夢現ノ怪異 (小豆 涼)
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雫ちゃんと孤島

夢を見る。

 

その風景は、まちまちである。

ある時は日本家屋。

ある時は屋根裏部屋。

 

しかし共通点があって、それはどこか懐かしさを感じるところだ。

 

まるで時代を超えたかのような錯覚。

夢なのにどこか夢でないような感覚。

 

その日見た夢は、誰かを探していた。

その子の名前は雫ちゃんと言って、どうやら夢の中の俺とは仲がいいらしい。

 

そこは不思議な世界だった。

その地に大人という存在はなく、いるのはシワを蓄えたご老人のみだった。

 

俺たちは身を寄せあってひっそりと生きていて、説明はつかないが、どうやら雫ちゃんを迎えに行く最中らしい。

 

ご飯をアパートの一室で食べた。

仲のいいと思われる男の子が二人いた。

 

計4人で朝食を食べたあと、俺たちは揃って木造の学校へ行く。

歳は十かそこら。

そして、俺たちしかいない。

 

気がつくと下校時間で、1度帰ってきたらしい。

俺は、またも雫ちゃんを迎えに行くところだった。

ここで気がついたが、俺の夢というのは人の顔がないのだ。

 

黒く影がかかっていて、表情が分からない。

それでも、その人がどんな感情なのかは分かるのだ。

 

だからきっと、雫ちゃんは寂しい思いをしていた。

俺はそれがどこか悲しくて、できることなら一緒にいたいと張り切っていた。

 

そうして、自転車を漕いで向かうのだ。

雲が少しあって、まるでアニメみたいな空の中、手入れされていなくて草木が生い茂っている。

それでも昔の名残か、アスファルトがひいてあって、そこを自転車のタイヤが軽快に進んでいく。

 

そしてその時、2つの異常なものを見つけた。

 

ひとつは、カラスアゲハ。

大きさは1m近い。

遠目でもわかるほどに、巨大だった。

 

そしてもうひとつは、廃線。

無人駅のようで、さびて廃れている。

 

とても懐かしいと思った。

俺は更に拍車をかける用に思い出した。

 

ここは、島なのだ。

小さな小さな島で、限界集落だ。

人も数えられるほどしかいない。

 

それでも、ここに電車が走っていたような気がした。

たが、ここではあの大きさの虫と言うのは異常なものだ。

 

このふたつがどうも理解出来ずに、俺の胸の内を不安にしていく。

 

雫ちゃんを迎えに行かなければ。

 

自転車のペダルに力を入れて、俺は前へ進む。

生い茂る草木が、トンネルのようになっているその道を行くと、雫ちゃんの家があるのだ。

 

木漏れ日…と言えばいいのか。

まるで手入れの行き届いていない森の中に、その家はある。

二階造の一軒家だ。

ここに雫ちゃんは1人で暮らしている。

 

アパートの一室で食べた朝食の事など、なんの事かというように、雫ちゃんはここで生まれ、ここで育ったのだと言うことだけが分かっていた。

 

「雫ちゃーん」

 

俺は声を出した。

なぜなら、雫ちゃんは家の中ではなく、木漏れ日の指すアスファルトの上で、まるで待っていたかのように立っていたのだから。

 

その姿は分からない。

でも恐らく、子供っぽい花柄のキャミソールと短パンを身につけていた気がする。

 

そして、俺に手を振ったのだ。

瞬きをひとつすると、俺は自転車の後ろに雫ちゃんを乗せて坂道を下っていくところだった。

 

何を話したのか、本当に何も覚えていない。

その声も、その表情も、何一つ記憶にない。

 

それでも、その時の雫ちゃんは…。

 

どこか安心していた気がした。

 

そして、この島には大きな秘密がある。

この島の老人たちと話した記憶が何故かある。

みんな、大人がいない理由を隠す。

この島の秘密を隠す。

 

実はお金があった島だということも、隠す。

 

それは、あの大きなカラスアゲハと大きく関わっている。

 

そんな話。

それだけの話。



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一本橋

 

夢を見る。

 

その風景は、まちまちである。

 

ある時は日本家屋。

ある時は屋根裏部屋。

 

しかし共通点があって、それはどこか懐かしさを感じるところだ。

 

まるで時代を超えたかのような錯覚。

夢なのにどこか夢でないような感覚

 

その日見た夢は、薄暗い部屋だった。

 

俺は、とても仲のいい友人3人といた。

もうその絆は強固で、4人は絶対に死ぬまで友人だと思えるほどだった。

 

顔も分からないのに。

 

俺たちはとても焦っていた。

何かにおわれているのだ。

 

先へ、行かなくては。

そんな気持ちが追いかけてくる。

きっと、追いかけてきたのはそんな気持ちだったような気がしないでもない。

 

そうして、薄暗い部屋へたどり着いた。

階段を降りてきた所までは覚えている。

その先からがこの夢なのだ。

 

部屋…なのに崖。

10×5m位の、縦に長い長方形の部屋だった。

 

何より異質なのは、その真ん中。

向こうへは行かせまいとする、崖があるのだ。

 

崖の距離は恐らく5mはある。

飛び越えるのは無理だし、何せその崖は底が見えないのだ。

続く闇。

果てはないような気がした。

 

だが、その真ん中に渡れと言わんばかりの橋がある。

その太さは、15cmほどしかなく、まるで体育器具の平均台だった。

 

ここで死ぬ訳には行かない。

そう強く思う俺たちは、その橋を恐る恐る渡ろうとする。

 

まず一番最初に渡ったのは、俺たち4人のなかでリーダー的な存在。

いつも仲裁をしてくれる、頼れる兄貴肌のやつだった。

 

そいつは、フラフラしながらも何とか半分を超えた。

そこで、俺も行かなくてはと思い、足を進める。

 

怖かった。

とにかく怖かった。

それでも、落ちたら死ぬという緊張に心が張り裂けることは無かった。

 

半分を超えて、これは行けるなと安心した時。

後ろから2人が少しずつ進んできていた。

 

よし、このままみんなで先に行ける。

そう確信した時には、もう1mを切っていた。

 

どことなく余裕がもてたのか、俺は振り返った。

 

「これ、行けるぞ!頑張れ!」

 

そう言ったのもつかの間。

1人づつ来るものだと思っていたが、2人がピッタリくっついて渡りに来ているところに違和感を覚えた。

 

はて、なぜそんなに詰めてくるのやら?

 

そして、俺は今も覚えている。

おそらくこの夢を見たのはもう何年も前。

軽く5年以上は経っている。

 

それでも、忘れもしない。

 

1番後ろのやつが、その前のやつの両肩に手を置いたのだ。

そして、何をするのかと思うと。

 

一緒に落ちていったのだ。

 

「ぅああああぁぁぁぁっ!」

 

その断末魔を忘れもしない。

だが、もっと忘れられないのは、目だ。

 

自分特有の、影が指して顔が分からない夢なのに。

目だけがハッキリとこちらを向いているのがわかるのだ。

 

それは、断末魔を上げているやつもだ。

2人は、こちらをずっと見ながら、俺と目を合わせながら無表情に落ちてゆくのだ。

 

そうして、闇に消えていく。

 

そんな話。

それだけの話。



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無いなれ、無しなれ

夢を見る。

 

その風景は、まちまちである。

 

ある時は日本家屋。

ある時は屋根裏部屋。

 

しかし共通点があって、それはどこか懐かしさを感じるところだ。

 

まるで時代を超えたかのような錯覚。

夢なのにどこか夢でないような感覚。

 

その日見た夢は、日本家屋だった。

 

広い、畳の部屋。

と言っても、ここは全ての部屋が畳だ。

縁側があって、大きな屋敷なのだ。

 

まるでプロモーションビデオのように、その部屋を色んなアングルで見ている自分がいる。

今回はどうやら男の子らしい。

 

屋敷はとても広くて、庭には雪がチラついている。

寒さは感じない。

 

だがとても懐かしいと思えた。

 

そして、俺は木造の蔵に用事があって行った。

古めかしい蔵は、木材がやせ細って、所々から陽の光が漏れていた。

 

木製の古い階段梯子を登って、木箱を取りに来たのだった。

その木箱を開けると、一体の日本人形が入っていた。

 

おかっぱで、白い肌だ。

目はギョロりと大きく、ひな祭りのお人形さんというより、こけしを人形にしたようだった。

俺はこの人形を知っている気がした。

 

言うなれば、座敷わらしに近いのかもしれない。

俺のそんな概念が形を成したような感じだ。

 

はたと気がつくと、あのだだっ広い畳の部屋にいた。

着物を着た女性が、1人。

 

「坊っちゃま、よろしくお願いします」

 

と。

その後ろ姿について行くと、ひとつ襖を開けた。

 

そこには、さっきの日本人形が裸でいた。

俺が着いて行った女性と同じ背格好の女性が、その日本人形に着物を着せ、おめかしをしている所だった。

 

女性達は、口々に「あら、坊っちゃま」とか「あとはよろしくお願いします」とか言いながら、忙しく手を動かす。

 

そうして、着物を着せ終わり、お化粧が終わると、俺の後ろに正座するのだ。

 

俺は分かっていた。

これからすること、そして、それが意味することを。

 

「では、よろしくお願いします」

 

女性にそう言われて渡されたのは、口紅だった。

よく見る、キャップを外してくるっと回して塗るタイプだ。

 

ここだけやけに時代感が狂っているのをよく覚えている。

 

心臓が張り裂けるほどに緊張していた。

ここで失敗するとどうなるか、察していた。

おれは、この人形に気に入られなければならない。

 

恐る恐る、口紅を人形の口に滑らせる。

 

塗れないのだ。

まるで、クレヨンで描いた線の上に、水彩絵の具を塗るように。

弾かれるのだ。

焦った。

このままではまずい。

起きては行けないことが起きる。

 

そんなことが頭をよぎったが、俺は見てしまった。

その日本人形の顔を。

 

目が、虹彩が、黄色いのだ。

瞳孔はどこまでも黒く、果てしない闇。

 

背筋が凍った。

女性たちの気配はない。

俺と、この日本人形しかいない。

 

そして、この広い部屋で、目の前にいる日本人形の口が開いた。

 

「ナイナレナイナレ、ナシナレナシナレ…」

 

酷く、低い声だった。

例えるならば、無理やり音声のピッチを下げた様な。

とても耳障りな、恐怖を掻き立てる声。

 

「ナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレ」

 

止まないのだ。

辺りは暗くなり、俺は逃げていた。

しかし、声はすぐ側から聞こえる。

日本人形は、浮いてる様にすーっと近づいてくる。

 

その手には、大きな裁ち鋏を携えている。

 

「ナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレ」

 

そんな話。

それだけの話。

 



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ナオキ

夢を見る。

 

その風景は、まちまちである。

 

ある時は日本家屋。

ある時は屋根裏部屋。

 

しかし共通点があって、それはどこか懐かしさを感じるところだ。

 

まるで時代を超えたかのような錯覚。

夢なのにどこか夢でないような感覚。

 

その日見た夢は、引っ越しの夢だった。

 

何かとても大切な友人の引っ越しを手伝っていたらしい。

遠くへ引っ越すという。

小学校から中学校へ上がるくらいの年齢で急に離れ離れというのは悲しい。

 

友人の新居は何もない田舎で、アスファルトで舗装された一本の道が目立つ。

古い家で、風呂場はステンレスという実に“アレ”な感じだ。

 

友人はナオキというらしい。

兄がいて、その日は手続きで両親がいない。

その荷ほどきを俺が手伝っているという流れだ。

 

でも知っていたのだ、ナオキの兄はこれから近いうちに殺されると。

すべてを知っているというのは、存外気分が悪い。

この後この家で起きることも、俺は知っていた。

 

この家には黒い影が現れる。

女の子の霊のようなものだ。

この家に古く住んでいた家族の片割れというか、忘れ物というか。

 

その日はナオキの家に泊まる予定だった。

家まで遠いので、明日の朝に一人でバスに乗って帰る。

 

この山道は一時間に一本しかバスが来ない。

それに街に出ても家までは遠い。

 

気が付くと別日だったらしい。

あれから何日か経って、ナオキが引っ越す前に仲の良かった友人たちとそろってナオキの家に訪問するようだった。

 

男の子と女の子一人ずつ。

俺を含めて三人でバスに乗って山道を行く。

 

その日は薄暗くて、近くに神社があるのだが、そこへ行くことになる。

風も強い。

 

嵐が来る。

 

俺たちとナオキは両親に迎えられて夕飯をごちそうになった。

オムライスだったのを覚えている。

 

夜、みんなが雑魚寝でナオキの部屋で寝ようとするが、風が強くてなかなか寝付けないのだ。

ナオキの兄は、雨戸をつけるため縁側へ向かった。

 

そして、この家の電気が全て落ちた。

暗闇の中、俺はナオキを探した。

 

同じ部屋の中だから、すぐに見つかるのだが俺は罪悪感でいっぱいだった。

ここでナオキに兄を探すように言えば何か変わるかもしれないという思いがあったからだ。

眠っていた友人も俺たちの動く音で目が覚めたのか、立ち上がる俺たちにどこへ行くのかと尋ねた。

 

床の木目が全く見えない暗さの中、古い家づくりでしかも引っ越して間もないとなると、ブレーカーを見つけるのも至難の業だ。

この家は広い。

キッチンへ向かい、そこからもう一本の廊下を出て脱衣所にある家のブレーカーを探す。

 

俺は泣いていた。

ナオキは大丈夫だと慰めてくれる。

暗くて、この嵐の中。

俺たちは大人の力を借りずに自分たちで困難を乗り越えようとしていた。

 

そしてやっとキッチンにたどり着くと、テーブルの上に編むライスが置かれていることに気が付く。

それがより一層キッチンを色濃く記憶させた。

 

窓が明るい。

工事現場のライトを遠くからあてられたように、うっすらと明るいのだ。

誰かの影が見えた。

その影が、笑っていたのは覚えている。

 

何も言わず、その場に座り込むのだ。

友人のうちの一人が泣き出した。

どうやら見えてしまったらしい。

どうやら気が付いてしまったらしい。

 

この異質な存在が、ここにだけいるわけではないことを。

 

二人が泣いているというのに、ナオキは依然と気丈にふるまっている。

ここで自分が泣いてしまっては、不安がってしまってはいけない。

多分ナオキはそんな風に俺たちを引っ張てくれて、いい方向へと導いてくれるから、今日ここに友人が集まった。

そんな人望を感じさせてくれる少年だった。

 

確か女の子はユキといった。

ナオキが、大丈夫だから心配するなユキと呼んでいたような記憶がある。

 

ユキは怖くて、不安で泣いていた。

だが俺は違った。

ナオキの家族を見捨ててごめんなさいと、罪悪感で泣いていたのだ。

このまま、四人で歩いてボロボロに荒れ果てた神社へ行くのも知っているし、その帰り道でナオキの兄の死体を見つけるのも知っている。

そこで俺たちは絶望してその場から動けなると、振り向いたナオキがここで俺が折れてはいけないとさらに無茶して心を押さえつけるのも知っている。

 

その先で、四人の大人に会うのも知っている。

その大人たちがこの異変を解決してくれるのも知っている。

 

でも、ナオキの家族は死ななければならいのも知っている。

 

だから泣いていた。

 

そんな話。

それだけの話。



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