釜山防衛戦・朴星日の奮闘――劣等差別地球外民族BETA vs 世界最高戦術機甲先進国・大韓民国―― (河畑濤士)
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(天)

 “人類の剣”、戦術歩行戦闘機の起源が朝鮮半島にあることは4世紀中頃の高句麗古墳安岳3号墳の壁画『手搏図』をみれば、戦術機半万年の起源は明らかだ。

 そして現代においても韓国は、世界最高戦術機甲先進国として知られている。

 

 ……という冗談はともかく、世界的・客観的にみて韓国陸軍は強力な部類に入っていた。

 

 オリジナルハイヴを抱える中華人民共和国と陸続きということもあり、韓国政府は陸軍に対する投資を惜しまなかった。

 70年代から80年代初頭にかけ、第1世代戦術歩行戦闘機であるF-4Dファントムの導入を皮切りにF-5Aフリーダムファイターを取得して戦術機甲連隊を複数個揃えている。

 そして90年代には第2世代戦術歩行戦闘機F-16Cファイティングファルコン、F-15Kスラムイーグルの導入を以て、韓国陸軍は日本帝国陸軍や中国人民解放軍陸軍に劣らないだけの陣容を整えていた。

 加えてその他の正面戦力も充実させている。

 M48パットン戦車1000輌に加え、80年代から90年代にかけては攻撃力・防御力・機動力のバランスに優れた105mm戦車砲装備のK1戦車約1000輌を配備。

 また「非自動車化軽歩兵は対BETA戦においては無力」という戦訓から、機械化歩兵装甲や装軌車輌・装輪車輌の配備も急ピッチで進められ、完全自動車化の完了と高水準の機械化さえも成し遂げた。

 これは韓国経済・政府財政が限界を超えて予算を搾(しぼ)り出した成果、国民が重税に耐え忍んだ結果に他ならない。

 

 ところがしかし、1998年春――その韓国社会と朝鮮民族が血の滲(にじ)むような努力を以て整備した韓国陸軍は、すでにもう影も形もなかった。

 

◇◆◇

 

 炸裂する砲弾、飛散する肉片、生きたまま食われる戦友の悲鳴、廃墟から突如として飛び出してきた要撃級に押し倒される僚機、突撃級に轢殺(れきさつ)されて血煙と化す避難民の列――。

 

(畜生)

 

「怒髪天を衝く」を体現するヘアスタイルの朴星日陸軍中尉は、愛機のシートに身を預けたまま瞼(まぶた)を閉じていたが、網膜に焼きついた敗残の光景と、鼓膜にこびりついた悲鳴、そして後退に次ぐ後退の屈辱を忘れられず、神経を昂(たかぶ)らせていた。

 与えられた休息の時間は、わずか30分。

 朴星日が所属する定数24機の韓国陸軍第19戦術機甲連隊・第155戦術機甲大隊は、いま釜山港北東に所在する陵星大学キャンパスに設けられた補給所に後退、最低限の補給と整備を受けているところであった。

 釜山市北方――地獄の蔚山(ウルサン)から後退してこられた第155戦術機甲大隊所属機はわずか8機。1個中隊にも満たない。

 

(劣等差別地球外民族どもが――)

 

 投与されている薬剤のおかげか、朴星日は恐怖ではなくただただ怒りを胸中(きょうちゅう)に抱いていた。侵略者に対する純粋なる嚇怒(かくど)。いまや韓国の大部分は、地球外から飛来してきた蹂躙者によって食い荒らされている。

 

 韓国全域の戦況を、朴星日はほとんど知らなかった。

 前線の戦闘部隊には、必要最低限の情報しかもたらされていない。おそらく軍司令部が将兵の士気を懸念しているのであろうことは、想像に難くない――あるいは、情報を集約する上級司令部はすでにこの地上から消滅しているのかもしれなかった。

 

 噂によると西部戦線では光州市が呆気なく陥落し、国連軍は多大な損害を被ったらしい。山間部に散った韓国陸軍は遅滞戦術を採っているようだが――光州市陥落が事実ならば、西部戦線における反撃と押し戻しは現実的ではない。

 

(こっちももたないぜ……!)

 

 一方の東部戦線(こちらがわ)もまた、破綻をきたそうとしていた。

 交通の要衝である大邱は陥ちた。韓国東部の幹線道路を驀進して来たBETAの大群は、蔚山市街を南北に分かつ太和江にて食い止めているが、戦況は芳しくない。

 理由はひとつ。砲火力の不足。韓国北部・中部における防衛戦の失敗で、砲兵部隊が“蒸発”したためだ。

 このままでは早晩、釜山決戦となるだろう。

 最前線の蔚山市街と釜山市街は、約50kmしか離れていない。

 

◇◆◇

 

「助けて――」

 

 月夜。

 幹線道路や鉄道沿いを驀進してきた連隊規模のBETA群の殲滅に成功した蔚山市・太和江防衛線に、今度は山間部を通って撤退してきた国連軍・大東亜連合軍の戦術機や機械化部隊が、断続的に現れた。

 だがその多くは整然なる撤退にあらず。壊走同然に駆け込んでくるようなものであり、半ばBETAに食らいつかれながらやってくる部隊もあった。

 

「援護する。中隊、往くぞ」

「応ッ」

 

 捨て置けない。友軍機を見殺しに出来るはずもなし。

 防衛線に張りついていた漆黒の戦術機が、面(おもて)を上げた。頭部のシールドバイザーに設けられたセンサーが赤く明滅したかと思うと、数機の戦術機は青白い炎を噴いて跳躍した。

 一挙、眼下に横たわる太和江を飛び越える。

 続いて突撃級・要撃級によって踏み潰された廃墟の中心に着地し、主脚走行に移った。

 

(まだ菊秀峰や東大山といった高地の斜面に光線級が上がっていないことが救いだ)

 

 漆黒の戦術機、殲撃10型から成る1個中隊を率いる統一中華戦線・中国人民解放軍の劉書文陸軍中尉は、心底そう思った。

 この蔚山市周辺は開けた市街地と、400メートルから600メートルの山々が連続している。ここに光線級が現れるとまずい。光線級は積極的に山頂に陣取ることはなく、むしろBETA全体の習性としては平地への進行が優先されることは周知の事実。とはいえ山の中腹等に光線級が陣取ることもなきにしもあらず。

 そうなれば戦術機部隊は、高所から撃ち下ろされることとなる。

 

「レッド1、こちらレッド2。撤退中の機械化部隊と戦術機の所在を確認いたしました」

 

「レッド2、レッド1了解」

 

 劉書文は部下からのデータリンクを介して送られてきた情報に目を通した。

 北方、4000メートルの位置で機械化歩兵と、大東亜連合軍・タイ陸軍所属のF-5Aフリーダムファイター1個小隊が孤立している。

 

 劉書文は1個小隊を退路の確保に残し、自らは部下の6機を引き連れて市街北方の工業団地へ進出した。

 見やれば、確かに車列と主脚走行で後退するF-5Aがいる。軽戦術機F-5Aは跳躍ユニットが破損したか、それともしんがりを務めるつもりか、跳躍して逃げようとはせず突撃砲を以て迫る戦車級の群れに射弾を浴びせていた。

 

「見ていられん」

 

 匍匐跳躍で一挙に彼我の距離を詰め、そのまま7機の殲撃10型はセンサーアイの深紅を曳き、戦車級と要撃級の群れに躍りかかった。

 劉書文は両腕に携えた82式突撃砲を振るい、張り巡らされた弾幕は、BETA群の先頭集団を瞬く間に砕いた。

 

「レッド1、レッド2。北東のゴルフ場方面に戦車級200がポップ」

 

「レッド1了解。B小隊は北東のゴルフ場を見張れ。向かって来るなら射撃しろ」

 

(こんなところで死ねるか)

 

 劉書文は苛立っている。

 こんなところでは死ねない。在韓華人の撤退支援という名目で申し訳程度に展開し、後方で悠然と構えていればよかったはずなのに、どうしてこうなった?

 

(国連軍の唐突な壊走。いったい何があったのだ)

 

 説明はない。朝鮮半島を脱出する伝手(つて)もない。

 比較的まだ安全なはずの防衛線の内側から飛び出すあたりといい、矛盾しているようにも思えるが、とにかくいまは生き残るために戦うほかなかった。

 



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(地)

 午前3時。

 逃げ込んで来た国連軍・大東亜連合軍の将兵を追って来たのかは定かではないが、太和江防衛線前面は再び殺到するBETA群によって埋め尽くされた。けばけばしい赤。濁った白。煌々(こうこう)と立ち上がる火柱が、生理的嫌悪感を誘う色彩の塊を吹き飛ばしていく。36連装自走ロケット砲K-136による面制圧である。

 

(オイオイオイオイ……全ッ然数減らねえじゃねえか……!)

 

 だが最前線に立つ朴星日陸軍中尉からしてみると、まさに焼け石に水に見えた。

 火焔と骸を踏み越えて、次々に新手が現れる。待ち構える朴星日ら韓国陸軍第19戦術機甲連隊・第155戦術機甲大隊の有効射程内に入って来るまで、そう時間はかからなかった。

 

「FOX2ッ――」

 

 韓国陸軍第19戦術機甲連隊・第155戦術機甲大隊のF-16Cファイティングファルコンの腰だめに構えた突撃砲が、一斉に火を噴いた。突撃破砕射撃。食い放題だ。突撃級はほとんど存在せず、36mm機関砲弾は見る見る間に死骸の山を築く。

 だが堤防が如く積み重なる屍肉を乗り越え、乗り越え、戦車級の赤き波濤が押し寄せる。

 

「大隊長(オッチャン)、策はあるのかよ? このままじゃ押し切られる」

 

 朴星日は思わず、“オッチャン”と渾名されている中年の大隊長に秘匿回線で問うた。

 網膜に投影されている機関砲弾の装弾数は、800発を切っている。ものの10分程度で1000発以上の発射した計算だ。まだ予備弾倉はあるものの、リロードの際には当然ながら火勢が衰えるし、このままBETAの来襲が途切れなければ、いずれ後方の補給所まで後退しなければならないだろう。

 だがオッチャンは、「大丈夫だ……」と声を上げた。

 

「20分後、方魚津港沖の水上艦隊が艦砲射撃をやってくれることになってる! 大丈夫だ!」

 

「オッチャン」

 

 朴星日は声を荒げるオッチャンを心配した。

 オッチャンは1992年・重慶防衛戦の生き残りで優れた技量を有する衛士であるが、外見は冴えない中年男性のそれである。

 しかもきょうは、ますます冴えていないように見えた。

 

◇◆◇

 

「撃ち方ッ――」

 

 危険を顧みず方魚津港沖から蔚山湾に進入したのは、蔚山級フリゲート『蔚山』・『慶北』・『馬山』・『釜山』であった。

 満載排水量約2300トン。光線級の本照射を浴びればひとたまりもない小艦艇だ。

 しかしながら防衛線の危機に76mmコンパクト砲2基と、30mm連装機関砲4基を巡らせ、いまここに姿を現したのであった。

 そして轟然、発砲を始める76mm速射砲。

 虚空へ撃ち出された砲弾はすぐさま地球の引力に曳かれ、蔚山市北区目掛けて落ちていく。そして突撃級に突き崩された小学校や、要撃級によって踏み潰されたアパートが連続する廃墟の直上で炸裂。爆風と無数の破片が、蠢(うごめ)く小型種を薙ぎ倒す。

 そこからさらに照準が調整され、『蔚山』・『慶北』・『馬山』・『釜山』ら姉妹艦は太和江の北側に広がる蔚山市中区に連続射撃を加えていく。

 これに呼応して105mm戦車砲を最大仰角まで持ち上げたK1戦車と、旧式の牽引式105mm榴弾砲が支援砲撃を開始した。

 

「全弾、中区市街に着弾した模様」

 

『蔚山』にて報告を受けたフリゲート艦隊の司令は、僅かに頬を緩めた。

 

(光線級は蔚山市南区や釜山港が視界に収められるような拓けた地形にまでは進出していない、ということか)

 

 射弾が迎撃されなかったということは、未だに光線級は連続する山々の向こう側に隠れている、ということだろう。

 つまりそれは大型輸送ヘリや水上艦艇による避難民の輸送、国連軍・大東亜連合軍・韓国陸軍の脱出のための猶予がまだある、ということだ。

 逆に言えばBETAが防衛線を抜き、光線級が沿岸部を視界に収めるようになれば――。

 

(輸送ヘリも輸送船もみなことごとく洋上にて撃ち抜かれる)

 

 それだけは避けなければならなかった。

 

 現在、韓国における戦況を最も正確に把握出来ているのは、朝鮮半島中西部にあった海軍本部の機能を早々に釜山市の海軍作戦司令部へ移していた韓国海軍であった。

 地上戦の様相は、惨憺たるものだ。

 日本帝国陸海軍による光州作戦が失敗に終わり、その余波を受けて国連軍司令部は壊滅。

 その際に大韓民国陸軍本部も機能を喪失してしまい、各方面軍は独自判断で抗戦を続けなくてはならなくなった。

 

 最も強力な西部防衛担当の第3軍は、光州作戦失敗の煽りを受けて早々に瓦解。

 他方、東部防衛・第1軍はもとより鉄原ハイヴに対する陽動と間引きに駆り出されていた関係で疲弊しており、加えて半包囲を恐れて後退した(朴星日ら韓国陸軍第19戦術機甲連隊は、この第1軍の所属)。

 残る二線級装備の南部防衛・第2軍は、第3軍の防衛線を突破したBETA群に対して南西部にて遅滞戦術を採り、済州島行きの避難船のために時間を稼いでいる。だが長くはもたないであろう。

 

「旧密陽橋前、突撃級50!」

「アーチャーが対処してくれ!」

「駄目だ、死にたくない――! 助けて、だずげぇ゛」

「沙浦橋前に要撃級70。回りこまれた。戦車級もうじゃうじゃいやがる」

「くそったれッ、半包囲されたってことかよ! 北方、市立博物館周辺に要塞級6! 西方、農協物流センター前に要塞級3ッ!」

「稲妻(ポンゲ)2、いちいち声が大きいんだよッ! 落ち着け……要塞級なんざ接近させなきゃどうってことないデカブツだろうが。蔚山方面から応援もすぐ来る。それより、光線級がいないか警か」

「ポンゲ1ッ!? ポンゲ1のマーカーが消えた!」

「光線級照射警報ッ――落花山、南側斜面に光線級!」

 

 蔚山市から西方50km――海軍の支援が受けられない密陽市では、国連軍・大東亜連合軍・韓国陸軍から成る寄せ集めの防衛部隊が、半包囲の状況下で苦戦を強いられていた。

 密陽市は光線級の視界を遮る山々と、BETAの前進を阻む密陽江とその支流を有する防御に有利な地形である。

 が、北方・西方から一挙に雪崩込んできた連隊・旅団規模のBETA群に圧迫されて消耗。

 その上、要塞級と要塞級から出現した光線級が落花山の中腹に展開したことで、状況は一気に悪化した。

 闇夜を幾条もの閃光が貫き、初撃でF-4D戦術機3機が爆散。1輌のK1戦車が車体側面を抜かれ、火焔とともに砲塔部が空を舞った。

 

「先軍(ソングン)中隊ッ、ついて来い。レーザーヤークトだ」

 

 混乱と悲鳴の渦中から、統率の取れた6機が突出する。

 腰部装甲に白字で“縮地”と大書されたF-15K――韓国陸軍少佐・朴英日が駆るF-15Kを先頭とした荒鷲の吶喊。彼らは前方にそびえる要塞級の衝角を容易く躱(かわ)し、突撃級や要撃級の間隙を縫って、600メートル級・落花山の南側に陣取った光線級に迫る。

 当然ながら光線級は、濃藍(こいあい)の機影を視界に収めている。

 F-15Kのセンサーが光線級の予備照射を感知し、警報をかき鳴らした。

 

「星日ッ」

「任せろ兄貴ッ」

 

 と、同時に落花山の南西、同じく600メートル級の中山を飛び越える影があった。

 

「この光線級野郎が」

 

 F-15Kとは対照的――星の光を集めて輝く純白の機体。朴英日の弟、陸軍中尉朴星日のF-16Cとその僚機らである。

 蔚山方面から転進してきた彼らは、本照射に移行せんとする光線級の頭上に、36mm機関砲弾を叩きこむ。眼球が弾け、あるいは上半身を切断されていく光線級の群れ。体液と緑色の肉片が辺り一面にぶちまけられる。

 

「先軍中隊、気を抜くな」

 

 とはいえ、それで終わりではない。

 光線級の周囲に居合わせた戦車級や要撃級、そして要塞級が一挙に旋回し、韓国陸軍の戦術機に食らいつく。

 対するF-15Kは隊列を一矢乱さずに急減速すると、両主腕で保持する2門の突撃砲を構えるとともに、同じく突撃砲をマウントしている背面の兵装担架を展開させた。

 

「フォーメーション、“重根・大韓義軍参謀中将式”!」

「応ッ」

 

 突撃砲4門による全周火制。

 闇夜に閃く火線は、物量で圧し潰そうという光線級直掩のBETA群を押し退け、中山を飛び越えてきたF-16Cの着地点を確保する。

 そうして生まれた血肉の沼に、純白の機体は降り立った。

 だがしかし、ぽっかり空いたその穴にすぐさま要撃級と戦車級の群れが殺到する。

 

「兄貴ッ」

「各機、フォーメーション――」

 

 F-16Cの兵装担架に設けられた爆圧ボルトが起動し、火花を散らす。肩越しに渡された日本帝国製74式近接戦用長刀のライセンス国産版、“コムド”の柄を戦隼(せんじゅん)らは右主腕で掴み、抜き放った。

 

「“統一”!」

 

 長距離砲撃戦に長けたF-15Kと、格闘戦に長ける軽量級戦術機F-16Cによる連携隊形が、四方のBETAをズタズタに引き裂いていく。

 









◇◆◇

あと2、3話で完結です。
一応BETA大戦の時空では「朝鮮民主主義人民共和国が存在しない」説を採っています。
ではなぜフォーメーション“統一”があるのかという話になりますが、テコ朴では“統一”は高句麗古墳の壁画に描かれていました。
つまり朝鮮半島が南北分断されずとも“統一”は存在するということになりますね。


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(人)

 釜山港国際旅客ターミナルや釜山国際クルーズターミナルには、国連太平洋方面第11軍の将兵が足止めを食っている。

 国連太平洋艦隊は民間大型船舶の徴用と各国海軍の輸送艦提供により、朝鮮半島に拠る人類軍を脱出させるに足るだけの海上輸送力を確保していた。撤退先となる大韓民国領済州島、および日本帝国領佐世保基地とは目と鼻の距離であるから輸送船の往還も容易である。

 殿(しんがり)を務めることになる戦術機甲部隊こそ辛いが、日本帝国・大東亜連合軍・在韓米軍、もちろん韓国陸軍の大部分も脱出が可能であるはずだった。

 

 が、光州作戦の失敗に伴って計画は崩壊した。

 釜山港以外にも脱出の拠点となるはずだった光陽港(韓国南部中央)や木浦港(韓国南西部)は陥落。これにより釜山港をはじめとする韓国南東部の港湾が、壊走するように後退してきた諸部隊を受け容れることとなってしまったのである。

 早い話が、キャパオーバーだ。

 

(畜生、早く乗せてくれ……)

 

 弾薬も燃料も尽きた這う這うの体で辿り着いた戦車部隊や、死傷率が50%を超えた状態で敗走してきた歩兵部隊はみな大学キャンパスや百貨店、運動場、ホテルなどとにかく雨風が凌げる場所にとりあえず収容された。

 が、海上輸送に責任を持つ国連太平洋艦隊と韓国海軍作戦司令部は、地上部隊の無秩序な撤退に混乱をきたした。後退してきた地上部隊の掌握と収容、給糧は本来ならば、地上に置かれた国連軍前線司令部が取り仕切るのが当然である。

 が、その地上司令部はBETA群の直撃を受けて消滅した。消滅した以上、国連太平洋艦隊と韓国国外の国連太平洋方面第11軍司令部が事態を収拾しなければならないが、これは容易ならざる大事業であった。

 

「韓国陸軍第2軍は済州島へ脱出に成功した部隊を除いて壊滅。韓国南西部は島嶼部を除いて蹂躙された。彼らの次の矛先は、否が応でも釜山になる」

 

「整然たる撤退計画が潰えた以上、完全撤退には1週間かかるだろう」

 

「1週間? BETA群先遣はすでに釜山港より50kmの位置にまで来ているのですよ。3日だって保つかどうか!」

 

「ならば韓国陸軍に殿をやらせて、可能な限り国連軍・大東亜連合軍・在韓米軍・日本帝国軍を脱出させることだな。非情だが、それしかあるまい」

 

 そんな会話が国連太平洋艦隊の内々ではされていたが、実際のところ韓国陸軍だけが後衛に立たされることはなかった。そんなことをすれば韓国軍将官は国連に反発し、韓国海軍は韓国国内における自衛的軍事行動という名目で、国連太平洋方面軍の指示と他国部隊の存在を無視し韓国陸軍の救出を優先したであろう。

 撤退する友軍の背中を守ることになったのは、朝鮮半島に集った各国軍の戦術機甲部隊と、辛うじて戦闘力を残している自走化・機械化諸隊であった。

 

「ようやく休めるぜ~」

 

 釜山港から北西10kmの位置にある金海国際空港は、いま戦術歩行戦闘機の整備・補給拠点となっており、滑走路には韓国陸軍をはじめとした約20機の戦術歩行戦闘機が立錐していた。朴星日や朴英日が駆るF-15KやF-16C、統一中華戦線の殲撃10型、大東亜連合軍のF-5A軽戦術機、日本帝国大陸派遣軍の94式戦術歩行戦闘機不知火――。

 その戦列の隅で、朴星日の衛士らは座りこんで食事を摂っていた。インスタントラーメンの袋に直接お湯を注いで食べる、“国軍スタイル”だ。味は問題ではない。デザートはガチガチに固まったチョコレートバーである。

 

「戦況はどうなっているんだ。まったく情報が得られん。貴様ら朝鮮に先の見通しはあるのか?」

 

 大して甘くもない、言ってしまえばカロリー補給のためのチョコレートバーをかじりながら、劉書文陸軍中尉は嘆息した。統一中華戦線・中国人民解放軍の司令部からは何も言ってこないため困っている。

 その彼の言に、朴星日は少しいらだった。

 

「先の見通しってなんだよ?」

 

「そのままの意味だ。朝鮮半島からの撤退は既定であるとして、あとどれくらい釜山を守ればいいんだ?」

 

 知るかよ、と朴星日は返事をして、陸軍少佐である兄に視線を遣ったが、彼もまた無言でかぶりを振った。

 そこに、他部隊の参謀と話し合っていたオッチャンが戻ってきた。悄然としているが、瞳が爛々に輝いている。異様であった。

 彼は開口一番、こう言った。

 

「ワシらは捨て駒だ」

 

「は?」

 

「友軍が海外へ脱出するまで、撤退はできん」

 

 やけ気味のオッチャンの言葉に、「戦術機甲部隊の常だな」と劉書文はつぶやいた。

 退却の局面において時間を稼ぐため、戦術機甲部隊が殿を務めるのは欧州戦線をはじめ、各地でみられた光景である。そしてこうした時間稼ぎにあたる戦術機甲部隊は、全滅状態にまで追い込まれることが多い。

 

「無理だ……いま釜山港には軍民併せて膨大な数の人間がいる! 実数すら分からんのだ! ワシらが生きて朝鮮半島を出られる可能性は万に一つもない!」

 

 オッチャンの絶叫に、通りがかった他部隊の士官がぎょっとした表情で振り向いた。

 

「オッチャン……」

 

 オッチャンの鬼気迫る叫びに朴星日はひるんだ。口先で虚勢を張り、「勝てる」と言い返すことならば誰でもできる。だがしかし、現実はどうか。戦死とは、全滅とは、敗北とは、この世界の人類にとっては普遍的な現象である。

 

「……」

 

 訪れる沈黙。

 だが、それを破ったのはタイ陸軍の小柄な衛士――ソムチャイであった。

 

「それでも、残って戦うよ」

 

「この後進国風情が」と反射的に反駁したオッチャンに、劉書文が肘鉄砲を食らわした。

 オッチャンのヘイトスピーチにもかかわらず、ソムチャイはひるむことなく声を上げる。

 

「フリーダムファイター(※F-5A)を任されているのは、そのためだから!」

 

 高価な戦術機を駆るための資格とは、最後まで戦う覚悟を持っているからにほかならない。

 衛士ならば誰もが理解している原理原則。

 戦術機とは逃げるための足にあらず、戦術機とは自身を守るためにあらず。

 

「戦術機とは人類の剣。衛士の矜持、だな」

 

 朴英日が頷き、その弟・朴星日も「へえ、戦術機後進国のタイでも一丁前の覚悟があるんだな!」と無邪気に笑った。

 

 次の瞬間、金海国際空港にサイレンが響き渡った。

 コード991。地中侵攻――敵梯団の出現地点は、亀峰山南方。

 ……釜山港から約2kmしか離れていない。



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(完)

 亀峰山の標高はわずか400メートルに過ぎないが、釜山駅を中心とする市街地一帯と、釜山港を見下ろせる小山である。

 ……そう、“見下ろせてしまう”のだ。

 土砂から成る漆黒の柱が立ち上がり、砂煙が舞い上がるとともに、釜山市街一帯の人類は“最悪”とは何かを知った。亀峰山の斜面に湧き出るけばけばしい色彩の異形。土砂の煙幕の向こう側から現れる要塞級――そして要塞級に格納された光線級が、辺り一帯に産み落とされる。

 

「コード991!」

「亀峰山東側・南側斜面一帯にBETA群ッ」

「命令を待っていられない! 左砲戦!」

 

 最も早く反応したのは釜山港にて停泊中の駆逐艦『忠北』であった。この『忠北』は1944年生まれであり、生来の名をギアリング級駆逐艦『シャヴァリアー』という。アメリカ海軍からのお下がりであるこの老兵は127mm連装砲2基を最高速で旋回させ、亀峰山東側に照準を定めた。

 警報が鳴り響く港湾に、砲声が轟いた。最初の30秒間、連続して発射された砲弾は、迎撃されることなく亀峰山の斜面に突き刺さった。効果があるか否かは問題ではない。光線級の不在という事実に、駆逐艦『忠北』の艦橋は安堵した。

 が、その1分後に事態は急変した。

 

「高熱量反応!」

 

 白昼、眩い白光が閃いたかと思うと、空中の127mm砲弾が蒸発した。

 

「光線級――!」

 

 駆逐艦『忠北』のウィングに立つ見張りの水兵は、亀峰山の斜面から光の柱がそびえるのを肉眼で認めた。

 その数秒後、1本の光芒が駆逐艦『忠北』に向けられる。停泊中の『忠北』が回避運動に移ることが出来るはずもなく、予備照射は本照射へ瞬く間に移行した。艦首が切断された。ろくな装甲もなく、申し訳程度の耐レーザー加工がされただけの艦体では、これに耐えられるはずもない。

 消滅した艦首。まるで輪切りのようになった断面から海水が瞬く間に流入し、それと同時に2本目のレーザーが『忠北』の上部構造物を捉えた。

 

「……!」

 

 先程、光線級の照射を目撃した水兵は声を上げる間もなく蒸発。艦橋は勿論、その下の構造物も貫かれ、赤熱する鋼鉄の塊と化す。そこへ3本目のレーザーが彼女のどてっ腹を捉え、貫徹した。膨大な熱量の塊が海面を舐め、水蒸気が立ち昇る。

 

「『忠北』が……!」

「怯むな、手数で圧倒できれば勝ち目はある!」

 

 釜山港内外に居合わせた韓国海軍水上艦艇は勇敢であった。

『忠北』同様に釜山港内にて停泊中であった浦項級コルベット『原州』と『安東』は、76mm速射砲2基と40mm連装機関砲2基を巡らせて亀峰山目掛け、火力投射を開始した。

 だがあまりにも分の悪い戦いであった。

『原州』は交戦開始から5分で爆沈し、続いて『安東』は前部・後部砲台を焼き切られ、艦体上部のレーダーを破壊されて戦闘力を完全に喪失した。

 

「出港できる艦艇、船舶は早く――!」

「間に合うものかッ、畜生!」

 

 釜山港内の砲火力を有する水上艦艇を撃破した光線級の一部は、続いて釜山港に停泊中の輸送船へ照射を開始した。韓国海軍がチャーターしていた満載排水量1万トン弱のフェリー『カメリア』には数本のレーザーが突き刺さり、同船は爆発こそしなかったものの、大破着底の憂き目に遭った。

 勿論、釜山港内の輸送船は『カメリア』のみにあらず。

 釜山港を見下ろす光線級らは、無防備を晒す船腹を睨む。

 

「そこまでだ」

 

 が、次なる光速の一撃が繰り出されるよりも、大空からの音速の一撃の方が早かった。

 稜線の向こう側から7機の殲撃10型が躍り出る。深紅のセンサーアイが吶喊する先には、光線級を産み落とした要塞級や、光線級の直掩となる要撃級。突撃砲が放つ超高速の飛礫とともに、劉書文が駆る先頭機が77式長刀を振り被ったまま、異形の海へとダイブする。

 着地地点の傍に居合わせた要撃級の頭部を膝部カーボンブレードで破砕し、トップヘビーの77式長刀を振るって戦車級の群れを薙ぎ払う。舞う肉片。返り血を吸う漆黒の装甲。それに対して要塞級は即座に衝角を展開させ、劉書文機に襲いかかった。が、漆黒の騎士は一歩も退かず、むしろ要塞級に密着するように立ち回る。直撃すれば必死の打撃を、紙一重で躱していく。

 

「早くしろ――さすがに持たない」

「任せな、中国人野郎!」

 

 遅れて朴星日が駆るF-16Cと、その兄の朴英日のF-15K――韓国軍機が稜線の向こう側から飛び上がった。それとともに光線級が一斉に反応し、血煙の中を予備照射が奔る。が、2秒とかからずF-15Kの高度なFCSは敵中の光線級を素早く捕捉し、脅威判定と照準の割り振りを隊内で終え――韓国軍機のハイ・ロー・ペアは、虚空にてフォーメーションを完成させた。

 

「“重根・大韓義軍参謀中将式”!」

 

 鋼鉄の暴風に光線級が薙ぎ倒された。胴体が千切られ、脚部が吹き飛ばされて転倒する。が、撃ち洩らしは出る。瞬間的に要塞級が移動し、射線が遮られる形で生き残る光線級もいる。空中に身を晒せるのは僅かな時間に過ぎない。

 

「要塞級を盾にしろ!」

 

 戦鷹と戦隼は予備照射を振り切るべく、殲撃10型が異形の海を切り拓いて作った空白の安全地帯へ急降下。木々をへし折りながら着地した朴星日機は、両主腕で保持する突撃砲を振るい、向かって来る戦車級の群れへ掃射を開始する。首をかしげながら迫る要塞級は脅威であると同時に、彼らを光線級から守る遮蔽でもある。

 要塞級の衝角が舞い、市街地へ降りようとしていた要撃級が旋回し、山腹を駆け登ろうと戻ってくる――その死地の最前線に刃嵐(はらん)が巻き起こる。

 

「不知火が最高だと言ってみろ――日本製戦術機こそ最高だと言え!」

 

 日本帝国大陸派遣軍第8師団・第8戦術機甲連隊の94式戦術歩行戦闘機“不知火”が、単騎突出する。御者は白髪の連隊長、和泉柔一郎。二振りの74式近接戦用長刀を逆手持ちした狂人は、哄笑しながら叫ぶ。

 そして始まるのは、和泉劇場。

 

「フォート級ども、痛みに耐えてよく頑張ったッ! 感動したッ!」

 

 センサーアイを爛々に輝かせた鈍色の不知火は、衝角を斬り落としていく。相手が人間であっても、BETAであっても嬲るのが信条の彼は生かさず殺さずの戦闘機動を見せる。それを見ていた朴星日は「俺たちも負けていられねえぜ」と叫んだが、それを耳にした和泉は嗤った。

 

「貴様ら、早く退いた方がいいぞ。我が海軍――東郷平八の“奇襲”が来る」

 

 60秒後に亀峰山一帯が艦砲射撃と巡航ミサイルによる飽和攻撃で殲滅されると、朴星日らの戦術データリンクが更新されたのはその直後であった。

 

 釜山南方沖――穏やかな海にたたずむのは日本帝国大陸派遣軍第2練習艦隊。

 そう、練習艦隊。30センチ砲4門を有する練習艦『富士』、同級砲12門を有する『摂津』はいま殺意とともにその砲身を水平線の向こうにある亀峰山へ向けた。長門型戦艦以下、多数の超弩級戦艦を接収・廃艦とされた日本帝国海軍が、BETA大戦勃発に際し、苦肉の策として火力投射のプラットフォームとして再利用することを決めた両艦は、古強者の威容をたたえてそこにいる。

 口火を切ったのは、『富士』であった。艦前部・後部に備えられた連装砲が火を噴き、衝撃波で海面に巨大な波紋が生じる。僅かに遅れて『摂津』が、そして韓国海軍の戦時急造ロケットコンテナ艦が猛然と射撃を開始し、大空を鋼鉄と火焔で埋め尽くした。

 

「これが東亜の力よ……」

 

 情報通信設備が充実している第2練習艦隊旗艦『鹿島』にて、艦隊司令を務める東郷平八は無表情のまま呟いた。このあと帝国海軍は釜山港へ三浦級戦術機揚陸艦を以て、94式戦術歩行戦闘機不知火から成る増援を送り込む手筈となっている。撤退が決まっている地に新規に戦力を投じるのは一見すると愚かだが、釜山には未だに多くの大陸派遣軍将兵が残っている。彼らを見棄てるわけにはいかない。

 しかし、艦砲射撃の実施に満足する面持ちの東郷、その傍らに立つ参謀は内心恐れている。

 

(我々はこれまで大陸に血と鉄を投資してきた。最大限、時間を稼げただけ確実に正解だっただろう。だがいまは状況が違う。最後とはいえ……この期に及んで新たな戦力を投入する意味があるのか?)

 

 ……。

 

 砲弾痕まみれになった亀峰山が見下ろす中、釜山防衛戦はその後も続いた。

 

「下にいるのは闘士級と兵士級だけだッ、踏み潰せ!」

 

 朴星日の駆るF-16Cは小型種の群れが闊歩する大通りに着地し、非力な下等生物を挽肉にすると全周警戒に就いた。亀峰山に陣取る光線級排除に成功した後に彼らが任されたのは、釜山市街地に入り込んだ戦車級や小型種の掃討。休む暇は与えられない。

 

「オッチャン、状況は」

「小康状態だ、星日!」

 

 小康状態? これが? と朴星日は思った。砲声は止むことを知らず、オープンチャンネルを開けばどこかから救援を求める声と、悲鳴が飛び交い始めるのだからそう思うのは当然であった。

 しかしながら事実、釜山防衛線は小康を迎えていた。

 地中侵攻のBETA群は相当数撃破したし、北方・西方に押し寄せるBETA群も山々と河川に阻まれる形で侵攻ルートに制約がかかり、韓国陸軍の決死の反撃に遭った。

 この後1週間に亘り、釜山防衛線は維持され、万単位の将兵が脱出に成功――後に“釜山の勝利”と称されるようになるが、朴星日からすれば勝利でもなんでもなかった。彼らもまた最後には済州島への脱出に成功するのだが、釜山防衛戦の“勝利”というのは朝鮮半島で粘り強く戦った東アジアの衛士からすれば、虚飾でしかなかった。

 

 かくして、朴星日の劣等差別地球外民族BETAとの戦いはこの後も続いていく。





◇◆◇






『釜山防衛戦・朴星日の奮闘』完

『日帝派遣戦』に続く、かもしれない。


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