魔王生徒カンピオーネ! (たけのこの里派)
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プロローグ
第一話 始まりは絶叫と共に


*注意事項。
・この作品は「魔法先生ネギま!」を主軸にした「カンピオーネ!」とのクロスオーバー作品である。
・唯でさえ誇大解釈極まりない拙い神話の解説がそもそも間違ってる可能性がある。
・作品のストーリー展開上原作と時系列的に間違っている箇所が数ヶ所ある。
・原作既読済みにはラスボスの正体がモロバレである。
・「そこはちゃうんやで」という致命的な相違、無理な展開が発覚した場合は出来るだけ修正しますが、どうしようもないところは生暖かい目でスルーしてください。
・目を覆いたくなるような駄文である。

以上の点が受け付けられない方は素直にブラウザバックを推奨します。
また注意事項が増えたりするかもしれませんので、ご了承ください。


 

 

「──────特異な者が何故特異であるか等と疑問を持つな。そこに意味は何も無い」

 

──────カール・クラフト=メルクリウス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明治中期に創設され、幼等部から大学部までのあらゆる学術機関が集まってできた都市が存在した。

 

 これらの学術機関を総称して麻帆良学園と呼ばれ、一帯には各学校が複数ずつ存在している。

 そんな学園の中央に聳え立つ、樹高270mという世界に類を見ない巨木、正式名称神木・蟠桃(しんぼく・ばんとう)

 通称世界樹の広場に、一人の少女が佇んでいた。

 

「…………」

 

 整った顔立ちに感情の起伏が少ない表情と左右違う色の瞳を持ち、その綺麗なオレンジの長髪をツインテールに束ね、麻帆良学園初等部の制服を身に纏っている少女。

 彼女の名は、神楽坂明日菜。

 

 浮世離れした、まるで王国の姫君の様な雰囲気を醸し出しているが、腕や頬に付けてあるガーゼや絆創膏が彼女を麻帆良学園の生徒足らしめていた。

 静かに彼女は、聳え立つ世界樹を眺めていたが、その静寂を破る者が現れた。

 

「っと……居た居た。オイ! 神楽坂ッ!!」

 

 程良く伸ばした黒髪に首に巻いたヘアバンド。そして小学生離れした雰囲気をもつ大人然とした奇妙な少年だ。

 その少年を明日菜は知っている。

 彼女のクラスメイトであり、クラスの纏め役にして数時間前に自分ととある少女の喧嘩を止めた張本人だ。

 名前は確か──────

 

「水原……、皐月」

「ンだよその呼び方。クラスメイトにフルネームで呼ばれんのは疎外感感じるわぁ……」

 

 どうやら少年は明日菜を探していた様だ。

 息が少し切れており、それなりに汗もかいている。

 麻帆良学園の敷地は膨大な広さであり、もし学園中を探したのであれば、息ぐらい切れて当然である。

 

「……何?」

「何? じゃねェよ。ヒューマノイド・インターフェースかおのれは」

 

 皐月はブツブツ文句を言いながら、背負っていたランドセルから数枚のプリントを取り出し明日菜に渡した。

 

「ホレ、連絡書類忘れただろお前」

「……こんなの、先生にやらせればいいのに」

「止めい嬢ちゃん。転入早々雪広と喧嘩やらかしてキツいってのに、そんな口利かれたら泣くぞあの人」

「嬢ちゃんじゃない。それに、同い年」

「嬢ちゃんだよ。俺にしてみれば」

 

 プリントを明日菜が受け取ると、明日菜の隣に腰掛け、溜め息を吐いた。相当疲れていたのだろう。

 明日菜もそうだが、皐月も違う意味で他のクラスメイトと比べ異彩を放っていた。

 

「で、どうだ嬢ちゃん? この学校は。まぁ喧嘩やらかしてどうだも糞も無ェだろうが」

「ガキばっか」

「手厳しいなァオイ」

「……皐月は、ガキじゃない」

「……あれま。ソイツはどうも」

 

 精神の成熟度。皐月のソレは高校生や大学生の域であった。

 ランドセルから取り出した缶コーヒーなどまさにそれだ。

 

 まぁ、それも当然と言えば当然なのだが。

 

「友達は出来そうか?」

「いらない」

「一言かよ。一匹狼気取っても楽しくねぇぞ?」

「楽しい?」

「そうだ。馬鹿騒ぎするにも勉強するにも、一人じゃ何も楽しくねぇ。馬鹿騒ぎしろって訳じゃないがな」

「…………」

「別に友達百人作れなんて言わない。俺も作れるか解らんしな。ただ、マザコンファザコンを自称する俺が戴いた、母さんの有り難い言葉をくれてやる」

「有り難い言葉?」

「あぁ、それはな『百人の友達よりたった一人の親友』ってヤツだ」

「百人より、一人……」

「別に一人って訳じゃ無いがな。つまり十年経ったら忘れちまう百人より、絶対に忘れない少数が良いと思うぞ、俺はな」

「忘れ、ない? それは、大切な事?」

 

 

 皐月の言葉は、()()()()()()()()()()明日菜の中に、酷く響いていた。

 そして彼女は皐月に問いを投げ掛けた。問うてしまった。

 

 大切な何かを忘れる事は、いけないことなのか。

 即ち、自分にとって害なのか。

 

 

「……オイ、大丈夫か? 顔色悪いが……」

「答えて」

「……あぁ、大切だと思うぞ。その少数の親友が、自分の人生を決定付けるモノになるかも知れないんだからな。それに、そんな大切な奴を忘れるなんて、絶対に不幸だし、嫌だろ」

 

 そして明日菜は思ってしまった。忘れる事は、嫌な事だと。心の底からそう思ってしまった。

 瞬間、脳裏に誰かが映り、同時にノイズが走る。

 

 

 

『────何だよ嬢ちゃん、泣いてるのかい────』

 

 

 

「ぁ──────―」

 

 そうだ。私は■■にならなきゃならない。だって、それが約束だから。

 私が勝手に一人でした、約束────

 

「私、前が無い」

「前が無い……? 記憶喪失なのか?」

「そう。だから私、思い出の大切さが解らない。友達も、いない」

「そっかァ……そらァ難儀なこって」

 

 ポンと、明日菜の頭に皐月の掌が乗せられる。

 いつの間にか明日菜の目から涙が流れていたのだろう。皐月はそんな明日菜を見て困った様な表情を浮かべ、慰める様に、諭すように頭を撫でた。

 

「だったら今から作りゃイイ。俺も手伝うしよ。友達も思い出も。ガキが達観して黄昏るより、そっちの方がずっとずっと良い」

「ッ」

 

 頭に施された何かが、どんどん解かれていく感覚が広がっていく。

 皐月にとって、それは泣いている女の子を慰める言葉だった。

 

『幸せになりな嬢ちゃん。アンタにはその権利がある』

 

 そして同時に、目の前の苛酷な運命を背負っている少女への、無力な自分からのせめてもの────。

 

「────ぁ」

 

 それが彼女にとって、何処までも致命的な言葉とも知らずに。

 

「────あぁ、ぁああ、ぁああああああああああああああああああああああああアあああああアあああああああああああああああああああああああああッ──────!!!!!?」

 

 急激に暗転する意識の中で、

 

「──────────ガトウ、さん」

 

 その名が明日菜の口から漏れた瞬間、彼女は頭の中で何かの鍵が外れた音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話 始まりは絶叫と共に

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、ありのまま、今起こったことを話すぜッ。

『クラスメイトがイキナリ泣きながら叫んだと思ったら意識を失った』

 な、何を言っているか解らないと思うが、俺も何が起こったか分からなかった……! 

 

 ま、まぁ取り敢えず自己紹介しよう。

 俺の名前は水原皐月。

 父親が日本人で母親がヨーロッパ人のハーフなんて珍しい生まれの、肉体年齢七歳で、精神年齢二十代後半のピッカピカの小学一年生である。

 

 肉体年齢と精神年齢がズレにズレまくってる? これは前世を合わせると、だ。

 つまり、俗に言う転生というヤツらしい。

 転生と言っても、テンプレの如く神様のミスで死んだり、特典を貰ったりなんて展開では無い。

 死んだ記憶が無く、いつの間にか赤ん坊として産まれていた感じだ。思わずキング・クリムゾンを喰らったと思った俺は悪くないと思う。

 特殊な能力も無いし体が特別強い訳でもない。子供の頃から走ったりして、少々周りより体力がある程度だ。

 しかし厄介な所が、前世の記憶がある────つまり精神と肉体との差異である。

 幼児が玩具で遊ばずに新聞漁ったり、黙々とランニングに勤んでいるのだ。今思い返してみてもキモすぎるだろう。

 

 だが新たな両親は、そんな俺の不安を嘲笑う様に裏切ってくれた。

 

 そんな異常な行動を許容するだけでなく喜び、更には前世の記憶を持つ俺を認めてくれたのだ。

 そう、既に俺は前世の記憶を持っている事を話しているのだ。

 にも関わらず俺を受け入れてくれる親。

 転生者故の世間との疎外感(笑)に苛まれていた傷心中の奴が、これでファザコンマザコンにならない訳がない。

 まぁそんなこんなで数年が流れ、小学校に入学したのだ…………麻帆良学園に。

 

 学園と言うには余りに広すぎる土地で、外と較べてロボットをナチュラルに造っているオーバーテクノロジー極まりなく、オリンピック入り又は優勝間違いなしの出鱈目な能力の生徒達。

 敷地内に島すらあり、その島にある図書館に地下があり、更に下層に降りれば命の危険すら存在する、世界文化遺産確定の巨大な“図書館”。通称『図書館島』。

 止めは一年に一度“発光する”という出鱈目極まりない、ギネスや世界遺産確定のバベルの塔三塔分に値する巨大過ぎる樹木、『世界樹』。

 そんな常識に喧嘩を売りまくっている非常識の塊の様な学園を、俺は知っているッ! 

 そう、『魔法先生ネギま!』の舞台となる学園都市だッ!! 

 

 どうやら転生する際に次元を一つ間違えたらしい。

 なるほど解らん。

 訳が解らん。

 

 しかしまぁ開き直ってみれば、比較的安全な世界で安心した。

 これが、道化師みたいなデブが人類ブチコロ兵器を大量生産してる某灰色の世界や、〇ンコ型宇宙兵器の地球侵略が起こる世界や、巨人が闊歩し人類の生活圏が蝕まれている様な、日常的に死の危険がある世界ではないのが幸いである。

 一応この世界に存在する死亡フラグの殆んどは原作重要キャラのみ。そして俺は原作主人公の様に英雄の子などの特別な出自ではないからほぼ関係が無い。

 そりゃあ美人揃いの原作キャラは魅力的だが、それだけで死亡フラグ溢れる原作介入をしたいとも思わないし、そもそもできない。

 故に俺にとって、死亡フラグや原作は程遠いモノになると思っていた。

 

 ────悉く原作キャラと絡むまでは。

 

 初等部一日目で、死亡フラグ発生率第三位である近衛木乃香と隣同士になり、更に数ヵ月後には死亡フラグ発生率第二位の神楽坂明日菜がクラスに転入してくる始末。

 

 アレ? アスナは兎も角、時系列的には木乃香はまだ京都じゃね? 

 

 そんな俺の疑問を置き去りに、第一回後の委員長こと雪広あやかvs後のバカレッドこと神楽坂明日菜の戦いが開始された。

 暫く微笑ましい殴り合い(もとい)じゃれ合いを眺めていたが、先生が本気で涙目になってきた為、止めに入った。

 まぁそれのせいで明日菜にプリントの配布がされなくて、下校後に何故か俺が届ける羽目になったのだが。

 そして二時間ほど歩き回って漸く見付けた挙げ句コレだよ。

 

 何か悪いことしたか俺? 確かに我ながらクッサイ事言ったかも知れんよ? 泣いちゃった子に酷いことは言えんよ。

 でもね、叫びながらぶっ倒れるとは思わないもの。おじさんそんなにキモかったか? 

 ナデポならぬナデ叫。上手く出来てないし下らんわ。

 て言うかこの後どうすんの。

 

 携帯で保護者に来てもらう────連絡先シラネ。

 ならば連れてく? 気ィ失ってんのに? 

 まぁおんぶするのも吝かじゃ無いよ? でも何処に? 

 この時期なら例のあの人、あの現代のナマハゲん所の別荘で修行してたっけ。

 そこまでおんぶ? マジかよ。

 

 そんな、本日数回目の溜め息をつきながら、彼女の保護者である高畑・T・タカミチを求めて、俺は動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 魔法世界において、英雄、ヒーローの代名詞を聞くと、ナギ・スプリングフィールド、ジャック・ラカン等、先の大戦の立役者の紅き翼を答えるように、恐怖の代名詞を問えば誰もが同じ名を挙げるだろう。

 

 ──────エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)』『人形使い(ドール・マスター)』『悪しき音信(おとずれ)』『禍音の使徒』『童姿の闇の魔王』。

 数多くの異名と逸話を持つ生きる伝説。600万ドルという史上最高額の賞金首。

 その実力は()()使()()()()()()間違い無く世界最強クラス。

 何より彼女が悪の代名詞とされている最大の理由は、彼女が人ならざる真祖の吸血鬼、600年を生きる不老不死であるからなのだ。

 その恐ろしさは、魔法世界で子供を寝かしつけるために、彼女の名前を出して脅かす風習がある程であり、決して少なくない数の彼女を題材とした伝説が存在している。

 しかし数年前、彼女は彼の英雄『千の呪文の男(笑)(ナギ・スプリングフィールド)』と戦い、封印又は討伐されたとされ、その指名手配は解除されている。

 その彼女が、今も麻歩良学園に封印されていることを知ってる人間は限られていた。

 

「ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙……」

 

 アレから更に数時間後、皐月は明日菜を背負いながらタカミチを探して三千里、と言うほどでもないが、試行錯誤の末にエヴァンジェリン宅を調べ、最終的にエヴァンジェリン宅であるログハウスに辿り着くことに成功したのである。

 しかしこの時、皐月は満身創痍を通り越して、某蒼炎の騎士の如く、地獄の底から湧き上がってくる様な唸り声を上げ、まるでゾンビのごとき相貌に成り果てていた。

 黒髪から覗く様にある瞳はまるで餓虎。

 どんな小学生だ。

 

 気の強化なんてものは勿論出来ず、精々同世代に比べれば体力が有る程度の膂力しか持たない皐月が、自分と大差ない少女とランドセルを背負い駆けずり回ったのだ。こうなったのも必然である。

 しかし、問題は此処からだった。

 

「呼び鈴にッ……届かないッ……!」

 

 というか、明日菜をおぶり二つのランドセルまで装備した皐月は、完全に両手が塞がっていた。

 更にドアノブこそ皐月でも届く高さだが、森に隣接しているエヴァンジェリン宅は、そもそも子供が来る設計をしていない。

 人一人背負った皐月が呼び鈴を鳴らす事など不可能だった。

 ならば方法は一つ、叫んで呼ぶしか無い。

 

 しかし相手は呪いが無ければ自宅警備員クラスの怠け者である600年を生きるロリ。

 ありがちな呼び掛けに応じるとは思えない。

 故に皐月は、彼女が絶対に反応するであろう言葉を選んだのだった。

 

 

エターナルロリータのキティちゃんいらっしゃいませんかァ──────!!!!

だァあああああああれがッッッ! エターナルロリータだぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッ!!!!

 

 

 ドアを蹴り飛ばすように現れた金髪の美少女を見て、皐月が『あ、こいつチョレェ』と思ったのは秘密である。

 なお、彼は疲労で冷静な判断が出来ていない。

 

「良かった良かった。コレで反応してくれなかったら『ロリBBA乙』とか『ネギ&ニンニク入り落とし穴で泣いちゃう闇の福音www』とか言わないといけなかったから」

「喧嘩売ってるよな貴様!? 今すぐに買ってやろうかァ!! て言うか何故知ってる!?」

「────どうしたんだいエヴァ?」

 

 すると家の奥、顔を真っ赤にして、今すぐにでも飛び掛からんとしている金髪の美少女の後ろから、長身のYシャツを着たラフな格好の、皐月が知るよりも数段若い白髪の眼鏡をかけた男性が現れた。

 

「高畑・T・タカミチさんですね? 預かり物御届けに参りました」

「って、アスナ君!?」

「ああ゙!? タカミチ、貴様の知り合いか!?」

「えっ、ちょッどうしたんだエヴァ!?」

「済みません、自分が少々『そりゃコクってもフラれんだろププー! テメェの身体見てから出直せロリ』とか言っちゃったんで」

「うわぁああああああああああああああああああああ!!!」

「何処に行くんだエヴァ!?」

 

 ────コレが後に『炎の王』()()皐月が、『義姉(あね)』と呼び慕う女性との出会いだった。

 

 

 

 




速攻ぶっ壊れた記憶封印については次回。

初見の人は初めまして。ほかの作品から知って頂いている方はこんにちは。
大学が始まって並行して就活しているこんな時に新しい作品を投稿する阿呆です。

修正点は随時修正します。
感想待ってまーす(*´ω`*)



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第二話 交渉と対価

今回には原作「ネギま!」の致命的なネタバレがあります。
お気を付け下さい。


 それから数十分後、タカミチが相反し合う「気」と「魔力」を融合させ身の内と外に纏い、強大な力を得る高難度技法である『咸卦法』で羽交い絞めにすることで、漸くエヴァンジェリンの暴走が鎮静した。

 

 「いやぁ、ゴメンね水原くん。アスナくんが迷惑を掛けたみたいだ」

 「構いませんよ。彼女も初日で疲れてたんでしょう」

 

 皐月はタカミチに、自分が頭を撫でた為にアスナが絶叫して気絶した事を伏せ、初めから疲れて寝ていたことにした。

 それほどキモがられたショックもあるが、もし自分が原因で明日菜が気絶したとタカミチが知ればどうなることか。

 

 皐月は世界でデスメガネの洗礼を初めて受けた男にはなりたくなかったのだ。

 勿論タカミチは明日菜の傷を聞いていたが、その内容を聞いて微笑んだのは言うまでもない。

 

 「これからも、アスナくんの友達でいてくれないかい?」

 「俺なんかで良いのなら」

 

 更に幾つか、タカミチは皐月に明日菜の学校初日の様子を聞いて満足したのか、明日菜を抱えてエヴァンジェリン邸を出た。

 

 「――――で、貴様は何故まだ此処にいる?」

 「いや、まだ自己紹介してなかったなぁと思って」

 

 エヴァンジェリンは未だ剣呑な視線を皐月に向け続けていた。

 600年を生きる自分が、出会い頭で小一にフルボッコされたのだ、そんな視線も向けたくもなる。

 

 「でも、普通に呼んでも面倒臭がって無視したんじゃねェの?」

 「ぐぬッ……ていうか何で私には敬語じゃないんだ……?」

 

 図星だったようだ。

 そしてエヴァンジェリンの疑問を、皐月は華麗にスルーした。

 

 「それに――――丁度良かったのかもしれないしな。もしその場面に俺が居合わせて、知ったかぶって足手まといになるのは御免被る」

 「……どういう意味だ?」

 

 初めは、皐月にエヴァンジェリンと関わる気など無かった。自ら危険に突っ込み、死亡フラグをおっ建てる様な真似はしたくなかったからだ。

 しかし、こうして皐月がエヴァンジェリンと会うことになったのは、良い区切りだったのかもしれない

 異端は異端を引き寄せる。

 何処かの魔術師の言は本当だな、と、溜め息を吐きそうになるのを堪えながら、なけなしの覚悟を決める。

 

 つまり、一歩を踏み出す覚悟を。

 

 冷たい、先程とは違う雰囲気を纏ったエヴァンジェリンの視線が、皐月を貫く。

 

 「私を呼び出した口上もそうだが……貴様は私と奴の関係を知っているな? その事を知る人間は少ない筈だが」

 「知ってる事を知ってるだけの七歳児だよ。俺は」

 

 『奴』。その言葉がナギ・スプリングフィールドを指す事を、皐月には問うまでもなかった。

 ――――さぁ、ここからが本番。

 

 「俺が何者なのか。何故此処に居るのか。それを一番知りたいのは俺なんだがなぁ。

 ――――――そんな怪しい事極まりない餓鬼が、悪い魔法使いにお話したい事がある」

 

 そして善とは違い、悪を自称するエヴァンジェリンに何かを求めるには、それ相応の対価が必要だ。

 その切り札を皐月は持っている。これ以上ない程の武器を持っている。

 

 「……聞こうか」

 

 そんな皐月を見て、小さな吸血鬼は唇の端を釣り上げた。

 

 

 

 

 

 

 第二話 交渉と対価

 

 

 

 

 

 

 意識を失ったアスナは、真っ暗な空間で映画の様に自身の封じられている記憶を取り戻していた。

 魔法世界最古の王国。特殊な魔力を持つその王族の中でも、更に異端な力を生まれ持った姫御子。

 

 アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。

 

 それが神楽坂明日菜の本当の名。

 生まれ持った力は、『完全魔法無力化能力』。

 魔法の溢れる世界に於いて、その魔法を無力化する力はあまりに強力無比だ。

 更に王国の言い伝えによれば、その力を持った者は魔法世界の鍵である。

 

 下卑た話だが、政治においてこれ以上の利用価値は他に存在しない。彼女を祭り上げれば国の政は一切合財が思いのままだ。

 そして王国の重鎮達は――――しかし彼女を政治ではなく、軍事に利用価値を求めた。

 

 幼い頃に薬で肉体と精神の成長を止め、鎖で縛り幽閉したのだ。

 

 そして必要な時に、大呪文をその身で防ぐ為の最終兵器として。

 そうして100年の時が流れ、先の大分烈戦争で彼女は最終的に紅き翼に救出される。

 しかし数年前、再び紅き翼は戦いを強いられ、その果てに彼等はアスナを魔法から遠ざける為に、その記憶を封印した。

 

 しかし考えてみてほしい。

 魔法無効化能力者(マジックキャンセラー)であるアスナに、魔法による封印が可能なのか?

 魔法無効化能力の理論としては、アスナが拒絶、または害悪と判断される魔法が無力化されているという。

 恐らく彼女は彼等、紅き翼を信用し、その魔法を受け入れたのだろう。

 

 しかし、皐月との会話で、記憶を失う事にアスナは拒絶感を示してしまった。

 

 勿論本来はその程度で封印が抵抗(レジスト)される魔法ではないのだろうが、まさか施してから一週間も経たず無力化されてしまったとは、流石としか言うしか無い。

 悉く封印術式を無力化する様な言動を、無意識でとってしまった皐月も皐月なのだが。

 しかしこうして、本来正史より七年近く早くに記憶を取り戻す結果になったのは、やはり異分子たる皐月の存在故だろう。

 

 そしてアスナは、揺れるまどろみから目覚め、自分が背負われている事に気が付いた。

 

 「タカミチ……?」

 「おや? 起きちゃったか。学校初日お疲れ様」

 「タカミチ……」

 

 やはり優しい。タカミチや、彼等紅き翼は。

 しかし、もう守られるだけは御免だ。

 自分の身は自分で護らなければ、折角手伝うと言ってくれた彼に応えるためにも。

 

 

 「……タカミチ、お願いがある」

 「アスナくんが、僕にかい? 珍しいね。良いよ、僕に出来ることなら何でも言ってくれ」

 

 

 

 

 「――――私に、友達の作り方を教えて」

 

 先ずは、私に大事な事を教えてくれた彼と友達になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「話と言うのは、俺を鍛えて欲しいというモノですよ、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)

 「鍛える、だと?」

 

 敬語で話す俺に、キョトンと、エヴァンジェリンの顔が拍子抜けと表現していたのを見て、思わず苦笑が漏れる。

 

 「いや、ですから――」

 「やはり敬語は止めろ。思った以上に違和感感じる」

 「……ぶっちゃけ、俺の身近には厄介事を引き寄せる事情の人間が複数いてなぁ。俺が何も知らない一般人なら良かったんだが……生憎、知識だけはあるんだよ」

 「つまり、巻き込まれる可能性があるから、自衛の手段が欲しいと?」

 「理想論は一切合切守れたら良いんだが……彼女達を、俺如きに護りきれるなんて言えなくてね。ただの小坊には辛い命題ですわ」

 

 木乃香もだが、特に明日菜は不味い。

 魔法世界最強クラスの幼女誘拐組織が確実に付いて回る。

 一般ピーポーの俺が、チートオリ主みたいに俺TUEEEEEEEE出来るわきゃない。

 今の俺じゃ、フェイトとかに指一本動かせずに殺られる自信がある。

 だれかー、オラにチートを分けてけれー。

 

 「しかし納得がいかんな。だったら何故私だ? 師というならジジイやタカミチ、他の魔法教師にでも習えば良いだろう」

 「600年蓄えた知識と経験。ジャック・ラカンやナギ・スプリングフィールドと同等以上の力量を持つアンタを超える存在が、この学園には居るか?」

 「……ほぅ」

 

 あ、でも釣られそう。

 俺が誉めたら明らかに機嫌良くなったし。やっぱチョレェ。

 でも実際ナギとエヴァンジェリンが殺す気で戦ったら、ナギに勝ち目はあったのだろうか?

 真祖の不死性にレパートリーの多い魔法や百年鍛えた合気柔術。

 『闇の魔法(マギア・エレベア)』使ったエヴァンジェリンに本気で勝てる相手って、相性最悪で被造物に絶対有利な造物主位じゃね?

 

 「だが、私ほど公的に悪とされてる魔法使いも居ないだろう?」

 「アンタがやった罪状って、精々過剰防衛か魔具の略奪ぐらいだろ。ここまでの悪の象徴になったのは、メガロの元老院に『正義の味方』に対する悪として象徴化されたからじゃねェのか? 六世紀以上前の価値観を現代に持ち込んでくれて」

 「……私は人間じゃないぞ」

 「後頭部がエイリアンなジジイと金髪ロリ。変態という名の紳士じゃなくても後者選ぶわ。というかそもそも魔法使いが異端云々語られてもなァ」

 

 確かエヴァンジェリンって原作では過剰防衛による殺ししかしていない筈だ。

 600年前の魔女狩りやら異端狩りや人種差別が極まりない時代の印象が、現代まで引き摺られている可能性がある。

 人は異端を疎み恐れるっつうが、魔法使いなんて異端極まる連中が吸血鬼ぐらい恐れんなやと言いたい。

 ま、どうしようもなく“知らない”んだろう、お互いが。

 

 「貴様のその情報源が気になりもするが……物好きな奴だな。

 しかしだ、私は貴様を弟子にするメリットが無い。知っているだろう? 悪い魔法使いに頼み事をするのには、それ相応の対価が必要だ。貴様に私が満足する見返りが用意出来るか?」

 「言っただろう、俺は物知りなだけの餓鬼だと。俺が用意できる対価なんて、一つしかない」

 「ほう?」

 

 そう、エヴァンジェリンとってこれ以上無いほどの物が、俺にはある。

 

 

 

 

 

 「俺が提示できる対価は―――――――ナギ・スプリングフィールドの生存と現在位置の情報だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 皐月のその言葉を聴いて、エヴァンジェリンの顔が驚愕に染まった。

 

 「なッ……あ……!?」

 「見返りとしては十二分の情報だと思うが?」

 

 エヴァンジェリンはナギ・スプリングフィールドに惚れている。

 故にエヴァンジェリンはナギを求め、我が物とするために挑み、そして登校地獄の呪いを極めて適当に掛けられたのだ。

 これは原作でも大きなイベントであり、コレが無ければ原作主人公のネギが作中に最強クラスの力を手にすることは、決して無かっただろう。

 

 「ば、バカを言うなッ! 奴は二年前に――――」

 「二年前に死亡が公式発表された? 誰も遺体を見ていない上、墓すら誰も知らないというのに?」

 「ぐッ……」

 

 漸く絞り出したエヴァンジェリンの、ナギの生存を否定する言葉は、皐月の言葉で容易に返された。

 

 「逆に聞く。あの生きるバグと言われるジャック・ラカン相手に一歩も退かなかった男が、どうやって死んだ? 誰が殺せた?」

 

 ナギ・スプリングフィールドの力は、魔法世界全土を巻き込んだ大戦争――――大分烈戦争が証明している。

 『千の呪文の男(サウザントマスター)』を自称し、劣勢に立たされていた連合をたった七人でひっくり返し、当時帝国から赤毛の悪魔と恐れられていた英雄。

 戦争の裏に潜む思惑に気付き、打ち倒して見せた紅き翼(アラルブラ)のリーダー。

 エヴァンジェリン自身と同じ最強種である龍樹を殴り飛ばせるほどの、原作でエヴァンジェリンの分体が世界のバグと呼んでいた千の刃、ジャック・ラカンと殴り合いが出来る存在。

 そんな男を一体誰が殺せたか、エヴァンジェリンは答えられなかった。

 

 「……だったら、貴様は知っているのか? ナギが何処に居るのかを!!」

 「あぁ。だけどそれは俺を鍛えてくれるのと引き換えにだ。それと、この情報源も聞かないでくれ」

 「何でも良い! 早く教えろ!!」

 「あ、ギアススクロールとか俺持ってないんだけど」

 「えぇい、私を舐めるな! そんなことせずとも鍛えてやるッ!!」

 「まぁ、別にこれ以上引っ張る必要ないか……」

 

 息を切らしながら皐月を睨み付けたエヴァンジェリンに、軽く嘆息しながらも立ち上がり、森の近くに建てられたエヴァンジェリン邸の窓からでも見える大樹を指差しながら告げた。

 

 「英雄サマ、あの世界樹の下で封印されているよ」

 「はっ……? いや、封印とはどういうことだ!?」

 

 しかしその答えにエヴァンジェリンは納得しなかった。

 エヴァンジェリンにしてみれば、ナギは封印した側の人間であって、逆にされるような状況が思い付かないのだ。

 

 「……これは関係のある話だが……大分烈戦争の黒幕を、アンタは知っているか?」

 「……い、いや」

 「帝国と連合の上層部の中枢に入り込んでいたその黒幕の名は、『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』。その人々を『計算されつくされた幸せ』という夢で救済しようとしている連中だ。連中は戦争を起こして世界の警備やら何やらを敵対国に蹂躙させて、その隙に魔法世界の各ゲートを破壊。約一週間ごとに地球と循環される魔力を魔法世界側に閉じ込めて一点集中させる事で、神造異界を保つ魔力が枯渇しつつある魔法世界を一度分解、『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』に再編成させるのが目的だった」

 

 その儀式に必要だった存在こそ、黄昏の姫御子。

 魔法世界の鍵であるアスナだ。

 

 「それを止めたのがナギ達……と、いうことか。『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』とやらは大体想像出来るが、“計算されつくされた幸せ”とは言うじゃないか」

 「実にニートやヒッキーの心情を理解してやがる。ま、リア充には効き目薄そうだが。

 まぁ、その親玉はナギ・スプリングフィールドが潰せたが、儀式は発動。その戦いの場所になった国の女王は自身と自身の国の物理的な崩壊と引き換えに世界を護った」

 「……自身、だと?」

 「あぁ、その後その女王は連合の老害どもに戦争の元凶にさせられたよ」

 「……まさかその女王とは、『災厄の魔女』か!?」

 「その通り(exactly)

 

 

 その女王の名は、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

 当時の彼女を知っているオスティアの難民達以外には、「災厄の女王」「災厄の魔女」「自らの国と民を滅ぼした魔女」などと呼ばれ、魔法世界最大のタブーとされている。

 

 「……そう、か。ククッ、つくづくメガロメセンブリアの上層部は腐っている」

 「あ、彼女が後のナギ・スプリングフィールドの嫁さんな」

 「   」

 

 そしてそんな爆弾を、皐月は極めて気軽にエヴァンジェリンへ投下した。

 

 




説明回。

アスナの記憶封印の仕組みが食いわしく描写されていないのと、ちょっと言葉で思い出すぐらいだから「記憶」というワード全開で行けばマジックキャンセラーでイケんじゃね? というので解除しました。

修正点は随時修正します。
感想待ってまーす(*´ω`*)





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第三話 変態司書と弟子入りと

二話目でお気に入り登録と感想を一杯頂き、感謝。



 前回のあらすじ。

『実はナギはエヴァンジェリンに会った時は既に結婚していたんだよッ!!』

『な、何だって──!?』

『そして全てはッ、ノストラダムスゥゥゥウううッ!!!』

 

 あらすじ終わり。

 

 

 

 

 

 

「──────ふ、フフフ。そうか、私と会った時点で奴は既に既婚者だった訳か。道理で私に靡かん筈だ」

 

 森に佇み、風情溢れるログハウスの一室で紅茶を持って、しかし口元は引き攣り汗を浮かばせながら笑っている金髪の少女が一人。

 

「いやね、既婚者関係無く靡かねェと思うよ? 肉体年齢的な意味で。どこぞの変態古本野郎じゃあるまいし、社会的な意味でエヴァンジェリンの見た目で結婚はキツいって」

「うぅ……」

「肉体を成長させたり出来ないのか? 幻術違くて」

「吸血鬼の真祖にされたのが十歳で、そこから不老不死だから……。成長させるには神話級の霊薬でも無いと……」

 

 四つん這いで落ち込んでる金髪ロリを、小一が慰めるという、なんともシュールな状況が完成していた。

 

「続き……聞く?」

「…………聞く」

 

 

 

 

 第三話 変態司書と弟子入りと

 

 

 

 

 

 

「さて、それでどうしてナギが封印される状況に繋がる?」

 

 流石復活早い。

 どこぞの紅魔館のカリスマ(笑)吸血鬼とは違う貫禄を見せたエヴァンジェリンだった。

 

「まぁ、その後アリカ女王はナギ・スプリングフィールドの『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』活動を影ながら支えてた訳だ」

 

 そして八年後に『完全なる世界(コズモエンテレケイヤ)』がその活動を再開した。

 舞台は、魔法世界から旧世界地球へ。

 

「どういう事だ? 奴等の親玉はナギが潰したのだろう」

「それが(やっこ)さん、ただ殺しても死なんのよ。例え体を消し飛ばそうが、近くにある死体やら何やらに乗り移るらしい。どこぞのRPGに有りがちなラスボス設定だよ」

 

 殺せるけれども蘇るから『不死』ではなく『不滅』。

 そもそも皐月の原作知識でも造物主のその性質は詳しく説明されてはいない。

 

 大分烈戦争時にはナギの師であるフィリウス・ゼクトの肉体を。

 そして原作十年前には相討ったとされるナギの肉体に乗り移るも、しかしナギの肉体ごと世界樹の地下に封印された。

 

 おそらくこの事を知ってるのは、紅き翼でもアルビレオ・イマと近衛詠春、ジャック・ラカンに封印場所となった世界樹のある麻帆良学園学園長、近衛近右衛門のみ。

 

 そして『完全なる世界(コズモエンテレケイヤ)』側はデュナミスを除く全ての幹部を失い、フェイトを再生させた。

 

「……アリカ女王はどうなった?」

「残念ながらそこまでは知らない。戦いに巻き込まれて亡くなったか、それとも封印の楔にでもなったか……」

 

 原作で彼女がどうなったか、最終話でも描写されていない。

 

「……まぁ良い。ナギがここまで近くに居るとは思わなかった。それにそのような戦いをしていれば、私の呪いを解呪するのも難しかっただろう」

 

 皐月は言えなかった。

 本当は忘れられていただなんて、今の彼女に告げるのは皐月の良心が憚られた。

 面倒臭かった訳では決してない。

 

「しかし、これでは私の呪いは解く手立ては本当に無くなってしまったな」

 

 エヴァンジェリンが穏やかに嘆息する。

 皐月の話を鵜呑みにするならば、死んでは居ないものの登校地獄の呪いを解く事は出来ないだろうと。

 しかし元々死んだと聴いて絶望していた以前に比べれば、幾分マシだった。

 

「いや、結構あるぞ?」

 

 しかしその解を皐月は否定する。

 

千の呪文の男(サウザンドマスター)』しか解けない呪いならば、『千の呪文の男(サウザンドマスター)』に“成って”解けばイイ。

 

 皐月がランドセルの中から一枚のプリントを取り出した。

 

「あったあった。昨日丁度、学園の職員名簿をコピーしたんだが……」

 

 皐月が指差したのは、図書館島の司書の職員名。

 何故皐月が態々こんなものを持っているかというと、

 

「……クウネル・サンダース……? 何だ? このふざけた名前は?」

「一昨日友人と図書館島に行った時に会ったが、外見は魔法使いみたいなローブを着た、常に胡散臭い笑みをしたイケメンな変態だった」

「……………………」

 

 そしてエヴァンジェリンは、そんな変態を一人知っている。

 

「なんか紅き翼のメンバーっぽい顔していたけども」

「────一体ナニをしてるんだあのエロナスビッ!?」

 

 変態の名はアルビレオ・イマ。

 紅き翼の参謀、原作に於いて図書館島の地下で10年間食っちゃ寝をしていた変態という名の司書である。

 

 有するアーティファクトの能力は、対象の半生の記録と、記録した特定人物の身体能力と外見的特徴を再生し、更に特定人物の全人格を完全再生する能力。

 

 つまり、ナギ・スプリングフィールドそのものを再生出来るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────遡ること二日前、皐月は麻帆良に来て初めて出来た友人と図書館島に来ていた。

 

「ほぇー、ほんますごいなぁ」

「あぁ、パンフレットにゃ滝が館内にあるらしいぞ。常識が剥がれる音が実に喧しい」

「滝やったらウチの実家近くにあったで?」

「ぬぅッ! このジャパニーズブルジョアジーめがッ!! このこのッ」

「アハハハッ、くすぐったいわー」

 

 この皐月の横で、埼玉県にある麻帆良学園で京都弁を喋る少女の名は、近衛このか。

 

 原作に於いて極東最強の呪力を持ち、父親に英雄紅き翼の一人を持つ関西呪術協会長の一人娘。

 皐月のクラスメイト兼隣の席兼友人を勤めている。

 

 彼女は魔法組織としての麻帆良学園で、非常にデリケートな存在である。

 麻帆良学園の魔法組織、関東魔法協会の敵対勢力である、京都に本山を置く関西呪術協会の長の家系、近衛家の一人娘なのだ。

 

 何故彼女が麻帆良学園に居るのか、そもそも何故敵対勢力の長に同じ近衛家の近右衛門がなっているのか。それはまた今度話そう。

 

 問題は彼女の抱える死亡フラグである。

 極東最強の呪力に、日本古来からの呪術組織の長の一人娘。

 利用価値など掃いて捨てるほどあるのだ。

 原作ヒロインの中でも死亡フラグ発生率はアスナに次いで第二位。

 

 皐月も最初こそ木乃香の存在に戸惑っていたが、最近は自棄(ヤケ)になったりしてじゃれ会う程の仲になっている。

 彼女自身も、京都で幼馴染み親友にとある事故が切っ掛けで避けられ続けて辛かったのだろう。

 皐月という新たな友人(拠り所)を得て、皐月と出会った時から幾分明るくなっている。

 

 そんな姿に見かねて、原作知識からの危険(リスク)を知っていても放って置けなかった皐月だったりする。

 

「そして中は……一階はまともだな」

「ご本がいっぱいやなぁ」

 

 図書館島の内部一階、そこは凄まじい広さこそあるが、まだまともな物だった。

 

「あ、地下には行くなよ木乃香。アレだ、死ぬ」

「わかったえー」

 

 図書館島の地下には様々な重要な本があるため、盗難防止に罠が仕掛けられているなどが原因で中学生にならないと地下三階以下に行くことが禁止されている。

 

 そんな本を図書館に置くなと切に皐月は言いたかった。

 

 まぁ、その本が禁書クラスの魔導書やら何やらであることとを知ってる皐月は行くことは無いのだろう。

 最深部にはワイバーンらしき竜種まで居る始末だ、皐月にはとてもじゃないがやってられない。

 

 

 

 

「これはこれは。可愛らしいお客さんですね」

 

 

 

 

 皐月が思わず硬直する。

 その男はいつの間にかそこに居た。

 魔法使いの様なローブを身に纏い、フードを深く被り顔を隠しているものの、その整った口元は美形であることを示していた。

 

 皐月は彼を知っている。

 皐月は、このロリコンのド変態を知っている。

 

「どちらさまでしょうかァ?」

「おや? 何故彼女を庇うのですか?」

「どないしたんつっくん?」

 

 ここでこのか命名の皐月の渾名が登場したが、皐月は華麗にスルー。

 皐月は直ぐ様このかを庇うように前へ出た。

 そして皐月は、最後の確認を取る。

 それは別人かも知れない可能性と、別人であって欲しいという願望からの行動だったりする。

 

「……YESロリータ?」

「NOタッチです」

「このかぁーちょぉっとこの人から離れようかぁ」

 

 即答だった。

 その男にとって聖句であるが如く、一片の淀みの無い言葉だった。

 

「初めまして、私は此処の司書をやっているアルビレオ・イマと申します。貴女のお父上の詠春とは古い友人なのですよ、近衛このかさん」

「わっ、お父様のっ!?」

「このか気付いてぇー! 言ってない名前知っている時点でおかしいことに気付いてぇー!!」

 

 ────その後、紆余曲折の末にこのかを連れて図書館島から逃れることに成功した。

 尤も、このかが図書館島に興味を持ってしまった事が、残念でならない皐月だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「────という事があった」

「…………」

「だからあの変態司書に凄まじい恥辱に耐える事を対価に、呪いを解いてもらう事も出来なくもないんだよ」

「ぬぅおぉ……究極の二択とは正にコレか……!!」

 

 俺の目の前でエヴァンジェリンが本気で頭を抱える。

 おそらくあの変態という名の紳士ならば、対価としてエヴァンジェリンの猫耳スク水セーラーぐらいは要求してくる筈だ。

 しかし呪いを確実に解呪できるのは、ナギ・スプリングフィールドを除いて、全く同じ能力を再生できる、アルビレオ・イマしかいないだろう。

 キツ過ぎる二択である。

 

 …………斬魔剣・弐の太刀については黙っておこう。

 何故か? その方がおもろいから。

 

「兎に角、変態の話は保留にしよう」

「あ、あぁ。それが最善だ」

 

 あの変態に対抗出来るのは同じレベルの変態だけ。俺の知る限りではネギの使い魔であるオコジョ妖精のカモだけだった筈だ。

 妖精なのに作中で一、二を争う変態とは業が深すぎる。

 ちなみに弄るか弄られるか、俺は弄る方だが、アレに勝てないことは先刻承知。エヴァンジェリンに至っては天敵だ。話にならん。

 

 にしても、

 

「疑ってないのか? 俺の話……?」

 

 自分で言ってて何だが、小学生がこんな事を喋るなんて怪しい事極まりない。

 そして小学生がそんな情報を知ってる訳がないのだ。普通荒唐無稽と鼻で笑われるレベルだというのに。

 

「フン、貴様がただの子供じゃないのは解っている。それともそれで小学生のつもりだったのか?」

 

 確かに。

 以前一度、鏡の前で演技して激しくキモかったから止めたのは嫌な思い出だ。

 

「創作にしては話が具体的で的確だ。筋も通っている。妄想と打ち捨てるのは早計だろう」

 

 あらこのロリ、冷静に分析してらしたのね。

 お兄さん吃驚。ご褒美に飴ちゃんあげよう。

 

「歳不相応の精神に知識、しかし肉体は子供のソレ。なら考えられるものは…………前世の記憶の転写か?」

 

 流石にこれは絶句した。

 前世なんてワードをジャストミートで言い当てたエヴァにゃん凄すぎだろ。

 

「……いや、転写って発想は無かった」

 

 偶発的だし、そもそも前の俺にはそんなファンタジー要素は皆無だけども。

 

「ふむ……まぁいい。約束通り弟子にはするが、そこからの成長はお前次第だ。いいな?」

「ありがたい。いやぁ良かった、そして緊張した」

「おや? どうして緊張する必要がある? 今の私は魔力がほぼ皆無だぞ?」

 

 絶対全部解って言ってるよこの女。

 

「魔力が無かろうと、気で強化された人間を容易く拘束する人形師の操糸スキルや、確か合気柔術も使えた筈だ。魔法無しでも並の魔法使いなら瞬殺可能とか、600年は伊達じゃ無いなオイ」

「フハッ、良く調べてるな。分も弁えている。気に入ったよ」

「さいで」

 

 エヴァンジェリンは上機嫌に立ち上がり、宣誓するように言葉を告げた。

 

「しかし覚悟をすることだな。貴様が踏み出した一歩は今までの常識と倫理が通用しない、殺し殺される世界だということを──────エヴァンジェリン・A・K・マグダェルだ。今から貴様は私の弟子だ水原皐月。これからは師匠(マスター)かエヴァと呼べ」

「水原皐月。前世の記憶がある唯の小学生だ。これから宜しくお願いする、師匠(マスター)

 




今回は変態を伴いつつ説明回が終了。
アルの司書については、「10年間図書館島最深部にいた」「古本の魔導書が本体である」「図書館島事件は学園長主催」「メルキメデスの書」からの設定です。

解呪方法その二の、斬魔剣・弐の太刀。
クルト曰く「斬るものを選択可能」な斬魔剣。
なら、封印術式と精霊だけを斬れる筈なのでは。

エヴァへの弟子入りはテンプレですね


修正点は随時修正します。
感想待ってまーす(*´ω`*)




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第四話 修行と師匠と家族旅行

 青い空に白い砂浜。南国の常夏の様な世界で聳え立つ一つの塔で、少年は両の手を地面に付け這いつくばっていた。

 

「はッ……かはッ……ッ!」

 

 薄着により露出した肌からは、溢れんばかりの汗が吹き出し、その表情は疲労に満ち、誰の目にもその少年が限界であることを解らせていた。

 だが、

 

「まだだッ……!!」

 

 少年は立ち上がる。

 それは正義の為だとか、世界の為だとか、そんな仰々しい理由でも崇高な理由でも無い。

 自分の為、自己満足などといった意地汚いものでしかない。

 しかし、少年の立ち上がるその姿を見て、軽蔑する者も居なかった。

 両手にも満たない年端もいかない少年が今、雄叫びと共に立ち上がり、目の前の試練に向かって走り出した。

 

「──────うぉおおおおオオオオオオォあああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 少年は駆け抜けた。

 目の前の強大な存在へ。

 敵わない。勝てるわけがない。そんな事実は、少年自身でも解りきった事だ。

 だけど、だからこそ。少年はこの場から逃げる訳にはいかなった。

 

 数十秒後、少年を蹂躙した綺麗長い金髪をなびかせる存在は、そんな少年を見下ろしながら口を開いた。

 

 

 

 

 

「──────普通だな」

「その感想が一番キツいと思うのは俺だけかねッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 四話 修行と師匠と家族旅行

 

 

 

 

 

 

 

 エヴァンジェリンの別荘。

 ダイオラマ魔法球と呼ばれる、見た目は模型の様な非常に希少で高価な魔法具だ。

 

 一度入ってしまえば24時間経たなければ出られないという制約はあるものの、魔法球内と外は時間の流れは異なり、魔法球内での一日が外では一時間しか経って居ないため、デメリットは無きに等しい超便利グッズだ。

 

 つまり精神と時○部屋である。

 

 しかも魔法球内の情景は様々な設定が可能であり、エヴァの魔法球は俺が知る限り『常夏の海辺』。『極寒の雪山』。かつてエヴァ自身が根城にしていた『ルーベンス城』。

 こんな代物を所持している辺り、エヴァの規格外さが見てとれるのだが……。

 

「魔力量魔法素質共に並。体力はその歳からすればある方だが、それでも精々中の上といった所か」

「あんまりや! 別に俺Tueee出来るとは思ってへんかったし、落ちこぼれなら反骨精神も沸きましたとも!! 何やねんフツーて!?」

 

 思わず関西弁になってしまったではないか。

 しかしなんという凡骨具合。俺の苗字は城之内じゃないぞ。

 創作物の物語で、こんな奴が主人公しても誰も注目しねーよ。

 

「まぁ慌てるな。これだけなら私は直ぐ様破門していたさ」

 

 開始一日で破門とはきっついデゲスねエヴァにゃん。

 

「私は貴様のその身のこなし、強いて言うなら身体の動かし方に注目した」

「身体の動かし方?」

 

 エヴァが言うには、人間に限らず動物には身体の最適な動かし方が有るとのこと。

 分かりやすく言えば、球技等のパスフォームやシュートフォームは、永い年月を掛けて培われたその行為を最も効率良く、より効果的に行う為の“動き”だ。

 武術に至っては武術そのものがソレだ。

 それと同様、どうやら俺はエヴァの魔法の矢の壁から逃れる際に、無意識の内にその動き方をしていたらしい。

 翌々考えてみれば、幾ら他人より体力がある程度で、同い年のアスナを抱えて二時間も歩き回れる訳もなかった。

 なんかチートな予感……! 

 

「前世の記憶は何時から持ってる?」

「赤ん坊の頃からだけども」

「ソレだな」

 

 曰く、本来そこまで動く事が出来ない赤ん坊の頃から動こうと努力して、更に拙いながらも教えてもらった肉体強化によりスケールが跳ね上がったのが『原初の体術』のタネらしい。

 原初の体術と聞いて某ヤンデレ屍を想像した。

 

「その歳だからこそその程度だろうが、肉体強化の精度が上がるか肉体が成長すれば化けるだろうな」

「何そのべた褒め」

 

 俺自身はそんな一々自分の動きを確認できる余裕なんぞ皆無だった為、自覚は無いが。

 なるほど、精神は肉体に依存するとは言うが、どの分野に於いても子供は褒められれば嬉しいモノだねコレ。

 

「獣染みた、という表現も適切では無いな。あの時は驚いたぞ。思わず本気で魔法の矢を撃ってしまったな」

「俺がボロ雑巾になった理由はそれかッ!!」

 

 肉体強化を教えてもらって上がったテンションが急降下したわ! 

 アレ最早弾幕というレベルじゃなかったし! 壁だし!! 

 

「……しかしまぁ、そんなやべェ動きをしていたとはね。でも小坊がそんな動きしてたらキモくね?」

「キモいかキモくないかは兎も角、シュールではあったな。

 兎も角、それは貴様の才能だ。取り合えず当面の貴様の課題は、その動きを常に行うこと。そして体力と魔力……いや、気の方が良いな。ソレの制御と向上だ。まぁこれから属性の系統適性を調べんと始まらんからな。まぁあまりそちらは期待は出来んだろうが、私が教えられるのは西洋魔術だけだからな」

 

 スイマセンね、魔力量並で。フツーで。

 あ、個人的には人形師のスキル欲しいかも。

 糸で切り裂きとか、中二心を擽る響きがいいね。いいか? 

 

「ククク、やることは山積みだ。まずは基礎を徹底的に叩き込んでやる」

「その徹底的は良いんだが、他意は無いんだよな? そのトテモイイ笑みがあまりにも楽しんでぇぇええあああああああああああああああああああ!!!?」

 

 その後、俺は再び破れたボロ雑巾同然になったのは、言うまでもない。

 

 

 ────この時には、既に片鱗は出ていたのかも知れない。

 エヴァンジェリンの本気の魔法の矢を「ボロ雑巾程度」で凌ぐことが、何れだけ異常なことなのか。

 この時の俺は理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近皐月がおかしい」

「ほえ?」

 

 ウチは友達の女の子の言葉に、思わず声が出てもうた。

 女の子の名前は、かぐらざかアスナちゃんゆうて、蜜柑みたいな綺麗な髪にお目めの色がそれぞれちょい違う、おとなしい顔して案外あぐれっしぶな女の子や。

 

 朝もいいんちょとケンカして勝っとったし。

 

 そんなアスナちゃんが言うた皐月くんてのは、ウチがまほらに来てから初めて出来たお友だちや。

 おじいちゃんがいるゆうても、他に私は誰も知らへん。

 おとうさまもせっちゃんもいいひん。

 そんなウチがクラスで隣に座っとるのが男の子いうんは、結構厳しかったんやで。

 

 男の子言うても、なんや綺麗な顔しとったから、女の子みたいやからマシやったんやけども。

 ウチの顔を見てえらいビックリしたと思たら、しばらく『わかんねぇ……何が起こってるのか、俺にはサッパリわかんねぇ……!』とか呟いたりしとったけども。

 

 まぁそんな男の子が、水原皐月くん。ウチはつっくんて呼んどるんやけどな。

 まぁそのあとは、なんやスッキリというか、自棄になったというか、ウチが話しかけたらちゃんと返してくれて、今は親友やっとるくらいや。

 親友といえば、京都にいるもう一人の親友のせっちゃんにも会いたいなぁ。

 

 まぁ、そんなつっくんにアスナがご執心やいうんは、大分クラスの共通認識なんやけども……。

 

「変て……つっくんが?」

「うん。何だか疲れてるみたいだけど、周りの事に敏感になった」

「あぁ、最近クラスの人が驚かそうと後ろから近付いた時、えらいはよう反応しとったしなぁ」

「……変。それに皐月の────」

 

 その先を、ウチは聞き逃してもうた。

 つっくんが何をしているか、ウチはこの時全然知らんかったんや。

 

『────皐月の体、知らない女の魔力の残滓がこびりついてた』

 

 なんや、修羅場なニオイがするえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海外旅行?」

 

 俺がエヴァの別荘でボロ雑巾になり、日常生活に支障が出ない程度に休んでから帰宅する生活を続けてはや数ヵ月。

 別荘を多用している俺は既に体感一年以上エヴァの下で修行を行っている。

 お蔭で周りのクラスメイトと比べ頭一つ出た背丈に成長しているのだ。

 そんな俺に、愛すべき今生の両親はそんなことをおっしゃた。

 

「は? 何時? 何処に?」

「一ヶ月後、ノルウェーからアイスランド辺りを観光しに行くぞ」

「北欧!?」

 

 ま、まぁ。明日行くとか、書き置き残して消えるとかフザケンナ的展開じゃないから全く持ってマシなんだけども。

 

「しかし何でまた……」

「あら? 皐月くん来月が誕生日だって忘れてないかしら?」

「強いて言うなら、私と観月の結婚記念日でもある」

「へぇ……」

 

 誕生日じゃなくて結婚記念日ね。

 といっても誕生日だが、ぶっちゃけ前世と混同してじぇんじぇん覚えてないんだけどねっ。

 

「結婚記念日だから何処か旅行を考えた時に、ノルウェーのお義母さんが誘ってくれてな。皐月に会うのを楽しみにしてくれている様だ」

 

 さいで。

 ────さて、遅れながら俺の愛すべき今生の両親を紹介しよう。

 

 父親の名前は水原和俊。

 現役の警察官であり、役職は総務部長という、まぁお偉いさんの一人だ。

 黒髪黒眼の、極めて日本人らしい容姿で整った顔付きのイケメンだが、その眼力が強すぎると供述しておこう。

 一度母さんと職場姿を見たことがあるが、もし眼力に物理的干渉力が存在するならば人間を軽く射殺せそうな程ヤヴァかった。

 アンタ警察だろと言いたい。

 大体どんな感じかというと、キセキの世代の主将(キャプテン)とか想像してくれればいい。

 ツリ目ヤベェ。俺もだけど。

 

 俺は顔付きは母親似らしいのだが、それ以外は父親から受け継いでいる。

 事実アスナとこのかで、公園にて遊んでいる時にイチャモン付けてきた上級生を眼の威嚇だけで退けられた事がある。

 

 母親の名前は水原観月。

 おっとり且つしっかり系の、我が家のヒエラルキーのトップに君臨する専業主婦。

 整った中性的な顔立ちで紺碧の髪に赤い瞳、北欧系のハーフらしい白い肌。

 ぶっちゃけ金色の目とか前世では有り得なかったが、この世界はオレンジやら青とかも居るから違和感が無いのだ。

 

「丁度一ヶ月後は春休みだ。問題は無いだろ?」

「旅行自体は三日程度だから、皐月さんが友達と遊ぶ時間はキチンとあるから安心してね」

 

 安心してねっ、ね、ね…………。

 

 

 

 

 

 

「────との事なんだけども……どうしよエヴァ」

「わ、私に聞くのか!?」

「だって師匠ォ、俺をフルボッコにするスケジュール組んでんのエヴァなんだし。あ、コレ酒ねチャチャゼロ」

「ケケケ。サンキューナ」

 

 狼狽えんなロリ。

 何でそんなに狼狽えてんだろう? 

 

「アレ? もしかして一緒に行きたかった?」

「そっ、そんなことはない! それに日本の京都や奈良でもないアイスランドなど、厭きるほど行っておるわ! それを……」

「ケケ。ゴ主人最近オマエガ早ク来ナイカ、ソワソワシテルグレェ楽シミニシテルカラナ。寂シインダロウゼ」

「ななななな何言ってやがるこのボケ人形!!!?」

「口調変ワッテンジャネェカ」

 

 あらヤダこのロリカワイイ。

 そんなロリよりチビな俺はショタなんだけども、最近漸くキチンと気の強化とか出来る様になったから忘れるんだよなぁ。

 しかしそれでも某忍者漫画のアカデミー生より少し上辺りなので何とも言えないが。

 チャクラ、恐ろしいモノよ。

 

「まぁ、なんだ。今度俺も変態(アルビレオ)に頭下げるからさ、呪い解いて貰おうや。そんでカラオケでも行こ」

「違うと言っているだろうバカ弟子! 何だその気の使い方!?」

 

 閑話休題。

 

「一応魔法発動体はくれてやる。鎖を遣るから首から下げておけ。魔力制御の鍛練はやっておいて損は無いからな」

「指輪型とか胸熱。つっても一ヶ月後だから今から急いで用意しても、ぶっちゃけ旅行自体は三日程度だからアレなんだが」

「それもそうだな。では早速虚空瞬動でも覚えて貰おうか」

「えー……。瞬動この前覚えたばっかりなのにナニその無理ゲー」

 

 こうして俺はこの日も、エヴァンジェリンの別荘でいじめという名の鍛練を受けた。

 

 

 俺はこの時、思い違いをしていた。

 それは仕方の無い事なのだが、しかしその思い込みは致命過ぎるほど致命的だった。

 この海外旅行を行くか行かないかで俺の人生は大きく変わってしまうのを、俺はこの時皆目見当もつかなかった。

 ネタ風に言えば、こうだろう。

 

 

 

 

 

 

 ──────────『一体何時から、この世界が「ネギま!」だと錯覚していた』────? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一か月後、アイスランドにて未曾有の大災害が発生。

 春休みが明けても、俺は学園に帰って来なかった。

 

 




ようやっと次回からはカンピオーネ要素が入って来ます。
まぁ、次は短い閑話ですが。


修正点は随時修正します。
感想待ってます!


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閑話 はじまりの一幕

感想で色んな神を予想していただきましたが、主人公の殺した神はコイツらでした。


 

 

「──────超人が生まれるためには、かれにふさわしい超竜が、出現しなければならない」

 

──────フリードリヒ・ニーチェ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北欧のとある都市で、まつろわぬ神が顕現した。

 

 まつろわぬ神。

 原初の時代、その莫大な力を持った災害、天災とも呼べる力の塊。その力を自由に振るうことの出来た神代の時代。

 神話という神格に封じ込められた神々が、その人の紡いだ神話に背き、嘗てのように自侭に流離い、その先々で人々に災いをもたらすその現象の事を、まつろわぬ神と呼ぶのだ。

 

 そしてまつろわぬ神を、奇跡と僥倖が幾重にも重なって弑逆する奇跡に成功した者は、神のみが持つことを許される力、権能を簒奪し己が物にすることが出来る。その者達を敬意と最大限の畏怖を込めて魔王と呼んだ。

 それこそがカンピオーネと呼ばれる覇者達である。

 

 そんなカンピオーネを。

 エピメテウスの妻にしてプロメテウスが遺した呪法を使い、愚者と自らの“落とし子”を生み出す魔女パンドラは、新たな神殺し誕生の気配を感じて神々の戦場、北欧の街に現れた。

 

 その見た目は十代半ば。しかし、美しいと言うよりかは可愛いという感想が先に出てしまう程度の、幼さと体つき。

 金眼に長い髪をツインテールに分け、白い薄布を纏った女性と言うよりかは少女と呼べる低い背。

 しかし誰よりも蠱惑的で艶めかしい『女』を体現していた。

 

 

「…………うわぁ」

 

 

 そんな彼女が、目の前の光景に驚嘆の声を挙げた。

 決して引いた訳ではない。

 

 まつろわぬ神が顕れるのには何かしらの要因がある。

 例えば、その神に所縁のある神具が発掘された場合や、その神が顕れる程の状況を作るか。

 

 そして今、災害、天災と呼ばれ人類ではどう足掻いても太刀打ち出来ない神という存在を相手取っている者が居た。

 

 勿論そんな存在も居る。人類が人知を超えた存在である神を拭殺する様な者が。

 そんな者達を祝福し、神殺し────カンピオーネを生み出すのが、他でもないパンドラの役目なのだから。

 

 しかしそんなパンドラも、目の前の光景は初めてのモノだった。

 

 両手で数えられる程の幼い少年が、特別な神具も神器も持たず、その身一つで二柱もの神を相手取っている等と。

 よく見れば未熟ながら気での肉体強化をしているようだが、しかしまつろわぬ神にとっては無きに等しい程の、気休めにもならない強化。

 事実少年は特別な異能など何一つ持ち合わせてはいない。

 

 

 しかし少年は、片方の神の髪を皮膚ごと引き千切り、目を潰し、戦いの余波で割れた硝子を神の喉に突き立てる。

 更に神の反撃を利用し、もう一柱の神に傷を負わせたのだ。

 

 神が二柱居るからこそ出来る戦法だが、ソレを実行できる人間が何れ程居るだろうか。

 それは理性ある戦いでは無く、本能による理性無き闘争。

 

 そんな事があんな幼い子供に出来るとは思えなかった。

 しかしそんな少年の雰囲気に一致する言葉を、神殺しを見守るパンドラは知っている。

 そう、有り体に言ってしまえばその少年は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ギャははははははははは死ねえええええええええやぁぁぁああああァあああああああ!!!」

 

 

 ────プッツンしていたのだ。

 

 

 

 

 

 そしてパンドラがまつろわぬ神々の前に姿を現した時には、既に全てが終わっていた。

 

 一人の神はもう一柱の神の攻撃を少年に利用されたのか、胸から下が焼け焦げ、炭化している。何よりもその身に宿す神気が少年へ流れていっているのだ。

 片やもう一柱の神は、先に述べた神より酷く、肩から下は抉れ、其処らには腕や足などの四肢が飛び散っている。そして今も尚その神力を奪われ続けながら少年にマウントポジションまで奪われ、片方の本来武器では無い神具の尖った部分で殴られ続けている。

 いや確かにそれなら効くだろうが。

 

 そして何より、少年は人としての形を保っていなかった。

 焼け焦げた全身に四肢は半分欠け、最早顔すら判らない。

 凡そ人と呼べる形を何一つしていなかった。

 

 そんな少年の、その光の無い虚ろ極まる瞳の中に燃え上がる憤怒が、神を睨み続けていた。

 

 

「────まさか貴殿方がこの様な状況に陥るとは、流石に思いませんでしたよ、■■■■■様、■■様」

「テメェはッ────クソ忌々しいエピメテウスの魔女がぶらッ!?」

「ハハハハ。あまり口を開かない方が良いぞ、■■。その少年は今や片腕だけだとは言え、既に私とお主の神力が流れていっているのだ。先程まで少年と戦っていた時とは違い、その拳は重かろう」

「■■■■■! テメェまさかこうなるのを見越してたんじゃねェだろォなあがッ!? クソッ、いい加減止めろガキ!!」

「痛ぇか? 痛ぇだろ────嬉し涙流せやオラァッッ!!!」

「ごふッ!?」

「アハハハハハ!! 君の新しき息子は随分面白い子だよ。何せ此奴に致命傷を与えた辺りで君が来るのを見越して私と戦っていたのだからな。イカレ具合はキレたスルトにそっくりだ」

「……まさか」

 

 

 神殺しを成した者は、カンピオーネに転生する際にどの様な傷を受けていようが五体満足無傷の状態で蘇生する。

 少年はまるでそれを知っていたかの様に、片方の神を殺した直後から、明らかに自身の負傷を省みずに捨て身になっていた。

 

「フフフ、面白い子供だ」

「……、そうそう■■様。この子の極東の国では、『目には目を、歯には歯を』という同害報復(タリオ)の言葉がよく使われるそうですよ?」

「我でも無いのに嘘を付くな魔女。このガキは『目には拳を、歯にも拳を』だったぞ」

「私の角笛でお主の歯を砕くとは思わなんだな」

 

 未だ神を罵倒しながら殴り続けていた少年が、まるで糸が切れた人形の様に動かなくなり、倒れそうになったのをパンドラが優しく抱き止めた。

 否、少年は神と戦い始めた瞬間から意識を失っていたのだ。

 それでも神を撲殺せんと動き続けていた理由がプッツンしていたなどと、殺された彼等が知ることは無いだろう。

 

 

「熱い? 苦しい? それとも痛みすら感じられないかしら? でも安心なさい。それは貴方を最強の高みへと導く代償よ、甘んじて受けるといいわ────!」

 

 

 ────さぁ、祝福を。

 

 

 神々の黄昏を告げた神は、溢れんばかりの祝福と喝采を。

 神々の黄昏の引き金を引いた神は、底無しの憎悪と怨嗟による呪いを。

 

 こうして世界は交わっていき、魔法の物語はどうしようもなく歪みをみせる。

 この変化が近い将来、未来からやって来る(………………)一人の少女の希望になるのは、まだ先の話。

 

 

 

 そうして此処に、世界で六人目となる神殺しの魔王が。

 エピメテウスの落とし子が。

 羅刹王が誕生した。

 

 

 

 




殺された神が丸わかりな件ついて。

主人公は神々が殺し合ってるのに乱入して乱闘に持ち込んだ感じです。
ちなみに主人公は『普段は知識人っぽく振る舞ってる、キレたら何をするか解らない』系男子です。
つまり最近の若者です。



修正点は随時修正します。
感想待ってます!(о´∀`о)ノ


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初等部編
第五話 少女達は


いつの間にかお気に入り登録が1000を越えました。
数多くの感想、誤字修正指摘など、誠に感謝します(。・ω・。)ゞ


 皐月が北欧へ向かうため麻帆良を発ってから数週間が経ち、アスナ達はその学年を一つ進めた。

 

 新しい学年となり、新たなる一年に期待を膨らませる筈のこのかとアスナの顔色は優れない。

 彼女らの隣に並び立つ少年の不在が、彼女達を暗鬱とさせている。

 このかの笑みは陰りが射し、アスナの顔は嘗ての無表情へと戻ってしまった。

 

 よく喧嘩をしていた雪広あやかも、そんなアスナ達に話し掛けることを躊躇していた。

 

 「アスナ……。つっくん、何時になったら帰ってくるんやろ」

 「………」

 「もう、二年生になってもうた」

 「……………」

 「せっかくまた同じクラスになれたのに、つっくんが居いひんかったら楽しゅうない」

 「……………」

 「こんなとき、つっくんやったらどうするんやろ」

 「…………………サツキなら、何をするか」

 

 あの自由奔放で、賢く、時より自分達より子供らしい彼なら、一体何をするだろうか。

 

 「待ってるだけじゃ、もう居られない」

 

 もう十分待った。

 なら動いても良い筈だ。

 自分達は知る必要があった。北欧で彼の身に何があったのか。

 

 「コノカ、協力して」

 「協力……? ウチは、何をすればエエん?」

 

 二人は小学生。百年分の記憶があるアスナは兎も角、このかは右も左も解らない正真の子供だ。

 

 だが、アスナは皐月と友達になる方法。つまりタカミチのアドバイス「その人の事を知る」を実践。

 ストーカー紛いの行為により、皐月の言葉を余さず覚えている。

 そして皐月は、以前二人と食事をした時こう漏らしていた。

 

 

 『立ってる奴は親でも使え』

 

 

 ならば使おう。

 自分達の頼れる大人達を。

 

 

 

 

 

 

 

 第五話 少女達は

 

 

 

 

 

 「王手」

 「フォッ!? 待っ」

 「待った無しだ」

 「ぐむぅ……」

 

 麻帆良学園都市の女子中等部。その校舎に何故かある学園長室に、二人の魔法使いが居た。

 

 「厳しいのぅ。年寄りには優しくしてくれんのか?」

 

 ヨヨヨ、と嘘泣きをする老人の名は近衛近右衛門。

 麻帆良学園都市の学園長であり、近衛木乃香の祖父であり、暫定であるものの関東最強の座にいる。

 突起した後頭部のせいでぬらりひょんと間違われる者である。

 

 「私は貴様より年齢は上なんだが? 小僧(ジジイ)

 

 対するは、六百年の年月を重ねる生きる伝説。

 見た目は幼い少女の姿で、尚且つとあるバカに適当に封印されているものの、吸血鬼の真祖であり実質旧世界の魔法使い最強であるエヴァンジェリン・A・K・マグダウェル。

 

 「……しかし、最近は随分と不機嫌じゃのう」

 「……貴様には関係無い」

 「確か、弟子にしたという水原皐月君じゃったか。彼が何時になってもやってこんから、苛々しとるんじゃろ? む? 何故彼の事を知っとるか? 生徒の事を知るのは学園長の仕事じゃぞ?」

 「……一人で勝手にペラペラと」

 「彼に非は無い。そもそも水原皐月君は日本に戻っとらん」

 

 近右衛門は、引き出し取り出した一枚の新聞記事をエヴァンジェリンに見せた。

 

 「―――――ッ」

 「アイスランドで未曾有の災害が発生した。都市一つ丸ごと潰れた原因は突発的に発生した台風に地震や、火山の噴火と、連続した自然災害とされとるが……解るじゃろう(・・・・・・)?」

 

 つまり真相は違う。

 そして一般人には唯の天災としか認識できない『ソレ』を、エヴァンジェリンは知っていた。

 

 「チッ……運の無い奴だ。よりにもよって『天災』に遭うとはな」

 「……エヴァ」

 「ったく、まるで同じじゃないか。同じクソッタレだ。私が希望を見出だした奴はどいつもこいつも私の前から居なくなる」

 

 居なくなって初めてエヴァンジェリンは自覚した。

 最初は取引によって興味を引かれたが、いつの間にかその人間性に惹き付けられていた。

 エヴァンジェリンはこれまで、真祖の吸血鬼や悪の魔法使いとして見られ続けていた。それは構わない。その為に悪を名乗り続けていたのだ。名乗るしかなかったのだが。

 それは麻帆良学園に来ても同じであった。

 確かに最初の三年間は悪くなかった。真面目に出席し、不器用ながらも友人が出来、まさしくただの少女に戻ったかのようだった。

 しかし、卒業を迎えればエヴァンジェリンを拘束する『登校地獄の呪い』に、地獄の言葉が付いている意味を知った。

 何度友人を作ろうとも、三年経てば全て忘れられ取り残される。

 そうして、ここは日向ではなく牢獄だと気付いた。

 

 そんな中で生まれた変化が皐月だった。

 ナギの生存を教え、地獄の解き方すら導き出した。

 真祖の吸血鬼でも悪の魔法使いとしても見ずに、エヴァンジェリン個人を見、あまつさえからかって来る始末。

 弟子に取り、決して早い訳ではないが成長していく日々に充実感すら覚えていた。

 

 しかし少年は、エヴァンジェリンの前から姿を消した。  

 嘗てのナギ・スプリングフィールドの様に。

 

 「まだ死んだ訳でも無いじゃろう」

 「アレに巻き込まれて生きてるとは思えんよ」

 『どういうこと?』

 「!」

 

 扉の向こうから二人の会話に割り込んできたのは、普段無表情の顔を強張らせているアスナと、呆然とする木乃香だった。

 

 「サツキが、死んだ? ガトウさんみたいに―――――」

 「アスナ君、このかまで……ッ!? どうしてここに」

 「どういう、ことなん……おじいちゃん?」

 

 近右衛門は、その問いに対し直ぐに答えることが出来なかった。

 何故アスナの記憶の封印が解けているのか。そもそも何故此処に居るのか。

 そして思い出したのは、件の少年が彼女達と仲が良かった事。

 

 「聞いていたんだろ? 皐月(ヤツ)は死んだ」

 「エヴァ! まだ死んだと決まった訳では――――」

 「死んだも同然だ。よりにもよってまつろわぬ神に遭遇したんだからな」

 「まつろわぬ神………?」

 「待つんじゃエヴァ! 二人は一般人じゃ!」

 「もう遅い。ここでは鬱陶しいのが居るから、話は私の家でするか」

 

 エヴァンジェリンは語る。この世界に存在する理不尽のソレを。

 人が決して抗えぬ神たる存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 「私の名前はエヴァンジェリンだ」

 「神楽坂アスナ」

 「近衛、このか」

 「良いか? 私の話は全て真実だ。魔法やら魔術やらのオカルトを多用するが、『そういうモノ』だと仮定しろ。そこから一々説明するのは面倒だ」

 

 麻帆良の、エヴァンジェリンのログハウスに向かう途中に、痺れを切らしたアスナによって、話は始まった。

 

 「ガキ共、貴様らは神を信じるか?」

 「?」

 「神様って、仏様のこととかの?」

 「ソレも含めて、宗教や神話、伝承や伝説で登場する神々。それらは残念ながら実在する。尤も、連中は本来世界に存在した超自然的な力を神話という枷で纏め上げたモノと解釈されていてな、神話上の範囲でしか動かん。しかしそんな中に神話には全く関係無く地上に顕現して好き勝手にする奴等がいる。ソイツ等を総称した名前が―――」

 「『まつろわぬ神』」

 「賢いガキは嫌いじゃないぞ」

 「………ッ」

 

 同級生をガキと称しているアスナは、自分がガキ呼ばりされてムッとしてしまう。

 この場に皐月が居れば、雪広への態度を引き合いに出して以前行ったアスナの間違いを正そうとするだろう。

 皐月の影響を受けて早熟している木乃香には、その様子を容易く想像できた。

 しかし、今少年はこの場にいない。

 もしかしたらこの世にすら―――

 

 そんな暗い想像を振り払い、アスナ以上に知識が足りないこのかはエヴァンジェリンの話を伺う。

 

 「その場合に顕現したまつろわぬ神は、様々な形で世界に干渉する。善神が結果的に悪しき形で被害を出したり、北欧系の神が日本で出現したりな。まぁその場合は何かしらの理由があるか、日本の神と同一視されていたり習合されていたりするが。そして神々を何も知らない、関係の無い一般人が知ることは出来ない。様々な自然災害として認識される。地震や台風などにな」

 

 そして最悪なのが、片方のまつろわぬ神が出現したからこそ、更にまつろわぬ神が出現する事態だ。

 その場合は、神話上で英雄に倒された地母神や竜などが出現した際の英雄神など、神話的には関係無くとも立場的に戦ってしまう。

 

 「それじゃあ、つっくんは……」

 「北欧のアイスランド。数週間前、そこでまつろわぬ神が暴れた形跡がある」

 「……………ッ」

 

 まつろわぬ神の出現には、ある程度原則がある。

 北欧の神話と言えば、別名ゲルマン神話とも呼ばれているアイスランド、ノルウェー、スウェーデン、デンマークに伝わる巨人族と神族の争いが中心の神話だ。

 北欧神話の代名詞と言えるエッダや、ヴォルスング・サガ、ルーン石碑にデンマーク人の事績などで構成され、有名なのは巨人族と神族の泥沼の戦争。果ての世界の終わりの物語(ラグナロク)がある。

 人間達はその戦争の巻き添えを喰らい、最終的に二人の男女を除き主神も最強の雷神も、主神を呑み込んだ怪物達や神々を殺した炎の巨人も世界すら飲み込んで何もかもが共倒れした終末劇だ。

 つまり北欧では神々が戦い合う形で出現しやすいのだ。

 

 神々の激突。それはまさしく天災だ。

 死者が出ない訳が無い。

 

 「……倒せないの?」

 「不可能ではない。だがそんなヤツは百年に一人かそこらの化け物ぐらいだ。本国出身の何も知らん馬鹿共は兎も角、昔からその地に隠れ住む魔法使いはより上手くやり過ごすのが一番だと理解している。仮に紅き翼―――近衛このか、お前の父親の青山詠春達魔法世界最強クラスと言えど、封印するのがやっとな筈だ」

 

 十二年前に、地球とは異なる異界である魔法世界で勃発した戦争で様々な活躍をし、英雄とまで呼ばれた紅き翼すら、事実京都に出現したまつろわぬ神、飛騨の大鬼神『両面宿儺』を殺す事は出来ず、封印するしかなかった。

 

 「ほえぇ。お父様凄いんやなぁ」

 「まるで理解して無いだろうが、話を戻すぞ」

 

 そしてまつろわぬ神を億が一、兆が一殺す事が出来た場合、人間は殺した神の権能を簒奪し、人を超越する事が出来る。

 

 「その恩恵は様々だ。先ず既存の兵器はまず効かん。それに通常の高位魔法使いの数百倍の魔力と気、呪力を手に入れ、不老に近い体質を得る。瀕死の重傷や四肢欠損などからも回復するし、人間離れした生命力と回復力も追加だ。もし殺したまつろわぬ神が武神だった場合武術の才能も得られるだろう。そして何より魔術や魔法に対する抵抗力が跳ね上がる。それが仮に山を消し飛ばす程でも、ただ威力のある魔法では傷一つ付けることは出来ない。最も、これはまつろわぬ神についても同じだがな」

 

 更に高い言語習得能力、梟並みの夜目、人間離れした直感力と様々。

 基本スペックだけでもこの有り様である。

 仮に技能をキチンと学べばそれだけで紅き翼を、現代の英雄達を凌げるだろう。

 そしてダメ押しの権能だ。

 

 「連中は『エピメテウスの落とし子』『魔王』『ラークシャサ』『堕天使』『神殺し』と、様々に呼ばれている。まぁ説明したとはいえ、関わらない様にしろ。奴らにとって人間など虫と同列だろうからな。潰されても知らんぞ」

 「なんや、怖い人達なんやなぁ」

 「そんなことはどうでもいい」

 

 アスナが話を断ち切り、エヴァンジェリンに縋るように問い掛ける。

 

 「サツキは、何処に居るの………!?」

 「……」

 「アスナ……ッ」

 「サツキはッ! 私と約束したよ? 一緒に楽しい思い出を作るって。だから、私は」

 

 そう言って、アスナも気付いた。いや、思い出した。

 嘗て彼女はタカミチに、自らを伽藍堂と表現した。何も無い空っぽなのだと。

 しかし、自分が決して空っぽではなかったのだと気付いた。

 この半年で、こんなにも涙を後押しするものを手に入れたのだから。

 

 「っ……ひっく、うぅっ……!」

 「アスナ……」

 「……私は先程皐月は死んだと言ったが、死んだ可能性が最も高いからそう言った」

 

 だがまぁ、

 エヴァンジェリンは溜め息をつきながら、しかし面白そうに二人に告げる。

 

 「奇跡が起これば生きている可能性は無いこともないが……、お前達はどうする?」

 「「―――――探すッ!!」」

 

 羨ましいな。

 エヴァンジェリンは二人を見ながら素直に思う。

 縛られたこの身では、探しに行くことすら出来ないのだから。

 

 「―――いや、出来ないことも無いな」

 

 皐月の話が真実ならば、図書館島に手段はある。

 あの少年を取り戻せるなら、足掻く事が出来るのならば土下座の一つでもしてやろう。

 尤も、その前に二人の少女を鍛えるのが先なのだが。

 

 「ハッ! ならあのバカ弟子を探す為に先ず貴様らを私が鍛え上げてやろう!! だが貴様ら、悪党に教えを乞う覚悟はあるか!?」

 

 返事に否はなかった。

 二人の少女は、エヴァンジェリン宅のログハウスに足を踏み入れる。

 少年を取り戻す為に。その為の力を得るために。

 そして―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、お帰り」

 『――――――――――』

 

 ――――そして、後に彼は語る。

 このか以外は、確実に白目を剥いていた、と。

 

 おそらくレッグウォーマーなのだろうが、嵐に逢ったか戦場にでも居たのか、某Z戦士の様にボロ雑巾を超えて残骸と化した服に、エプロンを着て料理を並べている水原皐月がそこにいた。

 

 直後、麻帆良学園に絶叫が響いたのは言うまでもない。

 

 




シリアスだと思った? 残念! シリアルでした!!


後、カンピオーネ原作の主人公、護堂君を出すか決めあぐねていますので、アンケートを取りたいと思います。

追記。
活躍報告にアンケート枠を作ったので、感想で書いて頂いた方も、そちらに投票お願いします。
感想で教えて頂き、本当にありがとうございます。

修正点は随時修正します。
感想待ってます(*´∀`)





あと、ストックが切れました。


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第六話 目には目を、ゴリ押しにはゴリ押しを

数多くの感想、誤字修正指摘など、誠に感謝します。
アンケート有難うございます。一応今回で閉め切りますね。


「―――――――カンピオーネになったァ!? 北欧で一体ナニしたバカ弟子!! というかどうやって殺せた!? どういう事だ! 吐け、今すぐ全て吐けぇぇぇええええ!!」

「むしゃくしゃしたから殺った。完全八つ当たりだったけど反省も後悔もしていない」

 

 北欧から帰還してあれから、皐月はエヴァンジェリンに本気で殴られ、アスナと木乃香に抱き締められて漸く一息付いた。

 残骸と化していた服を着替え、エヴァンジェリンの別荘に行きそこから怒涛の追及を受けた。

 

「ていうか、なしてアスナとこのかも居んの」

「ジジイと北欧でまつろわぬ神が出現した事を話していた時聞かれてな。そこからはなし崩しだ」

「マジで?」

 

 潜在的には二人とも魔法関係者とは言え、原作開始時は魔法は知らなかった重要ポジションのヒロイントップツーが両方原作約七年前に魔法バレ。

 

 ―――――原作崩壊。

 その言葉が皐月の頭に浮かんだが、今更か、と納得した。

 そもそも原作通りに事が運ばない事は、既に分かりきっているのだから。

 ただ、主人公のネギの人生の難易度が跳ね上がっただけなのだから。

 

「で、この1ヶ月以上何をしてたの?」

「そうやそうや、心配してたんやで!」

 

 二人の少女に迫られて、皐月は諦観した口振りで答えた。

 

「いやぁ、北欧で神ブッ殺した後色々あってな。父さんと母さんとも別れて面倒な連中にラチられて、そこから瞬動で帰ろうとしたんだが南アジアまで着いたらまた別のまつろわぬ神に絡まれて、ソイツが遠距離移動用の権能持ってたからブッ殺して帰ってこれたんよ」

 

 アスナとこのかには神を殺したことなどより、両親と別れたことが気になった。

 

 

 

 

「―――――だからさエヴァ、俺をエヴァの養子にするのとか出来る?」

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話 目には目を、ゴリ押しにはゴリ押しを

 

 

 

 

 

 

 

 硬直しているエヴァを尻目に、このかが皐月にカンピオーネについて質問してきた。

 

「なあなあ。つっくんは、カンピオーネっていう怖い人になったん?」

「その事実は間違ってないけど、流石に戦狂い共と同一認識は勘弁してくれ。傷付くからさ」

 

 そもそもカンピオーネの第一印象が魔王になったのは、大体最古参の魔王ヴォバン侯爵のせいなのだ。

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

 18世紀から生きている、神殺しを成した現存するカンピオーネの中で最古の魔王。

 人物像は極めて悪質なプライド高いバトルジャンキー。

 三百年という月日は彼から刺激という物を奪い、神と戦う事でしかその渇きは満たされないとか言っちゃう時代遅れの横暴者。

 他の魔王から「知的ぶってるだけの野蛮人」、同じバトルジャンキーから「食欲以外の欲望が少ない」と明言されるなど、闘争本能の塊の様な魔王だ。

 実際、自らの信奉者を戯れで殺したり、出現した神と戦うカンピオーネにも関わらず、態々神を呼び寄せて戦おうとしたり本末転倒な事もやってしまうジイサンである。

 

「ちょ、ちょっと待て! 養子とはどういうことだ? あれほど親好きだったお前が……」

「あー、質問を質問で返すの悪いけど、魔法で呼び出される悪魔って、どういう分類になるんだ?」

「……まつろわぬ神を大層な招来儀式によって降臨させでもしない限り、呼び出されるのは魔族だ。世間一般の言う悪魔とは全く別物だぞ。契約も魂なんぞ取らんしな」

 

 曰く、まつろわぬ神クラスの悪魔は基本的に名付きであり、伝承や神話や宗教を伴わない連中。つまりネギま!原作で登場した、原作主人公ネギの村を襲った悪魔も全て召喚された魔族であり、術者によって肉体を持って現れた存在なのだという。

 よってまつろわぬ神でも何でもなく、神が存在している神話そのものともいえる『不死の領域』とは別経由なのだ。

 

「まぁ何だ。実は旅行中にその魔族のハーフの子を母さん達が預かるというか拾ってな、それが原因で教皇庁からも追放された狂信者組織に襲われたんよ」

「――――ッ!!」

 

 原作では描かれていなかった、海外の魔術組織。

 カンピオーネの世界と交わったこの世界では、魔族という悪魔に似た存在は十字教、教皇庁にとって極めて都合の良い『悪』だった。

 尤もそれは昔の話であり、原作は人権や倫理観など様々な事で守られているものの、手を出す連中が居なかった訳ではない。

 そして狂信者にとって悪魔の子を擁護した者も悪魔。

 

「別にその子を保護した事自体に後悔は無い。父さんは警官だし、母さんはお人好しだ」

 

 そして怨むべきは害した者達。

 カンピオーネと化した皐月が行った事は蹂躙だった。

 その怒りは凄まじく、皐月が考えうるあらゆる方法を使って苦しめられた。

 虐殺ではなかった理由は、一人残らず生き地獄を味わっているからなのである。

 具体例を述べると、エンドレスな凌遅刑など。

 

「じゃあ、サツキの両親は……」

「生きてるよ」

「だったら思わせ振りな言動を取るなァ!」

 

 水原夫妻は数週間前に既に日本に帰国しており、和俊は警察署に出勤している。

 しかし皐月はカンピオーネに、神殺しの魔王になった。

 そんな魔王が敬愛している両親はアキレス腱(逆鱗)そのもの。

 魔王を利用して甘い蜜を啜ろうとする者達からすれば、魔王の恐ろしさを知らない愚者が万が一人質にでも取ろうものなら、今度こそ何をしでかすか分からないのだ。

 

 人間だった頃でさえ、つまり両親が害され『極限までストレスが溜まった』時に神が騒がしく暴れただけで、その鬱憤は神々を殺した。

 唯でさえ危険だというのに、大量破壊系の権能を持つ魔王となった今、その怒りが齎す被害は何れ程になるか。

 

 何より、皐月はその事を自覚している。故に皐月は自身が魔王になった事で生じるデメリットを、両親に向かう危険を可能な限り無くす為に親子の縁を切る選択をした。

 勿論、それは戸籍上の話であり、会おうと思えばすぐさま会えるのだが。

 しかし、

 

「残念ながら皐月、それは無理だ」

「…………なして?」

「お前、私が中学生という事を忘れてないか?」

 

 戸籍という概念が存在しない時代に生まれ、約六世紀の間追われる身だったエヴァンジェリン。

 そして封印された今、彼女は未だに中学生。保護者になることが出来ないどころか、法律的には保護される未成年。

 

「忌々しいが、私の戸籍は保護者しているジジイが管理している。中学生の養子になるなど出来んだろうが」

「ガッッテムッ!!」

 

 皐月が執れる行動で近右衛門の養子になることが一番手っ取り早いのだが、それはメガロメセンブリアの下位組織の長の養子になるということ。

 それは面倒な事態を起こしかねない。

 

「……仕方無い、じゃあエヴァンジェリンが中学生じゃなきゃイイ訳だ」

「は? その通りだが……」

 

 エヴァンジェリンが中学生をし続けなければならない理由は、ナギ・スプリングフィールドがアンチョコ混じりの適当極まる魔力ゴリ押しの『登校地獄の呪い』が元凶。

 だったら、その呪いを解けばイイ。今の皐月の持つ権能ならソレができる。

 

「呪いの解呪……。お前が神から奪った権能は魔法関係の神か?」

「間違ってないけど正解じゃない。これまでに俺が殺した神は三柱で、解呪に用いる権能を奪った神は火神だ」

「なに?」

「俺がこの数週間で地獄の瞬動フルマラソンで南アジアまで踏破したことは言ったよな。その時に殺した神だ」

 

 そう言うと同時に、皐月の右手に白い炎が出現した。

 

「!」

「名前はアグニ。火単品の神の権能じゃあ、利便性は最高だと自負してるぜ?」

 

 インド神話の火神アグニ。またの名を「普遍的なもの(ヴァイシュヴァーナラ)」としても信仰されている。

 サンスクリット語で「火」を意味し、ゾロアスター教のアータルと同様アーリア人の拝火信仰を起源とする古い神だ。

 アグニは、火のあらゆる属性の神格化として世界に遍在し、また「家の火、森の火」や「心中の怒りの炎、思想の火、霊感の火」としても存在したとされ、同時に浄化とも強く結びつき、天則を犯す者、悪魔を容赦なく焼き払う神である。

 またアグニの働きの中でも特に祭火と浄化の力は重要視され、前者は神と人の仲介者たる役目、後者はアグニが大地を一度焼き払うことでその地を人の居住可能な場所にするという。

 

「密教に於ける明王の一尊の烏枢沙摩明王もアグニの派生した姿と考えられている。呪いなんて不浄極まりないモノを焼却処分にするにはピッタリな権能だと思うんだが?」

「つ、つまり……ッ!!」

 

 ―――――何ぃ? 呪いがバグりまくってる上に力ずくのゴリ押しだったから正攻法じゃあ解けない? 

 逆に考えるんだ。態々正攻法で解呪することなんて無いさ、と考えるんだ。

 

「あの度しがたい変態に頼る必要は何処にもない」

「う、ぅおおおお!!」

 

 エヴァンジェリンは歓喜の声を挙げる。

 そこまでアルビレオと交渉するのが嫌か。

 しかし何かに気付いた様に徐々にその声は小さくなり、エヴァンジェリンは俯いて呆然と呟いた。

 

「……そうか、ジジイが私にアルのことを教えなかった理由はコレか」

「は……?」

「笑え。どうやら私はナギにこそ、この呪いを解いて欲しかった様だ。ナギとの繋がりを断ち切りたくなかったとでも言うのか? ははは、何だこの様は」

「エヴァ……」

 

 自らを嘲笑しながら、静かに涙を流すエヴァンジェリンの頭に、皐月は優しく手を置いた。

 初恋から七年。

 エヴァンジェリン、彼女は漸く失恋をする事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「もう、良いのか?」

「あぁ、やってくれ」

 

 目を少し充血させながら、憑き物が落ちた様に晴々とした笑みを見せるエヴァンジェリンに、皐月は手を翳した。

 

「エヴァ、先にリスクについても話しておく」

「リスク? 解呪のか?」

「あぁ。解呪っつっても、呪いの術式と精霊を焼き殺すんだけど。兎に角、アグニの浄火は権能クラスの魔法でも燃やせる。つまりエヴァ自身が傷付く可能性も――――造物主(ライフメーカー)がした実験の真祖(吸血鬼)化の術式も破壊してしまう可能性もある」

「――――――な、に?」

 

 エヴァンジェリンは六百年前、領主に『預けられた』娘だったが、謎の魔法使いが当時十歳の彼女を真祖の吸血鬼にしたのが始まりだ。

 その魔法使いは『完全なる世界』首領、造物主であり、『不死』の実験を行っていた結果だと原作でアルビレオは考察した。

 それは原作でもナギを憑代としている造物主自身の「我が娘」という言葉で、エヴァンジェリンが造物主の実娘である可能性が高い事が証明されている。

 

 そして、この世界は神話や伝説の神々が実在する。

 つまり造物主を神祖、つまり零落したまつろわぬ神だと仮定するならば、造物主の不滅特性も神祖の転生能力とするならば納得がいく。

 そして造物主の行ってきたことを振り返り、当てはまる神を探せば造物主のまつろわぬ神としての名も、何故『不死』の実験をしたのかも理由も理解できる。

 要は造物主は自分の娘で不死、つまりは『完全』を、『永遠』を目指し、そして中途半端に失敗した(・・・・・・・・)のだろう。

 

 ―――――話を解呪に戻そう。

 つまりエヴァンジェリンは後天的の、魔法によって真祖の吸血鬼に変えられた存在である。

 

「もしかしたら、エヴァはその不死性を失うかもしれない。吸血鬼じゃなくなるかもしれないが、どうする?」

「…………構わんさ。今更人間に戻っても『正義の魔法使い』共にとっても私が悪なのは変わらんし、吸血鬼としての私にそこまで執着も無い」

「解った、――――行くぞ」

「ッ」

 

 皐月の全身から莫大な呪力と共に炎が吹き出し、徐々にその色を白に変える。

 

「オン・シュリ・マリ・ママリ・マリ・シュ・シュリ・ソワカ!」

 

 烏枢沙摩明王(アグニ)の真言を聖句として唱え、自己暗示により呪力と精度を上げながら、皐月は浄火の炎をエヴァンジェリンに纏わせていく。 

 

「ふわぁっ……」

「――――サツキ、すごい」

 

 そして、エヴァンジェリンを傷付けず術式を燃やし尽くす!

 

「んっ……」

「よッ、し……ッ!」

『■■■■■■■■ッ!!?』

 

 皐月に、声も姿も見えない呪いの精霊の絶叫と苦しむ姿が『見える』し『聴こえる』。

 実のところ、エヴァンジェリンを傷付けずに解呪するにはアグニの権能だけでは足りなかった。

 

 現在皐月が持つ権能の内、完全掌握している物はアグニの権能を含めて二つ。

 最初の内の一つは複数の能力がある故、同様に複数の能力を持ちながら火に共通して掌握しやすいアグニに比べ、未だに完全掌握に至っていない。

 そして精霊と呪いを視認するのはアグニの、―――後に正史編纂委員会から『遍在する炎(ユビキタス・ブレイズ)』と名付けられる権能(本人は悶え苦しんだが)とは別の権能である。

 

 つまりそれは、権能の同時行使に他ならない。

 魔王になってから一ヶ月も満たない皐月が、易々とソレを行えるのは、ソレが常時発動型の権能だからだ。

 しかし、比較的容易に使えているとは言え、行っているのは膨大な呪力を用いた精密作業。大きな集中力を要するため、精神的な負担もまた大きい。

 そして、皐月の浄火がエヴァンジェリンの呪いを燃やし切る直前、

 

 ――――――ここで突然の補足だが、呪力と魔力、気の解説をしよう。

 この世界には三種の超自然的エネルギーが存在する。一つは内的エネルギーである『気』、もう一つは外的エネルギーの『魔力』である。

 では最後の一つは何か。

 魔力と気、相反する力を合わせたエネルギー、すなわち『咸卦の気』である。

 コレは究極技法(アルティマアート)とまで呼ばれる「気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)」を行わなければ得られない力だ。だが、ことカンピオーネと神に至っては話が違う。

 この両者が権能や力を使用する際に用いるエネルギーは全て『咸卦の気』なのだ。

 故に本来「魔力を操る力」としての意味で用いられる呪力は、カンピオーネと神に対しては『咸卦の気』を意味する。

 つまり何が言いたいのかと言うとだ。

 カンピオーネの持つ膨大な呪力は、長年の修行から「咸卦法」を身に付けた者にとって極めて異常なものとして感じられるのだ。

 

 

 

 

 

 

「――――――どうしたんだいエヴァ!? 叫び声が市街区画まで響いていたよ! それに凄まじい『咸卦の気』が!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 先程の絶叫を聞いて急いでやって来たタカミチが、皐月の集中を乱した。

 

「―――――あ゛ッ」

「な゛っ」

「えっ?」

 

 浄火が、エヴァンジェリンの真祖化の術式を焦がした。

 

「…………」

「…………」

「えっと、もしかしてボクは空気を読めてなかったかな?」

「タカミチ、貴様なぁ……」

「っべー。マジやっべー」

 

 何とも言えない空気が流れ、

 

「アレ? タカミチ、エヴァと知り合い?」

「大丈夫なんか? つっくん」

「アスナ君!? あと確か、このか君!?」

「タカミチ、また老けたよね。ガトウさん目指してるの?」

「ファッ!!?」

 

 カオスが、降臨した。

 

 

  




さて今回は主人公の権能が(三つ目だけど)登場。エヴァンジェリンの失恋と解呪と造物主の真名の伏線、主人公の立場などのお話でした。

ここで感想欄でも溢していた「呪力」の扱い方を再検討、明確にしました。
カンピオーネや神ならこれぐらいはチートでないと、ということです。
一応肉体強化しているわけでなく、権能使用の際の力で定義させていただきました。

そして前回募集したアンケート結果ですが……、不評!! 圧倒的ゴドー君不評!
まぁ細かい集計はしていませんが、少なくともネギま!本編での護堂君の登場は無くなりました。
仮に出たとして、短編での登場になるかと。一定何時になるのやら。
まぁ主人公の立場と性格から、アンチ・ヘイトになること請け合いですが。



修正点は随時修正します。
感想待ってます(*´∀`)


・エヴァンジェリンを造物主の娘に修正。
・権能名を変更。


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第七話 ファンタジー世界において京都は魔窟

数多くの感想、誤字修正指摘など、誠に感謝します。



 「――――――フーッハッハッハッ!! 遂に来てやったぞ京都!!」

 

 京都駅前、そんな事を叫んでいる絶世の美女が居た。

 目も眩む美しいプラチナブロンドの髪に蒼色の瞳、白磁の人形のような白い肌。老僧すら情欲を誘われる女神の様な肢体。人体の黄金比とも呼べる容姿。

 そんな誰もが羨み目を奪われる美女の側で、彼女を可哀想な子どもを観るような目で眺めている少年がいた。

 

 「少し大人しくしようか? 寧ろ大人やろうかエヴァ。周りの目が痛々しいから」

 「い、痛い言うな! 何年間あの場所で永遠中学生やらされたと思っている! 少しぐらいはしゃいでも良いだろう!!」

 「うんうん解る。エヴァがカワイイのは良く解ってっから、取り敢えず静かにしよう」

 「いいから落ち着く。幾ら私でも六百歳年上の先祖をガキ呼ばわりしたくない」

 「エヴァちゃんかわええなー」

 

 まぁ兎に角皐月一行は、ゴールデンウィークで京都に来ていた。

 

 諸君は何故、京都が世界的観光名所とされているか理由を知っているだろうか?

 

 京都は約千年もの間日本の政治的中心地であり、宗教・非宗教建築と庭園設計の進化にとって主要中心地であり続けたからである。

 それ故に、京都の歴史は日本の歴史の大半を占め、十二ヶ所も世界遺産に登録されていることから、京都の文化的価値は日本のトップクラスと言えるだろう。

 

 しかし同時に、ファンタジー・伝奇物の作品に於いて京都は、魑魅魍魎が跋扈する魔都として描かれることが多い。

 日本三大悪妖怪や祟神が活躍、又は生まれる原因は大体京都にあり、土蜘蛛や『平家物語』の鵺ら妖怪達などの伝説や伝承が非常に多く、同時に、陰陽師安倍晴明が活躍するなど、話題に事欠かないからなのだろう。

 権力争いに魑魅魍魎と、京の都は世紀末極まりなかったと言える。

 

 

 

 

 

 

 

第七話 ファンタジー世界において京都は魔窟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、混乱の渦に呑み込まれているタカミチさんにエヴァの解呪をしていたことを言ったは良いが、方法が「仮契約で手に入れたアーティファクト」という返答で誤魔化すことに成功した。

 つまり魔王であることは秘密にしたのだ。

 タカミチさんはそんなことよりもアスナ嬢の記憶の封印が一大事だったのか、エヴァンジェリンの解放という魔法使いにとっての大事件も、意識の外に追いやられていた。まぁタカミチさん本人のエヴァに対しての印象が頗る良かったということもあるけど。

 ちなみに学園長をディスりまくった俺だが、あくまでも可能性。

 魔王となったことはその内話す予定だ。

 

 

 

 ――――――――さて、では何故自分達が京都に居るかというと、理由が三つある。

 先ず一つはこのかの魔法バレを報告するためである。彼女が現時点から魔法や呪術を学び始めた場合、原作時には十分自衛が可能と考えたからだ。

 尤も、アーウェルンクスクラスには届かないと思うが。

 

 次二つ目は、俺が権力を欲したからである。

 このかの実家である関西呪術協会。俺の予想では、カンピオーネ!原作での日本の組織『正史編纂委員会』としての役割をこの組織が請け負っていると睨んでいる。

 そもそも麻帆良学園の魔法使い達は本質的には外来であり、『あの』メガロメセンブリアの下位組織でもある。そんな彼らが関東全てを支配出来るとは、とてもではないが思えない。

 

 何よりそんな外来の連中が神関連の霊地などにデリケートな処置なんか出来るか些か疑問である。

 

 故に日本政府と古いパイプを持っているのであろう関西呪術協会を魔王としての強権を振るい支配下に置くことで、エヴァと戸籍上死亡している俺の戸籍問題が解決し、そんな魔王の友人のこのかに手を出そうとする奴を無くす事にも繋がるのだ。

 

 三つ目? エヴァが登校地獄の呪いを解呪出来たから、ゴールデンウィークで京都に行きたい言い出したからだよ。

 

 

 ―――――結局、あの時の真祖化術式を傷付けてしまった影響は甚大だった。

 不死の不完全化と吸血鬼としての特性の大半を失うという形で、最早エヴァは吸血鬼とは呼べない存在になっていた。精々再生能力が頗る高い最強クラスの魔法使いといったところだろう。

 

 幸い術式そのものに自己修復機能でもあるのか僅かに修復しているものの、何年後に完全修復するのかは解らない。極めて不安定な存在になってしまったのだ。

 本人は成長する余地が出てきたので「エロナスビざまぁッッ!!」と図書館島の某古本野郎をディスりながら大草原生やしているのだが、傷付けてしまった張本人としては複雑である。

 

 そしてアグニの権能と別荘を用いて一気に二十代まで成長させた訳だ。

 

 アグニの権能はあらゆる属性の炎を司る。同時にアグニは子孫繁栄をはかる恩恵の神としても信仰されている。

 つまり、成長ホルモン(生命力)という名の『火』を大幅促進させることも出来るわけで。

 結果、エヴァが大人(雪姫)バージョンというよりかは、原作でもあった幻術で成長した姿となったのだ。

 どうすんだコレ、アルビレオ発狂するんじゃないだろうか。

 ざまぁ。

 

 兎に角、これで「原作なんて無かったんや」という状況が完成してしまったのだ。

 加えて言えば、あの後強行された仮契約(パクティオー)とか。

 

 「そう思うならさっさと帰ってくるんだったな」

 「つーか、俺はホイホイ仮契約しちゃう君らに物申したいんだけど。エヴァに至っては舌入れてきやがって。何よブッチューベロベロって。一応ファーストキスだったんよ?」

 「中々に美味だったぞ?」

 「激しく不満。エヴァ、狡い」

 「ふはっ! 何事も早い者勝ちだ。小娘」

 「アリカにナギを取られてた分際で良く言う」

 「グボァッ!?」

 

 そんな風に稲荷神社で弁舌戦で押してるアスナさんや。お主もその後仮契約してるからね。

 ちくせう。

 こういう時にカンピオーネの魔法抵抗力? が邪魔になる。

 血での仮契約が出来ない。

 

 「ええなー。ウチもつっくんとぱくてぃおーしたい」

 「親御さんに言わないでヤるとヤヴァイから。でも仮契約とは言えナオンが簡単に唇許しちゃいけませんのことよ。オイちゃんこのかが将来要らぬ男に騙されないかとても心配」

 「ウチは別につっくんとやったらええでー」

 「ありがとねー。もし誰とも結婚出来なかったらたのまー」

 「ちょっ、ちょっと待て!」

 

 俺らの会話に焦って乱入するエヴァ。

 何よ一体。

 

 「(貴様ッ、近衛このかが好きなのかっ!?)」

 「(えー? 好きだけども、今のはアレじゃん。近所の小さい娘が結婚してー言ってくるのじゃねぇの?)」

 「(ムッ、そうか。しかし……ぬぅ)」

 「(嫉妬してくれてんの? かわいいー)」

 「だだだだ誰がッッ!?」

 

 エヴァンジェリンろっぴゃくさいかわいい。

 ていうか解呪してからエヴァのデレが多くなってきてないか?

 しかしゆかりんじゅうななさいより年下なエヴァ、是如何に。

 まぁ東方系は年齢層がヤバイからなぁ。千才が若輩扱いだし、えーりんとか億単位だっけ? 意味分からん。

 そう言えば、ネギま!続編のUQHOLDERの不死者って既に存在してるんだよな。

 宍戸甚兵衛は不死者歴千四百年っつってたし。

 

 「大丈夫。皐月は私の嫁。それに私はこのかならOK、バッチコイ」

 「アスナさんや。君最近キャラブッ壊れてない?」

 「ジャックはこんな感じだった」

 

 あの変態筋肉ダルマェ……。

 何故紅き翼の出鱈目共は変態しか居ないのか。

 

 その後京都の日本風景を堪能しながら、木乃香の実家である関西呪術協会(暫定)に向かっているのだった。

 

 「しっかしこの千本鳥居のパクり。色々大丈夫なのか?」

 「アウトだが、そこは魔法だろう」

 「魔法って言えば大体罷り通る。コレ不思議」

 「一年ぶりやなぁ。でもホンマに御父様達も魔法使いなん?」

 「青山、いや近衛詠春は京都神鳴流剣士。要は退魔師だがな」

 「極大魔法を斬れるSAMURAIとか胸熱。SAMURAIに憧れるのは日本の野郎ならしかたないね」

 

 そんな重要文化財に全力で喧嘩を売っている鳥居郡を抜け、大きな門が目にはいる。

 この先がこのかの実家であり、関西呪術協会の総本山があるのだ。

 尤も、原作では、という枕詞が付くのだが。

 そんな時に皐月とアスナ、エヴァンジェリンが複数の視線に気付く。

 貴様ッ見てい(ry

 

 「ほぅ、随分な歓迎だな」

 「しかし敢えてシカト。にしても妙に警戒してない?」

 「このかが本物か決めかねている? でもこっちはこのか自身が連絡済みで、別に後ろめたいことは無い」 

 「どないしたんや皆?」

 「良いから良いから」

 

 そして門を抜けると、その長い回廊に妙齢の女性が現れる。

 彼女は黒い長髪に京都美人を体現した、しかし同時に研ぎ澄まされた刃の様な鋭さを兼ね備えていた。

 

 「ほぅ……」

 「鶴子おば様!」

 「え、どなた?」

 「御父様の従姉妹やで!」

 「なんやまぁ、このかちゃん久し振りやなぁ」

 

 青山鶴子。こと魔性駆逐において魔王を除けばブッチ切りで新・旧世界最強。

 詠春の従姉に当たり、『関西呪術協会最強戦力』京都神鳴流歴代最強を冠する女傑である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆ 

 

 

 

 

 

 

 

 皐月達が鶴子の案内で屋敷を進んで大広間に着くと、眼鏡を掛けた生真面目そうな男性が待っていた。

 このかの実父であり、紅き翼の一員である魔法世界のサムライマスター。

 近衛詠春その人である。

 

 「お父様! 久し振りー」

 「ははっ、これこれこのか」

 「詠春久し振り。このかに魔法バレしたから来たよ」

 「―――――ファッ!?」

 「なんというデジャブ。しかしアスナの記憶が戻った事の反応か魔法バレがショックの反応か、どっツィッ」

 「もう少しその棒読みなんとかならんのか」 

 

 紅き翼の苦労人の反応が同じな件について議論していた外野に、漸く復帰した詠春が話し掛けてくる。

 

 「挨拶が遅れましたね。初めましてエヴァンジェリン、それと水原皐月君。近衛詠春です」

 「どもです。一応死亡扱いになってるんで、ただの皐月で構いませんよ」

 「ちなみにバレた原因は、主に私とジジイの不注意だ。娘に平和な一般人をさせてやりたい気持ちも分からんでもないが、組織の長としては下の下だぞ?」

 「……」

 

 遂に詠春が黙ってしまった。

 

 「こらこら詠春はん。あんさんが黙ってもうたらアカンやろ」

 「すみません。唯でさえ忙しいというのに」

 「構わへんですよって。ほな、持ち場に戻りますさかい」

 「お疲れ様です」

 

 そういって、鶴子は皐月達に会釈してからその場を後にした。

 神鳴流歴代最強が常に待機していなければならないほど、現在関西呪術協会は脅威に曝されている。

 

 「ナギと一緒に、あの大きくて顔も手も一杯ある巨人と戦った時と雰囲気が似てる」

 「……やはり、記憶を取り戻しているのですね、アスナ君」

 「ぶいぶい」

 「へいへーい、何か緊急事態みたいだから無表情ダブルピースは止めようぜーアスナー」

 「ハハハ、アスナ君も随分明るくなりましたね」

 「神楽坂アスナ、そう言えば貴様何故詠春と知り合いなのだ!?」

 

 あれー、言ってなかったっけ?

 皐月とアスナがそんな反応をしているが、間違いなく非常事態なのだ。

 

 「お父様、ウチが帰ってきたん迷惑やった?」

 「そんなことは無いですよ。寧ろエヴァンジェリンを連れてきてくれたのは有り難いです」

 「ほぅ? 私が必要な状況か。神獣でも現れたか?」

 

 神獣。

 神に仕える生物の姿をした眷属である。

 その姿は仕える神によって千差万別で、孫悟空なら猿。玉藻の前なら犬や狐。インドラこと帝釈天なら兎。天狗なら烏など様々である。

 

 そしてまつろわぬ神の眷属であるため、戦闘力も非常に高く、まつろわぬ神と違って倒すことは出来るものの、魔王を除けば最強クラスの強者でも苦戦を強いられる程強力だ。

 

 「既に鬼神が出現した後ですよ。鶴子さんと素子さんが居てくれたお蔭で凌げましたが、もしまつろわぬ神まで出現したら事です」

 「いやいや、神さんにやったらどんなに死力尽くしても斬れませんて」

 

 まぁ、神獣は『ずっと俺のターン』で切り捨てられたのだが。

 

 「鬼か……神がいるなら閻魔に酒呑童子、羅刹天でも可能性があるな」

 

 鬼とは、日本や中国の代表的な妖怪である。

 日本では有名な昔話「桃太郎」「一寸法師」などで登場する他、秋田では「なまはげ」という神が存在するため、多くの人が幼い頃からその存在を知っている。

 おそらく日本に於いても最もメジャーな妖怪であろう。

 

「オニ」は「隠(おぬ)」が訛ったもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味していた。

 従って悪魔的なものだけではなく、かつては神も鬼の一種として考えられていた。事実「神」と書いて「オニ」と読むこともあった。

 ヒンドゥー教に登場する鬼神ラークシャサが仏教に取り入れられた十二天を守護する護法善神、羅刹天。

 閻魔大王の部下など、神にも関わりの深い存在である。

 それが次第に『人知を超えたもの』『この世ならざるもの』といったイメージに変わり、最終的に『災いをもたらすもの』『邪悪なもの』というイメージが定着した。

 

 「……媛巫女に霊視を行わせておりますが、未だにハッキリとした正体は…………」

 「お父様、霊視と媛巫女さんってなんなん?」

 「このか……そうですね、貴女も知っておくべきだ」

 

 媛巫女とは、日本の呪術界の女の呪術師で「媛」の称号をもつ高位の巫女を指す言葉。零落したまつろわぬ神である神祖の遠い裔、または神に仕えた巫女の子孫とされており、皆それぞれに希少な霊能力を所有している。 

 このかは極東最高の媛巫女の才を秘めており、アスナにいたっては魔法世界で『黄昏の姫御子』と呼ばれ、神祖にすら転じることもできる媛巫女の先祖帰りなのだ。

 尤も、それ故に百年間精神と身体の成長を止められ囚われ続けていたのだが。

 

 「つまり色んな力を持ってる巫女さんって事で、私もその媛巫女さんになれるって事でええん?」

 「えぇ。そして霊視とは、『今起きている現象』を霊感で読み取り、無意識に予測する力の事です。難しいかもしれませんが、要は鬼神の出現もこの力を持った媛巫女のお蔭で知ることができたんですよ」

 

 世界でも、英国の白姫や最高峰の魔女の霊視能力者であれば色即是空の境地に至ることで、望んで啓示を得ることもできるとされている。

 神の正体を掴むにはこれ以上の無い能力である。

 

 「まぁ、このかの話はまた今度にしましょう。それではエヴァンジェリン、正式な依頼として―――」

 「――――――待って詠春」

 「アスナ君?」

 

 ソコに、アスナが待ったを掛けた。

 アスナの視線の先には、室内にも拘わらず遠くを見据える様な皐月がいた。

 

 「つっくん?」

 「どうしたの皐月?」

 「………神の息子、七宝荘厳の甲冑姿、三又の戟に財宝と夜叉の主……多聞、全てをなすもの――――火と鍛治? アレ?」

 「なッ――――!!?」

 

 ソレに、思わず詠春が息を呑む。

 霊視による神の情報が皐月の口から零れるも、それ以上に先程までまるで感じられなかった、絶望的なまでの呪力に気圧されたのだ。

 

 先程まで詠春が、何故ここにいるのか解らない『普通』と認識をしてしまっていた少年が、今の詠春自身死力を尽くさねば勝てない神獣すら比較にならない存在へと変貌していた。

 

 「行くか?」

 「ういうい。どうやら俺の仕事みたいだから、ちょっくらレッツパーリーしてくるわ」

 「早く済ませて帰ってこい。私の京都観光は終わっていないぞ」

 「へーい―――――我は稲妻。中空に在り、罰を与える裁きの雷火なり」

 

 聖句を唱え、軽く跳躍した皐月は一瞬で雷と化して姿を消した。

 目指すべきは神殺しの獲物であるまつろわぬ神。

 そんな皐月の消えた場所を、信じられない様に見ながら、エヴァンジェリンに問い掛ける。

 

 「……エヴァンジェリン、彼は一体何者ですか……!?」

 「詠春、お前は武人だ」

 「……?」

 「敵を斬ることは出来るだろう、魔を斬ることは出来るだろう、しかし政治の才能は無い。違うか?」

 「……恥ずかしながら」

 「本来的には婿養子のお前が組織の長に就いているのは、かなりの苦労だったろうが……断言しておいてやろう」

 

 

 ――――お前の苦労はここから始まるぞ?

 

 

 「日本初だろう? 魔王は」

 「ふぁいとやで、お父様」

 「詠春が禿げないか私は心配よ」

 

 詠春は飾り物の自分の補佐をしてくれている人間に、顔を青くさせながら瞬動を用いるほど急いで連絡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 東寺真言宗の総本山『教王護国寺』。

 

 薬師如来を本尊としている世界文化遺産の、その中の毘沙門堂の前に人の影が存在していた。

 右手に宝塔、左手に三叉戟を持ち金鎖甲を着し、腕には海老籠手と呼ぶ防具を着け筒状の宝冠を被っている。

 そんな武将のような、毘沙門堂内にある兜跋毘沙門天と酷似した者が静かに佇んでいた。

 雷と化した皐月は、その姿を肉眼で捉え続け神速で辿り着いた。

 

 「なぁ、自分の木像が飾られてるのってどんな気持ち? 正直恥ずかしかったりする?」

 「語るに及ばず。仏門の徒でもない貴様に語ったところで理解出来まいて、羅刹王よ」

 

 その後は問答は無く。

 直後、まつろわぬ毘沙門天と幼き魔王が激突した。

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、関西呪術協会の立ち位置説明も木乃香の今後も後回しにして「そんなことよりデュエルしようぜ!!」と、まつろわぬ神ぶつけてみた今回。

詠春を『飾り物』と表現しましたが、本来近衛家の婿養子に過ぎない彼が長をやってて、正直原作までに反乱は何度も有ったと思います。政治能力がそれほど高くない、『西洋魔術師』と仲間やってた詠春を快く思わない人間は山ほど居たかと。
一応周りの助けもあってなんとかやってる感じです。
クロスの影響は近衛家に四家が仕えている、ですかね。

まぁそこら辺の設定はまた後程に。

そしてちょっとだけ出た神鳴流最強姉妹、青山鶴子に青山素子。
自分は『ラブひな』を持っていないので怪しいのですが、今作品ではラカンやナギ級に、対比して神獣単体はアーウェルンクス級に設定しています。
但し青山鶴子は退魔に関しては真人間で作中最強に設定していますので、鬼という『魔』相手は非常に相性が良かったので容易く勝てました。

ちなみに、自分は原作設定を度忘れしてしまうことがあります。
例えば闇の魔法の副作用である魔物化とか、感想で気付かされることもよくあるので、本当に有り難いです。


修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)

さて、今作品初の対まつろわぬ神戦。上手く書けるか心配です。独自解釈入ってるのでご注意を!


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第八話 とっておきは連射するもの

いつも祝日に平気で大学がやってるので早起きして行ったのに、GMで容赦なく休みだった事で、予想以上に自分がアホだった事に気付いた件について。

そんな訳でその鬱憤というか、テンション上がって書いたのがコレ。
いつもより文字数多めです。
つまり修正点の山の可能性がッ!
ちなみに終盤はニコニコ動画の『ヒャッハー中尉VS白わんこ』を見ながら書いたので、あれなかんじになってます。

神考察は寛容にお願いいたしぁ┏( ;〃>ω<〃 )┓


 ──────毘沙門天。

 

 梵名をヴァイシュラヴァナといい、大乗仏教に於いて、世界の中心たる須弥山の天部の仏神で、持国天・増長天・広目天と共に四天王の一尊に数えられ、北倶廬洲を護る武神である。

 

 仏教では主である帝釈天(インドラ)以上に軍神としての崇拝を集め、寧ろ単独の神としての方が有名な程の、四天王の最強の守護者。

 

 そして毘沙門天は、古代インド神話の夜叉と羅刹を率いるヒマラヤの王クベーラが仏教に取り込まれた神という説が有力視されており、毘沙門天が北方を護るとされたのはヒマラヤ山脈がインドから見て北に位置していたからだと言われている。

 

 またクベーラは本来夜叉(ヤクシャ)族の王だったとされており、戦闘神としての性格も持つ。

 が、毎日宮殿を埋め尽くされない為に有り余る財宝を焼却処分していたと云う、財宝神としての一面を持っている。

 それは毘沙門天として仏教に取り入れられた後も名残があり、福徳財宝神としても有名で、日本では民間にも膾炙していた「仏教」「神道」「道教」から、それぞれ福徳のキーワードにより集められた「七福神」の一柱としても特に有名である。

 それを知っていた皐月は、目の前の毘沙門天を始めこう評価していた。

 

「仏教とヒンドゥー教(インド神話)限定とはいえ、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)持った円卓のNTR騎士とかチートや! チーターや!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第八話 とっておきは連射するもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我は番人、世界を見透し黄昏を告げる者なり」

 

 両者の激突は、皐月の聖句と共に放たれた毘沙門天の三又戟の神域の刺突によって始まった。

 神速に匹敵するその一撃は、長年の鍛練と修行を修めた者が得る心眼の極意たる観自在の境地に至った者でしか捉えることの出来ない打ち込みであった。

 

 もしこの世界に生まれる本来の日本初の魔王、草薙護堂がこの一撃を受ければ、確実にその心臓を穿たれて一度目の死へと至らしめられていただろう。

 そんな一撃を、しかし皐月はその眼で追い、毘沙門天の動く前に初動で勝りその槍を容易く躱した。 

 

(何────?)

 

 毘沙門天が疑問を挙げたのは、自らの一撃を完全に見切った事ではなく、完全に避けられたにも拘わらずその指を矛先に引っ掻けた事だった。

 

「痛って」

「────ッ!?」

 

 その一言と同時に、毘沙門天が彼方に吹き飛ばされた。

 まるで場所を変える為かの如く、その場から引き剥がされた毘沙門天が体勢を立て直したのは、市街地から遥かに離れた山の上空であった。

 毘沙門天が着地したのは、虚空から出現した天を翔る戦車、プシュパカ・ラタの上。

 口から血を流しながら、毘沙門天は問う。

 

「今のは、衝撃波か?」

「正解」

 

 皐月は空中を当然と言わんばかりに駆け、毘沙門天に追い付いた。

 そして皐月の足には、脹脛まで巻き付く様な形状でルーンが刻まれている白銀の靴が履かれていた。

 

 エヴァンジェリンとの仮契約で得たアーティファクト、『道化の飛翔靴(スレイプニル)』である。

 機能はあらゆる場所を歩行できるというものであり、またとある権能の補助をすることが出来る。

 ちなみにその形が、

 

「殆んど牙の玉璽(パクり)じゃねぇか!」

 

 ────絶対転生者が造っただろコレェ。

 それが皐月の感想だった。 

 まぁつい先日に得た物故に、本来の機能は使えないだろう。

 

 

 閑話休題。

 

「権能か?」

「どこぞのオサレ漫画みたいに解説とかしないぞ?」

 

 皐月が最初に殺した神は、ロキとヘイムダルである。

 二柱の神を同時に殺害したことで、皐月は二つの権能を手に入れていた。

 

 ロキから簒奪した権能は『狡知神の悪業(クラフト・オブ・ミスディード)』。

 未だ掌握出来ずにいる、ロキが北欧神話で行った、その内の四つだけ実行出来る権能である。

 今の皐月が使用可能なのは、四つの内三つの所業。その内の一つが『地震の力』である。

 

 ────北欧神話において、『地震』とは狡知神ロキが光の神バルドルを殺した罪で幽閉、拷問にかけられた際の、苦悶だとされている。

 つまりこの力を使うには痛みを伴うことが条件なのだ。

 だからこそ、避けられる一撃を態と引っ掻け浅い傷を負った。

 そして皐月が地震で想像するものは一つ。

 

「つまりグラグラの実ですね。解ります」

 

 尤も、痛みによって強弱が変わるのでかすり傷程度の痛みでは致命傷には程遠い。

 先に述べておくが、奪った権能はその魔王によって様々な姿を取る。

 皐月の権能がコレ程の物になったのは、偏に皐月の認識故であると。

 

「フンッ!」

「あぶなっ」

 

 そこから、毘沙門天の武威が存分に発揮された。

 三又戟の斬戟打撃だけではない。様々な武具を換装し、それを使いこなす。その武勇は武神に相応しく、圧倒的な技術によって振るわれた。その攻撃は音速を超え、鉄を切り裂き地を割る程の武威。

 しかし、

 

「ここまで当たらぬとはな。縮地も中々ではある、しかしそれだけでは死角からの攻撃は避けられまい。なにかしらの仕掛けがあろう」

 

 毘沙門天の攻撃は悉く避けられ、それにより発生した僅かな隙にアグニの爆炎を叩き込まれる。

 尤も、その爆炎も自在に浮遊する盾を代償にすることによって防がれている。

 もしこの場が空中でなく先程の東寺であれば、世界に誇る京都の文化財である神社仏閣は火の海瓦礫の山と化していただろう。

 

「初動の差か」

「強いて言うならば写輪眼とプラス色々と答えよう」

「その眼と耳か」

「何故耳までバレたし」

 

 ────ヘイムダルから簒奪した権能は後に『知覚超過(パーシーブド・イクセス)』と名付けられる。

 ヘイムダルは、「白い神」と呼ばれ、元はフレイやフレイアと同じくヴァン神族であったと云われている。

 そしてヴァン神族としての未来を読む力を有するとされており、同時に「小鳥よりも少ない眠りしか必要とせず、草の伸びる音も聞き分ける耳、夜間でも100リーグ(約556km)離れた場所の僅かな動きも見る眼を持ち、昼も夜もアスガルドを守っている」と云われている。

 

 つまり『知覚超過』の権能とは、圧倒的な視覚と聴覚による『未来視』である。

 死角には聴覚による神速すら見切る反響定位。そして先程の霊視も千里眼も、全て未来予測の為の情報集めでしかないのだ。

 

『視覚や聴覚が得ている情報。知性が持つ未来への展望、予想。 それらを統合し、現実の域にまで高めたモノが未来視だ。 彼らは“数分後の未来”を視ているのではなく、 現実を作り出す“数分後の結果”を視ている』

 

「いやぁ、橙子さんスゲーわ」

「誰だ」

「いやさこっちの話。続きやろうや」

「…………しかし、このままでは千日手だな……ならば」

 

 瞬間、毘沙門天が再び戦車に乗り込み、一気に距離を置いた。

 

「すき焼きィ!!」

「防ぐに決まっているだろう」

 

 皐月が即座に巨大な火球をブッ込むも、大量の盾を出現させて防ぐ。

 使い捨てる盾など山程あるのだから、消費自体は痛くも痒くもない。

 

「──―で? 距離を取ってどないすんの? AUOみたく財宝をぶん投げるか?」

「射出するのも一手だが、それだけでは先程と変わらんだろう。なので少し趣向を変えてみるとする」

 

 その言葉と共に毘沙門天がプシュパカ・ラタに手を翳した。

 

「────は?」

 

 眩い光と共に火花が散ったと同時に、戦車が姿を変え始めた。

 荷台の舟には近未来の浮遊装置の様な形が付随し、翼の様なモノが追加される。

 滑車を引いていたゾウの口は砲門へと変貌し、ゾウの長い牙は自律し、ファンネルと化す。

 ────毘沙門天は戦車を飛行機に変えたのだ

 

「通常のヴィマーナを使えれば良いのだが、流石に行者まで造るとなると時間が掛かる。なので行者が要らないヴィマーナを造ってみた」

「……毘沙門天って錬金術師だっけ?」

 

 まつろわぬ神の思考速度と同等のスピードで移動しながら撃ち出される武具の雨が、皐月を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁエヴァちゃん。あのFFで出てきそうな飛行機なんなん?」

「アレはインド神話で登場する飛行装置だ。レーダー探知、ジグザグ飛行、翼の展開と収縮、敵機内透視、煙幕、カモフラージュに太陽光線利用等と正に『ぼくのかんがえたかっこいい未来道具』だな」

 

 バカ弟子が、縦横無尽に翔け回る毘沙門天が放つ武具の雨に貫かれる前に、遠見の魔法を詠春の娘にリンクさせるのを止める。

 そもそもこんな子供が観るようなモノでもないからな。まつろわぬ神との殺し合いとは。

 

「ッ…………!」

『貴様はガキ扱いせんからな。黄昏の姫御子』

『当たり前……!』

 

 歯を食い縛っている神楽坂アスナに念話で念を押すが、果たして聞いているか怪しい処だな。

 

「しかし戦車を改造するとはな。毘沙門天にそんな逸話は無かった筈だが」

「ソレについては調べは付きました。皐月君の霊視が無ければ辿り着けない可能性でしたが」

「どういうこと?」

 

 神楽坂アスナが資料を持ってきた近衛詠春に食い付く。

 自分が駆け付けた処で足手纏いであることを自覚して、敵のまつろわぬ神の情報を伝える事で少しでも助けになろうとする。

 成る程、経口接触による仮契約のパクティオーカードなら、皐月に念話を伝える事が出来るだろうが……。

 

「クククッ……」

「?」

 

 随分惚れ込んでいるなぁ? アイツは厄介な女を垂らし込みやすいとみた。

 自分を厄介と自覚してる時点で私も大概だがな。

 

「何、奴は魔王だ。まとめて娶って貰えばソレでイイ」

 

 私達に目を付けられたのだ。その程度の甲斐性は見せて貰うぞ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 皐月が戦いに赴く前に行った霊視。

 それがあの毘沙門天の正体を掴む鍵だった。

 

「────皐月君はあの時、毘沙門天のワード以外に二つ、全く関係の無い単語を口にしていました。つまりあの毘沙門天はクベーラ以外の別の神の要素を兼ね備えた毘沙門天ということになります」

「神様って、色々と元になった神様がいっぱい居るってことなん?」

「えぇ。毘沙門天の正式名は『多聞天』と言い、毘沙門天とは梵神ヴァイスラヴァンス、『Vaisravans』の音訳で、その語意の『あまねく聞く』を『多聞』にしたというのが一般的な解釈です。何故毘沙門となったのかは、神の息子(vizravas)という語を「毘沙門」に訳したという説が有力視されています」

 

 同様に多聞という点から、弥勒菩薩の語源になったとされている千の耳を持つゾロアスター教の太陽神ミスラ(Mithra)、契約を意味する梵神ミトラ(Mitra)の翻訳とする説もある。

 多聞天は北方を守護する黄身の神であるのでクベーラを前身とする説は有力だが、にもかかわらず古くからの画や像に残る多聞天も毘沙門天も厳粛な武神であって、富や財宝の観念は見えないのだ。

 要するに、毘沙門天は前身がよくわからない神なのである。

 

「ここで、皐月君の霊視で出た毘沙門天に相応しくないワードを思い出してください」

「全てをなすものと、火と鍛治」

「その通りです」

 

 四天王の内で「モン」が付くのは毘沙門天だけで、門=北方の入り口とすることはできない。

 そして毘沙門=多聞は、「モン」は漢音でmenという音の表記にこだわって命名されていると解釈できるため、モンの部分の元はサンスクリット語のmanだった可能性が強いのだ。

 

「従って、火と鍛冶の要素を持ち、梵神名としてはビシャに近い音で始まってマンで終る名前の神が、あの毘沙門天と混同している事になるのです」

 

 この条件に合う神は、サンスクリット語で『全てをなすもの』を意味する工芸神ヴィシュヴァカルマン。仏教における毘首羯摩以外に存在しない。

 

「つまり────」

「あのまつろわぬ神はヴィシュヴァカルマン起源説に影響された、ヴィシュヴァカルマンとクべーラの両方を前身とする、毘沙門天と毘首羯摩の混合神!」

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ────一方、皐月は体に数本の剣や法具が刺さり、苦痛に顔を歪め、戦いは終盤に入りつつあった。

 

 

「ハッ……ハッ……」

「どうした? 休んでいる暇はないぞ」

「くッ!」

 

 毘沙門天はヴィマーナで移動しながら回避困難な武器の弾幕を形成し、皐月はそれを避ける為に雷化せざるを得ない。

 未来予測が出来ていても、出来る行動には限りがある。

 炎では、飛来する武器を全て一瞬で蒸発させることは出来ず、瞬動などでの回避では間に合わない。

 雷化での攻撃は、毘沙門天の鎧の装甲を突破する程の威力は『今は』出せない。

 唯でさえ『知覚超過』を常時行使している状況で、雷化に加え合計三つの権能を複数同時行使するには負担が大きすぎる。

 切り札を切るにも、当たらなければ意味が無い。

 

(……どうするッ)

「…………羅刹王と言えど、やはり童か」

「────は?」

 

(手を拱いている、打つ手を考えている)皐月を観ながら、毘沙門天は落胆の言葉を溢した。

 

 実のところ、毘沙門天は皐月のことをインド神話に於ける魔王、『羅刹王ラーヴァナ』として見ていた。

 毘沙門天の前身の一柱クベーラは羅刹王ラーヴァナと戦ったことがあり、同様に前身の一柱であるヴィシュヴァカルマンは自ら造った武器が巡り巡ってラーヴァナと関係するなど『羅刹王ラーヴァナ』とこの毘沙門天は深い関わりを持っていた。

 まつろわぬ神となった理由も、羅刹王たる魔王が日本に誕生したというのが一つだった。

 尤も、顕現に至ったのはとある真なる神の成り損ないが京都に訪れたのが原因だが。

 兎に角、毘沙門天は皐月を羅刹王と重ねて見ていたのだ。

 なるほど皐月は魔王にたる力を持っている。

 しかしラーヴァナと比較してしまうと、毘沙門天には少し小さく見えてしまったのだ。

 

 

 

 ──────毘沙門天の失敗は、そんな失望と落胆に満ちた眼を、皐月に向けてしまった事だろう。

 

 

「………………つまり? あの両面宿儺のなんちゃって進化野郎に、俺が劣ると? ッふふふはははァ、ェァハハハハハ……! ァァァアハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 その眼を見た皐月の頭の中で、ブチリ、と何かが千切れた音がした。 

 

「──────ッ!?」

 

 瞬間、皐月から溢れる呪力が爆発したかのように膨れ上がり、毘沙門天がヴィマーナから横殴りに吹き飛ばされた。

 

 

「────────ふざけンじゃねェぞッッ!!! 舐めやがってェええええええええええええええッッ!!!!

 

 

「なッ!!?」

 

 咄嗟に態勢を立て直そうとヴィマーナを引き寄せようとするも、再び雷と衝撃波に飛ばされる。

 盾を出現させようとするも爆炎と違い衝撃波の場合、足場のない状況では盾ごと吹き飛ばされてしまう。

 そこから吹き飛ばした毘沙門天に神速で回り込み再び衝撃波をぶつける、ソレがあと十は繰り返された時。

 

「ごッ……がっ──……まさか、貴様ッ……!!」

 

 そんな乱撃に、毘沙門天は自分ごと爆発させることを選んだ。

 ヴイシュヴァカルマンの武器は太陽神スーリヤの光を削り取って造られた神々の武器。

 つまり毘沙門天が行ったのは武器を光に戻して、自ら傷付いてでも猛攻を止めるという選択だ。

 

「クッ……! 貴様がヴィマーナの速度に追い付くのは、雷に転じなければ不可能。衝撃波は神速時でなければ有効打にならないはずだッ……」

 

 しかし、そうなれば前述したように三つの権能を同時行使しなければならない。何の負担もなく行うことなど、最古の魔王ヴォバン侯爵でも不可能だ。 

 つまり負担を承知で皐月は雷化でヴィマーナを追い越し、衝撃波を叩き込んだのだ。

 

「バカなっ! 権能の三重行使など、どれだけの負担があるか……!」

「あァ、ドタマカチ割れるぐれェイテェよ。今すぐのたうち回りてェぐれェにはなァ。だがよ、ソレがどういうことか解ってンよなァ?」

「!」

 

 ロキの権能の一つ。

 痛みが強ければ強いほど、『地震の力』はその威力を増していく。

 皐月は権能同時行使による負担を利用したのだ。

 

「正気か……? ソレがどれだけ危険な事か理解しているのか?!」

「正気だァ!? そんなモン神ブッ殺した奴が持ってると思ってンのかァ!!」

 

 コレこそが、皐月を魔王足らしめた真骨頂。

 痛みも感じる。リスクも承知。

 しかしそれらを、キレた皐月は度外視して戦闘を行うことができる。

 それが皐月の持つ異常性だ。

 

「つゥかどォでもイイ、どォでもイインだよンなこたァッッッ!!!!!! ンな風に会話してられるほど、余裕アンのかテメェはよォッ!!?」 

「クッ!」

 

 皐月が再び雷と化して神速に至る。

 しかしそう何度も懐に潜らせる程、毘沙門天は容易くは無い。

 

「我は多聞! 同じことが何度も通じると思っているのか!!」

 

 神速に至った皐月の動きを見切り、毘沙門天は先程とは違いヴィマーナを足場にし、確りと突っ込んでくる方向に盾を構える。これで先程の様に、吹き飛ばされる事はなく、即座に反撃に移れる。毘沙門天本来の武勇を見せる事ができる。

 だが、

 

「薄ッせェンだよ壁ッ!! そんなンで防げるとでも思ってンのか! あ゛ァッ!!?」

 

 皐月は盾などお構い無しに、毘沙門天へその拳を叩き込んだ。

 その拳は盾を容易く破壊し、鎧をも無視した攻撃だった。

 

「なッ──────」

「ハッ! 地震ってのはつまり『振動』だろォがよ。ソレを衝撃波だけでしか使わねェとでも思ったのかよダホがッ!!」

 

 ────『炎神の息吹(アグニッシュワッタス)』。それがその技の名である。

 

 皐月が行ったのは、分子振動によるあらゆる物体の破壊である。

 熱とは分子が高速で運動している状態を指す。そして全ての物体は、分子の高速運動でその形を維持できなくなる。

 権能を同時に行使すればするほど頭痛は増していき、そして振動は強くなる。

 その振動は、最早超分子振動を容易く行える程にまで増大していた。

 そしてその攻撃は毘沙門天の鎧を易々と蒸発させ、内臓をグシャグシャに沸騰させた。

 

「がァああああああああああああああッ!!?」

「おぉォおぉ、イイ感じの悲鳴を上げんじゃねェか。じゃァ追加と行こォかねェ!!」

「ぎッ!?」

 

 皐月は自分を貫いていた武器を引き抜き、毘沙門天の体の同じ箇所に突き刺した。

 

「お次は火炙りプラス振動破砕と行こォかなァ!!」

「──────ッッ!?!?」

 

 突き刺した二つの刃が振動波を直接送り、共振現象を起こして毘沙門天の体内を破壊していく。

 分子振動で内臓を沸騰させられ、振動破砕で全身の骨をぐちゃぐちゃにされてしまい、更に炎で外を焼かれる。

 

「クッ……ハッハッハッ!! どんな気分だよ! なァ教えてくれねェか? さっきまで調子ブッこいてたッつゥのに、イキナリこんなガキに一方的にボコられる気分ってェのはよォ!!」

「ぐっ……ぉぉおおおおおおおお!!」

 

 それでも毘沙門天が更なる追撃を受けずに猛撃から逃げられたのは、武神故だろう。

 そしてまつろわぬ神とは、ここで終わるほど容易い存在ではない。

 

「ぜえっ……ぜえッ、良いだろう。貴様がなりふり構わぬと言うのなら、此方も実行するだけだ!!」

 

 毘沙門天が大破寸前のヴィマーナで、遥か上空まで翔け上る。

 太陽を背に、毘沙門天が虚空より出現させたのは黄金の弓だった。

 聖仙アガスティヤから英雄ラーマに授けられた黄金弓ブラフマダッタ。

 だが毘沙門天の意図は弓にはなく、弦にかけられた光の矢にあった。

 

「ハッ、────我は終える者、世界の災厄」

 

 矢の名はアグネア。

 インド神話において様々な不落の都市を何度も一撃で地獄に変えてきた。

 インド神話が出鱈目と呼ばれる要因の一つ、『核兵器』である。

 ソレに対して、皐月は静かに聖句を唱える。

 

「万象を灰燼に帰す、破滅の枝を産み落とす者なり」

「無駄だ羅刹王! 如何なる技も、この矢が放たれれば全て無為に帰す!!」

 

 それは文字通りの意味だろう。遥か上空から撃たれたソレは、皐月ごと大地を焼き、放射能の雨を浴びせることだろう。

 日本では禁忌の、間違いなく悪夢が繰り返されてしまう。

 

 

 

 

「────当たり前だけどよ、ンなモン射たせると思ってンのかタコ」

 

 

 

 

 瞬間、毘沙門天に刺さっていた二本の刃から、天を焦がすほどの莫大な黒炎が噴き出した。

 

 

「なっ────にィ!?」

「敵に喰らったものは直ぐ抜くべきだったなァ?」

 

 

 燃え上がる黒炎は毘沙門天を容易く呑み込んで、毘沙門天の『全て』を燃やし尽くす。

 

「がぁぁあああああああああああああああああああああ!!? 呪力がッ、燃やされてッ……何だこの炎はッッ!?」

「アハハハハハハハッ! 忘れたかよ!? 俺はロキのルーンを使えるンだぜ!! そして神の権能は解釈によってその姿を容易く変える! 俺がコレを造れる可能性を考えるべきだったなァ!!」

 

 毘沙門天を呑み込む黒炎を生み出しているその刃には、人間には理解不能なルーン文字が刻まれていた。

 

 ────諸君は、破滅の災枝(レーヴァテイン)という言葉に一体何を連想するだろう? 

 

 本来、ソレは北欧神話のエッダ詩の一つ『フィヨルスヴィズの歌』で登場する、極めて不鮮明な言い方でロキが冥界の門の下でルーンを彫って造ったと云われる、巨人スルトの妻シンモラが保有する魔法の剣である。

 しかし、こと日本において、その魔剣は全く違う認識だろう。

 

 ────そう、炎の巨人スルトの持つ世界を焼き尽くした炎の魔剣が真っ先に来るだろう。

 

 ソレ以前に北欧神話を知らない人間は、レーヴァテインはロキが造ったことなど知らないにも拘わらず、炎の剣という答えが帰ってくるかもしれない。

 それは、ファンタジーゲームや北欧神話を題材とする創作物において、武器やアイテムとしてかなりの確率でレーヴァテインが炎の剣として使用されているからである。

 

 ただし、この「レーヴァテイン=スルトの剣」説に、明確な根拠は一切ない。

 そのような神話伝承はおそらく存在せず、推論・推測の域を出ないものである。実際、有り得ない可能性だってある。

 

 そして、まつろわぬ神は民衆の認識やイメージの変化に左右されてしまう。

 

 毘沙門天のヴィシュヴァカルマン起源説も、原作に於けるランスロットが伝説の変化に影響されるであろうという推測があった様に、容易く姿を変える。

 もしコレが皐月以外の、日本人以外の人間がロキを殺したとしても、恐らくレーヴァテイン=スルトの剣説は成り立たず、違う姿を見せていただろう。

 つまり皐月は、世界を燃やし尽くした炎(レーヴァテイン)を造ることが可能なのだ。

 だから破滅の災枝(レーヴァテイン)は、この世の万物を燃やし尽くすことができる。

 例え鋼だろうと、権能だろうと。

 

「いやァ、イメージって大切だよなァ」

 

 最早毘沙門天は体の大半を燃やし尽くされ、立っていることも難しい状態に陥っていた。ソレでも、アグネアを構え続けたのは神としての矜持か。

 しかし、皐月はそのまま反撃をする可能性を放置するほど甘くは無いし、寧ろ戦いに於いては外道である。

 

 皐月は一瞬雷に転じ、あるものを地上から集めていた。

 それは、二十本の小枝である。

 

「キッ、サッ……マァ……」

 

 皐月はそれらにルーンを刻みながらこう呟いた。

 

「取り敢えず二十発追加な」

「羅刹王ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

「華々しく散らせてやるから感謝しろ」

 

 薄れ行く意識の中毘沙門天が最期に視た光景は、二十発もの数投擲された破滅の災枝(レーヴァテイン)の弾幕だった。

 

「────あばよクソ野郎」

 

 着弾と同時に凄まじい爆発が起こり、大空を黒い爆炎で染め上げる。

 

「にしても汚ェ花火だなァ、どう思うよザーボンさん」

「誰がザーボンだ誰が」

 

 そして皐月は自身の存在に何かが重なる感覚を覚えながら地上に落下していき、美しいプラチナブロンドの女性に抱かれる感覚に包まれながら、意識を落とした。

 

 

 




権能解説ぅ~

:ロキ
狡知神の悪業(クラフト・オブ・ミスディード),craft of misdeed』
 ロキが北欧神話で行った、その内の四つだけ実行出来る権能。現在掌握しているのは「三つ」。
・『激痛の慟哭(アースクェイク・ペイン)
 皐月の受けた、感じた「痛み」に比例した振動を発生させる権能。
 振動自体は「衝撃波」「分子振動」「振動破砕」とある程度応用可能。
・『ルーン魔術』
 文字通り神代のルーン魔術を扱えるようになる権能。
 皐月はもっぱらレーヴァテインを造ることが一番多い。
・『破滅の災枝(レーヴァテイン)
 権能ではなくその副産物。
 直接剣や槍の様に使用すれば自滅不可避だが、皐月は飛び道具として使用している為自傷することが無い。ちなみに副産物なので呪力さえあれば無限に生産可能。

:ヘイムダル
知覚超過(パーシーブド・イクセス)
物体が移動する際生じる超音波すら知覚可能な聴力に、写輪眼も脱帽する視覚情報処理能力と動体視力によるほぼ完璧な未来予測。
 同時に二柱殺害したのが原因か、この権能のみ他の権能と同時行使しても負担が無い。

権能:アグニ
遍在する炎(ユビキタス・ブレイズ)
 「太陽」は癒しや生命力を操ることが出来、空が晴れていることが発動条件。
 「稲妻」は雷化による神速が可能で、エヴァの『氷の女王』と同様呪圏内なら一部の上級を含めた以下雷属性魔法を無詠唱無制限に放ち続けられる。ただし魔法を習得していなければならない。地面に接触していないのが発動条件。
 「浄火」は魔法的なモノを焼却可能な火炎の操作。発動条件は無し。

以上が、今回登場した権能の説明補足でした。
ロキの権能はもう一つ掌握済みですが、現状では制約故に使い物にならないので登場しませんでした。
うん、チートですね。

まつろわぬ毘沙門天は、ヴィシュヴァカルマン起源説に影響された混合神でした。
つまり英雄王とNTR騎士にエミヤを足した権能というこれまたチート仕様に。皐月は特攻によるゴリ押しで倒した感じです。負担無視で多重権能同時行使なんてキレてないと無理です。

アーティファクトについては、また次回に説明入れるかと。
ではまた次回に。

修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)



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第九話 正史編纂委員会

各話の修正が出来ていないにもかかわらず、辛抱できずに更新しました。
修正は行い続けるので、ご容赦下しあ。

*木乃香を「このか」に変更。


 まつろわぬ毘沙門天と神殺しの戦いは、奇跡的にその被害を最小に留めていた。

 

 本来京都を容易く消し飛ばす程の広域破壊系の権能ばかり所持している筈の皐月の攻撃は、幸か不幸か全て上空で炸裂し、地上への被害は皆無。

 毘沙門天が飛ばした武具群が山を穴だらけにしていたが、まつろわぬ神と魔王の戦闘を良く知るイタリアからすれば奇跡的と呼ぶほどの被害の少なさだった。

 

 「――――――だというのにアレほどとは、いやはや薄ら寒いですねぇ」

 「アレを薄ら寒いで済ます叔父さんの感覚が恐ろしいよ。もしアレが地上で起きたら日本が世界に誇る文化財の大半が燃え尽きていただろうに」

 

 それを近衛詠春の指示で観察していた窶れたサラリーマンの様な男と、二十歳に達していないであろう美しい男装の麗人がそれぞれの恐怖を口にする。

 

 本来、日本という国は独自の神話を持つ程に神にまつわる話が多い。

 しかし神殺しの魔王が一度も出現しなかったにもかかわらずここまで文化力を高められたのは、関東魔法協会が『関西呪術協会』と呼ぶ組織の「古老」と呼ばれる者達の裁量あってのお蔭である。

 

 竜蛇にまつわるまつろわぬ神は、中国圏最強の鋼が。

 それ以外の神々は女仙を統率し死を司る神木の女神が、そもそも出現するのを抑える仕組みが出来ている。

 

 仮にそれに含まれない神も対処するのは熟練中の熟練の術師とほんの一部の鬼才のみ。故に最強の頂きに存在する術者ですら心折られる程の神の脅威は、少々使える程度の術者にとって理解すら困難な域になる。

 

 「で、魔王様のご様子は?」

 「快眠中だとか。あの幼い体にアレだけ穴が空いても、数時間の睡眠で完治だとか」

 「…………」

 「不安ですか? 次期長候補さんは」

 「不安にもなるさ。聞けばまだ小学生だとか、子供の癇癪が天災なんて笑い話にもならない」

 「そもそもどうやったら小学生が『闇の福音』の弟子になる上、その後神殺しなんて偉業をなせるんですかね?」

 「闇の福音曰く、羅刹王は『むしゃくしゃしたから殺った。反省も後悔もしていない』とか」

 「…………………」

 「詠春様曰く、かなり聡明で大人と話している様な感覚だったと仰っていたよ」

 「それが救いですねぇッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第九話 正史編纂委員会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まつろわぬ毘沙門天との戦いから数時間。本山近衛家の一室で、皐月は目を覚ました。

 

 「……知らない天井だ」

 

 呟いた直後、彼がガッツポーズをとったのは言うまでもない。

 これは一種の形式美でありお約束なのだ。

 最近はワラキアチックにカットされとるが、それはそれで嬉しいものだが―――

 

 「何をアホなことをやっている」

 「あ、エヴァ」

 

 襖を開けて、煌めく様な白金の長髪の美女が部屋に入ってくる。

 畳を歩く度に口端が緩む、日本文化大好きなエヴァンジェリンかわいい。

 

 そうして漸く、皐月は布団に二人の少女が乗っかかっているのに気付く。このかとアスナだ。

 目元が赤くなってるのを見ると、凄まじい罪悪感に襲われた!

 

 「体の調子はどうだ?」

 「損傷具合は問題なし。後は調子こいてレーヴァテイン乱れ撃ちしたのと、『太陽』で治癒したのが原因で呪力スッカラカンだわ」

 「成る程、治癒術師の『傷口に炎が灯っていた』という弁はそういう事か」

 

 アグニの権能その三、通称『太陽』。

 火の生命と癒しの側面を操る力だ。

 エヴァンジェリンを二十代まで成長させたのも、気を失った皐月の傷を治したのもコレ。

 要は応用力の高い死ぬ気の晴れの炎で、制約は空が『晴れている』だから雨の日や曇りの日は使用できないのだ。

 尤も、雲の上に行けば話は別だが。

 

 「で、詠春さんはどんな感じ?」

 「てんてこまいだな。何せこの国初の神殺しだ。しかも小学生となると騒ぎにならない方がおかしい。それに、どこぞの誰かがデカイ花火を上げたせいで隠蔽も行わないといけないらしいしな」

 「それは仕方無いと割り切って貰わないと。じゃねぇと、この国で神なんざと戦えないっての。街並み壊さない様努力したつもりだぞ?」

 

 その為に皐月は初撃に衝撃波を選んで、山奥へと毘沙門天を吹き飛ばしたのだ。

 それで文句言うなら、皐月は恐らく特大の火球をブチ込むだろう。 

 

 「ん、あんがとエヴァ」

 「…………何だ、藪から棒に」

 「幾らこのかの身内っつっても、『弱ってる魔王』ってのは結構アレだろ?」

 

 神殺しの魔王。

 それも疲弊し呪力も空っぽな無防備極まりないと来れば寝首を掻こうと、利用しようとする者は山程居るだろう。どこぞの先達のせいでろくなイメージが無いのだから。

 そんな諸々を気にせず、まつろわぬ毘沙門天に対し確実に仕留める攻撃が出来たのはエヴァンジェリンが居たからだ。

 皐月はおそらく、両親に次いでエヴァンジェリンの事を信用している。でなければ養子の話などしないだろう。

 

 「だからさ、あんがとな」

 「…………ふん、礼に観光巡りには付き合って貰うぞ!」

 

 顔を背けてのエヴァンジェリンの照れ隠しの声で、寝ていた二人が目覚め、皐月に抱き着いたのは言うまでもない。

 その後皐月の身を案じたこのかとアスナの泣き落としの様な説教は、詠春がやって来るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、皐月は本山広間に足を運んだ。

 

 「へぇ」

 

 そこには日本各地に存在する『正史編纂委員会』の重鎮達が集まっていた。

 

 ――――――正史編纂委員会。

 それは関東魔法協会が便宜上『関西呪術協会』と呼ぶ組織の本来の名前だ。

 

 麻帆良学園都市を中心とした関東魔法協会は、『関東』と名乗っていながら日本の半分を支配している訳では無い。

 彼らはその大半が『魔法世界』のメセンブリーナ連合出身の“魔法使い”。云わば余所者だ。

 関東魔法協会は正史編纂委員会とは違い、『民』と呼ばれる組織に属さないフリーランスの魔術師や呪術師に依頼を行う形を取っており、多少の影響力はあれど支配能力や権力は皆無である。

 

 にも拘らず彼らが『関東』などと名乗れるのは、本国首都(メガロメセンブリア)の力と『世界樹』を確保してしまったことに他ならない。

 そう、麻帆良学園都市の存在だ。

 

 かつて造物主が魔法世界とのゲートを作成したのが全ての発端なのだが、問題は明治初頭に麻帆良学園都市を創る事を神木の主が面白がって許可してしまったこと。

 勿論対価は数あれど、こうしてメガロメセンブリアは地球に足を伸ばしてしまった。

 

 そしてそこから更に多方に手を出そうとして――――痛すぎる痛手を負った。

 

 現地の『民』からの強烈な反抗。正史編纂委員会との戦闘。それに加え日本と外国との度重なる戦争で、秘匿の為活動を抑えなければならなくなり、止めのまつろわぬ神。

 尤も、まつろわぬ神を彼らは正しく認識出来てはいないだろう。元より精霊は信じても神を信じない人種だ。

 魔法世界誕生後、造物主とその娘アマテルのパートナー伝説。エヴァンジェリンの恐怖神話を除いて神話も宗教も存在しない世界の出身者に理解させるのは難しい。

 

 故にメガロメセンブリアはまつろわぬ神の正体も理解しないまま、関東魔法協会は現在の依頼制に辿り着いたのだ。

 

 ――――――にも拘らず、麻帆良学園は権力行使が可能だ。それは何故か?

 

 近衛近右衛門が関東魔法協会のトップを務めているからである。

 では何故、本来敵対勢力の長を担っているかというと、それもやはり世界樹とその主が原因になっているのだが―――それはまた後で話すとしよう。

 

 つまり何が言いたいかというと、今この場に、日本呪術業界のトップ達が勢揃いしているのだ。

 日本初の神殺しの魔王を見定める為に。

 唯でさえ若すぎる魔王。

 そんな存在が自分達の王に相応しいのか否か。

 あわよくば利用出来るのか否か。

 自分達に害を与える魔王か否か。

 

 「おやおや、こんな砂利(ジャリ)極まりないクソガキ相手に御足労頂きすいませんねぇ」

 

 ―――――お前の様な子供が居るか。

 そんな者達を目にして、ニヤニヤと笑みを浮かべながら口にする小学生を前に、重鎮達の思考は一致した。

 同時に、幼さから甘い汁を啜ろうとすることが出来ないとも知れたのが幸いだろう。

 この魔王は、人間に対して怒りを覚える事のできる神殺しなのだと。

 

 「すみません皐月くん。上に偏りますが、此れが正史編纂委員会の全ての者達です」

 

 その中で詠春が代表して口にする。

 

 「改めまして、正史編纂委員会の長を務めています、近衛詠春です。尤も、私は既に次の長への中継ぎですが」

 「いやいや、詠春さんはまだまだ現役だと思いますよ?」

 

 そんな自分を卑下する詠春に、皐月がフォローを入れる。

 本来近衛家の婿養子でしかない詠春が、お世辞にも政治能力が高いとは言えないにも拘らず何故長などの地位に座っているかというと、二つの理由が存在する。

 

 一つ目は、関東魔法協会のバックである本国への解りやすい牽制。

 魔法世界の英雄、紅き翼のサムライマスターが敵対組織のトップならば、麻帆良学園の上位組織のメガロメセンブリア元老院も迂闊な命令を出さないだろうという策である。

 その為長としての影響力は本来の地位の半分も無い。

 正史編纂委員会を実質纏め上げているのは、古来から近衛家の臣下であった四家と呼ばれる四つの名家である。

 では二つ目は何か?

 

 ――――――このかの存在である。

 

 近衛家正当血統にして神祖にすら匹敵する潜在呪力容量という、破格過ぎる媛巫女の素質を持つ彼女を様々な政治的問題から護るため、詠春は飾り物の長に甘んじているのだ。

 そうでなければ、このかには凄まじい年齢差の政略結婚や、最悪の場合魔力タンクの操り人形なんて結末が待っていただろう。

 かつてアスナが黄昏の姫御子として百年間縛られ続けていた様に。

 

 全ては娘を護るため。

 

 だからこそ詠春は長を務め、ただの神鳴流宗家の一人が権力を欲したのだ。

 だからこその麻帆良学園入学であり、義父である。

 情報を公開しなければ内側から狙われることがなく外敵からは学園結界と魔法先生、そして近右衛門の庇護、さらには『神木の主』すら利用した。

 

 反メガロメセンブリアの強硬派から起こるであろう非難以上に安全なのだ。

 恐らく中学か高校卒業。その間にこのかが恋人を作れば、政略結婚を阻止する切っ掛けにもなるかもしれない、という事もある。

 少なくとも、そう詠春や近右衛門、鶴子などは考えていた。

 

 ――――――流石に魔王を連れてくるとは思ってもみなかったが。

 

 お蔭で詠春は長を無理に続投する必要が無くなった。

 魔王の傘下という核保有国と非保有国以上の差によって飾り物の必要が無くなり、更に魔王の親友というどう足掻いても他の権力者から干渉不可能な地位をこのかがもぎ取ったからだ。

  

 「このかから良く貴方のお話も聞いてます。あちらで初めて友人が出来たと電話で喜んでいたのを、今でも良く覚えていますよ」

 「あん時は神ブッ殺すとはおもいませんでしたし、そもそもファンタジーとは無縁でしたけどねー。でも、だったらなしてこのかを麻帆良に?」

 「立場的な問題を無視すれば、下手をしなくても関西(ここ)より安全面では上ですから。それにまさか敵対勢力の長の娘が通ってるとは、流石に思わないでしょう」

 「なーる、木を隠すならジャングルと。まぁ、無駄に知識ある連中よかましでしょうからねぇ。西洋魔術――――いや、アレは精霊魔法と呼称した方がイイッスかね? そういう洗脳とか細かいの向かなさそうですし」

 「有るには有るそうですね。しかし学園内でそんなことを、あちらの長が赦すとも思えません」

 「よくこのかのトンカチで頭から血ィ流してますけどね」

 「は、ははははは………」

 

 本来仰ぐべき魔王に親しげに話す詠春に、周りの重鎮達がざわめく。

 友人の父親と話すその姿は、彼等に安堵と油断を招いた。

 

 「それでですね、俺らが来たのはお願いがあったんですよ」

 「お願いですか?」

 

 確かに早熟だが、悪意には疎いのではないか?  もしくは、権力に興味が無いのではないか?

 それならば近衛子女を使えば、容易く首輪を付けられるのではないか? ――――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――――今ちょっと権力が入り用でして、このかのことも含めて丁度良いし正史編纂委員会(ここ)、俺にくださいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幻想を、皐月から噴き出した莫大な呪力が押し潰した。

 

 『―――――――』

 

 事実上、組織を乗っ取るというその理不尽な発言に、しかし誰も言葉を発することが出来なかった。

 その呪力の生み出す、重力が数倍に成ったかと思うほどの圧力が、彼等の口を閉ざしていた。

 噴き出す嫌な汗に、固まる体。

 政治能力か血筋のみでこの場に居る者は意識すら封殺された。

 指先一つ動かさずとも、視線だけでこの場の大半を容易く皆殺しに出来る超越者。

 

 これが神殺し。これが羅刹王だ。

 人類の代表として鳴動する天変地異に挑み勝利をもぎ取る覇者だ。

 

 尤も、青山宗家代表として駆り出されている鶴子だけは、とても恍惚とした笑顔をしていたが。

 バトルジャンキー怖い。

 

 「……それは、我々を羅刹王の傘下に置く、ということですか?」

 「まぁくれっつっても、内容はこっちの願いを叶えて貰い、代わりにまつろわぬ神と外敵勢力を排除する、みたいな? ヴォバンのジイサンみたいなモンですよ。簡単でしょ? あぁ、麻帆良はちょいややこしいんで勘弁してくださいね?」

 『なッ―――――!!?』

 

 御待ちください―――――と、重鎮達はその呪力の奔流で口に出来なかった。

 魔王の傘下に収まる事自体は何も問題は無い。

 寧ろ暇潰しで関係者一般人関係なく塩の柱に変えたり、その姿と声を見ただけで目と耳を削ぎ落とすヴォバン侯爵と羅濠教主ら最古参の魔王に比べれば歓迎ものである。

 しかし、『麻帆良学園を狙わない』というのは聞き捨てならないのだ。

 

 正史編纂委員会だけではない。日本古来の術者達にとって、『魔法使い』は侵略者であり不倶戴天の怨敵なのだ。

 十数年前、魔法世界で起こったメセンブリーナ連合と亜人と呼ばれる魔法世界特有の種族で構成される帝国との戦争で、メセンブリーナ連合は日本の『民』の優秀な術者を問答無用で拉致、戦争の戦力として戦場に投下したのだ。

 現在拉致された者の関係者や親族で、メセンブリーナ連合への復讐を求めて正史編纂委員会に入った者も少なく無い。

 というよりも、反麻帆良強硬派の大半はこれに該当する。

 そんなメガロメセンブリア直下の下位組織の麻帆良学園は、まさに敵の尖兵とも呼べる。

 要は不満なのだ。

 麻帆良を攻めないのが。

 

 「気持ちも分からんでもねぇんですけどね? アソコ俺の生活基盤なんで、俺が暴れたら『2XXX年、麻帆良は核の炎に包まれた』とかリアルにあるんで、洒落にならんのですよ。先程の『お願い』も、被害削減の為ですし」

 

 そんな者達の内情を知ってか知らずか、皐月は理由を口する。

 バックに政治的な後ろ盾が何も無い状態で、後先考えずに権能を振るえばどうなるか。

 対毘沙門天戦では上手くいったものの、下手をすれば原作主人公である草薙護堂以上の災禍が生み出されかねないのだ。

 

 「構いませんよ。元々羅刹王に意見するなど本来命と等価でも難しいのです。それを我々の一感情だけで無理強いをするなど厚顔の極みですから」

 「あっそうッスか? 助かりますわ。……まぁメガロの上層部にはアスナ関連で嫌がらせも悪くないよなぁ。ウザかったらリアル焦熱地獄の刑にしてやろっかねぇ?」

 

 ブツブツと呟きながら、迫り来るであろう面倒事を思い出してか、呪力に負の感情が混じり、気温が跳ね上がって畳からチリチリという音が聞こえる。

 結局、その会合は詠春と皐月の『打ち合わせされた』会話だけで終わった。

 しかし確実に、正史編纂委員会に魔王という存在を確かに刻み付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「結局お前は何をしに行ったんだ?」

 「世間話したあと我が儘言っただけでしたねハイ」

 

 エヴァンジェリンに馬鹿を見るような目で視られた皐月は、高級旅館の客室の様な部屋で天ぷらをかじっていた。

 それはエヴァンジェリンやアスナ、途中参加したこのかも同様だった。

 

 「んまんま」

 「アスナさんや、いい加減キャラを固定して頂けませんかね?」

 「大丈夫、最終的に素直クールに落ち着くから」

 「絶対天然に堕ちると思うのおいちゃんだけかね?」

 

 どうしてこうなったッ。

 皐月は額に掌を当てながら、天井を仰ぎ見た。

 

 「結局、貴様は政治的駆け引きも正史編纂委員会の内情も殆んど無視して支配した訳だ」

 「支配ってほどじゃねぇよ。つか脅迫? まぁぶっちゃけ魔王ってそんなモンじゃねぇの?」

 

 寧ろ素人で内情殆んど知らない奴にNAISEIとか求めんな、と皐月は切実に述べたかった。元々融通が効く程度の権力が欲しかったのだが、折角なので無茶振りをしたら通ってしまったのだからどうしようもない。

 皐月は、自分をこのか達を守る広告としてしか見ていなかったのだが。

 

 「そういえば皐月、お前はロキの四つの権能の内三つを掌握してると言っていたが、何故毘沙門天相手に二つしか使わなかった?」

 「『じしん』と『るーん』やったっけ?」

 

 海苔の天ぷらをモシャモシャしているエヴァンジェリンの問いに、このかが追従する。

 確かに一つの権能で、例えば『地震』だけでも最低3つの攻撃方法を取った皐月の多彩さに目を向けられたが、そんな中明確に使用しないほど余裕のある戦いだとはエヴァンジェリンは思えなかった。

 

 「いや、三つ目は使わなかったんじゃなくて使い物にならなかったんだよ」

 「使い物にならない?」

 「そういう制約でな―――ほら、お出で」

 「?」

 

 皐月が視線を下に落とし、その行動に一同が疑問符を上げるも、直ぐ様驚愕に染まる。

 

 「わふっ」

 

 皐月の影から、美しい銀毛を持つ小さな子狼が出てきたのだ。

 

 「なっ!?」

 「ひゃーっ、かわええなぁ」

 「……もふもふ」

 「紹介する。俺の癒しである破壊の杖(ヴァナルガンド)こと『フェンリル』だ」

 

 フェンリル。

 『地を揺らすもの』の意味を指す、ロキが生んだ三体の怪物の一体にして長子。

 神々に災いをもたらすと予言されたが故に神々に拘束され、神々の黄昏(ラグナロク)では最高神オーディンと対峙して呑み込むとされている、北欧神話の魔獣で最も有名な狼である。

 最終戦争で真っ先に最高神が死ぬという事態を生み出す張本人である。

 

 「三つ目の権能は『神獣フェンリル』。制約は『育て上げる』だ」

 

 このフェンリルの潜在能力(ポテンシャル)は神獣として極めて破格であり、相性が良ければまつろわぬ神を単身で屠れる程の能力を秘めていた。

 しかし複数の権能故かそれに相応の制約が存在した。

 呼び出せた神獣(フェンリル)は、戦場に出すには幼すぎたのだ。

 

 「使い物にならんというのは……」

 「能力的にも心情的にも、まつろわぬ神の前に出せるわけないだろうが。世界中のケモナーに殺されるわ」

 

 というより、今にもフェンリルを撫でたがってる動物好きのこのかが泣くだろう。おそらく可愛いもの好きのエヴァンジェリンも。

 幼いフェンリルはそんな様子のこのかを見やり、主である皐月を見上げる。

 

 「ん」

 「わふ」

 

 皐月の意を悟ったのか、このかの膝の上に座った。

 その様子に、このかは満面の笑みを浮かべる。

 

 「わっ、かしこい子やなぁ」

 「どのくらい知能が有るんだ?」

 「天才」

 「親馬鹿か」

 

 正史編纂委員会の重鎮達が頭を悩ませている中、当の本人達は腹を脹らませ癒し成分を取っていたのだった。

 

 正史編纂委員会は取り敢えず味方に引き摺り込んだ。

 しかしそうすると黙っていない連中も存在する。

 

 「――――『老人共』に絡まれる前に、さっさと麻帆良に帰りましょうかね」

 「? 何の話?」

 「ミイラに十二単の美人さんと、姉の部屋で糞やらかすマザコンの話だよー。アスナー」

 

 

 

 




えいしゅん「――――――――――一体何時から、わたしが禿げると錯覚していた――――?」
重鎮「なん……だと……?」



 というわけで、今回は関西呪術協会改め、正史編纂委員会と詠春の立場的なものの説明回でした。

ちなみに『古老』の登場は相当先になります。そこを期待した方には残念ながらお預けです。

そして登場した三つ目のロキの権能(化身?)、神獣フェンリルです。
破格過ぎる神獣なんで、子育てというそれなりにキツイ制約をと考えたんですけど、皆さんが思った通り「時間を掛ければ制約が無くなります」。
狂言回しのトリックスターの権能なんで良いかな?と。
実際にこの子が活躍するのは当分先になりますね。



修正点は随時修正しています。
感想待ってます!(*´∀`)



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閑話 古今東西酔っぱらいは無敵(上司に飲まされるのを除く)

ここ一週間は本当に疲れた……。

諸事情で執筆が出来ずにいたのですが、山場の一つが終わったので更新。
今回は閑話ということでかなり短めです。


 人間と化物の違いとは何ぞや。

 

 極めて中二臭い命題だが、敢えて問うてみよう。

 人間が人間足り得るものとは?

 類人猿だから? ホモサピエンスだから?

 いやいやいや、そんな簡単に答えを出しては、全世界の中二主人公、又は中二はブチキレるだろう。

 

 では人間足らしめる要素とは?

 

 偉大なる、世界一格好良いデブはこう言いました。

 

 『――――人間が人間足らしめている物は唯一つ、己の“意思”だ』

 

 カッコイイね。流石デブ。

 

 し・か・し・だ。

 

 世の中そんな意思を持ってても化物だなんだと言われている人は居るわな。

 

 例えばドクター吐瀉物が造った人造人間緑川16号。

 彼は人造人間の中で誰よりも優しく、人間味溢れた完全機械型人造人間だ。

 他の17、18号と違い、人間としての要素が皆無の、完全なロボットだ。

 ロボットと言えば、語りきれない程の『人間』に憧れ、成ろうとしたロボットは数多に存在する。

 初代ロボットキャラクターのアトムなんて正にソレだ。

 

 さて、では人間とは思えない程の“力”を持つ人間が化物や否や。

 これは正直判断しづらい。

 五世紀前なら異端確定。

 十字教なら悪魔やら魔女、日本なら妖怪やら鬼?

 現代なら超能力者やらなにやらで持て囃され、若しくはありがち研究所へゴー。

 明白(あからさま)な迫害は無くとも、よりシビアな現実がスタンバっている。

 もしソレが原因で新興宗教なんて話になったらワロエナイ。

 

 さて、人間の定義について語ったが、次は化物の定義について話してみよう。

 18世紀のフランスのとある博物学者さんが、『怪物の定義』を述べたことがある。

 

 一つ、過剰によるモノ。

 一つ、欠如によるモノ。

 一つ、部分の転倒、又は誤った配置によるモノ。

 

 だそうで。

 

 例えば日本の妖怪。

 身体中に眼が付いていれば『百目(サウザンドアイズサクリファイス)』という妖怪にされ、しかし反対に一つしかないと『一つ目小僧』になってしまう。

 更に、碇ゲンドウの様に掌に目玉が付いてしまえば、『手の目』なんて妖怪にもなる。

 

 これはギリシャ神話の怪物にもかなり当てはまる。

 海神ポセイドンの息子のキュクロープス、世に言うサイクロプスの原型も単眼の巨人であり、インド神話の破壊神シヴァの嫁の、ステップダンスで世界を滅ぼしかけた最終形態も阿修羅の様に三面六手である。

 キマイラや雷獣鵺なんて目も当てられないカオスな惨状だ。

 

 以上から考えられる化物の定義とは、人間と比例し何らかのモノが逸脱していた存在が化物と言われがちと考えよう。

 

 

 

 

 

 「で、そこんとこどうよ? 世間的に化物筆頭のエヴァ姉」

 「お前が最初中二中二言うから答えにくいだろうが!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話 古今東西酔っぱらいは無敵(上司に飲まされるのを除く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――桜咲刹那、彼女は化物であると自認している。

 

 信仰や畏れによって生まれた妖怪の住まう、別位相に存在する異界から召喚される妖魔達の中、鴉天狗を起源とした妖怪の末裔――――通称『烏族』と結ばれた人間との間に生まれた半妖が刹那である。

 

 本来ソレだけでも疎まれるというのに、彼女は烏族の中でも禁忌とされる白い翼を持つ忌み子であった。

 

 知性と社会性を持つ生き物は、自身や周囲と違うものを妬み、疎み、嫌悪するモノである。

 白い髪に真紅の瞳。そんな容姿を持つ彼女を排斥する心理は、白人が黒人を排斥しようとするソレと同じであった。

 

 だからこそ彼女の両親は殺され、彼女自身も殺されかけた。

 

 彼女が退魔覆滅にして、人間に対して『不殺』を信念としている青山鶴子に助けられたのは、紛れもない奇跡だろう。

 そして鶴子を通じ、刹那は光を見付けた。

 

 自分が助けられた組織の総帥の娘。

 それは本来自分の様な者と比べ物にならないほどの立場の違いがある。

 あるというのに、『彼女』は太陽の様な笑みで刹那を友と呼んでくれた。

 

 そこから数年間は幸せだった。

 神鳴流の稽古を交えながら、ただの少女の様に遊んでいる時間は自身の異端性を忘れられる程のモノだった。

 

 しかしそんな太陽の様な笑みは、苦痛に歪んだ。

 川に溺れた『彼女』を前に、刹那は大人達が来るまで何もすることが出来なかった。

 

 刹那は無力な自分を呪った。

 何より烏族の力を使えば助けれたにも拘わらず、『彼女』にその姿を見られるのを恐怖して使うことが出来なかった。

 何と醜いことか。何と浅ましいことか。

 

 刹那はそれから『彼女』と遊ぶことをやめた。

 烏族の力を使うのが恐怖ならば、使わずとも良いように強くなれば良い。

 

 来る日も来る日も鍛練に明け暮れた。

 慕う彼女がやって来ても、身を捩る様な苦痛に襲われながら彼女を避け続けた。

 そもそも自分の様な者が『彼女』の側にいる資格など無い。そう刹那は思っていたからだ。

 

 そしてみるみる内に、刹那の腕は上達していき、それに伴い他の門下生から妬まれる様になった。

 

 混血の忌み子の分際で。化物。どうして化物が神鳴流を。そもそも何故――――

 

 その程度の陰口、かつて受けた迫害に比べれば微風に等しい。

 中には直接的な行動を起こした者も居たが、そのような輩は家柄しか取り柄がなく、箔を付けるためだけに道場に通ってる名家の御曹司程度でしかなかった。

 そんな輩に負けるほど刹那は鍛練を怠ってはいない。

 

 周囲の事などどうでもよかった。

 刹那はただ、自分を救ってくれた方々に恩を返せれば良かった。

 

 しかし刹那は知らなかった。

 『彼女』――――近衛このかにはもう一人親友が存在し、その親友の少年の辞書の『自重』という文字が、最近パンドラという編集者によって削除されたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 『こちらスネェークゥ、捕縛対象コード「せったん」を視認。これより作戦行動に入る。オーヴァー?』

 『おーばーっ!』

 『おーばー』

 

 

 

 

 

 

 ――――近衛このかは不満だった。

 親友の刹那に避けられ、満足な話も出来ない。

 新しく出来た友達と一緒に遊びたい。もっと話がしたいというのに。

 

 このかは不安だった。

 嫌われたのだろうか、何か自分が悪いことをしたのだろうか。

 

 一人で考えても一向に答えは出ず、刹那自身に聞きに行こうにも、道場に正面から行けば門下生、それも箔付けしか興味の無いお坊ちゃんが寄ってき、刹那の場所を聞けば返ってきたのは刹那への罵倒。

 ソレ以来このかは正面から道場へ行かなくなり、鶴子のツテで裏口から入り、漸く会えても緊張で何を話せばいいかわからなくなってしまう。

 

 そしてそんなこのかがその事を、同世代に於いて刹那と同等に信頼しているもう一人の親友―――皐月に相談するのは、当然の帰結だった。

 そして返ってきた返答は、

 

 「―――――――取り敢えず、酒飲んでテンション上げちまえよ」

 

 一応述べておこう。

 小学生が飲んでも問題の無い程度の甘酒しか、飲まなかったと。

 

 準備は万端。仕込みも十二分。

 神鳴流道場の前に、彼らは訪れた。

 

 「―――――小細工など要らん。テンション上げ上げで正面突破だ。殺れ」

 

 その一言に、二人の子獣と一匹のオッサンは解き放たれた。

 

 瞬間、神鳴流道場の扉が蹴破られる様に開いた。

 現れるのは凄まじい酒の臭いを撒き散らしている、三人の子供。

 道場内の空気が停止したのは言うまでもない。

 内二人は確実に正気を失っている。

 

 そして、頭に小さな子どもの銀狼を乗せて一人ゲス顔を晒している、唯一まるで酔った様子の無い少年を見て、門下生の思考は一致した。

 

 ――――どんだけしこたま飲ましたのコイツ。

 

 「せったんはおるかぁッ!!?」

 「おるかー!」

 「おるかー!」

 「わふっ!」

 

 その問いに、刹那に対しソレほど悪感情を持っていない善良な門下生が、道場の更に奥の庭の隅で剣を持って呆然としている刹那に目を向けた。

 

 「えっ、あぅ…………」

 

 普段悪意以外の視線を受け慣れていない刹那が、一斉に向けられた無色の視線に戸惑い、思わず後ずさった。

 しかしそれが悪かった。

 獣達の飼い主のバカは、それを逃亡と取ったのだ。

 

 「―――せったん捕縛開始ィ!!」

 「やー!」

 「やー!!」

 「わふっ!!」

 「ぴぃやあああああああああ!?」

 「「だはははははははははは!!」」

 

 前方からトタトタと走ってくるこのかと、片や無表情の顔に酒特有の赤みが浮かぶツインテールが、究極技法(咸卦法)を使用して跳んでくる。

 

 刹那も遂に礼も外聞も捨てて逃げようとするも、権能を用いて雷と化したバカに神速で回り込まれた。

 心眼持ちでないのなら、まつろわぬ神すら対応不可能な速度で。

 オーバーキル極まりない。

 刹那は即座に囲まれた。

 

 その際発せられた莫大過ぎる呪力に震える門下生達も、その後の連中の行動によってドン引きに変わる。

 

 「「「せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん! せったん!」」」

 

 かごめかごめ。

 刹那を取り囲む様に、彼女の周囲を回り続ける酔っぱらい共。

 イジメの構図である。

 

 「おっ、お嬢様ッ!? な、何をッ―――――」

 「もう! せやからぶるぅぶるぶぁぶいぅやいうてるやろ!?」

 「このちゃんんんんんん―――――――!!??」

 「カカカカカカッ」

 「げらげらげらげらげら」

 

 ダメだ。奴等は言葉が通じない。

 十分以上ソレが続き、刹那は極度のストレスから意識を失った。

 

 「捕縛完了! このまま詠春さんトコまで護送する!! 続けシャーオラー!」

 「しゃーおらー!」

 「しゃーおらー!!」

 「わふっ!」

 

 哀れ。

 嫉妬し陰口も叩いたこともある。しかし門下生達は、こう思わざる得なかった。

 

 ―――――次に会ったら、優しくしてやろう。

 

 こうして刹那は少年達に甘酒を飲まされ、しかし数年ぶりに親友と、そして新しく友人となった少年達と遊ぶことが出来た。

 蟠りなど、一晩で無くなっていた。

 

 

 

 

 

 




ということでせっちゃん和解回でした。
長々とわだかまりを無くすなんてやりませんw
最初はかませでも出そうかな? と考えましたが、雑魚相手に俺tueeeしてもむなしいだけでしたので没にしました。

そして魔族や妖怪の設定を開示。
彼らは神と人の子ども達が迫害され、そして一つに集まり幻想郷ヨロシク的に異界へ引きこもった者達の末裔ということにした見ました。
召喚されても本体が異界に存在するので、一部の魔法や魔術、神や魔王を除いて召喚された彼らを殺すことは出来ません。
刹那は烏族達の居る異界から逃げてきた感じです。


さて、今後のですが詳しくはこのあと書く活動報告で。
アンケートとかあるので、覗いていただけると有難いです。

修正点は随時修正しています。
感想待ってます!(*´∀`)





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第十話 物語は歪に、しかし着実に。

 ―――――レーベンスシュルト城。

 其処は、闇の福音たるエヴァンジェリンの所有する修行用別荘の内の一つであり、大瀑布と広大な熱帯雨林の中に聳え立つ巨大な石城。

 全長約1100メートル、高さ約600メートルと、数ある別荘の中でも最も巨大な建造物である。

 

 そんなレーベンスシュルト城で、激しい剣戟が鳴り響く。

 

 膝をついて息を乱しているのは幼い少女二人。

 一人は慕う少年がポニーテール萌えだったのを最近知り、以前のツインテールからポニーテールに変えたオレンジ色の髪の少女、神楽坂アスナ。

 その両手には、その形状は「デフォでラストダンジョン仕様!?」ととある少年を驚かせた、彼女のアーティファクトたる大剣『ハマノツルギ』が握られている。

 尤も、柄の先には火星をモチーフにした装飾がされているなど、様々な相違が存在するが。

 

 もう一人は片手に野太刀を持ち、一対の白翼を背負うサイドポニーの黒髪の少女、桜咲刹那。

 

 咸卦法を使用したアスナの足を引っ張らない様に、烏族としての力を最大限発揮し膂力を向上している。

 何故こうも開けっ広げに彼女最大のコンプレックスを晒しているかというと、既に京都で酔っぱらい共に暴露され、更には「コンプレックスって、他人にしてみればどうでもいいんだよね」とトドメを刺されてしまったりしているのが原因だ。

 この出来事が原因で、刹那にとって皐月はこのかとは別の意味でも絶対者に君臨してしまった。

 

 そんな未熟ではあるものの才能溢れる二人が膝をつく程の相手は、麻帆良学園でエヴァンジェリンの別荘に入れるとすればかなり限られてくる。

 

 紅き翼(タカミチ)か? 闇の福音(エヴァンジェリン)か? それとも魔王(皐月)か?

 

 

 

 

 

 

 「――――――何時までも立ち上がらないのは、そのまま潰されるのを所望していると判断します」

 

 

 

 

 

 

 しかしソレはそのどれでもなく。

 雪の様な白の長髪を靡かせ侍女(メイド)服を身に纏う、エヴァンジェリンから『茶々丸』の名を冠した、神々をも魅了する美貌を持った美女だった。

 

 「――――――神鳴流奥義! 斬鉄閃!!」

 「難儀ですね、一々言霊による自己暗示が必要など。小技で誘導もしないのであれば、折角の奥義も全てがテレフォンパンチのソレに成り下がりますが?」

 

 鉄すら容易に切断する、飛来する螺旋状の斬撃を放たれる前から最小限の動きで躱す。

 そんな茶々丸を上から粉砕するように、アスナが跳びながら大剣を叩き込んだ。

 

 「空中での移動手段を持たないのにも拘わらず、不用意に跳ぶのは下策かと思われますが」

 「ッ!」

 

 茶々丸が掌を翳した瞬間、跳躍中のアスナが異常な軌道で地面に叩き付けられた。

 

 「なっ、んでッ……!?」

 「貴女はその強力な禍払い(マジックキャンセラー)がある所為か、物理攻撃以外を警戒しない癖が有るようですね」

 「……重、力!?」

 「半分正解です。(マスター)から頂いた記録では、上位互換の様に描写されておりましたが」

 「背中が――――ッ!!?」

 「ガラ空きとでも?」

 

 背後から迫った刹那を見ずに、刹那の頭部を脹ら脛で挟むようにして地面に叩きつける。

 

 「――――浮雲・桜散華」

 「かハッ……!?」

 「背後からの奇襲で声をあげてどうするのです」

 「セツナ……! ッ、いい加減鬱陶しい!!」

 

 押し潰してくる何かを、禍払いの力を全開にして緩和する。どうやら一応は異能の類いのようだ。  

 刹那も体勢を建て直し、アスナと同時に茶々丸へと突撃する。

 

 「――――『無極而太極斬(トメー・アルケース・カイ・アナルキアース)』!!」

 「――――神鳴流奥義! 雷鳴剣!!」

 

 放たれるのは、現在彼女達が持ちうる最高の一撃。

 茶々丸は、ソレを圧倒的戦力差で叩き潰す。

 右手が流動体の様なモノに包まれ、剣が造り出される。

 彼女の身体全てが武器へと変えられるのだ。

 

 

 

 

 

 「神鳴流奥義―――――――滅殺斬空斬魔閃、百花繚乱」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十話 物語は歪に、しかし着実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アレは何だ、皐月」

 「自動人形ですが何か?」

 「治すでー」

 

 せったんとアスナの稽古を、俺と肉体を操作して16歳程になったエヴァはその様子を優雅に観戦していた。

 曰く、残った再生能力を応用したものらしい。

 アーカードの旦那か? 吸血鬼繋がりか? アレは性別も変わってたけど。

 そしてフッ飛んだ二人を治療すべくこのかが突入する。

 珈琲うまー。

 

 「しかし、神の権能とは本当に何でもありだな。まさかあんなものまで造れるとは」

 「神話って、大昔に書かれた中二ノートみたいなモンだからなぁ」

 

 取り敢えず、あの『茶々丸』の解説でもしましょうか。

 

 あれは毘沙門天(ヴィシュヴァカルマン)から簒奪した権能、エヴァ命名『万能の工匠者(オムニポテント・アーティザン)』。

 権能は単純明快、ヴィシュヴァカルマンが造ったとされる宝物機械を造る力と、ソレを納めるクベーラの宝殿を得た。

 尤も、クベーラの宝殿の中身は薬剤やら霊薬などばかりで、武器の類いは皆無だったし、工匠能力にも軽い制約がある。

 

 ヴィシュヴァカルマンは太陽神の光を削り取って神々の武器を作り出したとされる。

 つまり工匠能力を使用するためには光が無いといけないのだ。

 まぁ、光源ぐらいアグニの炎で幾らでも作れるのだが。

 

 そして、ヴィシュヴァカルマンの作品の中に、ブラフマーから命じられて造ったティロッタマーという天女(アプサラス)がいる。

 インド神話最高の美女である彼女の美しさは本当に凄まじく、愛妻家で有名なシヴァ神すらティロッタマーを見たいという誘惑に勝てず、彼女がシヴァ神の周りを回ったときに4つの顔が生じて彼女の動きを追ったという。

 同様にインドラ神は体中に千の目ができたとされる。

 どんだけ見たいんだ神々。

 

 「まぁ、納得だがなぁ」

 「人体美の究極形というヤツか。それで何だ、あの戦闘力は」

 「鶴子さんに持ち掛けたんだよ。『自分と戦いたくはないか?』ってよ」

 「……」

 「鶴子さんの戦闘技術と経験、後は女中の中でも指折りの人の女子力をスキャンしてブッ込んだ結果、神鳴流だけなら鶴子さん16パーセント落ちで再現に成功したぜぃ」

 

 だからこそ、修行途中の刹那は麻帆良に来れた。

 彼女は現在で神鳴流の秘伝弐の太刀はおろか、奥義すら数えるほどしか体得していない。

 それでも麻帆良に来れたのは、此処で神鳴流の奥義を茶々丸が教えることができるからだ。

 

 「技能をすきゃんとか、一体どうやったんだ」

 「ノリノリで鶴子さんが呪術でやってくれたぞ? 魔法にもそういう技術や能力を転写するのあるだろ」

 

 まさにエヴァこそが、闇の魔法の会得のためのスクロールに分身を宿したことがあるのだ。理解は早いだろう。

 そして完成したのが、カワカミン式自動人形『茶々丸』だった。

 

 「神楽坂アスナを沈めたのは何だ?」

 「アレは茶々丸の核の魂が既に持っていた異能を、天女の器で増幅したんだよ。アスナの禍払いを全開にしないと無効化できないレベルになったのは驚いたけど」

 

 元々カワカミン自動人形の再現のため、重力制御を搭載する予定だったから、本当に思わぬ見っけものだった。

 

 「核となる魂は何処から手に入れた?」

 「秘密」

 

 まぁ、鶴子さんの影響で性格も変わってるかもだが。

 天女が神獣に属してるのなら、念力じゃなくて『神通力』が正しいし。

 

 「50年以上幽霊やってたから霊格やらエライ事になってて、下手したらまつろわぬ神の依代になってたかもな」

 

 このかと入れ替わるように此方へやって来た茶々丸は、人形とは思えないほど自然な笑顔を魅せた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 麻帆良学園の学園長室で、近衛近右衛門は大きな溜め息を吐いた。

 眉に隠れた眼を開き、机にある関西呪術協会(正史編纂委員会)から送られた資料を見る。

 

 それは、『水原』から一文字抜いた『瑞葉』の姓に変更された一人の少年と、同じ姓を持ち名を『雪姫』と変えた吸血鬼の少女だった者の戸籍だった。

 そして何よりそこには、少年を神殺しの魔王と示す『羅刹王』の一文が加えられていた。

 

 「ムゥ……」

 

 頭を抱えた。

 そこには孫娘を政争から巻き込まれずに済むことへの安堵か、それとも少年の存在故に起こることを思い浮かべての恐怖か。

 世界樹の聖母はまつろわぬ神ではない為、少年の気質によっては問題は無いだろう。

 問題は本国の上層が何かの切欠でカンピオーネの存在を知り、何も理解しないまま少年の周囲へ悪意を向ければ―――――

 

 「物理的に旧世界(地球)から本国の影響が消されるでしょうね」

 「アルか……」 

 

 いつの間にか学園長室にローブ姿の青年が現れた。

 紅き翼の参謀にして、魔導書を本体とした自我を持つ、謂わば付喪神である。

 尤も、神話や伝説が力の源のまつろわぬ神や真なる神と違い、精々神獣程度の力しか持たないが。

 

 「私見ですが、彼は友人想いと感じました。本国は光に集まってくる蠅のように感じるかもしれませんね。彼が神殺しを為す前に、怪しい格好の私に対してもお孫さんの三メートル以内に近付かせて貰えませんでしたし」

 「自覚はしとったのかお主……」

 

 近右衛門は、未だ見ぬ魔王に感謝し、信頼度が跳ね上がった。

 何せこのローブ、 近右衛門の知る限り最高位の変態性を有している。しかもロリコンは確実と来ているのだ。

 愛する孫娘を、神殺しを為す前にこの変態から護り抜いたことは、近右衛門にこれ以上ない程の好印象を抱かせた。

 

 ちなみにこの話を近衛詠春に話した結果、父親として娘を託すのを決意する程のモノだったらしい。

 

 「しかし、前途多難じゃな。まぁ、エヴァの呪いが解けたのは喜ばしいことなのじゃが」

 

 こんな老いぼれに、世界は何処まで試練を与えるのか。

 何かの心境の変化か、はたまた魔王(弟子)の存在故か、エヴァンジェリンは呪いが解けたにも拘わらず未だに麻帆良に居続けている。

 学園の裏の警備はやるかは聞いていないし、中等部も止めてしまったが、それでも友人の一人が行方知れずにならずに安堵した。

 

 が、そこでアルビレオが少し落ち込んでるのに気が付いた。

 

 (――――なん、じゃとッ…………!!!?)

 

 近右衛門が初めてこの男が落ち込むのを見たと言ってもいいほど、普段のアルビレオを知る者からすればその様子は有り得ないと言っても良いほどだろう。

 

 「ど、どうしたんじゃ、一体」

 「……京都から戻ったエヴァンジェリンが、皐月君から聞いたのか私の(もと)へやって来たのです」

 「……………………………………………………」

 

 つまり、アレか。

 大人に成長したエヴァンジェリンを見て、落ち込んでるのかこのロリコンは。 

 近右衛門がドン引いているのにも気付かずに、話を進める変態。

 

 「どうやら吸血鬼性の名残なのか、肉体年齢を自在に操作することが出来るようになったそうなので、私と会うときはかつての姿になって欲しいですね。全く、恨みますよタカミチ君」

 「ワシ、一応教育者なんでそういう発言は控えてもらえんかの?」

 

 近右衛門は変態に向けて、もう一度深い深い溜め息を吐いた。

 そして別の書類を手に取る。

 それは、とある友人の子供()の事についてのモノ。

 それは今年で三歳になる村を滅ぼされた、偉大な魔法使い(スプリングフィールド)の遺した希望。

 

 「いや、イカンな全く。希望などと、本当に押し付けがましい事じゃ。大人として恥ずかしいの」

 「……首謀者は?」

 「元老院の一部の暴走じゃろうな。ウェスペリタティアの血統が原因、か。自分達の罪を暴かれるのがそれほど恐いのか?」

 「さて、私には理解しかねます」

 

 本来の物語も、確実に進んでいる。しかしその形は確実に歪んで。

 尤も、神殺しの少年がその書類を見たら間違いなく、こう語るだろう。

 

 

 『まぁ、コレも鉄板だよなぁ』

 

 

 

 ―――――英雄の遺児は、双子(兄妹)

 




と言うことで地雷要素ブッ込んだ伏線を張った中継ぎ回でした。
ネギの双子については本当に地雷要素ですが、彼女はネギの対抗馬としての役割を持って貰う、今作品のアンチ役です。転生者ではありませんので悪しからず。
この作品はネギま!二次でやりたいことを盛り込んでますので、地雷要素はご容赦ください。つかあらすじに書いてあるし。



~権能説明ぃ~

権能:毘沙門天(ヴィシュヴァカルマン)
万能の工匠者(オムニポテント・アーティザン)』。
 要は仏教圏の霊薬や薬剤の入った四次元ポケットと、あらゆる機械や兵器を自在に造り出す権能。
 取り出すなら兎も角、造り出す場合は流石に制約を付けました。内容は呪力影響下に光源がない場合使用不可。
 アグニの権能でほぼ制約無しの権能に聞こえるけど、そのお陰で後のとあるまつろわぬ神との戦いで凄まじい危機に陥ったり。 
 ちなみにそのまつろわぬ神は、難易度はラスボス以上に設定してまする。早く書きてーなー。


~茶々丸~
 正史から五年近く早く誕生。しかしその中身は完全なる別物。
 元ネタはインド神話のヴィシュヴァカルマンがブラフマーに命じられて世界中の宝物の美しい部分をかき集め造った、三界を征服したアスラの兄弟を色仕掛けで自滅させた天女ティロッタマー。
 その美しさは妻一筋のシヴァを誘惑に屈しさせて四面にし、同様に誘惑されたインドラの眼を千個にした程。
 ソコから『境界線上のホライゾン』の自動人形仕様にし、とある地縛霊の魂を核とした皐月の神獣の様な存在。
 戦闘力は神通力を操り、筋一筋、血液一滴、神経回路の一本に至るまで自在に液体化を経て武器化可能な、神鳴流歴代最強16パーセント落ちというチート。
 外見は20代の茶々丸を白髪にしたイメージ。ただし頭部の耳部分の機械を除き見た目と感触は人間のソレ。
 コレは、核となった幽霊への配慮だったり。

~アルビレオは付喪神~
 原作設定で、本体が600歳のエヴァンジェリン以上の歴史を持つ古本と言うことで、今作ではそんな設定にしました。 

次回は次のまつろわぬ神戦への導入に行きたいですね。
アンケート結果は活動報告を載せておくのでそちらを確認してください。
修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)




 


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第十一話 ミステリー物の主人公は端から見れば死神

二か月近くぶりの更新。

母親の手術が成功し一段落ついたかと思いきや、母の居なくなった状態の父親の介護が忙しいのなんのって感じで、母のありがたみが解りながらちょくちょく書いてたのが出来たので投稿。



結構前に調べたヤツだけど、某少年探偵は一年間に約800人以上の死体と遭遇していたのが判明。
一日に最低二回以上殺しに遭遇する探偵ェ……


 善悪の基準は、常識という大多数の意見で如何様にも変化する。

 

 時代や国、人種や外見、果てや宗教に思想まで千差万別。

 それは人の社会性の発達の弊害と言えよう。

 故に一人がどれだけ善性を説いても、仮に本来の常識を説いたとしても、一つの社会の常識が歪められていれば、その正さや善性は悪性と見なされる。

 

 差別や迫害を防ぐ為の宗教が、政治を混ぜただけで差別を率先に行う狂宗へと堕ちるのと同じ様に、様々な神はその宗教によって悪魔に落とされた。

 

 そして歪みは弊害を生む。

 

 ────『魔法使いの街』という裏側の世界を保つために表側の世界を歪めて生まれた弊害を受け、正しさを説いたが故に異端とされ、周囲から孤立した少女が、麻帆良学園に一人。

 

 長谷川千雨。

 

 麻帆良の様々な異常を隠すための認識阻害を、生まれ持った魔法抵抗力により受けなかった少女だ。

 彼女の魔法抵抗力──禍払いの力は、余りに中途半端だった。

 攻性の魔術や呪術、魔法を掻き消せるほど強力な訳ではない。

 

 しかし人払いや認識阻害などの、一般人に対する類いは全て弾いていた。

 その絶妙さは、それを知る者なら悪意すら感じる程の絶妙さだった。

 

 そして異常な現状に彼女は当然の様に疑問を口にし、そして常識を歪められた大多数は彼女の言葉に耳を貸さなかった。

 幼い子供は彼女を苛め、まるで彼女自身が異常と見なされる日常(異常)

 彼女は徐々に追い込まれていった。

 

 

 『テンプレ過ぎるわぁ……。もうちょい展開変えてみんしゃいて』

 

 

 その数ヵ月後に、世界で両手で数えられるレベルの異常で異端になる少年に、そんな言葉を漏らされながら救われたのだが────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一話 ミステリー物の主人公は端から見れば死神

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっほー、ちうたん。お土産の八ツ橋だぞーい」

 「ちょっと待てぇッ!!?」

 

 黒髪に整った顔立ちに年不相応な目付きの悪さの、一ヶ月間ほど北欧で行方不明になっていた少年に、同様に『友達なら渾名の一つはあたぼう。このかのコミュ力を見習おうと思います』と、知るものなら明らかに狙ってる名で呼ばれた千雨は待ったを掛けた。

 

 「何ーよ?」

 「おまっ、北欧で行方不明になったんじゃねぇのかよ!? 何ヒョロっと現れてんだ! そして北欧から帰ってなんで八ツ橋だ!!?」

 「あぁ、ゴールデンウィーク前に帰ってきてね。そのまま諸事情で京都に行ってたんよ」

 「なんで帰ったって教えねぇんだ!? しッ、心配しただろうが!」

 「なんと、天然物のツンデレたる千雨が素直とは珍しい」

 「うっせぇボケェ!!」

 

 目の前のアホみたいな反応をする少年の顔を殴りたくなる衝動に襲われるも、しかしへたり込みたくなる程の安堵に止められる。

 

 一ヶ月前、春休みで北欧に赴いた皐月が行方不明になったと知り目の前が真っ暗になったのは、アスナやこのかだけではない。

 寧ろ千雨は二人より重症で、引きこもりもした。

 

 千雨にとって皐月は唯一の理解者であり、麻帆良学園における唯一の安らぎでもあった。

 いくら千雨が早熟とはいえ、依存しない訳がなかった。

 

 「チクショウ、良かった。ホント良かったッ……!」

 「お、おぅ」

 

 皐月の弱点その一。周囲にとっての自身の価値を低く見てしまう事である。

 

 当然なのだが、良くも悪くも皐月は精神年齢が高い。

 故に子供では出来ず、大人の精神性故に出来ることをやってのけてしまう。

 苛められている少女(千雨)が居れば助けるのは大人として当然と考え、助けることに特別性を感じないのだ。

 

 助けた本人が、その行為に相手が何れ程救われ、自分を特別視しているのか気づけない。

 皐月本人も難聴型鈍感系主人公のように、決して鈍感ではないのがまた質が悪かった。

 

 少なくともいじめッ子に苛められている時、皐月に助けられた千雨は彼が紛れもなくヒーローに見えていたのだ。

 そんなヒーローが居なくなった時、再び孤独に墜ちた時の彼女の心境は絶望の一言であった。

 理不尽な世界を憎悪すらした。

 

 そんな中、ヒョロっと帰ってきた少年に怒りも湧くし自分だけ空回りしてる事に自己嫌悪も沸いてくるものの、目の前に皐月(ヒーロー)が居ることが何より安心できた。

 

 「あー、大丈夫。俺は此処に居るからなー千雨ー」

 「何があったか全部話してもらうからな! 絶対だぞ!!」

 「えー、マジで?」

 「なんか文句あるかァ!」

 

 涙目で胸ぐらを掴む千雨に、飄々とケラケラ笑う皐月。

 

 (うーむ、まぁまだネタバレは早いよなぁ)

 

 流石に皐月といえど、学校の異常が可愛く見える程の異常を千雨に晒すのは躊躇われた。

 

 (つーか、某魔砲少女並に早熟だな)

 

 そんな風に思案していると、いつの間にか皐月の足に頭を擦り付けている子狼に気付いた。

 

 「な、何だソイツ」

 「ウチの子。かーいいでしょ? よーしよしよしフェンリどーした」

 「わふっ」

 

 仮にこの場に魔法使いか魔術師が居れば、魔王(皐月)程ではないにしろその莫大な呪力を全く漏らさず纏う銀狼を見て、間違いなく腰を抜かすだろう。

 

 「ふむふむなーる、そろそろ時間か。教えにきてくれてありがとーな、フェンリ」

 「わふっ!」

 「……言葉分かるのかよ」

 「オイちゃんを舐めるでない。というわけで千雨ちゃんや」

 「あん?」

 「ウチ来る?」

 「何がという訳!?」

 

 素晴らしきツッコミ要員。

 皐月は千雨にエヴァンジェリンと似た感覚を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

  

 

 

 

 

 

 

 「神鳴流奥義、雷光剣!!」

 

 刹那が雷光を纏った斬撃で、滝を切り裂く。

 しかし雷光は滝を斬るものの、滝そのものを吹き飛ばせてはいない。

 失敗である。

 

 己の失敗に、しかし次なる向上へと気概を剣に乗せる刹那が、指導役の茶々丸へ言葉を向ける。

 

 「ちゃ、茶々丸さん」

 「何でしょう刹那様」

 「その、様付けを止めて頂けませんか? 自分はその様に呼ばれる者ではありませんし、何より剣を教わる方からというのも……」

 

 元々迫害される立場しか知らず、忠犬根性が根底にある刹那に、茶々丸の態度は厳しかった。

 

 「なら、姉さんの様にと?」

 「いやぁ……、そちらもそのー……」

 

 チラリ、と刹那は離れた宮で暴れてる人形へと視線を投げる。

 

 『オラオラァドォシタ! モット斬ラセロォ!!』

 「チィ! チャチャゼロに勝ったら皐月からご褒美!!」

 「オレハ酒ダガナァッ!」

 

 このやり取りがもう数時間続いている。

 チャチャゼロは唯でさえエヴァンジェリンの長年の従者。技術や経験だけなら、アスナなど足元にも及ばないし格が違う。

 アスナも天性の勘や戦闘センスで食らい付いているものの、やはり及ばない。

 

 そして何よりアレは手合わせではなく死合だ。

 二人の回りに散らばっているアスナの血や手足が、その苛烈さを物語っていた。

 

 「そろそろ30分。インターバルやで二人ともー」

 『チィッ!!』

 『キャハハハハ』

 

 それでもそんな死合が数時間も続いて、周りに手足が転がっているにも拘わらずアスナが五体満足なのも、偏にこのかのお蔭である。

 即死以外でなら治せるなら好きに殺れ、というエヴァンジェリンの有難い判断だ。

 

 このかも最初は涙や苦痛で歪んでいた顔も、今やレイプ目携えて笑顔でアスナの手足を生やしている。

 

 「お嬢様……、随分傷や血にお慣れになりましたね……」

 「このか様に対して、そういう訓練にもなりますからね」

 

 なんという力業。

 この鍛練メニューはエヴァンジェリンが考えたのだが、あの弟子にしてあの師匠というのがよく納得できた。

 

 「────、そろそろ御時間です。それに皐月様(マスター)から御友人を連れて来られるとのことなので、私はこれにて」

 「あっ、はい。ご指導、ありがとうございます!」

 「はい。お疲れ様です」

 

 茶々丸は別荘から離脱する。

 袴姿から一瞬で侍女服に着替える。

 

 友人を連れて帰宅する主を想像し、今の充実した生活を与えてくれた少年に対して、抑えきれない感謝の念が、基本無表情に設定されている顔に笑みを浮かばせた。

 今の彼女を人形だと思える人間は、一体何人いるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長谷川千雨は早熟である。

 しかし早熟であるのと同時に、まだ小学二年生である。

 未だ色恋の類いは理解出来ず、「ウチ来る?」→「今日、親帰ってこないんだ」→「アーッ」というベタな展開を想像する事はない。

 

 故に彼女が顔を真っ赤にして震えている理由は、友達の家に遊びにいく、という事柄に一種の憧れを抱いており、それが依存している皐月相手だからこそ酷く緊張しているからであると弁護しておこう。

 

 最近PCに興味を持ち、そういう動画を目にしてしまった訳ではないのだ。決して。

 

 「今日はエヴァ姐は別荘だっけか?」

 「わふっ」

 「あぁ、学園長んトコね。最近物忘れ激しくて困るわー」

 「ジジイかお前は。って、姉が居たのか」

 「んにゃ、保護者的な感じかね。両親との仲が悪い訳じゃないないんだけど、ちと事情があってね。苗字も瑞葉ってのに変わったんよ」

 「そ、そうか……」

 

 かなり重い話で、少々気が引けた。

 

 「まぁそんで、今向かってるのがその保護者と一緒に住んでる家。まぁ内装は保護者の趣味全開だが気にしないでくれ」

 「お、おう────」

 『アラ、皐月さん?』

 

 突然後方から現れた、皐月や千雨が知る物から大きく逸脱した長大のベンツから幼い声が聞こえた。

 ベンツの窓ガラスが開いて出てきたのは、金髪の少女。

 

 「雪広か。相変わらず早いなぁ」

 「10分前行動は基本と教えられておりますから。そちらの方は?」

 「ダチの千雨。折角だから誘おうかと」

 「ど、ども。長谷川千雨、です」

 「アラ御丁寧に。雪広あやかですわ。皐月さん達も折角ですし、一緒にどうですか?」

 「わんこ連れだけども大丈夫か?」

 「構いませんわ」

 「あんがとなー」

 

 内装が別世界のベンツに乗車した二人と一匹。

 そこで千雨はあやかが皐月の家に向かっているのが理解した。

 皐月としては、あやかが何時もと違い少し浮かれているのが気になった。

 

 その事に、嫌な予感がしたのだ。

 

 「随分ご機嫌だな雪広。どしたん」

 「実はですね!」

 

 待ってましたと言わんばかりに食い付いたあやか。

 その時、皐月の霊視に反応があった。

 

 内心皐月は思う。

 物語特有の、普通なら有り得ないことにホイホイフラグが立つ現象。物語を面白くするための事件。

 

 物語の主要人物ならではの、例えばミステリーものの事件を惹き付ける能力とでも言えるソレ。

 物語を面白くするためので、作り手にしてみれば仕方の無い、そんな暗黙の了解。

 

 そんなのは、当事者にしてみれば御免だと。

 

 

 

 

 「────────私! 弟が出来るんですの!!」

 

 霊視で観えたキーワードは、蛇、鍛冶、輝く炎。

 

  




千雨登場回にして次のまつろわぬ神への導入回。
そしてハーレムで現在攻略前の刹那以外の全員が主人公に依存してるこの状況。ハーレムってなんだっけ()
つか次の神様がモロバレな気がががががg

それと茶々丸にカワカミン式自動人形の口調を、中の人的に似あわないと判断し追加するのはやめました。


修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)


最近投稿作品やリアルのストレスが増えてきたので、やっぱり次の投稿も遅れるかもです。
ご了承ください。


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第十二話 説明回の題名が思い付かぬ

二か月ぶりに更新。
話を纏めるのに苦労した挙句、短く内容も薄いという始末。

そして題名が作者のスランプっぷりを表してるかと。


 

 

 

 

 

 「────もう限界です!」

 

 時は遡りアスナの、このかのアーティファクトによる完全治癒が不可欠の無謀に等しい訓練が行われ、別荘の使用時間が三日を越えた辺りで、刹那がエヴァンジェリンに直訴した。

 

 と言っても、アスナは四肢を切り落とされる事は殆ど無くなり、このかも傷に慣れきった────のだが、このかとの会話中に医学用語と外傷治療についてのモノが出始め、アスナがセメント染みてきたのに刹那が悲鳴を挙げた。

 

 丁度その辺りで眼がレイプ目と化したのだ。

 

 「ソレを私が必要だと判断し、皐月がそれを了承したからだ」

 「それが信じられないのです!」

 

 まだ一ヶ月、しかも別荘でのものしか付き合いが無いが、それでも皐月がアスナとこのかを大切に思っているのは刹那でも解る。

 だからこそ、トラウマで人格が歪むような鍛練を強要した事が信じられなかった。

 

 「強要ではない。合意の上だ」

 

 そんな刹那に、エヴァンジェリンは拍子抜けといった表情を浮かべる。

 物わかりの悪い生徒に復習させる様に。

 

 「桜咲刹那、お前は近衛このかの魔術的価値をまるで理解していない」

 「そんなことはッ……」

 「神祖に匹敵する呪力。近衛家正当血統。最高級の媛巫女としての素質。そして未熟で幼い子供。コレが何れだけ危険か、最初に皐月から聞いた時は詠春の正気を疑ったよ」

 

 下劣畜生な魔術師や魔法使い達にとって垂涎ものの素材だ。

 手込めにして近衛家の権力を手に入れるのも良し、魔術儀式の生贄にするのも良し、薬漬けで人形にして魔力タンクにするも良し。

 軽く利用価値を考えただけでもコレだけ挙げられる。

 

 「麻帆良の護りも完璧ではない、事実侵入者は幾らでも湧いてくるしな」

 

 それを魔力封印もせずに、一般人として暮らさせる。

 正直政治能力が劣っているとはいえ、詠春は裏の人間の父親としてはアウト極まりない。

 

 「しかし、今ならば────」

 「成る程、皐月の庇護下なら権力や政争問題は無い。だが皐月が魔王だろうと全知全能ではないんだよ」

 

 皐月一人ならば魔法使いが何万何億と居ようが容易く消し飛ばせる。だが、このか一人で居たのでは一溜まりもない。

 成る程このかに皐月が張り付けば護れるだろう。

 皐月の護る対象がこのか一人ならば。

 

 「この世に絶対など在りはしない。今のままでは足手まといだ。近衛このかも、お前も、神楽坂アスナも」

 

 両親が害されただけで神を殺したのだ。

 もし身内を一人でも殺される事態になれば、皐月は間違いなく世界を滅ぼす脅威を何の躊躇も無く使い報復を行うだろう。

 

 そうなれば全て台無しだ。

 

 だからこそ教える立場のエヴァンジェリンは常に最悪を想定しなければならない。

 そして何より、望んだのは本人達だ。

 

 「あの二人が望んだ道だ。二人が止めると言うのなら何も言わんし何もせん」

 

 代わりに魔術要素を残らず封印されるが。

 そして二人が止めることなど無い。

 アスナとこのかは一度喪失を味わった。

 あんな思いは二度と御免だと、それに比べれば大したことはないと言い放って此処に居る。

 

 「成る程倫理や道徳面からしたら問題なんだろうが、それは『表』の話。コチラ側でそんなものが何の役に立つ?」

 

 神明裁判全盛期に最も過酷な生活を送ったエヴァンジェリンの経験からの措置。

 それは、かつて一族から追われた刹那が理解できない訳がなく。

 

 「コチラ側では蹂躙する者は蹂躙される者の事情など何の考慮もしない。それをお前は身を以て知っている筈だがな、え? 刹那」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十二話 説明回の題名が思い付かぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、何の集まりなんだよ」

 「ん、遅まきながらの誕生日会」

 

 エヴァンジェリン宅に到着した皐月一行。その目的はアスナの誕生日会である。

 

 遅まきながら、という前振りが付いている理由は、本来アスナの誕生日が4月21日だということがある。

 

 しかし4月中は皐月が行方不明だった時間。

 このかと共に沈みきっていたアスナが自分の誕生日を思考の中に入れていなかったのは言うまでもない。

 

 ということでアスナの悪友の雪広あやかも、開催地である皐月の現在住居であるエヴァンジェリン宅に向かっていたのだ。

 

 「だったら何で私も入れたんだよ。明らかに邪魔者だろ」

 「だってちうたんボッチじゃん」

 「ぐうッ!!?」

 

 ただ事実だけを述べる的確な指摘に、千雨がうめき声を上げる。

 

 「ついでに言うとアスナもボッチなんだよ」

 

 クール(笑)なアスナは、他人との交遊が全てこのかと皐月を通したものとなっていた。

 早熟処か精神年齢百余年という現状、小学生との会話など出来るわけがない。

 

 そもそも皐月とこのか以外は、眼中に無かったというのもある。

 

 後は精々雪広との喧嘩のみ。

 しかも新学期になって皐月の行方不明により、その喧嘩すら一ヶ月間行っておらず。

 現状、アスナに友達が少なかった。 

 

 「まぁボッチ同士仲良くしようやって話。言ってしまえば、老婆心みたいなもんだよ。千雨もアスナも、楽しい青春を送って欲しいんだよオィちゃんは」

 「親か」

 「皐月さんはクラスでもこんな感じでしたわよ?」

 

 ヒーローがヒロインに対して親目線。

 ぬぉおおおおッ、と呻いていた千雨との会話は、別荘から出てきたアスナ達が合流してきたことで誕生日会の開始と共に終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナの誕生日会が途中から皐月への愚痴会になったが見事にカット。

 最終的に雪広を除く全員が暴走し、御泊まり会となって全員が寝静まった深夜。

 

 別荘のレーベンスシュルト城の中で、際どいドレスを着た二十歳程の外見のエヴァンジェリンがテーブルを挟んで皐月と向かい合っていた。

 

 「で、念話で送ってきた『霊視キタコレ』とは一体なんだ」

 「皆大嫌いまつろわぬ神です」

 

 ずいっ、と身体を乗り出して「迫真」と括弧を付けた皐月が答える。

 

 「そっ、それならジジイや詠春も交えて話せば良いだろう。まだまつろわぬ神が顕現していなければ、場所を隔離して戦いやすい様設定すれば終わりの筈だ」

 

 顔が近くなり頬を赤らめてどもるエヴァンジェリンの言う通り、既に攻撃力という一点ならば全魔王最高である皐月は、周囲の事を何一つ考えなければまつろわぬ神すら一瞬で終わる可能性がある。

 

 「霊視出来たタイミングが、雪広の弟の胎児の話でなけりゃな」

 「ッ────!?」

 

 つまり、胎児こそにまつろわぬ神が関係するということ。

 

 「……待て。胎児で、輝く火に鍛冶と蛇だと?」

 

 火と鍛冶は密接した関係にあるのは言うまでもなく、そして胎児が関連する神は世界広しと数少ない。

 そしてダメ押しの蛇。

 

 「いやはや、迦具土神とか火神関連多すぎて笑えますね」

 

 ────迦具土神(カグツチ)

 

 迦具は輝く意。土のツは助詞、チは男性の尊称、火の徳の熾烈なるを称えた御名で、火を掌り給う神。

 

 別名『火之夜藝速男神』、『火之炫毘古神』、『火之迦具土神』、『軻遇突智』、『火産霊』と多く持ち、古事記からなる日本神話に於いて女神イザナミを焼き殺した、云わば神殺しの神。

 

 伊邪那岐命(イザナギ)伊邪那美命(イザナミ)の最後の子である迦具土神。

 かの神はその名の通り火の神であったため、出産時に伊邪那美命の陰部に火傷を負わせ殺した。

 

 その後、イザナギはイザナミの死の嘆きをカグツチにぶつけ、天之尾羽張によって切り殺される。

 その際流れ出た血や死体から、有名な武神である建御雷之男神を含む16もの神が生まれた。

 

 「問題は雪広の母親と子供だな」

 「顕現のカタチは、托卵か?」

 「それなら容赦なく殺れるんだが、たぶん子供を生け贄にする感じに観えた。子供が産まれ、母体を燃やすなぞりを起こして顕現するつもりだろう」

 「ッ」

 

 その誕生のなぞりを起こすということは即ち────母子諸共殺す気だということ。

 

 「取り合えず、秘匿関連無視してでも事情を話すしかねぇわな」

 「……」

 「まさかこんなタイミングで魔法バレとは、なんか有りもしない罪悪感に襲われるなぁ」

 「まぁ、取り敢えず詠春さんと学園長。あと雪広の両親に相談して、堕として貰うしないか。尤も、そん時に何かアクションあるだろうが……」

 「出産まで後どれ程だ?」

 「雪広の話だと、後二ヶ月程らしい」

 「まだ二ヶ月と取れば良いのか、あと二ヶ月しかないと取るべきか」

 

 防ぐには片方を確実に殺さなければならない。

 生まれたら最後、母子は神殺しの炎で燃やされてしまう。

 雪広の両親が悩むところだろう。

 

 「どうするつもりだ?」

 「どうするっておまん、決まってる」

 

 エヴァンジェリンの問いは、どちらを殺すか。

 それに対する皐月の答えは、考えるまでもなく決まっている。

 

 「────雪広には、まだ母親が必要だろ」

 

 

 奇しくも正史通りに、子供を殺すしかないことを。

 

 作戦実行は、出産一ヶ月前に行われた。




説明回。弟は確実に殺すマン。
そして次の次の回でカグツチ編は終わりかなぁ。

次の話は大半出来てるので、早めに更新できるかと。


修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)




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第十三話 混ぜるな危険

最後の王が桃太郎と発覚しましたね。
しかしこの作品には関係ありませんので、続行しまーす。


 

 

 

 

 

 

 麻帆良学園の中等部エリアの校舎の一室。学園長室で、二人の夫婦は深刻な表情で俯いていた。

 そして夫人とおぼしき女性の腹部は大きくなっており、妊婦だというのが容易に見てとれた。

 

 学園長室に居るのは、雪広あやかの両親と学園長近衛近右衛門。

 そして学園長を除き関東魔法協会最高戦力高畑・T・タカミチ。

 そしてエヴァ姉こと瑞葉雪姫と俺、瑞葉皐月。

 

 「……どうにか、ならないんですか?」

 「無理だ。出来るならこんな場など設けていない」

 

 縋り付くような雪広夫人の懇願を、エヴァ姉が断ち切る。

 実際問題、運が悪かったとしか言えない。

 

 「間が悪かった、ならばこれからどうするかを考えるのが肝要だ」

 「エヴァがマトモな事を言っとる……!」

 「人見知りのエヴァ姉が初対面の人を励ましてる……!」

 「エヴァ、成長したんだね……!」

 「縊るぞ貴様らッ……!!」

 

 何時も閉じてる学園長の目が見開き、俺は開いて塞がらない口に手を当て、タカミチさんは顔を手で覆って涙すら浮かべた。

 そんな俺らに対するエヴァ姉の怒りに魔力が高まり、氷属性に適性が高いエヴァ姉の周囲の気温が急激に下がる。

 

 「覚悟……ていうか決心が付くまでの時間はまだありますが、手遅れになれば夫人の命までもが失われます」

 「しかし、神だなんだと言われても……」

 「信用させるために裏山にコレ(・・)、ブチ込む?」

 「いや、麻帆良諸共埼玉県が焼け野原になるから」

 

 AUOの蔵の様に空間が歪み、取り出した短い槍の様なモノ(・・・・・・・)を仕舞う。

 

 「便利じゃのう。毘沙門天の権能じゃったか?」

 「いやぁ、両手が常に自由で楽ですわ。ってな訳です、……まぁ子供の俺が言うのも何ですが、小学生で母親が居なくなるのは、キツいモンですよ」

 「……っ」

 

 俺の身の上は既に話してある。勿論、魔王やらなにやらは省いているが、ソレでも俺が親元から離れなければならなかったのは理解してくれていたのか、雪広夫妻が息を呑む。

 

 「……お願いします」

 「うむ、此方も最善を尽くしますぞ」

 「だからその分、雪広────あやか嬢のフォローは頼みますぜ」

 

 決心したように頭を下げる雪広夫妻に、俺達は笑顏で返事を告げる。

 お膳立てはしたんだ、コレで失敗とか雪広に顔向け出来ねぇ。

 

 

 

 

 

 「────して、君があやかの言っていた皐月くんか。娘とはどんな関係だい?」

 「ナニいきなり親馬鹿みたいなツラしてるんスか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十三話 混ぜるな危険

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まつろわぬカグツチの覆滅に、京都────正史編纂委員会も腰をあげ、というより魔王である皐月が協力を要請した。

 正史編纂委員会によって情報統制、更には実行する土地の選出。

 関東魔法協会は当事者の配慮のみと、やはり近右衛門は今はまつろわぬ神を魔法生徒達に関わらせたくないらしい。

 万が一、まつろわぬ神に猪突猛進されるのは敵わないのだ。

 

 そして実行員に選ばれたのは、皐月とエヴァ姉、そしてアスナだ。勿論理由はある。

 

 ────そして時は経ち、一ヶ月後。

 無人島に場所を構えた、魔法で意識を失ってベッドに横になっている雪広夫人を含めた五人が集まっていた。

 離れた場所には青山鶴子、近右衛門、結界を担当とする正史編纂委員会の術者が控えている。

 

 「────さて、殺りますか」

 

 皐月が雪広夫人の大きく膨らんだ腹部に手を当てる。

 アグニの炎の権能はあらゆる『火』を操る。勿論、まつろわぬ神や魔王でない限り、命という火を消すことも可能だ。

 このまま胎児の命の火を消せば、『なぞり』は起きずカグツチが出現することはない。

 

 勿論、そんな簡単に終わるわけもないのだが。

 

 「────」

 

 ドクンッ! と、巨大な鼓動が周囲に響き、その瞬間腹部から火柱が出現した。

 カグツチが自身の顕現の邪魔をされ、時期を繰り上げて無理矢理顕現を始めたのだ。

 

 「作戦開始ッ!!」

 

 無論、こうなるのは先刻承知。

 火柱が雪広夫人を呑み込む直前に、アスナの『ハマノツルギ』―――――場合によっては権能すら切り裂く禍払い(マジックキャンセラー)が、夫人の胴体を切り分ける。

 今のアスナは、人体の切断に躊躇は無い。

 

 胸元で上半身と下半身に分かたれた夫人の身体から血が吹き出す前に、エヴァンジェリンが夫人の周囲ごと凍らせ、夫人を棺桶のようにスッポリと覆う氷柱を生み出す。

 上半身だけとなった夫人を仮死状態にしたのだ。

 

 下半身など、後でグロ耐性が出来たこのかが完全再生させれば事足りる。

 ソレを見届けた皐月は、右手に集めたアグニの浄火を最大出力に上げ、切断されて浮かび上がっている夫人の下半身に、山をも吹き飛ばす威力の炎をブチ込む。

 

 「────ッ!?」

 

 その瞬間に、火柱が巨大な腕となって、皐月の右手を掴まなければ。

 

 「なッ!?」

 「サツキッ!!」

 「来るなッ!」

 

 皐月はそのまま火柱の腕に引き摺り込まれた。

 

 「このッ……!」

 「止せッ!」

 

 アスナが火柱に突っ込もうとするも、エヴァンジェリンに止められる。

 

 「離して! サツキがッ……!!」

 「奴は無事だ! アレは幽世に引き摺り込まれただけで!!」

 「幽世……!?」

 「問題は奴のホームグラウンドとも言える場所で、皐月がどうやってカグツチを倒すかだが……」

 

 幽世とは不死の境界にある世界で、欧州ではアストラル界。

 中国では幽冥界、もしくは幽界。

 ギリシアではイデアの世界。

 ペルシアでは霊的世界(メーノーグ)とも言われる場所。

 

  パンドラがカンピオーネと会う場所もここであり、謂わば神特有の別位相の世界とも言える。

 

 全ての神がこの世界を保有しているかは不明だが、神が保有する幽世は謂わば神だけの世界。

 スサノオの幽世は高天ヶ原の如き神殿だったりと様々だ。

 

 「カグツチの幽世など大体予想が付くが……皐月は神殺しだ。待つしかあるまい」

 「皐月ッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カグツチの幽世、ソコは紅蓮で埋め尽くされた灼熱の地獄だった。

 マグマの海に、天蓋を覆う炎が世界を覆い尽くしていた。

 その真っ只中に、皐月は放り出されていた。

 

 「ぐぅッ……! アデアット(出でよ)

 

 スレイプニルを出し、マグマの海に落下するのを防ぎ、最も熱気が薄い天地の中間に位置取る。

 

 「ぐぁああああッ……、あの野郎、人様の腕もぎやがって……!!」

 

 幽世に引き摺り込まれる際に掴まれた腕は、焼け爛れ肘から先が炭化していた。

 

 「手癖の悪ィ餓鬼だなオイ」

 『クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!!!!』

 

 マグマの海が盛り上がり、中から巨大な溶塊が鎌首を上げる。

 溶岩でまみれ、炎が包む巨大な蛇が顕現した。

 

 それは歓喜の雄叫びだった。

 それは憤怒の絶叫だった。

 

 「何処ぞのオサレ漫画の主人公みたいな設定しやがって」

 

 火神であり、豊穣と鍛冶────鋼の側面を持つカグツチには、更にもう一つの要素を持っていた。

 

 カグツチの『先代旧事本紀』での名である軻遇突智は、「かぐ」つち()で、光輝く国見をする太陽の蛇という意味になり、他の火産霊(ほむすび)(太陽)を産む(霊力)という意味。

 

 つまりは竜蛇。

 カグツチは鋼の不死性に竜蛇の不死性、そして火神と神殺しの力を持っているハイブリッド。

 ソレがまつろわぬカグツチだ。

 

 『ようこそ、我が(はらわた)へ』

 

 触れれば『鋼』ですら容易く溶解する溶岩で固められた鋼の皮膚に、竜蛇の耐久力と膂力を兼ね備える。

 

 カグツチの全身が励起し、一撃一撃がまともに喰らえば致命傷の砲弾が装填される。

 

 『我の誕生を祝う号砲だ。早速で悪いな名も知らぬ神殺し、受け取れ』

 「……、ヤダね」

 

 噴火の様な轟音が鳴り響き、山をも砕く灼熱の流星が万発吹き出した。

 

 「────我は稲妻、中空に在る罰を与える裁きの雷火なり!」

 『足掻け足掻け。まぁ、自らの寿命を延ばすことは出来るやもしれぬがな』

 

 ────ヌルいなコイツ。

 

 皐月はカグツチの肉体的能力ではなく、精神的幼児性を見抜いた。

 神話ですら、生まれた直後にイザナギに斬り殺されている。

 皐月を徐々に追い詰めて楽しむつもりだろう。

 慢心王もいいとこだ。

 

 雷に転じた皐月は、神速で流星火山の如き流星群を切り抜け、 

 

 「オラァ!」

 『ッ!?』

 

 片腕を炭化された激痛を振動に変え、カグツチの側頭部に撃ち込む。

 超分子振動波で、溶岩の鱗が一瞬で粉砕、溶解、蒸発していく。

 

 『グオオオオオオ!!』

 「うおっ!」

 

 巨大過ぎる火竜が、その身体を捩る。

 巨体で肉体それ自体が武器のカグツチは、それだけで致死レベルの攻撃となる。

 ソレを危なげに避け、皐月は再び離脱し距離を取る。

 

 『蝿の分際で、小賢しい真似を……!』

 「せめて大雀蜂にしてくんねぇかな、餓鬼」

 『は! こんなもの!!』

 

 カグツチが傷口をマグマに浸す。

 それだけで砕かれた鱗が再生する。

 

 「オイオイ、チート過ぎんだろソレ」

 

 『鋼』は性質上存在自体が『剣』の暗喩であり、神話上で「石」「火」「風」「水」と共生関係にある。

 

 確かに金属を溶かす強烈な高熱に弱い反面、『剣』をより強く鍛える事も出来る。

 大地がマグマのこの幽世において、カグツチは常に呪力の供給を受けているに等しい。

 

 『貴様が我に引き摺り込まれたその瞬間、貴様の負けは決定したのだ!』

 「────」

 

 カグツチの口から、巨大な熱線が放たれる。

 

 「グラビモスかよ」

 

 未来視が出来、神速を持つの皐月には面の攻撃すら当たらない。ソレが点や線なら尚のこと。

 だが、一発足りとも当たる訳にはいかない。

 カグツチの真骨頂は神殺しだ。

 

 権能が『神』と判断されたのか、雷化は出来るもののアグニの『太陽』と『浄火』の権能が封じられている。

 腕を炭化されただけでコレなのだ。

 直撃などされたらどれだけの権能が使い物にならなくなるか。

 

 問題は、神速を封じられれば、その時点で詰みだということ。

 

 再び降り注ぐ流星。

 神速で回避できなくもないが、防戦一方。

 だからと言って半端な攻撃は『鋼』の鎧たる溶岩の鱗が防ぎ、ダメージを与えても容易く回復される。

 そしてその度に防御も堅くなる。

 

 攻防一体。

 即時補給可能。

 難攻不落の要塞型高火力砲台。

 

 最強の『鋼』たる「最後の王」も、その神剣の御業でカグツチの死因の『伊都之尾羽張』を以て挑まなければ苦戦必至だろう。

 

 既存の魔王の最古参の狼翁も、羅濠教主も。

 後に生まれる剣の王でもこの状況では打つ手はなく、恐らく全ての魔王に対して非常に高い勝率を誇るであろう。

 

 

 

 

 

 「――――――――――――――――――ブハッ」

 

 唯一人、皐月を除いて。

 

 

 

 

 「あハッ、ハはハハハはハハハハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハはハハハハッッッ!!!!!!!」

 

 皐月は笑いが止まらなかった。

 可笑しくて堪らないのだと言うように。

 

 『……何が可笑しい? 気でも触れたか?』

 「何が可笑しいだと? コレが笑わずに居られるかッ!」

 

 全ての魔王に対して勝てる能力を有するカグツチは、何処までも運が無かった。

 

 「全門────開放」

 

 毘沙門天の蔵が開かれ、短い槍のような弾頭が大量に、火竜を囲む顔を見せる。

 その弾頭全てには、とあるルーンが刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────『焦熱世界・激痛の剣(ムスペルヘイム・レーヴァテイン)』、全方位配置」

 

 凡そ30はある弾頭全てに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『────は?』

 

 ソレは、恐らく地上で絶対に取れない反則技。

 アグネアの矢────それ一つだけで戦いを終わらせかねない核の弾頭に、万物を燃やし尽くす諸刃の剣であるレーヴァテインの、絶対にやってはいけない禁断のコラボである。

 

 確かにカグツチは火力も高く防御も硬い。耐久力と、自らの幽世に引き摺り込めば永久機関の如き呪力補給で永遠に戦えるなど、卑怯な程強い。

 

 唯し、マグマに身を浸しているため移動能力を代償にしている。

 神速を出来るまつろわぬ神なら兎も角、移動能力が著しく低下するこの状況で、カグツチはこの攻撃を避けられない。

 

 カグツチの敗因は、皐月を幽世に引き摺り込んだ事だろう。

 どうしようもなく、カグツチにとって皐月との相性は最悪だった。

 

 「チェックメイト────綺麗さっぱりケシ飛べ」

 

 爆発圏内から逃れるように雷化する皐月の、チェスの駒を置く仕草が断頭台の刃を落とす合図だった。

 

 『お……おおおおおおおおおお!!!』

 

 カグツチは先程の余裕は何処にもなく。

 恐らく切り札であっただろうマグマを操り迎撃を試みるも、終末の爆炎と核の爆風は海のようなマグマを全て吹き飛ばさんと猛威を振るう。

 一発だけでソレだ。

 爆炎が止むまえに間髪入れずに次が叩き込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カグツチの体感では、永遠に爆炎と爆風に曝されたと感じられたかもしれない。

 

 「……へぇ」

 

 爆風が晴れたソコには、マグマが吹き飛び、胴体は千切れ鱗は大半が爛れるように剥がれ落ち見るも無惨なカグツチの姿だった。

 

 『ぐ……、ごっ……』

 「オイオイ、一日にアレ数発しか造れないんだぜ? ソレを30ブチ込んだのにまだ生きてるだなんてよ────」

 

 傷付き、半死半生満身創痍のカグツチの瞳は、未だに死んでいなかった。

 

 理不尽に殺された神話の様になるものかと、死にかけとは思えないほど呪力を漲らせ鎌首を持ち上げる。

 持ち上げて────────

 

 

 

 

 

 

 

 「────ストックが後126発しか残ってないんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 ────三日月の様な裂けた笑みと共に、眼前を覆い尽くす弾幕が襲い掛かった。

 地獄はまだ、終わらない。

 

 何がチートか? と問われれば、別荘が、と皐月は答えるだろう。

 

 「言ったろうが、チェックメイトだってよ」

 

 ソレが、カグツチの最後に聞いた言葉だった。

 

 

 

 

 




というわけでまつろわぬカグツチ戦終了。
恐らくここまで酷いのは後にも先にもこの戦いだけかと(造物主戦が戦闘描写なしになる可能性が……)。
幽世については、下手したら自分の解釈が間違ってる可能性があるので、もし「コレはねーわ。幽世ってのは~~」と、明確なソースと間違いがあったら是非とも指摘ください。可能な限り修正します。


焦熱世界・激痛の剣(ムスペルヘイム・レーヴァテイン)
 単純にアグネアの矢を弾頭に変形、レーヴァテインのルーンを刻んだだけの、呪力こそ必要だが極めてお手軽な危険物。レーヴァテインを数十発造れる皐月でも一日数発しか造れない。
 ソレの凄まじい規模の爆炎が尽きないタイミングで掃射しつ続ける、究極の鋼殺し。
 唯一『最後の王ラーマ』に対して正面から打倒しうる方法。
 カグツチの権能も混じれば当たれば確殺可能である。ただし幽世以外で使えばリアル世紀末が到来するので絶対に使用できない。
 レーヴァテインだけでも出来るが、そちらは地上でも使用可能と、威力は控えめ。




修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)




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第十四話 育児放棄は虐待です。

二ヶ月ぶりに漸く更新。
ややスランプというか、結構難航していましたが何とか書けました。
感想も頂いたりして、返信できなかった方々には頭が下がる一方です。

今年中に更新できて良かったですわ。



 

「─────もう! 判断に困る戦いは止めてね!!」

 

 目の前で俺に喚き散らしてる、幼さと妖美さを兼ね備えた美少女が鼻を突き合わせるほど顔を近付ける。

 

 カグツチに爆撃をくれてやった直後、片腕が炭化した激痛で気絶した俺は、爆心地の様な場所で何故か美少女に押し倒されていた。

 しかも義理の母親の様な立ち位置の人に。年上美女の外見に変えてから出直してこいや。

 

「ってなんだ、パンドラ義母さんか」

「むぅ。義母さんって呼んでくれるのは嬉しいけど、だからって説教を止めるつもりはありませんからね!」

「あぁ、此処幽世だっけか」

「貴方が此方に来てくれたから、制限なしで貴方と話せるのだけど─────って、話はまだ終わってません!」

 

 パンドラ。

 カンピオーネの最大の支援者にして元締め。

 何より全てのカンピオーネを生み出した母でもある。

 そして彼女は、カンピオーネに成った後も魔王達にとって不可欠な存在である。

 

 カンピオーネが権能を簒奪するためには、ただ神を殺すだけでは不十分。

 何故なら彼女を楽しませる様な戦いを演じなければならない。

 故に今回のまつろわぬカグツチとの戦いは非常に判別の難しいモノだった。

 

 前半はカグツチが優勢。俺の片腕とアグニの『浄火』と『太陽』を封じ、反則的アドバンテージによって圧倒していた。

 

 問題は、俺が他の魔王では決して容易く突破出来ない防御をゴリ押しでブチ抜き、更にはそのままチートレベルのカグツチの耐久力をガン無視して殺してしまったことだ。

 あまりに呆気なかった為、こうしてパンドラは俺に文句を言いに来たのだ。

 ていうか逆ギレかよ。

 

「そんなん言われてもね、コッチも必死なんよ」

「うー! 貴方が後十年早く生まれてくれてれば、こんなに悩む必要無かったのにィ!」

 

 何でも、俺の年齢での神殺しは初らしい。まぁ普通八歳児が神殺しする機会とかホイホイあったら世界終わってるが。

 

「今回だけ特別よ! 良い?」

「オーライ、感謝しますよ」

 

 ていうか、封じられたアグニの権能って戻るよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四話 育児放棄(ネグレクト)は虐待です。

 

 

 

 

 

 

 

 俺が右腕を炭化、全身に火傷を負った状態で幽世から帰還した後の、所謂事後処理を語ろう。

 

 上半身のみで脳髄まで冷凍保存されていた雪広夫人はこのかが完全再生魔法で復元した。

 ていうか、このかの治療魔法の技量がおかしい気がする。アーティファクトも原作より規格外になってるし。

 

 一先ずカグツチ関連は一段落し、アスナ達の要望もあって俺は休養を取り、そのまま眠りに就いた。

 残された問題は雪広嬢、あやかの心の問題。

 

 あれほど楽しみにしていた弟の誕生が無くなったのだ。

 必然、落ち込みもする。

 

「何だ、まだ魔法の事をバラしてないのか?」

「親の意向ってヤツだよ。せめてもうちょい感情を理性が押さえられるぐらいには成長してからだってよ。まぁ、俺への配慮かもな」

 

 どの様な形でどんな理由があろうと、弟を殺そうとしたのは俺だ。

 

 エヴァ姉と自宅(ログハウス)で茶々丸の淹れた珈琲を飲みながら、今日生えた片腕をパキパキ回しつつ炎を出す。

 リビングを見渡しても、以前はあったぬいぐるみ群が無くなっている。

 本人いわく、これまでのファンシー趣味は肉体年齢に引っ張られていたかららしい。

 今は大人の雰囲気溢れる部屋となっていた。

 

「どうやらカグツチの権能封じは部位欠損の回復と共に戻った様だな」

「かなりヒヤヒヤしたけどなぁ」

「カグツチから簒奪した権能はどうだ?」

「まだ掌握には至ってないけど、まぁそれなりに使える。例によって炎系なんで此処じゃ使えないけども」

 

 もうちょっと別のベクトルの権能が欲しい─────と考えるも、回復系と神速はアグニが有るし、鋼は毘沙門天がある。神獣系はフェンリが居るし、権能封じ系は元々一つ持ってるし(・・・・・・・・・)今回のカグツチのも手に入れた。

 意外にレパートリーが揃ってるではないか。

 尤も、悉く戦闘系の権能ばかりだが。

 

「……それで、お前はあの娘を慰めにいかんのか?」

「ハッ!」

 

 珈琲を一気に飲み干してビールジョッキの様に叩き付ける。

 

「……いやいや、塞ぎ込んでる理由の弟を殺した奴が慰めるとか、流石に俺もそこまで鬼畜じゃねぇよ。マッチポンプ甚だしいわ」

「お前が殺したのはまつろわぬ神だ。子供では無い。子供を殺したのはまつろわぬ神だろう? ならば寧ろ仇を討ったと考えるべきだ」

 

 俺がやったことは救済措置だと。

 本来医者が行うべき事と何ら変わらない事をやったのだと、エヴァ姉は言う。

 

「解っちゃいるが、ソレで切り捨てるのは寂しいだろ。何か」

「……」

「そんな、神の生け贄にされた名前も無い胎児A……なんて、くだらないエトセトラ認識しかされないだなんてよ。せめて俺だけは覚えておこうかなって」

「あの夫妻や娘は覚えてるだろう」

「それ言うなよ」

 

 台無しじゃねぇか。

 

「それなりに堪えてんの。確かに敵ならブチ殺してなんぼだし、実際北欧でそれなりの人数灰にした。けど感傷に浸るなんて無かったんだからな」

「魔王になっても情は忘れないのか」

「ハナから頭逝ってる奴は知らんけど、少なくとも俺はねー」

 

 尤も、戦場で必要あらば赤子でも殺せる。

 偏に神を殺すため。勝利を掴むために。

 

「カンピオーネ。魔王に成れる、神を殺せる人間なんざ唯の一人の例外もなくキチガイだろうよ。勿論、俺も含めてな」

 

 そもそもアレに立ち向かおうと考える時点で頭がおかしい。

 むしゃくしゃして殺った俺はもっとおかしい。

 

「ふん。感傷に浸るなとは言わんが、そうグズグズしている暇など無いぞ?」

「は?」

 

 そう聞き返そうとする前に、車が近付いてくる音に気が付く。正確には権能で気が付いていたが、この家に向かっているのはわからなかった。

 

 その音はログハウスの目の前で停まり、直ぐ様蹴り飛ばしたように扉が開いた。

 

 ポカンと呆けている俺の置き去りに、扉からゾロゾロと四人の幼女が現れた。

 一番驚いたのが、落ち込んでいると聞いていた雪広あやかがいたということ。

 

「――――――ありがとうございます!」

「…………はッ?」

 

 彼女は俺の目の前に堂々と立ち、頭を下げた。

 

「ど、どしたん委員長。どっかで頭を打ったか?」

「皐月さんが、お母様を助けてくれたのでしょう? アスナさん達から聞きましたわ」

「……」

 

 あぁ。

 つまりは、そういうこと。

 

 無表情でドヤ顔かましている幼女と、天真爛漫な笑顔を魅せる幼女に、不器用ながらに優しく見守る幼女。

 そしてそんな幼女四人組に慰められるショタが俺。

 なんだこの構図は。

 

「……落ち込んでたんじゃないの?」

「お母様に教わっております。雪広の娘足るもの、受けた恩は何より大切にし倍にして返すのが礼儀だと! ならば皐月さんにお礼をするのが先ですわ!!」

「……」

 

 目の下に涙の跡を残しながら、胸を張った雪広に圧倒される。

 

「は、ははははは」

 

 悲しいだろうに、苦しいだろうに。

 

「─────ホンッと、小学生の台詞じゃねぇよなぁ」

 

 おまいう。

 そんなエヴァンジェリンが溜め息を付けながら、その光景に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まつろわぬ迦具土神の顕現から数ヵ月経った。

 

 別荘の使用が原因で、小学生の中でも外見の成長が著しい刹那とアスナが、それぞれのアーティファクトを用いて模擬戦をしていた。

 最近別荘の使用を以前より控えさせられている二人にとって、周りの被害を無視して戦闘できる機会は貴重である。

 

 アスナのアーティファクト、『ハマノツルギ』は皐月の『万能の工匠者(オムニポテント・アーティザン)』によって改造されている。

 

「フンッ!!」

 

 アスナが大剣を振るえば、空気の爆発が発生する。

 改造した皐月は、こう述べていた。

 

『─────爆発の剣(エクスプロージョン)ですね分かります』

 

 禍払いの能力強度は人間としては世界最強だろうアスナは、しかし精密にその能力を操ることがほとんど出来ていない。

 最大出力で魔法事象を触れるだけで消滅させる事は出来ても、禍払いの力そのものの運用は斬撃として放つ『無極而(トメー・アルケース)太極斬(カイ・アナルキアース)』以外まるで出来ないのだ。

 

 無効化能力に特化しているが故に、攻撃力が刹那と比較して低いアスナの火力を底上げした。

 威力としてはアスナの意思一つで上下するが、基本的に一振りで中級呪文(雷の暴風)に匹敵するだろう。

 更に爆炎を利用して推進力を増加することも出来る。

 鍔迫り合いが出来ない故に、アスナの攻撃は避けることしか出来ないのだ。

 

「はッ!」

 

 対する刹那の剣は、正確にはアーティファクトではなく『万能の工匠者(オムニポテント・アーティザン)』によって造られた刀『蜻蛉切』。

 

 天下三名槍の名を取っているが、勿論刀であるため関係がない。

 では何故皐月は蜻蛉切と名付けたのか?

 

「結べ、蜻蛉切!」

 

 刹那を呑み込もうとしていた爆炎が突如割れ、道が出来る。

 刃に映した対象の名前を結び、割断する。

 それが蜻蛉切の能力である。

 

『─────声優ネタですが何かッ!?』

 

 理由を訊いた刹那にはついぞ理解できなかった。

 

 蜻蛉切はハマノツルギと鍔迫り合いが出来る武器である。

 純粋な強度は勿論、ハマノツルギの発する爆炎は禍払いの能力ではないため割断可能だが、ハマノツルギは禍払いの能力そのもの。

 権能の産物による魔法事象でも、同様の産物であるハマノツルギは無効化によって割断されることはない。

 

 故に勝敗はそれ以外の要因が決定する。

 

「うわっ!?」

「ぐぼあー」

 

 瞬動で後ろを取ったアスナが、刹那の白翼によって叩かれ墜ちる。

 

「ナニをやっているんだアスナ」

「むぐぅ、翼とは相手に叩き付けるものだった」

 

 女子としてはあり得ない悲鳴を上げて撃墜されたアスナに、エヴァンジェリンが呆れた視線を向ける。

 

 血筋や戦闘センスや咸卦法で基本スペックはアスナは非常に高いのだが、刹那は神鳴流に加え半妖としての能力が未だにアスナを凌駕していた。

 

 一応アスナは、皐月から彼のアーティファクト(スレイプニル)同様の、空中歩行の靴を与えられているが、スレイプニルのように空中を逆さまに立てるほどの物ではない。

 

「いえ、アスナさんも日に日に動きが鋭くなっています。寧ろ今まで動きを制限されていたような気すら……」

「昔、膝に矢を受けてしまって」

 

 刹那の言う通り、チャチャゼロとの死合鍛練を経てアスナの能力は非常に向上していた。

 心構え一つとっても戦士のそれに変わっていた。

 神鳴流歴代最強16%落ちに教えをほぼ独占して受け、一部とはいえ神鳴流の奥義を修得している刹那とほぼ同等になるほどに。

 

 だが如何せん二人とも肉体は小学生のソレ。

 特に魔力(精神力)(体力)を均等に合成する咸卦法を扱うアスナには致命的である。

 なにせアスナは肉体と精神は百を超えているズレがあるのだから。

 

 そして別荘の使用は、成長すればするほど制限される。

 主に秘匿的な意味で。

 

 未だに小学年少生であるアスナ達は、小学生の体面を保つ必要は不可欠だった。

 

「いいからさっさと別荘から出るぞ。来客だ」

「来客、とは?」

「面倒事と言っても良い」

 

 エヴァンジェリンが鬱陶しそうに鼻を鳴らしながら答えた。

 

 ─────別荘から出て、リビングで茶々丸に出された茶を啜っているタカミチを見て。

 

「保護者失格、何しに来た」

「ぐぶッ! き、キツいなぁエヴァ」

「効果は抜群だー」

 

 高畑・T・タカミチ。

 NGO団体『悠久の風(Austro-africus-Aeternalls)』に所属し、危険な仕事を進んで引き受け頻繁に世界中を飛び回っている。

 その過程で多くの悪の秘密組織《完全なる世界の残党》を一人で壊滅させるなど、八面六臂の活躍をしていた。

 

 だが一方、アスナの保護者という立場から見ると、他人に面倒を丸投げしている。

 金銭補助こそしてはいるものの、皐月が毘沙門天(七福神)の権能を簒奪して獲た副次効果の黄金律により、瑞葉家の財政は凄まじいほど富んでいる為、やはりエヴァンジェリンの視線は厳しい。

 まぁアスナを狙う組織を潰しに行っているなどで、アスナ本人の心象は悪くはない。

 棒読みで茶々を入れる程度には、アスナも理解している。

 

 まぁそれでもタカミチ本人、まともに保護者を遣れていないことを自覚しているためぐうの音も出ないのだが。

 

「えっと、そのー。頼みたいことがあるんだけど……」

「それはソコの小娘にも関係あることか?」

 

 タカミチの隣で出された紅茶に触れもしない、アスナ達より尚幼い身の丈のローブで顔を隠した子供が座っていた。

 エヴァンジェリンが少女だと判断したのは、魔力の流れ方を見て取ったからである。

 陰の流れは女。陽の流れは男という陰陽道の考え方を、このか経由で知ったのだ。

 

「……まぁ、ね。すまないが、彼女達にも顔を見せてくれないか」

「……」

「大丈夫、彼女達は決して君を狙わない」

「というか人様の家で顔を隠すとは何事だ」

「……わかりました」

 

 暫く悩んだ少女がフードを取った瞬間、アスナが息を呑んだ。

 

「紹介するね。彼女の名前は─────」

 

 最近切り揃えた様な肩ほどの金髪をたなびかせ、その碧と蒼の眼をキツく吊り上げている。

 目付きは年にしては鋭過ぎる、という表現が正しい。

 

 問題は、エヴァンジェリンにその顔立ちがソックリであること。

 そしてそれは同時に、一人の女性の顔立ちと酷似している事を示していた。

 

「アリカッ……!?」

 

 アスナの、思わず口にしてしまった名前に少女は顔を盛大に顰め、タカミチはそんな少女に苦笑しながら言葉を続ける。

 

 

「─────アカリ・スプリングフィールドだよ」

 

 

 

 

 




地 雷 投 下

いやまぁ、何時も投下してますが。

>あやか
 彼女についてはアスナ達が総出で励まして早期に復帰。断片的な話を知り皐月に感謝をば、という感じです。
 彼女の魔法バレは中等部辺りにとある事件と共にバラせていければ、と思っております。
 ショタコン属性は付与されるかな?お楽しみに。

>アスナと刹那、このかの現在の実力
 彼女達、というかアスナと刹那の実力は現在手加減したタカミチを倒せた麻帆良祭中盤のネギ辺り。つまりネギま全体の中の上です。
 魔法先生は倒せますが、それ以上は苦戦必死です。経験が足りませんし。
 このかはアーティファクトが原作とは違います。具体的には制限時間と効果範囲が段違いです。
 彼女自身の治癒の技量はまだまだです。原作の説明でもあったように、まだ魔力タンクを使いきれていない状態ですね。
 尤も、彼女のアーティファクトがチート過ぎるので彼女自身の実力が伸びても、治療面に於いては活躍は難しいかもしれませんね。
 まぁ今後の作者の勝手で何らかの変更があるかもしれませんが()

>蜻蛉切と爆発の剣。
 爆発の剣は切り裂いた箇所が爆発する感じですね。要はRAVEのテンコマンドメンツ。楕円形に地面を切り裂いたりすればそれに合わせて爆発するような。
 刹那の蜻蛉切は現在通常駆動のみで、彼女の実力が向上すれば皐月が任意でリミッターを解除する感じです。
 爆炎の割断は『霧のような物を割断しても意味を成さない』に当たりそうですが、スルーお願いします。

>ネギ妹
 次回にどうぞ。
 彼女はとある理由で精神がある程度成熟しております。そこら辺も次回で描けていければ、と思っております。

修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)


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第十五話 死亡フラグ発生率第一位の実力

死亡フラグ発生率ランキングトップ3
一位アカリ(オリキャラ)←new!
二位ネギ
三位アスナ

完璧に全員ウェスペルタティア王家な件について。
全く、オスティアは地獄だぜ!(゜д゜)




 ─────スプリングフィールド。

 魔法世界に於いてこの名の影響力は計り知れない。

 大戦の英雄、世界を滅ぼそうとした悪の組織『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』を打倒し世界を救った紅き翼のリーダー。

 千の呪文の男(サウザンド・マスター)ナギ・スプリングフィールドの姓だ。

 

 だが真実を知るものならば、エヴァンジェリンやアスナ達の前でその名を名乗った少女と、此処には居ない彼女の兄にとっては、もう一つの意味合いを持つ事が理解できる。

 

 大戦の裏で起こった罪全てを押し付けられ処刑されそうになり、ナギ・スプリングフィールドが救い結ばれた災厄の魔女。

 ウェスペルタティア王国最期の女王、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

 

 つまりアカリ・スプリングフィールドを名乗った少女と彼女の兄ネギ・スプリングフィールドは、大戦の英雄を父親に持つと同時に、魔法世界にとってタブーである歴史的大罪人を母に持つということ。

 

 さて、問題点を提示しよう。

 

 先ずは父親であるナギ・スプリングフィールドの子供である事の問題点。

 

 成る程、英雄の子であるというのは多くのメリットが存在する。

 生まれながらの才能に、周囲からも特別視されチヤホヤされるだろう。

 英雄である父親のコネも大きい。

 

 だが問題は、彼が大戦の英雄だということ。

 

 大戦の英雄ということは、人を殺して自国民─────正確には自国民ではないが、味方した国から英雄と呼ばれたということだ。

 確かに世界を救った英雄という側面も持っているからか、敵対国である帝国にすら彼等は人気だが、しかし間違いなく彼に殺された側の人間が存在する。

 

 特にナギ・スプリングフィールドは極大呪文を多用する。

 同じく紅き翼のジャック・ラカンとの戦いは地形を大きく変える程の物となる程だ。

 

 つまり魔法を連発するだけで数百数千の死傷者が発生する。

 それを考えると、帝国側の人気はまさしく異常とも呼べるだろう。

 

 死傷者が存在するということは、遺族が存在するということだ。

 旧世界─────地球での代表例は、日本の呪術師達がそうだ。

 紅き翼が現れる以前のメセンブリーナ連合は、当時帝国に押されていた。

 紅き翼が存在しなければメセンブリーナ連合の敗北という形で戦争が終わっていたかもしれない。

 

 それに対し兵を増員する為に行った彼等の政策は、旧世界の人間を徴兵という名の拉致で無理矢理戦場に送り出すというモノだった。

 その徴兵で帰ってきた者は非常に少ない。

 

 ナギ・スプリングフィールドの問題とされるのは、犠牲者の中に彼の魔法に巻き込まれた者も多い、という点である。

 何せ当時の若きナギ・スプリングフィールド、彼は魔法の技術面では魔法学校中退に恥じない拙さだった。

 

 それにも拘らず才能とセンス、膨大な魔力量だけで彼は大戦の英雄となったのは極めて驚異的だろう。

 だが、本来極めて精密な術式が必要な極大呪文を、当時の彼は魔力でのゴリ押しで発動させていた。

 しかもだめ押しにアンチョコ混じりと来ている。

 

 つまりは、呪文の効果範囲の制御など出来る訳が無かった。

 つまりは誤射である。

 某国に「一発だけなら誤射だ」という言葉があるが、巻き込まれた者からすれば堪ったものではない。

 

 死者が絡むとすれば尚の事である。

 

 それこそ日本の、魔法使い達の本国(メガロメセンブリア)への確執の大きな一つであった。

 

 更に追加すると、政治的な思惑に巻き込まれやすいという点もある。

 英雄の息子というネームバリューは計り知れない。

 

 追加でその才能を受け継いでいるとすれば、その手の政治家や権力者─────メガロメセンブリア元老院にとって第二の英雄(傀儡)の芽だ。

 如何様にも利用出来る。

 

 実際に英雄が必要になるほどの問題が存在する以上、利己的な目的が無い者もかつて世界を救った英雄の子に期待せざるを得ない。

 

 だが、英雄と讃えられる父親だけでこれだけの問題を挙げられる。

 では、大罪人とされる母親の問題はどうだろうか。

 

 先ず、彼女アリカの罪は着せられた冤罪であり、公式では処刑されたということ。

 そして罪を着せた者達は本国、メセンブリーナ連合の元老院(トップ)であるということ。

 

 仮に真実が処刑される直前に英雄に助けられ、約十年間生きていたとしても、彼女は元老院にとってとうの昔に死んでいる筈の人間だ。

 

 そんな彼女に、明らかに処刑後に産んだ子供が存在する。

 しかも自分達が掲げた英雄が助け、結ばれた証拠そのものが。

 その血縁は医学的にも魔術的にも、調べれば容易く証明されるだろう。

 

 大戦の英雄が大戦の大罪人の冤罪を主張しているのだ。

 翻ってそれ即ち、彼女を悪だと断じて嵌めた元老院にとって、存在するだけで自分達の罪の証明に他ならない。

 

 どんな手段を以てしても、必ず消さなければならないだろう。

 特に、母親の外見を色濃く受け継いでいるのであれば尚の事─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十五話 死亡フラグ発生率第一位の実力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────………成る程な」

 

 アカリ・スプリングフィールドと名乗った少女の事情を掌握してはいないが、把握したエヴァンジェリンは、感慨深く口を開いた。

 

「コイツはメガロメセンブリアの元老院に狙われて、だから私達に保護しろと。つまりそういうことかタカミチ?」

「エヴァ達なら、彼女を受け入れてくれると思ってね」

 

 そう口にするタカミチにも、一筋の汗が額に浮かんでいる。

 下手をしなくても、国一つ敵に回すレベルの問題以外何者でもない案件を持ち込んで、能天気に「頼むわ!」とは言えない。 

 だが、ここでタカミチは引く訳にはいかない。

 恩人であり憧れの人物の忘れ形見の安全を護れるのは、此処しか無いという考えだからだ。

 

「成る程成る程、確かに私ならば災厄の魔女の悪名も霞むだろうなぁ」

 

 こと魔法世界の悪名という点に於いて、エヴァンジェリンの右に出るものは居ない。

 彼女は紛れもなく伝説であり、魔法世界のナマハゲである。

 たかが戦争犯罪者の小娘など、歴代最高額の賞金首に比べればどうということはない。

 メガロメセンブリアは元より彼女の敵だ。

 正義を語るには悪が必要であり、そんな彼女を悪へと仕立てあげたのだから。

 

「だが、逆に言えば私がソイツを預かる必要も無いが?」

「エヴァ!?」

 

 エヴァンジェリンの答えに、アスナが戸惑いの声を上げる。

 彼女にとってアカリは、恩人の娘であり自身の子孫だ。

 利用され、または狙われる彼女の出自に共感しなかったと言えば嘘になるし、同情もした。

 見捨てることなど出来はしない。

 

 だが、同じくこの場にいる刹那は、目を閉じて決して話に口を出さなかった。

 

「何だ、意外だなアスナ。もうそんな口を利けるほど強くなったつもりか?」

「ッ……!」

 

 だが、立場としてアスナは護られる側の人間。

 自分すら満足に護れないのに、誰かを抱え込む余裕などありはしないのだから。

 

 エヴァンジェリンはアカリを抱え込む事は出来るが、抱え込んでもメリットはほぼ無い。

 寧ろデメリットしか存在しないと言えるだろう。

 

 何より身内に優しく、その反面怒り狂えば容易く世界を滅ぼしかねない少年がこの娘を抱え込めば、世界の終わる確率が跳ね上がる。

 

 最近急激に甲斐性が付いた、普段は寛容な少年だ。

 アカリの境遇を哀れんで「一人増えても変わんないでしょ」とか言って彼女を受け入れるだろう。

 

 だが、それは足手纏いの増加を示している。

 エヴァンジェリンには、あの愛しい弟の負担が増える選択をするのなど御免被りたいのだ。

 

「─────そんな事はどうでも良いんですよ、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)

「アカリ君……」

 

 その問答を切って捨てる様に、アカリが口を開いた。

 

「ほぅ? 自分の事はどうでもいいと。なら貴様は何故此処に居る」

「……私の故郷は一年前に、魔族の襲撃を受け壊滅しました」

 

 ウェールズの山奥の里。

 ナギ・スプリングフィールドの故郷でもあるソコは、魔族の襲撃を受け壊滅している。

 生き残ったのは、スプリングフィールド兄妹と従姉のネカネ・スプリングフィールドだけ。

 

「その際、私と愚兄を除く村の全ての住民と従姉の足の一部に、永久石化を受け─────」

「!」

「……成る程つまり」

 

 得心がいったとばかりに溜め息をエヴァンジェリンが吐く。

 つまり、アカリがエヴァンジェリンという悪名高い、しかし確実に最強クラスの魔法使いに会いに来た理由は一つ。

 

「彼等の永久石化の解呪をお願いします。その為なら、私がどうなっても構いません……ッ!」

 

 ソレまで無愛想で無表情だったアカリの表情が歪み、机に頭を付けるほど頭を下げた。

 異常なまでに年不相応なほど早熟とはいえ、今の彼女が出来る限りの懇願だった。

 

 ─────魔族の襲撃で村が壊滅してからの一年間、彼女は地獄に居た。

 

 彼女は()()()()()()()()で、タカミチ同様呪文詠唱が出来ない体質になっていた。

 つまり、落ちこぼれと呼ばれる立場の人間に。

 

 云わば英雄の子にあるまじき不才。

 加えて大罪人の母と酷似した容姿。

 

 魔族の被害者と哀れみを受けるなら兎も角、災厄の魔女の生まれ変わりと蔑まれ、果てに彼女が魔族襲撃の犯人だと宣う者すら居た。

 それほどまでに、彼女は母と似ていた。

 

 ソレに対して彼女の兄ネギはどうだ。

 容姿は英雄の父に酷似し、その才能は魔法学校入学前というのに片鱗を出し始めている。

 災厄の魔女と酷似した落ちこぼれの妹と、英雄と酷似した才能がある兄。

 周囲の人間がネギだけを持て囃すのは必然だった。

 

 嫉妬は無かった。

 元より()()()()()()()()()()()()()()とっては親失格の両親を、その父親を慕うネギに対して気味が悪いとさえ感じていた。

 

 そんなアカリが自然とネギとは違う家で一人で生活するようになったのは、周囲の人間が鬱陶しかったというのが理由だった。

 尤も、魔法使いが自身を殺しに来始めて別居したのが正解だと再認識したが。

 

 元老院の刺客ではなかった。

 いつの間にか流れていた『災厄の魔女の生まれ変わり』という噂を真に受けた、本国出身の純正培養の正義に憧れる無知な者達であった。

 

 ウェールズには魔法世界への入り口(転移ゲート)が存在する。

 そういう魔法を絶対視する未熟な者達が、幼い正義感で襲ってきたのだ。

 

 彼等が全て悪いとは、アカリは言わない。

 だがその時こそ、魔法使いという存在が彼女の中で敵であるという認識で固まった瞬間でもあった。

 

 幸い彼女にはそれらを退ける力はあった。

 あの襲撃の夜に現れた悪魔が、彼女の(呪文詠唱)を対価に与えた力が。

 

 魔族襲撃から一年。タカミチが従姉で数少ない彼女の味方のネカネと、祖父の魔法学校校長と共にやって来た時、アカリは襲ってきた魔法使いの死体を処分している所だった。

 

 タカミチはその状況を見て愕然とした。

 尤も、襲撃のことはネカネ達も知らなかったようだが、タカミチはその瞬間走馬灯の様にかつての仲間へ言った自分の言葉を思い出していた。

 

 

 

 

『─────いいじゃんか、今日のとこはさ。ハッピーエンドってコトで』

 

 

 

 

 一体これの、何処が。

 

 この世界は、物語のようにハッピーエンドを迎えようとも終わらないのは解っていた。

 だからこそ、あれから自分が今まで動いてきたのは、何より『コレ』を作り出さない為ではなかったか。

 だが結局は、年端もいかないこんな小さな少女に、全てのし掛かっているではないか─────と。

 

 アカリは魔法学校には入学しない。

 呪文詠唱が出来ないのだから、行く意味は殆ど無いだろう。

 だからタカミチは麻帆良へと彼女を連れてきた。

 

 アカリ自身、タカミチが自分と同じ呪文詠唱が出来ず魔法使いでは無い者ということやネカネ達が連れてきた人物でもあるということが、彼女が麻帆良まで足を運ぶ要因ではあった。

 

 だが何より保護して貰うよう頼む人物が、世界で最も恐れられた伝説の魔法使いとは思いもしなかった。

 彼女ならば、永久石化をも解くことが出来るかもしれない。

 それが叶うなら、魂を対価にしても構わなかった。

 

 全ては、偏に石化し今尚苦しんでいる故郷の人達のために。

 

「私には永久石化は解けん」

「─────」

 

 だがアカリへのエヴァンジェリンの返答は、解呪不可能という現実だった。

 

「えー。エヴァ解けないの? 恥ずかしい二つ名いっぱい持ってて、子供みたいに自慢してるのに」

「喧しい! そんなものが解けるなら真っ先にナギの掛けた呪いを解いているわッ!!」

 

 そう。確かにエヴァンジェリンは解呪について一通り調べたことがあり、資料や情報を図書館島から片っ端から掻っ払ったことがある。

 そんなエヴァンジェリンだからこそ、永久石化という魔法の重さを理解できる。

 

「あの呪文が使えるということは、相応の階位の魔族だったのだろう。アレが使えるのは最低でも準神獣クラス以上だからな」

 

 人間にとって永久に解けない、禁じられたギリシャ神話の怪物が起源の石化の呪い。

 だからこそ付けられた名が『永久石化(アイオーニオン・ペトローシス)』。

 人類が未だ解呪不可能な呪いの一つである。

 

「永久石化は人間では解呪不可能の魔法の一つだ。それを都合良く解ける奴など、それこそ神か──────────」

 

 そう言いかけて、ピタリ、とエヴァンジェリンとアスナが止まった。

 

 つい最近、というか数年以内にそれぞれの解呪困難、または不可能に近い呪いや封印を掛けられていたエヴァンジェリン。

 そんな彼女は、一体誰にソレを解いてもらった?

 

 二人がその思考に至ったと同時に、玄関の扉が開かれる。

 

 では再び問う。

 そんな、人間では解呪不可能な魔法を解ける存在が都合良く現れるだろうか?

 

 

 

 

「うーい。オイちゃんが帰ったよぉーい………ッて、ナニこの状況」

 

 

 

 

 例え神の呪いだろうと魔法だろうと、問答無用で焼き尽くす神の権能(神威)の簒奪者。

 疲れて帰ってきたサラリーマンのような(てい)で帰宅してきた、灼熱の魔王がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へむへむ。成る程ある意味テンプレ乙と述べたいが、ソレをリアルに遣られると反応に困るな」

「忍タマ乱太郎?」

 

 そうそう懐かしいなぁマジで。しんべえの眼球がどうなってるか医学的に解剖したくなったんだよなぁ─────じゃなくて。

 

「確かに、俺の権能使えば神でもない神獣紛いの魔族程度の魔法、簡単に燃やせるだろうなぁ」

「ほ、本当ですか!?」

「嘘ついてどーすんのよ」

 

 掌からアグニの浄火を灯し、花火のように演出する。

 ソレが何れだけの意味を持つか、嬢ちゃんが理解しているかは解らないが、ただその炎に目を奪われている事は確かだ。

 

 アグニの浄火は、呪いを解くのではなく術式そのものを燃やし尽くす。

 云わば複雑なパスワードが必要なドアを建物ごと爆破解体するのと同じ。

 術式の難解さは関係がない。

 

「まぁ……しかし、今すぐってのは、ちとややこしい事態になるんじゃねぇの?」

「どういうこと、皐月?」

「俺の存在が元老院の連中にバレる」

 

 魔族襲撃は一部の元老院の行動だ。

 ならば元老院全体もその事態を把握している筈。

 ならば本来解呪不可能な永久石化を解呪した存在が居れば、確実に注目するだろう。

 

「そうなればエヴァ姉の事も、アスナの事も嬢ちゃんのことも芋蔓式で連中に知られかねない。それは面倒だ」

「なるほど……麻帆良(ここ)は一応本国の影響下にある。学園長は兎も角、他の魔法先生が皐月君達を狙わないとは限らないね」

 

 タカミチさんの言に、俺は同意するように頷く。

 蹴散らすのは極めて簡単だが、魔法先生には一般授業という仕事もあるのだ。灰にして解決、という訳にはいかない。

 

 アカリ嬢は、希望が奪われたような絶望の表情で俺を見る。

 

「では……、一体どうしたら……」

「だからバレない様に準備しないとなぁ」

 

 ポカン、と間抜けな顔を晒している幼女に、思わず苦笑いが漏れる。

 アレだけの人間が一気に現れたら土地や食べ物とかで絶対にバレるのだから、そんな馬鹿正直に解く訳がないが、解かないとは言っていないだろうに。

 

「まぁ俺が高校に進級するまで待ってくれや。それまでには元老院潰すし」

「…………はッ?」

 

 原作が終わればあんな面倒な組織、潰せばエエやん。真っ正面からケンカ売って首都に絨毯爆撃でもして制圧すれば主導権は此方のモンだ。

 エヴァ姉とアスナの敵を生かしておく理由も無ぇし。

 ていうか仮に原作通りに事が運ぶとして、そしたら別に卒業を待つ必要も無い。

 学園祭が終われば潰しに行けばイイ。

 幸い足はヴィマーナで事足りる。

 

「……いや、皐月君。そうポロっと言わないでくれないかな? その発言、立場上僕が聞いちゃいけないヤツだよ?」

「いや、簡単でしょう。連中の弱味と証拠はこっちにありますし。ナギ・スプリングフィールドとアリカ王女の馴れ初めとか救出劇とか映像にしたヤツを魔法世界に配布しまくればイケんじゃないスかね」

「確かに、ジャックがそんなの作ってそう」

 

 アスナが言っているように、原作で実際に某英雄筋肉達磨が映画を作っている。

 ソレをマホネットやら情報機関やらに流しまくればイイ。

 下手をすればソレだけで暴動が起きかねない。

 それは原作の本国魔法使いの代表である脱げ公や、帝国一般人代表の帝国獣娘部隊の反応が証明しているしな。

 そして今、俺が小学三年生だから、

 

「後、六年……」

「まぁその間精々爪を研いでおくんだな」

 

 俺達が預かってエヴァ姉の別荘使っても良し。

 変態司書のトコで変態授業受けるのも良し、学園長に教えを説いて貰うのもイイだろう。

 更に言えば、少々危険だがジャック・ラカンのトコでもアリっちゃアリだ。

 

 手段は幾らでも有る。

 

「……ただ、一つだけ聞いてイイか?」

「はッ、何なりと申し付けください」

「……ま、まぁその口調は後で問い質すとして」

 

 皆さん気になっていただろうから、代表して俺が聞こう。

 

 

 

 

 ─────君、何歳(いくつ)

 ─────五歳です。

 

 

 いや、ねェよソレ。

 

 

 




あけましたおめでとうございます(*´ω`*)

というわけでアカリ説明会そのⅠ。
今まで呼んだアンチ作品系テンプレ主人公要素を詰め込んだキャラクターがアカリですね。
つまりアンチ二次にはありがちです。
主人公(皐月)ネギ(子供)相手にディスったりしないので、代わりに彼女にディスって貰います。
というか、アンチタグは彼女の存在故です。原作初期のネギ君の失態は彼女がビシバシ突っ込んで言って貰えれば(まぁ原作の流れを遵守するとは言ってませんが)
だからと云って、彼女の言葉が正しいとは限りませんのでご注意ください。

アカリの精神年齢と肉体の齟齬については次回に。
次辺りにキーワードというか、終盤に不可欠なアイテムを取りに居ればなぁ。もしくは行こうとするまでは行きたいですね。

ちなみにアカリの外見イメージは『魔弾の王と戦姫』のリムアリーシャ。
理由は彼女のアニメのキャラデザがアリカとクリソツだったからです。初めビックリしました。
つまり別荘ラッシュ確定。そしてロリ一掃も近い……!!


修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)



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第十六話 最強装備は序盤で揃えるタイプ

漸く書けた……。
最近忙しくて中々執筆進まないですね。
そして日常回が、ていうかイチャイチャ回が書けないってばよ。



 

 

「─────人殺しは最悪だ。断言しよう

人を殺したいという気持ちは史上最低の劣情だ

他人の死を望み祈り願い念じる行為は、どうやっても救いようもない悪意だ

なぜならそれは償えない罪だから

謝罪も贖罪もできない罪悪に、許容も何もへったくれも、そんなことはこのぼくの知ったことじゃないね

人を殺した人間は、たった一人の例外すらなく地獄の底辺まで堕ち沈むべきだ

─────いーちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある人を殺さない殺人鬼は、他人を見れば殺すことしか考えられず、ありふれた全ての現象が殺人に通じるという。

 それ故に人を殺す技術に長けていた。

 

 斬殺謀殺銃殺爆殺撲殺轢殺─────彼女は、眼で視た人間のあらゆる殺害方法を理解し、実行することが出来る。

 人殺しのテクに異常なほど長けた殺人鬼。それが彼だった。

 

 まぁ全く別の宇宙の殺人鬼の話は置いておいて─────異常なまでの殺勠能力。

 それこそアカリ・スプリングフィールドが魔族襲撃の際に、とある悪魔が彼女の呪文詠唱を対価に与えた物の一つだった。

 

 スプリングフィールド兄妹のウェールズを襲った魔族の襲撃。

 それはメガロメセンブリア元老院の謀略であり、人為的な襲撃である。

 

 その為、魔族達は召喚された存在であり、勿論召喚した術者も存在した。

 しかし不幸なことに、その術者は本物の悪魔を偶然奇跡的に、或いは絶望的に召喚してしまった。

 その結果まつろわぬ神ではなく、真なる神として正しく召喚された悪魔の出現の負荷に、術者は耐えきらず死亡。

 召喚された悪魔は新たな契約者を探し彷徨い、そして見付けた。

 

 死の危険に去らされたことで、王家の魔力に目覚めたアカリ・スプリングフィールドを。

 

 彼、或いは彼女は、アカリにその出自の全てと、人を殺すあらゆる技術とあらゆる知識を与えた。

 彼女の生涯の目的と定める、石化の呪いを独力で解呪できる呪文詠唱(可能性)を対価に。

 その膨大な知識は、アカリの精神年齢を急激に成長、変調させ。

 しかし魔族の悉くを殺し尽くす力を与えた。

 

 結論として、アカリはその悪魔の正体を知ることができなかった様で。

 皐月の霊視も機能せず、正体は分からなかった。

 尤も、所詮四歳の子供。限界はある。

 疲労がピークになり、結果的にやってきたナギ・スプリングフィールドが魔族を全滅させたのだが。

 

 最終的に瓦礫の中で発見された彼女は、故郷を滅ぼされた怒りが時と共に鎮静した時に絶望した。

 対価に奪われた呪文詠唱の才は、自身で石化された村の人々を助ける為の努力する余地すら奪われたのだから。

 しかし授けられたその異常なまでに優れた『殺人術(キリング・スキル)』は、自身を狙う者が多すぎるアカリが使わざるを得ないほど強力だった。

 事実、二人がかりなら本気のタカミチ─────最強クラスを倒せはしないものの、食らい付く事は出来るアスナと刹那を倒すことができたのだから。

 

「─────悪魔御用達の殺人術、か。あの様子では随分と魔法使いを殺しているな。ククッ、素のスペックならアスナ達が勝っていただろうに」

「実戦経験の差じゃねぇの? ぶっちゃけ二人とも舐めてた感あったし」

「フン、成る程経験の差か。自信が慢心になったのは初めての経験だったようだな小娘共」

 

 エヴァンジェリンと皐月は、南国の砂浜で倒れ付しているアスナと刹那の失点を指摘しながら笑う。

 アスナと刹那相手に、彼女は皐月が与えたナイフ一本で降したのだ。

 

「おにょれ……、新キャラの分際で」

「不覚です……」

「治すでー」

「わんッ!」

 

 子供が背中に乗れる程度に成長した銀狼に乗って、このかが素早く治療を開始する。

 

「しっかし、使い手次第で王家の魔力があそこまで凶悪になるとはねぇ」

『ケケケケケ、イイナァオイ。イイ感ジノ若ェ芽ガ増エテ鍛エ甲斐ガアルジャネェカ? 御主人』

「黙れボケ人形」

 

 王家の魔力、即ち禍払いの異能である。

 ただし黄昏の姫御子であるアスナのソレとは違い、無効化ではなく遮断に近い。

 

「戦闘センスはアスナと同等。しかし禍払いの運用は比べ物にならんか。片手で足りる年齢でこれとは」

「まぁ、アスナは下手したら触れるだけで極大呪文も消失させかねんからなぁ。アスナとよく稽古している刹那には逆に予想できなかったか」

 

 刹那の漸く形だけは完成した雷光剣の球体状の破壊光に対して、その身一つで素通りした。

 だがアスナの魔法無効化能力(禍払い)と違い奥義が消滅せずに目眩ましとなり、アカリを見失った刹那に肉体強化なんぞ知らんと言わんばかりに一撃で沈める。

 どうやら浸透勁の様に禍払いの魔力を叩き込んだ様だ。

 

「アスナめ、アレは完全に舐め切っていたな」

「チャチャゼロのお蔭で死合は十分経験してるけど、あぁいう技巧系は初めての相手だろ。相性も悪かったし、しゃあないしゃあない」

 

 アスナに対しては更に酷く、油断しきっている間に武器として皐月が渡したナイフを囮に砂で目潰し。

 ソコへ顎を蹴り飛ばし終わった。

 

 刹那もアスナも、アカリに一撃を入れれば確実に勝てただろう。

 だがアカリはソレ以上に巧かった。

 

「刹那の場合は、完成したばかりの大技を破られて焦ってたのかね。まぁ五歳児に奥義ブッパしたときはビックリしたけど」

「まさか無傷で切り抜けられるとは思わなかった様だな。小細工が最強クラス以外にほぼ不要な奥義が目眩ましに使われたのは致命傷か」

「───── 完成したとはいえ、発動中の一瞬は無防備ですし予備動作も分かりやすい。まだまだ指導の必要があるかと思われます」

 

 最後には茶々丸も交えて批評を締める。

 

「次、俺と戦ってみる?」

「いえ、光栄ですが辞退させて頂きます。皐月様の戦闘技能を見たことは有りませんが、殺し方が視えません」

「様付けるなよ、何でだよー」

「魔王が人の枠に入るか馬鹿者」

 

 魔族は太古にまつろわぬ神や真なる神々が人間と交わり、別位相の領域に移り住んだ者達。

 故にほんの僅かながらに人の血が入っている。

 しかしカンピオーネは、神殺しの魔王は神から権能を簒奪しパンドラによって転生した埒外の怪物。

 アカリのソレは、あくまで人を殺す技術。

 魔法で規模を拡大しても、神の頂きには届かない。

 殺せるなら、未だ生まれていない魔王殺しがとっくに生まれている筈だ。

 

 それに、アカリは魔法攻撃は防げるものの、権能の炎は防御不能。

 どう足掻いても灰になる末路しか待っていない。

 

「後は肉体の成長と共に教えていけば、中学生辺りには最強クラスの上位連中とタメはれるんじゃねぇの?」

「可能性は大いにあるな」

 

 ────兎も角、アカリが五歳という段階ですら戦い方によっては準最強クラスの実力を有していることが解った。

 

「全体的な批評としては、まずアスナは只管基礎上げ。刹那はこのかと仮契約してアーティファクトの性能から選択肢を選ぶ事。小娘も皐月と仮契約してアーティファクト次第だな」

「異議有り。私だけ地味」

「アスナの場合は小細工を覚えるより地力を上げた方が良いと判断した。それに最強クラスに不可欠なのは自分だけの武器と基礎と基本スペック。あの変態筋肉ダルマを思い出せ。アレは基本スペックと基礎技術を極めた人間のソレだ」

 

 生きるバグこと、紅き翼に所属する千の刃ジャック・ラカン。

 彼は四十年以上積み上げた経験という武器と、人間の限界と言えるまでに鍛え上げた肉体と練り上げた気によって上位最強クラスに至っている。

 

 どれだけ特殊な能力も初見で対応することの出来る異常な基礎スペックは、正史で魔法世界人にとって確殺である『世界再編成魔法(リライト)』を「当たらなければどうということはない」を実行するキチガイさを見せ付けたのだ。

 

 意味が分からない。

 何故魔王になっていないんだ、と皐月とエヴァンジェリンは吐き捨てる。

 

「そもそもお前達はまだ肉体が未成熟だ。無理をしても意味はない。筋肉達磨に成れとは言わんが、あの変態の様に相手を煽りたいのなら我慢しろ」

「ならば仕方無し」

 

 ラカンの事を知らないこのかと刹那は頭に疑問符を浮かべるが、彼の人柄を詳しく知っている皐月は、「あぁ、遂にアスナのキャラが確定してしまったッ…………!!」と、苦悩した表情を浮かべる。

 悪魔の契約によって客観的知識だけ知り、彼の人格は知らないアカリはそんな皐月を見て疑問符を浮かべていた。

 

「じゃ俺は別荘(ここ)から出られるまで、カグツチの権能の掌握作業をしとくわ」

「何を言っている。この後小娘との仮契約(パクティオー)をヤるぞ」

「いい加減児ポ法でしょっ引かれそうなんで止めませんかねぇ……」

 

 この後滅茶苦茶仮契約(パクティオー)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十六話 最強装備は序盤で揃えるタイプ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────夏休み。

 それは学生にとって幸せの時間。

 

 夏の長期休暇は、学生達の夢と希望に満ち溢れた堕落と悦楽を貪れる至福の時。

 

 友人の家で、本来学校へ通っている時間に遊び倒すのもイイ。

 海やプールというのも、夏休み特有のイベントも発生するだろう。

 旅行もまた一手。選ぶのは自由だ。

 勉学へ励む為に費やす時間を、そのままそっくり愉悦に走るコトが出来るのだ。

 

 ─────夏休みの宿題。

 それは天国を地獄へと誘う悪夢の産物。

 

 決して忘れるな。

 教師という名の獄卒が残す鎖を。

 一度忘れ、怠惰に呑まれ怠ければズルズルと先へ先へ後回しにしてしまうこと請け合いだ。

 

 そうなれば最後、夏休み終盤は地獄と化すだろう。

 故に賢者は、その鎖を真っ先に解くだろう─────

 

 

 

「─────ィヤァッッフゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!!! ぅ海やぁああああああ!!!」

「このちゃんんんん─────!!? せめて準備体操ぉおおおおッッ!?」

「わなっふー」

「って神楽坂私も引っ張んじゃねぇぇええええええッッッ!!!?」

 

 

 ─────そんな訳で、反則技である別荘で夏休みの宿題を速効終わらせて遊びに行こうぜ作戦を実行、完了させた皐月一行は、暇そうにしていたボッチこと長谷川千雨と海に来ていた。

 雪広グループ所有の南の島の海に。

 

 七福神の一角である毘沙門天を斃し権能を簒奪した影響か、一年経たず世界有数の資産家と化した皐月。

 その資金の扱いを教えたのは他ならぬ資本家の雪広家である。

 夫人の恩人ということもあるが、折角の夏休みで長期休暇に彼等の所有している南の島へ行くことぐらいは大したことがない程度には、今や家族ぐるみで付き合いをしていた。

 

「紫外線は肌の大敵だからな、将来後悔したくなければ日焼け止めクリームをキチンと塗るんだぞ餓鬼共」

「そういうエヴァ姉は?」

「障壁で弾いてる」

「オイ」

 

 真祖だった頃の障壁は健在で、紫外線なんぞ知らんと言わんばかりに寛いでいた。

 

「そいえば、真祖化の術式はどんな感じだ?」

「む、ぅ……。その何だ、最近術式の自己修復が停止してな。違和感……と言うよりは、何か切っ掛けを待っている様な─────」

 

 数年前幼かった少女は、その成長した豊満な肢体を自ら抱き締める。

 皐月が権能で視ても、その変化は分からなかった。

 

 元よりその術式は神代のモノ。

 皐月はソレを焼き尽くすことは出来ても、解析することは出来ないが故に。

 

「ぁゃιぃ」

「考えても解らんのだから仕方が無いだろう。元より真祖の術式なんぞ理解の外だ」

 

 エヴァンジェリンが皐月の視線にプイッ、とそっぽを向く。

 向いた方向に、非常に相性の悪い二人がいた。

 

「ホラホラアカリさん、私が塗って差し上げますね」

「い、いえ。自分で出来るので……」

「何を言ってますの、背中は届かないでしょう?」

「か、関節を外せば……」

 

 凄まじい笑顔のあやかと、彼女の甲斐甲斐しい扱いに困惑し、辟易しているアカリである。

 

「ほらほらっ、せっちゃんもビーチボールやろうや」

「う、うん。いくよこのちゃん」

 

 隣を見ると、刹那とこのかが初々しいカップルみたいなやり取りをしており、

 

「だから! 私泳ぐの苦手だッつってんだろ!!!」

「泳ぐ必要無い。右足が沈む前に左足を踏み出せばおk」

「ふざけんなァ!?」

 

 彼方を見れば、千雨がアスナに翻弄されている。

 何だろう。

 不思議と頬が緩み、笑みが浮かぶ。

 心が暖かくなっていくこの感覚は。

 

「子供が伸び伸びと遊ぶ、何とも平和だねぇ。荒んだ心が癒されるわー」

「……………………これは、難しそうだな」

 

 同年代の少女達を眺め、完全に保護者視点の少年にエヴァンジェリンが頭を抱える。

 少女達の少年への恋慕が実るのは、相当時間が掛かることは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が昇ると沈む時があるように、遊ぶ時間はアッという間に終わってしまう。

 それが子供ならば尚更顕著である。

 その為遊び疲れた、体力的に常人の子供のソレのこのかとあやか、千雨は既に夕食を終えて夢の中へと旅立っている。

 

 そして、残りの魔法関係者が集まって今後の方針を決めようとしていた。

 

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず─────面白いことに、俺達には敵が存在する。そう、将来ほぼ確実に敵対する組織が二つある。何だか解るか? では刹那選手!」

「は、はい! えーとっ……まつろわぬ神? でしょうか」

「まつろわぬ神が組織するとか、桃太郎復活時でもないとあり得ないから!」

 

 勿論桃太郎とは比喩であり、皐月が述べた可能性は魔王殲滅者である最強の鋼─────『最後の王』である。

 あらゆる女神を神祖に貶め、従える彼の王子は、復活さえ防げば何とかなる。

 最悪復活しても、幽世なら倒せる可能性を皐月は持っていた。

 

 最後の王が最強の鋼ならば、皐月は最強の鋼殺し。

 勿論原作知識を持っているが故の発言の為、皐月以外は首を傾げる。

 

「メガロメセンブリア元老院─────ですか」

「後、幼女誘拐犯」

 

 アカリの解答に、アスナが自身の答えを重ねる。

 

 アスナもメガロメセンブリア元老院には極めて価値のある存在だが、アカリに至っては自分達の罪の証拠そのもの。

 麻帆良関東魔法協会の上層組織として干渉してきた場合、どちらにせよ確実に衝突するだろう。

 

 そして幼女誘拐犯こと完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)

 蔑称については、誘拐されたアスナだからこそ言えるので、全く間違っていない。

 幼女誘拐は兎も角─────彼等の計画にアスナの存在は必要不可欠。

 敵戦力は主たる造物主こそ封印されているものの、生き残りの部下に最強クラスが二人いる。

 

 前者は殲滅確定済みであり、後者は組織としての存在意義的に敵対することは、余程のことがない限りほぼ間違いないだろう。

 

 尤も、魔法世界の事なんぞ知らん─────と無視を決め込めば後者と敵対する事はないのだが。

 

「敵対するのがほぼ確定してるなら、先手をくれてやる理由は無いんだよ」

 

 物語の悪役の強みは、未知ゆえに主人公達に先手を取れること。

 巻き込まれ系の主人公にありがちな展開で、事件に巻き込まれることでエピソードが紡がれる。

 だがそんなセオリーなど、皐月にしてみれば知ったことではないのだ。

 

「そして魔法世界の鍵は、黄昏の姫御子(アスナ)()()()()()()

 

 黄昏の姫御子だけでは、リライト─────魔法世界を再編成するためには足りず、もう一つ必要なモノがある。

 正史に於いて、物語の終盤で発掘された神具が。

 

「有った方がナニかと便利なら、盗りに行かない理由はねェよなァ」

 

 目指すは火星、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』旧オスティア墓守の宮殿跡最奥─────最後の鍵(グレート・グランド・マスター・キー)

 

 




というわけで18話。
アカリのお話その2でした。

彼女のチートは、生まれ持った王家の魔力に悪魔直伝キリングスキルが上手く組み合ったお蔭です。
直死の魔眼に七夜の体技みたいなもんです。
アスナ以上の魔法使い絶対殺すウーマンなんで、火力重視の魔法使い相手は、最強クラス以外ならほぼ勝てます。

その代わり、アスナは将来ラカンみたいな、神と魔王以外に対する無敵キャラになるかと。

次回もやはり遅くなるかと。
ていうか複数更新しているので、今までのペース見てると一話一ヶ月掛かり、実質二ヶ月掛かる計算に。
これはひどい。

まぁ気長にお付き合いください。
修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)


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第十七話 落下した叡智の残滓

二ヶ月後に更新予定とか言っておきながら一ヶ月後に更新。
アレェ?
まぁ更新できたから良いや。

ここで再度、一話の前書きにある注意事項を御確認ください。
追加して、過剰なまでの独自設定が存在します。ご注意ください。
それを踏まえて、読んで頂ければ。





 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)

 

 火星に存在する異世界であり、約2000年前に造物主によって創造された、火星の大地を触媒にしてその上に重なり合うように存在する幻想世界である。

 総人口12億人。人間種の総人口は約5億人で、()()はメガロメセンブリアの総人口6700万人の魔法使いが存在していて、いくつかの国に分かれている。

 勢力図は亜人による南の古き民『ヘラス帝国』と、小さな人間の国々が統合している北の新しき『メセンブリーナ連合』。そして中立を謳う独立学術都市国家アリアドネー。

 

 南は元々この世界に住んでいた亜人種が多かったことに対し、 北は旧世界――――地球から移住して来た人間種が多かったことが起因していた。

 人間と亜人や魔法世界人と呼ばれる者達の最大の相違は、亜人は造物主によって創られた存在であり、人間は旧世界─────地球からやって来た人間であるという点だ。

 

 亜人は人間と違い、明らかな容姿の違いがある。

 様々な種族が存在し、人とは違った固有の能力を持ち、人よりも長い寿命を持つ。

 両者は、特にメセンブリーナ連合側は古くから様々な確執を持っていた。

 当然だろう、人間は肌の色の違いだけでも人を差別し、戦争にすらなる。

 

 魔法世界には魔法が公然と存在するが故に、地球よりも科学技術の発展が遅い。勿論、ソレを補って余りある魔法技術が存在するが。

 だがソレ故に現代の地球より文化が遅れている。

 

 亜人は人を、人は亜人を差別し、果てには家畜扱いする者もいた。

 亜人の中には身体的部位が高価な妙薬になる種族も存在する事なども、それを助長させた。

 

 その両者の嫉妬と鬱憤が爆発したのが、1981年に勃発した魔法世界全土を巻き込んだヘラス帝国とメセンブリーナ連合による『大分烈(ベルム・スキスマティクム)戦争』。

 

 そこには人間と亜人の確執のツケも確かに存在し、原因となった。

 だがソコに魔法世界の創造主である造物主が介入していたことが明るみになり、最終的に両勢力にとって共通の敵が出現し、両者の同盟によってこれを討ち果たしたことにより終戦した。

 

 その戦争で劣勢だったメセンブリーナ側で参戦。

 破竹の如き快進撃で互角まで持っていき、裏で戦争を操っていた組織『完全なる世界』の企みを暴露、そして南北連合軍と共に撃破した、『千の呪文の男(ナギ・スプリングフィールド)』を筆頭にした英雄達。

 人は英雄達の所属名『紅き翼(アラルブラ)』を称えた。

 

 劣勢極まりない状態にあった連合の勢いを盛り返し、終わらない戦争の裏に存在していた組織を突き止め、その首領の撃破を達成した英雄達。

 

 尤も、戦争の全てを極めて客観的に知っているとある魔王は「お前ら居なかったら、もっと早く戦争終わったんじゃね? て言うか造物主の事情とか鑑みるに余計な事しかしてなくね?」と身も蓋もない不粋な事実をぶっ込んでくるだろうが、それは言わぬが花というもの。

 ソレを言ったら戦争だろう。

 

 さて、長々と魔法世界について述べたが此処で本題と入ろう。

 

 ここで本題となるのが、この世界の特徴として挙げられる─────「まつろわぬ神が出現した事がない」という一点。

 

 何故かは解らないが、魔法世界の歴史上まつろわぬ神が出現したという記録は存在せず、それ故にカンピオーネ─────神殺しの魔王が誕生したという記録も無い。

 火星という神話の基盤の一つとも呼べる重大なファクターの上に、最低二千年存在している世界にも拘わらず。

 

 それは何故か。

 単純に考えるのならば、創造者である造物主が何らかの細工をしたと考えるのが自然である。

 

 そもそもまつろわぬ神が顕現する要因は、極論神話世界である『不死の領域』から降りてくるからだ。

 

 造物主は魔法世界を創る際、まつろわぬ神が侵入できない様に細工したのだろう。

 つまり、魔法世界はある種独立した世界─────幽世と呼ばれる世界と考察できるだろう。

 造物主をまつろわぬ神だとし、人に倒されるレベルの神祖に落ちぶれるまで力を使って、幽世から隔絶させ造り出した世界。

 

 ─────そして、魔法世界は恐らく失敗なのだろう。 

 

 それは造物主の正体と、魔法世界の崩壊が近付く際に創った組織の名から見ても明らかだ。

 まつろわぬ神と魔王が存在しないよう造られたのは、恐らく造物主は両者を嫌ったのではないだろうか。

 ()()()()()()()()に、まつろわぬ神や魔王など異物以外の何物でもないと。

 

 まつろわぬ神が存在しなければ、内的原因で魔王が魔法世界で誕生することはない。

 そして魔王は神の権能でなければ、ほぼ全ての魔法や魔術、呪術を弾くほどの魔法抵抗力を基本性能として有している。

 

 地球から魔法世界を行き来するゲートの惑星間移動を、魔王達は行うことは出来ない。

 勿論、方術と武術両方の奥義を極めたかの羅濠教主のような例外もいるが、そうした例外的存在が態々魔法世界に来ようとしない限り、魔法世界に外的要因で魔王が現れる事はない。

 何より魔法世界が認知されたのが最近(数百年単位)であるため、その事例は魔法世界誕生からついぞ起こり得なかった。

 

 故に魔王が魔法世界に行くためには、惑星間転移ゲートの『流れ』を利用して瞬間移動する『縮地神功・神足通』に類する術を使用出来なければならない。

 

 では、それ以外の方法は無いのか?

 先程見も蓋もない発言をするであろうと述べたある魔王は、こう答えた。 

 

 

「─────権能(チート)って便利だよね。うん、やっぱりインドは頭おかしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七話 落下した叡智の残滓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「インド神話の科学力は世界一ィイイイイイッ!!!」

 

 皐月は『黄金とエメラルドで構成されていた船首のあるUFO』と形容できる、雲を裂いて現れた空中戦艦の艦内から、魔法世界の大地を見下ろしながら叫んでいた。

 皐月一行は、既に魔法世界に到着していたのだ。

 

 ちなみに一行といっても、今回刹那とこのかは居ない。

 まずヴィマーナの乗員限界があり、また魔法世界に関連を持っていない二人はまだ行くべきではないと考えた故。

 今から向かうのは魔法世界の深奥。先入観を与えてしまうのを恐れた。

 

 茶々丸も彼女達の護衛役を命ぜられた地球組。

 ここにはいない。

 

「今更だろう」

「せやね。乗員オーバーだった事は否めないね」

 

 権能によって改造に改造を重ねて出来上がったこの『ヴィマーナ』。大気圏突入から宇宙航行、更には異界突入までこなす化物である。

 

 正式名称────『天翔る黄金の戦輪(プシュパカ・ラタ)』。

 インド神話における空を翔ける戦車、あるいは宮殿とも言われ作成者ヴィシュヴァカルマンより創造神ブラフマーに贈られ、ブラフマーよりクベーラに譲られ、クベーラから羅刹の王ラーヴァナに略奪され、最終的にはラーヴァナを討った英雄ラーマの手に渡った宝物。

 クベーラとヴィシュヴァカルマンの習合した毘沙門天を殺し、その権能を奪った皐月に作れない訳が無い。

 

「特殊な術式や方法を取らずとも、普通に往き来する方法があった訳だ」

「慢心してマジカル☆フレアで墜ちそうだったけど」

「そんなアスナの心配も無問題! 攻撃手段と引き換えに装甲と移動性能に極振りしてある!! 例え極大呪文が二・三発直撃しようが航行には何の問題もないィ!」

 

 万が一攻撃を受けようとも、直ぐ様修復する事の出来る(魔王)が居るため、問題も無く無事火星異界である魔法世界に到着したのだ。

 

「す、凄まじいですね、皐月様の御力は」

 

 実質、皐月の権能を分かりやすい形で観るのは初めてだったりするアカリは、終始呆然としていた。

 一行を乗せたヴィマーナはあっという間に上空を翔け、目的の物品がある旧オスティア王都跡地に訪れた。

 

 ─────魔法世界最古の王国ウェスペルタティア。

 

 オスティアは千塔の都と称えられた浮遊する空中都市。

 魔法世界に唯一存在する神話、初代王女アマテルのパートナーの伝説と、それによる魔法世界の文明発祥の地とされている国である。

 

 しかし現在、魔法世界にはウェスペルタティア王国は存在しない。

 かつての大戦の折り、広域魔法消失現象により多くの浮島が墜ち、女王は国民の命を繋ぐために奴隷制度を敷かざるを得ず、更に大戦の裏で潜んでいた組織の責任を、当時メガロメセンブリア元老院全て被せられ処刑された。

 現在王国災害復興支援の名目でメガロメセンブリア軍により吸収され、数百万の民は難民となって、周辺各国に流出。

 一部は現在奴隷として生きている。

 

「懐かしい……」

「フン。帰郷感でもあるのか、アスナ」

「……」

「重いんですけど空気ィ!!!」

 

 エヴァンジェリンにとって、怨敵の居た住処。

 アスナにとっては百年間拘束された牢獄の象徴にして始まりの場所。

 アカリにとっては、魔法世界そのものが敵地同然の認識だ。

 

「人選ミスったか? 関係者だけ連れてきたのが仇となったか?」

「馬鹿やってないでさっさと行くぞ」

 

 こうして一行は初代女王の墓を中心とした霊廟、原作ラストダンジョンこと墓守の宮殿跡に到着した。

 

「私が道案内。色々崩れてるけど何となくイケる気がする」

「そんな曖昧な記憶で案内するな。皐月に権能使わせればすぐ済む」

「皐月様御一人の方が良かったのでは……?」

 

 皐月の権能『知覚超過』。

 超視覚と超聴覚によって齎される情報で未来予測を可能にする神の知覚。

 常時使用されるその権能は、意識的に行えば未来予測に加え迷宮や遺跡のような入り組んだ場所でも、まるで3Dの背景グラフィックの様に把握することが出来る。

 

「まずは反響定位でのソナーいくか────来れ(アデアット)

「アーティファクト?」

「流石に透視までは出来んからな」

 

 皐月の持つアーティファクト『道化の飛翔靴(スレイプニル)』。

 有する能力は全面歩行。

 重力を無視し、あらゆる角度でも足場を形成して歩行可能にする魔法の靴だ。

 

「でもコイツの形状的に何かあんのかねぇ、と試行錯誤してみた結果、コイツは魔力を込めることで振動波をゼロから生み出したり、運動エネルギーや振動を回収、増幅機能もあった」

 

 超々高能率エネルギー回収・増幅機構。

 それが『道化の飛翔靴(スレイプニル)』のもう一つの能力だった。

 

「フンッッ!」

 

 ダァンッ!!! と地面を踏み締める。

 その衝撃によって生じた、有って無い様なほんの僅かな足への負担が権能として機能する。

 

 ロキの第一の権能『激痛の慟哭(アースクェイク・ペイン)』によって発生した振動エネルギーを回収、増幅し使用者の望むだけの振動を出力する。

 

 振動波は旧オスティア跡地を網羅するほどに広がり、反響で建物内内部の構造を神の知覚で掌握する。

 

「おー、大体把握」

「お見事です」 

 

 暢気に事を成す魔王に、まるで長年連れ添った忠臣の如き所作で皐月を褒め称えるアカリ。

 

 そんな様子を見て、エヴァンジェリンとアスナは思った。

 捜索役と戦闘役、更に道具作成まで兼任できる、TRPGで絶対出してはいけないバランスブレイカーだ、と。

 

「早いな。で? 目的のブツは見付かったか?」

「幼女でも見付けた?」

「いい加減にしろ幼女(アスナ)。ネタに走らんと死ぬ病にでも掛かっているのか己は」

 

 最近ヨゴレキャラが定着しているアスナ。

 もう皐月も諦めているのか、ボケに反応しない。

 エヴァはそう思っていた。

 

「……あぁ、居たねそういえば」

「どうした?」

「いや、マジで幼女見付けた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、御待ちください!」

 

 皐月の先導に従い墓守の宮殿跡を進んでいくと、アカリの警戒の声と共にローブを頭から被った小柄の少女が、一行を出迎えた。

 

「─────主が自ら此処へ足を踏み入れるとは、予想しておらんかったぞ。黄昏の姫御子」

 

 彼女は墓所の主。

 歴代のウェスペルタティア王家の墓である墓守の宮殿の守人である。

 

「この墓所の主か……、確かウェスペルタティアでは墓守を務める一族が居たそうだな。その生き残りという訳だ」

二股(おもしろ)眉毛……!」

「しッ! 指差しちゃ駄目でしょうがッ!」

 

 彼女の正体は皐月も知らない。

 純粋に、原作において描写されていないというだけであるが、そのアスナに酷似したその容姿がウェスペルタティア王家の人間であることを示していた。

 

「しかも─────我が末裔に、よもや未完の叡智(・・・・・)を連れて来るとはな。二千年の時の果てが、また繰り返す事になるのじゃろうか」

「何……?」

 

 彼女はアカリと、何よりエヴァンジェリンを見て、確かにそう言った。

 エヴァンジェリンが詰め寄ろうとする前に、皐月を見て墓所の主が驚愕に目を見開く。

 

「貴様は……まさか神殺しの魔王か! ははははは!!! ただの失敗作だと思えば、これならば其処な『境界(・・)』が上天に至り(・・・・・)救済者(・・・)』に辿り着く事も、あの盲目(・・)めを退けることも出来うるやも知れぬな!!」

 

 解らない。

 エヴァンジェリンは彼女が何を言っているのか理解出来なかった。

 彼女は天を仰ぎ、何か此処には居ない存在に対して嘲る様に嗤う。

 

「これは滑稽だ! 貴様は失敗しておいて、こうして叡智は魔王の手を借りて自ら至ろうと(・・・・)しているではないか!!!」

「貴様! 先程から何を言っている!!」

 

 しかし、本能的にエヴァンジェリンは理解する。

 彼女の言っている事が、自分の起源であると。

 

「不満、幼女は幼女でも合法。ババア口調のロリならテオドラで既に間に合っている。昔のエヴァみたいに程好いあざとさを身に付けてから出直して」

「………………」

「えー……」

 

 お前が出直せ。

 皐月と激昂していたエヴァンジェリンは冷水をぶちまけられた様に熱が引き、寸の所でその言葉を呑み込んだ。

 シリアスな空気をネタで台無しにするのは勘弁なのだ。

 ちなみにアスナが言及したかの第三皇女は、現在ならば皐月の好みの属性持ちのナイスバディ美女となっているのだが、アスナはまだソレを知らない。

 

「クククッ……すまんすまん。しかしお主も随分と変わったな黄昏の姫御子。まぁ直に解ること、焦ることはない。主等は『鍵』を欲して来たのじゃろう? 何処に埋まっておるか解らぬが、姫御子が居るなら直ぐに見つかるじゃろう。寧ろ居らねば見付かりはせぬがな」

 

 これ以上は言うことはないと言わんばかりに、道を譲るように身を引く墓所の主。

 言いたいことだけ言われて、こちらの質問には一切答えない。

 

 歯軋りして彼女を見るエヴァンジェリンと、不穏を感じ完全に殺しのスイッチが入ったアカリの二人が墓所の主を睨み付けながら渋々奥に進む。

 

「ダウジングダウジング」

「アスナさんや、君はそれで良いのかい?」

「私はゴーイングマイウェイを地で行く」

 

 ポニーテールを触手の様に操り続くアスナに、悟りを開いたような声でツッコんでいく魔王がいた。

 

 もしこの奔放振りが百年間縛られ続けた反動なのか。

 皐月は、だとすれば降霊でもして縛り付けた連中を燃やしたくなる衝動に襲われる。

 アスナも二人の後を追った時、皐月一人が顔を覗かせた。

 

「なぁ墓所の主さんよ、一つ聞いて良いか?」

「何なりと。神殺しの堕天使」

「─────アンタ誰よ?」

 

 皐月の問いに、彼女は一片の後悔も無い声色で答えた。

 

「なに、ただの愚かな過失者(・・・)じゃよ」

 

 その声は、何かを遺せた老婆の様なモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は伏線回でしたので、あんまり進んで無いですね。
墓所の主が喋っていた事の大半が伏線です。
ていうかサブタイトルも伏線です。
これで墓所の主の正体と、エヴァに対する魔改造の内容が解ったら天才ですね。

次回か次々回で初等部編終了予定です。
その場合一気に中等部までキングクリムゾンする予定ですので悪しからず。
というか早く麻帆良の魔法生徒、教師と絡めたいです。ロリを一掃したいです。


ラーマへの嫌がらせは自分の理解不足から間違えた表現をしてしまい、修正の為丸ごとカットしました。
指摘感謝です。


それではまた次回に。
修正点は随時修正します。
感想待ってます!(*´∀`)


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中等部編
第十八話 いじめ、カッコ悪い


 

 

 

 

 

 

 

 ─────中学生。

 義務教育最後の三年間であり、小学校から中学校へ場所そのものを移し新たな環境の変化でもある。

 同時に、それは人間、特に日本人にとって世界で一番馬鹿な時期だ。

 

 反抗期と厨二病が同居し、つまり頭が基本オカシイ。

 ウンコウンコ連呼して爆笑していた段階から一個上に上がった処で、面倒が増えるだけ。

 小学生から中学生となり、自分は大人になったのだと錯覚し、何でも出来るのだと誤認する。

 厨二病は自身を増長させ、社会への反抗という名の親を筆頭とした大人への反抗という遊びをし出す。

 そして人格形成最後の時期。

 

 故に繰り返そう─────。

 

「ウゼェんだよお前!」

「いっつもイイコちゃんぶりやがってよぉ!」

「調子のってんじゃねェよ!」

 

 ドゴンッッッ!!! と、黒髪の少年に暴言を叩き付けていた三人の男子生徒達が、二人の少女によって教室の壁に吹き飛ばされた。

 

「脳味噌がポークピッツにも劣る容量の分際で皐月を罵倒とは。足下から徐々に頭まで斬り潰して、苦痛の中で死ぬのが然るべき罪状」

「然り。アスナさんの言う通りです。王への暴言、極刑に値する。楽に死ねると思うな劣等共」

「お前ら此処男子校舎」

 

 ─────中学生とは、人生で最もアホな生き物なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八話 いじめ、カッコ悪い 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、皐月一行は魔法世界で創造主の鍵(グレートグランドマスターキー)を発掘。

 そのまま、『完全なる世界』の残党に遭遇することも、メガロの暗部と遭遇することも、某剣が刺さらない英雄に絡まれる事もなく、そのまま魔法世界を後にした。

 

 そこから彼等の数年間は比較的平穏だった。

 

 六年生の時に某狼王がこのかを拐い、集めた媛巫女達を生け贄にまつろわぬ神を招来しようとして、それを阻止しようとした皐月と、神を横取りしようと現れた七人目の魔王である某剣王が乱入。

 結果的に儀式場が焼け野原になる、後に狼王と剣王、そして正体不明の憤怒の炎を纏った魔王による『魔王の狂夜(ヴァルプルギス)』と呼ばれている戦いが勃発したが、それでも五体満足誰一人が欠けずに彼等は初等部を卒業し、無事中等部に進級できた。

 

 麻帆良学園は高校までエスカレーター式。

 大学から選択受験制だが、中等部に進級したことでこれまでとは大きく違う変化がある。

 

「お前ら女子。ここ男子校舎。居るのオカシイ。OK?」

 

 それは、男女分けである。

 

「ルールは破るもの」

「皐月様以上の法などございません」

「アスナは黙らっしゃい。アカリ、俺が法っつンならこのアホ娘連れてさっさと家に帰りんしゃい」

「畏まりました」

 

 女子中等部の制服に身を包んだ、あからさまに日本人離れした容姿の二人の美少女が、皐月の─────というか、先生方の頭を悩ませていた。

 

 鈴の付いたリボンで、綺麗な長いオレンジの髪をポニーテールで纏めた、明らかに他の同期の女子生徒より発育が早い美少女。

 ─────ヒャッハー系無表情型少女、神楽坂明日菜。

 

 もう一人は、かつて短かった金糸の如く美しいブロンド髪は、サイドポニーに束ねるほどに伸びている。

 中学一年生にしては身長が高く、その発育の速さはアスナより上である。

 エヴァンジェリンが正式に養子として引き取った、別荘によって皐月達と同年代まで体を成長させ留学生として編入した、クール系猟犬型少女。

 瑞葉 燈(アカリ・スプリングフィールド)

 

 そんな二人を、皐月は放課後に詰問していた。

 

「というか、このかと刹那は一体何を……」

「このかさんはサムズアップしながら私達を送り出していましたし、このかさんが止めようとしていない時点で刹那さんは抑えられていました」

「雪広は!?」

「他の方々で手一杯な様子でした」

「……」

 

 このように皐月は男子中等部、アスナ達は女子中等部と別れたのだ。

 にも拘らずローテーションの如く、何時ものメンバーが皐月の元にやって来る。

 

 そんな、女子と遊んでる奴。という事に気に入らない連中もいる。当然だろう。

 今の皐月では彼等の精神構造を理解することは叶わないが、しかし『まとめ役ぶって女を侍らせる軟弱者』というイメージだと予想する。

 もしくは『美少女侍らせてるハーレムクソ野郎』かも分からんが。

 

 しかし、例えそんな言葉を彼に直接投げ掛けたとしても、『うちの子達が欲しいだと? だったら先ず養えるだけの安定した収入と財源を用意して、俺を倒してからにしろ』と、何を言ってるのか解らない返答が返ってくるだけだろう。

 

 幸い今のところ授業中に乱入することは無いが、流石にこうホイホイ来られては困る。

 何のための男女別なのだ。

 

 彼女達を帰らせた後に大いに溜め息を吐き出して、皐月は扉の向こうから騒ぎを聞き付けた整った顔立ちの優男教師────瀬流彦に頭を下げる。

 

「すいません先生。身内が迷惑を掛けました」

「そ、そうかい。まぁ大事に成らずに済んで良かったよ。彼等も気を失ってるけど、大した怪我は無いみたいだし」

 

 そう瀬流彦は言っているものの、口端は引き攣っている。

 この教師、実は魔法先生────即ち裏の人間である。

 故にアスナ達が何れ程の力量か、気絶している生徒達を見て朧気に分かってしまったのだ。

 

 そんな彼を尻目に、皐月は目を回している自分に敵意を持っていた生徒達の首根っこを掴み上げた。

 

「保健室に連れていくのかい?」

「いえ、このやり取りが続いて無関係な生徒にとばっちりいかないようにお話しようかと」

「…………えっ」

「それにしつこい様だと、ついイラッと来た拍子に加減間違えて、クラスメイトが再起不能とか、嫌ですし? 俺だけならまだ良いですけど、もし他の誰かが自分のとばっちりなんかで虐められるのは正直気分悪いですし」

 

 虐めとは中学に上がってから激化する。

 小学では仲間外れ程度で済むが、中学では陰湿さが付いて回る。

 今やいじめは社会問題だ。自殺者も出ている以上、馬鹿にすることはできない。

 そしてコレばっかりは無くすことは出来ない。

 教師や学校は全知全能ではない。

 無くす方法は皐月にも、瀬流彦にも解らない。

 故に、

 

「誰か一人が全体に虐げられるより、誰か一人に全体が虐げられる方がマシだ。そう、俺は考えるんですよ────────ククッ」

 

 その類いのまつろわぬ神を殺したが故に、元々非常に整った容姿の少年の表情を、何かのゲームのラスボスの様な瞳に変えて嗤う。

 そんな姿に、瀬流彦はこのクラスで虐めが発生しない事を確信した。

 

 結果、同様の事を繰り返した皐月によって、中等部の支配体制は確立され、付いた渾名が『中等部の魔王』。

 それを聞いた学園長の抜け毛が増えたらしいのだが、これは完全な余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────以上が、今年から警備に参加する魔法生徒です」

「ふむ、なるほどのぉ」

 

 机の上に広げられた書類を一枚一枚確認するように、学園長が手に取りながら言葉を返す。

 彼に書類を持ってきたのは、二十代半場の眼鏡を描けた女教師────葛葉刀子だ。

 

「中等部の子達も警備に参加するというのなら、恒例の顔見せが必要じゃのう?」

「今回は編入生が居りますので、その方が宜しいかと」

 

 学園の警備。

 ソレは、様々な理由で麻帆良に侵入、侵害してくる魔法使いや魔術師呪術師に対する防衛。

 ある者は、図書館島の地下に納められている魔導書や禁書を求めて。

 ある者は世界樹、『神木・蟠桃』を求めて。

 ある者は麻帆良そのもの。即ち関東魔法協会への報復として。

 

 そんな風に、麻帆良学園は様々な理由で裏の人間に日夜襲撃を受けている。

 そんな襲撃を利用して、魔法使いの授業として麻帆良に通っている魔法生徒に防衛という実践経験を積ませる訓練としているのが、麻帆良における『警備』の実情だ。

 

 勿論その際は生徒達に万が一が無いよう、腕利きの武闘派魔法教師が彼等をフォローする。

 そうして、安全な実践という矛盾を保っていられるのだ。

 そしてその警備は、中等部に進学してから参加できる。

 学園長が見ている資料は、参加を許可されるだけの優秀さを持つ生徒のリストだ。

 

「学園長……ご質問宜しいでしょうか」

「フォ? どうかしたかの刀子先生」

「今年の中等部の新入生に─────羅刹王が居る、という噂は本当なのですか?」

 

 緊張と共に、刀子が質問をする。

 

 彼女は元関西、しかも神鳴流の人間だ。

 神鳴流最強の青山宗家には流石に比べられないものの、神鳴流に列なる人間の中では熟練者、プロフェッショナルと呼ぶに相応しい力量を持っている。

 だが、そんな彼女だからこそ。

 まつろわぬ神や神殺しの魔王という、魔法使いならば知り得ない事情を知っている。

 

 この五年間、皐月の魔王としての情報は只管に秘匿されていた。

 勿論日本内では情報が漏洩してしまうのは仕方がないが、少なくとも外国には一切漏れてはいない。

 

 最古の魔王ヴォバン侯爵と末弟魔王サルバトーレ・ドニとの激闘があっても、『炎を纏った正体不明の魔王』という情報しか外部には漏れていない。

 尤も、戦った当事者であるヴォバンとサルバトーレは別だが。

 

 閑話休題。

 

 話を戻して結論だけ述べると、刀子は伝で皐月の噂を耳にした。

 魔王の恐ろしさを直に見たことはないが、まつろわぬ神の脅威は彼女も知っている。

 

 そのまつろわぬ神を殺しうる魔王に、教師として自分が担当していたかもしれない。

 彼女にしてみれば理解不能の状況だった。

 

「それについても、皆にキチンとした説明が必要じゃ」

 

 学園長は引き出しから取り出した資料を刀子に手渡す。

 それには魔王の脅威と危険性の全容が書かれていた。

 

「刀子君、悪いがこの書類を明日に集まる魔法先生、魔法生徒に配り、熟読するようにしてくれるかの。……フム、百聞は一見にしかずと言うしのぉ。彼等も明日の夜の会合に呼んでみるかの」

「これはッ……!! で、では」

「彼等の扱いを間違え、この学園が火の海瓦礫の山になるのは絶対に避けるのじゃ」

 

 珍しく閉じていた目を鋭く開き、最悪の事態を囁く。

 同時に思う。

 爆弾処理の仕事を務めている人間の気持ちとはこんなものか、と。

 

「事前情報を先生や生徒達……特に魔法世界出身の者達には確実に理解をして貰わなければ」

「彼等の中には、ちと正義感が過ぎる者達もあるからのぅ。悪い子達では無いのじゃが」

「無知は罪です。地雷原に足を踏み入れて自分だけが死ぬのなら良いですが、ソレで学園が消し飛べば一般生徒まで被害が出かねません」

 

 本人が聞けば日本の負の代名詞「誠に遺憾である」を発信するであろう扱いだが、一方で万が一にも逆鱗を踏み躙ることがあれば、確かに訪れるのはその身の破滅であるため、致し方ないとも言える。

 力無き正義など畜生にも劣る。

 

 価値観の違いは時に戦争へと発展する程なのだ。それこそ魔法世界という、世界すら違う場所で生まれ育った人間にしてみれば、魔王の全体像を知ればどうなるか。その恐ろしさを何一つ知らない状態で魔王と衝突することは想像に難くない。

 

 眩しすぎる程若い正義感は、容易く問題事の起爆剤に成りうるだろう。

 

 刀子が駆け足で退室していくのを見送った後、学園長は大きく溜め息を付く。

 これでは来年の事はどうなるのか、と。

 

「事は慎重にの。しかし……此方側にも彼等の理解者は必要か」

 

 最悪、関東魔法協会の勢力が真っ二つに裂ける。そんなことは、あってはならないのだ。

 麻帆良学園の魔法使いで彼等と関係が有るのは、精々学園長本人と出張で学園を不在になることの多いタカミチ。

 後は殆ど学園側とは言えない隠者であるアルビレオ・イマたる変態のみ。

 

 求める人材は、現在学園の魔王一派以外の人間で、かつ好意的な武闘派の裏の人間。

 

「じゃが、そんな都合よく此方の者を彼等も受け入れてくれるか────────フォ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うめぇうめぇ」

「うまうま」

「結構な御手前です、茶々丸さん」

「食材の良さもさることながら、職人の腕前を感じざるを得ません」

「フン、味わって喰えよ。コイツの料理は高級料理店でもそうは食えん代物だ」

「お粗末様です」

 

 一方、そんな不発弾扱いされている当の本人は、プロの腕前をトレースした茶々丸の料理を堪能していた。

 

「今回はこのか様も御手伝いして戴いたのもあると愚考します」

「ややわー。ウチは着いていくんが精一杯で、下手したら足手まといやったかもしれへんし」

「でも旨し。もう少ししたらこのかも追い付く。そして師匠と、ソレに追い付いた弟子が合わされば最強に見える」

「ちーちゃんも来ればええのに」

「千雨さんはどうやら皐月様の事を男性として意識し始めたようで、恥ずかしい様です」

「意識されてる本人がいる前で言うお前は鬼か」

「コレはちうたんに報告必須。愉悦れる」

「お前ら……」

 

 この場の皐月とその走狗である茶々丸、大人バージョンのエヴァンジェリンは兎も角。ソレ以外のアスナ達女子中等部陣は、ただ茶々丸の夕食を皐月と一緒にしたいが為に学生寮からエヴァンジェリンのログハウス────瑞葉家に足を運んでいるのだから大概である。

 

「────────集会?」

「あぁ。ジジイが言うに、そろそろお前の事を他の連中に教えておいた方がイイと判断したんだろう」

 

 学園側との顔合わせ。

 わーい、フラグとテンプレがイッパイだぁ。とヤケクソ気味に問題を、皐月は思考から明後日の方向に投げ棄てる。

 別に力関係は、弱いものイジメのレベルで開きがある。

 

 もし対立したところで何の問題も無いのだから、懸念要素は本来無い。

 皐月としては、六年以上麻帆良学園の生徒をやっていて分かったことなのだが、二次創作御用達の『正義の魔法使い(笑)』は少なくとも教師陣には存在しなかった。

 

 勿論正義感は強い事は確かだし、間違った事には敏感だ。

 しかし、それらは何の短所でもない。

 取り敢えず皐月の目で見て、問題視するほど過ぎている事はなかった。

 

 魔法使いとはとても言えない皐月にとって、一般的な魔法使いとの交流は興味深い。

 が、問題は其処ではなく。

 

「ソレって────何時から?」

「…………ソレは重要なのか?」

「俺やエヴァ姉なら兎も角、他のアスナ達には死活問題だ! 中学生は大事な第二次性徴末期!! 夜更かしは許しません!!」

「………………明日の10時からだ」

「………………」

 

 この後滅茶苦茶別荘で寝る用意した。




というわけで三・四年ほどキングクリムゾンして、中等部編に入ることが出来ました。
なんか更新するの凄い久し振りな感じがします。
導入その一な感じの今回は男子中等部の皐月の行動と、魔法関係者の顔合わせのための導入と言ったお話でした。

ちうたんや女子中等部、即ち後の2ーAのお話と、顔合わせまでは次回に出来ればと。

後ヒロイン四人程追加されるけども、ワシ大丈夫か……?

そして他の作品である短編集の絵が好評だった為に、皐月を描いてみました。
キャライメージは『メカクシティアクターズ』の黒コノハであります。
ちなみに男子中等部の制服が分らんかったんでUQの中等部らしき制服です。

【挿絵表示】

え? 要らない? そんなぁ(´・ω・`)


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第十九話 魔法使いのざわめき

グランドオーダー、五次ライダーとジャンヌ出ぬ(血涙)



 麻帆良学園女子中等部1-Aは極めて個性的である。

 明らかに成人女性の外見をした者から、保育園にでも通っていそうな幼児の如き外見の者まで幅広く集めている。

 

 また容姿のレベルも非常に高い。

 不細工は皆無で、モデル顔負けの整った者が全てだ。

 それ故か彼女達は酷く奔放で、そして生活指導担当のベテラン教師が頭を抱えるほどに────アホだった。

 

 アホ達は年相応に、その行動範囲は非常に広い。

 そしてそのアホ達の中でも一際目立つ集団があった。

 

「ねーねーあすなん、あかりん。いつも授業終わったらすぐに飛び出していくけど、今日はしないんだね?」

 

 クラスの一人でラッキー娘の椎名桜子が、二人のオッドアイの少女に問い掛ける。

 

「今日は来るなと厳命されましたので」

「流石に今日行くと逆効果」

「今までが逆効果じゃないとでも……?」

 

 席の後方でアスナの言に慄いている、背中ほどのポニーテールの眼鏡少女────長谷川千雨に視線が向く。

 だが、このクラスの数少ない常識人にてツッコミ役の彼女はかなり大切にされているため、その発言に口出しする者は居ない。

 アホ共もそこら辺は弁えていた。

 

「何々? オトコ?」

「ってツッキーでしょ? 桜子知らなかったっけ」

 

 幾ら常人の斜め上の思考回路を持つ彼女達アホでも、その話題は年相応の物。

 クラスの仲間が異性の話をしているのに、飛び付かない訳がなかった。

 

 だがそれは一部の人間にとってはありふれた既知。

 特にアスナ達の事を知る初等部出身者は、彼女達の想い人がどんな人間か良く知っていた。

 

「男子の瑞葉皐月くんね。目付きはちょっと悪いけど、メッチャイケメンだし。ただ私達を見る目線が完全に先生とか親のそれだったかなぁ。この前も飴くれたし」

「ほー。てことはアスナやいいんちょ、このかに桜咲さん、あかりんに長谷川さんも知り合いなのかなぁ?」

「髪の毛が触角みたいに動いとるよパルー? なんや病気みたいやからせっちゃん、アレ切り落としてくれへん?」

「このちゃん!?」

「アスナのオープンさに隠れて目立たないけど、このかって意外とバイオレンスだよねッ!?」

 

 そんな中、皐月の話題を聞いて動揺している人間が複数人。

 

 共に主の走狗を自覚する根っからの戦士であるアカリや刹那は、その反応を見逃しはしない。

 直ぐ様脳内リストに魔法関係者────それもカンピオーネの存在を知る限られた者だと判断する。

 

 ただ、疑問だったのは。

 

「へ、へー……」

「アイヤ?? ゆーな食い付き悪いナ? 何か変なモノでも食べたカ?」

 

 中華を全身で表現する生徒に心配されるも曖昧に苦笑で返す。

 明るい茶色と黒色のツートーンである。左の横髪が長いアシンメトリーで、シュシュでくくったサイドテールの少女────明石 裕奈。

 

 アスナのキチさやアカリの存在に刹那とこのかの距離感。このクラスの担任教師の存在に対し、彼女は明らかな動揺と愕然に近い驚愕を示していたことだろう。

 

 もし彼女と皐月が会えば、その警戒が無用の長物だと知るだろうが────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十九話 魔法使いのざわめき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。世界樹広場に複数の男女が集まっていた。

 麻帆良学園の誇る魔法先生と魔法生徒である。

 

 その場で本来の目的である魔法関係者の生徒────進級生や編入生、または新任の魔法先生の自己紹介と顔合わせが行われ、既に事を終えていた。

 

「うむ、顔合わせも滞りなく終えた様じゃの。警備の際のみとはいえ、お主らは互いに隣に立ち共に背中を護る間柄になるのじゃ。故に信頼関係の構築を怠るでないぞ?」

『ハイッッ!!!!』

 

 学園長の言葉に勢いよく返事をする一同。

 ただ麻帆良学園の防衛を担ってきたわけではない。

 というよりも、麻帆良学園が余りに狙われ過ぎなのだが。

 

「さて。皆の自己紹介が終わった様なので、今回の集会のもう一つの理由を行おうと思う。そう、集会前に配った書類じゃ。皆は熟読して貰っていると思うのじゃが」

 

 その言葉に一同が、特に魔法世界出身の魔法先生・生徒が強く反応し、懐から事前に渡されたとある存在についての情報が載せられた書類を手にする。

 

「学園長、お訊きしたいのですが……この書類にある『まつろわぬ神』────そう神です。本当にそんなものが存在するのですか?」

「無論じゃよ。寧ろ嘘をついてどうする」

「いや、しかし……」

 

 飄々と、しかし断言する学園長に質問した魔法先生は困惑を隠せない。

 

 地球と魔法世界には一つ、大きな差異が存在する。

 魔法世界には精霊や竜、様々な亜人やモンスターは存在しても、神という存在は一柱しか存在していないのだ。

 

 ウェスペルタティア王国の初代女王始祖アマテルが魔法世界の創造主の娘である、という伝説しか神について言及する伝承が存在しないからだ。

 

 しかもその創造主に関する情報は余りに少ない。

 伝説のお伽噺のほぼ全てが史実である魔法世界に於いて、その住民が欠片もその痕跡を知らない神は空想の存在であり、実際に信じてなどいないのだ。

 

「強いて言うなら、まつろわぬ神では無いがこの麻帆良学園にも神は存在する。そう、真なる神がの」

「な────」

 

 ざわめきが波濤となって広がるが、学園長が手を挙げると静かになる。

 

「勿論、その神はまつろわぬ神のように率先して人の世を乱したりはせぬよ。寧ろ我々を護ってくださっておられる」

「と、いうと?」

「疑問に思わなかったのかな? この麻帆良学園近辺にそう言ったまつろわぬ神についての事件、情報を耳にしたことが無いことに」

「それは……その真なる神とやらが、まつろわぬ神の出現を防いでいる。または我々から隠している……?」

「前者が、正解じゃ」

 

 創立以来、重大な霊地である麻帆良学園でまつろわぬ神が顕現したことは皆無である。

 それはひとえに霊地から広がる霊脈を通して、付近のまつろわぬ神が顕現する可能性を根刮ぎ潰しているからである。

 

 そう、世界樹の────神木・蟠桃の主が。

 

 学園長────近衛近右衛門が麻帆良学園の学園長を、関東魔法協会の長をやっていながら『近衛』を名乗ることを許されているのは、その世界樹の主である真なる神の伝達役────御子であるからだ。

 

 その役目がある近右衛門が長だからこそ、関東魔法協会は「関東」という広い領域に影響を与えることができる。

 最も、大きく離れてしまえばその加護は影響せず、例えば世界を飛び回る雪広婦人にまつろわぬ神が宿るなどという事が起こってしまうのだが、それは不運としか言えない。

 

 百聞は一見にしかず。

 麻帆良学園の魔法先生達にその危険度を正しく伝えることなど、実際に見なければ理解できないだろう。

 

 ともあれ、本題はまつろわぬ神ではない。

 

「それに何ですか! このカンピオーネという存在は!!」

 

 金髪の女子中等部の制服を着た魔法生徒────高音・D・グッドマン女子の声が響く。

 その声色は義憤だ。

 彼女の反応した情報は以下の通り。

 

 とある魔王は「暇だ」というくだらない理由で、魔法も何も知らない一般人を殺害。

 とある魔王は声を聞き姿を見た、という理由で耳と眼を潰すという。

 

 本来魔王という呼称は『魔導の王』という意味合いなのだが、如何せんその傍若無人、超々自己中心的(ウルトラマイペース)さから、魔の王という意味に取られる場合も少なくない。

 

 少なくとも最古参の魔王の精神的超越さは、正義を志す魔法使いであるメガロメセンブリア出身の者達にとって許せるものではなかった。

 

「何故、我々にこの様な存在を隠しておられたのですか!?」

「質問を質問で返す様で悪いのじゃが、仮に教えてどうするのじゃ」

「勿論、悪には正義の鉄槌を! 法の裁きを与えるのです!! 一般人が被害を受けているのなら尚更!」

 

 そして純粋な者にとって、魔王とは勇者によって打ち倒される者である。

 

 その考えは至極自然の思考だ。

 法を破ったら、罰を受ける。

 現代において極めて正しい理論だ。

 

「────残念ながら、それは無理だよ」

「高畑先生……」

 

 しかし現実とは時に正しさなど何の意味もない場合も存在する。

 

「遅刻してしまい申し訳ありません。一番早い便で飛んできたんですが」

「いやいや。御勤め御苦労様、じゃよ」

 

 例の例の例によって、NGOの『悠久の風』としての仕事で国外に出張していた高畑・T・タカミチである。

 

 麻帆良学園での役職は広域指導委員だ。

 本来ならば女子中等部のA組の担任教師となっていたのだが、二十年前の大戦の黒幕『完全なる世界』の残党討伐で魔法世界と地球を往復する激務故にやっていられなくなったのだ。

 

 出張で殆ど不在な教師を担任になど出来はしない。

 故に1-Aの担任教師は別の者が勤めているのだが────。

 

「無理とは、どういう意味でしょうか……高畑先生?」

「単純な理由だよ。彼等カンピオーネを人間が倒したという事例が皆無であり、実力的にも不可能だからだ」

「……!!」

 

 実力的に魔法使いが倒せない。

 タカミチが口にした言葉に魔法先生・生徒が戦慄する。

 

 神だ魔王だ天変地異だと揶揄されても実感など湧きはしなかったが、タカミチが口にするとなると話は変わってくる。

 

 なんせタカミチは世界最強の魔法使いである紅き翼のメンバーであり、その背中を見て成長した歴戦の強者だ。

 そのタカミチが『勝てない』と言う。

 

「しかも魔王は魔法抵抗力が高過ぎて、極大呪文以外じゃマトモに傷を負わすことも不可能に近い。その上神から簒奪した権能もある。実力だけの判断でも、魔法使いの僕らには彼等に勝ちようが無いんだよ」

 

 単純なカタログスペックですらこの始末。

 加えてカンピオーネのカンピオーネたる所以は、圧倒的不利な状況から勝利をもぎ取る力にこそある。

 

「まぁ僕自身もそれなりに最近知ったから、知ったかぶりになってしまうかもしれないけどね」

 

 どちらにせよ、魔法使いがカンピオーネに勝つにはソレこそカンピオーネに成らなければ不可能なのだ。

 

「……それで学園長、ソレを我々に知らせた意図は何でしょうか?」

 

 サングラスに黒ひげが似合う男性教師────生徒からヒゲグラの渾名で親しまれている? 神多羅木が本題を問う。

 今まで隠していた存在を明かす理由は何か、と。

 

「実は我が学園の生徒が神殺しの偉業を為し、この魔王となって在学している」

『────────ッッッ!?』

 

 衝撃が走る。

 散々危険を教えられた相手が生徒として存在しているのだから当然である。

 

「ど、どうして我々にその事を教えて頂けなかったのですか!?」

「そうです! 魔王が存在していると言うのであれば────────」

「あれば、どうしていたのじゃ? 彼は悪行など行って居らず、寧ろこの学園の危機を救ってくれたというのに?」

「え────?」

 

 言葉が途切れる。

 

「話は終わっておらんぞ? その彼、この学園のとある生徒は魔王ではあるものの、明確な悪ではない。資料にもあったじゃろう。魔王とて常に悪行を成す存在ではないと」

 

 代表的な魔王といえば、アメリカの魔王ジョン・プルートー・スミスだ。

 彼────正確には彼女はその権能が周囲に甚大な被害を与える贄を必要とするため恐怖・畏怖されてもいるも、同時に『ロサンゼルスの守護聖人』と魔術界で呼ばれている民衆のヒーローだ。

 畏れられながら、求められている。

 

「正義を志すことは悪いことではない。が、それに盲目となり果てるのは悪じゃ」

 

 この世は二元論で片付けられる程、単純ではない。

 そう語る近右衛門の顔は、しかしその皺を深く刻むほど顰めていた。

 

 IFの話。

 彼等が断片的な情報を入手していたのなら、魔王である皐月を悪だと断定して正義感の元に敵対行動を取っただろう。

 その末路は、魔王に辿り着く前に彼を慕う少女たちによって死体を晒すというものである。

 そんな学園長を見ながら、学園に通う娘を持つ明石教授は己の懸念を吐露する。

 

「ふむ……危険ではないのですか? ソレだけの力を持っているのが学生というのは」

「その通りじゃ。しかし我等は彼を力で縛ることは出来ん。天災を防ぐことが出来んようにの」

「ならばどうするというのです!?」

「言葉を尽くすのじゃ」

 

 高音の悲鳴にも似た声に、学園長がハッキリと返答する。

 

「彼は鏡の様な竜じゃ」

「鏡と、竜……」

「善意には善意を。悪意には悪意を。敵意には敵意を。それ故に敵対者には、己の宝を狙う者には一切の容赦はせん。それこそ、ただの一撃でこの学園が火の海瓦礫の山になりかねんほどに」

 

 だが、幸いにも皐月は、それなりに話の出来る魔王だ。

 時代が違う、価値観が違う最古参の三人(ヴォバン、羅濠教主、アイーシャ夫人)に剣バカと比べれば遥かにマシであり、それこそ余程の事をしなければ神や魔王以外を相手に怒りはしない。

 

 一度沸点を超えれば、それこそ世界を滅ぼすことすらやりかねないが、しかしその沸点は比較的高い。

 勿論、魔王や神ではないという前提は存在するが。

 

「故に諸君らには魔法に頼らず、人として言葉を尽くして欲しい。難しいかもしれんが、きっと彼は解ってくれる」

「……」

「……しかし」

「それに彼は魔王であると同時に我が学園の生徒でもある。そんな彼を力を持つ、という理由だけで排してはイカンじゃろうて」

『……!』

 

 学園長の言葉に、半数の穏健派と呼ばれる魔法先生が心の中で賛同する。

 それとは違い、容易く承諾できない者達もいる。

 魔法を人々の為に使う物と、そう教えられソレが正しいと思う純粋な者達。

 即ち魔法世界でもメガロメセンブリア出身の魔法生徒達である。

 

 魔王の使う権能は魔法ではないのだが、彼等にとっては同じこと。

 

 ソレを人々を戯れに害し、しかも命を奪うなど許容できる物ではない。

 それは『表』の、即ち一般的な極めて正しい倫理観のソレ。

 殺人に対する嫌悪と合わさって、自らが振るう「人を幸せにする術」を汚されたと感じる者もいる。

 そんな「悪」と同じ呼称で呼ばれる者など、認めるわけにはいかなかった。

 

 そして────────

 

 

 

 

「どうやら、来たようじゃの」

「…………まさか」

 

 学園長の呟きに、どよめきが広がる。

 それと同時に、この場に押さえ付けられる様な圧力を発する莫大な呪力を纏う少年を筆頭にして複数の参入者がやって来た。

 

 その場の人間が様々な感情を表す。

 恐怖、好奇心、現実逃避、観察、懐疑、敵意、傍観。

 そして―――――――――――歓喜。

 

「なあなあせっちゃん。時間通りに来たのに何この遅刻感。イジメ? イジメなん?」

「えっと……恐らく我々への配慮では無いでしょうか……。流石に学園長が幾ら戯れの過ぎるお方とて、魔王である皐月さんにそんな事をする気はないでしょう……たぶん」

「もし仮にイジメだとすると、近右衛門はネギトロ確定。慈悲は無い」

「老害など生きているだけで百害です。殺処分が妥当でしょう」

「という訳だジジイ。肉片は拾ってやるから潔く散れ」

「ウチのキチ共血の気多すぎィ!!」

 

 魔王御一行が、現れた。

 

 

 

 

 




というわけで、お久しぶりです(デジャブ)。

今回は魔王やまつろわぬ神についての麻帆良学園の魔法関係者の反応でした。
……予定より話進んで無いですね。

この作品の『正義の魔法使い』は比較的にマトモ設定です。
特にアンチ作品でよくキチガイ扱いされているガンドルフィーニ先生も普通です。
原作からしてそこまで変な発言はしてないのになぁ。妻子持ちだし。
ただし原作からして正義正義連呼している一部の方は、常識の範囲内で正義正義言って貰います。

次回は集会本番。どこまで進めるかなー?
そして更新速度は御察しですのでご了承ください。
詳しくは活動報告の『生存報告』にて。

修正点は随時修正します。
感想待ってまーす(*´ω`*)


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第二十話 会合と

明けましたおめでとうございやす( ̄ω ̄*)ゞ



 現れた男女に対する魔法使い達の反応は、そのキテレツな言動に対する警戒と、見知った人物であるという一部教師陣達の驚愕は大きかった。

 

「あぁ、魔王ってそういう……。ちょっと洒落にならないじゃないか……」

 

 特に瀬流彦は配布された資料の内容を思い出し、少年を苛めようとしていた生徒達がどれだけ地雷原でタップダンスしていたか理解できたため、ひどく顔を青褪めさせていた。

 

 それに、皐月以外の生徒達もある意味驚きを与えていた。

 どれだけ問題児であろうと、アスナ達の善性と人格は教師達もよく知っている所である。

 そんな彼女達が、魔王に侍る様に居るのが信じられなかった。

 そしてそれ以上の衝撃は、

 

「そんな……雪姫先生まで……」

 

 魔法生徒から、呆然とした言葉が漏れる。

 生徒だけでなく教師からもその美貌から絶大な人気を誇り、周囲の憧れの的である女教諭。

 1-Aの担任、瑞葉雪姫。

 

 そんな彼女が、魔王の側に立っている。

 当初持っていた敵愾心が成りを潜める程の困惑が、魔王一行という、勇者一行とは別の意味で襲撃されかねない肩書きの彼等への攻勢を緩めていた。

 

 いや、寧ろ幸いと言えるかもしれない。

 

 学園長の諫言が無くとも、魔王とその配下と言える少女達の正体からの動揺が無かろうとも。

 どちらにせよ、魔法生徒も魔法教師も手は出せなかっただろう。

 

 畏怖に身を震わせ。

 

 それほどに彼等の────正確には、一人の少年が連れている銀狼から滲み出す呪力は他と隔絶していた。

 

「どもども。いやマジで俺ら遅刻してませんよねタカミチさん。っと、高畑先生」

「もしそうだったらタカミチ、近右衛門にハイクを読ませて。カイシャクするから」

「フォッ!?」

「はは、本当に明るくなったなぁアスナ君は。大丈夫。時間通りだよ。それに公私を分ける所は素直に感心するけど、今の君は生徒ではなく魔王なんだ。僕らに必要以上の敬いは必要無いよ」

「そですか。じゃいつも通りに」

「うん。いつも通りで大丈夫だよ」

 

 タカミチは普段通りに生徒に接する様に皐月と接するも、内心冷や汗が止まらなかった。

 

 元より、魔力や気というのは感情に左右される。

 魔力暴走程の感情の揺れは基本負の感情による物だが、ソレほどの感情の揺れはそうはない。

 しかし魔法世界において最強と呼ばれる類いの者達は臨戦態勢に入る前にすら、畏怖させる程の威圧感の類い────エヴァンジェリンならば冷気。ジャック・ラカンならば圧力────を周囲に与える。

 

 そしてこの魔王と銀狼の発するモノは、僅かに熱の伴う圧迫感であった。 

 

「御足労感謝しますじゃ、魔王殿」

「本当にその通りです。本来ならそちらが謁見という態度を取るのが然るべき道理。たかが一魔法協会のトップ風情が、魔王である皐月様をアゴで使うなど」

「アカリちゃんシャラップゥ! 俺そんな事されるの困る!」

 

 激昂時は常識を投げ棄てる皐月であっても、平時にソレを遣られるとドン引きするだけである。

 だがその発言に反応したのは、年若い魔法使い達。

 

「が、学園長になんて口の聞き方を……!」

「…………」

「生徒と聞いたが……まさか彼等とは」

「優等生ばかりではないか」

「ひゃー、絶対ヤバイよアスナ達。ここはバレないようにしないと……!!」

「遅いと思うよミソラ……」

 

 各々が感想を述べるなか、魔王一行が前に出る。

 

「ども、男子中等部1-A。瑞葉皐月です。以後お見知りおきを」

「ドーモ。魔法使い=サン神楽坂明日菜です」

「皐月様の配下が一人、瑞葉燈」

「女子中等部1-A、近衛木乃香や。よろしゅうしてな」

「同じく、京都神鳴流末席。桜咲刹那です」

「まぁ私は二年前の始業式に挨拶したと思うが、英語担当の瑞葉雪姫だ。皐月とアカリ、そしてアスナの保護者でもある。またその手の質問がある生徒は職員室に来い。それと春日、顔を隠すなら明日出す宿題を倍にするぞ」

「すみませんでしたッッ!!!」

 

 修道服にマスクで顔を隠し、初等部の生徒であろう褐色の修道服の少女に隠れていた少女が悲鳴を上げるように答える。

 

「あ、美空だ。それにゆーなも居るじゃん」

「ゆーなは兎も角、美空は何で隠れとるん?」

「え、誰? 友達?」

「今度紹介する」

「(明日菜やめてぇえええええッッ!!!)」

 

 小市民を自称する1-Aの春日美空が内心悲鳴を上げるが、上司である褐色美女のシスター・シャクティからギロリと睨み付けられ涙目で固まるしかない。

 

(ゆーな? 明石教授の……確か最終決戦でフェイトの石化を喰らっていた、だったか? もう原作知識がうろ覚えだし怪しいが……初めから魔法生徒だったのか?)

 

 アスナ達が手を振るのに、苦笑いしながら振り返すサイドポニーの少女に、皐月が疑問符を浮かべる。

 だがそれも、原作なんぞ粉微塵になった現在ではソコまで注視しなかった。

 彼女の放った、小さな小さな言葉が無ければ。

 

 本当に、本来ならば誰にも聴こえる筈の無いソレ。

 皐月の権能は、彼女の正体を決定付ける言葉を聞き逃しはしなかった。

 

 

「────魔王なんて原作に居たっけ? 居ないよね……しかも明日菜達を侍らせて……いや、アレは侍らせてるのか、な? 何か、引率の先生を彷彿と…………」

 

 

 皐月が目を見開かせるには、十分すぎるものだったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十話 会合と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学園長、彼等と我々を会わせたという事は彼等も警備に参加するのですか?」

 

 褐色に白いスーツを着た眼鏡の魔法教師、ガンドルフィーニが学園長に質問する。

 皐月達が如何に魔王とその一派であろうとも、それ以前に麻帆良学園の生徒。

 ならば魔王の力を学園の平和の為に使ってくれるのではないか。

 

 根が善人であり、そもそも魔法を他者の為に遣う事を根本としている魔法生徒や魔法先生ならば、そう考えるのは自然であった。

 しかし、

 

「うむ……残念ながら、それは彼等の立場上出来ん」

「立場……?」

「このかはそもそも狙われる立場。そんな奴が警備とか阿呆のやることだ。んで、一応刹那はこのかの護衛or従者」

 

 疑問の声に答えるように、皐月が答えを口にする。

 

「まぁアスナとアカリは成る程白兵戦こそ真価を発揮するが────相性が悪い」

「相性?」

 

 この言葉に、学園長すら疑問符をあげるが、その答えに魔法使い達が戦慄した。

 

「あの二人はちょいとした事情で、基本敵対者は皆殺しをセオリーに鍛練してたから。幾ら警備っつっても、侵入者皆殺しは不味いんでねーの? と思いましてね」

 

 刹那ならばその目的は主である皐月とこのかの守護。

 彼等の立場故に、場合によっては不殺をしなければならない。

 

 だがアカリとアスナは自己防衛こそが目的である。

 敵対者はメガロメセンブリア元老院の暗部か、『完全なる世界』。

 後者なら兎も角、前者に対しての敗北はほぼ死を覚悟しなければならない。

 特にアカリは確実に殺されるだろう。

 故に一切の容赦を棄てさせなければならなかった。

 

 では、麻帆良学園の警備にはそんな『外敵絶対皆殺しウーマン』は合うと言えるだろうか?

 

 ハッキリ言って否である。

 魔法は確かに容易く人を殺せるが、人殺しを推奨している訳がない。

 正義を自称する彼らにとっては、寧ろ人助けが目的と言ってもいい。

 

 勿論魔法使いでも一部の人間は人殺しもいるだろうが、麻帆良学園の彼等は確実にそうではない。

 幾らなんでも、正義を志す学生に人殺しをさせる訳がない。

 

 学園長がこの顔合わせを企画したのは、コレこそが目的だった。

 麻帆良は学園都市で、通常の学園と比較すれば極めて広い。

 しかし裏の人間に限って言うならば、途端にその活動範囲は狭くなる。

 確実にどこかでかち合う事ととなるだろう。

 

 戦争を知っている子供と戦争を知らない子供の価値観は違う。

 

 その際に、要らぬ犠牲者を出さないためにも、学園長は魔法使い達に認識して欲しかったのだ。

 彼等の強さと、その価値観の違いを。

 

「(ふむ、強さは……そうじゃの。模擬戦でもすれば手っ取り早く理解できるかの? フォッフォ)」

 

 コレは、しかし近右衛門の悪癖である。

 物事を面白おかしく、かつ盛大に。

 そのお祭り気質は、良くも悪くも麻帆良学園の生徒達にも浸透していた。

 

 模擬戦ともなれば、なるほど被害は大きいだろうが、ソコは自分や魔王である皐月と協力すれば大丈夫だろう、と。

 

 そんな学園長の様子を知ってか知らずか、皐月は構わず話を進める。

 

「そんで俺は一応、正史編纂委員会の総帥。雪姉はその保護者って立場だし。政治的な意味で警備には向かんなぁ」

「フォッ!?」

 

 極めて気軽に、麻帆良学園の魔法使い達にとって極めて重大な言葉を口にした。

 

「────な」

「馬鹿な……それでは」

「せいしへんさん……?」

「それは、何処の魔法組織なんですか?」

 

 一部の、その組織名を知る魔法先生────関西出身の刀子教諭と、戦闘能力が低い代わりに情報処理に優れている明石教授は言葉を失い、知らぬ魔法先生や生徒は首を傾げる。

 

「正史編纂委員会……。それは私達が、関西呪術協会と呼ぶ組織の本来の名だよ」

『────ッッ!!?』

 

 理解が及び、漸く魔法使い全員に衝撃が走る。

 関西呪術協会────。

 関東魔法協会の人間である彼等麻帆良学園の魔法使いにしてみれば、まさに今対立している組織である。

 その対立組織の総帥。

 即ちトップが目の前に現れたのを理解した武闘派の魔法使い達は直ぐ様武器を取り出し、臨戦態勢に入る。

 

 それは警備をしている魔法使いとしては、反射に近かったのかもしれない。

 だが、己の主に対して武器を取った者を彼女は決して見逃さない。

 

 

「────────誰に刃を向けているつもりですか? 下郎」

 

 

 瞬間、魔法使い達全員の首を囲む複数の剣が出現した。

 魔法使いが常に展開している命綱である魔法障壁を、豆腐のように切り裂いて。

 

「ひっ!」

「……ッ」

「これは……」

「くっ……!?」

 

 突き付けられた剣にもだが、その研ぎ澄まされた殺気の刃にこそ、彼等は押し留まる。

 そしてその殺気故に、その剣の主が誰かは容易に知ることが出来た。

 

 金髪の長いサイドポニーを靡かせる少女────アカリが、ハイライトの消えた瞳で魔法使い達を見据えていた。

 

「速っ。てか、アレってアーティファクトやん。いつの間に召喚(出し)とったん?」

「恐らく初めから呼び出していたのでしょう。しかし私も操剣の武器はありますが、やはりアカリさんには敵いませんね」

「流石アカリ、マジ容赦無い。良いぞもっとやる」

「アスナェ…………」

「というサツキも、こうなることは分かってたよね」

「そして命令違反したワイルドリーゼントの腕を切り落とすんですね解ります」

「ヨン様ゴッコ乙」

 

 魔王一行は道化のようにおちゃらけるも、魔法使い達は自己の生殺与奪権を奪われたも同然。

 堪ったものではあるまい。

 

 特に攻撃姿勢に入った魔法生徒は顔面を蒼白にさせていた。

 しかし、首元に突き付けられた魔法剣が原因で、腰を抜かす事も出来ない。

 

「うっひゃぁー、やべぇよやべぇよ。戦闘能力無くて良かったー!」

「ミソラ……」

「麻帆良学園の防衛陣が一瞬の内に制圧、か」

「は、ははは」

 

 戦闘姿勢に入らなかった限られた魔法生徒が、それぞれ感想を述べたてる。

 時期によっては頻繁にやって来る侵入者を撃退している麻帆良防衛線は、決して弱くはない。

 一部の魔法先生ならば高位の魔法使いと呼べるレベルの猛者も存在する。

 それを戦闘姿勢に入る直前に制圧するアカリの力量に、残っていた魔王一行に対する反骨心は切り刻まれた。

 

「……え? 総帥? 儂聞いとらんのだけど」

「そりゃ言ってないし、ちゃんとした形式になったのは最近ですもの」

「いや、それよりアカリ君。できれば剣を下ろしてくれると助かるのだけど……」

「────」

 

 タカミチがアカリに呼び掛けるも、アカリは殺気を滾らせながら聞く耳を持とうとしない。

 

「皐月、止めろ」

「了解。アカリ、stay」

「はっ 去れ(abeat)

『────ゼハァッ!!』

 

 だが、皐月の一言で直ぐ様魔法剣(アーティファクト)を消した。

 同時に、緊張の糸が切れた魔法使い達が一斉に崩れ落ちる。

 そしてアカリは、皐月に指示をした雪姫を睨み付けていた。

 

「私は一応は教師だ。こんな下らん些事で生徒や同僚を血達磨にする訳にはイカン。どうせ奴等の魔法では皐月は傷付かん」

「些事? 皐月様に対する不敬を、些事だと?」

 

 魔法使いがどんなに戦闘準備を整えようと、皐月の魔法抵抗力を上回る魔法を使えるのは、この場において雪姫か学園長のみ。

 しかし、()()()()()()()()()()主たる皐月に向かって攻撃姿勢を取ること自体、アカリの堪えられることではなかった。

 

「貴様は一々、大仰が過ぎるのだ。皐月は貴様の恭順欲を満たす玩具ではない」

「────は?」

 

 最早殺し合い一歩手前まで張り詰めた魔力が、ミシミシと空間を圧していく。

 地面が鳴動し、無意識に溢れ出た魔力が衝突する。

 それは魔力の主達が衝突する未来を示していた様に────

 

「ハイハイ警備警備! 警備の話しよう!! ウチから警備に出せる仔居るから!」

 

 しかし、魔王の一声によってそれら全てが霧散する。

 そしていつの間にか魔法使い側に移動していたこのか達が、クラスメイトに囁く。

 

「あのキレ芸がウチらの芸風なんよ」

「って何時の間に」

「そしてアスナさんか雪姫先生、またはアカリさんが基本的に衝突します。私達ならばまだ容易に鎮圧できますが、あの二人となると皐月さん以外には止められる方が居なくて……」

「この前は私とエヴァ――――雪姫がキレて、私を茶々丸――――ここにはいないサツキの従者が、雪姫を皐月が止めたんだけど……問題は周囲の被害」

「うわぁ……」

 

 春日がその光景を想像し、怪獣大決戦を思い浮かべて気の抜けた声が漏れる。

 

「後、沸点高いから大丈夫だと思うけど、皐月だけは絶対怒らせちゃダメ」

「へっ?」

「本当に止められる人が居ませんし、何より怒った皐月さんはまるで別人です」

「まつろわぬ神を殺した理由も、めっちゃキレとった時にドンパチやってるのが鬱陶しいからやったし」

 

 何だそれは、と凡その人間が抱く感想を出した。

 三人の魔王の従者は、その怒りの程をよく知っている。

 特に、妹や娘のように可愛がっているこのかをとある狼王に拐われた際に見せた怒りは、彼を慕う三人ですら震え上がる程の激情だったのだ。

 

「つまり、ムシャクシャしてその……神様? 殺しちゃったの?」

「ん」

「あー……意味わからん」

「あの、ちょっと聞いていい?」

「ゆーな。ええで、ウチらの知ってることならやけど」

 

 春日が理解できずにいるその隣で、父親と共に話を聞いていた明石裕奈が口を挟む。

 

「その、あの人、瑞葉君? だっけ。当時はどんな凄い力を持ってたの?」

「?」

「いや、神様? を倒しちゃう程なんだから、凄い特別な力とかがあったんじゃないかなーって」

 

 神とやらだろうが、そんな特別な力さえあれば。

 しかし、アスナ達はそんな安易な考えを容易く粉砕する。

 

「……んー? 別にそういうのは無かったと思う」

「せやな。そういうのは聞いたことないし、多分無いんとちゃう? 魔王さまになる前は良く雪姫せんせーに襤褸雑巾にされとった言ってたし」

「気による強化と、瞬動術程度だったと記憶していますが……」

「────────」

 

 その答えに裕奈は、何も答えられなかった。

 

「(……え? 資料通りに捉えるなら、紅き翼が────ジャック・ラカンを欠いていたとは言え、束になっても殺しきれなかった怪物を、当時なんでもない子供がキレたから殺した?そんなの、出鱈目にも程が────)」

 

 そんな会話を、一触即発の雪姫とアカリを宥める皐月は聞き逃しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 その後警備の諸々の話が終わり、顔合わせの意味合いが終わったのか、魔王一行を除き魔法生徒や先生は解散の流れとなった。

 実際、色々と思う所が無いわけではない。

 しかし、少なくとも一部の魔法先生達は安心した。

 どの様な立場であろうと、どんな力を持っていようとも。

 彼等教師のよく知っている生徒なのだと。

 勿論────、

 

「────お待ちください!」

 

 彼女、高音・D・グッドマンの様に理解も納得もいかない者もいる。

 

「貴方は……貴方達は、何を以てその御力を振るうのですか?」

 

 正義を志す彼女にとって、英雄すら超える力を持つ皐月と、それに並ぶアスナ達は憧れるモノもあり、それ以上に危険視するモノであった。

 

「私は人々を助けるため、正義を為すために魔法を使います。そして力は悪を挫くために」

 

 それは、魔法世界の凡そ典型的な魔法使いの目指すもの。即ち『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』である。

 しかしながらそれは、魔法世界の本国出身であることを如実に表している。

 そんな彼女の問いに、皐月は優しく答えた。

 

「申し訳ありません、先輩。俺はその質問に対する答えを持っていないんです」

「え……?」

「権能というのならまつろわぬ神を撃滅する為に、と答えますが、それは先輩の求める答えではないでしょう」

 

 それは使用目的であって、意義ではない。

 そしてこの魔王にとって神秘とは余りにも身近で、その悉くが陳腐に過ぎなかった。

 

「先輩はテレビを点ける際、リモコンを使う度に何かを誇りにしますか?」

 

 人は何かを誇りにすることもあるが、それは千差万別。

 少なくとも皐月にとって神秘とは、一々意義を求めるものではないのだ。

 絶句する高音に、苦笑しながら彼は忠告をする。

 

「それと、別に全くもってその理想や先輩が悪い訳じゃ無いけども、出来れば正史編纂委員会(ウチ)の術師には言わない方が良いと思いますよ」

「な、何故ですか!!?」

「だって、二十年前の戦争に日本を巻き込んでおいて、遺族の人間に何の謝罪も賠償もせずに平和を唱うとか……ねぇ?」

「……え?」

 

 しかし、万人受けする理想ではあっても、全ての人間が肯定する物ではない。

 その理想を唱うには、魔法世界は大分烈戦争で血を流し過ぎた。

 

「ぶっちゃけ総帥である俺からは、大分前にキチンと説明して命令してあります。『麻帆良学園を攻めるな』って。で、今現在まで攻めてきてる関西の術師は二通りに分けられるんですよ」

 

 一つは魔王の膝元であろうとも、このかや世界樹を狙う本格的な愚か者。力の差すらも理解できない、もしくは知らない阿呆だけ。

 

 そしてもう一つは、魔王の命令にすら従わないほどの憎悪を抱えた────遺族である。

 

「死者が絡んだ問題は、本当に泥沼だ。それこそ―――――戦争の様に」

 

 戦争を知らない純粋培養の、弔い合戦すら知らない彼女には理解すら出来ない感情。

 ――――――復讐心。

 

 正義を唄い悪を挫くには、彼女は余りに若かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 意気消沈の高音がこの場を後にし、会合は事実上解散した。

 

「んで、俺らを残したのはどういった御用件で?」

 

 皐月達と学園長、そしてタカミチを残して。

 

「うむ。儂ら関東魔法協会と、主らの橋渡し役を選出しての。その者を紹介する為じゃ」

「そんなん、もっと早よぅにしたらええやん」

「ソレをするには、お主らに不満を持つ者は多いのじゃよ」

 

 魔王とその従者をよく思わない者達は少なくない。

 彼等を知る教師陣なら大丈夫だろうが、如何せん魔法世界出身の生徒達からの反感は極めて多い。

 故に橋渡しをする連絡役にもその手の視線は向くだろう。

 情報伝達を妨害しようという過激派も出るかも知れないのだ。

 

「部下の手綱も握れない……コレは無能認定でよくない?」

「悪代官に賄賂送る越後屋みたいな顔で言われてもなぁ……。アスナ君、何だかあの人達に悪い意味で似てきた気が……」

「ソレに魔法生徒は部下というより教え子という面の方が大きい。未熟故に、中々言うことを聞かん者も居るやもしれん。要は念には念を、じゃよ。────おぉ、丁度来よったわい」

 

 学園長の視線に誘導されるように、聞こえ始めた足音の方向へ一同が向き、

 

「…………ッ」

 

 皐月が息を呑んだのを、女性陣の全員が気が付いた。

 

 黒い艶のある長髪に美しい褐色の肌と、中学生としては長身のアカリを優に超える長身。

 整った顔と男性なら十人中十人は振り返る豊満な肢体を、場違い過ぎる女子中等部の制服で包んでいる。

 しかしその三白眼とまるで隙の無い佇まいは歴戦の戦士のソレを窺わせた。

 そして彼女は、会合に参加していない者でもあった。

 

「紹介しよう。彼女は─────水原真名」

「……何?」

 

 その名に、アスナとこのか、そして雪姫が反応した。

 忘れる筈もない、皐月の本来の姓。

 

 その名を持つ彼女は、しかし懐から札を取り出し姿を消した。

 

「なッ────!?」

 

 ────転移札。

 タカミチと学園長が驚愕の声を漏らすも、直ぐ様ソレを理解した雪姫と何故か硬直している皐月以外のアスナ達は、直ぐ様武装を完了させる。

 

 アスナは大剣を構え、アカリは両手に魔法剣を携え。

 刹那は持っている夕凪を抜き放ちこのかの前で構え、このかは呪札を取り出す。

 その速さは学園長とタカミチも目を見張るモノであった。

 

 姿を確認したら直ぐ様無力化する。

 特に白兵戦を得意とする三人は、揃えば例え最強クラスの魔法使いでもソレを実行可能だろう。

 しかし。

 

「────は?」

 

 四人の警戒も束の間。

 皐月という、この場で最も強い者の目の前に転移し、

 

「んぐぅ────ッ!?」

 

 完全に硬直している魔王を抱き締めて、唇を奪った。

 

「な゛ッ」

「────なん、だと」

「うわー、せっちゃんアレ舌入ってるわぁ」

「み、見たらあかんえこのちゃん!」

 

 愛しい想い人の唇が、イキナリ現れた女に奪われた。

 娘や妹扱いされているとはいえ、魔王を慕う従者達にしてみれば信じられる光景ではない。

 

「────って、何をしている!!」

「し、痴れ者が!」

 

 故にたっぷり十秒、呆然としていたアカリが雪姫の声で再起動し、その剣を皐月に当たらない様に振るう。

 しかし皐月の唇を奪い続けている美女は、その攻撃を後方へ飛び避けた。

 その所為か彼女に支えられていた白目を剥いていた皐月が、万感の思いを遺言に崩れ落ちる。

 

「────────────なんでや」

「皐月さ──んッ!?」

「つっくんが倒されるなんて、どないなテクや!?」

「サツキが腰砕け……是非とも教えて貰わねば」

「ふざけている場合か貴様等ァ!」

 

 雪姫がツッコミを入れるのも無理もなく。

 何故なら魔王の魔法抵抗力に対し唯一魔法を食らわす方法こそが、粘膜接触。

 本来の皐月ならば容易く避けられた行為。

 

 もしまつろわぬ神が行えば如何に皐月といえども致命傷は免れない。

 尤も、ツッコんだ雪姫自身も最も直感力の高いアスナがボケに走っている時点で問題は無いのを悟ってはいるが。

 

 しかしながらその場合、ただ純粋に唇を奪っただけと言うことになり。 

 そんな混乱の渦に呑まれている彼女達を尻目に、褐色の美女は笑う。

 

「────久し振りだ。また会えて本当に嬉しいよ、皐月兄さん(・・・)

 

 水原真名。

 かつてマナ・アルカナと名乗り、北欧で炎の魔王が生まれる要因となった少女だった彼女は、愛おしげに唇を撫でながら微笑んだ。

 




────2015年内には更新すると言ったな、アレは嘘だ(たぶん言ってない)
ようやっと出来ました。
と言ってもかなり突貫作業だったので誤字脱字修正点は山盛りかと思われます。

という訳で麻帆良魔法使い達との初会合。

麻帆良学園への侵入者ですが、今作では世界樹と図書館島の魔導書、そしてこのかを狙った外部の魔術師と、二十年前の戦争に駆り出された術者の遺族という設定です。
捕縛した侵入者の処置としては、魔力封印してからの記憶消去などです。決して殺害はしません。
あの健全な麻帆良陣営が侵入者を皆殺しにするのは想像できませんでしたので。

アカリのアーティファクトですが、詳しい説明はまた今度です。

そして正義の魔法使い筆頭の高音女史ですが、原作で言及している程度の正義発言。つまり二次創作ではかなり控え目にしました。
あんまりしつこくするとアカリ辺りが殺しそうなんでw
 
真名については伏線を回収した次第です。
彼女の話は何時になるかわからない次話でしますので、お待ちください。
後参入ヒロインは楓と■辺りかなぁ。

ゆーなについては彼女視点のお話も書きたいと思っていますので、説明は省きます。
彼女は原作の明日菜の代わりに、ネギを導いて貰います。尤も、ネギのヒロインになるわけでも、従者になるわけでもありませんが。


いやはや、投稿速度がドンドン落ちていって非常に申し訳無く、そしてソレでも待っていただいている方々には感謝しかありません。
本当にありがとうございます。
今年も暫くは忙しいので、更新速度は御察しですが、お付き合い頂けると幸いです。

修正点指摘、及び感想待ってます!


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第二十一話 半魔とニンジャと付喪神

 この世界には魔族と呼ばれる存在が居る。

 魔と表現されるように、彼等は西洋の神話や伝承に描かれる妖精、悪魔の姿とよく似通っている。

 

 基本的には魔法世界産の魔法によって、別位相に存在する彼等に擬似的な肉体、仮初めの生命を形成させ契約によって使役する。

 これは日本の式神召喚にも通じており、鬼や天狗の様な姿の者達も同様である。

 

 故に召喚された彼等は殺したところで、彼等の世界に住む本体は痛くも痒くも無いのだ。

 勿論、そんな彼等を完全に滅する魔法も、極めて高等魔法で修得には至難を極めるが、確かに存在はするのだ。

 そんな彼等だが、その本体が此方の世界に存在する場合もある。

 

 そう、魔法世界だ。

 元々彼等は、世界に顕現したまつろわぬ神の末裔。別位相に存在するのも、人々の迫害から逃れる為のもの。

 

 では何故迫害されるか。

 それは勿論、彼等が異形だからだ。

 

 翼が生えている者、腕が複数存在する者、角が生えている者、はたまた肉体が骨だけの者だって存在する。

 ただ肌の色が違うだけで────いや、魔女狩りの時代では気に入らない、妬ましいというだけで迫害されることもあっただろう。それこそ、理由は二の次で。

 

 しかし魔法世界では、魔族は亜人の一種に過ぎない。

 勿論人間とはそれなりに対立はあるだろうし、その鬱憤の蓄積の果てが大分烈戦争だ。

 

 そんな魔法世界に渡った魔族達は、他の魔法世界人とは違い当然に地球にも訪れることが出来る。

 尤も、それはあまり推奨できる事ではない。

 

 先述した通り、彼等は西洋の神話や伝承に描かれる悪魔や妖精に酷く姿が似通っている。

 それはその悪魔や妖精がまつろわぬ神として顕現し、そのまつろわぬ神と人との間に生まれた末裔が彼等だからに他ならない。

 

 そして彼等を悪魔達と同一視し迫害、又は退治しようとする者達にしてみれば───特に世界三大宗派の内、一神教の二つの宗教にしてみれば格好の獲物でしかないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話 半魔とニンジャと付喪神

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────で、お前は何だ?」

 

 放心した皐月を連れて、瑞葉家であるログハウスに帰宅した魔王一行。

 魔王を放心させた下手人に対して詰問をしていた。

 

 内心混乱の極みにいる刹那に、想い人の唇を不意打ちで奪われやや不機嫌であることと、しかし友人が増えそうな事に対する喜びが同居しているこのか。

 そして何時も通り何を考えているのか解らない明日菜と、一般人が浴びれば失神不可避の殺気を隠そうともしないアカリ。

 彼女達は下手人の中学生離れした褐色美女を囲んでいたが、エヴァンジェリン─────雪姫と向かい合うようにソファーに座る下手人、水原真名はそれでも飄々としていた。 

 

 何かおかしいことをすれば、即座に喉と四肢を切り落とされるというのに。

 そして、彼女は己の正体を簡潔に説明する。

 

「水原真名─────旧名はマナ・アルカナだが、皐月兄さんの義理の妹だよ」

『─────!』

 

 驚きで数人が息を呑む。

 成程、義理というネックはあるものの家族と呼んで良い関係だ。

 身内を優先する皐月が、予測できない行動だとしても避けようとする筈がない。

 

「義理の妹で褐色巨乳……!」

「しかも身長と色気的に姉プレイも可能やで明日菜!」

「お前達はもう黙っていろ」

 

 中学生離れの長身と豊満な肢体の彼女が皐月と並べば、成る程義理とは言え妹と思う人間はいないだろう。

 それを言うなら、現在戸籍上皐月の妹となっているアカリの凹凸も、真名に勝るとも劣らないのだが。

 

「成る程。以前皐月が言っていた半魔の娘とは貴様か」

「おや、私の話題が兄さんの口から出たことがあるのか。嬉しいな」

 

 嘗て、皐月が神殺しを為す切っ掛けとなった事件。

 魔族のハーフの少女─────マナを北欧にて保護したが故に、十字教の狂信者によって襲われた事件だ。

 

 十字教の外れ者だけではない。

 生け贄、神輿、実験材料────魔族を狙う理由や邪教と呼べる魔術結社は幾らでもある。

 しかも当時の真名は子供。これ幸いと実行に移す者も居る訳だ。

 

 如何に警察官とその妻とはいえ、神秘を一切知らない彼等に、一時とは言えバチカンという巨大な組織に所属していたであろう存在に対し為す術など無かった。

 それでも、雪姫の修行の甲斐もあってかまだ唯の人の身でありながら、そんな襲撃者達を何とか退けることが出来たのだ。

 尤もそれで、かの少年の箍が外れた原因とするならば─────。

 

 神殺しを為した直後。それこそ数日後にその襲撃者達は又もや襲ってきた。

 今度は子供相手と油断していた前回の襲撃とは違い、それなりの手練れを用意して。

 

 その結果は、怒り狂った魔王によって形成された阿鼻叫喚であったが。

 

「つまり貴様は、その時皐月の家族に助けられて養子となったと」

「養子というよりも、兄さんの後釜と言った方が良いかな。要は戸籍上だけなら水原家には子供は私だけだ。自分の戸籍を私に渡すことで、私が半魔族ということも隠そうとしたんだろう」

 

 皐月の両親は純人間。魔族が生まれる可能性は皆無に等しい。

 褐色の肌も、外国で長年過ごしていたと幾らでも言い訳が出来る。

 

 鏡のような竜と表現された皐月だが……何の事はない。

 身内に優しく他人には徹底的に冷たく、そして一度キレれば際限なく暴走し止まることを知らない─────典型的な日本人というだけのお話である。

 

 しかし女、マナ・アルカナにとって、他人の幸せを、それも恩人である少年の居場所を奪い甘受することは堪えられなかった。

 

「私は護られるだけなのは御免だった。そもそも兄さんが神殺しをしたのも、極論私が原因だしね」

 

 最も優れた魔法は何かと訊かれれば、真名は迷わず認識阻害と答えるだろう。

 真名はただの子供として過ごすことが出来たが、彼女は力を求めた。

 

 彼女は日本で数ヵ月過ごした後に、タカミチという伝手でNGOに所属。

 強くなるため、何より居場所を奪ってしまった義理の兄に対する罪悪感からの贖罪のように、戦場に己を晒し続けた。

 

「あれ? それやったら、何でつっくんあんな驚いとったん?」

「NGOに所属していたと言ったが、ここ数年は傭兵職でな。中々父さんや母さん、兄さんにも会えなかったんだよ。そしてここ数年で随分背も胸も大きくなった」

「つまり、ロリキャラがイキナリ爆乳キャラになって仰天してたと」

「つまり皐月はロリコンだった……?」

「年上趣味って言ってたよ?」

「つまり合法ロリを……?」

「いえ、皐月様はスタイルの良い方を好まれます」

「喧しいわッ!」

 

 最初に皐月が驚いていた理由がそれである。

 忘れがちだが、この場に居る人間全員が別荘を使用しており、戸籍年齢である中学一年生より成長している。

 特にアカリは他の面々より遥かに長く別荘にいたことに加え、皐月の権能も使って現在の姿に成長している。

 

 だが、真名の場合は話は別である。

 半魔であることが何らかの要因である可能性があるが、しかし明日菜達のクラスには大人びているという点ならば真名以上の那波千鶴という猛者が存在しているのだ。

 一概に半魔であることが要因とは言えない。

 

「という訳だ。いい加減私への敵性判断は止めてもらえないか? えー……と、瑞葉燈くん?」

「……まだ、あの方の唇を奪った理由を聞いていないのですが」

「はっはっは。何だそういうことか」

 

 口だけで笑うという器用な真似をしている真名に、全員の視線が集まる。

 

「兄さんとはここ数年会っていないと言ったろう? やや感極まっただけさ。君達だって年単位で兄さんと会わずに居たらああなるだろう」

「納得」

「納得やね」

「……」

「納得するな馬鹿筆頭三人」

 

 デヘヘ、と満面の笑み、または無表情で舌を出すこのかと明日菜。 

 そして無言の納得をしたアカリがソッポを向く。

 

「私が連絡係───橋渡し役に選ばれたのも、それが理由だ」

 

 対外的には魔王と無関係の傭兵であり、その実身内というとんだ間者ではあるが、知られなければ問題はない。

 それに近右衛門としては、警備として派遣する者を通じて魔王一行とも交遊を深めて欲しいという下心もあった。

 

「しかし、なら皐月さんはどうして倒れてしまったんでしょうか……」

「ソコはテクやでせっちゃん」

「いや、流石にそれは……」

「あぁ、舌を絡めた時に魔法薬――――睡眠薬を仕込んだから当然さ」

「はぁ!?」

 

 飄々と己の所業を口にする処は兄譲りだと、少年の保護者は頭を抱え。

 悪戯が成功した子供のように心身ともに大人びた少女は笑う。

 

「あの人を出し抜けた。私も成長を自覚できたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義理の妹襲撃事件の後日。

 本来象すら数時間は容易く眠らせる睡眠薬だったが三十分ほどで目を覚まし、しかしその時には真名は姿を消していた。

 

 そして明くる日の昼下がり。

 麻帆良の敷地内に存在する、何の変哲も無いSTARBOOKSという名の喫茶店。

 しかし普段多くの学生や大人が利用するその店は静寂に包まれるほどに人が居らず、そんな中で皐月はとある一席に座る男と向かい合っていた。

 

「いやぁ、お久しぶりです皐月王」

「甘粕さんも。確か何処ぞの神獣を爆撃した時以来でしたっけ?」

「あんな風な処理のされ方をした神獣見たの、初めてでしたねぇ」

「情けないよなぁ。レーヴァテイン一発で沈みやがって」

 

 疲れたサラリーマンのような風体のスーツ姿の男だ。

 彼の名前は甘粕冬馬。

 正史編纂委員会のエージェントであり、忍の技と、陰陽術および修験道が混淆した呪術を得意とする甲賀忍者でもある。優秀でない訳がない。

 何故なら彼はニンジャだからだ。

 

「というか、この場を設けるためにスタバ独占たぁ……売り上げ大丈夫なん?」

「ここの出資は委員会ですから、この程度の融通は効くんですよ。本来、羅刹王を招くなら専用の場所を造るのが良いのですが……」

「便所で話しても良いのよ?」

「それはそれでロマンですよねぇ」

 

 また癖のある性格であり、上司の命令にも「給料以上は働かない」と危険な任務に就きたがらないという困った人材であった。

 そんな中、とある灼熱の魔王に「だったら任務の度にボーナスを出そう、倍プッシュだ。その分存分に働いてくれや」「アイエエエエエ!?」と目を付けられた被害者でもある。

 

「んで? 関西の方はどうよ。具体的に言うと、新しい長役は」

「頑張っていますよ。というか、先代が元気ですね。『鈍った身体を鍛え直します』と言って」

「ストレス貯まってたろうなぁ。その鬱憤で魔法世界のサムライマスター復活か?」

 

 皐月と委員会との橋渡しを主に行っているのが彼だ。個人としても、肩肘張らずに気軽に会話出来る部下、という皐月からしても貴重な人材である。

 

 そして関西呪術協会───正史編纂委員会の内情は変化してた。

 

 先ずトップの変動。

 事実上の傀儡である近衛詠春の退陣である。

 元より詠春は娘があらゆる意味で利用される事から護るために、本来向かない長役などに納まったのだ。

 それを羅刹王という埒外のカードが解決した。

 神殺しの魔王が娘を護ってくれる。

 それで詠春の長役で居続ける理由がなくなった。

 詠春は清々しい顔で、大手を振って長役を辞した。

 新しく長役に就いたのは、何を隠そう目の前の甘粕の直属の上司だ。

 

 沙耶宮馨。

 沙耶宮家の次期頭首にて、名門女子校に通う現役高校一年生。

 皐月自身数回しか会ったことが無いが、一見すると少女漫画に出てくるような男装の麗人である。

 

「それで今回の件ですが─────」

「そっちの娘ですかね?」

 

 本題を切り出そうとしている甘粕を遮り、虚空を見据えながら問い掛けた。

 それに虚空から息を呑む気配が広がり、それに甘粕は諦めるように溜め息を吐いた。

 

「一応、甲賀(ウチ)の期待の新人なんですがね……」

 

 すると甘粕の隣に、虚空から滲み出るように一人の少女が現れた。

 

「いやはや、拙者の隠形など筒抜けでござったか」

「いやいや、貴女の隠形は完璧でしたよ。この人が異常なだけです」

「げらげらげら」

 

 知覚に特化した権能を持つ皐月の目を誤魔化したければ、それこそ摩利支天でなければ不可能だろう。

 人の業の域を越えられなければ、神殺しには遠く及ばない処か次元が違う。

 この魔王から隠れるならば、異空間に逃げ込まなければ話にならない。

 

「紹介しますね。彼女の名前は長瀬楓さん。私の代わりに委員会との連絡役を勤めて貰う娘ですね」

「連絡役ね……」

「? どうかしましたか?」

「いや、別に……」

 

 つい先日醜態を晒した原因とも呼べる愛妹を思い出す。

 ことスタイルに於いて、外国人モデルの如き肢体を連想させる人物が僅かな期間に二人も現れた。

「魔王って業が深いなぁ」と呟き、それに楓はキョトンと首を傾げる。

 

「改めて自己紹介をば。拙者の名は長瀬楓。まほら中等部にて、このか殿や明日菜殿達とクラスメイトをさせて貰っているでござる。好きに呼んで欲しいので御座るよ、主殿」

「…………何か、魔族か妖怪か妖精のハーフとかの設定は?」

「無いでござるなぁ」

「天然か……壊れるなぁ」 

 

 外見上だけなら真名やアカリ、目の前の楓は皐月の好みではあるが、如何せん彼女達は中学生。

 彼女達を異性として見るのは皐月のなけなしの倫理観が許さなかった。

 

「一応、彼女の所属は委員会ってことで良いんですか? 甘粕さん」

「正確には甲賀所属で派遣として委員会のエージェント、と言った形でしたが、今より総帥(あなた)専属ですよ」

「手足としてコキ使うのも、捨て駒の肉壁として使うも、性玩具として貪るのも御自由にでござる」

「俺がそういうの嫌いなの知ってて言わせてるでしょ。性犯罪や少年兵は基本的にはノーですぜ」

 

 勿論、例外はある。

 明日菜やこのか、アカリ等の自衛が必要不可欠な人間は徹底的に鍛え上げる。

 尤も、少年兵のように戦場に向かわせる様なことは断じてしないので、そういう意味では決して嘘ではない。

 現状としては、彼女達自身が戦場に突っ込んで行ってしまうのだが。

 

「少なくとも、気紛れで塩の柱にしたり、目と耳を削ぎ落としたりしないと信用はしていますよ」

 

 偉大なる先人達の傍若無人っぷりは呆れ果てるレベルであるが、それをどうこう言う資格は皐月にはない。

 それでも越えられない一線というものは存在するのだ。

 

「拙者、忍としてその手の知識は最低限書物で知っておりますが、房中術の類いは修得していないでござるからなぁ。無様を晒さずに済んで、実は安心したでござった」

「よかったよかった。甲賀に教育問題でカチ込みしなきゃいけない所だった」

「一応甲賀のまとめ役、私なんですけどねぇ」

 

 甲賀忍者壊滅。

 そんな文字が脳裏に過った甘粕は、ダキニ関連の術の教育を禁じたのが正しかったと、心から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───さて」

 

 そんな呟きが木霊したのは、図書館島最深部。 大瀑布に囲まれた凄まじい景色の中に築かれた場所だ。

 呟いた本人は、紅茶を片手に知人ならば「胡散臭い」と形容する笑みを浮かべていた。

 

「アカリ君も随分強くなったみたいですし、これは息子の方にも期待できそうですね。これで貴方との約束を果たせそうです、ナギ」

 

 アルビレオ・イマ。

 他者の人生を収集する魔導書の付喪神は、一年後にやって来るであろう戦友の息子の到来に十年前にした約束事が完遂できる事を予感していた。

 ネギ・スプリングフィールド。

 英雄を父親に持つ彼は現在魔法学校に通い、飛び級に飛び級を重ね、本来もっと長い在学期間を縮め卒業試験まであと一年となっていた。

 偏に彼の才能と、そして周囲から来る期待によって。

 

 魔法世界の本国───メセンブリーナ連合の傘下にある魔法学校は、卒業の際に様々な場所に赴いて指示された内容を熟すという修行と称した最終課題を与えられる。

 

 そしてネギ・スプリングフィールドの場合は行き先が決定していた。

 

 魔法世界に轟く英雄の息子の修行先。

 そこに政治的判断が入っていない訳がない。

 ネギは彼を利用しようとするメガロメセンブリア元老院の傀儡にされぬよう、元老院が納得し影響が出来うる限り低く、且つ彼をフォロー出来る環境に行かなければならない。

 

 そんな都合の良い場所は、麻帆良学園以外にあり得ないのだ。

 

 勿論、懸念要素はある。

 妖精の判断に材料は用意できるが、どの様な形で麻帆良学園に来るかは分からないからだ。

 

 しかしあくまで形だけの卒業試験。

 仮に試験に失敗しようとも、彼等彼女等が目指す『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』に成れなくなる訳ではない。

 

「何せ、現代の『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』の象徴とも言える人物が、魔法学校中退の不良ですからね」

 

 話に聞くところによると、破天荒だったナギの息子と思えないほど真面目な性格らしい。

 キチンと試験を突破できるだろう。出来なくともきっと父親に並ぶ魔法使いに成れるだろう、というのが近右衛門の予想であり期待。そして願望だ。

 

 確かに英雄の息子の経歴が汚れることを本国上層部(メガロメセンブリア元老院)は嫌うかも知れないが、彼等の寿命など後三年も無い。

 あの心優しき灼熱の魔王の逆鱗を狙い続ける限り───いや、目障りと思われている時点で滅びは必定だ。

 

「魔法世界は荒れるでしょうが、魔王とはそういうものですから。はたまた魔王を討たんとする英雄の出現もあり得るかもしれませんが───いや、無いですね」

 

 アルビレオはかの英雄との契約カードを撫でながら、懐かしさに静かに目を細める。

 

 本音を言うと、仮にこの地で卒業試験に落ちようが構わない。

 

 彼の目的は人生の収集。

 友人である英雄との約束も重要だが、その人生がどの様な物だろうとも『面白い』のならば構わない。

 黄昏の姫御子、英雄やその子に手を貸そうと思うのは、そこで終わっては『面白くない』だけであって。

 

 その点に於いては、あの魔王の下に居るのは最上に近い。

 己が安全を確保する最も手っ取り早い方策は、魔王の身内、友人になること。

 そしてあの心優しき少年はどの様な手段を用いようとも己の宝石を護ろうとするだろう。

 

 あの魔王自身が動けば物語がメアリー・スーのように片付いてしまいそうだが、しかし皐月が全てを救う事が出来ないのはカグツチでの一戦で把握済み。

 

 魔王は絶対勝利者ではあるが、救世主ではないのだ。

 

「ふ、フフフ」

 

 そして何よりの楽しみは、純粋培養で魔法使いの光に照らされ続けたとも言えるネギと、魔法使いの闇を見続けたアカリが再会した時に。

 両親の遺した業が、あの兄妹の前に現れた時に一体どんな物語を紡ぐのか。

 

 それが楽しみでならないのだ。

 

「現段階ではアカリ君が瞬殺して終わるでしょうが、今のアカリ君はそもそもネギ君など眼中に無いでしょうから直ぐ様殺し合いにはならないでしょう」

 

 ならばそれまでに彼が強くなれば良い。間に合うかどうかは分からないが、どちらにせよ指導者が必要だろう。

 

「そして私が師匠役に納まれば、なるほどこれ程美味しいポジショニングは無いでしょうね」

 

 そうなれば自分は特等席で物語を楽しめる――――10年前の様に、と。

  

 共感しよう。

 友愛も感じよう。

 親愛も感じよう。

 まるで本の登場人物にのめり込むように。

 その付喪神の表情は、期待の本を楽しみにしている子供の様だった。

 

 そしてその趣味の対象は───決して少なくない。

 ここにも、そんな物語の収集対象が変化を見せた。

 

「確か───綾瀬夕映君、でしたね」

 

 図書館島の司書でもある男は、その超越した視線で己のテリトリーである図書館島内部で、とある魔法に関する書物を偶然手にして呆然とする、黄昏の姫御子と同じクラスの少女が居た。

 

「君は、どんな物語を私に見せてくれるのですか?」

 

 結論を述べるなら──────それは、悲劇だった。

 

 

 




本当にお久し振りです(白目) 超難産でした。いやしかし五か月近くは……。


まず今回の話は真名と楓、そして変態司書のお話でした。

真名は正直数話の過去編を最初は予定していたのですが、更新速度がどんどん落ちてきたので今回の話に纏まりました。
カンピオーネ原作、イタリアとイギリス多すぎで、且つ十字教のお話が少なすぎなんで、かなりそこら辺は適当です。

次にニンジャ。
甘粕さんさ正確には甲賀と明言された訳ではなく、独自設定です。楓の上司と言うので余りに都合が良かったからですな。
なので原作とは違い、楓は神秘の存在を知っています。つまり三巻イベントは起きぬ。

そして最後に変態古本。
彼についてはかなりオリジナルをここでぶちこみました。主に人格面が独自設定ですね。
というか原作でも紅き翼結成については語られていませんし、独自設定になっちゃいます。
彼の人格のモデルというか元ネタはfateのマーリンですね。昆虫レベルではありませんが、かなり観測者として内心冷徹な部分を設定しました。
そしてナギやネギ達に加担する理由は作中であった通りです。

図書館島のゆえ吉を知覚出来た理由なんですが、原作でアーニャの再現できている事から相当な範囲知覚出来てるって事ですよね。まぁ間接的な何かが必要だとは思いますが。
そして何より、今後この設定が生かされるかどうか……。



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第二十二話 無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり

 

 

 

 ─────「きみは何も知らないんだねえ。自分が何も知らないということさえ、知らない。無知の知ならぬ無知の無知ということかな」

 

────臥煙伊豆湖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────綾瀬夕映は日常が色褪せて見えていた。

 より正確には、心から尊敬していた哲学者である祖父の綾瀬泰造の死後、世界が退屈でくだらない物で構成されている───そんな錯覚すら起こしていた。

 

 彼女が中学生ながら、興味のある事については天才的な学習能力があった事も助長していた。

 

 そんな彼女は麻帆良学園の図書館島探検部に仮入部した。

 それは本好きな自分が、本の中へ逃避しようという考えもあったかもしれない。

 彼女が親友と呼ぶべき少女と出会ったのはその時だ。

 

 宮崎のどか。

 前髪で顔を隠している恥ずかしがり屋の少女は、夕映と同じく本好きであり、そして図書館島探検部に入部したという共通点があった。

 恥ずかしがり屋の引っ込み思案ののどかと、知的好奇心に忠実で行動力のある夕映と。

 性格も衝突するような物ではなく、夕映がのどかを引っ張るような感じで相性が良かったのもあったのだろう。

 二人が友人関係から親友と呼ぶべき間柄になるのに、そう時間は掛からなかった。

 

 時間が経つに連れ、夕映には友人が増えてきた。

 

 早乙女ハルナ。

 漫画研究会と図書館探検部を兼部している、一部の冷徹サイドポニーや褐色スナイパー。細目ニンジャと圧迫系笑顔保母の様な一部の規格外程ではないが、幼児体型である夕映には激憤不可避な中学生離れした胸部装甲を持った眼鏡腐女子。

 女子寮で同室ということや、のどかや夕映には無いお調子者的な明るさもあり、瞬く間に仲良くなった。

 

 彼女は祖父が亡くなって感じていた諦観は、最早無くなっていた。

 

 奇妙だが心暖かいクラスメイト。

 掛け替えのない親友達。

 興味の無い勉強を、決してサボらせてはくれない美女教諭。

 成る程、彼女は正しく充実していた。

 

 そんな彼女は部活動中に、とある一冊の本を見付けた。

 何フロアも地下に広がっている図書館島にはある程度規則がある。それは図書館探検部と言えど変わらない。

 

 それは、中等部の生徒は地下三階より下には入れないという一点。

 そんな入れないフロアに、しかし夕映は探検中に偶然入り込んでしまったのだ。

 

 勿論わざとではない。

 図書館島には多数の侵入者や盗難から蔵書を守るために様々な罠があり、余りに複雑なためそのままにされている。

 夕映はその罠に掛かり、本来入れない区画にまで足を踏み入れてしまったのだ。

 

 そこで引き返していれば、話は始まらなかっただろう。

 恥ずべき失敗談程度で済んだろう。

 

 しかし彼女には長所であり短所があった。

 それは彼女は興味の無い事柄には無気力になるが、興味をそそられた事柄には並外れた行動力を発揮すること。

 

 そして本来長所だったそれは、その場において好奇心を煽る物でしかなかった。

 千載一遇のチャンス。

 そんな風に考えてしまった彼女は、そのまま足を踏み出してしまった。

 そうして、一冊の本を見付けた。

 

「『初心者でも分かる、まほネットの扱い方』……?」

 

 その本は比較的新しい、これまで図書館島でよく見る歴史のあるであろう古本等ではなく、まるで最近寄贈された様な物だった。

 その本の内容に目を通そうとすると────

 

 

 

 

「これはこれは。此処まで来れる生徒は珍しいですね」

 

 

 

 

 

 背後に、まるで魔法使いのようなローブを着た長髪の男が立っていた。

 

「────────ッッ!!?」

 

 声無き悲鳴をあげた彼女は本を抱えて逃げ出してしまった。

 無理もない。

 胡散臭いこと極まりない笑みを浮かべて、背後に突然現れ耳元で囁いてきたのだ。

 誰だって逃げる。

 

「おやおや……」

 

  そんな夕映を見ても、仕方無いと言わんばかりに変わらず胡散臭い笑みを携え続ける。

 

「一応、神秘を担う者としての義務だけは果たしておきましょうか。それに本来貸出しは禁止しているのですが……まぁ、構わないでしょう」

 

 ────その方が面白そうだ。

 

 その男────アルビレオ・イマは、逃げる夕映に聴こえるように言霊を飛ばして姿を消す。

 

『それを用いることは構いませんがその後に起きる、子供の貴女が起こすことの責任は大人が背負える程度にするべきですね────────』

「……!」

 

 ────────大人とて、背負えない責任というものがあるのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話 無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ……ハッ……()る所でした」

 

 夕映がどうやって自分の寮の部屋に帰ってきたのか、彼女は覚えていなかった。

 先程の恐怖体験が幻覚であったかと思いもしたが、己が手にしている一冊の本が現実だと証明していた。

 

「どうしよう……のどかやハルナを置いて、一人で帰ってしまったのです」

 

 共に図書館島で探検していた、そして一緒に帰るのを約束をしていた親友に対して申し訳無さが溢れる。

 だが、それは後で謝るしかない。

 一応詫びのメールを送ったものの、罪悪感が今すぐ消えるわではない。

 

「今、考えても仕方ありません」

 

 今考えなければならないのは何か。

 あの男は何者なのか。

 その疑問が沸き立つものの、先ず彼女が行ったのは戦利品の検分だった。

 

「思わず持ってきてしまったですが……」

 

 図書館島の一階フロア以下の蔵書の貸出しは基本厳禁である。

 なので夕映は教師に連絡し、謝罪と共にこの本を図書館島へと返却しなければならない。

 だが、

 

「まぁ、返すのはじっくり読んだ後でもいいですよね?」

 

 所詮彼女は中学生。

 好奇心には勝てなかった。

 

「しかし、『まほネット』とは一体……」

 

 本の表紙に書かれている単語に覚えは無い。

 そして彼女は、ページを開き読み始め────首を傾げた。

 

 実際にPCを立ち上げ、特定の窓口を本に載っていた通りに通過すると容易くアクセス出来た。

 

 『まほネット』自体については理解は早かったのだ。

 既存のネットから独立した情報ネットワークであることは理解できたのだが、問題は扱っている情報。

 

(ムンドゥス・マギクス? メセンブリーナ連合? 帝国? アリアドネー? 『立派な魔法使い』? 英雄『紅き翼』? ────意味が分からない)

 

 甚だ理解不能な文字の羅列だけではない。

 画像や動画が数多く記載され、その文章の真実味を強くするような物が多数あった。 

 尤も、それだけならば合成やCGだと切り捨てることが出来たろう。

 

「……高畑、先生?」

 

 ────己の知る人間がそれに載っていなければ。

 

 ソレは、たった一人で学園内の幾多の抗争・バカ騒ぎを鎮圧した広域指導員である。

死の眼鏡(デスメガネ)』『笑う死神』と呼ばれ、学園の不良に恐れられている。

 麻帆良学園治安維持の抑止力であり、出張こそ多いものの生徒に対する柔らかい態度故に、生徒から親しまれる先生だ。

 夕映自身も何度も話したことがある。

 

 そんな先生の特集のように纏められていた記事には、夕映が知らない彼の経歴が載せられていた。

 

 出張が多いとは思っていたが、『NGO』に所属しているとは、彼女には思いも依らなかった。

 そして殆どの記事に共通する一つのキーワード。

 

「魔法……。まさか、こんなファンタジックな単語を大真面目に口にする日が来ようとは」

 

 オカルトかつ非現実的かつ非科学的な戯言。

 比喩表現でなければ本の中にしか使用されないソレ。

 もしそんなシロモノが実在すると仮定するのなら。

 

よくよく考えれば(・・・・・・・・)あの異常な(・・・)地底図書室、学園の不思議の数々、そしてあの世界樹……。例えば、図書館島に張り巡らされた罠が、魔法関連の蔵書を守るためだとするのなら……!」

 

 それらのある麻帆良学園が、『魔法使いの造った』と考えれば、非常に納得できる、と。

 

 そして今更ながら己の通う学園の異常性に気付き、違和感を覚えた。

 何故、そんな当たり前の事に気付かないのか。

 それは瞬時に違和感から疑問に変わる。

 

「範囲内の認識を歪める方法が……認識阻害魔法!?」

 

『まほネット』で検索すれば、その程度の情報は直ぐ様手に入れることが出来た。

 魔法という神秘────しかし、上述の様な心を操るような物まである。

 

 忌避する人間もいるだろう。

 既に認識阻害という魔法により自身が心を弄ばれているのだ。そんな考えを持つものも必ず居る。

 

「魔法……魔法……!」

 

 しかし、夕映は肯定的な類いの人間だった。

 魔法という未知への好奇心。

 まるで物語の主人公になったような気分だった。

 誰かに教わるのではなく。誰かが使っている姿を見て知ったのではなく。 

 己自身で知ったからこそ、彼女の感動は凄まじかった。

 

「私も……使えるのでしょうか」

 

 魔法使いに、なれないものか。

 それは当然の思考だった。

 故に彼女が『まほネット』────魔法にのめり込むのもある種当然の思考である。

 

「────ゆえ……どうしたの?」

「の、のどか……! お帰りです、すみません先に帰ってしまって。えっと、ハルナはどうしたのですか?」

 

 いつの間にか帰っていた親友に気付かないほどに。

 

 サイドロングに前髪で目元まで隠れている大人しそうな、年相応の体躯の少女────宮崎のどか。

 その声色と前髪に隠れた瞳は、引っ込み思案な彼女の性格を表していた。

 

「ハルナは締切が、その、しゅらば……? だって言って、多分今日は学校に泊まるんじゃない、かな?」

「成る程……」

 

 図書館島探検部と漫画研究会と兼任、寧ろ後者の比重が日々増えているもう一人の同居人の行動は、納得のいくものだ。

 

「ゆえ、さっきから何を観てるの?」

 

 そしてソレは、夕映にとって都合の良いことでもあった。

 

「────……のどか、これはですね」

 

 大切な親友と秘密を共有出来る。

 魔法というある意味非社会的な事を秘する背徳感と、一人で抱える事への不安感が「親友を巻き込む」という選択を夕映にさせた。

 

 早乙女ハルナは如何せん口が軽く、かつ情報伝達能力が異常である。

 秘密を共有するというのには極めて相性が悪い。

 その点のどかはその性格から、秘密を漏らすことなどあり得はしない。

 

 その選択を責めるのは、余りに酷だろう。

 彼女は予備知識無しでその神秘を知ってしまったのだ。

 

 誰かが神秘を行使している場所に出会したのなら、話は変わっていただろう。

 麻帆良学園の神秘を行使する人間など、善人の集団である魔法先生か、必然的に魔法先生へと情報が行く魔法生徒。

 そして埒外だが、平時は心優しき羅刹王とその宝石たる少女達。

 

 何れも正しい知識を正しく教え、正しく支えてくれたであろう面々。

 しかし、彼女が出会った魔法使いは、広い麻帆良学園で唯一不適格な付喪神。

 そんな古本の最低限の忠告すら、夕映は興奮の余り忘却していた。 

 

 彼女はある意味、当たり前に無知だった。

 

「ふふ、驚かないで……いや、呆れないで欲しいのですが────」

 

 それでも、タカミチに相談を一つするだけでも良かったろうに。

 その選択が、決して取り返しのつかない事態へ誘う事を────────彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……瑞葉。お前達から出す警備の者というのは……『彼』でいいのか?」

「以前確かめてみたら『彼女』でした。ソコ結構重要ですよ?」

「そういう事ではないのだが……」

 

 学園長室に集まった今夜の麻帆良警備の面子が、明らかにざわめきの声を挙げる。

 魔王からの増援と、期待と不安が混ざり合った感情で以てこの場に臨んでいた者達は、それぞれ又もや違った感想を溢した。

 

「……瑞葉さん?」

「苗字だとアカリと雪姉さんと被るんで皐月で良いッスよー」

「では……皐月さん、貴方の言う警備に出す人員というのは────まさかその子狼とは言いませんね」

「おや?」

 

 主人の足元で丸まっている、美しくも愛らしい銀狼に高音・D・グッドマンは口元を引き攣らせた。

 

「こんな小さく愛らしい仔を、警備に出すと?」

「神獣────それもまつろわぬ神に匹敵するほどのモノを、警備如きに出すと?」

「────え?」

 

 高音の、一見愛らしい姿の銀狼────フェンリルに対する感想が、刀子のソレと被った。

 

「く、葛葉先生?」

「高音さん。貴女はかの神獣の呪力が感じられないのですか?」

「いえ、そんなことは……しかし! こんな愛らしい仔に戦えというのは……!?」

「────はぁ……フェンリ」

「ウォン!」

 

 そんな無用な、それこそ大きなお世話と言える気遣いに、フェンリルの姿が変貌する。

 足元程しかなかった姿は、学園長室の天井に背中が届くほどの巨躯へと変わった。

 

「────────は?」

「これでも小さい方です。ビルとか簡単に一呑みでいけるレベルですし」

『────────』

「あ、小さくなってくれフェンリ」

 

 大きくなったフェンリルはその顎を撫でられながら、主の言う通り再度仔狼の姿へと変わる。

 しかしその小さな姿に愛らしさを感じる豪の者は居なかった。

 

「しかし皐月君、本当に良かったのかのぅ? 神獣を警備に使うなど畏れ多いのじゃが」

「この仔にも色々学ばせたいんですよ。それに学園の侵入者レベルなら、ヌルゲーだと思いますし」

 

 その日の夜から、侵入者の捕縛速度が段違いで速くなったのは言うまでもない。

 

 

 

 




本 気 を 出 し て み た(いつも本気でなかった訳ではない)

 感想欄で某コズミック変質者じゃね? と言われまくった変態古本。
別にあのストーカー蛇を意識した訳じゃありませんよ?(;´д`)
 なので進んで陰謀張り巡らす訳ではありません。今回の夕映に対して行ったような、切っ掛けを作るだけです。
 そこからどう転じるかは夕映次第ですね。

 そして今回のお話の主役と言っても良いゆえ吉。
 原作の修学旅行の襲撃の様な出会い方ではないため、かなり舞い上がっております。
 分かりやすい危険を体験していませんので、仕方がないのですが。
 なので原作を遥かに上回るほどに迂闊です。と言っても、行動の様子は原作で彼女の行ったような行動を基準にしています。なので「夕映が絶対にしない行動」はしないよう注意しなければならないですね。

 初登場の本屋ちゃんですが、ネタバレになりますが恐らくエヴァやさよor茶々丸と同レベルで原作乖離するキャラです。
 彼女がどう変貌してしまうのかは更新を再開してからになります。 

 そして最後はフェンリル。
 話自体が短いですが、彼女が警備に参加する魔王側の存在です。
 皐月が別荘の中での訓練ではなく、弱者を摘み取る「狩り」を彼女に知って欲しかったからですね。

 というわけで宣言通り近日更新し、申し訳ありませんが別作品のfate二次を一段落させる為に一旦更新を休止します。御了承ください。
 決してエタる訳ではありません。ご注意ください。
 修正点は随時修正します。


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第二十三話 大停電と狼王の足音

ぶっちゃけ書き方を忘れ中々描きませんでしたが、ようやっと出来ました。
御待ちいただいた方には、謝罪と感謝をば。

別の小説の次話投稿しておりました。
お騒がせして本当に申し訳ない。


 

 

 

 

 

 夕映が図書館島下層で本を見付けてから、一週間が経った。

 

 麻帆良学園は表裏問わず平和であり、まつろわぬ神が顕現したり羅刹王が殴り込みに来ることもなく、穏やかな学舎そのものだった。

 

 夜の警備もフェンリルの散歩という名の狩猟により被害など出ようがなく、魔法生徒達にとって極めて安全に実践経験を積める場になっていた。

 そんな中────、

 

「プラクテ・ビギ・ナル、“火よ灯れ(アールデスカット)”!」

 

 彼女は、魔法の発動に成功していた。

 

 発火魔法。

 それも杖先からライター程の火を灯す程度の初級も初級の魔法である。

 しかし、一週間前まで魔法の魔の字も知らなかった夕映が行った快挙とも言える。

 

 いや、仮に彼女が見付けた本が魔法に関する蔵書であれば大したことは出来ない。

 

 知識が有ろうと、仮に技術を持とうとも魔法を使うには絶対に必要な物が存在するからだ。

 

 そもそも魔法世界伝来の現象操作技術────魔法は、精神エネルギーを媒介に大気中のマナを取り込み、魔法という形に変換、出力する技術である。

 そこには術式や詠唱、魔力など複数の絶対要素が必要だが、中でも最も重要な物があった。

 

 魔法発動体。

 おおよそ魔法と呼べるものは、詠唱無詠唱問わず全てこれが必要になる。

 幾ら魔法に興味が沸こうが、これがなければ話にならない。

 

 だが、世の中便利が過ぎる時もある。

 

 本来夕映のような一般人が持つ筈の無い、星に棒が付いたような形状の玩具の杖に炎が灯っていた。

 

「……やったです」

「すごい! すごいよ夕映!!」

 

 それを表情が乏しいながらも、達成感で夕映は震えていた。

 それを見守り、手伝っていたのどかは普段の大人しさからは珍しく両手を挙げて喝采する。

 

 ────まほネット。

 

 ネットワークである以上、通販も当然存在していた。

 そして玩具の魔法発動体は彼女でも十二分に購入できる安価。

 更に初歩の初歩ではあるが、魔法行使の方法(呪文)やコツまで様々な技術補助を得ていた。

 

 ソコに彼女の好奇に対する熱意と、本来目覚める事の無かった魔法の才が合わさり。

 結果、彼女はまほネットで情報をかき集め、独学で一週間足らずに初歩魔法の行使を可能にしていたのだ。

 

「勘の良いハルナの目を盗みながら呪文詠唱をするのは流石に現代人がやるのは堪えましたが、こうした結果が出れば達成感で胸もすくというものです」

「大変だったね……」

 

 そしてそれは、夕映だけの功績ではなかった。

 彼女の秘密の共有者である、のどかの協力あってこそ。

 だが、問題はそこからだった──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 大停電と狼王の足音

 

 

 

 

 

 

 

 

「────足りない」

 

 初級魔法を修得した彼女は、しかし焦れていた。

 魔法という圧倒的未知の前に、魔法の修得の達成感は更なる未知への好奇心の呼び水に過ぎなかったのだ。

 しかも習得と言っても初心者推奨魔法。

 その後様々な魔法を習得しようと努力し、実らせた。

 だが、基礎魔法をおおよそ習得したのちに────壁にぶつかる。

 術式の複雑さが増し、独学の欠点が鎌首を傾げ始めたのだ。

 

「映像や資料だけでは限界が……」

 

 彼女は、真っ当な魔法使いによる指導の必要性を感じていた。

 独学と指導を受けた場合の修得速度の差は、彼女とてよく知っている。 

 

 だが、馬鹿正直に麻帆良学園の魔法先生に教えを乞えばどうなるか。

 最悪記憶消去の憂き目に逢うかもしれない。それは彼女にとって万が一にもあってはならない事である。

 裏の人間としての顔が表とさして変わらない事を知らない夕映には、馬鹿正直に教えを乞うことは自殺行為にしか思えなかった。

 魔法使いである以上、魔法の秘匿は大原則。魔法世界の干渉下にある魔法使いがそれを犯せば、待っているのはオコジョの刑というふざけた罰。

 

 何より、彼女は魔法という特別を独占したかった。

 誰かから教えられたのではなく、自ら見付けたことが彼女の足を引いていた。

 故に己の力のみで。焦りもあり、そんな意固地になっていたのだ。

 

「教えを乞うことは無理でも、使う姿を直で見れれば……」

 

 まほネットから、この学園への侵入者が絶えないことも把握住みである。

 故に警備を行っている魔法先生と侵入者の戦いを盗み見て、魔法の会得の礎とする。

 

 しかしそんな彼女の思惑ははずれた。

 警備においてその衝突を察知してから現場に到着しても、戦闘痕すら見当たらず。

 あるのは大きな獣の足跡だけ。

 魔法戦闘など見られなかったのだ。

 

 これに関しては完全に不運であった。

 

 そもそもかの神獣の嗅覚による知覚範囲は主人である魔王にこそ劣るが、彼を除けばこの学園に並ぶものは居ない。

 迷い込んだ一般人を認識し、危険を排除するために即座に侵入者を噛み殺したのだ。

 夕映が現場に辿り着いた所で、証拠を残さず処理をするのは造作もなかった。

 

 結果、戦闘痕でさえ夕映は観ることが出来なかったのだ。

 

 そこからはネットに齧り付く毎日であった。

 嘗ては不馴れだったPCも、のどかの持ってきてくれる資料や、偶々PCで四苦八苦していたところを見られたクラスメイトの長谷川千雨の指導によって、今や夕映は立派なネット民になっていた。

 そして、

 

「大結界……?」

 

 まほネットの麻帆良学園に関するスレッドの中に、そんな話題が存在した。

 

 曰く、麻帆良学園には巨大な結界が張られており、それが大規模な侵入を阻んでいるとのこと。

 それは学園の電力によって賄われており、学園の全ての電源を落すでもしない限り解除することは出来ないのだという。

 スレッド中では一笑に付されていたが、彼女にとっては目を奪われる情報。

 

「……まさか」

 

 その話題は麻帆良学園の防衛能力の高さを謳ったモノだったが、学園に数年以上通っている夕映のような生徒だから、気付いた。

 

「大停電────。もし、学園結界を電力によって賄っているのだとしたら……!」

 

 麻帆良学園の年に一度の意図的な大規模点検。

 その為に学園全体は、20~24時まで学園都市全域がメンテのため停電を起こす。

 

 必然、学園結界はその効力を失い、侵入者はこれ幸いと攻め込んでくるだろう。

 その答えに、夕映は辿り着いた。

 

 より激しい戦いを観ることが出来るかも知れない、と。

 

「────のっ、のどか!」

 

 興奮による笑みを浮かべながら、親友へ報告をしに行く。

 

 ────自分がその戦いに巻き込まれないだろうかと、舞い上がっていた為に当たり前すぎる事が頭から抜けている事すら気付かずに。

 

 彼女は語るだろう。

 決して拭えぬ後悔として。

 死ぬまで償い続けなければならない罪科として。

 

 出来るなら────その時の己を殺してやりたいと。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「────大停電?」

「それに伴う学園結界の一時的な消失。その際の侵攻の間だけ、手を貸して欲しいと君達に依頼があってね」

 

 神殺しの魔王たる瑞葉皐月が、学年でさえも魔王の称号を与えられて早一年。

 彼等は中二という世界で最も愚かで馬鹿で阿呆極まる歳になっていた。

 実際に裏の体面は厨二極まる彼は、教師業務で主不在のログハウスで明日菜達のクラスメイトが行っているという路上販売店の肉まんを食べながら疑問符を挙げた。

 

「勿論、私も参加する予定だよ」

 

 四月中旬の休日、その昼下がり。

 話を持ってきたのは、去年の顔合わせ以来魔王一行(皐月達)と学園との橋渡しをしている傭兵であり、その実皐月の両親の義娘という身内極まる少女、水原真名である。

 少女、と表現したが外見年齢はその長身も相俟って完全に成人女性のそれであったが、彼女は魔族とのハーフ故、数百年はこの姿で存命するだろう。

 

「それ、今まで通りフェンリだけじゃ駄目なの?」

「かの神獣の力は疑っていないさ。ただ今回は何か事情が合ったらしくてね、AAA(Austro-africus Aeternalls)のタカミチ・T・タカハタが海外の出張から帰って来れないらしい」

 

 タカミチは学園長を除けば、麻帆良学園最大戦力。

 紅き翼の一員であったことや本国での評価は絶大である。

 そんな彼が不在というのは、魔法先生や生徒を不安にさせていた。

 

「せやけど、先生一人居らへんからっちゅうて、防衛が突破される程魔法先生達は柔やないと思うんやけど」

 

 このかの言う通り、世界基準に見ても、麻帆良学園の防衛力は高い。

 タカミチを抜いても、葛葉刀子や神多羅木(ヒゲグラ)達武闘派の実力はそれを補って余りあるだろう。

 だが、

 

「今回の襲撃……些か不穏な動きがあるみたいだ」

「不穏な動き?」

「それは────」

『それは拙者が説明するで御座るよ』

 

 その時、この場にいない人間の声が響く。

 すると家具の物陰からヌルリ、と裂け目が現れ、長身長髪の女性────長瀬楓が現れた。

 

「おお楓か。相変わらず権能顔負けだなぁアーティファクトは」

 

 皐月との仮契約によって得た忍者刀のアーティファクト────『天狗之隠刀』によって、幽世に一戸建ての家を内蔵した疑似空間と現世を出入りすることができる彼女は、数少ない皐月の知覚の外に居ることが出来る存在である。

 

「楓……、私と兄さんの会話に割り込んでくれるなよ。殺すぞ」

「ちょっと殺意高過ぎるでござらんか?」

「お前ら報告報告」

 

 殺意マシマシで仮契約カードを懐から取り出す真名を無視して、ドン引きしながら狭間の空間に身を隠そうとする楓の報告を皐月が要求する。

 

「今回の麻帆良学園の大規模侵入に、外国の羅刹王────う゛ぉばん侯爵とやらが介入するのでは、という情報がござる」

「あ?」

 

 その言葉で、皐月の顔色が変わる。

 現存する最古の魔王、ヴォバン侯爵────サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンは二年前にこのかを拉致、死ぬ可能性が高い神格招来の儀式の巫女として使用しようした。

 そんな彼と、彼女を取り戻さんと激怒した皐月が激突。

 ソコに何故か現れ、儀式によって招来された英雄神まつろわぬジークフリートを討伐しその権能をちょろまかした魔王、剣王サルバトーレ・ドニも参戦した三つ巴の激戦に発展した事件。

 

「介入ねぇ。でもアイツが来日する情報があれば『介入するのでは』って曖昧な表現じゃ無い筈だよな?」

 

 ヴォバン侯爵は良くも悪くも策を巡らせるタイプではない。

 特に皐月のような怨敵が相手ならば、発見次第本人が突撃していくタイプだ。

 尤も、もし来日するのであれば皐月は此方に向かってくるヴォバンの旅客機ごと撃墜する予定である。

 

「領空侵犯は撃墜される。これ当然だよなぁ」

「日本には中々難しいけど、その点インドネシアパイセンは素晴らしい」

(兄さん絶対警告とかしないだろうなぁ……)

「つーかカグツチの権能で炙られたあのジジイの傷が、魔王とはいえ二年や其処らで治るかね? 俺が解呪しねぇと治らない筈なんだが」

 

 その際の戦闘でヴォバン侯爵は相当の重傷を負い、敗走している。

 それは致命傷と言っても過言ではなく、何よりその傷は神殺しの権能によって齎されたもの。

 

 腕が欠損しようが一日で生えてくる魔王の治癒能力でさえ封じ、治癒阻害の傷を与えるソレは、最古の魔王でさえ容易く治せる代物ではない。

 

 故にヴォバンは何としても皐月を倒さねばならない。

 尤も、当時顔どころか全身を炎によって隠していた皐月の所在を容易く見付けられる訳もなく。

 

「その情報の根拠は?」

「なんでも侯爵自身に動く様子は無いでござろうが、配下の青銅某とやらが来日の準備を進めているでござる。そこから考えられるのは────」

「あー、成る程。それで学園側が応援要請して来たと」

「こちらはイタリアの中々大きい組織が不穏な動きとの話だったが、その組織が侯爵の傘下組織なら繋がりはするな」

 

 得心行ったと言わんばかりに頭上を仰ぐ皐月に、真名が同意する。

 

「どゆことなん?」

「まず最初に麻帆良学園にジジイが目を付けた理由はフェンリだろうな」

 

 ヴォバンにとって、覚えがあり過ぎる神獣が防衛している霊地。

 更にその霊地には嘗て拐った媛巫女のこのかがいる。

 気にならない訳がない。

 

「しかしヴォバン侯爵が動くにはまだ情報が足りず、身体も万全とは言えない」

「だから小手調べに従僕を向かわせて是非を問い、居るなら嫌がらせも込める腹積もりと?」

 

 ヴォバン侯爵が恐れられる最大の要因────権能『死せる従僕の檻(Death Ring)』。

 ヴォバンがエジプト神話の豊穣と冥府の神オシリスから簒奪した、殺した人間を自分に従属させる権能。 

 過去にこのかを拉致、誘拐したのもこれによって従わされた死者の魔術師によるモノだった。

 死者の冒涜という、これ以上無い非道である。

 

「その過程で何人死のうが構わないの?」

「寧ろジジイにとっては手駒が増えて良いんじゃねぇの? あの魔王(キチガイ)筆頭が有象無象に気遣うかよ」

 

 皐月を除く、この場の面々が殺気立つ。

 麻帆良学園に皐月が居ればよし、居なくても使える人間を殺して従属させれば(・・・・・・・・・)それも良し。

 狼王の暴君はそう考えているのだ。

 

「学園結界は魔性なら、高位であればあるほど強く作用する。そんな結界が解除されているんだ、従僕も十全に動けるだろう。魔王(オレ)に協力を求めたのは当然か」

 

 従僕の中には聖騎士────最強クラスの術師も居るだろう。

 幾ら死者になり判断力が生前に比べ格段に落ちて弱体化しているとはいえ、麻帆良学園の魔法先生や魔法生徒には荷が勝ちすぎる。

 

「最悪、学園側には撃ち漏らしの処理を担当するために後方に下がってもらうか……」

 

 何にせよ、学園側との相談が必要だった。

 

 

 




楓のアーティファクトは武装錬金の『シークレットトレイル』を想像していただければ。

最早過去になっている初の対ヴォバン戦の内容は、神速で撹乱しながらこのかや他の拉致された巫女を救出の時間稼ぎ。
そこでこのかのみの才覚でジークフリート招来&ドニに瞬殺され、乱入。巫女救出。
その後はカグツチ付与の核でまとめて薙ぎ払い、撤退────みたいな感じです。

そしてフラグを積み重ねていくゆえきち。


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第二十四話 必然の想定外

明けましておめでとうございます。
今年はじめての投稿ですね。
……今年初めての投稿がこんな話で良いのだろうか。

修正指摘され過ぎぃ!
本当に申し訳ない


 「────想定外の事は起こる、必ず起こる。それが戦だからな」

 

────土方歳三義豊

 

 

 

 

 

 

 

 

 賑やかな、常に灯りの尽きない麻帆良学園の光が消えた。

 

 年に一度の、ほんの数時間程度の学園都市全域の点検作業。

 所謂、大停電である。

 

 表向きには唯の点検作業だが、その実学園全域の停電は電力によって展開している麻帆良大結界の消失を意味していた。

 

 大結界によって高位の魔物の類いは侵入した瞬間に弱体化され、場合によっては消滅、または召喚の解除を余儀無くされる。

 

 そんな結界が解除されたのだ。

 世界樹を筆頭に麻帆良学園を狙う侵入者達は、普段投入できない戦力を投入してくるだろう。

 

 そんな暗闇に包まれた麻帆良学園に侵入した術者によって召喚された鬼が、頭を上げて溜め息を吐く。

 そんな鬼の様子に、烏頭の修験者が首を傾げた。

 

「どうした? 御主が怖じ気付くとは思えんが」

「怖じ気付くというのは否定するが、何じゃろうのぅ……今回はアカン気がするんじゃ」

 

 鬼の脳裡に、結界の存在を知り、尚且つそれが解除される情報を得た術者の、技量にそぐわぬ心持ち────有り体に言えば小者極まりない反応を見たときのことが思い浮かぶ。

 だがそれ以上に、鬼には種族的な本能が、目の先に見える学園が死地のソレだと訴えていた。

 尤も、召喚された身である鬼にとっては、致命傷さえも送還と同時に無かったことになるのだが。

 

 そんな鬼の嫌な予感に苛まれた仏頂面から目を逸らし、烏頭の修験者は強者との戦いに胸を躍らせる。

 

「────さぁ、行くぞ!」

 

 術者の命により、麻帆良への進軍を開始する。

 感覚を研ぎ澄ましたり感知の術を使えば、鬼達と似たような侵入者達の進軍を認知できるだろう。

 そしてその中に、異様な気配を持つ屍達はまだ無かった。

 

「────『無極而太極斬(トメー・アルケース・カイ・アナルキアース)』」

 

 突然、若い娘の声が聴こえたような気がした。

 

「……はァ?」

 

 彼等の見た次の光景は、歪み切って消滅していく自身の身体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十四話 必然の想定外

 

 

 

 

 

 

 

「おー、始まっとるなー」

 

 第一防衛線で侵入者が禍払いの一撃によって吹き飛ばされ崩壊していく様を見ながら、暢気な声を出したのは、巫女装束姿のこのかだ。

 その手にはアーティファクト『雷上動』が握られている。

 

「今の処、死せる従僕は姿を現してはいないようだな」

 

 漫画やアニメに出てきそうなゴツい狙撃銃を構え、戦場を俯瞰している真名が、スコープを覗きながら隣で控えていた。

 

「しかし、東西に禍払いと最強クラスを配置とは」

「アスナにはエヴァちゃん、アカリちゃんには神獣(フェンリ)。対空にせっちゃんと真名やんが」

「そして遊撃に茶々丸さんと兄さん────有り体に言えば難攻不落かな?」

 

 城攻めに於いて、攻める側は城側の三倍の兵力が必要とされる。

 侵入者は平時の何倍もの質と量を投入してくるだろう。

 

 だが、その質と量の大半は手っ取り早く数を揃えられる召喚術による妖怪や魔物、或いは悪魔だろう。

 少なくとも、皐月が関西呪術協会に君臨してから麻帆良学園に侵入しようとする日本の術者は激減している。

 学園に侵入してくる様な輩に、白兵戦が得意な強者など殆ど居ない。

 

 そんな連中にとって、禍払いの少女二人は鬼門でしかない。

 

 アスナは『紅き翼』譲りとも言える一撃で広範囲を薙ぎ払い、だめ押しに雪姫が一切合切吹き飛ばしていた。

 アカリはどこぞの練鉄の英雄や英雄王、神の泥人形さながらの剣群で、フェンリが嗅覚で感知した侵入者を丁寧に潰して回っている。

 

 そして仮に逃げ回り彼女達から逃げ仰せたとしても、白いアース神族の知覚能力を持つ魔王とそれに侍う天女が待っている。

 

「おっと」

 

 不意に真名が、ズガンッッ!! と狙撃を行う。

 何を撃ったのか、このかは解らなかった。

 

「学園長も事後処理が大変だろう。あの様子では森が更地になってしまう。恐ろしいものだよ」

「いや、おっとで何か撃ち落とす真名やんも怖いで?」

「本領を発揮した君ほどではないさ。尤も、今回は君の出番は無さそうだな」

「医療班は仕事が無いのがええねんて」

 

 そう老いた医者のような事を言うこのかに、真名は静かに畏怖する。

 魔王にして魔王にとっての絶対に等しい皐月を除き、仮想敵として魔王一行を想定した場合最も厄介なのがこの少女なのだと。

 

 彼女もこの数年で、見違えるように成長した。

 前線で戦いがちのアスナやアカリ、刹那に隠れ目立たないが、彼女も同様の領域に達していた。

 最強クラスの壁超え勢と言える雪姫やナギ・スプリングフィールド達のような最強クラス上位には及ばないものの、その一歩手前とも言える準最強(アーウェルンクス)クラスに、である。

 

(攻略するなら本来、回復役を真っ先に潰すのは定石だが……)

 

 元より神祖に匹敵する規格外の呪力を誇り、その呪力によって成される治癒能力を自身に掛け続ければ不死身に近い。

 周囲を一瞬で癒し、自身も不死の上位に匹敵するほどの治癒能力を有する準最強クラス。そのポテンシャルは最強クラス上位にさえ食い込むだろう。

 

 仮にアスナや刹那を倒そうが、彼女が健在であるならば直ぐ様全快させる一行の要。

 それが彼女、近衛このかだ。

 

「────む」

「どないしたん?」

「本命だ。兄さんも知覚してるだろう。アスナ達に配置換えを連絡してくれ」

 

 半魔である真名の固有技能である魔眼が、尋常ではない呪力と死者特有の気配を視認した。

 死して尚、囚われ続ける哀れな亡者────『死せる従僕』が、麻帆良学園に侵入した。

 

「雪辱戦やで……!」

 

 このかが、想い人譲りの凄絶な笑みを浮かべる。

 三年前、ヴォバンの招神儀式の生け贄に拐われた彼女は、確かに皐月によって救われた。

 だが、そんな囚われのお姫様という役回りは、皐月の隣に立たんとする彼女にとって耐え難い屈辱であった。

 

 此度の戦いは、まさに雪辱の時である。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 『死せる従僕』の侵攻。

 ソレに伴い、配置が変わる。

 東西に分かれていた魔王一行は、片方に戦力を集中する。

 

 何故なら、魔王にとって三下に過ぎない聖騎士や大魔術師達は、しかし世間一般に於いて最強クラスと呼び名を変える。

 勿論全ての『死せる従僕』が聖騎士クラスな訳ではないが、しかし多勢に無勢。

 幾ら彼女達でも、勝てると断言できるのは雪姫とフェンリのみだった。

 何より気を付けなければならないのは、『死せる従僕』に殺害された場合、同様に『死せる従僕』に成り果てることだ。

 聖騎士クラスを一体でも逃し、市街地に入れてしまえば、麻帆良学園は死都となるだろう。

 

 万に一つも負ける訳にはいかない。

 

 雪姫や茶々丸、フェンリを含めたアスナ達は結集して東側を死守する。

 如何に最強クラスの聖騎士複数体でも、思考が鈍った状態ならばアスナ達なら相手にするのは問題は無い。

 何より、アスナとアカリは彼等にとって相性が最悪である。

 

 そして西側は魔王たる皐月が君臨する。

 一人足りとも残りはしない。

 

 それは事実だった。

 

「カッ────ヒャははははははははッ!!」

 

 皐月が陣取ったのは、麻帆良学園と外を繋ぐ物の一つである大鉄橋だ。

 しかし其処は最早地獄の門と化している。

 

 橋は全てカグツチの神殺しの属性を付与された、アグニの浄火によって覆われていた。

 それも、死せる従僕が進軍を行っていた最中に行われたのだ。

 

「『敵をとり籠めて火ィ付けるのは気分がいいなぁ』成る程至言だ、これは愉しい。比叡山焼いた信長は、本当に素晴らしい文化を日本に遺してくれたよ。そんで自分も焼かれちゃ世話ねェけど」

 

 外道である。

 不浄の存在である『死せる従僕』が足を踏み入れよう物ならたちまち炎上、囚われた魂が昇天するだろう。

 そんな炎浄網を逃れんと、魔女術による飛翔術、または魔術による水上歩行で川を渡ろうと橋を飛び降りたとしても────

 

「あはははは────あぁ、そこも比叡山だ」

 

 毘沙門天の権能で造られた近代兵器にも似た防衛神器が、水中で発動し悉く絨毯爆撃の如く撃ち落としていく。

 稀にそれらを突破する聖騎士クラスの亡者がいるものの、未来予知に匹敵する知覚能力を持つ皐月が見逃す筈は無い。

 灰燼の魔王はそんな突破してきた強者を丁寧に焼いてしまう。

 

「まぁ、炎は死者にとって弱点の一つだしな。こんだけガンメタ張ってんだ。通すわけねェじゃん」

 

 当然だろう。

 仮に元の生者がどれだけの力量の古強者であろうと、死せる従僕となり思考が鈍化して弱体化。

 そんな神獣や従属神にさえ劣る者がどれだけ集まろうと、こと火力に特化したこの羅刹王にとって塵芥に等しい。

 

 加えて毘沙門天の権能は神具の創造。

 材料に光源が必要だが、要は一度作ってしまえば作動自体に権能行使は必要がない。

 権能の同時行使での負担が無いのだ。

 

「さて、問題はアッチなんだが……」

 

 皐月は、初めてのお使いに出す娘に対するような心配を反対側に向けていたが、直ぐ様その視線を学園外に戻す。

 死せる従僕を操るヴォバン本人が万が一にやって来ている可能性があるからだ。

 

 ヴォバンの身体を蝕む神殺しの炎を消すには、それ相応の権能か神器、或いは皐月本人が死ぬか解除するしかない。

 かの狼王は小細工や無用な策を弄するタイプではないのだから、本当に本人がやってくる可能性は捨てきれない。

 

 卓越した権能による知覚を、外部に向けていた。

 とは言え、今そこまでの距離を観ることは出来ない。

 カグツチとアグニの権能の同時使用。

 幾らルーンで負担を軽減していても、如何せんヘイムダルの権能の精度は落ちる。

 それでも隠密系の権能を持たない、 魔王特有の莫大な呪力を持つヴォバンが居た場合見付けるのには十分過ぎるものの筈であった。

 

 それ故に、彼は気付けなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、大橋の反対側の森にて、剣閃が煌めく。

 

「────斬岩剣ッ!!」

 

 その咆哮と共に、刹那の夕凪が振るわれた。

 奥義の一撃を、しかし囚われの亡者は確りと受け止める。

 

「っ!」

「────」

 

 そのまま、刹那と思えぬ動きで大剣を捌き上段に跳ね上げた。

 その瞬間刹那は夕凪を手放し、亡者に蹴りを入れる。

 亡者は剣の腹で受け止めるも、単純な膂力では烏族である刹那に軍配が上がるのか後方に蹴り飛ばされ。

 しかし、それも自ら後ろに下がって衝撃を緩和していた。

 

「────」

 

 蹴り飛ばされた亡者の背後、そこに爆炎を伴った禍払いの、凡百の術者が受ければ塵に変わる斬撃が迫る。

 

 だが、反射的に体勢を無理矢理変えて身に纏う甲冑を外す事で、爆撃と斬撃に障害物を作り、生じた爆風で間合いを稼いだ。

 如何に岩を容易く切り捨てる一撃でも、聖騎士の甲冑の魔術防御は兎も角、素の肉体強化を突破出来ない。

 

 如何に禍払いでも、障壁や魔力弾などなら紙屑同然だが、肉体と密接な強化の魔術だけは突破するのは難しいのだ。

 それこそ、それのみを断ち切るほどの集中があれば、まつろわぬ神の肉体さえ傷を付けられるのだが。

 この乱戦でそれは愚行だろう。

 

「ぬぅ、強い」

「というより、上手いです」

 

 そう言いながら、襲い掛かってくる雑魚を切り捨てる。

 

 距離を取った亡者は、思考が鈍化してるとは思えないほど俊敏であった。

 圧倒的な実戦経験と積み上げた技量の差が、基本性能では勝っているアスナと刹那を、二人が雑魚を蹴散らしながらの戦いとは言え、かなり苦戦させていた。

 

 傷こそ致命傷を受けることは一度もなく、小さな傷はこのかの治療が即座に飛んでくる為、あってないようなもの。

 だが、押し切れない。

 

「────何を馬鹿正直に戦っている。頭を使え頭を」

 

 声が響くと同時に、大量の氷槍が亡者を囲むように飛来する。 

 それは即席の氷の檻だ。

 

 魔法使いならばそのまま空いている空を飛行して抜けようとするだろうが、生憎と亡者はイタリアの聖騎士だった。

 飛翔術とはヨーロッパに於いて魔女の術。

 一部の例外を除き、騎士は空を翔ぶことは出来ない。

 

 勿論例外はある。

 『聖絶の言霊』。

 使用者に『聖なる殲滅の特権』を与える欧州戦闘魔術の最高秘儀。習得には聖騎士級の武芸と魔力が要求されるが、神獣・神霊に対しては非常に有効な対抗手段となる。魔女の素質を持たぬ者でも、短距離の飛行が可能になるなどの効果もある。

 だが、それには呪文の詠唱が不可欠。

 それなら跳躍術で氷壁を足場に駆け上がるか。

 否、それ以前に氷檻を剣で斬り破れば────。

 

「────『氷神の戦鎚(マレウス・アクイローニス)』」

 

 そんな、生前ならば瞬時に決断できるはずの思考に、亡者は囚われる。

 そして其れ故に、現れた巨大な氷塊が蓋をするように押し潰してくるのを逃れる事が出来なかった。

 

 氷塊の上に立つのは、長い金髪を月光で煌めかせる、地球における魔法使い最強。

 『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』たる雪姫(エヴァンジェリン)である。

 

「雪姫先生!」

「流石エヴァ。私達とは年期が違う。歳が違う」

「……葛葉にそのノリを言うなよ? 本気で殺されるぞ?」

 

 肉体年齢を自在に操作できる雪姫は平気だが、年頃を気にする妙齢の女性にとってそれは宣戦布告である。

 下手をしなくても、殲滅戦を実行し終えるまで止まらないだろう。

 ゴホン! と刹那が空気を変えるように咳払いをし、それに雪姫が応じて話題を戻す。

 

「連中の最大の弱点は、思考の鈍化だ。高速戦闘中、相手が直感を働かせる様な場面を作るな。敢えて、思考する余地を与えろ。詰め将棋の様にな」

 

 アスナ達とエヴァンジェリンの戦い方の差はそれだった。

 咄嗟の判断は直感で凌がれかねないが、思考させればそれ自体が隙となる。

 周囲をよく見れば、茶々丸と雪姫によって10人は居た聖騎士が過半数を切っていた。

 

「キチガイとしてはゴリ押しがしたい。ジャックみたいに」

「比較対象を考えろ、比較対象を」

 

 アスナの語るキチガイ筆頭、『千の刃』ジャック・ラカン。

 それに異論を挟む者は居なかった。

 

「あのバグにあってお前達に足りないもの、それは経験だ。こればかりは時間をかけて積み重ねるしかない」

 

 事実、ラカンには40年以上に渡って積み重ねた経験がある。そしてそれこそが彼を魔法世界の最強クラスでありバグ足らしめる要素でもあるのだ。

 アスナ達はまだ十年も鍛練を重ねていない。

 努力の時間と経験の密度が段違いなのだ。

 

「さて、次に行くぞ」

「承知!」

「レベリングだー」

 

 雪姫の先導に掛け声をあげる。

 

 ────そんな掛け声を耳にしながら、フェンリの背に跨がるアカリは己のアーティファクトを振るう。

 

「『断刀(エクスキューション)、二十三本配置』」

 

 言霊によって大量のギロチンが虚空に生み出され、戦闘機の編隊の様に主の周囲に追従する。

 

「ウォン!」

「射出」

 

 そして騎乗している銀狼からの指示で、断刀がミサイルの様に射出される。

 木々を器用に避けていき、出会い頭の亡者を完全な死角から飛来した禍払いの剣弾が刈り取っていく。

 

「次」

 

 それの繰り返しである。

 

「次」

 

 その瞬間だろう、森の木々に身を隠していた亡者も。

 影を縫ったように現れた亡者も。

 空を駆けようとした魔女の亡者も。

 

「次」

 

 射出した剣弾の数が次第に増える。

 亡者を仕留めた剣弾は消えずそのまま戦列に戻り、そしてその量は弾幕という表現すら超えた。

 最早濁流と形容すべき量に膨れ上がり、視界を覆うほどの刃群が殺到して、亡者達を木々ごと波に浚われた様に呑み込んでいく。

 

 瑞葉燈のアーティファクト、『千の鋒(ミッレ・アウテム・フェッルム)』。

 己の魔力によって様々な形状の武具を形成する、奇しくも嫌悪する『紅き翼』の一翼の二つ名を持つ者の所持しているアーティファクトと同系統の物であった。

 何より質が悪いのは、形作られた全ての武器が王家の魔力、即ち禍払いの魔力で形成されている事である。

 物理防御で防ぐには単純威力が高すぎる上、魔術防御など紙に等しい。

 残る手は回避だけなのだが、ここにダメ押しの殺人術が加わり、不意討ちならば回避は不可能に近い。

 それこそ皐月の様な権能で力押しで防ぐか、雪姫の様な再生能力で凌ぐしかない。

 

 聖騎士、大魔導師クラスがほんの僅かというのもあったろうが、しかし雪姫や茶々丸すら越える速度で敵を殲滅していき、遂には。

 

「わふ」

「範囲内のエネミーの殲滅を確認。次に行きましょう」

 

 とは言え、決して気を抜ける相手ではない。

 目の前の敵に集中し、彼女達は着実に己の役割を全うしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 『死せる従僕』。

 成る程通常とは違う相手ではあった。

 だが、何よりその権能の主が小手調べや手駒レベルで扱っている様に、然程脅威ではなかった。

 

 実戦経験の薄いアスナ達でも十分処理でき、雪姫や茶々丸といった歴戦の術者が未熟を補えばより万全だろう。

 弱点を突き、確実に対処していけば、そこまで難しい相手ではなかったのだ。

 

 万が一彼女達が突破されても、真名や楓、何より魔法先生が残りを処理するための防衛線を張っている。

 

 というよりかは、死せる従僕が侵入してからは通常の侵入者は基本的にスルーしている。

 勿論目につけば片付けているが、それらは基本的に防衛線で魔法先生達が対処をしているのだ。

 結果、その分担作業は上手く行き。

 麻帆良学園の住宅地に入れた侵入者は、麻帆良学園の防衛における魔法先生や魔法生徒の欠員、負傷者は、共に皆無だった。

 

 だが決して忘れてはならないことがある。

 そもそも戦場に於いて『あり得ない』などあり得ないのだと。

 

「───ウォン!!」

 

 そもそも麻帆良学園の魔法先生や、皐月達ですら想定などしていなかった。

 最初に気付いたのは、魔王に次いで知覚能力が高いフェンリと、共に居たアカリ。

 

 気付いたフェンリが即座にその現場に辿り着き、その場に居た召喚された魔物の頸を咬み千切る。

 頭部を喪った魔物は現界を維持できずに送還される。

 

「……学園側、いえ皐月様に連絡を」

 

 そもそも防衛ラインとは戦場と非戦場とを区切る物。

 それは学園側の魔法先生ですら、学園長を除けば刀子と神多羅木のような凄腕しか入り込めないレベルの戦いである。

 そんな捲き込まれれば容易に死にかねない戦いに、それだけの力量を持たない魔法生徒や先生を入らせないのは当然であった。

 

「二名、一般生徒を確認。名前は綾瀬夕映と宮崎のどか。内一名、宮崎のどかは────」

 

 そんな護るべき防衛ラインの外に、第三者が入り込むなどあってはならない。

 いくらアスナ達と言えど、そんな想定をしてなど────戦えないのだから。

 

「────()()()()()()()

 

 そんな報告が、余りにも呆気なく彼等に伝わった。




原作でも屈指の人気キャラを殺していくスタイル。
原作キャラ死亡のタグを付けてからこうなるのは決まっていたのだ!
要するに


↑東

戦場

魔王一行無双

現場

────防衛線 このか&真名
魔法先生、生徒が防衛

まほら中心地、住宅街

────防衛線(西側)

魔王

大鉄橋

↓西

と言った図です。
皐月は一番遠くて知覚出来ず、即死故にこのかのアーティファクトも通じない。
そんな不運の重なった結果と言えますね。

基本的にfateの方が筆が乗りやすいので、此方の更新が遅れがちになり申し訳ありません。
エタるのだけはしたくないので、牛歩更新ですが御待ちください。

取り敢えず言えることは、作者はハッピーエンド至上主義者です。




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第二十五話 SANチェック1d10

  ────言い訳をするならば、彼女達は余りに運が悪かった。

 

 従来の大停電における襲撃ならば、彼女の望む通りの「魔法使いの戦い」を目にすることができるだろう。

 そして十中八九魔法先生、あるいは魔法生徒にその姿を見付けられ、こっぴどく叱られはするだろうが正しく導かれたかもしれない。

 

 しかし悪条件が重なりすぎた。

 狼王の従僕による侵攻。ソレに伴う魔王一行の全力戦闘。それを行うための戦線構築の配置。

 敢えて取り零しを作り一行の負担を減らして魔法先生達が確実に潰す戦術。

 そして、二つの戦線の間に一般生徒が入り込む事への対策も想定も無かったこと。

 

 それら全てが彼女達を悪い方向に転んだ。

 しかし────

 

 好奇心は猫をも殺す。

 その一点に於いて、彼女は逃れ得ぬ罪を犯していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕映は待望の『魔法使い達の戦闘』を、双眼鏡越しとはいえ観ることに成功していた。

 図書館探検部の経験もあり、アグレッシブさと潜入行動がレンジャーとさえ思わせる行動力を彼女に与えていたのだ。

 基礎魔法を習得した事もあり、それを助長させた。

 

 華やかで派手な上級・中級魔法に隠れがちだが、細かい制御や配慮は基礎魔法の運用にこそ反映されやすい。

 秀才としての才能も夕映を後押ししていたのだ。

 

 そうして観ることが出来た待望の光景。

 自分も見知った先生や見知った制服を着た人物が魔法を扱っている姿に、自身を重ねたのだ。

 

 しかし、彼女は初め目を輝かせて見ていたが、暫くすると疑問符が浮かんでしまった。

 

「どうしたの夕映?」

「妙なのですよ、のどか」

 

 自身によって魔法を知った共に忍び込んでいる親友の声に、興奮しながら疑問を口にする。

 この親友が付いて来るのは些か心配であったのだが、この光景を共に目にすることが出来て嬉しかった。

 親友と感動を共有できるのだ、嬉しくない筈がない。

 

「侵入者────召喚式、と呼ぶべきなのでしょうか。あの鬼や魔物の数が些か少なすぎる気がするのです」

 

 まほネットにあった情報に比べ、魔法先生達が陣を構えて迎撃する鬼達の数が少なく感じた。

 寧ろこれでは、取り零しを無くそうとしているようにさえ感じる。

 

 ────瞬間、轟音と共に闇夜を切り裂く極光が煌めいた。

 

「ッ!?」

 

 衝撃波に耐えながら、夕映達はその方向を観て、絶句した。

 

 形成される紅蓮地獄。

 氷によって薔薇の花弁と棘蔓の塔が築かれ、地獄の如く侵入してきた亡者を閉じ込めていた。

 

 興味本意で調べた極大呪文の何れにも該当しない魔法は、先程感じた基礎魔法の有用性を吹き飛ばすほどの衝撃を夕映に与えていた。

 そして理解した。

 彼処こそ、本当の戦場なのだと。

 

 極大呪文クラスの魔法を扱える魔法使いの戦いと本人のことを観てみたい。

 あわよくば、教えを受けたい。

 自分も同じ視点で魔法を使いたい。

 

 しかし、そんな戦場に基礎魔法を覚えた程度の自分が行ってどうなるか。

 興奮にのぼせた夕映でも、流石に死ぬことが解る。

 地雷原でタップダンスは自殺行為である。

 

「戻りましょうか、のどか」

「で、でも良いの? 夕映は彼処に行きたそうだけど」

「私だけなら向かっていたかもしれませんが、のどかを置いていく訳にも連れていく訳にもいかないです」

 

 そういう意味ならば、親友である彼女を連れてきて良かったと夕映は心の中で呟く。

 知的好奇心で暴走しがちだが、この引っ込み思案の親友の姿を見れば逆に落ち着けるというもの。

 

「さて、帰りましょうか。幾ら睡眠を促す魔法で眠らせたとは云え、ハルナのセンサーは恐ろしい」

「ふふ、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────そこからの記憶は、酷く曖昧である。

 

 帰路についた自分が、振り返る事も出来ずに、自身を押す軽い衝撃に倒れる視点。

 足場の悪い場所だったからか、不意打ちだったからか、転んでしまった際の軽い痛み。

 直後、ナニかが潰れた不快音。

 息の切れた、恐怖する猛獣の様な唸り声。

 飛び散った生温い濡れたナニか。

 その直後走った閃光。

 

 一体何が起きたのか、まともに理解することは出来なかった。

 ────あぁ、でも。

 

 その()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────?

 

 私の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十五話 SANチェック1d10 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、大停電に伴う年に一度の大規模化侵攻を乗り切った学園長室の雰囲気は酷く重かった。

 雪姫は険しい表情で壁にもたれ掛かりながら佇む。

 視線の先は普段の飄々さを失い、悲痛に顔を抑える近右衛門がいた。

 その姿を生徒が見れば目を疑う程に。

 

「まさか、生徒から犠牲者が出るとはの……」

 

 護るべき生徒に犠牲者が出た。

 あってはならぬ事態である。

 

 アスナ達の攻撃を受け、吹き飛ばされた先に夕映達が居たのだ。不運としか言いようがないだろう。

 尤も、夕映達が居た場所は魔法先生達のいる防衛ラインの僅かに前であり、そもそもその場に赴かなければ起こり得ない事態だったのだが。

 

「綾瀬君は?」

「私の『別荘』で寝ている。もう目覚めている頃だろうな」

 

 雪姫の『別荘』は現実との時間の流れが異なっている。

 現実時間での一時間が一日に相当する『別荘』で過ごしているのならば、現実時間から考えれば既に目覚めていてもおかしくない。 

 しかしその精神は無事ではないだろう。

 目の前で親友が殺されたのだ。心にどの様な傷を受けたのか。

 

「皐月君は?」

「……」

 

『────あーもー滅茶苦茶だよッ!!』

 

 第一発見者であるアカリの連絡を受けた直後、雷鳴と共に現れた魔王は、即座に脳髄をブチ撒けた遺体を出現させた黄金の棺に納めて姿を消した。

 小さな蒼い炎を灯した蝋燭を携え、そこから()()()()()()()()()

 

 近右衛門は密かに、一縷の望みを抱いている。

 あの恐るべくも優しき羅刹王ならば、何等かの手があるのでは。

 おそらく、今も姿を見せないのは何等かの方策を思索しているのではないか────と。

 

「想像の通りだ。現在アイツは別荘で模索している。────だが、皐月は傷を癒すことは出来ても死者を甦らせることは出来ない」

 

 死者蘇生や反魂の術の権能を持つまつろわぬ神といえど、死んだ人間を甦らせることは難しい。

 そもそもそんな権能を持っていない皐月に死者の蘇生は出来ない。

 

「せめて即死でさえなければ、幾らでもやり様はあったのだがな」

 

 頭部、若しくは即死でさえなければ、何れだけ欠損しようが対処は簡単だった。

 夜では『太陽』の権能は使えないが、なら雪姫が凍らせて仮死状態にして別荘へ赴き『太陽』で癒せば良い。

 そもそもそんなことをせずとも、このかのアーティファクトで事足りる。

 

 ────アーティファクト『雷上動』。

 かの日本の妖怪殺しの大英雄、源頼光の持つとされる神弓、そのレプリカである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()という能力を持つ神器のレプリカによって、潜在能力を根刮ぎ引き出されたこのかの治癒能力ならば幾らでも復元出来る。

 即死していなければ、という前提があるのだが。

 

「本当に即死じゃったのか?」

「アカリの話では頭部が完全に潰されていたそうだ。下手人の魔族はやってしまったという顔だったそうだよ。恐らく宮崎を一般人と認識する前に体が動いたのだろうな」

「……」

 

 それは恐怖だったのだろう。

 魔王という極大の死神が近くで暴れていた上、自身はその従者達と未だに伝説として君臨するエヴァンジェリンと言う猛威にさらされていた。

 その召喚魔にとって、相対する人間全てが、全力を振るわなければ即座に消されてしまうほどの脅威に見えていたのだろう。

 

 それ故に、疑問があった。

 

「────何故、綾瀬と宮崎があの場に居た?」

「むっ」

 

 雪姫の問いに、近右衛門が声を漏らす。

 あの場に居合わせた理由ではない。

 何故あの場に現れることが出来たか、という意味だ。

 二人は一般人である。

 それは彼女達の経歴が物語っているし、仮に魔法の存在を目撃していたとしても、それだけで人払いの結界を抜くことは出来はしない。

 だがあの場に二人がいた以上、何らかの魔法を会得していたと言うことなのだろう。

 

 仮に魔法先生や生徒に師事していたのならば、その情報は瞬く間に学園長の元に伝わる筈である。

 例外と言えば羅刹王の元、それこそ雪姫に師事していたならば、その情報が学園側に伝わらなかったのは理解できるが────それは無い。

 ではどうやって? 誰がそれを行える?

 

 

 

「────今回は些か残念な結果に終わってしまいましたね」

 

 

 そんな思考が錯綜した瞬間。

 本当に残念そうなローブ姿の優男が、突如姿を現した。

 

「アル、貴様……!!」

 

 周囲にバレずに神秘を授けられる、唯一の魔導書の付喪神。

 答えは、自らやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「────んっ……」

 

 目が覚めた夕映は、回らない頭で周囲を見渡す。

 何故自分は眠っていたのだろう。

 

「……」

 

 常夏の浜辺が視界に入る。

 おかしい。はて? 今は夏だったろうか。

 

 着ている長袖のYシャツの袖を捲りながら歩を踏み出す。

 明らかに春先に入った日本と思えぬ気候に、現代離れした幻想的な塔。

 自分はまだ眠っているのだろうか?

 そんな疑問を抱きつつ、ここで起きる前の記憶を遡り────

 

「────ぁぁぁぁぁあああああああああああああああッッッッ!!!!?」

 

 思い、出した。

 

 知的好奇心を満たすために戦場の近くへ、態々張られている人払いの結界を潜り抜けて赴いた。

 そして、親友の頭蓋が砕かれ中身が飛び散った光景。

 ナニよりそれが、自分を庇ったがゆえに起こった事であるのだと察することができた。

 

 それを正しく認識した彼女は絶叫を上げ、蹲る。

 溢れ出す感情。

 後悔と罪悪感、自己嫌悪が祖父の死とも比べられないほどの精神負担として彼女を圧迫する。

 何故自分は親友を連れていったのだろう。

 そもそも曲なりにも戦場へ好奇心で赴くということ自体が愚かしいにも程がある。

 

 感覚的にはつい先程まで溢れていた全能感と興奮が消え失せ、親友を喪った後悔と悲しみが満たす。

 

「はッ、はッ、はッ、ゼェッ、かはッ────」

 

 呼吸が乱れ、視界が揺れる。

 極めて単純に過呼吸に陥り、砂浜に倒れようとした彼女を、何者かが受け止め抱き締めた。

 

「────ゆえ!!」

「こ……のかさん……? ッ!!!?」

 

 仄かに光る同じクラスの少女()に抱き締められ、呼吸が回復する。

 しかし夕映の震えは止まらなかった。

 寧ろ、ソレは激しくなる。

 

「落ち着いて、ゆっくり呼吸を整えるんや。ゆっくり、ゆっくりと……」

「わ、私は、何故あんな、違う。私は────」

 

 このかの対応は間違っていた。

 肉体的失調はこのかの能力で抑えられても、マトモに思考する能力が回復する為精神的失調は加速する。

 聡明な夕映は、己の罪を直視せざるを得ない。

 

「綾瀬さん、失礼します」

「────あぁ、のどか」

「! せっちゃん……」

 

 その場での最適解は眠らせる、だった。

 横合いから手を伸ばしたのは、共に夕映を見ていた刹那である。

 刹那の伸ばした手は、込められた呪術によって即座に夕映の意識を飛ばした。

 

「ごめんな、ウチ……」

「お気に為さらず。いくらお嬢様とて、心の傷を癒すのは難しいでしょう」

 

 強制的に眠らされた夕映を抱き上げながら、沈むこのかを刹那が弁護する。

 刹那の言う通り、身体の傷を診ることは慣れさせられては居ても、心の傷を負った者に対応するのは彼女は不慣れである。

 そもそもそれは、このかの役割ではない。

 勿論、だからといって友人を放っては置けないのだが。

 

「のどか、何とかならへんやろか」

「……解りません。ただ、あの方は全ては救えずとも誰も救えない様な結末に終わらせはしないと。そう私は信じています」

「せっちゃん……」

 

 生憎と、刹那とこのかはのどかの損傷具合を直接見た訳ではない。

 だがそれでも皐月は何かを行っている。

 もし本当にどうしようもないのなら、まつろわぬカグツチの時のように最初から割り切るだろう、と。

 そこにはこれまでの功績から皐月への信頼があった。

 

「このか様、綾瀬様を寝室へ」

「あ、せやな。はよ夕映を……」

「って、茶々丸さん!?」

 

 縮地でも使ったのか、まるで気配を感じさせず悪戯が成功した様な笑顔の天女が現れた事にギョッとするが、二人は彼女が現れた事の意味を理解する。

 茶々丸がこの場に現れたと言うことは、即ち。

 

「マスターの処置が終わりました」

 

 茶々丸の後ろの塔から、少し疲れが見えるアスナと皐月達が姿を現す。

 

「つっくん!」

「皐月さん!」

「疲れた」

「そうだなぁ。精神的にというより、道徳的というか倫理的にというか」

「?」

 

 その疲れは、迷いにも見えた。 

 

「取り敢えずやれることはやった。正直現状、あれを助かったと定義するのは難しいが」

 

 皐月の視線は、傍らの天女に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕映が再び目を覚ました時に眼にしたのは、女子寮の自室の天井とカーテンの隙間から射し込む朝日であった。

 

「…………眩しいです」

 

 頬に触れるも、親友の肉片の感触は無く。

 あるのは、射し込んだ朝日によって暖められた布団の、穏やかな温もりだった。

 

「あっ、ゆえ起きた?」

「ハルナ……?」

 

 ベッドから起きた彼女を歓迎したのは、同室の早乙女ハルナだった。

 

 夕映は彼女に促されるがまま、用意された朝食の置かれたテーブルに座る。

 何か忘れている様で、しかしまるで長期間眠っていた様にマトモに頭が働かない。

 

 朝食は有り合わせで作ったのか、友人の気質に沿った簡素な物だった。

 それでも、夕映には酷く有り難いモノに感じられる。

 

「いやー漸く原稿が描き終わって昨日寮で寝れたのに、さっき連絡があって印刷作業担当の先輩がぶっ倒れたらしいんだわ。あの人も修羅場極まってたから他の人に頼んだ方が良いって私言ったんだけどなー。だからこの後も直ぐに行かなきゃなんないんだわ」

「相変わらず大変ですね……」

 

 彼女の熱意は、知識欲を出した自分など足元にも及ばないのではないか。

 修羅場と呼ばれる締め切り間近の彼女は正しく修羅だった。

 

 そんなとりとめの無い、余りにも日常的な会話は、

 

「そういやのどかが何処行ったか、ゆえ知ってる?」

「────────」

 

 日常的であるが故に当たり前の現実を夕映に叩き付けた。

 

「えっと。の、どかです?」

 

 先程まで潤っていた喉が、一瞬の内に乾上がったと感じたのは、夕映の錯覚だろうか。

 同居人の、親友の不在。

 どうして、そんな致命的な事を忘れていたのか。

 森の中で倒れたのに女子寮に居ることから、何らかの魔法を受けたのは自明だ。

 そして何より、自分は女子寮に帰っているにも拘わらずのどかがこの場に居ないと言うことは、即ち彼女の末路が夕映の記憶通りであると言うこと。

 現実逃避すら出来ない自身の頭の回転の早さが、今回ばかりは恨めしかった。

 

「わ、私は────」

 

 不思議がるハルナの視線に、心拍が悲鳴を上げる。

 何と答えれば良いのか。

 ありのままの答えなど口に出来るわけがない。

 自分が魔法など知らなければ。

 自分が魔法使いの戦闘など見たいと思わなければ、のどかは死ぬことなど無かっただろう。

 

 ────宮崎のどかは綾瀬夕映が殺したようなものなのだ。

 

 そんな夕映に、答えなど口にできはしなかった。

 

「おっ」

 

 その時、部屋のドアの鍵が回り扉が開く音が響く。

 部屋の間取り的に、部屋に入ってきた人物を見ることが出来たハルナは、夕映の場所からは見えないその人物の名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ───()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────、は?」

 

 その言葉の意味を理解するのに、夕映は数秒掛かった。

 

 言葉を発した友人はそのまま玄関に向かい、談笑している。

 まるで当然の行動をしているように、その様子に迷いはない。

 そんな友人を尻目に、夕映は固まっていた。

 

 もう一人のルームメートは帰ってこない。

 それは自身が見たものを否定することになる。

 宮崎のどかは綾瀬夕映を庇って死んだ。

 

(……夢?)

 

 今まで神秘や惨劇が、一夜の夢だと仮定するのなら。

 普段の彼女ならば愚かと断じる現実逃避だが、のどかが帰ってきたのならば辻褄は合う。

 

「────え?」

 

 肌は死体のように白く。

 目を隠すほどの前髪とサイドロングは、まるで白銀の様に更に白く。

 弱々しくも変なところで強さをみせる見馴れた表情は、感情を削ぎ落とした様に無表情に。

 

 しかし現れた白髪の少女の容姿は、正しく宮崎のどかだった。

 それ故に、夕映の表情は幽霊や動く死体を目撃したように恐怖に染まる。

 

「もー遅かったじゃん! 昨日私が帰ったら寝てる夕映しか居ないんだもん、心配したでしょうが!!」

「────済みません。昨夜は他の方と過ごしていたので」

「まぁ、帰ってきたからいいんだけどさ」

 

 震える彼女の小さな声を、ハルナの心配する声が塗り潰す。

 白髪で感情が抜け落ちた様な、のどからしき人物を、何の戸惑いも無く『いつもの宮崎のどか』として接していたのだ。

 様子も、雰囲気も、言葉使いさえまるで違うと言うのに。

 

「って、もうこんな時間じゃん! ゴメン、私は先行くから、教室でまた会おう!」

「えぇ、また」

 

 足早に部屋を出ていったハルナの遠退く足音が、本気で錯乱しそうになる夕映の耳に響く。

 

「認識、阻害?」

「その通りです綾瀬夕映。私は宮崎のどかでもあるのですから、違和感を無くすことは容易です」

「違う、貴女は……貴女は何者なのですかッ!? どうして、だって、のどかは……」

 

 

 

「『宮崎のどか』という人間は、昨夜死亡しました」

「……!!」

 

 

 その言葉に、夕映は漸く現実を直視し崩れ落ちる。

 自分の短慮が原因で、親友が死んだことを。

 

「しかし────我が主は真っ先にその魂の回収を行いました」

「…………魂?」

「主曰く、『傷んだゲフンゲフン冠位人形師、或いは青髭を青髭にした変態みたいに、肉体を変えればワンチャン!』と、魂を新しい器に容れる事で宮崎のどかの蘇生を試みたのです」

 

 魂はしばしば人魂、火などで表現される。

 あらゆる属性の火を司るアグニの権能を持つ皐月ならば、魂の保全も毘沙門天の権能を併用すれば容易い。

 死亡直後の魂ならば尚更である。

 

 ────しかしその人形には致命的な欠陥があった。

 否、それは考えれば当然の物だったかもしれない。

 

「何もありませんでした。記憶も、人格も。在るのは知識のみ」

「────」

 

 人形として蘇生した宮崎のどかは、しかし記憶も、人格も、何もかも喪っていた。

 記憶や人格を喪い、肉体さえ違えた存在を果たして同一人物と言えるのだろうか。

 或いは、全くの別人と断じる者も居るだろう。

 魂を個人の区別の基準にするならば彼女は紛れもなく宮崎のどかなのだが、宮崎のどかと言うには余りにも欠けていた。

 

「『宮崎のどか』の残滓、残響、残骸。宮崎のどかだったものであり、アーウェルンクス・シリーズと天女(アプサラス)の複合体────それが私です」

 

 彼女は淡々と、感情をまるで感じさせない声色でそう言った。




 本当にお久し振りです。御待ちいただいた方々には本当に申し訳ありません。

 本来は昨日に投稿する予定が腹痛でトイレに籠っていたため遅れてしまいました。
 それ以前にスランプの如き執筆の遅れとリアルの忙しさでひたすら遅れていたのですが。


 と言うわけで今回は事の顛末とのどかアーウェルンクス化でした。
 作中で描写したように、魂を別の器に容れる事で何とかしようとしましたが、肉体と精神の要素が死んでいたので跡形が少ないですが。

 夕映ですが、実はアルビレオを師事するという選択肢もあり、アルビレオ自身はそれを狙っていたりしてました。今回の事はアルビレオ自身の本気で残念に思っています。残念に思ってるだけなのですが。

 ちなみに「アーウェルンクスのどか」の外見イメージは『パンドラハーツ』のエコーを想像して頂ければ。
 キャライメージも彼女に依ろうと思っていますし。

 では今回はこれまで。
 修正は随時行います。ホント、いつも誤字報告機能助かります。
 次回にまたお会いしましょう。 

 エタる気はありませんので、ご安心をば!!


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第二十六話 千雨のターン!

 ────私、長谷川千雨はごく普通の女子学生である。

 

 そう、胸を張ることが何れだけ貴重で大切なのか。私は私が通う校舎に向かいながら目の前の光景と自身のクラスメイトに思いを馳せる。

 一学校と言うには余りに広大な敷地に、敷地内に存在する小島の図書館。ギネスを易々と塗り潰すほどの巨大な大樹。

 そもそも登校時に視界が学生の登校ラッシュで覆い尽くされる時点でオカシイ。

 

 その規模はマンモス校を喩えに出すならば、この麻帆良学園はベヒーモスだ。

 学園都市などと言われるだけはある。

 キチンと調べたのは初等部の頃だからかなり曖昧だが、治外法権さえ得ていた筈だ。

 

 さて、次に語るのはそんな麻帆良学園に通う生徒達。

 と言っても私自身この学園に通って居るわけだが、先に述べたように私は普通の女子学生だ。

 少なくとも、オリンピック選手の顔色が青褪めるような身体能力を持ってはいない。

 

 そう、逆に言えばそんな漫画チックな超人がこの学園には多々存在しているのだ。

 そんな超人が、私のクラスメイトに多々存在しているのだ。

 

(────と言うよりかは、意図的に集めた様に感じるが)

 

 私の所属している女子中等部2-Aは、そんな超人達を態と集めたかのような魔窟と化している。

 

 年齢から考えれば明らかに何等かの病気か栄養失調の末の疾患かと思わしき幼さ、低身長の同級生から、一児の母と見紛う程の母性と成熟した外見の同級生。

 明らかに忍者の如き言動と能力を有する者から、現代科学に喧嘩を売っている天才眼鏡。

 それだけでなく留学生も多く、大学生の屍山を形成する拳法の達人と幾度もの戦場を潜り抜けたかの様な傭兵の如き風格のこれまた学生離れした外見の褐色美女。

 そして拳法少女には武人としては劣っているが、そんなものが霞むほどの完璧超人さを見せる前述の天才と並ぶ頭脳の天才留学生。

 

 特に頭脳特化の二人が原因で麻帆良学園内だけで技術革新が起こっているのは、テレビ等で見るそれらと比べ遥かに高スペックのロボットやドローンを、彼女達が入り浸る大学部で日々造り上げている様を見れば瞭然である。

 

 そんな彼女等には劣るものの各分野で一流の資質を持っている人間ばかりが、意図さえ感じられる程集まっているクラスだ。

 そんなクラスに、精々容姿が優れている程度の私が居ることに極めて遺憾を表明したいのである。

 

 だが理不尽な現実は如何ともし難く、何時ものように一人部屋の女子寮から学校の教室に到着した。

 相変わらずばか騒ぎ極まるクラスメイトに眉間にシワを作りながら自身の席について────その異変に、気が付いた。

 

 千雨の席は中央右の最後尾、必然教室全体を見渡せる。

 そんな彼女の視界に、有り得ない者が映った。

 

「誰だ────アレ」

 

 中央右列の前から二番目の席に、見たこともない生徒が座っていたのだ。

 

 白髪に陶器の様な白い肌。

 色素が抜け落ちたかの様な髪色の生徒など、彼女は知らない。

 だがその後ろ姿に、中等部に上がり男女別となったことで会う機会が減ってしまった幼馴染みにして想い人の自称家政婦が、何故か重なった。

 だがそんな既視感よりも、彼女の座っている席に気を取られた。

 

(彼処は……宮崎の席だったよな)

 

 宮崎のどか。

 この超人学級、あるいは箱庭学園の13組と形容できるこのクラスに於いて、かなり常識的な人物の一人である。

 引っ込み思案と恥ずかしがり屋ではあるが、寧ろ野郎共には受けるだろう。

 加えてその長い前髪と大きな眼鏡で隠れているが、その実かなりの美少女である。

 まるで乙女ゲーや少女漫画の主人公の常套染みた少女。そんな彼女の座るべき席。

 

 それを我が物顔────と言っても千雨の場所からは顔は見えないが、それでもあんな漫画に出てくるような真っ白い後ろ姿を、本来その席に座る筈の宮崎のどかはしていない。

 

 そんな違和感と思考に没頭してしまっていた最中、謎の少女に話し掛けたのは隣の席の和泉亜子。

 これまた色素の薄い短髪のクラスメイトが、千雨にとって理解不能な会話をしていた。

 

「なーなー。のどか、眼鏡かけてたっけ?」

「────えぇ、そうですね。少し視力が落ちてきたみたいでしたので」

『────────────』

 

 ────あぁ、久し振りに来たな。と、思わず伊達眼鏡を外し、目元を指で揉む。

 

 千雨が久方ぶりに感じる、この齟齬。

 認識の乖離と言うべきだろうか。

 自分一人だけが世界から弾き出されたかの様な、強烈な疎外感。

 

 だがこんな物は慣れたものだ。 

『彼』と出会う前ならば堪えられたか解ったものではないが、今の自分は『自分が間違っていない』と胸を張ることが出来る。

 この程度でSANチェックしようものなら、一年前の外道共にコスプレ趣味を想い人へバラされたあの時に直葬しているというもの。

 

 というより、訳知り顔の彼から『種も仕掛けもあるから大丈夫。まぁ、種明かしはもうちょい大きくなったらな?』と、同い年の癖に其処らの上級生よりよっぽど大人びた助言によるものなのだが。

 いい加減その種明かしをして欲しいものだ。

 

 では、もう一度目の前の光景を再認識しよう。

 

 以前は前髪で意図的に顔を隠していたのだろうか、その両目は確り見える白髪の自称宮崎のどか。

 

(いや、まだ自称はしてなかったか)

 

 眼鏡もフチの無いインテリ風な物で、ブルーライト用なのか薄い色彩が少女の蒼い瞳を彩っている。

 だがそれよりも、その人形の如き無機質な無表情が気になった。

 

「昔の────神楽坂みたいだな」

「私がどうかした?」

「うぉっ!?」

 

 背後から突然掛けられた声にビクリ! とするが、その声色から幼馴染みの者だと判断して恨めしそうに振り返る。

 そこには今まさに呟いた当の本人が、此方を覗き込むようにしている。

 

 神楽坂明日菜。

 オレンジに近い色の長髪を、ポニーテイルにして揺らしている、千雨の幼馴染みの一人だ。

 先程呟いた様に、優れた容姿に無表情が合わさって人形の様な無機質さを見せていたのだが────

 

「……今のお前は、能天気とかキチガイとかのソレだよな」

「私を褒めても何も出ないよ? あ、飴食べる?」

「褒めてないし要らねぇ」

 

 コイツも随分変わったと、呆れた視線を向けてしまう。

 一体誰に影響を受けたか丸分かりの所作である。

 

「キチガイと聴いて」

「お嬢様!?」

 

 そんな神楽坂の隣から、彼女同様の幼馴染みである近衛このかと桜咲刹那の声が聴こえる。相変わらず桜咲は苦労人しているんだなぁと、大和撫子の面をしたキチガイその2を眺めながら哀れみの視線を返してやると、泣きそうな顔して「皐月さん助けてくださいッ」と机に突っ伏していた。 

 

「で? 私がどうかしたの?」

「……あー、アレどう思うよ」

 

 それは、唯一己を信じてくれた想い人と同じくらい長い付き合いになる幼馴染み達へ千雨なりの助けを求めるメッセージだった。

 

 もし彼女達が周囲と同じならば、あの白髪の少女を宮崎のどかだと認識して返答するだろう。

 仮にそうだったとしても、違和感の無い問いだ。

 だがもし、彼女達が自分と同様に違和感を感じることが出来るならば、彼女達がこの学園と想い人の秘密への糸口になるのでは無いかと。

 何より、彼女達が自分と同じであって欲しいと願って。

 

「アレ? あぁ、暫定のどかのこと?」

「……………………暫定?」

「うん。魂が納められている以上、のどか本人に違いないんだけど」

「逆沼の男(スワンプマン)みたいな感じやな。魂という何より本質を示す証拠があっても、記憶も人格も記録になってしまって実感無い、みたいな? 

 果たしてその状態でのどか本人だと言えるんやろか────みたいな感じやったね」

「そこら辺は経過観察しか無いって、サツキも言ってたし」

「尤も、夕映はSANチェック失敗したみたいやけどなぁ」

「精神分析持ちは私達の中には居ないもんね」

「────オイ」

「ぬもっ」

「ぶむっ」

 

 先程から世間話のように核心を、小声とはいえ、ペラペラ喋っている近くのアホ共の頬を鷲掴みにして黙らせる。

 チラリと教室を見渡すと頭を抱える桜咲と飄々としながらも見たこともないような鋭い視線を此方に向けている忍者。

 笑いを必死に堪えている褐色年齢不詳女など、何人かが其々の反応を見せていることを千雨は理解した。

 

「説明────しろよな?」

「「アッハイ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二十六話 千雨のターン! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ネタバレタイムに入ります」

 

 千雨の『にらみつける』を受け続けたアスナとこのかは、放課後にそんな事を言って千雨を連れ出していた。

 

「……コイツも付いてくるのな」

 

 学園内を歩きながら、千雨は数歩後ろから付いてくる白髪眼鏡の少女を見る。 

 先導するアスナとこのかに同行するのは刹那。

 白髪の少女を除けば、所謂いつものメンバーである。

 尤も本来はここにクラス委員長である雪広あやかやアカリが追加されるのだが、今日は珍しく欠席である。

 

「何処向かってるんだ?」

「本当はエヴァのログハウスなんだけど、それは寄り道してから」

「寄り道?」

「そやで。SANチェック失敗したみたいな夕映を拾ってからや」

「まさかお嬢様、追い撃ちを!?」

「千雨なら精神分析出来るかも思てね。てか、夕映にはまだなんも説明してないやん」

「綾瀬? アイツがどうかしたのか?」

「ちょっとね」

 

 突然出てくる、雪広やアカリ同様に欠席だったバカレンジャーと呼ばれる赤点常連四人衆の一角。

 頭は良いのにソレを勉学に向けない天才、バカヴァイオレットこと綾瀬夕映。

 確かに某真っ赤な館の図書館に居そうなレベルの本好きだが、彼女がどう関わっているのだろうか。

 

「それで、コイツは一体何なんだ?」

「千雨って、伝奇もののラノベとか読む?」

「あん?」

「魔術とか呪術とか。陰陽やら妖怪やら出てくるのとか」

「何を今さら」

 

 クラスメイトには秘密だが、千雨が隠れオタクなのは幼馴染みの彼女達なら知っている事である。

 勿論オタク(それ)が万人受けしないことを知っていながら、ソレを笑って受け入れてくれた彼女達に対しての感謝の念が気恥ずかしく顔を背ける。

 

(…………え?)

 

 ────そんな時、千雨は騒がしたがりの麻帆良学園の学内にも拘わらず余りにも静かな周囲に漸く気が付いた。

 正しく異常な、それこそいつも異常だと感じていた日常さえも平穏と感じてしまうほどの非日常が、その鎌首を(もた)げていた。

 

「……ッ」

「正直、どのタイミングでネタばらしするか困ってたんだ。サツキは変に責任感強いから結構悩んでたし」

 

 幼馴染みの声が、得体の知れないイキモノの様に聴こえる。

 同時に、小さく何かを呟いたと思ったら、アスナの手の中から惑星の様な装飾が柄にある身の丈を越えるほどの大剣が出現し、自重と重力に従い地面に突き刺さる。

 

「な────」

 

 その変化は他の少女たちも同様で。

 

 巫女装束に姿を変えたこのかの手には、鮮やかな音色の弦音を響かせる和弓が。

 宙を舞う刹那の背中からは、怪異の証たる純白の両翼が広げられていた。

 現実味が色褪せて感じてしまうほどの異常な彼女達は、ソチラ側からやって来る千雨を歓迎しているかのようだった。

 

「百聞は一見にしかず────という訳やな」

「突然で申し訳ありません」

「…………………………………………………………………………っ」

 

 思考が止まりそうになるのを必死に堪える。

 異常異常だと口にしては居たが、常識はずれ処かファンタジーが傍に存在したとは思わなかった。

 よくよく考えれば、学園長の後頭部はぬらりひょん並に異様なのだが。

 

「……何時からだ?」

 

 必要なのは平静と情報だ。

 だから暴れる心を捩じ伏せて質問した。

 一体何時からそんなファンタジーになったのか、と。

 

「私はまぁ、たぶん生まれた時からだから」

「私は烏族と人の混血ですので、そういう意味合いならば私もですね」

「ウチは実家が、所謂そっち系の名家やってな。素養が無駄にあったせいで下手したら人形扱いされそうなのを、お父様がウチを護るために京都から離れさせて、何も知らんでここでパンピーしてたんやけど、それも初等部の年少辺りでバレたって感じやな」

「……つまり私と初めて会った時には、殆ど既にソッチ側だった訳だ」

 

 意地の悪い事を言っている自覚はある。

 だがこの学園がファンタジー世界の住人の巣窟と言うのならば、数々の常識の差異は自分達の秘密を隠すための措置だと考えれば理解できる。よくある設定だ。

 だが、感情が納得しないのは仕様がないだろうと千雨は内心自己弁護した。

 そして同時に疑問が出てくる。

 

「何で、私だけ」

「んー、認識阻害については千雨自身の魔法抵抗力が元々高かったからとしか言いようがない。というか一般人の出からすればスゴいよソレ」

「とは言え、千雨さんには酷な話ですが」

「ちなみに認識阻害自体、世界樹の自己保存の為の手段の一つやから、学園側も利用しとるだけで黒幕とかや無いで?」

「なんだ、ソレ」

 

 思わず空を仰ぐ。

 千雨が苦しんだ周囲との差異は、偶々とかそんなレベルの物でしかなかったのだ。

 

「……今度世界樹殴ってくる」

「なんや世界樹にはガチモンの神様居るから、程々にせんと祟られるで?」

 

 ド畜生。

 そんな叫びが人気の無い通学路に力なく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子寮に到着した千雨は、しかし寮内に入る前にアスナ達に留められた。

 疑問符を頭に浮かべていたが、猿轡で言動を封じられ布団で簀巻きにされた夕映を抱えて寮から出てきたキチガイ二人を見て、思わず携帯を取り出す。

 

「ストップ千雨」

「いや、事案だろ」

「合意の下の拉致は合法やから。ただのプレイやから」

「ん────ッ!? ン────!!!!」

「拉致っつったよなオマエ」

 

 そんな犯罪現場に於いて尚冷静にソレを眺めている暫定のどかを見た夕映は、土気色と言えるほど青褪めて大人しくなっていた。

 暑苦しい状況なのに、明らかに震えている。

 

 この真っ白け少女の存在はどうやら彼女が関係しているのだと分かったが、余りにも怯えているのでソレを口にするのが千雨には憚られた。

 なので犯罪者過ぎる幼馴染み達を見て、次に自分と共に待機していた白目の刹那を流し見る。

 

「皐月さん……早よぉ来てぇ……っ!」

 

 どうやら常識人はぽんぽんが痛くなるらしい。

 このキチガイ二人を普段抑えている皐月はどんな神経をしているのだろうか。

 

「…………」

 

 恐らく話の流れ的に、彼もファンタジー────所謂裏の人間なのだろう。

 彼に恋慕を抱いている千雨にとっては中々の衝撃である。

 

 無論隠し事の一つや二つはあるだろう。

 この年頃の男女だ、寧ろあって然るべき。

 事実早々にバラされていたとはいえ、コスプレ好きを隠していたから本来どうこう言う資格は無いのだが。

 

「なぁ桜咲、何で皐月はその、『そういうの』を私に話してくれなかったんだ?」

「うぷっ……? ────それは、皐月さんも悩んでいました」

「……悩んでいましたって、なにを」

「貴女は、裏の事情の被害者で異常であることを嫌悪していました。何より精神不安は、それこそ皐月さんが見逃せないレベルだったと聞き及んでいます」

 

 成る程、と千雨は頭を搔く。

 周囲と常識との解離から来る不安と恐怖。

 そして起こった差異によって発生する排斥で、当時の千雨の精神は不安定だった。

 少なくともそれを支えた皐月に容易く依存しきってしまう程に。

 そんな千雨が依存相手である皐月に、いきなりファンタジーをポンと出されたらどうなるのだろうか。

 

「隠し事をすることの後ろめたさは私も良く解ります。ですので、何か切っ掛けがあれば、と」

「あー、つまりソッチなりの配慮だった訳か」

「尤も、少なくとも中高生になるまでは、と皐月さんは考えておられましたが」

「……そっか」

 

 顔を半分掌で隠しつつ、簀巻きを背負って突き進むアホ共を見ながら自身の不徳を自覚する。 

 彼女達や彼の配慮に、顔が熱くなる。

 

「そう言えばお前ら、私なんかに構う程にはお人好しだったな……」

「フフッ、千雨さんも大概ですよ」

「うっせ」

 

 そんな、ドナドナを歌いながら突き進むアホ共に続く千雨達を、のどか(人形)の無垢な視線は不思議そうに見詰めていた。

 

 そんな彼女達が周囲の奇異の視線を浴びながらも、とある少年を中心に集まる場所としてはお馴染みとなったログハウスに着いたのは、そう時間は経たない内だった。

 そんな馴染み深い場所も千雨にとっては万魔殿の如く禍々しく見えるのは、やはり錯覚なのだろう。

 ちなみに、夕映はもがくことが無意味であると悟ったのか、少し前から抵抗を止めていた。

 

「というか、ここ皐月────それとエヴァンジェリンと雪姫先生の家じゃ……」

「アレ? 二人が同一人物だって言ってなかったっけ」

「はぁッ!?」

「アレやよアレ、ファイヤーシスターズ実戦担当に対して振る舞った元怪異の王的な年齢変化的なスキル持ってるんだよ。エヴァも同じ元吸血鬼だし」

「……確かに、初等部の時にバラされたらヤバかったな」

 

 そう言えばあの二人が一緒に居たところを見たことがなかった。と、本気で己が節穴だったのではないかと思い始めながら、ログハウスの入り口の取手を見詰め手を伸ばす。

 

「あっ、千雨ちょい待ち」

「え?」

 

 ソレをアスナが止めた。

 何事か、と千雨は身体を硬直させるが、アスナは取手ではなくその横にある複数の鍵穴の一つに()()()()()()()

 

「なっ」

 

 ガチャリ、と彼女の指が鍵の代わりだと言わんばかりの音が鳴り、そのまま躊躇なく扉を開けた。

 

「何処でもドアかよ……」

 

 扉を開けた先には、常夏の砂浜が広がっていた。

 燦々と照り付ける太陽と、透き通った海が覗く小島から見える巨大な塔が、その存在感を見せ付けていた。

 しかし、千雨と夕映の目を引いたのはそんなファンタジーめいた別世界────ではなく。

 

 

 

 

 

「あぁアスナさん。丁度良かっガフッッ少し困ってましベチャッこれをほどいて頂けガハッ」

『────────■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 ソコには原初のルーンを始めとした様々な術式が刻み、編み込まれたロープでしこたま縛られた男。

 そんな男が、ただそこに在るだけで周囲を圧砕する程の呪力を纏っている、銀色の巨狼に引き摺り回されていた。

 

「────、は?」

 

 というかアルビレオ・イマだった。

 同時に、その処刑を眺める者たちが目に入る。

 

『ギャハハハハ! ザマァ無ェナクソ野郎!!!』

「皐月、速度が足らんぞ」

「我は終える者ww世界の災厄www終末を為す獣を生む狡知の化身なりwwwww」

「茶々丸さん、これは何という処刑方法ですか?」

「見たままかと」

 

 緊張感など、最早無かった。

 

 

 




ようやっとかけた…

 まず千雨の認識阻害云々ですが、麻帆良学園って認識阻害の結界でも無いとオカシイぐらい異常なんですよね(イマサーラ)

 しかし学園結界は兎も角、明確な認識阻害云々の描写って、人払い以外実は原作に無かったりします。
そして学園結界の内容は、高位の魔物の強烈な弱体化です。
原作におけるエヴァがこれの影響を受けていましたね。ですが、認識阻害とは明言されてはいません(たぶん) 
 認識阻害云々は魔法世界編の眼鏡ぐらいなので、二次創作から生まれたと言っても良いでしょう。
 麻帆良と外部との差異を埋めるのに最も簡単だったのが認識阻害だった訳です。

 本作では世界樹の自己保存の手段という設定にしました。
 本作では世界樹の設定をクロスの影響により元ネタそのまま持ってきているので、それぐらい可能だろ────という学園側に不要なヘイトを向けず、かつ外部との差異を簡単に表現するための判断です。
 ちなみに麻帆良学園の世界樹は本物ではありますが、正確には本物ではありません。
 fateのロンゴミニアドのように、本体ではない、というのが正しいです。
 なので作中で仄めかしている神木の主があの世界にそのまま居る訳ではありません。
 本体は幽世に存在しています。

 そして最後にヘイトを集めまくっているアルビレオですが、生憎と拷問に遭っているのはあくまで原作にも登場した端末です。
 本体は麻帆良最深部の何処かに存在しますが、主人公一行には本体を穏便に見付ける術はありません。
 図書館島の地下を抜けば話は別ですが、流石にそこまでの凶行を行うわけにはいきませんから。
 なので原初のルーンや呪符などで端末が消滅しないようにし、本体に影響が出ないレベルで苦痛を与えるのが限度だったりします。
 図書館島を消し飛ばせ、となるとただの犯罪者というかテロリストですので。

待っていてくれた方には謝罪と感謝を。
修正は随時行います。ホント、いつも誤字報告機能助かります。


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第二十七話 贖罪

「いやはや、本当に申し訳無い」

「────────」

 

 まるでオベリスクの様に乱立する黄金の柱から伸びる鎖と、凄まじい呪力が込められた呪符でガチガチに拘束され、逆さまに吊るされている優男が胡散臭い笑みを湛えながら謝罪を口にした。

 

 アルビレオ・イマ。

 図書島の司書にして、夕映が魔法を知る原因の一つだ。

 

 夕映は正体不明、不気味、強大な魔法使いというイメージしか持たなかった為、マヌケ極まる姿に彼女は開いた口が塞がらなかった。

 強い心的ショックを受け日も跨がず布団で簀巻にされ、挙げ句異界に連れ込まれた果てにこれである。

 彼女の心的許容量はもはや限界であった。

 

 一方、完全な一般人である千雨はと言うと。

 

「七輪出来たぞい」

「サンマ持ってこいサンマ」

『酒モ忘レンジャネェゾ』

「フフフ、流石キティ達です。まるで容赦がゴホッゴホゴホゲホッ! ガハゴホオエッ」

「……………………何してんだお前ら」

「ん? 痛め付けてるけど」

「そうじゃねぇよ」

 

 何処からともなく取り出されたサンマを焼く七輪の煙で、その男が笑顔を保ちながら悶絶するという曲芸を披露している様を、知り合いが嘲笑している。

 些か胡散臭げではあるが、一体この青年は何をやらかしたのか。

 

 戸惑いと苛立ち、呆れと苦悩が混ざり合った形容し難い表情で突っ込んでいた。

 幼馴染みで想い人の秘密とか、一先ずどうでも良くなるほどの平常運転っぷりに怖れなど消え去っていた。

 

「次どうする?」

「幼女がみるみる内に成長していく様を72時間見せ続けるか?」

「それだけは止めてください」

「ヘイちうたん。ロリコンが最も苦しむ処刑方法教えてくれい」

「────全部私に説明したらなァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二十七話 贖罪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皐月は語った。

 この世界には、様々な神秘と神秘を行使する技術体系があること。

 この学園は、火星の別位相に神様が創った異界出身の魔法使い達が創った街なのだと。

 当然、今もそれなりの数の魔法使いが教師や生徒として生活していること。

 不死の魔法使いであったエヴァンジェリンに自分が弟子入りしたこと。

 小2の時に両親をテロリストが襲ったのでムシャクシャし、八つ当たりで暴れている神々を殺して魔王になったこと。

 

「最後だけおかしいだろ!?」

「解るぞ長谷川。家族旅行に行った未熟な弟子が人類の代表者になっていた時の私の気持ちが、コイツには分からんのだ」

 

 幼馴染みがいつの間にか天災と比喩される存在になったと告げられた気持ちと、エヴァンジェリンの気持ちは同じなのだろうか。

 

「はぁ…………、突っ込み切れねぇ」

「焦ることはあらへんよ千雨」

「もうじき、性的にキモチ良くなるから」

 

 千雨は思わず、皐月の襟首を掴み上げる。

 彼女たちキチガイへのツッコミの放棄であった。  

 

おい……、オイ皐月ッ……!!

「最近特にエロ方面でボケ始めるんだよなぁ。これが思春期か」

「男子か!? さっさと叱り付けてこい!」

「はーい、君達アッチでお話ししようかぁ」

「「はーい」」

 

 皐月が抱き付くキチガイ二人を引き摺って行き、離れた場所で正座させて説教を始めたの見ながら、千雨は吊るされているアルを見上げる。

 

「で、アンタ……どうするつもりだ?」

「どう、とは? 長谷川千雨さん」

「アンタ、些か無責任過ぎるぜ」

「えぇ、その件については素直に謝罪しますよ。宮崎のどかさんが死亡する事は私の望んでいた顛末ではありませんでした」

「だったら、お前が望んでいた顛末とは何だ?」

 

 アルビレオの言葉に、雪姫が厳しい視線と共に問いを投げ掛けた。

 宮崎のどかの悲劇と綾瀬夕映の罪を聞いた彼女は、真っ先にアルビレオの真意を聞きたかった。

 この男が何を以て夕映に魔法の存在を明かしたのか。

 

「単純ですよ。理想的なのは綾瀬さんが再び図書館島に訪れ、私と再び接触すること。その場で彼女が魔法を教わりたいと言うのならば、私は迷わず教えていました」

 

 現実こそ独学に走っていたが、そもそもの始まりを忘れていた。

 否。本当は未知への好奇心もあったのだが、それ以上に彼の初遭遇は悪い意味でインパクトが強すぎたのかもしれない。 

 少なくとも夕映は、恐怖心から無意識にアルビレオという存在を忘れようとしていた。

 だが今思えば、そんな選択肢もあったのではないか。

 夕映は、思わず顔を上げる。

 

「私も貴方達魔王一行と接点を持とうと思ったのですよ。しかしアスナさん経由は余りに芸がない。そこで丁度魔法の書物を探り当てた彼女が居た、というだけの話です。まぁ、まさか独学でここまで首を突っ込める程の才と胆力があるとは思ってもみませんでしたが」

 

 彼女の才能は、アルビレオから見ても逸材だった。

 ナギ・スプリングフィールドのような規格外ではないが、だからこその理詰めで順当に強くなれるだろう。

 それこそ、かつての紅き翼の面々に並ぶ程に。

 

「えぇ、ですので私はこう判断したのです。

『────そちらの方が面白そうだ』と」

 

 その表情は悪意など欠片もなく、無邪気ささえ感じさせた。

 あったのは、以前まで夕映を満たしていた好奇心。

 

「事実綾瀬夕映さん、貴女は独力で様々な魔法や技術を会得していった。今は中級魔法も手を伸ばしているようだ。

 素晴らしい才能です」 

 

 そんな彼が口にする客観的事実は、その何もかもを夕映に自身を糾弾する罵倒にさえ錯覚させた。

 己の才能さえ、この結末を招いてしまった要因だと呪いさえ抱きながら。

 

「いいえ、あまり自身を責めるべきではありません。貴女は要因の一つに過ぎず、原因は複数存在した」

「複数……?」

「私が貴女を放置したこと。そもそも宮崎さんを殺害した原因である外部術者。貴女の行動を認識できなかった学園側。そして何より────」

 

 ────間が、悪かった。

 

「な────」

 

 そんな身も蓋もない言葉が、口にされた。

 絶句する夕映に、しかし皐月や雪姫達は素直に頷く。

 確かに、と。

 

「別の年の大停電の襲撃ならば、こうはならなかったでしょう。学園側の配置も防衛ラインを築く様なものだけでは無く、もっと面で対処した筈。そうであれば貴女達は容易く発見されたでしょう」

 

 そもそもヴォバン侯爵が『死せる従僕』など送り込まなければ、魔王一行が前線に出ることなど無かった。

 ヴォバン侯爵に便乗して今まで手を出さずに静観していた術者も、彼の名によって動いていた魔術結社もいない、例年並の侵攻ならば。

 あるいは逃げること位は出来ていたのかもしれない。

 何より、錯乱した式神が目の前に落ちてくるなど、運がないにも程がある。

 

 そんな中、千雨が手を挙げて質問をする。

 

「なぁアンタ、そこまで詳しいんならリアルタイムで観てたんだろ? 遠見とか千里眼とかで。どうにかして助けられなかったのか?」

 

 だからこそ、無責任だと先程彼女は口にした。

 魔法としては遠見などはやはり存在するが、無論千雨はそんなことは知らずメディア知識による質問である。

 尤もな彼女の言葉に、アルビレオは笑みさえ浮かべて己の拘束された身体を見た。

 

「実は私、こう見えて条件を満たさないと図書館島から出ることが出来ないのですよ」

「────え?」

 

 そう。

 忘れられがちではあるがこの古本の付喪神、世界樹の魔力が満ちなければ外に出ることが出来ないのである。

 おそらくこの別荘や魔法世界のような大気に魔力が豊富な空間や土地でなければ、肉体の形成さえ辛い筈だ。

 

 それが本体が動くことさえ儘ならなくなったのが、所謂10年前の『完全なる世界』との戦いによる傷なのだろう。

 少なくとも現在のように権能で端末を拘束するなどしなければ、この別荘に来ることさえ出来ない。

 彼が現場に赴いて夕映とのどかを助けることは、完全に不可能だった。

 

「もし私が彼女達が現場に向かっていることを学園長達にお伝えすれば、あるいは回避できたかもしれません。

 無論、所詮はたらればですが」

 

 だからこそ、アルビレオはこの状態を甘んじていた。 

 己の趣向を優先した為、貴重な物語を終わらせてしまった。

 極めて異質きわまりない思考をしている彼は、しかし行動さえしなかった己の非を素直に認めていた。

 

「あー、そんな縛りあったな」

「学園長室などの特定の場所ならこの様な端末を送り出すことも出来るのですが」

 

 因みにこの端末が捕縛されたのが、まさに学園長室に送り込まれた際である。

 

「そんな────」

 

 震えるような声が呟かれる。

 不運にまみれ、しかし決して拭えぬ罪悪感に苛まれる少女が、余りにも無体な言葉に悲鳴を上げる。

 

「そんな言葉で、納得できると思っているですか!?」

「では何ならば納得できると?」

「なッ……!?」

 

 そんな悲鳴を、無機質な言葉で切り捨てる。

 

「そも、私は客観的事実を述べているだけです。それも所詮は結果論。私としてはそれが今後の貴女の、ほんの少しでも慰めになるように、とね」

「今、後……?」

 

 それは当たり前に訪れ、生きる以上は決して逃れられぬ未来。

 

「貴女を加害者と言うには酷が過ぎ、しかし貴女自身は罪だと思う。であるのならば綾瀬夕映さん、貴女が今後しなければならないのは贖罪でしょう。無論、私が言える立場ではありませんが」

 

 目の前が真っ黒になる。

 否、目を逸らしていた現実を直視し直しただけ。

 どれだけ否定材料を並べようとも、本当に彼女が悪くなかったとしても。

 夕映自身の罪悪感が無くなることはないのだ。

 

「贖、罪……?」

 

 罪を贖う。

 極めて当たり前の道理で、当然の罪滅ぼし。

 

 図書館島で、夕映はその手の小説は山程読んできた。

 ある者は自身の命を絶ち。

 ある者は人生を狂わせ悪に堕ち。

 ある者は法の裁きに身を委ねた。

 

 では、自分は? 

 

 法の裁きに身を委ねようとも、恐らく学園側は夕映を被害者と判断するだろう。

 では自死? 論外である。

 自殺など唯の逃避。何より、もし夕映が死んだら彼女を庇ったのどかの死は、本当に無意味になってしまう。

 それだけは、絶対に許容してはいけない。

 

 夕映の視線が焦点を失い、道標を喪ったように揺れる。

 その歪む視界の端に、白い少女がいた。

 彼女が死なせてしまった、宮崎のどかの魂を持った少女が。

 

 もし少女が自分の命を求めたら? 無論、即座に差し出そう。

 徒に命を捨てるのと、求められた断罪は贖いとなるのではないか? 

 そう、そうだ。

 それならば無意味ではなく、それが一番──── 

 

 そんな魔が差した思考の渦に呑まれる夕映に、影が差す。

 

「綾瀬」

「っ、せッ……先生────」

 

 ────バチンッッ!! と、頬を打つ音が響く。

 その張り手の威力は、夕映の身体を軽く十数メートル吹き飛ばした。

 如何に才能をもっていようと、にわか仕込みの彼女にソレを防ぐことも受け身を取ることも出来ず、そのまま吹き飛ばされるしかなかった。

 

「おー、飛んだ飛んだ」

「お、オイ皐月。アレ首折れたんじゃ」

「そこら辺の加減は大丈夫だろ。最悪折れてても心臓止まってても大丈夫。治せる」

「……魔法ってそこまで出来んのか」

「即死でなく、脳さえ残って居たらな。と言うよりかは、俺と治療系に特化してるこのかがな」

「治すでー?」

 

 そんな会話を尻目に、頬を抑えながら悶絶している夕映にズンズンと雪姫が近付く。

 

「ほぅ、素人の分際で障壁を張っていたか。成る程大した才能だ」

「な、ナニをするですか────ッ!?」

 

 涙目で起き上がる彼女に、ニヒルに雪姫が笑う。

 

「目は覚めたか?」

「────」

「あのエロナスビの言う事などマトモに聞くな。奴は客観的事実しか口にしておらん。そしてお前にとって必要なのは何よりも主観の筈だ」

 

 贖罪、それは明確な法の裁きでない場合自己満足でしか無い。

 

 雪姫は彼女に目線を会わせるように片膝を着き、真正面から向き合う。

 それは、まるで画面の向こう側に対して向ける言葉のようだったアルビレオとは、決定的に異なっていた。

 

「嘆くのはいい。苦しむのも良いだろう。だが己が悲劇に浸り安易な選択に逃げるのだけは止めろ。それは逃避だ」

 

 それは言霊であった。

 六百年を生きる悠久の不死者の言の葉は、強い心身を持つ者でなければ抗うことは出来ない。

 況してや心が疲弊しきった夕映は、その言霊に強く影響を受けた。

 雪姫の瞳に映る夕映の目には、先程までの絶望は既に浮かんでいない。

 

「それが故意でなかろうと、不運によるものだとしてもお前が取り返しのつかないことをしたのは覆し様の無い事実だ」

 

 その眼に満足したのか、彼女は立ち上がり踵を反す。

 その先には、変わり果てた生徒(のどか)の姿。

 近くに居ながら助けることすら出来なかった。

 そんな思いを、教師である彼女が持っていないわけが無かった。

 

「罪から逃げるのは悪ですらない。ただの愚行だ。だが幸か不幸か、お前は決して罪から逃げられない」

 

 無垢なヒトガタ(ミヤザキノドカ)が、静かに夕映を見据える。

 その視線に、夕映は押し潰される様な錯覚に襲われ────気付く。

 

 その仕草は機械的なものだが、その端々に『宮崎のどか』を感じさせるモノを見付けられたのだ。

 夕映の瞳に涙が溢れる。

 それはきっと、親友である彼女にしか見付けられないモノだから。

 

「お前は答えを出さねばならない。己の贖罪の為に何が出来るのか、何をすべきなのか」

 

 それは悪の矜持でも、不死者の啓蒙でも無い。

 きっとそれは、当たり前の事なのだろう。

 

「模索し続けろ。例え生涯を掛けて答えが出なくとも、例えどれだけ苦しくとも、己だけでは答えがでないとしても」

 

 時に雪姫自身も見失ってしまう、そんな誰もが行うべき、そして誰もが出来るわけでもない厳しい物なのだろう。

 

「誰かに答えを求めるな。自分で答えを見付け出せ。お前が考え抜いた末に出した答えならば────例え善だろうが悪だろうが、私はお前を支持しよう」

 

 その姿は、魔法世界の恐怖の権化である『闇の福音』でも、最強種の1つである『真祖の吸血鬼』としてでもなく。

 

「泥にまみれて尚、進め。私の生徒なのだ、その程度はしてもらわないとな」

 

 今の彼女は、ただ生徒を導く教師として。

 

「もしそれでも納得がイカンと言うのなら、時間跳躍でも何でも自分で開発して、直接赦しを請え。これでも経験豊富でな。アドバイスぐらいは、先達としてしてやっても構わんさ」

「────ありがとう、ございますです」

 

 差し伸べた手を、夕映は握る。

 彼女はきっと聡明だ。

 先ずは、誤ちを一つ一つ正そう。

 もし自分の様な安易な選択をしようとする者が現れたのならばそれを止め、かつどうすれば同じことが起きないか模索しなければならない。

 それは机上の理屈では決してなく、現実的な行動なのだから。

 

 不安になることもあるだろう。誤ちをまた犯してしまう事もあるかもしれない。

 だが、何の問題もない。

 

「あ、自己犠牲とかのクソの場合は拳骨するからねー」

「ねー」

 

 彼女はもう、頼れる友達が見過ごしてはくれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女達の姿を少し離れて見ていたアカリは、少し呆けた頭を、頭痛を抑えるように抱える。

 

「贖い、ですか」

「何か思うことが?」

「茶々丸様」

「茶々丸で。あるいは気軽に茶々丸さんと」

 

 アカリの傍らに、冷えたグラスを持ってきた人外離れさえしている、直視しても異性には魅了以外が浮かばないほどの美を持つ天女がやって来た。

 そんな彼女からグラスを受け取り、常夏の世界の別荘では快感さえ覚えるジュースを飲みながら、アカリは投げ掛けられた問いに答える。

 

「私は、村の皆を永久石化から脱することこそが償いだと考えていました。ですが、それはスタート地点でしかないのですね」

「……」

 

 彼女は、既に当初の目的を達していた。

 永久石化の呪いさえ、灼熱の魔王の業火は欠片も抵抗を赦さず燃やし尽くした。

 スプリングフィールドの故郷の村の住人は石化の呪いから解放されたのだ。

 

「あの村の皆は、恐らく私達の出生を知っていたんだと思います」

 

 高位魔族の大群によって滅ぼされた村。仮にスプリングフィールド兄妹が目的であっても過剰すぎる戦力であり、村人の悉くが()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 つまり戦える者で構成された村であり、戦う可能性を予見していたということ。

 これでスプリングフィールド兄妹の出生を知らないわけがない。

 

 つまり巻き込まれたのではなく、護ろうとしていた。一体何から? 

 即ち、襲撃の黒幕であるメガロメセンブリア元老院。

 そんな黒幕達が、襲撃し石化という口封じを行った村の人間の復活を知ればどうなるか、言うまでもない。

 そんな再びの襲撃を受けずに済むよう、彼らの存在は秘匿された。

 いつか元老院の滅びと共に、堂々と日の下で歩く時を待ちながら。

 

「なんて未熟なのでしょう。私は皆に、スタンさんに赦された時に罪を贖い切ったと勘違いしていた」

「それは……」

 

 そうして、彼女は遣りきったのだと満足した。

 しかし夕映を見て、それは怠惰なのではないかと思うようになった。

 それでいいのかと。

 

「彼等に何が出来るのか、もっと何かをしなければならないのではないか。元老院の排除は義務です。だけれど復讐などではなくより淡々とした作業でなければならない。贖罪だというのならば、より生産的な行いこそが償いになるのでしょう」

「そう、ですね。でも、忘れてはいけません」

「?」

「貴女が既に赦されていることを。過度な償いは、きっと相手も迷惑ですよ?」

「……難しいですね」

「えぇ、とっても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を嗤っていやがる」

「────いえ、申し訳ありません。つい、洩らしてしまいました」

 

 罪の意識に苛まれながらも、友や恩師によって顔を上げた少女。

 そんな少女に触発され己を見つめ直す、過酷な境遇を生まれ持つ成熟した外見の幼子。

 そんな彼女達の姿を眺め、アルビレオは細やかながら笑いが止まらなかった。

 

「やはり────ヒトの紡ぐ物語は、とても美しい」

「…………」

「ここまで多種多様な可能性を持つ生命は、この地上には存在しません」

 

 それは一冊の最高位の魔導書の付喪神故の言葉か。

 あるいは人の人生と云う名の物語を収集する、一人の最高位の魔術師としての言葉か。

 

「私も償いをしなければなりませんね。この身に出来ること、私が知りうることは出来うる限りお話ししましょう。とは言っても、出来るのは魔法を教えるか図書館島の司書としての役割を果たすこと程度でしょうが」

 

 償うと口にしながら、その言葉の端には喜色さえも滲ませて。

 どちらにせよ、この存在は万人が美しいと思う人間模様、人間讃歌が特に御気に入りであった。

 

 元より関わりが深い黄昏の姫御子に、彼個人の友人の娘である極東最強の媛巫女。

 加えて弟子であり友人でもある英雄と王女の忘れ形見である禍払いの殺人者。

 そんな彼女達の輪に入った贖罪に悩む才女がどんな彩りを魅せるのか。

 彼は楽しみで仕方がなかった。

 

「今回は残念な結果になりましたが、そんな予想外のカタルシスも時に最高のスパイスとなる」

「────なぁ、アルビレオさんよ」

 

 それは一見若者の有望さに喜ぶ老人のような側面も見えるかも知れなかったが、しかし。

()にとって、些か不快であったのもまた事実。

 

「あんまりくだらねぇ事ペラ回すのは止めてくんねェかな」

 

 彼を拘束していた呪符と鎖が解かれ、アルビレオが地面に降り立つと共に────ドス黒い炎が足元から彼に喰らい付いた。

 その黒炎は獲物に発狂させるほどの激痛を与えながら、その端末を焦がし尽くす。

 

 

 

「────次やったら、図書館島の底ブチ抜いてでも焚書にするぞ」

「えぇ、えぇ。よく理解しています」

 

 

 

 足元から風化していく恐怖と激痛。

 しかしそれでも笑みを絶さず、彼はその警告を受け入れている。

 

 アルビレオは理解していた。

 自分が殺されていないのは、まだ釈明の余地があったから。

 二度目は無い。

 

御都合主義の神(デウス・エクス・マキナ)は物語を陳腐にしてしまいますが、貴方は決して機械仕掛けでも神でもない。だからこそ厚かましくも期待させて頂きますね」

 

 その表情が、初めて諦観と期待の混じる矛盾したソレへ変わる。

 その感情の名は、後悔。

 友とその妻を生け贄に捧げるしかなく、彼の望むハッピーエンドには程遠い結末しか残せなかった事への負い目か。

 初めて、人間らしい感情が表情に浮かんだ。

 

「我々が為せなかった完全無欠の美しさ(ハッピーエンド)を、貴方が齎すことを」

「知るか。手前の不始末の後片付けなんざ御免だよ」

 

 万感の籠った言葉を切って棄てる。

 その言葉にアルビレオはキョトンとし、再び胡散臭く笑う。

 彼は何かを口にしようとして、その前に塵となって消え失せた。

 それはまるで、老人の譫言など聞く耳持たぬとでも言うかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「────アイツでも、あんな顔するんだな」

「怖じ気づいたか?」

 

 燃え散らされたその光景を見て呆けたかのように千雨が溢した言葉に、雪姫がニヤリと笑う。

 

「どうだろうな。正直担任が幼馴染みの姉貴分だったことの方がショックだよ」

「ハッ」

 

 無論、動揺はした。

 千雨にとって皐月は絶対的な味方であり、今思えば本気の喧嘩は一度もしなかったのではないか? 

 仮に千雨が噛み付いても、まるで保護者や大人が子供に噛み付かれるのを宥めるように諌められるか笑って流されるだけ。

 恋慕している此方が、独り善がりの馬鹿みたいに思えてきたのだ。

 

 ならば此処は、分水嶺なのだろう。

 

「お前はこれからどうする? 長谷川千雨。お前も知ったように、此方側はホンの少しの不運で命を失う世界だ」

 

 千雨の身体が押し潰される様な錯覚と共に崩れ落ちる。

 雪姫から発せられる圧力が、千雨の身体中から冷や汗を噴き出させたのだ。

 

 だが、この程度。

 負けん気だけは、他の連中に負ける気は無かった。

 

「生憎と、どこぞの銀髪暴食シスターのポジションに甘んじるほど大人しくは無いんでね」

 

 言葉の端を震わせながら。

 それでも尚、蚊帳の外はもう御免だと。もうずっと疎外感を感じ続けるのは嫌だと立ち上がり一歩前に進む。

 境界線を、越えた気がした。 

 

「ではようこそ、お前の忌避したクソッタレのファンタジー世界に」

 

 成熟した大人の姿から、かつての『童姿の魔王』と呼ばれた姿に雪姫────エヴァンジェリンが変貌し、歓迎するように両手を仰ぐ。

 後悔など無いとは言わない。

 寧ろ未練タラタラだが、決して悪い気分ではない。

 

 漸く、彼の『身内』になれた気がしたのだから。

 

 そんな様子の千雨に満足したエヴァンジェリンは、途端に超然としたソレから好々とした悪い笑みに。

 

「ではてっとり早く仮契約し、得たアーティファクトを軸に方針を決めるか」

「仮契約?」

「おっ」

「おっおっ」

「………………」

 

 急に色めき立ったキチガイ共と、最早悟りを開いたが如き菩薩顔となった想い人の反応から嫌な予感を感じる。

 

 その後、仮契約の概要を知った千雨の狂乱による修羅場があったことは言うまでもない。




本当に、申し訳ない(更新遅れて)

別の完結間近の作品を優先してたのと、完結した時の燃え尽き感で投稿が遅れてしまったというのが実情です。
ぶっちゃけこの話が描き辛かったってだけなんですけども(オイ)
描いてて「アルビレオがただのクソ野郎ってだけにならないように」って思いつつ、感想見ればやはりクソ野郎になってたエピソードな気がします。
ゆえの答えも、すぐさま回答を出すより悩みぬいた方を示すのがエヴァらしいかなぁと思った次第。

では重苦しい一旦話はここまで。
次回はネギ参戦を匂わせつつ、UQ HOLDER!とのクロス要素を出していきます。
具体的には、オリ主に対して嫌悪というか反対意見を出せるUQキャラクターを参戦させます。
それが終わればよ────やっと原作突入ですかね。

さて、ことメディアミックスに恵まれなかった? 赤松作品ですが、アニメUQ HOLDER!の成功を願っています。





まぁぶっちゃけ、UQ原作は絵柄の変化や『序盤』の刀太の妙に急成長過ぎる強さに、ネギ達の努力やらを比較し無性にイラッてしてましたが(シレッ)
よくよく考えれば最強種だったんだよなぁ刀太。


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第二十八話 噂

 

 

 ────麻帆良学園の、所謂大停電と狼王の従僕の襲撃が起こした悲劇からはや数ヵ月。

 時は流れ、学生達は学園の一大イベントである麻帆良学園祭に向けて準備を始めていた。

 

 全学園合同学園祭。

 通称、麻帆良祭。

 中・高の一学期中間テスト後からが本格的な準備期間となっており、日程は前夜祭+3日間で延べ入場者数約40万人。

 初等部から大学部まで、元よりお祭り気質の学園都市全校生徒によるお祭り騒ぎである。

 

 そんなイベントに向けて、皐月の所属している男子中等部の2-Dも麻帆良祭に向けた準備をしていた。

 

「さてみんな、色々と意見を出してくれてありがとう」

 

 教室の黒板には沢山候補が出されている。

 出店だったり喫茶店だったりお化け屋敷、中には執事喫茶やら窓からの校舎壁を使ったアスレチックなどかなりおふざけな案など様々だった。

 だがそれでも決定ではなく、投票さえしなかったのはこのクラス全員がただ一人の生徒の顔色を伺っていたからに過ぎない。

 

「────取り敢えず、色んなケガしそうなのは却下」

 

 窓側最後尾の生徒────瑞葉皐月の言葉に、却下されうる案を出した、或いは賛同していた生徒達が項垂れる。

 そこに落胆はあっても抗議の声はない。

 

 中等部の魔王。

 いじめッ子の悉くをトイレに引き摺り込み、様々なトラウマを植え付けたが故に畏れられた男子生徒。

 その蹂躙範囲は知覚系権能を保持していたことも相まって、高等部まで網羅していた。

 

『悪い子はいねーがー』

 

 現代の子供たちは、なまはげという概念を学んだという。

 結果彼を畏れた生徒たちへの、ついでに一部の教師に絶大な発言権を有したのである。 

 そんな魔王の監視の元、無難にネット喫茶に決定したクラスは、それでも麻帆良の生徒としてなんとかして一捻りを加えようと四苦八苦している姿を見守りつつ、瀬流彦にパソコンの貸し出し手配を取り付けた皐月に話し掛ける生徒が居た。

 

「やぁ、お疲れ様皐月君」

「ソラか」

 

 爽やかな表情に金髪を短めのポニーに纏めたソラと呼ばれた少年は、皐月の暴虐の後に編入学したが故に彼へ気軽に話し掛けられる事が出来る数少ない生徒だ。

 

「僕は肉体労働担当だからね。そういう君は何をやってるんだい?」

「監視。麻帆良のお祭り気質は中々侮れなくてな、去年も女装喫茶をやらかそうとしてた奴ら賛同者含めて全員拳骨キメてやった」

「ははは……賛同者が居たのかい? しかもその口振りだと複数人」

「八割」

 

 ウッソォ、とドン引きする編入生は、やはり麻帆良初心者であった。

 まだ編入してから数週間程度にも関わらず、麻帆良祭という特にアクの強いイベントに直撃したのは運が良いのか悪いのか。

 

「あれ? でも確かお前って病弱だったって」

「うん、そうだね。ついこないだまでリハビリしてたよ。一年以上寝たきりだった物でね」

 

 そんな病み上がりの少年が肉体労働担当だというのが驚きだが、彼が所属しているクラブを聞けば麻帆良学園の生徒は大抵納得する。

 外部との技術差は数十年では効かないだろう。何せロボットが軍事利用レベルにまで至っているのだ。

 彼等が様々な機関に狙われないのは、(ひとえ)に世界樹の認識阻害に護られているからだろう。

 故に、彼等に接触できるのは認識阻害を受けても徴用できるほどの善人か、そもそも効かないかのニ択である。

 

「大学部の工学部の試作品の特殊テーピング。僕の実家が大学の先輩方のスポンサーとなって、まぁ軒並(のきな)み取り込んで融通してくれたんだ。まだ筋力の弱い僕には本当に有り難いんだよ」

 

 袖を捲り上げてソレを笑顔で見せるソラに、皐月は胡乱気な視線を向ける。

 それに気圧されるソラは無茶をした際に見せる医者の目を思い出して両手を上げて降参する。

 

「無理して大丈夫なんですかねぇ」

「まぁ無理はしてないよ。あくまで補助だから」

 

 そんな風に笑いながら、彼は壁にもたれ掛かり携帯端末を取り出す。

 そして、ソレを起動させた。

 

「さて、本題といこう」

「それは……」

「僕の実家の商品、と言ってもまだ試作段階だけどね。名付けて『魔法アプリ』」

「────へぇ」

 

 その携帯端末の画面から魔法陣が浮かび上がり、紛れもない認識阻害の魔法を発動させていた。 

 科学によって魔法を行使する。

 逆に言えば、魔法適性の無い者でも魔法を扱う事の出来る手段。

 彼の実家の、雪広財閥に匹敵する巨大コンツェルンは、まさに世紀の発明を成していた。

 魔法使いにとって驚天動地の出来事に、しかし皐月は関心程度で答えた。

 

「あんまり驚いてくれないんだ」

「いやいや驚いたよ。関係者って事もだが、ソレは素人目にも売れると思うぞオイちゃんは」

「その程度の驚きなんだ。やっぱり魔王って凄いんだね」

「どんな説明されたの」

「うーん、指向性を持った移動災厄?」

「ひでぇ」

 

 だが間違っていない、と溢しながら、皐月はこの編入生が生粋の魔法使いではないのだと確信する。

 少なくとも『科学で魔法を行使する』という発想は、魔法使いや呪術師には無いものだ。

 

「で、本題なんだけど。最近学園側で妙な噂が流れているみたいなんだ。君は何か知っているかい?」

「噂?」

「おや、君も聞いたことはないかい? かの英雄、紅き翼の『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』。その息子がこの麻帆良学園に修行に来るって」

「……あー」

 

 遂に来たか、と。皐月は感慨さえ感じながらその言葉を受け止める。

 原作開始。

 その事実はしかし、皐月にとって余り重要な事ではなかった。

 何故なら原作など予備知識程度にしかならないほど崩壊しているからに他ならない。

 

「大戦の英雄の息子。しかし二十年前にそんな英雄が誕生する大戦など無かった。魔法世界────初めて知ったときは本当にワクワクしたよ」

「ま、うら若き少年としては正しい反応だよな」

「あれ? 君はワクワクしないのかい?」

「色々知ってる身としてはなー」

 

 ネギ・スプリングフィールドの最初のパートナーであるアスナは、魔王たる皐月の庇護下にある。

 彼の手伝いこそするだろうが、自惚れで無ければネギとの仮契約までには至らないだろう。

 そして修学旅行までの対魔法使いの本格戦闘は雪姫のみ。

 図書館島の探険こそあったが、その切っ掛けである綾瀬夕映にそんな蛮勇は最早欠片も存在しないし、親友を失うという悲劇を経験した彼女はソレを行う程愚かではない。

 

 問題の修学旅行に至っては、彼の使命である親書など学園内で済んでしまうだろう。何せ親書を渡すべき相手組織の総帥が皐月なのだ。

 そこから態々皐月を無視して纏め役である現長の沙耶宮馨に親書を渡すという、魔王を軽視するという暴挙をすればどうなるか。

 幾らネギ少年の成長を促したい近右衛門も、魔王を敵に回す程愚かでは無いだろう。

 となると、英雄の息子の修行は極めて穏やかになること請け合いだ。

 

 それで魔法世界がどうなるかは判らないが、そもそも皐月にアスナを百年人柱にさせるつもりは毛頭無く、ネギについても十歳の子供に背負わせる事でも無いのだと割り切っていたが。

 女子供を生け贄にしなければ滅んでしまう世界など、いっそ滅びるべきだろう、と。

 

「で、学園側がその受け入れの準備で緊張していると?」

「勿論、それもあるんだろうけどね。でも僕の聞いた噂は彼の事じゃあない」

「?」

 

 しかしソラの口にした言葉は、皐月にとって決して聞き逃せないものだったからだ。

 

 

 

「女子中等部の瑞葉アカリ────君の家族が、実は英雄の娘だって噂さ」

 

 

 

 

 

 

第二十八話 噂

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ」

「すまん、まるでわからんのじゃ」

 

 学園長室でソファに腰を預けながら、雪姫がこの部屋の主を睨み付ける。

 しかし学園長自身、今回の事を把握しきれていなかった。

 

「アカリの身の上を知るのは、麻帆良(ここ)では私達を除けばお前とタカミチだけだろう」

「無論儂等もそんな噂を流してなどおらん。しかし、噂の出所はまほネットなんじゃよ」

「ネットだと?」

 

 そもそも麻帆良学園外部でさえ、アカリ自身がウェールズの山中で暮らしていた事もありその身の上を知るものは限られている。

 学園長でさえ把握しているのは、従姉のネカネ・スプリングフィールドにその祖父メルディアナ魔法学校長だけ。

 その二人ともアカリの情報をネットに流すことの致命的さを理解している。

 

「というより、彼等がネットを駆使している姿を想像できん」

「つまり、何一つ分かっていないと?」

「ネギ君の情報が漏れた事も気掛かりじゃ。明石教授達に手伝って貰っとるが、何分儂の分からん分野じゃからな。じゃが、問題は噂の出所だけではない」

「……本国側の対応は?」

「それがまた奇妙なんじゃが、何の反応も無いのじゃよ」

「は?」

 

 あり得ない事だった。

 アカリは本国の元老院にとって生きる罪の証拠である。

 そんな存在が自身の下位組織のお膝元に居るのだ、即座に動きを見せてもおかしくない。寧ろ動かなければ不自然と言える。

 

「どうやら、本国ではこの噂が全く広まっておらぬようなのじゃ」

「……出所はネットなんだよな? 私が知る限り、ネットはそんな都合の良いものではないと思うのだが」

「明石教授も頭を抱えておったよ」

 

 意味不明である。

 少なくとも科学関連の素人である二人には全く理解の及ばない領域であった。

 

「まだ警戒は続けておるが、明石教授始め各員にはキチンと口止めはしておる。本国が動かぬ以上、アカリ君を害する可能性がある者はかぎられるじゃろう」

 

 何せ噂の外聞は英雄の子。

 そこから災厄の魔女に繋がるモノは外見だけ。

 仮に繋げる事が出来たとして、英雄の子という最初の噂が混乱させることになり、迂闊に手を出せなくなる。

 少なくとも彼女の過去を知って害意を持てる者は、善人で溢れるこの学園には居ない。

 

「……一応私からも釘を指しておく」

 

 そう言ってその場を後にした雪姫を見ながら、学園長は嘆息しつつ机の上の書類を見る。

 

「全く、麻帆良祭やネギ君の事も悩ましいと言うのに」

 

 実際麻帆良祭は一大イベント。

 その下準備の忙しさは目を剥く程だというのに、この異変は辛いものだった。

 彼の経験上、これがただの嵐の前の静けさに過ぎないのだと知っているのだから。

 

「願わくば、取り返しのつかない事態にならぬことを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。アカリの兄貴がね」

 

 女子中等部2-A。

 そんな彼女達も学園祭の準備を進めており、彼女達のクラスのお題目は『メイド喫茶』である。

 

 料理という意味では達人である四葉五月に、完璧超人である超鈴音が存在する上。

 ことメイド服に関して一家言有する長谷川千雨が居る。

 貴重なツッコミ要員が珍しくガチ面でボケに回ったことで、2-Aのアホ共は気圧されたのだ。

 そんな千雨はデザインされたメイド服を確認しながら、備品を運んでいたアカリと会話していた。

 

 彼女の外見は兎も角、実年齢は両手で数えられる程度。

 そんな彼女をここまで成長させ、初等部ではなく中等部に置いているのは様々な理由が存在する。

 彼女の精神年齢の高さから初等部が合わない。

 彼女の保護者である雪姫が担任教師で、生徒も身内の多いこと。

 そもそも肉体を成長させたのも、体格の小ささという戦闘面でのハンデを克服するための、アカリの要望だったりと様々だ。

 そんな彼女の実年齢を知った千雨の驚きは、半端なものでは無かった。

 

「どんな奴なんだ?」

「さて、どうでしょう」

「いや、どうでしょうって……」

 

 千雨は肉親、恐らく唯一の兄妹相手への余りの態度に引いていた。

 

「五年前、五歳の時から会っていないので私では何とも。元より興味も無ければ関心もありません」

「あー、成る程。血の繋がった他人って訳か」

 

 血しか関わりが無い。

 アカリにとって家族とは魔王の身内であり、従姉のネカネさえ彼女にとっては知人でしかない。

 改めて千雨は、アカリの壮絶な過去に掛ける言葉が無かった。

 

「問題はアレが訪日した際、どの様な面倒を撒き散らすかです」

「……よく知らないんじゃねぇの?」

「私が知っているのは、アレを担ぎ上げて都合の良いように扱おうとする連中です。連中は私の愚父を神格化している様なので。その影響の一端は、この学園にも及んでいますよ」

「宗教かよ……」

「あちらの世界に宗教らしい宗教が無いのも、反動として有るのかもしれません」

「あちらの世界、ねぇ……」

 

 地球とは異なる歴史と異なる文化を育んだ世界が、火星に存在する。

 魔法世界の真実を軽く教えられた千雨にとって、その情報の重さを理解することは困難だった。

 

 彼女は教室内に居る、綾瀬夕映と共にいる白髪の人形を観る。

 人形と言うには余りにも精巧で、しかし人間と言うには何かが未だ欠落した、クラスメイトの魂を有するヒトガタ。

 既に様々な神秘を眼にしながら、千雨はそれを実感するにはまだ何もかも足りなかった。

 

「ともあれ、私にとって『スプリングフィールド』の名は棄てたものでしかありません。それで騒ぐのは煩わしいですが、それだけ。しかし────ソレが原因で皐月様の御手を煩わすのならば、話は別ですが」

「……お前も大概アイツ大好きだよな」

「貴女に言われたくはないですね」

「うるせぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────斯くして、各々は英雄の息子という劇薬と、劇薬故に魔王の傍に現れた名を棄てた娘に眼が集まった』

 

 麻帆良学園のとある一室。暗闇の中PCの電子光だけが妖しく光を発する中で、本来教員でしか観ることの出来ない資料を観ている者がいた。

 その声は機械音めいて、その者の本来の声色を隠していた。

 

『これで、英雄の娘の更なる武勇を目の当たりにしたら、その評価はやがて来たる英雄の息子に伝わるだろう。そんな妹の武勇に触発され、兄も更なる力を求めることは想像に易い』

 

 その者がキーボードを叩けば、PCのディスプレイには英雄の娘の存在に様々な反応を見せている者達の姿が表示される。

 その様子に、その者は演技がかった様な仕草で満足そうに頷く。

 

「でも良いんですか? こんな事して」

『ム?』

 

 そんな存在に、気安く声を掛ける少女の声が割り込んだ。

 

「件の魔王様、怒ったりしたらどうするんですか?」

「…………そこは誠心誠意謝罪するし、万が一が起こらない相手を用意したのだヨ」

 

 途端に機械音めいた声色が変わり、問い掛けた少女の声と変わらぬ年頃の娘の訛り声が応える。

 焦りを滲ませたそれに、先程のような黒幕感は何処にもなかった。

 

()()()()()()()の状況は?」

「良好ですよ、凄い勢いで飛び付いてくれました。しかし、我ながら何とも詐欺師みたいですね。肝心なことを何一つ話してない辺り。謝罪する相手を増やすのは良心が痛むのですが……」

「おや、科学に魂を売ったのだろウ?」

「むぅ……」

 

 挑発的な片言の少女の言葉に、大きな眼鏡の少女の口が詰まる。

 

「うむ。では私は彼女の手引きと、当日に万が一が起こらない様に準備しておくネ」

「頑張ってくださーい」

 

 こうして、麻帆良祭の裏で細やかな企みが蠢いて。

 学園都市最大規模の催しは、着々と準備を進めていた。

 

 




あとがき解説

ソラ
 皐月のクラスメイト。本名はまだ秘密。
 とある巨大コンツェルンの御曹司。
 つい最近まで意識不明の昏睡状態であったが突如回復。麻帆良学園に編入学する。
 外見は描写した通りパツキンポニテの爽やか系イケメン。
 彼が使用した「魔法アプリ」はでのソレそのもの。


 ……これくらい?
 というわけで原作前の最後のエピソード。
 というか原作エピソードの大半カットされるよね、という崩壊具合。
 そしてカンピオーネ!原作完結おめでとございます。

 それ以上に毎度更新が遅れて申し訳ない。
 なので明日次話を投稿します。
 誤字修正、心から感謝を。
 修正点は随時修正します。


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第二十九話 麻帆良祭

 

 ────宮崎のどかと定義されたヒトガタ。

 地水火風その何れにも定義されない完全未知な天女(アプラサス)のアーウェルンクスの少女は、お祭り気分に沸騰した麻帆良学園の賑やかな空を眺めながら、自身の存在定義について自問していた。

 彼女は宮崎のどかの魂を有した、喪われた宮崎のどかの生命を補完するための存在である。

 そう彼女自身は考えていた。

 

 しかしその髪は紫がかった黒からアーウェルンクス特有の白髪。

 前髪によって片方が隠され、露出している片目の彩飾は灰色に近いシルバー。

 本来日本人である宮崎のどかと、余りにも違いすぎている。

 これをデザインしたのはアーウェルンクス・シリーズを創造した、感受性豊かすぎて盲目と成り果てた哀れな神祖であるのだが、しかして彼女の主は鋼殺しの炎王である。

 

「本屋ちゃーん、食材運びお願いー!」

 

 本屋。

 前回の彼女の愛称である。

 本の虫の様に、書籍に食らい付いていた姿から、そして図書館探検部からの呼び名のだろう。

 宮崎のどかを呼ぶ声に、応えるべきか何時も一瞬躊躇する。

 これは一体何か。

 度々起こるソレを、彼女自身理解できていなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 すると隣から金の綺麗な長髪の、アカリや楓、真名程ではないにしろ早熟な少女がのどかに声を掛ける。

 

「雪広様────」

「あやか、もしくは委員長と呼んでくださいまし」

 

 雪広あやか。

 雪広財閥の次女であり、のどかの主である皐月と親好厚い幼馴染みの一人。

 そして千雨同様、完全な一般人でありながら裏の事情を知る者の一人である。

 

 彼女が裏の事情を知ったのは今年。

 最愛となる筈だった弟の死の真相。それを知ったあやかは、意外なほどあっさり理解を示した。

 

『あぁ────やっぱり』

 

 それは当時弟の死に落ち込んでいた自身と、察しが良いとは言え些か以上に自身との距離を取っていた幼馴染みの少年の姿を思い出したからか。

 それとも彼女の悪友の少女が、自分にこんな事実を秘密にしていたことへの憤慨故か。

 

 少なくとも、彼女は人として非常に良くできた人間に育っていた。

 

 その後の彼女は、しかし特別な変化もなく彼等と接していた。

 そして裏の事情を知ったと同時に、あらかじめ雪広夫妻に渡してあった自衛用の魔法具────という名目の権能による神具同然の呪具を持っている。

 つまり彼女はのどかの異常を既に察し、話してあるということである。

 

「貴女は────『宮崎のどか』と、どの様な関係であったのですか?」

「そう……ですね。近衛さんや綾瀬さんの様に、深い接点はありませんでした。しかし委員長として、いろいろな相談を受けていましたわ」

 

 そう言う意味では、未だちょいちょい喧嘩────皐月曰く「微笑ましいコミュニケーション」を行う例外である明日菜を除き、あやかはクラス全員と浅く、しかし一定以上の交友を持っていた。

 無論、嘗ての彼女(のどか)とも。

 

「以前の宮崎さんは、とても恥ずかしがり屋さんでしたが、同時にいざという時に行動力に優れた方でした」

「……」

「ですので大停電の際、貴女が綾瀬さんを庇ったと聞いた時、素直に納得出来ました」

「……私は、宮崎のどかではありません」

「いいえ、貴女は宮崎さんですわ」

 

 余りの躊躇のない断言に、流石ののどかも目を見開く。

 その力強さを、人はカリスマと呼ぶのだろう。

 

「しかし私は……」

「確かに貴女は肉体と精神を失った、そう聞き及んでおりますわ。ですが同時に、魂は残っていると」

「はい、同時に人格と記憶は失われました。故に私は宮崎のどかと定義されるモノではない」

 

 人格と記憶、果ては肉体すら掏り替わった存在、それは最早別人だ。

 しかしその言葉に、あやかは否と応える。

 

「聞き及んでいると、言いましたわよ? ですがやはり貴女は宮崎のどかさんです」

「────」

「確かに貴女は髪も瞳も変わってしまったけれど、変わっていないものもある」

「変わっていない、もの……?」

「肉体は器。精神は記憶と蓄積。そして────魂は、本質を現す。私はそう聞き及んでおります」

 

 本質。

 それは、宮崎のどかを宮崎のどか足らしめる最も重要なモノ。

 その言葉を思考の中で吟味している時、のどかの片眼を隠した前髪をあやかは翻した。

 

「ッ!?」

「不躾に申し訳ありません。ですがこの通り、変わらず貴女は恥ずかしがり屋でしたわ」

「貴女は……」

 

 咄嗟に後ずさったのどかの赤面を見て、嬉しそうに笑うあやか。

 あやかの言う本質は、確かに彼女の中に残っていた。

 アーウェルンクスとして新生した彼女にとって、その本質は不具合以上の何物でもないはずだった。

 

『────────げらげらげら。善ィんじゃねぇの?アカリと色々属性被るかと思ったが、キチンと宮崎のどからしさも残ってるねぇ』

 

 しかしその不具合の報告を愉しげに笑った主は、それを『善いもの』と断じた。

 ならばそれに異は唱えまいと受け入れるなら、彼女はあやかの指摘を認めざるを得ない。

 

「積み重ねが失われたと言うのなら、もう一度積み上げればいい。だからこそ、貴女は此処に居るのではありませんか?」

「……私は」

「ちょっとー! いいんちょと本屋ちゃん、サボってないで手伝ってよー」

「あら、それは失敬。行きましょう、『のどか』さん」

 

 呑気なクラスメイトの呼ぶ声が聞こえる。

 

「はい。今、行きま────行くね」

 

 敬語が不自然であることは理解したが、些か慣れないものである。

 無論、周囲の視線を集める大声を出すことも。

 

 ────彼女は天女のアーウェルンクス。

 未だ新生した自身に戸惑う雛である。

 

 主である魔王への報告にさえ緊張から相当の勇気を必要とする、人見知りで男性免疫の無い内気な少女の本質を見抜かれていることも知らない────そんな、少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十九話 麻帆良祭

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻帆良祭当日、凱旋門を模した校門への道に犇めき合うほどの来場者が列を成していた。

 

 そんな様子を眺める校門の上に腰掛けた麻帆良の魔王────瑞葉皐月は不審者の有無の監視を行っていた。

 こんな作業を魔王が行っているのは、他の魔術結社や正史編纂委員会が見れば目を疑う光景だが、折角の祭りを台無しにしたくないという配慮だった。

 

『天下ノ神殺シノ魔王ガ健気ニ見張リトハ、精ガ出ルナァ』

「茶々ゼロか」

 

 振り返ること無く現れた人形を迎え入れた皐月は、地面に現れた波紋から一升瓶と器を取り出して彼女に渡す。

 

『オォ、気ガ利クナ』

「どしたいこんな所で」

『ソリャコッチノ台詞ダゼ。幾ラテメェデモ、コンナオ涙頂戴ナ些末ゴトヲ何ノ理由モ無クヤルカヨ』

 

 酒を豪快に呷るように呑みながら、ケタケタと不気味に、しかし慣れてしまえば愛嬌を感じさせる笑い声を上げる。

 

「雪姐の指示か?」

『今頃戦々恐々ダ。今度ハドンナクソ神ガ顕レルンダッテナ』

「んー」

 

 しかし茶々ゼロの問いに、皐月は珍しく返答に窮していた。

 

『アン? ドシタ』

「まつろわぬ神って感じじゃ無いし、かといって同僚(キチガイ)連中とも違う感じでさ」 

 

 感じ。

 つまりは直感である。

 それも、人類の代表者たるカンピオーネの直感。

 即ちそれは確信と同義だ。

 

「強いて喩えるならこの前の『死せる従僕』かね。あれをカビ臭い土の臭いと喩えるなら、今度のは消臭効きすぎって感じ?」

『……』

「でもクソジジイ以外に自律運用できる権能持ちっていたっけか? 居ないよなぁ」

『ツッテモ、マツロワヌ神ジャネェーンダロ? ジャァ一体ナンナンダヨ』

「うーむ、どっかで。というか身近に良く似たモノを知ってる筈なんだよなぁ……、うーむ。うまく出てこねぇわ」

 

 皐月の言葉に茶々ゼロの返答は無い。

 大概が物知りの彼女をして、答えに窮していた。

 

「まぁ仕方無いか。茶々ゼロ、雪姐にそれとなくすぐ動けるように伝えといてくれるか?」

『小娘ドモニハ伝エネーノカ?』

「折角の祭りだ。そんな情報入れれば楽しめねーでしょうが」

『オイオイ……』

 

 ではお前はどうなのだ、と。

 人形使いである自分の主人や彼の幼馴染みの少女たちが居れば「また悪癖か」と吐き捨て、どやされるだろうに。

 

「っと、もうこんな時間か。スマン茶々ゼロ、俺行くわ」

『流石ニズット監視ナンテデキネーカ』

「意外とスケジュールパンパンなのよ俺」

 

 しかし皐月も麻帆良学園の学生、勿論忙しいのだ。

 加えて彼を慕う少女達の存在を思えば、予定の多さは必然と言える。

 

「それに運営側の依頼もあるからのぅ」

『ヘェ?』

「俺もちゃんと楽しませてもらうさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻帆良学園はこの三日間のみ、学園祭という名の一大テーマパークの様相を呈していた。

 開催期間中である現在、バイタリティ溢れまくった学生達による技術と熱意が溢れ常識を外れた、ある種頭おかしいんじゃねぇのと言わんばかりに突き抜けたイベントやアトラクションが各地で開かれている。

 

 そんな噂、何よりここ十数年で商業化した各クラブの宣伝などで来場した関西圏からの観客達は、遊園地宜しく家族連れを中心に数多く訪れていた。

 一説には一日でニ億六千万もの大金が動くとさえ言われている。

 正しく、一大商業と化していた。

 

「しかし、まさか最初のパートナーが拙者とは。主殿は拙者ごときでは、とんと見通すことの出来ぬ御方でござる」

「別荘で鍛えてるみたいだけど、何故か俺とは最近あんまり会ってなかったじゃん」

「秘密の鍛錬、でござるからな。とはいえ、流石に主殿が就寝中でなければ話になりませぬが」

 

 空を駆ける騎空艇や、行列の中を闊歩する工業クラブ肝煎りの数世代程技術革新をやらかした恐竜ロボなど。

 某夢の国やジュラ期的遊園地を超える迫力とクオリティ。学園祭期間中仮装(コスプレ)を許可されたパレード、それを眺められる場所を歩く二人組が居た。

 学生服を来た皐月と、忍装束で身を包んだ長瀬楓だった。

 

「拙者はてっきり、真名や明日菜殿達と回るものとばかり」

「放課後は基本一緒に居るからな。まぁ尤も、今回の学園祭でアイツ等と一緒に回る予定が無かったり」

「なんと」

 

 あれほど好き好きアピールをハチ公の様に振り撒いていたと言うのに、この一大イベントでそんな選択を取るなど、何が起きたと言うのか。

 

「何でも、世界樹の何十年に一度の大発光が早まるってのも有るらしくて来年に賭けるんだとよ。今回はそのための作戦会議するんだって」

「作戦……あぁ成程」

「納得するのか(驚愕)」

 

 劇画チックに驚愕する皐月の姿に、楓がクスリと笑う。

 その様子は娘の気持ちを察する事の出来ない父親の様だ。

 

「という感想がすぐに出ること自体が、明日菜殿達に危機感を抱かせたのでござろうな。というか今更……」

「?」

「要は、おなごとして扱って欲しいのに妹御のように扱われるのが、明日菜殿達は不満なのでござるよ」

「…………ふむ」

 

 皐月は腕を組んでむっつり口をしゃくれさせる。こればっかりは一朝一夕で解決できないと言うように。

 元々、皐月の精神年齢は生誕時より成人のソレ。

 それから中学生にまで成長すれば、更に加算される。

 そんな彼にとって明日菜達は幼い頃から見守って来た妹や娘同然────というのは、嘗ての認識である。

 

「確かに。刹那やこのかは兎も角、明日菜や千雨は中学生としては発育が早い。アカリやマナ、楓にあやか辺りは中学生に見えないのも確か。ぶっちゃけお前らエロすぎだろ」

「ふむ、おなごとして魅力的と言われているのか、老けていると貶されているのか」

「贅沢な悩みだな。昔の雪姐なら憤死してたぞ?」

「雪姫殿が?」

「不死の術式のせいで肉体年齢10歳だったからな。そう言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 何を贅沢な、とパレードから離れ落ち着いた高台に歩を進め、手頃なベンチに腰掛ける。

 

「でもな、例え垂涎モンの良い女つってもお前らは14其処らの中学生。俺のこれは倫理観の問題だ」

「主殿は平時は本当に常識的でござるな。中学生男児なら色々と抑制が効かぬと聞くでござるが」

「幾らキチガイでも、一端の倫理観ぐらいあらぁ」

 

 時代錯誤の戦狂いに、ガチモンの仙人。考え無しの剣術馬鹿に、コスプレヒーロー。強盗マッドに、悪意の無い分魔性菩薩顔負けの糞袋。

 そして麻帆良の壊れ火力の二重人格キレ児。

 これらをキチガイと呼ばずになんと言う。

 

「転生者、というのも難儀なモノでござるなぁ」

 

 皐月が何等かの理由で前世、あるいは別人の記憶を有している事は彼の身内中では周知の事実である。

 そして魔術世界において、それは多少珍しくはあるが先祖帰りや様々な先例が存在する以上、たいして稀有な事ではなかった。

 

「生憎とその手の同類には会ったことが無くてな。アジアなら兎も角、そもそも基督教が要因でヨーロッパには輪廻転生云々の概念が薄い。居てもその手の不死者か神祖ぐらいだ」

 

 前者はそもそも居るか怪しく、後者は立場上基本的に敵対している。腰を落ち着けて話すのは中々難しいのだ。

 

「それに、中でも()()()()()()()()()()。そう言う意味では、孤独感は半端ない」

「異物、とは?」

「そればっかりは墓まで持ってくつもりでね、雪姐にも言うつもりは無い」

 

 例え転生できる神祖やそういう不死者と出会ったとしても、原作知識などという観測世界出身の転生者など居るわけがない。

 

 

「一人ぐらい、同郷の友人が欲しいモンだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ハックショイッッ!!」

「おお、豪快」

「ゆーな風邪?」

 

 所変わって女子中等部校舎の2-A教室。

 そこではメイド喫茶による行列が形成されていた。

 

「うーむ、誰かが私の噂をしているとか?」

「最近あのむすめっこ乳がでかくなってんよー、的な?」

「なん、やて? 嘘やん桜子。まさかゆーなが……」

「え、えへへへ。最近ブラの買い替え激しいので困ってます」

「畳んじまえこのホルスタインめがッ」

「何をやっていますのあなた達!」

 

 元より選りすぐりと言わんばかりな程容姿の優れた少女たち。

 その彼女達が各々精一杯接客する姿に魅了され、そんな客の噂に更なる客が集まっていく。

 必然極めて忙しくなるものの、初日担当の2-Aの面々は、しかしそれでも賑やかにしていた。

 

「ぶつぶつぶつぶつ」

「……何をやっていますの明日菜さん」

「作戦会議の結果『既成事実を作る、一発シケ込んで一線超えるのが一番。されど力ずくが一番難易度高い』という結論が出てもうてな?」

「即ち不可能ということです」

 

 学園祭初日。

 一先ずは、在り来たりで尊い平和が形成されていた。

 




 という訳で、久方ぶりの連日投稿。
 実はパソコンのハードとくっついてるタイプのディスプレイが原因不明の消灯により投稿できなかった分を更新しているだけだったり。

 ひとまずは穏やかでにぎやかな学園祭が開幕。
 出来るだけ展開を巻いていきたいけれど、このエピソードで普段主人公と絡まなかったり、実は恋慕までは行っていないキャラとの絡みを描きたかったり。
 そして感想欄でのバレバレ感と主人公の評価の酷さに盛大に笑ったりと楽しませてもらってます。

 ケアレスミスの酷さに傷心しつつも、数多くの誤字報告に深い感謝を。 
 指摘して頂いた箇所の修正は随時行っていきます。
 今年中にもう一度会えればと祈りつつ、今回はこれまで。
 次回にまたお会いしましょう。


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第三十話 接触

 

 

 

 

 

 

「ふむ、次の主殿の御相伴を預かるのは刹那殿でござったか」

 

 楓と様々な場所を見て回り、あるいはアスレチックにて彼女の忍らしい軽業芸を見るなどした後、皐月達の前に現れたのはクラス当番を終えた桜咲刹那だった。

 

「この選出基準はなんぞや」

「基本的には、皐月さんに過剰な慕情を抱いていない者ですよ。アスナさんやお嬢様では、麻帆良祭そっちのけで草影に連れ込み兼ねませんから」

「お嬢様ェ……」

 

 虚ろな瞳で語る刹那に同情の視線が刺さる。

 家柄などによる隠された抑圧から皐月によって解放された反動なのだろうか。

 

「いや、このかは元からハッチャけてる所はあったゾ」

「ござるかぁ」

「うぅ……」

 

 無論それは刹那のような忌避される種族などにも偏見を持たないという長所でもあるのだが、ハッチャけ具合が酷いのも事実。

 しかも公的な場所ではちゃんとお嬢様をやるのだから始末に負えない。

 そんな、このかを慕う刹那にしてみれば耳の痛い話から、早々に話題を変えたい彼女はゴホン、と一息つける。

 

「楓、一応確認だが甘粕さんからの連絡は無いんだな?」

「少なくとも主殿を煩わせる様な事態は、今は起こっておらぬ様でござる。安心召されよ刹那殿」

「最近まつろわぬ神処か、神獣も出てないんだよなぁ」

 

 まつろわぬ神や神獣関連の事件は、ここ半年近く起こっていない。

 精々が大停電の狼王の従僕襲来程度だ。

 実に平和である。

 

 尤も、皐月の魔王としての火力は歴代最高の域。

 半端な神獣など一撃で終わり、まつろわぬ神も権能を得られないほど一方的な蹂躙で終わるだけ。

 神話特有のロジックとか特性やらも、あまりの火力でゴリ押すことが出来てしまうからだ。 

 後の問題は周囲の被害だが、

 

『弁償すれば体面上は問題はぬぇ』

 

 と、七福神から簒奪した権能と黄金律により、莫大な資金力を持つ皐月にとっては些細な問題であった。

 

「元より、まつろわぬ神などそうそう現れはしないのでござる」

「起爆剤である俺は神木の加護がある麻帆良学園に居るからな。他の魔王の居る国よりは発生要因は少ないわな」

 

 ともあれ、皐月が魔王としての役割を果たすような問題は起きていない。

 実に宜しいことだが、そうなると皐月の感じた直感は何なのか。

 

 まつろわぬ神顕現には様々な前触れがある。

 無くても、霊視持ちの媛巫女が多数存在する日本に於いて、誰にもバレずにまつろわぬ神が顕現するには何らかの人間組織からの支援が無くてはならない。

 無論そんな組織が悪巧みしているのならば、ソレをこそ察知して対応できるのだが。

 少なくともそんな段階で魔王は動かない。

 

「では拙者はクラスの出し物の仕事に行くでござる」

「分身持ちは労働力的に効果ヤバイからなぁ」

「では此れにておさらば、ニンニン!」

 

 音を立てず、静かな旋風を残して消えた楓のいた場所を暫く眺め、二人は顔を見合わせる。

 あれでクラスでは忍者説を否定しているのだから意味不明である。

 

「じゃ、行くか」

「はい、御供致します」

「しかし女生徒を取っ替え引っ替えとは、何とも悪い男だなぁ」

「主君には供回りが必要です。それに縁側に佇む好々爺染みた笑みでは、説得力が足りません」

「俺、目付き悪いって評判なんだけど」

 

 麻帆良祭に於ける目玉は最終日に行われる全校生徒合同イベントなのだが、他の日で外来の観光客から注目されるのは、やはりこれから向かう図書館島だった。

 

「このか抜きで刹那と二人きりは意外と初めてか?」

「かもしれませんね」

 

 麻帆良祭のこの期間は図書館探検部による探検大会が行われており、ある程度整備されながら常識ではあり得ない大自然との調和がここを麻帆良学園だと如実に示していた。

 テーマパークの体を成している麻帆良祭だが、既存のどのテーマパークにも無いものが図書館島なのだから。

 無論、地下三階以下の階層には立ち入り禁止であることには違いはない。

 しかしそれでも十二分な程に凄まじいモノである。

 

「待っとったでせっちゃん!!」

「二人きりとは一体」

 

 そして図書館探検部部員である、近衛このかが現れるのは道理である。

 

「おう、後ろのお三方も部員かい?」

「はい」

「やあやあ。君がこのか達の彼氏さん? いやーリアルハーレムとはやるねぇ」

「養っているが、彼氏になった覚えはないゾ」

「既に養っているのですか……?」

 

 このかと共に現れたのは、共に図書館探検部の部員であり2-A所属。

 探検部の制服なのか、三人とも黒いセーターで揃えている。

 

「調子は悪くなさそうだな」

「はい、問題ありません」

「アレ? のどか知り合いだったの?」

「皐月さ────んと神楽坂さんは、私にとって命の恩人だから」

「へー! ていうか命の恩人ってなに!?」 

「色々あったのですよハルナ」

 

 触角のような二本の癖毛が特徴の、これまた中学生にしては発育が早い。しかし常識を外れていない丸眼鏡の少女が、夕映にとっては珍しく愕然とする。

 そんな彼女を無視して、小さな案内旗を掲げてこのかが先導する。

 

「────ほな、図書館探検部による冒険案内の始まりや!」 

 

 

 

 

 

 

第三十話 接触

 

 

 

 

 

 

 

「改めてぶっ壊れてるな、常識が」

「大袈裟だよお兄さん」

「大瀑布を本棚でやってるトコなんざ此処オンリーなんだよなぁ」

 

 設置された通路の側面には、本棚によって形成された大瀑布が存在していた。

 本棚の本が落ちる流水によって台無しにならない絶妙な配置がされているが、しかしその本棚から無事に本を取り出すのは不可能だろう。

 それを学内でやらかしている非常識さ。

 生憎とそれを自覚している者は裏の関係者を除けばほんの僅かである。

 

「ていうかお兄さんて何」

「やー、何となく雰囲気で?」

 

 自然とメンバーの数歩後ろを歩む皐月に、丸眼鏡の女生徒────早乙女ハルナが苦笑いを浮かべる。

 余りに自然に子供を見守る保護者ポジションへと移動した皐月に苦笑を禁じ得なかったからだ。

 

 そもそも皐月のこれは保育園から同年代との認識と精神年齢の齟齬により発生したボッチである。

 精神年齢大学生に、排泄物を連呼する童児と話を合わせろという方が無茶である。

 そんな事を10年以上続けていれば保護者ムーブも板に付くというものだった。

 

「早乙女さんだっけ? 君は向こうに行かないのか?」

「ハルナで良いよ、同い年でしょ? 私はちょっと〆切修羅場の後で体力が足りないから、あのテンションは明日からじゃないと付いていけないかなぁ」

「ほー、つまり兼部?」

「そ。漫研とね」

「やべぇな中学生」

 

 漫画研究部と図書館探検部の兼部。

 デスクワーク屈指の重労働と実質レンジャーと変わらない運動量の二つを両立するには体力が不可欠である。

 疲弊するのは無理もない。

 

「まぁそれ以上な理由もあるんだけど」

「?」

 

 しかし彼女の表情は疲労ではなく遠慮の色が見て取れた。 

 ハルナの視線の先には、淡々と案内するのどかと、罪悪感とトラウマに向き合い、必死に距離を近付けようとする夕映の姿があった。

 

「最近、ゆえの様子がおかしくてね。のどかに聞いてものらりくらりで」

「それで俺に? 俺もあの子とはそんなに交遊は無いぞ? この前初めて会ったくらいだし」

「そもそも、私があののどかにのらりくらりと流されること自体おかしいんだけどね」

「……」

「お兄さん、何か知らない?」

 

 早乙女ハルナという少女は決して鈍くない。

 寧ろ人間関係なら非常に敏い。

 そんな彼女が親友達の変化に気付かないわけがない。

 と言っても、ハルナでは千雨のように認識阻害の壁を超えることは出来ない。

 故に彼女が察する事が出来るのは、綾瀬夕映のソレに対してのみ。

 しかし、変化を察するにはそれだけで十分だった。

 

「教えない」

「……えー」

「仮に俺が何か知っていたとしても、本人が話さないことを俺が言うこっちゃないでしょ」

「むっ」

 

 確かに、と不退転を決めていたハルナが呻く。

 二人が自分に黙っているのには明確な理由が存在するなど、彼女とて判っている。

 噂好きでおしゃべりな自分を、そういう意味で信用出来ない可能性もあるが……。

 だが一人では解決しない問題を抱え込んでいる可能性も存在するのだ。

 それを黙って見ている事は、彼女には出来ない。

 

「まぁ知りたい気持ちは判るべ? でもあの問題は個人の悩みってだけじゃないからね」

「……ゆえやのどかだけが抱えている事ではない、ってこと?」

「つーか問題現場に雪姐────おたくらの担任も遭遇したから、まぁ一人で抱え込んでいるって話じゃないから安心し」

「……それでも、本当に私に言えないこと?」

「疎外感を感じても、見て見ぬ振りも友人の役目なんじゃねーの?」

 

 友人にだって言えないことは有るだろうし、親しい友人だからこそ言えない悩みも多い。

 

「俺から言えるのは、まぁ君ものどか嬢にどんどんスキンシップなりネタ振りとかして構ってやってくれ」

「うん、任せて」

 

 そう言って彼女は肩の荷が一先ずではあるが下りた、と言った風に背伸びをする。

 皐月への信頼は、明日菜やこのか達への信頼へイコールする。

 無表情と大和撫子の鑑のような穏やかな表情とでキチガイやらかす、しかし最終的には周囲を笑顔にするクラスメイトを信じているが故の安堵だ。

 

 しかし、ふと考えが過る。

 

「ていうか言われるまでも無いけど、話を聞く限りゆえがやらかしてのどかに迷惑掛けちゃった感じ?」

「それにグロR指定を入れればOK」

「あー、マジかー」

 

 ハルナは察しは良いのだ。

 男性恐怖症が軽減したことなど気になることは多いが、ここまで言われてどうこうする程空気が読めない訳ではない。

 そしてここまで遠回りな言い方をするのだ。

 幾らか予想は付く。

 

「所謂、裏の人間じゃないと知っちゃいけない類い?」

「────────へぇ」

 

 そんな漫画や小説の中にしか使えないような言葉を使うハルナに、今度は別種の笑みを浮かべた皐月が彼女へ振り向く。

 その正に目の色が変わった様子に、己が失敗したことを悟った。

 

「ゴメン、今の無しって出来る?」

「全然構わねぇよ」

 

 冷や汗をかきながら、口元がひきつる。

 ここまでで大体の全貌が掴めたからだ。

 好奇心は猫をも殺す。

 その意味を友人が身をもって識ったのだろう。

 

 尤も、魔法や神秘などのワードを思い浮かべなかったのは無理もないのだが。

 

「あの、ウチのクラスに麻帆良のパパラッチ自称してる報道部の朝倉って居るんだけど……」

「俺、マスゴミって嫌いなんだよね」

 

 その言葉にハルナは友人がバカをやる前に全力で止めることを誓い、この後滅茶苦茶図書館島を案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動中華料理屋台『超包子』。

 麻帆良学園でも屈指の人気を誇るこの屋台は、教員の安らぎの場所でもある。

 そんな屋台にて、二人の教員が食事を取っていた。

 

「全く、こうも浮かれきった生徒が多いと見回りも楽ではないな」

「そう言うなよエヴァ、生徒達がそれだけ麻帆良祭を楽しみにしていたんだ。喜ぶべきだよ」

 

 雪姫をエヴァと呼ぶ人間は少ない。

 白髪に無精髭の白スーツなど、それこそ一人だ。

 

「というかお前、最近本当に学園に居ないな」

「クルトの奴が本気でコキ使って来てね……。でも、その甲斐はあったよ」

 

 高畑・T・タカミチ。

 NGO『悠久の風』としての活動が余りに多忙な為、担任を辞して広域指導員となったのだ。

 その為雪姫は2-Aの担任となったのだが、彼の教員としての立場は何とも微妙だったりする。

 例え育児放棄同然だったアスナの親権を雪姫に取られても、それは世界を救うための致し方無い犠牲だ。

 

「大戦の残党の尻尾が漸く掴めてね」

「……あぁ、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』か」

「っ! 知っていたのかいエヴァ!? いや、君ならば知っていてもおかしくないか……」

「ソイツ等は放って置いて良いぞ」

「幹部の一人であろうローブの男と────えっ」

 

 投げ遣りな雪姫の言葉に、タカミチが固まる。

 カミングアウトには重大すぎる内容に動揺が隠せない。

 

「どっどッどッどッどッ、どういうことだいッ!?」

「連中はとうの昔に詰んでいる。チェックだ」

 

 盛大に顔を引き攣らせながら質問をするタカミチを尻目に、雪姫は黙々と炒飯を食べつつ返答する。

 

「連中の計画の要は、アスナとウェスペルタティアの神具だ。そしてその両方を私達は確保している」

 

 火星の白、黄昏の姫御子。

 そして始祖アマテルの神具、最後の鍵(グレート・グランド・マスター・キー)である。

 前者は当然。後者は6年前に既に発掘済み。

 

 この二つが揃っている以上、造物主の造りしヒトガタは絶対にアスナには勝てない。

 極小範囲の魔法世界編纂魔法(リライト)に抗う術など、人形は持ち合わせていないのだから。

 えっ? 筋肉達磨(ジャック・ラカン)? 

 あれは世界から生じたバグである。

 

「仮に人形共が束になってかかって来ようが、あの神具を担っているアスナを捕らえることは出来ないだろう。仮に人形以外の、それこそあの筋肉達磨クラスがやって来たとしても今のアスナならば数刻は保つ」

 

 それはアスナ達の修練の結実である。

 彼女達の、特にアスナとこのか、アカリの三人が重視するのは『皐月が駆け付けるまで凌ぎきる事』に他ならない。

 そして今の彼女達なら、例え単身上位最強クラスを相手取っても十分に耐え凌ぐ事が可能だ。

 それ処か、相性が良ければ勝ってしまうかも知れない。 

 

「そうして時間を稼げば、駆け付けた皐月が襲撃者を燃やすだろう。連中の中で神殺しの魔王に対抗できる存在など、連中の親玉の全盛期くらいだ。つまり話にならん」

「…………」

 

 支えるべき主を失った従属神など、魔王にとって暴走した神獣も同義。

 束になってかかったとしても、燃え散らすのに支障は無い。

 それこそ、封印された盲目の残照が完全に復活しない限りは。

 

 そんな言葉に、タカミチの胸中に押し寄せたのは『安堵』と────『歓喜』であった。

 

「……凄いね。ボクたちが残党狩りに必死になっている間に、子供達はどんどん成長していってる。それこそ、ボクたちが長年掛けても解決しきっていない事案を君が『問題無い』と言えるほどに」

「……その時間を稼いだのはお前だろう」

「頑張ったのは彼女たちだよ」

 

 子供が育つのは寂しさもあるが、何より喜びが勝る。

 亡き師に託された少女が、こんなに立派になっている。

 感慨に耽るには十分な朗報だ。

 

「おヤ、御疲れアルな御両人」

 

 二つのシニョンで黒髪を束ねた訛り言葉の少女が空いた皿を持って、ニッコリと二人の前に顔を出す。

 彼女の存在で話を中断したのか、雪姫が発動していた認識阻害の魔法を切る。

 

「あぁ、超か。邪魔しているぞ」

「君もお疲れ様だね」

「アイヤ、お蔭様で大繁盛ヨ」

 

 (チャオ)鈴音(リンシェン)

 2-A所属、完璧超人と名高い天才留学生少女である。

 学年でぶっちぎりの総合成績に、この『超包子』のスポンサーにして店長。

 加えて運動能力に優れ、大学の部きってのエースである。

 文武両道を体現するとは、正に彼女の事だろう。

 

 そんな彼女に、しかし雪姫は違和感を覚えた。

 

「おい超、何かあったか?」

「……どうしてそう思ったのですかナ、雪姫先生」

「そんなもの顔を見れば解る。伊達に二年もお前達の面倒を見てはいない」

「────ハ、ははは……驚いたヨ」

 

 キョトンと、雪姫の言葉に目を見開いて、不意を突かれた様に小さく笑う。

 しかしソコには、隠しきれない決意をその瞳に宿していた。

 

「……────、いやはや僥倖だヨ。元々は雪姫先生だけのつもりダタが、まさかタカミチ先生も一緒とは」

「? 何かボクに用事でもあったのかい?」

 

 そんな超に気付かず、タカミチが優しく問い掛ける。

 

 

 

 

 

 

「『鋼鉄の聖女』が、復讐に燃えているヨ」

「────────」

 

 

 

 

 

 ガタン! と、雪姫が弾かれる様に立ち上がる。

 

「エヴァ?」

 

 タカミチの驚きの声に、彼女は答えない。

 そんな雪姫の顔は、生徒に向ける教師のソレではなかった。

 其処に居るのは一教師ではなく、魔法世界を恐怖に陥れた伝説の魔法使いである。

 

「お前……」

「公式には貴女はサウザンドマスターに斃されている。ならば貴女を慕う彼女が行き場の無い怒りを英雄の娘に向けてしまうのは、ある種必然だろウ?」

「あの噂を流したのは、お前か?」

「本国に情報が流れない様にするのは手間が掛かったが、ただでさえ迷惑を掛けていルんだ。下手は打てんヨ」

 

 タカミチには何を言っているのか解らない。

 だが、目の前の少女は魔法生徒ではないことだけは知っている。

 だが、雪姫の反応からその事実は覆された。

 

「……()()()は、今何処に居る」

「この学園にはまだ来てないネ。ただ、アカリさんとぶつかるのは明日の正午辺りに調整するつもりヨ」

「────!」

「待てエヴァ!!」

 

 タカミチの制止の声も虚しく、岩盤を素手で砕く超級の魔法使いの腕が少女の細首を捕らえる。

 その気になれば、即座に頸椎を砕き千切れる膂力に冷や汗を一筋流すだけで、超の不敵な笑みは変わらない。

 そして、その力は次の彼女の言葉で弛むことになる。

 

「御二人には、万が一の時に介入出来る様に監視して欲しい。流石にアカリさんを死なせては、どう言い訳してメリットを提示しても塵も残らないのは確定だからネ」

「……どういう、事だ?」

「どうせいつか彼女はネギ坊主かアカリさんのどちらかに接触する。もしこれがネギ坊主なら本当に殺されてしまうヨ」

「…………」

「無論、魔王陛下には明日すべてを話すヨ。気が済まないなら手足の幾つかを持っていって貰っても構わない。だから今は話を聞いて貰えないか、雪姫先生」

 

 超の言葉に、雪姫は静かに手を離す。

 警戒を止めた訳ではないが、ただ単に知己を貶めたいのではないと理解したからだ。

 彼女の様子が、大魔法使いのソレから教師のモノに戻る。

 

「何故」

「……これを悪趣味な茶番と言われれば、そうとしか言えない。だが、私にとっては必要な茶番なのだヨ。ネギ坊主をアカリさんと戦える領域に至らせる着火材として」

「ネギ君を……? 一体何のために────」

「儀式を、より確実に成功させる為に」

 

 そこには、不退転の決意があった。

 雪姫が四百年前に何度も見た、己の命を賭してでも成し遂げなければならないとした殉教者の決意が。

 現代に於いて、14其処らの少女がして良い眼ではない。

 

「……色々聞きたい事はあるが、一つだけ訊かせろ」

「一つと言わず、幾らでも」

「お前の目的は何だ、超鈴音」

 

 雪姫の虚言を赦さない問いに、彼女は己の使命を告げる。

 

 

 

 

「────10年後に起き、数世紀先まで続く終わりなき荒廃の時代(カリ・ユガ)。その回避のみ」




 なんとか今年中に更新出来ました。
 間違いなく今年最後の投稿になります。

 せっちゃんともう少し絡ませたかったのですが、ゆえとのどかの周囲の反応を出したかったのでそちら優先。
 そして朝倉にフラグが立つ。

 そして二年目の麻帆良祭のメインエピソードの導入をやっと出来ました。
 感想欄で予想された様に、名前だけですが夏凛ちゃん登場ですね。
 彼女については明確な過去描写が変態によるものだけなので、かなりの独自解釈を入れます。
 禁書のフロイライン・クロイトゥーネの設定も混ぜられそうですし。

 そして超の目的だけを一足先に公開。
 カンピオーネ世界観とクロス、というか魔王の存在によりやや変化しております。
 彼女の計画の手段など、詳しくはまたの機会に描写出来れば。
 彼女のメインエピソードは原作時の麻帆良祭でやりますしおすし。

 では今年も本日をもって最後となりました。
 来年も慎ましく作品投稿を続けるつもりですので、宜しくお願い致します。
 良い御年を!


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第三十一話 鋼鉄の聖女

 麻帆良学園祭二日目。

 一日経ったというのに、その喧騒は絶えず満ち充ちていた。

 とは言え二日目は小休止。三日目の学園一大イベントの為、特別な行事は一日目同様にあるわけではない。

 

 勿論、ウルティマホラなる武道大会や小規模で限定的だが部活連によるライヴや、個々によるミスコンなど様々なイベントは盛り沢山だ。

 小休止と表現したが、寧ろそれは三日目に対する中継という重要な役目を意味している。

 学園の裏方は、三日目の一大イベントに向けての追い上げを行うのがこの二日目なのだ。

 

 そんな楽しげな喧騒に紛れ、一人の少女が人混みから離れていく。

 

 長い金の髪を一束に纏め、機械的とも思えるほど綺麗な立ち姿で歩く。

 瑞葉燈。

 本来衆目を集める彼女は、認識阻害の魔法具でその場所へ歩を進めていた。

 

 世界樹の広場。

 本来恋人のデート場の其処は、麻帆良祭の開催中にも拘わらず、人の気配は皆無だった。

 

「先程から私に殺気をぶつけて来ていたのは、貴女ですか?」

 

 アカリを迎え入れた世界樹広場に佇む者は、麻帆良学園の制服を身に纏いながら、彼女の見たこともない少女だった。

 黒い短髪に黒い瞳。しかし明らかに日本人ではない肌と顔立ちの少女は、静かに無手を晒してた。

 

 まつろわぬ神でもない。

 神獣でも、神祖でもない。

 紛れもない人間でありながら、奇妙な共通意識をアカリは感じていた。

 

「アカリ・スプリングフィールドですね」

「その名は四年前に捨てました」

 

 名を問う言葉に、否を即答する。

 アカリにとっての姓は、己が主人のモノである。

 スプリングフィールドに特別な嫌悪や忌避があるわけでなく、それ以外が悉く彼女にとって無為なのだ。

 

 そのアカリの言葉を受け、静かに彼女は俯く。

 あるのは後悔と、行き場の無い憤怒のみ。

 

「────やはり私はジュデッカに墜ちるべきだった」

 

 それはあるいは、懺悔だったのかもしれない。

 

「あの方の教えを受けながら真理には程遠く、大役を与えられながら最後には耐えきれず最大の裏切りをした。その果てに現れた救いさえ、何も知らずに掌から溢れ落ちた」

 

 親の罪が子に罰を与えるなどあってはならないこと位、百も承知だというのに。

 彼女は止まることなど出来はしない。

 そうするには、彼女は時間という鑢によって余りに失い続けた。

 故に、彼女はアカリが既に捨てている筈の名を以て仇敵とする。

 

「────()()()()()()()()()()……ッ!」

「…………あぁ、元老院や母親の方かと思いましたが────愚父の方でしたか」

 

 彼女の言葉に、アカリは納得と共に頷く。

 珍しくはあるが、今まで居なかったわけではないと。

 

「貴女個人には恨みはない。これが余りにも筋違いなモノだとも理解している……()()()を殺した怨敵は既に居ない。だとしても、貴女に八つ当たりをしなければ自身を保てないッッ!!」

「えぇ、えぇ。至極同感です。私も共に盛大に怨み倒しましょう。────あぁ、皐月様の手を煩わさずに済みそうで、本当に善かった」

 

 正当ならざる復讐者は、怨敵の娘にその牙を以て突き立てんと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十一話 鋼鉄の聖女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 復讐者の少女が足を踏み込む。

 瞬動によってアカリの懐に入らんとした瞬間、踏み込んだ地面から黄金色の魔力刃が彼女の足を串刺しにした。

 

「『千の鋒(ミッレ・アウテム・フェッルム)』」

 

 アカリのアーティファクトが文字通り()を指す。

 

「申し訳ありませんが本日は皐月様の供回りを勤める予定があります。なので早々に終わらせて頂き────」

「アァッ!」

「!」

 

 先の先を制したアカリの思惑を乗り越えるように、皮靴を引き裂きながら踏み込んだ足で突き進んだ。

 自ら足を引き裂く激痛、それを上回る激情で復讐者はアカリに迫った。

 

「刺殺」

 

 そんな彼女に、一振りで足りないのならばと言うように。

 十を超える複数の刃が、復讐者の四肢の関節部、背骨を含めた胴、果ては頚椎や頭部を含めて全身を貫いた。

 

「か……ッ!」

 

 そうなれば精神論ではどうにもなら無い。

 構造上は人間と変わらないのか、流石に突き進むことは出来ない。

 凧が挙げられるように全身を貫かれ彼女は、苦悶の息を吐き出した。

 だが。

 

(────血が出ていない。先程裂いた足も無傷、か)

 

 人間ならば即死すべき惨状に、しかし復讐者の息の根を止められずにいた。

 明らかな異常といえる光景に、僅かな焦りがアカリに生じる。

 

 何故なら何等かの異能の類いだとしても、王家の魔力────禍払いを有するアカリならばそれらごと切り裂いて殺している。

 仮にまつろわぬ神の権能であっても、いつかの制約や条件こそ有れど禍払いに切り裂けぬ超常など在りはしない筈であった。

 

「不死者ですか、参りましたね……」

 

 斬った張ったで倒せない場合、アカリに止めを刺せる方法がない。

 無限再生ならば手足を斬り落とし続ければ良い。殺せはしないが対処は出来る。

 だが、斬れども斬れどもその珠肌には傷ひとつ与えられはしない。

 切り落とすなど程遠い。

 

(そもそも当たっていない? 透過……、位相回避? あるいは、時間軸がズレている?)

 

 あるいは手足をねじ切ることだが、相手の能力の全貌が解らないのならば、目の前の不死者の様な埒外の不死性でもない限り危険すぎて行えない。

 

「ですが……」

「ッ!」

 

 上空で精製した刃の雨が不死者を再び地面に縫い付ける。

 その有り様はまるで針地獄の様。

 既に復讐者の少女の姿は剣山で見えていない。

 

 そう、縫い付ける事が出来ている。

 ならば透過を含めた回避ではない。

 

「触れられるならば抑え込むまで。詠唱が出来ずとも、神秘を行使する術はあります」

 

 懐から札を取り出す。

 魔法が駄目なら呪術に頼るまで。

 呪文詠唱が封じられているアカリは、封印符を含めて様々な術符を持ち歩いているのだ。

 符術。

 それが手段が少ないアカリが選んだ道である。

 そして殺せない相手の対処は、封印と相場が決まっている。

 

「────『光輪(ニンブス)』」

 

 封印符が剣山に配置される直前、それが根元から削ぎ落とされた。

 内側から無理矢理刃をへし折ったのだ。

 

「っ、あれだけの魔刃を破壊できる攻撃力……!?」

 

 厄介な────アカリが口にする前に、崩れる剣山から白い光が瞬く。

 

「────」

 

 直感的に、アカリは大量の魔刃を形成、行く手を阻む壁の様に配置する。

 しかし、その判断は悪手だった。

 壁を形成する一瞬の内に、復讐者は光のように淡く白色に発光しながらアカリの背後を取っていた。

 

「な────」

「『白光の拳(ホーリーフィスト)』」

 

 光速の聖撃が、アカリに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ」

 

 白光の拳を受けたアカリが吹き飛んだ姿に、そこからかなり離れた上空に構成された魔法陣に立つタカミチが、前のめりになりながら思わず声を漏らす。

 彼が飛び出さなかったのは、隣にいる人物が平然としていたからだ。

 

「フン。カリンの奴、アカリの攻略法を偶然ながら行ったか」

「攻略法?」

 

 同じく空中に腰かけて足を組んでいる雪姫が、冷静に状況を理解してた。

 

「アカリの強みはどんな人間でも一目視ればその人間の殺し方を導き出せる殺人術と、神秘に対する刃と盾になる禍払いだ。だが、カリンは特級の不死だ。特に今は感情が振り切れているから痛みによる怯みも殆ど無いだろう」

 

 禍払いはあらゆる魔を絶つ。

 逆に言えば、それで絶てなければ詰まってしまう。

 

「それに奴の魔刃の切れ味は兎も角、強度自体は大したことは無い。それ故に数で補っているのだからな」

「うん、凄いね。僕もそろそろ勝てないなぁ」

「馬鹿を云え。あの程度の弾幕、お前の拳ならば諸供捩じ伏せれるだろうが。逆にカリンの攻略法は単純。肉体の絶対性に比べ、アレの精神は比較的ではあるが特筆するほどではない。最強クラスなら闇系の中級魔法で沈む。だが、アカリの奴に精神攻撃の類は無い」

 

 だからこそ、それらを破壊するほどの攻撃力に耐えられない場合、アーティファクトで圧倒することが出来なくなる。

 戦術的ごり押し。

 奇しくも紅き翼、ナギ・スプリングフィールドが好んで行った戦法こそが、彼女にとっての天敵だった。

 

「加えてアカリ君は魔刃で壁を創ることで、結果的に視界を自分で塞いでしまった、と」

「そうだ。だが確かにこれはアカリの攻撃力に耐えきれるカリンの不死性が凄まじいと言うべきだろう。あれだけの魔刃を相手に無傷で耐えきり、破壊するほどの攻撃力に加え、疑似的な神速まで有するなど人間相手に考えはしないだろうからな。それこそまつろわぬ神や魔王ぐらいだろう」

「……世界からの断絶、傷自体を否定する事象改変。神の恩寵……鋼鉄の聖女とは良く云ったものだね」

 

 その名は中世ヨーロッパ、魔女狩り最盛期の最中において、神明裁判に308回ほど掛けられながらも一切の傷を得ず、死に至らなかったとされる少女に与えられたモノである。

 当時の神判という性質と歪んだ司法と照らし合わせると「神の試練を受けても無傷であるため、善良で潔白なただの人間である」という結論せざるを得なかった、当時の悪習が生んだ異端の聖女。

 そんな無罪となったが故に恐れられた聖女は、突然現れた金髪の吸血鬼に攫われたという。

 

「あぁ、それよりも彼女には有名な名があったね。イシュト・カリン・オーテ、いや────()()()()()()()()()

 

 十二使徒ユダ。

 その名は聖書において、神の子に次ぐ大きな役割を以て描かれた十三番目の弟子。

 神の子を銀貨三十枚で売り渡した「裏切り者」の代名詞。

 

「ユダの裏切りが、神の子によって与えられた役目だという解釈は以前から存在していたが、それを目の辺りにするのは奇妙な気持ちだよ」

「フン」

 

 一例を挙げれば、スイスの神学者のカール・バルトは、ユダはイエスを十字架に架け救世主(キリスト)に昇華するという重要な役割を果たした人物であり、『神の使わした者』と考えた。

 

「だが当時のカリンは聡明であったが、所詮見た目相応の小娘。師と慕うものを師自身から与えられた役目とは云え、裏切った事に耐えられると思うか?」

「……それがユダの自殺かい?」

 

 神の子が捕らえられてから磔刑に至るまでの壮絶な経緯は周知の事実。

 それを目にして、彼女を襲った罪悪感と苦痛は誰にも計れはしない。

『マタイ福音書』では、ユダは自らの行いを悔いて、祭司長たちから受け取った銀貨を神殿に投げ込み、首を吊って自殺したとされる。

 それが役目だとしても、彼女は罪の意識に耐えられなかった。

 ユダは自ら地獄に墜ちることを選んだ。

 

「そうなれば、カリンは聖書通りに地獄の最下層(ジュデッカ)に墜ちる。自殺はキリストに対する最大の裏切りだからだ。神の子はそれさえ知っていたのだろう。全く、神の愛など人間からしてみれば理不尽極まりない物でしかないというのに」

「それを防ぐための恩寵による不死だと? 随分極端な結論だね……」

 

 故に、カリンを護る不死の権能は()()()()()()

 此処に無いものを斬ることは、禍払いとて不可能だ。

 それこそ不死の権能の正体を暴き、その性質とその攻略法を導き出さない限り。

 

「新約聖書が作られた理由は知っている筈だぞ。そも神とは天災や自然の擬人化だ。そんなものの愛など、人間の尺度なわけがないだろう。聖書の神の過激さは、ギリシャ神話のソレとは別だが似たようなモノだぞ」

「ハハハハ……」

 

 神、別名をマッチポンプという。

 返答に窮したタカミチは笑うしかない。

 空気を変えるように話題を雪姫本人に移す。

 

「ゴホンッ。処で君は何時彼処に向かうんだい? てっきり先程向かうんだと身構えたけれど、君は動かなかったし」

「ほう、アカリがもう負けると?」

 

 カリンの復讐に対して思うところが無いわけがない。

 彼女の復讐の炎の種火は雪姫自身。直ぐ様迎えに行きたい気持ちは無論ある。

 だがそれと同じくらい、二人の戦いが観たい欲もあった。

 或いは、この状況を作った生徒の覚悟を少なからず認めたからか。

 

「皐月が思わずやらかして、今頃灰も残さず燃やされて無ければの話だがな」

「エヴァ?」

「何でもない。まぁ観ていろ、私は万が一のストッパーだが────まだ万が一には程遠いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……はぁっ」

 

 拳を振りかぶったカリンの姿は、無傷な肌に反してボロボロだった。

 中等部の制服は見る影もなく、魔刃によって襤褸同然に成り下がっていた。

 全身に突き刺さっていた魔刃を無理に突破したのだ、常人ならば七度は細切れになっているだろう。

 

 流石にあれだけの刃に貫かれ、脱する為に不死に宿る恩寵を最大限発揮したのだ。

 如何に不死者と言えど疲弊しないわけではない。

 だが、その視線は途切れていない。

 だからこそ、それに対応できた。

 

「────散れ」

「ッ!」

 

 アカリが吹き飛んで土煙が上がっていた場所から、ダムが決壊する様な勢いで、濁流の如き散り花が吹き荒れた。

 それは花吹雪のように細かな魔刃が、幾億と溢れ殺到しているのだ。

 コンクリートを削りながら殺到する濁流としか表現できない刃の波が、直前までカリンが居た場所を呑み込む。

 それで止まるわけがなく、その総量を増加させながら獲物を求めて進み続ける。

「くっ!」

 

 問題はその速度だった。

 津波となった魔刃の濁流が、先程反応できても回避できなかった魔刃と変わらぬ速度で殺到するのだ。

 その脅威は跳ね上がる。

 それを回避し続けられているのは、彼女が神の恩寵の出力を高めているからだ。

光輪(リンブス)』を纏うカリンは聖なる光そのもの。

 それこそ、本当に光の速度で行動することが出来る。

 だが、光速が適応されるのは挙動のみ。

 神速のように移動時間を短縮する訳ではなく、思考速度までは加速されない。

 

 そうなれば光速移動などそうそう出来はしない。

 一つ間違えれば目も当てられない惨状になるのは、目に見えているだろう。

 つい飛び込みすぎて地球から太陽に突っ込む、ということが本当にありえる。

 

 なので移動や回避で彼女は光速化していない。

 出力を高めた程度で、単純な速力は光速には程遠いのだ。

 彼女が適応できるギリギリの速度に加速し、刃の波に呑まれないようにするのが精一杯。

 

「ッ、しまっ」

「遅い」

 

 出力調整と迫り来る濁流に気を取られ、正面から迫るアカリ本人に気付けなかった。

 そして例外的に、アカリは殺人術として神速さえ見切る心眼を五歳の頃に与えられている。

 逃げ回るカリンを誘導するのは容易い。

 

「────────神鳴流奥義、雷鳴剣ッ!!」

「がッ────!?」

 

 そして当代最強の神鳴流宗家の力を持った茶々丸に、アカリが師事していないなんて道理はない。

 携えていた魔剣から放たれる雷撃は、傷こそ一つもつけられなかったが、しかしカリンの動きを止めるには十分だった。

 足を止めてしまえば、迫り来る津波に呑まれるのは必然。

 

「圧殺」

 

 巨大な水が大瀑布の如く叩き付けられる様に、刃群カリンを呑み込んだまま広場に巨大なクレーターを生み出した。

 

 しかしそれでも尚濁流は止まらず、彼女を延々と切り刻み、削ぎ落とし続ける。

 もがけど、刃単体は小さな花弁程度の大きさ。

 如何に光速でもがこうが水中でもがこうが空を切り空間を埋めるように他の刃が流れ込む。

 

 ただの水ならば衝撃波と共に吹き飛ばせるやもしれないが、濁流を構成するのは禍払いの魔刃。

 全身を切り刻まれる激痛に────────先程の痺れも加わっていることに気付く。

 剣とはとても言えない刃の濁流にさえ、神鳴流の技が発動していると。

 

「神鳴流変成奥義────『雷鳴瀑流』」

「ッ、────ぁああああああッッ!!」

 

 身動きを封じるような雷撃を、濁流に呑まれたが故に全方位から浴びせられ続ける。

 どれだけ足掻こうともがいても、呼吸も抵抗も奪わう程の刃の圧を受け続ければじき力尽きるのが道理。

 如何に不死者といえど、意識を常に保ち続けるなど不可能だった。

 そうなってしまえば、符術による封印は先程と違って速やかに行われる。

 彼女を圧砕せんとしていた刃の瀑布がその形を変えていき、一つに定まる。

 

「────『花刃封棺(かじんふうかん)』」

 

 神の子によって最後の審判まで存命を約束された不死者は、札が紋を刻む十字架を模した刃の棺に封じられた。

 




 というわけでアッサリめですが、久し振りの戦闘回&カリンちゃん紹介回でした。

 カリンちゃんの過去はUQで語られた内容に、『新約とある魔術の禁書目録』のフロイライン・クロイトゥーネの逸話を一部追加した感じです。
 鋼鉄の聖女の由来を考えたらこんな感じかなぁと。

 彼女の不死性は殆ど原作通りの性能です。
 つまり権能と同等。より正確に言えば、真なる神が永続的に彼女に対して権能を使い続けている感じですね。
 なので権能そのものは幽世か立川市に居るであろうジョニデ風のロンゲのモノであるため、禍払いも神殺しの炎も効きません。
 ただジョニデ風のロンゲの前身などの独自設定上、とある神と皐月のみ不死性の上から殺害可能とだけ。

 カリンちゃんの戦闘能力は防御を不死に任せたガン攻めをイメージ。
 実は原作でラカンの認識速度を超えた拳速に、彼の腕を切り落とせる攻撃力を有している彼女。まぁバグは素で落とされた腕をくっ付けるだけで治してましたが。
 なのでカリンはスペックだけならチートなのですが、戦闘技術など不死性と攻撃力以外は最強クラスには届かないイメージですね。神の恩寵込みでも総合戦闘能力はアーウェルンクス・シリーズ程度かと(ラカンに一矢報いてる時点で通常のアーウェルンクス以上ですが)。
 元々武芸者でも無いただの宗教家の弟子でしか無いですし、ワンシーンだけの回想でも何処ぞのタイツ師匠のように2000年間鍛え続けてる様な様子は無く、普通の村娘やってるみたいですし。

 アカリの実力もそれなりに描写出来たかと。
 基本エミヤみたいに剣群の射出ですが、今回はまんまブリーチの千本桜を登場。
 散った花弁のような刃の津波で面攻撃を行いました。
 加えてその状態で神鳴流奥義使用。
 なので射出する剣群にも奥義の適応可能です。
 ネギ君と同等の素養持ちならできんだろ、と(逆説的にネギ君の才能がヤバイ)
 それとアカリの欠点である呪文詠唱不能を補うために符術を採用。委員会と繋がりがあり、このかが術を学んでる点を活かしてみました。
 最後の封印シーンはブリーチで日番谷が中華風滅却師を倒した十字の氷柱をイメージしていただければ。

 戦闘結果は遠距離の攻撃手段が無いカリンちゃんがじり貧で押し潰され負けです。逆にアスナや刹那相手には不死性のごり押しで優位だったり。このかも前衛無しだと辛いかな?
 まぁ相性勝負でしたね。

 尚、アニメUQの最終回の3-A総登場シーンは理解はできても納得できてないです。
 ネギま2としてはアレが正しいのかもしれませんが、アレの尺を削れば戦闘シーン(特にラカン)の描写を原作通りに出来たでしょうに。
 それとネギ・ヨルダの棒立ちで茶番感が激しすぎてどうにも……呆然としてるのはわかるんですけどね?。

 とまぁ今回はここまで。
 一度できた後添削or加筆してたらこうなりました。尚誤字脱字が無いと言い切れない模様。御指摘には何時も大変助かっておりまする。

 fate作品描きたいが為にストック溜めながら此方も同時進行すると更新速度はこんな感じかと。
 まぁ色々忙しいのと、ティン! と来てからの執筆時間は半月程度ですが。
 お付き合い頂いている方々には感謝です。
 次回はカリンちゃんと雪姫の再会、及び超の魔王謁見あたりをやれるかな?


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第三十二話 面白い奴だ。殺すのは最後にしてやる

難産。


 アカリとカリンの戦いが始まる少し前、人気のないベンチで目を閉じている魔王が空を仰いでいた。

 快晴の青には、いくつもの気球船やどれだけ作っているのか、絶えず紙吹雪が舞って祭りの風景を彩っている。

 

「あー、やかますぃー」

「それは仕方無いですネ。何せこの麻帆良学園のあまたある部活動の一年の総まとめ、気合が入るのは当然かト」

 

 そこに、ローブで身を包み黒髪を中華風のシニョンにまとめた、訛り混じりの少女がやってきた。

 麻帆良学園が誇る完璧超人、である。

 

 そんな彼女は皐月の下へ歩みを進め、迷わず跪いた。

 完璧超人と名高い少女が、一目でわかるほど緊張し臣下の礼を取っていた。

 

「王をお待たせする非礼、深く謝罪しますネ」

「いいーよそれぐらい、女の子を待たせるのはこっちが悪いし、何より雪姐が用意した場だ。それなりの配慮はこっちがするさ」

 

 その言葉を証明するように、この場に人気は皆無だ。

 当然、人払いの結界が張られている。

 

「本来ならば、場所などの用意は此方がすべきなのですが……」

「そんなクソみたいな呪紋処理させられてる子に、魔法使えとは言えんよ。痛いんだろ? それ」

「! お分かりになりますカ」

「眼が良いもんで。まぁそれはいいんよ、本題にはよ入ろうや。お互い────というか、オタクの方が忙しそうだし。そのカッコ疲れるでしょ、ホラホラここ座りんしゃい」

 

 ポンポンと、ベンチの横を叩く皐月に、少し戸惑った超は皐月の言う通り同じベンチへ座る。

 

「飴屋コンツェルンにアレを売り込んだのはお前だな?」

 

 切り出された話は、彼のクラスメイトに関連する話だった。

 マギア・アプリ。

 アレは画期的が過ぎる程の発明だ。幾らなんでも天才程度で出来る代物ではない。

 それこそ、百年後の未来でなければ。

 

()()()()()()()()()()()

「スポンサーの御子息ですヨ。飴屋コンツェルンに取り入る際、彼の病を治療したのが切っ掛けですネ。部下というより同志ですヨ」

 

 飴屋一空。

 後に、不治の病から機械化という治療方をもって不死となり、百年後不死人の組織で活躍するであろう少年。

 しかし彼は見事に病を脱し、麻帆等学園に編入学した。

 そんな彼が魔法の科学化などされた代物など持っていたら、勘繰りの一つも考えられるというもの。

 

「未来人って、何だか実感ないのな」

「……そこまで、御存じでしたカ」

「じゃねーとアレは無いわ」

 

 それこそ、某猫型ロボットの秘密道具の様に未来の産物でなければ。

 息を呑む音と共に、皐月の言葉に静かに超はベンチから下りて再び跪き、頭を下げる。

 

 超鈴音。

 その正体は未来人である。

 無論、原作知識だ。

 態々誇っても空しいだけである。

 

「何卒、お願いしたいことがあります。どうかお聴き頂けますカ」

「言ってみんしゃい」

 

 余りにも気軽に問われるものだから、思わず苦笑を浮かべるも、直ぐに真剣な面持ちに戻し───彼女は、これから起きたかもしれない百年を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十二話 面白い奴だ。殺すのは最後にしてやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法世界が、火星上の異界────隔離された幽世だというのは御存じですカ?」

「隔離する魔力が無くなり、消滅寸前だってのもな」

 

 魔法世界。

 それは西暦以前にとある偽神によって幽世から切り離され、隔離され火星に根付いた成立しなかった理想郷。

 完全を求めた哀れな偽神が、その身を神祖に落としてまで造り上げた、異界である。

 そして、滅びが迫っている世界。

 

「今から約十年後、魔法世界はその在り方を保てなくなり、中に居る全ての人間を放り出し修正力によって幽世の一部に戻る定めネ」

「やっぱそうなる?」

「曰く、幽世を隔離し、個別の異界として形成し、二千年以上維持するなど前例さえ無かタですが、結果はその有り様」

 

 魔法世界という形は失われ、そこに形創られた者達も同様にその個を失う。

 そして世界の一部では無かった人間は幽世に取り込まれる事なく現実へと帰還した。

 火星という、人の住むには余りにも厳しすぎる世界へと。

 

「放り出された魔法使い達が地球に逃げましタ。生きるためであるのが一番でしたが、一部の権力者は喪った地位と権力を取り戻すため────地球への侵略を始めたのですヨ」

「……へぇ」

 

 侵略、と言っても実際は乗っ取りという方が正しかったが、兎に角魔法使いたちは喪った居場所を新しく手に入れることが出来た。

 だが魔法使い─────より正確に言えば、メガロメセンブリア元老院はより権力を求めた。

 国を手に入れられた事も、何よりその国が神秘の薄く、碌な魔術結社さえ無かったことも増長する要因だったのかもしれない。

 

 元老院は何とも愚かしくも、世界征服を企んだ。

 魔法も使えないただの無能者だと。

 元々選民志向が高じて起きたのが20年前の戦争である。その行動は、当然と言われても違和感を感じない程自然であった。

 戦争が起き、そして戦場で魔法が使われれば当然世界はそれを知るだろう。そして神秘に対応するのは必然、神秘だ。

 

「そうして全世界は魔法を、魔術を。何より神秘を知った」

「全世界の神秘の認知か」

 

 無論、現代兵器が魔法に対して無力だった訳ではない。

 だが魔法使いと一般人の違いなど魔力の大小程度。転移魔法などを用いれば入国規制も糞もない。

 そして魔法は魔法世界では全域で日常生活に使われるほど発展し、何より半世紀以内で大規模戦争さえ起こっている。

 神秘を秘匿し、世界の裏側で隠れていた魔術師達とは攻撃性が規模も威力も段違いである。

 魔法使い達の進撃は、まさに破竹の勢いだった。

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 

「調子に乗っていた、というのもありますが運も良かったのです。イタリアや日本、イギリスなど強力な魔術結社の存在する国に偶然攻め込んでいなかったのもありました。ですが、彼等は出会ってしまった。自分達の想像を遥かに超える絶対強者に」

 

 神殺しの魔王カンピオーネ。

 ヨーロッパでは一時期『魔術師の王(ロード・オブ・メイガス)』とも呼ばれていた超越者たち。

 そんな皐月曰く「キチガイ連中」など知らずに彼等は、これまた最悪なことにバルカン半島のとある魔王の居城に攻め込み───死体となって帰って来た。

 

「……よりにもよってクソ爺んトコ行ったの?」

「と、記録されてましたヨ」

 

 哀れみさえ込められた問いに、超が何とも言えない表情で肯定する。

 

 魔法使い達の恐怖は如何程だったか。

 兎に角、魔法使い達の進撃は止まり、同時に各国がそれの理由を調べ───結果として、各魔術結社が隠していた魔王の存在は明るみになった。

 

 特に、最凶のカンピオーネにふさわしい数多の悪行を重ねているヴォバン侯爵擁する半島を構成する各国政府と市民は、堪ったものでは無いだろう。

 幸い狼王は雑魚に構うほど人間的ではない。逃げた者をそこまで執着して殺し尽くすことはしなかった。

 精々魔法使い達に死せる従僕でトラウマを刻み込む程度。

 アメリカの魔王は、ある意味アメコミヒーローの風体で、行動もアメコミヒーロー染みているのだ。比較的馴染みやすかった。

 イギリスの魔王も、怪盗という解釈をすればまだマシである。

 とある剣馬鹿の場合は側近の秘書が優秀だったためか、比較的穏便に運んだそうだ。

 

 酷かったのは中国だ。

 

 ──────羅翠蓮。

『羅濠教主』の通り名で知られている狼王に次ぐ最古の魔王の一人。

 普段は中国江西省・廬山の山深くに編んだ庵で隠居しているという、平時は極めて安全な魔王であり二百年を生きる仙人である。

 ある意味に於いて狼王に匹敵する戦闘欲と腕力至上主義者。

 それ故に同格の強者や自身が許可した者以外には配下であろうとその姿や声を見聞きした場合、その両目や耳を削ぎ落し償いとする非情を強いるという。

 そんな自身を地上で至高の存在と信じて疑わず、そのことを満天下に示すためなら周囲の存在を一切考慮しない魔王に対し、よりにもよって自国で軍事利用せんと高圧的に徴兵しようとしたのだ。

 その末路は、当時の政府高官の皆殺しという結果に終わったのは、最小の被害といえるだろう。

 

 そしてそんな魔王への注目が集まっていた中、それは起こった。

 

 まつろわぬ神の顕現、そして魔王の本気の戦いである。

 天変地異に殴り掛かって勝つに等しい偉業は、しかし人々の心を恐怖に染め上げるには充分すぎた。

 何せ魔王は周囲に配慮などしないし、出来ない。

 都市一つ容易く消し飛ばす程の激戦は、周囲の人々ごと魔王の脅威を世界に見せ付けた。

 

 人間がマイノリティに恐怖を覚えた際に行うことは、排除一択。

 元々倫理観など投げ捨てたキチガイの類い。

 そんな神殺しを嫌う組織はバチカン教皇庁を含め山程居る。そんな連中に唆された国連が主導で、魔法使いとさえ手を合わせて魔王との戦争を始めてしまった。

 

「戦争などと、口に出来たものではなかタそうですが」

「ですよねー」

 

 人類史に於いて、人が魔王に勝てた前例は無い。

 そして、それが欠片も揺らぐことはなかった。

 

「なまじ世界中が協力していたのが悪かったのでしょう。イタリアやイギリスなど魔王を抱える国や、真なる神を複数抱えるこの日本などを除き、魔王の手によって蝿を払うが如く蹴散らされましたネ」

 

 魔王による報復と、それによる世界規模での混乱は世界中で紛争を起こし、抑止する大国がその軍事力を喪った事で止める国もなく。

 

「あれ、アメリカは?」

「かの国の魔王は権能による市民への影響が高く、何より大統領が率先して排除を試みたのですヨ」

 

 アメリカの魔王ジョン・プルートー・スミス。

 彼女がアステカ神話の魔神テスカトリポカから簒奪した、特定の物を『贄』として捧げることで発動する権能。

 その『贄』とは人が土から作った巨大な建造物、照明などの人工の光などの文明などから、雨と自分自身という干ばつに周囲に地震を発生させることで大地を傷つけるなど。

 都市圏で行われれば当然、悪い意味で影響は大きい。

 特に魔王への恐怖が世界的に高まった状況ならば、如何にスミスがアメコミヒーローめいても限界はある。

 

「尤も、そもそも魔王の正体を知ることが出来なかったので基本的には狼王へ矛先が向けられたのですが」

「あぁ。ま、世界の警察を謳うならそうなるかもな」

 

 それでも自国の魔王への攻撃が無かったのは、彼女が常に己の姿を隠す仮装姿だった為誰も正体を知らなかったからに尽きる。

 

 結果は魔術結社の制止も叶わず、合衆国の送り込んだ特殊部隊は屍になって帰還し、そのまま大統領の首を落とした。

 

 最終的に核兵器さえ持ち出された魔王と世界との戦いは、結果として人類の総人口を激減させる程に多くの国を壊滅に追い込み、世界の文明を大いに後退させた。

 魔王による世界統治という名の、放逐による無政府状態という世紀末に陥る。

 

「世界は魔王に従う国と、それに抗う人類圏に別れました。イギリスやイタリア、アメリカの一部は魔界扱いですヨ」

「なんかジャンルが異世界ファンタジーモノになってきたな」

「えぇ、勇者さえ出現しましたから」

「ウッソォ」

 

 魔王に対する勇者。

 極めて王道ではある。

 

「つーか勇者って何よ。何の定義で勇者? 伝説の聖剣でもあったの?」

「神祖、または真なる神から恩恵を与えられた者達です。尤も、一人を除いて帰ってきたものは居なかったそうですが」

 

 神祖など魔王にとって少々しぶとい雑魚も同然。

 そもそも神殺しは万全のまつろわぬ神を殺している者達。

 それらの力をほんの少し与えられた程度で勝てる訳がない。

 

「……一人?」

「はい。そしてその勇者の名は──────ネギ・スプリングフィールド」

「……へぇ」

 

 ここでその名前が出てくるのな、と皐月が頷く。

 成る程英雄の息子ならば、正にというべき人選である。

 容姿能力人格共にこれ以上の人材は居ないだろう

 

「ですが、彼も魔王に勝つことは出来なかった。元々魔王討伐もそこまで乗り気では無かったそうです」

「ほう?」

「形だけ魔王に向かい、その後は研究に没頭しましたネ」

 

 そもそも彼は、魔王の一人を何かの間違いで倒せたとしても大した意味が無いと悟っていた。

 故に勇者ネギは考えた。

 そもそもの状況を、秩序が崩れ幾千幾万幾億の死者を出した悲劇。その根底を覆す一手を。

 

「それが──────」

「過去改変、か」

 

 切っ掛けは魔法世界の崩壊に伴う、約五千万もの魔法使いの侵略である。

 例えそれが元々生存の為の行動だったのだとしても、元凶と呼ばれるに相応しい出来事だったのは間違いない。

 世界を救うには、地球から遠く離れた火星に存在する魔法世界を救わなければならないのだ。

 

 その為に、ネギは時間旅行を達成しうる手段を遺した。

 端的に言えば、タイムマシンの設計図である。

 

 超はその設計図を元にタイムマシンを造り上げた、ネギの子孫であった。

 

「陛下のお力添えがあれば、最小の犠牲で魔法世界の崩壊を阻止できるのですヨ」

「へぇ、随分持ち上げるんだな」

「この時代、この麻帆等学園に於いて全ての条件が整っております。明日菜サンやアカリサンの諸問題の解決も図れるかと愚考しますネ」

「まぁなぁ」

 

 超にとって、皐月は魔王としては理想的だった。

 狼王のような残虐性は無く、教主のように偏執性も無い。

 人と同じ感性を持ち、庇護下に在る者を護ることに躊躇がない。

 何より、麻帆等学園に在籍している。

 当初の予定を急遽変更してでも、協力を仰ぎたくなるのも当然である。上手く行けば当初予定していたより多くの人間が救われるだろう。

 

 全てが上手く運べば、来年の内に魔法世界が救われるかもしれない。

 

 混沌とした未来に生きた超鈴音の根本にあるのは、平和主義だ。

 平和を得られるのならばどの様な手段も取るし、必要であるならば如何様にも自身を犠牲に出来る。

 魔王が対価として女としての身体を望むなら迷わず捧げよう。

 醜態をさらせと言われれば何処までも道化に甘んじよう。

 それで数十億の犠牲が無くなるのならば安過ぎる買い物だ。

 

 超の話を聞いて、皐月は変わらぬ表情で背凭れにもたれ掛かる。

 

「……例えカルキが現れようが、最後の王が迷い出ようが喪われた命と繁栄は喪われたまま。ネギ君、話に聴いてたよりも随分ブッ飛んでるのな」

 

 そして再び前のめりになった皐月は、一つ質問を投げ掛ける。

 

 

 

 

「で、アカリの情報をバラまいた理由は何だ?」

「―――――――」

 

 

 

 

 初めて、超の言葉が詰まった。

 最早断定された口振りに、しかし超は否定を口にしない。

 それは事実であり、知覚に優れた魔王に嘘など吐けるわけが無いのだから、

 

「っ……、陛下の存在は正しく望外。しかしそれ故に、ネギ・スプリングフィールドが勇者に至るには新たなライバルが不可欠ネ。その点、アカリサンはその関係上切磋琢磨する相手には最上だたヨ。無論、アカリサンには誠心誠意の謝罪と賠償を行うつもりですヨ」

 

 一度しか会えなかった何処に居るかもわからない憧れの父親ではない、明確に存在するライバル。

 本来ならば力の差からライバルなど程遠いが、兄妹という関係はネギに対抗意識を持たせるだろう。

 その為にはアカリの実力をネギが知らなければならない。

 だが直接知るのは力の差が大きすぎる。

 故に、伝聞という手段を選んだ。

 

 魔王の一行ではなく、英雄の娘なら魔法使いにとってその注目度は跳ね上がる。

 アカリとカリンとの戦いは、人払いの結界によって隠されているが、その対象は一般人のみ。

 事実魔法先生や魔法生徒は、実はその戦いを遠巻きに目撃していたのだ。

 その注目度から、比較対象になるだろうネギの耳にも容易に届きうると考えられた。

 だが───、

 

「別に、ネギ少年を無理に成長させる必要なくね? 俺が協力すればそっちよりイイんだろ?」

「し、しかしネギ・スプリングフィールドの将来性を鑑みるに────」

「保険か?」

「─────っ」

 

 保険。

 その言葉の意味は二つあった。

 

 一つは、単純に皐月が超の願いを断った場合。

 そうなれば超は当初の計画としてネギと協力し魔法世界を存続させなければならない。

 それも、十年以内に。

 超は兎も角、ネギの急成長は必要不可欠なのだから。

 

「まぁ、別に構わんよ? 俺の協力なんざ、魔王知ってるなら断られる可能性も高いからなァ」

 

 魔王によって荒れ果てた世界。

 そんな世界で生まれ育った超に、魔王に対する根源的な恐怖が無いわけがなく。

 例え皐月の人柄を表面上ではあっても知った今尚、その恐怖は未だ健在である。

 そんな魔王に未来と数十億の命を、イキナリ全て託せる訳がなかったのだから。

 

「でもよ、個人情報の流出はちぃと頂けなかったな」

「陛下、それは──────」

 

 実を言えば『鋼鉄の聖女』という不確定要素が、例えエヴァンジェリンが存命していたとしても彼女が封じられた事実からスプリングフィールドへの怨執を晴らす為、未熟なネギを襲う事態への対処なのだが─────。

 瞬間、地面から二つに割れた柩のような形状の黄金が飛び出した。

 

「──────ッ!?」

「安心しろよ、まだ殺さないから」

 

 しかし柩のような、という感想が一番に出てきたにも関わらず、その柩は竜の顎を思わせた。

 

「ここでお前さんを灰にするのは簡単だ。あぁ、未来の破滅とやらに対する配慮とかじゃないぞ?ぶっちゃけどうでもいいし。だけど」

「まッ─────」

 

 筋は通さなければ。

 そうして、アイアン・メイデンの如く超に食らい付き、彼女が叫ぶ間もなくその顎でもって閉じ込めた。

 

「確かにアカリは俺の身内だが、俺はアカリの保護者じゃない。そしてこの場を整えたのはその保護者の雪姐だ。なら色々把握している筈だしな」

 

 恐らくある程度事情を聞いた上で自分の前に通したのだと、皐月は理解していた。

 同情か、苦悩しながら足掻く姿が気に入ったのか。

 否。雪姫はそんな感情でモノを運ぶだろうか?

 

 無論、アカリを含めた娘衆に厳しい部分もあるのだろうが、超の魔王への謁見を許したのは偏に─────役に立つと判断したからだろう。

 

「お前に落とし前を付けさせるのに俺がやったら筋通らねぇだろ? まぁ、後回しをする余裕も身に付けたんだよ。五年前なら殺してたかもだが」

 

 だから魔王は怒らない。

 そんな雪姫の配慮を無視して怒り狂っては、小学生の頃と何も変わらないからだ。

『まるで成長していない』などという評価は、流石に御免被る故に。

 

「─────だから精々アカリに媚を売れ。その無様さが命拾うことになるかもしれないからなァ」

 

 何より、今回一番被害を被った彼女にこそ、沙汰を下す権利があるのだから────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実は成長していた主人公。


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第三十三話 そして物語が始まる

投稿先間違えすぎィ!!


 皐月によって超が缶詰めにされている最中、カリンを何の装飾も無い黄金の十字に封じ込めたアカリが片膝を着いた。

 

「はッ……はッ……!」

 

 数多くの剣群の射出ではない。

 今回用いた黄金の花吹雪という、数億の花弁状の刃の同時操作。

 それは、かの英雄『千の刃』の、強靭極まる肉体を切断するほどの威力を持つカリンの一撃を受けた彼女には過度な負担であった。

 

 というより、そもそも数億の刃────『花吹雪』は皐月の発想による奥義である。

 

『アカリって、コレ出来んの?』

 

 と、本当に気軽にその漫画を見せた彼には、他意など無かったのだろう。

 実際、当時のアカリには出来なかった事であり、事実それを申し訳無く思いながら彼女は己が心酔する主にその事を告げた。

 

『そっかぁ、無理かぁ。御免な無茶苦茶言って』

 

 そりゃそうか。そんな無茶振りに対して謝罪する皐月の表情には、納得の中にほんの僅かな落胆があったのだ。

 

 それを、アカリが見逃すわけが無かった。

 別荘に籠った彼女が、翌日皐月に完成した奥義を見せ吃驚させたのは、彼女達の保護者である雪姫なら容易に予想できた事だったが、兎も角。

 とまぁそんなアカリの執念によって生み出された技は、確かに奥義と呼ぶべき性能をしていたのだ。

 そして、それに相応しい負担と共に。

 

「……くッ」

 

 アカリが脇腹を押さえる。

『花吹雪』の制御の負担に、その直前に剣壁を掻い潜り叩き込まれた聖剣ならぬ聖拳。

 腕を切られても傷口をくっ付けるだけで完治するどこぞのバグと違い、アカリの耐久力はその戦闘能力に不釣り合いな程低かった。

 

 彼女の防御は剣群による物。

 攻撃は最大の防御と言わんばかりの魔刃の波濤こそ、彼女の矛であり盾。

 それらを掻い潜りながらアカリへ攻撃を加えるなど、皐月さえ困難である(尤も魔王はその防御の上から爆炎で磨り潰すのだが)。

 

「些か、相性が悪かったですね……」

 

 襲撃者を封じた十字の封印剣を見上げる。

 

 今までの筋違いな正義感に暴走させられた魔法使い達とは格が違う相手だった。

 というより、相性が最悪だった。

 幾ら串刺しにしても無傷の不死者など、殺人術に特化したアカリに封印以外の勝機など無かった。

 一体愚父は彼女に何をしたのだろうか。

 

「──────アカリちゃん!?」

 

 そんなアカリに、瞬動を繰り返しながら此方に向かう者の声が聞こえる。

 

「明石さん?」

 

 明石裕奈。

 振り向いた其処には、魔法生徒でありクラスメイトの姿があった。

 

 成る程魔法生徒ならば人払いも突破は容易だろうが、それでも態々近付いてくるとは思わなかった。

 

 アカリに注がれる視線は、1つ2つでは足りない。

 あれほどの戦い、姿こそ見せていないが数多くの魔法使いが観戦していた。

 

 手を出さなかったのは、単純に出せなかったから。

 

 単純に魔王一行が近付き難く、学園側の魔法使いにとって技術系統の違いから行動理由が分からないということもある。

 だが、何より今の戦闘に圧倒されていたというのが強かった。

 一方は大量の操剣で人間を容易く滅多切り串刺しにする英雄の娘。

 一方は全身切り刻まれながら傷一つ付かず、神聖ささえ纏いながら光速で踏破する不朽の不死者。

 上位最強クラスとまではいかないものの、相性次第ではそれらをも凌駕しかねない者同士の激突だ。

 呆然と、或いは恐怖で足を止めてしまっても無理はない。

 だからこそ、そんな恐怖で足がすくみ腰を抜かす戦いの直後にも関わらず躊躇する様子もない裕奈の足取りに、アカリは思わず嘆息する。

 

「はぁ……」

「ちょ、溜め息!?何で!」

「誉めの嘆息です。喜んでください」

「どんなプレイだよ!?」

 

 だが、好ましいのは確かなのだ。

 数多の悪意や無邪気で残酷な正義感に害されたアカリだからこそ、丁度良い案配の善意は心地良い。

 それは、麻帆等学園の生徒達の長所だった。

 

 だからこそ、彼女は油断してしまった。

 

「──────」

 

 ビキリ、と小さな小さな音が響いた。

 或いは、術者故に行使した術の状態を誰よりも早く認識できる。

 弛緩していたアカリの身体に、緊張と共に魔力が纏われる。

 だが、まるで遅い。

 

「下がって!」

「えっ」

 

 瞬間、亀裂は封印全体に走り、内側に留めていた者が喰い破っていく。

 

 そも、かの十三使徒は神の子に祝福された存在。

 そんな存在を封じ込めることなど、封印に特化した術者でも複数人必要だ。

 あくまで補助としての技能として取得しているに過ぎないアカリの封印符では力不足だったのである。

 復讐にその身を焦がす不死者が余りに似つかわしくない聖気でもって、完全に油断していた怨敵の娘にその感情をぶちまけた。

 

「クッ──────」

 

 魔力が足りない。

 ダメージも相俟って咄嗟に形成した剣の精度が一段と落ちている。

 これでは並の高位術者相手なら兎も角、この復讐者には薄氷に等しい。

 アカリだけが避けることなら可能だが、そうなれば背後の裕奈がどうなるか。

 魔法生徒でしかない筈の彼女の肉体は、砕いたビスケットのように粉砕されるだろう。

 

 故に、アカリは片腕を犠牲にすることに決めた。

 襲撃者────カリンの技量はそこまで異常ではない。

 元々が宗教家の弟子でしかなく、その後の千年以上は村娘として各地を点々としながら過ごしてきた彼女に、超越者特有の異常技量は存在しないし、必要がなかった。

 対処は可能。

 幾ら恩寵による光速化だとしても、片腕を犠牲にする覚悟で捌いて見せる──────────

 

 

「──────────『出でよ(アデアット)』」

 

 

 そんな覚悟は、アカリの前に踏み込んだ裕奈の姿に霧散した。

 アカリとカリン両者共に虚を突かれ、唐突な乱入にほんの一瞬意識を奪われる。

 

 神聖な白光として在る少女の顔面に、闇色の炎を宿すグローブが突き刺さる。

 封印を破った直後の不意打ちだからかソコに回避も防御もなく、そもそも神の恩寵を与えられているカリンにそんなモノは必要がない。

 本来なら発生する痛みによる硬直も、復讐の炎に苛まれている現在期待できない以上、突き刺さった拳ごと裕奈は叩き潰されるだろう。

 だが、

 

「────せいッっっ!!!」

 

 しかして拳は、轟音と共に振り抜かれた。

 威力が予想より大きかったのか、崩れ掛けていた封印剣をぶち破ってカリンの五体を吹き飛ばす。

 そんな攻撃を、先程の剣群を凌いだ様に直ぐ様起き上がって反撃するだろう。

 アカリは不出来な魔剣を再構築。少ない魔力ながら鎖の付いた魔剣を形成する。

 明らかに封じ込める為のものだ。

 

 人間を殺す術に長けているということは、人間を殺さない術に長けているということでもある。

 先程の愚は犯さない。

 如何に神の恩寵が優れようとも、次は人間が構造上身動き出来なくなるようにするだけのこと。

 

「……?」

 

 しかし件のカリンは、倒れてからまるで起き上がる気配が無かった。

 

「何が……」

 

 不死殺し?

 アカリはその権化を身近に、敬意の視線を向けながら共に過ごしてきた。

 だが、明石裕奈(彼女)がそんな大層な存在にはとてもではないが見えない。

 

「全く、ヒヤリとさせるな」

 

 呆然と倒れ伏すカリンを見ていたアカリの背後から、思考を打ち切る聞き慣れた声が響く。

 

「ゆ、雪姫先生!?」

「まさかお前がカリンのトドメとは思わなかったぞ、明石」

「……成る程、貴女関連でしたか。高みの見物とは感心しませんね」

「悪かったな。だが、良い経験になっただろう?」

「……」

 

 ふわりと、浮遊感を見せながら現れたのは、先程から見物に徹していた不敵な笑みの雪姫である。

 尤も、見物に関してはアカリにバレていた様だが。

 

「一緒に居たタカミチさんは?」

「学園側への説明に行かせた。私が此方に来たのは──────」

 

 彼女はゆっくり、労りさえ見せながらカリンを抱き上げる。

 その表情には罪悪感と懐かしさがあった。

 

「……どの様な関係で?」

「不死者繋がりでな。魔女狩りを乗り切った仲だ。──────さて、さっさとこのかに治療して貰いに行くぞ。ついでだ、お前も来い明石」

「へっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十三話 そして物語が始まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「治すえー」

 

 出落ちの芸風みたいなこのかの声が響く、瑞葉家となったログハウスの更に奥、ダイオラマ魔法球内の城内テラス。

 そこに一同は集まっていた。

 

 黄金の棺桶を椅子代わりに寛ぐワイ。

 そんな皐月の向かいにソファに座り足を組む雪姫。

 当事者の一人であり、アカリの負った傷を完治させたこのかがこの場に居た。

 加えて────

 

「では、事の顛末を語ろう」

「と言っても、大したことは無いんですけどね」

 

 そう語るのは、大きなフチ無し丸眼鏡で大きく眩しいでこを広げている黒髪のお下げに、小柄な学生服姿を白衣で包む少女。

 未来人とか転生者とかのバックグラウンドを持たず、完全な素で未来人(天才)に頭脳で食らい付く麻帆等学園女子中等部2ーAが誇るもう一人の天才。

 出席番号24番、葉加瀬聡美である。

 

「既に雪姫先生や羅刹王に話している様に、もし取引、というより懇願が失敗した場合の事を考えて実行した作戦でした。結果は半分成功半分失敗─────いや、もう完全に失敗ですね」

 

 葉加瀬は、俺が寛いでいる棺桶を見つつ苦笑する。

 

「……もしかして、その棺桶って」

 

 恐らく最も挙動不審で状況に着いていくのに必死な裕奈が、口をひくつかせながら指を差す。

 曰く彼女が結城夏鈴、今はイスカリオテのユダか。そんな一級の禍払いでも傷一つ負わせられなかった十三使徒を打倒したと聞いた時は驚いた───とか、そういうことは無かった。

 

「超さんは無事ですか?」

「無事だよ。()()()()()()()()()()

「……………………ソレ以外は?」

「最初は、人間が苦痛に感じる音をひたすら流し続けようと思ったんだが……」

「ウチの感度サンゼンバイを採用して貰ったんよ」

「ファッ!?」

 

 顔を紅く染めて、裕奈が短い悲鳴を上げながら棺桶を凝視する。

 一体棺桶の中でナニが起こっているのか、それは俺にも判らぬ(すっとぼけ)。

 超にとって悲惨であることには変わりがないだろう。

 度を越した快楽は拷問でしかない。

 天才美少女を指一本触れずにアヘ顔ダブルピースにさせるとは実に罪深いなァ(愉悦)

 

 しかし貞操こそ無傷ではあるものの、同性にとっての地獄を笑顔で提案したのはこのかだ。

 他称魔王パーティーの二大キチガイの称号は伊達ではないのだろう。

 

「とまぁユルい雰囲気が流れ始めた事で、羅刹王には今回の見解をお訊きしたいのですが────」

「その前に、明石」

「ファイ!?何でしょう先生!」

「お前はどうやってカリンを倒した?」

 

 チラリと、雪姫はテラスの奥の部屋のベッドの上で寝かされている張本人を見る。

 彼女は傷一つ無いにも関わらず眠り続けていた。

 症状は気絶である。

 直接戦ったアカリが最も理解しているが、神の子に愛された恩恵は原作でもヤバかった。

 まさか本当に百年後の続編キャラクターと会えるとは思わなかったが。

 

 イシュト・カリン・オーテ。

 原作続編の主要メンバーの不死者である。

 そんな彼女の不死性が輝くほどに、彼女を張り倒した人物が気になるのだが。

 

「えっ、と。それは私のアーティファクト『栄光は我が(ドミネ・エクサルテトゥル)手中にあり(・マヌス・グロリア)』のお蔭です」

 

 パクティオーカードを懐から取り出した彼女は、己が主兵装を披露した。

 

「……『Xグローブ Ver.V.R.』じゃん。またパクリかよアーティファクトネタ大杉」

「─────────えっ?」

「パクリなん?」

「イクスグローブとやらは解らんが、確か『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』を参考にしたアーティファクトだった筈だ。カリンへの攻撃の様子から、炎を灯すことで何等かの効果を出すアーティファクトの様だが……」

 

 栄光の手。

 曰く、絞首刑に処された罪人の右手を用いて燭台を作成する、分かりやすいポピュラーな魔導具である。

 つまり木乃伊のグローブだ。

 

「冒涜的だなぁ」

「あくまで参考にしただけだろう」

「それで、どないな効果があるん?」

「確かに。禍払いさえ性質上受け付けなかったカリンの恩恵を貫いた能力には、流石に興味を惹かれるな」

 

 そんな物を、恐らく頻繁に身に付けている彼女は相応のリアクションを取るべきなのだろう。

 

「………………………………へぁ?」

「どしたんゆーな。アイディア失敗したのん?」

 

 だが彼女は、ソレよりも前にあんぐりと口を大きく開けながら絶句していた。

 

「……まさか」

 

 改めて彼女を観察する。

 髪色はオレンジの様な明るい茶髪をサイドポニーに束ね。その体型は真名や楓の様な規格外(どう見ても成人女性)ではなく、高校生間近な少女であることを示し、加えて高校生としても成熟したスタイルは、クラスメイトに乳牛(ホルスタイン)と呼ばれるほど育っていた。完全に(俺が)セクハラである。

 最近の娘っこは育ちが早いなぁ、と鼻の下を伸ばしやすい、しかしそこまで異常は無い彼女。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 髪色の差は、決定的だろう。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と来れば、最早疑う余地は無いだろう。

 以前の集会の時、彼女の失言を聞き逃さなかった時は、思わず口先が吊り上げるのを堪えるのに必死だった。

 

 今の呆然とし続ける彼女の姿は滑稽極まり、同時にとても愛しく感じる。

 恋愛感情ではない。喩えるなら外国でたった一人の中、日本人を見付けた様な親近感。

 

 一人ではないのだと、安堵を。

 しかし、あの反応は漸く気付いたのだろうか?

 魔王なんて特大の差異、早々に同郷という可能性を考えられる筈だが。

 溜め息と共に彼女に近付き、両手で頬を盛大に挟む。

 

「せい」

「ふぁむっ!?」

「それはまた今度で、今はアーティファクトの説明はよ」

「ふぁ、ふぁい」

 

 ん?と周囲がいぶかしむ中、頬を痛みと羞恥で紅く染めながら、ゴホンと気を取り直し雪姫を見る。

 

「私のアーティファクトは、デバイスなんです」

「何?」

「リリなのの?」

「そうそう!」

 

 即ち、魔法使用の補助として用いる武装一体型魔道具()である。

 魔法情報を蓄積したり、それを担い手の裕奈の魔力供給さえあれば有事に際し自動的に最適な魔法の術式を代理演算、行使するアーティファクト。

 

「つまり、私が馬鹿で魔法の術式演算やら長ったらしい詠唱が出来なくても、魔法さえこの子が覚えてくれれば代わりに魔法を発動したりグローブに充填出来たりするんだよ!」

「おぉ!」

「何と素晴らしい!!」

 

 このかと葉加瀬が裕奈の誇らしげに語る様に、素直に驚きの声をあげる。

 だが、皐月の表情は複雑そうであった。

 

「……充填って、ソレ思いっきり『闇の魔法(マギア・エレベア)』なんじゃ……。大丈夫なんアレ」

「無論だ。元々道具に魔法を込めることはそこまで珍しいことではないしな」

 

 そもそも魔導具とは道具に術式を刻み魔法を込めることで製作するもの。

 肉体に魔法を取り込み体現するからこそ『闇の魔法』は凄まじく、危険なのだ。

 

「いやそっちじゃなくて……ヘイ嬢ちゃん、その『魔法さえこの子が覚えてくれれば』ってのはどうやんの?」

「へっ? えっと、それはこうやって……」

 

 彼女は右手の手の平と左手の手の甲を相手に向けて組み合わせ、四角形を作る独自の構えをとり、同時に両手の『栄光は我が(ドミネ・エクサルテトゥル)手中に有り(・マヌス・グロリア)』に炎を灯す。

 すると炎はノッキングするような、不規則に放出して瞬くようなものへと変貌する。

 どう見ても死ぬ気の零地点突破・改です本当にありがとうございました。

 

「この状態で魔法を受けると吸収してくれて、完了! ついでに受けた魔力を自分の強化呪文の強化に充てることもできるんだぜぃ!!」

「おぉー!」

「ヒャァッ! 我慢できません! 解析させて下さい!!」

「駄目に決まってんでしょ!?」

 

 敬語と固さが取れた様子で、明石裕奈はクラスメイトとじゃれる。

 恐らくアレが彼女の素なのだろう。

 

 だがそんな事より重要なのが、今彼女が言った『魔法の吸収変換』である。

 無論吸収上限があるのだろうが、あそこまで優秀なら吸収変換した魔力を防御に使って中和相殺も可能に見える。

 即ち、『闇の魔法』の真髄にして雪姫が未完の極意─────

 

「アレ太陰道じゃね?」

「………………………………し、しかし成る程、拳によるインパクト時に充填した魔法を炸裂させる事も可能と……。カリンを殴って気絶させられる訳だ」

「どゆこと?」

「まぁお前はそこまで炎系以外の魔法に詳しくなかったか。───闇系統の魔力属性を思い出せ」

「……あぁ、精神攻撃」

 

 特級の不死者であるイシュト・カリン・オーテ、彼女は決して無敵でも最強でもない。

 相応の、それこそ永久系の封印などをされれば彼女の正体からどうしようもなく。

 月に転移させられれば救助を待つしかない。

 そして何より肉体は絶対でも、精神は決して不死ではない。

 精神攻撃は、彼女へのメタの一つである。

 

「でも……本来なら身体が動かなくなる程度で、こんなに長く気を失うなんて……」

「疲れ溜まってたんやないの」

「えー……」

 

 サラッとしたこのかの言葉に、微妙な声を裕奈が漏らすも、しかしあながち間違いではなかった。

 思い違いとは言え、大切な者が殺され復讐の為に駆けずり回った結果、復讐対象は既に亡く。

 親の罪が子に有っていい訳がないと理解しながら、激情のままにアカリを襲った事実は、彼女(カリン)の精神を余りに磨耗させていたのだ。

 彼女が起き、雪姫と再会するのは少し後になる。

 

「それで、お前は超をどうするんだ?」

「そりゃまぁ、俺が決めるこっちゃねぇわな────アカリ」

「はい」

「どうしたい? お前の好きに決めろ。あぁ、大丈夫無茶は言わない」

 

 俺の言葉に、葉加瀬が静かに息を呑む。

 彼女にとっての親友の裁定が今行われていると理解しているからだ。

 

「【銃は私が構えよう。照準も私が定めよう。弾を弾装(マガジン)に入れ遊底を引き、安全装置(セーフティ)も私が外そう。だが殺すのはお前の殺意だ】なんて脅迫を言うつもりは無い。殺意を向けるのが億劫なら別の方法で制裁を決めていい。だが、これから(コイツ)が学園に広めた情報でお前は面倒を被ることになるかもしれない。だから本当に気軽でいいんだ────────何かないのか?」

「ありません」

 

 そんな俺の言葉を、アカリはバッサリ切り捨てた。

 

「仮に超さんの手引きが無くても、あの不死者はきっと私を襲ったでしょう。或いは、愚兄を」

 

 仮定の話。

 仮にそうなれば、問題は今回と比較にならないほど大きく深刻になっただろう。

 ネギ・スプリングフィールド。

 彼は才能と将来性溢れる、しかしアカリの様な特殊ではない普通の少年である。

 無知故の復讐に焦がれたイスカリオテのユダに襲撃されれば死は免れない。

 

「それは、お前に問題をおっかぶせた事になるんじゃねぇの?」

「……実は先日、私の愚父についての話をガンドルフィーニ先生からされたことがありました」

「ほう」

 

 ガンドルフィーニ教諭。

 高音女史が分かりやすい本国出身の魔法生徒なら、彼は分かりやすい本国出身の魔法先生である。

 無用な独善や横暴な気質は無く、原作では最初超を庇うネギの言葉を受け入れている。

 勿論、対外的には極悪犯であるエヴァ姐へのヘイトは高いが、そこは本国出身として仕方がない範疇だ。

 例えるなら某魔法世界の名前を言ってはいけないあの人(ヴォルデモート卿)の立ち位置なのだから、本国におけるエヴァンジェリンの恐怖神話は極めて根強い。

 

 だがその魔法世界出身という側面は、即ち『紅き翼』延いてはナギ・スプリングフィールドへの尊敬と憧れを持っている事を意味する。

 そんな存在の娘という疑惑があるのならば、その真偽を確かめたいと考えるのは酷く普通だ。

 事実彼は己と同じ意見の者数名と共にアカリへ質問をしたという。

 隠すつもりなどないアカリは当然肯定し、彼らは興奮しながら更に問い掛けた。

 英雄の父をどう思っているのか、と。

 

 

「──────『育児放棄(ネグレクト)を行い無様に死んだ血の繋がっただけの他人に対し、何を答えろと?』」

 

 

 心底不思議そうに答える彼女に、彼らが沈黙したのは当然の帰結だった。

 

「……お、おぅ」

「そう答えたら、悲痛な表情で深く謝罪された後、他の方々は何か仰っておりましたがガンドルフィーニ先生が『御家族にお土産を買って来る』とおっしゃり、連れの方と共にお帰りになりました」

「絶対おめめグルグル無表情で答えとるよアレ」

 

 アカリの英雄ナギへの感情は『嫌悪』ではなく『無関心』と『忌避』。

 関わり合いになりたくない、という拒絶である。

 そんな彼女へその様な質問をしても、碌な返事が返ってくる訳が無いのだ。

 加えて、ガンドルフィーニにはアカリの言葉に他の魔法生徒の連れとやらとは違い、衝撃と消沈を覚える理由があった。

 

「あの人、娘居たっけか」

「あぁ……アカリの年齢を逆算して理解すれば、そんな娘とそう変わらない子供がそんな言葉を言えば感じ入るものもあると?」

「ソレ以来、噂の存在にも拘わらず私への詰問はありませんでした」

 

 つまり、ガンドルフィーニ教諭がそれらを差し止める側に回ったというのだろう。

 子供を持つ他の魔法先生と連携すれば、難しいことではない。

 普通に考えれば、アカリの境遇は彼等が察せられる過去の一端程度で十二分に悲惨なのだ。

 実質的に親に捨てられ、五歳の頃に故郷を焼き払われ、以降現れる理不尽な襲撃者を撃退し続けてきたとか、悲惨通り越してファンタジーの域であるとは千雨の言である。

 

「故に、私の実害は殆ど今回だけ。この程度で首を落とすのは、些か過保護が過ぎますよ?」

「───────ぬぅ」

 

 アカリには珍しい、見るものを魅了する微笑みで魔王(オレ)を黙らせていた。

 こう言われれば超に手を出す訳にはいかなくなる。

 鬱陶しい父親扱いは御免なのだ。

 

「かー、しゃあねぇな畜生。ハカセちゃんだっけ? お宅らの計画、乗ってやるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「おう」

 

 元々超がいらない手回ししたからややこしくなったが、俺にとってそこまで悪くない計画内容だった。

 それに原作有数の大イベントである世界樹大発光時の麻帆良祭の黒幕を手元に置けると考えれば、安全性は比べるまでもない。

 仮に成功すれば魔法世界編が完全に消化試合に出来る。

 

「はぁ……。まさか、俺があの()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな俺の呟きは、熱帯ジャングルの空気に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、つまり麻帆良祭三日目最終日。

 学園の中央に聳え立つ世界樹広場に、凄まじい数の生徒たちが集まっていた。

 即ち、全校生徒がこの場に会していた。

 

「さて、今年度も無事最終日までこの祭りを終えることができたのを喜ぼうかのぅ。フォフォフォッ」

 

 壇上に立つのは学園長、近衛近右衛門。

 相変わらず妖怪にしか見えない容貌をしているが、それに慣れ切っている生徒たちは静かに彼の言葉を聞く。

 そして待っているのだ。

 麻帆良祭最終日の恒例、最後にして最大のイベント。

 

「まぁ老人の長話を聞くのは若者には辛いじゃろうて、早速今回のイベントの話に移るとする。皆も知っておるじゃろうが、今年度の種目は『全校生徒鬼ごっこ』じゃ」

 

 鬼ごっこ

 最早説明の必要性を感じないほどポピュラーなソレが麻帆良学園規模で行われる。

 生徒たちが逃げる側だとすれば鬼役の負担は計り知れない。

 だが、その負担をものともしない人材がこの学園に複数存在していた。

 

「では鬼の紹介をしよう」

 

 その言葉と共に生徒たちの視線が学園長の背後に移る。

 と同時に、その者たちを知る生徒や教師が白目を剥いた。

 

 麻帆良学園広域指導員『死の眼鏡』『笑う死神』にして、魔法使いにとっては『悠久の風Austro-africus-Aeternalls』所属、何より英雄『紅き翼』正式メンバーNo.7。

 タカミチ・T・高畑。

 

 中等部を中心に大学部までその制圧範囲を広げ、「PKKって知ってる?」と言いながらいじめっ子を撲滅し続けてきた『中等部の魔王』。

 裏世界における正史編纂委員会総帥にして、未だ秘匿されている日本の『神殺しの羅刹王』。

 絶対勝利者にして霊長の代表者、『炎の王』瑞葉皐月。 

 

 麻帆良学園の女帝にして『冷たい眼差しで踏んで欲しいランキング1位』。

 魔法使いにとってはタカミチの師の一人にして正史編纂委員会総帥付き特別相談役。

 真実を知るものにとっては魔法世界史上最高額賞金首、『闇の福音』『人形使い』『童姿の闇の魔王』などの悪名轟く恐怖神話を持つ元真祖の吸血鬼。

 瑞葉雪姫ことエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

 その三者が、今回の鬼である。

 

「一人だけ貫禄違い過ぎませんかねぇ」

「流石だよね。でも皐月君も随分大きくなったよ」

「凡才から英雄に、小学生で魔王になった奴が何を言っても説得力が無いわ馬鹿共」

「つーか『冷たい眼差しで踏んで欲しいランキング1位』って何よ」

「私が知るかッ!?」

 

 和やかに? 話す三人を尻目に皐月の権能を知る魔王一行の眼が死んでいく。

 最強クラス二人は勿論、神速に縮地を修め知覚特化の権能を持つ皐月から一定範囲内で逃げ続けることがどれほど困難なのか知っているからだ。

 無理ゲーである。やる気など出る訳がない。

 

 学園長が最後まで生き残った者には金一封とか述べているのが聞こえるが、彼女たちにとっては賞品など有って無いようなものなのだから。

 周囲の沸き上がる歓声の中、そんな消沈している彼女たちに念話が走る。

 

『尚、無様な捕まり方をした奴には罰を与える。だから精々死に物狂いで逃げろ小娘共』

 

 雪姫の残酷な宣告に顔色が変わるがもう遅い。

 この場の最適解は全力を尽くすこと以外にありはしないのだから。

 

「理不尽やでエヴァちゃん!」

「そうだそうだー」

「アーティファクトが使えれば地中に潜る方法が……」

「地面は兄さんの知覚範囲だぞアカリ」

「ニンニン、これは忍として無様は晒せないでござるな」

「翼を使うか……麻帆良祭中ならば仮装で通るだろうか?」

 

「私にはどうしようもありませんです」

「主命で……ううん、諦めずに頑張ろう」

「ええ!何事も挑戦する前から諦めてはいけません」

「なんか打ち解けてるです……!?」

 

「え? その罰って私は入ってないよね?」

「私は兎も角、オマエ魔法生徒なんだろ明石。ならアウトじゃね」

「死ぬ時は一緒だよ千雨ちゃん!」

「はァ!? オマエとそこまで仲良くはねェだろうが!? 完全一般人の私を巻き込むんじゃねェ!!」

 

「もう……お嫁にいけないネ」

「まぁまぁ、その程度で済んで良かったじゃないですか。ソレにホラ、科学に魂を売った仲じゃないですか」

「同い年の男の人にアヘ顔晒して同じ事が言えるのカ?」

「私なら絶対引きこもります。よく此処に立っていられますね恥ずかしくないんですか?」

「雪姫先生からの罰ゲームを私の受けたアレにして、ハカセに遭わせる事を推奨すル!」

「ちょ、何言ってるんですか!」

「ハハ、魂を売ったのだろウ!? 共に陛下の顔を満足に見られなくなろうではないカ!」

「嫌です!」

 

 喧騒でありながら和気藹々とした雰囲気の中、最後の祭りの始まりの撃鉄が落ちる。

 結果は誰もが黙したが、それでも平和な一時であった。

 

 しかし平和とは、曰く動乱の時への準備期間である。

 そしてようやく───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『卒業証書授与─────この七年間よく頑張ってきた。だが、これからの修業が本番だ。気を抜くでないぞ』

『卒業生代表、主席──────────────ネギ・スプリングフィールド君!』

「ハイ!」

 

 ──────────物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~解説コーナー・オリアーティファクト編~

所有者:瑞葉アカリ(アカリ・スプリングフィールド)
アーティファクト:千の鋒(ミッレ・アウテム・フェッルム)
魔法効果:自身の魔力を元に様々な形状の刀剣を生成でき、術者の技量によっては千の剣群を操る事も出来る。殺人術を取得し王家の魔力を持つアカリが使用することで、あらゆる魔力防御を突破し対象を惨殺する魔刃と化した。
パクティオーカード称号:MAGICAL SLAUGHTER(魔法の殺戮者)
備考
 皐月の思い付きで完全に『千本桜』化。負担こそ激しいが卍解状態も可能。
 違いはデフォルトが『殲景』であること。
 名称が二転三転した。『千の顔を持つ英雄』や『造物主の掟』などを参考に既存作品から取ろうとしたけど、結局はネギを参考に。

所有者:明石 裕奈
アーティファクト:栄光は我が(ドミネ・エクサルテトゥル)手中にあり(・マヌス・グロリア)
魔法効果:術者の魔力を用いて術式構築の補助を行い、炎として変換し打撃に乗せて放つ事が可能。術者の裕奈がその形状からの発想で魔法の中和吸収とそれによる術式のスキャニングが可能に。
パクティオーカード称号:GUARDIAN OF THE SKY(大空の守護者)
備考
 リリカルなのはシリーズのアームドデバイス型Xグローブ Ver.V.R.
 以上。


 およそ二か月ぶりの更新ですいませんでした。
 三月中旬から忙しさが爆発し、結果二話分を一つに合わせる結果に。
 一万字越えは久しぶりです。

 さて第一回麻帆良祭編ですが、主題としては超の暗躍(笑)と原作次作キャラであるカリンの登場。そして原作突入前の最後のお話、というものがありました。
 さていよいよ原作へ向かいますが、かなりの乖離があるでしょう。ここまで読んで頂いた方ならば許容して頂けるかと思いますが、何度も言うようにネギ君へオリ主ニキがアンチを行うことはそうそうありません。
 その為のアカリですので。
 裕奈視点は次回やれればと思っています。

 では今回は此処まで。
 誤字報告頂ければ随時修正、加筆いたします。
 最近帰宅後すぐさまシャワー浴びて布団に沈没する生活を送っており、執筆時間がなかなか取れずにいますが、更新自体は確実に行いますのでお付き合い頂けると幸いです。










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第三十四話 魔法先生ネギま! 終了のお知らせ

 

 

 

 今回の語り部である私、明石裕奈は転生者である。

 それを自覚したのはおおよそ三歳ほどで、明確な自我と記憶を認識し行動を始めた歳である。

 明石家は共働きで日中は家をほとんど空けるが、母は兎も角父は確実に家に帰ってくる。

 尤も、後で知ったが教授だからか家ではパソコンと睨めっこしていて、こう言っては何だが家事がまるで出来ない。

 そんな父の世話をするのが母なのだが、その母が突然とんでもないことを言い出したのが転機の一つだった。

 

『裕奈、魔法って興味ない?』

 

 四歳のころ、静かに119番通報で都市伝説の黄色い救急車を呼ぼうとして大慌てした両親に欠片も笑えなかったのはいい思い出である。

 そこで漸く、私は世界の名前と創造神の名前を知るのであった。

 

【魔法先生ネギま!】。

 昔深夜に偶然つけたテレビで放送していた事が切掛けで読み始めた、おふざけ魔法ラブコメコミック。

 しかしアニメ一期の中盤以降、単行本では3巻からおふざけを成立させるための魔法が本格的にバトル展開に発展していく。

 そして本格的に戦闘パートが続き20巻を超えるころにインフレが加速して行った記憶があった。

 そんないわゆる原作知識は、実際にまほネットを通じて補完していき、両親や自分が原作の登場キャラクターだと認識した。

 

 最初は茫然とした。

 別に某竜玉物語みたいに気が付いた時には地球が消し飛んで蘇生待ちとか、某巨人物語みたいにある日裸の巨人に居住区を壊され捕食の恐怖に怯えるような物語じゃない。

 所謂裏の世界こそあれど、貴重な人間を見付ければホルマリン漬けにしようとすることが常套な人でなしが闊歩したりしていないので、それに比べれば遥かにマシなのだけど。

 それでも、自分が物語に組み込まれているような錯覚にさえ陥った時もあった。

 ファンタジーが存在することへの高揚と、まるで操り人形になってしまったような虚脱感。

 しかし原作のとある出来事を思い出した時、そんな錯覚は一瞬で消し飛んだ。

 

 母が、仕事の最中に殉職するという出来事である。

 

 その時既に私は両親を愛していたのだと思う。

 それに、精神が肉体に引っ張られたこともあったのかもしれない。

 恥ずかしながら、私は色々と喚き散らしながら、涙ながらに母親へ縋り付いた。

 母が本国―――――魔法世界の人間の国(メガロメセンブリア)所属の捜査官であり、主人公の父親であり英雄ナギ・スプリングフィールドの失踪と同年に、任務で死亡する。

 そんな事実をどう説明したのか、結果として私は予知夢を行ったと両親に認識されたのだ。

 

 後から聞くと、私が絶対に知らないことを口走っていたみたいで、母も私の錯乱っぷりからトランス状態だと判断したのか、知識の出所を聞きに来ることは無かった。ラッキーというかなんというか。

 兎にも角にも、そんな予知夢からとはいえ知り得た家族の死に、そのまま何もしないという選択肢は父には無かった。

 責任感と職務意識の高い母をどう父が説得したのか、あるいは私の泣き落としが功を奏したのか、前線とも表現できる部署から転属し、安全な課に移ることで死の運命を乗り切ったのだ。

 原作改変が可能、という事実は修正力やらお約束が絶対ではないことを証明してくれたのだと歓喜した(実際は運命力自体は極めて強力なものとして存在していたのだが)。

 母の生存は、母との間に結んだ仮契約(パクティオー)カードが証明している。

 

 私がそこまで重要なキャラクターではなかったのも、私が小学生卒業まで気楽にできた。

 つまらない小学生の座学に飽き飽きしていた私は、ひたすら魔法に熱中した。

 基本反復運動、加えて先生役が元前線捜査官の母。厳しく悲鳴を上げながら母の魔法弾から逃げ惑うこともよくあったが、それでも日々の成長がゲームのレベル上げやスキルの修得度の向上のような快感があった。

 

 あるいは、物語の登場人物たちと物語とはまた違った形で肩を並べられるのだと。

 原作との差異こそが、自己の証明なのだと。

 

 麻帆良学園中等部に入学し、原作最重要キャラが原作当時の様子が欠片も無くなっていることを知るまでは――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十四話 魔法先生ネギま! 終了のお知らせ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原作重要キャラでも最重要なのは、私見ではあるが主人公ネギ・スプリングフィールドの最初のパートナー、出席番号8番神楽坂明日菜だろう。

 原作知識が曖昧でどんな物語の完結をしたか覚えていないのだが、彼女は魔法に対する天敵で世界に五人しか確認されていない『完全魔法無効化能力者(マジックキャンセラー)』であり、魔法世界最古の王国であるウェスペリタティア王国のお姫様だった筈である。

 そんな物語の根幹と言える記憶を封印されている影響か物覚えが悪くバカレンジャーなどと揶揄される成績底辺者になってしまうが、記憶封印前とはまるで別人のような明るい性格で主人公をここぞという時に引っ張っていく、物語面だけでなく主人公にとっても重要なヒロインだ。

 

 そんな『愛すべきバカ』と表現できる彼女は原作の天真爛漫さを何処へ投げ捨てたのか、無表情の様な無気力なジト目で、成績もバカレンジャーとは逆立ちしても言えない好成績を叩き出し、しかし『バカ』というより『頭おかしいんじゃねーか』という有様。

 この時彼女の記憶処理が機能していないのでは? という予感は的中していたのだろう。

 長距離走の授業では所謂『ドゥエ』と呼ぶだろう動きで先頭を滑走していた時、思わずすっころんだのは私と千雨ちゃんである。

 

 他には出席番号1()2()番の近衛木乃香と、出席番号1()4()番の桜咲刹那の二人だろうか。

 本来原作では二人は幼少の頃の事故が切っ掛けで桜咲さんの方が罪悪感により木乃香から離れ、結果仲違いとも言える関係となっていた。

 そんな二人に魔法関係の事件が二人の仲を回復させていくのだが、そんな二人は中等部一年の状態から仲が良かったのだ。

 それどころか、キチガイ染みた発言から木乃香の方は明日菜と並び『2-Aのやべー奴ら』として扱われている。

 そんな木乃香の言動にポンポンを痛めながら諫め、時にその時は知らなかった人物の名前に助けを呼んでいるのが桜咲さんである。

 木乃香は寧ろそんな彼女が見たいから、態々そんな言動を繰り返している印象さえある。

 それでも普段は仲の良い幼馴染といった風に付き合っているのだから人間関係は不思議である。

 

 そして致命的な変化。

 原作最強クラスにて主人公の最初の敵にして魔法の師となるキャラクター。

 不老不死にて吸血鬼の真祖。魔法世界史上最高賞金額の伝説的魔王。

 原作開始十五年前に英雄ナギに倒され、『登校地獄の呪い』なる魔法をアンチョコ混じりに掛けられ、術式がぶっ壊れていたことも加わり結果強制的に何度も中学生であることを強いられていた少女。

 エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル。

 そんな彼女は性格が変わるなどは無かったのだが、そもそも生徒ですらなくなっていた。

 

 2-A担任教師、瑞葉雪姫。

 不老不死により十歳ほどの肉体年齢を強いられた彼女は、二十代半ばの豊満でエロエロな金髪外人女教師と化していた。

 原作エヴァンジェリンの影も無い彼女をエヴァンジェリンだと最初に分かったのは、明日菜や木乃香の呼び方が理由である。

 

『宿題多過ぎひん? 花のJCにはキツイ量やでエヴァちゃん!』

『そうだそうだー。エヴァはもっと皐月と遊ぶ時間くらい寄こすべきそうすべき』

『ほぅ? つまりはもっと欲しいと。欲張りな物乞いは叱らねばならんが仕方ない。いやはや私も甘いなァ』

『ファッ!?』

 

 それだけなら愛称か何かにしか聞こえないだろうが、そこからエヴァンジェリンに結び付けられる知識を有する私は絶句するしかなかった。

 加えて彼女の従者の科学と魔法のハイブリットである出席番号10番、絡繰茶々丸がそもそも居ないというのも、私の受けた衝撃は大きかった。

 

 そして2-Aについては完全な異物、原作に存在していなかった少女の存在で締めることにする。

 出席番号25番、瑞葉燈。

 ブロンドの長髪をサイドポニーに束ね、中学生離れの豊満な肢体(というか私も今は結構大概だけど)の浮世離れした美少女。

 原作でエヴァンジェリンが年齢詐称薬で成長した姿もだが、その『虹彩異色症(ヘテロクロミア)』や、クールで氷のような表情から、主人公ネギ・スプリングフィールドの母、作中でも物語の根幹に関わるアリカ・アナルキア・エンテオフュシアなる人物を彷彿とさせた。

 

 当時は幾ら似ていても「いやいやいや」と変な汗を出しながら否定していた。

 幾らネギの母親のアリカとアカリという名前の類似があっても、燈なんて日本でも珍しくない名前だと。

 幾ら明日菜や桜咲さんといった、平然と瞬動を体力テストや運動会以外では使用する魔法関係者(明日菜は完全に隠す気がない)の人達に追い付き、あまつさえ追い抜いていたとしても。

 まぁ、その後流れたとある噂で確定したのだが。

 

 そんな中だろう。初めての魔法関係者による集会前に配布された資料を見て、目が点になったのは。

 

 神殺しの魔王? 羅刹王? 人類の代表者? まつろわぬ神?

 原作ではまるで無かった単語に、他の魔法生徒と同じ、あるいはより酷いアホ面を晒すしかなかった。常識が壊れるという意味では、私も同じなのは当然なのだけど。

 そして魔王さまの登場の予告に久しく感じていなかった未知への恐怖に身が竦み、しかし幼稚園で引率する先生のような魔王に気が抜けキョトンとしてしまったのだが。

 

 そしてもう一人ありえない転入生がいるのだが、正直彼女とはあんまり喋らないし皐月君への当たりがきつくて喋りにくいのもあり、何より私が彼女の事をよく知らないというのもある。 

 それに、以前思いっきりぶん殴っちゃったし……。

 

「どうかした? 裕奈」

「へっ!? な、何でもないよ結城さん」

「……別に、夏凜でいいのよ」

 

 というか、十三使徒って何歳年上なの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チートもなしで神様殺しちゃったんだ」

「むしゃくしゃして殺った。後悔も反省もしていない。寧ろ積極的に破壊活動を行っていた連中が悪い。神々とか現代社会には不要だからね仕方ないね。連中は有り体に言えば天災の擬人化。人権など無ェ」

「た、確かに……!」

 

 この会話の後、木乃香に「完全に丸め込まれとるよソレ。ゆーなはほんに素直やなぁ」と言われることになるが、今の私の交友関係はそれなりに凄いことになっていた。

 

「私って、魔王一行に入っちゃってるのかな」

「さぁ? そもそもその括り何よ。四天王的な?」

「勇者一行的な感じじゃないかな」

「じゃあ『巻き込まれて良いようにされてる哀れな村娘(意味深)』みたいな?」

「周囲からの視線が酷いことに!?」

 

 そんなオークやゴブリンに連行されている女騎士を見たみたいな視線は、別に向けられている訳では無い。

 

 黒い髪に後頭部で少しだけ余る髪を束ね酷く鋭い黄金色の瞳が特徴の、人とは思えないほど整った少年。

 その容姿は美の神を殺した影響らしいが、もし街中に彼が立っていたとして、話しかけられる他人が居るかどうか。

 というよりこの同胞の少年は、自分を変に卑下しているのだろう。

 

『神殺しとかやっちゃう時点でソイツはキチガイ』

 

 日頃神殺しの魔王(カンピオーネ)に対してそう評価して憚らない彼、瑞葉皐月は『神殺しの魔王(カンピオーネ)』である。

 自分をそんな風に言う絶対強者である彼の、人としての自己評価は基本的に低い。

 神を殺す。

 正直スケールが大きすぎて理解できなかったのだが、彼自身神殺しを為した頃を境に、明らかに精神性が変化、あるいは被っていた皮を脱ぎ捨てたようなモノがあったのだという。

 いくら怒り狂っていたとはいえ、人を殺すよりも酷い行いを平然と行えるようになったらしい。

『魔王としての精神性と、日本人として育んだ倫理観との摩擦のようなものだ』というのが、雪姫先生の予想である。

 

 魔王。

 輝かしい勇者が討つべき大悪。

 そんな構図は、皐月君曰くインド神話の『ラーマヤーナ』における、姫シータを攫った羅刹王ラーヴァナと、奪われた姫を取り戻す為、羅刹王を討つ為に人間の王『ラーマ』に転生した全王神ヴィシュヌの物語が元ネタらしい。

 インド神話は大体創造神ブラフマーが無自覚に要らん加護や特権を与えた結果問題が発生し、それを人間に転生したヴィシュヌ神の化身が何とかするお話であるそうな。

『マハーバーラタ』? あれは階級制度を強めるための物語だから。現代からすれば悪役であるカルナとドゥリーヨダナが完全に主人公しているのだが、いやでも母親のクンティーが悪いよアレは。

 とは皐月君の呟きである。

 ちなみに私はインド神話についてはさっぱりである。

 

 話が逸れたが、兎も角そんな羅刹王と称される皐月君の学園での評価は彼の自己評価の低さに反し、寧ろ好評と言っても良い。

 英雄『紅き翼』よりも遥かに強いとされる彼だが、学園の生徒としては普通に優等生である。

 一部の生徒達には『中等部の魔王』と畏れられているが、結果としてはいじめを行う生徒を黙らせているというもの。

 モノホンの魔王にトラウマ刻まれるとかある意味光栄であるというのが、関西出身の桜咲さんや皐月君に心酔しているアカリさんの言葉である。まぁ桜咲はかなり常識人なので信頼できる話だろう。

 

 一見ハーレム主人公のように見えて、しかし彼がまともに異性扱いしている異性は周囲の少女たちの数に比較してもかなり少ない。

 雪姫先生こそが、魔王一行の中で彼が明確に異性扱いしている女性である。

 曰く「なけなしの倫理観」とやらにとって、中学生には欠片も見えない女子中学生でもアウトらしい。具体的には長瀬さんとか水原さんとか(龍宮隊長!?)。

 そんな中、肉体年齢を操作できる実年齢600才の雪姫先生は『同胞』である彼にとって周囲に数少ない『頼れる歳上』なのだ。

 正直肉体関係でもあるのかと雪姫先生に質問したこともあるのだが、笑ってはぐらかされた。

 しかし耳が真っ赤なのを私は見逃してはいない。

 

 だがしかし、何とも気恥ずかしいのだが、何故か私は、その、彼に異性扱いを受けているのだ。

 といっても特に何か好意(アプローチ)を受けているわけではない。

 単純に、明日菜たちが『子ども扱い』ならば、私や雪姫先生に対して『女性扱い』をしているというだけ。彼自身に私への恋愛感情とかは無いのだろう。

 だが明日菜たちはその差こそに意味があるのか。

 その『差』が明日菜たちに認識された時の騒動は、本気で思い出したくない。

 

 理由は分かる。

 彼と私は正しく『同胞』なのだ。

 私自身、無意識にこの世界の人々に何らかの疎外感を抱いていた。

 しかし瑞葉皐月という少年には圧倒的な共感と同胞意識を持っている。

 例えば、親にも話さない事を話したりする仲である。

 より具体的には、原作知識とか。

 

「遂に始まるみたいだねー」

「今始まってもどうしようもない気がするけどなー」

 

 魔法生徒の私にも通達された、最重要案件。

『修行のため、英雄の息子ネギ・スプリングフィールドの来訪』。

 即ち、原作の開始を意味する。

 

「ネギ君、タカミチさんの話からだけど原作と変わりがないみたいだ」

「純粋培養で世間知らず?」

「んだ」

 

 原作、そしてこの世界における主人公ネギ・スプリングフィールド。

 原作当初の彼は正しくやや常識離れのラブコメ風の少年である。

 魔法学校において主席で卒業していながら、惚れ薬が重罪であることを知らず、くしゃみで膨大な魔力がたやすく暴走してしまい『武装解除』という、相手の身に着けている服諸共吹き飛ばす魔法が暴発してしまうなどの致命的な欠点がある。

 ラブコメ的に唐突にヒロインを裸に剥くお色気展開やオチには都合が良いのだろうが、そんな奴が自分の娘を預かる教師をしているなど、彼が10歳の少年でなければ即座に警察沙汰になっただろう。

 

「というか10歳の子供が教師ってありなのかな?」

「アウトに決まってんだろ。幾ら麻帆良が一種の治外法権でも、PTAが助走してドロップキックしに来るわ。どんなに学力があって頭が良かろうが、少なくとも義務教育はただ知識を学ぶだけじゃねェんだから」

 

 少し口調が荒くなる彼の呆れは、そんな教育者にとって当たり前のことを魔法云々の物語の都合上ゴリ押してしまったコミック的なご都合主義さに対してだ。

 でも、コミックならば笑い話になる。

 だが現実となったこの世界ではそうはいかない。

 

 本国では神聖視さえされている『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の息子。

 中等部二年、三学期二月中旬。

 間も無く訪れる春を前に、到来するのは嵐である。

 

「まぁ、原作通りには行く訳が無いわな」

 

 私達の様に転生した訳でも、曰くアカリさんの様に膨大な知識を得て精神が強制的に成長している訳でもない、天才ではあるものの、正真正銘ただの十歳児が、年上の中学生。それも異性を三十人も()()()()()()()()()()()()

 現実でやろうものなら、そんなまだまだ教育を受けるべき子供も、そんな子供に教えを請わなければならない生徒も不幸になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本のとある空港で、大荷物を抱えたスーツ姿の赤毛の幼い少年が、キョロキョロと周囲を見渡す。

 

「あっ! タカミチ!!」

「やぁネギくん。無事会えて良かった」

 

 そんな少年は目当ての人物を見付けると、笑顔でその人物に駆け寄る。

 巷で天才と讃えられ、実際に飛び級を重ねている少年は、しかし年相応に旧友との再会に満面の笑みだ。

 二人はそのまま、男性の乗ってきた車で空港を出る。

 車内の会話での少年の表情には、先程の笑顔ではなく新天地への不安があった。

 

「タカミチも、先生なんだよね?」

「アハハ……まぁ本国の仕事が多くて、何処かのクラスの担任という訳じゃないけどね」

「そっか……、ねぇタカミチ。ボク、やっていけるかな?」

「何、向こうでは良い先生も生徒も沢山いるさ」

 

 目的地は麻帆等学園都市。

 少年は、魔法学校卒業後に課された修行の為、この国を訪れていた。

 

「でも、皆年上の人なんでしょ? 上手く馴染めるかなって……」

「だからこそ、ソレ以上に頼り甲斐もあるさ。もし喧嘩しちゃっても、誰かに相談して、少しずつ改善していけば良い。まぁ……、一人だけは絶対に、怒らせちゃ駄目な子も居るけどね」

「えぇ!? 大丈夫なの!?」

「いや、彼は沸点高いから。余程の事でもないと───まぁ、君なら大丈夫さ」

 

 とある魔王を思い出してひきつった笑みを浮かべる、しかし学園でも馴染み深くなった苦笑で男性────タカミチ・T・高畑は、己の運転で車が麻帆等学園都市の入り口である大橋を通り過ぎる中、歓迎の祝言を少年へと告げる。

 

 

 

「──────ようこそ麻帆等学園中等部2-Dへ。学園の一員として君の編入を心より歓迎するよ、ネギ・スプリングフィールド君」

 

 




 というわけで、漸く原作突入です。いやぁ長かった。
 ちなみに感想で裕奈のビジュアルの話がありましたが、別にカルデアの人類悪ではありません。皐月と同じ【メカクシティアクターズ(カゲロウプロジェクト)】出典の如月モモで描写しています。おっぱいです。
 尚、別に周囲の注目を集める能力はありませんが。
 実はリリなの三期のスバル・ナカジマにしようか悩んでいたり。その場合外見から能力を設定する自分のスタイルからアーティストがリボルバーナックルになっていたかもしれません(そっちの方がいいかなぁと今なお葛藤中)。
 え? なら何でモモちゃんにXグローブか? 何でだろうねぇ……髪色?(自分でも意味不明)。

 そして原作主人公のネギ君。原作からして明らかに序盤はメンタル面の幼さから。終盤はそもそも学園物からジャンル替えの影響で教師やってないなど。
 いろいろツッコミやアンチ・ヘイト様々ですが、基本皐月を含め過剰にアンチすることはありません(ちうたんなど、元々は子供嫌いなどを除き)。
 なので、彼の行いを精神が追い詰められつぶれるほどのアンチは一人を除き行いません。
 彼はあくまで10歳の子供ですから。
 それ故に、彼と同じ境遇のアカリからの批判はその分冷徹なものになるかもですが。

 いつも誤字指摘有難うございます。


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原作開始
第三十五話 魔法生徒ネギま!


 麻帆良学園。

 ウェールズのメルディアナ魔法学校の校舎とさえ比べ物にならない規模のまさに都市、その一校舎の教室の一つに、僕────ネギ・スプリングフィールドはやって来ていました。

 教壇の上で、優しい表情で僕を見守ってくれている瀬流彦先生がいるけど、そんなことより目の前の沢山の視線に、僕は串刺しにされている。

 

「やはりショタ……!」

「世間的にはまだ俺らもショタだろーが」

「赤毛眼鏡で将来有望イケメンとは……、裁定の必要性があるか精査せねば」

「うむ。場合によっては惜しい気もするが、あの幼い命ここで散らす必要があろうな」

「マジで飛び級とか、二次元限定じゃなかったかー」

「あれが噂の────」

「パンツはボクサーかブリーフか。はたまたトランクスか」

「身内に姉が居るかどうかである。義理ならば名誉信者の栄光を授けられよう」

「実際居て美人だったら?」

「嫉妬に狂う」

 

 

「──────オイお前等、静かにしろ。固まってんだろ」

 

 

 その言葉で、ザワつきながら探るような視線を向けていた彼等が一斉に黙り込み、俯く様に視線を落として姿勢を正す。

 す、すごい……魔法みたいだ! 

 

「えー、皆には事前に伝えてあるけど……彼はイギリスから飛び級留学してきた英才だ。多分学力では下手したら僕より上だから、年下だと侮らないように。できるだけ同い年として接してあげてね」

「ネギ・スプリングフィールドです! よろしくお願いします!!」

 

 精一杯の挨拶に、しかし彼等────2-Dの人たちは先程拘束呪文を掛けられた様に微動だにしない。

 ここまで無反応だと思わず涙が出そうになるが、その前にもう一度声が響く。

 

「拍手。喝采しろ」

『ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』

 

 まるで何かに駆り立てられる様に叫ぶ、先ほどから彼等に魔法でも掛けているのかと、思わず此処には無い父さんの杖を手探りしてしまう。

 ネカネお姉ちゃん、おじいちゃん、アーニャ、タカミチ、父さん。

 果たして僕はここで上手くやっていけるか。

 とても不安です。

 

 

 

 

 

 

 

第三十五話 魔法生徒ネギま! 

 

 

 

 

 

 

 

 事はネギ・スプリングフィールドの麻帆良学園編入から数か月前。

 英雄の息子の編入にあたり紛糾したのは、麻帆良学園管理下にない勢力への対応であった。

 即ち、神殺しの魔王への配慮(ご機嫌伺い)である。

 

 そもそも魔王である皐月は、正史編纂委員会の総帥。

 下手に問題を起こせばどうなるか。

 関西との全面戦争、であった方がまだマシである。

 その前に魔王の、その庇護下に在りしかも相性や状況次第では上位最強クラスにも匹敵する少女たち────より具体的には、アカリが問題を起こした(皐月に歯向かった)者を率先して根切りにするだろう。

 

 結城夏凛────鋼鉄の聖女(イスカリオテのユダ)との戦いでこそ接戦を見せたが、本来の彼女の殺戮能力は魔王一行でも皐月を除けば随一である。

 その大半を魔法使いで構成された麻帆良の戦力で、アカリと相対できるのは京都神鳴流剣士の葛葉刀子のみ。

 それも態々馬鹿正直にアカリが真正面から戦った場合。

 彼女の『殺人術』は暗殺や謀殺も含まれている。

 それ以前に、アカリが刀子との戦闘を避け、他の戦闘員全員が殺された後では、そもそも戦意が失われるだろう。

 刀子は関東魔法協会に対し、職務意識以上に忠誠や執着を抱いていない。

 彼女が関東に来る切っ掛けであった男性と離婚する前なら別だったかもしれないが。

 

 そんな彼女が苦戦した、サラッと2-Aに編入した結城夏凛も彼等(正確に言えばその一員である雪姫)に下っている。

 最強クラスで構成された羅刹王の従僕達の総戦力は、英雄『紅き翼(アラルブラ)』と同等だ。

 そこに神殺しの魔王が上乗せされれば、関東魔法協会の壊滅は必至である。

 

 そんな恐ろしき集団だが、しかし翻れば味方になればこれ以上ない頼もしい存在である。

 では、今回ネギ・スプリングフィールドの修行内容に話が移る。

 

「修行場所は麻帆良学園」

 

 それは前提であった。

 

 理想的な教育環境は完全中立国のアリアドネ―独立国だが、それを行えば流石に元老院が口を出すだろう。

 メガロメセンブリアに不都合な事実を学ばれたら困るからだ。

 かと言って元老院の息の掛かった場所でなど、幼く純粋培養であるが故に何色にも変わりうる英雄の卵ともいえる彼を都合の良い傀儡にされてしまう。

 何せ元老院は『完全なる世界』の傀儡にされていたころを含めれば『紅き翼』を大戦時に一度、そして自分達の戦争犯罪全てをネギの母親であるアリカに濡れ衣を着せ処刑し、そして彼女を救われたが故に二度目の指名手配している。

 一度目は仕方ないとしても二度目は完全に保身の為。

 どのような洗脳教育をされるか分かったものではない。

 

 故にメガロメセンブリア本国の影響下にあり、かつ比較的にまともな思想で修業ができる環境は、麻帆良学園しかなかったのだ。

 なので、ネギにとって重要なのは場所であり、課題内容ではない。

 そもそもネギには魔力暴走こそ致命的な欠点ではあるが、その才能は破格そのもの。

 ならば余程異常な修行内容でなければ問題なくクリアできるだろう。

 そう、考えた。

 ならば今のネギにないものを得る、与えられる修行内容にしようと。

 

 では、今のネギが無いモノとは? 

 無論色々ある。

 戦闘経験を筆頭に、これといった功績は無い。

 他にはそう、パートナ────魔法使いの従者(ミニステル・マギ)の不在である。

 恋人と同義とされえるこの従者は、非常に重要なものの一つだろう。

 英雄の卵に相応しい存在を選ぶのだ。

 

 そんな老人達の取らぬ狸の皮算用が次元の彼方にカッとんだのが、神殺しの魔王『炎の王』瑞葉皐月の存在である。

 神楽坂明日菜を筆頭に、ネギに相応しい(と勝手に考えていた)少女たちがものの見事に身内として囲われ、伸び伸びと老人たちの手に負えない程成長していったのだ。

 彼女たちは勿論、もし宛がう様に何も知らない少女をネギといたずらに、下種の勘繰りのように近付けようとすればどうなるか。

 平穏に過ごす一般人を、良くも悪くも平穏とは程遠いかもしれない道に引き摺り込もうとすれば、どうなるか。

 

『──────胸糞悪い』

 

 最悪、その一言で全てを灰燼に変えられるだろう。

 老い先短い老人が燃え散るのは兎も角、英雄の卵(ネギ)にその被害が及んでしまうかもしれない。

 それだけはあってはならない。

 では、何が与えられる? 何か配慮できないか。

 

 恐るべき絶対強者、人類の代表者たる神殺しの魔王。

 そんな彼の庇護下に入る、あるいはそんな魔王との平和的な交流。

 

 それに行きつくのは、ある種道理というものだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ネギ・スプリングフィールドの麻帆良学園の生活は忙しくも楽しみに溢れていた。

 

「ネギ君、当たり前じゃが基本的に魔法は使用禁止じゃよ」

「え?」

 

 学園長との会話に、彼が呆然としてしまったのは致し方ないことだろう。

 別に校舎内で中級魔法をぶっ放す様なことを考えていた訳ではない。

 学園長が指摘したのは、ネギが常時行使している肉体補助用の強化魔法である。

 

 何せ魔法使いにとって魔法とは当たり前に傍らに存在するもの。

 現代人に対して「携帯とネット禁止ね」といえばどうなるか。

 大変不自由することは間違いないだろう。

 ネギは日常的に魔法を使用していた。

 魔法の秘匿が殆ど必要ないメルディアナ魔法学校では、杖で飛行しても問題ではなかったのだ。それどころか全身に強化魔法を使用し続けている。

 無論戦闘用の『戦いの歌』のようなモノではないが、それでもソレを解除した素の状態が日常生活にぎりぎり支障が出ない程の貧弱さ、と言えばネギの魔法依存の度合いが分かるだろう。

 しかし、そんなことが気にならないほどの問題が発生した。

 

「ハックションっ!!」

 

 くしゃみによる魔力暴走。

 それが『武装解除』として周囲に撒き散らされたのだ。

 不幸中の幸いに男子校舎内で野郎の汚い下着が晒されただけで済んだが、学園側の受けた動揺は凄まじいものだった。

 魔王の怒り以前に、魔法の隠匿段階の問題である。

 旋風程度なら兎も角、下着一丁にするのは誤魔化しが効かない。

 

 ネギは即座に呼び出され、その魔法技術の再確認が行われた。

 飛び級の主席卒業者がどうなっている、と。

 発覚したのは、年相応な世間知らずではあるが基礎魔法は超が付くほどの天才で、一部の高等呪文まで取得。

 そしてくしゃみによる魔力暴走だけが問題という、何とも奇妙な結果であった。

 

 げに恐ろしきは、もし魔王という細心の注意と配慮を向ける必要がなかった場合、自分達はどうしていたか。

 魔法学校と同様に彼の欠点を見逃していたのではないか。

 魔法先生たちは、魔王に対し必要悪という言葉を浮かべた。

 別に魔王は存在そのものが悪という訳ではないが(法治国家にとっては害悪)。

 以降、ネギの中指に指輪が嵌められている姿を見ることが出来た。

 放課後の魔力制御の訓練以外で魔力の制限のための拘束具である。

 新しい、或いは正しい環境で色々と苦労しているが、その顔には笑顔があった。

 

 単純な勉学に関しては欠片も問題ではない。

 精々保健体育が体格と魔法依存の貧弱さから苦労しているが、そこは周囲のクラスメイトがフォローしていた。

 そこに嘲りや見下しは無い。そもそも年下にそんなことをすれば情けないこと極まりない上、麻帆良学園には幸いそういう気質の人間は少ない。

 仮に居たとしても、そういう人種は『中等部の魔王』が間引いている。

 なのでそういう『情けない事』をしない理由は、暴君を恐れてのことでもある。

 もっとも、それ以外の勉強でネギから教えを得ているので、そもそもそんなことは起きないのだが。

 

「ケイゴさんって、英語できないんですね」

「ひでぶっ」

 

 とはいえ、逆にネギ自身が不適切な発言もある。

 所詮数えで十歳。形式上の敬語は兎も角、情緒的な発言で粗がない訳が無い。

 そういう時はやんわりと、しかし悔し涙を流しながらしっかり周囲が注意をしている。

 少なくとも、其処で逆上する生徒は魔王直下であるこのクラスには存在しないからだ。

 そして、明確な客観的正論には素直に反省、改善を務めることができるのが、ネギ少年のデキの良さを示しているのだろう。

 

 大戦の英雄と災厄の魔女の息子。

 そんな肩書きを持つ、将来英雄にと望まれる少年の麻帆等学園での学校生活は、学園生活に限っては、しかし特筆すべき点は無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────みたいな感じ」

「何だ、つまらん」

 

 

 別荘の城内、中でも絶景を一望できる一室で扇情的なドレスを着た雪姫が、皐月の言葉に不満そうにワインを傾ける。

 

「ナギの息子と言うのならば、生徒を病院送りにするのを想像したから対策を練っていたのだがな」

「魔法学校中退のヤンキーと飛び級で卒業した優等生を比較するもんじゃありません」

 

 学園生活では魔法を封印されたネギ少年の印象は、賢い子供程度の物でしかない。

 そもそも封印された原因が魔力暴走によるものだから、どうしようもないのだが。

 

 正直ラブコメ主人公を男子校に突っ込んだら、という感じだ。逆にラブコメイベントが発生した方が問題極まる。

 加えてネギ君のスケジュールは中々に密度が高い。

 放課後はそのまま魔力制御や魔法の鍛練に移行するのだから、ラブコメする相手はそれこそ女性教師に限られる。

 その年齢差は原作のヒロイン達とのソレの比ではない。

 もし仮にそんなことになれば、普通に女性教師側から逮捕者が出るだろう。

 

 よって彼の男子中等部におけるラッキースケベは完全に封じられていた。

 

 中盤からの技能も思考もバトル漫画に移行した(作者さんは狙っていたらしいが)ネギ君ならまだしも、天才という素養こそ有れど今は鍛練時以外魔法さえ使えない少年だ。

 そんな彼が何らかの騒動を起こすのは不可能に近い。というかさせないが。

 

「お前自身はそこまで接触している訳ではない様だが」

「あぁ。その通り、知人ではあるが友人とは呼べない距離だよ」

 

 バカ共の抑制の為にちょいちょい口出しこそすれ、クラスの連中も一度言えば理解できる。

 であれば、無理に接触する理由はない。

 無論、無理に疎遠になる理由もないが。

 

「一空が一番仲良さげなのは、超の差し金かね」

「さて、あの娘にこれ以上いらん事をする蛮勇があるとは思えんが」

 

 一応、例の野郎剥き事件以降、魔力の封印具のお蔭かくしゃみによる暴走は起こっていない。

 故に学校での彼の評価は『頭は良いがまだまだ子供』でしかなかった。

 良いことではあるが、父親である魔法高校中退の英雄を知る雪姐にしてみれば拍子抜けしたのだろう。

 

魔法先生(教師陣)の感想は?」

「放課後や休日に魔法の修練を教わっているらしい……あの騒動で相当揺れたようだが、今のあの坊やの評判はそう悪くない」

 

 おおよそ予想通りの返答が返ってきた。

 元より英雄の息子という色眼鏡は拭い切れず、その上愛想良く素直で、天才ゆえに魔法の習得が頗る早ければそりゃ評判もいいだろう。

 

「私が詰まらんと思ったのは、あの坊やの弱さだな。てっきり極大呪文の一つも使えると思ったのだが」

「比較対象が悪いぞー」

 

 片や極大呪文を乱射し馬鹿げた魔力のセンス、身体強化で帝国を蹂躙した赤毛の悪魔。

 片や悪魔により啓蒙を刻まれ、魔王と伝説の魔法使いに鍛え上げられた金髪の殺人者。

 おそらく蝶よ花よと育てられた英雄の卵と比べるのは、余りに酷だろう。

 

(まぁ、地雷が無い訳がないが)

 

 原作でも多く言及、描写されていたが、彼の適性は負。

 父親を追い求めつつ、故郷を滅ぼした魔族(悪魔)への報復に燃える復讐者である。

 

「そういえば」

「うん?」

 

 酔いが回ってきたのか、赤みに濡れた頬を緩めながらワインを煽る雪姫が、俺のつぶやきに反応する。

 

「ネギ君とアカリって、もう会った?」

 

 それはあからさまなまでの、明確な地雷であった。

 

 

 

 

 

 

 




 うーん短め。原作主人公ということで慎重に為らざるを得ず指が進まず、申し訳ない。
 今回はサラッと編入学した夏凛やネギ君の学生生活と大人の思惑でした。あんまり展開動いてないね!
 原作でも修行条件の設定が妖精任せだっけ? あれこれ二次設定だっけ? と大いに混乱し、存在を無かったことにしました。
 ちなみに罵倒される為だけに登場したオリキャラ浅田圭吾君。
 キャライメージはブリーチの一護のクラスメイトの彼です。

 よくわからん皮膚病のため初めて局部麻酔で手術を受けましたが、術後一週間程度で抜糸前に傷口が開くわ再度縫合時の麻酔の効き目が弱くのた打ち回るわと色々ありましたが、おかげで大阪地震もすっかり過去のことに。
 なんて気を抜いていれば数十年に一度の大雨到来。
 停電するわ恐怖の電車の全休が今回の大雨で再びやってきて、本当に辛かったです(前述故に距離を歩くのが)
 川の増水や土砂崩れなど、この作品を読んで頂いている方々も本当に気を付けてください。

 さて、次回はアンチされる事に一寡言ある初期ネギ君とアンチ主人公の権化アカリの、麻帆良での初会合を予定しています。
 がFGO二部二章開幕に三周年イベ、EXTRA LastEncoreイルステリアス天動説とイベント目白押しです。
 果たしてまともに執筆できるのか!?()

 感想や誤字修正機能での指摘の修正は随時行っております。
 いつも有難うございます。



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第三十六話 怒り

 ネギ・スプリングフィールドにとって、アカリ・スプリングフィールドとは最早過去の人間であった。

 人生の半分を共に過ごし、しかし人生の半分を別れて暮らした二人の関係は絶縁に等しかった。

 

 恐らく事情を知っていた二人の故郷の村人達とは違い、ウェールズのメルディアナではその容姿からアカリの存在が世間的には不明だった英雄ナギの妻を邪推しない者が居ないわけがない。

 そこから、幼くも元々聡明なネギが母親と真実を知る可能性もあったが──────

 

 幸か不幸か、ネギにとって命の危機でヒーローと思っていた父に助けられた直後の、彼が最も英雄ナギともう一つの感情に夢中で熱狂していた時期でもあった。

 当時、そして現在に至るまで彼が裏事情を知ることは無かった。

 

 アカリがネギとの接触を嫌っていた事。

 そんな邪推から来る忌避の視線から逃れるために、全てを襲撃の夜に識ったアカリが煩わしさから独りで暮らした事もあり、現在のネギにとって双子の存在は思い出の中の存在でしかなかった。

 

 ────『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』。

 彼らは世のため、人のために陰ながらその力を使う、魔法世界でも最も尊敬される称号である。

 その代名詞こそネギの父、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』ナギである。

 子は親に憧れるものだ。

 公式では死亡しているが、発表の五年後にネギは父と再会している。

 ネギの目標は立派な魔法使いになって、行方不明になっている父親のナギ・スプリングフィールドを探し出すことであるのも、何ら不思議な事ではない。

 その為の修行として与えられた課題は、日本の学校で生徒をする事。

 

「はぁ……」

 

 体育系統の授業が終わった後、疲弊のあまり机に突っ伏す。

 その指には、封印用の魔道具は無い。

 彼の魔力は封印されておらず、魔力暴走防止訓練の成果が認められていることの証明である。

 

 だが、魔力封印処理が解除されたと言えど、当たり前ながら肉体強化は現在行っておらず、疲弊するのは当然である。

 しかしそれは、飛び級故の体格差故の疲労だけではなかった。

 

 最初は困惑があった。

 今まで魔法学校で生徒をしていて、その卒業後の修行で学生を遣れと言うのには頭を傾げたものである。

 だが、修行先の麻帆等学園に編入して、直ぐ様学ぶことがあった。

 

「まさか、魔法が使えないだけでここまで不自由だなんて」

 

 それは逃避の言葉だった。

 成る程走ることさえ億劫に成る程、ネギが己に掛けていた魔法の依存率は高かった。

 魔法と神秘は秘匿するもの。

 世間との魔法使いの差異は、相当なものだった。

 

 しかし、それでもネギは今に至るまで生徒や一般教師に魔法がバレたことはない。

 ネギの秘匿能力が高かった訳ではない。

 寧ろ逆だろう。

 初日にくしゃみによる魔力暴走で、早々に呼び出しと魔力封印を食らったネギに、最早自信など無い。

 それは単に、協力者の存在故だろう。

 

「ふーん僕は魔法なんて使えないから実感が無いね。でも、携帯を使えなくなるみたいだったら辛いかなぁ」

「携帯も勿論便利ですよ」

 

 ネギのクラスメイト、飴屋一空。

 おそらく最も親しい友人であろう彼は、魔法関係者だった。

 と言っても、彼本人は魔法使いではなく、その恩恵を受けた一般人に過ぎない。

 しかしそんな彼だからこそ、一般人目線でネギの魔法事情を知りつつフォローすることができた。

 

 一空自身、英雄の息子であり年齢比から非常に素直なネギに好感を抱いている。

 同時に、非常に純粋であることも。

 

 故に彼はタイミングを図っていた。

 勿論、ネギと皐月をどうやって交遊を深めさせようか、というタイミングである。

 

 学園内なら兎も角、超が情報源である一空の神殺しの魔王の印象は極悪である。

 無論皐月に対しては、学年を越えたまとめ役として信頼を置いており偏見など持っていない。

 だからこそ、ネギが『魔王』という名と他の魔王達の所業によって偏見を持つ前に皐月と交流させたがっていた。

 

 しかし皐月とネギの距離はクラスメイトとしては些か遠い。

 皐月はネギとの接触を最低限にしている節があった。

 

『いやさ、俺って教育に悪くない?』

 

 明日菜とこのか。

 二大キチガイの影響は、案外彼に大きな衝撃を与えていた。

 特にアスナは記憶封印も早々に破壊され、雪姫主導で過激な特訓を積んだ。そこは皐月も承知している。他人の責任にするつもりは無い。

 だが、ソコからキチガイになったのは酷くショックだった。

 激痛からの逃避など、精神負担を軽くするモノだと本気で心配した時もあったが、そんな皐月の心配に配慮した雪姫の様々な診察の後、そんなことも無かった事が解った。

 

 つまり、彼女本人の気質が表面化しただけだったのだが、原作を知る皐月は原作の彼女のようになるのでは、と思っていたのだ。

 しかし、蓋を開ければ原作屈指の非常識(ジャック・ラカン)の道へまっしぐら。

 この世界(ネギま!時空とカンピオーネ時空)は並行世界論を採用しており、原作の神楽坂との遭遇が発生した場合原作の彼女にSAN値チェックの判定不可避だろう。

 そんな変化は、確実に自分が原因だ。ではネギもそんな風な変化でキチガイ化するのではないか?

 それが皐月の不安だったりする。

 

 無論、一空はそこまで知らないのだが。

 

「ふーん、色々あるんだね。僕自身、彼女を大切にしている人は知ってても、彼女自身と会ったことはないから言伝てにしか知らないんだけどね」

 

 話を戻せば、ネギは何故そんなに草臥れているのか。

 理由は、とある人物─────アカリに起因する。

 

「複雑かい?」

「……分からないんです」

 

 五年前、訳も言わずに姿を消した妹。

 それが麻帆等学園に存在すると言われ、そして当然ネギは会いに行った。

 

 姿や、名前さえ変わり果てたアカリに。

 

「あの眼を、僕は覚えている」

 

 五年前、アカリが姿を消す前にネギに向けた、憐れみと不気味ささえ籠められた眼を。

 それが、再会と同時に憤怒に変わった。

 

「アカリは父さんを嫌っていた……ううん、違う。鬱陶しがっていた。そんな父さんに憧れる僕を、心底可哀想だと、父さんを素晴らしいと褒め称える大人の人達の簡単な嘘に騙された子供を観るような目で見ていたんです」

 

 五年前、ネギはアカリを『可哀想』だと思っていた。

 父に助けられた自分とは違って、生き残りはしたが魔法を唱える力を喪っていた妹。

 当時、アカリに優越感と憐憫を抱いていたネギにとって、その視線は言葉を喪うには充分だった。

 

 その後間も無く、アカリは姿を消した。

 

 驚いたし、心配した。

 従姉のネカネなど分かりやすく取り乱していたのだ、良く記憶している。

 

 だが、それだけだった。

 当時、いや今尚彼は憧れの父しか見えていないのだから。

 誰もが讃える英雄、皆が認める『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になるために。

 

 

『────────何だそれは、この五年間、貴方は一体何をしていた』

 

 

 そんな幻想(執着)を、再会したアカリはアッサリと絶ち斬った。

 

『無知故と言えど、やらなければならない事は解っていた筈。仮に感情に呑まれ復讐に走ったとしても……流石にこれは無い。酷すぎる。これでは雑兵にも劣る』

 

 再会と同時に、ネギが欠片も反応できなかった魔剣を突き立てて、腰を抜かした彼に怒りと殺意さえ向けて。

 

『見るに能わない。道化以下の怠惰とは、例え家畜の豚と云えどもう少し勤勉でしょう。醜悪極まる───消えろ下郎、目障りだ』

 

 彼は向き合わなければならない。

 己が偽り続けた己の暗い炎と、父母が消化しなければならなかった闇のすべてを一身に背負った自身の半身を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十六話 怒り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーなーせっちゃん。なんかアカリ、双子君に厳しゅあらへんかった?ボロクソやったけど」

「……そうですね」

 

 その再会に鉢合わせていたものが居た。

 

 このかと刹那。

 別荘の一室で寛ぐ二人は、英雄の子供達の再会を思い出す。

 

「アカリさんにとって、双子の兄───確かネギ少年、でしたか。彼は唯一己と同じ基準で見るべき対象なのでしょう」

 

 兄のネギと違い、アカリは両親に何の興味も関心も無い。

 寧ろ両親の負の遺産ばかり背負わされた彼女からすれば、殊更忌避すべき存在である。

 

「かつて、アカリさんは己が生涯を全て捧げてでも、故郷の石化した村人の方々を助ける事を目的としていました」

 

 アカリは、ズルとも言える方法で様々な情報を得た。

 両親の軌跡と遺した業。

 魔法世界の真実と復讐の矛先。

 しかしこれ等を得た彼女が行おうとした事は先ず贖罪である。

 

 怨敵の排除は彼女にとって『前提条件』であり、優先することはあくまで私事。

 何よりすべき事は、そんな彼女達英雄の子供達の『とばっちり』を受けた完全な被害者である村人達を救うことであると。

 アカリは最初にそう定めた。

 

「そういう意味では、アカリさんにとって彼女の『力』の代償は大き過ぎました」

 

 呪文詠唱の欠落。

 タカミチ・T・高畑と同じ、呪文詠唱の出来ない体質である。

 

「自力で石化の解呪がどう足掻いてもできひん、ってのはアカリにはキツかったやろな」

 

 彼女が味わったその絶望は、即座に他力という方向性を与え、自立という選択肢、そして未知の可能性を与えた。

 結果はよく分からん魔王がよく分からん内に一切合切解決してしまった為、その決意は忠誠心にロス無しで変換されてしまったのだが。

 

「それ故に、ネギ少年への怒りはある程度理解は出来ます」

 

 ネギは大戦の真実や両親の顛末、復讐するべき怨敵の正体など何も知らない。

 だが、アカリに言わせれば「そんなことよりも先ず村の人達を助けるための努力をしろ」であった。

 実際、ネギにはそれだけの才能があった。

 

 魔法開発力。

 ことそれに関しては当代に於いて最高と言える才能を、ネギは有していた。

 とはいえ、流石に永久石化の解呪術式を五年間で開発しろなどと酷なことを言うつもりは無い。

 

 そもそもネギがこの五年間術式開発に専念していた訳ではない事も、ネギの編入時の資料からアカリの主である皐月は把握済みだったりする。

 

 即ち、復讐の為に力を求めていることを。

 

 その事をアカリへそれとなく伝え、アカリ自身知っていた。

 

「それで、あの豚以下の扱いに……ですか」

「……まあ、五年間爪を磨いてきたと思ってた双子の兄が、蓋を開けてみれば糞雑魚ナメクジやったと。そらお前、五年間何しとってんちゅう事になるわ」

「しかし……新鮮ですね」

「せやね」

 

 アカリとの付き合いが長い二人だが、彼女がそんな厳しい、言い方を変えれば遠慮が皆無な対応をする相手は居なかった。

 

「せやけど、双子君ってつっくんから聞いてる限り、才能云々ならアカリと同じくらいなんやろ?何でそないなクソザコナメクジやったん?」

「そうですね……」

 

 刹那の目から見ても、アカリの魔剣が切断した障壁の()()以外は体捌きや反応や反射に至るまで年相応の子供でしかなかった。

 障壁の厚みも、魔力量なら遺伝が大きいことから彼自身の努力を思わせるほど逸脱していた訳ではない。

 

「確かに私達やアカリさんは別荘を用いていますが、それ抜きにしても彼がアカリさんと同等の才を持つというのは……」

 

 外的要因でならばネギの才能は証明されている。

 魔法学校飛び級主席卒業─────などではない。

 超鈴音。

 彼女のDNAに間違いなくウェスペルタティア王家のソレが確認されているからだ。

 である以上、そんな彼女の言う未来のネギの功績に信憑性が出てくる。

 

「差は……色々あるでしょうが、一番なのは環境でしょうね」

 

 その『環境』を、刹那は直接的には知らない。

 無論このかも、あるいは皐月という魔王の旗本に居る者の大半は知らない事である。

 

 蝶よ花よと育てられたネギが、戦闘者として優れている訳がないというのは、当然のことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────断る」

「……どうしても駄目かの」

 

 学園長室で、そんな問答が起こっていた。

 困ったように眉に皺を寄せる近右衛門と、涼しげに高い茶を飲む雪姫である。

 

「ネギ君の指導……そこまで頑なに断る理由は何じゃ」

 

 雪姫は才能のある人間を好む。

 無論それに相応しい精神性は不可欠だが、ネギの場合はそれ以前。

 精神など幾らでも鍛えられよう。

 素直な生徒を、教師である雪姫が嫌う訳がないのだから。

 だが、その教師であることが今回枷となっていた。

 

「あのな爺……例えば私がまだ中学生やってた頃なら、まぁ受けていたかもしれなかった」

「では」

「だが今の私は一学級を受け持つ教師だぞ?唯でさえ何人も抱えている中、あのぼーやの面倒まで見切れるわけないだろうが。当たり前に忙しいんだ私は」

 

 教師という職業はそこいらの職種に比較すれば、かなりのブラックである。

 仕事が忙しい。

 英雄の息子を育てる栄誉を、極めて真っ当な理由で拒否していたのだ。

 

 それに、理由はそれだけではない。

 

「それに、アカリの傍にあれを置いておけば、その内アイツが殺しかねん」

「……そこまでか」

「言ったろう。私でさえナギの息子、アカリの兄としては期待外れだと」

 

 才能如何は一旦置いて、現在のネギはアカリやナギを知る雪姫にとって『雑魚』であり、アカリの兄であるが故に彼女と比較は免れない。

 五年前、呪文詠唱の欠陥を負ったアカリがそうだったように。

 

「アカリは自身に苛烈と言えるほど厳しい。症状としてはサバイバーズ・ギルトのそれだろう。私に噛み付くのも、皐月への忠誠心からそうしなければならないという強迫観念もあるかもしれん。そんな厳しさを唯一他人に向ける対象が、あのぼーやだ」

 

 アカリはこの五年間、別荘を多用したとは言えその間に準最強クラスと呼べるまでに成長した。

 正確には、成長するしか他にやれることが無かったと言える。

 

 だがネギはどうだ。

 外見が父に酷似し、才能も溢れ頼れる相手は数多存在しただろう。

 

 雪姫が師として存在していた、という要素は一見アカリのアドバンテージに見えるだろうが、ネギがその気になればジャック・ラカンを筆頭に数多くの著名人の教えを受けることなど難しい事ではない。

 それだけの立場と血筋というコネが彼にはあった。

 

 だが、結果は御覧の有り様。

 年齢にしては優秀、その程度の力しか持っていなかった。

 

「皐月と会う前の奴は、贖罪を求める罪人だった。そしてその罪を、アカリはあのぼーやにも適用させるだろう」

 

 もし仮にアカリがネギならば、最初に行うのは人材探しである。

 永久石化の解呪、或いは緩和を求め、加えて元老院を打倒するために様々な著名人に接触するだろう。

 実際、非は元老院にある。妨害も受けるだろうが、それこそ英雄の役割だろう。

 魔法世界ならジャック・ラカンを、地球ならタカミチ達を頼ればいい。

 元老院が仇であることなど、自身の出自を調べるか生きる証人である『紅き翼』に迫れば一発なのだから。

 

 無論それは最適解を選び続けた最短ルート。

 それが出来なかったとしても、彼処まで責めはしない。

 

 問題は、復讐を選んだにも拘わらずアカリに比べて脆弱過ぎたこと。

 

「己が兄の不甲斐なさから来る苛立ちのあまり、殺しかねないと言っている」

 

 何故なら英雄と災厄の魔女の子である自分達に、怠惰など赦される訳がないと定めている故に。

 

「ぐむぅ……」

「そういうことだ。師を求めるなら……アルにでもしておけ。流石にアイツも無闇にふざけられんだろうからな」

 

 アルビレオ・イマ。

 生きる英雄の一人であり、ネギの憧れるナギの友にして戦友である。

 当然、ナギの戦い方もよく知るものだ。

 修行の最中、憧れの英雄譚を聞くのも良いだろう。

 最大の懸念要素であるその非人間性も、魔王に刺された釘がある。

 

「精々アカリに殺されないよう鍛えるんだな」

 

 尤も、ネギが魔法使いである以上相性は最悪なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 何とかFGOの水着イベ前に更新できました。

 さて、今回のお話は『アカリ、キレる』の巻。
 作中何度もネギ君をクソザコナメクジ扱いしていましたが、あくまでアカリと比較したらという前置きが存在しています。
 ネギ君の年齢にしては普通に凄いです(なおアカリ)。

 今回は「原作で実質的に別荘入れても二年前後でラブコメキャラからバトルものの最強クラスまで成長してる」事から「それまで何してたん?」という作者の無粋な想いが文章になってしまいました。
 まぁ、魔法学校で勉強してるのと世界最強の魔法使いのスパルタ教育では比較するのも烏滸がましいのですが。

 普通はそれを理由にネギを罵倒するのは、勿論不条理だし理不尽ですが、そんな指摘を行えるキャラがアカリです。
 唯一彼と全く同じ、或いは劣悪な環境でもがいていた彼女にとって弱さがイコール怠惰であったと云うわけです。
 そんな彼女の怒りを周囲は察していますが、ネギ君は勿論よく解ってません。解るか。

 そんな訳で流れるように変態茄子にシューッ!されたネギ君。果たして別荘無しで学園祭までにどれだけ鍛えられるか。

 次は時間が原作三巻直前まで飛ぶと思います。
 ぶっちゃけネギ君が2―Aに関わることで発生するイベントが悉く潰れていますから。
 もうすぐカンピオーネキャラも出さないと、クロスだと忘れられそうですし。

 ではまた次回お逢いしましょう。



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第三十七話 バカ来訪数日前

パソコンのディスプレイがヤバい。


 2003年4月。

 麻帆等学園に新たな春と共に新学期がやって来た。

 

 それまでは、英雄の息子にまつわる事件や騒動など起きず当たり前の、しかしかけがえの無い日々が過ぎ去っていった。

 

 図書館島を舞台とした学期末テストを巡る騒動は、そもそも「最下位のクラスは解散、特に悪かった人は留年どころか小学生からやり直し」という噂が広まったが故の暴挙。

 アスナを筆頭にクラスの成績を落としていた要因であるバカレンジャーの減少。

 根本的に「普通に考えればありえない」という事実。

 また図書館島に乗り込んだ最大要因である『読めば頭が良くなる本』の情報源が夕映であり、現状の彼女がそんな軽挙妄動を絶対にしないという事もあり起こりようが無いのだ。

 

 無論、男子生徒達が同様の暴走をする可能性はあったが、幸か不幸かそのクラスには魔王が居た。

 そんな暴挙を行っては最後「精神病院に叩き込まれる」という恐れから、彼等は絶対に度を越えた『おふざけ』が出来ない。

 その騒動自体起きることは無かった。

 同様に、別世界では春休みに起きた近衛このかの見合い騒動も、それによりネギが『仮契約』とパートナーへの関心も持つことも無かった。

 

 尚、それまでに女子寮へ侵入した小動物が居たが、『然るべき処分』が行われたとだけ明記しよう。

 そもそもオコジョ妖精は魔法漏洩を主に様々な犯罪行為の罰則としての『犯罪者の烙印』である。

 そんな存在に与える容赦など、彼女達にはありはしなかっただけなのだが。

 

 何はともあれ新学期は訪れる。

 一方、ネギの魔法の鍛練は進んでいた。

 

「──────ラステル・マスキル・マギステル!」

 

 図書館島の最深部、その広大な大瀑布を主にした場所で、ネギは父に与えられた杖に跨がり空を飛翔しながら呪文を紡ぐ。

 それを阻むように一つの影がネギの背後に瞬時に回り込む。

 

「『解放(エーミッタム)』! 『風花(フランス)風障壁(バリエース・アエリアーリス)』!!」

「おや」

 

 振るわれた拳が風の対物防御魔法に阻まれる。

 遅延魔法。

 高等とされるそれに驚きの声を呟く影は、しかし一瞬しかない効果に続けるように拳を振るう。

 

来れ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス)風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)────」

「むっ」

 

 詠唱を続けながら、彼は腰にある魔法銃を抜き、照準を無視して引き金を即座に引き抜く。

 放たれたのは七色の煙幕。

 撹乱の為に撃たれた弾丸は、影の視界を遮り、再び刹那の時を稼いだ。

 

「────雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ)吹きすさべ(フレット・テンペスタース)南洋の嵐(アウストリーナ)!」

「ふん!」

 

 腕を振るうだけで煙幕を消し飛ばし、標的を確認する。

 だが、稼がれた時間で呪文は完成した。

 

「『雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)』!!」

 

 ネギの掌から放たれた稲妻は、暴風を纏わせながらその影に襲い掛かる。

 このタイミングならば、仮に高位の術者でも相応のダメージから逃れることは出来ない。

 完璧なタイミング、完璧な威力。

 ネギが覚える数少ない攻撃魔法の中でも、最高威力を誇る攻撃魔法は、

 

「ふん!」

 

 先程の煙幕を払う声と同じ声色で、素手で余りにもアッサリと真横に弾き飛ばされた。

 

「えぇ……」

 

 困惑の声を漏らすネギに改めてその影の規格外さを見せ付けながら、彼に酷似した容姿の影はそのヤンチャそうな顔立ちに反して穏やかに微笑む。

 

「今回は少し持ちましたね。それではこれまで、少し休みましょう」

 

 そう言って、無詠唱で放たれた魔法によってネギの意識は狩り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第37話 バカ来訪数日前

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────『イノチノシヘン(ハイ・ビュブロイ・ハイ・ビオグラフィカイ)』。

紅き翼(アラルブラ)』のブレインである魔導書の付喪神たる、アルビレオ・イマのアーティファクト。

 有する能力は、他者の『人生』の収集と、それによる特定人物の身体能力と外見的特徴の完全再現。

 彼の出会ってきた人間の半生を詩篇形式で記した『半生の書』にしおりを挟む事で、対象者に変身し能力を自在に使用可能。

 

 ただし、術者より強いとされる人物の再生は僅か数分に留まり、しかしアルビレオより強い人物は数える程しか居ない。つまり殆どがアルビレオより弱い為、あまり積極的に使用される能力ではない。

 

 だが、修行でなら一人で様々なタイプの強者を以て鍛えることが出来る。

 特に、父に憧れる少年には様々な意味で有用だった。

 

「どうですか? 父の力、そのほんの一端は」

「凄いです……」

 

 ソファーで気絶していたネギは目が覚めてから振られた問いに対し、そんな年相応の言葉に、万感を込めることしか出来なかった。

 先程までアーティファクトの力によって、まさしく父のナギとなったアルビレオと戦っていたのだから。

 例え力と姿形だけの仮初めだとしても、憧れる父の力と相対することが出来る。

 全力で手加減されているのも解るしもどかしいが、それでもネギは嬉しかった。

 モチベーションがうなぎ登りなのは、言うまでもないだろう。

 

「今回でハッキリしましたが、ネギ君はナギと同じ戦闘スタイルを構築することは難しいでしょう」

「そう、ですか……」

 

 落ち込むように、アルビレオの言葉に分かりやすく消沈する。

 

「勿論、魔法戦士云々の話ではありません。術者の能力が高位になればなるほど、両者の違いは無くなっていきますから」

 

 西洋魔術師の戦闘スタイルには2種類ある。

 一つは魔法使いスタイル。

 前衛を完全に従者に任せ、本人は守られながら強力な魔法を撃ちまくる固定砲台役であり、基本的な魔法使いのイメージだろう。

 

 もう一つは魔法剣士、即ち魔法も使える近接戦闘者である。

 肉体強化の魔法や簡易な攻撃魔法と、武術や武器を併用することによって従者と共に前衛で戦うスタイルだ。

 威力よりも魔法の速度や持久力が重視される、ナギ・スプリングフィールドのスタイルである。

 

 だが、最強と呼ばれる術者にはこれ等は該当しない。

 より正確に言えば、両方出来なければ最強クラスなどとは言えないからだ。

 

「なら、どうして?」

「何故ならナギは馬鹿で、貴方は賢いからです」

「え」

 

 英雄は頭が悪い。というか学歴も糞である。

 憧れる父を隠すこと無く罵倒する自身の師に、思わずネギが硬直する。

 

「天才感覚型と天才頭脳型では、後者が前者に合わせようとする必要は然程ありませんし、無理にしてもデメリットの方が遥かに多い。無論、前者が後者の真似は絶対に出来ませんが」

「あ、あははは……」

「現段階でネギ君、貴方に最も不足しているのは様々な戦闘経験、そしてそれへの心構えです」

「様々な?」

「えぇ。今は事実上『紅き翼』総出で貴方と模擬戦を繰り返してしますが、それでも実戦には遠く及ばない」

 

 それは致命的なもの。

 そもそもネギは戦闘者の才能こそあるが、その性格は研究者に近い。

 五歳の時に、日頃命を狙われ本当に常在戦場だったアカリが異常なのだ。

 

「実戦経験……ですか」

「ですが、今の世で実戦経験など積むのは難しいでしょうね」

「じゃあ、どうすれば!?」

 

 焦る様に声を荒げる。

 それは焦燥と言っても良い。

 原因は、双子の存在であるのは語るまではないだろう。

 

「アカリさんですか」

「……!」

 

 再会した双子の片割れは余りにも変貌し、そして自身が路傍の石であると錯覚するほどに強くなっていた。

 ナギとなったアルビレオと模擬戦を繰り返してそれは確信となった。

 彼女の力は、場合によっては父と互角以上なのではないのかと。

 

「彼女は確かに強い。正直ルール無用の真剣勝負なら相性もあって、全盛期の『紅き翼』でもその大半は今の彼女によって潰されるでしょう」

「なッ……」

「彼女の禍払い───魔法無力化能力(マジックキャンセラー)とはそういうものです。我々魔法使いは常識に対して強者足り得るが、彼女は魔法使いにとって死神にも等しい」

 

 そういう意味では『紅き翼』に於いて、現状敵対する余地が殆ど無い近衛───青山詠春がアカリにとって最悪の相手だろう。

 技量と禍払いに特化したアカリに対し、耐久ではなく回避を重きに置く剣士であり、技量も確実にアカリを上回る戦士である。

 次点でジャック・ラカンだが、彼はあまり参考にならないので除外とする。

 

「まぁ、実戦経験については、大丈夫でしょう」

「えっ?」

「というよりも、私が口を出す権利が無いのですが」

 

 麻帆等学園に於ける実戦経験。

 ソレが起こり得る大停電に伴う、去年忌むべき出来事が起きた学園結界の一時解除。

 即ち、去年『狼王』の魔の手が伸びた学園大停電、それに伴う大規模防衛。

 去年は悲劇だった。

 では今年は何が起こるのか。

 

 そんな出来事が、一週間後に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 魔王皐月の帰宅後の日常は、本来の家である雪姫のログハウスには殆ど無い。

 魔王であり不老の皐月と、吸血鬼性こそ喪われたが()()()()()()()()()()()()()()が故に不死性も健在な雪姫。そして肉体そのものが神具であり権能である茶々丸。

 

「もう中三とは、月日が吹っ飛ぶのが早い早い」

「春期に向けて此方は大忙しだったがな。教師生活を始めて別荘の存在が本当に貴重だと何度でも思えるよ」

「こっちは課題終わらせるだけだから楽だわ」

 

 この三人は通常の老化をしないが故に、逆竜宮城と言える別荘に頻繁に訪れることが出来るのだ。

 そんな三人の団欒に、一人の参加者が加わっていた。

 彼女はメイド服に身を包みながら、お盆に乗せて持って来た珈琲を二人の前に置き、雪姫の側に控える。

 

「ほいっと」

「な」

 

 そこでおかしい行動をしたのが皐月だ。

 雪姫の前に置かれた珈琲を奪い、そのまま飲み干す。

 

「うむ、旨い」

「何を……それは雪姫様のカップです!」

「だって何か仕込んでんでしょ。全く、嫌がらせみみっち過ぎない?」

「なぁッ……!?」

「はぁ……」

 

 結城夏凜(イスカリオテのユダ)

 かの救世主から最後の審判まで存命することを約束された十二使徒の忌まわしき13人目。

 神の子を売り渡すという役割に耐えられず、しかし地獄に落ちることも神のスケールの愛という人にとって迷惑極まりない物によって許されず、未だ存命。

 中世魔女狩り時代にエヴァンジェリン──雪姫に救われた鋼鉄の聖女。

 

 勘違いやら殺し合いやら紆余曲折の後、彼女は雪姫に仕える道を選んでいた。

 そんな彼女にとっての目の上のタンコブこそ、この神殺しの魔王だった。

 

 敬愛する雪姫に最も近しい男。

 ソレだけでも嫉妬で腸が煮えくり返ると言うのに、あまつさえ皐月自身、問われれば迷わずこう答えたからだろう。

 

『え? 雪姐? そら愛してるけど』

 

 果たしてこの『愛』が友愛か親愛か恋愛か判別は付かない。

 何せこの魔王は『家族』に殊更執着する男だ。

 そんな家族である雪姫を愛してるかと問えば、恥ずかしげもなく肯定するのは当然の事。

 その時の夏凜に飛来した感情は、謎の敗北感だった。

 そこから敗北感を払拭するため、大したことの無い、みみっちいと言われる嫌がらせ紛いのちょっかいをかけ続けていたのだ。

 

「いい加減やめろ夏凜。みっともないぞ」

「しかし……!」

「しかしではない。全く……」

「……ッ」

「そこで俺に敵意向けてる時点で駄目なんだよなぁ」

 

 雪姫に呆れられる度に消沈し、そしてその原因を皐月に見出だし敵意を膨らませる。

 漫画やアニメでよくある話だが、皐月にしてみれば理不尽極まる為、容赦などする理由がなかったりする。

 

「自分の好感度をそこまで順当に下げようとするとは、たまげたなぁ」

「ぐぬぬぬぬっ……!」

「いい加減にしろ! というか皐月、お前も必要以上に煽るな。言い分は間違っていないが、言い方に戯言を弄し過ぎだ」

「げらげらげら。いや何、ここまで露骨に敵意剥き出しなの珍しくって。つい愉悦が」

 

 すでに何度も行われ手玉に取られている夏凜に哀れと思ってか、雪姫が間に入る。

 しかし、そんな夏凜に対して皐月の感情は悪いものではなかった。

 忌避、畏怖。

 ヤクザに面と向かって暴言など、一般人が吐けないように。

 魔王であるが非道を行ってはいないが故に、格別敵意を向けられた事が比較的少ないのだ。

 そんな皐月にとって、夏凜の行為は子供がジャレついているような可愛らしいものだった。

 無論、夏凜がそのような幼稚な行動に出るのは雪姫に関わる事に限るのだが。

 

「さて、夏凜ちゃんを揶揄うのはここら辺にして、今後の話をしようか」

「……次の大停電か」

「警戒しても損はないだろ?」

 

 時系列的に、原作では『桜通の吸血鬼』事件が起こっていた頃だろう。

 そう内心呟く皐月は、原作との相違を確認しようとするも、直ぐ諦める。

 

 原作の今の出来事は、雪姫────エヴァンジェリンとの衝突である。

 事実上初めての魔法戦闘。

 呪いによって縛られる真祖の吸血鬼と、呪いを解く鍵である英雄の息子の戦い。

 

 つまり前提が破綻しているのだ。

 雪姫は既に魔王によって呪いを燃やされ自由の身。

 英雄の息子を狙う動機は何処にもないのだ。

 さらば原作。

 フォーエバー原作。

 そんな事より、去年の防衛戦の出来事が彼等、そして学園側を戒めていた。

 

 今回、魔王一行は大停電に伴う防衛戦に殆ど参加しない。

 元々去年のような例外的な状況でも無い限り、警備を担当すべき立場では無いのだ。

 一応教師として雪姫、看護兵として最後方でこのかが参加するが、あくまで補助。

 今回の警備は、魔法生徒の技量を高める意味合いが強いからだ。

 

「外部勢力に目立った動きはないんだな?」

「楓───甘粕さんからは現状そういった報告は無いな。それこそ単身日本にやって来て数日潜伏するでもしない限り話にならない。それでも警戒すべき魔王は存在するが……」

 

 英国の魔王、アレクサンドル・ガスコイン。

 自分で設立した魔術結社『王立工廠』を率いる『黒王子』の二つ名を持つ若手魔王だ。

 彼の特徴として神速の権能が挙げられ、国や大陸といった垣根を易々と飛び越え世界中を容易く動き回る事が可能な、非常に足が軽い魔王と言える。

 

「とは言えアレは女運とデリカシーのなさ、強盗癖と計画の傍迷惑さを鑑みてもまだ話の解る部類だろうな。まぁ、会ったこと無いが」

 

 魔王の過半数が会話困難であり、暴力を言語としている時点で怪盗紛いがどれだけマシか、という悲しい相対評価しかないのだが。

 特に皐月は、三人目の最古参の魔王に関してその特性から、例外的に()()()()を誓っている。

 

「……何か、嫌な予感がする」

「オイ……、魔王(オマエ)の嫌な予感が予言と同義だと知っているだろう」

 

 思わず冷や汗を流す雪姫に、皐月自身本気でまずいと感じたのか、直ぐ様立ち上がった。

 

「ちょっと今の内にドローン造っとくわ。いや、超にもノウハウ借りるか。ちょいと行ってくるわ」

 

 そう言うと、皐月は足早に別荘を去った。

 彼が去った別荘に静寂が充ちる。

 まるで新たな嵐の前触れと言うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。はい、えぇ、有り難う御座いました。それでは失礼します」

 

 豪邸の執務室のような場所で、スーツ姿に身を包んだ男は丁寧な言葉で電話を切る。

 電話の相手はイタリア空港局の、相当上の人間であった。

 電話の内容は、とある人物の渡航履歴。

 最近行方不明となった、とある人物の行き先を掴むための電話だった。

 

 

「───────あんのクソッタレがぁ!?

 

 

 紳士的で理知的な佇まいから一転、白眼を剥くほどその態度が豹変する。

 机に拳を叩き付けているが、片方の手は腹部に添えられていることから彼の豹変原因が何も知らない人間でも察する事が出来るだろう。

 

「確かに神獣の噂や狼王と青銅騎士団の行動報告から、成る程信憑性が高いというのは理解できる。だが、そうホイホイ動いて良い立場ではないだろうが……ッ。この前もヴェネチアで釣りをしてると報告を受けてどれだけ周囲が動いたと思っている……!!」

 

 ストレスで死にそう。

 そんな苦しみに、しかし直ぐ様平静を取り戻す。

 狂乱し続けたいのは山々だが、そうしている内に取り返しの付かない事態が進行している可能性は大いにあるのだから。

 彼は荷造りをしながら、即座に部下に連絡を入れる。

 

「私だ、今すぐ日本へ飛ぶ。あぁ、あのバカ案件だ。もし去年からの噂が本当なら、あのバカの性格から衝突は不可避だ。加えて三年前のあの事件の情報から、かの王は人に怒りを覚えるタイプの可能性が……あぁ、最悪の場合、イタリアが焦土と化す。ジェット機を用意しろ。あのバカはどうやったか普通に公共の旅客機で移動している。上手く行けば先回り出来るかもしれない」

 

 彼の口から度々出る『噂』とは、去年に流れた狼王ヴォバンの行動が発端であった。

 

『────かの狼王が己が権能たる「死せる従僕」を日本の学園都市に送り込んだ』

 

 そんな噂が流れたのだ。

 魔王とは天災であり、あらゆる機関が目を向け対処を試みる存在。

 そんな魔王が権能で死者を差し向け───全滅させられた結果が観測されたのだ。

 

 特に魔術師呪術師達を恐怖させたのが、観測の為の術式を悉く飛び火だけで燃やし尽くし、監視衛星で漸く捉えることが出来た、焦熱地獄を形成した人影。

 かつて魔女の会合に準えて『魔王の狂宴(ヴァルプルギス)』と呼ばれた激突で初めて観測された、炎を操る未知の魔王。

 

 加えて、その日本の霊地には白銀の狼の神獣の存在も噂されていた。

 これもまた、炎の魔王が従えていた存在である。

 これにより、日本には新たな魔王が存在するのでは、という噂の信憑性が高まってくる。

 

「出来うる限り、あのバカの耳には入らないようにしていたのだが……っ」

 

 日本からの発表は何もない。

 つまり、まだかの魔王は表舞台に立つつもりが無いということ。

 どの様な思惑があるか不明だが、大人しくしてくれるというのなら願ったりかなったりである。

 だが、バカと呼ばれる戦闘狂が知った場合どうなるだろう。

 

「止められないとしても、せめてイタリアの被害は抑え込まねば……!」

 

 彼─────『王の執事』の異名を持つアンドレア・リベラは使命感さえ滲ませながら、急ぐ。

 尤も、激突は半ば諦めているのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

『─────フーフン、フーフフン、フーフーフーン♪』

 

 日本に向かう旅客機の中で、金髪で非常に整った顔立ちの優しげな、場合によっては能天気とさえ思う様な、遠足前日の小学生の様な浮かれた表情の若者が、旅客機の窓から覗く景色を見ながら鼻歌を呟く。

 

 大停電まで、後残り数日。

 

 

 

 




時間が飛んで三学年。原作三巻に突入しました。
カット理由は作中で描写しましたが、イベントが起こりようが無いんですよね。
本来なら修学旅行までカットでも良かったですが、とあるカンピオーネキャラを突っ込むには最適でしたのでココにしました。

次回内容は……まぁ未定です。
やる内容決まってても前後調整が難しいのが非常に辛い。

あと、前書きにも書きましたがパソコンがヤバいです。
ディスプレイだけが壊れてるならワンちゃんありますが、ディスプレイ一体型なのでディスプレイだけ買って画面外付け代替が出来無いのなら詰みです。
なので今回は携帯で執筆しております。
携帯で変換できない漢字が多々あるので苦労しました。

誤字指摘いつも大変助かっております。
指摘や加筆箇所があれば即座に修正します。
では次回お会いしましょう。




あ、スカディはスマン呼札二枚抜き、水着BBは十連二枚抜きしました(煽り自慢)
なお本命のXXェ……


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第三十八話 魔王不在にて

 さて、まずは旧世界――――地球における日本の立ち位置を確認しておこう。

 日本は古来から神々に近しい、島国特有の宗教観を持ち神代から続く皇室を有する世界唯一の国家である。

 それ故に、こと神秘において極めて繊細な土地柄であり、神話――――つまり歴史を正しく編纂することでこれに対処する組織が古くから存在する。

 これが正史編纂委員会である。

 この組織が『民』と呼ばれる廃藩置県以前の土地由来の術者一族達といざこざを起こしつつも、しかし災害多き島国故に有事の際には一丸となって様々な神秘の問題にあたってきたのだ。

 

 だがそれも明治までの話。

 その頃から魔法世界の干渉が始まっていた。

 神木、世界樹を神祖が2000年以上前に確保した名残を魔法世界の権力者たちは利用し、戦争の隙を縫って少しずつ侵略し、遂には二次大戦後の復興を足掛かりに関東魔法協会を創り上げたのだ。

 

 その時、海外との魔術的通信ラインはズタズタにされた。

 大戦というだけで既に問題だったのが、この侵略が致命となり鎖国に近い状況に逆戻りしてしまったのだ。

 

 無論、昨今の秘匿が極めて困難になるほどの情報化社会。個々人のやり取りは当然行われているし末端同士のやり取りは絶えている訳では無い。

 だが、少なくともヨーロッパの各魔術結社の上役達は、日本の上層部に連絡を取ろうとすること自体、思い浮かべることができない弊害が戦後半世紀で生まれてしまったのである。

 

 故に弁護という訳では無いのだが。

 少なくとも、王の執事と呼ばれる者にとっては長が代替わりした正史編纂委員会の上役への伝手など、持っている筈が無かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十八話 魔王不在にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……!」

 

 ネギは麻帆等学園を象徴するような巨大な神樹のお膝元、世界樹広場に足を運んでいた。

 理由はそこまで複雑な物ではなく、単純に学園側から呼び出されたと言うだけのもの。

 

 彼の感嘆の声は、勿論世界樹の巨大さもあるだろうが、何より広場に集まっていた面々である。

 

「やぁネギ君、此方だよ」

 

 タカミチが手招きをした場所には、数十の魔法使いが集まっていた。

 学園の魔法先生と魔法生徒の、一部例外を除いた全員集結である。

 

 魔法先生との訓練から、タカミチは勿論ガンドルフィーニや神多羅木など幾人とは顔見知りだ。

 しかし、それ以外の魔法生徒となれば話は別。

 10歳のネギが最年少なのは変わらないが、幾分歳が近くなれば感覚もまた変わる。

 魔法先生は『教()』だが、魔法生徒は『同輩』なのだから。

 

「さて、君達は彼との顔合わせは初めてだろう。現在麻帆良に修行として来日しているネギ・スプリングフィールド君だ。仲良くね」

 

 好奇を主に様々な視線がネギを貫くが、元よりネギは英雄の息子。視線には慣れている。

 

(アカリの視線に比べれば─────)

 

 彼に、無意識に他者とアカリを比較してしまっている自覚はない。

 無意識の比較とそれによる安堵を抱くが、学園長こと近右衛門の咳払いと共に視線は翁に奪われる。

 

「さて、今回集まってもらったのは他でもない。近日に控える麻帆良学園全域のシステムメンテナンス、それに伴う大停電のことじゃ」

 

 その言葉に全員の空気が引き締まり、その様子に眼を輝かせる。

 それは、実戦経験を備えた戦える魔法使いの姿だったからだ。

 英雄と讃えられるような程の力があるわけでは無いのだろう。

 しかし、戦場に立たんとする彼等は、紛れもなく勇者なのだから。

 

 そんな感動から、ネギはハッと顔を振って懐から先日渡された資料を取り出す。

 

(大規模防衛……!)

 

 高位の魔物さえ弱体化を余儀無くされる、学園都市全域に設置されている大結界。

 電力で発生させているため術者や魔力が必要が無いという凄まじいメリットと引き換えに、その一時的解除により起こる侵攻。

 

 ネギが求めた『実戦』である。

 緊張も不安もあるが、少しでも父に近付くチャンスの到来に胸を躍らせていた。

 

「去年の防衛では彼らに頼りっぱなしであったからの。今年は我々の役割を全うするのじゃ」

「彼ら……?」

『……』

 

 近右衛門の言葉に、去年の出来事を唯一知らないネギが、疑問符を浮かべる。

 その反応に、ざわり、という程ではないが、少し周囲が揺れた。

 

「ふむ。ネギ君、瑞葉―――皐月君から話や自己紹介は聞いていないのかい?」

「皐月さんですか? 色々お世話になっているけど、今関係があるの? タカミチ」

「あー、なるほど」

 

 困ったように後頭部を掻いたタカミチは、少し間を置いてからこう答えた。

 

 

「――――――魔王、という言葉をどう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 防衛の際の陣形やメンバーなどの再確認の後に、ネギはチームメンバーと会話していた。

 

「改めて挨拶しますわ。私は麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校2年、高音・D・グッドマンです。この子は麻帆良学園本校女子中等学校2-D、佐倉愛衣ですわ」

「よ、宜しくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

「こちらこそ、かの英雄の息子とチームを組めること、誠に光栄ですわ」

 

 緊張しながらも、ネギは父が褒められていることに嬉しくなる。

 最近は学園長やアルビレオにボロクソ言われていたので少し落ち込んでいったが、憧れの父が誰もに尊敬される『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』なのだと再確認できたからだ。

 

「皆、元気だね」

 

 そこに、タカミチが加わった。

 この四名がネギの属するチームメンバーである。

 

 無論、理由はある。

 高音は闇系の、特に操影術を得意とし束ねることで使い魔や装甲としても転用できる。

 これを他者に施せば、それは障壁とは別の鎧となるだろう。

 そして高音のバディでもある愛衣の能力も、若輩ながら非常に高い。

 その実力は、アメリカのジョンソン魔法学校に留学中に魔法演習でオールAを取った程の秀才である

 

 ダメ押しにタカミチが居れば、中位精霊でも勝機を見出だせるだろう(というかタカミチ一人で十分なのだが)。

 他のバランスを考えつつ大事な、加えて実戦が初めてのネギを任せるには十分な選考であった。

 

「しかし高畑先生、先生と同チームなのは嬉しいのですけど、戦力に偏りが発生してしまうのでは?」

「そうなの?」

 

 麻帆良学園の魔法先生の中では学園長などの例外を除くと最強であり、()()()()()()()学園長が前線に出れない以上、タカミチの最適な運用は最前線での遊撃であるのでは。

 そんな愛衣とネギの疑問に、しかしタカミチは和やかに笑いながら離れた処へ顔を向ける。

 

 彼の視線の先には、学園長と話す金髪の美女――――雪姫がいた。

 実力経験共にタカミチを遥かに超える、魔王である皐月を除けば麻帆良学園最強の魔法使いである。

 

「今回はエヴァ――――瑞葉雪姫先生がいるからね。火力という意味では僕じゃ遠く及ばない彼女が出てくれるんだ。戦力的な心配はないさ」

「成程……。今回は『彼女たち』は参戦しないと聞いていたので」

「明日菜君や皐月君は事前説明通り今回は参加しないさ。神獣が出たとかで京都に行っているからね」

「神獣……」

 

 ネギは、先程聞かされた事を思い出す。

 神殺しの魔王のまつわる神話の具現を。

 魔法使いは基本的に神に対する宗教感は酷く薄い。

 それは、本来魔術の本場である英国を故郷に持つネギも、育った環境がウェールズの魔法世界由来の魔法学校で育った以上変わらない。

 

「本当に、皐月さんがその……魔王というものなのですか?」

「ははは、確か君は皐月君と同じクラスだったね」

「「えッ!?」」

「でも、魔法関係者だって素振りは全然無かったよ?」

 

 タカミチの言葉に盛大に反応した高音達を尻目に、ネギは普段の皐月を思い出す。

 元々皐月はネギに対してある程度便宜を図っていたり、皐月への印象を良い方向に持っていこうとしていた一空の尽力もあってか、魔王などといった物騒なワードと結び付くことは無かった。

 

「彼は優しいから、自分が君に悪影響を与えたく無かったんじゃないかな? 今度話し掛けてごらんよ」

「う、うん……って、瑞葉?」

「?」

 

 その名を、ネギはアルビレオから聞いていたことはなかったか。

 

「もしかして……アカリの?」

「……そうだね。その事も、後で話そうか」

 

 震える声で呟くネギに、複雑そうに微笑んだタカミチは一旦話を切った。

 今は談話の時ではなく、戦闘前なのだから。

 

「さて、作戦会議と行こうか」

「「「はいッ‼‼」」」

 

 その威勢のいい返事に、歴戦の猛雄は優しく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の木々を縫うように、様々な妖魔がひた走る。

 目標は学園都市の中でも特に二つ。

 神木───莫大な魔力を宿らせる世界樹と、万を越える貴重な魔導書が納められている図書館島。

 

『gruuuuu……!』

『shiuuuuuu』

 

 召喚され、使役された異形の彼等の役割は、それまでの道程を護る者達を『平ら』にすること。

 存分に呑み、存分に喰らうだろう。

 

「──────解放・固定(エーミッタム・エト・スタグネット)、照準固定、術式装塡」

 

 如何な魔法使いと言えど、数の暴力という法則には逆らえない。

 年に一度の事の好機に、愚かしくも浅ましい侵入者が悍ましく唇を濡らす。

 無論──────

 その様な企みを挫くからこそ、正義とは存在するのだから。

 

「さぁ、開戦の号砲だ―――――闇の魔法(マギア・エレベア)術式弾頭(アルマワレアドゥ)、『瞬き覗く氷結世界(ニブルヘイム・モメントゥム)』!」

 

 いくつもの魔法陣が絡み合い球体状となった術式は、学園から無音に放たれ目標に寸分違わず命中し、籠められた魔法を解放する。

 籠められた魔法は『こおるせかい(ムンドゥス・ゲラーンス)』と『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)』。

 どちらも雪姫―――――エヴァンジェリンが好んで使用した氷系極大呪文のコンボである。

 

 それを、傍らで長い髭を撫でながら学園長が口を開いた。

 

「フォフォフォ。―――――何じゃあアレ

「皐月の核兵器ぶん投げ(アグネア・レーヴァテイン)を真似てみただけだよ」

 

 炸裂した瞬間、着弾した範囲150フィート四方の空間が氷結の異世界へと変貌した。

 空間をほぼ絶対零度にし、即座に凍らせた相手を氷柱に封印することができる完全凍結封印呪文。

 またの名を『永久凍結』という。

 

 もし組み込まれた魔法が封印術である『こおるせかい(ムンドゥス・ゲラーンス)』ではなく、凍らせた相手を完全に粉砕することができる『おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)』だった場合どうなるか。

 正しく紅蓮地獄の具現であったろう。

 

「将来的に核兵器ぶん投げ祭り(ムスペルヘイム・レーヴァテイン)ができればとやっているが、ああした数発同時は兎も角、百単位となると遅延魔法ではどうにもならん」

「頼むから、地球上で使ってもらいたくないんじゃが」

 

 双方への行き道に跋扈せんとする異形達を木々諸共一瞬の内に氷像に変えた号砲は、麻帆等の土地を確かに揺らし響かせた。

 認識阻害の結界がなければ、生徒達の明日は寝不足で決定だったろう。

 

「では私は前線に行くぞジジイ」

「うむ、頼んだぞ」

 

 今回、魔王一行は参加しない。そもそも麻帆良学園に存在さえしていない。

 昨日から公休を貰い京都から報告のあった神獣退治の遠征である。しかし去年悲劇が起こったばかりの大規模防衛。

 故に一行の中で例外である皐月を除けば実力があり、一番学園側に親しみがある雪姫が残ったという訳である。

 

 偏に、魔王不在という状況下で在りながら麻帆等学園を護れる存在であるという、雪姫への信頼であった。

 

「フン」

 

 照れ隠しのように呟かれたそれを合図にしたように、麻帆等学園の防衛戦は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行きなさい!」

 

 聖ウルスラ女学園所属の制服を身に纏った高音は、影魔法で造り上げた人形に命ずる。

 悪魔と形容できる異形――――三メートルを超えるトロール三体に対して、華奢な少年少女の三人でしかない彼女達に出来ない壁役である。

 

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル! 光の精霊(ケントゥム・エト・ウーヌス)11柱(スピーリトゥス・ルーキス)!!」

「メイプル・ネイプル・アラモード! 火の精霊(ケントゥム・エト・ウーヌス)11柱(スピーリトゥス・ルーキス)!!」

 

 前衛が役割を果たす事。

 それは魔法使いの型に嵌まったことを意味していた。

 呪文の詠唱により、精霊を術式に組み込み装填する。

 愛衣はアーティファクトたる箒杖を、ネギは唯一父親との繋がりである長杖を掲げ、放つ。

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)光の11矢(ルーキス)』!!」

「『魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)火の11矢(イグニス)』!!」

 

 炎と光の魔弾、総数22発の弾幕がその異形を貫き、燃やし尽くす。

 契約に従い、霧散しながら元の世界に送還される魔族達に、しかしネギ達は満足に見送ることも出来ない。

 

『───eriiiaaaaaaa!』

「ッ!」

 

 大規模防衛の名は伊達や酔狂では決してない。

 本来麻帆等大結界に阻まれて送り込めない大量の、何より強力な魔物を送り込めるのだから。

 

 五メートルを超える巨体の人食い鬼(オーガ)が、咆哮と共に鋭い大斧を彼等に向かって叩き付けんと襲い掛かる。

 しかし、その歩みを一瞬遅らせる。

 

『―――――――ッ!?』

「ッ、来れ、虚空の雷(ケノテートス・アストラプサトー)薙ぎ払え(デ・テメトー)――――」

 

 下顎を突如飛来した不可視の抜拳でカチ上げられ、一歩止まったのだ。

 そしてそれは彼等にとって、十分すぎる隙である。

 即座に詠唱に入ったネギと入れ替わるように前に出た愛衣が掌を人食い鬼(オーガ)にかかげる。

 

「『風楯(デフレクシオ)』!」

『gyahiiッ!?』

 

 無詠唱で発動した愛衣の障壁魔法がその大斧を弾き、煽りを受けたその巨体へ跳びかかったネギの魔法が叩き込まれる

 

「────『雷の斧(ディオス・テュコス)』‼」

『gyaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』

 

 発動の早い、雷系の上位古代語魔法(ハイ・エイシェント)

 千の呪文の男(憧れの父)が好んで使用した魔法が、人食い鬼を地に伏せる。

 たまたまではあるが、優れた剛皮に純粋破壊の光系ではなく感電性質の雷系であったことも好相性と言えたのだろう。

 

「はぁっ……はぁっ……ありがとう、タカミチ」

「いやいや、ボクは大したことはしていないさ。君達の力だよ」

 

 膂力魔力ともに優れた怪物は、しかし若き才能と歴戦者のアシストによって倒されたのだ。

 

「でも驚いたよ。さっきの呪文もそうだけど、ネギくんがあそこまで動けたなんて」

「そ、そうです!その歳であれほどの……!」

 

 タカミチの言葉に、ネギ程では無いにしろ息絶え絶えの愛衣が身を乗り出す様に話に割り込む。

 周囲警戒をしている高音も気になっているのか、使い魔を操作しながらチラチラと会話を窺っている。

 

「師匠のお蔭だよ。正直、この数ヵ月の師匠の修行が無かったら、とてもじゃないけど動けては……」

「師か……良い師に巡り会えたんだね」

「うん!」

 

 そんな会話の中、先程から周囲に気を配っていた高音が口を開く。

 

「高畑先生、術者を見付けました。ですが……」

 

 彼女の言葉に緊張が走るも、その言葉尻が小さくなった事に頭を傾げる。

 タカミチを先頭に、ネギ達が遅延魔法や強化などの対策を固めながら進んで行った先には、先程の魔物を召喚したであろう術者は確かに居た。

 

 

「────あぁ、済まない。知り合いだったら御免よ」

 

 

 大量の召喚されたであろう魔物が粒子となって送還されていきながら、その中心で斬り伏せられ、血溜まりに沈むローブを着た───恐らく侵入してきた術者を尻目に。

 人懐っこい笑みを浮かべた、ハンサムを絵に描いたような金髪碧眼の青年が微笑む。

 

『―――――――――ッ』

 

 愛衣が悲鳴を挙げなかったのは完全に偶然である。

 あるいは、タカミチが即座に一歩前に出たからであろうか。

 しかし高音共々、冷や汗を隠せてはいなかった。

 

 その顔を知る者は、しかしてこの場に三人ほど。

 魔王の存在を今日知ったネギ以外の、去年彼らに渡された魔王に関する資料にはその顔写真がしっかりと記載されていたのだから。

 

「人を探しているんだけと、少しいいかな?」

 

 現存する七人の神殺しの羅刹王。

 存在を隠している皐月の次に誕生した、貴き銀腕の神王を斬り伏せた最新の魔王。

 

 而して今、この麻帆等学園に炎の王は居ない。

 

 

 

 



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第三十九話 『叡知』の覚醒への胎動

遅れて済まぬ。


「いやはや、実際結構困っててね。この都市を目指したはいいものの、日本には興味深い物が多すぎる。本当に目移りばかりしてしまったのさ」

 

 例えば、都市の防衛戦とか。

 そう照れ臭そうに嘯く青年に、ネギは恐怖を欠片も持たなかった。

 明らかに剣とおぼしき凶器を持っているにも拘わらず。

 足下に侵入者とおぼしき術者が倒れていなかったら、本当にネギは彼を唯の遭難者と勘違いしていただろう。

 それほどまでに、その青年には邪気が感じられなかった。

 

「貴方は─────」

「うん? 僕かい? 僕の名前はサルバトーレ・ドニ! 気軽にドニと呼んでくれると嬉しいかな」

「えっ!? ……ドニさん、ですか。僕はネギ・スプリングフィールドと言います。取り敢えずその……」

「申し訳ないが、そこの倒れている彼を渡して貰いたいな」

 

 ドニと名乗った青年の言葉に、迷いながらネギが話し掛けようとした時。

 ネギをドニの視線から隠すように、前に出たタカミチが笑顔で会話に割り込む。

 

「ふむ?」

「流石にそのままではそこの彼は出血で大変な事になってしまう。あぁ、ボクは麻帆等学園広域指導員の高畑というのだけど……構わないかな?」

「おぉ! そうなのかい? ならお願いするよ、出会い頭で襲い掛かられたから思わず遣ってしまってね」

 

 和やかな会話とドニの雰囲気に、ネギの緊張が解れた。

 返り討ちにしたと言って居るのにも拘らず─────

 タカミチは構わず、そんなネギと高音、愛衣に男を回収するよう指示をした。

 

「三人とも、お願いするよ」

「ッ、……はい」

「お任せください」

「……? どう――――」

「ネギ君、君にも頼むよ。女の子だけに力仕事をさせる訳にはいかないだろう?」

「はッ! 勿論だよ!! すみませんドニさん、ボクはこれで」

「あぁ、頑張ってねネギ君。よく知らないけど」

 

 タカミチの言葉に、青ざめた二人が固く答える。

 そんな二人を疑問に思い、質問しようとネギが口を開く前にタカミチの言葉で思い直して、気絶した術者の傷口を魔法で辛うじて塞いだ二人の後を追う。

 そんなネギを、ドニは人好きのする日向のような笑みで見送った。

 

「さて……」

 

 タカミチは三人が十分離れてから()()を切り出す。

 そこには、決死の覚悟を決めた戦士がいた。

 

「剣王が、この学園に何の御用で?」

「先輩を探しに来たのさ!」

 

 呆気らかんと、彼は自身の正体をバラしつつ目的を告げた。

 世界でも4番目以内の戦士を自称する人類最高位の剣術家であり、「卿」の敬称で呼ばれる『イタリア最強の騎士』。

 そしてケルト神話の神王ヌアダを殺して七人目のカンピオーネとなった、その天才的な剣技から『剣の王』と称される神殺しの魔王である。

 

「ヴォバン侯爵の『死せる従僕』が相当数向かったと知ってね。それを残らず迎撃した上に、その迎撃した者の中には2年前の神獣も居たそうじゃないか!」

 

 二年前にヴォバン侯爵が起こした彼と炎王、剣王の三者が激突した『魔王の狂宴(ワルプルギス)』。

 その根本原因であるまつろわぬ神の招来儀式によって顕現した英雄神を、猫ババ(ヴォバン侯爵的表現)したのが彼である。

 この麻帆良学園の外部でヴォバン侯爵を除き、魔王としての皐月と正面から相対し存命している唯一の存在だった。

 

「止めは直後に彼の居城に爆撃が行われた事だ! 僕はあくまで伝聞でしかないけれど、ヴォバン侯爵の傷を更に上塗りするほどのモノだったらしい。これは報復と見て間違いない、そう思ったからやって来たのさ!」

「……」

 

 タカミチは思案する。

 自身で魔王を打倒するのは絶対に不可能だ。

 それはドニとは全く違う戦闘スタイルの、しかしドニ自身が目的とするとある生徒から明らかだ。

 だが、流石に皐月の秘匿は限界だろう。

 それは彼自身理解しており、先日感じた悪寒によりとある方策をタカミチに授けていた。

 

「彼は、此処には居ないよ?」

「……えっ?」

「神獣狩りを依頼されてね。残念だけれど」

 

 万が一己の不在の中に狼王以外の魔王が現れた場合、自身の所在の発覚よりも脅威の誘導を行うこと。

 というかそもそも、狼王を除き皐月と縁がある魔王はドニのみ。

 仮に彼ならば、正直な対応こそ最も被害が少なくて済むと。

 少なくとも、ドニは圧倒的格下をなぶる趣味はないのだから。

 

「うーむ、炎のカンピオーネ……居ないのかぁ。でもいいさ!」

 

 だが、都合よくいかないのが絶対勝者(カンピオーネ)たる魔王の所以なのだが。

 なまじ平時の皐月との付き合いが長いタカミチには、想像も出来なかっただろう。

 

「貴方に会えた!」

 

 魔王という存在が、ここまで行き当たりばったりであることを。

 

「……なんだって?」

「素晴らしい使い手と見たね! 或いは聖ラファエロにさえ匹敵するほどの、だ。先輩に会えなかったのは残念だが、これはこれで良いんじゃないか?」

 

 その時、タカミチは皐月によって他の魔王の特徴を一言で伝えられた事を思い出した。

 

 最古参ヴォバン侯爵は『戦馬鹿』。中国の羅濠教主は『独尊仙人』。アイーシャ夫人は『傍迷惑脳内幸せ回路通り魔』。

 アメリカのジョン・プルートー・スミスは『コスプレ女秘書』。イギリスのアレクサンドル・ガスコインは『腹立つ魔理沙』。

 そしてドニは、上記の最古参二人と同様の───

 

剣馬鹿(バトルジャンキー)……ナギさんを爽やかにしたらこんな感じかなぁ」

「さぁ、戦おう!」

 

 ニッコニコと、お日様の陽射しさえ後光のように輝いている笑みで、ドニは剣を抜いた。

 それは、断頭台にギロチンをセットするかのような寒気を周囲一体に撒き散らし、空間を軋ませる。

 

「……」

 

 懐かしい、とタカミチは思った。

 20年前の大戦時、当時青山の姓だった詠春が全盛期と表現すべき時代に纏っていた、剣気である。

 恐ろしいが、それでもタカミチは微笑んだ。

 

「どうかしたのかい?」

「いや、何でもないよ」

 

 気と魔力を、両手に宿し。合一させる。

 即ち咸卦法。またの名を『気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)』。

 左手に「魔力」、右手に「気」を溜めて融合し、体の内外に纏って強大な力を得る究極技法である。

 それを見たドニの笑みが盛大に深まる。

 

「────ここに誓おう。僕は僕に斬れぬ物の存在を許さない!」

 

 権能の発動の為の聖句が唱えられる。

 ドニの持つ名剣が、彼の権能によって万物を切り裂く銀の腕へ変貌した。

 そんなドニを尻目に、タカミチは内心呟く。

 

(だって、魔王同士の戦いは無傷で済むとは思えない。皐月君が傷付けば、きっと────あの子は泣くだろう?)

 

 タカミチは、もう明日菜に泣いてほしくないのだから。

 

 

 

 

 

 

第三十九話 『叡智』の覚醒への胎動

 

 

 

 

 

 

 

 ─────轟音が、響いた。

 

 その発生源より遥かに離れていたネギは、思わず振り向く。

 正しい肉体強化の魔法を学園にて習得したネギの視力は、その光景を確りと捉える。

 

「えっ?」

 

 そこには────肩口から片腕を切り落とされたタカミチの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界樹広場に陣地を構築していた近右衛門の元に駆け込んできたのは、暴れるネギを影で必死に拘束しながら侵入者とおぼしき男を連行している高音と愛衣であった。

 

「な、何事じゃ!?」

「緊急事態です!!」

 

 息も絶々といった風体に本陣へ帰還した二人を出迎えた彼は、高音の口にした言葉に絶句する。

 

「カンピオーネ、剣王が現れました」

「な─────」

「高畑先生は、殿に残られ……ッ」

 

 魔王の襲来。

 前年の死せる従僕の襲撃と危険度が段違いである。

 ネギの有り様も成る程よく理解できる。

 彼にとってタカミチは旧知の友人で、おそらく拘束しなければ魔王の元へ突撃するような状況を垣間見たのだろう。

 

 即ち、タカミチの状況の悪さを物語っていた。

 

「ッ、直ぐ様皐月王へ連絡をするんじゃ!!」

「それがッ……」

「なんじゃ?」

 

 濁すような言い方の明石教授は、言い淀みながら報告した。

 

「既に高音さんからの念話を受け、連絡を取ったのですが────」

 

 神殺しが動員される神獣狩り、それは意外な展望を見せていた。

 

「何でも神獣が龍蛇の類いだった為か……」

「────日光東照宮か?」

 

 龍蛇。

 その言葉に、近右衛門は即座にその可能性を思い浮かべた。

 より正確には、日本全国の東照宮の総本社的存在に封印されている神を。

 

 曰く竜や龍、蛇神は地母神を示していると同時に、川等がその形から蛇や龍に例えられることもある。

 日本の龍神や蛟が水神とされるのもこれが由縁である。

 それ故か、地脈そのものが神獣として顕現することもあるのだ。

 その為、そうして顕現した神獣を消滅させることは地脈へ大きな影響を与えかねない。

 下手をすれば一帯の汚染や飢饉にさえ繋がりかねない。

 故に討伐ではなく捕縛、封印を行わなければならないのだ。

 そんなデリケートな存在相手に、火力バカの皐月に出来ることは少ない。

 

 ここで問題になるのは、日本には龍蛇に対しての切り札があった事である。

 

 その神の、東洋における竜と馬の関連性。

 猿が馬を守護する伝承より、子分にした竜蛇を庇護する性質を持つ。

 その性質から、生前の神祖や神々の手で東照大権現の神力をもって日光東照宮神厩舎奥に隠された西天宮。

 そこに封じられた『鋼』の神。

 

 呪法『弼馬温』でもって与えられた縛り名を、猿猴神君。

 その効力は日本に蛇神・龍神の類が現れ、暴れた場合に禍祓いの媛巫女の力を借りて元のまつろわぬ神に戻り、蛇神・竜神の類を調伏。

 その後は呪法の効力が戻り、再び封印されるというものである。

 

 これこそ、蛇神が多い日本の、もう一つの対まつろわぬ神の対策。

 

 無論、封印である弼馬温を解呪すればこの猿猴神君は本来の名を取り戻し、まつろわぬ神としての己を完全に取り戻してしまうだろう。

 尤も、この呪いを封印と共に解放するには、それこそ『禍払い』と呼ばれる日本ではこの百年間空白となっている特殊で稀少な媛巫女の力が必要なのであるのだが。

 

「待つのじゃ、まさか─────」

 

 近右衛門は、魔王に侍う二人の少女を脳裏に浮かべる。

 異世界の、そして当代最強最高の禍払い(マジックキャンセラー)を持つ少女達を。

 アスナとアカリを利用すれば、呪法など封印ごとまとめて消し飛ばされるだろう。

 

 そうなれば復活する。

 明代に成立した『西遊記』の主役にして、三蔵法師のお供を務めたことでも知られる中華の大英雄。

 漢人と遊牧民の伝承が融合したことで成立した、最高峰の混淆神たる────。

 

「まつろわぬ孫悟空じゃと……!?」

「既に戦闘に入っているそうです。特に、あの二人を利用されて……皐月君が激昂してるとのことで……」

 

 まつろわぬ神の顕現となれば、対応するのは神殺しの魔王において他にいない。

 勝敗は兎も角、肝要なのは皐月の帰還を期待するのは非常に困難であるという事で。

 近右衛門は眉間に皺を寄せ、タカミチさえも超える実力者の友人を思い浮かべる。

 

 この様な事態に対しての保険として、炎の魔王が最も信頼する魔法世界の魔王を。

 

「……ッ、エヴァ、雪姫先生に連絡を─────」

『もう聞いた』

 

 そこに、聞き馴染みのある声が念話越しで響く。

 

「……頼めるかの?」

『全く。魔王の相手とはなんとまぁ、皐月が私を連れていかなかったのは正解だった訳だ。

 無理難題というのが分からん訳がないだろうに、全く』

「解っておる。じゃが、今は頼れる者が居らんのじゃ。何も勝てと云うわけでは────」

『あぁ。その事だが、最近私は酷く調子が良くてな。

 魔王と戦え、等という無理難題にも応えてやろう。あぁ、それと──────』

「エヴァ……?」

 

 霊長の頂点を相手にしろ、という完全な無理難題に悪態を盛大に吐きながら勿体振って。

 しかし、エヴァンジェリンという少女は顔も見えないのに、彼女の不敵な笑みが近右衛門の脳裏にハッキリと浮かぶように告げる。

 

 

『─────別に、倒してしまっても構わんのだろう?』

 

 

 不思議と、それは虚勢ではないのだと思わせるほどに。

 

 念話が切れ、彼等がいる広場に聞こえるほどの轟音が再び響いた。

 近右衛門は、静かに世界樹を見上げて呟く。

 

「『楊』様……ッ!」

『───────』

 

 神木の主たる、総ての女仙たちを統率する聖母からの─────返事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────おや?」

 

時は数分遡り、一刀の元タカミチの片腕を切り落とした神殺したる剣王、サルバトーレ・ドニは疑問符を挙浮かべる。

傷口を抑え、息を荒げるタカミチを、不思議そうに見詰めながら問い掛ける。

 

「おかしい。頭から両断するつもりだったのに、ズレた。それに持ち手に感じた衝撃───今のは貴方が?」

「はっ……はっ……ふう。さて、どうだろうね?」

 

するとタカミチは傷口から手を離し、懐から呪符を取り出す。

 

「それは?」

「生徒からの贈り物だよ」

 

呪符に込められた呪力が解放された瞬間、瞬く間にタカミチの喪われた腕を復元する。

このかが身内に配りまくっている、完全復元魔法が込められた呪符である。

その呪符に込められた神祖に並ぶ極東最強の魔力は、ドニでさえ目を見開かせるものだった。

 

「凄い凄い! 君の教え子は神祖に匹敵する魔術の使い手なのかい?」

「……そういえば、君と戦う理由はもう一つあったね」

「?」

 

 腕の具合を確かめたタカミチは、即座にポケットに両手を入れて独特の構えを取る。

 瞬間、はじかれたようにドニがその場を離れたと同時に、彼が立っていた場所に轟音と共にクレーターが発生する。

 

「さっき斬ったのは今のかい? はははははは! まさか拳圧を飛ばしているなんて!! しかもすごい威力だ!」

「さっきアッサリ斬った貴方に言われてもなぁ」

 

 無音拳。

 それがタカミチが彼の師である『紅き翼』のガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグから継承した技術の名である。

 ポケットを刀の鞘の代わりにして魔力によって拳速を極限にまで高めた超速拳撃を放つことで「拳圧」を打ち出す、居合い剣ならぬ居合い拳。

 

 そして咸卦法を発動した今の無音拳は豪殺と化す。

 威力は凄まじく、大砲の着弾と形容されるに相応しいもの。

 無論、通常の無音拳よりも隙が大きく予備動作が丸見えだが、

 

「先程僕の剣を弾いたのは特にすごかった。僕でさえ何時撃ったか、すぐには理解出来なかったよ」

「……参ったね、どうも」

 

 無音拳の真価は、放たれるのが気弾ではなく純粋な拳圧である上に、彼自身の鍛え上げられた技術による技の静けさによって察知不可能であること。

 それは心眼を持っていようと、難易度は困難を極める。

 それこそ、心眼を超える未来視の領域が求められるだろう。

 

 主不在不完全とはいえ神獣や従属神さえ殴り飛ばす豪殺居合い拳が大砲ならば、無音拳は連射可能な狙撃である。

 そして咸卦法を発動した今の彼は、もう一つの選択肢があった。

 

「(馬鹿正直の『大槍』では正面から斬られて終わる。なら────)

 ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ直伝」

「ッ」

 

 弾幕が、ドニを襲った。

 無論先程の様に回避し、剣まで振るった。

 そしてその剣は見事見切り、飛来した拳圧を切り裂いた。

 

「ぉ─────おお!?」

「『千条閃鏃無音拳』」

 

 弾幕が、剣を振り抜いたドニを呑み込んだ。

 一度に千の無音拳でもって弾幕とする技が、止めどなく剣王を呑み込み続ける。

 

 技の起こりこそ凄まじいが、一撃では剣先の軌道をほんの僅かずらす事が精一杯の通常の無音拳。

 だが、千を超える弾幕を浴びせられれば如何に剣王と言えど、一つ二つ切り裂いたとて意味がない。

 一度被弾を許せば、剣を振るうことさえ困難になる───!

 

「……!」

 

 だが、タカミチの表情は険しかった。

 今のドニは会話さえ不可能である。

 彼の行動は見事封じられていた。

 それでも──────

 

「(手応えが……ッ!)」

 

 手応えはハッキリと伝わってきていた。

 今もタカミチは、千を超える無音拳を放ち続けている。

 常人ならば死体ではなく、鑢で磨り潰されたような肉片が残るのみだろう。

 それでも、タカミチは───ドニの肉体に青アザ一つ付けられていなかった。

 それどころか、

 

「……よ、っと───」

「!!」

 

 それどころかゆっくりと起き上がり、弾幕を浴びながら歩を進めていた。

 そしてタカミチはハッキリと認識する。

 ドニの肉体に一瞬、無数のルーン文字が浮かんでいたことを。

 

「(────あれが……!)」

 

 ─────剣王サルバトーレ・ドニの保有する権能は二つ。

 最も有名なものは、『斬り裂く銀の腕(シルバーアーム・ザ・リッパー)』。

 ドニがケルト神話の神王ヌアダから簒奪した、『銀の腕』と化した右手で握ったあらゆる物体を、全てを斬り裂く必殺の魔剣へと変える第一の権能。 

 どんな敵が相手でも剣で勝負しなければならない、切断に至る前に刀身を砕かれれば一時的に無効化されるといった弱点はあるが、シンプルに「斬る」ことに特化した権能であるためかその力は絶大で、液体・気体・霊体・魔術といった形のないものまで斬ることができ、呪力を全力で注ぎ込んだときには本来破壊不可能な神具や神や魔王の権能さえ切り裂くだろう。

 事実、ドニは拳圧である無音拳さえ切り裂いたのだから。

 そして二つ目は、ヴォバン侯爵がこのかを始めとした世界各地の優秀な媛巫女を拉致し招来しようとした、ドイツの英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の大英雄ジークフリートから簒奪した第2の権能。

 

鋼の加護(マン・オブ・スチール)』。

 肉体に鋼鉄の硬さと重さ、ある種の不死性を付与する───『鋼』特有の存在自体が「剣」の暗喩、そして戦場における不死という『鋼の肉体』を与える権能である。

 

 即ち剣王サルバトーレ・ドニとは、卓越した剣技を持ち、加えて最強の矛と最強の盾の両方を併せ持つ『鋼』の魔王なのだ。

 

 そして『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』は衝撃までは無効化できないが出力に応じて質量が増していくため、体重をトン単位で増加させて攻撃に耐えることが可能となる。

 千条閃鏃無音拳を浴び続けた今のドニは、自重で地面が陥没するほどの重量と防御力を得ていた。

 無論、使用中は微妙に関節の動きが悪くなったように感じるという欠点があるが――――

 

「くッ……!?」

「よっ」

 

 無音拳の弾幕の中をゆっくり歩くのには何の問題も無く。

 そのままスローの様に剣を上段に構え、振り下ろす。

 その無音拳の雨の中で、照準やマトモな剣筋など附けられない。

 実際その剣はタカミチを斬ることはなかった。

 問題は、その剣が地面を豆腐の様に切り裂いた瞬間。

 

「ッッ!!!」

 

 音が一瞬消えるほどの轟音と衝撃が、麻帆等学園に響く。

 重力剣という、あり得たかもしれない世界で、あるいは既にこの世界に存在しているやもしれない魔法剣がある。

 

 それは剣の重量を自在に加減重させることで威力や手回しを瞬時に向上させるものだが、今回語るのはその威力。

 50万倍もの威力になれば、巨大な岩壁を粉砕することも容易い。

 では、今回のドニはどうなるだろうか。

 言えるのは、50万倍程度では済まないだろう。

 

「ぐぅッ……!」

 

 思わず攻撃を止めざるを得ないほどの、爆心地を思わせる衝撃波。

 しかしタカミチにとって重要なのは技を止めてしまったこと。

 剣王を留めていた弾幕を止める。

 そうなればどうなるか、タカミチは誰よりも理解していた。

 

「あぁ。やっぱり近付かれると使えなくなるんだね、ソレ」

 

 一度権能の発動を止めたのか、鈍重極まる重量から脱したドニがタカミチの懐に居た。

 

 無音拳最大の弱点。

 それは射程が中・遠距離に限られ、拳圧を生じさせる際に要する初速を得る為、彼我の距離が最低でも1~2mは離れていなければならない事。

 そこまで近付かれると威力が出ない以上に、そもそもやる意味がなくなってしまう事である。

 そうなれば、普通に殴った方が手っ取り早いからだ。

 

「くっ────」

「終わりだね。有難う、楽しかったよ」

 

 そしてそれは、剣王にとってこれ以上無い隙であった。

 致死圏内。ドニの間合いであった。

 

「─────……?」

 

 しかし、訪れるべき痛みも衝撃も無い。

 それどころか、先程距離を縮めたドニの姿も大きく離れていた。

 

「何故……、ッ!」

 

 疑問符をタカミチが挙げた瞬間、弾かれるように彼もその場を離れる。

 同時に、地面に刻まれた一筋の線がマグマが沸騰するように膨れ上がり、爆発した。

 固体・液体の物質の気体への強制的な相転移現象。

 その魔法を、タカミチは知っている。

 

「断罪の剣……まさか」

 

 ドニの見ている視線を追えば、ソコには月を従えるように背後に据えた、麻帆等学園───否。

 魔法世界旧世界問わず最強の魔法使いが空に立っていた。

 

「エヴァ……」

「全く、無茶をさせられるモノだな、タカミチ」

 

 和やかな言葉と共にタカミチの隣に降り立った雪姫に、最初に歓声を挙げたのは他ならぬドニだった。

 

「ははッ! 新手かい? しかも彼とはベクトルが違うけど、とても強そうだ!! 貴女も僕と戦ってくれるのかな?」

「いや? もう終わったが」

「─────」

 

 タカミチは友人の発言に二の句が継げなくなる。

『お前はもう死んでいる』。

雪姫は霊長最強の代表者にそう言ったも同然なのだ。

だが、そこでドニに何の反応も無かった事で、彼も漸く気付く。

 

「あ……れ?」

 

 その時既に、剣王は動けなくなっていた事に。

 

 魔王は、『聖なる殲滅の特権』のような極めて例外的な魔術以外をものともしない魔術耐性を有する。

 だが、何にでも例外というものは存在するのだ。

 

「お前がお喋りで助かったよ、剣王」

 

 経口摂取などで、体内に直接魔術を送り込むこと。

 皐月が真名の接吻で飲まされた魔法薬で容易く意識を手放したように、それを遣られれば如何に魔王といえどどうしようもない。

 そこまで思い至り、漸くタカミチは気付く。

 魔道センスが著しく欠けているドニは第六感で回避する以外に成す術はない。

 そして魔王を義弟に持つ雪姫がその第六感を、研究していない訳がなかったのだから。

 

「一体、何を─────」

「タカミチが時間を稼いでくれている間に、空気中に魔法の『芽』を撒き散らしていたんだよ。口を開く度に口内から侵入し、内側から発動する永久封印呪文をな。まぁ本来は外側からその周囲を凍らせ続けるモノだが――――」

 

 その魔法の名を『終わりなく白き九天(アペラントス・レウコス・ウラノス)』。

 かつて、地球への魔法世界の侵攻を防ぐ止めとなった『闇の福音』の象徴の一つであり。

 いずれ■■■■■・■■■■に覚醒する彼女の■■の一つとなる、極大呪文だった。

 

「知らなかったのか、魔法使いの役割というのは究極的には『砲台』なんだよ。魔王と殴り合いなど───やるわけなかろう?」

 

 剣王封印、完了。




Q.魔王が負けてるんだけど
A.タカミチの奮闘、雪姫の皐月を使った魔王研究と仕込みの成果。まつろわぬ神も封印だけなら可能なこと。
何より雪姫の特殊性から封印が成功しました。
 
Q.幾ら材料用意しても、簡単に封印されすぎなんじゃね?
A.特に仕込みとか特殊技能とか無しで、不完全なまつろわぬ神に不意討ちキッスで即死した原作主人公とか居るんやで?
 
糞猿「処で俺様どうなるん?」
キチガイ「空中で爆撃地獄ね。鋼相手だと相性最高で大草原」
母を自称する不審者「そんなんやから権能増えへんねんぞ」


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第四十話 通信機器は人類の叡智

気持ち短め


 

 魔王の封印。

 剣王ドニに対する内側からという、完全慮外からの封印劇。

 それはかつて、京都に訪れた『紅き翼』がその総力を掛けて成した、とあるまつろわぬ神の封印劇と同等。

 いや、彼等が千の刃(ジャック・ラカン)等の地球へ赴くことが出来ない面子が居ないとは云え、総掛かりだったことを考えればソレ以上の偉業である。

 その場に立ち合ったタカミチに去来した感情は───疑問であった。

 

(アレは……誰だ?)

 

 雪姫改め、エヴァンジェリンは魔法世界最強の魔法使いである。

 ナギ・スプリングフィールドやその相剋上、行動そのものが封じられる魔法世界の神たる造物主を除けば、魔法使いとしての総合戦闘能力で彼女を越えるものは居ないだろう。

 そんな彼女の力量について、一時期彼女に師事していたタカミチは良く知っている。

 だが、幾らタカミチが注意を惹き付けていたからと云って。

 万全の仕込みを行うことが出来たからと云って。

 

(魔王をこうも容易く封印出来るほど、埒外だった訳じゃない……!)

 

 変化が起きている。

 何時からか分からないし、善悪や好嫌さえも判断はつかない。

 だが、致命的なまでの変貌が雪姫に起こっていることは事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

第四十話 通信機器は人類の叡智

 

 

 

 

 

 

 懸念を巡らせているタカミチを尻目に、硬直したドニに近付くと手を翳した。

 

「────────永久凍結(アイオーニオン・グラキエーシス)

「ちょっ」

 

 内側からの凍結によるものか、白く染まったドニを中心に雪姫の魔法で氷柱が幾つも花開く。

 内側からだけでなく、外側からの二重封印である。

 死体蹴りの如き雪姫の応酬に、タカミチが眼を丸くした。

 

「神獣程度なら、ここで封印ごと砕くのが定石だが……相手が魔王ではな」

「と、いうと?」

「封印直前に『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』を発動したのか解らんが、『こおるせかい』の要領で砕けないんだよ」

「『断罪の剣』────は、火力不足かな? しかし、随分剣王の権能に詳しいんだね」

「あぁ、超の奴が知っていたのもあるが……。それに加えて、以前コイツと皐月が戦ったことがある」

「……このか君が拉致された事件かい?」

 

 魔王の狂宴。

 去年の屍の兵を此処に差し向けた狼王と、身内を拐かされ死ぬ危険がある儀式の生け贄にされて怒り狂った皐月。

 そして面白半分丸出しで乱入した、この剣王の三つ巴の殺し合い。

 最終的に皐月が負担無視の三重権能行使による『神殺しの核炎』を解禁し、周囲一体を消し飛ばしたことで終幕した。

 

「奴はそれに対して、即座に権能の二重行使をして全身を鋼の硬度を上乗せした銀腕へと変え、核を切り裂きながら耐えきった」

 

 直撃ではない。

 ドニではなく狼王へ向けられた攻撃による、怒気と共に撒き散らされた余波。

 しかし余波だけで半端なまつろわぬ神を殺し尽くす皐月の火力を、ドニは凌ぎ切り爆心地から逃げ仰せた。

 

「え? ……いや、そんな事が……可能なのかい?」

「私は到底不可能。仮に詠春に剣王のカタログスペックを与えても不可能だろうな」

 

 その権能故に痛覚を遮断できず、激痛にまみれながら狂嗤を浮かべ数多の『鋼』を溶かし散らした皐月の様に。

 魔王とは不可能を踏破する、埓外の先駆者。

 殺すことなど、魔王やまつろわぬ神ならぬ身では不可能。

 

「故に、殺し切れんのなら封印する。まつろわぬ神共と何ら変わらん」

 

 そして、ドニにとってのタイムリミットは皐月が帰還するまで。

 皐月が帰ってくれば、己の学舎を侵さんとした剣王は確実に蒸発するだろう。

 少なくとも、封印され身動きが出来ないままでは、その死は不可避である。

 その前に彼のお目付け役(剣王の執事)が来れば、交渉に入れる。

 凄まじい賠償と制約が課されるだろうが、命だけはもぎ取れるだろう。

 

「学園側の後始末は任せたぞタカミチ」

「君は?」

「封印を重ね掛けする。この状態ではまず無理だろうが、万が一鎧ではなく魔剣で対応されれば術式ごと封印が斬られるだろうからな」

 

 そして、魔王はその万が一を確実に行う事を、彼女は良く理解している。

 しかし、タカミチは即座に答えられなかった。

 雪姫の変貌を感じ取った彼は、魔王という世界に於いてもイレギュラーを二人きりにするのは、躊躇があった。

 

 そんな一瞬の逡巡の間に、三者の傍らに魔法陣が輝く。

 その光の中から、見知った顔が幾つも出てきた。

 

「あ、タカミチ帰ってたんだ」

「明日菜君に、みんなも!?」

「あ、エヴァちゃんもおるやん」

 

 ぞろぞろと、魔法陣から見知った生徒が現れる。

 魔王一行、神獣狩りを言い訳に公欠が目的で京都へ向かった少女たちである(一部巻き添え)。

 しかし、その場に魔王たる少年はいない。

 

「皐月は?」

「封印を破り顕現したまつろわぬ孫悟空と交戦、先程撃破しました」

 

 真っ先に前に出て、雪姫に跪いた夏凜は京都で起こった戦いを報告する。

 その内容に後ろのアスナとアカリが顔をしかめた。

 自分達の力を利用されたのだ。憤慨は当然だろう。

 しかし、その脅威を皐月は見事退けた。

 というか、相性が頗る良かった。

 

 まつろわぬ孫悟空。

 最高峰の混淆神は伊達ではなく、その心眼で神速を見切り、自らも黄金の雲を使って神速で飛行しながら如意金箍棒を縦横無尽に使いこなす鋼の英雄神。

 更に、巨猿型の神獣を召喚し、巨大化をはじめとする変身術や奇門遁甲、身外身の術など様々な魔術を使いこなした神仙術の極意を得た神通無限の魔術神でもある。

 

 片や近接もクソもない、敵への殺意の塊のような神殺し(カグツチ)(アグネア)粛正系(レーヴァテイン)といった一切合切の小細工を消し飛ばす遠距離広域殲滅火力特化の鋼殺しの魔王。

 周囲さえ気にしなければ、狂嗤を浮かべながら孫悟空諸共破壊を撒き散らすだろう。

 

『────お前がッ! 消し炭になるまでッ、殴るのをやめないッッ!!』

 

 結果、筋斗雲に乗り虚空を神仙術を操りながら縦横無尽に駆けた孫悟空を、高空全域への対空爆撃によって撃墜し、墜ちても変わり身の余地を与えず間髪入れずに、神殺しの炎を貯えた光弾(予め用意してたミサイル)で『鉄頭銅身』という孫悟空の鋼の不死性諸共磨り潰した。

 そこに一切の容赦はなく、観測するものにまるで現代戦の極地とさえ錯覚させた。

 

 無論、仮にそこを逃せば話は別だったろう。

 如何に皐月といえど、孫悟空の本領は苦戦必至だろう。

 寧ろそんな展開の果てに、皐月が孫悟空を寸毫の接戦で辛勝するのを期待していたのが、魔王の母を名乗る不審者(パンドラ)である。

 尤も、そんなことは皐月が一番理解している。

 しかし彼には、そんな『たられば』は存在しない。

 

 ヘイムダルから簒奪した権能『知覚超過(パーシーブド・イクセス)』。

 未来視を成立させる知覚と情報処理能力は、そんな可能性を微塵も残しはしない。

 封印から解放された喜びで、調子に乗って空に飛び上がり挑発を繰り返した時点で、すでに皐月は確殺の準備を済ましていた。

 人間を困らせることが大好きのひょうきんな性格が仇となったのだ。

 結果まさしく機械的なまでの火力の暴力によって見事、無残なまでにまつろわぬ孫悟空は討伐された。

 

「おぉ」

 

 感嘆の声が、そういった惨状を見ていないタカミチから漏れる。

 そもそも皐月は『鋼』への特効とも言える存在。

 如何にまつろわぬ孫悟空とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()想定はしていない。

 鋼殺しの面目躍如であった。

 だったのだが、

 

「直後、乱入した羅濠教主を名乗る魔王と皐月が交戦。私達は転移で戦いから逃れました」

「…………」

 

 羅濠教主。

 当代二人目の神殺しにして、カンピオーネとなって二百有余年の最古参の神殺しの1人である。

 何故中国の魔王が京都に、という疑問が雪姫とタカミチの脳裏を過ったが、そんな彼らの疑問に答える声があった。

 

『アイヤ、『五嶽聖教』の教主たる『魔教教主(クンフー・カルトマスター)』カ。いや、まつろわぬ孫悟空が顕現したならバ、かの魔王も現れるのもおかしくないネ』

「────超!」

 

 その場に姿を現したドローンから、この場を観察していた未来人の声が響く。

 未来にて対魔王の時代の人間である天才、超鈴音。

 この時代では人前に現れず配下に情報を漏らすことを禁じているため、性別・出生などの基本的な個人情報すら不明とされている魔王も、魔王と世界が対した時代の超ならば話は別である。

 雪姫やタカミチは知らないが、実はまつろわぬ孫悟空と因縁があった。

 

『現在から百年程前に封印が解かれた時ネ。まつろわぬ孫悟空は東京に出現した地竜を倒し、余った時間で『魔教教主(クンフー・カルトマスター)』と戦い、結果引き分けたという記録がありますヨ』

 

 時間制限故の不完全燃焼極まりない引き分け。

 それはメンドクサイ事に非常に誇り高く負けず嫌いで見栄っ張りな彼女にとって、再び相まみえることを誓った宿敵といえるだろう。

 故に斉天大聖を完全復活させて再戦する機会を、百年間虎視眈々と窺っていたのだ。

 

 そんなまつろわぬ孫悟空が復活した処か、彼女の重んじる武とかけ離れ、寧ろ嫌悪する近代思想マシマシの戦術的ゴリ押しを以て、百年定めた宿敵を横から掠め取られれば(彼女視点)、どうなるか。

 結果として、現在皐月と交戦状態に陥っていた。

 

 そんな羅濠教主には、『自身の姿を見た者、自身が許可した者以外には配下であろうとその姿や声を見聞きした場合、その両目や耳を削ぎ落し償いとする非情を強いる』という逸話がある。

 己が宿敵と定めた孫悟空を討ち滅ぼした皐月という、同格の魔王なら兎も角。

 彼女にとっては魔王の側仕以下でしかないアスナ達に、どんなイチャモン付けられるか分からないからだ。

 

「より正確には私の持つ転移符だけどね。長距離転移のは高いんだ、後で委員会に請求しないと」

 

 夏凜の報告に補足するよう、真名が口を挟む。

 そんな褐色の美女に、アスナとこのかの不服そうな視線が注がれる。

 

 皐月を残したのが不満なのだろうが、事態は魔王と魔王の抗争。

 彼女が口に出さないのは、魔王の脅威を知っている為の力不足を知るが故か。

 特に、このかの視線が強いのは彼女は治療という役割があると自負するが故か。

 

「羅濠教主……現存する魔王、その最古参の一人か。全くこんな時に面倒な」

「見るからに、此方も難題の様だ。それとも、もう解決したのかな?」

 

 真名は、氷柱の中に閉じ込められるドニを見ながら問い掛ける。

 アスナとアカリは興味深げだ。

 

「気を抜くな馬鹿娘共。いや、丁度良い。このか、魔力を貸せ。封印を強化・重複させるのに必要だ」

 

 そう雪姫がこのかに向って手を差し伸べた瞬間────────地面に、音も無く巨大な傷痕が刻まれた。

 

「…………………………は?」

 

 その言葉が一体誰の物だったか。

 土煙が晴れると同時に、異変が露となる。

 動かないドニを覆う氷柱が、徐々に先鋭な刃へと研ぎ澄まされるように変貌していた。

 

斬り裂く銀の腕(シルバーアーム・ザ・リッパー)』。

『銀の腕』と化した右手で握った物体を万物切り裂く魔剣に変える権能だが、その対象は自身の肉体も含まれる。

 では、周囲に存在する封印魔法は? 

 少なくとも隕石や地面そのものさえ対象とするその権能に、触れた魔法を剣には出来ない、などといった縛りは存在しない。

 出来るか否か。

 それはドニ自身の認識による。

 

 成る程、雪姫は見事にドニを封印した。

 今や彼は一歩たりとも動くことは叶わない。

 だが、動く必要はないのだ。

 否、動かないからこそ出来たことだった。

 何故なら彼の剣気さえも、其れは地上のすべてを斬り裂く刃故に。

 

 いの一番に、その異変を感知したのは、やはり経験豊富なタカミチと雪姫だった。

 タカミチは抱えられるだけの者達を抱えて大きく飛び退き、雪姫はその影を広げて転移門とし残りの者を逃がす。

 

「エヴァ!」

「もうやっている!」

 

 封印術式の解除。

 術を行使した雪姫本人ならば容易い筈のそれは、しかし既に彼女の制御を離れていた。

 剣王は、もう先程とその脅威度はまるで違う。

 タカミチの無音拳は、刃そのものである氷の封印外殼が防いでいる。

 押し留める事さえ出来はしない。

 剣気を斬撃として周囲に撒き散らす剣そのもの。

 

「クソッタレめ、皐月がいない時にこうも私にとって相性の悪い奴が……ッ!」

 

 雪姫にとってドニの相性は頗る悪いと言える。

 即座に封印を行ったのは正しく最適解に等しい。

 しかし、封印自体を魔剣とされるのは想定外だった。

 

 悪態を吐く雪姫に、タカミチは歯噛みする。

 こうなってしまえば、雪姫の手札は本気で限られるからだ。

 精神攻撃と言える闇系の魔法など、不撓不屈の精神を持つキチガイサイコパスの魔王に効くとは思えない。

 というか実際、皐月にはまるで効かなかった。

 であるならば封印に長けた氷系はどうか? 

 語るまでも無く、現在見事封印した後に封印自体を魔剣にされている。

 雪姫の得意とする二つの属性が見事封じられてしまった。

 無論彼女の技能はこんなものではないが、人形スキルや体術は剣王の『鋼の加護』を突破するには火力が足りない。

 残るは彼女の切り札『闇の魔法』だが─────────。

 

 かといってタカミチ自身の攻撃手段は彼女の豊富な其れの足元にも及ばない、無音拳のみ。

 最大出力は『大槍』が存在するが、彼の魔剣に切り裂かれるのは自明。

 だからこそ弾幕で対抗したのだ。

 しかし弾幕では『鋼の加護』は勿論、魔剣と化した氷刃さえも突破できまい。

 そして、頼みの綱の炎の王は羅濠教主との戦いの只中。

 

 周囲をキチンと知覚できないのか、新しい剣の調子を確かめるように近くの物に斬撃を放ち続ける。

 その有様は触れるもの皆傷付ける、まさに魔剣そのもの。

 本格的に詰みである。

 最早、斬れぬものなど無いと知らしめるように、新しい玩具に目を輝かせる童のような表情を、筋一筋さえ動けない筈の氷の封印の中でドニは浮かべていた。

 それにタカミチは、留守を預けてくれた皐月への陳謝を抱く。

 教え子一人いないだけで、大人が何たる様だと。

 そしてそれは()()も殊更に感じていた、憤りでもあった。

 

 

「─────────おのれ

 

 

 ピシリ、と卵の殻が内側から破られんとする音が響いた。

 時間が止まったかのように世界が静止する錯覚に包まれたタカミチは、その方向へ視線を向けることができない。

 歴戦の戦士としての経験から来る直感が、悲鳴を上げる。

 ()()はかつて『紅き翼』の面々が、とある神祖と対峙した瞬間に感じたソレに似た、悪寒。

 

 だめだ。

 ()()が何であるかはわからない。

 だが、まるで旧友が失われてしまう喪失感に、無意識に手を伸ばそうと──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

『───────────────何をやっているこの大馬鹿野郎がぁあああああああああァァッッッ!!!!!』

 

 

 しかして、何事にも機というものは存在し。

 何物にもストッパーというのは存在するものだ。

 先程から滞空していた超のドローンから轟く怒声に、撒き散らされる剣気は断たれたのであった。

 親に悪戯がバレて観念する子供の様に。

 

 王の執事(アンドレア・リベラ)、到着。

 

 




徹底して主人公を映していかないスタイル()

実は雪姫はドニの封印自体は出来てたり。
魔剣に変わろうが斬撃撒き散らそうが、封印は封印のまま。
ドニ自身は動けもしない上斬撃云々も無意識だったり。
斬撃出てるのは無空拳ならぬ無空剣だからですね(天上天下13巻参照)。
なのでヴォバンならどうしようもありません。
逆に言えば教主なら同じことを拳気とかでしそう(小並感)


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第四十一話 火力と技術

 何でこうなったのか。

 眼前には仙術に至った縮地で以て、彼我の距離を潰した神殺しの仙人が居た。

 既に相手の間合いだというのに、皐月は身体を動かす気力が無かった。

 疲弊している訳でも、そこまで消耗して動けない訳でもない。

 皐月は意外な程冷静に、自身を客観視していた。

 

 ────ただ、面倒臭い。

 

 なまじ直前にまつろわぬ孫悟空とかいう煽りスキルの高い糞猿を殺した直後だからか、単純に素でそうなのか。

 同格の神殺しを目の前にして尚、欠伸が出そうだった。

 

 拳が迫る。

 流麗な清流の様な滑らかな、大自然の中で研き上げられた風景美を観ているような感慨を懐いてしまう。

 天才が戦争を経て英雄となった者の刃でも、この拳の美しさには一端にさえ届かないだろう。

 二百年を超える在位の神殺しの仙女、羅濠教主。

 その拳は大地を割り、まつろわぬ神々の命を穿つだろう。

 そんな拳が、皐月の鳩尾に叩き込まれた。

 

 ──────『大力金剛神功』。

 羅濠教主がまつろわぬ阿吽一対の仁王尊・金剛力士から簒奪した権能である。

 それは金剛力士の膂力を己の体に宿し、無双の剛力を生む力。

 そんな拳をまともに叩き込まれたのだ。

 正しく神仙の一撃は『く』の字に皐月の身体を折り曲げ─────吹き飛ばない。

 

「ッ!?」

 

 それ処か、着弾点から拳が離れない。

 そうして着弾点に、拳で隠れた瞬間にルーンが浮かび上がっていた事を理解する。

 防御? 受け流し? 否。

 それ以上に肝要なのは、それがルーンであるということ。

 予め刻まねば発動しないルーンで拳を受けたと言うことは、それは即ち神仙の拳を見切ったということに他ならない。

 

 いけ好かぬ現代思想に飲まれた術師かと思えば、なんたる心眼か! 

 仮にそれが権能だとしても、その権能を持つ神から簒奪したのであれば変わらぬこと。

 そして、羅濠教主の拳に身を晒す胆力。

 彼女は直前まで抱いていた皐月への嫌悪を消し飛ばして、嫋やかな笑みを浮かべる。

 直前まで最底辺だったが故に、この事実は羅濠教主の評価を笑えるほど反転させた。

 

「──────素晴らしい!

「帰って、どうぞ(懇願)」

 

 そんな皐月の言葉に呼応するように、彼を中心に爆炎と衝撃が迸る。

 それは巨大な火柱となって羅濠教主を自分諸共と呑み込んでいくが、面倒くさそうな皐月とは対象的に彼女は笑みのままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四十一話 火力と技術

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────超の機転で王の執事に連絡を取ったことで、麻帆良学園での剣王にまつわる騒動が終結した。

 ドニにとってのお楽しみの時間は、アンドレアにバレて追い付かれるまで。

 神獣やまつろわぬ神を倒すなどの大義名分が無ければ、我が儘をゴリ押しするには後が面倒なのだ。

 友に怒られるのは慣れっこだが、見放されるのは御免なのだから。

 

 何より、十分楽しめた。

 まだ本来の目的を果たしていないが、これ以上はまた今度。

 

「でも、先輩に会えなかったのは残念だったなぁ」

………………ふざけるなよお前

 

 地獄の底から這い上がってくるような、王の執事の声だった。

 ドニとアンドレアは、既にイタリアが用意した個人旅客機で日本を発っている。

 

 アンドレアはそんな馬鹿と打って変わって、今後の事で頭を抱えていた。

 麻帆良学園側は少しでも早くドニに帰って貰いたかったからか、取り敢えずその場は即座に事は治まった。

 実際、本来的に魔王が暴れたからといって文句を言える組織など早々ありはしない。

 どれほど理不尽であったとしても、泣き寝入りが通常なのだ。

 無論それも問題ではあるのだが、今回はその通常に当てはまらない。

 

 現在は何等かの理由でなのだろうが、麻帆良にはドニ同様の魔王が密かに存在した。

 それはアンドレアの持つ情報と経験、そして今回のドニの行動から最早確定と言ってもいい。

 ドニの強者への嗅覚は本物なのだから。

 

「どんな報復があるか……ッ!」

「それは楽しみだなぁ!」

 

 陽気100%ではしゃぐドニに、アンドレアは肘を顔面に叩き込んだ。

 肘を痛めた。

 

「~~~~~! こ、侯爵の砦を()()()()()()にした魔王にイタリアで暴れられて堪るかッ!!

 お前が望む形のものかさえも判らんのだぞ!?」

 

 一対一での真っ向勝負。

 そんな勝負を挑んでくれるなら何の言うことは無いのだ。

 いや、仮に挑んでくれても、剣を主体とするドニと仮称第五の魔王では話が違う。

 資料でだけ見た、第二次世界大戦において日本に投下された原子爆弾でもああはならない。

 隕石が墜ちたと言われて納得してしまう、ガラス化したクレーター。

 それが戦ったドニの証言から得られた、炎を纏う魔王の力だった。

 

「そんな魔王が報復するんだぞ……?」

 

 己が不在の城に、勝手に上がり込んで暴れた狼藉者。

 場合によっては同様の事をイタリアで行われるやもしれない。

 広域殲滅火力特化の権能を持つ、怒れる魔王がだ。

 未曾有の大災害、などと言っていられる場合ではない。

 冗談抜きで、イタリアが滅ぶ。

 

「それに……」

 

 アンドレアは思い出す。

 学園の森にてドニと戦い、そして自分が来るまで時間を稼ぎきったであろう戦士と魔術師を。

 それは戦場に刻まれた多くの斬撃や小さなクレーターの数々などといった、戦闘の痕跡で見てとれる。

 そして何より、魔術の大半を無為に貶める魔王が、何等かの魔術であろう氷の巨刃という異形の姿に成り果てたことだ。

 そんな姿に成り果てていながら斬撃を繰り出していた、他の────それこそ神殺しの仙女である羅濠教主以外では他の魔王も真似できない、無念無想無我の境地。

 それを文字通り体現したドニがやべーので目を引きがちだが、あの時間違いなくドニは封印されていたのだ。

 本来ならば、結果は『ドニの敗北』である。

 それを、無理矢理力業とも言えない方法で卓袱台を引っくり返していただけなのだ。

 

 たった二人で神殺しの魔王を封印する。

 お伽噺にありそうな字面だが、時代によってはまさしく勇者、英雄と呼び称えられる偉業である。

 

「……恐ろしい強者を従えるとは、尚更報復が怖いな」

「あの金髪の女性は、特に凄かったなぁ。一瞬で封印されたよ。

 僕とは相性悪かったみたいだけど、下手したら神祖より上じゃないかなあ」

「…………」

 

 ドニを引き摺って旅客機に乗せる事に意識を集中することで、漸く表情に出さなかった存在。

 此方への激憤を渾身の精神力で抑え込んでいた、あの金髪の女魔術師。

 否、あれは魔術師などと生易しい表現をしていい存在ではない。

 内心、アンドレアは断言する。

 

「……確認するが、あの金髪の女性は魔王ではないんだな?」

「うん」

 

 アンドレアは、ただの人間だ。

 無論剣王ドニの執事の通り名の指すように、出来うる限り彼の戦いを見てきた。

 そんな彼は、しかしまつろわぬ神や他の魔王を見たことはあっても、敵対し睨み付けられたことはない。

 それは、神殺しの魔王だけが許されるもの。

 だが、そんなアンドレアが心から思う。

 

「間違いなく、魔王じゃない」

「…………そうか」

 

 あの雪姫と呼ばれた女性がまつろわぬ神でないことに、本当に信じられなかった。

 無表情で此方を睨み付ける彼女が、心底恐ろしかった。

 

「だけど────」

「だけど?」

 

 しかし、否定したドニが不思議そうに言葉を続ける。

 

「魔王じゃないけど、少しまつろわぬ神っぽくあったから、最初は吃驚したんだよね。まつろわぬ神を相手に何の反応も出来なかったんだから」

 

 神殺しの魔王は、本能レベルでまつろわぬ神を殺そうとする存在である。

 まつろわぬ神が接近すれば、即座にその存在を認識し、殺害できる存在に変貌するのだ。

 そんな魔王であるドニが、断言する。

 

「まつろわぬ神でもなかったんだ、これは間違いない。でもなんだろうね……、彼女とっても強かったし、興味深いよ。そんな彼女と共に居る、先輩にもね」

「──────そうか」

 

 だから、その言葉をアッサリと受け入れられたのだろう。

 神でも魔王でもない超越者。

 そんな第三の存在と言える仮定を。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって、栃木県の山奥。

 そこは魔王と魔王の戦いで、禿げ山と化していた。

 

「────素晴らしい」

 

 羅濠教主は再三に渡り称賛を口にする。

 彼女は自己を至高に位置付けるが故に、そんな自身と連戦でありながらこうも渡り合う存在を称賛せずには居られない。

 それが雪姫に『原初の体術』とまで呼ばれた体捌きをする、育て甲斐の溢れる後輩ならば尚更。

 

 爆炎と拳打の轟音は一晩中治まる事はなく、戦場は爆心地を思わせる程荒廃した。

 羅濠教主が金剛の巨人を顕現させれば、皐月は弾頭で一撃にて消し飛ばす。

 第二の権能たる『竜吟虎嘯大法』の衝撃波ならぬ衝撃()も、同じく衝撃を生む『激痛の慟哭(アースクェイク・ペイン)』によって相殺。場合によっては押し潰される。

 それは吟じる時間が伸びるほど破壊力が増す『竜吟虎嘯大法』と、痛みさえあれば即座に高火力の衝撃を生む『激痛の慟哭(アースクェイク・ペイン)』の性質差が原因だ。

 『竜吟虎嘯大法』が咄嗟に出せる衝撃波は神獣を吹き飛ばす程だが、相手は火力に特化した魔王。

 限界まで謡い続けたのなら兎も角、皐月はその年齢から考えられない縮地の練度を持つ。

 そんな隙は在りはしない。

 

「────チッ」

 

 そんな女仙の攻撃を完封している皐月の、ソレに反して舌打ちが響く。

 

 羅濠教主。

 白兵戦最強の魔王は伊達ではない。

 歩みは阻むこと能わず、決定打には至らない。

 しかし消耗戦に持ち込もうにも女仙は自然を統べる仙人であるが故に、地の理を得続ける。

 とうの昔に、大地は彼女の支配下故に。

 

 大地に降り立ちながら、ほんの少しでも地の理を崩すために周囲を溶解しつつ、観念したように皐月は口を開いた。

 

「……なぁ」

「何でしょうか」

「帰ってくんない?」

 

 切実な言葉に、何人も止めることが出来ない両者の歩みが容易く止まる。

 皐月はあからさまに顔に出ていたが、羅濠教主も少しばかり不満気な膨れっ面だった。

 

 羅濠教主にとって、皐月は『打てば響く』の体現だった。

 もし弟子に出来たのなら、その時間は蜜月と比喩しても良い夢心地だろう。

 そんな相手の帰宅希望である。

 いや、今思えばこの炎の魔王は初めからそんな文言を口にしてなかっただろうか。

 羅濠教主は戯れ言と切って捨てた切願を、不機嫌に口を尖らせながら思い出す。

 

「……何故ですか」

「モチベーションが上がらない。得るものが無い。

 アンタの体術は武神クラスの才能と、相応の年月を礎としたモノだ。

 最初は参考になるかと思ったが、ある程度戦って分かった」

 

 ジャック・ラカンと同じ、莫大な戦闘経験と魔王に至れる規格外の才が合わさった神域の技術。

 真似できる類いの技術ではないのだ。

 精々が達人との戦いの経験ぐらい。

 不戦協定も結んでいない魔王相手にすることではない。

 

「私と対峙し、拳を交わしている。その栄誉を感受すべきでは?」

「それ、アンタにヴォバンの糞爺が似たようなこと言ったとして、イラっとせずには居られるか?

 老害だろうが美女だろうが、そこに暴力と実害が伴えば何の違いもありゃしねェよ」

 

 ───帰れ。

 それが戦い始めた時から皐月が主張する意見である。

 ぐびぐびと、いつの間にか『蔵』から取り出していた魔法薬で容易く全快した皐月は、同じく取り出した椅子に座り込む。

 

 そんな皐月に、羅濠教主は瞳を閉じて思案する。

 魔王間の関係は基本的に二つ。

 和睦に近い不可侵条約を結ぶか、出会う度に殺し合いを誓う不倶戴天となるか。

 皐月にとって狼王と剣王、そして夫人がそうである。

 では、皐月にとって羅濠教主とはどういう分類になるか。

 そして羅濠教主にとって皐月という魔王はどう値するか。

 

「……致し方ありません」

 

 溜め息を付き、立ち上がる。

 そんな様子に、漸くかと皐月が嘆息するが─────直後の震脚で椅子諸共に吹き飛ばされた。

 

「─────この一撃にて、貴方への評価を定めましょう」

「……………………………………………………あのさぁ

 

 莫大な呪力が、羅濠教主の全身に込められる。

 ホンの僅かも漏らさぬ完全な呪力操作は、地脈から吸い上げる魔力を余さず飲み干していく。

 間違いなく、その一撃は魔王をして必殺に値するだろう。

 

「だから、そんで?」

 

 対するは、灼熱の怒り。

 ひっくり返った皐月は、既に襤褸になりつつある制服の上着を脱ぎ、Yシャツの袖を片方だけ捲る。

 倦怠感は鬱陶しさに変わり、鬱憤は業火となって弾け飛ぶ。

 

 行動原理は、まぁ理解できる。

 そういう結論も、分からんでもない。

 でも、それ人の迷惑考えてないよね? 

 そんな魔王に向けるには当たり前すぎる怒りが、沸々と煮えたぎっていた。

 

「アンタ、百年前にあの糞猿一匹殺し損ねた訳だが────そんなザマで俺と撃ち合う? ナマ言ってンじゃねェよ」

「…………!」

 

 神殺しの女仙による、渾身の一撃? 

 ()()()()()()()()()()

 

 さて、皐月の持つ必殺とは? 

 それはまつろわぬカグツチを磨り潰した、核弾頭の拡散爆破による回避不能の焦土爆撃である。

 一発一発がまつろわぬ神に致命傷を与える神代核兵器(アグネア)を、数を揃え絶えず爆破し続ける焦熱地獄(ムスペルヘイム)

 

 だが、それは幽世のみに許された禁じ手。

 地上で行えば世界の終末が不可避となるだろうし、そんな事を行う訳にはいかない。

 だから焦熱地獄を形成する訳にはいかず  

 ────故に、彼はもう一つ必殺を望んだ。

 

 そもそも焦熱地獄では、真なる縮地法を極めた羅濠教主には必殺足り得ない。

 なればこそ、必要なのは面ではなく点攻撃。

 皐月の伸ばされた片腕に、原初のルーンが刻まれる。

 

「全ルーン最大励起、『破滅の災枝(レーヴァテイン)』起動───ケシ飛ばしてやるクソが

 

 実はその炎剣、触媒とする『枝』の強度が高ければ高いほど精度と威力が増す特性を有する。

 北欧神話を焼き滅ぼした際、担い手たる炎の巨人王スルトが持つ剣が、仮にロキが鍛え妻シンモラが守護するソレだとして。

 

「我は終える者、世界の災厄。()()()()()()万象を灰燼に帰す、破滅の枝を産み落とす者!!」

 

 仮に魔王の片腕を代償としたモノだった場合、どれだけの一振りと成るか。

 加えて、自らを焼く炎によって、激痛(いたみ)振動(攻撃力)に変換される。

 ──────更に。

 

「我は炎。原初の神戮を為した、火産みの輝きなり────」

 

 そこに、聖句と共に神殺しの炎(カグツチ)が込められる。

 対神、対界、対生命。

 世界を滅ぼし、神を焼き殺す炎が一点に集まっていく。その熱を、一切周囲に漏らすことなく収斂。

 熱量の余り、その刀身()は白く耀いていた。

 ───()()()()()

 それが、万神焼き断つ刃となった。

 

「……!」

 

 だが、それは羅濠教主に白兵戦を挑むことを意味する愚策であった。

 先程の彼女の宣言が無ければ、の話であるが。

 

「望む処です」

 

 何故ならその刃を前にして、最善手である回避を選ぶことを羅濠教主は赦さない。

 己を至高と断ずる彼女に、此処に至って逃げを選ぶことなど在りはしない。

 であれば、羅濠教主は正面衝突を挑む他に無かった。

 それを、怒りと冷静が混じり合った皐月は正しく理解している。

 ある意味、信頼さえしていた。

 これに逃げれば、最早ソイツは羅濠教主ではないのだと。

 

 両者共に縮地を修め、しかしその錬度の開きは余りに隔絶している。

 対応は出来ても、皐月に競い合うなど百年早い。

 なので、足りない錬度は火力で補う。

 

 片や仙術に至った縮地法。

 対するは、残った片腕を後ろに下げ、腕全体で翼の様に拡げたアフターバーナーが足りない錬度を補った。

 激突は、即座に。

 

 

「──────■■■■■■■■■■■ッ!!」

「な──────」

 

 

 羅濠教主の背後から襲い掛かった、神殺しの魔狼によって火蓋は切られた。

 

(まだこのような奥の手を────!)

 

 その咢は、間違いなく魔王やまつろわぬ神の首と命を喰い千切れるもの。

 そもそも神殺しの逸話の怪物か、その牙へ羅濠教主の本能が悲鳴を上げる。

 勿論、単体なら対処は難しくない。

 神殺しの神獣、何するものぞ。

 しかし、眼を離してはならぬのは後門の狼では決してない。

 致命というのなら、太陽の如き灼熱を振るう魔王から、決して眼を離してはいけないのだから。

 死神の鎌と言うには余りに眩しく、暖かいというには余りに破滅的な輝きが迫る。

 

「死ねや」

「面白い───!!」

 

 不可能を可能にするのが、絶対勝利者たる神殺しの魔王なれば! 

 三つの影が交差する直前、影を裂く光によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 この夜を以て、新たな───否。五人目の神殺しのカンピオーネの存在は、明確に暴かれた。

 狼王の企みを叩き潰し、剣王とまとめて焼き払い、()()()()()()炎の王。

 奇しくも、南欧の魔術組織と五嶽聖教への莫大な賠償要求───つまり金の動きから確定したその情報は、全世界に発信され、戦慄させた。

 

 新たなる魔王が何故、己の存在を隠していたのか。そんなことはどうでもいい。

 問題は、かの魔王の戦歴である。

 結果的にとは言え彼は最古参の二人を、そして最新の魔王であるドニを打倒している。

 相性も有るのだろうが、殺してこそいないが魔王三人に勝利しているという事実は余りに強く情報を波及させた。

 その波紋の力は何より、地元日本に最も強く響く。

 

 正史編纂委員会は、遂にこの時が来たのだと殺到してくる問い合わせに対応する為の準備を始め。

 何より、魔王の存在を知らずにいた一部の『民』の術師達は狂喜する。

 かつて日本上層部が夢想した、関東魔法協会───延いては魔法世界メセンブリーナ連合への復讐を成せるのではないかと。

 

 皐月の「待て」の影響のあるのは委員会などであり、間接的な関りでしかない『民』の術師達は、そもそも存在すら知らなかったのだ。

 そしてそれは、強ち間違いではない。

 一年も経たず、遅かれ早かれメセンブリーナ連合は崩壊する。

 日本への魔法世界の悪影響は無くなるだろう。

 しかし、そんなことを彼等は知らない。

 

 そして調べれは容易く解るだろう。

 その希望の星である魔王が未だ学生で、怨敵の本拠に通っていることを。

 

 何故その地を灰塵に帰さない? 

 まさか、魔王が魔法世界に従っているのか? 

 魔王はまだ子供、潜伏していた事を考えれば神殺しを為したのもより幼くなるだろう。

 魔王と成る前から洗脳を受けていれば、魔王が魔法世界に従っているのも不思議ではない! 

 

 期待は反転し、反意へと繋がる。

 

 幸か不幸か、同じ学園に所属している怨敵の英雄の遺児がいるではないか。

 あれらを利用し、魔王を巻き込み魔法世界への剣と成さん! 

 そんな直接対峙した事の無いが故に、魔王の真意を知らぬ愚か者共に紛れ偽神の走狗たる人形達が紛れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────つーかあの女、あの状態からコッチの攻撃溶けた腕で捌き掛けたんだけど。

 途中炎刀を炸裂させてねぇと負けてたんですけどマジで。

 アンだけ有利条件揃えて、意識と腕一本はどうなんよ? なぁどう思う千雨」

「100%の素人に何言ってんだ。

 ……良いからさっさと、神楽坂の誕生日プレゼント選んで早く帰るぞ」

「ちょ待てよー。デートみたいだってさっきまで顔赤くしてブツブツ葛藤してたちうたん待てよー。

 録画しといたからみんなに見せてイイ?

「帰るッッッ!!!!」

 

 騒動の種は産まれた。

 舞台は麻帆良から、京の都へ移るのも間もなく。

 

 

 

 




本当に難産。
何でかって? 羅濠教主の唯我独尊っプリとUQホルダーとの齟齬調整が。
そもそも忙しすぎたり思うように書けなかったりとスランプ気味でした(いつも言ってる)
なので戦闘シーンを盛大にカットし、そのまま次章の修学旅行編への足掛かりにしました。
まぁ次話は戦闘後の後処理や賢人議会報告書やらと、アスナの誕生日イベを予定しております。教主とのやり取りもこっちに回すつもりです。
 
他の小説書いてたらまーたエライ時間がかかるかと思いますが、宜しくお願い致します。


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第四十二話 怪人に対するハゲマントの様に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【二十一世紀初頭、新たにカンピオーネと確認された日本人についての報告書より抜粋】

 

 ロキは北欧神話に登場する神であり、かの神話に於けるトリックスターの属性を持つ代表的な神の内の一柱です。

 かの神は、巨人を両親に持ちながらオーディンの義兄弟となる事で契りを交わして参入した、異例の神です。

 これはヴァン神族であったが、後に人質としてアース神族になったニョルズとその息子フレイ、娘フレイヤとも違う、唯一の巨人族からの参入者なのです。

 ロキは邪悪な気質や狡猾な知性を持っていて、いつも嘘をついて他人を騙したり陰謀に陥れたりしているのですが、同時に既成秩序を壊して神や人間を困らせるだけではなく、神や人間の危機・窮地を救うような活躍も多くしている両義的(トリックスター)な神なのです。

 善と悪の両方の属性(人格特性)を備えていることこそ、ロキがアースガルドの神々の中でも異彩を放っている所以でしょう。

 

 キリストと同一視されるバルドルを殺害した『ギュルヴィたぶらかし』。

 神々の過去の罪や恥辱を一柱ずつ暴きたて巧みに罵倒する『ロキの口論』。

 その際バルドル殺害を仄めかせてしまった事により、後に神々に捕らえられ洞穴に幽閉される『ロキの捕縛』。

 これらの邪悪な面は、キリスト教の伝播に伴い、サタンの影響を受けた、あるいは与えたとの説もあります。

 またサクソ・グラマティクスの『デンマーク人の事績』には、本来『ギュルヴィたぶらかし』にてロキと早食い競争で勝負した霜の巨人王ウートガルザ・ロキが、ロキのように地下に縛られ幽閉されている話が存在しています。

 更にロキという名前には『閉ざす者』、『終わらせる者』以外にも『炎』の意味もあることから、元々は『火神』だったという説もあります。

 北欧神話のロキをモデルにした『ニーベルングの指環』に登場するローゲという神は、『炎・火神の属性』を持っていることが特に強調され、北欧神話に於ける炎の巨人王スルトの役割さえ担っています。

 かの魔王が炎の魔王と認識された権能は、このローゲの側面を強く表出させているからかも知れません。

 瑞葉皐月、彼はこの狡知の道化神を殺害し王となった少年なのです。

 

【グリニッジの賢人議会により作成された、瑞葉皐月についての報告書より抜粋】

 正史編纂委員会から提供された数少ない情報をまとめて、我々はかの狡知神の北欧神話で行った所業に由来する権能を『狡知神の悪業(クラフト・オブ・ミスディード)(craft of misdeed)』と命名。

 しかしながら、彼の神殺しが確認された時点で複数の神から権能を簒奪している為、またそれ以上の情報提供が正史編纂委員会から無かったことから、詳細は不明。

 過去の目撃情報から炎を操る、あるいは纏う(炎化?)権能を確認しているが、これがロキから簒奪したものかは確定していない。

 その他にも『衝撃波』『雷化による神速』『狼型の神獣の使役』等の報告が上がっており、本人が自身の存在を隠匿していた事も合わさり、詳細については判明していない。

 恐らくJ.P.スミスの『超変身(メタモルフォーゼ)』のように複数の能力を持つ権能、ないし前述のように既に複数の神格を斃しているであろうと推測される。

 確認されているだけで、『魔王の狂宴』にて伯爵とサルバトーレ卿を相手取り、我々が知るように羅濠教主との戦いの経緯からも、この説の実証性は極めて高いものと判断する。

 

 尚、瑞葉皐月は現在麻帆良学園都市の学生として所属しているが、同時に正史編纂委員会の総帥を兼任しているとの確定情報が存在する。

 これは日本の組織事情の複雑さから、彼が『魔法世界』に属する関東魔法協会に所属しているのではないか(日本と魔法世界の関係については、神木・蟠桃を参照)──という疑問に対し、正史編纂委員会は否定している。

 

 確認されている限り、衝突したすべての魔王に勝利した新たな魔王。

 そんな彼は言うまでも無く、魔術師に対して絶対的な力を保有している。

 従って、今後の動きをより注視していかなければならないだろう。

 その戦歴から、瑞葉皐月は報告書執筆現在において『最強の魔王』と表現するに値する存在であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

第四十二話 怪人に対するハゲマントの様に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王襲来から二日。

 ネギは図書館島最深部にて、アルビレオの修練を受けていた。

 大瀑布と共に形成される湖を、ネギは箒に股がりながら飛翔する。しかし、その表情は険しかった。

 飛翔する彼の周囲には、展開された五つの『魔法の矢』。

 高速で移動するネギは、背後に視線を向けながら最大限の警戒を向けていた。

 

 それを、即座に縮地───虚空瞬動で以て黒髪の男が追い付いた。

 

「っ! 風矢────」

「遅い」

 

 男が持つ煌めく白刃が、振り返りながら魔法を放たんとするネギを両断する。

 袈裟切りにされた少年の肉体は、慣性に従い湖を切り裂きながら吹き飛ばされるも、直ぐ様起き上がる。

 その身体に刀傷は無かった。

 刃が潰されていたのか、はたまた単純に峰打ちだったのか。

 それでも、打たれた痛みがネギの動きを苛む。

 一瞬の硬直。しかし『彼等』にとっては致命的な隙であった。

 

「……ッ!」

「動かないなら、終わりにしましょう」

 

 彼の頭上に現れた銀髪褐色の巨漢が、身の丈を遥かに超える巨剣で以て小さな少年を呑み込んだ。

 

 湖に瀑布を超える水柱が立ち上がった数時間後、ネギは意識を取り戻す。

 彼は、テラスに配置されたソファに横にされていた。

 再現された『紅き翼』達との鍛練、その最後はいつもこの状況である。

 いつもは憧れの父達の『力』だけとはいえ、交流は常にネギを興奮させていた。

 だが、今回はその興奮は存在せず。

 あるのは自身の無力への消沈のみ。

 

「剣王は、この程度では無いでしょうね」

「……!」

 

 今回の戦闘訓練は、ネギの要望で剣を扱う面々が再現された。

 介入こそ出来ないが、学園都市の内情を把握できるアルビレオはネギの本意を容易く見抜く。

 

「……師匠。もし、僕が父さんと同じくらい強ければ、タカミチは怪我をせずに済んだでしょうか」

 

 タカミチを助ける処か、高音達の押さえ込みにも抗えなかった。

 己の無力により、親しい者が傷付く。

 それは彼にとってトラウマそのものであり、今も尚密かに燃え続ける復讐の炎の薪だった。

 

「……いえ、それは無理でしょうね」

「───!?」

 

 それを英雄の一人は、不可能と断じた。

 アルビレオ、延いては『紅き翼』達の力は、彼等の力の再現によって鍛えられているネギだからこそ、理解するものである。

 まさしく人類最高峰の者達であると。

 そんな彼等を直接知り、共に修羅場を潜ってきたアルビレオの断言に、ネギは呆然と口を開ける。

 

「貴方がどれだけの力を持っていようと、タカミチにとって貴方は護るべきナギの忘れ形見。ネギ君、貴方を護るために身を晒さない選択肢は無いでしょうね」

 

 それは実力以前に、大人と子供という差のもたらす義務感。

 何より、タカミチが憧れた英雄の忘れ形見を庇わない理由など、彼にはないのだから。

 

「加えて、タカミチが相対したのは紛れもなき魔王の一角。私も例の皐月王以外の魔王は初めてでしたが、やはり凄まじい」

 

 だが、それ以上に魔王の力は上を行く。

 仮に英雄と呼ぶべき力を備え、大成したネギが居たとしても、果たして雪姫の様に剣王に一矢報いられるか。

 そして、ネギが望む英雄の力では魔王に勝利できない明確な証明があった。

 

「かつて私達『紅き翼』は、この国で『リョウメンスクナ』と呼ばれるまつろわぬ神と戦いました」

「リョウメンスクナ───」

 

 ────両面宿儺。

 上古、仁徳天皇の時代に飛騨に現れたとされる異形の大鬼神。

 そんな英雄と倒される異形、双方の属性を有する鬼神と、かつて青山詠春の祝言の為と()()()()()()()()として京都へ訪れた『紅き翼』の面々達は戦っていた。

 

「ジャックなど特殊な理由でその場に居なかった者も居ましたが、少なくとも過半数は参戦しました。

 ですが結果は『封印』───正直に言いましょう。英雄と呼ばれる我々でも、現地の方々の力を借りても。まつろわぬ神には勝てませんでした。────()()()()()()()()

「そんな……」

「まつろわぬ神を弑逆出来るのは、神殺したる魔王のみ。勿論、封印等の次善策はありますが」

 

 故に、封印という人間が許されるまつろわぬ神への対策を行った。

 まるで、唯人の様に。

 

 それも当然。

 英雄と呼ばれながら、しかし彼等は根本的に『勝ち切った事がない』。

 彼等が英雄と呼ばれる事となった大戦に於いても、その黒幕を殺し切った訳では無かった。

 事実そのツケが、次世代に降り掛かっている。

 

「心してください、ネギ君。歴史上彼等に人間が勝利したことは一度としてない。仮に剣王を憎み魔王を恨み、復讐の為貴方がどれだけ研鑽を積んでも。仮に理論上絶対に勝てる公式を、幾千幾万用意できたとしても────」

 

 ───絶対に彼等が勝利する。

 そのアルビレオの断言に、ネギは息を呑む。

 カタログスペックを容易く覆す、勝利の権化。

 魔王は、絶対勝利者(カンピオーネ)とはそういう存在なのだと。

 そしてその運命は、今はまだネギを絡め取ったままである。

 

 今回の騒動で、ネギには魔王という存在が骨髄に刻まれた。

 その脅威と恐怖も。

 しかし、そんなネギのイメージが同じ魔王たる皐月と合致しない。

 

「(───────瑞葉、皐月さん)」

 

 双子の半身だった、今やネギが羨む強者となったアカリ。そんな彼女が従う魔王。

 今までマトモに話も出来なかった彼と、ネギは接触する決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 世界中を混乱の渦中に叩き落とした話題、その張本人は。

 麻帆良学園を離れ、繁華街に訪れていた。

 カジュアルなスーツジャケットを無地のTシャツの上に羽織った、まるでデートの様な服装。

 

「アレなんか良いんじゃね?」

「お、おう」

 

 それに寄り添うのは、普段の丸眼鏡をシャープな縁無し眼鏡に。髪型を一束の三つ編みからポニーテールに変えた、年齢からは少し大人びた少女────長谷川千雨である。

 麻帆良学園に居るべきこの二人が、学園都市から離れた東京の繁華街に足を運んだ理由は、決して色恋に関連したものではない。

 

 剣王と武仙の襲来から二日、

 二人にとって大切な幼馴染である、神楽坂アスナ。

 そんな彼女の誕生日プレゼントを、二人は選んでいるのだ。

 

(そう! だからこれはデートじゃねぇし! 他の女のプレゼント買う為のモンで、デートとかはしゃぐ女は引かれるに決まってンだろうがッッ!!!)

 

 まぁ尤も、客観的に見ればデート以外の何物でもなかった。

 

 皐月の周囲には複数の異性がいる。それも、とびきり上等の、だ。

 そんな中から千雨をプレゼント選びの相方に、皐月が選んだ理由。

 それは他の面々の無茶振りにあった。

 

『折角やし、デートイベントを差し込むのはどうやろ』

『ナイスぅ!』

 

 別荘にてアスナに秘密で集まった面々に、淀みない様子でこのかの案が通りかけた。

 それは彼女なりの打算でもあり、周囲の意見を最も叶える案でもあったが───デート当日を決めた際に、普通に皐月は断った。

 

『や、予定入ってるから無理。それと繁華街とかはホテルとかに連れ込まれそうでヤダ』

『『チッ』』

『オイ誰だ舌打ちしたの』

 

 麻帆良祭の様な催し物と違い、あくまで目的はプレゼント選びなのだ。

 そして神殺しとしての直感により、女子メンバーの姦計は磨り潰された。

 そしてその予定こそ、まさかの千雨との買い物(デート)である。

 予定を詳しく言っていれば、済し崩し的に身内全員とプレゼント選びを付き合う事になっていただろう。

 普段ならカンピオーネの底なし体力にまかせ、其れも良かったが、時期が不味かった。

 世界に情報が公開された以上皐月の休日は羅濠教主との戦いから、一週間も無いと視ている。

 そうなれば修学旅行など、アスナの誕生日後にイベント盛り沢山である。

 身内であっても戦闘能力が無いが故に、皐月が蚊帳の外となる千雨との予定を優先したのは、雪姫との相談もあり当然の帰結であった。

 

 

 そう、結局千雨は戦闘能力を取得するには至っていなかった。

 単純な話、千雨には戦闘者としての才能も、魔法魔術呪術などの才能も特別には無かった。

 生来魔力抵抗に関しては明確に才能はあったが、あくまでそれだけ。

 現代日本の女子中学生が、当たり前に持ちえない才能を持ち合わせていなかった。

 

 無論手がない訳ではない。

 仮契約によるアーティファクトの取得が、最も最短の道なのだが────生憎とその選択を千雨は取る事が出来ずにいる。

 皐月からすれば、彼女の乙女心に戦闘手段が釣り合う訳が無く、その逃避(せんたく)を心より歓迎した。

 戦闘要員など、極論自分と雪姫だけで良いとさえ考えているのだ。

 

「うーむ、オルゴールとか良さげと思ったが……原作的に

「そういう感じではねぇな。食い物か、ダンベルとか? いや、流石に馬鹿にし過ぎか。前は何贈ったんだよ」

「防御補助系の神具」

「参考になるかぁ!」

 

 新たな人格が形成される前に、記憶が戻ったからか。

 あるいは気質故か、気品こそあってもおしとやかさを喪った黄昏の姫巫女。

 幼少期の出来事が人格を決定付けると言うならば、百年間薬と魔法で成長を阻害され囚われ続けたアスナにとって、幼少期とは紅き翼との旅をしていた十年間だ。

 必然、彼等英雄の影響を色濃く受けていた。

 即ち、人界屈指の戦闘者達の影響を、である。

 

「……あー。あのキチガイさは、生まれつきとかじゃなかったのか」

「アスナは幼少期の環境がアカリ以上に特殊だからなぁ。

 まぁ、ああなったのは赤毛馬鹿と呼ばれる英雄と、筋肉馬鹿と呼ばれる英雄が元凶だと考えている。

 ホラ、この前リンチにしてたロリコンのイケメン居たじゃん? アイツの仲間。そして赤毛馬鹿がアカリの親父なんよ。

 で、アカリの遠縁がアスナ」

「うッそだろ」

 

 果たして風評被害と呼ぶべきか。

 主に、キャラの濃さ的に。

 そしてその境遇故に、自衛能力を求められたアスナは必然、己が知る強者に倣った(例外の魔王を除く)。

 その結果が今のアスナとも言える。

 

「女子中学生らしいものを贈れば良いのか、そこに監禁されてた百年を計算に追加した方がいいのか。本気で難しいなぁ」

ちょっと待て。さっきから本気で情報量多いから、一旦待ってくれ」

「ほいじゃ、チョイと喫茶店でも寄りますか」

 

 頭を抱え始めた千雨に、ケラケラと笑いながら手を差し伸べる。

 実際、あまり人混みが得意とは言えない千雨にとって、その配慮は非常に有り難かった。

 差し伸べられた手を何度と躊躇しながら握った彼女を見て、皐月は適当な店を探そうと周囲を見渡し──────途端、顔色を変えた。

 

「千雨」

「どッ!? どうしっ……!?」

 

 手を引っ張られ、抱き止められた千雨は顔を真っ赤に染めるも、周囲を認識した途端固まる。

 つい先程まで人混みに溢れていた繁華街の一角が、無人になっていた。

 千雨は、この光景に既視感を感じた。

 去年、世界の裏側を知った際に見た、人払いの魔法が掛けられた光景である。

 そして今回、信頼できる身内が行った訳ではない、不確定な第三者の介入を意味していた。

 

「……ッ!」

 

 千雨は口の中が干上がる感覚を覚えた。身体が震えるのに気が付いた。

 それは嘗て自身を蝕んだ疎外感を、より強めたもの。

 神秘という明確な命の危険、現実感を失わせる未知への恐怖である。

 それはまるで幼い頃、暗闇を一人歩く際に感じた恐怖に似ていた。

 

「────大丈夫」

 

 だが、何の問題も無い。

 あらゆる災害であっても、彼女に危機は訪れない。

 ヴィランに対する、全盛期の平和の象徴の様に。

 怪人に対して、頭髪がないマント男の様に。

 神すら殺す絶対勝利者が、彼女の安全を保障するのだ。

 

 これまでも、これからも。

 

 

 




お待たせしました。
禁書二次の章完結まで執筆を優先したことで、こんなにお待たせすることになりました。
本当に申し訳ありません。

一応作品更新自体は一カ月一話という牛歩ではありますが、行っていました。
それが破られた理由としては、普通に原作キャラの動かし方に頭を抱えています。

二次創作なんで描いてんの? と思われるかも知れませんが、本当です。
他に遅れた理由としては仕事に下半身(特に足腰)に負担が掛かるものが追加され、根本的に疲労から執筆が滞っているのもありますが、何よりキツイ問題はキャラの行動の説得性であるマス。
つまり「飛影はこんなこと言わない」ですね。

プロット考えた奴何考えてンの?気軽に箇条書きしてんじゃねぇよ(発狂)
設定でスリップダメージ付けた奴誰だよ、羅濠教主簡単に回復しないじゃん(獣の病罹患)

とまぁこんな感じで執筆が滞っておりました。
それでも、ということで予定より内容短めにしたものを投稿しました。
つまり話があんまり進んでいないし、急いで投稿したので文章がおかしい部分があるかもしれません。

愚痴となった後書きもとい近況報告ですが、次回はなるべく早めにお会いできればと思っております(説得力の無さ)

誤字修正指摘兄貴姉貴に深く感謝を。
指摘していただいた箇所は随時修正します。
では、またお会いしましょう。


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第四十三話 瘦せ我慢なら魔王一

 ────皐月のそれは、見た事のある類の顔だった。

 小さく微笑みを浮かべながら、何か違ったモノを視る眼。そんな瞳をチラリと此方を窺っている、そんな()()()()()()事を、所作の端々に見て取れる感覚。

 異常な環境が常識とされる環境で、私が周囲との差異に苦しんでいた時、手を引っ張っていてくれた際と、同じ感覚。

 でも、今の顔はもっと──安心できる。

 それは背丈が伸びて、より異性として意識しているからだろうか。

 本当に眼の色が変わっているし、それを上回る冷たさを滲ませてもいる。

 だけど、本当に安心できる類のものだった────。

 

 そんな風に皐月に気を取られた千雨は、無人の繁華街に黒服の集団が現れた瞬間を見逃した。

 

「(───〰〰〰ッ! さっきまで新宿を歩いていた筈なのに、一体私はいつの間に『龍が如く(極道物)』の世界に入り込んだ!?)」

 

 まるでマフィアや任侠ものの作品の一幕だ、なんて考えるのは、彼女の気質か。

 あるいは、ベタベタのファンタジーやっているクラスメイト達と少し違い、変にリアルに感じたのが逆に現実感を欠如させたのだろう。

 千雨は呆然とする以外、皐月にすがり付く事しか出来なかった。

 

「御初に御目に掛かります、皐月王。私どもは魔術結社『五嶽聖教』の一員であります」

 

 そんな彼女と皐月に名乗ったのは、中華系の衣装に身を包んだ、明らかに中華系の女だった。

 まるでその手の重鎮を迎えるような礼儀正しい最敬礼と共に、左右を囲む黒服サングラスの男達が呼応する様に頭を下げる。

 

「捕まった組長の出所迎えかよ…………」

「いやいや、それはここまで派手にしちゃダメでしょ。でも……あァ、成る程」

 

 皐月の警戒は解けていない。

 だがそれでも、そのレベルは大幅に落ちたことを千雨は何となくだが理解した。

 魔王は絶対強者ではあっても、救世主では無い。

 まつろわぬ神相手だったならば、千雨の安全性は著しく下がる。

 

 ─────まつろわぬ神は、あらゆる文化圏に渡って習合している。

 北欧神話の大神オーディンが、ギリシャ神話では伝令神ヘルメスに。ローマ神話ではメリクリウスが、ケルト神話では太陽神ルーと姿と属性を変える。以上、全ての神が同一視されている。

 其処に顕現時に、招来方法や条件によって更に属性と側面が追加されるのだ。

 

 それこそアーサー王伝説の円卓の騎士ランスロットと名乗っていた神の正体が、ギリシャ神話の軍神アレスの娘であるアマゾネスの女王三姉妹に由来する女神だったりする。

 つまりは逆にアマゾネスの女王がトリガーとなって、不貞をやらかした事で有名なランスロットが出てくるという事でもある。

 ちょっと意味解りませんね。

 

 王妃との不貞で国を割る切っ掛けとなった騎士が、何がどうしてアマゾネスの女王になったのか。

 一般的な日本人には意味不明以外の何物でもないが、そんな事態さえまつろわぬ神には在り得てしまうのだ。

 世界が日本のサブカルチャーに呑まれたか? 神話に詳しくない人間なら必ずそう言うだろう。

 無論本来まつろわぬ神がポンポン招来される事など無いが、現在の日本は神殺しの魔王という起点が彷徨いている異常事態が常態している。

 

 世界樹という神格招来に対する抑止力が存在しているものの、つい先日もう一つの抑止力である斉天大聖が暴走。皐月に殺されている。

 加えて直後の羅濠教主との戦闘が、何等かの神を誘引してしまうのではないか────それが、皐月の思い描く最悪であった。

 結果、杞憂に終わってくれたのだが。

 

「ま、連中が態々人払いとかしないしな」

「オイ、一人で納得するなよ」

「ゴメンて、アンタ等も頭上げなよ。しかし『五嶽聖教』か……」

「? 知ってんのか」

「先日殺しかけた奴が頭やってる組織」

「御礼参りじゃねぇか!?」

 

 ───────『五嶽聖教』。

 それは、先日皐月が戦った羅濠教主が総帥である魔術組織である。

 中華の技芸を学んだ武侠や方術使いの3割近くがこれに所属し、構成員は教主に絶対の服従を誓う。

 そして教主の「姿を見ただけで目を潰し、声を聴いただけで耳を削ぎ落とす」逸話の被害者は、彼等ということになる。

 それを除いて五嶽聖教の概要を、皐月は自身の腕に縋り付く千雨に伝えた。

 つまり人間相手。ならば皐月にとって80億人居ようが数兆人居ようが然して障害ではない。

 

「つーか武侠って、要は中国マフィアだろ……!」

「魔王の部下が、魔王相手に魔王や神抜きで御礼参りは無いって。

 もしそうだったとしても、グロ描写抜きで全員無力化出来る。殺すなんてしないから安心しなさいな」

「……わかった」

 

 彼の保証に、千雨は一先ず安堵の息を吐く。

 良く見れば、黒服達も大なり小なり同じ様に安堵していた。

 無理もない。

 何せ自分たちの魔王の振舞いを考えれば、比喩抜きに命懸けだったのだろう。

 

「で、天下の往来占領して、何の要件かな? 出来れば良い感じの店で腰を落ち着けたいんだわ。そりゃ俺は大丈夫だけど、此方のツレはほぼ一般人。ヤの人っぽいのに囲まれちゃあビビっちゃうわ」

「それはとんだ失礼を。御同行頂けるのであれば、喜んでご案内させて頂きます」

 

 そう言った女の手招きに応じ、これまた黒塗りのベンツが現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四十三話 瘦せ我慢なら魔王一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人を乗せた車が向かった先は、横浜市中区山下町。

 その観光名所である中華街の一角にある料理店、そのVIP室であった。

 

「横浜は東京では?」

「神奈川県なんだよなぁ。後で桃鉄やり直すぞ」

 

 恐らく日本人だけが通用する妄言を口にする皐月を諫める千雨は、そこまで緊張していなかった。

 下手に誘拐犯に浚われるより、中国マフィアの車に乗っている方が余程恐怖体験だろうに。

 

「そりゃそうさ。万が一お前が傷一つでも害意で以て付けられればどうなるかってのを、コイツらはよーく理解してる。

 魔王がどんだけイカれてんのかなんて、自分達のアタマって参考資料があるんだから」

 

 と、車内で躊躇なくジュースを要求した幼馴染は断言した。

 その反応に対して、頻りに相手側が安堵し続けていた事から、魔王というものの一般論に皐月が該当しないと錯覚し始めていた千雨。

 そんな二人が案内されたのは、千雨がゲームでしか見たことの無いVIPルームだった。

 

「御食事が未だという事で、此方で御用意させて頂きました」

「うお」

 

 清朝の宮廷の宴席料理────満漢全席。

 そんな最早失伝した宴会様式さながらの、料理の行列が並んでいた。

 無論、二人で食べられる量ではない。

 だがそれでも、そんな絢爛豪華な食事の行列が皐月の機嫌を一ミクロンでも上げるためなのだとすれば、彼等の本気度合いが理解できるというもの。

 

「─────さて、本題に入ろうか」

 

 ある程度食べた後、了解を取って残りを机ごと『蔵』に収納した皐月は、そんな風に口火を切った。

 贅と礼を尽くしている以上、『五嶽聖教』は皐月に何らかの要求────願いがあると考えるのが必然である。

 そしてその内容を、皐月は察しているようだった。

 

「……この度は、御願い申し上げたく参上致しました」

「内容は?」

 

 それに対して意を決した様に、伏して頭を下げながら願いを口にする。

 その場に居る黒服達も、それに呼応するように頭を下げた。

 

「教主の傷を苛む炎の呪詛────それを消して頂きたいのです」

 

 彼等『五嶽聖教』が口にした願い。

 その内容は、根本的に部外者故に傍観している千雨にとって聞き覚えのあるものだった。

 

「それって、皐月。お前の……」

「あぁ。俺の炎は『やけど』のスリップダメージ付きだからな」

 

 カグツチから簒奪した権能───神殺しの炎。

 日本神話にてその出産そのものが、大地母神たるイザナミの死因となった火神である。

 その恐ろしさは数年前に同じ炎を受けた、戦狂いの狼王が未だにその活動そのものを自粛する程である。

 その解呪となれば、なるほど理解できる。

 それが例えば剣王が同様の状況に陥った際に、その執事が同様の嘆願を行ったのならば。

 そんなシチュエーションも容易に想像できるのだろうし、数年前か数日前に十分在り得たかもしれない可能性だ。

 だが────

 

「成る程────これはお前らの独断か?」

 

 呆れさえ感じさせる声色で、皐月は彼等の覚悟を確認する。

 

「あのプライド青天井が、そんな要求を許容できる訳がない」

「……その通り、これは我等の独断です」

 

『五嶽聖教』の独断であると断言した理由は、余りにも単純明快。

 天上天下唯我独尊。

 それの誤用を体現し己を至上と定める羅濠教主が、ある意味己に醜態を加える様な部下の行動を許すだろうか? 

 無論、否である。

 

「現在教主は、その身を蝕む炎呪に仙術での治療も儘成らぬ状態で焼かれ続けています。まつろわぬ神や魔王との戦闘はおろか、まともに起き上がる事さえ困難な状態」

「当たり前だ。どんだけ権能を複合させたと思ってやがる、本来なら灰も残らねぇよ。

 殺し損ねたの、素直にショックだったんだぜ?」

 

 挙げ句、恐らく複数の権能が使用出来なくなっているだろう。

 カグツチ単体の炎で片腕を呑まれた皐月でさえ、一部の権能を封じられたのだ。

 そもそも原爆の被害を間近で受ければ人間が影しか残らないのは、広島や長崎の被害から日本では有名な話である。

 それにアグニの祭火にスルトの炎、挙げ句大地の衝撃もブレンドされたモノを、更に収束させた一撃。

 腕だけでなく、全身にその炎を浴びた以上生存しているだけで称賛すべきである。

 

 彼女らの要求は、その解呪。

 何せ呪った術師が皐月である。彼にとっては、スマホを弄る片手間でも行えるもの。

 大した労力では無い。

 

「───────()()()()()()()()()()()()()

「……何?」

「戦闘時の経験から来る直感ではありません。霊的なモノ───我々は啓示の一種と認識しました」

「…………」

「我々全員が、教主が健在でなければならない。そう確信したのです」

 

 眉を潜めた皐月は、口を押さえて思考に耽った。

 彼の目と耳は、あらゆる虚言を看破する。

 そんな皐月が彼女たちを視たが、彼女を含めて周囲の者も嘘をついている様子は無かった。

 しかし、果たして彼女たちが宿命通の様な予知、霊視の類いを極めている様には見えなかったが。

 

「この身がどうなっても構いません。我々が用意できるものは全て用意致しましょう。ですから────どうか、どうか! 教主の身を蝕む呪いの権能を、収めていただきたい。何卒、我等が教主に御慈悲を……!!」

 

 それが全員揃って口にする。

 第三者の介入を考えさせるものだ。

 それこそ、運命神等の権能であれば理屈は通るやも知れない。

 何故なら、この世界は並行世界を許容している。

 そんな並行世界に将来、羅濠教主が深く関わる場合相当な齟齬が発生するのやも知れない。

 事実あり得たかもしれない世界(原作)では、彼女は並行世界に跨がる一大組織すら形成するのだが──────

 

「─────断る」

「ッ」

 

 そんな決死の嘆願を、皐月は当たり前に切り捨てた。

 

「俺はお前達に何も求めない。

 もし、お前らの中に俺しか治せない患者がいるってんなら、さっきの飯代として治しても全然構わない。

 ────だがアイツは別だ」

 

 それは、羅濠教主への惜しみ無い称賛でもあった。

 もし下劣な悪人ならば、治療を施して法によって裁かせるのもいい。

 その選択の根本には「仮に暴れてもすぐに殺せる」という保証があるからだ。

 

 だが、羅濠教主は違う。

 皐月をして白兵戦最強と讃え、条件次第では敗色は濃厚と判断する超越者。

 次同様の条件で戦って勝てるかと問われれば、断言はできない強敵である。

 つまり仮に再び麻帆良、及び身内に襲い掛かった場合、皐月には責任を取れると断言できない事だ。

 それこそ解呪を引き換えに、羅濠教主本人が幾つもの誓約を受け入れない限り。

 

「つーかさ、アイツがもし都心部で俺に喧嘩売ってきたらどんだけ被害が発生したと思う? しかも動機はこれまたクソと来た。

 ────あぁ、あん時殺してりゃ良かったな。と思っちまう訳だ」

 

 皐月から無意識か、後悔と殺意が滲みだす。

 そもそも皐月が彼女と交戦する理由は、十割羅濠教主の都合である。

 彼の懸念は、そもそも魔王の戦闘は周囲への被害が著しいという一点に尽きる。

 無論、それがまつろわぬ神との戦いであるというのなら是非も無し。

 どんな被害が出ようが、顕現した彼等を撃滅する事こそ魔王(カンピオーネ)の使命であり、責務だ。

 そこに、最も破壊能力に長けた皐月は文句など無い。周囲を気にして負けたなど、そいつは最早魔王ではない。

 

 だが、先日の戦いはどうか。

 魔王同士が戦う事に正当性など無く、挙句『宿敵を先取りされた』という皐月にとって理不尽極まりない理由で戦いを挑み────負けた。

 勝者である皐月は、羅濠教主へあらゆる侮蔑や罵倒、あらゆる責め苦を行うことに躊躇は無い。

 無様極まる敗者の泣き言など、負け犬の遠吠えでしかない。

 

「そんな奴を、行動可能にする理由が無い」

「……っ、ならば何故、そのまま倒れた教主を殺されなかったのですか!?」

「それか……はぁ」

 

 溜息と共に、皐月は周囲を見渡す。

 監視や覗き見は見当たらず、第三者の眼が無いことを確認した上で、口を開いた。

 

「────最後の王」

 

 それは、魔王にとっての宿命の名だった。

 神殺しの魔王が地上に蔓延る時代、『運命の担い手』とも呼ばれる運命神の源流より『救世の神刀』と《盟約の大法》を授かり、それを全て打ち倒す《魔王殲滅の勇者》に与えられる異名であり、『この世の最後に顕れる王』の略称である。

 

「コイツが万が一現れた際、その力は魔王の数だけ増幅する。加えて地母神や神祖を従属神として従える場合があるんだわ。地球を世紀末にするなら兎も角、徒党を組まれれば普通に面倒。だからこの従属神を斃す為の頭数が必要なんだわ。その時戦力に成りそうなら、権能は解除してやってもいい───俺が羅濠教主にトドメを刺さなかったのは、そんな事態に対する保険だ」

 

 それは、インド神話に於ける循環する4つの時期からなる時代の一つ、その中での悪徳の時代(カリ・ユガ)

 末法に於ける魔王(アダルマ)と、それを打ち倒し黄金時代(クリタ・ユガ)を到来させる十番目の全王神の化身(ヴィシュヌ・アヴァターラ)の伝説に酷似した、或いは元とした儀式。

 多くがインド・ヨーロッパ語族の神話に描かれる、魔王を倒す勇者の物語である。

 

 既に魔王は七人も存在している。現時点でもその強化倍率は凄まじいものだろう。

 房総半島上空の衛星軌道上に存在していた封印は、既に皐月によってとある偉大な探査機同様に太陽系外に投棄されている。

 が、実際に『最後の王』が顕現すればどうなるかなど解りはしない。

 

「し、しかしそういう事情なら、教主は殺すべきだったのでは」

「まぁそれが正論なんだが、魔王関連で正攻法とかカタログスペック参考にするのは……」

「あぁ……」

「だったら使える魔王かき集めてから、殴り込む方が絶対良い」

 

 魔王の数でその出力を増す『盟約の大法』を弱体化させる為に他の魔王を減らし、最後の魔王となって『最後の王』を倒すのが王道やもしれない。

 だが、そもそもが理論値が通用しないのが魔王である。

 理論上、絶対に斃せない相手を倒してこその魔王。

 

 もしこれが羅濠教主ではなくヴォバン侯爵ならば、皐月は迷わず殺すだろう。

 神殺しの魔王が、己の戦闘欲から自ら神を招来する時点で、魔王としての価値など無い。

 加えて他の魔王との共闘など考慮する事など出来はしない。そもそも彼は明確にこのか(皐月の身内)を攫い、命を代償にする儀式の巫女にしようとしていた。

 皐月にとって掛け値なく生かす意味が無い。

 

 だが、羅濠教主はまだ躊躇する理由があった。

 彼女は明確な人的被害を出しておらず、場合によっては他の魔王と共闘して『最後の王』陣営に突撃する事も可能だろう。

 相手を弱くするより、自身や自陣を強化する事を選ぶ────彼女はそういう性格だ。

 少なくとも、皐月に牙を向ける可能性が高い他の魔王より、余程マシである。

 そこで勝とうが負けようが、相手側のリソースを減らせれば良い。

 皐月がそのまま彼女の戦いを援護するのも、彼女の代わりに目障りな魔王を殺すのもアリだろう。

『最後の王』打倒後、最も世間に害を為さないのが、本来山奥に隠遁している教主なのだ。

 本来彼女の立ち回りは皐月が最も評価する、「周囲の被害をもっとも抑えている魔王」なのだが────

 

「だがあくまで万が一。

 前提の『最後の王』が顕現しない場合もあるし、何より()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 根本的な解決方法。

 それは原作主人公(草薙護堂)が行った、彼だけが可能な解決策。

 本来他の魔王では決して不可能なソレを、皐月は別の要因によって為し得る可能性を持っていた。

 ─────極限の鋼殺し。

 皐月は、正面から『最後の王』を打倒できる魔王である。

 

「そうなったら即座に殺す。魔王なんぞ、万全な状態で存在しているだけで百害あって一利なしだ。

 ま、全部ブーメランなんだけど」

 

 魔法世界の諸問題の解決。『魔王殲滅の勇者』の根絶。

 彼女の援護無しにこの二つの問題が解決した時、羅濠教主の命運は尽きるだろう。

 そもそもの話、現状彼女に攻撃された皐月に、彼女を万全の状態にするメリットが無い。折角弱めた敵の回復を許す意味とは? 

 それが彼の結論である。

 

「つーかさ。そもそも羅濠教主自身、それを望んでんのか?」

「……ッ」

 

 そしてそれが、彼等が独断で動いた何よりの理由。

 

「あの女なら自力で権能を解くなら兎も角、お前らが頭下げて俺に解呪させたなんて知ったら、怒り狂うんじゃねぇの?」

 

 敗れた相手に情けを請う。

 羅濠教主にとって怒りの余りに、正気を喪うに足る恥辱だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを行うのなら、彼女は潔い死を選ぶかもしれない。

 無論それはあくまで表面上の教主へのイメージかもしれない。

 だが、確定的な事がある。

 もし己の部下が、自身の預かり知らぬ所でそんな動きを知れば────待っているのは粛清の嵐が巻き起こるだろう。

 

「死ぬ気かお前ら」

「我々には、あのお方が必要なのです……!」

 

 不退転。

 こうなってしまえば困るのは皐月である。

 

「さて、どうすっかねぇ……」

 

 皐月は意外にも、本気で悩んでいた。

 これで相方が雪姫ならば意見を伺うか、あるいは彼等を無視して帰宅すれば良い。彼等の要求を呑む理由も義理も無いのだから。

 しかし、今回側に居るのは千雨である。

 彼女の前に居る時、皐月は自分の判断が甘くなるのを自覚していた。

 千雨を前に魔王らしく非道に振る舞えるのか、という問題である。

 彼女の前だけは、彼女が信じるヒーローで在りたかったからだ。

 

「下手したら、余計なお世話とかつって、俺にもキレ散らかすかもしれんしなぁ」

 

 加えて、単純に気に入ってしまったのだ。

 己の全てを掛けても、教主を助けるために怨敵に頭を下げる、『五嶽聖教』の彼等を。

 だがここで権能を解いてしまえば、彼等に待っているのは教主自身の暴走による死だ。

 まさに八方塞がりである。

 

 

「────その通りです

 

 

 そんな中、凛とした声が沈黙を切り裂いた。

 

「……オイオイマジか」

 

 顔色は悪く、身体の大半に及ぶ患部は包帯と呪符で覆われている。しかしその顔に一筋の汗や苦悶は無かった。

 それは皐月でも無理なやせ我慢である。

 羅濠教主、見参であった。

 

「この程度の辛苦で、この私が寝所に伏せるのみと思わないことです」

 

 そんな彼女の登場に、口笛でも吹きそうに賞賛する皐月の眼は、決して笑っていなかった。

 チラリ、と皐月は『五嶽聖教』の彼等を盗み見る。

 既に跪き顔を伏せている彼等は、感動に震えていた。

 狼王が、未だに蝕まれ動けなくなる炎呪を受けながら、堂々と仁王立ちする羅濠教主の偉大さに。

 皐月でも感心するのだ。元より彼女のシンパと言える彼等がこうなるのは十分理解できる。

 それにちょっと千雨が引いていたのは内緒である。

 少なくともここまでの狂信者を、彼女は見たことが無かったのだから。

 

「ふーん。何だ、アンタ慕われてんじゃん」

「当然です」

「じゃぁ言うが、コイツ等を罰するのは俺が赦さん」

 

 その皐月の言に、教主は少し驚くように瞠目した。

 

「私の弟子で、私の部下です。その裁量に口出しすると?」

「コイツ等には旨い飯を食わせて貰ったからな。一飯の恩は返さねェとな」

「……良いでしょう。貴方に免じて今回は見逃します」

 

 渋々、という程ではなく。

 あっさり羅濠教主は彼らの独断専行を許した。

 

「おや意外。すんなり許すのな」

「彼等がこの様な行動に出たのは、私の未熟。であるならば戒めとする。

 敗者となった私が、私自身に課すべきものでしょう」

「……もっと傲慢だと思ってたんだが」

 

 事前知識(げんさく)との違いに、驚きを隠せない。

 そんな皐月の目は、直ぐ様ジト目に変わる。

 キチガイに変貌した少女達を思えば、この程度の変化は大したことはないのだ。

 

 実際、物語に於いて羅濠教主は主人公である草薙護堂に引き分けており、未熟ながらもその力を認め自らの義弟と呼んだ。

 しかし、その過程と結果は皐月のそれとはまるで違う。

 草薙護堂と戦った際は、一瞬の気絶で即座に復帰した程度のダメージを負い、成りたてで未熟な魔王が自らの意識を一瞬でも飛ばした事で、彼の力をそのプライドから認めたのだ。

 

 だが皐月は長時間羅濠教主と戦い互角の魔王と認めた上で、致死と言えるダメージを与えられ一瞬処ではない時間意識を失っていた。

 更に、生殺与奪の権利は未だに皐月の手の中にある。

 プライド上引き分けと認めた前者と、完全敗北な上で見逃された後者。

 完全敗北である。己を至上と定めた羅濠教主の考えが少なからず変化するには、十分過ぎる要素であった。

 

「で、どうすんだ」

 

 だが、だからといって皐月は対応を変えたりなどしない。

 

「俺は正直コイツ等に免じて、条件付きで権能を解いてもいいと思ってる。何も無しに解いたら、アンタの面子とプライドが赦さんだろう」

「その通りです。それだけは、絶対に許しません」

 

 流石の羅濠教主も、それだけは我慢ならない。

 なら、と皐月は指を三本立てた。

 

「条件1。俺の許可なく日本人の命、及び日本国に対する故意的な損害を与えることを禁ずる。魔王や神との戦いとかは別な。

 条件2。俺と俺の周囲の存在に対して故意的に損害を与えることを禁ずる。罷り間違っても俺の学校で暴れんなよ。

 条件3。『最後の王』が顕現した際、俺の陣営に参陣し全力でこれの対処に当たる事────まぁ最低限はこれくらいか」

「いいえ、まだ足りません。貴方が危機的状況に陥った際に、必ず救援に向かいましょう」

「おー、太っ腹やん」

 

 その言動に本気で驚いた皐月は、パンパンと手を叩く。

 するとピクリと羅濠教主の顔色が変わる。

 周囲の者も、カグツチの権能が解除されたのだと察する。

 

「あ、この太っ腹ってのはデブという事ではなく度量の大きいって意味であって────取り敢えず権能は解除した。傷はいくらでも自力で治せるだろうけど……契約した以上ソレもコッチ持ちにすべきだよな」

 

 空間が金色に輝きながら波紋を生み、そこに手を突っ込んだ皐月は一枚の札を取り出す。

 このかの治癒術が込められた呪符である。

 カグツチの権能が機能していれば何の意味も無いが、それさえ無ければ半身の欠損であっても完全復元する呪符は、魔力光と共に正しくその役割を果たした。

 教主の体を覆っていた呪符もひとりでに剥がれ、至上と自認するに相応しい美貌を晒す。

 

「これで俺がやるべき契約は完了。後はそっちが完遂するだけだが……、アンタは口約束だろうが自分が結んだモンは絶対に破らんだろう?」

「無論です。ですが、私からも一つ」

「ほん?」

 

 風呂入ってくる、と云わんばかりに一仕事終えた顔でいた皐月の顔が嫌そうに歪む。

 

「────貴方との再戦を求めます

俺、絶対お前とスマブラしねェわ

 

 負けず嫌いに勝ってはならない。

 何故なら、ソイツが勝つまで終わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ブーメラン魔王皐月
 全部自分が該当する暴言しまくる奴。
 まだ自分のやってる事を自覚してる分ゴドー君よりマシなのか、開き直ってる分ヤバいのかは判断しかねる。
 教主との対戦ゲームを一生しないことを誓う。
 ちなみに屋外かつ日が昇っていないとアグニの権能(回復)が使えないので、このかのアーティファクトによる呪符を大量に毘沙門天の蔵に入れてる模様(タカミチが使ってたヤツ)。

ツッコミ一般常識人枠千雨
 そんなに目立たなかったけど、神や魔王関連では沸点が低くなる皐月が理知的で居続けられた最大要因。
「この子の前ではちゃんとして居たい」という、ある意味最大の楔。ヒロイン力とも、最大の逆鱗とも言う。
 千雨は特に戦闘能力が無い為、かつてのこのかの様に害された場合、ノータイムで沸点を突破し核を持ち出す模様。
 ただし某禁書目録的なヒロイン力なので、隣に立ちたい場合はあんまり良くなかったり。

プライド青天井羅濠教主
 やせ我慢させたら魔王一の超々負けず嫌い。BUNBUNのキャラデザは本気で好きです(ロード・オブ・レムルズ未読)
 流石にぶっ倒れてたけど、仙術感知で部下が皐月と接触してる事を察して内心キレ散らかしていた。
 表に出さなかったのは、自分の敗北が根本原因な為。それはそれとして自分に完全勝利した皐月を心底認めた。それが宿敵認定になるかヒロイン化の兆しかは決めてません()
 当初は教主にヒロイン要素を出してオリ主を宇宙猫にしようとも思ったけど、実際に描いたら何か違和感を感じ今回カットしました(1000文字程度)。場合によっては次に入れるかもです。

五嶽聖教の皆さん
 基本DOGEZAしてた人たち。陸君を出そうかとも思ったのですが、数年後がカンピ原作を想定しているので「今彼何歳?」と思い、代行として名無しの女幹部にしました。
 ちなみに彼等が受信した電波に関しては、未来の彼等が皐月の手を借りて過去に発信したものです。



お待たせしました。
とうとうこっちの更新も半年過ぎちゃってるじゃん。一カ月一話とは一体(重ねてお詫び申し上げます)
今回更新が遅れたのは、教主に比べ原作描写が著しく少ない五嶽聖教を選んでしまったのが原因です。次からはネギま!サイドに戻るので、今回ほど更新が遅れないと願っています(自分で信用できない)

感想や誤字修正指摘兄貴姉貴には、いつも感謝を。
指摘して頂いた、発見した箇所は随時修正します。
では、出来ればまたお会いしましょう。




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第四十四話 正道を往け

 羅濠教主との会談は、ハチャメチャながら一応の終わりを見せた。

 和平の約定を結び、余程の事がない限り彼女と今後敵対することは無いだろう。

 無論、騒動の種にならない、という都合の良いことは無いだろう。

 

 明日菜への誕生会も恙無く執り行われ、騒がしくも平穏な時間は過ぎていった。

 ちなみに悩んだ末は、黄金のホイッスルだった。

 市販で購入した物を、皐月が権能で再構築したものである。

 無論、それは神器と表現するに値するものだった。

 そのまま雪広邸で、クラスメイト全員で盛大な誕生会にお祭り騒ぎとなり。

 身内と関係者はその後、穏やかな祝杯を別荘で行い明日菜の誕生日パーティーは過ぎていった。

 

 そして、行事は次の一大イベントへ日程を進める。

 そう、学生にとって中高生で一度しかない重要行事────修学旅行であった。

 同時に原作に於いて、本格的にバトル漫画への転換を遂げるエピソードであるのだが─────

 

 ネギが所属している男子中等部、そこはネギが今まで知らないほどの活気に満ち溢れていた。

 緊張感というのなら数カ月前のバレンタインデーが一番だが、あれは絶望と希望が両立した戦場の様なモノだった。

 

 実は原作に於いて、バレンタインデーにて惚れ薬を作成するトンチキイベントが存在する。

 勿論惚れ薬の作成と使用は重罪であり、お前は飛び級した癖に魔法学校で何を学んできたのか、と問われるアンチ要素なのだが─────

 原作とは違い、バレンタインデーで贈られる側である男子中等部に所属しているからかそんなイベントは無かった。

 そもそも魔法関係を知っているのが、クラスメートでは一空と皐月のみ。

 皐月が知れば即座に諌め、一空でも「惚れ薬」とかいう明らかに厄ネタな事案、皐月に真っ先に相談するだろう。

 結果としてそんな問題行動は起こらず、無粋な横槍無しに呪いと祝福の阿鼻叫喚で終わった。

 

 それに比べれば、今回は浮かれているという表現が適切だろう。

 そしてバレンタインデーの際とは異なり、今回はネギも直ぐ様理由に行き着く。

 

 ─────修学旅行。

 中等部三年間の中でも、屈指の一大行事であった。

 どこぞの財閥のご令嬢とその学友がホイホイ海外やら南の島やら行っているから麻痺しがちだが、寮生の学生が地方を跨ぐ事は早々無い。

 それが学校行事として行われるのだ。

 お祭り気質な麻帆良学園の学生の、テンションが上がるのは必然。

 況してや、今回は例年との最大の違いがあった。

 

「行き先はイギリス。ネギも久方ぶりの帰郷になるんじゃないかな」

「案内役は任せてください!」

 

 イギリスとなれば、彼の祖国でもある。

 久方ぶりの帰郷となれば、ネギもテンションを上げると言うもの。

 そんな彼に同調する様に、周りのソワソワ組が騒ぎ出す。

 

「自由時間の最中に行けるよな、ネギの故郷!」

「ダンブルドア染みた爺さんとかマ?」

「ダンブルドア染みた爺さん……つまりホモ?」

「ハリポタ世界最強の魔法使いがホモだったのにはたまげたなぁ」

「孫がいるならノンケでは?」

「そんな事よりネカネ姉女史について詳しく」

「馬鹿野郎姉バカが暴走するだろ辞めろ」

「判決! 死刑!! 死刑、執行ッッ!」

「オイ誰か止めろ!」

 

 途端に賑やかになった教室に、一空とネギが苦笑いする。

 

「僕も少し前まで寝たきりだったし、楽しみだよ」

 

 中等部の途中編入という共通点がある二人は、一歩離れた位置にいた。

 双方穏やかな気質であると同時に、その境遇から好奇心旺盛である。

 好相性で、クラスメイト内でもよく一緒に居ることも増えていた。

 そして、クラスの中でも孤立とは違う浮き方をした生徒に、一空は話し掛ける。

 

「君は何が楽しみなのかな、皐月? 関係者なら、ネギ君の故郷は皆とは違う視点で楽しみだと思うけど」

「んー? あぁ、まぁなぁ」

「っ」

 

 中等部の魔王の渾名を持つ、瑞葉皐月。

 悪を喰らう悪となる、と言わんばかりの諸行を行い、個人で中等部だけでなく学園都市全域の抑止力となった少年。

 そして魔術世界に於いて、神殺しの魔王を冠する超越者である。

 

 そんな彼と同じ魔王に自身の無力をこれでもかと見せ付けられたネギは、少し身構えてしまう。

 というより、ネギが無力に苛まれた原因に、皐月は必ず関係していた。

 アカリとは戸籍上とはいえ兄妹で、剣王ドニとは同じ神殺しの魔王という類似性。

 そんな皐月と話がしたいと考えるネギだが、しかしその一歩の勇気が足りなかった。

 如何に天才的であろうとも、彼は両手で足りる程度の子供に過ぎない。

 

 そんなネギを尻目に、皐月は一空の問いにやや歯切れ悪く返事をする。

 

「どうかしたのかい?」

「あー、まぁ言っても大丈夫か。

 ─────俺は今回の修学旅行、行けないんだわ」

 

 ネギが勇気とは別のモノで歩を進めるなら、何かしらの切っ掛けが必要だ。

 例えば「修学旅行中に話せれば」なんて考えていた処に、そんな出鼻を挫かれる事態が起きたとして。

 果たしてネギに皐月との話の場を自ら設けることが出来るだろうか。

 無論、無理である。

 

「あ、そうそう皐月。ネギ君が何か君に話があるみたいだよ」

「そうなん? いいよ。じゃ、この後喫茶店とか寄る?」

「いや、世界樹広場とかの方が良いんじゃないかな。君達の話し合いなら、人払いとかするんだろう? 喫茶店でそれは営業妨害だよ」

「じゃあそれで」

「一空さぁぁアんンンン!?」

 

 まぁこの学園の生徒は何かと躊躇が欠如しがちなのは、在り得たかもしれない未来に於いて電脳生命と化した彼にも該当していたのだが。

 ネギに向かってウインクキメる一空が、確信犯でない訳が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

第四十四話 正道を往け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話がしたい。

 そんなネギの願いを余りにもアッサリ聞き入れた皐月は、彼と共に世界樹広場にて自販機で買った飲み物をネギに渡しつつ、自分のモノで喉を潤した。

 

「少し、意外だった」

「え?」

 

 あからさまに緊張していたネギに、話の切り口を切ったのは皐月だった。

 

「俺はてっきり、君に恐がられていると思っていた」

「そんなっ……!」

 

 咄嗟に否定しようとネギが腰を上げると、しかして言葉が詰まる。

 それほどまでに、タカミチの腕を斬った剣王の光景は、彼のトラウマを刺激した。

 『身内が傷付けられる』という事柄は、故郷を滅ぼされ、その住人を石化された彼の原風景を思い起こさせるのだ。

 そして、原風景が共通しているアカリを義妹としている皐月は、十二分にネギの心情は理解出来る。

 

「……確かに、僕はあの人──剣王が恐いです。あの時は怒りに任せて飛び出しそうでしたが、もし高音さんが止めてくれなければ、僕はきっと……」

 

 自身に挑みかかって来た挑戦者として、間違いなく斬り殺されていただろう。

 魔力暴走で一時的にどれだけ無茶をしても、一撃で死ぬ。

 魔王とは、紛れもなく絶対強者なのだから。

 

 そして、ネギは断言されてしまっている。

 例えアルビレオの元でどれだけ成長しても、剣王を倒すことは不可能であると。

 故に、ネギは同じ魔王である皐月に強烈な関心を寄せてしまう。

 

「どうして、皐月さんは魔王になったんですか?」

「なった、というか『なってた』という表現が適切かな。というか、狙って成れるヤツいねぇと思う」

 

 ネギの質問である、魔王になった動機。

 ソレを答えられる魔王は、恐らく羅濠教主とヴォバン侯爵ぐらいだろう。

 そしてその返答は、己を絶対視する傲慢故に「成るべくして成った」だ。

 

「俺は当時今の君より余程弱かったし、君が見た剣バカも精々剣の才能があった程度だったろう。無論大なり小なりあるだろうが、まつろわぬ神にしてみれば砂利とサッカーボール程度の差しか無い。蹴り飛ばして終わりだ」

 

 神殺しを為す為に必要なもの。

 強いて言うなら、それは『神を殺すのに必要なものを揃える天運』だ。

 ぶっちゃけ、それ以上皐月が語れることが無かった。

 

「さて。俺に話がしたいとのことだが、一体何の話かな?」

 

 魔王云々は本当に不毛なので、話を逸らした皐月は改めてネギを見る。

 無論教室でクラスメイトとしては何度も見てきたが、改めて思う。

 

「(何つーか、やっぱり普通の子供だよなぁ)」

 

 大戦の英雄にして、現代最高の名声を誇る偉人を父に持ち、その腸に恩讐の火種を抱えながら英雄の息子として育った天才少年。

 そんな肩書きを持ちながら、皐月には彼が本当に年相応の少年に見えた。

 

 なまじ覚悟が決まりまくっていたアカリや、キチガイ方面に駆け抜けて行ったアスナ達が比較対象だったのが、殊更彼を普通に見せた。

 無論、その才能は同等のモノを持つアカリで良く理解している。

 アカリとネギ、二人の差は本当にスタートを切る差しかないのだ。

 しかし、実際にアカリとの差は歴然であり、ドニとの遭遇は彼に強烈な無力感を与えた。

 

「アカリは、どうやってあんな風に強くなれたんですか?」

 

 故に、ネギがアカリの強さの秘訣を知りたいと思うのは自然でさえあった。

 

「僕は、今のアカリの事を何も知らない。だけど、前に会った時のアカリの強さは、師匠にだって負けない様に感じました。彼女が強くなる秘訣を、貴方なら知っていると思ったんです」

「ほー」

 

 その発言に客観性を感じたのか、皐月は素直に関心の声を漏らす。

 

 アルビレオ・イマ。

 魔導書の付喪神と形容すべき存在であり、大戦の英雄『紅き翼』の初期メンバーの一人。

 

 即ち、最強クラスの魔法使いである事は疑う余地は無いだろう。

 ネギ目線ではあるものの、そんな彼に師事し何度も鍛錬している彼をして比較して劣っていないというのなら。

 彼女の禍払いの特性も加味すれば、魔法使い相手ならば相当有利に戦況を運べるだろう。

 彼女がその暗殺術と禍払い頼りの戦術しか知らなかった当時を知る皐月からすれば、アカリの成長具合に素直に感心せざるを得ない。

 

 故に、皐月が返せる言葉は一つだけだ。

 

「強さの秘訣というが────ぶっちゃけ君が聞きたいのは、今すぐに強くなれる方法なんだろう? だが、君はそれを既に実践中じゃないのか?」

「え?」

「強く、かつ他者にソレを伝える事の出来る師に師事し、研鑽する。あの変態に弟子入りしてるんでしょ? だったら君は『既に強くなり始めている』」

「…………それは、そうなんですが」

「例えばアカリと君の力の差は、単純にスタートの開始地点とその際のリソース分けが理由だ」

 

 魔法学校中退の英雄ナギが大戦参加初期から『千の雷』といった極大呪文を扱えた理由は、紛れもなくアルビレオの存在故だろう。

 あくまでナギが認める師とは、後にメンバー入りしたゼクトだが、最初の師と呼べる者は紛れもなく彼である。

 

「君は十二分に、常人からすれば凄まじい速度で成長している。後は時間と経験だけだろうな」

「……そう、ですか」

「実際アカリがやってたのも時間をかけて技術と経験を積み立てただけだし」

 

 ネギが強くなる為に必要なもの。

 それは時間と経験だけ。

 彼が憧れるナギをして、英雄と呼ばれる領域に至ったのは大戦に参戦して大量の経験値を積んだからこそ。

 それも十代半ばで、彼が魔法世界で誰もが知る『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になったのは、大戦が終結した更に後である。

 

「君は最近師を得て、急激な速度で成長を遂げている。具体的には、魔法を用いた戦闘技能だな。

 しかし魔法学校だったか? そこでは実戦で役に立つ技術や知識を学べる、戦闘訓練なんてそれこそ数えるほど位だったんじゃないのか?」

 

 事実、ネギは魔法学校の図書館に入り浸り、独学で攻撃呪文を学んでいる。

 それこそ、彼にとって血の滲む程の努力をして。

 しかし無慈悲ながら単純効率で言えば、最近のネギとを比較してしまえば魔法学校時代のネギは非効率過ぎるといっていい。

 独学と、明確な指導者の下での研鑽なら、どちらが効率的かなど問うまでも無い。

 そしてアカリは、当たり前のように血反吐を吐きながらその身を磨き続けたのだ。

 

「この時点で君は数年単位でアカリに出遅れてる訳だ」

「……!」

「それに、アカリと君とじゃ学ぶ分野の多さも随分違う」

 

 魔法詠唱が出来ないアカリは、ネギとは違い始めから呪文関連の鍛錬を行っていない。意味が無いからだ。

 勿論呪文詠唱が出来るネギは、それ相応の手数を持てることを意味するが、逆に言えばアカリより学ぶ事が多い事を意味している。

 その分時間というリソースを、他に注ぎ込むことが出来る。

 であるならば、後はひたすら己を鍛えるだけなのだ。

 これ以上を望むのは、時間以外の明確な『対価』を必要とするだろう。

 皐月は、ソレを知っている。

 

 雪姫──エヴァンジェリンが編み出した戦闘技法『闇の魔法(マギア・エレベア)』。

 原作に於いて、彼が一年未満で最強クラスに至るための(きざはし)

 

「(あの古本野郎は、まぁ教えられなくもないのか?)」

 

 だが、その外法の対価は魔物化という人間の倫理観からすれば大いに問題があるもの。

 少なくとも、ネギに対して責任を取れる立場に無い皐月が提案して良い物ではない。

 そしてその対価を許容するには、今のネギには余りに()()()()()を皐月は感じられなかった。

 

「話をズラしてしまい悪いが、今の君に力は必要か?」

「えっ?」

 

 だからこそ聞いてしまう。

 果たして、今の世界に於いてネギは可及的速やかに力を身に着ける必要があるだろうか? 

 魔法世界の事情は関係が無い。そもそも今の彼はそういった事情は知らないのだから。

 だからこそ、彼が力をすぐにでも求めてしまう原因は────

 

「俺は戸籍上とはいえ、アカリの家族だ。勿論その事情も知っている」

「────!」

「だから言うが、君は復讐を考える必要は無いんだ」

「どうして、ですか」

 

 思わず立ち上がりながら必死で声を抑えるネギに、皐月は容赦をしなかった。

 

「ぶっちゃけ、俺は君の仇が何処の誰かを知っている」

 

 それが、ネギの限界を超えさせた。

 詠唱の伴った魔法の強化ではなく、魔力暴走による純粋な膂力強化。

 上級魔族を短時間とは言え、一方的に殴り続けられる彼の潜在能力。

 それでもって掴み掛り問い詰めようとした彼を、皐月はアッサリと事もなげに捻じ伏せる。

 立ち上がるまでも無く掴み掛ったネギの手首を、その魔王の膂力で彼の身体ごと捻って頭を抑える。

 そのままアグニの権能を行使し、ネギの『熱さ』を鎮火させた。

 

「~~~~~……ッ!?」

「落ち着いたか? つか発散させた方が良いと思ったから敢えて煽ったが……あんま意味なかったな。

 悪い、謝るよ」

 

 激情が強制的に鎮められる不快感。

 そんなに苛まれるネギの頭から手を離した皐月は、謝罪しながら再び対話を促す。

 ネギの暴走など、幼児の癇癪でさえないのだ。

 その感覚に、ネギは覚えがあった。

 ドニに対して感じた、圧倒的な無力感。

 或いは、魔王の強大さを。

 

「話を続けるが、俺は君に君の復讐対象の情報を余り言うつもりが無い」

「……何故ですか!」

「意味が無いからだ」

 

 無意味。

 その言葉の意味を、ネギは理解することが出来ない。

 言葉の意味を呑み込み、逆上する前に続きの言葉が彼に叩き付けられた。

 

「君が連中────言っちゃったけど、まぁ複数いる訳だが。連中を相手取る場合、君が15・6歳程度に鍛錬を重ねなければ真っ向から本懐を遂げる事が困難である為だ。余裕を以て挑むなら、20歳程度まで力を蓄えるのをお勧めする。君ならば、その段階で確実に君のお父さんに匹敵する力を得る時間だろう」

「力が足りないから、今知っても意味が無い……という事でしょうか?」

 

 未熟さ故に、その無謀を嗜める。

 それ故に復讐対象を秘匿する。

 その情報だけでも、ネギとっては有益である。

 彼の聡明な頭脳を以てするならば、ソレだけでも相当に候補を狭められる。

 

 村の魔法使い達をまとめて相手に出来るほどの、大量の魔族を召喚できる術師。

 そんな人物は、そう多く無いのだから。

 だが、そんな思考に意味は無かった。

 

「なら、僕が貴方が認める強さを手に入れられたなら────」

「そして俺は今年中に連中を皆殺しにする予定だ」

「────え?」

 

 先程皐月が述べた言葉の意味。

 それはネギの復讐対象を、彼が以前から殺し尽くす予定だったからに他ならない。

 

 より正確には()()()()()()()()()()()学園祭の後、原作に於いて『魔法世界編』と呼ばれる長期夏季休暇。

 そこで、ネギとアカリの仇であるメセンブリーナ連合の首都、メガロメセンブリア連合の元老院。

 魔法世界最大の軍事力を擁する、超巨大魔法都市国家の最高機関を潰し尽くすつもりの皐月にしてみれば、ネギの復讐のための行動は本当に無為だ。

 

「どうして、ですか……ッ。何故、皐月さんが────!?」

「悪いがこれは変更なしだ。連中が俺の邪魔でね、穏便に行っても強硬策に走ろうが皆殺しは確定事項なんだ。

 つまり君がどんな外法な手段(ショートカット)を用いようが、俺が連中を嬲り殺しにする方が早いんだよ」

 

 思わず絶句するネギを、敢えて無視して言葉を続ける。

 思考の渦に呑まれたネギを一瞥しながら、魔王はその場を去る。

 

「確かに君にとって復讐こそ生きる原動力かも知れないが、君のお父さんへの憧れも決して嘘じゃない筈だ。だったら、以前君自身が教えてくれた目標────『父の様な立派な魔法使い(マギステル・マギ)になりたい』。これを今まで通り目指せばいいんじゃないかな」

 

 即ち正道を。

 復讐の相手も居なければ、世界を救う必要も無い。

 全て他人が横取りしてしまうのだから。

 しかしそれは、彼に彼自身の人生を歩む自由があるという事。

 十歳の少年が背負うには、世界一つも復讐の凄惨さも重すぎるのだから。

 

「その為の手伝いなら、クラスメイトとして喜んでするぞー?」

 

 そういう意味なら、皐月は一貫していた。

 『ただの十歳の、将来有望の少年』。

 彼は終始、ネギに対してそう対応していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうする感じ?」

「どうするも何も……ねぇ?」

 

 ネギとの会合の前日。或いは、十数時間前。

 皐月と裕奈の転生者組は、雪姫の別荘の一室で寛ぎながら修学旅行について話していた。

 この二人の密会となるとアスナ達が盛大に騒ぎ立てるのだが、本当に必要な事なら皐月はゴリ押しに躊躇は無い。

 裕奈にとって、友人であっても身内と表現するのは些か躊躇う男友達。

 しかして世界最強の魔王の、今後の予定を知るのは本当に大事なことであった。

 

「原作色々壊れてるけど、どうなるの? 男子は旅行先はイギリスって聞いたけど。ネギくん不在じゃん」

「原作は描写皆無だから解らんけど、そこは元々決まってたらしい。

 イギリスはネギ君にとってはホームグラウンドだし、帰郷と考えれば悪い様には感じないか。ただ、魔法世界とのゲートが近場にあるのが懸念といえば懸念だ。多分メガロとの直通のだったし」

 

 裕奈の懸念もよく分かる皐月は、口元に手を遣る。

 そもそも所謂『修学旅行編』のエピソードは、関西呪術協会と関東魔法協会との、親書を用いた主人公(ネギ)達を巻き込んだモノだ。

 事実上両者の和平協定とも言える親書でのやり取りを、魔法世界の『本国』であるメセンブリーナ連合へ恨みや不信を持つ呪術師が妨害。

 果てに、このかの膨大な魔力を用いて、鬼神さえ呼び起こした事件。

 そこに鬼神目当てに参戦した組織『完全なる世界(コスモ・エンテレケイヤ)』の一員にして幹部、ネギのライバルとなるフェイト・アーウェルンクスの顔見せ話でもある。

 だが、この話には前提条件の差異が存在しているのは言うまでもない。

 

「親書に関しては、そもそも長役に渡すまでもないからな」

 

 関西呪術協会こと、正式名称『正史編纂委員会』。

 その総帥が皐月である。

 親書云々がネギの功績付けの物だったとしても、そもそも修学旅行中にやる必要などない。

 ネギと同じクラスの皐月に、休み時間に手渡すだけで終わってしまう。

 そもそも本国(メセンブリーナ連合)を上層部だけとはいえ滅ぼすつもり満々な皐月に、親書など渡されても困るのだ。

 第三者としても根本的に侵略者であり、諸々の謝罪や賠償も全く行っていない状態での親書など、内容次第では開戦の切欠にさえなってしまう。

 そんなものを、現時点で皐月は受け取るつもりはない。

 そもそも、親書のやり取りを修学旅行中にやるな、という突っ込みもある。

 なのでネギの所属している男子中等部の修学旅行先がイギリスとなったのは、彼への多大な配慮が窺える。

 

「アーニャ、だっけ。彼の幼馴染の子。彼女と引き合わせるつもりなのかもな。修行先が倫敦らしいし」

「あぁ。原作では特に説明も無い、よくよく考えれば胸糞要素のパートナー選別」

 

 どう考えてもネギのパートナー候補として集められた、才ある少女たち2-Aの女子生徒たち。

 その一員ながら捕らぬ狸の皮算用と化した原作に思いを馳せながら、裕奈は呟く。

 突如ポップした魔王の存在から頓挫せざるを得なかったのだが、となると問題となるのがネギのパートナー候補。

 そこで矢面に立たされたのが、元々ネギと魔法学校に通って同時に卒業した幼馴染(アーニャ)なんじゃね? ────という予想である。

 無論これは要らぬ下衆の勘繰り極まりなく、自然と話は流れていった。

 

 ネギが居ない修学旅行編。

 そうなればこのエピソードの焦点は近衛木乃香に絞られる。

 原作に於いて魔法を知らずに育てられた彼女の莫大な魔力を狙い、京都の術師天ヶ崎千草が彼女を拉致。

 封印されていた飛騨の大鬼神を解放。関東魔法教会への尖兵と画策したのが、一連の事件の概要である。

 

「懸念要素は連合憎しの呪術師と────アーウェルンクスだな」

「京都に派遣されたのが、ていうか動けるのが人を殺す気がないフェイトで、本当に良かったよねこれ。原作からして良く生き残ったよ」

「デュナミスだっけ、褐色イケメン辺りだと死んでたか?」

 

 祐奈がげんなりとした顔でソファにもたれ掛かる。

 そんな彼女にけらけらと笑う皐月ではあるが、大いに同感であった。

 

 フェイト・アーウェルンクス。

 個体名を『三番目(テルティウム)』。

 序盤といえる『修学旅行編』にて「イスタンブールの魔法協会から日本への研修員」として来日。千草の部下として登場し、最終章の『魔法世界編』まで強力な敵として存在し続けてきた白髪銀眼の少年。

 その正体は二十年前の大戦の黒幕にして魔法世界の『神』の眷属。

 造物主(ライフメーカー)が造りし眷属にして四大元素に於いて地を司る、三体目の使徒(アーウェルンクス)である。

 元より神獣や眷属神レベルで、魔法世界に於いては最強クラス下位相当(経験値が足りないだけ)

 挙げ句主人である造物主が健在ならば、人形という特性上何度でも甦れる有り様である。

 ソレと本格的な修行前にかち合ったネギには、本当に御愁傷様としかいえない。

 援軍として、封印を一時的に中和した雪姫(エヴァンジェリン)が居たからこそ撤退に追い込めたのだ。

 逆に言えば、ナギと造物主が封印されている当時では紛れもなく最強の魔法使いである雪姫がいて、漸く安心できるレベルなのがおかしいのだ。

 

「序盤に出て来て良い敵じゃないよね、フェイトって」

「十巻程度で竜魔人(バラン)が出てきたダイ大感がありますあります」

 

 強敵との戦闘経験に、アイデンティティーの確立を成せば───即ち、切っ掛け一つで最強クラス上位と戦えるレベルに成長可能な逸材である。

 これが原作一桁巻数で登場してきたのだから意味不明である。

 

「原作では最後らへんに和解したけど、説得とか……難しいよね」

「川辺で殴り合いの結果みたいなヤツだかんね、アレ。同性かつ同格での決闘の末と来たもんだ」

 

 最終盤で漸く和解し、味方となるフェイト。

 しかしそれは彼の人間性が育まれ、何より襤褸雑巾になるまで戦い抜いた原作主人公(ネギ)だから得られた結果。

 ネギを皐月に置き換えられるだろうか? 

 無論、不可能である。

 単純に、格の違い故に。

 

「眷属神程度と殴り合いしたら、ただの一方的な暴行になるぜ?」

 

 つい先日交戦した羅濠教主と比較してしまえば、余りにも役者不足である。

 皐月がその爆発力によって魔王になったのなら、教主はその武才によって魔王となった存在だ。

 そんな彼女を比較対象にしてしまう皐月にとって、フェイトと言えど有象無象に近い。

 あの女仙は、それほどまでに武に於いて超越していた。

 

 加えて彼の根本にあるのは、自身の製造目的である滅び行く魔法世界の『救済』。

 ネギが和解出来たのも、それを超える腹案があったからこそなのだ。

 

「皐月君は、ぶっちゃけ魔法世界とかどうするつもりなの?」

「───さぁて、前はメガロの上層部潰してガン放置決めるつもりだったんだけどなぁ」

 

 火星平面上に存在する、現実に出力された異界───『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』。

 しかしあと十年やそこらで滅びが予測されている幻想世界である。

 

 原作に於いて、基盤となる火星そのもののテラフォーミングを行い、魔法世界滅亡の根本原因である魔力枯渇の解消。

 そして魔法世界の楔として、黄昏の姫巫女(神楽坂アスナ)を魔法世界の中心部に百年間設置することであった。

 身内を重んじる皐月が、魔法世界を見捨てるには、十二分な理由である。

 

「所が、超曰くメガロの連中は地球(こっち)に来て世紀末の爆発スイッチを押すらしい。これじゃあ放置はイカンと解った以上、具体的な介入が必要らしい」

 

 ではどうするか? 

 一番簡単に終わらせる方法は、既に手に入れている『造物主の掟(グレートグランドマスターキー)』で、無尽蔵に怪物を召喚。

 それら全てを『破滅の枝』に変え、序でに核兵器(アグネア)を搭載してメセンブリーナ連合を消し飛ばした上で、魔法世界の終焉を迎えさせること。

 魔法世界が滅んだ後に地球に侵略してくるというのなら、その前に滅ぼせば良い話である。

 

「それ、本気?」

「正直一番楽な選択だと考える。実際に総人口根絶やしにする訳じゃない。不穏分子潰すだけなら、半分以下になると思うぜ? 

 ま、必要なら根切りにするが」

 

 皐月の返答に、裕奈が顔を強張らせる。

 だが彼女が期待した訂正の言葉は無く。

 まるで顔色を変えない彼に、思わず顔を伏せる。

 勘違いをしてはいけないのだ。

 どれほど友好的で、此方に配慮してくれる存在だとしても。

 目の前に居るのは人類の代表者。神仏妖魔の悉くを利己によって捩じ伏せる絶対者である。

 

「数十億人死ぬか、知らん惑星の別位相に居る数千万の侵略者予備軍を皆殺しにするか。

 どっちを選ぶかなんぞ、迷う余地無いだろうが」

 

 例えそれが人類全体の平和を護ることだとしても、祐奈には選べない。手を下すなど以ての他だ。

 だがその選択で、必要ならば殺す方を選べるのが神殺しの魔王である。

 況してや、未来人から世界(ちきゅう)の害悪となると証言されている連中だ。躊躇は無い。

 そして超本人も平和主義のロマンチストではあるものの、だからこそ大を護るために小を切り捨てる事に躊躇わないだろう。

 何せ、その数十倍の人命が喪われている未来を知っているが故に。

 

 では、楽でない方は? 

 それを無言と視線で問いに来る裕奈に、頬に手を付きながら何でもない様に語る。

 

「後は───────火星の放棄かな」

「……はい?」

 

 火星の魔力が枯渇している? 

 だったら世界ごと別の星に移住すれば良いじゃない。

 合理的であっても、知的とは程遠いゴリ押し。

 ソレを為す手段は、しかし確実に存在していた。

 

 




 という訳で、まーた半年かかってるよコイツとなりました。
 お久しぶりですお待たせしました。
 今回の言い訳は純粋に仕事で執筆する余力が無い+ネギとのお話で詰まりまくったのが原因となります。ごめんなさいでした。

皐月素行不良生徒
 魔法世界編とか消化試合に関わらせるの悪いなぁと、余計なお世話を行う。
 ネギに対しては終始年相応として対応。なので場合によってはメセンブリーナ連合は爆心地にするつもりなテロリスト。

ネギ優等生
 情報の暴力に晒されて、リアクションがワンパターンになってた可哀そうな少年。
 でも魔法世界のゴタゴタに関わらない場合、別に闇の魔法とかいう邪道に走る必要ないよね?というお話。

一空優等生
 実は呆然自失となって寮に帰ってきたネギに、メールでフォローを皐月から頼まれた苦労人。


 原作主人公に説教(というか最早勧告)、これはテンプレオリ主()
 一応助言しつつもデリケートな部分を踏み荒らす、これはテンプレオリ主()
 でも10歳の少年や当時片手で足りそうな年齢のアカリが復讐云々考えるのは不健全ですよね。というスタンスの皐月でした。

 ネギに関しては、最早劇物以外何者でもないオリ主との接触は本当に難しかったところです。
 綺麗事は全部説得力が無いので、取り敢えずネギを正道へ薦める感じに収まりました。
 ぶっちゃけ殴り合い以外にやれること多そうなんで。

 誤字脱字修正点の指摘兄貴姉貴は、いつも本当にありがとうございます。
 という訳で、今年の投稿はこれで終わりに成ります。
 来年も良ければ、御付き合い頂ければ幸いです。

 そして劇場アニメ『魔法使いの夜』製作決定ェエエエエエエエエッッ!!


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第四十五話 ボッシュートになります

 

 

 

 麻帆良学園男子中等部三年。

 彼等は日本を離れ、空の旅についていた。

 

「ヒャッホォイ飛行機飛行機ィ!!」

「ワーイ飛行機、俺飛行機ハジメテ!」

「キャビンアテンダントさん、ちょっとすいません黙らせますんで」

「お前らが今やらかしたら、後で皐月に何されるか分かんねぇだろうが!」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

「オイ発症してる奴がいるぞ!」

「アイツ何したんだ」

「ヨコチン、昔結構悪質な虐めっ子だったんだよ」

「今じゃ率先して、他人の為に動く良い奴なのに……」

「寧ろ皐月に何された」

 

 騒がしくも慎みやかな彼等は、海外への修学旅行への高揚を隠し切れていなかった。

 そして、彼等への抑止はその場に居なくとも十二分に機能する。

 そんな彼等に同調しつつも、飴屋一空はそんな抑止に頼まれた事を意識する。

 即ち、帰郷にも拘らず普段より大人しいというより、沈んでいるネギに視線を向けた。

 

 それに気付いたネギは、そのまま口を開く前に己の中指の指輪に、ほんの少しだけ意識を向ける。

 

「あ、ちょっと待って下さい」

 

 己の師(アルビレオ)から与えられた魔法発動体(指輪)は、正しくネギの魔法を発動させた。

 

「今の魔法は?」

「認識阻害です。一々言い訳するのも苦しいですし」

「秘匿意識ちゃんとしてきてるね」

「えぇ……それはもう」

 

 ネギは頭を抱えながら、麻帆良で正しく学んだ秘匿意識と自身の未熟さによる黒歴史から必死に眼を背ける。

 だが、一空が着目したのはソコではない。

 

(今の……普通にヤバくないかい?)

 

 一空は魔法の素人だ。まともに扱うものも、全て超の『魔法(マギア)アプリ』に依存する。

 だが、それぞれの魔法を『コスト』として消費する電力諸々でその難易度を極めて正確に理解していた。

 

 ガバガバだった認識の反動だろうか。

 ネギの認識阻害を筆頭とした秘匿関連の魔法の精度は、余りにも高い。

 そもそも認識阻害は麻帆良学園でも、メンテナンスの大停電の夜を除き常時使用されている魔法だ。

 だが、その運用は根本的には世界樹の魔力性質の拡張に過ぎない。

 というか麻帆良大結界のメインは魔性の弱体化である。

 それこそ様々な媒介を用いた上で、魔法世界に於いてさえ高値で販売されている程である。

 少なくとも、個人で扱う者は非常に限られるだろう。

 その上、完全無詠唱。

 どれだけ訓練リソース突っ込んだのだ。 

 

(確か、基礎魔法の鬼だったっけ)

 

 皐月の言と、超から渡された情報。

 それによれば、こと基礎魔法は自己主張の少ないネギの自慢の『得意分野』であった。

 

 原作に於いて未来から齎され、一時彼が得た懐中時計型タイムマシン『カシオペア』。

 それを戦闘に用いる為に『小物を動かす魔法』と『占い(未来予測)の魔法』という、極めて基礎的な魔法を使用。

 ナノ秒以下の精密操作と、時間跳躍後の時空間の正確な事象予測を上記の基礎魔法のみで、挙句一日で実戦運用可能レベルにした能力と才覚。

 

(五年そこら、噂の別荘(精神と時の部屋)を用いているなら倍程度かな。極めて真っ当に最強レベルになったアカリ君も、そりゃ凄いんだろうけど……)

 

 戦闘面という派手で目を引きがちな、彼の双子にして魔王の従者。

 魔法使いの殺戮者とも形容できる、今代屈指の禍払い。

 少なくとも一空にとって雲の上の才を見せる金髪の少女が、思わず霞んでしまう程の万能性。

 未来の天才、超鈴音の先祖というのも納得であった。

 

「成程。皐月が『同等の才』と呼ぶ訳だ」

「さ、皐月さんが何かおっしゃってたんですか?」

「やっぱり、皐月と何かあったのかい?」

 

 小さく呟かれた困った友人の魔王の名前に、僅かに聞こえたのか明らか様な反応するネギに苦笑する。

 

「実は────」

 

 周囲の目と耳を気にする必要が無くなったネギは、数日前の魔王との会合の内容を口にする。

 

「えぇ……」

 

 一空の感想は、ただ只管のドン引きだった。

 そもそも、アカリに劣るもののネギの過去も相当重い。

 故郷を滅ぼした魔族の群れと、それを召喚した何者か。

 ネギが五年抱えた、先の見えない復讐心。

 

 それに対し、その謎の復讐相手の正体を知っている魔王。これならまだ分かる。

 魔王としての様々な情報網を持ち、日本最大の魔術結社の総帥である。成程、納得も良く。

 だが、それを「ソイツ等、あと数カ月後に皆殺しにするよ。だから悪いけど諦めてね」とか言うのは、幾らなんでも流石におかしい。

 『巌窟王』を筆頭に色んな復讐をテーマにした物語は数多く存在するが、これでは復讐劇とさえ呼べない。

 ある種、世の無常と言えなくも無いが。

 

 ネギへの説得も、遣り口が表面上良心的ではあっても根本的にはヤクザのそれだ。

 勿論きっとあの何だかんだ律儀な魔王は、他人の事情に無責任に首を突っ込む事を不適切と考えたのだろう。

 だからこその、胡乱な距離の取り方をしていたのだ。

 

「えっと」

「僕、どうすればいいんでしょうか?」

(どうしようもないんじゃないかな?)

 

 思わず口にしそうな返答を、一空の良心が必死に堪える。

 実年齢こそ15歳だが、精神年齢は意識不明で入院していた二年がそれから引かれる。

 そういう意味では、ネギと意気投合したのは精神年齢の相似が他より近かったからかもしれない。

 少なくとも、ネギの迷いを拭う言葉など一空は持ち合わせていないのだ。

 

「皐月は、今頃移動中の新幹線の中かな?」

「公休扱いにする為、移動も魔法や権能は使っていないんでしたっけ」

 

 彼に出来たのは、必死に話題を変えて有耶無耶にするだけだった。

 少なくともトラブルメイカーとしては、魔術的記号的な意味合いで魔王以上はそうはないのだが。

 

 一方、話題の魔王たる皐月はネギと一空の会話通り、女子中等部と同じ新幹線に乗って京都に向かっていた。

 無論、それには理由がある。

 原作では敵の術師に、悪戯紛いの干渉を受け混乱させられていた。

 攻撃とさえならないそれだって、悪質な術を用いれば幾らでも危険性は跳ね上がる。

 挙げ句、場所は移動する新幹線内。

 脱線事故となれば、秘匿の必要が無い程の凄惨な状況を作り上げられるだろう。

 

 だからこそ、抑止力として皐月が乗っている。

 

 その新幹線に何らかの魔術、呪術的干渉を行えば、知覚に長けた皐月は必ず気付く。

 少なくとも万が一にも魔王の機嫌を損なう可能性を抱えてでも、関東魔法協会の者にちょっかいを出すのは余りにもリスキーであった。

 というか基本的に一般人が大多数なのでまず手は出さない。日本の術師は某型月のソレの様な人でなしは案外少数である。

 そんな原作を知るからこその懸念は、杞憂に過ぎなかった。

 

 

「────おっきい声出すんじゃないよ! 他のお客さんがいるでしょーが!

 

 だからこそ、魔王は学友の面倒を見ることになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

第四十五話 ボッシュートになります

 

 

 

 

 

 

 

「つっくん、この新幹線に乗ってるの?」

「つっくんって、例の彼だよね? 今男子イギリスでしょ。え、行ってないの?」

 

 それは、男女別々の修学旅行に於いて当たり前な疑問から来る回答だった。

 修学旅行先への話題を当然行い、それが尽きれば男子の修学旅行先の話題に移る。

 すると、噂の飛び級の留学生(ネギ・スプリングフィールド)が男子中等部に存在していることが話題に上がり。

 その話題となると、必然同じクラスに存在し初等部である程度付き合いのある人物の話題も口先に上がる。

 クラスメイトの幾人かは、その人物への好意を隠そうともしていないからだ。

 思春期真っ只中の彼女達にとって、身近な恋愛話は興味を唆る話題である。

 そして、関係者ならその人物こと皐月が、自分達の乗る新幹線に同乗している事を知るだろう。

 

「せやで。ぶっちゃけ仕事関連でな、どうしてもこの時期に京都に行かなアカンようなってんて。公休ってヤツや」

「仕事って……」

「まぁ超達も、仕事してるっちゃしてるけど」

「仕事って、何の仕事ー?」

「ウチの実家もやっとる事業で、神社仏閣関連も含まれとるヤツなんやて。役員さん? 株主ってのともちゃうなぁ? まぁ、取り敢えず皐月はソコのお偉いさんやねんでー」

「マジで!?」

 

 特に隠している訳でも無く、隠す理由も無い。

 加えて、木乃香の言葉に嘘は無く。事実のみを伝えていた。

 神秘の一切を口にしていないだけで、嘘ではない。

 近衛家が長役を務めていた事。その更に上の地位に皐月が居ること。

 何一つ嘘ではない。

 だが、そこまで言われれば更に興味を惹かれるのも仕方の無いことである。

 

「えぇ。皐月さんには雪広財閥の事業にも、数多く出資して頂いています」

「つまり、オカネモチー!?」

「つっくんって、そんなに優良物件だったの?」

 

 そして毘沙門天という七福神の一角から簒奪した権能は、造物神の神具創造とそれが納められた『蔵』。

 数多くの財宝が納められたソレは、逆説的に財宝を集める性質を有する。

 どっかの英雄王の蔵がこの世全ての財宝の数々を納められ続けた結果、その蔵自体が納められた財宝全てを超える価値と神秘を得たのと同じ。

 そしてその蔵を所有する者は、必然多くの財を集める天運を持つ。

 それが、皐月の黄金律の仕組みである。

 そこから芋蔓式で出てくる、昔の男友達の表向きの現在が明かされると────はてさてどうなる。

 

「ちょっと媚びてくる!」

「アタシも!」

「お菓子貰えるかも!」

「しかも高いの!」

「ココで取材しない奴はマスコミじゃないねぇ!」

「は!? ちょ、待ちなさい貴女達!」

「アンタは待ちな朝倉ァ! マジで拙いからァ!!」

 

 チア部三人組と一際外見年齢が低い双子、麻帆良のパパラッチを皮切りに多くの生徒が駆けだした。

 原作に於いても、麻帆良祭でかなりアレなメイド喫茶をやろうとしていた彼女達。

 そんな彼女達がお小遣い目当てで皐月の元に突撃するのは、極めて残念ながらそこまで不思議な事では無かった。

 

「オイお前ら、どうすんだこれ」

「どうする楓?」

「どうするも何も千雨殿、刹那殿。かなりヤバイと思うで御座るが」

「というか、アスナさんお嬢様達が止めないのがかなり驚い───」

「明日菜殿と木乃香殿なら、真名と一緒に突撃したで御座るよ」

「このちゃんンンンンン!? というか真名、お前もか!」

「というか桜咲! ツッコミはいいが、アカリの眼がやべぇぞ!!」

「しまった、過激派が切れた!」

 

 ここに戦力が拮抗してしまった。

 アスナ、木乃香、真名がこれ幸いと皐月に会いに行ける口実に乗じ。

 皐月への迷惑を考慮し、コレを止める為に動いたのは刹那、楓。

 しかし第三勢力に、バチバチにキレ散らかしたアカリが止めるというのとはまた別の意味合いで動いてしまった。

 どうしたら良いか戸惑う、のどかと夕映。

 葉加瀬や超、裕奈や美空達は引き気味にクラスメイトの暴走を傍観することで身を護った。

 また、夏凛がこの混乱に紛れ、教員の居る車両に向かったのは完全に余談である。

 

 そして止める側の人数の少なさと、一般人のクラスメイトの暴走を力ずくで止めづらい点。

 結果、アスナ達をキレ散らかしながら息の根ごと止めようとするアカリにやや本気で対応する。

 そしてアカリの手数の多さと技量に対抗するため──────。

 結局、千雨が携帯で速やかに雪姫を呼ぶ、という最適解を行うまで魔王一行の内部分裂は継続してしまった。

 

 そして冒頭に戻る。

 

「ここ学校じゃねーの! 新幹線、公共機関!! 明日SNSにゴミカスJCとして晒されんぞ! おぉん!?」

「「「「「「「「御免なさい」」」」」」」」

 

 ノータイムで暴力に移行しなかったのは、ひとえに彼のハリボテの倫理観の賜物である。

 少なくとも同性であれば、全員京都まで顔面を腫れ上げさせた上で眠らせるだろう。

 その代わり起きたのが、物理的に重圧の発生する正座説教であった。

 一方、皐月の視界の端には両手を合わせて謝るハルナと、頭を下げるあやかが居た。

 勿論、止めに動いた者達は例外である。皐月は彼女達を素直に歓待した。

 

 そして暴走したアスナ達は此処に居ない。

 元の車両を出る事無く、その場で雪姫による氷と雷の元素共鳴()が敢行されていた。

 

「でもでもっ! この車両、他に人乗ってないと思ったんだよ!」

「俺の仕事仲間が居ますが!? 少なくとも、誰かはいると思ってる行動すんのが常識じゃないんですか桜子さァん!」

「すいませんホント気付かなかったんですぅ!」

「アハハハ」

 

 或いは草臥れた様に笑う男は、そんな光景を和やかに見守っていた。

 

 甘粕冬馬。

 そろそろ三十路を迎える、正史編纂委員会のエージェントであり、甲賀忍軍の上忍である。

 実際、皐月────というより正史編纂委員会が貸し切ったその車両に騒ぎながら入った彼女達は、甘粕の姿を視認できていなかった。

 

 忍びとしての極めて基本的な、されど上忍に至った領域の隠遁術。

 それは某幻のシックスマンのそれを遥かに超え、長瀬楓さえ上回る。

 一般人である彼女達が現れると同時に、完全にその存在を隠蔽する様は、皐月をして鮮やかと言わざるを得ない。

 勿論それを知っている皐月は、あくまで論点をマナーと常識に絞っていた。

 

(魔王が常識を説く姿は、中々思うところはありますねぇ)

 

 現在の長役の事実上の懐刀の立場である甘粕は、同時に総帥である皐月の接待役としての役目もあった。

 裏の事件で魔王である皐月が動く案件は、基本的に人間の手に余るものだけ。

 必然まつろわぬ神々や、それに準じる神獣などのみとなる。

 そんな案件を皐月に持ち込み、甘粕が現場まで案内するのがいつもの流れだ。

 故に、委員会でも最も皐月との付き合いがあるのが彼である。

 その上で、祖国に生まれた魔王が彼で良かったと心から思っていた。

 

「いやはや、若い方々は元気でいいですねぇ」

「ホラァ! こんな当たり障りの無い発言しか出来てないじゃん!! 

 謝って! 完全にドン引きしてる甘粕さんに謝って!!」

『ごめんなさいでした』

「はい。皆さんこれからは気を付けて下さいね」

 

 仮に他の魔王なら、彼女達は全員悲惨な姿か死体となっていただろう。

 まつろわぬ神々という、思考し行動する異常災厄を正面から殺し尽くす超越者。

 それが曲がりなりにも現代社会に溶け込めている事こそ、甘粕は異常と認識していた。

 

(反魔王の者達は以前の脅迫で比較的大人しいとはいえ、それはあくまで委員会の者達だけ)

 

 チラリ、と。

 皐月が座っていた席に、先程まで彼が読んでいた資料を見る。

 それは自分達が集めた情報であり、目下不穏な行動を取っている者達の報告書。

 

『──────「民」の術師達が、数百年前から確認されている人物と接触した恐れあり』

 

 魔王に対する脅威。

 果たして、それはまつろわぬ神々だけでは決して無いのかも知れない。

 人の極限こそ神殺しの魔王であるのなら、人を超えた者が相対するのが道理なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 その後問題児達を殲滅した雪姫が、皐月の貸し切った車両にやって来たことで、その場に居た生徒たちは悉く回収された。

 更に雪姫だけでなく、生徒指導の『鬼』の新田が監視の為に参戦。

 完全一般人の教員を配置する事で、魔法生徒(というかキチガイ共)の暴走を秘匿の側面から抑制したのだ。

 そして当初の騒動に反し、余りにも穏やかに京都到着。

 その後も京都駅の大階段の壁を登ったり、最上段からローラースケートなどで滑り落ちる等の蛮行も無く。

 抜け出そうとした一部の生徒も、担任教師の監視によって敢え無く失敗。

 最初の修学予定地である、二条城に向かい皐月と甘粕と別れた。

 

「……行きましょうか」

「そっすね」

 

 一気に静かになった二人は、予め用意されていた車に乗り込む。

 甘粕が運転しながら、彼の趣味の雑談こそ挟みつつ速やかに元近衛家屋敷────即ち、正史編纂委員会の総本部に向かっていた。

 目的は多々あれど、原作での一大イベントの舞台である京都に、保険として魔王が居る必要があったからだ。

 その建前と実利も含め丁度良いと、近年正式に着任した正史編纂委員会の新たな長役との面会を設けたのだ。

 

「沙耶宮(かおる)さん、だっけ。昔チラッと見たことあるんですよね。ホラ、宝塚に居そうな感じの」

「えぇ、その男装趣味で合ってますよ。彼女は以前から私の上司ですから」

 

 神木の巫を務め公家の五摂家筆頭の末裔たる近衛家に、それを平安の世から仕える四つの名家。

 その内の、ここ150年ほどの間は四家の中で最も強い発言力を持ち続けている、智慧者と謳われる沙耶宮家。

 その当主も務める、未だ現役女子校生の若き新たなリーダーである。

 

「そんな若いのに、他の家が良く了承しましたね」

「ぶっちゃけ今の委員会の長役というのは、皐月さんとの折衝役ですからね」

「成程。防護服も無しに蜂の巣をつつくのは嫌と」

「もっと言えば、爆発を予測されている活火山の傍で生活したくない感じですね」

「老人特有の不用意な発言で、躊躇無く爆発する自信がありますねぇ!」

 

 こんな怪獣のご機嫌取りは御免だ。

 とまぁこんな風に、つまり保身に長けた老人方は若者を生贄にする選択を取った訳である。

 

「老後を穏やかに隠居して貰えれば、まぁ良いんじゃないですか? その判断が既に鼻に付くけど」

 

 その口振りに、老人達が本当に賢い選択をしたと甘粕は思う。

 同時に、今まで長役(近衛詠春)を軽んじ実質裏から影響力を伸ばしていた────増長し好き勝手していた彼等と、この若き魔王との相性は最悪であると。

 

爺が子供生贄にするってシチュエーション、俺がどう思うか数ミクロンでも思い至らないんだろうか? 馬鹿が

 

 約四年前の、『魔王の狂宴』。

 元より倫理観を強く意識するこの少年は、それ以来より強く意識している。

 生贄、特に権力を持つ高齢者が未成年に対しそれを行う事は、完全に地雷となっている。

 そしてどれだけ甘粕に気を遣って、剰え趣味の話にさえ興じてくれていても。

 彼は荒ぶる神々をも、その怒りを以て叩き潰す天蓋破砕の暴君であるのだと。

 

「ん、そろそろですね」

「え、えぇ。どうしても徒歩の必要があるのが如何ともし難いですね」

「関係者だけ距離弄る結界とか、あっても良いんじゃないですかね?堂々巡りの術式応用する感じで」

「進言しておきましょう」

 

 稲荷神社を彷彿とさせる、異様に多い鳥居と参道は途中休憩所がある程である。

 そんな改善案を話しながら車を降り、鳥居を跨ぐ。

 ────同時に、景色が一変した

 

「……あ?」

 

 鳥居と参道が続く風景は、幾らか相似こそ有れど明らかに別の風景に変貌していた。

 確かに参道は山道ではあるが、通行の為に十二分の整備が成されており、電灯だってあった。

 だが、これでは本当に未開発の山奥そのものだ。

 というかそもそも先程まで、こんな荒れ模様の雨空ではなかった。

 そして、雨風に神性を感じ取れる。

 

 明らかな、異界。

 それも魔王としての感覚は、皐月にこの異界が人間の術者による結界の類ではない事を訴えていた。

 即ち、神殺しの魔王の不倶戴天の神々が統べる、幽世である。

 更に、権能で千里眼を有する皐月は道程の先にある辛うじて庵と呼べる掘立小屋に、この世界の主が存在する事を知覚する。

 それだけではない。その主以外、少なくとも二つ気配と視線を感じる。

 片方は申し訳なさそうな、慎ましい視線である。

 それはいい。そうであるべきだと皐月は考える。

 だが、片方の此方を勝手に見下した挙句愉悦混じりに粘着するような視線があった。

 まるで、此方を一方的に見定めんとする様な、視線。

 

 

 

「────ケシ飛ばすわ

 

 

 

 上から目線の謀士気取りが気に入らねェ

 人の交通の便をイキナリ遮ってんじゃねェよカス

 

 困惑して然るべき、突然の激変。

 それでも迷う事無く彼が戦闘行動を取ったのは、舐め腐った態度に一瞬で沸点を超過したから。

 彼は魔王になってから忍耐を鍛え続けてきたが、それはあくまで人に対してのみ。

 神々への沸点は、初めて神殺しを為した時から一ミリたりとも変わってはいない。

 ナメられたから、殺す。それだけである。

 

 金色の波紋が魔王の背後に生じ、拡大していく。

 現れたのは、最早弾頭というのも憚られる機構の槍。

 複数の神話の核兵器が組み合わされた、死の槍であった。

 この場は幽世。地上にあらゆる影響を及ぼさない独壇場である。

 

我は終える者、世界の災厄。万象を灰燼に帰す、破滅の枝を産み落とす者なり

 

 その祝詞に、彼を見る視線の三者がその灼熱に比するように凍り付く。

 その力を、その火にこそ彼等は目を付けたというのに。

 それを見定める為に招き、しかし試そうとする前に既に絶体絶命であった。

 舐めていた。甘く見ていた。

 言ってしまえば、それだけの話である。

 

 終末の災枝(レーヴァテイン)を、開帳した核神話(アグネア)に付与する。

 対界、対生物権能。

 無論それだけでは、今の彼の全力には程遠い。

 

爾天神之命以(ここにあまつかみのみこともちて)布斗麻邇爾ト相而詔之(ふとまににうらへてのりたまひつらく)

 

 思わず、幽世の主が引き攣る。

 詠われた祝詞と共に、未だ名付けられぬ母神殺しの権能が猛り狂う。

 権能三重行使と、それによる負荷を全て狡知神の慟哭へ変換し更に乗算する。

 事実上の権能四重行使。その全てが世界、神、運命を焼き落す滅びの終末である。

 この幽世は滅びるだろう。魔王の怒りに触れた愚行を、その身を以て贖う事になるのだ。

 この破壊が放たれたが最後、どんな手段を用いようと文字通りの御終いである。

 

 ────対星兵器(ほしをこわすへいき)

 現世でもって、絶対に許されざる滅塵滅相の死槍。

 その身を弓の様に引き絞り、この世界の主を射殺す。

 そこに回避の意味は無く、着弾と共に世界を滅ぼすだろう。

 

 その破滅に、急ぐように幽世に嵐が生じるが────それがどうなるというのだろうか。

 この世界の主は、世界の滅びに相対した事など無いのだから。

 権能を一時的に簒奪する術があっても、幾重にも込められた殺意のどれ程を削れるというのか。

 そもそも権能殺しが二つもある以上、それさえ満足に出来ないだろう。

 故に彼女は、力ではなく言葉で応対した。

 

「────お待ちください」

「嫌だね」

 

 制止の声が、皐月の側から発せられる。

 皐月は一瞥すらしない。そも皐月の知覚は初めからその姿を捉えている。

 十二単を身に纏う、唯一皐月にとって相応の態度を取っていた人物。

 

 皐月は彼女の正体を知っている。

 理想王の妻にして、羅刹王に攫われた挙げ句に離別の呪いを受けし、悲劇の姫君(シーター・ジャナカ)

 現在、玻璃の媛君と名乗る神祖にその身を堕とした、『最後の王』の影に喰われるが定めの哀れな贄。

 そんな彼女の決死の嘆願を、即座に切り捨てる。

 

「俺は喧嘩を売られたんだよ。それを買って何が悪い。あのゴミカス共を止められなかった手前を恨めや」

「我らが愚行、心からお詫び申し上げます。我が身が出来る償いならば、如何様にも。故にどうか、どうかその怒りを御鎮め下さい」

 

 その様子に、しかし欠片も動ずる事は無い。

 お前が謝っても何の意味も無いと、そう告げるように呪力がどんどん練り上げられ、比例するように充填の余波だけで嵐を掻き消し続ける。

 

「下げる頭が足りねェな」

「お二人共、お早く」

「……判ってるよ」

「承知しておりますとも」

 

 蒸発間際の世界に現れたのは、即身仏としか見えない袈裟を来た木乃伊の坊主。

 そして明らかに他の二人と異なる、極めて強い神性を有する老年の大男であった。

 

 片割れの即身仏には殺意のみを向け、皐月の警戒と視線はあくまでも神にのみ向けられていた。

 益荒男が隠居中、そう言わんばかりの簡素な着物と蓬髪。

 されど鍛え上げられた二メートル近い巨躯は、老人が明らかに武神の性質を有している事を示していた。

 その神を皐月が直接観たと同時に、幽世故に異様な精度の霊視が働いた。

 日本神話に於ける、最も有名な(へび)殺しの英雄神。

 日本という島国を造りたもう創生神『伊邪那美』自ら生んだ、諸神の中で最も貴いとされる三貴子の末弟。

 即ち────

 

「姉貴の職場に脱糞したDQNじゃん」

「取り上げ所! 過去最悪だぞお前!!」

 

 正史編纂委員会を統べる四家と近衛家。それらにさえ容易く指示を行える、『古老』と呼ばれる人外のものたち。

 千年前、この国に『最後の王』と呼ばれる魔王殺しの英雄神を封印した者達とのファーストコンタクトは、有体に最悪であった。 

 

 




さつき何某
 人外相手に何の成長もしていない魔王。
 人の進路遮った挙句、彼等の「相手を一方的に見定めようとする、無意識の傲慢」にノータイムでキレ散らかした。
 ちなみに、危険物はまだ何時でも投げられる状態の模様。

甘粕おじさん
 作中年齢を考えたら、初登場時はまだ三十路じゃないのでは?と作者が訝しんだニンジャ。
 いきなり消えた皐月にかなり焦ってる模様。

古老
 所謂委員会の御意見番的ポジの人達。
 唐突に幽世に引き込む事で精神的イニシアティブを取ろうとして、盛大にミスった。
 スサノオのお爺ちゃんと木乃伊、ラーマの嫁さんの神祖の十二単の美人さんで構成されているお偉いさんのお偉いさん。
 ちなみに皐月が同行者に身内(茶々丸や雪姫などの人外以外)を連れ添っていた場合、スサノオの人間への対応がクシナダヒメ的な措置をされる為、対話の余地は無かった。
 ちなみに皐月がキレた一番の原因は、原作でも明らかに悟りから遠そうな性格の悪い木乃伊の模様。


 ようやっと更新できました。
 投稿が遅くなり、本当に申し訳ありません。
 エタるつもりは一切ないので、今後また執筆が遅れるやもしれませんが、完結までどうか御付き合い頂ければ幸いです(魔法世界編は実質消化試合なので、事実上本編は原作時系列での麻帆良祭まで)

 いつも誤字修正指摘ありがとうございます。
 急いで描いたので修正箇所が多々あるかと思いますが、文問題箇所があれば随時修正していきます。
 


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第四十六話 神々の警告と、争乱の始まり

 

 

 

 スサノオの幽世。

 あばら家が如き庵にて『古老』と呼ばれる神域三者が頭を下げた事で、漸く会話が始まった。

 やや渋りがちなスサノオでさえ、目の前に突き付けられている弾頭には怖気づいた。

 正しく天敵、己の死神が殺意を以て鎌首を傾けていたのだから、天衣無縫な神話を残す彼とて大人しく己の非を認めた。

 無論、それは彼が『まつろわぬ神』でない事が大きいのだが。

 そこまでして、漸く皐月はお前を絶対に殺すの意(アグネア×レーヴァテイン×カグツチ×超振動)を黄金の波紋の中に納めた。

 

「んで、何の用だよ。今度は週前からアポ取れやアポをよ。こちとら学生の身分なんだからよ」

「度重ねて謝罪と、皐月様の御慈悲に感謝を」

「悪かったよ……豹変し過ぎだろ」

 

 ボソリと、スサノオが溢した愚痴を『玻璃の媛君』と名乗った女性が睨みを利かして黙らせ、改めて皐月に向き合う。

 

「ご要件は幾つかありますが、一番はこの地に封じられた御方についてです」

「アンタの(オトコ)だろ? 封印に関してはボイジャー計画3号に成ってもらったよ」

「ご存知でしたか」

 

 運命神より救世の神刀と《盟約の大法》を授かり、それを全て打ち倒す《魔王殲滅の勇者》に与えられる異名であり、『この世の最後に顕れる王』。

 そして『最後の王』の佩刀にして、分身である鋼────救世の神刀によって完成する、地上に蔓延る魔王の数だけその力を跳ね上げる粛清装置。

 『最後の王』が眠りにつく際は、神刀は竜骨として刀身が朽ちた状態に変貌。

 

 最後の王当人は現状、スサノオ達によって房総半島上空の衛星軌道上にて封印されていた。

 そんな隠蔽されていたものを、皐月は毘沙門天の権能で加工。

 衛星軌道上処か、太陽系外へのロケットとして射出され、竜骨は皐月の宝物庫に収容された。

 既に封印は、少なくとも地球近辺に存在しない。

 

「まぁ、これが所詮時間稼ぎだってのも知ってる。距離無視して担い手の元に勝手に戻る武器なんて、北欧やらケルトなら標準装備(デフォ)だろうからな」

 

 かの王は『運命神の戦士』としての加護と権能を得ている。

 運命神がバックに居る以上、どんなインチキで地球に戻ってくるか判らない。

 

「それでも、要らん奴が封印をどうこうしようとするのを大幅に防げるんだ。十分だろ」

 

 千年前に顕現した『最後の王』を封じた彼等は、この日本に初めて現われた神殺しの魔王というトラブルメイカーに、忠告とも称賛とも取れるソレを告げる。

 原作でもあったイベントな、と皐月は内心呟きながら肘を突く。

 

「それにしては、俺に接触すんのが遅過ぎんじゃねぇの?」

 

 原作にて、新たなヒロイン(清秋院 恵那)の登場と共に起こったエピソード。

 だがそれは、原作主人公(草薙 護堂)が魔王になって一年以内に起こったモノ。

 魔王という、魔術・呪術組織にとって問答無用で庇護下に入り王冠を戴く存在故に、正史編纂委員会の総帥に成るには後ろ盾である彼等『古老』の了承が必須なのだ。

 しかし皐月が総帥になって五年以上が経っている。

 総帥と認めるのも、『最後の王』の封印について話すのも余りにも遅過ぎる邂逅だ。

 

「それは……」

「あ〜それなァ。色々理由があったんだよ」

 

 言い淀む『玻璃の媛君』に代わり、頭を掻きながらスサノオが答える。

 ちなみに『僧正』は本気で皐月から嫌われた為、出来得る限り発言を控えていた。

 

「先ずは……お前さんは不愉快だろうが、あのクソ猿の封印を解いた嬢ちゃん達を警戒した」

「アスナとアカリか。まぁ警戒して然るべきだな。実際利用されちまったし」

「意外だな。怒らねぇのかよ」

「もう殺したクソで一々不機嫌になるのは、損だろ」

「確かに」

 

 百年前と今代最高の禍払い(マジックキャンセラー)

 こと封印の解除というならば、アスナとアカリはこれ以上無い人材と言えるだろう。

 魔王の庇護下に無ければ、利用しようとする者は枚挙に暇はない。

 それこそ、数年前から確認されている、アーサー王の王妃(グィネヴィア)を自称する神祖などがそれである。

 最後の王の封印を護る『古老』達の警戒は当然だった。

 

「それに、十にもならない齢で神殺しを成した餓鬼も初めてだったからな。慎重にならざるってモンよ」

「それはそう。皆そーする、俺だってそーする」

 

 手段と力だけ持った人格形成さえ儘成らぬ齢の子供など、厄介窮まりない。

 そこに要らぬ情報など与えては、万一悪戯に封印の解除さえ可能性として浮上してしまう。

 彼等が慎重になるのは必然とさえ言える。

 事実最古参の魔王ヴォバンという、まつろわぬ神と戦うために自ら招来するという愚行の前例が存在してしまっているのだから。

 

「故に、お前の人柄や成長の方向性を見定める必要があった訳だ」

「で? キレ芸に一家言ある俺の評価は?」

「封印の上に更に封印を施し、宙の彼方に投棄するとはなぁ。まぁ、何でかは知らんがあの小僧の事を知ってた上での処置。民草への最大限の配慮と神殺しとして相応しい実力────まぁ、俺の杞憂だったわ」

「寧ろ、我々にとってこれ以上ない程好ましいと言える御方でした」

「持ち上げても何もでないぞ? あ、これ蔵で保存してたショートケーキなんだけど」

 

 まつろわぬ毘沙門天に始まり、一般人への最大限の配慮を行いながらの、見事な手腕を彼等は非常に評価していた。

 それこそ、千年前に居たら最後の王を打倒していたのではと思う、対『鋼』に特化している炎の魔王。

 そんな皐月は、彼等に望外の展望を見出させる程だった。

 

「あくまで奴が復活したらではあるが─────お前なら、あの小僧も救えるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四十六話 神々の警告と、争乱の始まり

 

 

 

 

 

 

 

「─────救う?」

「応よ」

 

 日本に封印されし、千年前に顕現した『最後の王』。

 選ばれた神の名は、理想王ラーマ。

 インド神話の一つ、『ラーマーヤナ』の主人公にして魔王殺しの勇者である。

 

 その特筆すべきは、彼の精神性。

 最後の王として顕現した彼は、まつろわぬ神としての歪みと狂気を全て、流浪の旅を続けたラーマに唯一、生涯付き添ったとされる従属神────弟ラクシュマナが引き受けているという点である。

 それは即ち、姫を攫いし羅刹王なら兎も角、自然や人民が傷つくことを嫌っている、まつろわぬ神にあるまじき良識を保有していることを意味している。

 その使命に従い戦う度に、多くの民草や諸行に大きな被害を出す『最後の王』の役目など果たしたくない、という理想王の名に相応しい考えである。

 千年もの長期間封印できていたのは、当の本人がその使命に抗っていたからに他ならない。

 

 何故なら最後の王は、多くの神祖を従えるという。

 そして彼女達は主が再臨を果たした時、麾下に馳せ参じて()()()()()でもあるとされるとも。

 あるいは、大地母神だった彼女達を最後の王が喰らい殺した姿こそ、神祖であるとさえ。

 つまり最後の王に選ばれたラーマは、この場にいる『玻璃の媛君』───最愛の妻たるシータをも死なせなければ成らない。

 否。既に彼女が神祖として在る以上、その在り得ない想定は成されたのだ。

 

 理想王ラーマ。

 彼は羅刹王に最愛の妻シータを奪われ、これを遂に救い出しながら彼女の純潔を民衆に疑われ、貞潔の証明としてその命を手放し、結果として永遠に離別しなければならなかった逸話を持つ。

 生涯彼女のみに愛を貫いたラーマにとって、そんな最愛の妻を『最後の王』としての力の補填の為に今度は己の()によって殺される。

 彼にとって、自由さえあれば自害も辞さない事態だ。

 だが、彼は世界の真理と同等の重みと強靭さを持ち、神具と同じく不朽不滅である『救世主の運命』に囚われている。

 

「お前は間違い無く、歴代最強の『鋼殺し』だ。それに関しては俺が保証する。そしてお前の炎なら、『救世主の運命』を断ち切れるかもしれねェ」

 

 魔王という運命神の運命の糸に囚われないイレギュラーの、更に事対鋼の英雄神に対しての死神。

 最後の王にさえ、正面から打倒しうる究極の鋼殺し。

 それは、運命の糸さえ断ち切れるのではないか。

 スサノオはそう言っているのだ。

 

 北欧神話に於いて、終末装置であるスルトは世界そのものたる世界樹を自らごと、ほぼ全ての神々を焼き殺しつつ炎上させた。

 北欧神話ほど、多くの神々が『壊滅』と呼べる程死んだ神話はそうそうない。

 無論、生き残った蘇った神々は存在する。

 だが、そこに『運命の三女神』が該当するとされる記述や逸話は無い。

 そもそも北欧神話に於ける、運命の三女神に関する逸話がかなり少ないのだが─────。

 スルトの炎は。それと起源を同じくする権能を有する皐月ならば、三女神の最源流たる『運命の担い手』さえ、殺し得るのではないか。

 それが、スサノオの仮説だった。

 

「まぁ良いけど」

「軽いわ。絶対に枕詞に『どうでも』がついてるだろ」

「その前に聞きたいことがある」

 

 皐月が対鋼としての力を得たのは、奇しくも簒奪した権能の殆どが炎の権能であるからだ。

 物体を融かす道化の叫炎(ローゲ)

 神話を滅ぼす終末の黒炎(レーヴァテイン)

 不浄を清める浄化の白炎(アグニ)

 生命を滅ぼす死滅の毒炎(アグネア)

 神に死を齎す神戮の煌炎(カグツチ)

 

 それらを組み合わせれば、相乗させれば殺せない神は存在しない。

 例え、各神話の運命神の最源流たる『運命の担い手』であろうとも。

 運命の糸は、ただの糸のように容易く燃え散るだろう。

 しかし、逆に言えば都合が良すぎるのではないか。

 

「ちょいと作為めいていないか? ここまで連続して火の権能を持つまつろわぬ神とカチ合うのは」

 

 だが、そんな魔王が意図的に生み出されたのだとすれば? 

 若き異例の魔王に、炎に関する逸話を持つ神々を当てがい、その権能を簒奪させてしまえば? 

 

 この内ロキとアグニに関しては良い。

 恐らく『古老』達はこの最初期に簒奪した第一と第三の権能に関しては、把握しようがないのだから。

 だが、毘沙門天とカグツチに関しては話が別だった。

 京都という正史編纂委員会の総本山が存在する、ある種スサノオの領土である出雲と並ぶ場所で、魔王が立ち寄った途端まつろわぬ毘沙門天が顕現したのは何故か? 

 ならもし、もしも。

 

 

「─────カグツチをあやかの弟で『なぞり』を起こしたのは、お前等の都合か?

 

 

 皐月の顔から、一切の感情が削げ落ちる。

 もし、愛する幼馴染の弟を魔王が介錯する事になった原因が、雪広あやかから弟を奪ったのが神々の姦計なのだとすれば。

 最早殺さない理由が無い。

 

 先程納めた以上の絶許の殺意が、黄金の波紋から()()覗く。

 虚偽は赦さない。嬲りもしない。

 ただ、そんな怨敵が存在することを皐月は決して許容しないだろう。

 

「……毘沙門天は俺等の差し金だ。元々起きそうだったから、折角コッチに来たオマエとカチ合う様に調整した。お前の実力と人柄を見定めるのには、丁度良かったからな」

「で?」

「だがカグツチ(アレ)は、流石に想定外だったぜ。そもそも速須佐之男命(俺様)がアレを顕現させると思うか?」

 

 素戔男尊。

 三貴子の末弟である彼は、母神イザナミを求め彼女のいる根の国に行きたいと願い、父神イザナギの怒りを買って追放されてしまう逸話がある。

 

 そんなイザナミを死に至らしめたカグツチは、殊更忌避すべき相手である。

 如何に対鋼性能向上を求めようとも、流石にそれは堪えられない。

 即ち、容疑を否認した。

 チラリ、と皐月は十二単衣の女を見遣る。

 目を伏せ、されど確りとその否認に頷いた。

 

「……そうか。なら、話はおわりか?」

 

 再び弾頭と共に黄金の波紋が消え、皐月は立ち上がる。

 苦い思い出を思い出したからか、十分長居したと話を切り上げようとする。

 或いは、八つ当たり気味の行動を恥じたのか。

 

「─────理由はもう一つある」

「…………まだあんの?」

 

 だが、そんな彼をスサノオは引き止めた。

 

「お前にとって、コレが本題つっても良いくらいのな」

「はぁ? 裏火星(魔法世界)関連とかか?」

「無関係じゃ無いがな。ある意味、俺等にとって最大の不確定要素でもある」

「あ?」

 

 スサノオは、神として『あの世とこの世の均衡』を保つことに務めている。

 では、そんなスサノオが警戒する、反運命に至り得る魔王と並ぶ不確定要素とは何か? 

 

「このタイミングで皐月王、貴方をお呼びしたのは、とある御方が貴方の傍に居なかったからです」

「あのクソ猿が復活した時は、中国の魔王が居たからな。そういう意味ではお前を拉致ったのはこのタイミングしかないと思ったからだ」

「……オイ」

 

 それは火星上に異世界が存在しながら、まつろわぬ神々が顕現し神殺しの魔王が生まれ得る世界線。

 その中でも、ソレが炎の魔王が成り立ての頃に起こった、とある可能性でのみ生じ得る不確定要素。

 

「闇の福音だったか? あの変態女の娘────エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。()()アレが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、皐月が一人で京都に訪れるタイミングを、彼等は待ち続けた。

 炎の王の側の最も近くにおり、彼が最も信頼する女性。

 造物主と名乗る女の造りし、()()()()()()()()()()()()の存在であった。

 

 そういえば───盲目の偽神によって造られ劣化真祖にした彼女の術式は、どうなっていた? 

 

「『成る』のも時間の問題だぜ?」

 

 何に、とは───その笑う神は答えなかった。

 皐月は殴り倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオの幽世からヴィマーナで現世に帰ってきた皐月は、山道で取り残されていた甘粕を回収。

 共に正史編纂委員会の総本山であり、嘗ての近衛家の実家に到着していた。

 黄金の飛行船での到着であり、予定外ではあるがそこは魔王のネームバリュー。

 その程度の出鱈目は、彼が総帥となって数年以上が経つ現在は慣れたモノだった。

 

「お待ちしておりました、皐月王」

 

 恭しく跪くのは、皐月より少し年上のショートヘアの男装の麗人。

 現関西呪術協会───正史編纂委員会の長役である、沙耶宮馨である。

 

「途中、脱糞野郎に拉致られてな」

「既に此方でも確認しております。『御老公』の御相手は───順調とは行かなかったようですが、寧ろ有利に運べた様子で」

「まぁまぁだ。核をブチ撒ける様な事にはなって無い。まぁ無駄に意味深台詞吐いたから張り倒したけど。あぁ、後あのミイラは殺したかったな。悟りから程遠かったし」

「おやおや」

 

 元より他の重鎮と比較すれば、遥かに歳の近い馨。

 更に皐月が麻帆良在住という関係から、直属の部下である甘粕を伝令、小間使い役に派遣する関係上、実はこれが初対面ではなかったりする。

 

 長役の執務室に入ったら、二人の口調が途端に逆転する。

 

「長役って忙しそうですけど、元気してました?」

「気遣ってくれて有難う。少なくとも、君のようにまつろわぬ神や神獣を相手にするより余程マシさ。君の威光のお蔭で、面倒な老人が揃って黙りこくってくれているしね」

 

 少なくとも、魔王の威容を式神越しに観て畏れて相対すら恐れる老人達より、皐月にとっては相応に付き合いやすい相手であった。

 

 なので面倒な輩が居ない場所では、年功序列を重視した関係で、皐月が敬語を使ってさえいる。

 彼にとって馨とは、年上の仕事仲間なのだ。

 なら、敬語を使うのは自分の方だと、この様な形となっている。

 

「それで、反魔法世界の派閥の動きは?」

「『民』の術者と結託した可能性のある者は、海外や地方の仕事を与えて近畿から遠ざけているよ。流石に魔王の笠を着る長役の指示に表立って逆らえば、免責どころか最悪の場合もあるからね。腹に何抱えていようが、大人しく出張して貰っているよ。

 流石に『民』の術者の動向は何とも」

「となると不確定要素は『民』の術者の動きと、後はアーウェルンクス連中ですかね」

「件の火星世界の眷属神だったね。狙いは両面宿儺の試運転だったかな」

「ソレぐらいしか心当たりないですわ。

 アスナはまず捕捉されて無さそうだから、後はアカリ目当てかもなぁ。ネギ君は本国へのゲート近辺とはいえ、あっちはタカミチさんがスタンバってるらしいからまぁ、問題はアッチで解決してもろて」

「一応、麻帆良の修学旅行生はマークしておくよ。とはいえ、そこまでガッツリは難しいけどね」

 

 何せトップ同士の内情はどうあれ、麻帆良の魔法協会を関東と呼ぶことさえ怒りがある程の確執が、存在している。

 毎年麻帆良学園への停電時の襲撃者が、純粋犯罪者の悪性術者以外のほぼ全てが魔法世界や関東魔法協会憎しの呪術師なのは伊達ではない。

 

 大戦に巻き込まれた恨みか、明治にて文明開化のドサクサに神木たる蟠桃の影を土地ごと奪われた恨みか。

 あるいは侵略者そのものである彼等が日の本に存在して居ることが我慢ならないのか。

 そういう意味では、組織の恩恵を得ている委員会の傘下よりも、在野であり一族単位でその土地を受け継ぎ、護ってきた『民』の術者の怨恨はその比ではない。

 最早、目的と手段が逆転していない者を探すのも億劫か。

 

「……? これは────」

「へぇ、意外だな」

 

 本来、幹部や直属の部下しか入ることの許されない執務室に、幹部でも無い者が雪崩れ込む様に扉の前で叫ぶ。

 

『皐月王に、御目通り願いまする!』

 

 直後扉が開かれ、大眼鏡のこの場では年長な、それでも確実に若輩と呼べる齢の着物姿の女が現われた。

 その姿に、皐月は見覚えがある。

 

(確か、天ヶ崎だっけ……。原作だと大分はだけてたケド、まぁ普通にキッチリ着付けされてますね。当然か───────は?)

「無礼者! 王の御前に赦しも無く現れるとはッ!」

 

 チラリ、と下手人とさえ呼ぶに相応しい無礼者を形だけ詰りつつ、魔王の前に出た馨は皐月の顔色を窺う。

 馨は、この程度で皐月が怒りなどしないと解っている。

 まつろわぬ神が相手ならまだしも、彼の身内に手を出したのならまだしも。

 たかが直談判程度『はい、何?』と普通に応対するだろう。

 少なくとも平時の彼は、それだけの良識を兼ね備えた希少な魔王だと、馨は本人との付き合いや甘粕の報告から理解していた。

 

 だがそれでも、彼女の役割は灼熱の魔王の御機嫌伺い。

 そんな馨が、身内という解りやすく回避しやすい逆鱗以外の地雷を探すのは仕事でさえある。

 

 時代錯誤の直談判。恐らく、皐月が予感する事件の始まりになるやも知れない。

 それに、彼がどんな反応を示すか。

 

「王よ────……、皐月君?」

 

 反応の無さで、思わず馨が振り返る。

 皐月はまだ名乗る時間さえ無かった無礼者も、思わず素に戻った馨さえ見ず。

 

「馨さん。俺、どれぐらい幽世(アッチ)に居た?」

「え……────2日程ですが。『御老公』からも、そのように連絡があったので甘粕には出迎えに行かせていましたが」

「あぁ……、甘粕さんを拾ったせいで勘違いしてたか」

 

 明後日の方向を悍ましい怒りで満ちた色の瞳を蓄えて、無表情で睨み付けていた。

 

「次から次へと……────舐めやがって

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 それは、皐月が幽世に引き摺り込まれた故に起こった、時間差故の陥穽。

 京都の街並み、その一区画が結界に覆われていた。

 それは『民』の術者が作り上げた、外部との空間を遮断、堂々巡りを起こすことで対象を閉じ込めるもの。

 そこに、魔王と親しい少女達が閉じ込められていた。

 

 何の問題もなかった。

 無かった筈なのだ。

 

 彼女達は、強い。

 六年を超える歳月を、雪姫や茶々丸、茶々ゼロを師とし、魔法世界に於いて既に最強クラスと呼ばれるレベルに極めて真っ当に登り詰めた。

 格上と言うなら魔法世界旧世界それぞれで魔王と呼ばれる二人が隔絶した次元から見下ろし。

 格下相手なら麻帆良学園の警備で、同格相手なら彼女達同士で戦えば、経験は十二分に積める。

 唯一多対戦こそ充実とは言えないものの、それは『今回』は関係がなかった。

 

 片や魔法殺し。

 片や半妖退魔。

 片や半魔歴戦。

 片や不老不変。

 片や極東最強。

 彼女達に相応しい肩書きは、決して名前負けしていない。

 例え彼女達が何れ戦う運命にある、造物主の眷属神を相手にしても、その主が封印されている以上、勝利出来るだろう。

 

 そんな彼女達が、血溜まりに沈んでいた。

 剣や呪符、念の為と渡していた神鉄による魔道具が悉く斬り捨てられていた。

 あり得ぬことに、神の寵愛を受ける夏凛さえ、出血こそしていないがその不変の五体が両断されていた。

 彼女達が意識を保っていたのは、木乃香という回復役を護り通した成果であった。

 そして、相手が命を取るつもりが一切無かったからであった。

 

「────何度でも問おう」

 

 黒い長髪に、褐色の肌。

 まるで時代劇に出るような外套を纏った、万象絶ち切らんとする()が居た。

 

「魔王は、何処だ」

「だ、れがッ」

 

 彼こそ、無謀な『民』の術者達の鬼札。

 名を、獅子巳十蔵と言う。

 七百年という悠久を、ただ剣のみに捧げた斬鬼の不死が、魔王という強者を求めて大地を少女の血で濡らしていた。

 

 

 

 

 

 

 




ほぼ一年ぶりの更新、お久しぶりです。
仕事が忙しく、執筆活動自体を休止してました。
取り敢えずラーマの封印と神刀の封印を勘違いしてたので、修正して問題無いか確認したので、まず修正忘れがあるかと。
お待ち頂いた方には、謝罪と感謝をば。

数多くの修正指摘に感謝を。
また誤字脱字、修正指摘あれば随時修正します。


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第四十七話 無冠の剣鬼

 

 

 

 ─────少女達が修学旅行を堪能している頃まで、時間は遡る。

 

 京都のとあるホテルの露天温泉に、本来時間をズラして入浴する筈の面々が一堂に介していた。

 即ち、教員の雪姫と所謂魔法生徒達である。

 無論、雪姫の意向ではない。

 教師としての彼女は、キチンと模範に准じていた。

 生活指導のとある老年の一般教師を、登校地獄の呪いに身を浸していた間に、彼女は素で尊敬していたのだ。

 彼の問題児犇めく麻帆良に於いて、彼の献身と労力に敬意を評していた。

 だからこそ、この現状は魔法生徒達の会合という意味合いが強く、雪姫は監視役に徹していたのだ。

 まかり間違っても、万が一無関係の住民や旅行者が阿呆共の馬鹿騒ぎに巻き込まないように。

 

「超、葉加瀬。今日も良く動いてくれた」

「いえいえ」

「我ラ、皐月王の忠実なる僕。あの方の頼みでもアルならバ、尽力するのに異は無いアルヨ」

 

 そう、皐月が幽世に滞在している間に彼女達の修学旅行の一日目は終了していた。

 こういった課外学習に於いて、大活躍するのがこの天才二人である。

 無論ドローンは少なくとも治外法権である学園の外では、ホイホイ飛ばす訳にはいかない。

 例え法律で禁止されていなかろうとも、だ。

 

「今はまだ、将来行われるというドローンへの航空法適用はされていませんが、世界樹の認識阻害外で百年後前提の技術力は軽々に晒せませんからね」

「なラ、簡単な光学迷彩で隠せば良イ。この時代画像や動画に残らなければ、基本的には無問題(モーマンタイ)ヨ。後は生徒の暴走を逐一観測、情報を区分したAIの報告を雪姫先生を筆頭に、各先生に通知するように設定するだけでイイ。簡単なオ仕事ヨ。神秘が介在しない以上、報告する先生も魔法先生に限る必要もナイ」

「マジモンのドラえもんみてぇな奴だったな、そういえばコイツ。異常が大っぴらになってねぇのを安堵すれば良いか、それを知ってる側に居るのを今更ながら恐怖すればいいのか……」

「それに付いて行ける葉加瀬殿の方が、ジッサイ傑物と言えるのではござらんか?」

 

 一応対外的には、魔法協会にとって敵地と言える京都に於いて、裏火星由来の西洋魔法を濫用する訳にはいかない。

 ならばと言うように、未来科学で対応したのは全方位に対する妙手であった。

 委員会に所属している呪術師は魔王の権威で抑えつけた上、諍いの種となる政治的要因をここまで潰せば迂闊に手が出せない。

 超という未来人と、それに喰らい付ける天才による頭脳的ゴリ押しと言えよう。

 

「結局、誰も仕掛けて来ませんでしたね」

 

 そして、警戒していた招かれざる客の存在への備えでもあった。

 

「委員会は、皐月の逆鱗に触れることを恐れている。当然だろうな。アイツは普段ソコソコ沸点が高いが、その分『手を出すなよ?』と警告したラインを超えられると即座に殺意を剥き出しにするからな」

 

 神殺しの魔王の弱みが解っていても、手を出すなど微塵も考えない。

 この数年でソレを、皐月は彼等に刻み付け続けた。

 権能が増えない程の蹂躙劇で、彼等が命を懸けてもどうにも出来ない神々やその神獣を蒸発させて来た、明確な実績と記録を用いて。

 

 であるならば、仮想敵は『民』に限られる。

 民間の術師。ある意味、明治時代に世界樹を奪われ裏火星の大分烈戦争の煽りを喰らった際、一番泣き寝入りを強いられた者達。

 政治的な恨みが強い委員会より、より直接的な憎悪を抱えている者達。

 

「──────ねぇエヴァ。ぶっちゃけ、私達ってどこまで通用するの?」

「何だ藪から棒に。折角の京都来てやる質問がソレか?」

「ウチの里帰りでみんな一緒に来とるから、新鮮味薄れとんのは否めへんなぁ」

 

 近衛木乃香の里帰り。

 それに寓けて京都観光を飽きずに六年間やって来た一行である。

 正直他の生徒と違って、観るものは既に見尽くしているのだ。

 となると自ずと別のモノに興味が向く。

 例えば、敵地とさえ表現された地での戦力査定など。

 

「以前評価したモノと変わらん。ほぼ最強クラス、その下位といった処だ」

 

 そしてそれは、人の成長曲線としては当たり前の停滞に差し掛かっていた事の、彼女達なりの焦燥の証左であった。

 

「最強クラス上位となるには、基本何等かの切っ掛けや経験値が物を言う。無論ナギといった例外は存在するがな。あの例外に成れるのはアスナかアカリか……いや、それでも難しいか。

 まぁ主人不在の従属神程度なら状況次第だが問題なく凌げるだろうな」

 

 カタログスペックで問うならば、アスナとアカリを筆頭に彼女達は間違いなく魔法世界最強クラスと呼ぶに相応しい実力者である。

 京都にて潜伏しているやもしれない術者など、本来鎧袖一触である。

 ならば自ずと仮想敵は絞られる。

 

 しかしジャック・ラカンという、理論上は極めて理想的な最強と比較してしまうと、どうしても見劣りしてしまうだろう。

 例えばアスナとタカミチが戦った場合、ポテンシャルでは確実にアスナが上だが、勝敗はタカミチに軍配が上がる。

 

 あり得たかもしれない並行未来では、超が持ち込んだタイムマシン『カシオペア』による連続短時間跳躍という反則を持ち出して尚、マトモな一撃を与えられたのは「己の生徒故に殺せない」という致命的な要因によるものだった。

 逆説タカミチはその気になれば、時間跳躍を繰り返す未来の天才少女でも殺せる可能性を持つことを意味している。

 経験値とは、それ程までに重要な要素なのだ。

 だからこそ、そんな経験値を膨大に持ちつつ他を圧倒するカタログスペックを持つジャックに拮抗した、ナギ・スプリングフィールドの異常性が目立つ。

 

 無論、それは人界でのお話。

 カタログスペックや経験値でどうしようもないのが、荒ぶる天災たるまつろわぬ神々であり、だからこそソレを矮小な人が討ち果たしたからこそ、魔王は何より例外とされるのだが。

 

「逆に聞くんやけど、ウチらが対処出来ひんレベルって、実際判る範囲でどないな人達が居るん?」

「ふむ……魔王やまつろわぬ神は論外として、地球では大騎士や剣聖、百年以上生きた異名持ちの魔女。後は────吸血鬼の貴族連中には難しいだろうな」

 

 その単語に、クエスチョンマークが複数の生徒に浮かぶ。

 

「何、吸血鬼に貴族とか有るんだ」

「ウチ等は真祖と死徒二十七祖、Y談おじさんしか知らんで」

「最後のは何だ」

 

 というより、この場に居る者でも吸血鬼を直に見たものは殆いない。

 何せ雪姫は皐月が魔王になって麻帆良に帰還したと同時に、その吸血鬼としての特性の殆どを喪っている。

 そんな有り様な彼女を吸血鬼と呼ぶのは、些か無理があった。

 となると一行古株の刹那すら、吸血鬼を見たことが無い始末である。

 

「まぁ、連中は基本この世界には顕れん。仮に顕れてもその場合吸血鬼としての体裁や強みを保てなくなるだろうからな」

 

 そこに「この世界高名な吸血鬼、エヴァ以外殆どいなくない?」という疑問の答えが提示される。

 

「基本吸血鬼の貴族なんぞ、人造の私と違って人類史が始まる前から存在してもおかしく無い連中ばかりだ。正確性は兎も角、そんな連中が人類史に刻まれて居ない訳が無いだろう」

「?」

 

「善きにしろ悪しきにしろ、歴史に刻まれて信仰を受けたのなら、それは吸血鬼ではない─────神だ」

 

 まつろわぬ神々に非ず。

 天災などに「神」を感じた人間が、畏敬の念からそれに名前と神話を与えたものは『真なる神』と呼ばれる。

 

「そうなればモノに拠るが、その性質や権能が信仰に縛られてしまう。多面性があればあるほど、当人本来の能力からかけ離れてしまうだろうなぁ。勿論、その人格を含めてな」

 

 真なる神が己の神話を逸脱する振る舞いをし、地上を彷徨う内にまつろわぬ神としての性に飲み込まれる。

 この場合は順序が逆ではあるが、そうなれば次第に原始の性質に近づき、或いは遠のき性格が大きく歪んでいき───まつろわぬ神となるのだ。

 

「バアルという、裏火星で私と敵対した吸血鬼の貴族がいる。コイツは特に典型だな」

「バアルて、聞いたことある名前やな。悪魔やなかったっけ」

「真祖バアル……ッ」

 

 夏凜が怒りを噛み締めながら、その名を呟く。

 ウガリット神話に於いて、メソポタミア北部からシリア、パレスチナにかけて信仰されていた天候神アダドと同一視。

 カナン地域を中心に各所で崇められ、その名はセム語では『主人』を意味し、父に最高神を持つ。

 嵐と雷雨、山岳と慈雨の属性により、古代オリエント世界では一般的に嵐の神とみなされていたが、乾燥している地域では農業に携わる人々から豊穣神として崇められた。

 

 そのルーツはメソポタミアの暴風神アダドに見られるとされ、ヒクソスによるエジプト第15王朝・エジプト第16王朝ではエジプト神話にも取り入れられ同じ嵐の神のセトと同一視される。

 その図像は二本角のついた山高帽や兜(神の象徴)棍棒(稲妻)(豊饒)を身につけた姿で描かれ、武装して武器を振り上げた姿をとって王権を表すという。

 またバアルには父である最高神エルを強襲し、男性機能を奪いその王権を簒奪するという逸話がある。

 これはギリシャ神話のウラノスとクロノス、そしてゼウス等に対応している神話と言えるだろう。

 

 しかし、基督教の信仰侵略によってその信仰は大きく損なわれる。

 即ち、ユダヤ教と対立した神話信仰への迫害、神々の悪魔化である。

 旧約聖書では一転、ユダヤ人を誘惑する異教の(悪魔)として描かれ、バアルに捧げられた讃歌が名前だけ挿げ替えられて聖書の神(ヤハウェ)のものに書き換えられた。

 崇高なるバアル(バアル・ゼブル)と信仰された存在が、基督教の侵略によって蝿のバアル(バアル・ゼブブ)───蠅の王(ベルゼブブ)と嘲笑されたのである。

 

「これは良くある話で、聖書に於いて悪魔や悪霊とされる存在はその大半が他神話の神々が貶められた姿だな。人類史上最も醜悪な軍隊は何だと思う? 十字軍だ。軍事力と権力を持った宗教など、野党崩れの蛮族にも劣る」

「魔女狩り経験者は言う事が違いますね……」

「へ、ヘイトスピーチ……!」

「迫害されるユダヤ人達の寄る辺となる筈の宗教ガ、歴史上最も他を迫害した側になるとハ……、そこら辺何カコメントはアルカ? カリン殿」

「ノーコメントで」

 

 グリモワールに於けるソロモン72柱では、その序列第一位のバエルとして描かれ、この悪魔の「東方を支配、東の軍勢を指揮する」という設定は、上記バアル・ハダドおよび数多のバアル神が信仰されたカナンやウガリット、バビロニアの地がキリスト教圏の東方世界に位置する為ともされている。

 

 そんなバアルが裏火星最大国家を、事実上支配していた吸血鬼の貴族。

 魔術世界には衝撃が走るだろう。

 魔法世界────裏火星の人類大国『メセンブリーナ連合』のトップを操り、一度は地球に進軍せんとした恐るべき吸血鬼の貴族。

 明確な人類の害悪であり、今のアスナ達にとっても衝突しうる敵だ。

 そして夏凜にとっては140年間封印を受け、超によって引き合わせられるまで雪姫と離ればなれになった元凶であり、忌々しい宿敵と言えよう。

 

「或いは、私や雪姫様が戦ったバアルは、既に変質していた……?」

「十分あり得る話だな。もしコイツがお前達の前に現れた場合、漏れ無く魔王である皐月の存在によって信仰を受ける神の性質に天秤が傾く。魔王と神は相互作用するからな。それがウガリット神話のソレか、聖書のソレか、グリモワールのソレか。どうなるかは霊視でしか予想は出来んだろう。奴自身にとってもな」

 

 彼女達に緊張が走るも、直ぐ様溜息と共に解かれる。

 つまり皐月案件である。

 彼女達の意気込みが繋がるのは、精々時間稼ぎが関の山───つまりいつものソレなのだから。

 

「あと二人ほど知り合いの吸血鬼の貴族は居るが、内一人(ニキティス)は生粋の引き籠りだ。大の本好きで、人類史や人間の人生を一冊の本として見ているフシさえある」

 

 雪姫の脳裡に浮かぶのは、表面上上位者面で人を舐め腐ってる様に見える、煽り耐性が嘗ての雪姫(エヴァ)並みかそれ以下のツンデレ貴族。

 そんな一見、中学生から高校生程度の少年にしか見えない吸血鬼であった。

 それこそ普通に皐月と馬鹿やってもおかしくない絵面が、易々と想像出来る程度には人類には好意的な存在である。

 

「アルみたいな?」

「人を馬鹿にするのも大概にしておけよアスナ。人には言っていい事と悪い事があるんだぞ」

「エヴァって、アルなら痰壺の如く悪口言って良いと思ってるでしょ」

「奴に痰を吐き捨てる程の価値があるとでも?」

 

 間接的、結果的とはいえ、生徒を一人死に追い遣ったかの付喪神に対する雪姫の評価はドブカスである。

 しれっとしているのどかと、そんな人物と接触してしまった己の不運を呪うも、その後の浅慮愚行に自己嫌悪で湯船に沈む夕映が居た。

 

「まぁ、本来何かに干渉するのが基本の奴だ。それを己が干渉される側になるのは御免だろう。得る神格は名前からして戦神(ヴィクトール)か、大穴で行けば架空の悪魔(ラプラス)といった所か。

 狭間の魔女(ダーナ)の場合は……何だろうな。下手すると運命神の原典となるか? 相変わらず、ジャックとは別ベクトルでぶっ飛んでいるな奴は」

「雪姫先生の知り合いが、誰も彼もえげつないのですが……」

 

 そんな中、極東最強の魔力を持つ若き媛巫女がふと呟く。

 それは、核心を突く疑問だった。

 

「……アレ? でもそれじゃあ、エヴァちゃんや夏凜ちゃんもそうなるんちゃうん?

 

 片や聖書に記されし、神の子を裏切った十二人目の弟子───イスカリオテのユダ(イシュト・カリン・オーテ)

 片や約500年生き、魔女狩りを経験し二つの星に跨って恐れられた、魔法世界の闇の福音。

 特にある時は敵対者を屠り続ける災厄として、ある時は異星からの侵略を食い止めた守護者として。そんな英雄と怪物双方の性質を有する逸話を持つ元吸血鬼。

 もし雪姫の先程までの話が事実なのだとすれば、夏凜やエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルも同様の影響を受ける筈である。

 

「ダンテの叙事詩『神曲』の地獄篇において、ユダは裏切者が葬られる地獄第九圏『地獄の最下層(コキュートス)』の中央で、共に氷に閉じ込められている魔王(サタン)に噛み締められる最重罪人として描かれている。しかし、カリンの不死は『神の恩寵』と来た。

 これは強引な解釈だが、カリンは因果律レベルで凍結されているとも取れる」

「永久凍結……」

 

 地上を穢土───地獄と形容するのなら、夏凜は今尚地上と言う名の地獄の底に不死として閉じ込められ続けているとも言えるだろう。

 強引な解釈という言葉通りだが、如何せんアマゾネスの女王が円卓最強の湖の騎士の皮を被れる世界である。

 そこまであり得ない事ではない。

 だがそれならば夏凜を真に不死から解放可能な人物は、複数の炎の権能を有しバルドルと照応・同一視されるキリストの権能の産物故に、そんなバルドルを殺したロキの権能を有する皐月だけだ。

 

「私の場合は───……どうだろうな。魔術世界なら兎も角、連中の様に神話に刻まれたとは言い難い。私が恐れられているのも、基本は裏火星だからな」

 

 だがそれでは、話の辻褄が合わない。

 雪姫───闇の福音が討たれたのは地球であり、魔王の隣に立ちつつ麻帆良学園で教師やっているのは、明らかに神話を逸脱している。

 本来ならば雪姫はとうの昔に、人々を脅かし血を啜る吸血鬼としての側面か、あるいは異星からの侵略者から人々を護る境界の守護者としての側面、その何方かに影響を受けて変質している筈である。

 

『───ははははは!!!  ただの失敗作だと思えば、これならば其処な『()()』が上天に至り『()()()』に辿り着く事も、あの()()めを退けることも出来うるやも知れぬな!! 

 

 名も知らぬ墓守の言葉が、雪姫の脳裏を過る。

 しかし誰も検証も出来ない以上、話がそれ以上進む事は出来ない。

 真なる神の成立過程とまつろわぬ神への変質行程と条件を検証など、誰にも出来ない。

 

「話を戻すが────つまりそういう連中は中長期間、地上での行動自体が致命的なリスクと成る」

 

 仮に短期間の内に敵対するにしても、そうなれば矢面に立つのは対まつろわぬ神々と変わらず、魔王たる皐月だ。

 補助は行えても、彼女達が『戦える』と形容するのは不可能だろう。

 つまり以前の想定通り、従属神か神獣が相手となる。

 相性次第で苦戦は強いられるかもしれないが、勝てない相手ではない。

 だが、もし。

 

「後は……もし敵対するなら、の話だが」

 

 まるで身に覚えがあるように、雪姫は語る。

 とある特別なものを食し、不老長寿を得たことで語られる尼と同じ境遇の男を。

 

「私達のような不死でありながら、歴史にも神話にも名が刻まれなかった無冠の強者達。お前たちが勝てないのは、そういう奴等だろうな」

 

 そして夏凜も、それを知っていた。

 百四十年続いていたバアルの封印を解き、己を解放した剣士を。

 不死としての人生を全て剣に注ぎ込んだ求道の剣鬼の存在を。

 例え結果に意味が無かったとしても、語るべきだった。

 

 

 

 

第四十七話 無冠の剣鬼

 

 

 

 

 小細工は、無かった。

 他の一般生徒を人質に取るとか、食事に毒を混ぜるとか。

 そういったものは無かった。

 修学旅行二日目、生徒達の行動が自由になったことで彼女達は京都を巡る────とはせず、正史編纂委員会の本拠地に向かった。

 それはもう木乃香の里帰りで散々廻ったからであり、それ以上に皐月との合流を優先したからだ。

 

 故に、超と葉加瀬は同行していない。

 二人、特に超は去年からの新参であり京都巡りも初である。

 葉加瀬がそれに付き合い、案内役を務めたのは彼女への義理である。

 

 そして勿論、雪姫も同様である。

 教師陣は京都巡りなど自由に出来る時間は三日目(最終日)でも無い限り無く、普通に教員会議で報告と相談会である。

 

 そして折角だからと木乃香の新たな実家に向かう事と成った。

 何せ、今までの実家は委員会の総本山だったもの。

 詠春が長役を退いた以上、それを自宅にするわけにはいかない。

 となると、木乃香の実家が新しくなるのは必然。

 明日菜たちは勿論、麻帆良学園で寮生活している木乃香にとっても新鮮な新生活の環境である。

 決して、長役を辞して絶賛自由人となった彼を揶揄いに行くとかそういった意図は無い()

 

 そんな道中─────突然、閉じ込められた。

 結界自体は簡単な、所謂「出口と入口が繋がる」堂々巡りの結界である。

 その解析は、木乃香が即座に行った。

 結界の基点となる呪符を破壊すれば、即座に破れる結界だ。

 あるいは禍払いの結界破りでも、必然突破可能。

 彼女達の能力は、並の術師が創れる程度の結界など何の障害にも成らない。

 だが、結界の解析から数分経った今でも彼女達は結界から出られなかった。

 

「───俺自身に恨みは無い。所詮は、雇われ仕事と己の求道が交わった程度。存分に恨むが良い」

 

 結界の基点を持ったソレを見て、力量に即座に意識の全てを引き千切られる。

 男が基点となる呪符を持っているか、それを精査する前に戦闘員全員が動いた。

 

 最も耐久力に長けた、不死である夏凜。

 そして魔術神秘を其々の手段で突破でき、白兵戦力が高い刹那とアカリが突貫。

 恐らく、結界に閉じ込められたと同時に発現させた『千の刃』を従剣させたアカリ。

 刹那は明らかに手が加えられた『夕凪』を抜き、同時に己の本性である白翼を展開。烏族としての血を高め、膂力各種を底上げする。

 

「オン・シチロクリ・ソワカ───」

 

 加えて様々な呪術の基礎となる結界。

 仮契約カードでの魔力パスを経由し、主たる皐月が持つ毘沙門天の権能との連結。

 毘沙門天の真言で効果を底上げしながら展開した、アーティファクト『雷上動』を弾く要たる木乃香。

 その前に、点でのアカリと異なり面での禍払い(マジックキャンセラー)が可能な明日菜が、白き大剣を携えながら陣取る。

 同時に、真名とのどかが非戦闘員を連れて限界まで距離を取った。

 

 そのまま真名は狙撃位置に付き、のどかは非戦闘員である千雨と戦闘自体にトラウマを持つ夕映の護衛を担当。

 連携速度も十二分。

 そも未熟ながら弐の太刀に至った神鳴流剣士に、異星にて異界を成した神の末裔。

 そして不死の巡礼者が即座に襲い掛かって、無事で済むものなどそうはいない。

 仮に一時凌げても、砲台として木乃香と真名が遠距離で各々の得物で喰らい付く。

 

「───あり得ない」

 

 先ず夏凜が斬られた。

 神の子の恩寵で絶対不可侵となっている彼女の玉体が、出血こそ無いが右肩から斬り落とされている。

 あり得ぬ事態に動揺する刹那を尻目に、一切視線を動かさなかったアカリがその観察眼を以て曲者の殺傷方法を探り出す。

 

「ク、ッソ」

 

 だが、アカリにとっては夏凜以上に相性が悪かった。

 あらゆる人間の殺害方法を導き出せる彼女でも、耐久でも魔法での防御でも無く、単純技量で捻じ伏せられればどうしようもない。

 咄嗟に従剣を壁にするも、純然たる格の差の一閃で全て両断。

 袈裟懸けに斬られつつも、『千の鋒』を包帯の様に変形。辛うじて胴が泣き別れる事を防いだ。

 

「嘘や……」

 

 奥義を出す隙も無く、残心しか視認できなかった刹那の翼が、胴ごと両断された。

 前衛の即時全滅に、呆然とした言葉が木乃香から零れる。

 しかし雪姫に叩き込まれた修練の時間は、結界によって成された遠隔治癒となって致命傷の三者を復元する。

 

「血と魔力を流させよ、との事だ。悪いが斬り続けさせて貰う。本来剣を振るっておきながら、相手を殺し切らぬのは些か不服だが……これも魔王を斬る機会を得るため」

「十蔵……ッ! 何故、私達を!?」

「依頼と言ったぞ。お前達は兎も角、裏火星の者等は随分怨みを買っているらしい。まぁ、それを煮え切らぬ魔王や女子供に向けるのは筋違いではあると思うが───加担している俺には、何も言えまい」

 

 血溜まりを残しつつも、全快した前衛陣が木乃香の防衛に走る。

 それを見逃しながら、十蔵と呼ばれた褐色の剣士は木乃香へ素直な尊敬の視線を向ける。

 

「近衛木乃香────その『場』は術の対象を遠隔に行うものか。聞いてはいたが、凄まじいな。復元速度は並の不死をも凌駕する。剣士相手はやや力が入ってしまうし、嬲るのは二重の意味で気が乗らなかったが……」

 

 それは彼が、人並みの倫理道徳をキチンと備えている事を意味し。

 同時に一太刀で殺さずに済ませるのが難しい程の、殺傷力が次元違いであるということ。

 剣技というより、そういう効果の魔術か魔法と説明されたほうが安堵できるほどの、後数割で千年と呼べる研鑽の果て。

 いや、堂々巡りの結界を筆頭に、周囲に一切影響を与えていない事から、その技量の高さは青天井だ。

 

「幸い、知己とその連れを殺さずに済む人材も居る。これなら心置きなく剣を振るえると云うもの。あぁ、即死だけは避けねばならないか」

「舐、めッ、る、なァ────!」

「いや、中々遣る。その域に俺が達したのは何百年目だったか……末恐ろしい才だ。

だが俺の方が強い

「シィッ─────」

 

 剣戟が火花を、しかし散らせない。

 鍔迫り合いが発生しない、異次元の斬れ味。

 木乃香の準備が出来た時点で、そして相手の殺傷力が防御の意味を無くしている以上、武器を守るためにも捨て身以外に択が無い。

 しかし幸か不幸か、その手の訓練は済んでいた。

 

「結城、情報ッ!」

 

 血溜まりと呼ぶには多過ぎる血風が撒き散らされる中、離れた場所で千雨が叫ぶ。

 流血か、将又最早家族同然の少女達が解体と復元を繰り返す光景に顔を真っ青にしながら、そんな訓練を済ませていない故に出遅れている不死の少女に呼び掛けていた。

 それしか出来ない無力感など感じる以上に、恐怖を隠さずに行動できたのは、彼女の気質だろうか。

 あるいは、隣でトラウマ直撃した夕映の状態に立ち上がらざるを得なかったからか。

 それに応え、切断面をくっつけた夏凜は、恩人である襲撃者の名を叫ぶ。

 

「っ、獅子巳十蔵! 仙丹由来の最低四百年は生きる不死よ! 再生能力は植物由来だから、そこまで速くない!! だけど、その剣技に関しては……あの方の恩寵さえ斬るなんて───」

「見たら解るでそんなん! 五行相生、木生火ッ! 急々如律令!!」

 

 権能抜きの単純技量ならば、今年遭遇した剣王を凌駕する。

 魔王をカタログスペックで語る意味は無いとは云え、それは最強クラス最上位との遭遇を意味していた。

 即座に術式を組み上げ、焔が奔る。

 無論木乃香も、それが通用するとは思っていない。

 

「目眩ましか」

「今や明日菜ぁ!」

 

 焔が瞬時に細切れになり霧散する前に、木乃香が叫ぶ。

 堂々巡りの結界さえ破壊すれば、撤退可能である。

 基点を無視し、結界自体を消滅させる。

 それが出来る人材が、この場には居た。

 木乃香の叫びに応じず、即座に言霊を紡ぐ。

 

無極而大極(トメー・アルケース・カイ・アナルキ)───」

斬る

 

堂々巡りの結界が、大剣を中心に広がる光に呑み込まれ、崩壊していく。

それに付随し、結界に隠されたもう一つの機能も問答無用で消されていった。

明日菜の意図は、あくまでこの場からの脱出。

少なくとも、非戦闘員の安全の確保を優先したもの。

だが彼女の力は、その裏に潜んでいた企みも諸共に消し去っていった。

 

 瞬間、意味不明な現象を彼女達は目撃した。

 

「魔法無効化能力を、斬った……?」

「いや、何か……解らないが、それだけじゃない筈だ。確実に何かを斬られた筈だが……ッ」

 

 アスナは己の能力の結果を斬られたという感覚に愕然とし、狙撃の為に全体を俯瞰していた真名はあり得ぬ現象に只管悪寒を感じていた。

 ()()()()()()()()()()など、真名には材料こそ見付けられても、理解出来る訳が無かった。

 

「我が剣に、斬れぬもの無し────とはまだ言わん。神と魔王を斬っていない」

「それが、この国の民間術師の企みに加担した理由ですか、十蔵……!」

「目的の人物とは巡り会えた様だな、カリン。その問い掛けの答えは是だ。神の理を斬るのに、神自身とソレを打倒した魔王を斬れずにどうする」

「ッ!」

 

 その言葉と同時に、十蔵のこめかみに寸分違わず弾丸が撃ち込まれる。

 無論弾丸は断たれ、両断された破片に込められた殺意と魔力によって後方の地面が爆散する。

 

「人の男に手を出すなよ」

「緊張感は無くなっていないな」

 

 狙撃銃を捨て、取り出した仮契約のカードが言霊と共にアーティファクトを出現させる。

 同時に真名の姿も変化が生じた。

 鮮やかな濡羽色の髪は、淡く光る白銀に。

 制服を突き破り、一対の魔族の翼が羽ばたく。

 

「イキナリ独占欲丸出しにすな」

「ちょいと狡いでその変身台詞。───準備できたで皆。ウチの魔力が尽きるまで、逆に死ねんから堪忍な。夏凜ちゃんはのどかと一緒に夕映と千雨ちゃんの護衛頼むで。知り合いみたいやし、やりにくいやろ」

「……ッ、すみません」

「『殲景』展開」

「───『来たれ(アデアット)』」

 

 大剣の柄にある火星の装飾が廻り、より白く翼刃が魔法陣と共に浮かび上がる。

 堂々巡りの結界を円に見立て、循環する機構を構築し皐月を通じて全ての繋がりがある人間を即時完全復元し続ける結界を構築。そしてその結界は堂々巡りの結界を下敷きにしたが故に、起点たる木乃香を殺すしか解除不可能。

 アカリは結界内縁限界まで、千の従剣を展開。その全てが、己が主人の敵に切っ先を向ける。

 刹那は二枚のカードを取り出し、雷と炎の双剣を携えた。

 

「『建御雷(タケミカズチ)』、『甕速日 (ミカハヤヒ)』!」

「良いぞ、来い」

 

 再び、両人が激突する。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 そして、その変化は明確に現れた。

 戦場は凄惨たる有様だった。

 麗しき少女の肢体が明らかにその場に居る人数を超える数、転がっている。

 戦場から出来うる限り離れていた二人の少女は、最早胃液も出せず顔色を死体同然に蒼褪めさせていた。

 

 生中な不死さえ凌駕する木乃香の完全復元術は、戦場を血の海に変えていた。

 あるいは、時間さえ両断する剣鬼とまともな戦闘を成立させた結果と言えるだろう。

 しかし、神祖にさえ比肩しその上で自分達を閉じ込める結界さえ利用した効率化によって、無制限とさえ表現できる魔力を振るっていた。

 自分が治す事で、家族同然の友を更に傷付かせる事に成る───などといったナイーブな考えは、当の昔に捨て去っている。

 その戦いによって撒き散らされる魔力こそが、首謀の目的だとしても。

 彼女達には時間を稼ぐしかなかった。

 それが体感でどれだけ長く、或いは実際には僅か短い時間だとしても。

 希望があったからこそ、出来た事だった。

 

「! 来た‼」

「ほう」

 

 不死故に肉体には傷一つ無い────しかし、身に纏う衣服にはそこそこの損傷が見える十蔵が、感心の声を溢す。

 結界を内側から壊す事を十蔵は絶対に許さなかったが、外から結界を壊されれば千里眼など持たぬ彼ではどうしようもない。

 そういえば、渡された資料にあった甲賀中忍は何処に行ったのだろう。

 結界が砕けながらそんな思考が過ると同時に、二人の剣士が空から落ちてくる。

 

「「神鳴流奥義─────」」

「これはこれは……」

 

 やや老年に入ろうという年齢に、長年の合わぬ苦労によって刻まれた皺は引き延ばされ、オールバックに掻き上げられた髪は、額に浮かんだ青筋と怒りを隠さずにいた。

 もう一人は、般若の如し。長い黒髪と実年齢に似合わぬ若々しい美貌を怒れる冷血で冷え込ませていた。

 木乃香の父、裏火星の大戦の英雄である近衛詠春。

 そして京都神鳴流歴代最強、青山鶴子である。

 

「お父様、鶴子小母様……」

 

 神鳴流剣士筆頭、その二人が不死の剣鬼に喰らい付く。

 放たれるは魔法世界にて連綿と磨き上げられた、裏神鳴流とさえ呼ばれる不死殺しの御技。

 

「「『不死祓い、八十枉津火神』ッ!!」」

「ははッ!」

 

 放たれた技に、剣鬼が思わず笑いながら全力で回避した。

 二つの剣閃の内、一つは躱し切れないと判断し、斬り落とす。

 されど十蔵は、それが再生封じの不死殺しの類だと理解していた。

 

「裏火星の桃源神鳴流に似ているが、随分手が加えられているな。できれば存分に戦いたいが───やはり、目的は陽動か」

 

 視線の端に、一矢報いると言わんばかりに巨大な魔剣が十蔵を襲い、これを両断する。

 その余波で地形は崩れ、大量の土煙で視界が埋まる。

 その直前に、まるで空間から染み出たかのように出てきた忍の女(長瀬 楓)と共に、戦っていた少女達が離脱したのを見逃さなかった。

 どうやら、結界に閉じ込められた瞬間に既に脱出し、事態を他者に伝えていったのだろう。

 十分足らずしか経っていないだろうに、あれほどの強者を二人も呼び込んだ楓の手腕に笑みを浮かべる。

 

「幽世に渡った魔王は、未だ帰らずか───さて。俺の役割は一先ず果たした。また出直すとしよう」

 

 そして高純度の魔力を含んだ血が大量に京の大地に滲み、結界に組み込まれた機構は全ての魔力を回収した。

 こうして、皐月が帰還する前日の出来事が終結した。

 しかし、逆鱗を掻き毟られた魔王が下手人を焼き尽くすのは、暫し先と成る。

 

 神殺しの魔王の責務───即ち、まつろわぬ神の顕現である。

 

 

 

 

 

 

 




 と言うわけで、明けましておめでとうございます。
 新年早々震度七地震による被災者の方々には、心よりお悔やみ申し上げます。
 震源から随分離れてた地元でも相当揺れたけど、元旦に頭痛でぶっ倒れてたので何も覚えてない自分でした。

 という訳で三ヶ日には間に合ってたけど、約12000文字な事もあって微修正してたら過ぎちゃった次第。いつも更新遅れ大変申し訳無い。
 勿論、どれだけ遅くともエタるのだけは避けますとも。

 今回の話は珍しくクロスオーバー要素濃い目のお話。
 不死の面々はカンピオーネ世界観的にどうなん? というものでした。
 その際設定したのは「モロ影響受けてんじゃね?」というもの。
 実在する存在が神話に影響を受けてる感じですが(大体無辜の怪物)
 バアルとかいうビックネームにも拘わらず蹴散らされ方がアレ過ぎる彼女ですが、本来からブレているのでは、という独自の理由付けです。
 では夏凜(頻繁に誤字)はどうなの? というと現世という地獄に絶賛閉じ込められてる、という屁理屈で通しました。
 不変性も、凍結という突き詰めれば概念やら時間やらを止める事もできる氷属性なので、良い感じの理由にもなりましたし。
 立川のロン毛の思惑など、そこら辺はどうしようもないので良い感じにぼかして行く感じです。

 では雪姫ことエヴァンジェリンはどうなの? という問いには今後の展開で見せていければと思っています。
 ちなみに詠春達が桃源神鳴流(改)を使えたのは「魔法世界に言ってた頃に学んでるでしょ」という適当な理由ですので、深堀はご勘弁を。
 魔法世界編がほぼ消化試合で終わる都合上、この修学旅行編と悪魔襲来編、そして麻帆良祭で終わって欲しい本作。
 そこまで駆け抜けて行ければと思っています(年1回更新とかいう体たらく。というか前回去年の三月とかマ?)
 それまで、時たま思い出した時に本作とお付き合いして頂ければ幸いです。

 誤字脱字指摘ニキネキには、心からの感謝を。



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