神谷活心流の一番弟子と喧嘩屋 (赤いUFO)
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喧嘩屋に依頼

「もー! どうなってるのよ!」

 

「薫ちゃん。竹刀で床を叩くとまた傷が出来るよ。落ち着いてね」

 

 素振りを終えた竹刀を楽な姿勢で垂らして少女は幼馴染みの薫をなだめる。

 

「落ち着いてなんていられないわよ、要ちゃん! 人斬り抜刀斎を名乗る例の辻斬り! 態々うちの流派を名乗ってるのよ!」

 

「そうよねぇ」

 

 要、と呼ばれた少女も困ったように流れた汗を布で拭く。

 ここ、神谷活心流は剣術道場である。

 人を活かす、という理念の下に作られたこの流派は、師範だった薫の父が戦争で帰らぬ人となった後も娘の努力で細々と続いている。

 しかし、近頃巷を騒がせている人斬り抜刀斎による辻斬り事件。

 その犯人が神谷活心流を名乗っていることで門下生達は次々と辞めて行ったり、他の道場に移った事で経営難の状態だった。

 今でも門下生としてこの道場に通っているのは、薫の幼馴染みである鳥井要くらいである。

 もっとも、要自身は護身術を習いに来るのが目的で、その腕前は町のチンピラと一対一の真っ向勝負なら何とか、という程度である。

 一番弟子という立場も、他の門下生が居なくなった繰り上がりの結果である。

 

「こうなったら、警察に任せておけないわ! 私自身の手で犯人を捕まえて、濡れ衣を晴らさないと!」

 

「駄目だよ、薫ちゃん」

 

 息巻く薫に要が強い口調で止めに入る。

 

「警察が取り囲んでも捕まえられない相手を、薫ちゃんがどうこう出来るとは思えないわ。そんな危険な真似はやめて」

 

 人斬り抜刀斎は真剣を所持している事や、その腕前もかなりの物らしく、駆け付けた警察も手に終えないらしい。

 

「だったらどうすればいいのよ! このままうちの名前に泥を塗られて黙って見てろって言うの!」

 

「……道場が大事なのは分かるわ。でも、それで薫ちゃんに何かあったら、それこそ目も当てられない。だから危ないことはしないでほしいの」

 

 幼馴染みの要から見て薫はこう、鉄砲玉のようなところがある。

 このままでは本当に辻斬りの犯人を追いかけかねない。

 一息吐いてから要は提案する。

 

「私の知り合いに、こうした荒事に詳しそうな人が居るから、その人に頼んで見るわね。だから、もう少しだけ待ってちょうだい」

 

 要の提案に薫が首をかしげる。

 

「そんな知り合い、居た?」

 

 薫の疑問に要はくすりと笑って答える。

 

「えぇ。荒事にはとっても頼りになる人なの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、お願いできますか? 左之助さん」

 

「……俺は警官でも探偵でもねぇんだよ」

 

 膳に白いご飯と焼き魚に味噌汁。そして要が持ってきた漬物が載せられており、佐之助はじと目を向けながら昼飯を食べる。

 要と左之助の出会いは三年程前で、チンピラに絡まれて困っていたところを助けられたのが縁だった。

 

「初めて会った時に困った事があったら力になるってカッコよく去って行ったじゃないですか」

 

「そうだけどな。まさか、本当に来るとは思わなかったぜ」

 

 左之助からすれば、その場限りの台詞みたいな物だったが、それ以来、要が家の商売で遠出する必要がある際には護衛として雇われるなどの仕事を持ってくる。

 喧嘩屋、等という一回の仕事で多く稼げる反面不定期収入な為に持ちつ持たれつの関係が続いていた。

 

「やっぱり、狙いは道場の土地だと思うんですよ。あそこ、はっきり言って文明開化のこの時代、剣術道場にしておくには勿体ない立地ですし」

 

 神谷道場の土地はかなり良く、あそこを狙う誰かが評判を落とす為に辻斬り騒動を起こしてもおかしくはない。

 推論を述べる要に佐之助は食べ終わった腹を擦りながら言う。

 

「まだ受けるなんて言ってねぇだろ」

 

「受けてくれないんですか?」

 

「警官隊に任せろよ」

 

「その警官隊が相手にならないから頼んでるんです。佐之助さんなら、全然大丈夫でしょう?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら佐之助が負けないと確信している様子でお金を置く。

 

「おい」

 

 勝手にお金を置いていく要に佐之助は渋い顔をする。

 

「前金です。人斬り抜刀斎を捕まえたら残りを払いますね」

 

 もう商談成立と言わんばかりの態度に左之助は折れる事にした。

 

「喧嘩で負けるつもりはねぇが、人探しは期待すんなよ……」

 

「いいえ。期待させて頂きます。さっさと取っ捕まえちゃってくださいな」

 

 この破落戸長屋に相応しくない上品な笑み。

 冗談っぽい言い方ではあるが、その眼には左之助に対する強い信頼が在った。

 見た目、美人と言って良い女にそんな視線を向けられれば多少やる気も起きようと言うものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方頃に神谷道場に戻る。

 何せ、幼馴染みの道場主は料理がお世辞にも上手いとは言えず、彼女の料理を食べている内に好き嫌いが無くなったと思っている。

 

「薫ちゃん。ちょっと高めのお饅頭が手に入ったから、夕飯後に頂きま────」

 

 道場に入って要は言葉を失った。

 胴着を着た薫が何やらこの道場の奉公人的な立場の比留間喜兵衛に腕の怪我を治療してもらっている。その事に関しては後で確りと追求することにする。

 問題は腰に刀を下げた見慣れない赤髪の男性。

 入門希望者には見えない出で立ちの男性と幼馴染みを交互に見比べた。

 

「えーと、もしかしてお邪魔だった?」

 

「ちっがうわよ! 変な勘違いしないで!」

 

「おろ?」

 

 にやけ顔に頬を染めて退室しようとする要に薫が頭を引っ叩いた。

 

 突如、東京に現れた流浪人と喧嘩屋斬左。二人が人斬り抜刀斎の事件を追って一悶着起きる事になるのだが、それはもう少し後の話である。

 

 

 

 




最終的には佐之助と一緒にかけおち気味に外国に行く模様。


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流浪人と喧嘩屋

るろうに剣心の文庫版を全巻セットで購入した。

一巻読んでる最中に突然鼻血が落ちてダメになった。orz
その腹いせに書いた。


「いたたたたたたっ!? 痛いってば要ちゃん!!」

 

「うふふふふ。こっちで適任の人に頼んでおくから大人しくしててねって言った直後にコレ? もうちょっと自分を大事にしてくれないかなぁ?」

 

 人斬り抜刀斎に付けられ、今手当したばかりである薫の左腕を思いっきり掴む要。

 既に手当てした比留間は帰り、ここには要と薫が居り、それを見ていた赤い髪の流浪人が困った顔で止めに入る。

 

「まぁまぁ。要殿もその辺で。それ以上掴んだら手当てした傷が悪化するでござるよ」

 

 言われてまだ仕置き足りないような顔をしたが、すぐに手を離した。

 すると流浪人に頭を下げる。

 

「うちの師範代を助けてくれてありがとうございます。もしも流浪人さんが逃げてくれなかったら取り返しのつかない事になってました。お礼に、夕飯くらいはご馳走させて下さい」

 

「ちょっと要ちゃん!?」

 

「いや、拙者はただ逃げただけでござるから」

 

「そうしてくれなかったら、薫ちゃんのことです。勝てないと判っても立ち向かって行ったでしょうし。せめてそれくらいのお礼はさせてください」

 

「う……」

 

 遠慮する流浪人に要がお礼を、と言う。

 

「それじゃあ、夕飯を作るから、台所借りるね」

 

「あ、それなら私が!」

 

「薫ちゃんの料理をお客様に出せるわけないでしょう? おにぎりしか作れないんだから」

 

「う」

 

 自分が料理を不得意な自覚があるため言葉が詰まる。

 さっさと要が台所に消えると流浪人が苦笑する。

 

「何だか要殿は薫殿の姉か母親のようでござるな」

 

「子供の頃はこっちが話しかけないとずっとボーッとしてる子だったけどね」

 

 子供の頃の要は大人しいを通り越して殆ど反応に乏しい子供だった。

 この道場に通うようになり、少しずつ今の性格になっていった。

 

「人斬り抜刀斎の件で皆が辞めたり、他の道場に移っても、要ちゃんだけは残ってくれたのよ。店の手伝いから逃げる丁度良い口実になる、なんて誤魔化すけど」

 

 要の実家は外来品を主に扱う雑貨屋だ。

 その娘が騒ぎの中心である道場に通い続けるなど外聞にも悪いだろうに。

 だからこそ早く濡れ衣を晴らしたいのだ。

 

「きっと、要殿にとってはこの道場や薫殿の事がとても大事なのでござろう」

 

 そんな話をしていると夕飯が出来たと要に呼ばれて居間で食事を始める。

 そこで薫が気になっていたこと訊く。

 

「そういえば要ちゃん。人斬り抜刀斎の件を誰かに頼むって言ってたけど。どういう人なの? 私、そんな知り合いが居るなんて知らなかったんだけど」

 

「……喧嘩屋なんていう儲からないし、怪我して危ない上に将来性のない事を仕事にしてる駄目人間よ。家で力仕事が必要だったり、遠出する際に手伝って貰ってるの。ほら、私のお父さん、数年前に腰やっちゃったし。まぁ、プー太郎一歩手前の人よ」

 

「おろ」

 

 散々な評価に流浪人と薫が顔を見合わせる。

 

「それでも強い人だからね。巷を騒がせてる人斬り抜刀斎も、すぐに倒して警察に突き出してくれるでしょ。だから薫ちゃん。もう危ない事はしちゃダメよ」

 

「……なんだかすごく信頼してるように見えるんだけど」

 

「そう? 野蛮な事は野蛮な人に任せれば良いってことよ」

 

 自分より強さに対して信頼してるようすに薫が面白くなさそうな顔をするが、要はあしらうだけ。

 それから流浪人も交えて雑談しながら食事を摂る。

 いつもは独りか要と二人で食べる食事。

 それに一人加わっただけの夕食はいつもより少しだけ騒がしく、美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「煙草とマッチを」

 

「いつものですよね、藤田さん」

 

「えぇ」

 

 常連の警官が煙草とマッチを注文すると要は三箱取って渡し、代金を受け取る。

 

「毎度です。ここ最近は危ないですから、藤田さんも気を付けてくださいね」

 

「はは。例の辻斬りですか。あんなのはすぐに警官隊が取り押さえますよ」

 

「そう願います」

 

 警官はそんな会話をして店から出ると、奥から要の父が出てくる。

 

「これからまた道場か?」

 

「ううん。薫ちゃんが怪我しちゃったから今日はお休み。あ、でも後で様子だけは見に行くから。ちょっと気になることもあるし」

 

 要の父と薫の父は元々酒飲み仲間で、要が神谷活心流の道場に通っているのもその縁だ。

 だからこそ要の父も、薫の事を気に掛けていた。

 

「神谷の娘に伝えろ。もしも本当に危なくなったら、道場を手放してうちに来い。嫁に行くまでは世話してやるってな。俺も、親友の娘が不幸になるとこなんざ見たくねぇからな」

 

「うん。でもたぶん頷かないよ。頑固だから」

 

 そんな事は知っていると品簿の確認をする。

 要は晴天の空を見上げて呟いた。

 

「早く捕まってくれないかぁ……人斬り抜刀斎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たのもー。たのもー」

 

 流浪人は鬼兵館という道場を訪ねていた。

 薫が例の辻斬りはこの道場が怪しいと聞いて訪れたのだ。

 しかし、一向に中から人が出る様子はなく、戸に手をかけようとすると────。

 

「おわぁっ!?」

 

 戸の横の壁に人が飛んできて破壊される。

 ゴロンと転がって気絶した男を見て流浪人は戸を開けた。

 すると道場内の破落戸や士族崩れと思われる者達が倒されており、その中心には逆立った髪に赤いハチマキを額に巻いた男。

 彼は流浪人に気付くとボキボキと拳を鳴らした。

 

「なんだまだ居たのか。それとも、テメエが比留間って奴か? 噂じゃ、大男だって聞いたんだがな」

 

「いや拙者は────」

 

「ま、とにかくこいつらの仲間なら、この喧嘩に付き合ってもらうぜ!!」

 

 流浪人により少しだけ早く来ていた相楽左之助は拳を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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流浪人の正体

「オラァ!!」

 

 繰り出された左之助の拳を赤髪の流浪人は見切って易々と避ける。

 その事に一瞬驚いた左之助だがすぐに面白そうに口元をつり上げて次々と拳を繰り出した。

 しかし何れも動きが読まれたかのように当たらず、正拳から裏拳へと変えた拳も体を屈めて避けられた。

 その際に流浪人は左之助の体を押すと同時に後ろへと下がった。

 得物()を抜く様子のない流浪人に左之助が苛立ちを交えて睨み付ける。

 

「どういうつもりだ? まさか剣客が刀も抜かずに俺と拳で()ろうってのか?」

 

「……拙者は別にこの道場の者ではないし、お主とやり合う理由もない。もしや、お主が要殿が言っていた喧嘩屋でござるか?」

 

 要の名を聞いて左之助が頭を掻く。

 

「あの(アマ)。他にも頼んでたのかよ」

 

「いや、拙者は誰かに頼まれてここに来た訳ではござらん。ただこの件を放って置けなかっただけでござるよ」

 

 流浪人の言葉に二人は僅かの間、膠着状態になるが、左之助の方から警戒を解く。

 

「……そうかい」

 

 今の動きを見ても流浪人の動きはチンピラのそれとは明らかに異なり、格が違うことを感じ取っていた左之助は相手に敵対する意志が無いことも感じてまだ意識のある男の胸ぐらを掴んだ。

 

「おい! 比留間って野郎は何処だ!」

 

 痛みで苦しそうに息を吐いてから男は怯える声で答える。

 

「ひ、比留間先生なら、さっき兄の喜兵衛さんと一緒に、神谷道場に……」

 

「!?」

 

 それを聞いた流浪人は踵を返して走り出す。

 

「おい待て!!」

 

 左之助も後を追うように走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薫ちゃん、今日はあの流浪人さんは居ないの?」

 

「今日はって……元々関係の無い人なんだから、それが普通でしょ?」

 

 道場に居た薫に要が話しかける。

 話題に上がるのは自然とあの赤髪の流浪人。

 

「名前くらいは聞いとけばよかったね」

 

「別に。もうきっとこの町を出てるわよ」

 

「そうかな?」

 

「そーよ」

 

 そんな風に取り留めの無い会話をする。

 

「まだ夕飯には早いし、運動ついでに少し打ち合う? 怪我してる薫ちゃんなら今日こそ一本取れる気がする」

 

「怪我してる相手から一本取ってもしょうがないでしょ」

 

 昨日怪我したところはまだ癒えていない。

 要も本気で言っている訳ではないのでそれ以上打ち合おうと言わない。

 そんな他愛ない話をしていると喜兵衛が入ってきた。

 彼はこの剣術道場の土地を売る話を薫に持ちかける。

 しかしそれは以前断っており、薫には父が残したこの流派と道場の土地を売るつもりはなかった。

 しかし既に書類は纏めているという。

 そこから喜兵衛の計画が話された。

 剣の達者な弟を使い、神谷道場の評判を下げて精神的に追い込んだ薫にこの土地を売らせる気だったと。

 しかし、道場の事に関しては存外に頑固な薫に痺れを切らしてこうして強行策に出たと。

 薫が信じられない、と言った様子で喜兵衛を見る。

 しかし後ろには彼の弟である人斬り抜刀斎を名乗っていた剣客が居て。

 薫は道場を守ろうと偽の人斬り抜刀斎に立ち向かうが力量差は明らかで薫の全力の打ち込みは片手で止められてしまう。

 

「ふん、やはり人を活かす剣などと世迷い言を言っている小娘の剣などこんなものか。それとも後ろの小娘が相手になるか?」

 

 偽抜刀斎が要を見るがこうした場に慣れていない彼女は足が震えてしまっている。

 

「要ちゃん、にげて……っ!」

 

 胸ぐらを掴まれながら逃げるように促す薫。

 その間に、喜兵衛は薫の指を切手血判を押させている。

 これで、この道場はあの老人の手に渡り────。

 

「そこまででござるよ」

 

 道場に凛とした声が届いた。

 

「流浪人?」

 

「どうやら間に合った用でござるな」

 

 ホッとしたように道場の中へと入る。

 

「何だ貴様。貴様もこの娘のように人を活かす剣などと抜かすつもりか」

 

 偽抜刀斎の言葉に流浪人は一拍置いて否定する。

 

「剣は凶器。剣術は殺人術。どれだけお題目を掲げようとそれが真実。薫殿か言っているのは、一度も自分の手を汚したことが無い者が言う、甘っちょろい戯れ言でござるよ」

 

「流浪人……」

 

 まさか流浪人の口からそんな言葉が出るとは思わず、薫は哀しそうに顔を歪めた。

 たが、そこでだけど、と付け加える。

 

「拙者はそんな真実よりも、薫殿の言う甘っちょろい戯れ言の方が好きでござる。出来ることなら、これからの世はその戯れ言が真実になって欲しいものでござる」

 

 この事態に介入しようとする流浪人に偽抜刀斎の手下が得物を抜いて立ち塞がる。

 

「なるべく怪我人は出したくない。医者通いの嫌な者は、早々に立ち去るでござるよ」

 

「怪我人なんざ出やしねぇ!! 出るのは死人、テメエ一人だっ!!」

 

 複数人で流浪人に襲いかかる。

 その後に訪れるであろう結果に、要は思わず目を閉じた。

 しかし────。

 

「ぐえっ!?」

 

 聞こえてきたのは手下の悲鳴だった。

 目を開けると目の前で複数の敵を同時に叩き伏せている流浪人の姿だった。

 その速度は早くて、要の目では離れていても捉えるのが難しい。

 偽抜刀斎の手下を全て戦闘不能にすると流浪人は驚くべき真実を口にした。

 

「一つ、言い忘れたが。人斬り抜刀斎が振るう剣は神谷活心流ではなく、飛天御剣流。こんな逆刃刀(かたな)でない限り、確実に人を惨殺する神速の殺人剣でござるよ」

 

 そこで、追い付いた左之助。

 彼も流浪人の正体を聞いて驚いている様子だ。

 まさかの本物が登場したことに偽者の方は笑みを浮かべる。

 

「あの小物だと思って見逃していたが、貴様、力を隠していたな」

 

「お前と違ってむやみやたらと力を振るうのは好きじゃないんだ。でも今はあの時倒しておくべきだったと思う。反省してる」

 

 流浪人の言葉に偽者は刀を振り下ろそうとするが、既に流浪人の姿は消えていた。

 

「上だよ」

 

 左之助が視線を上へと動かす。

 そのまま流浪人の逆刃刀が振るわれ、たったの一撃で叩きのめされた。

 

「人斬り抜刀斎の名に未練も愛着もないが、それでもお前のような奴には譲れんよ」

 

 そのまま流浪人は逆刃刀を喜兵衛に向けて威圧すると、彼はそのまま気を失ってしまった。

 その様子に息を吐く流浪人

 

「策を弄する者ほど根は臆病なものでござる」

 

 そして書類を拾い上げてビリビリと破く。

 

「別に拙者は騙す気も隠す気もなかったが、出来れば語りたくなかったでござるよ」

 

 そこで要は左之助が居ないことに気付き、道場を出た。

 外へ行くと左之助が去っていくのを止める。

 

「待ってくださいよ! なんで帰ろうとするんですか!」

 

「あ? もう事件は終わりだろ? 俺がでしゃばる事はねぇじゃねぇか」

 

「何を言ってるんですか! あの破落戸連中を運ぶの手伝って下さいよ! 医者にしろ警察にしろ、私達だけじゃあ無理ですって! 特にあの大男!」

 

 左之助が力自慢なのを知っている要はあの破落戸どもを運ぶようにお願いする。

 警察に来られると色々と面倒そうなので、このまま警察署の前に捨てておくのが一番都合が良いのだ。

 

「お前なぁ……俺をなんだと思ってんだ? 喧嘩屋だぞ」

 

「いいじゃないですか。今日のご飯奢りますからー。手伝ってくださいよー!」

 

 腕を引っ張ってくる要に左之助は頭を掻いて仕方ねぇと根負けする。

 

「分かったから、引っ張んなよ」

 

「やった! 労働力確保!」

 

 勝った、という表情で握り拳を作る要に左之助はやっぱり帰るかと思い直した。

 

 

 

 

 

 

 

 




次話は飛んで、元門下生の騒動です。


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