東人剣遊奇譚 (ウヅキ)
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第一章 白銀竜
第1話 赤い剣鬼


 

 

 

 ――――――――閃――――――――――

 

 昼間でも殆ど光の差さぬ緑深き森に横一文字の赤い軌跡が奔り、三つの頭が宙を舞う。

 首から上を失った三つの胴体はぐらつき、血を吹き出しながら力無く膝を折って倒れた。

 そしてようやく天高く舞った首達がゴロゴロと地面を転がり、彼らの仲間の足元へとたどり着く。

 

「GOOOOOOOO!!!!!」

 

 言語化出来ない絶叫だが、彼らが仲間の首を見て何を想ったかは想像に難くない。残った者達は手にした粗末な棍棒や錆びた剣を高らかに掲げた。

 豚に似た頭部と、鹿や猪の毛皮の腰巻を身に着けたずんぐりとした体躯を持つ亜人。オークは優れた身体能力に比べ低いながらも知性を有し、簡単ながら道具を作り、それらは全て略奪に用いられた。何より彼等は群れを作り、死者を悼む。その精神性が他の種族にとって非常に厄介な点である。

 

『仲間を殺した侵入者を血祭りに上げる。これは正当な報復である』

 

 おおよそオーク達の心はこのように一致した。

 だが彼らの義憤を嘲笑うかのように二度目の赤い軌跡が奔り、剣を掲げた一頭のオークの頭は腕と共に飛んだ。

 

「四つ。これで残り半分」

 

 ここでオーク達は初めて敵の姿を目にした。

 赤い剣を手にした人族の男だ。オーク達に他種族の老若や美醜は分からないが、仮に人族の目線から男を観察すれば、彼はまだ若く年の頃は16~17歳。やや女性的な細面と柔らかな眼差しは暴力とは無縁で、美麗の優男と言って差し支えない。

 体格は平均的な人族の男性の範疇。つまりオークよりも頭二つは小柄。筋力量も比べ物にならないぐらい少なく、力に優れたオークの膂力なら、まるで小枝を折るように彼の全身の骨を砕いてしまうだろう。

 一頭のオークは同朋を殺した死神が華奢な青年だったのを知り、あからさまに見下して笑う。彼らの多くは己のような巨体と筋肉を尊び、他種族の貧相な体躯を下等と断じ、餌か孕み袋でしかない価値観を持っていた。

 そのオークは顔に怒りと笑みが貼り付いたまま雄たけびを上げて獲物と断じた青年に突進した。青年を叩き潰そうと振り上げる棍棒。しかし振り下ろされぬまま中空に止まる。青年は目の前に居なかった。

 きょろきょろと辺りを見渡すも、どこにも獲物は見当たらなかった。――――が、背後から仲間が騒ぎ立てる声に気づき、後ろを振り返る。

 首に涼風が通り抜け、視界が回転して空を向いた。

 

「????」

 

 何が何だか分からない。どうして己は空を見上げているのか。声も出ず、体が動かない。おまけに餌が自分を見下ろしている。人族の顔など分からないが、こいつは明らかに俺を見下していると直感で分かった。

 必ず殺して身体を食い尽くしてやりたかった。だが、一向に身体の自由が利かない。そうこうしている間に青年は赤い剣を徐々に目に近づけていき、ゆっくりと差し込んだ。

 五頭目のオークが斬首により絶命した。

 

 ここにきて残る三頭のオーク達は怒りよりも恐怖が勝り始めた。

 相手はただのひ弱な人族。なのに半分以上の同朋が成すすべもなく首を刎ねられた。

 おかしい、意味が分からない。なぜこんな仕打ちを受けるのか。自分達はただ、その日その日に腹を満たして、捕まえたメスと子を作って生きているだけなのに。

 世界を呪うオーク達だが、そんなことで事態が改善する事などありえない。じりじりと赤剣を持つ死神が距離を縮める。

 ―――――アレはきっと自分達を逃さず殺し尽くす。何故そうするのかはついぞ理解に及ばないが、アレは断じて狩られるだけの獲物ではない。

 

(アレは狩人だ)

 

 残るオーク達は青年を自分達と同じ存在と認めた。そして逃げるのではなく、恐怖を抱く己を鼓舞するかのように雄叫びを上げて突っ込んで行った。

 技術も戦術も何もない、ただただ相手を殺す事だけを考えた突貫。元より身体能力に優れたオークに小難しい知恵はそぐわない。それだけの知性が無いとも言えるが、この場においては最適解だった。

 なぜなら青年はオークをただの一頭とて逃す気は無い。もし逃げたのであれば無防備になった後ろから斬られて終わり。生き抜くには万に一つの可能性を信じて攻撃あるのみ。

 技巧も統率も無い無謀極まりない突貫を前に、青年の瞳は風の無い湖面の如くどこまでも透き通っていた。

 

「ああ、そうでなくてはつまらない」

 

 ただの人なら目前に迫る圧倒的な暴力に恐怖で足が竦むだろう。しかし、ここにいる青年は常軌を逸した想いを抱く剣の鬼。寝ても覚めても戦う事、相手を斬る事しか頭に無い、人から外れた怪物だ。そのような鬼人が恐怖に呑まれるなどありえなかった。

 むしろ薄笑いを浮かべながら殺意を増大させた青年は、手にした赤い刃を地に突き立てて眼前の脅威に向けて薙ぎ払う。

 剣の動きに追従して巻き上げられた枯れ葉と土はオークの顔面へと殺到して眼球を覆う。たまらず目を閉じるが、それが致命傷となった。

 視界を塞がれたオークの背後に回り込んだ剣鬼は一頭、また一頭と首を刎ねたが、最後に残った一頭は殺される仲間を直感的に感じ取り、目の見えぬまま恥も怨みも投げ捨てて全力で走り去ろうとした。

 予想外の行動に、僅かだが反応の遅れた剣鬼。もはや剣では到底届かない距離のオーク。しかし、慌てる事なく息を大きく息を吸う。

 剣を上段に構え、息を整えて、標的に視線を定めた。

 

「颯≪はやて≫」

 

 小さな呟きと共に振り下ろされる剣と同時に、逃げるオークは頭頂部から股下にかけて両断された。

 静寂の戻った森。周囲に生き残りが居なくなったのを確認した青年は大きく息を吐いて赤剣を鞘へと納める。

 そして彼は無言のまま、森に転がる首から短刀を使って鼻を削ぎ落した。計八頭分の鼻を集めると、腰に着けた革袋に乱雑に放り込み、用は済んだとばかりにその場を離れた。

 伏した骸は晒されたままだったが、血の臭いを嗅ぎつけた狼達がこぞって集まり、豪華なディナー会場へと化したため、瞬く間に八頭のオークだった肉塊は消え去った。後に残ったのは骨のみである。

 

 

 



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第2話 前金ありの依頼

 

 傭兵ギルドと呼ばれる組織がある。大陸西部の複数国にまたがり支部を持ち、傭兵達に仕事を斡旋する代わりに手数料を得る営利団体である。

 元はとある小国が外貨獲得のために国民を他国に派遣していたのが組織の始まりとされている。残念ながらその小国は既に滅びてしまったものの、そのノウハウは現在もギルドに引き継がれて有効活用されていた。

 ここヘスティ王国にも傭兵ギルドの支部はある。大抵のギルド支部は酒場と事務所が併設されており、受付にまで酔っ払いの景気の良い話や怒鳴り声が聞こえてくるが、事務員達はそれらの雑音を一向に気にした様子が無いまま機械的に書類を決裁して、ギルドへの依頼者も淡々と手続きを進めている。要は慣れである。

 額に横一文字の刃物傷のある受付の中年男性と話をしていた黒髪黒瞳の青年剣士も、喧騒にはまるで無関心のまま血生臭い革袋を手渡していた。

 

「どうぞ、仕事の成果です」

 

「ご苦労。お前が受けていた依頼はオークの討伐だったな。―――――ふむ、鼻は八つ。まあ、被害規模ならこれぐらいか」

 

 受付の男は討伐した証であるオークの鼻を念入りに調べて、その上で青年の口頭報告に虚偽が無いのを確認した。

 オークは豚に似た容姿をしているので、市場で豚鼻を買って誤魔化す輩が多い。故に受付は丹念に調べて偽っていないかを確認せねばならない。

 それは誰にでも出来る仕事ではない。確かな知識と経験を要求されるので、ギルドの受付は現役引退した傭兵が務める事が多かった。当然、女性は少ない。

 受付の男は青年が提出した鼻は間違いなくオークの鼻と判断した。

 ここでようやく依頼達成と判断されて、傭兵は報酬を得る事が出来た。

 今回青年剣士が受け取る報酬は銀貨30枚。街に住む平民一家なら半月分の生活費にあたる。命懸けの報酬としては高いか安いか判断が分かれる金額だが、金に執着の無い青年にとってはどうでもよい事である。

 

「これで依頼は完了だが、次の仕事は受けるか?トロル討伐はどうだ」

 

「亜人討伐は飽きたので、人間を斬れる依頼でしたら受けます」

 

「盗賊退治も戦も今は品切れだ。諦めろヤト」

 

「つまらない世の中ですね」

 

 ヤトと呼ばれた青年剣士の心底うんざりとした独白に、受付は深い溜息で返答した。

 若い傭兵が名声や金を求めて矢継ぎ早に依頼を受けるのは日常的な光景だが、目の前のヤトに関してはそれに該当しない。こいつはそんな俗な欲望を持ち合わせていないのは、短い付き合いながら身に染みて理解していた。

 ギルドは傭兵個人の気質や思想で差別しない。必要な依頼遂行能力さえあれば―――――明らかな犯罪行為や依頼者との諍いでもあれば別だが―――――人格云々は査定対象外であり、依頼を回さない理由にもならない。単に受付が気疲れするからオーガ≪人食い鬼≫より鬼らしい戦闘狂のヤトの相手をしたくないだけだ。

 

 ヤトもお目当ての依頼が無い事にガッカリして、当座の金は入ったのでしばらく近くの森にでも引き篭もって鍛錬に費やそうと考えていた。

 

 ――――騒動は外より舞い込んだ。

 

 ギルドの玄関から大音量の哄笑と共に二人の男が入ってきた。

 一人は全身余す所なく鍛え上げた筋肉を革鎧で包み込んだ2メートルに達する禿頭の巨漢。手にはアダマンタイトを荒く削り出した重厚な槍。いかにも荒くれ者といった風体の、しかし長い戦歴を感じさせる強者特有の雰囲気を纏わせた戦士だった。自画自賛が煩い。

 もう一人は巨漢のすぐ後ろを付いて歩く子供ほどの小さな髭面の男。背には小さな馬上弓と矢筒を引っ掛け、重たそうに両手で抱えた革袋には血がこべり付いている。小男は巨漢に常に相槌を打ちつつ、会話の中に時折賞賛を添えていた。男は人族ではなく、ミニマム族と呼ばれる亜人種だった

 彼等を見たギルド内の傭兵たちは口元を隠しながらヒソヒソ話をしている。

 

「煩い奴が戻ってきたぜ」

 

「ああ、どうせまた酒場で自慢話が始まるんだろ」

 

「実力があるのは認めるけど性格はクソだからな」

 

「同感。この前も酒に酔って暴れて酒場を荒らしてやがったからな」

 

「そういえばあいつら、前に別の奴と討伐対象の取り合いになって相手に重症を負わせてたぜ」

 

「あんなのがいつまでも幅を利かせていたら俺達まで仕事がやり辛くなるってのに」

 

 禿の巨漢に対する傭兵仲間の評価は概ね『強いが粗暴で協調性に欠けるから関わり合いになりたくない』だった。暴力を糧にする傭兵には、よくいるタイプである。

 傭兵は食い詰め者や貧困の中で一獲千金を夢見る無知以外にも、堅気の仕事に就けないはみ出し者の受け皿として機能している面もあるが、その中でも巨漢の禿男のような簡単に暴力を行使する者は鼻つまみ者として忌避されやすい。

 同僚達からの刺すような視線など意に介さない禿は連れの小男から袋を手渡されて、そのままヤトが報告していた受付の男へ近づいて、ドシャリ!と机に革袋を乱暴に置いた。

 受付が一瞬ジロリと鋭い眼だけを禿男に向けるが、興味なさげに革袋の閉じ紐を緩めた。中には巨大な醜い人型の頭が鎮座していた。

 大きさは優に人間の二倍はある。オークと異なる亜人種、トロルの首だった。

 

「どうよっ!このピラー様の槍にかかれば、トロルなんざゴブリンと変わらないぜっ!」

 

「確かにトロルの首だな。―――が、わざわざ首を持ち込まなくとも鼻で十分だったろうに」

 

「ははっ!!今からこいつを眺めながら酒場で一杯さ!」

 

「飯を食う場所に臭い首を持ち込むな」

 

 受付の至極真っ当な苦言にもピラーは豪快に笑うだけで取り合わない。己の武勲を侍らせての酒盛りは古来から続く伝統かもしれないが、この男は他の客への迷惑など考えもしない。

 何を言っても無駄だと悟った受付はさっさと報酬を出してピラー達を追い払った。

 

「よーし!酒だ酒だ!今日は俺の奢りで飲ませてやる!お前ら付いて来なっ!!」

 

 ピラーの気前の良い誘いに、事務所にいた傭兵たちの一部は喝采を上げた。この男は粗暴で自分勝手だが、金がある時は気前が良い。そして報酬は大抵酒か博打でその日の内に使い切ってしまい、また仕事に精を出す。その繰り返しだった。

 そういう意味ではこれ以上に無いほど傭兵を体現する男と言えた。

 タダ酒にありつけるのを喜ぶ連中を尻目に、興味の無いヤトはどうでも良いとばかりにギルドを出ようとしたが、ピラーに目を付けられて呼び止められた。

 

「そこの女みたいな顔の若造!お前、駆け出しだな。俺様が奢ってやるからお前も来い!」

 

「いえ、僕は酒が苦手なので遠慮します」

 

「おいおい、坊ちゃん。せっかくピラーさんが奢ってやると言ったんだから、ベテランの言う事は素直に聞くもんだぞ」

 

 腰巾着の小男が馬鹿にしたように諭す。

 彼等にとってヤトは明らかに駆け出しの新人である。故にベテランなりの親切心から、傭兵の何たるかを教えてやろうと声をかけたのだ。

 ここでただの新人ならタダ飯タダ酒に惹かれるか、巨漢の威圧に怯えて素直に言う事を聞くだろうが、今回の相手は極めつけの難物だ。彼等が望むような返答などあり得なかった。

 

「これから僕は鍛錬ですので酒など飲んでいる暇は無いんです。他を当たってください」

 

 ヤトもヤトなりに相手の善意を鑑みて努めて丁重にお断りしたつもりだったが、問題は相手がそれを侮辱と受け取った事だ。

 ただの新人が自分の最大限の善意を踏みにじった。そう感じたピラーは全身に怒気を漲らせて睨みつけた。生意気な新人に少しばかり痛い目を合わせて教育してやるべき。彼はそう結論付けた。

 

「そうかい。なら俺様が今からお前に鍛錬を付けてやる!」

 

「えっ、いやピラーさん――――」

 

「止めるなっチン!こういう駆け出しは今のうちに鼻っ柱を折って世の中を教えてやるべきなんだよ」

 

 ざわめく周囲の事などお構いなしにピラーはアダマンタイト製の魔法槍をヤトに向ける。ヤトはそれをまるで他人事のように涼しげな瞳で見つめていた。

 それが腹立たしいが、周りが思うほどピラーは我を忘れていない。相手はただの新人。それも自分より頭一つは低い痩せっぽち。傭兵などやらずに色街で金持ち女の情夫でもやっていればいい優男だ。そんな奴は顔に傷の一つでもつけてやれば大人しくなる。おまけに槍相手に剣では近づくことすら無理。それを今から痛みと共に教えるだけだ。

 

(見ろ。あの小僧、ビビって剣の柄にすら手をかけていねえ。すぐに詫びを入れて頭を下げるぜ)

 

 ほんの僅かに意識を逸らし、ごくごく先の展開を想像したがそれが致命的となった。

 ――――――――首を冷風が通り抜ける。

 鍔鳴りの音に意識を正面に戻すと、いつの間にかヤトは赤剣の柄に手をかけて数歩距離を詰めていた。しかしまだ剣の間合いではない。

 

「ほら、どうした?さっさとかかって来い」

 

「いえ、その必要はありません。もう終わってます」

 

「あ?何が終わったん―――――――――」

 

 ピラーはそれ以上の言葉を紡ぐ事が出来なかった。いや、それだけでなく視界が床を向いていた。

 彼の身体から首が離れて、ゴトリと床を跳ねた。首が転がるたびに血が石床を赤く染めた。

 

「ピッ、ピラーさーーんっ!!!」

 

 相方だったミニマム族の小男が絶叫した。事務所も緊迫した空気が最高潮に達し、ところどころから呻き声と悲鳴が漏れた。

 暴力で日々の糧を得る傭兵に喧嘩や諍いは付き物だが、それでも街中での刃傷沙汰は意外と少ない。まして殺人に至るケースは極めて少ない。それはある種の不文律や時として協力し合う間柄故の仲間意識が一定の歯止めをかけているからだ。

 しかしヤトはそれを容易く飛び越えてしまった。事故でも、勢い余っての結果でもない。純然たる殺意の元に相手を死に至らしめた。

 これにはギルド職員も黙ってはいない。

 

「おいヤト。どういうつもりだ?」

 

「脅したのはあちらですし、槍を向けられた以上は戦です。となれば後はどちらかが死ぬのは道理では?」

 

 受付の男はヤトの言葉に窮する。確かに槍を向けたのはあちらが先だ。

 元々粗暴でたびたび同じような問題行動を起こしていた札付きだから、いずれはこうした結末を迎えると思っていた。しかしだからといって殺人に対して御咎め無しはギルド内の秩序に差し障る。

 現場では手に余ると感じた受付は支部長あたりに判断を仰ごうと思ったが、その前に場違いな拍手が響き渡る。

 

「素晴らしいっ!強者とはまさに君のような男を指すのだろう!天晴よ!」

 

 拍手と共にヤトを称賛した男は傭兵ではなかった。仕立ての良い絹の服に身を包んだ、片眼鏡を掛けた品のある老紳士だ。明らかに荒事には向いていないが不思議と鉄火場が似合う、そんな相反する印象を持つ男だった。

 紳士は血で汚れた床などまるで気にすることなくヤトに近づき、美麗な顔を覗き込む。

 

「ふむ、面構えも良い。急な話だが、私の元で仕事をする気はないかね?」

 

「はあ、仕事ですか?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいロングさん!ギルドを介さないギルド組員への仕事の依頼は違反です!」

 

 妙な提案をする老紳士のロングを受付が咎めた。

 ギルドは明確な規約があり、組員の傭兵がギルドの仲介を介さずに仕事をするのを許さない。当然発覚したら仕事を依頼する方も今後は依頼を断られるし、傭兵も除名処分によってギルドの恩恵は受けられない。フリーでやっていけるぐらいに実力と信用があればそれでも構わないだろうが、そんな傭兵は極僅かである。そうなれば後は犯罪者か夜盗にでも鞍替えが関の山だ。

 老紳士がどのような地位にある人物かヤトは知らないが、ギルドは確実に突っぱねるだろう。

 しかしロングは笑みを絶やす事なく、極めて理性的に反論した。

 

「では彼を期限付きでギルドから除名すればよい。今回の殺人への処分としては妥当だ。その後に私が彼を個人的に雇う。それならギルドの面子も保たれる」

 

「いや、しかしそれは――――」

 

「勿論、今回ギルドに依頼した盗賊退治の傭兵募集は取り下げるつもりはない。報酬も契約に則って支払おう」

 

 反対意見が封じられてしまった受付は困った。今回の諍いはどちらかと言えば殺されたピラーに過失があるが、ヤトにもなにがしかの処分は必要だ。ロングの言う通り、それがギルドからの除名なら公正な裁きだろう。問題はなぜそこまでして彼が初対面のヤトを庇うかだ。

 

「現場の判断で決めかねるなら後日、私から支部長に提案しよう。どうかな、仕事を請け負ってくれるかね。青年剣士君?」

 

「戦える場を提供していただけるなら了承します」

 

「覇気があってよろしい。三日後の朝に街の西門に旅支度で来なさい。これは前金だ」

 

 ロングは懐から出した革袋をヤトの手に握らせた。中身は銀貨と異なる重み。つまりより価値のある金貨だった。

 

 

 



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第3話 傭兵の望み

 

 

 

 ――――――三日後の朝。

 

 老紳士ロングに言われた通り、黒髪黒眼の青年ヤトは街の西門に旅装束で待っていた。

 約束の時刻には少し時間があるが、既に何人もの傭兵が同じように待っている。彼等もロングの依頼を受けたギルドの傭兵達だった。

 ヤトと他の傭兵達は交わらない。非は殺された傭兵にあっても、躊躇いもせずに同業者を殺せる鬼想の怪物と仲良くしたいと思う鬼は滅多にいない。

 誰もが鬼を視界に入れないように振舞った。

 もっともそれはヤトも望むところであり、有象無象と慣れ合うよりは瞑目して精神鍛錬に勤しむ方が有意義な時間の使い方だと思っている。

 しばらくの間、瞑想していると傭兵達が騒ぎ始めた。どうやらロングが来たらしい。相変わらず品の良い仕立ての服を纏っていた。つまり旅には適さない。

 そして彼に続いて鎧姿の男や、弓を携えた数名が馬車を曳いて姿を現す。

 

「傭兵達、揃っているかね」

 

 気さくな挨拶に傭兵達はそれぞれ軽い挨拶をする。ヤトも一応挨拶はしていた。

 

「さて、諸君らはこれから西国アポロンとの国境に行ってもらいたい。詳細は指揮官のメンター君に伝えてある。では、頑張ってくれたまえ」

 

 必要な事だけ言って老紳士はさっさと街へと戻っていった。元々彼は荒事担当ではなく、ギルドとの交渉役だったのだろう。

 代わりにプレートメイルを着込んだ金髪の偉丈夫が傭兵達の前に立つ。

 

「私が指揮官のメンターだ。諸君らにはアポロンの国境にほど近い当家の領地を荒らす盗賊と戦ってもらう。以上、出発だ」

 

 簡潔な説明を終えたメンターは颯爽と馬に跨る。傭兵達も用意された馬車に全員乗り、一行は西を目指した。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 一行の旅路は何事もなく進み、夕刻には予定の野営場所で腰を落ち着けた。

 メンター達は簡易ながら天幕を張り、傭兵組は各自で夜営の準備に入った。

 ヤトも火を焚いて近くの泉で汲んだ水を張った鍋を上に載せて、保存用の固焼きパンを齧っていた。基本的に食事に頓着せず、腹が満たされていれば味はさほど気にしない。

 気にするのは水である。旅先では赤痢などを避けるために必ず煮沸消毒した水を口にする。今火にかけている水は明日用の飲料水だ。

 しばらく火の番をしてから沸騰した湯を水筒に移し替える作業をしていたが、横から差し出された皿に視線が移る。

 

「パンだけでは味気なかろう。多めに作ったから差し入れだ」

 

 皿を差し出したのは指揮官のメンターだった。ヤトは取り合えず礼を言って湯気の立つ野菜スープを受け取った。

 メンターはヤトの隣に座り、スープを飲む。そしておもむろに話し始めた。

 

「君と一度話をしてみたくてな。ロング殿が褒めていたぞ」

 

「僕は褒められるような事はしていませんよ。ギルドからは除名扱いですから」

 

「ははは。だが、男は強くなくてはいかん。―――ところで生国はどこだ?容姿から察するに東の出に見えるが」

 

「大陸東端のアシハラ(葦原)です」

 

 ヤトの言葉にメンターは感心したように息をつく。

 アシハラとはこの大陸の東の果てにある、独自の文化を持つ国だ。大陸西部のヘスティ王国とは距離があり過ぎで国交は結ばれていないが、冒険心に富んだ商人によって交易路は確立しており、僅かながら人と物が行き交った。

 もっともそれには幾つもの山脈や大河を超える片道一年以上の大冒険が必要だった。あるいは同じ期間の船旅でもいい。

 メンターもそれなりに外国の知識はあるが、実際にアシハラの民と言葉を交わすのは生まれて初めても経験だった。

 

「それは随分と遠くから来たものだ。何か特別な理由で国を出たのか?」

 

「ただの修行の旅ですよ。強くなるには実戦が一番ですから」

 

「それで傭兵か。結果は…聞くまでもないな」

 

「まだまだですよ。せめて竜ぐらいは斬らないと」

 

 メンターは笑みを絶やさなかったが内心ではヤトの大言に呆れた。

 竜とはこの世界における最強の存在。曰く、万の軍勢を食い尽くす。曰く、不滅の存在。曰く、神の憑代。

 様々な伝承に伝えられる生きた災厄。お伽噺には必ずと言っていいほどに登場する伝説の存在。武人にとって彼等を討滅するのは最高の誉れである。

 それを最低ラインとしか見ていない青年の大望には呆れを通り越して正気を疑う。若人の大望は得てして身の丈以上だが、彼のは非常識にも程がある。ならば最終目標とは一体なんなのか。

 

「ワイバーンは斬った事があるんですが、本物の竜はどれぐらい強いんでしょうね」

 

「さてな。それは相対しない事には推し量れぬよ」

 

 メンターはスープを飲み干したのを区切りに会話を切り上げた。

 元々彼はヤトがどういう人物なのかを知るために近づいた。そしてこれまでの会話からおおよそ人物像を把握した。

 

(やはり、こいつは立身出世や財産にまったく興味の無い戦闘狂だ。扱いさえ間違えなければ良い道具になる)

 

 少なくとも倫理観や甘ったるい正義感でこちらの仕事を邪魔するような事はしない。強い相手や戦場を提供してやれば逃げるどころか喜んで戦ってくれる。今回の仕事には最適な人材と言えた。ロングもヤトの気質を察して雇ったのだろう。強さも申し分ない。

 強くて扱いやすい手駒がある事は望外の幸運だった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ――――――移動三日目。メンター率いる傭兵組は行程の半分を超えた。

 傭兵達は馬車に乗っているので自分の足で歩かず楽だったが、代り映えの無い移動に飽き始めていた。

 ヤトも戦えずに暇を持て余していたのは一緒だが、瞑想やイメージトレーニングに時間を当てているので苦にはならない。

 ある時、ヤトと同じ馬車に乗っていた壮年の傭兵の二人が暇つぶしに酒を飲みながら話をしていた。

 

「しかし移動用に馬車まで用意してくれるなんて、今回のお貴族様は気前が良いねえ」

 

「そうだなぁ、所詮俺達傭兵なんて使い捨てだってのに。次の依頼があったらまた受けたいぜ」

 

「そうそう、ギルドの受付が言ってたんだが、依頼者ってうちの国の大臣の一人の親戚らしいぜ」

 

「マジかよっ!すげー貴族の依頼じゃねーか!!それが何で傭兵なんて雇うんだよ?」

 

「なんか私兵が別件で出払ってて動けないのと、辺境の木っ端盗賊なんて傭兵程度で十分倒せるからだとよ」

 

「要は面倒くさいから、はした金で俺達に代わりをさせるって事かよ」

 

「そう言うなよ。割が良い稼ぎに違いねえし、俺はここで手柄を立てて私兵にでも引き上げてもらいてえよ。いい加減、その日暮らしはウンザリだ」

 

「ちげえねぇ。あーあ、小作農が嫌で田舎から出てきたのに、一向に金持ちになれねえなー」

 

「俺は騎士か貴族になって毎日美味いもん食いてえよ。それで美人の嫁さん貰ったりよ」

 

「学も金も強さも無え俺たちがなれるかよ。ああやっぱり、今回の仕事頑張ってあのメンターさんに顔を覚えてもらおう。取り合えず安全に金を稼ぎたい」

 

 そこから先は酒に酔った酔っ払いの儚い願望の羅列だ。

 途中から意識を外界に向けていたヤトは、彼らの望みと自分の渇望とを比較してみる。

 基本的に傭兵は貧しさから抜け出すために、己の命を掛け金にして大金を得ようとする博打だ。前提からして堅実とは対極にある。

 にも拘らず、彼等は貴族の私兵となって安定した生活を望んでいる。矛盾した願望が理解出来なかった。

 元よりヤトは自身がまともな精神を持ち合わせていると思っていないが、世の人間が安全で裕福な生活を望んでいるのは知っている。しかし自分から堅気の生活を捨てておいて、今更安全に生きたいと考える傭兵の思考が分からない。

 他者との共感の欠如は自覚しているが特に気にならない。何故ならヤトにとって他者とは斬り伏せるために存在する生き物だ。それも出来れば強い方が良い。相手が強ければ強いほど、斬った己がより強いと証明出来る。

 故に傭兵という職は都合が良い。好きな時に好きなだけ後腐れ無い相手を斬る事が出来るから。もっとも、本当に強い相手など年に数度有るか無いかなのが困りものだが。

 出来れば今回の依頼が実りある時間であることをヤトは切に願った。

 

 

 



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第4話 盗賊退治

 

 

 ヤトを含めた傭兵達が街を出立してから五日が経った。

 予定ならそろそろ盗賊が出没するというメンターの家の領地に入る頃合いだ。

 この五日間、旅は何事もなく順調だった。そう、何もなさ過ぎる。なにせ一度たりとも村や集落に立ち寄っていない。

 一行は主要な街道は利用しても、毎回集落を意図的に避けて野営をしていた。

 メンターの説明では、盗賊達に存在を知られないよう用心のためらしいが、傭兵の中には慎重過ぎると陰で不満を漏らしている。しかし金払いの良い依頼者には誰も逆らわなかった。

 そして領地に入っても変わらず野営をしていると、日没前に一行に近づく馬の蹄の音が聞こえてきた。

 何事かと傭兵達が注目すると、馬から降りた男が真っ先にメンターに近づいて、何か耳打ちして去っていった。

 

「諸君、良い知らせだっ!件の盗賊だが、ここから西に半日足らずの距離の村に潜伏していると情報が入った!」

 

 メンターからもたらされた情報に傭兵達がにわかに活気付く。

 彼等も何だかんだ言いながら暴力で飯を食っている人種だ。いざ戦となれば精神が高揚する。

 

「今から急げば、夜明け前には間に合うだろう。野営は中止、食事戦闘準備諸々は馬車の中で行う!急げ!」

 

 ヤトおよび傭兵達は命令に従い、鍋の中身を全て捨てて火を消し、荷物も全て纏めて馬車に乗り込んだ。

 戦いは目前に迫っていた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 夕刻から月明りを頼りに強行軍で移動した傭兵達は馬車に乗っていても疲労していた。しかしその甲斐あって、何とか夜明けの一時間前には盗賊が居るであろう村の手前まで辿り着けた。

 件の村はどこにであるのどかな辺境の村だった。平地には収穫を待つただ広い麦畑。丘にはブドウの木が多数植えられており、ワイン造りが盛んな様子が見て取れる。畑の中心には十数軒の粗末な家屋が集まっている。

 そこは盗賊とは無縁の平和な土地に見えたが、幾つか田舎に相応しくない部分があった。

 遥か遠目にもはっきりと分かるほどに、村の各所で篝火が焚かれている点だ。夜通し祝う収穫祭なら珍しくないが、こんな季節外れの明け方まで村が総出で明かりを絶やさないのは不自然である。

 さらに遠目では見づらいが、何台もの馬車が停まっているように見える。村の規模からすると明らかに多すぎた。確かに普通の村ではないらしい。

 

 白くなり始めた夜空の下、傭兵達に簡単な食事と眠気覚まし用の強い蒸留酒が振舞われた。腹減っては戦が出来ぬ、という事だろう。

 それともう一つ、傭兵達全員に黒狼の意匠の施された赤い布製の胸当てが支給された。これはメンターの家の紋章を織った物で、乱戦になった場合には、これを見て敵味方の識別を認識する。

 

「腹は満たせたな。では、作戦を説明する!」

 

 メンターの言葉に傭兵達は意識を集中する。

 

 ――――――――――作戦を聞き終えた傭兵組には楽に勝てるだろうという雰囲気が漂っていた。

 何のことは無い。初動さえしくじらなければ良いだけの事。

 

「断っておくが、出来る限り村人は殺すな。盗賊に協力していても一応領民だ。殺せば税が取れぬ」

 

「もし武器を持って抵抗してきた場合は?」

 

「―――多少の見せしめなら許可しよう」

 

 ヤトの空気を読まない指摘にもメンターは気を悪くせず真面目に答えた。さらに今回略奪は禁止され、女子供への暴力も厳禁と言い渡された。

 それには傭兵達から若干の不満が出たが、その分の後金は弾むと明言されては引き下がるしかなかった。

 そしてメンターの率いる弓兵部隊は麦畑の中を隠れ潜みながら走り、村の反対側を目指す。傭兵達も全員、音を立てずに影となって村へと近づいた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 夜明けの直前。ヤトは村の反対側から火の手が上がったのを確認した。

 これは最初の手筈通り、別動隊の弓兵が火矢を使って家畜小屋の一つを燃やして注意を逸らすためのものだ。

 しばらくすると村が騒がしくなり、水を求める男達の声が耳に届いた。

 

「よし、あちらは上手くやったか。俺達はこれから村に突入して怪しい奴を斬る。行くぞっ!!」

 

 纏め役をしている年配の傭兵の号令に従い、次々と他の傭兵達は駆け足で村へと突っ込んで行った。

 それを最後まで見ていたヤトは足を止めてしばし考えるも、疑問を頭の隅に追いやって後に続いた。

 ヤトが疑問に感じた事。それは火の手が上がってから対処までの時間があまりに短く、かつ火を消す男達の声が極めて統率的だった事だ。単なる盗賊や農民の手際ではない。何か違和感があった。

 

 

 夜明けを切り裂く剣戟の音とそこかしこに響く悲鳴。村の中では戦闘が始まっていた。

 ヤトが戦場につく頃には既に何人かの死体が転がっていた。数名の傭兵と身なりの良い服の男が一人。

 傭兵達に囲まれた三名の男達。彼等は違いに背を向け合って死角を消して不意打ちを無効化している。そして絶体絶命の状況にあっても剣を持つ手は微塵も震えていない。

 傭兵の一人が槍を繰り出すも、一人が盾役となって剣で槍をいなし、瞬時に背を守っていた一人が向きを変えて槍を持つ腕を切り落とした。

 

「ぎゃああああ!!!腕がーーー!!腕がっ!!!」

 

 集団戦を心得た合理的で流麗な剣閃。それが意味するものをヤトは理解した。

 彼等の剣は傭兵のような戦で磨いた我流剣術ではない。数年にも渡り身体を苛め抜いて鍛えた肉体と一対になった正道の剣術だ。

 さらに本質を捉えるなら、あれ等は己ではなく誰かを護る事に長けた剣。命を捨ててでも貴人を護る誓いを拠り所とする盾だ。

 まかり間違っても奪うだけの盗賊が用いる剣ではない。

 

「くそっ!!個別ではダメだ!全員で一斉に掛かれ!!」

 

 一人の号令で残る五人の傭兵は包囲から一斉に攻撃に切り替えたが、稚拙な連携が上手くいくはずもない。

 タイミングの合わない一斉攻撃は三位一体となった相手の敵とならず、個別に対応されて一人、また一人と斬り伏せられた。これで残るは二人。

 ここでヤトは無言で地面に転がっていた、腕の付いたままの槍を手にする。

 そして若い傭兵の一人は仲間が次々と死んでいく光景に恐慌状態に陥り、半狂乱になりながら剣を振り回して相手に突撃した。

 しかしそんな理性の欠片もない暴力が理論化された術に敵うはずもなく、狂剣は簡単に弾き飛ばされ返す刀で胴を切り裂かれた。

 だが、ここで誰もが予想もしない結末が訪れる。

 斬られた傭兵の身体から突如として飛び出た刃が、そのまま切った男の胸に突き刺さった。そして二人の男は重なるように倒れた。傭兵には後ろから槍が刺さっていた。

 

「なっ!馬鹿な味方ごとだとっ!!」

 

「お、お前っ!!なんのつもりだ若造!!」

 

 槍はヤトが投擲したものだった。

 突然の凶行に残った傭兵の一人と、敵の二人は共に狼狽える。戦場で同士討ちや味方ごと撃たれるのは珍しくないが、味方の死体を遮蔽物にして諸共敵を殺す手合いは滅多に居ない。

 罵声を浴びせられたヤトだったが、そんなものに興味が無いとばかりに笑みを浮かべて赤い剣を鞘から抜く。

 

「これで二対二です。そろそろこの茶番を終わりにしましょうか」

 

 氷を削り出したような冷たい瞳が三人を射抜く。

 視線に囚われた三人は敵味方関係無しに共通の想いを抱いた。

 

『こいつは壊れている』

 

 一応の味方である傭兵は兎も角、敵対する二人を逃す気が無いのは嫌というほど分かった。だから、生き残るために青い瞳の男が覚悟を決めた。

 

「気狂いの相手は俺がしよう。ダグラスはそっちを片付けてから加勢してくれ」

 

「――――分かったハインツ。すぐに済ませる」

 

 ヤトと対峙したハインツは首筋に氷を差し込まれたような悪寒に襲われるが、それを振り払うように剣を構えた。

 先に動いたのはハインツだ。剣を寝かせて一歩踏み込んで小刻みに突きを繰り出す。

 ヤトはそれを後ろに飛びながら回避しつつ、羽織っていた外套を広げながら相手に放った。

 

「ちっ!小細工を!」

 

 一瞬だけ視界を遮られたが、さらに一歩踏み込んで外套ごと先に居るであろう狂敵を大きく突いた。はずだった。

 だがそこに居たはずのヤトは消え失せていた。

 ――――――彼は飛翔していた。

 そして空中で回転しながらハインツの後頭部を縦に割った。血と頭蓋骨と脳片が地面にまき散らされた。

 

 一方、最後の傭兵を斬り伏せたダグラスは同僚の死を目の当たりにして、若干冷静さを欠いていた。彼は後ろを向いたままのヤトに猛然と斬りかかった。

 しゃがんだまま振り向かないヤトだったが、敵の接近には気づいていた。だから冷静にそのままの体勢で懐から取り出した細い短剣を最小限度の動きで投げた。

 短剣は黒塗りで反射光を抑えてあり、夜明け直前の暗がりでは視認し辛い。ダグラスは気付く間もなく剣を喉に受けて倒れた。

 この場に居る生者はヤトだけだった。

 

 

 



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第5話 護るべき者

 

 

 ヤトは骸の積み重なった場にて、戦いの高揚感を鎮めていた。

 今回は亜人や木っ端の傭兵とは違い、正規の訓練を受けた軍人、あるいは騎士と戦えた。強い相手を倒す事が、己の強さを証明する。単純な世の真理だ。

 心が多少静まり、次の行動を考える。

 盗賊退治の依頼が偽りの物なのは殺した剣士達の立ち振る舞いから確信している。気になるのは男達が何を護っているか、メンターやロングが何を隠しているのかだ。

 ヤトは強さにしか興味が無い。強敵と戦える機会が欲しいだけだ。あるいはその大事なモノをこちらで確保して餌に使うか、偽ったメンターへちょっとした嫌がらせをしてもいいと思った。

 色々な憶測を立てていたが、人の気配を感じ取って剣を構えた。

 

「―――――これは一体!?やったのは貴様か!?」

 

 何をとは問い返さない。幾多の骸の中にあって、ただ一人生きている者がどのようにして生きているかなど答えるまでもない。

 二十歳を少し過ぎた年頃、灰色の髪の男は怒りに満ちた相貌をヤトに叩きつける。

 彼も他の男達と同様に、均整の取れた無駄の無い頑強そうな肉体の上から上等な仕立ての服を纏い、柄に見事な銀装飾を施した剣を手にしていた。剣の輝きは曙光を反射し、まるで刀身全てが黄金に飾られたようにも見える。あれは断じて鉄ではない。鋼すらパンのように易々と断ち切るミスリル製の魔法剣だ。

 

「全てではありませんが、大体僕が斬りました」

 

「狙いはあの方だなっ!!貴様などにやらせはせんぞ!!」

 

 勝手に盛り上がる灰髪の男は剣をヤトへと向ける。その構え一つ見ても、男が相当な練達なのがヤトには嬉しかった。

 そこから先に言葉は必要無かった。剣の一振りが万の言葉となる。

 切っ先が触れ、互いの剣が弾かれる。距離を詰めれば鍔迫り合いで剣が軋む。男が蹴りを放てばヤトは股を掻い潜りながら軸足を脇差で斬ろうとしたが、足一本で飛ばれて間合いを離される。

 幾度となく剣を交え、拳を繰り出し、蹴りを放っても互いに有効打は得られない。ただ徒に時ばかりが経つ。ヤトは楽しさが滲み出るが、灰髪の男の方は焦燥感が積み重なっていく。

 そもヤトは強い相手と戦えればそれで良い。それが誰だろうが何人居ようが、最後に相手が生きていようが死んでいようが関係無い。今の状況は強い相手との戦いを楽しんでいる節さえある。

 対して灰髪の男は護る存在があり、火矢によって一部の家が焼けたのが囮とすればこれは計画的な襲撃だ。複数の敵が襲い掛かって来るのを考えると、目の前の暗殺者にだけ構っている時間は無い。

 なによりヤトは灰髪の男が知る者の中で誰よりも強かった。いや、殺しが上手い男と言い換えていい。

 無双の力を持つわけでもない。目にも留まらぬ速さがあるわけでもない。剣を寄せ付けぬ鋼鉄の身体を持っているわけでもない。卓越した技量には目を見張るが、それは本質とは離れている。

 

 ヤトの最大の武器は常識を遥かに超えた殺意と凶気だ。

 通常、達人同士ほど攻撃に移る意と初動の読み合いを重要視する。相手の行動を先読みして、それに合わせて動きを決めるが、ヤトの場合それが全く読めない。

 殺気を隠すのが上手いのではない。常時身に纏っている殺意があまりにも濃密過ぎて、平時なのかフェイントなのか実動なのかさえ全く区別がつかないのだ。これでは達人ほど困惑して動きが鈍る。

 さらにこの暗殺者は死角に回り込むのが信じられないほどに上手かった。視線の誘導などお手の物。瞬き一つとっても命取りになる程に相手の視線から逸する動きをする。それこそ目の前に居ても実像を捉えきれない。まるで幻像のようだ。

 

 だからこそ灰髪の男は不可解だった。これほどに殺しに特化した技量を持つ男が、標的であろう我が主を放って護衛でしかない自分といつまでも戯れている。やはりこいつが囮兼護衛排除役である可能性が高い。故に一秒でも早く決着を付けたいのに守勢に回らざるを得ないのがもどかしい。

 

「意識が散漫になってますよ。悩み事ですか?」

 

「言ってろ卑怯な暗殺者がっ!」

 

「こうして真正面から斬り合っているのに卑怯者ですか?罵倒される覚えがありませんが」

 

 軽口に苛立ち、剣を受けそこなって足がもつれた。

 絶体絶命の瞬間だったが、ヤトは何もせずただ黙って相手を見下ろしていた。

 

「おのれっ!私を嬲るか!!」

 

「実力を全て出し切って欲しいだけです。但し見逃すのは一度だけですよ」

 

「それを嬲るというのだ下郎めがっ!」

 

 灰髪の男は激昂して立ち上がり、狂った野牛の角のように剣を突き出しながら駆けた。

 それを見たヤトは失望したように溜息を吐いた。そして気怠そうに他の傭兵が使っていた剣を足で蹴飛ばした。

 剣は真っすぐ男へと突き進む。彼は咄嗟に剣で払い除けた。

 その間にヤトは距離を詰めて、男の首を飛ばすつもりだった。しかし相手は無意識に蹴りを放っており、それが僅かにヤトに触れていた。おかげで剣筋が乱れて、首ではなく胴を裂いた。

 また一人の鮮血がこの地を赤く染める。

 

「ぐはっ!」

 

「一矢報いるというやつですか。少しだけ驚きました」

 

 仰向けに倒れた灰髪の男。勝敗は決したがヤトは斬った手応えに違和感を覚えた。そして出血の量が予想よりかなり少ない。

 よく見れば倒れた男の胸元から光り輝く金属片が音を立てて零れ落ちた。服の下にミスリルの鎖帷子を着ていたのだ。それが彼の命を僅かに繋ぎ留めていた。

 

「はぁはぁ、護るべき者を残して無念だ」

 

「余計な事を考えているから負けるんですよ。来世ではもっと簡潔に考えて生きましょう」

 

「ふん。強さに溺れる愚か者め」

 

 このような男が世にのさばるのは我が不徳。護るべき者など居ない浅薄な男に何を説いても無駄だが、それでも言わずにはいられなかった。

 言うべきことは数多くあるが、命乞いに時間稼ぎをしていると思われるのは不快だったので口を閉じた。

 

「貴方はそれなりに強かったですよ。では―――――」

 

 ヤトは赤剣を逆手に持ち変えて止めを刺す。

 

「だめええーーーーーー!!」

 

 死体だらけの戦場に似つかわしくない少女の絶叫が響いた。その声に関心が移り、剣が止まる。

 村の方から走ってきたフードを深く被った少女は半死状態の男を護るようにヤトの前に立ち塞がった。

 

「お願いアルトリウスを殺さないでっ!!狙いは私なんでしょ!!」

 

「サラ様、おやめください。私の事など放って逃げて――――」

 

「私のせいで皆が死ぬなんて耐えられないの!!私の首ならあげますから彼は見逃してっ!!」

 

 そう言って少女はフードを脱ぎ捨てた。年の頃は14~15歳程度、ヤトより年下。深い海のような藍色の瞳が涙で濡れながらも強い意志を宿している。容姿はそれなりに整っており鼻とヒゲが特徴的だ。髪は亜麻色。

 何より最も人目を惹くのが頭部に備えた一対の尖った耳だ。まるで犬のような耳が彼女に亜人の血が流れている事を証明している。

 

 ヤトは急速に殺気が萎えていた。元々灰髪の男改めアルトリウスに勝ったので満足していたのもあるが、目の前で男女の悲恋劇など見せつけられてしまい、馬鹿馬鹿しいと思えてしまった。

 溜息を吐いて剣を順手に持ち替えた。犬耳の少女サラは心臓が一段跳ね上がったが、ヤトは関係無いとばかりに剣に付いた血を振り払って鞘に納めた。

 

「貴方の命もそこのアルトリウスさんの命も僕にはどうでもいいです。後はお好きなように」

 

「えっ?あの、でも貴方はいったい何が目的で――――」

 

「僕の事より彼の傷の手当をしないと、本当に死んでしまいますよ」

 

 その言葉でサラはすぐさまアルトリウスに駆け寄って服を脱がせた。ミスリルの鎖帷子のおかげで胴を裂かれるのは避けたが、それでも臓腑が見えている程度に傷は深く出血も多かった。生半可な応急手当では、とてもではないが命は助からない。

 しかしサラは慌てず、両手を天に掲げた。それはまるで天にいると言われている神に手を伸ばしているかのようだった。

 

≪慈愛の神よ。どうか死にゆく哀れな者に今しばらくの生をお認めください≫

 

 サラの神への乞いは臥すアルトリウスに届いた。彼の腹の傷が徐々に塞がっていく。その光景はたしかに神の慈悲と言える神聖さを宿していた。

 完全には傷は塞がらなかったが出血はほぼ止まった。これなら破傷風にでもならなければ命は助かるだろう。

 苦痛から解放されたアルトリウス。しかしその顔は晴れない。彼は疲労により荒く息を吐くサラの姿を見るのが何よりも苦痛だった。

 

「申し訳ありませんサラ様。治癒の魔法を私などに」

 

「はぁはぁ――――良いんです。この力で誰かが救われれば、それが私の幸福です」

 

「へぇ、治癒魔法とは珍しいですね。良いものを見させてもらいました」

 

 ヤトは強さを持たない相手には微塵も興味を抱かないが、自身が持ち得ない技能を持つ者にはそれなりに礼を示す。サラもその例から外れず、粗雑に扱うつもりは無かった。

 

 魔法とは神の祝福であり呪いでもあった。

 

 

 

 



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第6話 誓約

 

 

 今日はこれ以上戦う気が起きなかったヤトは、殺しかけたアルトリウスに肩を貸して村の中心部へと移動した。

 村の中心の井戸を囲うように村人が不安そうに三人を見つめていた。

 

「あ、あのどうなりましたか?」

 

 髭を蓄えた老人が遠慮がちにアルトリウスに尋ねた。

 

「―――危機は去ったとだけ言っておく。そちらは?」

 

「へえ、家畜小屋が一棟焼けただけです。人には怪我もありません」

 

「それは良かった。あと出来れば遺体を埋める墓穴を十二~三人分ほど掘っておいてくれないか」

 

「じゅ、じゅう?わ、分かりました」

 

 こんな辺境の農村で一度に十人以上の墓穴を掘る機会など無いので困惑する老人だったが、言われるままに村の若者を率いて墓地へと向かった。

 そしてヤト達は怪我をしていたアルトリウスの事もあるので、落ち着ける場所を村人に借りた。

 村人から借りた一軒家でベッドにアルトリウスを寝かせた。サラは念のために僅かに残った傷を水で洗って薬を塗った。

 包帯を巻いた後、アルトリウスは重い口を開いた。

 

「申し遅れたが私はアルトリウス=カストゥス。アポロン王国の騎士だ」

 

「これはご丁寧に。僕はヤト。今はヘスティ王国で傭兵をしています」

 

「その胸当て……ヘスティのデミトリ家の紋章だな。雇い主はデミトリ家か」

 

「さあ?そうとは限りませんよ。僕も領地に出る盗賊がこの村に潜伏しているから退治して来いと言われただけですが、盗賊は居ませんでした」

 

「なに?そもそもここはアポロン国だぞ。ヘスティではない。貴様はサラ様を狙ったのではないのか?」

 

「それを知っていた可能性のある指揮官は逃げてしまいましたよ」

 

 アルトリウスからすれば狙われたのはサラ以外に考えられなかった。しかし襲撃者のヤトの口から全く違う事実を突き付けられて考え込んでしまう。甲斐甲斐しく彼の世話をしていたサラも同様だった。そもそもサラを何者なのか知らないヤトでは真相に辿り着けない。

 

「この方はアポロン王の五番目のご息女、サラ王女だ。今はこの村を含めてアポロンの各地を慰問して回っている」

 

「ああ、だからそれを狙って暗殺者を放ったと思われてたんですね」

 

 亜人の血を引く者が王族を名乗るのは珍しい。ヤトの生国を含む東部は亜人差別はほぼ無いに等しいが、現在地の西部では人間の亜人種の扱いは悪い。

 ヤトはサラの容姿からおそらく人狼族の血が入っていると予想した。

 人狼族は文字通り狼の特徴を備えた人型の亜人だ。比較的温厚で知性も高いが狩猟種族であり、集団を率いて各地を放浪する。人間とは交易もすれば諍いもある。良くも悪くも人にとっては隣人だ。

 そして亜人の中では人と混血になりやすい。彼女が直接なのか数代前に人狼族が居たのかは知らないが、王族というのを除けばよくある事である。

 

「それにサラ様は稀少な癒しの魔法を宿しておられる。―――狙われやすいのだよ」

 

 この世界に魔法は数多くある。

 精霊に助けを求めるエルフの精霊魔法。武具に特殊能力を付与するドワーフの付与魔法。身体能力を向上する獣人の強化魔法。神の力を借り受ける人間の神託魔法などだ。

 それら魔法は誰もが扱えるものではなく、魔法に長けたエルフでも五人に一人、人間なら百人に一人しか扱えない。適正があり、望んだところで才能が無ければ一生扱えないのだ。

 さらに言えば治癒魔法は扱える者の少ない神託魔法である。判断基準は分からないが、慈愛の神に認められなければどれほど望んでも使えない。噂では一万人に一人居るか居ないかだ。ヤトも実際に見たのは今日が初めてだった。

 

「私なんて分不相応な地位にいるただの娘なのに。そんな私を護って死ぬなんて悲しすぎます」

 

 ヤトは今にも泣き出しそうなサラをじっと観察する。西では冷遇される亜人の血脈にして王の血を引き、希少な癒しの魔法を扱う姫。各地の慰問を苦にしない、民草と親しくする善良な気質。政治に関わる者からすればさぞ扱い難い存在だろう。

 ただ、それは同じアポロン王国の者にとってだ。今回の襲撃は隣国のヘスティ王国が関わっている。何故なのか。一体あのロングやメンターに何の利があるのか。

 誰も答えは導き出せなかった。

 

「――――まあいい。なんにせよ、これは一刻も早く王都へ帰還して全てを報告せねば」

 

「それが賢明ですね。面倒事は偉い人に任せましょう」

 

「で、貴様はどうする気だ?出来れば縄に繋いで王都に連れていきたいが、残念ながら敗者の私には無理だ」

 

 アルトリウスにとってヤトは騙されたとはいえ同僚を何人も殺した憎むべき敵である。可能ならばこの手で首を刎ねてやるか、生かしたまま連れて帰って尋問したかったが、敗者である己にそれは無理だ。

 悔しさで拳を握りしめるが、サラはそんな男の手を優しく解きほぐした。

 そしてヤトは男女の雰囲気などどうでもよさそうに話を切り出す。

 

「提案ですけど、僕をこのまま雇いませんか?強さはご存じのはず」

 

「あ?貴様何を言っている?」

 

「そんなにおかしな提案はしていませんよ」

 

 急に胡乱な事を申し出たヤトに対してアルトリウスの対応は冷淡そのもの。しかし今回は正しい反応である。世界のどこに護るべき主君を襲った襲撃者を雇う奴がいるのだ。

 断固拒否する姿勢を見せるアルトリウスだったが、ヤトは大して気にせずに一から順を追って説明し始めた。

 第一にヤトは盗賊退治と偽ったのは依頼者だが、隣国の王族を襲って護衛を何人か殺している。その真相を知っているヤトをそのままにしておくはずがない。ヘスティに帰れば必ず消しにかかる。

 ヤトからすれば暗殺者など大した脅威ではないが、延々と刺客を送られ続けるのは面倒だし、わざわざロングやメンターを殺しに行くのも手間だ。ならばいっそ隣国のアポロンに居た方が面倒が少ない。

 そしてこの二人のツテがあれば王宮でもある程度自由行動が約束される。そうなれば護衛の騎士や兵士と接する機会も多いだろう。さすがに殺し合いは難しいが、模擬戦ぐらいなら可能だ。そんなおいしい機会を逃す気はない。

 次に王族が襲われた以上、アポロンは黙っていないしヘスティも素直に譲歩する気は無い。おそらく両国の感情は荒れる。戦争にまで発展する可能性だってある。その時に傭兵ギルドから除名処分を受けているヤトは戦いに加われない。せっかくの華やかな舞台に立てないのはご馳走をお預けにされたようで面白くない。

 だからいっそサラやアルトリウスに雇ってもらえば戦場で戦える。

 

「ふん、随分と都合がいい話だ。そこまで戦いたいのか貴様は」

 

「ええ。僕は強い相手と戦えるなら旗の色なんて気にしません。それに上手くいけば仲間を殺した僕をヘスティと共倒れさせる事だって出来るかもしれませんよ。貴方にも利はあります」

 

 そう言われるとアルトリウスの心の天秤が僅かに傾いてしまう。

 同僚を殺したヤトに復讐したい気持ちはあるが、騎士は個人的感情で動くのを良しとしない。非常に不愉快な仮定だが、もしサラを傷つけていたなら絶対に赦しはしなかったが、彼女を傷つける気が一切無いのが己を冷静にさせていた。

 ――――だからこそ、自分の手を汚さずに葬れる可能性があると思うと、提案に受け入れても構わないと思えてしまう。非常に嫌らしい悪魔の囁きのような話だった。

 しかしそこで正直に頷くほどアルトリウスは正直な男ではなかった。

 

「貴様の提案に利があるのは分かった。しかし私は一騎士にしかすぎん。そんな私が姫様を襲った者を赦す権利は無い」

 

「なら襲われた当人の王女様は僕を赦してくれますか?」

 

「おい!」

 

 ヤトはサラに首を垂れた。

 軽く突っぱねて反応を見ようとしたのが裏目に出た。

 サラが慈愛と情に満ちた少女なのはこれまでのやりとりを見ていれば容易く読み取れる。そこに付け入るような形で赦しを得てしまえばアルトリウスも表立って拒否は出来ない。

 腹の中で何を考えているのかは当人しか分からないが、形式上でも頭を下げた相手を赦さないのは器量が問われる。

 そして全責任を委ねられた少女は、ただ一言『赦す』と口にした。その上で、『ですが』と言葉を繋ぐ。

 

「今後、この国に居る間はみだりに命を奪うのは許しません。分かりました?」

 

「ええ、いいですよ」

 

 毅然とした態度で命じる姿はまぎれもなく貴人の高潔さに溢れていた。

 そしてヤトもその場凌ぎの契約を取り交わしたつもりはない。可能な限り誓いは護るつもりだった。

 それが何となく分かってしまったアルトリウスは正直面白くなかったので、つい本音が出てしまった。

 

「――――意外だな。貴様のような男は何よりも相手の命を奪う事を生き甲斐にしていると思ったが」

 

「僕は相手を殺したいと思った事は殆ど無いですよ。まあ邪魔と思ったらその限りではありませんけど」

 

「とてもそうは思えんがな」

 

「僕は、僕が強いと確証が得られればそれで良いんです。だから僕が強いと分かったからアルトリウスさんはまだ生きているんですよ」

 

 つまり他人の生き死にそのものには興味が無い。明確に勝ち負けさえ付くのなら何も命まで奪うつもりが無い。それこそ模擬戦で十分と言っているに等しい。

 ただ、それにしては随分と剣呑な剣技を修めているとアルトリウスはぼやいた。ヤトの剣技は相手を殺す事しか考えていない生粋の殺人剣だ。そんな剣の使い手が、殺さなくても十分などと嘯いても信用に値しない。

 アルトリウスの率直な感想に、ヤトは苦笑いを浮かべただけで何も言わなかった。

 

「ではヤトに命じます。貴方が殺めた護衛の方達を弔ってください」

 

「仰せのままに」

 

 新たな雇用主になったサラの命じるまま、ヤトは家を出て村人たちと共に亡骸を葬った。

 

 この契約がサラを含めたアポロン王国にとって利となるか災厄となるか、まだ誰にも分からない。

 

 

 



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第7話 王女の護衛剣士

 

 

 

 新しい雇い主の命により、ヤトは村人に交じって護衛の騎士とヘスティの傭兵達の遺体を弔った。

 墓の前では病み上がりのアルトリウスとサラもいる。

 アルトリウスは同僚達への最後の挨拶に、サラは略式ながら葬儀を行なったためだ。彼女は見習いだったが神官として教育を受けており、過去に葬儀の進行役も経験しているので問題は無かった。

 それとヤトは村の村長に革袋を渡した。中身はロングから貰った前金の金貨だ。直接ではないが、家畜小屋を燃やした詫びと墓穴を掘ってもらった謝礼である。

 村人は護衛騎士を何人も殺した傭兵の生き残りと知って恐ろしかったが、断ると何をされるか分かったものではないので震えながら黙って受け取った。ヤトにとって金は最低限あれば十分だったのと新しい集り先も確保したので未練など無かった。

 

 葬儀の翌日、サラ一行は馬車に乗って村を出立した。

 護衛は居なくとも身の回りをする使用人も数名同行しているのでそれなりの人数になる。当然だが誰もヤトと親しくしようとする者は居ない。

 そのヤトが道中何をしているかと言えば、雇用主のサラの護衛である。使用人は危険だと諫言するが、そもそも護衛が怪我人のアルトリウスしか残っていない状況では是非もない。主人からそのように言われてしまっては押し黙るしかない。

 同じ馬車に乗る二人。移動中は手持ち無沙汰だったので、サラはヤトに話しかけていた。

 

「ヤトさんは私を殺せとは言われていないんですね?」

 

「ええ。盗賊は殺してもいいですが、村人はなるべく殺すなと言われました。そもそも貴女や護衛騎士の事なんて一切知りませんでしたよ」

 

「囮……にしては変です。本当に私を狙ったのならこうして私は生きていません」

 

「そうですね、あの指揮官のメンターは傭兵以外にも自前の兵を用意していた。でも火をつけてから音沙汰無し。ただ騒動を起こしたかっただけなのかな」

 

「だとしてもわざわざヘスティ国がそんな事するなんて」

 

「そういえば狙われた経験があったんですね」

 

 アルトリウスからサラが狙われる立場にあると話していたのを思い出した。ただそれらはアポロン王族として同じアポロンの権力者から狙われた経験であって、他国からわざわざ襲われた事は無いのだろう。

 問題はそれでヘスティの誰が得をするかだ。これが国王や次期国王、あるいは王位継承権の上位者なら隣国に混乱を与えられる利になる。しかしサラは数多くいる王女でしかない。正直リスクの割に利益が薄すぎる。いっそ色恋沙汰や痴情の縺れのほうが納得出来る。

 だから現状で一番可能性の高そうな、それでいてヤトの一番好みな動機を挙げてみた。

 

「案外王族なら誰でも良かったのかも。戦争する口実が欲しかったとか」

 

「せっかく平和が続いているのにですか?もし本当なら許せません」

 

 元々ヘスティとアポロンは隣国の宿命として過去に何度も戦争をしていた。ここ十年間は平和が保たれていたが、領土問題や資源をめぐる火種はそう簡単に消える物ではない。戦争によって生まれた遺族の感情も未だ風化していないのだ。

 サラも幼い頃の自国の戦争の記憶が強く焼き付いていた。彼女の血族にも還ってこなかった者が何人もいる。あのような悲しい時間が再びやって来ると思うと憤慨する。率先して引き起こそうとする者が許せない。

 しかし傭兵であり戦いを求めるヤトは無言のまま同意しない。本音を言えばこのまま両国の関係が拗れて戦争になってくれた方が良いとすら思っていた。そうすれば大っぴらに戦場で強敵と剣を交える事が出来た。女子供の望む平和など御免被る。

 

「なんにせよ、こういう時は専門家に任せてしまうのが一番です。僕らは早く城に向かいましょう」

 

「そうですね。アルトリウスにもお城でゆっくり静養してほしいです」

 

 国の平和を想っているのは事実だろう。そしてアルトリウスの容態も考えればそれが最適だ。ヤトはサラがどういう性格なのか少し分かった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ―――――――三日後。何度か最寄りの村で宿泊しつつ、一行はそれなりの規模の街に到着した。ダリアスという名の街だそうだ。

 馬車には王家の紋章が掲げられているので街の中にはすんなり入れた。

 そして門衛に誘導される形で一行は街の領主の館へと案内された。

 客間には王女のサラと護衛騎士のアルトリウス、そして表向き彼の介添えとして肩を貸しているヤトの三人。

 ほどなく開け放たれた扉から四十歳を過ぎた太った男が入ってきた。身なりからしておそらく街の領主かそれに近い立場の人間だろう。部屋に入ってすぐにサラに首を垂れ、大仰に歓迎の意を示した。

 

「再び姫様をお迎え出来て、このダイアラス感嘆の極みでございます」

 

「急な滞在に対応していただき、ありがとうございますダイアラス様」

 

「何をおっしゃる!このダイアラス、王家の方の為なら火の中水の中!――――所で騎士アルトリウスはお加減が悪いように見受けられるが?」

 

「ご賢察に恐縮します。少々問題がおきまして、急遽王都へ帰還となりました」

 

「ふむ、後で医者の手配はしておきましょう。ところで姫様はすぐにでもご出立成されるのですかな?」

 

「可能であれば。事は一刻を争います」

 

 強い意志の宿った眼差しにダイアラスは若干気圧された。そして彼はそれを誤魔化すかのように視線を泳がせつつ、傍に居たヤトを話題に挙げた。

 ダイアラスは行きにサラ達の一行の護衛騎士を何度か見ているがヤトは初めて見る。生きと帰りで面子が違うのを不審に思うのは道理だった。

 

「彼は慰問中の村で雇った旅の剣士です」

 

「ほう、傭兵ですか。王族の護衛とは一傭兵には過分な名誉だ、一生の誇りにせよ」

 

「ええ、そうさせてもらいます」

 

 ダイアラスが尊大に言葉をかけるも、ヤトにとっては心底どうでも良かったので言葉だけは慇懃にしていたが、内心が透けて見えていた。彼は怒りを露わにしかかったが、サラの居る手前必死で押し隠した。

 短い会談は終わり、ダイアラスは退席した。そして入れ替わりに使用人が、それぞれの部屋に案内すると申し出る。

 サラとアルトリウスは素直に使用人に付いて行こうとしたが、ヤトだけは首を横に振ってお断りした。

 

「ちょっと街の傭兵ギルドに顔を出してきます」

 

「なにか御用でも?」

 

「一応今までの説明とか、情報収集をしておこうかと」

 

 一時的とはいえ除名処分を受けたヤトが歓迎されるはずもないが、依頼に虚偽があった事実は最低限の義理立てとして説明しなければならない。そしてギルドが今回の一件をどう扱うのかを多少は知っておく必要があった。

 その説明に納得した王女と騎士は、ヤトにちゃんと帰ってくるように念を押してから送り出した。

 

 

 



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第8話 鬼の住処

 

 

 大抵の大きな街には傭兵ギルドは置かれている。ダリアスの街にもそこそこ大きな支部があった。

 いかにも質実剛健な建物に入ると、傭兵達の刺すような視線がヤトに突き刺さった。初顔への恒例行事に近い。

 空いている受付は若い男性だった。基本的にギルド職員は傭兵経験者が多いが彼は明らかに荒事に慣れていない。完全に事務屋なのだろうが今回は問題ない。

 ヤトは彼に傭兵ギルドの認識票を見せた。

 

「認識票を確認させてもらいますね。―――――名前はヤト。最後に仕事を受けたのはヘスティか。今日は仕事探しに来たの?」

 

「いえ、ちょっとここの支部長に報告があるんです。ヘスティで虚偽の依頼があったので」

 

「――――!詳しく話を聞きたいから応接室で待っててくれ。こっちだ」

 

 傭兵ギルドは依頼者からの虚偽には極めて敏感である。元々命のやりとりを生業とする傭兵にとって、些細な情報の欠落や誤りが命取りになるのだから当然だろう。

 ギルドとしても信用出来ない依頼者を顧客として抱えるのはリスクが大きい割に利益が少ない。契約書にも虚偽は明確に違反行為と明記されている。例え王だろうが虚偽の依頼を持ち込めば、ギルドは即座に対立する事も辞さなかった。それほどにギルドと顧客間の信用は重んじられた。

 故に初顔のヤトでさえ支部の最高責任者への面会が許されるのだ。

 二階の応接室に通されたヤトはほぼ待たされる事無くギルド支部長と対面した。支部長は目の窪んだ神経質そうな痩せ型の男だ。容姿は傭兵より書類仕事の得意な役人である。

 

「ダリアスの支部長のゲドだ。ヤトだったな、詳しく話を聞かせてもらおう」

 

 ヤトも不必要に装飾された挨拶など興味の無いので彼の言葉に従い、簡潔にヘスティでロングから受けた依頼の顛末を話した。

 

「――――問題は把握した。困った事だ。正直私の手に余る」

 

 ゲドは苦虫を噛み潰したような渋顔を晒す。

 現在ヤトはギルドに所属していないが、同じように依頼を受けた傭兵の多くはギルドに所属していた。そのためロングが依頼を偽っていたのは事実であり明確な契約違反だ。

 問題はこの事実をヘスティのギルド支部は把握しているかどうかだ。知っていて放置どころか、最悪最初から結託して傭兵達を騙していた可能性すらある。どれだけギルドが公正を掲げていても、権力者と癒着して便宜を図るギルド役員は居るものだ。

 もしそうなら早急に調査の人員を送り、実態を把握せねばならない。事は国家間の戦争にも関わってくる。それが分かっているから支部長のゲドは不機嫌さを隠そうともしない。

 傭兵にとって戦争とは稼ぎ時だが、必ずしも全ての傭兵が戦争を望むわけではない。なにせ本当に命が失われる可能性が高くなる。平時に安全に小遣いを稼ぎたいだけの堅実な傭兵からすれば迷惑でしかない。勿論立身出世や、危険だが高額依頼を望む傭兵も一定数居るが、割合としては安全志向の傭兵の方が多い。

 『何事も命あっての物種』それも傭兵だ。ここの支部長もそうした傭兵の思考に近いのだろう。

 とかく眉間に皺を寄せたゲドは情報提供をしてくれたヤトに謝礼を持ってくると言って中座した。

 

 支部長が出て行ってから、ヤトは目の前に置かれた湯気の立つお茶を眺める。安物のカップに淹れた何の変哲もないお茶だ。

 そのお茶には決して手を付けず、ヤトは無言で席を立って扉付近まで来ると、脇差を抜いて跳躍。天井付近に脇差を刺して、そのまま物音ひとつ立てずに中空へ留まった。

 ほどなく部屋の外から微かに音がした。耳を澄ましてやっと聞こえる程度の音だ。

 これは数名が音を殺してゆっくりと近づく足音や、鎧の金属同士がぶつかって鳴る音だ。

 次の瞬間、扉が派手に蹴破られて吹っ飛んだ。そして間髪入れずに槍が勢いよく突き出されて、ヤトが座っていた椅子に突き刺さった。

 

「なっ!居ないぞ、どこだっ!?」

 

 武器を抜いた傭兵らしき風体の男三人は部屋を見渡すが、誰も居ないことに戸惑った。

 ヤトは無言で脇差から手を放して、扉に一番近かったウォーハンマー使いの腕を赤剣で両断した。

 そして腕を斬られた男が悲鳴を上げる前に、低い体勢のまま膝のバネだけで前方へと跳躍。双剣の斥候女の両足を膝から横一文字に切断した。

 ここでようやく最初に斬られた男が悲鳴を上げ、槍使いが咄嗟に右側から振り返るが、ヤトは既に死角になる左側に回り込んでいた。

 

「がっ!!」

 

 槍使いの男は後ろから胴を貫かれた。腎臓の一つを貫かれ、想像を絶する痛みにより槍を取り落とした。

 支部に絶叫が木霊するが、どうでもいいとばかりに放置して部屋を出た。

 部屋の外には斬られた三人同様に、既に武装した傭兵達が十人以上でヤトを取り囲んでいた。一階のホールにも同じぐらいの傭兵がいる。それと包囲の一番外側には支部長のゲドが忌々し気に睨んでいた。

 

「くそっ!!なぜ分かった!?」

 

「お茶のカップに毒が塗られている事ぐらい初見で分かってましたよ。下手糞な小細工するから警戒されるんです」

 

「き、貴様っ!!殺せぇー!!そいつの首を獲った奴には金貨三百枚をくれてやる!!!」

 

 嘲りを受けたゲドはいきり立って傭兵達をけしかける。ちなみに金貨三百枚は人一人が十年は遊んで暮らせる額である。

 傭兵も報酬に釣られてやる気を滾らせた。ヤトも大勢に囲まれて不利な状況にあって薄笑いを浮かべている。それは決して強がりではなかった。

 傭兵達はヤトを囲うも、じりじりと様子を伺うだけで襲い掛からない。部屋への奇襲を難なく捌き、同僚三人を倒した技量を警戒していた。

 その警戒を見越してヤトはすぐさま動いた。

 まず一足飛びに二階吹き抜けの手すりに乗り、そのまま反対に跳躍。壁を横に走って、包囲を脱した。

 そして包囲の外で様子を伺っていた傭兵三人を背後から回転しながら横薙ぎに斬った。三人共仲良く足を斬られて倒れた。

 ようやく残る全員が振り向いて襲いかかろうとするが、倒れた三人が邪魔をして二人が転ぶ。無防備を晒した間抜け二人を無慈悲に斬った。これで五人減った。

 圧倒的な数的有利を物ともしないヤトに、既に戦意の萎え始めた傭兵達だったが、まだ諦めていない者も多い。それだけ大金は魅力に富んでいる。

 さらにヤトは壁際にある調度品の壺を剣の腹で打ち付けた。壺は砕けて破片が勢いよく傭兵達に降り注いだ。

 と言っても鎧で防御しているので大したダメージではないが、破片で視界を遮られたのが致命傷だった。その隙を抜いてヤトが急襲し、レイピアと戦斧を持つ二人が斬られて減った。既に傭兵は半数を割った。

 

「ひっ、ひぃ!!ばけものっ!!」

 

「コラ貴様ら逃げるなっ!!金が欲しいなら戦え!!」

 

 ゲドの叱咤もむなしく、既に戦意を喪失した残りの傭兵は我先にと逃げ出し始めた。それを放っておいても良かったが、悪戯心の湧いたヤトは剣を拾い上げて吹き抜けの天井から釣り下がったシャンデリアに投げた。

 剣は天上とシャンデリアを繋ぐロープを裂いた。そしてガラス製のシャンデリアは重力に従い、けたたましい音を立てて逃げ惑う傭兵数名を押し潰した。一階ホールは血の海になった。

 二階に残ったのはゲド一人。彼は腰を抜かして失禁していた。

 暗殺されかかった理由は薄々分かっているがどうでもいい。醜態にも何の感情も持たないヤトは無言で彼に近づく。

 

「や、やめろっ!来るな!私を殺してタダで済むと思うのかっ!!ギルド本部が黙っていないぞっ!!」

 

「どうでもいいですよ。邪魔なら全部斬って捨てるだけです」

 

 どうせ強者と障害となる者は全て斬るだけだ。それ以前にこの男の言う事を本当にギルド本部が聞くのかすら定かではない。

 これ以上戯言に関わる気の無かったヤトは剣を鞘に納めて、ゲドを横切って階段へと足を向けた。

 ―――――鍔鳴りがした。

 見逃して貰えたと思ったゲドは心底喜んだが、顔面に走る違和感に顔をしかめた。違和感はすぐに激痛へと変わり、顔がまるごとベチャリと音を立てて床に落ちた。

 ヤトがすれ違いざまに頭部から顔面だけを切り落としていたのだ。

 絶叫と苦痛に呻く傭兵達の中にまた一人、ゲドが加わった。

 ガラスと血が散乱する一階ホール。既に無事な傭兵は全員逃げ出しており、ここには僅かなギルド職員が机の下で震えながら災厄が通り過ぎるのをじっと耐えていた。

 しかし災厄は自らの意思で机を覗き込む。ギルド職員は氷冷の瞳の鬼人と視線を合わせてしまった。

 

(こっ殺される!!神様!!)

 

 最初にヤトと話をした若い受付は全霊で神に助けを乞うた。そしてそれは神ではなく、鬼の思惑で聞き届けられた。

 

「受付さん。ちょっと案内してほしい場所があるんですけど」

 

「――――は、はい」

 

 恐怖で脳がぐちゃぐちゃになっていた若い受付はヤトの言われるままに机の下から這い出て、ギルドのある場所へと剣鬼を案内した。

 彼は武器を持たず、敵対もしなかったために生き延びた。

 

 



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第9話 助力

 

 

 傭兵ギルドのダリアス支部を血の海に沈めたヤトは用事を済ませて外に出た。背には革製のリュックを背負っている。

 支部の外はさして変化は見当たらない。もともと傭兵ギルドは荒くれ者の吹き溜まりであり、騒動など日常茶飯事であったのが幸いした。今回の騒ぎも通行人にはいつもの喧嘩か何かかと思われていた。

 おかげでヤトは大して注目もされず、野次馬などにも煩わされる事は無かった。

 無かったのだが、一人の小柄な中年女性がヤトを見つけると、慌てて近づいて手を引っ張った。

 

「申し訳ありません。私の顔を覚えていますか?」

 

「――――確かサラさんの使用人の一人ですね」

 

「マオと申します。もう貴方だけが頼りなんです」

 

 切羽詰まった様子のマオに、ヤトは次の面倒事の臭いを感じ取った。そして彼女は人目を気にする。ここでは落ち着いて話が出来ないのだ。

 マオはそれ以上何も言わずヤトの手を引いてギルドから離れた。

 

 

 二人が腰を落ち着けたのは、街の中央から離れた区画。そこは貧しい住民が暮らす下町の安宿だった。主に金の無い男女に短時間部屋を貸して金を得る、いわゆる連れ込み宿と呼ばれる宿屋だ。

 そこで何が行われているかは両端の壁から漏れ聞こえる男女の嬌声が教えてくれた。勿論ヤトもマオもそんな行為をする気はないが、男女が人目を避けて話すにはこうした状況が最も警戒心を抱かれない。

 薄い壁から聞こえる濡れた打音が不快だったが、マオは無視して説明し始める。

 

「姫様がダイアラスに捕らえられました。アルトリウス殿や他の使用人も同様です」

 

「護衛の僕が離れるべきじゃなかったかな。いや、あのお姫様なら人質が居たら同じか」

 

 なにせ護衛騎士の命を助けるために自分の命を差し出そうとするぐらいだ。仮にヤトが傍に居ても他の使用人の命を奪うと言われたらどうなるか分かったものではない。却って別行動で良かったぐらいだ。

 そして、その事実がギルド支部での暗殺に繋がった。あれは余計な事を知っている者の口封じだ。

 ヤトもどこからサラの旅の行程が漏れたのか薄々気付いていた。国境近くの村に滞在する日は、この街を旅足った日から計算すれば容易く分かる。

 つまりヘスティ側のロングやメンターとアポロン側の領主ダイアラスやゲドは情報共有をしていたと考えていい。

 それと殺さずに捕らえたという事はまだサラに利用価値があるからだ。王女ならどちらの国にも使い道がある。ならば奪還するのが雇われ者の義務である。

 

「マオさんはサラさんがどこに捕らえられているのか知ってます?」

 

「いえ、私は屋敷から逃げるので手一杯でして、誰がどこに居るのかもまったく……」

 

 マオは委縮するが、ヤトは使用人でしかない彼女にさして期待していない。

 現実的に考えると戦力は己のみ。単に領主の館を襲撃して領主と私兵を皆殺しにするだけなら十分だ。問題は相手が人質を多数確保している事。いざとなったら彼等を見捨てるのも選択肢に入れているが、最初から切り捨てるのは契約に反するので困る。

 となれば先に人質を奪還するか、一気に頭を斬ってしまうのが最良の選択である。ただしそれには色々と用意するものがある。

 

「人手が足りませんね。まずは人集めから始めないと」

 

「ヤトさんの味方がこの街に居るんですか?」

 

 ただの人斬りに意外な長所があると思ったマオは最低評価から少しだけ上方修正した。

 基本方針の固まった二人は卑猥な音とすえた臭いのする安宿から喜んで出て行った。

 宿の従業員は二人の利用した部屋が全く汚れていない事に首を傾げて、掃除をせずに済んだのを喜んだ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 安宿を引き払った二人は下町よりさらに街の中央から離れた、スラムと呼ばれる浮浪者や孤児が道端に座り込んだ、見るからに治安の悪い場所に居た。

 王宮勤めのマオはあからさまに顔をしかめるが、ヤトは全く気にせずに何かを探すように建物を観察しながら歩いている。

 そんな二人を住民たちは注意深く観察している。まるで餓えた虎狼が獲物を観察する目だ。もし弱い獲物であったなら、我先にと飛び掛かって財産を、それどころか命も簡単に奪っていただろう。

 それをしないのはヤトの纏う、吐き気すら覚える血の臭いの濃さ故だ。明らかに自分達より格上のケダモノに襲い掛かるほど、ここの住民は愚かではなかった。でなければもっと早く死んでいる。

 視線により居心地が悪くとも安全が確保されているマオは気を紛らわせるためにずっと何かを探しているヤトに話しかける。

 

「あの、何を探しているんですか?」

 

「タグを探しているんです。蛇の形の」

 

 マオにはタグと言う言葉は分からなかったが、蛇の形の何かを探しているのは分かった。それが何を意味するのかまでは分からないままだが。

 そしてかれこれ三十分はスラムを歩き続けて、人が全くいない区画まで来たところで、ようやくお目当ての物を見つけた。

 それは朽ちた石壁に刻まれた白い蛇の形をした落書きだった。城仕えのマオには何となく紋章のように思えた。

 蛇の落書きのある建物に扉が無いが、奥へと続く通路があった。二人はそのまま通路を進むと、四方を別の建物で囲まれた中庭のような場所に出る。

 その建物の壁を丹念に調べると、一角に同じ白蛇の落書きを見つけた。

 

「ここだ」

 

「でも扉がありませんけど」

 

「窓があるでしょう」

 

 確かに言われた通り、一階部分にかつて窓と思われる、今は腐った木枠しか残っていない四角の大きな穴があった。それによく観察すると、木枠に土埃が払われた形跡がある。誰かがここから出入りした形跡だった。

 ヤトは軽々と、スカートのマオは必死に窓枠を跨いで建物の中に入った。

 中には誰もおらず、石材や木材の欠片が無造作に散乱していた。

 今度は腰から鞘ごと剣を外して、床の木板をあちこち叩く。部屋中に鈍い反響音が連続するが、一か所だけ音の違う箇所があった。

 ヤトはその板の周辺を屈んで丹念に調べ、巧妙に塗装された格納式の取っ手を見つけて板を持ち上げた。

 

「あっ階段!」

 

 マオは驚きの声を上げた。彼女も王宮暮らしなので、この手の隠し通路や隠し部屋の存在は知識として知っているが、実際に見るのは初めてだ。

 ヤトは何事もなかったかのように地下への階段を降り、マオもそれに倣って灯りの無い階段を慎重に降りる。

 

「隠し蓋は締めておいてください。そのままだと怒られるので」

 

 それだと日の光すら差さない完全な暗闇で怖いが反論は出来なかった。

 言われた通り蓋を閉めるとマオは恐怖でどうにかなりそうだったが、先に進むヤトの足音と己の触覚を頼りになんとか一歩ずつ足を前に出す。

 階段が終わり、長い通路を無言で進むと、奥にうっすらと光が見えた。ランタンの火だった。扉も見える。ようやく文明の息吹を感じる事の出来たマオは安心した。

 そして鉄で補強した頑丈そうな扉を開けると、小さな部屋の隅で小柄な隻眼の中年男が机で書類仕事をしていた。男はミニマム族だった。

 

「お邪魔しますよ」

 

「邪魔するなら帰れ」

 

 書類から目を離さず黙々と蝋燭の火を頼りに読み続ける男の無粋な対応をヤトは気にしない。

 そして懐から一枚銀貨を出して彼の机に置いた。

 

「――――ここの流儀は?」

 

「蔑むな、金を惜しむな」

 

「客か。奥に行け」

 

「あ、あのヤトさん。ここは一体何なんですか?」

 

 つい膨れ上がった疑問を抑えきれなくなったマオがたまらず問いかけた。

 

「そっちは素人か。まあいい、後学のために覚えておけ。ここは悪党の溜まり場、日の光から見放されたどん詰まりの最期の住処」

 

 男はそこで一度言葉を切ってから、ほんの僅かな時間、悔恨と諦観を乗せて己の墓場の名を口にした。

 

「ようこそ日向の住民。ここは盗賊ギルドだ」

 

 日向で暮らしたことしかないマオは言葉の意味を理解出来なかった。

 

 

 



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第10話 犯罪結社の女主

 

 

 

「と、とうぞくギルド?」

 

 マオがオウム返しに呟く。

 彼女も盗賊とギルドは知っている。しかしその両方が結び付くと、途端に理解の及ばない言葉になる。

 呆然とする彼女だったが、ヤトはお構いなしに案内役と一緒に奥へと進んで行こうとしたので、一度考えるのを止めて急いで後を追った。案内役はフードを深くかぶって顔を隠しているのと、声がくぐもっていて性別すら分からない。

 ギルド内は石造りの地下を利用しているが意外にも広く天井も高い。所々に灯した松明やランタンの火と相まって、まるで古い城の中にいるような錯覚に囚われた。

 通路ですれ違う者は多いが、誰もが一般人と異なる雰囲気を纏っている。何と言えば良いのか分からないが、とにかく常に緊張感を強いられる、相手を不安にさせる者達だった。

 それに立ち話をしている者達も口が動いているので何かを話しているのは分かるが声がとても聞き取り辛い。声が小さいわけでも早過ぎる訳でもない。同じ国の言葉なのに別の国の言葉のような印象をマオに与えた。

 ここはまるで地下の異国だった。

 

 案内役から、この部屋で待てと言われて二人は椅子とテーブルがあるだけの簡素な小部屋で待たされた。

 

「あの、ヤトさん。盗賊ギルドとは?」

 

「盗賊というか犯罪者が集まって作った犯罪結社です」

 

 簡潔な説明にマオは戸惑った。自分の国の都市にそんな集団が巣食っていたと生まれて初めて知った。つまり自分達は犯罪者集団の腹の中に居るに等しい。恐怖が心を蝕み始めた。

 震える女性を放っておいても良かったが、どうせ待っている間は暇なのでギルドの成り立ちを簡単に説明することにした。

 

 盗賊ギルドの発端は盗賊と商人の盗品売買の取引所とされる。

 幾ら物を盗んだ所で金に換えられなければ意味がない。だから曰く付きでも買ってくれる商人のツテが必要だった。

 商人も出所が怪しくても安価で商品が買えるなら利益になる。お互いに利益を得るための円滑な卸市場が出発点だった。ここまではどの国の都市にも似たような闇市がある。

 さらにそこから用心棒役が市場の実権を握り、金と暴力によって組織化。それがギルドの立ち上げに繋がった。

 ここで盗賊と商人だけでなく、様々な犯罪者が群がり始めて組織は肥大化。中には国を跨いで交流を始めて、密輸と情報の売買によって利益を荒稼ぎする集団同士も出てきた。

 そうなると自分達も儲けようと真似し出す集団が現れてノウハウを学ぶ。そこで最初の結社が用いた蛇のタグも真似る。

 以後、無関係だろうが白蛇が盗賊ギルドの紋章として扱われるようになった。

 

「これが盗賊ギルドの成り立ちです」

 

「はあ。でもなぜヤトさんはそんな事を知っているんです?」

 

「僕はギルド員ではないですが、以前知り合った盗賊から教えてもらいました」

 

 どういう縁で盗賊と知り合うのか聞いてみたかったが、その前に先程のフードの案内役が部屋に入ってきた。

 

「ギルドマスターがお会いになられますのでこちらに」

 

「あの僕は仕事の依頼と情報を買いに来たんですけど」

 

「その前にマスターが是非挨拶をしたいと仰られるので。大変にお手数ですが」

 

 申し訳なさそうな案内役の言葉にヤトは首をかしげる。この国に来たのは初めてであり、盗賊ギルドのマスターとは面識が無い。そもそも斬った盗賊は多いが生きている知り合いはかなり少ない。

 理由がよく分からないが仕事を頼む手前、相手の不興を買うのは好ましくないので、今は黙って従うことにした。

 

 二人が通されたのは先程の小部屋とは比べ物にならない上等な部屋だった。壁には金銀で装飾した刀剣が飾られており、円卓や椅子は全て細部にまで装飾の施された一級品。床には大陸中部の遊牧民が織った絨毯が何枚も敷いてある。

 どれもこれもが並の領主では一つとて持つことの叶わない品ばかりだ。まるでここだけ王宮の一室と言われても、誰も反論出来なかった。

 そして部屋の中央でふんぞり返る一人の女性。おそらくは彼女がこの部屋の主であり、盗賊ギルドのマスターだろう。

 腰まで伸びた絹糸のように艶のある金髪。肩から二の腕まで露出した肌は白磁のようにきめ細かい。豊満な胸はそれだけで男を虜にするも、腰はコルセットを使わずとも引き締まって美しい。瞳は青空のように青くどこまでも透き通っており、唇は血のように鮮やかながらも白い肌によく似合った。これらだけでも万人が求めてやまない蠱惑的な容姿だが、もっとも特徴的な部位は耳にあった。

 彼女の耳は常人より長く尖っていた。それはエルフか、エルフの血を引く者の特徴だった。

 

「ようこそ我がギルドに。私がマスターのロザリーよ」

 

 声までも男を溶かすように妖艶かつ張りを感じさせた。

 

「ではマスター。僕はこれで」

 

「待ちなさいカイル。貴方もここに残りなさい」

 

 カイルと呼ばれたローブの案内役は言われた通り、部屋の入り口で立っていた。ヤトとマオは促されて席に着いた。

 簡単な挨拶を済ませると、ロザリーから話を切り出す。

 

「仕事の依頼でよろしいかしら?」

 

「はい。それと情報を仕入れてください」

 

「それは領主の館に捕らえられている方々の事?」

 

 こちらが何も言っていないのに知りたい事を当てられてマオは驚く。対してヤトはこのぐらい事前に分かっていなければ頼る気にもなれないと冷静にギルドの情報収集力を分析している。

 ロザリーの話では全員無事であり、サラは客室に軟禁されているが手荒な扱いは受けていない。アルトリウスも元から怪我人だったので剣を取り上げられただけらしい。使用人は一人が逃げたために監視付きで地下の物置に入れられているが、拷問の類は受けていない。

 それを聞いたマオは、予想はしていたが確信が得られて心から安堵した。ここまでは無料でいいとロザリーは微笑む。

 

「では本題に入りましょう。お二人は―――いえ、そちらの剣士さんが領主の館に攻め入って人質を奪還すると考えてよろしくて?」

 

「そうなります。ついては盗賊ギルドから人員を借りたいんですが」

 

「困りましたね。確かに我々は時には荒事も扱いますが、館の私兵はいわば戦いの専門家。分が悪いかと」

 

 断りはしないが、あからさまにロザリーは難色を示した。彼女の言う通り、盗賊ギルドは時に暴力で相手を屈服させるが、それは素人や対立する犯罪組織に用いるだけで、本職の戦士や兵隊相手をするには力不足である。

 

「僕も貴方達に戦ってほしいなんて思ってませんよ。僕が攻め入る前に街で騒動を起こしてもらいたいんです」

 

「そうして混乱している間に人質を奪還すると?」

 

「その前に領主の首を獲ります。あとは館に火を放つと、もしもの事があるので煙玉があれば売ってください」

 

「大言吐きですわね。その実力を証明するものは?」

 

「ここに来る前に傭兵ギルドで何が起きたのか知っているでしょうに。試すなら貴方の首でも構いませんよ」

 

 ヤトの脅しと思えない殺しの宣言にもロザリーは薄く笑うのみ。正直ヤトはこの手の女性が苦手だった。一思いに殺せたらどれだけ面倒が少ない事か。

 彼女はここのギルドに武の専門家が居ないと言ったが嘘である。盗賊ギルドは暗殺者も何人か保有しているのをヤトは知っていた。その手札を伏せたまま弱者を装って、こちらが油断するのを待っている。悪党の上に強かな連中である。

 そんなヤトの内心をロザリーは見透かしていた。伊達で男を堕とす技術と肉体を持っているわけではない。同時にこの年頃の青年が自分の色香に微塵も惹かれないのを見せられて興味を抱く。

 

「それでは夜明け前にギルドが囮として騒動を起こします。あとは館の見取り図も用意しましょう。カイル、段取りは任せるわ」

 

「はい、か――――マスター」

 

 何か言い間違いを慌てて訂正したカイルは準備のために退出した。

 あとは情報提供料と依頼料の支払いだ。ロザリーより提示された金額は金貨二百枚。全て前金で求められた。

 当然マオは着の身着のまま逃げてきたので一文無しだ。心苦しい彼女は目が泳ぐ。

 

「ではこれで」

 

 そう言ってヤトは背負ったリュックをロザリーの前に投げると、ドスンッと派手な音を立ててテーブルが軋む。かなりの重量だ。

 中身には傭兵ギルドの金庫から奪っておいた金貨が詰まっている。適当に詰めただけなので数は分からないが報酬よりはあるはずだ。

 ロザリーも金貨の音とリュックの大きさから金額に足りていると気付いた。粗野だが豪気なヤトのやり方に好感を抱く。

 

「契約は成立しました。ご利用ありがとうございます。それとお二人には客室をご用意したします。ごゆるりと」

 

 部屋の外で待機していた使用人に二人を案内させる。一人部屋に佇むロザリーは先程の若い剣士を想う。

 

「良いわね彼――――――」

 

 その独り言が一体何を指すのかは本人しか分からなかった。

 

 



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第11話 炎の奪還劇

 

 

 ダリアスの領主ダイアラスはその晩、一秒も寝付けなかった。

 原因は一人の傭兵剣士の行方を掴めなかった事にある。

 最初はすべて計画通りだったのだ。慌てて逃げ帰った『混じりもの』の王女を首尾よく捕えて、残りもほぼ監禁した。一人使用人が逃げたのは部下の怠慢だが、それぐらいは寛大な精神で赦してやるつもりだった。

 あとは素性の知れない傭兵の若造をギルドの手で始末すれば、全てが上手くいくはずだった。なのに傭兵ギルドは血の海だ。

 協力者の支部長ゲドも行方知れず。ギルドがあの様子ではおそらく死んだのだろう。そして生き残りの話では剣士は金だけ奪ってどこかに消えた。金が目的の傭兵なら放置すれば十分。どうせ誰も話を聞きはしない。

 そのまま金を持って街から出て行ってくれれば良いが門衛からの情報は無い。きっとまだ街に潜伏しているに違いない。

 ただの傭兵の若造一人恐れる理由など無いはずなのに、奴を見た時から今もずっと首筋の寒気が消えない。どれだけ酒を飲み、温かい物を食べても寒さは止まる事が無かった。

 

「もうすぐ夜が明ける」

 

 あの傭兵が王女を奪い返しに来ると予想して、館の兵には寝ずの番で警戒に当たらせたが、どうやら杞憂だったらしい。

 よくよく考えなおせばただの傭兵が領主に敵対してまで王女に義理立てするはずがない。相手は命を惜しむ金目当ての傭兵だ。ほとほりを冷ましてから大金を抱えて街を出ていく。そうだ、そうに違いない。

 ようやくダイアラスは晴れやかな気分になった。こんな気分はここ数年味わった事が無い。

 彼はベッドから這い出て、素晴らしい夜明けを眺めるために寝室の隣のバルコニーへ出た。

 外はまだ昏く、夜の冷気が身に染みる。しかしそれが心地よく、首に残る寒気を覆い隠してくれた。

 清々しい勝利の余韻に浸るダイアラスは、ふと嗅覚を刺激する臭いに気付いた。下から上へと昇るそれは、嗅いだ事のある臭い。

 

「はて、焦げ臭いな。風向きがいつもと違うのか」

 

 臭いは薪が燃える臭いに似ている。きっとパン屋が竈を温めているのだ、そうに違いない。

 呑気に朝食のパンに思いを馳せていたダイアラスだったが、次第に臭いどころか目に染みるほどの煙が昇ってきているのに気付いて焦り、慌てて手すりから身を乗り出して周囲を見渡すと、屋敷の近くの家が派手に燃えていた。

 

「火事だー!!」

 

 悲鳴に気付いた周辺では住民達が慌てて逃げ出し、中には水桶を持って必死に消火作業に当たる者もいた。

 

「まったく。せっかく私が良い気分になっていたというのに無粋な」

 

 ダイアラスにとって館から離れていて延焼の心配も無い平民の家が一軒燃えた程度、少し派手な焚火でしかない。そんな些事で気分を害す平民など焼け死んだところで構わなかった。

 問題は時間が経つにつれて、燃える家屋が増えている事だ。一つ、二つと増えていき、今では眼下に五軒の火事が確認出来た。こうなると区画全体が延焼する危険性を孕んでくる。

 呆然とするダイアラスは、けたたましく扉を叩く音で我に返った。

 扉を開けると家臣の一人が血相変えて報告した。

 

「お休みのところ申し訳ありません!ただいま街のあちこちで火の手が上がりました。住民から領主様の兵を救援に向かわせてほしいと嘆願が来ております!」

 

「―――――ええい、分かった!但し、客人の護衛にそれなりの数は残しておけ!」

 

「はっ!」

 

 家臣が去った後、慌ただしくなった館。ダイアラスは脳裏に最悪の展開が思い浮かぶ。その悪夢を振り払うために、彼は急いで行動を開始した。

 

 

 ダイアラスが慌ただしく駆けずり回る使用人を押し分けて向かった先は客間の一室だ。

 扉の前で直立不動で守りを固める二人の兵士は主の姿を見て敬礼するが、その主は一秒でも惜しいとばかりに兵に扉を開けさせた。

 

「ご機嫌麗しゅうサラ王女。当家のベッドは快適でしたか?」

 

「ベッドは良い物ですが、館の主の品格に見合った物ではありませんね」

 

 開口一番の挨拶に対して、サラはありったけの侮蔑をもって返答した。蔑まれた男は懐のナイフに手を掛けようとしたが、自称寛大な心で自重した。そして気を取り直してにこやかに笑う。

 

「元気があって結構。さて、朝食をご用意したいところですが、あいにくと今は立て込んでおります故。別の場所に移っていただくやもしれませぬ。平にご容赦を」

 

「まるで夜逃げような慌ただしさですね。いったい何に追い立てられているのかは存じませんが器が知れますよ」

 

「これは手厳しい。ですがこれも貴女様のためでございます」

 

「そもそもヘスティと手を組んで平穏を壊して戦乱を望むというのに、ただの火事に狼狽えるネズミ風情が何を言う」

 

「―――――調子乗るなよ『混じり物』。私の慈悲で生かされているのを忘れているようだな」

 

 怒気を漲らせて一歩一歩近づくと、小生意気なメス犬は顔を強張らせて後ずさる。

 その怯えに気を良くした絶対者は打って変わってにこやかな笑みを取り戻した。最初から従順にしていれば怖い思いをせずに済むのが分からない犬には鞭が一番効果的だ。

 悔しそうに睨む子犬は時として愛おしくすら思えた。

 こんな犬でも王の血を引く大事な駒。いざとなったらこいつだけでも連れて隠し通路から逃げねばなるまい。

 

「街の方が少々騒がしいですがじきに収まりましょう。あとで朝食を――――――――」

 

「館に煙がっ!火がこっちにもきたぞー!!」

 

 誰かが恐怖に怯えながら叫ぶ。館内からあちこち煙が立ち込め、サラの客間にも流れ込んできて咳込んだ。煙が染みて目を開けている事すら困難だ。

 誰もが本能的恐怖からパニックに陥り、我先にと逃げ出そうとした。

 兵士も逃げ出したかったが、目の前の主人を放ってはおけず避難を促そうとした。しかし後ろからの強烈な衝撃で意識を失う。

 代わりに煙と共に客間に入ってきたのは口を布で覆ったヤトだった。

 

「ヤトさん!」

 

「助けに来ましたよ。そっちの領主はどうします?殺します?」

 

 ヤトはまるで朝食の卵の焼き方を尋ねるかの如く軽い調子で殺人を口にする。相変わらずの調子にサラは呆れていいのか喜ぶべきか迷った。

 対してダイアラスは抜き身の赤剣を見て恐怖した。この騒動は全て自分を殺すためのお膳立て。逃げ場は完全に塞がれた。直感的に唯一の逃げ道は『混じり物』を人質にして逃げる事だと気付いた。反射的にサラの方を見ると、鼻先に剣の腹が見えた。

 

「鼻毛が伸びていますが、切って差し上げましょうか?それともまつ毛の方が好みですか?」

 

「待ってください。殺さないと約束したのを忘れたんですか!」

 

「分かっているから首を飛ばしていないんです。鼻や目が無くても人間は死にませんよ」

 

 致命的に話の論点がズレているが、この場においてはそれが利をもたらした。

 眼前に剣を突き出され、明らかに拷問を目的とした会話を聞いてしまったダイアラスは、昨夜一睡も出来なかった疲れと相まって恐怖で失神した。

 勝手に倒れた男を前に二人に微妙な空気が漂ったが、どんどん増える煙によって我に返ったサラが、まずは逃げる事を提案した。

 仕方がないのでヤトは失神したダイアラスを担いで館の兵士に紛れて逃げる事にした。

 サラは顔と犬耳を隠すためにフードを被っているのですれ違っても誰も気づかない。

 

「もしかしてこの煙は貴方が?」

 

「ええ、でもただの煙玉ですから火事の心配はないですよ」

 

「それでも無茶です。まったくもう。―――でも、ありがとう」

 

 口では色々と文句を言うが、それでも助けてくれたヤトに感謝と共に柔らかな笑みを向ける。

 

 煙の中、首尾よく館を抜けた二人と担がれたダイアラスは人目を避けて、近くの家に入った。そこにはマオとフードを被った盗賊ギルドのカイルが居た。

 マオは思わずサラに抱き着いて涙を流す。

 

「ああ、姫様。ご無事でよかった」

 

「上手くいきましたねヤトさん」

 

「まだ半分ですよ。これからアルトリウスさんと他の使用人を連れてこないと。こっちの領主は適当に縛っておいてください」

 

 無駄に重いダイアラスを無造作に床に転がしたヤトは煙が残る館へと引き返した。

 そして火事の鎮火に駆り出された兵士が戻ってくる前に残りの人質を全員連れて帰った。

 

 

 



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第12話 逃避行

 

 

 領主の館から助け出された一行は、カイルの手引きで現在盗賊ギルドの所有する邸宅に身を潜めていた。幸い自由は奪われていても拷問や暴力の類は受けておらず、全員が多少の疲労程度で済んでいた。

 街の火事の方は既に鎮火している。元々盗賊ギルドは火付けする家を前もって住民から買い取っており無人。周囲も最初から水をかけて延焼を防ぐ事前準備をしていた。その上で焼け跡の土地は盗賊ギルドが保有して、以後は彼等が有効活用するらしい。

 費用は全てヤトが支払った金貨を使っており、ギルドはさして腹が痛まない。お互いに利益のある取引となった。

 全てカイルの説明である。

 助け出された全員が今回救出に尽力したヤトに感謝を述べていた。特に護衛騎士のアルトリウスはヤトの前で膝を折って、懺悔するように己の無力さを恥じた。

 ただ、ヤトからすればどうでもいい謝罪だった。それよりも護衛の仕事を放っておいて傭兵ギルドに居た自分の方が判断を誤ったのだと謝罪して彼を立たせた。

 助け出された彼等には、その姿はさぞ慈悲深く謙虚に見えた事だろう。

 ある種の仲直りの儀式が終わり、今度は実務的な話に切り替わる。

 

「捕らえた領主どうします?殺さなかったのは何か利用価値があるからでしょうが、その前に尋問ですか」

 

「仮にもこの街の領主ですから、裁可は父に――――いえ、国王に委ねるのが国の法です」

 

 筋の通った意見に反対者は居ない。ここは王国、王が罪を裁く権利を有する。個人的な怨みで領主を害しては後の禍根に繋がる。

 となればダイアラスはこのまま生かして連れて行く事になる。一行にとってそれなりの負担だが、主人の命令は護らねばならない。

 それは後で考えればいい。次に問題になったのは、王都までどうやって帰るかだ。

 サラの話では、ダイアラスは平和を疎んじて再び戦乱を呼び込むためにヘスティ側の開戦派と結託して自分達を襲わせたらしい。その実行者がヤトを含めたヘスティで雇われた傭兵だった。そしてアポロン側にも潜在的な開戦論者は多いという。

 おかげで今回の一件で領主の誰が味方で敵なのか分からなくなった。そんな状況で非戦闘員ばかり抱える一行は、どんな小さな農村でもおちおち立ち寄る事すら出来ない。

 正直手詰まりだった。

 

 重い空気と沈黙が場を支配し始めたが、突然のノックで空気が霧散する。

 使用人が扉を開けると、そこには妖艶な美女が佇んでいた。盗賊ギルドの女主ロザリーが場違いに微笑んでいた。

 彼女はヤトとマオを除いて初対面だったので、簡単に所属の説明と挨拶をすると、サラは今回の助力に深く感謝を示した。

 

「礼には及びませんわ。私達はあくまで対価に見合った仕事をしたまでです。そして、お困りでしたら微力ながらお手伝い致しますが」

 

 柔らかい笑みのロザリーをサラとアルトリウスは警戒した。彼女の笑みには覚えがある。王宮での貴族の笑みと同質の物だと気付いたからだ。あれは弱みを見つけた猫だ。

 しかし差し伸べられた手に違いはない。それを何も聞かずに跳ね除けるほどサラは非情になりきれず、また現状を理解していないほど愚かでもなかった。

 サラはロザリーに席を勧めた。暗に話を全て聞く意思表示である。

 彼女は礼を言って座り、サラは一行が置かれている状況を包み隠さず全て打ち明けた。

 

「王女様自らのご説明、誠に恐縮です。つまり王宮まで安全な道があればよろしいのですね」

 

「そうです。ですが私達にはどこが安全な道なのか分かりません」

 

「では盗賊ギルドが先導役を担いましょう。主要街道を使わず、我々しか知らない道を使えば、時間はかかりますが可能です」

 

「まさか、そんな事が?」

 

「蛇の道は蛇。人を欺くのは盗賊の生業ですので」

 

 驚きの声を上げるサラにロザリーは微笑む。

 元々盗賊ギルドは商人が盗賊から盗品を仕入れる市場。取引所や輸送ルートは出来る限り秘密であったほうがいい。そのために人目が付かない道を利用するのは理にかなっている。

 一王女として犯罪者が国内を我が物顔で歩いているのは悔しいが今はそれどころではない。ひとまず心に棚を作って、王宮に帰るまでは考えないようにした。

 

「―――――対価は何でしょうか?」

 

「ただの厚意……と言っても信じてもらえませんから、この手紙を貴女の御父上、つまり国王陛下にお渡しください」

 

 差し出したのは一通の手紙。裏にはしっかりと封蝋がしてある。

 中身を知りたいと思ったが、きっと自分には用意出来ない物だと察して、必ず届けると誓った。

 

「先導役はカイル、貴方に任せます」

 

「えっ僕で良いんですか?」

 

「必要な事は全て教えたわ。後は自分で経験を積むしかないの。しっかりやりなさい」

 

 驚くカイルだったが、組織の長の命令なら嫌とは言わず、フードを外して同行者となる一向に素顔を晒した。

 彼の素顔は驚くほど端正だった。

 上役のロザリーも妖艶な美貌を持つ美女だが、彼はそれより上を行く美しさだった。

 肌の色は雪のように白く、きめ細やかで皺一つ無い。

 髪はまるで白金を糸のように引き延ばしたかのように、細く光沢のあるプラチナブロンド。

 顔の造形は幼さの中に繊細さと生命力にあふれた力強さを宿している。年は13~14歳程度か。

 何よりも目を惹くのがアメジストを磨き上げたような一対の紫の瞳。

 そして何よりも異彩を放つのはナイフのように尖った耳。それもロザリーよりもずっと長く尖っていた。

 

「まさかエンシェントエルフ?」

 

「古代の妖精王の末裔か」

 

 サラとアルトリウスがそれぞれ異なる名称を呟くが、基本的に同じ意味を持つ。

 亜人種は人と外見がほぼ同じだが、種族によって幾らか相違点がある。

 その中でエルフは耳が特徴だが、そのエルフでも血筋により違いがある。

 より長く尖った耳を持つ者ほど古いエルフの血を色濃く残すのだ。それは古の王の血と同義であり、カイルの耳は高貴な王の血筋に連なる者の証だった。

 

「改めて、駆け出し盗賊のカイルです。皆さんよろしく」

 

 カイルがニコりと笑いかけると使用人達は呆けたように彼の容姿に酔う。サラやアルトリウスも多少なりとも心を動かされた。変わらないのはヤトだけだ。

 そこから先はロザリーとサラで今後の段取りの話し合いだ。

 幸い一行は犯罪者でも何でもないので指名手配などかかっていない。あくまで領主の館に客人として招かれているだけなので、出てい行くのは自由だ。

 街の門を封鎖するには領主の許可が居るが、そもそも領主はこちらが確保している。親族や家臣も全容を把握しておらず、ダイアラスの行方を捜している中でそこまで手が回るとは考えにくい。

 それに当の領主がいても門衛が王女の荷物を検査する度胸などあるはずがなく、猿轡でも噛まして樽の中にでも入れておけば十分だ。

 唯一ヤトが傭兵ギルドで大立ち回りをしているで、そこを咎められる可能性があったが、現在ギルドは支部長を失って機能不全を起こしている。まだ数日は碌に動けないだろう。

 つまり早々に街から出て行ってしまえば一行を補足するのは著しく困難というわけだ。

 よって、一行は明日の早朝に街を出る。

 当座の食料などは今からロザリーが手配するので、サラ達はこのまま隠れ家で英気を養うだけで良かった。

 

 

 



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第13話 旅の仲間

 

 

 翌日、サラ王女の一行はダリアスの街を無事に出発した。

 予想通り門衛は一行を総出で送り出した。やはり前日の火事と領主の不在で意思疎通は全く出来ていなかった。

 首尾よく街から出た一行は西にある王都に続く街道を使わず、まずは北へと向かった。

 ここで半日移動した後、先に出発していた盗賊ギルドの馬車と泉で合流。ギルド員と馬車を交換した。

 流石に王家の馬車は目立ちすぎるので、彼等を替え玉にして目を惹き付けてもらうことにした。これらはギルドマスターのロザリーの発案だ。

 そして何事も無く馬車を乗り換えた一行はそのまま旅を続けた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 旅は既に六日を迎えた。

 本来ダリアスの街から王都アポロニアまでは主要街道を使えば五日で行けるが、今回は大幅に迂回して旅をしているので倍以上の日数が掛かってしまう。

 今日も北の山地の隙間を縫うような細い山道をどうにか通って宿泊予定の山小屋まで辿り着いた。

 幸い馬車がギリギリ通れる幅の山道なので神経を使うが、襲撃を気にする必要はない。

 道中の宿泊は大抵盗賊ギルドが所有する隠れ家を利用させてもらっている。寝具の類は置いていないが保存食や薪及び木炭の備蓄があり、十人もの人間が寝泊まりするには些か狭いものの、何より雨風を防ぐ屋根があるのが非常にありがたかった。

 今は使用人達が山小屋を簡単に掃除している。狭い小屋でもせめて主人には埃臭い思いはしてほしくないというプロ精神だった。

 アルトリウスはまだ本調子ではないが、ある程度身体が動かせるようになったので沢に水を汲みに行っている。サラはまだ彼を休ませたかったが、本人が鍛錬を兼ねていると言い張ったので好きにさせていた。

 虜囚となったダイアラスは初日は非常に煩かったので猿轡を噛まして樽に放り込んで運んでいたが、用足しや食事のたびに自由にすると喚き散らしていた。それが目障りだったヤトが剣を首筋に当てて皮一枚切ると、途端に静かになった。以後は縛られて大人しくしている。

 そしてヤトはどうしているかと言うと、彼は鹿を相手に追いかけっこをしている。理由は当然食べるためだ。

 ヤトは粗食でも平気だったが、他の面々は長い移動で疲労が溜まっていたのと単調な保存食に飽きていたので、暇つぶしを兼ねて食料調達の鹿狩りをしていた。

 手にはそこらで拾った長い枝に脇差を括りつけて作った即席の槍を持ち、カイルが待ち伏せしている窪地へと獲物を追い込んだ。

 鹿は明らかに殺しにかかっている人間から必死で逃げており、周囲を気にする余裕がない。故に自身がどんどん逃げ場の無い地形に追い詰められているのを知らなかった。

 それに鹿が気付いた時は既に周囲は山壁で囲まれており、どうにか逃げようとするも、その生は唐突に終わりを告げた。首に二本の矢が刺さっていたからだ。

 力無く倒れ、血を流しながら失血する鹿を木の枝から見下ろすのは弓を構えた盗賊カイルだった。

 一般にエルフの血を引く者は弓の名手が多いと言われている。それ例に漏れず、枝上の盗賊少年もまた弓の名手であった。

 

「それだけの弓の腕ならわざわざ追い込まなくても、遠距離から射止めるのも容易いでしょうに」

 

「チッチッチッ、分かってないねアニキ。狩りで重要なのは、気配を消して獲物に近づく技術と追い込みの技術だよ」

 

 木から降りてきたカイルは自慢げにふんぞり返るが、ヤトはどうでもいいとばかりに倒れた鹿の皮を剥ぎ始めた。

 無視されてもさして気にしないカイルは、獲物の解体を手伝わずに窪地の木の根元から食用キノコを採集している。ここで待ち伏せしている時に見つけていたのだろう。他にも食べられる野草を幾つか摘んでいる。

 処理を終えた肉塊を担いだヤトは、同じく食材を抱えたカイルと連れ立って山小屋へと歩く。

 

「狩りや食べられるキノコも盗賊ギルドで教えてもらったんですか?」

 

「うん、母さん――――ギルドのマスターが役に立つからって、色々仕込まれたんだ。他にも現地で毒を入手する知識とか、薬の作り方とか」

 

 カイルが母と呼ぶのは盗賊ギルドのロザリーだ。ただ、彼の話では血の繋がりは無いらしい。

 山小屋までの間、二人は色々な話をしていた。と言っても殆どカイルが喋っているだけで、ヤトは程々に相槌を打っているだけだ。ただ、それでも普段より他者に関心を持ち、時折質問をしている。

 自分とは修めた分野が異なるので戦う気は無かったが、カイルの斥候としての技術はそれなりに認めていた。

 そしてカイルも何故かヤトをアニキと呼んで懐いている。他のサラやアルトリウスは客相手の一歩線を引いたような接し方、他の使用人も他人行儀が目につく。

 理由は分からないが敢えて問う理由もなく、害は無かったので一行はそのまま放っておいた。

 

 狩りから戻った二人は、何故か竈の火の番をしていたサラから食材を渡せと言われた。

 理由を聞くと、今日の夕食は自分が一品作ると自信ありげに答えた。

 

「私も神殿で炊き出しを手伝ってましたから料理ぐらい出来ます」

 

「――――ふーん。一人で料理を作った事は?」

 

「今日が初めてです」

 

 カイルの懐疑的なツッコミにも彼女は自信満々に答えたのを見た二人は非常に嫌な予感がした。というかほぼ確信した。

 そしてその確信は数時間後の夕食に現実のものとなった。

 

 

 ――――その日の夕刻。

 一行はいつものように火の周りを車座になって夕食を執っていた。

 今日のメニューはカチカチに焼き固めた保存重視のパン。新鮮な鹿の香草入り焼き肉。キノコと鹿肉のスープだ。

 旅先では塩漬け肉が主なタンパク源なので久しぶりの新鮮な肉はご馳走と言ってよい。それも鹿一頭となれば使用人も腹一杯食べられる。

 普通に考えれば和気あいあいになりそうな食事だったが、今回はいささか趣が異なる。

 サラを除く全員が無表情でスープを飲んでは水を口にしている。正確には無表情を繕って何かを我慢するように、だ。

 

「アルトリウス、その…スープの味はどう?」

 

「は、大変美味しいです。さすがサラ様の作っただけはあります」

 

「本当?良かった」

 

(嘘です。騙して申し訳ありません)

 

 アルトリウスは大喜びの意中の女性を謀った事を心の中で謝罪した。

 実際、サラの作ったスープは不味くて飲めないほどではないが、美味しいとは言い難かった。

 

『コクが無く、ただただ後味辛い』

 

 スープの総評を著すなら、こうである。新鮮な鹿肉もキノコも煮込めばいいダシが出てコクがあるが、何故かそれが無く、ひたすらに塩気が強いのだ。せっかくの新鮮な食材が台無しである。

 かと言ってきっぱり不味いと文句を言うほどでもなく、飲み干せるのが困りどころだった。だから周囲は王女の面子を潰すわけにもいかず、黙って食べていた。

 誰もが微妙な味のスープを真っ先に飲み干して、メインディッシュの焼き肉を食べる頃、ようやく楽しい気分になった面々は談笑に興じている。例外はお代わりを何杯も勧められているアルトリウスだけだ。

 談笑に興じている使用人の一人がカイルに話題を振った。

 普通エルフの血を引くハーフや時々冒険者をやっているはぐれエルフは見た事あるが、古代エルフは実際に見た事が無い。そんなお伽噺のエルフが何故犯罪組織に居るのかを知りたがった。

 

「僕もよく知らない。ギルドの人達は、敵対する奴隷商の商品って言ってた」

 

 あっけらかんと自分の過去を口にしたカイルを全員が凝視する。

 彼の説明では、幼い頃に別の街の奴隷商を壊滅させた時に接収した商品の中に居たが、マスターのロザリーが気まぐれで手元に置いて盗賊として育てたらしい。

 だからどこで生まれて、何時奴隷として攫われたのかも分からない。分かっているのは奴隷市の目玉商品のエンシェントエルフである事だけだ。

 親兄弟も生まれた土地すら分からない少年を不憫に思う者は多い。しかし、本人はそこまで悲観した様子は無い。

 

「僕がどんな生まれなのか気になるのは確かだけど、寂しいとか辛いとか思った事は無いから。母さんは厳しいけど優しいんだ」

 

 少年は少し恥ずかしそうにはにかむ。それだけ見れば、どこにでもいる年頃の少年だった。

 カイルは自分のせいでしんみりした雰囲気になっていると気付いて、話題を逸らそうと元から興味のあったヤトの方に話を振った。

 

「アニキは凄いよね。傭兵ギルドを一人で血の海にしちゃうし、領主の館に一人で乗り込んで人質助けてくるし。凄く強いけどなんか強くなりたい理由とかあるの?」

 

「――――???強くなるのに理由なんているんですか?」

 

「へっ?」

 

 真顔で質問を質問で返されたカイルは面食らう。そして他の面子、特に騎士であるアルトリウスが最も理解に苦しんだ。

 

「だって男に生まれたからには誰よりも強くなるのは当然じゃないですか」

 

「あっ、うん。そうだけど」

 

 ある意味男なら誰もが理解して納得する理由ではあっても、誰も額面通りに受け取れない理由に沈黙が生まれる。

 

「誰よりも強くなろうとするのは男として共感するが、何のために強くなるのか、その強さをどう扱うかを聞いているんだ」

 

「それって必要な事なんですか?ただ最強である事を証明するだけで十分でしょう?」

 

 何の躊躇いも無い言葉に、アルトリウスは理解不能な怪物とヤトが重なって見えた。

 武門の貴族として生まれたアルトリウスにとって強さとは義務である。そこはヤトの考えに同調するが、あくまでも目的を果たす手段として強さを求めるものだ。

 彼にとっての目的とは、すなわちサラを命懸けで護る事である。その手段として強さがある。

 しかしヤトにはそれが無い。ただ、己が誰よりも強い事を証明するためだけに力を振るい、殺戮を繰り返す。

 護るべき者は居ないが金に拘らない気質から、何かしら特別な目的のために強くなったと思っていたが、まさか己の強さを証明するためだけに闘争の世界に身を置くのは想像の埒外だった。

 その上、凄まじい強さなのを軽々しく認めたくは無かった。

 

「―――――信じられん。そんな男が存在するなど」

 

「よく言われます。でも、僕も理屈をこねて強さを求める人がよく分かりません」

 

 ヤトはアルトリウスのように誰かを護る為に強さを求める者はそれなりに理解している。

 王族など貴人を護る事で利益を得る行為や家を政治的守護下に置いてもらうケースは珍しい物ではない。相互に利益を得る関係は健全である。

 それを忠義や忠誠などと綺麗な言葉で糊塗しているのは迂遠に思うが、何事も建前を用意するのが礼儀だと納得している。

 あるいは伴侶となった女性や意中の女性を護る事も、雄としての本能に素直な欲であり肯定もする。

 そうした欲のために強さを求めるのは理解は出来るのだが、そもそも理由を作らなければ強くなれないのかと疑問を持っているのもまた事実だ。

 

『なぜ己が最強でありたいという理由の強者は居ないのか』

 

 それがヤトには不思議で仕方が無かった。

 

「僕が目指すものは世界最強。天下無双。己がそうであるという証明。それで十分です」

 

 鋼鉄のごとき確固たる意志であるがゆえに、ヤトは誰よりも孤高であった。

 

 



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第14話 褒美

 

 

 サラ達がダリアスの街を旅立ってから、そろそろ半月が経とうとしていた。

 現在は主要街道を避けて、碌に旅人も見当たらない寂れた田舎道を南下している。

 一行は長旅で疲労が溜まっていたが、泣き言を言わずに何とか旅を続けていた。

 野宿を避けて狭いながらも屋根のある場所で寝泊まりしているのが余計な体力消費を避けた一因だろう。助力を申し出てくれた盗賊ギルドのおかげと言っていい。

 しかしながら彼等のような犯罪結社が、ただの義侠心や愛国心でサラを助けてくれたはずがない。いずれ大きな対価を求められるのは目に見えている。

 後が恐いのは確かだが、今は誰もが一日を生き抜く事を優先させていた。

 その甲斐あって、今日の夕刻には王都アポロニアへたどり着く事が出来るだろう。ヤトとカイルを除く一行の顔が明るいのはその為だ。

 太陽神の膝元はすぐ近くまで迫っていた。

 

 

 ―――――――夕暮れ時。

 沈み行く太陽の柔らかな光が刈入れ前の小麦畑をオレンジに照らしていた。あと半月もすれば国中で麦の収穫が始まるだろう。

 その麦畑を横目に、御者をしていた使用人は逸る気持ちを落ち着けて、馬に鞭打つのを止めた。彼はそれほどに懐かしの都を恋焦がれていた。

 少しずつ大きくなるアポロニアの白い城壁に比例して一行の懐郷心は大きくなるも、次第にそれは落胆へと変わる。

 門は固く閉じられてた。

 

「そう落胆するものではない」

 

 アルトリウスが皆を宥めてから馬車から降りた。

 彼は大門の隣にある小さな兵士の詰め所に入った。

 

「私は近衛騎士団のアルトリウス=カストゥス。サラ王女殿下の慰問に同行したが、急遽予定を変更して帰還した。門を開かれたし」

 

 驚く兵士達だったが、責任者の兵長がアルトリウスの剣の紋章が本物である事を確認した後、街の内側の兵士に連絡して門を開けさせた。

 門をくぐり、一行は街の中へ入った。

 街の中は遅い時間もあって人もまばらだ。如何に建国三百年を数える太陽神の王国の都でも、眠らない街はごく限られた区画にしかない。そうした歓楽街が置かれているのは都の西側。ここは平民の住居の多い北側だ。

 都の舗装された石畳を馬車は揺れる事なく進む。平らな道はそれだけでこの国の王の権威と力を示していた。

 王の住む城は都の中央にあり、周囲は水堀で囲まれていた。入り口は東側の跳ね橋が一本だけ。もし敵に攻められても簡単に落ちないように造られている。

 馬車は橋の前で止められたが、サラの姿を見た守備兵は驚きながらも帰還を喜んだ。

 城前で停車した馬車。一行はここで身分によって分けられた。

 まず最初に王女のサラと護衛のアルトリウス。それから使用人達。最後に傭兵のヤトと同行者の盗賊カイルだ。

 一人は王女襲撃犯の生き残り。もう一人は犯罪者。そのまま牢にぶち込まれても言い訳のしようもない二人だが、そんな事はなく真っ当に客人用の二人部屋へと案内された。

 部屋はこじんまりとしており、小さめのベッドが二つと簡単な家具が据え付けられているだけ。平民用にしては部屋が広いので、貴族の護衛か騎士に割り当てられる部屋だろう。ヤトもカイルも寝れれば良いので文句は無い。

 しばらく部屋の逃走経路などを調べていた二人は、部屋に来た使用人に連れて行かれて風呂を勧められた。

 

「国王陛下がお会いになられますので、お召し物を代えてください」

 

 道中は精々水で身体を拭くぐらいしか出来なかったので臭いのは仕方が無いが、言外に『お前等臭いから綺麗にしろ』と言われていた。文句を言うほど二人は意固地でもないので黙って半月ぶりの熱い湯を堪能させてもらった。

 さっぱりして着替えも済ませた二人は使用人に城の一室へと連れて行かれた。

 部屋に入って最初に目についたのは巨大なテーブルから零れ落ちそうな料理の数々だった。肉、魚、果物、パン、どれも手のかかった精巧にして食欲をそそる料理は全て銀製の皿に盛られている。

 カイルは料理に目を奪われて、幼くも端正な顔を崩した。

 テーブルの最奥に座る痩躯の黒いくせ毛の五十歳を過ぎた中年男が唇を歪めて笑う。隣にはドレスを着て身を整えたサラが座っていた。その後ろには鎧姿のアルトリウスが控えている。サラは二人に無言で会釈した。

 

「陛下は鷹揚な方ですので多少の不作法は笑って許してくださいますが、限度がある事をお忘れなきよう」

 

 後ろに控えていた使用人が二人、特に料理を心待ちにしていたカイルに釘を刺した。つまり奥に座るくせ毛の男がこの国の王なのだろう。

 国王は無言で手招きした。二人は促されるままに席に着いた。

 

「私がアポロンの王、レオニスだ。娘を助けた事、大儀であった。名を名乗るがいい」

 

「ヤトと言います。ただの傭兵です」

 

「僕はカイルです。その、盗賊です」

 

 威厳のある声に、ヤトは兎も角、カイルは気後れしていた。何より王に向かって面と向かって盗賊を名乗るのは中々に勇気がいる。

 しかし意外にもレオニス王は笑いながら気を抜いて楽にしろと言った。先程の使用人が王を鷹揚と評したのは間違いではなさそうだ。

 挨拶が終わるとレオニスとサラは脇に置いてある布で手を拭いた。食事の前の手拭きである。ヤトとカイルもそれに倣って手を拭いた。

 この国の貴族や王族の食事はテーブルに盛られた料理の中から欲しい料理を給仕が取り分けてくれる。

 ヤトが最初に貰ったのは川魚の揚げ物と季節の野菜のサラダ。薄い衣を付けてカリカリに揚げた魚は骨までバリバリに食べられる。合間にサラダを食べれば脂っこさも気にならない。

 途中でパンとブドウを選ぶ。パンは旅で食べるようなカチカチの塩パンではなく、焼き上げたばかりでふっくらとしたハチミツ入りのパンだ。甘くて美味しい。ブドウも新鮮で瑞々しさで喉が潤う。

 カイルは主に肉料理をガツガツ食べているが、意外と綺麗に食べていた。食器の使い方も丁寧だ。盗賊として育てられたのになかなか作法に通じている。

 

「城の食事はどうだ、味は満足か?」

 

 二人は城の主の問いに肯定した。贅を凝らした料理にケチをつけるとしたら、余程の偏屈か味覚がズレている者ぐらいだろう。

 そして王との食事は無事に終わった。大半の料理は一度も手を付ける事すら出来なかったが、二人は満腹だった。それだけ用意された料理の数が多かった。王の料理とはそういうものだ。

 残った料理の大半は城の使用人の食事に回されるので無駄になる事は無い。これも世の中を上手く回す秘訣である。

 カイルは片付けられていく料理を名残惜しそうに見つめる。ヤト以上に食べておいて、まだ食事に未練があるのだろう。実に食い意地が張っている。

 料理の代わりに今度は飲み物が運ばれてきた。レオニスにはワインが、それ以外の面子には果実を絞ったジュースが置かれた。杯は銀製を黄金で装飾した高価な品だ。

 

「ヤトだったな、お主は下戸か?」

 

「いえ、飲めますが、時と場合によります」

 

「――そう警戒するな。娘から経緯は聞いたが、罰する気はない。まあ好きにするがいい」

 

 酒を断られたが、レオニスは別段気にした様子もなく、自分が代わりにワインを美味そうに飲んでいた。残りの三人もジュースに口を付けた。

 杯を置いたヤトとカイルに、レオニスはおもむろに話を切り出す。

 

「カイルはこの後の事を、盗賊ギルドから何か聞いているか?」

 

「えっとギルドマスターから、暫く修行のために帰って来るなって」

 

「お主の母から、息子は適当に扱き使えと手紙に書いてあったぞ」

 

「えっ?なんで?」

 

 国王相手に素の態度で尋ねてしまい、アルトリウスや傍の騎士が咎めるような視線を送る。しかし王は気にせず答えた。

 

「さてな。可愛い子には旅をさせよ、の精神かもしれん。まあ、衣食住は困らんようにしてやる。仕事は与えるから小遣いは自分で稼げ」

 

 たったそれだけで、後は笑うだけでレオニスは何も言わなかった。

 カイルは釈然としないが、王を必要以上に問い詰めるわけにもいかず、沈黙するしかなかった。

 笑っていたレオニスだったが、ヤトに目を向けた瞬間、明らかに場の雰囲気が変わった。

 彼は人の好さそうな笑みを引っ込め、威厳のある王に相応しい面構えになった。周囲の護衛は自然と背筋を正し、サラやカイルは顔が張り詰める。

 そんな中でヤトだけは何事も無いように自然体を装っていた。

 

「怒れる王を前にしてそのふてぶてしさは大したものだ。流石に闘争に身を置く者よ」

 

「お褒めに与り恐悦至極」

 

「まあよい。先程言ったように私はお主を罰する気はない。娘が赦した以上はな」

 

 レオニスは厳しい態度をやや緩めたが、悩むような複雑な顔をする。王からすればヤトは騙されたとはいえ娘を襲い、何人もの騎士を殺した相手だ。当のサラが赦しても、そう簡単に割り切れる物でもない。しかしここで罰したり騎士に襲わせないので、言葉通り害する気は無いのだろう。

 

「それに捕らえられた娘やアルトリウスを救い、逆にダイアラスを捕らえたのだ。その功績には報いねばならん」

 

 サラを救ったのは護衛の仕事と言い張れるが、謀反人のダイアラスを城まで連れてきたのは仕事の範疇には入らない。故に認めねばならない。それは騎士を殺した罪を補って有り余るとレオニスは考えていた。

 問題はサラやアルトリウスから聞いたヤトの性格や望みに見合う褒美が用意出来ない事だ。

 ただの傭兵なら金や上等な武器の一つでも褒美として与えればそれで済む。

 安定した職や立身出世が望みなら、城で兵士として雇えばいい。騎士見習いでも何とかなる。

 女を求めたのなら相応に美貌の女を宛がってやれば満足するだろう。

 名誉が欲しければ、何か『二つ名』を送るのもアリだ。王自ら『銘』を送るなど滅多にある事ではない。

 そのどれもがヤトが求めるモノではないのは明白だ。

『己が最強である証明』など誰が用意出来るというのだ。そんなものは己の中にしか無いと言うのに。

 精々強い相手を見繕ってやるぐらいだが、困った事に重傷を負ったアルトリウスは騎士団の中でも上から数えた方が早い練達の騎士だ。まかり間違って上位騎士と戦わせて殺しでもしたら国の損失は計り知れない。

 かと言って適当な物で場を濁せば、後々自分の欲しい物をくれなかったケチ臭い王などと言い触らされたら面子が立たない。

 王というものは人気が求められる職であり、気前が良くないと人気が集まらない。

 故に王は考えた末に娘に倣う事にした。

 

「この国に居る間は好きな相手と好きなだけ戦うがいい。私が認めよう」

 

「へぇ」

 

 ヤトは明らかな笑みを浮かべる。その笑みは欲しかった玩具を貰えた幼児のような純粋無垢な笑みであり、見る者の首筋が冷えるような、氷のような瞳をしていた。

 

「ただし、殺すのは無しだ。治せない傷を残してもいかん」

 

「――――それは何とも難しいルールですね」

 

「世界最強なら、それぐらいの加減は出来ると思うが」

 

「おだてているのが見え見えですよ。ですが、ここは国王の顔を立てて、ありがたく頂きましょう」

 

 褒美に満足したヤトはカイルと共に、王とその娘の前から退席した。

 

 残された父娘は暫く黙っていたが、娘の方から重い口を開いた。

 

「お父様、あれで良かったんですか?彼は誰にとっても劇薬ですよ」

 

「だからこそ手元に置いた方が良いのだ。下手に野に解き放ったらどうなるか分かった物ではない。特に今はヘスティとの戦端が何時開くか分からんのだ」

 

 戦争の二文字がサラの心に重くのしかかる。彼女には何の咎も無いが、己が戦乱の動機になってしまうのが辛かった。

 そのような優しい少女であることをこの国の民は良く知っている。だから卑劣なヘスティを許さないと息巻く都の民の声が城にまで届いていた。

 その声はサラが城に帰還する前から聞こえていた。あまりに速すぎる。誰かが焚きつけているはずだ。ダイアラス以外にも戦乱を望む獅子身中の虫が巣食っている。それが分からない程レオニスは愚物ではない。

 力の及ぶ限りヘスティとの戦は避けるが、最悪の展開にも備えるのは王の務めだった。

 ヤトを手元に置きつつ手綱を握って御するのも備えの一つだ。最悪開戦した場合、彼をそのままヘスティにぶつけてしまえば良い。きっと嬉々として戦ってくれる。

 それはヤトも望む展開だ。

 

「さて、あとは彼の経緯を手紙にしたためて傭兵ギルド本部へ送ってやるとしよう」

 

「んー、それは私を襲った事への抗議ですか?」

 

「それもあるが領主と結託して余計な事を知った傭兵を口封じするような支部長を信用出来んと強く抗議する。情報公開を匂わせてな」

 

 傭兵にとって依頼主やギルドへの信頼は絶対でなければならない。そうでなければ誰も命を預けられない。

 その不文律を容易く破るような男が支部長の地位にいると知られれば、今まで築いてきた傭兵ギルドの信頼は地に落ちる。

 ギルドにとって絶対に避けたい事態だ。その情報をダシにすれば如何様にもギルドから優位を取れるだろう。使わない理由は無い。

 手元にある札を全て使って物事を優位に勧めるのがレオニスの王道だった。

 

 



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第15話 アポロンの騎士団

 

 

 ―――――――翌日。

 

 城の居候になったヤトは、早速城にある騎士団の鍛錬場に顔を出していた。

 騎士たちは見慣れない青年を不審に思って身分を問うと、ヤトは懐から一枚の羊皮紙を出して見せた。

 紙には何時でもどこでも戦いを許可する文章と王の印が記されていた。交戦許可証とでも称すればいい。

 唐突にそんな許可証を見せられては騎士達も困惑するが、確かに王の印があるのでヤトを無下には出来ない。

 困っていた騎士達だったが、奥で鍛錬をしていたアルトリウスが同僚に詳しく説明すると彼等は色めき立つ。

 昨日の今日でまだ知らない者も多いが、ヤトが同僚の騎士を殺した王女襲撃犯の一人だった事が知れ渡り、明らかな敵意と殺意を抱く騎士が出てくる。無理もない。

 そして憎悪を抱く騎士の一人が、ヤトを睨みながら戦いを申し込んだ。彼は騎士の中では年少であり、ヤトと年がほぼ同じ頃合いだ。まだ17~18歳程度だろう。

 ヤトは彼の申し出を受け入れて、二人は鍛錬場の一角に移動する。

 二人とも自分の得物に合った模擬剣を手にして向かい合った。

 

「そういえば名前を名乗っていませんでした。僕は―――――」

 

「煩い黙れ!これから死ぬ下郎の名前など聞く気はないっ!!」

 

 名乗りを遮る怒声。向かい合った若い騎士は、憎悪に燃える双眼をヤトに叩きつけた。周囲の騎士の一部は彼を落ち着かせようとするが、観衆の大半は無言で彼を支持していた。

 唯一アルトリウスがヤトに声をかける。

 

「ヤト。彼――ネロはお前が殺した騎士の一人の弟だ。怒る理由は分かるな」

 

「ああ、そういう事ですか。ではさっさと始めましょう」

 

 身内を殺された騎士の憎悪などどうでもいいとばかりに木剣を構える。それが何よりも許せなかったネロはただ感情のままに剣を突き出すが、その前に横に躱していたヤトには掠りもしなかった。

 そして後ろに回り込まれたネロは木剣の柄で首を打ち据えられて派手に倒れこんだ。

 彼は声も出せないほどに悶絶した。

 

「そ、それまで!」

 

「――――他に敵討ちをしたい人、誰かいませんか?」

 

 ヤトは倒れたネロを一瞥すらしない。問題外にもほどがある。敵討ちというので義理で付き合ってやっただけだ。

 ネロが担架で運ばれると、今度は赤い髪を逆立てた壮年の騎士が訓練用の木槍を手にヤトの前に立つ。彼も仲の良かった同僚を想い、仇を討つために槍をとった。

 通常、槍の間合いは剣の三~四倍はある。つまり槍は剣を一方的に攻撃可能な兵器である。

 戦場において弓と槍が兵士の主兵装として活躍するのは道理であった。

 そしてそれは騎士の戦いにもある程度通用する道理である。

 騎士の槍と対峙するヤトは先程のネロの時とは異なり、少しはまともな相手と戦えそうで幾分笑みが伺える。

 先に仕掛けたのは槍の騎士。圧倒的な距離を活かしてヤトの鳩尾に突きを繰り出す。幾ら木の穂先でも当たり所が悪いと死を招く。狙いはそこだ。

 彼は訓練中の事故として仲間の仇のヤトを殺すつもりだった。

 しかしその目論見はヤトに容易く見破られていた。彼は騎士の殺気が急所の鳩尾に集約しているのを逆手にとって、身を低くしながら直進。殺意の籠った穂先を余裕で躱す。

 相対距離の縮んだ両者。その上で最も近づいた騎士の槍を握る左手に、限界まで伸ばした片手に持った剣で斜め上へ切り上げた。

 皮手袋の上からでも指の骨が折れた感覚が分かった。騎士は槍を落として折れた左手を抱える。

 

「次、面倒ですから三人ぐらい纏めて来てください」

 

 短く退屈そうに言うヤトに、騎士達は面子を傷つけられたと感じて我先にと名乗りを上げた。

 

 

 ―――――――――一時間後。

 鍛錬場に居た騎士達の半分は医務室に担ぎ込まれていた。誰も彼もがヤトと戦って返り討ちにあった。対してヤトも汗をかいて疲労の色が見え隠れしている。流石に熟練の騎士相手に休み無しの戦いは辛い。

 正確には殺さないように加減をしながら戦うのが疲れるのだ。最初から一思いに殺せるなら、疲労は今の三割程度まで抑えられた。

 ここまで戦えば残る騎士達もヤトが恐ろしく強いのは嫌でも理解出来ただろう。同僚を殺された恨みを忘れたわけではないが、その強さには敬意を持ち始めている。

 ヤトがアルトリウスから渡されたタオルで顔を拭いていると、鍛錬場に拍手が響き渡る。

 手を叩いて新しく入ってきたのは顎髭を綺麗に整えた二十歳半ばの黒髪の偉丈夫だ。騎士の装いに似ているが、それよりも細部に拘った上等な服装を纏っている。

 

「ヤト、あの方はこの国の第三王子のランスロット様だ。騎士団の団長でもあらせられる」

 

「それは実力で得た地位ですか?それとも血筋だけ?」

 

「聞こえているぞ。まあ両方と言ったところだ」

 

 ヤトの不遜な物言いはランスロットの耳に入っていたが、彼はあまり気にすることなく答えた。

 騎士団長は武の象徴であり同時に管理職でもある。個人の強さより実務能力や団の運営能力が求められるので、国によっては文官肌の騎士が務める事もあった。あるいは王の身辺を護るので信頼する血族を据える事も多い。

 ランスロットもそんな一人だろうが、本人の言葉が正しければ相応に実力があるのだろう。彼の身体を観察すると、長身と鍛え抜かれた筋肉は、それだけで絶え間無い努力が垣間見えた。

 

「お前が父の言っていたヤトか。うちの騎士が束になっても敵わぬとはな」

 

 ランスロットは驚きと共にヤトの実力を認めたが、それ以上に部下の不甲斐なさを嘆く。

 どのような職にも面子というものがあるが、戦闘職はそれがより強い。にも拘わらず一介の傭兵に国の武の象徴である騎士が、まるで歯が立たないのは到底許せるものではなかった。

 故に責任を取らせる者が必要になった。

 

「モードレッド!この惨状は騎士が怠けていた証拠ではないのか!」

 

「はっ!騎士団の指南役として忸怩たる想いです!」

 

「ではどうする?」

 

「騎士団全体を引き締めるため全員に再教育を施します!!」

 

「よかろう!明日の朝までに教育計画の草案を私に提出せよ!」

 

 指南役の騎士モードレッドは数名の騎士を引き連れて、駆け足で鍛錬場の隣の事務所へと消えた。

 ランスロットはヤトをじっと見つめる。そして疲れたヤトを労うように執務室での茶を勧めた。

 断っても良かったが、既に戦う雰囲気ではなかった事もあり、今日の所はここまでとしてランスロットの提案を承諾した。

 二人が鍛錬場から去った後、残された騎士達は自分達の弱さを恥じ、自らを鼓舞するように我先にと鍛錬を始めた。

 

 

 執務室に招かれたヤトはランスロットの対面の席に座る。暫くすると騎士見習いがお茶を持ってきた。

 二人はお茶に口を付ける。そして先にランスロットから話を切り出した。

 

「――――お前とうちの騎士とでは何が違うのだろうな」

 

「才能と、実戦経験と、鍛錬の時間です」

 

「はっきりとモノを言う。だが、おそらく正解だろう」

 

 ランスロットは権謀術数渦巻く王宮という場所が嫌いだったので、歯に衣を着せないヤトの物言いが好ましかった。

 ヤトの言う通り、強くなるには今挙げた三つの要素が大きい。そして才能を除いて、城の騎士はその二つが欠けていた。

 実戦経験は命を懸けた戦場が久しく、十年以上在籍する中堅騎士を除いて盗賊や亜人退治ぐらいしか実戦経験が無かった。

 鍛錬の時間も、騎士はヤトに比べて少ないと言わざるを得ない。彼等は戦闘職であったが同時に支配階級であり、礼儀作法の習得に時間を割きつつ交友関係を維持して、残りの時間を鍛錬に回さなければならない。

 それこそ金がある間は、寝ている時間以外を全て鍛錬に費やせるヤトと時間の使い方が違い過ぎた。その差を埋めるのは騎士という地位には非常に難しい。

 

「傭兵になって何年ぐらい経つ?」

 

「――――四年ぐらいですね。十三の時に生まれた葦原を出ました」

 

「随分と若い時だな。ところで腰の剣は生国の作品か?出来れば見せてもらえないか?」

 

 ヤトは特に気にせず赤剣を渡して彼の望みを叶えてあげた。

 鞘から引き抜かれた僅かに反りのある赤い直剣。ランスロットは少し驚くと同時に、剣の出来栄えに感嘆の息を吐く。

 

「私も東剣を一振り持っているが、この剣は両刃だな」

 

 ランスロットの言う『東剣』とは、ヤトの故郷である大陸東端の葦原の国で鍛えられた剣の事だ。

 一般に東剣は片刃で大きく反った形状をしている。片手で振るには重く、両手で扱うので盾が使えず、熟練の戦士に向いた玄人向けの武器だ。中でも業物は魔法がかかっていないにも拘らず、魔法剣に匹敵する鋭い切れ味を有した。

 ヤトの赤剣は見るからに業物な上、魔法が付与した極上品と言ってよい。一介の傭兵には過ぎた代物だった。

 

「まだ葦原の剣が今の形状になる前の時代に打たれたと聞いています。多分五百年ぐらい前の作品ですよ」

 

「うちの王家の倍近い時を経た剣か。だが、これはまるで魂を吸い取られそうな魔性を宿しているな」

 

「鋭いですね。それは魂を喰らいますよ」

 

「ははは。脅さなくとも取ったりはせんよ」

 

 ランスロットはヤトの言葉を、剣を取られたくないための脅しと受け取った。そして言葉通り、取ったりはせずに鞘に納めて本来の主人に返した。

 二人は少し冷めたお茶を飲む。そして喉を潤したランスロットはヤトに今後騎士がどうすれば強くなれるかを尋ねた。

 

「実戦経験を積みましょう。生まれ持った才能はどうにもなりませんし、今から鍛錬時間を延長しても限度があります」

 

「だが、実戦の機会はそう簡単には得られんぞ。出来ればヘスティとの戦争前に何とかならないものか」

 

「そもそもまだ戦争になるとは限らないのでは?貴方の父の国王は戦いより平和を望んでいるようですが」

 

「戦が起きてから慌てては遅いのだよ。早急になんとかせねば」

 

 一軍を預かるランスロットの危惧は理解出来るが、無い物ねだりをしたところで、すぐに欲しい物が手に入るわけではない。

 そもそもヤトから言わせれば、騎士の多くは殺しの経験が少な過ぎる。特に十代の若手騎士はまともに人を殺した経験すらあるまい。これは戦争以前に人の死に慣れさせる事から始めねばどうにもならない気がする。

 そこでヤトは閃いた。要は人や亜人でも殺して経験を積ませればいい。

 

「罪人に武器を持たせて、騎士と戦わせましょう。罪人は勝てば無罪と言えば命懸けで戦います」

 

 ヤトの提案にランスロットは目を瞑り、長い沈黙の後、目を開いて頷いた。

 

「褒められた手段ではないが、背に腹は代えられない。助言に感謝する」

 

「いえいえ、今後も顔を突き合わせる仲ですから、知恵ぐらいはお貸ししますよ」

 

 殊勝な事を言うヤトだったが、彼はお人好しでも何でもない。

 騎士達がもう少し強くなってくれた方が、今後も模擬戦をするから少しは戦い甲斐が増せばいいぐらいの感覚だった。つまるところ自分のためでしかないのだ。

 しかし、それでも一つの回答を得られたランスロットはヤトに礼を言い、今後も時間があれば騎士達と模擬戦をしてほしいと頼んだ。

 アポロンの騎士には心証最悪だろうが、得る物がある以上は拒否は出来ない。

 両者の交流は今後も続いていくだろう。

 

 



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第16話 奇妙な少女

 

 

 ヤトが王城の居候になってから半月が経った。

 その間、ヤトに特筆すべき事柄は何もない。彼は平穏な日常を過ごしているに過ぎない。

 そう、毎日のように騎士団の鍛錬場に顔を出しては、未熟な騎士達に手ほどきをして、適度に汗を流しているに過ぎなかった。その結果、騎士達の大半が医務室の厄介になっても、それは彼等の腕が未熟なせいだ。

 彼等とてヤトと模擬戦を繰り返す事で、この短期間でも技量が向上しているのだから、文句を言うほど面の皮が厚くない。ヤトも久しぶりに身の入った稽古を行えたので、互いに得る物がある環境と言えた。

 それと騎士達は、ヤトにボコボコにされているだけでなく、重犯罪者と命懸けで戦っていた。これは以前ヤトが提案した手っ取り早く実戦経験を積む行為だ。

 犯罪者もそのままでは良くて投獄、最悪は拷問の末に処刑。ならば与えられた剣で相手に勝って恩赦を願う方が、まだ希望ある未来を手にする可能性があった。

 結果、互いに命を懸けた死闘が繰り広げられて、若手騎士は貴重な実戦経験と殺害の経験を積む事ができた。これには部下の不甲斐なさを嘆いた騎士団長ランスロットも満足していた。ただし発案者のヤトは騎士達から余計に恨まれていた。

 

 

 騎士達から恨まれていたヤトは、今日も日課となった騎士達との稽古に出かけようと城の客間から出てきたところ、廊下に明らかに不審な樽が置かれているのに気付いた。誰かが置き忘れたのかもしれないが、何か引っかかる。

 取り合えず離れて観察してから、近づいて軽く蹴りを入れてみる。当然樽は揺れたが、空にしては揺れが少ない。中身が入っているのだろう。

 さらに強く蹴ると、どこかで小さな悲鳴が聞こえた。

 ヤトは思い切って樽の蓋を開けようとしたが樽は逆さだったので、樽ごと持ち上げると、何故かそこには頭に丸い動物の耳が付いた少女が体育座りをしてヤトを見上げていた。

 二人はじっと見つめ合うが、ヤトは無言で樽を戻して立ち去ろうとした。

 

「ちょっとぉ!!何で無視して立ち去るのよ!」

 

 樽を投げ出して少女はヤトに食って掛かる。

 

「かくれんぼの邪魔をしてはダメかなって思って」

 

「わ、私はそんな事する子供じゃないわよ!!なんて無礼なのっ!!」

 

「???子供がそんなこと言っても。僕はやる事があるので遊ぶのは友達としてください」

 

「だから遊びじゃないって言ってるでしょ!そもそも貴方は誰よ!何でその部屋から出てきたのよ!」

 

 ギャアギャア喚く亜人の混血らしき少女。正直相手をするのが面倒だったが、相手は子供だったので剣を抜く気は無い。

 そもそも部屋から出てきたのは自分に割り当てられた部屋であって、それに文句を言われる筋合いはない。

 しかしヤトはそこでもう一人同室の者が居たのを思い出した。ここ暫く夜の仕事が忙しいから、と言って顔を碌に合わせていない盗賊のカイルの存在に思い至る。

 このチンチクリンは彼の友達か何かだろう。年も似たような頃合いである。

 

「同室のカイルはまだ仕事から戻って来ていませんよ。一緒に遊びたいなら出直してください」

 

「なーんだつまんない……っていい加減子供扱いはやめなさいよ!!この私が第六王女のモニカと知っての狼藉なの!?」

 

「貴女が誰の子であれ、子供を子供として扱うのに何か問題でも?」

 

 いい加減子供の相手をするのが面倒になったヤトは、言うべき事を言いきって、スタスタとその場を離れたが、モニカと名乗った少女が回り込んで道を塞いでしまう。

 そして彼女は唐突にヤトの手を噛んだ。

 当然の凶行に反応しきれなかったヤトは何とかして彼女を振りほどこうとしたが、力一杯噛んでいるのでなかなか離れてくれなかった。

 彼女の凶行を止めたのはたまたま通りかかった使用人―――サラに従っていたマオだった。

 

「おやめくださいモニカ様!おやめになられないとサラ様に言いつけますよ!」

 

 その一言で少女はピタリと凶行を止めてヤトから口を離した。そして彼女は無言で走り去った。

 マオはヤトに頭を下げてから彼女を追う。残されたヤトは手の痛みに顔をしかめながら、予定通り鍛錬場に向かった。

 

 

 鍛錬場で日課のように未熟な騎士達を適度に這いつくばらせたヤトは小休憩をして水を飲んでいた。

 騎士達も最初の頃に比べて多少は動きが良くなったが、まだまだ実戦に使えるほどの者は少ない。だが、それでも死なずに強くなれるのだから彼等は幸運である。実戦で負ける事はすなわち死ぬ事に等しい。

 今も担架で運ばれる若い騎士は多少内臓を痛めて悶絶しているだけで死体ではない。後遺症も残らないほどの軽傷だ。その程度なら午後から復帰するだろう。

 加減は疲れるが、王と決めたルールだから仕方がない。

 

「一思いに殺せれば―――そんな顔をしているぞヤト。――――ん?その手の痕は何だ?」

 

 後ろから話しかけてきたのはアルトリウスだ。彼は既にヤトに斬られた傷も完治して、今は鈍った勘を戻すために朝から晩まで模擬戦を繰り返している。当然ヤトとも何度も戦っている。

 ヤトは朝に出会ったモニカの事を話すと、アルトリウスは納得したような、それでいて困った顔をする。

 

「あの方は姉のサラ様をいたく慕っておられるからな。不用意に近づく者に敵意を抱く」

 

「でも用があったのはカイルみたいですよ」

 

「はて?彼と何か接点でもあったのか。それに貴様の事は敢えて伏せておいたのに手を噛むとはな。いや、手だけで済んだのか」

 

 何か不穏な事を呟いたがヤトは追求しなかった。

 

 

 その日の夕方、ヤトは兵士や騎士が利用する食堂で食事を摂っていた。

 城の客人であるヤトなら相応の場所で食事が出来るが、時間がかかる格式張った食事は好まないので、もっぱらこちらを利用していた。

 

「アニキー、おはよう」

 

「もう夕方ですよカイル。相変わらず滅茶苦茶な時間に起きるんですね」

 

 欠伸をしながら夕食ならぬ朝食を持って来たカイルはヤトの隣の席に座る。

 さらにもう一つ大きく欠伸をしつつ、豆のスープを飲みながらパンを口に放り込んだ。

 ナイフのように尖った大きな耳が元気無く垂れ下がっている。余程眠いのだろう。

 彼は夕方に起きて、仕事と称して出かけて、朝方に戻ってくると、そのまま部屋のベッドに潜り込んで寝てしまう。完全に昼夜逆転の生活を送っていた。

 二人はそのまま何か喋るわけでもなく、黙々と料理を口に運んでいたが、ようやく眠気が冴えてきたカイルが話しかけた。

 

「アニキ、アニキ。明日の夜時間ある?出来れば仕事の助っ人をお願いしたいんだけど」

 

「内容によりますよ。盗みとかなら僕は手伝いません」

 

「大丈夫。アニキの得意な荒事だから。相手は堅気じゃないから殺しもアリだよ」

 

「良いですよ。最近実のある稽古はしていても、命懸けの戦いはご無沙汰でしたから、ちょうど良い」

 

 二人はまるで明日一緒に遊びに行く約束をするように殺人を計画する。

 普通ならここで周囲の兵士や騎士が制止するはずだが、二人の周囲には全く人が居ない。正確にはヤトと関わり合いになりたくないので誰もが放置していた。

 明日の戦いに気を良くしたヤトはいつもより饒舌となり、カイルにモニカの事を話した。しかし彼はモニカの名前や王女であるのは知っていても面識は無いと訝しんだ。

 

「まっ別にいいか。お城に居る間にどこかで顔を合わせるでしょ。わざわざ気にする必要なんてないよね」

 

 カイルは深く考えずにモニカの存在を頭の隅に追いやったが、これが後々とんでもなく面倒な事態に発展するのを二人は知らなかった。

 

 



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第17話 抗争の用心棒

 

 

 ―――――――夜半。太陽が沈み、闇が世界を覆う時間帯。『太陽神の国』の異名を持つアポロンでも、この時間になると人々は仕事を終えて家で夕食を食べるか寛ぐ。

 城では王の夜会などが催される事も多いので、中で働く使用人や警護の騎士や兵の中には働く者も多いが、大部分は休んでいた。

 そんな中で客人であるヤトとカイルは、城の客室で外出の準備をしていた。

 ヤトは午後から三時間程度仮眠をとっており、眠気も無く体力も回復している。カイルも今までと同様に朝から眠っており、十分に睡眠を摂っていた。どちらも万全の態勢である。

 二人が客間を出ると、やはり樽が置いてあった。

 ヤトはきっとまた中にモニカが入っているのだろうと思って樽を持ち上げたが、中には何も無かった。どうやらアテが外れたらしい。

 しかしカイルが何かを見つけたらしく、樽のあった床から紙切れを一枚拾い上げた。

 

「何か書いてある――――――『アホ、マヌケ』だって」

 

「――――そこらに捨てていいですよ」

 

 どうやら相当嫌われたらしい。

 ヤトは怒ったわけではないが少し疲れた。

 仕事前に疲れてしまったヤトは樽を乱暴に置いて、さっさと外に向かった。カイルもそれを追った。

 二人は知らなかった。客間から離れた場所にもう一つ樽が置かれていた事を。

 樽はゴソゴソと動き出した。

 

 

 王都の西側は歓楽街が置かれている。ここは酒場や娯楽施設、娼館などが軒を連ねる。

 その中の一軒の廃屋に二人は入った。元は酒場だったのだろうが現在は朽ち果てており、周囲の酔っ払いの喧騒とは無縁の場所だった。

 廃屋の奥に行くと、建物には不釣り合いに頑丈な扉が据え付けられている。

 カイルは扉を特定のリズムでノックすると、暫くして扉が開いた。

 中からは、いかにも荒事に慣れた様子のいかつい男が顔を出す。

 

「来たな。そっちの奴が前に話していた男か」

 

「うん、凄い助っ人だよ」

 

「――立ち話もなんだ。中に入れ」

 

 男の手招きを応じて二人は部屋に入る。中には男の他に男が二人、牛の亜人の女が一人居た。彼等は全員、堅気と思えない剣呑で独特な雰囲気を纏っていたが、特別ヤト達に敵意を示しているわけではない。ごく自然的に一般人とかけ離れた人種なのが分かる。

 男の一人がヤトに歓迎とばかりに酒を勧めたが、元から飲む習慣が無かったので断った。しかし男は気にした様子も無く、勧めた酒を自分で美味そうに飲んでいる。

 

「で、カイルの坊主はそっちの兄さんにどこまで話した?」

 

「斬っていい相手がいるって事だけ」

 

「ほぼ何も言ってないじゃないの!そんなんでよく付いて来たねアンタ」

 

 面々はカイルとヤト、両方に呆れた。そして、話が進まないので順序立てて話をし始めた。

 本来王都アポロニアは二つの犯罪組織が縄張りとしていた。

 一つはカイルの所属する盗賊ギルドの株分け組織。もう一つが古くから都に根を張っていた地元任侠組織の『太陽の影』。この二つの組織は幾度となく利益や面子のために血で血を洗う抗争を起こした事もあったが、最低限の取り決めによって何とか共存の道を歩んできた。

 しかし最近どちらでもない新興の犯罪組織が両方の組織の収入源を力ずくで奪って、現在も勢力を拡大し続けている。これを黙って見ているはずも無く、一時的に共闘してでも打開しようとした。

 大雑把に言えば、現在の王都の裏側はこうした犯罪組織の抗争の真っ最中である。

 

「それで僕もギルドの一員としてここ最近色々と調べていたんだ」

 

「流石ロザリーの姐さんの秘蔵っ子だよ。この子のおかげで連中の情報はかなり集まった」

 

 牛の亜人の女性はカイルの頭を乱暴に撫でた。女性とはいえ牛の亜人だけあって、人と比較にならない筋力で撫でられたカイルは痛がる。

 カイルはくしゃくしゃになった白金の髪を整えつつ話を続ける。

 普通なら縄張りを侵した余所者は容赦なく暴力で排除するが、問題は相手が貴族の後ろ盾を持っている事だ。王都の二つの犯罪組織は権力者と付かず離れず最低限の付き合いに留めて、取り込まれないように独立独歩でやってきたが、新参は明らかに貴族の走狗として動いている。

 こうなると政治力と財力に勝る新参の方が優位になり、ギルドや任侠達は苦渋を飲む羽目になった。

 それをどうにかするために、今夜反撃に出る計画を立てていた。

 ヤトはその実行部隊の助っ人としてカイルが連れてきたのだ。

 

「では僕はその貴族を護衛もろとも皆殺しにすればいいんですね」

 

「いやいやいや。それをやったら向こうも後に退けなくなるし、護衛も相当数居る。俺達がやるのはそれ以外の末端だ」

 

 ヤトにとってはごくごく当たり前の発想だが、任侠組の男には物騒な冗談としか思われていないので却下された。

 そして彼等にとって現実的な意見として、新興組織の手足となる末端を地道に潰して影響力を少しでも削ぐ方針を打ち出した。

 今夜は記念すべき初日として、まずは連中に奪われた幾つかの賭場に殴り込みをかける予定だ。

 若干肩透かし気味のヤトだったが、この際贅沢は言えないので今回は粗食で満足するつもりだ。

 前情報を全て話し終えたカイルはヤトを襲撃する店に連れて行こうとした。

 その時、不意に扉が開け放たれて、縄で縛られた亜人の混血らしき少女が転がり込んできた。その後には、ガラの悪い若いチンピラがニヤニヤしながら入ってくる。

 

「な、なんだ?」

 

「こいつ、店の周囲を探っていたんでさぁ」

 

「んーーーー!!ん―――――!!!」

 

 縛られた少女は猿轡を噛まされて喋れないが、そうでなければありとあらゆる罵詈雑言を大音量で怒鳴り散らしていたのは想像に難くない。

 その少女はよく見ればモニカだった。

 こんな場所になぜ王女が居るのかは分からなかったが、きっとヤトやカイルの後を付けてここまで来たのだろう。

 どうせ猿轡を外したら煩いので、ヤトはモニカをそのままにして、彼女が王女であることを告げる。

 他の面々は困惑して、全員がどうすべきか顔を見渡すが、取り敢えず目的を聞くために騒がないように忠告しつつ猿轡を外した。

 

「ぷはーーー!!何するのよっ!!」

 

「貴女こそ、なぜこんなところに?」

 

「サラ姉様に近づく不埒なチビッ子エルフがどんな奴か見定めるためよ!!」

 

「ちっ、チビッ子!?それって僕の事か!?」

 

 モニカにチビッ子扱いを受けたカイルはショックを受け、同時にモニカへの怒りに燃える。ただ、身動きの取れない少女に暴力を働かないので割と冷静なようだ。

 

「っていうか僕はサラさんとは都までの間、一緒に旅しただけの仲だぞ。不埒ってなんだよ!」

 

「何言ってんのよっ!姉様に近づく男はみーんな怪しいんだから!」

 

 主張が滅茶苦茶である。それを言ったらヤトの方が一時的とはいえサラの護衛として近い立場に居ただろうに。

 そこでヤトは、以前アルトリアが自分の存在をモニカに伏せていたと言っていたのを思い出した。

 なるほど、確かにこれは存在を知られたら非常に厄介である。彼の判断は正しい。

 取り敢えず彼女の目的が分かったが、問題はこの煩い少女をどう扱うかだ。

 素性から手荒に扱うのは論外。縛ったまま現状維持をするわけにもいかない。このままお帰り願ったところでカイルに付きまとう可能性があり、今夜の仕事の邪魔。

 どうすべきか全員が悩むが、当人は縄を外せと喚いているので、仕方なく縄を解いて自由にした。

 

「まったくもう一体アンタたちは何なのよ。全員胡散臭いっていうか、普通じゃないっていうか。犯罪者の類じゃないでしょーね?」

 

 自由にしてもらったが、恩を感じる気は無いらしい。しかし洞察力は相応にあるようで、ここにいる者が堅気ではない事を見抜いていた。

 

「それで、何の集まりよ?」

 

「彼等は街の自警団の方ですよ。これから都に巣食う犯罪者と戦うんです。そういうわけで貴女は大人しく帰ってください。子供は邪魔です」

 

 ヤトは都合の悪い部分は全て切り捨てた事実だけをモニカに伝えた。確かに嘘は何一つとして言っていないが、詐欺にもほどがある。

 しかし、最後の一言が余計だったのか、彼女は怒って絶対に帰らないと居座る態度を示した。

 多くが困り果てたが、何かを思いついたカイルがヒソヒソとヤト以外の面々と話し合うと、全員が悩むものの、最終的には納得した態度を示す。

 

「ねぇねぇモニカ様。子供じゃないっていうなら、今夜僕達を助けてくれないかな?ねっモニカお姉さん」

 

「むむむ、しょうがないわね。困ってる子供のお願いを聞いてあげるのも王女の勤めね!」

 

 カイルがおだてると、モニカは気を良くして協力する姿勢を見せた。ただ、子供扱いされたカイルは内心でむかついていた。

 

「まずはさ――――――――」

 

 



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第18話 値段交渉

 

 

 ヴァイオラ大陸において、奴隷ないしそれに類する階級は存在するが、アポロンやヘスティでは法によって明確に禁じられている。

 実は色々と抜け道もあり、借金などで自由を奪われたり、使用人という形で奴隷に近い扱いを受けるケースはそれなりに多い。特に娼館は借金を返せずに、強制的に家族を働かせて返済に充てるような事は黙認されていた。

 ただ、それらはあくまで金貸しと借りた者同士での契約に則った案件であり、公的に認められた契約ではない。まして白昼堂々街で奴隷市など開こうものなら即刻兵士が飛んできて関係者全員を逮捕するのは間違いない。

 しかしながら禁止されているが故に金になる物は世間に往々にあり、物珍しい種族の亜人であれば大金を払ってでも所有したいという歪んだ欲望を満たすための催しが秘密裏に開かれる事もあった。

 そうした裏の情報は一般には出回らないないが、何年も大陸を旅して表と裏の両方の見聞を広めたヤトや、実際に商品として扱われた事のあるカイルは事実として受け止めている。

 当然、二人を尾行して捕まったモニカ王女は知るはずもなく、そのような畜生にも劣る蛮行が自らの住む都で堂々と行われている事を知り、強い憤りを示した。そして彼女は盗賊ギルドや任侠組織と共に外道を倒す事を了承した。

 

 現在ヤト達が訪れた場所はそんな非合法な市場が秘密裏に開かれてる店である。

 店は一般的な商人が構えるような店舗ではなく、貴族が所有する別邸といった外観である。というより、貴族の邸宅そのものである。

 地元の任侠組織が言っていたように、新興組織に貴族が関わっているのは間違いない。奴隷市のような後ろ暗い取引なら、下手な場所よりは治外法権に近い貴族の屋敷で行った方が、仮に露見した所で揉み消しやすいと踏んでの選択だろう。犯罪組織も貴族を完全に共犯者に仕立て上げた方が簡単に切り捨てられない。一種の保身である。

 屋敷の中に入ろうとすると、門前の兵士に制止を受けた。

 ヤトは慌てずに、懐から一枚の紙を取り出して兵士に渡した。紙は任侠組織が手に入れた入場券だ。これが無いと門前払いを喰らう。

 

「―――――本物だな。よし、通れ。そこの連れは売り物か?」

 

「ええ、高く買ってもらおうと持ってきました。それと、気に入ったのがあれば買いもしようかと」

 

「首輪も枷も無いが逃げないんだな」

 

「逃げたら後ろから斬ると言い含めてありますから。頭が良いと手間も省けます」

 

 ヤトが腰の剣を軽く見せる。兵士は多少疑いつつも、実際にフードを被った売り物の奴隷が全く逃げるそぶりを見せないので、一応納得して屋敷の中へ通した。

 屋敷の中は外観と異なり、広いホールのような造りになっていた。どうやら奴隷市のために本格的に内装を作り替えたらしい。

 あちこちに蝋燭やランプが灯されており、さらに天井から吊るされたシャンデリアの灯りもあって昼間のように明るい。

 ホール内には無数の鉄製の檻が設置してある。それだけ見れば市場の肉屋と言えなくもないが、残念ながら檻の中身は人や亜人である。

 男、女、子供、エルフ、ドワーフ、獣人、混血。

 その誰もが首輪と手枷を着けられて自由を奪われ、死んだような目か、逆に憎悪を宿した目で周囲の者達を睨みつけていた。その視線を覗き込んでしまったフードの奴隷は僅かにたじろく。

 ヤトは目立たないように視線だけで二階を見渡す。二階は幾つかの壁とカーテンで隔てられた貴賓席だ。席からは何名かの貴族が多くの護衛を侍らせて、奴隷市を下卑た顔で見下ろしていた。盗賊ギルドの情報では、あの中にこの市場の元締めの貴族―――つまり新興犯罪組織の支援者が居る。

 とはいえ、今この場で怪しい貴族を特定する必要は無かったので、予定通り買取り役の奴隷商に商品を渡すのを優先した。

 

「ようこそ新顔さん。買取りかい?」

 

「ええ、一人分買取ってください」

 

 腰の曲がった老人の奴隷商が人の好さそうな笑顔でヤトを値踏みする。商品よりも客を見定めるのは詐欺を疑っての事だろう。ただしヤトの容姿から分かった事は、堅気ではない事と殺しの経験がある事ぐらいだった。

 同業者でない相手に若干警戒しつつも、自分の仕事のために商品のフードを脱がす。

 露わになったのはまだ幼さの残る12~13歳の可愛らしい黒髪の少女。しかしその相貌は商人や用心棒を嫌悪しているのか歪んでいる。最も目を惹くのが頭に鎮座する丸い一対の耳。形状から熊の耳と分かる。つまり亜人の血が入っているのだろう。

 

「ほう、亜人の混じり者か。容姿は良いが、健康状態はどうかな。ちょっと口を開けてみろ」

 

 商人の命令に、少女は忌々しそうに口を開いた。商人は丹念に口の中を確認している。これは歯並びや汚れからおおよその育ちや出自を予測するためだ。

 ここで商人は不審に思った。この少女は歯が綺麗過ぎる。日ごろから歯の手入れを欠かさず、柔らかい食べ物を食べており、力のいる重労働の類をしていない。まるで貴族の令嬢か何かである。

 

「なあ旦那、この娘は何処から攫ってきた?」

 

「この国のさる貴人の妾腹の娘だそうです。気性が荒すぎて嫁に行けないので手放したそうですよ」

 

「貴族の親に売られたのかい。儂が言うのもなんだが、碌でもない親もいたもんだ。まあいい。手は出していないか?」

 

「僕は興味ありませんから手放すんですよ」

 

 手枷すら着けていない所を見ると、相当扱いには気を遣っているだろう。歩き方からも犯された様子は無い。これなら当人の言う通り、味見も行われていないと判断して良い。

 健康的で教育を受けた階級。男を知らない初物。亜人の混じり者。何より若く美しい。どれも商品として付加価値がある。

 これだけの上品なら買い手は幾らでもいる。気性が荒いというが、その方が屈服させ甲斐があると喜ぶ客も多い。競りに出せば最低でも金貨千、上手くいけば千五百は行くだろう。後はこの若造からどれだけ値切れるかが商人の腕の見せ所である。

 

「まあまあ上品だから金貨五百枚でどうです?」

 

「知り合いに貴族が何人か居るので他を当たります」

 

「ちょ、ちょっとまっておくれ旦那!へへへ、流石に五百じゃあ悪いから、六百で手を打ちましょう」

 

「幾ら若くて容姿が良くても教養を受けた奴隷は少ないんですよ。付加価値を考えて千二百」

 

「それはいくら何でも高すぎだよ。それに貴族の知り合いが居たからって買ってくれるとは限らんでしょうに六百五十」

 

「こう見えて大陸中を旅しているので顔は利くんですよ。いざとなったら外国に行きます千」

 

「あーもう強情な人だね!――――――ん?んん?」

 

 奴隷商は手ごわいがやり応えのある交渉に熱を入れていたが、ふと持ち込まれた少女に違和感を覚え、よく観察すると決定的に勝てる部分を見つけてほくそ笑んだ。

 

「旦那ぁ、こいつはいけませんぜ。儂らは人を売る外道だけど商品は騙らねえ。こいつの耳は偽物ですよ」

 

 そう言って少女の頭の上に付いていたクマ耳を剥がした。

 

「!下郎めっ!!それを返しなさい!!」

 

「あれ?その耳は付け耳だったんですか。知らなかった」

 

 カチューシャ型の付け耳を取られて激怒した少女は商人に掴みかかろうとしたが、その前にヤトに身体を引っ張られて自由を奪われた。もしヤトが動かなかったら、隣に居た用心棒が鞭で打ち据えていた事だろう。

 ニヤニヤして勝ち誇った奴隷商は、ヤトが不誠実な態度だったのを指摘しつつ純人間という事で交渉値を金貨六百五十枚で固定した。

 分が悪いと見たヤトは観念した様子で、金貨六百五十枚で了承した。

 そして少女の方は俯きながら何事か呟く。

 

「――――――えせ」

 

「あん?なんだ、何か不服か?もっと値が付くと思ったか?安心しろ、これから競りに掛けるからもっと値が付くぞ」

 

「その耳を返せって言ってんのよ!畜生外道っ!!」

 

 怒声に驚いた奴隷商は身が固まる。次の瞬間、ヤトは剣の抜き打ちで付け耳を持っていた腕を天井近くまで切り上げた。

 

「ふんだっ!≪天の雷神よ。我に仇なす愚かしき者達に光の矢を与えたまえ≫」

 

「予定と違うんですけど、まあいいですよモニカさん」

 

 怒りに燃えるモニカの詠唱によって閃光が奔り、呆気にとられた奴隷商や近くの用心棒数名が雷に焼かれて消し炭となった。

 奴隷市場は大混乱に陥った。

 

 



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第19話 虎熊と赤刃

 

 

 ―――――――真横に迸る青い雷光。雷に打たれて炭となった人間。

 商品として持ち込まれた奴隷少女からの突然の魔法攻撃。

 市場に居合わせた商人、用心棒、客、そして商品として檻に入れられた人々。

 誰もが事態を飲み込めず、ホールに数秒の無音を作り出した。

 そして時は動き出す。

 まず初めに動いたのは武装した用心棒。彼等は剣を抜いてモニカとヤトに斬りかかるも、反対にその場で首を赤剣に斬り飛ばされて即死した。

 倒れる首無し死体と同時に、ヤトの真上に落下した奴隷商の腕を剣で刺し、手の中の付け耳を抜き取って自由にしたモニカに渡す。

 

「どうぞ」

 

「お礼なんて言わないからね。――――――――――――――ありがと」

 

 鮮血に悲鳴を上げて逃げ惑う客達。ホールは騒然となり、パニックとなった者は一目散に逃げようとするも、入り口付近にはヤトが陣取っており逃げられない。

 そして二階では一人の貴族が怒りに満ちた形相でヤトを睨みつけて怒鳴りつける。

 

「よくも私の顔に泥を塗ってくれたな!!あの世で後悔しろ!」

 

 声に命じられるままに一階に居たほぼ全ての用心棒がヤト達を取り囲む。

 用心棒達は詠唱に時間のかかる魔法を使われる前に倒そうと、二人に一斉に襲い掛かった。

 

「ちょっと失礼します」

 

「は?ちょ、なにすんのよ!」

 

 襲い掛かる敵を前に、唐突にヤトはモニカを片手で真上に投げた。彼女は高く放り投げられてシャンデリアに引っかかった。

 ヤトは目の前で剣や棍棒を振りかぶる男を前にしても冷静だった。

 一瞬で男二人の真横に移動し、死角に潜り込みながら諸共首を刎ねる。

 さらに斬った用心棒の死体を突き飛ばして他の用心棒の攻撃を妨害。致命的な隙を作ったドワーフの脇腹を半ばまで切り裂いた。

 続いて無防備に後ろを向けたヤトに三人が同時に襲い掛かるも、殺気に反応して傍にあった檻を足場に、後ろに跳躍。逆に三人の背後を取って、まとめて横一文字に斬首した。

 二十秒足らずで六人を殺した化物に他の用心棒達は、絶対に自分達が勝てない事を悟って、我先にと運営関係者用の非常口に駆け込んだ。

 

「こら待てっ!!貴様らには大金を払ったんだぞ!!最後まで残って戦え!!」

 

 二階で若い貴族が怒鳴るが、そんな契約を愚直に守る用心棒がこんな場所に居るはずも無く、誰もが命惜しさに逃げ惑う。

 一先ず修羅場が去ったのを確認したヤトは、転がっていた用心棒の剣を拾って天井に放る。

 剣はシャンデリアの突起に引っかかっていたモニカの服だけを切り裂いて天井に刺さり、落ちてきたモニカはヤトがしっかりと抱き留めた。しかし彼女は雑な扱いを受けて怒りを向ける。

 

「私の扱い酷いんだけど」

 

「怪我はしていませんが」

 

 皮肉でも何でもなく、本心から丁寧な扱いをしていると思っているヤトの顔を見たモニカは全てを諦めた。

 後は二階の貴族の処理だが、そこまで行くまでに時間がかかる。何よりそれは自分の仕事の範疇ではない。

 逃げた連中の処理は別の出入り口で待ち構えている盗賊ギルドと地元任侠に任せればいい。

 手持ち無沙汰になると思われたヤトだったが、二階から武装した二人の用心棒が飛び降りた。どちらも獣人である。

 先にヤトに話しかけたのは巨大なハルバートを担いだ熊の獣人だった。

 

「よう、そこの東人。お前が『赤刃』か?」

 

「『赤刃』?」

 

 聞きなれない名にヤトは訝しむ。

 するともう一人の両手に鉤手甲を装備した虎人が、信じられない物を見たように呆れながら教えた。

 

「赤い魔法剣を佩いた若い東人の優男。それもとんでもない戦闘狂の傭兵に付いた二つ名だよ。つまりお前の事だ」

 

「お前、何か月か前に南国のアテナイでとんでもない暴れ方をしただろうが。そこで二つ名が付いたんだよ」

 

 初耳とばかりに手に持った赤剣を眺めると、自分に付いた『二つ名』さえ知らない事に獣人コンビは心底呆れ返った。

 傭兵にとって『二つ名』を付けられるのは高い評価を受けた事に等しい。栄誉や武勲とさえ言える。

 それは傭兵にとって最高の宣伝となり、時に軍や騎士団から勧誘を受ける事すらある。栄達を求める傭兵にとって喉から手が出るほど欲しい物なのだ。

 そんな価値ある『名』を当人が知らないなど滑稽にも程がある。獣人の傭兵コンビは呆れを通り越して怒りすら感じていた。

 

「まあ、僕が何と呼ばれていようがどうでもいいです。重要なのは貴方達が強いかどうかですから」

 

 剣を構えて不敵に笑うヤト。相対した二人は全身の毛が逆立つ。特に首筋の悪寒が止まらない。ついでに傍に居たモニカもヤトの殺気に当てられて震えていた。

 

「モニカさん、邪魔ですから壁際にでも離れててください」

 

「……う、うん」

 

 言われるままにモニカはヤトから離れた。

 もし彼女が駄々をこねていたら即座に斬り殺していた。女子供だろうが戦いの邪魔になるなら躊躇わず斬る。それがヤトだ。

 戦いの準備が整った三者の殺気が膨れ上がる。

 最初に動いたのは熊人。子供ほどの重量の大ハルバートを振りかざして横に薙ぐと、周囲のテーブルや燭台を破壊して無数の破片がヤトへと襲い掛かる。

 剣で弾くには数が多すぎると判断したヤトは左に大きく避ける。そこに虎人が回り込んでおり、鋭い四本の鉤爪を猛然と突き刺そうとする。

 

「予想通りだぜっ!!」

 

「こっちもですよ」

 

 勝利を確信した虎人の宣言を冷静に返したヤトは腰の鞘を抜いて、鉤爪の間の指を打ち据えた。

 初手必殺を防がれたのにも関わらず虎人は牙を見せて笑う。それは苦し紛れの強がりではない。既にヤトの正面には熊人が巨体を揺らして迫っていた。

 猛る猪の如きスピードでハルバートの穂先を突き出しながら迫るが、ヤトは傍の檻の格子を数本斬って、器用に熊人の顔面にぶつけた。

 

「ぐあっ!てめぇ!」

 

 まるで最初の目くらましのお返しとばかりの牽制で怯んだ熊人はいきり立つが、既にヤトは距離を取っていた。虎人の追撃は無い。

 多少隙を見せてカウンターを狙っていたが、虎人が攻撃してこないのを不審に感じた。そこで即座に熊人に斬りかかる。

 距離を詰めて速さを活かした斬撃の乱打で長柄を無用にして防戦一方の状態にする。劣勢になった熊人だったが、苦しい表情どころか笑みすら浮かべる。

 その表情で確信を得たヤトは、勘を頼りに唐突に真後ろに剣を振るった。カン高い金属音と共に肉を切り裂いた感触を感じた。

 

「ぬあっ!!くそがっ!!」

 

「兄者ッ!!大丈夫か!?」

 

 熊人との戦いに意識を取られている隙をついて後ろから攻撃するつもりだった虎人は、逆に右手の鉤手甲を切り落とされて、指の一部が削げ落ちた。

 鉤爪が床に転がり、縞の毛皮が血に染まる。

 そして隙を晒して後ろに回り込んだヤトに熊人は背中を深く斬られた。

 

「なりの大きな熊人が派手に動いて注意を向けている間に虎人が音を消して死角から襲う、ですか。単純ですがそれなりに有効ですね」

 

 ヤトの言う通り、獣人コンビの囮戦法は単純である。だがそれだけに一人では攻略し辛い。あまり囮を気にし過ぎれば大パワーの熊人に正面から圧殺されかねないし、反対に正面にばかり気を取られると後ろからグサリだ。

 だがそれも殺気に極端に敏感なヤトには通用しなかった。結果、獣人達は手痛い傷を負ってしまった。

 

「やるじゃねえか『赤刃』!!」

 

「俺達の技をこうも容易く見切ったのはてめえが初めてだぜ!」

 

「お二人はまあまあ強いんですが、それだけですね。他に出し物が無いのなら、終わりにしましょうか」

 

 このコンビは中々強いが、タネが分かってしまえば個々の強さは並より上ぐらい。精々この国の騎士と同程度だ。己が負けるはずがない。

 格下と見なされた二人は怒りを抑えきれなかったが、戦法は通じず手傷を負った状況では反論は出来ない。

 故に切り札を切らねばならなかった。

 

「「我が爪と牙の祖よ!末の戦働きを見届けたもう!」」

 

 次の瞬間、獣人コンビの身体が一回り以上膨れ上がり、見るからに力強さが増した。おまけにヤトに斬られた傷は筋肉の膨張によって瞬く間に塞がってしまう。

 獣人族に伝わる≪筋力増幅魔法≫だった。

 ただでさえ強靭な筋力を有する獣人族に魔法の増幅が加わったのだ。おそらくヤトの倍以上の身体能力を獲得したに違いない。

 形勢不利は目に見えているが、それでもヤトはいつもと変わらぬ冷涼とした瞳を変えない。それどころかプレゼントを前にした子供のように楽し気に口元を緩めていた。

 

「いいですねぇ、そうこなくては」

 

 それでも舐めた態度を改めないヤトに、二人は怒りのままに前後から襲い掛かった。

 先程よりさらに速くなった虎人が両腕を嵐の如き激しさで連続して叩き込む。それらをどうにか剣と鞘で捌きながら距離を離そうとすするも、今度は後ろに回り込んだ熊人が落雷の如きハルバートの一撃を脳天へと叩き込もうと振り下ろした。

 両方を一度に捌き切れないと判断したヤトは敢えて一歩前に進み、虎人に無防備な身を晒す。

 敵が何を考えているのか分からなかったが、絶好のチャンスを逃すはずもない虎人は、幾重ものフェイントを織り交ぜながら無事な左手の鉤手甲で心臓を抉るつもりだったが、残念ながら鞘に受け止められたので、手甲だけになった右手でヤトの胸を殴りつけた。

 体重が乗っておらず、さらに回転の効いていない手打ちでは致命打には程遠いが、魔法によって身体強化を受けた拳はそれでも凶器として機能した。

 

「ぐっ!!」

 

 痛みで息が乱れた。おそらく肋骨の一部が折れたのだろう。さらに勢いが付いて身の軽いヤトは後ろに飛ばされる。

 そう、ハルバートを振り下ろす寸前の熊人の眼前に弾き飛ばされていた。剣を逆手に持ち替えて、振り返る事なく後ろ向きに突き出したまま。

 そして殴られた勢いそのままに、赤剣は寸分違わず熊人の心臓を貫いた。

 

「――えっ?あ、あにじゃ…」

 

「さ、サイモンッ!?」

 

 想像すらしなかった弟分の死に、虎人は動揺して動きを止めた。それを見逃すはずのないヤトは脇差を抜いて投げる。

 迫り来る死の具現にも、歴戦の傭兵の本能は反応して手甲で打ち払った。

 しかしそれは決定的な隙となる。

 僅かな時間でヤトは調息により折れた肋骨の痛みで乱れた息を整え、丹田で練った気を剣へと纏わせ、熊人の強靭な肉体を破壊しながら引き抜いた。

 

「『風舌』≪おおかぜ≫」

 

 引き抜いた赤剣の軌道に沿って床に亀裂が入り、さらに5m以上離れた虎人のしなやかな肉体を下部から上部へと縦一文字に斬り裂いて、顎、唇、左目、額にも深い溝を作った。

 数秒後、虎人は血を雨の如く撒き散らして倒れた。

 

 



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第20話 何のための力か

 

 

 虎と熊の獣人コンビを倒した事で、奴隷市の用心棒の排除はほぼ完了した。あるいは少しは残っているかもしれないが、既に戦意は萎えている事だろう。

 そしてホールには次々と盗賊ギルドと任侠組織の構成員が雪崩れ込み、屋敷に居た客や商人、それと貴族も捕縛された。

 一部の貴族は喚き散らしているが、そうした愚か者は殴られて大人しくする羽目になる。盗賊に貴族の正しい扱いを求めるのは滑稽であった。

 盗賊の中にはカイルも混じっており、彼は数名の貴族の客を捕まえて縄で曳いている。自分で捕まえたそうだ。つまり弓以外の近接戦闘も達者なのだろう。

 商品となっていた者達は悉く救助されて、現在は地元組織の隠れ家に移送された。暫くは安静にして身体を癒し、今後の身の振り方を決めるだろう。

 本来予定していた解放劇ではないが、面々は奴隷達を甲斐甲斐しく世話していた。

 元の計画では末端組織を徐々に減らして新興犯罪組織の影響力を削る手筈だったが、思いがけず王女という鬼札を手に入れたカイルの発案で直接後ろ盾となった貴族を捕縛する計画に変更したのだ。

 モニカ自身も義心から奴隷救助と悪人討伐には乗り気であり、ヤトが奴隷市に入り込むための商品役を渋々ながら受け入れた。

 結果、ヤトは警戒される事もなく、首尾良く屋敷の中へと入って行けた。

 唯一の予定外はモニカが激昂して魔法を放ち、用心棒達を殺してしまった事だが、ヤトは元から敵対する者を殺す気だったので、そこまで大きな問題にはならなかった。

 そして一部始終を見ていたモニカは、助けられた者達の感謝に満ちた顔を忘れない。同時に客や市の関係者へ向けた憎悪に満ちた眼も忘れ難かった。故に少女は己が成すべき事を見出した。

 

 

 ホールには捕縛された客と一関係者全員が集められていた。彼等の多くが理不尽な扱いを受けていると感じ、心の中で報復を企てていた。

 しかしヤトが淡々と死体を一か所に積み上げる作業をしているのを見て、半数は報復心が折れられかけていた。連中は金や権力で相手を一方的に押さえつけて束縛するだけの卑劣漢であって、命を懸けて戦う戦闘者ではないからだ。

 クマ耳を付け直したモニカはそんな卑劣漢達を前にして、ヤトに劣らぬ冷え切った瞳を向けて口を開く。

 

「――――下種」

 

 まだ幼い少女に路端の塵を見るような目で見られた捕虜達は色めき立つが、武装した盗賊達に周囲を囲まれていたため大人しくしていた。

 しかし、中には空気を読まない輩も居る。一人の若い貴族が目を血走らせて立ち上がり、感情のままに叫んだ。

 

「この混ざりもののメスガキがっ!!ウィリアム家のゲースを罵倒するとはな。貴様は後で私自ら手足を切断して犬と交わらせてやるから覚悟しておくがいい!!」

 

「偉そうにしてるけど、貴族だろうと国の法を破って良い理由にはならないのを知らないのね」

 

「なにが法だっ!!どうせ貴様ら全員犯罪者だろう!そんな奴らが官憲に頼るはずがないからな!そんな外れ者が私のような貴族を好きに出来ると思うなよっ!!」

 

 ゲースと名乗った貴族は実家の存在を隠す事なく、むしろ強調してモニカを恫喝した。それに他の客の貴族が同調して、自由を求めたり謝罪を要求する始末。

 賛同者を作ったゲースは勝ち誇り、自分に都合の良い結末を夢想したが、この場において早々上手くいくはずが無かった。

 モニカは彼等に臆する気は微塵も無く、逆に勝手な事ばかりのたまう貴族達に怒りを向けた。

 

「お前たちのような恥知らずの輩が家の力で悪事を働くなら、私は家の力で善を成すだけよ!!」

 

「恥知らずだとぉ!?」

 

「―――私はこの国の王レオニスの六女モニカよっ!お前たちの悪事は全てお父様に伝えるから覚悟しなさい!!」

 

「なっ、馬鹿なっ!!だ、誰がそんなデタラメを信じると思う!!」

 

「じゃあ今から城に連れて行って直接お父様に会わせてあげるわ!そこで言い訳でもしなさいっ!!」

 

 売り言葉に買い言葉で段々とヒートアップする両者だったが、中にはモニカを本当の王女だと思い始めている者も出てきて、ゲースを止めようとするが、反対にそれが癇に障って暴挙に出る。

 ゲースは後ろ手で縛られたまま立ち上がって、モニカに襲い掛かった。

 突然の蛮行にモニカを始めとした面々は動けなかった。しかし鬼の如き形相で少女に襲い掛かる外道を止めたのは、白金色の髪の少年だった。

 カイルはモニカの前に陣取り、襲い掛かる下種の顎を拳でかち上げた。ゲースは顎が砕けて床に倒れ、ピクピクと痙攣を繰り返す。

 

「ふー危なかった。大丈夫?」

 

「えっ?う、うん。助けてくれてありがとう」

 

 迫り来る脅威を目の前で払われたモニカは意外と素直である。似たような事をしていたヤトと扱いが違うが、残念ながら当然だろう。

 他の貴族達は反抗的な態度を取ったゲースを躊躇いも無く制圧したのを見て、悪あがきをするのを止めた。それも行ったのが暴力と無縁の明らかに華奢な美しい少年だったのが大きく影響していた。

 この時、都合よく捕虜の搬送の準備が完了したと担当が伝えてきた。任侠達はそれなりに気を遣って丁寧に護送した。

 彼等は大事な人質だ。無事だからこそ価値があった。

 

 

 盗賊ギルドが捕虜を隠れ家に護送する最中、ヤトとカイルがモニカを城に送り届ける役目を負い護衛を務めた。

 奴隷市の屋敷のあった歓楽街から離れ、灯りの消えた真夜中の道をランタン一つで歩く三人。先導するヤトがランタンを持ち、後に年少の二人が続いた。

 しばらく無言で歩いていた三人だったが、唐突にモニカが泣き出した。

 

「えっ、ど、どうしたのさ!?」

 

「わ、わかんない。でも急に涙が止まらないの」

 

 その上、少女は足が動かなくなり、遂には膝に力が入らなくなった。やむを得ずカイルはモニカを背負って歩くことにした。

 体格からヤトが背負うほうが良かったのだろうが、一応肋骨の折れた怪我人だったので、見た目に反して力のあるカイルが代わりを務めた。

 少年に背負われたモニカは、ぽつりぽつりと話しながら自分の心の整理を付けようとする。

 

「あんな奴ら死んで当然なのに……耳を取られて、それからあの檻に、もしサラ姉様が捕らえられてたらって思ったら、魔法を――」

 

 人を殺した感触、自らが作り出した死体。己が終わらせてしまった他者の生涯。それを想うと今も震えが止まらない。無意識に背負っていたカイルの服を握りしめる。そこに居たのは勝気な王女ではない。ただの怯えた少女でしかなかった。

 

「なんでこんな魔法なんだろう。姉様みたいに傷ついた誰かを癒す力の方がずっと良かったのに」

 

 ヤトは再び泣き出したモニカの事が分からなかった。自分にとって殺人とは生活の一部であり、殺した相手に対する罪悪感など一度たりとも感じた事が無い。世の中には殺しに快楽を見出す者も居るが、強者との戦いに悦びを感じる事はあっても、殺人そのものには快楽を感じた事が無かった。

 だから他者の生死に想う事は何も無い。故にモニカにかけるべき言葉を持たなかったし、気を遣う事も無い。

 ヤトとはある種、個人で完結した存在だった。

 よってこの場においてモニカに声をかけたのは彼女を背負ったカイルであった。

 

「でもさ、助けられた人達はみんなお姫様に感謝してたよ」

 

「それはそうだけど、でも人殺しは悪い事よ」

 

「うん、そうだね。でもそれは誰かがやらないと、もっと沢山の人が酷い目に遭う。奴隷商人をあのままにした方が良かった?」

 

「そうは思わないわよ。あんな奴等が居たらこの国は酷くなるわ」

 

「だったらこれからも自分のやりたい事をやればいいんじゃないのかな。僕だって母さんに、盗賊が嫌ならいつでも辞めて良いって言われてるし」

 

 カイルの何気ない言葉に、モニカは少し落ち着きを取り戻した。  

 確かに誰もモニカに魔法を使えと命令したわけでも強要したわけでもない。あの時は感情に任せて魔法を使ったが、もし魔法を使わずに何もしなかった方が余程嫌な思いをしたような気がする。

 勿論今でも人を殺したいなどと思わない。しかし敬愛する姉はよく、神から頂いた力は誰かのために、良い事のために使うべきである。そう口にしていた。

 ならば姉とは違う力だが、自分なりに良い事をするために、神から授かった魔法の力をこれからも使っていこう。

 

「――――ありがとうカイル」

 

「いいよ別に。元々お姫様を巻き込んだのは僕だし」

 

「モニカでいいわよ」

 

「あっ、うん。じゃあモニカ」

 

「うん」

 

 何やら年少組から甘酸っぱい雰囲気が漂っているが、自分には関係無いのでヤトは終始無言なまま照明係を続けた。

 

 

 翌日、レオニス王は娘のモニカの口から全てを聞き、長い沈黙の後に捕らえたゲース=ウィリアムおよび、その父親であるウィリアム法務卿の拘束を命じた。

 それに他の奴隷商や客だった貴族達も厳しい取り調べと家宅捜査を受けた。

 彼等の屋敷や別邸からは多くの奴隷が動かぬ証拠として保護された。中には死に至る虐待や拷問を受けた奴隷の証拠も数多く残っており、その扱いは凄惨を極めた。

 そしてレオニスは間を置かず、アポロン国内において奴隷売買および保有の罰則強化を発布。例え貴族であろうと奴隷の保有は重罪として、厳しい姿勢を取った。

 これは如何に貴族であろうとも国法を犯せば処断される、この上ない事例として身分を問わず人々の記憶に焼き付く事となる。

 

 



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第21話 東人の剣技

 

 

 盗賊ギルドと地元任侠組織『太陽の影』が非合法奴隷市を襲撃してから既に一月が経とうとしていた。

 

 この間、盗賊カイルは幾度となく、王都に根を張り始めていた新興犯罪組織の末端を潰していた。

 犯罪組織の後ろ盾であった貴族ゲース=ウィリアムが捕らえられた為、資金や情報が全く入って来なくなった組織は瞬く間に駆逐された。王都の裏の縄張りは再び二つの犯罪組織の手に戻った事になる。

 その功績に報いるために王国はカイルに少なくない額の金貨を渡していた。一応彼も盗賊ギルドの人間なのでそのような報酬を貰う謂れは無いが、王女モニカの事もあるので口止め料として渡したのだろう。

 

 一方、公的には大捕り物の主役とされたモニカは、まず最初に父である王をはじめとした家族から厳しい 責を受けた。理由は一つ、勝手に命を危険に晒すような行為をした事だ。

 特に最も厳しく説教をしたのが、彼女が最も懐いている姉のサラであった。しかしそれは憎いからではない。もし妹が死んでしまったかもしれないと思うがゆえに、二度と危ない事をさせたくなかったからだ。

 そしてモニカは罰として暫くの間、城から出る事を禁止されて、勉強や芸事の課題を山のように言い渡されて、泣きを見る事になるが、誰がどう見ても自業自得の結果と言えた。

 ただ、悪い事ばかりでなく、部屋に缶詰にされて碌に自由時間の無いモニカに気を利かせたカイルが時々様子を見に来ては、話しや遊び相手になっていたので息抜きは出来ていた。おかげで二人の距離は段々と縮まっている。

 

 二人が幼い青春を謳歌している傍ら、ヤトは相変わらず剣に生きていた。

 負傷した彼は半月程度大人しくしていたが、肋骨の骨折が完治した次の日から元気に騎士達と模擬戦を繰り返していた。

 他にもカイル達盗賊ギルドと一緒に犯罪組織を襲撃していたが、街のチンピラ程度ではまるで歯ごたえが無かったので、結局一、二度で助っ人は辞めてしまった。

 そして今は騎士団指南役のモードレッドと模擬戦を繰り返していた。この四十前の壮年騎士は指南役というだけあって極めて高い技量と豊富な実戦経験を持つ。

 おかげでヤトは模擬戦とはいえ何度か膝を着いた。怪我の影響で身体が少し訛っていたのは事実だが負けは負けだ。

 実に数年ぶりの負けを喫して、非常に悔しい思いをしつつも彼の魂は喜びに満ちていた。まだ世には己の知らない強者が居る。それがたまらなく嬉しかった。

 不幸なのはモードレッドである。彼は朝から晩までヤトの模擬戦の相手をさせられて、衰えつつある肉体を酷使し続けてしまい、最近は過労とストレスで自慢の金髪も抜け毛が増え始めていた。

 

 そんな充実した訓練生活を送っていたヤトは現在、騎士団長にして第三王子のランスロットに剣を教えていた。

 意外にも彼は、ただ王子だから騎士団長を務めているわけではない。本人の言葉通り、血筋と実力両方を兼ね備えているからこそ団長の座に座っていられた。

 とはいえ並の騎士より強いというだけで、指南役のモードレッドに比べれば数段落ちる実力でしかない。それでもガッツは並外れており、何度模擬戦でヤトに負けても向かって行った。

 そんな中、ランスロットはヤトの剣術を不思議に思っていた。

 そこで思い切って訓練の合間に彼に尋ねてみた。

 

「お前の剣は妙なところがあると常々思う」

 

「と言うと?」

 

「常に相手の死角に潜り込んで首を刎ねる様はまるで暗殺者の剣術のようだが、時々私のような高貴な者が使う品のある剣が見え隠れしている。なぜだろうな」

 

「なぜと言われましても、僕はただ家で習った剣を使っているだけの剣士ですよ」

 

「その家は……暗殺を請け負うような家なのか?」

 

「いいえ、そんな話は全く聞きません。あくまで護身用の剣術と教えられました」

 

「それにしては随分と剣呑な業だ。――――――護身用か」

 

「基本はそのままですが、僕の癖がかなり付いてて邪道な剣になってますから、まあ信じられないのは当然です」

 

 ヤトが嘘を言っているようには思えなかったが、全てを話しているわけではない事は分かる。しかし凶悪な殺人剣が護身用とは信じ難い。

 そして、どうもこの傭兵剣士には自分と似たような雰囲気や匂いがするのをランスロットは感じていた。確信は無いが、もしかしたら東国のいずれ名のある家の出ではないのか。そう思わずにはいられないモノを持っている。

 結局望むような答えが返ってこなかったが、それでも異国の剣には大きな関心がある。そこで西には無い東だけの技術があるのか尋ねてみた。

 無くても良い程度の期待で尋ねてみたが、意外にも有ると答えて、木剣を持って鍛錬場にある練習用の木人形に対峙する。ランスロットを含め騎士達はそれを見守っている。

 ヤトは剣を上段に構えて呼吸を整え、丹田で練った気を木剣に行き渡らせる。普段使っている赤剣に比べると効率が悪いが文句は言わない。

 十分に練った気を剣に込めて木人形に振り下ろすと、人形に真っすぐ縦の亀裂が入った。

 騎士達はどよめいた。ヤトから人形までどう見ても剣が届く距離ではない。目一杯剣を振ったところで、人形まで2メートルは足りないからだ。

 

「それは魔法の類か?」

 

「東では『気功』あるいは『プラーナ』と呼ばれる技術です。習得自体は誰でも可能ですよ」

 

「誰でも?魔法のような神の祝福は要らないのか?」

 

「要らないですよ。習得には通常三年、出来が悪くても五年あれば基礎は出来ます」

 

「今みたいに遠くの物を斬る以外にも出来る事はあるのか?」

 

「人によっては剣の切れ味を良くして、極めれば木剣で鉄を斬るそうですよ。他にも身体能力を引き上げたり、治癒力を高める事も出来ます」

 

 説明を聞いた騎士達は驚きを露わにする。彼等の知る魔法は生まれ持った才能が無ければ全く使えない。それとは対照的に時間さえかければ誰でも使える技術は非常に魅力的である。

 ランスロットはそれでヤトが半月程度で骨折を治したのだと合点がいく。幾ら若いからと言って肋骨の骨折が治るには一月近くはかかるはずだからだ。

 ただ話を聞くに、魔法のように重傷者を瞬時に癒したり、一度に何人もの相手を焼き殺すような事象は早々引き起こせないらしい。

 あるいは生涯全てを修行に費やした達人なら近い事は可能らしいが、そこまでの域に達する無窮の達人など皆無である。よしんば居た所で表舞台に出てくる事はせず、世俗を厭うて山奥に引き篭もっているそうだ。

 ヤトも主に剣の間合いを伸ばすのに用いるか、怪我の治癒に使うだけで、身体能力の強化などには使用していない。普通に鍛えれば十分戦闘に足りるからだ。

 

「しかし、そんな事を我々に教えても良かったのか?」

 

「教えたからと言って僕が弱くなるわけではありませんから。そもそも気功を使わなくても大抵の相手より強いですよ」

 

 ヤトはランスロットの危惧をばっさりと切り捨てる。確かに大半の騎士はヤトの素の剣術にも勝てないので、気功の事を知ったところでどうにもならない。

 ならばと騎士達は気功を教わろうとしたが、肝心のヤトが基礎を教えるのに致命的に向かない人間だったので、結局何も得られなかった。

 

 



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第22話 王の采配

 

 

 今年55歳になるアポロン王レオニスは玉座に座ったまま無言で二通の手紙に目を通していた。

 王の秘書官はその様子から、あまり良い報告でないと長年の経験から推測していた。

 手紙の一枚の差出人はヘスティへ派遣した外交官である。三ヵ月前に愛娘サラを襲撃した者の引き渡しと王国の謝罪が主な派遣理由だった。

 

「手紙にはなんと?」

 

「直接襲撃を指揮した者の家を取り潰して、主家筋であった宰相を罷免したとある。ヘスティ王はこれで手仕舞いにしたいそうだ」

 

「些か軽いように思えますな。せめて首謀者をこちらに引き渡すか処刑するのが筋と思いますが」

 

「そうは言うが娘は傷一つ負っていない。落し処としてはこの程度が関の山だ」

 

 王の言葉に秘書官は項垂れる。実の娘を殺されそうになった怒りを抱えながらも感情に流されず冷静に現状を分析する王は得難い。

 実際殺されたのは護衛の騎士であり、騎士とは主君を護って死ぬために存在する。よって死んだ騎士の事を騒ぎ立てた所で、それは騎士が弱かっただけと言われたら反論は難しい。

 そして相手は謝罪の意思を拒絶したわけではない。王の右腕たる宰相に責任を取らせて罷免している。宰相の分家筋である襲撃者も処罰した。あとは精々賠償金を要求する程度だが、そこまですると相手の面子を潰しかねない。そうなっては何時また戦端が開かれるか分かったものではない。必要以上に相手を刺激するべきではないのだ。

 それだけなら不満はあっても話はお終いである。それで終わらないからこそレオニスの顔は硬いままなのだ。

 問題は二通目の手紙に書かれていた内容である。

 

「ヘスティに潜ませていた草からだ。軍部が大規模な戦の用意をしているらしい」

 

「なんと!?」

 

「おまけに取り潰した襲撃者、あの傭兵の話ではロングとメンターと言ったか。それらしき者が主戦派の将軍の幕僚に収まったと書いてある」

 

「ヘスティの宰相は身内に嵌められましたな」

 

「家で最近派手に煽っている連中も奴らの仕込みだろう」

 

「そこまでして戦を求めるとは」

 

 秘書官が頭痛を覚えて額に手を当てる。レオニスも同じ気持ちだ。

 元々ヘスティの王と宰相は非戦思考でがっちりと肩を組んで今まで内政に辣腕を振るっていた。当然そこで割を喰らうのが軍であり、彼等は活躍する場を著しく減らされて不満が溜まっていた。

 だからこそ無理矢理にでも戦の口実を作って手柄を立てる機会を得たいのだろう。そこで選ばれたのがサラというわけだ。ふざけているにもほどがある。

 よしんば襲撃が失敗した所で分家の不始末は主家が背負うものと古来からの慣習がある。最低限非戦派の宰相を引き摺り下ろせば今後主戦派に勢いが付く。どう転ぼうが軍には得しかない。

 そしてサラが都に帰還してよりずっと立ち消えない民衆の意見。

 

『サラ王女を襲ったヘスティに太陽神の矢を!』

 

 つまるところ多くの民がヘスティに怒りを感じ、戦を望んでいた。誰かが民を煽っているのは明白である。

 あるいはこの国にも戦を望む勢力があるのだろう。それにダイアラスは同調した。尋問を受けた彼はヘスティ人から囁かれて襲撃に加担したと自己弁護に必死だったが、それだけではあるまい。

 この城にも確実に戦を望む者が居るはずだ。でなければサラの正確な地方慰問のスケジュールを手に入れられるはずがない。アポロンとヘスティ、その両方に裏で手を組んで戦争を求める者が居る。レオニスはそれが気に入らない。

 

「戦争など得る物の少ない手段だというのに」

 

「全くですな。嘆かわしいですが、それが分からぬ者が世には多い」

 

「だが最低限の備えはせねばなるまい。王軍や諸侯にそれとなく開戦の可能性を匂わせる手紙を出しておけ」

 

「かしこまりました。傭兵ギルドはどうなさいますか?先日の手紙には調査中とだけ書かれていましたが」

 

「まったく、この期に及んでそんな言い訳を聞くと思うのか」

 

 レオニスは呆れと怒りをない交ぜにしたように呟く。

 サラの帰還の翌日には既に傭兵ギルド本部に抗議と釈明を要求する手紙を王直々の名で送っておいたが、二ヵ月経った今もギルドから正式な回答は無い。

 多少擁護するなら、傭兵ギルドの本部は大陸中部の高地にあり、連絡には通信用の魔法具と伝書ハトを駆使して、さらに調査と審議を重ねては時間が掛かるだろうが、遅ければ遅いほどこちらの心証が悪くなるのを考慮していない。

 手紙には必要ならアポロン国内においての傭兵ギルドの活動許可を取り下げる事も明記してあったが、いざとなったら本当に実行する事もレオニスは考えていた。

 ただ、そうなった場合、戦争時に雇う傭兵が集まらない可能性があるので出来る限りやりたくない。しかし国家の面子を潰すぐらいなら実行するべきだ。

 

「―――――いっそ国内の支部を傭兵ごと抱きこんでしまうか。一代限りの準貴族待遇なら靡く者も居るだろう」

 

「それは随分と大盤振る舞いですな」

 

「勿論戦で手柄を立てた者に限ると最初に名言しておく」

 

 秘書官は空手形、あるいは馬の目の前に吊るしたニンジンが頭に浮かんだ。そして彼は今後アポロンの傭兵ギルドの抱き込み工作に追われる事になる。

 レオニスは面倒な仕事が片付いたようで、余計に積みあがっていくような気分になったが、家臣の前で弱音は吐かない。

 一国の王とて只の人だ。辛い選択を求められる事もある。しかしそれを下の者に見せるのはプライドが許さなかった。

 

 

 そしてその後、王の懸念は現実のものとなった。

 

 



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第23話 戦争の幕開け

 

 

「――――はあ、ヘスティの王様が代替わりしたんですか」

 

「反応薄いねアニキ、っていうか知らなかったんだ。今日は朝から都のあちこちで噂になってるのに」

 

「誰が王になったところで興味ありませんから」

 

 城の食堂でヤトとカイルは一緒に昼食を食べていた。その時に何気なくカイルが今あちこちで噂になっている隣国の王の交代劇を話してもヤトの反応は薄い。二人の周りでも兵士や騎士達が同じような話をしているにもかかわらずだ。

 しかも噂では新しいヘスティの王はまだ10歳の少年らしい。おまけに兄が二人居るにもかかわらず、父親の先王も健在なのにだ。

 どう考えても異常な王位の譲渡である。だからこそ現在アポロンをはじめとした周辺国は血眼になって事実確認に追われていた。

 とはいえヤトの無関心さも分からない事ではない。所詮一傭兵や盗賊には他国の王など関わりの無い話だ。知ったところで何が変わるわけではない。そんな事より今日の食事を気にするのが一般人である。尤もカイルの前で粥を食べる青年は一般人とかけ離れた剣鬼だが。

 

「でさ、ここからはちょっと込み入った話だけど、たぶんアニキは興味あると思うよ」

 

「一応聞いておきます」

 

「じゃあさっさと食べて別の場所で話そうか」

 

 ここでは人が多すぎて話しづらいので、二人は早々と昼食を空にして食堂を後にした。

 

 

 城を出た二人は現在、街の市場を買い物をしていた。買っているのはほぼカイルで、彼はお菓子を両手に抱えるほど買っていた。現在は油で揚げたパンをモシャモシャと齧っている。先程昼食を食べたばかりなのに健啖家である。

 ヤトも何も買わないのは手持ち無沙汰なので、酸味の効いたリンゴを少しずつ食べながら歩いていた。

 

「んぐんぐ――――――で、さっきの話だけど、多分麦の種まき前後には戦争になるよ」

 

「後二ヵ月程度ですか。その理由は?」

 

「ヘスティがやる気だから。そのために子供の王を仕立て上げたんだ。脚本を書いたのは新王の祖父で軍の主戦派筆頭ゴール将軍」

 

「なるほど、何となく読めてきました」

 

 ヤトにもカイルの言いたい事が段々と分かってきた。

 カイルの話をかいつまんで話すとこうだ。

 アポロンとヘスティは十年前に和平を交わしてから戦争をしていない。ゴール将軍はその非戦政策を快く思っておらず、度々上奏しているが、王は好戦的ではないので聞き入れない。

 しかし将軍は軍のトップに立つ重要人物。故に蔑ろにしない証として彼の娘を側室に迎えて子供も作った。それが先王の三男であり、現在の少年王である。

 そして軍事力を背景にゴール将軍は義理の息子である先王を無理やり退位させて孫を即位させた。おまけに先に生まれた王子二人は既に幽閉してある。

 王の摂政として実権を握ったゴールは宮廷を恐怖で支配しつつ軍備を整え、間を置かずにアポロンへと攻め込む準備を着々と進めているそうだ。

 

「軍事力を持った外戚の専横――――よくある話ですね」

 

「盗賊ギルドの大人達もそう言ってた。もうすぐ宣戦布告があるんじゃないかな」

 

「ところで、なぜカイルがそんな重要な情報を知っているんです?」

 

「母さんの手紙に書いてあったから。それと戦争に巻き込まれたくなかったらさっさと他の国に逃げろって」

 

 カイルの母とは盗賊ギルドマスターのロザリーである。様々な情報に通じるギルドの頭目なら、あるいは知っていてもおかしくない。

 そしてこの情報は既にアポロン王に伝わっていた。おかげで日に日に盗賊ギルドの重要度が増しているらしい。

 

「それで、貴方は逃げるつもりですか?」

 

「ううん、そのまま僕も戦争に参加するよ。傭兵としてよりも斥候として動くことになると思う」

 

「まあ、納得して参加するなら僕は何も言いません。精々死なないように気を付けてくださいね」

 

 ヤトにとって誰が死のうがさして気にならないが、嫌々戦に出て泣き喚く輩を見るのは興が削がれる。

 戦とは出来る限り大規模で華やか、誰もが望んで殺し合った方が気分が良い。勿論誰も居ない場所で一対一で戦うのも悪くはないが、風情の問題だ。

 

「アニキは――――答えを聞くまでもないか」

 

「当然です。騎士との模擬戦もそれなりに有意義ですが、戦争とは比べようもありません。勿論傭兵として参加します」

 

 ヤトは涼し気な笑みを浮かべて戦に思いを馳せる。カイルはそんな危ない兄貴分を味方として非常に頼もしく感じていた。少なくとも敵に回る心配はしなくて良さそうだ。

 

 

 数日後、アポロン王レオニスから直々に傭兵として雇用したいと契約が持ち掛けられた。普通に考えたら一介の傭兵相手にあり得ない話だが、相手が普通ではないバーサーカーなので、ある意味当然の処置と言えた。

 そしてヤトは契約書を読んで即サインした。一応明記された報酬はかなりの高額だったが、そんな項目には目もくれない。彼にとって一番の報酬は強者との戦いだ。

 配属先は交流のある騎士団。彼等は戦となれば一番槍を刻む誉れと共に最も危険な先鋒を務める事もある。

 

 

 同日、ヘスティの一軍が突如としてアポロンの領地に攻め入った。

 麦を刈り終えた晩夏でも戦乱の熱気が激しく燃え上がる。

 

 



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第24話 義理堅き者

 

 

 ヘスティによる突然の侵攻はアポロニアの王城を震撼させた。

 ある者は万を超える軍勢が今すぐにでも王都を陥落させようと進軍していると思い込んで慌てふためく。またある者はただの誤報と思って気にしない。別の者は竜騎兵が空を飛んで襲い掛かってくると思い、荷物を纏めようとしていた。

 誰もが真実を求めつつも、誰も真実にたどり着けない。

 混沌とした城はその実、一日程度で落ち着きを取り戻した。

 翌日には伝書ハトによって続報が次々寄せられて、詳細が情報が手に入ったからだ。

 ヘスティの一軍がアポロン国内に侵攻したのは間違いない。攻め入った場所は国内東端、ヘスティとの国境にあるワイアルド湖と呼ばれる小さな湖のある土地だ。そこに建てられた砦に一千程度のヘスティ兵が駐留しているらしい。

 僅か千の兵と聞いて場内は安堵の空気が流れる一方で、多少でも軍事に明るい者は、これが只の先触れの軍でしかないと予測していた。

 そして、たとえ千だろうが隣国の兵が許可も無しに自国に踏み入った事実は変わらない。よって、こちらも早急に兵を動かして敵を排除せねば王の、国の面子が立たない。

 問題は今すぐ動かせる兵が城の騎士団や守備兵ぐらいしか居ない事だ。サラを捕らえたダイアラスや奴隷市を開いたゲースの事もあり、王の近辺や都を空には出来ない。

 既に国中の諸侯に動員をかけているが、彼等が兵を率いて駆け付けるには、まだ幾ばくかの時間を要する。

 騎士と従者、それに傭兵をかき集めて何とか三百。それでどうにかするしかなかった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 王都の外では急いで兵を整えて行軍の準備を済ませた先遣隊三百五十名の指揮官として選ばれた騎士団指南役のモードレッド。彼は鬱々とした内心を悟られないように、即席の軍の前で兵を鼓舞した。

 その行為がどれほど役に立ったかは分からないが、ともかく先遣隊は無事に出立した。

 

 隊は着々と東へ進む。通常傭兵の行軍は徒歩だが、今回は速さと疲労を考慮して全員が馬車移動だった。

 馬車の一つの中ではヤトとカイル、他に何名かの亜人傭兵と思わしき連中が乗り込んでいた。

 その中の戦斧を持ったドワーフが唐突にヤトに話しかけた。

 

「アンタには世話になった。礼を言わせてくれ」

 

「僕が何かしましたか?」

 

「儂は奴隷市に商品として出されておった。それをアンタは助けた」

 

 そこまで言われてようやくヤトは理解した。ドワーフに見覚えは無いが、彼からすれば虜囚として屈辱を受けていたのを自分に助けられた形になる。

 ゾルと名乗ったドワーフ以外にも、同じ馬車に乗っていた女エルフの弓兵ヤーンや隻眼の人狼ゼクシがこぞってヤトに感謝を述べた。彼等もヤトや盗賊ギルドに助けられた面々だった。

 実は今回の先遣隊に参加した傭兵の中には、奴隷として囚われていた者が三十名程いる。他にも二十名程盗賊ギルドから参加していた。集まった兵の数が予想より多いのにはそうした理由があった。

 

「私はこの国の貴族が許せないけど、助けてくれた貴方や盗賊ギルドの人達に少しでも恩返しがしたかったの」

 

「俺も今度はアンタ達と肩を並べて一緒に戦いたい。よろしく頼む」

 

「分かりました。共にヘスティと戦いましょう」

 

 正直ヤトは誰と共に戦おうがさして興味は無いが、わざわざそんな事を言って相手の不興を買ったり興を削いだ所で面倒が増えるだけなので、自分の邪魔をしない分には程々に好意的に接した。

 彼等はヤトの内心を知る由を知る術が無いので、言葉通りに受け取り大きく士気を上げた。

 

 



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第25話 寡兵の戦い方

 

 

 三日後、先遣隊が着々とワイアルド湖に近づくにつれて、段々と隊の空気が重くなるのをヤト達は感じていた。

 そもそもたった三百五十の雑多な兵で砦に籠る千の敵を相手取るのはまともに考えて自殺行為に近い。本来攻撃側は防御側の倍から三倍程度兵を使って防御拠点を落とすのが定石だ。これでは逆である。

 それは少しでも戦の知識がある者なら分かっているので、本気で砦を攻めるとは隊の誰もが思っていないはずだろうが、それでも指揮官である騎士達の周辺には常に重苦しい雰囲気が漂っている。あたかも死刑執行を待つ囚人の顔をしていても、それはきっと気のせいだろう。

 

 明日の昼には目標の砦が見える距離まで迫った先遣隊は小川の傍で野営していた。

 兵達は戦を明日に控えて緊張している。特に戦経験の無い元奴隷の亜人連中はまるで落ち着かない。今更逃げる事は無いだろうが、いざ戦になってどれほど戦えるか分かりはしない。

 そうした空気を読み取った騎士達はなるべく緊張をほぐそうとするが、成果はあまり上がっていない。

 騎士アルトリウスも傭兵達を鼓舞するために野営地を回っていた。そこで見知った顔を見つけた。ヤトとカイルだ。

 

「調子はどうだ二人とも」

 

「いつも通りです」

 

「ちょっと緊張してるかな?」

 

 素っ気ないヤトと年相応に緊張しているカイルを見て、アルトリウスは少し笑う。彼もまた明日を想うと気が張り詰めていた。

 アルトリウスは焚火の前に座る。カイルは彼に干し肉と野草のスープを差し出す。まだ夕食を済ませていなかったので、ありがたく受け取った。

 

「戦が心配ですか?」

 

「――――正直に言うとな」

 

 ヤトの問いに、アルトリウスは他の者に聞こえないように小さく返した。

 そしてスープを飲みながら小声で部隊の戦略目標を話し始めた。

 まずこの先遣隊はアポロン軍の集結と進軍まで、砦に籠ったヘスティ軍の足止めをしておくのが王の至上命令だ。元から砦を攻め落とせとは言われていない。

 

「常識的な命令で良かったじゃないですか」

 

「そうだな、敵がずっと砦に籠っていてくれればな。そしてヘスティから後続の本軍が来なければの話だ」

 

 まあそうだろう。幾ら砦に籠っていても千では、アポロンが五千も用意すれば容易く陥落する。ワイアルド湖の砦はあくまでアポロン侵攻への足掛かりとなる土地、橋頭堡として占領しているに過ぎない。

 あるいは増援が来なくとも、たった三百五十の兵では砦から半数の五百でも出て来て野戦を仕掛けられたら全滅する。正直、何のための先遣隊なのか分からない。指揮官に選ばれたモードレッドも隊をどう扱ってよいか頭を悩ませていた。

 まともに戦うのは無駄。砦を取り囲んで持久戦も数が少なくて無意味。精々砦の監視か、領民にアポロンは見捨てていないとポーズのために派遣した見せかけの軍でしかないように思えた。

 上手くやれば死人は一人も出ないだろうが、全て相手の出方次第というのは指揮官として面白くないだろう。

 ここでカイルが、ふと心に浮かんだ疑問を口にした。

 

「じゃあ、もし僕やギルドの人が砦の扉を内側から開けて全員を引き入れたら砦は落とせる?」

 

「不可能ではないが、敵の数が三倍では上手くやっても共倒れが精々だ。せめてもう少し数を減らさねば」

 

「砦の食料を全部燃やすとか、井戸に毒を入れて飲めなくしたら?」

 

「向こうも馬鹿ではない。そうした最重要物資は警戒も厳しい。無理と考えた方が無難だ」

 

 カイルは自分の策が冴えた考えだと思っていたが、この程度の策はモードレッドやアルトリウスにも思い浮かびながらも捨てていた。

 目の前で唸っている二人を尻目に、ヤトは我関せずとスープを飲んでいたが、何気なく浮かんだ疑問を口にした。

 

「所でこの土地はアポロン領ですが、民はヘスティの占領をどう思っているんです?」

 

「元々ここはヘスティの領地だったから、悪い気はしていないだろう。と言うより、上が誰だろうがここの民は気にしないぞ」

 

 その答えにヤトは首を捻った。

 ヤトが流浪の東人だったのを忘れていたアルトリウスは、この土地の歴史から教える事にした。

 元々このワイアルド湖は豊富な水を使った麦の栽培と漁業で裕福だった少数部族のワイアルド族が住んでいた。それをアポロンが滅ぼして国土とした。しかしそれを快く思わない隣国のヘスティが武力で占領した。それを今度はアポロンが取り返し、また奪われる。

 そんな陣取りゲームのような繰り返しを五回は続けていたのがこの土地である。

 だからそんなゲームに付き合わされる民は上に立つ所有者が誰だろうがあまり興味が無いのだ。

 

「何というか下から見たら馬鹿馬鹿しい戦ですね」

 

「全くだ。そんな戦で死ぬのは御免被るが、我々騎士は王に戦えと言われれば戦うだけだ」

 

「ではここの民は何かあれば旗を取り換えるのも容易いと?」

 

「残念ながら砦より東は簡単にヘスティの旗を掲げているな」

 

 そこまで情報を得たヤトはスープを放置して考え込んだ。

 それから暫くして、ようやくヤトが思案を止めたのは、飲んでいたスープがすっかり冷めてしまってからだ。

 

「――――砦を迂回して東の村々を焼きましょう」

 

「何を考えている貴様―――」

 

 ヤトはせっかくの戦なのにお預けを喰らいたくなかったので悪辣な策を考えた。

 

 



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第26話 問題続出

 

 

 ――――――――ワイアルド湖の砦の一室――――――――

 

 

 夜明けの数時間前、ヘスティ軍指揮官バーグは扉を乱暴に叩く音で起こされた。苛立ちを隠しながら眼を擦って眠気を覚ます。

 つい先日、ようやく落とした砦の簡易修繕が終わり、久しぶりに温かいベッドでゆっくり寝られると思った矢先に問題が発生したのだろう。

 剣だけを手にして扉を開けると、荒い気を吐く兵士が立っていた。

 

「バーグ様、お休みのところ申し訳ありません!火急の知らせでございます!」

 

「分かった。まずはお前が息を整えてから話せ」

 

「ははっ!―――――――んん、ご報告がございます。ここより北東にある村が野盗五十名に襲われて、至急助けを求めております。如何いたしましょう?」

 

「こんな時にか?いや、こんな時だからこそどさくさで動く輩も居るか」

 

 バーグは溜息を吐いたが納得して受け入れた。こうした戦の前後には混乱と武力の空白が生まれる。その隙間を狙って火事場泥棒を働く目敏い連中はどこにでも居た。些か五十名は多いが、もしかしたら自分達の後をつけていたのかもしれない。

 そもそも今回のアポロン侵攻は新たな王の初めての親征である。些細なミスでさえ許されない。

 そして七日後に到着するゴール将軍に発覚すると今後の評価に響くので捨て置けない。

 

「分かった。ドナルドに百二十程度与えて討伐に向かわせろ」

 

「承知しました」

 

 バーグは伝令に向かう兵士の後姿を見ながら心の中で、もう少しゆっくり眠りたいと愚痴った。

 

 

 正午。昼食を楽しんでいたバーグに兵士が報告に来た。兵士の顔からあまり聞きたくない類の話だと予想した。

 

「ドナルドの部隊が負傷したのか?」

 

「いえ、ドナルド様はまだ戻っておりません。今度は砦から真東の村が盗賊五十名程に襲われたそうです」

 

 バーグは怒りでテーブルを叩きつけた。衝撃で皿に乗った豚肉が宙を踊る。兵士は明らかに委縮した。

 幾ら砦を守っているとはいえ、本軍の進軍ルートの治安を放置したままでは職務放棄と見做されてもおかしくない。

 今回の戦の大義はアポロンに不当占拠されたワイアルドの地を解放して民を慰撫するためだ。それが成されていないとなっては指揮官を罷免されかねない。そんな不名誉は御免だ。

 

「ロッテに百五十を率いてさっさと終わらせに行けと伝えろ!まったく、ドナルドもさっさと戻って来い」

 

 これ以上不興を買いたくなかった兵士は一目散に士官に命令を届けに行った。

 苛立つバーグは乱暴に肉を平らげて水で押し流した。

 

 

 夕暮れ時、盗賊退治に送った二つの部隊が一向に帰ってこないのをイライラして待っていたバーグにさらなる報がもたらされた。

 

「ご、ご報告いたします!南東の村でアポロンの残党百人がヘスティに味方した裏切り者と言って村人を虐殺していると―――――」

 

「ふざけるなっ!!!ええい、カーネル!三百を連れて、さっさと皆殺しにしてこい!!」

 

「――――承知しました。終わらせてすぐに戻ってきます」

 

 怒りに身を任せながらも、信頼する副官のカーネルに命令を伝えたバーグ。彼は指揮官としての責務をまだ放棄していなかったが、不測の事態の連続で明らかに憔悴していた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 翌朝。一気に半分以下の兵になった砦の一室でバーグは一睡もせずに報告を待っていた。正確には情勢と報告が気になって眠れないのだ。

 月が沈み、太陽が顔を見せ始めた頃、兵士が扉を叩く音がした。決して睡眠不足による幻聴ではない。何か進展があったのだろう。

 

「報告します!物見の報告では昨日砦を出たドナルド様とロッテ様の部隊が砦に向かっています」

 

「それは確かか?」

 

「はっ!確かに両名の旗が靡いております。兵の数もほぼ同じです。それと、縄で繋いだ捕虜が数十名居るようです」

 

「――――そうか。カーネルが戻っていないのが気になるが、ひとまずの朗報だ。私が直接出迎えよう」

 

 ようやく良い報告が聞けそうだと思ったバーグは上機嫌で正門の上に向かった。

 

 バーグが城壁の上に来る頃には、三百近い兵士と五十を超える捕虜らしきフードを被った一団が門の手前で待っていた。

 兵士達は誰もが返り血で汚れており、如何に盗賊討伐が苛烈だったかが一目で分かった。そして彼等は皆憔悴しているのか、見上げるのも億劫で俯いている。

 それは砦の兵士も同じだ。半数になった兵がほぼ寝ずの番で夜間の警戒に当たっており、誰もが眠気と戦っていた。中にはようやく同僚達が帰ってきたのに安堵して、大きな欠伸をする兵もちらほら居た。

 

「開門!開門せよ!!我々は盗賊を討伐したロッテ、ドナルド両名である!」

 

「うむ、よくやった!番兵、ただちに開門せよ!!」

 

 バーグの命令で兵士が数人がかりで閂を外して、重厚な鉄で補強した扉を開いた。

 完全に開いた門を騎乗したまま騎士が通る。

 捕虜と兵士が半分程度砦に入った頃、バーグが彼等を労うために上から降りてきた。

 しかし、その時兵士の一人が違和感を覚え、帰還した兵士の顔をまじまじと観察した。そして違和感が確信へと変わり、その場で叫んだ。

 

「違う!こいつら俺達の仲間じゃないぞ!!知らない奴ばかりだ!!」

 

 その声を合図に、帰還した兵士達は一斉に砦に残っていた兵士達に襲い掛かる。

 さらに捕虜と思われていたフード姿の者達も全員外套を脱ぎ捨て、手を縛っていたはずの縄も投げ捨てた。

 

「芝居はここまでだ!!全員手筈通りかかれっ!」

 

 砦は大混乱に陥った。

 

 



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第27話 三つ首の凶獣

 

 

 何のことは無い。砦を出たヘスティの兵士がアポロンの兵士に入れ替わっただけだ。

 村が盗賊やアポロンの残兵に襲われているなど、全てデタラメ。そうしてノコノコ助けに来た兵士達を途中で待ち伏せしていたアポロンの先遣隊が情報を得るための捕虜数名を残して皆殺しにして、装備を奪って入れ替わった。

 元々ここがアポロンの土地であり、傭兵の中にはここの出身者も何名か居たので待ち伏せに適した場所を選ぶのも容易かった。三度に分けて兵を出したのでこちらの被害も軽微。

 おまけに砦の兵士は半数になり、夜通し見張りをしていて疲労も溜まっている。既にアポロン兵の半数が砦の中へ入ってしまった現状で、ヘスティ側に利する要素は兵の数しかなかった。

 

 完全に開け放たれた門からは次々とアポロン兵が雪崩れ込んでくる。呆気に取られたヘスティ兵はただ茫然とその光景を眺めているしかない。

 門の外ではエルフの弓兵と魔法使いが城門の上に居る敵弓兵を殺して、内からも次々高所を占拠しようと兵士が昇っている。カイルも弓を手にそちらに向かっている。

 しかし敵も兵士。致命的なミスを重ねてもなお戦う気概を失っておらず、散発的ながら抵抗する兵はそれなりに多い。砦内部は完全に乱戦となっていた。

 指揮官のバーグも全ての兵に敵の排除を命じる。しかし殆どが同じ装備の兵士だったので、ヘスティ側が同士討ちを避けて中々攻勢に出られない。

 

「くそ、アポロンめっ!こんな汚い真似を!―――――――そうか!腕や頭に黒い帯を巻いているのがアポロン側だ!注意して見分けろ!!」

 

 兵士の乱戦から服装に違いがあるのを見つけたバーグが指示を飛ばす。兵士は即座に対応して敵を見分けて冷静に戦い始める。

 しかし勢いは大きくアポロンに傾いており、何か一発逆転の札でも無ければ容易く砦は落とされてしまう。

 故にバーグは躊躇無く今ある切り札を使ってしまうつもりだった。

 

「すまん、ここは任せた!私はアレを解き放つ!!」

 

「バ、バーグ様!アレを使うつもりですか!?」

 

 近習は正気を疑うが、指揮官として負けを認めるわけにはいかなかったバーグは決断して、全てから背を向けてある場所に疾走した。

 

 

 ヤトは未だ混乱の坩堝にある砦内部でヘスティ兵士を片っ端から切り捨てていた。既に十人は首を刎ねているが、一向に減らないそこそこ強いだけの兵士に少々飽きがきていた。彼の悪癖だ。

 余裕のある彼は戦いながら砦内部をあちこち見渡す。

 戦況はアポロンが優勢。城壁の高所を占拠したこちらの弓兵が援護射撃をしており、カイルもエルフに恥ずかしくない優れた弓の腕を披露している。亜人達や盗賊も兵士相手に複数で囲んで難なく倒していた。

 この調子なら彼等も何とか生き残れるだろう。別段誰が死んでも構わないが、率先して死んでほしいとは思わない。生き残れたらそれは本人の力量と運ゆえだ。

 

 傭兵としての務めを最低限果たすため、都合十五人を斬った頃、砦の奥で何か獣の唸り声と、人の悲鳴が交じり合って聞こえてきた。

 ヤトは直感的に自らが斬る価値のある相手が居ると確信して悲鳴の方へ走る。

 砦の中央へと向かうにつれて増える人の悲鳴と凶獣の咆哮。それは戦場という異質な場所の中でも、さらに場違いと言わざるを得ない。

 砦内部の中央の広場。そこは食卓であり、屠殺場でもあり、ゴミ捨て場でもあった。

 

「「「GAUGAUGAU!!!」」」

 

 広場の主はお食事に夢中。血の滴る新鮮な肉を骨ごと頬張って、バリバリ噛み砕いて腹に収めている。頭蓋だろうが内臓だろうがお構いなし。それどころか金属製の鎧すら平気で噛み千切っている。ただ、金属は味がお気に召さないのか歯に詰まるのか、度々そこらに吐き出しては、学習したのか血肉だけを選んで口にしている。

 主はヒグマのような巨体、ライオンの如きしなやかで俊敏な筋肉、黒馬のような艶のある黒毛、短刀のように鋭く長い爪と無数の牙。そして三つ並んだ凶悪極まった犬の首。

 地獄の番犬と恐れられる三首の幻獣ケルベロスが朝食に何人ものアポロン兵士を喰らっていた。

 

「いいですねえ、そうでなくては」

 

 地獄絵図を見てもヤトはブレない。彼はまるで飼い犬と遊ぶような気軽さで、一歩また一歩と食事中の凶獣へと近づいていく。

 ヤトに気付いたケルベロスは、また一体獲物が近づいてくると思い、牙を見せる。そのしぐさはまるで笑っているようにも見える。いや、事実新鮮な獲物が自分から身を差し出しているように見えるのだ。それが楽しいのだろう。

 三つ首の狗は優れた脚力を活かして一気に距離を詰め、馬鹿な獲物を巨体で圧し潰しにかかった。

 迫り来る巨体。しかし幾ら速くとも直線的にしか動かない猪に臆するようなヤトではない。彼は余裕をもって凶獣の突進を側面に躱して、すれ違い様に右首の顔を撫でるように斬った。

 口から頬までをざっくりと斬られ、何本かの牙も折られた右首は狂ったように吠えた。そして痛みで我を忘れた右首に引っ張られるようにケルベロスはヤトを猛追する。

 右首が常にヤトを正面に捉えて大口を開いて飲み込もうとした。

 ナイフのように鋭く尖った無数の牙は脅威だが、当たらなければどうという事は無い。先程と同じように右側面に逃れようとするが、ヤトは殺気を感じて反射的に反対の正面に跳んだ。

 その直感は正しかった。右首の上から想像以上に首を伸ばした中首が火を吹く。ヤトは既に逃れたが、代わりに食い散らかした死体は炭化したゴミとなった。恐るべき火力である。

 しかしヤトはそんな事で怯むような可愛げのある性格はしていない。むしろただの狗ではない事が分かり、より強い喜びを噛みしめて今度は反対側に回り込みながら、左の首の牙を躱しつつ前足を半ばまで斬った。手応えから骨までは到達していないが、かなりの深手を与えたと確信した。

 たまらず全ての首が痛みの咆哮を上げる。さらに追撃で後ろに回り込むと、後ろ足と尻尾をそれぞれ斬り落とす。

 これにはさしもの凶獣も堪えてその場に座り込んだ。足が使い物にならなければ、どれだけ巨体でも後はなすがままに斬られて終わりだ。

 この時、ケルベロスは死への恐怖に苛まれていた。相対する二本足は唯の餌ではない。自分を殺す死神。こいつから何としてでも逃れなければ自分は死ぬ。

 恐怖が凶獣を突き動かし、全ての首が無差別に火を吐いて広場を火の海に変えてしまった。

 流石にこれにはヤトも一時的に手近な建物の石壁を盾にして退避せねばならなかった。

 尤もそのまま隠れているはずもなく、すぐに建物の中に入って移動する。この辺りは居住区なので家屋が連なっており、建物内を移動すれば相手を撹乱しやすい。

 とはいかず、ケルベロスも犬の仲間。嗅覚と聴覚には長けており、ヤトの臭いを追って首を向ける事ぐらいは容易だった。

 移動するたびに後ろから炎が迫ってくるのはヤトでも良い気分はしない。どうにかしようと考え、ちょうど部屋の隅に置いてあった白い粉の入った容器二つを手に取って二階に駆け上がる。そして窓からケルベロスに向かって片方の容器を投げ落とした。

 容器に気付いた犬だったが身動きが取れず、炎で迎撃したものの容器は陶器だったので、そのまま身体に当たって中身をぶちまけた。

 瞬く間に粉はケルベロスの周囲に飛び散って視界を塞いでしまう。三つ首全てが粉を吸い込み咳込む。

 苛立った首達は白粉を吹き飛ばそうと火を吐くが、これがいけなかった。

 巻き上がった粉に火が引火して、連鎖的に破裂音を鳴らして燃え上がる。白い粉は小麦粉だった。

 これは粉塵爆発と呼ばれる現象で、一定の空間に可燃物が四散しているところに火種を加えると、連鎖的に粉末が燃える。多くは炭鉱などの密閉空間で可燃性の石炭の塵に引火して大事故に繋がる危険な現象である。

 ただ今回は屋外の開放的な場所なので爆発性は極めて弱く、頑強な皮膚を持つケルベロスにはかすり傷一つ与えられないが、連続的に破裂音が鳴るので、聴覚に優れた相手には非常に有効である。

 現にケルベロスは至近距離からの破裂音で聴覚をかなり痛めており、半ばパニックになって暴れている。

 さらにヤトはもう一つの容器の中身を広範囲に撒き散らすよう、暴れる凶獣の上に投げた。

 小麦粉と異なる白い粉がまんべんなくケルベロスに降りかかる。

 

「「「GYAAAAAAAAAAA!!!」」」

 

 ケルベロスはさらに狂ったように暴れ回って転がる。特にヤトに斬られた右首や後ろ足を庇うような動きが痛々しい。

 二度目の粉は塩だった。如何に地獄の番犬と恐れられる獣とて、傷口に塩を加えられては痛みで我を忘れてしまう。

 ヤトは戦場において致命的な隙を晒した相手に慈悲をかけるような性格をしていない。炎が止んだ隙を逃すはずもなく、建物二階の窓から飛び降りながらケルベロスの腹に着地。柔らかい腹を赤剣で深々と刺して横に捻りながら掻っ捌いた。

 

「「「GYOAAAAAAAAAAA!!!」」」

 

 三つ首から絶叫が垂れ流されるも、腹を繰り返し剣で刺されるたびに鳴き声は弱くなり、四度目の割腹で遂に息絶えた。

 地獄の番犬と恐れられたケルベロスだろうとより強い者に地獄へ叩き落されるのがこの世の摂理である。

 

 



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第28話 軍略

 

 

 ヤトはケルベロスが完全に息絶えたのを確認した。そして気を抜かずに周囲を警戒する。

 今の所、敵兵は居ない。そして流れ矢なども振ってこないので一息吐いて、火事になっている建物の消火作業を始める。

 耳をすませば、まだまだ兵士達の戦う音がそこかしこで響いていた。砦全体に響く戦いの旋律に耳を傾け、久しぶりの激闘の熱を冷ます。

 そして一時間ほど建物を壊して延焼を防ぎつつ、戦闘がほぼ終息したのを見計らってヤトは正門まで引き返した。

 

 正門では捕虜となった百名程のヘスティ兵が武装解除されて縄で縛られていた。他に怪我をしたアポロン兵が仲間から手当てを受けている。

 

「あっアニキー!どこ行ってたのさ?」

 

「ええ、ちょっと広場の方で犬と戦ってたんですよ」

 

「犬?」

 

 手を振って駆け寄るカイルに、ケルベロスとの戦いを一言で伝えたが、言葉を端折り過ぎて上手く伝わっていない。

 カイルの方も犬とだけ聞いて、沢山の猟犬を相手に戦っていたのだろうと勝手に解釈して納得した。間違っても地獄の番犬と恐れられる幻獣ケルベロスとは思っていない。幾らヤトが非常識でも、幻獣を犬扱いは無いと想像力の外に置いている。

 他の傭兵や兵士も怪訝な顔をする。そして広場の犬と聞いて一番反応したのは捕虜の中に居た指揮官のバーグだった。

 彼こそが砦にケルベロスを持ち込み、解き放った張本人だった。しかし切り札として解き放ったにも拘らず、一向に戦果を上げず音沙汰無しで、何ら戦況に影響を与えなかった。結果、早々に兵士は降伏。自身も捕らえられてしまった。

 

「そこの黒髪の傭兵。貴様ケルベロスと戦ったのか?」

 

「ええ。初めて戦いましたが、なかなか強かったです」

 

「えっ、アニキの言ってる犬ってケルベロスの事だったの?もしかして一人で倒した?」

 

 ヤトは頷いた。カイルをはじめとした騎士や、アポロン、ヘスティ両軍の兵士が驚愕する。

 ケルベロスと言えば並の兵士百人が束になっても勝てない凶暴な幻獣だ。それをたった一人で殺すなど、幾ら一流の戦士でも無茶である。しかしヤトが嘘をついているようには見えず、アポロン側は彼の強さをこの数日間で嫌というほど知っているので、半信半疑ながら納得しかけた。

 そしてバーグは切り札と思っていたケルベロスがたった一人の傭兵に倒されてしまったのを知り、いかに自分が指揮官として浅はかな考えで兵を率いていたのか理解してしまい、後悔の念に囚われてしまう。

 指揮官の心が完全に折れてしまったヘスティ軍は反抗心を失い、従順な捕虜としてアポロンの本軍が来るまで大人しくしていた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ―――――――三日後。

 ようやくアポロン軍が兵士三千を編成して砦に駆け付けた。既に早馬を飛ばして近状報告を受け取った、総司令官の騎士団長ランスロットが先遣隊指揮官のモードレッドと熱い抱擁を交わした。

 本来なら先遣隊は砦を落とす必要などない。あくまで本軍が駆け付けるまでの足止め程度で良かった。にもかかわらず半数以下の兵力で砦を落として攻城戦に使う時間と兵力を温存出来たのは、極めて有意義な戦果と言える。司令官のランスロットにしてみれば感謝しか無い。

 諸侯らの中にはせっかくの手柄を独り占めされたように感じる者もいるが、多くは本番の戦いはこれからと思っており、前哨戦で兵力を削らずに済んだ事の方が有難いと考える貴族が多い。よって先遣隊は大きな賞賛と軽い嫌味が混在した言葉を受けていた。

 そしてそれなりに被害を受けた先遣隊はランスロットから、この砦で傷を癒しつつ守備を命じられた。勿論傭兵や兵士には十分な恩賞を約束して。砦一つを落とした手柄は決して小さくない。

 しかしまだ戦い足りない者も少しばかり居る。ヤトもその一人だった。よって知己のランスロットに頼んで本軍に加えてもらうように頼んだ。

 一人でも強者は多い方がいいランスロットは申し出を快く引き受けた。なおカイルは砦で留守番を選んだ。

 本軍の出立は明日となる。

 

 

 翌日、捕虜になったバーグを尋問してヘスティ本軍の進軍ルートを知ったアポロン軍三千は砦を出て東へ進軍した。

 本来なら砦に籠って防衛戦に備える手もあるが、それよりランスロットは勢いのまま野戦を仕掛けてケリを着けるのを選んだ。

 幸い予定では、あと二日で四千のヘスティ兵が砦に到着するらしい。つまりこのままアポロンが進めば、明日には両軍があいまみえる事になる。それを知らないヘスティを強襲して大痛撃を喰らわせるための出撃だ。当然、斥候として割増の報酬が欲しい盗賊が先行して情報を集めている。

 普通は数で劣る以上、砦に籠って持久戦を選ぶだろうが、ここで攻勢を選ぶランスロットの肝は中々据わっている。あるいは指揮官としての栄誉と戦功が余程欲しいのだろうか。

 本人の腹の内は分からないままだったが、指揮系統の問題から総司令官に従う他無く、多少の不安はあっても離脱する者は皆無だった。

 

 そしてアポロン軍は数度の小休憩を挟みながら順調に行軍を続け、いつの間にか昼を大きく過ぎていた。

 しかし不意に軍の先頭が立ち止まる。兵士達は休憩かと思ったが外れだった。

 東から馬に乗った斥候が戻り、ランスロットに近づいて報告した。斥候からの情報を得た彼は自信に満ちた顔つきのまま白い愛馬を駆って、周辺で最も大きな岩の上に昇り、剣を抜いた。白銀の魔法剣は太陽の光を跳ね返し兵士の目が眩む。

 

「栄光ある兵士並びに騎士達よ。恥知らずのヘスティ軍の所在が判明した!奴らは今も呑気にアポロンの領地を我が物顔で歩いているが、誠に許し難い。まるでもう勝ったつもりではないか!諸君らは奴らを許していいのか!!」

 

「いいわけがない!!ここは俺達の土地だ!!ヘスティなんかお呼びじゃねえ!!」

 

「よく言った!それでこそ勇気あるアポロンの男だ!!」

 

 ワイアルド出身の兵士が呼びかけに応え、ランスロットもまた彼の魂の叫びを称賛した。これに同調した周囲の兵士の咆哮が次第に全軍へと伝播し、比例するように軍の士気は高まる。

 

「確かに我々は数で劣る!しかし、ヘスティ軍はあの恥知らずのゴールが率いている!あの男は権力欲のために自らの孫すら贄に捧げた!!そんな私利私欲の畜生に率いられる兵など物の数ではない!きっと兵士も恥ずかしさで戦うどころではないはずだ!我々の勝利は揺るがない!!」

 

「「「おおおおおおーーーーー」」」

 

「行くぞ諸君!!栄光はすぐそばに来ているぞっ!!」

 

 耳触りの良いランスロットの演説に浮かされた兵士達は我先にと街道を駆けて行った。流石王族。数で劣る不安を見事に解消しつつ、逆に士気を劇的に高めた。人を上手く乗せる術を心得ている。

 

 アポロン軍は行軍速度を上げ、予定より早く野営地に着き、明日の決戦に備えて早々に休息に入った。

 敵ヘスティ軍は丘を超えた先のゾット平原まで迫っていた。

 

 



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第29話 混迷のゾット平原

 

 

 ――――――夜半。

 アポロン軍はまだ夜の明けない内から動き出していた。

 兵士は簡単な食事を摂り、装備を整える。丘一つ離れたヘスティに悟られないように、火の類は一切使わず、保存食と水で薄めたワインの朝食だ。

 兵士は今か今かと突撃の号令を待っているが、夜明けまではまだ少し時間があり、多くが戦に焦がれていた。

 指揮官の貴族の中には夜襲をかけてはどうかと意見もあったが、ランスロットがそれでは暗くて同士討ちの可能性もあると反対した。そして大多数が夜明け前の寝起きに仕掛ける方針に賛成した。

 ヤトも食事を済ませて、今はじっと戦いを待っている。周囲には傭兵として参加した亜人達が居た。ドワーフのゾルと人狼のゼクシだ。女エルフのヤーンはカイルと共に砦の守備に残った。

 時間を持て余していたゼクシが、気分を落ち着けるためにヤトに話しかける。

 

「なあ、アンタは戦い以外に好きな事とかあるのか?」

 

「無いですね。そもそも戦いと剣以外に興味がありません」

 

「じゃあ女はどうだ?」

 

「どうでもいいです。弱いですし、子作りにも関心が無いです」

 

 取り付くシマも無いヤトに、ゼクシとゾルは呆れた。彼等とて奴隷として囚われる前には普通の生活を営んでいた。勿論人並みに楽しい思いもして、特定の相手と関係を持つこともあった。しかし恩人のヤトにはそうした経験がまるで無いのを不憫に感じてしまう。

 いくら本人が良いと感じていても彼はまだ若い。だから少しばかりお節介を焼いてしまうのは人生の先輩としての習慣だった。

 

「あるいは僕より強いか互角なら興味が湧きます。尤もそんな女性が居ると思えませんが」

 

「顔とか身体の好みは無いのか?」

 

「人だろうと亜人だろうと皮一枚剥いだら全部同じ、肉の袋じゃないですか。強さ以外に何か違うんですか?」

 

 これはもう駄目だ、生まれながらに違う。ゼクシやゾル以外にも傍に居た傭兵達の心は一致した。

 むしろヤトにとって、なぜ世の男女はそんな些細などうでもいい違いで一喜一憂して、嫉妬や上下関係を感じるのか理解出来なかった。そんな下らない要素で争うのが如何に馬鹿馬鹿しいか、それが分からない者が世に溢れているのが嘆かわしかった。

 

 ヤトと傭兵達の下らないお喋りも、空が白くなり始めて太陽が僅かに顔を覗かせた頃には打ち止めだ。後は戦いが終わってからになる。

 先頭では司令官のランスロットを始めとした騎士が先陣を切る準備をしていた。

 ここから先は音を殺しつつ、出来るだけ素早く敵陣に近づく必要がある。よって兵にも吶喊の声は厳禁を言い渡した。

 準備の整ったアポロン軍。ランスロットは突撃の号令の代わりに自慢の白銀の魔法剣を振り下ろし、三千の兵は静かに前進した。

 剣の先には敵兵四千が居た。

 

 

 夜明けと共に奇襲を受けたヘスティの陣は大混乱に陥った。夜通しの見張りは少数、兵の多くは寝起きか未だ就寝中。とてもではないが戦う準備が出来ていない。主だった士官もようやく起きたばかり、軍司令官のゴール将軍すら顔を洗っていた最中だった。

 ゴールは混乱して右往左往する近習を落ち着かせると、とにかく寝ている兵を片っ端から起こして戦うように命令した。そして自分も急いで鎧を纏って、陣の中から冷静に指示を飛ばす士官を見つける。

 

「敵は何処だ!?数は!?」

 

「敵は既に陣内に多数入り込んでおり、数が把握出来ません!!部隊指揮もこの乱戦ではとても――――」

 

「くそっ!!奇襲とはアポロンの卑怯者め!―――――貴様は森に行って連中を叩き起こして来い!!」

 

「はぁ!?まさか、奴らを陣の中に引き入れるつもりですか!!」

 

「つべこべ言うな!!この状況ではアポロン共に良いようにやられるだけだ!私は指揮系統を立て直す。良いな、これは命令だ!!」

 

「ぐっ!了解しました!!」

 

 ゴールは明らかに納得していない様子のまま森へ向かう士官を無視して、混沌とした陣内を立て直すべく行動を開始した。

 

 

 陣内で片っ端からヘスティ兵の首を刎ねていたヤトはそれなりに満足していた。最初は寝ぼけた兵ばかりでつまらなかったが、時間が経つごとに態勢を立て直して本来の力を発揮し出した兵が多かった。特に騎士は奇襲に対して混乱も少なく手練れが多い。おかげで五人目の騎士を斬る頃には軽い裂傷を幾つも作ってしまった。

 

「む、ヤトか。その様子なら息災だな」

 

「アルトリウスさんも怪我は無いようですね」

 

 馬に乗った騎士甲冑のアルトリウスが声をかけた。手にはべったりと返り血が付いたサーベルを持っている。あの様子ではかなりの数を斬ったのだろう。彼は脂で切れ味の落ちたサーベルを捨てて、従士から代えのロングソードを受け取った。

 戦は未だアポロン側に優位だ。数の差は最初の奇襲と指揮系統の混乱でほぼ埋まっている。今はヘスティ側がある程度指揮系統を回復させたので組織的な反撃がちらほらあるが、それでも士気はこちらの方が高い。

 それに相手は起きたばかりで空腹。こちらは朝食を済ませていて力が出せる。この差も無視出来ない。

 アルトリウスはこの分なら、あと二時間もあればヘスティ兵を潰走させられると読んでいる。だからこうして戦場のさなかでも余裕を見せてヤトと話していられた。

 しかしヤトは唐突に南の方角を凝視する。自軍が優勢で楽観的だったアルトリウスは怪訝な様子で声をかけるが、ヤトはまるで耳に入っていない様子で神経を尖らせる。

 

「おいヤト、なんか南の方にヤバいモノが居るぞ!森の鳥が一斉に飛び立って、地響きが腹に来やがる」

 

 近くに居た人狼のゼクシが全身の毛を逆立てて警告を発する。陣の中の兵にも感覚に優れた者は違和感を感じて南の森に注意を向ける。

 それは次第に陣全体に波及し、戦を止めてしまう兵士すらポツポツと出てくる。

 時間が経つにつれ大きくなる地響きと木々の裂ける音。そして何かを思い出したかのように我先にと逃げ出していくヘスティ兵。

 何かがおかしい。良くない事が起こる。経験豊富な兵ほど勘が囁く。

 勘は正しかった。南の森から姿を現した災厄にアポロンの兵士は誰もが呆気にとられた。

 それは鎧と見間違うほどに発達した鋼の如き筋肉。

 それは巨大な神殿の柱の如き重厚な太さで大地を踏みしめる脚。

 それは樹齢数百年を超える大木を軽々と担ぐ万人力の腕。

 それは万里を見通すと伝えられるほどに巨大な一つ目。

 それは人に似た容姿であったが、比べ物にならぬほど巨大な体躯。

 

「おいおい、これは夢か幻か?儂は昨日酒は殆ど飲んでいないぞ!」

 

 ドワーフのゾルが酩酊を疑うが、残念ながら森から現れた災厄は現実だった。

 それほどに衝撃的であり、疑わしい光景だった。

 馬上のアルトリウスが驚愕し、自分の目を疑いながらも、アポロン軍の窮地を認めて吐き捨てた。

 

「北の蛮夷、巨人サイクロプス!!」

 

 森から姿を現した二体の巨人サイクロプスによって戦況は混迷を極めようとしていた。

 

 

 



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第30話 よくある戦場の不運

 

 

 巨人サイクロプス。

 ヴァイオラ大陸の北、ダルキア地方に住む単眼の巨人。神話の巨神族の末裔とも言われている亜人種である。

 性質は獰猛にして野蛮。固有の文化を持たず、築かず、狩猟採集を営み、穴倉や森を住処とする。知性はやや低い。道具を作る器用さは持っておらず、精々が獲物から皮をはぎ取って腰巻を作る程度。

 それだけならオークやゴブリンのような下等亜人と大差が無いが、彼等は他の亜人種と決定的に異なる点がある。

 巨石の如き威容の巨大さだ。人間の優に五倍以上の巨体はそれだけで見上げる者に雄大さと恐怖を植え付ける。

 

「クソがっ!何でこんなところに巨人がいるんだよ!」

 

 ゼクシが怯え交じりの悪態を吐く。彼の尾は恐怖で萎れていた。生き物が自分より大きなモノに本能的な恐怖を抱くのは自然な事だ。誰も彼を笑う事などなかった。

 それは彼だけではない。多くのアポロン兵が大なり小なり恐怖を感じていた。中には一歩も動けず失禁する者、あまりの恐怖に気を失う者も居る。

 逆にヘスティ兵はいつの間にか一人残らず逃げ出しており、遠巻きに巨人を応援していた。つまりあの二体の巨人達はヘスティの陣営に属するという事だ。

 ヤトは二体の巨人をつぶさに観察する。どちらも獣皮を何枚も重ね合わせただけの腰巻を一枚着けているだけ。肩に担いでいるのはそこらに生えていた樹木を適当に引っこ抜いただけの棍棒。持ち物はそれだけ。

 体躯はどちらも人の五倍以上。正確には二体は頭一つ程度差がある。

 それと明らかに異なる点。片割れは発達した鎧のような身体と共に豊かな乳房を持っている。それは女性の象徴であった。

 亜人でも女の生まれないオークやトロルとは根本的に異なる種族なのだろう。むしろ人食い鬼の『オウガ』に近いのかもしれない。

 

「ヤト、お前さん女に興味は無いが、アレはどうじゃ?」

 

 ドワーフのゾルが恐怖を振りほどこうとして冗談を言う。ヤトはそれに対して冗談とも本気ともつかない言葉で返す。

 

「とりあえず斬ってみないことには何とも。はは、嬉しいなあ。あんな大物初めてだ」

 

 玩具を前にした子供のような笑みと、見るもの全てに寒気を与えるような冷淡な瞳がない交ぜになった相貌。

 ゾルは自分を助けてくれたヤトを生涯の恩人と思っているが、どうしても恐怖が拭えなかった。同時に、彼を見ていると酷く安心も覚える。

 つまり味方としてはこの上なく頼もしく、敵対するにはあの巨人達よりも恐ろしいと本能が教えてくれた。

 そしてヤトは待ちきれないとばかりに赤剣を手に駆けていく。勿論目指すは巨人の男女。

 ヤトに反応したわけではないが、巨人達は無造作に手に持った大木を小さなアポロン兵達目掛けて振り下ろした。

 陣内には雷鳴のような爆音が鳴り響き、地面が抉れ、人だったものの残骸が無数に飛び散り、血と肉の雨を降らせる。たった一撃で数十の兵士が粉々になった。

 周囲はこべり付く肉片にパニックを起こして兵士が我先にと逃げ出すも、ヤトだけは彼等と反対方向に疾走する。速度をそのままに、振り下ろしたままの大木を持ち上げる前に飛び乗り、男の方の手首を斬り付けた。

 しかし巨人の手から血が零れるが傷は浅い。見た目通り頑強な肉体である。当の巨人は痛みを感じて反射的に大木を振り上げ、小生意気な小人を跳ねのけようとしたが既に逃げた後だった。

 ヤトは鈍重な女巨人の股の間を抜けて、左足首に剣を振り下ろす。だがやはり浅い。剣は強固な皮膚と筋肉に阻まれて、肉を少しばかり斬っただけ。腱にも骨にも届いていない。

 

「これは硬いですね」

 

 たった一言で片づけていい状況ではないが現実は覆しようがない。

 尤も今までの斬撃は全て純粋な膂力だけで、剣に気功を纏わせていない。あくまで小手調べの剣筋だ。

 それでも傷には違いなく、血を流す巨人を見たアポロン兵は士気が高まる。どれほど巨大でも奴等も血を流す生きた種族であり、不死身でも無敵の神ではないのだ。

 兵士達はヤトに続けとばかりに男巨人へと殺到した。

 ある者は剣で、ある者は槍、また斧を振り下ろして懸命に巨人を討とうとする。あるいは何十もの弓兵が女巨人に一斉に矢を放つ。

 女巨人は鬱陶しいと感じて葉の着いたままの大木で矢を薙ぎ払う。が、全てを打ち落とす事は叶わず、何本かは身体に傷を作り、中でも幸運な一本が巨大な目を掠めた。これには巨人とて堪らず後ろへ下がる。

 これを好機と見た兵士はほぼ全て女巨人へと殺到し、男巨人はヤト以下少数の傭兵が相手取る事になった。

 ゼクシは足の甲に槍を突き立て、ゾルは戦斧で指を叩き切る。他の傭兵も足を破壊しようと懸命に武器を振るう。

 流石に男巨人も痛みで立っていられずに膝を着くが、なすがままにされるはずもなく、不愉快な虫を手で薙ぎ払おうとするが、それはヤトが防いだ。

 

「『風舌』≪おおかぜ≫」

 

 振りかぶる巨大な手を、気功を練って切れ味を増した赤剣で深々と斬り付けて右手首を切り落とし、薙ぎ払う直前の左腕を肘から切断した。

 両腕を失った巨人の絶叫がゾット平原に響き渡る。切断面からは滝のような血が零れた。

 すかさずヤトは追撃に入り、一足跳びに男巨人の肩まで登ると、剣を逆手に持ち替え、両手でしっかりと握り直す。さらに先程以上に丹田で気を練り、神経を研ぎ澄ませた。

 

「『旋風』≪つむじかぜ≫」

 

 呟くと同時に巨人の首へと赤剣を突き立てた。

 同時に巨人の体内で竜巻のような暴風が巻き起こり、岩のごとく強固な巨人の肉は爆ぜて四散。首が千切れ、鳩尾までが醜く抉れた。

 宙を舞う巨人の首が地に堕ち、ゴトリと大きな音を立てて転がった。

 

「傭兵ヤトがサイクロプスを討ち取ったぞぉぉ!!後に続けーーー!!!」

 

 離れた場所で弓兵を指揮していたアルトリウスの歓声。それに呼応した兵士が残った女巨人に殺到する。

 だが、それがいけなかった。

 目の前で息絶える相方を見た女巨人。彼女は火山噴火の如き憤怒の咆哮を上げて、足元に群がる虫のごとき兵士達に出鱈目に大木を薙ぎ払った後に仇のヤトへ投げた。

 木を避けようとしたヤトだったが、先程大技を使ったために若干の硬直を余儀なくされて初動が遅れた。

 

「これは参りました」

 

 数秒後の未来を幻視したヤトは困った顔をしながら大木の直撃を受けて跳ね飛ばされた。

 誰もが彼の死を悟った。

 

 



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第31話 二度目の失敗は無い

 

 

 ヤトは大木の直撃によって跳ね飛ばされた。

 巨人の片割れを討ち取った英雄の末路を見た兵士達は急展開故に動けなかった。それは多くの兵士の命取りとなり、憎悪に燃える女の情念の贄となる。彼等は無惨にも虫のごとく踏み潰され、叩き潰された。

 アルトリウスは指揮を忘れ、跳ね飛ばされて大木に圧し潰されたヤトへと向かう。

 彼は従士と共に今もヤトを圧し潰している大木を押しのけようと必死だ。さらに何人もの傭兵達が加わって、ようやく木をどかした。

 

「しっかりしろヤト!!まだ死ぬなっ!」

 

 必死で声をかけるが、当のヤトは血だらけで全身の骨が砕けている。まだ辛うじて息をしているが、とてもではないが治癒魔法でも無ければ、後数分で息絶えるような瀕死の重傷だった。しかしそれでも剣を手放さない。恐ろしいまでの剣に対する執念と言うべきか。

 傭兵達も何とかして出血を抑えようと手持ちの布で傷口を縛ったり止血するが、無情にも血は流れ続ける。特に恩を感じているゾルとゼクシは悲しみに打ちひしがれた。

 もはや一人の剣鬼の命が永遠に失われようとしていた時、変化が起きる。

 痙攣が治まり、破裂した肉の出血が止まる。骨の飛び出た四肢は再び肉の内部に納まり、元の引き締まった筋肉へと戻る。

 血だらけの胴体も古傷は無数にあるが、出血した傷は恐らく無いと思われる。年相応の活力に満ちた肉体だ。

 手当をしていた傭兵はこの異常事態について行けずに呆然と佇むが、そんな事はお構いなしの元瀕死の青年はゆっくりと立ち上がり、目を見開いた。

 

「あー危なく死ぬところでした。お騒がせしました」

 

「き、貴様……なぜだ」

 

 どう見ても死体の一歩手前だった男が一分にも満たない時間で全快したら誰でも驚愕する。

 蘇生した本人は周囲の心情などお構いなしに自らの身体の具合を測り、異常が無いのを確認した。

 そしてアルトリウス達の質問を無視して、未だ怒り狂って暴れまわっている女巨人を見据え、さらに離れた場所で呑気に歓声を上げているヘスティ兵を視界に捉えた。

 

「僕の事は後で構いません。先にあの巨人を何とかしましょう」

 

 ヤトの言葉にアルトリウスは我に返る。確かに戦はまだ終わっていない。今この瞬間にもアポロン軍は劣勢に追い込まれている。ここで何もしないのは騎士としての責務を放棄するに等しい。何よりも既に勝った気になって笑っているヘスティの奴らに目にもの見せてやりたかった。

 

「あ、ああそうだったな。貴様は戦えるのか?」

 

「ええ、万全です。だから巨人は僕がやります」

 

「いいだろう、二度もヘマはするなよ。我々は兵を引き連れて、向こうで高みの見物を洒落込んでいる連中を叩く」

 

 短いやり取りの後、アルトリウスはランスロットと共に残存兵を纏め上げ、ヤトは再び巨人と相まみえるために屠殺場となった戦場へと舞い戻る。

 

 涙に濡れた単眼の女巨人は手当たり次第に殺し続け、アポロン兵の被害は優に百を超える。既に彼女の周りには死体だけとなり、ほんの僅かだが冷静になった。それでも心は未だ激情に突き動かされ、血を欲していた。

 そして巨大な眼が半裸のまま疾走するヤトの姿を捉えた。あれはまさしく己が伴侶の首を落とした憎き小人。死にぞこないが再び我が眼前に立ち塞がるとは許し難い。同時に、自らの手で潰して肉を噛み砕いてから吐き出してやれる。そうして留飲を下げて、少しでも番を失った悲しみを癒したかった。

 

 ヤトは悲しみを背負った女巨人と対峙した。どちらもまだ互いに触れ合う距離ではない。

 彼女はもはや泣くのを止め、怒りと哀しみの混ざった瞳で宿敵となった男を見据えている。

 先に動いたのは巨人。彼女は巨大な足で散乱する肉や武具の残骸を蹴り飛ばす。それらは飛沫となってヤトに襲い掛かる。

 巨人の脚力で加速した物体はたとえ柔らかい肉だろうが、当たれば容易く人体を破壊する。

 しかし彼は避けるどころか、臆さず飛沫の中へと飛び込んだ。そして指以上の大きさの物体を全て剣で叩き落し、それ以下は無視して耐えた。ここで下手に避けるより、肉の残骸に混じって血煙と共に近づいた方が相手の視界から逃れられる。勘だ。

 ヤトは己の勘に命を預け、土と草と血肉その他の中を突っ切った。が、その先に巨人は居ない。

 予想外の展開に一瞬思考が止まったが、太陽が遮られたのに気付き、すぐさまそこから飛び退いた。巨人はその巨体を宙に飛ばして、大の字を作って地面に己の身を叩きつけた。

 激しい地響きによって姿勢が安定しないヤトだったが、いっそ跳んでしまえば揺れは関係ない。一足で跳び、巨人の左腕に乗る。

 そして最小限の気功術で剣を強化、腕の腱を斬って身体の上を移動。もう片方の腕も同様に斬った。

 痛みで暴れる巨人に振り落とされたが、すぐさま足の部分に回り込んで、立ち上がる前にやはり腱を斬った。

 こうなると如何に巨人とてどうにもならず、残った足をばたつかせて苦しい反撃に出るが既に時遅し。

 再び身体へと飛び乗り疾走。そのまま哀れな女巨人の延髄へ赤剣を抉るように刺し込んだ。

 それでも巨人は激情を糧に動くも、もはや意味の無い動きでしかなく、次第に身体の動きは痙攣に代わり、遂には息絶えた。

 ヤトは先程と同じ愚は犯さず、すぐさまその場から移動。丘の上のアポロン本陣まで後退した。

 彼の戦はここまでだった。

 

 



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第32話 魔剣『貪』

 

 

 その日の夜、ゾット平原ではアポロン軍による大宴会が催された。

 ヘスティ軍との戦いは多くの犠牲もあったが、終わってみればアポロンの大勝である。

 ヤトが女巨人と戦っている間、ランスロット率いる軍は呑気に観戦していたヘスティ軍を散々に痛めつけて撤退に追い込んだ。

 さらにそこから足の速い騎馬隊だけを率いて追撃を行い、敵総司令官のゴール将軍の首を挙げた。将軍の首を獲ったのはアルトリウスだった。

 他にも多くの士官の捕虜をとり、現在彼等は縄で繋がれていた。余談だが、その中にはサラ王女の襲撃に関わっていたメンターも入っていた。

 そして後日、ヤトが自分を騙したメンターに気付き、アルトリウスが掴みかかる一幕もあったが、戦に比べれば大した事はない。

 

 平原ではあちこちで宴会が開かれている。

 ヤトはその中でも司令官ランスロットが主催する士官や騎士ばかりの宴会に招かれた。一傭兵でしかないヤトには場違いのようにも思われるが、砦ではケルベロスを、平原では二体のサイクロプスを倒す大金星を得た英雄でもあった。故に彼が貴族と混じっていても不満に思う輩は誰一人として居なかった。それほどに常識外れの戦果だった。

 栄誉には違いないが、ヤトは些か面倒な付き合いとしか思っていない。元々酒自体そこまで美味いと感じる味覚はしていなかったし、バカ騒ぎも好みではない。

 とはいえ最低限同じ戦場で命を懸けて戦った戦士としての連帯感や仲間意識ぐらいはそれなりに持っているので、場を壊さない程度の気遣いは出来た。

 だから飲み比べのような競争はせず、騒ぐ騎士達を肴に水で薄めたワインをマイペースに飲んでいた。

 ただしこうした宴会でマイペースを貫けるはずもなく、何人もの騎士達がヤトを取り囲んでワインを頭から被せたり、持ち上げて肩車をするような陽気な者も居た。誰も彼もが悪気があってやっているわけではないので怒るに怒れなかった。

 そしていつの間にかヤトはランスロットやアルトリウスの傍で飲むことになり、王子から酒を注がれていた。戦場だから許される無礼講だった。

 

「で、そろそろ話してもらおうか」

 

 アルトリウスが酒臭い息を吐いてヤトに迫る。何がとは言わずとも分かる。サイクロプスとの戦いで死の淵から生還した事だ。

 宴会場に居た者は誰もがその疑問を抱き、答えを聞きたがった。ヤトはそれを拒否することなく、鞘から赤剣を抜く。

 

「この剣に備わった魔法のおかげです」

 

「ほう、意外だな。魔法の鎧には治癒力のある物もあるが、剣に癒しの力があるとは」

 

 意外な答えにランスロットが関心を持つ。

 魔法の武具には単純に切れ味の優れた物や耐久性に優れただけでなく様々な効果を宿す品が多い。

 例えば剣や槍の中には火や雷を生み出す品、毒や腐敗をもたらす特殊な性質を持つものがある。

 鎧や盾にも装着者の傷を癒し、毒気から身を守る加護が備わっている品もそれなりにある。あるいは炎や寒さに耐性を持ち、弱き者を守る優れた物も多い。

 ただ、剣に治癒の力を宿す品は極めて珍しい。あるいはどこかの王が持つ宝剣の鞘に癒しの加護が備わっていると噂で聞いた事があるが、剣には皆無と言えた。

 剣とは相手を斬る事、倒す事にある。その性質は癒しは明らかに対極に位置する。わざわざ相反する加護を付与する必要は無い。

 誰もが不思議に思うも、使い手であるヤトは厳密には癒しとは違うと彼等の思い込みを訂正した。

 

「この剣の銘は『貪』。貪るのは斬った相手の命と魂なんです」

 

「た、魂だと!?」

 

「そして喰らった魂を剣に蓄積して力に転化するのがこの剣の性質です。死にかけの僕が蘇生したのも今まで斬った相手の魂を消費して治癒力を極限にまで高めた結果です」

 

 ヤトの言葉に宴会場は静まり返った。いくら何でも剣呑が過ぎる。まるで神話に登場する悪魔が鍛えたような魔剣に、誰もが血の気が引いてしまう。

 特に以前ヤトに斬られたアルトリウスや、剣を握らせてもらったランスロットは顔面蒼白になり、一気に酔いが醒めてしまった。

 

「あっ、別に触れたからと言って魂を吸われるわけではないので安心してください。それに斬っただけでは魂は喰われません。ちゃんと殺さないとダメなのは実証済です」

 

「そ、そうなのか?な、なら安心だ」

 

 アルトリウスは明らかに安堵した。その様子を見ても誰も彼を臆病と笑いはしない。騎士であれ兵士であれ戦場で死ぬ事は覚悟していても、死んでも魂を囚われ続けた上にヤトの滋養扱いは御免だった。

 

「参考までに聞くが、あの瀕死の重傷から回復するにはどれぐらいの魂を必要とするんだ?」

 

「あれぐらいの傷なら、ざっと百名分ぐらいは消費しますね。魂は人じゃなくてもオークやトロルのような亜人でも同じですから補充も容易です」

 

 相当に変換率が悪いがそれでも死の淵に佇む者を全快する治癒力は魅力的だ。騎士の中にはヤトを羨む者も居るが、だからと言って力づくで奪おうとする者は居ない。実際にそんな邪剣の類を持っていると非常に評判を悪くなるので、あくまで心の中で羨ましいと思う程度だ。騎士は人気と面子と人の目を気にする見栄えの良い職務だった。

 すっかり酔いの醒めたが宴会はまだお開きといかず、さらに酔うために面々は飲むペースを上げて行く。その中にはヤトも含まれており、彼を排除するような事は一切無かった。

 思う所は多々あれど、誰もがヤトを戦友として認めた確かな証拠と言えた。ヤトはそれを拒絶せず、苦笑しながらも受け入れていた。

 そして宴会は深夜まで及び、翌朝大量に二日酔いで苦しむ兵士がそこかしこで見られた。

 だがそれはアポロンが勝利者である純然たる証であった。

 

 



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第33話 いにしえの竜

 

 

 ゾット平原の戦いから十日後。勝利者となったアポロン軍は湖の砦に五百の守備兵を残して王都アポロニアに帰還した。

 既にヘスティの王都には一部の捕虜と停戦の使者を送っている。彼等の口から戦の詳細が語られるので、遠からず戦は終わるだろう。

 何と言ってもアポロンはこの戦を始めた敵総司令官のゴール将軍を討ち取った。彼は軍の力を背景に先王を無理矢理玉座から引き摺り下ろして自らの孫を王にした。そのような専横に大義は無く、これで現在冷飯を喰わされている先王派も息を吹き返し、ゴール将軍の尻馬に乗って利を得た者も今回の負け戦の責を問われて失脚するだろう。そうなればアポロンと早々に和睦する可能性が高い。

 ヘスティは負け戦になり、賠償金や領土割譲するだろうが、それは失脚する貴族の財産を没収して補填すれば何とでもなる問題だ。あるいは先のサラ王女襲撃犯に責任を取らせてもいいだろう。ともかく和平への道はそれなりに見えていた。

 

 

 他国の和平交渉に関わりの無い一傭兵のヤトだったが、今彼は謁見の間の末席に身を置いていた。

 王城では戦の論功行賞が行われていた。騎士団長にして総司令官のランスロット王子以下、騎士モードレッド、アルトリウス。それ以外にも兵を率いて馳せ参じた地方貴族などが並ぶ様は壮観の一言に尽きる。

 ヤトはその中に唯一傭兵として参列を許された。その事に異論を唱える者はこの場には誰一人として居ない。無論、腹の中では身元不明の傭兵風情が栄誉を得るのを快く思わない者も居るが、参列を許したランスロット王子にケチを付ける度胸は持ち合わせていない。

 そしてアポロン王レオニスの言葉で論功行賞が始まった。

 第一の戦功は総司令官のランスロット王子。これは軍の総司令という実務的な立場の功績もあるが、王子の面子を考慮しての戦功だろう。本人も周囲もそれを分かっている。よって次が本来の第一戦功と言ってよい。

 第二戦功は先遣隊から従事し、ゾット平原の戦いでも敵総司令官のゴール将軍の首を獲った騎士アルトリウスが選ばれた。彼には領地の加増と王家から魔法の武具が下賜された。そして密かにであったが、それとなくサラ王女との仲を認める旨をレオニス王直々に囁かれ、彼は深々と王に頭を下げた。

 第三戦功は先遣隊の指揮官、騎士団指南役モードレッド。彼は三分の一の兵でワイアルド湖の砦を陥落させた手腕を高く評価された。彼は領地を持たない騎士だったので、これを機に小さいながらも領地を与えられて晴れて領主となった。

 そして第四戦功にはヤトの名が挙がる。一軍の中でただの傭兵が明確な戦功を挙げるのは極めて異例だが、実際に挙げた戦果がケルベロス一頭、サイクロプス二体という一個人としてあり得ないレベルだった事もあり、表面上は誰もが認めていた。

 ヤトは王の前で膝を着いて頭を下げた。

 レオニス王自ら戦果を口述する。そして褒賞の事に触れると、彼は直接ヤトに語り掛ける。

 

「さて、お主に褒美をやらねばならんが、率直に聞くが何が良い?」

 

「実を言うと全く思い浮かびません」

 

「まあそうであろうな。お主は領地も栄達も、まして金もさして価値を見出さぬ男だ。しかし功績に見合った褒美をやらねば、儂が王としての器量無しと思われてしまう。全くもって面倒な男よ」

 

 レオニスはカラカラと笑いながらヤトに恨み言をぶつけるが、本気で怒っているわけではない。むしろヤトの働きによって今回の戦は随分と被害が減ったとさえ思っていた。だからこそ適当に金を渡して終わりのような真似をせず、真剣に考えた上で本人の希望を可能な限り叶えようと考えていた。

 

「―――――この国には禁断の地と呼ばれる場所がある」

 

「!!父上、それは―――――」

 

 レオニスの横に立っていた壮年の男が咎めるような声を上げる。彼はトリスタン王子。レオニス王の第一子にして次期国王である王太子だ。弟のランスロットと違い、武芸はからきしだったが内政手腕に優れており温和で人望もある。他の兄弟とも悪い関係ではない。

 息子の声を手で制止したレオニスは話を続けた。

 

「そこは古の竜が住む地であり、我々アポロンの王家が代々直轄地として管理しているが、誰も踏み入らない土地だ」

 

「古竜ですか?それは確かなんでしょうか?」

 

「うむ。年に何度か近くまで人を送って監視しているが、今も確かに住んでいる。どうだ、戦いたいか?」

 

「ぜひお願いします!古竜と戦う機会なんて、早々あるものではありません」

 

「ははは。ならば此度の戦の報酬に、禁断の地へと踏み入れる許可をやろう」

 

 普通なら褒賞にそのような物を渡されても困るだろうが、ことヤトに関しては例外だろう。

 ヤトにとって古竜と戦うのは一つの夢である。それが叶うとなれば高揚しないはずがない。まるでずっと欲しかった玩具を買ってもらったような子供のようにレオニスに礼を言う。

 反対に謁見の間に居た多くの貴族や騎士は、喜ぶヤトを見て血の気が引いた。ケルベロスも、サイクロプスも、ましてワイバーンも古の時代から生きる竜には到底及ばない。それは騎士なら誰もが知っている。

 確かに竜と戦うのは騎士にとって夢だが、幻獣の中でも最高峰に居座る古竜と戦って生きて帰って来た者は殆ど居ない。稀に戦って逃げ帰った者の話は聞くが、みな一太刀入れる事すら出来ずに逃げ帰っただけ。実際に倒した者などお伽噺の中だけと言われている。

 普通なら報酬どころか死んで来いと言っているに等しいが、生まれついての剣鬼には何よりの褒美であり、レオニスから領地への立ち入り許可証を貰ったヤトは上機嫌のまま論功行賞を終えた。

 

 そしてこの話はすぐさま城中に伝わり、さらには都全体にまで広がり、命知らずの傭兵がどんな末路を辿るのか。誰もが関心を寄せて、暫くの間は何処に行っても必ずヤトの話題を耳にする事になった。

 

 



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第34話 旅立ち

 

 戦の論功行賞から五日が過ぎた。

 その間ヤトは旅の支度に追われていた。行先は勿論古竜の住まうと言われている『禁断の地』である。

 目的地は王都から西に歩いて十日ほどかかる。その道中には農村が幾つもあるが、やはり物資を揃えるには都の方が都合が良いので、あちこち巡って買い揃えた。

 費用は全て傭兵の給料だ。いくら戦いにしか興味の無いヤトでも物資調達用の路銀ぐらいは確保している。

 幸いアポロンは傭兵に対して金払いを渋る事は無かったので問題無かった。もしアポロンの財務担当が金を渋ったとしてもヤトはさして怒りはしないが、彼等からすれば巨人を殺すような傭兵の恨みを買ったら、次の日の夜明けを見れないと勝手に思って相場よりかなり上乗せした金額を払った。おかげで予算にはかなり余裕があった。

 

 そして旅立ちの日。夜明け前に準備を整えたヤトは長く過ごした城の客間を引き払った。同室のカイルは昨日から姿が見えなかった。せめて別れの挨拶ぐらいはしておきたかったが、居ないのでは仕方がない。

 アルトリウス達騎士や王女姉妹とは先日別れを済ませており見送りは無い。

 城の厩で街で買った馬を受け取り、裏門から出た所で声をかけられた。ランスロットだった。

 

「英雄の旅立ちにしては寂しいな」

 

「僕は英雄ではありませんよランスロットさん」

 

「では私にとっての恩人と言っておこう。お前が居なければヘスティとの戦はもっと被害が多かっただろう」

 

「それが恩になるんですか?」

 

 ヤトはあくまで傭兵としてアポロン側で戦ったにすぎない。そして本心では単に強い相手と戦いたかっただけで、ランスロットのために戦ったわけではない。だから恩人でもなければ、彼が恩を感じる理由も必要性も全く無い。

 しかしそれでもランスロットは感謝を述べた。

 

「勿論だ。一人の騎士として、司令官として大きな功績を得た。これは血筋も地位も関係無い。私自身の功績と名誉だ」

 

「それが貴方が一番欲しかった物だと?」

 

「お前が強さの証明を欲するように、私にも必要なのさ」

 

 ランスロットはヤトにこれからの事を話し始めた。

 彼の話を大雑把に纏めると、来年には国内の大領主の家に婿入りする予定であり、騎士団長が一度も実戦経験が無いのは笑い物の種でしかない。新たな家で肩身が狭くなるのはゴメンであり、どうしても戦で功績を立てたかった。これが彼の言い分だ。

 

「男として妻となる女や、いずれ生まれてくる息子に自慢話の一つもしたい。分かるだろう?」

 

「うーん、分かるような分からないような。ですが、願いが叶って良かったと思いますよ」

 

「ふふ、まあ私が感謝しているとだけ理解していればいい」

 

 ヤトには己の武勇を他者に聞かせるような趣味は持ち合わせていないが、人に迷惑をかけない程度に偉ぶれば良いと思っている。それで当人は幸せなのだ。自分がケチをつける理由は無い。

 ただ、一つだけランスロットに尋ねたい事があった。

 

「サラさんの慰問の情報はどこから流れたんでしょうか?」

 

「さてね、ダイアラスは白だったが、他にも戦争になって利益を得たい者は多いからな」

 

「貴方も利はあったようですが、流石に妹を危険に晒してでも戦争は望みませんよね?」

 

「…勿論だ」

 

 ヤトの言葉をランスロットは若干の不快感を臭わせて否定した。会話はそれっきり打ち切られ、英雄と称賛された傭兵は城を去った。

 残された王子は一人、悪寒を忘れようと首を擦った。

 

 

 夜が明けると都の門は一斉に開かれる。

 ヤトはその内の一つ、西の門の手前で、見知った顔を見かけた。向こうもヤトに気付いて手を振って近づいた。

 

「遅いよアニキ。意外とゆっくりだったね」

 

「どうしたんですかカイル?」

 

「アニキを待ってたの。僕も旅に出るからさ」

 

 疑問符を浮かべるヤトに、旅装束に身を包んで馬を曳いたカイルは何を当たり前の事を聞くのだと言った。

 

「母さんに言われた仕事は終わったからね。後はあちこちブラブラしながら修行しようと思って。でも一人は味気無いからアニキに付いて行くの」

 

「ついて来るのは構いませんが、死んでも文句言わないでくださいね」

 

「それドラゴンと戦うつもりのアニキが言うセリフ?」

 

「僕は相手が誰であれ勝って、これからも戦うつもりですよ」

 

 カイルは自分が負けるとは微塵も思っていない狂った剣鬼に呆れた。だが、だからこそこの青年がどこまでやれるのかを見届けたいと思った。幸いエルフの自分は極めて長い寿命を持っている。少しぐらい寄り道した所でどうという事はない。ついでに旅をして探し物を見つければ構わない。

 違いに納得して再び旅の仲間になった二人は西門をくぐり、王都に背を向けた。

 例えヤトが竜と戦い生き残ったとしても、もう一度この都に来る事は暫く無い。それなりに親交を築いた者は居るが、会えないのを寂しいと感じる事は無い。どこまでも彼は戦う事を望む剣鬼でしかないのだ。

 反対にカイルは時々振り向いては、段々と小さくなっていく都を名残惜しそうに見ていた。

 

「――――寂しいですか?」

 

「うん、でもまた来れるから。たまに手紙も書くからって約束したし」

 

「モニカさんと?」

 

 付け耳の王女の名を聞くと、カイルは少し顔を赤くする。その反応が言葉よりも雄弁に彼の心を語っていた。

 ヤトは少年の青春を茶化すような悪癖は持ち合わせていないが、それでも親しい異性を放って旅をする理由が気になった。以前カイルは母親のロザリーから盗賊の修行をして来いと育った街を出されたが、修行をするなら王都でも十分ではないのか。そう疑問を口にする。

 

「修行もあるけど、僕の生まれた場所を探してるんだ」

 

 カイルの言葉に納得した。彼は幼い頃に商品として奴隷商に拉致され、盗賊ギルドに救出されて育てられた。己のルーツを探すために旅をするのは納得出来る理由だ。

 しかしカイルのようなエンシェントエルフは人前に滅多に出る事は無い。以前戦ったサイクロプスよりも所在を知るのは至難だろう。

 

「いっそ古竜に聞いてみます?彼等も長生きだそうです。情報を持ってるかもしれませんよ」

 

「僕の親戚一同、竜に食べられてないといいけど」

 

 あまり冗談に聞こえない冗談に二人は小さく笑い合った。

 旅の仲間は馬上で他愛も無い話をしながら西へ行く。

 

 



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第35話 空と獣の王

 

 

 ヤトとカイルが王都アポロニアを出立して十日。旅は順調そのものだ。

 二人は誰かに追われているわけでもなく、野盗や狼と遭遇して妨害されもしない。七日目までは点在する農村で新鮮な食料を調達して快適な食事生活を送った。そして頑丈な若者は幸運にも途中で病気に掛かる事も無かった。

 そこから先は道なき道を三日かけて踏破して、未開の地と言って差し支えの無い自然なままの地に辿り着いた。

 この地こそが『禁断の地』と呼ばれる古竜の住まう辺境だった。

 

「何もない所だね」

 

「竜が住む土地ですから。でも人が居ない分、動物が暮らすには快適かもしれませんね」

 

 ヤトの言う通り、この地は生命に溢れた豊かな土地だ。

 深く険しい山々に三方を囲まれ、山から流れる豊かな川が森を育み、草木は大小様々な草食動物や虫の食料と寝床を提供する。それらの動物を餌とする肉食の獣も集まり、調和の取れた生態系を維持している。

 仮にここに人や亜人が街を作れば温暖な気候と豊富な水によって、優れた穀倉地帯へと変貌するだろう。

 しかしそうならない理由があった。この地に住まうドラゴンである。

 最後に立ち寄った村で二人は村人から散々に忠告と制止を受けた。それもレオニス王の許可証を見せても、村人は主張を翻さなかった。互いに武力で制止しないだけマシと言えた。

 

「『聖なる竜を怒らせてはいけない』だっけ。やっぱり古竜でも斬ろうとしたら怒るよね」

 

「どうでしょう?人と竜の精神性の違いは僕には分かりませんし。でも、首を斬ればもう怒る事も無いと思います」

 

 殺してしまえばそれまで。ヤトの言葉は真理であるが、問題はただの人が幻獣の最高峰である古竜を殺せるかどうかだ。

 そしてもう一つの問題が二人の前に横たわっている。

 この広い秘境の中からドラゴンを探さねばならないという事。伝説によれば竜は百人は乗れる帆船よりもなお大きいという。誇張でなければ、この前倒したサイクロプスより大きいかもしれない。

 それでも深く広大な山々と森を探し回る必要があると思うと簡単にはいかない。

 それこそ何か月も竜を探して動き回る事も覚悟して必要な物資は用意しているが前途多難と言えた。

 

「竜が家でも建ててくれたら探す手間も少ないのにね」

 

「向こうは飛べるみたいですから、気長に飛び立つのと降りるのを見守りましょう」

 

 幸い近くの村人の話では、この地のドラゴンは数日に一回は空を飛び、獲物となる大型の獣を獲って巣に持ち帰るらしい。それを追えば何とか寝床は見つかるだろう。

 それまでは体力の消費を極力抑えつつ、監視する日々となるだろう。

 二人は早速快適な監視生活をするために寝床の設営を始めた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 竜に対する監視生活もあっという間に三日が経った。まだ竜は姿を見せない。

 初日は寝床の設営と共に水源の確保を第一に過ごし、さらに周囲の地形を把握するために二人で探索をしていた。途中、ちょうど丸々と太ったイノシシを見かけ、すぐさま狩って食料の足しにした。保存に使う塩がもったいなかったので、肉は血抜きをしてすぐに燻製にした。これで多少は保つ。

 二人とも専門ではないが、森で過ごすためのレンジャー技能を備えているのが幸いだった。おかげで苦労が少なくて済んだ。

 二日目から本格的に監視を始めた。と言っても監視はヤトがするだけで、カイルは基本的に食事を作ったり弓の鍛錬をしている。あるいは野草や果実を集めて酒を造っていた。余程暇らしい。

 二日、三日、四日と収穫は無かった。数日の間隔はマチマチなのでまだ慌てる時間ではないが、カイルは本当にこの地にドラゴンが住んでいるのか疑いを持ち始めていた。

 

 そして五日後の朝。それは唐突に現れた。

 二人が朝食を食べている最中。カイルがナイフのように尖った耳を小刻みに動かして上を眺めた。

 

「上――――――何かいる。アニキ!」

 

 燻製肉を放り捨てて、ヤトとカイルは手近な木に登る。その時にはヤトにも初めて聞く風切り音が耳に届いた。

 そして山の方から大きく羽ばたく影を見た。

 影は悠然と空を舞い、森の上を旋回しながら何かを探している。

 それはヤトとカイルの真上を通り過ぎた。驚くべきはかなり上空を飛んでいても、はっきりと分かるその巨大さだ。

 片方でも平民の一軒家ぐらいありそうな巨大な翼。中型の帆船と同等の太く逞しい胴体。どんな大蛇よりも長くしなやかな尻尾。ドワーフの名匠が鍛え上げた剣のように鋭い爪を備えた四肢。その身体全てに余す所無く覆われた銀で出来たかのように鈍く光り輝く鱗。

 ヤトは以前戦い首を落とした事もあるワイバーンとは比較にならない威厳と気高さを感じた。あれこそ全ての獣の頂点に君臨する侵し難き王。最強の幻獣ドラゴンであると。

 ドラゴンは数度上空を旋回した後、急速に森の中の川辺に降下した。

 数秒後、凄まじい轟音と振動が二人を襲った。川と二人の居た木の上まではかなりの距離があるのにもかかわらず、着地した振動がそこまで届いたのだ。とてつもない重量である。もしかしたらサイクロプスよりも重いのかもしれない。

 そして再び飛び上がったドラゴンの左手にはヒグマがしっかりと掴まれていた。自然界において幻獣や巨人を除けば最強に近いヒグマすらドラゴンには餌でしかないのか。

 恍惚とした瞳で眺めていたヤトだったが、不意にドラゴンが二人の方を向いたため、全身に緊張が走った。

 しかし空と獣の王者は二人に興味が無いとばかりに一瞥した後、北の山の中腹へと降りて姿を消した。

 二人は暫く金縛りにあったように動かなかったが、カイルの腹が鳴ったのを合図に緊張は解けた。

 

「凄かったね竜」

 

「ええ、本当に素晴らしい。あれこそ僕が追い求めた相手です」

 

 単に憧れを抱いたカイルと違い、ヤトの瞳には明確な殺意と闘志が宿っていた。

 

 その日の昼、ヤトはドラゴンの消えた北の山を目指した。死ぬつもりはなかったが、カイルにはもし十日経っても帰ってこれなかったら一人で帰れと言い含めてあった。

 カイルは兄貴分を黙って見送った。

 

 

 



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第36話 愛しい者

 

 

 ヤトが白銀のドラゴンを目にしてから一日かかって森を走破して北の山の麓に辿り着き、さらに一日使ってドラゴンが姿を消した山の中腹まで登った。

 彼はその二日間、筆舌に尽くし難いもどかしさを抱えていた。これほどの焦燥感は生まれて初めての事であり、焦る気持ちがひたすらに足を突き動かしていた。

 まるでそれは愛しい相手を恋焦がれるかのような乙女の心に酷似している。

 ヤトは大空を悠然と舞う白銀の竜に恋をしていた。生まれて初めての恋だった。

 

 三日目の朝。

 起床して焦る気持ちを抑えながら、作業的に朝食を胃に納めた。

 そして記憶と勘を頼りに愛しい相手を追いかけて、木々の生い茂る険しい山の斜面を登ると、段々と傾斜が緩くなる部分が多くなってきた。

 さらに先を目指すと、ほぼ平らに近い場所に着いた。

 鳴り止まない心臓の鼓動と共に勘が告げていた。この先に目当ての相手が居るのだと。

 勘は正しかった。森の木々を無視したような全力疾走の末に森を抜けた。

 そこは遠くから見ただけでは分からなかったが、平らな台地であり木々が無く短い草の生い茂る平原だった。

 しかしそれは問題ではなかった。ヤトの目には地形など全く映っていない。彼が見ていたのは平原の中央に寝そべる巨体。恋した白銀竜しか見ていなかった。

 激情を極力抑え、剣の柄から手を離してゆっくりと一歩一歩平原の中央へと足を進めた。

 間近で見る山の主は巨大で優美だった。翼を閉じた状態でも大きさはサイクロプスの倍はある。微かに寝息を立てる様は、生きた小山のようにも見える。

 段々と近づくにつれ竜の相貌がはっきりと見えてきた。頭部は大男ほどに大きく、細長い顔の半分以上裂けている。その裂け目には隙間が無いほどびっちりとナイフほどもある長く鋭い牙が無数に生え揃っている。隙間から漏れ出した吐息は非常に生臭く、強烈な血と臓腑の匂いだ。さらに目の後ろから一対の太い角が捻じりながら前に突き出ている。

 眠っていたため目は開いていないが、ヤトがあと三十歩の距離まで近づいたところで、唐突に巨大な眼が見開かれた。眼は白銀の身体の中で唯一夕陽のように赤く、瞳孔は蛇のように縦に細長い。

 

「―――なんだ二本足。何故儂の眠りを妨げる?」

 

 竜は不機嫌で轟くような声で眠りを妨げた者を責めた。白銀竜は身体を動かさず、頭だけを向けて射抜くような瞳でヤトを見つける。

 その声は思いの外、知性と思慮深さを含んでいる。怒りよりも面倒臭さと寝起き特有の気怠さのほうが強いように思えた。

 

「眠っているところに突然すみません。どうしても貴方に逢いたくて」

 

「儂は二本足なんぞに用は無い。さっさと消えろ」

 

 言いたい事だけ言って竜は再び寝入った。

 しかしヤトはそれで引き下がるほど潔い男ではなかった。さらに五歩竜へと近づく。

 すると白銀竜は目を見開き、同時に喉を膨らませて赤い炎を吐いた。ミスリルやオリハルコンすら溶かし尽くす灼熱の炎が、ヤトが元居た場所を通り過ぎた。直前で殺気を感じて避けていなければ、骨すら残らず焼き尽くされていたに違いない。

 ケルベロスの炎など足元にも及ばない至高の炎。まるで太陽の息吹。直撃を避けても肌を焦がす熱は、ヤトに恐怖と歓喜を与えてくれた。

 そうだ。ずっと待っていた。己に恐怖を与える存在を。一目で勝てないと直観した至高の存在を。それすら斬る機会を。

 

「やはり貴方だったんですね」

 

 一人納得した剣鬼は鞘から赤剣を抜き放つ。極限まで膨れ上がった殺意と闘志は神に匹敵する白銀竜の鱗を逆立たせた。古竜もまた卵より生まれ出でて初めて恐怖を抱いた。それも幻獣でも同族の竜ですらない、ひ弱で小さな人間にだ。

 

「――――なんだ貴様は。儂に何をする?」

 

「僕の全てを賭けて、全身全霊を以って、後の事などどうでもいい、命だって捧げる。愛しい方、貴方を斬ります」

 

「はっ、儂に挑むか人の子が!良かろう、気の済むまで付き合ってやるっ!!」

 

 白銀竜が立ち上がって巨大な一対の翼を広げ、無数の牙の生えた口を大きく開き、咆哮を天に響かせる。

 その咆哮は遠く離れたカイルにも届き、兄貴分が遂に望みを果たすのだと直感した。

 

 



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第37話 炎を超えて

 

 

 天を裂く白銀の古竜の咆哮。常人ならばそれだけで魂を破壊されてしまう。まるで人類種が神から授かった魔法である。それを生まれながらにして自在に扱う事実が、彼等ドラゴンが神に匹敵する種族と言われてる所以だ。

 しかしこの場においては全くの無意味どころか、大きな隙を生む事に繋がってしまう。

 

「『颯』≪はやて≫」

 

 振り下ろした赤剣から殺意を具現した刃が放たれ、左の翼がズタズタに裂かれた。白銀竜は生まれて初めての苦痛に戸惑いと怒りを覚えた。

 ヤトの『颯』は気功の刃を遠距離に飛ばす技だ。射程が長いが威力はそれほど無く、気功を練る時間もかかるのであまり使う機会がないが、赤剣『貪』の蓄えた魂を糧にして威力を飛躍的に上げて、さらに余波を生み出している。おかげで竜の中でも比較的防御力の低い翼の皮膜ぐらいなら斬れる。

 地を這う生物にとって頭上を常に取られているのは非常に危険である。故にヤトは最初に翼を攻撃して飛ばせないようにした。

 先制攻撃を貰ってしまった白銀竜は翼の痛みに思考を乱されながらも、巨体に似合わない俊敏な動きで突進。生意気な二本足を圧し潰そうとするが、初動を読まれて避けられてしまった。

 反対に、すれ違いざまに剣で胴体部を斬ったが、気功を纏っていないただの魔法剣では、最硬度のアダマンタイト製鎧すら上回る古竜の鱗には傷一つ付けられない。

 さらにお返しとばかりに長くしなやかな尻尾が、まるでハエを打ち払うようにヤトを襲う。

 尾の一撃を紙一重で躱したものの、掠っただけで脇腹の肉が裂けた。恐るべき威力と器用さである。あれは人間の腕以上に自由で繊細な動きをする。それこそ後ろに回り込んでも背に乗っても、容易く相手を打ち払うだろう。相手の死角に移動する戦い方を得意とするヤトにとってはやり辛い相手だ。

 出血による身体能力の低下はバカに出来ないので、一旦離れてから剣の魂を使って治癒力を強化するとすぐさま傷は塞がった。

 ヤトはたった数度の攻防で竜の強さを文字通り身に染みて感じた。否、魂に響いたというべきだ。その上で冷静に勝ち筋を探ろうと知恵を巡らせる。

 

(力は圧倒的に不利。速さはこちらが上。間合いは不明ですが『颯』では骨が斬れない以上は直接斬るしかないので、炎を吐く分あちらのほうが有利。防御は考えるのも馬鹿らしい。治癒力は不明)

 

 大雑把に彼我の能力差を挙げただけでも絶望的である。

 だが、ヤトにとってそれがたまらなく嬉しい。これほど不利な状況は未だかつて無い。しかし己は強い。だから勝てる。例え他者から根拠が無いと言われようが、そんな事は知った事ではない。勝てると言ったら勝てるのだ。その想いが全てを覆すと信じていた。

 様子見はここまで。後は己が持ちうる全てをつぎ込み、恋焦がれる美しい竜を斬る。

 瞬間、赤剣とヤトの周りの空間が揺らぐ。彼の全身から湯気のようなものが立ち昇り、剣呑な威圧感が台地を侵食し始めた。

 それはあたかも世界を己の色で染め上げるかのような不遜で魔的、それでいて美しさすら宿した光景であった。

 相対する白銀竜は傷ついた翼の痛みよりも、ヤトから発せられる全身を突き刺すような威圧感の方を忌避したかった。だが、それでも矮小で小癪な人間から目を背ける事が出来ない。

 何故か―――――竜もまたヤトの傲岸不遜さと、己と対等に戦うために全てを懸ける狂気と呼べる一途さに魅入っていたのだ。それはもしかしたら、恋と呼べるものなのかもしれない。

 しかし今この場は殺し場である。互いに恋慕の情を抱こうが殺し殺される間柄でしかない。

 故に竜は己の身を焦がすような強烈な感情に負けぬ炎でヤトを焼き払った。――――はずだったが、既にその場を離れて肉薄していた。

 剣閃―――――――右の前足が浅く斬られて血飛沫が舞う。この世で最も強固な鱗の護りを只の人が剣一振りで覆した。

 この一撃は単なる剣戟ではない。剣鬼の業、気功術、優れた魔法剣、そして外法。それは剣に蓄えられた魂を全て斬る事のみに傾けて消費した結果実現した、聖浄とは対極にある凶魔の剣である。

 ヤトは握った柄から徐々にそして物凄い勢いで今まで斬って殺した者の魂が失われていくのを感じ取った。魂たちは例外無く、己の存在が消えていく喪失感と虚無感、痛みと恐怖、嘆きと哀しみ。全てが混ざり合わさり慟哭した。

 しかし剣鬼は止まらない。弱者の嘆きなどに微塵も心を動かす事なく、ただひたすらに愛しい竜を斬り、血で大地を赤く染める。

 古竜が反撃に出て、尾が、爪が、翼が、あるいは巨体そのものをぶつけるも、それらは全て躱すか、剣によって叩き落されるか受け流された。そうでなければ脆弱な人の肉体は簡単に挽肉になっていただろう。

 その度に少しずつ魔剣によって美しい白銀の鱗が剥がれていくが、ヤトも竜も全く意に介さず全身全霊を以って触れ合った。

 

 そして剣閃が三十を超え、返り血で目も開けられない様を呈する頃。ヤトは腕に痺れを感じた。否、痺れだけではない。全身の骨格、筋肉、臓腑が悲鳴を上げ始めた。

 何の事は無い。人と比べ物にならない頑強さを誇る古竜の肉を切り裂くには、剣以外に膂力を総動員して一撃一撃を放つ必要がある。それ以外にも迎撃のたびに常識外の負荷が全身に掛かっているのだ。筋肉だけでなく全身の骨格や臓腑にも大きな負担をかけている。その限界が近いというだけの事だ。

 反対に白銀竜の方はまだまだ平気な様子。多少痛みで動きが乱れるものの出血は少なく、無数の傷を負っても致命傷には程遠かった。明らかにヤトの方が不利である。

 ただ、それならば『貪』の中の魂を治癒に回せばいいが、そうなると攻撃に振り分ける魂の量が減ってしまう。既に魂は半分近く消費してしまっていた。このペースでは、あとどれだけ戦えるか。

 そう考えてしまったら、途端に心に飢えが込み上げる。

 

(もっと戦いたい。もっと斬りたい。勝ちたい。負けたくない。生きたい。死にたくない。愛しい方を殺したい。でも死んでほしくない。こんなにも楽しい時間が終わって欲しくない)

 

 心に生じた矛盾、衝動、渇望。それは迷いと呼べる空白の時間。戦場においてそれがどれほど命取りになるのか、ヤトは知っていたにも拘らず、己を律する事が出来なかった。

 勿論その代償はすぐさま支払われる。白銀竜の剣のように鋭い爪が身体を引き裂いた。ヤトの身体はそれでも無意識に反応して、半分だけ身体をずらして直撃を避けた。

 しかしそれでも竜の一撃は途方もない力が籠っていた。ヤトは掠っただけで数十メートルは弾き飛ばされて、石ころのように転がる。

 竜は追撃に炎を吐く事も出来たが、敢えてそれをしなかった。侮ったわけでも情けをかけたわけでもない。ただ、恋情を抱いた敵が立ち上がって、再び挑んでくるのを待っていたかった。

 ヤトはその期待に応えるように剣を杖代わりにしてふらつきながらも立ち上がる。が、左腕がボトリと落ちた。先程掠った爪が切り裂いたのだろう。そして己の左腕が落ちているのを見て安堵した。

 

(利き腕が残っていて良かった。剣が握れるのなら斬れる)

 

 全身血塗れになり、今は腕すら失っても、ただ相手を斬る事しか心に無い。これこそ生まれながらの剣鬼にしか到達しえない境地と言えた。

 とはいえ既に体力と気力は限界に近い。いくら赤剣の魂を消費しても失われた腕までは再生しない。精神疲労も回復しない。

 最低限紐で左肩を縛って血止めをすると、ふらつく足を叱咤して震えを止める。

 

「――――名残惜しいが、次で終わりか?」

 

 白銀竜が轟くように、それでいて寂しげな声をかける。

 ヤトは無言で剣を構える事で竜に応えた。今は声を発する酸素すら惜しい。

 竜が後ろ足で立ち上がり天を見上げる。そして限界ギリギリまで息を吸うと、巨大な身体が二回りは膨張する。古竜の体内に宿った原初の炎の精霊が活発に活動して灼熱の炎を練り上げていた。

 対してヤトもまた、残る全ての生命力を気功で練り上げて赤剣を強化した。さらに内包する魂を限界まで消費して終わりに備える。

 遂に竜の喉が脈動し、全てを灰燼に帰す炎が解き放たれた。

 迫り来る炎の壁。古竜の炎は聖と魔、清と邪、ありとあらゆるものを分け隔てなく焼き尽くす必滅の理。

 ヤトはそれが分かっていても、なお前に一歩踏み出す。そして何年も傍らに置いた赤剣を灼熱の炎に突き出した。

 

「『旋風』≪つむじかぜ≫!!」

 

 喰らった魂によって極限まで強化された赤剣『貪』。その剣に上乗せした気功の暴風が奔流となって炎を逸らす。微かに出来つつある竜への道を、おぼつかない足を叱咤して駆け出した。

 途絶える事無く生み出される炎をギリギリ逸らしながら疾走る。それでも余熱は容赦無く身体を焦がす。既に服は完全に燃え尽き、体毛は頭髪を幾らか残して失われ、皮膚は焼け焦げ、体全体の筋組織が露出する。痛みはとうに無くなっていた。最早生命そのものの機能が壊滅していた。

 しかしそれでもヤトは足を動かす。彼には炎の先の竜しか考えていない。だから手の中の剣が断末魔を上げている事にも気付かない。

 いかに業物の魔剣といえども必滅の炎には耐えられず、内包する魂によって極限まで強化され、その上足りないとばかりに剣そのものが宿す魔力すら強引に汲み上げている。限界を超えて酷使されている剣には無数の罅が入っていた。

 それでも剣鬼は止まらない。ただひたすら前へ前へ。

 果たして戦いの女神はヤトに微笑んだのだろうか。剣が砕ける前に炎の壁が消え失せ、眼前には白銀の竜。彼、あるいは彼女はきっと驚愕していただろう。己の炎をもってしても人一人を焼き払えなかった事に。そして辿り着いた男が既に死にかけていた事に。

 

「―――――――――――――!!!!!」

 

 声帯すらとうに焼け付いた半死人の声無き咆哮と共に、赤い軌跡の剣が閃光のように振り下ろされた。

 

 

 



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第38話 人と竜の営み

 

 

 閃光のように振り下ろされた罅だらけの赤剣。狙いは頭部。どのような生物であれ、頭を斬り飛ばされて平然としているはずがない。

 

「なめるなーーーーー!!!」

 

 躱せるタイミングではなかった。だが人間の尺度で古竜の意地を測れるはずもない。

 意地の籠った咆哮によって大気が震え、満身創痍のヤトの身体も僅かに揺らいでしまい、頭部への剣閃が逸れてしまう。

 それでも気功によって強化された剣の間合いからは完全には逃れられず、伸びた不可視の切っ先によって右の前足を肩の部分からごっそり斬り落とされた。

 そこで気功と魂が枯渇する。しかし剣鬼は最期まで剣鬼であった。

 頭には目もくれず、今しがた斬り落とした右半身に肉薄。ほぼ役に立たなくなった視力を無視して勘で断面に赤剣を突き立てる。

 しかし切っ先が竜の肉に触れた瞬間、とうとう赤剣は限界を迎えて刀身が砕け散った。最期の最期で道具の酷使が祟った。

 同時にヤトも力を失い倒れた。

 古竜の右腕から流れる血溜まりにより動けないヤトは血に溺れる。放っておけば勝手に溺死するだろう。そうでなくとも最早彼の命は手の施しようがないほどに尽きていた。

 ヤトは血だまりの中で呼吸すら出来ない有様だったが、自分でも意外なほどに満ち足りていた。

 全てを出し切っても勝てない相手が居た事、己が最強ではなかった事への落胆はある。今はまだ弱くてもいずれ鍛えて、さらに強さを得る事が出来ないのも悔しい。一体何が足りなかったのか答えを見つけたかった。悔いは多い。

 しかし、それ以上に充足感が魂を満たす。世界は自分が思っていたより広く深く強い。己の分を知る事が出来た。

 そして何より、恋焦がれた相手の手で討たれる事、看取られる事に喜悦を感じている。あるいは数日前のヒグマのように餌となるかもしれないが、恋をした相手の糧になるのも悪くない。

 薄れゆく意識の中、白銀竜が手を伸ばす。それを止めと解釈したが、予想外にも竜はヤトを持ち上げて、自らの傍らへと優しく置いた。

 既に声も出せず、指一本すら動かない瀕死だったが、竜は構わず語りかける。

 

「死ぬな。汝は死んではならぬ。生きるのだ。生きて儂と共に居よ」

 

 出血と至近からの咆哮で半ば聴覚が壊れていたが、それでも古竜の声が泣いているように濡れたものだと分かる。

 種族、年齢、体格、思想。人と竜は何もかもが違う。共通点を探す方が困難だ。そしてたった数十分前に相対して命懸けで殺し合っただけの間柄でしかない。

 そのような敵同士であっても、ヤトと古竜は千年を超えて共に過ごしたような理解を共感、そして親愛の情を抱いていた。何故と聞かれても互いに分からない。否、共に魂で理解しあっていても言葉には表せない想いがある。

 だが既に時は逸した。このままヤトは敗者として竜に看取られて息絶える。それは定命の種族にとって逃れられない宿命であった。

 薄れゆく意識の中、ヤトは傍らの竜を何よりも愛おしく感じて瞼を閉じだ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 次にヤトが目を開けた時、白銀竜にもたれかかっていた。

 辺りを見回すと周囲は夕暮れに染まっていた。

 

「―――――あの世ではなさそうですが」

 

 死後の世界など微塵も興味が無かったが、現世と全く同じというのも味気ない。だから目に入る情景はあの世と違うと思った。

 しかしあの世ではないとすると、今の状況をどう理解すべきか。

 ヤトは自身の身体をしげしげと観察して、自分の意志であちこち動かす。

 千切れた左腕は指一本欠損していない生まれたままの形。体中にあった傷も古傷を除けばどこにもない。燃えた髪も元通り。声帯も万全に機能する。服は完全に失われており全裸である。

 試しに身体を動かすと、かなり違和感が大きいが一応思い通りに動いてくれた。赤剣による蘇生とは些か趣が異なる。

 もしやと思って手に握った赤剣の残骸に目を向ける。柄と僅かな刀身しか残っておらず、当然内包する魂も魔力も残っているようには思えない。完全にゴミと化していた。

 あの状況でどうすれば蘇生するのか分からず、真上を見上げると竜と目が合った。

 

「どうも、愛しい方。僕はどれぐらい寝ていました?」

 

「一度日が落ちてまた出てきたな」

 

 どうやら一日以上眠っていたらしい。つまりその間、ずっと竜はヤトの傍に居て彼の寝顔を眺めていた事になる。暇なのか。

 古竜は右腕を失ったままだ。それをヤトは少し悲しそうに見ていると、大きな笑い声が響いた。

 

「よい。斬られた腕など塵芥に等しいわ。そのおかげで汝は生き永らえたのだぞ」

 

「僕の命?――――――そういえば伝説では竜の血や肉には不死の力が宿ると聞いた事があります。もしかして――――」

 

「うむ。儂の腕を汝に与えて命を繋げた。初めてだったから不安だったがな」

 

 古竜曰く、ただ竜の肉や血を口にしたところで無駄だが、竜と真に心と魂を通わせた相手に分け与えれば、例え死してもなお現世に魂を呼び戻すという。それが伝説の正体だった。

 竜の言葉が本当なら、両者は真に心と魂を通わせた間柄という証拠になる。ヤトは恋焦がれた相手と魂を通わせるのを何となく恥ずかしいと感じた。

 そして古竜はヤトに顔を近づけて優しく擦りつけながら、とある提案を申し出た。

 

「それで儂は汝と子を成したい」

 

「――――――はい?」

 

「ん?通じなかったか?儂は汝と番になって子を作りたいと言ったのだ」

 

「あの―――――なんで?」

 

 古竜に脈絡も無く子作りしたいと言われたヤトは何故と問う以外に理解が追いつかない。確かに寄り添う古竜に恋焦がれ、愛しいと思っているが、いきなり子を作りたいと言われたら戸惑いしかない。そもそも竜と人で子を成せるのかすらよく分からない。それ以前に古竜が雌と今言われるまで気付かなかった。

 混乱するヤトをよそに、竜は明瞭な答えを教えてくれた。

 

「汝が強いからだ。儂も長く生きているから、今まで何度も雄に言い寄られた事がある。だが、儂と戦うと必ず尻尾を巻いて逃げてしまう。儂が一番強いからだ」

 

「でも、僕だって貴方に勝てませんでしたよ」

 

「それでも逃げるどころか、死ぬと分かっても挑んできたのは汝だけだ。しかも全身全霊、全てを懸けて儂の命を求めた。あの時の汝は儂が卵より生まれい出て見たモノで、最も美しく失いたくないモノだと思った」

 

「それは僕も同じです。貴方はこの世で何物にも勝る美しい方です」

 

 互いに臆面も無く美しいと讃える様は、傍から見れば似た者同士お似合いである。精神面にはさして障害は無い。

 しかしだからと言って両者の間に横たわる問題が減るわけではない。第一、人と竜は生物的構造が丸っきり違う。人類種同士であれば混血も珍しいものではないが、どうやって人と竜が交わるというのだ。

 そこでヤトはふと、故郷に伝わる幾つかの竜の伝承の中で、竜に嫁いだ女の話や、人に化けた竜の娘が人間の男と夫婦になる話を思い出した。ただ、それはあくまで伝承やお伽噺であって事実とは言えない。

 一応ヤトの生国の『葦原の国』は伝統的に獣人や亜人との混血が多い土地柄で、稀に竜のような外見の亜人も生まれているらしいので、竜との混血も可能性が無いと断言は出来ない。

 悩むヤトに古竜は一目見せた方が早いと判断した。そして目を閉じて何か念じ始めると、巨大な身体が一瞬のうちに消失してしまった。

 傍に居たヤトは支えを失い、後ろに倒れた。そして倒れたその先に目を奪われる。

 そこに居たのは白銀の竜ではなかった。代わりに右腕の無い女が居た。

 美しい女だ。白銀色の長髪、夕陽のような赤い瞳、リンゴのように豊かな乳房、曲線を描くくびれた腰、引き締まった太もも、艶のある雪のように白い肌。小柄だが肉感に満ちており、強い生命力に溢れた肉体は片腕だろうが美しい。

 勿論顔立ちも整っている。おまけにこめかみから一対の捻じれた太い角が生えていた。その角に見覚えがある。つい先程まで居た白銀竜と同じ角だ。

 

「どうだ、これで子を作れるぞ」

 

「もう、何を見ても驚きませんよ」

 

 死者を蘇生させられる竜からすれば姿かたちを変える事など片手間で済んでしまうわけだ。

 ヤトは納得と共に呆れもするが、それよりも竜が変じた女性の美しさに心が躍ってしまう。今まで一度たりとも女の裸体に心を動かされた事など無いが、この時ばかりは股間の一物が節操無しに自己主張を始めてしまう。

 それを見た白銀の女は目を輝かせて下で唇を舐めた。まるで獲物を見て悦びを露わにする肉食獣のようであった。

 もはや逃げられそうもないし、逃げる気もないが、肝心な事を忘れていた。だからヤトは竜に尋ねた。

 

「貴女の名を教えてくれませんか?僕はヤトと言います」

 

「名か?儂のような卵から生まれた竜は二本足のような名を持たぬ。そうだな、汝――――ヤトが呼びたいように呼べばいい」

 

「―――――――では、クシナと呼ばせてもらいます」

 

 クシナとはヤトの故郷に伝わる昔話で、悪竜を退治した英雄の妻になった姫と同じ名だ。

 名を貰った古竜改めクシナは、生まれて初めて他者からの贈り物である自分の名を何度も反芻して嬉しそうにヤトに礼を言った。

 

 そして生まれたままの姿の男女は夕陽の中で一つに重なり、太古から続く荒々しい営みに身を委ねた。

 

 



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第39話 大きなミス


 注意

 今回に限り、やや強めの性描写が入っております。苦手な方は申し訳ありません。


 

 

 盗賊カイルは焦燥感に駆られながら広大な山を歩き回っていた。

 ヤトが竜に挑むと言って姿を消してから、もう九日が経っていた。兄貴分は十日経っても戻らなかったらと言ったが、いい加減待つのにも飽きていて、そろそろ我慢の限界だった。

 母が斥候として鍛えてくれたのがありがたい。先に行った兄貴分の足跡を辿るのは容易であり、野営した後から見当を付ける技術があるおかげで迷わずに済む。

 普通ならあんな良く分からない奴の事など放っておけばいいが、どうしても目が離せない相手だった。あの魔的な強さと闘争心には尊敬すら覚える。

 同時に自分が腹立たしい。なぜいつも彼の戦いを見逃してしまうのか。砦の時のケルベロスとの戦い。ゾット平原での二体のサイクロプス。

 そして今この時だ。ここまで付いて来たのだから、一緒にドラゴンの元まで行けば良かったのだ。戦わなくても遠くから眺めているだけで、きっと一生忘れられない神話の戦いを見られたに違いない。唄にすれば絶対に大金持ちになれた。

 

「あーあ、何でそんな機会を逃しちゃったのかなあ」

 

 思わず独り言が出てしまった。エンシェントエルフの長い命でも早々お目に掛かれないチャンスを逃してしまったのが余程堪えたようだ。

 何せ相手は竜だ。兄貴分もこれだけ帰ってこないとなると、もう死んでいるのだろう。いや、もしかしたら辛うじて勝っても怪我をして動けないだけかもしれない。

 もし生きていたら助けてやって、一生恩に着せて言う事を聞かせてやりたい。そうだ、きっとまだ生きているはずだ。

 何と言っても未だに竜は飛び立っていない。きっと竜を倒して肉を独り占めしているに違いない。

 酷い話だ。慕ってくれる弟分に黙ってご馳走をモリモリ食べているのだ。もし元気な姿を見たら、一言でも百言でも文句を言ってやる。それからまた一緒に旅をして、今度こそ幻獣や巨人を倒す様をこの目に焼き付けるのだ。

 

「だからさ、絶対生きててよアニキ」

 

 願いが神にでも通じたのか、ヤトが置きっぱなしにしていた荷物と外套を見つけた。どうやらここで夜営した後、置いて行ったらしい。つまりすぐ近くにドラゴンが居るのだ。

 荷物を持って急いで山の斜面を駆け上がる。

 段々と緩やかになる斜面のおかげで走りやすい。そして何やら獣の鳴き声のような妙な音が耳に入ってくる。それに何かを打ち付けるような音だ。あまり考えたくないが想像出来てしまう。

 

「――――――こんな時期にイノシシか狼が盛ってるのかよ」

 

 まったく、今は冬に近くなった秋だというのに。

 しかし不思議な事に足跡を辿っていると、発情した獣の鳴き声も段々と大きくなる。いい加減煩すぎで耳を閉じたいが、そうすると音を拾えないので我慢した。

 ようやく森が開け、台地に出る。そして目に入る光景に思考が停止した。

 

「おおおおおう!!!いいぞっ、いいぞー!!儂を孕ませてくれ!!ヤト、ヤトォォォ!!!」

 

「はあはあはあ!!!クシナさん!!クシナさん!!」

 

 台地の中心で獣が盛っていた。否、角の生えた裸の隻腕の女がこれまた裸の男の上に跨って一心不乱に腰と全身を上下に動かしている。

 どう見ても子作りの最中であった。

 

「何だこれ、たまげたなぁ」

 

 ドラゴンは何処だろう。こんな光景見るためにこんな辺鄙な場所に来たんじゃないんだぞ。

 でもあの角女が聞き捨てならない事を口走っていたのを確認せねばならない。

 恐る恐る獣のような激しい交わりをする男女に近づき、目を凝らして男の顔を見た。目が合った。どう見ても探していた兄貴分だった。

 彼は我に返ってとんでもなく気まずそうに眼を逸らした。

 

「……ふざけんなぁぁーーーーー!!!!」

 

 たぶん生まれてから最大の絶叫が空へと消えた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 合流したカイルは取り敢えずヤトを正座させた。全裸正座はあまりにも間抜けだったので、お情けで外套を恵んでやった。

 なお、子作りを中断させられたクシナは不満そうだったが、カイルが睨みつけるとバツが悪そうに渋々従って、今は予備の外套を羽織って大人しくしている。

 

「で、どういうことだよアニキ?ドラゴンはどうなって、あの片腕の姉さんは誰だよ」

 

「あのヒトが竜で、戦った後に僕の奥さんになったんです」

 

「あっ?頭狂ってる?」

 

 カイルの率直すぎる感想に、ヤト自身も自分の事でなかったらきっと同じ反応を返したに違いないと思った。

 しかし事実は事実であり、最初から今までの事を丁寧に説明すると一応納得してくれた。同時にカイルはこれ以上ないぐらいにキレている。そしてキレ過ぎで一周回って冷静になっていた。

 

「で、その奥さんと何日もぶっ続けで子作りに励んでいたって?仲間の僕を放っておいて?生きてるなら顔ぐらい見せるのが筋と違う?」

 

「―――――その、ごめんなさい」

 

「次からは僕も最後まで一緒に行くからね」

 

 カイルの有無を言わせぬ言葉に、ヤトはただ頷くしかなかった。

 そこで面白くないのはクシナである。今の今まで放置されてその上、番となったヤトに対して高圧的に接する少年に若干の敵愾心を抱いていた。ただ、二人が群れというか仲間である事実が物理的排除を留めている。

 そして説教が終わった時を測ってカイルに凄む。

 

「耳の長い二本足、儂のヤトに随分と偉そうだな。汝は強いのか?」

 

「アニキには仲間に当たり前の事をしてくれって言っただけだよ。強いとか関係無いの。それと僕の名前はカイルだから」

 

「む、そうなのかヤト?」

 

「そうですね。カイルの言う通り、先に生きている事を教えておくべきでした。それに貴女の事を」

 

「むむむ、そういう事なら仕方がない。それと儂の事はクシナと呼べ。ヤトから貰った名だ」

 

 クシナは嬉しそうに贈られた名を名乗る。小柄ながら、たわわに実った胸を大きく突き出すと、外套がはだけて美しい裸体が晒される。カイルは慌てて目を逸らした。

 取り敢えず説教をして落ち着いたが、今更ながら酷い情事の臭いにカイルは鼻で呼吸するのを止めた。そして二人に身体を洗って着替えと食事を提案した。

 クシナの方はよく分かっていないが、ヤトが提案を受けたので倣って台地の隅にある泉で休息を摂る事にした。

 

 



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第40話 西へ

 

 

 カイルが食事の用意をしてくれている間にヤトとクシナは泉で身体を洗って、数日間休み無しで交わって染みついた汚れを落とした。なお、碌に体を洗った事の無いクシナはヤトにされるがままで、くすぐったさに身を悶えさせていた。

 さっぱりした二人は、カイルと共に熱いスープを飲む。中身はイノシシの燻製肉と野草。

 

「血の味がしない薄い味だな。二本足共は毎回こういうのを食べているのか?」

 

 獲った獲物の丸かじり以外の、生まれて初めての料理を食べたクシナの感想だ。血抜きをして保存性を高めた肉の味は彼女からすれば物足りないだろう。しかし不味いと言ったり吐き出す事なく、面白そうに食べてお代わりも要求していた。

 ヤトも数日振りの食べ物を黙々と食べ続けている。何日も何も食べていなかったから身体が栄養を欲しているのだろうが、それでも食べ過ぎな気がする。

 そしてあっという間に鍋を空にした。カイルはあまり食べられなかったが、自分の作った料理をこれだけ食べてくれるので、悪い気はしていない。

 

 食事の片づけをしていたカイルは何気なく想像と違っていた事を口にする。

 

「ドラゴンってさぁ、洞窟に沢山の財宝を蓄えているって吟遊詩人が謳ってたけど、クシナ姐さんはそういうの無いの?」

 

「ざいほう?なんだそれは?儂はここを寝床にしているが、何かを貯めた覚えなど無いぞ。それに何でジメジメした穴倉なんぞに行かねばならん」

 

「ちぇー。やっぱり詩人の歌なんて当てにならないか」

 

 カイルは嘘っぱちの歌を謳っていた詩人に悪態を吐いた。

 ヴァイオラ大陸ではドラゴンは洞窟に住み、中に莫大な財宝を貯めていると信じられている。それを竜退治の英雄や勇者が手に入れる歌を詩人は毎日酒場や広場で謳っている。当然カイルもその歌を何度も耳にしており、いつの間にか本当に財宝があると信じていたが、実際に竜から知らされる事実は厳しい物だった。

 落胆したカイルだったが、ふとクシナが何かを思い出して告げる。

 

「そういえば汝達のように時々二本足共が儂に挑む事があってな。大体は儂に負けて喰われるが、その時に身に着けていた武器などを捨てている場所があるぞ。それでよければ好きにすればいい」

 

「えっ、いいの!?」

 

「儂はいらんしな。欲しいだけ持っていけ」

 

 カイルは俄然やる気を取り戻す。竜に挑むような者は大抵名のある達人や冒険者だ。彼等はほぼ例外無く魔法の武具や道具を持っている。その遺留品を漁れば何か価値のあるモノが見つかるかもしれない。

 早速カイルとヤトはクシナから教えてもらったゴミ捨て場に向かった。

 ゴミ捨て場と言っても、生ゴミのような本当のゴミがあるわけではない。剣や鎧の残骸が乱雑に積まれた鍛冶屋や工房のゴミ捨て場が最も適当な名称だろう。

 その金属のゴミ山に目を輝かせたカイルは喜び勇んで目ぼしい物を見かけては手に取って品定めをしていた。

 ヤトも砕けた赤剣の代わりになりそうな剣を探して、使えそうな剣を探している。

 鎧や盾のような防具は殆ど見当たらないか、原形を留めていないぐらいに損傷している。何せ持ち主がクシナに喰われたか、灼熱の炎で焼き尽くされたのだ。無事な物が見当たらないのも道理である。

 ただ剣や槍の類は多少見つかった。それらはかつての持ち主と違ってミスリルやオリハルコンのような魔法金属で、さらに魔法がかかっているので経年劣化もしておらず、十分実用に耐えられた。

 無事な武器は剣、槍、斧など七点。どれも魔法の武器であり、しかる場所に売れば一財産になるだろう。カイルは予想外のお宝が見つかってホクホク顔だ。

 ヤトも四振りあった剣の中の一つを手に取って丹念に調べる。ミスリル製の反りが無い直剣で幅が狭いが肉厚。長さも赤剣に近い。柄や鍔が若干傷んでいるが剣身は刃こぼれ一つ無い。軽く振って重心を確かめて手に馴染むのを確認した。かなりの名匠の作品だ。

 それと柄の部分に紋章が刻まれているのに気付いた。花なのは分かるが、種類と掲げる家までは分からない。

 カイルに聞いてみると、驚きながらも答えが返ってきた。

 

「その紋章は西のフロディス王国の王家の紋章だよ。そんな物まであったんだ」

 

 つまりこの剣の持ち主は西の国の王家に所縁のある者というわけだ。どのような人物かは分からないが、残してくれた剣はありがたく使わせてもらうとしよう。

 

「では次はそのフロディスにでも行ってみますか?」

 

「明確な目的地があるわけじゃないし、それで良いんじゃないかな」

 

 次の目的地が決まった二人は増えた荷物をさっさと纏めてもう一人の仲間の所に戻った。荷物はヤトが持ったが、自分でも驚くほど軽いと感じた。

 クシナは暇なので寝ていたが、二人の足音に気付いてすぐに起きた。竜の時のさして変わらない感覚の鋭さだ。

 

「次は西に、日の沈む方角に行きます」

 

「その前に荷物と馬を取りに行かないと」

 

「分かった。なら儂の背に乗るがいい」

 

 クシナは外套を脱ぎ捨てた。そしてカイルが裸体から目を逸らす前に、一瞬で元の姿である巨大な白銀竜へと姿を変えた。

 話には聞いていても実際に人から竜へと変わる様は中々に刺激的なシーンであり、カイルは目を輝かせてクシナの背に乗った。

 ヤトも背に乗ると、クシナは羽ばたき一気に上空へと上がる。そして風のように速く指示された場所へと降り立った。この間僅か数分である。森のような不整地に慣れた二人の足でも二日はかかる距離をものの数分で飛んでしまった。

 しかしその代償に、近くで主人の帰りを待っていた二頭の馬は、突然の竜に恐れをなしてどこかに逃げてしまった。

 失敗を後悔した二人だったが、今更どうにもならない。仕方がないので置いてあった荷物だけ回収して、再び竜の背に乗った。

 

 再び空の住人となったヤトとカイル。空を飛ぶ経験が皆無の二人は絶景に心を奪われていた。そしてこのような光景をいつも見ている竜のクシナを羨ましいと感じた。

 

「僕も竜になってみたいなー」

 

「流石にそれは無理でしょう。いや、でもエルフなら魔法で何とかなりますか。所でクシナさんは自由に姿を変えられますが、あの人の姿は誰かを模していたんですか?」

 

「昔、儂を退治しに来た二本足だ。ヤト程強くなかったが、それなりに強かったから多少覚えていて姿を借りた」

 

「へー美人な人なのに戦士だったのか。角も生えてるから人食い鬼≪オウガ≫だったのかな」

 

「あー、角はどうだったか。そこまでは覚えておらん」

 

 などと二人と一頭の竜の旅仲間は呑気な話をしながら当面の目的地である西を目指した。

 

 

 彼等に待ち受ける未来が、栄光なのか災厄なのかは誰にも分からない。

 

 

 第一部 白銀竜 ――了――

 



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第二章 眠る人形
第1話 人と竜の狭間


 

 

 トロルと呼ばれる種族がいる。人間の倍近い身の丈と分厚い筋肉に覆われた亜人種である。同じような体格の亜人に≪人食い鬼≫のオウガもいるが、彼等と違ってトロルには角が生えておらず知性も低い。そして顔立ちも醜悪で生まれてこの方身だしなみを整えようなどと考えた事も無く水浴びすらしないので不潔だ。

 奴らは雑食で何でも食うが、中でも生肉が好物だ。当然人間を始めとした人類種も平気で食べる。ただ意外と記憶力は良いのか、一度痛い目に遭ったトロルは二度と同じ危険を冒さない分別を持つ。

 そうした個体は討伐されないように人目を避けて辺境に縄張りを持ち、相手を襲わずに家畜だけを盗んで行く。実に小狡い性格に成長する。

 

 フロディス王国の辺境を縄張りにするトロルの群れも小狡く集落の家畜を盗む面倒な相手だった。

 村人はトロルを倒せるほど強くないが、代わりに金を出して冒険者や傭兵に討伐を依頼する。しかし被害が少数の家畜の場合、わざわざ近くの街に行って、討伐依頼をギルドに出すには費用が掛かり過ぎるので泣き寝入りせざるを得ない。

 村人は小賢しくも自分達でで歯が立たないトロルに腹立たしい感情を抱いていたが、幸運な事に旅の傭兵が討伐を引き受けてくれた。それも高額の報酬とは無縁、馬一頭と女物の服を一式と引き換えにだ。

 但し、その傭兵一行が明らかに荒事に慣れていないような風貌だったのが気になったが、報酬は後払いで構わないと言っており、しかも荷物を置いたまま討伐に出かけたので、村人達は一応信じてみる事にした。

 

 そして傭兵三名はトロルの群れと相対した。期しくも傭兵とトロルは同数。

 傭兵は優男の剣士、弓を持つ少年エルフ、それに右腕の無い角の生えた小柄な女性。どう見ても強者には思えず、トロルはどれを食べるかで仲間内で喧嘩をし始めた。

 柔らかい肉の女子供か、大きくて食べ応えのある男か。喧嘩の結果は傭兵達にはよく分からないが話は付いたらしい。

 三体のトロルはそれぞれ喜びの雄叫びを挙げて獲物へ襲いかかった。

 

 

 雄叫びを挙げて傲然と襲い掛かるトロルに対し、最初に動いたのはエルフの少年カイル。

 彼は落ち着いて弓に矢を番える。右手の矢は三本。

 一秒ごとに距離を詰める不潔な巨漢に、限界まで引き絞った弦を弾く。

 放たれた三本の矢は全て、間抜けにも大口を開けて急所を晒したトロルの口内へ侵入。腐臭のする口を貫いて後頭部から鏃を覗かせた。

 好物の柔らかい肉の代わりに鋼の矢を喰らったトロルは勢いを失い、前のめりに崩れ落ちた。

 

 

 次に状況が動いたのは隻腕の女性。彼女は外套を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ裸体を晒した。その身は女として優れた美を有しているが、明らかに戦うための利点ではない。

 トロルはその裸体に何の興味を持たず、ただ美味そうな肉が自分から身を投げ出してくれているとしか思っていない。

 生まれてから一度も洗った事の無い不潔な掌が彼女を捕まえる。スイカを片手で軽々と握り潰せそうなほど巨大な手で掴まれては、か弱い女性の身体など小枝のようなものだ。

 トロルは女性を生きたまま引き裂いて喰らうつもりだったが、不思議な事に女性の左腕を引っ張っても一向に千切れない。

 

「ひ弱だぞ」

 

 たった一言女性が呟いて、掴まれた腕を無造作に振るうと、逆にトロルの腕が千切れた。

 絶叫するトロルは女性を振りほどいて暴れるが、うっとおしいとばかりに女性が軽く蹴りを入れると、十倍以上の体重のトロルは数十Mは跳ね飛ばされて動かなくなった。

 通常ならあり得ない事象だが、女性の正体を知る者ならごく当たり前に受け入れられた。

 彼女はドラゴン。愛する《殺し合いたい》男から贈られた名はクシナである。

 

 

 最強の幻獣たるドラゴンに名を贈った男の名はヤト。彼は白銀のミスリル剣を手にトロルと相対する。

 不潔な巨漢はただ力任せに平手を剣士へ振り下ろす。技術も何も無いただの粗暴な暴力でしかなかったが、丸太のように太い腕から繰り出される岩のような硬さと重さを乗せた面の攻撃は、当たれば人間の頭など容易く爆ぜてしまう。

 ただし、それは当たればの話である。

 素人なら恐ろしい爆撃だろうが、十数年を修練に費やした剣鬼にはまったく問題にならない。フェイントも視線誘導も何もない、自由落下するだけのただの石ころを避けるなど、それこそ居眠りしていても避けられる。

 易々と攻撃を躱し、すれ違いざまに肘を一閃。おまけに右足を膝から斬り落とした。

 体勢を崩したトロルは痛みに耐えられずにのた打ち回る。決定的な隙を見せた相手に止めの一撃が叩き込まれるはずだった。

 しかしそうはならなかった。

 

「――――――あれ?」

 

 ヤトは戦いの最中にあって違和感に首を傾げた。普通ならこの剣鬼が戦いの中で他の事に気を取られるなどあり得ないが、彼の中で膨らんだ疑念はそれほどに大きかった。

 戦場で呑気に自身の手や身体の調子を確かめていたため、一時的に正気を取り戻したトロルが怒りのまま思案中のヤトに掴みかかろうとした。

 だが、剣鬼はやはり剣鬼であった。無意識のまま反射的に剣を振るい、迫り来る敵の腕を斬り飛ばして、無防備な頭を縦に両断した。

 この場で動く者は三名の傭兵だけになった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 悪さをしたトロルを一掃した三名。討伐の証として一体の首を斬り落として革袋に詰めて、残る二体は両耳を斬り落とした。

 後は村まで帰るだけだったが、どこか上の空のヤトを不審に思ったカイルがどうしたのか問う。

 

「ちょっと身体がいつもと違うみたいなんです」

 

 そう言って牛数頭分の体重はあるトロルの屍を片手で持ち上げた。

 ギョっとするカイルをよそに、ヤトは死体を空高く放り投げた。さらに足元の石を掴んで軽く握ると、石は砂粒のように粉々に砕けた。まるでオウガのような怪力ぶりである。

 

「それって気功ってやつで身体を強化したの?」

 

「いいえ、何もしていません。今日戦って違和感を感じたんですが、なぜこうなったかはよく分からないです」

 

「アニキ、なんか変な物食べた?」

 

「そんな食べ物で急に身体が変わるわけな―――――――――あっ」

 

 ヤトは何か心当たりがあったのか、暇そうにアリの巣に枝を突っ込んでいたクシナに尋ねた。

 

「クシナさん、僕が死にかけた時に貴女の腕を与えて傷を癒したと言っていましたが、それ以外にも効果があるんですか?」

 

「儂の血肉を与えたのだから当然儂に近づく。つまり今の汝は人と竜の間に居るわけだ」

 

 つまり今のヤトは竜に近い力を身に宿しているというわけだ。

 カイルはそれを聞いて興奮気味に、ヤトの身体をあちこちベタベタ触る。絶世の美貌の少年と美形の青年の絡みは好みの者からしたら垂涎ものの光景だろうが、幸いなことにクシナにはそんな退廃的な趣味は無い。精々、仲間同士で遊んでいるぐらいの認識だろう。

 いい加減触られるのが嫌になったヤトがカイルの額を軽く小突くと、エルフの少年は吹っ飛んだ。力加減を誤ったのだ。

 

「―――――どうしましょうこれ」

 

 より強くなったのは良い事だが、自らの身を自由自在に扱えないもどかしさが心を満たした。

 

 



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第2話 初めての街

 

 

 トロルの首と共に村に帰還したヤト達は諸手を挙げて迎えられた。

 本心を言えば村人達はヤト達にあまり期待はしていなかったが、全員無傷で帰還したのを見て、粗雑に扱うと何をされるか分かったものではないので、必要以上に感謝の態度を示して誤魔化した。

 首はずっと眺めていても楽しい物ではないので、村の入り口に立てた杭に突き刺しておいた。一種の害獣除けである。

 そしてトロル退治の報酬は約束通り支払われる事になった。馬は明日の出立時に、先にクシナ用の衣服が渡された。

 ただ困った事に、古竜であるクシナは服を着た事が無かった。よって村の女衆が面白半分に世話を焼いて、彼女に服の着用を教える事になった。というのは口実であり、きっと女達の着せ替え人形にされるに違いない。

 

 

 ――――――翌朝。

 旅立つ一行は村の入り口で村人に見送りを受けた。

 それと依頼の報酬である馬を一頭貰った。不細工な顔立ちだったが、身が肥えていて力が強そうな農耕馬だった。

 早速馬に荷物を乗せると重みで少し嫌がったが、一応ヤト達の言うことは聞いてくれた。

 準備が整った一行は村を出立した。村人達は旅の傭兵に手を振っていた。

 村が見えなくなった頃、クシナが済々したとばかりに外套を脱いだ。彼女は半袖のシャツに短パン姿、足はサンダルを履いている。全裸よりはマシだが、旅装束には不似合いな軽装である。しかも豊かな肉によって布がパツパツに圧迫されており、余計に丈が短くなってしまった。おかげでヘソも太腿も丸出しだ。

 

「しかし服とは妙な物だな。モゾモゾするというか、ゴワゴワするというか」

 

 彼女はしきりに身体を動かして調子を確かめている。生来裸で過ごしていた古竜のクシナにとって服は未知の産物であり、身に着けた時の違和感は凄まじい物だった。

 村の女衆は生まれてから一度も服を着た事が無いクシナに驚いたが、彼女の見た目はオウガに近いので、きっと今まで腰蓑一枚で過ごしていたと勝手に思い込んで、幼児に教えるように気長に世話を焼いた。

 おかげで随分と手間取ったが今は一人で着替えが出来るぐらいにはなっている。

 

「でもそれって部屋着みたいなものだから、目の置き場に困るんだけど」

 

「??見たければ見れば良いのではないのか?」

 

「そういうこと言ってるんじゃないんだけどー!」

 

 艶のあるムチムチの身体をあけすけに見せびらかす女性が傍に居るのは思春期のカイルには辛い。そんな青少年の機微など分かるはずもないクシナは首を傾げるしかない。

 一応村から報酬として色々な服を貰っていたが、生地の多い服は殆どクシナが嫌がって突っ返してしまった。どうやら服の感触はお気に召さなかったようだ。本来は裸で居たかったが、ヤトの頼みということで最低限胸や股を覆う今の服装で我慢した。

 カイルとクシナが漫才を演じている一方、ヤトは村人から貰った周辺の地図を見ながら次の目的地を探していた。

 この近辺で一番大きな街は北に歩いて三日ほどの距離だ。クシナが竜になって飛べば数時間の距離だが、今は彼女が人類種の中で暮らすための練習期間と考えている。不便だが慣れるためにも徒歩の方がいい。

 ヤトは人(竜)にものを教えるのは初めてだったが、意外と面白いと思った。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 三日間の徒歩の旅はあっという間だった。

 現在ヤト達はフロディス王国西部の都市グラディウスの正門の前に居た。

 門の周りには数多くの人々が居る。それも人族だけでなく、多くの亜人族がいる。多様な獣人族もだ。

 

「おぉ、色々な二本足がいるなー」

 

 クシナは辺境の村と規模の違う賑やかな街に興味をそそられる。以前は彼等を見た所で精々獲物が群れている程度にしか思っていなかったが、ヤトとの出会いが彼女の心境に変化をもたらしていた。

 街は空から見れば小さな場所でしかないが、人の視点で見れば視界全てに入り切らない程に大きい。それがおかしいのか飽きる事無く眺め、ベタベタと外壁を触る姿は、外見に似合わない幼さがある。

 周囲の人々は彼女の角を見てオウガ《人食い鬼》ではないかと疑ったが、それにしては背が明らかに低く、肉付きから子供とも思えなかったので、不思議な亜人の成人女性と思いながら脅威と認識しなかった。

 そしていつまでも入口で止まっているわけにはいかなかったので、ヤトは嫁の手を引っ張って街の中へと入った。

 クシナにとって街の中は、子供にとってのおもちゃ箱のようなものだ。

 無数の石造りの家屋。肩が触れ合うほど通行人の詰まった通路。その通行人を呼び止める威勢の良い商人の声。様々な商品。そのどれもがクシナの興味を惹いた。

 しかしヤトは歩みを止めない。

 

「先に宿――寝床を決めないといけませんから。それが終わったら、後でゆっくり見て回りましょう」

 

「むう、ヤトが言うなら我慢しよう」

 

 やや不満そうにしたが、ヤトの意見は尤もなのでそのまま従った。

 一行は街の中ほどにある『リンゴ亭』と書かれたリンゴの形をした看板を掲げた宿屋に決めた。宿は平民の商人が利用するような中規模で質は程々。当然値段も相応の金額だ。

 部屋は二人部屋と一人部屋を借りた。勿論部屋割りは一人部屋がカイルで、ヤトとクシナが二人部屋だ。

 屋内で過ごすのは二度目だったので真新しさは無い。それでも田舎の家とは異なるのでクシナは目についた調度品をベタベタ触っている。

 荷物を置いて一息吐くと、カイルが部屋に入ってくる。これからの予定を話し合うためだ。

 それなら最初から一部屋を借りればいいのだが、カイルは一人部屋を主張した。理由は言わぬが花である。

 椅子に座ったカイルが早速切り出した。

 

「とりあえず荷物になる武器を売って身軽になろうか」

 

「そうですね。使わない道具は処分するに限ります」

 

 武器とはクシナの寝床で手に入れた魔法の武器である。ヤトが佩刀にした剣以外に六点ある。全て魔法の掛かった武器なので、売ればかなりの額になるだろう。そして金属は重いのでさっさと処分したい思惑もあった。

 問題はそんな高価な武器を売るにはツテが無い事だ。普通の武器屋では魔法の武具は売っていない。だから買取には特殊な店を通さねばならないが、そうした店は紹介状が必須となる。

 一応冒険者ギルドの組員になれば紹介してくれるが、今からギルドに属しても仲介料という名の中抜きと要らぬ詮索を受けるのが面白くない。

 二人の意見はそこで一致しており、別の選択肢を選ぶ事になる。

 

「情報収集も兼ねて盗賊ギルドに顔を出そうか」

 

 盗賊カイルの提案にヤトも同意した。クシナだけはよく分からない顔をしていたが二人に従った。

 話の纏まった三名は早速宿を出た。

 

 



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第3話 未開の遺跡

 

 

 宿を出た三名は、そのまま街の貧民区を目指した。盗賊ギルドはどの街でも貧民街やスラムのような、治安が悪く外部の者を寄せ付けない場所に居を構えるのが不文律だった。

 今回は盗賊ギルド員のカイルが居るので蛇のタグは簡単に見つかった。タグはダリアスの街の白蛇と違って、黒蛇がネズミを喰らう形をしていた。こうしたデザインの細かい違いは国や土地柄の違いから出るものである。

 ともかく目当ての物を見つけて、タグのある建物の地下へと降りる。

 降りた先の部屋には暇そうにしている青年が座っていた。

 

「いらっしゃい。客か、それとも組員か?」

 

「組員だよ。物の買取と情報が欲しいんだ」

 

 カイルは用件を告げつつ、懐から白蛇の描かれた木札を青年に見せた。

 札をじっくり観察した青年はカイルがどこの所属か思い当たり、ダルそうな顔から仕事人の顔つきになる。

 少なくとも舐められないと分かり、ヤトは買取予定の武器の束をテーブルに乗せた。

 

「武器か。魔法具の類か?」

 

「正解。この国で売り捌くツテが無いから、ここに持ち込んだんだ」

 

「剣が三振り、斧が二本、槍も二本。結構な年代物だな。まあ、査定は専門がやるから待ってな」

 

 青年は武器をざっと見てから隣の部屋に居た雑用係に武器を渡した。

 

「で、情報ってのはなんだ?」

 

「今渡した剣より頑丈な剣を探しています。竜を斬っても砕けないような頑丈な業物を」

 

 ヤトの要望に受付の青年は首を傾げた。

 買取り予定の剣をざっと見た感じ、どれも業物だ。竜を斬れるかは分からないが、並の幻獣なら容易く斬れるだろう。それで満足しないとは随分と大言吐きというか欲深いというべきか。

 とはいえ求められた以上は商売人として応えねばならない。彼は担当に渡す紙にヤトの要望を記した。

 

「他には?」

 

「この国のエンシェントエルフの集落を探してるんだけど」

 

「エンシェントエルフだって?んな普通のエルフの村ならともかく、ギルドでも情報は殆ど持ってないぞ」

 

 カイルの要望に難しい答が返された。カイル自身もアポロンで幾度となく同じ言葉を聞いた。それでも他国ならと一抹の望みはあったが、やはり簡単にはいかないらしい。

 

「一応担当に聞いておくから、あんた達は客室で待っていてくれ」

 

 受付の役目を終えた青年は他の職員を呼んで、ヤト達を客室へと案内した。

 

 簡素な客室に通された三名は大人しくしているが、好奇心旺盛なクシナはテーブルに置かれていた茶菓子を一つ摘まんで口に放り込んだ。

 

「おおっこれは美味い。二本足はこんな美味い物を食べているのか」

 

 お菓子の甘味に感動したクシナは一つ、また一つと口に入れる。そしてあっという間に半分以上を平らげると、我慢出来なくなったカイルも参戦。二人はお互いに負けるものかと張り合って、全てを食べ尽くしてしまった。それでもまだお代わりを要求しないだけ分別があると思いたい。

 そしてしばらくすると客室に猫人の中年男性が入ってきた。

 

「待たせたな。ここの情報担当のショーンだ。早速だが、欲しい情報を教えよう」

 

 茶色の毛が愛くるしい猫人だが、渋い声がミスマッチだった。それはさておき、ショーンは本題に入る。

 まず、カイルの欲しているエンシェントエルフの村は残念ながら一切情報は無かった。

 元来エルフは排他的で同族以外のコミュニティに姿を見せる機会は少ない。そして王族と同義のエンシェントエルフはさらに引き篭もり体質で、情報通の盗賊ギルドでも目撃例は皆無だった。

 カイルも良い結果が得られないのは凡そ分かっていたが、実際に告げられると落胆の色を隠せなかった。

 そしてもう一つの情報の、ヤトの欲している竜を斬る剣だが、そんな物は無いらしい。

 正確にはあると言えばあるが、無いと言われたらその通りである。

 現在を生きる鍛冶屋は己の剣が本気で竜を斬れると思っている手合いもいるし、剣の価値を上げようと大げさに宣伝する輩も数多くいる。竜殺しを謳う魔法剣は数多くあるが、実際に竜を斬った事が無いので分からないそうだ。ある意味当然かもしれない。

 あるいは世には本当に竜を殺せる剣はあるだろうが、そんな伝説級の武器は早々人目に触れず、王の宝物庫や神殿の御神体として祀られている。

 仮に本当に竜殺しの宝剣が実在しつつ情報を手に入れたとしても、流石に剣に狂ったヤトでも率先して神殿に強盗に入るのは後々の面倒を考慮すると躊躇う。

 

「期待を裏切るような情報かね?」

 

「いえ、もしかしたらと思っただけですからお気になさらずに」

 

「逆に言えば未だに人目に触れられていない古代の遺跡になら、そうした伝説の武具が眠っているかもしれないな。何せ昔の方が優れた魔法具は多い」

 

 ショーンの話はある意味で正しい。現在でも魔法具は無数に造られているが、多くは過去に造られた道具よりも劣る。理由は諸説あるが、一番の理由は昔に比べて質の良い鉱石が枯渇しかかっている事だ。

 だからより良い道具を手に入れようとすると、どうしても古い時代に造られた物を選ばなければならない。

 しかし古い道具がそんなに都合よく転がっているはずもなく、多くは危険な遺跡や隠し財宝を探す他無い。

 そこでショーンはニヤニヤして長いネコ髭を揺らす。

 

「ちょうど半月前に鉱夫が未発見の遺跡を見つけてな。噂を聞き付けてあちこちから冒険者が集まっている街がある。その情報欲しいか?」

 

 高いぞ。とショーンは言わなかったが、高い情報料なのは分かり切っていた。

 ヤトは仲間のカイルの顔を見る。

 

「良いんじゃないかな。僕も盗賊としてその遺跡には興味あるよ。それに集まる人が多ければ、僕の欲しいエルフの情報もあるかもしれないし」

 

「なら、その街の情報を買います」

 

「よし契約成立だ。後で地図を用意しよう。ああ、そういえばその遺跡には探索許可証が無いと入れないそうだ。うちのギルドなら正規の発行証を用意出来るんだがなぁ」

 

 ヤト達からすれば足元を見た商売だが、冒険者ギルドに所属していない一行が遺跡探索をするにはその許可証とやらが無いと困るのは事実だ。

 それに今から冒険者ギルドに所属した所で新人は何か月も待たされるのが目に見えている。出涸らしの遺跡に期待など出来そうもないので、必要経費と割り切って許可証を手に入れた方が見返りも大きい。『先んずれば人を制す』の精神だ。

 どうせ魔法具の買取料金よりは安いので、即決して許可証を用意してもらう事にした。

 話が纏まり、後は魔法の武器の買取を待つのみとなった。ついでにクシナ用に茶菓子の補充を頼むと、ショーンは苦笑しながら了承した。

 

 しばらく三人で茶菓子を摘まんでいると―――――今度はヤトも食べるのを見てクシナも少し遠慮した、経理担当を名乗る女ドワーフが数枚の紙を持って入ってきた。

 

「待たせたね。武器六点の買取金額は金貨千二百枚だよ。これがその内訳を書いた紙。で、こっちが遺跡のあるバイパーの街までの地図と探索許可証。情報提供料と合わせて金貨百枚。つまり差し引きで金貨千百枚があんたらの取り分だ」

 

 それぞれの紙を隅々まで確認して不備が無いのを確かめた。代金の方は千枚以上の金貨は持ち運びに苦労するので、小切手で渡された。

 実は盗賊ギルドは表商売として為替商や金貸し業を営んでいる。その表業務を利用して後ろ暗い取引で得た金を資金洗浄して市場に流していた。だからヤトが受け取った小切手はこの国の大きな街のどの為替商でも換金出来た。

 なお金貨千百枚は一人の平民が一生かかって稼ぐ金に近い一財産である。ギルドが仲介料として幾らか差し引いた買取金額でもそれほどの価値があるのだ。古い時代の魔法具がいかに高額で取引されるか分かるというものだ。

 

 全ての取引に不備が無いのを確認すると、一行は盗賊ギルドを後にした。

 そして明日の朝には街を出て、西のバイパーの街に立つので、クシナに貨幣と商売の原理を教えながら準備を整えた。

 

 



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第4話 奇妙な女

 

 

 ヤト一行がグラディウスの街の盗賊ギルドを訪れてから三日が経った。

 この日の昼には目的地であるバイパーの街に着いていた。

 本来ならグラディウスの街からバイパーの街まで歩いて十日はかかる距離だが、反則的な手段で旅の行程を二日に短縮していた。

 反則とは竜の姿に戻ったクシナに運んでもらう事だ。地上を徒歩で進むより圧倒的に速い空の旅によって、人目に付かないように多少遠回りしても、二日で目的地にたどり着く事が出来た。おかげで腕に掴まれていた馬は酷く怯えてしまったが、短縮した時間の価値は極めて大きい。

 その証拠にバイパーの街の正門には多くの旅人や冒険者の姿が見える。これらの殆どが見つかった遺跡を目当てに一山当てようと集まって来た者達だ。

 これがあと五日も遅かったら、おそらく山師も数倍になって宿すら確保出来なかったかもしれない。クシナ様々である。

 その甲斐あって一行は街の中でも上等な宿屋に長期滞在できた。宿の名は『岩竜の寝床』である。竜であるクシナに似合う宿だった。

 宿を確保して憂い無く街を散策する三人。

 

「しかしここは前の街以上に二本足でゴチャゴチャしているな」

 

「その中には僕達も居るんですけどね」

 

「みんな一獲千金を求めて集まって来てる冒険者だよ。そして冒険者相手に金を儲けようとする商人もあちこちから来てるんだ」

 

 カイルの言う通り、表の通りには隙間も無いほどに露天商が商品を道に並べて調子の良さそうな声で冒険者の客を相手にしている。

 

「ツルハシにロープ。松明のセットだよー!遺跡に行くなら絶対必要だよー!」

 

「クスリ―、クスリはいらんかねー!傷薬、解毒薬、気付薬、包帯。何でもあるよー!」

 

「保存食はウチが一番安くて美味いよー!他のはとてもじゃないが、食べられた物じゃないよー!」

 

「オッサン、もう少し安くしろよ!なんでロープ一本がこんなに高いんだよ!」

 

「要らんのなら他所に行きな!けど、今の街じゃどこも似たような値段だぞ」

 

「足元見てんじゃねー!」

 

 商人と客らしき冒険者がいがみ合いながらも値段交渉に熱を上げていた。

 そんな光景が通りで数十は見かけられる。

 実際ヤトやカイルからすればバイパーの商人達が並べた品は食料品を除いて恐ろしく高い。何せ一行がグラディウスの街で揃えた遺跡探索道具の価格の五倍から十倍は高いのだ。冒険者達が文句を言うのは正しい。

 しかし正しいからと言って、儲けるためにはるばる遠方からやって来た商人達が譲る事などあり合えない。

 結局、冒険者は商人の口には勝てず、不本意ながら僅かに値引きしたぼったくり商品を買う羽目になった。

 冒険者は知っていた。高いからと言ってここで何も買わずに遺跡に潜れば命の危険が飛躍的に増す。だからここは命の値段と無理矢理納得して買うしかなかった。

 それでも買い物客がひっきりなしに道具を揃えるのはそれだけ手付かずの遺跡にはお宝が溢れんばかりに眠っているのを知っているからだ。盗賊ギルドの情報では、この街の鉱山奥にはかつてミスリル精製によって莫大な財を成したドワーフの都市が眠っている。

 ミスリルはオリハルコンやアダマンタイト同様に武具に適した魔法金属で、その価値は鋳造しただけのインゴットでさえ黄金の三倍の重さで取引される。さらに鍛冶に長けたドワーフが鍛えた上質のミスリル製武具なら重さに対して金の十倍の値が付く。もし発掘したならナイフ一本でさえ金貨百枚超で買い取ってくれるだろう。

 だから冒険者達は道具が多少高くついても後で余裕で取り返せると楽観視して先行投資をしている。中には借金をしてでも資金を用意して来た者もおり、街は混沌期にして絶頂期と言えた。

 三人はごった返す街中を腕で人垣をかき分けるように進み、ようやく目的の場所にたどり着いた。

 そこは街の広場に幾つかテントを張っただけの露天商の集ったような市場のように見える。道中見かけたような多数の冒険者たちがざっと数百人が白いテントに向かって列を成していた。ここが門衛から聞いた遺跡探索の仮設事務所である。

 ヤト達は列自体には関心を示さず、近くで列の整理をしていた職員の若い男に話しかけた。

 

「仕事中すみません、ここが遺跡探索の申請場所ですか?」

 

「そうだよ。あんたらも行儀良く列に並んで順番を守ってくれよ。でないと探索許可は出さないから」

 

「許可証はもう別の街で譲ってもらったので名義変更だけしたいんですが」

 

「変更手続きならあっちの赤いテントが担当だからそこで事務処理をしてもらって」

 

 男が指差した先には数名が並んでいる人気の無い赤いテントがある。軽く礼を言って赤いテントに向かった。

 赤のテントは先客が一組居るだけで閑散としている。しばらく待っていると先に手続きを終えた男女の二人組とすれ違った。

 男のほうは三十歳前後、この辺りではあまり見ない褐色の肌と濡れたカラスのような艶のある黒髪、鋭利な刃物を連想させる細く整った顔立ち。長旅によって幾らかくたびれた黒い外套の下には大陸中部の民が好む意匠を施した革製の上等なベストを纏うも、服の上からでも引き締まった鋼のような肉体が見え隠れしている。腰のベルトには金属製の短杖を差していた。

 女のほうは顔を半分以上頭巾で隠しており口元しか分からないが、皺の有無からおそらく四十歳は超えていないと思われる。地に足が着きそうな長い裾の法衣のような服を纏い、手には細部にまで凝った細工の施された遊環付きの錫杖を握っている。一見すると女神官に見えるが、ヤトもカイルも服装から彼女がどの神に仕えているのか分からなかった。

 三人と二人組は無言ですれ違うかと思われたが、法衣の女のほうがすれ違った後に立ち止まって鈴の音のようによく響く上品な声を投げかけた。

 

「変わった取り合わせね貴方達……まるで御伽噺の中から出てきたみたい。縁があればまた会いましょう」

 

 彼女は言いたい事を言って連れの男と共に人ごみに消えていった。

 

「何だったんだろうね、あの二人」

 

 意味深な言葉を残して去った男女に首をひねる。確かに自分たちは亜人の女子供と優男という、一見して遺跡探索とは関わりの無い集団だ。そこまでは女の言う通り変わった組み合わせと言えるが、エンシェントエルフであるカイルを除いて御伽噺から出てきたとは言い難い。果たして女の言葉はなんの意味があるのか。

 

「また会った時にでも聞いてみたらどうですか?僕はもう一人の男のほうに興味ありますし」

 

「アニキが興味って、さっきの人強いの?」

 

 弟分の質問にヤトは笑みを浮かべながら無言で頷く。カイルは初見で相手の強さを推し量る術は持っていないが、こと強さにかけて兄貴分が違える筈が無いのを嫌というほど知っているので異論は挟まなかった。

 精々今出来る事は無用な敵対をしないよう再会した時にある程度友好的に接するように心がけておく程度だろう。

 気を取り直した三人はテントの中で書類と格闘している事務員に盗賊ギルドから手に入れた遺跡探索許可証を渡して要件を伝える。事務員は許可証の紙質、文面、押印を丹念に調べて偽物でない事を何度も確認してから改めて手続きに入る。

 

「ところでパーティの代表者はどなたです?一枚の許可証で探索出来るのは五人まで、途中で人が入れ変わっても構いませんが、代表者だけは固定ですから」

 

「アニキがやってよ。僕はこのなりで嘗められるし、クシナ姉さんは問題外だし」

 

 カイルの言う通り他に選択がない以上、リーダーに向かないと分かっていても自分がやらざるを得ない。ヤトは書類に必要事項を全て記入して事務員に提出した。

 書類に不備が無い事を確認した事務員は許可証を一部修正してヤトに返却した。これで気兼ねなく鉱山の遺跡探索が出来る。

 ふと気づけば日は幾らか傾き、あと数時間もすれば日没だ。今から遺跡に行くのは半端な時間なので、今日のところは食事を取って明日に備えるべきと三人の意見は一致した。既に先程の女の事は誰も気に留めなかった。

 

 



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第5話 同じような三人

 

 

 無事に手続きを済ませた三人は多少早い夕食を取るために宿屋近くの食堂に入った。夕食にはまだ早い時間だったので空いているかと思ったが、既に席は半分以上埋まっており、客の多くは酒瓶を抱えてかなり出来上がっていた。それも陽気さとは無縁で憂さ晴らしに飲んでいるのが一目で分かった。

 ヤト達は空いている席に就いて店の年配の女中に食事を頼んだ。彼女は三人が頼んだ食事に顔を引き攣らせていたが、すぐに動揺を隠して何事もなかったかのように厨房に知らせる。

 先に注文した飲み物が来たので三人でそれぞれ口につける。中身はリンゴを絞ったジュースだ。

 

「おおー酸っぱいが甘くて美味しい!」

 

「喜んでもらって何よりです」

 

 クシナが嬉しそうにくぴくぴジュースを飲むとヤトの顔が綻ぶ。

 古竜である彼女は人類種が作る料理や加工食品に強い興味を持ち、村や町で興味を持った食品は手当たり次第手を出して健啖家のカイルと張り合っては美味しい料理を楽しんでいる。ヤトはそんな伴侶の楽しそうな姿を見るのがとても好きだった。

 しばらくジュースで時間を潰していると新しい客が入ってきた。奇しくも新客はヤト達と同様に女一人に男二人の三人組だった。

 三人組はヤト達のすぐ近くのテーブルに陣取って上機嫌に酒と料理を注文する。

 女は20代後半の背の高い人間。法を司る神官服を身に纏いつつも荒事を済ませたような冒険者風の出で立ち。そして荒々しさに似合わないよく手入れされた長い金髪に濃い化粧をしていた。年増だが美人と言って差し支えない。

 男の一人は太った巨漢の獣人。熊人のように見えるが愛嬌のある顔立ちから狸人だと分かる。腰には血糊の付いた鋼鉄製のガントレットを一組吊るしている。

 もう一人の男も獣人。こちらは狐人で、もう一人の男と対照的に精悍な顔つきに煙管を咥えている痩身の伊達男。酒と料理の匂いが混ざり合った食堂でも分かるほどに彼からは薬の臭いが漂っている。

 三人は先に酒で乾杯して飲み干すと、おもむろに荷物をテーブルに置いた。そして彼らが袋から中身を出すたびに周囲からは感嘆と嫉妬の声が上がる。

 

「うわっすごっ!」

 

 カイルも周囲と同様に声を上げた。視線の先には黄金の燭台、宝石を纏う煌びやかな酒杯、純銀の水差し、細部にまで透かし彫りの入った金箔仕立ての小箱、名匠によって極限まで磨き上げた銀の鏡、純金のフォークやスプーンが数十本。あるいは赤、青、緑、黄、紫など大粒の石の嵌った指輪やそれらを繋ぎ合わせたネックレス。金の髪飾り以外にも極小の水晶を数百は集めて嵌め込んだティアラなどなど。

 食堂の心許ないランプの光の下でさえ輝きは何ら損なわれず、見る者全ての目を眩ませる至高の財宝が山のように積まれた。

 

「いやー三日目でようやく大魚が釣れたねぇドロシー様。あたしゃこのまま手ぶらで投資金が返ってこないかとヒヤヒヤしてたよ」

 

「あんたは相変わらず心配性だねぇヤンキー。私は大丈夫だって何度も言ったよ。ねっ、スラー?」

 

「それより飯はまだですか。おいどん、腹が減って死にそうなんです」

 

 黒毛の狸人の情けない空腹宣言に後の二人は噴き出した。彼らは今日遺跡に潜り宝を持ち帰った生還者にして成功者なのは疑いようもない。

 カイルは煌めく宝に目が行き落ち着かないが、頼んだ大量の料理が運ばれるとすぐにそちらに興味が移り、真っ先にフォークで熱々のソーセージを突き刺して頬張る。クシナも負けじと血の滴る骨付き肉の塊に大口で齧り付き、骨ごと噛み砕いては周囲を驚かせる。そしてヤトはマイペースに鶏肉の塩焼きを丁寧に食べていた。

 この街は山地にあり牧畜が盛んで肉が主食だが、近くに湖と川もあるので魚も食べられる。そうした肉料理と魚料理がテーブルに乗り切らないほどに乗せられていても小柄な女子供二人が次々と胃に収めて皿を空にしていく様はある意味異様である。

 和気あいあいと食事を楽しむヤト達。成功を収めて上機嫌なドロシー達。そんな面々を忌々しく思っている一人が立ち上がり、怒りに満ちた顔でドロシー達にずかずかと近づく。

 

「おうおう!てめえら調子づいてんじゃねーぞ!!なんでお前らみたいなのが遺跡には入れて俺達が足止め食らってんだっ!!ああっ!?」

 

 いきり立って怒鳴り散らす髭面の男にドロシー達は呆れと侮蔑が顔に浮かぶ。おそらく髭面は前もって許可証を手に入れずにこの街に来てから許可証を申請して入手待ちで燻っている一人だ。昼間見たように毎日数百人が列を成していれば街の役所がどんなに急いでも証を発行するには暫くかかる。その間ひたすら待たなければならず、同業者が宝を手に入れてどんどん成功している姿を見続けるのはかなりのストレスだろう。

 だからと言って成功者に不満をぶつけるのは筋が通らない。せっかくの良い気分をぶち壊されて言い掛かりを受けるドロシー達が軽蔑するのも当然だ。そんな当たり前の道理も分からない男だからこそ、自分が嘲りを受けているのも納得いかず暴力に頼って相手を従わせようとする。

 髭面が近くの椅子を抱えて財宝を満載したテーブルに叩きつけようと振りかぶるが、その瞬間に狐人のヤンキーが煙管から紫煙を吐いた。髭面はたまらず咳込んで椅子をあらぬ方向に投げてしまう。

 しかし椅子は運悪く近くのヤト達のテーブルに突っ込んでしまい、料理を滅茶苦茶にしてしまった。クシナは床に散らばる御馳走の数々を悲しそうに見つめ、そして彼女の美しい顔には段々と怒りが宿り、手の中の牛骨がボキボキと音を鳴らして砕けた。

 

「クシナさん、料理は頼みなおしますから軽く撫でるだけにしてください」

 

 ヤトの言葉に彼女は無言で頷いてから立ち、食事を邪魔した男のそばに立つ。

 

「あん?なんだお前。取り込み中だからあとに――――おぼぅ!!」

 

 クシナが男の脇腹を軽く小突くと情けない悲鳴を上げて跳ね飛ばされた後に壁に叩き付けられて、陸に上がった魚のようにビクビクと痙攣し続ける。口からは血の混じった泡を吐いていた。

 これには髭面の仲間も黙っておらず、二人がクシナに詰め寄るも、一人は腕を掴まれて放り投げられて壁にめり込み、もう一人は胸に頭突きを食らって血反吐を吐いて仰向けに倒れた。食堂に沈黙が生まれる。

 

「すみません、これ片付けて代わりの食事をお願いします」

 

「ふん、儂の飯の邪魔をするからだ」

 

 マイペースなヤトとクシナ。それとカイルが動かない三人の懐を探って財布から金を抜き取った後に男達を店の外に捨てた。

 三人の動きを見たドロシーは大笑いした後に親しげに話しかける。

 

「気に入ったよ、あんたたち。私から一杯奢らせてもらうわ」

 

 



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第6話 狂乱の夕餉

 

 

 二つの三人組は今度は一つのテーブルに移って改めて食事を再開した。

 

「私はドロシー、そっちのお嬢ちゃんと大食い競争してるのがスラーだよ」

 

「僕はヤトです。あちらがクシナさんといいます」

 

「僕はカイルだよ」

 

「これはご丁寧に、あたくしは薬士のヤンキーと申します」

 

 一通り自己紹介が終わった六人はそれぞれ好きな料理や酒を飲み食いしてリラックスしている。ドロシーとヤンキーは他の面子に断りを入れてから煙管を吹かす。

 

「それで、あんたらのお目当ても遺跡かい?」

 

「正確には僕だけですよ。カイルも財宝は欲しいでしょうが本命は情報ですし、クシナさんは宝より食べ物のほうが好きですから。そういう貴方達は?」

 

「あたくし達は純粋にお宝目当てですよ。あとは少しばかり世の中を面白おかしく楽しみたい集まりですね」

 

 ヤンキーが――――アポロンのサラ王女のような混血とは違う純血の獣人だ――――狐面の髭を揺らして飄々と笑う。それにドロシーも頷く。もう一人の狸人のスラーはクシナに対抗して一生懸命ミートパイを咀嚼している。実に楽しそうだ。

 

「でもさ法と秩序の神様って神官もお堅い事しか言わないイメージがあるんだけど」

 

「そうでもないよエルフの坊や。神官だって霞を食べて生きてるわけじゃないし結構生臭いものよ。まあ、その中でも私は一等変わり者なんだけどね」

 

 カイルの指摘にドロシーは様々な感情を含んだ笑みを向ける。まだ幼いカイルには彼女の内面は読み取れない。

 そしてヤトは戦闘者として食事を取りながら同席する三人の一挙手一投足を観察する。

 ドロシーは服装からして神官だろう。肉体的にはあまり鍛えている様子は無いので武僧兵ではない。信仰する神から魔法を授かっている可能性はあるが現段階では分からない。テーブルに立てかけた錫杖は儀礼的な拵えで殺傷用には向かないが、服の不自然な膨らみと若干ズレた体幹から体のあちこちに武器、おそらく暗器を隠していると予想する。

 クシナと張り合って互いに一枚のピザの端と端に噛り付いているスラーは見た目から筋肉自慢の獣人だろう。この手の輩は珍しくない。腰の一組の鋼鉄製ガントレットから肉弾戦を得意としており、纏う鉄製の重鎧から二人の盾として前に立つ役目も担っていると見て間違いない。技量はそこそこのレベル。

 問題は隣に座っている狐人のヤンキー。この薬士は常に腰が低く飄々とした態度を崩さないが、その実こちらを観察して一定の警戒をしている。ヤトは薬について素人でしかないので彼がどのような薬品を扱うのか見当もつかない。仮にこの三人と戦う場合、最も警戒しなければならないのはこの狐人だと直感している。

 ヤトは三人の純粋な強さはそれほど高くないと結論付けて、さして戦う意義を見出せないので余程の利益対立が無ければそれなりのお付き合いを維持する程度で済ませようと思った。

 ともかく大食い競争している二人を除いた四人は食事をしながら軽い世間話をしていた。途中ドロシーは強い蒸留酒を、ヤンキーはエールのお代わりをもらう。

 ヤトは単に当てもなく旅をする傭兵、カイルは自分の故郷を探している盗賊とだけ伝えた。それとクシナは古竜であるのを伏せたまま、最近ヤトと知り合い夫婦になって付いて来たとだけ教えた。

 

「へぇ、そこの所をもう少し詳しく知りたいねぇ。女として色恋沙汰は興味あるよ」

 

 ドロシーが口元の笑みを隠しもせずに問い詰めるが、ヤトはそれを曖昧な返事で先延ばしして代わりにドロシー達の来歴を尋ねる。

 

「私は神殿暮らしに飽きて根無し草の冒険者をやってる変わり者さね」

 

「あたくしはそのお嬢と家ごとお付き合いのあるしがない薬士でして、惰性で付き合って旅しているだけですよ」

 

 ドロシーもヤンキーも嘘は言っていないのだろうが、あまり深く込み入ってほしくないので程々の部分だけを語っているのが分かる。なおスラーは元々日雇いの土木工事をしつつ暇な時に力自慢の大道芸をして日銭を稼いでいた所をドロシー達と知り合ってそのまま仲間になったらしい。多分彼だけはこの説明が全てだろう。

 互いの来歴を聞いた後、最初に質問をしたのはカイルだ。彼は二人に今日の遺跡探索がどのような冒険だったのかを聞きたかった。それはお宝以上に斥候技能を持つ者としてどのような罠や仕掛けがあるのかを事前に知っておきたいと思ったからだ。

 カイルの質問に答えたのはヤンキーだ。彼は三人の中で最も感覚が鋭く、手先の器用な男ゆえにパーティの中で斥候役を任されていた。

 

「そうですねぇ、罠の類は遺跡によくある物ばかりですよ。落とし穴、吹き矢、落石、飛び出し槍、回転ノコギリ、毒ガス。そうそう、壁に回転扉なんかもありましたね」

 

「今日のお宝はその回転扉の先の隠し部屋で見つけたのさ。いいかいエルフの坊や、上等な宝が欲しかったら大胆かつ慎重に探しなよ」

 

「うん、分かったよ」

 

「ところで魔法仕掛けのゴーレムやガーディアンの類は居ましたか?」

 

「今まで探索した範囲では見かけてませんね。ですが居ない保証はしかねます」

 

 ヤトの質問にヤンキーは首を横に振って否定しつつも確証はしなかった。

 ゴーレム及びガーディアンは魔法技術によって造られた命無き人形である。主の命令に絶対忠実、例えその身が砕けようとも必ず命令を遂行するように作り上げられた道具だ。

 現在は製造技術が失われつつあり、街中で見かけるようなありきたりな存在ではないものの、古い遺跡には時折稼働状態のまま放置されて既に居なくなってしまった主の命令を忠実に護る哀れな個体が侵入者である探索者やトロルのような亜人を歓迎していた。

 もし遺跡でこのような守護者と出くわした場合、即座に逃げ出すことをお勧めする。彼らの多くは並の戦士では傷すら付けられないアダマンタイトやオリハルコンのような朽ちぬ金属の鎧に護られながら、静寂を乱す者を分け隔てなくただ無機質に殺す。愚直な人形には命乞いも詐術も無意味だ。

 仮に倒せれば大量の魔法金属や核となる貴重な珠玉は高値で売れるだろうが相応の達人でなければ捕らぬ狸のなんとやらだ。命を天秤にかけて選択を迫られるに違いない。

 

「ここの遺跡は結構大きいからね、しかも金満ドワーフの鉱山都市だから居ると思った方が良いさね。それと不死者やゴーストもウヨウヨいるから気を付けなよ」

 

「げっ!あいつらと戦うの嫌なんだけどなぁ」

 

 カイルが露骨に顔をしかめる。ドロシーの言う不死者やゴーストとは神官の冥福を受けなかった未練を持つ死者が成仏せずに現世に留まった悪しき存在である。彼らは己の境遇を呪い、生者を羨み妬んで害をなす存在に成り果てた。こうした怪物は無縁墓地や戦場跡にもよく出るし、遺跡にもしばしば現れては探索者を殺す。

 これらを退治するには神官の祝福を受けるか、神殿で清めの聖水を手に入れて振りかける、または特殊な魔法具を用いるか、しなければならない。対抗手段の限られる相手ゆえにカイルは嫌がったのだ。

 

「聖水が欲しいのなら幾らか手持ちがあるから売ってやってもいいよ。これでも神官だしね」

 

 ドロシーがニヤつきながら懐から取り出した小瓶を揺らす。さすが神官だけあって当然のように聖水を持っている。気になる価格は神殿で買うのより少し割高だが、市場でぼったくりの値段で道具を売る商人に比べれば遥かに良心的な値段だ。ヤトとカイルは彼女に礼を言って聖水を融通してもらった。

 商談を済ませた四人をよそに、粗方料理を食べ終えたクシナとスラーは追加で頼んだ大量の果実のコンポートを争うように貪っていた。

 

 そして六人は適度な距離感を保ちつつ友好的な食事の時間を過ごしてお開きになった。なおヤンキーが言うにはスラーと大食いで引き分けたのはクシナが初めてだそうだ。

 

「じゃあお互いに良い冒険を」

 

「ええ、貴方達も」

 

 二つの三人組は和やかな雰囲気のまま互いの明日が良いものとなるように願った。

 

 



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第7話 探索開始

 

 

 早朝。宿屋『岩竜の寝床』を後にした三人は街の外れにある鉱山を前にする。夜が明けて間もない早い時間だったが、既に何組かの探索者が鉱山に入るところだ。

 入り口は簡易の柵が設けられ、無精髭の生えた粗野な男たちが守りを固めている。その中で一人だけ身なりの綺麗な中年男がヤト達に許可証の提示を要求した。

 

「――――ふむ、印は本物。偽証は無いな」

 

 ヤトから受け取った探索許可証を念入りに調べて違法性が無いのを確認した男は証の返却と共に一枚の白紙を渡す。

 

「これに探索した個所を記してくれれば情報提供料を出そう。特に鉱脈の情報は金貨千枚もありうるぞ。やるかやらないかはそちらの自由だ」

 

「余裕があればやりますよ。それに我々も帰還するための道順は必須ですから」

 

「ああ、強制はしないから好きにするといい。ところで、連れのお嬢さんはそのまま潜るのか?」

 

「ん、儂のことか?何かあるのか?」

 

「……いや何でもない、忘れてくれ」

 

 男は疑問符を頭に浮かべるクシナを見ずに首を横に振って、次の探索者の説明へと向かった。

 そして三人は何事もなく柵の内側の鉱山へと足を踏み入れた。

 鉱山内部は意外と広く三人が並んで歩いても余裕がある。今は入り口が近いこともあって壁には一定間隔で松明も灯してあるので視界は良好だ。途中、幾つもの横穴を見つけたが、その多くには通行止め立札が立っていたので無視した。

 どんどん奥へと進む最中、暇そうにしていたクシナが何となしにヤトに尋ねる。

 

「なあ、ヤト。あの二本足は儂に何を言おうとしたんだ?」

 

「多分、クシナさんの服装を見て遺跡探索すると思わなかったんですよ」

 

「あー確かに。他のおっさんたちも僕らを正気と思ってなかったね」

 

 男二人に言われたクシナは自分の体を見る。彼女の服装は今も半袖シャツに短パンとサンダルで非武装。それも豊かな胸に押し上げられて丈の足りなくなったヘソ出しに健康的な肉厚の太ももが露出した、片腕でなければ娼婦に間違われるような煽情的な身なりなのだ。とてもではないが危険な遺跡に入る装備ではない。

 そういう意味では防具を着ていないヤトとカイルも似たようなものだが、それでも武器を持ち、探索に必要な道具を背負っているので見た目はまだマシだ。

 それでも止めないのは彼らが許可証を持つ探索者を止める権限が無く全ては探索者の自己責任故だ。この鉱山に一歩入った時点でどうなろうとも当人の責任。誰にも文句を言えない。

 三人は軽い雑談をしながらも多少の警戒をしつつ奥へと向かう。するとひと際松明の光の強い場所が見えてきた。そこは台座の上に篝火が焚かれており、周囲の壁を触ると容易く崩れる。つい最近掘った証拠だ。

 さらに奥を覗くと岩肌とは明らかに違う人工物がそこかしこに目に入った。

 

「ふーん、ここでドワーフの古代都市を見つけたんだ」

 

 カイルが二人の前に立って入り口付近を警戒する。軽い言葉を舌に乗せていても既に斥候として仕事を始めていた。

 

「僕が先頭に立つから、アニキは地図を描いて。姉さんは後ろを警戒してなにか近づいてきたらすぐに教えて」

 

 彼は入り口の前で小石を数個拾って穴の先に投げた。石は一定の甲高い音を立てて何度も転がった末に止まる。音に反応する物は何もない。

 不意打ちの心配は無いと判断したカイルは立ち上がって先に進み、二人もそれに続いた。

 

「おぉ!穴倉の中にも街があるぞ」

 

 クシナが目に飛び込んだ古代都市の威容に興奮した声を上げた。

 それは朽ちて半ば瓦礫と化していても都市を名乗るにふさわしい建築群であった。

 階段状に上へ上へと建てられた石造りの家々。幾重にも張り巡らされた集落と集落を繋ぐ石橋。一枚の石畳を数え切れないほど敷き詰めて舗装した道。まさしくここはドワーフの地下王国だった。

 

「で、どうするアニキ。ここは入り口で、とっくに他の探索者が探し終えた後だと思うけど」

 

「そうですね、入り口でウロウロしていても仕方がないので奥に通じる道を探しましょう」

 

 カイルの言う通りここは既に数日前に探索を終えているので残っている物は何もない。そしてここだけが住居とは思えないので、必ず他の場所に繋がる坑道があるはずだ。

 三人は警戒しながら集落をあちこち探索して幾つか石のアーチに天井を支えられた坑道を見つけた。問題はそのどれに入るかだが、ヤトは意外な道を選ぶ。

 彼は入り口が落石で塞がった坑道を選んだのだ。

 

「ここはまだ手付かずの道ですから、きっと良いものが残ってますよ」

 

「いやいや、そうかもしれないけどこれを退かしてたら日が暮れるよ」

 

 カイルの突っ込みにもヤトは動じずに、無言で剣を大岩に振り下ろす。すると入り口を塞いでいた岩はあっさり八等分になってずり落ち、人一人通れる程度の隙間が出来た。カイルは反則だと思ったが、結果的に手付かずの道に一番乗り出来たので良しとした。

 三人が隙間に入ってから再び石で道を埋めた。これで暫くは後続も気付かないので邪魔者無しにゆっくりと探索出来る。

 坑道を進む三人。聞こえる音は自分達の足音のみ。見えるのは壁として積み上げられた石材だけ。そこで今更ながらカイルは気付いた。今自分たちは誰も松明やランタンを灯していない。それでも誰も視界に不自由していなかった。

 それを尋ねるとヤトはクシナと出会ってから無明の闇でも視界に不自由しなくなった事を告げた。クシナも月明かりの無い夜でも当たり前のように視えていると語っている。おそらくは竜の特性なのだろう。

 カイルの場合、伝承ではエンシェントエルフは光とともに生まれたとあり、世界は常に昼間のように見えるのが当たり前と話してくれた。つまりここにいる全員が照明要らずのパーティなのだ。この事実は遺跡探索に極めて優位に働く。

 なぜなら松明を持つには常に片手を使わねばならず自由が利かない。ランタンは腰にでも引っかけておけば邪魔にならないが、戦闘が起きたら破損する可能性もある。そうなったら著しく視界が制限されて全滅の可能性すら出てくる。そうした危険性が無い今のパーティは理想的な集団だ。

 遅まきながら予想外の事実が発覚したものの不利な要素が減った三人はどんどん暗闇の先を進む。

 途中、横に空いた道を見つけてカイルが罠を警戒して慎重に調べながら進むと、錆び付いた鉄の一枚扉が出迎える。

 

「うかつに触ると仕掛けが作動するかもしれないから待ってて」

 

 カイルは後ろの二人を待たせてから扉の周囲の壁を目視して突起物の射出穴などが無い事を確認した後、注意しながら扉を軽く叩いて反響音から仕掛けが無いかを確かめた。さらにリング状のドアノブの下にある鍵穴に解錠用の針金を突っ込んで弄ってみるが、針金から伝わる感覚に首をかしげてから納得した。

 

「錆びて鍵が腐ってるから、このまま力づくで壊してもいいよ」

 

「なら儂がやる」

 

 そう言ってクシナは軽くドアノブを引っ張ると扉ごと取れた。

 取れた扉を通路に置いて中に入る。中はそれなりに広い空間で壁や部屋の中央には半壊した石造りの棚が幾つもある。一見すると何かの物置か倉庫に見えた。

 クシナは棚に置かれていた金属の塊を無造作に手にしてしげしげと眺めるが、これが何なのかよく分かっていなかった。代わりにヤトが何なのか気付いた。

 

「それはノミですね。こっちはツルハシ、奥にはスコップもあります」

 

「金槌と中に石が残ってるバケツもあるよ。この部屋は採掘道具を保管する倉庫なんだ」

 

 二人は錆び付いて役に立たなくなった道具の山を見て結論付けた。そしてクシナにここにある道具が何なのかを分かりやすく説明する。

 

「ほほぅ、ここにある道具で山に穴を空けて石を掘り出すのか。二本足は面白い事をする」

 

 クシナは錆び付いたノミを手の中で弄んで笑う。古竜からすれば腕の一本もあれば容易く山に穴を空けられるのだから、わざわざこんな道具を作る人類種の弱さがおかしいのだ。しかしそんなひ弱な生き物の一人が自分の腕を切り落とすほどの強さを有していると思うと、その多様性こそ最も面白い部分だと思った。

 とりあえず部屋を探索したが見つかるのは錆びた鉄製の工具ばかりだった。碌に金目の物が無かったのでカイルはガッカリした。

 ヤトが慰める中、唐突にクシナが部屋の奥に何かがいると告げた。

 三人はすぐさま臨戦態勢を整えて奥を凝視した。

 

 



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第8話 不死者

 

 

 クシナの言葉でヤトはそのまま剣を、カイルは短剣を一振り握って臨戦態勢に入る。

 倉庫の奥からは石壁を叩く音が鳴りやまない。よく耳をすませば金属で石を叩く音が分かる。しかも一つではない。最低でも三つの打音が不協和音を起こして聴く者の神経を荒立たせる。

 そして石壁から異形の者たちが姿を現した。

 

「骨が動いている」

 

 クシナの短い呟きが全てを物語っていた。

 壁を突き破って塵煙と共に姿を現したのは五体の動く骸骨。骨が肉も臓腑も無いのに己の足で歩く様は冗談のように思えるが、これはれっきとした現実だった。

 彼あるいは彼女かもしれないが、あの骸骨は不死者。この世に未練を残し、肉体が腐り落ちてもなお留まり続けた哀れな魂が宿った骨だ。

 五体の骨はそれぞれ斧や戦槌を掲げで三人にじりじりと近づいていく。

 対してヤトは一足で距離を詰めて骸骨が武器を振りかぶる前に側面から横薙ぎの一閃で二体同時に切り伏せる。

 ヤトに気を取られて後ろを向いた骸骨の一体にカイルが飛び掛かって後頭部にナイフの柄を叩き付けて転がす。

 残る二体はクシナが軽く手で撫でてやると吹っ飛び、壁に叩き付けられて粉々になった。

 余裕の勝利と思いきや、困ったことにクシナが粉々にした骸骨以外はまだ動いている。それもヤトが上下に両断した骸骨は上半身と下半身が別々に動き出していた。当然カイルが頭蓋を割っただけの骸骨は何事もなかったように立ち上がる。

 

「やっぱり不死者は粉々にするか聖水で浄化しないと完全には滅びないのか」

 

 カイルは予想していたが実際に不死者の面倒さを目の当たりにして、これからもこんな奴らを相手にすると思ってうんざりした気分になる。

 

「なら儂の炎ならどうなるか試してみるかの」

 

 他の二人が何か言う前にクシナは大きく息を吸い込んで一気に吐き出す。彼女の小さな口から爛々と燃え盛る炎が勢い良く吐き出されて動き続ける骸骨共を飲み込んだ。炎は勢いを緩めずそのまま部屋全体を覆い尽くしてしまった。

 さすがは古竜の吐息。これならあの骸骨たちは骨どころか往生際の悪い魂まで跡形も無く焼き尽くされるはずだ。

 生まれて初めて竜の炎を見たカイルは興奮気味だったが、艶のある瑞々しい肌の顔が次第に青くなって喉を抑え始めた。それに気づいたヤトは声をかけようとしたが、自分も息苦しさを感じてすぐに理由に思い当たった。

 彼はすぐさまカイルとクシナの手を引いて部屋から出て、外した鉄扉で部屋に蓋をした。そして離れた通路で大きく息を吸った。

 

「クシナさん、こんな場所で火を使うものじゃないですよ」

 

「?なぜだ?」

 

「こういう狭い場所で火を使いすぎると空気が燃えて息が出来なくなるからです。貴女や僕なら大丈夫かもしれませんが、カイルは下手をしたら死んでしまいます」

 

「わかった。もうしない」

 

 理屈はよく分かっていないが彼女はヤトの言葉に素直に従う。

 倉庫の火はまだ消えていないので、しばらく放置してほかの場所を探索することにした。

 坑道をどんどん進むと、やがて広大な空間へと出た。

 そこは地下空間にこつ然と現れた巨大な空洞。奥行きの見えない向かいの岩壁、数十mはありそうな高い天井。何よりも驚くのは眼下に広がる底なしの穴だ。

 暗闇でも見通せるヤトやカイルの目でも底がまるで見えない。

 試しに石を一つ投げ入れる。石はいつまで経っても底に届かず、一分近く経ってようやく底に転がる音が鳴った。恐ろしく深い穴だ。深淵を覗き込むとヤトでさえまるで御伽噺の冥府の国を覗いているかのような、原初の本能に訴えかけるような言いようのない恐怖心がこみ上げる。

 

「おいどうした二人とも?何か穴の底に良いものでもあったのか?」

 

 クシナの能天気な言葉に我に返った二人は気持ちを切り替えて大空洞を観察した。大穴は際の部分が規則的で緩やかな螺旋状になっており、階段のように降りる事も出来る。壁には無数の穴が穿たれて、全体像はまるでアリの巣のようだ。

 地面には所々打ち捨てられた採掘道具の残骸、隅には大小の石を満載した台車が幾つもそのままに捨て置かれている。

 途中の通路にあった倉庫との位置関係から、ここがドワーフの採掘現場なのはほぼ確実だろう。

 ヤトは台車から石ころを一つ取って眺める。素人には何の変哲もない石にしか見えないが、これだけの規模の採掘現場ならただの石材や鉄とは考えにくい。おそらくここがミスリル鉱脈なのだろう。一応地図に記載して後で街の職員に伝えねばならない。

 ヤトが地図にこれまでの道筋を記していると不意に殺気を感じてその場から飛び退いた。

 元居た場所を見ると、何か薄らぼんやりとした不定形の浮遊物が通り過ぎた後だった。

 

「アニキっ!無事!?」

 

「ええ、大丈夫。あれはゴーストという不死者です。肉体が無い分、自由に動く面倒な相手ですよ。あと―――――」

 

 地図を懐にしまって剣を持つ。そしてヤトの説明が終わる前にクシナがゴーストに殴りかかるが、拳は虚しく空を切るのみ。

 

「アレは生身で触れても倒せません。それどころか触れた個所から体力を吸い取られますから迂闊に触るのは危険です」

 

「そんなのどうすれば倒せるの!?」

 

「魔法をぶつける、聖水をかける、神官が祈る、特殊な加護のついた魔法の武器を使う、ぐらいですね。あともう一つ――――」

 

 慌てるカイルを無視してヤトは調息して丹田で練った気を剣に纏わす。そしてクシナにまとわりつくゴーストを一閃。

 本来あるはずの肉体を失い彷徨う哀れな不死者は音もなく四散した。

 

「このように気功術なら小さなゴーストは倒せます。問題は――――」

 

 ヤトが何か言う前に消滅したゴーストと同じような浮遊体が現れた。それも五体。

 これがゴーストの習性。生者を見つけると他の個体も集まってくるのだ。

 カイルも兄貴分ばかりに働かせるのは悪いので荷物からドロシーに融通してもらった聖水を取り出してゴーストに振りかけた。すると小さなゴースト二体が消滅。残る三体は明らかに怯んで逃げようとする。そこをヤトが回り込んで一体を斬った。残りは二体。

 

「クシナさん、ここなら多少火を使っても大丈夫です。ですが出来るだけ小さな火でお願いします」

 

「わかった、やってみる」

 

 何気に先程の失敗を少し気にしていたクシナはヤトに頼られたのが嬉しかった。今度は言われた通り軽めに火を吐き―――それでも数mは伸びる火柱だった―――残りのゴーストを消し飛ばした。増援は来ない。

 警戒を解いた三人は大空洞の探索を前に休息を取ることにした。カイルが火の残り火を使ってランタンに火を灯して地面に置き、三人は火を囲むように腰を下ろした。

 

 



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第9話 盗賊の意地

 

 

 ランタンを中心に輪になって座る三人は荷物から水筒と固焼きのパンを取り出して頬張る。はっきり言って保存性を最優先にしたパンは触感も悪く不味い。それでも腹に入れなければ空腹になってコンディションを維持出来ないのだから我慢して食べなければならない。それは竜であるクシナも同じだ。彼女は渋面のまま無言でパンを齧っている。それでも文句の一つも無いのは連れの二人が同じものを食べても文句を言わないからだ。それを見かねたヤトが街に戻ったらまた美味しい物を御馳走すると宥めたら彼女は機嫌を直して嬉しそうに食べたい料理を挙げた。

 休憩の後、再び探索を開始した。

 今度は採掘現場に隣接する作業場を探す。これだけ大きな現場ならそばに道具を直す鍛冶場を設置するだろうし、採掘した鉱石を精錬する炉があるはずだ。

 不死者に注意しながら歩き回り、幾つかの部屋を見つけた。

 石の寝台が数十は置かれた仮眠室、壁から水を引き込んだ浴槽のある風呂場、崩れた竈と多数の調理器具の残された食堂など。どれも生活の名残を漂わせる部屋だった。

 そうした部屋にも不死者が残っており、その都度成仏させたものの、未だ価値のある物は見つかっていない。

 一筋の光も差さない無明の闇の中では時間の感覚も狂って今が昼なのか夕方なのかも分からないが、疲労と空腹感からそろそろ探索を切り上げて食事と休息を入れなければならない。

 ヤトが中断を提案するがカイルは難色を示した。

 

「このまま一日空振りだと悔しいから、あと一つか二つ部屋を探したいんだけど」

 

「わかりました。なら先に少し休んでから、あと一つ探索しましょう。それでダメなら今日は終わりです」

 

 本来ならあと少しは危険だが、有無を言わさず押さえつけると不満が溜まる。だから多少妥協して最後の一つを許可した。

 小休憩を入れて、まだ足を踏み入れていない部屋に踏み込む。

 そこは小さな炉のある鍛冶場だった。金床は錆び付いて煉瓦造りの炉も崩壊していたが、床にはキラキラと光る粒がそこかしこに落ちている。カイルが拾ってまじまじと見つめると軽く驚く。

 

「これ金粒だよ。多分ここで金を溶かして装飾品や調度品を作ってたんじゃないかな」

 

 今日一日働いてようやく成果になりそうなお宝を見つけたカイルは一気にやる気を取り戻した。三人は慎重かつ大胆に部屋の中を精力的に探し回って倉庫から小さな金のインゴットを一本、銀貨を五十枚ほど発見した。

 成果といえば成果だが、想像より些か貧相な戦利品にまだ納得していない。それにまだこの部屋には何かがあると盗賊の勘が告げている。その勘に従って部屋の床や壁を置いてあった鉄棒で叩いて違和感を探していた。

 こうなると外野が何を言っても耳を貸さないのでヤトは好きにさせた。

 クシナが暇そうに何度目かのあくびをした頃、作業机の奥の壁を叩いた音に違和感を感じたカイルがハンマーで壁を壊すと不自然な空間が見つかった。

 

「よっしゃー!!」

 

 喜び握り拳を挙げるが、罠を警戒してすぐに手を伸ばさない。慎重に周囲に罠が無い事を確認してから隠し穴に手を伸ばして中に入っていた物を取り出した。

 中に隠してあったのは二振りの短剣とミスリル製の小箱だった。

 短剣はどちらも錆び一つ無い。それぞれミスリル製とオリハルコン製で装飾の少ない実用品だった。それに柄の部分が幾らか手の握った形にすり減っており、長く使われていた歴史を察せられる。

 小箱のほうは鍵の類は付いておらず、軽く傾けると中で何か動く音がした。フタを開けると中には小さなルビーの嵌め込まれたミスリル製の鍵が一つ入っていた。

 

「何の鍵だろう?」

 

「さあ?もしかしたらこの都市の中に合う錠があるかもしれないので大事に保管しておきましょう」

 

 仮に使う機会が無くても鍵も箱もミスリルなので小物として売れる。取っておいて邪魔にならない。

 

「で、こっちの短剣はどうしよう。アニキ使う?」

 

「うーん、僕は脇差がありますし、投擲用には少し大きいですね。今回はどちらも貴方が使ってください。いらないのなら売るだけです」

 

「じゃあ、ありがたく貰うよ」

 

 カイルはさっそく腰に差した鉄製のナイフと予備のナイフから鞘を外して戦利品の魔法金属のナイフに使う。そのナイフを二本とも入れ替えで腰に差した。

 ここでヤトから今日の探索の中断が言い渡された。最後の最後で成果のあったカイルは快諾、クシナも異論はなかった。

 三人は鍛冶場から引き揚げ、先程見つけた寝所を今日の野営地に定めた。

 そして早々に夕食を食べてから石の寝台に毛布を敷いて眠りについた。見張りは異常に殺気に敏感なヤトが何かあれば勝手に起きると言って設けなかったが、幸いこの日は不死者も他の探索者も彼等の眠りを妨げることはなかった。

 

 



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第10話 主無き王国の門番

 

 

 翌朝、硬い石の寝台で目を覚ました三人。各自体調不良が無いのを確認してから味気無いパンを腹に押し込んで今日の探索の準備をする。

 ちなみに持ってきた水と食糧はあと一日分。出来れば今日の夕方までにはもう少し成果を出して街に帰還しなければならない。

 気持ちを整えた三人はさっそく昨日探索しきれなかった大空洞内の部屋の探索を再開した。

 

 結論から言えば大空洞付近の部屋からは大したものは見つからなかった。精々銀製の杯と金箔仕立ての髪留めが各一つだけ。

 財宝は残念な結果になったが、幸い空洞から別の空間に通じる坑道を幾つか見つけたので、そちらに移動すれば何か見つけられるかもしれない。

 ヤトが地図に情報を記載し終えてから坑道の一つを選んで先を目指した。

 坑道を通る最中カイルは何度か欠伸を噛み殺しながら罠を警戒している。疲れが溜まっているのは分かるが少々気が抜けていると感じたヤトが忠告しようと瞬間―――

 

『カチッ』

 

 非常に不吉な音がカイルの足元から聞こえ、彼の頭上を一本の槍が通り過ぎた。白金のような光沢のある細い髪の毛が数本ハラハラと地面に落ちる。

 カイルはその場でへたり込み冷や汗を流してガタガタと震える。

 ヤトは剣を抜いて慎重にカイルの元に寄る。剣を抜いたのはもし同じ類の罠があった場合払い除けるためだ。

 幸い同じ罠は発動せずに済み、近づいて怪我が無いかを確かめてからカイルを叱った。

 

「気を抜きすぎです。貴方が死ななかったのは単に運が良いからですよ」

 

「ご、ごめん」

 

 涙目で謝罪する。ヤトは飛んできた槍と発射口を確かめる。カイルの頭上を通る穴は侵入者用の罠だろうが位置がやけに高い。こうした罠は的の大きくなる胴体部に当たるように設定されるが、この位置では常人の首から上だ。だから小柄なカイルは罠にかかっても生きていられた。

 ヤトは遺跡の主であるドワーフの体格を思い出し、もし誤作動を起こしても種族的特性で小柄な彼等なら罠を避けられると思い至った。同じ矮躯のミニマム族も避けられるが、おそらく罠は主に人間を対象として設置したのだろう。

 ドワーフにとって人間は自分達の作る品を買ってくれる気前の良い客で隣人だ。同時に隣人だからこそ強欲さも知っている。当然備えは怠らない。

 強欲な人間の罠で死ななかった幸運なエルフの少年は震える足を落ち着けて立ち上がり、再び罠を警戒して歩き出す。眠気はすっかり吹き飛び、今度は過敏なほど気を張って一歩一歩足を進めた。

 

 

 比較的長い坑道の先は上へ上へと階段状に石造りの大きな建物が並んだ空間だった。建物はざっと三十はあろうか。後ろを振り返れば坑道の入り口には斧を掲げた戦士を模したドワーフ像が両端に飾られていた。

 

「うわっ!この像全部ミスリルで出来てるよ。これ何とか持って帰れないかな?」

 

「僕とクシナさんなら何とかなりますが、坑道が狭いから解体しないと運べませんよ」

 

「そのままの形のほうが価値が上がるからいいけど、これだけ大きいならインゴットでも十分か」

 

 カイルはベチベチと像を触ってどれぐらいの重量があるのか計算し始める。冗談かと思ったら本気で持って帰ろうとする様にヤトは呆れて建物のほうに注意を向けた。

 建物を観察してある事実に気付いた。一番上の建物はそれ自体が石の煙突だ。そして他の建物から延びる煙突と合流して一つに纏まっていた。長く旅をしているがこれほど巨大な煙突は初めて見る。

 これほど大きな煙突が必要になる建物が調理場や浴場とは考えにくい。それに採掘現場から近い位置から察するに、ここがドワーフの精錬場と鍛冶場なのだ。

 

「ドワーフの王国の心臓…ですか。これほどの物を放って彼等はどうなってしまったのか」

 

 人にとって遥かな過去となった王国の死に想いを馳せる。

 物思いは突然の轟音によって遮られた。

 振り返るとカイルがクシナに頭を掴まれて引き摺られている。そして何故か入り口に立っていたドワーフ像の片割れが巨大な斧を振り下ろしていた。さらにもう一体の像も巨体を揺らして歩き出す。おまけに轟音に呼び寄せられるように建物から骸骨が十体は出てきた。

 合流した三人。クシナが対峙する像の説明を求めた。

 

「あれはゴーレム。侵入者や敵対者を排除するように命令された動く像です」

 

「壊さないと止まらないのか?」

 

「持ち主が止めない限りはそうでしょう」

 

「じゃあ壊すか」

 

 動いていようが止まっていようが、結局やることは変わらない。

 ヤトとクシナがそれぞれ一体ずつゴーレムと対峙する。カイルは自分がゴーレムと戦うには力不足と分かっていたので骸骨と戦う選択をした。

 ゴーレムと向かい合うとより大きさが鮮明になる。全高はヤトの倍以上、クシナに至っては三倍近い。重量は比較するだけ無駄だ。前に討伐したトロルと大差が無いが、向こうは生身で斬れば血が出て痛がっても、こちらは手足を斬られようが胴体を刺されようが平然と戦い続ける。一応動力源を壊せば機能停止するが、それがどこにあるのかは個体によってそれぞれ異なる。戦闘中に見つけ出すのはほぼ無理だ。となれば手足を斬って物理的に動けなくするしかない。

 勝利条件の定まったヤトは即座にゴーレムの足を斬る。ミスリル剣とミスリル装甲がぶつかり合って弾かれる。同じ材質ゆえに斬れないのは道理だ。

 お返しとばかりにゴーレムが巨大なミスリル斧を振り下ろした。爆音としか言いようのない轟音と共に地面が抉られるが、鈍重な攻撃がヤトに当たる筈が無い。めり込んだ斧の柄を気功を纏った剣で斬られた。

 それでもゴーレムは何事もなかったように岩のような拳を振り上げて叩き付けるつもりだった。

 

「『風舌』≪おおかぜ≫」

 

 その前に左足をヤトに斬られてバランスを崩して倒れる。そこから先は単なる解体作業だった。残った手足を順々に斬られて自由を奪われ、動けなくなったところで放置された。並の戦士なら絶望するしかない相手でも、今回はゴーレムのほうが相手が悪かったとしか言いようがない結末だった。

 ヤトと像の一体が曲がりなりにも戦いの形式を成しているのに対して、もう一つの片割れは蹂躙と呼ぶにふさわしい扱いを受けていた。

 クシナはゴーレムが斧を振りかぶった瞬間、一瞬で距離を詰めて飛び蹴りを放つ。小柄な女性の蹴りでゴーレムが吹き飛び仰向けに倒れた。蹴りを受けた胸は見るも無残に抉れる。その上に乗った女を払い除けようと手を振るうも、逆にその腕を殴り飛ばされて肩から千切れた。

 さらに残った腕を掴みもぎ取った。それでも動くゴーレムにクシナはうんざりすると軽く息を吸い込み業火を吐いた。勢いが弱くとも竜の炎は地獄の炎にも勝る。ドワーフの炉で鍛えられたミスリルでも耐えられる道理は無い。ゴーレムは凄まじい熱量によって腹から上が蒸発した。

 

 人竜の夫婦が命無き巨像を叩き壊した反対側では妖精王の血脈が同じく命無き亡者共を相手に大立ち回りをしている。弓は乱戦に向かないので早々に外して、昨日手に入れた魔法金属の短剣二振りを器用に扱い十体もの骸骨を上手く捌いていた。

 多勢に無勢での戦い方はとにかく動いて的を絞らせない事と同士討ちを誘発する事だ。特に今回のような同士討ちに躊躇いの無い不死者は面白いように互いを攻撃し合って損傷して数を減らす。

 それでも元が痛みも感じない骸骨では致命打にならないので、カイルは地道に短剣で骨を断ち続けてその都度聖水を振って浄化していたが、それも面倒になって短剣に直接聖水を振って斬り始めた。

 幸運にもそれが不死者には極めて有効な手と分かった。聖水付きの魔法剣は即席の加護付きの聖剣となって瞬く間に骸骨達をただの骨に変えた。

 

 



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第11話 棺に眠るモノ

 

 

 ゴーレムと不死者を全滅させた。これだけ派手に立ち回ったが増援は来ない。一応警戒は続けるが周囲の脅威は去ったと判断していい。

 そして無惨な金属塊に成り果てたゴーレムを見たカイルは勿体ないと思いつつ、どうせ後で解体しないと運び出せないので納得した。

 残骸は後で回収すればいいので一行は先に建物の探索を始めた。

 この空間の建物は予想通り精錬所と鍛冶場だった。中には大小さまざまな炉があり金床がある。当然のごとく火の落とされた煤まみれの炉はどこか寂し気で物悲しい。まるで置いて行かれた子供を見ているようだ。

 それはさておき目ぼしい物を求めて数時間隅々まで探し回ったが結果は芳しくない。ヤトはここが鍛冶場だったので良質な剣の一振りでも残っているかと思ったが、残念なことに当てが外れた。結局見つかったのは装飾用に溶かす金銀のインゴットが数本とカッティング前の宝石が一袋分だった。

 装飾を担当していたアトリエの一室で昼食の堅焼きパンを齧るヤトは落胆の色の隠せない。腰に佩いたこの国の王家の家紋の刻まれたミスリル剣も決して見劣りする剣ではないが、それでももしかしたらそれ以上の剣が見つかると思っていた。しかし現実は厳しく、剣の一振りも見つからないとは……。

 誰が悪いわけではない。強いて言えば己の運が無いせいだ。

 食料は残り僅か。隠し部屋や倉庫があるかもしれないが、それを探していると水と食料が尽きる。これ以上の探索は無理と判断したヤトは食事を終えたら戦利品を持って一度街に帰る事を提案した。

 リーダーの提案は理にかなっているのでカイルもクシナも反対しなかった。

 そうと決まれば後は像の残骸を縛って纏めて運びやすくする作業が待っている。力のいる仕事のために残ったパンを頬張って嚥下した。

 その時、ヤトはふと足元のパンくずに群がる何匹もの虫に気付いた。少し観察していると、その虫達は床の石畳の隙間から這い出て、再びパンくずを地面の下に運び込んでいるのが分かった。

 

「!もしかして―――」

 

 ヤトは剣を石畳の隙間に滑り込ませて梃子の原理で一枚石を跳ね返した。すると石の下から不自然な空間が現れる。隠し階段だ。

 

「やったじゃんアニキ!」

 

 弟分が肩を叩いて喜びを分かち合う。

 三人は手当たり次第に石板をひっくり返して隙間を広げると、人が優に三人は通れる広い階段が露になる。

 今いる場所が都市の心臓部であることが、この隠し部屋の重要性を否応なく高めてくれる。価値ある物が残されている可能性が非常に高い。

 逸る気持ちを抑えながら罠を警戒したカイルを先頭にゆっくりと階段を下りた。ドワーフ用の階段は小さいがそれでも百段はかなり深い。

 降りた先には錆び付いた鉄扉が建てつけられていたが鍵の類は無い。錆びて動きの悪い蝶番を力任せに動かして扉を開く。

 扉の先の短い通路は大きめの空間に繋がっていた。そこは横幅、奥行き、高さ、全てが同じ尺で仕切られた真四角の石の部屋だ。中央は一段高く石が積まれており、繋ぎ目の無いミスリル製の巨大な箱が安置されている。箱は縦長で人一人がすっぽりと収まるぐらいの大きさで、まるで棺のようだ。

 いや、棺そのものと言っていい。この部屋は墓所なのだろう。断言出来ないのは墓におなじみの副葬品が殆ど無いからだが、単に墓の主や家族が物を置かない気質なのかもしれない。

 唯一目に付いたのが、奥の壁に飾られていた二又のフォークのような槍だ。正確には柄が短く穂先の方が長いので長巻と呼ぶべきかもしれないが、ヤトも初めて見る形状なので何と称していいのか分からない。

 手に取って詳しく調べると、槍の異質さがより分かる。二又の長い穂先は両刃の剣のようで、それでいて恐ろしく軽い。柄も刃も鋼と同等の強度を持ちつつ三分の一の比重のオリハルコンで出来ている。疑いようもなくドワーフの名工の作だ。

 さらにヤトは石突から切っ先までを念入りに触れて出来栄えを確かめると、自らの指の感覚を疑い再度触れて疑いを晴らす。

 

「これは切っ先の部分がミスリルですね。オリハルコンの刀身にミスリルの切っ先を鍛接してあります。どうやって鍛えたのか想像もつきません」

 

 熱した柔らかい鉄と硬い鉄をハンマーで叩いて接合する技術は大陸でも識者に知られている。ヤトの故郷葦原で生まれた東剣がその技術の結晶だ。

 しかし魔法金属で、しかも異なる金属同士を接合した例は誰も知らない。一体何者がこの槍を鍛えたのか。まるで神の手による場違いな品のように思えてならない。

 

「ふーん、それでヤトはそれを使えるのか?」

 

「どうでしょう?僕は一応槍も使えますがこの形状は初めてですから。使いこなせるようになるには相当長い時間がかかると思います」

 

 我儘かもしれないが幾ら名工の逸品と言っても使い手に合わない武器は命に関わる。出来れば使わない方向で行きたい。

 あるいは穂先だけを外して剣に仕立て直すかだ。形状はほぼ剣なので長い時間を鍛錬に費やすよりはそちらの方が易い。

 それも一度街に戻ってから決めれば良い。先に棺の中も確認してからだ。

 カイルはこれまでで最も警戒して棺を調べる。盗賊ギルドには過去に墓所を荒らした盗賊が惨たらしく罠で死ぬ話が幾つも伝わっている。毒煙、飛び出し刃、落とし穴、魔法、加護あるいは呪い。挙げればキリが無い。死者の眠りを妨げる行為はそれほどに怒りを買う。

 かなり長い間慎重に調べて、外の部分に罠の類が無いのを確認した。同時に蓋を開けるには鍵が必要になるのも分かった。

 上の建物にはそれらしき鍵は見つかっていない。元の住民が鍵だけは持ち去ったのかもしれない。当然カイルも鍵開けの技能は修めているが、試しに鍵穴に工具を突っ込んで内部構造を確かめた時点で諦めた。中があまりにも複雑すぎて手に負えないらしい。

 最終手段はヤトに蓋を斬ってもらう事だがそれは本当に最後だ。

 そこで暇そうにしていたクシナが何気なく昨日手に入れた鍵は使えないのか尋ねる。カイルはそんな都合よく合うはずないと思ったが、駄目元で昨日手に入れたミスリルの鍵を棺の鍵穴に差し込む。すると驚くべきことにピタリと形状が合い、難なく開いてしまった。

 

「ふふん、さすが儂。カイルは感謝しろ」

 

「鍵を見つけたのは僕だけどね」

 

「まあまあ、それより先に中を見てみましょう」

 

 亡骸なら謝って蓋をもとに戻して再び眠ってもらおう。さすがに箱がミスリル製でも死者の寝床まで売り飛ばす気には三人にはない。財宝ならそのままお持ち帰りだ。

 期待に胸を膨らませたカイルがゆっくりとミスリル製の蓋を床に落とした。

 三人が覗き込むと箱の中にはある意味予想通り人型が横たわっていた。棺の主は薄手の白いワンピースを纏う美しい少女だった。むしろそれこそが異常というべきか。彼女は腐り果ててもいなければ骨にもなっていない。おそらくは生前過ごした時と寸分違わぬ姿のまま長い時をこの狭い棺の中で過ごしていた。

 不思議なことに外見はドワーフと似ても似つかずほっそりとした手足に小さな頭。色素が抜け落ちたように白い肌と対となった黒髪。耳は人間のように短いが、身体そのものはカイルのようなエルフに近い。

 ヤトが試しに服を着ていない肌に触れると磁器のように滑らかな質感だ。生者と死者、どちらのものとも違う。いっそただの磁器の置物の方が納得出来る。

 

「もしかして少女の像なのでは?」

 

「確かにこの感触は生き物じゃないよ。ドワーフの変わり者が作ったのかな」

 

 遺体ではないがこれを財宝として売り払うのはある意味勇気がいる。かと言ってここに放置してもいずれは他の探索者に見つかって持ち去られるのがオチだ。

 どうしたものかと考えながらカイルが少女像の滑らかで美しい頬や唇に手を触れていた時、唐突に人形の瞼が開いた。

 

「ふぁっ!?」

 

 驚いたカイルは足を滑らせて段差から転げ落ちた。

 そして少女の像はゆっくりと上半身を起こし、ヤトとクシナ、そして頭をさすりながら起き上がったカイルをまじまじと見た後に、再びカイルに顔を向けて口を開いた。

 

「おはようございますマスター。ご命令をどうぞ」

 

 



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第12話 キリングドール・ロスタ

 

 

 水晶をそのまま削り出したような美しくも無機質な瞳がカイルをじっと見つめ、鈴の音のようによく通る濁りの無い声で命令を求めた。

 

「えっ…マスター?僕の事?」

 

「はいそうです。ご命令を」

 

「ええっと、じゃあまずその棺から出て」

 

 とりあえず思いついた事を口にした程度だったが彼女は言われた通り眠っていた棺から出る。ヤトはその挙動に一切の淀みと無駄の無さを読み取る。

 棺から出た少女はカイルの顔を見たまま直立不動で微動だにしない。本当に命令だけを実行したのだろう。明らかに生き物と異なる挙動だ。おそらく古代の何者かが作ったゴーレムの類だろう。

 

「君は一体何なのさ?名前とかあるの?」

 

「私は貴方に従うものです。私を起こした者で最も相応しい方を主と仰ぎます。そうせよと語り掛けるのです。そして名前はありません、マスターが如何様にもお呼びください」

 

「えぇーそんなの急に言われても……」

 

 カイルは困ってヤトに助けを求めるが、彼は伴侶のクシナを例に出して好きなように呼べばいいと実質助けなかった。

 助けが無いと分かり、仕方が無いので自分の知識と感性を動員して、やがて一つの言葉を捻り出した。

 

「ロスタ。これから君はロスタだ。僕はマスターじゃなくてカイルでいい」

 

「承知しましたカイル様。これより貴方にお仕えいたします」

 

 話が纏まったところで他の二人がロスタに名乗り、カイルとの関係を説明した。ロスタはカイルを第一の主人としつつも、仲間の二人も共に傅く対象に認めた。

 後でカイルに聞いたが、ロスタという名はエルフの言葉で『眠り』を意味するそうだ。ずっと棺で眠っていた彼女に相応しい名だろう。

 

「それでロスタさんはどういった事が出来るんですか?」

 

「炊事、洗濯、掃除、裁縫、子守、会計、夜伽。皆様のお世話は当然として護衛も十二分に果たせます。どのような事もお申し付けくださいませ」

 

 ヤトの質問に薄い胸を張る。日常の家事や雑務は分かるが、戦闘には疑念を抱いてしまう。外見からは今一つ信用に値しないが、ここの面子はどいつもこいつも外見からかけ離れた戦闘力を有しているのもあって、一応彼女の言い分を信じることにした。

 実はカイルがロスタの『夜伽』の言葉に一瞬強い反応を示したのをヤトは気付いたが気付かないふりをして黙っていた。武士の情けである。

 そしてこの部屋に残っていたもう一つの品の二又の槍をロスタに見せる。同じ部屋に安置されていたのだから何かしら繋がりがあるのかもしれないし、無くとも素手よりは護衛しやすいだろう。

 彼女はヤトから受け取った槍をじっと眺めて何かを理解したように頷いた。

 

「この槍は私を作ったアークマスターが私のために用意した道具だと思います」

 

「ではこれで護衛の役目を果たしてくださいね」

 

「承知しましたヤト様」

 

 ロスタは槍を二又の穂先の根元部分から折り畳んで半分ほどの長さにして紐も鞘も無いのに背負った。人造物なので背中に何か引っかける機構でも備わっているのだろうか。

 深く考えるのは後にして、戦利品を見つけて今は食料もほぼ無くなったので街に帰る事にした。

 倒したゴーレムは運びやすいようにある程度刻んで紐で縛る。二体分のミスリル塊はかなりの量になったが、ここには人型の竜が二人いる。おまけに新しく仲間になったロスタはヤトに準ずる力があり、三等分したミスリルを難なく運べた。

 罠を警戒しながらも意気揚々と坑道を歩く様子は一行が紛れもなく勝利者であることを示していた。

 

 ところが事が早々上手く運ぶわけもない。四人が採掘現場まで戻ってきた時、反対側から幾つもの光が見えた。あれは松明とランタンの光だ。

 後続の探索者が埋め直した坑道を開けて探索しているのだろう。

 カイルはランタンを出して火を灯す。無くても一行は全員暗闇でも見えるが、敵味方の分からない相手にそれを悟らせるのは危険だ。

 こちらの光に向こうも気付いた。互いの光を目標に近づき相対距離が短くなり、ついには顔が認識出来る距離で相対する。

 五人組の探索者の中で眼帯をした隻眼の男が友好的な笑みを浮かべて話しかけた。

 

「こいつは驚いたぜ。俺たちが一番乗りかと思ったのによぉ」

 

「どうも、僕たちは昨日ここを探索してそのまま中で野営していました。ここの採掘場はもう探索し終えたので他の坑道を進んだほうが良いですよ」

 

 ヤトの情報に相手の面々は何故か喜ぶ。通常探索者は先を越されると目ぼしい物を持っていかれて落胆するか相手に悪態を吐くものだ。

 たまたま中で顔を合わせただけの二つの集団はこのまま挨拶だけして何事もなくすれ違うかと思われたが、五人組はヤト達を表面上友好的な言葉で押しとどめる。

 

「まあ待て待て。ここであったのも何かの縁だ。同業者としてお前さんが俺達を助けちゃくれないかい?」

 

「でしたら先程情報を提供しましたよ。ここで時間を浪費せずに済んだ。その情報は立派な手助けです」

 

「それはそうだがよぉ、お前さんたちが担いでいる荷物は相当な量だ。少しぐらい俺たちに分けてくれたっていいだろぉ?」

 

 猫撫で声でこちらの戦利品に目を向ける。他の四人もニヤ付いた笑みを浮かべる。

 予想していた展開にヤトとカイルがさりげなく警戒心を強める。この連中は遺跡の中で出会った同業者の戦果を横取りする下種共だ。

 

「それで、ここで情報以上の協力を拒んだら?」

 

「分からねえのかい?半分残った宝が全部無くなって、そっちの娘っ子二人がどうにかなっちまうだろうよ」

 

 頭目の直接的な脅しに残った四人がゲラゲラと笑い、品の無い声が採掘現場にこだまする。

 ここに至ってヤト達全員が敵意を隠そうとしなかったが、向こうはまだ気づいていない。それだけでも相手の力量が見て取れる。こいつらは己を磨く事なく弱者から奪うだけのクズである。要求を呑む理由は無い。

 戦っても得る物が何もないと分かったヤトは速攻で全員の首を刎ねるためにミスリル塊をその場に下ろそうとした。

 しかしその前に後ろで轟音が響く。先に荷を下ろしていたのはロスタだった。

 

「カイル様、敵対存在を確認しました。僭越ですが排除してよろしいでしょうか?」

 

 ロスタの言葉にカイルはヤトに視線で同意を求め、ヤトも無言で頷いた。

 

「遠慮しなくていいよ。危なくなったら僕が加勢するから」

 

「お言葉ありがたく。ですがこの程度でしたら損害はあり得ません」

 

 自信というより純然たる事実をそのまま口にしたかのような冷淡な言葉を残してクズ共の前に立ったロスタは背中の槍を抜き放つ。槍は折りたたんだ状態から勝手に二又に戻っていた。

 男達は武器を構えたのが線の細い少女だったので腹を抱えて笑う。そして眼帯男が遊んでやろうと剣の柄に手を添えた瞬間、腰から上が消えた。その数秒後に消えた体が空から落ちてきた。切断面からは血が勢いよく噴き出し、辺りは血と臓物、それと糞便の臭いが漂い鼻腔を刺激した。

 呆ける眼帯の仲間の四人。ロスタは無言で距離を詰めて、槍を横に薙ぎ払う。最初の一人と同様に二人分の肉塊が出来上がった。

 ここでようやく我に返った生き残りは恐怖のあまり逃げようとしたがロスタに背を向けた瞬間、二人同時に二又槍の穂先に心臓を貫かれて即死した。

 

「状況終了。敵対象は排除しました」

 

「寝坊助のわりにやるものだの」

 

「お褒めいただきありがとうございますクシナ様」

 

 死体を槍にくし刺しにしたまま朗らかに話す女性二人はシュールな絵面だが、それに突っ込む者はこの場にいない。

 死体はこのままにしておくと不死者になってしまうので一か所に集めてクシナが火で魂も焼き尽くした。

 

「クシナ様は多芸でございますね」

 

「儂は竜だからの。火を吐くのは当たり前だぞ」

 

「ではお料理の時には火をお願いします」

 

「うむ、任せろ」

 

 女性同士が仲良くなるのは良いが何か致命的にズレているような気がするが害はないので男二人は放っておいた。

 そして改めて荷物を持って坑道を歩き、何組かの探索者と何事もなくすれ違い出口まで辿り着けた。丸一日以上拝んでいなかった太陽の光が眩しかった。

 

 



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第13話 ミニマム族

 

 

「おっ?無事に戻ってきた――――――なんだその荷物は?」

 

 入り口を守っていた男の一人が大荷物を抱えたヤト達に困惑した。

 彼等は遺跡が見つかってから一時鉱山が閉鎖されて職を失った鉱山夫。今は街の領主に雇われて山の巡回と盗掘の見張りをしている。そんな彼等は馴染みの鉱山から毎日沢山の探索者が持ち帰る山のような成果を飽きるぐらい見ていたが今度の成果は度を越していた。

 どう見ても華奢な女や優男が複数の金属の塊を担いで歩いているのだ。中には身の丈以上の巨大な斧も入っている。あり得ない光景だった。

 見張りの男達の内心など知らないヤトは彼らの仕事の邪魔にならない隅に戦利品を置く。クシナが街に戻らないのか尋ねるとヤトは彼女にある事を頼んだ。

 

「この像の指を二本ばかり引き千切ってくれませんか?」

 

「ん、まあ良いが」

 

 妙な頼み事だったがヤトの頼みを快諾して言われた通りゴーレムの指を二本力任せに引き千切った。周囲に不快でやかましい金属破断音が鳴り響き、見張りの男達や近くにいた探索者達が腰を抜かした。

 引き千切った指を貰い、ヤトは指の一本を剣で四つに切断してから腰を抜かしている見張り四人に一個ずつ手渡す。

 

「頼み事をしたいんですが、街に行ってそのミスリルの塊を信頼出来る商会の番頭さんに見せてください。そしてもっと量があると伝えてください。手間賃としてもう一本の指はここにいる皆さんに進呈します」

 

「ミ、ミスリル!?これ全部か!」

 

「どうでしょうか、頼まれてもらえませんか」

 

 ヤトは頭を下げて頼む。見張り達はその頭の低さと報酬の大きさに誰も反対意見を言わずに、一目散に街へと走っていく。

 一行は商人達がすっ飛んで来るまで他の探索者達に群がられた。さながら英雄に少しでも近づこうとする群衆のようだった。

 

 

 翌日、昼近くまで宿屋でのんびり過ごした一行は街の食堂で早めの昼食に与っている。

 他にいる客は一組。男一人に女三人、全員が子供のように小さいが顔つきは大人のそれ。彼らはミニマム族。成人していても人間よりかなり小さいのが特徴だ。

 一行の席の食堂二階テラスは日当たりがよく、秋の涼しい風と合わさって穴倉の中とは天と地ほどに過ごしやすさが違う。

 何より保存性を突き詰めただけの硬いパンとは対極にあるふんわりとした蜂蜜入りの甘いパンは絶品だ。カイルは既に四つ、クシナは八個も腹に収めていた。

 ヤトは牛肝の団子スープを味わって食べている。癖のある牛の臓物の臭いはふんだんに入れた香草で消えており気にならない。

 昨日から一行に加わった少女型ゴーレムのロスタは椅子に座ってじっとしている。彼女は人造物なので食事を必要としない。本人は三人の給仕をやりたがったが、ここは店で働く店員もいるので迷惑をかけないように座っている。

 

「それにしても金貨五万枚かー。金額の桁が多すぎて大金持ちになった実感が湧かないよ」

 

 カイルの何気ない呟きにヤトは気持ちは分かるので苦笑する。

 クシナは貨幣が食べ物に交換出来る事を学んだので多ければ多いほど良いとしか思っていない。暢気と言われたらそうだろうが、竜が細かい事を気にして生きたりはしない。彼女は金貨で思い悩むよりクリームたっぷりのプリンを頬張っている方が似合っている。

 金貨五万枚というのは昨日一行が遺跡から持ち帰ったミスリルゴーレムの残骸を売った代金だ。ミスリル塊はかなりの量があり、仮にミスリルで剣を造った場合、軽く千本は造れるだけの量があった。

 昨日鉱山から出てきた一行は、ミスリル塊を見せられて街から飛んで来た複数の商会、呼んでもいないのに来た別の商会、金の臭いを嗅ぎつけた金貸し、関係の無い野次馬などなど。まるでお祭り会場になった鉱山入り口でヤトは唐突に持ち帰ったミスリル塊の商談を始めた。

 商談と言っても実質は競りに近く一番高値を付けた商人に塊を売るだけだ。

 最初は全ての塊を一纏めで売ろうとしたが開始の値段金貨十万枚に腰が引けた商人は誰も手を挙げなかった。彼等もここで大量のミスリルを手に入れれば、それを元手に数倍は稼げると見込んでいたが、投資に回す現金が圧倒的に不足していた。一応同じ場所に何人もの金貸しはいたが、彼ら全員の全財産を集めても金貨十万枚には届かなかっただろう。よしんば届いても今度は利息分をどれだけ取られるのか分かったものではない。リスクが大き過ぎて手を出せなかった。

 仕方が無いので少しずつ値を下げて買える額まで値を落として行ったが一向に買い手は付かず、時間ばかりが過ぎた頃に街の領主までやって来て事態の収拾を図った。

 領主は揉めるようなら強権的に取引を預かって自ら買い取ると言い張った。それには商人達も不満が顔に出ていたが、さすがに領主に喧嘩を売るわけにはいかなかった。

 ヤト達、正確には商談を纏めたのはカイルだったが、領主との長い交渉の末に半値の五万枚で街の商会全てが金を出し合って共有財産としてミスリル塊を買い取ることで商談が纏まった。

 それでも金貨五万枚は一個人が手にするには額が大きすぎるし、そもそも現金として持ち歩けない。なので領主の立会いの下、街の複数の為替商に小切手を発行してもらった。

 どうにか商談が纏まり一日にして億万長者になったヤト達に夢と希望を持った人々は、とっくに日が傾いて夕刻になっているにもかかわらず、我先にと未だに宝の眠る遺跡へと突撃して行った。

 そんな夢追い人達を尻目に成功者であるヤト達はのんびりと休日を過ごして明日の探索への英気を養っている。普通の人間なら大金を手に入れた事で金銭感覚が壊れて意味の無い浪費に走るか、引退して働かずに楽隠居でも決め込む。ヤトとカイルがそうしないのは他に目的があるからだ。金では果たせない目的が。

 

「これだけお金があったらさ、エンシェントエルフの情報手に入らないかなー」

 

「ガセネタが多すぎてお金の無駄だと思いますよ」

 

「あーあ、誰かエルフの知り合いが街にいないかなー」

 

「エルフなら知ってるよ」

 

 二人の視線が隣のテーブルに注がれる。先程の発言者は木の実の入ったケーキを手に持ったミニマム族の男だった。人間で言えば年のころは三十を過ぎたぐらい。髭は生やさず、茶色のくせ毛。ミニマム族はふくよかな顔立ちが多いが、彼の顔立ちは鋭いのが特徴だ。美形と言って差し支えない。

 

「横からごめんね。エンシェントエルフの話が聞こえたから思わず口が出ちゃって」

 

「気にしてないよ。それより貴方はエルフの事を知ってるの?」

 

「君が欲しがってる情報かは分からないけど、僕達の知り合いにエンシェントエルフがいるんだ」

 

 小男の言葉にカイルが色めき立つ。地道に手がかりを探そうと思っていた矢先に情報が足元に転がっていたのだ。恐ろしい偶然だ。

 

「それで、その情報に支払う対価は如何ほどですか?一応金貨五万枚までなら出せますが」

 

 ヤトは懐から紙の束を出して、ミニマム族の男のテーブルに乗せる。紙の束は昨日為替商に発行してもらった小切手だ。使いやすいように一枚で金貨千枚と取り換えてもらえる。

 連れの女性達は金貨五万枚と同価値の五十枚の小切手を前に動揺してお茶やケーキを喉に詰まらせたり軽い悲鳴を上げる。

 

「いやあ、そんな大金はいらないよ。そうだね、僕達の料理の代金を肩代わりしてくれたら話してもいいよ」

 

 随分と安い対価だったが内容を聞いてみない事には真偽は図れないので、とりあえず男の話を聞いてみることにした。

 

 



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第14話 在りし日の冒険

 

 

 詳しく話を聞くために店員に頼んでそれぞれのテーブルを引っ付けてもらった。ついでにミニマム族達は料理のお代わりを頼むが頼み方に遠慮の二文字が無く、店で作っているケーキ全種類を頼んでいた。約束通りヤト達の奢りで。

 ただの昼食は都合八人によるちょっとしたパーティーに様変わりした。

 料理が次々と追加される中、八人は互いに自己紹介をする。

 四人のミニマム族の中で唯一の男はフロイドと名乗った。

 三人の中で一番ふくよかな女性がサミー。一番小柄で目のクリクリした年少の女性がメリー。背が高く、茶髪の巻き毛の女性がペレグリーだ。

 フロイドとの関係は、サミーが彼の家の使用人、メリーとペレグリーが縁戚と説明した。彼等は基本的に故郷の村でのんびり畑を耕しているが、時々冒険の虫が騒いだ時に旅をしているらしい。

 彼等もヤト達と同様この街の遺跡探索を目的に滞在している。

 

「それでなんで君は同族のエルフに会いたいの?」

 

 フロイドの質問にカイルは自分の身の上を素直に答えた。巻き毛のペレグリーはカイルに憐れみを感じて励ます。メリーとサミーもそれに続いた。

 

「じゃあ悪企みしてるわけじゃないから話してもいいか」

 

「僕達が言うのもなんですが、そんな簡単に信用していいんですか?例えば僕らがエルフの集落を襲って住民を奴隷にして売るとか考えてるかもしれないのに」

 

「ははは。本当に悪いことするつもりだったらそんな例えは出さないよ。仮にそうでもあの村のエルフを何とか出来ると思えないし」

 

「と言うと?」

 

「あそこのエルフは滅茶苦茶強いんだよ。特に老人の世代は古竜と戦ったり、御伽噺に出てくる魔人族とか悪精霊と戦った事もあるとか」

 

 フロイドの話にヤト、カイル、そして何故かロスタがなにがしかの興味を持つ。クシナは最初から三種のベリーケーキに夢中で話を聞いていない。

 古竜はそのままの通りだろう。そして魔人族と悪精霊はフロイドの言う通り神話の御伽噺として語り継がれるだけの存在となっていた。

 御伽噺をそのまま信じるなら、そうした神話は最低でも千年は昔の出来事である。にもかかわらずその神話を体験した当事者が未だ生きているとなれば、フロイドの言うエルフは普通のエルフではない。可能性があるとすればカイルと同様に神代の妖精王の血筋たるエンシェントエルフ。その村のエルフと知り合いのミニマム族というのは大変珍しい。

 カイルは話を聞いて期待に胸が高鳴る。もしかしたら探していた家族と故郷かもしれないのだ。もちろん違う可能性だってあるし、育ててくれた義母のロザリーの事は大切に思っているが、それでも心のどこかで本当の血族と会いたい気持ちはずっと持っていた。

 ヤトもまた期待感から喜色が顔に浮き出ている。なにせ神話の時代の人知を超えた存在が未だに生き続けているのだ。以前ワイアルド湖で戦った幻獣ケルベロスやサイクロプスのような巨人とは格が違う。これはカイルの事を抜きにしても是非とも会いに行かねばなるまい。

 そしてロスタは二人と違って胸に手を当てて何かを思い詰めているような、あるいは古い記憶を思い出しているような重い表情をしている。日のあたる場所では角度によって異なる七色の色彩を放つ水晶の目が彼女の困惑を映し出していた。

 

「ロスタさんはどうしたんです?」

 

 サミーがロスタを気遣うも、当のロスタは戸惑いからしばらく反応も無い。それから十秒近く経って彼女はようやく口を開いた。

 

「フロイド様のお話の中の魔人族という言葉を聞いた瞬間、私の中からよく分からない記録が洪水のように押し寄せてきました。そしてその記録を話そうとしても口が動かず、今は思い出そうにも思い出せません」

 

 ロスタは申し訳なさそうに頭を下げた。彼女のような自律式ゴーレムは例外無く主人に対して嘘や誤魔化しが出来ないように作られているので彼女の言葉は本当だろう。

 となると魔人族に対して何かしらの役割を持たされて造られた可能性がある。彼女を造った者がいれば真相を聞けただろうが、残念ながら当人に会える機会はエルフでもない限り無いだろう。

 俯くロスタにベリーケーキで口を紫に染めたクシナが何でもないように言葉を投げる。

 

「なら魔人族とやらと会えばもっと分かるのではないのか?今あれこれ考えても答えは出んだろう。それより美味い物でも…汝は食えんのだったな。なにかこう、欲しい物とかないのか?」

 

「欲しい物ですか?……もしよろしければ、お召し物を頂きたいのですが」

 

 その場の勢いで言った言葉だったが、意外にもロスタは自分から服が欲しいと口にする。それならばミニマム族の女性陣が午後から一緒に買い物をしようと提案する。当然クシナもだ。

 サミー達からすればクシナもロスタも飾り気が碌に無い野暮ったい服を着ているのが惜しくてたまらない。探索者として動きやすい服装というのは分かるが、せめて休日ぐらいオシャレをしても罰は当たらない。

 クシナは以前田舎の村の女衆に着せ替えのオモチャにされたのを思い出して嫌がったが、これまでの旅と探索であちこち服が破れて補修では追いつかなかったのもあり、ヤトの頼みで本当に渋々だが服を買いに行くのを了承した。

 ミニマム族の女性陣はすぐさま行動に出た。お代わりのケーキを食べるだけ食べて、クシナとロスタの手を引っ張って街に出かけてしまった。二人は抵抗も容易かったが、その場の空気に流されるままに連れていかれてしまった。

 残された男達は本題に戻り、フロイドからエルフの村の場所を教えてもらった。

 

「ここから西に馬で五日ぐらい行くと、山と山が途切れて間に川が流れてる場所が見える。その川を上に上に遡るとやがて谷になり、さらに奥に進むと人を寄せ付けない森がある。そこが古いエルフの住む場所なんだ」

 

 この国の地図に大体の場所を記載してもらったが、他言無用と警告を受けた上に地図は用が終わったら焼いて捨てるように言われた。フロイド達もエルフから同じ事を言われたからだ。

 神代のエルフは既に外界への関心を失っており、積極的に外と関わるのを避けている。カイルの事があるので無碍にはされないだろうが諸手を挙げた歓迎も無いだろう。

 ではなぜフロイドはそんなエルフたちと親交があるのか。

 

「昔旅をした時に彼等にお世話になったんだ。それにあの村には仲間のエルフがいるからさ」

 

 フロイドは昔を懐かしむように西に遠い目を向ける。そして彼はケーキを食べながら昔語りを始める。それは素晴らしい冒険譚だった。

 ミニマム族、エルフ族、ドワーフ族、それに人の騎士。種族も生まれた場所も違う男達が数奇な巡り合わせで集い、心躍らせる冒険の物語。

 時にトロルと戦い、オークの群れ相手に大立ち回り。日の差さぬ暗闇の森を通り抜けたと思えば豪快に川下り。その末に滝に落ちたオチまで含めれば拍手喝采だ。

 洞窟ではあわやドラゴンに見つかって黒焦げにされかけたが、知恵を絞ってどうにかやり過ごして命を拾う。残念ながら竜の財宝は何も持ち帰れなかったが、冒険で得たかけがえのない仲間との絆は金銀財宝より遥かに価値のある宝だと楽し気に語ってくれた。

 その返礼にヤトとカイルは先日まで居たアポロンでの出来事をフロイドに話した。実際にはヤトは自分語りは好まないので主にカイルが一緒に過ごした数か月を語る。

 王女や怪我人の騎士を連れての逃避行。奴隷市の襲撃。隣国ヘスティとの戦争。それにクシナとの出会い。ここだけはフロイドへの誠意としてヤトがほぼ全てを語った。

 フロイドはクシナが古竜だった事実に大層驚き、さらにヤトが一騎打ちで腕を斬ったのに言葉を失う。あまつさえ殺し合いの末に愛が芽生えたのは、ただただ笑うしかなかった。

 

「僕も結構な冒険をしてると思ったけど、君達はその若さでとんでもない日々を送ってるね」

 

「否定はしませんよ。ところで貴方も竜と対峙したのなら、竜を斬れる剣を御存じありませんか?」

 

「うーん、僕は忍だからそこまで詳しくないけど、多分古竜と戦った老エルフなら何振りか持ってるはず。譲ってもらえなくても新しく造ってもらったら?神代のエルフはドワーフに負けないぐらい鍛冶が得意なんだ」

 

 言われてみればそうだ。無いなら造ってもらえばいい。仲間の故郷探しが自分の目的に重なれば手間も省けるというもの。

 一応まだこの街の遺跡に目的の剣が無いと決まったわけではないのでもう少し探索は続けるが、明確な目的地が出来たのは良い事だ。

 男達は女衆が戻ってくるまで冒険譚に花を咲かせた。

 

 



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第15話 三日月の邂逅

 

 

 ――――夜半。三日月の僅かな月明かりの下でヤトは宿の井戸のある裏庭で剣を振っていた。

 明日も遺跡探索があるから程々にしておかなければいけないが、昼間フロイドから神代のエルフの話を聞いてしまったので気が昂っていた。それを鎮めるために鍛錬も兼ねて剣を振っていた。

 単に気を落ち着けたければ伴侶のクシナと子作りに励むのも一つの手だが、そうなると互いに底無しの体力から朝まで続けてしまうのと、宿どころか隣の家屋にまで騒音が届いてしまうのでカイルから禁止の沙汰が言い渡された。もちろんクシナは不満タラタラだったが、ヤトが宥めて納得してもらった。

 それに今のクシナは昼間散々にサミー達に着せ替え人形として玩具にされてしまい、疲れていたのでそのまま寝かせてあげた。古竜の彼女をあれほど披露させるとは、女性の買い物というのはまさしく殺人的。絶対に関わり合いになりたくないと思った。

 一時間ほどイメージトレーニングを併せた鍛錬に費やした所で、ふと何者かに見られているのに気付いた。直接相手を見たわけではないが、確かに見られている感覚だった。

 

「『颯』≪はやて≫」

 

 なんとなく感じた視線の元は宿の煙突の上。そこに違わず気功の衝撃波を飛ばした。屋根には何も変化が無い。傍から見れば一人で遊んでいるように見えるが今のヤトに遊び心はない。

 いつの間にか井戸のそばに佇む一人の影が増えていた。

 ヤトはその影に見覚えがあった。この街に来た日に一度だけすれ違った法衣の女の連れの男だ。前に見た時は腰に金属の杖を佩いていたが、今は何も持っていない。なぜ宿の屋根の上にいたのか、なぜヤトを見ていたのかは分からない。

 褐色肌の男は無言でヤトを見つめている。ヤトも剣を握ったまま彼を見ている。交錯する視線に二人が何を思ったのかは当人達にしか分からない。

 男はやはり無言で一歩また一歩と近づく。その鋭利な瞳の奥に一体どのような感情を宿しているのか余人は窺い知ることは出来ない。

 

 ―――――閃光が走った―――――

 

「ぐっ!」

 

「むう」

 

 二人の口から苦悶の声が漏れた。彼らの距離は互いの息が感じ取れる程に近い。ヤトは腹這いになるほど低い体勢のまま剣で男の膝を斬り、男は右手と右足を突き出した体勢で短杖をヤトの背に突き立てていた。

 二人は示し合わせたように間合いを離す。ヤトは肩を動かして不備が無いのを確かめ、男は斬られた膝に手を当てて流血を確認すると初めて感情を露わにする。男は微笑んでいた。

 

「己の血とはこんな色をしていたのか」

 

「随分と頑丈な身体をしているから見た事無かったんですね」

 

「人の事は言えまい。俺は串刺しにするつもりだったぞ」

 

 男はこれ見よがしに短い杖を手の中で弄ぶ。何をとは言わないし聞かない。

 ヤトはあの時、男の歩みに呼応して間合いを詰めて体勢を低くしながら練気の剣を横に薙いだ。鳩尾への杖の突きを躱しながら足を斬るためだ。

 躱したと思った。そして踏み込んだ右足を斬ったと思った。しかしどちらもそうはならなかった。

 男の肉体は気功で切れ味を増したミスリル剣でも皮しか斬れないほどに堅固。杖も躱したと思ったらいつの間にかヤトの背に突き込まれていた。文字通りの痛み分けだろう。

 

「それで見定めは終わりましたか?」

 

「なぜそう思った?」

 

「殺気が無いからです。でもあの突きは容易に人を殺せた。殺す気は無いが死んだらそれまで。誰かに言われて面倒だが実力を確かめに来た。そんな倦怠的な動きでしたよ」

 

 誰に言われたかは知らないが舐められたものだ。人から怨まれたり妬まれるのは日常茶飯事だが、単に力を推し量るためにこれほどの実力者を寄越すとは。無駄遣いにもほどがある。

 背景をスラスラと言い当てられた男はますます笑みを深めて肯定した。

 

「あの女の命令には毎度うんざりさせられたが、こんなに楽しい事は初めてだ」

 

「初めて尽くしですね。ところで続きはしますか?続きをするなら場所を変えないと宿が無くなります」

 

「無論――――と言いたいが、楽しみはまたの機会にしたい」

 

 心底残念そうに短杖を腰に差した。ヤトも自分と対等に戦える使い手と納得するまで優劣を付けたかったが、相手にも都合がある以上は無理にとは言わない。出来る事なら次は何のしがらみも無く戦いたいものだ。

 男は最初に裏庭に降りてきたのと同様、いつの間にか屋根の上にいた。そのまま姿を消すと思われたが、その前にヤトに呼び止められた。

 

「名を名乗っていませんでした。僕はヤトと言います」

 

「覚えておく。俺は―――――そういえば俺は人に名を名乗るのも名乗られるのも初めてだった」

 

「僕が言うのもおかしいですが、貴方は今までどうやって生きてきたんですか」

 

「碌な生き方をしていないのは確かだ。――――――覚えておけ、俺の名はアジーダだ」

 

 言うべきことを言いきった褐色の男アジーダは今度こそ闇夜に溶けて消えた。

 一人残されたヤトは冷めない高揚感を冷たい井戸水で無理に静めてから部屋に戻った。

 

 

 部屋に戻るとクシナが二人用のベッドを占領して腹を出して寝ていた。寝相も悪く、かけ布団を足で蹴り出していて床に落ちていた。

 子供のような寝姿だったが、ヤトはその美しい肢体を見て無理に静めていた高ぶりが再燃したのを自覚した。ようはムラムラした。

 

「――――んが?んん、ヤトか?なんだいきなり――――いや、儂は別にいいが―――――――――なんだかいつもより恐いぞ――――――ちょ、ちょっと落ち着け―――ひゃん!」

 

 翌朝、宿屋の主からは煩くしたので『ゆうべはお楽しみでしたね』と嫌味を言われた。

 

 



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第16話 欲望の決壊

 

 

 ―――――朝。いつもより遅い時間にヤト達四人は宿屋の食堂で朝食を執っていた。カイルは遅い理由になった仲間二人を呆れた目で見ながらローストチキンサンドに齧り付いていた。

 隣の席には自律ゴーレムのロスタがちょこんと座っている。今彼女は最初に見つけた時に着ていた白いワンピースから、エプロン付きの黒地のメイド服に着替えてメイドゴーレムにクラスチェンジしていた。

 このメイド服は昨日ミニマム族の女性たちと共に街で買ったものだ。サミー達はわざわざ仕事着を選ぶロスタに困惑したが、カイルに仕える道具であり今の仕える者と同じ装いをするのが道理だと主張して押し切った。

 ロスタの主張を覆すのは無理と思った他の三人は、ならばせめてオシャレで可愛いメイド服を着せるべきと、実用性を確保しつつも見栄えを重視した服を選んで彼女に着せた。

 通常メイド服は足首まで隠れる長い裾のスカートだが、ロスタのは動きやすさを重視して裾は膝までしかない。袖も本来は手首まで長いが、肘までしか覆われていないので白磁のような細腕が露出している。襟には可愛らしさを強調するフリルが付いていて、さらに首元には大きな赤いリボンが自己主張していた。

 メイド服でありながらメイドの業務に適さない珍妙なメイド服を着た無表情な少女の浮きっぷりは凄まじく、宿で別の泊り客とすれ違っても何も仕事を頼まれない。誰もメイドと思わないのだ。

 おかげでいちいち面倒な対応をせずにすむが、カイルはそれでロスタ本人が満足しているのがいまいち腑に落ちない。

 それはさておき、今日も遺跡探索があるので三人はしっかりと朝食を食べて、さらに宿に三日分の保存の利く食料と煮沸消毒した水を用意してもらった。

 待ってる間、食堂でダラダラと過ごしていると外から朝の喧騒が耳に届く。日に日に増していく探索者で街は活気付くと同時に治安も悪化していた。外の喧騒はそうした探索者達か街の住民とのトラブルの一つだろう。戦時中の傭兵の起こす諍いと似たようなものだからヤトは気にしない。

 用意してもらった保存食を見たクシナは上機嫌だ。今回は通常の堅焼きパンだけでなく、砂糖を多めに入れて数種類の種と共に焼いたシードケーキも特別に用意してもらった。

 つまみ食いをしそうなクシナを窘めて食料を背嚢に入れて準備万端。いざ宿から出ようとした時に見た顔とばったり会う。

 

「すれ違いにならずに良かったよ。ちょっと話があるんだけど」

 

 四人を呼び止めたのは初日に一緒に食事をした三人組の紅一点ドロシーだった。彼女の仲間のヤンキーとスラーもいる。

 立ち話は宿に迷惑がかかるので再び食堂に戻って話を聞くことにした。

 

「仕事前に悪いね。でも今から遺跡に行っても中には入れてもらえないよ」

 

「えっ、それってどういうこと?」

 

「探索者が街や鉱山で暴動を起こしてそれどころじゃないんですよ。あたくし達も巻き添え喰って、正直勘弁してもらいたいんです」

 

 ヤンキーの説明にカイルは絶句する。一攫千金を夢見るゴロツキのような探索者に行儀の良さを求めても無駄だが、いくら何でも暴動は非常識極まりない。

 ヤトは理解不能な街の現状、その原因をヤンキーに問う。

 彼によれば遺跡探索の許可を持っていない探索者が、いますぐに許可を与えるように役人に迫ったのが発端だった。当然役人は拒否したが、訴えた者に同調した大勢の未許可の探索者が武器で脅して護衛と流血沙汰を起こしてしまった。

 こうなると元から燻っていた不満に火が着くのは容易い。探索者の多くは勝手に遺跡に入ってしまい、何割かは街で阿漕な商売をしていた商人へのお礼として略奪に勤しんでいる。朝耳にした喧騒はその暴動の騒ぎだろう。法や秩序などゴミクズ同然だ。

 なお、暴動になった一端はヤト達が大々的にミスリル塊を売り飛ばして億万長者になった事も無関係ではないそうだ。遺跡に入れずに燻っている横で、若造と女子供が金持ちになったのを黙って見ていられるほど堪え性のある探索者など万に一人。いずれは起きる騒動が今起きただけの事。

 

「それで貴女達はどうするつもりで僕達を訪ねたんです?」

 

「察しが良くて助かるよ。探索者の不手際は同業の探索者で始末をつけろと領主からのご命令を、手の足りない役人の代わりに伝えに来たのさ。協力しなかった場合は今後永久に探索許可を出さない」

 

「許可を出さずに不満を溜めたのは自分達の不手際なのに、その後始末を同業だっていうけど殆ど無関係な僕らにやらせるの?」

 

「連中からすれば寛大にも自由に金を稼ぐ許可を出してあげているんだから協力は当然と考えているんですよ。一応街が雇った傭兵も居ますから協力の体裁は整ってますし」

 

 カイルは街の支配者のやり口に腹を立てた。連中は尻を椅子で磨いて偉そうに命令すれば全てに片が付くと思っている。いっそ稼いだ大金を持って次の目的地に旅立ってしまおうかとも思った。

 しかしその考えを読んでいたのか、ドロシーがカイルに水を差す。

 

「あんた達は大金稼いだからそれでいいだろうけど、迷惑してるのはここの街の普通の生活をしてる堅気だからね。上にむかついても下まで同じに思うのは良い大人になれないよ」

 

 暗にクソな大人になりたくなかったら困ってる者を見捨てるなと言いたいのだろう。元神殿暮らしに見合う御高説たっぷりの説得である。

 その説法に効果があったのかカイルは僅かに躊躇った。それを好機と見たドロシーはヤトにも同意を求めた。

 

「まだ探索するつもりですから協力するのは構いませんが、狼藉を働く者を殺害したら罪に問われますか?」

 

「やむを得ない場合は許可すると言われてるよ。領主は一刻も早く治安回復をしたいんだろうね」

 

「分かりました。協力しましょう」

 

 協力を得られたドロシー達は領主の発行した治安維持許可証を人数分置いて、これから他の顔見知りに協力を要請しに行くと言って宿を出て行った。

 四人は荷物を置いて武器だけを持つ。

 準備を終えて宿を出ようとしたところでクシナが呟いた。

 

「人間というのは自分で決めた事を自分の都合で破るのが当たり前なのか?」

 

「必要なら知らんふりして一番利になる選択を選ぶ事も多いですね。後々酷い目に合うと分かっていても、です」

 

「竜の儂から見ても馬鹿だな。ありえん」

 

「ええ、馬鹿であり得ない選択をするのが人間です。僕がそうでしょう?」

 

 呆れるクシナに自分もその一人だと笑いかけると、彼女は惚れた男以上に笑った。

 

 



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第17話 街のおまわりさん夫婦

 

 

 宿を出た四人は二手に分かれて略奪する探索者を討伐しに行った。組み分けはヤトとクシナ、カイルとロスタだ。

 理由は単純、ゴーレムのロスタが主人のカイルと離れるのを嫌がったからだ。だから必然的にヤトとクシナが組む。

 二手に分かれてからさっそく現場を発見した。宿の近くにある商店から悲鳴と何かを壊す音が鳴り響く。店の側には血を流した中年男が痛みに震えていた。

 

「中に何人います?」

 

「さ、三人。あんたらは?」

 

「後始末しに来た領主の使いです」

 

 短い応対だったが、助けに来たと分かった店主の男は安堵して礼を言った。

 音が止むと中から武器を持った男三人が出てきた。先頭は全身を毛で覆い曲がった牙を生やした猪の面をした猪人。あとは人間二人。全員が戦利品と武器を持っている。

 

「おっ、そこの若造共も漁りに来たのか?先に悪いな」

 

「いえ、違います。領主から犯罪者を始末するように言われました。今から武器を捨てて自首するなら命は取りません」

 

「は、ははは!!なに女連れのガキが偉そうに言いやがる!お前ら、こいつ殺して女は楽しもうぜ!!」

 

「「いえーい!!」」

 

 盛り上がった三人の馬鹿面が宙を舞った。ヤトが居合で三人の首を一度に刎ねたのだ。

 

「大体こんな感じです。最初に武器を捨てて自首するように言って、言うことを聞かなかったら殺しても構いません」

 

「うん、分かった」

 

 転がる三つの死体を気にせず降伏の手順を教える光景は異様だったが、突っ込む者は誰もいない。

 

「次があるのでもう行きます。死体はこのままにしておいたほうが略奪者除けになるでしょう」

 

 恐怖で震える店主を残して二人は別の現場に向かった。

 

 次の現場は既に火の手の上がった大きめの商店だった。そこでは店の前で五人の若い男女が商人家族を縄で縛って暴行を加えている最中だった。幸いまだ死者は出ていない。

 クシナはヤトに言われた通り降伏から始めた。

 

「えーっと、武器を捨てろー。じしゅしろー」

 

「は?」

 

 暴行に参加していなかった女の一人が間の抜けた声を出し、次に笑う。連中からは片腕の小柄な女が安い正義感から止めさせようとしているようにしか見えなかった。だから武器も捨てないし、指を差してクシナを笑う。

 例えその行動が致命的な失敗だったとしても彼等が理解する時には全てが遅かった。

 クシナは手近にいた女の顔を軽く殴る。下顎が吹き飛んだ。首も折れてその場に倒れる

 全員が呆気に取られる中、さらに一人の男が腹に蹴りを食らって後ろに飛んだ。こちらは口から血泡を吐いている。鎧を着ていたので内臓破裂だけで済んだようだ。

 残った三人のうち一人がクシナに襲い掛かる。金属で補強した粗末なこん棒がクシナの手足の届く外から振り下ろされて頭に当たる。

 頭を砕いて勝利を確信した略奪者だったが、反対に自分のこん棒が砕けたのを見て目を見開いた。

 

「おい、儂の頭に触るな」

 

 クシナの無傷な頭と砕けたこん棒を見比べたのが最期の光景だった。怒ったクシナが相手の頭を掴んで地面に叩き付け、ブドウの実のように頭が潰れた。

 残る二人のうち一人はようやく戦意を喪失して武器を捨てて泣きながら命乞いを始めたが、もう一人は往生際が悪く商人家族に剣を突き付けて人質にしていた。

 そちらはヤトが死角から首を刎ねて事なきを得た。

 商人家族の縄を解き、消火活動を手伝おうと思ったが、その前に若い女が子供の名を叫んで燃える店に入ろうとしたので家族が必死で止める。生まれたばかりの赤子が中に残ったままらしい。

 

「まだ鳴き声は聞こえますね。生きているなら助けた方が良さそうですね」

 

 本当は見捨てても特に非難される謂れはないが、半端に助けるのも締りが悪いのでヤトは自分の上着を近くの家の水がめで濡らして家の中に入った。

 クシナは生き残った略奪者を捕まえ、家の者は井戸から水を汲んで必死で延焼を防ぐのに追われる。

 近所の人が応援に駆けつけて消火作業に当たっても依然火の手が増していく。母親は必死で神に祈っているが、とうとう家が崩れ始めて入り口を塞いでしまった。

 子供と見知らぬ男一人が炎に焼かれてしまった最期に泣き崩れる。

 しかし塞がった出入り口からではなく横の壁を切り裂いて人影が出てきた。その手には泣き叫ぶ赤子を乱暴に抱いて。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 

 泣く我が子をしっかりと抱きながら母親は軽く焦げた半裸のヤトに何度も泣いて頭を下げた。竜の特性を得たヤトが火事で焼け死ぬとは思ってなかったが、服が燃えるのを失念していた。

 

「服が燃えてしまいました」

 

 薄く笑って自分の失態を誤魔化すが、周囲からは無理に笑って強がっているようにしか見えなかった。

 家は全焼したがかろうじて延焼は防げたのを見届けた二人は命乞いをして生き残った一人を駆け付けた街の衛兵に任せて、さらに別の事件現場に向かった。

 

 

 この日、街は騒乱に包まれたが終わってみれば半日で暴動は鎮火した。

 街の住民は暴力に酔う無法者と共にそれらを狩り続けて人助けをする若い男女の姿を度々目撃した。半裸の剣士、隻腕の痴女鬼、少年エルフ、殺戮メイド。それ以外にも多くの探索者が救援に駆けつけた。

 住民は無法の探索者を怨んだが、同時にそれらから助けてくれたのも同じ探索者と知って心中複雑な想いを抱いた。

 そして探索者全てを街から追い出せという意見もそれなりに出たが、遺跡から持ち帰った品の価値と一定数善良で秩序だった探索者が居る事実が広まったため、どうにか排斥論が主流とならずに済んだ。

 残るは勝手に遺跡に入った連中だったが、こちらは出入り口を封鎖するだけに留まった。許可証を持った者は帰還を許され、それ以外は勝手に入った罪を問われて捕縛。抵抗する者はその場で斬られるか、再び鉱山に追いやられた。その後どうなったかは知らないほうが幸せだろう。

 

 



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第18話 奇妙な感覚

 

 

 探索者達の暴動から三日が過ぎた。この頃にはようやく街は落ち着きを取り戻した。

 怪我人は数多く出た。放火された家も多い。しかし幸運にも街側の死者は一人も出なかった。

 略奪狼藉を働いた無法者は大半が死んだが、自業自得故に誰も死を悼む者は居ない。精々不死者にならないように同じ探索者の神官が最低限形式を整えた集団葬儀を挙げたぐらいだ。それでも犯罪者には上等な扱いだろう。

 治安維持に貢献した探索者は現在各々の拠点で大人しくしていた。別段外出禁止などの処置を命じられていないが、何となく外に出づらい雰囲気だからだ。それに領主から多少の手当も貰ったので十日程度なら食って寝る生活ぐらい送れた。

 ヤト達も治安維持に多大な働きがあったとして他より多く金子を貰っている。幾ら略奪者と言っても五十人は殺し過ぎたので領主が気を使ったとの噂も聞こえたが真相は誰にも分からない。

 そのヤト達は現在遺跡の手前にいる。許可証があれば入るのも出るのも自由なのは暴動があっても変わらない。単に探索者の多くが自粛しているだけで、こうして空気を読んだ上で踏破する輩が出てきただけの事。

 四人は乾いたばかりの血痕を踏みつけて二度目の遺跡に踏み込んだ。

 数日ぶりのドワーフの遺跡に変化はない。所々に新鮮な死体が転がっているがそんな物は不死者に溢れる古代都市の中では誤差の範囲だ。むしろ好都合な面もある。

 一行は地図に記された順路に従って遺跡の奥へと足を向ける。地図は自分達で記した部分と他の探索者が街に売った地図の部分を書き足してある。後者は街から金で買った物だ。行き止まりの坑道や探索の終わった区画の詳細が分かり探索の効率が上がった。

 全体地図を見るに遺跡はアリの巣のように無秩序に広がっているように見えて、実際はかなり合理的に拡張している。採掘区、精錬区、加工区、貯蔵区、生活区などを坑道で繋いで物資の移動をスムーズにしている。古代のドワーフはかなり計画的に都市建設と拡張をしていたようだ。そんなドワーフがどのような理由でこの都市を放棄したのかは未だ分かっていない。

 

 それはさておき一行は前回の区切りとなった精錬所と鍛冶場に戻ってきた。最初に来た時にはゴーレムと戦い、建物を探すだけで手一杯だったが、他の探索者が坑道を二本見つけていた。今日はそこから先を探す。

 一本目の坑道に入り少し歩くと下から生えた槍で串刺しになった死体が二人分あった。血の固まり具合から一日以上経過している。荷物を漁ると僅かな食料と簡単な道具しか入っていない。松明も床に落ちていた一本きり。

 

「軽装過ぎるね。多分無許可で無理に入った連中の一人だよ」

 

 カイルは荷を調べて確信した。自分達のように万全の準備をして入っていない。

 財宝を夢見て無理を通した結果、何も手にする事なく死した都市で命を散らす。救われない話だが自ら選択した以上は納得してもらわねば。

 死体を横目に似たような罠を警戒して先に進むと、また一つまた一つと罠にかかって死んだと思われる死体が転がっていた。この坑道の先には余程重要な物があるのだろう。

 先行するカイルが幾つもの罠を見つけ、それぞれ目印を付けるか無理なら無力化して先へと進む。

 残念ながらその先にあったのはただの一枚の石壁だった。行き止まりに一行は落胆したものの、何も無いのが分かった収穫はあったとロスタが場を和ませるジョークを放つ。

 主人のカイルは笑い、ヤトも苦笑いをした。唯一クシナだけは首をひねって鼻で壁の臭いを嗅ぐ。

 

「この先から水の臭いがする。殴れば穴ぐらい開くぞ」

 

 彼女の言葉にカイルは周辺の石壁を手で触って何か違和感を探した。

 あちこち触れた末に壁に不自然な穴と妙な隙間と見つけて試しに木の棒を穴に突っ込んでみた。

 穴の奥の何かでっぱりのような物を押し込むと急に騒音が鳴り、ゆっくりと奥の壁が横にスライドした。

 暗い坑道に数百年ぶりに光が降り注ぐ。壁の向こうは紛れもなく外だった。数時間ぶりの太陽と外の空気に気分が和らぐ。

 罠が多かったのは外敵の侵入口になりそうな外への道だからだろう。

 

「ここ外に繋がってたんだ。周りは川と草しかないや」

 

「精錬場の隣に川……水は水道がありますから、鉱石のカスを捨てたのか、出来た塊を運ぶのに川を利用したのかのどちらかでしょうか」

 

 辺りを見渡してもそこは川以外何もない山の傾斜だ。四人は壁に見せかけた扉に石を挟んで勝手に閉まらないようにしてから周囲を散策した。

 人工物を思わせる物は何も見つからないが、一面の枯草に隠れた地面には所々黒い石が転がっている。その一つを手に取って丹念に調べる。

 

「鉱石滓ですね。ここは精錬所のゴミ捨て場でしたか」

 

 黒い石は鉱石を精錬した後に出てくる残りカスの塊。価値は無い。

 何も無かったが、最低限別の出入り口を見つけたのは喜ばしい。四人はこのまま外で昼食にした。

 固いパンでも息の詰まる穴倉よりはこうして太陽の下で食べる方が断然美味しく、息抜きには十分だった。

 食事を終えて坑道に戻る前に目印として石を積んだり岩肌に模様を刻んでおいた。これで今度は外から見つけやすくなる。

 罠の道を通り精錬所の前まで戻ると、建物の中から物音が聞こえる。他の探索者がこちらに来ているのだろう。

 四人は警戒して武器と照明を取り出して備える。

 しばらく様子をうかがうと、出口に向かう二つの足音が聞こえる。

 建物から出てきたのは予想通り二人。ロスタを除いた三人はその二人に見覚えがあった。

 

「あら、先客がいると思ったら貴方達だったの」

 

「またあったなヤト」

 

 最初に会った時と同じ法衣を纏った女と、褐色肌の戦士アジーダがそこにいた。

 遺跡の中で出会ったのは顔見知りと呼ぶにはやや怪しい男女。

 ヤトもカイルも何故ここにとは問わない。彼等も正規の探索許可証を持った探索者だ。遺跡の中でかち合う事は十分にあり得る。

 尤も顔を知っているのと許可証を持っているのが友好を示すとは限らない。探索者同士で利益の奪い合いになるのは既に経験済み。探索を終えた精錬所で何も手に入らなかった帳尻合わせに戦う事もあり得た。ゆえにヤト達は警戒を解かない。

 

「そう構えないで。私は貴方達の利を掠め取ろうなんて考えていないわ」

 

「信じる信じないはお前達の勝手だが、この女は嘘が付けない。そういう縛りがある」

 

 女は含み笑いで警戒心を解こうとする。男―――アジーダも連れの言葉を肯定する。

 女はともかくアジーダの方は嘘を言っていないように思えるが、縛りという言葉に何か胡散臭さが滲み出ている。

 

「掠め取らないって言うけどさぁ、正面から力で奪い取らないとは言ってないよね。そこらへんの抜け道を沢山作ってるんじゃないの?」

 

「これは坊やに一本取られたわね。ふふふ、そういう思考が出来るのは生きて行く上で強みよ」

 

 カイルの指摘に女はあっさりと負けを認めたが、むしろ分かっていて指摘させたような気配すら感じさせる。ヤトはこの時点でカイルの養母ロザリーと似たような雰囲気を感じてあまり関わりたくないと思った。

 そして争わない保証など何も無いのだから、ここは早々に別の場所に移動して見なかった事にするのが最善と考えて、一行は名前も聞く前に二本目の坑道探索に移った。

 

 罠にかかった死体を避けて坑道を進む最中、初対面だったロスタが先程の二人について尋ねた。

 

「探索者という事以外詳しくは知りません。知っているのは精々男の方がアジーダという名で、ミスリルゴーレムより頑丈な体をしているぐらいです」

 

「なんでアニキだけ知ってるのさ」

 

「数日前の夜に一手交えたので」

 

 しれっと戦った事をのたまう兄貴分にカイルは腹が立った。どうしてこの男は普段理性的で穏やかに見えるのに戦いになると見境が無いのだ。

 

「あの色黒は強かったのか?」

 

「お互い本気で戦ってないですが、それでもかなり」

 

「だからこの前の夜はあんなに滾っていたのか。あの時はいつもより子作りが激しかったが、あれはあれで良かったな」

 

「こらぁ!!こんな場所で猥談すんなっ!!」

 

 弟分に怒られた二人は謝って黙った。

 怒られたのでしばらく黙っていた二人だったが、後ろを歩いていたロスタがずっと難しい顔をしているのを不思議に思ったクシナが理由を尋ねた。

 

「先程のお二人を見た時に何故かザワザワとした揺らぎを胸の奥に感じました。敵意や害意ではないようですが」

 

 ロスタの言葉に他の三人も考え込む。彼女が一行に加わってからまだ数日。それも一体何百年棺の中に居たのかも分からないゴーレムだ。一体どんな役割を持って作り出されたのか、それすら把握していない。

 そんな用途不明のロスタが何かを感じ取るあの二人もまた不可思議な存在と言えた。

 

 



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第19話 いざ玉座に

 

 

 坑道を抜けた先はある種の別世界だった。

 ミスリル鉱石の採掘区に匹敵する広大な空間の奥の奥まで整然とそそり立つ石柱群。横は端から端まで等間隔に百の柱が立ち並び、奥行きはその五倍はあろうか。

 床は信じられないことに一切の隙間が無い一枚石だ。石畳を並べたのではなく山の中を削って空洞にしてから丹念に削って平らに磨き上げていた。

 石柱も建てたのではない。最初から岩を削って柱の形に整えていた。しかも柱の全てに精巧で美しい彫刻が刻み込まれている。

 戦士の戦いや王の戴冠の様子、酒を飲むドワーフの姿、鍛冶をする姿も多い。中には子を抱く母の姿もあれば、子供同士が遊んでいる姿も生き生きと刻まれている。

 別の種族と何かを交換する交易の様子もある。エルフ、人間、獣人、ミニマム族。武器や装飾品と交換しているのは酒樽に食料、動物の毛皮や幻獣の角の類もある。

 まるでドワーフの王国の歴史と生活をそのまま刻み込んで残そうとしたように見える。

 高い知性を持つ人類種でも種族によって知識や歴史を子や孫に伝えるための伝達手段は違う。

 人間は書物と口伝、エルフは唄、獣人は踊り、ミニマム族は個人と血族でも形式がバラバラ。そしてドワーフはこの石柱のように彫刻や壁画にして自分達が生きた証を残した。

 

「城の大広間みたい」

 

「多分そうでしょう。客に自分達の歴史を見せつつ楽しませるように柱に彫刻を施した。今はもう見る者も居ないのに」

 

 カイルのつぶやきにヤトが同意しつつ補足した。

 数百年以上前に住民に見捨てられ来客も途絶えた栄華の残照。かつてここを訪れた者は自分達のように彫刻を美しいと思ったのだろうか。その問いに答えてくれる者はここに居ない。

 代わりに答えた者は後ろから現れた。

 

「どんな物でもいずれ朽ちて忘れ去られる。それが分からずいつまでも自らの栄華が続くなんて考えるのは醜く浅ましいわ」

 

 侮蔑を隠そうともしない女の声。振り向くと坑道から法衣の女とアジーダがいつの間にか居た。よくよく思えば精錬所から奥に進む坑道は二本しかなく、一本は行き止まりで追いつくのは時間の問題だった。

 後から来た二人はヤト達を無視して先を急ぐつもりはなく、女の方が何のつもりか一緒に探索しようと持ち掛けた。

 理由を聞いてもはぐらかされるばかりで時間の無駄としか思えない。仕方なく一緒に大広間を進むことになった。女は自らの名をミトラと名乗った。

 一時的に六人に増えたパーティだったが和気あいあいといかず、ヤトやカイルは敵襲への警戒以上に新たに加わった二人へ注意を向ける方が多かった。

 それを知ってか知らずか法衣の女は道中積極的に話している。相手をしているのは主にクシナ、それとロスタにも時々話を向けている。

 

「この地下都市は大体千年ぐらい前に放棄されたの。病気が流行ったと聞いているわ」

 

「病気?どんな?」

 

「地下水脈に鉱毒が混じって、それが原因で病気が流行ってドワーフ達はここを捨てなければならなかった。彼等はいずれ戻ってくるつもりだったけど、段々と余所での暮らしに慣れて、ついには都市の場所を忘れられてしまったの」

 

「たった千年で忘れてしまうのか?ドワーフとやらは忘れっぽいのう」

 

「エルフだって神代の引き籠り以外は三百年しか生きられないんだから無理もないわ」

 

「ですが、なぜミトラ様はそのような昔の事を御存じなのですか?」

 

「私が色々なところに行って調べたり見聞きしたから物知りなだけよ。これでも時々教師をしているの」

 

 男達の気苦労も女には関係無いらしい。長い時間を生きていても他種族と接する機会の無いクシナや、今まで眠っていて起きたばかりのロスタは子供のようなものだ。自称教師のミトラには扱いやすいだろう。

 女連中がお喋りに興じているのを尻目に男達は警戒を続けている。広大な大広間には所々ドワーフの像が立ち、侵入者の自分達を見ている。あの中にまだ動くゴーレムがあると思っていたが、どれもピクリとも動かない。正直拍子抜けした気分だ。

 長い広間の最奥に着いた。六人の前には巨大な二枚の扉がそびえ立つ。扉は全てミスリルで出来ていた。ある意味ドワーフ達の自己顕示欲の極致と言える扉だった。

 

「ここが広間ですから城の構造に当てはめれば、この先は多分玉座の間でしょうか」

 

「可能性は高いね。ドワーフの王様は一体どんな物でお出迎えしてくれるのかな」

 

「さてな。ただ、あまり期待せん方が良いと思うが」

 

 扉の向こうに期待するカイルにアジーダが水を差す。彼自身は悪気があって言っているように見えないが、それでも気分を害したカイルから睨まれる。

 そしてカイルが罠の確認と鍵の解錠をする間、ヤトとアジーダが何気なく話をする。

 

「ところでお二人はこの遺跡に何を探しに来たんですか?」

 

「実を言えば俺は遺跡に用が無い。あの女は人も物も探しているが、金目の物ではないのは確かだ。そういうお前は?」

 

「僕個人は頑丈な剣が欲しいので遺跡を探しています」

 

「俺を斬っても折れないぐらい強いのが見つかればいいな」

 

「見つけたら最初に試し切りしていいですか?」

 

「構わないが、対価はお前の命だぞ」

 

「「ははは」」

 

(なんだこいつら。まともなのは僕だけか)

 

 カイルは後ろから酷く物騒な話とツボが致命的にズレている笑いが聞こえて気分が悪くなった。先程まで二人を警戒していたのに、いつの間にか打ち解けた心変わりにも文句が言いたい。地元の盗賊ギルドの組員が世の中往々にしてまじめな奴が割を食うと言っていたのは本当らしい。そして癒しが欲しいと思い、今日探索が終わったらアポロンにいるモニカ姫に手紙を書こうと密かに決めた。

 内心で女の事を考えていたが、盗賊の腕は十全に動いて扉の鍵を解錠した。金属部品が動く物々しい音が大広間に響き、一行は期待に心を躍らせる。

 かなりの重量のある扉をヤトとアジーダがそれぞれ左右に別れて押し開く。

 

 重厚なミスリルの扉の先は予想通りだった。長い間隔で階段状になった広い部屋の一番奥の中央には石造りの椅子が一つだけ存在感を放って鎮座している。

 その隣、ヤト達から見て玉座の左には巨大なハンマーのオブジェが飾られており、反対の右側にはやはり同じ大きさの熱した金属を掴む『やっとこ』が飾られていた。どちらも鍛冶を象徴する道具であり、ドワーフの王の権威が鍛冶によって支えられている象徴として置かれているのだろう。当然これもミスリル製だった。

 両脇の象徴的道具に気を取られていたが、正面の玉座をよく見ると何者かが座っているのに気づいた。ミスリルの鎧を纏い、ミスリルの王冠を頂いた小柄な人物は俯いており顔がよく見えない。

 カイルが入り口からもう少し近づいてじっと目を凝らすと軽い驚きの声を挙げた。ヤトも同じように近づいてから見ると声を挙げた理由に納得した。

 王は朽ちて骨のまま玉座に座り続けていた。

 

「骨になっても王は王とでもいうのか。国が滅び己も朽ちて骨となったのに玉座に執着するとは、つくづくドワーフは強欲だな」

 

 アジーダが侮蔑とも感心ともつかない口調で呟く。そして言葉にどことなく自虐的、あるいは誰かへの当てつけも含まれているように聞こえるのは果たして気のせいなのだろうか。

 ともかくもヤト達は何か価値のある物が残っていないか部屋を探す。

 見つかったのは人がすっぽり入れるぐらいに大きな壺が十個ばかり、それと金細工の篝火をたく大きめの台座が四つばかりあるだけだ。他は朽ちたタペストリーやネズミに齧られた絨毯ぐらいだった。

 どうにもこの一行は金目の物と縁が薄いような気がするが、最悪玉座の隣にあるミスリル製の鍛冶道具のオブジェでも持って帰れば金になるので良しとすべきだ。

 それと部屋には他の場所に通じる坑道は見当たらなかった。確実とは言えないが、おそらくここが都市の最奥部と思っていいだろう。

 ヤトはここでもお目当ての剣が見つからなかったが、落胆せず他の探索者が武器庫や宝物庫でも見つけてから金で譲ってもらう事を考えていた。なにせ金は使い道に困るほどある。

 後は一緒にいるアジーダ達への配分が問題だった。基本は山分けだろうが、特別欲しい物があれば優先して選択も可能だ。

 それを尋ねるとミトラは薄く笑いながら玉座へ向かい、骨になったドワーフの王を錫杖で指差した。ミスリルと黄金細工の王冠を欲しているのだろうか。

 

「その王冠が欲しいんですか?」

 

「いいえ、一番欲しいのは骨の方よ」

 

 あまりにも予想外の答えに、連れのアジーダ以外の面々は言葉を失った。

 

 



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第20話 それぞれの戦い

 

 

「骨……もしかしてその王様はミトラさんのご先祖様で埋葬したいから欲しいの?」

 

「ふふふ、面白い冗談ねエルフの坊や」

 

 ミトラはカイルの冗談を苦笑で返す。さすがにカイルのは冗談だとみんな分かっているが、だからこそ比較してミトラが本気で言っていると分かってしまう。

 

「最初に言った通り、貴方達の戦利品を掠め取るような事はしない。だからこうするの」

 

 死した躯に錫杖を向けてミトラは高らかに告げた。

 

『今一度死の川を渡り、我が下僕として再び現世に舞い戻りなさい』

 

 果たしてそれはいかなる奇跡か冗談か。死して数百年を経たドワーフ王の亡骸がガタガタと震え出したと思えばゆっくりと立ち上がる。

 アジーダはいつの間にかミトラの隣に控えている。

 

「死霊魔法ですか。外法中の外法と噂だけは聞いた事がありますが、使い手がいるとは思いませんでした」

 

 ヤトの驚きに満ちた言葉は正しい。死霊魔法とは死者の魂を操る禁忌中の禁忌。あらゆる生命を冒涜する唾棄すべき外道の法。ヴァイオラ大陸に存在する神殿全てが異端の邪法と公言する魔法だ。

 国によってはもしこの魔法を使える、ないし研究していると発覚しただけで処刑される程に触れる事さえ赦されない存在だった。

 一説には御伽噺に登場する魔人族に使い手が多いと言われているが、今や真相は闇と伝説の中にしかない。

 ――――しかないのだが、目の前にある現実を事実として受け止めなければならない。

 

「それで、そんな物珍しい物を見せびらかしたいだけですか?」

 

「もちろん違うわ。私はこの玩具で貴方達と遊びたいの。こんな風にね」

 

 ミトラが錫杖を振るとドワーフ王が糸で繋がれたように連動して動き、カタカタと顎を振るわせる。不気味な動きと共に骨からおぞましい色の瘴気が滲み出て周囲を侵食し始めた。

 瘴気に触れたミスリルの鍛冶道具は無惨に錆び付きボロボロと崩れ始める。黄金の篝火の台座も同様に輝きを失い塵となった。黄金とミスリルは錆びず朽ちない特性を持った永遠を象徴する金属のはずだが、あの瘴気は常識をいとも容易く覆した。

 その光景が地下王国の玉座の間で行われたのと相まって、ここが死者の住む冥府のように思えた。

 

「アレに触れたら一気に老け込んで骨になりそう」

 

「少なくとも日光のように健康的になる代物ではないでしょう」

 

 ヤトとカイルが軽口を叩きあっていると、背後の大広間から何十もの足音のような轟音が響き渡った。

 その音の正体に最も早く気付いたのはロスタだった。

 

「皆様、大広間にミスリルゴーレムが二十五…二十八…三十体居ます。それとかなりの数のゴーストと骸骨戦士を確認しました。すべてこちらに近づいています」

 

 前と後ろを囲まれた形、しかもここは遺跡の最奥。出口も無ければ助けに来る仲間も居ない。状況は極めて不利と言える。

 しかしそれで絶望して諦めるほどヤトは軟ではない。クシナもだ。カイルはやや気後れしているが、仲間の存在を支えに心を奮い立たせる。

 

「カイルとロスタさんは後ろで不死者とゴーレムの相手を。僕とクシナさんがここを片付けるまで足止めしててください」

 

「分かった。でも僕達が全部倒しても良いよね?」

 

 小さな身体で大口を叩く弟分に、自然とヤトの口元に笑みが浮かんでいた。

 少年とその従者は答えを聞かずにそのまま大群が押し寄せる大広間へと戻った。

 

「正しい判断だな。では俺もやるとするか」

 

 アジーダが宣言と同時に動いた。ヤトはカウンターの構えを見せたが、驚く事に彼はヤトを無視して隣のクシナの頭を掴んで壁に叩き付けた。壁が砕けて石の破片が飛び散った。

 ヤトは助けようとしたがミトラやドワーフ王に背を見せられず動けない。

 後ろではアジーダが壁を挟んで動けないクシナに何度も拳を叩き込む打音が聞こえてくる。

 焦るヤトだったが今度は別の何かが砕ける音と共にアジーダの苦悶の声が聞こえてきたので落ち着いた。

 音はクシナが己の頭を掴んでいたアジーダの腕を握り潰した音だった。

 

「儂の頭を触るのは止めろというのに。そこに触れていいのはヤトだけだっ!」

 

 怒りのままに、さらに腹を蹴りつける。反撃を受けたアジーダは血を吐いたが五体満足のままだ。本気のクシナの蹴りを受けてもひき肉にならないとは。ヤトの剣の時もそうだが随分と頑丈な体をしている。

 二人はそのまま肉弾戦にもつれ込んで部屋を破壊しながら戦いを続けた。

 そしてヤトは少し安心して目の前の難敵に気功の刃を飛ばした。

 刃は瘴気を切り裂いて骨の王の腕を切り落とすも、腕を瘴気が覆い隠してすぐさま元通りになった。

 

「無駄よ。この王は既に死んでいるもの。死した者を殺すなんて不可能よ」

 

「なら操り主の貴女を殺すとしましょう」

 

 風よりも速くヤトはミトラの頭に気功で強化した剣を振り下ろした。手ごたえから唐竹割になったミトラを確信したが、目の前の彼女は傷一つ無い美貌を晒していた。切り裂いたのはフードのみだ。

 中からは三十歳を超えた青眼黒髪の美女が姿を現した。ヤトとミトラの瞳が交差する。

 

「そんなに見つけるとお姉さんは困るわ。それに貴方にはもう良い相手が居るでしょう?」

 

 ヤトは美しいが控えめに言ってもお姉さんと呼ばれる歳ではないと思ったが、おばさんと指摘したらきっととてつもなく面倒な事になると思って黙った。

 それに年齢と呼び方より、なぜ自分がこの女を斬れなかったかの方がずっと気になった。硬くて弾かれたわけでも、幻を斬ったわけでもない。瞬時に再生したとも考えたが、何らかの痕跡が残っていなければ不自然だ。

 何かカラクリがあるはず。それを解き明かすのは剣を以ってしか成せない。

 

「いいでしょう。死ぬまで殺してあげます」

 

 ヤトのおぞましいほどの強烈な殺気を前にしてもミトラは変わらず微笑んでいた。

 

 



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第21話 水と雷の主従

 

 

 ヤトとクシナが玉座の間で人外魔境の戦いを繰り広げている一方で、カイルとロスタの主従コンビもまた人外の波を前にしていた。

 主従の前には斧を担いだ骸骨戦士、不定形のゴースト、それと腐敗し始めた探索者のゾンビ。それら不死者の大群の後ろにはざっと三十体ものミスリルゴーレムが玉座を目指して殺到する。

 

「アニキの前で格好つけたけど、この数全部はキツいなぁ」

 

 カイルはボヤキながら白金細工のような美しい髪を乱暴に掻く。たった二人でこの数を相手にするのははっきり言って無謀だが、仮に玉座に残った所で化け物共の戦いに巻き込まれたら命が幾つあっても足りない。まだこちらの方が生きる勝算が大きい。

 背嚢から聖水の入った瓶をあるだけ出して腰のベルトに差しておく。不死者相手に聖水は必須なのはとうに確認済みだ。これさえあれば不死者など数が多いだけのザコだ。

 試しにあまり使う機会の無かった弓を構え、聖水を漬けた矢を三本同時に放つ。矢はそれぞれ狙い通り先日不死者になったばかりの不運な探索者のゾンビ達の目を射抜く。ゾンビ達はその場に倒れて後続に踏み潰されて見えなくなった。

 

「楽しょー!―――と言いたいけど、こう数が多いと矢じゃ追いつかないか」

 

 分かっていたが実際にやってみると、数は力という言葉は真理だと理解する。カイルは重荷になる弓と矢筒を壁際に置いて遺跡で手に入れた二振りの魔法金属の短剣を抜く。白兵戦の構えだ。

 従者のロスタも主に倣って二又槍を構えた。

 

「カイル様、もしよろしければ後ろのゴーレムは私が相手をしますが」

 

「えっ、でも……やれるの?」

 

「はい、出来ない事を申しません。私とこの槍ならば可能です」

 

 ロスタの宣言と共に槍の姿が変わる。二又の穂先が回転したと思えば刃が増えて片側三枚に、計六枚の両刃が二個のY字を作る。そして二又がゆっくりと回転し始めて、紫電を放ち咆哮を轟かせる。まるで敵を前に猛り狂う獣だ。

 カイルにはどういう理屈で動き、どれほどの破壊力が備わっているのか知る由も無いが、現状ではこの雷の二角が最も破壊力に満ちているのは見れば分かる。だから己がやるべき事は一つしかない。

 

「よしっ!じゃあゴーレムは任せたよ!僕はお前の道を作ってやる!」

 

「承知しました。全力を尽くします」

 

 カイルが勢いよく突っ込み、最も近くにいた骸骨戦士三人を双剣で仕留める。さらに聖水を空高くまき散らして雨のように降らせた。これには不死者も声無き悲鳴を上げ、最も聖水に弱いゴーストはひとたまりもなく、次々浄化されて消え去った。

 主の開いた道をスカートをはためかせたロスタが疾走、目を付けた一体のゴーレムに真正面から突撃する。

 ゴーレムは巨大な戦棍をロスタに振り下ろす。

 

「遅いです」

 

 ロスタの言葉通りワンテンポ遅いゴーレムの攻撃は当たらず、逆に懐に入られて閃光を放つ捻じれた槍に無防備な胸部を完全粉砕される。その上で内部の動力炉を雷で破壊し尽くした。

 金属に無理矢理穴を空け、力づくで捻じ曲げて粉砕する轟音は凄まじく、耳の良いカイルは出来れば耳を塞ぎたかった。

 ゴーレム一体を仕留めたロスタだったがその顔に喜びは無い。元より彼女は人形、主が望めば笑みも見せるがそうでないなら僅かも無駄な行動はしない。だから彼女はすぐさま次のゴーレムを槍で貫き破壊した。

 二体目を塵に変えた彼女。その瞳には同種の存在に対する仲間意識も、破壊した相手への罪悪感は宿らない。彼女の七色に発光する水晶の目には、主の命に従い破壊する標的しか映っていなかった。

 彼女に迫る不死者は全てカイルが短剣で排除する。従者を守る主人というのは些かおかしく見えるが、当人は至ってやる気を維持している。やはり女を守るのが男の仕事と思うとやる気が違う。例えそれが人形でも例外ではないらしい。

 凸凹主従は視線だけで意思を交わし、さらなる戦いに身を投じた。

 

 

 ――――――――十分後。大広間の地面には無数の骨や死体が散乱し、いびつな形のミスリル塊がゴロゴロ転がる。自慢の石柱は幾つも倒壊して、かつて栄華を誇ったドワーフの国の歴史は無惨に砕かれた。

 その残骸の中でカイルとロスタは舞っている。短剣から飛び散る聖水の雫が迸る槍の雷光により、あたかも暗闇に煌めく星々のごとく主従を飾り付ける。観客が不死者と物言わぬゴーレムでは甚だ風情に欠けるが、もしこの場に芸術家が居れば大喜びでこの瞬間を作品に残そうとするだろう。それだけ今の二人には価値がある。

 尤もカイルにはそんな事を考える余裕が無い。この短時間で不死者を五十は切り伏せた代償に、全身から汗が吹き出し息は荒い。短剣を振るう腕には疲労が溜まり、足さばきにはキレが欠ける。

 ロスタは人形ゆえに疲れとは無縁だが、時折槍の回転と雷を止めている。槍にも休息の時間が必要だからだ。その間はゴーレムに手出しできない。

 それでもまだ骸骨戦士が半分は残っている。ゴーレムもあと十体近い。体力的に倒し切れるか微妙なところだ。少なくともここの敵を全滅させても玉座の二人に加勢するのは無理だ。

 それはいい。問題はゴーストだ。こいつらは倒しても倒してもそこかしこから湧いて出てくる。どれだけ倒してもキリが無い。頼みの綱の聖水も残り少ない。このままでは体力も聖水も使い切って、あの亡霊共に魂を吸われて不死者の仲間入りである。そんな未来は断固拒否する。

 ともかくカイルは今いる敵を減らす事を優先して地道に短剣を振るい、ロスタもゴーレムを串刺しにする。

 そして戦いの最中に元来た坑道から響く幾つかの足音を拾う。不死者の援軍はお断りだし、敵味方の分からない探索者も願い下げだ。

 それでも足音は段々と大きくなり、音の主が松明の灯りと共に坑道より姿を現した。

 

「さっきからずっとガンガン派手にやってるのはどこの誰だい?」

 

「もしよろしければあたくし達が加勢してあげますよ」

 

「お礼は腹いっぱいの飯でお願い!!」

 

 声の主は三人。どれもカイルが見た事のある顔ぶれだ。

 

「前に一緒に食事したカイルだよドロシーさんっ!今取り込み中!!」

 

 カイルの荒い声にドロシー達は瞬時に自分達が何をすべきかを悟った。一言で粗方の状況を把握したドロシー達はすぐさま行動に移る。

 最初に狐人のヤンキーが荷から筒を幾つも取り出して周囲に投げる。床に落ちた筒は砕けて中身をぶちまけると同時に炎上する。中身は照明用の油だろう。

 照明で周囲が見えるようになり、狸人のスラーが不死者の一団に突撃して手当たり次第に殴り倒している。巨漢特有の膂力と鋼鉄製のガントレットの破壊力は凄まじく、彼は骸骨達を簡単に粉々にしていく。

 周囲の不死者を一掃して安全を確保すると、さらにヤンキーはゴーレムに向けて小瓶を投げる。ぶつかった小瓶が砕けて中身が降りかかると、ゴーレムの上半身が泡で覆われた。

 最初カイルには泡に何の意味があるのか分からなかったが、見る見るうちにゴーレムの動きが悪くなり、ついには動きを止めてしまった。

 

「ヤンキーさん特性の発泡拘束材ですよっ!さあスラー、次はあのデカ物です!!」

 

「ほいさっさ!!ご先祖さま、おいどんに力を分けてくれっ!!」

 

 筋力増強魔法によって一回り逞しくなったスラーが動けなくなったゴーレムの後ろに回り、両足を掴んで豪快に振り回した。

 巨大なミスリルの塊が竜巻のように回転して襲い掛かり周囲の不死者をなぎ倒す。さらに同じミスリルのゴーレムもぶつかってタダでは済まず、腕が曲がる個体や石柱に激突して砕けた石に埋もれる個体もある。

 予期せぬ助っ人の暴れぶりにカイルは少し元気が出た。同時に助けてもらってる身で勝手かもしれないが、このまま彼等にだけ働かせるのは美味しい所を持っていかれるような気分で腹が立つ。

 

「ロスタ、僕達もまだやれるね」

 

「はい。私はいつでも戦えます」

 

 主が戦えというなら是非もない。胸の奥底でナニかが震えても今は関係無い。ただ道具である己は主の望むままに敵を砕けばよいのだ。

 新手の乱入に気を取られて半数以上の不死者とゴーレムが背を向けている。この機を逃す理由は無い。二人は無防備な敵に猛然と襲い掛かった。

 

 

 



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第22話 生と死の境界線

 

 

 予期せぬ形でドロシー達と挟み撃ちの形に持って行けたカイルとドロシーは余裕をもって残存兵力を殲滅できた。

 ひとまずカイルは彼女達に加勢の礼を言う。

 

「気にしなさんな。礼儀を分かってる同業者を助けるのは回り回って自分を助けるものさね」

 

「ところで他のお二人の姿が見えませんね。はぐれて―――――――――奥ですか?」

 

 ヤンキーが頭上の尖った耳をしきりに動かして音を拾って答えに行き着く。広間での戦闘中は気付かなかったが、奥からクシナの咆哮と凄まじい打撃音がここまで届いた。

 

「あの二人がここまで長引くのはちょと信じられないよ。僕達は行くけど三人は?」

 

「おいどんはまたクシナさんと大食い競争がしたいから行く」

 

 スラーの気の抜けた返事にも後の二人は笑いながら同意した。助けるつもりで同行するということだ。

 カイルは戦う相手の情報を簡潔に三人に伝えると、ドロシーは法を司る神官として死霊魔法に強い嫌悪感を露にする。ヤンキーも同様だ。スラーはいまいち分かっていないが二人に引っ張られてやる気は上がった。

 そして五人は未だ戦いが続く玉座へと急いだ。

 

 

 大広間での戦いは決したが、玉座の戦いは苛烈なまま続いていた。

 クシナとアジーダは血みどろの乱打戦を続けて互いに一歩も引かない。クシナが力任せの拳を叩き付けてもアジーダは平気で反撃の三連撃を食らわせる。両者ともに蹴りもあれば頭突きに身体を掴んでの投げ技を放ち、互いの血で全身がどす黒く染まっていた。

 俯瞰して両者の戦いを見るとアジーダの方が戦いを有利に進めているように思われる。

 元々クシナは右腕が無いので両腕があるアジーダに手数で劣る。それに彼女は比較する生物が存在しないほどに身体能力が高いが戦闘技術はゼロに等しい。相手はヤトに比べれば素人のようなものだが、それでも多少なりとも心得があるので攻撃を防がれて反撃を貰いやすい。技巧の粋は守備に露呈する。

 一番の問題は技巧で埋められる程度に両者の身体能力が近いという点だ。古竜のクシナと攻防で引けを取らない生身の男など存在そのものが冗談であり、ただの人間とは思えなかった。

 実はアジーダもまた古竜が人の姿を模していると言われた方が納得するが、クシナは彼を同種とは思っていない。

 ヤトと出会う以前に何度もオスの竜と戦ったが臭いが違う。かと言って今まで出会った人間やエルフのような人類種とも違った。

 未知の存在と殴り合いを続けるクシナは苛立ちいい加減うんざりしていた。どれだけ殴りつけても相手は死なないどころか平気な顔で反撃してくる。

 ヤトとの戦いはかくも楽しいものだと新鮮な驚きに満ちていたが、今回の相手はただただ面倒くさいとしか思えなかった。

 さっさと終わらせようと力を込めた一撃も思うように当たらず、逆に何度も攻撃を貰ってしまいストレスが溜まるばかりで余計にイライラしてしまう。

 今も鳩尾に全力の拳を打ち込んで膝が落ちても、すぐさま立ち上がって殴り返してくる。それも四発もだ。大したダメージではないが腹が立って仕方がない。

 クシナとアジーダの戦いの決着はまだ遠い。

 

 一方ヤトとミトラ及びドワーフ王の亡骸との戦いも膠着していた。

 普通の相手ならとっくに決着がついているが、今回はただ斬って終わるだけの相手とまるで勝手が違った。

 なぜならヤトは既にミトラを百回は斬っているのに一度たりとも傷を負わなければ流血も無い。服にすら傷が付かない。そのくせ斬った手ごたえは一丁前にあるのだから気持ちが悪くて仕方がない。もしや剣が効かないと仮定して素手で攻撃をしてみても結果は同じだった。

 何かカラクリがあるのは確かだが剣で攻略出来ない以上は自分には対処する手段が無い。

 よって遺憾ながら今はミトラを無視して瘴気をまき散らすドワーフ王を先にどうにかしようと度々攻撃している。

 気功術は瘴気に阻まれて威力が損なわれてしまうが多少はダメージが通るので連続して『颯』をぶつけて弱らせ、瘴気が弱まった箇所に気功剣『風舌』≪おおかぜ≫を叩き込む。両断されたドワーフ王は声無き絶叫を挙げてのたうち回る。

 

「はい、やり直し」

 

 ミトラの気の抜けた言葉によって王の身体は元通りになる。これも何度も見た光景だ。

 ならば剣を突き刺してから刺し口に直接聖水を流し込む。悶え苦しみ瘴気をまき散らすのでヤトはまともに瘴気を受けて身体が焼け爛れるが無視してさらに気功を練る。

 

「『旋風』≪つむじかぜ≫!」

 

 気功の竜巻によって内部からかき回された無数の骨が部屋全体に飛び散った。これならと思ったが、やはりミトラが錫杖を振るうと骨が一か所に集まって元の姿に戻ってしまう。

 これにはヤトも閉口するしかない。おまけに無理をしたせいで剣が瘴気で錆びてボロボロになってしまった。まだ剣として使えるだろうが、あと数度が限界だった。

 こうなると頭には撤退の言葉が出てしまう。クシナとの戦いにも考えなかった言葉だ。

 

「あらあら、もしかして逃げようと思ってるの?」

 

 ヤトの心を読んだようにミトラが嘲笑する。やはりこの手の女は苦手だ。しかし嘲りを受けても不思議と苛立ちも不快感も感じなかった。あるのは考えを読まれる苦味だ。

 

「ええ、そうですね。貴女の人形遊びに付き合うのも飽きました。そして生きてもいなければ死んでもいない輩の相手なんて無駄の極みですから」

 

「ひどい言い草ね。私はこうして貴方と話をしているわよ。それは生きている証拠じゃないかしら」

 

「死体が喋った所で驚くほどでもないですが、さっきも言いましたが貴女はどちらでもない気がする。あなたは止まっている……違う。ここにいるけどここにいない、これも正しくない。ズレた場所に留まっている…か。上手く言葉に表せないけど、場違いですね」

 

「貴方は――――――いえ、まだ早いわね」

 

 ミトラは何か言いかけたが結局止めた。その時ヤトは初めてミトラの本心の一片を見たような気がしたが、戦い以外は割とどうでもよかったのですぐさま忘れた。

 そしてこの問答がカイル達との合流する時間を作った。

 

 



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第23話 夕陽の脱出

 

 

 

 

 

 玉座に戻ったカイル達五人が見たものは血みどろになって殴り合いを続けるクシナとアジーダ。体の半分が焼け爛れたヤトと微笑むミトラ。そして瘴気を垂れ流す王の残骸。

 それらを見て真っ先にカイルが勝ち誇る。

 

「何やってんのさ二人とも。もうこっちは片付けちゃったよ」

 

「すみません。僕じゃ負けないけど勝てない相手だったので」

 

「うるさい」

 

 素直に謝るヤトとは違い、クシナは悪態一つ吐いてアジーダの顎に頭突きをしてから離れる。粉々に砕けた顎を押さえたアジーダも他の面子を見て戦う気勢がやや削がれた。

 状況は変化したが好転しているわけではない。それを一番知っているミトラは余裕を崩さない。

 

「あらあら大勢ね。でもここは数の多さを競う場ではないわ」

 

「かもしれないけど、まずはやれる事をやるだけさね」

 

 そう言ってドロシーは前に出る。彼女が向かう先は瘴気を放つ哀れな躯。

 彼女が歩けば錫杖の遊環がシャンと鳴る。その澄んだ音が一つ鳴るたびにドワーフ王は小刻みに震える。

 さもありなん。元より神官の錫杖は魔を払い魂を鎮めるために生まれた浄罪の術具。輪が鳴らす音一つが不死者を鎮め魂を清める。

 それだけではない。神官たるドロシーの軽やかな足運び、滑らかな手の動き、流れるような髪、吐き出される吐息。そのどれもが意味ある浄化の儀なのだ。

 そして彼女は囚われた古き王の前で錫杖を手に鎮魂の舞を披露する。彼だけのために。瘴気は既に止まっていた。

 それを誰も止めない。ミトラもアジーダも。誰もが彼女と王に見入っていた。

 演舞は短い時間で終わり、躯は完全に動きを止めた後、音を立てて崩れ始める。

 

「もう二度とこっちに来るんじゃないよ」

 

 ドロシーの厳しい言葉に崩れゆく髑髏が笑ったように見えたがただの錯覚だろう。唯一残った王冠だけが王が居た証だ。

 すべてを見届けたミトラは惜しみない拍手で応えた。嫌味ではない。本心から素晴らしい物を見たからこそ拍手で応えたのだ。

 

「いつ見ても浄罪の舞は良い物ね。今日は良い気分になれたから、もうおしまいにしましょう」

 

「勝手な物言いと言いたいですが、これ以上貴女と関わりたくないのでさっさとどこかに行ってください」

 

「嫌われたものね。じゃあ、ご機嫌直しに一つ良い事を教えてあげる。貴方に相応しい剣がこの国の王都にあるから探してごらんなさい」

 

 ヤトはミトラの言葉の真偽と真意を測りかねる。まさか本当にご機嫌取りのために情報を与えたわけではあるまい。しかしここで何か言うとその分だけ彼女と関わる羽目になるので黙るしかない。

 内心を見透かしているミトラは相変わらず読めない笑みを張り付けたまま幻のように姿を消していつの間にかアジーダの隣に現れる。ボコボコで血まみれになった彼に呆れるが、本人は無視してヤトを指差す。

 

「今回は残念だったが、次に会ったときはお前とだ。忘れるなよ」

 

 砕かれた顎は治っており、アジーダはそれだけ言って二人は唐突に姿を消した。

 残された七人は多少の警戒心を残しつつ、ドロシーがまずヤトとクシナの治療をするように勧める。

 

「忘れ物をしてたわ」

 

 唐突に戻ってきたミトラに全員がギョっとするが、彼女は構わず玉座の後ろの床を錫杖で突いた。すると部屋の全体が揺れ始めて天井が崩れ始めた。ミトラが何かしたのは間違いない。

 

「お約束の脱出劇というやつよ。行きは良い良い帰りは恐い」

 

 やりたい放題やった女は今度こそ消えた。

 

「呆けてないで逃げるよみんなっ!!」

 

 ドロシーの言葉に全員が出口に殺到した。その前にヤトは残っていた王冠を回収してカイルに渡す。

 大広間も玉座の間と同様に崩壊が始まっていた。無数の石柱は倒壊して見事な彫刻をただの石に変えて、天井の崩落はそれらを等しく埋める。

 その中を七人は焦りながら、努めて冷静に駆ける。それでも運悪く自分達の頭上に落ちてくる巨大な石はヤト、クシナ、ロスタの三人がそれぞれのやり方で排除した。

 短いようで長い道のりを何とか踏破した一同は休む間もなく坑道を抜けて精錬所まで辿り着く。

 精錬所のある空間は既に半ばまで岩と瓦礫に埋まっており、帰り道になる坑道も巨大な岩で塞がれていた。これを破壊するには時間が足りない。

 

「どうしましょう、これじゃああたくし達全員生き埋めですよ」

 

 ヤンキーが弱音を吐いてフサフサの毛の尻尾を垂らす。スラーも髭が萎れていた。

 

「大丈夫だよ。すぐ近くに外に抜ける道があるから」

 

 カイルの励ましに獣人二人は希望を取り戻して言われたまま続く。

 外に続く坑道も岩で埋まっているが、ヤトが剣で切り裂いて隙間を確保した。そこで剣が役目を終えたとばかりに半ばで折れてしまったが、誰もそんなことを気にしない。

 坑道は罠にかかった死体がそのままだったが、幸いどこも崩れていなかったので慎重に罠を避けながら急いで抜ける。

 突き当りの外への石壁は開ける手間が惜しかったのでロスタが槍で砕き、七人全員が欠けずに脱出した。外は既に夕暮れ時だ。

 全員が荒く息を吐いて落ち着く。その後気が抜けたのか誰ともなく笑いあった。

 

「いやぁ今回はかなり危なかったですよ」

 

「おいどんも死ぬかと思いました」

 

 狐と狸コンビが全員を代弁する。ヤトもカイルも戦場で死を間近に感じた事はあるが、今回のような危機はまた別だ。

 命の尊さを確かめ合うのも良いが、このままここにいると外で野営する羽目になるのでヤトとクシナの治療を済ませたら急いで街に戻る事にした。

 

 



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第24話 贈り物

 

 

 崩壊する遺跡から辛くも脱出した七人が街に戻ってこられたのは深夜を過ぎてからだ。これなら素直に野営しておけばよかったと意見もあったが、歩き出してしまった以上は引き返すに引き返せなかった。

 重い足取りで硬いパンで空腹を満たしながらどうにか街に戻り、明日の昼に食事の約束をして解散となった。

 ヤト達は宿に戻って店員に湯を沸かしてもらい、体を清めてすぐさま寝てしまった。

 

 翌日。遅い時間に起きたヤト達はまだ昨日の疲れが抜けていなかったので約束の昼まで宿でダラダラしていた。ヤトもクシナも一日寝たら傷は全快した。竜の回復力は人間の比ではない。

 外で住民が大騒ぎしているのが宿の中まで聞こえてくる。宿の主からの話では突然の遺跡崩壊で街が大混乱に陥って、遺跡探索は安全が保障されるまでしばらく無理ではないかと噂が広がっていた。

 崩壊の原因を作ったヤト達はそれには沈黙を貫き続けた。話したところで何もいい事など無いのは分かり切っている。幸いあの日遺跡に潜っていたのはヤト達やドロシー達のごく一部だったので死者はほぼ居ない。

 話を聞き終わった頃には昼前になっていたので約束通り帰還の祝いの食事に出かけた。

 

 ドロシーの指定した場所は明らかに富裕層を客層とした高級なレストランだった。それも個室を貸りて人目を気にせず食べられる。

 既に待っていた三人に待たせた事を謝罪してから席に就いた。メイド姿のロスタが部屋の中で給仕を担当するのでドアの前に控えている。

 六人はそれぞれ好きな飲み物で乾杯をした。

 強い蒸留酒の杯を空けたドロシーが最初に口火を切る。

 

「ようやく一息吐けたって気分だねぇ。あんた達もそうだろう?」

 

「そうですね。改めて皆さんにはお礼を言いたかったので場を設けていただいて感謝します」

 

 ヤトは頭目としてパーティの窮地を助けてくれたドロシー達に頭を下げた。そしてカイルがテーブルにドワーフ王の王冠を置いてドロシーの前に差し出す。

 

「三人で相談してこの冠は貴方達に譲る事にしました。どうぞ受け取ってください」

 

「まあそうだろうね。あの王様をあの世に送り返したのは私なんだし。拾っておいてくれたのは礼を言うけど……これだけじゃちょっと足りないよ」

 

 ドロシーの言葉はもっともだった。当然ヤトもカイルもこういう状況になる可能性は考慮してある。礼の追加として金貨千枚の小切手を幾らか渡すつもりで持っていた。金で済ませられるならそれに越した事はない。

 

「というわけで、ここの店の払いは任せたよ。それで納得してあげるさね」

 

「それだけでいいんですか?一応金銭の謝礼も用意してあるんですが」

 

「前に言ったろ、真面目な同業者とは助け合うって。だから助けたってだけさ」

 

 ドロシーは実年齢より若い悪戯染みた笑みを見せ、隣のヤンキーもニコニコして煙管を吹かしている。こちらも前もって了承していたのだろう。

 ここでゴネて金まで払うと相手の心証を損なうのでヤトは店の払いを持つのを了承した。

 

「よーしスラー、今日は奢ってもらえるから好きなだけ食べなよ」

 

「待ってましたー!」

 

 巨漢のスラーが待ちわびたとばかりに呼び鈴を鳴らして店の給仕を呼んで料理の注文をする。

 給仕は努めて平静を保とうとしたが顔が明らかに引き攣っている。スラーが頼んだのは店で出せる料理一通りだった。もう一度言う。頼んだ料理は店で扱っている品全てだった。

 狂乱の宴は今より始まる。

 

 

 宴は終わった。最初に音を上げたのは大食い競争をしていたスラーでもクシナでも、金を払うヤトでもなかった。泣きついたのは食材の底が付いた店だった。

 正確には夜の分をある程度残しておかなければ営業出来ないと言われて店主がオーダーストップを申し出た。全員まだ食えない事も無かったが、店に配慮して宴はお開きになった。この時点で食事代は金貨20枚を超えている。人一人が半年は食っていける額だ。

 今は食後のデザートとお茶を楽しみつつ談話に移っていた。

 

「それであんた達はこれからどうするつもりだい?遺跡はしばらく行けないよ」

 

「遺跡の崩壊騒ぎで多少痛い腹を探られる前にこの街を出ようかと。明日の朝には出立しようと思います」

 

「それが賢明ですね。あたくし達も明日街を出ようと話してたんです」

 

 やはり両者の考えは一致していた。自分達が遺跡に入っていた時に崩壊が起きたのだから、何かしら事情を知っていると思われて拘束される可能性がある。そうなると結構な時間を無駄にするのは分かり切っている。だからその前にさっさと逃げてしまった方が賢明だ。お互いに金は十分稼いだので街に執着も無い。

 そしてデザートを食べ終わって二組のパーティは、また会う事があれば今日のように飲み食いして楽しむ約束をして互いの道を歩き出した。

 

 四人が宿に戻ると、店主から来客があると言われた。一瞬街の兵士か領主の使いが尋問に来たのかと思ったが、客は子連れだと言われた。

 食堂で待っていたのは確かに赤子を抱いた若い夫婦だった。カイルは初顔だったが、ヤトとクシナは三人に見覚えがあった。数日前に探索者の暴動で店を略奪されて放火された商人一家の若夫婦だ。

 

「突然お邪魔してすみません。一家共々助けていただいたお礼を差し上げたくお尋ねしました」

 

「お気になさらずに。あれは街の領主の要請でもあったんです」

 

「それでも息子を火の中から救ってくださった方々に何もしないのは商人の恥でございます。ですので代々伝わる家伝をお受け取りください」

 

 旦那は脇に置いてあった布で包んだ長い棒をテーブルに置いて包みを解いた。中からは繊細で美麗なナックルガードの付いた一振りのレイピアが姿を現す。

 

「店の商品は殆ど焼けてしまったのですが、これだけは魔法金属製だったので無傷で済みました」

 

「苦しい状況ならタダで手放すより、売るなり担保にして借金で商売を再開したほうがよろしいのでは?」

 

「確かにそうかもしれませんが、人として商人として恩人に何かしら恩を返さねば信用すら失われてしまいます。どうか受け取っていただきたい」

 

 ヤトは商人ではないので彼の言い分はあまり理解出来なかったが、商人なりの誠意と作法と思って剣を受け取った。

 鞘から引き抜くと白銀の刀身が露になり日光を反射する。ヤト使っていた剣より10cmは長いが恐ろしく軽いのは刀身がオリハルコン製だからだろう。これは両刃で刺突と斬撃両方に対応しているから扱いやすく、若商人の言う通り業物なのは間違いない。

 

「良い剣ですね。分かりました、あなた方の誠意としてありがたく受け取ります」

 

 その上でヤトは懐から紙切れを数枚出して商人夫婦に渡す。紙の内容を見た夫婦は受け取れないと断ろうとした。紙はミスリル塊の代金の小切手だった。

 

「街の復興費用として公平に利用してください。私的利用ではなく、全体の利益になるのでしたら何ら誹られる事は無いと思います」

 

「あ、ありがたく使わせていただきます!」

 

 商人夫婦は何度も頭を下げて、帰り際に奥方がクシナに包みを渡して帰った。

 ヤトはカイルに良かったか尋ねる。カイルも何をとは問わない。勝手に渡した小切手の事だと分かっていた。

 

「僕でもアニキと同じことをしたよ。ああやって街に対して無償で援助しておけば、今後僕達に遺跡の問題が何か降りかかっても住民が味方になってくれる」

 

「そういう事です。街を離れてもこの国にいる間は何が起きるか分かりませんから、先んじて援助の手を差し伸べておくと矛を握る手も多少緩くなる」

 

「金貨三千枚は大金だからね。それをポンとくれるような相手を悪く言うのは気が引ける。で、その剣使えるの?」

 

「業物ですから間に合わせとしては十分です」

 

 ある意味金貨三千枚の剣になるが割高と言わざるを得ない。

 オリハルコンは軽くて扱いやすいがミスリルに比べて強度に劣る。それにレイピアは細身で頑強性に不安がある。意外と剣を乱暴に使うことの多いヤトには少々扱い辛い。

 柄やナックルガードには美術品と見紛う風を象徴したような繊細な拵えが施してある。単なる観賞用と思ったが、よく観察すると魔的な加護が備わっているので十分実戦に耐えられるだろう。

 とはいえ竜を斬れる頑丈な剣とは正反対の剣なので本当の意味で間に合わせでしかないが、それでも無いよりはマシだったのでありがたく使わせてもらうとしよう。

 

「ところでクシナ姉さんは奥さんから何を貰ったの?」

 

「色のついた紐とかよく分からない物ばかりだ」

 

 クシナは袋をひっくり返すと中身がテーブルに散乱した。彼女の言う通り、何本もの色とりどりの刺繍の入った紐や、花を模した布の小物などがテーブルを花畑のように鮮やかにする。

 

「なんだ髪留めじゃん。女の人らしい感謝の気持ちって奴かな」

 

「あぁ、よく見たら街の二本足の女が頭に付けている物だな。これを儂にも付けろというのか?」

 

 ヤトとカイルは頷く。クシナは元が良いから着飾らなくても絵になるが、恩人の女性がそんな態では我慢できなかった奥方がお礼を兼ねて贈ったのだろう。男達への嫌味も入っているのかもしれない。

 

「ヤトは儂にこれを付けてほしいか?」

 

「クシナさんはどんな姿でも美しいですが、着飾る姿もたまには見たいです」

 

「じゃあヤトが付けてくれ」

 

 クシナは貰った髪留めから青色の刺しゅう入りのリボンを取ってヤトに渡す。

 ヤトはクシナの長い髪を緩くリボンで纏めてポニーテールにしてみた。

 

「んーどうだ?」

 

「良いですね。いつもと違うけど素敵です」

 

 ヤトの素直な賞賛にクシナの頬が朱に染まる。カイルとロスタは馬に蹴られたくなかったので気付かれないように部屋に戻っていた。

 

 



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第25話 仲間

 

 

 出立の日。あいにく夜明け前の空はどんよりと曇ってすっきりしない模様。雨が降っていないだけマシだが旅をするには向かない天気だ。

 世話になった主人に礼を言って宿を出た。主人にとっても金払いの良い客が居なくなるのは寂しいものらしい。三日分の保存食は少し良いものを用意してくれた。

 街の中は既に職人や露天商が仕事の準備を始めている。彼等を尻目に四人は早々と街の外に来た。

 西へ一時間程度歩いて朝食の休憩をとってから、いよいよ本格的に次の場所を目指す。

 ヤトとカイルが周囲を観測して人目が無いのを確認してからクシナが服を脱いで全裸になる。ヤトが朝に選んでくれたバレッタも外してロスタに渡した。

 クシナは一瞬のうちに元の白銀の鱗を持つ巨大な片腕の竜へと姿を変える。この光景にはゴーレムのロスタも目を見開いて驚くしぐさをした。

 

「カイル様のお話を疑う気は微塵も無かったのですが、いざ目の前で事実を突き付けられると驚きを禁じえません」

 

 自律ゴーレムはマスターの言葉を疑わないと言われている。例えどんな下手な嘘だろうと主から発せられる言葉は全て肯定するのがゴーレムである。しかし彼女は疑っていないと言いつつも驚いたと言った。これはロスタに人の言葉の中に嘘が潜んでいないか判断する能力が備わっている証拠だった。

 やはり彼女は特別製のゴーレムなのだとカイルは確信する。だからと言って売ったり見せびらかすような真似をする気はサッパリ無いのでそれだけだが。

 ロスタは既に仲間だ。盗賊ギルド員は人から物や金を盗んでも仲間を売ったりはしない。それも裏切る事の無い仲間なら尚更だ。

 クシナの背に乗るのはヤトが最初、次にカイルだ。彼女は後にヤトが乗るのを嫌がる。カイルはそれを繊細な女心と思っていた。そして今は最後にロスタが背に乗った。

 全員が乗ったのを確認したクシナはふわりと空に舞い上がる。竜の翼はどんな鳥よりも強靭で空高く飛べた。

 遥かな空の上でカイルはこれからの事を話す。

 

「エルフの村ってどんな場所だろうね」

 

「あなたのように弓に秀でて強い人達ばかりのいる所でしょう」

 

「いや、そこはのどかな場所とか、常春で冬でもあったかい場所とかそういうのを想像しない?」

 

「???場所がどこでも同じじゃないですか。違うのは人となりだけですよ」

 

 カイルは相変わらず致命的にズレてる野郎だと内心悪態を吐く。しかしそんな変な奴でも強さは超一流だし、金を稼ぐ能力も恐ろしく高い。おまけに散財しないから安心して財布を預けていられるので仲間として申し分無い。

 

「それはさておき、もしあなたのご両親がその村に居たら旅はそこで終わりですか?」

 

「あーどうだろう?しばらく村に留まるのは確かだけど、ずっとそこで暮らすのはまだ遠慮したいかな。まだまだ世の中を見聞きしたいし、母さんにも報告したい」

 

「アポロンに行ってモニカさんにも会わないといけませんね。朝早く手紙を郵便屋に出してましたし」

 

 カイルはその言葉に脂汗が出る。ばれないようにこっそり出発前に宿を出たのに見られていたのか。

 手紙は城にいるままではモニカも退屈だろうと思って、アポロンの王都を発ってから遺跡探索までに起きた出来事を綴った物だ。その手紙を遺跡で見つけたミスリルの小箱に入れて郵便屋に届けてもらうように頼んだのだ。

 

「別に恥ずかしがることは無いと思いますよ。僕だって自分に素直に生きているからクシナさんを奥さんにしたんですから」

 

 ヤトの言葉で激しく揺れた。多分話を聞いたクシナが嬉しくて身体が動いたのだろう。

 

「まあなんにせよ、明日には実際に身内かもしれないエルフに会えるんですから楽しみにしていましょう」

 

 その言葉にカイルは、やっぱりこいつ《ヤト》は変だけど良い奴だと思った。ただし、戦が絡まない時だけだ。

 

 

 

 第二章 了

 

 

 



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第三章 なまくらの名剣
第1話 メイドの飯がまずい


 

 

 

「てへぺろ♪」

 

 ロスタは三人の前で、首を少し横に傾けて軽く握った拳をこめかみに添え、舌を出しながらウィンクした。この仕草を可愛いと思うかウザいと思うかはひとそれぞれだろうが、今この状況ではおそらくウザいと受け取るだろう。

 メイド服の少女のウザい仕草を前に最初に口を開いたのは主のカイルだった。

 

「――――その動きは?」

 

「私の胸の奥からの囁きで、失敗した時はこのように誤魔化すべきと」

 

 失敗。そう、確かに彼女は今現在失敗を自覚している。だからこのように可愛い仕草で誤魔化そうとしている意図は伝わった。問題はそれで失敗が赦されるわけではないという事だ。

 

「ロスタさん、貴女は料理はメイドの仕事だ、自分にまかせてほしい。そう言いましたが、肝心の料理の腕を自覚していますか?」

 

「知識と技術は持っています。問題なのはその知識を埋め込んだアークマスターの味覚が皆様と致命的にズレていた事でしょうか」

 

 彼女の言に誤りは見受けられない。実際にヤトもカイルもロスタの料理風景を一部見ていたが、何らおかしな動きは無かった。

 四人が遺跡のあった鉱山都市バイパーを発って半日。夕刻前には移動をやめて野営の準備に取り掛かり、夕食には昼間カイルが弓で獲ったウサギが主菜になるはずだった。

 そこでロスタが料理担当となり、ウサギ肉のスープを作っていた。料理の手際は良く、きっと味気ない旅の保存食も少しは美味しく食べられると思っていたのに出来たスープは身体が飲み込むのを拒否するほどに酷い物だった。どう酷いかは実際に食べた者にしか分からず、どう酷いかを説明するのも不可能な味だ。それでも味を表すならただ一言で事足りる。

 

『毒』

 

 この一字で済んだ。

 正直言うとヤトもカイルも食材を台無しにした彼女を叱責したかったが、これは当人の責任かどうか不明瞭だったので躊躇われた。

 もしかしたら料理を教えれば根本的に問題が解決するかもしれないが、食材を無駄にしたくない旅の間は彼女に一切料理をさせない決定を下した。

 ロスタはこの決定に不服を唱えず従った。

 そしてスープは処分して元の硬いパンだけの夕食に戻ったが、何故か四人の中で一番食にうるさいクシナだけはスープの入った椀を離さず一言も喋っていなかった。

 不審に思ったヤトが呼び掛けても応えず、頬を引っ張っても反応が無い。そしてよく見ると口からダラダラとスープが滴り落ちていた。

 彼女は座ったまま気絶していた。

 

「えぇー!」

 

「竜が気を失うってどんな料理だよ!?」

 

 その日の晩、ヤトは嫁竜の介抱に忙しかった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

「うぅ、まだ口の中が気持ち悪い」

 

 白銀の竜がしきりに口を動かして中の違和感を消し去ろうとしているが、まるで上手くいかず咳込んでいる。その振動が背に乗ったヤト達にも伝わり、ひどく乗り心地が悪い。

 昨夜の騒動からクシナが回復したのは日がだいぶ登ってからだった。

 一行はミニマム族のフロイドから聞いたエンシェントエルフの村を目指して空の旅を続けていた。フロイドによれば馬で五日の距離に、山と山が途切れて間に川が流れてる場所があり、その川を上に上に遡った先の谷の奥に目指す村があるという。

 幸い遅れていると言っても竜の翼はゆっくり飛んでも馬の脚の五倍は速い。何より障害物を無視して最短距離で飛び、地形を把握するのも高い場所が一番だ。おかげで行程は少し遅れた程度で済んでいる。

 今は川を見つけて遡っている最中だ。

 

「でさー、ここから川を上って谷を見つけたら、その先はどうするのさ?」

 

「上から村が分かればそこに降りれば良いだけです。分からなかったら適当に検討を付けて探しましょう」

 

「何日かかるかなぁ」

 

「誰かと追いかけっこをしているわけではないんですから気長に行きましょう」

 

 ぼやくカイルを宥める。彼にとっては故郷の可能性のある場所なので出来るだけ早く確かめたいと気が急いてしまうが、見知らぬ地を闇雲に探すのは危険が伴うのでヤトが押し留めた。

 

 それから暫く川を遡ると、やがて平坦な森から起伏の大きな地形に変わる。さらに先を見渡せば急峻な峡谷が威風堂々たる姿を横たえている。現在の季節は晩秋。最も高い頂きは白く雪化粧をしていた。

 大まかな場所は分かったが、それでも眼下に広がる大森林から一つの村を探すのは相当に時間と労力のかかる仕事だ。

 ここで日が落ちてきたので村の探索は明日にして、川沿いで比較的開けた場所に降りて野営することにした。

 いつもならクシナはすぐに竜から人の姿に変わるが、ヤトからちょっとした仕事を頼まれたのでまだ竜のままだ。他の三人は何故か靴を脱いで素足になっている。

 クシナは左の前足を川の水面に軽く叩き付ける。衝撃で川の流れが止まり、水が上流へと押し戻される。

 すぐに川の流れは元に戻ったが、あちこちで魚が浮き上がったり川岸に打ち揚げられている。それらの魚を三人が回収した。今晩のおかずだ。

 その後、人の姿になったクシナとヤトが薪を拾い集めに森に入り、カイルとロスタが料理担当になった。クシナは昨日の惨劇に戦々恐々したが、今回ロスタは魚を捌くだけで実際の調理はカイルがすると宥めた。それでも不安そうにしていたあたり、どれほど昨日の料理が不味かったのか窺い知れる。

 

 結局夕食の不安は杞憂に終わった。内臓を綺麗に取ったえぐみの無い塩焼きも野草の入ったスープも素朴ながら美味だった。

 しかしロスタの不名誉称号『メシマズメイド』の返上には未だ遠かった。

 

 



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第2話 ファーストコンタクト

 

 

 肌寒い森の中で目覚めた一行は手早く朝食を済ませて出発する。

 朝の上空はより寒く、カイルは毛布に包まって寒さを凌いでいたが、頭の働きまでは鈍らせていない。

 ロスタは二人から背を向けて一言も喋らない。昨日料理の下拵えしかさせてもらえなかったので朝からずっとこんな調子だ。ゴーレムなのに恐ろしいほど感情的だった。

 

「昨日寝る前に考えたんですが―――」

 

「村をすぐに見つける方法?」

 

 カイルの応答にヤトは頷く。眼下に広がるこの大森林から小さな―――かどうは分からないが、エルフの村一つを見つけるのは至難の業だ。闇雲に探したところで日数を無駄に労するだろう。それはカイルも分かっているが、残念ながら今のところ妙案は思いつかない。

 

「カイルは狩りをする時にギリギリまで獲物に接近しますが、相手が巣穴から出ない場合はどうします?」

 

「んー撒き餌をしたり、巣穴近くで騒いだり、穴に煙を入れて巣穴から追い出すかな。―――――ちょ、まさかそれをここでやるって言わないよね!?下手したら話をする前に殺し合いになるよ!」

 

「おっ?戦いなら儂も付き合うぞー」

 

「しないから!もっと穏便な手段を選んでよっ!!」

 

 戦いと聞いてクシナまで乗り気になって酷い事になりそうだったので慌てて止める。

 焦るカイルだったが、ヤトはそこまではせず弟分の言う通り、近くで騒いで向こうから接触してもらうよう動くよう提案した。

 これにはカイルも一応の納得はした。上手くいくかは分からないが、少なくとも相手を必要以上に刺激しない策だ。

 

「フロイドさんの話では彼等神代のエルフはかつて古竜とも戦った戦士だそうです。なら同じ古竜のクシナさんが上空を通れば何かしら反応があるでしょう」

 

「黒い矢に撃ち殺された赤い竜みたいにならないといいけど」

 

 カイルの口にした赤い竜は大陸西部で有名な英雄譚に出てくる悪竜だ。

 その竜は街から黄金を奪い、家を焼き、人を食らう大層恐れられた竜で、何物にも貫けない無敵の鱗の鎧を纏っていた。唯一の弱点は腹に一枚だけ鱗に覆われていない箇所があり、大弓を携えた弓の勇者に黒矢で弱点を射抜かれて死んだ。勇者は財宝を手に入れて街の領主となり話は終わる。

 その話を聞いたクシナは赤い竜のあまりの情けなさに呆れた。彼女からすれば弱点をわざわざ抜かれるような間抜けと言いたいだろうし、人から黄金を奪うような卑しい振る舞いが殊更癇に障った。

 

「それはおとぎ話の類ですから本当かどうかは分かりませんよ。クシナさんは人を襲いませんし、黄金だって興味ないですから」

 

「言われてみればそうだな。儂、あんなのより見た目が似ているチーズの方が好きだし」

 

 金貨とチーズを同列に扱うのも貨幣経済の外に生きているクシナならではの感覚だろう。

 それはさておきクシナはそろそろ急峻な谷の上を通過する。フロイドの話ではこの奥にエルフの村がある。

 ヤトはクシナに頼んで森の上を低空で飛んでもらった。当然下からの迎撃を警戒してクシナ自身と背に乗っていた三人がそれぞれ武器を持つ。

 谷を通過して一帯を何度も何度も通る。遮る物など何も無い空を我が物顔で縦横無尽に飛び続けた。

 

 二時間近く低空で飛び続けて寒さが身に堪え始めた頃。突如クシナの鼻先を掠めるように数十の矢が通り過ぎた。矢じりの向きから明らかに森から上に射られた物だと分かった。

 驚いたクシナの動きで背の三人が落ちかけたが何とか踏みとどまった。ヤトは重力に引かれて落ちてきた矢を一本掴む。矢は基本的に人間の使う物と同じ造りだが、出来栄えはこちらの方が遥かに良い。色は黒ではなく白、矢じりは白銀のミスリルだった。

 ヤトは矢が飛んで来た方向に意識を向けるが、移動したのか殺気はほとんど感じない。視線はまだ感じるのでどこかで観察しているのだろう。

 

「僕達が乗っているのを知って出方を伺っている可能性もありますね」

 

「やられた以上はやりかえすのが儂のやり方だが火はダメか?」

 

「今は我慢してください。カイル、エルフの言葉で文を書いて撃ち返してください」

 

「はいはーい」

 

 矢を撃たれて腹を立てているクシナを宥めつつ、カイルが話し合いを望む文を書く。その間相手にも動きは無かった。

 書き終わった文を相手の矢に括り付けてカイルは矢を番えた。狙う場所はヤトが一番視線を感じる箇所だ。この男、殺気に非常に敏感なので強い視線なら方角ぐらいなら分かる。

 矢は狙い通りの場所に落ちる。これで後は相手の返答待ちだ。もし返答が無かった場合、全員で直接森に降りて探すしかない。

 幸い時間はかかったが、周辺で一番高い木の上に人影が見えた。目を凝らせばその人物がカイルのように耳が長いエルフの男と分かる。

 男は何か手ぶりで伝えようとしていたが、竜の飛ぶ高さでは上手く読み取れない。

 仕方が無いのでクシナが限界まで低空で飛んで、三人は飛び降りる羽目になった。彼女は後から人になって降りてもらう。

 かなり無茶な方法で降りたので三人は木に突っ込んであちこち葉まみれだったが、大したケガも無く降りられた。

 

「あーもう死ぬかと思ったよ。ロスタは無事?」

 

「はい。ですが周囲を囲まれているようです。注意してください」

 

 彼女の言葉通り、鬱蒼とした森全体から視線を感じる。既にここは彼等の縄張りで、自分達はその真っただ中にある。

 三人は全員武器を収めたままだ。下手に武器を構えていたら敵対者とみなされてたちまちハリネズミのようにされてしまう。

 しばらくすると一人のエルフが三人の前に姿を現した。彼は森に溶け込むような緑の服を着て、背には弓と矢筒、手にはカイルの書いた文が握られている。

 

「半信半疑だったが本当に同胞だな。私はロスティン、古き言葉で『静かな雪』を意味する」

 

「は、始めまして。僕はカイルと言います」

 

 ようやく本当の意味で同族に会えたカイルは緊張で足が震えていた。

 ロスティンと名乗るエルフは人間で言えば三十歳前後の壮年の男性に見えるが、全身から感じる雰囲気はずっと成熟していて、まるで樹齢千年を超える大樹のような印象をカイルに与えた。

 

「カイル…カイルか。まるで人族のような名だ。そちらの二人?―――まあいい、隣の者たちも名乗るがいい」

 

「ヤトです。主に彼の付き添いでここに来ました」

 

「ロスタと申します。カイル様の所有物です」

 

 深々と頭を下げるロスタと目の泳いだカイルをロスティンは胡散臭そうな目で交互に見る。彼はロスタを一目で人間ではないと見抜いたが、ゴーレムとまでは分からなかったので物扱いする関係を奇異に感じていた。

 

「文には話がしたいとあったがお前たちは森を騒がしくし過ぎだぞ。エルフならエルフのしきたりに則って訪ねて来るものだ。間違っても古竜に乗ってくる奴があるか」

 

「それは僕から謝罪をします。なにせこの広い森を当てもなく探すには時間がかかる。あなた方エルフと違って人間の僕はせっかちなもので」

 

「お前が人間?私にはとんと何者か見当がつかぬ。強いて言えば火の精霊が強すぎて竜と間違えそうになったぞ」

 

 さすがは妖精の系譜たるエルフ。外見に捉われず、物事の本質をよく見ている。

 エルフは基本的に水の精と風の精との結びつきが強い。あるいは森を住処とするので木の精とも仲がいい。半面火の精とは相性が悪く、それゆえに半人半竜となって火の精を身に宿したヤトはかなり警戒されている。

 おまけに話をややこしくしそうなクシナが今この瞬間に人型になって空から降りて来たので周囲に伏せているエルフ達が動揺する。だからヤトは敢えてこの機を利用した。

 

「みなさん僕の奥さんの裸をまじまじと見るのは止めてください。エルフの男はそんなに女性の裸に飢えているんですか?」

 

「そんなわけあるか!」

 

 茂みから若い男の怒声が聞こえてくる。一人の声に同調して周囲からも次々否定する声が上がった。ヤトにペースを乱されたと察したロスティンは囲ませていた男達を叱責して先に村に帰した。

 ロスタが着替えを手伝っている間にヤトが古竜の正体と敵意は全く無い事も説明する。

 

「お前たちの言い分と振る舞いは分かった。村に入れるのは許可する。あとは長が判断してくれるだろう」

 

 ひとまず客として迎えられた四人はエルフの村に様々な期待を抱きつつ、ロスティンの先導に従って森深くに進んだ。

 

 



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第3話 常春の森の村

 

 

 森のエルフ、ロスティンの先導でより森の奥に足を踏み入れた四人。

 しばらく無言で歩き続ける五人だったが、ヤトとカイルは途中から違和感を感じていた。

 今は冬も近い晩秋である。今朝も起きてみれば霜が降りていて、川の水は刺すように冷たかった。もっと北へ行けば平地でも雪がちらつくような時期だ。

 そんな季節でも村に近づく道中の草木は青々と生い茂り、地面に生える草の間には赤白黄青の小さな花々が顔を見せている。冬にあって枯れる事も無く、色褪せる事も無い草花の咲き誇る常春の森は世界の常識すら通用しない。

 カイルが興味本位ですぐそばの木の幹に触れると、決して木が何かしたわけでは無いが強い刺激を感じた。正確には木の生命力の強さに驚いた。街の近くの木は比較にもならない。昨日野営した場所の木々でさえ、これほど命の強さを感じたりはしなかった。同時に自身が安らぎを感じているのにも気付く。魂がその安らぎから離れたくないと叫んでいた。

 だがカイルはそれを強い意志で振り切った。名残惜しい気持ちはあったが、自分はまだこのような所で立ち止まるわけにはいかないのだと。

 歩みを再開した一行を肌を震わせる冷たい吹きおろしとは無縁の、春の暖かな風が迎えてくれた。

 

「何といいますか、ずっとここで過ごしたくなるぐらい心地よい森ですね」

 

「言いたい事は分かるけどさー、アニキは寒いの苦手だったの?」

 

「昔は少し苦手で大陸の東端から西に旅した時は南側を通ってきましたが、クシナさんと会ってから平気になりました」

 

 おそらくヤトに宿った竜の血肉の特性だろう。火の精が体内から温めつつ外からの火への耐性を生んでいる。そのせいでこの森のエルフはヤトを人間と認識出来なかったのだ。

 当初はその変質した肉体をいまいち制御しきれていなかったが、最近はほぼ思い通りに動けるようになった。おかげで桁外れに向上した身体能力を獲得してさらなる強さの高みに登ったわけだが、その力に耐えられる武器が無くなってしまったのだからままならないものである。

 このため今現在一行の中で寒さに震えるのはカイルだけとなり、一人辛い思いをしているので恨み言を漏らされたが、この森にいる間は寒さに悩まされずに済むだろう。

 

 寒さはさておき、森を歩き始めてから一時間経った頃、今までただの獣道だったのが初めて石造りの人工の道に変わった。道は緩やかな傾斜になっていて続く先は低い丘だ。

 傾斜を登った先の丘は森とは別世界だった。彼方にまで広がる平らな台地に建つ無数の白亜の住居。建物は一つの例外も無く蔦と苔のカーテンで包まれており、経過した歳月を伺わせる。

 それらの建物の合間には多種多様な大樹がそびえ立ち、色とりどりの瑞々しい果実を実らせている。木の枝にはカイルと同じぐらい長い耳のエルフの子供たちが立ってたわわな実をもいで噛り付いていた。

 エルフの子供の一人がこちらに気付き、不思議そうに首を傾げてから手を振った。子供にはクシナが手を振って返した。

 

「この村は客人が珍しいんですか?」

 

「外部の者が訪れるような土地にないからな。稀に旧友が訪ねて来るぐらいだ」

 

「それってフロイドさんの事?」

 

「そうか、あの勇者達から村の事を聞いたのか。道理で正確に村の上を飛んでいたはずだ」

 

 ロスティンが懐かしさと誇らしさが混じったような顔と、困ったような口調を零す。彼の話では村にとってフロイドはかけがえのない友人だが、軽々しく村の所在を教えてほしくない感情があるのだと。

 今回はエルフのカイルがいるのでまだ良いが、それでも先に帰った若手エルフからの説明が無かったらもう少し騒ぎになっていただろう。一行が村の中を通るたびに遠目で観察する村人が多い。

 多数の目を潜り抜けた先は村の中央部。至る所に噴水が設置されて光り輝く水飛沫が美しく幻想的な光景を生み出している。その奥にはひと際太い幹の白い大樹が立っていた。上を見上げれば天を覆い隠すほどに枝葉が広がり、広場全体をドームのように覆っていた。

 大樹の中央にはポッカリと大きな穴が開いており、よく見ると内部には壁に沿った螺旋階段が見えた。大樹は塔のような構造をしているのだろう。

 入り口には四人の武装したエルフの兵士が直立不動で護りを固めている。長身で精悍な顔つきのエルフ戦士はオリハルコン製の鎧兜を纏い、背には大弓と矢筒を背負う。手にはやはりオリハルコン製の槍、腰にも大小二振りを帯剣している。

 

「―――へぇ」

 

「アニキ抑えてよ」

 

 戦士達の強さに無意識に剣鬼の顔が出ていたヤトをカイルは呆れながら留めた。一応殺気は漏れ出ていないのでまだ本気になっていないのは分かるが心臓に悪い事には変わらない。

 エルフの戦士たちも笑みの理由を察していたが、彼等はただ己の職務に従事する道を選ぶ。

 

「ここより先は長と奥方の住居となる。貴殿らの面会は許可されているが武器は全て我々に預けてもらいたい」

 

 戦士の張りと威厳のある声に非武装のクシナを除いた三人は黙々と従って武器を渡した。ロスティンの案内はここまでだ。

 全ての武器を渡して改めて大樹の中へと通された四人は見上げるような螺旋階段を地道に一段一段登り、飽きる頃にようやく最上部にたどり着いた。

 階段を登り切った最上部は広い部屋になっていて、木の中でも壁や天井から吊り下がっている銀のランプおかげで柔らかい光が溢れている。

 その奥にはランプの光以上に煌びやかな男女が、木床がそのまま盛り上がった形の椅子にゆったりと座っている。

 二人は立ち上がって四人を迎える。

 

「よくぞ参られた客人達。私がこの村の長を務めるダズオールだ」

 

「妻のケレブです。ゆるりとなさってください」

 

 エルフの夫婦はヤトが見上げるほどに背が高かったが、高圧的な雰囲気は皆無で極めて理知的かつ温和だった。容姿もエルフの例に漏れず非常に美しく聡明な顔立ちをしている。髪はともに長く濃い黄金色。年は若いように見えるがどれほど歳月を重ねているのか見当もつかない。

 夫婦は古い言葉でダズオールは『笑う夢』、ケレブは『銀』を意味すると教えてくれた。

 ヤトは案内してくれたロスティンを千年の古木のようだと思ったが、目の前にいる二人は桁が違うように思えた。強いて言えばこの世界が生まれた時から存在する巨石を見上げているような気分になる。

 夫婦は元の席に座り、ヤト達はその対面に用意された切り株のような椅子を勧められる。

 座った後、四人は自己紹介をする。一人名乗るたびに夫婦はそれぞれ異なる感情を露にしたが、全員が名乗るまでは一言も話さなかった。

 そして名乗った後、最初にダズオールが口を開く。

 

「さて、お前達に率直に尋ねるが、此度の来訪は何か理由あってのものか?」

 

 カイルの心臓が一段跳ね上がる。ずっと探していた答えが見つかるかもしれないと思うと上手く頭が纏まらない。

 それでも懸命に心を落ち着けて、何も言わずに待っていてくれるダズオールに感謝しつつ話し始める。

 

「僕は幼い頃に本当の故郷から離されました。だから僕は自分の家族と郷を探しています。そして少し前にミニマム族のフロイドさんからこの村の事を知り、もしかしたらここが僕の故郷じゃないかと思って来ました」

 

「いきさつは分かった。しかし私が長となってからお前のような者は村から一人も出ていない。私にとって喜ばしいが家族を探すお前にとっては悲しい事だ」

 

「そう……ですか。では他の村で僕のような居なくなったエルフの話はご存じですか?」

 

「かつては我々も多くの者と心を通わし森の外を旅したものだが、今は旅人も知らせも滅多に来ぬ。残念ながらお前ぐらいの年頃の子の話も聞かぬ」

 

 カイルは落胆した。同じエルフなら何かしら情報があると思っていたが、また振り出しに戻ってしまった。これからまた地道に各地を放浪して情報を得る生活に戻ると思うと気が重い。もちろん今の仲間との旅は刺激に満ちていて悪い物ではないが、それとこれとは別だ。

 後は兄貴分のヤトが村にあるらしい武器を譲ってもらう交渉もあるが自分は気が萎えたので、そちらは本人にやってもらうとしよう。

 とりあえず気持ちを切り替えたカイルだったが、運命の神は気まぐれで人を弄ぶのが好きらしい。

 

「居なくなった子供の話は知らぬがカイル、お前の事は知っている。より詳しく言えばお前の祖父の事をだ」

 

「えっ?」

 

「お前の祖父はエアレンド。ここから遥か東の地に住む我が友だ」

 

「私もエアレンド殿の事は存じております。あなたはまるで幼い彼が帰ってきたかのように瓜二つです。あっ、ですが髪の色は違いますね。彼は私達と同じぐらいの濃さの金色でした」

 

 突然降って湧いたかのような祖父の話はカイルの心を激しくかき乱すがダズオール夫妻は構わず話を続ける。

 彼ら夫婦は幼い頃に何度もカイルの祖父エアレンドと遊び学びあう仲で、度々互いの村を行き交い縁を結んでいた。それは成長してからも変わらず、互いの結婚式に出席するほどだった。子供が出来てからは直接会う事も無かったが、それでも風聞で互いの安否ぐらいは知っていた。

 それは今でも変わらず、彼の住む場所も夫妻は知っている。当然カイルはその場所を知りたがったが、夫妻の言葉はやや抽象的で具体的な土地を表さなかった。もちろん地図も無い。

 

「安心するがいい。地図よりも気の利いた物を後でお前に渡そう。それに従えば必ずエアレンドの元に辿り着けるだろう」

 

「あ、ありがとうございますダズオールさん」

 

「そう畏まらずともよい。お前は私の大事な友の血族だ。しばし我が元で安寧に過ごすが良い」

 

 カイルは何度も頭を下げて感謝の意を示した。夫妻はそれを笑って止めた。彼等にはカイルが自分の孫のように思えたのだろう。

 己の故郷を求めた少年は一定の成果を得たわけだが、ここで一行全員が満足するわけではない。

 微妙に空気を読まないヤトがダズオール夫妻に自分の目的である竜殺しの剣の話をする。

 

「確かにかつて我々は古竜と戦った事もある。その時に用いた武具は今も村に残されている」

 

「もしよければ僕に譲っていただきたいのですが」

 

「その剣で隣の奥方を斬ると?あなたは自らの伴侶を殺すための剣を私達が譲ると思ったのですか」

 

 カイルの時とは打って変わったケレブの厳しい口調に、珍しくヤトが冷汗をかく。

 真に人と竜が絆をはぐくんだ例は過去にもあり、夫妻はヤトとクシナの関係を直接言われずとも理解している。しかしヤトが殺す相手がクシナとは一言も言っていない。それでも確信に至っているのは、途方もない歳月を生きたエンシェントエルフ故だ。

 

「どのような道具にも運命というものがある。竜と戦うために作られ実際に斬った剣は数多くあるが、妻殺しの剣など私は一振りたりとも所有していない」

 

 ダズオールの明確な拒絶の言葉を覆すような言葉をヤトは持ち合わせていなかった。

 結局、色好い返事は貰えなかったが、カイルの仲間として村への滞在は許可された。

 

 



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第4話 森の掟

 

 

 剣の収穫は芳しくなかったが、一行は村の空き家を貸してもらえた。人数分の寝台が用意されて、厨房には新鮮な森の食材が豊富に揃っていて、これでしばらく寝食に困らない。

 ―――夜半。四人は居間に集まってヤギのミルクを飲みながらこれからの事を話し合う。付け合わせには森で獲れた瑞々しいブドウが添えられる。

 

「先に言っておくけど剣を盗んだり強奪するのは無しだから」

 

「分かってますよ。さすがに歓待してもらった相手にそんな事をするのは良心が咎めます」

 

 ヤトは殊勝なことを言うが、カイルは微妙に信じていない。今までの所業を考えれば仕方が無いが、基本的にヤトは殺し以外で他者に害を与える行為はしない。むしろ盗賊のカイルの方が盗みは専門だろう。

 

「剣を譲ってもらえなかったのは残念ですが、ここでなら身の入った鍛錬が積めそうなので今から楽しみなんですよ」

 

「あーそういう事。でもアポロンの時みたいに許可を貰えると思う?」

 

「許可が無くても跳ね返りはどこにでもいるものですよ」

 

 そう言ってヤトはブドウを房ごと口いっぱいに頬張るクシナを見るが、彼女は何の事か分からず首をかしげる。

 基本的にエルフ族は争いを好まない。もちろん迫りくる災厄には果敢に立ち向かうし、神代の時代には数多くの竜や悪しき精霊と戦ったと言われている。決して臆病でも流血を嫌う種族ではない。特に若い者は好奇心も強く、時に向こう見ずな行動もする。身近にいるカイルがいい例だ。

 

「お願いだから殺しは無しにしてね」

 

「相手が死んでも負けを認めない限りは殺しませんよ」

 

 それは一般的に大丈夫とは言わないと思ったが、とっくに手遅れなので諦めた。

 一行は疲れもあって早々に寝床に入った。寝台の寝心地は極めて快適で全員すぐさま寝入った。

 

 

 村に客分として迎えられた翌日の夜明け前。ヤトとクシナは起きていたが、カイルは疲れもあってまだ眠っている。ロスタは朝食の用意をしている。当然用意と言っても料理禁止令が出されているから果実と食器を並べているだけだ。心なしか彼女は不満そうに仕事をしている。

 代わりにヤトが麦を乳で煮た乳粥を作り鍋ごとテーブルに乗せた。今日はクルミなどのナッツ類を多めに入れてあるので食感が良い。隠し味にチーズも入れてある。

 その時入り口のドアを叩く音が聞こえた。ロスタがドアを開けると前には客が一人立っている。

 

「あなたはロスティン様。おはようございます」

 

「おはよう。朝早くにすまないな。カイルは起きているか?」

 

「いえ、カイル様はまだ起きてこられません。急なご用件でしょうか?」

 

「そこまで急ではないが彼に用があってきたのだが。出直した方がいいか」

 

「なら一緒に朝飯でも食っていれば、そのうちカイルも起きて来るぞ」

 

 ロスティンが一度帰る素振りを見せたがクシナから朝食の誘いを受けてしまい戻れなくなった。仕方が無いので同じテーブルに就いて出来立ての乳粥を貰う。

 暫くは三人で粥をつつき、ある程度食べた所でロスティンが呟く。

 

「この粥は食べた事の無い味付けだが、外の者はこういう食べ方をするのか?」

 

「どうでしょう家庭や土地で味は相当変わりますから。不味かったですか?」

 

「いや、悪い物ではない。むしろ美味い。それに竜と共に卓を囲むなど早々ある物ではないしな」

 

 ここで初めてロスティンは笑みを見せた。

 ロスティンは千歳を超えた程度で村のエルフの中ではまだ若手に類する。森から出た事が無いので当然ドラゴンも村の老人達から昔話で聞いた程度しか知らない。だから昨日初めて白銀の古竜を見た時は他の若い連中の抑え役として冷静に対処しながらも、心のどこかで竜と戦えるのではないかと考えて胸を躍らせた。

 結果は友好的な邂逅になったのでそれで良かったと言えるし、今こうして共に外から来た者達と食事を執るのも楽しいと感じている。

 クシナが粥を三杯、ロスティンが一杯食べ終わるころにはカイルも欠伸をしたまま起きてきた。そして一緒に食事をしていた男を見て一気に眠気が飛んだ。

 

「お前に用があって来たが、早すぎたから待たせてもらった。待った分馳走を用意してもらって得をしたよ」

 

「えーっと遅れてごめんなさい」

 

「いいさ、食べながら話をしよう」

 

 カイルは言われるままに席に着いてロスタから貰った粥を食べる。ロスティンは粥のお代わりを貰ったのを見計らって話を切り出す。

 

「長から言われてエルフとしての作法としきたりを教えに来た。それ以外にも色々とな」

 

「やっぱり問題ありましたか。母さんから一通り教えてもらったけど、実際にやってみると上手くいかないや」

 

 カイルは納得しつつ母のロザリーから教えられても上手くやれなかった事に気落ちする。

 ロスティンは内心そういう問題ではないと思ったが今は敢えて何も言わなかった。単にしりたりに疎く、作法が拙いだけなら別の者がそれとなく気を利かせるだけで済む話だ。戦士のロスティンが出る幕は無い。

 それでもダズオールから命じられたのは竜と共に来たからだ。短い間だが直接クシナと相対して悪意を持つ竜ではないのは分かっている。同族を殺す事は無いだろう。

 問題は竜に合わせて旅をするにはカイルが未熟すぎる。実力が釣り合わない者同士が一緒にいて良い事は少ない。これからも旅を続けようと思えば強さは邪魔にはならない。

 

「何にせよ食べ終えたらさっそく始めてもらう」

 

「はい分かりました」

 

 元気よく返事をして二杯目の乳粥を食べきり、二人のエルフは家を出て行った。

 残った三人は食器を片付けながらこれからどうするか話し合う。

 ロスタはメイドとして掃除や洗濯担当。ヤトとクシナは村や周囲の把握を兼ねて散策をすることにした。

 

 エルフの日常は人間や獣人に比べればのんびりした印象を受ける。男は弓と籠を持って森に出かけ、女たちは村の外れの川で洗濯をしに行く。子供達はそこらで遊ぶか親の手伝いをしている。

 物売りの姿が見えないのは村には貨幣経済が存在せず、村人同士で物々交換をしているのだろう。そこは人間の農村の日常風景とさして変わりはない。

 それでも時間がゆっくり過ぎているように思えるのは村全体に広がる春の空気故だ。あるいは長命のエルフが定命の人間ほど生き急いでいないのでそのように感じるのだろうか。

 問題は彼等エルフがヤトとクシナの姿を見ると、さりげなく視線を外したり子供を注意を別の方に逸らす事が多い事だ。やはり長が滞在の許可を出しても諸手を挙げて外の者を歓迎するわけではない。

 それでも一部の子供は外から来た二人が珍しかったので好奇心から話しかける事もある。軽い挨拶をした頃には親に連れて行かれるので大したことは聞けないが、その内接する機会も増えるだろう。

 歩いてみると意外と広い村をぐるりと回ると、それなりに日は高くなった。歩いて腹が減ったとクシナが言ったので、ヤトは森で何か食べ物を探してはどうか提案すると、彼女は二つ返事で了承した。

 さっそく二人は村の外の森に入り、何か食べられそうな物を探す。

 森を見渡せばそこかしこに食料が見つかる。果実、キノコ、山菜、動物も多い。

 ロスティンからは果実や山菜は熟れていれば採り尽くさない限りは好きに食べて良いと言われている。他にも動物の類は子持ちの雌は殺してはいけない、木の枝を折ってはいけない、落ちている枝木は燃料にしても良いが森で火を焚くのは禁止、薪を得るために木を切り倒すのはもっての外などとエルフの掟を教えられた。

 二人は掟を破らないように、まずは果実に手を付ける。赤く熟れたリンゴを幾つかもいで齧ると驚くほどに甘く清々しい酸味が口いっぱいに広がる。近くに生るミカンと杏も非常に美味で何個でも腹に入った。

 少し離れた所には栗の木が群生しており、丸々と太った毬栗が無数に生っている。こちらは生では食べられないので持って帰って焼いて食べるつもりで拾い集める。さらにクシナは木を揺すって実を落とした。

 

「あまり揺らすと木を痛めますから程々にしてください」

 

「分かってる分かってる。しかしこの栗とやらは頭に当たるとチクチクして面白いな」

 

 ヤトに注意されてもクシナは面白がって何度も木を揺らした。幸い木を痛めず枝も折らなかったが、葉や外皮が青いままの栗も結構落ちてしまい木が寒々しくなってしまった。

 布一杯に栗を包んだ二人は満足して村に帰ろうとしたが、途中クシナが鼻を鳴らして何かの匂いを探す。

 匂いに従って歩き続けた彼女はやがて一本の木の下に行き当たる。ここまで近づくとヤトにも匂いの元が分かった。蜂蜜の甘い匂いだ。

 二人が根元の小さな穴を豪快に広げると無数のスズメバチが怒って飛び出した。外敵を撃退しようとするもヤトは脇差で払い除け、クシナは刺されても意に介さず黙々と掘り続けると木の根が絡み付いた巨大な蜂の巣が見えた。

 

「おほ~でかい巣だ。これは蜂蜜を沢山貯めいるな」

 

 クシナは甘い蜜を前に思わず舌が出てしまう。そして絡まった細かい根を力任せに引き剥がして巣を引きずり出した。この頃にはスズメバチは巣を諦めて幼虫を抱えて次々と逃げて行った。

 さっそく自分の胴体と同じぐらいの巨大な巣を壊して味見をするつもりだったがヤトがそれを止めた。

 

「覗き見している人が居ますから後にしましょう」

 

 そう言ってヤトは森の一角に向けて石を投げる。石は何かに当たると、そこから痛みを訴える声が聞こえた。

 声が出てしまった時点で誤魔化せないと思った覗き屋は観念して姿を現す。

 出てきたのは全員ヤトと同じか年下に見える三人のエルフ。それぞれ弓矢を背にして短剣を腰に差している。服は森で活動する時に保護色になる緑だ。

 三人のうち一番年上でリーダー格の気の強そうなエルフがヤト達を睨みつけながら口を開いた。

 

「お前達これ以上木を傷つけるのは止めてもらおう。客人でも森の掟は守ってもらわねば困るぞ!」

 

 



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第5話 剣鬼は蜂蜜ほど甘くない

 

 

 

「なあヤト。この蜂蜜を果物にかけたら美味しそうだと思わないか」

 

「それも良いですが、さっき採った栗を蜂蜜で煮るとすごく甘くて美味しいですよ」

 

「えっ、森の外にはそんな食べ方があるんだ!?」

 

 高らかに宣言した青年エルフを二人はどうでもいいように振舞った。その上一番幼いエルフの一人がヤトの話に反応したので、青年エルフは全方位に怒気をまき散らした。

 

「サリオン余計なことを喋るな!まったく――――えっと」

 

「森の掟の話だよバイン。あと、名前ぐらい言わないと」

 

 横からもう一人の髪を後ろで編んだエルフが補足する。仲間の助けで少し落ち着いたバインという名のエルフは咳払いして名乗る。

 リーダー格が古いエルフ語で『正義』を意味するバイン。一番幼いのがサリオン、こちらは『英雄』。最後に髪を編んでいるエルフは『弓』の意を持つクーと名乗った。

 そして幾分冷静になったバインが改めてヤト達に森の木をもう少し丁寧に扱えと忠告した。

 

「ロスティンさんから言われた通り、枝も折ってませんし火も焚いてませんが」

 

「でも君達さっき栗の木を揺らして食べない実や葉を沢山落としたよね。あれも森の掟だとダメな部類だよ」

 

「あと、そこの木の根を千切ってたのも良くないよ。枝も根も葉も同じ木なんだからダメだからね」

 

 ヤトは反論するもののクーとサリオンが一応理屈の通る理由を述べた。ただし、ヤトもクシナもあまり納得していない。ならば最初から森の木は葉っぱ一枚に至るまで不必要に落とすなと言った方がこちらも気を遣うというのに。

 もちろん言ったところでこの三人が頷くとは思えないのでヤトはそこまで言わなかった。代わりにクシナが思ったことを全部言ってしまい、当然のようにバインが余計に怒る。

 

「村の掟に従えないのなら今すぐに森から出ていけ!ただでさえお前のような竜が居座るのは腹立たしいんだぞ」

 

 この言い草である。村への滞在を許したのは長のダズオールだ。決して目の前にいるバインではない。そんな権限も無いのに昨日の今日で客を叩き出したとなったらダズオールの恥となるのを理解していないのだろうか。人間のヤトにはエルフの常識は分からないが、たぶん道理が通らないのはバインだと思った。

 同時にこの状況は中々に使えるのではないかとも思えた。なので一計を案じて機嫌を悪くしているクシナを宥めて、ヤトが三人をわざとらしく嘲る。

 

「おやおや、竜とはいえ女性相手に凄むのがエルフの男ですか?浅ましいというか卑しいと言いますか。誇りが無くて生きやすいですね」

 

「なっ、なんだと!!」

 

「なぜそこで怒りを見せるのか僕にはよく分かりません。自分が傍から見てどんな情けない事をしているのか分かってないんですか?」

 

「貴様ぁ、俺を愚弄するのかっ!!」

 

 ヤトの煽りにバインは怒り心頭になって弓を手にかけたが、流石に拙いと思った横の二人が必死で身体を抑えた。その上でさらに嘲りの目を向けて弓を見る。

 

「その弓で僕をどうするつもりですか?女を声で追い散らす輩に本当に弓が使えるんですかねぇ」

 

 ここまで言われては止めていた二人の力も緩む。その隙にバインが弓に矢を番えるが、狙いをつけるより速くヤトが腕を掴んで自由を奪う。多少力を籠めると痛みで矢を落とした。

 

「こんな近距離で弓を選択するのがそもそもの間違いですよ。やはり素人ですか」

 

「ふざけるな、その言葉を取り消せっ!!」

 

「でしたら明日にでも、腕前とやらを見せてくれませんか?もし優れた弓の使い手でしたら、僕は村を出て行ってもいいですよ」

 

 ヤトの提案にバインの顔色が変わり、嘘偽りは無いのか問う。同時にヤトはもし大した事の無い腕前だったら、一体何を差し出すのかを問う。

 その問いにバインは動揺した。

 

「なぜそこで狼狽えるんです。他者に何かをさせたかった場合対価を用意するのは当然じゃないですか。与える物も失う物も無しに人が動くと?」

 

「良いだろう、俺の弓を思う存分見せてやるっ!!もし口だけだったら腕でも首でもなんでもくれてやるぞぉ!!」

 

 売り言葉に買い言葉のおよそ対等な賭けとは言えなかったが、既に冷静さを失っていたバインはそれが分からない。

 他の面々が口を挟む間もなく、ヤトは明日の朝に村の中央の噴水前で待っていろと告げ、相手もそれを了承した。

 

 

 その日の夕刻。

 夕食の前にヤト達はカイルの師になったロスティンと共にお茶を飲んでいた。お茶請けには昼間のうちにヤトが作っておいた栗の蜂蜜煮だ。

 栗の甘みと蜂蜜の甘さが上手く混ざり合って非常に美味しい。全員に好評で、特にロスティンは森の外にはこれほど美味い物があったのかと感動すら覚えていた。ついでに作り方を聞いて今度嫁に作ってもらい子供にも食べさせてやりたいと笑っていた。

 朗らかな雰囲気だったが、話が今日の森の一件になるとロスティンは途端に顔をしかめて、ヤトとクシナに謝罪する。

 

「あいつらは……うちの若い連中が済まない。それとあいつらの言う森の掟はお前達には当て嵌まらないから気にするな」

 

 ロスティンの話を要約すると、バインたちの言う掟は成人したエルフの掟であり、外からくる客人や子供の場合は朝にロスティンが教えたような簡易な掟を守りさえすれば良いそうだ。

 そもそも外から来た者がずっと村で過ごした自分達と同じ事が出来るとは誰も思っていない。だから最低限気を付けてほしい事だけをあらかじめ伝えておいたのだ。にもかかわらず、竜だ何だと種族自体をあげつらうなどエルフ全体の品格を損なうとまるで分かっていない。

 不手際を働いた若者三人を明日謝らせると申し出たが、ヤトは断って予定通り勝負は行うと言い切った。

 

「こういうのは上から無理に謝らせても不満はずっと燻ったままですから、一度完全にへし折らないと駄目です」

 

「それはそうだが大丈夫か?バインはあれで若手の中ではかなり出来る方だぞ」

 

「別に僕と弓の腕を競うわけではないですから。腕の優れた所を見せろなんて曖昧な基準なら何とでもなります」

 

「分かってたけどアニキって結構エグい事するよね。それにどうせ村を出て行くなんて言っても、いつ出ていくか明言してないとか、出て行ってまた来るとかやったでしょ」

 

 心配するロスティンとは対照的に、付き合いのそこそこ長いカイルは兄貴分の気質の悪さから大事にならないと確信している。ヤトもカイルの言葉を否定しない。

 反対にバイン達の方が心配になってきたロスティンが明日の勝負の方法を尋ねると、逆にヤトから四方に百歩は木々や遮蔽物の無い広い土地が近くに無いか質問を受ける。

 少し考えて村から離れた湖畔なら木々が少なく見渡しが良い土地だと答えた。

 

「なら僕が考えていた方法が使えるから大丈夫です。それと証人が居ないと公正とは言えませんのでロスティンさんには明日立会いをお願いできますか?」

 

「私でよければな。時間は明日の朝噴水の前で良いか?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 話も終わり、嫁が夕食を作って待っているからとロスティンは家に帰った。ヤト達も夕食の支度を始める。

 今日のメニューはウサギ肉の香草焼きと山菜スープ、それとライ麦パン。ウサギ肉は村人からの差し入れだ。

 一般にエルフは菜食と言われているが、全く肉や魚を食べないわけではない。狩りもそれなりの頻度でしているので割と肉は食べる。そうしたイメージが着いたのは彼らが畜産によって肉を得ないからだ。

 エルフの主な家畜はヤギやニワトリで、乳や卵を得るのに飼うだけだ。まれに馬を飼う村もあるが他の種族同様に騎乗用なので食べる事は無い。

 この村も家畜はヤギとニワトリだ。肉は全て狩りで得る。だから必要以上に動物を狩らないように厳格な森の掟があるわけだ。

 そのあたりの厳格なルールは客人のヤト達には分かりにくいので、狩りはしないように言われている。だから村から肉の差し入れがある。

 量が少ないので大飯食いのクシナやカイルは若干不満そうだが、代わりに美味い果実と今日採って来た栗を焼いて食べて気持ちを紛らわせた。

 腹一杯に食べた三人は明日のため早々に寝床に入った。

 

 



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第6話 風評被害

 

 

 翌日。ヤトは噴水の前で弓を携えたバインを見つけた。横にはクーとサリオンもいる。

 

「ほう、逃げずに良く姿を見せたな。――――なんでロスティンさんがいるんだ?」

 

「今日の勝負の未届けを頼まれた。ついでに終わったらお前たちの不作法の説教もしようと思う。おっと、言い訳はするな」

 

 何か言う前にロスティンは先手を取って黙らせた。バインは他の二人共々顔色が変わる。浮かんだのは恐れの色だった。ヤトはこの時点で面々の力関係を大体把握した。

 それはさておき、ロスティンの口から勝負は別の場所で執り行う事が告げられた。彼には既に勝負の方法は伝えてある。

 ヤトを先頭に、三人は言われるままに村の外にある湖へと向かった。

 

 湖は朝日に照らされて眩しいが朝の冷気と陽の光が混ざり合い心地良い。風で湖面は波紋を生み澄んだ水を揺らす様は芸術家なら大枚を叩いてでも絵画として残したいと思えるほどに美しかった。

 湖畔には既にカイルとクシナが待っていた。その横ではロスタが二人のお茶を用意している。三人は特に何かをするために来たのではない単なる野次馬だ。

 ロスティンは彼等を気にせず、ヤトとバインの勝負の立会いを始める。

 

「ではこれよりヤト、バインの両名の勝負を始める。バインの矢がヤトに当たり出血した時点で勝ちとなる。ヤトはバインの身体に一度でも触れたら勝ちとなる。なお両者の距離が百歩離れた場所から勝負を始める。異論は無いか」

 

「僕は無いです」

 

「待ってくれロスティンさん!そんな条件じゃ俺が勝って当然だ!!もっと別の方法で―――――」

 

「黙れこわっぱ!!お前はいつから俺に指図できるぐらい弓の腕が上がった!?つべこべ言ってるとお前の負けにするぞ!」

 

 怒気を孕んだロスティンの一喝でバインは後ずさりする。離れていたクーもサリオンも同じように怯んだ。それを見たカイルは昨日からの教師役が意外とおっかない人だと分かって、これから大変になると天を仰いだ。

 異論が無くなった二人は改めて勝負の準備に入る。ヤトは歩数を数えながら離れて、バインは弓の張りを丹念に調べたり矢の本数を確認している。

 十分に二人の距離が離れたのを認め、ロスティンは手を高らかに上げる。あれが振り下ろされた時が開始だ。

 ヤトは腰の大小を抜かずに構えも無い。対してバインは既に矢を二本手にして、いつでも弓に番えられるように態勢を整えている。

 そして手が振り下ろされ、静かな湖に大音声が響く。

 

「はじめぇぇ!!」

 

 弾かれたようにバインは矢を番えて二本同時に上に放った。さらに矢筒から三本を抜いてヤトめがけて放つ。この間二秒に満たない。

 自身に向かって飛翔する矢を見てもヤトは慌てず回避したが、すぐさま次の矢が飛来する。それも真横から左右に一本ずつと上から二本。三本を躱して態勢が崩れた所を直前で曲がるように風を読みつつ曲射して真横に流れた二本の矢と最初の上に向けて射た矢が同時に当たるように仕組んだのだろう。

 しかしそのどれもが地面にへばりつくように身を下げて回避されてしまう。一気に七本の矢を失ったが、それでも構わずバインは矢を放ち続けた。

 

「あいつの弓は大した事無いな」

 

「いやいや、あの人凄い腕前だから。僕よりずっと上手いよ」

 

 クシナが全然当たらない矢を見て下手くそ扱いするが、弓を扱うカイルが反論する。あれは二人の距離が離れているのとヤトが回避に専念しているので下手に見えるだけで、同時に数本を正確な位置に射つつ曲射と時間差まで工夫するバインの腕は一流以上と言って差し支えない。

 

「とはいえそれが分からず無駄に矢を射続けるのは相手の術中に嵌っている証拠だ。まだまだ青二才よ」

 

「えっ誰?」

 

 唐突に後ろから話しかけられたカイルが後ろを振り向くと、そこには腰に短剣を差した大柄な男のエルフがまるで最初からそこにいたように悠然と佇んでいた。

 エルフは基本一定年齢を過ぎると肉体的には老化しないので外見からは何年生きているのか分からないが、纏う雰囲気からこの男はロスティン以上に生きた古のエルフぐらいは分かる。

 

「わざわざ見物に来たのか親父。相変わらず年寄りは暇そうだな」

 

「若い奴のお守りは若いのにやらせるのが筋だからな。年寄りが出しゃばっても良い事なんぞ無い」

 

 ロスティンが父と呼ぶエルフとを見比べると確かに二人はよく似ていた。彼は『火』を意味するナウアと名乗り、普段は村の鍛冶をしていると話してくれた。

 そのナウアは何故かクシナの顔を凝視していた。二人にはかなり身長差があり、クシナを大きく見下ろす格好になるので豊かな胸を覗いているように見える。

 カイルはエルフにもドスケベ親父がいるものだと呆れた。息子のロスティンも恥ずかしいから止めろと父親に説教し始めるが、ナウアは断固否定した。

 

「勘違いするなっ!私はその竜の顔に見覚えがあっただけだ!本当だぞ!!」

 

「それ街の娘を口説く定番なんだけど」

 

「クシナ様はヤト様の奥方なのに平然と口説くなんて最低です。カイル様はこんなロクデナシのクソエルフにはならないでくださいね」

 

「ひどっ!!この人形口悪すぎ!こんな年寄りをイジメおって、お前達には情けは無いのかっ!!」

 

 イジケて地面の草を抜き始めたエルフを放っておいて、カイル達の視線は再びヤトとバインの勝負に戻る。

 あちらはちょうど動きが止まっていた。正確にはバインの矢が尽きてしまい、あとはヤトが彼の身体に触れればそこで勝負は終わる。

 一歩一歩ゆっくりと近づくヤトを前に、バインは悔しそうにする。

 両者の距離が五十歩まで近づいた時、唐突にヤトが足を止めた。

 

「そういえば矢の補充は禁止してないので、仲間に分けてもらってはどうですか?」

 

「なっ、なんだと、俺に情けをかけるのか!?どこまで馬鹿にしやがって」

 

「ではその安い矜持を守って情けない敗者になるといいですよ」

 

 そこでヤトは見届け人のロスティンを見る。

 

「確かに取り決めには道具の規定は何もしていない。お前が取る手は二つだバイン。このまま負けを認めるか、矢を補充して薄くとも勝ちを目指すかだ」

 

 ロスティンの言葉に迷いが生まれたバインは葛藤する。その間にもヤトはさらに距離を詰めて三十歩まで近づいた。

 葛藤の末にバインは近くにいたクーとサリオンから矢筒を受け取り、随分近づいた敵へと矢を放つ。

 ここで初めてヤトは腰から鞘ごと脇差を抜いて矢を払った。流石にこの距離では避けるだけでなく剣で払わねば当たる。

 ヤトが一歩進むごとにバインは矢を射る。近づけば近づくほど矢は避けにくくなるのに、まったく顔色を変えず羽虫のように矢を打ち払う様は理不尽と恐怖そのものだった。故にただひたすらに負けたくない一心で弦を引く。

 それでも矢はかすりもせず、とうとう両者の距離はあと十歩まで縮まった。この距離ならヤトの剣は一足で届く。

 

「次で終わりです。まあまあ緊張感のある稽古が出来ました。そこは礼を言っておきますね」

 

「はぁはぁ―――ふざけるなっ!どこまで俺を愚弄する!!」

 

「それは貴方が弱いからです。悔しかったらもっと腕を磨いてください」

 

 その言葉に怒りのまま最後の矢二本をほぼ狙いを付けずにノータイムで放つ。が、来るタイミングが分かっている攻撃に当たるほどヤトは抜けていない。

 距離を詰めながらあっさりと矢を躱してバインに触れようとしたが、右手に握られた短剣がヤトの胸に吸い込まれた。

 ――――――はずだったが、最後の賭けはレイピアの柄で受けられて失敗した。そして鞘入りの脇差で右手を叩かれたバインの負けとなる。

 

「そこまで。勝敗は言わなくても分かるな」

 

「くっ!」

 

 バインは右手を抑えて苦悶の声を上げる。腕の痛みよりヤトに負けて絶対の自信を打ち砕かれた事が一層精神を打ちのめす。

 

「僕の勝ちですね。では勝者として命令します。僕が村にいる間はこれからも稽古に付き合ってもらいます」

 

「ぐぬぬ、良いだろう」

 

「そうそう、僕に矢を当てたら命令は破棄しますので頑張って腕を上げましょう」

 

「言われなくともっ!!」

 

 バインはクーとサリオンとで、あちこちに散らばった矢を回収してから怒りのままに村に帰って行った。あの様子では悲嘆に暮れるよりすぐさま鍛錬を始めるだろう。実に都合が良い。

 ヤトは見届け人を務めてくれたロスティンに礼を言い、隣にいたナウアの事を尋ねると本人が名乗る前にカイルがクシナの胸をガン見したエロジジイと説明した。

 クシナはたかが胸を見られた程度で動じるような価値観は持ち合わせていないが、旦那のヤトは無言でニコニコしながらナウアに近づき、レイピアの柄で彼の腹を突く。

 普通なら奇襲に反応すら出来ないが、驚くことにナウアはあっさりと柄を横に動いて躱す。さらに躱すのを見越した反対からの脇差の横突きも腕を掴んで止めた。

 

「胸を見たのは誤解なのだがな。少しは落ち着いたか?」

 

「いいえ全く。なんて素晴らしい」

 

 何がとは言わない。ヤトの判断基準は生まれてから一度たりとも変わる事が無い。すなわち相手が強いかどうかだ。

 一瞬の交わりでナウアの力量を読み取ったヤトはすこぶるご機嫌だ。今のに比べれば先程のバインとの勝負など子供の遊びに等しい。

 剣鬼の笑みを見たナウアは面倒な相手に目を付けられたと感じてそそくさと退散しようとしたが、剣鬼が先に逃げ道を潰すように立ち回る。

 

「クシナさん、村に帰ってたらこの人に舐めまわすような視線で胸を見られたって言いふらしてください」

 

「ん?まあいいが、胸ぐらいいいだろうに」

 

「僕が嫌なんです。他の男に奥さんを必要以上に見られるのは腹が立ちます」

 

「お、おう。それならしょうがないな」

 

 何だか分からないが、番のヤトに強く言われてはクシナも照れながら了承せざるを得ない。

 何だか知らないままに変質者にされた挙句に若い夫婦のイチャつきに利用されたナウアは世界の無情に内心抗議したが状況が好転する筈が無い。せめて息子に助けを求めると、ロスティンは不承不承ながらヤトとクシナに思い留まってもらおうと説得する。

 

「僕も外道では無いのでナウアさんと正々堂々戦う事でケリをつけましょう」

 

「良かったな親父、戦いでケリが着くぞ」

 

 殆ど言いがかりからの脅迫で戦う羽目になったナウアは疲れたから明日にしてほしいと頼んで村に帰った。今日は酒を飲んでふて寝でもするに違いない。

 ヤトはなんの打ち合わせもしていないのに即興で合わせてくれた面々に礼を言った。特にロスティンは自分の父親を虚仮にしたのに同調してくれたのは意外だった。

 

「親父はずっと暇そうにしてるから、たまには運動ぐらいしたほうが良い。ただ分かってるだろうが恐ろしく強いぞ」

 

 なぜ協力してくれたのか分かった。彼は父親がヤトに負けないと信じているから安心して戦わせられるのだ。

 曰く今は鍛冶師の親父だが、かつては本物の竜殺しで闇の精霊とも戦った稀代の戦士だったそうだ。

 普通なら大ボラの類だろうが、先程の動きを見るに真実だろう。だからこそヤトは喜びを隠さなかった。

 明日もこの平和な村に一騒動起こるのをロスティンは予想した。

 

 



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第7話 古兵の矛盾と葛藤

 

 

 ―――――朝。村の鍛冶場の前でヤトとナウアは顔を合わせて挨拶を交わす。

 卑劣な策略により戦う羽目になったナウアだったが、やる気はともかく装備に手は抜かなかった。頬まで覆ったヘルメット型の兜、銀色に輝く細かい鎖のチェインメイル、白銀のグローブと脛当て。村を警護するエルフの防具とは意匠が違って飾り気が少なく、より実戦的な装備と分かる。

 そしてより目に付くのが地面に突き刺してある長身のツーハンデッドソード。柄を含めた全長はそれなりに上背のあるヤトと同等。かなり背の高いナウアと比較しても長く幅広。これだけは他のオリハルコン製の防具と違ってミスリル製だ。

 

「お前と手合わせすると怪我を負いそうだから、私が若い頃に使っていたのを物置から引っ張り出してきた」

 

「本物の竜殺しの装備いいなぁ」

 

「言っておくがこれはやらんぞ。兄者からもお前に武器は譲るなと厳命されている」

 

 ナウアは物欲しそうな眼をしたヤトを牽制する。と言っても半分冗談だ。ツーハンデッドソードも使えない事は無いが長すぎて使いにくいので、例え本物の竜殺しの名剣でも体格に合わない武器は敬遠したい。

 それと兄者とは誰の事かと尋ねると長のダズオールと答えが返ってきた。意外と偉い人だった。

 話はここまでにして二人は戦いを始める。ヤトは鞘からレイピアを抜き払い、ナウアは地面から剣を抜く。後は互いに剣で語るのみ。

 対峙する二人の男。ヤトの佩剣も業物だったが、いざ剣を構えると互いの得物の差が如実に分かる。剣の纏うオーラや覇気が明らかに違うのだ。あるいはかつてヤトの佩刀だった赤剣『貪』なら互したかもしれないが今更折れた剣を惜しむのも女々しい。

 よって『今』の剣を信じて一歩深く踏み込んだ突きを放つ。朝日に照らされた剣身が六つの剣光を作り、かつての竜殺しを襲った。

 閃光のような速さの突きをナウアは柄と剣身の中ほどを握って剣を回転させて盾のように扱い神速の六連撃を全て防ぎ切った。初手は古兵の流麗にして剛の剣に容易くあしらわれた形になる。

 お返しとばかりに古の強者は剣を肩に担ぐような上段構えから一瞬で袈裟斬りを繰り出す。常人なら反応すら不可能な速さと破壊の権化のような殺傷力を有した一撃は読んでいたヤトに余裕をもって躱される。そのまま大振りの一撃で二の太刀を放てないナウアに突きを放とうとしたが、本能から踏み込む前に大きく後ろに飛んだ。その選択は正しく、踏み込んでいたら今頃返しの太刀で斬られていた。

 今の初太刀は誘いの軽い剣。本命は倍は速い返しの二の手だった。この間僅か五秒の応酬である。

 

「――――竜殺し。これほどとは」

 

「お前こそ、本当に五十年も生きていない赤子か。これほど強い人間は私の知る中でも三指に満たないぞ」

 

「それは誤りですよ。僕が一番強い」

 

 ヤトは言うなり切っ先で草花を巻き上げてナウアに叩き付ける。緑の吹雪が視界を覆うも神代の古強者は子供騙しと断じて、一気に間合いを詰めて勘で薙ぎ払う。

 勘は正しくそこにヤトはいたが、切っ先が前髪を僅かに落とすだけで通り過ぎ、空振った剣の腹に細剣の切っ先を当てて強制的にナウアの背を晒した。

 絶対的な好機を逃さず最速の突きを背に叩き込むはずだったが、回転を利用した後ろ回し蹴りでレイピアを弾く。普通なら足を斬られるが、ご丁寧に靴底にミスリル板を仕込んであったので靴底を少し切られるだけで済んだ。

 手を休めることなく追撃の剣が迫る。今度は刺突に加えて斬撃と殺気の塊故に極端に読み辛いフェイントを幾重にも織り交ぜた攻撃だ。

 上左右からの虚実織り交ぜた変幻自在の剣撃は実戦なら三度は相手の命を奪う凶剣であったが、老エルフの剣士はその全てを紙一重で防ぎ切り、あまつさえ反撃の一手でヤトの袖を裂いていた。

 

「今のは私の勝ちかな?」

 

「いえいえ、良くて引き分けですよ。ほら―――」

 

 茶目っ気を出したナウアにヤトは切っ先を見せつける。剣先には光り輝く数本の金髪が引っ付いていた。先程の剣戟を全て防げたわけではなかったのだ。

 二人は無言で口元を釣り上げて笑みを作った。

 今までの応酬で互いの基礎情報は把握した。力と速さは互角、戦闘センスはヤトに軍配が上がり、技量は数千年の蓄積のあるナウアが上を行く。あとは武器が如実に差を露にする。

 ―――――――ここより二人の戦いは常にヤトが仕掛け、ナウアが受ける形で百手を数えた。これは速さに勝るが剣の耐久性に劣るヤトが受け手に回るとナウアの剣を受け切れずに折ってしまう危険性故にだ。

 バイパーの街の商人から譲られたレイピアはオリハルコン製の業物だ。それに風の加護が付与されて恐ろしく軽いので普段以上の手数を繰り出せるが、竜の力を宿したヤトの力には到底耐えきれない。だから常に加減した立ち回りを余儀なくされる。おまけに今回の相手は隔絶した技量によってすべての攻撃を捌き切ってしまうし、いざとなったら分厚い両手剣を力任せにぶつけて細剣を叩き折ってしまえる。

 幸いこの戦いは稽古でしかなく、何が何でも勝つ必要が無いのでナウアはそんな無茶はせず、純粋に技量の勝負に収まった。

 裏を返せばヤトは手加減されているとも取れるので少し面白くない。ならばせめて技量でも勝っておかないと納得出来ないのだが、この限られた状況では負けはしないが勝つ道筋も見えてこない。

 最近こんな感じのスッキリしない戦いばかりでストレスが溜まる。それでも技量がどんどん上がっていく実感があり、稽古としては非常に充実した時間だった。

 そして実を言えば剣士として腕が上がるのはやっぱり嬉しかった。

 

 

 二人の戦いは実に千手を超えた所で、外からの来訪者によって止められた。

 

「おーい。ゴハン貰って来たから休憩だぞ~」

 

 草を編んだバケットを持ったクシナが大きな声を上げながら姿を現した。空を見上げれば日は随分と高くなっていたのでなし崩しに休憩する。

 滝のような汗を拭き、バケットから素焼きの瓶を貰って一息で飲み干す。中身はただの水だったが刺すように冷たく、火照った体に染み渡るほど美味かった。

 ナウアは鍛冶場からテーブルと椅子を持って来て使うように勧めて早めの昼食と相成った。

 焼きたての卵入りパンはやわらかくて味がよく、クシナは大層気に入ってガツガツと食べている。彼女を尻目に男二人は程々に果実を齧ったりナッツ類を摘まんでいた。

 持ってきた食事を半分程度腹に納めた時、ナウアが若い二人に疑問をぶつける。

 

「お前たちは夫婦だな?」

 

 唐突な質問に二人は疑問符を浮かべながらも同時に頷く。

 

「ヤトはクシナが古竜なのを知っている。その上で妻を殺すために剣を求めているのを知っているな?」

 

「何を言いたいのかは何となく分かります。ナウアさんは夫婦で殺しあうのはおかしいと言いたいんですね」

 

「まあな。私も昔、外の世界を旅して色々な者を見てきた。素晴らしい者も見るに堪えない者も理解したくない者も大勢居た。親兄弟で殺しあった者達も、妻殺しや夫殺しもだ」

 

 ナウアは遠い目をしながら過ぎ去った神代の世界に想いを馳せる。槍のように鋭く深海のように深い瞳でかつて何を見たのかは本人にしか分からないが、きっと生まれて二十年を経ないヤトには想像もつかないような経験をしたのだろう。

 

「そういう手合いは大抵互いが憎かったり、利益衝突があったり、本人にはどうにもならない理由から殺し合った。しかしお前達はそうした理由は持ち合わせていないように思える。なぜそれでも戦おうとする?」

 

「クシナさんが一番強いと思ったから、僕がこの世で一番強いと証明するには全力で戦って勝つだけです。それにクシナさんと戦うのは喜びですから」

 

「儂もヤトと戦った時は生まれて初めて楽しいと思った。ああでも、子を作って育てるのが先だからな」

 

 ナウアは二人の事がよく分からない。なぜそうも平然と殺し合う前提で愛を育めるのか。どちらが死んでもつらい想いを抱えて生きねばならぬというのに。

 もしかしたら仲間のカイル少年なら何か分かるかもしれないので、それとなく話をするのもいいかもしれない。

 

「でも中々子供出来ませんね。やっぱり人と竜とじゃ色々勝手が違うんでしょうか?」

 

「竜が人のようにポコポコ生まれたら今頃この世は竜の天下の前にメシが足りずに滅びておるよ。気長に子作りするぞ」

 

 さっきまで殺し合う話をしていたというのに、今は今夜の子作りの話をしてイチャイチャしている二人を見たナウアは心の中で長い生涯でもこれほど異質な関係の夫婦は居ないと確信する。

 そして良識ある老人としてこの若夫婦を戦わせたくない想いと、一鍛冶師として優れた剣士に自分の剣を打ってやりたい気持ちとが自身の中で衝突していた。

 ヤトが常に全力を出せずにもどかしい想いを抱えているのは数手交えた時点で分かっていた。それを何とか出来る力が自分にはあるが、兄からは手を出すなと命じられている以上、精々が稽古に付き合ってやるぐらいだ。

 

『己の心行くままに思う存分腕を振るう』

 

 誰しも若い時はそう振舞えるのに、誰よりも才と力を持った隣の若者が窮屈な思いをしている。それを見ているのが何とももどかしかった。

 

 



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第8話 カイルののんびりした日々

 

 

 エルフの村は暦の上で冬真っただ中でも暖かい。既に一か月以上寝起きしていたカイルは住み心地の良さに段々定住したくなっていた。

 カイルは今、村の横を流れる川に素足を突っ込んでボケっと座っていた。流石に水は冷たいがそれでも真冬の雪交じりの水よりはずっと温かい。

 彼がなぜこんな事をしているかと言われると、決して暇を持て余しているとか、洗濯に来ている女性達の無防備な艶姿を覗きに来ているわけではない。多分。

 足を水に漬けているのは指導役のロスティンに言われて水の精に触れて仲良くなるためだ。

 カイルはおそらく森で生まれたが、そのまま育っていない。盗賊に攫われて幼少期を街で過ごした。そのためエルフとして森にすむ精との付き合い方を知らない。

 幸い育ての親がエルフの血を引くロザリーだったので、基本的なエルフの知識は教えられているのが救いだが、一番大事な精霊との付き合いは実際に経験しないと身につかない。なので村に来てから一か月、ずっと水に漬かったり草の上で寝たり木登りに費やしていた。

 おかげで少しは精霊の存在を認識出来るようになった。今もすぐそばで形容しがたい不定形の水精が周りを踊っているが、残念ながら何を伝えたいのかは分からない。

 横を見てみれば女衆が持ってきた洗濯物を水の精が洗浄して綺麗にしていた。その間彼女たちはお喋りに興じて若い娘は水遊びだ。街の洗濯に比べれば随分と楽なものである。

 

「カイルお兄ちゃん、今日も精霊さんたちと仲良くなる練習?」

 

「そうだよパドラ。なんだか楽しそうに踊ってるのは分かるよ」

 

 カイルに話しかけてきたのは彼より少し年下に見えるパトラと呼ばれた少女。茶色というより銅色の髪を右サイドで結んだ可愛らしい娘だ。村に来て最初に仲良くなった。

 パドラはそばで踊っている水精に頷いては同意したような仕草をする。彼女は水精が何を言いたいのかすぐに分かった。

 

「水精さんはお兄ちゃんの手品が見たいって」

 

「またか。僕は盗賊で手品師じゃないのに」

 

「えー私も見たいーお願いー!」

 

 後ろから抱き着いてお願いしてくるパドラにやれやれと思いつつも、妹が出来たみたいで何だかんだノリが良くなったカイルはポケットに入れてあったドングリを取り出して上に向かって放る。

 落ちてきたドングリを幾重にもフェイントを混ぜた素早い手つきで掴んで両手を差し出した。手品の基本コインマジックだ。

 

「ほい、どこにある?」

 

 今まで何度もやったやりとりだが、その都度パドラも水精も当たったためしがない。

 

「えっと昨日は左手だったけどその前は胸ポケットの中だったし、私は右手。――――うん、水精さんはお尻のポケットだって」

 

「二人ともハズレ。正解はぺっ、っと」

 

 カイルは両手を開けて空を見せつけながら口からドングリを吐き出した。これにはパドラはずるいと非難轟々、水精も身体をウネウネ動かして抗議の体を取っていた。

 二人は何度もこうしたやり取りを繰り返しては仲良くなっている。それを周囲の大人たちは微笑ましく見守っていた。

 

 

 水辺で一仕事終えたカイルは森に移動すると、そこで見知った顔に出くわした。ヤトに突っかかったバインに引っ付いていたサリオンが森に落ちている枝木を拾っては籠に入れている。

 

「やっほーサリオン、今日は一人?」

 

「やあカイル。今日も精霊と仲良くなりに来たの?」

 

 二人は互いの手を叩いてイェーイと言い合う。まるで十数年来の幼馴染のような振る舞いだった。

 この二人が仲良くなったのには深い理由は無い。単に年の近い同性が他に居ないからだ。年の近いバインやクーは強制的にヤトの鍛錬に付き合わされているか、自己鍛錬で忙しい。だから二人より年下のサリオンは微妙に放置されていた。そこで何気なくカイルと接していたらいつの間にか仲良くなっていたわけだ。

 

「師匠からそろそろ炉に使う木を集めて来いって言われてさ」

 

「ふーん、じゃあその内何か作るんだ。もしかしてアニキの剣とか?」

 

「多分違うんじゃないかな。ヤトさんの剣を打つのは長に駄目だって言われてるし」

 

 師匠とは鍛冶師のナウアの事で、サリオンは鍛冶見習いとしてナウアに師事している。枝木を集めるのも見習の仕事だ。

 カイルはただ見ているのも暇なので枝木集めを手伝う。ただ拾うだけではなく、森の精霊と仲良くするために木々に触れたり、時折草花に話しかけたりもした。

 すると水の精と似たような、花の形をした浮遊体や木の形の発光体がカイルの周りに集まる。これらは全て森の精霊だが、やはりまだ意思疎通は無理そうだ。

 単に枝集めは退屈なので二人は適当に喋りながら作業をしていた。

 

「それにしてもあのヤトさん滅茶苦茶強いね。稽古だけど師匠と互角の相手なんて長ぐらいしか知らないよ」

 

「僕としてはアニキが勝てないナウアさんの方がビックリだよ。なんで鍛冶屋してるのさ」

 

「『剣を使えない奴に良い剣は作れない』師匠の口癖。でも他の年寄りから言わせたら昔に比べて腕はかなり鈍ってるんだよ」

 

「うはっ、さすがは神代のエルフ戦士。おとぎ話の勇者みたい」

 

 カイルが楽しそうに口笛を鳴らすと、サリオンも連れられて口笛を鳴らすがいまいち上手くいかない。口笛は盗賊の必須技能で仲間への合図として使われるので、盗賊として育てられたカイルが上手いのは当然だった。

 なかなか上手く出来ないサリオンにカイルが口笛の手ほどきをすると、森の精霊たちは口笛に合わせて楽しそうに踊っていた。こちらの精は音楽が好きなのだろう。

 サリオンが上手く口笛を吹けるようになる頃には必要な枝は集まった。鍛冶に使うには全然足りないように思えるが、古代エルフの鍛冶は人やドワーフと違って火の精の助けを借りて行うので、燃料になる木や炭が圧倒的に少ないのが特徴だ。その上、ドワーフの名工に匹敵する作品も多いので羨ましい限りだ。

 彼はカイルに礼を言いつつ、言伝を預かっていたのを思い出して伝える。

 

「師匠から話を聞きたいから鍛冶場に来てくれって」

 

「僕に?何だろう」

 

「それは本人に聞いたほうが早いよ」

 

 それもそうだと思ったカイルはサリオンと一緒に鍛冶場に向かった。

 

 

 枝木を分けて運んで来た二人は鍛冶場に居たナウアに迎えられた。

 

「手伝ってもらってすまんなカイル。サリオンは枝木をいつもの所に置いておくように」

 

 サリオンは言われた通り枝木を鍛冶場の裏手に運び、残ったカイルは椅子に座るように勧められた。

 ナウアも椅子に腰かけて対面になる。この態勢は理由も無いのに結構緊張する。

 

「わざわざ来てくれて助かる。それでお前に聞きたいことがある」

 

「僕に答えられることならいいよ」

 

「そう大したことではない。お前の仲間のクシナだが、あの容姿が元は誰の顔なのか知っているか?」

 

 やや厳しい口調で問われ、カイルはすぐさま答える事が出来ない。

 なぜナウアがそのような事を聞きたがるのか分からなかったが、威厳に満ちた声に流されるように答えてしまった。

 

「昔クシナ姉さんを倒そうとした女の人だって事ぐらいしか知らないよ。強かったから少し覚えてて姿を借りたって言ってた」

 

「そうか、あの娘は古竜に挑んだのか。莫迦なことをしおって」

 

 ナウアは深い知性を宿した瞳を閉じて完璧な均衡の面に慙愧の念を浮かべた。しばらく後悔に満ちた冥福の言葉を呟いた。

 ほんの一分続いた死者への言葉が終わり、老エルフはカイルに礼を言う。そして彼はつい先日の事を思い出すかのように話し始めた。

 

「あの娘マルグリットはほんの三百年前にこの村に来た旅人だ。太陽のように明るく温かい笑みの娘だった。剣も中々才があってな、私が一振り拵えてやった」

 

 彼のような長い時を生きるエンシェントエルフにとって三百年はつい最近だ。

 

「姉さんみたいに角が生えてて小柄だったの?」

 

「小柄なのはそうだが、角は生えてなかったぞ。あれは人族でこの国の貴族だと言っていた。家が窮屈で勘当されて仲間と旅をしているともな」

 

 まるで近所の悪戯する子供を叱ろうか諭そうか迷っているような顔を見せる。あるいは孫に手を焼く祖父のような心境なのかもしれない。

 

「私や村の者たちの戦いの詩や冒険話を楽しそうに聞いていてな、自分達も同じような事をしたいと笑っていた。身の丈に合わない事は身を滅ぼすと言い聞かせたのだが」

 

「姉さんを怨んでる?」

 

「まさか。当人達も納得して挑んだだろうし、所詮私達エルフとはともに歩けぬ定命の人族だ。どう死んだところでさして変わらん。野垂れ死にしなかっただけマシよ」

 

 口では何ともないように言っても寂し気な瞳を見たカイルは少しだけお節介をしたいと感じて、どんな剣だったのか尋ねた。

 

「あの娘の力量に合わせた並のミスリル剣だ。家出したくせに家の紋章を刻んでくれと注文を付けた困った奴だった。確か花の紋だったな」

 

 思い当たる節があったカイルは中座して家に戻って荷物を漁り、勝手にヤトの使っていた折れたミスリル剣を持ってきた。

 半ばまで折れた剣を手にしたナウアは我が子の頬を撫でるように指を錆びた刀身に這わす。

 

「この剣は間違いなく私が鍛えた剣だ。しかしミスリルが錆びるとは何を斬った?」

 

 元来ミスリルは錆びる事の無い魔法金属。それも古代エルフの名匠が鍛えたミスリルが錆びるなど尋常な事ではないが、実際に錆びているのでナウアは首を捻るしかない。

 カイルが大雑把に死霊術で蘇らせたドワーフの王を斬ったとだけ伝えると、死者を弄んだ術師に悪態を吐きながら腐毒を操る力量を褒めもした。

 さらに彼は有無を言わさぬ口調で折れた剣を預からせてもらうと告げる。ヤトの持ち物なのでカイルの一存では決めかねるのだが、前に持ち主が適当な所で処分しようと言っていたのを思い出して、事後承諾でも良いだろうと思って了承した。

 

 話が終わると雑用を済ませたサリオンが戻って来たので、夕方まで鍛冶場でダラダラ喋りながら時間を潰してから家に帰った。

 村に来てからは毎日このように充実した時間を過ごすカイルだった。

 

 



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第9話 亡き友に捧げる焼き菓子

 

 

 自律式ゴーレムのロスタは自問自答する。なにゆえ己は族長夫人のケレブを含めたエルフの婦人達の着せ替え人形にされているのか。確かにゴーレムは自分で動く人形の類と言えなくもないが、その役割は主に侍り世話をするのであって、決して玩具扱いを受けるためにあるのではない。

 もし主が様々な衣装を着せて夜伽を命じたり愛でるのであれば全力で応えるつもりだが、残念ながら主のカイルは興味津々な様子でも奥手で手を出そうとしない。あるいは遠方に居る懇意にする王女に操を立てているのかもしれないが、自分のような人形相手ならば気にするほどでもなかろうに。

 話が逸れた。ともかく主が望むならどのような事も受け入れるが、今回の相手は世話になっているとはいえ大して関わりの無い婦人達だ。断る事も出来るがどうにも断りづらく、結局流されるがままに玩具にされてしまった。

 幸い遊び心を満たしたケレブ達からは解放されて元のメイド服に着替えたが、今度はお菓子作りを手伝ってほしいと言われて、いつの間にか厨房で臼を引いて小麦粉を作らされている。

 臼は重いので回すには意外と力が要る。女手には重労働だから疲れない人形の自分が選ばれたのではないかと疑うが、隣で談笑しながら軽々と臼を引く婦人達を見て、主カイルを筆頭に神代のエルフは人間より身体能力に秀ででいるのを実感する。

 大量の小麦を粉にし終えて調理台に乗せ、卵とヤギの乳から作ったバターと粉を根気よく混ぜ合わせて生地を練る。生地作りはかなり力のいる重労働だが、エルフの婦人達は誰もが鼻歌交じりにそれをやってのけた。

 

「ふふふ」

 

「どうなさったのですか奥方様」

 

 ロスタは唐突に笑みをこぼすケレブを訝しむ。奥方は疑問に答えず、ロスタの鼻先に付いた白い小麦粉を自分のエプロンで拭き取った。

 

「ずっと昔、まだ夫と一緒になる前にあなたとよく似た女の子とこんな風にお菓子を作ったの。その子も今みたいに顔を汚していたわ。それが懐かして」

 

「その方は今は?」

 

「……遠い昔に死んだわ」

 

「残念です」

 

 それっきり話は途切れたが、生地作りは続けられた。

 よく練った生地を手の平に収まるぐらいの大きさの四角に整えて、十字を刻んだ上の部分にハチミツを塗る。それらを温めた大きな石窯に入れて焼き上がるのを待つ。香ばしい匂いが辺りに広がる。

 待っている間、婦人達は傍にある切株の円卓でお茶会を始める。椅子は切株から伸びた太い根だ。ロスタはメイドとして給仕をしていたが、それが終わると同席を勧められた。

 ロスタが席に座ってからケレブはポツリポツリと昔話を始める。

 

「もう三千年も前。定命の者にとっては伝説の時代、私達神代のエルフにとっても遠い昔の出来事。この大陸…いいえ、世界の命運をかけた大戦乱があったの」

 

 ケレブの言葉を皮切りに婦人達が唄うように一人また一人、森の小鳥のように美しい声に乗せて朗々と太古の歴史を語り始める。

 

「『アーリマ戦役』。後から生まれた私達にはそう教えられました」

 

「それは魔人族の不死王アーリマが邪精霊や醜悪な亜人達を率いて世界を手にしようと挑んだ戦いでした」

 

「不死の王に対して我々エルフは種族の壁を越えて結束、人間、ドワーフ、幾多の獣人、ミニマム族と共に自由のために戦いました」

 

「中には気まぐれに古竜が両方の陣営に参加して、夥しい災厄を撒き散らしたとも」

 

「あらゆる種族に悲劇が生まれ、星の数ほどの命が散って逝き、誰もが嘆き悲しんだのです」

 

「それでも戦士たちは華々しく、雄々しく、誇り高く戦い、ついには不死王アーリマも自由の戦士たちの手で討たれたと聞きます」

 

「魔人族の多くは死に、邪精霊は世界から追放され、悪しき亜人は衰えて、人々は今の繁栄を手に入れました」

 

 婦人たちの唄はここで終わるが、悲し気な眼差しでロスタを見るケレブが後を引き継いで過去を悔いるように語る。

 

「その戦で私の父や兄を始めとした多くのエルフも散りました。犠牲となった者の中には妹のように思っていた幼いレヴィアも」

 

 レヴィアという名を聞いたロスタは胸の奥からこみ上げる説明しようのない声無き慟哭に混乱する。以前に魔人族の話を聞いた時も同じような衝動を味わったが今回はそれ以上だ。なぜ人形であるはずの己がこうまで動揺しているのか理解出来なかった。

 ロスタの内面を知ってか知らずか、ケレブはそのまま遥か昔に亡くなった少女との思い出を話し始めた。

 レヴィアは幼い頃から非常に活動的な少女でいつも森の外に出かけては傷だらけで帰って来ては家族に叱られていた。時に近くで悪さをしているゴブリンを討ち、親の居ない狼の子供を拾っては自分で育てる。一人で雪山に登って雪精と仲良くなったと思ったら喧嘩になって雪崩を起こすなど。

 とにかく手のかかる少女だったが、それでもケレブにとっては一番大切な年下の友人だった。

 彼女達の楽しくも騒がしい子供時代は大陸全土を覆う魔人族との戦乱によって容易く崩れ去った。

 多くのエルフの大人や若者が戦士として参戦し、村には他種族の戦士が幾人も訪れた。

 レヴィアは何を思ったのか、その中の戦士の一団に加わり村を出て行ってしまった。

 

「そして戦いの中で彼女は命を落としました。その時ほど戦乱を怨んだ事はありませんでした」

 

 ケレブの悲しみに暮れる言葉に他の婦人達も同調する。彼女達も直接ではないにせよ古い親族を亡くしている。悲しみを共有するには十分だった。

 そこで窯の焼き菓子が焼けたのに気づき、中から取り出して焼き加減を確かめる。焦げたハチミツの光沢と程よく焼けた小麦の色に婦人達は満足げだ。

 彼女達は小さめの菓子を幾つか千切って試食する。ハチミツの甘さとバターの深い味わい、焼けた小麦の香ばしさに誰もが頬を緩ませた。この焼き菓子はレヴィアが好きだった菓子らしい。

 出来上がった菓子は婦人達のお茶のお供にして二度目の焼きに入る。こちらはそれぞれの家のお土産用だ。

 ケレブは菓子を楽しみながら話を続ける。

 

「ロスタ、貴女はまるでレヴィアの生き写しです」

 

「では私の容姿の元になったのでしょうか?」

 

「それは私にも分かりません。あの子が死んでから随分と時が経ちますから全くの偶然と考えた方が良いのでしょう」

 

 ケレブはそう言うが、それでは己の身から湧き上がる衝動の説明がつかない。しかしこの場で族長の奥方を問い詰めるのは作法に反する。道具である己が主に恥をかかせるのは認められない。

 結局疑惑はそのままに、ロスタは二度目の焼き上がりまで無言のままだった。婦人達は出来た焼き菓子をバケットに詰めてそれぞれの家に持ち帰る。ロスタも人数分の菓子を持たされて、しこりが残ったまま帰路に着く。

 心なしかしょんぼりしたゴーレムの背中をケレブは見守り、誰かを責めるかのような呟きを漏らした。

 

「顔に似合わず感傷が過ぎますよ。あの子がもう居ないのは貴方も分かっているのに」

 

 呟きには悲しみとも呆れともつかない、しいて言えば聞き分けの無い子供をどう叱っていいのか分からない苦悩が宿っていた。

 

 

 ロスタが家に帰ると居間にはソファに寝転がってダラダラしていたクシナが出迎える。

 

「ただいま戻り――――駄目ですよクシナ様」

 

 挨拶をする前にクシナが焼き菓子の甘い匂いを嗅ぎつけてバケットをひったくろうとしたが、その前にロスタが両手で高く持ち上げて防いだ。

 

「むー、ちょっとぐらいいいではないか」

 

「もうすぐご夕食なんですから駄目です。それにこれはカイル様やヤト様へのお土産でもあるんですから、お二人が帰ってからです」

 

「その前に儂が味見をだな」

 

「すでにエルフの方々が済ましていますからご心配に及びません」

 

 二人のお菓子をめぐる攻防はヤトとカイルが帰ってくるまで決着が付かなかったが、いつの間にかロスタの悩みは思考の片隅に追いやられていた。

 

 



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第10話 突然の招待

 

 

 ヤト一行がエルフの村を訪れてから三月が経った。外の世界はそろそろ厳しい冬も終わり、雪解けの後に新しい草花が芽吹く時期だったが常春の森に季節の変化は無く、いつもと変わらない温かく穏やかな日々が続いていた。

 村の客分となった一行も変化は少なく特別な事があったわけではない。

 カイルはロスティンの元でエルフとしての作法を学び、精霊との正しい交流を続けている。本人の努力の甲斐もあり、あと二か月もあれば目途が立つと言質を得ている。

 以前ヤトが鍛冶師のナウアに正しい精霊との付き合いをした場合どうなるか聞いたことがある。答えは魔法と同等の現象を行使出来るだ。

 本来神代のエルフは誰もが精霊を行使して魔法を使える優れた魔法戦士だが、カイルは人の中で育ったので上手く魔法を使えなかった。と言うよりここで過ごす事でエンシェントエルフ本来の姿を取り戻しただけだ。それでも新たな力を得る事を疎むはずもなく彼は日々喜びを感じていた。

 ヤトは特筆すべきことも無く平常運転。バインやナウアと毎日夜明けから日暮れまで稽古に明け暮れている。ここ一月は村の他の戦士も加わっての実戦と見紛う訓練が積み重なったおかげで、ただでさえ秀でた剣の腕はさらに磨きがかかった。

 クシナは基本的に食っちゃ寝生活を送っているが、一人で過ごすのではなく村の子供達と仲良くなり、よく一緒に果実を食べたり遊びに付き合う姿が見られた。住民以外を知らない子供達にとって人も古竜も関係無い。等しく物珍しい遊び相手だった。

 ロスタは家の家事をしつつ、空いている時間はエルフの婦人達と機織りや小物造りをしていた。あるいはお茶会に誘われて婦人達のオモチャにされているとも。それでも当人が嫌がっていないのだから特に掛けるべき言葉は無い。

 

 それぞれが満ち足りて穏やかな日常を送っていたが、ある日の夕食の終わりにヤトが唐突に村を離れると言った。

 

「稽古も良いですがそろそろ剣を探しに行こうかと」

 

「どこにさ?」

 

「以前あの男女組がこの国の王都に僕に見合う剣があると言っていたので一応探しておこうかと」

 

「あーあの。で、僕はまだ村を離れられないけど。もしかしてここでお別れ?」

 

 ヤトの言っている男女とは遺跡探索をした街で知り合ったミトラとアジーダの事だ。その二人からの情報というのは甚だ疑わしいが、現状他に情報が無いので一応確認だけでもしておくべきだった。村の戦士相手の稽古もずっと続けていると流石に飽きてくるので気分転換も兼ねていた。

 そうなるとまだ修行が終わっていないカイルとお別れになってしまう。元々ヤトとカイルはちょっとした仲で終生の友ではないのだから、いつでも別の道を歩いてもおかしくはないが、こうもあっさりと離れると言われてカイルは腹が立った。

 

「勘違いしないでください。僕とクシナさんが一時的に離れるだけで、あなたの修業が終わる二月後には戻ってきます」

 

「うーん。それならいいけどさぁ」

 

 なおもカイルは納得していないが、この村に長期滞在する理由の大部分は自身にあるので積極的に反対はしなかった。

 そして二人は日時の取り決めをした。村を離れるヤト達は剣があっても無くても二か月を目途に村に帰る。もし帰ってこられない場合は帰れない事情があると思って、カイルの方から王都まで赴く。その時は合流場所や伝言を都の盗賊ギルドに残しておく。所持金は貨幣と小切手を半分にしてそれぞれ所有する。あまり細かく難しい取り決めは却って混乱の元になるのでこれぐらいの緩さの方が良い。

 打ち合わせの済んだヤトとクシナは明日の移動に備えて早めに床に就いた。

 

 

 翌日。ヤトはクシナの背に乗ってこの国の王都を目指して南下していた。フロディス国の王都バイナスはエルフの森から徒歩でおよそ半月はかかるが、竜の翼ならゆっくり飛んでも三日で着く。

 空を飛んでいる間は話をするぐらいしかやることがないので二人は雑談をしている。

 

「汝にふさわしい剣か。本当にあると思うか」

 

「あの連中の言う事ですから探さないよりはマシぐらいと思ってます」

 

「仮にもし数日で見つかったらすぐに森に戻るのか」

 

「まさか。せっかく二人になったんですから期間一杯までのんびりしましょう」

 

「お、おう。そうだな。ふふふ、ヤトと二人―――」

 

 クシナは久しぶりの夫婦水入らずに嬉しさがこみ上げる。カイルとロスタの事は嫌いではないが、旦那との二人だけの時間の方がより価値がある。

 ヤトは上機嫌の嫁に敢えて言わなかったが、剣探し以外にも森を離れる理由があったのだ。魂が命を懸けた戦いを求めていた。

 神代の戦を生き延びたエルフとの稽古はこの上ないほどに技量を高めたが、それでも命を削らない練習にどこか物足りなさを感じていた。だが、あの村では無益な殺生は禁じられている。村の住民を皆殺しにするつもりならそれでも構わないが、多少なりともしがらみが出来てしまった以上は何となく避けたい。それに鍛冶師のナウアがそれとなく剣を作ってくれそうなので、まだ殺すには早いと自制した。

 ならばと関係の無い土地で殺し殺される命を懸けた戦いを求めて別行動をとったのだ。仮にも一国の王都なら争い事にも事欠かない。最悪トロルやオークのような亜人でも構うまい。ともかくヤトは戦いたかった。

 旦那の内心を知ってから知らずか嫁は今も上機嫌で鼻歌を歌いながら飛んでいた。まあ、仮にヤトの内心を知った所でクシナは特に気にしないだろう。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 三日後。二人は何事も無くフロディス国の王都バイナスに着いた。

 今は朝早い時間もあって街に出入りする者の列が絶えない。そんな群衆の中でもヤトとクシナは非常に目立つ。なにせ二人はあまりに薄着なのだ。

 現在は暦の上では春でも、ついこの間までここにも雪が残っていた。朝晩はまだまだ寒気が堪えるが自前の毛皮を持つ獣人でもないのに厚手の防寒着も無しに過ごしていれば嫌でも目立つ。

 周囲の奇異の視線などお構いなしの二人は外壁の大門をくぐった。

 バイナスは一国の王都として恥ずかしくない規模と威容を誇る。人口は十万人を超え、十の神殿、五つの大劇場、二つの競技場、二十の公衆浴場、七つの市場、飲食店と娼館は数が多すぎて住民も完全に把握していない。勿論傭兵ギルドもや冒険者ギルドも居を構えているし、別の街から来る商人や根無し草の傭兵が利用する宿も無数にあった。

 街の西側には大河が流れ、豊富な水源が住民の生活を支えつつ水運による交易にも大いに役立った。

 まだ宿を取るには早いのもあって、二人は街をフラフラ歩いていた。途中クシナが露天商からリンゴを買って齧ったが、あまり美味しそうに食べていない。

 

「森で食べたリンゴの方が美味かった」

 

 クシナは不満だがそれは致し方ない。リンゴの収穫時期は秋から冬で今は春だ。今食べているのは去年収穫した分を街の外の氷室で保存していた物だ。当然旬を逃しているので味はあまり良くない。それでも旬を外した果実が食べられるのは需要のある大都市ゆえだ。むしろ季節を無視した果実がなるエルフの森が異常だった。

 仕方が無いのでヤトは別の店で干したブドウを買って嫁の口に放り込んだ。不意打ちに驚いたが何度も噛んでいると干した果実独特の食感と味を面白がって、もっと欲しいとねだる。

 二人は仲良く干しブドウ一袋を分け合いながらブラブラしていると、いつの間にか都市の中央の王城が間近に見えるところまで来ていた。

 城は都の規模に相応しい堅牢さと巨体を全ての者に見せつけていた。一番外は豊富な水を引き入れた水堀。煉瓦積みの外壁は分厚く、四隅には監視用の尖塔がそびえ立ち、前後の門は跳ね橋になっていて有事の際は容易く籠城出来るようになっている。

 壁の中には白い漆喰で塗られて朝日を照り返す増改築を繰り返して肥大化した白亜の外壁の巨大な城。敵軍の将がここを落とす場合、どれほどの兵の犠牲を払えばよいか考えて鬱々とした気分になるに違いない。

 

「ふおぉお!儂より大きいぞこの家!二本足はこういうのも造れるのか!?」

 

 クシナは興奮しながら城を指差す。確かに城は彼女の本来の姿である白銀竜の数倍は大きい。山のような自然物を除き、人工物でこれほど大きな物を作れると知った衝撃は大きかった。

 彼女は城に酷く興味を惹かれて騒ぎながら、どうやって作ったのかをあれこれ尋ねる。

 意外な物に興味を持った嫁にヤトは城の周囲をぐるっと回りながら懇々丁寧に説明した。

 結局一時間は城の解説に費やしてしまったが、クシナが大変満足したのでヤトは苦笑していた。

 しかし夫婦の有意義な時間も、突如として不意に闖入者により破られた。

 城から兵士の一団が駆け足でやって来て、ヤトとクシナを取り囲んだ。

 ヤトは最初、城を観察している不審者を捕えるために兵士が来たのかと思ったが、それならもっと前に門番や巡回兵が注意するなり退去を命じるので、それ以外の理由だろう。

 それに兵士を率いているリーダーらしき人物は帯剣し軽装の鎧を纏った見目麗しい女性だ。どうにも意図が読めない。

 兵士というより騎士らしき長い赤髪を丁寧に巻き上げて頭上で纏めた女性は一歩前に出て二人に一礼する。

 

「突然取り囲んだのは謝罪します。お二人を城にお連れするように仰せ付かっています。どうかご同行願いますか?」

 

「嫌と言ったら、その剣で無理に連れて行きますか?」

 

「可能ならそのような乱暴な事はしたくありませんが、騎士として令に背く事は赦されません」

 

 女騎士は顔は申し訳なさそうにしているが、手は剣の柄に添えられている。いざとなれば剣を抜いてでも連れて行くという意思表示をしていた。

 ヤトの見立てでは女騎士は片手間で蹴散らせる程度の使い手でしかないが、せっかく城の中に入れてくれるのなら断る理由は無い。いざとなれば自分の意志で出て行けばいい。

 

「儂らに何の用があるんだ?」

 

「さあ何でしょうね?まあ美味しいお茶菓子ぐらいは出してくれると思いますよ」

 

「おぉ。それなら行く」

 

 クシナはお菓子に釣られて了承した。ヤトも探している剣がもしかしたら城にあるかもしれないので招かれるのは都合が良い。断る理由は今のところ無かった。

 女騎士は穏便に事が進み、あからさまに安堵の息を吐く。この様子では荒事を好まない性格なのだろう。それでよく騎士が務まるものだ。

 ヤト個人の感想はともかく、二人は騎士と兵士に挟まれて城の中へと進んだ。何が待っているのかはまだ分からない。

 

 



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第11話 仮初の母

 

 

 素直に赤髪の女騎士に従った二人は城の中の客室らしき部屋に通された。部屋の調度品はどれも一流、メイドが用意していた茶と菓子は匂いだけで貴族が食すと分かる上等な品だ。間違っても単なる旅人へのもてなしではない。

 ますます疑問に感じるヤトとは違い、クシナは席に座る前にお菓子を摘まんでご満悦だ。傍から見れば実に行儀が悪い。

 女騎士はそんなクシナの様子を見て呆れながら苦笑するも、すぐさま元の引き締まった顔を作り直した。

 

「それで茶菓子を用意してくれたのは礼を言いますが、そろそろ連れてきた理由を話してもらえませんか。えっと―――」

 

「名乗りが遅れました。私は騎士カレンと申します。お二人といいますか、私が命じられたのはお連れの婦人を連れて来る事です。もうすぐいらっしゃると思いますが」

 

 数分後。言葉通り、何人もの足音と客室の扉をノックする音が響く。

 カレンが扉を開け放つと、最初に飛び込んできたのは身なりの良い5~6歳の幼児だった。子供は一直線に茶菓子を齧っていたクシナに近寄ってじっと顔を見据える。

 凝視されて心なしか居心地が悪そうなクシナと対照的に、子供は咲きほこる花のような笑顔で叫んだ。

 

「やっぱり似てる!!母上だっ!!」

 

「んん?儂の事か、ちっこいの?」

 

「そうだよ!あっカレン、連れてきてくれてごくろうさま」

 

「もったいないお言葉ですルイ様」

 

 ルイと呼ばれた幼児がクシナに抱き着く。クシナは生まれて初めての経験に珍しくオロオロしてヤトに助けを求めたが、ヤトも何が何だか分からずにカレンに事情を聞く。

 

「このお方はこの国の王子のルイ様でございます。お二人を連れてくるように私に命じました。理由はその……ルイ様の母君にお連れのご婦人が似ていらしたからでしょう」

 

 ヤトはその母親がどうなっているのかを聞かない。母親に似ているだけで兵を使って連れてくるような真似をする以上、死んでいるのか遠く離れて容易に会えないのはすぐに分かった。

 ルイは幼児特有の遠慮の無さでベタベタと顔や角を触ったり、怒涛の如く質問を浴びせてクシナを困らせていた。助けても良かったが嫁が困る姿が珍しかったので、ヤトは黙って二人の微笑ましい触れ合いを眺めていた。

 子供故にあちこち話が飛んで分かり辛かったが話の内容を統括すると、城の塔からクシナの顔を見たルイが側付きのカレンに頼んで城に招いた。本当の母親は二年前に死んでいる。父は仕事が忙しいから構ってくれないのと、今は新しい母親がいるらしいが、本当の母ではないので嫌らしい。それと新しい母親に子供が出来て、父がそちらに興味を向けているのも面白くないとこぼしていた。

 

「そしたら母上がそとにいたから来てもらったの!」

 

「いや、儂はお前の母ではないからな」

 

「そんなことないもん!母上は母上だもん!!」

 

 クシナの言葉にも耳を貸さず、駄々をこねて母だと言って聞かず騒ぎ立てる。

 一方で部屋の外が騒がしくなり、待機していた兵士と別の一団が整然と足音を立てて中に入って来た。そして最後に入って来たのは兵士ではなく純白のマントを靡かせた壮年の男性。ルイと同じ金髪の上には無数の宝石を散りばめた金細工の冠を乗せている。

 男は部屋の中を一瞥して、クシナを見た時に一瞬だけ目を見開いたが、すぐさま目を閉じて何かを振り払う仕草をしてから、膝をついてルイに向き合う。

 

「父上!!あのね母上がね――――」

 

「ルイよ。数学の勉強はどうした?」

 

「でも、母上が…」

 

「お前の母はどこかに行きはしない。後で話す時間はたっぷりあるのだから、今は勉強をする時間だ。分かったな」

 

 父親の有無を言わせない気迫に気圧されたルイは反論せずに、クシナに笑みを向けた後に大人しくカレンに連れられて部屋を出て行った。

 ルイの父親は息子の後姿を見送ってからヤト達に向き直る。

 

「息子が粗相をしたようだな許せ。名乗りが遅れたが、この国の王を務めるルードヴィッヒだ。お前達も名乗るがいい」

 

 決して高圧的な口調ではないがそれでも問われた者は緊張を強いられる、そんな威厳に満ちた王に相応しい声を持っている。

 ただしヤトもクシナもその程度で委縮するほど可愛げのある育ちはしておらず、ごくごく自然体で素っ気なく名乗った。

 ルードヴィッヒはふてぶてしい二人を特に気を悪くせず、ただついて来いとだけ言ってスタスタと部屋を出て行ってしまった。

 別段ヤトは無視しても良かったが、なぜ子供がクシナを母と呼んだのか話を聞かねばならないので王について行った。

 王とともに二人が来たのはルードヴィッヒの私室と思わしき部屋だった。中は手の込んだ調度品で埋め尽くされていたが煌びやかな装飾は少ない。部屋の主の性格が出ているのだろうが、問題はそこではない。

 壁に飾られた一枚の女性の絵が最も目を惹いた。温和な笑みの美しい金髪の女性だった。

 

「なるほど。この絵の婦人があの子供の母ですか」

 

「そうだ。そして私の最初の妻でもあった。ルイはよくこの絵を眺めていた」

 

「この絵の女が儂によく似ているのか?よくわからん」

 

 クシナは絵の人物をしげしげと眺めて自分の仮初の顔をしきりに触っているがよく分かっていない。

 ヤトも絵を観察すると、なるほど顔立ちがクシナとよく似ている。髪の色の違いと角の有無を除けば、ほぼクシナと言って差し支えない。母の恋しい年頃のルイがクシナを母と呼ぶのも納得だ。

 ルイの事情は分かったが問題はクシナが母親でもなければこの国の事情に付き合う必要が無いと言う事だ。今すぐにでも出て行ったところで咎められる謂れはない。

 ルードヴィッヒもそれを察しているのだろうが、内心を表に出さずヤト達にテーブルに就くよう促す。二人が椅子に座り話を聞くのを見て、少しだけ申し訳なさそうに話を切り出した。

 

「お前達には暫くこの城に留まって息子の相手をしてもらいたい。無論礼は望みのままに与えよう。そう悪い話ではないぞ」

 

「返答する前に不躾な質問になりますが、貴方はクシナさんを見てどう思いました?」

 

「………本音を言えば一瞬亡き妻のシャルロットを思い出したがすぐに違うと悟った。私はお前の連れ合いを奪うつもりはない」

 

 ヤトの質問の本質を察した王はすぐさま否定する。王の目を真っすぐ見つめたヤトはその瞳に嘘を見出さなかった。もちろん王たるもの感情を表に出さないよう振舞うのは当たり前のように出来るが、おそらくは偽らざる本心のように思えた。

 仮にルードヴィッヒが妻の幻影をクシナに求めて彼女を手籠めにしようとしても不可能と分かっている。下手をすれば怒ったクシナに城どころか都全てを焼き払われるのを心配したほうがいい。

 それにカイルの修業はあと二か月かかる。その間、どうせ宿をとるのだからこの際、城に客として居着いてしまえば衣食住に困るまい。

 

「僕は構いませんが、当事者のクシナさんはあの子供に二か月付き合えますか?」

 

「儂は親など知らんが、要はあのちっこいのと遊んでいればいいのか」

 

「そういうことになる。妙な頼みを聞いてくれたのだから、こちらもお前達の要望には可能な限り応えよう。城に居る間は遠慮せずに申し出るがいい」

 

 ルードヴィッヒとの私的な謁見は終わった。

 そして王から実質的な白紙命令書を貰い、ヤト達は用意された部屋に案内された。部屋は隣接した貴族用が一人一つ。おそらくこれはヤトとルイが顔を合わせないよう配慮したのだろう。快適な生活は手に入ったが夫婦生活は中々難しそうである。

 ヤトは部屋付きのメイドにルイの授業時間を聞き、まだ幾らか時間があるのを確認してから隣の部屋を訪れた。こちらの部屋の床にはなぜか何着ものドレスが乱雑に落ちていて、若いメイドが非常に困った顔をしていた。

 クシナは貴族用の大きなベッドでダラダラ過ごしていたが、ヤトの顔を見て勢いよく起き上がる。

 

「ヤトぉ、こいつが儂に服を着ろとうるさい」

 

 ジト目でメイドを睨む。多分ルードヴィッヒが気を利かせてラフな格好のクシナのために色々と服を用意したのだろう。

 

「そのぉ、失礼ですが今のお姿でルイ様にお会いになられるのは色々と差し障りが……」

 

 メイドが言いにくそうに申し出る。言いたいことは分からないでもない。王子の遊び相手を務める女が半袖短パンでは城の貴族共が格式が何だのと余計な口を挟むだろう。だからせめて格好でも整えさせたかったのだろうが、そもそも竜である彼女が服そのものを好まないのを知るはずもなく、結果は御覧のありさまだ。

 ヤトは床の赤い長袖のドレスを拾って広げてみる。絹製で細部にまで丹念に刺繍の施されたドレスはこれ一着で平民の年収を楽に超えるはずだ。金の問題ではないが、これほどの良い品を粗雑に扱うのは気が引けるし、クシナが着た姿を見てみたいと思った。

 なのでヤトは嫁にドレスを着てほしいとお願いした。

 当然クシナはあからさまに難色を示したが、ヤトの懸命なお願いにより渋々メイドに手伝ってもらい生まれて初めてドレスを纏う。

 赤いドレスはクシナの赤い瞳と銀髪に良く似合った。ただし当人は服の感触が気に入らずに顔をしかめている。

 

「うーなんか変な感じだぞ。なんで二本足どもはこんなものをいつも着けていられるんだ」

 

「慣れないと辛いですが我慢してください。でもそのドレスを着た貴女もすごく綺麗ですよ」

 

「むぅ、ヤトがそう言うなら仕方が無いから着る」

 

 非常に嫌そうだったが、旦那に言われては我慢するしかない。メイドは役目を果たし上役からの叱責を免れてホッとしていた。

 ヤトはルイが来るまでの間、珍しい嫁のドレス姿を十分に堪能してから一旦割り当てられた部屋に戻った。

 その後、夕食は一緒に食べようとしたが、ルイがクシナのそばからずっと離れず、寝る時まで一緒だったのでヤトは仕方なくその日は一人で寝る羽目になった。

 

 



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第12話 神官戦士の矜持

 

 

 ルードヴィッヒ王の客人として城に逗留した翌朝。ヤトは一人客室のベッドで起きた。いつもなら隣にはクシナが寝ているが、昨夜はルイ王子が隣のクシナの部屋で寝ていたので邪魔するわけにもいかず久しぶりに一人で寝る事になった。

 しばらくするとメイドが湯とタオルを持ってきたので顔を洗う。そして朝から食べ切れないほどの料理を並べた。全て食べる必要は無かったので必要な分だけ食べ終わる頃、ノックもせずに扉が開け放たれた。

 

「おーいヤトぉ!」

 

「おはようございますクシナさん」

 

 勢いよく部屋に入って来たのは動きやすさを重視して肩と腕の露出した白いドレスを着たクシナだった。

 彼女は先程までルイと一緒に食事をして、彼が授業に行ってようやく解放されてすぐにヤトに会いに来て抱き着いた。授業は昼食まで一杯に詰まっているので、それまでは二人は一緒に居られる。

 クシナは窮屈なドレスからいつものような軽装に着替えてからヤトと共に街に繰り出した。

 朝の早い時間だったが街には人が溢れていた。さすがは一国の王都と言ったところか。

 ただ、よく観察すると他の街に比べて人間以外の人類種が驚くほど少ないのが分かる。それとすれ違う人々の多くがクシナの角を見て振り返るなり奇異の目を向けている。

 どうやらこの街は前に居たバイパーの街に比べて亜人にとって住みにくい環境らしいが、公然と敵意を向けてないだけマシだ。なにせ金さえ出せば商品も適正価格で売ってくれる。今もクシナは焼いた鶏肉を挟んだパンを買って頬張っていた。

 二人は群衆の注目を無視しつつ、あらかじめグラディウスの街で聞いておいたスラムの盗賊ギルドを訪れた。

 光の差さない石造りの部屋で暇そうにしていた受付の狼人の男は親し気に接する。特に見た目が亜人のクシナにはまるで十年来の親友のように友好的な視線を向ける。

 

「で、用件はなんだい?」

 

「情報が欲しいんです。この都に竜に勝る優れた剣があると聞きました」

 

「ほーん、剣ねぇ。ここは一国の王都だから謂れのある剣には事欠かないぜ。まあ一番有名なのは『選定の剣』だろうけど」

 

「それは?」

 

「おっと、ここから先は有料だ。あとは別室で聞いてくれ」

 

 さすが盗賊。いくら友好的でもタダで物を教えてくれるはずがない。二人は素直に狼人に従って中の部屋で待っていた。

 しばらく待っていると部屋に大柄な虎人の女が入って来た。彼女は手に一枚の紙きれを持っている。

 

「待たせた。あんたの欲しい剣の情報は五つあるが一つにつき金貨一枚だ」

 

「では全部聞かせてください」

 

 ヤトは即答して懐の財布から金貨五枚を虎女に差し出した。彼女は鋭い爪で目の前の金貨を引っ掻いたり、貨幣同士を打ち合って音を確かめた。

 疑り深い気もするが、騙し合うのが盗賊の本質なのだから彼女の方が正しいとも言える。むしろ旅仲間のカイルの方が盗賊のわりに他者を信じ過ぎている。いつか痛い目にあうだろう。

 虎女は全て本物の金貨と分かったので紙切れをヤトに渡した。紙に目を通すと六か所の住所と所有者および団体の名が記されていた。

 記された所有者の内、三つは神殿。二つは貴族。最後の一行には王墓とあり、横に『選定の剣』と書かれていた。

 

「金貨一枚なら場所だけだ。追加料金を払えばどの部屋に置いてあるかを教える。取って来いと言うなら一振りにつき金貨三千枚は出せ」

 

 なるほど、やけに情報料が安いと思ったら追加料金で儲ける算段だったか。所持金は金貨二万枚以上あるから全部取って来いと言ってもいいが、本当に自分の腕に見合う剣かどうか分からない現段階でそんな無駄遣いをしたら合流したカイルに何と言われるか分からない。となれば実際に自分で確かめに行った方が確実だ。

 

「場所さえ分かれば大丈夫です。ところで最後の行に選定の剣とありますが、さっき受付では有料と言ってましたよ」

 

「どうせそいつは街の連中に聞けばすぐに分かるからタダでもいいんだよ。じゃあ他に聞く事があれば金を出せ」

 

 これ以上聞く事の無かったヤトは虎女に金ではなく礼を言って盗賊ギルドを出た。

 街の市場まで戻って来た二人は早速聞き込みを開始した。と言っても特別な事はせず、クシナに食べたいものを何でも買ってやるだけだ。その時に店主にそれとなく盗賊ギルドで教えてもらった場所の事を聞けば、誰もが気前よく話してくれた。

 買い食いしながら聞き込みを続けてルイ王子との昼食の時間までに大雑把だが情報は揃った。

 二つの貴族の邸宅は場所ぐらいしか分からなかったが、神殿の方はそれなりに詳しい情報を聞けた。

 三つの神殿はそれぞれ『法と秩序の神』『戦と狩猟の神』『死と安寧の神』の奉納品としてそれらしい剣があるらしい。その中で剣の場所がすぐに分かるのは『死と安寧の神』だけだ。他はおそらく神殿内部の宝物庫あたりにでもあるのだろう。

 そして最も情報量が多いが、おいそれと近づけないのが王墓にあると言われる『選定の剣』だ。

 

「数百年前に天を衝く巨人を葬った王の剣。それが代々の王の霊廟に刺さっている…ですか」

 

「この街の北にあるんだったな。王族以外には近づくことも許されないが」

 

 城への帰り道を歩きながら二人は今しがた教えてもらった情報を口にする。この情報は街のどの住民に聞いても答えが返ってきた。それだけ有名な話なのだろう。

 他に分かったのは王族以外にも王の戴冠式が執り行われる時だけは一部の貴族も内部に入る事を許される事、それと王家に仕えて霊廟の保全と管理を任される職人一族だけは定期的な出入りを許されているとのことだ。

 二人は城の客人扱いで大抵の要望は聞いてもらえるが、さすがに霊廟には入らせてはくれないだろう。こちらは後回しにして何か良い知恵が浮かぶのを待った方がいい。

 集めた情報を精査した結果、とりあえずクシナがルイの相手をしている間、ヤトが入りやすい神殿から調査する手はずになった。

 城に戻ると既に兵士からルイが待っていると急かされたクシナは若干面倒くさそうにしたが、さして嫌がりはせず言う通りに甘えん坊な王子の元へと行き、ヤトは神殿の調査に再び街へと戻った。

 

 

 クシナと別れたヤトが最初に訪れたのは『戦と狩猟の神』の神殿だ。建物の大きさは一国の王都に見合った巨大さを有し、祈りの場の正堂以外にも心身を鍛える競技場や鍛錬場を備えているのが特徴だ。

 『戦と狩りの神』は文字通り戦神であり、兵士や戦に赴く貴族からの信仰の厚い荒々しい神だ。同時に森の豊かな恵みを与えてくれる狩猟の神でもあるので、獣人からの信仰も厚い。

 ヤトは信仰心に薄いが神殿の神官戦士と剣を交えた事もあり、それなりに出入りした経験があったので勝手は知っている。

 まず一般開放されている祈りの場の正堂で筋肉粒々髭面の神像に形式上頭を下げてから、人がすっぽりと入る瓶の中に銀貨を一枚喜捨として入れた。それから正堂の中をじっくりと観察する。奉納品なら探している剣が神像のそばに置かれている可能性はそれなりに高い。

 問題はその奉納品が数え切れないほどに置かれている事だ。ざっと見渡すだけでも百は優に超える。剣以外にも槍や斧、槌に大鎌、大陸南部で作られたチャクラムや中部の遊牧民が好む曲刀もあれば、鎧や盾も数多くあった。これではどれがお目当ての剣なのか探すのは大変だ。

 どうしたもかと悩んでいると、近くの帯剣した巨漢の神官が話しかけてきた。

 

「加護を受けに来たのかね?それとも武芸師事をお望みか?」

 

「ただの見学です。ここに竜を討つほどの優れた剣があると聞いたので、どのような代物なのか興味がありました」

 

「確かにうちの神殿に代々伝わる宝剣が君の言う竜殺しの剣だが、信徒でもない者にお見せするのは無理というものだ」

 

 神官の言葉は尤もだ。大切な物を見ず知らずの輩に気軽に見せる道理は無い。

 予想通りの言葉なので落胆は無いが、それで諦めるほどヤトは潔くない。許可が無くとも勝手に見てしまえばいい。そのためにはどこに剣があるかを神官からそれとなく聞き出す必要があった。

 

「では信徒になればすぐにでも見せてもらえると?」

 

「まさか!あれはこの神殿の宝だ。試練を突破した優れた神官戦士でもなければ触れる事は許されぬ」

 

「試練ですか。それはどのような物なのですか?」

 

「神官戦士五名と戦い勝ち抜く事が条件だ」

 

「なら僕がその神官戦士十名に勝ったら見せてもらえますか?」

 

 ヤトの挑発的な物言いに、神官は穏やかな笑みを装っても内心は生意気な若造に対する怒りが渦巻いていた。

 神官戦士は神殿に入った時から生涯の大半を武の修練に費やす。単に神殿にこもるだけではなく、傭兵として各国を渡り歩き戦に身を投じ、時には二十年を超える実戦経験を積む者さえいた。

 そのような誉ある戦士十名を軽々しく倒せるなどと嘯く身の程知らずな若造をこのまま放っておくなど戦士として赦し難い。否、増長したまま世にのさばらせては要らぬ騒動の種になる。ならば正しき道へと戻してやるのが神官としての務めと言えよう。

 

「さて神官戦士は色々と多忙ゆえ、時間はかけられないが君がどうしてもと言うのなら仕合うよう取り計らおう。そして見事勝てたなら、勝利を讃え宝剣をお見せしよう」

 

「ありがとうございます。それでもし僕が無様に負けた場合はどうなさいます?」

 

「―――――ならば負けた時はその腰の剣を奉納品として神殿に納めてもらうとしようか。止めるのなら今の内だぞ」

 

 神官はヤトに揺さぶりをかける。彼は武器の目利きも大したもので、柄と鍔の意匠からヤトの持つ細剣が中々の業物だと見抜いていた。それを取られてしまうとなれば若造は委縮するか必要以上に気張って本来の実力を発揮出来ないだろう。

 残念ながらヤトは神官の狙い通りになるほどヤワではなく嬉々として了承した。

 多少当てが外れたものの、自分達の実力を疑っていない神官は生意気な若造を神殿内部の鍛錬場へ案内した。

 

 



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第13話 空振り

 

 『戦と狩猟の神』の神殿には多くの者が共同生活を営んでいる。神職に携わる者以外にも神殿に伝わる武芸を学ぶ目的で寝食を共にするものも幾らか居た。

 彼等のような修練者は金銭を喜捨の形で神殿に納める者と、金銭の代わりに下働きとして日々の雑用を担いながら千年を超える歴史ある武芸を学んでいた。

 修練者の来歴は様々だが、世俗と明確に異なる点を一つ挙げるとすれば神殿には街で見かけなかった獣人が驚くほど多い点だ。

 大陸西部は亜人種に対する隔意が強い。エルフやミニマム族のように殆ど人と変わらない容姿を持つ種族なら偏見の目もさして無いが、明確に異なる容姿の獣人はその限りではない。

 例外となるのが神殿だ。神の前では皆須らく平等であり、彼等の教義は種族を差別しない故に、庇護や社会的保証を求めて門を叩く亜人は多い。

 この『戦と狩猟の神』は狩りと戦を司る戦士の神なので、日常的に戦う機会の多い狩猟民族の獣人族と相性が良い。そのため強さを求めつつ、人類国家の中で一定の信用を得ようとする獣人が多かった。

 なにしろ大陸西部の都ではただの獣人なら買い物拒否や宿泊を断られる事もあるが、神官の法衣を纏って説法の一つでもすれば商人は上客として彼等を据え膳上げ膳で持て成した。

 勿論神官となるには長く厳しい修行に耐え抜き、強さと共に教養を身に着けるのが大前提にある。さらに神殿の武を司る神官戦士となれば神に認められた存在と同義で、一国の近衛騎士でさえ一歩譲る屈強な戦士だった。

 そのような選ばれた戦士に無礼な物言いをした青年に現実の厳しさを教えるため、幾人もの屈強な戦士達が訓練所に集められた。訓練生も何事か気になり鍛錬の手を止めて見物に回る。

 当のヤトは敵地同然の訓練所で多くの戦士や見習いに囲まれていようが恐怖を感じるような可愛らしさを持ち合わせている筈が無く、実に楽しそうにしている。

 最初は新しい見習いが入って来たのかと思った神官達だったが、事の次第を聞くにつれて怒りが伝播し、すぐさまヤトと戦わせろと手を挙げる者であふれた。

 すったもんだの末に最初の相手となったのはヤトより頭二つは大きな牛の亜人だ。彼は見せつけるように木製の長大な槍を体躯に似合わない繊細さで操り、一匹のハエを打ち落とした。力だけではない確かな技量に神殿の業が窺える。

 ヤトは感嘆の声を気にすることなく、淡々とそばに置いてあった木剣を一振り選ぶと牛人の神官戦士と対峙した。

 

「はじめぇ!」

 

 審判の声とともに牛人は一瞬で二度槍を突くも、挨拶代わりの攻撃など予測していたヤトにはかすりもしない。それどころか二度目の突きを引く時に合わせて間合いを詰めて槍の柄を握り、牛人の身を引き込んで鳩尾に木剣の切っ先を突き込んだ。

 牛人はたまらず膝を着いて咳き込み、審判は仕合を止めた。

 訓練場は動揺に包まれる。どう考えても体格差だけでなく神官戦士の技量からして負けるのはヤトの方だ。それをあっさり覆したのだから困惑はかなり大きい。

 とはいえそこで臆するような者は戦士にあらず。余計に闘志を燃やした戦士が次は自分と名乗りを上げてヤトと向き合った。

 二人目の神官戦士はネスと名乗った人間の男だ。彼はヤトより幾ばくか短い木剣と丸盾を構える。

 開始の声が聞こえたが、今度の仕合は両者とも動かず静かな戦いとなった。

 ヤトが横に一歩位置をずらせばネスはその分だけ盾の位置をずらす。どうやら彼は自ら攻めずに攻撃を受けて反撃に出るカウンター型の戦法を執るつもりのようだ。

 盾を起点にした戦いは防御面で非常に有効だが、ヤトに対しては大きな欠点を持つ。

 一気に距離を詰めたヤトの剣を受けるために盾を正面に構えたネスだったが予想した剣戟は来なかった。尤もそれは彼も予想しており、盾に隠れ切らなかった右側からの攻撃に対処するよう、すぐさま右手の剣で迎撃しようとした。

 しかし右を向いても相手はいなかった。そしてネスは首筋に強い衝撃を受けて倒れ込み意識を失った。後ろに立っていたのはヤトだった。

 何の事はない。ネスの予想速度を大きく上回って盾を持つ左側から音も無く後ろに回り込んで首に剣を叩き込んだだけだ。彼が未熟というより、ヤトの隠形が上手すぎて捉え切れなかったのだろう。負けたのは決して恥ではないが、神殿の看板を背負った者が立て続けに負けた事には変わりがない。

 周囲は色めき立ち、今度こそ無様な真似を晒さぬよう武芸師範が対戦相手を指名した。

 

 三十分後。訓練所は葬式の方がまだ賑やかに思えるほど静まり返っていた。最初は興奮した戦士や見習いが汗ばむ熱気の中で騒いでいたが、今はその熱も冷めきり意気消沈する者ばかりだ。

 既にヤトは九人目を相手取り、今しがた剣の柄を相手のこめかみに叩き付けた所だった。これで約束の十勝まであと一人。

 ヤトは喜色を隠しもせずに気を失った武芸師範を見送る。数日前まで居たエンシェントエルフの村の戦士には技量で及ばないが、流石は『戦と狩猟の神』の神官戦士だけあって業の質が非常に高い。

 神官に必要な最低限の礼法や知識を学ぶ以外は全て鍛錬に費やす神官戦士のあり方は剣鬼であるヤトの生き方に酷似している。故に模擬戦であっても同類と戦える喜びは大きかった。

 その上あと一人勝てば竜殺しの剣を拝見出来るのだから否応にも感情が昂る。

 反対に神官戦士たちは悪夢に取り憑かれたかのような絶望感を味わい、最後の戦士を誰に推すか視線を巡らせている。訓練所にいた者の中で最も強かった戦士は今しがた医務室に運ばれた。最後の希望を託す相手もとい、不名誉を押し付ける相手を自分以外から選ばなければならなかった。

 しかし待っても一向に次の対戦相手が名乗り出ない様子に落胆したヤトが不戦勝を仄めかす。そこまでしてようやく一人のしがれた声が上がった。

 

「ほほほ。誰も相手をしたくないのなら儂が最後の相手を務めていいかのう」

 

 声の主が群衆の隙間を縫ってヤトの前に姿を現す。腰に脇差ほどの短い木剣を差した恐ろしく小柄な老人だった。僅かに残った白髪とシミだらけの皺の多い面が彼の過ごした年月を物語っていたが、背筋は伸び切り挙動にも加齢による阻害は見受けられない。

 

「ラーダ僧正、なにも貴方様が戦わずとも!」

 

「何を言うとるか、強者を前にして臆した未熟者に出る幕はないわッ!!」

 

 戦士の一人を一喝して黙らせる。ラーダと呼ばれた老人の言う通り、負けるのが嫌で戦おうとしなかった者が止めに入る資格はない。

 静まり返る訓練所でヤトとラーダは向き合い、無言で剣を構えた。もう少し話をしても良いが、双方共に百の言葉より一手交えた方がより相手を理解するのが戦士だった。

 ヤトの剣気が研ぎ澄まされ、ラーダの剣気とぶつかり合う。その余波に耐えられなかった見習いが情けない声を上げた。声が契機となり二人は互いに一歩間合いを詰める。

 リーチの長いヤトが突きを繰り出すが、既にラーダは視界より消え失せていた。

 老剣士は跳躍しながら身体を捻り、無防備なヤトの頭上を取っていた。そして予想も回避も出来ない一撃を振り下ろす。

 

 『カンッ』

 

 軽い音が響く。ヤトが剣を上に投げてラーダの剣を防いだ。

 着地したラーダが無防備な相手を追撃しようとするも、ヤトは既に近くにいた見習いから木剣を奪って体勢を整えていた。

 再び対峙する二人。今度はラーダが仕掛ける。

 速くはないが音も無くすり足で間合いを詰めるも、ヤトの横薙ぎが小柄な人影を捉えた。

 と思わせたが一瞬で加速した老戦士を捉えるには僅かに遅く、懐に入り剣鬼の脇腹を斬り付けた。

 かと思いきや、ラーダの木剣はヤトの左手に握られていたもう一本の木剣―――見習いから奪ってベルトに挟んで背に隠していた―――によって防がれて、逆に彼の首筋には躱したはずの右手の木剣が据えられていた。

 

「…ほほっ。儂の負けのようじゃのう」

 

「貴方とはあと二十年早く戦いたかったです」

 

 ヤトの言葉は決して世辞ではない。老戦士の技量は名工の打った名剣のように非の打ち所が無かったが、それ故に加齢による身体能力の衰えがより一層鮮明であった。もちろん己の勝ちは揺るがないが、心技体全てが充実した全盛期に剣を交えられなかったのを心から惜しんだ。

 負けたラーダは腰を手で叩きながら、どこか嬉しそうにヤトを手招きする。

 

「まあいいわ、約束通り神殿に伝わる『竜殺し』を見せてやろう。それとお前達は負けたのを恥じなくともいいが今以上に励むが良い」

 

 ラーダはヤトを案内する去り際、負けた戦士達を叱咤せず激励して背を向けた。

 彼等は懸命に悔し涙を堪えて今まで以上に鍛錬に打ち込み始めた。

 

 

 ヤトが連れて行かれたのは神殿の武器庫と思わしき部屋だった。中は隙間が無いほど棚が並び、その上には無数の武具が整然と置かれていた。どれもが一級の魔法の品であり、さすが一国の都に鎮座する偉容と言えた。

 ラーダはその中から一振りの長大なトゥーハンドソードを指差した。ヤトはそれを遠慮無しに手に取って鞘から引き抜くと、剣身は松明の火に照らさせて鈍い光を放っていた。

 自身の身長に匹敵する長剣を構えて軽く振ってみると、丹念に鍛えたアダマンタイト製の剣が空気を切り裂いて聴覚に程よい刺激を与えてくれた。柄や剣身の細かい傷から相当に使い込まれているようだが重量配分に僅かなズレも無く、かなりの名工の作品である事に疑いはなかった。アダマンタイトはミスリルやオリハルコンより頑強性に優れた金属なので、竜の力を得た今のヤトの膂力に耐えてくれるだろう。

 惜しむらくはヤトが好む刃渡りの倍はあることか。使いこなせないわけではないが、長い得物は取り回しに難があるので好んで使う気が起きない。いっそ短く切り詰めて好みの長さにすることも考えたが、これほど見事な出来の剣に下手に手を加えてしまったら台無しになってしまう可能性の方が高いだろう。

 そもそもがこれは神殿の所有物でありヤトの物ではない。譲ってくれと頼んでも決して首を縦に振る筈が無い。無理に持ち出そうとすれば神官戦士が総出で阻む。それはそれでヤトの好みの展開だ。幾多の神官戦士との命がけの戦いはきっと素晴らしい一時になるだろう。

 

「あまり物騒な事は考えないでもらいたいのう」

 

「顔に出てましたか?」

 

「いいや。じゃが、何となく分かるわい」

 

 さすがは高位の神官だけあってラーダはヤトの内面をおおよそ察して釘を刺した。

 ヤトは釘を刺された形になったが、実際に行動に移す気はほぼ無い。この都にはまだ候補になりそうな剣が幾つかあり、今はそちらを拝見するのを優先したいのと、実際に剣を強奪したところで剣の出来を落とさず打ち直してくれる鍛冶師の当てが無いのではあまり意味が無いからだ。

 それが分かっているので、これ以上は何も言わずに剣を鞘に納めて棚に戻した。ラーダは鞘に収まった剣を見てあからさまに安堵の息を吐く。

 

「良いものを見せていただきました」

 

「お前さんが何故剣を見たいと言ったか何となく分かるが、若いのじゃから気長に構えなされ。いずれ相応しい剣が手に入るじゃろう」

 

 そして本心なのか社交辞令なのかは分からないが、ラーダは知り合いの腕のいい鍛冶師を紹介すると言ってくれたが、そこまでしてもらう義理は無いので自ら固辞して神殿を後にした。

 それなりに有意義な時間を過ごせたが、都での最初の剣探しは空振りに終わった。

 

 



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第14話 陰謀の匂い

 

 

 ヤトとクシナが城の客人として招かれて十日ほど過ぎた。その間クシナはずっとルイ王子の遊び相手と寝る時の抱き枕代わりにされていたが、彼女も段々慣れてきたのかダルそうにしながら相手をしつつも何気に子供の扱いを楽しんでいた。

 よその子供に嫁を取られた形になった旦那のヤトだったが、当人は至って気にせず自分の目的である剣を探して毎日昼夜を問わずに都をほっつき歩いていた。

 その甲斐あって『法と秩序の神』および『死と安寧の神』の神殿にある剣は実際に見る事が出来た。

 勿論宝剣として奉納されている剣を部外者のヤトが気軽に見れる筈が無いので、多少の情報収集をした後に神殿に忍び込んで勝手に拝見させてもらった。

 ヤトは盗賊ではなかったが相手の気配を察知するのに長けているのと本業に匹敵する隠形の技術を習得している。そんな達人にかかれば平和な神殿の方だけの警備など無いも同然だ。流石に剣そのものを盗んでしまえば騒ぎになるだろうが、忍び込んで目当ての剣を見るだけなら容易い。

 尤もどちらの剣も当人の望むような剣ではなかったので、結局は徒労に終わったに過ぎないのが残念でもあり神殿にとっての幸運だった。もし本当にヤトが欲する剣であったのなら、強引にでも奪っていた可能性はゼロではなかった。そうなったらアフロディテの都は夥しい量の血の雨が降る惨劇の舞台となっていただろう。

 それはさておき、盗賊ギルドで得た情報では目当ての剣の候補は六つ。既に半分は収穫無し。残る三つの内、場所が分かっている王族の墓の剣は後回しでいい。となれば先にこの国の貴族が個人所有する二つを当たった方が良いかもしれない。

 貴族の家はそれぞれコレット家、デュプレ家と名前と邸宅だけは分かっていた。

 とりあえず城の人間にでも話を振って情報を仕入れるために朝から城中をフラフラしていたヤトだったが、大量の食事を運ぶ使用人達とすれ違った時に鼻腔を刺激する臭気に足を止めて振り向いた。

 そしてそのまま無言で使用人達の後を追って部屋の前で佇む。その部屋はクシナの居るルイ王子の部屋だった。

 ヤトはこの時点でこの後何が起きるのかをぼんやりと察して、溜息とともに扉を開け放った。

 

「おっヤトだ。汝も一緒に食べるのか?」

 

 呑気な嫁の一言に軽い笑みを浮かべてから首を横に振った。同席していたルイはヤトの顔を睨みつける。彼は自分にとっての母親であるクシナを取られたくない一心で近しい男を遠ざけたかったのだろうが、当のヤトは一顧だにせずテーブルの上の料理を一つ一つ丹念に確かめる。

 部屋にいた護衛の女騎士はこの闖入者を排除しようか迷ったが、一応王家の客人として城に居るのを知っていたので結局無言で見守る事を選んだ。決して関わり合いになるのを避けたかったのではない。

 そしてヤトは湯気の立つ野菜スープに視線を留めて、周囲の者にとって衝撃的な言葉を放った。

 

「このスープに毒が入ってますよ」

 

 部屋に居た者達の殆どがざわつき、互いの顔を見合わせる。使用人の中には否定の言葉を口にする者も居るが、ヤトがスープを飲んで毒が入っていない事を自分で確かめるように勧めると誰もが口を閉じた。

 そして誰もが動けない中で唯一関係無いとばかりに淡々と食事の用意をしていた若いメイドに注目が集まる。

 

「お食事の用意が整いました。どうぞお召し上がりください」

 

 ルイの前に湯気の立つ美味しそうな料理の数々が置かれた。毒入りと言われたスープもある。ヤトの言葉だけで真偽は定かではないのだが、毒入りと言われた料理をそのまま供するなど正気とは思えなかった。当然ルイもクシナも料理に手を付けない。

 そうこうして無情に時が過ぎた頃、武装した大勢の兵や騎士達が息を切らせて部屋に雪崩れ込んできた。

 

「ご無事ですかルイ様!!」

 

 先頭に立った美麗の女騎士がルイに駆け寄って食事に手を付けていないのを確認して安堵する。そして兵士達は使用人達を一人残らず連行していった。

 ルイは別の女騎士に連れられて強制的に別の部屋へと移された。彼はクシナも一緒にと頼んだが、取り合ってもらえず不貞腐れていた。

 残ったヤトとクシナは客人だったので手荒な扱いはされないが、それでも簡単な聞き取りを受ける。

 クシナの方は昨日の夜からずっとルイと一緒に居たので少し話してすぐに調査の対象から外れたが、毒に気付いたヤトにはアンジェリカと名乗る二十歳を過ぎた女騎士もやや強い口調で詰問する。

 

「何故気付いたと言われても、給仕とすれ違った時に妙な臭いに気付いて助言しただけですよ。ところでこの城には毒見役は居ないんですか?」

 

「居たがついさっき苦しみ悶えたから急いで駆け付けたんです。多分遅効性の毒が入っていたのでしょう。危ない所でした」

 

 アンジェリカはルイが無事だった事への喜びと、毒殺を客人に防がれた自分達の無力感が混じり合った複雑な想いをひた隠しにしながら、さらに聴取を続けた。

 そこで様子のおかしかったメイドが一人居たのを告げると、彼女はそのメイドを重点的に尋問するよう兵士に命じてヤトとクシナを解放した。ただし、しばらくは街に出ずに城の中に居てほしいよう命令に近い口調で言われた。

 アンジェリカも二人が逃げるとは思っていないだろうが、関係者の所在が把握出来ないのは色々と都合が悪いのだろう。

 従う理由は無いが、城で剣の情報収集もしたかったので表向きは快諾しておいた。

 

 

 その日の昼。

 残念ながら剣の情報収集が進まなかった。理由は嫁のクシナが暇なので構えと言って離さなかったからだ。ルイの相手は慣れたが別段好きでも無かったので、そこそこストレスを感じていたらしい。それで暫く放っておいた時間の埋め合わせのため旦那のヤトにベタベタくっついていたかった。

 それでも腹は減るもので、ちょうど良い時もあって部屋の外に控えている使用人に食事を頼む。

 少し待っていると部屋をノックする音が聞こえて使用人が入って来た。ただし使用人は手ぶらで料理は一切無い。

 

「ヤト様、クシナ様。本日のご昼食はルードヴィッヒ陛下から共に席を囲みたいとお言葉を頂きましたのでお連れ致します」

 

 なるほど道理である。息子の命を救った相手への感謝の意を伝える席を設けなければ王の器と徳が問われる。

 現状ヤトは断る理由が無く、クシナもどこで食べようが変わらないと思っているので、共に了承して案内役の使用人の後に続いた。

 

 

 二人が招かれたのは与えられた客室の三倍はある広さの王族専用の食堂だった。十名を超える使用人が給仕を務め、壁際には倍の騎士達が彫像のごとく整然と並び警護に当たっている。

 部屋の中心には巨大なテーブルが置かれ、その上には手の込んだ豪勢な料理が隙間の無いほどに乗っていた。

 テーブルの主は男女二人。一人は招いたルードヴィッヒ。もう一人の女性は初顔だった。彼女の年の頃はヤトのさして変わりない。よく手入れされた艶のある金髪に、やや肉が付いているが頬に赤みのある健康そうな整った顔立ち。一番目を引くのがゆったりとしたドレスの上からでも分かる膨らんだ腹部。ルイが言っていた新しい母なのだろう。

 

「待っていたぞ二人とも。さあ席に就くといい」

 

 ルードヴィッヒの言葉に従い席に就く。後は給仕にどの料理を食べたいのか伝えて欲しいだけ取ってもらうのがフロディスの食事の流儀だ。

 ルードヴィッヒと妊婦の女性はサラダを少量、ヤトは玉子スープを貰った。そしてクシナは桃のジャムが上に乗ったパイを丸々一皿頼んだ。そして切らずにそのまま齧り付いてガツガツ食べて、あっという間に平らげてしまった。

 その様子を見た女性はあからさまに蔑みの視線を向けるが、ルードヴィッヒは意外にも楽しそうにしていた。

 

「おっと紹介が遅れたな、私の妻のリリアーヌだ。二人の事はもう話してある」

 

「お二人ともどうぞお見知りおきを」

 

 彼女は一礼しただけでそれっきり二人に興味を失い、ただ黙々と料理を口にしている。

 昼食はつつがなく進み、テーブルの料理はどんどん数を減らしていく。そのたびにリリアーヌは当初の無関心が徐々に剥がれ落ちていき、形の良い唇が引き攣っていた。一人で子豚の丸焼きを骨ごと食べ切るクシナの常識外れの食欲を知ればさもありなん。

 

「ははは、話には聞いていたがよく食べる。ところでヤトよ、なぜ息子の食事に毒が入っていると分かった?いや質問を変えよう。なぜお前は毒に詳しい?」

 

 先程までの穏やかな顔が鳴りを潜め、今のルードヴィッヒは毅然とした王の顔になっていた。食堂は緊迫した空気に包まれるが、問われた本人はどこ吹く風とばかりに淡々と質問に答えた。

 

「生家で剣術や読み書きと同じように教えられたからですよ。毒に関してはオマケみたいなものですが」

 

「ならば毒殺を警戒するような家の出……王や貴族か」

 

「いいえ、どちらでも無いですよ。元は農耕神の祭事を司る神官が家の始まりと聞いています」

 

 ヤトの意外な答えにルードヴィッヒは考え込む。農耕を司る神は大陸西部にも信仰されていて、薬草を用いた薬学も関わりが深い。そこまでは納得するが、その神は生殖も司る地母神だったので武力とはすこぶる相性が悪く、武芸はからきしの気風だった。これが戦神や悪を断ずる法の神なら分かるが、大陸西部の常識とは些か趣が異なり納得しづらい。

 それでもヤトが嘘をついているような様子は見受けらず、結局は生国の文化的違いと納得した。

 食事はそのまま続き、四人ともデザートのケーキを頬張る頃、ルードヴィッヒがさらに踏み込んだ質問を誰にともなく投げかけた。

 

「ルイに毒を盛ったのは誰であろうな」

 

 その質問にリリアーヌの手が止まった。クシナは言葉は聞いていたが目を向けただけでそのまま食事を続けている。明確に返答したのはヤトだけだ。

 

「ご子息が死んで利益になる人物ですが、心当たりが多すぎて分かりませんよ」

 

「そのとおりだ。次の王となる王子に死んでもらいたい者は考えるのも馬鹿馬鹿しいほどに多い」

 

 そしてルードヴィッヒはちらりと横のリリアーヌに目を向ける。彼女はあからさまに恐怖を感じて思わず首を何度も横に振った。

 二人の様子を見たヤトは心の中で成程と思う。確かに今居る唯一の王子のルイが死ねば、リリアーヌの腹の中に居る子供が男だった場合、その子が次の王になる可能性は高い。自分の子を跡取りに推したい母が邪魔な王子を毒殺するのは道理だ。

 しかしそれはあからさま過ぎて疑いの目がすぐさま向けられるので賢い手とは思えない。何よりルードヴィッヒは息子のルイを心から愛している。その息子を殺したとあっては如何に妃と言えど赦しはしない。最悪離縁された上に生まれた子が男だろうが王位から遠ざけるに違いない。

 その程度の事が分からない能無しが一国の王妃を務められるはずがないので、リリアーヌは関わっていないと見るべきだ。それでもルードヴィッヒが釘を刺したのは彼女本人に周りを抑えさせるためだろう。王ともなれば気苦労が多い。

 

「ともあれお前達が関わる事ではないから、この話はこれでおしまいだ。では本題に入るとしよう。息子を救った褒美は何が欲しい?」

 

「それはどんなものでも良いんですか?」

 

「私に叶えられる望みなら何でもだ。流石に王位を寄越せとか、他国と戦争しろなどというのは無しだぞ」

 

 ルードヴィッヒは冗談めかして気前の良い事を言う。彼はヤトの本性を知らないので精々が大金か、名剣魔剣の類でも欲しがると思っているのだろう。

 言質は取った以上遠慮の要らなくなったヤトは望みを口にする。

 

「では王家の霊廟にある『選定の剣』を」

 

「なっ!おまっ………あれは王家の宝だ。私の一存でくれてやるわけにはいかん」

 

「勘違いしないでください。別にくれと言っているわけではないんです。見て触れる程度でも構いません」

 

「いや、しかしだな……」

 

 なおもルードヴィッヒは難色を示す。さすがに息子の命の恩人でも王家の剣を他国人に触れさせるのは心理的抵抗が大きい。

 ヤトもすんなり宝剣を譲ってくれると思っていない。だから次善案としてまず自らの目で見て手で触れて自らの望むような剣かを確かめた後、相応しい剣なら時を置いて盗み出す事を考えた。どうせ盗んでも早々にこの国を出て行ってしまえば追ってこれまい。

 ヤトの本当の狙いを知らないルードヴィッヒは多少悩んでから意外にも申し出を断った。そして代案を出す。

 

「剣は王族以外には触れさせることは許されない。しかし息子のルイを救ったのは感謝している。よってお前をフロディス王国の名誉騎士に任ずる」

 

「はあ騎士ですか」

 

 正直全然嬉しくない。というかどうでもいい。

 ヤトの明らかな生返事にもルードヴィッヒは怒らず、まだ続きがあると口元に笑みを張り付ける。

 

「唐突だが最近先祖の墓参りをしていなかったから、近日中に霊廟に行く事にした。お忍びだが護衛に数名騎士を連れて行くつもりだ」

 

「!先人を敬うのは良い心掛けだと思います」

 

「うむ、そうだろうそうだろう。それとお前の叙勲式は霊廟に行く前に執り行う。どうせなら早い方が良いからな」

 

 ヤトとルードヴィッヒはお互いに笑う。どうやらこの国王は柔軟な頭をお持ちのようだ。

 王自ら他国人の旅人を霊廟に連れて行き、あまつさえ宝剣に触れさせるなど許されないが、王子の命を救った者に誉を与えて騎士にするなら周囲も強くは反対出来ない。

 しかる後、護衛として霊廟に連れて行ったところで中で何が起こったかなど極少数にしか分からない。その者の口留めさえしっかりしておけば真相は闇の中だ。

 話が上手く纏まったのを区切りに昼食は終わった。

 ルードヴィッヒはこれから通常の執務以外にも毒殺未遂の後始末の指示をしなければならない。真面目に仕事をする王はどれだけ時間があっても足りないものだ。

 こうして王夫妻との食事はひとまず終わった。

 

 



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第15話 血濡れの乙女

 

 

 ヤトがフロディス王国の名誉騎士になった。と言っても何の権限も無い形だけの叙勲だ。

 随分と簡単な式で玉座で数名の騎士や貴族の立会いの下、ルードヴィッヒの持った剣がヤトの方に触れられておしまい。

 叙勲にあたり家臣からの反対意見が碌に出なかったのは功績云々より、名誉以外に渡す物が何も無いから。領地も金も魔法の武具すら必要無いのだから誰も反対意見など出しはしない。むしろあまりにもけち臭いからと言ってルードヴィッヒはヤトに『銘』を与えた。

 そして王子を護ったヤトには『護り手』なる二つ銘が付いた。よって今のヤトは『赤刃』改め『護り手』である。剣鬼には全く似合わない名であった。

 

 

 名誉騎士になったヤトだが今までと何か変わった事は無い。未だ城の中は暗殺騒ぎでゴタゴタしていて外出は許可されず、部屋の中で鍛錬するか嫁のクシナとベタベタして三日が過ぎていた。

 そろそろ騒ぎも落ち着き始めた王城だったが、別の動きをする者がいた。

 その人物は城の一室のドアを叩き、主の返事がもらえたので中に入る。

 

「お時間を割いて頂きありがとうございますヤト殿」

 

「いえいえ、大したもてなしは出来ませんのでお気になさらず」

 

 部屋に来たのは美麗の女騎士アンジェリカだった。彼女は数日前の事情聴取と打って変わり畏まった口調でヤトとクシナに接する。名誉騎士の肩書は無視しえない重みがあるという事だ。

 

「お二人には窮屈な想いをさせてしまいましたが、今日からはご自由に行動していただいて結構です。本当に申し訳ありませんでした」

 

「と言うと毒殺を命じた主犯が分かったんですか?」

 

「それは今から詳しくお話しします」

 

 話が長くなりそうなので彼女に椅子を勧めた。椅子に座り、アンジェリカは順を追って話し始める。

 まず最初に分かった事はヤトの言う通り毒が入っていたのはスープだった。そしてスープを運んでいた若いメイドが毒の入った小瓶を持っていたのも調べで分かった。

 メイド個人がルイを狙う理由は薄いので、誰かに命じられたと判断した尋問官は、その日のうちに彼女を強く尋問して黒幕の正体を知ろうとしたが上手くいかなかった。

 何故かメイドは自分の仕事を再開しようとするだけでまともに話が通じなかった。多少手荒く暴力に訴えても彼女は痛がる様子すら見せず、ただただルイに食事を運ぶことだけを求めた。

 さすがに気味悪がった尋問官が、その日は尋問を取りやめて翌日に持ち越しになると、不思議な事にメイドは毒を盛った日の事を全く覚えていなかった。自分が暴力を受けたのもだ。

 さらに奇妙なのは厨房の料理人から運んだ者、食事を用意した給仕など全員を取り調べた結果、その日スープを作った料理人が誰に聞いても知らないと答えた。にも拘らず確かに料理はあったのだ。

 話を聞いたヤトは小さな疑問が生まれた。毒見役が毒入りスープを食べて倒れたのなら作っている最中から食べるまでに毒を入れたのだろう。なら運んだだけのメイドは無関係になる。しかしメイドは証拠になる毒を持っていた。これはおかしい。

 

「やはりヤト殿もそう思いますか。どうにも今回の犯行はちぐはぐな印象を持ちます。ですがメイドをこのまま無罪放免というのもあり得ません」

 

 まあそうだろう。いくらおかしな点があると言っても毒という動かぬ証拠を持っていた以上は何かしら罰を与えねば再発の危険性は極めて高くなる。

 よってスープを運んだメイドは城の牢に投獄となり、厨房の料理人は兵士の厳しい監視下に置かれる事となった。即日処刑されなかったのは尋問官や法官もおかしいと思った故だ。

 事件の真相は未だ解明出来ていないが一応の下手人を処断したので、ずっと城内を警戒するのも無理があり、やむを得ず一部を緩める決定を下した。客人兼名誉騎士のヤト達の行動制限解除もそれに入っている。

 なんにせよ自由に動けるのは幸いだ。これで中断していた貴族が個人所有する剣の情報を先に集められる。

 ヤトは早速次の剣の事を考えていたが、それを遮るようにアンジェリカが話しかける。

 

「それでヤト殿に一つお願いがあるのだが」

 

「何です?僕は大した事は出来ませんが」

 

「貴方なら簡単に出来る事です。私と手合わせ願いたい」

 

 彼女はこれ見よがしに鞘に入った剣をヤトに見せる。既に美麗な乙女の顔は消え失せ、そこにあるのは獰猛な笑みを浮かべた虎か獅子だった。

 ヤトもまた返答代わりに鬼のごとき笑みを見せる。両者にこれ以上の言葉は要らなかった。

 

 二人は城の訓練所の一つで対峙した。クシナも途中までは付いて来たが、廊下でルイに捕まってしまい渋々そちらに行く羽目になった。

 ヤトはいつもの細剣を、アンジェリカはやや幅の広い両刃の長剣を鞘から抜き放つ。奇しくも両者はオリハルコン製の剣を得物としていた。本来なら訓練用の木剣を使用するが、今回はアンジェリカが真剣を希望した。

 同僚の女騎士達が周囲を囲んで彼女に声援を送っている。

 この国には珍しく女騎士団がある。貴人の女性の警護に男の騎士は色々と不都合なので組織したのだろうが、その華やかさはともすれば男の正騎士団を超えて、国中の男女からの人気を得ていた。

 もちろん実力に偽りはなく、並の兵士など歯牙にもかけない腕利き揃い。だから女騎士達は年長のアンジェリカを信頼して勝ちを疑わない。相手がどこの生まれかも分からない風来坊なら尚更だ。

 しかし騎士達の浅い考えは二人が真剣を構えた瞬間、ヤトのあまりにも強い剣気に当てられて消し飛んだ。気の弱い若年者は震えが止まらず、中には嘔吐を我慢する者まで居る。なのに当のアンジェリカはこの上なく喜悦に震えていた。

 

「嗚呼、何という剣気。やはり私の目に狂いは無かった」

 

「そう言ってもらえるとやる気が増します。では先手をどうぞ」

 

 ヤトの言葉を合図としてアンジェリカが一足飛びで間合いを詰めて刺突を繰り出すも、剣は軽く払われて反撃を受けるが彼女は辛うじてヤトの剣を受け流す。

 さらに彼女は脇を締めて小ぶりの横薙ぎを放ち、躱されてもすぐさま返しで逆に薙ぐ。さらに繰り返す横薙ぎに目が慣れて反撃に移る前に手首の動きを変えて斬るのではなく突きを混ぜた。軽いオリハルコンの剣だから出来る曲芸だ。

 並の相手なら幻惑されて対応を誤るが、今日の相手は無謬の剣士。僅かな変化を見逃さずに易々と受け切り、一度距離を置く。

 息を吐く暇もない二人の剣戟に周囲は呆気にとられる。

 

「型が崩れてるのを見ると傭兵か冒険者でもやってたんですか」

 

「ふふふ、数手で見抜きますか。貴方の言う通り、ある人に憧れて色々と」

 

 至福の笑みを称えたアンジェリカを無視してヤトは風のように速い斬撃を叩き込むが、油断は微塵も無く斬撃より速く横に飛ばれて躱された。逆に彼女は何か小声でつぶやいた後、瞬きする間に反撃の三連撃を繰り出してヤトを守勢に回す。

 一撃一撃が必殺の速さを有する剣に防戦一方のヤトの姿を見た周囲の女騎士はさかんにアンジェリカに声援を送り、既に勝った気になっていた。

 ヤトは何度も繰り出されるアンジェリカの剣を防ぎながら動きに違和感を感じた。今の動きはあまりに速過ぎる。さっきまで手を抜いていたわけではないので、何か別の仕掛けがあるのだろう。

 そして十を超す剣撃を無傷で捌いた所で注意深く観察していたヤトが答えに辿り着く。

 

「風ですか」

 

 ぽつりと呟いた一言でアンジェリカの剣が止まった。

 

「なぜそう思いましたか?」

 

「肉体強化魔法にしては剣に重みが無いが異様に速く、周囲の空気の流れに乱れが大きい。風魔法か剣に宿る風の加護で剣速を上げてますね」

 

「慧眼ですね。そして私の神託魔法『風迅剣』をこうまで防ぎ切ったのは貴方が初めてです」

 

 アンジェリカは自らの技を見破られても笑みを崩さない。いや、それどころか頬を赤らめていた。まるで初めて男に柔肌を見せる乙女のような仕草だった。

 女騎士の内面など理解しようがないが、彼女が何をしたかは分かった。神から授かった神託魔法による『風』で剣を加速しているのだ。こうした使い方はヤトも初めて見る。

 信託魔法は基本的に炎や雷を相手にぶつけるように用いる。風の魔法も竜巻や風の刃を相手に飛ばすような使い方が多い。アンジェリカのように剣技に織り交ぜるような使い方は例が無く、初見で対処出来たのはヤトの極まった直感と技量に加えて彼女の剣が素直過ぎたせいだ。剣意を先読みすれば幾ら速くとも、音より遅ければ防ぐのはそう難しくない。

 ヤトは思いもよらない剣技を味わい興が乗り、ならば返礼をするのが作法と思い、剣を構え直した。

 対するアンジェリカは相手の苛烈にして凶悪な剣気に息を飲み、絶え間無い歓喜の波に身を委ねて気が抜けてしまった。

 その隙を逃すはずもなく、ヤトは刹那の間に踏み込んだ。

 

 ――――――剣閃が奔る―――――――

 

 訓練場に居た者の中で何が起こったのかを見極められた者は一人もいなかった。よしんば見た所で目の前の光景を脳が処理しきれず理解を容易く超えただろう。

 ヤトとアンジェリカはほんの数秒前まで正面から対峙していたが今は互いに背を向けていた。

 そして女騎士の身に変化が生まれる。彼女の両足、両腕、両脇腹、下腹部、喉頭の―――軽鎧を避けた箇所―――計八ヵ所から血が滲み、言葉すら発せず剣が手から零れ落ちた。

 剣閃の正体は刺突―――それも刹那の瞬きから繰り出される八連突き。一手だけでも捉えられない高速剣が八度繰り出された。ただの手合わせゆえにほんの僅か突いただけだが、実戦ならアンジェリカは血華と共に命を散らしている。

 これが三か月間エンシェントエルフの村で磨き続けた業の結晶――――絶技『紅嵐』。

 ヤトは微動だにせず立ち尽くすアンジェリカを攻撃せず、ゆっくりと互いの顔が見える位置まで戻って声をかける。

 

「まだ続けます?」

 

 彼女は血の滲んだ腹部に手を当てて、無言で首を横に振った。青い騎士服に赤い血が染みて紫の部分が少しずつ広がっていた。

 周囲の女騎士達は何が起きたのか分からず騒ぎ立てるが、勝敗など当人が決めるだけで外野が何を言っても覆るはずがない。手当てを勧める同僚にも小さく拒否の声を伝えた。

 そして何かを決めて顔つきの変わったアンジェリカは改めてヤトに向き直った。

 

「素晴らしい戦いでした。ヤト殿と戦えた事は終生の誉です」

 

「僕も貴女と戦えて良かった」

 

 二人は互いの業を讃え、剣を鞘に納めた。

 模擬戦を終えたアンジェリカが同僚から医務室へ行くように強く勧められる。刺された場所の幾つかは急所なので念のため治療が必要だった。

 しかし彼女は治療を受ける前にヤトに近づき、顔を赤くしながらおずおずと告げる。

 

「あの……また私と戦ってもらえますか?」

 

「もちろんです。貴女とならいつでも歓迎しますよ」

 

 それだけ告げると彼女は訓練場を出て行った。

 その時同僚達はアンジェリカが恋する乙女になっていたのに気づいた。

 

 



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第16話 乙女の病

 

 

 ここ数日ヤトとアンジェリカは休む間もなく稽古を重ねていた。

 ヤトは出来れば探している剣の情報収集をしたかったが、アンジェリカの方が朝から日沈まで誘うので、気がすむまで付き合っていた。

 その甲斐あって柔肌の生傷は絶えなかったが、貪欲なまでに身体を苛め抜いた結果たった数日で彼女の剣の腕は見る見るうちに磨き上げられて、同僚の女騎士達を驚嘆させると同時に二人を生暖かい目で見始めていた。

 稽古の合間。二人は水分補給の休憩中に軽い雑談をしていた。と言っても色気のある話など微塵も無く、ひたすらに剣をどう振るのか防ぐかぐらいしか話をしていない。

 ここでヤトはこの国の貴族が所有する二振りの剣の事を聞き出せばいいのではないかと今更ながら気づいた。どうやらアンジェリカと稽古をするのが思ったより楽しかったのでそこに気が回らなかったようだ。

 というわけで改めて剣について聞いてみた。

 

「アンジェリカさんはコレット家とデュプレ家という貴族を御存じですか?」

 

「知っているも何も私はコレット家の者ですが」

 

 ヤトはこんな身近に手掛かりがあったのに放置していた己の迂闊さを恥じた。

 反対にアンジェリカは剣術だけでなく、自分に少し興味を持ってくれたのが嬉しくて上機嫌になった。

 

「街で小耳に挟んだのですが、その両家には素晴らしい剣を所有しているとか。アンジェリカさんは見た事ありますか?」

 

「ええ勿論です。私の家の地下に安置されていますよ。その…ヤト殿は御覧になられたいのでしょうか?」

 

「一剣士として興味はあります。出来れば手に取ってみたいのも事実ですが、貴女のご迷惑になるのでしたら無理な事は言いませんよ」

 

 アンジェリカは悩んだ。名誉騎士とはいえ部外者に家宝の魔法剣を触れさせるのは当主である父が許さない。しかしヤトを家に招く絶好の機会をむざむざと捨てるのはあまりにも惜しい。

 悩んだ末に彼女は直接剣の事は告げずに、ただ午後から家に来てほしいとだけ口にした。

 ヤトはアンジェリカが何を言いたいのかすぐに分かり、笑顔で感謝を述べた後は上機嫌で稽古を再開した。

 その一部始終を見ていた数名の女騎士達は離れた所でひそひそと小声で話した。

 

「アンジェリカ先輩なりふり構ってませんね」

 

「あの人、浮いた話も全然聞かないし今年で22だから結構焦ってるのよ」

 

「でもあの名誉騎士さん、既婚者だって聞きましたよ」

 

「だよねぇ。恋は盲目って言うけど大丈夫かしら」

 

「それって略奪する気ってこと?」

 

「じゃあ剣を見せる口実に家に招いて、既成事実を作るとか?子供作ったら言い逃れ出来ないとか言って」

 

「貴女達はお芝居の見過ぎよ。もうちょっと淑女としての品格を大事にしなさい」

 

 女三人寄れば姦しいのは騎士でも例外は無いようだ。コイバナのネタにされているのを知らない二人は、約束の刻限までただひたすら剣の稽古を続けた。

 

 

 午後。ヤトはアンジェリカと共に彼女の家の所有する馬車に乗って自宅へと招かれた。彼女の家は名のある貴族の邸宅らしく、広大で歴史を感じさせる威厳ある佇まいをしていた。門には十人を超えるメイドと執事の老人が出迎えた。

 

「おかえりなさいませお嬢様。そちらのお方はお客様ですか?」

 

「ええ。大切なお客様ですから、くれぐれも丁重に」

 

「畏まりました」

 

 老執事は多くは聞かずに自分の仕事を淡々と務めていたが、内心では長年世話をしてきたアンジェリカが年頃の男を連れてきたことを喜んだ。彼は早速厨房に今日の夕食はとびきりの御馳走を作れと命じた。

 ヤトは早速剣を拝見したかったものの、アンジェリカから少し時間が欲しいと言われたので、逸る気持ちを抑えてお茶に口を付けていた。

 しばらく待っていると、なぜかメイドから毛皮の防寒着を渡された。ヤトが疑問符を浮かべると、先に着込んだアンジェリカがやんわりと答えた。

 

「当家の宝剣は地下の氷室に保管していますから、手に取るには普段着では差し障りがあるんです」

 

 剣が氷室にある。彼女の言葉でおおよそ剣の性質が察せられた。

 ヤトが防寒着を着るとアンジェリカが手を引っ張って地下にある氷室へと連れて行った。

 屋敷の地下は階段を一段一段降りるにつれて寒さが身を貫く。氷室は冬に作った氷を使って部屋を冷やして食品を保存する施設だが、ここの寒さは明らかに通常の氷室と異なる。

 

「アンジェリカさんはこの寒さが平気ですか?」

 

「実を言うと寒くて辛いです」

 

 彼女は寒さに震えてさりげなくヤトに腕を絡ませて、おまけに慎ましい胸を押し付けてくるが厚着をしているのでその感触は微塵も伝わっていない。仮に伝わった所でヤトが動ずるはずもないので完全に徒労だった。

 様々な食材の置かれた氷室は奥に進めば進むほど寒さが厳しく、天井や床が凍り付いていた。部屋の最奥に重厚な扉が建てつけてあり、アンジェリカが力強く扉を開け放てば流れ込む強烈な冷気が露出した顔を痛めつけた。

 奥の部屋は狭く、中央の台座とその上に置かれた、柄に青い大きな宝石の嵌め込まれた一振りの青白い片手剣以外には何も無かった。魂をも凍らせる冷気は中央の剣から発せられている。

 

「あの剣が当家に代々伝わる宝剣『凍魔の剣』です。触れるのは構いませんが、あまり長く持っていると腕が凍り付いてしまいますから、気を付けてください」

 

 ヤトは忠告に頷き、凍気に満ちた小部屋へと足を踏み入れる。途端にまるで縄張りを荒らされた獣のように牙を剥いて侵入者を排除しようと冷気が強くなった。

 しかし構わずどんどん近づくと剣も負けじと抵抗するも、とうとう手が剣に触れて冷気が静まる。

 手に持った剣をじっくりと見定める。光源はアンジェリカの持つランプの灯りだけだったが、その弱弱しい光でも剣の輝きは少しも衰えない。そして彼女の言う通り厚手の皮手袋をしていても、徐々に体の熱が奪われていくのを感じた。

 実は半人半竜となり火の精霊を身に宿すヤトだからこの程度で済んでいたのは本人も気付いていない。

 剣を何度も振り使い勝手を確かめる。長さと重さ、共にヤトの好む良い剣だ。しかし握り続けると強烈な冷気で握力が失われてしまうのが実に惜しい。実戦で剣がすっぽ抜けて負けるなど笑い話にもならない。さりとて幾重にも手袋を重ねて持てば手の感覚を損なう。せっかくの名剣もこれでは戦に使えず、氷室に置かれてしまうのはやむを得ない。

 どうにか使い物にならないか知恵を巡らせるが、そもそもこの剣は自分の物ではないので考えるだけ無駄だった。

 惜しいと思いつつ、剣を台座に戻して扉を閉めた。

 

 

 地下から戻った二人を出迎えたのは四十歳を過ぎた痩身の中年貴族だった。金髪とアンジェリカに似た顔立ちから、おそらく血縁と分かる。

 

「おっ、お帰りなさいませお父様」

 

「うむ、ただいま。して、隣にいるのは客人かね?私はコレット家当主クルールだ」

 

「これはご丁寧に。先日名誉騎士を頂いたヤトと言います」

 

「名誉…ああ、貴殿が噂の。それにその服は―――いや立ち話はここまでにして何か温かい物を用意させよう」

 

 クルールは多くを聞かず娘とその客をもてなすようにメイドに命じた。

 二人は防寒着を脱いで暖炉のそばの席でホットワインを飲ん冷えた体を温める。

 同席したクルールはじっと二人を見ながらワインに口を付けている。そして二人が落ち着いたのを見計らって話を切り出す。

 

「まずヤト殿には感謝を述べさせていただく。甥でありいずれ国王となられるルイ様の命を救っていただき感謝に絶えぬ」

 

「甥ですか?」

 

「ええ。ルイ様の亡き母は父の妹なんです」

 

「つまりアンジェリカさんはあの王子様の従姉弟でしたか」

 

 ヤトは屋敷の規模やそれなりの地位にあるので良い家柄なのは気付いていたが、王妃を輩出するほど高い家格だったとは思わなかった。まあだからと言って態度が変わる事は無いが。

 

「年が近かったので叔母というよりは姉のように親しく接して、私が騎士になるのを一番応援してくださった方でした」

 

「シャルロットが病で亡くなった時、一番悲しみ取り乱したのがお前だったな」

 

 二人は当時を振り返り感傷に浸るが部外者のヤトは興味が無いので聞き手に回っている。

 そこからクルールは頼みもしないのにアンジェリカの昔話を始める。

 彼女は昔は大層おてんばのわんぱく娘で、礼儀作法より外で遊ぶか冒険譚を好む男のような娘だった。特に好きだったのが『姫騎士マルグリットの冒険』という、この国に古くから知られている冒険譚だ。

 貴族の娘マルグリットが仲間と共に心躍る冒険に出かけて遺跡から宝を持ち帰り、時に悪人や怪物を退治しては民から感謝される。中には知恵比べなどもあり子供の教育にも使われた。最後は白い竜と戦うところで物語は終わるが、結末は語らないのが作法と言われた。

 アンジェリカはこの話に感化されて冒険者になりたかったらしいが、さすがに貴族の娘が家出するのは家そのものの不祥事として周囲に迷惑が掛かる。だから身分があり王に嫁いだ叔母やいずれ生まれる従姉妹を護れる騎士の道を選んだと話した。

 ヤトはどこかで聞いた名前と話だと思ったら、エルフの村で聞いた数百年前にクシナに挑んで死んだ家出娘の事だと気付く。もちろん結末は伏せておいた。

 

「貴族としては騎士は誉ある仕事だが、親としては早く嫁いで女として幸せになってもらいたいのだがな」

 

「またそのお話ですか。何度も言いましたが、私は自分より弱い殿方とは結婚いたしません」

 

「男の強さは何も剣の腕だけではないのだぞ。時に娘よ、最近随分と生傷が絶えないようだが誰と稽古をしているのかね?」

 

「へっ?あ、あの……そのヤ、ヤト殿とです……」

 

「ほうほう。その名誉騎士殿をわざわざ家に招いて、あまつさえ家宝の剣まで見せる仲だったとは。いやぁ随分と親しい間柄なのだな」

 

 クルールは笑みを浮かべるが、目だけは真剣そのもので娘から視線を外さない。アンジェリカは父親がいつになく真剣な様子なので居心地が酷く悪く、視線が右往左往してヤトに無言の助けを求めた。

 

「剣を見せてほしいと無理を言ったのは僕ですから、あまり怒らないであげてください」

 

「しかし断る事もできたはず。なにゆえ頼みを聞いたのか、夕餉を共にしながら是非とも聞いておきたい。なあヤト殿?」

 

 ヤトにねっとりとした視線で釘を刺す。正直言って面倒な事に巻き込まれたと思ったが、目当ての剣を見せてもらった以上は必要経費と割り切る外なかった。

 

 

 何とも言えない空気の中で三人の饗宴が始まった。料理そのものは城で出される物と遜色無く美味だったが三人ともあまり食が進んでいない。主な理由はクルールがあれこれと話しかけているからだ。

 ヤトの旅の目的、滞在期間、毒の知識など、失礼のない早さで間を置かずに質問するので落ち着いての食事が難しい。

 

「――――では当家の宝剣はどうだったかな?」

 

「相当な名剣ですが扱いが難しいですね。半端者では相手を斬る前に己の腕が凍り付いて落ちます」

 

「私もそう思うよ。そしてあれは魔剣であり真の竜殺しゆえ気軽に余人に触れさせる事は無いのだが困った娘だ」

 

「魔法剣ではなく魔剣」

 

「そうあれは魔剣だ」

 

 クルールはワインを一口含んでから剣の由来を話し始める。

 あの『凍魔の剣』は一から人類種が鍛えた剣ではなく、太古の昔に居た氷の魔人族の魂を封じた封印具だ。しかし完全には魂を封じ込められず、あのように周囲を凍らせる冷気をまき散らしているので余程必要に迫られなければ使わない。だから普段は氷室の氷代わりとして使っていた。

 そんな使い辛い剣でも必要とあらば使うのが人であり、百年以上前にこの国で火竜が暴れ回った時、この家の若者が剣を使い己の右腕と引き換えに竜を殺した。それが竜殺しの逸話だった。

 

「そういうわけで欲しいと言っても易々と差し上げるわけにはいかんな」

 

「絶対にやらないと言わないんですね」

 

「条件次第で譲ってもいい。例えば娘と結婚するとか」

 

「お、お父様!!いきなり何をおっしゃるのですか!!」

 

「僕は既婚者ですから無理ですね」

 

「そういうことだから諦めろアンジェリカ」

 

 動揺していたアンジェリカは父の無情な一言で冷や水を浴びせられたように静まった。

 クルールの言う事は正しい。ヤトがルイの遊び相手を務めるクシナと夫婦なのは城の者なら誰でも知っているし、王都に住む貴族も同様だ。そのような相手に不義密通するのは家の恥でしかない。それが分からない、あるいは分かっていても突き進むのが恋が盲目と言われる所以だろう。

 ついでに言えばヤトはアンジェリカを強い騎士と思っても女としては微塵も見ていないし魅力にも感じていない。そこまで言ってしまえば父親のクルールも黙っていないが、ヤトはお喋りではないので口には出さない。

 

「まあ今回は大事な甥の命を救ってくれた恩人を招いて感謝を述べた。それで当家の面目が立つ。よろしいかね?」

 

「はい。馳走を頂き今宵はこれまでと致しましょう」

 

 男二人が納得して落とし所を決めてしまった。そしてアンジェリカは一つだけ分かった事があった。己の恋は成就しないし祝福もされないと言う事だ。

 その夜、一人の乙女が涙を流して少しだけ強くなった。

 

 



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第17話 鬼灯の短剣

 

 

 ルイ王子の毒殺未遂から幾日か経ち、城が落ち着きを取り戻すかと思われたが、むしろ騒ぎはより大きくなっている。

 王族や貴族こそ何事も無く穏やかに過ごせていたが、その下の騎士や使用人には恐怖と猜疑心が渦巻いていた。

 始まりはよくある事だった。使用人の持ち物や財布が無くなっていた。それだけならどこかに置き忘れたか、手癖の悪い者が盗んだと犯人を見つけるだけだ。元より平民の使用人が大金や貴重な物は持っていないので腹は立っても諦めればいい。

 次に起きたのは五人の騎士が諍いを起こしてに互いに重傷を負った事だ。その騎士達は元から仲が悪く、度々反目しあっていたのでいずれこうなると誰もが予想していた。ゆえに全員を喧嘩両成敗として処分した。それで済んだ事だと思われた。

 その次は城で飼っていた狩りに使う猟犬が何頭も泡を吹いて死んでいた。犬の餌には全て毒が入っており、世話を任されていた使用人は嘆き悲しんだ。そして誰が毒を入れたのかは分からなかった。

 さらに惨事は続き、今度は三人の使用人が城の中で殺されているのが見つかった。彼等は全て首を掻き切られて大量の出血をして死んでいた。当然城内で捜査はあったが、なぜそんな殺人が起きたのか、殺された三人の関連性はついぞ分からなかった。

 これらがほんの半月の間に立て続けに起きたため、今の城内は誰もが他人を信じる事が出来なかった。廊下ですれ違っても互いが襲い掛かってくるのではないかと疑い、警戒しながらすぐに離れる。数人がかりの仕事も互いを見張りながらしているので随分と効率が悪い。食事もいちいち犬や猫に毒見をさせてから食べるありさまだ。平民にとっては数少ない癒しの時間である食事もひたすらにギスギスしていた。

 とはいえ客人のヤトとクシナには関係の無い事だった。クシナは相変わらずルイのオモチャだし、ヤトは人の死には慣れ切っていて今更殺人程度で動じる筈が無く、この国のデュプレ家という貴族が持っている最後の竜殺しの剣の情報集めをしていた。

 

 そしてヤトは夜の闇に溶け込みデュプレ家の邸宅の前に居た。

 邸宅は貴族の名に恥じぬ絢爛豪奢な趣き、広大な敷地の庭は手が行き届き草も丁寧に刈り取られていた。見た限り見回りの私兵は何人かいるが番犬はいない。

 ここの貴族は西に大領を有する大公家に仕える貴族で、その大公家は現王ルードヴィッヒの弟が婿入りした家でもある。そして今のデュプレ家当主は王弟の側付きでもあったので現王とはやや距離が離れていたが、そこはどうでもいい情報だ。

 ヤトは敷地に入り弛んだ巡回兵の目を晦まして厨房の出入り口から屋敷に侵入した。

 真夜中の厨房は火が落とされて人っ子一人居ない。そこから食堂に移動しても人の気配は無かった。

 食堂の扉越しに人の足音が無いのを確認。そっと月明かりの差す廊下に出て影に溶け込むように無音で進む。

 その時廊下の曲がり角からぼんやりと蝋燭の火と共に人影が近づくのを確認したが、慌てずその場で脇差を抜いて跳躍。天井に突き刺して留まった。兵士は頭上に侵入者がいるのに気が付かず欠伸をしながら通り過ぎた。

 さらに屋敷の奥へと進み、二度使用人とすれ違ったのをやり過ごし、目当ての剣が保管されている地下保管庫に通じる扉を目指した。

 

「…………で………………だ」

 

「そ……………………に……………………わよ」

 

 途中何か密談をする男女の声がかすかに聞こえて足を止める。ここは生活の場なのだから男女の睦言ぐらい珍しくなく剣にも関わりが無いので無視しても良かったが、己の勘が何かあると囁く。

 しかしそのまま廊下で盗み聞きは見つかる可能性が高いので空いていた隣の部屋に入って壁越しに様子をうかがう。

 

「…………そっちの仕込みは順調よ」

 

「毒殺が失敗しなかったらこんな面倒な手を使わなくとも済んだというのに」

 

「私が悪いって言うの?」

 

「結果を出せない者は無能と誹られても言い返せんぞ。そして見返りも貰えぬ」

 

「ふん!人間というのはどいつもこいつも即物的で目先の事しか頭に無いのね。それこそ無能よ」

 

「なんだとっ!この私を無能と言うのか!こそこそ闇に隠れて動く魔人風情が!」

 

「あら?その魔人に助けてもらわないと子供一人殺せない根性無しが大きな口を叩くじゃないの」

 

「貴様ぁ!……………ちっ、ここで貴様と争っても得る物など何もない。ともかくこのまま城内を引っ掻きまわしていろ」

 

「もちろんそのつもりよ。私の約束、忘れちゃダメよポール坊や」

 

 そこで男女の会話は途切れ、乱暴に扉を開ける音がした後に静寂が戻った。

 ヤトは先程の話を反芻する。毒殺の話で最初に思い浮かぶのはルイ王子だ。それと標的が子供と分かったが特定の名前を出さなかったので断言は出来ない。ただ、城内の騒動が先の男女の仕込みなのは確定した。

 それらはどうでも良かった。一番興味を惹いたのは魔人という単語だ。魔人と言えば遥か昔に居たとされる魔人族が連想される。先程の女がそうという確かな証拠はまだ無いが、もし本当に魔人とやらが居るのなら是非とも斬ってみたい。都合のいい事に相手は色々と後ろ暗い事をしている罪人だ。斬ってもそう文句は出てこないし、ここのデュプレ家と繋がりを持ってるので、それとなく家の者に気を払っていれば何かボロを出すかもしれない。

 剣を見に来て思わぬ拾い物をした。おとぎ話の魔人と戦える機会などそうはあるまい。

 意気揚々と空き部屋を出て本来の目的の地下保管庫へと続く扉の前まで来た。流石にここは鍵がかかっていたので、扉と壁の間の隙間に剣を差し込んで斬って開けた。

 地下への階段を降りてまた鍵のかかった扉を剣で破壊解錠して中に入る。そこは集めた情報通り武器庫だ。

 その中で一番重厚な金箔宝石仕立ての箱を見つける。おそらくこの箱だろうが、なぜか箱には鍵が掛かっていない。

 不審に思いつつ開けると、中には身の厚い長剣が入っていた。手に取ってじっくりと観察する。一流の鍛冶師の鍛えたミスリル剣には僅かな傷や汚れも無い。まるで一度も使われていない新品の剣だ。

 ヤトは戸惑いから首を捻る。これが竜殺しを成した剣とは思えない。業物には違いないがこの剣からは血の匂いもしなければ使われた形跡すら見つからない。

 しばらく悩んでから結論に至る。

 これは見せ札ないし贋作だ。本当に大事な物を守るためにそれらしい偽物を用意して盗賊を欺く偽装工作なのだろう。

 となると本物の竜殺しはどこかに隠されているか、偽装して誰かが常に持っている可能性が高い。

 まだ家人には侵入は発覚していないから、ここを少しぐらい探す時間は残っている。

 手始めに部屋の剣を片っ端から調べた。兵士用の並の剣、貴族向けの模擬剣に魔法金属の剣を全て調べたが、琴線に触れるような優れた剣は見つからない。当てが外れたと思って帰ろうとした時、ふと樽に立てられていた槍束の中の一本に違和感を感じて吸い寄せられるように手に取って観察する。

 

「これは槍の穂先ではなく短剣?」

 

 他の槍は全て槍として拵えてあるのにこれだけは違う。しかも他の槍はただの鉄製の穂先だが短剣の槍はミスリル製、それもかなりの名工の鍛えた逸品と見た。

 短剣は簡単に槍の柄から取り外せた。鍔は無かったが柄には見事な鬼灯の彫刻が刻まれていて、小粒な赤と緑の珠玉が幾つも嵌め込まれている。

 ヤトは直観でこの短剣を隠すために、これ見よがしに豪華な箱にそれなりの剣を納めて誤認させていたと気付いた。

 ただ、問題はこの短剣で竜が殺せるかどうかだ。短剣では竜の巨体を切り裂くのは難しいが、これは魔法が掛かっている。おそらく何か仕掛けや竜を殺せる何かがあるのだろう。

 

「使ってみたいなぁ」

 

 思わず口に出してしまうと途端に我慢が出来なくなる。

 今まで見てきた剣の中には噂以下のも実際に竜を殺せると分かる剣もあったが、この短剣だけは実際に使ってみない事には判断出来ない。だからこそ使ってみたいという欲が出てしまった。

 となればもう一度戻してこの国を出る時に盗めばいいが、既に扉の鍵を壊してしまった。流石にそれは数日中に発覚するから中の物を移すだろう。そうなったら二度とこの短剣は手に入らない。

 数秒の思考の末に短剣を持ち去る事を選んだ。剣は懐に収めてすぐさま地下を出て、そのまま最寄りの窓から音もなく脱出。誰にも見られずに屋敷を離れた。

 

 翌日。デュプレ家の屋敷で地下保管庫のカギが壊されているのを使用人が発見して騒動になった。多くの者は箱の中のミスリル剣が無事だったのを知って安堵したが、事情を知ってるごく一部の者は偽装した短剣が無い事に気付いて顔を青くした。

 そして秘密裏に盗賊を探し出して剣を奪還する動きがあった。

 大々的に捜査しないのは事を大きくして注目を集めたくなかったからだろう。貴族なら色々と後ろ暗い事をしているのでデュプレ家が珍しいというわけではないが、今は特にタイミングが悪く、捜査は遅々として進まなかった。

 当然名誉騎士となったヤトに捜査の手が及ぶ事はなく、今も短剣は城の客間の荷物の中で眠っていた。

 

 



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第18話 ニート

 

 

 ヤトがデュプレ家から宝剣を盗み出してから数日が経った。

 剣は一度も人目に触れていない。出来ればちゃんと鑑定したかったが、人目に曝して面倒を避けるために今は自重した。一か月後にカイルと合流した時に彼に鑑定してもらうか都を離れる前日に専門家に依頼するまでお預けだ。

 その鬱憤を騎士達との稽古で晴らそうにも、現在城は緊迫した状況になっていて誰も手合わせしてくれない。

 今朝方ルイが再び暗殺されかけた。下手人はルイの世話役のメイドの一人。彼女は顔を洗う水を持ってくると見せかけてナイフで襲い掛かった。

 しかしルイは一緒に寝ていたクシナに助けられて傷一つ無い。逆に襲ったメイドは腕を折られて取り押さえられた。現在は尋問を受けている事だろう。

 そんなわけで騎士達の多くはルイやルードヴィッヒの警護に大忙し。騎士用の訓練所も閉鎖されているので、ヤトは日当たりのいい中庭で一人剣の素振りをしていた。

 そこに数名が近づき声をかけた。

 

「もし。鍛錬中に失礼します」

 

「――――――はい?」

 

 ヤトに声をかけたのは御付きの女騎士を連れた王妃のリリアーヌだった。彼女とは一度旦那のルードヴィッヒと共に食事をしただけで特に話しかけられるような仲ではないが何か用があるのだろう。

 剣を鞘に納めて布で汗をぬぐい、暗に話を聞く態度を示す。

 

「あちらでお茶の用意をしてありますのでご一緒に如何でしょうか。その、色々とお話することがあります」

 

「貴女が僕にですか?…ええ、良いですよ」

 

 ちらりと見ると中庭の噴水の近くに急遽設けられたテーブルにお茶と菓子が用意されている。快諾する理由は無いが拒否する理由も無く、汗を流した分の水分補給と思って了承した。

 席に就いたヤトは軽く茶に口を付け、リリアーヌもそれに続く。しばらく二人は無言で茶を味わってから、先にリリアーヌがカップを置いて話を切り出した。

 

「ルイ王子の命を救ってくださった事への感謝を奥方にお伝え願います」

 

「直接言わない理由はクシナさんが亜人だから?それとも側にいるルイ王子と顔を合わせたくないからですか?」

 

「………私は今多くの者から疑われています。そんな女が王子に近づけば要らぬ緊張を生みますので」

 

 リリアーヌの言葉は事実だ。ルイの暗殺に彼女が関わっているかどうか真偽のほどは定かではないが、城の中ではそのような噂が絶えない。

 実際、ルイが死ねば次の王は彼女の産むかもしれない男児になる。暗殺する価値はあるのだから疑われるのも道理だ。

 もちろん否定する声もそれなりにある。あまりに軽挙過ぎるし、もし王の不興を買えば腹の子共々死罪を言い渡される可能性もある。それは見返りも大きいがリスクが高すぎる。

 だが城の者の声はリリアーヌを疑う声の方が大きく多い。だから今はとにかく大人しく身を潜める方が賢明と言えた。

 

「良いですよ。それぐらいなら僕の口から伝えておきます」

 

「感謝しますヤト殿。―――ところで貴方は奥方を王子に取られて寂しいと感じないのですか?」

 

「いえ特に。そもそも取られたわけはないですし」

 

「あら、そうなのですか。やはり殿方と女とでは考え方が異なるのですね」

 

 何が面白いのかリリアーヌはクスクス笑う。

 そもそもヤトはクシナをルイに取られたと認識すらしていないので寂しいとも思っていない。一緒に居られる時間が少なくなったのは惜しいが、二人とも四六時中ベタベタするような性格でもないのだからその程度は許容していた。そしてヤトとクシナは究極的には子を成した後は殺し合う仲だ。普通の男女の仲ではない。

 しかしヤトはそこでふと、クシナとの子が出来た未来を考えてみた。竜なのだから卵で産むのか人型を産むかは分からないが、その子にどう接するのかが自分でも想像出来ない。その思考が口から漏れ出す。

 

「親って何をすればいいでしょうか」

 

「自分が親にどう扱われたかが指標になると思いますが、まだ母ではない私では何とも」

 

 そう言われてしまうと却って悩む。家出する以前からも親とは距離があった。理由は色々あるが、一番は己の肉親への情が薄い事だろう。そんな男が父を名乗るのは間違いだろうし、古竜のクシナも卵から還ってずっと一人で生き続けていたと聞く。真面目に考えると夫婦共々まるで親に向かないと今更になって気付いた。

 参った。子を作る事だけを考えて後の事を考えていなかった。少し真面目になって子が出来るまでに考えた方が良いかもしれない。

 単なる茶飲み話が意外な所に転がって考えさせられた。

 暫くの間、二人は子供と親について語り合っていると、物々しい雰囲気の数名の男の騎士が兵士をゾロゾロ連れてやって来た。

 

「王妃様。王陛下がお呼びでございます。どうかお早く」

 

「……分かりました。ではヤト殿、楽しいお話でした」

 

 どう見てもただ事ではないが、リリアーヌは顔色を変えず優美ながら重い足取りで中庭を後にした。

 一人残されたヤトは少し考えてから席を立った。

 

 

 リリアーヌは玉座の間へ通された。部屋の最奥にはルードヴィッヒが玉座に座り、少し離れた椅子にはクシナの膝に座るルイがいる。クシナが居るのは今朝襲われて精神的に弱っているので甘えたいのだろう。まだ六歳では仕方がない。

 壁際には何人もの武装した騎士と兵士が直立不動で並び、幾人もの貴族が開け放たれた扉を通るリリアーヌを好奇の目で、あるいは冷ややかな目で見ていた。

 

「お召と聞き参上しました」

 

「うむ。身重のお前をわざわざ呼びつけてすまない。ただ、穏やかではない事が分かってしまったのでな」

 

 リリアーヌは数年連れ添った夫の言葉がいつになく強張っているのに気付いた。その理由が側付きの秘書官の口から発せられた。

 

「今朝、ルイ殿下を襲った使用人が自白しました。その者はリリアーヌ王妃に子供を人質に取られてやむを得ず命令に従い殿下を殺そうとしたと話しています」

 

「そのような戯言を本気で信じているのでしたら、貴方の勤労精神を疑います」

 

「数日前にその使用人が王妃様と何か話しているのを他の使用人十名以上が目撃している証言があります。そして実際にその者の子供が監禁されているのを兵士が救出しました」

 

 リリアーヌが秘書官を睨みつけるが、彼は淡々と先程の事実を復唱した。どうやら弁明に付き合う気は無いらしい。

 もちろん彼女自身はそんな事をした覚えは無い。だが彼女とて貴族の娘。これが政治的に仕組まれた浅ましい陰謀だと分かっていても、それを覆す手が無いと本能的に分かってしまった。

 最後の手段として夫であるルードヴィッヒに身の潔白を主張するが反応は芳しくない。酷く痛みを伴った震える声で妻に語るだけで精一杯だった。

 

「私もお前を信じたい。しかし、多くの者の証言と証拠があっては如何な王でも罪は覆せぬ。無能な夫を責めよ」

 

「陛下は決してそのような事はありません。陛下が死ねと仰せならば私は喜んで死にましょう。ですがお腹の子だけはどうか……」

 

 跪いて夫であり王の慈悲を乞う様は周囲から痛ましさに隠された冷笑の対象となった。

 貴族からすれば邪魔な二人目の王妃とその子供が一緒に居なくなれば、そこに自分の血縁の娘を送り込むチャンスが生まれる。今貴族の頭の中は、どの娘を王に献上するかの選別で一杯だった。

 そこに空気を読まず乱暴に扉が開け放たれた。

 

「どうも。ちょっとお邪魔します」

 

 重苦しい雰囲気を微塵も気にせず玉座に入って来たのはヤトだった。ずかずかと遠慮無しに絨毯の上を歩く様は傲慢そのものだったが、周囲は誰も声をかけられなかった。

 そしてルードヴィッヒの前で立ち止まり、取ってつけたような微笑のまま王に話しかけた。

 

「この場で発言しても構いませんか?」

 

「許す。しかしこの国の事はこの国の者の問題だ。他国人のお前が入り込む余地は無いぞ」

 

「ええ、大丈夫です。じゃあ王様から許しが貰えたので遠慮しません。この中にポールと名付けられた方はいますか?」

 

 玉座の間の観衆がざわめく。急にやって来てよく分からない事を言い出す男など摘まみ出されても文句を言えないが、相手は王から直接名誉を授けられた騎士だ。公然と無視するのは難しい。

 仕方なく、身分を問わずポールが数名名乗り出た。

 

「ではデュプレ家のポールさんはどなたです?」

 

「それなら私だが、いったい何のつもりかね?」

 

 不快そうにヤトの前に現れたのは口ひげを生やした三十歳過ぎの小柄な男だった。数日前の夜に聞いた声と同じだ。

 ポール=デュプレはこんなどこの生まれとも分からない下賤な輩に対等な口を利かれるのは不愉快極まりないが仕方なく我慢していた。

 そんな心情などどうでも良いヤトは懐から鬼灯の短剣を取り出すと、ポールは目を見開いて驚く。

 

「この短剣は魔法的仕掛けがあると思うんですが、詳しく教えていただけませんか」

 

「な、なぜ貴様がその剣を持っている!?それは当家の家宝だぞっ!!」

 

「もちろん貴方の家に置いてあったのを借りたからですよ。まあ扉の鍵は壊してしまいましたが」

 

「この盗人が!!衛兵!この不埒者を捕らえよ!」

 

「まあ待てポールよ。ヤト、お前はこの場で罪を告白するために許しを得たのか?」

 

「いいえ、単に剣について聞きたかっただけです。そういえばその夜にポールさんの屋敷でちょっと気になる事を耳にしたんですが……聞きます?」

 

 ヤトの言葉にいきり立っていたポールは僅かに動揺した。その変化を見逃さなかったルードヴィッヒは捕縛しようとした衛兵の動きを止めて、詳しく話せと命じた。

 

「四日前の夜にこの人の屋敷で何物かと話しているのを隣の部屋で聞いていました。内容はルイ王子の毒殺失敗の叱責」

 

「で、でたらめだっ!私はそんな話は知らない!」

 

「その人物は魔人と名乗ってましたね。お伽噺の魔人族かどうかは分かりませんが、その人物から子供一人自分で殺せない無能の根性無しと馬鹿にされてました」

 

「なんだと、私のどこが無能だ!!それに魔人がどうだの、そんな女は貴様の頭の中にしか無い、ありもしないでっち上げだ!!陛下、惑わされてはなりませんぞ!!」

 

 顔を真っ赤にして喚き散らすポールとは対照的にヤトは余裕しゃくしゃくといった風体で佇んでいる。そして部屋に居た貴族の中には、何かに気付いてポールに視線を向ける者も居る。ルードヴィッヒも同様だった。

 暫くポールの聞くに堪えない罵倒が息切れを起こすまで続き、終わった所でルードヴィッヒが重い口を開いた。

 

「双方の意見は出尽くしたようだな。私もポールに聞きたいことが一つある」

 

「はっ、如何様なご質問にもお答えします」

 

「お前はなぜその魔人とやらが女と思ったのだ?」

 

「はっ?…………!!い、いやそれはその――――」

 

「二人の話をつぶさに聞いていたが、ヤトは一度も女とは言っていない。にもかかわらず、なぜお前はその魔人とやらを女と思ったのだポール?」

 

 ポールはルードヴィッヒの質問に即座に答える事が出来なかった。それでも数秒後に毒殺しようとしたのがメイドだったからと弁明したが、既に部屋にいた者達の多くは彼に疑惑の目を向けていた。

 

「お前とヤトの証言だけでは審議は無理だ。これはじっくりと腰を据えて調査せねばなるまい。騎士達、兵を連れてデュプレの屋敷を捜査せよ。王が許す」

 

「陛下!!」

 

「ポールは暫くの間、城で聴取せよ。ただし手荒に扱うな、貴族として遇せよ」

 

 王の号令により、騎士と兵は動き出した。ポールは数名の騎士に囲まれて穏便に同行を求められたが、みっともなく反抗してその場を動かなかった。やむを得ず、屈強な騎士達が両腕を掴んで宙に浮かして運んだ。それでもまだ足をバタバタと動かして抵抗したが、よく鍛えられた騎士の肉体は貧弱な小男の蹴りでは小揺るぎもしない。

 地獄への入り口に等しい玉座の間の扉に一歩、また一歩と近づくにつれてポールの顔は青褪め、藁にもすがる想いで横を見ながら叫んだ。

 

「おいニート!主人が危機に瀕しているのだぞ!!なぜ助けない!」

 

「主人じゃないからよ。貴方とは契約しただけで対等。無能じゃないなら自分の不始末ぐらい自分で何とかしなさい」

 

 部屋の壁際に控えていた黒髪のメイドが侮蔑を隠しもせずに吐き捨てた。

 それでもポールは何度も助けろと命じると、メイドのニートはウンザリしながら彼の腕を掴んでいた騎士の一人に話しかける。

 

「そいつをこの世から解放してあげなさい」

 

「―――――分かりました、我が主」

 

 騎士は腰の短剣を抜いて何の躊躇もなくポールの首に差し込み半分ほど切り裂いた。

 玉座に血のシャワーが降った。

 

 



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第19話 魔眼

 

 

 黒髪のメイドの命令で騎士が貴族の首を切って殺害する。異常ともいえる事態が玉座で行われて、使用人や貴族の中には腰を抜かしてその場にへたり込む者も多かった。

 そして騎士の半数は王の警護に回り、残りは兵士と共にメイドを取り囲む。

 

「殺したのは私じゃないんだけど~」

 

「黙れ!その場に跪いて両手を手の後ろで組め!」

 

 兵士が剣と槍で脅すが、メイドのニートは呆れと嘲りが入り混じった笑みを浮かべて命令を拒否する。

 

「い~や、忌々しい人間の命令なんて聞く義理は無いの。お前達こそ私に従い、私を護るの」

 

 果たしてそれは如何なる所業か。武器を向けた騎士と兵は彼女の言に従い、くるりと背を向けてまるで王を守護するようにニートを扱った。その中にはアンジェリカの姿も見える。

 さらには彼女の視界に入った貴族の大半が虚ろな目をしたまま立ち上がって壁のように列を成す。

 ニートの命令に従わなかった者達は後ずさり、自然とルードヴィッヒの座る玉座に集まった。王の元には五名ほどの貴族に十名の騎士と兵士が集い、リリアーヌも夫に駆け寄る。

 クシナは震えながら抱き着くルイを引き離してルードヴィッヒに預けてから、いつでも戦えるように状況を見守っていた。

 

「意外と胆力のある人間が多いわね。卑劣な種族のくせに生意気ぃ」

 

「これは貴女の魔法か何かですか魔人さん?」

 

「ええそうよ。心が弱かったり猜疑心が強い相手を問答無用で操るのが私の暗黒魔法『煽動』。陰湿な連中に効果は覿面でしょう~?」

 

 ヤトは納得した。ここ最近の城内での問題は全てこの女の仕業だったわけだ。おかげで城内に居る大半の人間は互いを疑い心身を弱らせてしまい、今この場の大半の者は走狗となってしまった。おそらくルイを暗殺しようとしたメイドや聴取した者も女魔人に操られてしまったのだろう。どちらが陰湿か分からない。

 ケラケラと笑うニートにルードヴィヒは怒りを滲ませながら何の理由があって息子を殺そうとしたのか問う。

 

「私はどうでも良かったけど契約した相手からの要望に応えただけで知らないわ。そこの~役立たずに聞いてみたら?」

 

 ニートは己の血に沈むポールを目配せしたが、当然既に死んでいる死体が蘇る筈が無い。同時に彼女は死霊術を操るミトラのように死体を意のままに操れないと分かった。

 

「では何故ポールと契約などした。あるいは最初からその男を操るなり、我々を操れば事足りたはずだ」

 

「それじゃあ楽しくないでしょ~?私はお前達人間がバカなまま争った末に死んでいくのが見たいの」

 

 その手始めにこの城を乗っ取り、フロディス王国そのものを動かすつもりだったと笑いながら話す。

 ルードヴィッヒの心は怒りに満たされた。そのために息子を殺害しよとした事、あまつさえその罪状を妻に押し付けて己に処断させようとした事。何よりも王国とは王にとって己の血肉に等しい。それを好き勝手に弄ぶなど到底許せるものではない。

 今すぐにでも不愉快な女の首を自ら刎ねてやりたいが多勢に無勢。何か反撃のチャンスが生まれなければ全員が無駄死にする。戦うならもっと多くの情報を引き出してからだ。

 

「それで我々を争わせた後、お前は国を掠め取って何をする?」

 

「大勢で東に行ってもらいたいの。王様は言う事聞いてくれたら少しぐらい長生きさせてあげるけど。断ったら奥さんと子供は……分かるわよね~?」

 

 ルードヴィッヒは的確に痛い所を突かれて押し黙る。そしてなぜニートが操れない己をすぐに殺さないのか察した。大勢というのはおそらく軍を指した言葉。国中に号を掛け一軍を組織して自由に動かすにはどうしても生きた王が必要になる。それまでは生かしておきたいのだろう。

 ニートは勝ち誇ったが次の瞬間、数人の貴族が吹き飛び壁に叩き付けられたのを見て目を丸くする。

 さらに三人が飛ぶ。しでかしたのは鞘に入れたまま細剣を振るうヤトだった。続けて二度、三度と剣を振るえば、人が木の葉のように宙を舞った。

 

「ちょっと~私の話聞いてたの?暴れたら王様の家族は死ぬのよ」

 

「どうぞご自由に。僕は興味ありませんから」

 

 ニートは最初ニヤニヤと馬鹿にしていたが、ヤトが構わず追加で十人ばかり薙ぎ払うと、途端に不機嫌になって支配下に置いた者達に殺害を命じた。

 洗脳兵士三人が槍を突き出すが、宙を舞う剣士を捉えられず逆に全員が頭に強烈な一撃を受けて昏倒する。

 短剣で襲い掛かった貴族は纏めて吹き飛ばし、その隙に後ろから斬りかかった騎士の剣を鬼灯の短剣で受けて細剣で腕を砕いた。

 予想より強いヤトに舌打ちしてニートは残った配下に王一家を襲わせた。

 本来守護するべき者を殺そうと虚ろな目で殺到する者達。支配から逃れた少数の者達は覚悟を決めて武器を構えるが、その前にクシナが躍り出た。

 後ろでルイが叫んでいるが、関係無いとばかりに迫りくる兵士の槍を掴み取って兵士ごとぶん回して敵を蹴散らした。さらに反対に握った槍を軽く振り回せば、面白いように人が跳ね飛ばされて壁や天井に叩き付けられる。

 それを見た正気の者達は唖然とする。見た目は亜人なので人族の女よりは力が強いと分かっていたが、小柄な女が鎧を着た大の男を纏めて宙に飛ばすのは非常識すぎる。唯一ルイだけは無邪気に喜んでいるが子供なので例外だろう。

 その怪物に一人の美麗な女騎士アンジェリカがゆっくりとした足取りで近づく。眼は他の洗脳者同様に虚ろだったが剣先には微塵も揺らぎはなく、ただクシナだけを見据えて間合いを詰める。

 クシナの方はまた雑魚が一人向かって来たとだけ思って槍を振り回したが、女騎士は容易く躱して逆に柄を半分に切り落とした。

 

「…………れば」

 

「なんだどうした?」

 

 壊れた槍を投げ捨てて対峙した相手の呟きに耳を傾けるが、彼女の優れた聴覚でも何を言ってるかは拾えない。

 そしてアンジェリカは常人には目にも留まらぬ速さでクシナの心臓に剣を突き立てる。

 

「あなたがいなければあの方は私を……」

 

「あーもしかして汝がヤトの言っていた女か」

 

 クシナは面倒くさそうに豊かな胸に僅かに刺さっていた剣先を指で弾いた。白いドレスの胸元が徐々に赤く染まるが気にしない。

 アンジェリカは己の剣が心臓を貫いていないのを疑問に持たず、何度も斬撃と刺突を繰り返して殺そうとするが、相手はかすり傷は負ってもまったく意に介さない。それどころかクシナは剣を素手で掴んで身体を引き寄せて頭突きを食らわす。

 頭を強打した女騎士は吹っ飛ばされてぐったりとしていたが、胸を上下させて息をしているのを見ると死んではいないらしい。

 

「ヤトは儂の番だ。やらんぞ」

 

 珍しく不機嫌に呟く。クシナは意外と独占欲が強い女だった。

 

 玉座の間は重傷者で溢れかえっていた。大半の洗脳者はヤトとクシナの夫婦が捩じ伏せて、取りこぼしも洗脳を免れた騎士達が何とか抑え込んでいる。重傷者の中には洗脳が解けて痛みに喘ぐ者も居るが、現状では何も出来ないので放置した。

 何もかもが上手くいかないニートはみっともなく、使えない、無能などと喚き散らしている。

 

「では自分で戦ってみてはどうですか」

 

 洗脳者を粗方排除したヤトが元凶のニートに細剣の切っ先を向けた。剣は既に鞘から抜いてある。

 ニートは不快感が頂点に達した。理由は色々あるが、最も不快なのが対峙したヤトの顔だ。下劣な人間風情がまるで幼児が好物のお菓子を前にしたように満悦の笑みを浮かべて剣を向けている。

 

「戦い?たかが人間が傲慢不遜にもほどがあるわ。お前なんてこうすれば事足りるわよ」

 

 憤然と睨みつけるニートとヤトの黒瞳がぶつかり合う。

 ヤトの身体が崩れ落ち、鼻腔と眼球の隙間から鮮血が滴り落ちた。息は荒く、力の抜ける膝を叱咤して、震えながらもどうにか両の足で立って剣を構え直す。

 しかし視界がぼやけて定まらない。切っ先も震えて構えが乱れる。

 

「こんな奴が私の魔眼に耐えるなんてムカつくわ~。ムカつくから生きたまま身体を引き裂いて、肉をあっちの角女に食わせてやるわ」

 

 ニートが怒気を滾らせて突進、長く伸びた鋭い爪を振り下ろした。まだ上手く足が動かないヤトは何とか躱したが追撃を受けてしまい、咄嗟に細剣でガードしたものの、半ばで折れてしまった。

 短い間だったが命を預けた剣の破損は悲しいが、その甲斐あって稼いだ時間で足に力が戻った。

 視界はまだ役に立たないが、一流の戦士は眼だけを頼りに戦わない。耳と肌が無事なら十分戦える。

 ヤトは間髪置かずに間合いを詰めて、折れた細剣で斬りかかる。短くなった分速く振れるようになり、常に視界と攻撃範囲から外れるように動くヤトに手の爪を振り回すがかすりもしなかった。

 反対に幾重ものフェイントを織り交ぜた剣戟はニートを翻弄。本命の一撃が彼女の左手をざっくりと切り落とした。

 激昂して出鱈目に攻撃するもまるで見当違いの場所ばかりで一瞬たりともヤトを捉えられない。明らかに戦闘経験と技術を持っていない素人の動きのそれだ。ただし速さは侮れるものではなく、当たれば鋼鉄と同等の強度を持つオリハルコンの剣を折るぐらいなので油断は出来ない。

 徐々に本調子を取り戻しつつあるヤトはさらなる斬撃で右腕を肘から切断した。

 自慢の両手を切られたニートは瞳に憎悪を宿し、怒りに身を任せながらも切り札を切った。

 額に縦の切れ目が生まれ、大きく開くと赤い瞳の目が現れた。第三の目が開かれたと同時に切られた両手が再生する。

 おまけに床に転がっていた兵士の剣や槍が宙に浮いて、まるで餓狼のようにヤトに喰らい付こうとした。

 それでもヤトは慌てず爪と武器の乱舞を躱しながら攻撃を続けるが、先程と勝手が違って違和感を感じた。

 攻撃に対してニートの対応が速く、防御と回避の正確さが増している。まるで自分の攻撃がどこからでも全て見えているかのようだ。

 試しに確実に見えない真後ろから投げナイフを最小の動作で投げても、見えているように避けてしまった。

 この動きで気付く。あの額の目の役目は物を浮かせて操作するだけでなく、全方位を視るための器官でもあるのだ。

 幸いなのはあの視線を合わせるのと同じ現象が現れていない事だ。アレを直接視認せずにやられていたら、ヤトでも相当に難儀したに違いない。

 であれば戦いようは幾らでもある。

 すぐに対応策を考え付き、ヤトはそこらに転がっている重傷の洗脳者を引っ掴んでニート目がけて何人も投げつける。

 それらはニートに当たる前に空中で停止したが、構わず追加で数名を投げつけた。

 

「ふん!こんな肉が何の役に立つ?」

 

 ヤトは嘲笑を無視して後ろに回り込んで、迫り来る槍を躱しながらナイフを数本投擲する。それは先程と同様に難なく避けられる。それどころかナイフも他の武器と同様に支配下に置かれてしまった。

 もちろんそれは盛り込み済み。常に相手の正面に入らないように動いて落ちている物を手当たり次第に投げ続けた。おかげでニートの周囲には宙に浮いた物と人が溢れかえって極めてお互いが見辛く、モノを動かすと容易に干渉しあって思うように動かない。

 ヤトは確信した。ニートの第三の目は、その目を起点として360度全方位を見る機能と念動力を備えるが、処理能力には限界があり、透過能力も持っていない。

 相手が下手を打ったと見て、すぐさま勝負に出る。

 折れた細剣を上に投げて敵の背後に回り込みながら距離を詰める。

 ニートは重荷になったモノを手当たり次第に投げつけるが、そんな生半可な攻撃が当たる筈もなく一気に距離を詰められる。

 ヤトの手には鬼灯の短剣が握られ、その剣身には練り上げた気功を纏っていた。

 さらに位置と間が悪い事に彼女の頭上にはヤトが投げた剣が今まさに落ちている。その切れ味は既に両手を切られた事で十二分に味わっていたので、第三の目で視認していたのも相まって本能的に大きく避けてしまった。

 その動きが決定的な隙となり、無防備な背を晒してしまう。短剣が肉薄し、死神がニートの魂を刈り取る。―――――――はずだった。

 短剣の切っ先は彼女の手前で止まってしまった。

 

「人間ごときが私を舐めるな」

 

 ヤトが手心を加えたわけではない。ニートの念動力によって凶刃が止められたのだ。

 そして彼女はゆっくりと振り向いて拘束したヤトに嗜虐的な笑みを向けて勝ち誇る。

 

「あと一歩だったのに惜しかったわね~。さあ、約束通りまずは腕から落としてあげる」

 

「いえいえ、もう貴女は詰みです。『風舌』≪おおかぜ≫」

 

 鋭い爪を見せびらかすニートに目もくれず、ヤトは練り上げた気を短剣に纏わせて、見えない刀身を伸ばす。

 不可視の刃はニートの第三の目を貫き、後頭部を貫通した。拘束が解けた。

 貫いた刃を捻り、下に降ろして鼻、口、喉、胸、腹、股間までを容赦無く切断。女魔人の身体をほぼ二つにした。

 大量の血と臓物が零れ落ち、床をどす黒く染め上げた。

 ニートが死んだことで念動力によって浮かせていたモノは全て落ち、洗脳されていた者も全員正気を取り戻したが、多くは痛みに呻く羽目になった。

 城の危機は去ったと言えた。

 

 



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第20話 王家の聖剣

 

 

 玉座の間の変から十日が過ぎて、ようやく城は落ち着きを取り戻しつつある。

 女魔人ニートがヤトに討ち取られても事態の収拾は容易ではなかった。なにせ自国の貴族が人ならざる魔人の引き入れて暗殺未遂までしたのだから当然である。

 デュプレ家は死んだポールの父である当主から使用人に至るまで問答無用で拘束されて厳しい取り調べを受けた。

 当然書類や手紙の類は真っ先に調べられ、屋敷の財産も全て取り上げて入念に調べた。

 そこで分かったのは最近ポールが大公家に婿入りしたルードヴィッヒの弟の側近と頻繁に手紙のやり取りをしていた事だ。手紙の中にはそれとなくルイの身に死が近づくような内容が書かれていた物も見つかった。他にもリリアーヌが王妃に相応しくない、その子供も愚鈍だろうと好き放題書かれていた。

 この内容だけでもかなり王家に対して不敬だが、さらに目を惹く手紙も見つかった。男児の居ない王の次期後継者には王弟こそ相応しいとあり、王が崩御した時には自分を重用してほしいと媚びを売る内容だった。

 ルイを殺した犯人をリリアーヌに仕立て上げて同時に排除した後、かつて仕えていた王弟を次期王に据えてからルードヴィッヒも殺すつもりだったのだろう。

 この陰謀に王弟が直接関わっていたかどうかは分からないが、この手紙だけでも十分に謀反の疑いありとして処断出来る材料だった。今も王宮は王弟をどのように扱うかで丁々発止の怒鳴り合いを続けている。

 問題はポールが魔人とどう縁を結んだか、さっぱり分からない事だ。書類の類は一切見つからず、肝心の本人がともに物言わぬ屍となってしまったので、どのように繋がったのかが全く分からない。

 デュプレ家の一族と使用人もニートの事は一度も見ていないと証言しており、かろうじて使用人が知っていたのは時折ポールが誰かと密談している事ぐらいだ。

 真相は闇の中だがポールが謀反人なのは揺るがぬ事実。デュプレ家は取り潰しの沙汰を受け、領地と財産は全て没収となった。

 当然ヤトが持ち出した鬼灯の短剣も没収されたが、それはルードヴィッヒが気を利かせて、ニートを討ち取った褒美として正式にヤトに下賜された。もちろんかつての所有者だったデュプレ家の者に王の命令で本来の使い方を教えられた。残念ながら竜殺しの剣ではなかったが、使い勝手の良い魔法が付与されていたのでありがたく使うつもりだ。

 それとヤトとクシナが暴れて重症を負った貴族や騎士達からの文句や処罰を求める声は無かった。

 操られていたとはいえ王一家に剣を向けた汚点は事実。ヤト達を糾弾すればその点を認めなければならない。そうなっては逆に洗脳されなかった者や、たまたま玉座に居なかった者達から汚点を突かれてしまう。だから誰もが苦痛に喘いでも話題に登るのを極力避けた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 そして現在ヤトとクシナはルードヴィッヒの御付きとして、都の北にある王家の霊廟に足を踏み入れていた。

 ルードヴィヒが弟への懲罰をどうするかの思案中に霊廟に来たのは、表向きは城内に魔人を引き入れ不和を生んだ事を先祖に詫びるためだが、実際はヤトとの約束を果たすためだ。

 霊廟の内部には王族と限られた上位貴族、およびその護衛の騎士しか入る事を許されない。

 ヤトは名誉騎士なので護衛として付き従い、クシナは単なる小間使いとして霊廟に入る事になった。ただ、見た目が亜人の彼女が霊廟に入る前にひと悶着あり、せめて格好だけでも亜人と分からないようにしろと命じられた。よって今は半袖短パンの上に頭をすっぽりと覆う外套を纏っていた。いくら王を護った者でも亜人には隔意があるらしい。

 

「しかし随分カビ臭い所だ。死体なんぞ川に流すか獣にでも食わせればいいだろうに」

 

「どっちも都合が悪いから駄目ですよ。川に流せば下流に住む人が困りますし、獣が人の肉の味を覚えたら襲い掛かる危険が増します」

 

 ランプを持って照明役をしていたクシナがカビの悪臭に鼻をひくつかせながら悪態を吐く。竜である彼女にとって死んだ生き物は自然に任せて腐らせるか他の動物の餌にすれば事足りる。わざわざ死体を置くためだけにこんな大仰な建物を建てる必要性を全く感じなかったが、ヤトの説明で埋葬する利点は理解した。とはいえ回廊にびっしりと刻まれた碑文や壁画の価値はいまいち分かっておらず、しきりに首をかしげて先導役をしていた。

 王家の霊廟は広く、回廊は人が五人は並んで歩けるぐらいに余裕がある。壁や床は全て大理石の建材で苔も生えていない。破損が見当たらないのは管理する職人が定期的に保全に努めているからだろう。当然盗掘の心配も無い。

 短い廊下の奥には銀箔仕立ての重厚な扉がそびえ立つ。

 ヤトはルードヴィッヒから鍵を借りて扉を開けた。

 扉の先はドーム状の広大な部屋だった。天井からはガラス越しに日が差し込んでおり、ランプの灯が無くとも全容が視える。

 ドーム状の部屋の壁際には等間隔で約四十もの長方形の石棺が置かれている。棺は全て細部にまで彫刻の施された大理石で拵えてあった。

 ここが霊廟の心臓部。代々のフロディス王とその妃が永遠の眠りに就く寝室だ。ルードヴィッヒのかつての妻もここで眠り、いつか夫が来るのを待っていた。

 それらはここが墓場なので特に気にするものでもない。ヤトが最も目を惹いたのは部屋の盛り上がった中央部に威風堂々と突き刺さっていた一振りの剣。

 十字状の両手剣の剣身は磨き上げられた黒曜石のように光沢のある黒鋼。柄と鍔は黄金に彩られた美術品のように見る者を魅せる。

 天井の隙間から入る日差しに照らされた黒金の剣は神々しく、いかにも由緒ある、まさに王の剣と呼ぶに相応しい偉容を三人に見せつけていた。

 

「あれが……」

 

「うむ。あの剣こそフロディス王国に代々伝えられた『選定の剣』。そして剣は今まで誰も抜けなかった。だから先祖は『選定の剣』などど大仰な名を付けた」

 

 ルードヴィッヒが剣の由来を聞かせてくれた。

 天を衝く赤い巨人を倒した聖剣は巨人に突き刺さったまま抜けず、古の王はそのまま巨人の上にこの霊廟を建て、戴冠式に新たな王が剣を抜く儀式を取り入れた。敢えて抜けない剣を抜くように仕向けたのは、王が全知全能とは程遠い至らぬ者と自覚させて、驕らぬように戒める意味が込められていた。

 

「ではこの床の金属は巨人ですか」

 

「確かめる術が無いが、話が真実ならそうなのだろう。さて、私は妻の棺に挨拶をしているから、その間は話しかけるな」

 

 ルードヴィッヒは答えを聞く間もなく、一番端の棺の前に移動して何か話をしていた。お互いの邪魔をするつもりは無いという意思表示だろう。

 その意図を汲んだヤトは遠慮なく部屋の中央に足を運ぶ。その時足に違和感を感じて床を見る。盛り上がった床はここだけ大理石と違い、曲面の金属になっていた。

 石に刺さった剣や大木の根元に刺さった聖剣の話は聞いたことがあったが、金属に刺さった剣は初めて見る。

 試しに赤銅色の床に触れてみる。感触はどのような金属とも異なり、鉄でも魔法金属でもない。サイクロプスのような生身の巨人というよりゴーレムの類なのかもしれない。

 まあ巨人が何にせよ今は関係のない話だ。それよりも本当に剣が抜けないのか試す方が先だ。

 一呼吸置いてから剣の柄に触れ、続いて鍔、そして身へと指を伝う。己の指に伝わる感触に既知感を覚える。これはかつて味わった感触だ。

 

「『貪』?」

 

 漏れ出た言葉は、かつて己が所持した赤い魔剣の銘だ。最愛の伴侶との戦いで砕けてしまった赤剣とこの聖剣は形は違えど何故か同じに思えた。

 ただ、柄を握るとその感覚は遠のく。気のせいだったらしい。

 そしてそのまま剣を引き抜こうとしたがびくともしない。

 

「どうした?」

 

「思った以上に抜けないですね。ちょっと本気を出してみます」

 

 暇そうに見ていた嫁に一言返してから、ヤトは大型の鍔を両手で掴んで渾身の力で持ち上げるが、トロルをも片手で投げ飛ばす半人半竜の膂力であっても剣はビクともしない。

 ならばと一旦呼吸を整えて、丹田で練り上げた気功を全身に行き渡らせて筋力を強化。ありったけの力を込めて剣を持ち上げる。

 すると刺さっていた金属から剣が僅かに動き始めて軋みを上げる。

 

『ズ、ズズゥ』

 

 金属がこすれ合う音が霊廟に響き、ルードヴィッヒが驚愕する。

 さらにヤトは咆哮を上げながら限界を超えた力で剣を持ち上げ、遂には黒鋼の十字剣を床から引き抜いた。

 

「おおー抜けたぞ」

 

「あの剣は誰も抜けなかったというのに信じられん」

 

 クシナは無邪気に喜び、ルードヴィッヒが信じられない物を見たように目を擦る。当のヤトは額の汗を手で拭って息を整えた。

 そこでふとルードヴィヒと目が合い、剣を見てもう一度交互に目を向けて苦笑いする。

 

「すみません。つい抜いてしまいました」

 

「………とりあえず見なかった事にしてやるから剣を戻せ」

 

 勝手に王家の聖剣を抜いて怒るかと思ったが存外懐が深い王だ。

 少し惜しい気もしたが、ここで力づくで奪うのは何となく気が引けたので、王の言う通り穴に剣を戻そうとした瞬間、唐突に地面が揺れた。

 揺れは断続的に続き、天井からは次々と石材が落ちて棺の一部を破壊してしまう。

 

「これは逃げた方が良いですね」

 

「だが………いや、そうだな。すまんシャルロット」

 

 ルードヴィッヒは少しの間迷いを見せたが、すぐに出口の方に走り出した。それでも最後にかつての妻の棺を見るために立ち止まり、名を呼びながらも二度は振り返らなかった。

 急いで外に出た三人は崩れ落ちる霊廟を見て安堵する。外で待機していた騎士達も王の帰還を喜んだが、さらなる霊廟の異変に喜びも消し飛んでしまった。

 

「う、腕ぇ!?」

 

 騎士の一人の驚愕の声は真実だ。地面から城の物見櫓と同じぐらい巨大な腕が生えていた。

 腕だけではない。兜を被った人間の頭、鎧を模した上半身と腰が見える。そのどれもが桁違いに大きく、まるで城が動いているような気分になる。

 さらに巨人は立ち上がろうとしたので、その場にいた全員が急いで離れた。

 十分に離れた一同が目にしたのは街で聞いた伝説に違わぬ、天を衝くような赤銅の巨人だった。ヤトが以前戦ったサイクロプスの三倍以上、その身は推定30メートルはある。

 

「おー、儂よりでかい」

 

 クシナの呑気な言葉に巨人を見上げる者たちは何を当たり前の事をと思ったが、古竜たる彼女より大きい物など早々ありはしないのはヤトと本人だけが知っていた。

 

 



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第21話 神話の戦い

 

 

「あの巨人動かないですね」

 

「そのようだが、あまり油断はしない方がいい」

 

 ヤトの言葉にルードヴィッヒは同意しつつも警戒を促す。

 二人の憶測通り、例の巨人は霊廟を破壊して立ち上がったが、今は微動だにせずただその場に立ち尽くしていた。その様はさながら何をしていいのか分からず途方に暮れた子供のようにも見える。

 動かないのならそれでひとまず安全だろうが、このままというわけにもいくまい。これだけの巨体はどう考えても目立つ。きっと都では突如現れた赤銅の巨人に住民が恐れ慄いている事だろう。

 

「あれはロスタみたいなものなのだから、誰かが命令すれば動くんじゃないのか?」

 

 クシナの何気ない言葉にヤトは頷いて同意する。確かにあの巨人は常識外に大きいだけでゴーレムだ。誰かが命令さえすれば意のままに動くだろう。問題はどうやって言う事を聞かせられるかが分からない事だった。

 ルードヴィッヒはとりあえず都にいるゴーレムに詳しい技師か魔法関係者を呼んで詳しく調査をするように騎士に命令した。

 

「おっとその必要はないぞ」

 

 どこからか男の声が聞こえた。騎士達は言葉の主を探したが、周囲にはそれらしい人物は見当たらない。

 しかし唐突に空気が陽炎のように歪み、褐色肌の鋭利な顔立ちの偉丈夫が姿を現した。騎士達は見知らぬ男の突然の出現に驚きながらも剣を構えて王を護ろうとする。

 

「また貴方ですかアジーダさん。剣の事を教えたのはあの女性だから居るとは思っていましたが、今日は一人ですか?」

 

「ああそうだ。霊廟には結界が張ってあって入れなかったから近くで待ってた」

 

「もしかして巨人が動き出すのを待ってたんですか?」

 

「そんなところだ。動かし方は知ってるが封じていた剣が抜けなくてな」

 

 剣に囲まれた中にあって、アジーダはどうでもいいとばかりに顔見知りのヤトと気さくに話す。

 ルードヴィッヒはアジーダの聞き捨てならない言葉に最も強く反応した。そしてその言葉が事実か問うと、彼は面白くもなさそうに巨人に呟いた。

 

『祖の血肉を分かち合った傀儡よ。兄弟たる我に従い、動く物を須らく攻撃せよ』

 

 アジーダの言葉に反応した巨人は目を光らせて拳を振り上げる。拳が何に振り下ろされるのかなど分かり切っていた。

 彼を取り囲んだ騎士達は殆ど本能的に元凶に斬りかかったが、手にした短杖により一瞬でその悉くが返り討ちにあい、敗者は地に伏せた。騎士達が死んでいないのはアジーダにとって殺す価値も無いからだろう。

 そして迫り来る巨石のような巨人の腕。無事な者は急いで王を退避させようとしたが間に合いそうになかった。

 視界に広がる赤銅色の拳がルードヴィッヒ達の横をかすめて地面に深々と突き刺さり、強烈な振動で彼等は転げ回った。

 

「ほう、流石だな」

 

 アジーダの心からの称賛は巨人の肘に剣を振り下ろして軌道を逸らしたヤトに注がれた。

 そもそもだたの人と巨人とでは質量が違い過ぎて、虫が人にぶつかった程度なのに軌道を逸らせるほうが異常だが、ヤトはそれよりも自分の渾身の一撃でも軽い切り傷しか付かなかった巨人の装甲に驚く。そしてアジーダの称賛にも興味がない。

 ついでにクシナが動きを止めた巨人の足を思いっきり蹴り飛ばして仰向けに倒した。

 その隙にルードヴィッヒ達は起き上がって、一歩でも遠くへ逃げていた。

 アジーダは逃げた者には目もくれず、ヤトとクシナを実に楽しそうに眺めてから、短杖を彼女に向けて巨人に命じた。

 

『命令を変える。その女を排除しろ』

 

 巨人は命令に従い、クシナを手で払おうとしたが、逆に拳で弾き飛ばされた。それでも碌に損傷が見当たらないのはそれだけ巨人の耐久性が高い証拠だ。

 

「女は人形で遊んでいろ。さて、随分待たされたが、一体どこで油を売っていた?」

 

 アジーダはまるで十年来の友人のようにヤトに話しかけたが、答えは剣士らしく言葉ではなく黒鋼の剣だった。

 

「『紅嵐』≪くれないあらし≫」

 

 10メートルの間合いを一瞬で詰めての九連突きがアジーダへの回答。

 アンジェリカとの稽古の時とは違い、手加減無しの絶技は全て胴体と頭部に突き刺さり、赤い噴水を模った。

 もとより紅嵐はアジーダを斬れなかった事を鑑みて、切っ先に全破壊エネルギーの乗る突きを用いた技。常人ならば九度は死に至る完全なオーバーキル。その甲斐あって全身を貫いた確かな手応えが得られた。

 ―――――得られたのだが、それでも褐色の偉丈夫は倒れない。それどころか何とも嬉しそうに哄笑を響かせた。

 古竜のクシナとガチンコの肉弾戦をしていたのである程度分かっていたが、やはり打たれ強さが尋常ではない。

 相方のミトラと違って血は出るし傷も付けられるから殺せるだろうが、どれだけ斬れば殺せるかは実際にやってみないと分からない。

 

「ふはははは!!前より随分と腕が上がったじゃないか!待っていた甲斐があったなぁ!!」

 

 血の噴水はすぐさま止まり、笑いながらヤトに突っ込んできた。

 突き出された短杖を紙一重で躱して逆に腹を突く――――寸前で腰の短剣を抜いて折れ曲がった杖の突きを防ぎつつ、黒鋼剣は斬撃に切り替えてアジーダの足を斬った。

 ヤトは距離を取って短杖の形状をよく見る。杖は最初より20cmは長く先端は槍のように尖っていたが先程のように折れ曲がっていない。

 バイパーの街で戦った時と先程の騎士を纏めて打ち払った時、そして今の攻防ではっきりした。アジーダの杖は長さと形状を自由に変えられる。

 

「その杖、なかなか便利な道具ですね」

 

「手品の類だ。それよりその剣、あまり切れ味は良くないな。見掛け倒しだぞ」

 

 斬られた足に軽く振れて血止めする。ヤトは曖昧な笑みを浮かべて剣を軽く振って血を払った。

 確かにアジーダの言う通り黒鋼の剣の切れ味はそこまで良いものではない。勿論魔法金属製の一流の剣だが、あくまでそれだけだ。特筆すべき点があるとすればヤトの全力にも余裕で耐えられる頑丈な点だろうが、長過ぎてどうしても大振りになってしまうのが難点だった。

 それでもようやく全力で戦える無上の喜びを感じていた。

 ヤトは猛る魂のままにアジーダと斬り合った。

 

 

 男二人が本格的に殺し合いを始めた隣では、クシナが巨大ゴーレムを殴り続けていた。

 也がでかい分動きは緩慢だったので、巨人は一度もクシナを捉えられずに空を切り続けて、逆に殴られ放題だった。

 しかし一方的な展開になってもクシナはイライラしている。相手をどれだけ殴っても壊れないどころかまるで怯まないのが面倒な事この上ない。

 そしてちらりと旦那の方に目を移せば、何やらアジーダと楽しそうに斬り合っている。

 放っておかれた寂しさと腹立たしさでどんどん不機嫌になった彼女は注意を怠って巨人の拳を貰ってしまう。

 数百メートルは弾き飛ばされて転がった後、血塗れのまま立ち上がるもその目は明らかに怒り狂っていた。

 

「―――――――――儂を舐めたな」

 

 完全にブチ切れたクシナは本来の姿に戻り、魂砕きの咆哮を轟かせた。

 ゴーレムは唐突に目標が消えて、代わりに銀色の竜が現れた事で混乱して立ったまま動きを止めてしまう。その隙をクシナは逃さず体当たりして組み敷いた。

 いきなり片腕の竜と巨人の取っ組み合いが始まってしまい、退避していた王や騎士達は思考停止する。

 そして都でも多くの者が神話の一幕を目撃して慄く者、興奮する者、拍手喝采を贈る者、即興で詩を作って謳う吟遊詩人が出てきて、まるでお祭り騒ぎとなっていた。

 クシナは組み敷いたゴーレムの右腕を抑えて残りの腕に鋭い牙で噛み付く。

 左腕は古竜の強力な顎の力でメキメキと音を立てるが噛み砕くには至らない。強固なアダマンタイトだろうが容易に噛み砕くクシナの牙でも破壊出来ない装甲には驚きしかない。

 巨人はクシナが腕を噛み砕くのに手間取っていた隙をついて、腹に膝蹴りを食らわせて怯ませ、位置を反転させて圧し掛かり頭突きを食らわす。

 両手の拘束が外れた巨人は、何度も何度も比較的柔らかいクシナの腹を殴り続けた。一発一発のダメージは大した事は無いが、彼女にとってヤト以外に上に圧し掛かられる屈辱感は凄まじかった。

 怒り心頭になり、逆に相手の腹を殴りつけて浮かせた後、翼を広げて巨人の足を掴んだまま大空へと飛び立った。

 クシナは足を掴まれて成すがままの巨人を見て冷静になる。そのまま雲を抜けるほどの高度まで登り続けてから足を離した。

 重力に囚われた巨人は手足をバタつかせたまま墜ちて行き、当然のように地面に叩きつけられて土煙を巻き上げた。

 高度からの落下速度に加えて自重による破壊力は極めて大きく、ゴーレムの両足はあらぬ方向に曲がり二度と立つ事は叶わなかった。

 さらにクシナはまともに動けないゴーレムの頭を掴み、引き千切って機能停止に追い込んだ。

 

 

 それを離れた場所で見たアジーダは使えない人形に舌打ちした。こうなってはすぐさまあの竜がこちらにやって来てしまう。

 

「よそ見する余裕はありませんよ」

 

 ヤトは隙を見て大剣を脇腹に突き刺して胴を両断しようとしたが、アジーダは腹に剣が突き刺さったまま杖を突き出す。

 杖は一瞬で伸びて顔を抉ろうとするが、その前に左手の短剣が同様に伸びて杖を払う。その隙に強引に腹の剣を引き抜いて間合いを外した。腹の傷は臓物が零れ落ちる前に塞がった。

 

「得物が似ると露骨に技量差が出るな」

 

 アジーダは自らの杖とヤトの鬼灯の短剣を見比べる。

 伸縮自在の剣―――――それがデュプレ家の宝剣の正体だ。普段は短剣として持ち歩ける携行性と使い勝手に優れているが、それ以外にさしたる機能も無い、宝剣と呼ぶには大仰かもしれないが、何も奇をてらった加護や外見が名剣の条件ではない。それより単純に道具として扱いやすい方が好ましい。

 ヤトは短剣を元の長さに戻して鞘に納め、大剣を両手で握り直す。そしてアジーダはなぜか杖を腰に差して戦闘の空気を四散させてしまった

 

「負けを認めて諦めましたか?」

 

「そんなところだ。今の俺では純粋な技量でお前には勝てんのはよく分かった」

 

 言うなり無防備に背を向けて巨人の方に逃げた。これにはヤトも一瞬虚を突かれてしまい、斬る事も出来ずに距離を離されてしまった。

 仕方なくアジーダの後を追って巨人の元へと急いだ。

 

 

 クシナは倒した巨人を寝床にして鼻歌を歌っている。ここしばらくご無沙汰だった本来の姿で暴れられてご満悦だった。

 しかし遠くから向かってくるアジーダに気付き、そのまた後ろで追っかけているヤトが目に入ると、どうしたものかと思案する。

 火を吐いてこんがり焼いて褐色を炭色にしてやってもいいが、勝手に獲物を取ると番が気を悪くしてしまうかもしれない。

 

 (まあいいか)

 

 少し悩んだ後に放っておくことにした。

 その間に両者の距離は目と鼻の先まで縮まっていた。なぜアジーダが己に向かっているのか分かっていない。だから目が合っても何もせずに放っておいた。

 そしてアジーダはクシナに背を向けて下敷きになった巨人の首に空いた穴に入ってしまう。

 変化はすぐに生まれた。

 歪に曲がった両足が元通りの形になり、クシナに噛まれて傷付いた腕の装甲も綺麗さっぱり傷一つ見当たらない。千切れた頭は首から伸びた太い縄のような物で繋がり、そのまま引っ張られて元の位置に納まった。さらに全身から無数の刃が生えてきて、上に座っていたクシナが悲鳴を上げて慌てて飛び退く。

 立ち上がりも前の動きの倍は速く、寝起きの調子を確かめるような生の人間の動きに変わっていた。

 刃の巨人はヤトを見下ろし、彼方にまで響き渡る雷鳴の如き大音量で戦いの再開を宣言した。

 

「続きをやろうか。今度は同時にかかってこい」

 

 神話の戦いはまだ決着を見せていない。

 

 



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