オモチャで世界征服? そんな事は不可能だ! (定道)
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ソウルシューター編
爆裂覚醒!! ソウルマスター田中マモル!!


 

 

 オモチャで世界征服? そんな事は不可能だ! 

 

 そんな阿呆な望みは創作物の中にしか存在しない、そんな荒唐無稽な願いは漫画やアニメの悪役しか抱かない……そう思っていた。

 でも、そんな常識は僕だけのもので、荒唐無稽だと思っていた物はこの世界では絶対にあり得ないとは言い切れない物だった。

 

 この世界……そう、僕はもう一つの世界の有り様を知っている。僕は5才の誕生日に高熱にうなされて生死の淵を彷徨い、その最中に前世の記憶らしきものを獲得した。

 

 凡庸な家庭に生まれた男が凡庸な人生を無難に生きて、一人暮らしのアパートで突然胸が苦しくなって倒れ伏し、そのまま孤独に死んでしまう悲しい結末までの記憶だ。

 

 記憶を手に入れた当初、僕はこう思っていた。

 

 前と同様の年代、同じ国である日本にしては色々と齟齬があるぞ? 前の世界と微妙に違うなぁ……パラレルワールドかな? 

 

 その程度の認識で新しい生をのほほんと謳歌していた。今思えば呑気な物だ。この世界の危険性についてまったく考えが及んでいなかった。

 

 だが、しばらくして違和感は大きくなっていった。

 

 赤とか青とか緑とか黄色とかピンクとかふざけた髪の色を持つ周囲の人々、やたら高い身体能力を持つ父と母。

 そして、一族の者として相応しいソウルを身に付けろとの妄言を吐きながら虐待紛いの修行を強要し始めた母さん。

 

 普通じゃない、この世界はどこかおかしい。少なくとも僕の持つ前世の知識と照らし合わせると明らかに異常だった。

 だけど、僕の周囲の人間はその異常を認識していない……いや、僕以外の人間にとってはそれは異常でも何でもなかったのだ。

 

 この世界は狂っている。それを認識できるのは世界で自分だけだった。周囲から見れば狂っているのは僕の価値観だ。

 

 僕は恐怖した。恐ろしくて堪らなかった。

 

 前世と比較して異常な身体能力や頭髪などの身体的特徴を備えた人々、そして世間一般に認知され、母親が異常に執着しているソウルと呼ばれる輝く謎パワー、幼稚園や保育園にも通わせずに幼児である僕に修行を課す異常な一族である我が家。

 

 それらの要素を考慮すると、ある仮説が導き出されたからだ。

 

 もしかして僕は、異能力や戦いに溢れた危険な世界へと生まれ落ちてしまったのではないか? この世界はバトル物の創作物の様な世界観を有していて、ソウルという謎のパワーを使いこなす者たちは、命を賭けた戦いに身を投じているのではないだろうか? 

 

 その可能性に気付いた時、僕は恐怖と絶望のあまりに気絶した。何時もは厳しい母さんが青ざめた表情で僕に駆け寄ってきた事をよく覚えている。

 

 僕は怖い、死ぬ事が怖い。怖くて堪らないのだ。

 

 そんな事は当然で人に生まれれば皆同じ、僕が特別に臆病なだけ、もしくは幼児が死の概念に気付いて恐怖しているありきたりな通過儀礼、そう思う人もいるだろう。

 

 でも違う、僕には一度死んだ記憶がある。例え僕の記憶の中にしか存在しなくても、死というものを体験しているのだ。

 

 徐々に失われ、段々と闇の中に呑まれていく意識。魂が震えるような寒さの中、全ての音が、全ての光が、あらゆる感覚が冷たい闇に奪われていく。

 

 ひたすらに孤独で救いのない体験だった。あらゆる生命の終着点、死というものがあれ程に恐ろしいものだとは思ってもいなかった。

 

 だから僕は死を恐れる。自身の命がこの世で最も大事な物だと確信する。

 死の恐怖から遠ざかる事が、生命が脅かされる事なく過ごす事が、安心と安全が僕にとって何よりも価値がある物だと知っている。

 

 なので僕は気絶して以降、母から課される修行の一切を放棄した。どれだけ叱責されても、どれだけ強要されても修行を頑なに拒否した。床や柱にしがみついて泣き喚いて拒否した。

 

 このまま母の言う修行を修めれば、一族の役目がどうとか言われてて戦いの日々に進む事は明白だったからだ。肝心の役目とやらは教えてくれない母だったが僕には分かる。

 

 前世の記憶と照らし合わせれば明白だ。こういう役目がどうとか言い出す家は代々何かと戦っているものだ。

 やたら創作物めいた世界観の現世ではそれが現実味を帯びている。高い身体能力を持つ両親とソウルとか言う謎パワーが存在するのがいい証拠だ。間違いないだろう。

 

 僕が修行を拒否し始めてから我が家の空気は最悪の物になっていった。

 

 どうしても僕に修行をさせたい母さん。

 僕が拒否をするならそれを尊重しようとする父さん。

 衝突が多くなった両親に怯えてよく泣く1つ下の妹。

 それでも修行を断固拒否する僕。

 

 僕達家族の心はバラバラになった。

 

 そして、僕が6歳になった頃に、母さんが僕に修行させるのを諦めて妹が代わりに役目を果たす事になった。

 さらに、その年が終わる頃に、父さんと母さんは離婚した。妹はそのまま母さんと共に家で過ごし、父さんと僕は姓を変えて家を出て行く事になった。

 

 心苦しくはあるし、妹には申し訳ない気持ちはある。だけど僕の身の安全には代えられない、許してくれ。

 

 

 

 

 父さんの運転する車に揺られて引っ越し先の町を目指す、外出は許されていなかったから景色が新鮮だ。少し未来的な町並みはやはり僕の知る日本とは別の物だと改めて実感させられる。

 

「マモル、御玉町に着いて落ち着いたら、お前も小学校に通う事になる。お前の不安や寂しさも、友達が出来ればきっと消えてなくなる」

 

 父さんが運転しながら僕に語りかけてくる。

 

 残念だけど、友達ができたからって安心が得られる訳じゃない。友達は僕を身の危険から守ってはくれないだろう。

 

 でも、父さんから見れば僕は、今まで幼稚園や保育園、小学校も通わずにずっと家の中で修行させられて過ごしてきた子供だ。これからの生活は今までとは違うと安心させたいのだろう。その気持ちは有り難く受け取ろう。

 

「うん、そうだね。友達が出来ればきっと楽しいと思う」

 

 話が合うかどうかは正直わからん。生まれてこの方喋った事のある同年代は妹しかいない。この世界のスタンダードな小学校2年生なんて知る由もない。

 まあ、そこまで前世と変わらないだろう。鬼ごっこやかくれんぼをして、漫画やアニメの話をして、ウンコやちんちんで喜ぶのが男子児童だ。その辺を押さえておけば問題無い。

 

「ああ、友達と遊ぶのは楽しいぞ。今までお前にはそれを教えてやれなかったからな。楽しい遊びも、友達の作り方も……」

 

 うーん、父さんはやっぱり責任を感じているな。家庭が崩壊したのは修行を拒否した僕のせいだと思うけどね。

 

 正直に言って、僕は父さんを嫌ってなどいない。それどころか母さんの事だって頭おかしいとは思っているけど嫌いだった訳じゃない。妹の事だって可愛く思っている。家族の事は普通に愛している。

 

 だが、それよりも優先されるのが自身の安全と安心なのだ。家族が離れ離れになってでも僕は修行などしたくはなかった。自身の命を脅かす可能性を放置する事がどうしても出来なかった。

 

「そうだ、お前に渡した鞄の中にケースが入っている。開けてみなさい」

 

 ん、ケース? ああ、これか。

 

 引っ越し用の荷物の中に両手に収まる程の金属のケースが入っていた。やたら凝った装飾がなされている。何だこれ? 高そうだぞ? 

 

「新学期が始まったら、学校でその中に入っている物を使って同級生達と一緒に遊ぶといい、そうすれば友達はすぐに出来る」

 

 ああ、オモチャが入ってるのか。でも、これを小学校に持ち込むのは不味いだろ。没収待ったなしだ。

 

 そんな事を思いながら、箱を開けて中に入っていた物を取り出す。

 

 それはやはりオモチャだった。手のひらに収まる程小さい人型のオモチャ。白を基調にしたボディに金色の金属で縁取りされた鎧を纏った様な人形。腹の部分に空洞がある……中々格好良いな。

 触って見るとチャチなプラスチックなどで作られていないのが分かる。ずっしりとした感触で随分と高級感のあるオモチャだ。

 

 でも、これって……

 

「“ピース・ムーン”という名前のソウルシューターだ。お前専用に作られた機体だ。大事に使ってあげなさい」

 

 これって……ビー○マンじゃん。

 

 絶対そうでしょ、お腹の空洞にビー玉入れて発射するオモチャだよコレ、どうやって遊ぶのか分からないオモチャの筆頭じゃねーか。

 

「あのー父さん? これってどうやって遊ぶの? それに他の皆はこれを持ってるのかなあ……」

 

 ビー○マンってこの世界でも流行ってるのか? 流行っていても小学校まで持って来るのは少数のクソガキだけだろ。

 

「引っ越し先の御玉町ではソウルシューターが盛んだ。町のソウルがシューターバトルに特化しているからな、遊び方は……丁度いい、近くにバトルドームがあるからシューターバトルを見学しよう。実際に見た方がよく分かる」

 

「んん?」

 

 何だ? 何を言っているんだ父さん? ソウルシューター? シューターバトル? バトルドーム? 意味が分からんぞ? 

 

 僕の疑問を置き去りにして、父さんは車の運転を続けた。右折して十分程走らせると目的地が見えて来た。

 

「えっ……デカくない?」

 

 ドームだ。確かにドームがそこにあった。前世で言う東○ドームと同じ位の規模のドームがそこにあった。これがバトルドーム? 

 

「えっ? 父さん、まさかこれってこのオモチャ専用の施設なの? 違うよね?」

 

「いや、バトルドームはソウルギア専用の施設だ。ここは既に御玉町だから実質ソウルシューター専用だな」

 

 まじかよ、そんなに流行っているのかビー○マン。恐ろしい世界だな……

 

「すみません、大人一枚と子供一枚。チケットはまだ残っていますか?」

 

 父さんがチケット売り場で係員に尋ねる。金取る程の興行になるか? ビー玉でペットボトル撃ち合うのを金払ってまで観戦したいか? 

 

「はい、立ち見席なら残っていますよ。今日は冬の御玉町内杯、ジュニア部門の決勝戦が開催されています。今からならギリギリ間に合いますよ」

 

 えっ、町内規模でドーム? と思っている間に父さんはチケットを購入していた。仕方ないので大人しく付いていく。

 

 観客席は満員だった、町内大会の癖にこの規模のハコを埋めるとは恐ろしい。客層も子供だけではなく幅広い年齢層が見受けられる。

 

 そしてドーム内は熱狂に包まれている。ビー○マンにそこまで夢中になれるなんて、やっぱりこの世界はおかしい。

 

「マモル、これがシューターバトルだ」

 

 父さんに促され、競技場に目をやる。何故か荒野のようにゴツゴツとした岩と地面が広がるフィールドに僕と同じ位の子供が向かい合っていた。

 

『お集まりの皆さん!! まもなく始まります!! 冬の御玉町内杯ジュニア部門決勝戦!! 圧倒的なパワーシューターである空杜ソラ選手!! 正確無比なスナイパーの水星カイ選手!! 因縁のライバルである二人が遂に決勝の舞台で雌雄を決します!!』

 

 実況の煽りに観客が湧く、ドームを震わせる程の声量に思わず耳を手で覆う。うるさいですね……

 

『カイ! 俺とスカイファルコンはこの前とは違う! 今度は勝たせて貰うぜ!』

 

 音響設備によって拡声された声がドームに響く、何だこのノリは? 

 

『フン、無駄だソラ。俺とシーサーペントの前に敵は無い、結果はこの前と同じだ』

 

 それにしても、的が見当たらないぞ? どうやって競技するんだ? 何を撃って競うんだ? 

 

『さあさあお二人共! 同意と見てよろしいですね!? それではシューターバトルゥー』

 

 レフェリーもノリノリだな、うっとおしいテンションだ。

 

『行くぜ! スカイファルコン!』

『喰らえ! シーサーペント!』

 

『ファイトォォー!!』

 

 試合が始まった。互いの機体から打ち出された光る玉が飛んで行く……相手の元へ、オモチャを持つ本人に向かって玉が飛んで行く。えぇ……

 

 こいつ等ビー玉を撃ち合ってやがるぞ!? 人に向かってビー玉を撃つなよ!? 危ないだろ!? 

 

「と、父さん? もしかしてシューターバトルって相手に向かってビー玉を撃つの? 危なくない?」

 

 こんな危険な遊びを僕に進めやがったのか? フィールドで飛び交うビー玉は岩や地面を吹き飛ばしている。オモチャが出していい威力じゃねーぞ? 

 

「マモル、彼らは生身じゃない。ソウル体に身体を変化させているから危険はないよ。それに飛ばしているのはソウルの塊だ……なんでビー玉なんだい?」

 

 ソウル……体? ソウルを飛ばす? 何でビー玉……なのかは僕にも分からん。タカラ○ミーに聞いてくれ。

 

「いや、何となくそう思っただけだよ父さん。シューターバトルって凄いね」

 

 フィールドの二人は腹とか腕の一部が吹っ飛んでいる。互いに撃ち合ったソウルのせいだ。

 これはホビーバトルっていうよりはただの銃撃戦だな。ソウル体ってのは多分仮の身体なんだろうけど恐ろしい光景だ。殺し合いを見せられている気分になる……中世のコロッセオかここは。

 

「ああ、シューターバトルは楽しいぞ。バトルでシューター魂を通じ合えば友達も簡単に出来るだろう。マモルならきっと凄いシューターになれる」

 

 いや、なりたくねえよ。シューター魂って何だよ? あんな銃撃戦なんてゴメンだ。あれで友情が芽生えるのか? そんな奴は頭がおかしい。

 

「実はな、その“ピース・ムーン”は母さんがお前に用意した機体なんだ。本当はソウルの修行を修めたお前に渡す予定だったが今のお前に役目などない。ただの田中マモルとして純粋にシューターバトルを楽しめばいい」

 

 母さんが? しかもソウルの修行ってもしかして……

 

「あの、父さん? ソウルの修行って何の為だったの? 一族の役目って何?」

 

「母さんの一族は代々ソウルギアを使って邪悪な者から人々を護る役目を担っていた。だが、お前はもう役目を気にする必要はない。母さんもお前が憎くて辛い修行をさせていた訳じゃないんだ。それだけは分かってあげてくれ」

 

 おい、僕の一族はビー○マンを使いこなす為に子供に修行させるのか? メディアや情報媒体、同年代との接触を断たせて子供を育てた果てにやらせるのがビー○マンか? ビー○マンを使って何の邪悪と戦うんだよ、悪の組織か? 悪の企業か? 悪のビーダ○ン使いか? 

 

「…………」

 

「マモル、今は気持ちの整理がつかないだろう。ゆっくりでいいんだ。これから小学校に通って、友達とシューターバトルをして、目一杯楽しめ。それだけでいい、お前が楽しく過ごす事が父さんと母さんの望みだ」

 

 狂っている……オモチャを使いこなす為に子供に修行を強要する一族なんて普通じゃない。クレイジーだよ、ラリってんじゃねーぞ……

 

 この世界はソウルという不思議パワーを使った異能力バトル系の世界だと思っていた。

 だけど違った。バトル物ではあるがジャンルが異なる。

 

 この世界は……この世界は、ホビーアニメ系の世界だ! 

 

 販促したいオモチャが世界の価値基準の中心にある、そんな狂った世界、それがこの世界の正体。

 

 ふざけるなよ、僕は絶対に世界に屈したりしない。いくら強要されてもシューターバトルなんかに手を染めない。

 

 僕は安全安心に人生を謳歌する。シューターバトルなんて絶対にやるもんか……絶対にだ!



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激烈発射!! ソウルシューターズBB!!

 僕は絶対にシューターバトルなんてしない!! 

 

「俺の名前は空杜ソラ! 同じクラスになったからには仲良くしようぜ! マモルはソウルシューター持ってるか? えっ、初心者? なら俺が教えてやるよ! 一緒にシューターバトルしようぜ!」

 

 しゅ、シューターバトルなんてしない!! 

 

「マモル! 最近御玉町でシューター狩りが出没するらしいぜ! 大事なソウルシューターを奪う奴等なんて許せないよな! 俺とマモルで捕まえてやろうぜ!」

 

 少しだけ……嗜む程度になら……

 

「ふん、お前がソラの言っていた田中マモルか。初心者の癖に中々やるらしいな……抜け、俺とシーサーペントが見極めてやる。お前にBB団と戦う資格があるのかをな……」

 

 えっ? 悪の組織? 実在するの!? 

 

「助かったぜソラ、カイ、マモル。俺の名前は百地リク、お前達と同じでBB団と戦ってるんだ。これからは協力して奴等の野望を阻止しようぜ」

 

 いやいや、戦わないよ? 

 

「マモル! カイ! リク! 今日から俺達はチームだ! チーム名はミタマシューターズ! 御玉町をBB団から守って! 目指すは全国大会優勝! その先の世界大会優勝だ! やってやろうぜ!」

 

 あっ、あの……僕は……

 

「くっ……俺達の負けだ、ミタマシューターズ。お前達のシューター魂が心に響いたぜ……もうダークシューターを使うのは止めるよ、ライジングサンズは1からやり直しだ……また俺達と戦ってくれるか?」

 

 あっ、あっ……シューター魂って何? 

 

「やるわね、ミタマシューターズ。ランキング3位である私達ホーリーエンゼルスと引き分けるなんて……あなた達にならこの町を任せられる。BB団の魔の手は全国各地に広がっているわ、協力して頂戴、シューター界に巣食う奴等を一掃しましょう」

 

 えっ……あれ? 

 

「くっ、BB団の奴等め……御玉町にどんどんソウルワールドを拡げてやがる。このままじゃ御玉町は奴等の思い通りに作り替えられてしまう……」

 

 わー、大変だー。

 

 

 

 おかしい、何かがおかしい。この御玉町に引っ越して来てから修行よりも危険な日々が始まってしまった。

 

 どれだけ逃げても追って来てシューターバトルへと僕を誘うソラ君。孤高のクールキャラ気取りの癖にやたら僕達に絡んでくるカイ君。町のトラブル案件を持ち込んで来ては解決方法を僕に求めて来るリク君。

 

 そして、シューター狩りに始まり、強いソウルの持ち主の誘拐、後遺症が残る違法なソウルシューターのばら撒き、公共施設への襲撃と破壊などやりたい放題のBB団。

 この悪の組織のせいで治安最悪の御玉町、生き抜く為にシューターバトルの腕前がメキメキと上達してしまった。自衛の手段がないと恐ろしくて町を出歩けない。

 

 さらに、いつの間にか結成され、僕もメンバーに数えられてしまったミタマシューターズ。活動目的が全国大会優勝とBB団の壊滅のせいで忙しくて堪らない、毎日毎日シューターバトルだ。

 町のシューター達も何故か僕達に期待するもんだからBB団の情報がどんどん入って来る。BB団も僕達の事を認識していて、割と頻繁に襲撃して来るからたまったものではない、最後の方は週三で襲撃して来た。

 

 選択を誤った……ソラ君が余りにもしつこいから根負けしてシューターバトルに手を染めてしまったのが間違いだったの? 

 護身術程度に、嗜む程度になら……何て軽い気持ちがこの惨状を招いた。信念を貫くべきだった。気付いた時には抜けられないソウルシューターの沼にどっぷりと浸かっていた。BB団に僕の顔が割れており、下手にチームを離れる方が危険なので抜ける事も出来ない。ソウルシューターを始めさえしなければ……

 

 

 安全と安心とは程遠い1年間だった。小学2年生なのに町内の平和を守るために身を粉にして戦い抜いた。

 

 

 そして年が明けた元旦、せめて三ヶ日ぐらいはソウルシューターの事は忘れ、コタツに入ってゆっくりと過ごそうと決意していた僕の元へ凄まじい地響きと轟音が届いた。

 しばらくすると、庭先に飛び込んで来る3人の人影が見える。せめて玄関から来てくれ……

 

「大変だぜマモル! BB団が御玉町の地下に眠っていた空中要塞を浮上させた!」

「町中がソウルワールドと化している! 玉造博士は本気だ! 遂にムーンアタック計画は最終段階ヘ移行した!」

「行こうマモル! 空中要塞が成層圏へ到達する前に! 今ならまだ間に合う! 俺達でBB団の計画を阻止するんだ!」

 

 駅伝見てからじゃ駄目かな……

 

 

 

 

 

「ハハハハハ! 見よぉ! 御玉町のソウルワールドがソウルへと変換されて行くぅ! メルクリウスがこの土地のソウルを奪い尽くすぅ! そしてこのソウルの塊を月へと放つのだぁ! そうすれば月は粉々に砕かれて地球へと降り注ぐぅ! 我が野望が実現する時が来たのだぁ!」

 

 美的センスを疑うヘルメットを被った白衣の老人が、高笑いしながら正気を疑う発言をしている。

 狂人の戯言と切り捨てたいところだが、上空に集って行く光の塊を見せられては信じざるを得ない。物凄いソウルの波動を感じる。

 

「ふざけるな! そんな事はさせないぞ玉造博士! 御玉町は俺達4人が守る!」

 

 いいね、流石だ。主人公らしい発言だよソラ君。

 でも、4人じゃなくて3人だ。僕を頭数に入れないでくれ。

 

「その通りだぜ! みんなが切り開いてくれた道を無駄にはしない! あんたの野望は俺達が止めてみせる!」

 

 今、僕達が最終決戦っぽい雰囲気を醸し出しているこの場所は、御玉町上空に浮かぶ“空中要塞マキュリイ”だ。

 どんどんと浮上を続ける要塞に不安を覚える。どうやって地上に帰ればいいんだ? 

 

 リク君の言うとおり、今まで倒して来たモブ達が「ここは俺達に任せて先に行け!」とか始めるから流れでここに辿り着いてしまった。

 僕もモブに混ざり、地上で迫りくる雑魚敵軍団退治に参加しようとしたのだがソラ君に腕を引っ張られてここまで来た……最終決戦になんて参加したくなかったのに……

 

「ミナト! いつまで操られているつもりだ! いい加減目を覚ませ! お前とメルクリウスはそんな事を望んでいないはずだ!」

 

 カイ君が黒いオーラを撒き散らしながら浮かぶ仮面の少年に声をかける。彼の兄弟らしい、玉造博士に洗脳されてラスボスをやらされている哀れな少年だ。

 残念だけどカイ君の声掛けは無駄だろう。今も「うぅッ……」とか言って洗脳に抗っている水星少年だが、どうせ戦う羽目になるのだ。

 

 ああいう闇落ち状態から救い出すには一度バトルで打ち破るのがお決まりの流れだ。勝ちさえすれば仮面が割れて正気に戻る。君達主人公チームのシューター魂が水星少年の正義の心を取り戻してくれるはずだ。

 

「無駄だぁ! コイツはもはやキサマ等の知る水星ミナトではなぁい! 私の野望を叶えるために、冷酷無比で完璧なシューターマシーンと化したのだぁ! キサマ等の声など届きはしなぁい!」

 

 いや、声に反応して苦しむリアクションしてるじゃん……とは突っ込まない。下手に発言してこの場で目立つの悪手だ。極力大人しくしておこう。

 

「そんなことはない! ミナトは今も戦っている! もう一人の自分と心の中で戦っている! バトルを通じてキズナで繋がった俺達には分かる! そうだよな!? マモル!」

 

「えっ!? ……あ、ああ! その通りだよソラ君!」

 

 びっくりした……急に話しかけないで欲しい。あの頭のおかしな博士に目を付けられちゃうだろ? 僕を目立たせないでくれ。

 

「ふん! 頭の悪いガキ共めぇ! これ以上キサマ等に構っている暇などないわぁ! やれぇい! シャドウ共よぉ!」

 

 博士の号令と共に地面に影が広がり、中から人型の黒い塊が次々と飛び出して来る。博士と水星少年は浮遊しながら要塞の上の方へと移動して行った。

 

 ん? これは……チャンスだ! ここでやるしかない! 

 

「シックス・オン・ワン!」

 

 腰のホルダーから愛機“ピース・ムーン”を抜いて技名を叫ぶ。クソダサくて恥ずかしいけど我慢して叫ぶ。

 

 銃声にも似た音が1つだけ響く、音と共に倒れ伏して消えて行く6つの黒い影。

 僕が実際に放ったソウルの弾丸は6つ、必死に練習した早撃ちは6つの音が1つに重なる領域まで到達した。

 

 そしてこの技術は必殺技へと昇華したのだ。だからこそ技名を叫ぶ必要がある。そういう決まりなのだ。実際に技名を叫ばないと上手く発動しないのだからしょうがない、世界の法則には逆らえない。

 

「ここは僕に任せて先に行ってくれ! シャドウは僕が引き受ける! 君達は博士達を追え!」

 

 雑魚の相手をしていた方が安全だよね。一撃でビルに風穴を開ける様なラスボス(仮)の相手なんか絶対にイヤだ。

 水星少年の操るソウルシューター“メルクリウス”はもはや玩具ではなく兵器だ。僕の紙の様な防御のソウル体ではひとたまりもないだろう。

 

 ああいう危険な相手は君達が対応すべきだ。おそらく主人公である君達なら絶対に勝てる。ピンチになっても覚醒して勝利を掴めるだろう。今までもそうだった。

 

 だってこの世界は子ども向けホビーアニメのはずだ。主人公達の敗北エンドなんてあり得ないだろう? 

 

「マモル!? いくらお前でもこの数のシャドウの相手は無理だ!」

「そうだ! 一緒にシャドウ達を片付けてから進もう!」

「勝手な事を! 力を合わせる強さを教えてくれたのはお前だろう!」

 

 実に素直な反応を返してくれる、上から順番に空杜ソラ君、百地リク君、水星カイ君だ。

 推定主人公であるソラ君を中心とした3人組は、小学2年生らしく実に素直で優しい心の持ち主だ。

 

 でも、心配はいらない。この影法師みたいなシャドウ達の動きにはパターンがある。散々戦ったから熟知している。確かに数百体はいるのは少し厄介だけど、所詮は決められた動きしか出来ない人形みたいなものだ。それさえ理解していれば無傷で勝利する事は容易い。僕はスピードには自信がある。回避行動にも定評がある。

 だから、無傷かつ、時間をたっぷりかけて勝利してあげよう。その間に君たちで操られた水星少年を倒して博士の野望を打ち砕いてくれ。

 

 そもそも僕が最終決戦の舞台である空中要塞にいるのがおかしい、ラストバトルは君達3人で飾るべきだろう。名前的にも陸海空で3人一組のはずだ。僕が混ざっている現状がおかしい。

 

「時間がないんだ! 博士を止められなければ御玉町が大変な事になる!」

 

 自分で言っといて何だけど、実際にどう大変なんだ? ソウルとかいう謎エネルギーが奪われた土地はどうなる? このソウルワールドとかいう謎空間が消える……あれ? 特に支障はないんじゃ……

 

「くっ、確かに御玉町のソウルが全て奪われたら、ここはシューターバトルが二度と出来ない土地になってしまう……」

 

 あ、それは割とどうでもいいな。もしかしてそこまでデメリット無い? 放置してもいいんじゃないかい? 

 

「ああ、それに博士はメルクリウスで月を破壊するって言ってたぜ! そんな事されたら御玉町どころか世界が危ねえ!」

 

 そうだ! そういえばそんな事も言ってたよ! 正直月を壊すとかは眉唾だけど放置するのは不味いよな!? 月が壊れたら地球が大変だよ! ひいては僕の身が危険だよ! 

 

「だけど、せめて誰かもう1人残って一緒に……」

 

 おい! そんな事されたら雑魚戦が手早く終わっちゃうだろ! 

 

「みんな! 僕を信じてくれ!」

 

「マモル……だが……」

 

 頼む! さっさとラストバトルに行ってくれ! 

 

「一緒に戦うだけが力を合わせる事じゃない! 離れていてもそれぞれが全力で役割を果たす! それもチームワーク! 僕達のキズナの力だ!」

 

「それも……キズナの力?」

 

 よし! いい感じの反応だ! 

 

「ああ! コイツ等を全滅させてから必ず君達に追いつく! だからこの場は僕に任せて先に行ってくれ!」

 

 不吉なセリフを2回も言っちゃったよ。まあ死亡フラグなんてホビーアニメには適用されない、むしろ生存フラグのはずだ。

 

「わかったぜマモル! 信じてるからな!」

「必ずだぞマモル! 待ってるからな!」

「ミナトもお前を待っている……俺もな、死ぬなよマモル」

 

 走り去っていく3人……よっしゃ! 説得成功じゃオラァ! 

 

 3人を追いかけようとするシャドウ達、そうはさせない。

 

「シックス・オン・ワン!」

 神速の抜き打ち、6つの弾丸がシャドウを撃ち抜く。ソウルシューターをホルダーにセットした状態じゃないと使えないのが玉にキズだ。

 

 この場には僕しか居ない、恥ずかしい必殺技名を思いっ切り叫べる。何時もはギャラリーが多いから嫌なんだよね。

 

「クイックドロウ・ワルツ!」

 踊る様なステップで乱れ撃つ。華麗な足捌きで相手の攻撃を避けながら撃つ。翻弄する様に撃つ。

 

 鈍い、鈍すぎる。やはり雑魚の相手はいいね。自分より弱い相手とは安心して戦える。

 

「フラッシュ・バレット!」

 発砲時に謎の発光をする弾丸が相手を襲う。なぜ光るのかは僕にも分からない。目眩まし兼ねたナイスな技だ。

 

 このまま急ぎ過ぎず、彼等の決着が付いた頃にゆっくりと到着しよう。それなら約束は破った事にならない。

 

「ミラージュ・バレット!」

 発射した弾丸が増殖する意味不明な技だ。どういう原理だこれ? 疑問は残るが多数を相手どるのに便利だから気にしない。

 

 うーん、雑魚相手に無双するのは気持ちいいなあ……ストレス発散に丁度いい。人の形をしているのもナイスだ。

 

「ファントム・バレット!」

 発射した弾丸が幻影によって無数に分裂、さらに具現して敵を襲う。正直ミラージュ・バレットと効果が被っている。

 

 あぁ〜確実に勝てると分かっている勝負は楽しいねえ。やっぱりこの世で1番尊い物は安心だよ。大丈夫だと分かっている心の平穏こそが人間の1番の幸福だ。

 

「ムーン・バレット!」

 黄金の輝きに包まれた弾丸が相手を貫く、特殊な効果は特に無い。

 

 この戦いが終わればBB団は終わりだろう、もう戦わなくて済む。なんで小学生が悪の組織と戦わなきゃいけないんだ? おかしいよね? 国や警察はどうした? 

 

「エクリプス・ゼロ!」

 何故か周囲が暗くなるのでその隙に乗じて相手を撃つ、最終奥義なのに卑劣な技だ……

 

 まったく、何がソウルワールドだよ。痛みを伴うホビーバトルなんて狂気の沙汰だ。これが終わったら2度とゴメンだね。オモチャは平和的に遊ぶべきだ。

 

 

 

 結構経ったなあ……そろそろかな? 

 

「うおおォォ!! ブルースカイ・シュゥートオォォ!!」

「あああァァ!! メルクリウス・シンドロームゥゥ!!」

 

 おっ、聞こえる聞こえる、ソラ君と水星少年の必殺技同士の激突だ。衝撃がここまで響いてくる。

 しかし、声の大きい奴らだ。小学生らしく元気があって大変よろしい、必殺技は大きい声で叫ぶ程強くなるからね。

 

 さーて、ぼちぼち要塞の屋上まで向かいますか。

 

「マキシマム・バレット」

 僕の手が自分でも引くほど高速で動き無数の弾丸を乱れ撃つ、雑魚殲滅用の必殺技だ。

 

 残った数十体のシャドウ達に必殺技で止めを刺す。時間稼ぎは終わりだ。つまらぬものを撃ってしまったぜ。

 

 おっ、忘れる所だった。苦戦した様に見せる為に地面に転がって服を汚して……顔も少し汚しておくか、綺麗なままじゃ不自然だもんね。

 

 

 

 わざとらしい位に息を切らせて走る。無駄に凝った構造の空中要塞内部の階段を駆け上がって行く。

 精一杯たどり着いた事をアピールするためにハァハァと肩で息をしながら空中要塞の屋上へと到達する。思ったよりも階段が長くて普通に疲れた。もはや演技ではない。

 

 さーて、そろそろ博士をふん縛ってる所かなぁ……あれ!? ソラ君達が倒れてる!? えっ!? 負けたの!? 嘘だぁ!? なんでぇ!? 冗談だろぉ!? 

 

「ほぅ……ネズミが残っていたか……あれ程の数のシャドウ達を倒すのは大したものだが……くくっ、満身創痍のようだなぁ! ダメージは負ったが私のミナトとメルクリウスは健在だァ! やれぇ! 残った邪魔者を始末しろぉ!」

 

「……了解」

 

 了解じゃねーよ! こっち来んな! 

 

 ん? ソラ君達との戦いでダメージは受けてるな……弱ってる今なら僕でも勝てるか? ラストアタック貰っちゃう? 美味しい所だけ頂いちゃうか? 

 

「シックス・オン・ワン!!」

 

 あっ、ダメだ……僕の放ったソウルの弾丸は、水星少年が纏う闇っぽいオーラに容易く阻まれて、豆鉄砲の様に蹴散らされる。

 

 ……いや、分かっていたよ? だってソラ君達の機体はパワーアップイベントが2回ずつあってソウルシューターが進化したのに比べて、僕の“ピース・ムーン”は初期のままだったからね。

 僕の愛機には彼らと違って精霊っぽい謎生命体も宿っていない、ソラ君達が必殺技を放つと鳥とか虎とか蛇が出てくる。不公平だよな……

 

 根本的に攻撃力が違うんだよ、こうなるのが分かっていたから雑魚だけを相手したかった。

 

「あぁ……マモル君……うあぁぁ!! メルクリウスゥゥ!!」

 

 水星少年が狂った様に僕へとソウルの弾丸を放ってくる。全神経を集中させて何とか全て回避する……危ねぇ!? 

 

 僕が回避した弾丸がビルを貫通しながら地上へと降り注ぐ……うわぁ……玩具に持たせていい威力じゃない。

 ソウルワールド内の町並みは破壊されても現実には影響を及ぼさないし時間が経てば再生する。だけど肝の冷える光景だ。

 

 こんな殺人シュートに一発でも被弾したらたまったものではない、想像を絶する痛みが僕を襲うはずだ。ソウルワールド内でのダメージは生身の肉体へ痛覚を伴いフィードバックされる。この威力じゃ痛みだけでは済まないかもしれん。

 

 くそ、どうする……僕はどうすれば……そうか! 分かったぞ! 

 

「目を覚ませミナト君! 心の中で君もメルクリウスも泣いている! 僕には分かる! 君達の望みは他にあるはずだ! シューター魂を思い出せ!」

 

 まずは水星少年の攻撃を回避しながら言葉で揺さぶる。ちなみにシューター魂が何なのかは僕もよく分からない。それでもいい、とにかくそれっぽい言葉を投げかけるのだ。少しでも水星少年が正気を取り戻してくれる事に期待する。

 

「ソラ君! リク君! カイ君! 立ち上がってくれ! 僕は……御玉町のみんなは! 君達を信じている! だから立ち上がってくれ!」

 

 頼むよ……本当に頼むよ……一度負けそうになってから仲間の声援によって復活! そして逆転大勝利! そうだろ!? そういう展開だろ!? 僕の為に立ち上がってくれ! 

 

「見苦しく足掻きおって! 無駄だぁ! もはやそいつらには欠片程のソウルも残ってはいなぁい! 立ち上がる事などあり得ん!」

 

 おっ? 今の発言はフラグじゃないか? これなら行ける! そろそろ格好いいOPアレンジが流れてもおかしくないぞ! 

 

「んん!? 何だこの光は……馬鹿な!? 奪い尽くしたはずの御玉町からソウルが流れてくるだと!? あり得ん! あり得んぞぉ!?」

 

 おお! 地上から光の玉状のソウルがこっちへやって来る! 地上のみんなの信じる気持ちとかその他諸々が奇跡を起こした! 

 

 やったぜ! 正義は勝つ! これはソラ君達が光に包まれて復活するパターンだ! しゃあ! オラァ! 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 長いな……空中要塞の高度が高すぎて、光がソラ君達へ集まるのが遅い。もうちょっと速く飛べないのかな……

 

「はっ!? 何をしているミナト! 今の内にそいつ等を始末しろ! その忌々しい光を奴等に到達させるな!」

 

「うっ、うぅ……り、了解」

 

 おい! 空気読めよ博士! 大人しく光を見てろよ! 

 

「駄目だミナト君! 止めてくれ!」

 

 メルクリウスから放たれる弾丸を必死に逸らす、真正面からぶつかっても防げない。角度を付けた弾丸を複数当てて軌道を逸らす。

 

「くっ、邪魔をしおってぇ! そいつから先に始末しろぉ!」

 

 メルクリウスからドンドンとソウルの弾丸が放たれる。それを必死に防ぐ、自分にもソラ君達にも当たらないように全力で逸らす。

 

 うぅ、不味いぞ。このままじゃジリ貧だ……根本的なパワーに差があり過ぎる。何か方法は……

 

「何をもたついているミナト! 洗脳が解けかけているのか!? くそ、仮面の制御にソウルの出力を回して……」

 

 博士が手元のコンソールをカタカタと操作し出した。

 

 おっ? 猛攻が止んだ……黒いバリアーも消えてるぞ? これはチャンスだ! 今の内にあの仮面を剥ぎ取ってやる! 

 

「ファントム・ステップ!!」

 幻影と残像を発生させつつ相手の後ろに回り込む移動専用の必殺技だ。相手の背後をとって舐めプするのは凄く気持ち良いぞ。

 

「なっ! 後ろだミナト! 吹きとばせぇ!」

 

 遅い! 背後から水星少年の仮面を鷲掴みにする。

 

「おっ!? おおおおぉぉ!? えっ!? えぇ!? なにこれぇ!?」

 

 ビリビリするよ!? すっごいビリビリする!? 何だコレ!? 何だコレ!? 手が離れねえぞコレ!? どうすんだコレ!? 

 

「あぁっ!? だめ……マモル君……手を離さないと、取り返しのつかない事に……うぅっ!?」

 

 えぇ!? 何だよ取り返しのつかない事って!? 離れないんだよ手が!? ビリビリして手が硬直して離れないんだよ!? 

 

「ミナト君! 頼む! 負けないでくれ! 目を覚ましてくれぇ!!」

 

 早くしてくれぇ! 取り返しの付く内に僕を助けてくれよ!? お願いだよぉ!? 

 

「ま、マモル君……僕は、僕は……うわぁぁぁ!!」

「うぎゃぁぁ!?」

 

 痛い!? すっごく痛いよ!? 何だこりゃ!? 何だこりゃ!? めちゃくちゃ痛えぞ!? 大丈夫な痛みかコレ!? 後遺症とか残る痛みじゃないの!? 

 

 痺れと痛みで意識が朦朧もする。だけど手は仮面から離せない、離したくても手放せない。手がピクリとも動かない。

 

 痺れは足にまで回り、姿勢を維持出来なくなる。ミナト君にもたれかかる様に身体が倒れて行く。意識も薄らいで行く。

 

 霞む視界の端に見えた。光に包まれたソラ君達が立ち上がる姿が。遅いよ……復活まで長すぎるよ……Aパート丸々使ってない? 

 

 意識が闇に沈んで行く、記憶の中の前世の最後と似ている。死を想起させる恐ろしい感覚……そのはずだ。

 

 だけどあの時程怖くない、何故だろう? 暗闇に沈んで行くのに不安と孤独が薄い。寒さと冷たさがそれほどでもない。

 

 ミナト君の体から伝わる温かさのおかげ? ソラ君達が側にいるのを知っているから? 

 

 分からない……だけど不思議と悪い気分はしなかった。

 

 



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颯爽退散!! ミタマシューターズよ永遠に!!

 

 

 明るい……もう朝かな? あれ? 僕は何してたんだっけ? 

 

 うっすらと見える知らない天井、腕に繋がれたチューブ、何だこれ? 

 

 ここは……病院か? 近くに人の気配を感じる……あっ、父さんと、母さん? 僕の負傷を聞いて駆けつけて来たのか? 2人は僕が目を覚ました事に気が付いていない。

 

 あー? 声が出ない? 身体も動かないぞ? 何だこりゃ? 

 

 あっ、母さんがリンゴを剥いている……相変わらず危なっかしい包丁使いだ。家事全般が下手くそなのは変わっていない、リンゴが見るも無残な姿に切り刻まれている。

 

「だから言ったのです、御玉町は危険だと。この町のソウルの傾向はシューターに偏り過ぎている。こういう極端な地は邪悪な企みの温床になりやすい」

 

 えっ、そうなの? 確かにやたら治安の悪い町だと思ってたけど……土地その物の問題だったのか。

 

「だが、マモルはこの町で成長した。シューターバトルを通じて友達を作り、正しいソウルで悪の企みを阻止した……僕達の息子は強くて優しい子に育ったよ」

 

 だが、じゃねーよ父さん。子供は危険から遠ざけてくれ、感動してる場合じゃねーぞ。

 

「成長している事も問題です、これ以上この土地に留まり続ければマモルは……」

 

 ぼ、僕は? どうなるの? 御玉町は何かヤバイのか!? 御玉ウイルスとか!? 御玉町症候群とか!? 

 

「分かっている。でも、2年生が終わるまではこの町で過ごさせてあげたいんだ。マモルはとても楽しそうに彼等とシューターバトルをしていた……いきなりお別れは辛いだろう」

 

 いやいや、僕の身が危険なら引っ越そうよ! 父さんの目は節穴だよ! ソラ君達が嫌いな訳じゃないけど、自分の身の安全の方が大事だよ! 

 

「そうですね……やはり私は母親失格です、そういった事に考えが及ばない。マモルにも、マモリにも、辛い思いばかりさせている……きっと私を恨んでいるでしょうね」

 

 自覚があるなら修行の強要はやめてくれ、それ以外は別に恨んではいないよ母さん。ちょっとクレイジーだとは思ってるけどさ。

 

「僕も同罪だよ、だけどこの子達の未来を思えば必要な事だ。耐えなくちゃいけないんだミモリ」

 

 そう言って、母さんの肩を抱いて慰める父さん。

 

 おい、いちゃつくなら別室でやってくれ。両親のそういう部分は見たくないっす。復縁するのを反対はしないけど……

 

 くそっ! 動け僕の体! このままだと両親の湿っぽい絡みを見せ付けられてしまう! そんな性的嗜好はない! 動いてくれぇ僕の身体よぉ! 

 

 ピーっと機械音が部屋に響く、何だこの音は? 

 

「この反応は! 意識が戻ったのかマモル!」

「マモル!? 痛む所はない!?」

 

「い、いちぁゃ……つぅ……」

 

 くそ、声が上手く出ないぞ? どうなったんだ僕の身体は? 

 

 

 

 

 

 それから一週間後、僕の身体は問題なく動くようになった。

 

 元通り……どころか前より調子が良い気がする。身体が軽くて動きもキレッキレだ。理由がわからんと不気味だな。

 

 恐らく父さんと母さんが話していた事と関係があるのだろう。

 でも、いくら問い詰めても教えてはくれなかった。時が来たら話すの一点張りだ。クソ親父め、勿体ぶりやがって。

 

 当然、僕の正月休みは入院生活で吹っ飛んでしまった。

 

 入院中、僕の意識が戻った事を聞き付けたソラ君達を始め、次々とシューター共がお見舞いにやって来た。

 お見舞いに来てくれるのは嬉しいけど、彼らはテンション高めで疲れる。入院してた割には気の休まらない日々だった。

 

 そして新学期が始まり、小学校2年生最後の数ヶ月はあっという間に過ぎていった。

 

 不本意ながらシューターバトル漬けの毎日だった。洗脳が解け、新しくミタマシューターズに加わったミナト君を加えて公式ランクを上げる為にバトルの日々だ。

 

 断る事も出来た。最終決戦はソラ君達の大勝利に終わり、BB団は壊滅したからだ。

 身の安全という観点からすれば、僕がチームに留まる理由は既にない。病み上がりを理由にすれば、ソラ君達を説得する事も出来ただろう。

 

 だけど、僕はミタマシューターズを離れる事はなかった。

 

 だって……流石に一年近くも共に過ごせばチームや町に愛着も湧く、最後ぐらいは付き合ってあげようという気分になる。

 

 そう、最後だ。僕は新年度には別の街へと引っ越す。御玉町を去り、別の町の別の学校で新しい生活が始まる。

 

 父さんにそう告げられ、僕も反対せずにそれを了承した。チームの皆や同級生、知り合いのシューターにもその旨は伝えてある。

 

 シューターバトルは確かに痛くて辛くて危険だ。PTAは何をしているんだと、販売中止にしてくれと何度思ったことか。

 

 だけど……だけどほんの少しだけ楽しくもある。仲間達と協力して競い合う日々を少しだけ楽しいとも思えた。

 

 この気持ちをシューター魂と言うのであれば、最後になってそれをようやく理解できたのかもしれない。ほんのちょっぴりだけどね。

 

 まあ、最後だから感慨深くなってそう思うだけかもしれない。終わり良ければ全て良し、そう思いたいが為に錯覚しているのかもしれん。

 

 それでもいい、なんたって最後だからね。

 

 ふふ、新生活が始まれば痛い思いも、命の危険を感じる恐怖も、悪の組織と戦う辛さも味わわなくて済む。

 

 それを思えば、全てを許せる気持ちになるというものだ。解放感から優しくて寛大な心が芽生えた。悟りが開けそうだ。

 

 そして、別れの日はやって来た。数日前にお別れ会は開いてもらったから今日の見送りはチームのメンバーだけ、ソラ君、リク君、カイ君、ミナト君の4人だ。

 

 僕がこの町で過ごした家の前で彼等と向かい合う。父さんには車で待ってもらい、僕は仲間達と最後の挨拶をする。

 

 彼等とはこれが最後かもしれない。小学校2年生の時だけ一緒に過ごした友達との記憶、今は輝いても年月と共に風化していくものだ。

 

 それを寂しくも思っている。嘘ではない、ソラ君達には友情を確かに感じている。命懸けで共に戦えば嫌でも芽生える感情だ。

 

 心の隅でひっそりと、偶に思い出す程度の記憶に変化していくはずだ。このまま一生会う事はないのかもしれない。

 

 でも、それでいいんだ。そういう出会いと別れを繰り返して人は少しずつ大人になっていく……なんてね。

 

 うん、彼等とこれ以上一緒にいたら危険だもんね。セカンドシーズンが始まって新しい悪の組織が湧いて来るかもしれない。

 

 僕は思い出となり、フェードアウトさせてもらおう。最終回にチラッと映るぐらいの出番なら喜んで引き受るよ。

 

「みんな、一年間ありがとう。君達とシューターバトルした日々を僕は忘れないよ」

 

 一生物の思い出っすよ、悪の組織と戦う日々なんて普通じゃないからね。

 君達は主人公っぽいからこれからも体験するかもしれないけど……まあ頑張ってくれ、引越し先から応援してる。

 

「マモル……俺も忘れないぜ! お前と過ごした一年間は楽しかった! 引っ越してもシューターバトルは続けるんだろ? 次に会うのが楽しみだぜ!」

 

 嗜む程度に続けるよソラ君。御玉町ほど危険なスポットはないはずだからね、普通のホビーバトルなら僕も安心して楽しめる。

 

「こっちこそありがとうだマモル! お前には本当に助けられた、向こうに行っても元気でな! 困った事があったら駆け付ける! 俺達は離れていてもチームだ!」

 

 君が助けざるを得ない状況に持ち込んだからだよリク君……終わった事だから許すけどね。

 

「フッ、お前と協力するのは悪くなかった……達者でなマモル。次に会う時には決着を付けよう、俺もお前も進化したさらなる高みでな」

 

 うんうん、最後までキャラがブレないねカイ君。そのまま真っすぐ健やかに育ってくれると嬉しい。

 

「マモル君……ありがとう。君のおかげで僕とメルクリウスはシューター魂を思い出せた。本当にありがとう」

 

 僕の手を取り、目を潤ませながらしつこい位にお礼を言ってくるミナト君。この子はチームに加入してからというものやたらボディタッチが激しい、小学生ならこんなものかな? 

 それに、なんか触られる度にビリビリする気がするんだよな……空中要塞での恐怖体験が原因か? 

 

「マモル、そろそろ時間だ」

 

 父さんが申し訳無さそうに催促して来る。確かにそろそろ出ないと目的地ヘの到着が真夜中になってしまう。

 

「わかったよ父さん……みんな、またね! 僕達は離れていても繋がっている! 僕達のキズナは永遠だ!」

 

 それっぽい事を言って車に乗り込む、さらば仲間たちよ! さらばミタマシューターズ! さらば御玉町! フォーエバー! 

 

 助手席のミラー越しに手を振っているみんなが見えた。僕も窓から体を乗り出して彼等に手を振る、みんなが見えなくなるまで。

 

 さようならみんな、さようなら御玉町。

 

 

 

 

 

 窓越しに外の風景を眺める。見慣れた御玉町の風景はもう見当たらない。ほんのちょっぴりセンチな気分。

 

「マモル……すまない、ソラ君達と別れるのは辛いだろう」

 

 父さんがポツリと呟く、確かに寂しくはあるけどそこまで沈痛な面持ちをされる方が辛い。

 

「うん、ちょっと寂しいかな……でも、新しい町では新しい友達が出来るよ。そう思えば寂しくないから大丈夫だよ父さん」

 

「そうだな……お前は強いなマモル」

 

 うんうん、僕は良い子だなぁー偉いなぁー神様はご褒美を僕に授けるべきだね。宝くじで三億円ぐらい当たらないかな? 

 

「そうだ、お前に渡した鞄の中にケースが入っている。開けてみなさい」

 

 ん? ケースだと? これか、両手に収まる程の大きさのケースだ。

 

 やたら凝った装飾のなされた金属製のケース……あれ、デジャブ? 取り敢えず開けてみるか。

 

「父さん……これは?」

 

 中に入っていたのはオモチャだ。複数のパーツで構成された金属製の独楽……おい、これって……

 

「そのソウルスピナーの名前は“シルバー・ムーン”、お前専用に作られた機体だ。大事に使ってあげなさい」

 

 ベ○ブレードだよコレ、完全にベイ○レードだよこのオモチャ。

 

「ありがとう父さん、大事にするよ」

 

 いや、知っていたけどねソウルスピナー。この世界で大人気のソウルギアは全部で5種類、老若男女誰もが知る一般常識だ。

 普通に生活していれば嫌でも耳に入って来る。御玉町での生活は普通とは程遠かったけどね……

 

 そして、ソウルギアはかなりお高い。1番安い量産品でも十万円近くはするし、こういうオーダメイドの一品物は下手すりゃ高級外車が買えるぐらいのお値段がする。それを知っていると雑には扱えない。

 

 母さんの実家もそうだけど、父さんも割と金持ってんな……土地のソウル傾向を調査する仕事をしているらしいけど、そんなに高給取りなのかな? 

 

「引っ越し先の廻転町ではソウルスピナーが盛んだ。町のソウルがスピナーバトルに特化しているからな、それで同級生とスピナーバトルをすれば新しい友達もすぐに出来るだろう、お前なら大丈夫だ」

 

 なんだろうこの胸騒ぎは……凄く嫌な予感がする。新しい町への警戒心がビンビンだ。

 

「へ、へえー楽しみだなぁ……」

 

 いや、御玉町みたいに治安の悪い町が他にあるはずがない。僕の不安は杞憂に終わるだろう。

 

 大丈夫、大丈夫だ…………大丈夫だよね? 問題ないよね? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マモル君の乗った車が見えなくなる。次に会うのは何時になるだろう。

 

「行っちまったな……マモルが居ないと寂しくなるぜ」

 

 ソラ君が普段の明るさを潜めて呟く、それほどに彼の存在は大きかったのだろう。

 

「らしくねーなソラ、しけた顔してたらマモルに笑われちまうぜ! リーダーのお前がそれじゃあチームの調子も狂っちまうよ」

 

「そうだな、何時もやかましいのがお前らしさだ。アイツの抜けた穴は大きい、腑抜けている暇はないぞ」

 

 リク君と兄さんが憎まれ口を叩く、これが2人なりの励ましなのだろう、自分に言い聞かせているようにも感じる。

 

「……その通りだぜ! 俺達とマモルは離れていても繋がっている! 力を合わせること! 諦めないこと! 信じること! 全部アイツが教えてくれた! 相棒の俺が忘れちゃ駄目だよな!」

 

 ソラ君の顔に笑顔が戻る、その口振りには僕の知らない彼との付き合いの長さが感じられた……ちょっと妬ましい、ソラ君は僕の知らないマモル君を知っている。

 

「そうそう、俺達ミタマシューターズはもう少しでAランクに昇格だからな! これからが正念場だぜ! 今年中に昇格すればジュニア部門で最年少のAランクチームだからな!」

 

「そうだな……だが、Aランクからは個人戦だけでなく集団戦がランクバトルに加わる。チームメイトの増員は不可欠だ。最低でも後2人は欲しい」

 

 1つのチームの最大所属人数は10人、シューターバトルにおける集団戦では最大6人同時に出場する事が出来る。

 だからこそ最低でも2人、交代人員も考慮すれば5人は必要だ。

 

 6人目は必要ない、マモル君の枠はそのままにする。ソラ君達も当然そのつもりだ。マモル君と僕達は繋がっている、彼がチームメイトだという事実は僕達を鼓舞してくれる。1つの枠を潰すくらいデメリットになどならない。

 

 特に、僕とマモル君の繋がりは特別だ。空中要塞で彼が僕を解放してくれた時に僕は運命に気付いた。マモル君と僕は結ばれる運命にある、メルクリウスもそう考えている。

 

「それにプラネット社の開催するスペシャルカップが3年後に開催されるだろ? あれのエントリー条件は国内でAランクの上位6チーム、今からガンガンポイントを稼いでもギリギリだぜ? 立ち止まってる暇はねえよな」

 

 僕達とマモル君は必ず再会する。強いソウルのキズナで結ばれた僕達は必ずまた巡り合う。僕達がシューター魂を失わない限り、それは約束されている。

 

 その時に、マモル君にガッカリされないように高みを目指さなくてはいけない。

 各国の猛者も集うスペシャルカップは僕達の再会に相応しい舞台だ。ちゃんと場を整えておこう。

 

「うん、そうだね。僕もメルクリウスも頑張るよ! みんなで一緒に強くなろう! 次にマモル君と会うときにガッカリされないようにしなくちゃ!」

 

 マモル君の抜けた穴は大きい。精神的にも、戦力的にも両方だ。

 

 2つ持っていれば、シューターとして1流と言われる必殺技を10個以上も使いこなすマモル君。

 機体に妙な制限がなされており、ソウルシュートの威力こそ低いが彼は天才的なシューターだ。

 

 特に多彩な技の数々による対応力は凄まじい、敵として戦っていた僕にはよく分かる。

 追い詰めたと思っても何時の間にか窮地を脱され、逆転のチャンスを作り出す彼は相対するシューターにとっては非常に厄介だ。

 

 だからこそ、戦場でソラ君達も彼を頼りにしていた。味方にすればこれ程頼りになるシューターはいないだろう、彼が味方を活かす為に動けば勝利ヘの道筋が導き出される。

 

 他人を信じる事がなかった兄さんですらマモル君に魅了された。他人と力を合わせるという行為の偉大さを学んだ。協力と言う武器の強大さを理解した。 

 

「ふっ、やる気だなミナト。マモルが居なくなって消沈するかと思ったが無用な心配だったな」

 

「うんうん、やっぱりカイはミナトには優しいよな? 普段はツンツンしてる癖に……やっぱり妹は特別か?」

 

「カイみたいのはブラコンって呼ぶらしいぞ! マモルがそう言ってたぜ!」

 

「違う! シスコンだ! ん、いや違う!? シスコンでもない! マモルの奴め、妙な勘違いを……」

 

「ふふ、しょうがないよ兄さん。男の子の格好しかマモル君には見せてないからね、マモル君は悪くないよ」

 

 父親に強要された煩わしいこの格好、兄さんの双子の弟として振る舞う様に父に厳命されている。僕の本意ではない。

 でも、マモル君と過ごすのには丁度良かった。同性の方が彼と触れ合ってもおかしく思われない、触れる度にビリビリと運命を感じる素敵な時間を過ごせた。

 

「はぁ……何が一族の役目から逃れる為だ。父さんもミナトにおかしな事をさせる」

 

 うん、本当に窮屈だった。常に自分を偽らなくてはいけない毎日、息苦しくてしょうがなかった。

 

 だからこそ、あの仮面を受け入れて悪のソウルに心を委ねた。抗う事は容易かったけどあえて抵抗はしなかった。

 

 欲望のままに、囁かれるままに、促されるままに、窮屈で息苦しいこの世界を壊したかった。全てをメチャクチャにして終わりにしたかった。

 

 今でもそう思っている、僕の破壊衝動は消え去った訳じゃない。破壊衝動よりも大きな衝動を、私が本当に望むべき物を見つけたから気にならなくなっただけだ。

 

 それはもちろんマモル君だ。

 

 仮面を被らずに出逢った初めての時、敵として何度も戦った時、空中要塞で私に触れてくれた時、私の中のちっぽけな世界がまとめて吹き飛ぶ様な衝動がぶつかる度に膨らんでいった。

 

 これは運命だ、そして宿命だ、さらに必然だ、なので当然だ。

 

 僕はこの衝動を感じる為に生まれてきた。僕はこの痺れを感じる為に生まれてきた。僕はマモル君に巡り合う為に生まれてきた。

 

 僕とマモル君はソウルに導かれて惹かれ合った。間違いない、メルクリウスもそう言っている。

 

 マモル君と別れるのは寂しくて堪らない、悲しくて堪らない。

 

 だけど大丈夫、僕とマモル君は必ず再会できる。僕達は再び巡り合う。

 

 メルクリウスが教えてくれる。水星の意思が僕を導いてくれる。

 

 僕はそれを信じている。待っていてねマモル君。

 



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ソウルスピナー編
爆発回転!! ソウルスピナーズSS!!


 

 

 説明しよう! ソウルギアとは! ソウルと呼ばれる不思議エネルギーを動力源にして可動する道具の総称だ! 

 

 ジュニアにはホビーとして大人気! 大人には競技として、趣味や嗜みとして、護身用の携帯火器としても大人気だ! 

 

 世界各国の軍や警察等の治安維持組織でも正式に装備として採用されており! テロリストや悪の組織の間ではリミッターを解除され兵器として大活躍だ! やったぜ! 頭おかしいぞ! 

 

 ソウルギアは基本的にソウルコアを核として複数のパーツで構成されている! 

 

 ソウルコアはソウルの吸収と変換と放出が出来る特殊な鉱石を加工して作られた謎の球体だ! プラネット社のみが生産できる解析不可能のブラックボックス! 怪しさムンムンだね! 

 

 パーツはソウルの伝導率に優れた様々な金属等の素材で作られる! これはプラネット社だけではなく様々な企業や個人が作成と販売をしている! 

 公式の規格とレギュレーションはもちろん存在するが、違法なパーツが闇に出回っているぞ! BB団もばら撒いていたね! 名前にダークって付くと使いたくなるよね! 

 

 みんな大好きソウルギアは亜種もあるが基本は5種類だ! 

 

 ソウルを弾丸にして放出するソウルシューター! 

 ソウルを回転させて力場を発生させるソウルスピナー! 

 ソウルを糸に変化させて繋がるソウルストリンガー! 

 ソウルを蓄えて意のままに操作できるソウルランナー! 

 ソウルを変換して魂魄獣を生み出すソウルカード! 

 

 どのソウルギアも激アツで激ヤバなホビーだ! 

 

 ソウルバトルはどれも相手のソウル体を破壊するのが勝利条件! 野蛮でバトル脳すぎるぞ! 超エキサイティング! 

 

「マモル! SS団の奴等が東小学校で暴れているらしい! 急いで倒しに行こう! 俺達の正義の炎で焼き尽くしてやる!」

 

「マモル君、ダークスピナー使いを捕まえたよ。どうする? 尋問するかい? 昨日ネットで知ったKGB流の良い尋問方法があるんだけど……いいかな?」

 

「マモル殿! SS団が西小学校にも現れたそうです、いかがいたしましょう? 他校への妨害用に設置しておいたソウル爆弾を起爆して一掃しましょうか? 準備万端です! ミカゲはお役に立ちましたか? ニンニン」

 

「へへっ……全部俺がやっちまってもいいだろゥ? 許可をくれよマモルゥ、暴れ足りねぇんだァ……」

 

 そして大事なのがソウル体だ! ソウルギアは操者の肉体をソウルに変換する機能を持っているぞ! もちろん肉体を元に戻す機能とセットだ! どこでもドアやワープの話は気にしちゃいけないぞ! 

 肉体の情報は機体に記憶されるからソウル体がどれだけ傷付いても元通り! バトルが終われば生身の肉体には傷一つ残らないぞ! 公式のバトルのみだけどね! 肉体が戻らない可能性のある違法なバトルはやめよう! ルールとマナーを守って楽しくバトルしようぜ! 

 

「くそ! SS団の奴等め! 廻転町の浄水施設に立てこもるなんて! 許せないよなマモル! 俺達で解決しよう! 灰すら残さずに燃やし尽くしてやる!」

 

「どうやって突入しようかマモル君? 囮を使って気を逸らすのが無難かな? この前のダークスピナー使いを呼び出して囮にする? 彼なら何でも言うことを聞いてくれるようになったよ」

 

「マモル殿! 操作室のある本棟へと繋がる地下の共同溝があります、爆破して突破しやすい壁の薄い箇所もバッチリ把握です! 役所に忍び込んで図面のデータを拝借して来ました。ミカゲを褒めてくれます? ニンニン」

 

「へへっ……全部俺がやっちまってもいいだろゥ? 許可をくれよマモルゥ、暴れ足りねぇんだァ……」

 

 廻転町で大人気のソウルスピナー! スピナー同士をぶつけ合うならソウル体は関係ないって思うよね! 

 残念だけどソウルギアと操者はソウルで繋がっている! スピナーが傷つけば操者も傷付く! スピナーがバラバラになれば操者もバラバラだ! 人もソウルギアも平等だね! ソウルギアと操者は相棒だからね! 

 

「俺達カイテンスピナーズも遂にBランク上位だな! でもここからは油断ならない強敵ばかりだ! 頑張ろうなマモル! ライバル達を焼き払ってやろうぜ!」

 

「特に北小の3年生、金星アイジには注意が必要だね、一人だけのチームなのにBランク上位に名を連ねる猛者だよ。北小の生徒と教員は金星アイジの支配下にあるって黒い噂もある。一体どんな方法を……参考にしたいな」

 

「マモル殿! 拙者に北小に潜入する様に命じてください! 金星アイジのデータや弱点! もしくは弱みを握って来ます! ソウル爆弾は既に設置済みです! えへへ! ニンニン!」

 

「へへっ……全部俺がやっちまってもいいだろゥ? 許可をくれよマモルゥ、暴れ足りねぇんだァ……」

 

 スピナーバトルとは即ち力場のぶつかり合いだ! 回転によって発生する力場は操者のソウルによって様々な特殊効果を生み出す! 一人一人固有の能力がソウルによって目覚めるぞ! 才能のある操者じゃないとその領域にたどり着けないけどな! 

 

 特殊能力が生み出せないとBランクを戦い抜くのはまず不可能だ! ソウルによって生み出された特殊な空間同士がスピナーを中心にぶつかり合う光景は圧巻だ! 見てる分には楽しい! 見てるだけならな! 

 

「俺の“ネオ・レッド・フレイムΩ“は空間内に炎を生み出す! 悪い奴らは絶対に許さない正義の炎だ! 燃やし尽くすぜ!」

 

 我らカイテンスピナーズ副リーダーの赤神ホムラ君。

 

 熱血で炎属性と主人公属性の癖に僕にリーダーを押し付けて来た邪悪な奴だ。自覚の無き者……真の邪悪。

 いや、悪が絡まないと良い奴なんだけどね。悪の組織絶対許さないボーイだからな、SS団をソウル体とはいえ躊躇なく燃すヤベー奴だ。

 

「僕の“ネオ・ブルー・アクアα”は空間内に水分を生み出す! 敵を包み溺れさせる変幻自在の悪夢! 愚か者達に思い知らせるよ!」

 

 カイテンスピナーズで作戦立案が得意な青神ナガレ君。

 

 甘いマスクでナチュラルに下衆な作戦を提案する鬼畜ボーイだ。将来DVしそうな雰囲気の小3男児です。

 仲間には優しいけどね、そこが逆に怖いというか何というか……仲間以外は道具として認識してる疑惑のあるヤベー奴だ。

 

「拙者の“ネオ・ブラック・シャドウρ”は空間内に影を生み出します! 影で敵を縛り影の中で止めを刺す忍びの秘伝です! ニンニン!」

 

 カイテンスピナーズで諜報活動が得意な紅一点の黒神ミカゲちゃん。唯一小学生4年生で僕達の一つ年上だ。

 

 思い込みが激しく、自分を忍者の末裔だと思いこんでいる危ない子だ。忍者の癖に独断専行はしょっちゅうだし、実際に忍者としての能力と才能があるから手に負えない。

 やたらとソウル爆弾を使いたがり、女子小学生の癖に国の運営するソウルギア研究所に忍び込み、情報を持ち帰って来るヤベー奴だ。

 

「俺の“ネオ・ホワイト・ライト∑”は空間内に光を生み出すゥ! 全てを飲み込みィ! 敵を焼いて味方を癒やす白き光だァ! 許可をくれよマモルゥ!」

 

 カイテンスピナーズで特攻と回復が得意な白神ヒカル君。

 

 学校での生活態度は真面目で、同級生や教師からの信頼も厚く、僕の家に来る時は菓子折りを必ず持参し、独断専行せずに僕の指示に従ってくれるとても良い子だ。戦闘行動前に必ず許可を求めるのは律儀で偉い。

 チームの良心と言っても過言ではない、精神的にも物理的にも唯一の癒やしだ。バーサークヒーラーだね。

 

「僕の“シルバー・ムーン”は空間内で引力を生み出す! 敵をすっごく引き寄せる! でも……仲間のダメージまで引き寄せるのはバグじゃないかな? おかしいよね……えっ、仕様なの?」

 

 カイテンスピナーズのリーダーを押し付けられた、この僕、田中マモル。

 哀れな転校生、悲劇の男の子、作戦方針は命を大事に、安心安全の安らぎを求めているプリティボーイだ。

 

 最近ソウルスピナーに宿る意志って奴がぼんやりと知覚できる様になって来た。偶に質問に答えてくれる。機体からテレパシー的な物が微かに伝わってくる。

 

 相変わらず精霊っぽい謎生物は顕現しないけどね、他の4人は使いこなしている。他の4人は機体がソウルの光に包まれて進化している、既に2回ずつパワーアップした。

 

 僕のシルバー・ムーンだけ初期機体のままだ。おいおい……酷くない? オモチャ売る気無いよね? 売れ残るぞ? 僕のシルバー・ムーンだけ。

 

 そのせいで僕は攻撃力が低い、代わりに防御力と持久力はそれなりだ。カッチカチやぞ。

 なので、個人戦では持久戦に持ち込みで相手の息切れを狙い、集団戦では敵を引力で引き付けてダメージも肩代わりするヘイトタンクを担っている。

 

 おかしい、おかしいよね? 

 

 平穏なる安心と安全を誰よりも望んでいる僕が1番痛くて辛い思いをするなんて……ヒカル君が回復してくれなかったら僕は死んでいるんじゃないか? 

 

 確かにミタマシューターズでも回避盾みたいな立ち回りをしていた。それでしかチームの役に立てなかったからだ。

 でも、カイテンスピナーズではもっと酷い目にあっている。ヒカル君が治せるから多少の被弾はOKみたいな空気が蔓延しており、幾ら被弾しても大丈夫な盾扱いされている気がする。僕はリーダーなんだよね? 

 

 警戒していたはずなのにこうなった。転校初日が危険だって事は嫌と言う程理解していた。

 だから、クラスメイトヘの挨拶で僕はソウルスピナーが嫌いだって宣言した。

 

 赤い髪のホムラ君が、火属性で主人公体質な事にひと目で気が付いて目も合わせないようにした。話しかけられても塩対応、転校初日に終業と共に自宅に直帰した。

 

 SS団が諸悪の根源だ。廻転町を中心に極悪非道を尽くす悪のスピナー組織であるSS団が全て悪い。二番煎じの癖に腹が立つ。BB団と色々と被ってんだよ。

 

 転校初日の帰り道で僕はSS団に誘拐された。ピース・ムーンで抵抗したが、廻転町ではソウルシューターは思うように操れなかった。

 町のソウル傾向がそこまでソウルギアの運用に影響を及ぼすとはその時は理解してなかった。

 

 30人程撃ち倒した所で敵の幹部っぽい少年にやられてしまった。空間内に薔薇と茨を生み出すスピナー使いで、後にSS団の四天王の一人だと発覚した。道理で強いはずだよ。

 

 

 あえなく拘束され、廻転町内にある奴等の基地の一つに連れて行かれた。

 

 独房には僕の他にも3人の子供が捕まっていた。全員町内のスピナー使いらしく、誘拐されていた割にはやたらと血気盛んな小学生共だ。

 

 そして、しばらくするとホムラ君が僕を助けに基地まで乗り込んで来た。ソウルスピナーを嫌う僕の事が気になって後を付けていたらしい。

 あれ程塩対応をしたのにお人好し過ぎる……というか大人や警察に通報して欲しかった。無策で誰にも知らせずに飛び込んできたらしい。

 

 乗り込んで来たホムラ君は善戦したが、徐々に押されていった。基地にはSS団の四天王4人が揃っており、序盤にありがちな舐めプせずに一斉に掛かってきたから仕方ない。

 

 そのままホムラ君が負けてしまったら、僕は改造か洗脳コース待ったなしだ。

 そう思った僕は、監禁されていた他のスピナー達の牢の鍵を隠し持っていた“シルバー・ムーン”で破壊、それぞれのソウルスピナーを僕が囮になって何とか取り戻し、彼等と共にホムラ君に加勢して四天王を即席のチームプレイで倒して基地を脱出した。

 

 その時の3人のスピナーがナガレ君、ミカゲちゃん、ヒカル君だったのだ。

 

 後日、SS団の凶行に憤慨して意気投合、盛り上がった4人は何故か僕をリーダーとしてチームを結成しようと言い出した。

 

 もちろん僕はスピナー初心者なのを理由に渋ったが押し切られてしまった。説得されてリーダーを引き受けてしまった。

 

 仕事で留守しがちで連絡もろくに取れない父さんはあまり頼れない。この世界の警察は基本的に無能なので信じられない。自身の身を守る為にチームに参加する事自体は必須だったからだ。

 

 ホムラ君も、捕まっていた3人もスピナーとしての素質は疑いようがなく、守ってもらうには丁度良いと考えた。

 

 今にして思えば浅はかな選択だった。リーダーなら後方の安全な所で指示していても大丈夫だと甘い考えを抱いた。

 

 ソウルスピナーの腕前を磨き、自分がスピナーバトルでは防御寄りの戦闘方法が適している事に気が付いた。

 なので、集団戦における僕の動きは、基本的に火力特化な仲間達を活かす為に、彼等への攻撃を防ぐような立ち回りに落ち着いた。

 

 それがいけなかった。真面目にチームの事を考え過ぎて自ら危険な方向へと舵を切ってしまったのだ。固有能力の引力を発現した頃には引き返せない程にチームの方向性は定まっていた。僕というメイン盾がいなければチームが機能しなくなる程に事態は進行していた。

 

 我慢するしかないのか? SS団を壊滅させるまで僕に平穏な日々は存在しないのか? 

 

 カイテンスピナーズは廻転町のジュニアスピナーの間ではかなり有名だ。

 

 SS団と戦っているので感謝と尊敬もされているらしいが、同時に戦闘時の激しさとランク戦での手段を選ばない戦いっぷりから恐れられてもいる。

 この前なんて道ですれ違った見知らぬ中学生に敬語で頭を下げられた。話を聞くと、町の噂ではリーダーである僕の指示で全ての凶行が行われた事になっているらしい。

 ミカゲちゃんが町内の小中学校は大体爆発させてるから悪名が取り返しの付かない事になっている……

 

 派手に燃すホムラ君、敵を精神的に追い詰めるナガレ君、爆裂忍者のミカゲちゃん、良い子だけど戦闘中の発言は苛烈なヒカル君。

 

 彼等にはとんだ濡れ衣を着せられたもんだ。僕が命令しただって? ヒカル君以外はろくに指示なんて聞きやしない。燃やすなって言っても燃やすし、尋問するなって言ってもするし、爆発させるなって言っても爆発させる。

 

 確かに頼りになる仲間ではある。なんだかんだ言っても友達でもあるし嫌いな訳じゃない。

 だけど、取りまとめる身としては胃が痛い、もう少し大人しく暴れてくれないか? 廻転町に引っ越して来て半年以上が経ったが、気の休まらない日々が続く。

 

 そんな事を思いながらコタツに入って駅伝を見る。御玉町のリク君が送ってくれたみかんを食べる……甘くて美味しいなあ。去年は散々な正月だったからなあ。

 

 今日は元旦、お正月の朝だ。偶にはゆっくりのんびり過ごしてもバチは当たらないだろう。父さんは元旦から仕事らしい、勤労には頭が下がる。

 

 さて、モチでも焼いて食うか。今日はきな粉モチの気分だ。暮れに買っておいた切り餅ときな粉……あれ? 砂糖切れてたっけ? 

 

 次の瞬間衝撃を感じた。凄まじい振動と轟音が僕を襲う。

 

 ああ!? 手に持ったきな粉が床に!? 去年買い替えたホットカーペットが……そんなあ、気に入っていたのに……

 

「なんだよ!? ミカゲちゃんが爆発を起こしたのか!?」

 

 元旦に何やってんだあの爆破したガールは!? 今度はどの学校を爆発させたんだ!? 

 

「誤解ですマモル殿! 拙者はずっとここにおりました! ニンニン」

「ひぃ!?」

 

 コタツの中からミカゲちゃんが飛び出して来た!? えっ……何で!? 何時からそこにいたの!? えっ? えぇ!? 

 

「大変だぜマモル! SS団が町をソウルワールド化させた! 俺達の中央小学校の地下から奴等の要塞が出現した! 町は大騒ぎだ!」

 

「マモル君! SS団はどうやら金星アイジに乗っ取られたらしい! 独楽造博士のムーンアトラクト計画が強引に最終段階へ移行したみたいだ!」

 

 庭先に飛び込んできたホムラ君とナガレ君の声が聞こえた。なんかデジャブ? なんかこの展開知ってる……

 

 ピンポンとインターホンが鳴る、カメラを確認して玄関を開ける。

 

「お邪魔するぜぇマモルゥ! あけましておめでとゥ! 今年もよろしくゥ! これは実家で作ってる饅頭だから良かったら家族と食べてくれェ! あと要塞に突撃する許可をくれェ! 暴れたりねぇんだァ……」

 

「あけましておめでとう、ヒカル君。お饅頭もありがとうね、この前の最中は父さんも美味しいって言ってたよ。許可はちょっと待ってね?」

 

 ヒカル君と共にリビングまで戻る。3人がコタツに入ってみかんを食っていた。勝手に人の家で寛いでる……

 

「あっ、マモル殿! 廻転町の中心に出現した建造物は“地上要塞ヴィヌス“と言う名前です。地下でソウル化させながらSS団が密かに建造していたものですね、もちろん拙者は予め潜入してソウル爆弾を要塞各所に設置しております! ふふ、偉いでしょう? ニンニン」

 

「流石ミカゲさんだぜ! 早速突入出来るな! ……うん! このみかん甘くて美味しいぜ!」

 

「ミカゲさんが入手した設計図を見ると、外観からは鉄壁に思える壁も内部からの爆発には耐えられないみたいだね。……確かに美味しいみかんだ。良いソウルの土地で育てられた味だよ」

 

「ヘヘっ……流石だぜミカゲの姉御ォ。これで備えは万端だなマモルゥ、何時でも突撃出来るなァ?」

 

 ……きな粉を掃除してからじゃ駄目かな?



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悲願達成!? 地上要塞ヴィヌス!!

 

「では爆破しますねマモル殿! ミカゲの活躍をご覧ください! ニンニン」

 

 そして轟音、衝撃、爆風、粉塵。

 

 目の前にそびえ立つ要塞の壁が一部崩壊する。

 

 爆発の威力高すぎない? 欠片が近くの建物に降り注いで潰して行く、ソウルワールド内だから後で直るけどさぁ……

 

 爆発する要塞の外壁、中から溢れ出して来るシャドウとSS団の戦闘員達。

 おっ? 雑魚共がワラワラとやって来たな? 雑魚を見ると安心するな、狩りたい。

 

「ここは俺達が引き受けます! カイテンスピナーズの皆さんは要塞の中へ!」

「SS団を倒せるのはあんた達しかいねえ! 悔しいが俺達じゃ無理なんだ……頼む! 焼き尽くしてくれ!」

「あなた達なら出来ます! SS団を! 廻転町の平和を乱す奴等を爆破してください! 僕の通う西小学校をそうした様に!」

「毒を持って毒を制す! 悪には悪を! ヤベー奴等にはヤベー奴等をぶつけるんだよ!」

 

 ここぞとばかりに湧いて出てくる廻転町のスピナー達、各々が好き勝手にここは俺に任せて系のセリフを叫びだす。一部悪口も混じってる気がするぞ? 

 

 いいなあ、僕もあの集団戦に混じりたい。雑魚狩りしたい、弱い者いじめして勝ち誇りたいよぉ……

 

「頼んだぜみんな! SS団は今日でお終いだ! この要塞は俺達が焼き尽くすぜ!」 

 

「先ずは水攻めかな? 四天王達は耐えるだろうけど雑魚をいちいち相手取るのは悪手だ。金星アイジと戦う前に消耗したくない」

 

「はいはーい! 拙者はソウル爆弾をたっぷり用意して参りました! 爆殺しましょうマモル殿!」

 

「ヘヘっ……、頼むぜマモルゥ……言ってくれよォ、殲滅しろとォ……皆殺しの許可をくれェ! 暴れたりねぇんだァ……」

 

 こ、こいつらは……血に飢えてやがる。頼れる仲間だよまったく。

 

「聞けェい! 建物を燃やすな! 水攻めはするな! 爆殺もするな! 皆殺しは不許可!」

 

 不満気に僕を見つめる4人、慌てるなよ……

 

「だが全力で潰せ! 死なない程度にぶち殺せ! 今日は新春SS団解散パーティじゃい! 派手にやるぞオラァ!」

 

 僕の平穏を取り戻すぞコラァ!! 諸悪の根源SS団はぶち壊しじゃい!! カイテンスピナーズを敵に回した事を後悔させてやるぜェ! 

 

「任せろマモル!」

「了解だよリーダー!」

「合点承知ですマモル殿!」

「ヒャハア!? たまらねェぜ!」

 

 僕を含めたそれぞれがソウルスピナーを発射、自分達を囲む様に動かして力場を展開、そのまま要塞内部へと走り出す。

 

 終わらせてやる……絶対に今日で終わりにしてやるぞSS団共が! 

 

 

 

 要塞内部を走る。チームのみんなと走る。湧いて来るシャドウや戦闘員共を力場で蹴散らしながら上へ上へと進んで行く。

 

 この要塞やっぱり似てるな……去年の忌まわしい空中要塞と内部構造や様式が似ている。

 

 やっぱりBB団とSS団は何か関係があるのか? ザコ戦闘員の衣装も真っ黒な全身タイツ、仮面も意匠こそ違うが似てる。使いまわしか? 

 

「そこまでだ! カイテンスピナーズ共め! ここから先は通さんぞ!」

 

 広い部屋に出たと思ったら、覚えのある声が聞こえてきた。月に一回ぐらいは聞いている馴染みの声だ。

 

「やはり来たか! SS団四天王! ……あれ?」

 

 何時もの仮面はどうした? 4人揃って顔出ししているぞ? 最終決戦だからか? 初めて面を拝むな、キャラデザの濃い小学生共だ。

 

「洗脳用の仮面が外れている? なのに何故拙者達の邪魔をするのですか!? もはや貴方達を縛る物はないはずです! ニンニン」

 

「ふん! アイジ様のおかげで目が覚めたのだ! もはや我等はSS団四天王ではない! 美しき世界を目指すヴィーナスガーディアンズとして生まれ変わったのだ!」

 

 再洗脳されただけじゃない? 

 

「金星の加護により新たな力も授かった! 咲き誇り回れ! レッドローズ・アキダリア!」

 

「アイジ様の望みを叶える為に! 咲き乱れ回れ! ブルーローズ・クロアキナ!」

 

「私達の美しき世界の為に! 咲き狂い回れ! ブラックローズ・エリキュナ!」

 

「醜いソウルを滅ぼす為に! 咲き荒び回れ! ホワイトローズ・フェリクス!」

 

 あっ! 四天王まで機体をパワーアップしてる! ずるいぞ! 

 

「ヘヘっ……、今までとは違うみたいだなァ!? 許可をくれェマモルゥ! 白咲ノバラと決着を付ける許可をなァ! 暴れたりねぇんだァ……」

 

 ん? この流れは……嫌な流れだ。

 

「なるほど! では拙者は黒咲イバラを潰します! 前から忍者キャラが被っていて目障りでした! ニンニン」

 

 言う程キャラ被ってるか? 向こうの女の子の方が正統派忍者っぽい、ミカゲちゃん手裏剣とか苦無とか使わないし衣装も向こうの方が忍者っぽいぞ? 

 

「なら僕の相手は青咲ミバラかな? 毎月彼と戦うのも飽きてきたからね、今日で終わりにしよう」

 

 飽きたとか言う割には毎月ノリノリで虐めてたよねナガレ君? 僕にダメージを肩代わりさせて遺憾なくSっ気を発揮していた。

 

「なら俺は赤咲ヒバラと決着をつけるぜ! 今日こそ奴を燃やし尽くす! だからマモルは先に行ってくれ! 独楽造博士と金星アイジの元へ!」

 

 あーやっぱり……こうなる予感はしていた。

 

 

 他のみんなは四天王とちょっとした因縁あるもんね、なんかイベント起こしてたもんね、僕だけ仲間外れだったもんね。

 

 まあいい、今日でお終いなのだ。最後ぐらいは多少の危険を許容する。ラスボスを仕留める役をリーダーらしく全うしよう。

 

 クククッ……去年の僕とは違う、事態の収拾を人任せにしたのが去年の失敗だった。

 こういうパターンも想定の範囲内だ。ちゃーんと策は用意してある。要はラスボスさえ倒せればいい、勝てばよかろうなのだ! 

 

「ミカゲちゃん、例の物は?」

「はいマモル殿! こちらに!」

 

 ミカゲちゃんが近寄ってきて僕に例の物を差し出して来る。褒めてほしそうなので頭をワシャワシャ撫でておく。

 実に安上がりな子だ。尻尾があったらブンブンと振っていそうな忠犬振りだよ。勝手な行動も多いけどね、基本的には有能な忍者ガールだ。

 

「みんな! 四天王との戦闘を許可する! 僕がいないからダメージには気をつけてね! ここは任せた! 必ず勝利して後を追って来てくれ!」

 

 みんなの返事を背にその場を駆け出す。

 

 僕の進路を妨害しようとする四天王達のソウルスピナーを仲間がそれぞれ食い止める。任せたよみんな! 

 

 階段を登る、どうせラスボスは屋上にいるに決まっている。そういう物だ。昔からそう決まっているのだ。まさか地下にはいないだろう。

 

 

 

 ……無駄に長い階段だった。戦いの日々でそこそこ体力が付いたつもりだったが疲れた。ハァハァと息も絶え絶えに屋上へとたどり着く。

 

 広い屋上の中央に金星アイジは立っていた。僕に背を向けて、遥か上空を見上げている。今は昼だから月は見えないぞ? 

 

 足元にはクソダサヘルメットを被ったSS団の首領、独楽造博士が横たわっている。

 

「来たね、カイテンスピナーズのリーダー田中マモル。君とは前から話がしたいと思っていたよ」

 

 振り向いて僕に話しかけて来た金星少年、ミカゲちゃんの渡してきた資料通りの金髪イケメン男子だ。

 

 僕と同じ小学3年生のはずだ。それにしても……

 

「一つ質問しよう、君はこうは思わないかい? 今の地上は醜い、弱い癖にソウルを扱う有象無象共、ソウルを私利私欲の為に利用する汚い大人達。汚れたソウルで地上は汚染されてしまっている……君なら分かるだろう?」 

 

 いや、全然分かりません。ラスボスっぽい思想だとは思うけどさ、それよりも気になるのが……

 

「いや、残念だけど分からないよ。僕も一つ質問していいかな?」

 

「ふふっ、何だい? この美しき僕が何でも答えてあげよう」

 

 両手を広げる金星少年、様になっているがどうしても気になる。

 

「君は……君は何で上半身裸なの? 寒くない?」

 

 元日の昼にその格好はねえだろ。天気予報でも厚着して下さいって言ってたぞ? 少し鳥肌立ってるじゃん。

 

「ああ、これかい? 月から降り注ぐソウルを肌で感じたいんだ。それに寒くなどないよ? これから始まる美しい計画の前に僕の美しい身体は高揚して火照っている。この“地上要塞ヴィヌス“は廻転町から集めたソウルで巨大なソウルスピナーになるんだ」

 

「あっ、はい」

 

「ソウルスピナーと化したヴィヌスが発生させる力場は引き寄せる力を持つ。その力によって月を地球に落下させる。それこそがSS団の“ムーンアトラクト計画“だ。まったく美しくないよね」

 

 美しさ以前に地球滅びるだろ……ん? ソウルワールドと化しているからセーフ? 後で元通り? 

 でも、それは廻転町限定だよな? やっぱり世界が危ない? 僕の命も危険か? 

 

「だから僕が美しくアレンジしてあげるのさ! 僕の愛機“ヴィーナス“でヴィヌスの制御を乗っ取る! 元々は同じソウルストーンで作られたソウルギア同士だ! 親和性は高い! 美しき僕とヴィーナスの魅力でSS団の全てを頂く!」

 

 計画をべらべら喋ってくれるのはありがたい。だけど知らん設定を畳み掛けないでほしい。

 

「僕は月の封印などに興味はない! 引き寄せるのは月のソウルのみさ! 手に入れた莫大な月のソウルでこの世界を美しく創り変えてみせる! 美しき僕が! 美しきヴィーナスと共に! 美しきソウルで地上を満たしてみせる!」

 

 美しさが大渋滞を起こしている……美し過ぎる男だ。

 

「君も共に来い田中マモル! きみのソウルは美しい! きみの仲間達も一緒さ! 美しい者同士が手を取り合って美しい楽園を創ろう! それこそが僕達の使命だ! 美しくない一族の役目など捨ててしまえ! この僕の様に美しくね!」

 

 勧誘されちゃった♡ 一度言われてみたくはあった。

 

 でも、どうなんだろう? この金星少年はSS団とは違って物理的に月をどうこうしようとしている訳じゃないようだ。むしろ僕達が来る前にSS団を退治したようなものか? 

 でも、正月早々に要塞を起動したのは許せん、ご近所にとってはお騒がせ過ぎる。ホットカーペットを弁償してもらいたい。

 

「えーと……金星君? 美しい世界を創るって具体的に何をするの? 僕に何をさせたいの?」

 

 一応ね? 一応聞いておく、邪な気持ちとかじゃなくてね? 

 

 もしかしたら今よりも待遇がいいかもしれないし、話し合いで解決出来るかもしれない。

 

「ふふっ、ソウルを醜い奴等から、弱い奴等から取り上げるのさ。月のソウルの恩恵は様々な効果をもたらす。操者のソウルを莫大に成長させる力、美しき肉体を永遠の物にする不老不死の力、あらゆるソウルギアを進化させる力、より根源的な魂魄獣を創造する力、それらを使ってね」

 

 ん? 今こいつ……不老不死って言ったよね!? マジで!? 

 

「ほ、本当に!? 月のソウルにはそんな素晴らしい力があるの!?」

 

 一生死なずに生きていける!? 最高じゃねえか!! あの恐ろしい孤独な暗闇から永遠に遠ざかる事が出来る!! 最高の力だよ!! 僕の望みそのものだよ!! 凄い! 凄いぞ! 

 

「もちろん真実さ。僕はその力を独占したりはしない、美しき仲間達と分け合うつもりだよ。君は僕の右腕として是非とも同士として迎え入れたい、一緒に永遠の美しさを手に入れよう」

 

 か、金星少年……いや、金星様! 

 

 なんてお美しいお人だ……後光が差して見える。この人に仕える事が僕の役目だったのかもしれない。

 

「美しい僕と共に、弱い癖にソウルを浪費する奴等を殲滅して、醜いプラネット社と戦おうマモル。プラネット社は醜いが強大でもある。僕には強い同士が必要なんだ。ソウルを使った奴らの兵器は容易く人を死に至らしめる。でも、不老不死の力を獲れば何度死に落ちたとしても問題ない、いずれは奴等を打倒出来るはずだ」

 

「……えっ! 何度も死ぬ!?」

 

 ふざけんな! それなら寿命で死んだ方がまだマシじゃねーか! あんな恐ろしい体験を何度も繰り返して貯まるか! 

 

 弱い者いじめは特に反対しない。プラネット社と世界の美しさはどうでもいい。

 だが、月のソウルの力は欲しい。その為に金星少年は邪魔だな……やはり予定通り潰すか。

 

「君の理想は確かに美しいのかもしれない、崇高なのかもしれない」

 

「分かってくれるかい? ならば僕とヴィーナスと共に……」

 

「だけど! 地上は醜いだけじゃない! 美しくなくても足掻く! 弱くても強くあろうとする! それは君が知らないだけで強さであり美しさだ! 君はソウルを1つの側面からしか見ていない! 懸命に生きる事を否定する君の思想には賛同は出来ない!」

 

 とりあえずそれっぽい感動的な理由で断ろう、もしかしたら説得出来る可能性もある。

 そして、後でこっそりと月のソウルを頂いて……ぐへへ、僕の夢が叶うかもしれない、不老不死、なんて素敵な響きだ。

 

「残念だよマモル、君なら分かってくれると思っていたのに……四天王達の様に平和的に説得したかったけど、君には操り人形になって貰おう」

 

 金星少年がソウルスピナーを発射して力場を展開した。流石のプレッシャーだ。四天王達とは比べ物にならないソウルの波動を感じる。こいつはやはり卓越したスピナーだ。

 

「知っているかい? 金星では常に自転の60倍の速度で風が流れている! 僕のヴィーナスは空間内に風を生み出して循環させる! 相手を吹き飛ばし自身の回転を促進する無敵の能力だ!」

 

 こいつ……風使いか!? 

 

 ……思ったよりチートじゃねえな? 割とポピュラーな能力だ。時とか止められたらどうしようもないから安心した。

 

「そして! 美しき僕とヴィーナスは金星の美しき愛の加護によって魅了の力を持つ! バトルに勝利して精神的に屈服させた相手を意のままに操る事が出来る!」

 

 せ、洗脳能力!? 例の北小を支配下に置いたっていうのはその力か!? 卑劣な能力だぞ! 

 

「白銀に輝き回れ!! シルバー・ムーン!!」

「愛で美しく回れ!! ヴィーナス!!」

 

 僕と金星少年のスピナーが生み出す力場が激突する。衝突の余波で独楽造博士がゴロゴロと転がっていくが仕方ない、因果応報だ。

 

「ははは! 君のシルバー・ムーンの能力は知っているよ! 引力だろう? 君があの女に諜報をさせていた様に僕も君の情報を集めていた! 君は防御に主軸を置いたスピナーだ! 一対一では防御力と持久力で相手の回転が止まるのを待つ! それが君の戦法だ!」

 

 うっ、タイマンは滅多にしなかったのに僕の戦い方を知っている。僕の情報を集めていたのは嘘ではないな、よく調べている。

 

「だが残念だね! 僕のヴィーナスは自身が生み出す風で回転が止まる事は無い! さらに廻転町から集めたソウルで普段とは比べ物にならない程にパワーアップしている! ソウルが尽きることも無い! 攻撃力に欠ける君では僕を倒す事は不可能だ!」

 

 ふふ、間違ってはいない。正確な指摘だ。

 

「その通りだね、これがランク戦や公式戦なら僕に勝ち目は無い。君の言う通りだ」

 

「ん? 何を言って……」

 

 だがこれは実戦だ! ルールは俺達を守ってくれねえぞ! ヒャハア! 

 

「シックス・オン・ワン!!」

 腰に隠していたピース・ムーンから神速の抜き打ちを放つ! 6つのソウルの弾丸が金星少年の頭部に飛んでいく! 

 

「なっ!? ヴィーナス!」

 

 ソウルを纏った風が弾丸を防ぐ……ちっ、いい反応速度だ。

 

「馬鹿な!? この町でこれ程の威力でソウルシューターを操るだと!? いや違う! ソウルギアを2種同時に使用している! この力はまさか……」

 

 くっくっくっ……動揺しているなぁ? 金星少年? スカしていても所詮は小学3年生のお子ちゃまよ……お行儀の良いスピナーバトルしかしてこなかったのかな? 

 

「醜くても足掻かせてもらうよ! 僕は必ず君に勝利する!」

 

 直接ソウル体を打ち合うシューター操者に比べて、スピナー操者は自身へのダイレクトアタックに鈍感だ。

 当たり前だけど、自身のソウル体へ飛んでくる攻撃なんて基本的には想定はしない。あくまでスピナー同士をぶつけ合うのがスピナーバトルだ。廻転町でスピナーバトルに明け暮れていた僕はそれをよーく知っている。

 

 だからこそ、そこに勝機を見出した。

 

 自分がタイマンでは決め手に欠けるのはもちろん理解している。だからこそ自身の身の安全の為に切り札を隠し持っていた。こういう避けられない一人きりのスピナーバトルがやって来る事を想定していた。

 

 日々コソコソと練習を重ねた。ミカゲちゃんに協力してもらって、人払いをしながらスピナーを展開しつつシューターを放つ練習だ。かなり苦労したが最近になってようやく実戦投入が可能なレベルに達した。

 この戦い方が知れ渡ったら対策されてしまう、実戦投入は今回が初めてだ。この戦法は、奇襲することで最大限のアドバンテージが得られる。

 

 最終決戦だから出し惜しみはしない、僕の持てる全てを使って相手をする。

 だからこそ、みんなが四天王の相手をするのを許可したのだ。これがなかったら意地でも5人で屋上まで来ていた。

 

「くっ! 風よ美しく吹け!」

 

 金星少年が風で瓦礫をこちらへと飛ばして来る。  

 

 対応するのは流石だが遅い! そんな速度では僕を捉えきれない! 

 

「ファントム・ステップ!!」

「は、早い!?」

 

 必殺技を利用した高速移動で金星少年から少し離れた背後に移動する。慌てて接近してはいけない。近づき過ぎると手痛い反撃を受ける可能性もある。

 マウントをとりつつ精神的に崩し、確実に勝てるチャンスで仕掛けるのだ。

 

「動揺しているね金星君! ソウルが乱れているよ! 僕は持久戦に持ち込むつもりなんてない! 持てる全てを使って君とヴィーナスを打ち砕く!」

 

 ふひっ、マウント取るのは気持ちが良いねえ〜。

 

 スピナーバトルもシューターバトルも一緒で、気持ちで負けるとソウルは弱くなる。ソウルバトルにおいて精神状態は勝敗に大きく作用する。

 舌戦で相手を言い負かして精神的に優位に立つのは重要だ。ソウルバトルとはマウント合戦でもある。

 

 さらに! 僕が強気なのにはもう1つの理由がある! 

 

 先程ミカゲちゃんから受け取ったソウル爆弾の起爆装置! 突入前にこの屋上の足元にも設置されているのをちゃんと設計図で確認している! 

 

 早く爆発させてやりたいけど位置が悪い、上手く爆弾の真上まで移動した所で起爆するんだ。確実にソウル体が吹っ飛ぶタイミングでなあ! 

 

「くっ……だが僕は負けない! 一族の役目に抗ってみせる! 姉さんを追い詰めた醜い世界を創り変えるんだ!」

 

 ん〜? 何か言ってるなぁ? だけど先程の余裕が無くなっているぞぉ? 美しさはどうした? 

 

 くくっ、勝てばよかろうなのだ!! 勝利の前には矜持などゴミカスのようなものだぁ!! 

 

 君を倒して!! 月のソウルを手に入れ! 僕は素晴らしき不老不死を手に入れる! 永遠の安心と安全は僕の物だ! ついでにホットカーペットも弁償してもらう!! 

 



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全面許可!! カイテンスピナーズ躍進せよ!!

「全てを引き寄せろ! シルバー・ムーン!」

「ぐっ!? 吹きとばせヴィーナス!」

 

 僕のシルバー・ムーンでヴィーナスを釘付けにする! ソウル全開で最大出力だ! 風を使っても遅いぞ金星少年! これで君を守る物は無くなった!

 

「エクリプス・ゼロ!!」

 

 ピース・ムーンで必殺技を放つ。周囲が暗闇に包まれる、この技は初見の相手には絶大な効果を発揮する。

 

「なっ!? 何だこの暗闇は!」

 

「ムーン・バレット!!」

 

 黄金の弾丸が背後から金星少年を貫く、後遺症は残らないけど戦闘の継続は不可能な絶妙な力加減のシュートだ。

 最近分かって来たけどこの技は相手を殺さない必殺技だった……ちょっぴり哲学的だね。

 

「がはっ!? 馬鹿な……風が止んだ? 僕のヴィーナスが止まる……美しきこの僕が負けるだと?」

 

 よしよし、ヴィーナスは回転を止めて力場も消えた。金星少年のソウル体が破壊された訳ではないが勝敗は決したも同然だ。

 あのダメージでまともな戦闘の継続は不可能、僕の完全勝利だ。

 

 仰向けに倒れる金星少年に近付く、色々と聞きたい事があるからな。月のソウルの力とか、不老不死とか不老不死の事についてだ。

 

「なぜだ? 僕とヴィーナスが敗北するなんて……何故なんだ姉さん……」

 

 なんかブツブツ言っているけど気にしちゃ駄目だ。自己愛が強そうだから敗北がショックなのだろう。

 

「君の負けだよ金星君。君は確かに強いけど視野が狭い、様々な視点で自分とは違う美しさを見つけようとしなかった事が敗因だ」

 

 僕はちゃーんと多様性を認める。ミカゲちゃんのソウル爆弾だってこうやって作戦に組み込む程に寛容だ。それぞれの個性を尊重する。

 

 ふふ、何時でも爆発させられるという精神的な優位が安定したスピナーバトルを可能にした。

 位置取りが微妙で結局使わなかったけど、ソウル爆弾は確かにいい仕事をしたよ。ニンニン。

 

「自分とは違う……美しさ? それが君の力の秘密?」

 

 おっ? なんか効いてるぞ? このまま説得すれば月のソウルを僕にくれるんじゃないか?

 

「ああ、そうだよ金星君。君もこれから……」

 

「私のヴィヌスを好き勝手にしおってぇ! 許さんぞ金星アイジ! 田中マモル!」

 

 あっ? 博士がいつの間にか復活している!? 僕は無実だぞ!?

 

「独楽造博士? 僕の魅了が解けたのか……」

 

「潰し合ってくれたのは好都合だ! 廻転町からソウルを集め終わっているのは素晴らしい! お前らを始末してこのままムーンアトラクト計画を完遂する! 奴等から地球を取り戻す為に! 偉大なるグランドカイザーの為に!」

 

 博士が叫びながら手元のコンソールをいじる。屋上が揺れ始め、周囲からシャドウが次々と湧いてきた。

 

 くそ! 僕のムーンアトラクト計画を奪うつもりか!? そうはさせないぞ!

 

 金星少年には後で月のソウルを手に入れる方法を教えて貰う必要がある。面倒だが守りつつシャドウ共を蹴散らす。

 

「白銀の輝きで彼を包め! シルバー・ムーン!」

 

 力場を展開して横たわる金星少年を守る。白銀に輝く結界が彼を包む。

 

 戦闘の余波でやられたら困るからね、ソウル体とはいえソウルワールドで傷を負うのは危険だ。聞きたいことも残っているし、死なれたら寝覚めが悪い。

 

「マキシマム・バレット!!」

 

 無数のソウルの弾丸をシャドウ共に浴びせる。数が多いからどんどんと撃ち込んでやる! オラオラ雑魚どもめェ! ひれ伏せェ! ヒャハァ! 皆殺しだァ!

 

 あっ! 反対からも1匹金星君に向って行くシャドウがいる! 始末しなくちゃ……

 

「くっ、僕も足掻かせて貰う……ヴィーナス!」

 

 金星少年が風で瓦礫を吹き飛ばして迎撃する。偉い偉い、ちゃんと自分で身を守るなんて……

 

 瓦礫が床ごとシャドウを潰し、爆発と衝撃が金星少年を襲う。

 

「ぐぎゃあぁぁ!?」

 

 痛えぇ!? 僕が痛えぇ!? 僕のソウル体が吹っ飛んだぞ!? 僕の下半身が吹っ飛んだぞ!? 何だこれ!? 何だこれ!? グロすぎるぞ!? ……あっ!? 

 

「マモル君!? まさか僕を庇って……君は……」

 

 シルバー・ムーンだ!? 能力で金星少年を守っていたから爆発のダメージを肩代わりしてしまった!

 

 うぅ……痛いよぉ……くそぉ……何で爆発したの? 何で床が爆発するのぉ? 意味がわからんよぉ?

 

 ……あっ、床に仕込んでいたソウル爆弾か! くそ! ミカゲちゃんめ! あの爆弾魔め! だから僕は爆弾なんて使うなって言ったんだ! 

 

「な、何故爆発した!? 誘爆する様な物があるはずが……まあ良い! よく分からんが好都合だ! そのまま彼奴等を始末しろシャドウ共よ!」

 

 まずいよぉ……シャドウなんて雑魚にやられてしまう……そんなぁ……あんまりだぁ……

 

 僕が何をしたっていうんだ? 謙虚に善行を積んで生きて来たのに……こんなはずじゃないのにぃ……僕は永遠の命を……うごご……

 

「マモル!? そんな!? 金星アイジと相打ちしたのか!?」

「ホムラ君! まだ独楽造博士が残っている! 止めないと不味いよ!」

「マモル殿……そのお姿は……このゴミ共がァ! ふざけた真似をォ!」

「マモルゥ!? 意識はあるかァ!? 無事だと言ってくれェ!? お前の許可がないと暴れられねェよォ……」

 

 痛みで薄れ行く意識の中、みんなの声が聞こえた。ヒカル君の癒やしの光が僕を包んでくれるがダメージが大きすぎる。回復が間に合わない。

 

「アイジ様!? 我等ヴィーナスガーディアンがお守りします!」

「……ありがとう。共に独楽造博士を止めよう、僕も足掻く」

 

 四天王まで来ているのか? 視界が真っ暗で様子が分からない、暗くて冷たい暗闇が僕の意識を徐々に飲み込んで行く。

 

 だけど……やっぱりあの時程は怖くない、冷たさと孤独を感じない。冷たいはずなのにどこか温かい。

 

 何でかな? 騒がしいみんなの声のおかげか? ホムラ君達ならこの後何とかしてくれるって思えるからかな?

 

 分からない……分からないけど悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 明るい……もう昼かな? 正月だからって寝すぎたか? あれ? 僕は何してたんだっけ?

 

 ……あっ、僕の不老不死! どうなった!? 月の力は!? 最終決戦はどうなった!?

 

 ここは病院か? 近くに人の気配を感じる。

 

 このソウルの感覚……父さんと母さんか? 母さんはまた遠くから駆け付けて来てくれたのか。妹は……マモリはやっぱり来てないか。

 

 自業自得だが、妹には手紙を送っても返信してくれない程に嫌われてしまった。仕方ないけど寂しくはある。

 だが、母さんには週一程度の頻度で電話している。母さんは口数が少ないから、ほとんど僕の生活を報告するだけになってるけどね。

 

「マモルはこれでソウルの5大要素の内、放出と回転の2つを修めました。ソウルギアはどれも5大要素を少なからず孕んでいますが、それぞれの要素に特化している。だからこそソウル傾向が特化した地で経験を積ませる……理屈は分かります、分かっています。でも、この地でこれ以上ソウルを育てるのは危険ではないですか? マモルがこんなに傷付いて……私は……」

 

 まーた懲りずにリンゴ剥いてんな母さん、僕が小さい頃にリンゴ好きって一度だけ言ってからそればっかりだ。

 気持ちは嬉しいけど相変わらず上達しないな、皮剥きが下手なのにウサギさんにカットしたがる所も頑固だ……そして何か凄い重要な事を話している様な気がする。

 

「ごめんミモリ、マモルがここまで傷付いたのは僕の責任だ。廻転町での暮らしは3年生が終わるまでは続けるよ、新年度からは撚糸町へ引っ越す予定だ。このまま友達とお別れさせるのは流石に忍びない。分かってくれ……」

 

 えっ、もしかして僕は修行させられているのか? 間抜けな僕は修行から逃げられたと勘違いして修行を継続しているのか? でも主導権は父さんの方にありそうだぞ?

 

「でも私は……もうこれ以上は……」

 

 目元を潤ませた母さん、父さんが慰める様に肩を抱く。またしっとりとした絡みをしている……もう好きにしてくれ。

 

 あれ? 僕はどうやって父さんと母さんを見ているんだ? 

 

 だって僕は目の前でベッドで目を瞑っているし……んん!? 僕が居る!? 僕は僕を見ている!? えっ、幽体離脱か!?

 

 何じゃこりゃ!? 何じゃこりゃ!? どうやって戻るの!? 僕ってもしかして死にかけてるの!? えっ、ええ!?

 

 ピーっと機械音が部屋に響く、何だこの音は? 

 

「この反応は! 意識が戻ったのかマモル!」

「マモル!? 私の事が分かる!?」

 

「ゆ、ゆぅたぃ……りだぁつぅ……?」

 

 あれ? 視界が戻っている? だけど声が上手く出ないぞ? どうなったんだ僕の身体は?

 

 

 

 それから二週間後、僕の身体は問題なく動くようになった。

 

 元通り……どころか前よりかなり調子が良い気がする。身体が軽くて動きもキレッキレだ。理由がわからんと不気味だ……去年もそうだったな。

 

 恐らく父さんと母さんが話していた事と関係があるのだろう。絶対に修行と関係があるはずだ。微妙に記憶があいまいだけど、5大要素がどうとか言ってた奴だ。

 

 でも、いくら問い詰めても教えてはくれなかった。時が来たら話すの一点張りだ。クソ親父め……勿体ぶりやがって。

 

 当然、僕の正月休みは入院生活で吹っ飛んでしまった。きな粉モチ食いそびれたな……あれは正月に食わなくちゃ意味がないのだ。

 

 入院中、僕の意識が戻った事を聞き付けたホムラ君達がやって来た。ホムラ君達はローテーションで、ミカゲちゃんは毎日やって来た。町のスピナー達も少し怯えながらもお見舞にきてくれた。

 

 最終決戦はカイテンスピナーズの大勝利で終わったらしい。

 

 独楽造博士が取り出した小型のヴィヌスとの決戦になったが、ヒカル君が回復させたアイジ君と四天王達と協力して見事に打ち破ったそうだ。独楽造博士は捕まり、SS団も壊滅した。

 

 そして、驚いた事に金星君と四天王もお見舞いにやって来た。彼等がカイテンスピナーズに加入させて欲しいと言ってきたのにはさらに驚いた。

 

 僕はそれを了承した。僕はこの廻転町を出て行く、戦力の補充は必要だと考えたからだ。

 カイテンスピナーズのみんなも反対はしなかった。ホムラ君が燃やし尽くすとか言い出したらどうしようかと思ったが割と仲良くやっている。バトルの後は仲間になれる……かつての敵は味方に。いいね、健全だし王道だね。

 

 そして新学期が始まり、小学校3年生最後の数ヶ月はあっという間に過ぎて行った。

 金星君と四天王を加えたカイテンスピナーズはランク戦をバリバリとこなし、チーム平均が史上最年少でのAランクチームを実現した。

 

 チームをいまさら抜ける事はしない、廻転町にはもはや僕を脅かす者達はいない。普通にスピナーバトルする分には特に問題などない……友達とスピナーバトルするのはこれで最後だろうからね、リーダーらしく最後まで役目を全うする。

 

 母さん曰く、育ち過ぎるとヤバいらしいので、僕は程々にスピナーバトルをした。具体的に何がヤバいのか未だに分からない。

 戦力は充実しているから僕が出張らなくてもそこまで苦戦しない、金星君……いや、アイジ君とヴィーナスは僕が抜けても防御面でチームを支えてくれるだろう。

 

 アイジ君には月のソウルについて色々と聞いたが、知らない方が良いと渋られた。

 食い下がると四天王が後ろから睨んできて怖いからしつこくは聞けない……くそ、僕はリーダーなのに……

 

 そして、別れの時はやって来た。今日僕は廻転町を出て行く、新たな町へと旅立つ。

 

 ミカゲちゃんとアイジ君が町中のスピナーをほぼ強制的に招集したお別れ会は数日前に開いてもらった。

 一部のスピナーからは、手綱を握り続けてくれと懇願されたが、彼らはミカゲちゃんが何処かへ引きずって行った。強く生きて欲しい。

 

「次のリーダーはホムラ君に頼むよ、僕がいなくなっても高みを目指してくれ。君たちなら出来る」

 

「任せてくれマモル! お前から受け継いだスピナー魂でカイテンスピナーズは頂点を目指す! 俺達の正義を信じてくれ!」

 

 正義とは……まあ人それぞれだよね。ホムラ君にはそのまま正義を貫いて真っすぐと育って欲しい。

 

「マモル君、君と過ごした一年間は本当に楽しかった。またいつか共にスピナーバトルをしよう。君に提案する様々な作戦を用意しておくよ」

 

 うん、せめて法は遵守した作戦でよろしく頼むよ……まあ、ナガレ君はそこら辺は上手くやるんだろうけどね。

 

「うゥ……許可をくれェマモルゥ……俺に別れの涙を流す許可をォ……泣き足りねえんだァ……お前と一緒に暴れたりねぇんだァ……」

 

 ヒカル君……君には優しい心を忘れないで欲しい。君がこのチーム唯一の良心だ。 

 君が優しさを失ったら対戦相手に死人が出る。癒やしの力を平和的に使ってくれ。

 

「マモル君、僕もカイテンスピナーズの一員として新たな美しさを探し続ける。君の教えてくれた事を胸にさらなる高みへと向かうよ……また会おう友よ……」

 

「我等ヴィーナスガーディアンズもアイジ様と共に励む、世話になったな田中マモル。お前に受けた恩はスピナーバトルで返そう」

 

 アイジ君と四天王達はすっかりチームに馴染んだ。廻転町のスピナー達はもはやカイテンスピナーズには逆らえないだろう、一つのチームに町の戦力が集中し過ぎている。

 

 あれ? 何時もは騒がしいミカゲちゃんが黙ったままだぞ? もしかして悲しくてお別れが辛いとか? 可愛げがあるじゃないか。

 

 「……マモル殿、ミカゲのソウルは何時も貴方のお側にあります。それを忘れないでいてくれますか?」

 

 ミカゲちゃんが静かに呟く。

 

 なんかちょっと怖いな……でもミカゲちゃんには色々とお世話になった。僕も後始末とかで凄くお世話した気もするけど、彼女には本当に感謝している。

 

「忘れないよ、僕達は離れていてもソウルのキズナで繋がっている。スピナー魂に距離は関係無い、僕達カイテンスピナーズは永遠だ。そうだろう?」

 

 うん、これぐらい言っておけば大丈夫だろう。

 

 綺麗事でも、心に響けばそれでいいんだ。それを誤魔化しと言う人もいるだろう。偽りと言う人もいるだろう。

 だけど、心に響いたなら、言葉はソウルに影響を及ぼす。僕達の友情の思い出がいつまでも美しいままでいられる様に、思い出がいつまでも美しくある様に、最後は綺麗な言葉で飾ろう。

 

 再会が叶わなくても、胸に希望を感じられれば僕達は少しずつ大人になれる……なんてね。

 

 いやー、これでもうリーダーをしなくて良いと思うと肩の荷が降りるねえ。

 ほんのり寂しさを覚えるけどこればっかりは偽れない、戦いの日々が終わると思うと開放感で満たされる!

 

「あぁ!! その通りですマモル殿!! 私達は一つです!! 私はこの町でカイテンスピナーズを高みへと導きます!! 必ず貴方のお役に立ってみせます!!」

 

 よしよし、元気になって良かった。

 

 別れの時には笑顔でいて欲しい、友達との思い出は笑顔が一番だ。終わり良ければ全て良しってね。

 

「みんな……またね! 僕達の心は一つだ! 僕達のソウルは離れていても繋がっている!」

 

 それっぽい事を言って父さんの待つ車に乗り込む! さらば仲間たちよ! さらばカイテンスピナーズ! さらば廻転町! アディオス!

 

 助手席のミラー越しに手を振っているみんなが見えた。僕も窓から体を乗り出して彼等に手を振る、みんなが見えなくなるまで手を振り続ける。

 

 さようならみんな、さようなら廻転町。

 

 

 

 父さんの運転する車に揺られて新たな町へと向かう、寂しさと新生活への期待が入り混じった不思議な感覚。3度目だけど変わらずにソワソワした気分になる。

 

「すまないマモル……友達と別れるのは辛いよな、本当にすまない」

 

 相変わらず謝罪の言葉を口にする父さん。思う所はあるけどそこまで申し訳無さそうにされるとこっちも落ち着かない。

 

「大丈夫だよ父さん、友達とは離れていても繋がっている……うんうん。それはそれとして、父さんは僕に何か渡す物があるんじゃないの?」

 

「ああ、お前にはお見通しだなマモル。渡した鞄の中にケースが入っているから開けてみなさい」

 

 3回目ともなれば予想は付く、予感というか確信ですらあった。新しい町には嫌な予感しかしない。

 

 取り出したケースはやはり金属製で凝った装飾がなされている。相変わらずいい仕事してますねぇ……さてさて中身を拝見。

 

 うんうん、黄金の縁取りが美しい円盤型のオモチャ。中央のマークは実家のシンボルだっけ? スタイリッシュで格好良いよね! 見事なハイ○ーヨーヨーだね! いくらするのかなぁ? ステル○レイダー数千個分ぐらいかな?

 

「それは、お前専用に作られたソウルストリンガーだ。名前は“トワイライト・ムーン“、大事に使ってあげてくれ。引越し先の撚糸町ではストリンガーバトルが盛んだからな、それで一緒に遊べば友達がすぐに出来るだろう」

 

 ふふ、予想はしていたよ父さん、どうせ撚糸町も治安は最悪なんだろう? 悪の組織が暗躍しているんだろう?

 でも、三度目の正直って言葉がある。ストリンガーバトルからは逃げられなくとも僕には策があるのさ……平和にホビーバトルを続ける策がね。

 

 友達は作る! ストリンガーバトルはこなす! 主人公とは絡む! だけど悪の組織とは戦わない! あくまで平和なホビーバトルのみを楽しむ! 

 

 それらを同時に実現させるたった一つの冴えたやり方を見せてやろう!

 

 

 

 

 

 主のいなくなった家の一室、そこで私はベッドに横たわる。この家は私が買い取った。引越し時に処分された私物は出来るだけ回収して元に戻してある。

 

 うつ伏せになって残り香を感じる。全身でソウルの残滓を感じ取る。まるで抱きしめられているような素敵な感覚だ。

 私の喪失感を一時的に慰めてくれる魅惑的な香りと温もりがそこにはあった。全身が痺れる様な幸福感に包まれる。

 

「お嬢様、ご報告が……っぐぅ!?」

 

 私の至福の時間を邪魔した部下の首を影で締める。体勢はそのままに、私から影が伸びて愚かな女を宙吊りにする。

 

 この女は能力はそこそこだが、気が利かないし空気が読めない所がある。私がマモル殿と一つになっている所を邪魔するなんて無粋にも程がある。

 

「ぁっ……お、お止めっ……くださ……っい」

 

 そのまま五分間ほど至福の時間を続けた。

 

 名残惜しさを断ち切って身体を起こす、ついでに影を解除する。宙吊りになっていた女がドサリと音を立てて床に転がる。

 

「報告を聞かせなさい」

 

 喉を押さえて息を乱す女に催促をする。視線を床に向けたまま女は喋り出した。

 

「み、水星ミナトから返事がありました。協力要請を受け入れ、同盟を結ぶ事を了承するそうです。これが契約のソウルストーンです……」

 

 青く輝くソウルストーンを受け取る。これは惑星の加護を受けた者同士が絶対遵守の契約を結ぶ為の儀式。

 

 私達にとって、言葉や書面による契約など意味を成さない。

 

 全てはソウルによって交わされる。ソウルストーンから水星ミナトのソウルが、彼女の意思が伝わって来る。

 

 ……なるほど? 少しだけ勘違いをしているようだが目的は共有出来る。あの女はマモル殿が優しいから思い違いをしているようだ。

 

 私達の望みは同じだ。一つの目標へと向って力を合わせよう。

 

「ミカゲ様、お父上とお兄様にはどのように報告されるおつもりですか?」

 

「何度も同じ事を言わせないで、この前と同様に事を進めると伝えなさい」

 

 うっとうしい……報告が済んだのなら早く出て行けばいいのに、しつこい女だ。

 

「で、ですが、偉大なる冥王家の悲願をあの田中マモルに託すというのはやはり……がぁ!?」

 

 影で再び女の首を絞めて宙吊りにする。空っぽの頭にも良く響く様に私の近くまで顔を持ってくる。

 

「よく聞け……私のマモル殿を、お前如きが呼び捨てにするなど許されない。身の程をわきまえろ……理解できたか?」

 

「わかっ、わかりぃ……ましぃ……たぁ……」

 

 理解した様なので女を放り出す、ヨロヨロと部屋を出て行ったのを確認して再びベッドにうつ伏せになる。

 

「マモル殿……私が貴方の望む物をご用意して差し上げます。ミカゲは貴方のお役に立ってみせます……」

 

 金星は私と同じチームにあり意思は確認している。水星とも同盟が結ばれた。

 惑星の加護を持つ者が着々と集まっている。これは運命であり宿命なのだろう。

 撚糸町には火星と木星の加護を持つ者が居る。奴等もマモル殿のソウルの輝きの前にひれ伏すだろう。

 

 二年先のグランドクロスの日には十分に間に合う。その日にマモル殿が望みを叶えられる様に、影でお手伝いするのが私の真の役目であり望みなのだ。

 

 私がそう決めた。一族の役目など下らない、あの日にマモル殿と初めて出逢った時、輝くソウルを目の当たりにした時、私は運命を確信した。

 

 スペシャルカップを利用して計画を進めているプラネット社の野望もどうでもいい。

 

 地球を取り戻す為に月の封印を狙う組織の長グランドカイザーの悲願もどうでもいい。

 

 ソウルギアの撲滅を目指す過激派地球環境保護団体PTAの勢力拡大もどうでもいい。

 

 プラネット社に追放された私が生まれた一族である冥王家の復讐なんて一番どうでもいい。

 

 マモル殿が望んでいるのだ。

 

 この星の真の王たる器が、全ての惑星を従えるに足る未来のソウルマスターが、私の運命の人に必要な物があの日に全て揃う。

 

 ならば、私はそれを差し出せる様に準備するだけだ。

 

 私の横で“ネオ・ブラック・シャドウρ“が震える。この子も喜んでいる。私と同じでこの子もマモル殿が大好きだ。

 

「マモル殿の望みを叶えれば、きっとたくさん褒めてくれます。楽しみだね“プルート“、貴女もそう思うでしょう?」

 

 オーバーパーツの中に隠されたもう一つの名前で問いかける。同意の意を示すソウルが私に伝わって来る。

 

 ホムラ君も、ナガレ君も、ヒカル君も、そう考えているだろう。我等のリーダーの、我等の主の望みを叶えたい。そう思うに決まっている。

 

「はぁ……待ちきれません……マモル殿……私は……拙者は必ずお役に立ちます……早く褒めてほしいです……ニンニン」

 

 初めて会った時、私の一族の黒い装束を貴方は忍者みたいだと言いましたね。

 

 だから私は拙者になりました。私は貴方の忍者となりました。貴方の影となりお助けする事を決めました。

 

「ふふっ……ニンニン」

 

 私は貴方の望みを叶えます、私は貴方の望む者になります。

 

 だから褒めてください。私の名前を呼んでください。常にソウルが共にある事をお許しください。

 

 胸いっぱいに空気を吸い込む、私を満たす香りと温もりでソウルが満たされる。心の中でマモル殿から答えが返って来る。

 

 やはり私達はソウルで繋がっている。マモル殿は許可をくれた。

 

 



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ソウルストリンガー編
闘魂接続!! ヨリイトストリンガーズCC!!


 

 

 撚糸町にある中央小学校の職員室、担任のよわよわメガネ先生から簡単なクラスの説明を受ける。

 転校初日の挨拶はすぐそこだ。ここで全ての勝負が決まると言っても過言ではない。

 

 なあ、いるんだろう主人公? また炎属性か? 精霊はドラゴンか? 

 やたらツンツンした髪型の奴、常に帽子やバンダナを付けている奴にも注意が必要だ。服装がカラフルなのも危ない。

 

 僕の転入するクラスは4−4、少しだけ不吉な数字だ。新4年生は前年度からクラス替えしていないそうなので、人間関係はほぼ出来上がっていると考えるべきだ。上手くクラスの輪に潜り込まなくてはいけない。

 

「じゃ、じゃあマモル君? 私がマモル君を紹介した後にみんなに挨拶してね? 私のクラスはみんな良い子……うん、良い子だからきっと大丈夫だよ? ごめんね、先生まだ2年目なんだ……駄目な先生でごめんね……」

 

 随分と卑屈な先生だ。こっちにまで不安が伝播しそうな程なネガティブオーラを漂わせている。よく見ると美人でおっぱいも大きいけど卑屈な笑みとオーラで台無しだな。

 

「了解でヤンス! みんなと仲よくなれる様にバッチリあいさつを決めるでヤンス! へへっ……」

 

「や、ヤンス?」

 

 そう! ヤンスだ! これこそが僕が見出した勝利の方程式!

 

 主人公達との接触を完全に断つのは危険だ! いざと言う時に守ってもらえない! だが活躍しすぎるとタンクにされたりリーダーに祭り上げられる!

 

 ならば僕の目指すべきは! 主人公達に守ってもらえる親しい関係を維持しつつガチバトルには参加しないポジション! こいつは良い奴だけど戦いにはついてこれねーなと思われるポジションだ!

 

 僕の灰色の脳細胞は2つの答えを導き出した! 僕が目指すべきはポジション二者択一!

 

 戦わない系のヒロイン! 主人公の舎弟キャラ! 2つに1つだ!

 

 前者は性別から不可能! ちなみに女装は3日迷って断念した! 流石にそこまでの度胸は無い! 

 

 よって僕の目指すべきは後者! 主人公に付き従うお調子者の舎弟キャラだ! 今日からアッシ舎弟キャラの田中マモルでヤンス!

 

 

 

 

 

「み、みんな静かにしてくださーい……今日は転校生を紹介しまーす……き、聞いてよみんなぁ……静かにしてよぉ……」

 

 騒がしいままの教室、完全にナメられてるぞ先生。

 

 騒がしい教室で目立つ為に、元気よく挨拶して僕の舎弟っぷりをアピールするでヤンス!

 

「初めましてでヤンス! 僕の名前は田中マモルでヤンス! ソウルストリンガー初心者なんで色々と教えて欲しいッス! へへっ! よろしくでヤンス!」

 

 ……静まる教室の空気、時が止まったかのようだ。

 

 あれ? どうした? 完璧な挨拶だったのに……おかしいぞ?

 

「なんだアイツは? 怪しいな……お前の知り合いかビリオ?」

 

「いや、見た事がないでやんす! あんな奴は知らないでやんすよガミタ君! ユキテル君は知っているでやんすか?」

 

「えっ……ぼ、僕も知らないよ……」

 

 馬鹿な! 既にやんす使いが存在する……だと? くそ! ヤンスとやんすが被ってしまった…… 

 

 しかも隣のデカイ小学生はいかにもガキ大将だ! 僕より一歩先の舎弟っぷりを発揮しているでヤンス! 侮れねえ! 負けてたまるか!

 

 あれ? なんか主人公っぽい子がいないぞ? 教室の中で目立つのは今のガキ大将とやんす先輩ぐらいだ。

 いや、主人公は遅刻してやって来るパターンも多い。油断は禁物だ。ヤンスを怠ってはならない。何時でも来いやぁ!

 

 

 

 

 

 おかしい、おかしいぞ? 何ごとも無く転校初日が終わってしまった。

 

 遅刻して来た主人公などおらず、僕はただヤンスヤンス鳴く道化でしかなかった。クラスメイトは誰も話しかけてくれず、こちらから話しかけても無視される始末……

 

 ガキ大将のガミタ君が何故か僕を敵視して、クラスメイト達の行動を禁じたのだ。

 僕とは話すなとクラスのみんなに堂々と命令していた。ヤンス使いは2人も要らないって事か? 僕の舎弟っぷりが甘かったのか?

 

 転校初日の帰り道、一人でトボトボと慣れない町を歩く……み、惨めだ……屈辱的な気持ちになってくるぞ? この僕が友達作りに失敗しただと?

 

 これはイジメじゃないのか? クラス全員で転校初日に無視は酷くない? 僕じゃなきゃ泣いちゃうぞ? 何なら僕でも泣くぞ? なんかこみ上げて来た……

 

 あのクラスはもしかして最悪じゃないのか? 担任のよわよわメガネは完全にナメられていた。相談しても役に立たなそうだし……まさかこういう方向で悩む事になるとは……予想外が過ぎる。

 

「オラオラどうしたぁ!? 反撃してみろよユキテル! お前のソウルストリンガーは飾りかぁ!? 本当のお前はそんなもんじゃねぇだろ!?」

「うぅ……止めてよガミタ君……」

 

 帰り道、近くの公園から嫌な声が聞こえてきた。先程クラスで聞いていたガキ大将の声……相手は誰だ? 穏やかじゃないですね。

 

 こっそりと覗き見る……あっ、ソウルストリンガーバトルで良いようにやられているのは……確かクラスにいた男の子だったよな? この子もイジメられてるのか? 見た目からイジメられっ子オーラが出てるもんな……

 

 面倒くさいから見捨てようとも思うが……仕方がない、イジメられるのが辛い事はよーくわかる。わかるってばよ……

 

 僕は自分で弱い者イジメするのは好きだけど、自分がイジメられるのと他人がイジメられてるのを見るのが嫌いだ。たった今それに気が付いた。人の痛みが分かる優しい少年なのだ。

 あの子を助けて恩を売ろう。そうすれば明日からボッチではなくなるかもしれん。クラスの底辺2人で傷を舐め合おうじゃあないか。

 

「お巡りさーん! こっちでヤンス! こっちに野良ストリンガーバトルをしているクソガキがいるでヤンス! ブタ箱にブチ込んで欲しいでヤンス!」

 

「なっ!? 不味いでやんすよガミタ君!?」

「ちっ!? 逃げるぞビリオ!」

 

 気配を消した僕に気が付かずに逃げ出すイジメっ子達……ふっ、ちょろいな。IQ53万の僕にとって、小学生を手玉に取るなど赤子の手をひねるより容易い……でヤンス。

 

 邪魔者がいなくなったので公園の敷地内に入る。イジメられていた少年へと向って歩みを進める。

 

「大丈夫でヤンスか? あのガキ大将は酷いことするでヤンスね」

 

 情けなく尻餅をついてる少年に手を差し伸べる……ん? この子は……

 

「あ、ありがとう。君は……転校生の田中マモル君……だよね?」

 

 この子は……凄い潜在ソウルだな? 様々な経験を経て最近潜在ソウルが読める様になって来た。こうやって手で触れるとよく分かる……おいおい、とてつもないソウルだ!

 

 いやーそれにしても凄いソウル量だぞ? ソウル量だけで言えば、僕が今まで出会って来た誰よりも多い。

 ソウルの量がそのまま実力ではないけど、多ければ多い程強くなる可能性を秘めているのは間違いない。

 

「そうでヤンス! 君は……名前を教えて欲しいでヤンス!」

 

「ぼ、僕の名前は……ユキテル、木星ユキテルだよ」

 

 木星? この子はもしかしてあれか? あれなのか?

 

「マモル君? なんで僕を助けてくれたの? 僕は教室で君を無視したのに……」

 

 おいおい、コイツは拾いものかもしれんぞ? 名字からして、ユキテル君は怪しげな一族の一員に間違いない。

 

 主人公がいないもんな……僕を守ってくれる強い主人公がいない……自分で育てちゃうか? 僕だけの主人公作っちゃうか?

 

 レアリティで言えばユキテル君は間違いなくSSRだ。リセマラ終了と考えて問題ない、気が弱そうだから言い包めれば意のままに動かせそうだ。

 

 僕のヤンスパワーで、へなちょこユキテル君をつよつよ主人公なユキテル君に育て上げる。僕を守ってくれて、僕の代わりに悪の組織を壊滅してくれる最強の主人公……夢が広がりますなぁ!

 

 そうだ! ねだるな勝ちとれ! さすれば与えられん! いつ訪れるか分からない主人公を待っていても仕方がない! 天は自らを助くる者を助く! 白馬の王子様を待たずに自分で作ればいい!

 

「僕が助けたいと思ったからでヤンス! 自らのソウルが命じた衝動を信じる! それが僕のポリシー! ユキテル君を助けたいと思ったから助けただけでヤンス!」

 

「自分のソウルを信じる? 自分の衝動に素直になる? そんな考え方があるんだ……」

 

 おっ? 感動してるなぁ? 僕のありがたい言葉が身に沁みてるかな? いやー、自分の言葉の求心力が恐ろしい……なんてね。吊り橋効果みたいなものだろう、恐らくシチュエーション的にクリティカルしただけだ。

 

「教室でも言ったでヤンスが、僕はソウルストリンガー初心者でヤンス! ユキテル君! 僕にソウルストリンガーを教えて欲しいでヤンス! 一緒にストリンガーバトルをして欲しいでヤンス! アッシはユキテル君と友達になりたいでヤンス!」

 

「う、うん! 分かったよ……ま、マモル君! と、友達になろう、一緒にストリンガーバトルをしよう!」

 

 よしよし、孤独な少年の心を掴むのは実に簡単だね。ユキテル君、友達である僕の為に強くなってくれよ? よく考えて見れば最初はイジメられっ子ってのも主人公属性だよね? 王道の1つだよね?

 

 本当に素晴らしい逸材だよ君は……ぐふふ、やはり僕の清らかな行いを天は見逃さない。こうやってちゃーんと僕にご褒美をくれた。善行は積んでおくものだねぇ。

 

「ならチームを作って公式戦に参加するでヤンス! 目標を持った方が上達は早いでヤンス! そうでゲスねぇ……僕らは今日からヨリイトストリンガーズ! ユキテル君はきっと最強のストリンガーになれるでヤンス! 僕には分かるでヤンス!」

 

「僕達でチームを?僕とマモル君で……ヨリイトストリンガーズ?」

 

 イエス! イエス! イエス! 

 

「ユキテル君! 友達になった記念に家に寄っていくでヤンス! 美味しい貰い物のお饅頭と新品のホットカーペットがあるでヤンス! 堪能していくでヤンス!」

 

「えっ? もう4月だけど……ホットカーペット?」

 

 不思議そうにするユキテル君の手を取って新しい自宅へと向かう、自身の幸運と輝かしい安心と安全を信じて帰宅する。

 

 振り返ってみれば、僕はここで選択を間違えていた。ユキテル君の中に潜む衝動を甘く見ていたのだ。軽率に事を進めたのは早計だった……

 

 

 

 

 

「ちょっとユキテル! 幼馴染の私を除け者にしてチームを作ったですって!? それにそいつは誰よ! ヤンスヤンスってビリオの偽物じゃないの!」

 

 チームを結成し、さっそく僕とユキテル君に因縁を付けて来た金髪ツインテ少女が居た。

 

 名前は稲妻イズナちゃん、ユキテル君好き好きオーラを隠せていない暴力系のヒロインだ。ユキテルくんに急接近した僕をやたらと敵視している。

 男に嫉妬すんなよ……有無を言わさず無理矢理チームに加わりやがって……今どきツンデレか? 流行らねえぞ? でも強いから許す!

 

 

「おい! ユキテル! 俺に黙ってチームを結成しただと!? ふざけんじゃねえ! お前は俺のチームに入ってストリンガーバトルをするんだ! 勝手な事は許さねえ!」

 

 教室で仲よくする僕らを咎め、歪んだ友情をユキテル君にぶつけるイジメっ子のガキ大将が居た。

 

 名前は鳴神ガミタ君、やたらとユキテル君に執着をみせる粘着系の暴力キャラだ。ユキテル君に急接近した僕をやたらと敵視している。

 イジメないで普通に接しろよ……勝負に負けた癖に勝手にチームに加わりやがって……普通に仲良く出来ないの? でも強いから許す! 

 

 

「僕達四人は生まれた時からの幼馴染なんでやんす……昔のユキテル君は明るい奴で、みんなの中心になって僕達を引っ張っていたでやんす。小学生になって、ユキテル君は本家の儀式に失敗して自信を失い今の性格になっていたでやんす……ガミタ君とイズナちゃんは昔のユキテル君に戻って欲しいでやんすよ。だけど、ギクシャクして上手く行かなくて……そんな中久し振りにユキテル君の笑顔を取り戻したマモル君に嫉妬してるんでやんす。ごめんでやんす。許してくれとは言わないけど、マモル君には知っておいて欲しかったでやんす……」

 

 僕をこっそり校舎裏に呼び出し、聞いてもいない過去を長々と語って来たやんす先輩が居た。

 

 名前は神立ビリオ君、一番冷静に幼馴染達の心境を分析出来るメガネキャラだ。ユキテル君に急接近した僕にやたらと期待している。

 4人が昔みたいに笑える様に一番努力している……泣かせるじゃないか……ちゃんと僕にお願いしてチームに加わって来やがって……たまに素に戻る僕にやんすのコツも教えてくれる。さらに強いから文句無しだ!

 

 

「マモル君、やっぱりストリンガーバトルは楽しいね。みんなも一緒で昔みたいで凄く楽しいよ! 本当にありがとう! 一緒にAランクを目指そう! マモル君となら僕は頑張れるよ!」

 

 僕が育てるまでもなく、元々ストリンガーバトルが強かった気弱な少年が居た。

 

 名前は木星ユキテル君、慕ってくれるのは嬉しいけど、やたらと距離感が近く、ちょっと女々しい寂しがりボーイだ。そのせいでイズナちゃんがたびたび僕に嫉妬する。

 ちょっとドキッとするから止めろよ……中性的だから変な気分になるだろ? 一緒に銭湯に行ったからユキテル君のユキテル君が全然女々しくないのを知ってるんだぞ? でも強いからゆる……しがたい、強すぎるのもちょっと問題だ。

 

 

「ようやく俺様を使ったなぁユキテル!! それでいい!! お前は俺だ!! 俺はもう一人のお前だ!! 我慢するなんて阿呆くせえよなぁ!? このユピテル様がお前の望み通りに敵を蹂躪してやるぜぇ!!」

 

 やっぱり出て来た悪の組織CC団。奴らに囲まれて襲われた時に、急にテンションがおかしくなったユキテル君もといユピテル君が居た。

 

 もう一人のお前を自称するユピテル君。最初はユキテル君が少し早めの病気にかかったのかと思ったが、背後霊の様に半透明で出現するので実在するようだ。

 この世界特有の精神疾患か? ソウルが悪さしているとしか思えん現象だ。

 

 性格はユキテル君と違って自信満々、言葉使いも荒い、一人称で俺様をチョイスする困った人格だ。少し友好的過ぎるユキテル君とは違って僕に対しても攻撃的な接し方をして来る。

 でも、意外と戦闘スタイル自体はユキテル君と差が無い。バトル時に発生する雷が赤ならユピテル君、青ならユキテル君、その程度しか違いが見当らない。

 

 ユキテル君にしても、ユピテル君にしても、戦闘スタイルが過激過ぎるのだ。僕が止めないと徹底的に対戦相手を叩きのめす。相手のソウル体を完全に破壊するまで手を止めないエグい奴等だ。

 

 ストリンガーバトルだけでなく、他のソウルバトルも同様だが、ソウル体が戦闘継続不可能になるまでダメージを受ければ勝敗は付く。普通は完全にソウル体を破壊するまではやらない、最近のガキは手加減を知らねぇなぁ……

 

 そしてストリンガーバトルとは、機体本体と使用者が何処までも伸びるソウルの糸で繋がり、その糸で相手を縛って刻んだり、機体本体を相手にぶつけたりするのが基本的な戦い方のホビーバトルだ。

 

 そしてストリンガーバトルにおいて一番特徴的で派手な部分、バトルの醍醐味はトリックと呼ばれる技の出し合いにある。

 

 ソウルの糸で平面的、あるいは立体的な陣を描き、トリックの名前を高らかに叫ぶ。そうすると機体に秘められたソウルにより様々な効果が発現する。シールドを張ったりビームを出したりトリックの効果は様々だ。

 

 代表的なのは、自身の周囲にシールドを発生させるロングスリーパー、機体本体を強化するスターテイル、スタンダードなビームを放つサイドシュートなどがあり、基本的なトリックは普通に使えば誰でも同じ現象を引き起こす、

 そして、強いストリンガーはそこにプラスアルファの効果を発生させる。

 

 ヨリイトストリンガーズで例を挙げると……

 

 ユキテル君とユピテル君の“ジュピター“は雷を巻き起こし。

 イズナちゃんの“サテライト・エウロパ“は雷を呼び起こす。

 ガミタ君の“サテライト・ガニメデ“は雷を撒き散らし。

 ビリオ君の“サテライト・イオ“は雷を響かせる。

 

 そう、僕のチームメイトは全員でんきタイプだ。僕はでんき統一パーティでも組んだのか? ゴムゴムの実能力者の前には為すすべもなく敗れ去るだろう。

 

 さらにさらに、その人しか使えないオリジナルのトリックを使うストリンガーも存在する。Aクラスともなれば最低でも1人1つはオリジナルのトリックを持っている。

 才能のある者は、ソウルストリンガーを使っている内に機体の声が聞こえて来て自然と習得できるのだ。

 

 本当に自然と習得するのだ。囁くような声が聞こえて、陣が頭の中に浮かんでくる感じかな?

 

 僕はそれをよーく知っている。なぜなら………

 

「ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

 周囲に爆発が巻き起こり、CC団共を吹っ飛ばす。悪の組織に手加減など不要だ。死ななければセーフだ。

 ごめんよ僕の“トワイライト・ムーン“こんな使い方はしたくなかった……僕の視界に入ったCC団が悪いんだ……

 

「流石だよマモル君! 本当に凄いトリックだね!」

「ふん! アンタは気に食わないけどそのトリックだけは認めてあげるわ!」

「ちっ、3ヶ月ぽっちでオリジナルトリックを習得しやがって……」

「見事でやんす! いつ見ても美しいトリックでやんす!」

 

 このトリックを放つとみんなはめちゃくちゃ褒めてくれる。言うほど美しいか? 僕また何かやっちゃいました?

 

 スパイダーベイビーはこの世界では認知されていないらしい、僕の編み出したオリジナルトリックと思われている。

 

 おい、もしかしてこれも一種の前世知識で無双って奴か? 僕の時代が始まっちゃう? 前世知識でストリンガーバトル無敗なんだが質問ある?

 

 ……ん、あれ? 結局自分で戦ってる……でヤンス? 



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役割破壊!! 揺れ動くアイデンティティ!!

 

 

 ガミタ君がクラスメイト達への僕を無視する命令を解き、クラスメイトとの会話が可能になったお陰でぼちぼちクラスにも馴染んで来た。

 よわよわメガネ先生が「知っでで止められなぐでごめんなざぁい! ゆるじでぇ!?」とドン引きするほど泣きながら謝ってきたのにはビビった。二十歳を過ぎた大人にガチ泣きされた時の対処法を残念ながら僕は知らない。

 必死に励まして気にしていない旨をどうにか伝えると、感謝しながら足にしがみついて来た。ドン引きを越えて恐怖すら感じる経験だ。

 

 

 そして更に時は流れ、撚糸町での生活も随分と慣れてこの町のソウル傾向や地理にも大分明るくなって来た頃の話だ。

 

 撚糸町にある廃工場、CC団がそこで違法なソウルストリンガーのパーツを製造しているとの噂を聞き付けた僕達ヨリイトストリンガーズは、この場所の調査にやって来た。

 

 廃工場の内部はソウルワールドと化しており、見た目の倍以上に広い秘密の生産工場が広がっていた。

 これって凄え技術だよな? 世間で実用化されているとは聞いた事がない、悪の組織なんか止めて平和利用しようとは思わないものかね?

 

 戦闘においては特筆すべきことは無かった。団員が200人程は居たがどいつもこいつも雑魚ばかりだった。

 特に苦戦する要素はなく、みんなで力を合わせて問題無く制圧が可能だった。

 

「ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

 全身タイツの黒尽くめの戦闘員達がトリックの爆発で吹っ飛んでいく。一応手加減しているから問題ない。戦闘員は恐らくこの部屋で最後だ。気絶している内にソウルの糸で拘束しておく。

 

 撚糸町で悪事を働くCC団……なーんか弱いんだよな? 襲撃は積極性に欠けるし、幹部級の人材が未だに出て来ていない。やる気ないのか? それとも他に理由でもあるのか?

 

「ねえユキテル君? こいつらってやる気が無くない? CC団って何だか勢いないよね……あっ、ないよねでヤンス!」

 

「えっ、勢いが無い? そうかなあ? むしろ今年に入ってから凄く活溌になった気がするけど……二週間に一回は騒動を起こすのは十分勢いがある証拠じゃないかな?」

 

 うーん……おかしいなあ? 御玉町でも廻転町でもこの時期なら三日に一回は事件が起こったんだけどなあ? もうちょっとギラギラしていたと言うか……

 

『俺には分かるぜぇ!? お前も暴れ足りないんだろマモル!? だから物足りなく感じるんだよ! お前は俺と同類だからな!』

 

 ユキテル君の後ろでやかましいユピテル君、最近はほぼ出現しっぱなしだ。

 

 しかも物体に干渉する様になって来たし、最近では飲食まで始める始末だ。僕のオヤツをよく強奪して来る。卑しん坊な奴め。

 僕への態度はだいぶ友好的になって来た。ユピテル君がやり過ぎる度にストリングガーバトルで止めていたら何時の間にか認めてくれたようだ。

 でもバーサーカー仲間扱いは困る。僕は愛と真実を貫くラブリーチャーミーな正義の少年だ。

 

「まったく! ユピテルもマモルも乱暴者よね! そんなんだからヨリイトストリンガーズの評判が悪いのよ! あんた達はもう少し慎みを覚えなさい! 大人のレディであるこの私のようにね!」

 

 よく言うよイズナちゃん……慎みのある大人のレディは水泳の授業があるからって水着を着たまま小学校には登校する事はない。掃除の時間に箒で野球して窓ガラスを割ったりもしない。給食のお替りを奪い合ったりもしない。冷凍みかんの恨みは忘れんぞ?

 それに、君の大好きなユキテル君も十分に悪評に貢献してるよ? むしろエゲツなさとキルスコアならチームトップだ。ビリオ君が記録しているデータで確認したから間違いない。好みだけで物事を決めつけるのはよくない。

 

「へっ、ナメられるよりはマシだろ。最近の撚糸町は妙な輩が多いからな、CC団以外の組織も動いている形跡がある。俺達のチームが恐れられるのは好都合だ。睨みを効かせている内は派手な真似は出来ねぇって事にもなるからな」

 

 最初はいけ好かない陰湿なガキ大将だと思ったガミタ君、思った以上に真面目に町を守っている親分肌の男だった。

 

 粗暴で威圧的な割には相談事を無碍にしたりしない。町の力無きストリンガー達からは恐れられながらも頼りにされている男の子だ。本当に小4か?

 

 転校初日から僕をハブにしたのは様子見だったらしい。僕が凄く怪しげだから組織のスパイだと思ったと言っていた……阿呆か? ヤンスヤンス言うスパイなんてこの世にいねぇだろ? 暫くして謝罪して来たから一応許した。

 だけど、忘れる事は無い。そういえばあの時は……ってここぞと言う時に言ってやる! 僕は受けた屈辱はぜったいに忘れない男だ! 何時までもネチネチと記憶してやるぜ!

 

「まあまあ、今は無事に事件を解決した事を喜ぶでやんすよイズナちゃん。僕達は確かに恐れられてはいるけど、同時に感謝されてもいるでやんす。それに、2人も最近は手加減を覚えて来ている。成長している所を褒めるのも大人の女っぽいでやんす。そうでやんすよねえ? ユキテル君?」

 

「えっ、僕? そうだね、2人とも凄い成長していると思うよ?」

 

「そういえば私もそう思ってたのよ! 最近ユピテルとマモルは良くやってるわ! 同じ意見ねユキテル!」

 

 釈然としないが……まあいい、ビリオ君に免じて突っ込みはやめておこう。

 イズナちゃんに一言申すと倍になって返ってくる。そして論破すれば拳が飛んで来るのだ。多少の発言はスルーするのが一番平和的だ。僕はかしこいから学習したのだ。

 

 ビリオ君が通報しておいた警察が到着し、気絶している戦闘員達を引き渡してその場を後にする。

 もはや顔馴染みになったおっさんに何時もありがとうって言われるのは……どうなんだ? 喜ぶべきか悲しむべきか迷うな。

 

 魂魄刑事部や魂魄警備部の特殊部隊は本当に初動が遅いよな? それともソウルギアを使った犯罪が多すぎるのか? ちょっとこの国の未来が心配になって来る。

 

 

 

 

 

 それからもCC団の活動が激しくなる事はなかった。ヨリイトストリンガーズでの日々は程々に悪の組織をぼちぼちと潰しつつ、ランク戦に精を出す毎日だ。

 

 

「お前らが最近噂のヨリイトストリンガーズやな!? 随分と調子に乗っとるらしいやんけ! 噂になっとるで! 最年少でAランクチームに到達するのはワイらのチーム“ナンバノタイガース“や! 覚悟せい!」

 

「ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

「な、なんやてぇ!?」

 

 うーん、お手本の様な関西チームだ。似非関西弁なのもそれっぽい。コテコテ過ぎる。

 

 

「おいどん達は“マスラオチェスト“でゴワス! ヨリイトストリンガーズ! 噂と違って随分と女々しか男が多いでゴワスね! おいどん達の方が数百倍雄々しく日本男児でゴワス! 勝利は頂くでゴワス!」

 

「ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

「ちぇ、チェストォォ!?」

 

 デカくて濃いチームだ。本当に小学生か? ストリンガーバトルに体型はあんまり関係ないだろ。

 

 

「わったーは“チュラウミニライカナイ“さー! 美ら海からソウルを得られるわったーは無敵! 地元では敵なしさー! ヨリイトストリンガーズ! 覚悟するさー!」

 

「ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

「し、シィサァぁ!?」

 

 撚糸町に海はねえぞ? 適当な方言使うな! 語尾を取り繕えばいい訳じゃねーぞ!?

 

 

「お前達がヨリイトストリンガーズかい? 私達は伝統ある“オソレザンソウルズ“! 口寄せで貴様等の悪行はまるっとお見通しだ! 正義のイタコである我等が成敗してくれるわ! 迷えるタマシイ達の恨みを晴らしてやるぞ!」

 

「す、ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

「き、きゃあ!?」

 

 濡衣だよ! 流石に殺しまではしていないぞ!? 別の魂を降ろしてない!?

 

 次々と遠方からやって来るキャラ付けの濃いチーム達を返り討ちにしていった。毎回遠くからご苦労な事だ。

 

 こいつ等はジュニア部門のチームだから13才以下のはずだ。子供の癖にわざわざ遠征しに来たのか? 行動力があり過ぎる。親御さんは何をやって……いや、家も似たようなもんか? 他所様の家を悪く言うのは良くない。

 

 やっぱりキャラの濃い奴はストリングガーバトルでも強い、ソウルバトル全体でもその傾向はある。

 色物にみえても中々の実力を持っている。自慢するだけの事はあり、そこら辺の戦闘員達とは比べ物にならない強さだった。

 まあ、だからこそこういう輩とランク戦を行い勝利すれば、たんまりとポイントが稼げる。お陰でヨリイトストリンガーズは年明けを待たずにAランクへと昇格した。

 

 僕が今まで所属して来たチームと比較してもかなり早いペースだ。

 だが、立ち上げてから無敗でランク戦を繰り返せば当然とも言える。自分より上のランクのチームに連勝を繰り返せばポイントにボーナスが付くのだ。遠征組が丁度よいランクだったのも運が良かった。

 僕達は傍から見れば、ジュニア部門では他に類を見ない躍進で無敵ッぷりだろう。だからこそ遠くの地にもヨリイトストリンガーズの噂が届いたに違いない。

 

 

 

 なんやかんやで1年はあっという間に過ぎ、年は暮れて行った。

 

 いよいよ新年がやって来る……今日は大晦日だ! 準備は万端だオラァ! 来るのは分かってるぜ!?

 

「ちょっとマモルー? 年越しそばはまだー?」

 

「まだだよ? ちゃんと年越しの瞬間まで待とうよ……あっ、待つでヤンス」

 

 まだ夜の9時だぞ? イズナちゃんは相変わらず食い意地が張っている。

 

「マモル君、年越しそばを食べるタイミングは31日なら何時でもいいみたいでやんすよ? むしろ年を跨ぐ瞬間に食べてるのはマズイでやんすね。年越し蕎麦は1年の苦労や厄を断ち切って新年をむかえるための縁起物で新年に持ち越すのは良くないでやんす」

 

「へー、そうなんだ? 勘違いしていたよ、流石はビリオ君、博識だねえ」

 

 流石チームのメガネ成分とデータキャラを一身に受持つだけの事はある。また一つ賢くなってしまった。

 

「じゃあ早く食べましょう! お腹が空いたわ!」

 

 饅頭を食いながら空腹を訴えるイズナちゃん。あんだけ夕飯をたらふく食ったのにもう腹が減るのか?

 まあ、大晦日だから多目にみよう。僕がみんなを自宅に招いた訳だし、もてなすのがスジだろう。

 

「僕も手伝うよマモル君、お鍋にお湯を沸かすね?」

 

 率先してお手伝いを申し出るユキテル君、勝手知ったる様子で棚から鍋を取り出してテキパキと準備を始める。

 チームのみんなは僕の家に入り浸ってるから調理器具の場所まで把握されている。

 

 しかし、大晦日に泊まりで友達の家に行くことを許可される小学生って凄いな? 誘っておいて何だけど全員許可が下りるとは思わなかったぞ? 

 

 年が明けたらやって来るであろうCC団との最終決戦、町を守る事にも関心があるヨリイトストリンガーズのみんなはどうせ首を突っ込むだろう。

 巻き込まれるのが分かっている、それならみんなが近くにいた方が事態をコントロールしやすい。そう思って年越しと正月を僕の家で過ごす様に誘った。

 

 上手く行けば今度こそ月のソウルは僕の物だ……うんうん、早く不老不死になりたいな♡ 頑張るぞい♡

 

 くく……僕の為に存分と働いてくれよヨリイトストリンガーズのみんな? 我が悲願のためになぁ! 僕の手作り蕎麦を食ったからには働いてもらうぞぉ!?

 

 父さんは相変わらず仕事だし、家政婦さんも大晦日と正月はおせち等の料理を作り置きして仕事を終えている。

 僕の家には大人は居ない、いくら夜ふかしと暴飲暴食をしても咎める人は居ないのだ。

 

 ユキテル君と年越し蕎麦を作り終わり、ホットカーペットとコタツの敷いてあるリビングまで持って行く。

 

 みかんや饅頭を食って年末のバラエティを見ている4人……1人は背後霊? だから薄っすらと発光している。

 

 ユピテル君め……ナチュラルにコタツでみかんを食ってやがる。

 とうとうユキテル君と離れて行動することが可能になったユピテル君。もしかしてコイツの正体はソウルの精霊か何かか? 自称別人格の割には自律行動し過ぎだろう。

 

「あっ! きたきた! いっただきま~す!」

 

 速攻で蕎麦を貪り食うイズナちゃん、レディの姿か? これが……まあ、いただきますが言えるのは偉いから許そう。

 

 みんなでテレビを見ながらコタツで年越し蕎麦を食べる、実に穏やかなで素敵な時間だ。正月は決戦で忙しいだろうから英気を養わなくてはいけない。

 

 ……うーん、今までやぶ蛇になりそうだから敢えて聞かなかったけど、少しだけ家の事をみんなに聞いてみるか? 

 自分家もそうだから、人の複雑な家庭環境を聞き出すのはあんまり好きじゃないけど……そろそろ聞いてもいい程度には信頼関係を築けただろう。

 

「みんなはさ、年末年始に家族と過ごさなくてもいいの?」

 

「はあ? 自分から誘った癖に今更だなマモル? まあ、別に構わねえんだよ、俺達は一族ではユキテルと一緒に出来損ない扱いだ。どうせ年末年始の本家への挨拶には置いて行かれて留守番だからな……出来損ないらしく好きに過ごさせてもらうぜ」

 

 ほーん、やっぱりそんな感じなのか? 一族ね、お互いに苦労するねぇ……

 

「ガミタ君、その話は止めた方がいいでやんす」

 

「別に構わねえだろ。マモルは俺達の……その……もう身内みたいなもんだろ? 隠す程の事情でもねえ」

 

 おっ、ガミタ君がデレたぞ? 僕の特製年越し蕎麦か決め手かな? 市販の蕎麦を茹でてめんつゆとほんだしで作ったお手軽年越し蕎麦だけどね。天ぷらは出来あいの物を乗せただけだ。

 

「そうそう! マモルはヤンスは下手くそだけど役に立つわ! それに私達は既にAランクチームよ! 本家の生意気な奴等も私達に先を越されて悔しがってるでしょうね! いい気味よ!」

 

「……そうでやんすね。マモル君のお陰で僕達はまた昔みたいに仲良くなれた。僕もジュピターガーディアンズとしての役目を満足に果たせているでやんす。当主様だって今のユキテル君を見れば……」

 

 へー、アイジ君に対する四天王みたいなもんか? ガーディアンズって洗脳とかノリじゃなくて伝統あるガチの役目だったのか。やっぱりこの世界はおかしいな、阿呆だろ?

 

「うん、でも僕は役目や家なんて気にしてないよ。今はみんなで一緒にストリンガーバトルをするのが楽しいんだ。本当にありがとうマモル君、全部君のお陰だよ!」

『俺達が暴れる為の舞台を整えてくれるもんなぁ!? これからも頼むぜマモル!』

 

 おいおい、みんな褒め過ぎだろ? 気持ち良いじゃねえか! うーん、承認欲求が満たされるぅ! もっと褒めて♡

 

「いやーみんな褒め過ぎだよ……あっ、でヤンス!」

 

「もう! それ止めなさいよ! 全然使いこなせてないじゃない! マモルにはヤンスの才能がないわ!」

 

 うっ、そんなぁ……ヤンスの才能って何だよぉ……

 

「うーん、語尾で自分の人格の認識の先鋭化を促す事によって、自身のソウルの傾向を望む方向に変化させる修練……こればっかりはフィーリングと才能の世界でやんすからねえ。僕はやんすが性に合うけどマモル君には合わないみたいでやんす、頑張ってるのは知ってるでやんすが……違う語尾を試すのはどうでやんすか?」

 

 ……えっ!? 何それ!?

 

「うん、確かに語尾や格好を模る事によってオリジナルトリックや必殺技は発現しやすくなる。遠征で僕達に挑んできた人達にもそれを実践していたストリンガーが多かったからね。でも、マモル君には必要ないんじゃないかな? もう十分に多くのオリジナルトリックを持ってるしね」

 

 えっ!? ユキテル君? ええっ!?

 

「ああ、一族間で独自のスタイルが伝わってる事が多い修練法だが、やんすはその中でもポピュラーな語尾だからな。一般のストリンガーに知られていてもおかしくはねぇ、最初に会った時は俺も過敏になっちまった……改めて済まなかったなマモル」

 

 んっ!? ガミタ君? んんっ!?

 

「そうなの!? ヤンスにはそんな効果があるの!?」

 

「はぁ!? 知らないでやってたのかマモル!? おいおい、じゃあお前は何が目的でヤンスって言ってたんだ? 大丈夫かよ……」

 

 若干引いた様子で僕に問い掛けるガミタ君。

 

 改めて何でって言われると……説明しにくいな? 自身の立ち位置の確立? うーん? 僕は何故ヤンスをチョイスしたんだ?

 

「えーと、安心と安全を手に入れるため……かな?」

 

 みんなが疑問符を浮かべて唸る。

 いや、ごめん。僕自身も正直分かっていないかも……

 

「やっぱりマモルは変人よね! 何だっけ? 正月にCC団との最終決戦が始まるだったっけ? 要塞がどうとかも言ってたわよね? 妄想は程々にしなさいよねー」

 

 いや、変人じゃねえよ!? 正月には悪の組織の要塞が町に出現する物だろ!? そういう風潮があるだろ!? そういう感じだろ正月って!

 

「要塞は出現するよ! えーと、空中と陸上が来たから……今度は海上だよ! 正月にはCC団が町をソウルワールドにして海上要塞を出現させるはずさ!」

 

「いや、撚糸町に海はねえぞ? 大丈夫かマモル? もしかして熱でもあんのか?」

 

 うっ!? そうだった……撚糸町は海のない町……うごご……

 

「ぼ、僕は信じるよマモル君! えっと……うん……」

『ふーん、現実味がねえけどそうなったら最高だな。正月早々派手にバトル出来るなんて最高じゃねえか』

 

 あっ、信じてないな!? げ、現実味の無い発光謎生物の癖に! 僕を愚弄するつもりか!?

 

「絶対だよ! 正月には絶対に要塞が町に出現して悪の組織と僕達の最終決戦が始まるんだ! 僕のソウルを賭けてもいい! 間違ってたら鼻からスパゲッティ食って町内を逆立ちで一周してやるよ!」

 

「えぇ……何でやんすかその猟奇的な代償行為は? 誰も得しないでやんす」

 

「バカね! 自分で自分を追い込んでどうするのよ? 素直にゴメンなさいしなさい、今なら許してあげるわよ?」

 

「う、嘘じゃないよ! 信じてくれよぉ!?」

 

 本当だもん! ほんとに要塞が出現したんだもん! 嘘じゃないもん!

 

 まるで僕の頭がおかしいみたいじゃないか! 新年の幕開けを見てろよ!? 絶対に要塞が出現すっから! 吠え面かくなよ! ギャフンと言わせてやる!



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有言実行!! 契約履行はジョーシキデヤンス!!

 

 

 撚糸町でのお正月は実に平和な時を過ごせた。

 

 病院のベッド以外で過ごす正月休みは久しい……だがしかし、僕はそのせいで窮地に追い込まれていた。ギャフン。

 

「離してくれユキテル君! 僕は約束を守る男だ!」

「や、止めてよマモル君! 誰もそんな事望んでいないよ!」

 

 僕を玄関で羽交い締めにして必死に止めるユキテル君、気持ちは嬉しいが自分のソウルに嘘をつく訳にはいかない。

 

 でも……誓った相手が止めてくれるならセーフだよね? それにしても僕はそんな約束したっけ? 言ってない気がするな? 僕は嘘つきじゃないし、そんな下らない事は言わないよな? うんうん、そういえば僕は約束なんてしていないよね。

 

 もう少しアピールしてから納得した感じで事を収めればいい、そうすればみんなも何も言わないだろう。僕も鼻からスパゲッティを食べずに済む。町内を逆立ちで一周せずに済む。

 

「パスタ麺がキッチンに無かったから蕎麦の残りを持ってきたわ! 仕方ないからこれで許してあげるわマモル!」

『それ茹でて無い乾麺だろ? えげつねーなイズナ』

 

 え? マジで? マジでやらせる気なの?

 

「おいおい、マモルの奇行を近所に見られたらヨリイトストリンガーズに更に変な噂が流れるぞ?」

「うーん、僕達がシーツとかで隠しながらサポートするしかないでやんすね……」

 

 止めてくれるんじゃないの!? そんなに僕が鼻に蕎麦突っ込んで逆立ちするとこ見たいか!?

 

 自身の発言に後悔している僕に、玄関が開かれる音が飛び込んで来た。

 

「おや、随分と賑やかだなマモル? 友達と遊んでいるのかい?」

 

「あっ、父さん! 帰ってきたの!?」

 

 流石父さんだ! 普段は微妙だけどいざと言う時には役に立つ! 僕の窮地を救ってくれるぅ!

 

 

 

 イズナちゃんも、流石に父親の目の前で僕の鼻に蕎麦を突っ込む気は無かった様だ。

 父さんが僕達に話がある事を伝えると、大人しくそれに従った。命拾いしたぜ……

 

「マモルのチームメイトである君達にも無関係ではないからな、みんなにも聞いてもらいたい。マモル、来年度はまた新しい町に引っ越す事に決めた。お前が撚糸町で過ごせるのは3月一杯までだ。すまない……」

 

 リビングに移動した後に、僕達の前でそう切り出した父さん。

 

 またかよ! と、思わない訳でもないが逆らうつもりは無い。

 確かに普段から家に居らず、父親としての役目を果たしているとは言い難い父さんだが、それでも父親で家族だ。

 

 僕の修行を密かに継続させている疑惑もある。僕には未だに役目とか、病院で言っていた育ち過ぎるとヤバい話とかの詳細を教えてくれない。なかなか酷い仕打ちだ。

 でも、養って貰っている身としてはその決定に異は唱えられない。大人しく従おう。

 

 それに、父さんは僕に構えない代わりに望んだ物は与えてくれる。あんなに仲の良かった母さんと離婚してまで僕の修行したくないという意思を尊重してくれた。

 父さんは不器用だけど、僕の事を息子として大事に想ってくれている。それだけは確かだ。

 

 そして一番の根拠は……ソウルギアを通せば友達はすぐに出来るって教えてくれた父さんの言葉だ。あれは正しい教えだと思う。

 

 確かにソウルギアを通して出来た友達は、一癖も二癖もある問題児が多かった。

 僕を危険な目に誘い、ソウルバトル漬けの日々へと導き、悪の組織との戦いへと強制連行する様な奴ばかりだ。僕にとって何より大事な安心と安全を脅かす危険な奴らでもある。

 

 だけど、みんなと出会わなければ良かったなんて思ったことは一度も無い。

 

 少し刺激的な友達とソウルバトルで共に戦う日々は悪くなかった。僕の主義とは反するが、危険なのは嫌だが……それでも楽しいと思える日々だった。

 

 そんな大事な事を教えてくれた父さんの言葉だ。僕はそれに従おう。父さんは僕の事を考えて引っ越しを決めたと信じている。

 

 そして何よりも大事な事がある! これが一番大事な事だ!

 

 最終決戦が起こらなかったこの撚糸町では!! 月のソウルが手に入らない!! 不老不死が手に入らない!! 実に由々しき事態だ!!

 

 だから引っ越しは仕方ないよね? みんなには申し訳無く思うけど、それはソレでこれはコレだ。

 

 出会いがあれば別れもある。人生とはそういう物だ……

 

 すまない……僕は新しい町へと向かわなければならないのだ。夢を叶える為に……すまぬ……すまぬ……

 

 くくっ、待っていろよまだ見ぬ悪の組織共め! 貴様等の計画を利用してこの僕が不老不死へと至ってくれるわ! この田中マモル様がなぁ! まったくCC団にはがっかりだぜ! ショボい悪事ばかりしやがって! ペッ、使えねぇーな!

 

 うんうん、新しい町へと元気よく笑顔で引っ越そう。

 

 ヨリイトストリンガーズのみんなも家庭の事情なら納得して送り出してくれるはずだ。別れは惜しいがそれは……

 

 突然隣から、ドンっ、とテーブルを叩く音が聞こえた。

 

「ほゎっ!?」

 

「そんなの! そんなのは嫌です! マモル君は撚糸町に残るべきです! その方がいいに決まっている! そうするべきです!」

 

 ゆ、ユキテル君? 急にどうした!?

 

『お、おい……ユキテル……』

「マモル君のお父さんは全然家に居ないじゃないですか! 新しい街でもそのつもりなんでしょう!? それなら撚糸町に残るべきです! 僕達はマモル君を孤独にさせたりしません! アナタには1人で家に残される子供の気持ちが分かりますか!?」

 

 おいおい……ユキテル君? もしかして大晦日にみんなを泊まらせたのは僕が寂しがっていたからだと思ってるのか? 

 

 僕の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、それは勇足だぞ? とちりしているぞ?

 

 どうやって誤解を解いたもんか………そんな想いを含めつつ父さんに視線を向ける。父さんが僕の視線に気付いて頷きを返す。

 

 おお! 流石父さんだ! やっぱり頼りになるぜ! 人生経験豊富な大人のトーク力でユキテル君を説得してくれ!

 

「君の言いたい事はわかったよユキテル君。父親として、マモルの事を考えていてくれるのは本当に嬉しい。マモルはこの町で良い友達が出来た……ありがとう」

 

 おっ、良い感じの切り口だ。

 

「マモルも君達と同じ様に特殊な事情を抱えた子だ。私はその事情を解決したい、その為に引っ越しを決断したんだ。詳しい事情は話せないが……」

 

「そんな! そんな言い分で!」

 

「ああ、分かるよ。言葉だけで、大人の都合を押し付けられるのはツライよな……だから、私はユキテル君が納得出来る方法を提案しよう。君達はストリンガーだからな」

 

 ん? 

 

「僕が納得する方法……ですか?」

 

「ああ、ここに未契約のソウルストーンがある。これに誓約を立ててユキテル君とマモルがソウルワールドでストリンガーバトルするんだ。ソウルストーンを使ったバトルによる結果は絶対遵守、木星の一族に連なる君ならよく知っているはずだろ? ユキテル君が勝ったらマモルはこの町に残る。マモルが勝ったら町を出ていく事を許可して欲しい」

 

 ホワイ!? 何で僕なの!? 父さんじゃねえのかよ!? しかもソウルワールドで勝負ってダメージがフィードバックするじゃねえか!? そんなもん子供に勧めんなよ!

 

「僕と……マモル君が戦う? ソウルワールドで?」

 

「ああ、どうやらユキテル君とマモルの間には少し齟齬があるようだ。言葉を尽くすのもいいが、やはりソウルとソウルがぶつかり合えばより深く分かり合える。どうかなユキテル君? 勝負を受けてはくれないか?」

 

 断るんだユキテル君! 僕はキミと本気のバトルをしたくない! やり過ぎを止める為に何度か立ち向かってるけどガチで勝負するのは絶対に嫌だ! あんな恐ろしい技を食らいたくない!

 

「分かりました。その条件で勝負を受けます」

 

 ぐふっ……

 

「そんな……ユキテルとマモルが……」

「ちっ、これもストリンガーのサガか……」

「複雑でやんすがそれで2人が納得するなら……」

『仕方ねえよ、言葉で止まらねぇなら後はバトルしかねぇ』

 

 止めてくれよ! 何で容認ムードなんだよ!

 

「ありがとうユキテル君、それじゃあ二人ともソウルストーンに触れてくれ。誓約を立てよう」

 

 い、嫌じゃ……ガチのストリンガーバトルなどしとうない……しとうないが……ユキテル君に勝たないと不老不死への道が閉ざされる? どうする? この空気でいまさら戦わないと言ってもユキテル君は納得しないだろう。最近のユキテル君は見た目と違って頑固な性格だ。

 

 僕が自分の為にユキテルを前向きボーイに変えてしまったからな……僕がヤンスヤンス言って焚き付けたからユキテル君はこんなバトルモンスターに育ってしまった。

 

 しゃーない、最後に責任を取るか! ユキテル君が納得出来る様にボコボコにしてあげよう!

 

 ふっ、やるからには加減はしないぞ? 覚悟してくれよユキテル君。

 

 

 

 そして一週間後、撚糸町のバトルドームで向かい合う僕とユキテル君が居た。

 

 ドームには僕達の2人の他には、チームのみんなと父さんしか居ない。

 

 父さんは今日の勝負の為にドームを貸し切った。アホか? 金銭感覚ガバガバかよ。

 

「では、私が審判を務める。私はソウルギアによる治療を行えるから安心して戦いなさい、悔いの残らない様に互いに全力を尽くすんだ」

 

 治すからセーフ理論はやめろ、ケガ前提じゃねーか。

 

「全力で行くよマモル君! 君はこの町で暮らすべきだ! 僕達と一緒に!」

 

 ま、いまさらジタバタしてもしゃーないか……本気を出そう、加減して勝てる相手では無い。

 

「僕も全力を出す! 覚悟してくれユキテル君! ……でヤンス!」

 

「二人とも構えてくれ! ソウルセット! ストリンガーバトル!」

 

「迸れ蒼き雷光! 鳴り響け“ジュピター“!」

「黄昏に浮かべ! トワイライト・ムーン!」

 

「ファイトォー!!」

 

 

 

 

 

「ライトニングフラッシュ!!」

「ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

 戦いの合図と同時に、ユキテル君とマモル君のオリジナルトリック同士がぶつかり合う。

 

 ソウルによる雷撃とソウルによる爆撃、性質こそ違うがどちらも開幕と同時に放つ事が多い速攻と奇襲用の技だ。両者のトリックはほぼ同時に発動してフィールドの中央で激しい火花と衝撃を炸裂させた。

 

 そして、すぐに別の音が聞こえて来る。

 

 互いの機体の本体同士が衝突する音だ。更にはフィールドの所々でソウルの糸が光を放って切れていく。互いに相手の陣を成立させない様にソウルの糸を切り合って妨害している証拠だ。

 

 ソウル体の防御が厚く、基本的な糸や本体での攻撃が致命傷になりにくい上級者同士の戦いはたった一つのトリックの成立が勝敗を分ける。

 なので、互いに1歩も動かずに糸を手繰り操って攻防を成立させる。いかに相手のトリックを発動させずに自分のトリックを成立させるか、レベルの高いバトル程こういった張り詰めた展開になる事が多い。

 初心者同士の戦いの様にバタバタと走り回ったりはしない。ストリンガー本人は静かにその場に立ち、代わりにソウルの糸と機体がフィールドで激しくせめぎ合う。

 

 このレベルのストリンガーになると、機体と操者を繋ぐ糸は一本ではなく、手の指以外の身体の部位からもソウルの糸を伸ばす。

 伸ばせる糸の本数と量は、基本的にはストリンガー本人のソウル保有量と比例する。

 そして、ユキテル君もマモル君もソウルの保有量はAAクラス。到達出来るのは一千万人に1人とも言われ、国内では二十数人しか存在しない選ばれた存在だ。

 ソウル量は一般的には18歳頃まで伸びると言われており、二人は更に上のクラスに至る可能性もある……末恐ろしい才能だ。

 

 その潤沢なソウル量が、このフィールド一杯を所せましと埋め尽くすソウルの糸を生み出している。ここまで規模の大きいストリンガーバトルは滅多に見られるものじゃない。

 実にレベルの高い攻防、ジュニア部門では間違いなく頂点におり、規模で言えばトッププロと比べても遜色ないストリンガーバトルだ。

 だが、糸捌きだってソウル量によるゴリ押しでは無い、まるで意思を持ったかの様に縦横無尽に張り巡らされては消えて行く。

 絶え間ない陣取り合戦だ。光をチラ付かせて偶に目に映るのは機体本体同士の激突、僕には速すぎて目で追う事が出来ない。

 

 拮抗した攻防が続く、勢いが衰えることなく。むしろ時間が経つに連れて激しさを増すストリンガーバトルがフィールドで繰り広げられていた。

 

 どちらが有利なのか……それすら分からない。ぼくの目にはまったくの互角にみえる。

 

 僕は、僕たちはどちらに勝って欲しいと思っているのだろう? どちらを応援すべきなのだろう?

 

「なぁお前ら……どっちが勝つと思う?」

 

 ガミタ君が僕達に問い掛ける。自分では決められない答えを出して欲しい、そんな気持ちが込められている気がした。

 

「そんなのはユキテルに決まってる……そう言いたいけど、正直分からないわ。どっちが勝ってもおかしくない、本当に生意気よマモルは……」

 

 イズナちゃんは僕と同意見らしい、どっちが勝ってもおかしくない。それ程に二人の技量とソウル量は拮抗している。

 

 ならば、勝敗を分けるのは……

 

『勝つのはマモルだ』

 

 ユピテル君がはっきりと断言した。その発言に僕だけでは無くイズナちゃんもガミタ君も驚いている。

 

 誰よりもユキテル君に近しいユピテル君の発言、ならば確かな根拠がそこにはあるのだろう。僕達では見えない何かが彼女には見えている。

 

 それは一体何だ? ユキテル君の事が分からないのが悔しい、どうしても知りたい。イズナちゃんとガミタ君の表情にもそんな気持ちが浮かんでいる。

 

「ユピテル君? どうしてそう思うでやんすか? 何でマモル君が勝つと断言できるでやんす?」

 

 僕はユピテル君に問い掛ける。知らない事を知らなければ、あの二人に少しでも近付く為に……

 

『この勝負でユキテルはストリンガーバトルを楽しんでねえ。ソウルで繋がっている俺にはよく分かる。それに比べてマモルの表情を見てみろよ』

 

 ユピテル君に促されるままにフィールドのマモル君に目を向ける。

 

 ああ、マモル君。君は……

 

「楽しそうでやんすね……マモル君は笑っているでやんす……」

 

『ああ、ストリンガーバトルは楽しんでいる奴が一番強え。お前らだってそれはよくわかってんだろ? この1年でお前らは以前とは比べ物にならないくらいに強くなったよな? それは何故だ?』

 

 何故かって? そんな事は決まっている。

 

「………楽しかったからだよ。またユキテルと一緒にストリンガーバトルが出来て、新しくマモルが加わった。そんな毎日が楽しくて仕方なかったからだ」

 

「そうね、アンタの言うとおりよユピテル。ストリンガーバトルを心の底から楽しいと思えたから私達は強くなれた。バラバラになっていた私達がまた1つになれたのは……その楽しさを再び与えてくれたマモルよ……分かってるわ」

 

 ああ、やはり2人も同じ気持ちなのだ。卑怯者の僕とは違うのだろう。身勝手だけど、それが凄く羨ましい。

 

「そうでやんすね、みんなの言う通りでやんす。ユキテル君は焦りと悲しみでそれを見失っている。だからこそ勝敗は……」

 

「くっ!? デウエス・ティタノマキア!!」

「行くよ! トワイライト・シンドローム!!」

 

 フィールドで、二人の最強のオリジナルトリック同士が激突した。

 

 蒼き雷と淡き月の光が激突する。余波で凄まじいソウルの奔流がドームの中に広がり僕達の所まで届く。

 

「うぉ!?」

「きゃ!?」

「ううっ!?」

『決まったな』

 

 思わず目を瞑る、衝撃と余りの眩しさに目が眩んでしまう。

 

「そこまでだ!! 勝負あり!! 勝者田中マモル!!」

 

 開けた視界に入ったのは、仰向けに倒れたユキテル君と立ったままのマモル君。マモル君のお父さんがユキテル君に駆け寄って治療を始めている。

 

「ユキテル! マモル!」

 

 二人の名前を呼びながらフィールドへと走るイズナちゃん達、僕はそれを立ち尽くしたまま眺めている。

 

 僕に……僕にはあそこへと駆け寄る資格はあるのか?

 

 卑怯者の僕に、嘘つきの僕に、最低な裏切り者の神立ビリオはあそこでみんなの輪に加わる事が許されるのだろうか?

 

 再びユキテル君に興味を持ち出した本家へと情報を流し、CC団にも尻尾を振る節操なしの恥知らず、それが僕だ。

 

 ユキテル君を監視して本家に情報を流し、信用を手に入れて儀式の情報を手に入れた。

 そして、その儀式の情報をCC団に横流しした。CC団がその情報を利用すれば、彼等独自のソウル技術なら彼女が復活する可能性がある。

 

 実際に似たような境遇だった金星家の彼女は復活を遂げた。ユキテル君より前に儀式で肉体を失ったはずの金星アイカは再びこの世に舞い戻った。

 今では自らの意思でグランドカイザーの元で力を振るっている。金星本家に、ひいてはプラネット社に、そして惑星を冠する一族の頂点に立つ者、太陽の力を持つ盟主を倒す為だと言っていた。

 

 あの技術の為に僕はCC団に頭を垂れる。CC団に積極性が無いと言っていたマモル君の直感は正しい、僕が予めヨリイトストリンガーズの情報を流して襲撃をリークしていた。

 末端の戦闘員には知らされていないが、CC団としては襲撃されても問題無い様に立ち回っていた。通報しているのも嘘ではないが、あれも組織の息がかかった者達だ。戦闘員は秘密裏に解放されて再び組織へと合流している。

 

 要塞の件だって間違いではない、本来なら“湖上要塞マルドゥーク“が出現する予定だったが……PTAの襲撃によりそれが不可能になった。

 

 ムーンリバースとマーズリバース、非常に強力な二人のストリンガーがこの町で暗躍している。糸造博士は二人に敗北した。

 

 撚糸町をソウルワールドと化し、ソウルを集めて巨大なソウルの糸を作り月と接続させる“コネクトムーン計画“は失敗どころか部分的に乗っ取られたらしい。完全ではないが月のソウルが一部奪われたとの情報もある。

 

 撚糸町でのCC団の活動は終了せざるを得ないだろう。後片付けや監視などの細々とした活動はあるだろうが、表立った作戦行動は今後は行われない。

 

 だが、僕の活動が終わるわけではない。CC団との、グランドカイザーとの契約はまだ続いている。

 マモル君はこの町を出るが、ユキテル君の監視はまだ続けなければならない、僕はこれからもユキテル君の様子を組織に流し続ける。

 

 いかなる理由があろうとも、それが誰のためだとしても許されるべき行為ではない。友達を欺き嘘を重ねる僕は救いようの無い屑だ。

 

 でも、だからこそ、屑だからこそ最後まで嘘を貫き通さねばならない。みんなが笑顔のままで居られる様に、失われた存在を取り戻す為に。かつて果たせなかった約束を果たす為に。

 

 ユピテル君を……いや、ユピテルちゃんを元の姿に戻す為に。

 

 全てが終わった後に罰を受けよう、事が終わればあの輪の中に僕の居場所は無いだろう。

 

 それまで僕は、嘘を吐きつづける――

 

「ユキテル君! マモル君! 大丈夫でやんすか!?」

 

 救いようの無い道化だ。ソウルとソウルギアを私利私欲の為に汚す僕は地獄に落ちるだろう。

 

 自身の欲望の為に友を欺き利用する。そんな奴はストリンガーの風上にも置けない。

 

 



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心機一転!! ヨリイトストリンガーズよ突き進め!!

 

 

 ストリンガーバトルには繊細なソウルコントロールが求められる。

 

 怒りや憎しみなどの激しい感情がソウルを強くする事は間違いではない。

 だが、激情をそのままプレイに反映させるのは悪手だ。心の中がどれほど荒れ狂っていても、頭と糸捌きはクールでなくてはいけない……ユキテル君の敗因はそこにある。

 

 その点でいえば、僕は終始冷静どころか穏やかな気持ちでバトルを進める事が出来た。

 苦しい時こそ楽しい事を考えるのがベストだ。僕はいずれ得る事が決まっている不老不死についてバトル中ずっと考えていた。

 だからこそ穏やかで冷静な気持ちのまま戦う事が出来た。僕は常に冷静でクールな男……私メンタル強者、強いネ……

 

 バトル中の僕は、思わず顔がにやついてしまう程の穏やかさだった。結果的にそれが煽りみたいになってしまったかな? ユキテル君は僕の表情を見て明らかに動揺していた。

 

 ちょっと悪い事をしたとも思うが、全力の僕の煽りはこんなものではない。流石に友達相手にメンタル攻撃やマウントを取る様な言葉は投げかけない。だから表情は勘弁して欲しい。

 

 父さんの治療を受けつつ目元を腕で覆ったままのユキテル君、泣かせてしまったのは心苦しい、フォローしなくては……

 

「ユキテル君」

 

「マモル君……ごめんね……ワガママだって事は分かっていたんだ。だけど、抑えられなかった……自分の気持ちが……ごめん」

 

 ユキテル君の声が震えている。そこまで自分を卑下しなくても……気持ちそのものは嬉しい。

 

「いい勝負だったよ、ユキテル君。またいつか……お互いに成長したら、ストリンガーバトルをしよう」

 

「マモル君……」

 

「僕達の実力は殆ど互角だった。多分勝敗を別けたのは……経験の差だよ。バトルの経験じゃない、ソウルバトルを通じて出会った友達との日々が僕の心に……ソウルに力をくれる。僕はユキテル君より多くの出会いと別れを繰り返して来たからね……」

 

 僕の心に様々なストレスをかけてくれたミタマシューターズのみんな……カイテンスピナーズのみんな……キャラの濃い様々なソウルギア使い共……耐えて来たからこそ僕の心は強くなった。僕のメンタルはちょっとやそっとじゃ動じない。

 

「友達……でも僕は……マモル君がいなくなったら……」

 

「別れは永遠じゃない、それに成長したらもう一度戦おうって言っただろう? 再会を約束して別れるんだ。それを忘れない限り僕らは繋がっている、ソウルのキズナでね」

 

「……お互いに成長したらもう一度?」

 

「うん、別れは寂しいけど、乗り越えた時には新しい力になる。新しい出会いの始まりでもある。僕は新しい町でたくさん友達を作って強くなるよ、ユキテル君も僕に負けないぐらいに新しい友達をたくさん作って強くなって欲しい! ユキテル君になら出来る! ユキテル君は僕の親友だからね!」

 

「っ! マモル君……僕は……」

 

「親友には、お別れの時に笑顔でいて欲しいんだ……ユキテル君には笑っていて欲しい」

 

 ユキテル君に右手を差し出す。

 少しだけ黙り込んだ後、ユキテル君は目元を覆っていた腕をどけ、僕の差し出した手を取って立ち上がった。

 

「約束するよマモル君。僕はもっと強くなる……だから……また会えるよね?」

 

 涙に濡れてはいたが、ユキテル君は確かに笑っていた。よしよし、強い子だ。

 

「ああ、当然だろう? 必ずまた会えるよ、僕達のキズナは永遠さ」

 

 僕達がもう少し大きくなって、自由に動ける様になったら幾らでも会いには行けるだろう。

 だけどその頃には……ユキテル君も新しい友達が出来て、僕への執着は薄らいでいるだろう。今は絶対に思える気持ちも、時と共に変化していく物だ。

 でも、嘘ではない。今この瞬間では僕もユキテル君も確かにその永遠を信じて、キズナを信じて約束を誓っている。いつか変わってしまうとしてもそれを偽りと言うのは無粋だ。

 

「ユキテル! マモル!」

「派手にやったなお前達!」

『二人ともズリーよな、俺も思いっきり暴れたかったぜ』

 

 おっ?

 

「ユキテル君! マモル君! 大丈夫でやんすか!?」

 

 みんなが駆け寄って来る。うーん、青春っぽいねえ……

 

「ユキテル君……僕も君も一人じゃない、どこに居てもね」

 

「うん……そうだね。マモル君のおかげだ」

 

 うんうん、ユキテル君も納得出来たみたいだ。これにて一件落着だね!

 

 

 

 

 

 

 撚糸町での最後の時間、僕達ヨリイトストリンガーズはギリギリまでランク戦に明け暮れた。

 

 僕が抜ける穴を補充するまで、しばらく順調にはポイントを稼げなくなるかもしれない。せめてもの罪滅ぼしだ。

 

 そして、別れの日がやって来た。僕の旅立ちを祝福するかのような実に素晴らしい天気だった。

 

「マモル君、元気でね。僕達は君がいなくなっても強くなる。来年の夏に行われるスペシャルカップを目標に新しい仲間を作って成長してみせる! だから心配しなくても大丈夫だよ」

 

 笑顔で僕にそう告げるユキテル君……よかったよかった。前向きに納得してくれて僕もひと安心だ。やっぱり後味の悪いお別れは嫌だもんね。

 

「ふん! アンタの席は残しておいてあげるけど、新しい町でぬくぬくとして成長しなかったら補欠扱いだからね! だから……だから向こうでも頑張りなさいマモル。またね……」

 

 ははっ、なかなか可愛い事言うじゃないかイズナちゃん。でもぬくぬくしたいなぁ……無理そうだけどね。

 

「マモル、お前には本当に世話になった。感謝してるよ……ありがとな……へっ、こんなのは俺の柄じゃねーか? オイ! 新しい町でナメられるんじゃねーぞ! ガツンとかましてやれよな!」

 

 ああ、大丈夫さガミタ君。新しい町での事はちゃーんと考えてある。ガツンとまでは行かないかもしれないけど元気でやるさ、君も元気でいてくれ。

 

「マモル君、君にはヤンスの適性は無かったみたいでやんすが、君は他に素晴らしい才能を色々と持っているでやんす。寂しくなるけど……新しい町でも元気でやって欲しいでやんす……」

 

 ビリオ君は……ちょっと元気ないよな? 表面上は取り繕っているけどなんか後ろめたさがあるというか……

 そうか! 僕にヤンスについて色々と教えてくれたけど、上手く行かなかったから責任を感じているのか! 本当にいい子だよ君は……そのままの君でいてくれでヤンス!

 

「マモル、そろそろ時間だ」

 

 父さんの声が車の中から聞こえて来る。確かに名残惜しいがそろそろ出発の時間だ。

 

「わかったよ父さん……みんな、またね! 次に会うときは互いの成長を見せ合おう! 僕達のキズナは永遠だ!」

 

 それっぽい事を言って車に乗り込む、さらば仲間たちよ! さらばヨリイトストリンガーズ! さらば撚糸町! アリーヴェデルチ!

 

 助手席のミラー越しに手を振っているみんなが見えた。僕も窓から体を乗り出して彼等に手を振る、みんなが見えなくなるまで。

 

 さようならみんな、さようなら撚糸町……一部を除いて。

 

 

 

 窓越しに外の風景を眺める。おっ、海が見えてきたぞ? 新しい町には海があるのか? 嬉しいなー、素敵だなー。

 

『なあなあ親父さん! 舞車町でソウルストリンガーは流行ってんのか!?』

 

「いや、舞車町はソウルランナーに特化したソウル傾向の土地だ。残念だけどストリンガーバトルは殆ど行われていないよユピテル君」

 

『ええーマジかよ!? まあでも、マモルに相手してもらえば問題ねえか! だよなぁマモル!?』

 

「えっ、ああ、うん……」

 

『おいおい、いまさらになってユキテル達が寂しくなったのか? 元気ねーぞ?』

 

「いや……うん、そうだね、ちょっとね……」

 

 くそ!? どういう事だ!? なんでユピテル君が付いてくるんだよ!? 背後霊の癖に宿主を乗り換えるんじゃねえよ! 尻軽幽霊野郎め! 背後霊の癖にシートベルトしやがって! 偉いぞ!

 

「すまないなマモル……だが、ユピテル君が一緒なら寂しくないだろう? それにいい物も用意してある、鞄の中のケースを開けてみなさい」

 

 普通さぁ? 僕に一言あって然るべきじゃないの? なんで僕だけが引っ越し当日にその事を知るの? おかしくない? 君もユキテル君から離れていいのかユピテル君? 父さんも当然の様に背後霊かどうかも分からない謎生命体を引き取るんじゃねーよ。

 

『おっ、これかい親父さん? これがマモル用のソウルランナーか……いい作りだな、かなり純度の高いソウルストーンをコアに使ってるぜ』

 

 何故かケースを勝手に開けてるユピテル君、その手には黄金の縁取りがされた白いボディの車を模したオモチャが乗っていた。

 

 うん、知ってるよ。ソウルランナーはミ○四駆……と言いたい所だけど、レースを目的とした平和的な遊び方はしない。

 ソウルスピナーと同様に、機体同士を衝突させて戦う。もちろんソウル体にダメージがフィードバックする野蛮な競技だ。

 ミニ○駆と言うよりもクラッ○ュギアとかカブ○ボーグの方が近い、バトル脳を拗らせすぎているぜこの世界は……

 

 新しい町、舞車町。どうせそこでも僕は戦いに巻き込まれるだろう。

 

 フッ、だが僕もバカではない。今まで3つの町の経験からある答えを導き出した。

 

 ソウルランナーの腕を磨く事自体に文句は無い。

 

 問題は、自身が危険な目に遭うのは最小限に抑えつつ、主人公っぽい人物達との距離感を適切に保ち、悪の組織の計画をいかにして乗っ取るかだ。

 

 今回の撚糸町での1年を振り返れば……割と上手く行っていたのではないのかと思う。確かに僕にはヤンス適性はなかったが、まったく無意味だった訳ではない。

 

 現にCC団の活動は他の2つと比べても明らかに勢いが無かった。正月の風物詩たる月へのアプローチも行わない始末だ。

 

 恐らく原因は、僕がヤンスを使う事によってユキテル君を強くしすぎたせいだろう。加えて僕の舎弟的なサポートが見事過ぎてCC団にとって重要な基地を襲撃しすぎてしまったのだ。そうとしか考えられない。

 

 口調や格好が自身のソウルを変化させる……それならば超絶天才少年の僕ならば、それによって町のソウル傾向を変化させてもおかしくないのではないか? 

 

 僕がヤンス舎弟ムーブによって、ユキテル君に強くなって悪の組織をメッタメタにして守って欲しいと願ったから、町のソウル傾向が悪の組織を間接的に弱体化させてしまったのではないか?

 

 正直荒唐無稽とも思える推測だが……割とこの世界のソウルという謎パワーは何でもありだ。

 必殺技やトリックだってこういう風にしたいなぁ……って思うと割とそれっぽいものが発現する。ソウルには人の意思に感応する力が確実にある。これは断言できる。

 

 僕にはヤンス適性はなかったが、悪の組織による危険な目に遭いたくないという願いだけは組織の弱体化という形で叶ったとも言える。適性のないヤンス案でもたしかに効果はあったのだ。

 

 よって、次の町で僕が取るべき行動は……目指すべき立ち位置は決まった。去年に思いついたのとは少しアレンジを加えなくてはならないが、根本的な所は同じだ。

 

 ただ、この案を採用するには父さんの協力がいる。学校側への説明等で力を貸して貰わないと実現不可能だ。

 

 ……かなり勇気のいるカミングアウトだ。父さんが戸惑うのは間違いないだろう。

 だけど、父さんは僕にかなり負い目がある。本気でお願いすれば最終的には受け入れてくれるはずだ。

 

 別に僕だって本意ではない……苦渋の決断でもある。

 だが、安心と安全の為に、不老不死を手に入れるためなら僕はなんだってやってやる。

 

「父さん……実はお願いがあるんだ」

 

「……どんなお願いだいマモル? お前がそんな事を言うのは珍しいな」

 

 ふぅ……僕の築いてきたイメージが崩れるが……仕方がない! 言うしかねえ! 言ってやるぜ!

 

「実は……次の町で、舞車町で僕は女の子の格好がしたいんだ……僕は女の子の格好をすべきだと思うんだ……うん」

 

『ま、マモル? 何いってんだお前?』

 

「マモル、お前は……」

 

 うっ、リアクションが痛い……だが! 吐いたツバは飲み込めねえ! イモ引く訳には行かねぇんだ!

 

「えっと、その……何かさ……そうするのが自然な気がすると言うか……僕のソウルが叫んでいると言うか……」

 

「そうか……なるほどな、分かったよマモル」

 

「えっ!?」

『ええ!?』

 

 分かっちゃったの!? 早くない!? 理解が早すぎない!?

 

「流石父さんと母さんの子だ、誇らしいよ」

 

「そ、そうかな?」

 

 ほ、誇らしいか? その喜び方は僕も複雑だぞ? いや、勇気を出してカミングアウトした部分がって言う意味か?

 

「懐かしいな……父さんと母さんが始めて会った時を思い出すよ。あの頃は父さんは女の子の格好をしていたし、母さんは男の子の格好をしていた……それでも父さんと母さんは惹かれ合った」

 

「ほわっ!?」

『えぇ……』

 

 ま、マジか……そんな両親の馴れ初めは聞きたくなかった……

 

「ソウルは……いや、あえて魂魄と呼ぶ。魂魄は陰と陽の性質を持つ、陰の中にも陽はあり、陽の中にも陰がある。それを真の意味で理解する為に自分とは違う性別の格好をするのは理に適っている……その答えに自力で辿り着くとは……お前は本当に凄い子だよマモル」

 

 んえ!? そんな意味があるの!? 父さんと母さんの特殊な嗜好じゃないの!? 本当に理に適っているかコレ!?

 

「安心しなさいマモル、学校側にはちゃんと父さんが話を通しておく。お前には私が秘伝のソウルメイクアップを伝授する、大丈夫だ、問題無い」

 

「そ、ソウルメイクアップ?」

 

「ああ、父さんも母さんも今でもこっそり会うときにはお互いにソウルメイクアップをしている。第三者にばれた事は一度もない、腕は錆びついていないから安心しなさい」

 

「そ、そっか……」

 

 やめてくれ……両親の特殊な性的嗜好を聞かせないでくれ……次に母さんに会うときどんな顔すればいいんだよ……

 

『す、凄えなマモルの家は……いや、別に否定はしねえよ? そういうのは人それぞれだからな……うん』

 

 ユピテル君の優しさが逆にツライ……明らかに僕から距離を取り始めた。

 

 くっ、何なのだこれは? 僕は一体何を聞かされたんだ? 僕にどうしろと言うのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 ここは撚糸町で唯一残ったCC団のアジト。

 

 私達PTAはこの場所に襲撃を仕掛け、主要な戦闘員は全て無力化した。

 

「えへへ、やりましたねムーンリバースさん! 諜報員達から報告がありました! 任務完了です! CC団は撚糸町からの撤収を選択! 私達PTAの完全勝利です!」

 

 目の前でマーズリバース……いや、撚糸町中央小学校4年4組担任である赤神アカネが無邪気に喜んでいる。

 互いに仮面とソウルスーツで姿を偽っているが、私は彼女の素性を把握している。逆に彼女は私の素性を把握していない、私の場合は仮面とスーツの下も偽りだ。

 

 確かに計画を乗っ取り月のソウルを一部手に入れたが……一番重要な糸造博士の身柄は確保出来ていない。完全勝利と言うには片手落ちだろう。

 

 原因は金星アイカ……いや、今はダークヴィーナスか、彼女の妨害のせいで糸造博士の身柄確保は失敗した。 

 だが、それを恨む気持ちにはなれない。あの子の事は昔から知っている。弟と仲の良い優しい子だった。

 

 そんな彼女を、優しい彼女をあんな目に遭わせ、復讐者へと追い込んだのは惑星の加護を持つ一族の上層部、第2のソウルマスターを作り出そうと非人道的な儀式を続ける腐った大人達だ。

 

 そして、私も同類。少し特殊な立ち位置であるが腐った一族の大人の一人である事は間違い無い。

 

 あの計画には……やはり賛同出来ない。

 

 だから、こうしてソウルメイクアップで姿を偽りPTAの活動に参加した。廃嫡された月の一族の男を騙り、ムーンリバースのコードネームを得た。

 

 やはり、ソウルギアはこの地球上からなくなるべきだ。こんな物があるから子供達は傷付き、大人達は醜い欲望を抱いてしまう。

 

 ……知っている、ソウルギアを通じてソウルを重ねる事自体は素晴らしい事だ。私とあの人だってそれがきっかけでお互いを深く知ることが出来た。

 

 だが、それでも……子供達の為に、争いの無い未来の為に私はソウルギアの撲滅を実現させてみせる。 

 

「ムーンリバースさん? どうしたんですか? 気分でも悪いんですか? もしかして昨晩にお酒を飲み過ぎました? 私みたいに?」

 

 マーズリバースが私の顔を覗き込んで尋ねて来る……仮面越しだが悩んでいる雰囲気を気取られてしまったか?

 

「そうだ! ムーンリバースさんに素敵な月のソウルの使い方を教えてあげます! こうやって飲む前に肝臓を意識すれば……ビールが飲み放題です! これで二日酔いともオサラバです! 私はこれで次の日学校で学年主任に怒られる事がなくなりました!」

 

 ……この女に月のソウルの一部を預けたのは失敗だったか?   

だが、月のソウルは私が持っていては目立ち過ぎる。他に都合の良い人材はPTAにはいない。

 

「私は月のソウルを既に手放した。それに月のソウルをそんな事には使わない」

 

「ええー!? 勿体ないですよぉ!? 月のソウルを使えば夜ふかししてもお肌スベスベのつるつるですよ!? お化粧のノリも段違いです……って言っても男の人には興味ないですかね? 残念です……」

 

 ……興味が無い訳ではないが、私はこの女の認識では男だ。余計な事を喋るのは止めよう。

 

「私の興味は……プラネット社の崩壊、そしてソウルギアの撲滅だけだ」

 

「あっ! もちろん私もですよ! 私の実家なんて酷いんですよ!? 勝手に出来損ない扱いして追放した癖に、最近になって丁度いいから結婚しろなんて言ってくるんです! 私の倍以上も年の離れたおじさん相手にですよ!? 酷いと思いませんか!?」

 

 ああ、この女も一族の被害者だ。

 

 元は火星の姓だったが、能力不足を理由に追放されて姓も母方の赤神に変わっている。

 そして、追放された後もふざけた要求を投げかけて来るのだ。今の時代に結婚相手を強制するなんてふざけている。

 

 しかし、最近になって何故か急にソウルを成長させたこの女の現状を一族はどうやって知り得たのだろうか? 

 

 この女は力を見せびらかしている訳ではない、かなりこの女に近い位置にいなければ変化には気付かないだろう……まさか中央小学校の関係者に一族のスパイが? だとしたら……あの子の情報も……

 

「私は小さい男の子が好みなんです! ストライクゾーンは9歳から13歳です! 脂ぎったおじさんなんて絶対にごめん……痛い!? なんで蹴るんですかぁ!? 酷いですよぉ!?」

 

 この女は一族とは別の意味で危険だ。

 

「お前は教師を辞めるべきだマーズリバース、悲劇が起こる前にな」

 

「え、ええ!? 嫌ですよ!? 私にとって小学校は最高の職場なんです! 最近になって自信も付きました! 死んでも辞めませんからね!」

 

 最初の頃に比べ、無駄に歯向かう様になって来た。元は火星の一族の割には戦闘能力も低く、PTAでも連絡員だったのに……去年の中頃から急に成長して頭角を表した。何か心境が変わる出来事でもあったのか?

 

「自信? それがお前がソウルを成長させた理由か?」

 

「えっ……ああ、はい! 去年にですね! 私が受け持っているクラスに転校生が来たんですよ! その子がとても可愛くて私の好みで良い子でして……教師失格の私を励ましてくれてたんです! 先生は良くやっているって! ガンバレガンバレって! 個人的には好みだとも言ってくれました……えへへ」

 

 そうか、あの子が……

 

「でもぉ……マモル君また引っ越しちゃうんですよぉ……悲しいです。心配だから寄せ書きを持たせたぬいぐるみに隠しカメラと盗聴器を付けたんですけど……新しい町でいじめられないか不安で不安で……痛い!? だからなんで蹴るんですかぁ!?」

 

 この女は事が終わったら通報しておこう……あの子にとって有害だ。それが世界の為にもなるだろう。

 

「あの子は強い、心配せずにカメラと盗聴器は使わずに放っておけ」

 

「えぇ!? ソウル動力の高い奴なのに……あれ? ムーンリバースさんもマモル君の事を知っているんですか? なんで………はっ!? 駄目ですよ! 同性でしかも十歳の男の子相手は犯罪です! 私が許しませ……痛い!? 蹴らないでくださいよぉ!?」

 

「はぁ……」

 

 マモル……貴方は新しい町でも成長するのでしょうね。それはとても喜ばしい事です。

 

 でも……それは同時に貴方に選択を迫る事にもなります。

 

 マモリはあの学園に入学しました。あそこに居る限りは一族のゴタゴタに巻き込まれる心配は無い、ソウルカード使いを育成する為の学園はプラネット社ですら手出しが出来ない。過酷ではありますが、外部からの脅威には世界一安全な場所です。

 

 来年の夏の惑星直列……地球を中心にしたグランドクロスに合わせてプラネット社はスペシャルカップを開催し、全世界の注目をあの地に引き寄せるでしょう。

 PTAも勿論あの日に事を動かす、上手く行けば全世界のソウルギアを全て無力化出来る。

 そして、組織も……グランドカイザーも動く。地球を500年前から続く惑星の一族の支配から取り戻す為に、彼の信じる地球のあるべき姿を取り戻す為に。

 

 マモル、その時に貴方は何を選択するのでしょうか………

 

 田中マモルとしてスペシャルカップに参加する? 組織と手を取ってプラネット社と敵対する? それともPTAに賛同して世界からソウルギアを無くそうとする?

 

 それとも……月読マモルとして、一族の役目を果たす為にプラネット社に与するのでしょうか?

 

 どの道を選ぼうとも……私は母親として貴方を愛しています。貴方の無事を祈っています……だから……

 

「あっ!? 聞こえる聞こえる! 流石はお給料二ヶ月分の盗聴器です! マモル君は車で移動中みたいですねぇ……はえぇ!? 女の子の格好ぉ!? そ、そんな素敵な発想が……痛い!? つま先が食い込んで痛いですぅ!?」

 

 だから私は母親としてPTAとなりました。ソウルギアを撲滅することが、私の愛する家族を守る事に繋がると信じて……



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ソウルランナー編
新生爆走!! ソウルランナーズEE!!


 

 

 月が照らす夜の工場地帯を走る。出口も分からないままひたすらに走り続ける。

 

「ガキはそっちに行ったぞ!! 絶対に逃がすな!!」

 

 追跡者の怒号が聞こえる。侵入者である俺を逃がすつもりは無いようだ。

 

 ここはEE団のアジトの一つで、ソウルワールドと化した工場地帯だ。

 

 侵入者対策に現実世界からの入口とソウルワールドからの出口が別に設定されているらしく、出口を探して走り回る羽目になっている。

 そして、外から見たよりも数倍は広い敷地が広がるアジトでもあった。おかげで目当ての物は見つからず、探索中に警備システムに引っかかってしまった。

 

「くそッ!」

 

 思わず悪態をつく、こんなはずではなかった。誰にも見つからずに、EE団が秘密裏に建設しているとの噂の要塞のデータを手にいれるはずだった。

 

 そうすれば……あの人も、チームのみんなも俺を見直してくれるはずだった。みんなの役に立てば俺は………

 

 だが、現実は違った。俺の楽観的で杜撰な計画はあえなく失敗した。肝心のデータは手にいれる事ができず、俺は情けなくアジトを逃げ回っている。

 

「うわぁっ!?」

 

 足元を何かが横切り無様に転んでしまう……EE団のソウルランナー!? 追いつかれた!? マズイ!?

 

「捉えたぞ! 足を止めた! 全員で取り囲め!」

 

 転倒してもたついている内に、あっという間に戦闘員達に取り囲まれてしまった。

 

 くそっ! どうする!? た、戦うしかないのか?

 

「おいおい、震えてるのかよ!? 俺達のアジトに侵入しておいてタダで済むと思うなよ? オトナの恐ろしさをたっぷりと教えてやるから覚悟しろや!」

 

 大柄な戦闘員が、ソウルランナーを足元に待機させながら怒鳴り付けて来る。その威圧感に思わず身が竦む。

 

「くっ……」

 

「止めろ! 相手はまだ子供だぞ! ……少年、大人しく投降しなさい。そうすれば手荒な真似はしないと約束する」

 

 隣の男ほどではないが、大柄で筋肉質な戦闘員が落ち着いた声音で俺に投降を勧めてくる。

 

「お、俺は……」

 

 と、投降すれば助かる? 痛い目に遭わずに済む?

 

 駄目だ! そんな事が許される訳が無い!! 

 

 俺は……俺はランナーだ! 俺だってウラヌスガーディアンズの一員だ! 一族の誇りにかけて組織に屈する訳にはいかない!

 

「こ、断る! 俺だってランナーだ! そ、組織に屈したり……しない!」

 

「……仕方が無い、侵入者を無力化して拘束するぞ」

 

「ハハッ、言うじゃねえか! そうこなくちゃつまらねえよなぁ!?」

 

 震える手でホルダーから相棒を取り出す……俺を取り囲む戦闘員は十人以上は居る。時間が経てばもっと増えるだろう……それでも俺は!

 

「す、全てを凍てつかせろ!! サテライト・オベロン!!」

 

「なっ!? サテライトシリーズ!? 惑星の守護一族か!?」

「へっ! 少しは楽しめそうじゃねーか!」

 

 やって見せる! 俺だって出来るんだ!

 

 

 

 

 

 ……戦闘が始まって10分程は経っただろうか? 

 

 身体中が痛い、何とか姿勢を保っているが意識が痛みで朦朧としてきた。

 粘ってはみたが敵の数の前にまったく歯が立たない……ソウル体にダメージを負い過ぎてしまった……肉体的にもソウル的にも限界が来ている。

 

「ちっ、弱い癖に粘りやがって……鬱陶しいガキだぜ!」

 

「もう十分だろう! ソウルワールド内でこれ以上のダメージは危険だ! 諦めなさい!」

 

 知っていたさ、俺がこの人数に勝てる訳がないなんて自分が一番分かっている。それでも俺は……

 

「ま、まだだ……まだやれる……」

 

 サテライト・オベロンに意識を集中する。弱々しいがまだ操作出来る。ゴメンな……俺がもっとお前の力を引き出してやれば……

 

「まだやる気か? 見てられん……」

 

「雑魚の癖に見苦しいんだよ! この弱虫野郎が!」

 

 俺は! 俺は――

 

「弱虫? 私はそうは思わない。劣勢でも闘志を失わない彼のソウルはとても勇敢で美しい」

 

 声が聞こえて来た。戦場には似つかわしくない鈴を転がす様な静かな声が戦場に響いた。

 

「誰だ!? 何処にいる!?」

 

 戦闘員達が声の主を探そうと慌ただしく辺りを見回す。 

 

 俺はなんとなく……予感がするままに月を見上げた。

 

 そこには美しい白金があった。月灯りに照らされたプラチナブロンドの幻想的な美しさが俺の視線を釘付けにした。

 

 痛みすら忘れ、呆けた様にそれに目を奪われる……俺と同じ位の年齢の女の子が工場の鉄塔の上に立っていた。

 

 細かな装飾の黒いゴシックドレスを身に纏った彼女は、月を背に美しい白金の髪を靡かせて俺達を見下ろしていた。

 

「また子どもか……何者だ? この少年の仲間か?」

 

「フフ、残念だけど悪の組織に名乗るつもりはないの」

 

 そう言うと彼女はふわりと鉄塔から身を投げ出した。

 

「危な……い?」

 

 俺の心配をよそに、彼女はまるで重力の影響を受けていないかの様に軽やかに着地した。

 戦場の中心へと、彼女はまるで俺を庇うかの様に戦闘員達の前に悠然と立ちはだかる。

 

「ナメるなよガキが!! EE団のアジトに侵入してタダ済むと思うな!」

 

「君が何者かは知らないが無駄な抵抗は止めなさい、このアジトには百人以上の戦闘員が居る。見たところ手練のようだが数の前には……」

 

「あら、気付いていないの? このアジトで意識があるのはこの場に居る人間だけよ? 他は全て私が無力化した。仲間のソウルを感じ取れないなんて薄情ね」

 

「な!? くだらねえ嘘を吐くんじゃねえ!」

 

「っ!? 応答しろ! 監視室応答せよ! 現状を報告するんだ!」

 

 男が必死に無線に呼びかけるが返事が聞こえて来ない……まさか、この女の子が……本当に?

 

「後はアナタ達だけ……安心なさい、痛みすら感じずに一瞬で終わらせる」

 

「っ!? 全員防御態勢を――」

 

「夜に瞬け、プラチナ・ムーン」

 

 それは一瞬だった。

 

 彼女が機体の名を呼び、ソウルランナーを起動させたと思った次の瞬間には十数人の戦闘員達は地に倒れ伏していた。

 

 一瞬だけ光の軌跡が見えた様な気がしたが……まさかあれが彼女のソウルランナーによる攻撃? そんな……速すぎる……

 

「顔、血が出てる……痛むでしょう? じっとしていて」

 

「あっ、えっ?」

 

 いつの間にか俺の目前に立っていた女の子が、俺の頬に手を伸ばしてくる。

 白い指と手のひらが優しく俺の頬を包む、見た目に反して温かな感触にムズムズとした気持ちになってくる。

 

「て、手が汚れるから……」

 

 気恥ずかしくて思わず変な事を口走ってしまう……違う、もっと聞くべき事が……

 

「フフ、汚くなんてないから大丈夫……はい、これでお終い。もう痛まないでしょう?」

 

「えっ? ほ、本当だ……まさか! ソウルギアを使った治癒!?」

 

 ソウルギアによる治癒は、世界的に見ても物凄く希少な能力だ。

 スピナーに発現する事が多いとは聞くけど……この女の子はランナーだよな? 俺を取囲んでいた戦闘員達を一瞬で倒し、さらには治癒の能力まで持っているなんて……この子は有名なランナー? 

 いや、国内外問わずに有力な選手はチェックしている。こんな綺麗で目立つ子がいたら忘れるはずが……

 

「この道を真っ直ぐ行って、大きな建物が見えたら赤い扉を潜りなさい。そこが一番近い出口、ソウルワールドから抜け出せる」

 

「えっ?」

 

「通報は侵入前に済ませてあるから、もうすぐ警察がやって来る。捕まったら面倒でしょう? 早く逃げた方がいい」

 

 そう言って、彼女は出口とは反対方向に歩いて行く。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 思わず呼び止める。今後の為に色々と聞き出さなくては……君は何者なのか? いったいどこの所属なのか? このアジトに侵入した目的は……

 

「どうしたの?」

 

 彼女が僕の声に反応して振り向いた。僕の頭の中が真っ白になる。まるで雷にでも打たれたかの様な衝撃が全身を駆け巡る。

 

 俺を真っ直ぐと見つめる青い瞳、それがあまりにも神秘的で、あまりにも美しくて……チームの為とかそういう合理的な思考が吹っ飛んでしまった。

 

「そ、その、君はなんで俺を助けたの? 弱い俺にはそんな価値なんて……ないのに……」

 

 口から出たのは、自分でも心底嫌になる卑屈な問い。

 でも、それが俺の偽らざる本音だった。心の内の疑問をそのまま彼女にぶつけてしまった。

 

「確かにEE団に囲まれて涙目で戦うアナタは格好悪かった。それが憐れで同情したのが理由の1つ……」

 

「ぐっ……」

 

 自分で聞いといて勝手にショックを受ける。そうだよな……

 

「けれど、それだけじゃない。泣いていても、みっともなくても、アナタのソウルは輝いていた。決して諦めない強さを見せてくれた。助けたのはそのお礼、素敵な可能性を見せてくれてありがとう」

 

 ああ、自分でも単純だと思う。強くて神秘的な彼女に少し褒められただけで……俺の心は喜んでしまった。自分の抵抗は無駄では無かったと思えてしまった。救われた気持ちにはなってしまった。

 

「アナタなら私の願いを叶えてくれるかもね……また会いましょう、凍咲トウヤ君」

 

「あっ? 待っ、君の名前は……」

 

 止める間もなく、彼女は軽やかに飛び上がって工場地帯の奥へと消えて行った。

 

「あれ? 何で俺の名前を……」

 

 訳が分からない。だけど、俺の心は何故か予感と期待で一杯だった。

 

 彼女とはまた会える、俺のソウルがそう教えてくれた気がした。

 

 

 

 

 

 次の日の朝、俺のコンディションは最悪だった。

 

 重い足取りで小学校への通学路を歩く。昨日の疲労と眠気が抜けきらない身体はダルくて仕方がない。

 でも、傷は完治している。俺の体にはかすり傷一つ残っていない、その事実が昨日の出来事を夢では無かったと証明してくれている。

 いや、傷がないなら、潜入そのものが夢だったのではないか? でも、そんなはずは……それ程に昨日の出来事は現実感が無かった。

 

 正直に言って、昨日の帰り道の記憶は殆ど残っていない。

 興奮したままの心持ちで自宅まで辿り着き、そのままベッドに飛び込んだらすぐに眠ってしまった気がする。治癒能力は傷は塞げても疲労までは回復出来ない……そうだよな?

 

 けど、いくら疲れていても学校を休む訳にもいかない、チームのみんなに色々と詮索されたくない。昨日EE団のアジトに勝手に潜入したなんてバレたら何を言われるか……

 

「おはようトウヤ君。その……昨日は何で同盟の集会に出なかったの? 電話しても返事をくれなかったし……」

 

 後ろから声が聞こえた。姿を見なくても誰だか分かる。幼馴染みで同じチームの仲間で、共にウラヌスガーディアンズに所属している白神ヒカリだ。

 

「おはようヒカリ。昨日集会は……その、体調が悪かったんだよ。それに俺が居なくたって問題ないだろ? 誰も気にしないさ」

 

「そんなことないよ? 私もヒムロ君も、トウカ様だって気にしていたよ?」

 

「嘘つくなよ! あの人が俺の事を気にする訳がないだろ!」

 

「ご、ごめんねトウヤ君……でも……」

 

「おいおい? 朝から夫婦喧嘩か? 朝っぱらから元気だな」

 

「ヒムロ……おはよう」

 

「あっ、おはようヒムロ君」

 

 俺とヒカリの後ろから声が聞こえて来た。

 

 それが誰だか見るまでもない、登校中に声を荒らげる俺を見かねて声をかけてくれたのだろう。

 俺のもう一人の幼馴染みである氷見ヒムロはそういう奴だ。いつだって明るく場の空気を和ませようとしてくれる。

 

「おう! おはよう! トウヤ、ヒカリが言ってるのは嘘じゃないぜ? トウカ様がトウヤは居ないのかって呟いてたのを俺は聞いたからな。それに、ヒカリはお前が電話に出ないからってアワアワと心配してたぜ?」

 

 そうだな、何も言わずに集会に出なかったら心配させちゃうよな……

 

「ごめんヒカリ、俺が悪かった……」

 

「ううん、私の方こそごめんねトウヤ君」

 

 八つ当たりしたのは俺の方なのに……ヒカリ……

 

「はいはい! お互いに謝ったんならこれで終わり! もっと楽しい話をしよーぜ! 実はビッグニュースがあるんだ! 聞きたいだろ!? 聞きたいよな!?」

 

 せっかく明るい話題を振ってくれたんだ。ここは話に乗ろう。

 

「ビッグニュース? いったいなんだよヒムロ?」

 

「へへ、なんと! 今日は俺達のクラスに転校生がやって来るんだ! 昨日先生から直接聞いたから間違いないぜ! ちょっと特殊な事情があるから仲良くしてくれって頼まれたんだ!」

 

「転校生? 6月にやって来るなんて中途半端だね? 外国から来た子なのかな?」

 

 特殊な事情? それはまさか!?

 

「まさか一族の人間か? 新しい奴が舞車町に……」

 

「それはねーよ、そっち関係だったら昨日の集会で紹介するだろ。天王家関係でもそれ以外の家でもトウカ様に話がいかない訳ねーからな、特殊な事情ってのはそういうのとは別モンだと思うぜ?」

 

「そっか、そうだよな……」

 

 出来損ないの俺の代わりの人材が本家からやって来る……そんな早とちりをしてしまった。それを恐れているからだ。

 

 俺の所属するチーム“クリスタルハーシェル“は、天王家で最も期待されている天才少女、天王トウカをリーダーとしたソウルランナーのチームだ。

 

 リーダーで小学六年生の天王トウカ、同学年の守護一族の女子が4人、そして……俺のもう一人の幼馴染みがチームのレギュラー、俺とヒカリとヒムロは補欠であり予備の人員だ。

 

 トウカ……様、あの人はもちろん別格の強さを誇っているし、取り巻きの4人もウラヌスガーディアンズとして十分な実力を有している。

 もう一人の幼馴染みは俺と同じ年齢でありながらチームでは2番目に強く、ヒカリは白神家らしく治癒の能力を有している。ヒムロだって最近能力で氷を生み出す事が出来る様になった。

 

 俺だけだ。俺だけがチームの足を引っ張っている足手まといだ。

 生まれだけが理由で、このチームに所属している俺は実力が伴っていない。とてもAランクトップのチームに見合ったランナーとは言えない。

 クリスタルハーシェルを中心として、十六のチームからなる同盟では……実質クリスタルハーシェルの傘下となっているチームの奴らは……よく俺の陰口を叩いている。

 俺に直接嫌味を言ってくる奴も多い、俺をチームから抜けさせた方がいいとトウカ様に提案しているのを聞いた事もある。

 

 それに反発する気持ちはもちろんある。悔しいとは思っている。

 だが、それ以上に自分が嫌になって来る。言い返せない自分が、それを事実だと認めざるを得ない自分の弱さがたまらなく嫌になる。

 

 その結果が昨日の独断専行……勢いに任せた無謀な潜入だ。

 

 反プラネット社を掲げ、俺達のチームとも敵対しているEE団、奴等のアジトから重要な情報を盗み出せばチームの役に立ち、他の奴らを見返せると思っていた。その考えが甘かったのは痛みと共に痛感した。

 でも、あの子に……あの不思議な女の子に会えて……助けられた。それを喜んでしまっている自分が居る。

 

「どんな子なのかな? 楽しみだねトウヤ君、仲良く出来るといいね?」

 

「えっ、ああ、そうだなヒカリ」

 

 転校生か……そうだな、みんなとスタートがずれてしまっていたらきっと友達が出来るか不安だろう、なるべく親切にしてあげよう。

 

 

 

 

 

 そのまま通学路を3人で話をしながら登校し、自分達の教室へと辿り着く、俺達は3人とも5年5組だ。

 着席して朝のホームルームを待つ。教室の雰囲気が何時もより浮ついている。ヒムロの言っていた転校生の話をみんなも聞き付けたのだろう。

 

「楽しみだよなトウヤ? 女の子かな? カワイイ子かな?」

 

「もう、ヒムロ君ったら……」

 

 前の席のヒムロも、隣の席のヒカリも、転校生が気になる様だ。もちろん俺だって気になる。

 

「まあ、女の子でも男の子でも困っていたら助けてあげなきゃな。中途半端なタイミングで転校なんて本人一番不安だろうし……」

 

 ん? ヒカリとヒムロがニコニコしながら俺を見ている。何だ? 何が面白いんだ?

 

「へへっ、そうだなトウヤ! 俺達で舞車町を案内してやろーぜ! この町の良い所を教えてやらなきゃな!」

 

「ふふっ、そうだね、舞車町を好きになってくれると嬉しいね」

 

 なんか釈然としないけど……まあいいか、悪い雰囲気ではない、

 

「そうだな、そうだと――」

 

「はいはい、お前ら静かにしろー、ホームルーム始めるぞー?」

 

 担任の小林先生の声が聞こえて来た。お喋りをやめて姿勢を正す。

 

 そして次の瞬間、俺の視線は釘付けになった。

 

 小林先生にではない、その後ろに居た白金の輝きに目を奪われたのだ。

 教卓へと向かう先生の後ろに昨日のEE団のアジトで出会ったあの女の子が居たのだ。

 

 朝の教室の中にも関わらず、昨夜と同じように神秘的に光るプラチナブロンドの髪が俺の眠気の残って居た脳を覚醒させる。服装も黒いゴシックドレスでまったく同じ姿だ。

 

 間違い無い……あの子だ!

 

「き、君は!?」

 

 思わず席から立ち上がって叫んでしまう、自分の衝動が抑えられなかった。

 

「なんだ凍咲? 朝から元気一杯だな? 可愛い女の子に慌てる気持ちはわかるが席に着いてくれ、今から紹介するからな」

 

「えっ……す、すみません……」

 

 我に返って恥ずかしくなる。クラスメイトがクスクスと笑っている。

 

 あの子は……俺を見詰めていた。間違い無い、昨日と同じ青い瞳が俺を見詰めている。

 

「トウヤ君? あの女の子を……知っているの?」

 

「えっ、ああ……昨日の夜に……」

 

 ヒカリが俺に何か聞いて来るが上の空だ。教卓の隣でこちらを見つめる彼女から目が離せない。意識を逸らせない。

 

「おいおい! 本当にカワイイ女の子だな! 凄い格好だな! 人形みたいだぜ!」

 

「昨日の夜? トウヤ君があの女と? へぇ……」

 

 ヒムロとヒカリが何か喋っている。クラスメイト達も騒がしい、あの子の姿を見れば当然か……本当に奇麗な髪だ……

 

 パンパンと手を叩く音が聞こえた。

 

「ほらほら、静かにしなさいお前達。転校生の紹介が出来ないだろ?」

 

 小林先生の注意で教室が静かになる。静かになった教室で、あの子に注がれる視線と興味がより強くなったのを感じ取る。

 

「よし、知っている奴も多いだろうが今日から5年5組に新しい生徒が加わる……それじゃあ自己紹介をしてくれ」

 

「はい、小林先生」

 

 昨日と同じ、やっぱり奇麗な声だ。

 

 あの子は電子黒板の前の踏台に乗り、自分の名前をそこに書き出す……想像より乱暴な筆跡で彼女の名前が書き出された。

 

 ……えっ、これは?

 

「初めましてみなさん、私の名前は田中マモコです。父の仕事の都合で舞車町にやって来ました」

 

 な、名前が神秘的なイメージと違うな? 田中? 田中か……それにマモコ……

 

 



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一子相伝!? 受け継がれしソウルメイクアップ!!

 

 

 父さんによるソウルメイクアップの修業は、舞車町に着いてすぐに始まった。

 

 父さんに同意を得て、新しい小学校に通うのはソウルメイクアップを習得してからとしてもらった。

 理解のある親で嬉しい、理解があり過ぎる気もするが都合が良いので気にするのはやめた。

 

 新しい自宅にあるソウルギア用のトレーニングルーム、そこで僕と父さんは向き合っている。これからいよいよソウルメイクアップの修業が始まるのだ。

 ユピテルくんは端の方で饅頭を食べながら僕達の修業風景を観察している……居候の癖にくつろぎ過ぎじゃない?

 

「マモル、ソウルメイクアップとはソウルの中に眠る自身の可能性を呼び覚ます技術だ。今、この瞬間に生きている己の姿は数多の可能性の中の一つに過ぎない。少しでも出会いや環境が違っていればこうなっていたかもしれないというIFの自分……別の可能性を選んだ己をソウルの奥底から見つけ出し、自身のソウル体へとそれを写し出す」

 

「可能性? ふーん」

 

 よう分からんな、ソウルをつかった特殊な化粧の類かと思ったけどちがうの?

 

「まずは手本を見せよう――ソウルメイクアップ!」

 

 突如叫び出し、光に包まれた父さん。

 

 そして、光が止むとそこには女の人が立っていた。

 

 腰の近くまで伸びた美しい黒髪とナイスバディを身に付けたオトナの女性だ。これが父さん?  

 衝撃的な光景だ。服まで変わってるぞ? 化粧っていうか変身だな。うーん、変身した父さんが美人なのが僕を複雑な気持ちにさせてくれる。少し母さんに似ているのもモヤモヤポイントだ。

 

「お、おう、凄いね父さん。ソウルメイクアップは上手くやれば自分のソウル体を好きな姿に変えられるって事なの?」

 

「いや、熟練すればある程度は望んだ姿を見つける事は出来るが、そう簡単に姿を選べる物では無い。人の可能性は無限とはいえ、今の自分から離れた可能性ほど写し出すのは難しい。自身から遠すぎる可能性を見つけ出すのは殆ど不可能と思った方がいい。全ての可能性を知るには人間の一生は短すぎるからな……まずは今の自分から近しい可能性を見つけ出すんだ」

 

 ふーん、そこまで万能では無いって事か? ある程度決まった姿にしかなれないソウルを使った変身術って所か?

 それに、僕は化粧や衣装をして女装する事を想定していたが、これなら簡単に女の子になれる。正に魔法の変身その物だからな。

 

 しかしこれは……ソウルギアを使わないで自分をソウル体に変化させているって事だよな? それにしては、今の父さんはソウル体には思えない。

 

 ソウルギアを使ってソウル体へと変わった者はかなり判りやすいソウルを発する。ソウルギアをある程度動かせる者なら、ソウル体と生身との違いは一目瞭然だ。

 だが、そのソウル体特有の波動がソウルメイクアップした父さんからは感じられない。

 

「気付いたかマモル? ソウルメイクアップによって作り出されるソウル体は他人からは生身との見分けが付きにくい。ソウルギアを使ってソウル体を構成する方法とは違い、純粋に己のソウルのみでソウル体を作るからだ。異なるソウル同士が混じる反発が発生しないから身体から漏れ出るソウルが微量なんだ。慣れてくれば、あえてソウルを発する事も出来る様になるがな」

 

 へーなるほど……いいね、傍目からはソウル体とは分からない身体、奇襲や不意打ちが捗りそうだ。私はソウル体じゃないから酷い事しないで……って油断させた所をズドンとやる。意識外からの攻撃はよく効くからね。

 

「ソウルメイクアップって凄いね父さん! 早速修業を始めようよ! なるべく安全なやつでね!」

 

「よし、まずは己の可能性を見出すためのステップその1だ。先ずはこれを見なさい」

 

 そう言って父さんはトレーニングルームの奥の部屋の扉を開けた。

 

 こ、これは? まさか……

 

「お前の為に用意した女の子用の衣装だ。この衣装部屋にあるのは全体の半分だな、残りは母さんが送ってくれる手筈だ。明日には届くだろう」

 

 父さんが誇らしげに見せ付けて来た十六畳程の衣装部屋、色とりどりで多種多様な女児用の衣服が所狭しと並んでいた……えぇ?

 

「と、父さん? 僕の為にこんなに大量の衣装を買ったの?」

 

「いや、買い足したのは全体の3割ぐらいだな、他のは元々持っていた父さんと母さんの衣装だ。父さんが小学生の頃、母さんやチームメイトと色々な大会で優勝した賞金で買った思い出の衣装だ。捨てずに取っておいて正解だったよ。それをマモルが着る事になるとは感慨深いな」

 

 レベル高いな家の両親!? 小学生の頃からこんなに大量の衣装を用意して特殊なプレイに精を出していたのか!?

 

 普通の服も多いけど、子供用のメイド服とかバニースーツとかサンタ衣装とかナース服とか特殊な物もかなり混じっている。こういうキワモノは最早コスプレだよね? そして僕が着るってのはやっぱり……そう簡単には女の子になれないって訳か。

 

「これらの衣装を試着して自分のカワイイの方向性を見つけ出すんだ。女の子としての自分の可能性を模索するならそれが一番いい、自分にピッタリの衣装を見つけ出すのがステップ1だ。大丈夫、お前自身のソウルに耳を傾ければ直ぐに見つかるさ」

 

 あまり大丈夫には思えないけど……やるしかねえ!

 

 そして始まるファッションショー、大きな姿見の前で女の子の衣装を纏った自分の姿を確認しまくった。

 

 くっ、何をやっているんだ僕は?

 

「ステップ2は女の子らしい仕草の模倣だ。何気ない動作の中にこそ女の子らしさの真髄がある。父さんの動きとポーズを見てから真似てみなさい」

 

 これは……きついぞ? 思ったより精神的なダメージが大きい。こんな父親を見せつけられるとは思わなかった。様になっているのが少し腹が立つ。

 

 たが、やってやる! 僕はソウルメイクアップを習得してみせる!

 

「ステップ3は女の子らしい喋り方の習得だ。喋り方や一人称、そして語尾が己のソウルに大きな影響を与えるのはもう知っているのだろう。最初は意識的でもいい、少しずつ自然に発する事が出来る様にしていこう――貴方なら出来るわマモル、私の息子ですもの」

 

 お、おう、凄いな父さん? 全然恥じらいが無い、むしろ誇らしげだ。

 

 ぼ、僕……いや私もあれくらい堂々と喋れる様にならなくちゃいけない。

 

 その後、ステップは21まで続き、僕はそれを三週間かけてクリアして行った。

 

 なるほど、これは奥が深い世界だ。僕は女の子になると言う事を甘く見ていた。憧れだけでどうにかなる世界ではない……だが成し遂げて見せる!

 

 そして全てレッスンが終わり、いよいよソウルメイクアップを実際に試す日がやって来た。

 

「フフッ、いい仕上がりよマモル。いよいよソウルメイクアップを使う時が来たわ。準備はいい?」

 

「フフッ、よろしくってよ お父様」

 

 とうとうこの日が来たわね! 今の私になら出来る! もう何も怖くない! 覚悟完了よ!

 

『だいぶ染まったなぁマモル。最初は面白かったけど俺は段々怖くなってきたぜ……』

 

 あら? 部屋の隅で背後霊がなにか囁いていますわ? こわ~い♡

 

「高らかに叫びなさいマモル! イメージするのは常に最強のカワイイ自分! カワイイは作れる! アナタの可能性を私に見せてちょうだい!」

 

「ええ! 魅せてあげる! ソウルメイクアップ!」

 

 僕の身体が光に包まれる。己の内側から、己のソウルの奥底からイメージが呼び起こされていく。

 

 見つけた……これが僕の可能性? これが僕? いや、私?

 

「成ったか……マモル」

『おぉ!? 本当に女になっちまったな!』

 

 姿見に映ったのは青い瞳のプラチナブロンドの少女。これが……新しい私? 

 

 なんでゴシックドレス? 似合ってるけど、どういう選択をするとこうなるんだ? 女の子に生まれればこうなっていたのか?

 ふむふむ、青い瞳はそのままだが……僕は女の子に生まれると父さんと同じ黒髪から母さん譲りの金髪になるのか、妹のマモリと一緒だ。

 元気にしてるかい、マモリ? 兄さんは……新しい町で女の子になったよ……

 

「だがこれは不味いな、上手く行き過ぎている。初めてなのにここまでの完成度とは……」

 

 あっ、いつもの父さんに戻ってる。

 

「父さん? 上手く行き過ぎていると何か問題があるの?」

 

「ああ、ソウルメイクアップに魅入られすぎると元に戻れなくなる可能性がある」

 

 怖!? 闇の力かよ!? バリバリ副作用があるじゃねーか! 子供にホイホイ教えていい技じゃねーぞ!?

 

「も、戻れなくなる!? 使いすぎると一生女の子のままって事!?」

 

「いや、流石に一生ではない。例えば……父さんと母さんの場合は一年間そのままだった。あれは中学2年生の頃だな、互いを求めてソウルメイクアップにのめり込み過ぎてしまったのが原因だ。しかもその間は自身の本当の性別を忘れてしまってな……中々大変だったよ」

 

 中々で済むのかそれ? 父さんと母さんは随分とロックな生き方してやがるな、かなり問題児だったっぽいぞ?

 

「えっと、じゃあ使用時間を決めるとか? 要は四六時中メイクアップしてなければいいのでしょう?」

 

「ふむ、それに加えて名前を……そうだな、マモル、お前がソウルのメイクアップしている時はマモコと名乗りなさい、田中マモコだ」

 

「田中……ま、マモコ?」

 

 普通にやだなぁ……折角だからパツキン女子の姿に似合う名前が良かった。割とワクワクして名前の候補を考えていたんだぞ?

 

 月にこじつけて田中マヒナとか、勝手にミドルネーム入れて田中・L・セレーネとか、モネとかリューナとか……田中を辞めて旧姓を使って月読イザヨとかどうよ? ミヅキとかハヅキとか和風系で攻めるのも逆にいい感じじゃない?

 

 それなのにマモコってどうなの? 田中マモコって……これはないだろ。女装だからって適当過ぎない?

 

「違和感のある名前だろう? だからこそだ。そう名乗っている間は自分がマモルで在ることを忘れる事はない。しっくり来る名前を付けると深みに嵌る可能性がある。お前の安全のためにはそうした方がいい」

 

「安全の為なら仕方ありません! 私は田中マモコです!」

 

 ワイは今からマモコや! 美少女ソウル戦士田中マモコや! 月に代わって悪をボコボコにするで! ガハハ!

 

 ソウルメイクアップを約三週間で習得し、田中マモコという新しい名を手に入れた僕は、そのまま学校には行かずにソウルランナーの修業に移る事にした。

 父さんにはソウルメイクアップの完成度をもっと上げたいと言って納得してもらった。

 

 今回僕が舞車町で目指すべきポジションはヒロインだ。

 

 去年は守ってもらう系のヒロインが良いと考えていたが……よく考えるとそれじゃあ悪の組織の計画を乗っ取れない、事態のコントロールがしにくく、月のソウルに上手くたどり着けない。

 

 つまり! 僕が目指すべきは主人公を導く系のミステリアスヒロインだ! 

 

 最初は主人公より強いけど終盤で抜かれる系のアレだ。強くてもヒロイン補正で守ってもらえて、主人公の行動をある程度コントロール出来るポジションでもある。

 そして何より、ラスボスを始めとする厄介な敵の相手は主人公がしてくれる……素敵やん?

 

 ヒロインの役割を自覚して徹底すればソウルは必ず応えてくれるはずだ。僕の望む方向に事態を誘導してくれるだろう。

 

 主人公を導きつつも誑かし! なんやかんやの最終決戦でラスボスを押し付ける! その隙に僕がこっそり月のソウルをゲットする!

 

 このヒロインムーブは、僕を必ずや安心と安全の不老不死へと導いてくれるだろう。

 ふへへ、楽しみだねぇ……おっといけねぇ、よだれが垂れちまったぜ。

 

 そして当たり前だが、この作戦に必要なのは主人公と悪の組織だ。

 

 幸運と言うべきか、不幸と言うべきか、やはりと言うべきか、この舞車町では悪の組織EE団が活動しているのは確認済みだ。本当僕の行く先々でウロチョロする奴等だ。

 

 そして主人公候補は、これからじっくりと探そうと思う。現時点ではあんまり強くないけど才能があり、戦闘狂気質ではない人材をこの町で見つけ出すのだ。

 

 探索には、お菓子をエサにユピテル君を町に放って頑張ってもらう。ユピテル君は本人の意思で人には見えない様に姿を薄くする事も出来る。誰にも知られずに町の至る所をウロチョロ出来るはずだ。

 すご腕のソウルギア使いには見破られる可能性もあるが……ユピテル君なら大丈夫だろう。ユピテル君は言動は粗野だが、割と理屈で行動する。引き際を見誤ったりはしない。良さげな人物を見繕ってもらうとしよう。

 

 そして、その間に僕はソウルランナーの腕を磨く事にする。主人公導き系のヒロインならある程度の強さは必須、今までの様に初心者状態で主人公(仮)に出会う訳にはいかない。

 

 父さんから貰ったソウルランナーの“プラチナ・ムーン“を使って自宅のトレーニングルームで学校にも行かずにシコシコと練習する。

 全ての基本である素振り、ソウルランナーへのソウルチャージ、プラチナ・ムーンを思うがままに操作出来る様にひたすら修練を重ねる。

 

 そして大事なのが実戦だ。ユピテル君に主人公探しと並行して探して貰ったEE団のアジトに軽く襲撃を重ね、ソウルランナーを使った実戦の経験を得る。

 アジトを6つ潰した頃には、僕は自身の望む水準までランナーとしての腕前を引き上げた。

 

 我ながら成長が早い。他の3つのソウルギアを先に修めていたので、ソウルその物の扱いが上手くなったのが理由だと思う。

 そして、父さんが言っていた女の子の格好をする事によりソウルの理解が深まるとかいうアレは真実だった。

 なんと、今までどんなに頑張っても習得出来なかったソウルギアによる治癒を習得出来たのだ。これは嬉しい、ケガを負っても自分で治せるのは素晴らしい。まさに安心と安全をもたらす能力と言える。

 

 そしてもう少しで5月が終わる頃に、ユピテル君から良さげな人物を見つけたとの報告があった。

 

 さっそく行動に移った。お目当ての人物をユピテル君と共に電柱の上から見守る。

 青い髪のそこそこ顔の整った少年が、悩ましげな表情で歩いていた。

 時刻は夕方で薄暗く、僕も気配を抑えるソウル術を身に付けているので誰にも見つからないだろう。

 

「凍咲トウヤ、この町のランナー達を牛耳る天王トウカを守護するウラヌスガーディアンズの一員だな。だが、肩書の割にパッとしねえ戦績の奴だ。コイツの所属するソウルランナーのチーム“クリスタルハーシェル“はAランクでトップのチームだが、凍咲トウヤは明らかに実力不足だな、コイツ個人の実力は甘く見てせいぜいBランクの下位だろうな」

 

「なるほど、いいね、実に素晴らしい逸材を見つけてくれたよユピテル君」

 

「だろう? 強くはねーけど潜在ソウルの高い小学生……面倒くさい注文だった。見つけ出すのは苦労したぜ。約束は守れよな?」

 

 パーフェクトだよ、まさに僕の求めていた主人公の器だ。素晴らしい潜在ソウル……ユキテル君といい勝負だ。それなのに大して強くないのも素晴らしい。

 

「もちろんだよユピテル君、約束通り毎日好きなお菓子を買ってあげるさ、六百円以内ならね」

 

 父さんは金銭感覚がガバイので、僕の毎月のお小遣いは驚愕の5万円だ。

 僕はそれ程浪費するタイプではないのでお小遣いは貯まる一方、この程度の出費ならまったく問題無い。

 さらには今までの公式戦で手に入れたポイントがある。プラネット社のオフィシャルショップで好きな物を買える素晴らしいポイントだ。ソウルギア用のパーツや消耗品はこれで買うからお金は殆ど使わない、ポイントは全てのソウルギアで共通だからソウルランナーのパーツも問題なく手に入る。

 

「へへ、やりぃ! 実は良さげな和菓子屋を見つけてよ、まずはどら焼きにするかな? いや、俵最中も捨てがたいな……」

 

 和菓子好きとは渋い好みの背後霊だ。好きなだけ悩みたまえ、安上がりでコスパの良い子だ。

 

 それから数日間、僕とユピテル君は凍咲君の事を観察し続けた。時には人混みに紛れ、時には物陰に隠れて、時には電柱や屋根の上を飛び移って凍咲君をストーキングし続けた。

 

 そして分かったのが、彼が力を欲しているという事だ。チームメイト達と比べて実力の劣る自分の現状に焦燥感を抱いている。

 

 素晴らし過ぎる。凍咲君には、僕が求めていた要素が完璧に揃っている……運命感じちゃうぞ♡

 

 彼の人となりや、置かれている現状をそこそこ把握し、後はどうやって最初の出会いを演出しようか悩んでいた時に彼は動き出した。

 

 なんと彼は、EE団のアジトへ情報を求めて潜入する事を決意した様だ。2日後にそれを実行しようとしているのを、姿を消して彼の自宅に潜り込んだユピテル君が教えてくれた。

 

 EE団と敵対しているチームの役に立ちたいと考えたらしい、功を焦るなんて……君はなんて素敵なんだ! 理想的過ぎる無謀な行動だ!

 

 これはまさにチャンス! 運命の出会いを演出する大チャーンス! 

 

 ユピテル君に不良役をお願いして絡んでもらう等の作戦を考えていたが、まさか自分から危険な場所へと足を踏み入れてくれるとは思わなかった。

 急いで父さんにお願いして、転校する日を潜入の翌日としてもらう。出会った次の日に転校生としてやって来る美少女のインパクトを凍咲君にプレゼントしよう。

 

 まず、アジトで凍咲君がいい感じにピンチになってから、ソウルメイクアップした僕が彼を窮地から助ける。そして意味ありげな言動で彼を惑わせてお別れする。

 

 まさに第一印象バッチリの運命の出会い! 神秘的な演出で凍咲君のハートを鷲掴みにしてやるぜ!

 

 そして遂に、凍咲君のドキドキEE団へのアジト潜入作戦が始まった。

 

 何事も無く潜入が成功したらどうしようかと心配したが……凍咲君は無事にEE団に発見され、丁度良いピンチに陥ってくれた。

 ユピテル君と協力し、彼を追跡している戦闘員だけを残して他の戦闘員を無力化する。幸い幹部級が居なかったので容易かった。

 

 そして僕は予定通りにバッチリファーストコンタクトを成功させた。月をバックに舞い降りて一瞬で戦闘員共を蹴散らす、完璧な出来映えだった。

 ただ、戦闘員に取り囲まれ、傷付く彼を眺めているのは結構心が痛んだ。

 でも、傷を治してあげたから許して? そもそも僕が付け回していなかったら君は割と洒落にならないピンチだったぞ? 変な仮面を付けられて洗脳されていたかもしれないぞ?

 

 そして、アジトへの潜入の次の日、僕は凍咲君と同じ5年5組へ転校生としてやって来た。

 

 凍咲君と別のクラスになる可能性も考慮していたが……父さんにお願いしたら同じクラスにしてくれた。

 ちょっと学校関係者に要望が通り過ぎて怖い、父さんは学校側に僕をなんて説明したんだ? それとも父さん自身が学校に影響力があるのか?

 まあ、何にせよ好都合な事に違いはない、深く考えるのは止めておこう。

 

 

 

 

 

 そして転校初日のホームルーム、転校生の登場にざわつく5年5組のみんなの前で僕は自分の名前を告げた。

 

 田中マモコと名乗るとちょっとだけ戸惑った感じの空気が流れた。やっぱり違和感あるよね? 安全の為とはいえ僕も未だに慣れない。

 だが、掴みは悪くないだろう? 衝撃的なセカンドコンタクトだろう? 

 

 フフッ……見ているな? 僕を見ているな? 凍咲トウヤ君?

 

 当然だよなあ? 気になっちゃうよなあ? 劇的な出会い方だったもんなあ? 運命感じちゃうよなあ? 

 

「よし、じゃあ田中の席は一番前の……」

 

 おっと、ここで攻撃の手を緩めてはいけない、畳み掛けるぞ!

 

「先生、私は凍咲トウヤ君の隣の席がいいです」

 

「えぇ!?」

 

 僕の模範的ヒロイン発言に驚く凍咲君、騒がしくなるクラスメイト達。

 フフッ、いい感じだ。ここまでは一部を除いて完璧なムーブだ。

 

「あー何でかな田中? 校長先生から聞いてはいるが、あまり特別扱いは……」

 

「実は昨日、凍咲君と一足先にお知り合いになりまして、少しでも知っている方の近くだと心強いです。まだ越して来て日の浅い私は友達が居ないので…」

 

「うーん……まあ、左隣は空いてるからいいか。じゃあ、田中の席は凍咲の隣ってことで」

 

 オッシャア! やったぜ! マモコちゃん大勝利や! 勝ったな! グハハ!

 

「先生、ありがとうございます」

 

 教室の中央をゆっくりと歩き、一番後ろの列にある凍咲君の隣の席へと向かう。

 

 うーん、視線をビンビンに感じる……いいね、転校初日の特権だね。今回はソウルメイクアップのおかげで何時もより視線を強く感じちゃうぞ♡ 照れるぞ♡

 

 目当ての席へと辿り着く、凍咲君は驚きを隠せないまま惚けた表情で僕を見ていた。

 

「よろしくね凍咲君」

 

「う、うん」

 

 照れてやがる。フヒヒ、カワイイねぇ、ういやつよのぅ……入念な準備と下調べのかいがあったと言う物だ。

 

 ああ、完璧過ぎる。自分の才能が怖い、全てが順調だよ。

 

 そして次の瞬間、僕は命の危機を感じた。心臓を掴まれた様な濃密な死の気配が一瞬だけ僕を包み込んだ。

 

「ひゃっ!?」

 

「た、田中さんどうしたの!?」

 

 何だ!? 今僕の危機察知センサーが途轍もない殺気を感じたぞ!? 一体誰だ!? まさかEE団が学校にやって来たのか!?

 

 急いで周囲を見渡す、ソウルを研ぎ澄まして殺気の主を探すが見つからない? 気のせい? いや、そんなはずが……

 

「田中さん? 具合でもわるいの? 保健室に行った方が……」

「おいおい大丈夫か田中? 転校初日から体調不良か?」

 

「い、いえ……何でもありません、体調に問題は無いのでお気になさらずに……」

 

 もう殺気は感じ取れない、本当に一瞬の出来事だったぞ? 一体誰だ? 

 もしかして、この教室に殺気の主がいるのか? クラスメイトの中に犯人がいる? 僕の察知能力すら欺くなら相当の手練だぞ? この僕が敵意を気取れないとは……

 

 くそっ!? 上手く行き過ぎたと思ったらこれだ! このクラスには何が潜んでいる!? 

 

 なんで僕に殺気を向けた!? 凍咲君以外は初対面だぞ!? 殺気を向けられる筋合いはないだろ!?

 

 フヒッ、だが僕は負けない! 悪意から己の身を守り抜いて生き延びてやる! そしてヒロインを遂行する! 全ては夢の為に! 不老不死の為に!

 

 わ、私は! 田中マモコは殺気などには屈しない! 殺気なんかに絶対に負けたりしない!



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驚愕必至!! クリスタルハーシェルの罠!!

 

 

 正体不明の殺気に怯えながらも、僕は転校初日の授業を無事に過ごす事が出来た。

 

 凍咲君に、合法的かつ自然に密着出来るヒロインムーブ“教科書見せて♡“は、全児童にハイテクタブレット支給のこの世界では通用しない技だ。

 実に残念、やってみたかったなぁ……密着されてドギマギする凍咲君を観察したかった。

 

 だがしかし、休み時間やお昼時間を使って凍咲君だけではなく、仲の良いチームメイト二人とも交友を結ぶ事が出来た。

 凍咲君をストーキングする過程で、外見と名前は知っていたが、人となりは実際に交流しないと分からない、凍咲君を骨抜きにするには周囲の人間関係も重要だ。

 

 まずは一人目、幼馴染み属性で銀髪のロングヘアーが眩しい白神ヒカリちゃん。弱気で大人しい雰囲気と物腰だが、常に凍咲君にチラチラと目線を送っている恋する乙女だ。

 実にいじらしくて可愛らしい、そんな女の子の前で凍咲君を骨抜きにするのは心が痛むが……僕の夢のためには仕方がない。事が終われば多分僕は転校している。それまで我慢してくれ、多分傷心の凍咲君を慰めれば上手く行く。

 あと、この子は白神ヒカリと言う名前からしてヒカル君の親戚だろう、家が和菓子屋だと言っていたからビンゴだ。

 その話題を振りたいが今の僕はマモコだ。カイテンスピナーズのリーダーではない、自分からバレてしまう様な話は出来ない。実に残念だ。

 

 さらにもう一人の幼馴染みで、金髪褐色の氷見ヒムロ君。見た目も名前もホストみたいだけど、かなりの気配り上手で盛り上げ役でムードメーカーだ……うん、そこもホストっぽいね。でも良い子だよ? 

 放課後に舞車町を3人で案内するって僕に提案してくれたナイスガイでもある。僕はもちろん了承した。凍咲君と交流を深めるまたとない機会を提案してくれたのはありがとうとしか言いようがない。

 

 そして転校初日の授業は終わり、いよいよ放課後がやって来た。

 

 結局殺気を感じたのは朝の一度きりで、それ以降は特に変わった出来事は無かった。

 割と注意深く気配を探ったけど、殺気の主は見当たらない……クラスメイトにいると思ったのは勘違いか? やっぱりEE団の幹部辺りが学校を監視していたのかな?

 

「よし、授業お終い! さっそく田中に町を案内しようぜ! トウヤ! ヒカリ!」

 

 おっ? 氷見君、いい子だねえ……凍咲君と白神ちゃんははどちらかと言うと物静かな方なので、グイグイと引っ張ってくれる君の存在はありがたい。

 

 僕もミステリアスクールを目指しているからあんまりはしゃげない、ガツガツし過ぎるとイメージを損なってしまう。

 自分からは言い出せないシャイな乙女の僕をアシストしてくれてありがとう。

 

「フフッ、よろしくね凍咲君、白神さん、氷見君。舞車町には越してきたばかりだから色々と案内してくれると嬉しいわ」

 

 ごめん、嘘です。ソウルメイクアップをしてない田中マモルの姿で少しは町をウロチョロしていました。

 でも、ソウルメイクアップとソウルランナーの修業が忙しく、本格的には散策していないから嬉しいのは嘘じゃない。

 新しい町に着いたら、色々とオススメの場所を教えて貰うのは毎年恒例の楽しみの一つだ。

 

「そうだな、田中さんはソウルランナーやるだろ? 案内するならオフィシャルショップの場所とか……掘り出し物のパーツが売ってるオッチャンの店かな?」

 

「おっ!? 田中もやっぱりソウルランナーやるのか! 雰囲気あるもんな! でもなんで田中がソウルランナーやるのを知ってるんだ? 昨日知り合ったって言ってたよな?」

 

「えっ!? そ、それは……」

 

 慌てているなあ、凍咲君? 正直に話せば芋づる式に自分の無謀な潜入がバレちまうもんな。

 

「じつは昨日の夜、空き地でソウルランナーの練習をしている凍咲君を見つけたのよ。ランナー友達が欲しくて私が声をかけた……そうよね? 凍咲君?」

 

 凍咲君に意味深な視線を送り微笑む。

 

「そ、そう! そうなんだ! 昨日の夜こっそり自主練してたら田中が話しかけて来てさ、まさか転校生だと思わなかったからびっくりしたんだよ!」

 

 クックック……秘密の共有は人間関係には最高のスパイスだね。ほんのりと背徳的な気分にさせてくれるよ。

 

「なるほど、だから朝のホームルームであんなに驚いていたのか。しかしトウヤ……練習するなら俺も誘えよ。水臭いぞ?」

 

「いや、練習って言っても本格的な物じゃないからさ……ちょっと素振りして動きを確認する程度だよ」

 

 フフッ、分かるぞ凍咲君、二人に追い付きたいんだよな? コソ練していつの間にか強くなりたいんだよな?

 

 大丈夫、僕が君を強くしてあげるぞ♡ 

 

 ソウルメイクアップによって新たな力を手に入れた僕なら君の才能を引き出してあげられる。もうちょっとだけ辛抱しなさい。

 

「あっ、田中さんは甘いモノ好きかな? さっきも言ったけど私のお家は和菓子屋さんなの、白神庵の本店だから結構有名なんだよ? ご馳走するから遊びに来てね」

 

 おお、白神庵と言えばやっぱりヒカル君の家と一緒だ。親族確定だね、お饅頭でもご馳走になろうかな? 

 ユピテル君が言ってた和菓子屋もきっと白神庵の事だろう、今日はEE団のアジト探しに行ってるから……お土産でも買ってやるか。

 

「あら、そうなの? 私も家族も和菓子が大好物なの、ぜひお店に寄らせてもらうわ」

 

「よーし、決まり! じゃあまずはパーツショップに寄ってから……」

 

「ねえ、ちょっといい?」

 

 突然僕達の会話に入って来た女の子……えーと、確かクラスメイトの……何さんだっけ? 悪いけど転校初日には覚えきれない、取り敢えずAさんと呼ぼう。

 

「鈴木さん? どうしたの?」

 

 あっ、鈴木さんね。

 

「さっきトウカ様から伝言を預かったの。クリスタルハーシェルのメンバーは生徒会室に全員集合だって、なるべく早く来てくれって言ってたわ」

 

 む? 全員集合だと?

 

 それじゃあ今日の案内はキャンセルじゃねえか……クソが! 

 

 あっ! ダメダメ、汚い言葉を使っちゃだめだから……この、お排泄物が!

 

「全員集合? なんか緊急の案件でもあるのか?」

 

「なんでも昨日の夜にEE団のアジトが一つ襲撃されて壊滅したらしいの。誰がやったのかは不明だけど、アジト内の設備が徹底的に破壊されていたらしいわ。襲撃者はかなり危険な人物みたいね。その対策について話したいそうよ」

 

 へーそんな酷い事する奴がいるんだ? こわ~い♡

 

 こらこら凍咲君、僕を見つめるんじゃありません。僕が魅力的なのは分かるけど今は我慢しなさい。

 

「マジかよ! えーと、田中、悪いけど……」

 

 申し訳無さそうに僕の方を見て来る氷見君と白神ちゃん、何か言いたげな凍咲君。

 まあ仕方ないよね、謎の美少女襲撃者が悪い。君たちが気にする事ではない、僕は心が広いから許してあげよう。

 

「チームの用事なら仕方ないわね、案内はまた明日にでもお願い」

 

「悪いな田中……明日は絶対に案内するから待っててくれ!」

「ごめんね、田中さん」

「えーと、田中さん……ごめんな?」

 

 謝りながら教室を出ていく3人、仕方ない、仕方ないけど、がーんだな……出鼻を挫かれた。

 

「田中さん、町の案内は明日ヒカリ達にお願いするとして、この後よければ私が学校の案内をしようか? ランナーバトルをしてもいい場所とか知っておいた方が便利でしょう?」

 

「そうね、お願いしてもいいかしら?」

 

 優しいな鈴木Aさん、せっかくだから厚意に甘えるとしよう。

 

「ええ、任せて。それじゃあ私に付いて来てちょうだい」

 

 

 

 鈴木Aさんの後を歩き、校舎の階段を登っていく。

 

 5階分を一気に登るのは疲れるな、しかし何処へ行くんだ? ランナーバトルが許可されている広い場所って……最上階だからもしかして屋上?

 

 そして、予想通りに屋上へと続く扉の前に辿り着く。小学校の屋上って開放されてんのか?

 

「屋上の使用許可は貰っているから……先に入ってちょうだい」

 

 なんか不穏な気配……これは、やってくれましたねえ。

 

 でも、この鈴木Aさんが今朝の殺気の主とは思えない。見立てではこの子は恐らくBランク中位程度のランナー、僕の目を欺ける程の実力じゃない。

 

 扉の先にそこそこ強いソウルの持ち主が4人程いるな。僕はまんまと罠に誘き出されたようだ。

 でも、理由が分からないぞ? EE団への襲撃では基本的にはステルスアタックで戦闘員の意識を奪って念入りに映像データは潰し、警察への通報も匿名だから僕がやったとバレる要素はないはずだけどな?

 

 まあいいか、強いとは言っても平戦闘員などと比べればの話だ。

 ソウルの扱いが未熟な格下なら気配で大体の強さは分かる。新たなる力に目覚め、4つのソウルギアを使いこなす超絶天才の僕の敵ではない。

 

 フヒッ、僕は格下には強いぞ! 唯一の弱点は火力不足だが……それはラスボス級の防御力を想定した場合だ。一般ランナーのソウル体などプラチナ・ムーンで紙切れの様に貫いてくれるわ! 

 

 なんならピース・ムーンで撃ち抜いてやってもいいし、シルバー・ムーンで跪かせてやるのも楽しい、トワイライト・ムーンの糸で切り刻むのも悪くない、

 4つのソウルギアは常に装備してある。フフッ、頼りになる僕の愛機達よ……最近暴れたりねぇかい? 許可しちゃおっかな?

 

 屋上への扉を開けて歩みを進める。ソウルバトル場となっていた屋上には4人の女の子が立っていた。

 

 この子達は凍咲君をストーキングしていた時に見たことがある。凍咲君達と同じクリスタルハーシェルのメンバーでウラヌスガーディアンズだ。

 言わば天王トウカ四天王と言った所かな? 確か4人とも6年生だったはずだ。

 

 ふむふむ、メンバーは全員集合と言っていたから天王トウカの差し金か、もしくはこの四天王達の独断……どっちだ? 目的はなんだ?

 

 後ろでガチャリと鍵のかかる音がした。鈴木Aさんが扉の前に立っている。逃しはしないってか?

 

「よくやった鈴木、上手く連れて来たようだな」

 

「は、はい……」

 

 4人の中の一人、水色の髪をした女の子が一歩前に出る。この子が四天王の代表かな?

 

「フフッ、それで? 私に何か用かしら? もしかして貴女達が学校の案内をしてくれるの?」

 

「ふん、気味の悪い女め……おい! 貴様はなぜトウヤに近付いた!」

 

 うっ、もしかして僕の狙いがバレてる?

 

「なぜ? それはもちろん凍咲君が魅力的だからよ? 彼の中にとても力強いソウルが眠っている。私はそれが花咲く所が見たいの」

 

 フワッとした返事で誤魔化す。まさか月のソウルが狙いって事まではバレようがないよな? 誰にも言ってないし……傍目からでは知りようがないしな。

 

「やはりそうか! だが諦めろ!」

 

 くっ、だが凍咲君のチームメイトに睨まれたら今後の計画が……

 

「トウヤにはヒカリがいる! ちょっかいを出すな!」

「そうよ! ヒカリが可哀想だと思わないの!?」

「あの子達の間にアンタが入る隙間なんてないのよ!」

「アナタ自分が可愛いと勘違いしてるでしょ! このブス!」

 

「はぇ?」

 

 ぼ、僕がブスだと!? いや違う! これは、この呼び出しはもしかして……

 

「トウヤが優しいからって勘違いするなよ!」

「そうよ! 空気読めないわね! トウヤが可哀想よ!」

「本当にサイテー、性格悪すぎ、気持ちわるー」

「何よその格好、可愛いと思って着てるの? ダッサ!」

 

「ぐっ、ぐぬぬ……」

 

 これ悪の組織とか関係ないやつだ! 女子が目立っている女を集団で〆る奴だ! 転校初日からコレかよ!?

 

 く、くそガキ共が……だ、ダサい? 嘘だろ? ゴシックドレスは似合ってる……よな?

 

「トウヤは迷惑しているぞ! 申し訳無いと思わないのか!?」

「そうよ! 謝りなさいよ! ヒカリとトウヤに謝りなさい!」

「アンタ恥ずかしいと思わないの? 謝りなさい!」

「ほら! この場で謝りなさい! 早くしなさいよ!」

 

「う、うぅ……」

 

 め、メンタル攻撃は想定していなかった。容姿を否定されるのは普通に悲しい……ううっ、泣きそう……

 

「どうした!? 黙ってないでなんとか言ってみろ!」

 

 こ、このガキ共が……舐めやがって………僕がブスだと? ダサいだと? 謝れだと?

 

 馬鹿め! この僕がその程度の罵倒に負けてたまるか! 僕は父さんと母さんの子だ! 田中マモコだ!

 

「フフッ、騒がしい人達……何をそんなに焦っているの?」

 

「ハァ!? アンタ何を言って……」

 

「私はカワイイ!!」

 

「は、はあ!?」

 

「私は最高にカワイイ!!」

 

「アンタ頭おかしいんじゃ……」

 

「私は最強にカワイイ!!」

 

「あ、アナタは……」

 

「私は最強で最高にカワイイ!!」

 

「………………」

 

 ふぅ……私の勝ちね、お排泄物共が私のカワイイにびびってやがりますわ。

 

 

 

 そして妙な空気の流れる屋上、黙って睨み合う僕とイジワル四天王達。

 

 口喧嘩では僕の勝ちだが……来るか?

 

「くっ、田中マモコ! ソウルランナーを構えろ! 言葉で言っても分からないなら実力で分からせてやる!」

 

「フフッ、よくってよ?」

 

 ソウル体へと変化する四天王達、四人がかりで潰すつもりか? 4人なら確実に勝てると思ってるな? アホ共がぁ!! 甘いわ! 甘すぎるぞぉ!?

 

「行くぞ! サテライト……」

「疾走れ!! プラチナ・ムーン!!」

 

 屋上に無数の光の線が走る。目にも留まらぬ高速の白金が四天王達の機体を起動すら許さずに一瞬で戦闘不能へと追い込む。

 

「きゃあ!?」

「えっ?」

「はあ!?」

「何が!?」

「そ、そんな……速すぎる……」

 

 ソウル体が一瞬で破壊されて驚きの声をあげる四天王達、後ろの鈴木Aさんも呆然としている……戦意喪失かな?

 

 くくっ、ソウルランナーが壊れないように加減はしてやった。優しい僕に感謝するといい。

 

「フフッ、これで実力の違いが理解出来た?」

 

「ば、馬鹿な……私達ウラヌスガーディアンズが一瞬で……」

「み、見えなかった…光しか……」

「私達は……Aクラス1位なのに……」

「無名でこんなに強いランナーが居るはずが……」

 

 フヒッ、さっきまでの威勢はどうした? 随分と元気が無くなっちまったなぁ!? 悔しいか!? 悔しいよなあ?

 

 はぁ〜格下を一瞬で屠るのは相変わらず最高だね。めちゃめちゃ気持ちいい。

 

 その悔しそうな顔がたまりませんなあ? 己の無力を思い知ったか? ん? んん!? 持たざる者の嘆きをもっと聞かせくれたまえ。

 

「ちっ、情けねえ奴等だ。四人がかりでその様かよ」

 

 この声、男の子の声だ。もう一人屋上にいる? 僕が察知出来ない程の手練か……あっ、上だ。階段室の屋根の上に誰かが立っている。

 

「情けねえよ、オレまで恥ずかしくなってくるぜ」

 

 ふ、不良だ……小学生の癖にグラサンかけて、肩が破けたGジャンに革パンの阿呆だ。そのトゲトゲした腕輪はどこで買うんだ? 恥ずかしくないの?

 

 コテコテの不良ルックの少年、いったい何者だ? 僕に気取らせなかったから強い事には間違いないだろうけど……なんだかなあ…… 

 

「レイキ、見ていたのか? そうだ! お前ならこの女に……」

 

 レイキ? ああ! クリスタルハーシェルのNo.2の冷泉レイキだ! 名前は知ってたけど初めて見る。凍咲君をストーキングして唯一姿を拝めなかったチームメイトだ。

 

「へぇ、次はアナタが相手? 仲間の敵討ちね」

 

「はっ、勘違いすんなよ、俺はそんなシャバい真似はしねえ。オイ、お前らはウラヌスガーディアンズ失格だよ」

 

「な、なにを……」

 

 あっ? コイツ!? 殺る気だぞ!?

 

「潰せ!! サテライト・ジュリエット!!」

「逆巻け!! シルバー・ムーン!!」

 

 四天王達のソウルランナーを破壊しようとする不良少年の青い機体、それをシルバー・ムーンの逆回転の力場で弾く。

 僕のソウルスピナーであるシルバー・ムーンの能力は引き寄せる力の引力、それを逆回転すれば引き離す力の斥力を作り出す事が出来るのを最近発見した。防御には非常に役立つ。

 

「……おい、テメェ、意味がわからねえぞ? なんでお前がコイツラを庇う? 人様の惚れた腫れたにケチを付けるこの馬鹿共を守る筋合いはお前にねえだろ。むしろ喜ぶべきじゃねえのか?」

 

 いやまあ、そうだけどさあ? このくそガキ共には腹立つし、人をブサイク呼ばわりしたのは許せないけど……

 

「ソウルギアに罪は無いわ、私はソウルギアが破壊されるのを見過ごしたりはしない」

 

 壊すのはやり過ぎだよね。クソガキでも雑魚戦闘員でも、ソウルギアは意外と操者の事を慕っている。ソウルギアの声が聞こえる僕はその事を知っている。どんな操者とソウルギアの間にもキズナは有り、ソウルギアのコアには確かに意思があるのだ。

 

 コアが砕かれたソウルギアの意思がどうなるか僕は知らない。

 けれど、それが彼らにとっての死の可能性があるなら許容出来ない。

 

 死ぬのは怖い、本当に恐ろしくて孤独で冷たい体験だ。僕はそれを知っているから不老不死を目指している。

 だから、家族や友達が、知らない赤の他人が、悪の組織の雑魚共でも、例え人ではなくとも意思ある者全てが、僕の目の前で死に行くのを許容したりはしない。

 

 僕は全ての死を忌避する。自分の物でなくともそれは変わらない。

 

 一番大事なのは自分だけどね! 二択なら自分の安全を優先します! 助けるのは余裕がある時限定だよ!

 

「へっ、おもしれー女だ。いいぜ、お前に免じてこの場は見逃してやるよ」

 

 そう言って屋上から飛び降りる不良少年。

 

 えぇ!? 普通に階段使えよ!?

 

 飛び降りんなよ……ソウルギア使いの身体能力が高いとはいえ、肝の冷える行動はやめてくれ。びっくりするだろ?

 

 あっ……おもしれー女って言われちゃった! 言われてみたいセリフベスト5が転校初日に実現したぜ! ベスト10をコンプリート出来るかな?

 

「な、なぜ私達を助けた!? 田中マモコ!」

 

 ん? 言わせんな恥ずかしい。

 

「フフッ、学校を案内してくれたお礼よ」

 

「なっ、お前は……」

 

 さて、田中マモコはクールに去るぜ。

 

 

 

 放課後の廊下を一人で歩く。もういい時間だな、オレンジの夕日が目に染みるぜ。

 

 転校初日は成功と失敗半々って所かな? 思ったより女の子って難しいな……僕が可愛いすぎるから嫉妬が酷かった、ヤレヤレだぜ。

 

「あっ、田中さん。まだ学校にいたの? 鈴木さんの案内はどうだった?」

 

「白神さん……そうね、なかなか興味深い案内だったわ」

 

 白神ヒカリちゃんが優しい笑顔で僕の方へ小走りでやって来る。さっき女の子の醜い所を見せられたからほっこりするなあ。

 

「興味深い? えーと、面白かったって事かな?」

 

 まあね、僕はおもしれー女ですし。

 

「そんなところね、ところで凍咲君と氷見君は一緒ではないの?」

 

 ストーキングしてる時は大体一緒に登下校してたんだけどな?

 

「うん、二人はトウカ様にお使いを頼まれたから先に帰ったよ。田中さんは今から帰るところかな? 良かったら途中まで一緒に帰らない?」

 

 うんうん、今日は優しい女の子と仲良く帰ろう。白神ちゃんの笑顔で癒やしてもらおう。

 

「ええ、一緒に帰りましょう」

 

「やった! あっ、そういえば生徒会室にタブレット忘れちゃった。ごめん田中さん、すぐそこだから付き合って貰ってもいいかな?」

 

 おっ、ドジっ子属性持ちかよ。いいね、トウヤ君は幸せ者だな、なかなかレアな幼馴染みだぞ? 大事にしなさい。

 

「もちろん、行きましょう」

 

 白神ちゃんと一緒に生徒会室へと向かう、そういえば小学校なのに生徒会? 

 まあ、この世界では普通なのかもしれん。もしかして教師よりも権力あったりして……ありがちだよね。

 

 生徒会室は本当にすぐそこにあった。教室の様な引き戸ではなく重厚な木製のドアは無駄に贅沢な作りだ。

 

「ここだよ田中さん。失礼しまーす」

 

 失礼する割にはノックもせずに部屋に入る白神ちゃん、あれ?

 

「ん、失礼……します?」

 

 生徒会室に誰か居るのか? いや、生徒会室に居るならその人は……

 

 部屋に入ると、生徒会室には予想通りの人が居た。

 

「やはり……天王トウカ!」

 

 生徒会室の中央で腕を組んで堂々と立つ長い青髪の女の子、クリスタルハーシェルのリーダーにして生徒会長の天王トウカだ。

 

 凍咲君をストーキングしていた時に遠目で確認した事があるから間違い無い。この舞車町のジュニアランナー達を取り纏めており、AランクトップチームのNo.1に立つランナーだ。

 つまり国内ジュニアランナー達の頂点に立つ女の子、天王家史上最高傑作とも噂されていた天才児。

 

 僕も遠くから一目見ただけで恐るべき実力が分かった。彼女が凍咲君の近くに居る時は気取られる危険性があるため、僕もユピテル君も近距離でのストーキングを諦めた。

 現に今も、生徒会室のドアを開いて中に入るまでソウルを感じ取れなかった。その事実が実力の高さを証明している。

 

 僕もソウルランナーのみで戦うなら勝てないかもしれない。なんでもありなら負けるつもりはないが、純粋なランナーとしての腕前は経験の分だけ彼女の方が上だろう。

 

 そんな彼女の横で白神ちゃんは静かに微笑んでいる……忘れ物は嘘か! くそ! また騙された! 

 

 女の子怖い……ホイホイ付いて行くと罠が待っている。もう誰も信じられない。

 

「ああ、私が――」

「トウカ様? 私が田中さんと喋るから黙っててくれます?」

 

 ん、んん!?

 

 何故か白神ちゃんの命令に大人しく従い黙る天王トウカ、白神ちゃんはまるで部屋の主の様に振る舞う。

 

「田中さん、そこのソファに座って? 色々とお話する事があるでしょう?」

 

「え、ええ、そうね」

 

 何だ? よく分からないけど……取り敢えず話を聞くか?

 

 促されるままにソファに座る。ふかふかの感触が何故か頼りなくて恐ろしく感じる。

 

「じゃあトウカ様、椅子をお願い」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 そう言うと天王トウカは、僕からテーブル挟んだ対面の床によつん這いになった。その姿は体育の時間の組体操を連想させる。

 

「へっ?」

 

「よいしょっと。うん、それじゃあお話しよっか田中さん?」

 

 よつん這いになった天王トウカの背に、自然な動きで腰を下ろす白神ちゃん。あまりにも自然な流れで突っ込む隙もなかった。

 

 な、何なのだこれは……僕は何を見せられているんだ?

 

「あ、あの……天王さんは何をしているの?」

 

「何って椅子だよ? そうだよね? トウカ様」

 

「ああ、椅子だ」

 

 いや、椅子だ、じゃねーよ?

 

「な、何で天王さんは椅子をしているの? 何の意味が……」

 

「意味? 改めて問われると完全な言語化は難しいが……強いて言うなら気持ち良いからだな。妹の様に思っている年下の女の子に家具扱いされる。そこには背筋がゾクゾクする様な得も言われぬ感覚が……」

 

「悪い子だなあ、トウカ様。黙ってろって言ったよね?」

 

 ペシン、と高い音が生徒会室に響く。白神ちゃんが左手で天王トウカのお尻を勢い良く叩いた音だ。よつん這いの椅子がビクンと震えた。

 

「ひんっ!? あ、ありがとうございますぅ……」

 

 こ、怖い、女の子怖いよぉ、こいつら何なんだよぉ?

 

 これがクリスタルハーシェルの真の姿? 恐るべきチームだ……

 

 

 



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偶然一致!? 蠢くシークレットプラン!!

 

 

 転校初日の放課後の生徒会室で、僕は実は腹黒だった白神ちゃん、家具へとジョブチェンジした天王トウカの二人と対峙していた。

 そう、彼女達と机を挟んで向かい合っている。ひとりは随分と低い位置にいるけどね。

 

 しかし、開幕早々どデカい一撃を貰ってしまった。正直ちょっとチビリそうなぐらい気圧されている。一連の流れが優位に立つための精神攻撃のつもりなら大成功だ。

 白神ちゃんは色々と話をすると言っていたが、一体どういうつもりなんだ? 何を要求してくる? やはり凍咲に近づくなって事かな、困ったもんだね。

 

 ともかく、話し合いするにしても不利な状況だ。この異様な雰囲気に飲まれないよう気を強く持たなくては……

 

「さて、まずはごめんなさいかな? 鈴木さんとツララさん達が迷惑をかけたみたいだからね。彼女達は私の為を思ってああいう行動をしたんだと思うの、許してあげてほしいな?」

 

 くっ、めちゃくちゃいい笑顔だ。絶対に白神ちゃんが彼女達をけしかけたな? いけしゃあしゃあと恐ろしい子だ。

 

「でも、過剰な反応には理由があるの。実は最近、クリスタルハーシェルをコソコソと嗅ぎ回る輩がいるんだ。結局正体はわからなくて……なかなか尻尾を掴ませないからみんなピリピリしてるの。気配はするのに姿の見えない監視者、まるで幽霊みたいだよね? 田中さんはなにか知らない?」

 

 へ、へえ? 怪奇現象かな? 怖いねえ?

 

「さ、さあ? 残念だけど幽霊に知り合いは居ないから分からないわね。でも、そういう事情があるなら仕方ないわ、彼女達には気にしていないと伝えて」

 

 ストーキングがバレていたのか? マジかよ、かなり念入りに気配を消したぞ?

 

「そっか! それじゃあ田中さん、もしも幽霊さんに会ったら伝えといてね、私達もこれ以上続けないなら気にしないって」

 

「そ、そうね、もしも出会ったら伝えておくから……」

 

 言外の圧が、圧が怖い。

 

「ありがとう田中さん、それじゃあ互いの誤解が解けた所で本題に入ろっか?」

 

 誤解……誤解かな?

 

「ええ、そうしましょう」

 

 僕がチー厶……というか凍咲君を嗅ぎ回っていた事を知った上で何を話すつもりだ? 

 ご丁寧にこれ以上しないなら許すとまで言って、僕になにかを要求するつもりか? 意図がわからん。

 

「そうだなあ……まず、私達の事から話そうか。もう知っているだろうけど、私達はクリスタルハーシェルって言う名前のチームだよ。トップランナーであり、舞車町で天王家当主の代理人を任された天王トウカ様がリーダーを務めているの。そして、この町を色々な悪い人から守ってるんだ。町のランナー達の取り纏めもしているね」

 

 うん、そのリーダーを君は椅子にしているよね?

 

「そして私もクリスタルハーシェルの一員、正式なウラヌスガーディアンズのメンバーだよ。もちろんトウヤ君とヒムロ君もね、さっき会ったと思うけど、ツララさん達四人とレイキ君もメンバー、全員で9人のチームなんだ」

 

 うん、知ってます。調べました。ストーキングの成果です。

 

 この町のランナーチームは大体君達の部下みたいなもんだね。町の大人ですら天王トウカの言葉は無視できないと言うか……実質支配している。

 とは言っても、別に恐怖による支配って感じじゃない、天王トウカは舞車町においてはかなり慕われている様だ。もちろん面白く思っていない奴らも一定数はいるみたいだけどね。

 

 恐るべし天王家、恐るべし天王トウカ……って思ってたんだけどね。

 椅子……椅子だもんなあ……恐ろしさのベクトルが斜め上に向かってしまった。

 

「だからさ、舞車町に新しい人が来たり、ちょっと変わった人が居たら話を聞きたいんだよね。田中さんはさ、私達に興味があるんでしょう? 特にトウヤ君に興味があるんだよね?」

 

 これは……素直に話すか? そこは嘘付いてもしゃーないもんな。

 

「そうね、凍咲君には可能性を感じる。否定はしない」

 

「やっぱり! 田中さんはよく分かってるね! トウヤ君の才能がちゃーんと分かってる! 本家の大人達は見る目がないから本当に嫌になっちゃうの! そうだよねトウカ様?」

 

 えっ、喜びすぎじゃない? トウヤ君に近寄る僕が目障りとかそういう話じゃないのか?

 

「まあな、お父様もそうだが、基本的には大人になるとソウルの深い部分が感じ取れなくなるみたいだな。ただ、感覚が研ぎ澄まされ過ぎるのにも弊害がある。それを考慮すれば一概に劣化したとは言えないかもしれん、或いはそれは成長の証とも――ひゃん!?」

 

 おい!? いきなり椅子の尻を叩くなよ! 真面目に話をしてただろ!?

 

「そんなの劣化に決まってるよね? だって、私はソウルが深く読み取れるようになってから格段に力を増したし、色々役にも立っている。トウカ様だって恩恵を受けてるでしょう?」

 

 ソウルが深く読み取れる? 僕にソウルギアの声が聞こえて、相手の潜在ソウルを感じられる様になったのと同じか? ソウルを鍛える内にソウルに対しての感覚が鋭敏になっていくのは僕もよく分かる。

 

 ん? 椅子が僕を見ている……下からの目線が凄いシュールだ。

 

「そうだな……確かに劣化だな。田中マモコ、ヒカリは白神家として癒やしの力を修業している。そして、どこを癒せばいいのか、どこを癒して欲しいのかを模索する内に、相手の望みが相対するだけで読み取れる様になった。ヒカリ相手に虚言は通用しない、だから君の目的を正直に――ひん!?」

 

 えっ、相手の望みが読み取れる? 心が読めるのか!? ヤバい!! ヤバすぎるぞ!? 僕の計画がおじゃんになる!

 

「もう、トウカ様ったら勝手にお喋りして……ふふ、安心して田中さん? 望みが分かるって言っても、具体的な考えが読み取れるわけじゃないよ? ああしたいなぁ……とか、こうされたいなぁ……とか、こうなりたいなぁ……とか漠然としたイメージがソウルを通じて伝わるだけ、だからこうやってトウカ様が叩いて欲しい所がわかるの」

 

 そう言ってペシンと左手で椅子を鳴らす白神ちゃん、椅子は嬉しそうにアハンと鳴いている。

 

 恐ろしい子だ。漠然とは言っても考えを読み取られるってのは恐ろし過ぎる。下手な嘘が通用しないって事だよな?

 

 まあ、僕は清廉潔白な正直者だから大丈夫……だよね? 要は僕の望みの部分を偽らなければいいんだろう?

 

「田中さんの望みは読み取りにくいね、ソウルが眩しくって変な感じ。だから教室で普通にお喋りするだけじゃ確信が持てなかったけど……ランナーバトルをしている所を見て確信した。田中さんにトウヤ君を害するつもりは無いってね」

 

 やっぱり屋上の様子見てたのか……怖い。

 まあでも、そのおかげで白神ちゃんは僕に悪意がないって分かってくれたようだ。

 そうそう、僕はただ凍咲君を誑かして強くして、役に立ってもらいたいだけで害するつもりはない、悪意0%だ。

 

「それに田中さんはムーンシリーズのソウルギアを使っていたよね!? しかもソウルランナーだけではなくソウルスピナーを同時に使用していた! ここまで材料が揃えば田中さんの正体と目的は導き出される!」

 

 そ、それだけで分かるのか? 僕が本当は男の子で不老不死を望んでいる事がマルっとお見通しなのか?

 

「ズバリ! 田中さんは月の加護を持つ月読家の人間! かつてソウルギアの原型を創り上げた一族! 選ばれし者にソウルの秘奥を授ける伝導者達! プラネット社を創設した十星族でありながら表舞台に姿を表さない影に生きる者達! そんなアナタがトウヤ君を選んだ! 可能性を見出した! それは世界に潜む闇に対抗する為の戦士としてトウヤ君を鍛え上げるため! そうでしょう!?」

 

「ふえっ!? そうなの!?」

 

 月読家の役目ってそういう物なの!? 初耳だよ!

 

 父さんにそれとなく聞いても教えてくれないし、母さんに聞くと修業を再開しましょうとか言いそうだからずっと知る事が出来なかった。

 

 確かに僕が生まれた家……月読家はめちゃめちゃ古風で大きいお屋敷だ。名前的にもなんか秘密のある家だとは思っていた。

 何せソウルギアが中心にあるこの世界、そのソウルギアのコアの製造を独占するプラネット社を束ねるのは惑星を冠する一族だ。

 そりゃあ衛星だけど月にも意味はあるよね。役目とか修業とか言い出す母親なんて普通はいない、何もない方がおかしい。

 

 でも、白神ちゃんが言っていた通りに月読家はネット等で調べても情報が出てこない。

 他の一族の様に世間一般に認知されている家ではなさそうだ。影に生きるって……忍者? ニンニン? ミカゲちゃんとキャラ被っちゃう?

 

 その点、他の惑星の一族は調べれば普通に公開されている情報が手に入る。なんならニュースでも名前をよく耳にする。

 なにせプラネット社のお偉いさん達だからね。政治家にも結構居る。あれも惑星の一族だろう、政界にまでガッツリ食い込んでやがる。

 

「もう、惚けちゃって……あれ、本当に困惑してるの? どういう事かな?」

 

 いや、どういう事って言われてもなあ? トウヤ君を見出したのは間違ってないけど、役目とかそういう意図はないぞ? 100%僕の都合だ。

 

「ヒカリ、お母様に聞いたことがある。月読家では子供達を育てる時にあえてソウルを鍛える意味や一族の目的を教えないと――はぁん!? ふ、複数のソウルギアを使いこなす為の育成方法で、明確な目的を他者が与えてしまうとソウルの可能性が阻害されるからだとか――きゃん!? ほ、本人のソウル傾向を5大要素全てに対して完璧に適合させる為らしいぞ?」

 

「ま、マジで!?」

 

 父さん達は勿体ぶってる訳じゃなかったのか!? 

 

 僕がソウルギアを4種類使いこなせるのは僕が天才だからだと思っていたのに……英才教育のおかげなのか?

 

「ああ、マジだ。お母様に聞いた話では少し昔に火星家の当主がその育成方法を娘に実践したらしく――ひゃん!? つ、つまり他の惑星の一族が実際に試す程には根拠と信憑性のある育成方法と言うことだ――あぁん!? そ、その火星家の娘の育成は失敗に終わったそうだがな」

 

 失敗? 穏やかじゃないですね。

 

「天王さん? 失敗とは具体的にはどういう事なの?」

 

「ああ、その娘はどのソウルギアの扱いも中途半端になってしまい、とても惑星一族のソウルギア使いとして認められるレベルの腕前にはならなかったそうで――きゃん!? そ、そして結局は火星を名乗る事を許されなくなり本家から遠くにやられ、確か今は普通に教師として暮らしていると聞いた――んんっ!?」

 

 ああ、なんだ。失敗って言うから嫌な想像しちゃったよ。廃人になったとか取り返しのつかないレベルかと思った。ソウルギアの扱いがヘナチョコになるだけか。

 

 ソウルギアは一種類に絞らないと大成しないってのが世間一般の常識だ。

 あー、僕自身は……どうなのかな? 今の所は上手く使いこなしてるけど、成長すればみんなに着いていけなくなるかもしれない。

 成長と共にソウルのバランスが崩れて選手として弱くなるってのは割と聞く、ジュニア部門では強かったけど、プロでは成長できなくてすぐに落ちぶれるのは珍しくはない。その逆のケースも少数だが存在するらしい。

 

 要はソウルの成長を思うがままにする事はとても難しいと言う事だ。

 自身の精神状態と密接に関わるソウルという不思議パワーは、強い想いに応えてくれるが、ネガティブな想いにだって影響を受ける。

 僕も給食でトマトやニンジンが出て来た日にはソウルの調子が悪くなる。テンション下がると技のキレが落ちるよね。

 

 そんなソウルを操る術、複数のソウルギアを使いこなして、ソウルメイクアップという技まで身につけた僕、田中になる前の名字は月読だ。母方の姓ってやつだね。

 

 恐らく白神ちゃんの言っていた事は真実なのだろう、天王家に近しい彼女が世間一般に流れていない月読家という存在を知り、その役目を知ってるというのはそこまでおかしくはない。

 

 そう、どちらかと言えばおかしいのは僕だ。月読家に生まれていながら役目についてあまりにも無知だ。

 

 惑星の一族が、ソウルを悪用する輩から人々を守ると言う役目を担っている事も、ユキテル君達に教えて貰うまで知らなかった。プラネット社のお偉いさんで金持ちな一族程度の認識だった。

 

 僕にあえて何も知らせないでソウルについて学ばせる。それは恐らく父さんと母さんは狙ってそうしたのだろう。

 そして、その教育方針は実際に有効だったのだ。僕のソウルギアに関する天才っぷりが皮肉にもそれを証明している。

 

 一年ごとに引っ越させて、僕に新しいソウルギアを与える。そして引越し先の町では必ず悪の組織が活動している。

 ほぼ間違い無く父さんは意図的にそれを行っている。悪の組織が活動している町にわざと引っ越して、僕にソウルバトルの実戦経験を積める様に促している。

 

 薄々感づいてはいたが……白神ちゃんの話を聞いて確信した。

 

 僕はやはり月読家の修業をさせられている。一族の役目を果たせる様に育てられている。

 いや、自主的に修業するように誘導されたというのが正しいか?

 

 察してはいたけど、やっぱりそうだったのか……僕は……僕は……そんな事にショックを受けたりはしない! 

 

 フヒッ! むしろ今となっては好都合だ! 月のソウルの存在を知った僕にはむしろありがたいね!

 

 何せ上手く行けば不老不死は僕の物だ! 悪の組織の計画を上手く乗っ取って月のソウルをこの手に収める! その機会を与えてくれたと思えば感謝しかない!

 

 グフフ、月のソウルさえ手に入れれば、不老不死さえ実現すれば、お役目などポイよ……絶対にそんなキツそうで重要そうな役割を担ってやるものか、ソウルの秘奥を伝授だとか戦士を鍛えるとかは勝手にやっててくれ。

 

 そんなもんはやる気のある奴にやらせておけばいい。なんか僕とマモリの他にも、会った事の無い従兄妹達が居るみたいだしね? 僕じゃなくても……まあ、ええやろ?

 

 だってぇ私は田中マモコだし? 月読じゃないし? お役目なんて直接聞いてないし? 世界に潜む闇ってナニそれ? マモコこわ~い♡ 暴力はんたーい♡

 

「へえーそうなんだ。凄い難しそうな育成方法だね。田中さんは本当に役目を知らさせていないんだ。じゃあ、ご両親に何を教わったの? どうして田中さんはトウヤ君に目を付けたの?」

 

 何をだって? そりゃあ、お前さん……

 

「お父様からはソウルギアで友達を作れって言われたわね。私は小さい頃はずっと家に閉じ込められていたの。初めて小学校に通う前に、友達と一緒に遊ぶのはとても楽しい事で、寂しさや不安を忘れさせてくれるって教わった。ソウルギアで一緒に遊ぶのが友達を作る一番の方法だって教えてくれた。私はその言葉を信じてこれまでソウルギアでみんなと遊び、この町では凍咲君を見つけた。だから、彼と一緒にランナーバトルをするのはとても楽しそうって思えたの」

 

 絶対楽しいぞ♡ 僕の代わりにラスボスを倒してくれる主人公を育成するなんて楽しいに決まっている。こんなに楽しいホビーバトル兼育てゲーは世界中を探しても中々ないやろ? 

 

 クリア特典は月のソウルだしね? 難易度高そうだけど……グヘヘ、楽しみだなぁ、待ちきれんなぁ、恋しいよぉ、切ないよぉ……フヒッ!

 

「なるほど、ソウルバトルを友と楽しむ心、それが一番大事と言う事か。確かに役目ばかりに心を囚われていては忘れてしまいそうだ。自由にソウルバトルを楽しませる……いい教え――ひん!?」

 

 おい、人がいい感じの事言ってんのに叩くな、そして鳴くな。

 

「なるほど! つまり田中さんはトウヤ君と一緒にランナーバトルを楽しみたいんだ! 分かるよ! 田中さんが心の底からそれを望んでいるのが分かる! あとこれは……なんだろう? えっと……安らぎと……永遠? そっか! つまり田中さんは楽しい時間がずっと続けばいいって望んでいるんだね!」

 

 ま、間違ってないかな? 実際にソウルバトルは楽しいと思う、手に汗握る拮抗した実力同士のソウルバトルを制するのは中々どうして快感だ。

 格下相手に圧勝するのはもっと好きだ。自分が身に付けた力で相手を思うがままにあしらうのめちゃくちゃ気持ち良い、勝利後には偉そうに出来て二度美味しい。

 

 それに、僕の一番の望みである不老不死は確かに永遠とも言える。白神ちゃんが相手の望みが分かるってのは嘘じゃねえな、ちょっとガバいみたいだけどね。

 

「ええ、その通りよ。私なら可能性を映し出す力で凍咲君の才能を導く事が出来る。そして強くなった彼には伸び伸びとランナーバトルをして欲しい、それはきっと楽しい事よ?」

 

 フフッ、僕はソウルメイクアップを自分だけではなく、他者にも施せる。これはかなりの高等技術らしく、早々に会得した僕に父さんは大層驚いていた。

 

 別に凍咲君を女の子にしようって訳じゃあない、そんな特殊な趣味は僕には無い。

 

 ソウルメイクアップとは可能性を映し出す技術、つまり本人に資質さえあれば、それを僕が引き出してやる事が可能だ。潜在能力を解放してあげられるって寸法だよ、ナメック星の最長老みたいにね。

 

 もちろん無制限に自由自在って訳じゃ無い、自分の可能性を探すのとは違って、他者の可能性を映し出すのは非常に時間が掛かる。方法自体はそう難しくなく、僕が相手の身体のどこかに触れてソウルを探るだけだ。

 

 ユピテル君にソウルメイクアップを毎晩試した所、彼はソウルストリンガーだけではなくソウルランナーも操れる様になった。   

 流石にストリンガー程巧みではないが、ユピテル君はそれなりにできるランナーともなったのだ。僕のソウルメイクアップの力でね。

 

 つまり、これから僕は、凍咲君に執拗にボディタッチを重ねて彼を目覚めさせてあげるのだ。

 

 グヘヘ、兄ちゃんええケツしとるのぉ? ここがええんか? てな感じで毎日セクハラをしまくれば、凍咲君は絶対に強くなる。

 あの抑え込まれているソウルを僕が呼び覚ましてあげよう。僕のソウルメイクアップにかかればチョチョイのチョイやで?

 

「……あれ、なんか良くないなぁ? 何を考えてるの田中さん?」

「ひぇっ!?」

 

 ち、近い!? 白神ちゃんの顔が近い!? 瞳孔が開いてて怖い!? 白神ちゃん目が怖いよ!?

 

「つ、強くなった凍咲君とソウルバトルするのを想像してたのよ? 決して邪な感情は――」

 

「へえ? 本当? 本当にそうかな……」

 

 この殺気は今朝の!? ま、不味い!? 殺られる!? 

 

「そ、それに私はこう思うの! 凍咲君と白神さんはとてもお似合いだなって! 幼馴染み同士って素敵よね! やっぱり幼馴染み同士が最高よ! 今すぐに結ばれるべきだわ!」

 

「えっ? え、えぇ……そんな、恥ずかしいよ田中さん……」

 

 椅子の上でモジモジしだす白神ちゃん……行ける! 行けるぞ!? 畳みかけるんだ!

 

「私は常々思っているの、やっぱり何時の時代も最高なのは幼馴染みだってね。謎の少女とか、転校生とか、気になる敵の女幹部とか、ぽっと出の女なんて所詮噛ませ犬よ、幼い頃から育まれてきた二人の愛の絆の前には鼻くそ同然ね。男の子はやはり幼馴染みの女の子と結ばれるべき、私のソウルがそう囁いている」

 

「え、えへへ……そうかな? やっぱりそう思っちゃうかな? 恥ずかしいなぁ……へへ」

 

 よし! 効いてるぞ! こいつは思ったよりチョロいぜ!

 

「ああ、本当に凍咲君は幸せ者ね。こんなに可愛くて一途で献身的で癒やしの力まで兼ね備えているパーフェクトな幼馴染みが居るなんて……それで? 式はいつ挙げるの?」

 

「やっぱり田中さんは信頼出来る子だね! きっと月読家の力でトウヤ君を強くしてくれる! 私は田中さんを認めます! トウヤ君をどうかよろしくお願いします!」

 

 はぁ……助かった。白神ちゃんが思ったよりちょろい子で良かったよ。クネクネと身体を揺らして妄想の世界へとトリップしている。くけけ、所詮は小娘よのう? 

 

「そうか、ヒカリがそう判断したのなら私からもお願いする。どうかトウヤを導いてやってくれ」

 

 お、下からも育成許可の声が聞こえてくるぞ?

 

「私はあの子が……トウヤが周囲とのギャップで悩んでいるのが分かっていながらなにも出来なかった。周囲の目を気にして、この町のランナーを統べる者として贔屓しては逆にあの子に辛い思いをさせると……いや、違うな、私はあの子にこれ以上嫌われるのが怖くて歩み寄れなかった。それだけだな……フッ、我ながら臆病な事だ」

 

「天王さん、貴女は……」

 

 ちゃんとトウヤ君の事を気にしていたんだね? 仲間思いの人で良かったよ。

 いきなり椅子へとトランスフォームした時は正気を疑ったが……思ったよりまともな人だった。ちょっと特殊な趣味があるだけだね。

 

「私はチームのみんなを、ウラヌスガーディアンズ達を家族の様に思っている。だが、今のチームは表面上は取り繕っているが、皆が大事な所を見て見ぬ振りして徐々に歪になってしまった。私を含めてだ」

 

 えっと、歪って椅子の事じゃないよね?

 

「そんな私達クリスタルハーシェルの前にお前が現れた。田中マモコ、君は先程ツララ達のソウルギアをレイキから守ってくれたな? 私はソウルギアを愛する者に悪人は居ないと信じている。そんな君なら信じられる。私達のチームに新しいなにかをもたらしてくれると……だから力を貸して欲しい、礼として私に出来る事ならなんでもしよう」

 

 ん? 今なんでもするって言ったよね?

 

「ええ、私は貴女達に力を貸す、約束する。その、それでね? 代わりって訳じゃないのだけれど、欲しい物があってね? それを手に入れるのに力を貸してほしいなぁ……なんて思ったりするんだけれども……」

 

「欲しい物? それはなんだ? できる限りは力を貸そう」

 

 よし! いい感じだ!

 

「その、天王さん達はEE団と敵対しているでしょう? それでね、奴等が狙っている月のソウルって奴があってね? その、平和的な利用方法の為にソレが欲しいと思っているの、とっても平和的な使い方よ? 全然私利私欲とかじゃなくてね? 物凄く世界の為になる使い方でね? だから、もしも機会があれば譲ってほしいなぁーなんて思っちゃったりしちゃったり……」

 

 僕みたいな善良な人間が不老不死になるのは世界の為だからね、嘘は言ってないよ? 本当だよ?

 

「月のソウル? ああ、例の奴か、月読家の君がアレを求めるのは道理か……分かった。本来ならアレを手に入れたら本家に渡す様に言われているが、私の出来る範囲内で君の手に渡る様に努力しよう、この町でなら本家には秘密裏に君に譲渡出来ると思う」

 

「ほ、本当に!? ありがとう天王さん! 契約成立ね!」

 

 やったぜ!! 一時はどうなるかと思ったが話し合いは大成功だ! 僕の計画の成功は確実となったぜ! クハハ!

 

「だが、田中マモコ、一つだけ聞いてもいいか?」

 

「ぐへっ!? な、何かしら天王さん?」

 

 何だ!? やはり天王トウカは一筋縄では行かないのか!? 椅子だと思って油断してしまった! 上げて落とすつもりか!?

 

「君の田中マモコと言う名前についてだ。その、本名ではないのだろう?」

 

 うっ、鋭……くないか? 僕が月読家の人間って知ってるなら当然そう思うよな? 田中は別に偽名じゃないけどさ。

 

「いや、何も真名を暴きたい訳じゃ無い。偽名を使うのには理由はあるのだろうしな。嫌なら答えなくてもいいが、一つだけその名について教えて欲しい事がある」

 

 何だ? ネーミングセンスについて物申したいのか?

 

「何かしら、私が答えられる範囲でなら質問には応じるけど?」

 

「ありがとう、聞きたいのは、その田中マモコと言う名を君が考えたのかどうかだ。それともそう名乗る様に言われたのか?」

 

 ん、何じゃそりゃ? どういう意図の質問だよ?

 

「それは……田中マモコはお父様にそう名乗る様に言われたのよ。それがどうかしたの?」

 

「そうか、やはりその名は月読家の関係者が騙る名と言う事か」

 

「えっと、どういう意味かしら?」

 

 なんだ? 同じ名前の人物が存在する? いや、田中マモコは流石に居ねえだろ?

 

「すまない、実は最近惑星の一族の間で密かに噂になっている話があってな、君は冥王家を知っているか?」

 

 冥王家? ああ、確かかなりの前に十星族から追放された一族だよな? プラネット社を追放された後に独自のソウルギア用のパーツを扱うハーデス社を立ち上げたとか言う奴だ。ソウルギア使いには常識レベルの知識だ。

 

 ハーデス社のパーツは尖った性能してて、玄人好みの品が多い。しかも攻撃力を重視した造りが多いから、速度と防御力重視の僕には合わない。

 でも、カイテンスピナーズのみんなは割と好んで使ってたな……アイツ等火力厨だからね。

 

「ええ、名前ぐらいは知っているわ。プラネット社を追放されてハーデス社を立ち上げた一族でしょう?」

 

「ああ、そこまで知っているなら話は早い。冥王家は、自分を追放した他の十星族を、つまりプラネット社をかなり恨んでいる。復讐を一族の悲願と言う程にその根は深い」

 

 へえ、そうなんだ? まあ、気持ちは分からなくも無い。僕も一度受けた屈辱は忘れないタイプだ。

 

「現在プラネット社が独占しているソウルコアの製造、冥王家はそれを我が物にしようと企んでいる。一部界隈では冥王計画と呼ばれるその計画が最近活発になっている。そして、この舞車町にも奴等のスパイが潜り込んだ形跡を見つけた」

 

「あら、そうなの?」

 

 それで、その話が僕に何の関係があるのかな?

 

「今現在、ジュニア部門のソウルシューターとソウルスピナーでAランクの頂点に立つ2つのチーム。彼等はどうやら冥王計画に加担しているようなんだ。しかも、水星と金星の一族から離反した者達もそれぞれのチームに在席している。由々しき事態だ」

 

「そ、そうなの?」

 

 いや、その2チームってまさか……

 

「ああ、ミタマシューターズとカイテンスピナーズ。この2つはここ数年で結成されたチームで歴史は浅いが、異常な程の躍進と成長を遂げた恐るべきチームだ。プロの指導や大人の支援、十星族の後押しも無しでそれを成せるのは尋常な事では無い。だが、その2つの躍進の陰には、ある同一人物が関わっている事が分かった」

 

「き、興味深い話ね?」

 

「その人物の名は、田中マモル。去年には木星の一族の木星ユキテルを唆し、ヨリイトストリンガーズというチームを立ち上げている。そしてヨリイトストリンガーズは恐ろしい程のスピードでAランクに駆け上がっており、恐らく今年中には彼等はストリンガー達の頂点に立つだろう、それ程までに勢いがある」

 

「た、田中マモル……ねえ?」

 

 へ、へぇ? そんな奴がいるのかー? どんなイケメンで天才な小学生なんだろうなー? 恐らく利発で聡明な子なんだろうなあ?

 

「私は田中マモルが月読家の人間だと睨んでいる。3つのチームが急激な成長を遂げたのは、田中マモルがソウルの秘奥を彼らに伝授したからに違いない。そして、君と名前がソックリだろう? 恐らく月読家の人間が騙らせる意味のある名前なんだと思ってな、そこが気になったんだ」

 

 あれ? お前が田中マモルだ!! とか、そういう話じゃないのか?

 

「ああ、そういう事ね? そうそう、多分そんな感じよ? いや、私は田中マモル君なんてイケメンは知らないけどね? あくまで推測よ? きっと、私の知らない親戚の子ね、間違いない、確定的に明らかよ」

 

「ふむ、月読家は若い世代同士を交流させないのか? 秘密主義は身内にまで徹底されているのか……」

 

 セーフ! なんかいい感じに勘違いしているぞ!? 

 

 はあ、今は女の子でよかった♡ これで天王トウカに反対されずに済む、凍咲君育成計画はおじゃんにならない。

 

 しかし、冥王計画ねえ? 意味が分からんな……僕が引っ越した後に、チームのみんなはそんな自作自演っぽい計画に加担したのか?

 

 電話とかメッセージでそこそこ連絡取り合っているけど……そんな事は一度も話題に上がらなかったぞ? 

 Aランクの頂点に立ったのはニュースでも確認したし、本人達から報告もあったから知っている。

 でも、そんな怪しげな計画を始めたとは誰も言ってなかったけどなあ?

 

 あーでもなぁ、ミカゲちゃん……ミカゲちゃん辺りが怪しい。あの忍者ニンニン娘は、マモル殿の為ですとか言ってとんでもない事を勝手に計画したりする。

 怪しいから警察署にソウル爆弾を仕掛けておきました! とか報告して来た時には流石に通報してやろうかと思ったが……やはり通報しておくべきだったか?

 

「やはり田中マモルは月読家の人間と考えてよさそうだな、ならばより一層注意しなくては」

 

 いやいや、田中マモルは一年間はお休みですよ。注意する必要は……

 

「田中マモルは今年の4月にこの学校に入学して来た。そしてマグルマランナーズなるチームを結成して以来、妙な沈黙を保っている。学校も休みがちで、ランクバトルにも消極的だ。意図が分からず不気味でな、君に聞けばなにか分かるかもと思ったんだが……そうか、知らないか」

 

「ふぁっ!?」

 

 た、田中マモルさんが4月に入学しているだと!?  

 

 う、嘘だ!? 誰だよそれは!? 同性同名の別人!? ドッペルゲンガー!?

 

「て、天王さん、その田中マモルは本当にさっきの話と同一人物なのかしら? 同性同名の別人じゃないの?」

 

「いや、私は田中マモルと実際にランナーバトルをしている。奴が入学してすぐに二人きりで対峙したんだ。奴の操るムーンシリーズのソウルランナー“プラチナ・フルムーン“は恐ろしい強さだった。あの機体を使いこなす奴は間違い無く月読家の人間だろう、奴が途中で棄権したので決着は付かなかったが……恐らく続けていれば負けていたのは私だな」

 

「なん……だと?」

 

 ぼ、僕の……偽物? ニセ田中マモル!? そんな馬鹿な!?

 

 



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完全理解!! 未来に託せばアフターカーニバル!!

 

 

 生徒会室での秘密の女子会は終わり、僕は当初の予定通りに白神ちゃんと一緒に下校する事になった。

 天王トウカはまだ仕事があるそうで生徒会室に残るらしい、働き者な椅子だ。

 

 そして、すっかり夕焼けに染まった帰宅路で、僕はトリップ気味の白神ちゃんに理想のウエディングプランを延々と聞かされ続けている。

 

「やっぱり私はウエディングドレスが素敵だと思うけど……トウヤ君はもしかして白無垢の方が喜んでくれるかなあ? どう思うマモコちゃん?」

 

 いや、白無垢を好む小学5年生は相当レアだと思うが、ここは白神ちゃんの望む答えを返そう。

 

「希望すればどっちも着られるプランもあるから両方でいいんじゃない? 白神さんならどっちも似合うと思うわよ?」

 

 まさかソウルメイクアップの為に学んだ女の子知識がここで役に立つとは、ゼク○ィを読んでおいて助かったぜ! 

 

「両方!? す、凄いよ! 欲張りで素敵なプランだよ! マモコちゃん凄いなあ、発想が大胆だね?」

 

「そ、そうかしら白神さん?」

 

「ヒカリって呼んでよマモコちゃん! 私達はもう友達でしょう?」

 

 なんか凄い好感度稼いじゃったぞ? チョロ過ぎない?

 

「分かったわ、えっと……ヒカリ?」

 

「そうそう! それでいいよマモコちゃん!」

 

 うーん、めちゃくちゃ無垢な笑顔。トウヤ君が絡まなければ良い子なんだろうな……名前を呼ばれてはしゃぐ姿は年相応だ。

 

 そして、話題はウエディングプランから結婚後の家族構成にまで発展し、僕の帰宅路の途中にある白神家に到着するまで途切れる事なく続いた。

 

 トウヤ君の理想の子供の数なんて僕は知らんよ? たまご○ラブとひよこ○ラブも読んどいた方がいいかな……お小遣いで定期購読するか。

 

「マモコちゃん、これを持ち帰ってお家の人と食べて? 白神庵本店名物のどら焼きだよ」

 

「ありがとうヒカリ、家にはどら焼き大好きな居候が居るからきっと喜ぶと思う。ありがたく頂くわね」

 

 別れ際に和菓子屋の娘らしいお土産を貰った。おお、8個入りのやつだ。こりゃあ今度お礼しなくちゃいかんね。

 

「ああ、ヒカリ。一つだけ聞きたいのだけれど……さっき生徒会室で言っていた田中マモルがどのクラスなのか知っているかしら?」

 

「え、田中マモル君? あの子は確か……4年4組だったはずだよ? あまり学校に来ないから数える程しか見た事ないけどね」

 

 4年4組? ひとつ下の学年……なんか妙な予感がする。マイファミリーが絡んでる気配がビンビンだ。

 

「じゃあまた明日ね! 明日こそみんなで町を案内するから楽しみにしてて!」

 

「ええ、また明日。楽しみにしてるわ」

 

 ふぅ、転校初日は、成功と失敗が半々かな? クリアした課題もあるが、懸念事項も増えた、

 でも、ヒカリちゃんという友達が出来た。ちょっと利害関係が絡んではいるが……まあきっかけはなんでもいい、友情ってのはゆっくりと育まれるものだ。とりあえずは良しとしよう。

 

 

 

 ヒカリちゃんと別れて帰宅路を行き、自宅へと到着する。

 

 今日はイベントが多くて疲れたな、玄関のドアを開けて自宅へと入り、ソウルメイクアップを解除する。

 やれやれ、家の中でしかマモルに戻れないのは辛いよ、女の子は大変だね。

 

「ただいまー」

『おかえりマモル! おお! その包みはもしかして白神庵か!? お土産か!?』

 

 僕の帰宅の音を聞きつけ、出迎えてくれるユピテル君。

 

 家に出迎えてくれる誰かがいるのは嬉しい。それが彷徨う背後霊だとしても変わらない。

 そして早速お土産に食い付いて僕に纏わり付くユピテル君、まったく食い意地の張った幽霊だ。オ○Qかお前は? お土産はどら焼きだけどね。

 でも、その純粋さには癒やされる。ここまで嬉しそうにされるとこっちもいい気分だ。

 

「そうだよ、白神ヒカリちゃんに頂いたんだ。夕ご飯の後に一緒に食べよう」

 

 今日は父さん帰って来るかな? ニセマモルについて聞きたいんだけどなあ。

 

『やった! そうそう、今日の夕飯はトマトカレーだぜ! 早く温めて食べよう! あっ、地杜さんがマモルに人参サラダも残さず食えって言ってたぞ?』

 

 くっ、嫌らしい献立だな。加熱したトマトなら食べれるという、僕のギリギリのラインを攻めてくる。

 

「うーん、人参サラダか……」

 

 僕が父さんと二人暮らしになってから、毎日の様に夕飯を用意してくれているのが地杜さんだ。

 家の家政婦を通いで務めてくれる彼女は、引越し先にまで毎年付いてくる。

 そして、僕に執拗にトマトとニンジンをあの手この手で食わせようとして来る恐ろしい女性だ。

 

 たぶん地杜さんも月読家の息がかかった人間なんだと思う。感じるソウルが只者じゃないとは思っていたが今日の女子会で確信した。事情を知らない人間に家の家事全般をやらせる訳ないもんな。

 

「ユピテル君? 僕の分の人参サラダも食べてくれない?」

 

『えーバレたら俺も地杜さんに怒られちゃうだろ? あっ、それじゃあその……またアレをやってくれたら食べてやってもいいぞ?』

 

「アレ? アレってどれの事?」

 

 急にモジモジしてどうした? 珍しい反応だな?

 

『アレだよ……ほら、ソウルメイクアップ……』

 

「ああ、アレね。他の可能性も引き出してほしいの? ユピテル君は強さに貪欲だね」

 

 この前はくすぐったいだとか、変な感じがするとかブツブツ文句言ってた癖に自分から言い出すとは……他のソウルギアも使える様になりたいのか?

 

「分かったよ、今度はどんな可能性がいいの?」

 

『つ、強くなれる奴ならなんでも構わねえよ』

 

 なんでもいいが一番困るんだよね、献立を考える主婦になった気分だ。

 

「じゃあ寝る前でいい? アレって結構疲れるからさ」

 

『お、おう。じゃあ今夜な』

 

 ユピテル君と二人で夕飯を食べた後、父さんから今日は帰宅出来ないとメッセージが届いた。

 

 父さんは仕事中はあまり携帯を確認しない、なのですぐに答えが返ってくるとは思えないが一応返信をしておく。

 了解の意と、僕と同じ小学校に通う田中マモルについてなにか心当りがないかとの文面でメッセージを送った。

 

 そしてもう一つ、冥王計画とか言うふざけた話をミカゲちゃんに確かめなくてはいけない。

 

 ミカゲちゃん、ミカゲちゃんは……父さんとは違って、電話すればどんな時間だろうと絶対に出る。

 

 恐る恐る電話帳のアプリでミカゲちゃんの名前をタップすると――

 

『はいもしもし! 御用ですかマモル殿!? 貴方のミカゲです! ニンニン!』

 

 着信に出るのが早すぎる。心臓に悪いからせめて3コールぐらい待ってくれ。なんで秒で応えられるの? どうやったら察知出来るんだ?

 

「ああ、ミカゲちゃん。ちょっと確認したいことがあってね、あのさあ、冥王け――」

『マモル殿!! お待ちください!!』

 

「ふあっ!?」

 

 な、なんだよ!? びっくりするだろ?

 

『マモル殿の携帯端末は、確かに御父上の手によって特別な回線を使用しておりますが……やはり傍受されるリスクは0ではありません。あの方達の保険が無意味になる可能性があるので、ここからは明言を避けた会話をしましょう。ニンニン』

 

「えぇ……?」

 

 僕の携帯そんな特別な物なの? そして何故それをミカゲちゃんが知ってるんだい? しかも直接口に出したらヤバイって……勘弁してくれよ?

 

『ご安心くださいマモル殿! 恐らく例のアレがマモル殿のお耳に入ったのですね! 拙者に進行状況の確認ですね! 心配には及びません! 計画の進捗に滞りはございません! 安心安全第一で迅速に進めております! ニンニン!』

 

 いや、1ミリも安心できねえよ。

 

「あのさ、ミカゲちゃん? 僕は……」

 

『全てこのミカゲめにお任せを! マモル殿のお望みを全て叶えてみせます! 彼奴らのアレは所詮一時的な物です! 勘違いした馬鹿共が少し愚かな行動にでる可能性はありますが、あの方達が対策済みです! 絶対安全です! そして支配者気取りの身の程知らず共は恐らく夏頃に動き出すと思われます! それまでに拙者は協力者と連携して準備を万端にしておきます! マモル殿は悠然とお待ち頂いているだけで結構です! 万事抜かりはありません! ニンニン!』

 

「ふむ、なるほどね」

 

 うん、1ミリも理解できん。

 

 流石はミカゲちゃんだね、事態は既に取り返しの付かない所まで進んでる気がする。

 

『本来なら今すぐにでもマモル殿のお側に馳せ参じたいのですが……申し訳ありません。どうしても拙者本人ではないと片付けられない案件が幾つかありまして……歯がゆいです……未熟なミカゲをどうかお許しください、ニンニン……』

 

「うんうん、許す許す、ミカゲちゃん? だからさ?」

 

 手紙でもなんでもいいから詳しい説明を――

 

『ああ! ありがとうございますマモル殿! やはりマモル殿はお優しい方です! ミカゲにとって唯一無二の主です! 夏になればそちらへと向えます! それまでどうかお待ち下さい! マモル殿にご報告したい事がいっぱいあります! その時は……ミカゲを、ミカゲをたくさん褒めてくれますか?』

 

 ――出来ないよね、こうなったミカゲちゃんを止める事は不可能だ。一年間付き合ってた僕にはよく分かる。

 

「うん、もちろんだよ。待ってるねミカゲちゃん。僕の為に色々とありがとう、ミカゲちゃんは本当に働き者だね」

 

 もはやこう言うしかない、ミカゲちゃんは絶対に爆発はさせるなと言っても爆発させる子だ。有能だけど基本的には暴走してる子なので、電話口での説得は不可能だろう。

 まあ、夏にはこっちに来るみたいだから、その時に直接言い聞かせよう、直接話せば割と素直に言う事を聞いてくれる……事もある。

 

 その頃には、取り返しの付かない事態になっている気もするが……やめよう、今解決出来ない問題に心を揉んでも仕方がない。

 

 きっと未来の僕が素晴らしい解決方法を思いついてくれる。今解決出来ないの問題は取り敢えず先送りにして忘れるのが僕流の処世術だ。

 辛くて苦しくて面倒くさい事は後回しにするのが一番だよね。頼むぜ未来の僕。

 

『は、はい! ありがとうございます! ミカゲは……ミカゲは幸せ者です! マモル殿がミカゲを労ってくれるなんて……えへへ』

 

 相変わらず大げさだなあ、忍者ムーブに全力出し過ぎだよね。ロールプレイが全力過ぎる子だ。

 

『マモル殿、名残惜しいですがこの後ソウル爆弾を設置しに行かなくてはいけない施設が何箇所かありますので……これにて失礼致します。ニンニン』

 

 なにも言うまい、他の町の面倒まで見切れませんね。

 

「うん、元気でねミカゲちゃん。それじゃあまたね」

 

『はい! マモル殿もどうかご自愛ください! あっ、着飾ったお姿もとても素敵ですよ! 早く直接お目にかかりたいです! それでは! ニンニン』

 

「えっ?」

 

 なんで僕がマモコになってるの知ってんだよ!? 友達には誰にも教えてないのに……えっ、もしかして盗撮でもされてる?

 

 その後、何者かに見られている様な妙な気配に怯え、落ち着かないお風呂タイムを過ごした。

 そして夜、寝る前にユピテル君にソウルメイクアップを施す。前より妙にクネクネするのでやり難くてしょうがなかった。

 そんなにくすぐったいのかコレ? 凍咲君にやる時は気をつけなくちゃいかんな。

 

 

 

 次の日、この僕には退屈な……と言うにはやたら高度でレベルの高いこの世界の初等教育要領に基づいた授業をなんとかこなして放課後となった。ようやく凍咲君達に舞車町を案内してもらえる。

 

「よし、授業終わり。昨日はごめんな田中、今日こそバッチリ案内してやれるぜ。今日はチームの用事がないのは確認してあるから安心してくれ」

「そうだねヒムロ君。マモコちゃんに舞車町を案内してあげようね」

「マモコちゃん? ヒカリ、いつの間に田中さんと?」

 

 おっと危ねえ、凍咲君は目ざといなあ。

 

「昨日帰り道で一緒になったのよね? ヒカリ」

 

「うん、昨日一緒に帰ってマモコちゃんと仲良くなったんだよトウヤ君」

 

「そうなんだ? ヒカリがそんなに早く新しい人と仲良くなるなんて……」

 

 なるほど、トウヤ君はヒカリちゃんのちょっと排他的っぽい気質を察してはいるんだな。そりゃそうか、幼馴染みだもんね。

 

 

 

 町の案内は実に平和的で楽しい物だった。案内先で四天王が待ち受けている事もなく、普通に町のスポットを案内してくれた。

 

「ここが舞車町で一番大きなオフィシャルショップだ。バトルドームも併設されているから常にランナーが大勢いる。今日は特に賑わっているけどな、なにせあの有名なブライトエンゼルスの試合があるんだ」

 

 あそこのやたら白くて偉そうな人達か、似たような人達を何回か見た事がある。

 確か“アークエンゼルス“とかいう同盟を組んでいて、五種類のソウルギアそれぞれのチームが集まって偉そうな顔してるエリート集団だ。

 シューターのチームも、スピナーのチームも、ストリンガーのチームとも戦った事がある。大体Aクラスで2位か3位のチームで、そこそこ苦戦はしたけどボコボコにしてやったのを覚えている。

 強いんだけど、惑星の一族の同盟“プラネットソウルズ“よりは明らかに格下、高水準だが決定力や絶対的なエースが足りない噛ませ犬感の強い集団だ。

 

 

「ここがオッチャンのパーツショップだよ田中さん、たまにライセンス外のパーツも混じってるけど、掘り出し物もあるから覗いてみると面白いと思うよ」

 

「おや? トウヤ君新しいお友達でゲスか? これはこれは、可愛らしいお嬢さんでゲスね。サービスするからご贔屓に……ゲヘヘ」

 

 妙に古臭いパーツショップの店長は、ボサボサの髪に伸び放題のヒゲ、そして厚底の眼鏡をかけた小太りのオッサンだった。

 話し方もアウトだ。流石にゲス使いは引くよ、大丈夫かこの店長? 

 でも、確かにパーツは珍しいのが揃っているし相場より安い、そういう罠かな、それを餌に小学生を騙してるのかも……とりあえず通報しておいた方がいいかな? カワイイ僕は身の危険を感じる。

 

 

 その後も、学区内のソウルバトル可能なフィールドなどを中心に舞車町の案内をしてもらった。

 

 

 ストーキング中やマモルボディで町を散策した時も思ったけど……舞車町はランナーの多い町だ。

 そして、何処もかしこもソウルランナー関係の施設だらけだが、これは他の町も似たような物だ。

 ソウルの潤沢な土地は大体こんなもので、この世界は基本的にはそれがスタンダードだ。ソウルギアが物事の中心に居座っている。

 家を出て外の世界に触れ始めた当初は面食らったが………正直もう慣れた。僕もだいぶこの世界に馴染んできたもんだと、しみじみ感じる。

 

 少し日が沈んで来た住宅街をみんなで歩く、トウヤ君たちは案内にこなれた感じだった。今回が初めてじゃないのか?

 

「これでソウルギア関係の施設は大体案内できたかな?」

「そうだな、他の所も――と思ったけどもう夕方だな、明日にするか?」

「うん、焦らずゆっくり案内しようよ。マモコちゃん、明日も放課後に時間は取れる?」

 

 確かにそろそろいい時間だ。ユピテル君は夕飯を一緒に食べないと拗ねるしな、今日はこれくらいでお開きだね。

 

「ええ、もちろんよ。でも、みんなの方こそ大丈夫なの? チームの用事があったりはしない?」

 

「それなら問題ないぜ! トウカ様にはちゃんと許可をもらってる! 新しく舞車町に来たランナーが町に馴染める様に面倒見るのもクリスタルハーシェルの立派な務めだってよ! 心配はいらねえ!」

 

 へえー、町のランナー達の纏め役のチームそんな事までやるの? 

 そうか、だからこの子達は町の案内に慣れてるのか。

 

 偉いな、ただバトルが強くてふんぞり返ってるだけじゃ駄目なんて、無茶苦茶面倒臭そうなチームだ。

 でも、そんな一人一人気にかけてたら大変じゃないか? 本当に小学生のやる仕事かそれは? ストレス溜まらない?

 あっ、だから天王さんは椅子になったのか、激務過ぎてストレスの発散方法がおかしくなってしまったんだ。哀れな小6女児だ。次会う時はもっと生温かい目で見守ってやる事にしよう。

 

「そう、天王さんは立派ね。舞車町にランナーが多いのはそれが理由かしら? それに活き活きとしたランナーが多かった。舞車町は良い町ね」

 

 やっぱりトップがしっかりしてる所は違うなあ……うんうん、天王さんは偉大だね。

 それに比べて、風の噂に聞く廻転町ってところのスピナー達は、町のトップチームに怯えて暮らしているらしい。

 なんでもカイテンスピナーズって奴等がめちゃくちゃ凶暴らしいぞ? 逆らうと爆破されるともっぱらの噂だ。怖い怖い。

 

「うん、トウカ様は大勢のランナーに尊敬されて慕われてるよ。私にとっても目標で守るべき人なんだ」

 

 本気で言ってるっぽいねヒカリちゃん、尊敬すべき目標に座るのってどういう心理状態なの?

 

「ああ! それに俺達のリーダートウカ様は国内No.1のジュニアランナーだからな! 強さと優しさを兼ね備えた立派な人だぜ!」

 

「うん、トウカ様は凄いよ、だから俺も少しでも強くなって役に立ちたいんだ」

 

 慕われてるな天王さん。確かに表向きはキリッとした美人だし、こういった気遣いも出来て強いならそれも当然か。知らないって事は幸せだね。

 

「おいおい? それはなんの冗談だトウヤ」

 

 突如聞こえてきた僕達ではない声、振り向くとそこに居たのは不良ルックの少年だった。

 なんだ冷泉君か、ヒカリちゃんが呼んだのか? なんか剣呑な雰囲気だぞ?

 

 そう思ってヒカリちゃんの方を向く、ヒカリちゃんも僕の方を向いて小さく首を横に振った。あれ、仕込みじゃないのか? 冷泉君は普通にチームメイトに会いに来ただけか。

 

「レイキ……冗談って、どういう意味だよ?」

 

「はっ、そのまんまの意味だよ。なにが少しでも強くなりたいだ。そう思うなら新参者の案内なんかにうつつを抜かしてないで、少しでも訓練しやがれってんだ。チームのお荷物トウヤさんよ」

 

 おいおい、トウヤ君に対する当たりが強いな? 凍咲君が現時点ではクソ雑魚ナメクジなのは確かな事実だけど、もう少しオブラートに包んであげなさいって。

 もしかして二人は幼馴染みの癖に仲が悪い感じ? わざわざケンカを売りに来たのか?

 

「くっ……それは」

「おいレイキ! それは言い過ぎだろ!」

「そうだよレイキ君? ちょっと口が過ぎるんじゃないかな?」

 

「ヒカリ、ヒムロ、お前らが甘やかすからソイツは必死にならねえ、居心地のいいぬるま湯に浸って出し惜しみしやがる」

 

「レイキ、僕は――」

 

 なんだろう、冷泉君……羨ましがっている? ソウルを通じてそんな雰囲気を感じる。

 

 あっ、もしかしてコイツ凍咲君に嫉妬してるのか!? 多分原因は――そうか! ヒカリちゃんだな! 

 

 つまり、冷泉君はヒカリちゃんが好きだけど、ヒカリちゃんは凍咲君にゾッコンLOVE。そして凍咲君は正直チーム内で実力が見劣りしている。なんでヒカリは弱いトウヤなんかを……ってな感じだな!?

 

 天王さんが言ってた見て見ぬ振り云々はこのことだな、コイツら小学生の癖に随分と青春してるやがる。風紀の乱れを感じますね。

 

「ふん、雑魚の言葉なんてどうでもいい。おい、ヒカリ、ヒムロ、PTA案件だ。今あの組織で一番危険なモンスター級ペアレント、“灼熱のマーズリバース“がEE団と交戦しているとの目撃情報が入った。トウカ様の命令だ。確認に向かうぞ」 

 

 うわ、PTAの二つ名持ちかよ。確実に強い奴じゃん、しかも明らかに火属性だね。

 そして今一番危険って……絶対に近付きたくない。

 

 PTAは確かに悪の組織とも敵対しているが、決して正義の味方ではない。

 最終目標としてソウルギアの根絶を掲げており、人のソウルギアを奪ったり、破壊したりもする。実際の所は悪の組織と大差ない危険な集団だ。

 

「あのマーズリバースが!? 男子小学生を執拗に追いかけ回し、ソウルバトルに持ち込むと噂の赤き怪人が舞車町に!?」

 

「マーズリバース、たしか対戦相手が男児の場合、相手のソウル体を無理矢理に半ズボンへと変えてしまうPTAの実力者だよね……ビンゴブックで詳細を読んだよ」

 

「うん、ソウル体に干渉出来る程の実力、そして機体の能力で灼熱の炎を自在に操り、相手に発汗を促して精神的に追い詰める……危険な相手だね」

 

「そうだ。そして打ち破った相手をソウルの糸で縛り上げ、半ズボンで汗だくになった姿を地を這うような角度から撮影しては辱める……ちっ、趣味の悪い奴だぜ、敗者を精神的に痛めつけるなんてよ」

 

 なんか僕が思っていた危険と違う……でも、べらぼうに危険なのに変わりはない、近寄りたくないのは一緒だ。

 

「それに、奴はストリンガーだったはずだが……目撃情報ではソウルランナーを使用しているらしい。とにかく現場に向かうぞ、場合によっては交戦もあり得る」

 

「くっ、分かった! 悪いな田中! 俺達は急いで現場に向かう!」

「うん、マモコちゃんは危険だからこのままお家に帰って?」

「そうだね、田中さんは――」

 

「お前もだトウヤ、お前も家に帰れ。トウカ様から待機命令が出ている」

 

「なっ!? で、でも! 俺もウラヌスガーディアンズの一員として――」

「お前じゃ実力不足なんだよ。相手はPTAだ。万が一お前の機体が破壊されたらどう責任を取る? 貴重なサテライトシリーズをお前の判断で失っても良いと思ってんのか?」

 

 ええ? 昨日君は四天王の機体を壊そうとしてたよね? そこの所はどうなの冷泉君?

 

「ぐっ……分かったよ。俺は……待機している」

 

 悲しげに呟き、そのまま駆け出した凍咲君。目元には涙が滲んでいた。

 

 うーん、確かに凍咲君の実力じゃマーズ・リバースとやらには勝てないだろう、下手すりゃ餌食になって半ズボン姿で汗だくにされてしまう、凍咲君は線の細い美少年系の顔立ちだからな……真っ先に狙われそうだ。

 でも、あの扱いは傷付くよな……男の子にはプライドって物があるもんな。

 まあ、僕は待機命令が出されたら喜んでお家に帰るけどね! 今は女の子だもんねー♡ 早くお家に帰るぞい♡ 頑張らないゾイ♡

 

「トウヤ!?」

「トウヤ君!?」

「ちっ……放っておけ! 早く現場へ向かうぞ!」

 

 いや、よく考えたらこれはチャンスか? 傷心の凍咲君に上手く付け込めば、自然に彼を鍛える流れに持ってけるんじゃないか?

 

「ヒカリ、氷見君、凍咲君の事は私に任せて。アナタ達は安心して現場に向かってちょうだい?」

 

「マモコちゃん……うん、お願い出来るかな?」

「ひ、ヒカリ? 気持ちは分かるけど、今町をうろつくのは田中さんが危険なんじゃ……」

「ふん、その女の心配はいらねえぞヒムロ。PTAの雑兵程度にヤラれる玉じゃねえ」

 

「フフッ、その通りよ。心配ありがとう氷見君、アナタ達も気を付けてね」

 

 さーて、走り出した凍咲君を追いかけるとしますか。追いついて彼に、『力が欲しいか――』って感じでソウルメイクアップをオススメしよう。

 

 凍咲君も不安よな、田中マモコ動きます♡



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安全祈願!! 子知らずのペアレンタルラブ!!

「走れ! サテライト・オベロン!」

 

 俺の相棒が公園のバトルフィールドを走る。仮想ターゲットを次々と破壊して行く。

 何千何万回と反復練習したソウルチャージ、映像で確認して何度も癖を修正した機体をフィールドに投げ込むフォーム、どちらも完璧にこなしてサテライトオベロンをフィールドに放った。

 相棒は出来うる限りの速さと威力でフィールドを駆け回る。与えられたソウルに精一杯に応えてくれている。

 

 だが遅い、そして動きはぎこちない。方向転換の度にもたついている。

 

 これが俺の全力、チームのみんなと比べるのもおこがましい俺の実力……チームのお荷物が操るソウルランナーの姿だ。

 

 すっかり日が暮れた公園で、命令に反して家にも帰らず無駄な足掻きを続けている。こんな事をしても意味が無いと分かっていながら愚かな行為を止められない。

 

 俺は、こうすれば……努力しているポーズを取れば許されると思ってるのか? 

 我ながら浅ましい。こうしていれば、ヒカリとヒムロが慰めてくれると期待しているのか。

 

 分かっている。自分が弱くてみんなの足を引っ張っている事なんて自分が一番良く知っている。

 

 分かっていても……駄目なんだ。

 

 正しいフォームや勝つ為の試合の組み立て方、機体とパーツの相性、主要なランナー達の戦術や癖、ソウル力学に基づく空杜プロのソウルバトルメソッド。理屈でどうにか出来る部分、詰め込める知識はなんでも取り入れた。知識量は同年代ではトップクラスだと自負している。

 でも、肝心の所が出来ていない、俺は自分のソウルを相棒に十分に届ける事が出来ていない。

 

 ソウルランナーで最も重要とされる要素は“操作“、ソウルの操作だ。

 

 自身のソウルを機体にチャージしてソウルコアと共鳴し、自身の手から離れていても機体に自身の意思を伝え、心に描いた望み通りの動きを実現させるのがランナーの本分だ。

 

 俺にはそれが出来ていない。ランナーにとって最も重要な要素が、自身の気持ちと望みをソウルに乗せて機体に届けるという行為が十全に出来ていないのだ。

 

 俺は……俺のソウルは縮こまってしまっている。発する事を、望みを他者に伝える事に怯えているのだ。

 昔はなにも考えずに出来ていた行為が、あの日にヒカリを傷付けてしまって以来出来なくなってしまった。

 自分の望みのままにソウルを曝け出すのが怖くてたまらなくなった。

 

 理由が分かっているのに、思い通りにならない俺のソウル。それによってチームのみんなに迷惑をかけている現実。

 

 ああ、嫌になる。俺は、俺はどうすればいい? 

 

 俺は俺のソウルはなにを望んでいるんだ? やっぱりあの時感じた気持ちを……

 

「フフッ、やっと見付けた。家に帰ってないのね凍咲君」

 

「田中さん……」

 

 背後から聞こえてきた声の主はやはり田中さんだった。今日一日で聞き慣れた彼女の声を間違えるはずがない。

 

「田中さん、家に帰った方がいい。まだPTAがうろついてるかもしれない」

 

 自分で言っておいて滑稽なセリフだ。田中さんより遥かに弱い自分が、圧倒的な強者である彼女の身の安全を案じるなんて傲慢にも程がある。

 

「心配してくれてありがとう。でも、どうしても凍咲君の様子が気になったの」

 

 そんな俺の葛藤なんて知らずに、お礼を言ってくる田中さん。その綺麗な笑みに心がざわつく、俺のソウルがピクリと跳ねた気がした。

 

「田中さん、その……君はなんで俺の事を気にかけるの? 君は、君があの夜使っていた機体は月の名を冠する機体ムーンシリーズ、君はもしかして――」

 

「凍咲君? 私の事を話す前に一つだけ聞いてもいいかしら?」

 

「えっ、な、なにかな?」

 

 俺の憶測を遮って質問をして来る田中さん。

 

 その表情は、その瞳は真っ直ぐに俺を射抜いており、一切の虚偽を許さないと語っている様だった。

 

「凍咲君、アナタは強くなりたい? ソウルギア使いとしての力、戦う為の力が欲しいと望んでいる?」

 

 なんで、なんでそんな事を聞くんだよ。

 

「そんなの……そんなの当然じゃないか! 君だってさっきのやり取りを見ただろう!? こんな弱い自分を許せるはずがない! 現状に満足しているはずがない! 俺は力を求めてる!」

 

 激情のまま、自分の心のままに叫んでしまう。醜い感情を、身勝手な怒りを声に乗せて発してしまった。

 

「あっ」

 

 そして気が付く。彼女が、田中さんが俺の怒鳴り声に怯えている気配に。

 ああ、俺は最低だ。幾ら強くて底知れなくても、彼女は女の子だ。そんな事すら分からないなんて……

 

「ごめん……田中さん」

 

「いえ、私の方こそごめんなさい。不躾な問いだったわね。でも、どうしてもアナタの口から望みを聞きたかった」

 

 俺の意思? 一体それはどういう事だ?

 

「私については凍咲君の予想通り、この身は月読家に連なる者」

 

「やっぱり、そうなんだね」

 

 そこに期待している自分がいる。自分は彼女に選ばれたのではないかと希望を抱いてしまう。

 

「でもね、私は月読家の役目なんてどうでもいいの」

 

「えっ……?」

 

 役目がどうでもいい? 月読家なのに?

 

「私には、田中マモコには夢がある。叶えるのはとても困難だけどとても大事な願いを持っている。それを掴む為に、私は強いソウルギア使いを求めている」

 

「田中さんの夢? 役目ではない願い?」

 

 それは一体なんだ? こんなにも強い彼女はこれ以上何を望むと言うのだ?

 

「誰かに言われた訳でもない。生まれた家にまつわる役目も関係ない。私の心が、私のソウルが本当に望んでいる物がある。その為に、凍咲君に強くなってほしい。アナタに眠る可能性を私が目覚めさせてあげる」

 

 俺の可能性を、彼女の月読家の力で目覚めさせてくれるのか? 噂に聞くソウルの秘奥が俺に力をくれるのか?

 

「その代償として、強くなった凍咲君の力を貸してほしい。いつか訪れる私の願いに手が届く時に、私を助けてほしい。だから施しとは違う……これは契約よ凍咲君。力を手に入れた先には強大な試練が待ち受けている」

 

 強大な試練……世界に潜む闇ではないのか? 惑星の一族が、月読家が危惧しているシャドウ達とは違うのか? 

 

「田中さん、君の願いってなに? 試練って一体?」

 

「今は言えない。時が来ない事にはね。それを含めて契約よ」

 

 そう言って田中さんは右手を前に差し出す。その姿からは、彼女の並々ならぬ覚悟が、真剣さが伺えた。

 

「さあ、凍咲トウヤ! 力を欲するならこの手を取りなさい! ソウルストーンなんて使わない、互いの心で、互いのソウルに誓いを立てて契約を結ぶのよ! アナタにその覚悟があるなら……私の手を取って」

 

「俺の……覚悟」

 

 真っ直ぐに俺を見つめる田中さんを見つめ返す。

 そして、差し出された白い右手に目をやる。

 

 契約と覚悟か……そうだよな、なんの代償も払わずに力を得ようなんて虫が良すぎる。

 

 ふと、チームのみんなの顔が、ヒカリの顔が、トウカ様……いや、姉さんの顔が脳裏に浮かんだ。俺の大事な人達が思い浮かぶ。

 この契約の果て、その先には一体なにが待ち受けているのか? みんなに迷惑を掛けてしまうのではないのだろうか? そこまでして俺が強くなる事は本当に正しいのか?

 

 でも、それでも俺は……力を望む! 彼女を、田中さんを信じる!

 

「田中さん、俺は決めたよ。俺は力を望む、そして強くなって君の望みを叶える助けになる。契約しよう」

 

 彼女の手を、白くて小さい手を取りしっかりと握る。あの夜と同じでほのかに温かい感触が手のひらを通して伝わってくる。

 

「フフッ、契約成立ね凍咲君。いえ、トウヤ君?」

 

 そう言って微笑んだ彼女は、今まで見たどの田中さんよりも綺麗だった。

 

「うん、契約成立だね、マモコさん」

 

 夕暮れの公園。二人きりで手を繋ぎ、互いの心に、互いのソウルに誓いを立てた。

 俺は力を望み、彼女は願いの成就を望んだ。互いの願いを叶える為の契約がここに結ばれた。

 その先に待ち受けている試練の意味も、戦いの先に待ち受ける彼女の望みを知ることもなく。

 

 だが、俺は生涯忘れる事はないだろう。

 

 彼女と互いの望みを託した契約を、心のままに力を欲して誓いを立てた今日と言う日を。

 

 

 

 

 

 すっかり暗くなった自宅への帰り道、僕は軽やかな気持ちと足取りで歩みを進める。

 フフッ、嬉しいから自然とスキップになっちゃうね♡

 

「グヘヘ、クヒッ」

 

 思わず笑みがこみ上げてくる。ルンルン気分でスキップしながら笑顔で自宅へと向かう。

 

 フヒッ、こんなに上手く行くとは思わなかった。

 凍咲君……いや、トウヤ君はすっかり僕を信じてくれたみたいだ。いきなり怒鳴って来たときはちょっとビックリしちゃったけど大成功だった。

 いや、別に騙すつもりはないよ? トウヤ君は僕のソウルメイクアップでちゃーんと強くしてあげよう。そんじょそこらのランナーを指先1つでダウン出来る程に潜在能力を引き出してあげるのは嘘じゃない。

 

 でも、強くなったら、僕の代わりに強いボスや幹部級のソウルギア使いと戦ってもらう。

 ちゃんと約束したもんね? ちゃんと条件を提示した上で契約が成されたよね? 両者合意の上っすよ?

 

 懐に忍ばせたボイスレコーダーと、公園の草むらに隠しておいたカメラにちゃーんと証拠を残してある。

 ソウル動力の高い奴だから薄暗い公園でも僕達の姿をしっかりと写してくれただろう。やっぱり信頼と品質のプラネット社製品はいいね。

 

 契約不履行は許さないぞ♡ こっちには決定的な証拠があるんやで? やっぱり出来ませんってゴネたら出るとこ出てもらうぞ♡

 

 あっという間に家に着いた。ウキウキ気分だと時間が経つのが早いね。

 

「たっだいまー!! ユピテル君、お土産買ってきたよー!」

 

 流石に白神庵は遠いので、途中のコンビニでスイーツを買ってきてあげた。たまには洋菓子もいいだろう? シュークリームも好物だよね?

 

「ん?」

 

 玄関に見慣れない靴があるぞ? おっと、ソウルメイクアップを解除しちゃマズいな。

 

「おう! おかえりマモ……マモコ! お客さんが来てるぞ?」

 

 お客さん? 父さんの知り合いか?

 

「お客様? 父さんに御用かしら?」

 

「いや、お前に会いに来たらしい。かなり変わった奴らだけど……親父さんには電話で確認した。お前に会わせても大丈夫だし、俺の姿を見せても問題無いってよ」

 

 ふーん、今舞車町はPTAとかで物騒だから用心するのは大事だけど、父さんがそう言うなら危険な人達ではないね。

 

「マモル、今日の献立はトマトリゾットに人参のポタージュだぜ。早目に切り上げて早く夕飯にしてくれよ?」

 

 またトマトと人参か、ポタージュはユピテル君に食わせるとしよう。

 

「はいはい、善処します」

 

 シュークリームを冷蔵庫に収め、ユピテル君には念の為にリビングで待機してもらい、僕は客間へと向かう。

 

 お客さん達は僕を二十分程待っていたらしい、ふすまを開けて先ずは謝罪の言葉を口にする。

 

「申し訳ありません、お待たせしてしまった様で――うぇっ!?」

 

 思わず変な声を出してしまう。畳に座る来客達の姿に驚いたからだ。

 

 一人は多分大人だ。黒くて赤いラインの入ったソウルのスーツを身に纏い、赤い仮面を付けた怪しさの塊みたいな不審人物だった。和室には絶望的な程に似合わない装いだ。

 

 そしてもう一人、もう一人の子供は……この黒髪のイケメン美少年はまさか……僕? 

 そう、僕にそっくりだ。まさかこいつは例のニセマモルか? つまり正体は……もしかして……

 

「随分と遅い帰りでしたね。あなたの様な年頃の子どもが、この時間まで出歩くのは感心しません」

 

「す、すみません……」

 

 ニセマモルに開幕説教されちゃったよ、そっちなんて小4じゃないの? 

 

「な、生マモコちゃんだぁ! ハァ……か、可愛いなあ、フヒヒ……痛い!? つ、つねらないでくださいよぉ?」

 

 本当に大丈夫かこの仮面? 明らかに危険人物じゃない?

 

 怪しさ満点の二人に怯えつつも席に付く。取り敢えず話を聞かなくては始まらない。

 

「あの、お二人は私に用があるとのことですが、どういったご要件でしょうか?」

 

「そうですね、とりあえず立場を明らかにしましょう。私は私設地球環境保護団体PTA所属“月影のムーンリバース“です」

 

「お、同じくPTA所属、“灼熱のマーズリバース“です。よろしくねマモコちゃん」

 

「ぴ、PTA……よろしくお願いします?」

 

 父さん、仮面の方は今舞車町で一番ホットな危険人物だよ? 家に入れちゃ駄目な奴だよ? 全然大丈夫じゃねーよ。

 

 あっ、でも男子児童がターゲットって言ってたよな? マモコボディなら心配はいらないか。

 

「ま、マモコちゃん? 一枚だけ、一枚だけ写真撮ってもいいですかあ? で、出来れば半ズボンを履いてくれると捗って……痛い痛い!? 刺さってますう!? ソウルギアの使い方間違ってますよぉ!?」

 

「いえ、正しい使い方です。“シルバー・フルムーン“もそう思っているはずです」

 

 女の子でもダメじゃん、見境無しだよ。

 

「さて、立場を明確にしたところで本題に入りましょう」

 

「……マモルさん? 本題とは?」

 

 本当に見た目が僕とそっくりだ。なんだか妙な気分になる。

 

「まずは互いに元の姿に戻りましょう、マモル」

 

「へっ?」

 

 そう言うとニセマモルは立ち上がり、その姿が光に包まれる。

 そして、光が止んで出てきのは……

 

「か、母さん!?」

 

 僕の母親、月読ミモリの姿だった。

 

 おいおい、性別だけでなく年齢まで超越できるのか? 凄えな母さんのソウルメイクアップ。

 僕はてっきり妹のマモリか顔も知らない従兄妹達がニセマモルの正体だと思っていた。

 だって、三十路の母親が男子小学生に扮して小学校に通ってるなんて普通は思わないだろ? おかしい……おかしいよね? 

 

「どえぇ!? ムーンリバースさん女の人だったんですかあ!? そ、それにマモル君の……お、お母様!? そんなあ!? お義母様と知っていればカメラの件は……い、痛い!? なんで踏むんですかぁ!? なにもしてないですよお!?」

 

「お前が私をお母様と呼ぶな、不愉快です」

 

「そ、そんなあ!? マモル君そっくりの姿で私をあんなに開発したじゃないですかぁ!? 私のソウルを散々弄った癖にぃ!?」

 

「誤解を招く発言はおよしなさい。ソウルメイクアップを施してやっただけでしょう。アナタは少しは黙っていなさい、余計な口を開くと話が先へ進みません」

 

 畳の上で仮面の女を踏み付ける実の母親、息子の僕としては見るに耐えない光景だ。

 

「マモル、この女の目を気にする必要はありません。ソウルストーンによる契約で余計な事が話せぬように縛ってあります。その姿もよく似合っていますが、久し振りにあなたの姿が見たいです。成長したマモルを母さんに見せてください…」

 

 うっ、そう言われたら……断れねえな。

 

「分かったよ、母さん」

 

 ソウルメイクアップを解除してマモルの姿へと戻る。

 

 なんか人前で変身解除すんのは恥ずかしい、着替えを見られてる様なもんだよね?

 

「うへへっ、ムーンリバースさんのニセマモル君も悪くなかったけど、やっぱり本物が一番ですねぇ……ぐへぇ!? か、仮面を取っちゃ駄目ですよぉ!?」

 

 母さんがマーズリバースの仮面をむしり取る。出て来たのは僕の知っている顔だった。

 

「あ、赤神先生……」

 

 マジかよ、ちょっと危ない先生だとは思っていたけど……ガチの変質者に成り下がったのか。

 ホムラ君の伯母だって言っていたし、最後の方は教師としてもしっかりしてたから一応信じていたのに……

 

「マモル、万が一の時はこの女の正体を世間にリークしなさい。司法の裁きを受けさせなさい。そうすれば無力化できます」

 

 それは酷く……ないかも。

 

「ひ、酷いですよお!? そんな事言うならムーンリバースさんだって世間的にはアウトじゃないですかぁ!?」

 

 うっ、実の母親を庇ってやりたいが正論だ。まさかPTA活動にのめり込んでいたとは……複雑な気分です。

 

「ソウルメイクアップを使いこなす、私の正体を知る者はお前を含めて5人だけです。そして、お前は契約により私の正体を明かせない。なにも問題はありません」

 

 息子に知られるのは問題じゃないのか? 少なくとも僕の中では問題だ。

 

「さて、マモル。私がこの幼き頃の姿を写し出し、あなたに扮していたのはもちろん理由があります。聡いあなたにはお見通しでしょうがね」

 

 いや、分からねえよ母さん。母さんの真意がサッパリ分からねえっすよ。

 どういう発想で息子に変装すんの? どういう気持ちで三十路の子持ちが小学校に通うの?

 

「田中マモルが中心となり、来年の夏のスペシャルカップで冥王計画が実行に移される。今、惑星の一族の間では、この問題にどう対処するかが重要な課題となっています。それ故にあなたは狙われていた。三種のソウルギアでジュニアのトップを奪うであろう勢力は、彼等にとっても無視できない脅威です。なにせ来年のスペシャルカップでは五百年ぶりにグランドクロスが起こります。三種目で優勝を奪われれば、彼等の“シン・第三惑星計画“は破綻する。プラネット社の数百年に及ぶ働きが水泡に帰します」

 

「ふっ、なるほどね」

 

 また新しい計画が出てきちゃったよ。それに事態は既に取り返しがつかない所まで来ていた……やってくれたねミカゲちゃん?

 

「各地に潜む五つの組織の真の姿……“蒼き解放戦線ブルーアース“の“プロジェクト・オリジンブルー“もあなたを巻き込もうとしている気配がある……とても悲しい事です。そして、私達PTAも“オペレーション・ソウルリバース“をグランドクロスに向けて発動します」

 

 おいおい、陰謀渦巻き過ぎてない? やりたい放題だなこの世界の大人達は、秘密計画大好き野郎共め……

 

「マモル、あなたは目立ち過ぎた。私達の想像以上に。もはやどの組織にとっても、あなたの勢力は無視出来ない存在です。あなたはそれに気付いたからこそ、身を隠す為にソウルメイクアップを求めたのでしょう? そして、一ヶ月足らずで可能性を写す術を身に付けた。見事ですマモル、母として誇らしい気持ちです」

 

「ま、まあね」

 

 そうなのかな……実はそうだったかも、僕は凄いなあ。

 

「ですが、いきなり田中マモルが居なくなっては流石に不自然です。なので、お父さんと話し合って私達でもう一人の田中マモルを入学させました。あなたを守る為、他の組織の出方を探る為です」

 

「あっ、はい。ご迷惑をおかけしました」

 

 サラッと用意しちゃうのが凄いね? 自分で演じちゃうとこも凄い。守ってくれるのはありがたいけどさ。

 そして、一応ニセマモルの理由は分かった。納得出来るかは微妙だけどね。

 

「迷惑などとは思っていません。マモル、あなたとマモリは私達にとってかけがえのない子供達です。あなた達を守る為の行為を迷惑だなんて思いません。むしろ、迷惑なのは私達の方です」

 

「か、母さん?」

 

 いや、そんな重く捉えられると困っちゃうよ? 

 

「私は……母親失格です。あなた達の才能に甘えて重荷を背負わせてしまった。あなたにもマモリにも役目を押し付け、辛い思いをさせて来ました……本当にごめんなさい」

 

「そ、そんな事は……」

 

 ……ちょっぴりはあるけどね。

 

 家を出る前は散々修行を拒否したけど、母さんがそこまで気に病んでいたとは……役目は嫌だけど、母さんの悲しむ顔が見たい訳じゃない。

 

「ですが、あなた達は身を守るには十分な力を得ました。マモリはあの学園に居れば安全です。そしてマモル、あなたはそのまま田中マモコとして過ごしてください。クリスタルハーシェルの庇護下にいるのは賢い選択です。そのまま彼女達……いや、惑星の一族の味方となりなさい。それが最も安全な道です」

 

「えっ、ずっと田中マモコのまま過ごせってこと?」

 

 それは流石に勘弁だよ、安全の為とはいえ許容出来ない……出来ないよね? 

 

「いえ、来年の夏までです。スペシャルカップが終わればどんな結末であれ決着が……いや、私が、私達PTAがこの星からソウルギアを消し去ってみせます。その後ならば、あなたを含めた子ども達が争いに巻き込まれる事の無い世界が待っている。それまでの辛抱です」

 

 ソウルギアを消し去るか、一体どうやって実現するつもりなんだろうな? 一個一個壊して回るのは現実的じゃないよね。

 それに、僕はもうそれを手放しでは賛同出来ない。ソウルギアに愛着が湧きすぎた……気がする。

 うーん、でも僕の身の安全が確約されるなら……迷うなあ?

 

「分かりますマモル。優しいあなたはソウルギア達を案じているのでしょう? 安心してください、ソウルギアを破壊しても、コアに宿る意思は、ソウルストーンの中の彼等はあるべき所へ還るだけです。それは彼等にとって死を意味する物ではありません」

 

「それは本当なの母さん?」

 

 そういえば、普通に受け入れてたけど……オモチャが意思を持ってるって割とホラーだよね。

 もしかして夜中に動いてる? えっ、動いてないって? 疑ってごめんよ……

 

「ええ、ソウルストーンとは惑星のコアの欠片です。ソウルギアに宿る意志とは即ち惑星の意思。今地球上に存在するソウルギアのコアは99%以上が地球のコアの欠片です。PTAの目的は彼等を元の場所に還すこと、真の地球環境保護活動と言えるでしょう」

 

 ほえー? そうなんだ? 凄い壮大な話になったな。

 

「ですが、その意志こそが悲劇の元なのです。惑星の意思を、彼等の声が聴こえるのは子ども達だけ、だからこそ子ども達が犠牲になる。プラネット社は大局的に見れば正しいのかもしれませんが、私には彼等のやり方が許容出来ない。だから私は月読家の当主でありながら、PTA活動へと参加を決めました」

 

 うーん、つまりは一族を裏切ってる訳だよね? 父さんはその事を知っているのかな……

 

「ソウルギアで他者と競い、互いの心とソウルを重ねる。それは確かに素晴らしいことです。私もかつてはお父さんや、チームの仲間達、ライバル達と切磋琢磨しました。とても楽しく無邪気でいられた輝かしい日々の記憶です。でも、ソウルギアが無くとも人は分かり合える。五百年よりも前、私達の先祖がそうだった様に」

 

「は、はあ?」

 

 いや、たしかにソウルギアが無くても普通の生活に支障は無いけど……プロとか業界に従事している人達はたまったもんじゃないよね? 

 ソウルギア中心のこの世界では、失業者がヤバイぐらい発生しそうだ。戦力足るソウルギアが失われれば、各国のパワーバランスが崩れるのも含めて世界情勢が相当荒れるんじゃないの? ヤバくないか? 世紀末になりそうだ。

 

「私はかつてソウルギアを生み出した一族の末裔として、初代様の過ちを正します。初代ソウルマスター月読イザヨの理想は間違っていました。私がソウルギアの歴史を終わらせます、私が最後の月読家当主となるでしょう」

 

 つ、月読イザヨ? ガチで存在したのか……適当に思い付いたのに。シンクロニシティか?

 

「だからマモル、あなたはこの舞車町で大人しく過ごして下さい。田中マモコとして、惑星の一族に与しているのが一番安全です。優しく正義感の強いあなたには辛いかもしれませんが……どうかお願いです。けっして彼等には逆らわずに、来年の夏が終わるまで騒ぎは起こさないでください。私が……私達が全てを上手く収めてみせます」

 

 いや、別に進んで騒ぎは起こさないよ母さん? それに僕は惑星の一族に恨みとか隔意なんてない、

 むしろ長いものには巻かれたい質だ。寄らば大樹の陰ってやつだね。僕は権力に媚びる事に抵抗は無いぞ? 取り入る為に足ぐらいなら舐めよう。

 

「母さん、心配要らないよ。僕は田中マモコとして、この町で過ごすと決めているからね」

 

「その言葉が聞けて安心です。マモル……しばらくの間、あなたにもマモリにも会うことは出来なくなるでしょう」

 

 そう言って母さんは立ち上がり、僕の隣まで歩いてくる。

 

 そして僕を弱々しく抱きしめた。遠慮がちな力加減が母さんらしい。

 

「信じてもらえないかもしれませんが……お母さんもお父さんもマモルを愛しています。もちろんマモリの事もです。あなた達が健やかである事が私達のなによりの望みなのです……」

 

 ああ、それを疑ったりはしないよ母さん。

 

「母さん……信じるよ。嘘だなんて思わない」

 

「うぅ……ぐすっ、感動的ですぅ。あっ、鼻水が……た、垂れるぅ!?」

 

 少し黙っててくれねえかなぁ先生?

 

 母さんと抱き合ったまましばらく時が経ち、母さんはゆっくりと僕から身体を離した。

 

「では、マモル。私達は行きますね? 身体には気を付けてください」

 

 あっ! そうだ! 

 

「母さん、よかったら夕ご飯を食べていかない? 時間があったらでいいんだけど……地杜さんの作った人参のポタージュもあるよ?」

 

 母さんとマモリは人参大好きだったよね、理解し難いけどさ。 

 

「マモル……そうですね一緒に夕ご飯にしましょう。あの女狐が作ったのは気に食わないですが、久し振りにあなたと一緒に食卓を囲めるのは嬉しいです」

 

 えっ、母さん地杜さんと仲悪いのかよ。なんかモヤるぞ? 父さん……信じてるからね?

 

「ま、マモル君!? 私は!? 私はお夕飯に誘ってくれないんですかぁ!?」

 

「はあ、赤神先生も良かったら食べていきますか?」

 

「いやったぁ! お家にお呼ばれして、マモル君とお義母様と夕飯を共にするなんて凄い進展ですぅ! い、痛い!? 蹴らないでくださいよぉ!?」

 

 いや、呼んでねえよ? 勝手に家に来ただろ?

 

 そして、その日の食卓はユピテル君に加え、母さんと赤神先生とも一緒に囲むこととなった。久し振りに母さんと食事を共に出来る事は素直に嬉しい。

 なにせ母さんは人参のポタージュをたらふく飲んでくれる。母さん人参大好きだもんねって言えば疑われずに処理できる。

 懐かしいなあ……月読家ではマモリによく人参を押し付けたっけ、人参が大好きなマモリは喜んで食べていた。これも家族の助け合い、家族の愛情の姿だよね。

 

 さてさて、明日からは母さんの望み通りに大人しく過ごすとしますか。

 

 とりあえずは、トウヤ君を鍛えてあげないとね? 上手く行ったらEE団にけしかけよう。ぐふふ、正月頃には潰せるかな♡ 

 

 



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自縄自縛!! 解き放てユアセルフ!!

 

 

 母さんと赤神先生がやって来た次の日の朝、僕はいつもより一時間以上早く学校へと向かっていた。

 

 理由はもちろん、トウヤ君の修行について天王さんと話をするためだ。

 学校のバトルフィールド等の施設の使用、しばらくの間トウヤ君を放課後に鍛える事、その他諸々の許可を貰わなくてはいけない。

 一昨日の女子会で、天王さんが朝早くから登校し、生徒会室で色々と仕事をしていると聞いた。連絡先はまだ知らないから直接会いに行くしかない。

 

 いつもより早い朝の時間帯、爽やかな空気を感じながらの登校は清々しい気持ちになる。

 心につっかえていたニセマモルの件も詳細がはっきりしたので気分は爽快だ。

 

 昨日の夜、母さんは帰り際にこんな事を言っていた。

 

「マモル、私はこれから月読家当主としても、PTAとしても忙しくなります。本家やプラネット本社から距離のある舞車町には滞在出来ません。なので、本家と本社のある星乃町周辺で田中マモルとして活動し、各勢力を欺きます。あなたは、くれぐれもマモルとしての姿をこの町で晒さない様に気を付けてください。そうすればなにも問題はありません」

 

 つまり、より一層、舞車町の人間に正体を知られてはいけなくなった訳だ。

 なかなか厳しいけど……母さんが僕の安全の為に頑張ってくれている。僕も田中マモコを頑張るぞい♡

 

 衣装も髪型もバッチリと決め、可愛くてキュートな田中マモコボディでの登校だ。

 

 早朝だからって油断は出来ない、いつ何時誰に見られているか分からない。常に視線を意識して背筋を伸ばして歩こう。

 やっぱり見られてると言う意識は重要だ。オシャレは我慢、カワイイは一日にしてならず、日々の積み重ねが大事だ。

 

 完璧なモンローウォークを決めて、人気の無い朝の小学校に到着する。

 

 まだ校門も校舎の入口も閉まってはいるが、時刻は朝の6時を過ぎている。生徒ならIDカード代わりになっている名札で中に入る事が可能だ。無駄にハイテクだよね。

 

 階段を登り、本校舎の5階の生徒会室の前にたどり着く。

 

 天王さんはいるかな? 取り敢えず扉にコンコンとトイレノックを叩き込む。

 

「なっ!! 誰だ!?」

 

 うお!? ビックリした……扉の向こうから聞こえてきたのは天王さんの声だ。

 

 警戒している? 常に堂々としたイメージの彼女にしてはらしくないな。

 あっ、昨日にPTAの変質者が町に出没したばかりだった。警戒は当然の反応か、朝早くにアポ無し突撃かませばそうなるよな。

 

 意識的に漏れ出るソウルを強くする。天王さんなら、これでドア越しでも僕と察知するだろう。

 

「天王さん、田中マモコよ。少し話したい事があるの。中に入れてくれるかしら?」

 

「ああ、君か……驚かせてすまない。警戒していた所に急にノックが聞こえたから焦ってしまったよ。一昨日も思ったが見事な隠形で気取れなかった。念の為に訪ねるが……君一人だけか? 同行者は?」

 

 ん? そりゃあ僕は一人……あっ、ユピテル君の事かな? 天王さんにしてみれば得体が知れないもんね。

 

「ええ、私一人よ。周囲に幽霊の気配は無いわね」

 

「そうか、電子ロックを解錠する。悪いが部屋に入る前に周囲を確認して、入室したらすぐに扉を閉めてくれ」

 

 警戒しすぎじゃね? 別にいいけどさ。

 

 カチャリと鍵が解錠された音を確認し、周囲を見回す。廊下には人っ子一人見当たらないし、気配も無い。

 

 念の為に廊下側に注意を向けながら扉を開け、生徒会室へと入る。扉が完全に閉まった事を確認して後ろを振り向く。

 

「天王さん、話っていうのは――天王さん!? そ、それは!?」

 

 振り向いた視線の先、天王トウカは生徒会室の椅子に座っていた。

 

 それだけなら驚く事ではない。問題なのは、天王トウカが荒縄で椅子に縛られて拘束されている事だ。

 

「ッ!? まさか襲撃!? それで拘束されて――」

「いや、自分で縛ったら解けなくなってしまってな。やれやれ、困ったものだ」

 

「…………」

 

 やれやれはこっちのセリフだし、困っちゃうのも僕だ。驚いて損した。僕の心配を返せ。

 

「一応聞くけど……なんで自分を縛ったの? 襲撃者に命令されたりした?」

 

「襲撃者? ああ、昨日のPTAか……いや、違うぞ。ヒカリに甘えてばかりも悪いからな、刺激を求めて自分自身を縛っただけだ。しかし、田中は想像力が豊かだな、そういう発想に至るとは……ハハッ、意外と慌てん坊だ」

 

 この女、殴ってもいいかな?

 

「天王さん、そういう事は自宅でやりなさい」

 

「ふむ、悪いが自宅で行っては意味が無い。ある程度のリスクが存在しないと真剣味が薄れるからな。だが、自分で縛ってもあまり感動が無いな。やはり、何をされたかではなく誰にやられたかが重要か……私のレゾンデートルを確立するヒントはそこにありそうだ」

 

 おい、格好良く言えば許されると思っているのか? 学校で特殊な自分探しをすんなって言ってんだよ。絶対悪いと思ってねえだろ?

 

「ああ、すまない。話があるのだったな、要件を聞こう」

 

 違う、謝ってほしいのはそこじゃ……いや、止めておこう、突っ込むのも疲れる。

 

「ふぅ……天王さん。トウヤ君を鍛える件なんだけど、今日の放課後から始めたいの。彼の放課後の時間を使う事、校内のバトルフィールドの使用許可をちょうだい。本人の意志は確認しているわ、昨日の夕方に了承してもらった」

 

 バッチリ契約したで? 契約完了後のキャンセルは受け付けておりませんぞ?

 

「ほお、行動が早いな。分かった。第三体育館にクリスタルハーシェル専用のバトルフィールドがある。そこを使ってくれて構わない。取り敢えずどの程度の期間使用するつもりだ?」

 

 フフッ、そんなに長くは使わない。僕には完璧なプランがある。

 

「一週間よ、一週間でトウヤ君の可能性を私が目覚めさせてみせる」

 

「一週間!? 君の技量を疑う訳ではないが……流石に短すぎないか?」

 

 大丈夫だ、問題ない。

 

「フフッ、心配は要らないわ。そしてもう一つ、一週間後にトウヤ君と冷泉君をランナーバトルで戦わせる許可を頂戴?」

 

「なっ!? トウヤとレイキを!? 流石にそれは……」

 

「無謀だ。そう思うのでしょう?」

 

「……ああ、そうだ。残念な事だが、二人の現時点での実力差は明白だ。例え月読家である君が鍛えたとしても、一週間程度でその差は縮まるとは思えない。そんな状態でバトルしても無駄に傷付くだけで――」

 

「天王さん、アナタは過保護よね。昨日のPTA出現に対する命令でもそう感じた。アナタはトウヤ君を戦いから遠ざけようとしている」

 

「それは……」

 

「天王さんの意図はともかく、トウヤ君本人もそう思っているみたいね。そんな現状が彼の自己肯定感を奪っている。彼の自信を喪失させている。ソウルに良くない影響を及ぼしている。短い間だけど、アナタ達のチームを観察して私はそう思った」

 

「……随分と知った口を叩くじゃないか」

 

「不快にしたのなら謝るわ。でも、付き合いの浅い私だからこそ見える所もあるのだと思うの。アナタ達クリスタルハーシェルは良くも悪くも天王さんが中心ね。内心はどうであれ、アナタのトウヤ君を戦いから遠ざけようとする意思をみんなが汲んでいる」

 

 冷泉君はトウヤ君の現状に明らかに不満を持っていた。それは間違いない。

 でも、天王さんの方針に逆らうつもりはないのだろう。昨日直接連絡を告げた彼からは、職務に対する真剣さが感じられた。天王さんのガーディアンズである事に、独自のこだわりと誇りを持っているのだろう。

 だからこそ、実力不足のトウヤ君に冷たく当たり、僕に敗北した四天王達にも厳しい対応をした……僕にはそう読み取れる。

 

「アナタも自覚しているのでしょう? それがトウヤ君の成長の機会を奪い、彼に歯痒い思いをさせている事を。そうでなければ見て見ぬ振りなんて言葉は出て来ない」

 

 天王さんは僕の言葉に反論する事なく、目を瞑ってしばらく黙り込む。なにかを考え込んでいるようだ。

 

 やがて、ゆっくりと息を吐き、静かに語りだした。

 

「トウヤは……私の弟なんだ」

 

「天王さんの弟? トウヤ君が」

 

 言われてみれば顔立ちは似てるし、髪の色も一緒だ。

 でも、天王と凍咲で姓が違うのは家庭の事情か?

 

「君は月読家で特殊な育て方をされたせいで知らないだろうが、私とトウヤの様なケースは惑星の一族の間では珍しくない。惑星を冠する一族の各当主は、守護家の血筋に産ませた子どもが大抵十数人程度は存在する」

 

 えっ、そうなの? なんていうか時代錯誤だな。跡取りで凄い揉めそうだし、ドロドロした骨肉の争い待ったなしだ。

 

 名家って大変だなあ……あれ? 母さんは女当主だけど、その場合はどうなんだろう。

 うーん、一緒に暮らしていた限り、僕とマモリ以外の子どもが居る様子はなかったし、父さんとはしょっちゅうイチャイチャしてた。

 流石にまだ見ぬ兄弟姉妹がいるとは思いたくない。そうだとしたらかなりショックだ。

 

「そして子ども達には幼少からソウルギアを与え、6歳になる頃に魂魄の儀を行い適性を見る。そこで基準を満たせばプラネットシリーズのソウルギアが与えられ、正式な一族の一員として認められるのだが……」

 

 うへぇ、厳しいな。ソウルギア至上主義が過ぎる。大器晩成型だっているかもしれんだろ?

 まあ、僕なら認められたくないけどね。認められた方が絶対に大変で危険に決まっている。激務そうだし、なんか恐ろしい脅威と戦わされそう。

 

 あー、そうかビリオ君が言っていたユキテル君が失敗した奴がそうなのか。

 ん? でもユキテル君は木星名乗ってるしジュピターを使っている……別物か?

 

「その儀で基準を満たせなかった者は、惑星の一族を名乗る事を許されない。その後は、一族を放逐され一般人として生きる道、もしくは母方の姓を名乗り各ガーディアンズの一員となる道、そのどちらかだ。トウヤは後者のケース、あの子は私と同じ母親、凍咲リッカから産まれた私にとって正真正銘の弟なんだよ」

 

 弟ね、それが理由か……

 

「天王さん、アナタは姉としてトウヤ君を守りたいのね」

 

 これは、正直な所、僕は偉そうな事を言える立場じゃない。

 

 僕の妹のマモリは、学園で元気にしていると父さんと母さん伝手には聞いている。

 そして、僕は手紙を書く以上のアプローチを妹にしていないし、手紙の返事は全く来ない。

 自業自得だが、マモリには恨まれていそうな気はする。

 

 父さん母さんは親としては正直アレだと思っているけど……僕もとやかく言えない、僕のお兄ちゃんレベルはミジンコクラスだ。

 

 でも、この場では言わせて貰おう。これはトウヤ君にとっても必ずプラスになるはずだ。

 

「ああ、そうだ。放逐されそうになったあの子を、私のワガママで強引にチームに入れてガーディアンにした。幸い私のソウルギア適性は高く、一族の中でもそれなりに要望は通せる立場だったからな」

 

「そう、そこまでしてトウヤ君と離れたくなかったのね」

 

 うーん、それが兄や姉としては普通の感覚なのかなあ? 

 

 いや、天王さんは一般的な小学生ではないか、そもそもそんな権限や力を持った小学生は極稀だよね。

 

「もちろんそれもあるが、組織の魔の手が恐ろしかったのも理由だ。あの頃は、放逐された元一族の子どもが誘拐される事件が頻発していた。プラネット社の大人達は才能無しと判断した子ども達の捜索に積極的ではなく、未だに誰一人帰ってきた者はいない……遺憾な事だがな」

 

 うわ、最低だな悪の組織。誘拐された子達はあの変な仮面で洗脳されて、悪事を強制させられてるのかな? プラネット社の方も薄情だな……才能の無い子には興味はなしって感じ?

 

 そっか、ミナト君もその流れでBB団に捕まってラスボス化を……あっ、でもミナト君は普通に水星姓だから適性検査は合格してるのか。

 つまり、適性ありな子も組織のターゲットって事だな。そりゃあそっちの方が強い駒になるなら当然か、捕まえるのは難しいだろうけどね。

 

「天王さん、アナタのトウヤ君への想いはよく分かったわ。でも、それならば尚更トウヤ君にはランナーとしての力を身に付けて貰うべきよ。なによりも彼の安全の為に……最近色々な勢力が妙な動きを見せているらしいじゃない」

 

 特にマーズリバースって奴が危ないっすよ。アイツはまだこの町に潜んでるらしいっす。

 赤神先生は、昨日の夕飯の時に『先生は休職にしてPTA活動に専念してますぅ!』とか言ってたけど、周囲には遂にやらかして休職したと思われてるんじゃないかな。

 

「それは……そうなのだが……」

 

「昨日彼の練習風景を見て感じた。長年の鍛錬を感じさせる所作、いいソウルチャージインだった。ランナーバトルへの知識も豊富そうね、昨日の案内の時に色々と教えてくれたわ。ランナー歴の浅い私なんかより、余程ソウルランナーについて真摯に取り組んできたのは間違いない」

 

「ああ、トウヤはランナーとしての研鑽を怠ったりはしていない。あの子は努力家だよ」

 

「つまり、トウヤ君が抱えているのは技術の問題じゃない。彼に必要なのは意識の改革、自身の望みに素直になり、己の衝動に向き合うことよ。私から見て、彼のソウルはどこか遠慮がちに映る」

 

 ストーキング中も、昨日の練習中にもそう感じた。

 

 トウヤ君はせっかく素晴らしい潜在ソウルを秘めているのに、どこか縮こまっていると言うか……そうだな、自分を曝け出すのを恐れている?

 

 自分に正直になれず、機体に素直な気持ちを伝えられないのはランナーとして致命的だ。

 自分を偽る奴にソウルギアは応えてくれない、特に機体に意思を伝える“操作“の要素が重要なソウルランナーなら尚更だ。

 

 その点、僕はバッチリだ。我が愛機達には僕の不老不死の為に力を貸してくれって毎日寝る前、囁くように伝えている。

 えっ、ちょっとしつこい? ごめんよ……

 

「だからこそ彼の転機となりうる体験が必要よ。天王さんも認めたという形での冷泉君とのランナーバトル、更に一週間という短い期限を設ける。それによって……言い方は悪いけどトウヤ君の危機感を煽り、彼を追い込む」

 

「そうすれば、トウヤの弱点が克服されると? 己のソウルに素直になれず、発する事を恐れているトウヤが変われる……本当に、本当にそんな事が可能なのか?」

 

「ええ、保証するわ。天王トウカ、私を信じて」

 

 ワテのソウルメイクアップでバッチリでっせ? ゲヘヘ、損はさせまへん、Win-Winの関係を築くでヤンス。

 

 天王さんはそのまま僕を見定める様に視線を凝らした。

 そして、たっぷり5分程は悩んでようやく決心をした様だ。

 ああ、椅子に縛られた状態でなかったら様になる光景だったのに……

 

「分かった。許可しよう。今日の放課後、体育館にみんなを集めて私から告げる。君も同行してくれ」

 

「ありがとう天王さん、アナタの信頼に応えてみせる」

 

 よっしゃあ! 僕の嘘偽りのない真心が通じたぜ!

 

「ヒカリが信じ、私の“ウラヌス“も君を信じろと言っている。そしてなにより、私は、ソウルで君を信じるべきだと感じた。田中マモコ……トウヤをお願いします」

 

 そう言って天王さんは頭を下げる……が、椅子に縛られているために首しか動いていない。非常に浅い角度のお辞儀となった。

 それが人に物を頼む態度か? と、突っ込んでやろうかと思ったがここはグッと堪える。そういう空気じゃない。

 

「ええ、任せてちょうだい」

 

 グフフ、最悪一週間で間に合わなかった場合には奥の手がある。

 僕の作戦に失敗はありえない、IQ53万の僕の頭脳は独自のデータに基づき、100%の成功率をはじき出した。

 そう、僕の辞書に不可能の二文字は無い、大船に乗った気持ちでいてくれ、ドーンと任せなさい。

 

「ああ、それと……もう一つだけ、君を見込んで頼みがあるんだ」

 

「あら? なにかしら天王さん」

 

 提案を飲んでもらったからには、ある程度は歩み寄りを見せないといかん。

 それに、この舞車町の有力者である天王さんに媚を売って損はないぜ! ゲヘヘ……なにがお望みでヤンスか?

 

「この縄を解いてくれ、授業に遅刻するのは不味い」

 

 うわぁ、嫌だなぁ……巻き込まれたくない。

 

「確認するけど、本当に自分じゃ解けないのよね?」

 

「ああ、最悪の場合、ウラヌスを操作して縄を切断するのは容易いと思っていたが……何故かウラヌスが嫌がってな、正直に言うと割と焦っている」

 

 そりゃあ、ウラヌスも情けなくて嫌だろうよ……

 

 ソウルランナーは説明書を読んで正しい使い方をしなさい。そんな特殊な遊び方はプラネット社も想定してねーよ。

 

「それに、この麻縄は擦れて肌に傷が付かないように手入れした代物でな。陰干しして毛羽を焼き、蜜蝋クリームを丹念に染み込ませてある。こっそり生徒会室で育てて来てようやく完成した思い入れのある麻縄だ。それを切ってしまうのは偲びなくてな……」

 

 こ、この女、登校が朝早くて下校が遅いのはそのせいか? 生徒会室に籠もって書類仕事してたんじゃねえのかよ? 真面目に仕事してて偉いとか思った僕の気持ちを返せ。

 

「はぁ、分かったわ。しょうがないから解いてあげる」

 

 うっ、自分でやったから無茶苦茶な結びになっている。

 なんか縄もシットリしていて解きにくいぞ? 時間かかりそうだなコレ……

 

「んっ……なるほど、他人に解いて貰うのは悪くない」

 

 随分と楽しそうですねぇ? 腹立つわぁ……

 

「モジモジしないで大人しくなさい、解くのを止めるわよ」

 

「ん、それは困るな。ヒカリ以外に私の求道を知っているのは君だけだ」

 

「そう思うなら、尚のこと家でやりなさい」

 

 お前を慕うランナー達が見たら泣くぞ? こんなリーダーの姿を見たくないだろ……

 

「しかし、自分のソウルの衝動に嘘はつけんだろう? 他人と比べれば特異なのは理解している。だが、自分の願いに、己のソウルに向き合わなければ強くはなれない。それはどのソウルギアに置いても一緒だろう、ソウルを磨く本質と言っても過言ではない」

 

 くそっ、言ってる事は間違ってないけど、やってる事は絶対に間違っている。

 

「君になら分かるだろう? 一流のソウルギア使いは自身のソウルに向き合い、己の望みを理解する。そのせいで実力者達には癖が強い者が多いのも事実だがな」

 

 確かに今まで出会って来た仲間や強い奴らは、キャラの濃い奴等が多いな、欲望に忠実というかなんと言うか……

 確かに、僕だって安心安全を至上としつつ、不老不死という具体的な目標を手に入れてからソウルギア使いとして強くなれた自覚はある。

 

「正直に言えば誰にも明かすつもりはなかった。普段は一族としての役割をこなして皆に頼られる自分、そんな私が裏ではこんな背徳的な行為をしている。その得も言われぬギャップを一人で楽しむだけだった。一族としての役割を果たすという激務の中、ソウルの修行兼息抜きであるこの行為をひっそりと行っていた」

 

 やめて、詳しく語らないで……詳細を聞かせないで……やめてくれ、その話は俺に効く。

 

「だが、ヒカリが望みを読み取る力を得て、あの子だけには事実が露見してしまった。そして、ヒカリの望みは自分の親しい者達に幸せになって欲しいという純粋な物なんだ。だからこそ、あの子はコッソリと私が望む様に振る舞ってくれる。私や仲間達が喜ぶ事があの子の望みなんだ。ヒカリは優しい子だよ」

 

 じ、純粋さ故の狂気? 天王さんの歪んだ願いが悲しき怪物を生み出してしまったのか……ソウルランナー界の闇だね。

 

「トウヤにも……あの子にも、自分だけの望みを見つけて欲しい。そうすれば君の言う様にあの子はあっという間に強くなるだろう、あの子も昔は私と同じぐらい期待されていて、無邪気に振る舞っていた。姉としては、昔の様に伸び伸びとランナーバトルをして欲しいと願っている」

 

 うっ、どうしよう。トウヤ君を鍛えたら『田中さん、僕をその鞭で叩いてくれ!』とか言い出したら……その時は契約破棄だな。

 

「田中マモコ。自分の心を、自分のソウルを己自身で縛っているトウヤを解き放ってやってくれ」

 

 自分を縛ってるのはお前じゃい!! マジなのか冗談なのか微妙だよ!!

 

 くそ、アホみたいに固く結びやがって、結び目が全然ほどけねえぞ!? どれだけ力を入れて縛ったんだよ。

 はあ、天王さんはなんかズレてるけど、真面目に言ってるっぽいから注意しにくい。悪気が無さそうな所が困るな……

 

「そうだ。田中マモコ、君の願いはなんだ? よかったら私に教えてくれないか? 君程の実力者なら己を自覚しているはずだ。もしも、私の様に他者に知られるのが憚られる様な望みなら無理にとは言わないが……」

 

 一緒にするなよ! 僕の願いは他人に知られて不味いものじゃない……かな?

 いや、生存本能に根ざした生物本来の純粋な願いだし、別に責められる様な謂れは……ない、よね?

 

「わ、私の願いは……私の大事な人が、辛い思いや苦しい思いから解放されることよ。寂しくて、孤独な思いをしない、ソウルギアによって悲しみが生まれない優しい世界が欲しい。は、恥ずかしいから誰にも言わないでね?」

 

 その大事な人は、田中マモルって言う名のイケメン小学生でして……彼にはぜひとも不老不死を手に入れ、永遠に続く安心と安全を手に入れて欲しい……嘘は言ってねえぞ?

 

「ふふ、照れることは無い、素敵な願いじゃないか。なるほど、だから月のソウルを求めるのか……初代ソウルマスターは乱れた世を憂いて、闇を払う為に自らをソウルに変換して月の中で永き眠りに着いたと伝えられている。そんな彼女の想いが宿ると謳われる月のソウル、優しい願いを抱く君の様な人物にこそ相応しい。私は君の願いを応援するよ」

 

 あれ? なんか肯定された?

 

「ありがとう天王さん。とても心強い言葉……励まされるわ」

 

 フヒッ、よく分からないけど応援してくれるのは嬉しいぜ!

 

 僕にこそ月のソウルは相応しいか……かぁーっ、困っちゃうね! 

 やっぱり天王さんみたいな見る目のある人は、僕から滲み出る善良なソウルに気づいちゃう? 隠してても溢れる善性を見抜かれちゃう? 

  いやぁ、照れる照れる。善人って辛いわー、隠し事出来ないわけ?

 

 うんうん、人の望みにあれこれケチを付けるのは無粋の極みだよね! 自分のソウルに嘘はつけないよね!?

 だから、天王さんが神聖な学び舎でアホな行為を繰り返す困ったちゃんでも仕方がない。僕は君の趣味を許容しよう。僕の目の届かない所でやってくれ。

 

 溢れる衝動は抑えられない! 心が命じた事は誰にも止められない! 憧れは止められねぇんだ! 人の夢は終わらねえ! 先人達も言っていた! 不老不死に僕はなる!

 

 なんだよ、いい奴じゃないか天王さん。僕の夢を応援してくれる優しき理解者だ。ちょっと特殊な趣味を持ってるけど、人間誰しも欠点はあるもんだ。

 

 まあ、僕みたいに不可能の存在しない完璧な天才を除いてだけど……ぐっ!? やっぱり解けねえ!? どうなってんだこれ!? 固すぎるでヤンス!? こんな縄を切らずに解くの不可能だろ!?

 

 結局天王さんを縛る縄が解けたのは、朝のホームルームが始まる5分前だった。

 

 くそ、危うく遅刻する所だった。やっぱり天王さんの趣味は駄目だな……許せん。

 

 



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神算鬼謀!! 成功確実パーフェクトプラン!!

 

 

 マモコさんと契約を交わした次の日の朝、いつもの様に合流したヒカリとヒムロと共に学校へと向かう。

 

 二人には昨日、心配させる様な態度をとってしまった事を謝った。

 

 昨晩に二人が俺を心配して送ってくれたメッセージ、その返信でも心配はいらないと伝えてはいたが、俺が実際に立ち直っている様子を見て二人は少し戸惑った雰囲気を出していた。

 ああいった事があってすぐに、俺がこんなに前向きな様子なのが珍しいからだろう。

 

 マモコさんとの契約は俺の心境を変化させてくれた。今までだったら、昨日の出来事を引きずってこんな心持ちにはなれなかっただろう。

 だが、そんな偉そうな事を考えてはいても、俺はまだ何も成し遂げてはいない。

 だけど、マモコさんは俺に可能性を見出してくれた。その期待に応えたいと思う。

 

 期待される事に不安もある。失望されるのではないかと恐怖もある。

 でも、あの契約は既に俺に力をくれているみたいだ。

 

 ほんの少しだけ前向きになれる力を、自分の事を少しだけ信じられる心の強さを。

 

 

 

 いつもと変わらない中央小学校までの登校路を歩み、俺達の5年5組の教室までたどり着く。

 現在の時刻はホームルーム開始の二十分前、チームの仕事がある場合にはもっと早くに登校したりもするが、みんなは昨日のPTA騒ぎで遅くまで働いたので、朝のミーティング等は中止だ。なのでこの時間に登校している。

 

 昨日、俺以外のチームのみんなは現場へと向かい、最終的に事態はEE団とPTA達との三つ巴の戦闘にまで発展したらしい。

 現場には例のPTA幹部“灼熱のマーズリバース“に加え、あの“月影のムーンリバース“まで出現したそうだ。

 そして、EE団の戦闘員達は殆ど捕まえたそうだが……PTAの二人には逃げられたと言っていた。

 

 トウカ様を含めた俺以外のクリスタルハーシェルの全メンバーに加え、二十人近くのランナーで取り囲んだにも関わらずに捕まえられない。

 マーズリバースが危険という噂はもちろんだが、ムーンリバースがPTAの中でも最強との噂に信憑性が出てくる……とにかく恐ろしい実力者なのは間違いない。

 

「マモコちゃん遅いね、もうすぐホームルームが始まっちゃうよ」

 

「そうだな、田中って意外と遅刻する奴なのか? それとも体調不良で休みかもな。トウヤ、あの後会ったって言ってたよな。調子が悪そうだったりしてなかったか?」

 

「いや、体調が悪そうには見えなかったけど……」

 

 マモコさん、どうしたんだろう。

 

 彼女以外の全クラスメイト達が席に着いた教室に、ガラガラと扉を開く音が響いた。

 

「あっ、マモコちゃんおはよう。今日は遅かったね、ホームルームぎりぎりだよ」

 

「おはようヒカリ……フフッ、遅刻する所だったわ」

 

 ヒカリに挨拶を返し、クラスメイト達とも挨拶を交わしながら俺の隣にある自分の席へと向かって来るマモコさん。

 なぜかちょっと疲れた様子だ。遅刻しそうで急いで登校したのかな?

 

「おはようトウヤ君」

 

 マモコさんが俺を名前で呼ぶ、それなら俺も……

 

「おはよう……マモコさん」

 

「な、名前で呼び合ってる……」

「おっ? トウヤ、田中、仲良くなるのが早いな!」

 

「うん、昨日ちょっとね」

 

 改めて指摘されると……ちょっと照れるな。

 

「トウヤ君、少し聞きたいのだけれど……もしかして、アナタは縄に興味があったりしない?」

 

「な、縄? それはどういう意味なの?」

 

「いえ、分からないならそれでいいのよトウヤ君」

 

 なぜか微笑ましい物を見るように、僕に優しい表情を向けるマモコさん。

 

 くっ、まったく意味が分からない。彼女の質問の意図が理解できない。脈絡がなさ過ぎる。

 いや、俺のソウルが未熟なせいか……悔しい、俺に力が足りないせいだ。まだまだ分からない事だらけだ。

 

 

 

 そして授業が終わり放課後、クリスタルハーシェルのチーム連絡用SMSグループにトウカ様のメッセージが表示された。

 

『今から第三体育館に全員集合してくれ、5年5組の三人は田中マモコを連れて来るように』

 

 絵文字やスタンプを一切使わないトウカ様らしい簡素なメッセージ、だけど違和感がある。

 

「全員集合? しかもマモコさんまで」

「うう、またか。田中の案内の続きが……」

 

 この端末もアプリも市販の物だ。傍受される危険性があるのでチームの重要な任務の通達には使用されない。

 つまり、これは任務とは別の要件、トウカ様の私的な用事と言う事か? 

 

「フフッ、天王さんから呼び出しが来たようね。ヒムロ君、案内はまた改めてお願いね。みんな、天王さんを待たせちゃ悪いから行きましょう」

 

 マモコさんに驚きは見られない、呼び出しを知っていたのか。

 

「……マモコちゃん? もしかして今朝遅れたのはトウカ様と話していた? 私に黙って?」

「ひ、ヒカリ? 近い、顔が近いわ……」

 

 朝に話し合ったのが本当なら、トウカ様とマモコさんが既に知り合っていると言う事だ。

 

 一体いつの間に……やっぱり田中さんは謎の多い人だ。

 

 

 

 そして、四人で揃って向かった第三体育館、そこには既に俺達以外の全員が揃っていた。

 

「来たか……よし、さっそく本題に入るとしようか田中」

「ええ、天王さん」

 

 体育館の中心に立つトウカ様へと歩みを進めるマモコさん。

 

 俺達はその前に並ぶレイキとツララさん達の横へ並ぶ。トウカ様の話を聞く時は昔からこの形だ。

 

 レイキは俺が横に並んでもこちらを一瞥もしない。話を聞く態度としては当然だが、昔はよくお喋りをしてツララさん達に窘められたのを思い出すと、少し悲しい気持ちになる。

 

「さて、皆も既に知っているだろうが紹介しよう。彼女の名前は田中マモコ、非常に優秀なランナーであり……そして、あの月読家の人間でもある」

 

「フフッ、改めてよろしくね。クリスタルハーシェルのみなさん」

 

 俺達の間に驚きと戸惑いの空気が流れる。俺はマモコさんに直接聞いていたので驚きは少ないが、他の皆はそうはいかないだろう。

 

 同じ惑星の一族の中で最も異端な存在。その能力の希少性と特異な成り立ちから、惑星達の序列にも当て嵌められる事なく、特別な立場に位置する謎多き一族。

 

 そんな月読家の人間が堂々と現れたのだ。驚かない筈がない。

 

「彼女から私にある提案があった。田中は自らの力で、私達クリスタルハーシェルをランナーチームとして一段階上へと引き上げる事が出来ると……その代わりに自分の望みを叶える為に私達の力を貸して欲しいと私に話を持ちかけて来た」

 

 チームを一段階上に引き上げる。それに望み……トウカ様とも契約を結んだのか?

 

「私はその提案に条件を付けて承諾した。田中の力と身元が確かなのは私の方で確認しているが、今は大事な時期だ。来年に開催されるスペシャルカップに向けて、私達は時間を無駄にする訳にはいかない」

 

 クリスタルハーシェルは、プラネット社が一族でも特に優秀な子供達を集めたチームからなる同盟“プラネットソウルズ“に名を連ねている。

 そして、プラネットソウルズの最大の使命は来年のスペシャルカップで五つのソウルギア競技全てで優勝を収める事だ。

 

 末端の僕には詳しい事は知らされていないが、なんでも来年のスペシャルカップは特別らしい。

 途方もないくらいに大量のソウルストーンを使用して惑星の意思達と契約を交わし、彼等に捧げる為に開催をする一族にとって絶対に負けられない戦いであると言い聞かされている。

 

 ソウルストーンを使って惑星の意志と契約を交わす以上、いくら開催者であるプラネット社でも勝敗を操作する事は出来ない。彼等との契約を反故にすれば……不正した者は彼等の加護を、ソウルその物を失うかもしれないからだ。

 いや、もしかしたら一族に関わる全ての人間がソウルを失うかもしれない。ソウルストーンの契約とはそれ程までに重く、厳粛で、神聖な物だ。己のソウルを懸けて結んだ誓約は絶対遵守、その理は何人も侵す事は出来ない。

 

 一昨年まではなにも問題なかった。プラネットソウルズの五つのチームは全て、それぞれが受け持つソウルギアでAランクの頂点に君臨していた。

 だが、完璧だと思われていたその体制は突如として崩れ去った。田中マモルが率いていると噂される例のチーム達が現れたからだ。

 

 プラネットソウルズを脅かす可能性があるとして、一番危険視されていた同盟“アークエンゼルズ“ではなく。突如としてソウルギア界隈に現れた謎の人物田中マモルによって率いられる惑星の一族を裏切った有力者を含む3つのチームは恐るべき快進撃を続け、ソウルランナーとソウルカードを除く三種目でAランクの頂点を俺達から奪い去った。

 

 今現在、惑星の一族は大いに荒れている。俺は落伍者なので直接には言われないが、トウカ様は頂点を維持し続けているのにも関わらず、一族の大人達やお父さ……いや、当主様にかなり強い叱責を受けているらしい。

 だからこそ今、一族の子供達は力を貪欲に求めている。もちろん俺もだ。このチームで一番のお荷物である俺は一刻も早く強くならなくてはいけない。トウカ様の……姉さんの足を引っ張るなんて論外だ。

 

「それを受けて田中はこう宣言した。一週間……たった一週間で自身の力を証明する事が出来ると。トウヤ、お前の力を一週間である水準まで引き上げて見せるそうだ」

 

「い、一週間で?」

 

 マモコさんが俺を鍛える契約、まさかみんなの前でこんな大々的に発表するとは思わなかった。

 それに、やる気はあるけど、いくらなんでも一週間は……

 

「ククッ、面白えなあ田中ァ! コイツをたったの一週間でどれほど強くしてくれるってんだァ! 今までウダウダしていたコイツをよォ!? 低学年のガキ共と渡り合えるぐらいかァ!?」 

 

「レイキ……」

 

 レイキがマモコさんに向かって吠える。苛立ちの感情を微塵も隠さずに大声で問いかける。

 

「フフッ、アナタに勝てる程度よ冷泉君」

 

 ……え?

 

「アァん? テメェ、今なんて言いやがった?」

 

「アナタに勝てる程度の強さと言ったのよ、聞こえなかったかしら? 私が一週間でトウヤ君をアナタに勝てるように鍛え上げて見せるわ」

 

 俺がレイキに勝つ? たったの一週間で?

 

「ククッ……冗談もここまで突き抜けると笑えるぜ。そうだよなぁお前ら! そう思うだろうトウカ様よォ!」

 

 レイキの声が体育館に響く、みんなは複雑な表情で沈黙を保ったままだ。その様子は、レイキの発言に反論の余地が無いことを物語っている。

 

「あら、怯えているのかしら冷泉君。トウヤ君が強くなってしまうのがそんなに恐ろしいの?」

 

「ま、マモコさん」

 

 レイキを挑発する様な発言をするマモコさん、制止の意味を込めて名前を呼ぶ。

 

「オイ田中ァ! その冗談は面白くねえぞ」

 

「フフッ、私は冗談は得意じゃないの、ごめんなさいね。冷泉君、アナタもチームの皆も気付いてはいるのでしょう? トウヤ君が秘めている力に。アナタ達は付合いの長い幼馴染ですものね、分からない筈がない」

 

 秘めている力か……そんな物が俺に残っているのかな?

 昔は当たり前の様に側にあった機体の声、今ではまったく聞こえて来ない。

 

「ハンッ、確かに昔のコイツは骨がある奴だったよ!! だけど今じゃすっかり腑抜けになっちまった!! もう四年間ずっとなァ!! たった一週間でそれが――」

 

「そこまでだ二人とも! これ以上言葉を並べても無意味だ!」

 

 熱を帯びる二人の口論を、トウカ様の一喝が中断させた。

 

「フフッ」

「チッ……」

 

「田中の提案の真偽は、実際にバトルしてみれば明らかになる。違うかレイキ?」

 

「……違わねえよトウカ様。実際にやり合えばハッキリするのは間違いねえ。だが、アンタは本当にそれでいいのか? こんな結果の分かりきったバトルを許可すんのかよ?」

 

「ああ、私は田中の提案を信じる事にした」

 

「そうかよ、なら俺はその判断に従うまでだ……いいぜ、バトルしてやるよ」

 

 レイキがバトルに同意した。俺は――

 

「トウヤ、お前はどうする? ランナーバトルはランナー本人が同意せねば始まらない」

 

「トウカ様……俺は、俺はやります! 一週間後に強くなった俺をみんなに見せます!」

 

 契約したんだ。覚悟は出来ている。

 

「トウヤ……分かった。バトルは一週間後、同じ時間にこの場で行う。トウヤ、期待しているぞ」

 

「ッ!? はい!」

 

 姉さんが俺に期待してくれた! 絶対に応えてみせる!

 

「田中、後は任せるぞ。体育館の使用は――」

 

「安心して、遅くなる前には切り上げるわ」

 

 ただでさえ一週間なのに遅くまで鍛錬しない? 一体どんな方法を……まったく想像が付かない。

 

「では、トウヤ以外の者は私について来い、まだPTA共がこの町に潜んでいる。手分けして町をパトロールするぞ」

 

 レイキを除くチームのみんなは、戸惑いと心配の表情を俺に向けながらもトウカ様の命令に同意の言葉を発する。

 そして、トウカ様に追従して体育館を出て行く。

 

「トウヤ、俺は加減なんてしねぇ。せいぜい足掻けよ」

 

 すれ違い様に、レイキは俺に目も合わせずにそう呟いた。

 

「レイキ……分かっている、待っててくれ」

 

 返事は無い。レイキは僕を一瞥する事もなく去っていく。きっとアレはアイツなりの激励だ。長い付き合いの俺には分かる。

 誤解されやすい奴だが、レイキは情に厚い。まだ俺なんかにも期待を残してくれている。

 

「さて、トウヤ君。不意打ちみたいな形になった事は謝るわ。でも、覚悟はできているんでしょう? さっそく始めましょうか」

 

 二人きりになった体育館で、マモコさんが静かにそう問いかける。

 

「ああ! もちろんだよ! 始めようマモコさん!」

 

 俺は……俺は変わってみせる! みんなの役に立てるような強い自分に!

 

 

 

 

 

「うーむ……」

 

 体育館でのトウヤ君育成計画発表から6日後の夜、僕は自室の机で送られて来た資料を読んで唸っていた。

 

「おいマモル、例のバトルは明日なんだろう? そんなに悩んでいて大丈夫なのかよ、もしかして上手く行かなかったのか?」

 

 人のベッドで勝手にくつろぐユピテル君が唸る僕に声をかけて来る。

 

 この背後霊はせっかく用意した彼用の部屋を使わず、もっぱら僕の部屋でダラダラと時を過ごし、加えプカプカと浮かびながら就寝までしていく。

 だが、ユピテル君は寝相が悪く、偶に人の上に乗っかって寝ている時がある。

 そんな日の朝は、重さでうなされ目覚めがイマイチ、疲労の回復も悪い。もしかしてこれも一種の取り憑かれている状態なのだろうか……

 

「大丈夫、大丈夫。なにも問題はないさ、全て想定の範囲内で作戦は進んでいるよ」

 

「ふーん……まあ、俺用のソウルメイクアップを中断してまで凍咲トウヤの修行に集中してたんだから当然だな。で? アイツはどれくらい強くなったんだよ?」

 

 ここ最近のユピテル君はご機嫌ナナメだ。

 

 他者へのソウルメイクアップはかなり消耗するので、現時点では一日一人にのみ使用するのが限界だ。慣れて来ればもう少しイケそうだが……少なくとも今は無理だ。

 よって現在、ユピテル君への就寝前のソウルメイクアップは中断中、それが原因で彼はすっかり拗ねてしまっている。好物の和菓子をお土産に帰っても中々許してくれない。

 

「トウヤ君は……そうだなあ、大体Aランク一歩手前ぐらいには強くなったかなぁ?」

 

 初日と比べるとかなり機体の操作がスムーズになった。クソ雑魚ナメクジから、そこそこ強いモブ程度にはランクアップしただろう。

 

「はあ? 対戦相手の冷泉レイキはチームで天王トウカに次ぐ実力者だよな、それで勝てるのかよ?」

 

 うーん、それは……

 

「たぶん……キツイかも?」

 

「おいおい!? お前が自分で一週間で勝てるってタンカ切ったんだろ!? なんか特別な方法があったんじゃねえのかよ!?」

 

「いや、トウヤ君に施したソウルメイクアップはユピテル君に施したのと同じだよ。彼の身体に触れてソウルに呼びかけ、彼の可能性を引き出す手伝いをするだけさ。トウヤ君なら一週間でもう少し強くなるかなあって思ってたんだけど……」

 

 僕とトウヤ君が手を繋ぎ、ソウルメイクアップを施した後に、その可能性のイメージを逃さない内に僕とランナーバトルをする。ここ一週間で行ったのはその繰り返しだ。

 だが、予想してたよりも、トウヤ君の実力は伸びなかった。

 

 今までと比較すれば驚異的な成長速度ではあるのだろうが……どんなに甘く見積もっても、冷泉君に勝てる程の実力には届いていない。

 

「おい、強くなる確信があったから一週間って自分で宣言したんだよな?」

 

「いや、一週間って言った方がインパクトがあって格好いいし……多分イケるかなぁと……」

 

「お、お前なあ、それじゃあ凍咲トウヤが可哀想だろうよ。そんな適当だと、クリスタルハーシェルの奴等と天王トウカからも信用されなくなるぞ?」

 

 いや、分かってるよ? もちろんそれは分かっている。

 

「それがさ、ヒカリちゃんに聞いたんだけどトウヤ君には幼少のトラウマがあるらしくて……なんでも昔、ランナーバトルの練習中に加減を間違えてヒカリちゃんの腕を傷付けちゃったそうなんだ。今でも傷が残っているのを見せてもらったよ、どうやらそれ以来思い切りよくランナーバトルが出来なくなったそうなんだ」

 

 ヒカリちゃんの右の二の腕には、割と大きめの傷が刻まれていた。

 聞いた話では、練習していたのはソウルワールドではなく普通のバトルフィールドだったらしい。

 つまり、トウヤ君は幼少の頃は相手のソウル体すら飛び越え、その先の相手の肉体の情報にまで己のソウルを浸食させる程の力を持っていたと言うことだ。

 

 それ程の才能の持ち主ですら、心の持ちようであそこまでヘナチョコになる。やはりソウルバトルにおいてメンタルの強さは非常に重要な要素だ。

 そうだな、ソウルギア使いにおいて重要な要素を順位をつけるなら、才能、メンタル、口喧嘩の強さ、技術、知識……って順番な気がする。

 あくまで個人的な所感だけどね? フフッ、僕は全て兼ね備えているから凡人の悩みは分からん……知識はちょっと怪しいけどね。

 

「ふーん、まあ、ユキテルの奴もマモルに会う前まではそんな感じだったしな。じゃあ今回は勝てなくても取り敢えず一歩前進したって事で納得する感じか?」

 

 まったく、最近のユピテルくんはすっかりバーサーカーソウルを失ってしまったな。そんな、ナアナアな結末を予測するとは……嘆かわしいぞ。

 

「フフッ、僕はやると言ったら必ずやる男だよユピテル君。そして僕は全ての勝負事に勝利する男さ。勝算が無いのに無茶な提案をする訳ないだろう? とっておきの作戦があるのさ」

 

 この前母さんと食事をした時、ソウルメイクアップについて色々と教えて貰った。最初は渋っていたがどうしても必要だと食い下がったら色々と応用方法を教えてくれた。

 そして、いざという時に使いなさいと餞別までくれた。修行と役目以外の部分では、意外と押しに弱い所は変わっていない。

 

「へぇー、じゃあ今机に拡げてるのがその作戦に関わる資料か?」

 

「いや、これはナガレ君が送ってくれたソウルスッポンの養殖に関わる資料だよ。絶対に儲かる話を特別に教えてくれたんだ」

 

 いやー、流石ナガレ君だ。こんな素晴らしい儲け話を持ち掛けてくれるなんて……やっぱり持つべきものは友だね。僕らのソウルの絆は本物だよ。

 

「なあ、マモル。俺はそういうのに詳しくないけど……それって騙されてないか?」

 

 騙される? この僕が? 

 

「嫌だなあユピテル君、この僕に限って騙される筈がないだろう? それにこれはナガレ君の“ネオ・ブルー・アクアα”で生み出したソウルたっぷりの水を使って養殖するソウルスッポンだよ? 絶対に売れるさ、僕のソウルがそう囁いている」

 

「そ、そうか?」

 

 そうそう、僕の相棒達もそう思うだろう?

 えっ、ちょっと怪しい? ハハッ、心配症だなあ。

 

「去年もソウルしいたけの養殖に出資したけど、大成功って話だよ? ソウルたっぷりって評判でバカ売れだってさ、送られて来たしいたけをユピテル君も撚糸町の僕の家で食べただろ?」

 

「あーそう言えば去年、マモルの家で食ったな。確かに肉厚で旨かったけど……それでどれくらい儲かったんだ?」

 

「配当はまだ僕の手元には来てないから分からないよ。それにソウルしいたけで得た利益でソウルスッポンの養殖場を作るって話だからね。もう一年もすれば百倍にして返すってさ。そもそもの元手はカイテンスピナーズが大会で手に入れた賞金の内の僕の取り分だから僕の懐は痛まない。僕はただ送られて来る書類に判子を押すだけっていう夢の様な儲け話さ」

 

 お金っていうのは一番最初に出て行って、一番最後に戻って来る。ナガレ君はそう言っていた。

 割と大量に書類が送られてるし、書かれている内容もお固くて難しいから半分も理解出来ないけど……ナガレ君もミカゲちゃんも取り敢えず指定した所に判子を押せば問題無いって言っていた。なにも心配はいらない。

 

「マモル……もし、お前が家を追われて路頭に迷う事があっても、俺は付いて行ってやるからな。その時は闇ソウルバトルで路銀を稼いで一緒に暮らそうぜ……」

 

「ん? ありがとうユピテル君?」

 

 なんか急に優しくなったぞ? そうか、僕が億万長者になりそうだから擦り寄っているのか。

 ははーん、更に高級な和菓子を強請るつもりだな? まったく卑しん坊め、儲けが出たらそれぐらいは買ってやるぞ♡

 

「さて、これで分かっただろうユピテル君? 僕はソウルバトルだけでなく、あらゆる物事において抜かりはないのさ。明日帰って来たら作戦が大成功した話を聞かせてあげよう。そして、天王さん達の信頼を得られればユピテルも学校に連れて行けそうだよ。楽しみにしていてね」

 

 フヒッ、この舞車町の権力者である天王さんと仲良くなれば色々と融通が利くようになるはずだ。背後霊の一匹や二匹、校則の捻じ曲げで小学校への同伴が可能になるだろう。

 

「そうか、ありがとうな……無理はするなよマモル、一緒に強く生きような?」

 

「はは、当たり前さユピテル君。生きてるって本当に素晴らしいよね!」

 

 はあ~早く不老不死になりてえ、一生死なずに生きてえ……

 

 加えて億万長者になり、人生を面白おかしく生きたいぞ♡ 不労所得で悠々自適な生活……いいね。

 

 ぐふふ、その為の準備はこうやって進めている。僕の素晴らしくも慎ましい夢の実現に向かって一歩一歩確実に進んでいる。

 

 その為にまずは明日だ! 

 

 明日のランナーバトルで、トウヤ君が冷泉君をギッタンギッタンのメッタンメッタンのケッチョンケッチョンのボッコンボッコンにのして勝利すれば、僕の天王さんからの信頼度と好感度はうなぎ登りでヤンス!

 

 フフッ、私の願いの為に……ちゃんと契約を果たしてねトウヤ君♡

 

 

 

 



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超絶進化!! 叫べ僕らのエボリューション!!

 

 

 レイキと俺のバトルが決まった一週間後、放課後の第三体育館の控え室。

 そこで俺は、相棒であるサテライト・オベロンの最後の調整を行っていた。

 

 もうすぐバトル開始の時刻だ……遂にこの時が来た。

 

 マモコさんのソウルメイクアップと呼ばれる秘奥を使った一週間の修行は、俺を確かに強くしてくれた。

 マモコさんの手の平を伝わって来るビリビリとした感覚が俺の中にある様々な可能性を心の中に映し出した。

 その感覚を忘れない内にマモコさんとランナーバトルをする修行は、今まで俺が試してきたどんな鍛練方法よりも効果的な物だった。

 

 だが……足りない。同じチームのメンバーとして、俺はレイキの戦う姿をこれまで間近で見てきた。アイツの実力は誰よりもよく知っている。

 だからこそ理解出来てしまう、確かに強くなった俺のランナーとしての実力は、レイキに勝てる程の水準には達していない。

 

「トウヤ君、具合は悪くない? 本当に大丈夫?」

 

 ヒカリが不安そうに俺に声をかけて来る。心底辛そうな表情は、俺なんかよりもよっぽど具合が悪そうに見えてしまう。

 

 そんなヒカリを見ると、心配の感情と共にどこかおかしさを感じてしまう、自分よりも緊張している人を見るとかえって落ち着くというのは本当の事だった。

 

「大丈夫だよヒカリ、心配はいらないよ……見ていてくれ」

 

「うん、無理はしないでね? もしも怪我したら私が治すから……」

 

 控室を後にして、バトルフィールドへと続く通路を歩む。

 

 プラネット社が多額の支援をしているこの小学校はあらゆる施設が本格的で、この第三体育館も公式のバトルドームと遜色の無い造りになっている。

 

 その途中で、ここ最近ですっかり見慣れた人物が壁にもたれかかっていた。

 

「フフッ、トウヤ君。いよいよ始まるわね、気分はどうかしら?」

 

「マモコさん……そうだな、少し緊張してるよ」

 

 マモコさんは相変わらず堂々とした佇まいだ。不思議な力強さと自信に満ちたソウルを感じる。

 

 マモコさんは凄いランナーだ。No.1ランナーであるトウカ様と互角……或いはそれ以上の力を持っているかもしれない。

 そんな彼女が、俺の現在の実力を推し量れない筈がない。このままじゃレイキには勝てないであろう事が分かっているはずだ。

 

 それなのにこの落ち着き様、一週間前にみんなの前で発言した時と一緒で俺の勝利を疑っていないかのような態度。

 一体彼女にはどんな未来が見えているのだろう? バトルの先に待つものが分かっているとでも言うのだろうか?

 

「そしてこう思ってもいるのでしょう? 確かに強くなったけど、まだ冷泉君には敵わないって」

 

「……うん、その通りだよ」

 

 やはりマモコさんもそれを理解している。それなら一体なにを考えているのだろう。

 

「そんなトウヤ君に今回の修行の最後の仕上げよ。これを受け取ってちょうだい」

 

「これは……ソウルストーン?」

 

 マモコさんが手渡して来たのは、ビー玉程のサイズで黄金の輝きを放つ結晶の様な物体。

 間違いない、ソウルストーンだ。一般には流通していない、ソウルギアのコアとなりうる唯一の物質。惑星の一族でも限られた者しかその産出地を知らない、神秘のベールに包まれた鉱石だ。

 

「そのソウルストーンは私がお母様から託された物……そして、それには強力なソウルメイクアップの力を込めてある。アナタに今まで施して来た可能性を想起させるものではなく、アナタのソウル体そのものを変化させる力よ。もしもバトル中に追い詰められたら使いなさい」

 

 マモコさんがお母さんから? いや、それよりも……

 

「ソウル体を変化させる? そんな事が……でも、それにしたってランナーバトル中にこれを使うのは……」

 

 反則……か? いや、そんな特殊なケースはルールブックには記載されてはいない、微妙なラインではあるが厳密には反則とは言えないだろう。

 だが、ルール抜きにしてもそんな事をしてバトルに勝っても純粋に俺の力で勝利したとは言えない。とても正々堂々とした振る舞いとは言えず、みんなに胸を張れない結果となるだろう。

 

「フフッ、トウヤ君。アナタに足りないものは覚悟よ。今のアナタに欠けているピースは覚悟だけ、その意味をよく考えてね?」

 

 そう言ってマモコさんは俺に背を向けて歩き出す。

 

 覚悟……俺に足りない物? それはつまり、弱い俺は、どんな手段を使っても勝利を手に入れろ言う事か?

 

 そんな……そんなものが覚悟だと言うのか? マモコさん、君は……

 

 

 

 怒りとも悲しみの入り交じった感情を抱え、バトルフィールドへと到着する。

 体育館には、既にレイキと審判役のトウカ様がそこには立っていた。

 

「へっ、随分と湿気た面してるじゃねえかトウヤ。土壇場で怖じ気付いたか? どうする、棄権でもするか」

 

「レイキ……俺は覚悟出来ているよ。覚悟が足りない筈がない、俺はやれる!」

 

「面白え! それでこそだ!」

 

 ポケットの中のソウルストーンを握り締めて答える。こんなものは使わなくても俺は……俺は勝利してみせる!

 

「二人とも準備は出来ているようだな! 両者がバトルに同意したものとみなす! ランナーポジションに付け! 今から冷泉レイキと凍咲トウヤのランナーバトルを始める!」

 

 姉さんの号令に従い、ランナーポジションに付く。

 そして、腰のホルダーから俺の相棒、サテライト・オベロンを手に取って構える。

 

「今回のバトルはソウルチャージ制限なし! フリーエントリーでノーオプションバトル! プラネット社公式シングルマッチレギュレーションルールで行う!」

 

 大丈夫だ。俺はやれる、やってみせる。

 

「どちらかの機体が戦闘不可能な状態に陥る! もしくはソウル体が完全破壊された時点で勝敗が決する! それ以外ではランナーが棄権しない限りバトルは終わらない! それでは両者ソウルチャージを始め!」

 

 試合前開始直前、十秒のソウルチャージタイムが始まる。俺はソウルをオベロンに集中させる……頼む、応えてくれ……

 

「十秒だ! ランナァーバトルゥー!!」

 

「冷氷纏いて疾走れ!! サテライト・ジュリエット!!」

「全て凍てつかせろ!! サテライト・オベロン!!」

 

「ファイトォ!!」

 

 勝つんだ……勝利してみせる!!

 

 

 

 

 

 バトルフィールドから少し離れたチーム用のベンチでは、僕含めて七人のランナーが二人のバトルを見守っている。

 僕とヒカリちゃんとヒムロ君、そして六年生の四天王達だ。

 

 四天王達はトウヤ君の修行が始まった次の日に、転校初日に屋上であった事を謝ってきた。そしてトウヤ君をよろしく頼むとも言っていた。

 ソウルの半分が優しさで出来ている僕は謝罪を受け入れ、トウヤ君の事は任せろと返事をした。

 まあ、許すとは言っても僕をブスと言った事は絶対に忘れない。僕はカワイイ……カワイイのだ。

 

「よし! 二人ともいいチャージインだぜ!!」

「うん、ブレのない綺麗なチャージインだね」

「ああ、特にトウヤは見違える程に力強いチャージインだ。流石だよ田中マモコ、僅か一週間であそこまでトウヤの力を引き出すとは……」

 

 えーと、確か四天王で一番強い……水色髪でロングポニテの……そうだツララさんだ。この人の名前は氷筍ツララさんだ。まだ四天王達との付き合いは浅い、顔と名前が一致しない。

 

「フフッ、私は少し手助けをしただけ、あのチャージインは彼の今までの努力が実を結んだものよ。基礎と言うものは一朝一夕で身に付くものじゃないわ」

 

「そうか……そうだな。トウヤが努力していたのは私達もよく知っているよ」

 

 まあ、僕はランナー歴3ヶ月未満だけどめちゃくちゃ強いけどね! 

 いやー、天才はなにをやっても完璧にこなしてしまう……申し訳ないでヤンス! 配慮してこれからは自主練の量を減らそっかなー? 毎日の素振りはお休みしちゃおっかなー?

 えっ、素振りは基本で大事だからサボるな? ごめんよ……

 

 バトルフィールドでは両者の機体が円を描くように走り回っている。あれだけ威勢よく叫んでいたのに互いの機体は未だ衝突していない。機体の走った後が氷の道となってフィールドを少しずつ埋め尽くしていく。

 互いに様子見って感じかな? トウヤ君はともかく冷泉君は不良の癖に消極的だな……

 

「静かな試合展開ね」

 

 一体どういう意図が……

 

「今のトウヤもレイキもどちらかと言えば勝ち筋を組み立て戦う理論派、まずは自分の軌跡を少しでも多く描いてフィールドを自分の有利な状態に持っていく。セオリー通りの動きだぜ」

 

「うん、私達クリスタルハーシェルの機体が描く軌跡が生み出す氷の道は、攻撃にも防御にも転用できる戦術の要。互いに同系統の能力なら、少しでも自分のソウルが籠もった氷を多くすれば多くするだけ今後の展開が有利になる」

 

「フフッ、そうね」

 

 危ねえ、適当な事を言う所だった。ヒムロ君とヒカリちゃんが解説してくれて助かった……

 二人に限らず、この世界のソウルギア使い達は観戦中にやたら解説してくる。

 なんでだろう? ソウルがそうさせるのかな? 試合展開が解りやすくて助かるけどさ。

 

 ソウルランナーはソウルスピナーと違って空間を満たすような力場を展開する事は出来ない。

 だが、走った軌跡に自分と機体のソウルに応じた様々な現象を起こす事ができる。クリスタルハーシェルのメンバーなら氷を生み出し、僕のプラチナ・ムーンは走った跡がキラキラ光る。

 

 ソウルランナーはソウルスピナーに比べて攻撃範囲が狭い代わりに、スピードと突破力に特化している。

 雑魚を纏めて倒すならソウルスピナーの方が便利かな? いや、奇襲と不意打ちならソウルランナーの方が適しているしなあ……やはり悪の組織にはどちらもブチ込むのが正解だね。

 

「行け!!オベロン!!」

「はっ!! 遅ぇよ!!」

 

 トウヤ君が大きな声で叫ぶ。機体が急激に加速して冷泉君のジュリエットへと突進するが、あっさりと避けられてしまった。

 

「まだだ!! オベロン!!」

 

 空振った突進の勢いを殺さずに、それどころかトウヤ君のオベロンはどんどん加速して速度を上げて行く。

 

 おい!? あれじゃあバトルフィールドの壁にぶつかるぞ!?

 

「あれはまさか!?」

 

 ヒムロ君が驚き叫んだ……と同時にバトルフィールドの氷の一部が隆起した。

 そして、オベロンはその隆起に勢い良く突っ込んで衝突……かと思ったら更に加速して反対方向へと飛び出した。

 

 あの隆起は氷で出来た道か!? 勢いを殺さずに反転する為に氷を隆起させて道を作ったのか!? 修行中にはそんな動きしてなかったぞ!?

 

「チィ!! ジュリエット!!」

「逃すなオベロン!!」

 

 ジュリエットの横っ腹に反転して勢いを増したオベロンの突進がクリーンヒット……かに思われたが直前にズラされた。

 だが、当たった事に代わりはない。この試合のファーストアタックをトウヤ君が決めて見せた。

 

「間違いない“クリスタルターン“だ! まさかトウヤがあの技を……」

「知っているの? 氷見君?」

 

 こういう時は聞くのが礼儀だ。

 

「ああ、クリスタルターンはトウカ様が編み出した必殺技だ。アタックを避けられてもそのまま加速して前方に氷の道を生成、機体を百八十度反転させて最短距離で再アタックを仕掛ける。強力だが、一歩間違えれば壁やフィールドの端に激突してダメージを受けてしまう諸刃の剣でもある技だ!」

 

 な、なるほど。トウヤ君はそんな技を……あの野郎、僕との修行の後にコソ練したな? ソウルメイクアップの後の身体とソウルは十分休ませろって言ったのに。

 

「行けるはずだ!! もう一度行くぞオベロン!!」 

 

 フィールドを旋回して、再びアタックを仕掛けるトウヤ君のオベロン。

 

「ククッ、なるほどなぁ……悪くねぇ、悪くねぇぞトウヤァ!!」

 

 一度目のアタックが避けられる、そして再び氷の道を利用したクリスタルターンが冷泉君のジュリエットを――

 

「だが甘ェ!! 二度は通用しねェ!!」

 

 クリスタルターンで再アタックを仕掛けたオベロンの進路上に、突如として氷の壁が出現した。

 

「なっ!? オベロン!?」

 

 オベロンはその壁を避けきれずに激突する。正面衝突は避けた為に機体は停止こそしていないが、明らかにダメージを負っていた。

 

「初っ端にクリスタルターンをかましたのは正解だ!! だがその中途半端な練度で二度も使ったのは悪手だぜトウヤァ!!」

「ぐっ!?」

 

 先程とは一転して、冷泉君は激しい攻勢を仕掛け始める。トウヤ君はダメージを負った機体で必死にその攻撃を凌いでいる。

 

「クリスタルステップはトウカ様のウラヌスのスピードで!! なおかつ連続で使用する事によって初めて必殺技足り得る技だ!! お前のオベロンのスピードじゃ初撃の奇襲ならともかく二度目は簡単に対処出来る!! こうやって進行上に障害物を置いてやるだけで終いだ!!」

 

 まあ、確かにあの程度のスピードならそうだな。僕も反転を見てからでも回避余裕だ。なんならカウンターを決めてやってもいい。

 

「お前もそれを理解していたはずだ!! 実力差のあるこのバトル!! 初っ端に全力の奇襲でダメージを稼ぐのがお前に取って一番現実的な勝ち筋だった!!」

 

 冷泉君は叫びながらガンガン攻める……様に見えて冷静なヒットアンドアウェイ、実に手堅い戦い方だ。

 

 トウヤ君とオベロンは少しずつだが確実にダメージを受けている。機体が傷つく度にソウル体であるトウヤ君も徐々にボロボロになっていく。

 

「そこまではいい!! だが、外した後にもう一度同じ攻撃を放ったのはお前の甘えだトウヤァ!! 俺のジュリエットに攻撃が掠ったから行けると思ったか!?」

「くっ、そんな……」

 

 冷泉君、めっちゃ語るなぁ……いいマウントの取り方だ。対戦相手のミスを激しく攻めたてるのは良く効くよね。

 

 相手がミスした時には鬼の首を取ったようにはしゃぐのが正解、相手の傷口にはモリモリ塩を塗りたくってやるのがソウルバトルの真髄だ。

 

 冷泉君の攻撃は続く、トウヤ君の機体とソウル体が更に傷付いて行く。

 トウヤ君はソウル量が多い方だから、ダメージを負っても簡単にはやられないだろう。ソウル量はソウルバトルにおいて耐久力に直結する。

 だが、勝負の流れは完全に冷泉君の物となった。このままではトウヤ君はジワジワとダメージを負ってそのまま敗北するだろう。

 

「レイキの必勝のパターンに入ったな」

「目にも留まらぬヒットアンドアウェイに加え、軌跡の氷から浸食する冷気を放って徐々に相手の動きを止める」

「オベロンが冷気に耐性があるとはいえ、この流れでは……」

「トウヤに勝ち目は無い、勝負は決まった」

 

 四天王達が口々に語る。確かにトウヤ君は敗色濃厚だろう。

 

「あの状態に入ったレイキを打ち破った奴はいない。残念だけどトウヤは……」

 

 ヒムロ君も複雑そうな表情でバトルを見守る。

 純粋にトウヤ君を応援出来る僕とは違って、ヒムロ君にとってはトウヤ君も冷泉君も大事な友達でチームメイトだ。複雑な気持ちにもなるだろう。

 

「トウヤ君……マモコちゃん、なにか手はないの? 一週間の修行でこの状況を打破するような特別な力を授けたんじゃないの?」

「ひ、ヒカリ? 近い、顔が近いわ……」

 

 詰め寄ってくるヒカリちゃんの圧が怖い……

 だが、心配はいらない。

 

「フフッ、トウヤ君に種は撒いてある。後は彼の覚悟次第よ」

 

「トウヤ君の……覚悟?」

 

 僕の発言に、ベンチのみんなの注目が集まる。この完全に不利な状態から逆転できる手段が思いつかないからだろう。

 

 ククッ、トウヤ君に試合直前に渡したソウルストーン。あれはこの前母さんに貰った物だ。

 自分のソウルを込めて願えば、使い捨てだがソウルの力を増幅する使い方も出来ると言って渡して来た。

 いざという時、自分の身を守る為に使いなさいと4つもくれた。

 

 そして僕はトウヤ君に渡したソウルストーンにはソウルメイクアップの力を込めた。ソウルストーンによって強力になった特別なソウルメイクアップだ。

 彼に一週間施して来た、可能性を想起させるだけの術とは違う。僕が自身に施しているソウル体そのものを変化させる物だ。

 もちろん、トウヤ君を女の子にする訳じゃない。そんな事をしても可能性は拡がるが、急激に強くなったりはしない。

 

 あのソウルメイクアップは、使用者のソウル体を十年ほど成長させる。母さんが僕を騙る為に幼い姿を映し出していたから、逆に成長も出来るのかと思ったが案の定だった。

 

 あれを使用すれば心はそのままに、ソウルが育ちきり技量も十分に兼ね備えた大人トウヤ君が姿を表すだろう。

 天王さんが言っていたが、どうやら大人になると、惑星の意志やソウルギアの声が聞こえなくなるみたいではあるが……ソウルメイクアップなら心はそのままだ。

 体は大人、頭脳と心は子供のパーフェクトトウヤ君が爆誕する。十五分程度の時間制限付きだけどね。

 

 もちろん僕は自分自身でこの特別なソウルメイクアップを試している。自分で使う分にはソウルストーンは必要無い。流石にトウヤ君をぶっつけ本番の実験体にはしない。

 だから、副作用は……ちょっとしかない。時間制限が来ると地獄の様な筋肉痛に襲われてしばらくソウルが操れなくなるが……些細な問題だ。

 

 そう、あれを使えば確実に勝てる! 眠った力が引き出された完全なトウヤ君が姿を現す!!

 

 反則? ルールブックにはソウルストーンやソウルメイクアップを使ってはいけませんなんて書いてありませーん。そもそもこのバトルは公式戦じゃないからセーフだよ? あれは合法ソウルストーンだよ?

 

「さあ、アナタの覚悟を見せてちょうだい」

 

 フィールドでは、ボロボロになっていくトウヤ君が見える。その表情に諦めは見えないが、明らかに葛藤が浮かんでいる。

 

 フヒッ、悩んでいるんだろう? 僕の渡したソウルストーンを使うかどうか悩んでいるんだろう?

 

 使え!! ソウルストーンを使うのだ!! 君は追い詰められている!! 反則がどうとかちっぽけなプライドなんて捨ててソウルストーンにその身を委ねろ!!

 

 使えば僕のソウルメイクアップは君に無敵の力をもたらす!! ソウルストーンに勝ちたいと願うのだ!!

 

 圧倒的な力で相手を打ちのめす経験を得れば君は強くなれる!! 実際に力を振るう経験を得れば君は自力でも強くなれる!! 一度力を振るう感覚を体験すれば成長は容易だ!!

 

 今は圧倒的な力に酔いしれろ!! 勝利の美酒を飲み干してしまえ! 勝つ為の経験は勝利の中にこそ存在する!! 目の前の勝利を掴み取れ!!

 

 どんな手を使ってでも勝てば良かろうなのだ!! そうだ!! 君の覚悟を見せてくれトウヤ君!! 我が力を受け入れるのだ!!

 

 

 

 

 

「どうしたトウヤ!! お前の修行の成果はお終いか!? それならこれ以上機体を傷付ける前にサッサと棄権するんだな!!」

「ぐっ、くそ……」

 

 駄目だ。レイキのジュリエットのヒットアンドアウェイに為すすべもなく傷付けられる。

 時間が経てば経つほどに浸食する氷から発生する冷気のせいで動きが鈍っていく。

 

 負ける……俺は負けるのか? やっぱりたった一週間程度でレイキに勝とうなんて……

 

 そんな弱気になる俺に、熱い感触が届く。

 

 これはポケットのソウルストーン? さっきマモコさんに渡されたソウルストーンが熱を帯びている?

 

 そうだ、これを使えば勝てるはずだ。さっきマモコさんはこれはソウル体を変化させる力を持つって言っていた。

 

 俺の、弱い俺の姿を捨てて強い自分に……

 

 ふと、視線を感じた。トウカ様……いや、姉さんの視線だ。

 

 審判をしている姉さんは、無表情を保っている。

 だが、その瞳は揺れていた。俺の事を様々な感情の込められた瞳で見つめている。

 

 そしてバトルフィールドの向こう、レイキに視線を向ける。

 

 サングラスなのでレイキの視線は分からない……だけど、こうやって久しぶりにランナーバトルをしていると感じる。

 ソウルから伝わって来るのは怒りだけではない、なにかを期待しているようなそんな感情が伝わって来る。レイキ……

 

 ベンチにも目を向ける。

 

 ヒカリとヒムロが、ツララさんがヒサメさんがミゾレさんがアラレさんがこちらを見ている。俺とレイキのバトルを見守っている。

 

 みんなの前でソウルストーンを使う? みんなの気持ちを裏切る様な行為を? そんな事が許されるのか?

 

「さあ、アナタの覚悟を見せてちょうだい」

 

 俺の耳に、マモコさんの声が届いた。

 

 覚悟? 俺に足りない最後のピース……覚悟。

 

 試合の前はどんな手を使っても勝てと言う意味と捉えた。

 だが、よくよく考えてみればマモコさんがそんな事を言うはずがない。あの発言は明らかにおかしかった。

 

 ……そうか、そういう事かマモコさん。

 

 君がこのソウルストーンを渡した意味、俺に足りない覚悟。その意味が分かったよ。

 そうだな、レイキもさっき言ってたよな……甘えだ。俺は甘えていた。

 

 自分を隠したままに強くなろうなんて虫が良すぎる。それじゃあオベロンの声が聞こえないのも当然だ。

 そしてベンチに向き直り、俺はポケットからソウルストーンを取り出す。

 

「分かったよマモコさん!! 俺に足りない覚悟の意味が!!」

 

 突如バトルフィールドから背を向け叫びだした俺に、その場の全員が虚を突かれた様に驚く。だが止まるわけにはいかない。

 

「フフッ、理解できたのね? そう、それを使っ――」

「曝け出すのを恐れ!! 現状に甘える俺の心!! それを自覚させる為に君は俺にソウルストーンを渡したんだね!! ありがとうマモコさん!! 俺は自分の甘えに気付いた!! 覚悟はできたよ!!」

 

 ソウルストーンをマモコさんに向かって投げる。これはもう必要無い。

 

「いでっ!?」

「そしてヒカリ!! 俺はヒカリに伝えなきゃいけない事があるんだ!! 聞いてくれ!!」

 

「と、トウヤ君? 伝えなきゃいけない事って――」

 

 俺はもう自分の心に嘘を付かない!!

 

 

 

 

 

 あ、あの野郎ソウルストーン投げやがったぞ!? 急に投げるからビックリして受け取り損ねたじゃないか!! 

 

「ヒカリ!! 俺はあの時!! 君の右腕を傷付けてしまったあの日に――」

 

 ん? なんだなんだ? 例のトラウマの奴か。

 

「傷付くヒカリを見て美しいと感じた!! 優しくて可憐な君が痛みによって見せた剥き出しの表情を美しく感じたんだ!! あの時の俺は罪悪感を感じながらも……その表情をもっと見たいと思った!!」

 

「えぇ……?」

 

 な、なにを言い出すんだトウヤ君? 正直ドン引きだぞ? 

 ほら、みんな固まっているよ……空気がヒエッヒエだよ。

 

「俺はその衝動を恥じた!! あれ以来俺は自分の気持ちに嘘を付いて生きてきた!! そしてソウルランナーの声も聞こえなくなって……俺はドンドン弱くなった。自分を偽ったばかりに……」

 

 お、おう? そうなのか?

 

「だけど俺はもう自分の気持ちを偽らない!! 俺は自分の衝動に嘘をつかない!!」

 

 いや、それはそれでどうかと思うけど……

 

「俺は!! 人が痛みによって見せる真実のソウルが見たい!! 特に女の子の!! ヒカリや可愛い女の子の痛みに耐える表情が!! 涙で潤んだ美しい瞳が見たいんだ!!」

 

 …………こういう時、どういう表情をすればいいんだろう?

 

 第三体育館は静寂に包まれた。よく見るとレイキ君も完全にフリーズしている。オベロンもジュリエットもバトル中なのに停止している。物理的ではなく精神的に凍てつかせるとは……

 

「トウヤ君……」

 

 ヒカリちゃんが静かにトウヤ君の名前を呟いた。

 

 やばいぞ!? なんか僕のせいでトウヤ君がおかしくなったみたいに思われるんじゃないか!?

 

「ひ、ヒカリ? トウヤ君はバトルの興奮で少し錯乱して……」

 

「私……嬉しいよ! ようやく、ようやく正直に話してくれてたんだね! トウヤ君が私をそういう風に見ていたのはずっと分かっていた! でも、直接口に出して伝えてくれるのをずっと待っていたの……」

 

 あっ、そうか。ヒカリちゃんは相手の望みが分かる。トウヤ君の望みもバレバレだったのか……

 

 えっ、それでいいの!? 嬉しいのかそれは!? 今のカミングアウトで感動したの!? 喜びの涙かソレ!?

 

 するとヒカリは上着を脱ぎ出し、二の腕を露出して見せる。白くて綺麗な肌に痛々しい傷跡が残っている。

 

「私も本当の事を言うね! 本当はこの傷は私の癒やしの力で綺麗に治せるの! でも、この傷を見る度にトウヤ君が私の事を特別な気持ちで見てくれるから、そのままにしていたの……ごめんねトウヤ君……トウヤ君の視線が心地良くて」

 

 みるみる内に消えていくヒカリちゃんの傷跡……なんじゃこりゃ?

 

 なんだ? コイツラは何を言っているんだ……理解できん、僕の脳が理解を拒んでいる。ウゴゴ……人間とは一体?

 

「ヒカリ、謝るのは俺の方だよ……今までゴメンな」

「トウヤ君……」

 

 いや、バトル中だぞ? イチャつくなよ、この倒錯者共が……

 

「うぅ、ようやくか。トウヤ、ヒカリ……良かったなぁ」

「トウヤ、ヒカリ……言えたのね」

「ふふっ、なんか懐かしいな」

「うん、昔のトウヤを思い出すね」

「でも、少し男らしくなった」

 

 隣で泣き出したヒムロ君、四天王達も涙ぐんでいる。

 感動する場面かコレ? そういう微笑ましい気持ちで見ていいやつかな?

 

「なっ!? この光はまさか……」

 

 天王さんの驚きの声に、僕達はバトルフィールドへと再び視線を向ける。

 

 そこには光に包まれるトウヤ君のサテライト・オベロンの姿があった。

 あっ、この光は何回か見た事が……

 

「間違いない、サテライトオベロンが……」

「機体が進化してやがる!? しかもこれは……」

 

 やっぱり機体がパワーアップして進化する時の光だ。

 

 かつての仲間たちはピンチになるとよくこうやって機体を進化させていた……しかし過去最低のパワーアップイベントだぞ。

 

 光が止むと、そこには大きくフォルムを変えたトウヤ君のオベロンがあった……青を基調としたデザインは白へと変化し、黄金の縁取りと装飾が追加されている。

 大分変わったなあ、殆ど別モンだぞ? サイズもひと回り大きくなった。

 

「声が聞こえる……そうか!! お前の新しい名前はウーラノス!! 天王星の意思を宿し天を司るプラネット・ウーラノスだ!!」

 

「サテライトシリーズがプラネットシリーズへと進化した!? あり得ない……サテライトシリーズのソウルコアに含まれるプラネテスエレメントは20%以下だ。まさか……トウヤのソウルがプラネテスエレメントを生み出した!? それならばシン・第三惑星計画とは……」

 

 なんか天王さんがブツブツ言ってる……トウヤ君のカミングアウトがショックでおかしくなったか?

 

「ヘヘっ、面白え!! 最高だぜトウヤァ!! そうだ!! それでこそお前だ!! そうでなくちゃ俺の気持ちが報われねえ!! 決着をつけるぞ!!」

「ああ!! レイキ!! 偽りの無い俺のソウルを受け止めてくれ!! バトルを再開しよう!!」

 

 二人のソウルがどんどん高まっていく。特にトウヤ君の高まりは凄えな、見ててヒヤッとするくらい強力なソウルだ。

 ……やっぱり色々と曝け出した奴は強いのか? 失うもんが無いと無敵か?

 

「問いかけろ!! サテライト・ジュリエットォ!!」

「天を統べろ!! プラネット・ウーラノス!!」

 

 二人の機体があらん限りのソウルを纏って正面から激突する。

 

 結果は……圧倒的だ。ジュリエットは吹っ飛んで戦闘不能となり、冷泉君はソウル体を破壊されて生身へと戻った。

 

 トウヤ君の勝利だ。機体を進化させたトウヤ君は逆転勝利を掴み取った。

 

 うわぁ、レイキ君だいぶ吹っ飛んだな。トウヤ君のウーラノスは恐ろしい威力だ。このヤバさはミナト君のメルクリウスを思い出す。ううっ、古傷が……

 

「サテライト・ジュリエット戦闘不能!! このバトルは……凍咲トウヤの勝利だ!!」

「レイキ!!」

 

 審判の天王さんがトウヤ君の勝利を宣言する。

 

 それと同時にトウヤ君は吹っ飛んだ冷泉君に向かって走り出した。少し遅れて天王さんも駆け出す。

 ベンチのみんなも駆け出したので取り敢えず僕も後に続く。ヒカリちゃんならケガしてても癒やしの力で治せるけど……一応僕も見てやるか。

 

 みんなに追いつくと、トウヤ君が横たわる冷泉君に寄り添い。ヒカリちゃんは既に癒やしの力を冷泉君に施していた。

 

「レイキ、大丈夫か? 気分は……」

「へっ、体は多少痛むが気分は悪くねえよ。トウヤ、お前の最後の一撃、昔を思い出したぜ、お前はそうでなくちゃな……」

 

 ……何故かいい感じに和解しそうだな。トウヤ君のカミングアウトついでに愛しのヒカリちゃんもおかしい事が分かって錯乱してるのか?

 

「レイキ、お前のこれまでの怒りも、今満足しているのも嘘じゃないのがソウルを通して分かる。レイキ、お前は今までなにを望んで、なにに怒りを覚えていたんだ? 教えてくれないか?」

 

 うわ、それを聞いちゃうのか? 敗者にムチ打つとは容赦ねえなトウヤ君、ドS過ぎるだろ……

 

「へっ、くだらねえ嫉妬だよ。強いお前の側にいるなら納得出来たんだ。ウダウダと迷って足踏みしているお前に……お前から離れないのに腹が立った。俺の方が強いのになんでトウヤを選ぶんだってな、なんでトウヤの側にばかりいるんだって……」

 

 悲しいけど強さだけじゃ人は付いて来ないからなぁ……僕みたいに愛しさと切なさと心強さを兼ね備えていないとモテモテにはなれない。

 まあ、ヒカリちゃんの事はスッパリ諦めるのが吉だ。モンスターはモンスターと結ばれた方が世界の為だろう。危険な二人には周囲に被害が及ばないように二人きりの世界で特殊な愛を育んで貰おう。

 

「俺は……ヒムロが弱いトウヤの側にいる事に嫉妬してたんだよ! へっ、女々しくて笑えるよな……」

 

 んあっ!? そっち!? 気にしていたのはヒカリちゃんじゃなくてヒムロ君なの!?

 

「笑ったりしないよレイキ。話してくれてありがとう」

 

 友情的な意味だよな? まだ小学5年生だもんね? 微笑ましい子どもの嫉妬……そういう事にしておこう。

 

「レイキ! 俺だって寂しかったぜ! 昔はどこに行くにも四人一緒だったのにお前は離れちまってよ……これからはそんなことないよな?」

「ヒムロ、俺は……」

 

 うーん、ヒムロ君はピュアな小学生だ。その純粋な気持ちを忘れないで欲しい。四人の中で唯一の良心の気がする。

 

「そうだよ! 私達はもう自分に嘘は付かない! また四人で仲良く出来る! そうだよね?」

「ああ、ヒカリの言う通りだよ。俺達は……気持ちを打ち明け合った。また昔みたいに戻れるさ」

 

 打ち明け合った? 間違ってはいないのかな……なんか違うような気がする。

 

「へっ、甘ちゃんな所はそのままかよ」

 

 憎まれ口を叩きながらも、冷泉君のサングラスからは涙が溢れている。

 うーん、予定とは大分違うけど取り敢えず丸く収まったかな?

 

「無事に仲直り出来たようだな。私は嬉しい。チームのリーダーとして、お前達の姉としてもな。私はどうにも出来ない現状を見て見ぬ振りして来た。忙しさを言い訳にして。でも、本当はどうすればいいか分からなかっただけなんだ……すまない」

 

「姉さん……」

「トウカ様……」

 

 いやいや、天王さんは小学生なのに気負い過ぎだ。舞車町の平和を守る為に天王さんは十分に良くやっているだろう。そこに加えて弟達の人間関係まで完璧にケアするのは流石にキツイはずだ。そもそも前者は子どもに任せる仕事ではない。

 

 なにもかもを完璧な奴なんていない……僕以外はね♡

 

「お前達は田中の力を借りはしたが、一度綻んだ絆を再び取り戻した。それは一度も壊れた事の無い物よりもずっと強い。きっとお前達ならこれから先に、再び絆が揺らぐ事があっても必ず乗り越えられる。私はそう信じるよ……お前達は私の誇りだ」

 

 いい事言うなあ、やっぱりカリスマがあるよ。やっぱり天王さんは永遠に椅子から切り離しておいた方がいいな。

 

「そうだな、私もお前達に偽るのは辞めよう……実は私は信頼する相手にいじめられるのが好きなんだ。お尻とか叩かれると凄い嬉しい」

 

 おい!? なんでもかんでもカミングアウトすればいいって訳じゃねえぞ!? 

 

「わ、私は男の子達が仲良くしてるのを見るのが好きだ!! 実はそういう漫画を執筆している!!」

「私は女の子同士が好き!! イラストを書いてるの!!」

「私はどっちもイケるよ!! 性別なんて些細な物よ!!」

「そのぉ、ソウルギア達のね……擬人化って知ってるかな?」

 

 し、四天王共も便乗しやがった。碌な趣味の奴がいねえな……

 

「姉さん、みんなこれで俺達は――」

「ああ、トウヤ。自分を打ち明けて私達クリスタル・ハーシェルの絆は今までより強くなった」

 

 互いの弱点を握りあったの間違いじゃないか?

 

「ああ! 今日はチームが生まれ変わった記念日だぜ!」

「うん! クリスタルハーシェルは強くなったね!」

「へっ、照れくせえが同意するしかねえな」

「そうだ! 私達は進化したんだ!」

「そうだね! 一段階上のチームになった!」

「生まれ変わった私達は無敵だよ!」

「その通り! 負ける気がしない!」

 

 コイツ等……今ので団結していやがる!?

 

 恐ろしい、恐ろしいぞクリスタルハーシェル。僕はとんでもないチームを生み出してしまったのかもしれない……

 

「マモコさん! 僕達が進化出来たのは君のお陰だ! 本当にありがとう!」

「うん! マモコちゃんは宣言通りに私達を一段階上に引き上げてくれた! 本当に凄いよ!」

 

 いや、僕は決してこういう形の進化を促してはいない。濡れ衣だ。

 

「私からも礼を言うよ田中、君は宣言通りにトウヤを一週間でここまで導いた。そして、私達チームを確かに強くしてくれた。本当にありがとう。今度はこちらの番だ。私は全力で君の願いを叶える為に力を貸す、ここに誓おう」

 

 濡れ衣じゃないかも……言われてみれば僕の予想通りの展開になった。

 ヘヘッ、やはり僕の作戦は完璧で一片の狂いもなかった。

 

「フフッ、私は少し可能性を引き出しただけよ。でも、お礼はありがたく受け取るわ。これからよろしくね天王さん」

 

「ああ、よろしく頼む。そうだ、もしよかったら田中もクリスタルハーシェルに入らないか? チームの定員は十人まで、あと一人枠が空いている」

 

「私がクリスタルハーシェルに?」

 

 うーん、ちょっと怖いな、気が付いたら特殊な趣味に巻き込まれていそう……

 

「マモコさんが仲間になってくれるなら嬉しいよ!」

「うん、マモコちゃんも一緒ならきっと楽しいよね!」

「ああ、田中が入ってくれたら心強いぜ!」

「へっ、お前なら……もっと面白い物を見せてくれそうだな」

 

 めちゃくちゃ歓迎ムードで断りにくいな。どうしよう……

 

「そうだな、クリスタルハーシェルに加入すれば色々と特典がある。授業の出席には色々と融通が利くし、プラネット社の運営する施設のサービスが殆ど無料で受けられる。後は下部チームへの部分的な指揮権が……」

 

「そうね、クリスタルハーシェルに加入させて貰うわ。これからよろしくね。ちなみに私は平和が大好き、なによりも安心と安全の日常を望んでいるわ」

 

「おお! そうか! 歓迎するぞ田中……いやマモコ!」

 

 うんうん、ここまで望まれて断るのは人としてアレだよね? 別に特典とか権力に興味はないけどね?

 

「ならこの後は田中の歓迎会だな! クリスタルハーシェルに新しい仲間が増えた事をみんなで祝おうぜ!」

 

「そうだな、あれ以来組織もPTAも大人しい。溜まっている業務も無い。久しぶりにみんなで羽目を外すか」

 

「やった! それじゃあカラオケに行こうよ、カラオケ。マモコちゃんの歌ってるのが聞きたいな」

「みんなでカラオケか……凄い久し振りだね」

「それじゃあ駅前の舞車ビルだな。あそこならカラオケ以外にも色々あるもんな、ボウリングも捨てがたいぜ」

「そうだな、ボウリングで二戦目も悪くない……」

 

 天王さんの言葉に、みんなはあーだこーだと盛り上がる。

 

 羽目を外すといっても常識の範囲内で頼むぞ? 急に鞭を振り出したり、人間椅子とかセルフ亀甲縛りとか変な一発芸はやめようね?

 

 でもまあ、歓迎されるってのはやっぱり嬉しい。こうやって大勢でガヤガヤ盛り上がっているのは……なんだかんだいっても楽しい気分になる。

 

 これにて一件落着。僕の完璧な作戦通りにトウヤ君は強くなり、クリスタルハーシェルのみんなからの好感度は爆上がりだ。

 

 ああ、自分の才能が怖いね。なにもかも上手く行ってしまったよ。舞車町で一番の権力者から信頼を得て仲間入りまで果たした。

 力を貸してもらう契約もあるし、これでこの町での安心と安全は保証されたも同然。月のソウルの入手も確実だろう。

 

 ガハハ、勝ったな。よっしゃ、景気付けにカラオケで僕の美声を披露してやるか! 

 

 



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ワクワク同盟会議編
風評被害!? 謂れ無きバウンティラッシュ!!


 

 

 若干の不安を感じたクリスタルハーシェルに加入しての生活は、僕の予想に反して実に平和的に過ぎていった。

 

 なぜなら、EE団とPTA共がめっきりと姿を現さなくなったからだ。最近の舞車町は実に平和で素晴らしい。

 

 トウカさん曰く、プラネット社の本拠地である星乃町で両者の大規模な抗争があったらしく、そちらに人員を割いたので他の活動が出来ないのだろう……との事だ。

 

 なので、僕が加入してからのクリスタルハーシェルのメインの活動は平和なパトロールと、何故かチーム内での模擬戦等の訓練ばかりだ。他のチームと試合をしないのか?

 

「トウカさん、私が加入してからチーム内で訓練ばかりだけど……大会やランク戦に参加しなくていいのかしら」

 

 本日の第三体育館には、四天王達以外のクリスタルハーシェルのメンバーが集まっている。

 

 暦の上ではもうすぐ7月、僕の加入以来チームの雰囲気は実に和やかなもので、訓練でもピリピリとした雰囲気にはならない、仲良くて大変よろしい。

 ただ、交代で町のパトロールがあるので放課後の訓練に全員集合はちょっと難しい。今日は四天王達が当番だ。

 

 そして今は模擬戦が終わって休憩中、ヒカリちゃんが持ってきてくれた白神庵の饅頭で糖分補給タイムだ。

 

「私も出来れば試合がしたいんだがな……クリスタルハーシェルは現在、大会やランク戦への参加を禁じられている。夏休みに行われるプラネットソウルズの同盟会議までポイントを変動させるなと通達があった。ランクポイントには余裕があるとは言え愚かな選択だ。タイヨウらしくない妙な指示だよ」

 

 ふーん、確かによく分からん指示だな。そして同盟会議ってなんだ? 例のプラネットソウルズが全員集まってミーティングでもするのかな。

 

 だが、タイヨウって名前は聞いた事がある。かなり有名人だ。

 

 天照タイヨウ、国内No.1であるソウルカードチーム“サンライズコペルニクス“のリーダーで、個人でもトップのテイマーだ。

 そして惑星の一族の子ども達の同盟プラネットソウルズの盟主で、プラネット社長の息子で御曹司でもある。

 

 更にはソウルカード以外のソウルギアを4つとも操る事ができる天才と評されており、将来はプラネット社を継ぐ事が約束されている。

 しかも、スタイルが良くイケメンでファンクラブまである。この前テレビで特集をやっていたのをユピテル君と一緒に見た。

 

 天才でイケメンで金持ち? けっ、気に食わねぇなぁ、世間の厳しさも知らねぇボンボンがナンボのもんじゃい! この箱入り息子め!

 

 それなら僕の方が優れて……僕が優れてる所? えーと……僕の方がカワイイから勝ちだな。

 

 カワイイは正義、すなわち僕の勝利だ。敗北を知りたいよまったく。

 

「ふん、あんな人は元々愚か者ですよトウカ様。本人は偉そうだし、いつもくっ付いてるあの女はトウカ様に失礼です」

 

「んぐ、そうなのかヒカリ? 確かにテレビでも自信満々そうな野郎だったけどよ……あーん」

 

 ユピテル君に饅頭を食わせながらヒカリちゃんが天照タイヨウを批判する。

 完全に餌付けされてるよあの背後霊、ペット感覚で飼い慣らされている。

 

「ヒカリはタイヨウさんに嫉妬してるんだよマモコさん。姉さんはタイヨウさんの許嫁の1人だからね。昔から姉さんを取られた様に感じて嫌ってるんだ。いつも側で仕えてる蒼星アオイさんも婚約者の一人でね、対抗意識がある姉さんへの態度がキツイんだ」

 

 僕の視線を見て解説してくれるトウヤ君。

 

 ほーん、トウカさんが婚約者の一人ねえ? しかも常に女を侍らせてるだと? ガキの癖に生意気だな天照タイヨウ……くそ、羨ましい。

 

 トウヤ君は納得してるのか? そんないけ好かない野郎にトウカさんを取られていいのか?

 

「フフッ、トウヤ君はお姉さんを取られて嫉妬しないの?」

 

「うーん、思う所はあるけど俺はタイヨウさんを尊敬しているからね、あの人は強くて厳しいけど公正な人だよ。それに、許嫁って言っても割と簡単に解消されるから絶対じゃない、俺にも昔は3人許嫁が居たんだけど……魂魄の儀に失敗したら0人だよ」

 

 おお、トウヤ君に悲しき過去……

 いや、逆によかったかもね。そのままだったらヒカリちゃんがどんな凶行に及んでいたか分からない。

 

「俺はいいと思うけどな。いずれプラネット社を背負って立つ最強のテイマーのタイヨウ様と、最強のランナーであるトウカ様はお似合いだと思うぜ! お前もそう思うだろレイキ?」

 

「そうだなヒムロ、トウカ様には最強の男が相応しい。その点ではタイヨウは悪くねえ、偉そうなのはムカつくけどな」

 

 なんだ。反対してんのはヒカリちゃんだけじゃん。

 

 ん、待てよ? いずれプラネット社の社長になる天照タイヨウの許嫁って事は……トウカさんは将来プラネット社の社長夫人になるのか?

 

 フヒヒ、トウカさんと仲良くなれてよかったぞ♡ 

 

 今からじっくりと友情を育んでおけば将来色々とおこぼれに与れるかもしれん。持つべきものは友だねえ。

 

「まあそう言ってやるなヒカリ。タイヨウもアオイもあれで色々と苦労している。特に今、私達の同盟プラネットソウルズは田中マモル一派によって窮地に立たされている。盟主であるタイヨウは上からの叱責と下の取り纏めにかなり苦労しているはずだ。仲間である私達ぐらいは労ってやろう」

 

 いやあ、本当に田中マモルは迷惑な野郎ですね? 我らの盟主である天照タイヨウさんに迷惑をかけるとは……まったくけしからん。

 

「なあトウカ様、今年の同盟会議は舞車町で開催するって本当か? 星乃町の友達からそういう噂を聞いたんだけどよ……なんか最近星乃町が凄い荒れてるって話だぜ?」

 

「ふむ、明日正式にみんなを集めて通達しようと思ったが……先に伝えておくか。その噂は真実だ。確かに今の星乃町は大いに荒れていて、とても同盟会議を開催する状態にない。だから、一番近場で比較的平和な舞車町が会場に選ばれた。夏休みに入れば準備で忙しくなるぞ」

 

 へえ、星乃町が荒れてるねえ……一応僕の生まれ故郷だからちょっと心配だ。僕の実家、つまり月読家はあの町にある。

 家に閉じ込められて育ったから町並みなんてまったく知らんけどね。それでも多少の思い入れはある。

 

 そういえば大規模な抗争があったって言ってたもんな、やっぱ悪の組織とPTAはどうしようもない。僕を始めとする無辜の一般市民には迷惑すぎる存在だ。

 

「理由は組織とPTAだけじゃない。これは威信を保つ為に一族のみに明かされている情報だが……実はプラネットラボとプラネットファクトリーが襲撃されて被害が出ている。しかも犯人は未だに捕まっていない」

 

 ん? 組織とPTA以外にもそんな危険人物が居るのか。

 

「ラボとファクトリーが!? 本当なの姉さん?」

 

 プラネットラボとプラネットファクトリーはめちゃくちゃ有名だよね。無知の知を体現する僕ですら知っている。

 

 最先端のソウルギアの研究で有名なラボに、世界で唯一ソウルコアの製造をしているファクトリー。

 

 どちらも世界中の悪党共がよだれを垂らして狙っているプラネット社の重要な施設だ。惑星の一族でも有力なソウルギア使い達が常に100人以上の警備体制で守られている。

 なので、稼働してから今まで一度も外敵の侵入を許していないことで有名……テレビで見た、情報ソースがテレビばっかりだな僕は。もしかして情弱なのん?

 

 防衛記録は破られちゃったみたいだけど、本当に今までも守れていたのか? 

 実は何回も破られていたけど隠蔽していそうだ。トウカさんの口振りから、襲撃された事実をコソコソ隠しているみたいだしね。

 

「プラネット社でも特に重要なあの施設を襲撃して逃亡に成功するなんて……凄い危険な人物が星乃町に出現したみたいだね。ちょっと怖いな」

 

 そう言いながらトウヤ君にすり寄るヒカリちゃん、僕は身近な分ヒカリちゃんの方がちょっと怖い。

 

「実はな、犯人は田中マモルなんだよヒカリ。ラボとファクトリーの襲撃者は我が校の4年4組に在席している田中マモルだ。詳細をタブレットに送るから確認してみろ」

 

 ファッ!? ホワイ!? 田中マモルホワイ!?

 

 急いでタブレットを取り出してデータを確認する……こ、これはマジか?

 

「うお!? ファクトリーの一番炉に二番炉、それに九番炉が襲撃により稼働不可能になるまで損傷。年内の修復はおろか下手すりゃ廃炉って……ヤバいな」

 

「ラボに保管されていたソウル産業革命以前の特級遺物が複数行方不明、ソウルカード用の新型ソウルラミネートのサンプルも奪われている。物凄い被害だ……確かに同盟会議どころじゃないね」

 

 か、母さん!? 何をやってくれちゃってんの!? やりたい放題かよ!?

 

「オイオイ、ビンゴブックにもしっかり手配されてるぜ。見ろよ、初手配なのに懸賞金額が3千万。これじゃあ少し察しの良い奴等には襲撃の事実がバレバレだな。しかし、面白え奴だな田中マモル。ここまで堂々とプラネット社に盾突くとはイかれてるぜ」

 

 えへへ、褒められちゃった♡ 田中マモル、齢十一歳にして賞金三千万で手配書デビューでヤンス!

 

 どうしてこうなった……何やってんだよオカン、正気か?

 

「うへぇ、その額じゃA級の賞金稼ぎ達も動くな。悪名高い“漆黒のブラックノワール“、“地獄のハイエナブラザーズ、“ソウル貴族のドリフト男爵“、“星狩りキララハンター“ああいう奴等が情報収集に舞車町に来るなら治安が悪くなる。注意が必要だよな。やってくれるぜ田中マモル」

 

 僕はこれから先、そんなふざけた名前の奴等に怯えて生きる事になるのか……

 

「もう、ヒムロ君にレイキ君! マモル君はマモコちゃんの親戚かもしれないんだよ! あんまり悪く言っちゃ可哀想でしょ!」

 

 饅頭をもぐもぐしながらユピテル君が僕を見てくる。

 なにか言いたげだね、そんな目で僕を見るなよ……賞金首はどう考えても僕のせいじゃねえぞ?

 

「あ、そうか……ゴメンなマモコ」

「へっ、分かったよ。悪かったなマモコ」

 

「わ、私に気を使う必要はないわ。誰であろうと罪は罪よ……」

 

 実際に迷惑な話だよね。マジで何やってんの母さん? 反抗期かな?

 

 人には大人しくしてろとか言って自分は大暴れじゃないっすか……関係各所に迷惑かけまくりですね。

 

 あっ!? 僕が所属していたチームのみんなもヤバいんじゃないのか!? プラネット社に拘束されたり尋問されたり、もしかして……

 

「トウカさん、田中マモルが所属していた3つのチームへの対応はどうなの? もしかして彼等にも賞金がかけられたり……」

 

「いや、彼等は様々な公式の大会にエントリー登録していて迂闊に手出しが出来ないんだ。公式のソウルバトルは全て、惑星の意思へ捧げるとの契約の元に行われる。つまり、大会へとエントリーしている彼等を害する事は、惑星の意思に反する事になるからな、少なくともプラネット社に関わる者は彼等に手が出せない。田中マモルは今の所、あらゆる大会やランク戦に参加していないので別だ。見つけ次第手段を問わずに拘束しろと通達されている」

 

「へ、へえ……そうなの」

 

 あ、危ねえ……迂闊に元の姿に戻れねえ。

 

 しかし、みんなに被害が及ばないで本当に良かった。たくましい奴等だけど、心配にならない訳じゃない。そういう所に抜け目ない人材が各チーム一人は居て良かった。

 リク君とかナガレ君とかビリオ君とかはそういう小細工が得意だ。

 彼等は情報通だし、危険を察知して大会にエントリーする事で身を守ったんだろう。帰ったら一応連絡して安否を確認しておくとするか。

 

「ところで同盟会議ってどういう主旨の催しなの? 集まって同盟の方針を話し合いでもするのかしら?」

 

 話題を逸らそう、これ以上田中マモルの話になると胃が痛くなりそうだ。

 

「確かにそれが主目的ではあるな。だが、恐らくマモコが想像しているよりも大規模な物だ。私達を含めたメイン五つのチームだけではなく、下部チームや関係者が一同に会する。おおよそ2千人程度のソウルギア使いが集まる大掛かりな会合だ。全体の方針や具体的な目標を決めたり、チーム間でのメンバーのトレード、交流戦なども行われる。毎年夏休みに五日間開催される。ただの会議ではない、一族の子供達の交流と団結を促す大切な行事だ」

 

 わざわざ全国から2千人も集めるのか……下っ端達はテンション低いだろうな、僕だったらお偉いさんだけでやれよって思う。正直面倒臭そう。

 

「同盟会議は田中マモルとそのチームへの対策についてがメインの議題になるだろうね。なにせ僕達プラネットソウルズは彼等に追い詰められている。ソウルシューターとスピナーではランク戦でランキング一位を奪われ、ストリンガーでも猛烈な勢いで追い抜かれそうだ」

 

 へへ、トウヤ君。アイツ等は加減ってやつを知らんもんでして……なんかすんませんね。 

 

 はあ……結局、田中マモルの話になるのか。

 

 本当に迷惑な野郎だよ田中マモル、偉大なるプラネット社と華麗なる一族に楯突くなんてな愚かな選択をした……してないのに……おかしいぞ、悪夢かな?

 

「へっ、ランキング首位が安泰なのは俺達クリスタルハーシェルとタイヨウのサンライズコペルニクスだけとはな。最強の同盟、プラネットソウルズの名も地に墜ちたよ」

 

「油断は禁物だぞレイキ、私達も慢心せずに成長せねばならない。だからこそマモコのソウルメイクアップは本当にありがたい、練習効率が飛躍的に上昇する素晴らしい技だよ」

 

「フフッ、お役に立てて光栄ね」

 

 チーム内での訓練では、トウヤ君だけでなくチームのみんなに順番にソウルメイクアップを施している。来たるべき日に僕の手足となって活躍して貰うためだ。手に入れた力で月のソウルを僕にもたらしてくれ。

 

 そして、ソウルメイクアップを使いまくったので、最近では一日に3人まではイケる様になった。

 ただ、ユピテル君が毎晩の権利を主張するので、クリスタルハーシェルのみんなの訓練は一日に二人ずつとなる。

 

 ヘヘッ、アッシはプラネット社のお役に立ちまっせ? 

 

 だから懸賞金をかけないでくださいお願いします……あっ、トウカ様、何なら足でも舐めましょうか?

 

「さて、そろそろ訓練を再開するか」

 

 トウカ様の言葉にみんなが訓練に戻る。

 

 そして、僕の元にトウヤ君とヒカリちゃんが近寄ってくる。今日のソウルメイクアップはこの二人の順番だ。

 

「マモコちゃん! ユピテル君に聞いたんだけどソウルメイクアップで他のソウルギアの習得も促せるって本当なの!?」

 

 ヒカリちゃんが何故か興奮気味に質問して来る。急にテンション高いぞ? 凄く嫌な予感がする。

 

「ええ、可能ね。残念ながらソウルカードは使った事がないから無理だけど、他のソウルギアならどれでも大丈夫よ」

 

「マモコさん、それならこの後は俺達にソウルストリンガー用のソウルメイクアップをして欲しいんだ」

 

「それは構わないけれど……なぜソウルストリンガーなの?」

 

 ついさっき、慢心せずに強くなろうって話になったよね。なんでこのタイミングで他のソウルギアに浮気するの?

 

「えへへ、ストリンガーになればいつでもソウルの糸で相手を拘束できるでしょ? 凄い便利だなあって思ったの」

 

 ほーん、拘束ねえ……ちなみに敵をだよね? 仲間を縛らないよね?

 

「慣れれば複雑な縛り方も出来るんだよね、楽しみだなあ」

 

 僕はトウヤ君を正しい方向に成長させる事が出来なかったようだ。

 これが僕の罪か……認めたくないものだね。ユピテル君の視線が痛い。

 

 結局断る事も出来ず、二人のストリンガーとしての可能性を映し出す事になった。

 

 やっぱり意欲があると習得が早い。その日の訓練の終盤になると、二人はそれなりに練習用のソウルストリンガーを使いこなしていた。

 

 ウキウキとした表情を浮かべ、ソウルの糸でヒカリちゃんを縛るトウヤ君、それを嬉しそうに受け入れるヒカリちゃん。

 これを間近で見せ付けられるのは報いなのか……ウゴゴ、罪と罰、因果応報。

 

 でも、他人の好きを否定するのは良くないよな、実際に好きにやらせたほうが強くなるのは事実だ。その糸が僕を捉える事が無い事を祈ろう。

 

 そしてその日の訓練は終了して帰り際になると、トウカさんがひっそりと声をかけて来た。

 

 ちょっとモジモジしているので再び嫌な予感がする。

 

「なあ、マモコ。明日は私とレイキがソウルメイクアップを受けるだろう? 私もソウルストリンガーの習得を希望する。いつでも縛れるのは素晴らしいな、実物と違ってすぐに解ける点も良い。そう思わないか?」

 

 こ、この似た者姉弟が……

 

 

 

 

 

 ユピテル君と共に帰宅し、地杜さんにくれぐれもお残しをしない様に注意された夕食を済ませた後、一応周囲の気配に注意をしながら安否確認の電話をかける事にした。

 

 連絡先は……ミカゲちゃんはちょっと怖いからな、取り敢えず御玉町のソラ君に連絡しよう。

 

 コール音が響く……響く……響く。なかなか電話に出る気配がない。もうそれなりに遅い時間だから寝ているのかな?

 

 そう思って電話を切ろうと思った直前、コール音が止んで電話が繋がった。

 

『おう! 久し振りだなマモル! この時間にかけてくるのは珍しいな! なにか緊急の用事か!?』

『目障りだよ! メルクリウスシンドローム!!』

 

 元気よく電話に出るソラ君、後ろからミナト君が必殺技をぶっ放す物騒な叫びが聞こえてきた。物凄い破壊音が聞こえる。

 

 なんだなんだ? 戦闘中か? こんな時間に公式戦な訳がないし……もしかして組織を相手にしてるのか?

 

「いや、あのさあ……ほら、例の懸賞金の件でみんなが危ない思いをしてるんじゃないかと思って電話したんだけど……戦闘中だったみたいだね。かけ直そうか?」

 

『今ので船は制圧したから問題無いぜ! 俺達を心配して電話してくれたんだな! おーいみんな! マモルから電話が来たぞー!』

 

 船を制圧? 何をやってんだよ……穏やかじゃねえぞ?

 

『マモルかい? 僕達は全員美しく無事さ、心配は要らないよ。君の方こそ美しく健やかかな?』

 

 ん? もしかしてアイジ君? えっ、なんでソラ君と一緒に居るんだよ。

 

『マモルですって!? ちょっと!! アンタ、ユピテルにちゃんと食べさせてあげてる!? 最近連絡が少ないじゃないのよ!!』

 

 この怒鳴り声……間違いなくイズナちゃんだ。どうなってるんだ?

 

『フッ、カイテンとヨリイトの奴等も中々やるなマモル。予想より早く片付いたぜ』

『マモル君、ソウルスッポンは軌道に乗ってるから安心してよ。今から利益を増やして来るから楽しみにしててね』

『マモル君、美味しいお土産を買って来るからユピテル君にもよろしくでやんす』

『マモル君……待っててね、もうすぐ、もうすぐ会いに行くから……』

『これからみんなで遠征だぜェ! 許可をくれよマモルゥ、暴れ足りねぇんだァ……』

『マモル君? 心配してくれてありがとうね、僕達は大丈夫ってユピテルにも伝えておいてよ』

 

 電話越しに次々と聞こえてくる聞き覚えのある声達……いっぺんに喋んなや。何言ってんのか分かんねえよ。

 

 もしかして3チームが揃ってんの? え、なんで?

 

『マモル殿! これから戦いへと赴く我らの身を案じてくれるのですか!? 感激です! ニンニン!』

 

 コイツか!? 絶対コイツだよな!? 今度は周囲まで巻き込んで何を企んでるんだよ!?

 

「ミカゲちゃん? 一体今どこで何をしているんだい? そしてこれから何をするつもりで……」

 

『この通信で詳細な位置は言えませんが……強いて言うなら実家の近くです! ちょっと忘れ物を取りに来たら鬱陶しいのが絡んで来たので大人しくさせました! ミタマとヨリイトの皆さんは流石マモル殿が見込んだ者達ですね! 協力もあってスムーズに制圧出来ました!』

 

 ますます意味が分からんが……絶対に平和的な目的で集った訳でない事は確かなようだ。実家の近く?

 

『このまま船で中国のとある場所にある裏ソウルカジノへと向かいます! 正規ルートではないので暫く連絡が取れなくなりますが……ご安心ください! 全て順調に進んでおります! ニンニン!』

 

 一つたりともご安心出来る要素がなかったよ? 裏ソウルカジノ? 正規ルートでは無い?

 

『マモル! 俺達ミタマシューターズの新しい仲間達が日本に残っている! 連絡はアイツ等から知らせるから待っててくれよな! 予定通り夏休みに会おうぜ! 楽しみにしているからな!』

 

「そ、ソラ君!?」

 

 そんな予定あったか!? それに新しい仲間って、話には聞いていたけど名前を教えてくれてないじゃん? せめて連絡先を……

 

『“カロン“が潜航を開始するよ! 今から全ての通信が遮断される!』

 

 えっ? 潜水艦なの? 

 

 プツっという音と共に電話が切れた。ああ……

 

 もはやまったく意味が分からん。事態は完全に僕がコントロール出来る範囲を超えている気がする。つーか、みんな小学校はどうした?

 

 はあ……もう寝よう、ジタバタしてもしゃーないよね。

 

 みんなは僕の不利益になるような事をしない……しないよね? 信じているからね?

 

 

 

 若干の不安を感じつつも、クリスタルハーシェルでの穏やかな日々は過ぎて行く。休みの日にはみんなでカラオケやボーリングに行ったり実に平和だ。

 

「なるほど、これがストリンガーを扱う感覚……なかなか難しいな。ふむ、お手本にお前のトワイライト・ムーンの糸で私を縛ってくれないかマモコ?」

 

 嫌です。

 

「なあ、マモコ。噂話で聞いたんだが、月読家には性別を変化させる力があるって本当か? もし本当なら俺によ……」

 

 レイキ君本気なのか? ヒムロ君の想いにそこまでの覚悟が……

 

「うお!? 田中マモルの懸賞金が上がってるぞ! 1億だってよ! 一族の有力者達が複数行方不明なのに関与している疑いだってさ!」

 

 ウフフ、1億の男になっちゃった♡ 

 

 ……なんで?

 

 

 

 さらに日々は過ぎて行く、チームのみんなと訓練や交流を深める毎日、いやー平和、平和。

 

「マモコ? 月読一族が性別を変える力を持っているとの噂は本当なのか? 名前は変えるからそのアイディアで漫画を書きたいのだが……許可をくれないか?」

 

「私も! 私にも許可をちょうだい! インスピレーションがどんどん湧いてくるわ!」

 

「えー、私は邪道だと思うけどなあ。でも、試していないのに批判するのは良くないよね。私にその術をかけてくれない? あとレイキにも」

 

「ね、ねえマモコ? マモコのプラチナ・ムーンは男の子と女の子のどっちかな? マモコはどう思う? わたしの解釈では女の子なんだけど……シルバー・ムーンは男の子っぽいよね」

 

 四天王の姿か? これが……

 

「うお!? 田中マモルの懸賞金が上がっているぞ! 3億だってよ! プラネット本社で天照アサヒ社長を襲撃!? マジかよ!? あの人に立ち向かってよく離脱できたな!?」

 

 母さん……アンタはいつまで暴れる気だ?

 

 3億……プラネット社にリークしてやろうかな……

 

 

 

 さらに日々は過ぎて行く。変わらず平和な舞車町で、訓練とパトロールをこなす。そしてたまに息抜きをしてチームの交流を深める日々だ。

 

「マモコ! ソウルメイクアップを頼むぜ! 俺はチームのためにもっと強いランナーになりたいんだ! いつも通りに強くなったランナーの俺の可能性を見せてくれ!」

 

 ヒムロ君、ソウルメイクアップに正しい望みを託してくれるのは君だけだよ……いつまでも純粋なままで居てくれ。

 

「ほう、田中マモルの懸賞金がまた上がっているな……な、15億だと!? 中国の名家である馬一族が条件付きで資金を提供? 理由は語られず……一体なにが?」

 

「うわあ、マジだよ。凄えなぁまも……田中マモル。なんで中国人を怒らせてるんだ? やらかしてるなぁ……」

 

 アイヤー!? ナンデ!? 田中マモル ナンデ!? 

 

 アイツ等は中国の裏カジノでなにやらかしたんだよ!? なんで僕の賞金が上がるんだよ!! おかしいだろ!?

 

 

 

 平和な舞車町とは裏腹に、徐々に不穏になって行くソウルギア界隈と僕の立場。 

 

 降り注ぐ日差しはすっかり夏らしい強いものとなり、舞車町では蝉の鳴き声が聞こえて来る様になった。

 

 もうすぐ夏休みが始まる。同盟会に参加するために日本各地のソウルギア使いが集まり、この舞車町は賑やかになるだろう。

 

 小学5年生の夏休みが始まる。不安だ……不安すぎる。

 

 



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救援要請!! 即時応答パーフェクトレスキュー!!

 

 

 懸賞金が掛けられてからの舞車町での生活は、広まっていく田中マモルの悪評とは裏腹に目立った争いもなく平和に過ぎて行った。

 だが、夏休みが近付くにつれて、町には見慣れぬランナーやカタギとは思えない輩がうろつくようになった。

 

 トウヤ君曰く、田中マモルの情報を得ようとしている賞金稼ぎに加え、同盟会儀に乗じて一族の情報を得ようとする輩が集まっているそうだ。少数ではあるが、前乗りしている同盟会議の参加者もいるらしい。

 チームで町をパトロールして分かったが、賞金稼ぎ共は厳つい見た目に反して意外な程に騒ぎを起こさない。

 主に町の賞金稼ぎ向けの酒場(ノンアルコール飲料のみを提供)でたむろっており、たまの喧嘩もルールを守ったソウルバトルで決着を付けてるので健全過ぎるくらいだ。

 

 レイキ君曰く、トウカさんの縄張りで騒ぎを起こすような輩は三流、もしくは余程イカれた奴のどちらかだと言っていた。

 僕の中でのトウカさんのイメージは、座られたガールで縛られたガールとして固定されているが、対外的にはカリスマに溢れ、確かな実力を兼ね備える舞車町の女王。惑星の一族を代表するNo.1ランナーだ。賞金稼ぎ達が恐れる程に影響力があるらしい。

 

 だから町は平和……そう、平和だ。

 

 別に平和な事に文句はない、むしろ平和は大歓迎だ。

 だが、とにかく町に人が多くなったのだ。人が多くなったと言う事はその分視線も多くなる。

 正体が15億の首を持つレアキャラの僕としては非常に心の休まらない状況となった。

 

 なので最近は恐ろしいので自宅でもソウルメイクアップを解除しない。就寝時でも解除せずにで24時間田中マモコだ。

 

 チームのみんなにソウルメイクアップを使いまくったので、息をするように自然にソウルメイクアップが可能な程に熟練度が上がってしまったのは幸か不幸か……

 

 ユピテル君は「はは、最近マモルの姿を見てないから忘れちまったぜ」なんて笑っていたが、僕としては笑い事では無い。父さんが言っていた戻れなくなる発言が恐ろしい。

 

 こういう時に相談したい父さんは家にいない……つーか舞車町に引っ越して来てソウルメイクアップの訓練してからは一度も家に帰って来ない。

 放任主義オヤジめ……母さんも電話にも出ないしメッセージにも既読がつかない。

 まだ星乃町で暴れているのか? いい加減にしておくれよマミー。

 

 なあマモル、最近いつも一緒だったお前を遠く感じるよ。会いたくて震えるでヤンス……ウゴゴ。

 

 もしかして僕はこのまま田中マモコとして生きなければならないのか? そんな不安が頭をふとよぎる。

 

 ははっ、そんな訳が無い。きっと来年の夏まで我慢していれば全て解決している。なぜなら僕は母さんを信じている!!

 ……来年には懸賞金が倍になっていたりしないよね?

 

 

 

 そして、遂にかったるい終了式が終わり、みんな大好き夏休みへと突入した。

 

 同盟会儀は8月に入ってから開催されるので、もう少し時間があるのだが……舞車町の賑わいは夏休みに突入して更に勢いを増した。ちょっとしたお祭りの様な雰囲気が町に漂っている。

 

 そして、中国を満喫しているであろう仲間達からはまったく連絡が来ない。ミカゲちゃんですら連絡しても繋がらない、まさに音信不通だ。

 例の新しい仲間の連絡員はどうした? 誰でもいいから状況を説明してくれ……

 

 そして、クリスタルハーシェルでの活動だが、夏休みに入ると流石に訓練する余裕は無くなった。

 クリスタルハーシェルはこの町の取り仕切るチームでもある。イベント事の前は非常に忙しい。

 

 トウカさんは言うまでもなく責任者なので、同盟会議に向けての様々な事柄を取り仕切ったりであちこちに引っ張りだこ。四天王達もその補助をして駆け回っている。

 

 僕、トウヤ君、ヒカリちゃん、ヒムロ君、レイキ君は基本的に町をパトロール、たまに6年生組の補助が仕事だ。

 

 パトロールは基本的に二人一組での巡回だが、僕以外の5年生組が他の仕事で手が空かない時、ユピテル君が共に居る僕のみで町をパトロールしたりもする。

 

 

 事件が発生したのは、ちょうどそんな日だった。

 

 

 ソウル体は調整しておけば汗をかいたりはしない。

 なので、クソ暑い夏真っ盛りでも、真っ黒なゴシックドレスで全身をバッチリと決めて、日傘を差しながらパトロールするのが僕のスタイル。

 そんな格好で、ユピテル君と共にアイスを食べながらパトロールしていた僕に、緊急事態を告げるメッセージが届いた。

 

 みんなでカラオケに行く何時ものビルに、EE団が出現して暴れている。クリスタルハーシェルの全てのメンバーは至急現場へと向かえと指令が入ったのだ。 

 

 

 

 緊急事態なので、お行儀は悪いがトワイライト・ムーンを使ってソウルの糸を建物に繋いで引き寄せる高速移動をしつつ現場へと向かう。

 飛んで行けるユピテル君には先行してビルの偵察をお願いした。

 

 現場のビルの周辺には遠巻きに野次馬と避難客らしき人混みが出来ていた。

 人混みの先、ビルの入口付近に十数名のランナー達が見える。彼等は確かクリスタルハーシェルの下部チームのランナーのはずだ。現場の対応に当たっているのだろう。

 

 トワイライト・ムーンを使った高速移動の勢いそのままに人混みを飛び越え、その集まりの側に降り立つ。彼等は急に飛んで来た僕に驚いた様子だ。

 

「おまたせ。連絡を受けて到着したわ。状況を教えてちょうだい」

 

「た、田中さんでしたか……EE団の連中は一時間程前にこのビルを中心にソウルワールドを展開、内部の従業員や利用客達を次々と追い出し、またたく間にこのビルを占拠した模様です」

 

「避難して来た利用客の証言によると、偶然現場に居合わせた“ビックアイス“のメンバー達がEE団に応戦したらしいのですが……奴等はかなりの人数らしく、敗北して捕らわれてしまった様です」

 

「EE団はビックアイスのメンバー6人を人質として、彼等を解放する代わりにトウカ様の身柄を要求しています……クソ! 卑劣な奴等め!」

 

「なるほど……状況は把握したわ」

 

 ソウルワールドならビルごと潰してやるのが一番手っ取り早いんだけどな……人質とはなかなか厄介だ。

 

 説明を受け、改めて5階建てのビルを見上げる。

 

 周囲一帯は既にソウルワールドと化している。これは間違いなく悪の組織の技術、犯行はEE団の仕業で間違いないだろう。

 

 悪の組織の犯罪行為は、思ったよりは施設に被害が及ばない。

 

 奴等が活動する時は大体ソウルワールドを展開するので、派手に暴れても解除すれば建物は元通りとなるからだ。

 とは言っても、迷惑で悪質なのに変わりは無い。そんな事実は僕が奴らに手加減する理由にはならない。

 

 ぐるっと辺りを見回す、クリスタルハーシェルのみんなが駆け付けてくる様子はない。僕とユピテル君がチームで一番乗りのようだ。

 

 うーん、どうしたものかな。

 

 ビックアイスはクリスタルハーシェルが従えてるチームの一つ、僕のクラスメイトで初日に屋上へ案内してくれた鈴木さんも所属しているチームだ。

 早く助けてあげたいけれど、人質が絡んでいる以上あまり勝手な真似は出来ない。多少無茶すれば速攻で終わるんだけどなぁ。

 

 悩んでいると、ビルの中から人がすり抜けてこちらへと飛んで来る。

 正体はもちろんユピテル君だ。周囲のランナー達はその光景に驚かない。ユピテル君の姿が見えるのはこの場では僕だけだからだ。

 僕以外にユピテル君が姿を見せてるのは、舞車町内ではクリスタルハーシェルのみんなと……後は父さんと地杜さんかな?

 

『おいマモル、調べて来てやったぞ。ちょっと耳を貸せ』

 

 僕の隣にやって来たユピテル君がコソコソと耳打ちしてくる。

 

 いやん♡ ちょっとくすぐったい。ふむふむ、なるほどねえ。

 

「フフッ、人質の人数は間違いなく6人。全員5階に集められて拘束されているようね。そしてビル内部のEE団員は総勢34人、内2名が推定Aランク相当の準幹部級かしら? そして5階では妙な装置を組み立てているみたいね」

 

 ユピテル君に偵察してもらったので内部状況の把握はこれでバッチリだ。余程ソウルの扱いに長けた奴じゃないと、意図的に姿を消したユピテル君を見る事は疎か気取る事も出来ない。

 ククッ、EE団のアホ共は僕に一方的に位置情報を知られた。さてさて、どう料理してやろうかな? 

 フヒヒ、久しぶりだからじっくり痛めつけるのも悪くないでヤンス。

 

「外から見ただけで分かるのか? これが噂に聞く青き魔眼の力……」

「ああ、トウヤの奴が言っていたぜ。田中さんには全てを見通す力があるってな」

「そんな訳ねえだろ、適当言ってるに決まってるぜ」

「あの人学校でもたまに一人でブツブツ言ってんだろ? そういう人なんだって」

 

 僕の発言に周囲がざわつく。

 くそ、トウヤ君適当な噂を流しやがって……それに悪口も聞こえているからな? 言った奴の顔は覚えたぞ?

 

『天王トウカはまだか!? 早く出てこい!! 人質を助けたいのならば早くしろ!!』

 

 内部から拡声器越しの怒鳴り声が聞こえて来る。

 

 トウカさんの身柄? 人質を取るパターンだとソウルギアを寄越せって言ってくるケースが多いので珍しい要求だ。責任者のトウカさんが居なくなれば同盟会議を潰せると思ったのか?

 

「田中さん! トウカ様達がこちらへ向かう途中でPTAの襲撃を受けた模様です! トウカ様はこちらの事態の収拾は田中さんに一任すると言っています!」

 

 くそ、PTA共め。こんなタイミングでちょっかいをかけて来るとは……だが、トウカさんから現場を任すとの許可が出た。ならば手早く解決しよう。時間を掛けると不味い事になる。

 

 ユピテル君の言う妙な装置、意識を集中してソウルを探ると正体が分かる。

 この独特な歪んだソウルの感覚は転移装置で間違いないだろう。過去の組織との戦いで、何度か使われた事があるので知っている。

ソウルワールド内限定だがワープを可能にする夢の様な装置だ。

 あれは、この場に展開されているソウルワールド内のみならず、他所で展開されているソウルワールドへの転移も可能だったはずだ。

 

 それはつまり、あの装置の組み立てが終了すれば人質達を遠方へと連れ去る事すら可能と言う事、あまりぐずぐずしている時間は無い。

 

 人質達は不安よな。田中マモコ動きます。

 

「田中さん、ビル内部の情報が真実ならやりようはあります。ここはセオリー通りに交渉に応じる振りをしてその間に別働隊を……」

 

「いえ、早く助けないと不味いわ」

「は、はあ? それはどういう……」

 

 悪いけどじっくり説明している暇はない。

 

「瞬け! プラチナ・ムーン!」

 

 流れる様な動作でソウルをチャージしつつ、愛機をビルの入口へと放つ。我ながら良いチャージインだ。

 

 そのまま光の軌跡を描きつつ、ビル内部のプラチナ・ムーンで1階の戦闘員を次々と貫く。ソウルランナーを通じて敵のソウルを感じ取れば見なくてもこれくらいは遠隔操作で余裕だ。

 そして、2階、続けて3階、更に4階の戦闘員共を次々と撃破して行く。

 

 残りは人質も居る5階……おっ、一撃で倒れない奴が2人、準幹部級だな?

 でも、2人とも良い位置だ。僕から見て直線上に並んでいる。腰のホルダーからピース・ムーンを素早く抜き放つ。

 

「ペネトレイト・バレット!!」

 連射は出来ないが貫通力に特化した必殺技だ。雑魚をまとめて貫くと気持ちがいいぞ!

 

 ピース・ムーンから飛び出るソウルの弾丸が光の線を描きつつビルの壁面と床を貫通、5階に居るEE団の2人を一度に貫く。

 ソウル体を破壊した手応えバッチリ、これでビルの内部のEE団は全滅だ。

 

「終わりよ、人質達を迎えに行きましょう」

 

 髪をファサッとかきあげて言い放つ……フッ、決まったね。

 

「い、今ので終わった? 本当に?」

「そ、そんな訳ないだろ!? 何人か倒しただけのはずだ!」

「田中さん! アンタ何やってんだよ!? 人質がいるって言っただろ!?」

「半端に刺激してどうするんだ!? 馬鹿なのかアンタは!?」

 

 あ、あれ、なんか評判悪いぞ? 

 しかも馬鹿呼ばわりされている……くそ、確かに正論ではあるから言い返せない。

 ぐぬぬ、僕の神業が理解出来ない凡人共め。敵を倒した事ぐらいソウルを感じ取って把握しろよ。

 

 仕方がない、彼等にも分かりやすくしてやろう。

 

「シックス・オン・ワン!!」

 

 神速の抜き打ちで六つの弾丸を放つ。弾丸を炸裂させ、ビルの壁面に6つの大きな穴を追加する。

 

 うん、これくらいの大きさの穴なら十分だろう。

 

「真昼に浮かべ! シルバー・ムーン!」

 

 上方へとシルバー・ムーンを放ち、空中で激しく回転させる。

 

 順回転により引き寄せる力場を展開、先程倒した時にマーキングしたソウルの持ち主だけ、つまりはEE団のみが力場の対象になるように調整を加える。

 シルバー・ムーンに向かって、先程開けた壁の穴から気を失ったEE団の戦闘員達が次々と引き寄せられて飛び出して来る。ちょっとシュールな光景で笑える。うぷぷ。

 

「ストリングスパイダープリズン!!」

 

 続けてトワイライト・ムーンを起動してオリジナルのトリックを決める。

 僕の左手から放たれる機体と複数のソウルの糸が縦横無尽に迸る。それらはまたたく間に蜘蛛の巣の牢獄を形成、気を失ったEE団共を次々と中空に拘束する。

 

 えーと、捕まえた奴等は……ひぃふぅみ……ほら! 34人居る! ちゃんと数えたぞ! これで全員だぜ!

 

 いやー、ソウルランナーに特化した舞車町のソウル傾向でここまで他のソウルギアを使いこなせるのは僕だけじゃないかな? やはり天才か……

 

「これで大丈夫。さあ、人質達を迎えに行くわよ」

 

 口を開けて驚いている周囲のランナー達に声を掛け、返事を待たずにビルへと歩みを進める。

 

「い、行くぞみんな! 田中さんに続いてビルに突入する!」

「け、警戒を怠るな、まだ敵が潜んでる可能性もあるぞ!」

 

 困惑しながら僕へ付いてくるランナー達、もう敵は居ないって……まあいい、納得するまで調べるといいさ。

 

 エレベーターを使って5階へとたどり着く、

 装置の前でビックアイスのメンバー6人が困惑した様子で集まっていた。

 戦闘員を倒すついでに拘束しているバンドをプラチナ・ムーンで切っておいた。自由に動けて当然だ。

 

「みんな、ケガはないかしら? 痛みがあるようなら治療するわよ?」

 

 困惑気味の6人に声を掛ける。

 ふむ、見たところ癒やすなら手首の拘束された跡くらいかな? 他にケガはなさそうだが念の為に聞いておく。

 

「だ、大丈夫だよ田中さん。急に光が走ったと思ったら敵が倒れて、ビルの外へ飛んで行ったから驚いたけど……あの光は屋上でも見たからね。田中さんのソウルランナーだって分かった。私なんかを助けてくれたんだね……ありがとう」

 

 鈴木さんとは、転校初日以来微妙に距離がある。例の呼び出しは気にしていないと伝えたが、僕を騙した事を後ろめたく思っているようだ。

 ちなみに、指示を出した四天王共と黒幕のヒカリちゃんはもはや一ミリも気にした様子は無い。

 それどころか人を勝手に創作のモデルにしたり、上手なソウルストリンガーによる亀甲縛りの方法を訪ねてきたりとやりたい放題だ。もうちょっと気にしろや。

 

「私は鈴木さんの事を、クラスメイトで友達だと思っている。それにビックアイスのみんなは舞車町で共に平和の為に戦う仲間、助けるのは当たり前よ」

 

 そう言いながら、鈴木さんの手を両手で優しく包む。拘束バンドで圧迫された手首に癒やしの力を施す。赤くなった跡はすぐに消えていった。

 

「た、田中さん……」

 

 涙ぐんで僕の言葉に感動した様子の鈴木さん、僕の真心が通じた様で良かった。

 他の5人も順番に手を取って癒やす。みんな僕へと感謝の言葉を口にしてくれた。

 

「た、田中さん、ビルの内部をくまなく確認しましたが敵は見当たりませんでした。先程田中さんが倒して拘束した戦闘員で全員だった様です……」

 

 癒やしの力を施す僕の元へ、下の階からランナー達がやって来た。

 

 代表して僕へと声を掛ける坊主頭の男の子は、どこか気まずそうな雰囲気を醸し出している。後ろで僕から視線を背けている他の人も同様だ。さっき僕の行動を咎めた事を気にしているのだろう。

 

「あっ……それが装置ですか。その、申し訳ありませんでした。田中さんの発言を疑うような事を言ってしまって……」

 

 おっ、転移装置に気づいたね? しかもちゃんと謝ってくれた。 偉いぞ。

 

「いえ、私の方こそ勝手な行動をしてごめんなさい。この装置は組織が使う転移装置、以前奴等のアジトを襲撃した時に同じ物を見た事があったからすぐに分かった。これを使われたらビックアイスのみんなが遠くに連れ去られたかもしれない、時間を掛けるのは不味いと思ったの」

 

「こ、これが噂の悪魔の発明。そんな理由があったとは……」

「くっ、確かに時間をかけていたら取り返しのつかない事になっていた」

「そうか、だから田中さんはあんな強引な方法で解決を急いだのか」

「人数も合致して装置も実在した。間違っていたのは俺達の方か……」

 

 口々に後悔と反省の言葉を口にするランナー達、凄く悔しそうだ。

 やれやれ、圧倒的な僕の実力に自信を喪失してしまったかな? フォローしてやるか。

 

「みんな、嘆く事は無いわ。私がビルをスムーズに制圧出来たのはアナタ達が簡潔に情報を伝えてくれたおかげよ」

 

「田中さん……ですが俺達は――」

 

「それに、交渉するのが正解なケースだってある。その分野で私は活躍することが出来ない。その時はアナタ達の様な冷静な判断が出来る仲間がいると心強いと思うの。その時が来たら、その力で私を助けてね?」

 

「俺達が田中さんを? 田中さん程の力があれば助けなど……」

 

 いや、僕は出来るだけ人の力を当てにして生きて行きたいと思っている。

 

「私達は共にトウカさんの元で舞車町を守る仲間よ。それぞれ得意な事や出来る事、知っている事も違う。でも、それらを持ち寄って力を合わせる事が出来る。そうやって束ねた力を……私は絆と呼べると信じている。私はこの町でアナタ達とも絆を紡ぎたいと思っているの、これからも一緒に舞車町の為に戦いましょう?」

 

「た、田中さん。そんな風に思って…」

「そうだな、俺達の力だって無駄じゃない!」

「ああ、やろうぜ。これからも舞車町を守ろう!」

「そうだ! それにこの町にはトウカ様と田中さんが居る! 組織なんかには負けない!」

 

 僕の言葉に元気を取り戻すランナー達。先程の暗い雰囲気は無く、やる気に溢れた様子で僕を尊敬の眼差しで見て来る。

 

 んほぉ〜♡ 下々の称賛の眼差しが気持ちいぃ〜♡ 

 もっと尊敬して? もっと褒めて? もっと讃えて? 慈悲に溢れる女神の様な僕を崇め奉って?

 

 これでコイツ等はカワイイと強さを両立するこの僕に夢中だろう。圧倒的な実力と癒やしの力まで兼ね備えた僕はまさに完全無欠、舞車町のランナーサークルの姫に相応しい。

 ウェヒヒッ、こうやって徐々に下部チームの奴等を助けて信頼を勝ち取れば、普段からコイツ等にスムーズに指示を出してコキ使える様になる。いざという時には向こうも助けてくれるだろう。

 

 舞車町で当初想定していたポジションとは少しズレた気もするが……今の立場は悪く無い。町の頂点に立つチームに所属しているが、責任を取るリーダーではない立場は気楽で素敵だ。

 しかも、チームが同盟により高度に組織立っているから雑事は下部チームに任せる事が出来る。

 

 クリスタルハーシェルのみんなからの信頼は勝ち得た。次は下部チームのみんなにもよく思われたい。

 いくら命令が出来る立場とは言っても、嫌われていると居心地が良くない。こうやって信頼ポイントを積み重ねるのは大事だ。まだ他のチームのランナー達とはあまり交流が出来ていない。これから好感度を稼ぎまくるぞい♡

 

 

 

 

 ソウルワールドを展開する装置の捜索、警察への通報に周囲への説明、その他諸々の雑事は面倒臭いから張り切ったランナー達へと一任した。

 僕は5階の装置の前でユピテル君と共に、ビルの正面に吊るして捕えているEE団を監視しながらみんなを待つ。

 

 ぼちぼち意識を取り戻したEE団の奴等がピーチクパーチク騒いでいる。ププッ、逆さ吊りで凄んで騒ぐ様子は滑稽だね。

 少しうるさいので、ソウルの糸に振動を加えてたり、少し自由落下させて脅す。

 慌てふためく姿が面白い。何回か繰り返すと大人しくなった。

 

 

 そして、ユピテル君としりとりをしながら大体三十分程待った後、トウカさんとトウヤ君達5年生組がやって来た。四天王達は向こうの現場の後処理に残ったらしい。

 

「フフッ、そっちはPTAの相手に忙しかったようね。問題は無かった?」

 

「すまねえマモコ、バッチリ解決と行きたかったんだけどよお、PTA達には逃げられちまったぜ……」

 

「途中までは良かったんだけど、ヴィーナスリバースにマーキュリーリバース、マーズリバースまで現れたんだ。あのクラスの相手に時間稼ぎに徹されると難しいね……」

 

「チッ、しかも奴等はトウカ様を誘拐するなんて抜かしやがった。ふざけやがって、俺達の前でそんな事させるはずがねーだろ」

 

「うーん、なんか今日のPTAは変な感じだったね? なんかいつもと伝わってくる望みが違ってた。ソウルランナーの破壊よりもトウカ様を攫う事に固執していたし……」

 

 うわ、PTAの幹部が増えてない? 何人居るんだ?

 でも、やっぱり母さんは居ないみたいだな。まだ星乃町で田中マモルネガティブキャンペーン中のようだ。

 しかし、赤神先生よお、誘拐ってのはアウトだろ。遂に女の子にまで守備範囲を広げたのか? やっぱり通報した方がいいのかな……

 

「………………」

 

 あれ? トウカさんが黙ったままだ。

 なんだか元気が無いな。そんなに逃げられた事がショックだったのか?

 そっか、同盟会議は近い。逃げられたのを自分の失態だと思っているのか。

 仕方がない、最近忙しくて疲れているだろうし……僕が元気付けてやるとしますか。

 

「ほら、トウカさんビルの外を見て? 私のオリジナルトリックの拘束技、ストリングスパイダープリズンよ。上手く縛れているでしょう?」

 

 ほらほら食い付け、我ながら芸術的な縛り具合だぞ? こういうの大好きだろう?

 

「……ん、見事だなマモコ。それに、こちらは一人も逃さずに捕まえたらしいな。キミに任せたのは正解だったよ」

 

 は、反応が薄い? いつもなら興味深々で自分も縛って欲しいとか言ってくるのに……本気でヘコんでいるのか?

 

 くっ、他になにか食い付く話題……これにするか。

 

「トウカさん、この装置を知っている? ソウルワールド内でのみ使える転移装置よ」

 

 かなりレアアイテムだと思う。カイテンスピナーズ時代に、自分達で利用しようと思ってアジトを襲撃して漁ったけど滅多にミツカラナカッタ。

 しかも、ソウルワールドから移動させると壊れるし、解析しようとしても壊れる。こんな美品は滅多にお目にかかれんぞ?

 

「これが例の装置か……EE団は私の身柄を要求していたらしいな。なるほど、こんな物まで持ち出して来るとは本気だったのか」

 

 うーん、食い付きが悪い。これは重症かもしれん。こんなに元気の無いトウカさんは初めて見た。そんなトウカさんの様子に、トウヤ君達も少し戸惑っている。

 

「これが噂の転移装置なんだねマモコさん。プラネットラボから離反した最悪のドクター4人組が開発した解析不能な悪魔の発明。これのせいで数多くのソウルギア使いが誘拐されたとか……初めて見たよ」

 

 トウヤ君が気を使って話に乗ってくれたようだ。

 しかし、そう聞くと恐ろしい装置だな。確かにそういう用途で使うなら悪魔の発明と呼ばれるのも納得出来る。その技術をもっと平和的に利用しろよジジイ共め。

 

「へえ、もしかしてその4人のドクター、玉造博士とか独楽造博士とか呼ばれてる人達の事かしら?」

 

 あの変なヘルメット被ってテンション高いジジイ達だろ? それぞれBB団とSS団を率いていたマッドサイエンティストには会った事がある。

 確か更に上になんたらカイザーとかいうボスか居るとかも言っていたな。

 

「うん、そうだよ。玉造、独楽造、糸造、道造。伝統あるソウルギアマイスターの中でも最高峰の名を襲名しておきながらプラネットラボから離反した4人のドクター達だね」

 

 へえ、元はプラネットラボの人間だったのか。ありがちな感じだね。

 

「歴代のマイスターの中でも最高の頭脳の4人が揃った奇跡の世代が一変、最悪の世代と呼ばれる様になった“星乃町の悲劇“ってやつだな。あの博士達が居なくなった事で、プラネット社のソウルギア研究は50年遅れる事になったと嘆かれているぐらいだぜ」

 

 うそ臭え……あのジジイ達がそんな凄い人物には思えない。年寄りの癖に変なテンションだし、正月に要塞を出現させる迷惑者だし……独楽造博士なんてアイジ君にやられて床で無様に転がっていたよ?

 

「あのドクター共にはそれぞれ、プラネット社から40億以上の懸賞金が掛けられている。アイツ等の頭脳を求める組織は多い、アングラな方面に引き渡せば100億は下らねえって噂もあるな。へっ、この町にちょっかいをかける道造のジジイは是非とも突き出してやりてえよ」

 

 け、懸賞金でジジイ共に負けた……くそ、ちょっと悔しい。

 

 ん? つまりミナト君と戦った空中要塞マキュリイでも、アイジ君と戦った地上要塞ヴィヌスでもついでに捕まえおけば30億ゲットチャンスだった? 

 

 裏なら100億!? 倍プッシュで200億か!?

 

 うわーもったいねえ……あっ、僕が気絶している間にミタマシューターズとカイテンスピナーズのみんなは博士達を捕まえたんだよな? あれって警察に引き渡したのかな……

 

「フッ、そうだな。この舞車町の平和を脅かす奴等は許せない、それが私の役目だ……」

 

 うーん、トウカさん本当にどうした。もしかして服の下で自分を縛ってて苦しいとか言わないよな。

 

「トウカ様、最近忙しくて疲れているんじゃないですか? 今日は私達に任せて休んだ方が……」

 

「いや、大丈夫だヒカリ。同盟会議の目前に騒ぎが起きて少し弱気になってしまってな。フッ、責任者として情けない姿を見せてしまった……すまない」

 

「そんな事無いよ姉さん! 姉さんの働きはこの町のみんなが知っているよ!」

「そうそう、トウカ様が情けないなら俺達なんて立場が無いぜ」

「アンタは胸を張っていればいいんだよ。もしも情けないなんて言う奴がいたら俺が黙らせてやる」

「トウカ様……」

 

 トウカさんは慕われてるなぁ、麗しいチームの絆だね。

 

 はあ、辛い時に励ましてくれて、ちゃんと言う事を聞くチームメイトは羨ましいでヤンス。

 クリスタルハーシェルはホウレンソウがしっかりしているし、海外へと違法賭博に行ったりしない……素敵やん?

 

 

 

 久し振りに騒ぎを起こしたEE団とPTA。

 

 同盟会議に向けて警戒を強めたが、それ以降はまったく出没する事もなく日々は過ぎて行った。

 

 

 

 

 そして、いよいよ同盟会議を明日に控えた8月の午後。ヒカリちゃんとパトロールをしていた僕に、トウカさんから呼び出しが入った。

 パトロールの続きをヒカリちゃんとユピテル君に任せ、僕は中央小学校の生徒会室へと向かった。

 

 すっかり馴染みが深くなった生徒会室のドアの前に立つ。ほんのり嫌な記憶をリフレインさせつつ、トイレノックを叩き込む。

 

「トウカさん、私よ、開けてちょうだい」

 

「ああ、パトロール中に呼び出して悪かったなマモコ。周囲に人は居ないか? 確かめてから入ってくれ」

 

 ドアの向こうから聞こえて来るトウカさんの声。なんか警戒してる……また自分を縛っていたりしないよな? 呼び出しておいてそれはマジで怒るぞ?

 

 とりあえず指示通りに周囲を確認した後、扉を開けて中に入る。

 

 生徒会室の中でトウカさんは正しく椅子に座っていた。縛られていたり、自分が椅子になったりもしていない。なんだよ、やれば出来るじゃねえか……

 

「ふう……それで、いきなり呼び出してどうかしたのトウカさん? なにか秘密の企みかしら?」

 

 わざわざ僕一人を呼び出したって事は秘密の話だよな?

 

「フッ、秘密の企みか……そうだな、その通りだ。マモコ、君に頼みたい事がある。明日の午後、三丁目にあるパーツショップの店長にこれを届けて欲しい」

 

 そう言ってトウカさんは机の上に白い便箋を置いた。

 僕はそれを近付いて拾い上げる。特に変わった所は見当たらない普通の便箋だ。

 

 三丁目のパーツショップの店長ってオッチャンの事だよな? ゲスゲスうるさい怪しいヒゲモジャの不審者だ。

 最初の案内以降も、何回かみんなとパーツショップに買い物に行っているので顔見知りではある。届けるのは別に構わんけど……

 

「明日の午後は、第一体育館で全員集合して決起集会があるんでしょう? 私は参加しなくてもいいの?」

 

 この中央小学校の第一体育館は、体育館と言うよりもスタジアムだ。2千人以上が集まっても十分なキャパがある。

 公立のはずなのに税金の使い方が狂ってるとしか思えない。僕はまだ市民税を払ってないから許すけどね。

 あっ、そういえば不老不死になったら僕は永遠に各種納税を続けなければならないのか? 嫌だなぁ、20歳前で肉体を止めて一生被扶養者で暮らしたいてヤンス。養われてえ。

 いや、それだと永遠に年金が貰えないかも……悩むなあ。

 

「その通りだマモコ。君は午前中にタイヨウ達をみんなと一緒に校庭で出迎えた後、昼食会には参加せずにその封筒を届けて欲しい。ユピテルを連れてな」

 

 えぇ? 昼食はJOJO苑の焼き肉弁当が出るってヒムロ君に聞いたから楽しみにしていたのに……ユピテル君も絶対に文句言うぞ? 俺にも焼き肉弁当食わせろって。

 

「実はなマモコ。プラネットソウルズの他のチーム達、特にタイヨウのサンライズコペルニクスが君がチームに加入した事に異を唱えている。クリスタルハーシェルに相応しい人物ではない……そう言われてな」

 

「あ、あら? それは心外ね……」

 

 うえぇ!? なんでぇ!? 清廉潔白で品行方正、公明正大にて頭脳明晰、出前迅速落書き無用でカワイイカワイイ僕の存在に異を唱えるだと!?

 なんて愚かなんだ天照タイヨウ……見損なったぞ! 僕に後ろめたいことなんて何も無い! 横暴だ! 訴えてやる!

 

「理由は田中マモルだ。君と田中マモルの関係性をタイヨウは疑っている。君も田中マモルも月読家の人間である事は、タイヨウ程の立場なら知るのは容易いだろうからな」

 

 ふ、ふーん? まあ、そういう説もあるよね……

 

「もちろん私は反論した。君の存在が月読家に正式に認められている事は、プラネット社を通して月読家当主から確認済みだ。田中マモルの行動は月読家にとっても本意ではなく、何者かにそそのかされて暴走していると正式に答えが出ている。本来ならばキミに関しては文句を言われる筋合いは無い」

 

「そ、そうね。その通りよ」

 

 あ、危ねえ、母さん良くやったぞ! そうだそうだ! 田中マモコは悪く無い! 悪いのは田中マモルだ! いや!? 悪くねえぞ!? もはや意味が分からん!

 

「だから、明日の決起集会で君が槍玉に上げられてしまう可能性がある。一族のソウルギア使い達は大多数がタイヨウの信奉者だからな、ああ言った場で問題を提起されれば大多数がタイヨウを支持するだろう。そうなれば、私も庇い切れる自信が無いんだ」

 

 うっ、大勢の前で晒し者にされるのはゴメンだ。

 

「私もキミを仲間外れにするようで心苦しい。だが、少しだけ我慢をしてくれないか? その封筒には店長へ仕事の依頼書が入っている。君は組織やPTAへの警戒の為に独自に動いている事にしておこう、この会議の期間中に私がタイヨウを説得してみせるから待っていてくれ」

 

 うーん、そこまで言われちゃ断れん、トウカさんは僕の事を心配して色々と行動してくれる様だ。

 焼き肉弁当は……ヒカリちゃんに頼んで二人分確保して置いてもらおう。

 

「そうね、了解よトウカさん。私を心配してくれてありがとう」

 

「フッ、礼には及ばないさ。これはチームメイトである君を守り切れない私の力不足が招いた事態だ……責任は取る。それが私の役目だからな」

 

 うーん、あの襲撃の日以来トウカさんは元気が無いままだ。

 

 表面上は取り繕っているけれど、チームのみんなや僕はそれに気が付いている。

 だが、それを指摘をしても本人は大丈夫としか言わない。最近は今までとは別の方向で困ったちゃんになった。

 

「トウカさん、そこまで役目や責任を背負い込む事は無いわ。抱えきれない程に重荷になったら放り捨ててしまえばいいのよ。少なくとも私はそうした」

 

「駄目だ。それは出来ない。私は天王家の娘として生まれ、その恩恵を受けて育って来た。得るものだけを得て投げ出す事なんて出来はしない……それに、お父様や家の人間、惑星の一族はそれを許したりはしない」

 

 まあそう思うよな、だけど……

 

「でも、私は許す。トウカさんが全部嫌になって投げ出しても許してあげる。それに文句を言う奴が居たら私に言いなさい、ぶっ飛ばしてあげるわ」

 

 トウカさんが逃げ出したいなら、僕はそれを肯定しよう。

 

「マモコ……ふふ、それは心強いな」

 

 父さんは僕が役目から逃げる事を肯定してくれた。母さんだって最終的には認めてくれた。それによって僕は確かに救われた。

 それに、トウカさんは早々に逃げ出した僕と違って今まで立派に役目をこなしてきたのだ。許されないなんて馬鹿げている。

 

 僕だって逃げ出した事を誰かに責められる謂れは……妹だけだな。

 マモリだけは僕を責める資格がある。マモリからの責苦は甘んじて受入れよう。

 

「もちろん、トウヤ君達も許してくれるわ。トウカさんが役目を投げ出したってみんなは必ず味方になってくれる」

 

「そうだな。みんな優しくて出来た子達だ。きっとそうしてくれるだろう……」

 

 少し特殊な趣味を持っているけど、悪い奴等ではない。約2ヶ月同じチームの仲間として過ごして来たから断言出来る。

 

「そうね、だから役目とか責任なんて程々に果たしていれば問題無いのよ。失敗しちゃったらごめんなさいぐらいの気持ちでこなしましょう?」

 

「ふふ、随分と適当なアドバイスだが……悪く無い。私達惑星の一族に必要なのは、ゆとりのある心なのかもしれんな」

 

 おっ、久し振りにトウカさんの笑顔を見た気がする。

 

 やっぱり元気でいるためには悩みすぎないことが一番だ。思い詰めれば身体にまで悪影響を及ぼす。

 安心と安全を胸に、伸び伸びと健康に生きるのがこの世で最も貴くて素晴らしいのだ。それが僕にとっての真理、辿り着いた答え。

 もちろん、僕は僕が一番大事でカワイイけど……周囲の友達や仲間、家族にだってそうあって欲しいと思っている。

 

 フヒヒ、それにトウカさんには元気でいてもらって約束を果たして貰わないとね? 

 月のソウルを手に入れる為、僕が不老不死になる為に、トウカさんが僕を助けてくれなくては困ってしまう。

 だから、トウカさんには元気で居てもらわないと困る。困ってしまうのだ。

 

「そうね、辛い時はちゃんと助けてって言いなさい。トウカさんが助けを求めれば私が必ず助けてあげる。私だって失敗しそうな時はトウカさんに助けを求める。それで何も問題は無いでしょう?」

 

 フヒヒ、世の中はギブアンドテイク。トウカさんみたいな有力者に貸しを作れば将来百倍のテイクになるだろう。

 

「ああ、その通りだ。全てのソウルギア使い達がそうなれば良いな。キミが言っていた平和な世界とは……そうやって助け合える世界の事なんだな」

 

 おっ、ようやく前向きになったな。ソウルの半分が優しさで出来ている僕の優しい心がトウカさんを元気を取り戻した。

 

 重苦しいトウカさんの表情が晴れ、生徒会室にいい感じの空気が流れる。

 

 いやあ、僕は本当に良い事を言うなあ。カワイイと強いを両立させるだけに飽き足らず、心のケアまで完璧だぞい♡

 

「そうだ。さっそくマモコに助けて欲しいのだが……」

 

 おっ? さっそくヘルプかい? 積極的だね。

 

「あら、何かしら? 私に出来る事ならなんでもしてあげるわよ?」

 

「その、キミがビルで使っていたオリジナルトリックがあっただろう? あれで私を縛ってくれ、実は気になってしょうが無くてな……だめか?」

 

 なんでもとは言ったけど……この空気でそれを言うか?

 うーん、弱ってて元気無いのは事実だし……

 

「しょうがないわね。今日は特別よ?」

 

「あ、ああ! 今日で最後だ! 頼む!」

 

「ストリングスパイダープリズン!!」

 

 ホルダーからトワイライト・ムーンを取り出して起動、ソウルの糸で描く蜘蛛の巣がトウカさんを縛り上げる。

 

「こ、この大胆かつ繊細に縛られる感触――んんっ!? す、素晴らしい。やはり信頼する誰かに縛って貰うのは――ひゃん!? じ、自分でやるのとは段違いだ。これで明日は頑張れる……ありがとうマモコ、私はこれで大丈夫だ」

 

「ど、どういたしまして……」

 

 宙づりになったトウカさんは実に嬉しそうだ。縛りを重ねる度にビクビクと嬉しそうに跳ねる。くっ、いい笑顔しやがって……

 ごめんよ僕のトワイライト・ムーン、こんな使い方はしたく無かった。

 えっ、あの子が元気になるなら構わない? マジかよ……まあ確かに元気を取り戻したから良しとするか。

 

 明日からいよいよ同盟会議が始まる。今日ぐらいはトウカさんの遊びに付き合ってやるとしよう。

 

「ま、マモコ? もうちょっと強めに……」

 

 やっぱり良くないかも……



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遅刻厳禁!! 現地集合プラネットソウルズ!!

 

 

 いよいよやって来た同盟会議当日、時刻は十時を過ぎて少し小腹の空いて来た時間帯。

 僕達クリスタルハーシェルと、同盟会議に参加する多数のソウルギア使い達は、舞車町の中央小学校の校門前広場で他のチームの到着を待っていた。

 

 他のチームとは即ち、クリスタルハーシェル以外の主要4チーム、惑星の一族の同盟プラネットソウルズにおいて、各ソウルギアを最も使いこなせていると判断された子ども達が集められたチームを指す。

 

 ソウルシューターを担当し、水星ミズキが率いるシューターチーム“タラリアズッピ“。

 

 ソウルスピナーを担当し、海王リエルが率いるスピナーチーム“トライデントルヴァリエ“。

 

 ソウルストリンガーを担当し、土星ホシワ率いる“リングカッシーニ“。

 

 この3つのチーム、一応資料を渡されたからリーダーとチーム名はギリギリ覚えられたけど、他のメンバー全員はとてもじゃないが覚えられない。

 まあ、所詮はAランクの頂点を奪われたチーム。ソラ君、ホムラ君、ユキテル君に負けた敗北者じゃけぇ。だから覚えきれなくても……あっ、ヨリイトストリンガーズはまだ1位じゃなかったっけ? そのうちユキテル君がボコボコにするだろうから一緒だ一緒。

 

 そして、同盟の長でもあり、ソウルカードを担当するのが天照タイヨウが率いる“サンライズコペルニクス“だ。

 

 流石の僕もこれだけはメンバーを覚えて……ない。覚え切れてたまるか。確か副リーダーが蒼星アオイだったよね? 天照タイヨウの許嫁の。

 会った事もない奴らを何十人も覚えられねえよ、雰囲気と流れでなんとなく乗り切れば大丈夫だよね?

 

 それにしても遅い。4つのチームのメンバーは誰一人として到着していない。

 

 今日は珍しく曇り空で日差しも弱く、八月にしてはそこまで暑くはない。

 だが、いい加減待つのは辛くなってきた。ソウル体なので肉体的にではなく精神的にだ。トウカさんに言われて、クーラーの利いた室内で待機しているユピテル君が羨ましい。

 ツララさん達お手製の力作、イラストたっぷりの同盟会議のしおりには十時集合って書いてあるぞ? ちゃんと読んだか? この僕を待たせるとはけしからん。

 

「このエンジン音、軟弱野郎がようやくお出ましみたいだな」

「ああ、タラリアズッピが到着だな!」

 

 レイキ君とヒムロ君の言葉に耳を済ませると、確かに車のエンジンが聞こえて来た。

 やがて、校門に黒塗りの車が入って来る……な、長ぇぞ? 車体がクソ長い。

 こんなアホみたいな車が実在するのか……長過ぎて道を曲がり切れないだろ。

 

 車の中から続々と人が降りて来る。全員女の子だ。

 そう言えば資料で読んだタラリアズッピはリーダーを除いて全員女の子のチームだったな。

 そして、最後にゆったりとした動作で降りて来た少年が居た。

 水色の長髪をキザったらしくかきあげ、ため息をつきながらこちらへと歩いて来る。コイツが水星ミズキか。

 

「ふぅ、相変わらず狭苦しい町だねトウカ。高貴なる僕は息が詰まってしまうよ」

 

「星乃町と比べればな。でも私は舞車町を気に入っている。正月以来だなミズキ。相変わらずで安心したよ」

 

 う、うぜぇぞコイツ、まずは遅刻を謝れよ。そんな車に乗ってるから遅れるんだよ。

 自分達の町をディスられ、トウカさん以外のみんなは不満気に水星ミズキを睨んでいる。

 でも、コイツも水星姓なんだよな……カイ君とミナト君の兄弟の可能性が高い。顔も似ている様な気がする。母親は違うのかもしれないけどね。

 

 そんな風に思っていたら、水星ミズキは僕の事を品定めでもするようにジロジロと見ていた……下卑た視線だな、セクハラで訴えるぞ?

 

「ふーん、田中マモコなんてダサい名前だから期待していなかったけど……」

 

 アァン? やんのかゴルァ!?

 

「いいね、美しいじゃないか。どうだい田中マモコ、僕の十番目の婚約者になるつもりはないか?」

 

 う、美しい?

 ……なんだよ水星ミズキ、良いやつじゃん。僕の美しさが分かるなんて善人だよ。

 

 フヒヒ、しかも初対面で求婚されちゃった。

 でも、私を一番に想ってくれる人じゃないとなーどうしようかなー?

 いやぁ、モテる女は辛いね。取り巻きのチームメイトの女の子達の視線がこわ~い♡ 

 特にあの小さい子の殺意がこもった目が怖い。そんなに怒らなくても……物凄い目力だ。

 

「フフッ、残念だけど……」

「勝手にマモコに求婚しないでくれ、私の大事なチームメイトだ」

「ミズキさん、初対面でそれは不躾過ぎるんじゃないですか?」

 

 トウカさんとトウヤ君が僕を庇う様に前に出た。

 なんだなんだ? 僕が取られてしまうと焦ったのか? いやー愛され過ぎて困っちゃうな。

 

「おやおやトウヤ? トウカはともかく君が僕に意見するなんて随分と調子に乗っているじゃないか。少し強くなったからって増長しているのかい?」

「増長なんかしていません。言うべき事を言っただけです」

 

 トウヤ君、すっかり逞しくなって……感慨深いねえ、ヒカリちゃんもうっとりとした顔で君を見ているよ?

 

「ヘッ、ミタマシューターズに一番を奪われたリーダーは余裕だな? ナンパする程暇があるなんてよォ」

 

 はは、痛い所をつくなレイキ君。口撃は基本、それでこそランナーだぜ。どんどん言ったれ。

 

「ぐぬっ!? が、ガーディアンズの分際で水星家の正統後継者であるこの僕になんて無礼な口を利くんだ!」

 

「正統後継者? 最近の噂じゃ、裏切り者の二人の方が後継者に相応しいって評判らしいぜ?」

 

 ほーん、カイ君とミナト君がねえ。

 

「こ、この僕がカイとミナトに劣っているだと!? 馬鹿を言え! 奴等は僕がわざわざリベンジに御玉町へ向かったのにもぬけの殻だ! きっとこの僕に恐れを成して逃げ出したんだ! 一度だけ偶然勝利したからって勝ち逃げしている卑怯者さ!」

 

 そりゃあ、中国に行ってるからね。御玉町にはいないっスよ?

 

「はん、相手にされて無いだけだろ? 噂じゃ随分とボロ負けしたらしいじゃねーか、ミズキ様よォ?」

 

「れ、レイキ! キサマよくも――」

 

 おいおいレイキ君? そこまで言ったら可哀想じゃない? 惨めな負け犬でも一応同じ同盟の仲間なんだしさ。

 

「そこまでだ! 今日は諍いの為に集まった訳ではない! プラネットソウルズの一員として見苦しい姿を見せるな! レイキも口が過ぎるぞ!」

 

「へいへい、了解だよ」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 トウカさんの一喝で二人は不満気に黙り込む。

 ありゃりゃ、空気悪いなぁ……仲良くしようぜ?

 

「あっ、この音はリエル様達だね」

「ああ! トライデントルヴァリエ達が来たぜ!」

 

 ヒカリちゃんとヒムロ君の声に、その場の視線が校門へと向かう。

 

 おっ? ようやく到着……ん、なんだこの音? パカパカって聞こえる。

 そして、校門の向こうから見えて来た影……あれは馬? 人が乗った馬が集団で校門に向かって来ていた。

 

「ヒヒィーン!!」

「いい子……いい子ねアリオン。暑いから……あそこの屋根のある駐車場に止まろうね」

 

 先頭を歩き、嘶く黒い毛並みの馬を宥めつつ校内の敷地へと侵入して来る女の子……あれが海王リエルか。

 ピンク色をした非常識な髪をふわふわと伸ばし、どこか眠たげでダウナーな雰囲気を醸し出している。

 そして、校門から次々と乗馬した集団が駐車場に行儀良く収まって行く。実にシュールな光景だ。全員女の子なのがひと目で分かる。

 しかし、学校まで馬で来るとは……いや、馬はともかくとして……

 

「ゴメン、トウカ……遅れた……」

 

「構わんさリエル、君達が二番目だ。タイヨウとホシワはまだ到着していない。廻転町に遠征していたと聞いたが成果はあったのか?」

 

 廻転町に遠征? そうか、カイテンスピナーズにリベンジに行ったのか。

 

「ううん……ホムラは留守だったから……会いたかった……色んな所を探したけど……見つからなかった……そのままアリオン達に乗せて貰って舞車町まで来た」

 

 ああ、そいつらなら今は中国っスよ? 違法なルートだから足取りが掴めなかったのかもね。

 

 海王リエルとトウカさんは親しげに会話を続けている。その横では水星ミズキがムスッとした顔で黙り込む。

 だが、僕としてはそれよりも気になって仕方がない事がある。

 

「ねえ、ヒカリ? なんであの人達チーム全員がスク水を着ているの? もしかしてアレがユニフォームだったりするのかしら……」

 

 絶対に異常だ。なのにみんな突っ込まずに、当たり前の様にスク水集団を受け入れている。

 あの格好で各地を乗馬してホムラ君達を探し回ったのか……凄え度胸だ。イカれてやがる。

 

「海王星の意思が喜ぶからだってリエル様は言ってたよ。ふふ、最初は驚くよね。私達はもう慣れちゃったけど」

 

 海王星ェ……碌でもねえ惑星の意思も居るんだなぁ……絶対おかしいだろあの格好、慣れちゃいけないよ。

 

「アナタが……田中マモコ?」

「ひゃッ!?」

 

 いつの間にか僕の目の前にスク水ガールが居た。

 くっ、気取れなかったぞ? 変態だけど油断ならねえな。

 

「夏なのに黒いドレス……変な格好……暑そう……」

「そ、そうかしら?」

 

 お、お前に服装でどうこう言われたくねえ! 僕の黒ゴスルックは夏だろうが完璧だ!

 

「でも……似合ってる。カワイイ」

 

 か、カワイイ? 

 ……なんだよ海王リエル、良いやつじゃん。僕のカワイイが分かるなんて善人だよ。

 

「ありがとう、アナタの格好も素敵よ」

 

 へへっ、人の服装にケチ付けるなんて心の狭い奴がやる事でヤンス。

 

「うん……そのまま泳げるから私も気に入ってる……」

 

 機能性重視なのか?

 

「あっ……ホシワ達も来た……」

 

 海王リエルが振り向いて呟き、僕もそちらに釣られて目を向ける。

 

 校門の先に見えて来たのはチャリンコの集団……海王リエル達とは真逆であれは全員男の子だな。極端な奴等だ。非常にむさ苦しい集団だ。

 しかし、随分とガタイの良い奴等だ。この距離からでもガッチリとした体格の良さが伺える。本当に小学生かよ? 

 

 だけど、チャリでやって来るのは非常に小学生らしくて好感が持てる。長い車とか馬よりは百倍マシだ。

 僕だって遠出するならチャリだぞ? ギアが12段階まで変えられる自慢の愛車だぜ。

 

 自転車の集団は校門を抜け、そのまま敷地内の駐輪場へと向かう。

 場所を取りすぎない様に間隔を詰めて駐輪し、チェーンを二重にロックしている。見かけに依らずマメな奴等だ。

 

 駐輪が終わると、浅黒く日焼けし、短く髪を刈り上げた巨漢の小学生を中心に彼等は一列に並んだ。中心の筋肉男が土星ホシワか?

 

「待たせたなトウカ! そして一族の仲間達よ! リングカッシーニ総勢十名がただいま到着した! 遅れてすまない!」

 

 う、うるせえぞコイツ? 遅刻したのに堂々とし過ぎだろう。もっと卑屈に謝れ。

 

「フッ、肝心のタイヨウがまだだ。私は気にしていないよホシワ」

 

 僕は気にしているけどね。

 

「寛大な心遣いに感謝するトウカ! しかしタイヨウ様が遅刻とは! やはりお忙しい様だな!」

「それはどうだろうな? 騒ぎが少し落ち着いたので学園から直接ここに向かうと言っていたが……」

 

 学園……確かにソウルカードを使うテイマーならあの学園に通っていて当然か。

 ソウルカードは、星乃町の沖合に浮かぶ日本最大の人工島、そこにある私立蒼星学園でしか生産しておらず、あそこに通った者しかテイマーとなる事が出来ないからだ。

 

 ソウルカードは、魂魄獣と呼ばれるモンスターをカードから召喚して戦うソウルギアだ。

 生産方法が他の4つに比べて少し特殊で、テイマーの数は他のソウルギア使いと比べると非常に少ない。

 

 なんでも魂魄獣を操り育てる術を編み出したのは、地球を司る惑星の一族蒼星家であり。それをソウルカードというソウルギアに落とし込む術は蒼星家だけの秘伝らしい。

 そして、ソウルカードは大量に生産する事ができず、扱うにも資質がないと不可能だそうだ。

 マモリの近況を聞いた時に、父さんに見せてもらった学園紹介のパンフで読んだので少しだけ詳しい。

 

 つまり、No.1テイマーである天照タイヨウがあの学園に通っているのは当然なのだ。妹のマモリも通っているであろうあの学園に……ああ、僕はそんな事にすら気付いていなかった。

 

 田中マモルが15億の賞金首になった今、マモリは僕の妹として肩身の狭い思いをしているかもしれない。あそこは惑星の一族の子弟が数多く通っている場所だ。

 それに、学園でも強い立場に居るであろう天照タイヨウは、田中マモルに関係している疑いがあるとの理由でマモコにまで異を唱える程のマモルアンチ。

 もしかしたらマモリが天照タイヨウに意地悪されていたり……マモリ、ゴメンよ……母さんのせいで。

 

「そうか! 俺達のチームは夏休みに入ってすぐに遠征に出発したので星乃町の情勢には疎くてな! 牙を取り戻したユキテルと雌雄を決する為に撚糸町まで向かったのだ! 残念ながらユキテル達は町に居なかったがな! 噂を頼りにそのまま各地を探したが足取りすら掴めん! 一体ヨリイトストリンガーズは何処へ行ってしまったのだろうな!」

 

 すんません、アイツらも中国へ違法賭博の旅に行ってます。

 いつになったら帰って来るんですかねぇ……もう夏休みっスよ?

 

 僕の視線を感じたのか、土星ホシワがこちらを見据えた。

 

「む? 君が噂の田中マモコか!? 夏なのに随分と暑苦しい格好をしているな! 小学生なら半袖短パンがベストだぞ!」

 

 暑苦しいのはそっちじゃい! 赤神先生みたいな事ほざきやがって。

 

「だが……いい目をしているな! そして相対しているだけで君の強大なソウルが伝わって来る! 悪い噂など当てにならんな!」

 

 い、いい目をしている?

 ……なんだよ土星ホシワ、良いやつじゃん。僕の曇りなき眼の良さが分かるなんて善人だよ。

 

「フフッ、ありがとう土星ホシワさん」

 

 これで言われてみたいベスト7のセリフをゲットだ! ベスト10コンプリートまで後8つだ!

 

「おお! タイヨウ様がお見えだぞ!」

 

 土星ホシワが上空を見て叫ぶ、僕も釣られて空を見上げる。

 

 見えて来たのは……ど、ドラゴン? 金色に輝く巨大なドラゴンがこちらへ向かって飛んで来る。

 

「おお、あれはまさしくタイヨウ様の魂魄獣、アポロニアスドラゴン」

「なんて神々しい姿だ。直接お目にかかるのは初めてだ」

「学園で魂魄獣を召喚して飛んできたのか? 間違いなく一時間以上はかかるぞ?」

「あれ程の魂魄獣の召喚を舞車町まで維持し続けるとは……素晴らしい」

「なんて莫大なソウル、やはり天才か……」

 

 周囲のソウルギア使い達がざわつき、口々に天照タイヨウを褒め称える。

 

 ケッ、遅刻した癖に大層な登場しやがって……本当は近くまで車で来てドラゴンに乗り換えたんじゃないの? 遅れたからインパクトで誤魔化そうとしてさぁ、卑劣な奴だね。

 

 ドラゴンはゆっくりと巨体を校庭へと降りて行く、校門前の広場に収まる大きさじゃない。

 ソウルギア使い達はドラゴンを追い、次々と校庭へと向かって行った。

 

「フッ、派手な到着だなタイヨウ、行くぞみんな」

 

 トウカさんの言葉に僕たちも校庭へと向かう。なんか釈然としないな。

 

 

 

 校庭へ着くと、巨大なドラゴンは光に包まれながら消えて行く所だった。

 行き先はカードだ。校庭の中心で右手を掲げる少年の手に収まるキラキラとしたカードの中にドラゴンは吸い込まれて行く。

 

 あれが天照タイヨウ……いや、テレビで見たから見た目は知ってるけどね。

 赤い瞳にサラサラとした金髪、小学生6年生にしては高身長でパリッとした学園の制服をスマートに着こなしている。

 くそ、僕とパツキンキャラが被ってるじゃないか! パクリ野郎め!

 

「おお、流石タイヨウ様。高貴なる到着です」

「タイヨウ様遅い……遅刻……」

「タイヨウ様! ご健勝の様でなによりです!」

「タイヨウ、ようやく到着だな」

 

 周囲の人集りの中心、天照タイヨウとそのチームメイトにトウカさんを含めた4人のリーダーが歩み寄って行く。

 

「直前まで父上と話があってな。許せお前達」

 

 偉そうな謝罪だ。絶対に悪いと思ってないだろ。

 

「そして一族の同胞達よ! 出迎えに感謝する!」

 

 周囲に向かってよく通る声で労う天照タイヨウ。同胞って……流石のキャラの濃さだ。

 そして、後に控えるサンライズコペルニクスのチームメイト達も強いソウルを感じる。見た目で既にキャラが濃い。

 

 特にあの仮面を被った奴なんてキャラ作りを徹底し過ぎじゃない? お前そのカクカクした格好いいフルフェイスの仮面で授業を受けてんのか? 給食の時間とかどうすんの?

 でも、チームに一人仮面キャラが居るとバリエーションが豊富に見えるなあ……ちょっと羨ましいぞ? 家のチームもレイキ君辺りに被らせるか?

 

 まだまだ、話し合いを続けるリーダー4人と天照タイヨウ達。

 なあ、早く校舎に入ろうぜ? 熱中症で倒れちゃうよ?

 

 ふと、視線を感じる。天照タイヨウの後に控える9人のチームメイト、その中に居る黒髪の少女が僕を射殺さんと言わんばかりに睨んでいた。

 こ、怖え……あの黒い髪に青い瞳。写真で見たから間違いない、天照タイヨウの許嫁の一人で副リーダーの蒼星アオイだ。

 しかし、なんで僕を……そうか! カワイイカワイイ僕を天照タイヨウが目の当たりにしたら、心が奪われると危惧しているんだな!?

 ふぅ、やれやれ。カワイイってやっぱり罪だね。

 

 すると、天照タイヨウ達がこちらへと歩んで来る。なんか用かな? あれか、求婚か?

 

「キサマが田中マモコか……」

 

 何かを見極める様に、険しい顔で僕を見る天照タイヨウ。

 あれ? もしかしなくても好感度低い感じかな……

 

「ええ、そうよ。そういうアナタは天照タイヨウね、有名人だから私でも知っているわ」

 

「ふん、白々しい態度を……女狐が」

 

 め、女狐だと?

 ……なんだよ天照タイヨウ、嫌なやつじゃん。純真無垢で清らかな僕のソウルが分からんとはね。コンコーン!

 

「タイヨウ、私のチームメイトを侮辱するのはやめてくれ」

「タイヨウさん、今のはマモコさんに失礼です」

 

 トウカさんとトウヤ君がすかさず天照タイヨウに抗議する。いいぞいいぞ! もっと言ったれ!

 

「チームメイトか……そんな得体の知れない奴を庇い立てるとはらしくない浅慮だぞトウカ。そしてトウヤ」

 

「浅慮ではないさ、私はマモコをチームに入れた事を間違いとは思わない。これで良かったと思っている」

「タイヨウさん、俺達クリスタルハーシェルはマモコさんに救われました。だから自分のソウルに従ってマモコさんを信じています」

 

 ……ちょっと感動しちゃった。

 

「それにタイヨウ、お前の方こそ見慣れない仲間を連れているじゃないか。彼の紹介はしてくれないのか?」

 

 あっ、あのフルフェイス仮面は新顔なのか?

 いや、中身は意外と知ってる奴かもしれんぞ? キャラ立ちを気にして夏に向けてイメチェンしたのかもしれない。

 

「そうだな、コイツは――」

「マモコキラー」

 

 ……は?

 

「ゴメンなさい、聞き取れ無かったからもう一度名前を――」

「マモコキラー、僕の名前はマモコキラーだ」

 

 そっかぁ、マモコキラー君か……

 

「ず、随分と変わった名前ね?」

 

 このフルフェイス仮面、少し高めだけど男の子の声だ。

 一体誰だ? 田中マモコはこの町以外で活動していない、恨まれる所以がないだろ……キラーって……

 

「少し悪趣味が過ぎるぞ、タイヨウ。名乗らせるにしても他の名前が――」

「マモコキラーはコイツが望んだ名だ。それに、ソウルギア使いは己のソウルネームを自由に決める事が出来る。惑星の意思によって保証されたソウルギア使いの権利だ」

 

 それにしてもさぁ、特定の個人を誹謗中傷するようなのはアウトじゃないの? 匿名のネトゲじゃあるまいしマナーって物があるだろ。

 

「マモコキラーの名が気に食わんか? だが田中マモコ、お前の名はどうだ。それは貴様の真の名か?」

「そ、それは……」

 

 ううっ、別に僕が文句言った訳じゃないのに。

 

「フン、名乗れんだろうな。人の名に異議を唱えるのならば、まずは自身を偽るのはやめろ。話はそれからだ」

 

 ぐ、ぐぬぬ……レスバも強いな天照タイヨウ。

 だが、論点をずらして人の痛い所を突くなんてテイマーの風上にもおけねぇ! 恥を知れ恥を!

 

「タイヨウ様、時間が迫っています。その様な者の相手は終わりにして体育館へ移動しましょう」

 

 背後で静かに控えていた蒼星アオイが声をかける。相変わらず鋭い目で僕を睨んだままだ。

 

「そうだな、行くぞ皆のもの! 体育館へと移動して準備を始める!」

 

 デカイ声で周囲に宣言し、天照タイヨウ達は僕を放ってスタコラと歩いて行った。

 と、思ったらトウヤ君の前で歩みを止めた。

 

「トウヤ、しばらく会わぬ内に成長した様だな。良い面構えになった。ソウルの波動も力強さに満ちている」

 

「えっ? あ、ありがとうございますタイヨウさん」

 

 突然褒められたトウヤ君、困惑しつつも満更でもなさそうな様子だ。

 

 後から来て仕切り出したあげく、手塩にかけて育てたトウヤ君に粉かけやがって、僕のトウヤ君を奪うつもりか? 

 ほら、ヒカリちゃんも胡乱げな目で天照タイヨウを睨みつけている。僕たちのトウヤ君を甘言で誘惑するなんて許せねえよな?

 

 そして、天照タイヨウ達の後に付き従う様にその場のソウルギア使い達も次々と移動を開始を始めた。

 大勢の人の波が出来て周囲はガヤガヤと騒がしくなる。

 

「すまんなマモコ、今は時期が悪くてタイヨウも気が立っている。許せとは言わん。だが、本来は人を悪しざまに言う男ではないんだ。それだけは知っておいてくれ」

 

 トウカさんが僕の肩に手を置き、静かな声で語りかけて来た。

 いやまあ、向こうから見れば怪しいのは間違いないだろうからさ……腹は立つけど納得は出来る。

 

「気にしていない……とは言わないけど、心に留めておくわ」

 

「フッ、それで十分さ。マモコ、私はお前をチームに入れた事を後悔などしていない。その選択は正解だったと信じている」

 

 トウカさん、あったけぇ……

 

「ユピテルと共に例の件を頼むぞ……気を付けて行けよ、マモコ」

 

「ええ、任せておいて。トウカさん」

 

 目立たないように気を付けて、封筒をオッチャンに配達するだけだろ? 

 それに、その後は直帰してもいい楽チンなお仕事だ。楽勝だぜ!

 

 

 

 人の流れに気配を隠して紛れ、ユピテル君の待機している教室に向かって合流する。

 その後、ユピテル君と共にコソコソと人目を気にしながら小学校を出て3丁目のパーツショップへと向かう。

 

 町中には、そこら中にソウルギア使いや賞金稼ぎが溢れていた。

 先程天照タイヨウが召喚したドラゴンについて興奮しながら話をしている輩も結構いる。そりゃあ黄金のドラゴンは目立つよな。

 

「同盟会議は本当にお祭りみたいね。ほらユピテル君、かき氷の出店まで出てるわよ」

 

 今日の決起集会や、会議の一部内容は舞車町内のローカルTVで放映される。それを目当てに集まってる輩も多いらしい。

 そして、明後日から開催される交流戦では一般の挑戦者も募集するそうだ。

 そのバトルで活躍すると、ガーディアンとして取り立てられる事もあるらしく、そちらを狙って集まるソウルギア使いも多いのだろう。

 

 それ故に、同盟会議開催中の舞車町にはソウルギア使いの子ども達が大勢集まる。

 それを狙って出店や移動式の屋台などがそこら中で営業しているのだ。

 

「ああ、そうだな……」

 

 おいおい、どうしたユピテル君? いつもの君ならかき氷食べたいって騒ぐ場面だろう? 今日は朝から口数が少ないよね。

 

「ユピテル君、今日はなんだか元気がないじゃない。具合でも悪いの?」

「いや、トウカから任されたからな。気を引き締めてんだよ」

 

 はは、気合入れすぎでしょ。封筒を届けるだけだぞ? 

 それに、厳密に言えば君はクリスタルハーシェルのメンバーじゃないから仕事ではないし……まあいいか、やる気があるなら水を差す必要もないだろう。かき氷は届け物が終わってから食べるとしよう。

 

 ガヤガヤと賑やかな大通りの町並みを歩く。中途半端な人の多さではなく、ここまで賑わうと隠形は容易だ。

 

 オッチャンのパーツショップは3丁目の大通りを少し外れた路地でひっそりと営業している。

 目立たぬ立地に小汚い店構え、最初は違法な店かと警戒したパーツショップだが、目立ちたくない今の僕としては好都合だ。

 

 田中マモコがいないと天照タイヨウが騒ぎ出した時に、町中で目立っているとすぐに居場所を把握されてしまう。

 なので、トウカさんの頑張りで僕に対するヘイトが収まるまではひっそりと過ごす。

 トウカさんにもそうした方がいいと言われているし、僕も余計なトラブルはゴメンだ。

 

 上手い事目立たずに、パーツショップに到着する事が出来た。

 中が伺い知れない曇ったガラス戸を開く、相変わらず客を呼ぼうとする努力をしない店だ。

 

 カランコロンと、入口のベルが鳴る。目当ての店長はすぐに見つかった。

 カウンターの向こうで椅子に座り、棚の上に置かれたテレビを夢中で視聴している。客が来たんだから応対しろよ。

 

「店長、トウカさんから届け物があって来たの。仕事の依頼書よ」

 

「ああ……マモコちゃん。話は聞いているでゲス」

 

 テレビから目を離さずに店長はそう呟く。

 

 僕も、テレビの画面に視線を向ける。そこには第一体育館の様子、実質スタジアムの様子が映し出されていた。

 

 スタジアムの中央には椅子が5つのグループに分かれてセットされている。プラネットソウルズの主要5チームがあそこに座り、他のソウルギア使い達は観客席で決起集会を行うのだろう。

 だが、今は昼食会の時間なので人はまばらにしか映っていない。観客席で焼き肉弁当を食う奴等と、よくわからない機材やカメラなどを設置するスタッフだけだ。

 少なくとも、後一時間は経たないと決起集会は始まらないだろう。そんなモンを見て楽しいのか?

 

「はい、この封筒が依頼書よ。確かに渡したからね」

「むぅ、一番嫌な予想が当たってしまったでゲスね。町にも例の装置を設置されていた……決起集会を見ている暇はなさそうでゲスね」

 

 なんだか不穏なことを呟きつつ、店長は封筒を開き中身を取り出す。

 

「マモコちゃん、これは君宛の手紙でゲス。舞車町を出てから読む様に書いてあるからまだ読んじゃ駄目でゲスよ」

 

 店長は封筒から出て来た白い便箋を僕に手渡した。

 なんだこれ? 僕宛の手紙だと?

 

「これはトウカさんからの手紙かしら? それに舞車町を出てからってどういう意味?」

 

 少し嫌な予感がする。不穏な雰囲気だ。

 

「そのままの意味でゲスよマモコちゃん。この依頼書にはマモコちゃんを舞車町から安全な場所へと運ぶ様に書かれているでゲス」

「町から運ぶ? 私を? 店長が?」

 

 なんじゃそりゃ? そりゃあ、安全な場所は大好きだけどさ。

 

「その通りでゲス。アッシの本業は運び屋、依頼があれば何でも運ぶのがモットーの商いでゲス」

「え、パーツショップは副業なの?」

 

 確かに怪しいとは思っていたけど、運び屋って……

 

「あまり時間はないでゲスよマモコちゃん。舞車町がソウルワールドに包まれれば脱出がヒジョーに厳しくなるでゲス。ささっ、路地を進んだ空き地に愛車が停めてあるから行くでゲス」

「ソウルワールド? つまり組織が、EE団が襲撃して来るってことかしら」

 

 町をソウルワールドに包むのはアイツラの得意技だからな。

 でも、それなら逃げる事はない気がする。撃退すればいいじゃん。

 

「ちょっと誤解している様でゲスね。ソウルワールド広げたり閉じたりするのは蒼星家に伝わる秘術でゲスよ。ソウルカードもその術を応用して作られている……お父さんに聞いたことがないでゲスか?」

「ええ、初耳ね」

 

 えっと、つまり蒼星家の誰かがこの町をソウルワールドで包むって事か? 僕を逃さないために?

 

「ムムム!? これは不味いでゲスね!? 恐ろしく強大なソウルの持ち主がこちらへ近付いて来るでゲス! 早く逃げるでゲス!」

 

 え? そんなの感じられないけど……店長もしかしてカワイイ僕を騙して誘拐しようとしてない?

 

「店長、一度トウカさんと連絡を取って確認を――」

「あー!! ここでお喋りしてる暇はねーぞマモコ!! 体育館にあの装置が並んでいる以上タイヨウ達の目的は明白だ!! ここでもたつけばトウカの覚悟を無駄にする事になる!! サッサと車まで行くぞ!!」

 

 店に入ってから沈黙を保っていたユピテル君が大きな声で叫びだした。

 

「ゆ、ユピテル君? 急にどうした――」

 

 あっ!? 確かに凄く強いソウルがゆっくりと近付いて来るのを感じる……凄えソウルだな!? 誰だ!? そして店長はソウル察知するの早えな!?

 

「マモコ!! いや、マモル!! このまま舞車町にいればお前はタイヨウ達の手によってプラネテスにされちまう!! 俺みたいな体になっちまうんだよ!! トウカはそれを察してお前を逃そうとしてるんだ!! だから早く行くぞ!!」

「へぁ!?」

 

 返事をする前にユピテル君に腕を引かれ、店の外へと連れ出される。

 

「ちょっとユピテル君、説明を――」

「昨日の夜トウカと話をして思い出したんだ!! 俺はユキテルの別人格じゃねえ!! ユキテルの双子の姉だったんだ!! ガキの頃に魂魄の儀でプラネテスにされた!! ソウルファクトリー五番炉の炉心に焚べる為にな!!」

「はあ!?」

 

 ユキテル君の双子の姉!? 五番炉!? 焚べる!?

 

 ユピテル君は僕の疑問などお構いなしにグイグイと僕を引っ張って行く。

 前を見ると店長はいつの間に僕達の前を走っていた……店長足速えな!?

 

「いいかマモル!! 俺の場合はユキテルがソウルの中に俺を逃してくれたから炉の燃料にならずに済んだ!! だがな!! プラネットラボは新型のソウルラミネート技術を完成させた!! あれはプラネテスを特定の物質に閉じ込めて完全に逃さない為の技術だ!! もしもプラネット社に捕らえられたら一巻の終わりだ!! 永遠に炉心に閉じ込められるぞ!!」

「ええ!?」

 

 怖!? なんじゃそりゃ!? そんな非人道的な事してんのかよプラネット社!?

 

「あれが逃走用の車でゲス!! アッシの愛車に乗り込むでゲス!!」

 

 店長の指が指し示す先を見ると……軽トラじゃねえか!? あんなので逃げるのかよ!?

 

「乗り込むぞマモル!!」

 

 ユピテル君が僕を抱き上げ、そのまま軽トラの荷台にダイブする。痛い!? 頭打った!

 

「さあ! 振り落とされない様に掴まるでゲス!」

「待ちなさい!! 田中マモコを何処に連れて行くつもりですか!?」

 

 急に軽トラの前に躍り出た人影が叫ぶ。

 あれは……誰だ? 声の主は背の低い女の子、腰のホルダーから言ってシューターだろう。

 

「ちっ、誰だ? プラネット社の手先か?」

 

 いや、カワイイ僕が誘拐されてると勘違いした正義の一般人かもしれない。

 

「えーと……誰かしら? もしかしてプラネット社の手先――」

「はあ!? さっき校門前の広場で会ったじゃないですか!? あれだけ視線でサインを送ったのに無視して消えちゃうからすっごく探したんですよ!?」

 

 さっき校門前の広場で……ああ! 水星ミズキのチームメイトの中で一番睨んでいた女の子だ!

 

「水星ミズキのチームメイトね、婚約者の一人の――」

「違います!! 私をあんな気持ち悪い男の婚約者にしないでください!!」

 

 違うの? 十番目の婚約者がどうとか言ってたからてっきりチームメイト全員が婚約者なのかと思っていた。

 

「私は身も心もミナト様に捧げたメルクリウスガーディアンズ!! ミナト様が最も信頼する部下である青神ミオ!! 情報を得るために学園に潜入して、あのボンクラの部下の振りをしていただけです!! 失礼な事を言わないでください!!」

「ご、ごめんなさい」

 

 気持ち悪くてボンクラって、そこまで言わなくても……ん? ミナト君の部下? メルクリウスガーディアンズ?

 

「もしかしてアナタは……ソラ君の言っていた新しい仲間で連絡員?」

「そうですその通りです! じゃんけんに負けたせいで二年間もスパイ活動する羽目になりました! 半分はアナタのせいですからね田中マモル!」

 

 ぼ、僕のせいにされましても……

 

「これでようやく辛いお勤めも完了です! さあ田中マモル! 私に付いてきなさい! 町の外のランデブーポイントまで案内します! カロンでミナト様達が迎えに来る手筈です! ああ、ミナト様ミオがもうすぐ……」

 

 カロンって何? ランデブーポイントってのも意味が分からん。

 でも、迎えって事はみんなは中国から帰って来た様だ。

 それはもの凄ーく助かる。みんなと一緒ならプラネット社もそう簡単に手出し出来ないだろう。取り敢えず匿って貰えそうだ。

 

「カロン? なるほど、確かに冥王のダンナがミカゲお嬢様に持ってかれたって嘆いていたでゲス。あれなら安全にマモコちゃんを運べる……ミオちゃん! 案内よろしくでゲス! アッシの愛車でランデブーポイントまで運ぶでゲスよ!」

「気安く名前を呼ばないで下さい! 男の人は嫌いです!」

 

 文句を言いつつも助手席へと乗り込むミオちゃん。

 男の人が嫌いって……ミナト君だって男の子じゃん。難儀な子だな。

 

「よし! 発進するでゲス!」

 

 僕を荷台に乗せ、勢いよく……って訳でもなく。ゆっくりと安全運転で走り出す軽トラ。遅すぎない?

 だが、近付いて来る強大なソウルの持ち主は速度を変えずにゆっくりと進んでいる様だ。この速度でも余裕で逃げられるだろう。取りあえず追い付かれる心配はいらなそうだ。

 

 正直逃亡なんて非常に不本意で、事態を全然把握しきれていない。

 だが、三人の真剣な様子から僕の身に危険が迫っており、トウカさんが僕を逃してくれたのは真実だと理解出来る。

 

 安心と安全の為には逃亡もやむを得ない、僕の身の安全は何に置いても最優先される。

 ぐぬぬ……舞車町での生活は上手く行っていたのに。プラネット社と天照タイヨウのせいで台無しだ。

 

 はぁ、クリスタルハーシェルのみんなにお別れだって言えなかった。次に会えるのは何時になるかな……



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絶対守護!! 迫り来るキラーキラー!!

 

 

 車通りの少ない道路を、軽トラがゆっくりと走る。

 

 綺麗に整備されてはいるが、まだ開発中の通りなので周囲の建物は非常に少ない。舞車町の中心から離れて行くにつれ、どんどん辺鄙な風景になって行く。

 

 そんな道を走る軽トラの荷台に、僕とユピテル君は座っている。二人で寄り添い荷物の陰に隠れる様に身を潜めていた。

 

 あっ、そう言えばユピテル君じゃなくて……

 

「ねえ、これからはユピテル……ちゃんって呼んだほうがいいかしら?」

「変な気を使うんじゃねーよ、今まで通りに呼べ。俺は……俺だ」

 

 まあ、急に切り替えるのは難しいよね。今まで通りが一番か。

 

「はあ、こうなるのが分かっていたなら色々と準備したのに……それに父さんになんて伝えようかしら」

 

 財布と二台のスマホ、ソウルギアくらいしか携帯していない。

 財布の中身はこれからの生活資金としてはちょっと心許ない、カードは入っているけど現金を下ろしたら居場所がバレそうだ。

 

「安心しろマモル。通帳と印鑑に保険証、それに現金は持ち出して来た」

 

 ユピテル君が懐から茶封筒を取り出して見せて来た。

 

「ありがとうユピテル君。最低限の準備はしていたのね」

「トウカもギリギリまで伝えないのは不本意だって言ってたよ。でも、このタイミングじゃないと色々と都合が悪いって言ってたぜ。アイツなりに精一杯やった結果なんだ。許してやってくれ」

 

 別にトウカさんに文句を言いたかった訳じゃ……いや、やっぱりもう少し早めに教えて欲しかった。タイミングとやらはよく分からんけど、逃亡する本人に直前まで知らせないのはどうなの? 

 うう、僕は枕が変わると安眠出来ないのに……置いて来ちゃったよ。他のお気に入りの衣装もさ。

 

「トウカさん、天照タイヨウ達を誤魔化せるかしら? 私の逃亡を手助けしたって知られたら不味いんじゃない?」

「……心配いらねーよ、トウカは全部考えてある。とにかく、色々と考えるのは町を抜けてからにしようぜ」

 

 確かにトウカさんは有能だけど……最近疲れ気味で元気がなかったから心配だな。

 あっ、この状況の事を悩んでいたのか。

 

「さっきから何を一人でブツブツ言っているんですか田中マモル? あっ、例のピピテルさんと話をしているんですね。見えないけど側に居るって聞いてますよ」

「ユピテルだよ!」

「どひゃあ!?」

 

 突如現れたユピテル君に驚くミオちゃん。この子、スパイにしてはちょっとアレじゃないか?

 

「マモコちゃん、お父さんにスマホで連絡を取るのは位置を特定される危険があるから止めておくでゲス。ダイチ先輩への連絡なら、アッシが人伝にメッセージを届けるルートを知っているから我慢して欲しいでゲスよ」

 

 ダイチ……父さんの名前を知ってるのか。それに先輩って。

 

「父さんと知り合いだったのね店長」

「ゲヘヘ、ダイチさんは学生時代の先輩で元チームメイトでゲスよ。舞車町で住居の用意や戸籍の改竄、ミモリ先輩の衣装をお家に運んだのもアッシでゲス」

 

 へえ、そうなのか。このお気に入りの黒いゴシックドレスも母さんの物だし、店長は見た目によらず有能だね。

 

「そう、なら私からもお礼を言っておくわ店長」

「ゲヘヘ、どういたしまして。マモコちゃんを見ると若い頃のダイチ先輩とミモリ先輩を思い出すでゲス。その格好だとなおさら昔の先輩達にそっくりでゲスね」

 

 先輩達? もしかしてこのドレス着ていたのは母さんだけじゃないのか? 父さん、アンタは……

 

「男の子なのに、女の子の格好をするなんて不潔です……」

 

 うっ、凄い軽蔑の眼差しで見られている。話題を変えよう。

 

「み、ミオちゃん? アナタは蒼星学園に潜入していたのよね? もちろん生徒として」

「はい、そうですよ。学園ではソウルシューターを履修していました。それがなにか?」

 

 せっかくだ。気になる事を確認しておこう。

 

「蒼星学園の四年生に、月読マモリって女の子が居るはずなんだけど親交はなかった? 私の妹なんだけど、学園での様子が知りたくて……」

 

 マモリの様子を知っているなら聞いておきたい。特に、天照タイヨウ達に嫌がらせをされていないかどうかを……

 

「月読マモリ? そんな名前の子は学園にいませんでしたよ? 私も4年生だから同学年は全員顔見知りです。勘違いじゃないですか?」

「え?」

 

 マモリが学園に居ない!?

 あっ、僕みたいに偽名を使っている可能性もあるか。月読家は秘密主義だもんな。

 

「じゃあ、私と似た容姿の女の子は居なかった? 田中って名字かもしれないわ」

 

 マモリもマモコである僕と同様に、金色の髪に青い瞳をしている。それなりに目立つ容姿のはずだ。

 

「うーん、そんな目立つ容姿の子は居ませんねえ。田中って名字の子は私の学年には一人しかいないし……私のクラスメイトで友達の田中さん一人です」

 

 え、田中がそんなに少ないの!? 

 あれか、蒼星学園は一族の子弟が多いから逆にスタンダード名字が少なくなる逆転現象が起こるんだな。クラス名簿が豪華そうだ。

 

「ちなみに、その田中さんの下の名前はなんて言うの?」

「キラーさんです。田中キラーって名前の女の子ですよ」

 

 き、キラーって言うほど下の名前か?

 

「もしかして田中さんって天照タイヨウの側に居た仮面の子? マモコキラーって名乗っていなかった?」

「はい、今年の六月ぐらいから急に名字がマモコに変わったんです。それに様子もおかしくなって……きっとご両親が離婚したんですよ。ううっ、気の毒です……」

 

 そんな名字が存在するはずねーだろ! この子本当にスパイやれてたのか!?

 

「田中キラーさんの様子がおかしくなったって言うのは、仮面を被り出したって事かしら?」

「いえ、仮面は最初から被っていましたよ? 授業を受ける時も、給食の時も、寝る時もずぅーっと被っています。寮で隣の部屋の私でも素顔を見た事ないんです。田中さんは一体どんな顔なんですかね? 最後まで知れなかったのは心残りです……」

 

「そ、そう」

 

 そこまで仮面着用を徹底しているとは、筋金入りだな。

 だが、答えが出てしまった。

 蒼星学園の4学年には月読マモリと名乗る生徒が居ない。

 加えて、金髪で青い目をした生徒もいない。

 ただ、田中キラーと名乗る仮面着用の女の子は居た。

 そして、田中キラーは最近マモコキラーと改名した。

 つまり、あのマモコキラーと名乗っていた人物は僕の妹の月読マモリ、そうなってしまう。

 

 マモリはあんな痛い仮面を被り、阿呆な名を名乗る程に僕を恨んでいるのか……悲しい、悲しいけど事実を受け入れるしかない。妹が早めの病に罹患してしまったのは僕の責任でもある。兄として現実から目を逸らすのはやめよう。

 しかし、田中キラーにマモコキラー……マモリはそこまで僕の事を恨んでいるのか、そりゃあ手紙の返事が来ないはずだよ。

 

「ムムム!? ヤバいでゲス! 追手が急に加速を始めたみたいでゲス! 物凄く速いでゲスよ! この車の位置が分かるなんておかしいでゲスね……」

「はあ!? あっ、本当だ」

 

 強大なソウルの持ち主は、先程のゆっくりとした移動速度が嘘の様に急加速を始めた。追手も車に乗ったのか!?

 

「店長、速度を上げて! 追い付かれるわよ!」

「ゆっくり走る事で認識を歪ませ、ソウルを特定させない特殊な車なんでゲスが……こうなっては仕方ないでゲス! しっかり捕まるでゲスよ!」

 

 先程までのスピードが嘘みたいに速度を上げる軽トラ。

 だが、追手の方が速い。どんどん近付いて来る。

 

「おいマモル! なにか見えて来たぞ!」

 

 荷台から後方を見ると、確かに何かが見えて来た。

 あれは……犬? 二頭の犬が凄い速度でこちらに走って来る。

 

「あ、あれは田中さんの魂魄獣! 太陽と月を追う狼! スコルソルとハティマーニです!」

 

 あのオオカミ達は魂魄獣!? マモリが追手だったのか!

 

「ちっ、追い付かれるぞ! やるしかねえ!」

「待ってください! 実は私、スコルとハティとはとっても仲良しです! いつもオヤツをあげてる私を見れば追跡を止めてくれます! 任せてください!」

「そ、走行中にドアを開けるのは危ないでゲスよミオちゃん!?」

 

 店長の注意を聞き流し、車体に張り付きながら荷台の方へミオちゃんが移動して来た。

 そして、荷台を這って移動し、後方で立ち上がる。

 

「スコル! ハティ! 私です! ミオですよー!」

 

 両手を大きく振りながらスコルとハティに自分をアピールするミオちゃん。

 

 つーかスコルとハティテ…… デケェぞ!?  

 さっきまで遠くに見えてたから分からなかったが、物凄い巨体だ。

 近づいて来てスケール感が狂ったのかと思った。スコルもハティも二階建ての民家くらいの背丈ある。

 

「ほらほら私です! 大人しくし――ふぎゃ!?」

「ミオちゃん!?」

「く、食われたぞアイツ!?」

 

 オオカミの一頭に思いっきり頭から咥えられたミオちゃん、下半身だけが口から露出して足をジタバタさせている。

 

「にゃ、舐めないでくださいスコル!? 放してくださいー!?」

 

 取りあえず……無事か? 割と余裕がありそうだ。

 

「そのまま青神さんと遊んであげて、スコル、ハティ」

「なっ!?」

 

 突如背後から声が聞こえて振り向く。

 運転席の上のルーフに、仮面を被った人物が……マモコキラーが立っていた。

 いつの間に!? どうやって車に追い付いた!?

 

「くっ、敵か!?」

「ユピテル君待っ――」

「吹き飛ばして、フレスヴェーグ」

 

 急に風を感じ、全身を浮遊感が襲う。

 

「なあ!?」

 

 う、浮いてる!? 物凄い風に煽られて軽トラごと空中に飛ばされた!

 

 あの目の前で飛んでるデカイ鳥か!? あれが風を起こしたのか!?  あっ、それに飛んできたから気付けなかったのか?

 くっ、取り敢えずトワイライト・ムーンの糸で脱出を――

 

「逃しちゃだめだよ、ニーズヘッグ」

「ぐへぇ!?」

 

 突如黒い影が僕に目掛けて飛び込んで来た。身体を締め付けられる様な衝撃が僕を襲う。

 というか実際に締め付けられてる!? なんだこれ!? 黒い……鱗!? 蛇だ! デカイ蛇に巻き付かれた!

 

「マモル!? テメエ!!」

「ストリングスパイダープリズン!!」

 

 巨大な蛇の身体に立ったマモコキラーがソウルストリンガーを操り、ソウルの糸でユピテル君を軽トラごと空中に縛り付けた。

 

「ユピテル君!? 店長!?」

「ぐっ、このトリックはマモルと同じだと!?」

「うーん、このトリックの強度だと内側から破れないでゲスね。それにこのレベルの魂魄獣を四体同時召喚……あの二人の子とは言え流石におかしいでゲス」

 

 二人は無事ではあるけど、あそこまでガッツリ拘束されたら抜け出せない。あのトリックの強度はトウカさんのお墨付きだ。

 

「どうかな? 映像で見たトリックを再現したんだけど、なかなか良く出来ているだろう、田中マモコ?」

 

 いつの間にか側に立っていた田中キラー、静かな口調で僕に問いかけて来る。

 操るソウルストリンガーは細部こそ違うが、僕のトワイライト・ムーンそっくりだ。やっぱり、この仮面の下には……

 

「ええ、私のオリジナルトリックを上手く模倣しているわね。近くで見たいから離して貰っていいかしら?」

「駄目だよ……田中もマモコも殺す、僕が殺す。田中マモコ、お前は今日ここでマモコキラーと一緒に死ぬんだ」

 

 本当に殺すの!? なんで自分も死ぬの!?

 

 い、嫌だ! 絶対に死になくない! 僕は不老不死になるんだ! こんなところで死ぬ訳にはいかない! 

 

「ま、マモリ!? アナタはマモリなんでしょう!? お願いだからこんな事は止めて! 私はマモルよ! 田中マモルがソウルメイクアップで変身しているのよ!」

 

 謝るから!? なんでも! なんでもするから殺さないでくれ!

 ………ん? なんかぷるぷる震えて黙り込んだぞ!? 僕の真摯な訴えが響いたのか!? やっぱり情に訴えるのが正解なんだな!? 

 

「マモリ! アナタを置いて家を出たのは悪かったと思ってる! 修行を結果的に押し付けてしまった事も謝るわ! でも私も必死だったの! ごめんなさい!」

 

 そこについては本当に悪かったと思ってる! まさか殺したい程憎まれているとは思っていなかった!

 

「そう……なの?」

 

 は、話しを聞いてくれている! このまま押し切る!

 

「ええ! 手紙にも書いたけどもう少し大きくなったら会いに行くつもりだった! 私も不本意だけどソウルギアの扱いが上手くなったから、アナタの負担を少なく出来るとも思ってた! 決してマモリの事を忘れていた訳じゃない! 信じて!」

 

 これも嘘ではない……不老不死を手に入れてからの予定だったけどね? 

 それなら危険な役目も安全マージンをとってこなせるし、マモリが本気で嫌がっていたなら、家を出てマモリを養ってもいいと思っていた。ソウルスッポン養殖が成功すれば経済的に自立出来る予定だったし……

 

「不本意だった……それに手紙?」

「もしかして手紙は読んでくれなかった? 毎月届いていたでしょう?」

 

 うう、読まずに捨ててる感じ?

 

「ああ、そういう……やっぱりそうだ。間違っていない、僕の考えは間違っていない」

「ま、マモリ?」

 

 ブツブツと呟くマモリ、凄く不穏な気配がする。

 今の内にソウルを集中し、ユピテル君にアイコンタクトを送る。

 

「やっぱり……やっぱりそうだったんだね兄さん。そんな姿に変わり果てても僕の事を忘れないでくれている。兄さんの心がまだ残っているんだ!」

「は、はあ? マモリ、何を言ってるの?」

 

 そんなに姿……あっ!? よく考えれば今の僕ってマモコじゃん!? 

 そういう意味か! マモリから見れば数年振りにあった兄が姉になってるんだもんな! そりゃ、戸惑うか!

 

「痛ましい姿だよ兄さん……やはり、母さんと父さんは許せない! 兄さんを姉さんに変えてしまうなんて!」

 

 う、半分は自発的だけど、ここは母さんと父さんにヘイトを押し付けておこう。

 

「だけど! 僕達兄妹の繋がりはその程度では断ち切れない! 兄さんは仮面を付けていても僕の事が分かった! やはり僕達は深く深く繋がっている! この世で最も強い兄妹の絆だ!」

「お、おう」

 

 ごめん、見ても分かんなかったッス。ミオちゃんの話を聞かなきゃ気付けなかった。

 だって、マモリが僕っ娘になっているとは思わなかったし……僕がソウルの扱いに長ける前に別れたから、ソウルでの判別は出来ない。絶対に拗れるから黙っておこう。

 しかし、兄さんか、昔はお兄様って呼んでくれたんだけどな。

 

「ほら! 見てよ兄さん!」

 

 そう言ってマモリは仮面を脱ぎ去った。その下の素顔が露わになる。

 

「あ、あれ? 髪が黒い? それに……」

 

 その素顔は僕にそっくりだった。鏡でも見ている気分になってくる。

 瞳が青いので、母さんのソウルメイクアップよりもさらに僕に近い容姿、双子の様に瓜二つだ。

 

「た、田中さん男の子だったんですか!? 私を騙してい――ヒャう!? く、くすぐったいですハティ!?」

 

 くそ、下でやかましいなミオちゃん。

 

「マモルそっくりの姿……ソウルメイクアップか!? マモル! お前の家族は再会する時は性転換する決まりでもあんのかよ!?」

 

 くっ、否定しきれねえ。

 

「そうだ木星ユピテル! 僕はこうやって兄さんに近い可能性を映し出す事でずっと兄さんへの理解を深めていた! なのに、それなのに! 兄さんが姉さんになってしまうなんて……許せるはずがない!」

 

 お前も勝手に弟になってるじゃねーか!? そこはお互い様だろ!?

 だが、この言い方だとマモリは僕の事をそこまで恨んではいなそうで……

 

「兄さん、僕が助けてあげるからね。田中もマモコも僕が殺す。月読マモルに、優しい兄さんに僕が元に戻してみせるよ」

「ひえっ?」

 

 どういう意味なのそれ!? 殺すって具体的に何するつもりなの!? 言葉そのままの意味じゃないよね!?

 

「ま、マモリ? とりあえずこのまま一緒に町を出ましょう? 結論を急がなくてもゆっくり話し合えば誤解は解けるわ」

「駄目だよ兄さん、そこまで時間がないんだ。その姿も、その心も、そのソウルも、僕の側にいればきっと元に戻るから安心して」

 

 うう、一ミリも安心できねえ。とりあえずソウルメイクアップを解除して…… 

 

「マモリ! ほら、この姿を見て――あれ?」

 

 も、元に戻らない……ソウルメイクアップが解除出来ない!?

 あれ!? どうやって元に戻るんだっけ!? マズイぞ!? なんだこりゃ!?

 

「ああ、やっぱり。元の姿に戻れないんだよね兄さん? それほど長時間ソウルメイクアップを解除せずにいれば当然だよ。僕だって三時間間隔で解除している。そのための仮面なんだ……ほら、僕はそろそろ時間だよ」

 

 そう言うとマモリは光に包まれ、その姿を変えていった。

 

 光から出てきたのは、田中マモコそっくりの長い金髪に青い瞳の女の子。マモコより背が高い、負けた……

 しかしマジかよ……確かにここ最近は人の目を気にしてソウルメイクアップを解除してなかったけど、本当に戻れなくなるとは思わなかった。

 

「でも、安心してくださいお兄様。私が元の姿に戻して差し上げます。そうしたら……これからはずっと一緒にいられます」

 

 あっ、口調が昔に戻った? でも口調が変わるのは僕もそうか。ソウルメイクアップは役作りが大事だからな。

 

「私を元に戻せるのマモリ?」

 

 あー、でも田中マモルのままじゃ賞金首だし……いや、こうなった以上は田中マモコにだって懸賞金がつくかもしれない。

 

「マモリ、元に戻って、それから一緒に居るのはいいんだけれど、田中マモルは賞金首だから逃亡生活になると思う。それでも大丈夫? 学園やチームには戻れなくなるわよ」

 

 正直これからどうなるのかさっぱり分からない。マモリはこのままサンライズコペルニクスに居た方が良い気もする。母さんの言う通り、プラネット社の味方でいた方が明らかに安全だ。

 

「いえ、そんな心配は無用ですよお兄様。私とお兄様はこれからずぅーっと、永遠に一緒です。私はこのまま学園に通い続け、サンライズコペルニクスの活動も続けます」

「え? どうやって?」

 

 まさか体育館に戻ってゴメンなさいするのか? 田中マモルの悪行は、母さんが僕に成りすましてやったと暴露しろと? そして僕に蒼星学園に入学しろってことか?

 

「ほら、見てくださいこのカード。学園長であるお祖父様におねだりして貰ったブランクカードです。魂魄獣と契約する前のソウルカードですよ」

 

 そう言ってマモリは白紙のカードを僕に見せ付けて来る。

 

 えーと、それがどうかしたの? 

 それに、お祖父様が学園長って初耳なんだけど……両親と妹以外の親族を一人も知らねえぞ僕は? お年玉だって一度も貰ってないよ?

 

「マモリ、そのカードで何をするつもりなの?」

「何って決まっているじゃないですか、このカードにお兄様が入るんです。もちろんデッキに組みこみますから、お兄様と私はこれからは片時も離れずに一緒にいられます。フフッ、楽しみですよね?」

 

 ほーん、僕をカードに…………はああっ!?

 

「ま、マモリ!? 冗談よね!? 冗談を言っているのよね!?」

「冗談じゃないです。そんなに嫌がるなんて……お労しやお兄様。やはり洗脳されている。お母様とお父様、それに――」

 

 マモリは中空で拘束しているユピテル君を睨む。ユピテル君もマモリを睨んでいる。

 

「そこの木星ユピテル! そして天王トウカ! さらに水星ミナト! 極め付けは悪名高き冥王ミカゲ! 全員がソウルマスター候補です! あの卑しい女達がお兄様を誑かしたのでしょう!? 優しいお兄様の心につけ込みバトルを強要していた! レジスタンスの神輿に担ぐ為に! 私には全て分かっています!」

「れ、レジスタンス?」

 

 んなわけねーだろ!? レジスタンスってなんだよ!?

 ……多分ないよね? そんな訳がないよね、みんな? 特にミカゲちゃん? 

 

「お母様だってそう! あんなに嫌がるお兄様に修行を強要しようとした! 才能はあっても心優しいお兄様は争いなんて好まないというのに!」

 

 あ、それは正しい。

 

「お父様は言葉巧みにお兄様を操って! 私とお兄様を引き離した! そして各地を転々とさせ! 自分の都合の言い様にお兄様を洗脳した! お兄様がソウルバトルせざるを得ない状況に追い込んだんです!」

 

 う、うーん? 半分くらい当たってる気もするけど、洗脳は言い過ぎじゃない? 

 父さんは全然家にいないからね、多分年に一ヶ月も僕と一緒に暮らしていない。改めて考えると酷い父親だな……

 

「挙げ句の果てに無謀なソウルメイクアップ! それがお兄様をお姉様に貶めた! 自分達に都合の悪い事は教えずに! 目的の為にお兄様を操っているんです! あれだけ役目を説いておいて自分達はプラネット社も月読家も裏切っている!」

 

 そ、そうかな? 確かに母さんはPTAだけど。父さんは?

 

「田中マモルも! 田中マモコも! そんなのはお兄様じゃない! 私のお兄様は月読マモルです! だから田中を殺す! マモコも殺す! 私のお兄様を取り戻して見せます!」

 

 くっ、マモリは本気だ。完全に自分の考えに囚われている。

 思い込みを正すには、じっくりと話をして少しずつ誤解を解かないと駄目そうだな。

 とりあえず、僕のカード化なんて馬鹿な考えを改めさせよう。妹のデッキに組み込まれてたまるかもんか、闇のゲームじゃあるまいし。

 

「マモリ、アナタが私の事を思ってくれているのは分かった。でも、私をソウルカードにするのは辞めましょう? 恐らく公式戦では使えないわよ?」

「そうですよ田中さん! 田中マモルがカードにされたら任務が完了しません! それに魂魄獣以外のソウルはカードと反発するって授業でやった――うぶぅ!? うぇぇ、ヨダレが……」

 

 そうなの!? じゃあ僕のカード化なんて無理じゃん! 中止だ中止!

 

「フフッ、心配はいりませんよお兄様。ほら、これを見てください。新型ソウルラミネートの溶剤です。これでカードをコーティングすればなんの問題もありません」

 

 マモリが取出したアンプルがキラキラと光っている。

 うう、対策済み……それって母さんがファクトリーから盗んだ例のブツと同じ奴かな?

 

 そんな物をどうやって手に入れて……決まっているか、天照タイヨウのチームメイトなら伝手があるよな。

 天照タイヨウめ、もしかしてマモリがおかしくなったのはアイツのせいか? マモリの方こそ洗脳されているんじゃないのか?

 

「マモリ、落ち着きなさい。きっとアナタは天照タイヨウに色々と吹き込まれたのよね? それで少し混乱しているのよ」

「私がタイヨウ兄さんに? フフッ、やっぱりお兄様はなにも知らない、教えられていない。証拠がまた一つ増えました」

 

 は? タイヨウ兄さん?

 

「タイヨウ兄さんは私達の従兄弟ですよ? アオイ姉さんもそうです。二人とも学園では私を心配して気に掛けてくれています……お母様とお父様なんかよりもずっと親身になってくれた!」

「そ、そうなの!?」

 

 い、従兄弟だったのか天照タイヨウ……母さんの方の親族か? 髪の色が金髪だし。

 それに、アオイ姉さんってのは多分蒼星アオイだよな、あっちも従姉弟かよ。それならなんであんなに好感度低いんだ? めちゃめちゃ僕にガン飛ばして来たぞ?

 

「ただ、青神さんはともかくとして……こうしているのは半分は私の独断。多分二人はお兄様の正体には気付いていません。このソウルラミネートをラボから盗んだのがバレるのも不味いので、早めに終わらせましょう?」

 

「独断? それにラボから盗んだって……」

 

 もしかして……

 

「お母様がコソコソとラボとファクトリーに忍び込んだ日に手に入れたんですよ。思ったりよりも警備が厚かったから派手な騒ぎになりましたが、結果的には正解でしたね。田中マモルに懸賞金が掛かったから結果オーライですね」

「もしかして男の子の格好で盗んだの!? 私にそっくりの姿で!?」

 

 懸賞金の原因は母さんじゃなくてマモリかよ!? 結果オーライじゃねえよ!?

 

「はい! 田中マモルの顔も名前もしっかり宣伝しておきました!」

 

 宣伝しちゃったの!?

 

「な、なんでそんな事を……」

「田中マモルが世間に追い詰められれば、お兄様の洗脳は解ける。真実を直視するはずです。そうでしょう?」

 

 解けないよ!? そもそも洗脳されてないよ!! 真実って何!? 僕を追い詰めたら本末転倒じゃん!? 

 

「じゃあ、一族の有力者が行方不明なのは……」

「それはお母様ですね、ママ友をPTAに誘っていました。タイミングを合わせてウロチョロはしましたけど」

 

 ママ友!?

 

「ぷ、プラネット社の社長を襲撃したのは?」

「ああ、それは私です。お母様と社長がこっそり会ってた所を襲撃して、脛にローキックを叩き込んでやりました! フフッ、痛がってましたよ?」

 

 なんで得意気なんだよ!? それで懸賞金が2億も上がるのか!? うつわ小せえな社長!?

 というか、なんでそんなピンポイントに母さんの行動とタイミングを合わせられるんだろう?

 

「お母様は泣けば許してくれるし、聞いた事にも素直に答えてくれますからね。行動を把握して場を乱すのは容易でした」

 

 母さん、娘にまんまと騙されているよ?

 もしかして、母さんは有能っぽい雰囲気の癖に割と無能なのかな……

 

「馬一族に目を付けられたのはよく分かりませんが……好都合でした。だって、お兄様は私と一緒に居るのが一番安心できて、最も安全なんですから。そうですよね?」

 

 うっ、確かに小さい頃にそういう話をした気がする。

 マモリと遊んでいれば、母さんの修行の強要が若干弱めになったからそう言ったんだけど……これは言ったらアカン奴だ。

 

「優しいお兄様は、本当はソウルバトルなんて望んでいない。一族の役目だってあんなに嫌がっていましたもんね」

 

 うーん、役目は嫌だけど、絶対に勝てると分かるソウルバトルは嫌いじゃないかも。

 勝ち誇るのは気持ちいいよね……勝利後に偉そうに講釈垂れるのは正直快感です……あれ? 僕ってソウルバトル好きなのかな?

 

「安心してくださいお兄様! 降りかかる火の粉! お兄様を利用しようとする悪意! くだらない一族の役目! そのすべてからお兄様をお守りします! 私はその為の力を得ました!」

 

 ま、守ってくれるのは嬉しいでヤンス。出来れば生身のままでお願いしたいっス……

 

「さあ、カードの中に入りましょう? タイヨウ兄さんがプラネット社の実権を握る様になれば、危険な輩は一掃されます。それまで待てば外に出ても安全です。全ての戦いが終わったら、安全で静かな場所で二人で暮らすんです。ああ、素敵……」

 

 天照タイヨウが実権を握れば安全って本当かな? 僕の懸賞金も消えて狙われなくなる? マモリもカードからも出してくれそうだし……

 もしかして、一時的にカードの中って一考の余地ありか? 確かに安全ではありそうだけど、絶対に見つからなそうではある。

 

 うーん、実際カードの中ってどんな感じ? みんな知ってる? え、僕の場合は長く居ると危険かもしれない? なにそれ怖い……

 

「マモリ、全ての戦いが終わるってどれくらい先なの?」

「私やアオイ姉さん達が協力して、さらに仲間を増やし、力を蓄えてから大人共を追い出すので……うーん、早くても十年くらいですかね?」

 

 十年!? そんな長くカードの中に封印されてたまるか!? その頃には僕達も大人じゃねーか!?

 駄目だ。マモリは明らかに正気を失っている。このままでは本当にカードにされてしまう。下手すれば十年もレアカード生活だ。封印されし田中マモルになってしまう。

 

 マモリ相手に実力行使はしたくなかったけど、そうも言っていられない状況になった。

 まずは、この場を切り抜ける。その後にマモリを無力化、時間をかけてゆっくりと説得しよう。

 

「マモリ、考え直してくれない? 私はカードにされたくない」

「やっぱり田中マモコの心が強いんですね……私がここまで丁寧にお話したのに聞き入れてくれないなんて……今のお兄様は本当のお兄様じゃない! 田中とマモコに心を侵されているんです!」

 

 ああ、悲しいけど……仕方がない!

 

「逆巻け!! シルバー・ムーン!!」

 

 ホルダーに収めたまま、シルバー・ムーンを全力で逆回転。僕を中心とした吹き飛ばす力場を発生させる。

 力場は大蛇の締付けに反発し、自由な空間が出来る。これで両腕が使える様になった。

 

「瞬け! プラチナ・ムーン!」

 

 瞬時にソウルチャージを済ませ、左手でプラチナ・ムーンを放つ。

 そのまま光の矢となったプラチナ・ムーンがユピテル君達を拘束しているソウルの糸を崩す。

 あのトリックには外部から突かれると巣が崩壊する弱点がある。誰にも教えてないけどね。

 

「ユピテル君は店長をお願い!」

「任せろ!」

 

 拘束が解かれ、落下する軽トラからユピテル君と店長が抜け出した。

 それを確認したと同時に、右手でピース・ムーンを構える。

 

「エクリプス・ゼロ!!」

 

 僕の必殺技で周囲を暗闇で包む。初見ではマモリも咄嗟の対応出来ないだろう。今の内にみんなでこの場を離脱しよう。

 続けてトワイライト・ムーンを起動、未だに騒がしいミオちゃん目掛けてソウルの糸を伸びして巻き付け、僕の方に引き寄せて抱える込む。

 

「ぎにゃあぁ! なに!? なんなんですか!?」

「舌を噛むから黙ってて! 飛ばすわよ!」

 

 そのまま街灯に糸を伸ばし、伸縮させた反動で大きくその場を飛び出す。

 

「マモル! ここでやらねえのか!?」

 

 店長を抱え、僕の横へと飛んで来たユピテル君が尋ねてくる。

 

「とりあえず距離を取るのよ! 建物が密集している場所まで一時退却! 開けた場所や空中戦じゃ分が悪い!」

 

 狼二頭に蛇が一匹、おまけに空を飛べる鳥まで居てそのどれもが巨体だ。

 そして、あの魂魄獣達は見かけ倒しではない。感じるソウルの強さからしても、正面から相手をするのは愚策だろう。

 建物の密集した所で市街戦に持ち込み、あの巨体を活かせないフィールドで建物を利用した奇襲を繰り返して一体ずつ狩る。そうすれば勝機が……

 

「引き寄せろ!! シルバー・ムーン・クレッセントSS!!」

「ぐぇっ!?」

「ぐおっ!?」

「ぎにゃ!?」

「ムムム?」

 

 引き寄せられる!? これはマモリのソウルスピナーの力場か!?

 

「ぐっ、シルバー・ムーン!!」

 

 僕も反対に吹き飛ばす力場を展開するが……駄目だ!! 力負けしている!? 徐々に引き寄せられる!

 

「無駄ですよお兄様! リミッターの付いたムーンシリーズじゃ私には勝てません! 未だに初期形態ですもんね! そこだけはお父様に感謝します」

 

 マモリのは上位互換の機体なのか!? ずるくない父さん!? リミッターってなんだよ!?

 

「ストリングスパイダープリズン!!」

「す、ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

 マモリのトリックを防ぐ為に僕もトリックで迎え撃つ。

 だ、駄目だ。マモリのソウルの糸が多すぎて迎撃の爆発が追いつかない! ソウル量がヤバすぎるぞ!? こんなに糸が出せる物なのか!?

 

 必死の抵抗空しく、マモリが作り出す蜘蛛の巣に僕達四人は捕らわれてしまった。

 

「フフッ、私はソウルギアを全て修めています。加えて全ての機体が進化済みです。お兄様に勝ち目はありませんよ? 無駄な抵抗は止めてください」

 

 マモリは糸に捕われた僕の近くまで歩み寄り、僕の頬を優しく撫でる。言い聞かせる様な口調が逆に恐ろしい。

 そして、マモリの背後には巨大な魂魄獣が四体。どいつもこいつも僕を鋭く睨んでいる。

 こ、怖え。食われそう……

 

「マモリちゃん……君のソウル量は幾らなんでもおかしいでゲス。神話をモチーフにした魂魄獣を四体同時召喚、加えて他のソウルギアまで同時使用なんて本来は不可能でゲス。一体どんな手品を使ったんでゲスか?」

 

 店長? 今はそんな事よりも僕が助かる為の命乞いを……

 

「フフッ、いい質問ですね智天さん。ソウルファクトリーで手に入れたんですよ! お兄様を守る為の力を!」

 

 マモリが掲げる様に両手を広げる。

 すると、先程までも強力だったマモリのソウルの圧がますます強まった。凄まじいソウルの奔流が巻き起こる。

 

 こ、これは強すぎないか? 大気が震えている。今まで感じたどんなソウルよりも強いプレッシャーだ。

 

「おいおい、マジかよ!?」

「ぎゃぴっ!? な、何なんですか田中さん!? その恐ろしいソウルは!?」

「ムム、これは流石にやり過ぎでゲスね……」

 

 ソウルを誇示するマモリの胸から、光る球体が三つ飛び出す。

 なんだあれ? 綺麗だけど……少し恐ろしい感じがする。小さ過ぎてよく聞こえないけど、なにか語りかけて来る様な……

 

「一番炉に二番炉! そして九番炉のコアソウルです! つまり水星と金星と冥王星のソウル! この子達が私に無敵の力をもたらす! 私の願いを叶えてくれるんです!」

 

 水星に金星に冥王星のソウル? 月のソウルじゃなくて? あっ、ファクトリーを襲撃した時に盗んだのか!?

 もしかして……それでも不老不死が手に入ったりする!? 三個あるなら一個だけくれないかな……駄目?

 

「フフッ、これで良く分かったでしょうお兄様? 三つのソウルを手に入れた私は無敵です。タイヨウ兄さんにも、どんな大人にだって負けません。それ程の力を手に入れたんです」

「そ、そうなのね」

 

 やべえな。このソウル量は不意打ちとか奇襲でどうにか出来るレベルを超えている……あれ? もしかして詰んだ?

 

「じゃあ行きますねお兄様」

「は?」

 

 いつの間にか、僕の胸に白紙のカードが刺さっていた。

 

「あ、あばばばば!?」

「ま、マモル!?」

「ひぃ!? 凄い光ってます!?」

「不味いでゲス!? 本当にソウルカードに……」

 

 吸われる!? なんか吸われてるよ!? 僕のソウルが吸われていくよ!?

 

 ヤバいヤバいヤバい!? 本当にカードにされちゃう!? 封印されちゃう!? 中で食事とかトイレとかどうすんの!? スマホは繋がるのか!? 電波届くの!? マイ枕が無いと僕は安眠出来ないぞ!?

 

 パンッと甲高く弾ける様な音が響いた。

 ……あれ? 止まった? ソウルが吸われるのが止まった。

 

「これは……なるほど。お兄様のソウルは一枚のカードでは収まりきらないようですね」

 

 いつの間にか、僕の胸から手元に戻ったカードを眺めてマモリが呟く。

 た、助かった……中までソウルたっぷりに産んでくれた母さんに今は感謝しよう。

 

「フフッ、どうやら私をカードにするのは不可能な様ね」

「ま、マモル!? 手! 右腕を見ろ!」

 

 は? なんだよユピテル君? 手がどうした――どえぇ!? 右手が!? 僕の右腕がなくなってるよぉ!? も、持ってかれたぁ!?

 

 急いで癒やしの力を右手に施す。

 だが、まったく反応が無い。ソウル体は癒やせば瞬時に元に戻るはずだが、そんなに気配が全く感じられない。

 まるで、最初から腕なんて無かったかの様な感覚の消失だ。

 

 こ、これ元に戻るよね? ソウルメイクアップを解除して生身に戻れば……

 

「フフッ、お兄様の右腕……」

 

 ぼ、僕の腕を抱きしめて頬ずりしている……

 

「この感覚だと、あと四枚もあれば全身が収まりますね。お兄様が五枚もデッキに入るなんて……フフッ、素敵です」

 

 そう言ってマモリは新しいブランクカードを取り出す。

 一枚じゃないの!? そんなに沢山持ってんのかよ!? 十枚ぐらい手に持ってんじゃん!? 甘やかし過ぎだろお祖父ちゃん!?

 

「次は左腕にしますね? その次は右足と左足、どちらからにしますか?」

 

 どっちも嫌だよ!? せめて、せめて一纏めにしてくれ! バラバラに封印しないでくれ!

 

「あら? これは……」

 

 周囲のソウルの感覚が変わって行く。小学校の方を中心に、既存のソウルが塗り潰されて行く気配がする。

 これは……ソウルワールドだ。舞車町全体がソウルワールドに塗り替わっていく。

 

「始まったみたいですね……そうだお兄様! 決起集会の様子をご覧になりますか? そうすればお兄様も納得出来るはずです!」

 

 絶対に納得出来ねえよ!?

 でも、時間稼ぎにはなりそうだ。時間が経てばワンチャン誰かが助けに来てくれるかもしれない。

 

「お、お願いするわマモリ、決起集会の様子を見せて」

「はい、お兄様」

 

 マモリが懐からスマホに似た板状の機械を取り出し、地面に放る。機体の中央に付いたガラス状の部分から光が照射され、空中に大きなモニターが出現した。

 うわっ、これプラネット社製のめちゃめちゃ高級な携帯モニターじゃん。よくこんなの持ってるな?

 

「フフッ、この携帯モニターもお祖父様がくれたんです」

 

 そう言って、僕の右腕を抱きかかえて微笑むマモリ。

 甘やかし過ぎだよ……マモリをちゃんと叱ってる? だいぶ危険な方向に育ってるぞ?

 

 モニターの映像が鮮明になり、スタジアムの様な体育館の様子が映し出された。

 

 ううっ、トウカさん、トウヤ君、クリスタルハーシェルのみんな僕を助けに来て――あれ!?

 モニターには、スタジアムの中央で氷に下半身を包まれたクリスタルハーシェルのみんなが映っていた。

 

 何やってんの!? なんで捕まってんの!? あっ、トウカさんだけ捕まってない? 天照タイヨウと向かい会っている。

 

 疑問の答えを求めてマモリを見る。マモリは変わらずに右腕を抱きしめて微笑んでいる。

 

「見ていてくださいお兄様、タイヨウ兄さんが今から説明してくれますよ」

 

 うう、クリスタルハーシェルのみんながあの状態。絶対にスタジアムがポジティブな状況でない事は分かる。

 

 誰か、誰か僕を助けてくれる人は居ないのか!? ランデブーポイントとやらに来るはずのみんなは……分からん、そもそも合流は今日か!? 時間は何時なんだ!?

 

 そうだ! 唯一拘束されていないトウカさん! トウカさんがどうにかあの場を切り抜けてここまで助けに来てくれる事を祈るしかない!

 

 頼むトウカさん! 僕を、僕を助けてくれぇ! カードにされちゃうよぉ! 助けてトウカさーん!! 助けてくれー!!

 

 

 

 

 

 




活動報告に登場人物一覧を掲載しました。興味があったら覗いてください。


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自己中心!! 身勝手上等スタンドプレイ!!

区切りの良いとこまで進めるので、ちょっと長めです。


 

 

 自身の心境によって、見慣れたはずの景色がまったく違った性質を持って見える。

 決起集会が始まり、タイヨウの演説を聞きながらそんな事を考えた。

 

 観客席には大勢の一族の仲間達、周囲にはタイヨウを始めとした同盟のメンバー達。

 去年までは同盟会議でこの光景を見ると、とても心強い気持ちになれた。

 こんなにも大勢の仲間達と、同じ目的に向かって歩む事が出来る。そんな一体感と安心感を抱く事が出来た。

 

 それが今や、どうだ? この光景に一体感や安心感を見い出せない。周囲の全てが私を逃さない為の牢獄に思えてくる。

 自身を委ねられる心地よい圧迫感ではない。善意も悪意もなく私を縛りつけるしがらみ、この場に居るそれぞれが胸に抱く、役目と言う名の逃れられない現実が私を拘束している。

 

 そこに、安心と安全は感じられない。身を委ねるのが恐ろしい。

 

 我ながら勝手なものだ。

 変わったのは彼等ではなく私の方だ。彼等に罪なんてない、数ヶ月前までは私だって同じだった。

 

 それが絶対に正しい物だと思って生きて来た。

 惑星の一族に生まれ、正しく役目を果たす事が周囲の人の為に、世の為になる唯一の道だと信じ、ランナーとしての力を得る為に研鑽を重ねてきた。

 

 だが、一度胸に浮かんでしまった疑念を消し去る事は出来ない。

 惑星の一族が選んだ道ではない別の道が、もっと別の方法があるのではないかと……そんな都合のいい事を考えてしまう。

 

 ふと、視線を感じた。

 

 皆が、クリスタルハーシェルの家族達が私の様子を心配そうに伺っている。

 普段と違う私を、心配してくれている。望みが分かるヒカリでなくとも察せる程に、私は内面を隠せていないのだ。

 

 その事実が、皆が私の事を慮ってくれているという事実が私に勇気をくれた。

 

 全ては今更だ。私は役目を果たす、そう決めたのだ。

 

『皆も知っての通り、来年の夏に開催されるスペシャルカップは惑星の一族にとって重要な意味を持つ。先人達が積み重ねて来た数百年にも及ぶ尽力が実を結び、我々が守護して来たこの星の安寧と秩序が、未来永劫に続くか否かの答えが出る』

 

 拡声器越しのタイヨウの声が響く。

 この場に居る者達は、誰もが真剣にその言葉に耳を傾けている。

 

 間違ってなどいない。惑星の一族は確かにこの星のあらゆる脅威を跳ね除け、平和を守っている。

 一族の大人達は、今この時もソウルギアを振るい、様々な敵と戦っているのだろう。

 

『500年前の惑星直列の折に、我々一族は惑星に願い、そのコアの一部を譲り受けた。そこからソウルギアという力は生み出され、その力によって当時の乱れた世は秩序を取り戻した。そして、来年の夏に来たる、太陽を中心に惑星が十字へと並ぶグランドクロス。そこで我々は、500年前以上の新たな力を得る。この星の平和を確固たるものにする“シン・第三惑星計画“はその力なくしては実現不可能だ』

 

 計画の全貌は、私にも明かされていない。一族の子供達で全てを知らされているのは……恐らくタイヨウとアオイだけだ。しかもそれは最近になっての事だろう。

 今日のあの二人は、様子がおかしい。隠してはいるが明らかに本調子ではない。

 多分、今から自分達で行う行為に嫌悪感を抱いている。自分にも他人にも厳しい二人だが、本質的には優しい性根だ。長い付き合いの私はそれを知っている。

 

『グランドクロスの日には、宇宙の彼方に座する惑星の星々に我等の望みを、届ける事が可能だ。我等が操るプラネットシリーズのソウルギア、そこに宿る末端の意思ではない。大いなる根源の意思、各惑星のソウルワールドに存在する惑星本体が我々の願いを聞き入れてくれる』

 

 右手をゆっくりと腰へ回し、ホルダーに収まるウラヌスにそっと触れる。

 すると、指先からソウルを通じて僅かな温もりが伝わり、小さな声が私に届く。

 

『望みを偽るな、素直になりなさい』

 

 やはり、ウラヌスは優しい言葉を私に届けてくれる。いつも味方をしてくれる。そこに害意などは存在しない。

 ならば、炉に宿るコアソウル達はなぜあの様な要求をする? 末端の意思と本体はもはや独立した存在なのか?

 それとも、襲撃された日にPTA達が言っていた様に、炉に収まるコアソウル達が正常ではないというのが本当なのだろうか。

 

『無論、誰しもの願いが聞き入れられる訳ではない。惑星の意思たちは自分達の声が聞こえし者、可能性を秘めた子供達の願いのみを受け入れる』

 

 そう、大人にはソウルギアの声が聞こえない。かつて聞こえていた一族の大人達でも、それは一緒だ。

 そうでなければ、こんなにも重要な役目を子どもに託したりはしないだろう。他に手段がないからそうしている……私はそう思いたい。

 

『だが、有象無象の願いを無秩序に届けるのでは、せっかくのグランドクロスも無意味だ。故に、プラネット社はスペシャルカップという舞台を整えた。コアソウル達と契約した勝敗を偽る事の出来ない真剣勝負。彼等が望む、最も強き可能性を五つのソウルギアそれぞれで決める決戦の舞台。宇宙に届ける願いを五つに絞り込み、その力を最も効果的に発揮させる』

 

 炉に眠るコアソウル達は強い可能性を望む、その望みを満たす為にソウルバトルは始まった。子供達がバトルを使って競い合い、ソウルを高めて行くことを彼等は要求している。

 それに応えずにいると、炉の効率が落ち、稼働率が下がってしまう。大人達が戦いに使用するソウルギアを安定して供給することが不可能になってしまう。

 だから、プラネット社は世界中の子供達がソウルバトルを出来る環境を整えた。ソウルバトルとは、500年前にこの星に降り注いだ惑星の欠片達に捧げる戦いの儀式なのだ。

 

 ここまでは、惑星の一族なら皆知っている共通認識。問題はその先の話だ。

 

『最も効果的な力の発露、ソウルを活用する形とは即ち、ソウルギアにおける五大要素の事だ。放出、回転、接続、操作、そして創造。それぞれのソウルギアが司る力の使い方こそが、偉大なる初代ソウルマスターが提唱した。この星を守る為のソウルの正しい使い方である』

 

 正しい使い方か……その正しさの中に、全ての人々が収まるのだろうか? どれだけの人がその正しさから溢れ落ちるのだろう?

 

『スペシャルカップの優勝チーム達は特別なソウルギアを手にする事になる。グランドクロスにおける願望実現能力を宿す為に造られる究極の機体、惑星改変級ソウルギア“ウイッシュスターシリーズ“だ。その力を手にする権利が……つまり、スペシャルカップの優勝チームには願いを叶える資格が与えられる』

 

 ウイッシュスターシリーズか、特別なソウルギアが賞品となるとは聞いていたが、名前を聞くのは初めてだ。

 しかも惑星改変級だと? 月のソウルを始めとする強いソウルが、願望によって個人に大きな力を与えるのは知っているが……星そのものに影響を与えるなど本当に可能なのか?

 

『だからこそ、スペシャルカップで優勝するのは五つの種目全てがプラネットソウルズの必要がある。五つの願いはすべて、我々の“シン・第三惑星計画“の為に使われるのが世界にとって最善だ。蒙昧無知な輩が、私利私欲を優先させるような俗物達が、強大な力を持ったウイッシュスターシリーズを手にする事などあってはならない』

 

 ああ、そろそろかもしれない。ソウルを集中させて準備をしておこう。

 

『しかし現在、ランク戦においてソウルシューターとソウルスピナー二つもの頂点が我々の手から奪われている。一族の生まれでありながら、我々に敵対する愚か者達が在席するチーム、ミタマシューターズとカイテンスピナーズ。それにヨリイトストリンガーズも同様だ。奴等も一族の命令を拒否している』

 

 カイにミナト、そしてアイジとユキテル。

 久しく会ってない彼等は、新しい道を選んだ。役目とは違う別の道だ。

 その善悪はどうであれ、役目から抜け出すという選択をした彼等を尊敬する。とても勇気が必要な行動だ。私には……とても出来ない。

 

 道から外れるのが恐ろしくないのか? 大多数にとって正しいであろうプラネット社と一族が示す道を外れ、正しさや答えの分からない道を進む。

世間の批判を受け、灯火のない暗闇の道を行くのが恐ろしくないのか?

 それとも、暗闇を進む術を得たのか? あの悪名高き冥王ミカゲに冥界を渡る力を……代償を払い、すべてを覆す悪魔の道に誘われたのかもしれない。

 

 もしくは……田中マモルか? マモコの親類、恐らく月読家であろう謎多き男。奴が暗闇を進む灯火となったとでも言うのだろうか。

 

 思い出すのは、四月に奴とランナーバトルをした時の記憶。

 

 田中マモルは確かに強かった。奴の操る“プラチナ・フル・ムーン“の練度は明らかに私を上回っており、奴が棄権しなかったら私は間違いなく敗北していただろう。

 ただ、田中マモルは……敵意もなければ、勝負の熱も感じなかった。

 あの態度は……上から目線? いや、明らかに庇護対象を見るような視線だった。戦いの後のアドバイスも的確ではあったが、目下の者に向けるそれだった。

 あの態度で仲間にも接しているのか? それは共に歩む仲間としては……確かに頼もしくはあるが、肩を並べるとは言えない気がする。

 

 一族を裏切ってまで、彼に着いていこうとは思えない。

 

『由々しき事態ではあるが、それを責めるつもりは無い。来年の夏までに力を蓄え、スペシャルカップで勝利すれば何ら問題はないからだ。そう、問題は他にある。看過する事の出来ない問題が………我等プラネットソウルズの同盟に裏切り者が潜んでいる! あの大罪人、田中マモルと密かに繋がる背信者がこの場にいるのだ! アオイ、始めろ』

「はい、タイヨウ様」

 

 アオイが席を立ち、右手を空に掲げた。

 すると、アオイを起点に観客席の所々に置かれた装置が共鳴を始め、思わず耳を塞ぎたくなる様な甲高い音を鳴らす。

 そして、ソウルワールドがスタジアムを中心に広がって行く。装置の力を借りて力を増幅し、アオイが舞車町をソウルワールドで包んだのだ。

 

 マモコは……逃げ切れただろうか? 

 舞車町の境界にも装置と監視員が配置されている。加えて、ソウルワールドからの脱出は発生源を無力化しなければ不可能。

 だから、智天さんを信じるしかない。かつて、国外のスタジアムを丸ごと国内まで運んだ逸話を持つ伝説の運び屋。あの人の力ならソウルワールドからも抜け出せるはずだ。

 

 ガヤガヤとした喧騒が耳に届く。

 タイヨウの裏切り者発言、突然のソウルワールドの展開、衝撃的な出来事の連続にスタジアムが騒がしくなったのだ。

 

 さあ、時間だ。

 

 ソウルを集中させ、私はゆっくりと立ち上がる。

 その様子を、スタジアムで座る同盟の仲間達が怪訝そうな表情で見ていた。

 そんな私の様子に観客席の者達も気付き、スタジアムの喧騒が徐々に静まっていく。

 それを確認した後、私はゆっくりとタイヨウに向かって歩み出す。

 

 そして、数歩進んだ所で振り返った。

 弟の、チームの、家族達の姿をこの目に焼き付ける。

 皆は不安そうな表情で私を見ている。ヒカリなんて今にも泣き出しそうだ。

 その様子に胸が締め付けられる……本当にすまない、そんな顔をさせてしまう私はリーダー失格だ。

 

「清澄たる氷結よ来たれ! ウラヌス!」

 

 ホルダーのウラヌスへ瞬時にソウルチャージ、そのままチャージインさせて目標を氷の牢獄に捕らえる。

 

 目標は、クリスタルハーシェルのみんなだ。

 

 氷で両手両足の自由を奪い、更に口元を氷で覆って言葉を発せない様に拘束する。

 私がそんな事をするとは夢にも思わなかったであろう皆は、驚愕と困惑の表情で私を見ている。必死に私に声を届けようとしているが、それは叶わない。

 

 これでいい、こうしておくのが最善のはずだ。

 

『どういうつもりだトウカ』

 

 タイヨウが私に向かって問い掛ける。肉声と拡声器越しの声が二重になって私まで届く。

 

「フッ、最近のクリスタルハーシェルは自分を偽らないからな。好き勝手喋って動かれては話がややこしくなる」

 

 返答しつつも、タイヨウに向かってさらに歩み寄る。

 そして、タイヨウと向かい合う様に相対する。タイヨウの少し後ろには、アオイが優れない表情で控えている。

 

「一体なにをするつもりだトウカ? お前はまさか……」

「裏切り者に心当たりがあってな。少し時間をくれ、話がしたい」

 

 私の発言に、周囲の緊張感の高まる。スタジアムの大型モニターには私とタイヨウが向かい合う姿が映し出されている。

 この場だけではなく、中継を見ている者も私の次の発言を待っているだろう。

 

「裏切り者に心当たり? トウカ、残念だがお前に言われるまでもなく――」

「私が裏切り者だ。私が4月に入学して来た田中マモルに自分から情報を提供し、星乃町の事件の片棒を担いだ」

「なっ!? トウカ――」

 

 私の発言に周囲が再び騒がしさを取り戻す。

 観客席から聞こえてくるのは“何故“だとか“そんな筈はない“などの疑問に満ちた喧騒。

 自分が一族の仲間達に信頼されていた事に、少しだけ嬉しくなる。

 

「田中マモルの計画が成功すれば七番炉の、天王星のコアソウルが私の物になるはずだったのだがな……実に残念だ。私は賭けに敗北した。潔く降参するよ」

 

 我ながら勘違いした小悪党みたいなセリフだ。

 でも、コアソウルを一度手にしてみたいのは嘘じゃない、彼等が何を思っているのかは是非とも知りたい。

 

「黙れトウカ! 戯言はよせ! 裏切り者は青神ミオだ! 現在逃走中だがマモコキラーに追跡させている! 位置は発信機で特定可能だ! 直に捕まる!」

「なぁ!? み、ミオが裏切り者ぉ!?」

 

 ミズキが頓狂な叫び声を上げる。

 青神ミオ? あの子が裏切り者? 本当に裏切り者が居たとは……偶然とは恐ろしい。

 だが、やる事は変わらない。お前もそうだろうタイヨウ?

 

「そして田中マモコ! あの女も黒だ! 奴はクリスタルハーシェルに巧みに潜り込み、お前達の心を乱した! お前の発言は奴に操られた物だ! そうだろうトウカ!? そうだと言え!」

 

 取り乱すタイヨウを見たのはいつ以来だろうか?

 タイヨウのお母様、イノリ様が出て行った時以来かもしれない。

 

「違うさタイヨウ、私は自分の意思で発言をしている。チームではなく私個人の意思で一族に背き、そして失敗した。それだけの話だ」

「トウカ、お前は何故そんな事を……」

 

 何故か? そんな物は決まっている。

 どうせ私の扱いは決まっている。それならば他の皆には……出来るだけ悲しい思いをしてもらいたくない、そうされて当然だという納得出来る理由が必要だ。

 私は、私の出来る範囲で最善を尽くす。それが私の望みだ。

 そうだ……私は自分を偽ってなどいない。望んでこの場に立っている。

 

「クッ、田中マモコだな!? お前はあの女に誑かされている! 今からでも遅くはない! あの女がどこにいるのか白状しろ! 舞車町から出ていない事は分かっている! そうすれば――」

「そうすれば私の扱いが変わるか? いや、私に下された決定が覆される事はない」

「なぜそれを……そうか、やはり田中マモコがお前に……」

 

 疑念は、トウヤが機体を進化させた時に芽生えた。

 そして、PTAが襲撃して来た際に、戦闘中のヴィーナスリバースと私が二人きりになった時に疑念は具体的な形を持った。

 彼女は私にファクトリーの炉に関わる様々な事実を語り、最後にこう告げた。

 

「プラネット社はアナタをプラネテスに変え、七番炉に捧げる生贄に選んだ。天王トウカ、自分の身を守る為に私達と共に来なさい」

 

 少しだけ悩み、私はその提案を拒んだ。

 PTAを信用出来なかったのもあるし、私が拒んだ所で次の誰かが変わりになるだけだからだ。

 その次とは、私の身近な誰かかもしれない。私と顔見知りの一族の誰かかもしれない、そう思ったのだ。

 

 その直後、EE団までもが私の身柄を欲していると聞き、話の信憑性は高まった。

 PTAも組織も、私の身を案じているかは別として、七番炉にプラネテスを焚べられるのを嫌がっている。それだけは事実なのだろう。

 PTAと組織が、無理を押してまで私の身柄を手に入れようとした。

 つまり、プラネット社が私をプラネテスに変化させ、七番炉に捧げようとしているのは事実。そういう結論が出てしまった。

 

「マモコの行方は明かさない。だが、私は一族の下した結論に、プラネット・ナインの決定に逆らうつもりは無い」

 

 プラネット社と惑星の一族の最高意思決定機関プラネット・ナイン。

 各一族の当主達が、今後の一族にとって重要な議題の是非が問う集まりだ。その歴史の中で下された決定は、どれ一つとして覆った事が無い。

 そこで私の処遇が決まった。ヴィーナスリバースは私にそう教えてくれた。

 

「なぜだトウカ!? あの女は確実に企みを持っている! なぜお前が田中マモコを庇う必要がある!? それはお前が正気ではない証拠で――」

「仲間だからだ。田中マモコは私のチームメイトで、私達を素直にさせてくれた恩人だ。売り渡す様な真似は出来ない」

 

 ああ、そうだな。マモコが隠し事をしているのは事実だろう。

 マモコは繕っているが、かなり分かりやすい奴だ。

 そして、何か目的があって舞車町に来たのは間違いない。

 

 だが、マモコは嘘をついていない。マモコは心の底から安心と安全が続く平和な世界を望んでいる。マモコが言った誰かの為に、そんな世界を望んでいる。

 ヒカリは力によってそれを信じ、私も短くはあるが共に過ごし、その望みが真実だと確信した。

 それに、私達の為に尽力してくれたのも紛れもない真実だ。マモコのおかげてクリスタルハーシェルは再び一つになれた。本当に感謝している。

 

 だから、マモコは私達の仲間だ。

 

 私はマモコとは一緒には行かない、マモコはこの先トウヤ達とは道を違えるかもしれない。

 それでも、これが私の望みだ。

 

 トウヤ、ヒカリ、ヒムロ、レイキ、ツララ、ヒサメ、ミゾレ、アラレ、そしてマモコ。

 

 全員が無事である事が私の願い、その望みを叶えて見せる。

 

「仲間だと? それならば俺は……惑星の一族の同胞達は仲間ではないと言うつもりか」

「そんなつもりはないよタイヨウ、私はお前達も仲間だと思っている。だからこそ逃げたりはしない。それは証明にはならないか?」

 

 タイヨウを恨むつもりは無い。私以上に立場があり、背負っている物も多い。プラネット・ナインの決定に逆らう事など出来るはずがない。

 

「クッ、トウカ! お前は田中マモコの正体を知っているのか!? 知った上で仲間だと言うのか!? 違うだろう!?」

 

 マモコの正体? そうだな……残念だが真の名は聞けずにお別れになってしまった。

 私の沈黙を肯定と受け取ったのか、タイヨウは言葉を続ける。

 

「田中マモコの正体! それは月読家当主の月読ミモリだ! そして月読ミモリは二週間前から行方を眩ませている! プラネット・ナインにも欠席している!」

「マモコが……月読家の当主だと?」

 

 タイヨウ、お前は何を言っているんだ?

 

「月読ミモリは一族の当主でありながら! PTAに与している裏切り者という事実も発覚した! 行方不明になった一族の有力者達も全てあの女と繋がりのある人物! 月読ミモリに賛同してPTA活動に合流したのだろう!」

 

 月読家の当主がPTA? 行方不明者もPTAに参加?

 そうか、ならばヴィーナスリバースの正体は……あの時、本当に私の身を案じてくれていたのか。私を自分の娘と同じ目に合わせたくなくて……それならば悪い事をした。

 

 だが、タイヨウは大きな勘違いをしている。

 

「タイヨウ、百歩譲ってマモコが変装した月読ミモリと仮定しても……その間に月読家は誰が取り仕切っていた? 舞車町と星野町が近いとは言え、小学校に通いながらの二重生活は不可能だ。マモコが越してきてから一度も舞車町を出ていないのを私は知っている」

 

 ちょっと笑ってしまう。マモコが月読家の当主だなんて、本当に笑ってしまう推測だ。そんな事はあり得ない。

 

「ソウルメイクアップだ! 月読家はソウル体の姿や性別すらも変化させる力を持っている! その力によって自身は小学生へと姿を偽り! 実の息子である田中マモルを自分の影武者に仕立て上げた! そして田中マモルは二週間前にグランドカイザーとのソウルバトルに敗れ捕われている! それは田中ミモリが行方を眩ました時期と一致する! つまり! 今年の4月から月読家の当主として行動していた月読ミモリの正体は田中マモルだ!」

 

 一応筋は通っている……のか?

 

「ソウルメイクアップにそんな力が……それに田中マモルが息子? しかも捕われた?」

 

 色々と初耳だな。田中マモルがグランドカイザーと戦って捕われたなど……噂にすら聞いていない、情報が伏せられているのか? 本当だとしたら大事件だ。

 そして、ソウルメイクアップ。確かにレイキ達がそんな使い方があると話していたが、真実なのか?

 

「その通りだ! さらに月読ミモリは! 田中マモルにソウルラボとファクトリーの襲撃をも命じた非道な女だ! 未遂に終わったが父上の暗殺まで画策した! 自らの手を汚さずにプラネット社を潰そうとして失敗したのだ! 実の息子を使い潰してでもPTAとして目的を達成しようとしている!」

 

 噂の田中マモルの行動まで指示された行動? いったい何を根拠にそんな事を……

 

「トウカ! 田中マモコ……いや、月読ミモリにお前が庇う様な価値は無い! アレはお前の仲間ではなく卑劣な大人だ! あの女の妹と考えれば当然だがな! 子供達の事など全く省みない!」

 

 月読ミモリの人物像の真偽はわからないが、私には確かな真実を知っている。

 

「タイヨウ、お前でも大きく間違える事があるんだな」

 

「トウカ、これだけ言っても分からないのか? 田中マモコを庇い立てしたとなればお前の立場はさらに悪く――」

「タイヨウ、私は確かにマモコの正体を知らない。本当の名前すら知らない」

 

 そう、マモコは……

 

「ならば――」

「だが、マモコは間違いなく小学生だよタイヨウ。絶対に大人ではない。あの子は格好を付けてはいるが……かなり抜けていてな、顔に出るから感情が察しやすい。マモコが大人であるはずがないよ」

 

 マモコは感情が直ぐに顔に表れ、食べ物の好き嫌いも激しい。

 そして、褒められるとすぐに調子に乗り、甘い物を食べると露骨に機嫌が良くなる。

 

 トウヤは……ヒカリもそうだが、先入観や望みを知る力に頼り過ぎて、人を観察する能力に乏しい所がある。だから気付けていないのだろう。

 だが、私や他のチームメイトにはまる分かりだ。マモコは自身の感情を偽れる程器用な奴ではない。

 

「そんな物が証明には――」

「それに、マモコはソウルギアと会話をしていた。それは大人には不可能、そうだろう?」

 

 ユピテルとも違う見えない誰かと、時折ブツブツと会話をしているのを度々目にした事がある。

 そんな時、マモコのホルスターは淡い光を放っていた。アレは間違いなく己の機体と対話している証拠だ。

 

「トウカ……本当に、本当に考えを改めるつもりはないのだな?」

「ああ、その通りだ。そろそろトウヤ達を拘束するのも限界が近い、始めてくれないか?」

 

 タイヨウは無言でアオイの方を向く。アオイは軽く頷き両手を掲げる様に広げた。

 すると、アオイのソウルの波動が急激に高まる。そしてアオイの胸から光る球体がゆっくりと浮かび上がる。

 あれがコアソウル、ファクトリーの炉心に眠る星の欠片の成れの果ての姿か……

 

『聞け! 同胞達よ! クリスタルハーシェルの長である天王トウカは! 同盟の一角を担う立場にありながら一族に対して重大な背信行為を犯した! この場で告白する前にその事実は把握されており! プラネット・ナインによって二週間前に処遇が決定している! 天王トウカは再び魂魄の儀に挑まねばならない! これがその証だ!』

 

 タイヨウが契約のソウルストーンを掲げる。あれはプラネット・ナインの決定を証明する物、一族ならその意味を知っている。

 

 再び騒がしくなる観客席、スタジアムは困惑に包まれている。

 さっきまでの私とタイヨウのやり取りですら、皆は飲み込めていないだろう。畳み掛けるように、衝撃的な宣言をすれば当然の反応だ。

 この事態を完全に把握できている者は、恐らくスタジアムに存在しない。私も理解出来ていない部分が多々ある。タイヨウだってそうだろう。

  

 だが、やる事は変わらない。

 

 一族を裏切ったという建前で、私は七番炉に焚べられる。

 いや、マモコの存在を認めていた月読家当主が居なくなったのであれば、マモコをチームメイトに迎えた私は実際に裏切り者でもおかしくはない。田中マモルだって同じ学校に居た。疑念を抱くには十分過ぎる。

 

 だが、クリスタルハーシェルの皆は……その決定に納得しないはずだ。

 私が生贄になると命じられれば、反抗し、後にプラネット社を離反する可能性もある。

 だから、私が生贄にされてもおかしく無い理由を作った。この場では取り乱すかもしれないが、タイヨウがトウヤ達を説得してくれるだろう。

 そうすれば、トウヤ達はプラネット社と敵対しない。私が居なくなった後も無事に過ごせる。 

 

 残念だがマモコは、このままチームに居るのは危険すぎる。

 だから、智天さんのツテを頼ってプラネット社でも容易く手出しの出来ない場所に運んで貰う事にした。

 冥王家が……ハーデス社がマモコを匿ってくれる。ヴィーナスリバースに聞いた話から推測すれば、少なくとも来年の夏まで凌げれば格段に危険度は下がるはずだ。

 

 それに、私だってただ死ぬつもりは無い。

 七番炉に、天王星のコアソウルに焚べられても、直ぐに意識が消えてしまう訳ではないそうだ。

 そして驚く事に、組織の長グランドカイザーは二番炉に焚べられた金星アイカを復活させたらしい。PTAはその技術をどうにか手に入れようとしているとも言っていた。

 つまり、炉に焚べられても意識を強く保ち、辛抱強く待っていれば……いつか誰かが私を助けてくれる可能性はある。希望は僅かだが残っている。

 

「た、タイヨウ様? 流石にそれはやり過ぎだと高貴な僕は思うのですが……」

「二度目の魂魄の儀……コアソウルが根こそぎソウルを持っていくって聞いた……トウカが危険……反対」

「タイヨウ様! プラネット・ナインの決定とは真実なのですか!? トウカはランナー達の頂点! 我等が同盟にとっても要です! 失うような事は一族にとっても大きな損失! ここは父上達に抗議を……」

 

 ミズキ、リエル、ホシワ……やはり三人には知らされていなかったか、決定に反対してくれている事実に少し救われる。

 

「黙りなさいアンタ達!! タイヨウ様は出発直前までアサヒ様に中止を訴えていた! それでも決定は覆らなかった! それを――」

『止めろアオイ! プラネット・ナインの決定は絶対に覆らない! それが一族における絶対の掟だ! ここにいる者達はそれを良く知っている! そうだろう!?』

 

 その通りだ。私達はそう教えられて育ってきた。

 そう、この場に悪者なんて存在しない、命じているのは一族の大人達だ。私達は教えを受けて育ち、一族にとっての正しさと悪を叩き込まれている。

 洗脳と教育は紙一重かもしれない、それなら……本当の正しさとは何を標に決めればいいのだろう。

 

『天王トウカが一族に相応しいソウルの持ち主であれば! 二度目の魂魄の儀は何事もなく終わる! 本当に一族に忠誠を誓っていれば天王星の意思から加護を授かり罪は赦される!』

 

 天王星の加護か、私のウラヌスもあのコアソウルから生まれたはずだが、温もりや優しいソウルをあそこからは感じ取れない。

 美しく輝いてはいるが、放たれるソウルの波動は冷たくて恐ろしい。

 

『だが! 一族に対する叛意を秘めていた場合は違う! 天王トウカはコアソウルの中へと幽閉される! その愚かな考えを悔い改めるまで脱出することは不可能だ!』

 

 ヴィーナスリバースは言っていた。今のコアソウルは正常ではなく、暴走していると。

 強くて大量のソウルを持ち、五大要素全てに高い適性のある少女を求める様になってしまっているそうだ。

 そして、その要求に従わないと炉の稼働率は下がり、ソウルギアのコア、つまりソウルストーンが生み出せなくなる。

 暴走は百年ほど前から、適性にもよるが一人を差し出せば二十年程は問題なく稼働するとも言っていた。

 

 まさに生贄だ。現代社会に置いてそんな非道な行いをプラネット社が、自分の一族が行っているとは受けいれたくなかった。

 だが、非道な行いとは分かっていても、止める訳にもいかないのだろう。ソウルストーンが生み出せなくなれば、ソウルギアを作り出せなくなり、平和を守る為の戦いが維持出来なくなる。

 

 非道ではあるが、必要な犠牲。私もそれを理解しているからこそ沙汰を受け入れる。

 

 事情を知る一族の大人達は、適性の高い少女達、炉に捧げられる者達をソウルマスターと呼ぶらしい。

 かつて自身を月と同化させて、世界に平和をもたらした初代ソウルマスターである月読イザヨになぞられた呼び名。犠牲になる少女達へのせめてもの敬意らしいが……悪趣味にも程がある。

 

 そして私はソウルマスターに選ばれた。現在七番炉の稼働率は求められる最低の水準を下回り、後一年も保たないと試算が出ている。

 そして、プラネット・ナインはスペシャルカップでの私の活躍と、七番炉の稼働継続を天秤にかけて後者を選んだのだ。

 多分、トウヤの急成長も理由だろう。後一年近くあれば、サテライトシリーズをプラネットシリーズへと進化させたトウヤは私以上の働きをする。そう考えたはずだ。

 

『天王トウカ! 天王星のコアソウルの前に立て! お前のソウルに惑星の審判が下される!』

 

 タイヨウの言葉に従い、アオイの前に歩み寄る。

 アオイは私を泣きそうな表情で睨み付けていた。 

 

「アオイ、すまない」

「なんで……なんで、アンタが謝んのよ。私はアンタのそういう所が大嫌い……」

 

 知ってるさ、それでもいい。

 

「フッ、私はアオイの事が嫌いじゃないよ」

「そういう所が……嫌いなのよ……」

 

 そう言うと、アオイは私から目を逸してしまった。

 魂魄の儀は蒼星家の者でしか執り行えない、辛い役回りだ。

 

「トウカ、なにか言い残す事はあるか」

 

 タイヨウが拡声器を使わずに、他には聞き取れない小さな声で私に問いかけてくる。

 

「そうだな、ウラヌスを預ける。誰かに託してやってくれ、私と一緒では不憫だ」

 

 タイヨウにウラヌスを手渡す、伝わって来る声には聞こえない振りをした。

 

「分かった。相応しい者に託す」

 

「それと、生徒会室の金庫に手紙を残してある。番号は例の奴だ。それなりの量があるが……ちゃんと全員に渡して欲しい」

 

「すべて責任を持って届けよう」

 

 後は、一番大事な事を……

 

「タイヨウ、トウヤ達はきっと暴れると思う、どうか皆を――」

「俺が押さえ付ける。そして説き伏せよう。トウヤにはクリスタルハーシェルを引き継いでもらう」

「そうか、ありがとう」

 

 これで心配事は……マモコだけだな。

 でも、マモコにはユピテルも付いている。伝説の運び屋も一緒だ。本人も逞しい奴だから大丈夫、きっと元気にやって行ける、

 

 ああ、そうだな……一応確認しておこう。

 

「タイヨウ、プラネット・ナインの投票の内訳を教えてくれないか?」

「それは……反対が3票、賛成が5票。そして月読家不在の無効票が1票だ」

 

 思ったよりも反対票が多い。

 いや、大人達だって好き好んでやっている訳ではない、それなら当然なのかもしれない。

 

「父様は……天王家はどっちだった?」

「…………」

 

 タイヨウ、今日は随分と表情が分かりやすいな、

 

「すまない、嫌な質問をしたな……これで全部だ。始めよう」

 

「トウカ……待っていろ。必ず、いつか必ず俺が全てを解決して、お前を解放してみせる。それまで飲まれるな、頼む……」

 

「分かっているよタイヨウ、大丈夫だ」

 

 分かっているさ、お前ならそう言うと思っていた。

 ただ、それでも……それでも許嫁として、ほんの少しだけ期待していた言葉があった。

 マモコの様に、役目から逃げてもいいと、自分が助けてやると言って欲しかった。

 いつかではなく、今この場で逃げてもいいと言って欲しかった。自分と一緒に逃げようと言って欲しかった。

 

『始めろアオイ! これより魂魄の儀を執り行う!』

「……はい、タイヨウ様」

 

 振り返りはしない、クリスタルハーシェルの方は絶対に見てはいけない。

 もう一度皆の姿を見れば、私の決意はきっと揺らいでしまう、だから絶対に振り向かない、

 

「ぐッ!?」

 

 コアソウルから伸びる光の帯に締め付けられる。

 肉体だけでなく、ソウルまで力任せに締め付けられる感覚。まったく私の事なんて考えていない無遠慮な拘束。

 

「……!?」

 

 痛みに声を上げたつもりが、それすら叶わない。それどころか指先1つ動かせない事に気付く。

 そして、目の前が真っ暗になる。視界さえも奪われ、どうにか抑え込んでいた恐怖心が私の胸に広がって行く。

 

 怖い、怖い、怖い。

 痛い、痛い、痛い。

 

 ヒカリやマモコとは違う、自身を委ねられる温かみを感じない無機質で容赦の無い拘束。

 自分の身体とソウルが軋み、身体の隅々が熱い、手足を溶かされている様だ。

 それが錯覚か、それとも事実なのか、視界を奪われた私には確かめる術がない。

 

 スタジアムに、複数の悲鳴が響いた気がした。

 だが、私に許されるのは音を聞く事と思考する事だけ。それが誰の物であるのか確かめる事は出来ない。

 

 ああ怖い、嫌だ、引きずり込まれて行く。私が連れて行かれてしまう。

 苦しい、熱い、痛い。

 暗い、寒い、冷たい。

 痛い、痛い、痛い。

 嫌だ……そんな所には行きたくない。

 

 助けて――思わず声を出そうとするが、声は出ない。

 そして、さっきまで聞こえていた音すら無くなっている事に気付いた。

 

 ああ、ウラヌス……やっぱり私は自分を偽っていた。格好を付けて自身を取り繕っていた。

 

 嫌だ……私はこんな所に閉じ込められたくない。

 

 耐えるなんて無理だ。こんな所では正気を保てない。

 

 ああ、情けない。覚悟だなんて偉そうに格好つけた自分が恥ずかしい。

 だって、助けて欲しい……誰でもいいから私を助けて欲しい。そう思ってしまう。

 

「姉さぁぁん!!」

 

 叫び声が……トウヤの声が聞こえた気がした。

 

 だが、痛みも冷たさも暗闇もそのままだ。暗闇が晴れる気配などない。

 

 

 

 

 

『タイヨウ!! 姉さんを離せぇぇ!!』

『無駄だトウヤ!! トウカは一族を裏切った!! これは正当な報いだ!!』

 

 モニターの先では、氷の拘束から自力で抜け出したトウヤ君がトウカさんを助けようとウーラノスを放ち、天照タイヨウがドラゴンを召喚してそれを防いでいる。

 

『なにが報いだ!! 見ろ!! 姉さんは苦しんでいる!! 今助けなくてどうする!? アナタにとっても許嫁で仲間だろう!?』

『この場でトウカを助けても!! プラネット社は儀式をやり直すだけだ!! 役目からは逃れられん!!』

『なら俺がプラネット社を倒す!! 姉さんを守って見せる!!』

『吠えたなトウヤ!! ならばこの俺を打ち破ってみせろ!! それが出来ぬ様ではプラネット社は相手に出来ん!! 力を証明してみせろ!!』

 

 今までに見た事がない位に激しく氷を生み出し、苛烈な攻撃を続けるトウヤ君。

 そして、身体から放たれる光の熱で氷を溶かし、ウーラノスを切り裂かんと爪を振るうドラゴン。

 

「トウカ……すまねえ」

「うぅ、酷いです。私も捕まったら……ひえぇ」

「あそこまでとは、暴走はさらに進行しているでゲス」

 

 一緒に拘束された三人の声に、モニターの向こうの戦闘に向けられた意識が戻ってくる。

 

 違う! 呑気にモニターを眺めている場合ではない! 僕がトウカさんに助けを求めている場合でもない!

 トウカさんを助けなくては! 僕以上にトウカさんの方がピンチだ!

 

「マモリお願い! 私を解放して! トウカさんを助けに行かなくちゃ手遅れになる!」

「なにを言ってるんですかお兄様? タイヨウ兄さんの話を聞いていなかったんですか? 助けたって無駄ですし、私はそれを許しませんよ?」

 

 ま、マモリ!? 

 

「何を言ってるの!? あんなに苦しんでいるのよ!? 絶対におかしいでしょう!! トウカさんが本当に死んでしまう!!」

 

 僕の代わりに戦ってくれるのは大賛成だが死んでしまっては元も子も無い! 僕はそんな事を望んでいない!

 

「そうかも知れませんね。私の持つ三つのコアソウルからも個人の意思は感じられませんから、幽閉と言うよりは本当に燃料になるのかもしれません。多分、個人の意識は燃え尽きる。でもこの声は……」

 

 ね、燃料……冗談だよな? ユピテル君も言っていたけどまさか本当に――

「でも、仕方ありませんよ。プラネット社はそうやって今の秩序を保ってきました。ここで騒いだって直ぐには変わりません、タイヨウ兄さんが変えてくれるのを待ちましょう? あれは必要な犠牲ですよお兄様」

 

 マモリ、お前は本当にそんな風に思っているのか?

 

「マモリ、今の言葉は本心なの? あそこで苦しんでいるトウカさんを見て、本当に仕方無いと思っているの? そんな――」

「ええ、それに天王トウカは自分から魂魄の儀を受けいれましたよね? 助けるなんて余計なお世話じゃないですか」

「…………」

 

 驚きとか、怒りの感情もある。

 でも、それ以上に悲しい。マモリが、僕の妹がそんな風に考えている事がひたすらに悲しかった。

 確かに間違った事は言っていない。ただ、悲しい。それだけだ。

 

「お兄様に知って欲しかったのは、プラネット社と一族の恐ろしさですよ。上が決めたら個人の意思なんて簡単に潰される。既に目をつけられているお兄様の安全はカードの中にしか――」

「もういいわマモリ、説得している時間が無い。私はアナタを倒してトウカさんを助けに行く」

 

 懐にソウルを集中させる。肌身離さずに持ち歩いていた奥の手を使う時が来た。

 

「やっぱりお兄様はあの女達に洗脳されてますね。仮にあの場に辿り着いても、天王トウカを助ける事なんて不可能ですよ? タイヨウ兄さんを始めとした一族のソウルギア使い達が2千人はいるんです、クリスタルハーシェル達と協力してもせいぜい――」

 

「どうでもいいのよそんな事は。友達が苦しんでいる時に助けてもあげられない人間は、いざと言う時に誰も助けてはくれない。だから私は体育館に向かう、トウカさんを助けに行くわ」

 

 誰も助けてくれない孤独で寂しい人間。そんな孤独は僕にとっては死と同義だ。死と共に味わった暗闇の冷たさと孤独、あんな物は二度と経験したくない。

 

 トウカさんにも、クリスタルハーシェルのみんなにも、これから僕の事をたっぷりと助けて貰う予定だ。

 それならば、僕もみんなが困っているなら助ける。それが道理だ。それすら守れない人間は……不老不死になっても永遠に孤独だろう。

 

 僕は孤独には耐えられない、孤独になったら穏やかな心で過ごせない。安全は得られても安心を永遠に失う事になる。

 

 僕が欲しいのは安心と安全を兼ね備えた究極の不老不死だ。

 

 だからこそ、僕の望みは今、モニターの先にある。

 死地だとしても僕の求める不老不死はあの先にしか存在しない。

 

「やっぱり勘違いしている!! お兄様はなにも知らないからそんな事が言えるんです!! 現実を知らないし見ていない!」

 

「マモリ、私は知らない事が多くても現実を見ている」

 

 チームの仲間が苦しんでいる。それが現実だ。

 

「だったら!! この状況をどうするつもりですか!? お兄様は拘束されて右手も失っている!! そして三つのコアソウルを手に入れた私は誰よりも強い!! なのに私を倒して助けに行く!? やっぱりお兄様は現実が見えていません!! 正気を失っています!!」

「いいわ、マモリ。見せてあげる」

 

 母さんからもしもの時に使えと貰ったコレを、妹相手に使うとは思っていなかった。

 

 胸に潜ませた。四つのソウルストーンに込めた自分のソウルを解放させる。

 一つはトウヤ君に投げ返された物、使用者を十年程成長させるソウルメイクアップが込められている。

 ソウルメイクアップの力はそのままに、より強く、より強大な未来の自分を、あり得る未来の可能性を呼び寄せる。

 

 僕が強いソウルの光に包まれる。今までの中で一番強く自分が変わっていくのが理解出来る。

 身体の奥底からソウルかとめどなく溢れて来る。これならいけそうだ。

 

「クッ、なんの真似ですかお兄様!?」

「ま、眩しいですぅ?」

「マモル!? やる気なのか!?」

 

 溢れ出す力のままに、拘束されているソウルの糸に僕のソウルを注ぎ込んで飽和させ、トリックを崩壊させる。

 

「お兄様……その姿は……」

 

 マモリは僕の十年成長した姿を見て震えている。だいぶ驚いている様子だ。

 変身したのは二十歳程度の田中マモコ、完全に大人の姿だ。

 肉体年齢的に、マモリと言うよりは母さんに似た姿になっただろう。鏡で見れないのが残念だ。きっと物凄くカワイイ。

 

 ソウルストーンの力でソウルを増幅させて成長したこの姿は、僕単独でソウルメイクアップするのを遥かに凌駕する力を宿している。一時的とは言え、自分でも驚く程にソウルが増大した。

 

「ユピテル君、このままミオちゃんと一緒にランデブーポイントまで向かって」

 

 ソウルストーンを四つも使って変身したので、一時間以上は持つと思うが……なにせ始めての姿だ。確かな事は分からない。

 だからこそ、間に合わなかった場合に備え、助けてくれる仲間を呼んでおく必要がある。

 

「なに言ってんだマモル!? 俺も一緒に……」

「ムーン・バレット」

 

 僕は残った左手で、ピース・ムーンから必殺技の名を叫びソウルの弾丸を放つ。

 ソウルの弾丸は道路を抉りつつ、町を包むソウルワールド壁まで到達して激突、そのままバチバチと弾ける音を出しつつ、拮抗した後にソウルワールドの壁に穴が空いた。

 うーん、我ながら恐ろしい威力だ。今ならメルクリウスにも楽々対抗出来る。

 

「直に塞がってしまう、早くあの穴から脱出して。そしたら、みんなと合流したら伝えてちょうだい。私はマモリを倒した後に体育館へ向かう、オペレーションAKTで頼むって」

 

 他にも妨害がある可能性は捨て切れない、ミオちゃんだけに伝言を任せるのはではちょっと心配だ。ユピテル君にも行ってもらおう。

 

「な、なんですかオペレーションAKTって!? 私は知らないですよ!?」

 

 そりゃミオちゃんは知らないだろう、別に大した作戦じゃない。

 

「マモル! トウカは覚悟して俺にお前を託したんだ! 手紙だって――」

「ああ、手が滑った!?」

 

 急いで懐からトウカさんの手紙を取り出し、ビリビリに破く。

 

「お、お前……何をやってんだ!?」

「フフッ、読む前に破けちゃった。トウカさんに手紙の内容を聞かないと……仕方無いわよね?」

 

 下を向いて、ぷるぷると震えだすユピテル君。

 

「あー!! 馬鹿野郎が!! もう知らねえからな!? 死ぬなよ!? 死んだらブッ殺すからな!?」

「ぎにゃ!? と、飛んでる!? 降ろして下さいい!?」

 

 今の僕は野郎じゃない……と突っ込む暇もなく、ユピテル君はミオちゃんを抱えて飛んでいった。これでとりあえずは安心だ。

 

「マモコちゃん、アッシの事は気にせずに思いっ切りやるでゲス」

 

 そんな言葉が届いたと思ったら、店長の姿は遥か遠くにあった。

 に、逃げ足速いな店長……やるな。

 

「さて、マモリ。待たせたわね」

「なんですかその姿は……勝手に大人になって!! しかもお母様そっくり!! 私は絶対に許しません!! いい加減にしてくださいお兄様!!」

 

 なにが琴線に触れたのか分からないが、マモリもすっかりやる気だ。

 背後の魂魄獣達も、牙を剥き出しにして僕に向かって唸っている。

 

 横目でモニターに目を向ける。トウヤ君が天照タイヨウ相手に奮闘している、もう少し待っててくれ。

 

「始めましょうマモリ、時間が無い」

「いいですよお兄様!! 現実を教えて差し上げます!!」

 

 そういえば、始めての兄妹喧嘩……いや、姉妹喧嘩? どちらにせよ、こんな形になるとは思わなかった。

 もしも僕が、修行を拒否しなければ………いや、やめておこう。

 

 現実は今にしか存在しない。自分の選択の積み重ねで紡がれるのが今、僕はそれを後悔したりは……割とするけど……否定はしない。

 

 マモリを倒し、トウカさんを助けに行く。

 僕の究極の不老不死の為に、次は僕が助けて貰う為に。

 

 



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初志貫徹!! 間違い無しのパーフェクトアンサー!!

「動きが単調ねマモリ!! 魂魄獣に頼りすぎよ!!」

「クッ、妙な動きをして!! 大人しく捕まってください!!」

 

 大通りから外れた建設中のビル。ここが巻き込まれないでバトルを見られる丁度いい位置だろう。

 その一番高い場所から、二人の戦いを見守る。それが私の役目だ。

 

 巨大な四体の魂魄獣に加え、自身もソウルストリンガーで攻撃。傍らにはソウルスピナーを展開して自身を守って戦うマモリお嬢様。

 片腕にも関わらず、四つのソウルギアをフルに活用。戦場を縦横無尽に動き回り戦うマモル坊ちゃま。

 

 坊ちゃまは必殺技による高速移動で、常にいずれかの魂魄獣の懐に入り込む事で攻撃を制限させ、多対一の不利を避けて立ち回る。

 さらに、その合間でお嬢様にソウルシューターやソウルランナーで直接攻撃を加え、短期決戦を狙っている。

 だが、お嬢様もそれを承知しているので、スピナーの力場で常に自身を覆い防御を固めているので隙がない。四体の魂魄獣への指示も力任せではなく的確だ。

 

 二人共、感情的になってはいるが戦術は手堅く冷静、兄妹は非常にレベルの高い攻防を繰り広げている。

 

 加えて両者は、莫大なソウルにまかせて必殺技やトリックを惜しみなく連発している。

 それらが衝突、もしくは避けられる度に道路が抉られ街灯が倒れ、周囲の建物は穴だらけになって吹き飛ばされる。

 

「トワイライト・シンドローム!!」

「切り裂け!! スコル!! ハティ!!」

 

 トリックで描かれた巨大な月を、二頭の大狼が振るう鋭い爪が切り裂き、周囲を吹き飛ばすソウルの奔流が巻き起こる。

 

 舞車町全体は既に、アオイお嬢様が展開したソウルワールドと化している。

 なので、建物は破壊されても解除すれば元通りとなる。ソウルギアが使用者をソウル体へと変換する力と同様の作用が町全体に施されている様なものだからだ。

 そして、ソウルワールドの中では子どもはほぼ無条件に活動できるが、ソウルを操る術に長けていない大人は世界に溶ける。大抵の大人はソウルワールド展開中は範囲内から姿を消し、解除されるまで元には戻らない。

 溶けている間の当人に意識は無く、分解は瞬時に行われるので何をされたかも認識できない。消えていた本人の認識では、何故か一瞬で時間だけが過ぎていた事になるだろう。

 

 二人共それを理解しているからこそ、周囲の被害を気にせずに戦っている。体育館で決起集会が行われている今、町の外れに子どもがいるはずもない。

 周囲の被害などまったく考慮しない派手なソウルバトル、ここまで大規模な物は滅多にあるものではない。

 

「マキシマム・バレット!!」

「吹きとばせ!! フレスヴェーグ!!」

 

 無数の弾丸と、怪鳥が巻き起こす衝撃波が激突。僅かな拮抗の後に爆発音が響き、大気をビリビリと震わせる。

 

「捕えろ!! ニーズヘッグ!!」

「逆巻け!! シルバー・ムーン!!」

 

 自身の巨体で坊ちゃまを捕らえようとする大蛇が、斥力を発生させる力場によって阻まれる。弾かれながらも締め付けんと大蛇は激しく暴れ、周囲に破壊が撒き散らされる。

 

 ソウルメイクアップによって成長したマモル坊ちゃまと、三つのコアソウルで自身を強化させたマモリお嬢様。

 そんな二人のソウルバトルは今の所は互角だ。まさに一進一退の攻防を繰り広げている。

 つまり、このままでは……

 

「うーん、このままだとマモル君は負けるでゲスねぇ……ウルルちゃん、キミはどう思うでゲスか?」

 

 いつの間にか、私の隣に男が腰掛けていた。

 ボサボサの髪に無造作な無精髭、そして分厚いメガネをかけた胡散臭い男が私に同意を求めて来る。

 

「名前を呼ばないでください智天さん、呼ぶなら地杜です。毎回言わせないでください」

「ゲヘヘ、失礼したでゲス」

 

 口ではそう言っても、態度はまったく悪びれない。私はこの人が嫌いだ。

 様々な組織に顔を出し、仕事相手を選ばない癖にダイチ様に信頼されるこの男、智天ツバサが気に食わない。

 私だってもう少し早く生まれていれば、あの頃にダイチ様達と同じチームに……

 

「二人共、舞車町のソウル傾向なんてお構い無しでゲス。自身の周囲をソウル傾向を書き換えて、ソウルランナー以外の力もフルに発揮させているでゲス。体育館の観客席に設置されている装置を使ってアオイちゃんが行っている事を、自力でやってのけている……札造博士特製の装置と同じ力でゲスねぇ?」

「…………」

 

 相変わらず嫌らしい男だ。どこまで事情を把握しているのか判断しにくい。

 

「でも、アッシの見立てでは……マモリちゃんの現在のソウル量を10とするならマモル君は3って所でゲス。コアソウルを使わずにそこまで到達して、なおかつ互角に戦うのは十分驚異的でゲスが……マモル君の目的は一刻も早く体育館へ戻る事。しかも、あの成長した姿には時間制限もある。互角では勝利条件は満たせない、ガス欠するのもマモル君が先でゲス」

 

 二人のバトルは勢いが衰える事なく続いている。戦況は互角だ。

 確かにこの男の見立ては間違ってはいない、ソウルを正しく読み取れる実力者なら誰もがそう見積もるだろう。

 だが、間違っている。

 

「勝つのはマモル坊ちゃまです、間違いない」

「ゲヘヘ……ウルルちゃん。その根拠はなんでゲショ?」

 

 根拠だと? 

 私がマモル坊ちゃまを直接お世話をする様になったのは、たったの三年前からだ。

 だが、ソウルギアを扱う様になってからの坊ちゃまを、一番身近で一番長く見てきたのは私だ。私は今の坊ちゃまの事を誰よりも知っている自信がある。

 

「マモル坊ちゃまは軽率な所があります。ダイチ様が注意したにも関わらず、ソウルメイクアップを使い過ぎている」

「んん? 確かに今のマモル君は自分が男である事を半ば忘れている様でゲスねぇ……そんな所まで両親に似るとは、成長した姿が女性なのも割と深刻でゲス」

 

 坊ちゃまは、先月から妊娠した女性用の雑誌の定期購読を始めた。それをベッドの下に隠しているのも少しだけ不安だ……坊ちゃまは何をめざしているのか?

 

「そして、少しだけ鈍いところがあります。苦手なニンジンを細かく刻んで料理に混ぜても、気付かずに美味しそうに食べている」

「う、うーん? それはなんとも言えんでゲス……」

 

 苦手なトマトや人参が入った料理を、ユピテル様に食べさせているのは知っている。

 なので、駄目で元々の苦肉の策だったが、まったく気付いた様子はない。ユピテル様からおかわりまでしていたとの報告もあった。

 

「少しでも親しくなると、警戒心が薄くなり騙されやすい。正直に言うと、学業の成績は芳しくありません。整理整頓が苦手で、直ぐに部屋を散らかします。悪い事をすると顔に出るので、嘘が下手です」

「う、ウルルちゃん? なんの話をしてるんでゲスか?」

 

 なんの話だと? 私の知るマモル坊ちゃまの話だ。

 

「ですが、マモル坊ちゃまは負けられない戦いには必ず勝利する。友人を救うとなれば尚更です。坊ちゃまは友人の為にBB団とSS団を打ち破った。予想以上の力を危惧したCC団は、想定以上の被害を恐れ、直接対決を避けるために計画を変更した」

「ゲヘヘ、なるほど。そこらへんは大体が完璧だったダイチ先輩と違っても、勝利を引き寄せる力は変わらない。そう言いたいんでゲスね?」

 

 その通りだ。マモル坊ちゃまにはどんな状況からでも勝利を導く力がある。その力は周囲の人間にも影響を及ぼす、美しい輝きを放つソウルの力だ。強いソウルを持つ程にそれを深く理解し、そこに魅力を感じるだろう。

 だからこそ、マモル坊ちゃまには強力なソウルギア使いが集う、導かれる様にチームを結成した。

 しかし、強力なソウルギア使いは我が強くなる。あれ程の実力者達が一つに纏まるのは、坊ちゃまという存在があってこそだ。

 

「攻撃が届きませんねお兄様!! このままじゃ時間切れですよ!! 現実を理解できましたか!?」

「なるほどね、リミッター……そしてこの感覚……名前は?」

 

 お嬢様が声を張り上げると、先程まで高速で動き回っていた坊ちゃまが立ち止まる。

 そして、何かを小さな声で呟いている。機体と対話している?

 

「ようやく諦めたんですね!! 捕まえて!! ニーズヘッグ!!」

 

 大蛇が巨体をうねらせ、坊ちゃまへと勢い良く襲いかかる。

 立ち止まって目を瞑る坊ちゃまのソウルギアが、淡い光に包まれている。

 あれは!? 間違いない!

 

「リミッターを自力で解除したでゲス!! それならば当然マモル君の機体は――」

「機体は……進化する。坊ちゃまの願いに応えて」

 

「廻れ!! シルバー・ムーン・エクリプス!!」

 

 銀色の輝きを放つ機体が、凄まじい勢いで回転して唸り、巨大な力場を形成した。

 

「ニーズヘッグ!? そんな!? 動けない!?」

 

 力場が放つ凄まじい重力で、大蛇は地面に縫い付けられピクリとも動かない。

 

「繋げるわよ!! トワイライトムーン・エクリプス!!」

「ッ!? スコル!! ハティ!! 止め――」

「ストリングプレイスパイダーベイビー!!」

 

 超速で放たれたトリックが爆発を巻き起こす。それを止めようとした二頭の大狼が爆発を正面から喰らい、勢い良く飛んで行った。

 

「白金に輝け!! プラチナ・ムーン・エクリプス!!」

「しまった!? フレスヴェーグ避け―」

 

 空に白金の軌跡が光り、いつの間にか羽を貫かれた巨鳥は、空中からの墜落を始めている。

 

 ソウルギアを進化させるのは子どもにしか出来ない。

 ソウルギアやパーツを作るのは大人にしか出来ない。

 前者の理由は子どもにしかソウルギアの声が聞こえないから、後者の理由は大人の目でしかソウルの物質的側面を観測できないから。

 

 だが、今のマモル坊ちゃまはソウル体は大人で、心は子どものまま。

 つまり、ソウルギアの新しい名前を聞き取って機体を進化させる事も、ダイチ様が付けたリミッターパーツをその目で観測して取り払う事も、その両方が可能。本来なら不可能な二つを両立させている。

 

「クッ!? 機体を進化させても私の勝ちは揺るがない!! 三つのコアソウルを持つ私には傷一付けられません!!」

 

 お嬢様が三つのコアソウルの力を更に解放する。これ以上があるのか!? そんな事が!?

 そして、大人の私ですら思わず震える程のソウルがマモリお嬢様を中心に渦巻く……一体何をするつもりだ? 

 

「廻れ!! シルバー・ムーン・クレッセント!!」

 

 マモリお嬢様が、コアソウルの力をソウルスピナーの力場に注ぎ込んだ。

 力場は道路や建物をグシャグシャに潰しながらゆっくりと拡大する。凄まじい重力が力場に込められている。

 

「凄い!! この力なら!! これなら田中マモコを殺せる!! お兄様!! このまま飲み込んで差し上げます!!」

 

 力場が拡大する勢いを増した。凄まじい速さで坊ちゃまを飲み込まんと力場が迫っていく。

 

「ムム、守りと言うには破壊的過ぎるでゲス。ソウル体とは言えマモル君ごとアレに飲み込むつもりとは……やっぱりマモリちゃんは、コアソウルを制御し切れずに暴走しているでゲス。いやはや、あそこまで攻撃的になるとは……コアソウルは恐ろしいでゲスね」

 

 いつの間にか、四体の魂魄獣は姿を消している。巻き込まない様にカードへと戻したのだろう。

 ある意味冷静とも言える判断、果たしてお嬢様の攻撃性は暴走によるものなのだろうか……

 

「マモリ……放って置くのは不味いわね」

 

 マモル坊ちゃまが、ソウルシューター“ピース・ムーン“を構える。逃げずに迎え撃つつもりだ。

 

「立ち向かうつもりでゲスねマモル君! それに、あの構えとソウルの捉え方はまさしく――」

 

 大人は機体の声が聞こえなくなる代わりに、ソウルの物質的側面を観測できる様になる。

 観測の次の段階は、観測物に対する干渉。大人は鍛えれば、子どもよりもソウルギアの様々な部分が見え、触れられる様になる。

 

 マモル坊ちゃまは、ピース・ムーンに付けられたリミッターを押さえ付けている。

 リミッターとは、ソウルの放出口に取り付けられるパーツ。ソウルが想定を超えて出ていかないように、ソウルの入り口をある程度塞ぐ役目も果たしている。

 坊ちゃまはそこに、左手と自身のソウル両方を使って圧力を加え、放出口をさらにきつく締め付けている。

 

 ホースの先を手で潰すと水が勢い良く発射する様に、ソウルも出口を強く締め付ける程に、解き放たれた時の勢いは強くなる。

 自身のソウル量以上の威力を生み出す、大人のシューターにしか使えない技術、加減を間違えれば指の骨を折るとも言われる諸刃の剣。

 

 その技術の通称は……“締め撃ち“、マモル坊ちゃまはそれをリミッターを壊す勢いも加えて放とうとしている。

 

「さあお兄様!! 終わりです!! これからは永遠に一緒――」

「貫け!! ルミナス・バレット!!」

 

 坊ちゃまが必殺技の名を叫び、舞車町を横断する光の線が走った。

 

 込められたソウルに比べて余りにも細い光の軌跡。

 だが、極限まで締め付けられ放たれたソウルの弾丸は、マモリお嬢様の力場を容易く貫通し、ソウル体をも通過していった。マモリお嬢様の胸にぽっかりと穴が空いている。

 

「う、嘘です……この力は無敵だって……」

 

 呆気に取られた表情のマモリお嬢様が、胸を押さえながら地面に倒れる。

 力場が音を立てて崩壊し、制御を失ったソウルが勢い良く周囲に撒き散らされる。

 心臓はソウル体にとってもソウルを循環させる要、胸を貫かれればソウル体の維持は難しい。

 

「ゲヘヘ! 本当に勝ってしまうとは! ああ、いいものが見れたでゲス……さて、アッシも仕事の続きに戻るでゲス。ウルルちゃん、この場は任せるでゲスね」

 

 仕事の続きだと? 対象のマモル坊ちゃまを放って? 私には好都合ではあるが……

 

「智天さん、肝心の坊ちゃまを置いて何処へ行くつもりですか?」

「マモル君がマモリちゃんに敗北するなら、回収して逃す。勝利したのならば……この後を見据えて準備でゲス。それが運び屋の仕事でゲスよ」

 

 準備? 相変わらず勿体ぶる男だ。

 

「二人の激突に隠れて分かりにくいでゲスが、そこら中でPTAと組織……いや、ブルーアースが小競り合いしてるでゲスねえ。両者共に目標は体育館に居るトウカちゃんの身柄。でも、コアソウルに取り込まれる前に助けたいPTA、コアソウルの状態でもサルベージ出来るから足止めするブルーアース、そんな所でしょう? ウルルちゃん?」

「さあ、私には与り知らない話です」

 

 他人に指摘されて傷付く、私の覚悟が足りない証拠か。

 

「ゲヘヘ、ちなみにダイチ先輩にはなんて言われたんでゲスか? これは想像でゲスが……負けた方を連れて来いって所でゲスか?」

 

 ……間違ってはいない。マモリお嬢様はコアソウルを手にしたまま敗北した。間違っていないはずだ。

 

「はい、その通りです。私に安全に保護してくれと――」

「嘘でゲスね。ダイチ先輩はきっと、勝敗に関わらずにコアソウルを回収してくれって頼んだでゲス。あの人はそう言う所がドライと言うか、ソウルバトルの結果に真摯過ぎると言うベきか……多分マモル君がソウルカードになっても、それはそれで受け入れる人でゲス」

 

 五月蝿い男だ。本当に五月蝿い、ダイチ様の元を離れた癖に知った様な口をきくな。

 

「ゲヘヘ、それにしても久しぶりに見事なソウルギアの進化が見れたでゲスね。ソウルギアと使用者の想いが一つにならないと、あそこまでの進化は不可能でゲス、それが四機とは……流石のアッシも初めてお目にかかったゲス」

「そうですね。早く去りなさい、目障りです」

 

 ソウルの奔流が止み、マモリ様のソウル体が解除されて生身の肉体に戻った。どうやら気絶している様だ。

 こんな男の相手をしている暇はない、早くあそこへ、坊ちゃまとお嬢様の元へ向かわなければ――

 

「ウルルちゃん……大人になったアッシ達に、声が聞こえなくなったアッシ達にソウルギアは、相棒達はなんて声を掛けているんでゲスかね? 今の自分は相棒達に胸を張れる様に生きているか……そう考えた事は無いでゲスか?」

「黙れ!! いい加減に――」

 

 振り向いた先に、智天ツバサの姿は無かった。

 言いたいことだけ言って消える。やはりあの男は嫌いだ。

 

「私は……間違ってなどいない。そうだよね? サテライト・リリス?」

 

 私は、蒼星家に仕えるブルーガーディアンズの地杜ウルル。

 ソウルギアを手にした日から現在まで、尊敬するダイチ様にずっと仕えて生きて来た。

 それはこれからも変わらない、何一つ間違いなど無い私の人生、これが私が選んだ生き方だ。やましい所も、恥じ入る所もありはしない。

 

 子どもの頃とは違い、声が聞こえなくなった相棒のリリス。

 でも、昔からずっと一緒で私を励ましてくれたリリス。

 リリスはきっと今でも……大人になった私でも応援してくれている。声が聞こえなくなったってそれは変わらない。

 そのはずだ……私は間違ってなどいない、そうだよねリリス?

 

 リリスの声は聞こえない、それでも私は信じている。

 

 

 

 

 

 マモリを中心とした荒れ狂うソウルがようやく収まり、僕の視線の先には倒れる妹の姿があった。

 マモリはピクリとも動かない、僕は慌ててマモリの元まで駆け寄って様子を伺う。

 うつ伏せに倒れるマモリを、左手でなんとか抱き抱える。僕の腕の中でマモリは穏やかな表情で静かな寝息を立てていた。

 

「マモリ……ごめんね」

 

 気を失ってはいるが、これはソウル体が破壊された後にはよくある状態だ。

 コアソウルなんて危険物を取り込んでいる割には、ソウルの循環に乱れは無い。身体に不調は無さそうだ。

 

 しかし、どうするか……僕の右腕も戻したいが、コアソウルも危険そうなので取り上げたい。

 でも、やり方がさっぱり分からん。色々と試している時間はない。仕方ない、マモリはとりあえずはこのまま置いて行くしかないか、道端に放置していくのは心配だけど……

 

「マモル坊ちゃま、お怪我はありませんか?」

 

 空中から人影が降り立ち、僕に声をかけてくる。

 メイド服を着ている推定二十代中盤の女性、散々お世話になってるから見間違えるはずが無い。

 父さんと月読家を出て以来、ずっと家政婦として僕の家に通ってくれている地杜さんだ。

 

「地杜さん! ちょうど良かった! マモリを預かって欲しいの!」

 

 地杜さんは信頼できる人だ。

 なにせ、この大人の姿でも僕を認識するくらいに理解がある。僕がソウルメイクアップで女の子になってもなにも変わらずに接してくれた。

 正直言って最近では、父さんや母さんよりもこの人に育てて貰ってる自覚が強い。家事や身の回りのお世話に食事、大部分を地杜さんに頼っている。

 

 ただ、常にメイド服を着ている点は変人ポイントが高い……でも凄く似合っているのでセーフだ。

 それに、本人も衣装もキッチリしているので、コスプレではなく本職さながらの凄みがある……あれ? 家政婦さんなら本職なのか? つまりメイド服は正装……んん?

 

「私が……私がマモリお嬢様をお預かりしてよろしいのでしょうか……」

 

 あれ? 地杜さん戸惑っている?

 そうか、あれだけ派手にバトルしたんだ。当然マモリの凄まじさは目撃しただろうし、怖いのは当然か。

 確かにマモリか目覚めたら手に負えないだろう……でも、今お願い出来るのは地杜さんしかいない。

 

「地杜さん、マモリは私がソウル体が破壊したからしばらくは目覚めない。預かるのが無理ならせめて、私達の家に寝かせておいて欲しいの。どうかお願い。地杜さんにしか頼めない、信頼できる地杜さんにしか……そうだ! 地杜さんなら父さんに連絡を取れる? マモリの事を父さんに伝えてちょうだい! そうすればなんとかしてくれると思う!」

 

 地杜さんは僕から目線を逸し、少し考える素振りを見せた後に口を開いた。

 

「マモル坊ちゃま……お任せください。ダイチ様は、お父様は舞車町に向かっている途中です。ダイチ様なら坊ちゃまの右腕のソウルカード化を解除する事も、コアソウルを安全に移す事も可能です。それまでマモリお嬢様は私が責任を持ってお預かりします」

 

 マジか!? やるじゃねえか父さん! いざという時にしか役に立たない父親だぜ!

 

「ありがとう地杜さん!! 私は体育館に向かうわ!」

 

 進化したトワイライト・ムーン・エクリプスを展開させる。ソウルの糸を使って全速力で体育館まで飛んで行く!

 

「マモル坊ちゃま!!」

 

 背後から大きな声が聞こえた。

 いつもクールな地杜さんがこんな大きな声を出すのは初めてだ……驚きつつも地守さんの方を向く。

 

「私も……私もダイチ様と合流したらお迎えに参ります。どうか、それまでご無事で……坊ちゃまに大地の加護があらん事を」

 

 地杜さんと父さんが? それは心強い。

 また一つ、後を気にせずに全力で戦える理由が増えた。

 

「ありがとう! 地杜さんも気を付けてね!」

 

 地杜さんに見送られながら飛び出す。とにかく急がないと不味い。

 あ、店長……まあ、大丈夫だろう。逃げ足早いしね。

 モニターは戦闘の余波で壊れてしまった。体育館の様子は分からない。

 どうか耐えていてくれ。トウカさん、トウヤ君、みんな……

 

 

 

 

 

「強大なソウルの気配が止んだ? まさか……」

「そこだ!! ウーラノス!!」

 

 タイヨウが体育館の外を気にしているが関係ない! 一刻も早くアポロニアスドラゴンを倒して姉さんを助ける!

 だが、その攻撃も防がれる。そう簡単に隙を見せてくれない。

 

「クッ、お前も感じただろうトウヤ!! 体育館の外で行われてた大規模なソウルバトル!! あの強大な波動はコアソウルだ!! この町に居て!! ファクトリーから盗まれた三つのコアソウルを持つ者!! つまり月読ミモリがソウルバトルを行っていた!! 相手は恐らくマモコキラーだ!!」

「それがどうした!! 姉さんを離せ!!」

 

 こんな奴の……タイヨウの言葉なんか知った事ではない。

 一瞬だけ背後を確認する。姉さんの氷による拘束は解けたが、代わりに土星ホシワ達のソウルストリンガーに捕らえられたクリスタルハーシェルの皆が見えた。

 

「トウカ様……トウヤ君……」

「クソッ、トウヤ!」

 

 皆は、悔しさと悲しみを織り混ぜた表情でコチラを見ていた。

 土星ホシワも苦い顔をしているが、拘束を緩めたりはしないだろう、俺がやるしかない。

 

 負けられない……負けてたまるか。絶対姉さんを取り戻す。

 そして、皆も助けてこの場を脱出……脱出? 何処に? この舞車町を出て俺達は何処へ……

 

「どうしたトウヤ!! 勢いが衰えたぞ!! 迷っているのだろう!?」

「グゥッ!? まだだ!!」

 

 アポロニアスドラゴンから放たれた熱線が、ウーラノスのボディを掠める。フィードバックした熱さとダメージが俺のソウル体を襲う。

 

「いい加減に気付けトウヤ!! この場で衝動に身を任せて暴れてどうなる!? 万が一にトウカを助けて逃亡して!! プラネット社と一族全てを敵に回してその先があるとでも思うか!?」

「ッ!? 避けろウーラノス!!」

 

 アポロニアスドラゴンの攻撃が苛烈さを増す。やはりタイヨウは強い、だけどそんな物は関係ない。

 

「お前が進むべき最善の道は!! 今この場の怒りと悔しさを飲み込み!! クリスタルハーシェルを継いで役目を果たすと誓う事だ!! この場の狼藉には目を瞑る!! 鉾を納めろトウヤ!!」

「ふざけるな!! なにが最善の道だ!!」

 

 姉さんを見捨てろって言うのか!? 諦めろって言うのか!? そんな物は最善の道ではない!!

 姉さん………くそ!? 光の帯が繭の様に姉さんを包んでいる!? もう姿が見えない程にコアソウルに包まれてしまった!! 時間が無い!!

 

「聞き分けろトウヤ!! お前が一族に貢献すればトウカの解放を早める事も可能だ!! これから先の未来で!! 俺が一族を束ね!! プラネット社を率いる立場になればこんな蛮行は許さない!! 俺達の世代で役目を変えるのだ!! お前も力を貸せトウヤ!! 内部から!! 正しい手順でトウカを救え!!」

「タイヨウ……お前は……」

 

 なんだよ……お前だって、お前だって嫌がっているのか?

 自分の本当の望みを偽り、それが正しい未来の為だって衝動を飲み込んでいるのか?

 そんな……そんな物は……

 

「お前は間違っているタイヨウ!! 一族としては正しくても!! ソウルギア使いとして間違っている!!」

「何を言うトウヤ!! この俺がソウルギア使いとして間違えているだと!? あらゆるソウルギアで頂点に立つ俺が!? 苦し紛れの戯言はよせ!!」

 

 戯言なんかじゃない。自分のやりたい事を我慢して、自分の望みを偽るなんて……それは結局逃げているだけだ。

 俺はそれをマモコさんに教えて貰った。クリスタルハーシェルの皆もそれを知った。

 だから、俺は間違っていない!! 傍から見て愚かしくても、無謀に見えても、俺は二度と自分の望みと衝動を偽らない!!

 

「お前が自分の気持ちを!! 役目や正しさを言い訳に自分の衝動を偽るなら!! 俺は……いや、俺達はお前には負けない!! 一族にも!! プラネット社にだって屈したりはしない!!」

「クッ……偽りだと!? 役目とはこの世に必要だからこそ課せられた使命だ!! 強きソウルを持つ者は世界の為に正しい役目を果たさなければならぬ!! 一時の衝動や感情に身を任せてどうなる!? 誰もが身勝手で生きれば世界に安寧は訪れない!!」

 

 タイヨウのソウルが力を増し、アポロニアスドラゴンが熱を放つオーラを纏う。まだ力を増すのか!?

 タイヨウは確かに強い……だが、ソウル傾向がソウルランナーに特化している舞車町でここまでの力を発揮出来るのは何故だ? 

 タイヨウだけの特別な力? それともなにかカラクリが……

 

「困惑しているなトウヤ!! これもプラネット社の力の一端だ!! 見ろ!! 観客席に設置された装置を!!」

 

 確かに、観客席には等間隔で二メートル程の高さの装置がぐるりと設置されている。

 

「あれは蒼星学園で教鞭を執る天才札造博士が!! プラネット社の支援を受けて開発した物だ!! アオイのソウルワールドの展開を増幅させ!! 更には周辺のソウル傾向を書き換える!! 今の体育館では全てのソウルギアが100%の力を発揮する!!」

 

 そんな装置が……全てのソウルギア? つまりソウルカード以外も……

 

「技術力でも!! プラネット社は最先端のテクノロジーを保有する

!! 世間への影響力も人材も世界一だ!!たかが数人の子どもが歯向かった所で揺らぐ事などあり得ない!! 分かるだろうトウヤ!? いい加減に理解しろ!!」

 

 そうか!! これならいける!!

 

「それでも俺は望みを叶える!! 姉さんを救う!! 行くぞタイヨウ!!」

「クッ……いいだろう!! まずは俺との実力の違いを理解しろトウヤ!!」

 

 全力でウーラノスを走らせる!! 速度を緩めたりはしない!!

 

「そんな単純な突進など!!」

「やるぞウーラノス!! 限界を超えて加速しろ!!」

 

 ウーラノスはアポロニアスドラゴンのぎりぎりを掠め、そのまま走り続けてスタジアムの壁に向かって行く。

 

「愚かな!! 自滅するつもりか」

「まだだ!!」

 

 何度も突撃してスタジアム中を走り回った。軌跡はそこら中に残っている。準備はこれで十分だ。

 ウーラノスの向う先、スタジアムの壁の直前に氷の道を作り出す。勢いを殺さないままに方向を変える氷の道だ。

 

「ッ!? そうか!! これはトウカの技!?」

「見せてやる!! クリスタルターンだ!!」

 

 氷の道で再びアポロニアスドラゴンへと進路を変更、ウーラノスが飛び出す。速度と勢いは衰えるどころか更に増している。

 ウーラノスは回避行動を取ったドラゴンを再び掠めた。

 そして、その先に再び氷の道を作り出す。

 同じ事を何度も繰り返して加速、アポロニアスドラゴンはどんどん速くなるウーラノスに対応出来ていない。徐々にダメージを負っている。

 

 これがこの技の本来の姿、レイキと戦った時とは違う、相手を倒すまで何度でも加速して突進する完全なクリスタルターンだ。

 

「やるなトウヤ!! だが甘い!!」

 

 アポロニアスドラゴンが無数の光る球体を出現させ、そこから熱線がスタジアム中に降り注ぐ。

 熱線は形成した氷の道を次々と溶かして行く……知っているよタイヨウ、アナタならそういう対処をする。

 

「進路を限定すれば捉えるのは容易い!! 終わりだトウヤ!!」

 

 溶けずに残った氷の道から突進するウーラノスに向い、アポロニアスドラゴンは余裕を持って構え、迎撃する体勢をとった。

 タイヨウ……お前は俺を説得する為にあの装置の説明をしたのだろう。

 でも、それはアナタの慢心だ! 

 

「ストリングスパイダープリズン!!」

 

 俺が展開したソウルストリンガーのトリックでアポロニアスドラゴンを拘束する。

 

「馬鹿な!? ソウルストリンガーだと!?」

 

 マモコさんにお願いして、ヒカリと一緒に習ったオリジナルトリック。

 まだ本来の力は出せないが、動きを一瞬でも止めるのには十分だ!!

 

「貫け!! ウーラノス!!」

「耐えろ!! アポロニアスドラゴン!!」

 

 タイヨウがソウルを送って守ろうとしているが遅い、ウーラノスはそのままドラゴンの胸を突き抜けた。

 そして、胸を貫かれたドラゴンがみるみると氷に包まれていく。

 

「砕け!! ウーラノス!!」

 

 クリスタルターンで進路を変え、トドメの一撃を加える。

 氷の彫像と化したアポロニアスドラゴンは、その衝撃に耐えきれず粉々に砕けていく。

 

「そんな……タイヨウ様のアポロニアスドラゴンが負けた?」

「嘘だろ? 無敗のタイヨウ様が負けるはずが……」

「ば、馬鹿な……あり得ない……」

 

 タイヨウの敗北に周囲が騒がしくなる。そこら中から信じられないと言った呟きが聞こえてくる。

 

「はは……やったぜトウヤ!! そのままトウカ様を!!」

「トウヤ君!! 私達の事は気にしないで!!」

 

 後ろからヒムロとヒカリの声が聞こえる。ごめん、もう少し待っていてくれ。

 

「俺の勝ちだタイヨウ!! 姉さんを返して貰うぞ!!」

「ソウルギアの同時使用まで……見事だトウヤ、俺のアポロニアスドラゴンを打ち破ったのはお前で二人目だ」

 

 二人目? タイヨウの無敗神話は……でも、今はそんな事は関係ない!

 

「早く姉さんを解放しろ! 力の証明なら済んだだろう!」

「勘違いするなトウヤ、まだソウルバトルは終わっていない」

「何を言って――」

 

 粉々になったアポロニアスドラゴンから、輝くソウルが次々と立ち昇っていく。

 

「これは……まさか!?」

「太陽は何度沈んでも必ず昇り、この星を照らし続ける!! そう、何度でもだ!!」

 

 昇ったソウルはスタジアムの上空で一つとなり、輝きを更に強く増していった。

 やがて、巨大な光る球体となったソウル……まるで太陽の様にスタジアムを照らしている。

 その球体をにヒビが入り……中からアポロニアスドラゴンが生まれた。

 

「お、おお!? タイヨウ様のアポロニアスドラゴンが!!」

「復活した!! やはりタイヨウ様が負ける筈がない!!」

 

 そんな……あんなに強い魂魄獣にそんな特殊な力まで……でも!!

 

「いいさ!! 何度だって砕いて見せる!! 僕は諦めない!!」

 

 諦めて……諦めたりするものか!!

 

「いいだろう……続けようトウヤ!! お前が理解するまで何度でも――」

「隙だらけね、もう一度沈みなさい」

 

 突如、上空から無数の光が降り注ぐ。それは空中のアポロニアスドラゴンを貫き、穴だらけになったドラゴンが墜落して来る。

 

「な!? アポロニアスドラゴン!?」

 

 そして、俺の目の前に降り立つ人影。

 このソウルはマモコさん……いや、似てるけど違う? マモコさんじゃない? この大人の女性は……しかも右腕が無い……

 

「ようやく現れたな!! 月読ミモリ!!」

「声が大きいわね天照タイヨウ、三人目の女が到着よ……妙な勘違いをしている様ね」

 

 似ている。大人で何故か右腕がないが、容姿もソウルの波動もマモコさんとよく似ている。

 これが……これがマモコさんの本当の姿? マモコさんは本当は大人で月読ミモリなのか?

 

「トウヤ君……」

 

 女性が、俺の方を向いて名を呼んだ。

 俺を真っ直ぐと見つめる青い瞳は、EE団のアジトで初めて見た時と同じ輝きをしていた。

 

「トウヤ君、私の今の姿は……いえ、アナタ達に見せていた姿も本当の物じゃ無い。名前だってそうよ……でも……」 

「マモコさん……」

 

 この姿も本来の物では無い? 一体君は……

 

「これ以上惑わされるなトウヤ!! ソイツは月読ミモリだ!! 田中マモコの姿よりもソウルが強大になっている!! その大人の姿が本来のものである証明だ!!」

 

 確かにソウルが強大になっている。でも、それでも……

 

「だけどお願いトウヤ君! トウカさんを助けるのに力を貸して! 私の望みはトウカさんを助けること! その為に戻って来た! それは偽りじゃない!」

「なにが助けるだ!! お前の身勝手な行動がプラネット社に混乱と被害を生み出し!! トウカの処遇の一因となった!! ふざけた事を抜かすな!!」

 

 姉さんはマモコさんを信じていた。自分達の仲間だと、絶対に売ったりはしないと。

 そして、俺は……俺はマモコさんと……あの日公園で……

 

「マモコさん……俺は……」

「トウヤ君?」

 

 そうだ! なにも迷う事など無い!

 

「俺は君との契約を果たす!! 今の君の望みは!! 俺の、俺達チームの望みだ!!」

「……ッ!? ええ!! トウヤ君!! トウカさんを助けて!! チームの皆でここを脱出しましょう!!」

 

 変わるものか!! マモコさんの正体が誰であろうと!! この気持ちは変わらない!! マモコさんは俺達の仲間だ!!

 

 俺の心が!! 俺のソウルが叫んでいる!! 俺は自分の衝動と望みに従って契約を果たす!!

 

「クッ……月読ミモリィ!! これ以上トウヤ達を惑わすな女狐が!! 同胞達よ!! 月読ミモリを捕縛するぞ!! 戦闘態勢だ!!」

「だから勘違いよ!! それに私だってイラついてる!! よくもあんな酷い事を!! トウカさん相手にだってやり方ってものがあるのよ!!」

 

 タイヨウの言葉を受け、今までは静観していたスタジアムと観客席のソウルギア使い達が戦闘態勢に入る。

 今まではタイヨウが俺との勝負に付き合っていたからこそ、他のソウルギア使い達は大人しくしていたが、こうなっては全員が襲いかかって来るだろう。

 でも、それでも俺達は……

 

「トウヤ君、大丈夫よ私達なら出来る。必ずトウカさんを助けられる……それに助っ人も呼んであるわ、脱出の算段もある」

「大丈夫だよマモコさん。俺は……信じる!」

 

 自分の望みに嘘を付かず、自分の衝動に素直になる。

 ソウルギア使いが力を発揮するのに一番大事だ。

 俺は姉さんを助けたいと思うのと同じぐらいに、マモコさんを信じたいとも望んでいる。

 

 だから、信じる。俺がそうしたいから信じる。

 それは強い力だ。間違ってなどいない。

 

 ウーラノスの大丈夫だと励ます声が聞こえた。

 その温かさが俺の心を勇気で満たしてくれる。

 



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一致団結!! 地元最高マグルマスピリット!!

 

 

 体育館とは名ばかりのスタジアム。観客席を含めたこの場のほぼ全員がソウルギアを構え、スタジアム中央の僕とトウヤ君を狙っている。

 全方位からの集中砲火を浴びるのはよろしくない。大人の姿で無茶が出来る内に対処する。

 

「逆巻け!! シルバー・ムーン・エクリプス!!」

「クッ!? デタラメな真似を!!」

「大きい……これなら!!」

 

 シルバー・ムーンの回転による力場でフィールド全体を包み、観客席との間に壁を作る。斥力の結界はあらゆる攻撃を弾き飛ばす。

 

「なんだよこの力場!! デカ過ぎんだろ!?」

「硬い!! 攻撃が弾かれる!?」

 

 観客席では大勢のソウルギア使い達が力場に攻撃を仕掛けているが無駄だ。今の僕の全力を打ち破れる筈がない。

 

 二千人近くのソウルギア使い達をまともに相手をしている暇は無い。必殺技をぶっ放し纏めて吹き飛ばす事もできるが、この人数じゃ繊細な手加減が難しい。ケガをさせずに無力化するならこれが最適だろう。

 

 こうすれば残る敵は、フィールドに居るタイヨウを含めたプラネットソウルズ主要四チームだけだ。

 その数はマモリとミオちゃんを除いた38人、リーダー達はまず間違い無くプラネットシリーズを使う強敵、メンバー達も惑星の一族でも上位の実力者で、サテライトシリーズを使ってくるだろう。

 

 それでも、今の僕なら……僕達なら切り抜けられる。

 

「トウヤ君!! まずは皆を!!」

「分かった!! マモコさん!!」

 

 トウヤ君と同時にソウルチャージ、モタモタしている暇は無い。

 

「瞬け!! プラチナ・ムーン・エクリプス!!」

「疾走れ!! プラネット・ウーラノス!!」

 

 まずは、土星ホシワに捕らえられているクリスタルハーシェルの皆を助ける。狙いは繰り出したトリック、みんなを捕えているソウルの糸だ。

 

 周辺のリングカッシーニの連中が慌てて迎撃するが遅い、その程度の速度じゃプラチナ・ムーンの軌跡すら捉えることは不可能だ。

 

 皆の周りを白金の軌跡が走り眩い瞬きを見せる。手応えはあった。

 

「ぬぅッ!? 最硬度を誇るサターンの糸が容易く!?」

 

 驚いてはいるが土星ホシワは冷静だ。破られたトリックを再び展開しようとしている。立て直しが早い。

 だが、そこにすかさずトウヤ君のウーラノスが走り、皆と土星ホシワ達を遮る様に氷壁を出現させる。

 

「助かったぜトウヤ!! マモコ!!」

「やるぞお前達!! 構えろ!!」

「了解! 絶対にトウカ様を助ける!!」

 

 クリスタルハーシェルの皆は解放されると同時に、それぞれのソウルランナーを放ち戦闘態勢に移る。

 

「トウカ様!!」

 

 だが、ヒカリちゃんだけはトウカさんの捕らえられているコアソウルに向かって飛び出して行った。

 

「ヒカリ!?」

 

 まずい! フォローしないと!? 

 ヒカリちゃんの進行を阻止しようと、蒼星アオイの周辺のメンバーが次々と魂魄獣を召喚する。必殺技で撃ち抜いて――

 

「それ以上は好きにさせんぞ!! 月読ミモリ!!」

 

 飛んで来るソウルの弾丸を、ピース・ムーンの抜き撃ちで迎撃する。

 タイヨウの手には黄金に輝くソウルシューター、アポロニアスドラゴンもこちらへと向かって来る。

 ソウルシューターとソウルカードの同時使用……やるな、伊達に最強を名乗っていないか。

 

「トウヤ君!! みんな!! タイヨウと他の奴等は任せて!! ヒカリちゃんと一緒にトウカさんを!!」

「分かった!! 頼むよマモコさん!!」

「一人で突っ込むなヒカリ! 合わせるぞ!」

 

 ヒカリちゃんを追ってソウルランナーを走らせるトウヤ君達、生み出す氷壁や氷柱が魂魄獣達に襲いかかる。

 

「これ以上は行かせん!! アオイ様をお守りするぞ!!」

「諦めろクリスタルハーシェル!! 魂魄の儀は止められん!!」

 

 急ごう、ソウルカード使い達は皆に任せて、他の奴等を纏めて無力化する。

 

「ストリングスパイダープリズン!!」

 

 手から放たれた無数の糸が、僕に向かって爪を振り下ろすアポロニアスドラゴンを飲み込んで行く。

 一番厄介であろうこいつは倒しても蘇る。ならば、拘束して無力化してしまえばいい。

 恐らく復活にも限界はあるのだろうが、ソウルが切れるまで悠長に付き合っている暇は無い。

 

「そんな物!! 焼き尽くせアポロニアスドラゴン!!」

 

 身体から黄金に輝く炎を巻き上げて糸を焼き切り、僕のトリックから抜け出そうとするアポロニアスドラゴン。

 

「無駄よ!! 大人しく捕まっていなさい!!」

 

 とにかくソウルに物を言わせ、焼き切れた側から次々と糸を補充してトリックを維持し続ける。アポロニアスドラゴンを事が終わるまでこの場に縫い付ける。

 そして、さらに惜しみなくトリックにソウルを注ぎ込む。アポロニアスドラゴンだけではなく、他の奴等にも大量の糸を向かわせる。

 

 アポロニアスドラゴンを捕えている蜘蛛の巣から、大量のソウルの糸がフィールドに溢れ出す。

 このまま全員捕らえてやる。変な能力を使われても厄介だ。纏めて戦闘不能に追い込む。

 

「げ、迎撃が間に合わない……きゃあ!?」

「き、切れない!? それになんて量だ!?」

「ぬぅ!? なんと凄まじきトリック……」

 

 スタジアムにいるのはトップクラスのソウルギア使い、糸の量に怯まずに抗っている者も多い。

 だが、抗うとは言っても僅かな間、数手と持たずに蜘蛛の巣に捕らわれていく。

 

「よ、よくも僕の愛する仲間達を!! 叡智溢れる自在なる銀を!! マーキュリー!!」

「みんなを解放して……海神の怒りで大地を揺らせ!! ネプチューン!!」

「やるな!! だが容易くはとらせんぞ!! 全てを喰らう円環を纏え!! サターン!!」

 

 だが、リーダー3人は流石にやるな。それぞれの方法で糸を迎撃して反撃に転じている。トウカさんと同格の立場なだけはある。

 

「行くよ……沈んで!!」

 

 リエルのネプチューンが激しく回転、力場が展開され足元が激しく揺れ始める。

 すると、僕の周辺に複数の地割れが生まれ、意思を持った様にこちらへと広がっていく。

 嫌な感じがする。ただの地震じゃ無さそうだ。ソウルの糸を使って空中に退避する。

 

「ミズキ!! 繋いで!!」

「良くやったリエル!! 無様に惑え!! ケリュイオン・バレット!!」

 

 空中に飛んだ僕に、ミズキのマーキュリーから放たれた無数の弾丸が襲いかかる。

 銀色に輝く細長い弾丸、蛇の様な不規則な軌道、なんとか見切って避けたかと思えば、弾丸が軌道を変えて再び僕を襲って来た。

 これは……水銀? 撃ち落とそうとすると避け、繰り返し襲ってくる意思を持った水銀の蛇……そういう必殺技か、厄介だな。

 

「この僕が高貴に追い詰めた!! 魅せてやれホシワ!!」

「承知!! 飲み込まれろ!! サトゥルヌス・アステロイド!!」

 

 ホシワのサターンから放たれる糸が陣を描き、スタジアムの上空でトリックが発動する。

 巨大な輪を模した陣の中央に、宇宙を思わせる暗黒の空間が出現、そこから何かが……これは石?

 人の頭程度の大きさから、僕と同じ程度まで様々なサイズの岩石。数えるのが馬鹿らしくなる程の無数のそれが、勢い良く飛び出して来る。狙いは勿論僕だ。

 だが、みすみす当たってやる義理はない。避けて――駄目だ!? この位置関係は不味い! ここで避ければ魂魄獣と戦っている皆に当たるぞ? 嫌らしい攻撃をして来るな!

 

「纏めて吹き飛ばせ!! ルミナス・バレット!!」

 

 先程マモリに放ったのとは違う、貫通力ではなく範囲を広げた光を纏う弾丸で、岩石群を正面から迎え撃つ。

 放射状に放たれた光が、水銀の弾丸と岩石群を飲み込み上空の陣を破壊する。

 

「合わせるぞお前達!! ツインモード!! デュアル・ザ・サン!!」

「「「了解!!」」」

 

 

 チッ、アポロニアスドラゴンを諦めて直接やるつもりか?  

 そして……あれはなんだ? タイヨウの手に持ったソウルシューターが二つに別れて……二丁持ちに変形かよ! カッコいい機体持ってるな! 

 

「焼き尽くせ!! プロミネンス・ツインバースト!!」

「巻き起これ水流!! ネプチューン!!」

「行くよマーキュリー!! ヘルメス・ショット!!」

「やるぞサターン!! サタリング・スラッシャー!!」

 

 渦を巻いて真っ直ぐに放たれる二つの炎、地割れから湧き上がる激しい水流、上空に放たれ雨の様に落ちて来る銀の弾丸、サイドから薙ぐ様に襲いかかる糸で出来た鋭いリング。

 

 僕を空中へと退避させ、息をつかせぬ連携で追い詰め、最後はタイミングを合わせた多角攻撃……いいチームワークだ。避けるのは難しい。

 本来なら連携にトウカさんも加わっていたのだろう、吹き上がる水流を凍らせて対象を凍らせたのかもしれない。

 だが、避けられないのであれば耐えればいい。今の僕にはそれができる。

 

「トワイライトムーン・シェル!!」

 

 自身の周囲にソウルの糸を纏わせ、幾重にも編み込んで球体を形成し、完成した淡く輝く月の中に閉じこもる。

 ソウルの糸で出来たシェルター、僕の防御用のオリジナルトリック。惜しみなくソウルを織り込んだソウルの糸はどんな攻撃も通さない。

 

「ば、馬鹿な!? 美しき連携を耐えただとぉ!?」

「硬い……びくともしない……カチカチ……」

「むぅ、ストリンガーの弱点である斬撃すら通さんとは……」

「狼狽えるなお前達!! あれでは動けん!! もう一度合わせて――」

 

 悪いなタイヨウ、それは許さない。

 

「白金に瞬け!! プラチナ・ムーン・エクリプス!!」

 

 自身を絶対防御で包み、そのまま内部からプラチナ・ムーンを操作する。

 攻撃に集中し過ぎたな、四人とも隙だらけ、背後がガラ空きだ。

 

「クッ!?」

「きゃあ!?」

「ぐへぇ!?」

「ぬぅん!?」

 

 チッ、直前に反応したから微妙に逸れたな、ソウル体の解除まではいかなかった。

 でも、手応えはあった。ダメージは深い、まともな戦闘は不可能だろう。

 ムーン・シェルを解除、その糸を伸ばして蜘蛛の巣の一部に変換、そのまま四人を拘束する。

 

「クッ、月読ミモリィ!!」

 

 返事はしない、もう構っている暇はない。

 

 クリスタルハーシェルの皆は……大丈夫そうだ。

 魂魄獣を操っていたテイマー達は氷で拘束され、クリスタルハーシェルの全員が蒼星アオイとコアソウルを取り囲んでいる。

 

「アオイさん!! トウカ様の助けてって願いが聞こえる!! どんどん沈んで遠ざかって行く!! だからお願い!! 儀式を止めて!! アオイさんだって嫌がってるじゃない!?」

 

 目を真っ赤にしたヒカリちゃんが悲痛な声で叫ぶ。

 だが、蒼星アオイは表情を歪めながらも儀式を止める素振りをみせない。

 

「無駄だヒカリ!! コイツをぶっ飛ばすぞ!!」

「ああ!! それしかないぜ!!」

 

 レイキ君とヒムロ君の言葉に、それぞれが蒼星アオイに向かってソウルランナーを放つ……が、コアソウルから放たれた光に阻まれた。

 

「くっ……無駄よ!! コアソウルに守られる私に攻撃なんて効かない!! それに私は暴走しない様に儀式を維持している!! 下手な刺激を加えれば周囲が吹っ飛ぶわよ!! 諦めなさい!! 諦めて……諦めてよ……」

 

 泣きそうな声で叫ぶ蒼星アオイ。勝手な事を……

 

「諦めない!! 諦める訳がないだろう!!」

 

 トウヤ君がコアソウルに向かって走り出す。中に入って連れ戻すつもりか!?

 

 トウヤ君がコアソウルに触れようとした瞬間、激しい音を立ててトウヤ君が吹っ飛んで宙に投げ出される――危ない!?

 

 急いでトウヤ君を空中で抱き止め、そのまま癒やしの力を施しながら、地上へと降り立つ。

 

「怪我は無い? トウヤ君?」

「大丈夫だよマモコさん……それより姉さんを!!」

 

 トウヤ君は僕の腕から飛び出て、再びコアソウルへ向き直る。もう一度突っ込むつもりだ。

 でも、それじゃあ駄目なんだ。

 何か……何か方法は無いのか? トウカさんを助ける方法は……

 

「止めなさいトウヤ!! コアソウルに入れるのは少女だけよ!! それに境界を越せるのは蒼星家のみに許された力! ソウルコネクションだけ! お願いだから無駄な事は止めて!!」

「無駄じゃない!! 絶対に止めない!!」

「ああ!! トウカ様の為なら何度だって飛び込んでやる!!」

 

 境界を越せるのは蒼星家の力だけ? ソウルコネクション?

 

 そうだ……マモリは言っていた。タイヨウは従兄弟で、蒼星アオイもそうであると。

 そして、蒼星学園の学園長が祖父だとも……それなら答えは一つだ。

 

「待って皆、私に任せて。」

「マモコちゃん? もしかして……なにか方法が!?」

 

 ヒカリちゃんが縋る様な目で僕を見る、他の皆からも期待と不安の入り混じった視線を感じる。

 

「ええ、その通りよヒカリ。実は私、蒼星家の血も引いているらしいの。だから、私がコアソウルの中に入ってトウカさんを迎えに行くわ」

「蒼星家の血を? マモコお前は……いや、今は関係ない!! 頼むマモコ!! トウカ様を!!」

 

 だが、一つ問題がある。

 僕は周囲を見回す。観客席を隔てる力場も、スタジアムの敵を拘束している糸も僕のソウルで維持している。

 僕がコアソウルの中に入ってコントロールを手放しても数分は持つだろうが、残ったソウルが切れれば力場も糸も解除されてしまう。

 トウカさんを助けてコアソウルを脱出して、その後は? 

 でも、これしか方法は……それにトウカさんが……

 

「マモコさん!! この場は僕達が引き受ける!! だから――」

「だから頼むマモコ!! トウカ様を!!」

 

 ああ、そうだよな、ここまで来たらやるしかない。迷うのはトウカさんを助けてからでも遅くない。

 速攻で助けて、大人の姿が元に戻る前に脱出すればいい。まだ時間は残っている、

 

「ふざけんな月読ミモリ!! 少女だって言ってんだろ!? それにお前が蒼星家の血を引いている!? そんな訳がない!! いい加減にしなさいよこのババア!!」

 

 ば、ババア……蒼星アオイが憤怒の表情で怒鳴りつけて来る。

 こ、怖えー実際に少女でも無いけどババアでも無いのに……

 でも、改めてコアソウルの前に立って分かった。不思議と確信がある。

 コイツは……この天王星のコアソウルは、必ず僕を自身の中へと受け入れる。

 

「確かに長い歴史の中で血の交わりがある……隔世遺伝の可能性は否定出来んか……やむを得ん!! 使いたくは無かったがな!! 月読ミモリ!! 好きにはさせんぞ!!」

 

 糸に拘束されているタイヨウが叫ぶ。何をするつもりだ?

 

「ファクトリーから盗んだコアソウルを使わないとはな!! 何処かへと隠してから来たのだろうが失策だ!! 俺が貴様への対策を用意していないと思ったか!?」

 

 タイヨウのソウルが膨れ上がる……この感覚は!? さっきのマモリと似ている!?

 

「まさか、そのソウルの波動……コアソウル!?」

「そうだ!! なんの為に舞車町を会場に設定したと思っている!! 星乃町でコアソウルの力を無秩序に振るえば共振が起こる! その影響による炉の暴走を防ぐ為だ!! 見るがいい!!」

 

 急いでタイヨウを捕えている糸にソウルを注ぐが……駄目だ!? 糸の供給が間に合わない!! 凄まじい勢いで燃えていく!? アポロニアスドラゴンの方まで!?

 

「これが十番炉のコアソウル!! 太陽のコアソウルの力だ!! 日輪の炎が貴様を焼き尽くす!!」

 

 タイヨウのソウルがどんどんと膨れ上がり、威圧感を増して行く。

 チッ、本人のダメージまで回復してやがる! なんでもありだな!? 

 そして、どいつもこいつもコアソウル!! そんなホイホイと持ち出していいのかよ!? 炉は確か十番までだから半分がこの舞車町に集まってるぞ!?

 

 それにタイヨウの奴……確かに荒々しくはあるが、マモリよりもコアソウルが馴染んでいる? 

 ソウル量は間違いなくマモリの方が上だったが、より安定して制御している印象を受ける。自身の一族が司る太陽のコアソウルだからか?

 

 どうする? タイヨウを倒してからトウカさんの元へ……間に合うか? トウカさん……

 

 その時、観客席から爆発音が響いた。

 

「これは!?」

「何事だ!?」

 

 また爆発音、それにソウルワールドが縮小した? これって――

 

「な、何をしているんだお前等!? 止めろ!?」

「田中さん!! お願い!! トウカ様を助けて!!」

「この装置が壊れればソウル傾向は元に戻る!! アポロニアスドラゴンが弱体する!! だから頼む!! トウカ様を!!」

 

 あれは……鈴木さんとビッグアイスのメンバー達!? 周囲に押さえつけられている!! 観客席の装置を壊したのか!? ソウルカードが弱くなるって本当なのか!?

 

 違う場所でも爆発音。反対からも爆発音。

 

「止めろ!? 正気か!? プラネット・ナインの決定に背くつもりか!?」

「正気に決まってんだろ!! プラネット・ナインがどうした!! 舞車町のランナーにトウカ様を見捨てる奴なんて居ない!!」

「頼む田中さん!! アンタは早くトウカ様を――ぐむッ!?」

 

 その光景に触発され、観客席のあちこちでで舞車町のランナー達が周囲に抗い、装置を壊していく。

 

 トウカさん……一族に逆らってでもアンタを助けたい奴等がこんなに大勢居るぞ?

 一人で格好つけて、コアソウルに入ってる場合じゃ無い。トウカさんは抱え込まないで、最初から周りに助けて欲しいって言えば良かったんだ。

 

 やっぱり僕は間違っていない。トウカさんを助けたいと思う衝動は間違いなんかじゃない。

 トウカさんは普段から舞車町の代表として皆を助けて来た。始まりは役目だったとしても、トウカさんは自分の意志で町の皆を助けて来た。

 だからこそ、こんなにも大勢の人が危険を冒してまでトウカさんを助けようとしている。こんなに心強い事は無い、これ以上の安心を僕は知らない。

 

「みんな……それにこの声……分かったよウーラノス!!」

 

 トウヤ君から強いソウルの力を感じる。僕の中から、ソウルの奥から熱い何かが溢れて来る。

 すると、僕の中から、チームの皆から、そして観客席で戦う仲間達から光の球体が出現した。これはソウルの……

 そのソウルの光が、導かれる様にトウヤ君へと集って行く。

 

 何かを奪われた感覚は無い、寧ろ心地よいこの感覚……これと同じ現象を僕は知っている。見た事がある。御玉町の最終決戦でソラ君達を復活させた物と同じだ。

 ああトウヤ君、やっぱり君は主人公に相応しい。この奇跡を起こせるのはそういう事だ。僕がソウル爆弾にやられた後、ホムラ君達も同じ現象を起こしたとも聞いている。

 

「なんだこのソウルは!? アオイ!! 魂魄の儀が完了したのか!? まさか天王星のコアソウルがトウヤに力を!?」

「ち、違いますタイヨウ様!! 儀式は終わっていない!! まだコアソウルはまだ安定も活性化していない……これは……」

 

 違うな。これはトウヤ君の様に特別な人の願いと、多くのソウルギア使い達の願いが一致した時。大勢の人が心の底から同じ願いを抱いた時に起こるソウルの奇跡だ。

 

「マモコさん!!」

 

 無数のソウルの光を身に受け、輝きを放ち、強力なソウルを宿したトウヤ君。

 タイヨウとアポロニアスドラゴンを見据えたまま、トウヤ君は僕の名を力強く叫ぶ。

 

 ああ、分かってるよトウヤ君。任せてくれ。

 

「絶対に二人で戻って来る!! 待ってて!!」

 

 振り返る事なく、全力でコアソウルへと走り出す。トウカさんをイメージしながらコアソウルに強く呼びかける。

 

「コアソウルが迎撃しない!? そんなはずは!?」

 

 驚く蒼星アオイが見えるが気にしない。勢い良くコアソウルへと飛び込む。

 

 その瞬間、感じたのは水中に飛び込んだ様な感覚。

 

 だが、これは水とは違う。まるで僕を逃がさないとでも言うように纏わりつき、より深い所に引っ張る不快な感触。

 そして暗い……いや、何も見えない。真っ暗な暗黒がそこには広がっていた。

 しかも……冷たい。魂まで震える様な寒さをもたらす暗闇、ここがコアソウルの中?

 

 僕は……僕はこれと似た感覚を知っている。二度と体験したく無いと常々思っている恐ろしい感覚だ。

 

 かつての死の記憶、ひたすらに孤独で冷たい深淵に沈んで行く忌まわしい記憶。こんな所にトウカさんを……恐ろしい、ここは本当に恐ろしい場所だ。

 

 でも、あの時とは違う、今の僕は孤独じゃない。

 いつの間にか見えなくなった入口、人影どころか何一つ見えない深い暗闇の奥。その両方に待っている人が居る。入口には帰りを待っている大勢の仲間達、暗闇の奥には助けを求めて苦しむトウカさん。

 

 僕はそれを知っている。知っていれば孤独ではない。

 例え暗闇で何も見えなくとも、魂が震える様な寒さでも、そこに誰かが居ると知っていれば耐えられる。

 

 やっぱりこれは強い力だ。自分を求める友や仲間が、姿は見えなくてもそこに居る。

 一人では無いと知っている事、それは死の恐怖にすら打ち勝てる強い力、心の強さ、温かいソウルの輝きだ。

 

 これこそが安心だ。僕の求める安心はきっとこれだ。僕の望みはここにあった。

 安心と安全を兼ね備えた究極の不老不死は、やっぱりトウカさんを助けた先にしか存在しない。

 

「トウカさぁぁーん!! トウカさぁぁーん!!」

 

 叫ぶ、トウカさんの名を叫ぶ。あらん限りの力を振り絞って名を叫び続ける。

 

 トウカさんに届く様に、この安心が、心強さが少しでもトウカさんに伝わる様に。

 

 

 

 

 

 あれから、どれ位の時間が経ったのだろう?

 

 数分前にも思えるし、数年前にも思える。時間の経過が……いや、なにもかもが曖昧になって来た。

 

 そもそも私はなんでこんな所に? 私はなんで……いや、私は?

 そうだ……私はトウカ、私は天王トウカだ。ここに居るのは……

 

 そして、意識を取り戻すと同時に、痛みと寒さ、そして恐怖が私を襲う。

 

 痛い、痛い、痛い。

 寒い、寒い、寒い。

 

 なにも見えない、なにも聞こえない。

 

 だけど分かる。より深い所へと、見えざる手によって引きずり込まれているのが分かる。

 

 怖い、怖い、怖い。

 

 嫌だ……と声を出そうとしたが、喉は動かない。それどころか指先一つも動かせない。

 私は……そもそも私の身体は今どうなっている? 痛みや寒さは感じる。恐怖も感じる。

 

 これは肉体が感じる苦痛なのか? それとも私は肉体を失い既にプラネテスと化しているのか? 

 もしも、もしも肉体が既に奪われているのなら。この苦痛はいつまで続く? この恐怖はいつまで続く? 

 

 一番底に辿り着くまで? そもそもこの暗闇の奥に果てはあるのか? もしかして終わりは……無いのか?

 

 全身が凍りつく様な恐怖を感じる。こんなものが……永遠に続く? 

 肉体が失われても、魂とソウルだけになって暗闇を永遠に落ち続けると言うのか?

 

 嫌だ!! そんなのは……そんな物には耐えられない!! 耐えられる筈がない!!

 

 誰か!! 誰か私を!! 誰か?

 

 誰か、誰かとは……誰かって誰?

 あれ私は……私の名前は?

 私は誰だ? 私は誰に助けて欲しいと……誰に助けを……

 

 必死に記憶を辿る。私は誰に……誰に助けを求めようとした?

 私は……私は今までどうやって過ごしていた? 誰と一緒にいた? 思い出せない……

 

 居たはずだ……大事な、大事な人達が……居たはずなんだ!!

 

 怖い、大事だった筈の人達が思い出せない事が怖い。

 思い出せない……そもそもそんな人達は本当に存在したのか?

 

 もしかしてそれは私が苦痛から逃れる為に生み出した妄想で、最初から存在しないのでは?

 いや、そもそも私は、この暗闇じゃない場所に私は本当に存在していたのか?

 

 自分自身が揺らぐ、自分の輪郭がゆっくりとぼやけ、溶けて失われていく様な感覚。

 私は……私なんて最初から居なくて、そもそもこの暗闇で私は生まれた? 

 

 嘘だ……そんなはずは……

 

 頬を何かが伝う感触、恐怖と孤独に耐えきれず涙が溢れて来る。

 止まらない、涙が溢れて止まらない。

 悲しくて、怖くて。こんな所に一人でいるのが嫌で嫌で仕方がない。

 

「トウカさぁぁーん!! うわっ!? なんだよこれ!? 溶かされてる!? ソウルが……ソウルメイクアップが溶けてるのか!?」

 

 声が聞こえた気がした。自分では無い誰かの声が暗闇に響いた気がした。

 

 トウカ……私の名前!!

 そうだ!! 私は天王トウカだ!! 勘違いなんかじゃない、私は存在する。

 

 私の心は、私の魂は、私のソウルは確かに此処にある。

 

「早くしないと……トウカさぁーん!! トウカさぁぁーん!! 返事をしてくれぇー!! どこだ!? どこに居るんだ!?」

 

 声が聞こえた気がした。私が知っている声、私を知っている声。

 そして、脳裏に浮かぶ、助けて欲しい人、私の大事な人達の姿。

 

 私の弟のトウヤ、クリスタルハーシェルの仲間達……ヒカリ、ヒムロ、レイキ、ツララ、ヒサメ、ミゾレ、アラレ……

 

 ああ、浮かんで来る。舞車町の皆が……タイヨウとアオイが、プラネットソウルズの皆が、父様と母様が、一族の仲間達の姿が思い出せる。

 

 ちゃんと知っている……ちゃんと姿を思い出せる。私はここで生まれた存在なんかじゃない。

 私は……天王トウカは確かに存在していた。私は孤独な暗闇ではなく、大事な家族や仲間、友達と確かに生きていた。

 

「ッ!? なんだよそれ……分かったよ!! 私の……いや、僕の可能性をくれてやる!! 田中マモコは持っていけ!! だからトウカさんを返せよ!!」

 

 そして、この声……私はこの声を知っている。聞こえない筈のこの身体にも届く必死な叫び、私を呼ぶ声、このソウルを私は知っている。

 

 ――助けて!!

 

 声は出ない。それでも叫ぶ、自分の偽らざる感情を振り絞って助けを求める。

 

 ――私はここにいる!! 助けてくれマモコ!!

 

 次の瞬間、私の身体に縛られる感触が届く。

 糸だ……ソウルで出来た糸、私を拘束しているのはソウルの糸だ。

 

 知っている。私はこの感覚を知っている。引きずり込まれる恐ろしい拘束ではない、強く私を拘束して逃がさない、私の大好きだった心地よい感触。

 自分では無い誰かが、私の信頼する人が、暗闇の中で私を捕まえてくれた。

 

 ああ、身体が引き寄せられる。糸が私を暗闇の奥から引き上げていく。

 

「トウカさん!!」

 

 温かく力強い感触、私が強く抱き止められた。

 ……温かい。この暗闇の中で初めて熱を感じた。

 

 ああ……マモコ、私を助けてくれて……約束を守ってくれてありがとう。

 嬉しくて、心強くて、安心で涙が止まらない。私の助けに応えてくれた。温かい気持ちで胸が一杯になる。

 

 私を抱きしめる暖かさを、私も強く抱きしめる。離さないでくれと、ずっと捕まえていてくれと願いを込めて縋り付く。

 

 ――マモコ、ありがとう。

 

 感謝の言葉を伝えようとするが、声が出ない。

 痛みや寒さが消えた訳でも無い。ソウルもかなり消耗していて今にも気を失いそうになる。

 それでも、抱きしめる力は弱めたりはしない。離れるのが怖い、もう一人になりたくない。

 

「トウカさん……大丈夫だよ、声はちゃんと聞こえた。皆に助けられて迎えに来たんだ。帰ろう、トウヤ君も皆も待っている。大勢の人達がトウカさんを待っているんだ」

 

 これは? マモコの声が……身体の感触が少し違う気がする。

 それでもこのソウルは、私を抱き締めて拘束する感触と伝わって来る温かさはマモコの物だ。間違い無い。

 

 返事の代わりに抱きしめる力を強める。マモコも更に強く私を抱き締めて返事をしてくれた。

 

「行こう、声が聞こえるんだ。しっかり掴まっててねトウカさん」

 

 上に……暗闇の中を上へと向かって行く感覚がする。

 見えない筈なのに、聞こえない筈なのに。

 

 明るい所へと、皆が呼んでいる方へと向かっている。そう感じた。

 

 疲労のせいか、意識が遠のいていく……でも、怖くない。

 マモコは絶対に私を離さない、そう信じているから。

 

 



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祝福希望!! そして輝くウルトラソウル!!

 

 

 月読ミモリがソウルコアの中に消え、二十分程が経過した。

 コアソウルに変化は見られない、月読ミモリが侵入に成功したのには驚いたが、やはりそれまでだったようだ。

 

 奴が展開していたソウルスピナーの力場は消え去り、仲間達を捕えていたソウルスピナーのトリックも崩壊している。

 忌々しい枷は既にない。ソウル体を破壊されソウルワールドに溶けた者も少数はいるが、殆どの同胞達は健在だ。

 

 もはや勝敗は決した。圧倒的な戦力差、トウヤ達クリスタルハーシェルと舞車町のランナー達が俺達に勝てる筈がない。 

 そして、幾ら時間を稼ごうとも、コアソウルから二人が帰って来ることはあり得ない。

 

 だからこそ、これ以上の争いは無意味だ。無駄に傷付け合うだけの虚しいソウルバトル。

 だが、戦いは続いている……フィールドでも、観客席でも。

 

 信じるべきでは無い者を信じ、惑星の一族に歯向かう。

 トウヤ達は、それがどんなに無意味で愚かな事な行為なのかを理解していない。

 理解せずに、誰一人として闘志と輝くソウルを失う事なく反抗を続けている。

 彼等は偽りの希望を信じてしまった。一時の衝動に身を任せて、トウカを大切に思うが余りに間違った道を進んでいる。

 

 二週間前に、父上に聞かされた惑星の一族の現状と真の歴史。

 世間にも多数の一族にも公表されていないが、今現在まともにソウルコアを生み出せるのは三番炉のみ、地球のコアソウルだけが正しく機能している。

 他のコアソウルは、魂魄の儀を通じてようやく細々と一族にソウルコアを授ける働きしか出来ていない。

 プラネットシリーズとサテライトシリーズを作れる高純度のソウルコア、プラネテスエレメントが多量に含まれた貴重な品は、魂魄の儀でソウルコアを安定させる事によって生み出される。

 だがそれは、生贄を差し出して無理矢理炉を安定させ、なんとか延命をさせているだけだ。いつかは破綻する。

 

 いくら世界の為とは言え余りに非道な行い、許されざる所業。

 だが、様々な脅威に立ち向かう為には、強力なプラネットシリーズやサテライトシリーズのソウルギアがどうしても必要だ。

 

 もちろん、一族の大人達や父上は現状を良しとしていない。解決策を用意している。

 いや、五百年前から受け継がれて来た意思に、具体的な方法を肉付けたと言ったほうが正解だろう。

 

 それこそが“シン・第三惑星計画“だ。

 計画が成就すれば、コアソウルに頼らないソウルコアの大量生産が可能だ。

 より純度の高い、プラネテスエレメントが大量に含まれたソウルコアを生み出す事も可能になる。

 

 後一年の辛抱。後一年だけコアソウルを持たせればいい。そうすればあらゆる問題が解決する。

 そう見積もり、プラネット・ナインはトウカを切り捨てる事を選んだ。No.1ランナーであるトウカよりも、七番炉を一年保たせる方が重要だと判断した。

 

 それは、トウヤの急成長が理由の一つでもあるのだろう。

 サテライトシリーズをプラネットシリーズへと進化させたトウヤの力、それは自らプラネテスエレメントを生み出せる事の証明だ。

 現在、世界に十六人しか存在しない真のソウルマスターの資格の一つ、あれなら間違い無くトウカの代わりを務める事が出来る。

 

 そして恐らく、計画が成就した後にプラネット・ナインはコアソウルを封印するだろう。

 コアソウルと一体化した人間が帰って来たという記録は一度も無い。コアソウルへと侵入して、救出を試みた蒼星家の人間は帰って来なかった。外部から干渉して救出する計画は、コアソウルの共振により周囲に多大な被害をもたらして凍結された。

 プラネット社は、コアソウルと一体化した人間を救出する術を持っていないのだ。

 今のプラネット社と一族には、影響力の強い老人と大人達には保守派が多い。

 平和になった後の世界で、下手にコアソウルの中身に干渉して新たな問題が起こる事を嫌うだろう。奴等はコアソウルを封印して、臭いものに蓋をして無かった事にする。実際にそういう話は提案されている。

 

 しかし、希望はある。悪の組織ブルーアースによって廃炉になった二番炉のコアソウル。

 その金星のコアソウルから、金星アイカが助け出されたとの情報はある。彼女がコアソウルと一体化して数年後の話だ。

 時間が掛かったとしても、助ける手段は確かに存在するのだ。奴等を倒し四人の博士達を捕らえて技術を提供させればいい。

 

 仮に、四人の博士が協力的では無くとも、こちらには札造博士が居る。

 

 歴代最年少の若さで札造の名を襲名をした天才的なソウルギアマイスター。

 既に数々の発明で一族に貢献し、例の新型ソウルラミネートもあの人の研究成果だ。

 加えてソウルギア使いとしても超一流、父上のかつてのチームメイトでもあり、アオイの叔母でもあるので身元も確かだ。裏切り者の四人の博士とは全く違う。

 さらに、後進の教育にも熱心で、多忙な研究生活にも関わらず蒼星学園で教鞭を執っている。

 

 俺も心の底から尊敬する偉大な女性。ソウルに関する質問やソウルギアの相談にも、明確で効果的な助言を授けてくれる。

 数少ない信頼出来る大人であり、俺の味方であると断言出来る得難い恩師だ。

 俺の将来の計画にも力を貸してくれると約束してくれている。コアソウルを解析する許可を得て、実際に調べれば自分なら必ず一体化した人々を助けられると断言もしてくれた。本当に心強い人だ。

 

 だからこそ、俺は実績と功績を積み、一族とプラネット社内での影響力を強めて仲間を増やさねばならない。

 将来的にプラネット・ナインの決定を覆せる程の立場に、コアソウルの扱いを決定出来る立場になる。

 保守派の大人達……いや、老害共を追い出してプラネット社と一族両方の実権を握らねばならない。

 

 結果的にはそれが最善。ここで俺が恨まれ、多くの苦しみ悲しみを生み、トウカを傷付けたとしてもこれが最善の行動。

 最も被害が少なく、最も早く、世界の秩序と平和を保ったままに、トウカを始めとするコアソウルに焚べられた犠牲者達を助ける事の出来る道。

 

 だからこれは無駄な抵抗……無意味な戦い……その筈だ。

 

「行くぞウーラノス!! 天を統べ全てを凍てつかせろ!!」

「クッ!? アポロニアスドラゴン!! 日輪の輝きを示せ!!」

 

 トウヤのウーラノスが走った軌跡が、まるで夜空を思わせる黒を描き出し、そこから凍てつく波動がフィールドに溢れていく。

 その凍てつく波動がアポロニアスドラゴンの動きを奪う、万物の頂点である筈の太陽の光と炎、その輝きと熱すら侵食して飲み込む黒い冷気。

 

 アポロニアスドラゴンは間違い無く強化されている。太陽のコアソウルは正しく機能し、莫大なソウルを俺にもたらしている。

 それなのに、俺とトウヤは互角……いや、俺の方が若干押されている。

 

 あり得ない筈の事態、信じられない光景。

 

 遍く星々に光をもたらす太陽。生命に生きる力を与える恒星。

 偉大なる太陽を司る天照一族、その後継者であるはずの俺が、光を与える立場である筈の俺が、トウヤの発するソウルの光がもたらす力に押されている。

 

 何故だ……一体何故トウヤがあの力を使える? ソウルの輝きで己を強化し、更にその光で仲間達をも照らして強化させる力……あれはまさしく“ソウルライトパワー“だ。

 

 月読家に伝わり、ソウルの可能性を引き出すソウルメイクアップ。

 蒼星家に伝わり、ソウルワールドと現世を繋げるソウルコネクション。

 そして、天照家に伝わり、ソウルの光で、己と仲間達を輝かせるソウルライトパワー。

 

 天照家が惑星の一族を取り纏める理由にもなっている力、俺が未だに習得出来ていないソウルの極地、天照家でも滅多に使い手の現れない稀有な才能。

 だが、父上はこれを使いこなし、若き頃にチームメイト達と共に世界全体を包んだ闇を払った。

 現世に顕現し、人類を窮地に追い込んだ最悪の魂魄獣“ダークネスソウル・ビースト“を光の力で撃破した。

 その英雄的な功績と世間からの圧倒的な支持が理由で、父上は若くして一族の当主となり、プラネット社を率いる立場に登り詰めたのだ。

 

 それほどまでに偉大で希少な力……それを何故トウヤが使える? 惑星一族は一族同士で婚姻する事が多い、トウヤにも天照家の血が僅かに流れているのはおかしくない。 

 だから、先程コアソウルへと侵入した月読ミモリの様に、隔世遺伝によってその力が目覚めたのか?

 そして、トウカを助けたいと思う気持ちが、役目に逆らってでも自らの望みを偽らない心が、ソウルを輝かせたとでも言うのか?

 

 そんな筈はない……ソウルライトパワーは、太陽の光は全てを照らす為に存在する!!

 

「その光の意味を分かっているのかトウヤ!! それは世界に平和をもたらす為の輝きだ!! お前一人の身勝手な使い方は許されんぞ!!」

「何が身勝手だ!! それに一人じゃない!! これは皆の気持ちが一つになった証!! 姉さんを助けたいと望む願いの輝き!! 俺だけじゃない!! 俺達の光だ!!」

 

 クッ、願いだと!? それなら俺は!! 俺にはその力は……

 

「ふざけるな!! そんな筈はない!! トウヤお前は――」

「ふさけてなどいない!! ふざけているのはお前だタイヨウ!! 俺はお前になら姉さんを託せるって思っていた!! 強くて気高いアナタを……お前を信じていたんだ!! 姉さんだってきっとそうだった筈だ!!」

「ッ!?」

 

 胸に痛みが走る。トウヤの真っ直ぐな怒りの眼差しと、眩しい輝きに思わず目を逸してしまった。

 

 俺に後ろめたさが……己の影が浮き彫りになるのを嫌って、俺は光から目を背けた? 

 

 ……ああ、そうだな。そうかもしれないなトウヤ。

 

 今のお前達は強い。自身の望みと衝動を偽らずに戦うお前達は眩しいよ。

 羨ましいとも思う。俺も……俺もトウカを助ける為にそうしたいと思う気持ちがある。

 

 俺だけじゃない。お前達と戦っている一族の同胞達だって、そういう気持ちを持っているはずだ。こんな理不尽な仕打ちを良しと思っている奴なんていない。

 

 だが……だがそれでも!! 俺は役目を果たす!! 役目を果たしながら一族を変えて見せる!! 

 

 正しい手順で世界の秩序を乱さぬままに!! 世界の平和を維持したままに一族とプラネット社を変えて見せる!!

 苦しみながらも進む父上の様に!! 責任を放り出して消えたあの女とは違う!! 俺はこの道を進み続ける!!

 

 俺に付いてきてくれる仲間に!! 信じてくれる同胞達に報いる為に!! 人々が安心して暮らせる世界の為に俺は役目を果たす!!

 

 己の願いを偽ってでも輝いて見せる!! 俺が信じる正しさの光で世界を照らして見せる!! ソウルの祝福は辛い役目に耐え抜いた者達の献身の果てに訪れるのだ!!

 

 そうでなくては!! 今まで役目によって散っていた先祖や同胞達は何の為に戦った!? 彼らの戦いは無意味だったのか!?

 

 証明して見せる!! 俺が、天照タイヨウが!! 全てを超えて!! 偉大な父上も超え!! 全てが報われる世界を――

 

「だから俺は負ける訳にはいかん!! 俺は負けられんのだトウヤァァ!!」

「ふざけるな!! それは僕も同じだタイヨオォォ!!」

 

 ソウルの集中を高める。アポロニアスドラゴンの究極の技を繰り出す為に、ありったけのソウルを送る。

 トウヤもウーラノスにどんどんソウルをチャージしている。凄まじい波動が体育館全体に広がって行く。

 

 これ程のソウルが衝突すればタダではすまない、必ず決着が着くだろう。

 だが、勝つのは俺だ!! ここで負ける訳には――

 

「あっ……」

 

 アオイの小さな呟きと共に、俺とトウヤとは違う。だが、それに匹敵するソウルの波動が体育館を駆け巡った。

 力強くても荒々しくはない、威厳と雄大さに満ちた偉大なソウル……これは……

 

「タイヨウ様!! コアソウルが……コアソウルが安定しました!! 安定して活性状態です!! 儀式は終了しました……な、中のトウカは……私は……」

 

 本来の輝きを取り戻し、美しい光を放つコアソウル。

 その光に照らされるアオイの頬には一筋の涙が流れていた。

 

 コアソウルが安定して活性状態。つまり、コアソウルの要求が満たされた証だ。 

 

 トウカはプラネテスとなり、コアソウルと一体化した。魂魄の儀は終了した。

 

 スタジアムの戦闘音が止んだ。場の誰もが戦いの手を止め、コアソウルの輝きに目を奪われている。

 トウヤもソウルチャージを止め、呆然とした様子でコアソウルを見詰めている。

 

 終わったのだ……魂魄の儀は完了した。トウカは……コアソウルと一つになった。

 

 戦闘態勢を解除し、コアソウルのすぐ側のアオイの横までゆっくりと歩み寄る。

 そして、輝くコアソウルを間近で確認する……間違い無く安定している。トウカを取り込んで正常な状態へと戻った。

 

「アオイ、お前は役目を果たした。だが、余計な事は考えるな、命じたのは俺だ。お前にはなんの罪も無い」

 

 アオイの震える肩に手をやり、声をかける。

 魂魄の儀はソウルコネクションを使える蒼星家でしか執り行えない。

 蒼星家でも力の使い手はそう多く無い。他の使い手は今遠方の戦場へと赴いている。

 だからこそ、トウカの魂魄の儀はアオイにしか出来ない役目だった。

 現世とソウルワールドを繋げる力ソウルコネクション。コアソウルの中は更に深いソウルワールドに繋がっているとも言われている。

 

 アオイはトウカに反発していた。だが、心の底から嫌っていた訳では無い。現にトウカの方はアオイに親しげに接していた。

 そんな相手を自らの力でコアソウルへと捧げた……俺が感じるよりも深くて強い胸の痛みが、激しい後悔と罪の意識がアオイを苦しめているだろう。

 

「タイヨウ様……でも、私はトウカを……」

「もう一度言うぞアオイ。俺が命じた事にお前に罪は無い、お前は悪くない、お前は悪くないんだ」

 

 俺がそうさせた。俺が自分の意志で命令した事だ。

 俺がトウカを生贄に捧げた。後で助けるからと犠牲を受け入れた。

 トウカやトウヤ、クリスタルハーシェルと舞車町のランナー達の信頼を裏切ったのだ。

 その罪を背負うのは俺の役目、だから泣かないでくれアオイ……

 

「見よ!! 同胞達よ!! 魂魄の儀は完遂され!! 天王トウカはコアソウルへと幽閉された!! 許しを得るまで現世へと戻る事はない!! もはや我等が争う理由は無くなったのだ!!」

 

 周囲を見回しながら叫ぶ。この場の全員の視線を身に感じる。視線に込められた様々な感情が俺に突き刺さる。

 

「舞車町の同胞達よ!! ソウルを収めて大人しくしろ!! そうすれば先程までの一族への反抗は不問とする!! お前達は突然の事態に混乱しただけだ!! その心中は理解出来る!!」

 

 理解出来る? 我ながら傲慢な台詞だ。

 人の気持ちを、他人の痛みを真に理解できる者などいない。

 それでも俺は嘯く、役目を果たす為に、同胞達を導く為に。

 

「そしてトウヤ!! クリスタルハーシェル達よ!! お前達も同様だ!!」

 

 トウヤの表情は見えない、俺の方を向いていないからだ。

 クリスタルハーシェルの者達は、俺ではなくコアソウルを見詰めている。

 悲しみのあまりに、現実が受け入れられないのだろう……すまない……

 

「天王トウカは惑星の意思に裁かれた!! 怒りがあるだろう!! 悲しみもあるだろう!! 俺への憎しみもあるだろう!! だが!! お前達がこれからも継続して役目を果たし!! その功績が認められれば!! いつの日か天王トウカは解放される!! だから――」

 

 ――なんだ? ……違う、コイツらの目は……表情は……悲しみを宿していない!? 一体何を見ている!?

 

「聞こえる……姉さん!! マモコさん!! こっちだ!!」

「マモコちゃん!! トウカ様!! ここだよ!!」

「こっちだ!! 俺達はここに居るぜ!!」

「帰って来いマモコ!! トウカ様と一緒に!!」

「トウカ様ァー!! 私達はここです!!」

「違うって!! そっちじゃ無いよ!?」

「それじゃあ逆よ!! 何やってるのよマモコ!!」

「はあ!? トウカ様が重い!? 失礼な事を言うな!!」

 

「な、何をしている……?」

 

 コアソウルに呼びかけている? まさか月読ミモリとトウカに声を掛けているのか?

 俺には声など聞こえない。まさかコイツラは正気を、心が……

 

「クッ、正気に戻れクリスタルハーシェル!! 現実を見ろ!! この安定したコアソウルが見えないのか!? トウカはプラネテスと化しコアソウルと一体化した!! 恐らく田中マモコは……月読ミモリは死んだ!! 正しい手順を踏まずに儀式に乱入すればプラネテスにすら成れん!! 肉体の情報ごとソウルへと分解されたのだ!!」

 

 馬鹿な女だ……だが、止められなくて済まないマモリ……

 

「誰が死ぬか!! 勝手に人を殺すな!! 僕は死なない!! この僕が死ぬはずないだろう!! バーカ!! バーカ!! このボンボン!!」

「な!?」

 

 コアソウルの中から声!? これは……トウカでも月読ミモリでも無い!! 子どもの声!? 一体誰の声だ!?

 

「ぐぬぅぅぅん!? きっついぞ!? 入り口が――狭い!? 狭過ぎるって!! ぬおォォォ!!」

「な、なによコレ……」

 

 アオイはコアソウルから聞こえてくる奇妙な唸り声に怯え、俺に寄り添って来る。

 

 あれは……コアソウルから何かが出てくる!? これは……これはなんだ!? ……黒い髪? 

 まさか人の頭か!? コアソウルから出てくる!? 一体誰だ!? 

 

「トウヤくーん!! みんなぁぁ!! 引っ張ってぇぇ!! 僕を引っ張ってくれぇぇ!! 出られないよぉ!? 助けてぇぇ!!」

「わ、分かったよマモコ……さん?」

「髪染めたのマモコちゃん!? コアソウルの中で!? なんで!?」

「と、とにかく引っ張ろうぜ!! 引っかかって苦しんでるぜ!?」

 

 クリスタルハーシェルが謎の頭の元へと集い、頭を引っ張り始める。

 あれは誰だ? トウカの青い髪でも、月読ミモリの金髪でもない黒い髪の持ち主。一体誰がコアソウルから出てくると言うのだ?

 

 あり得ない事態に、想定外の光景に思わず固まってしまう。クリスタルハーシェルを止めるべきなのか判断に迷う。

 

「痛い!? 抜けてる!? 髪が抜けてるよ!? 優しくしてぇ!! もっと優しく引っ張ってぇ!?」

「ご、ごめんね? でも持つ所が無くて……」

「クソッ、固いぜ! ぜんぜん動かないぜ!?

「完全に引っかかっている!! どうする!?」」

「一気に行くしかねぇ!! 我慢しろよマモコ!!」

「ヒギィいぃ!?」

 

 やかましい叫び声と共に、コアソウルの中から何かがぬるりと引きずり出された。

 

 どこか見覚えのある黒髪の少年、そしてその胸に抱かれているのは……

 

「姉さん……姉さん!! しっかりして!! 姉さん!?」

「トウカ様!? 返事をしてくれよトウカ様!!」

「トウカ様!? これは……気を失っている? ソウルも凄い弱々しい……」

「でも無事だ。トウカ様は無事だ……良かった……」

 

 気絶したトウカ、トウカを抱く謎の少年。

 二人を取り巻くクリスタルハーシェルのメンバー達は、目に涙を浮かべて喜んでいる。その光景に体育館の全ての者が驚き、目を奪われている。

 

 生きている……ああ、トウカは間違い無く生きている。弱々しいが、確かにソウルの脈動を感じる。

 

 その事実に救われている自分が居た。喜んでいる俺が存在した。

 

 なんて身勝手な感情、俺にそんな資格は無いというのに……

 

「トウカ……でもなんで? コアソウルは安定している……もしかして月読ミモリが身代わりに? 少女じゃないのに……それに、あの男の子は?」

 

 アオイの呟きにハッとする。

 そうだ。コアソウルが安定したのならば、コアソウルの要求が満たされたのは間違い無い。

 コアソウルの中で一体何があった? 確かめなければならない。

 

「うぅっ、頭がヒリヒリする……みんな、トウカさんは大丈夫だよ。ソウルを吸われて消耗していたけど、さっきまで意識はあった。途中で僕も癒やしの力で治療したし、しばらくすれば目が覚めると思う」

「う、うん……マモコ……ちゃん? マモコちゃんでいいんだよね?」

 

「そうだよ。僕は皆と過ごした田中マモコ……ごめんね、今まではソウルメイクアップで姿を変えていたんだ。これが本当の姿なんだ」

 

 そうか……やはりソウルメイクアップ、それしか無い。コアソウルの中で変身してあの姿を取ったのだ。田中マモルそっくりの姿に。

 だが、何故あの姿を選んだ? 一体なんの意味が……コアソウルが安定したのに関係があるのか?

 

「そ、それが本当の姿? マモコちゃんが男の子……」

「本当は男だと!? マジかよ……凄ぇぜ、ソウルメイクアップの力……」

「性別なんてどっちでもいいよ! 今はそれどころじゃないって!」

「うん、そうだね……聞きたい事は多いけど、今はこの場を…えっと、なんて呼べばいいのかな? 名前は?」

 

 あれが本当の姿? そんな筈がない。

 それに名前は、コアソウルから出て来たのなら月読ミモリ以外には……いや、田中マモルに成り切ってこの場を切り抜けるつもりか!?

 

「みんな……僕の名前はマモル、本当の名前は田中マモルなんだ」

「いい加減にしろ!! これ以上場を乱すな月読ミモリ!!」

 

 俺の叫びに、クリスタルハーシェルの全員がこちらを向いた。

 気絶している筈のトウカが、俺の怒声に反応して、少し怯えた様に月読ミモリに身を寄せる。

 本来であれば……あそこに居なければならないのは俺だ。俺だった筈だ。

 そんな後悔とも未練とも形容し難い感情が胸に去来する。締め付けられる様な痛みが俺を責め立てる。

 

「び、びっくりした……あのさ、ハッキリ言うけど勘違いだよ天照タイヨウ。これが僕の本当の姿、僕は正真正銘本物の田中マモルだ」

「貴様……まだ言うか!!」

 

 よくもぬけぬけと……証拠が無いと呆けるつもりか?

 

「貴様がソウルメイクアップで姿を偽ろうともソウルまでは偽れんぞ!! ファクトリーに残されたソウル痕は札造博士が解析済みだ!! 確かな証拠がある!! 下手人が田中マモル本人であると証明されている!! お前は舞車町から出ていないらしいな!? ならば貴様が田中マモルであるはずがない!! 星乃町で活動していた少年こそ本物の田中マモルだ!!」

 

 自分で息子を目眩ましの影武者にしておいて……とことんその立場を利用するつもりか!?

 

 俺にとっては従兄弟である田中マモル。

 学園では俺とアオイ、そして学園長と札造博士にしか正体を明かしていないマモリから、思い出話を延々と聞かされた。

 

 曰く世界で一番心が優しい、曰く世界で一番の才能の持ち主、曰く世界で一番格好良い、曰くマモリの事を世界で一番大事に想っている。

 言い方や表現方法は異なるが、毎回同じ様な事を聞かされる。マモリの人参嫌いを克服させてくれたエピソードなどは耳にタコが出来るほど聞いた。

 

 そして、役目を拒否して父親と共に月読家を去ったとも聞いている。

 

 だから当初、俺から田中マモルへの印象はあまり良くなかった。マモリが悲しむから口には出さないが、役目から逃げ出した田中マモルは思い込みの激しいマモリが過大評価しているだけで、臆病で弱い人物なのだと思っていた。

 そこには、少しだけ嫉妬と憧れの悪意も混じっていた。役目をハッキリと拒絶し、一族を取り巻く戦いの宿命から逃れた田中マモルを、羨ましいとも思っていた。

 

 与えられた役目を放棄する……楽な道の様にも思えるし、標の無い恐ろしい道にも思える。

 

 だが、田中マモルが行動を起こし、一族にとって無視の出来ない勢力を築いたと聞いて、その認識を改めた。

 

 プラネット社を脅かす三つのチームの結成、冥王計画への加担、星乃町での様々な蛮行。

 どの出来事にも、背後で蠢く存在を感じた。田中マモルは体良く利用され操られているのだろうと確信した。

 

 他の惑星の一族への復讐を望む不届きなる冥王家。

 その一族に生まれた世紀の怪物、闇の寵児にして悪魔の子、五年前の事件で、プラネット社をたった一人で震撼させた恐るべき女、忌々しき冥王ミカゲ。

 蒼星家に絶縁され後ろ暗い噂の耐えない田中ダイチ、そして目の前の月読ミモリ。

 

 役目から逃れても、悪魔や薄汚い大人達にいい様に利用される会ったことも無い従兄弟。

 俺はそんな田中マモルを憐れみを覚える様になった。特段、母親に体良く利用されている所には憐憫の情を抱く。

 

 だから、許せない。月読ミモリが、ソウルメイクアップを悪用して息子を使い潰し、平気な顔をするこの女が許せない。

 

「し、証拠ぉ!? 絶対に嘘だよ!? その札造博士が嘘ついてるだけだって!! どうせ胡散臭いジジイでしょ!? 組織のマッドな博士達みたいに変な仮面着けてない!?」

 

 この女は!! 平和の為に尽力する札造博士まで侮辱するのか!?

 

「戯言を!! 札造博士は蒼星家の血を引いている女性だ!! 父上のかつてのチームメイトで!! 天才的な頭脳で一族に多大な貢献をし!! 蒼星学園にも席を置いて教鞭を振るっている!! ジジイでも無い!! 学園長の三女にして二十代後半で独身!! その身元はプラネット社によって保証されている!! 貴様が知らない筈がないだろう!! 貴様にとっては義理の妹だろうが!!」

 

「そ、そうなの!? なんか急に親戚が増えるな……そういえばお前も従兄弟らしいね、マモリに聞いたよ。色々誤解はあるけどさ……争いは止めよう」

 

 ふ、ふざけている……この後に及んで息子に成り切るつもりか!? この異常者めが!! どういう面の皮の厚さだ!?

 

「おぞましい事を言うな!! 茶番は終わりだ!! 貴様を拘束する!! これ以上抵抗をするな!!」

 

 俺の叫びに、同胞達も我に帰って戦闘態勢へと移る。

 

 

「タイヨウ、僕を拘束するのはともかくとして、まさかトウカさんをもう一度コアソウルに閉じ込めるなんて言わないよな?」

「な!? それは――」

 

 俺はトウカを、無事に帰って来たトウカを……

 

「コアソウルの中は恐ろしい所だったよ。トウカさんは一人で泣いていた。それでもお前はもう一度ふざけた決定に従うのか? トウカさんにあそこに戻れって言うのか?」

 

 トウカが……泣いていた?

 俺はトウカが泣いた所など一度も見たことが無い。昔から涙一つ見せない強い奴だったから……クソッ!!

 

「それが……それが役目であれば!! 俺は役割を果たす!! 使命を全うする!! 必要な事だ!! それが正しい道だ!!」

 

 コアソウルは一族にとっての要!! だからこそ――

 

「でも、コアソウルは安定しただろう? 色々聞いたけど、とにかく助けてくれって訴えてた。そして、僕の可能性を、田中マモコのソウルを持っていった。あれで一応は満足したみたいだから、もういいだろう? トウカさんをコアソウルに焚べる理由も、僕達が争う理由も無くなった。早くトウカさんを休ませたい、行かせてくれタイヨウ」

「クッ、それは……」

 

 確かに今の所は完全に安定を……いや、この女に騙されてはいけない。

 それに、コアソウルが田中マモコのソウルを持っていった? 助けを求めていた? 何を言っている?

 

 意味が分からない、分からないが……コアソウルが安定したのは事実だ。二人で魂魄の儀からの脱出をも果たした。

 それならば、詳しい方法を聞き出さねばならない。月読ミモリをみすみす逃がす訳にはいかない。

 

 誰も犠牲にせずに、コアソウルを安定させる方法。それがあれば上を説得する事も可能だ。

 

「それはトウカを見逃がす理由にはなっても!! 貴様を逃がす理由にはならん!! 貴様が田中マモルを騙ろうとも!! 月読ミモリに戻ろうとも!! どちらにせよ咎人だ!! 貴様には色々と聞きたい事がある!! 無駄な抵抗は止めろ!!」

「ぬ、濡衣……タイヨウ、もうちょっと話をしないか? 色々と誤解があるんだって、いや本当に……ねえ?」

 

「これ以上の問答は無用だ!! 話は貴様を拘束してからゆっくりと聞いてやる!!」

 

 コアソウルを使い、己のソウルを高めていく。

 

 月読ミモリとトウカを守る様に、周囲のトウヤ達は戦闘態勢に入った。

 だが、先程と比べて明らかに力が落ちている。トウヤのソウルライトパワーの光は消え去り、通常の状態へと戻っている。トウカを助けるという目的を果たしたからか?

 そして、月読ミモリも、先程のふざけたソウルは見る影も無い。ソウル体が維持出来るギリギリの状態、それに苦痛に耐えるような素振りも見せている。

 

 口は回る様だが、月読ミモリは明らかに弱っている。俺との問答も時間稼ぎをしている様な気配だった。コアソウルから出て来る時の奇行もその一環だろう。

 コアソウルを安定させる行為は、かなりソウルを消耗するらしい。肉体にもダメージが大きい様だ。

 

「行くぞお前達!! 月読ミモリを拘束する!! 妨害する者達も捕縛しろ!!」

 

 逃しはしない!! 全てを語って貰う!!

 

『待てタイヨウ、そして、子ども達よ』

 

 体育館に聞き覚えのある声が響く――これは!?

 

「ち、父上!?」

 

 体育館に設置されている巨大なモニターが映し出す光景が変わっていた。

 そこには父上が、プラネット社の社長にして、天照家当主の天照アサヒが映っていた。

 

 プラネット本社の社長室で車椅子に座る父上。右腕と左脚をギプスで包まれ、傷付いた左目は包帯で覆われている。

 田中マモルの襲撃によって傷を負った痛ましい姿、白神家当主の癒しの力でも直せない程に爪痕を残す深い傷。

 だが、そんな姿でも父上の力強いソウルは損なわれずに、モニター越しでも威厳に満ちた声が俺と同胞達に届く。

 

『ソウルを収めろ。魂魄の儀は見事に完遂され、天王トウカは天王星の意思に認められた。良くやった子ども達よ、プラネット・ナインの決定は諸君等の尽力によって守られた。これ以上の争いは無意味だ。止めなさい』

「め、めちゃくちゃ怪我してる? どんだけ強いローキックだよ……」

 

 儀式の成功が認められた!? それならトウカは助かる。これ以上苦しめなくても……

 

『さて、田中マモル……そうだな、一応名乗っておこう。私は天照アサヒだ。プラネット社の代表取締役社長兼CEOであり、天照家の現当主でもある。今から君と話がしたい、構わないかな?』

「えっ!? ぼ、僕っすか? ……まあ、いいですよ。僕もちょっと社長さんに言いたい事があります」

 

 クッ、この女狐が。父上に失礼な態度を……

 

『そうか……では、先に私の話を聞いて貰おう。田中マモル、君と、君が在席する全てのチーム。プラネット社の支援を受け入れ、プラネットソウルズの同盟に参加するつもりはないか? 歓迎しよう、報酬も待遇も君が望むままを用意する』

「な、なんやてぇ!?」

 

 な、何を……何を仰るのですか父上!? この女とチームを同盟に参加させる!?

 

 それは……それはつまり。俺と仲間達が勝てないと思っているのですか? プラネットソウルズが……俺が信じられないと……

 

 シューターとスピナーでは確かに頂点を奪われている。ストリンガーでも猛烈な勢いで追い上げられ、ユキテル達はホシワの背後に迫っている。

 だが、スペシャルカップで勝利すれば問題は無い。開催までは後一年も期間が有り、俺も同胞達も役目を果たそうと必死に努力している。

 そんな過程には意味が無いと? アナタ達が与えた役目を精一杯に果たそうとしている同胞達の研鑽は……信頼に値しないと言うのですか……

 

 確かに、仲間に引き入れてしまうのは合理的で、最も確実な手段だ。どちらが勝っても問題は無くなる。シン・第三惑星計画は確実に成功する。

 

 ただ、それでも俺は、それなら俺達は何故……

 

「ヒカリちゃん、トウカさんを頼む。念の為にヒカリちゃんの力で癒してあげてくれ」

「う、うん……任せて、マモル君……」

「大丈夫だよヒカリちゃん……それに皆。ここは僕に任せて欲しい、僕を信じて見守ってくれ」

 

 月読ミモリが腕のトウカをヒカリへと託して立ち上がる。

 そして、ゆっくりとした動作でモニターの正面へと身体を向けた。

 モニターの先で、静かに様子を伺う父上と正面から向かい合う。

 

 その目は……マモリにそっくりな青い瞳には強い感情が、決意の光が……

 いや、俺は何を馬鹿な事を、そんな筈はない。どうせ下らない誤魔化や戯言を口にするに違い無い。

 

『さて、考えは纏まったかな田中マモル? 答えを聞かせてくれ』

 

 父上の返答を促す声。穏やかな口調ではあるが、モニター越しにでも場に届く圧力。

 沈黙は許されない、プラネット社を束ねる男の言葉だ。

 

 すると、月読ミモリは片腕を、何故かこの場に現れた時からそれしか無い左手を頭の上に持って行く……何のつもりだ?

 そして、やや前傾姿勢になり左手で頭を撫でる様に擦り始める。これは――

 

「えへへ~本当でヤンスか社長? いやーお目が高い! 流石がは日本一の社長ヤンス!! アッシはお役に立てるでヤンスよ!? 是非とも前向きに話を進めたいでヤンス!!」

「ま、マモル君……君は……」

「や、ヤンス?」

 

 こ、これは……媚びている!? 頭を左手で掻きながらペコペコ頭を下げて媚びている!? 父上に媚びへつらっているのか!?

 

 ど、道化が!! やはり許せん!! どこまで俺を馬鹿にするつもりだ月読ミモリィ!!



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熱烈歓迎!! だけど布教はキビシィーデヤンス!!

 

 

 体育館に存在する全ての視線が僕を捉えている。

 そう言っても過言ではない程に、今の僕は注目を集めているだろう。

 

 社長のスカウトに僕がヤンスで返答すると、ヒリついた場の空気が少しだけ弛緩した。

 そして、敵意や怒り、困惑の割合が強かったスタジアムの空気に嘲りや侮蔑の感情が混じり出す。

 

 好きなだけ見下せばいい、なんとでと思えばいい。へりくだるならこれが一番、とにかく時間を稼ぐ必要がある。

 

 今現在、敵の主要メンバーを拘束していたトリックは崩壊、フィールドを覆っていた力場も消え去っている。僕達は取り囲まれて圧倒的に不利な状況だ。

 

 観客席の舞車町のランナー達、トウヤ君を始めとするクリスタルハーシェルの皆はまだまだ闘志を失っていないが、先程の光は消え去っている。

 トウカさんを助け終わったからお終い? もう少し融通を利かせて欲しかった。

 

 そして、肝心の僕自身は正直に言ってヘロヘロのパー、虫の息一歩手前でハイパーピンチだ。

 大人への変身が解けた反動で全身がバキバキで泣きそう……めちゃくちゃ痛い。

 ソウルもソウル体を維持出来るギリギリしか残っていない。

 

 何故か社長が出張って来たおかげで場の戦闘は止まっているが、ここで僕が発言を間違えて社長の機嫌を損ねればタイヨウ達が再び襲って来るだろう。そうなれば僕達が全員無事にこの場を脱出するのが難しくなる。

 

 かと言って、社長の誘いに乗ってプラネット社の軍門に下るなんて選択も論外だ。

 

 モニターの先に映る社長は、ランナーの頂点を維持して舞車町を守り、一族に十分に貢献して来たトウカさんすら切り捨てる様な一族の親玉だ。信用出来る筈がない。

 

 望むがままの待遇と報酬は非常に魅力的ではある。昨日までなら十五億くらい要求して、我がまま放題で周囲にチヤホヤされつつ、タイヨウ達にデカい顔しながら気持ち良くプラネット社の仲間になっていただろう。尻尾をブンブン振っていただろう。

 

 だが、そこに僕と皆の安心と安全が存在しないのであれば意味など無い。そこは僕の居場所ではない。

 

 仮に、僕が誘いに乗ってチーム丸ごと仲間になったとしたら、プラネット社は僕や仲間の誰かをコアソウルに捧げるんじゃないのか?

 最近になって気付いたが、僕のチームの仲間達には一族の関係者が多い。加えて一族に対して反抗的だ。

 

 高待遇で迎えていい気にさせ、油断した所を罠に嵌める。

 子どもを生贄に捧げる事を決定し、その実行役すら子どもにやらせる外道だ。それぐらいはやっても不思議ではない。

 一度選ばれたトウカさん、クリスタルハーシェルの皆も安全だとは思えない。社長のスカウトに応じるのは無しだ。

 

 ――だが、媚びる。時間を稼いだ先にしか活路は存在しない。

 

 今の僕の全力のヤンスで場を持たせ、乗り気に見せかけ交渉を長引かせる。

 

『……今の発言はつまり、私の提案に了承してくれると捉えていいのか?』

 

 チッ、やるな社長。僕のヤンスに全く動じない、実に冷静だ。

 

 やはりプラネット社の社長ともなれば、僕のにわか仕込のヤンスではなく本物のヤンス使い……社会の荒波を媚びて生き抜く歴戦のヤンス達と交渉した経験も多いのだろう。

 

 そして、僕本来の“媚び“は両手使って擦るゴマすりスタイル。

 マモリに右腕を奪われた影響でそれが使えない。片腕のせいで重心が乱れ、ペコペコにもキレがない。

 さらに、社長本人がモニターの先にいるので足を舐めて媚びる事もできず、ソウルも感情も読みにくい。

 

 一体この人の真意はどこにある?

 

 周囲を一族で取り囲んだ圧倒的に有利な状況。そこでわざわざ僕と話をして勧誘する理由……もしかして、僕がコアソウルを安定させたから?

 

 なるほど、それならある程度納得はできる。強引に事を進めて僕にへそを曲げられるよりも、好条件で勧誘して他のコアソウルも安定させたい。制裁はその後でもいい……そんな所か?

 

 ……正直な所、もう一度コアソウルを安定させろと言われて再現可能かどうか分からない。

 トウカさんを助けたい一心で飛び込み、僕の最もカワイイ可能性を捧げて得た結果だ。無我夢中でやったので正しい手順が分からない。

 要はあの声の要求を満たせれば良いのだろうが……そもそも他のコアソウルも同じ事を要求しているのか?

 

 とにかく、もう一度チャレンジして、ホイホイ成功する試みではなさそうだ。そもそもあんな所には二度と入りたいと思わない。

 

 家族や友達、仲間がコアソウルの中で助けを求めているならいざ知らず、見ず知らずの誰の為にあの中には……

 うーん、せめてコアソウルの中に一兆円ぐらい放り込んで、中で掴み取り放題なら……いや、それでもゴメンだね。

 

「いやいや社長!! それがですね!! アッシとプラネット社さんの間には!! 御社と弊社の間には認識の齟齬と言うか……色々と複雑な行き違いがあると思うでヤンス!! まずは互いの為に、その当たりの誤解を解いて、じっくりと条件を擦り合わせてからお返事しようかと……ヘヘッ、いかがでヤンしょ?」

 

 じっくりとお話しようぜ? 出来れば懸賞金周りの誤解は本当に解きたい。あの辺りはマジで濡衣なんすよ……

 

 くそっ、せめてマモコモードなら社長を始めとする中年親父共なんてメロメロでイチコロなのに……どうせプラネット・ナインだって脂ぎったオッサンの集まりだろ?

 

 もう二度と悪い事しないで♡ 全裸で土下座しながらゴメンなさいして♡ プラネット社の全権を譲って♡ 百兆円ちょうだい♡ ってお願いすれば全てまるっと解決したのに……

 

 だが、今の僕にはヤンスしかない。

 人は配られたカードで、今の手札で勝負するしかないのだ。スヌー○ーも言っていた!!

 

 ビリオ君!! 僕にヤンスの力を――

 

「父上!! これ以上戯言に付き合う必要はありません!! これは明らかな時間稼ぎです!! それにコイツは田中マモルでは無く月読ミモリです!! 時間を稼いでPTAの救援を待っているに違いありません!!」

 

 おい! 余計な事を言うなよタイヨウ! 僕は母さんじゃないしPTAなんて待ってねーよ! 時間稼ぎはしてるけど……

 

『タイヨウ、私はお前に待てと言った。口を挟むのは止めろ』

「クッ、父上……分かり……ました」

 

 ププッ、怒られてやんの。人の話に割り込むからそうなる。

 

『田中マモル。君の言う通りに確かに誤解や行き違いがあった。それ故に、君が私やプラネット社を信じられないのは当然だろう。様々な要因が重なり、私も君を見極めるのが非常に困難だったが……ようやく答えが出た。まずは互いを知ろうじゃないか』

「ヘヘッ、やっぱり社長さんは話が分かるでヤンスねぇ……いやーその寛大なお心にアッシは感謝感激雨あられでヤンス」

 

 不気味だ。僕がプラネット社を信用していないのが分かっているのに友好的な態度を崩さない、諭すような雰囲気すらある。

 

『そうだな……まずは私の見解を述べよう。私は君が本物の田中マモルであると確信している。そして、君がラボとファクトリーの事件にも関与しておらず、一族の関係者をPTAに勧誘していないと思っている。もちろん、私も襲撃していない。ただ、中国での一件は詳細を知らないがね』

「な、なるほどでヤンス」

「なっ!? そんな……父上?」

 

 じゃあ人を賞金首にすんなよ! そう思ってんなら止めろや!

 

 それに、僕が言う立場じゃないけど知っているなら息子にも教えてやれよ、可哀想じゃん。アンタの発言が信じられなくてこの世の終わりみたいな顔してるよ? 

 一族が大勢いるこの場で、散々僕の事を母さんって主張したからなぁ……結構な赤っ恥案件、思い出すたび布団にうずくまってバタバタするレベルだ。

 

 だが、社長は何故僕が無実だと判断した? その根拠は? 例のソウル痕がどうとかって奴か?

 

『不思議そうな顔だな。理由はシンプルだ。私が襲撃された際に直接聞いたから知っている。ただそれだけだ。ソウルバトルをしながら言葉を交わし、君について色々と教えて貰った。バトルの結果は散々だったがね。なんとか左腕は奪ったが私はこの様だ』

「は、はあ? そうでヤンスか?」

 

 僕の事を聞いた?

 マモリ……ローキックだけじゃなく、社長とソウルバトルしながらお喋りまで?

 あれ、左腕を奪ったってマモリの? 普通に五体満足だったけど……

 

『そのおかげで、不可解だった君の行動に納得できた。三つの町でチームを結成、プラネットソウルズの王座を揺るがし、姿を偽ってクリスタルハーシェルに取り入ったのはプラネット社への反抗心からでは無い。君は、己の願いとソウルに従って力を振るって来ただけ……違うか?』

「ち、違わないでヤンス」

 

 話を聞いたからってそこまで分かるのか? 社長になる人間はやっぱり洞察力も一級品? 怖い……ハートを丸裸にされちゃう……

 

『田中マモル、今の君はこう思っているのだろう? 私の目当ては君のコアソウルを安定させる力で、勧誘は罠であり利用した後に切り捨てられる……違うか?』

「そ、それは……ちょっぴり似た事を思ったり……思わなかったり……でヤンス」

 

 だ、駄目だ……下手な誤魔化しの出来る相手じゃない。完全に話の主導権を奪われている。僕のヤンスがまるで通用していない……

 

『確かに君は素晴らしい力を持っている。可能性を映し出すソウルメイクアップ。ソウルワールドと繋がるソウルコネクション。己と他者を輝かせるソウルライトパワー。先程のコアソウルの安定は、三つの秘奥が枠組みを超えて一つになって成された奇跡。恐らく一族の歴史で君だけがそれを成し得た』

「あ、あのー社長? ちょっぴり勘違いしているでヤンスよ? アッシはそんな不思議パワーを習得していないでヤンス」

 

 人に勝手な力と設定を増やさないで欲しい。ソウルメイクアップと蒼星アオイが言ってたソウルコネクションはともかく最後のは何だよ? ソウルライトパワーなんて聞いたこともねーぞ。

 

『勘違いではない、君自身は知らないだろうがね。ソウルメイクアップは父親に習ったのだろう? ソウルコネクションもコアソウルに入れると言う事は習得した証だ。そして、ソウルライトパワーを間違い無く君は使っていた。モニター越しでも間違えたりはしない、私自身もその力の使い手だから分かる。君はソウルの光でトウヤを照らす事で、クリスタルハーシェルや舞車町のランナー達も輝かせた」

「えっ、トウヤ君が勝手に光ったんじゃないの?」

「そうか、あの光はマモル君の……」

「な!? トウヤではなく……こいつがソウルライトパワーを!?」

 

 あの光が集まるのは主人公特権じゃなかった? 皆の希望が一つになる元気玉っぽい奴……あっ、それじゃあ御玉町での光と廻天町で光ったのも僕のお手柄? 僕は気絶していたのに? 胡散臭え……

 

『本来の使い方から少し外れ、ソウルメイクアップと組み合わされたソウルライトパワーだった。そう、君は知らないからこそ枠組みに囚われないソウルの使い方が出来る。知らないからこそソウルの新しい可能性が引き出せる。君は意図的にソウルや一族に無知である様に育てられたのだよ、父親である蒼星ダイチにね』

「いやー放任主義な父親でして、お恥ずかしい限りでヤンス」

 

 うげぇ、そんな雰囲気は察していたけど他人に指摘されると複雑……

 

『あの光は天照家に代々伝わる力……君がそれを使える理由、ダイチにもミモリにも知らされていないだろうが、君にとっての母方の祖父は天照家の人間、私の叔父でもある。だから三つの力を使う素質がある。君は蒼星家と月読家だけではなく天照家の血も引いている』

「ほ、ほぇぇ?」

 

 いやいや、血が流れてるからってそんな簡単に力が引き継げんのか? どっちかって言うと技術じゃないの? モンスターの配合感覚で特技が遺伝するのかよ……

 くそっ、自分の生まれの高貴さが憎い! 血統が良すぎて困っちゃう♡

 いや、トウカさんを助けられたから結果オーライか……でも物凄く厄介事を惹き付けそうな血筋……やっぱり難儀な家に生まれたなぁ……

 

『無論、一族の血を引いているからと言って誰にでも出来る訳ではない。三家の長い歴史の中で条件を満たす者は大勢居た。だが、三つの力を全て使えたのは恐らく君だけだろうな。君の父親は二つだった。蒼星家の力であるソウルコネクションはもちろん。学生時代に初めて会った時からソウルメイクアップを使いこなしていた。私も出会って一年は騙されていたよ』

「そ、それは、愚父がご迷惑をかけたでヤンス……」

 

 社長は父さんと学生時代からの知り合い?

 しかも、騙されたって事は初対面で父さんは女の子? どうしようもねえな……恥を知れ恥を。

 

『君の父親であるダイチ、母親であるミモリ、昔から実に困った奴等だった。同じチームに所属していた私や他のチームメイト達は、二人が起こす騒動によく振り回されていたよ……今となってはいい思い出だがね』

「なっ!? 父上のかつてのチームには奴等の名前など……」

 

 社長と父さんが元チームメイト? 母さんまでそうなのか……

 しかし、記録に二人の名前が無いのは不祥事でも起こして公式から記録を消されちゃったのか? 父さんと母さんだから……性別詐称罪?

 

『二人は公の場では、名前も性別もソウルメイクアップで偽っていた。そもそも月読家は公には名前を明かさない。田中マモル、君が田中マモコを名乗ったのと同様だ』

「あっ、そういう……」

 

 別に僕は月読家云々で田中マモコやって無いけどね。

 それに、マモコのカワイイは失われた。もう変身する事は出来ない。

 しかし、社長はあれか? さっきから僕と昔話がしたいのか? 時間がかかるのは歓迎するけど……話がどんどん逸れていない?

 

 そんな僕の疑問を読み取るかの様に、社長は僕をじっと見詰めている。

 顔は怖いが……敵意は感じられない懐かしがる様な雰囲気。この人は何がしたいんだ?

 

『田中マモル。私が言いたいのは、私と君の関わりは君が思う以上に深いと言う事だ。親族としてなら義理の甥であり、かつての仲間達の間に生まれた息子だ。君は覚えていないだろうが生後間もない君をこの手に抱いた事もある。私はそんな君を追い詰めたいとは思ってはいない、君の現状と今後を憂いている。それが君をスカウトする理由の一つになっている。そう言いたいのだよ』

 

 義理の甥? 父さんが蒼星家って事は従姉妹である蒼星アオイがそっちだから……タイヨウの母親が家の母さんと姉妹なのかな? ややこしいな。

 つまり、社長は僕に親戚のオジサンムーブをかましたいのか? 情があるってのは嘘ではなさそうだけど……

 まあ、それだけのはずがないよね。本命はなんだ? コアソウルの安定じゃないなら……スペシャルカップか。

 

 皆やたらスペシャルカップにご執心だよな。賞金は魅力的だし、噂だとなんか凄いソウルギアやらパーツやらが優勝賞品なんだっけ? 

 

 ……よう分からん。プラネット社が開催する大会の優勝賞品をプラネット社が欲しがるってあり得るのか? 

 あっ、そう言えばトウカさんが公式戦は惑星の意思に捧げられる戦いで契約がどうとか言ってたな。

 それが理由で、プラネット社は公式の大会の参加チームに手出しが出来ない、そのおかげで僕のかつてのチームの安全は担保されている……つまり、プラネット社はソウルギアの大会に置いてズルが出来ない? 優勝賞品はやっぱりあげませんよ! とかは不可能なのか?

 

「い、いやーアッシと社長にそんなご縁があったとは驚きでヤンス! 光栄でヤンス! そ、そのー参考までに他の理由も教えて貰えると嬉しいでヤンス……できればでいいでヤンス」

 

「コアソウルの安定を君に頼む予定は無い。君のチームが各種目でスペシャルカップで優勝した際に、ウイッシュスターに託す願いをこちらで決定させて欲しい。それが私の要求だ。獲得した数に応じた対価も支払おう」

「……は?」

 

 え? 五つの願い? ウイッシュスター? なにそれ?

 僕のポカンとした様子で察したのか、社長は返事を待たずに言葉を重ねる。

 

「……来年の夏にスペシャルカップが開催されるのは知っているだろう? 五種目の優勝チームにはそれぞれ、グランドクロスを利用して願望を実現するソウルギア“ウイッシュスターシリーズ“が授与される。君のチームが優勝した際に、願いを叶える権利を譲って欲しいと言う事だ」

「ね、願いが叶う!? 月のソウルみたいに!? 不老不死も!?」

 

 な、なんだよそれ!? 聞いてねーぞ!? やたらスペシャルカップに執着してると思ってたけどそんな素敵な特典があったのか!?

 

『月のソウルの不老不死? 確かにその模倣は可能だろう。まさか君は……』

 

 なんだよ! もっと早く教えてくれれば真面目に優勝を目指したのに! 月のソウルに匹敵する素敵パワーじゃねえか! 不老不死が最大五つも手に入るのか!? 残機が五つも!?

 

 ……いや、落ち着け、落ち着こう。今気にすべきははそこじゃない。

 問題は社長が……いや、プラネット社と惑星の一族がどんな願いを叶えるつもりなのか知る事だ。

 

 私欲の為に誰かを傷つけたり、悲しませる様なろくでもない願いをするつもりなら許せない。その時は僕と仲間達で成敗してやる。正義の心で悪を挫く。

 ぐふふ、そしてウィッシュスターで僕の清らかで純粋な願いを叶えるんだ。五つもあるんだから……一つくらいはどさくさ紛れに使ってもバレへんやろ?

 

「なるほどなるほど、つまり社長はスペシャルカップで願いを叶えたい。だから、天才ソウルギア使いであるアッシと仲間達をスカウトしたいと言うことでヤンスね? 報酬はたんまり、成果によっては倍プッシュ、アッシの懸賞金はもちろん取り下げで手厚く迎え入れる……そう言う事でヤンスか」

 

『そうだな、その認識で正しい。報酬はもちろん、懸賞金も当然取り下げよう。馬一族の説得には時間がかかるだろうが、私が必ず解決すると約束する。君達が提案を受け入れてくれれば、スペシャルカップで五つの優勝を独占する事が可能だ。確かにアークエンゼルスを始めとする侮れない勢力も存在するが、君とタイヨウが力を合わせればさしたる問題ではないだろう』

「お、俺が……この男と……」

 

 なんだよタイヨウ、随分と嫌そうな顔してるな。そんな態度は傷付いちゃうよ?

 身内で固めたコネコネの縁故採用チーム、優勝候補達が結託して弱者共をいじめるのがそんなに嫌か?

 うん、確かに僕も嫌だな……それに――

 

「流石は社長! 正確な戦力分析でヤンス! ヤンスが……アッシにはどうしても気になる事があるのでヤンス! ヘヘッ、小心者のアッシはその疑問が解消されない事には、本来の実力が発揮出来ないでヤンス」

『ほう、君の疑問とは何かな?』

 

 分かってる癖に白々しい、それとも聞かせたいのか?

 

「えへへ、社長はウィッシュスターで一体何を願うつもりでヤンスか? アッシはそれが気になって多分夜も眠れないでヤンス」

 

『なるほど。私が……ひいてはプラネット社と惑星の一族が何を願うのか知りたいと思うのは当然の疑問だ。そうだな、君の為に始まりから話をしよう。一族の子ども達よ、君達もよく聞きなさい。これからする話は、我々の悲願、シン・第三惑星計画の全貌にも繋がる』

 

 社長の宣言に、周囲の空気が引き締まる。周囲は計画の全貌とやらに興味津々のようだ。

 長い話になりそうだ。今は歓迎するけど、普段なら長話に付き合いたいとは思わない。座っちゃダメかな……

 

『遥か昔、まだ人々がソウルを扱う術を持たなかった頃の話だ。現代と違い危険な魂魄獣が世に溢れていた時代、人々はその驚異に抗う術を持たなかった。逃げ隠れ、ひっそりと生きるだけの脆弱な種族だった人間。そんな我等の祖先の前に、伝道者が現れた。彼の人はソウルを操る術を素質ある者に授け、我等の行末を導いた。世界各地のあらゆる地を彼の人は巡り、人類は魂魄獣に抗う武器を、ソウルの力を手に入れたのだ』

 

 そ、そんな最初から話してくれるのか……いや、初耳だけどさ。

 

『現在は日本と呼ばれるこの国で、伝道者に叡智を授かったのは星を読んでいた一族。占星術を扱い、小規模ながら集団の長だった者達だ。それが後の天照、月読、蒼星家。伝道者から授かったソウルの叡智が、ソウルライトパワーを始めとする三つの力の原形となった』

 

 ふーん、そんな昔から性別を偽りたい人が居たのか。人がカワイイを求めるのは昔から変わらないんだなあ……

 

『その始まりの三つの一族が、伝道者から与えられた叡智をさらに人々へと伝えた。その中でも素質があった者達が守護一族となり、年月や代を重ね、規模と勢力を拡大、抗う術を持たない人々を護る集まりに……ひいてはこの国の護国を担う一族の集まりに変化した。我々一族はこの国の歴史を遥か昔から護っていたのだよ』

 

 う、胡散臭いなぁ、見栄張って話を盛ってない?

 家の先祖は昔偉い武将に仕えてただとか、戦で大活躍したとか、鬼退治したとか、河童と相撲取ったとかそういうレベルの与太話じゃないのこれ? 

 もしかして僕は親戚の叔父さんに先祖の与太話聞かされている?

 

 観客席は……真面目に聞いてるな。後ろのトウヤ君達は……特に困惑した様子は無い。

 一応確認の為に、トウヤ君達に小声で問いかける。

 

「ねぇ、みんな……今の話って知ってた? もしかして有名な話?」

「えっ、一族なら皆知ってると思うけど……」

「伝道者については歴史の授業でもやっただろ? なんでその部分まで知らねぇんだよ……」

 

 ……きっとソウルメイクアップの修行してた四月の授業でやったからだな、そうに決まっている。

 歴史は退屈だからちょくちょく居眠りはしてたけど……

 

『その流れはこの国だけではない、世界中で伝道者からソウルの叡智を授けられた者達が頭角を現した。そして、ソウルを扱う者達がソウルワールドで繋がる事によって意思を統一し、魂魄獣に勝利する為に人類は一つに団結……長き戦いの果てに勝利した。魂魄獣達をソウルワールドの深淵へと追いやる事で戦いは終わったのだ』

 

 えっ、神話とかじゃなくて実話? 本当にあった出来事なの?

 ……魂魄獣ってソウルカードで創造するペットみたいなもんじゃなかったのか……危険生物じゃん。どうりで手強いはずだよ。

 

『地球上の魂魄獣を全て追放するという偉業、それは惑星の力を借りて成された奇跡だ。数百年に一度、不完全ながら場が整うグランドクロスや惑星直列の時にのみ、宇宙の星々への願いが届く。彼等の偉大なるソウルが人類に授けられる。人類は三度の惑星直列、二度のグランドクロスを経て完全な勝利を勝ち取ったと伝えられている』

 

 は、はあ? なんか凄い壮大……

 

『だが、ソウルを操る術を手に入れ魂魄獣に勝利した人類に、ソウルを扱うが故の試練が訪れた。ソウルは人の感情に呼応する、人々はソウルによって繋がっている。人類の負の感情はゆっくりと折り重なり闇となった。その闇は世界各地で形を成し、人々を害するシャドウとなった。人類の第二の戦いが始まったのだ』

 

 闇……ああ、シャドウね。組織がよく使ってくる人型の影でしょ? 知ってる、知ってる。

 あいつ等パターン覚えれば雑魚いから僕は無双できて好きだ。必殺技でまとめてぶっ飛ばすと気持ちいいよね。

 

『世界中のソウルを操る一族達は、世界を闇から護りつつ、闇を完全に払う為に様々な方法を模索した。だが、魂魄獣という分かりやすい脅威が消え去り、ソウルを操る術を持たず直接闇と対峙しない人々は徐々にソウルに対する関心と興味を失った。そして、ソウルに依らないより物質的な方向へ文明の舵を切った……それが闇の拡大を促す行為であると自覚しないままに』

 

 いや、そうは言っても……話しぶりから言ってソウルを扱えない人の方が多かったんでしょ? 

 それなら仕方ないよね。自分が扱えない不思議パワーを意識しろって言われても無理があるだろう。

 

『闇は緩やかに勢力を拡大していき、ソウルを扱う一族達は危機感を募らせた。このままではそう遠く無い未来に闇から世界を護れなくなる……世界が闇に包まれてしまう。ソウルを操る術、当時は魂魄術と呼ばれたそれをさらに普及させて闇に対抗しようという試みもあったが、上手くはいかなかった。素養が無い者に魂魄術の習得は困難であり、ソウルを操る者達は自分達を特別だと思って非協力的な者も多かったからだ』

 

 ……駄目駄目じゃん。あれ? 人類詰んだ?

 

『だが、今から約五百年前に転機が訪れた。初代ソウルマスターである月読イザヨが世界中の有志を集め、ソウルワールドの深淵からソウルストーンを手に入れた。そこから画期的な魂魄術の補助装置であり、増幅装置でもあるソウルの核、ソウルコアの精製方法を確立させた。そのコアを用途に合わせ、各種パーツを組み立てて纏わせる事によって生み出されたのが――』

「もしかして……ソウルギア?」

 

 マジかよ……歴史のあるホビーだとは思っていたけど、そもそもオモチャじゃ無かった?

 

『その通りだ。ソウルギアを使えばソウルを持つ生物であれば誰でも魂魄術が使える。つまり、ソウルギアさえ普及させれば世界中の人々がソウルを扱う術を容易に習得できる。世界中の人々がソウルを扱う術を覚えれば、人々が無意識に闇を育ててしまう悪意が伝播するソウルを抑える事ができる。闇を払う為の答えソウルギア、人類は闇を照らす光を形にした』

 

 つまり、闇を払う為にプラネット社はソウルギアを普及させた? いや逆かな? ソウルギアを普及させる為にプラネット社が生まれたのか。

 

『月読イザヨは五百年前の惑星直列を利用し、九つの惑星と太陽から星の欠片、コアソウルを授かった。世界中にソウルギアを普及させる為には、ソウルワールドで採取出来る少量のソウルストーンでは到底足りない。莫大な数のソウルストーン、それを生み出せるコアソウルが必要不可欠だったからだ』

 

 あれ? じゃあ目的はもう達成してるじゃん。今の社会はソウルギア中心だし……これ以上普及は無理でしょ、ソウルギアを持ってない人なんて物凄い少数派だろ? 

 

 プラネット社はこれ以上何を望むつもりだ? そりゃあ願い事が一杯叶うのは嬉しいだろうけど……

 

『ソウルギアを世界中に普及させる為にプラネット社が設立され、それぞれのコアソウルと親和性の高かった月読イザヨの同志八人が現在の惑星の一族を立ち上げた。そして、五百年の時をかけて、ソウルギアの普及は成功、今や人類の96%が一つ以上のソウルギアを所持している』

 

 ほら、やっぱりそれぐらい普及してるじゃん。しかもシェアはプラネット社が独占でしょ? エゲツねぇなぁ……

 

『だが、普及した後の継続こそが重要なのだ。人々がソウルから関心を失い、闇を育てた期間は約二千年。少なくともそれと同じだけの時をかけなければ闇は消え去らない。人類がソウルギアを所持しながら悪意を闇に与える事無く、後二千年の時を過ごさねばならない』

「う、うわぁ……」

 

 二千年、あと二千年……流石にそこまでソウルギアブームは続かないんじゃないの? 僕が不老不死になったら確かめられるかなぁ……二千年……長いよね。

 

『そして、君も身を持って知っただろうが、ソウルギア生産の要であるコアソウルに限界が来た。これからの二千年間、コアソウルを使って炉を稼働させるのは現実的な方法では無い。だからこそ、新しいソウルストーン生産方法を確立する必要がある。その為のシン・第三惑星計画、その為のスペシャルカップ、その為のウィッシュスターシリーズだ』

 

 あっ、ようやく叶えたい願いがなにかの話に繋がるのか……

 

「そ、それで? プラネット社と一族はウィッシュスターに何を願うでヤンスか?」

 

 思わずゴクリと喉を鳴らす。周囲の皆も緊張した面持ちでで社長の答えを待っている。

 

 時間稼ぎの為の問答だったが、思った以上に壮大な話になった。純粋に答えが気になって来た。

 

『プラネット社が星に願うのは、地球のソウル傾向の最適化だ。それにより、星の欠片であるコアソウルではなく、地球本体のコアを意のままに操れる。地球はようやく真の第三惑星となるだろう。人類が平和を享受するのに最も適した環境にこの星を創り変える。そうだな……一言で表すなら地球のテラフォーミング。地球の地球化。人間の傲慢さと矛盾に満ちた計画ではあるが、なんとしてでも完遂せねばならん』

 

 ……!? そんな、そんな……?

 

 社長の壮大で衝撃的な発言に、体育館の全員が驚き慄いている様子だ。

 周囲は社長の言葉の意味を理解して、それを噛み締めている表情……ふむ?

 

 僕は痛む身体をふらふらと揺らしながら、トウヤ君のすぐ側へと歩み寄る。

 どうしてもトウヤ君に聞かねばならぬ事がある。

 

「……ま、マモル君?」

 

 近づいて来た僕に困惑した様子のトウヤ君、僕はその耳元へそっと顔を近付ける。

 

「トウヤ君……どうしても知りたい事があるんだ。聞いてもいいかな?」

 

 周囲に聞こえない様に、小さな囁き声を伝える。周囲に内容を聞かれたくない。

 トウヤ君の表情が何かを決意したものへ変わり、小さく頷いて同意の意を示してくれた。

 

「ありがとうトウヤ君……あのさ、トウヤ君はテラフォーミングってどういう意味か知ってる? もしかしてゴキブリに関係した言葉?」

「ご、ゴキブリ!? ま、マモル君本気で言ってるの?」

 

 あっ、違うっぽい。トウヤ君のマジかコイツみたいな視線が痛い。

 そんなに呆れないでくれよ……本当に知らないんだって……

 社長は言ってやった感を醸し出しているから聞きにくいし、なんか周りの奴等は理解してそうだから堂々と聞くのも恥ずかしい。

 とにかく地球をどうこうしたいってのは伝わったけどさ、具体的に何をどうするの?

 

 難しい言葉を使うなよ社長、テラフォーミングって何? 知らないよそんな言葉……日本語で言ってほしいでヤンス……

 



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父母参観!! 進撃のモンスターペアレント!!

「マモル君、多分このサイトが一番分かりやすく解説していると思うよ」

 

 トウヤ君の差し出してくれたスマホの画面に目を通す。

 そこには、分かりやすく天体について解説するサイトが表示されていた。

 

「えーと……テラフォーミングとは惑星や月といった天体の大気や温度、地形や生態系を地球の生命に適した環境へと人工的に変化させる行為、天体を地球化する事を言います。有力な候補は月と火星ですが、現段階ではコストや技術的な観点から実現は困難とされています。しかし、プラネット社は月の一部を独自のソウル技術で区画して囲み、その内部を居住可能にするパラテラフォーミング実験に成功したとされています。残念ながら実験の詳細は明かされていませんが、人類が宇宙で暮らせる日はすぐそこまで来ているのかもしれませんね……ほぉ、なるほどねぇ」

 

 要は他の星を人類が住める様に改造するのがテラフォーミングか、ゴキブリ全く関係ないじゃん。紛らわしい。

 

 ん? それじゃあ地球をテラフォーミングするって意味不明じゃね? 地球を地球化するって“頭痛が痛い“とか“違和感を感じる“とか“馬から落馬する“辺りと同レベルな表現じゃないか?

 

「ねぇ、トウヤ君。社長はもしかしてテラフォーミングの正しい意味が分かってないんじゃないかな? 顔が怖いから誤用しても周りに訂正して貰えないとか……」

「い、いや、それは違うと思うけど」

 

 社長実は裏で笑われてんのかな? ちょっと可哀想……

 

「ふざけた事を抜かすな!! 父上は意図的にテラフォーミングというワードをチョイスしたのだ!! あえての重複表現!! 誤用ではなく修辞技法だ!! いいか! つまり今の言葉には――」

「タイヨウ、私の言葉を詳しく解説するのはやめなさい。そこは重要ではない。ニュアンスが伝わればいい」

 

「ご、ゴメンなさいでヤンス……」

 

 タイヨウの奴地獄耳だな。この距離で僕とトウヤ君のヒソヒソ話がよく聞こえるよな。

 でも、タイヨウの発言のせいで結果的に社長がスベったみたいな空気になった。実は社長が嫌いなのかこいつ? モニターの先でちょっと居心地が悪そうにしてる。

 

「エヘヘ、社長。不勉強で浅学なアッシに、ウィッシュスターで具体的になんてお願いをするのか教えて欲しいでヤンス」

 

 “地球をテラフォーミングしてください“✕5かな? そんなフワッとした感じで工事を発注したら惑星達も困るでしょ。

 惑星達って施行は大雑把で設計は適当、図面も書かないし施行計画書も仕様書も提出しない……そんなイメージ、望んだ結果がお出しされるとは思えん。

 

 えっ、そんな事はない? 少なくとも月はアフターケアまでバッチリで顧客満足度ナンバーワン? ご、ごめんよ。偏見だった……

 

『まずは一つ目の願いで地球上の全ての人々のソウル、人々の心にソウルギアのイメージを差し込む。目を瞑ればソウルギアの形がありありと浮かび上がる様に。一定の水準以上のソウルギア使いにしかできない事を、全世界の人間が可能となる』

「は、はあ? 人の心にソウルギアのイメージを差し込むって……えっ、ソウルギアのCMを流すでヤンスか? 人の心に?」

 

 なんじゃそりゃ。確かに僕も相棒達の姿は明確にイメージできるけれど、他人に強制されたら絶対ウザいよ。

 ステマってレベルじゃねぇ。宣伝にしても迷惑過ぎないか? 動画に挟み込まれる消せない広告かよ。人類が生み出したこの世で最も邪悪な物の一つじゃん。

 

『コマーシャル……ユニークな表現だ。間違いではないな。そうだ、人類の心にソウルギアのダイレクトマーケティングを行う。その結果、世界中の人々が今以上にソウルギアを求める様になる。そして、人類のソウルギアを欲する気持ちは各地のソウル傾向を変化させ、やがてはこの星のソウル傾向が統一される。世界の意思が統一されるのだ』

 

 社長マジッスか? そこまでして自社製品を売りたいのかよ。

 

『人々の意思が統一されれば、地球は必ずその願いを聞き入れる。ソウルギアがもっと欲しい、ソウルギアがもっと必要、そんな人々の願いに応え、己を差し出してくれる。大量のソウルストーンを生み出す為に自らのコアの操作権を人類に委ねるだろう』

 

 地球のコアの操作権? 地球の核を操るつもりか……流石にそれは傲慢過ぎるだろ。

 

「社長、ウィッシュスターはあくまで惑星達にお願いをする為のソウルギアでヤンスよね? お前の身体を寄越せって願いを地球は聞き入れてくれるでヤンスか? それとも、地球以外の惑星の力で無理矢理言う事を聞かせるでヤンスか?」

 

 そんなの絶対に後でしっぺ返しを食らうパターンだよね。地球に復讐されそう。

 やはり人類は愚か、滅ぼさないと……ってな具合になる。俺は詳しいんだ。漫画やアニメ、ゲームで稀によくある。

 

『いや、地球は人々の意思が統一されれば、グランドクロスやウィッシュスターに関係なく人類の願いを聞き入れてくれる。それは絶対の理だ』

「そ、その根拠はなんでヤンスか?」

 

 言い切りやがった。物凄い自信だ。

 

『直接聞いたからだ。私は若き日に地球と対話した事がある。彼女は人類の選択を否定しない、母なる星は全てを受け入れる』

「…………」

 

 社長が急にスピリチュアルな事を言い出した。ファザーアースかよ。

 

 冗談は置いておくとして地球の声……確かに僕もソウルギアの声が聞こえる。ソウルギアにも意思がある。

 

 ソウルギアのコアが星から生まれたのならば、大本である星そのものに意思があってもおかしくはない。惑星の意思がどうたらってのは一族の関係者がよく言ってるもんな、正直今まで半信半疑だったけど真実っぽい。

 

 まあ、それはいい。本当かどうかは別として社長の狙いは分かった。

 

 要は人類をサブリミナル的なアレで洗脳するつもりなんだ。地球上の全ての人間をソウルギア大好き人間にするつもりだ。行き過ぎた悪の企業らしい健全な野望だな。

 

 僕個人としてはソウルギアが嫌いじゃないけれど、無理矢理に押し付けるのはどうなのって感じだ。強制されるのは人間とソウルギアのどちらにとっても不幸な事だと思う。

 ソウルギアに肯定的な僕ですらそう思う。ふざけんなって人は多いだろう。死んでもゴメンだって人も中にはいるだろう。

 何せ地球上の全ての人類を巻き込む計画……ハッキリ言えば賛同しようとは思えない。ある意味全人類に向けた侵略行為だよね。

 

 それに、他にも気になる事がある。こっちの方が僕達にとっては重要だろう。

 

「社長は五つのウィッシュスター全ての願い事をソウルギアの宣伝に使うでヤンスか? おかしくなっているコアソウルを元に戻して、中に消えた人々を元に戻してくれとは願わないでヤンスか?」

 

 ソウルギアのダイマなんてする前にそれを願うべきだろう。何よりも優先すべき願いのはずだ。

 

『それは願わない。いや、願えない。コアソウルの正常化を星に託してはならんのだよ』

「理由はなんでヤンスか? まさか、いなくなった人間はどうでもいいと? ウィッシュスターを使ってまで助ける価値はないと思っているでヤンスか?」

 

 そうだとしたら……軽蔑するよ社長。会社と一族の利益優先にしても限度がある。

 

『……順を追って説明しよう。人々の心にソウルギアを差し込むのに使用するウィッシュスターは一つだけだ。そして、二つ目の願いで地球全体のソウル傾向の固定化を願う。遥かな未来までソウルギアが栄える様に、他の惑星の力を借りて最適なソウル傾向を固定する。シン・第三惑星計画に必要な願いはその二つだけだ』

 

 二つしか願わない、思ったよりもコスパが良さそうだ、

 

『来年のグランドクロスは特別な星の配置をしている。角度の甘いグランドクロスは珍しくないが、来夏程に美しく十字を描く星の巡りが再現されるのは、この機会を逃せば十万年先まで訪れない。スペシャルカップでは人類史上最も強力な願望実現能力が発揮される。これから数万年の間に訪れるグランドクロスや惑星直列を束ねても覆せない、不可逆的な願いの力だ。だからこそ、二つのウィッシュスターだけで十分計画は賄える」

 

 今回のグランドクロスが強力だから二つだけで十分、しかも不可逆的な願いね。

 

『だが、我等以外の勢力に他のウィッシュスターを奪われた場合の保険は必要だ。ウィッシュスターの願いは、確定する前であればウィッシュスターで打ち消せる。相殺することが可能だ』

 

 さっきの願いを無効にしてくださいって願えるの? ややこしいな。

 

『つまり、我々が手に入れるべきウィッシュスターの数は最低でも四つだ。三つしか手に入らなかった場合、残りの二つを願いの妨害に使用された場合に計画は頓挫する。四つ手に入れれば敵対的勢力に渡った願いを一つ相殺しても三つの願いが残る。もちろん五つ全てを手に入れるのが理想だがね』

 

 ……それならやっぱり大丈夫じゃん、なにが問題なんだ?

 

「社長、質問の答えになっていないでヤンス。仮に五つ全てのウィッシュスターを手に入れれば、計画を成功させるのに二つ使っても三つも願いが余るでヤンス。四つの場合でも保険を抜いたとしても一つ残る。過去最高に強力な願いが叶うのになんでコアソウルを元に戻さないでヤンスか? 他に優先する願いがあるでヤンスか?」

 

 過去に何人の子ども達がコアソウルの中へ消えたのかは知らないが……願いが叶う権利と彼女達を天秤に掛けて、利益を優先するつもりかよ。

 

『危険過ぎるからだ。コアソウルの正常化を願うとは即ち、中に潜む闇を解放する事に他ならない。君もコアソウルの中を見たのなら理解しただろう。コアソウルの中には闇が拡がっている。あれこそが我等人類が打ち勝つべき世界の闇そのものだ。コアソウルは長い時を経て人々の悪意に汚染されてしまった』

 

 社長の発言に周囲がざわつく。そんな馬鹿なといった呟きが、信じられないといった否定の言葉がそこら中から聞こえてくる。

 

 コアソウルは一族にとっての要、ある意味彼等の拠り所で信仰対象っぽくもある。

 僕にとっては、ああやっぱりそういう……って感じだけど、一族の人間にとっては信じ難い真実なのだろう。

 タイヨウの奴も衝撃を受けている。聞かされていなかったのか? 流石に知ってたらトウカさんを捧げたりはしないか。

 

 あれが闇ね……確かにコアソウルの中は様子は酷いものだった。二度と行きたくはない、死を連想させる最悪な場所。星の欠片でソウルギアのコアが生み出される場所にしては辛気臭い。

 でも、アレは本当に邪悪な物なのか? 助けてって言ってたしな……うーん、どうなんだろう?

 

「闇だけを上手いこと消してくれって願えないでヤンスか? 来年のグランドクロスはべらぼうに強力なんでヤンしょ?」

『それは無理だ。惑星達は人々の願いを善悪の別け隔てなく聞き入れる。だが、可能性の否定、命の否定、確定した事象の否定は許さない。闇も人間の心とソウルから生まれた可能性には違いない。コアソウルの正常化を願えば闇を消し去るのではなく、闇を現世に移動させる事で願いが実現される』

 

 そうなの? 願い事って思ったよりと融通が利かないな……猿の手かよ。社長だってお願いするのは初めてだよな?

 

「社長、なんで言い切れるんでヤンスか? 実際に願ってみれば案外上手く行くかも――」

『十数年前の話だ。ある男が月のソウルを利用してコアソウルの正常化を願った。コアソウルの中に消えた己の娘を助ける為にな。だが、その願いは最悪の結果を招いた。コアソウルから出てきたのは彼の娘ではなく、闇の獣“ダークネスソウル・ビースト“だった。私とチームの仲間達、さらに大勢の人々の力を借りてなんとか撃退に成功した。紙一重の勝利だった。ウィッシュスターで同じ事を願えば、あの時よりも強力な闇が顕現するだろう。故に願えない、願ってはならないのだよ』

 

 や、闇の獣ダークネスソウル・ビーストだあ? おいおい、いい年した大人が……あっ、顔がマジだ。

 

 確かに社長は昔世界を救った英雄だと世間では有名だ。僕もその話を聞いた事がある。少なくともこの国で暮らしていれば誰もが一度は耳にする話だろう。

 TVで社長の特集を組まれる時は大体それが話題にされる。社長が手でろくろを回しながらインタビューに答えている映像は僕も見た。

 でも、社長が世界を救ったっていうのは当時ブイブイ言わせていた悪の組織を壊滅させた件だったはず。闇がどうこうなんて聞いた事がない。知られざる活躍なのかな……

 

『コアソウルに消えた者達を助ける……それは、ウィッシュスターとは別の方法を模索せねばならない。ある程度は目星は付いているが、その実現は来年のスペシャルカップが無事に終わり、シン・第三惑星計画が成就した後でなければ不可能だ。まずはこの星を完成させる。地球を人類にとって最良のソウル環境の惑星へ、真の第三惑星に固定化するのだ。人類に永遠の平和が約束された後にコアソウルの問題に取り掛かろう。だから君の力を貸してくれ田中マモル、私達と共に一族の同胞として世界を平和に導こう』

 

 世界を平和に導く……実に魅力的で美しい言葉だ。

 だけど、色々と疑問な点や怪しい部分も多い。聞きたい事はまだまだある。

 だが、社長は話は終わったと言わんばかりの態度。これ以上を聞きたいなら仲間になれって事か?

 社長も全てを明かした訳ではないはずだ。都合が悪くて隠した部分が絶対にあるだろう。スカウトするのにあからさまなデメリットを語る訳がない。

 

 どうする? とりあえず一時的に受けた振りをするか? もう少しだけ粘れば……

 

「小狡いわよアサヒ!! 相変わらず図体に比べてやる事がみみっちい男ね!! まったく情けない!!」

 

 社長の言葉を遮る様に、体育館にアホみたいに大きな声が響いた。声の主は――

 

「だ、誰だ!? 高貴なる社長を侮辱するのは!?」

「大きい声……うるさい……」

「むぅ? あそこだ!! モニターの上を見ろ!!」

 

 フィールドと観客席が、突然のドデカイ暴言に騒がしくなる。

 

 巨大なモニターの上に十数人の人影、どいつもこいつもピチピチのソウルバトル用のスーツに身を包み、色とりどりの仮面を被っている。

 

 あれは、あの恥ずかしい格好の集団は間違い無く――

 

「PTA!? 見覚えのない幹部まで……それに中央に居るのは噂の……」

「おいおいマモル……もしかしてPTAはお前の仲間なのか? マーズリバースがこっちに手を振ってねえか?」

「いや、違うよレイキ君、マーズリバースの中の人は個人的に知り合いだけど……」

 

 あ、赤神先生が隣の青い仮面に足を踏まれて怒られている。何やってんだあの人……

 

『久し振りだな、イ――』

「アンタに用は無いのよ!! 不愉快だから話しかけないで!!」

 

 デカい声の主、まるでヒーロー戦隊の様に並ぶPTAの中央で仁王立ちする黒い仮面の女が吠えた。

 

 うーん、理不尽。自分から話し掛けた癖に有無を言わせない。社長の知り合い?

 拡声器も使わず体育館に響き渡る大きな声を出す黒い仮面、あれは……何リバースかな? 

 

「さて!! 初めましてご機嫌よう!! 愛しくて可愛い子ども達!! 私達は地球のソウル環境と青少年の健全な育成が阻害されるソウルギアの危険性を憂い警鐘を鳴らす保護者と教育者の会!! いわゆるペアレント・ティーチャー・アソシエーション!! 通称PTAと呼ばれる者達です!! そして私はPTAの会長を務める“リバースムーンリバース“!! よろしくね!! 覚えてね!!」

 

 う、うるせえ、声がデカ過ぎる。拡声器も使わずに凄いなあの人。

 それに、リバースをリバースしたらそれはもう表じゃないの? しかも母さんと月が被ってる。嫌な予感がビンビン。

 

「プロミネンス・バーストォ!!」

「うわっ!?」

 

 タイヨウがいきなり必殺技をぶちかました。目標は僕じゃない、モニターの上の黒い仮面に向かって炎の弾丸が放たれる。

 

『そして――フンッ!! コラ!! ソウルシューターを人に向かって撃つんじゃありません!! 危ないじゃないタイヨウ!!』

 

 な!? タイヨウの燃え盛る必殺技を片手で止めやがった!? すげえなPTA会長!! ソウルゴリラか!?

 

「クッ、やはり防ぐか!! よくもノコノコと姿を現したな!! この場で引導を渡してくれる!!」

 

 うわ、顔を真っ赤にして憤怒の表情だ。社長が馬鹿にされたからって怒り過ぎじゃない? いきなり必殺技ブチかますのは流石にやり過ぎだよ……

 

「まあ暴力的!! 昔は優しい子だったのに!! お母さんは悲しいわよタイヨウ!! やっぱりソウルギアは子ども達に悪影響ね!!」

「黙れ!! 貴様は母親などではない!! この裏切り者が!!」

 

 おいおいタイヨウ……あれがお前の母ちゃんなの? 人の母親を散々馬鹿にしておいてお前の所も相当じゃん。

 

 やーい、お前の母ちゃんPTA♪ ピチピチスーツの過激派組織〜♪ プークスクス。

 

「そっか!! しばらく会えなかったから拗ねているのね!? ゴメンねタイヨウ!! でも今日はマモルに用事があって来たの!! 残念だけど構ってあげられないわ!! 寂しくても少しだけ我慢してね! 今度タップリ時間をとるから寂しくても我慢してね!?」

「ぐっ!? こ、ころ……この女は……」

「た、タイヨウ様……」

 

 怒りのあまりにふらつくタイヨウ。蒼星アオイが心配そうに身体を支えている。僕にとっても不穏な言葉が聞こえたな気がした。

 

「お、落ち着け……問題無い。俺は冷静……熱くなるな……」

 

 ちょっと可哀想になって来たな……母親の事をいじったら殺されそう。

 

「始めましてマモル!! 私の名前は月読イノリ!! アナタのお母さんのお姉ちゃんよ!! イノリお姉ちゃんって呼んでね!!」

「は、始めまして……」

 

 あーあ、話しかけられちゃったよ……

 

 仮面を勢い良く脱ぎ捨て素顔を晒し、痛々しい挨拶をかますイノリ伯母さん……お姉さんはダウトだろ。

 確かに若く見えるし美人ではあるけど、母さんの姉なら間違い無く三十代、なのにあのテンションか。

 だが、テンションはともかく顔は母さんにそっくり、髪型がショートボブで短くなかったら見間違えてたかもしれない。

 

 つーかなんでいきなり正体をバラすの? 仮面の意味がないじゃん。世間に正体を明かさない月読家の神秘とやらはどこに行った。

 

「声が小さいわね!! でもトウカを助けたのはえらい!! 本当にえらい!! 褒めてあげる!! 花丸をあげる!! 良くやったわ!! 流石私の甥っ子!! ミモリの教育の賜物ね!!」

「ヘヘッ、どうもでヤンス」

 

 言う程は母さんに教育されて無いけど……拗れそうだから言わない。

 

「よし!! それじゃあ行きましょうかマモル!! ミモリが捕まった以上説得は失敗で契約は無効!! アナタはPTAで保護します!! お姉さんに付いてきなさい!!」

 

 い、行きたくねぇー、PTAなんてホイホイ付いて行っちゃ駄目な組織の筆頭だよ。

 でも、身の安全って意味ではプラネット社よりもマシか? いや、口振りから察するに母さんの本意っぽくはないし……グランドカイザーに捕まったって本当なのかよ母さん、無事でいてくれよ

 

『待てイノリ、田中マモルを勝手に連れて行かれては困る。それに、最低限の説明はするべきだ。お前はそういう所が――』

「うるさいわね!! 気安く話しかけんな!! それに説明ですって!? 説明すれば子どもに何をしても良いとでも言うつもり!? 肝心な所を誤魔化して言い包めてるだけじゃない!! そんなものは自分達を正当化する為の卑怯な方便よ!! 多少強引でも正しい道へと導く!! 正しい教育をする!! それが大人の役割よ!!」

 

 喧嘩が始まった……嫌な空気だよまったく、実の息子も含めた子ども達が見ているぞ? ローカル放送もされてるよ?

 

『その正しさが問題だ。PTAの方法は独善が過ぎる。ソウルギアがいきなり失われればどれ程の混乱がもたらされると思っている? 今の社会はソウルギアなくして成立しない』

 

「しつこいわね!! 散々話をしたでしょう!! その混乱は人類全体のツケよ!! ソウルギアなんて間違った方法でその場しのぎををした代償を支払うだけ!! 五百年より前はソウルギアなんて無くても人類は戦えた!! 歴史を紡いで来た!!」

 

 でも、話が長くなりそうなのは好都合。仲良く喧嘩してくれ。

 

『各地の戦いはどうする? ソウルギアが無くなれば戦線は維持出来ない。我々プラネット社がソウルギアを生産し、一族の戦士達が戦っているからこそ秩序は保たれている。確かにソウルギアがもたらす問題はゼロではない、コアソウルの運用も問題が多かった。だが、来年のグランドクロスでシン・第三惑星計画が成就すればコアソウルに依らないソウルギアの安定生産が可能になる。PTAはどうするつもりだ? 侵略を受け入れるとでも言うのか?』

 

 自分達のボスと奥さんの喧嘩を聞かされるのは気まずいだろうな……下手に口出しも出来ないだろうし。

 

「受け入れる訳ないでしょう!! ソウルギアに使われていたソウルが解放されれば!! この世界に再びソウルが満ちる!! 低級の魂魄術でも実戦で通用する水準にね!! ソウルギア社会の水面下には大勢の魂魄術復権派が潜んでいる!! ソウルが満ちれば彼等は喜んで脅威と戦うわ!! そもそもソウルギアによるソウルの独占が終われば戦いの理由なんて半分以上が無くなる!! 今さら何を言ってんのよアサヒ!! 互いの主張なんて分かりきっているでしょう!!」

 

『話を聞かせる為だ。今のがプラネット社とPTAの考え、それを知らないで判断するのはフェアじゃない。さて、田中マモル。今の話を聞いてどう思う? プラネット社である私の誘いと、PTAであるイノリの誘い、君はどちらを選ぶ? 答えが欲しい』

「は、はい!?」

 

 え!? 何が!? 何を!? 

 

「あっ!? 相変わらずやり方が卑劣ね!! マモル!! 惑わされちゃ駄目よ!! 大人しく私に付いてきなさい!! そんな木偶坊の言う事は無視するのよ!!」

『君ほどのソウルギア使いなら分かるだろう。この世界にはソウルギアが必要不可欠だと理解できるはずだ』

 

 あっ、どっちに付くか選べって話か。

 もっと分かりやすく喧嘩してくれないと分かんないよ。小学生でも理解できる様に、噛み砕いて簡潔に説明してくれ。

 

「い、今の話だけじゃよく分からないでヤンス。PTAの目的についてもう少し詳しく話を聞かせて欲しいでヤンス」

 

 PTAに着いていくつもりは無いけどね。理由はありそうだが、人のソウルギアを奪ったり破壊する様な集団だ。到底受け入れられない。

 僕は母さんの事は信じたけど、PTAという組織そのものを信じた訳じゃない。赤神先生は……まぁギリ信じてあげてもいい。

 

「PTAの戯言に耳を貸す必要は無い!! 大人しく父上の慈悲を受け入れろ田中マモル!!」

 

 おっ、ようやく僕が母さんじゃないって認めたかタイヨウ。でも偉そうだから……駄目だぞ♡

 

『話してやれイノリ、そうすれば田中マモルも納得するだろう。選ぶべき道がな』

「はあ? そうやって自分の寛大さをアピール? 指図しないでちょうだい。あと、その顎髭伸ばしたの似合って無いわよ」

『……』

 

 あっ、社長がちょっとヘコんでる。各々が好き勝手言う家族だなコイツ等。

 

「まあ確かに最低限の説明は必要ね。でもマモル、一つだけ条件があるわ」

「じ、条件? それはなんでヤンスか?」

 

 一体何を要求するつもりだ? 説明を聞くからには着いてこいよって言うつもりか……

 

「ヤンスを使うのは止めなさい。そうすれば教えてあげる。私はヤンスとかゲスとか使う奴が大っ嫌いなの。あの手の輩は裏切り者で卑怯者って相場が決まっているのよ」

「あっ、はい。分かりました」

 

 へ、ヘイトスピーチでヤンス……

 いやいや、ヤンス使いやゲス使いにも立派で良い奴はいるだろ。僕とかビリオ君とかね。個人的な偏見がすぎるぞ叔母さん。

 まあ、別にそこまでヤンスにプライドは持ってないから従うけどさ。

 

「よし、じゃあ時間をかけたくないから簡潔に教えてあげる。移動中に聞いてたけど、アサヒが語ったソウルギアの歴史は意図的に都合の悪い所を隠しているわ。月読イザヨと彼女に賛同した者達がソウルギアを生み出したのは嘘じゃない。だけど、その同志っていうのは今プラネット社でデカい顔している一族だけじゃなかった。惑星の一族は月読イザヨが月に消えた後に自分達以外の同志を欺き裏切り、コアソウルを独占した卑怯者達よ。そのせいで今でも彼等との争いは続いている」

 

 へぇ、色んな奴等が集まればそういう事もあるのか。カリスマリーダーがいなくなって残された奴等が仲間割れね。

 

「仲間を裏切ってコアソウルを独占……戦いが続いているのって五百年間ずっとですか?」

「そうよ。ソウルギアは当初は十数種類あった。月読イザヨに感化された者達が、己の一族がもっとも得意とする魂魄術を誰でも操れる様に、それぞれ特色のあるソウルギアを作り出した。それなのに生産の要であるコアソウルを惑星の一族が独占して、五種類のみが世間には普及した。だから争いになったのよ」

 

 それは怒るだろうけど、五百年も争う程か?

 

「そんなプラネット社が遂には地球のコアまで独占しようと企んでいる。実現すればそこそこの小競り合いで済んでる今の状況は一変するわね。彼等は死物狂いで反旗を翻す。彼等は己達の誇りと未来を勝ち取る為に本気で戦争を始めるでしょうね。今の陰でコソコソやってるのがお遊びに思える様な全面戦争が始まる」

「せ、戦争が始まる……」

 

 おいおい、それは洒落にならないだろ。

 プラネット社はどうするつもりなんだろう。迎え撃って決着を付けるつもりなのか?

 

「分かったでしょう!? シン・第三惑星計画なんて許されない!! その点、私達PTAのオペレーション・ソウルリバースは地球に優しくエコロジーで平和的よ!! ウィッシュスターで全てのソウルギアのコアに星ヘ還れと願う!! するとどうなると思う!?」

「えっと……ソウルギアが動かなくなる?」

 

 ソウルギアはパーツだけでは動作はしない。コアは彼らにとって動力源で心臓で脳、コアこそがソウルギアの本体なのだから。

 

「その通り!! そしてソウルギアが無くなれば!! 争いの根本の理由は無くなる!! ソウルギアのせいで低下していた地球のソウル濃度も元に戻る!! その後で再び彼等や魂魄術を操る者達と力を合わせて闇を打ち倒せばいい!! 地球のコアを操ったり人々の心を強制なんてしない!! 人類は自らの意志の力で困難を乗り越える!! 道具を使わずに己の肉体とソウルでね!! 完璧な計画よ!! 理解出来た!?」

 

 いや、さっぱり分からんぞ?

 

 急に話が飛んでいる気がする。因果関係がいまいち分からん。ソウルギアが無くなるとなんで争いの理由が無くなるの?

 それに、五百年も争ってた相手と急に力を合わせて戦うのは難しい気が……

 

「えっと、もう少し噛み砕いて説明してくれませんか? いまいち意味が――」

「説明はお終い!! これ以上ぐだぐだ話すと面倒な奴が来るわ!! あまり時間をかけたくないの!! 取り敢えずは大人の言う事を聞きなさい!! 今は分からなくてもそれが正しいの!! 行くわよ皆!! マモルとクリスタルハーシェルを確保します!!」

「えぇ!? 無理矢理じゃマモル君に嫌われちゃいますよぉ!?」

「お黙りマーズリバース!! いいからやるわよ!! 正しい教育ってのは時に子どもに嫌われる物なの!!」

 

 おいおい、話の通じない人だな。いきなり実力行使かよ?

 

『……仕方がない。タイヨウ、田中マモルをPTAに渡すな』

「承知しました父上!! 行くぞ!! PTA共を迎え撃つ!!」

 

 場の緊張感が高まる。話し合いから戦闘へと空気が急激に変化する。

 

 母親を睨み付けて今にも飛び出しそうなタイヨウ、不敵に笑うイノリ叔母さん。

 フィールドと観客席の者達もソウルギアを構え出す。モニターの上に並ぶPTA達も各々がソウルギアを取り出した。

 

 どうする? 場の混乱に乗じて逃げ出すのは……難しいだろうな。僕達はフィールドの中央なので囲まれている。戦闘中でも流石にあからさまな隙は出来ないだろう。

 

「……マモル君、どうする?」

 

 トウヤ君が強張った雰囲気で尋ねてくる。

 

「もう少しだ。もう少しだけ様子を見ようトウヤ君」

 

 そうすればきっと――

 

「みんな、争うのはやめよう。せっかく集まったんだ。もう少し話をしようじゃないか」

 

 突如、穏やかな声が体育館に響き渡る。

 

 そこまで大きな声ではない、隣にいる友人に話しかける様な声量だ。

 なのに、体育館全体に声が満ちる。突然響いた謎の声に場の空気が戦闘から警戒へと変化する。

 

 そして、僕は――

 

「ま、マモル君!?」

 

 聞き覚えのある声、あまりの衝撃に思わずふらついて倒れそうになる。そんな僕をトウヤ君が支えてくれた。

 

 お礼を言いたいが、ちょっとそれどころでは無い。

 

 なんで? ……えっ、なんで?

 

「チッ!! 足止めしたのにもう来やがった!! 腹立つわね!! 新しい発明!?」

『フッ、来たか』

「この声は……」

 

 足止め? 社長もしたり顔だ。それはつまり……

 

「アサヒとイノリが語ったのとは別の道を提案したいんだ。この場の子ども達全員に聞いて欲しい。過去と未来の話をしよう」

 

 僕達の居るフィールドの中央。そこから少し離れた一角が空間ごと歪む、風景が捻れていく。

 これは……転移装置と同じ歪みだ。黒い影の様になったフィールドの一角から声の主が出て来る……一人じゃない?

 

「その通りだぁ!! 話を聞けぇい子ども達よぉ!!」

「ありがたく噛み締めるがいい!! そして目を覚ますのだぁ!!」

「我等が示す道こそ真の未来!! 在るべき地球の姿じゃ!!」

「愚かなるプラネット社!! PTAの原始人共も黙って聞けぇい!」

 

 先頭を歩む穏やかな声の主と、後ろでやかましく騒ぎながら歩いてくる仮面を被ったジジイが四人。

 空間の歪みから出て来たのは五人、全員が白衣を着ていた。

 

 ジジイ共の内二人は懐かしい顔、玉造博士と独楽造博士だ。残りが噂の糸造博士と道造博士と見て間違い無いだろう。あんなアホな格好をしたジジイが他に居るはずがない。

 

「ふ、札造博士? 何故アナタがこの場に……それに、後ろの老人達は……」

「フフッ、タイヨウ。今日の私は札造博士とは別の立場でやって来たんだ」

 

 タイヨウに札造博士と呼ばれた白衣の女性。あれが場に響いた穏やかな声の主だ。

 

 抜群のプロポーション、長く美しい黒髪を後ろで束ねた女博士の左腕はギプスに包まれ、サポーターで吊られていた。

 

「学園の生徒以外は初めましての人が多いね。私は札造博士を襲名したソウルギアマイスター、蒼星ナミネだ。普段はプラネット社でソウル傾向に関する研究に加え、蒼星学園で教師を務めている」

 

 優しげな笑みを浮かべながら自己紹介を始める白衣の女……随分とご機嫌だなぁ!?

 

「だが、その肩書や名前は借り物で偽りなんだ。同僚や生徒達にはこの場を借りて謝罪しよう、申し訳ないと思っている」

「嘘だ……そんなはずが……」

「タイヨウ様!? しっかりしてください!?」

 

 視線の先で、何故かタイヨウが物凄いダメージを受けている。ほんのりシンパシー。

 

「私の同志である博士達が運営するBB団、SS団、CC団、EE団。君たちが悪の組織と呼ぶ彼等の真の名は“解放戦線ブルーアース“。この星に真の青さを取り戻す為に活動している」

 

 や、やめて……お願いだから……

 

「そして私はブルーアースを束ねる者、地球の声を聞く者グランドカイザー……フフッ、つまり悪の組織の親玉だね」

 

 ううっ、やめてくれ……これ以上は……

 

「ここまで来たら隠すのは卑怯かな……私の本名は田中ダイチ、そこに居る田中マモルの父親でもある」

 

 何も聞きたくねぇ……何も見たくねぇ……

 

 

「マモル、迎えに来たよ。父さんと一緒に行こう、母さんとマモリも待っている」

「ブッ殺すぞ」

 

 胸と筋肉痛の痛みに堪え、羞恥心に身を震わせながら中指を立てて返事をする。

 

 このクソ親父が!! お前マジでふざけんなよ!? やっていい事と悪い事があるぞ!?

 

 何をやって……本当に何やってくれちゃってんの? 馬鹿なの? 本当に馬鹿だろアンタ?

 一応は抱いていた僕の父親に対する尊敬の気持ちを踏みにじりやがって!! もう二度と洗濯物は一緒に洗わねぇ!!

 

 百歩譲ってさぁ、悪の組織の長はギリギリ許容できるけど……なんで女教師ルックで登場すんだよ!? 

 誇らしげに登場してんじゃねえぞ!? 縦セーターとタイトなミニスカート履いておまけに黒いパンストと白衣だと!? ナイスバディしやがって!! それが息子を迎えに来た父親の姿かよ!? 

 

 もう嫌……マジ無理……助けてみんな……

 

 

 



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堂々宣言!! それが僕らのソウルギア!!

 

 突然体育館に現れ、好き勝手言い出した阿呆のせいで場は静寂に包まれた。ドン引きだよね……ハハッ、なんか悪いねみんな。

 場の空気はヒエヒエ、僕の心はシナシナ、肝心のクソ親父はニコニコ。

 

「うーん、やっぱり息子に嫌われるのは辛いな。反抗期を先取りした気分だよ。マモル、お前の怒りはもっともだ。平穏を好むお前が悪の組織を許し難いのはよく分かる。だけど、話だけでも聞いてくれないか?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 傷付いたと言う割にはヘラヘラしてるのがムカつく。オリジナル必殺技メドレーを顔面に叩き込んでやりたい。

 

 僕の気持ちを裏切りやがって!! 迎えに来てくれるのを信じていたけどこんな形はゴメンだよ!! オメーの話なんて誰が聞くか!!

 

 そう怒鳴り付けてやりたいのが本音だが、喋りたいのなら喋らせてやった方が都合は良い。確認したいこともある。腹は立つけど話に乗るしかない。

 

「一応聞いてあげるよ父さん。でも、その前に教えて欲しい事が幾つかあるんだ」

「なんだいマモル? 僕の知っている事なら何でも答えよう」

 

 今となっては信用出来ない言葉だよ……

 

「星野町でグランドカイザーと田中マモルがソウルバトルしてたらしいけど……それは父さんと母さんだったの? 母さんは無事?」

「ああ、そうだよマモル。残念だけど母さんと意見が食い違ってしまってね。ミモリとは昔から意見が衝突したらソウルバトルで決着を着ける事にしてるんだ。夫婦円満の秘訣だよ」

「なにが夫婦円満だコラ!! 子どもの頃からアンタばかり勝ってるじゃない!! ミモリは優しいからアンタ相手に本気になれないの知ってる癖に!! ソウルバトルハラスメントよ!!」

 

 おぅ……嫌な情報が飛び込んで来る。

 

「そうだとしても、ソウルバトルで手は抜けないよイノリ。私は己のソウルを偽る事はしない。ミモリが私への攻撃を躊躇する。それもまた、ミモリが己の心に、己のソウルに従った結果さ。互いが心に従ってソウルバトルの勝敗に判断を委ねた。ハラスメントではないさ」

「だから私はアンタ達の結婚に反対だったのよ!! このソウルバトルバカ!! 陰険ど腐れ女装癖男!!」

 

 イノリ叔母さんに罵倒されても父さんは涼しい顔だ。せめてもう少し悪びれろや。

 

「安心してくれマモル。母さんはブルーアースの秘密基地にいる。怪我一つないから心配はいらない。ソウルバトルの結果に従って大人しくしているよ。マモルとマモリの事が心配で元気が無いけどね……早くお前の顔を見せてあげて欲しい」

 

 はぁ……父さんの母さんに対する愛情自体は今でも疑っていない。だけど、確認はしておきたかった。そしてもう一つ。

 

「マモリはどうなの? 地杜さんにお願いしたんだけど……」

 

 そもそも地杜さんが言っていたのだ。父さんがここに向かっているって。

 

「ああ、マモリの事も心配はいらない。例の危ない持ち物を私が回収した後、ウルルに基地まで連れて行ってもらった。気絶していたけど体調に問題は無かったよ」

 

 マモリも無事か、容態も父さんがそう判断したのなら心配はいらないだろう。

 でも、やっぱり父さん側だよね……地杜さん……

 

「だが、すまないマモル。お前の右腕はマモリ本人の同意がなければ元に戻せそうにない。ソウルカードへ込められた想いが強すぎてね、私が無理矢理契約解除すると危険なんだ」

「ああそう、別にそこは期待はしていないよ父さん」

 

 父さんへの信頼は地に落ちた。二度と期待してやらねえ。

 

「そんな顔をしないでくれマモル。マモリが目覚めたら父さんと一緒に説得しよう。そうすれば安全に右腕を元に戻せる。ほら、これを見てくれ。私はソウルカードに関しては専門家だよ?」

 

 そう言って父さんは三枚のソウルカードを取り出し、表面の絵柄をこちらへと見せ付けて来る。カードに描かれてるのは……腕と足と……目玉? 

 んん!? カード名が天照アサヒの右腕に左足に左目だと!?

 

「ま、まさか社長とソウルバトルしたのは……」

「私だよマモル。ミモリが一族から決別する事を告げる為にアサヒを呼び出した。そこにマモリが乱入して一撃を加えて離脱。その後に私がソウルバトルを挑んだ。いやあ、久し振りのバトルだったけどアサヒはやっぱり強いね、足を負傷して私が有利な状況だったのにも関わらずに左腕を奪われてしまった。実質私の負けだね」

 

 何やってんの!? 家族の連携プレーで社長を追い詰めんなや!? 僕抜きではっちゃけ過ぎだろ!!

 

『フッ、心にもない事を……言い訳はせん、今回は私の負けだダイチ。次はそうはいかんがな』

 

 モニターの先で社長も一枚のソウルカードを取り出した。カード名は“田中ダイチの左腕“……このオッサン達は何で闇のソウルバトルしてんの?

 互いの身体のパーツを奪い合うなよ!! カード化して人体の一部を所持すんな!! 自慢気に見せびらかすな!! 何で二人共ちょっと嬉しそうなんだよ!?

 

「いい年して気持ち悪いわね!! 見なさい子ども達!! ソウルバトルばっかりしてるとああいう頭のおかしな大人になるのよ!! ソウルギアは健全な成長を阻害するわ!!」

 

 くっ、ソウルギアを庇ってあげたいが反論が思いつかない。ほんのりPTAの主張に同意しそうになる。

 

「聞きたい事はそれだけかなマモル?」

 

 まだあるよ!! 一番のツッコミ所が残ってるよ!!

 

「あのさ、なんでソウルメイクアップしたままなの?」

「学園の生徒や同僚達に正体を明かしたかったんだ。実物を見せた方が理解が早いからね」

 

 そう言って、光に包まれていく父さん。ソウルメイクアップの光だ。

 光が止むと、そこには見慣れた……いや、年に数度しか帰って来ないから見慣れてはいないな。

 

 見慣れない実の父親がそこには居た。左腕はギプスで包まれたままだ。

 左腕がカード化しているならば、あの包帯とギプスの中身は空っぽか?

 

「家に帰って来ないで、博士やら女教師やら悪の親玉やらを楽しんでいたみたいだね父さん。架空の人物を演じるのは楽しかった?」

「その答えはマモルなら分かるんじゃないか? マモコとしての生活はどうだった?」

 

 う、うるせえ。

 

「マモコはカワイイからセーフだ!!」

 

 カワイイは正義!! カワイイなら許される!!

 

「セーフ……セーフか?」

「私は……男の子でちょっと安心したかな」

「落ち着いたら審議が必要だな、トウカ様の意見も聞こう」

「いや、性別なんて些細な問題よ。大事なのは心。そして攻守と関係性よ」

 

 ううっ、後ろから聞こえるクリスタルハーシェルのヒソヒソ声が僕の罪悪感を刺激する。僕を支えてくれているトウヤ君のなんとも言えない表情が胸を締め付ける。

 

「ハハッ、それを言うなら札造博士だって、ナミネだってカワイイさ。自慢の妹だからね」

 

 何言ってんだこのオッサン……ん、妹?

 

「妹って……どういう意味なの?」

「札造博士は実在するんだよマモル。私が生みだした架空の人物ではない。私にとって実の妹、マモルにとっては叔母に当たる蒼星ナミネは私とは別に存在している。私はソウルメイクアップで妹に成り済ましていたに過ぎない」

 

「な!? 札造博士は実在する……」

 

 蒼星アオイに支えられていたタイヨウが反応を示した。

 

「とは言っても、学園での札造博士は九割方私だけどね。ナミネは研究以外に興味が薄いから基本的には秘密基地のラボに籠もりっぱなしさ。学園長である親父の目は節穴だから全く気付かれない。それどころか私をナミネだと信じて便宜を図ってくれる。蒼星学園の中は実に動きやすかったよ」

「き、九割? ならばあの時も……」

 

 父さんの発言に再びふらつくタイヨウ。随分と札造博士に思い入れがあったようだ。

 上げて落とすのは残酷過ぎる。最後まで優しい嘘を貫いてやれよ。

 

「聞きたい事は終わりかなマモル? 父さんが話をしてもいいかい?」

「どうぞお好きに、存分に語ればいいんじゃない?」

 

 僕の聞きたい事は終わりだ。悪の組織だからどうせ世界征服の話をするんだろ? 

 野望をローカル放送で存分に発信するがいい、田中家の世間からの評判はお終いだよ。ご近所さんに白い目で見られる事確定だ。地杜さんがメイド服で出入りするから元々怪しまれてたけど……

 

「ありがとう。アサヒとイノリはどうかな?」

「どうせアンタは無理矢理にでも話すでしょ!! 勝手にしなさいよ!! 頭のおかしさを子ども達に存分にアピールするといいわ!!」

『子ども達にも知る権利がある。許可しようダイチ』

 

 なんか社長って父さんに甘くない?

 

「ありがとう二人共。道造博士、あれをお願いします」

「くくっ、バッチリ編集して仕上げてあるぞぉ!! 愚かなガキ共を教育してやれぇい!!」

 

 ジジイの一人が謎の球体を取り出して、空中に放り投げた。

 

 そして、体育館全体が暗闇に包まれる……と、思ったらそこら中でキラキラとしたものが瞬き出す。どこか幻想的で美しい光景が周囲に拡がった。

 

「星空……宇宙? えっ、プラネタリウム?」

「ああ、その通りだよ。これはいつか授業で使おうと思っていた立体投影型ソウルプラネタリウムだ。話をするのならわかり易い方がいいからね。ほら、これが僕達の住んでいる星さ」

 

 体育館の中空ど真ん中に地球が出現する。雲の動きや立体感まで忠実に再現された巨大な地球、本当にそこにあるかと錯覚してしまうくらいにリアルだ。

 

 クッ、ちょっと感動してしまった自分が悔しい。コイツラは無駄に技術力があり過ぎるんだよ。こういう平和的な方向に力を注げばいいのに……

 

「そしてこれが私達に力を貸してくれる惑星達、そして偉大な光で地球を照らしてくれる太陽だ」

 

 上空どころか足元の先にまで拡がる宇宙と星々、次々と出現する惑星、圧倒的なスケールで出現する太陽。

 自分が体育館館にいた事を忘れそうになる没入感、本当に宇宙空間にいるみたいだ。

 

「縮尺はビジュアル重視でいじってあるけど、位置関係は忠実に再現しているよ。さあ、授業を始めるよ」

 

 いつの間にか父さんが女教師の札造博士モードに戻っている。やっぱり愉しんでるだろ父さん……ウキウキじゃねーか。

 

「まず、前提として言っておこう。私達ブルーアースは世界の平和を目指して活動している」

 

 それはもしかしてギャグで言っているのか?

 

「信じられないと思う人も多いだろう。確かに私達は違法な活動も行って来た。多くの人達に迷惑をかけた。でも、それは全て私達が信じる平和にたどり着く為に必要な活動だった」

 

 目的で手段を正当化すんな。バーカ。

 

「ブルーアースでグランドカイザーを継いだ私。プラネット社と一族を率いるアサヒ。子供たちを想ってPTAとして活動するイノリ。私達は今でこそ道を違えてはいるが、元は同じチームに所属する仲間だった。いや、私は今でも仲間だと思っている。三つの組織は方法は違っていも共通して地球の平和を、人類の未来を憂いて活動している」

 

 ひっそりと憂いていればいいものを……無駄にアクティブで困る。

 どいつもこいつも血縁だから僕まで変な目で見られるじゃないか、厄介な親類達だよ。

 

「アサヒとイノリが語ったから、二人の目的は大体理解出来ただろう? 両者に共通しているのは方法は違えど闇を打ち払いたいって所だね。ソウルギア社会を維持したままに、闇を緩やかに消滅させたいプラネット社。あらゆるソウルギアを星へと還し、魂魄術を使って闇を討伐したいPTA。残念な事に目的は共通していても協力が出来ない」

 

 そりゃそうだ。ソウルギア普及させたいマンとソウルギア無くしたいウーマンは争う運命にある。

 

「両者が協力出来ない理由。それはもちろんソウルギアに関する互いの主義主張が相容れないからだけど、もう一つの根本的な原因……地球上に存在するソウルの量に問題がある。ソウルというエネルギーの絶対量が足りていない、ソウルギアと魂魄術の両方の力を十全に発揮するには地球のリソースが不足しているんだよ」

 

 はあ? つーか、そもそも魂魄術って何? よく知らないんだけど?

 僕の疑問に満ちた表情を見て、父さんは少し考えてから言葉を発した。

 

「マモル、お前のように自身が保有するソウル量が潤沢な者には理解し辛いだろうが、今の地球で魂魄術はそう簡単に扱えるものじゃないんだ。ソウルギアが大気中のソウルを多量に取り込んでしまっているからね。普通の人はソウルメイクアップを始めとする魂魄術が気軽に使えないって事だよ、五百年前と比べると一割の力も出せない程に大気中のソウルは減少している」

 

 あっ、ソウルメイクアップって魂魄術だったのか。

 言われてみればそうか、ソウルギア使わない不思議変身術だもんね。

 

「さて、それらを踏まえた上で私達ブルーアースの目的について話そう。私達はソウルギアの存続を願っている。ソウルギアは無限の可能性を秘めているからね、人類を模倣して無数の個となった星達が人と共に進化する。本当に素晴らしい事だ」

 

 あー、ジジイ共は有名なソウルギアマイスター、40億のレアジジイ。父さんもよく分からんがソウルカード刷るのが上手いんだろ? そりゃあソウルギア推進派だよね。

 

「だが、同時に魂魄術全盛期の再来も望んでいる。再び地球にソウルが満ちれば人々の中から新たな魂魄術を生み出す人物が現れるだろう。そんな新しい可能性を取り込んでソウルギアが更に進化する。進化したソウルギアに触れた人々が触発されてまた新たな魂魄術を生み出す。そんな素晴らしい進化と可能性に満ちた新世界を私達は望んでいる」

 

 おいおい、どっちも欲しいってか? 欲張りだな……悪の組織らしいけど。

 

「だが、先程言った通りソウルギアと魂魄術を両立させるには地球のソウルが足りない。ならばどうするか? この星のソウルの絶対量を増やせばいい」

 

 はいはい、ウィッシュスターにお願いするのね。ソウルを増やしてくれーって。

 

「その為に、ウィッシュスターで星に願う必要があるんだけど……ただソウルを増やしてくれと願ってもそれは叶わない。今の地球のソウルの量は我々の先祖が願いの結果として減少したものだからね。既に確定した願いの否定は出来ないんだ」

「ソウルを意図的に減らした?」

 

 意味が分からん。ソウルの量が多いとなにか不都合があったのか?

 

「少し歴史について話そうか。まず、惑星がなぜ惑星と呼ばれているのか、なぜ惑う星と呼ばれるのか、ここにいる皆は一族の関係者だから当然知っているよね?」

 

 い、いきなり授業に付いていけない……トウヤ君も、後ろの皆もそんなの当然だろって表情をしている。

 仲間を求めて不安そうにキョロキョロする僕、それに気付いたトウヤ君が慌ててスマホの画面を弄りだした。すまぬ……

 

「おや? マモル……もしかして知らないのかい?」

 

 こ、この野郎……

 

「宇宙トリビアに疎くてすみませんねぇ!! 父親が天体観測に連れて行ってくれた事もなくてさぁ!! これが田中家の教育の限界ですよ!!」

「天体観測……いいね、今度家族皆で行こうか。星野町の自然公園は星空が綺麗に見えるよ」

 

 ぶ、ブチギレそう……もしかして僕は父親にケンカ売られてるのか? 仮に家族でお出かけが決定してもお前は留守番だよ!!

 

「それならまずは惑星についてだね。惑星、プラネットの語源はギリシア語のプラネテス、放浪者やさまよう者って意味なんだ。観測する度に天球上で位置を変える星々を人はそう呼んだ。夜空を見上げる観測者を惑わす星、それがプラネット。この国では惑星と翻訳された」

 

 へぇー凄い凄い、勉強になるなー。

 

「天動説が主流だった時代。大地は不動で天こそが動いているとされていた当時、逆行する惑星達が天文学者達を悩ませた。だが、地動説が証明され、地球が自転しており、大地は平らではなく球体、地球は宇宙の中心ではなく太陽の周囲を回っていると判明した今となっては、地球が惑星を追い越す事で観測出来る現象が惑星の逆行だと答えが出ている」

 

 父さんの解説に合わせて、周囲に映し出された立体映像の天体達が回る。

 チッ、立体映像付きの解説なのでわかり易い……それが逆にムカつく。

 

「でも、それは表向きの真実だ。地球は本来は球体ではなく平らな大地、実は天動説は正しかった。元々惑星は惑わない星だった。惑わせたのは他ならぬ人類自身だ」

「は?」

 

 何言ってんだコイツ?

 

「大地は動かず、天の方が動いていた。太陽の周りを回ってもいない、地球こそが宇宙の中心。それが地球の我々の生きる大地の真の姿、始まりの世界は平らな大地だった」

「と、父さん……頭大丈夫?」

 

 そこまで狂っていたとは……ガリレオもコペルニクスも草葉の陰で泣いてるよ。それでも地球は動いているって……

 

「ハハッ、私は正気だよマモル。さっきアサヒが話してくれただろ? 人類は三度の惑星直列と二度のグランドクロスを経て魂魄獣達を追放したって。我々の先祖は星に何を願ったと思う?」

「え……だって、そんな事をしてなんの意味が……」

 

 まさか、昔の人類が願いで大地を丸くしたって言いたいのか? 意味不明過ぎるだろ。

 

「魂魄獣を追放する為だよ。一度目の惑星直列で人類は願った。宇宙の中心に位置する不動で平らな大地。そんな世界を丸い球形にしてくれと。そして出来上がったのが地球。球体の大地をソウルの弾丸に見立てて放出する事でその場から移動したんだ。大地を土台として支えていた巨大な亀の魂魄獣アクパーラ、世界を撹拌してソウルと魂魄獣を活性化させる存在から逃げ出す為にね」

 

 父さんの話に合わせて、立体映像に映し出される巨大な亀に支えられた大地。

 それがみるみる内に変化して行き見慣れた地球の姿に変化した――と、思ったら亀を置き去りにして勢いよくぶっ飛んで行く。亀が飛び去って行く地球に手を振ってる……絶対に嘘だろ!? ありえねぇよ!!

 

「そして人類は二度目の惑星直列で地球をソウルごと回転させた。それが地球の自転の始まり。回転の力で地球のソウルの一部と共にティアマトやアジ・ダハーカなどの邪悪な竜を始めとする強力な魂魄獣達を宇宙空間へと吹き飛ばし、追放する事に成功したんだ」

 

 ゆっくりと周る地球から、アホみたいな大きさのドラゴン達が次々と吹き飛んで行く。

 傍から見るとマヌケでシュールな光景……嘘やん、そんなの絶対に嘘やん。

 

「三度目の惑星直列で、人類は地球からソウルの糸を夜空へと放った。その糸を太陽や惑星達と接続させて引っ張る事で人々は天の星々を地球へと近付けた。最初の願いでズレてしまった地球の位置を基準に太陽と惑星の位置を調整したんだ。配置を変える事によって、次からは惑星の配置は十字を描くようになる。より強力な願いが叶えられるグランドクロスと呼ばれる惑星の配置が実現可能になった。地球が太陽系の第三惑星、太陽から三番目に近い惑星になったのはこの時からだね」

 

 地球から放たれた糸が惑星やその衛星、太陽を引き寄せ惑星の配置が見慣れたポジションへと収まる。

 そんな気軽に惑星の配置替え出来るのかよ、席替えじゃねえんだからさ……

 

「そして待望のグランドクロス。人々は巨大な方舟を作り出しソウルの操作をする事で魂魄獣達を地下へと移動させた。地球の内部に存在する大空洞へと封じ込めたんだ。地上に残っていた魂魄獣の全てをね」

 

 地球の地下に大空洞だと? 立体映像の地球が透けて内部が映し出される。

 太古の時代を思わせる巨大な生物、巨大な植物で彩られた自然溢れる光景……んなアホな……

 

「地上から全ての魂魄獣が消え、人類はようやく平和を手に入れたと思われたが……時折地下から強力な魂魄が封印を破って地上までやって来る。気に入った土地に住み着いて現地の人々を苦しめた。各地の突出したソウルを持った英雄と呼ばれる人物が、なんとか退治をしたり封印したり追い返したりもしたが、根本的な解決にはならない。そして人類は決断する。次のグランドクロスで全てを解決する事を」

 

 最後の願い……さっき社長は人類が勝利したって言っていた。一体何をしたんだ?

 

「今までの四つの願いはそれぞれ、ソウルの五大要素に基づいて選ばれた。ソウルの放出、回転、接続、操作……ならば五つ目の願い、二度目のグランドクロスに託すのはもちろん“創造“。人々が創造したのはもう一つの地球“ソウルワールド“。ソウルで構成されたもう一つの地球を創り出し、魂魄獣達をそちらへ転移させた。そうする事で人類はようやく魂魄獣の驚異から完全に解放されたんだ。二つの地球は今でも重なり合うように存在している」

 

 目の前に映し出され地球の映像に、重なる様に半透明の地球が姿を現す。

 ソウルワールドがもう一つの地球? いやいや、割と何度も来てるけど野生の魂魄獣なんて見た事ねーぞ? デマだよそれ。

 

「長くなったけど、これで歴史の授業はお終いだ。みんな、聞いてくれてありがとう」

「……妄想の歴史の授業はお終いかな父さん?」

 

 聞いてる僕の方が恥ずかしくなった。父親が大勢の前で電波を垂れ流すのはキツイ光景だよ。

 

「マモル、信じられない気持ちも分かる。だけど今語った歴史は妄想なんかじゃないさ」

「へぇー、証拠でもあるの?」

「ああ、地球に直接聞いたからね。彼女は当事者だから全てを記憶している。体験談を嬉しそうに語ってくれたよ」

 

 地球に聞いたとかいう無敵の返しはやめろ。社長といい気軽にファザーアースしやがって。

 

 じんわりと温かい熱を感じる。相棒達から声が伝わって来る。

 

 えっ……地球の奴は割と暇してるから呼べば大抵来る? 連絡先知ってるから自分達がこの場に呼ぼうかって? や、ややこしくなりそうだから今はいいや……

 

「現代で地球のソウル量が少ないのは主にソウルワールドの創造が原因だね。ソウル体で出来た地球であるソウルワールドの創造に九割以上のソウルのリソースを割いてしまった。惑星の保有できるソウル量は定められている。星には限界が決まっているんだ。他の惑星の力で無理矢理増やせば地球が自身をコントロール出来ず、天変地異が巻き起こり、地球は人類にとって生存不可能な星になってしまう」

 

 それも地球に聞いたのか? お喋り過ぎだよ地球……

 

「そしてアサヒも語っていたけど、惑星達は元に戻せって願いは聞き入れてくれない。既に確定した願いの取り消しは、事象の巻き戻しは出来ない。つまり、新しい願いで更に地球の変化を促し、望む結果を導くしかない。そこで、私達ブルーアースはプロジェクト・オリジンブルーを立ち上げた」

 

 ポンポン計画を立ち上げんな。四年に一度位にしろよ。

 

「私達がウィッシュスターで願うのは、現世とソウルワールドの融合だ。創造により生まれたソウルの地球、我々の住む現世の地球、二つが融合する事で進化する。新世界が誕生する。これによりソウル量の問題は解決、ソウルギア社会と魂魄術社会の両立が実現可能になるんだ」

 

 世界の融合って……絶対にヤバい奴じゃん。

 

「博士達と進化した世界をシミュレートしたら面白い結果が出たんだ。なんと、二つの地球が交わって出来た世界は球体ではなく、平らな大地へと変化する。面白いよね、地球が進化を重ねた先に、新世界には始まりの大地と同じ姿が待っているなんて。地球は蒼きソウルに満ちた原初の大地を取り戻す、オリジンブルーに再び辿り着くんだ」

 

 ち、地球が平らに……地球環境壊れちゃうよぉ!? しかもソウルワールドには……

 

「そんな都合の良い話は無いわよ!! 騙されちゃ駄目!! ソウルワールドと現世を融合すれば当然世界中に魂魄獣が溢れかえる!! ソウルを増やしたって敵も増やしたら元も子もないでしょ!! コイツラの計画はイカれてんのよ!!」 

 

 だよね、ご先祖様が苦労して追放したのにそうなるよね。

 

「確かに世界が融合すれば、人類は再び魂魄獣達と向かい合う事になる。だが、追放するしか術が無かった時代とは違う!! 我々の手にはソウルギアがある!! 特にソウルカードがね!! 魂魄獣と契約可能なソウルカードを持つ人類は!! かつての逃げ惑うだけの存在ではない!! いや、むしろ強力な魂魄獣達を味方に出来るんだ!! 人類と魂魄獣は融合した世界で共存共栄するのさ!!」

 

 急に叫び出す父さん、いつの間にかプラネタリウムの立体映像が消えている。

 

「ソウルカードは無限の可能性を秘めている!! 創造性が試されるソウルカードこそ最も優れたソウルギアだ!!蒼星学園でしかテイマーを輩出出来ない現状じゃ可能性を活かしきれていない!! 他のソウルギアと比べて競技人口が少ないのは人類の損失だよ!! だがしかし!! ソウルと魂魄獣に溢れる融合した新世界ならソウルカードの大量生産が可能だ!! 世界中の人々がソウルカードを気軽に使える世界が待っている!! それを見越して新型のソウルラミネートを開発した!! 魂魄術をパッケージングした新しい種類のソウルカードの試作品も出来ている!! 5枚入り1パックを3百円で売りたいんだがどうかなアサヒ!?」

『それは流石に採算が取れんぞダイチ……』

 

 なんかソウルカードの話題だと早口になるな父さん……

 もしかして、ソウルカードの競技人口増して流行らせるのが目的なのか? まさかその為の悪の組織? 

 僕の父親は悪に落ちたソウルカード大好きおじさん……こみ上げて来るものがあるな。

 

「間違っておるぞぉ!? 最高のソウルギアはソウルシューター!! ソウルの弾丸を放出する快感!! アレに勝る物など無い!! ブッ放すのは最高だぁ!!」

「馬鹿を言えぇ!! 至高のソウルギアはソウルスピナーじゃ!! 回転こそ世の真理!! 美しき回転による黄金比はソウルの真髄!!」

「愚か者ぉ!! 究極のソウルギアはソウルストリンガーに決まっておるわ!! あらゆる物と接続するソウルの糸!! トリックこそ人類が生み出した最も美しい芸術!!」

「痴れ者がぁ!! ソウルランナーこそソウルギアの極み!! ソウルの操作によって人と機体は一つになる!! なんて尊い星との対話!! そしてなにより速さがある!!」

 

 ジジイ共が父さんの発言に食い付き喧嘩を始めた。意思統一してから来いよ。意見割れてんじゃん。

 

「マモル、お前だってソウルギアの進化と発展が見たいだろう?」

「いや、それは……」

 

 どちらかと言われれば見たいけど、世界中に迷惑かけてまで望む事じゃない。

 

「闇には、シャドウにはどう対処するつもりなの父さん?」

「ソウルカードを大勢の人が使える様になれば、闇との戦いだって有利になる。シャドウをある程度操る技術は確立してあるからね、準備の為の時間稼ぎは十分に可能だよ」

 

 確かに操っていたけど人型の雑魚だけだよね? もっと強いタイプの闇が出たら大丈夫なのか?

 

「大丈夫、進化した世界で我々人類は負けたりしない。今の時代は過去に類を見ない程に突出したソウルを持つ者が揃っている。僕達の世代ならアサヒだね、アサヒのソウルライトパワーは凄いよ。ソウルギア使いの力を数倍に引き上げてくれる」

 

 それは凄いバフだけど、社長一人じゃ流石に無理でしょ。

 

「そして何より、タイヨウとミカゲちゃんがいる。伝道者が予言した光と闇の運命の子、ソウルに均衡をもたらす選ばれし者達だ。タイヨウがソウルの光に生きる者達を照らして導く、ミカゲちゃんはソウルの闇に生きる者達を取り纏め君臨する。そうすれば世界は安泰だよ」

 

 急にジェダイみたいな事を言い出した。タイヨウとミカゲちゃんが?

 

 タイヨウは……本人を見てみると明らかに困惑している。初耳ですって顔だ。

 そして、確かにミカゲちゃんはどっちかに分類するなら闇だ。急に町中の物陰とかコタツの中とかベットの下とか暗闇から這い出てくる。影に潜み影を操る闇属性の忍者なのは間違い無い。

 でも、僕の友人に勝手に変な属性を足さないで欲しい。これ以上パワーアップされると僕は御しきれない。

 

「勝手な期待を人の息子に背負わせんな!! 予言なんてアテにならないわよ!! 結局姉さんの件は戯言だったじゃない!!」

『今がその時とは限らない。彼の人の言葉を過信するのは危険だぞダイチ』

 

 ほら、親御さんもそう言ってるし……人の家のお子さんまで妄想に巻き込むのはよくないって。

 

「そうだね、その懸念はある。だから、今が予言の時では無かった場合に備えて、予言の時が来るまで人類を導く者が必要だ。マモル、次の年明けに道造博士がムーンロード計画の実行を予定している。今年こそ初代ソウルマスター月読イザヨを地球に帰還させたい、彼女に人類を導いて貰うんだ。計画にはマモルも必要なんでね、力を貸して欲しい」

 

 去年は休みだと思ったら……懲りずに正月を狙って悪巧みしてたのか。月読イザヨを復活させるだ?

 

「そうじゃそうじゃ!! ムーンアタック計画をブチ壊した責任を取れぇ!! メルクリウスも返せぇ!!」

「ムーンアトラクト計画もじゃ!! グランドカイザーの顔に免じて手加減してやれば調子に乗りおって!!」

「ムーンコネクト計画もお前のせいで狂った!! 好き勝手やりおって!!」

 

 知らない計画まで人のせいにすんなジジイ!! 好き勝手やってんのはお前らだろ!?

 それに、月のソウルは僕の物になる予定なんだからガタガタ抜かすな。月に関する計画は僕の物だ。

 

「聞いたでしょうマモル!! ダイチもそこのジジイ共もアナタの力を利用する事しか考えていない!! PTAと共に来なさい!! それが正しい選択よ!!」

『田中マモル、話を聞いた後なら理解出来るだろう。PTAとブルーアースの計画は危険過ぎる。プラネット社に来なさい。一族と共に役目を果たすのだ』

 

 僕への勧誘をしたと思えば、大人達はわちゃわちゃと言い争いを始めた。

 

 これで僕達へ伝える話はお終いらしい。僕は答えを出さなきゃいけないようだ。

 しかし、好き勝手言うよ……本当に好き勝手言ってくれる。三人がそれぞれの身勝手な勧誘、知りたくもない厄介で衝撃的な話を話してくれた。

 

 僕は闇の脅威なんて目の当たりにしていない。

 プラネット社と五百年前から争っている一族なんて知らない。

 地球の声なんて聞いた事もない。

 ソウルカードを持っていないから魂魄獣の事はよく知らない。

 

 だから、どの計画にも賛同出来るはずがない。僕は平和と平穏を愛する善良な小学生、望みは不老不死と楽して暮らせる不労所得。ただ、それだけなんだ……

 

 いや、もう一つ望みがあった。

 最近ようやく気付いたけど……僕はソウルギアでソウルバトルするのが好きみたいだ。

 

 組織との戦いだとか、命や身体の一部を奪う様な戦いではない。

 ルールに則った普通のソウルバトルを友人と楽しみたいんだ。もちろん勝つのが好きで、チヤホヤされるのが好きで、自分の力を見せびらかすのが大好きだ。

 

 だけど、対戦相手を不幸にしたい訳じゃない。

 

 勝者と敗者が存在する以上、悔しい思いをする人は存在する。

 それでも、バトルが終わった後には握手が出来るような。もう一度やろうとお互いに言える様なソウルバトル……僕が望んでいるのはそういうものだ。

 ソウルギア自身だってそれを望んでいるはずだ。少なくとも僕の相棒達はそういうソウルバトルこそを楽しんでいる。

 

 ソウルギア誕生の経緯は知った。想像以上に世界にとって重要な意味を持っていた事にも驚いた。

 

 でも、僕にとってソウルギアは――

 

「マモル君、嘘をついちゃ駄目。今私に伝わってくる望みを偽ったら駄目だよ」

「ヒカリちゃん……」

 

 静かに眠るトウカさんを胸に抱いたまま、ヒカリちゃんが僕に声をかける。

 

「男になってもわかり易いよな。不本意だって顔に書いてあるぜ」

「俺達に気を遣って我慢したら許さねえぞ。望みを偽るなってトウヤを焚き付けてチームを変えたのはお前じゃねえか」

 

 ヒムロ君とレイキ君の声に反応して振り向く。そこには強い眼差しを向けるチームの皆が居た。

 クリスタルハーシェルの笑みが雄弁に語っている。自分の気持ちを偽るなと、己の衝動と望みを偽るなと僕に伝えてくる。

 

「マモル君、君が選択したのならプラネット社にだってPTAにだって組織にだって付いて行ってもいい。君がそれを望むならね。姉さんを助けてくれた君の力になりたい、その気持ちは俺も皆も同じだ」

 

 僕を支えるトウヤ君から心強い言葉が届く。迷いの無い真っ直ぐな気持ちが伝わってくる。

 

「トウヤ君、僕は……」

 

「でも、違うんだよね? それなら自分の気持ちに正直になればいい。それを俺に教えてくれたのはマモコさんで……君だよマモル君。だから君の望みを、君の覚悟を僕達に見せてくれ」

 

 光だ。トウヤ君の力強い言葉に、決意に満ちた表情に光をみた。

 

 ああ、トウヤ君……その通りだ。フフッ、初めて会った時とは別人の様に頼もしい。

 いや、トウヤ君は最初から怯えては居てもEE団に屈したりはしなかった。自分の根っこを曲げたりはしない奴なんだ。彼は元々心の奥底に、ソウルの中に光を秘めていた。

 

 そんな彼に偉そうに覚悟を語ったのは誰だ? 人に言っておいて自分が忘れていたら世話ないよな。

 

 そうだ、僕の返事は決まっている。勝手な大人達に、この場にいる全員に、この放送を見ている奴等にも聞かせてやろう。僕の答えを。

 

 ふと、自分の足元を見ると影が揺れた。

 懐かしい合図……もう何も心配はいらない。我ながら現金だな。

 

 身体は痛むが大丈夫だ。トウヤ君の支えから抜け自力で歩む。力を振り絞って自分の気持ちを伝えよう。

 

 深く深く息を吸う。僕の感じている気持ちに負けない位大きな声を出す為だ。

 

「決めた!! 返事をするからここにいる全員よーく聞け!!」

 

 僕の宣言に、大人達が言い争いを止めてこちらを向いた。フィールドや観客席の子ども達の視線が集まるのも感じる。

 

「闇とか魂魄術とか魂魄獣とか地球の声とか!! 初めて聞く話ばかりだけど参考になったよ!! おかげで僕の選ぶべき道は決まった!! 僕は答えを出した!!」

 

 もう決めた。恐らく今日からスペシャルカップが終わるまでの一年は死ぬ程忙しく大変な物になるだろう。恐らく僕の人生で一番困難な時期のはずだ。

 つまり、それさえ乗り越えてしまえば後は悠々自適の不老不死ライフだ。これは若い内の苦労って奴だ。僕の人生における最大の試練なんだ。

 

 だが、乗り越えて見せる。僕には心強い仲間がいる。

 

「僕は平穏を望んでいる!! 秩序が乱れるのを望んでいない!!」

『ああ、誰もがそれを望んでいる』

 

 プラネット社と一族は平和と秩序を守りたいんだろう。それには僕も同意する。

 

「僕は安全を望んでいる!! 危ない思いなんてしたくない!!」

「大丈夫!! 私達が守ってあげるわ!!」

 

 PTAは子ども達を守りたいんだろう。その気持ち自体はありがたい。

 

「僕は家族と友人を愛している!! ソウルギアを愛している!!」

「私もだよマモル……分かってくれたかな?」

 

 父さんはソウルギアと人の可能性が見たいのだろう。ほんの少しだけ、ちょっぴり理解出来る。

 

「それぞれの組織が!! 目指すべき世界の為に色々考えてるのが分かった!! 遥か昔から一族が戦って来たのも知った!!」

 

 一族がしつこいぐらいに役目という言葉に拘っているのは、それが使命であり誇りなんだ。

 長い時を掛けて受け継がれて来た大切な想いで――呪いだ。

 

「だけど!! そんなもの僕には関係ないね!!」

 

 そうだ。僕の知った事ではない。

 

「なにが役目だ!! なにが闇だ!! なにが魂魄術だ!! なにが地球の声だ!! 人にそんな物を押し付けるな!! 僕はアンタ達の馬鹿馬鹿しい計画に手を貸すつもりは無い!!」

「クッ、やはり貴様は……」

 

 僕の答えが不満そうだなタイヨウ。

 でも、これが僕の嘘偽りの無い気持ちだ。

 

『ならばどうする田中マモル? 君はどんな道を選ぶつもりだ?』

「スペシャルカップに出場して優勝する!! ウィッシュスターは五つ全て僕が頂く!!」

 

 一つたりとも渡さない!! ウィッシュスターは全て僕の物だ!!

 

「一つ目の願いで!! プラネット社と関連子会社の株式を百パーセントを頂く!! 更に田中カンパニーを設立!! プラネット社を完全子会社化してコキ使ってやる!! そして二度とコアソウルに子ども達を捧げる事はさせない!!」

『ウィッシュスターの力で敵対買収? それは……』

 

 桃鉄で鍛えた僕の経営テクニックで企業改革してやる!! ソウルギアの製造を牛耳る悪の会社からは決別だ!!

 

「二つ目の願いで!! PTAはママさんバレー集団に生まれ変わる!! 奪ったソウルギアは全部返却して迷惑をかけた人に謝罪してからだ!! 二度と子ども達からソウルギアを奪わせない!!」

「何言ってんのよ!! 私はチームでやる球技は嫌いなのよ!!」

 

 我がままを言うな!! 理不尽にソウルギアを取り上げられた子どもの気持ちを思い知れ!!

 

「三つ目の願いで!! 悪の組織ブルーアースはボランティア団体へ方針を変更!! ジジイ四人とバカ親父の技術力を平和利用する!! お前らは無給で奉仕活動だ!! 交通費も自己負担だから覚悟しろ!! 社会貢献して罪を償え!!」

「ハハッ、今も平和利用してるんだけどなぁ」

 

 ヘラヘラすんな!! 願いとは別に一度ボコボコにしてやるから覚悟しろよバカ親父が!!

 

「そして四つ目の願いで!! 全てのコアソウルの正常化を願う!! コアソウルの中へ消えた子ども達を全て救出する!!」

 

 僕の発言に、周囲が少し騒がしくなった。

 

『私の話を忘れたのか? コアソウルの正常化を願えば闇が現世に――』

「闇なんて僕が倒してやるよ!! 懲らしめて二度と悪さ出来ない様に言い聞かせてやる!! それで問題無いだろう!!」

 

 コアソウルに入って分かった。闇には……彼等にも意思がある。それならば不可能では無いはずだ。

 

「そして五つ目のウィッシュスターは僕が個人的に使う!! プライベートな願いを叶えさせて貰う!!」

 

 それぐらいのご褒美は許されるはずだ!! 不老不死は僕の物だ!! 文句は受け付けない!!

 

「馬鹿馬鹿しい!! そんな無駄な願いでウィッシュスターを使い切るですって!? そんな事をしたら他のソウルギアを使う勢力に隙を――」

「僕の交渉術で円満に解決だ!! 歴史的和解を実現させてやる!! 五百年もソウルギアが原因で争うなんてそれこそ馬鹿馬鹿しい!!」

 

 異種ソウルギア戦争なんてまっぴらだ!! そんな事は僕が許さない!! 平和的に解決してやる!!

 

「ふむ……マモル。お前が今言った様に願いを叶え、闇を払って他の勢力と和解出来たとして、その先にどんな未来を、どんなビジョン抱いている? 世界をどういう方向に変えるつもりかな?」

 

 未来だぁ? ビジョンだぁ?

 

「そんな物は知った事か!! なんで僕がそんな物を決めなきゃいけないんだ!!」

 

 僕はただウィッシュスターで願いを叶え、不老不死になり、平穏を乱す原因を取り除くだけだ。

 その後で、友人達と心置きなくソウルバトルを楽しむ。だって僕にとってソウルギアは――

 

「いい加減にしろ田中マモル!! 無責任な戯言を抜かすな!!」

「タイヨウ……?」

 

 激高した様子のタイヨウが僕に向かって吠える。殺意すら感じる程に鋭く僕を睨み付けている。

 

「話を聞いた後で何故そんなにも無責任になれる!? 来年のグランドクロスの重要性が理解出来んのか!? ウィッシュスターに託す願いで世界の在り方が決まるのだぞ!? なのに未来を見据えていない!? 無責任にも限度があるぞ!!」

 

 無責任? それは違う、間違っている。

 

「無責任じゃないさタイヨウ。僕に言わせれば父さんや社長や叔母さんの方がふざけている。ウィッシュスターを、ソウルギアを使って世界の有り様を変えようなんて傲慢だよ。そんなの世界征服と一緒だ。願い事っていうのは自分の為に叶える物だ」

 

 僕は大人達に腹が立つから組織の有り様を変える。気に食わないからコアソウルは元に戻す。死にたくないから不老不死を願う。

 ただ、それだけだ。僕は自分の願いを叶えるだけだ。

 

「自分の為に……だと? 馬鹿を言うな!! 一族の役目の重さを知っただろう!! ソウルギアが何の為に作られたかを知っただろう!! お前はソウルギアの力を振るう事を!! ソウルギアをなんだと思っている!!」

 

 ソウルギアをどう思っているだと? そんな物は決まっている。

 

「教えてやるよタイヨウ。ソウルギアは僕にとって……」

 

 父さんにピース・ムーンを渡された時、初めてスタジアムでソラ君とカイ君の試合を見た時は馬鹿馬鹿しく思った。絶対にソウルギアなんかやらないって思ったのが懐かしい。そんな僕が、今やソウルギア大好き少年、罪深い相棒達だ。

 だが、それでも僕のソウルギアに対する認識は変わっていない。

 

 僕の相棒達は、ピース・ムーンもシルバー・ムーンもトワイライト・ムーンもプラチナ・ムーンも僕にとって大事な相棒で――

 

「僕にとってソウルギアは…………オモチャだ!!」

 

 僕の答えが体育館に響く、周囲は呆気に取られた様子で静まり返った。

 父さんと博士達も、社長も叔母さん達も、タイヨウもフィールドや観客席のソウルギア使い達も、トウヤ君やクリスタルハーシェルの皆ですらポカンとした顔をしていた。

 

「き、貴様……ソウルギアがオモチャ? が、玩具だと!? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!! ソウルギアの役目を知って何故そんな戯言を――」

「戯言じゃない!! 何度だって言ってやるよ!! 僕にとってソウルギアはオモチャでホビーだ!! 闇と戦う為の道具でも誰かと戦争する為の道具でもない!! 友達を作り!! 友達と遊ぶ為のオモチャだ!!」

 

 なんでソウルギアが作られたのかは分かったよ。どういう役目を背負っていたのかも。

 だけど、役目なんてどうでもいい。大事なのは本人の気持ちだ。

 

「父さん!! 引っ越す為に家を出た車の中で!! 同級生と一緒に遊べってピース・ムーンを渡してくれたよね!! それで友達が出来るって教えてくれた!! あの言葉は正しかったよ!! 父さんの考えには付いて行けないけどそれだけは感謝している!!」

「マモル……」

 

 強引で厄介事を持ち込むけど、友達は大勢出来た。僕の味方してくれる心強い仲間達はソウルギアがあったからこそ出会えた。

 

「ソウルギアは確かに凄い力を持っている!! でも、僕の相棒達は!! 友達とソウルバトルしている時が一番嬉しそうだ!! それが一番だと言っている!! 人間もソウルギアも役目に縛られる必要なんてない!! 自分の生き方は自分で決める!! だから僕にとって相棒達はオモチャだ!! 彼等がそれを望んでいるなら僕もそれを望む!! 相棒達を、ソウルギアをオモチャと呼ぶ!!」

「クッ、そうだとしても……」

 

 言い淀むタイヨウ、お前だってそう思うだろう? あれ程の腕前のお前にソウルギアの声が聞こえない筈が無い。

 

「お前の機体はどうなんだタイヨウ!? お前の相棒達はどんな時が一番喜んでいる!? 役目の為に望まない戦いをしている時か!? そんな筈はないだろう!!」

 

 タイヨウが僕から視線を逸らす、その目線は腰のホルダーにセットされたソウルシューターを捉えていた。

 

「そしてソウルギアで!! スペシャルカップでウィッシュスターを巡ってソウルバトルするのは僕達自身だ!! 好き勝手言っている大人達じゃない!! スペシャルカップはここに居る子ども達の!! これを見ている全ての子ども達の!! 僕達がソウルバトルする為の舞台だ!! 僕達が主役の大会!! 大人なんて裏方で脇役!! ならば願いを決めるのは僕達子どもだ!! 大人の言いなりになる必要は無い!!」

 

 計画なんて知った事では無い。そんな物は僕達のソウルバトルに関係無い。

 

「いいか!? プラネット社もPTAもブルーアースもよーく聞け!! ソウルギアを使って自分勝手な世界を望むお前達に教えてやる!! そんなものは世界征服と一緒だ!! 僕にとってのオモチャで!! ソウルギアでそんな野望は叶わない!! そんな計画が成就する事は無い!!」

 

 ああ、そうだ。ソウルギアで世界を好き勝手しようなんて許さない。ソウルギアで世界征服なんて出来る訳がない。

 

「オモチャで世界征服? そんな事は不可能だ!!」

 

 何故なら――

 

「この僕が!! 田中マモルがそれを阻む!! ソウルギアを悪用する奴らは僕が倒す!! 健全なソウルバトルの為に世界を守る!!」

 

 それが自分自身で決めた役目だ!! この衝動に嘘は無い!!



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堂々宣誓!! 邪悪を切り裂けソウルセイバース!!

 

 

 僕の宣言に体育館は静まり返る。周りの奴等の呆気にとられた気配が伝わってくる。ウェヒヒ、ちょっと爽快。

 

 しかし、後戻りは出来ない。安心安全を信条とするこの僕が、期間限定とは言え苦難の道を選んでしまった。

 でも、後悔よりも言ってやったって気持ちの方が強い。好き勝手言う父さん達には本当に腹が立った。何が正しい未来だこの野郎。

 

「おっ……?」

「マモル君!?」

 

 足元がふらつく。痛む身体に鞭を打って声を振り絞ったので限界が近い。

 そんな僕の様子に気付いたトウヤ君が、僕の身体を再び支えてくれた。

 

『……少し傲りが過ぎるな田中マモル。君は無知故に、自身の発言がいかに無謀な物なのか理解できていない。君は闇の本当の恐ろしさを知らないのだよ」

「そうかもしれませんね社長。でも、分からない事はこれから学んでいきます。だから邪魔しないでください」

 

 プクク、社長が負け惜しみ言ってるよ。闇の恐ろしさだ? ガソリンの味とか語っちゃうか? 

 

「マモル……少し見ない内に勇敢になったね。父さんはお前の成長が誇らしいよ。でも、ブルーアースにも主役は揃っているよ」

「は? 何言ってんの父さん?」

 

 突然、父さんの近くの空間が歪む。また転移だ。

 空間の歪みから現れたのは、仮面を被った十数人の子ども達。

 

「紹介しよう、ブルーアースが誇るマルチソウルギアチーム“ダークプラネット“。そしてリーダーであるダークヴィーナス。彼女達はランク戦にも登録されているチーム、惑星の意思に認められた正式な参加者だよ」

「仮面を使って洗脳した子ども達を利用ね……軽蔑するよ父さん」

 

 流石に許されない。超えていいラインを遥か彼方にブッちぎっている。

 

「それは誤解だよマモル、あの仮面はむしろ彼女達を守る為に用意した物だ。着用者の一番強い感情を増幅させペルソナを創り出す仮面。闇の侵食から心を守り、彼女達を現世に繋ぎ止めている」

「ふむ?」

 

 仮面が闇の侵食から心を守る? なんか闇が深そう……

 

「PTAだってスペシャルカップにエントリーするわよ!! 私のソウルメイクアップで皆を小学生に変身させて参加登録済み!! もちろん私も参加者!! チーム名は“健全児童矯正ガールズ“よ!! 覚悟することね!!」

「ふぇぇ……」

 

 別方向から地獄の様な情報が飛び込んで来た。耳を疑う宣言に周囲がざわつく……ガールズ? 

 なんで登録出来ちゃうのかなぁ、参加資格がガバガバ過ぎる。

 

『むぅ、登録申請が通ったのか? 惑星達よ……』

「ハハッ、惑星達はエンターテイメント性重視、大会が盛り上がるなら許可するだろうね。僕もエントリーすれば良かったかな? 左腕が使えないのが残念だよ」

 

 許可すんなや惑星共が!! 年齢詐称のママさん小学生集団なんて誰が得するんだよ!? 本当に盛り上がるかそれ!? 少なくとも僕は盛り下がるよ!! 

 

「そんな事が許されるはずが無い……許されるはずが無いだろう田中マモル」

「ん? ああ、僕も同意見だよ。流石に小学生はねぇ……」

 

 タイヨウが絞り出すような声で呟く。強く握られた両の拳が震えていた。

 分かるぜ、僕も母さんがスペシャルカップに参戦するのを想像すると震えるよ。全世界に見られると思うと……考えただけでも恐ろしい。

 

「違う!! あの女の戯言ではない!! キサマの宣言の方だ!! あの様な無謀で傲慢な願いが許されてたまるか!!」

「あっ、そっちね」

 

 無謀で傲慢か、言ってくれるじゃないか。

 

「お前がそう思うなら好きにすればいい。でも、それは僕が止まる理由にはならない。少し言われた程度で発言を翻すなら最初から望まないよ」

 

「クッ……コアソウルの件はともかく、他のふざけた願いはなんだ!? グランドクロスを無駄な願いで消費するのはそれだけで人類の損失だ!! しかも貴様がプラネット社の上に立つだと!? そこは現代社会の頂点にも等しい地位!! それを願いで実現しようなど……貴様こそ世界征服を企む不届き者だ!! どれ程の混乱をもたらすか理解しているのか!?」

 

 僕が世界征服? へぇ、確かにそういう見方もあるか。

 

「なら、世界征服でも構わない。好きに呼ぶといいさ。それにしても……お前は否定と文句ばかりで当事者意識が足りないんじゃないか?」

「当事者意識が足りない? 馬鹿を言え、俺は世界の行く末を憂い、天照家を継ぐ者としての責任を自覚している。役目を放棄して好き勝手する貴様とは違う」

 

 好き勝手なのは否定しないけど、僕が言いたいのはそこじゃない。

 

「違うよ、お前がウィッシュスターに託す願いの話だ。あそこにいるアホな大人達に言われた願いじゃない、自分自身が望む願いは無いのか? お前自身のビジョンって奴はどうなんだよ? お前の言葉からはそこが伝わって来ない」

 

 僕の問いかけに、何かを答えようとして言葉を飲み込むタイヨウ。

 ふぅ、論破してやったぜ……敗北を知りたいよ、フヒヒ。

 

「クッ……俺は無責任な発言をしない!! 同盟の長たる俺の言葉は少なからず仲間達に影響を与える!! 実現もしない絵空事で偽りの希望を与えるなど愚の骨頂!! 現状に則した最良の道へと導くのが率いる者の責務だ!!」

 

「そうかな? 自分の願いを取りあえず口にして、皆に伝えるのも大事だと思うけどね。やってみなくちゃ分からない事だってある」

 

「そうだとしても!! 人類の行く末を決める舞台で試す事では無い!! 貴様は現実が見えていない!!」

 

 現実……マモリも言ってたな。タイヨウの影響だったのか? 

 

「大層な宣言だが貴様はこの場から抜け出せるとでも思っているのか!? 我ら一族だけでは無くブルーアースとPTAも貴様を狙っているぞ!! この現実に貴様はどう対処するつもりだ!!」

 

 タイヨウがソウルカードをかざし、アポロニアスドラゴンが再び出現する。まだ召喚出来るのか、タフな奴だ。

 

「やる気だねタイヨウ……こうなっては仕方がない。ダークヴィーナス、マモル達を確保してくれ」

「了解です、グランドカイザー」

「ワシの与えた力を見せてやれダークヴィーナスぅ!! ダークプラネット達よぉ!!」

 

「あーもう!! やるわよ皆!! プラネット社とブルーアースにマモル達を渡しちゃ駄目よ!!」

「りょ、了解ですぅ!」

 

 僕達を取り囲む各々が、戦闘態勢に移る。

 僕を支えるトウヤ君とクリスタルハーシェルの皆も迎え撃つ為に身構える。決意に満ちたトウヤ君の表情、でも……

 

「心配いらないよトウヤ君、大丈夫だ」

「マモル君?」

 

 時間は十分に稼げた……合図は既に確認している。

 

「大丈夫だと? この後に及んで貴様は……」

「タイヨウ、さっきの宣言を少しだけ訂正するよ」

「……ほう?」

 

 僕が守るとは言ったが……あれは正確じゃなかったな。

 

「健全なソウルバトルを守るのは僕だけじゃない──僕達だ!!」

「何を言って……」

 

 次の瞬間、僕の影が物凄い勢いでフィールドの地面に広がって行く。影の広がりはフィールドだけに留まらず、観客席にまで侵食する。

 

 元の地面はあっという間に真っ黒な影で見えなくなった。突然の異常事態に、あちこちから混乱した子ども達の声が響く。

 

「なっ、この影はまさか!?」

 

 そして、影の中から無数の触手が飛び出し、アポロニアスドラゴンを拘束する。凄まじい勢いでアポロニアスドラゴンの全身の輝きが陰りを見せる。

 

「クッ!? アポロニアスドラゴン!! お前の光で闇を払え!!」

 

 アポロニアスドラゴンは身体からより強く光を放ち、藻掻いて影から抜け出そうとするが、影の触手は千切れる度に数を増やす。

 必死の抵抗も虚しく、巨体がみるみると影に包まれていく。

 

「全力で振りほどくんだ!! 空に逃げれば勝機が──」

「相変わらず脆弱な光……そして醜く滑稽、身の程知らずに相応しい姿だ。喰らい尽くせ、アンラ・マーニュ」

 

 相手を見下したような冷たい声が響くと、アポロニアスドラゴンに纏わりつく影が徐々に蠢いて一つの大きな塊になる。

 そして、影の塊が体中から無数の蛇を生やした異形へと、恐ろしい姿のドラゴンが出現した。

 

 し、知らないドラゴン……なんて思ったのも束の間、異形のドラゴンは大きな口を開けてアポロニアスを頭から丸かじりにする。

 えげつねえ……相変わらず敵には容赦ないね。

 

「馬鹿な!? 俺はあの時よりも強く……クッ、冥王ミカゲェ!! 姿を現せ!!」

「冥王? そんなくだらない名は捨てた。今は──」

 

 僕の目の前に、体育館中に広がった地面の影が集まって行く。

 黒さを増して立体的に盛り上がる影、それが徐々に人の形となり、中から現れたのはもちろん──

 

「今の名は黒神ミカゲ!! マモル殿の忠実なる忍び!! 世界を統べる偉大なる王の忠実なる下僕!!」

 

 記憶にあるよりも成長した姿、久し振りのミカゲちゃんだ。

 

 相変わらず勝手な事言ってる……王? 

 

 それに、身長伸び過ぎじゃない? 成長期か? 元々僕よりほんのりちょっぴり大きかったけど、頭一つ分以上に差を付けられてしまった。

 

「マモル殿!! お久しゅうございます!! 遅くなって申し訳ありません!! 舞車町のソウルワールドの壁が思った以上に強固で手間どりました!! ああ!! なんて痛ましいお姿に……ううっ、役立たずのミカゲを叱ってください!! ニンニン!!」

 

「うーん、どうやって境界を突破したのかな? 外からは入れない調整をしてあるのに……」

「ミカゲが来ちゃったじゃないのよ!! 肝心な所で使えないわねダイチ!!」

 

 口で謝る割には嬉しそうでハイテンションなミカゲちゃん。しかも自分の頭をグリグリと僕に押し付けて来る。

 痛い……筋肉痛の身体に地味にダメージが響く……

 

「ひ、久し振りミカゲちゃん。確かに待ったけど、タイミングは最高だよ。他の皆は?」

「運び屋の助力もあり間もなく到着します!! 拙者は船内から影の射程範囲内に入った瞬間に先行しました!! ミカゲがマモル殿のお側に一番乗りです!! えへへ……あっ、上空をご覧ください!!」

 

 ミカゲちゃんに促されるままに、空に目を向ける。

 上空の一部が金色に輝いている。更に重厚な鐘の音が鳴り響く。

 不思議と荘厳さを感じる光景、金色の輝きが徐々に何かを形作る。

 

「あれは……?」

 

 出来上がったのは豪華な装飾がなされた体育館の面積と同じぐらいに巨大な門。門は扉を地面に向けた姿で、上空に浮いている。

 まさかこの感覚……あの門はソウルストリンガーのトリック? ソウルの糸で出来た門か!? 一体誰の技だ? 

 

「ツバサの“ヘブンズゲート“!! あのゲス野郎!! 誰にも肩入れしないとか抜かした癖に!!」

『これ程巨大な門を作るとは……テレズマソウルの消費も相当のはず、本気なのかツバサ?』

「ハハッ、なるほどね。ツバサのヘブンスゲートならソウルワールドの壁を無視出来る。ミカゲちゃんが影で移動出来る訳だ」

 

 巨大な門が開く、大きな扉が開かれ中から現れたのは……なんじゃありゃあ!? 

 

「ミカゲちゃん、あれは……」

「あれこそがソウルワールドと闇を征く方舟にして渡し船!! 五百年前に建造された決戦用超弩級複合型ソウルギア“カロン“です!! マモル殿の為に実家で埃を被っていたのを奪っ──穏便に譲り受けて用意しました!! ニンニン!!」

 

 あんなに大きな乗り物がソウルギア? SFとファンタジーが融合した様な超古代文明的なフォルムの飛行船だ。

 凄い……電話した時に制圧してたのはあれか、あの船で中国まで遠征したのか。潜水艦じゃなくて飛行船だったとは。

 

「なんでカロンが起動して……まさか操者権限を書き換えたの!? コクヤは何をやってんのよ!!」

「いや、起動方法までは分からないけど多分コクヤは関わっていないよ。ミカゲちゃんに口も聞いて貰えないって嘆いていたからね、かなり嫌われてるみたいだよ?」

 

 上空の飛行船カロン底面部分のハッチが開く、中から次々と人影が飛び降りて来た。

 

「クッ、奴等の降下を許すな! 落下中に叩くぞ!!」

「了解ですタイヨウ様!! シューター達よ!! 不届き者を撃ち落とすぞ!! ケリュケイオン・バレット!! 

 

 水星ミズキの必殺技に追従して、ソウルシューターの弾丸がフィールドと観客席から上空へ次々と放たれる。物凄い集中砲火だ。

 

「マモル君への道を阻むな!! メルクリウスシンドローム!! 

「なぁ!?」

 

 聞き覚えのある声と共に、トラウマを刺激する極太の光が上空から放たれた。ああ、懐かしき殺人ビーム……

 必殺技の光は地上から放たれた弾丸を豆鉄砲の様に蹴散らし、どんどんと地面に近付いて来る。

 

 ……あれ!? この威力と規模じゃヤバくないか!? フィールドごと飲み込まれるぞ!? 

 

「いかん!? 防ぐぞストリンガー達よ!! 俺のトリックに糸を束ねろ!! サタリングシールド!! 

 

 土星ホシワが空中へと飛び出し、フィールドを守る防壁をトリックで展開。メルクリウスシンドロームの光と激突した。

 

 良くやった土星ホシワ!! 踏ん張れ!! 

 

「ぬぅ!? なんという衝撃!? だが……プラネットソウルズを舐めるな!!」

 

 光をなんとか留めたが徐々に地上へと押されていく土星ホシワ。

 そんな彼のトリックに、他のストリンガー達がソウルの糸を送る。防壁はどんどん大さを増して厚みを帯び、巨大で強固なトリックに変貌する。

 

 おお!? メルクリウスシンドロームを防ぎ切ったぞ!! やるな!? 

 

「邪魔だよホシワ」

「なっ!? ユキテル──」

 

 次の瞬間、視界を青い閃光が走り、空気を割く雷鳴が響いた。

 

 気が付くとプスプスと煙を立てて落ちて行く土星ホシワ……に、向かって襲撃者が雷で更に二回の追撃を加えた。土星ホシワがボロクズの様に地面へと落下する。

 

 や、やり過ぎだよユキテル君? 慌てた様子のチームメイト達に抱き止められたホシワがピクピクしている。ひえぇ……

 

「ホシワ!? よくも……敵を飲み込んで!! ネプチューン!! 

「甘いなリエル!! 燃え盛れ真紅の焔!! ネオ・レッド・フレイムΩクリムゾン!! 

 

 上空の襲撃者達を迎撃しようと海王リエルが突き上げた水流と、上空から出現した紅蓮の炎が激突。周囲が水蒸気に包まれる

 

 また機体が進化してないホムラ君? 何回目だよ、名前が凄い事になってる……

 

 水蒸気のせいで阻まれる視界。僕の周囲に続々と何かが降り立つ音が届いた。

 

「ああ、これでは僕達の美しさを観客達に見せつけられないね。吹き飛ばしておくれヴィーナス」

 

 そんな言葉と共にフィールドを中心に柔らかな風が吹き、水蒸気があっという間に散らされていく。

 

「マモル君、これは……」

「ああ、そうだよトウヤ君。助けが来たんだ」

 

 開かれる視界、そこには僕を取り囲む様に大勢の懐かしい顔ぶれが揃っていた。頼もしい仲間達の到着だ。

 

 派手に登場した皆は、昔練習した登場用の格好いいポーズをバッチリと決めている。やっぱり人数が揃うと映えるね! 

 

 あれ? チャイナ服とか修道服とかドレス着た見覚えの無い子が数人増えてる……誰? 

 

「ええ!? なんですか皆さんのポーズ!? ミナト様!? カイ様!? き、聞いてませんよぉ!?」

 

 ミオちゃんだけがオロオロとしてポーズを決めていない。さっき合流したならしゃーないね。

 

「ミタマシューターズ7名!! シューター魂に従って到着!! マモルの宣言に俺達も乗るぜ!!」

 

「カイテンスピナーズ9名!! 正義を信じて見参!! マモルと一緒に悪を焼き尽くすぜ!!」

 

「ヨリイトストリンガーズ7名!! 約束を果たすために推参!! マモル君を傷付けるなら僕達が相手だ!!」

 

 ……胸から熱い物がこみ上げて来る。別れる時には薄情な事を思っていたが、こうやって僕の為に駆け付けてくれたのを目の当たりにすると少し視界が滲む。

 

 ソウルギアで出来た縁は、そう簡単に無くなるものじゃなかった。少しぐらい離れていても変わらなかった……

 

「み、ミタマシューターズ!? 馬鹿な!? 一族から逃げ回っておいて何故いまさら……」

「仲間のピンチにはじっとしてられないぜ!! お前だってそうだろうミズキ!!」

「準備は整った!! これからは堂々と相手をするぜ!!」

 

 ソラ君もリク君も大きくなった。頼もしい背中だ。

 

「表立って一族に敵対するつもりか!? カイ!! ミナト!! 本気で一族を裏切るつもりか!? 父様にあれ程目をかけられておいて恩知らずな真似を!!」

「フッ、悪いな兄貴。俺達は信じると決めた、シューター魂って奴をな」

「マモル君! 助けに来たよ! もう安心だからね!」

 

 ミナト君、心強いけど水星ミズキをガン無視だね。一応兄弟じゃないの? せめて返事ぐらいは……

 

「ありがとうミナト君……んん!? えっ、なんで……」

 

 み、ミナト君がスカート履いてる……自然すぎて一瞬気が付かなかった。む、胸も膨らんでるだとぉ!? まさかソウルメイクアップか!? 

 いや、この感じは明らかにソウル体の波動、見分けの付きにくいソウルメイクアップによる変身じゃ無い。

 

 つまりミナト君は…………中国で性転換した!? 

 

 うう、母さんもマモリも父さんもミナト君もなんで再会時に性別が変わってるんだよ……絶対おかしいよ……

 

「その……この格好、僕には似合ってないかな……」

 

 不安そうに僕の様子を窺うミナト君。言ってくれればソウルメイクアップでお試し性転換をさせてあげたのに……小学五年生なのに判断が早すぎる。

 

 ああ、でも大丈夫だよミナト君。今の僕はカワイイを求める気持ちに理解がある。

 実際もの凄く似合っているから問題は無い。知らなければ只の美少女にしか見えない。僕は君の勇気ある選択を祝福する。

 

「いや、もの凄く似合っている。カワイイよミナト君」

「ほ、本当に!? 僕がカワイイ……ふふっ、良かった……」

 

 落ち着いたら一緒にカワイイ服を買いに行こう。ミナト君ならマモコに並ぶカワイイを手に入れられる。僕も微力ながら応援するよ。

 

「ホムラ……今度こそ私が勝つ……アナタを私で溺れさせてあげる……」

「何度やっても同じだリエル! もう一度俺の炎で焼き尽くしてやるぜ!」

「ヘヘっ……やってやろうぜホムラァ……オペレーションAKTは既に発動している……許可は出てるぜぇ! 暴れたりねぇんだ……なぁマモル?」

「だからオペレーションA・K・Tって何ですか!? 誰か教えてくださいよぉ!?」

「暴れる・許可出すから・突っ込め作戦だよミオ。各自の現場判断で臨機応変に柔軟な対応が求められる高度な作戦さ」

 

 相変わらず過激なカイテンスピナーズ。一度スク水集団を燃やしてるのか? 

 だけど、ヒカル君は物騒な発言とは裏腹に、こちらへと歩み寄り治癒の光で僕を包む。懐かしい温かさが痛む身体に染み渡り癒やされる……

 

「ッぬはぁ!! お前の雷は効いたぞユキテル!! 糸を地面に繋いでアースしておかねばやられていた!! あの頃のお前に戻った様だなぁ!!」

 

 うわっ、ユキテル君の雷三連発を食らってまだ立てるのか土星ホシワ。

 土属性だから雷に耐性が……いや、土星って土属性なのか? そもそも人間に対して属性って何? 

 

「君は昔より丈夫になったねホシワ、次は確実に仕留めてあげるよ」

『おう!! 息の根を止めてやれユキテル!! マモルの敵討ちだ!!』

「やるわよユキテル!! 今度は黒焦にしてやるわ!!」

「おう! 俺達ヨリイトストリンガーズには敵わねぇって教えてやろうぜ!」

「息の根は止めたらマズいでやんすよユピテルちゃん、みんな……程々にするでやんす」

 

 相変わらず戦闘になるとユキテル君は血の気が多い。それに僕は死んでねえぞユピテル君。

 

「クッ、冥王ミカゲ!! やはり貴様が裏で糸を引いていたのか!! 田中マモルを利用して反乱分子共を束ね!! 冥王計画を完遂するつもりだな!!」

「はぁ、先程のマモル殿の素晴らしいお言葉を聞いておいてまだ見当違いを……やはりお前は退屈だよ天照タイヨウ。幼子の様に怯えている。その小さな心とソウルは王の器足り得ない」

 

 ミカゲちゃん、昔から敵対する相手には口調変わって怖いよね……

 

「誤魔化すな!! ならば貴様は何を求めて戦力を集めた!! 冥王家の復讐の為だろう!!」

「冥王家など下らん、私はあの家にとっくに見切りを付けている。私はマモル殿の忠実なる下僕として働いたまでだ。他の者達は……理由や信念はそれぞれだが、私達には共通点がある。だからこの場に集った」

「共通点だと……?」

 

 みんなの共通点? 何かな……凶暴性? 

 

「生まれや役目などは関係無い。自分がそうしたいからソウルギアで戦う。ソウルギアを取り巻く下らない過去の柵を良しとしない。窮屈な理屈を押し付ける世界に抗う為に戦う。そしてそれを──」

 

 そっか、みんなもそうなのか。

 そうだよね、なんだかんだ言っても僕達は同じ所を持っていたから一緒に居て楽しかった。

 だから、僕達は友達になれた。僕達は仲間になれた。

 

「マモル殿とならば実現出来ると信じて集った!! マモル殿と目指したいと願い集った!! 故に私達もここに宣言しよう!! 私達は今ここでマモル殿を長とした同盟を結ぶ!!」

 

「ミタマシューターズはここに宣言するぜ!! 同盟の契りを結び!! 俺達の信念を貫くとソウルに誓う!!」

 

「カイテンスピナーズも宣言するぜ!! 同盟の契りを結び!! 俺達の正義を信じるとソウルに誓う!!」

 

「ヨリイトストリンガーズも宣言するよ!! 同盟の契りを結び!! 僕達の友情を育むとソウルに誓う!!」

 

 ……ちょっぴり泣きそう。心強さで胸がじんわりと熱くなる。

 

「お前達はどうするクリスタルハーシェル? 今ならソウルランナーの枠が空いている。マモル殿が仲間と認め、身を挺して助けたお前達ならば異論は無い」

 

 ミカゲちゃんがトウヤ君達に向かって誘いの言葉を投げかけた。

 トウヤ君がクリスタルハーシェルの皆を見回す、皆は無言で力強く頷いた。

 

「タイヨウ!! 俺達クリスタルハーシェルはプラネットソウルズを脱退する!! マモル君を盟主とした同盟と契りを結ぶ!! 自分達の衝動を偽らぬとソウルに誓う!!」

 

「クッ、トウヤ!! 冥王ミカゲの口車に乗るなど正気か!? それにクリスタルハーシェルはウラヌスを持つ者が率いる惑星の一族のチームの名だ!! 惑星の意思達との契約にそれが定められている!!」

 

「それならクリスタルハーシェルの名は置いていく!! 名前が変わっても心までは変わらない!! 共に居るならそこが俺達の居場所だ!!」

 

 力強く断言するトウヤ君……格好いいぜ、ちょっぴりキュンとする。

 

「ふふっ、当然の決断だ。惑星の一族の子ども達!! そしてプラネット社の愚かな大人達!! ブルーアースとPTA!! 私達の同盟はマモル殿の宣言に同意する!! 人類史上最大のグランドクロスはマモル殿が主導する!! そして聞け!! マモル殿が率いる同盟の名は──」

 

 えっ、名前がもう決まってるの!? 

 

 と、思ったらミカゲちゃんがニコニコと笑みを浮かべながら僕の方へ向かって来た。その手にはいかにもな巻物が握られている。

 

「マモル殿!! 同盟の名前の候補4つ選んで巻物に記しました!! この中からこれだと思う物をお選び下さい!! ニンニン!!」

「う、うん」

 

 まずい、ミカゲちゃんの発言に周囲が白けている。

 今から決めるのかよって空気がビンビンと肌に突き刺さる。早く決めないと……

 

「みんなでソウルドンジャラ大会して候補絞ったネ、ロンロンの考えた名前もあるから選んで欲しいアルヨー」

 

 ソウルドンジャラ大会? 楽しそうだな……っていうか誰!? さっきから気になってたけどこのチャイナ服の子は誰!? 新メンバーなの!? 

 

「あっ、ワタシは馬ロンロンっていう名前ネ。ユキテルにプロポーズされて仲間になたヨ。今後ともよろしくネ マモル」

「よ、よろしくロンロンちゃん?」

 

 むちゃくちゃ気になる情報が入って来たけど今は我慢だ。早く同盟の名前を選ばなくては……えーと、なになに? 

 

 “スーパーマモルブラザーズ“

 “ジャスティスフレイムジェノサイダーズ“

 “恩恩爱爱 ユキテル&ロンロン“

 “愚かな人類を導く偉大なる王と忠実なる忍とその他“

 

 あのさ、君たちはさぁ、もっと こう……

 

「いかがでしょうマモル殿!? 拙者のおすすめは一番最後の候補です!! ニンニン!!」

「一番最初のは!? 一番最初の候補はどうかなマモル君!?」

「二つ目がオススメだぜ!! めちゃくちゃ格好良いぜ!!」

「三番目アルヨー、三番目を選ぶネ マモル」

「個人名が入ってるのと公序良俗に反する名前は却下!! 他の候補はないの!?」

 

 ソウルドンジャラとか運ゲーで決めるのは駄目だな。次からは盟主権限で多数決にしよう。

 

「ううっ、ミカゲの候補はお気に召しませんか……それならばこちらの巻物に選考漏れした候補が記されております。ニンニン……」

 

 ミカゲちゃんに手渡されたもう一つの巻物に目を通す。

 くっ、みんな好き勝手な名前つけてるな、もっと無難で纏まってる奴は……おっ、これなんかいいじゃん! これで決定だ! 

 

「ミカゲちゃんこの名前でお願い。この名前をガツンと発表してくれ」

 

 言ったれ、言ったれ。僕は後ろから見てるからババーンと言ったれ。

 

「この名前ですか……なるほど、あそこの大人達へ心理的ダメージを与える効果的な名前を選ぶとは流石です、ニンニン」

 

 ん、心理的ダメージ? 

 

「聞け!! たった今マモル殿によって選ばれた同盟の名は“ソウルセイバース“!! ソウルギアを愛し迷える者達には救済を与え!! 邪にソウルギアを使う悪を断つ剣にもなる気高き名だ!!」

 

 ミカゲちゃんの堂々とした宣言、格好いいけどあんまり響いていない……体育館はシラーっとしてる。

 時間をかけ過ぎたせいか? き、急に決めろって言われた僕は悪くねぇぞ? 

 

「…………アンタが教えたのダイチ?」

「いや、僕ではないよ。知る方法は幾らでも考えられるけど、マモルの様子からして偶然じゃないかな? ハハッ、皮肉だね……」

『偶然の一致? だとすれば私達は……』

 

 なんか父さん達の様子がおかしい。

 雰囲気が暗い。へこんでるのか? どういう事だ? 

 

「闇の申し子を擁する同盟が、救済を騙り邪悪を断つだと? 妄言はよせ!! お前達は世間に混乱をもたらす危険な集団だ!!」

 

 タイヨウめ、ミカゲちゃんをディスり過ぎだろ。

 人より少しソウル爆弾が好きで、影が操れる忍者なだけだ。公共施設だって数える程しか爆発させてない。根はいい子……いい子だよ? 

 

「光だろうと闇だろうと関係無い!! 俺達はなりたい自分を目指す!! 大事なのは属性じゃなくて心だぜ天照タイヨウ!!」

 

 ソラ君いい事言うなぁ……流石主人公だね。

 その通り! 僕達は平和を目指す健全な同盟! 僕達は正義だ! 

 

「いい加減うっとおしいわね!! ユキテルを馬鹿にする引き合いに出てくるこの男は昔から気に食わなかったのよ!! この場でボコボコにするわよマモル!!」

 

「確かにこの場には主要な敵が揃っている、一網打尽にするのも悪くないね。いい作戦があるよマモル君、観客席の雑魚達を人質にするのはどうかな?」

 

「天に仇なす一族の薄汚い血を根絶やしにしましょう。主もきっとお赦しになります、彼等の罪を浄化するのです」

 

「ヘヘっ……、頼むぜマモルゥ……言ってくれよォ、殲滅しろとォ……皆殺しの許可をくれェ! 暴れたりねぇんだァ……」

 

 やっぱり悪かも、頼れる仲間達の口が悪い……知らないシスターも過激な思想だ。

 仕方ない、ここは僕がビシッと締めなくては。

 

「みんな聞けぇい!! ソウルセイバース最初の作戦だ!!」

 

 僕が叫ぶと、やいやい言っていたバーサーカー共が目を輝かせてこちらを伺う。戦闘の気配にワクワクし過ぎだ。

 

「オペレーションAKTは現時刻を持って解除!! これより戦略的撤退を開始する!!」

「えぇー!! 暴れないのか!?」

「そんなぁ!? やっちまおうぜマモル!!」

「そうだそうだ!! 血祭りにあげろー!!」

「ヒャハァッ!? お預けなんてあんまりだぜぇ!?」

 

 半分程のメンバーからブーブーと文句が飛んで来る。

 ええい、静まれ獣達よ! 人の心を取り戻すのです! 

 

「正しいソウルギア使いとして!! タイヨウ達との決着はスペシャルカップでつける!! 今は我慢だ!! 来年の夏にけちょんけちょんにしてやるぞ!! 全世界が見守る大舞台で僕達の完全勝利を見せつけるんだ!!」

 

 渋々納得と言った感じの面々、分かってくれたか。

 

「では、僕が皆をカロンまで運ぼう。去り際も美しくあらねば……ノバラ、イバラ、ミバラ、ヒバラ演出を頼むよ」

「「「「了解ですアイジ様」」」」

 

 アイジ君が指をパチンと鳴らす。吹き上がる風が僕達をフワリと空へ運んで行く。

 そんな僕達の周囲に、茨を生み出した四天王達が薔薇の花びらを散らす……この演出いるか? 

 

「クッ、逃がすか!!」

 

 空の飛行船へと浮かんで行く僕達に襲いかかる無数の攻撃が茨によって防がれる。い、意味があった……

 

「博士、シャドウで追うのは……無理そうですね」

「ぐぬぬ!! シャドウ達は黒神ミカゲのアンラ・マーニュに怯えて制御不可能じゃ!!」

「グランドカイザー、私が行きます。激しく舞え!! アフロディーテ!! 

 

 地上から仮面の女の子、ダークヴィーナスがソウルスピナーと一緒にすっ飛んで来た。この子も風使いなの!? 

 

 ダークヴィーナスの巻き起こす風と、アイジ君のヴィーナスが巻き起こす風がせめぎ合う。

 

「おっと、いきなり乱暴だね……姉さん。久し振りなのに美しく無い挨拶、貴女らしくない荒々しさだ」

「…………私らしさ? そんな物は闇の中に置いて来た。アイジ、邪魔をするならお前でも容赦はしない」

 

 えっ、姉弟なの!? 

 ダークヴィーナスの操るアフロディーテの巻き起こす風が激しさを増す、凄まじい暴風雨はまるで嵐だ。

 

「メルクリウス・シンドローム!!」

「グッ!?」

 

 ミナト君がダークヴィーナス目掛けて必殺技を叩き込んだ……よ、容赦ねえ。

 ダークヴィーナスは咄嗟に防御態勢をとったが地面まで叩き落された。

 

「アイジ、謝りはしないよ。今のアイカさんは敵だ。取り戻すにしても準備が足りない」

「分かっているさミナト……フッ、ままならないね」

 

 ……色々とありそうだけど、取りあえず今は置いておこう。

 かなり高い位置まで来た。地上からの攻撃は茨が防ぎ、よく見ると地上では影が蠢いて大勢の足に絡まって地面に縫い付けている。

 ようやく安心できる。無事に逃げられそうだ。

 

「アナタ達が本物のソウルセイバースだと言うならば……このくらい防いで見なさい!!」

 

 これは……地上から怖ろしいソウルの波動、凄く嫌な予感。

 

「月読流魂魄術!! 星辰教密言摩利支天の法!! タイ捨陽炎顕現ノ型!! オン・マリシエイ・ソワカ!!」

 

 な、なんだ急に!? 念仏か!? 

 

「顕世降臨!! 光明仏母摩利支天王尊!!」

 

 大仰な叫びの後に、イノリ伯母さんの背後に出現したのは巨大な人影……ぶ、仏像? 

 魂魄術で仏像を顕現させたのか!? ネ○ロかアンタは!? 

 

 三つの顔を持ち、六つの腕にそれぞれ武器を持った巨大な仏像が、陽炎の様に揺らめきながら動き出す。

 そして、仏像は巨大な弓を番える。照準をこちらへと合わせて弦を引き絞った。

 

「カロンの主は姉さんよ!! 奪われるくらいなら…………ここで堕とす!!」

『正気かイノリ!? 摩利支天を子ども達に差し向けるなど!? 落ち着くんだ!!』

「私は正気よ!! 摩利支天の光で人は死なないのは知っているでしょう!! それに、あの子達が船の行き着く先まで行ってしまったらどうするの!? 多少手荒でもこの場で止めるのが正解よ!!」

 

 絶対に間違いだよ!? ソウルギアの百倍は人に向けていい技じゃねえ!! 仏様なのに殺意が高すぎる!! 

 

 あの矢に込められたソウルは危険だ。発射前なのに僕が大人になった時の必殺技と同じぐらいの威力がビンビンに伝わって来る。

 

「チッ、メルクリウスで迎撃を──」

「ストップですミナト。摩利支天は陽炎の神格化、捕らえる事の出来ない揺らめく光の権能を持ちます。あの矢から放たれるのも太陽や月の光線、アナタの破壊に特化し物質的な側面の強い弾丸はすり抜けてしまう。ここはソウルの側面が強い防壁で防ぎつつ受け流すのがベターです。ニンニン」

 

 なんだよそれ!? 厄介な技だな!! 

 

「よし! 防御が得意なメンバー全員で力を合わせよう!」

「「「………………」」」

 

 あれ? 反応が薄い。

 

「防御……フッ、軟弱な概念だ。俺のシューター魂に反する」

「守りはマモルの仕事だったからな! 俺達はとにかく攻めまくりだぜ!」

「うーん、風の守りは光相手では効果が薄い。美しくないね」

「問題ありませんアイジ様! 私達の茨も炎や光熱の前には無力です!」

「こ、壊すのは得意なんだけど……ごめんよマモル君」

「氷の壁は……実体があるから駄目かな? 空中だと固定も難しいよね」

 

 この火力厨共が! パラメーターが極端過ぎるんだよ! 魔法防御にもステを振りなさい! 

 

「そうだ! ミカゲちゃんの影は!? 謎の闇ドラゴンは!?」 

「申し訳ありませんマモル殿。今の拙者にガチ目の光系は致命的な弱点でして……えへへ、ニンニン♡」

 

 くっ、誤魔化すときはあざといポーズで媚びやがって……相変わらずだなぁ!? カワイイぞコラ!! 

 

「やっぱり防御と言ったらマモルだぜ! ここはビシッと決めてくれ! シルバー・ムーンでチャチャッと受け流しだ!」

「そうよ! アンタは糸の繭に籠もってチクチク削るのも得意だったじゃない! トワイライト・ムーンでなんとかしなさい!」

 

 おい、ソウル切れかけでヘロヘロで死にそうな僕の姿が見えないのか? 更にムチ打つとか鬼かお前ら。

 

「マモル君これを飲むんだ! ソウルの回復するソウルエナジードリンク! 独自開発したソウルスッポンエキス配合の特別仕様さ!」

「流石ナガレ君! でかした! ……ヴォエッ!? 生臭ァッ!?」

 

 生臭いよぉ、口の中がジャリジャリするよぉ、一気飲みしちゃった……

 

『マモルが言ってた投資の奴か、あんな小さな瓶で本当に効果があるのかよ?』

「もちろん、成功した実験データは揃ってるよ……ラットのだけど」

 

 おい!? あっ、でもなんだか身体が熱い……滾るぞ? 

 

「これ、ソウル回復したかも……」

『マジか!? 凄えなソウルスッポン!?』

「マモル細胞を使ってスッポンを品種改良したからね、そりゃあ効くさ」

「えっ」

 

 なんか生命倫理に反する発言が……

 

「マモル君! 摩利支天の矢が来るでやんす!」

「くそっ、ヘキサゴンミラー・マルチプル!! 

 

 トワイライト・ムーンのソウルの糸で数十の巨大な六角形を形成、面の部分がソウルを跳ね返す鏡の障壁となるトリック、これを幾重にも重ねれば防げるはずだ。

 

「日天の前を疾行せよ!! 自在の通力番えるは神弓!! 放たれたるは闇を切り裂く光たれ!!」

 

 仏像の弓から光が放たれた。

 目が眩む程の極光、凄まじい光の奔流が僕のトリックの障壁に撃ち込まれる。

 

「ぬおぉぉ!?」

 

 凄まじい衝撃が伝わる、そして新感覚。これがソウルギアじゃなくて魂魄術を防ぐ感覚か!? 

 

 

 光の矢に貫かれ、パリン、パリンと割れていく六角形の障壁。

 やばっ、もう半分以上押されてる!? 

 

「踏ん張れマモル! 負けるな! そのままをキープだ!」

「よし、マモル君が抑えてる内にカロンを動かそう!」

 

 酷くない? 人の心とか無いの? 割とピンチだよ僕!? 

 

「や、やっぱり駄目ですよぉ!! 子どもたちを傷付けるなんて見てられません!!」

「赤神!? なんのつもりよ!?」

「燃え盛れ火星の赤!! マーズレッド・フレイム!!」

 

 地上で赤神先生が炎の壁をトリックで展開、光の矢の射線に割り込んだ。

 

「びゃゃあぁ!? あ、熱い!? で、でも負けません!! 子どもたちは……私が護る!!」

「赤神先生……」

 

 赤神先生が地上で光を一部遮ってくれたお陰で僕の負担が軽くなる。ありがとう先生……

 

「ふーん、あの変質者は燃え尽きないね。邪そうだから摩利支天の光に耐性なんて無いだろうに」

「いや、あれは……なるほど。摩利支天は陽炎、あの下劣な元教師が繰り出す炎が陽炎を散らしているのですね。意外にも炎で対抗するのは理に適った対処法です。しかもあの出力は……怪しいですね、ニンニン」

「赤神先生って意外にしぶといわよね。新学年から急に来なくなったけど元気そうじゃない、やっぱり心配するだけ無駄だったわ」

 

 もうちょっと感動してあげよう? 一応身を挺して僕達を護ってるんだからさぁ……

 

「あっ、駄目です……月のソウルが抑えきれないぃぃぃ!?」

 

 ドカンと爆発音が響く、赤神先生が爆発したぁ!? 

 

 だが、爆発と同時に光の矢も霧散した様だ。赤神先生は命をかけて僕達を守ってくれたのか……南無南無、ソウルワールドが解ければ復活するだろ。

 

 ん? 何かがこちらへと飛んで来る。僕の障壁をパリパリと突き破りながら…………赤神先生か!? 

 

 この障壁は対ソウル特化で物理的な衝撃には滅法弱い、割とムチムチして重めの赤神先生の質量には耐えきれない! こっちに飛んで来るぞ!? 

 

「ぐほぉッ!?」

「マモル殿!?」

「マモル君!?」

 

 物凄い勢いで飛んで来た赤神先生を正面から受け止めてしまった。

 熱っちぃ!? 赤神先生がホカホカに熱されて熱い!! そして重い!? 

 

「この女!! マモル君から離れろ!!」

「くっ、無駄に重い女だ!!」

 

 視界がグルグル、頭がグラグラして来た。重みと熱さは消えたが平衡感覚がぼやけている。周りの音が遠く聞こえる。

 

 あっ、この感覚懐かしいな……身体とソウルが限界で意識が沈んで行く感覚だ。

 

 暗闇に沈んで行く意識……何処か死を思わせる恐ろしい喪失感。

 

 でも、やっぱりそこまで悪い気分じゃない。

 

 だって、声が聞こえている。僕の名前を呼ぶ大勢の声が側にある。周囲に大勢の仲間が居て一人じゃ無いって分かってるから怖くない。

 

 きっと、僕の目が覚めるまで誰かが側に居てくれる。僕が目覚めた時に誰かが側に居てくれる。そうであると心の底から信じられる。

 

 そうこれが、これこそが安心だ。

 だから、怖くない。悪くない心地だ。

 

 

 

 

 

 




ちょっと忙しくなって来たので、週1回ペースだった更新間隔をニ週間に1回ペースに落とします。


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喧々囂々!! 気にせず眠れスノーホワイト!!

2週間で投稿するとかイキってすみませんでした……少なくとも8月一杯までは投稿ペースが落ちます。どうか気長にお待ちください。



 ここはカロンと呼ばれる飛行船の中。現在この船はソウルワールドと現世の狭間を飛行しているため、プラネット社や他の組織にも居場所を捕捉される事は無いから安心……らしい。

 

 そんな船の通路を、ぴょこぴょこと揺れる兎を模した耳を視界に収め、思考を巡らせながら歩く。

 考えるのは数時間前まで体育館で行われていた同盟会議について、そしてこれからの事。私はウラヌスガーディアンズを纏める者として、トウカ様の友人の氷筍ツララとして確かめねばならぬ事がある。

 

 同盟会議が行われる予定だった体育館は、衝撃的な出来事と真実が飛び交う恐ろしい場となった。

 私の十二年の人生の中で最も激動で濃密な数時間、五年前の魂魄の儀すら超える忘れ難い一日となった。

 

 昨日の私に、お前は明日プラネット社と一族から離反して冥王ミカゲと同じ勢力に与する事になると言っても、絶対に信じないだろう。

 改めて考えても、実際に体験した後の今この時ですら荒唐無稽で非現実的な与太話に聞こえてくる。

 

 だが、間違った選択をしたとは微塵も思わない。トウカ様を助け、皆と共に居られるこの道こそが私達の望むべき道だ。クリスタルハーシェルの名を捨てチームの名前が変わっても、私達の心は変わったりしない。

 

「そして、問題は……」

 

 そう、問題は冥王ミカゲ。彼女が何を目的としているのか、何故マモコを……違った、マモルに力を貸しているのか? 

 その理由が分からない。彼女を恐れる私の心は、それだけ不安と猜疑心で一杯になってしまう。

 

 助けてくれた事には感謝している。体育館で彼女が語っていた言葉に偽りの気配は感じられず、本心からマモルに忠誠を誓い、力になりたがっている様子だった。

 私もトウカ様に同様の気持ちを抱いているから分かる。冥王ミカゲは尊敬と友愛の入り混じった感情をマモルに向けていた。異性間ゆえに友愛以上の感情も感じた。

 

 だからこそ悩む。私の知る冥王ミカゲという女が、五年前の魂魄の儀を襲撃した闇の申し子が、体育館で心底嬉しそうにマモルに頭を押し付けていた彼女と結びつかないからだ。

 

 魂魄の儀は一族にとって最も重要な儀式、敵対する勢力もそれを承知なので頻繁に襲撃が計画される。

 だからこそ、一族でも精鋭の戦士達によって、魂魄の儀は厳重に守られる。当日は会場となる星辰の間だけではなく星乃町全体が厳戒態勢だ。

 そして、星乃町はプラネット社の本拠地でテリトリー、目の行き届かない場所など有りはしない。計画は大抵が未遂に終わる。

 

 そんな魂魄の儀に、冥王ミカゲは単独で散歩でもする様に気軽に訪れ、警備や護衛達を歯牙にもかけずコアソウルへと触れた。

 

 ソウルギアを使わず闇を纏い自在に操る彼女は、進路を阻もうとする者は大人でも子どもでも関係無く闇で飲み込み、瞬く間に意識を奪っていった。自分以外の人間の実力の差など無意味とでも言うかのように……それほどまでに圧倒的だった。

 どんなに激しい抵抗にも、整った顔をピクリとも動かさず、怒りも憎しみも喜びも感じさせぬ無表情で、私達の事を虫けらか路傍の石の様に見下していた。

 

 あの時の出来事は、私の人生において一番の恐怖だった。今日トウカ様を失いそうになってその順位は更新されたが、恐怖自体が払拭された訳ではない。

 

 マモル、お前は一体どうやって彼女を変えた? 私には全く想像が及ばない、彼女の心変わりにはどんな深い理由があるのだろう? 

 

 いや、あるいは──

 

「…………」

 

 ふと、私を観察する視線に気が付く。

 目の前を歩き、私を会議室まで案内してくれているウサ耳少女が私を心配そうに見詰めていた。

 

『用意した着替え……もしかして好みじゃ無かった?』

 

 え、着替え? ああ、このTシャツの事か? 

 

「い、いや、そんな事は無いぞヘメラ。着心地も良く、Tシャツのユニークな絵柄は気に入った」

 

 彼女のどこか不安そうな様子に申し訳無さを感じ、絶妙に可愛くない兎の顔が大きくプリントされたTシャツを気に入ったと嘘を付く。

 私の返答に、目の前の無表情な少女から喜びの感情を伴った声が届く。空気を震わせる音ではなく私の心とソウルに直接響く声だ。再び前を向いて歩き出す彼女の足取りは跳ねる様で、フワフワとした耳と尻尾が嬉しそうにぴょこぴょこと揺れている。

 

 飛行船内に逃げ込み舞車町を離れ、トウカ様とマモルを男女別の医務室に運んだ後、私達元クリスタルハーシェルのメンバーはそれぞれ専用の個室まで案内された。

 部屋まで私を案内し、戦闘で汚れた服を洗濯して着替えまで用意してくれたのも彼女だ。

 

 そして、このウサ耳の少女。マモコが着ていたドレスに少し似たフリフリの給仕服を身に纏い、無表情の割に感情表現豊かな女の子は、驚くべき事に人間ではなくソウルギアだ。

 

 私達を迎えに来た巨大な飛行船、複合ソウルギア“カロン“。その一部であり、乗組員達への身の回りの奉仕活動兼護衛用のソウルマリオネット“ヘメラ“、それが彼女の正体らしい。

 

 頭部以外に肌の露出は無いので身体の隅々まで見た訳ではないが、外見上は完全に人間の少女だ。

 だが、彼女は間違い無くソウルギア、空気を震わせて声を出すのではなく、直接心に響いてくる声は私の相棒サテライト・ポーシャと同様の感覚でソウルギア特有のもの。ソウルギア使いなら理解出来る。

 それに、乗船時に私達元クリスタルハーシェルを案内する為に、全く同じ見た目の彼女が十人現れたのだから疑いようは無い。

 先程稲妻イズナに聞いた話では、総数は分からないが少なくとも百体以上のヘメラがこの船に居ると言うのだから恐れ入る。身体は複数あってもコアは同一で、一つのソウルギアらしい。

 

 それにしても、このカロン船内の様子。不思議な光沢を放つ壁、汚れ一つ見当たらない清潔な床、劣化した様子も無く輝きを放つソウル動力の照明。

 これが五百年前に造られた船だとはとてもじゃないが信じ難い。カロンの声は聞こえないので、ソウルギアであると言われても正直訳が分からなくなる。

 

『ここが会議室、みんな良い子だから心配要らないよツララ。きっと仲良しになれる』

 

 いつの間にか目的地に着いていた。

 

 私の不安な心情を慮る声が届く。温かく優しいソウルに疑念の渦巻く心が少しだけ落ち着く。

 

「ああ、そうだな。私は大丈夫、案内ありがとうヘメラ」

『食事を用意してるから、お話が終わったらみんなで食堂に来てね』

 

 ほんの少しだけ口角を上げて笑顔を見せたヘメラに、私も笑顔を返す。

 

 そして、意を決して会議室の扉を開けた。

 

 室内ではソウルセイバースの面々が整然と着席して私を待っていた──などという事はなく、それぞれがバラバラで無秩序に、思い思いに寛いでいた。

 

 複数のソファやテレビモニター、小型の冷蔵庫まで持ち込まれた室内は会議室というよりは溜まり場と表現するのが相応しく思える。

 

「あっ、ツララさん。姉さん達の様子はどうだった?」

 

 木星ユキテルと話をしていたトウヤが私の入室に気付き、こちらへとやって来る。ヒムロとレイキも一緒だ。

 

「トウカ様は目を覚まさないが、さっきまでとは違って穏やかな様子だったよ。ヒカリも治癒を続けた疲労が溜まっている様子だから休ませた。二人はヒサメ達三人が交代で様子を見るから心配は要らない。ヘメラもいるしな……ああ、ついでにマーズリバースも気を失ってるだけで特に問題は無いそうだ」

 

 私の目から見ても、トウカ様のソウルに乱れは無かった。医療にも通じているヘメラのお墨付きも貰ったので問題は無い。トウカ様はじきに目を覚ますだろう。

 

「そっか、良かった……あ、マモル君の方も大丈夫そうだよ。ソウルを使い過ぎた後はしばらく目を覚まさないけど、マモル君はそういう体質だから問題無いってさ。以前にも同じ様な事があったんだって」

「ああ! マモルはああなった後は更に強くなって復活する! 目覚めが遅いのはその為の準備期間らしいぜ! SS団との決戦の後もそうだった!」

「そうだね、マモル君が空中要塞で僕の事を情熱的に助けてくれた後も同じだった。はぁ、マモル君……」

 

 目覚めるのが遅い体質? 強くなって復活する? 

 

 ますますあいつの謎が増えるな、実は男だった時点で正直理解に苦しむ所があるのに……

 

「じゃあ、これで全員揃ったかな? 話を始めようかミカゲさん」

「そうですねナガレ君。マモル殿がお目覚めになる前に、私達の方でもある程度のすり合わせは必要です。注意事項も有ります。ニンニン」

 

 モニターの前で何やら映像を見ていた青神ナガレと冥王ミカゲが立ち上がる。好き好きに寛いでいた室内の者達も、ようやくかと言った様子でこちらへと向き直る。

 

 そうだな……話を始める前にハッキリさせておこう。これから仲間としてやって行くのであれば、本音を隠し黙っている方が不誠実かもしれない。

 

「待ってくれ、話を始める前に聞きたい事があるんだ。冥王──いや、黒神ミカゲ」

「拙者に聞きたい事ですか氷筍ツララ?」

 

 私の剣呑な様子を見て、黒神ミカゲはなにかに気付いた表情を見せる。

 

「ふーむ……なるほど。そう言えばアナタもあの場に居ましたね。だから私の事は信用出来ない! そんな所ですか?」

 

 私と黒神ミカゲの間に流れる不穏な雰囲気に、室内の緩やかな空気が緊張した物へと変わる。場を乱す私に苦い表情を向ける者もいる。

 

「……そうだな、正直私は君の事が怖い。何を考えているのか分からなくて不気味だ。こんな状態で仲間になるのなんて……ゾッとするよ」

「ツララさん! そんな言い方は失礼だよ!」

「おいおいどうしたツララ? お前らしくねぇ」

「最初から喧嘩腰は良くないぜツララさん、まずは互いを知って話し合いしてから……」

 

 トウヤ達が私を咎める様に声を上げる。正しい反応だ。 

 

 私達は窮地を助けて貰った立場で、これから仲間になろうと言うのにこの言い草、どう考えても私が悪い。それは自覚している。

 だが、トウヤ達は知らない。冥王ミカゲが五年前の魂魄の儀を襲撃した事実を。

 

 あの時の恐怖、彼女のもたらす闇の凄まじさは実際に体験しなければ理解出来ないだろう。

 

 私は恐ろしさのあまり、ただ震えて見ている事しか出来なかった。あの場で冥王ミカゲに立ち向かう事が出来た子どもはトウカ様とタイヨウとミズキだけ、その三人も冥王ミカゲに傷一つ付ける事もできず、あっという間に破れた。

 

 今この場に居るもの達はトウヤも含めて殆どが五年生、対策の為に調べていたデータに無く、見馴れない者も数名いるが明らかに惑星の一族の関係者ではない。

 私達の代の魂魄の儀を経験した者は、私と冥王ミカゲを除きこの場にはいないはずだ。

 冥王ミカゲの悪名も、各地で実力者を襲撃して回った部分しか知らないだろう。あの時の出来事には一族の関係者に箝口令が敷かれている。

 

「黒神ミカゲ……今の君と、五年前の君がどうしても結び付かない。あの時感じた身の毛がよだつ様な闇の力が今の君からは感じられない。それがどうしても気になるんだ」

「ふむ、それは──」

「だから私は今の君が知りたい。トウカ様と私達を助けてくれた事を本当に感謝している。私はここにいる者達と志を同じくして、仲間としてやって行きたいと願っている。それも私の嘘偽りの無い気持ちだ」

 

 私が歩み寄りの姿勢を見せた事に、トウヤ達はほっとした様子を見せた。

 

「いや、尋ねるのであれば、まずは自分の事から話さなければ失礼だな。私の名前は氷筍ツララ、十二歳で小学六年生。トウカ様を支え、お守りするウラヌスガーディアンズを纏める立場にある。好きなものは男の子同士が仲良くしている光景。趣味はそれを漫画に書くことだ」

「な、何よこの女? 急に何を言い出すの?」

「おい……俺達は何を聞かされている?」

「まあまあ、素敵な趣味。ウフフ、仲良くなれそうですわね」

 

 困惑する周囲、僅かに混ざる肯定の声。詳しく語りたい気持ちはあるが今はその時ではない。

 

「趣味を親に見つかり禁止された時に、トウカ様は私の趣味が続けられる様に計らってくれた。私の趣味が自分には理解出来なくても、それを否定せずに私の好きを肯定してくれた。トウカ様は周囲の者の心を汲み、力になってくれる優しい人だ。私はそんなトウカ様が大好きで心の底から尊敬している」

「トウカさん、器が大きいでやんす……」

「昔から人望があるよねトウカさん。僕達にも優しかったし」

 

 ほう、神立ビリオ、木星ユキテルはわかっているな。

 

「そんなトウカ様が信じて連れて来たマモルが、私達元クリスタルハーシェルが抱えていた問題を解消するきっかけを作ってくれた。望みを偽らない事の大切さを教えてくれたんだ」

「へへ、マモルは昔から嘘付くのが下手だからな」

「実家の庭でツチノコを見たって最後まで主張してたよなー」

 

 ……実家の庭にツチノコ? 少し気になるが我慢だ。

 

「だから私はマモルを信じる。そして、マモルの仲間である君を信じたいと思っている。仲間が信じた者を信じる事。それも絆の一つの形なのだと私は思う」

「なるほど、あの頃の私なら一笑に付すでしょうが、今の私には人と人との繋がりを信じる気持ちが理解できます。それを踏まえた上で氷筍ツララ、アナタは私の何が知りたいのでしょうか? ニンニン」

 

 知りたいのは変わった理由。そして恐らくそれは……

 

「黒神ミカゲ、君がマモルと共に行こうと決めた理由やきっかけを知りたい。いきなりで不躾な質問であることは自覚している。答えられる範囲で構わない。私に今の君を教えて欲しい」

 

 冥王ミカゲの変化にはマモルが関わっているはずだ。そんな確信にも似た予感がある。

 

「むふふ、つまりアナタは拙者とマモル殿の──運命的で必然的で情熱に満ちた愛のメモリーが聞きたい訳ですね!! ニンニン!! しょうがないですねぇ!! 少し恥ずかしいですがそこまで求められるのであれば語りましょう!!」

 

 突如嬉しそうに声を荒らげ、へにゃへにゃとした表情でくねくねと身をよじり始める黒神ミカゲ。

 五年前、人の姿をした造り物の様だった彼女と同一人物とは思えない反応だ。ここまで感情表現が豊かに変わるとは……

 

「拙者は冥王家の長女として生まれました。そして生まれ付き闇の祝福を受け、自分で言うのもなんですが絶大なソウルと力を持ち合わせていたのです」

 

 お、生い立ちから語るのか? そんなに初めから……いや、より深く彼女を知ることが出来るから良しとしよう。

 

「当時の拙者は周囲の全てを見下していました。私にソウルギアを扱う事を禁じた負け犬揃いの冥王家、軟弱な父親、馬鹿で馬鹿な兄、魔界から戻らない母親。周囲の人間は弱い癖に自分を縛る、下らなくて価値の無い物だと……まあ、冥王家自体は今でも見下しています。父親と兄が嫌いなのに変わりはありません、ニンニン」

「魔界? ああ、マリアの言ってた地下大空洞の西側の奴だな」

「その通りですソラ様。天に仇なす罪深き者共の本拠地、いずれ天に選ばれし勇者であるソラ様が浄化せねばなりません」

 

 ソウルギアを禁じられていた? 彼女もまた生まれた家に縛られていたのか。そこは私達と変わらないな。

 

「なので六歳の誕生日に、制止する家の者を叩きのめして家出しました。そして、とある動物園でぼんやりと動物達を眺めてこう思い至ったのです。私が世界を闇で包み、愚かな人間達を飼ってあげよう、きっとそれこそがこの世のあるべき姿だ。ニンニン」

「な、なんでそうなる!?」

 

 普通はそうならないだろ!? どういう思考回路だ!? 

 

『おいおい、コイツ本当に大丈夫なのかよユキテル?』

「ミカゲさんは頼りになる人だよユピテル。中国の裏カジノでの逆転勝利は凄かった……ちょっと焦ったけどね」

「ちょっとじゃないわよユキテル! みんなで稼いだお金を勝手に全部賭けた時は焦り過ぎて心臓が止まるかと思ったわよ!」

「まあ、結果的には勝ったよな? 結果的には……」

 

 中国の裏カジノ? まさか彼等が捜索しても見つからなかったのは海外にいたから? 

 

「檻の中で管理される動物達が、意外にも幸せそうだったからです。とある人物の助言もあり、より強き者に管理されるのが生き物にとっての幸せであると結論付けました。ならば、この世で最も力を持った拙者が脆弱な人類を闇の中で飼育し、管理してあげようと決めたのです。ニンニン」

「うわぁ、ディストピアって奴?」

「昔のミカゲはおっかないネ。暗黒大魔王アル」

 

 自分を人類にカテゴライズしていない? 

 

「思い至ったが吉日。拙者は近々魂魄の儀が執り行われる事を影を介した情報収集で知っていました。丁度いいので星乃町の星辰の間を目指したのです。氷筍ツララ、コアソウルが最も活性化する日、アナタ達の代の魂魄の儀に合わせてです。ニンニン」

「黒神、魂魄の儀に参加したと言うのは、当日に飛び入り参加だったのか?」

「僕は納得だよ兄さん、ミカゲはルールを破るのが好きだからね」

 

 それが魂魄の儀襲撃の理由? だが……

 

「あの時の君は、道を阻む者を蹴散らした後にコアソウルに触れ、その中へと消えた。そして、しばらくするとソウルスピナーを手に戻って来てあの場を去ったな? プラネットシリーズのソウルギアを手に入れ、それでどうやって世界を管理するつもりだったんだ?」

 

 魂魄の儀でのみ与えられるプラネットシリーズのソウルギア。確かに強力なソウルギアだが、流石に世界を支配する程の力は無い。

 

「いえ、当初の目的はプルートを得る事ではありません。冥王星のコアソウルの中をアンラ・マーニュの闇で限界以上に活性化させ、全てのコアソウルとの共振によりソウルインパクトを引き起こす予定でした。さらに、ソウルインパクトの爆発力を利用してあらゆる星々へのソウルロードを敷いて移動手段を得た後に、全ての惑星とその衛星、全天二十一の恒星を拙者の闇の力で支配。得られたソウルを全て私の闇へと変換し、天の川銀河全域を飲み込む目論見でした。そうすればあらゆる事象を管理出来たはずです、ニンニン」

「銀河規模の野望……」

「うわぁ、僕でもそこまでやらないよミカゲさん」

 

 ……は? 

 

「も、もしかして五年前の襲撃は一族どころか世界の危機!? それどころか銀河の危機だったのか!?」

「ヒャハァ!? 流石ミカゲの姐さんだぜェ!! スケールがデケェなァ!!」

「いやはや、お恥ずかしいですヒカル君。拙者も若い頃はやんちゃをしておりまして……えへへ、ニンニン♡」

 

 や、やんちゃで済ませていいレベルじゃ無い! 周囲の者達もドン引きしている。

 

「だが、その目論見は失敗したんだよな? コアソウルの中で惑星の意思達に野望を阻まれたのか?」

「えへへ、それは違います氷筍ツララ」

 

 違う? それならば、一体どうして世界は無事なんだ? 

 

「愚かにも驕り高ぶっていた拙者は!! コアソウルの中で過ちを思い知らされたのです!! 真に世界を統べるに相応しい御方に敗北しました!! そう!! マモル殿に!!」

「コアソウルの中で……マモルに負けただと!?」

 

 マモルが五年前の魂魄の儀に参加していた? 

 馬鹿な、あり得ない。あの場にいたのは全員が顔見知りで、見慣れない者など一人もいなかった。

 そもそもアイツは一つ下の学年だろう? ソウルメイクアップで誰かに成り代わっていた? 

 

 

 いや、マモルは月読家の人間。ならば……

 

「そうか、月読家ならば他の者達と接触させない為に星辰の間以外の場所で儀式を行っていてもおかしくはない。マモルは実は私達と同じ年齢で、本来は六年生……なのか?」

「別室で儀式を執り行っていたのは正解です。マモル殿は星辰の間ではなく、星宮殿内部に秘密裏に存在する月影の間で、アナタ達と同日に魂魄の儀に参加していました。でも、年齢は間違い無く私達の一つ下です。体質故に一年早く参加せざるを得なかったと言っておりました。ニンニン」

 

 体質が理由? コアソウルに己のソウルを少量捧げるのと体質になんの関係があるのだろうか。

 

「マモルがそう言ったのか?」

「いえいえ、マモル殿が廻転町にお住まいの時にグランドカイザー、マモル殿のお父上から直接お聞きしました。マモル殿ご自身は魂魄の儀での記憶を失われておりますゆえ……うぅ、お労しやマモル殿」

 

 グランドカイザーと面識が……いや、そこは不自然ではない、マモルの父親ならば会う機会は存在する。

 しかし、マモルの奴がますます意味不明になって来た。なんで魂魄の儀で記憶を失う事態に陥る? 

 

「ですが、当時の拙者はそんな事は露知らず、それどころかマモル殿のお姿もお名前も分からぬままに戦いは終わりました。戦いの舞台はコアソウルの中でも一番深き所、互いに肉体を脱ぎ捨てたプラネテスとして、剥き出しのソウルと魂がぶつかり合う形で行われました。拙者は元々、肉体を捨ててあらゆる闇と同化するつもりだったのです。ニンニン」

 

 冥王ミカゲがコアソウルに消えて帰って来るまでは、精々十分程度の出来事だった。

 そんな短い間に、コアソウルの中で銀河の命運を決める重要な戦いが繰り広げられているなんて想像できる訳がない。

 

「マモル殿に己の矮小さを分からされた拙者は、気が付けば力の大部分を失い、プルートを手に現世へと帰還していました。そして、己が拘っていた闇も、対となる光も、偉大な魂とソウルの前では矮小な枠組にしか過ぎないと蒙を啓かれたのです。鮮烈で衝撃的な体験に、拙者は夢見心地のままその場を立ち去りました」

 

 確かに冥王ミカゲはあの時、ソウルスピナーを手にしばらく立ち尽くしていた。そんな風に思っていたとは……

 当時の私は恐怖のあまり、冥王ミカゲの心情など推し計る余裕が無かった。倒れ伏すトウカ様を抱き締め、冥王ミカゲがその場を大人しく立ち去ってくれた事にただただ安堵していた。

 

「無意識の内に再び件の動物園へと戻った拙者は、心を満たす素晴らしい満足感と、胸を焦がす喪失感を同時に味わっていました。自分が見下してくだらないと思っていた世界には、あんなにも素晴らしい御方が存在し、心とソウルとはこんなにも揺れ動くものなのかと感動していたのです。ああ、あの素晴らしいソウルの持ち主にもう一度会いたい、側に居たいと強く願いました。生まれて初めて強い衝動を得たのです」

 

「へへっ、ソウルと魂でぶつかりあったならソウルバトル! 本気のソウルバトルの後には絆が生まれるものだぜ!」

「そうだねソラ君、ソウルバトルの後にはどんな形にせよ繋がりが生まれる。一度繋がればまた巡り合うのは必然だ」

 

 それは本当にソウルバトルか? 別次元の戦いな気がする。

 

「ですが、当時の拙者には自分に素晴らしき敗北を与えてくれたマモル殿のお姿もお名前も分かりません。力の大部分も失ってしまったので、力任せに一族から情報を得るのは不可能でした」

 

「ううっ、会いたい人に会えないのは可哀想ですぅ。私もミナト様に会えなくて毎晩震えてました。田中さんが貸してくれたスコルとハテイを抱きしめて、寂しい夜をなんとか耐えてましたぁ」

「うーん……そんなに可哀想かなミオ? 割と自業自得じゃない?」

「はい! ミナト様がそうおっしゃるなら自業自得です! 黒神ミカゲは全然可哀想じゃありません!」

 

 同情できる様なできない様な……

 

「なので、学生時代に天照アサヒ社長のチームメイトだった私の父親を利用する事を決めました。冥王家の為に働く振りをして、情報を引き出す事にしたのです。結局マモル殿に繋がる情報を得られませんでしたが、その後マモル殿の役に立つ情報はそれなりに得られました。実家にカロンが保管されていたなどを知ったのもその時ですね」

「カロンを知ったのはファインプレーね、本当に助かってるわ。ヘメラのカレーは絶品だから毎日でも飽きないわよ」

「確かに上手いけどよぉ、ヘメラの献立はカレーかカレー味しかねえンだよな……」

「うう、ガミタ君。僕もカレー以外が食べたいでやんす……」

 

 そういえばヘメラが食事を用意していると言ってた。

 私のせいで話し合いに時間がかかり、ヘメラを待たせてしまっている事に気付き新たな罪悪感がプラスされる。

 

「各地の実力者の情報を頼りに、国内を巡って捜索もしました。ですが、弱体化した拙者に簡単に敗れる様なソウルギア使いや魂魄術の使い手にしか出会えませんでした。マモル殿の情報の手がかりすら掴めなかったので、拙者はとある計画を実行に移す事に決めました」

「とある計画だと?」

 

 冥王計画とは別の物だよな? 一体何を企んで……いや、改心したのならそこまで危険な計画ではないのか。

 

「はい、プラネット社を潰し、国内を拙者が征服する計画です。とりあえず国内を闇と混沌に包めば、拙者に敗北を与えてくれた御方がもう一度自分の前に現れてくれる。混沌の中で再会を果たせると考えたのです。名付けてカオス・リユニオン計画。ニンニン」

「カオスはいらねぇだろ。普通に再会しようぜ」

「ウフフ、再会を劇的に演出したい乙女心……ロマンチックですわね」

 

 駄目だ。スケールダウンしているだけで、まだ危険な本質は変わっていない。

 

「弱体化した拙者では、流石に単独での計画成就は不可能です。なので拙者の手足となって働く部下を欲しました。そこで目を付けたのが廻転町です」

「へぇー、ミカゲさんが廻転町に来たのにはそんな理由があったんだなヒカル」

「ヘヘッ、カイテンスピナーズが結成されなかったらやばかったかもなァ、ホムラァ?」

 

 あっ、チームメイト達も初耳なのか……

 

「プラネット社最強の戦士、火星ホタルの一人息子であるホムラ君。実力者ながらも魂魄優生思想を唱え、青神家の役目から外されたナガレ君。初代白神家当主の再来と評され、天才的な和菓子作りの腕を持つヒカル君。金星家当主を確実視されながらも、復讐の道を選んだアイジ君。SS団と手を組み、地球のソウル環境の改善を目論む花咲翁末裔の四人。廻転町は実に魅力的な人材の宝庫でした」

「おやおや、そんなに早い段階でミカゲに目をつけられていたとはね」

「いやはや、アイジ様の美しさは目立ちすぎるのが唯一の弱点です」

 

 確かに、カイテンスピナーズにはプラネット社に反抗的な実力者が揃っている。特に金星アイジの件はプラネットソウルズの中でもよく話題に上った。

 だが、冥王ミカゲは六年生の間で名を呼ぶのも憚られており、表向きには話題にならなかった。公に話すのはタブー、それがあの日を知る子ども達の暗黙の了解となっていた。

 

「廻転町に着いた拙者はまず、情報収集の為にあえてSS団に捕まりアジトに潜り込みました。今にして思えばあれは冥王星の導き!! 愛故の必然!! 拙者の純真で無垢なる願いが運命を引き寄せたのです!! ニンニン!!」

「確かにおかしいとは思ったのよ。噂の冥王ミカゲがやけに簡単に捕まるから」

「逆にマモルの奴を捕まえるのは骨が折れたな。アイツは本当にしぶとく暴れるから最後は数で力押しだったよ……」

 

 今はヴィーナスガーディアンズを名乗る四人は、当初はマモル達と敵対していたのか。

 御玉町、廻転町、撚糸町、この三つの町で何やら事件が起きていたのは承知しているが、直接調べるのは社長直々の命で禁じられていたので詳しい経緯を私達は知らない。

 危険な組織が絡んでいるので、子ども達は手出し無用だとトウカ様は説明を受けたそうだが……今にして思えばかなりキナ臭い。

 

「そして遂に!! SS団のアジトの牢に囚われたか弱き拙者は!! 私と戦った記憶が無いにも関わらず!! けれど運命に導かれたマモル殿に助けられたのです!! ああ!! 思い出すだけで胸が高鳴ります!! マモル殿の凛々しさと神々しさ故に!! 視界は開かれ薄汚いアジトですら輝いて見えました!! 二人きりでの再会が遂に果たされたのです!! はぁ、今思い出しても素敵です……ニンニン」

「ん? 二人きり? 俺達もあの時は敵だったヒバラ達もあの場に居たよなナガレ?」

「ホムラ君、今は沈黙が正解だよ。この話に水を差すと後が怖い」

「お口チャックだホムラァ! ああなった姐さんの邪魔は危険だぜェ……」

 

 自分で捕まった癖にか弱い……

 

「えへへ、マモル殿は拙者の手を取り!! 一緒にソウルスピナーで戦おうと言ってくれました!! その御手に触れた瞬間!! 拙者の身体を衝撃が駆け巡り!! この御方こそが私を打ち負かした魂とソウルの持ち主だと確信したのです!! ああ、なんて素敵で運命的な再会!! しかも……君と一緒にソウルスピナー出来ないと僕は死んでしまうって情熱的に勧誘されちゃいました!! むふふー!!」

「ああ、みんなで力を合わせなきゃ死ぬって叫び回ってたよなアイツ」

「ホムラ達三人にも言ってたな。アジトをちょこまか逃げ回りながら場をかき乱されて、結局全員牢から解放されて負けたんだよなぁ」

 

 少し認知の歪みが見られるが、マモルとの再会と仲間に誘われたのがとてつもなく嬉しかったのは伝わって来る。

 話を聞く限りだと、彼女は、それまで単独で動いていた黒神ミカゲは、誰かと力を合わせてソウルギアを扱う経験も無かったのだろう。一緒にソウルギアで戦おうと誘われたのが孤独な心に響いたのか? 

 

「黒神ミカゲ。つまり君は五年前にマモルに敗北して価値観が変わり、その後にマモルと再会して仲間に誘われたのが嬉しかったので力を貸している……そういう認識でいいのか?」

「それも間違いでは無いですが……そのぉ、理由はもう一つありましてね? 一番の理由が……えへへ、恥ずかしいです。ニンニン」

 

 黒神ミカゲが顔を赤らめてもじもじと身体をくねらせる。何を恥ずかしがっている? 一番大事な理由だと? 

 

「言いにくい理由なのか? それならば無理には聞かないが……」

「言いたく無い訳ではないのです氷筍ツララ! 他のみんなもどーしても聞きたいと言うのならば! マモル殿には内緒にすると約束してくれるならば特別にお話します! むふー、ニンニン!」

 

 物凄く聞いて欲しそうだ。ここまで話を聞かせてくれたのだ、尋ねるのが礼儀だろう。

 

「分かった。マモルには内緒にするから聞かせてくれ、皆も約束出来るよな?」

 

 周囲の者達は興味津々なのが半分、やれやれと言った様子が半分。

 

 分かった、了解、早くしろと言った同意の声が次々と届く。

 

「ではでは、実はそのぉ……初めてお目にかかったマモル殿の……むふふ、お顔立ちが……えへ、あまりにも拙者の好みのド真ん中でして……あどけなさの中の凛々しさに、拙者のハートはズキュンと撃ち抜かれ……きゃー!! 言っちゃった!! 恥ずかしいです!! ニンニン!!」

「……え、それだけ!?」

 

 きゃーきゃーと叫びながら顔を手で覆い隠し、地面を転がり足をバタつかせる黒神ミカゲ。

 つまり、一番大事な理由とは……マモルの顔が自分の好みのタイプだったから? 

 

 あ、浅い……勿体ぶった割には、一番大事な理由が一番俗っぽい。

 

 黒神ミカゲの告白に、周囲の反応は呆れた様子の者が多いが、一部はなぜか興奮して盛り上がっている。

 

「やっぱり男女の出会いはインパクトが大事ネ! ロンロンもユキテルの情熱的なプロポーズにメロメロアルヨ!」

「ウフフ、そうですわね。ああ、ユキテル様。颯爽と私を連れ去ってくださった貴方様を、カミラはお慕い申しております」

「あ、あれは……その……」

「ちょ、ちょっと!! ユキテルに抱きつくのはやめなさい!! 困ってるじゃないのよ!! 聞いてるのロンロン!? カミラ!?」

『ユキテルお前、大人になっちまったな……』

 

 想像していた理由とは違うが……まあ、これはこれで納得はできる理由。私も一応は女子、理解はある。

 

「以上が拙者とマモル殿の愛のメモリー出会い編です!! 廻転町での逢瀬編も聞きますか!? ニンニン!!」

「い、いや……もう十分だ。話をしてくれてありがとう黒神ミカゲ、お陰で今のお前が少し分ったよ」

 

 思考の吹っ飛び方にはついていけないが、好きな人の力になりたい。そのシンプルな理由は私にとって納得の行く答えだ。

 

「そうですか? 拙者がいかにしてマモル殿から最も信頼されて愛される忠臣になったのか聞きませんか? ニンニン」

「いや、マモル君に一番信頼されて愛されてるのは僕だよ。何いってんのミカゲ?」

「は?」

「あ?」

 

 突如として黒神ミカゲの発言を否定する水星ミナト。

 

 その発言を皮切りに、先程の浮かれた様子から一変して険悪な雰囲気が流れる。

 

「ミナト? 前々から思っていましたが、お前はマモル殿がお優しいから勘違いしていますね。ちょっと思い上がりが過ぎます。ニンニン」

「いや、勘違いしてるのはミカゲの方だよ? 大体僕の方がマモル君に早く出逢ってるんだからさ、ミカゲの方が弁えるのが道理でしょ」

「は?」

「あ?」

 

 互いの顔をくっつく程に近づけ、至近距離で睨み合う二人。両者共に恐ろしい形相だ。

 

「耳が腐ってるんですか? 五年前に出逢ってるんだから拙者の方がどう考えても先でしょう?」

「コアソウルの中での話でしょ? しかも当時は姿も分からないし、マモル君も覚えていないって自分で言ったじゃん。ノーカンだよそんなの。御玉町で敵と味方として悲劇的に出逢った僕の方が実質先だよ先」

「は?」

「あ?」

 

 これは、止めないと不味くないか……

 

「最初から味方の方が偉いと思いますけどぉ!? しかも拙者はマモル殿の方から熱烈に勧誘されたんですけどぉ!?」

「マモル君は命懸けで敵である僕を求めたんですけどぉ!? 初めて出逢った戦場で思い切り抱きつかれちゃったんですけどぉ!?」

「ミナト、あれはソウルシューター初心者だったマモルが破れかぶれにサバ折りをかましただけだと──」

「兄さんは黙っててよ!!」

「す、すまん……」

 

 もはや額を擦りつけ合いながら睨み合う二人、言い争いもヒートアップしている。

 だが、周囲を見回すと慌てている者は無く、落ち着いた様子。喧嘩を止めないのは……もしかして言い争いはよくある事なのか? 

 

「そこまでだぜミナト! ミカゲ! マモルが決めただろ? チーム内で諍いがあったらまずはソウルギア以外の勝負で決める!」

「そうだぜミカゲさん! ここはいつも通りの方法で決着だ! ヘメラ! ルーレットを持ってきてくれ!」

 

『どうぞ、用意したよ』

 

 いつの間にか会議室に現れたヘメラの横には、キャスターが付いて自立する移動式のルーレット台があった。さらにヘメラの手に持つケースには、黄金に輝くダーツの矢が光っている。

 バラエティ番組などで見られる、お題の書かれたルーレットを回してダーツを投げ、刺さった奴に決定するアレだ。ルーレットには対戦型のオモチャの名前が複数記されている。

 

「この前みたいにソウルドンジャラでボコボコにしてやります! 今日もお前はハコテンです! ニンニン!」

「はぁ!? ソウルワニワニパニックで僕に勝てないの忘れたの!? ミカゲなんて瞬殺なんだけど!」

『ツララ、はいダーツ。投げて』

「わ、私が投げるのか?」

 

 BGMと共に回り始めるルーレット、ギラギラとした目付きで私の手元のダーツを睨み付ける二人。

 

 クッ、やるしかないのか……

 

 黄金に輝くダーツの矢を軽い力で放つ。結果によっては恨まれそうなので狙いは付けない。とにかく的に当てる事だけを意識する。

 

 矢は外れる事無くルーレットに吸い込まれ、輪の外側辺りに突き刺さった。

 

「今日の種目は……ソウルジェンガ! ソウルジェンガに決定だぜ!」

「ソウルジェンガか……」

「ソウルジェンガですか……」

 

 微妙にトーンダウンする二人、あまりお気に召す結果では無かった様子、ソウルジェンガは苦手なのか? 

 

「これ、勝った方はどうなるんだソラ? 本人が寝てるのに一番を決めるってどうなんだ?」

「そうだな……よし! 勝った方がマモルを看病する権利を得るってのはどうだ? あんまり大勢で医務室に押しかけるのは良くないからな! マモルが目覚めて体調が戻るまでは、医務室には治療するヘメラとヒカル! それとゲームの勝者しか入れない事にしよう!」

「ッシャア! やるぞコラァ! 僕に力を貸してくれメルクリウス!」

「負けられません! プルート、拙者に冥王星の加護を!」

「あっ、僕も参加していいかな?」

「ほら、ユピテル。負けていいの? アンタも参加しなさい!」

『お、俺は別にいいよ……』

 

 もう一人のヘメラが巨大なソウルジェンガを運んで来た。私の身長より大きなジェンガタワーが、二人のヘメラの手によってあっという間に積み上げられていく。

 

 一気にテンションを上げ、タワーへと殺到する二人と飛び込み参加の木星ユキテル。

 

 そんな三人を会議室の大多数が輪になって取り囲み対決を囃し立てる。場の意識が対決の行方に向かい、話し合いの空気が霧散してしまった。

 その様子を呆気に取られて眺める私達に近付いてくる三人の男子……百地リク、青神ナガレ、神立ビリオだ。

 

「悪いねツララさん、トウヤ君、レイキ君、ヒムロ君。この船は大体こんなに感じだからさ、ちゃんとした話し合いは明日になりそうだ。それで、望む答えは得られたかな?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべ、私に声を掛けてくるのは青神ナガレ。笑顔の筈なのにどこか値踏みされている様に感じる。

 

「ああ、納得の行く答えが聞けたよ。大事な人の力になりたい、私にも馴染みの深い理由だ」

「うん、そうだねツララさん。やっぱり噂や伝聞だけじゃ人となりは分からない、直接話を聞かなくちゃね」

「へっ、悪名高い冥王ミカゲにしては拍子抜けで甘ちゃんな理由だが……悪くねぇ、嫌いじゃねえ甘さだ」

「ああ、トウカ様や他の皆もきっと納得する理由だぜ」

 

 私の言葉に三人も同意する。トウカ様達にも私の口から今の黒神ミカゲを伝えよう。

 

「それは良かった。なんとか丸く収まりそうで安心したよ。ツララさんはミカゲさんと喧嘩をしたいのかと思ったけれど、思い違いみたいだね」

 

 ……青神ナガレの態度は少し気にかかるが、悪いのは私の方だ。

 

「場を乱し、君のチームメイトを侮辱する発言をして済まなかった……謝罪する。だが、さっきの発言は私個人の物でチームの総意では無い事は理解して欲しい」

「はは、分かってるよ。でも、謝罪の言葉はミカゲさんに直接言ってあげて欲しいな。意外にそういうの気にするんだよあの人」

 

 そうだな、黒神ミカゲには後で直接謝らなくてはならない。

 

「まあまあ、ツララさんもナガレもそう固くなるなって。俺達だって当初集まってしばらくは喧嘩ばかりだっただろう? ツララさん達は急に立場が変わったんだ、いきなり全部を割り切るのは難しいぜ。これから徐々に互いを知って行こう」

 

「毎日何かしらで対決してたでやんすからね。でも、この夏にカロンで各地を旅する内に新たな仲間を増やし、困難を乗り越え、僕達三つのチームは仲良くなれたでやんす。それに、これから来年の夏にかけて長い戦いが始まる……焦りは禁物でやんす」

 

 少し険悪な雰囲気の私達を諭す様に、二人が仲裁の言葉を口にする。

 

「そうだね……ごめんツララさん、少し意地悪な態度だった。でも、ミカゲさんを不安定にする様な発言は本当に勘弁してくれないかな? さっきは正直肝が冷えたよ。今回はポジティブな方に傾いたから良かったけど」

「あ、ああ……今後は気を付ける」

 

 青神ナガレは、黒神ミカゲへ仲間意識と同時に、危機感も抱いている? やけに切実な想いの込められた発言だ。

 

「でも、これから俺達はソウルセイバースとして一緒に戦って行くんだ。何もかもを包み隠さずとまでは言わねーけど、お互い言うべき事はハッキリ言ったほうが健全だぜ。なあ、ビリオ?」

 

「そうでやんすね。仲間に隠し事は……はは、良くない。本当に良くないでやんす。でも、ミカゲさんについてもこれからはマモル君が側に居るからそこまで心配はいらないでやんす」

 

「いや、側に居るが故の暴走もあるんだよ? ヴィヌシュでの決戦でマモル君が倒れた後なんて本当に大変だったよ……」

 

 やけに実感のこもった語り口、一体ヴィヌシュとやらで何があったんだ? 

 

「あ、そうそう。本当はミカゲさんから説明する予定だったけど、当人はそれどころじゃ無さそうだから僕から説明するね。マモル君に関しての注意事項があるんだ」

「マモルに関しての注意事項?」

 

 これ以上アイツになにがあるんだ……

 

「マモル君が五年前に魂魄の儀に参加していたという事実を、本人に直接伝えるのはやめて欲しい。いきなり記憶が戻るとマモル君の身体が耐えられずに危険だ」

「記憶が戻ると……マモル君が危険?」

「おいおい、なんだそりゃ? なんでお前がそんな事を知ってるんだよ?」

 

 レイキの疑問は最もだ。マモル自身が己を知らない事をどうやって知った? 

 

「マモル君の父親、グランドカイザーはマモル君のチームメイトだった僕達にこんなお願いをしてきたんだ。惑星の一族にまつわる事柄をマモルに話さないでほしい。マモルは自身を蝕むほどの強いソウルを記憶と共に忘却している。ソウルギアを通じてソウルの扱いを学ばせて元々のソウルに耐えられる身体を作り、徐々に記憶とソウルを取り戻したいから見守ってくれってね。ミタマとヨリイトの皆も頼まれたらしいよ、君達クリスタルハーシェルはどうだった?」

 

 グランドカイザーからの接触……そんなものは無かった。トウカ様もそれらしき事は言っていない。

 仮に、トウカ様個人に接触していたとしても、マモルの身の安全に関わる事ならトウカ様はそれを私達に伝えるだろう。

 

「今日の体育館で見たのが初めてだよ。そもそも家にも舞車町にも帰って来てないって話だったよね?」

「ああ、身の回りの世話は家政婦さんに頼ってるって聞いたぜ」

「そうだな、少なくとも私達には接触は無かったと思う。念の為にトウカ様達にも後で確認しよう」

 

 そう言えば四年生の偽田中マモル、マモルの母親とトウカ様は密かにソウルバトルをしていたな……その時に何か聞いているかもしれない。

 

「そうか、グランドカイザーは君達が知っている情報ならば伝わっても大丈夫だと判断したんだろうね。四つのソウルギアを修めたマモル君ならその程度は問題無い。そして、本来自分の勧誘に乗れば蒼星家である自分の手で、天照アサヒの社長の勧誘に乗れば蒼星学園でソウルカードを学ばせるつもりだったはずだ」

 

 グランドカイザーがソウルカードを教える? いくら蒼星家とはいえ、聖地のある蒼星学園以外でどうやって魂魄獣と契約するつもりだ? 

 まさか、知られていないだけで地脈の集中するソウルスポットが他にも存在して……

 

「グランドカイザーは自分の勧誘が断られて、マモルが一族側に付く事も想定していたってのか?」

「だろうね、グランドカイザーと天照アサヒ社長は個人レベルでは間違いなく繋がっている。いくらソウルメイクアップが使えるとはいえ、蒼星学園やファクトリーに潜り込めるなんて内部協力者が居なければ不可能だろう? 二人の間で話は通っているはずだ」

 

 ブルーアースとプラネット社の指導者同士が裏で繋がっている……ひどい茶番だ。

 だが、確かに社長本人もグランドカイザーは元チームメイトだと言っており、気安い様子で話もしていた。信憑性はある。

 

「確かに、今日の社長の言動には疑問が多い。一族間の閉じた集まりならばともかく、ローカル中継され今後拡散される可能性のある場で深く喋り過ぎていた。世間に広まれば間違いなく非難される様な目論見や願いを……あれは意図的なのか?」

 

「そうだろうね。そうでなければ、天照アサヒ社長が一族やプラネット社の評判を落とし、前社長派に糾弾される様な失態を犯さないよ。二十代の若さで自分の父親を社長の座から引き摺り落とし、現体制を敷いた傑物にそんな隙はあり得ない」

 

 だが、その理由はなんだ? 社長が一族に不利益な発言を広める理由……世論を操り一族やプラネット社を非難される事にメリットがある? 

 

「なあ、社長とグランドカイザーが繋がっているならなんでソウルバトルなんてしたんだ? もしかしてあれは擬装ソウルバトルかよ?」

 

「うーん、そこが良く分からないんだよね。擬装の為に活動に支障をきたす程の傷を負う必要があるのか……あるいは自分が直接動けない事をアピールするため? 確信にはちょっと情報が足りない」

 

 ソウルバトルしている内に盛り上がってやりすぎた……はは、まさかそんな訳は無いよな。

 

「ねえ、社長達の目的は置いて置くとして。もしかしてマモル君はソウルカードを扱える様にならないと危険なの? 身体が耐えられないって……」

 

「トウヤ君、心配はいらないでやんす。確かに僕達はグランドカイザーの想定外の行動をして、マモル君の身体には問題がある。でも、僕達はマモル君の記憶とソウルカードの習得の問題を一遍に解決する方法を知っているでやんす」

 

「おい、そんな都合の良い手段があんのか? それは一体なんだ?」

 

 確かに都合の良過ぎる手段。一体どんな解決方法だ? 

 

「それはな、教えてもらうんだよ。この星のあらゆる事象を見届ける者。ソウルの真髄を知り、それを俺達人類に伝えた伝道者に教えて貰えば全部解決だぜ! これから俺達はソウル仙人を探すんだ!」

「そ、ソウル仙人を探す?」

 

 太古から人類に予言とソウルの秘奥を授ける伝道者、またの名をソウル仙人、本当に実在するのか? だとしても伝説の彼の人をどうやって探す? 

 

「ナガレ従兄さん! たった今、内部協力者から例の件について連絡が入りました!」

 

 ソウルジェンガで盛り上がっている人の輪から、青神ミオがこちらへと向かって歩み寄って来た。

 

「内部協力者だと?」

「ああ、プラネットソウルズの下部組織に数人居るんだ。旧社長派の家の子とか、現状に不満がある子とか、純粋に報酬を求める子とか……とにかく、複数人から向こうの情報を流して貰ってるんだよ」

 

 私達側の情報を抜かれていたとは、流石青神家だな。恐ろしくもあるが今となっては頼もしい。

 

「で? どうだったんだいミオ?」

「はい、今回の同盟会議において、怪我人は軽症者が数名のみ。そして、命令に反した舞車町のランナー達の行動は全て不問になったとの事です。タイヨウさんが働きかけて、一時間前に社長から正式に許可があったそうですね。なんでも今回の会議は公には無かった事になるから、罪も無くなるだとか……無理やり過ぎますよねぇ?」

「本当に!? 良かった……」

「随分甘い対応だが、タイヨウらしいっちゃらしいか」

「でも、何事もなさそうで良かったぜ! 他のみんなの意思を確認する余裕も、回収する暇も無かったからな……」

 

 正確には、追手を振り切る為に黒神ミカゲが体育館でソウル爆弾を派手に爆発させたのが原因だが、今更そこは責められない。実際逃げる為には効果的な手段だった。

 

「私達の為に舞車町のみんなの情報を調べてくれたのか、ありがとう青神ナガレ」

「まあ、それだけじゃないけどね。でも、後顧の憂いは断って置かなきゃ思う存分力を発揮できないでしょ? もう少し落ち着いたらメッセージも送れるけど……宛先はどうする?」

「そうだな、ビックアイスの鈴木なら秘密の連絡網が──」

「あ、それともう一つ報告があります。天照タイヨウ達が中央小学校の校庭で怪しげな動きを見せているそうです、映像も繋がっているけど見ますか?」

 

 青神ミオが手にしたタブレットを机に置く。そこには私達の母校、夜の校庭が映し出されていた。

 プラネットソウルズのメンバー達が勢揃いしており、それを取り囲む様に一族の子ども達が集っていた。

 

「こ、これは?」

「な、何やってんだコイツ等……」

「今日の同盟会議で傷付きすぎて……狂ったかタイヨウ?」

 

 タブレットには驚くべき光景が……というか意味の分からない光景が映し出されていた。

 

 な、なんだこれは? 本当にどうしたタイヨウ? 

 

「もしかしてこれ、天照家に伝わる秘密の儀式だったりするでやんすかね? ナガレ君はなにか知らないでやんすか?」

「うーん、僕にも見当がつかないな。でも、どちらかと言えば月読家っぽくない? マモル君的というか……」

「いや、違うよ。タイヨウは狂っていない。本気だ、奴の目は死んでいない」

 

 トウヤがタイヨウ乱心説を否定する。何かを察したらしい。だが……

 

「そ、そっちの方が狂ってないか? 本気でこれをやってる方が精神状態に疑問が……」

「変わろうとしているんじゃないかな? 俺は今日、タイヨウと直接ソウルバトルをして少しだけあの人を知った。取り繕うようだったあの人がソウルを堂々と曝け出している……そんな気がするんだ。あれが本来のタイヨウなのかも」

「ま、まあ。お前がそこまで言うならそうかもしれんなトウヤ」

 

 正直私には理解の及ばない光景だが、直接戦ったトウヤがそこまで言うなら信じよう。

 でも、つまりそれは只でさえ強いタイヨウが更に成長しようとしている証。私達にとっては喜ぶべきではない事態でもある。

 

 だけど、だけど私の心の何処かにそれを喜ぶ気持ちがあった。

 自分でも上手く説明し難いが、今は敵となった筈のタイヨウが変わり、成長しようとしているのを嬉しく思う私がいる。そんな事は不誠実だと思いますかトウカ様? 

 

 いや、トウカ様ならきっと私と同じ気持ちを持つだろう。その上で私達が奴等以上に成長して正面から打ち勝てば良い、そう言ってくれるに決まっている。

 

 だから、早く目覚めて私に声を聞かせてくださいトウカ様。

 

 マモル、お前もだ。話したい事は山程ある。

 実は私は今の状況にワクワクもしているんだ。不安や心配と同じ位の希望と高揚が私の中に渦巻いている。

 これから始まる戦いの中で、とてつもなく大きな何かが変わる予感がある。きっとこの船に乗っている皆も同じ気持ちだ。

 

 だから、寝ているなんて勿体ない。早く起きて私達と一緒にこの気持ちを共有しよう。

 

 そして、ガラガラとなにかが崩れる音と悲鳴が部屋に響いた。

 

「ば、馬鹿な……拙者が、拙者が負けるなんてぇ!? うぅっ、マモル殿ぉ……」

「ッシャオラァ! ミカゲのざーこ! ざーこ! 次はお前だユキテル!」

「パワーならともかく、指先の器用さはストリンガーの方が上だよミナト君? アドバンテージは僕にある」

 

 なあ、頼むから早く目覚めてくれマモル。この諍いが激しくなる前に……

 



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