りからハブられることですかね。やかましいわ。

 

 「志希、あなたその辺にしておきなさいよ...」

 

 「あはは...でも、本当に渋谷君は、そんなに嫌がってなさげだよね〜。もしかして大人しそうな顔して女の子慣れしてるのかなーー??」

 

 速水さんの注意に続けて話す最後の一人ーーーこれでもかというくらいのギャルファッションを決めんこんだ派手髪のギャルアイドル、城ヶ崎美嘉さん。

 

 彼女は...そう、とにかくギャルだ。過去のトラウマから苦手なギャルではあるんだけれど...城ヶ崎さんはオタクを馬鹿にするようなタイプの頭も股もゆるゆるな系統のギャルじゃなく、なんていうか...クラスの隅っこにいる私のようなカス陰キャラも放っておけないような、聖人みたいなタイプのギャルだと思ってる。こんな人ラノベくらいにしか存在しないと思ってたので、それはもうものすごく感動してしまった。

 

 ちなみに、これと双璧を成すレベルの絶滅危惧種はのじゃロリだと思ってる。いや、ほんまどこにおんねんそんな古風な喋り方するガキはよ...

 

 まあそんな感じで、以上の五名に施設をあらかた案内してもらって、今は少し休憩してるところなのだ。なのだが...

 

 「へー、渋谷くんも裏ではやることやってんだね〜。しゅーこちゃん意外かも」

 

 「ワオ!男子三日会わざればってやつだね!」

 

 「フレちゃん、それ使い方間違ってるよ...」

  

 「ねねっ、あとで私のラボ来てみない〜??一緒にトリップしよ〜よ〜」

 

 「....」

 

 「いやいや、渋谷くんはそういう子じゃないでしょ」

 

 「ていうか、奏ちゃん渋谷くんと面識あるっぽいけどアタシらまだその辺聞いてないよね〜?」

 

 「え、あー、それは...この前街中でたまたま会ってね...」

 

 「えー、なんか怪しいなー。ナンパでもしたんじゃないの〜?」

  

 「おお〜!奏ちゃん大胆☆」

 

 「ええっ!?色々と大丈夫だったのそれ..?」

 

 「聞いてるの〜渋谷クン??この志希ちゃんを無視するなんてギルティだね♪」

 

 「.........」

 

 「わ、私は知らないわ!あれはそもそも文香がナンパするとか馬鹿なこと言い出したからであって...」

 

 「およ?文香さんが...?」

 

 「いやないわー。だってあの文香さんだし」

 

 「あはは...確かに文香さんがナンパなんてねー」

 

 「ちょっ!否定できないけど本当なのよ本当!これじゃ私が文香のせいにしようとしてる嫌な女になってるじゃない!!」

 

 「そうじゃないの?」

 

 「違うわよ!!周子アナタ私のこと嫌いなの!??」

 

 「それっ!志希ちゃんフェロモン放出〜、エクスタシ〜♪」

 

 「..................」

 

 ........ヤバイ。全く会話に入ることができない。いつものことながら3点リーダー製造マシーンになってる。

 多分私は、愚かにも思い上がってたんだろう。なーちゃんやはーちゃんと出会ってから多少なりとも私の交友関係の広がったから、なんとなく人とのコミュニケーションにも慣れてきたと勘違いしていた...こんな顔面偏差値がバグってる集団に囲まれてろくな会話なんてできる訳なかった...

 今の私の惨状を例えるなら、最初にもらったLv.5の御三家ポ○モン一匹連れてシロガネ山乗り込んで某喋らない元主人公さんにカチコミかけに行くようなもんだ。あ、自分ダ○パキッズじゃないんで...

 

 ていうかさっきからずっと私の周囲でうろちょろしてる一ノ瀬さんに耐えられそうにない!近い近い柔らかい!後めっちゃいい匂いするんだけど!!これじゃ私のチ○ポがトリップしてしまうわ!!

 これ以上ここにいてもただの陰気くさい置物になるだけだし...ここは戦術的撤退一択だ。逃げるんだよォォォーーーーーーッ!!!

 .....それと鷺沢さんで思い出したけど、一体いつになったらL◯NEの返信くれるんですかね..

 

 「...あ、あの。僕もう帰りますね」

 

 「あら、もう少しいてくれてもいいのよ?」

 

 「そうそう、もう少しお話ししてこーよー」

 

 「まあまあ二人とも。渋谷くんもまた来たらいいじゃんっ☆ね?」

 

 おお、城ヶ崎さんの気遣いが身に沁みる...

 この人は普通の女の人と比べて男である私に対しても全然ガツガツ来ないし、なんか私と同じ常識を持ってるみたいな、そんな感じがする。

 ていうかこんな聖人みたいな人が、心の中では男をどう調理してやろうかとか速水さんが考えてそうなことを思い浮かべてるのだとしたら、私はもういよいよはーちゃんしか信じられないんだが...なーちゃん?はて、知らない娘ですねぇ...

 

 「むーーーっ!!!」

 

 「おっと、これは志希チャン検定4級持ちのフレちゃんには全部わかります。志希ちゃんは今...不満げです!!」

 

 はい、ドヤ顔パリジェンヌいただきました。いや、それくらいは志希ちゃん検定5級すら持ってない私でもわかるけど。ていうか4級ってそんなに誇らしげになれる級でもないのでは...

 

 「渋谷くんが構ってくれないのでこの天才志希ちゃん、たった今名案を思いつきました!!」

 

 「お〜〜!!」

 

 「嫌な予感しかしないわね...」

 

 「...あー、ごめん皆。アタシちょっとマネージャーのとこ行かなきゃ」

 

 「んーどしたん?えらく急やなぁ」

 

 「今度の雑誌の打ち合わせでちょっとね〜。じゃあ、そういうことだから!渋谷くん、また会おうね!!」

 

 「は、はい!ありがとうございました!」

 

 あ、城ヶ崎さん置いていかないで!私ももう帰りたいのに!助けてー!集団ス○ーカーに襲われてまーす!(迫真岩間)

 

 「お、なになに、渋谷くんは美嘉ちゃんみたいな娘がタイプかな〜?しゅーこちゃんはどう??」

 

 「え...??えーっと、その、美人だと思います...」

 

 「ちょっと周子、アンタ何聞いてんのよ」

 

 「この前街中で渋谷くんをナンパした時の奏ちゃんのモノマネでーす、似てた?」

 

 「そんなこと言ってない!私はただちょっとカフェでお話ししてただけよ!!」

 

 「ほーら、やっぱナンパしてたんじゃん。墓穴掘ったね〜」

 

 「うっ...」

 

 はいはい喧嘩ップル喧嘩ップル。しゅーかなてぇてぇ...てぇてぇなぁ...多分Sっ気のある塩見さんが責めてそれを速水さんがーーーーって違う。私にそう言う趣味はないんだ。はーちゃんとなーちゃんでそういう妄想してたりなんかもしていないぞ。

 

 「はいはーい!ではではみんな私についてきなさ〜い♪」

 

 「んー?志希ちゃんどこ行くん?」

 

 「ついてからのお楽しみ〜。渋谷くんもいっくよ〜!」

 

 「えっ??いや、僕もうーー」

 

 「出発進行〜♪」

 

 あっヤバイ。このお方人の話一切聞かないタイプの人だ。このままドナドナされるのも確定だろう。となると、私にできることはただの一つ、だろうな...

 ーーーこんなじゃじゃ馬アイドル集団を統率しているプロデューサーの皆々様に敬礼!

 

 「渋谷くんは何してるん?」

 

 「知らないけれど...なんだか馬鹿にされているような気がするわ」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 よくわからないまま連行されること数分。ビルの中の、とある一室の前で一ノ瀬さんはようやく止まってくれた。どうやらここが目的地らしいけど...いやどこだよ。この辺は()()()()()()()案内されてなかったところで、知らないんだが。

 

 「とうちゃ〜く!」

 

 「ここは一体どこなんですか、一ノ瀬博士!!」

 

 「はぁ...悪ノリやめなさいよ、フレデリカ」

 

 「ていうかここお風呂場じゃん」

 

 風呂場...?風呂場に連れてきて一体一ノ瀬さんは何をしようっていうんだ。

 

 「さてさて...ねぇねぇ渋谷くん。今日一日色々まわって疲れてるよねー?汗とかもかいちゃったよねー??」

 

 「えっ...?いや、そんなーーー」

 

 「そうだヨネーー????」

 

 「...ハ、ハイ」

 

 おいなんだこれ。私は尋問か何か受けているのか?笑顔が怖いんですがそれでも可愛いのは、ぼくずるいとおもいます(小並)。

 

 「というわけで、帰る前にひと風呂浴びていきなよー!」

 

 「いや志希、ここはそもそも女性だけーーー」

 

 「ーーフレちゃん!」 「あいあいさー!」

 

 「もごっ!」

 

 「....なるほどね〜、アタシなんとなくわかっちゃた。悪い人だね一ノ瀬博士♪」

 

 何か喋ろうとした速水さんが宮本さんに口止めされ、さらにはそれを見た塩見さんが何やら察したらしくニヤニヤ楽しそうにし始めた。いやいやいや怖いんですけど。ホント何企んでるんだ一ノ瀬博士...

 本当にこの人、やりたいことは好き放題なんだってやるというか、自由奔放という概念を擬人化したかのような、個性派のLiPPSの中でも頭ひとつ抜けて変わり者なんだよな。一ノ瀬さんの今日の行動を振り返ってみても、私の周りでずっとスンスンしてただけーー

 

 い、いやちょっと待て。今日一ノ瀬さんはずっと私の匂いを嗅いでいて...それで今度は急に風呂場に連れてきて、入ることを私に強制してきて...

 

 ーーーて、点と線が全て繋がったZE..!つ、つまり...つまり、それって...()()()()()()()()()()()ってコト!?

 そうとしか考えられない!確かに自分の体臭は自分じゃ分からないとはいうけれど...

 

 そ、そういえば一ノ瀬さんは今日何度もラボとやらに私を連れて行こうとしていたが、あれは私が臭いから消臭してやろうということなんじゃないか!?

 そう、彼女は何度も何度も執拗に連れて行こうとしていた...だけれど私がコミュ障のカス野郎でろくに話すことができなかったから、強硬手段として無理矢理風呂場に連れてくるしかなかったんだな...?もしかしたら彼女は私がラボに行くのを嫌がってるとか、そういう誤解をしているのかもしれない。すみません。本当にすみません。ただ会話が苦手なだけなんです..

 

 そう考えるとさっきの速水さんの口封じにも説明がつくのだ。速水さんも私が臭いということには既に気付いていて、さっきついうっかりそれを直接的にせよ間接的にせよ言おうとしてしまったのだろう。それで宮本さんに口止めさせて...いや、自分で説明しててホントに泣きそうになってきた。どれだけ臭いんだよ私は。

 ていうか全て察した上で黙ってニヤニヤしてるっぽい塩見さん、なかなかいい性格してますね...

 

 「あ、あの もしかして...」

 

 「えっ...!な、なにかにゃー??」

 

 「!! い、いえ...」

 

 やっぱりそうだ!今ので悲しくも確定してしまった!

 質問をしようとしていた私に対し、今の一ノ瀬さんはまるで図星をつかれたかのように明らかに動揺していた。私に気を遣ってくれているのに、直接「僕って臭いですか?」なんて質問したら、今までの気遣い全部パーだもんな。マジで死にてえよホント。いっそ殺してくれ。

 

 いや、死にたいのは匂いフェチの一ノ瀬さんの方か...でも、それにしてはずっと私の周りでハスハスしてたのは気になるな。いくら臭うとしても、距離を取れば幾分かマシになるはずなんだが。

 

 ...ハっ!もしや一ノ瀬さんは()()()()()()()()()()()()()()でーーーい、いや。やめておこう。これ以上は踏み込んじゃいけない気がする。女性にでりかしーのないことは言っちゃダメですよって、なーちゃんも言ってたもんな...いや、私に対してはデリカシーないこと言いまくってるし説得力ないのでは?

 

 まあ何はともあれ、ここまでしてくれた一ノ瀬さんの苦労を無駄にするのは人としてダメだろう。それにそこまで臭うと言うのなら、帰りの電車内で私は意識的にせよ無意識にせよ悪臭テロ装置と化してしまうからな。ここはお言葉に甘えて入るとしよう。

 

 「あの、お気遣いありがとうございます...あと不快にさせてしまって本当に申し訳ないです...」

 

 「にゃ、にゃはは〜、いいよいいよ。どうぞごゆっくり〜♪....ん?不快??」

 

 というわけで惨めで泣きそうな自分を我慢して風呂場に向かった。でも泣かないよ。泣いていいのはトイレとはーちゃんの胸の中だけだって、私知ってるもんね。

 

 セクハラ?知らんな(チャー研)。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 渋谷優が一ノ瀬志希の口車に乗せられ(?)、浴場へ行った後、残された四人の中には緊迫した空気が流れていた。

 

 「志希、あなた...」

 

 「にゃははー...バ、バレてないよね?」

 

 「なーんか泣きそうな顔してたけどね〜」

 

 志希が優を無理矢理風呂場に連れてきたのは、()()()()()からだった。それはもちろん、彼女のひどく独善的なものでーーー

 

 「ーー渋谷くんの衣服を手に入れ、思う存分()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 「そんなことだろうと思ってたわ...」

 

 「そんな!知らぬ間にいけないことの片棒を担いでいたなんて...!」

 

 「いやいやフレちゃん察し悪すぎでしょ」

 

 特技が被害妄想である優は自分を臭くてたまらないなどど勘違いしていたようだが、むしろその逆だった。男性の体臭は良くも悪くも女性を色々と狂わせてしまう。それは、匂いフェチの志希にとってはなおさらだった。

 優を風呂場に連れて行くことは、彼と最初に出会った時からの企てであったのだ。ラボ云々は所詮どうでもよかった。本名はここ、ビル内に存在する浴場。ここなら風呂に入るために確実に衣服を脱がざるを得ない。その隙を見てそれを奪取し、トリップする。そういう計画だったのだ。

 

 「よし!今のうちにいっくよ〜!」

 

 「いやいやいや、行かせると思ってるの?」

 

 「ま、流石にダメだよね〜」

 

 「...ふ〜ん。そんなこと言っていいの〜?」

 

 ここまでは予測通り。周子は適当人間だからどうとでもなるだろう。問題は奏である。男に興味関心があるとはいえ奏は基本的には真面目だ。反対することはあらかじめわかっていた。

 しかし、揺れているのも事実だろう。今はまだ良心が欲求に勝っているというだけ。あとはそれをひっくり返せば良いだけだ。だからこそ、()()()を放つ!

 

 「大体一人の男の子の衣服に女性数人で群がってどうするのよ、みっともないしはしたないわ。もし誰か入ってきたらどうするの?LiPPSは人気アイドルユニットから犯罪ユニットもいいとこだわ。それに、凛にばれたとしたら本当に私たち◯されるわよ?そこまでのリスクを背負ってまでーー」

 

 「下着だって見れるんだよ〜??」

 

 「行きましょうか」 

 

 「ちょろ」 「チョロいね〜」

 

 「うるさいわね!アナタたちだって興味あるくせに!!」

 

 「ま、まあ?みんな行くならフレちゃんも行こっかな〜」

 

 「そ、そうそう。一応、一応ね!」

 

 「....」

 

 いや全員チョロいだろというのは本音ではあるが、口に出して揉めても時間の無駄ゆえに黙っておいた志希だった。

 何はともあれここにいる四人がその気ということは、残りは時間の問題である。男は入浴にそこまでの時間をかけないというし、彼の衣服をより長い時間堪能するべく、早々に動く必要があるのだ。

 

 美嘉がたまたま抜けてくれて良かったと、心底思う志希であった。彼女は良くも悪くも真面目すぎる。特に、こういう男関連での羽目を外す行為に関しては絶対に賛同してはこないだろう。最大の懸念だった彼女が離脱してくれたことは、この場にいる四人(変態集団)にとっての行幸に他ならない。

 

 誰かが入ってきたときどうするのか...これについては問題ない。風呂場への扉を開けると、下駄箱と脱衣室まで続く数メートル程度の短い廊下が存在する。もし誰かが入ってきても、靴を脱ぎ廊下を通って脱衣室に来るまでには多少の時間があるから、それまでに場を整えてなんでもない風を装えば良い。そしておそらく間違って男性が入っているということを伝え、共に撤収。犯罪行為は闇に葬られる。完璧である。一ノ瀬博士の作戦に穴はなかった。

 

 周囲の確認、誰もいないためヨシ!それじゃあ夢の空間へトリップをーーー

 

 「見つけたぞ一ノ瀬ェェェェェ!!!!!!」

 

 「「「「!?!?!?」」」」

 

 浴場へいざ行かんというところで四人に、いや志希に待ったをかけたのは、なんと346のボスであるところの常務だった。

  

 まさか!常務に今回の悪巧みがバレてしまったのか!?と顔を青ざめた四人に対し、しかしどうやら何か別件絡みで激昂しているようでーー

 

 「貴様ァァァ!!!また施設内で訳のわからん実験をしたな!?!??おかげで多方面から私に対して一斉に苦情が来ているんだぞ!!!アイドル部門責任者である私にな!!一体どう収集をつけるのだ!!?」

 

 「「「あっ...」」」

 

 これまでも、一ノ瀬志希の常軌を逸した実験という名の暇つぶしは度々問題視されてきた。それは346プロに存在する各部署からの苦情という形で上司とはいえ無関係な美城常務に嵐のように降りかかってきており、これがもっぱら悩みの種となっていた。本人からすればとばっちりもいいところではあったが、なまじ本人がアイドルとして優秀な故にあまり強く言えなかった。つまりはまあ、一ノ瀬志希という一人の優秀なアイドルを迎え入れる犠牲に胃薬とお友達となってしまっている不憫な犠牲者が、美城常務なのである。

 

 しかし、ただでさえ個性のバーゲンセールであるアイドル部門を統括する最高責任者としてのストレスはいよいよ臨界点に達しており、もういつ爆発してしまってもおかしくはないという状態で、それが今日爆発してしまったというわけだ。

 

 「い、いやー。あの、悪気はなかったというか〜、ちょっと落ち着いてーー」

 

 「ええいやかましい!!なぜ私がお前たちの苦情処理係じみたことをせねばならんのだ、ええ!!??私は貴様の上司だぞ!!?もっと敬えよ!!!」

 

 「うわー、完全にキレてるよこれ。どうするの?」 

 

 「私に聞かないでよ....フレデリカは?」 

 

 「はいはいしるぷぷれしるぷぷれ〜」 

 

 「「フレちゃんさん!?!?」」

 

 「おい!一ノ瀬を制御できていない貴様らにも責任はあるぞ!!覚悟はできてるんだろうな?!?」

 

 「「「はっ!?!?」」」

 

 「今日という今日はもう許さん!貴様ら全員来い!!貴様らがッ!泣くまでッ!説教するのをやめないッ!!」

 

 「にゃはは〜....ご、ごめんね?」

 

 「「「ふざけんなぁぁぁ!!!!!」」」

 

 因果応報ともいうべきか。悪事を働こうとした彼女らは別室に連行、説教されるという制裁が加えられた。この場に残されたのは、風呂場にて全身真っ赤になるくらい体を必死こいて洗ってる惨めな渋谷優のみとなったのだった。

 

 これがのちの事件につながるとは、()()()()()()()()()()

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 「それじゃあ。またお願いね、城ヶ崎さん」

 

 「はい、お疲れ様でした!」

 

 一方その頃、マネージャーとの打ち合わせを終えた美嘉は今日のことを振り返っていた。

 

 (あの子...渋谷優君、だったっけ)

 

 あの、オドオドとしていて、けれど私たち5人にイヤな顔ひとつ見せなかった少年。

 いくら人気を博しているアイドルグループであるLiPPSとはいえ、それでも私たち5人に囲まれた男性のうち全員が全員喜ぶわけではないだろう。そんな物好きは少数派なはずで、なればこそ彼のようにきちんと私たち全員の相手をしてくれてたというのは、そうそうないことだと思う。

 ....いや、少なくとも志希は面倒くさがられていただろうか?ただ戸惑っていだけかもしれないが。

 

 まあ、それにしても。それにしても....

 

 (あの子は...()()()

 

 なるほど確かに、今日彼に会ってようやく理解できた。彼の実の姉である凛が、普段すました顔してるくせして弟のことになると周りが見えなくなるキ○ガイと化してしまうことを、美嘉は一から十まで理解できた。

 

 彼は私たち女性にとって、言ってしまえば悪魔のような存在と言っても差し支えなかった。彼はいっそ恐ろしいと言っていいほどに、私たちの庇護欲を誘うのだ。おっかなびっくりといった具合で私たちと会話をし、けれども嫌がる素振りは見せず、時には控えめな笑顔を私たちに向けてくれる。もちろん、計算された動きではないのは間違い無い(もしそうなら女性を弄ぶことに特化した恐ろしいまでの対女性用兵器である)。

 

 つまりあれは誇張抜きの生来の産物であって、奇跡と言って過言でない天然記念物のような存在なのだ。姉が少々...いや、大分みてられない様に豹変するのも無理はないだろう。それは、妹を猫可愛がりしてしまう美嘉だからこそよくわかる。

 私たち女性ときちんと向き合ってくれる優しさも、時折見せる年齢相応の幼さも、控えめで感じの良い人柄も、長めに伸ばした前髪から透けて見える姉譲りの綺麗な、思わず吸い込まれてしまいそうになる蒼の眼差しも、一切合切全てが私たち女性を少しずつ、毒を盛られたかのようにじわじわ狂わせてしまう。

 

 そういう意味で、彼は女性にとっての悪魔なのだ。本能が理性を打ち負かし、手を出した者に立ち塞がるは社会的な死。それは誘惑だ。まるで断食をしている最中に目の前で贅の限りを尽くした最後の晩餐が振る舞われているかのような、悪魔的誘惑。

 

 そう、それはこの淑女の中の淑女、淑女 of 淑女、淑女クイーン等世間では認められている美嘉にとっても同じことだ。ただでさえ彼女は年下の男が好みでーーー思いっきり俗っぽく言ってしまえば()()()()()なのだ。例に漏れず、件の少年は美嘉のドが三つも四つもつくストライクゾーンに当てはまっていた。いや、当てはまるどころではなかった。高度何千メートルといった高さから落とした飴玉が、偶然地上で空を向き口を大きく開けて欠伸をしている人間の口の中にピタッと収まるかのような、奇跡的、神がかり的な符合だった。

 

 しかし美嘉はやはり、こういうことに関しては優秀だった。彼女が一足先にあの場を去った理由は、確かにマネージャーとの打ち合わせだったが、それは半分正解で半分間違いだった。なんのことはない、美嘉は打ち合わせの時間よりもやや早めに打ち合わせの場に向かったというだけの話ではあるのだが、それがなぜかと言われれば、これ以上彼と共にいると自分が取り返しのつかないことをしでかしてしまいかねないという、彼女の本能から来る一種の警告を感じ取ったからだ。

 

 つまりそれは、彼女がこれまで苦労して築き上げてきた人物像を崩壊させる決定打になるということである。それだけは決して、決してあってはならないのだ。それはひとえにーーー

 

 (何あれ可愛すぎ....まじ尊すぎなんだけど!あ〜もう無理無理ホント今すぐ引き返して抱きついてヨシヨシしてあげたい!戸惑ってるあの子をよそに思いっきり甘えたい!!いやなんなら思いっきり甘えてほしい!!普段はビクビクしつつも私の前でだけはたくさん甘えさせたい!は〜〜マジで可愛すぎて可愛すぎるんだよほんとに!倫理的に完全アウトだし多分ぶちのめされるだろうけど凛に頼み込んで私の弟にしたい!それが無理ならなんかの手違いで急に私の弟になってたりしないかな〜!!城ヶ崎優として莉嘉と一緒に可愛がってあげたいよ〜〜!三人で川の字になって寝たり一緒にお風呂に入って洗っこしたり!あと仕事で疲れて帰ってきた私を出迎えてきて定番のアレやってほしいし!「ご飯にする?お風呂にする?それとも...ぼ、ぼくにする?」なんて...あ〜〜この野郎!んなもんぼく一択なんだよ聞くまでもなく!この無自覚女タラシめ!私が一度分からせてーーあ、やば鼻血出そう)

 

 ーーーーこんな彼女の腹の底から出た本音を!世間様に晒すわけにはいかないからである!!

 

 「お、落ち着け、落ち着け私...」

 

 やはり早めにあの場を後にしたのは、たまらなく惜しくもあり、それでいて英断だった。今でさえこんな状態なのだから、あのまま一緒にいたらどうなっていたか想像もつかない。

 

 (予定もないし...シャワーでも浴びて頭冷やして、それから帰ろうかな)

 

 そうして美嘉は浴場へと向かうのだった。これがのちの事件につながるとは、()()()()()()()()()()()()

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 「はっ!」

 

 「なになにどしたの、凛?」

 

 「優に危険が迫ってる気がする」

 

 「なんだそりゃ。なんのセンサーだよそれ」

 

 「優マジ愛してるよセンサーだよ」

 

 「真面目に答えんなよ。あとネーミングセンス無いな」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 身体が痛え...痛えよ...

 一ノ瀬さん御一行から「お前臭えから風呂入ってから帰れ」と遠回しに風呂に連れていかれ、身体を死ぬほど洗ってたせいで私のお肌がめちゃくちゃ赤くなってしまっていた。真夏の沖縄で全裸でサンオイル塗って朝から晩まで浜辺で過ごすとこんな感じになるんじゃ無いだろうか。

 

 まあ、これだけ洗えば流石にもう臭わないだろう。ここまでして臭うならもう社会的に死んだほうが良いレベルの体臭マシーンなわけだけど、まあ常日頃はーちゃんなーちゃんと一緒にいても何も言われないしそれは無いだろうと思う。

 ....無いよね?気を遣われてるとかないよね??

 

 ひとまず目的は達成したので、バスタオルを全身に巻いて風呂を出る。火照った体に更衣室備え付けの扇風機の風を浴びるのが私のルーティンだ。これ誰が興味あるんだ?

 

 しばしそうしていると、浴場への扉が開く音がした。誰か入って来たのだろう、もしや武内さんかもしれない。扉の前には一ノ瀬さん達がまだ待っていてくれているはずだし、私がいることを知ったのかわざわざ来てくれたのかもしれない。

 それならそれで、こちらは裸でなんとも格好はつかない状態ではあるのだが、今日のお礼をさせてもらうとしよう。

 

 そう思って出口の方に目を向けていると、脱衣室に人が入ってきた。それは、その人物は、武内さんでも、ましてや男性ですらなく、さっきまで一緒にいたLiPPSのメンバーで、今をときめくカリスマギャルアイドル城ヶ崎美嘉さんでーーー

 

 思わず、思考が止まってしまった。

 

 (ーーーーなんで()()が入ってきてるんだよぉぉぉぉ!?!?)

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 思わず、思考が止まってしまった。いや、止まっているようで、その実かつて無いほどに頭は回転していた。知恵熱が出そうなほど。それどころか頭だけではなく全身の体温がどんどん上昇してしまっていた。

 

 靴を脱ぎ、脱衣室に続く廊下を通って暖簾をくぐったその先に待ち受けていた光景は、バスタオル一枚というあまりにも無防備がすぎる格好でこちら同様に固まっている件の少年、渋谷優君だった。

 

 (な、なんで()()()なのに男性がいるの〜〜〜!?!?!?)

 

 その理由は、今頃説教を受けて涙目になっている同じユニットの仲間たちによる悪巧みの結果に他ならないのだが、そんなことは知っているはずもなかった。

 

 この百年に一度くらいしかなさそうな、モテない女が妄想するような振って湧いてきた所謂ラッキースケベ的状況は、美嘉には刺激的すぎた。

 

 しかしまず、今の状況は社会的にまずかった。男性が更衣する場所に足を踏み入れてしまったというのは、たとえ女性が知らなかったとしても世論としては女性の方に非難が集まってしまうだろう。そういう意味で、いくら公共の施設でないとはいえ自分がこの場にいることはとてもとても外聞的によろしくはなかった。これに関しては後で彼に土下座でもなんでもするつもりだ。

 

 けれどもそれ以上にーーー今の彼の、風呂上がりの姿が美嘉には毒でしかなかった。

 そもそもとして男性の半裸など生で見ることは初めてであることに加え、風呂上がりで火照っているせいか()()赤みがさしている肢体に、羞恥も加わってかほんのりと蒸気している頬、まだ乾いていない濡れ髪、どれもこれもが美嘉の思考を危ない方向へと超特急で進ませていた。しかもそれが、先ほどからやばい妄想をしていた相手であるというのだからなおさらだった。

 

 これ以上ここにいると本当にまずいことになる、美嘉の頭の中の天使が必死に美嘉に警告していた。今すぐこの場を去らねば本当に目の前の少年に手を出してしまいかねないと。

 けれどもそんなことは、美嘉はとっくのとうに理解していた。今度は美嘉の頭の中の悪魔が囁いてくる。こんな機会は今後一生ない、なればこそ今しっかりと堪能しておけ、このラッキースケベを!と。

 頭の中がパンクしかけ、美嘉はもうまともな思考もできなかった。動けなかった。目が離せなかった。それだけの色気という名の暴力を、彼は発していたのだ。美嘉はいっそ手遅れなまでに、彼に釘付けになっていた。

 

 実際は数秒ほどの時間であっても、体感にしてどれほどの時間が経っただっただろうか。ずっと長いこと彼と美嘉は固まって動いてない気さえした。

 流石に羞恥心が勝ったのか、彼がふと我にかえった。

 

 「ごっごめんなさい、こんな格好で!すぐ着替えて出て行くので!!」

 

 あたふたと、慌てている様子の彼を見てーー美嘉はふと、形容し難い感情に襲われた。瞬間もやもやとして、しかしすぐにその正体に気づいた。

 これはそう...()()だ。あまりにも唐突で理解が追いつかなかったが、確かに憤りだった。同時にそれは、身勝手にもほどがある感情だった。美嘉はそれを自覚できないほど愚かではない。しかし唐突に、自分でも抑え切れない程に怒りの感情に包まれた。

 

 なぜか。それは彼が()()()()しているように感じてしまったからだ。

 この状況、普通であれば男性が悲鳴の一つでもあげつつ女性から逃げようとする。それはこの世界では当然の反応だった。捕食者である肉食動物に対して被食者である草食動物が力で劣るのは自然の摂理だ。

 

 しかし、今目の前にいる彼はそうではなかった。なぜか見られてしまった向こうが申し訳なさそうに、見苦しいものでも見せてしまったかのような、そんな態度だった。それは目の前の捕食者(城ヶ崎美嘉)を手前勝手に無害認定しているかのようでーー()()()()()()()()()()()()()()

 

 一方で冷静な自分は、彼がそんなことを考えてしまうような人間ではないとはわかっていた。今日出会ったばかりで短い付き合いではあるけれど、芸能界でさまざまな人間を見てきた美嘉は人を見る目には自信があった。今の発言も他意などなく、優しい彼が純粋に自分を気遣ってくれたのだろう。

 けれども、それをわかった上でも、怒りを抑えられなかった。自分の危機的状況を一切理解できていない、無垢で無自覚なこの少年に女性の醜さを教えてやりたい、なんてトチ狂ったことを考えてしまう程度には。頭の中の天使が、美嘉を必死で宥めていた。それは美嘉の最後の防衛ラインでもあった。しかしーーー

 

 「あ、あの...大丈夫ですか?城ヶ崎さん」

 

 「〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」

 

 俯き何も言わない美嘉に対し。それはやはり、彼の優しさからくる心配で、しかし同時に美嘉の怒りを余計に膨らませるものでもあった。最後まで抵抗を続けていた頭の中の天使もたまらず堕天し、悪魔と手を組みほくそ笑む。もはや美嘉の理性的な部分は消え去ってしまった。

 

 (この後に及んで人の心配、ね....)

 

 ふらふらと、美嘉は彼の方へと近づいていった。その今までとは180度違った様子に、初めて優も困惑か、怯えの様を見せる。が、しかしーー

 

 (今更遅いよ、そんなの)

 

 「あ、あの....城ヶ崎さん?」

 

 ジリジリと迫る美嘉に恐れたのか、少しずつ後ずさっていく。やがて壁に追い詰められーーー

 

 ーーードンっと、壁に押し付けられた。所謂壁ドンの体制である。こうなるといよいよ優は訳も分からず困惑するのみだった。

 

 ほとんど同じ身長故に、同じ高さに二人の顔が並ぶ。とはいえほんの少し優より背の高い美嘉が、戸惑う優を見下ろしていた。困惑しつつも、優は自分を見下ろしてくる美嘉の整った顔につい見入ってしまい、こんな状況でもたまらず顔を赤くする。

 

 優は自分が何をされるのか、全く分からない。いや分からないふりをしているだけかもしれなかった。そうだとしても、今の固まってしまっている身体では抵抗もできなかった。

 

 初めてみる美嘉の真剣な表情に圧倒されていると、美嘉はおもむろに優の顎をくいっと上げる、顎クイをする。えっ!?と面食らった優を置いてけぼりにして、美嘉は顔を近づける。二人の距離は少しづつ縮まってゆき、そしてゼロになるかと思われたその瞬間ーーー

 

 ーーーその瞬間、ガララと再び響く浴場へのドアの開閉音。

 

 はっ!と、美嘉は我に返っては距離を取り、二人して同時に廊下の方へ目を向ける。

 

 ((ーーーー誰か入ってきた!!?))

 

 「でねー、その時の優君がものすごいかっこよかったんだよ!「この人は、僕の大事な人です(キリッ)」って!」

 

 「しばき倒されたいんですか?その話はもう7万回くらい聞きましたよ、はーちゃん。」

 

 「はーちゃんになーちゃん!?や、やばい!

 

 ここぞというタイミングで入ってきたのはーーー後輩の双子アイドルの久川姉妹だった。いや、そんな悠長に誰が入ってきたかとか考えている場合ではなかった。半裸の男性と女性がセットのこの状況。先程までの猛烈な憤りは急速に冷めていき、今度は一転して焦燥に駆られる。

 

 (ど、どうしよどうしよ!?あの子たち渋谷くんと仲良いから余計にまずいことに...ていうかアタシ今とんでもないことをーーー)

 

 「城ヶ崎さん、こっちに!」 

 

 先程までの自分がいかに不味いことをしようとしていたのか。そのことに対する罪悪感が冷静になった彼女にゲリラ豪雨のように降り注ぐ。

 そんな自己嫌悪の中、彼がこちらに向かって走ってきて美嘉の手をつかんできた。男性に手を握られるなんて初めてだなんて考える暇もなく向かう先は、人二人がギリギリ入れそうな掃除用具入れ。急いで走ったはずみで携帯を落としてしまったけれど、彼はどうやら気づいていないようだった。

 

 「こ、ここに入ってください!」

 

 「え!?でもーー」

 

 「お願いします!後でなんでもしますから!!」

 

 「ちょっと!まっーーー」 

 

 美嘉が抵抗する間もなく彼は美嘉を掃除用具入れに押し込んで、何を考えているのか彼も一緒に入ってきた。さっきとは逆に美嘉が優に壁ドンをされている状況で、彼は器用に後ろ手でドアを閉めーーーちょうどドアが閉まり、二人が収まるそのタイミングで久川姉妹が更衣室へと入ってきた。

 

 「あれー?なんか音しなかった?」

 

 「知りませんよ、はーちゃんの自慢話がやかましくて聞こえませんでした」

 

 「ちょ、そんな拗ねないでよ。ごめんってばー!後でタピオカ奢ってあげるからさー」

 

 「タピオカはもう古いですよ。今の時代はは◯みーですから」

 

 「それ優くんが見てたアニメのやつじゃん...なんだっけ、ロバ娘?」

 

 「○マ娘ですよ、にわかさん」

 

 寸分の差である。あとコンマ何秒と遅れていれば見つかっていただろうというギリギリの状況だった。ギリギリの状況を回避したと、そう優は考えていた。

 

 しかし、美嘉にとってはそうではなかった。むしろさっきよりも違った意味ではあるがますますギリギリの状況へと陥っていた。さっきとは逆に彼に壁ドンをされているだけではなく、狭い空間ゆえに互いの体はほとんど密着しており、もはや抱きあっていると言っても過言ではなかった。おまけに彼はバスタオル一枚、ほとんど半裸に近い状況で。ダメ押しとばかりに、密着していることで拒んでも漂ってくる彼の匂いに、美嘉はもう陥落寸前だった。

 

 先程までの美嘉の気迫は、情けないほどに消失してしまっていた。美嘉の脳内では、堕天してしまった天使は天に再び返り咲き、悪魔もまた魂を抜かれてしまったかのように撃沈していた。

 

 すっかりしおらしくなってしまった美嘉に対してーーーしかし優もまた色んな意味で()()の感情に襲われ初めていた。

 

 先程の状況を回避するためとはいえ、現役のアイドル様をこんなところに押し込んで、それに飽き足らず半ば抱きつくようにして壁に押し倒してしまっているのだ。それを自覚するや否や、状況改善に取り組もうと使命感に駆られた脳内での自分は消え去り、いつも通りのどうしようもない女性に不慣れな自分が姿を表してしまっていた。

 

 (え、これ許されるんだろうか?めっちゃいい匂いするし全身柔らかくてーーって違う!何を堪能しているんだ、私は。こんなことファンに知られたらマジで殺されるだけじゃすまんぞオイ!!)

 後で土下座でもなんでもしようと、硬く決意する優であった。それは奇しくも先程の美嘉と同じことを考えていたのだが...

 

 結果として出来上がったのは、まるで交際したてのカップルのように羞恥に顔を染め、一言も言葉を発することの出来ないウブな少年少女だった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 「むむっ。これは」

 

 「?どうしたの、なー?」

 

 「...なぜか優くんの匂いがしますねぇ」

 

 「「!?!?」」

 

 「えー?優くんがこんなとこいる訳ないじゃん。女子風呂だよ?」

 

 「は、え!??女子風呂だったのここ????

 

 「んっ...し、渋谷くん。あんまり耳元で話されると...その...

 

 「ごめんなさあああああい!!!!

 

 本当に、本当に色々と理解が追いつかないんだけれど、なぜ私は女子風呂に入ってしまって、そしてなぜこんな狭い場所で城ヶ崎さんと密着してしまっているんだろうか。本当に、どこで間違えてーーーいや、これ全部一ノ瀬さんに押し付けたらなんとかならねえかな....うん、なりませんねチクショー(涙)。

 

 後悔やら謝罪やらは全部後回しで、ひとまずこの状況をなんとかしないとな....いや、正直詰みもいいところではあるけれど。

 

 嗅覚がバグってるなーちゃんは、私の匂いをうっすらとではあるが感じ取ったらしい。いや犬かよ。見えるのか、隙の糸が。

 

 「いいえ、はーちゃん。私の嗅覚は誤魔化せませんよ。確かについさっきまでここに優くんがいたはずです」

 

 まずい。マジで、まずい。マジで犬じゃないか、あの子。見つかるのも時間の問題かもしれない。それすなわち、私の死亡!圧倒的社会的死亡!

 不幸中の幸いは、私の着替えが見つかっていないことだろうか。ここの脱衣室はよくある鍵付きのロッカータイプだ。よって一つだけ鍵のないそれは、注意深く見ないと気づかないと思っていいだろう。

 

 とはいえ、マジでどうしようもないんだよな。城ヶ崎さんも私に負けずさっきからだんまりを決め込んでいるし。さっきまでの彼女の、何かでかいことをやってやると言わんばかりのオーラが全くもってなくなってるんですが....

 というか..さっき城ヶ崎さんは、俺にーー

 

 「クンクン、スンスン。こっちの方に匂いが強く残ってますねぇ...」

 

 ってなんでぇぇぇぇ!!??声の感じからしてこっちに近づいてきているだろこれ!?マジでどんな嗅覚してんだよ!!一ノ瀬さんよりよっぽど匂いフェチ名乗れるのではありませんかそれは!?

 

 「まだそんなこと言ってるの?早く入ろうよ〜、汗かいてて気持ち悪いんだよね〜」

 

 「ふむ、ここですか」

 

 「いやここですかって...ただの掃除用具入じゃない、これ?こんなとこにいる訳ないじゃん!」

 

 「ふふふ、では開けてみましょうか。ついでに一つ掛けでもしましょう、はーちゃん。もし本当に優くんがいたら、さっきの自慢話の鬱憤晴らしとして...そうですね、では先程話に出た○マ娘のコスプレをして優くんの家で1日過ごしてください」

 

 「えええぇ〜〜!?恥ずかしいよそんなの!でもまあ...いる訳ないし、いいよ!わかってると思うけど、いなかったらなーがコスプレだからね!」

 

 「いいですよ。はーちゃんのコスプレ姿、楽しみにしてますね?」

 

 ーーーくっ!もうここまでか.....!!

 

 ーーーでもまあ、社会的に死ぬにしても、最後にはーちゃんのコスプレが見れるなら死んでもいいかなぁ、ハハハ....あ、要望が通るのならキ○ちゃんでお願いします。

 

 と、覚悟を決めたその時。ピリリリリリ、と。けたたましく鳴る一つの電子音。これは...着信音か?

 

 「あれ、電話鳴ってるじゃん。なーでしょ?」

 

 「いえ、わたしのでもないですよ。」

 

 「んー...?って、あれ、携帯落ちてるね。誰のだろ?」

 

 「一ノ瀬パイセンからの電話、のようですね。出ますか?」

 

 「うーんどうしよっか....?」

 

 よくわからんがチャンス!まだ神は私を見捨ててはいなかったんだ!!二人がそっちに注意が向いてる今なら少し城ヶ崎さんとも話せるかもしれないし、今のうちにーー

 

 「城ヶ崎さん、あの、なんとかなりませんかね..?

 

 って違うだろ!このハゲーッ!!相談するならともかくこれじゃ完全な人任せになってるじゃないか!クソッ、これだからコミュ障はッ...!!

 

 「えっと、城ヶ崎さん。なんとかしてここを出ないとーーー

 

 「ーーーあっ

 

 ーーーその時美嘉は確かに、はっきりと見た。確実に、その網膜に焼き付けた。向こう数年間は忘れることができないであろう刺激的な()()を、鮮明に、くっきりと。

 なんとかすべく足りない頭で必死に解決策を練っていて、それゆえに自分の格好に不注意になってしまっていた彼の纏っているバスタオルの胸元部分が少しはだけてしまったその一瞬。限界まで引き伸ばされたその一瞬の、わずかな時間。彼の胸元で露わになった()()()をはっきりと視認し、美嘉はーーー

 

 「む、無理ぃぃ..

 

 「え?」

 

 「もうムリぃぃぃぃぃ!!!!!!!

 

 「えッ??おわっ!!!」

 

 「「!!??」」

 

 城ヶ崎さんはそう叫ぶと、私を前の方に突き飛ばしてダイナミックに掃除用具入れを脱出した。はーちゃんとなーちゃんがギョッとしてこちらの方へ目を向ける。あっ、死にました(確信)。

 

 (何やってるんだ城ヶ崎さん〜〜〜!!??)

 

 「あ、アタシ()()何もやってませんから〜〜!!ちょこっとだけ見ちゃっただけですから〜〜!!!ごめんなさい許してください〜〜!!!」

 

 城ヶ崎さんは、まるで誰かに必死に言い訳でもするかのように言い残し、脱兎の勢いで脱衣室を出て行ってしまった。ええぇ...マジで何やってるんだあの人...あのクールでかっこいいカリスマギャルアイドル様は一体何処へーーー

 

 「はっ!!!!」

 

 「ふーん...ほんとにいたんだ、優君」

 

 「.....」

 

 まずうぅウゥウゥうぅい!!訳もわからぬままに城ヶ崎さんはこの場から去っていき、この場に残されたのは私たち3人のみとなってしまった!!だから私置いて逃げないでよ!オイオイオイオイ、死ぬわ私。

 

 ーーーーこ、ここらでイカれたメンバーを紹介するぜ!

 

 死んだ目つきで私をただただ黙って見下ろしているパッションモンスター!凪・久川!

 

 いつもの天使のような笑顔はいずこへいったのか!仁王立ちしてブチギレオーラを纏っている颯・久川!

 

 そしてそんな二人を前に縮こまってビクビク震えている腐れ陰キャ!渋谷優!

 

 だが!このまま黙って死ぬような私ではないぞ!!最後まで足掻いてやるさ!なぜなら私には見えているのだからな、勝利の方程式が!傾聴せよ、私の話術を!

 

 「....あ、あのさ。僕ちょっと間違えて入っちゃってさ!いやホントにホントに、女子風呂なんて知らなくて!わざととかじゃあなくてね?な、なんなら笑ってくれてもいいよ??いや間違えるとかどんだけアホなんだよーーってさ!hahahahahaha!」

 

 「...」 「...」

 

 「...あー、その元はと言えば一ノ瀬さんが僕をここに連れてきちゃって!あの人もここが女子風呂なんて知らなかったのかもね、うん!いやー、二人も知ってると思うんだけど、あの人ものすごく賢いらしいのにさ!もしかしたらそんなことも忘れちゃってたのかもね??いやー、なんというか意外だよね?そう思わない?ね??」

 

 「...」 「...」

 

 「そ、そういえば!二人は城ヶ崎さんのあんな姿見たことある??普段キリッとしててかっこいいのにあんなに取り乱してて、すっごいレアっていうか、珍しいもの見ちゃった気分だよね!?ね!?」

 

 「...」 「...」

 

 「え、えっと...二人とも!そんな怖い顔してたら可愛い顔が台無しだよ??もっと笑おうよ、僕と一緒にさ!hahahaha!」

 

 「...」 「...」

 

 「...スミマセンデシタ」

 

 クーン....ダメみたいですねクォレハ...もう煮るなり焼くなり好きにーー

 

 「ーーーー美嘉先輩と」

 

 「ヒエッ..」 

 

 「なに、してたの」

 

 「若い男女。密室。閉所で二人。何も起きないはずはなく...」

 

 「なー、ちょっと黙ってて」

 

 「え、えーっと、それは..」

 

 ど、どう答えるのが正解なんだ..?考えろ、考えるんだ私...!

 でも私自身も何してたのかよくわからないんだよなぁ..ただ単にはーちゃん達から見つからないよう隠れてただけだし、でもそれを正直に言ってももっと不機嫌になりそうだし...ここは適当に誤魔化してーー

 ってそうじゃない!そうじゃないだろ!こんな時こそ逆だ、逆の発想をするんだよ!逆転の発想だ!ここはいっそ全部正直に言うんだ!あの掃除用具入のことを!!

 

 そうだ!追い詰められた根性ではない!覚悟だッ!覚悟が必要なんだッ!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く覚悟がッ!!

 

 「ーーー城ヶ崎さんを壁に押し付けて抱き合いつつ彼女の身体を堪能してました」

 

 あっいやこれやっぱダメだ今すぐここで殺されーーー

 

 「〜〜〜〜〜っ!!!」

 

 「ギルティですね、優君。初めてですよ、私をここまでコケにしたお馬鹿さんは」

 

 「絶〜〜〜〜っ対に許さないんだから!!!凛先輩も呼んで説教だから!!ハイ、返事!!!」

 

 「ちょっ!ちょっと待って!お姉を呼ぶのだけは!それだけはどうか勘弁ーーー」

 

 「「ーーーあ?」」

 

 「イエス、マム!」

 

 

ーーーー渋谷優の長い1日は、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 




みんな大好き美嘉姉とLiPPS登場です。

渋谷くんは、少しずつ、mm単位くらいでおしゃべりを上手にしていきたいと思ってます(どもってる感じを文にするのがめんどくさいし読んでる側も鬱陶しく思いかねないので)。

次の更新は.....いつになるんでしょうね?今回も本当は5話あげた一週間以内には更新するつもりだったんですけどね。。。もう許せるぞオイ!

好評、酷評、いずれもお待ちしております。

......そういえば久しぶりに以前までの話を改めて見直してみたら変な気分になりました。頭抱えてゴロゴロしたくなるような、そんな気分です。
 


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