一般病弱妹系自意識最低TS哲学兵装雪女の儚い一生 (雪女って良いよね!)
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思い立ったが吉日。
異世界転生。
なんと心躍る言葉だろうか。素晴らしく希望に満ち溢れた概念だ。
斯く言うそんな私も、異世界転生を体験した者の一人だったりする。
幼少期の記憶はかなり曖昧だが、私は
なんとも不思議なことに前世とは性別が違うので、12年を経ても宙ぶらりんの性自認だが、まあなんだかんだで良いと思ってる。
それよりも病弱で虚弱気味なことの方が悩ましく思えているくらいなのでその辺は御察しだ。
ちなみに、転生先であるこの世界だが、この施設の資料室で盗み見た資料から得た断片的な知識でしかないが、ノイズとかいう化け物や厨二病も笑顔な聖遺物、錬金術などなどのファンタジーが存在するらしい。
ただ、ちょっとオーバーテクノロジー感はあるけど、普通の現代っぽいので安心したような、残念なような複雑な気分である。
でもせっかく転生したのだし、いつかは世界中を見て回りたいな、とは思っている。
「っ、く⋯⋯っ」
「セッカ、大丈夫なのか!? ⋯⋯ヤバそうなら、まだ寝てても良いんだゼ?」
四人部屋、割り当てられたベッドから起き上がった私は、体勢を崩してベッドから転げ落ちそうになってしまい、慌てた様子の少女に支えられた。
身体が貧弱すぎるので、ちょっと実験に付き合って、血を抜かれたら丸一日寝込んでしまう。
元より色白の顔は万年真っ白で死人のようだと揶揄されることもしばしば。筋肉もゼロ。
まあ、件の少女含めた同室の他の皆の方がキツい思いをしているだろうから、この程度は苦でもなんでもない。随分前から痛覚も鈍いので、それも幸い。
「⋯⋯大丈夫、です。⋯⋯それより、ミラアルクさん達こそ、大丈夫なのですか」
「ああ、ウチらは大丈夫だゼ。今日は実験も少ない日だしな。ヴァネッサ達もそろそろ帰ってくる頃だろ」
少女の名前はミラアルク。やたらと奇妙な髪型をしているが、活発でとても優しい子だ。
彼女は、完全なる生命?とかなんとかを目指しているらしいカルト集団、パヴァリア光明結社で非合法な人体改造を受けている。同室の他の二人も同様だ。
そんな彼女達は、並々ならぬ絆で結ばれた家族のようにすら見える。
私もここにいる以上は似たような境遇ではあるが、彼女達の方が余っ程苦しいだろう。私は献血して、ここに来る前に与えられた力で実験に協力しているだけだし。
私は、彼女達の絆を蚊帳の外から眺めるだけで良い。むしろそうしたい。私みたいな異物が割って入るなんて言語道断である。
そんな私でも、三人のために何とかしたいとは思うし、頑張れば何とか出来なくも無いとは思うのだが⋯⋯。
「⋯⋯なら、良いのですが」
「セッカは心配し過ぎなんだゼ。ウチらはそんなにヤワじゃないから、心配しなくても良いんだゼ」
何ともないように振舞っているが、彼女達がどれだけ苦しい思いをしているのか、私は知っている。その苦しみの程を想像は出来ないが、壁を幾つも越えて悲鳴が届くのだから相当だ。
許すまじ、パヴァリア光明結社。こんな美少女になんてことを。
私がパヴァリア光明結社に憤っていると、唐突に扉が開いた。
留守にしていた二人が帰ってきたのか、そう思って扉の方を向いて、私は硬直した。
「あぐっ!」
「ヴァネッサ、しっかりするであります」
「ヴァネッサ!? その怪我、どうしたんだゼ!?」
「⋯⋯ヴァネッサ、さん⋯⋯!?」
そこに居たのは、身体中から火花を散らして苦悶に顔を歪ませる褐色の女性と、ピンク髪の少女。
私達の中での最年長者──前世含めたら圧倒的に私が最年長だが──であるヴァネッサと、最年少であるエルザだ。
まだ幼く小柄なエルザに肩を貸してもらわなければ立っているのもやっとな様子のヴァネッサに、私は言葉を失った。
しかし、ヴァネッサは私達に心配をかけさせたくないとでもいうかのように微笑む。
いや、流石にその満身創痍具合では無理がある、なんて言えるはずもない。
「だ、大丈夫よ、ミラアルクちゃん、セッカちゃん。お姉さん、このくらい全然大丈夫だから」
「でもよ! ⋯⋯ッ、クソ! 許せねえゼ!」
「昨日今日とこうも毎日ヴァネッサやセッカに苦しい思いをさせて、わたくしめも許せないであります!」
私は別にそんなに苦しくないが、ヴァネッサをこんな目に遭わせて許せないということはミラアルクとエルザの二人に全面的に同意である。
むしろ、こうなる前にさっさと決断できなかった半端な自分が許せない。
私は、この日決めた。
───ここのヤツら全員氷漬けにして、皆とどっかに逃げよう。
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家族と雪音雪華。
「っへくし! ⋯⋯ううぅ、さっむいんたゼ」
「これを受けたら、錬金術師も一溜りもないでありますね⋯⋯」
「そうね。でも、アイツらにはちょうど良いんじゃないかしら」
愛しくなければ、欠片も惜しくない憎き
未だに信じることができないでいる。
私達が
「セッカちゃん、大丈夫?」
「はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯んくっ⋯⋯はい、大丈夫、です」
私の背中で苦悶に喘ぎ、荒く呼吸をする白髪の少女の名前はセッカ・ユキネ。
元は、パヴァリア光明結社のロシア支部で実験を受けていた孤児で、支部の解体に伴い私達がいた施設へとやってきた。
彼女の血が私達を生かす
聖遺物との融合と洗脳を用いて、人為的に人と哲学兵装のハイブリッドを創り出す、などという反吐が出る計画の被験者にして、
そして、無理やり怪物にされたにも関わらず、卑しき錆色と蔑まれた私達同様に、完璧な人間からは程遠いと身勝手にも失敗作の烙印を押された被害者でしかない。
「⋯⋯追っ手は、来ていませんか⋯⋯?」
「ええ。セッカちゃんが、みんな凍らしてやっつけちゃったわ。だから安心して?」
セッカちゃんは不思議な子だった。
口数少なく、淡々と結社に従うだけだったはずの彼女。
私達と同じ境遇に身を窶す彼女のことを私達は家族の一員だと思っていたが、当の彼女にはそれほどの私達への情は無いと思っていた。
けれど、能力の行使がそのまま
だからこそ、今度は家族として、お姉ちゃんとして、私達のために頑張ってくれたセッカちゃんのことを幸せにしてあげたい。そう思う。
「⋯⋯ぁくっ! 寒、い⋯⋯ッ! 痛い⋯⋯ッ!!」
「セッカ! しっかりするであります!」
「後ちょっとでこの雪原ともおサラバだ、それまでの辛抱だゼ!」
機械の体故の高精度な感圧センサが、私の背中に刺さるようにして押し付けられるいくつかの結晶片を鋭く感知する。
だが、それは彼女の身体に刺さっている物ではない。
彼女の身体から
聖遺物、『ジェド・マロースの氷雪片』。
それは彼女の体内に溶けることなく在り続け、彼女の肉体を通して世界を凍らせてゆく。
その力は絶大で雪の降らない気候であるはずのここら一帯を永久凍土に閉ざしてしまった。
哲学兵装である彼女の雪は、彼女がその呪いを解かなければ、溶けることなく永遠に降り積もり続けるだろう。
しかし、その分代償も大きい。
彼女に生えた結晶片もまた、永遠の氷。彼女のタイムリミットを報せるモノなのだ。
今はどうすることも出来ない。
けれど、いつかは私やミラアルクちゃん、エルザちゃん、そしてセッカちゃんの四人で元の体を取り戻す。
絶対に誰も欠けさせるものか。
「───セッカちゃん、
「⋯⋯日本?」
追っ手も来るだろう。
けれど、一度自由になってしまえばこっちの物だ。
私達に往く宛は無い。なんなら故郷を憎んでいる者も居る。
だが、彼女は生まれ故郷の記憶すらも奪われている。だから、私達にも彼女にもピッタリだと、そう思った。
□
箱いっぱいの機材を机の上に置いて、ウチは新たな我が家を見渡した。
まだまだ設備は不十分だが、念願のマイホームにしては物々しくとも悪くない。ここで暫くウチら家族が暮らすのだとしたら、あの頃から比べたら天と地程も差がある。それだけで十分だ。
「ヴァネッサ、取り敢えずこんなもんか? まだ足らなかったら言うんだゼ?」
「ありがとう、ミラアルクちゃん。それで取り敢えずは大丈夫よ」
「しっかし、四人で使うにはだだっ広い研究所なんだゼ」
ウチらが、パヴァリア光明結社の研究所を逃走してから早一ヶ月が経った。
その間、追っ手は当然の如く来た。
ウチらの力を以てすれば、簡単に蹴散らすことは出来る。結局、ウチの『
だがそれはそれとして、研究所から持ち出したセッカのモノや他の誰かのモノをふくめた全ての稀血であっても、これから先を考えれば十全な蓄えとは言い難いのも事実。この不自由で最低な身体は透析だってしなければ生きてはいけない。
ウチらの身体を流れる力の源、パナケイア流体は時としてウチらを死に至らしめる必殺として牙を剥く。悔しいが、専用の設備が無ければやっていくことは不可能だった。
「まさか、こんなに立派な施設を譲ってくれるなんてね。これが、アメリカングレートの一端というやつなのかしら」
「だとしたら、連中は今頃、威信にかけてセッカの雪の調査で大変だろうな」
だから、ウチとヴァネッサは二人で話し合って、F.I.S.と秘密裏に手を取り合った。
まだヴァネッサがパヴァリア光明結社の研究員であった頃の記憶では、パヴァリア光明結社とF.I.S.の間に繋がりは無かった。だからこそ、漬け込む隙がある。
ウチらが知り得る錬金術の技術と成果、それと引き換えにウチらに対するバックアップ。パヴァリア光明結社にウチらのことをバラさなければ、少しくらいならウチら二人のことを研究しても良いというその条件に、奴らは二つ返事で頷いた。
また研究に身を晒すのかと思うと腸が煮えくり返る思いだが、セッカとエルザのことを想えばなんということは無い。
ウチら家族は何としても生き残り、絶対に人としての幸せを掴んでみせるんだゼ。
□
「セッカはどうしてそこまでわたくしめらの為に身を粉にしてくれるのでありますか?」
「⋯⋯どうして、ですか」
自分から抜いた血を、溶けない氷で保存していくセッカを見ながら、わたくしめは前から気になっていたことを聞いた。
セッカは家族の一員だが、ここまで身を張られても、現状わたくしめらでは何も返すことはできない。
セッカだってそれは分かっているはずであります。
だのに、彼女は儚げに笑って、またその身を削る。ほんの少しの力の行使なら何の害もないと彼女は笑うが、それでも危険なことはやめて欲しい。
家族として、頼りなくとももっと頼って欲しいのであります。
「私には⋯⋯これくらいしか、できませんから⋯⋯」
「そんなことはないであります! セッカのお陰で、わたくしめらはあの地獄から解放された! 返すにも返し切れない恩があるのであります!」
「⋯⋯それでも、私はまだまだ皆の役に立ちたいのです」
そう言うと、彼女は悲しげに眉を歪める。
その顔は、ずるい。そんな顔をされては、なにも言えなくなってしまう。
けれど、ここで引き下がることは絶対に後悔する。そうも直感した。
だから、
「⋯⋯絶対に、わたくしめがセッカも、ヴァネッサも、ミラアルクも護るのであります。セッカだけに辛い思いはさせないであります!」
わたくしめのこの身がどれだけ傷付こうとも、三人の家族だけは守り抜く。
ひんやりと冷たいその身体を抱き締めながら、私はそう誓った。
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“つゔぁいうぃんぐ”の“らいぶ”。
喜びだけで書いた為、ちょっと駆け足気味な感じもしますが。
アタシには一つ下の妹が居た。
妹のくせにアタシよりも頭が良くって、恥ずかしがって歌はあんまり歌わなかったけど、パパとママの音楽はやっぱり好きで。体が弱いのに、アタシの心配ばかり。
幼い時の話で、もう記憶も曖昧だが、それでもアタシにとっては唯一の妹だ。忘れることは無い。出来るはずもない。
そして、その妹を奪った争いへの憎悪もまた、アタシは忘れることは無いだろう。
アタシは雪音クリス。
愛する全てを失った、だからこの世界の下らないモノ全てに復讐をする。
ただ、それだけだ。
□
───思ったよりも私の力が強かった件。
「セッカ、これとかどうでありますか?」
「⋯⋯これなら、ヴァネッサさんも喜ぶ、と思います」
ただ、それ以上に私に返ってくる反動が大き過ぎて一週間も寝込んでしまったので、三人からはあのレベルの能力はもう使うなと何度も念押しされてしまった。
三人が辛い思いをしているのに何も出来なかった私なんて、三人の家族にはなれない。せめて三人のためにこの能力を使いたい的なことを言ったら、ヴァネッサに泣きながら頬を叩かれた上、他の二人にもガチ泣きされたので、やむなく了承。
以降、私要らないのでは? というくらいの獅子奮迅の活躍でヴァネッサとミラアルクが追っ手を蹴散らしてしまっているので、今日も今日とてエルザとお留守番⋯⋯だった。
「⋯⋯ミラアルクさんには、これが良いでしょうか」
「おお! 良いと思うのであります!」
私とエルザは、日頃頑張るヴァネッサとミラアルクに贈るプレゼントを買う為に街まで来ていた。
全然関係ないけど、ヴァネッサのおっぱいってデカくて良いよね。
元男としては複雑ながら、弱冠十三歳にして私の胸は大きい。それはもう大きい。
だが、女のナリをした偽物である私の偽乳と違って、ヴァネッサの乳は機械の体とはいえ本物の女性の乳、本物乳だ。それであの大きさは夢がいっぱい詰まってる。
などということを私が考えているなんて露知らず、エルザはヴァネッサに贈るスカーフと、ミラアルクに贈るヘアアクセサリーの入った紙袋を大事に抱えながら、嬉しそうにしている。
鼻歌まで歌い出しそうなその様は、しっぽがあればブンブンと振っていること間違い無し。
可愛い。
エルザの可愛さに内心悶えていると、ふとコンビニのガラスに貼られたポスターが目に付いた。
「⋯⋯“つゔぁい、うぃんぐ”?」
「ライブというものでありますね。わたくしめは行ったことが無いのであまり深くは知らないのでありますが⋯⋯あっ、セッカ⋯⋯!?」
申し訳なさそうにするエルザの頭に、いつの間にか手を置いていた自分に驚く。
私達の中では最年少である彼女のことを、私は知らず知らずの内に妹のように思っていたのかもしれない。
⋯⋯そんなこと、私に思う権利は無いのだが。でも、嫌がられないのでちょっとだけ。
ちなみに、この身体は横文字を受け付けない体質らしく、口に出すとあやふやな感じになる。
私の意識では大丈夫なのだが⋯⋯。
しかし、ライブか。ライブ⋯⋯実は前世でもライブに行ったことは無い。少し興味がある。
それに、エルザも惜しそうにしていたし、
「⋯⋯それでは、その“らいぶ”に行きましょう」
「え?」
□
「⋯⋯“つゔぁいうぃんぐ”⋯⋯大盛況ですね」
「本当ねえ。ライブなんて全員初めてだから浮かないかしらって思ったけども、これだけ人が居るならそんなことなさそうね」
見渡す限りの人、人、人。
人しかいないと言っても良い。人酔いしそうだ。
私は、ヴァネッサ達と一緒にツヴァイウィングのライブに訪れていた。特に何の目的もない、ただライブを観るためだけに。
隣を歩くエルザが嬉しそうに、それでいて物珍しそうに辺りを見回す。
実際、本当に嬉しいのだろう。研究所時代はこんなイベントとは縁遠かったから。
これが彼女の本来の一端だとしたら、これから先もこうして彼女に楽しい思いをさせてあげたいと思う。
「まさか、本当に来れるだなんて⋯⋯感激であります!」
「ふふ、喜んでもらえて良かったわ。あのセッカちゃんがライブに行きたいだなんて言うから、いったいどういう風の吹き回しかと思ったけど、こういうことだったのね」
「まあ、たまにはこういうのも良いと思うゼ。こんなモノまで貰っちまったしな」
ミラアルクが喜色に表情を崩した。プレゼントのヘアアクセサリー、喜んでもらえたなら何よりだ。
が、それはそれとしてヴァネッサとミラアルクの温かな視線が気恥しい。
別に、私はそれが良いと思っただけで、それは二人が思うような優しさという程のものではない。
先日のことだ。
二人のために買ったプレゼントを渡したその後、私は二人にライブに行きたいと申し出た。
正直な話、あまりにも奇抜すぎなければ何のライブでも構わなかったのだが、ヴァネッサが取ってきたのはまさかのツヴァイウィングのライブ。
調べたら、倍率もかなり高く、日本で今大人気の二人組歌手グループらしい。
ヴァネッサ曰く、家族のお願いは最大で叶えたい、だとか。よく出来た人だが、私も家族の範囲に入れるのは良心が痛むのでやめて欲しい。その愛はミラアルクとエルザに注いでください。
「そろそろ始まるみたいだゼ。ちょっとウチも楽しみになってきたっ」
「そうね。お姉ちゃんも楽しみだわ」
かれこれ話していると、会場の灯りが消える。
囁きすらも聞こえなくなって、静寂が辺りを満たした。
そして、音楽が、始まった。
ペンライトが一斉に色を放って、会場は一気に大盛り上がりを見せる。
舞台の上の二人の少女が歌を紡げば、まるで世界が二転三転するようであった。
「⋯⋯これが、“つゔぁいうぃんぐ”⋯⋯音楽⋯⋯!」
「凄い! 凄いであります!」
舞台から少し遠いこの位置からでも、主役の二人、ツヴァイウィングの歌声は心を揺さぶってくる。
これは、人々が夢中になるのも頷ける。
エルザも物販で購入したペンライトを、周りの見様見真似で振り回している。可愛い。
「⋯⋯凄かったのであります」
歌が終わる。まるで、神話のような荘厳で美しい時間。
小説家でもないのにそんな難しい表現を考えてしまうほどには、このライブは私を強く惹き付けた。
次の曲が始まるのだろうか。待ち遠しく、私は舞台に目を向ける。
だが、その時である。
───大きな
「な、何でありますか!?」
「これは、爆発か? 穏やかじゃないんだゼ」
「三人とも、私から離れないようにね。⋯⋯荒れるわ」
ヴァネッサの言う通り、会場は瞬く間に荒れた。
悲鳴と怒号、阿鼻叫喚の地獄絵図。幻想の空間は、一瞬にして塗り替えられてしまう。
「⋯⋯これは⋯⋯」
何やら、知らない生き物のようなナニカの大群が会場に現れる。
ソレは逃げ惑う観客に接触すると、観客諸共灰となって崩れ去った。
資料でしか見た事のない存在だが、明らか異質な見た目と、目の前で起きた惨劇を鑑みれば、容易に見当がつく。
「見捨てるようで残念だけど⋯⋯三人とも、逃げるわよ」
「応とも⋯⋯ッ」
「⋯⋯ガンス」
例え常人とは違う私達であっても、生身の私達はノイズを相手にするには分が悪い。
ヴァネッサの提案には全面的に賛成だ。
だけど、ここで三人に見殺しにさせてしまうのは、何かが違う気がした。それは、間接的にも手を汚すことと変わらないのではないか。
手を汚すなら、私だけで良い。傷付くのも、人生二週目な半端者の私が適任だろう。
三人には、憂いの無い光の道を歩いていて欲しい。
年長者のささやかなお節介だ。
「きゃぁあっ!?」
「⋯⋯ッ」
───【
ノイズに今まさに殺されようとしていた女性の悲鳴。
ほぼ無意識に、私は力を行使していた。
私の全身を媒介として放たれた吹雪、その中に混じるいくつもの氷片がノイズを襲い、その身を穴だらけにする。
灰と消えたノイズを一瞥することなく、私は女性に振り向く。
「⋯⋯早く、行ってください⋯⋯!」
「は、はひっ!?」
幸いなことに腰を抜かすことは無かったようだ。転けながらも逃げ出した女性を見て安堵する。
恐らく、私の格好にビックリしただけだろう。
私は力を行使すると、どんな格好をしていても水縹色の着物姿になってしまうのだ。
力を使ったら衣装が変わるなんて何処の変身ヒロインだ、という話だが、まあもう気にしないことにしている。
「セッカちゃん!?」
「⋯⋯三人は、逃げてください⋯⋯! 避難が終わったら、私も逃げますから⋯⋯!」
自分でも後先考えてないことだって分かってるけど、もう飛び出してしまったものは仕方がない。
せめて、三人には迷惑をかけたくない。
振り向くことなくそう言うと、ミラアルクとエルザが私の隣に立つ。
「ったく、家族を置いて逃げるわけがないに決まってるんだゼ」
「そうであります!」
「⋯⋯仕方ないわね。ちょっとだけ、本当にちょっとだけよ?」
「⋯⋯ありがとう、ございます⋯⋯わっ」
そうは言っても、ヴァネッサも何処か嬉しそうだ。
戦闘態勢の三人に礼を言うと、唐突にヴァネッサとミラアルクに頭を撫でられる。
いきなりのことで唖然としてしまうが、そんな私を他所に二人は微笑むと駆け出した。
「お姉ちゃんがさっさと終わらせちゃうから、二人は見てても良いわよ?」
「ウチら二人で十分なんだゼ!」
そう言って戦火の中に飛び込んだ二人は、ノイズ相手に無双の如く立ち回り始める。
⋯⋯マジで、私要らない子なんだけど。
立ち尽くしていると、エルザが私の手を取って走り出す。
その顔は、とても清々しいものだった。
「わたくしめらも行くであります!」
「⋯⋯はい⋯⋯っ!」
私は今、どんな顔をしているだろうか。
立ち塞がるノイズを吹雪で消し飛ばしながら、私はそんなことを考えていた。
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“ばとる・おん・ざ・すてーじ”
───【
「⋯⋯はぁっ!」
想起するのは薙刀の一振り。掌に吹雪が集い、細かな雪すらも貫く繊細な一刀を形成す。
鋭い凍りの刃が、蒼白い軌跡を浮かべながらノイズを両断した。
ふと、皆は無事かと視線を向ければ、今まさにノイズに囲まれてピンチのエルザの姿。群がるノイズに処理が追いついていない。
咄嗟に空いた片手を突き出して、ノイズを猛吹雪で吹き飛ばすイメージを構築する。
───【
押し出すようにした掌から放たれた吹雪が、ノイズを凍てつかせながら遠く吹き飛ばす。
エルザちゃんがそれを逃すはずもなく、上手く氷の部分に当てる形でテールを叩き付ける。
「⋯⋯エルザさん⋯⋯!」
「た、助かったのであります。ありがとうであります、セッカ!」
ノイズに生身で触れるのは、例え私達のような人間以上であっても危険なことこの上ない。触れただけで炭化するなんて、人類の天敵過ぎる。
その上、ノイズはもうひとつ厄介な特性を持っている。
位階差障壁。
これによって、ノイズに現存兵器の攻撃、ひいては物理攻撃はあまり効かないのだ。
だが、どうやら私の攻撃はかなり有効らしい。しかも、凍らせた部位にエルザ達が物理攻撃を当ててもよく通る。
今はそれを基点にして戦っているが、如何せん数が多いので押され気味だ。
だが、その甲斐あってか概ね観客は避難を完了している。
これは、そろそろ撤退も視野に入れた方が良いか。
そう思ったその時、
「──── gungnir zizzl」
「──── amenohabakiri tron」
戦士のように力強く、剣のように鋭くて、翼のように雄大な歌。
眩いばかりの光が放たれ、矢の如く無数の
───【STARDUST∞FOTON】
「あっぶないんだゼッ! さては新手かッ!?」
「悪い! けど、アンタ達、誰かは知らないけど助かる!」
舞台から飛び出してきたのは、変身ヒロインも斯くやといった装いのツヴァイウィングの二人。
あの装いはなんなのか、とか、あの槍は私達も殺す気だろ、とか。いろいろ言いたいことはあるが、こんなナイスタイミングで飛び出してくるのだから、心強い援軍だと考えて良いはず。良いはずだ、多分。
「───♪ ッ、らァッ!!」
歌手でも戦えるのか、なんて心配は杞憂だとすぐに分かった。
何故かは知らないが、めちゃくちゃ上手い歌を歌いながら、ノイズ達を駆逐していく様は歴戦のソレ。
特に、青い髪の方、確か風鳴翼とかいう名前の少女は私のおざなり剣術なんか比べ物にならないくらい洗練された剣戟が冴えている。赤い髪の方の少女、天羽奏には技術は薄いが、地に足着いて荒々しく力強い戦い方は、素人目にも目を見張るものがある。
この調子なら、ノイズの全滅も時間の問題だろう。
「きゃぁっ!?」
「⋯⋯っ、逃げ遅れ⋯⋯!」
「くっそ、まだ鈍臭いのが残ってるんだゼ! 世話が焼けるッ!」
そうは言うが、怪物と蔑まれるばかりだった力を人助けの為に使っている現状を、ミラアルクだって悪くは思っていないはずだ。その証拠に、口角は気分良さげに上がっている。
もうほとんど観客はいないが、チラホラと逃げ遅れている者もいる。まだ戦わなくては。
状況を把握しようと周囲に目を向けた時、足を痛めたのか、観客席の崩落に巻き込まれた少女が苦悶に顔を歪ませているのが見えた。
だが、どうにもここからでは届かない。数体のノイズが悲鳴に釣られてか少女に迫るのを、ここから見ることしか出来ない。
「走れッ!」
だが、少女に近い位置に居た天羽奏がノイズを槍で打ち倒す。
弾かれたように逃げ出す少女へと、巨大なノイズが放水のように気持ち悪い汚水を吹き放つが、それすらも天羽奏は唸る槍捌きで見事に防いで見せる。
「おいおい、アレは不味そうだゼ」
「⋯⋯でも、こちらも手が離せません⋯⋯!」
しかし、如何せん数が多い。攻撃の手は緩まない。
段々と攻撃が通り始め、装甲にもダメージが蓄積する。
遂にはひび割れた槍が砕け散ってしまった。
「⋯⋯ぁっ」
しかも、最悪なことにその破片は守るべき背の少女へと襲いかかり、その胸を穿った。
鮮血が舞い、幼い身体が瓦礫に叩き付けられる。
「くっそ、何やってやがるんだゼ!?」
「⋯⋯ヴァネッサさん、ミラアルクさん、ここは任せます」
「分かったわ。くれぐれも無茶はしないようにね?」
着物の裾邪魔っ!?
お世辞にも高くない身体能力をフルに使って、酷使している身体を押しながら天羽奏達の元へと駆け付ける。
決意を固めたような表情で歩みを進める天羽奏とノイズの間に割って入って、私は継戦力を残して放てる最大の一撃を見舞おうと右手を翳した。
「お前⋯⋯っ、ここはわたしに任せてく「⋯⋯死ぬつもりですよね?」⋯⋯っ!」
「⋯⋯貴女こそ、ここは私に任せてさっきの子を助けてあげてください」
「だ、だが⋯⋯!」
尚も食い下がろうとする天羽奏を無視して、雪融を放り捨てて左手も翳す。
正直言って、ギリギリなラインだ。やったら、今日はもう戦えないかもしれない。
けど、私が身体を張って誰かが助かるならば問題は、ない。
───【
「⋯⋯はぁぁぁあッ!!」
四方八方から吹き荒れ上昇する吹雪が、大小に関係なく全てのノイズを宙へと浮かび上がらせる。
見れば、右手に新しく氷の結晶が生まれていく。能力行使の一定ラインを超えてしまったのだろう。風呂の時とか不意に触ると冷たくてビックリするから、切実に増えないで欲しい。
ハッキリ言って、とてもしんどい。が、浮かび上がらせるだけじゃ駄目だ。
───【
「⋯⋯これで、終わりですッ!」
ノイズの上と下、二箇所に集まった吹雪が大きなプレートのような氷塊を形作る。
指揮をするイメージで、上下から押し潰すように両の手のひらを縦にゆっくりと合わせる。
ばんっ。
巨大な二枚の氷塊に押し潰されて、全てのノイズ達はぺしゃんこになった。
「⋯⋯はぁっ、はぁっ⋯⋯んくっ、寒、い⋯⋯!」
「お、おい! 大丈夫かっ!?」
サンドイッチ氷塊が地面に落っこちると同時に、私は全身の力が抜けてその場にへたりこんでしまう。
信じられないくらいの悪寒が全身を取り巻いて、追い討ちのような倦怠感とで、今は一人で立ち上がることは出来そうにない。いや、マジで寒っ!?
駆け寄ってくる天羽奏を、私は震える手で制する。
今の私は触るといつもの数倍冷たいからだ。
見た感じボロボロの彼女に、こんな剥き出しの冷凍庫人間の世話をさせるのは忍びない。というか、誰かに世話してもらうこと自体、私の良心が痛む。
「退けッ!」
「あくっ」
「セッカ!? もう大丈夫なんだゼ! 早く帰ろう!」
⋯⋯あのさあ。怪我人なんですけど。こんな私の心配より、天羽奏の心配をだな。
だが、私の配慮なんてお構い無しにミラアルクは怪我人の天羽奏を突き飛ばして、軽々と動けない私をお姫様抱っこした。
そう。まさかのお姫様抱っこである。
やだ、イケメン⋯⋯!
ナチュラルにお姫様抱っこされてることに元男として文句を言いたいが、そんなこと出来る元気も無く。
されるがままな私と、出口へ急ぐミラアルクへと声が掛る。
「おい、待てよ!?」
「ああ!? こっちはてめえらの不始末で家族が苦しんでるんだゼ! さっさと行かせろッ!」
「っ! なら一つだけ聞かせてくれ。アンタ達は、誰なんだ⋯⋯?」
その問いに、私達は応える名を持たない。
そう思っていた時期が、私にもありました。
「私達は『
小脇にエルザを抱えながら、空から降りてきたヴァネッサの一言に、私は凍りついた。
⋯⋯私の知らぬ間に名前が⋯⋯!?
いや、ミラアルクもびっくりした顔をしているし、必要に迫られた今ヴァネッサが咄嗟に名乗った物だろう。
だが、ノーブルレッド、誇り高き真紅とは彼女達にピッタリだ。心の底からそう思う。
「それじゃあね、機会があればまた」
「あばよ」
エルザを抱えながら両足をスラスターに変えて飛び立つヴァネッサの後に、私を抱っこしたままその背の羽で飛翔するミラアルク。
私は、後始末やら何やらを全て任せてしまうことを彼女達に内心謝りつつ、早く暖かいお風呂に入りたいと切に願った。
⋯⋯寒っ。
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