ドヴァーキンのヒーローアカデミア (Ghetto)
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Chapter I ドヴァーキン
0話:プロローグ


スカイリム世界での前日譚です。
主人公(ドヴァーキン)の名前や、ヒロアカ要素は(まだ)ありません。
書き溜めもなしのスタートですので、更新が遅くなる場合があります。


 ──―予想はしていたが……強い。

 世界を喰らう者、アルドゥインとの戦闘が始まり、かなりの時間が経過しているにもかかわらず、奴から弱っているような素振りは全く見られなかった。

 ノルドの3英雄を味方に引き入れて始まった決戦。

 

 晴天の空で霧を晴らし、ドラゴンレンドで翼を封じた。

 霧を消され大地に縛り付けられたたアルドゥインには、「焦り」の表情が確かにあったと思う。

 ……ここまでは良かった。

 

 だが翼を封じたにも関わらず、奴はシャウトとその巨躯に見合わない俊敏さで、俺達を寄せ付けようとしなかった。予定されていた大地に縛り付けてからの近接武器による短期決戦は望めず、シャウトと魔法が飛び交う、中距離の持久戦へともつれ込んだ。

 

 ドラゴンと人間では命の長さは勿論、体力・魔力・スタミナの絶対量が違いすぎる。故に、長引けば長引くほど、人間側が不利になる。

 その場にいる誰もがわかりきっている事実。だが、決着をつけようにも距離が詰められない。そのまま時間だけが過ぎていく。

 

「死ね!ドラゴン!」

「Fus RoDah!」

 揺るぎなき力を放ち、体制を崩してからの斬撃。しかし少しも動揺していないアルドゥインが、黄金の柄のゴルムレイスと古きフェルデルに向けて口を開ける。

「Yor……ToorShul!」

 ごう、という音と共に業火と風圧が発生し、二人の姿はたちまち見えなくなった。ドラゴンの、それもアルドゥインが放つファイアブレスだ。ノーガードの状態で直撃を受けてしまっては助からないだろう。

 

「この程度で我を倒すなどと……。愚かな定命の者達よ……その慢心を打ち砕いてやろう。」

「黙れ!その心臓を抉り出してやる!」

 刹那、アルドゥインの後ろにいた隻眼のハコンが大斧を振りかざし、跳躍。

 重量を活かした死角からの一撃。アルドゥインはこちらを向いているから、振り向きざまにシャウトでガードする事はできないはずだ。

 

 だがアルドゥインは動揺するそぶりも見せず、

「……次は貴様の魂で飢えを満たすとしよう。」

 気は進まないが、まぁ仕方ない。そんな気だるげな言葉を発した刹那──―

 隻眼のハコンの体が消えた。

 アルドゥインはこっちを見たままだ。

 ……奴は何をした。未知のシャウトか?魂縛の魔法?いや、魔力の気配は無かった。一体どうなって──―

 

「ドヴァーキン!落ち着いてくださいまし!」

 思考が停止していた頭に、セラーナの声が刺さった。

 そうだ、今は考えている場合ではない。考える前に、動かなくては。

「すまない、セラーナ。」

「大丈夫ですわドヴァーキン。あなたが強い事は私がよく存じております。父、ハルコンを打ち倒した時も、ウルフリック・ストームクロークの反乱を抑えた時も、あなたは冷静に戦っていましたもの。」

 そう言ってセラーナは俺の前に立った。

 いつものお嬢様言葉だが、声が震えている。

「今こんな事を言うのはおかしいかもしれませんが。父の呪縛から私を解き放って下さった貴方にはとても感謝しておりますの。ですが……。」

 そこで紡いでいた言葉を止め、セラーナはくるりと俺の方を向いた。

「もう少し、人間として。人間らしい普通の生活というものも、経験して見たかったですわ。」

「そうかい。それじゃあこの場をどうにかして切り抜けないといけないな。」

 現状で打てる策などない。ポーションによる弱体化・強化、魔法、シャウト。あらゆる手段を講じてみたが、決定打は与えられなかった。

 しかし、残るドラゴンスレイヤーは俺一人。ここで折れてしまってはセラーナに申し訳が立たない。

「という訳でそこは俺の場所だ。……少し下がっていてくれないか。」

 セラーナの手を取り、再び俺の後ろに移動させる。背中の大剣の柄の感触を確かめた。

 

「世界と共に死ぬ覚悟はできたか。ドヴァーキン。定命の者よ。」

 アルドゥインが感情のない声でそう問いかけてくる。

「いいや。次で終わらせる。最後くらい一騎打ちと行こうじゃないか。アルドゥイン。」

「路傍の塵が一人で我に勝とうなどとは……愚か!愚かなり!」

 感情などこもっていなかったアルドゥインの声に、怒気が混じる。目が更に赤く輝いた。

「Yor……!」

 今だ。奴はシャウトでの勝負に出た。

 ファイアブレスの予備動作に入った瞬間を見逃さず、素早く腰に固定していた弓矢をつがえる。

 狙うは奴の口の中。おそらく致命傷にはならないと思うが、隙はできるだろう。

 本命はその後だ。

 怯んだ隙を活かして懐に潜り込み、喉元から大剣を突き上げる……。

 

 はずだった。

「Toor……!」

 突如アルドゥインが、小首をかしげるような動作をした。

 右に射線をずらした?何のために?

 後ろを見ると、右側に走りながら氷の刃を撃ちだそうとしているセラーナの姿が目に入った。

 どういう事だ。大剣での一撃よりも魔法を警戒したのか。それにしては判断が遅い。

 違う。この違和感は、あれだ。まるで俺がもう存在しないかのような──―。

「ドヴァーキン!上を!」

 セラーナの悲鳴に近い声を聞いて理解した。

 流星のシャウトか。いや、発声せずに空から隕石を呼び落とすのだから、“シャウト”というのもおかしいか。

 何とか耐えたうえで、セラーナだけでも助け──―。

「Shul!」

 

 “太陽”の意味を持つ力の言葉がアルドゥインから発せられたのを最後に、俺は意識を手放した。




【今日のスゥーム】
※スゥーム(Thu'um)=「シャウト」のドラゴン語。タムリエル大陸のスカイリムに住んでいるノルド族に古くから伝わっている魔法のようなもの。「声秘術(せいひじゅつ)」とも言われ、声と単語をトリガーに発動する。

・揺るぎなき力
①Fus(力)②Ro(均衡)③Dah(圧力)で構成されるシャウト。
声は純粋な力として、立ちはだかる物、もしくは人を打ち倒す。
声自体には殺傷能力は無いが、第三の言葉まで用いるとかなり大柄な人間、動物、重量物であっても吹き飛んでいく。

・ファイアブレス
①Yol(炎)②Toor(業火)③Shul(太陽)で構成されるシャウト。
風を吸い込み、炎を吐き出し、地獄の炎と化す。
ドラゴンと言えばこれ。口から火を吐く事ができる。
単純な火力としても、加減して何かに着火させることもできる。


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Chapter II 土羽勤として
1話:ドヴァーキン、4歳児ライフを堪能する。


少しずつですがヒロアカ世界に寄せていきます。
※あとがきには、文中に出てきた魔法やシャウトを独断と偏見で紹介していきます。


 ……暖かい。

 羽毛のベッドが気持ちいい。

 目が覚めて意識を取り戻し、周りを見渡すと俺は知らない家の知らないベッドで横になっていた。

 

 ……そうか。ここが、ソブンガルデか。

 アルドゥインとの戦いの中で、俺は隕石に体を潰され死んだ事は確かなはずだ。

 同時にまだ生きている、という事は考えにくいとも感じた。

 隕石や炎が吹き荒れる戦場で、親切な誰かが倒れている俺をベッドまで運んでくれるとも考えにくい。

 

 つまりこういうことだ。

 ノルドの3英雄がいた所は、ソブンガルデではなく“ソブンガルデに行く前の場所”であって、ここが本当のソブンガルデという事だ。

 

 伝承によれば酒は飲み放題で肉は食べ放題。昔の戦友と楽しく語らえる所……と聞いていたが、部屋には誰もいなかった。

 ここは宿屋の寝室のようなところなのか。

 

 と、思案にくれていた所で一つの事実に気が付いた。

 周りの家具や調度品がデカい。

 否、俺の体が小さいのだ。

 これはどういうことだろう。

 

 ソブンガルデに行くと、年齢が若返るのだろうか。

 不思議なこともあるものだな、と思いつつベッドから体を起こして立ち上がると、ドアの向こうから誰かの足音と声が聞こえてきた。

「つとむー。朝ごはんできたから起きなさーい。」

 つとむ、という名前を呼ばれた瞬間に、つっかえた引き出しがいきなり開いたかのように、一気に記憶とあらゆる単語がなだれ込んできた。

 

 つとむ。どばつとむ。土羽勤。そう、これは「おれ」の名前。

 今の声の主は、おかあさん。おとうさんはしごと。

 今日はふたごの妹とようちえんに行く日。じてんしゃにのって。

 テレビ。あさごはん。すなば。鬼ごっこ……あそぶ!

 

 なんとも不思議な感覚だが、自分が土羽勤であると思い出したと言えばいいのか。

 いや、これは“生前の記憶を、起きた時に思い出した”という方が正しいな。

「これが……ソブンガルデか!すげー!」

「そぶんがるで?なぁにそれ、幼稚園の新しいお遊び?」

 ドアを開けた母さんが不思議そうな顔をして聞いてくる。

「うーん。ちょっとちがうけど、だいたいそう!」

 特に演じているつもりはないのだが、自然と年相応の言葉が口から出てきた。

 子供では酒は飲めないが、平和な人生というやつを謳歌できるのか。ソブンガルデは最高の楽園らしい。

 

 

 ==========

 

 母さんに抱かれて1階の居間に降りると、妹の瀬奈がテレビを見ながらパンをかじっていた。

「あ、お兄様おはよう!」

「おはよう瀬奈。」

 瀬奈は双子の妹で、同じ幼稚園に通っている4歳だ。家族である事を抜きにしても、黒いストレートの髪がとてもきれいだと思う。

「瀬奈、あなたいつお兄様なんて言葉覚えたの。」

 母さんが不思議な顔をして瀬奈を見ている。

 確かに“お兄ちゃん”とか、“おにい”が普通ではあると思う。少なくとも友達はみんなそうだ。

 

「お兄様聞いて!私ね、こせーが出るの!」

 母さんの疑問をスルーし、瀬奈が満面の笑みでこっちに来た。

「ほらみて!」

 そういうと、手のひらを空に向かってかざし、えいっと声をあげた。

 小さな氷が手の上に出現し、朝ごはんのオレンジジュースのコップの中にホールインワン。

「つめたいオレンジジュース、めしあがれ!」

 ニコニコしながら俺のコップを指さした。

 妹の名誉のためにも突っ込まないでおくが、この氷……お腹こわさないよね?大丈夫だよね?

 

「ありがとう、瀬奈。うーん、おれにもできるかなー。」

 破壊術はあまり得意ではなかったが、ウィンターホールド大学に入学して、少しは扱えるようになったのだ。この体でもできるだろうか。

「お、勤もなにかできるのかなー?お母さんも見たいなー!」

 ううむ。なんだか緊張してきたぞ。

 手を少し丸め、力を集中させる。マジカの流れを意識して……。

 パチパチと音を立てて、小さな雷が出てきた。

 ……スカイリムではもう少しマシだったような。

 今のこの体ではこれが限界という事だろうか。

 

「さすがお兄様ね!」

 瀬奈はニコニコとしている。

「私の個性でも、お父さんの個性でもないなんて。こういう事ってあるのねぇ。今度病院で聞いてみようかしら。」

 母さんは不思議そうな顔をしている。雷と氷の魔法。何か問題があるのだろうか。

「え?母さん、病院?俺と瀬奈、どこか悪いの?」

「え?ううん、違うの。子供はね、個性が出てきたら病院で診てもらうのよ。それが普通なの。」

「へぇー。」

 どうやらソブンガルデでは魔法を扱えるのは特殊らしい。

 それもそうか、ノルド族ってスゥームを除けば剣と腕っぷしで渡り合ってきた人種だもんな。

 俺もドヴァーキンとして活動するまでは魔法なんて一切できなかったし。

「……あ、いけない!もうこんな時間。勤!瀬奈!急いでご飯食べちゃって。幼稚園に遅刻するわよ!」

「「はーい。」」

 母さんの声かけを合図に、俺たちは中断していた朝ごはんの時間を再開させた。

 ソブンガルデには、幼稚園というものがあるのだ。

 




【今日の魔法】

・アイススパイク(Ice Spike)
見習いランクの破壊魔法。氷の槍のようなものを生成し、投擲する。
セラーナが使うとやたらと強く感じる。
ドヴァーキンによっては素人ランクの氷雪(Frostbite)の方が使えるという人も多いかもしれない。
この魔法に限った話ではないが、スカイリム世界では「素人ランク」=使えない、という訳ではない。
むしろ素人ランクの魔法は総じて燃費が良く、最後まで主力になる事が多い。(特に回復)

・雷撃(Sparks)
素人ランクの破壊魔法。電撃を継続的に相手に照射する。
マジカにもダメージを与えらえれるため、魔導士に有効。


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2話:ドヴァーキン、幼稚園へ行く。

皆さんのスカイリムでお気に入りのキャラクターは何でしょうか?
私はジェイザルゴとセラーナが好きです。


 家から幼稚園までの道には、ちょっと広い公園がある。

 水路と噴水があり、一休みするには最適の場所だ。

 朝方にはあまり人はいないはずなのだが、今日は噴水前に人だかりができていた。

「母さん、あれ何だろう。お祭りかな?」

「月曜日の朝にお祭りはやらないわ、勤。でも一体何かしら?」

 時母さんが自転車を漕ぐスピードを少し落として、噴水広場の方に曲がってくれた。

 フードを目深に被った男の人が大きな声で、みんなに何かを喋っているようだ。

 

 そして称賛に値する、なぜなら我々は1つだからだ!オールマイトが昇華し八大ヒーローが九大ヒーローになる前、オールマイトは我々と共に歩まれた、偉大なオールマイト、ヒーローとしてではなく、隣人として!

 そうだ!良き隣人としてあなたは言った!「もう大丈夫だ!私が、来た!!!」

 ああ、愛!愛!

 同じ人間としてさえ、オールマイトは我々を大事にしてくださった。彼が我々一人ひとりの中に、個性の可能性を見ていたから!個性社会の未来を!

 

 無敵のオールマイト!的確なオールマイト!難攻不落のオールマイト!あなたを称賛する!

 

「……すっごくオールマイトが好きな人だってのは伝わったわ。」

 半ば引き気味に母さんが呟いた。

「そうだね……。オールマイト、かっこいいもんね。」

 フードを被った熱狂的な信者。似たような光景をどこかで見た気がする……。まぁいいか。

 瀬奈はあまり興味を示していないようで、幼稚園に着くまでずっと氷の粒を出して遊んでいた。

 ソブンガルデの英雄という事は、オールマイトは竜の血族なのだろうか。

 

 

 ==========

 

 

 幼稚園ではいつも通りの時間が過ぎていった。

 違うことがあるとすれば、ドヴァーキンとしての記憶が蘇った事と、雷の魔法──じゃなかった、個性が少しばかり使えるようになったくらいだ。

 別に個性を使って目立とうとも思わなかったので、皆の前で披露するのはやめておいた。

 ……というより周りの友達の方がすごい。あれでは目立とうにも目立たないだろう。

 

 ある友達は耳からコードのような物が伸びていてどんな微細な音でも聞き分けていたし、また別の友達は髪の毛を意思を持った鞭のように振り回していた。

 

 さすがソブンガルデ。歴戦のノルドの勇士が集う楽園である。

 彼らにとってみれば、子供の肉体であっても変性魔法など朝飯前という事か。

 と言うかこんな変性魔法があったのか。ノルド族は魔法が苦手なのではなく、俺が苦手なだけだった……のか?

 瀬奈はずっと氷の出し方を練習していたようで、人参サイズの氷柱を出せるようになっていた。

 すごいな、瀬奈。

 

 と、感心してたら耳からコードの少女──耳郎響香ちゃんが砂場の方からとことこと歩いてきて、俺に話しかけてきた。

 あぁ……この流れはよろしくない。スカイリムでも散々経験した、“そういう訳でドヴァーキン、よろしく!”といった感じの無茶ぶりが来そうだ。

「あのさー、土羽はなんかできないのー?」

「うーん。できない訳じゃないけど。」

「やってみせてよ!いいでしょ?お願い!」

 やっぱりきた。

 こうせがまれては仕方ない。大したものでも無いが、雷の魔法を少し見せれば納得してくれるかな……。

 と思ったのだが、ふと一つの疑問が頭に宿った。

 

 この体で、シャウトはできるのだろうか。

 シャウト──ハイフロスガーのグレイビヤード達が修行を積み、後世に伝道しているノルドの声秘術──はドヴァーキンと呼ばれるものでないと、習得に相当の年月がかかると言われている。

 ドヴァーキンとしての体はスカイリムで朽ちてしまった筈。……だがシャウトに必要な力の言葉は頭の中に残っている。

 竜の血脈やアカトシュの祝福が“肉体ではなく、魂”に宿っているとすれば……。

 

「ねーちょっとー。早くやってよー。」

 色々と考えていたら、興味と好奇心で目が光っている響香ちゃんに急かされてしまった。

 あまり待たせて変に期待されても困るし、ちゃちゃっと試してみよう。

「わかった、うまくできないかもしれないけど、やってみる。」

「やった!」

 鍛えてすらいないこの小さな体だ。ちょっと風が起こるくらいかもしれないし、この体に素質がなければ、そもそも何も出ないかもしれない。

 あまり期待せず、

「じゃあいくよー、ちょっとはなれててね。」

 と響香ちゃんに伝え、自分も後ろに下がった。

 まぁ万一何も出なかったら、その時は雷の魔法を見せればいいか。それで納得してくれればいいが。

 

「じゃあいくよ。耳塞いでおいてねー。」

「わかったー!えー、大きな音が出るのー?」

 息を吸い、力の言葉を紡いでいく。

「Fus……RoDah!!!」

 

 雷鳴のような音と共に、響香ちゃんの体が砂場に向かって吹き飛んでいった。




揺ぎ無き力は足場の悪いところや崖の近くでは使ってはいけません。大変危険です。
また、街中で使用すると衛兵に怒られるので注意しましょう。

【今日の魔法】

・変性魔法
スカイリム世界における、魔術系の一つに分類される。
水中呼吸や鉱石変化、生命探知や照明の代わりになる魔法まで、派手さは無いが戦闘以外で役に立つ魔法が多い。
幻惑魔法に対して、自身の事象や物理的特性を変化させる点も大きな特徴と言える。
達人クラスの魔法、ドラゴンスケイルは非常に優秀で、脳筋タイプのドヴァーキンであっても習得していることが多いとか。
……それって脳筋と言っていいのかという突っ込みは無しで。


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3話:ドヴァーキン、フォロワーを得て、そして悟る。

4歳児トークは、娘の保育園での会話を参考にしています。
していますが……子供の話し言葉ってむずかしいですね。
また、耳郎ちゃんの呼び名が統一されていなかった点や、おかいしなと思った所を修正しました。もしも大幅な修正箇所が出た場合は、TOPに記載します。

※しっかり確認しているつもりなのですが……微妙なサイレント修正はお許しください。


 やらかした……!

 

 なんの問題もなくシャウトが出た満足感よりも、頭をよぎった感情はクラスメイトを吹き飛ばしてしまった事による“後悔”だった。

 朝の魔法の一件もあったし、更に4歳の子供の体だ。そこまで威力が出ないと思ってしまった。

 ドヴァーキンと呼ばれていた頃と比べれば明らかに威力は落ちている。それは間違いない。

 だが子供とは言え、人間を軽々と数メートル吹き飛ばしてしまう威力があるとは。

 とにかくケガの具合を見なければ。

 まず先生を呼ぶべきか……?とも一瞬思ったが、体が砂場の方へ勝手に動いていた。

 響香ちゃんは砂場の真ん中で、仰向けになって目を閉じたままだ。

 

「響香ちゃん!大丈夫?!」

 顔を近づけて呼び掛けると、彼女はぱちりと目を見開いてこっちを見た。無表情だが、とりあえずは大丈夫そうだ。

「ごめん!強くしすぎた!こんなに飛ぶとは思わなかったんだ。まさかこの体でうまくできるとも思……じゃないや、ええと……。」

 このややこしい状況をどうやって伝えようか。4歳児の頭をフル稼働させていると、

「すごーい!ウチも音の個性なんだけど、土羽の方がドーンってしてつよくていいね!」

 がばっと起き上がったと思ったら、満面の笑みで手をたたいて喜んでいた。

 さすがソブンガルデの勇士。……だがシャウトを知らないのか?

 

「え?あ、あー。ありが、とう?」

 とりあえず全力で褒められているようなので御礼を言ったが、直後に彼女の口から驚愕の言葉が飛び出してきた。

「そのドーン!ってやつ、ウチにも教えて!きっとウチも音の個性だから、できると思う!」

 なんと。シャウトを教えて欲しいとは。

 スカイリムにいた時には恐れられこそすれ、教えてくれと言ってくる人間は誰一人としていなかったと思う。

 修行するとなるとハイフロスガーで下界とお別れしなきゃだったし。

「いや、これは教えるとかそういうのじゃ……」

「えー!なんで!教えてくれないの?ウチが嫌いなの?」

 さっきまで笑っていたと思ったら涙目になったぞ。くそ、ちょっとかわいいと思ったじゃないか。

「そうじゃなくて。うーんとね……。これを使えるようになるには……弟子入り。そう、それだ!……俺に弟子入りして修行しなきゃダメなんだ。そんなの嫌でしょ?だから諦──」

「する!弟子入りする!しゅぎょー?もする!」

 えぇなんでそうなるんですかね。痛い思いして普通怖がるでしょうに。

 ……まぁでも少しばかり付き合ってもいいか。グレイビアードの真似事をしてみるのも楽しいかも知れない。ここはソブンガルデ。今はドラゴンも野盗にも追われていないのだから。

 

「わかった、じゃあ響香ちゃんは今日から俺のフォロワーだ。明日から教えてあげるよ!」

「はい!土羽先生!」

 響香ちゃんがぴんと右手と耳のコードを上に挙げている後ろで、街中でシャウトを聞いた衛兵さながら、先生が慌てて走ってくる姿が見えた。

 

 ……これは怒られるパターンかな?

 

 

 ==========

 

 

 結果的に、土羽家と耳郎家がちょっと仲良くなった。

 

 まず母さんが俺と先生から事情を聞いた上で、あやうく怪我をさせる所だったのは事実だから謝りに行こうという話になり、瀬奈を連れて響香ちゃんの家へ。

 向こうのご両親からは擦り傷もたんこぶもなかったので、特にお咎めもなく。むしろ個性を無理矢理使わせてしまったようで申し訳ない、と逆に謝られてしまった。

 

「おじさん、おばさんごめんなさい。もう響香ちゃんの前では──」

「やだ。土羽はウチの先生だから、明日から見せないのはやだ!」

「響香。あんまりわがままを言うんじゃありません。」

「だってウチドーンってやつうるさくないし!怖くないし!」

「あぁぁ響香ちゃん落ち着いて……。」

「お父さんとお母さんは心配しすぎなの!ウチはドーンっていうのやーるーのー!」

 4歳児の興味なんて一過性のものだろう。と考えていたが、どうやらそういう訳でもないようだ。

 もう響香ちゃんの前ではシャウトは使わない。それで終わる話だと思ったが、当の被害者が頑強に抵抗している。

 

「……ねぇ、勤君?響香が言ってる、その、大声の個性。優しく出すことはできるのかな?」

 おばさんがしゃがんで尋ねてきた。

「はい。たぶん大丈夫です。」

「それじゃあ、勤君には悪いんだけど。響香がもういいってなるまで、教えながら遊んでくれるかな。」

 えぇ……それでいいんですかおばさん。俺が親だったらストームコールの一つでもお見舞いしてやろうかと思いますが。

「わかりました。でも、うまくできるか……。」

 これは事実。それなりの数の力の言葉を習得してはきたが、俺はそれを教えた事なんてない。今度からやろうと思っていることもグレイビアードの真似事ってだけだ。

「いいのいいの。あの子、派手な個性に憧れてるだけだから。大変だと思うけど、よろしくね。勤君。」

 響香ちゃんに聞こえないようにこっそりと耳打ちした後で、おばさんは響香ちゃんにこう伝えた。

「響香。勤君は小さい音から少しずつ教えてくれるって。だから響香も、無理やり勤君にやらせちゃダメよ?」

「わかった!じゃあ土羽、音が出せる部屋みせてあげる!こっちきて!」

 言うや否や、俺の手を引いて居間を抜けて二階へ走り出した。

 元気だなぁ。

 

 

 ==========

 

 

「ねぇ響香ちゃん。この部屋は……?」

「ここはね、ぼーおんしつって言うの。音がしーんってなって聞こえないんだよ。だから夜でもおうたを歌えるの。」

 ソブンガルデ驚異の技術力だ。遮音ができる魔法を全方位に展開し続けるとは。

 ドワーフの遺跡でもこんなのは無かったぞ。

「凄いね……。」

「じゃあ先生!さっそくウチに教えて!ここならドーンってやっても大丈夫だよ!」

「いや、それは駄目だよ響香ちゃん。あの声……シャウトっていうんだけどね。音がうるさいんじゃなくて、体とかものが飛んでっちゃうからダメなんだ。」

 吹っ飛んだことは無かったことになっているのだろうか。

「へぇ。シャウトって個性なの?」

「うーん……どうなんだろう。そうなのかな、よくわからないや。」

 

 ソブンガルデに来てから何度も聞く単語、「個性」。

 あらゆる魔法の事を個性と言っているようだが、実際の所どういう意味なんだろうか。

「ねぇ響香ちゃん、個性って何か知ってる?」

「えっとね。個性って言うのはね、あのね、ヒーローになるのに必要なやつ。」

 ヒーロー。ああ、オールマイトみたいなやつか。

 ……とするとあれか。魔法やシャウト、武技の素質をひっくるめて“個性”と呼んでいるのか?ワカラヌ。

 

「ねぇねぇ、シャウトのやつできないなら何してあそぶ?」

 あ、諦めて帰してくれる訳ではないんですね。

 何してと言われても……。

 

 ざっとあたりを見渡すと、形こそ異なれ、用途がなんとなくわかるものがあった。

 これは楽器だ。吟遊詩人が持っていたものに似ている。

 歌や音楽を楽しむ部屋なのか……それならば……。

「じゃあ、なんか歌ってあげるよ。」

「ほんとう!じゃあウチ聞くね!」

 ……まぁソラで歌える曲なんて酒場で覚えたあの曲しかないんですけどね。

 自分の伝承を歌うというのも中々シュールではあるが、仕方ない。

 

 

 

 Our hero, our hero claims a warrior's heart.

(我らがヒーローは戦士の心を求む。)

 I tell you, I tell you the Dragonborn comes.

(私は伝える、ドラゴンボーンが来る事を。)

 

 With a Voice wielding power of the ancient Nord art.

(古きノルドの芸術、勇猛な声と共に。)

 Believe, believe the Dragonborn comes.

(信じよ、ドラゴンボーンが来る事を。)

 

 It's an end to the evil of all Skyrim's foes.

(スカイリム全ての仇敵に終止符を打つ)

 Beware, beware The Dragonborn comes.

(警戒せよ、ドラゴンボーンは来る。)

 

 For the darkness has passed and the legend yet grows.

(闇は去り、そして伝説は生まれ育つ。)

 You'll know, you'll know the Dragonborn's come

(汝は知るだろう、ドラゴンボーンが来る事を。)

 

 Dovahkiin, Dovahkiin, naal ok zin los vahriin

(ドラゴンボーンよ、ドラゴンボーン。汝の名誉にかけて誓おう。)

 Wah dein vokul mahfaeraak ahst vaal!

(永遠に邪悪を寄せ付けぬと!)

 Ahrk fin norok paal graan fod nust hon zindro zaan

(その勝利の雄叫びを聞いた時、獰猛な敵は逃げ惑う)

 Dovahkiin, fah hin kogaan mu draal!

(ドラゴンボーンよ、汝の祝福を祈ろう!)

 

 

 

 遠くない昔……吟遊詩人のリセッテが歌ってくれた時よりも、おおよそへたくそな歌ではあったが、響香ちゃんは最後までちゃんと聞いてくれていた。

 

「しらないけど、かっこいい歌だね。」

 ニコニコしながらほめてくれた彼女の言葉と横顔を見ながら、俺はなんとなく察した。根拠なんてものはないが。おそらくそうなんだと思う。

 

 

 

 ここはソブンガルデじゃない。




【今日の魔法】

今日は休講だよ。ジェイザルゴが言うんだ、間違いない。


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4話:ドヴァーキン、弟子を育てる。

幼稚園フェーズ、もうちょっとだけ続きます。


 ここはソブンガルデじゃない。

 ……思い返せば記憶を取り戻してからいくつも違和感があったので、それほどショックは無かった。言ってしまえば、理の異なる妙な世界に生まれ変わってしまっただけだ。今はそれについて考えるよりも、現状を受け入れて生活していく方が大切だと思う。

 そんなこんなで俺がこの世界に来てから一年と少し経ったが、この間に二つの大きな出来事があった。

 

 まず俺達双子の個性について。

 響香ちゃんとの一件から数日後、俺と瀬奈は個性の診断と言う事で街の比較的大きな病院に行く事になった。

 そこの医者曰く、どうやら俺は無個性としての特徴を持っているらしい。よく分からなかったが、何でも足の関節がどうとか。

 ところが俺はシャウトや魔法が使える。しかも両親の個性と全く関係ないものであるという事で、非常に珍しい事例だと驚かれた。

 ドヴァーの事や竜の血族について説明をしようかとも一瞬考えたが、黙っておく事にした。仮に事実をありのまま話したところで、子供の妄想だと一笑に付されてお終いだろう。変人の烙印を押されても困る。

 結果、俺は周囲のエネルギーや元素、音波を力に変える複合型の個性という、微妙に長い名前をもらう事になった。個性、ドヴァーキン。これぐらい短い方がいいのに。

 瀬奈も両親とは全く関係のない氷の個性という事で、更に医者を驚かせていた。こうして、土羽家は医学史上相当なレア家系に昇華した。……当事者としては別に嬉しくもないのだが。

 

 次に響香ちゃんとの特訓について。

 幼稚園でシャウトを使うと周りが驚いてしまうと言う事から、幼稚園が終わってからお互いの両親の都合が合う時にどちらかの家で特訓をしよう、という事になり、俺は初めてグレイビアードに会った時の記憶を手繰り寄せ、その時貰ったアドバイスを伝えながら教えてみることにした。

 最初に精神統一の方法からシャウトを発する時の呼吸法など、自分が日頃から意識していた事を一つずつ伝えて練習、実践。

 そしてそれらを一通りレクチャーした後、“戦いの激昂”の第一の言葉──忠実の意味を持つ言葉の発声を教えていく。

 最初は揺ぎなき力を教えようと思ったが、このシャウトなら比較的安全に使える……と考えた結果だ。

 当たり前の話だが、力の無い者がドラゴン語を用いて声を出しても何も起こらない。響香ちゃんも何日かやって芽が出なかったら諦めるかもな、と思ったがそうでもなかった。

 無論毎回特訓をしていたわけでもなく、歳相応の遊びをするだけの事もあったが──なんの成果が得られないまま一年近くが過ぎていったにもかかわらず、一度ももう飽きた・やめたいとは言うことは無かったのだ。

 ……そんなわけで幼稚園生活最後の春休み、お供の瀬奈を連れて今日もこれから特訓である。

 

 

 ==========

 

 

「……もう少し声を張ってみよう!Mid!」

「みっど!」

「息を深く吸って、もう一回!」

「みど……うぇー、喉渇いたー!」

「よし、休憩にしよう。……ごめんね響香ちゃん。俺の教え方がへたくそで。」

「んーん。いいよ、ウチ勤とのしゅぎょー楽しいから。」

 水筒のお茶を飲みながら、響香ちゃんが笑って答える。そういえばいつの間にか、響香ちゃんは俺の事を下の名前で呼んでくれるようになった。

「でもなぁ。せっかく一生懸命やってるのになぁ。」

 発音、呼吸、発声。あらゆる事は試してみたけど中々うまくいかない。

 正直なところ、完全に行き詰っている。

「やっぱりただ真似をするだけじゃダメだよな……。とは言えドラゴン語の石碑なんてある訳ないし、グレイビアードがやってたシャウトを地面に描くやり方もようわからん。うーん……。」

 

「ねぇお兄様。言葉の本質を伝えて、それから最後まで聞かせてみてはどうでしょう?」

 一人で氷を出して遊んでいた瀬奈が、急にアドバイスをくれた。

 いつもは会話の中に入らず、個性の練習をしているのに珍しい。

「瀬奈ー、ほんしつってなぁに?」

 響香ちゃんはわからないようだ。うん、多分それが普通だと思う。お兄様といい、どこでそんな言葉を覚えたんだ。

「そうだなぁ。響香ちゃん、今練習してたシャウトはね、忠実・勇気・激励の3つの言葉を重ねて使うものなんだ。」

「んー。よくわかんない。」

「ごめんごめん、むずかしいか。それじゃあ……響香ちゃんは、どうしてシャウトを覚えたいのかな。」

「えっとねー、ドーンってしてかっこいいから!」

 二年前と同じ答えだ。言葉の本質……ここを掘り下げてみよう。

「どうしてかっこよくなりたいのかな。」

「ヒーローになりたいからだよ!ウチ、おっきくなったらヒーローとお歌やるの!」

「歌とヒーローか。なるほど。……じゃあ響香ちゃん、もしヒーローになったらお父さんとお母さんを悪いやつから守れるかい?」

「うん!二人を悪いやつからしっかり守る!」

「よし。その守る!って気持ちをこめて、もう一回だけやってみよう。」

 響香ちゃんの顔が真剣になってきた。

 力の言葉のうわべをなぞるのではなくて。言葉の持つ力、その本来の意味を理解できるように誘導していく。

「俺とか瀬奈、響香ちゃんの三人で、お父さんとお母さんを悪いやつから守るんだー!っておっきい声で言ってみて。」

「ウチらはヒーロー!みんなをまもるんだー!」

「そう!俺達は皆のヒーローだ、みんなを守る気持ちをこめて!」

 

「ミィーッド ウァシャン!」

 

 刹那、空気が震え風が吹き荒れたような感触の後、神経が研ぎ澄まされる感覚が体を駆け抜けた。……発声の証として俺と瀬奈の体が青白い光を纏っている。

「響香ちゃん……!成功だ!これ、シャウトの光だよ!」

「できた?ウチできたの?!……やったぁ!」

「さすが耳郎さんですわ!これでヒーローになれますわね!」

 三人で手を取り、ぶんぶんと振り回した後、皆で笑い合った。

 

 常識を努力で打ち破ったのだ。きっと彼女は最高のヒーローになると思う。




やったね耳郎ちゃん!門外不出の秘術、シャウトが使えるよ!

【今日のシャウト】
・戦いの激昂
①Mid(忠実)②Vur(勇気)③Shaan(激励)で構成されるシャウト。
スゥームが近くの仲間の武器を強化し、攻撃を速める。
味方の戦闘力を強化する、支援型シャウト。フォロワーを複数従えるパーティ好きなドヴァーキンに好まれる他、敵味方が複数入り乱れるような戦闘で力を発揮する。
スカイリム世界では近接武器の攻撃速度が上がるものだったが、こちらの世界ではどうやら反射神経と身体能力があがるようだ。
自分ではなく戦友を鼓舞し激励する、まさにヒーローにおあつらえ向きのシャウトだろう。


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5話:ドヴァーキン、しょーもないと言われる。

時間の進み方がまばらですが、空白期間については(時間と気力があったら)サイドストーリー的な感じで埋めていこうかと思います。
ところで話は変わりますが、シセロってヴィラン連合にしれっと混ざっていても違和感なさそうですよね。あの姿のままで。


 戦いの激昂のシャウトを響香ちゃんに伝授した後、コツさえ掴めば他のシャウトも習得できるのではないか?と思い色々試してみたものの、いずれもうまくいく事は無かった。残念。

 ……とは言っても、生粋のノルド族であり、厳しい修行をしたウルフリック・ストームクロークですら揺るぎなき力のシャウトしか発声できなかったのだ。なんの鍛錬もしていなかった幼稚園児が、努力と情熱だけで一つのシャウトを習得した事は奇跡と言って良いだろう。

 というわけでシャウト習得の特訓はこれで一旦おしまいにして、先生と弟子……俺と響香ちゃんでシャウトに関するいくつかの約束事をした。

 

 まず一つ目は、むやみやたらとシャウトを使わない事。これは周りに対する配慮はもちろんのこと、必要以上の負担を体にかけないため。ドヴァーキン、それも大人の体の時でさえ連発はしんどかったのだ。子供の体で使い続けたら何が起こるかわかったものではない。基本的には大きくなるまでは練習の時だけにしよう、という事にした。

 次に二つ目。シャウトの事は他人に話さない事。まだこの世界のことにそこまで詳しい訳ではないが、どうやら個性は親から子へ遺伝する……というのが普通らしい。つまり、この世界では個性──と思われているシャウトを他人に伝授させるというのは、異様な光景に映るはずだ。幸いな事に響香ちゃんの両親はシャウトを習得した事に気づいていない。瀬奈も含めて三人だけの内緒にしよう、と伝えるとすんなり納得してくれた。

 そして三つ目。たまにでいいので、一緒にシャウトの特訓をする事。ヒーローを目指す事になった時、いざ使ったら使い物にならないという状況に陥らないため、また発声時の負担を体に理解させコントロールを容易にするために特訓は続けていく事にした。やりすぎも良くないのでたまにでいいよ、と伝えたが響香ちゃん曰く沢山……なんなら毎日がいいとの事。それはダメだと言うと、少しむくれていた。

 最後に四つ目。シャウトに頼らず、自分の個性も勉強する事。今習得している“戦いの激昂”は戦闘をサポートするシャウトだ。これに頼り切ってしまうというのは、仲間に戦闘面で依存をしてしまうという事につながる。ヒーローになるというのであれば、自分の個性と向き合った上で、有効な使い方を学んでいく必要も出てくるだろう。更に個性と組み合わせて使うことができれば、大きな武器になることは間違いない筈だ。

 

 小学校に上がっても約束はしっかり守ってねと響香ちゃんに伝えると、ご機嫌ななめな顔と低めのテンションではいと返事が返ってきた。

 耳郎さんどうしたのと瀬奈が聞いても、首を振るだけで返答なし。

 シャウトに限らず、練習とか特訓はやりすぎは良くないんだよと伝えても、わかったからもういい、と会話をシャットアウトされてしまった。……見えない地雷を踏んでしまったようだ。

 それから俺達が家に帰るまで、響香ちゃんは一言も会話をしようとせずむくれていた。そんな響香ちゃんを見ておばさんは、また一人で勝手に不機嫌になって……と苦笑いしていたが、そんなに気にしていないようだ。機嫌が上下に振り切れるのはいつもの事、なのだろうか。

 

 ちょっぴり気まずい状態で母さんに連れられて響香ちゃんの家を出る時、ドアの奥から響香ちゃんがひょこっと顔を出した。

 うわ、めっちゃ睨んでる。なんでなんだ……と思っていたら、彼女から急に言葉が飛び出してきた。

「あのさ、もうさ、勤と瀬奈はさ、しゅぎょーできたからウチとは遊ばない?」

 えっどうしてそうなるの。というか、むくれてた理由ってそれ……?

「え?なんで?遊ぶよ?」

「ほんとに?」

「うん。」

「じゃあちゃんと遊ぶって言って。」

 なるほど──つまるところこうだ。響香ちゃんは特訓があったからこそ、俺と瀬奈が家に遊びに来ているのだと思った。シャウトを習得したら家に来ないと思った。そこにさっきの“約束”だ。

 彼女からしてみれば、友達と一緒に遊べる時間があからさまに目減りすると考えたんだろう。

「ごめん、言い方がいけなかった。これからも俺と瀬奈と、一緒に遊ぼう。かくれんぼでも、鬼ごっこでも。歌でも。なんでもいいよ。」

「ん。いいよ。……ばいばい。」

 最後だけはにかむように笑って、小さく手を振ったと思ったら、すぐに家に引っ込んでしまった。うん……うん?今のは許されたの?よくわかんない。何故か瀬奈はホラ吹きカジートを見るような目で俺の事を見てるし。

 

「ほぉー?つとむくんも隅に置けないなぁ?」

 母さんがにやにやしながら俺の頭を突っついてくる。

「あ痛。母さん!なんだよもう……。」

「お兄様、あの場では私の名前は出さなくてもよかったのではなくって?」

「いやなんでそうなるの?三人で一緒に遊ぶんでしょ?ああわかった、特訓してた時ほったらかしにしてるのに怒ってるんだろ。今度からは一緒に遊んでやるから、な?」

 なだめるように言うと、

「お兄様って……“しょーもない”ですわね。」

「うんうん、瀬奈はわかってるねぇ。さすがは私の娘だ!」

 両翼から総攻撃を受けた。なぜだ。

 

 

 ==========

 

 

 家に帰った後、俺は庭の茂みで遊んでいた。

 スカイリムの世界で行っていたフィールドワーク。例えば未知の植物や素材、鉱石を見つけてそれを鑑定する。空を飛んでいる虫を探して捕る……そういった行動が習慣になっており、この世界に来てからも定期的に行っている。これが中々面白いのだ。

 以前はドヴァーキンとしてスカイリムを渡っていくための大事な活動だったが、今はそれを“遊び”として行う事ができるので、気分転換にちょうどいい。殊更この世界の事はまだまだ未知の領域が多いので、個人的な知的好奇心を満たすためにもうってつけの遊びだった。

 特に興味深いのがスカイリムにはいなかった“ダンゴムシ”という生物である。

 このダンゴムシは歩いていて壁にぶつかり、左に曲がって比較的短い距離を進み次の壁にぶつかった場合、今度は右に曲がり、その後にまた壁にぶつかるとその次は左に曲がるのだ。つまり、左に行ってダメなら右、またダメなら左……と交互に壁のない所を探そうとするのである。

 この世界では生物学者にでもなるのもいいかもしれないな。そうなったら“動物の忠誠”のシャウトが役に立つだろう。

 そんな事を考えながらダンゴムシと戯れていると、後ろに人の気配。

 

「本当にシャウトを教えてしまうなんて、驚きましたわ。お兄様。」

 瀬奈が茂みで屈んでいる俺を見下ろして話しかけてきた。

「あれは響香ちゃんの努力の賜物だよ。俺は背中を押しただけだ。」

「そういうところ、やっぱり変わっていませんわね。お兄様……いえ、ドヴァーキン。」

 ドヴァーキン。他人の口から久しぶりに聞いた、俺のもう一つの名前。

 ……いや待て、何で瀬奈がその名前を知っている?瀬奈にスカイリムの事は一切話していないぞ。

「戦局を見る眼は飛び抜けていますのに、こういう所は察しが悪いのも……変わりませんわね。なんというかそう……しょーもないですわ、ドヴァーキン。」

 まさかとは思うがアルドゥインの配下か?だとすれば恐ろしいほど用意周到だ。しかも警戒をさせないために子供の姿を使うとは。……いや、これは服従のシャウトか?もしそうなら、敵はとても長い時間対象を使役できている事になる。かなりのやり手だ。

 体を動かさず周りを見る。

 武器になりそうなものは……ない。ならば。

「ひどい言われようだ。兄貴に向かってそれはないだろう。」

「それは失礼しましたわ。でも私、思った事をそのまま言ってしま──」

 しゃべっている隙をつき、体を反転。

 首と鎖骨の間に右腕を当てがい、体重を乗せながら素早く拘束。体格は互角だが、体の軸は抑えた。そのまま壁に押さえつけながら、質問する。

「お前は誰だ。どうして俺がドヴァーキンだと知っている。」

 数秒の沈黙の後、瀬奈──妹だと思っていた少女は目を細めて笑った。

「私はセラーナ。どうぞよしなに。」

 

 ……は?




余談ですが、ダンゴムシのくだりはマジです。
学生時代に図鑑で見たのを覚えていて、子供と一緒に遊んでみたのですが確かにその通りでした。
ちなみに壁と壁との距離を大きく離すと、壁にぶつかったことをダンゴムシは忘れるそうです。かわいい。


【今日のシャウト】

???「バトル・ボーン! 今日のシャウトを書きなさい!」
???「やめて!お願い!本当に今日はネタがないんだよ。ブレイス!明日はきっと10個書くから。叩かないで。」
???「今すぐ今日のシャウトを書かないと、鼻血を出すことになるわよ……。」

・動物の忠誠
①Raan(動物)②Mir(忠誠)③Tah(集団)で構成されるシャウト。
野生の獣に助けを求めるシャウト。野生の獣が助けに来てくれる。
周りの動物を60秒間味方に付けるコントロール型シャウト。
シャウラスやマンモスといった厄介な動物も味方にできるのが最大の魅力。
その場にいる敵を一瞬で蹴散らしてくれるのを、ドヴァーキンはわくわくしながら見守ることができる。
ただし効果時間は60秒と短いので、余裕をかましていたら洗脳が解けた動物たちがこっちに突っ込んでくる……!という事が無いように注意が必要。

・服従
① Gol(大地)② Har(精神)③ Dov(ドラゴン)で構成されるシャウト。
声によって意思に従わせる。動物、人間、ドラゴンさえも命令に従う。
動物の忠誠と異なり、こちらはドラゴンや人間までもが対象となるコントロール型シャウト。ただし時間が短い。
このシャウトの一番の有効活用方法は、ドラゴンを洗脳して味方につける事……と思いがちだが、実は「ドラゴンをそばに着地させて殺す」のに非常に有効。
村や街を襲う敵であるとは言え、服従のシャウトをかけられ「御用は何ですか」とドヴァーキンのそばに降り立ったが最後、寄ってたかってボコボコにされるドラゴンの気持ちは如何ばかりか。


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6話:ドヴァーキン、ヒーローを目指す事にする。

続きが楽しみすぎて一気に時間を進めてしまいました。
セラーナはバニラでもかわいいけど、SBF入れたらヤオモモめいてもっとかわいい。
母子そろって幼女化するMODもいいぞ。

この小説を書いていたらまたスカイリムをやりたくなってきました。

……今日気づいたんですけどヤオモモをスカイリムに召喚するMODあるんですね。
耳郎さんは?ないの?ナンデ?


 双子の妹、土羽瀬奈はスカイリムの世界で最後まで一緒に歩いてきた仲間であり、良き友人であった吸血鬼のお嬢様──セラーナだった。そう言われてみれば……と思わなくもないが、割と衝撃的である。

 というか俺がこの世界に生まれ変わって、人間として生を受けて、以前の記憶があるだけでも奇跡なのに。その関係者が俺の傍に──それどころか家族でした、というのは、あまりにも……。

「ありえないだろ!そんな万に一つもなさそうな可能性、察する方がどうかしてると思うぞ?」

「あら、私はお兄様がシャウトを使う前からなんとなくそんな気はしていましたのよ?」

 さらっととんでもない事を言ったぞ。それ、この世界に来てから割とすぐって事じゃないか。

「雷の破壊術のくだりか?あとは……思い当たる節が無いんだけど。」

「そういうのではありませんのよ。何となく、こう……雰囲気でしょうか。」

 吸血鬼としての嗅覚なんだろうか。もしくは封印されていたとは言え、年の功……って奴だったりして。これは怒られる気がするから言わないでおこう。

「なんだかとっても失礼な事を思われた気がしますわ。」

 何故だ。あっまたホラ吹きカジートを見る目をしている。……これもしかして俺が察しが悪いんじゃなくて、セラーナが異様に察しが良すぎるってのが正解なんじゃないだろうか。

「気のせいじゃないかな。」

「嘘をつく時、いつも右手が動きますのね。」

 は?右手?思わずその右手を見てしまったが……。

「ドヴァーキン、今のは冗談ですわ。」

 やられた、庭での一件の仕返しのつもりだろうか。……それにしても、出会ったばかりの頃はこんなに心を開いてくれなかったな、と思い返した。少なくとも冗談を言うような事はなく、話しかけるといつも両手で自分を抱きしめていた気がする。変わったなぁ、セラーナ。

「それに、私が氷の魔法を使った時におかしいとは思いませんでしたの?口調も変えましたのに。」

「思わないよそれは……。テレビか何かの影響だと思ったよ。……というか気づいてたんなら早く言ってくれれば良かったのに。」

「あれだけ長い期間一緒に冒険したんですもの。ドヴァーキンはいつ気づいてくださるのかしらと、試してみたくなりましたわ。」

 全く悪びれる様子もなく、悪戯をした子供のような微笑を浮かべたままセラーナが答えた。

「そうかい。悪かったな、しょーもないやつで。」

「そうですね、たしかにしょーもないですわね。でも……。」

 不意にセラーナが俺の手を両手で取った。ひんやりと少し冷たい。

「そんな貴方に私は救われましたの。父の野望の道具でしかなかった……吸血鬼である私に、貴方は剣を向けるどころか、手を差し伸べてくれた……それだけではありませんわ。父との戦いが終わった後も、私を連れて色々な所に連れて行って下さって。私の事など何か理由をつけてドーンガード砦に置いていこうと思えば出来たはずですのに、貴方はそれをしませんでしたわ。封印されている時間からすればごく僅かな一時でしたけれども、貴方の優しさは十分理解できましたわ。……私が今、こうして笑顔でいられるのは、貴方のおかげですもの。ですから──」

 少しだけ、赤い瞳が潤んでいるように見える。綺麗な目だ。

「たまに察しの悪いところもありますけれど、誰よりも思いやりがあって、どんな時でも冷静に状況を見極められて、ドラゴンに立ち向かう勇気もある。そんな貴方と──」

 そこまで言うと小さな八重歯を覗かせて、彼女はにこりと笑った。

「またお会いできて良かったですわ、ドヴァーキン。この世界でも共に参りましょう……ふふっ、お兄様。」

 

 

 ==========

 

 

 それからセラーナと色々な話をした。彼女は彼女なりにこの世界の事を調べていたようで、情報が共有できるのは非常にありがたい。

 まず俺とセラーナが命を落としたのは、間違いないそうだ。セラーナは俺が死ぬ瞬間を見ていたらしい。……という事はセラーナも俺の後を追って来たという事になるが、彼女はそれほど気にしていないようだ。まぁこの世界に飛ばされて一年以上も経てば、それもそうか。彼女曰く、

「もちろんアルドゥインに敗けてしまった事は残念ですが……今は考えても仕方のない事。それよりも私、この世界で普通の人間らしい暮らしができる方が嬉しいですわ。聞けば将来学校に通って、“せいしゅん”なるものを体験できるようですの。」

 との事。

 そう言えばそんな事を言っていたな、とスカイリムでの出来事を思い出した。向こうの世界ではセラーナを人間に戻すための手がかりを探していたが、結局見つからずじまいだった。こんな形であれ彼女の望みが叶ったのであれば、素直に喜ばしい事だ。

 次に、この世界にはヒーローと呼ばれる人種がいて、ヒーローは街や市民の平和を守る事を仕事としているという事。これは俺も知っていた。オールマイトとか。

 だがセラーナ曰く、ヒーローになるためには様々な試験をパスしなければならず、更に人気が出ないと一人で食べていくにも事欠く有様であるとか。おまけに常に危険と隣り合わせで、毎年少なくない人数のヒーローが犯罪者──これはヴィランというらしいが、彼らに命を奪われているそうだ。聞けば聞くほど、街の衛兵のようだ。ヒーローも膝に矢を受けると引退するのだろうか。

 ですから、と前置きした上でセラーナは俺がヒーローになるのはお勧めしない、と言った。

 よくそこまで調べたな、という賞賛の思いは勿論あったが、それ以上に彼女なりに俺のことを心配してくるているのはとても嬉しかった。

「セラーナ、色々と教えてくれてありがとう。俺の事を心配してくれるのは嬉しい。でもな……。」

 一呼吸おいてから、俺は彼女に今思っている事を全て説明した。

 響香ちゃんにシャウトを教えた時、自分の戦闘技術がこの世界の人間にも役に立つのではないかと感じた事。普通の仕事というのも悪くはないと思うが、一つの街や家に縛られて生きるのではなく、あらゆる場所を旅して色々なものを見て回りたいと思っている事。また、色々な個性を持つ人間と出会う事で、自分の技術を更に高められるのではないかと考えた事。そしてこれらを総括して……、将来はヒーローになろうと思っている事を彼女に伝えると、

「ドヴァーキンの事ですから、私が止めてもそう仰るだろうとは思いましたわ。こうと決めたら、テコでも動きませんもの。」

 と、笑われてしまった。俺は頑固なんだろうか。

「それに、もしかしたらこの世界の何処かに“世界を喰らう者”の手がかりがあるかもしれないしって思ってね。まぁ万に一つの可能性でもあれば儲けもの……位にしか考えてないから、これはおまけだけど。」

 そう俺が言うと、セラーナの表情が少しだけ曇った。

「まだ、アルドゥインの事を諦めていませんのね……。ですがドヴァーキン、この世界で私達が元いた世界──スカイリムの事を知っているのは私達だけですわ。手がかりはほとんどありませんのよ?聞いて回る訳にもいきませんし。」

「あぁ、それはわかってる。だから“おまけ”だよ。その事で無理をするつもりはないから。セラーナが心配する事は……。」

 しゃべっている途中、彼女が人差し指を口に当てる仕草をした。

「ドヴァーキン……いえお兄様。スカイリムで最後にお伝えした、私の願いは覚えていてくださいまして?」

「人間らしい暮らしをしたい、だろ?」

「はい。ですので、この世界ではその……瀬奈と呼んでくださいな。」

 そう言うと、少し恥ずかしそうに目線を逸らした。かわいい妹じゃないか。

「わかった、瀬奈。」

 名前を呼ばれたセラーナ──瀬奈は目を閉じて嬉しそうに笑った。

「はい!では、私もお兄様と一緒に、ヒーローを目指しますわ。」

 

 

 ==========

 

 

 ヒーローを目指す、と決意をしたとしても俺達兄妹の生活がいきなり変わるかと言えば、そうでもない。

 小学校に上がってからは平日は授業や宿題。休日はクラスメイトと遊びに興じたり、響香とシャウトの練習をしたりして過ごした。幼稚園にいたころに比べて行動範囲は広がったが、いつも通りの日常が過ぎていった。

 変わったことがあるとすれば、フィールドワークの知識を響香とセラーナにレクチャーし始めた事と、響香の呼び名が変わった事くらいだろうか。曰く、

「友達の前で下の名前で呼ばれると恥ずかしいから。」

 との事。このあたりの事情はスカイリムの世界とはちょっと違うのかもしれない。まぁ本人がそういうのであればそれに従おう。三人でいる時は今まで通り下の名前で呼び合っていたが、ちゃんづけを止めて呼び捨てにする事にした。本人もそっちの方がむずむずしなくていいそうだ。

 それと、響香の個性でちょっとした発見があった。耳から出ているコードをスピーカーに挿したら、爆音が出たのだ。これは威嚇に使えるかもしれない。戦う手段が増えたと響香は喜んでいた。勿論今後の鍛錬は必要だろうが、シャウトに頼りきりにならなくても、彼女の個性ならば将来ヒーローをやっていく事は可能だろう。

 

 そんなこんなで、俺達3人はおそらくこの世界の人間で言うところの“ごく普通の幼少時代”を過ごし……中学校へと進学した。

 そしてクラスメイトが進路を考え始める3年生に進級した時、クラスメイトであり幼馴染の響香から声がかかった。

 

「ねぇ、土羽達は高校どうすんの?ウチは……やっぱりヒーローになりたいから雄英を目指そうと思うんだ。」

 雄英高校……。ヒーロー偏差値79、入試倍率300倍の桁外れの難関高校。受験は針穴に糸を通すような苦行になるだろう。だが卒業後の進路は折り紙つきで、ヒーローになった際は幸先の良いスタートを切れることは間違いない。

「うん。受かれば将来の可能性が更に広がるからね、もちろん俺も受けるつもりだよ。進路はヒーロー一択だし。……瀬奈、お前はどうすんの?」

そう尋ねると、瀬奈は少し固まった後呆れたような表情をして、こう返してきた。

「お兄様、私の方が座学はできましてよ?私から勉強を教わらずに、受験に臨むつもりだったのかしら。」

「うっ……確かに文系科目はからっきしだけど。生物と化学なら俺の方が……。」

「それはさておき。勿論私も雄英高校を受けようと思いますわ。耳郎さん、筆記対策は私を頼ってくださいまし。精一杯サポートさせて頂きますわ。」

え?俺は?

「一人に教えるのも、二人に教えるのもほとんと変わりませんわ。」

なんだか扱いがひどい気がするが、教えてくれるというのだから文句は言わないでおこう。

「……マジ!?瀬奈、ありがとう!実技もそうだけど、ウチ筆記が心配で……。」

 響香が瀬奈と俺の手を取った。不安から安堵の表情に変わったと思ったら満面の笑みになって……と、くるくる動いている。おもしろい。

 その様子を見て、瀬奈が更に俺の手を取った。自然と3人で円陣を組む格好になった。

「耳郎さん、お兄様。皆で行きましょうね?雄英高校に。」

 

 これが“せいしゅん”ってやつだろうか。セラーナが嬉しそうで何よりだ。




【今日の魔法】

???「スタァァァップ!お前はスカイリムとその民に対して罪を犯した。何か書くべき魔法の解説はあるか?」

⇒ 首長の従士だ。直ちに解放してもらおう。

???「今回は「今日の魔法コーナーはお休み」という事で見逃してやろう。だが首長のお力にも限りがある。今後は気をつけるんだな。」


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Chapter III いざ、雄英へ
【登場人物紹介】


6話終了時点の登場人物を簡単にまとめました。
幼少時代を飛ばしてお読みになる方向けです。……ですが、かなり端折ったので宜しければ0〜6話もお読み頂ければと思います。

本編でカットした設定も少しだけですが載せています。
(知らなくても読み進めるにあたり、そこまで大きな問題にはならないと思われます。)


名前:土羽勤(どば つとむ)

性別:男

 

【個性】

 周囲のエネルギーや元素、音波を力に変える複合型と診断された。シャウトの概念がない世界で、無理やり個性としての定義づけをした結果こうなったようだ。

 

【概要】

 以前はスカイリムの世界においてドラゴンを殺す事ができる者“ドヴァーキン”として活動していた。世界を喰らう者、アルドゥインとの決戦の最中に命を落とし、双子の兄「土羽勤」として転生する。シャウトと呼ばれる、様々な特性のあるドラゴン語を発声して戦うスタイルを主軸にしている。魔法や近接戦闘、更には弓による遠隔攻撃もできるが、本人曰くどれも“極めている”という訳ではなく、むしろ苦手であるとの事。耳郎響香とは幼馴染。趣味は旅と化学実験(本人曰く錬金術)。

 

名前:土羽瀬奈(どば せな)

性別:女

 

【個性】

 氷の生成と診断された。体から氷を表出させる他、氷の矢を離れた標的に飛ばすこともできる。

 

【概要】

 スカイリムの世界では「セラーナ」と呼ばれていた吸血鬼のお嬢様。吸血鬼である事を本人は受容していたものの、快く思っていた訳では無かったようだ。ドヴァーキンがとある墓地に封印されていたセラーナを助け出して以降、彼と行動を共にする。アルドゥインとの戦いにおいて命を落とし、ドヴァーキンの双子の妹「土羽瀬奈」として転生した。性格は温厚で好奇心旺盛、そしてお嬢様言葉でしゃべる。過去の経験から、人並みの幸せを得る事とその幸せが長く続く事に強い願望を持っている。趣味は友達や家族(特に耳郎響香と兄)と一緒に遊ぶ事。

 

名前:耳郎響香(じろう きょうか)

性別:女

 

【個性】

 イヤホンジャック。耳から生えているプラグを挿す事で、音波攻撃・索敵が可能。

 

【概要】

 ドヴァーキン達が転生した世界の住人。小柄で三白眼、黒紫色のボブカットが特徴。周囲の状況を察する事が得意なクールなロックさん。土羽兄妹とは幼稚園からの幼馴染で、幼稚園時代にドヴァーキンが発した“揺るぎなき力”に吹き飛ばされた事で魅了され、弟子入りを申し出た。そして音に対する適性からか、“戦いの激昂”と呼ばれるシャウトを会得する事に成功した。

 

名前:土羽為美(どば ゆきみ)

性別:女

 

【個性】

 蟹。カニとコミュニケーションを取ったり、使役したりすることができる。よって土羽家では蟹鍋は禁制品である。

 

【概要】

 土羽兄妹のお母さん。ドヴァーキンのおかげ?で耳郎家と家族ぐるみの付き合いをするようになる。土羽兄妹の個性が自分や父親と全く関係の無い物だった事に驚いていた。

 

名前:土羽析史(どば さくふみ)

性別:男

 

【個性】

 物質解析。触れたものの強度や材質、密度がわかる。

 

【概要】

 土羽兄妹のお父さん。作中未登場。とある建築会社に勤務しているらしい。




お母さんの個性元ネタは、スカイリム名物マッドクラブから。開発スタッフやユーザーにとても愛されているカニで、召喚魔法やフォロワー等のMODがあります。今後何かしらの形で活躍させてあげたいです。

お父さんは幼少時代、主人公に日曜大工の楽しさを教える……という話が初期プロットにあり、その名残です。設定元ネタはDLCのHearthfireから。


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7話:ドヴァーキン、受験対策をする。

皆さんのスカイリムでの一番の思い出は何でしょうか。
私の場合は、帝国兵とストームクローク兵が入り乱れて戦っている所にドラゴンがやってきて、三つ巴になると思いきや一時的に皆で共闘して、結果ドラゴンを打ち負かしたことが印象に残っています。
まぁその後乱戦に戻って敵対し、全員始末したんですが。


「あの……本当にこれ、飲むの?」

 響香が引き攣った顔をして聞いてくる。紫と緑のグラデーションが美しい、きっと舌触りも滑らであろうお手製の妙薬──ポーションが入った小瓶を持った手が震えている。

「そうだよ?だって響香、強くなりたいんでしょ?」

「い、いや……やっぱりこれは……ちょっと。」

 耳のイヤホンジャックで瓶を突っつきながら、けれども決して口に運ぼうとはせず、響香は食い下がっている。そんなに嫌か。

「うーん、わかった。じゃあその瓶、ちょっと貸して?」

 そう言って響香から瓶を取り上げ、そっと目配せ。

「瀬奈!」

「はい!お兄様!」

 瀬奈が体に氷を纏わせて瞬時に後ろから抱き着き、手と足を自分ごと氷結させる。抵抗させる隙も与えず、あっという間に拘束。さすがは優秀な妹である。黙っていても、目線と首の動きで俺がして欲しいことを直ぐに理解して実行してくれる──阿吽の呼吸と言うらしいが、これは双子に与えられた特権のようなものか。

「……え?瀬奈?ちょ、え?」

「ごめんあそばせ、響香さん。ですがこれも雄英に皆で合格するためですの。さぁ、お口を開けて?……早くしないと、響香さんが凍傷になってしまいますわ。」

 ようやくこれから何をされるのか理解したのか、響香が手と足の拘束を解こうと暴れ始めた。イヤホンジャックを使って氷を砕こうと思わない所を見ると、相当に混乱しているらしい。……さすがにちょっと可哀そうになってきたが、合格のためだ。ここは心を鬼にしよう。

「ひぃっ!……待って!待ってってば!ね?瀬奈、勤。ちょっと落ち着こう?ウチ、まだ心の準備が……。」

「すまない、愛すべき弟子よ……。だがこれは錬金術の発展に必要な事なんだ……。そして錬金術が進化すれば、俺達三人の合格はぐっと高まる!さぁ!覚悟を決めるんだ!」

「んんーっ!んっんんんっんっー!(やだー!こっちにくるなー!)」

 拘束は解けないと観念したのか、響香は口を一の字に結んで最後の抵抗を試みている。これでは飲ませられないではないか。しかし瀬奈は手足の拘束をしていて動けない。困ったな……。

 

 それにしてもまさかここまで抵抗されるとは。どうレクチャーするのが正解だったのだろうか。今日は勉強の息抜きがてら、幼馴染と妹を引き連れて自然と戯れ、楽しく過ごす筈だったのだ。

 さて、どこでどうするべきだったか。一つずつ思い出してみようと思う。

 

 

 ==========

 

 

 事の発端は4日前。

 学校での何気ない会話から始まった。

 

「錬金術?なんの話してんのさ、なんかのアニメ?」

 授業の終わった教室で、残っているクラスメイトがまばらになった頃、響香が席を立って尋ねてきた。ちょうど瀬奈と錬金術の事について話をしていたのを聞いていたようだ。

「うん?違う違う、アニメじゃないよ。耳郎さん。れっきとした……化学実験みたいなものさ。」

 化学の発展もさる事ながら、この世界の科学技術は素晴らしい。全てを把握している訳ではないが、スカイリムにいた時には考えもしなかったものばかりで最初は驚いたものだ。特にエアコンと電子レンジには感動した。大人達が休日は外に出ず、家にいようとするのも納得である。

「へぇ。化学ねぇ。土羽、理科系の科目好きだねホント。ウチにはよくわらないや。」

 学校にいる時や誰かがいる時は、上の名前でお互いを呼ぶ。クラスメイトにいらぬ誤解を与え、冷やかされないための対策だ。どうやら下の名前で呼び合うと言うのは、そういう意味を持つ事もあるらしい。ただの幼馴染と言ってしまえばそこまでなので、あまり気にすることも無いとは思うが、響香の名誉のためにも約束は守ることにしている。

「まぁ……必要だから。ほら、俺の個性って端的に言えば直接的な攻撃には、一歩及ぶ所があるじゃん。できることなら鋼鉄製の剣なり弓とかを持ちたいんだけどね、さすがにそれはできないみたいだからさ。現状でも接近戦になった時の対応策は一応あるにはあるんだけど、選択肢は色々と持っておかないと。実技試験で何もできない、って事にならないようにね。」

 ……というのも、雄英高校に実技試験では武器の持ち込みはできるのか?と問い合わせた所、刃物等個性に関係なく人に危害を加えられるモノは禁止されている、と言う回答をもらったのだ。魔力の剣と盾を使うという選択肢もあるにはあるのだが、アレはアレで欠点も多い。ならばと個性を活用して自分で作った薬品類はどうかと聞いた所、それはオッケーであるとお墨付きを貰ったのだ。

 

「なるほどね、それで錬金術ってのを使おうと。……で、その錬金術って何ができんの?」

「色々できるよ。基本的にはポーション、飲み薬みたいなもんだね。それを調合して作ることで、戦闘や日常活動を有利に進める事ができる。例えば……そうだなぁ、反射神経が良くなったり、火に強くなったり。変わり種でコミュニケーション能力が向上する薬も作れる。あとは、調合するモノによっては服用すると毒になるものもあるから、それを相手に投げつけて使ったりとか……。あれ、耳郎さん?聞いてる?」

 相槌がなくなったと思ったら、響香の目が爛々と輝き始めた。これはシャウトの時と同じような……。

「土羽、それ凄いじゃん!ウチにも教えてよ、錬金術!」

 やっぱりそう来たか。

「構わないけど、シャウトの時とはまた違う大変さがあると思うよ?基本は試行錯誤の繰り返しだし。」

「大丈夫、大丈夫!ウチ、ガッツだけはあるからさ!」

 えへん、と自慢げに胸を張る。

 確かに響香はガッツ……というか根性がある。以前シャウトを教えた時も、一年以上全く進展がなかったにも関わらず、ひたすらに練習と発声を繰り返していた。そして、俺自身が諦めかけていたというのに、彼女はシャウトの習得を成功させてみせたのだ。

「うん、確かに耳郎さんは努力家だね。わかった、じゃあ今度の土曜日に瀬奈と道具の買い出しに行くから、一緒に行こう。薬の素材集めと実験は日曜日。これでどうかな?……あと、効果はその場で調べたりする事もあるから、メモしたりするためのノートとかはあった方がいいと思う。」

「オッケー、空けとく。……ところでさ、この後駅前のファミレス行かない?ちょっと瀬奈に今日の英語教えて欲しいんだよね。」

 響香曰く、学校ではなくファミレスで勉強するのが効率が良いらしい。俺にはよくわからないが、クラスメイトの半数以上はこの意見に賛同している。何でも環境を変える事で、集中力がリセットされて勉強が捗るのだとか。まぁスカイリムの世界でも蜂蜜酒をネタに酒場に連れて行き、情報を聞き出したりしたものだ。それと同じようなモンだろう。

「だってさ、瀬奈。どうすんだ?」

「私は構いませんわ。ついでにお兄様もいらして、今日寝ていた古文の復習でもなさったら?」

 しれっと毒を吐いてきた。だが確かに寝ていた分をその日のうちに取り戻せるのは魅力的だ。どうせ家に帰っても普通に宿題するだけだし。

「わかった、俺も行くよ。耳郎さん、錬金術の見返りって事で古文のノートを貸して欲しいんだけど、いいかな?」

「その話、乗った!」

 ぐい、と右手をサムズアップして響香が応えた。

 シャウトに続いて錬金術か。今の響香ならヒーローどころかドラゴンボーンにだってなれるかもしれない。

 

 

 ==========

 

 

 そして週末の朝。俺と瀬奈は自宅から少し離れたターミナル駅の前で、響香と待ち合わせをしていた。

 首都ではないとは言え、比較的栄えているエリアだ。行き交う人はそれなりに多かった。この世界の科学技術の代表例ともいえる、自動車も沢山走っている。スカイリムの世界に自動車があれば移動はかなり楽だろうなと思ったが、想像してちょっと後悔した。旅の風情が無さすぎる。

「なぁ瀬奈。これだけ科学が発展してるのってさ、やっぱり“魔法”がないからなんだろうな。」

 これはこの世界に来て生活して気づいたことなのだが、個性はあれど魔法の概念はどこを調べても全くなかった。例えば寒いと感じたら暖房をつけ、食べ物を保存するのに冷蔵庫を使う。どれもスカイリムの世界では魔法で代用しようと思えばできる力だが、それが無かったからこそここまで科学技術が発展したのだろうと思う。必要に駆られなければ発展しない……案外科学と魔法は似ているのかもしれない。

「そうかもしれませんわね。“個性”が出てきたのは、割と最近の事らしいですから。それまでは科学の力で発展を続けてきたのでしょう。」

 では個性と魔法はどうなのかと言われれば、これは一概に比較できるものでもないだろう。と言うのも瀬奈の言う通り、この世界の“個性”は、人間の歴史から見ればごく最近現れた概念なのだそうだ。

「きっと最初は混乱しただろうな。向こうでもドラゴンボーンが出た!ってだけで結構な騒ぎになった位だし。」

「あら、お兄様ったら。そんなに社会歴史に興味があるのに、どうして成績はそんなに伸びないのかしら?」

 瀬奈よ、何故そこで俺に攻撃を仕掛けてくる。

 さてどう返そうかと迷っていたら、前から響香が手を振って歩いてきた。彼女が時間に遅れるとは、珍しい。

 

「ごめん!ちょっと気になるニュース見てたら遅くなった!二人とも待った?」

「いや、そんなでもないよ。ニュース?何かあったっけ?」

「きっとアレですわ、お兄様。一昨日デビューした新人女性ヒーローの。」

 瀬奈がそう言いながらスマートフォンを見せてくる。ああ、あのヒーローね……。サイドキックはマンモスかな?

「そうそれ!再編集されたダイジェストだったんだけどさ、ちょっと見入っちゃって。せっかくなら生で見たかったけど。」

「そっか。響香ってあんまりそういうのに噛り付くようには見えなかったわ。意外。」

 ヒーローになりたい!という夢を持っていることは勿論知っていたが、響香が学校でクラスメイトとそういった話をしているのは、あんまり見たことがなかった。どちらかと言えば音楽の話やが多いような。

「ふふん。ウチはこう見えて色々研究してるのさ。支援のシャウトに攻撃と索敵の個性。そこに今日の錬金術!どーよ。博識かつ万能のヒーローなんて、ロックじゃない?」

 そうだった、この子知識や力に対して割と貪欲なんだった。自分が気に入ったジャンルのものをとことん極めようとするのだ。

「いいと思うよ。引き出しは多い方が有利だ。じゃあ、行こうか!今日は俺の事を“先生”と呼ぶように!」

 この渾名、使うのはシャウトの時以来である。幼少時に響香から言われて気づいたのだが、意外とこう呼ばれると気分がいい。

「オッケー。任せたぜ、せーんせ!……で、どこいくのさ?」

「ふっ……それはな……。錬金術に必要な実験器具と調度品をリーズナブルに揃えられる名店!その名も!」

「その名も……?」

 

「東●ハンズだ!!」




⇒ 静かに!これから今日の魔法コーナーを開始するのだ!

???「ああ、あなたですか!なんてご立派な。想像したとおりです。」

⇒ もういい! 美食家……じゃなかった、私が解説をするのだ。しゃべるな!始めるぞ。

???「ええ、もちろん!コホン……。」

【今日の魔法】

・魔力の剣
素人ランクの召喚魔法。
魔力で作成した剣を召喚し、武器として使うことができる。作中土羽が言っていた「現状の対近接戦対応策」がこの呪文の行使。右手と左手で同時に唱えることで、二刀流にする事もできる。
欠点はいくつかあり、そもそもの威力が低い事と、一瞬で作り出せる訳ではないという事。スカイリムの世界では希少な金属から作成される武器が非常に強力な事も相まって、微妙な立ち位置の魔法になってしまっている。

・魔力の盾
素人ランクの回復魔法。
魔力のシールドを生成して敵の魔法から身を守る。「現状の対近接戦対応策」その2。物理的な力でなければ、あらゆる攻撃から身を守ることができる。シールド発生までのタイムラグが難点で、最小燃費で使おうとすると、相手の攻撃を予測することが求められる。
魔力の剣と併用すると、魔法剣士って感じがして(性能はともかく)カッコイイ。


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8話:ドヴァーキン、買い物と模様替えをする。

※実際の成分凝縮や分離はそんな簡単にはいきません。あくまでもお話の中でという事で。

錬金術って便利ですよね。金策と麻痺毒には随分助けられました。


「まずは実験器具から買い揃えよう。これが無いと始まらないからね。えーっと……実験器具は5階、だな。」

「ん、わかった。」

 こうして錬金術に必要な道具の買い出しがスタートした。この店は百貨店とホームセンターの中間に位置するような品揃えで、普通の人なら買わないようなアイデア商品やニッチな品物が売っていたりする。実験器具ともなれば教育用として学校に卸しているメーカーや販売店に注文するのが一番なのだが、残念ながら俺達の学校に出入りしている業者は小売りをしていなかったのだ。

 さてどうしたものかと思案に暮れている時、瀬奈がこの店の存在を教えてくれた。多少値は張ってしまうが、それなりの品質のメスフラスコや乳鉢等の実験器具をバラ売りをしてくれるのだ。沢山の種類の器具を少量ずつ欲しい俺達にとっては、ピッタリの店である。

 

 エスカレーターで5階に上がると、思わずおぉ、と声が出そうになった。“サイエンスコーナー”と書かれた看板の周辺には、アルコールランプ等の実験装置から果ては植物の葉脈標本や書籍類まで、科学に関するあらゆるものが所狭しと置かれていた。まさに知識の宝庫だ。

「お兄様、今日は響香さんとお買い物ですわよ。寄り道はナシでお願いしますわ。」

 さすが長年の相棒……今は妹である。兄がどこでスイッチが入ってしまうか、その結果何が起こるかは予想の範囲内という事か。

「わかってるって。今度一人で来た時に詳しく見てみるよ。……それじゃあ……蒸留をするための道具から行こうか。瀬奈、響香。さっき渡したメモに必要なものが書いてあるから、それを見ながら探してみよう。」

「オッケー。」

「わかりましたわ。それならあちらから見てみましょう。響香さん、お兄様。」

 等間隔に整列された見本品を手に取り、メモに書かれた条件を満たす物を選別、なるべく値段の安いものをチョイスしていく。

 

「ところでさ、蒸留ってつまりなんなの?」

 響香がフラスコを光に当てて覗き見ながら尋ねてきた。

「蒸留ってのはね、液体を一度蒸発させて、その後で冷却して凝縮させることで、沸点の異なる成分を分離したり、成分を濃縮させたりする事だよ。」

「わからん。もっとやさしく。」

「そうだなぁ、例えば回復の薬効と麻痺毒の薬効、2つの効果が混ざったポーションがあるとする。響香は、それ飲みたいと思う?」

 こういうのは例え話が効果的、と言うのはシャウトの一件で学習済みだ。

「いや、思わない。逆に敵に使うとしても回復しちゃうんじゃあちょっとね……どっちかだけなら使えると思うんだけど。」

「その通り、そう考えるのが普通だよね。それじゃあ、このポーションの回復の薬効は70℃で蒸発して、麻痺毒の薬効は90℃で蒸発するとなるとどうだろう?」

 響香が器具を選んでいた手を止め、首を傾けて小さく唸りながら考え始めた。そんな彼女の横顔を見て、真剣に考え事をしている時の仕草や表情は幼稚園の時と全然変わっていないな、とふと思った。おそらく男受けするとは思う。……もう少し女の子らしさがあれば、だが。

「80℃位のお湯で温めれば……回復成分だけが蒸発して、それで回復薬を作れる……?」

「正解。それが蒸留だよ。これを応用すれば分離以外にも特定の薬効の濃度を高めたりとかもできるんだ。もっと簡単に言うと、水を基準にして沸点に差があれば分離も濃縮も可能って認識でいいよ。まぁその沸点を調べるのと、薬効を特定するのがトライアンドエラーで大変なんだけどね。それは明日教えるよ。」

「はー、なるほどねぇ。勤さぁ、もうヒーローじゃなくて理科の先生にでもなればいいんじゃない。」

 関心した様子で響香がそう言ってきた。

「いやぁ、それはちょっと遠慮したいかな。俺、誰かに何かを教えるのは多分得意じゃない。面白いけどね。てか俺達三人ヒーロー科志望じゃん!何言ってんのさ……。」

「あはは、ごめんごめん。冗談。……でもさ、勤は誰かに教えるのウチは上手いと思うよ?シャウトの時だってほら。」

 耳のジャックをくるくる回しながら響香が答える。……今ふと思ったが、あれからもう10年近く経ったのか。そう考えるとここまであっという間だったな。今でもたまに発声のコツを体が忘れないように……という目的で練習しているが、最初の頃はほとんど毎日家に通って特訓をしたものだ。

「あれは響香の努力の成果だと思うよ。俺は発音とやり方を教えただけだから。」

「その教え方が上手かったんだって。ホント、あの頃の勤って他の奴より凄く大人びてたし。」

 なるべく年相応の言葉遣いをしていたつもりだったが、やはり他人から見るとわかるものなのだろうか。だとすると母さんはどう思っていたのだろう。ちょっと気になるが、話題が話題なだけに改めて聞く事もできないなぁ。そう考えていると、それに、と響香が続ける。

「ウチはさ、アンタのおかげでヒーローになろうって決心したんだ。勤はさ、一年間以上、ウチのわがままを聞いてずっとシャウトのやり方を教えてくれてたじゃん?そん時にさ、強い個性を使って誰かの前に立ってリードするだけじゃなくて、皆んなの後ろに立って目標に向かって進む人の背中をひたすら押してあげる。それも皆んなにとってのヒーローなんだなってね。すごいな、ウチもコイツみたいなヒーローになりたいって思ったんだ。だから、さ。」

 そう言って手をグーにして軽く突き出してきた。

「一緒になろうね、ヒーロー。」

 俺も手で拳を作り、それに合わせる。幼稚園の時よりも彼女の手は大きくなっていたが、あの時の手と同じに見えた。努力家の手だ。

 

「お二人とも、私が一生懸命探している間にずいぶんと楽しそうにお話されていらっしゃいますのね。」

 勿論!と響香に言おうとした矢先、ひんやりと冷たいオーラが背中に現れた。息を呑んで後ろを振り向くと、器具の山を持った瀬奈がニコニコしながら俺達を見下ろしている。あぁ……瀬奈さん。メモに書かれたやつ、全部揃ったのですね。……怒っていらっしゃる?

「ご心配なく。全然キレてなんていませんわ。えぇ、私はとっても冷静ですの。妹に買い物を丸投げして楽しそうにいちゃついている兄とクラスメイトを見て、ぶちころがしてやりたいだなんて、これっぽっちも思っていませんわ。うふふっ。」

「いや、瀬奈。ウチら別にそういうんじゃないって!」

「……そもそも俺は蒸留が何かって聞かれたから答えていただけでな?」

「何かおっしゃいました?お二方とも、この期に及んで言い訳なんて、なさいませんよね?」

 口から下だけがニコニコしている瀬奈の口角が更に上がった。

「「申し訳ありませんでした!」」

 

 二人でバッタのように謝り、お昼を食べる時に俺と響香の2人から瀬奈にパフェをご馳走する事で何とか許してもらう事ができた。痛い出費だが仕方ない。

 

 

 ==========

 

 

「……よし、これで全部。じゃあ、帰って作業台を作ろうか。」

「随分買ったけどさ、これお金大丈夫なの?」

 響香がちょっと心配そうに聞いてきた。一般的な中学生から見たらかなりの金額である。もちろん痛い。とても痛いが、これは必要経費だ。

「お年玉が数年分吹き飛んだ位だ。心配しなさんな。これも雄英合格のためだ!」

「お兄様、私のお小遣いも貸していますのよ?」

「うっわ、借金地獄じゃん。」

 何なんだ君たちは。ここは合格頑張ろう!で終わらせれば良いじゃないか。どうしてそこで現実に引き戻そうとするんだ。

「とにかく!ガラス器具と陶器は割れやすいから注意して運んでね。組み立て机は俺が持つから。」

 さっきのパフェも含めて、軍資金はカツカツを通り越して余裕の赤字である。これで家に帰ったら壊れてました……は、割とマジで洒落にならない。

「そんなに心配しなくても、ちゃんと運びますわ。それより、響香さんにも組み立てを手伝ってもらうのでしょう?お兄様、お母様に夕ご飯を頼んでおいた方がよろしいのではなくって?」

「あぁ、それもそうだな。組み立てと器具の使い方、色々と教えていたら時間もかかるだろうし。」

 俺がそう言うと、響香が少し慌てた様子で聞いてきた。

「いや、急だしおばさんに悪くない?」

「ご心配なく、響香さん。他のクラスメイトならともかく、幼稚園からのお付き合いの響香さんはもう家族みたいなものですわ。」

 瀬奈の奴、随分積極的だな。

「ん、わかった。その代わりさ、今度は瀬奈がウチにおいでよ。」

「ありがとうございます、そうさせていただきますわ。響香さん、その時は兄を置いて一人でお邪魔しますわね。」

 おお、瀬奈が一人で響香の家に行こうとするとは。なるほど、女子だけで話したい事もあるって事か。そう考えるとセラーナもなんだか成長したなぁ、としみじみ思ってしまった。スカイリムの世界での記憶はあれど、殆どが吸血鬼としてのものだろう。そういう意味ではこの世界での生活が、彼女にとっての“人生”と言えるのかもしれない。

「お、アニキは留守番だって。悪いね、今度借りてくよ。」

「どうぞどうぞ。レンタル料は無料だ。偶には一人ってのも悪くないね。」

「ひどいですわね。私は物ではありませんわ。」

 三人で笑って話をしながら駅に向かって歩いていたら、スマートフォンの着信が鳴った。おそらく母さんからの“了解”メッセージだろう。

 

 良い家族と幼馴染を持てた。改めてそう思った。

 

 

 ==========

 

 

 家に着いた俺たち三人がまずやった事は、部屋の模様替えからだった。

 俺の部屋に設置されることになった“それ”は、それなりの大きさになる事が予想されたため、模様替えごとやってしまおうという事になったのだ。

 その結果俺の部屋は錬金術作業台が異様な存在感を放ち、さながら実験室のような感じになった。予めスペースを開けておいた本棚にはまだ素材が無いため寂しい感じではあるが、さながらホワイトランにあった“アルカディアの大ガマ”の一角のようだ。

 錬金術作業台には、温度計の付いたウォータバスと素材や溶液を入れる大型の丸フラスコ。その上を冷却管を備えた凝縮器が通り、出口側には目当ての成分を捕集する三角フラスコを配置。他の道具としては素材を加工するための乳鉢とすりこ木、いくつかの試験管やシャーレの他、一時的な火力と光源を確保するための蝋燭、溶液を濾し取る可能性を考慮して炭とフィルターも買っておいた。そして最後の仕上げをするための仕掛けとして、机に魔法陣のような溝を円周状に掘ってある。この世界の道具の品質と精度は高く、ひょっとしたらスカイリムの世界で行うよりも高純度の薬品が作れるかもしれない。……尤もスカイリムの世界には無かった“別の問題”があるのだが。

 

「へぇ。なんかこうしてみると理科室ってより、おとぎ話に出てくる魔法使いの部屋って感じだね。どこでこんな知識仕入れたのさ。」

 感心半分疑問半分といった表情で響香が質問してきた。

「んーまぁちょっとね。個性の研究がてら、色々調べてたら詳しくなったんだ。」

 まさか自分はスカイリムの世界からやってきました、前世はドヴァーキンです。だなんて言えるはずもない。それこそこの世界では中二病と呼ばれる“残念なお友達”として、そっと距離を置かれるのが関の山だろう。……とは言え個性の研究をしていたら、錬金術の可能性に気づいたのは本当だ。

「そう言えば、勤の個性ってよく分かんないよね。ウチが習得できるってのもさ。」

 響香は鋭いなぁ。あまりそこは詮索してほしく無いぞ。と言うか伝えても信じてくれないだろうけど。

「医者も、よく分かんないんだってさ。」

「でも他人に引き継げる個性なんてさ、凄いじゃん。」

 響香はあくまでもシャウトに対して好意的だ。そして、シャウトを個性だと思っている。

 ……実際は凄くなんかない、偶々素質を持ち合わせていただけで、それも生死を彷徨った挙句に偶然発覚した、という話だ。そういう意味ではアルドゥインは俺にとって命の恩人と言う事になるな……。かつて自分がドラゴンボーンだと呼ばれる前の事を思い出して、少し気分が悪くなった。

 ……いつか。いつか響香や母さん達に本当の事を打ち明ける日が来るんだろうか。もしそんな事があるとしたら、それはどんな時だろう。スカイリムの世界に戻れる算段がついた時だろうか。それとも、この世界で人生を終えるのだと決心した時だろうか。いずれにせよ……。

「その凄いやつを5歳で習得できた響香は、もっと凄い奴って訳だね。いやぁ、こんな凄い奴が幼馴染で同級生だなんて、これは雄英に入学しても俺は安泰だなぁ。」

「何だよ、褒めたって何も出ないぞ、先生。」

 今考える事ではない。今はこの世界の住人として、ヒーローになるという目標を持ったのだ。しかも志を共有している仲間が二人いる。それは大切な仲間だ。

「お兄様、響香さん。お夕飯、用意できましたわ。」

「あいよー。……だってさ。行こう、響香。詳しい使い方は明日ね。」

 途中から母さんの手伝いにシフトしていた瀬奈の声を合図に、俺は響香の背中を押して部屋を出た。




【今日のシャウト】

???「ストームクロークめ。お前らがくるまでスカイリムは良い土地だった。帝国はいい感じにくつろげる場所だったんだ。今日のネタが錬金術だけじゃなかったら、とっくに今日のシャウトの原稿を書いてハンマーフェルへとおさらばしてたさ。」


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9話:ドヴァーキン、自然と戯れる。

スカイリムのフィールドには色々な植物がありますね。植物系はmodが入ると別世界になりますのでお試しあれ。

ところで、この世界の素材はそのままの状態だと薬効(錬金効果)は発現しません。よって、ぺんぺん草をそのまま齧ったら火耐性アップ!とはなりません。……なったらヒーローのみんながそこら辺の雑草や虫の羽をむさぼり食うようになってしまう!という事で詳しくは作中に記載しましたが、オリジナルの設定を適用しています。


 響香、瀬奈と三人で買い出しに行った翌朝、俺達三人は郊外にある、とある山の登山道に向かっていた。休日といえど比較的早い時間であるためか、電車の中にはそれほど人はいなかった。響香はウォークマンで音楽を聴きながらスナック菓子を頬張り、瀬奈は本を読んでいる。そんな二人の様子を見ながら、俺はゲームをしていた。少し前に話題になった、ブロックを壊して生活をするサバイバルゲームだ。

 

「ちょっと。お兄様、音が漏れてますわ。」

「それは失礼。でも少しだけ待ちたまえ。今丁度ゾンビが俺の家に……。」

「えいっ。」

 ……取り上げられた。何をするんだと抗議の声を上げようとしたら、瀬奈の悪鬼羅刹が張り付いた微笑(正しい言葉とは思えないが、これ以外の形容が見つからない)が見えたので、何も言わずに黙っていることにした。ひどい。

「ゾンビか何か知りませんが、そんなに見たければ死体さえご用意いただければ、出して差し上げますけど?」

「いや、別にいい。それよりスマホ返せ。というか、瀬奈……。お前まさか死霊術が使えるのか?」

 死霊術。この世界に来てから全く縁の無かった魔術だ。その場にある死体・死骸を一時的にコントロールする魔術で、かつてサイジックと袂を分かった魔術師マニマルコにより分類・制定化され、タムリエル全土に伝わったという。その特性から、スカイリムの世界でも多くの人間からは忌み嫌われており、“邪法”などと呼ばれる魔術である。

「えぇ。少し前に庭で倒れていたネズミにかけてみましたが、うまくいきましたわ。」

 なにしれっと危ない事してるんだ。死霊術はこの世界においても、恐らく倫理的に非常にマズい。

「まじでか。そういう事は……いや、過ぎた事を言っても仕方ないか。それはいいとしても、そういう事したんだったら早く教えろよ。」

「あら、既に知ってると思いましたわ。スカイリムで散々お見せしましたでしょう?」

 以前から……そう、“セラーナだった頃”からそうなのだが、彼女はちょこちょこ抜けている所がある。

「そうじゃなくてね?瀬奈、スカイリムでできた事がここでは出来ないかもしれないだろ?」

 そう俺が言うと、瀬奈はようやく俺が言いたい事を“理解した”顔つきになり、

「あぁ、そう言われてみればそうですわね。」

 と頷いた。全くもう。

「それよりだな、死霊術はなるべく使うな。問題になる。」

「なんの話してんの?死霊術?スカイリムってなんかのゲーム?」

 ぎょっとして窓側の席を見ると、ヘッドフォンを取った響香がこっちを見ていた。

 まずい、聞かれた。

 ……いつ、どこから?何を?どこまで聞かれた?あらゆる可能性と問題が頭の中で逡巡するが、それらを一度シャットアウトする。

 すぐさま瀬奈と目を合わせて、アイコンタクトをした。“とりあえず話を合わせろ”と、目で訴える。

「そう、今やってる俺のゲーム。瀬奈もやってるんだけどさ、ゾンビばっかり送ってきても迷惑だからやめてくれって言ってるの。」

「あら、お兄様。援軍が欲しいって言っていたでは無いですか。」

「だーかーらー、ちょっと想像してみろ。ゲームとは言え拠点でのんびりしてたら外から“あー”“うー”って呻く声がサラウンドで聞こえる──」

「ん、わかった。もういいよ、その話はやめよう。」

 必死に瀬奈と誤魔化す会話をしていたら、途中で響香からストップがかかった。

「ごめん、うるさかったってこと?」

「いや、そうじゃなくて。……えっと、ほら。その、ウチ、ゾンビとかお化けとか、ゲームでもちょっと、ね。」

 目を合わせず窓の外へ顔を向けて、そして小さめの声で響香がそう呟いた。ああ、ホラーダメなんですか。幼馴染の意外な一面が発覚した瞬間である。

「あら。響香さん、お化けダメなんですのね。ふふっ、良い事聞きましたわぁ。」

 おい瀬奈、うまいこと誤魔化せたからって茶化すな。

「な、なにさ。そういう映画とかはウチ、絶対見ないからね。瀬奈が頼んできても絶対嫌だから!」

「ではお泊りに行った時に、こっそりテレビに忍ばせておきますわ。」

「ひどくない?!」

 お化けのネタで盛り上がり始めた二人を見ながら、そっと会話の輪からフェードアウトした。……もしも瀬奈が死霊術を使って人を動かし、更に灰にしている所を響香が見たとしても、親友でいてくれるのだろうか。いろんな意味で。

 

 

 ==========

 

 

「はぁー!やっと着きましたわー!電車というものは未だに慣れませんわね。お尻が痛いですわ。」

「お前は何処の御令嬢だ。良いから行くぞ、瀬奈。」

 ホームから出て、駅前のロータリーで伸びをしている瀬奈を小突いて先を急がせる。帰りの時間や休憩時間、帰宅後のレクチャーを考えたら意外と時間は少ないのだ。明日は学校だから泊まりは流石にマズい。となれば、効率的に動かなくてはならない。

「そんなに焦らなくても、素材は逃げませんわ。」

「ここで素材集めするだけじゃ無いんだぞ。帰って調合と精製までやるんだから。休憩時間を削りたいんなら別だけど。」

「それは嫌ですわね。」

 そう言いながら、瀬奈は体をくねくねさせて歩き出した。柔軟体操のつもりなのだろうか。傍から見たらなんて事はない。ただの不気味な踊りである。

「ちょっ。瀬奈、何その動き。ウケる。」

 後ろで響香がツボに入ったようで、ゲラゲラ笑っている。うん、ダメだ、こいつらに合わせてたら時間が無くなる。あえて突っ込みを入れず、俺はそのまま説明を始めた。

「はい注目。とりあえず今日は植物と昆虫をメインに見ていこうと思う。山頂までは登る予定はないから、そんなにキツくは無いと思うけど。うん、響香笑ってないで話聞いて。……んで、素材についてなんだけど、本来は未知の素材だとその場で判別したりもするんだけどね、今回はこんな感じだよーって見本を見せるだけにするね。薬効の種類を理解しないと、素材の判別はできない事はないんだけど、覚えにくいし効率悪いから。で、集めた素材を加工する手順は昨日言った通り家で──響香聞いてる?話続けるよ?……レクチャーする感じかな。素材と効果の組み合わせによっては凄い見た目になるから覚悟してね。」

「ん、オッケーオッケー。任せて。」

 この子絶対ちゃんと聞いてないと思う。昆虫は場合によってとんでもない味がする事があるから、効果の判別が難しかったりそもそも分からなかったりするんだけど……まぁ、ヒーロー志望だし大丈夫か。

「じゃ、説明は以上。早速山道から入って素材を探してみよう。」

「お兄様、山で気をつけるべき事を教えてさしあげましたら?」

 いつのまにか真人間に戻った瀬奈が、至極まともな提案をしてきた。

「あぁ、それもそうだね。響香、植物とか探すのに夢中になって蛇とかに噛まれないように気をつけてね。まぁ俺らがいるから、もしもの事があっても解毒の心得はあるから大丈夫だとは思うけど。」

「ウチ噛まれるの前提?!その前に助けてよ!」

「ヒーロー志望でしょ、噛まれる前に撃退しなきゃ。」

 無茶苦茶だ、と反論する響香を宥めつつ俺達三人は山道へと歩みを進めていった。

 

 

 ==========

 

 

「なんかこうして三人で歩いてるとさ、遠足に来たみたい。」

 響香が周りを見渡しながら呟いた。

「小学校の?まぁ確かにこんな感じだったかもね。」

 山道に入って20分程歩いただろうか、少し広場のようになっている場所に出る事ができた。ちょっとした休憩スペースも兼ねているのだろうか。倒木を利用したベンチがある。

「よし、この辺りから探索してみよう。家の周りとか公園には無さそうな植物とかを見つけてね。」

「オッケー。」

 特に疲れた様子もなく、響香は持ってきた軍手をはめて地面に手をついた。地肌が露出している部分からキノコ類を探している。こういう事に抵抗が無いのは、おそらく小学校時代から少しずつ教えていたフィールドワークの賜物だろう。クラスメイトによっては、顔に草がかかるだけで飛び上がる奴もいるんだから大したものだ。

 

「あのさ勤、これって……どう?」

 そう言って響香が見せてきたのは、手のひらサイズの赤いキノコだった。さて、どうだろうか。俺も見たことがない。というかこの世界のキノコはよく見分けがつかない。似てるものが多すぎるのだ。

「うーん。このキノコは多分見たことないな。ちょうどいいや、調べてみるよ。ちょっと貸して。」

 左手でキノコを受け取り、右手を添えるようにかざす。少しだけマジカを放出すると、青白い光がキノコを包み5秒ほど発光した後、元の色に戻った。うん、成功だ。

「え、今何したの?」

 きょとんとした顔で響香が聞いてくる。そういえば俺が魔法を使うのを見るのは初めてか。

「えっとね、瀬奈の個性に近いんだけど、植物とかキノコの薬効を引き出すためのテクニック……みたいなもんかな。あぁ、安心して。薬効の組み合わせさえ覚えちゃえば、この場でこれをやらなくても作業台で薬は作れるから。」

 これがこの世界で錬金術をしようと思った際に発生した“問題”である。この世界の植物や動物はスカイリムのものとは異なり、魔力の影響を受けていないためなのか薬効が発現していない。発覚した当初はかなり面食らったが、これを解決したのは瀬奈の偶然の行動だった。瀬奈が素材の近くで一定時間マジカを放出した際、素材の性質が変わり薬効が現れたのだ。

 この発見により、微量のマジカでも良いので魔力の下に晒す事で錬金素材として使える事が明らかになった。尤も、全ての素材に薬効が発現するとも限らないのだが、これはスカイリムの世界でも同様なのでさして問題にならないだろう。

 毎回調合する際にマジカを微量とは言え消費するのは地味に手間だが、森や公園が宝の山になる方がありがたいと言える。薬を調合するまでの何処かで必ず必要な工程である事と、一定時間素材に魔力を当て続けなければならないため戦闘中に素材を薬として応急使用する事はできないが、入試の実技試験など事前に用意できる時間があるシチュエーションであれば、普通に使えるだろう。

「その、テクニック?ウチも使えるようになるかな?」

「どうだろうなぁ……。人によって素質はまばらだから。ただこれに関しては──」

 瀬奈の方が詳しいし、と言おうとしてやめた。瀬奈まで個性を引き継げるなんて勘違いをされると、話がややこしくなる。

「うん、なんとも言えないかな。錬金術とは全く別の問題だから、受験までの間に時間が有れば試しに教えてみようか。」

「サンキュ。楽しみにしてる。……ところでそのキノコ、どんな効果があるの?」

 あぁ、そうだね。話が脱線するところだった。錬金術において素材の薬効を確認する最も手軽な手段。それは……。

「その点について説明するね。さっき駅前で話した通り、未知の素材の場合はまず薬効を確認しないといけない。わからないままでも実験するっていう手はあるにはあるんだけど、最初は素材がもったいないからお勧めはしないかな。そこで……。」

 話を一時中断し、手に持ったキノコの傘を少しだけ捥ぐ。それをそのまま口の中に放り込んだ。……うん、不味い。

「こうやって食べてみる。薬効さえあれば比較的すぐに効果が現れるはずだから、それを確認するんだ。慣れてくると、複数の薬効がある素材でも、それぞれわかるようになると思うよ。……あれ、響香?聞いてる?」

 響香が口を半開きにしたまま固まっている。

「あぁ……もし毒キノコだったらどうするんだよ、って思った?その点については安心して。さっきのテクニックを使えば元々あった成分とかは無くなるから。まぁ、代わりに出てきた薬効が“麻痺毒”だったりするんだけどね。あ、このキノコは筋力増強に効果があるよ。」

「ちょっと待って、勤。って事はさ、もしてかして虫とか……。」

「素材は変わってもやり方は同じだね。まぁさっき説明した通り、薬効を一通り体感するまでは響香にやってもらってよくもわからないだろうから、今日は俺が調べてくよ。だから、素材集めの方はよろしくね?」

「あ、うん。今日は勤が調べるのはやってくれるんだ。……わかった。」

 随分と安心した表情で探索を再開した響香を見て、俺はこう理解した。

 なるほど、さっきのキノコを食べた時に、うわ不味っ!て顔をしたのは良くなかったな。実際は無味なものも多いし、仮に不味くても飲み下し方を工夫すれば大分軽減できるから。その辺りを解説……というかフォローしても良かったかもしれない。

 

 ……今思えば、ここで“そうじゃない”という事に気づくべきだったのかもしれない。




【今日の魔法】

・死霊術
死者の蘇生や人間の魂の利用を目的とした魔術形態。作中説明の通り、マニマルコにより分類・制定化され、タムリエル全土に伝わったという。スカイリム世界では召喚魔法の一つとして位置付けられているため、似たようなものと認識したくなるが全くの別物。
死体を操るという特徴から、法規制はされていないものの邪法であるとして忌み嫌う者が多い。セラーナを連れて冒険に出かけるとこれを多用するため、山賊と戦うといつの間にかゾンビになった山賊が味方に付いている。そして気づいたら灰になっている。
ちなみに、死霊術で蘇らせたゾンビはしゃべる事がある。噂によると、ゾンビ状態の死体を殺害?すると、ゾンビから御礼を言われるのだとか……。


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10話:ドヴァーキン、錬金術をレクチャーし、殴られる。

さて今回で錬金術レクチャーも、おしまいです。
錬金術も学んで、シャウトもできて。入試までもう少し。

後半部分、そんなあからさまな描写でもありませんが。
虫が苦手な方はご注意下さい。


 かれこれ1時間ほど周囲の探索と素材収集をしただろうか。休憩がてらベンチに腰掛け、三人でお互いが集めた素材を確認する事にした。

「結構集まったね、じゃあまずは響香のやつから薬効を調べるついでに見て行こうか。」

 響香の持っていた袋を受けとり、ブルーシートの上に取り出してみる。植物と苔類をメインに集めたようだ。種類がばらけている点と、山中にしかない植物がいくつか入っていたので、これは高得点として良いだろう。その場で薬効を判定できないなりに、工夫はしていたようだ。

「なるほど、結構たくさんとれたね。どれが当たりか分からないから、一つの種類をひたすら採るんじゃなくて、色んな種類の素材を少しずつ採る。いい考えだと思うよ。」

「よし!」

 響香が小さくガッツポーズをしていた。思うに、俺が錬金術を始めた頃より彼女はずっと優秀である。最初は薬効も希少価値も分からず、とりあえず加工しては失敗ばかりしていたものだ。もしくは腹が減って食べたか……。

「瀬奈の方は──うん、良いんじゃ無いかな。」

「お兄様、私も響香さんみたいに解説して欲しいものですわ。」

 いや、お前経験者じゃん。と思ったが言わないでおこう。

「わかった。……瀬奈の方も量は問題ないんじゃ無いかな。気になるのは、薬効にかなり偏り──特に体力増強に効果があるものが多いけど、これは?」

「あら、いけませんでした?ある程度種類を絞った方が良いかと思いましたの。響香さんが後で楽になるかと思いましたし、試しに飲むのであれば効果が分かりやすくて負担が少ないものがいいかと。」

 あぁなるほど、そこまで考えていたとは。こういうところを見ると察しも良くて非常に優秀だと思う。死霊術の件とか、何故かたまに抜ける所があるけど。 

「いや、良いと思う。同じ薬効のものを凝縮すれば効果も高くなるからね。多分飲んだ時凄くわかりやすいと思うよ。」

「さすが瀬奈!やっぱり持つべきは友達だね!」

 響香からも称賛されて、瀬奈も嬉しそうだ。錬金術に限った事ではないが、誰かと一緒に学ぶというのは良い相乗効果を生むようである。次からはもう一人位弟子を増やそうかな。

「じゃあ、少しポイントを変えようか。ここだと見晴らしも悪いし、もう少し上にあがってみよう。」

「わかったけど……。見晴らし?」

「さすがに日が当たらなくてジメジメしたところでお弁当、ってのもアレでしょ。せっかくこんな遠くまで来たんだし、多少は景色があった方がいいんじゃないかな。」

 確かに、と二人が頷く。素材集めとは言え、せっかくの休日を使った活動だ。環境の良い所で、楽しんで食事をするのも大事な事である。

 これは個人的な見解だが、俺がドヴァーキンとしてスカイリムの世界でそれなりに活躍できたのは“旅をしながらの活動だった”からだと考えている。確かに旅は危険と隣り合わせで、野盗の襲撃やドラゴンとの遭遇戦も少なくなかった事は間違いない。それでも仲間と共に様々な場所を旅した事が、必要以上に精神を磨耗せずに済んだ要因だと思うのだ。尤も、これは自身の嗜好に起因している部分が大きいかも知れないが。

 

 

 ==========

 

 

「……ねぇ、何か聞こえない?」

 休憩ポイントまで歩いている途中、急に響香が耳のプラグを空中に向けて尋ねてきた。さすが響香、個性もさることながら耳が良い。勘の良さもあるかもしれない。

 注意して周りを見渡してみると、風下の方向に動物の気配がする。鹿か、それとももっと大きな動物か。この辺りでは猪は出ない筈だ。もしくは──考えを巡らせていた矢先、茂みが急に揺れたかと思うと、広場に黒っぽい毛むくじゃらの物体が飛び出してきた。あぁ、これは……。

「熊だね。響香、落ち着いて。急に動くと向こうもびっくりするから。瀬奈、いつでもアイススパイクが出せるようにしておいて。」

 通常は人間の匂いを感知すると、この世界の熊はそれを避けると聞いたが。風向きが悪かったのだろうか。

 熊は警戒こそしているものの、こちらに飛び掛かってくるような様子もない。さて、何もせずいなくなってくれればいいのだが。

「ちょっ……。なにこれ、この山クマ出るの?勤、やばいってこれ!」

 響香は動物園以外で熊を見るのは、おそらく初めてだろう。そして凡そ20m位の至近距離。これは“落ち着け、取り乱すな”と言う方が難しいか。

「そ、そうだ!ええっと……死んだふり!死んだふりすれば、クマっていなくなるんじゃなかったっけ?」

 それって迷信では無かったかな。少なくともスカイリムの世界の熊であれば、近付かれた挙句クマパンチが飛んできてお陀仏である。試す気にはなれない。

「それはリスクが高いと思うよ。それよりも落ち着こう。脅かさなければ、向こうから去ってくれるかもしれない。」

「そうは言っても……ひぃっ!こっちきた……!」

 響香の抗議を打ち消すかの様に、熊が唸った。それほど大きな声ではないが、威圧感はある。その姿と声に気圧されたのか、響香がプラグを熊の方に向けて構えていた。とがった物を向けては駄目だ──とは思ったが時すでに遅し。こちらの敵対心を感じ取ったのか、唸り声をあげたまま熊が少しずつこちらに近づいてきた。そのまま去ってもらうのを期待するのは無理そうだ。

「響香、俺の後ろに。瀬奈、そのまま動くな。」

 短く最低限の指示を出し、呼吸を整える。

 距離充分。周りに他の人はいない。よし。

「Kaan……Drem。」

 あまり声を張らず、熊に呼び掛けるようにシャウトを繰り出す。熊はシャウトを聞くと動きと唸り声を止めてその場で暫く停止した後、ごろんと横になった。成功だ。

「は?え?なにそれ……。シャウトってこんな事もできんの?」

「詳しい話は後でするよ、数分で効果が解けるから。響香、瀬奈。今日はここまでにして一旦降りよう。」

 シャウトが聞いている間なら背中を見せても問題は無いだろう。問題があるとすれば臭いを辿って追いかけられる事だが、その場合は仕方ない。揺るぎなき力等の攻撃的なシャウトで追い払う事も視野に入れる必要がある。いずれにせよ……今はこの熊となるべく距離を取る事が先決だ。

 まだ興奮状態である響香の手を引きながら、俺たち三人は下山を開始した。

 

 

 ==========

 

 

 その後、熊はそれから現れる事無く、無事に下山することが出来た。予想よりも素材の量が少なくなってしまったが、まだ受験には時間がある。またここに来ればいいだけだ。残念な事と言えば、お昼ごはんは駅のベンチで食べる羽目になってしまった点だろうか。風情も何もあったもんじゃない!

 帰りの電車では二人は疲れが出たのか、あまりしゃべる事もなく寝てしまっていた。二人で互いにもたれかかって寝ている様子は非常に微笑ましいものだったので、こっそり写真を撮っておいた。しかしながらそれを教えたら怒られそうな気がしたので、二人が起きてからも写真の事は特に伝えはしなかった。少し時間が経ったら思い出の写真として、送ってやろうと思う。

 

 結局、熊と遭遇するというアクシデントはあったものの、最低限の素材が集まった事と比較的早い時間に帰って来られたので、薬の調合にかけられる時間にはかなり余裕があり、その結果帰宅後のレクチャーは余裕を持って進めることが出来たのだ。

 調合に際して響香に教えた事は2つ。基本は目的の成分を凝縮して濃度を上げていく事と、試行した組み合わせをひたすらメモし、最適な答えを見つけていく。これだけだ。文字にすると簡単だが、組み合わせを考えるのが手間で、そして奥が深い。全く予想もしなかった薬効が発現する場合があり、そこから組み合わせのパターンがさらに増えていくのだ。そして使用する素材の種類や数等の要素が複雑に絡み合い、ノートが文字で埋め尽くされていく。

 

 響香は非常に興味を持って話を聞いてくれて、抽出作業も積極的に手伝ってくれていた。しかし作業後半でアクシデントが発生する。瀬奈が集めた素材の中に、山間部に生息する蛾の羽が入っていたのだ。

「あのさ。この羽ってさぁ、素材なんだよね……?」

「うん。調べた限り体力増強の効果が含まれてるから、次のポーションはこれを使おう。」

「うっ……わかった。これも合格のため……。」

 あまり顔色が宜しくないようだ。虫の羽とは言え、生物の体の一部。それを砕くとなると、この世界の人間……それも15歳の少女には厳しいかもしれない。

「最初は抵抗あるよね。あんまり気にしなくていいよ。なんなら少し外に出て貰っても……。」

「いや、大丈夫。ありがと。でも最後までやる。」

 響香はそう言って蛾の羽を持ち、すりこ木で細かく砕いていく。白みと光沢のある、薄い青色の粉が出来上がった。

「準備はできたみたいだね。それじゃあ今砕いた羽と35番の赤カビ、18番の青い木の実を組わせてみよう。」

 指定された材料をフラスコに入れ、加熱していく。

「これで10本目。そろそろ使い物になるポーションができて欲しいものだけど……。」

 ここまでの組み合わせでは多少の薬効が発現するポーションを作ることが出来ていたが、戦闘で使うには些か心許ないものばかりだった。薬効の発現時間や強さが芳しくないものばかりなのだ。

「でもさぁ。成功したとして、もう同じ素材がないよ?」

「大丈夫、受験までに数を揃えられればいいから。また素材集めに行くつもりだし。」

「そっか。そん時は言ってよ。付いていくから。」

 ありがたい申し出である。あんな思いをしたのだ、もう行きたくないと言われるかと思っていた。

「わかった。……っと、そろそろいいかな。そっちのフラスコ頂戴。」

 響香に凝縮器側のフラスコを取ってもらい、右手でそれを受けとる。少しだけ魔力を右手に込めた。

「……すごい、色が!」

 響香が驚きの声を上げる。

 今まで作った薬とは異なり、紫と緑色のグラデーションを持つ液体に変化した。複数効果が発現した証拠だ。

「成功だ。元々想定していた薬効以外に何か別の効果が混じると、こんな感じでグラデーションがかった見た目になるんだよ。」

「それでお兄様、その薬の効果の程は?」

 瀬奈が机の向こうから聞いてくる。未知の薬の薬効を調べる。最も手軽かつ確実な方法は──

「じゃあ、錬金術レクチャー最後のステップだ。響香、これ飲んでみて。」

 刹那、響香の顔から表情と血の気が消えた。

 

「あの……本当にこれ、飲むの?」

 

 

 ==========

 

 

 そして話は振り出しに戻る。

 

 道具の買い出しから素材調合まで、ここ数日間の出来事を一通り思い出してみたが、なるほど。響香としては虫素材が使われている事に抵抗があったらしい。……とは言え魔力の元に晒して別の物質に変性しているのだ。薬になってしまえば問題無いと思うのだが。見た目は……まぁ、うん。

 しかしこのままでは埒があかない。何より錬金術を学ぶ上で素材によって薬が飲めなくなるのは、非常によろしくない。

「仕方ない。響香、気が進まないけど今日の熊みたいに言うこと聞いてもらうね。kaan──」

「あっ!ひどい!シャウト使ってウチのむぐっ?!」

 うん、惜しいね。カイネの安らぎは動物“にしか”効果がない。昼間自分にはかからなかったろうに。ダメ元で考えついた、特に意味のないシャウトを発声させて動揺した所を狙い、口に薬をねじ込む作戦だったが、あっさり成功した。

「瀬奈、拘束解いていいよ。お疲れ様。」

 さて、効果の程は……。

 

「だーまーしーたーなー!くたばれぇぇぇぇ!」

 見えない縄に手を取られたかと思ったら、鳩尾に強力な一撃。不意打ちと言うこともあり、1メートル程引きずられてそのまま膝をつく結果となった。

 とても痛い。

 

 

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 ○月△日 試験結果

 

 ①オオミズアオの羽

 ②赤カビの胞子

 ③イヌツゲの実

 

 発現効果……

 体力増強 中程度(主観)

 筋力増強 かなり強力。但し身体への負担も高い。

 透明化 5秒程

 

 死ぬほどマズい。あと喉に絡んできもちわるい。

 

 薬効は不意打ち、正面戦闘時どちらにおいても有効と考える。

 筋力増強の効果が強力である分、コントロールを誤ると怪我をすると思われる。また、透明化は効果のかかり始めは完全不可視とはならず、注意が必要。但しどう言う訳か身につけている服ごと透明になる。すごい。

 

 仕返しにパンチしたらモロに入ったみたい。ウチを騙した罰だ。ざまーみろ。ばーかばーか。

 

【耳郎響香の錬金メモより抜粋】




???「今日の原稿を持っていけ。後書きの本当の素晴らしさは闇雲なネタバレではなく、その解説にあるということをダニカは理解したくなるはずだ。」

⇒ 取る エルダーグリームの原稿



【今日のシャウト】

・カイネの安らぎ
①Kaan(カイネ)②Drem(平和)③Ov(信頼)で構成されるシャウト。
声は野生の獣をなだめ、戦闘や逃走の意欲を失わせる。
動物の忠誠と効果が似ているが、あちらは戦闘時に味方になってくれるのに対して、こちらは戦闘意欲を失わせるだけの効果となる。但しこちらのシャウトの方が、効果時間が長い。
スカイリムの世界では、特に戦力が整っていない序盤に重宝されるシャウトである。紡ぐ言葉が増えると、効果時間と有効距離が伸びていく。
作中の通り、人間には効果が無い。


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11話:ドヴァーキン、受験に臨む。

いよいよ受験です。ここまで長かった。
大っ嫌いな戦闘シーン!楽しいけどやっぱり辛い!

ところで響香ちゃんは原作以上に成長しているのでしょうが……。習得した技能は癖の強いものばかりですので、活用方法が試されますね。
……と、書いておいてなんですがこの小説は基本はどばきんの1人称で進んでまいりますので、本編ではあまり触れません。もしかしたらサイドストーリーで……。


 錬金術のレクチャーが終わった後、俺が次にやった事は響香がマジカを使うことができるようにする特訓だった。当初は“ほんのおまけ”ぐらいの立ち位置だったこの特訓だが、錬金術の“手法と概念”だけ習得したとしても、薬効を自分の力で確認し、それを発現させる事ができなければ入試への持ち込みは認められないかもしれないと考え直し、本格的にやろうという事になったのだ。そしてこの特訓はシャウトの時とはまた違った困難さがあった。魔力の概念がない世界の人間に、マジカの使い方を教えるなんて前例がないのだ。完全な手探り状態になる事を響香に伝えると、それでも頑張りたいと。弟子の熱意や良し。ここからは先生の腕の見せ所である。

 

 まず特訓数日前から事前に用意しておいた“マジカ増強薬”を継続して服薬してもらう。薬効は長くても10分程度で切れる代物だが、これはまず体にマジカの存在を覚えさせるための処置だ。このポーションは例によってとても不味く、響香は最初は半泣きになりながらちびちび飲んでいたが、特訓初日にはなんとか飲み下せるようになっていた。気合いってすごい。

 次にマジカ増強薬を服薬した状態で、魔力を放出する練習をひたすら行う。苦戦はするだろうなと予想はできていたが、シャウトの時とは異なる厄介な問題が発生した。シャウトの場合はコツや発音を音と言葉で聞くことができていたが、魔力の放出に関しては根本的な概念がややこしくて言語化しにくく、また人によって腑に落ちるコツが全く異なるのだ。

 1+1はなんで2なの?という疑問を子供から投げられた時を想像してほしい。これに対して“そういうものだからだよ。”という解答ができない状態で説明を強いられる感じだ。まさか“当たり前”を説明するのがこれほど難しいことだとは思わなかった。

 さてどうしたものかと頭を抱えていた時、解決の助け舟を出してくれたのはまたしても瀬奈だった。

「お兄様。魔力の放出に拘るより、体が本能的に反応するような魔法を覚えてしまった方が早いのではありませんこと?例えば、そうですわね……私が氷の粒を生成して響香さんに向けて撃ちますので、それを個性と体を使わず防いで貰う、とか。」

 なるほど。スカイリムの世界の人間が、(もちろん種族や個人の適性にもよるが)魔力の放出が自然にできるという事実を逆手に取るのか。行き詰っていた俺と響香は諸手を挙げて賛成。斯くして地獄?の氷結ノックが開始された……と言ってもなんの事はない。瀬奈の発言通り、当たるとちょっと痛い氷が飛んでくるので、これに手をかざして迎撃ないし防御を試みるだけである。もちろん服薬もセットで。

 

 結果これが大成功。開始してから数日経ったある日の事、瀬奈の手から放たれた雹のような氷の粒が響香に向かって飛んで行った時、手に命中する寸前で粉々にはじけ飛んだのだ。両手でなければ発動しないという制約付きだが、響香は回復魔法に分類される防御魔法──魔力の盾が使えるようになった。魔術師としての偉大な第一歩である。

 一度魔法が発動してしまえば後は坂を転がっていくボールのようなもので、翌日には安定してマジカを使うことができるようになった。連続での使用可能時間は2〜3秒と戦闘で使うには些か心許ないが、この世界で錬金術を行うくらいなら問題は無いだろう。緊急時はマジカ回復のポーションを飲みながら調合すれば良いのだ。

 

 斯くして受験を前に、響香は戦いの激昂のシャウトと魔力の盾、そして錬金術という三つの武器を手に入れることができた。自分を強化できないシャウトと、両手で数秒しか発動しない防御専用魔法、まだまだ未知の領域が多い錬金術と、癖が強いものばかりな気がするが、そこは直前までの調整と持ち前の個性できっと乗り切れる筈だ。

 もちろん実技対策以外の時間は筆記試験の勉強もしてきた。この点に関する功績は瀬奈にあるだろう。理数系は何とかなるのだが、文系は俺一人では到底やり切れなかったと思う。

 

 学校、特訓、勉強、調合。自分の部屋以外でのプライベートは最早なく、ひたすらこの4サイクルをこなす日々。

 月日は矢のように流れていき、いよいよ入試当日となった。

 

 

 ==========

 

 

 当日の朝。いつもより少し早めに起き、少し早めに朝食を食べた。

 出かける前、瀬奈と一緒に荷物をもう一度チェックする。

「筆記用具、ノート、ポーション、ベルトポーチ。うん、全部あるね。」

「私も問題ありませんわ。」

 それじゃあ、と出かけようとしたら母さんに二人とも呼び止められた。

「勤も瀬奈も、ここまでよく頑張ったのはお母さん知ってるから。悔い、残らないようにね。がんばれ。」

 そう言うと両手で俺達を軽く抱き寄せてくれた。腕の中で瀬奈と目が合う。

 “いま、とっても、しあわせ。”声に出さず口だけ動かして瀬奈が笑った。

「ありがとう、母さん。じゃあ、行ってくるから。」

 家のドアを開けた。

 約束通り、響香が家の前で待ってくれている。

 思えばこの11年間、どこに行くにも何をするにも三人で一緒だった。

 

 それが今年最後にならないように。

 これからもそれを続けられるように。

 三人でまた笑い合いながら登校できるように。

 

 いざ、雄英へ。

 

 

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 無事に試験会場に到着し、筆記試験と面接を終えた俺達は次に講堂のような所へと通された。ここで実技試験の説明が行われるという。講堂には沢山の受験生がひしめき合っており、この高校の倍率と人気の高さを改めて実感した。これでも一部だというのだから驚きだ。

 しばらくして教員が講壇に立ち試験の説明を開始したのだが、これがとても喧しかった。というかうるさかった。筆記試験のアナウンスで使われていた電子音声が懐かしい。確かこのヒーローはプレゼントマイク、と言ったか。多くの受験生は今この瞬間人生の岐路に立たされていてガチガチになっているのだ、ノリが悪いと言われても困るだろうに。

 

 ともあれプレゼントマイクの説明を聞くと、試験内容はこういう事になる。

 市街地を模した演習場に配置された“敵”──ヴィランをこれまた模したロボットを倒していく。そのロボットには強さに応じて得点が決まっており、1点から3点までの3種類。これらの他にとても強いとされるロボットが各会場に1体だけ配置されており、これは倒しても0点だと言う。まるでホワイトランの傍でキャンプする巨人である。こいつには触れるな、という事か。ちなみに他者を妨害するなどのアンチヒーローな行為はしてはいけない、との事。

 そうとなれば……よし、方針は決まった。このルールなら序盤は優位に戦えるはずだ。

 もちろん試験という事で多少の緊張感はあれど、少しだけ実技試験が楽しみだったりする。筆記試験や面接で蓄積された、フラストレーションを吹き飛ばすくらいの事は思ってもバチは当たらないだろう。唯一心配があるとすれば……他の受験生が軒並み化け物でないかどうかだ。自分でもよく分かっていることだが、俺の戦い方は火力でゴリ押しにするようなスタイルではない。かと言ってスピードに特化している訳でもない。

「要するに他の受験生より早く敵を見つけて、早く倒せばいいってことか。」

 響香がとても小さな声で誰に言う訳でもなく呟いた。

 “そういう事。まずはスタートダッシュを決めてから、索敵をした方がいい。”

 ペンを走らせ、響香の肘を突く。瀬奈も響香も別会場なのでライバルになる心配はない。これくらいのアドバイスは別にいいだろう。

 “オッケ。”今度は声を出さずにこちらを向いて口の動きだけでそう伝えてきた。サムズアップつきで。彼女もなんだかんだわくわくしているのだろうか。

「……それでは諸君、よい受難を!」

 プレゼントマイクの説明が終了したタイミングで受験生たちが次々と席を立ち、各自の試験会場に流れていく。俺達もそれに続いて席を立って会場へと移動を始めた。……いよいよ実技試験だ。

 

 

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 会場前の入り口──ゲートのような所がスタート地点になっているようで、多くの受験生が既にスタンバイをしていた。周りを見渡してみるがそれほど特徴的な人間はいないようだ。尤も実際に戦闘が始まってからでないと真の実力は分からないが。少なくとも“化け物じみているような奴”はいない気がする。多分。きっと。

 ふと話し声がしたので後ろを振り返ると、受験生が2名言い合いをしているようだ。それを見ていた何人かが笑っていたが、どうでもいい事だ。視線を前へ戻す。

 一度思考をシャットアウト。もう周りを見なくていい。

 そう、ドラゴンを殺すときと同じだ。やるべき事を最適のタイミングで。

 

「それではスタート!」

 

 アナウンスの声が聞こえたと同時に短く息を吸う。先制攻撃からの陣地確保は俺のお家芸だ。

「Wuld Nah!」

 開けた区画を右斜め前へ一気に直進。“旋風の疾走”と呼ばれるそれは伊達ではなく、後ろにいる集団からは一歩リードができたようだ。

 しかし瞬発力があっても最後まで発声をしていない。距離はそれほど大きく離れていない筈だ。おそらくすぐに追いつかれるだろう。だがそれは想定内。

 走りながらポーチを開けて一つ目のポーションを口に含む。

 交差点の角で停止。

 今度は大きく息を吸って──そっと吐いた。

「Laas……Yah……Nir……。」

 

 視界が一時的にグレーアウトし、標的の所在を赤く映し出していく。

 右に4体。これは1ポイントと2ポイント。左からは3ポイントが2体、すぐそこの建物の裏だ。前方は──遠いな。あれは気にしなくていい。

 左の敵を倒して右に行くか……?敵の強さにもよるが、これはおそらく間に合わない。ならば。

 

「みんな!右から4体敵がこの通りに向かって来る、これを抑えてくれ!」

 シャウトを発声するわけではなくとも、俺の声はそれなりに通る。先頭集団の一部がそれに反応し、手前で右の路地に抜けていくのが見えた。赤い光点が二手に分かれる。一人が群を抜いて速いな。そういう個性か。

 

 そのまま交差点を左へ。建造物と家屋の間をすり抜けると、左右にヴィランを模したロボットがこちらを見て佇んでいた。こうしてみると結構でかいな。だが……!

 

「遅い!Yol……Toor Shul!」

 発声と共に口から炎が放たれ、2体の標的を包み込む。

 ……反撃は来ない。まずは6ポイント。少し喉が痛むが、問題なし。

 

 索敵。

 まだオーラ・ウィスパーの効果は残っている。

 見つけた。次の分岐路を左か。

 

 後ろはまだ追いついていない。

 

 もう少しリードさせてもらおう。




???「当ててやろうか 。誰かに今日の魔法の原稿を盗まれたな?」

【今日のシャウト】

・オーラ・ウイスパー
①Laas(命)②Yah(捜索)③Nir(狩り)で構成されるシャウト。
シャウトではなくささやく声が、生けるもの全ての姿を明らかにする。
壁や障害物を通り越して周囲の敵・味方の位置を瞬時に把握できる、叫ばないシャウト。生けるもの全て……と説明にはあるが、アンデッドやドワーフのオートマトンも全て探知可能。
幻惑魔法の“無音の唱え”とセットで使用すると、ダンジョンの攻略が恐ろしく簡単になる。索敵以外にも、戦闘を避けるという使い道があるので隠密系ドヴァーキンにも高評価。
欠点があるとすれば囁き声とは言え音が出るのと、対象は全て赤く見えるので敵味方の区別はつかないことくらいか。


・旋風の疾走
①Wuld(旋風)②Nah(暴風)③Kest(大嵐)で構成されるシャウト。
スゥームは前進し、嵐のような速度で前へと運ぶ。
ものすごい速さで前進ができるシャウト。重量オーバーもお構いなしにドヴァーキンはカッ飛んでいく。足場が悪くてもコケない。
単純にスタートダッシュを決めたり、遠隔攻撃を仕掛けてくる敵との距離を詰めたり、中距離戦の中で相手の後ろを取ったりと、活用次第で色々な使い方ができる。但し術者の高度を維持したまま前進するので、高低差のある場所で考えなしに使うと、落下して足を痛める事になるので注意。


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12話:ドヴァーキン、受験生と共闘する。

やっと受験終わった。プロットを細かく組み過ぎた。

話は変わりますが、赤のラグナルを聞きながらプロットを書いていたらこの話ができあがりました。ショールの血にかけて、後悔はしていません。
もちろん戦闘描写を誤魔化すためではありません。ありませんよ?



 ヴィランロボットを2体無力化した俺は、分岐路を左へ抜けた。

 もう一度旋風の疾走を使いたいところだが我慢。シャウトの連続使用のリスクを多少軽減できるマル秘ポーションの効果は切れた。この状態でシャウトを連続使用したら体がもたないだろう。

 ここからは地力と頭脳で勝負だ。

 

 30メートルほど通りを進むと、脇道の陰から緑色の巨体が躍り出てきた。

 2ポイントか。

 

 ロボットが尻尾のようなものを捻ってこちらに叩きつけてくる。

 

 地面が抉れた。

 そのまま足元をスライディング。

 

「Iiss……!」

 抜け切ると同時に体を反転させ、氷晶のシャウトを地面に向けて放つ。

 拘束成功。ロボットは身動きが取れていない。あとは……。

 

 魔力の剣を両手に召喚しつつ、吶喊。威力が足りてくれればいいが。

 弱点と思われる頭部目掛けて剣を突き立てる。同時に拘束が外れ、ロボットがもがき始めた。

 振り落とされないようにしがみつくこと数秒。ロボットの動きが止まった。

 

 これで8ポイントか……今は比較的上位にいると思いたい。

 まだ時間は残っている。次の標的を探すため、俺は表通りに向かって走ることにした。

 

 

 ==========

 

 

 市街地から広い表通りに移動する途中、受験生がロボットに攻撃を受けている所に遭遇した。……ライバルと言えど設定上は友軍である。放っておくというのは後味が悪い。

「Wuld!」

 今にも銃撃されそうな受験生に体の軸を合わせ、一気に加速する。

 すれ違いざまに体を抱きかかえて離脱した。彼が立っていた地面は蜂の巣だ。間に合ってよかった。

「スマン!誰だか知らんが助かった!」

「気にするな!それと君、よければこれ使って。マズいけど。」

 ポーチからポーションを一つ進呈。増強薬は多めに持って来ている。渡しても問題ないだろう。

「なんだこれ、薬か?」

「スタミナが減りにくくなる薬だよ。効果時間は短いから、ピンチになったら使ってね。それじゃ、そいつは任せた。」

 それだけ伝えると、俺は表通りに向かって走りつつ索敵を再開した。気前が良すぎると言われるかもしれないが、これは殺し合いではないのだ。これくらいが丁度いいに決まっている。

 

 

 ==========

 

 

 表通りに出てからしばらくの間、俺はヴィランロボットを探しつつ着実にポイントを稼いでいた……と思う。多分。

 自分の得点が良く分かっていない原因は二つあり、一つは途中で数えるのを忘れてしまった事、そしてもう一つは受験生の援護をしながらの共同撃破が多かった事だ。予想はしていたが、シャウトを抜きにして魔力の剣と雷撃だけでは一人で倒すのにどうしても時間がかかる。そこで常に誰かと一緒に攻撃を加えるようにしてみたのだが、よくよく考えるとこれって大丈夫なのか?とちょっと不安になった。

 まぁいくら入試とは言えヴィランを想定したロボットだ。共同撃破であっても何かしらの評価はされるだろう。そう自分に言い聞かせて、この作戦を継続する事にした。

 

「残り時間3分!」

 もう少しで終了か。それじゃあラストスパートでシャウトは解禁。そう思った刹那──

「うぉ?!なんだよアレ、デけぇな!」

 声の主の目線の先を見てみると、高層ビルかと見紛う巨体が町を破壊しながらこちらに向かってきていた。

 確かに“巨人”だな、これ。棍棒は持ってないけど。こいつには触れるな、逃げろ……だったか。

「アレを避けてターゲットを探さないといけないのか!クソッ!」

 受験生達は一目散に反対方向へと駆け出していく。うん、まぁそれが普通だよね。戦っても何にもならないしね。

 

 さて俺も……と思った矢先、一人だけ人混みを逆走する受験生の姿が目に入った。

 アレを倒すのか。一筋縄ではいかない気がするが、もし倒すとすればどうするか、と考えを巡らせる。俺のシャウトと魔法で戦おうとした場合、正面からでは決定打は与えられない可能性がある。複数人で持久戦に縺れ込めばポーションと地の利を活かして行動不能にできるかもしれないが、時間が足りないだろう。却下。

 

 あ、気づいたらここにいるの俺とあのチャレンジャー君だけになってるじゃん。……よし!乗り掛かった舟だ、この受験生に付き合う事にしよう。

 

 チャレンジャー君はどんどん巨人との距離を詰めている。

 彼はこちらを意に介さず、一人で立ち向かう事を決意したのだ。そうなると彼の個性は一発逆転型の単純大火力である可能性が高い。すると俺の役目は──

「スタァァァップ!!!」

 チャレンジャー君が一瞬止まってこちらを見た。魔法やシャウトなど使わずとも人を一瞬で足止めするにはこの言葉が一番だ。

「あそこに人が!行かなきゃダメだ!」

 受験生が瓦礫に挟まって突っ伏している。アレを助ければいいのか。

「そっちは俺がやるから、5秒後にありったけの一撃を頼む!……Wuld!」

 倒れている受験生の傍に駆け寄り、上を見ると巨人の足がこちらを踏みつけようとしていた。シャウトの連続使用はかなりキツイだろうが、ここは無理をするべき所だ。明日はまともに動けないだろうな、これ。

「耳塞いで、口を開けて!Fus……RoDah!」

 指示を聞いた茶髪の女の子が慌てて耳を塞いで口を開ける。

 刹那、空気が震え揺るぎなき力が発動し、0点の巨人が大きく体勢を崩した。急所と思われる部分がガラ空きだ、これでもうガードも反撃もできない!

 

「……行け!チャレンジャー!」

 そして聞こえたのは激しい跳躍と空気が歪む音。チャレンジャー君の渾身の一撃!

 お邪魔虫巨人の緑顔は、永遠にその体とおさらば……はしなかったが、大きく凹みができ、そのまま地面へとめり込んでいった。

 アシストしたとは言え、あの巨人を一撃で撃破してしまった。やっぱりいたよ化け物じみた奴。

 

「すごいな、彼は。」

 会心の一撃を放ってまだ空中にいる彼を見ながら、素直にそう思った。こちらに来た衝撃を考えれば、ドラゴンにも匹敵する力である。あの力を使いこなすとは、さぞかし優秀な個性か若しくは鍛錬をしたに違──

 あれ?チャレンジャー君、こっちに戻ってくるというより自由落下してないか?……まさか失神してる?ここからだと様子まではよく見えないが、助けなければ。

 と思ったのだが、体が動かない。それどころか一歩も進む事ができず地面に突っ伏してしまった。シャウトの連続使用による弊害だ、これは治癒の魔法でも解除することができない。まだまだ鍛錬が足りなかったか……。すまん、チャレンジャー君。君が骨折で済むことを祈る。そして願わくば共に合格しているように。

 

 意識を失う寸前に背中に何か暖かいものを感じたが、茶髪の女の子が治癒の手……もとい個性でも使ってくれたのだろうか。申し訳ない。

 

 

 ==========

 

 

 謝られた。

 めっちゃ謝られた。

 意識を取り戻すとチャレンジャー君は既にその場におらず、代わりにチャレンジャー君と一緒に助けた茶髪の女の子が土下座していた。なんで?

「ポイントを稼ぐ試験であったとは言え、俺とあの……彼は自分の意志であの巨人を倒そうとしたんだ。謝られるようなことは君にされてないよ。助けたのも俺の意志だ。だから気にしないで。」

 御礼を言われて始まるただならぬ縁、というのであれば百歩譲ってまだわかる。だが土下座されるってどういう事なの。時代劇の見過ぎじゃないんだろうか。

「ちっ……違うの!その、服……ごめんなさい!」

「……は?服?別に何も……。」

「その子、戻しちまったんだよ。あんたの真上でね。まぁそんな気にしなさんな、洗濯機が使いたきゃ貸してやるよ。」

 不意に背中から声をかけられて振り向くと、白衣のようなものを着た教員のような人がいた。保険の先生か?

「あぁ……。そういう事だったんですか。では洗濯機、お借りします。」

 そう伝えて立とうとしたが……あれ?立てるぞ。喉は多少痛むがこれくらいはどうという事はない。

「それは私の能力。体の治癒力を活性化させたのさ。アンタ、外傷は無いのに身体の内側がボロボロだったからね。治しておいたよ。」

 ひとまず御礼を言い、ランドリールームの場所を聞いた。ここからそれほど遠くもなさそうだ。

「あの、服……!弁償するからっ!」

「良いよ、気にしないで。それよりもあの……巨人を倒した彼、よく無事だったね。俺が気絶した後何が起こったのか、教えてくれないかな。」

 茶髪の子の話をまとめるとこうだ。

 彼女の個性は触れたものを無重力にする力があるそうで、それを落ちてきた彼にすんでの所で使うことに成功、大怪我は免れたそうだ。尤も彼自身腕と足が折れた状態だったらしく、さっきの保健の先生──リカバリーガールと言うらしいが、その力を以てしてもその場で完治とはいかなかったらしい。反動で身を滅ぼす個性とか、怖っ。むき身で火薬を満載したロケットに乗って戦うようなものだ。

「ありがとう、色々教えてくれて。それじゃあ。」

 そう言ってランドリールームに向かおうとすると、

「あのっ……こんな事言うのも虫が良すぎるっていうか、違うかもしれないけど……。」

 また呼び止められた。いやだから服の事は全然気にしてないからね?大丈夫──え?違う?

 

 

 ==========

 

 

「そっちもダメだったか。残念だけど仕方ないね。俺も彼の勇気に触発されて巨人退治に協力したクチだから君の話に乗ってみたけど……。まぁ、二人の受験生が同じ意見を審査員側である先生に通したんだ。何かしらのアクションはしてくれるんじゃないかな?」

 “私、自分のポイントを分けられないか聞いてみる。”

 最初この子は何を言ってるんだと思ったが、話を聞いてみて納得した。チャレンジャー君はどうやら1ポイントも取れていなかったというのだ。なるほど、1度きりの大火力だからか。しかも俺と同じように、アシストしてポイントを譲ることもしていたらしい。もしそれが陣地転換や体力の温存から来る作戦ではなく“完全な善意”であるとすれば、最もヒーローらしいのは彼ではないか。

「確かに試験の結果をふいにできる勇気と決断力、そしてあの力は見事だった。そういう事なら俺も頼んでみる事にするよ。」

 ……という訳でそれぞれが別々の審査員(と思われる)の先生に直談判を申し出てみたのだが、ポイントの譲渡は認められないと言われてしまったのだ。まぁそりゃそうか。

 でもこんなのって……!と憤る彼女を宥め、

「そもそも俺達だって受かってるかどうかわからない訳だし。とにかく、今はやれるだけのことはやった、って事でいいんじゃないかな。後は彼に一言声をかけたかったけど……。」

 周りを見たが、その姿は無かった。行き違いか、あるいはもう帰ってしまったのか。

「いない、か。……じゃあ、俺はこれで。」

「うん、こっちこそありがとう。じゃあ、また。」

 また、か。彼女は確かにそう言った。また会えるだろうか。

 チャレンジャー君と茶髪の子はどうか受かっていて欲しいと思いつつ、スマートフォンを開いた。

 とりあえず瀬奈と響香に何から話そう。待ち合わせの時間は大幅に超えており、メールの通知がえらいことになっている。

 

 “私土羽勤は、実技試験で他の受験生に敵を譲り、ポーションを無償で差し出し、巨人に立ち向かい、あまつさえポイントを他人に渡せないかと直談判しました。でも後悔はしてないよ!という訳で今からそっちに行くね。遅れたお詫びに、夕飯は俺が何か奢るよ。何食べるか決めておいてね。”

 

 こうして俺の雄英高校受験は幕を閉じた。

 瀬奈と響香に烈火のごとく怒られるのだろうか。合格発表もそうだが、今は目先のイベントが怖い。




???「パンとシチューにゃもう飽きた? 魚と鶏はもうたくさん? だったら魔法や分かりやすいシャウトの解説はどうだい?」

⇒ このペースで魔法とシャウト出していくと、このコーナーはいずれ枯渇してしまうだろう。

???「なんならこぼれ話でも書いてみるかい?ホワイトランの外の平野にはネタがたくさんある。」

【今日のシャウト】

・氷晶
①Iiss(氷)②Slen(氷の体)③Nus(像)で構成されるシャウト。
スゥームは対象の個体を凍らせる。
フロストブレスと似ているが、こちらは“凍らせて拘束”する事を目的として用いられる。性質は麻痺毒のそれに近いかもしれないが、このシャウトは拘束中も継続してダメージを与える事ができる。
欠点は、麻痺毒と異なり一度でも外部から攻撃を加えると拘束が解除されるという点と、連続使用が不可能という点が挙げられる。

【今日の魔法】

・治癒の手
見習いランクの回復魔法。対象の体力を少しずつ回復していく。
パーティプレイをするドヴァーキン御用達の回復魔法。市民に使うと感謝されたり、驚かれたりする事もある。どうやら暖かいらしい。
この魔法でフォロワーを攻撃から守りつつ前線に立つことができれば、仲間と共に戦っている充足感を得られるだろう。但し燃費はそれなりに悪いので注意されたし。

尚今作ではドヴァーキンの勘違いでこの魔法は発動しておらず、その正体はゲr(この文章は帝国兵により検閲されています)。


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13話:ドヴァーキン、合格する。

( ゚∀゚)o彡°ドヴァキン!ドヴァキン!

最初期のプロットではクラスメイトにウルフリック西尾さんを呼ぶ予定でしたが、どばきんとキャラが被ってしまうのと魅力が分散してしまうので没になりました。許せ上級王。

【お知らせ】
後半部分を少し編集しました。
カニの説明を追記しましたが、本筋に直接影響はありません。


 実技試験の後、響香と瀬奈に会ってから一番最初にしたことは土下座だった。あの茶髪の子の土下座が実に綺麗だったからトレースした!……訳ではない。三人で一緒に雄英に行こう!と誓い合ったにもかかわらず、余裕がないのに他人を助け、根拠がないのに共同撃破を選択し、あげく巨人に立ち向かったためである。しかもその巨人をいの一番に倒そうと決断し、行動不能だった受験生を救う事を選択したのはチャレンジャー君で、俺は彼に追従してトスをあげただけに過ぎない。

「スマン!やらかした!実技ダメかも!」

 会って早々急に土下座を繰り出した俺を見て、瀬奈と響香は暫く俺の事を見た後、二人で顔を見合わせてから笑って手を差し伸べてくれた。

「どうせそんな所だろうと思ったよ。ウチもさ、最後の3分で叫んじゃったんだよねー。戦いの激昂のシャウト。そしたら皆凄いスピードで逃げちゃってさ。ウチはデカいのを皆で抑えるために使ったのに、戦おうしたのは数人しか残らなくって。しかも結局時間切れ!」

「ほら響香さん、私の言った通りでしょう?響香さんが気に病むことはありませんと。お兄様は響香さんの上を行く“しょーもなく単純でお人好しな”人ですから。」

 それにさ、と響香が続ける。

「実戦じゃなくて実技試験だったとしても、今日ウチは自分の力──個性を使って誰かを助ける事が出来たんだ。これで落ちても悔いはないから。だからさ──。」

「もしダメだったらダメで、皆で他の高校に行きましょう?って響香さんとお話してましたの。人助けを評価されない学校なんて、こっちから願い下げですわ。」

 彼女ら二人に後光が見える。まぶしい。俺には勿体ない、最高の親友と妹だ。結果がどうであれ、この三人でここまでチャレンジできたという事実は俺の一生の宝物になるだろう。

「そっか。……うん、それもそうだな。別に雄英じゃなくてもヒーローにはなれるし。それじゃあ諸君。この後の事についてなんだけど──。」

 気恥ずかしさから話題を転換させるや否や、響香と瀬奈の顔に邪悪な笑みが浮かび始めた。

「ウチら、駅前にあったビルの最上階。あそこのレストラン行きたいなぁって話してたんだけど?」

「お兄様、せっかくですから普段行かない場所が良いですわ。」

 

 前言撤回。こいつら、少しは遠慮という物を知ったほうが良いと思う。

 

 

 ==========

 

 

「……お兄様、いくら受験が終わったからってダラダラしすぎではありませんか?」

 掃除機をかけながら瀬奈が呆れ顔で話しかけてくる。

「良いんだよ、たまにはこういうのも。どうせ高校が始まったらこんな事できなくなるんだし。」

 雄英の入試から数日後、俺達は滑り止めを含む全ての志望校での受験を終えて休みに入っていた。肝心の雄英の合否通知は未だに来ず、心の靄が完全には晴れないままというのが癪だが、今日は学校も無いのだからダラダラする権利くらいはある。

「そういう事を言っているのではなくてですね?」

 掃除機で床に寝そべっている俺を突っついてきた。痛い。

「掃除の邪魔なので、どこかへ行ってください、と言っているのですわ。」

「昨日してたじゃない、掃除。」

 我が家の人間は比較的きれい好きではあると思うが、毎日掃除機をかけるような心情は俺には理解できない。ここはクリーンルームか。

「毎日掃除をしてはいけない、という道理はありませんわ。」

「それじゃあ俺が今日ここで寝そべってはいけない、という道理もないわな。」

「……ぶちころがしますわよ?」

 瀬奈を挑発してからかっていると、母さんが玄関からドタドタと走ってやってきた。肩で息をしている。

 

「勤!瀬奈!……雄英から、手紙!ほら!」

 母さんの手には雄英高校のロゴマークと“通知書”の文字。

 ここで普通なら慌てて封筒をひったくる位はするのかもしれないが、実技試験がアレだったので正直期待していなかった俺は、ノロノロと立ち上がり二人分の通知書を受け取った。

「なぁ瀬奈。……どっちから見る?」

 以前から瀬奈と取り決めていた事だ。結果は二人で一緒に見ようという事になっていた。

「そうですわね。……それでは私の方からで、如何でしょう。」

「オッケー。……じゃあ行くぞ?」

 居間のテーブルの上に置かれた新聞と本をどかし、“親展 土羽瀬奈様”と書かれた封筒にハサミを入れる。

 コロン、と手のひらサイズの機械が出てきた。映写機か、これ。

「あら、これオールマイトですわね。」

 瀬奈が映し出された映像を見てつぶやいたと同時に、居間に爆音。

 

「 私 が 投 影 さ れ た ! ! 」

 

 プレゼントマイクと言いオールマイトと言い、この高校の教師は適正音量というものを知ったほうが良い。声の魔法を使う俺が言うのだから、間違いない。

 

 

 ==========

 

 

 結果的に二人とも合格だった。いや、勿論超嬉しいんだけど。ちょっと拍子抜けしてしまったと言うのも正直なところだ。

 なんでもロボットを倒した事以外に他者を助け、サポートした事が高評価だったらしい。最初からそう言ってくれ。

 瀬奈の方は単純にロボットを倒した数が評価されたようで、俺の方はレスキューポイントがちょっと高かった。ヴィランポイントは自己採点よりも少し低い。どこで足切りされているかはわからないが、随分と危ない橋を渡ったようだ。

 そういえば、あのチャレンジャー君はどうだったのだろうか。彼の事については映像で特に触れられていなかった。まぁ、直談判したとは言え他の受験生──他人の情報だ。おいそれと共有したりはしないか。……受かっているといいが。

 

「それでは土羽少年、待っているぞ。ここが君のヒーローアカデミアだ。」

 映像の中のオールマイトがそう話したのとほぼ同じタイミングで、スマートフォンに電話がかかってきた。

「……もしもし?響香?……え?あぁ、ちょっと落ち着いて。……なに?──うん、うん。……そうだよ、俺達二人も合格──。」

 

「 私 が 投 影 さ れ た ! ! 」

 

「瀬奈ーっ!そいつを早く止めてくれ!奴はオートループだ!……え?あぁごめんごめん、ちょっと映写機の音声がうるさくて。あぁ、うん。おめでとう、響香。また俺たち三人、一緒に登校だね。──え?この後?大丈夫だけど──うん、瀬奈も。わかった、とりあえずまた後で。……じゃあ。はいはいー。」

「お兄様!響香さんも合格でしたのね!」

 隣でオールマイト、もとい映写機を氷漬けにして黙らせた瀬奈が満面の笑みでこちらを見ていた。いや、ボタン押して止めようよ。なんですぐ力技に出るのさ。

「あぁ。そうみたいだよ。……で、響香の家でおじさんとおばさんがお祝いしてくれるから家族皆で来い、だってさ。」

「まぁ、それは楽しみですわね!お母様とお父様にも伝えてきますわ!」

 瀬奈が子気味良いテンポで階段を駆け上がっていく音を聞きながら、俺は次にやるべき事を考えていた。

 

 というのも、入学までの短い期間に雄英高校のサポート会社にコスチュームのデザインと要求仕様書を、まとめて提出しなければならないのだ。

 俺のスカイリムでの経験を活かすとなると、ネックになるポイントはいくつかある。武器類は刃を入れて貰えるのか、そもそも帯剣が許可されるのか、という武器に関する問題がどうしても発生するのだ。

 これ以外にも材質や重量、付帯機能の要望をどこまで受け入れてもらえるのかも、貰った資料からでは判読できない。これは一度、サポート会社を訪問した方がいいかもしれないな。

 

 ……しかしまぁ、刃物を振り回しヴィランを切り伏せる戦闘スタイルというのは、ヒーローであるならまだしも一介の学生が持つコスチュームや武器としてはどうにも受け入れてもらえなさそうではある。……となると。

「やっぱり魔力の剣からは離れられない可能性が高いかぁ……。代案も考えておく必要があるなぁ。」

 そう呟いた俺を、テーブルの下から顔を出した生物──“ノコギリガザミのまーちゃん”がリュックサックを揺らしながら、不思議なものを見るような目で見つめていた。

 こいつは母さんが少し前に市場で“買ってきた”カニで、我が家のペット兼アシスタントとして暮らしている。背中のリュックサックは母さんが作ったもので、掃除道具からテレビのリモコンまで色々なものが入っている。更に背中の荷物を、カニが自分で整理整頓しているのだから驚きだ。さすがは母さんの“カニを使役する”個性である。

 こいつを眺めていると、水族館でアルバイトさせればウケそうなのに勿体ないな、と常々思う。様々な玩具が入った鞄を持たせれば自分で勝手に手を変え品を変え、色々な芸を披露してくれる自動客寄せパンダならぬ、客寄せガニの完成だ。

「アタッチメント──バックパック──スイッチ──そうだ!」

 ちょっと良い事を思いついた。元々正面切って戦うのは凄く得意という訳ではない。無理に近接戦闘力を強化しなくてもいいのではないか。

 

 その後俺は瀬奈に呼ばれて家を出るまで、紙に鉛筆を走らせ続けていた。装備をあれやこれやと考えるのは、結構楽しいものである。




???「後書きのネタは底を尽きかけています。魔法、シャウト、寸劇……。どのカテゴリーも在庫不足です。」

???「じゃあ、今日のシャウトのコーナーは休刊にしたらいい。それが執政としてのお前の仕事だろう?どうしてこんな細々したことで、俺の手を煩わせるんだ?」

???「この小説の刊行当初よりこちら、後書きに要する時間は2倍に跳ね上がっています。小ネタを十分に賄うには、より多くの執筆時間が必要です。」

???「書き溜めはほぼ空の状態だ。衛兵に支払う給料もほとんどないが、この大変な時期に1人も減らせない。だから今日のネタはカニだ。」

【今日のカニ】

・ノコギリガザミのまーちゃん
ノコギリガザミという名は、甲の縁に鋸の歯のようなギザギザがついていることに由来する。スカイリム世界のマッドクラブと瓜二つ……というか英名がマッドクラブ(泥蟹)。
生きたまま市場で売られているのを勤の母である土羽為美が見つけ、その場で買ってペットにしたらしい。そして為美に訓練?という名の家事に関する手ほどきを受け、土羽家で荷物持ちや掃除をやらされている。
名前の由来はTES3【モロウィンド】に登場した、カニの行商人(merchant)から。
どうしても登場させたかった。ショールの血にかけて、後悔はしていない。(2回目)


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14話:ドヴァーキン、入学する。

本作のどばきんは中衛です。
書いててこれもうこれホー●アイじゃんってなりましたが、ショールの血(以下略

現代版ドヴァーキンの誕生です。
防具のイメージはトレーラー準拠で、鉄の兜・鋲付きの鎧・鉄の篭手・鉄のブーツのような見た目でしょうか。え?防御力なさそう?当たらなければどうという事は無いのだ。

ちなみに瀬奈さんのコスチュームは、デフォルトの吸血鬼装備にフードつきローブでございます。不審者かわいい!


 響香の家で合格祝いという名のちょっとしたパーティーに参加した数日後、俺は瀬奈と二人でサポート会社を訪問して、コスチュームや武器に関する打ち合わせを行った。

 事前に一通りの事とデザイン案をサポート会社には伝えており、今日はその報告を聞く日という訳だ。俺の応対をしてくれた方(米良(べいら)さんと言う名前らしい)曰く、やはり武器類に関しては認可が降りないだろうとの事だった。通常の法律で縛られている銃や刀剣類はプロヒーローであっても一定の制限がかかっており、ヒーローの卵たる学生には個性との相当の因果関係が無いとまず認可はされないとの事。そういう事なら仕方ない、魔力の剣にはまだまだ役に立ってもらうとしよう。

 

「なるほど、よく分かりました。そうしましたらもう一つの方のデザインについては、いかがでしょうか。」

 どちらかと言えばこちらが本命。刀剣類が難しいとなれば次善の策は……飛び道具だ。

「あぁ、こっちの方は問題ない。似たような事例だと、スリングショット──パチンコを作ったことが有るからな。丁度プロトタイプの図面が出来上がっているけど、見るかい。」

「是非お願いします。」

 俺がそういうと、米良さんが脇に置いて有った紙を広げ、こちらに向けてくれた。テーブルに据え付けてあるディスプレイにも同じ情報が映し出されている。

 

「まず武器についてだけど、こいつは滑車を使用した弓──巷ではコンパウンドボウなんて言われているものだ。この機構をベースにして、より近距離での取り回しを容易にするために、寸法比率はショートボウと言われるものに近づけた。材質はアルミニウム合金をベースにカーボン繊維等を使用。君のリクエストした木製の複合素材より重量は軽く、剛性も良好だ。」

 ディスプレイの画面が切り替わり、3Dモデルが投影された。すごい。とりあえずなんかすごい。スカイリムの鍛冶屋が見たらひっくり返るんじゃないだろうか。

「弦の部分は特殊な素材を使わせてもらった。こいつの材料は企業秘密。だが普通の弓よりもメンテナンスは低頻度で大丈夫だし、耐久性も問題ない。使い方にもよるけど数年はもつ筈だ。」

 数年使っても交換しなくていい弦って凄いな。というかこんな事をやってくれる会社を抱えてる雄英って凄い高校だなと、今更ながらに感じた。

「それと君のリクエストにあった、鏃の部分のアタッチメント化だけど。これは矢の説明を一緒にさせてもらう。少し長くなるが……いいかな?」

 いかん、感動して無言だった。

「はい、お願いします。あの……すみません、素晴らしすぎて言葉が出ませんでした。あの図面からここまでして頂けるなんて、なんとお礼を言えばいいのか。」

 そう俺が言うと、米良さんが笑いながらこう返してきた。

「そう言ってもらえると嬉しいな。僕も頑張った甲斐があるってもんだ。お礼は、そうだな──卒業してプロヒーローになっても、是非ウチの製品を使ってくれ。」

「わかりました。その時はよろしくお願いします。」

「よろしく頼むぜ、未来のヒーローさん。……さて、話を戻そう。鏃の部分についてだが、君のリクエストを基に少し工夫させて貰った。こいつを見てくれ。」

 

 米良さんはそう言うと、ディスプレイの端の方を何度かタップした。画面が切り替わり、矢の全体図が表示される。これは……?

「鏃の部分をそのまま使おうとすると、刀剣類と同じ問題が発生するからな。最初は吸着材を使おうかと思ったが、君の個性は薬品を創る事もできるんだろう?なら、矢をシリンジとして使うのはどうかと思ってね。針の根元──シャフトのちょっとした膨らみは薬液庫──アンプルみたいなもんだな。そこから先は取り外しが可能だから、事前に複数種類の薬品を入れておけば、使用する薬品の種類を戦場でチョイスする事ができる。ちなみにこいつは異形型の人間の治療に使用される特殊な針と同じ材質、同じ機構をしているから、硬化する個性でも無ければまず貫通すると考えて良い。服の上からでも、だ。しかも意図的に折ろうとしない限りは安全で、痛みもほとんどない。薬品は着弾と同時に反動とガス圧で注入されるだけだから、注入した後はそのまま引っこ抜くのもカンタン、と。」

 なるほど。これなら敵に毒薬を使う以外にも、常に動き回っている味方に回復薬を投与する事ができるのか。味方の尻に回復薬……酔いどれハンツマンのマスターが泣いて喜びそうだな。

「とは言え、これだけだと相手が盾や装甲、もしくはそれに準ずる個性を持っていた場合に太刀打ち出来ないだろう。そこで、だ。」

 米良さんは更にディスプレイをスライドさせる。まだ他に仕掛けがあるのか。

「針が刺さらない敵に対抗するためのアタッチメントとして、初期案の吸着材を採用した。薬液庫の芯には少量の爆薬が仕込まれていて、通常は着弾と同時に薬剤が炸裂するようになっている。」

「通常は……?」

 俺がおうむ返しをすると、米良さんはよくぞ突っ込んでくれたと言わんばかりのしたり顔になった。そのままディスプレイを2回タップして拡大。シリンダーが拡大表示された。

 

「矢羽側の先端にボタンがあるだろ。こいつを押して矢を放つと、本体のグリップについているボタンを押せば強制的に炸裂するようになっている。命中しなかった場合の手段としても、着弾と炸裂のタイミングを意図的にずらしたい時にも使用可能だ。万が一標的が急に接近してきた時の暴発対策として、弓についているダイアルで安全距離を調整する事ができる。但しこいつはあくまでも使用者保護の保険的ギミックだ。薬剤が炸裂した場合の安全が確保できる距離を計算して、事前に設定しておいてくれ。……後は各種アタッチメントを取り付けたまま収納可能な矢筒。薬品類を入れる専用のポーチは、君のリクエスト通りだ。ただ収納ツールに関しては君の使用感による所が大きいだろうから、実際に使って貰った上で都度フィードバックが欲しいところだな。……さて、以上で説明はお終いだが、何か聞きたい事や追加して欲しい機能はあるかな?」

「いえ、今は特に思いつきません。米良さんの言う通り、実際に使ってみれば思いつくかもしれませんが……現状でも十分満足しています。」

 これは本心。説明を聞いている限りこれ以上の機能をつけたとして、俺が使いこなせるのかと言う問題もある。後は使用しながらの微調整で問題無いだろう。

「よし、それじゃあお披露目会はお終いだ。君のおかげで面白い仕事ができた。……僕は元々飛び道具を作るのが好きでこの会社に入ったんだけどね、武器を使うヒーローに対する世論もさる事ながら、最近のヒーローは個性がそのまま武器になる奴らばかりで正直な所ちょっと飽きていたんだ。だから、こっちからも礼を言わせてもらおう。」

 さらっととんでもない事カミングアウトしたぞ、この人。でもフランクな人の方がこちらも気が楽だ。米良さんとなら将来的にも馬が合いそうな気がする。そんな想像をしていた時──。

 

「米良君、またあなたお客様に持論を披露してるの?」

 いつの間にか開いていたドアの前に、一人の女性社員と瀬奈が立っていた。どうやらコスチュームの打ち合わせは、あちらも終わった所らしい。

「げっ、田利絵主任。……土羽君、ちょっと良いかな。彼女、恐らく君の防具──コスチュームについてあれこれ口を出して来るだろうけど、無視してくれて構わないから。」

 こっちもこっちで癖の強そうな人なのだろうか。そう思っていたら、田利絵さんが俺の資料にさっと目を通して話しかけてきた。

「土羽勤君、この弓はまだ良いとして、あなたこの格好でヴィラン退治をするつもり?これはいただけないわ。まず鎧とブーツの色のバランスがナンセンスね。それから──。」

「……な?始まったろ?主任は新米ヒーローに対してのファッションチェックが趣味なんだ。ただ悔しい事に女性用の装身具に関して腕は一流なんだよな。だから、妹さんのコスチュームは期待して良いと思うぜ。」

 横で米良さんが耳打ちして来る。

 

 その後、田利絵主任のありがたいファッションレビューを20分程聞かされる羽目になった。

 この会社には一癖ある人しか居ないんだろうか。……それはともかく、納品は入学式には間に合わせてくれるとの事。今から楽しみだ。

 

 

 ==========

 

 

 そして迎えた入学初日。

 俺と響香は雄英の制服を着て、校門の前に立っていた。瀬奈はちょっと寄り道したいところがあると、駅で一旦別れている。まぁあいつの事だ。遅刻はしないだろう。

「ウチら、ホントに来ちゃったね。」

 響香が感無量、と言った感じで呟いた。全国で一番のヒーローになるための高校。しかもヒーロー科だ。

「そうだね、でもここに来れた事がゴールじゃ無いでしょ?ここからがスタートラインだ。」

「はぁ……勤。アンタってホントに落ち着いてるというかなんというか。……まぁそういう奴だってのはわかってるけど。」

 やや呆れ顔の顔をしている。何故だ、かなり良い事言ったつもりだったんだが。

 そう思っていたら、後ろから声をかけられた。

「あの、すみません。ひょっとして実技試験の時の……。」

 振り向くとそこには癖っ毛が特徴のチャレンジャー君がいるではないか。無事受かったのか、よかったよかった。

「君は……あの時のチャレンジャー君か!良かった、君が合格しているかはちょっと気になってたんだ。」

「チャ……チャレンジャー君?それって僕の事?」

「あぁ、ごめんごめん。あの時は名前が分からなかったからね。勝手にチャレンジャー君なんて呼ばせてもらってたよ。えぇっと……俺は土羽勤、よろしくね。それでこっちは幼馴染の──。」

「耳郎響香。よろしく。」

 チャレンジャー君はブツブツ何かを言いながらあたふたしている。あの時の勇猛果敢な彼とどっちがホンモノなのだろうか。

「──いや待て落ち着いて考えるんだ出久こっちの女子は土羽君の幼馴染って言ってたじゃないかだから僕がこの場で話しかけたのは二人の間に割って入るとかいうデリカシーに欠けるものではなくむしろ同級生として自然な成り行きと言うものでちょっと待って耳郎さんだっけなんか目が怖いんですけどもしかして話しかけたらまずかったのかなでも口調はそんなに怒っていないような──あぁぁ……その……み……緑谷!緑谷──出久……です。よ、よろしく。」

 

 俺の高校生ライフにおける友人第一号は、勇猛果敢な挙動不審者になった。




???「後書きのネタがほしい……輸入物のやつを……もう一度だけでいいから……。」


―   ⇒   ◎  《発見された》

???「後書きを書くか、ソブンガルデかだ!」
???「小ネタで人気取りか。死にな!」


【今日の小ネタ】

・米良さん
サポート会社の社員。土羽勤のコスチューム、武器の制作を担当した人。
元ネタはソリチュードの鍛冶屋の主人、ベイランド。内戦クエストで帝国側につくと防具を作ってくれる。

・田利絵さん
サポート会社の社員。土羽瀬奈のコスチュームの制作を担当した人。
元ネタはソリチュードにあるレディアント装具店の女店主ターリエ。道行くどばきんに唐突に絡んできて、「そんなダサい格好で王宮に行くのか。」と煽ってくる人。短気などばきんの手により葬られることも……あったかもしれない。

・酔いどれハンツマン
ホワイトランで24時間営業している食堂……食堂?狩猟用の武器も扱っている。
店名の由来は、兄弟で狩りをしていた時、弟の放った矢が尻に刺さってしまったというエピソードから取られている。
ちなみにこの弟、よからぬ嫌疑をかけられていて……?


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Chapter IV 1年A組
15話:ドヴァーキン、入学式に出られなくなる。


さてどうやってどばきんをクラスに溶け込ませようか。プロットを作った時、かなり悩みました。
ストーリーが原作の時間軸に合流すると書くのが一気に楽しくなるのですが、縛りが増えていくのもまた事実。
クロスオーバー2次創作の常ですが、どちらもバランス良くって中々難しいものですね。ゲスト側を強くしちゃえば楽なのですがネ。

なるべくパワーバランスは50/50になるように書いていくつもりです。


「机に足を掛けるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!」

「てめぇどこ中だぁ?クソモブが!」

 やたらとデカいドアを超えた先に飛んできたのは、良く分からない叱責と会話になってない煽り文句。これが言葉のドッジボールってやつか。

「あぁぁ!怖い人どっちもいたー!」

 そして挙動不審なチャレンジャー君はこの二人に怯えているようだ。……自分の体バッキバキにして、あんな攻撃繰り出した君の方が怖いんだけどな。俺個人としては。

「あっ……君達は!」

 おお良く分からない叱責してた方がこっちに気づいたぞ。……そう言えば彼、実技の時に見たような。

「君達はあの試験の構造に気づいていたのだな……。悔しいが君達の方が上手だったと言う訳だ……。」

 あぁ思い出した。プレゼントマイクに質問してた眼鏡君か。そして試験の構造って何……?レスキューポイントの事?まぁいいや。とりあえず自己紹介しとこう。

「土羽勤だ。よろしく。」

「飯田天哉だ、こちらこそ、よろしく頼む!」

 なんか凄いカクカクしてるな、彼。……それはそれとて隣にいる響香の事も一緒に紹介──あれ、いない。

 

 教室の奥側を見てみると、響香は瀬奈と一緒に背の高い女子の所に行って三人で話していた。瀬奈の奴、いつの間にか登校していたようだ。どこに行っていたんだろうか。

「それよりも土羽君!君の個性は一体何なんだ!実技試験の時に後ろから見させて貰ったが、スピードだけじゃなくパワーもある。更に後ろにいた俺に敵の位置を知らせてくれただろう?索敵もできるのか?」

 色々見られてるな……。まぁ開幕スタートダッシュを決めたんだ、それもそうか。さてどうやって話そう。

「個性としては……周りの元素や音波、エネルギーを力に変えるものらしいよ。医者もよく分かってなかったんだ。特定の音を出すと、色々な現象が起きるんだ。」

 多分これが一番無難な説明だろう。……自己紹介の度にこれを聞かれて話す事になるのか、それはそれでちょっと憂鬱である。

「そうか、なるほど!ちなみに俺の個性はスピード型だ。実技試験の時は遅れをとってしまったが、今度是非スピード対決をさせてくれたまえ!君の個性は非常に興味深い!」

 スピードか……話してて思い出してきた。実技試験で索敵の結果を伝えた時、やたらと反応と移動速度が早かった受験生がいたが、あれは彼だったのか。

「わかった。飯田君、その時はよろしく頼むよ。後はほら、実技試験で実際にあの巨人を倒したのは緑谷君だ。彼の事もよく知っておいた方が良いんじゃ無いかな?」

 それだけ伝えて、俺は彼との会話をお終いにした。チャレンジャー君に、カクカク君の対応をパス。後ろで“へへぇ?!”と言うよく分からない悲鳴が聞こえたが、気にしない。俺だって初日のホームルーム前くらい、少しゆっくりしたいのだ。……そう思って席に着いたところで追加でドアからもう一人。

「あっ!そのもさもさ頭は!」

 チャレンジャー君、もとい緑谷君が今度は嘔吐少女に絡まれている。……随分と挙動不審だが満更でもなさそうだ。まぁ自分が助けた女の子がきゃっきゃと話しかけてくるのだ、悪い気はしないだろう。

 

 席に着いてから改めて周りを見渡すと、実技試験の時にはいなかった(と思う)クラスメイトが多かった。あれだけの人数が一斉に実技試験をしたのだ。沢山のグループがあったのだろう。そういう意味ではカクカクの彼と嘔吐少女、チャレンジャー君と瀬奈、響香。短い時間であったとは言えど、知っている人間がこれだけ多いというのは結構ラッキーなのかもしれない。友好関係は円滑に築く事ができそうだ。

「あ、あの時の叫んだ人!同じクラスなんだ!」

 こっちに気づいたか。てか叫んだ人ってなんだ。

「ああ、チャレンジャー……緑谷君も君も同じクラスなんだね。改めてだけど、土羽勤だ。よろしく。」

「私は麗日お茶子、よろしくね土羽君。」

 共通の話題である直談判の一件を出そうかと少し思ったが、緑谷君の名誉のためにもやめておく事にした。ひょっとしたら彼は俺達がした事について知らないかもしれないし、そうでなくてもクラスメイトに知られるのは悪いことではないにせよ、恥ずかしいだろう。

「お兄様、そちらの方がお話に出てきた女性ですか?……間違っても余計な事は言わないでくださいね?」

 またいつの間にやら響香達と会話を切り上げた瀬奈が唐突に話しかけてきた。

「俺をなんだと思ってるんだ。彼女の名誉の為にも実技試験の時に俺がゲr……ぐはっ!」

「おだまりなさいませ。」

 鳩尾に強力な一撃。確かに今のは俺が悪いとはいえ、何故俺の周りの人は鳩尾を執拗に攻撃してくるのだろうか。とても痛い。

「え?お兄様……?土羽君が?」

「おい、この子今あいつの事をお兄様って言ったぞ。」

 一連の会話を聞いていたクラスメイトがざわつき始めた。

「はい。土羽勤の双子の妹の、土羽瀬奈と申します。どうぞよしなに。」

 向けられた好奇心に一切動揺することなく、瀬奈が自己紹介をする。

 

 数秒の沈黙。

 

「双子なのに全然似てねぇ!」

「やっば!黒髪美少女で双子の妹でお嬢様言葉とかやっば!“個性”尖り過ぎだろ!」

 

 何故か瀬奈が人気者になった。本人が嬉しそうだから良しとしよう。

 

 

 ==========

 

 

 瀬奈の周りに人だかりができて教室が騒がしくなり始めた時、担任の先生と思われる人が教室に入ってきた。寝袋に入った状態で。この高校の教員は変人じゃないと務まらないのだろうか。スカイリムにだってこんな奴はいないぞ。

 で、聞くところによると俺達は入学式に参加する事は叶わず、何でもこの先生──相澤先生の独断により“個性把握テスト”とやらをやるらしい。曰く、

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ。」

 だそうだ。隣のB組はどうなるんだろうか。

 ともあれ先生の指示……という事であれば仕方ない。入学初日は平和に過ごせそうだと思ったのに、どうやらそういう訳にも行かないようだ。まさか今日使う事になるとはなぁ。そんな事を考えながら俺は鞄から新品の体操服を取り出し、更衣室へと急いだ。

 

 

 ==========

 

 

「……なぁ土羽。妹さん超可愛いじゃん。全く羨ましいぜ、あんな妹さんと毎日一緒に当校出来て。」

 更衣室でそう話しかけてきたのは、“フランク”が服を着て歩いているかのような風体の上鳴君だ。

「言うほど良いものでもないぞ……支度が遅くても文句は言えないし、厭味は飛んでくるし。」

「かーっ!わかってないねぇ、その何気ない日常が良いんじゃないか。なぁ?峰田。」

「そうだそうだ!土羽、お前は女子と普通に話せるという贅沢に慣れすぎている!日頃女子と会話する事さえままならないオイラに謝れ!謝罪しろ!」

「あぁ……その、なんかすまん。」

「素直に謝んなこの野郎!オイラが惨めになるだろ!」

 そんな理不尽な。……この場で“実は耳郎響香とは幼馴染で、よく三人で遊んでました。お泊りイベントもあったよ。”なんて言った日にはどうなるか分かったものではない。ここは自然にバレるまで何も言わないでおこう。

「まぁまぁ峰田よ。少し落ち着け。俺考えたんだけどさ、土羽兄を起点にして瀬奈ちゃんをトリガーにすれば、クラスの女子と良い感じの関係が作れそうじゃないか?」

 なんかよく分からない野望の片棒を担がされる気がする。そんな俺の気などお構いなしに、上鳴君は計画の骨子を饒舌に語り始める。

「例えばこうだ、土羽兄……勤と俺がカラオケに行くとする。すると優しい勤君はせっかくだからと瀬奈ちゃんを誘う。さらに瀬奈ちゃんは──」

 なるほど、俺をダシにして瀬奈を釣るって戦法か。……瀬奈の性格を考えると、多分彼らが声をかけても二つ返事でほいほい付いて行く気がするんだが。

「あのさ、峰田君と上鳴君。瀬奈は多分、君達が直接誘っても大丈夫だと思うよ?そういうお誘いと言うかイベントと言うか。好きだし。」

 二人がこいつ何を言ってるんだ?という目で見てくる。

「多分君達から見て、瀬奈は“おしとやか”とか“取っ付きにくい”とかそんな感じで見えてるんじゃないかと思うんだけどね。俺──兄目線で見てもそれは無いから安心してくれ。どちらかと言えば、男女の垣根無く“一緒に遊ぶ”のは好きな方だよ。まぁでも最初からぐいぐい誘うのは気が引けるか。……良し、今日でも誘ってみようか?場所によるだろうけど、駅前のハンバーガー屋位なら多分行くって言うと思うよ。」

 二人の目の色が変わった。素直なのは良い事だ……と思うよ、うん。

「おぉ!マジか!さすが余裕のある男は言う事が違うぜ!じゃあ放課後ヨロシク頼んだ!」

「オイラ、お前と同じクラスで良かったよ!ありがとな!」

 上鳴君と峰田君は口々にお礼を言うと、小躍りしながら着替えを再開した。

 

 なんか、アレだ。ファエンダルの頼み事を聞いてあげた時の事を思い出した。まぁあの時は偽造ラブレターを届けるという、控えめに言って最低な事をしたのだが。今回は特別な関係を取り持つとかそういうものでも無いし、おかしな事にはならないだろう。きっと。

 

 

 ==========

 

 

 着替えを終えた俺達はグラウンドに集合、相澤先生の話──“個性把握テスト”の概要を聞いた。

 実施するのは50m走を始め八種目。中学校の時と異なるのは、個性の使用が認められているという事。有り体に言えば、何でもアリって訳だな。クラスメイトの中からなんか面白そうだ、という声も漏れていたが確かに興味深い催し物であると言える。

 それを聞いていたのか、相沢先生がしれっととんでもないことを言い出した。

「……面白そう、か。ヒーローになるための3年間、そんな腹積もりで過ごすつもりなのか?……よし、全種目トータルの成績が最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう。」

 話を聞いていたクラスメイトが一気にざわつき始める。そりゃそうだ、入学式にも参加せず除籍だなんていくら何でもあんまりである。……これは本気を出す必要がありそうだな。

 

「生徒の如何は俺たち教員の自由。……これが雄英高校ヒーロー科だ。これから三年間、雄英は君達に苦難を与え続ける。更に向こうへ──PlusUltraさ。」

 どうやら俺が想像していたよりも、この高校は割ととんでもない所らしい。更に向こうへ、って言うより一方通行の綱渡りじゃないか。

 

「まずは50m走から始めるぞ、ぼさっとするな。各自用意しろ。」

 

 首をかけたレースが始まった。飯田君とは早速スピード対決ができそうだ。




???「後書きの小ネタを沢山用意してくれたら、親友になってあげるよ……永遠のね!もちろんお金も払うさ!今までの貯金全部、2ゴールドだよ!」

【今日の小ネタ】

・ファエンダル
リフトからホワイトランに行く途中にある村、リバーウッドに住むエルフ。弓術を得意としておりリバーウッドにドラゴンが現れた時には、どばきんが右往左往するのを尻目にゴリゴリ体力を削る活躍をする事も。
吟遊詩人のスヴェンとは恋敵で、彼らのうちどちらかの肩を持つクエストが発生する。その内容が、イタい内容が書かれた偽のラブレターを意中の女性に渡すと言う、何ともしょーもない計略。
彼の肩を持つと弓の訓練の手解きを無料でやってくれる為、お世話になったどばきんは多いと思われる。


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16話:ドヴァーキン、親睦を深める。

この小説を書き始めてから、段々とドラゴン語が分かるようになってきました。
会話までにはまだまだ時間がかかりそうですが。


 興味深い催し物から一転、己が進退を賭ける地獄のガチレースとなった個性把握テストが始まった。

 まずは50m走か。これは比較的対応しやすい部類に入るだろう。

「土羽君、早速だが俺と勝負してくれ! 実技試験の時は遅れを取ったが、今回は全力で勝ちに行かせて貰うぞ!」

「朝の話だね、分かった」

 先の彼の話と実技試験での動きを見る限り、相当な敏捷性がある筈だ。となると……。

 

「飯田、3.04秒」

 速い。もちろん個性の力という事なのだろうが、体の動きがしっかりしており体の軸がブレていなかった。相当体幹を鍛えるトレーニングも行っているのだろう。

「うむ! まぁこんなものか。さぁ、次は土羽君、次は君の番だ! その個性を見せてくれ!」

「あぁ。こっちも全力で行かせて貰うよ」

 彼の様子を見る限り、スピードは彼の個性でありアイデンティティだ。この世界の人間、とりわけヒーローを志す人間は自分の個性に誇りを持っていると見て間違いないので、勝負を受けた以上はこちらもきちんと応えなければ失礼にあたるだろう。

 

「次、用意しろ」

 そうこうしているうちに俺の順番が回ってきた。

「相澤先生、予備動作はスタート前にやって良いですか?」

 旋風の疾走を第三の言葉まで紡ぐ場合、最初の言葉をどのタイミングで使うかにより大きくタイムはズレる。願わくば──

「あー、うん。好きにしていいよ」

 よし、言質取ったぞ。この勝負、恐らく貰った。

「もう良いな、早く始めろ」

 走者がそれぞれ前傾姿勢や、クラウチングスタートの姿勢に入った。

 少し腰を落として重心を調整。呼吸を整える。

 

「位置について、用意──」

「Wuld……」

 第一の言葉、旋風。呼吸を止める。

 

「スタート!」

「Nah Kest!」

 合図の音とほぼ同時に肺に残っていた空気を吐き出し、第三の言葉まで一気に紡ぐ。

 体が風を切った。

 

「土羽、1.08秒」

 辛うじて失速しなかったが、ゴールギリギリか。スカイリムにいた時は特に測定なんてしていなかったので、これはちょっとした発見だ。

 旋風の疾走は第三の言葉まで紡いだ場合、50m程前進できるらしい。

「何だよ今の! 土羽の奴、なんか叫んだらその姿勢のまま前にすっ飛んでったぞ!」

「すごーい! 土羽君、あんなスピードで動けるんだ! 声もなんか響いててカッコよかったね!」

 クラスメイトから驚きの声が上がる。

 

「くっ、またしても俺の負けか! 土羽君、完敗だ!」

 飯田君がカクカク動きながらお辞儀をして来た。彼にはスピード以外にも、ロボットみたいな動きをする個性でもあるのだろうか。

「いや、これは50m走だからたまたま勝てただけだ。これ以上の距離だと俺の個性じゃ失速するから、総合的なスピード勝負じゃあ飯田君には勝てないよ。それに飯田君の場合は自分の足でエネルギーを生み出しているから、個性の力と脚力がもっと合わさるように調整すればもっと記録を伸ばせると思う。対して俺はこれで“ほとんど固定”だから」

「むっ、そうなのか……。しかし個性の形はどうであれ、その瞬発力は素直に羨ましいよ。ならば次の機会があればまた50m走で勝負しよう。今度は勝たせてもらうぞ!」

 ストイックだなぁ。敢えて相手の土俵で戦うなんて、俺は絶対にしないし想像できない。それだけ自分の個性に自信と誇りを持っているのだろう。

 対して素質があったとは言え、俺にとってシャウトは後から偶然手に入れた力である。手段として活用こそするが、その力に誇りを持っているかと言われたら怪しい所だ。そういう意味では、飯田君が羨ましい。

「あぁ、いつでも受けて立つよ」

 そう俺が言うと、飯田君はシュッと右手を差し出して握手。

 おぉ、なんか良きライバルっぽい。……これが青春か、瀬奈が憧れていたのも頷ける。

 

 

 ==========

 

 

 50m走の次は、立ち幅跳びの測定に入った。おそらくこれも問題なく対応可能だ。距離を稼ぐとなると旋風の疾走を使う事になるが、こいつには地面に対して高度を維持したまま平行移動をする特性がある。

 ジャンプしながらシャウトを繰り出せば、失速するまではその高度を維持できる筈だ。

「あー、土羽。ちょっといいか」

 相澤先生から声が掛かった。

「はい、何ですか相澤先生」

「お前、立ち幅跳びでもさっきの個性、使うのか」

 もしかして使用禁止とか言われるのか。そうなると脚力を強化する手段は、ポーションも持ち合わせがない現状皆無なので、記録が大きく落ちてしまうのは避けられないだろう。

「そのつもりですが。何か問題でも」

「いや、別に良い。好きにやってくれ。次はお前の番だ、準備しろ」

 今の問答に何か意味があるとは思えなかったが、一応使用はオッケーらしい。ありがたく使わせて貰うとしよう。

 

 白線のラインに足を合わせ、深呼吸。

「Wuld……」

 さっきと同じように呼吸を止める。

 軽く屈伸。

 跳躍。

「Nah Kest!」

 僅かな高度を維持したまま身体が前進して行く。

 よし、接地してない。

 

「土羽、50.6m。……ちょっとこっち来い」

 測定後、再び相澤先生から声が掛かる。もしかして白線を超えていたのだろうか。計り直しか? 

「お前、今個性を使う直前と使った瞬間に、何か違和感は無かったか?」

「いえ、別に何も。いつも通りだったと思いますが」

 そう答えている間も、相澤先生は俺の方をじっと見ている。正直怖い。やらかした事とか、特に思い当たる節が無いので余計に怖い。

「そうか、分かった。なら戻っていいぞ。──次、爆豪」

 ……よく分からないな、この人。ともあれ、この2種目でそれなりに成績は残せた筈だ。最下位は無い、と信じたい。

 

「お兄様、先生に何か言われていたようでしたが?」

 測定が終わった後、クラスメイトがたむろしている所に戻る途中で瀬奈から声を掛けられた。

「あぁ、今シャウトを使った時、違和感が無かったかって聞かれてね。特にいつも通りだったとは思うんだけど。後は測定前に、個性を使うかどうかの確認をされたな」

 経緯を簡単に伝えると、瀬奈は少し考えるような素振りを見せてから話し始めた。

「お兄様は実技試験の時、色々なシャウトをお使いになったのでしょう? それに私達兄妹は両親と個性が異なっているという事実もありますし。先生方がどこまで調べているのか分かりませんが、私達の能力やルーツを不思議に思う事は自然だと思いますわ。私も個性の事でホームルーム前に、先生とお話しましたもの」

 朝いなかったのはそう言う事だったのか。

「なるほどな……。あれ、じゃあ通学路で別れたのはなんでさ。その話をしたのは学校で、だろ?」

「あぁ……。あれは、ちょっと気になるお店を見に行っただけですわ。私達が住んでる街よりも、此処は素敵なお店が沢山ありますから」

 確かに雄英高校があるこの街は、首都圏の中でもかなり栄えている所だ。巨大な百貨店から小さな雑貨屋まで、少し足を伸ばせば欲しいものは粗方手に入るだろう。

「そっか。……ところでそっちは個性把握テストの方は大丈夫? 二人とも基礎体力は問題ないとしても、個性を活かし切れないんじゃ無いかって思ってね」

 俺が瀬奈に尋ねると、後ろから聞き慣れた声が割り込んできた。

 

「勤。アンタってホントに他人の心配というか、フォローするの好きだね。心配されなくても、ウチらはウチらで何とか乗り切るから」

「あぁ、ごめん。別に響香と瀬奈の実力を低く見てる訳じゃ無いんだ。ただ──」

「分かってるよ。勤がそういう奴じゃなくて、本心からウチらの事を心配してるって事ぐらいさ。……情けない話だけど、最初は何かポーションでも融通してもらおうかなって思ったんだよね。でもさ、これからヒーローになるって言うのに、アンタの力に頼って除籍を免れてもなんの意味も無いよねって思ったんだ。だからこのテストは、ウチ一人の力で乗り切ってみせる。……だからさ、そんな心配すんなよ、先生!」

 響香はそう言ってニヤリと笑うと、瀬奈を連れて歩いて行ってしまった。

 やっぱり彼女は努力家だ。成長したなと思うと同時に、幼稚園の頃から変わっていないな、とも思った。

 

 

 ==========

 

 

 その後も個性把握テストは順調に進み、全八種類全ての測定が終了した。この一連のテストの中で、特に印象に残ったのは次の二つだ。

 まず一つ目に、緑谷君がボール投げをする時に相澤先生が個性を“消した”事。よく話は聞こえて来なかったが、

「あの入試は合理性に欠く。お前のようなヤツも入学できちまうからな」

 こんな感じの事を緑谷君に伝えていたと思う。

 周りにいたクラスメイトの話によると、相澤先生は抹消ヒーロー“イレイザーヘッド”として活躍している現役のヒーローで、見た者の個性を消すことが出来るという。どうやら実技試験の時にあった、緑谷君の個性を使うと身体が壊れるという特性を危惧していたようで、先生は彼にやり直しを指示。

 すると緑谷君は機転を利かせて一本の指だけに個性を発動させ、残りの種目もなんとかこなして見せたのだ。そういえばボール投げの後、爆豪君が緑谷君に無個性の癖にと言いながら突っかかって行ったが、緑谷君は以前無個性だったのだろうか。

 

 次に二つ目。皆の個性が凄まじい。なんかもう、シャウトなんて目じゃないくらい凄い。確かに50m走など、比較的好成績を収めることができた事も事実ではあるのだが、アレは飯田君に説明した通り“あの条件だったから”できた結果だ。こっちの世界でも俺は器用貧乏になりそうな気がする。魔法の練習は続けないとダメそうだな、これ。

 

「それじゃパパッと結果発表。点数は単純に各種目の評価を合計した数だ」

 相沢先生がそう言うと、ランキング表が皆の前にディスプレイされた。反射的に自分の名前を探したが……丁度真ん中よりも少し上くらいだった。瀬奈と響香はやや下位、そして緑谷君が最下位だったようだ。個性をコントロールしても、結果は覆らなかったという事か。

「ちなみに除籍はウソな。君らの個性を最大限に引き出すための合理的虚偽」

 後ろの方でちょっと考えれば嘘だと分かる事だ、という意見も出ていたが……普通に分からなかったぞ。担任が入学式をボイコットさせるような学校なら、本当にそういう事をやりかねないと思ってしまったのは自然な事である筈だ……多分。

「じゃ、各自解散。今日はもう入学式も終わってるし、そのまま帰って良いぞ」

 相澤先生はそう言うと、ディスプレイを切りそのまま校舎の方に歩いて行ってしまった。

 

「何だよ相澤先生、驚かせやがって。俺もう退学かと思ってヒヤヒヤしたぜ!」

 全然ヒヤヒヤしている風に見えないぞ、上鳴君。

「全くだね。俺もまんまと騙されたよ」

 そう俺が同調すると、足元から反論が上がる。

「土羽テメーあんな成績で何言ってんだよ?! オイラなんてブービーだぞ、ブービー!」

 いや、君の個性って見る限り運動向きじゃ無さそうだし、相性の問題だからそんなに気にしないでも。

「まぁその……うん。峰田君、なんかすまん」

「だぁぁぁ! オメーまた謝りやがったな! クソっ! ……まぁいいや、土羽。話は変わるけどよぉ、更衣室での話、覚えてるよな?」

 えぇもちろんよく覚えていますとも。さすがは峰田君、抜かりないね。そんなに楽しみだったのだろうか。

「あっ! そうだった! 土羽、この後どうすんだ?」

 上鳴君も個性把握テストが無事に終わり、さっきの話を思い出したらしい。

「あぁ、うん。分かってるよ。とりあえず瀬奈に声を掛けてみるから。校門前で落ち合おう」

 

 二人を先に更衣室に向かわせ、少し離れたところでクラスメイトと話している瀬奈の所に行って要件をかいつまんで伝えた。無事に個性把握テストも終わったし、自己紹介がてら俺達と駅前のファーストフード店にでも行かないか? と伝えると、

「もちろん行きますわ! 響香さんと三奈さんも一緒に如何ですか?」

「良いよ、ウチも行く」

「行く行くー! ……あ、私芦戸三奈! よろしくね、瀬奈のお兄さん!」

 大変テンションの高い、ピンク色の肌と黒目の女子──芦戸さんも一座に加わった。

「ところで、俺達っておっしゃいましたけど。お兄様、誰か他に誘ったのですか?」

「あぁ、峰田君と上鳴君」

 瀬奈は少し頭を捻ると、

「と、言われてもまだわかりませんわ。せめてクラス名簿と写真があれば……」

 との事。……入学式もガイダンスもホームルームも、全てすっ飛ばしての個性把握テストだ。名前と顔が一致しないのも当然か。

「まぁほら、“そのための親睦会”って事で」

「それもそうですわね」

「じゃあ、着替えたら校門の前で待ってるから。また後で」

 集合場所を伝えて三人と別れた。これだけ集まれば彼らも満足だろう。

 

 

 ==========

 

 

「へぇ! 耳郎って土羽兄妹と同じ中学校なのか!」

「そ。もっと言うと、幼稚園から一緒。家が近かったから」

「すごーい! 幼馴染で三人とも雄英に入っちゃうなんて!」

 ヒーロー科の親睦会だ。きっと自己紹介もほどほどに、個性に関する話題が中心になると思っていたが、まず話のネタに上がったのは俺たち三人についてだった。尤も、自己紹介の時に俺がうっかり響香を下の名前で呼んでしまった事に端を発しているため、俺のせいといえばその通りなのだが。

「土羽、じゃなかった。勤! 4歳の頃からハーレムとか卑怯だぞ! オイラなんて女子にモテようと思ってもなぁ……!」

 これはクラス替えや入学時のお約束なのだが、二人が同じ空間にいる時は俺達兄妹の事を、下の名前で呼んでもらう事をお願いするようにしている。名字で呼ばれてしまうと、二人が同時に振り向いてしまうためだ。

「峰田さんは、異性に好かれたいのですか?」

 芦戸さんとスマートフォンを見ながら話をしていた瀬奈が、峰田君の様子を見て唐突に会話に参加してきた。

「もちろん。まぁオイラとしてはできれば一人じゃなくて大多数にモテたい」

「女子の前で言うか、それ」

 響香が冷静に突っ込む。

「そういう事でしたら峰田さん、私にお任せくださいまし。あらゆる女性を自分のファンに取り込める術をおかけしますわ!」

「マジっすか瀬奈さん! 是非オイラにその秘術を!」

「ちょっと待て瀬奈ァ! アンタ自分が何を言ってるかわかってんの?!」

 響香が慌てて瀬奈の肩をつかんだ。

「安心しろ耳郎。オイラ、グラマr──」

「それ以上言ったら殺す」

「まぁまぁ、落ち着いてくださいまし。お二人とも。そんなに危険な物ではありませんわ」

 まさか魅了効果のあるポーションでも渡すのだろうか。いや、そんな効果は聞いたことがないし、見た事もない。

 

「では峰田さん、お隣失礼しますね」

 瀬奈が峰田君の隣に腰掛け、肩に手を置いた。

「おふぇっ?!」

 峰田君が変な声を上げた。

「わー!」

 芦戸さんは興味と期待を込めた目で成り行きを見守っている。

「では峰田さん、私の目をよーく見ていて下さいね。目、閉じては行けませんよ?」

「は、はいぃ!」

 肩に手を置き、互いに目を合わせたままどんどん顔の距離が近づいていく。

「ちょっ、ちょっと。勤、アンタ瀬奈の兄貴でしょ。いいのこれ?!」

 響香がこっちに突っかかって来た。個人的には何をするのか非常に興味があるが、これは止めた方が良いのだろうか。

「わぁー!」

「芦戸、お前さっきから語彙力皆無だぞ」

「そう言うアンタも無言でガン見しるだけでしょーが! 上鳴! ……あぁもう! 勤、瀬奈を早く止め──」

「響香さん、もう終わりましたよ? 後は仕上げだけです」

 瀬奈がニコニコしながらそう言った。

 

 峰田君を見ると、目を開けたまま固まっている。

「峰田さんは、女性の事を守れる、紳士のようなヒーローになりたいのですよね?」

 瀬奈がゆっくりと峰田君に問いかけた。

「ハイ、ソウデス」

 抑揚のない声で峰田君が応答した。

「なぁ勤。瀬奈ちゃんって、催眠術みたいな事できんの?」

 上鳴君が峰田君の顔の前で手を振ってみたりしながら尋ねてきた。

「ど、どうなんだろうね。俺も見るのは初めてだよ。でも、多分そういう事じゃないかな?」

 俺がそう返答すると、それを聞いた瀬奈がニコニコ顔のまま上鳴君に、

「はい。先日テレビでやっていた催眠術なのですが、うまく行きましたわ」

 と、回答した。

「すげーな。俺、生でこういうの初めて見たわ」

「私も初めて見た!」

 素直に感心する上鳴君と芦戸さんの横で、瀬奈は峰田君に質問を続けていく。

「峰田さんは、やるべき時には誰よりもガッツを見せて下さる勇敢な方ですよね?」

「ハイ、ソウデス」

「峰田さんは、私達が危機に陥った時に、どんな状況であれ駆けつけて助けてくれますか?」

「モチロンデス。ドンナ敵であってもマヨウ事なくってえええ?! 何? 何いまの! ……あれ?」

 

 効果が解けて呆けている峰田君に、瀬奈が笑顔で話しかける。

「おはよう御座います、峰田さん。貴方の深層意識に、ちょっとしたおまじないをかけました。後は峰田さんの努力次第ですが、沢山の女性にモテるヒーローになれると思いますわ」

 数秒の沈黙。

「えっと……。つまり、今のままじゃ何の意味も無いって事?」

「その通りですわ、芦戸さん。結果が花開くかどうかは、今後の峰田さんの頑張り次第ですわね」

 なるほど、暗示をかけたのか。まず女性慣れしていない峰田君の肩に手を置き、動揺した所で顔を近づける。更に精神が動揺した所で、鎮静の幻惑魔法を軽めにかけた、と。……また勝手に新しい魔法を使ったな。

「だ、騙された!! くそぅ、土羽瀬奈に騙されたぁぁぁ! せっかく1年A組の女子をオイラの物にできると思ったのにぃぃぃ!!」

 峰田君が泣きながら机を叩いている。恐らく彼は洗脳かそれに近い能力を与えられると勘違いしたのだろう。……それこそ少し考えれば違うと気づきそうなものだが。

「ハッ、いい気味じゃん。あーあ! 心配して損した!」

 響香がそんな峰田君を見て鼻で笑う。

「だから耳郎は安心しろって。オイラが興味あるのはもうちょっと胸g──」

 最後まで言い切る前に峰田君の目へプラグ攻撃が炸裂し、声にならない叫びが店内にこだました。

 

 

 ==========

 

 

 その後は各自の個性の事や目指すヒーロー像、今日の個性把握テストで印象に残ったクラスメイトの話など、とりとめのない話題にシフトしていき、時間もいい頃合いに差し掛かったという事でお開きになった。

 入学初日にしては、かなり仲良くなれたのではないだろうか。

 

「でも良かったー!」

 ファーストフード店を出てからも尚、響香に対して口の減らない峰田君と、そんな彼に容赦なく制裁を加えていく響香の様子を見て、芦戸さんが笑顔で呟いた。

「よかった? どう言う事?」

「だって天下の雄英でしょ? みんな真面目で怖い人ばっかりだったらどうしよう! って思ってたけど。面白い奴もいるんだって安心した! 今日は誘ってくれてありがとうね!」

 なるほど、確かに芦戸さんの言う通り、クラスメイトが文武両道のサイボーグばかりだったかもしれない訳だ。しかしこの状況を見るに、その心配は杞憂だろう。今日声をかけられなかったクラスメイトも沢山いるが、自然と仲良くなれそうな気がする。

「俺も楽しかったわ! またこのメンツでどっか行こうぜ!」

「あぁ、こちらこそ。また折を見て誘わせて貰うよ」

 

 こうして俺の登校初日は個性把握テストから始まり、親睦会で終わる事になった。

 普通の学校より雄英は大変だと思うが、それを差し引いてもこれからの高校生ライフが非常に楽しみである。




???「盗まれた物の中に俺の“今日のシャウトの原稿”もあった。まだほんの子供の頃にお袋がくれたんだ。この寒い国で唯一、故郷を思い出せる品なのに。」

⇒ 原稿を取り返してやろう。

???「ご親切にどうも。あの山賊はたぶんこの辺りに根城を構えている奴らの一味だと思う。無理はするなよ。原稿は確かに惜しいが、命と違って取り替えが利くんだから。」

???「得ては失う運の巡りには慣れている。これぐらい災難のうちに入らないさ。という訳で今日はこれだよ。」

【今日の魔法】

・鎮静
見習いランクの幻惑魔法。
戦闘状態を強制的に解除し、一定時間戦闘に加わらなくなる。
幻惑魔法が強力と言われる所以が、この魔法の存在。
一定のレベル以上の標的には無効であるという制約があるものの、この魔法がかかりさえしてしまえば、目の前でアイテムを強奪しようが仲間を手にかけようが応戦して来なくなる。
一部のモンスター・ドラゴンを除き、あらゆる生物が対象となる点も魅力的。


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17話:ドヴァーキン、ヒーロー基礎学を受ける。

そういえばAFOの能力を模したMODがあるらしいですね。
当初ドヴァーキンはヴィランとヒーローサイドを行き来する、という案もあったのですが……終わりが見えなくなるので没になりました。


「しかしすげーな、この食堂。広さもクオリティも、色々規格外だぜ」

 昼食を一緒に食べに来た上鳴君が、周りを見渡しながら呟く。

 彼の言う通り雄英高校の食堂は非常に広く、開放的な間取りも相まって、まるでホテルのロビーラウンジに併設されたレストランのようだ。学校紹介のパンフレットによれば、食事を作っているのもまた“ヒーロー”であるらしい。

「そうだな、個人的にはこれだけ広いとちょっと落ち着かないかもしれない。まぁそのうち慣れるとは思うけど。……峰田君はどう思う?」

 そう言って峰田君の方を見ると、彼ははす向かいの席に座っているスタイルの良い女子生徒を熱心に観察していた。さすが峰田君、抜かりない。

「あん? なんだよ土羽。オイラは午後のヒーロー基礎学の授業に向けて、あの女子の個性が何であるか研究を──おぉっ、ソーセージを食べる仕草も中々──」

 

「峰田伏せろ!」

 上鳴君の指示、直後に峰田君が椅子から半分降りる形で体を机に隠した。こういう時に彼の小さな体躯は有利に働くようだ。

 刹那、峰田君の頭があった場所を、通路から伸びてきたプラグが通り抜けた。

「……よっ。上鳴、勤。隣いい?」

 通路の方を見ると、能面の響香とニコニコ顔の瀬奈と芦戸さんがトレーを持って立っていた。

「え? あ、あぁ。どうぞどうぞ」

 上鳴君が若干引き攣った笑顔で、テーブルの上にあった食器を自分の方に引き寄せた。

「あんだよ耳郎! オイラおめーに何もしてないじゃないか!」

「今ジロジロ見てただろ、そこにいる子」

「別に見るくらい──やめろぉ! 目は! 目はやめて!」

 

 

 ==========

 

 

「あ、それ知ってる! ランチラッシュでしょ!」

 またしても目を射抜かれて突っ伏している峰田君はさておき、この食堂で料理を作っているプロヒーローの事を何か知らないかと皆に話したところ、芦戸さんが答えを教えてくれた。料理を作るヒーローか。戦いではない舞台で活躍するというのも、大いに興味深い。普通の料理人とは何かが異なるのだろう。

「すげーよな雄英。さっきの授業もそうだけどよ、教員が現役のヒーローってだけじゃなくて、食堂のスタッフにまでヒーローがいるなんてよ!」

 上鳴君が興奮気味に話している。確かに彼の言う通り、この高校にはプロヒーローと呼ばれる人がとても多い。それらのスタッフや癖の強い教員を束ねる校長は、一体どんな人物なのだろうか。入学式、出なかったから会えなかったのだが。まぁそのうち何かしらの機会があって会えるだろう。

 

「……そうだ、響香。話は変わるんだけど、昨日家に帰ってからこれ作ってみたんだ。試しに使ってみてよ」

「お、何々? こんな所でプレゼント? いいなぁ! 私も男の人からプレゼント貰ってみたいなぁ!」

 昨日のファーストフード店で発覚したのだが、芦戸さんはその手の話に持っていくのがどうにも好きらしい。

「バカ、そう言うのじゃないっての。……これ、見るからに不味そうだけど、効果は?」

 恥ずかしがる動作から一転、瓶の中身を中空に透かして眺めた響香が真顔で尋ねてきた。否定的な文言から入るあたり、前科があるため警戒されているようだ。

「走っても疲れにくくなる。味は──甘ったるいが俺は嫌いじゃない。受験前の反省を活かしてね、野草と果物だけで手軽に作れるポーションは無いかなって試してみたんだ。そしたらそれができたって訳」

「何だそりゃ、クスリ? お前って声の個性じゃないのか?」

 復活した峰田君が不思議そうな顔をして聞いてきた。

「あー、話すとややこしいんだけど──って、勤。これ皆に話しちゃっていいの」

 響香が瀬奈と俺を交互に見た。

「はい。いつまでも内緒にしておくことなんてできませんし、クラスメイトにだったら隠すような事でもないでしょうから。もしかしたら新たな発見や、クラスの皆様の役に立つ事もあるでしょうし。お兄様と相談して決めましたから、大丈夫ですよ響香さん」

 瀬奈が俺の代わりに答える。

 受験を乗り越えた今、クラスメイトはライバルであると同時に戦友である。また、技術を広めることで新たな発見があるかもしれない──そう瀬奈に説得され、錬金術やシャウトを希望するクラスメイトがいれば教えてみる、という事にしたのだ。

「そっかー。ウチとしては専売特許で行きたかったけど、当人がそういうスタンスなら仕方ないか」

「専売特許? その言い方だと、まるで耳郎もできる、みたいな感じだな?」

 上鳴君がそう尋ねると、響香がしたり顔で返事をした。経験者は語りたい、のだろうか。

「そ、勤の個性はさ──他人に継承ができるんだ」

 

 

 ==========

 

 

 そこから先は、響香が自分の体験を踏まえて皆に説明をしてくれた。

 幼稚園にいた頃、1年かけてシャウトを習得した事。中学校時代に錬金術の勉強をした事。そして錬金術を扱う上で必要になるマジカのコントロールの仕方……等々。

 一通り話をし終えた後、最初に手を挙げたのは芦戸さんだった。

 

「えっとさぁ、つまり勤の個性を貰うには昨日の峰田の話じゃないけど、本人の努力が必要って事だよね? 向き不向きってあるのかな?」

「俺もまだ響香にしか試してないから、何とも分からないけど。調合の方は料理とかの感覚に近いから、勉強好きなら習得は早いと思うよ。……効果を発現させる方はちょっと面倒だけど、それでも声の個性よりは楽なんじゃないかな」

 ここからは俺が質問に答えていく事にする。シャウトや錬金術、マジカと言っても通りが悪いので、声の個性・調合の個性とでも言っておこう。

「うぇー、勉強かぁ。私勉強苦手なんだよねー」

「俺もあんまし得意じゃないなー、今の耳郎の説明を聞く限り、結構化学の知識が必要そうな感じじゃん。俺にできっかな」

 上鳴君と芦戸さんはあまり自信がないようだ。まぁ無理やり勉強を強いるつもりは無いし、自身の個性を伸ばす方に注力したほうが良い場合もあるだろう。それに相性の問題だってある。技術に対する自分の適性と活用の可能性を天秤にかけ、本人が決めれば良い事だ。

「でも興味が無い訳じゃないんだよなぁ。説明だけだとアレだし、ちょっと見せてもらう事ってできるのか?」

 今この場でシャウトはできない。となると、実演は錬金術の方になる。

「んー、効果が分かりやすいモノは……うん、これでいいか」

 鞄の中にあった小瓶を開けて、失敗作のポーションを一飲み。やっぱり不味い。

 

「すげぇ! 勤の体が透けてるぞ!」

「なんかモヤモヤってしたら消えちゃったよー! ……あ、また見えてきた!」

 上鳴君と芦戸さんが、まるで手品を見ているかのようなリアクションをしてくれた。

「これは失敗作だからすぐ効果が切れちゃうけどね。技術を身につけた上でうまく調合ができれば、30秒くらい透明になる事も不可能じゃないと思うよ」

「不意打ちし放題かよ……」

「いや、そこまで便利なものでも無いんだよね。透明になっても歩いたりする音は普通に聞こえるし、他の物や人に干渉しようとすると透明化は解けちゃうから」

「なるほどなー。……勤、ちょっと試しにやってみるってアリ?」

 上鳴君が恐る恐るといった様子で聞いてくる。それ位はお安い御用だ。

「あぁ。適性は少しやってみないとわからないだろうから。無理強いするつもりなんてないし、途中でやめてもそれは全然構わないよ」

「私も私も! 体験コースで! なんか面白そう!」

 芦戸さんも実際の薬効を見て乗り気になったようだ。後は峰田君だが──

 

「なぁ勤。オイラ、ガチでその調合を勉強したいんだけどよ」

「おぉ……随分やる気に満ち溢れているね。峰田君」

 机から身を乗り出して、目はやや血走っている。ちょっと笑顔が怖い。

「いやなに、オイラだって強くてカッコイイヒーローになるため──」

「あー、勤。コイツには教えなくていいから」

 了解だと峰田君に伝えようようと思ったら、響香からストップがかかった。

「なんでだよ! 上鳴と芦戸だけとかズリーだろ! 差別だ!」

「どーせ透明化の薬作って、ロクでもない事に使おうとか思ってんでしょ。アンタ、丸分かりだよ」

「そそそそ、そんな訳ねーし! 別に更衣室に潜入しようとか、階段の踊り場に潜伏しようとか思ってなんかねーし!」

 響香の顔がみるみるうちに恐ろしい何かへと変貌していく。とても怖い。

 それにしても、これほどまでに見事な“語るに落ちる”という状況が他にあるだろうか。さすが峰田君、分かりやすい。

 

 結局峰田君に関しては透明化の製法だけは教えないという事でオチがつき、お昼休みの話し合いはお開きになった。肝心の知識だけがお預けとなってしまい、峰田君は泣いて悔しがっていたが、彼の執念を考えるともしもマジカのコントロールに適性があった場合、自力で薬効を見つけ出してしまいそうな気がする。

 

 

 =========

 

 

 ──私が、普通にドアから来た!! 

 

 オールマイトのこの一声から始まった午後の“ヒーロー基礎学”であるが、この教科はヒーローとしての素地を作るためのものらしい。

「早速だが今日はこれ! 戦闘訓練!」

 初っ端から戦闘訓練、やっぱり色々と凄い高校である。

「それじゃあ各自コスチュームに着替えたらグラウンドに集合してくれ!」

 渡りに船とはまさにこの事で、コスチュームを使えると言うことは、早速試しに作ったポーションと弓の使用、そして実地試験の両方が出来るという事を意味している。これは非常にありがたい。しかも芦戸さんや上鳴君、峰田君に実演という形で効果や活用方法を見せる事もできる可能性が高い。

 どんな訓練かは分からないが、これはとても楽しみだ。

 

 納品されたコスチュームに袖を通し、感触を確かめる。以前身に付けていたものとは見た目はそれほど離れていないものの、質感や重さは随分と異なる印象を受けた。勿論良い方の意味で。

「勤のそれ、目出しの兜……か? なんかローマ帝国の剣士って感じだな」

 後ろから上鳴君が声をかけてきた。確かにこの世界、この時代では異色のデザインかも知れない。だが──

「これじゃないと落ち着かなくてね。中々どうして気に入ってるんだよ、この兜」

 俺がヒーローになると言うのであれば、この鉄の兜だけは譲れない。

 

「あ、勤。そのコスチュームって──えぇっと、剣闘士?」

 上鳴君に引き続き、校舎から出てきた響香にも似たような事を言われた。そんなにローマ時代の鎧に見えるのだろうか、これは。

「んーまぁ、そんな所かな? 兜はどうしてもこのデザインが良くてね。それに合わせたらこうなった」

「へぇ。勤らしいね。格好良いんじゃない」

 つまるところ俺の輪郭や顔の作りは古代ローマ人のような感じ、という事なのだろうか。ともあれおそらく似合っている、と言う意味で受け取って良いだろう。

「ありがとう、そっちも──」

 言いかけて響香の顔を見たら、一瞬言葉に詰まってしまった。

「ん」

 涙の形を模したフェイスペイントか。よく似合ってるというか──

「何だよ、急に黙って」

「あ、いや、そのフェイスペイント。ギターのピックって事かな、似合ってると思うよ」

 数秒の沈黙。

「ん、ありがと」

 グラウンドの方へ歩いて行く黒コート姿の幼馴染を見送る。

 流石にヒーローのコスチュームに対して、“可愛い”は失礼だろう。

 

 

 =========

 

 

 グラウンドに集まった俺達生徒に向けて、オールマイトが話し始める。

「君達にはこれから、ヴィラン組とヒーロー組に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう。状況設定はこうだ。ヴィランがアジトのどこかに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている。ヴィランは核兵器を守り抜くかヒーローを確保する事。ヒーローはヴィランを制限時間内に確保するか核兵器を回収する事。制限時間は15分。ペアはくじ引きね」

 

 錬金術云々より優先すべき事柄が一つ増えた。このルールでは速攻でやられてしまっては、学びも何もあったもんじゃない! しかも初回の授業で対戦型の訓練とは、いくら何でもスパルタが過ぎるのでは無かろうか。てっきり実技試験のような、ロボットや無人標的のようなものを想像していたのに。

 何とかして初手完封、というような事態は避けなければ。俺の技術が最も活用できる場面は、不意打ちを仕掛ける時か実力が拮抗している時、この二つだ。どうにかしてこの状況を作り出さなければ、勝つ事は難しいだろう。

 そうなって来ると、先日の個性把握テストや入試の時に見た、何人かの“人間離れした”個性を持ったクラスメイトの事を考えた場合、何かしらの対策は必須だと断定できる。

 例えば緑谷君の規格外パワーの前では、多少薬効で筋力を増強した所で敵うわけも無いし、飯田君とスピード勝負を展開したが最後、失速した所を付け込まれてしまうだろう。他のクラスメイトの個性も分からないことばかりで、もしかしたら“もっとヤバいやつ”がいるかも──。

 

 いや、これはただの授業だ。難しく考え過ぎるのも良くないな。

 そう思い直し、オールマイトが持っているくじ箱に手を差し込んだ。

 

 

 =========

 

 

「土羽とペアか、今日はよろしく」

 俺のバディは何とも強そうな尻尾を持つ細マッチョなイケメン、尾白君に決定した。見るからに前衛型だ。相性は悪く無いだろう。

「こちらこそ、よろしく尾白君」

 他のクラスメイトも続々とペアができていく。問題は対戦相手なのだが──

 

「最初の対戦相手はこいつらだ!」

 

「まずはBか──って、早速俺らだね。相手は……」

「Cチーム──耳郎さんと轟のとこか」

 尾白君がボールを見て、いち早く教えてくれた。

 

 よりにもよってここで当たるか。

「勤、手加減すんなよ」

「するわけないでしょ……。というかできないよ」

 手の内が半分近くバレているのだし、何より全力で当たらないと尾白君や轟君に失礼だろう。

「冗談。でもウチ、アンタが本気出しても簡単には負けないから」

 響香と轟君がスタート位置に歩いていく。

 

「なぁ土羽。耳郎さんと知り合いなのか?」

 ビルの中を移動しながら尾白君が訪ねて来た。

「うんまぁ、幼馴染というか。幼稚園から一緒でね」

「へぇ、そうなのか」

 尾白君はそれだけ言うとそれ以上の詮索はして来ず、話は作戦会議へと移っていった。

 

「──ところで作戦はどうする? 俺の個性はこの尻尾。打撃、移動、防御に使うことができる。土羽は?」

「声を出してエネルギーに変換するのと、薬品の調合。尾白君みたいなパワーは出せないけど、状況に応じて索敵から攻撃まで、色々。薬品関係はこの弓を使うよ」

「という事は、俺の方が前に出て戦うって感じで良いのか」

 さすが尾白君。非常にありがたい申し出だ。

「うん、それがベストだろうね。後ろからのサポートと遊撃はこっちに任せてくれ。尾白君は核に相手を寄せ付けないよう、積極的に前に出てくれると助かるよ」

「わかった。それでいこう。……最初はどうする、二手に分かれるか?」

 散開して奇襲のリスクを減らすべきか。それとも各個撃破を警戒して端から二人で核を守るか……。

「二人でここにいたいな。俺の個性は味方が近くにいるとより有利に働く事が多いから。どうだろう?」

「あぁ。それくらいなら土羽に合わせるよ。ただ、閉所で更に複数人での戦闘になると射線の管理がネックにならないか?」

 もしかしなくても、尾白君はすごくデキる奴なのではないだろうか。最低限のコミュニケーションでコンセンサスが取れるという点は勿論、この短時間でこちらの特性を判断して、逆に提案までしてくれるとは。射手を気遣う前衛なんて、スカイリムの世界ではまず有り得ない光景だ。これが雄英の生徒か……。

「そこは問題ないよ。後で話すけど、ちょっとした秘密兵器を用意した。後は……尾白君、場合によっては君の尻尾やお尻に矢が刺さるかもだけど、サポートのためだからね、避けないでね」

「俺にも飛んでくるのか、それ」

「まぁね、あんまり痛くないから大丈夫、大丈夫」

 

 ──ヴィランチーム、準備はいいかな? 

 

 オールマイトの声がインカムに入ってくる。

 尾白君の方を見た。

 頷く。

 

「こちらヴィランチーム。いつでも大丈夫です」

 

 

 ――それではBコンビ対Cコンビによる屋内対人戦闘訓練、スタート!

 

 戦闘が始まった。




???「駄々っ子は連れて行かない事にしてるの。同胞団になる資格があると思うのなら、今日の後書きを面白く書き上げる事ね。」


【今日の魔法】

・透明化
熟練者レベルの幻惑魔法。自分の姿を透明にし相手から気づかれなくなる。効果時間は30秒程度。透明化をしても自分から攻撃したり、アイテムを拾ったり、扉を開けたり等、他の存在に干渉するようなことをすると解除されてしまうので注意。また音も消えないので、重装備をしていると移動音でバレる。
錬金術で同様の効果を得ることが可能。マジカの消費や詠唱のスキを考えると、錬金術で使った方が良い場面が多い。

幻惑魔法に分類されていることから、自身の姿に作用するのではなく、もしかしたら相手の精神に作用して姿を消しているのかもしれない……?


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18話:ドヴァーキン、幼馴染と対決する。

はぁまた戦闘シーンだ憂鬱だ!
……個性把握テストも似たようなものでしたが。



「尾白君、とりあえずこれ。渡しておくね」

 試合開始の合図の直後、アンプルを3個ほどチョイスして尾白君に渡す。

「これは、薬かい?」

「その通り。赤と緑のアンプルは傷の治癒と腕力の上昇。これらは好きに使って貰って構わない。で、最後の黄色いのは……透明化だ。こっちは使って欲しいタイミングで合図をするよ」

「透明化?」

「その名の通り、着てる服ごと透明になるよ。あぁでも攻撃したり、何かを掴もうとしたりしたら解除されちゃうから注意してくれ」

「何でもアリだな……。とりあえず了解した」

 尾白君に薬効の説明をしながら窓から下の様子を伺うが、街路樹と飛び出した看板が死角になってしまい良く見えない。少し早いが仕方ないか。

 

「Laas……Yah……」

「個性把握テストの時と発音が違うな、しゃべる音で効果が変わるのか?」

 尾白君、よく聞いているな。

「そういう事。今やったのは索敵で──うん? 一人しかビル内にいないぞ」

 何故一人がビルの外に探知されているのだろう。これは響香だろうか。

 開始早々一人がビルから離脱とは、何か企んでいるのか……? 

 何か仕掛けてくる──そう考えた瞬間、ビルの床と壁が青白く光り一瞬にしてフロアを氷が覆いつくした。

 

 瞬冷の冷凍庫に放り込まれたみたいだ。ビルの外壁から内装まで、完全に凍りついている。

 ここは4階建ての雑居ビルの4階、つまり最上階。

 そしてさっきの様子を見るに、一階からこの拘束攻撃を繰り出してきたと思われる。最適な出力で調整された氷晶のシャウトであっても、ここまでの範囲はカバー仕切れない。なんて威力だ。

 

「っ……! すまん土羽! 足を取られた」

「大丈夫、落ち着いて。これくらいの拘束なら問題ないよ。広範囲を一気に氷結させる事ができるとは言え、氷の密度はそれほどじゃない」

 右手を足元に翳して、指先で円を描いた。小さな炎が断続的に尾白君の足元に広がる。

「助かる」

特に怪我が無かったのは幸いだ。機動力が比較的高い尾白君には沢山動いてもらう事になるだろう。

 

「作戦変更だ……もう一度拘束される前に散開して反撃しよう。尾白君、さっきの黄色い薬を合図したらすぐ飲んで欲しい。で、俺が次に声の個性を使ったら轟君に悟られないよう、こっそりこの部屋を出て欲しいんだ」

 氷の個性が広範囲を拘束できるとなれば話が変わってくる。散開して一対一の状況を作るべきだ。

「わかった。土羽、単独でも大丈夫か?」

「あぁ、何とか切り抜けるよ。──そうだ、尾白君。万一また拘束されそうになったら、これを。氷に対する耐性が得られる」

 アンプルを追加で渡す。

 

 恐らく敵は核がある部屋で二人とも行動不能になっていると考えている筈。ヒーローの本分は対象の排除ではなく、無力化だ。そこを狙ってくると考えれば……。

 

 

 =========

 

 

 数分もしないうちに足音と人の気配が入り口の前に現れた。

「動いてもいいけどよ、その状態じゃあ満足に戦えねぇだろ。そこで大人しくしてろ」

 この声の主が轟君か。……響香は彼についてきているのだろうか、少し前にオーラ・ウィスパーの効果は切れてしまっていて分からない。

「それはつまり大人しく降参をしなさいって事かな?」

 尾白君に合図を出す。

 

 薬を飲んだ。

「諦めろ。お前らが防衛戦を選んだ時点で、もう何も──」

「Feim……ZiiGron!」

 短く、しかし大胆かつ大声で言葉を紡ぐ。体が少しだけ透過し、白い靄が纏わりつく。

「これで拘束してるつもりかい? 君の氷、大した事ないね」

 

「……っ!」

 どうやら挑発に乗ってきてくれたようだ。

 視界が一気に青白く染まる。

 凄いスピードだ。フロストブレスと氷晶のいい所取りで、更にクールタイムも殆どない。氷という面だけで見れば完全に此方の上位互換だ。……やっぱりいたな、化け物二号め! 

 

「あ、さっきのは拘束するためだから、本気じゃないって言おうと思った? 今のも存外大した事無いよ。オレンジジュースでも冷やすには丁度いい──」

 言い終わる前に喉元を氷柱と氷塊が競うように走り抜けた。遅れて冷気と衝撃波が飛んでくる。怖っ。

 だがこちらのタネはまだバレていないようだ。氷による攻撃は何度も俺の体を貫通している。

 

「コイツ……!」

 歯の隙間から絞り出すような声が聞こえた。少しは疲れている……のか? 

 クールタイムは大して無いとは言え、どうやらある程度の負荷はかかるようだ。

 

「ねぇ轟君。もっとデカいの作れないの?」

「……!」

 ギリギリで回避しているように見せかけ、挑発を続けていく。

 みるみるうちに室内が氷で埋め尽くされていった。

 

 そうこうしているうちに、丁度氷塊の裏側で霊体化の効果が切れた。弓のフレームで少し突いてみる。透明度もそこまで高くない、いいバリケードだ。

 戦闘前はシンプルだったはずの間取りの部屋は、氷のオブジェが乱立する迷宮と化している。しかし驚くべきはいずれの氷も核には命中していないという事だ。これは怒りに身を任せての乱射ではなく、轟君はあくまで冷静に攻撃を仕掛けている事を意味する。

 

 負荷の程度が分からない以上、少し博打になるが仕方ない。

 びっくり箱、用意──

 

「土羽! 一つ下のフロアで耳郎を見つけた! 今確保しようとしているが、めちゃくちゃなスタミナだ! 攻撃を回避しながらだと追いつけない!」

「オッケー、そのまま上に誘導して」

 早速あのポーションを使ったのか。だが響香には悪いが戦いの激昂は合流しなければ役に立たず、魔力の盾はそもそも実用に耐えうるか怪しい代物である事に加えて、物理攻撃しかない尾白君には無意味。音波攻撃も尾白君の反射神経の前では牽制になるかすら怪しいだろう。

 

 そしてその現実は響香が一番よくわかっている筈。

 ……一人では打開策が無く次の手に窮した場合は、二人での打開を試みようとするものだ。それは正しい考え方だが──

 

 弓矢を氷の死角から番える。

 尾白君と響香の廊下を蹴る音と、散発的な戦闘音が聞こえ始める。

 

「Zul……MeyGut」

 心ない声が入り口にこだまする。

「お前に言われる筋合いは……!」

 即座に轟君の怒号。

 

 刹那、ドアがある場所に氷が殺到した。同士討ちと分断を両方狙える隘路──この部屋の出入り口に“呼びかけ”を放ったのだ。成功したようだが、彼には一体何が聞こえたのだろうか。

 

「うわ! あっぶな!」

 

 響香の慌てた声が聞こえたと同時に、先ほど創られた氷のオブジェから身を晒し矢を放つ。

 轟君は扉の方を見ており此方に気づいていない、完璧な不意打ちだ。

 カシャン、と幾らか機械的な音と共に矢が飛んでいく。技術の違いだろうか、この弓は弦を弾くと不思議な音がする。

 

 轟君の腰に矢が命中し、くぐもった音がした。直ぐに膝をつくが──

 

 驚異的な反応速度で此方を向き、氷塊を繰り出してきた。

 回避は?

 

 間に合わない。

 

 毒が巡るまでほぼ1秒だぞ。どんな反射神経してるんだ彼は。

 最後の最後で右足をやられてしまった。解氷には少し時間がかかりそうだ。

 

「尾白君、こっちは麻痺毒で1名無力化した。氷を解き次第確保テープを──」

「土羽気をつけろ! 耳郎はそっちの部屋だ!」

 

 ……分断に失敗したのか。

 尾白君は氷の壁の向こうで直ぐには来れない。

 

 しかし響香の持っている透明化薬は、それほど薬効が強くない可能性が高い。もしもこちらと同じ位の薬効があるとすれば、尾白君の追跡を撒くのに使っている筈だ。

 とすれば──

 

「くたばれぇぇぇぇ!!!」

 強く床を踏み抜く音と共に響香の姿が右手下側から現れた。

 透明化からの不意打ち攻撃、しかも警戒のし辛い下段からの強襲である。

 これではっきりした。

 

 狙いは核では無く、俺だ。

 

 右足と地面が凍って張り付いているため、避ける事はできない。しかも不意を衝けた……仕掛ける側からすれば理想の状況だろう。

 だが、“此方に来る”と分かっていれば対処はできる。それが想定外の方向からの打撃でも音波攻撃であっても、だ。

 

「Fus……RoDah!」

 声と振動。

 最も使い慣れた力で、ぶつかる前に撃退してしまえばよい。

 

 急場は凌げた。確保するためにも、まずは解氷をしなくては。

 そう思いながら、壁に叩きつけられたであろう響香の姿を──

 

 いない。

 

 両手を此方に翳して、片膝立ちをしていた。

 ……その手があったか。

 

「へへっ……もうシャウト、使えないよね?」

 肩で息をしながらニヤリと笑って、立ち上がった。未だ床に倒れている轟君を超えて核の方へとヨロヨロ歩いていく。

 

「これで……ウチの勝ち……」

 

 数秒後に破裂音。

 氷を破壊した尾白君が部屋に突入し、核に向かっている響香を視認。

 確保テープを貼ろうとした時に──

 

「ヒーローチーム、WIN!」

 

 戦闘が終了した。

 

 

 =========

 

 

「なぁ土羽。なんで耳郎に麻痺毒の矢を撃たなかったんだ?」

 尾白君が体についた氷の破片を払いながら聞いてくる。

「撃とうと思えば撃てたんだけどね。声の個性を突破された時点で、これが実戦だったらもうやられてたよな、って考えちゃってさ。まぁ、止めを刺さずに背中を向けて油断したヒーローに一矢報いる方が、ヴィランらしかったかもしれないね……。尾白君すまん、こんな煮え切らない結果にしてしまって」

 俺が謝罪すると、尾白君は少し慌てた様子で、

「全然。むしろ土羽とペアじゃなかったら、きっと最初に拘束された所で終わってたさ。いい訓練ができたよ、ありがとう」

 そう返され、更にお礼を言われてしまった。尾白君はとても良い奴だ、という事がよく分かった。

 

 クラスメイトが待機しているブリーフィングルームに戻ると、早速オールマイトからフィードバックを受けた。

 

 轟君の最初の選択は最良のものだった。核と敵を一度に無力化するという奇策、そしてそれを可能とする素質の高さは確かにヒーローたり得るに値する。しかしながらもう少しチームメイトを頼っても良かったのでは無いか。

 響香は俺の攻撃を防いだ所までは良かったが、あの場で確保テープを巻かずに背中を見せたのはよろしく無い。最後まで油断しないように。

 尾白君はセオリー通りの動きはできているから、もう少し変則的な攻撃や行動を考えてみよう。戦闘中、より効果的に揺さぶりをかけられると、更に有利に事が運びやすくなる。

 俺はバディとの連携が取れていた事と戦術の幅広さ、咄嗟の判断力を褒められたが、確保テープが巻かれていないにも関わらず諦めて棒立ちになった事は減点であると評されてしまった。どんな時でも最後まで諦めるな、どんな小さなチャンスであっても貪欲に利用しろ。

 

 と、こんな感じの事を言われた。

 半分はオールマイトの言う通りである。

 しかしながら、今回の訓練における勝敗を分けた決定的要因は、響香の機転にあると考えていい。具体的には、響香が習得していた魔法──魔力の盾の存在が完全に此方の想定から抜けていた事だ。両手を塞がれる上に数秒しかもたない、錬金術を習得する上での完全な“おまけ”扱いであった魔力の盾をまさか使ってくるとは。

 更に戦闘の趨勢を決める重要な場面で、相手は動けない状態。この圧倒的に有利な状況下で攻撃を捨てて、更に満足に扱えるかも分からない魔法に命運を託すなんて俺には真似できないし、そんな戦術をレクチャーする事も有り得ないだろう。

 

「響香。どうしてあの時攻撃を止めてまで魔法を?」

 フィードバックが終わり小休止の指示が出た後、彼女に聞いてみると──

「んー。勤にウチの攻撃が通用するとは思わなかったし、透明になってても攻撃は読まれると思ったから。思い切って使ってみたんだ」

 との事。やはり響香なりに考えた上での行動だったらしい。

「じゃあ、くたばれーって言ったのは」

「魔法を使うのを隠すためだよ。引っかかった?」

 したり顔で響香が被せてくる。

「完敗だよ、まさか魔力の盾なんて使って来るとは思わなかった。全然使い方とかもレクチャーしてなかったのに、タイミングもばっちりだった。よく出来てたと思う」

 素直にそう言うと、響香の口角がさらに上がった。

「いつまでも勤の背中を追いかけるだけじゃダメだからね。これからはライバルって事でヨロシク」

 中学時代、響香から言われたことを思い出す。“誰かの前に立つヒーローじゃなくて、皆の背中を押してあげるヒーロー”か。弟子がライバルになり、いつかは俺よりも強くなって巣立っていく。確かに器用貧乏な俺には、お似合いの姿かもしれない。

「了解。それじゃあ手の内がバレるのもアレだし、もう練習は一緒にやらないでも──」

「あー、それは却下で」

「はいはい。お嬢様の仰せのままに」

「あ。今のちょっとムカついた」

 響香と話をしていた時、少し離れた所で一人佇んでいる轟君が視界に入った。

 後で呼びかけのシャウトのタネ明かし──“聞こえた悪口は対象の人間にしか聞こえない、ある種の幻聴である”という事について説明をしておこう。彼しか知りえない後ろめたい事を俺が知っていた、なんて誤解をされたままだと色々と気まずい。

 

「よし、小休止はこれくらいにして場所を変えて第二戦を始めよう! 次はAチームとDチームだ!」

 オールマイトが皆に号令を出した。緑谷君と麗日さん、飯田君と爆豪君のグループが準備を始める。

 

 次の戦闘訓練は緑谷君達のグループか。

 あのパワーをどうやってコントロールしていくのか、じっくりと見物させてもらおう。




???「今日の後書きは新雪のようにキラキラしているし、台所のようにガチャガチャうるさい。作者は茨の道を進んでいる。今に分かるさ。」



【今日の魔法】

・火炎
必ず最初から覚えている、素人ランクの破壊魔法。
掌から火炎を噴射する。
攻撃以外にも何かに着火したりする等、色々な使い方ができる。
燃費も良く、取得するパーク次第では主力魔法に化ける可能性を秘めている。



【今日のシャウト】

・霊体化
①Feim(幽体)②Zii(霊魂)③Gron(拘束)で構成されるシャウト。
スゥームは虚無へと導き、傷つけられないが傷つくこともない姿へと変わる。
敵からの攻撃が無効化されるシャウト。但しこちらから攻撃を仕掛けると解除される他、姿は完全に透明にはならないので視認はされる。また、時間が経過しても効果は解ける。
高所からの飛び降り、罠の解除、緊急回避など応用の幅が非常に広い。
意外な副次効果として、霊体化している時はスタミナが減らなくなる。走り回っても疲れない。

・呼びかけ
①Zul(声)②Mey(馬鹿者)③Gut(遠方)で構成されるシャウト。
スゥームは聞こえるが、声の元は判然としない。相手が探しに行く事になる。
ドヴァーキンが発声した位置からは音がせず、シャウトの着弾地点からその地点の周辺にいる対象へ呼びかけを行うという、変わった効果があるシャウト。
特定の地点に敵を誘導をしたり、視線を逸らすために用いる。
某潜入アクションゲームの“弾倉”のような効果があると言えば分かりやすいか。
ちなみにこのシャウトの大きな特徴として、相手には“悪口”が聞こえるというものがある。
こちらの世界では“対象者の気にしている事、負い目を感じている事”が着弾地点から聞こえてくるようだ。


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19話:ドヴァーキン、反省会に参加する。

「みんなお疲れさん! 初めての訓練にしちゃあみんな上出来だったぜ! ……それじゃ私は、緑谷少年に講評を聞かせねばならないから、今日の授業はここまで! 皆は着替えて教室にお戻り!」

 

 全てのペアの戦闘訓練とフィードバックが終了した後、オールマイトは俺達にそう伝えると保健室に運ばれた緑谷君の元へ、猛ダッシュで走って行ってしまった。

 

 訓練を振り返ってみると、クラスメイトの個性はどれも魅力的なものばかりだった。モニターを通してリモートで見ていただけなので詳細な能力までは把握しきれなかったが、俺が使う事ができるシャウトや魔法をより特化させたような物が多かったと思う。

 例えば切島君の硬化は変性魔法で言う所のアイアンフレッシュに近いものがあるが、防御力だけではなく硬化した体で攻撃する事も可能であるし、轟君の氷晶はクールタイムも殆ど無く、有効範囲も広い。葉隠さんの透明化に至っては常時発動しているらしく、服と靴を脱ぐと完全に不可視化するらしい。所持品に制約があるため攻撃には向かないにせよ、隠密行動では向かう所敵なしだろう。

 

 そして例外──シャウトや魔法とは根本的に異なる個性も非常に興味深い。蛙吹さんの個性は見たままの“蛙”だそうで、蛙ができる事なら凡そ可能らしい。

 大きな体躯を持つ障子君は体の一部が目や耳、口に変化するようだ。……特に悪意のある想像をした訳ではないのだが、何処となく知識を貪欲に求めるアポクリファの主を思い出した。そういえばこの世界に来てから彼とは話をしていないな。ニルンよりも外の世界には干渉できないのだろうか。

 

「緑谷さん、大丈夫かしら。お兄様のお話では実技試験の時も保健室送りになったのではなくって?」

 瀬奈がオールマイトの走り去った方を見ながら呟いた。

 今日の緑谷君と爆豪君の戦闘はクラスメイト全員が釘付けになったのではないだろうか。訓練の途中と最後で見せた“ビル破壊”という人知を超えた破壊力だけではなく、爆豪君の戦闘に関するセンスの高さは勿論、彼の機動力と攻撃力に対して個性を使わず対応した緑谷君の判断力と戦術には脱帽である。

「あの時はハッキリと見た訳じゃないけどね。麗日さんの話だと両足も折れてたらしいよ」

 俺もあの時は意識を失ってしまったので人の事を言えるタチでは無いが、攻撃の度にあそこまで体が傷つくと言うのは、今日の訓練において戦術で勝ったという結果を以てしても、ヒーローになるのは厳しいのではないかと思う。幼少時代に個性を訳も分からず発動させたりして、大怪我をしなかったのだろうか。……そう言えば個性把握テストの時に爆豪君が、“無個性のくせに”と突っかかっていたな。個性が遅れて発現したのでコントロールができない、という事かもしれない。

「個性把握テストの時も見ていましたが、力の加減……コントロールに課題がありますのね。魔法とは訳が違いますけれども、何かしてあげられたら良いのですが。と……こういうのはお兄様のお仕事ですわね」

「何だよそれ……。確かに何か緑谷君の為に出来ることは──って考えた事はあるけどさ、彼みたいなタイプって自分の力で何とかしたい! って考えそうじゃない? それにさ、回復薬をがぶ飲みにする対策も考えてみたんだけど、アレってリカバリーガールの治癒と原理はそんなに変わらないから──」

「体がもたずに命を落としそうですわね」

「そうなんだよなぁ」

 この世界であっても回復・再生という手段が万能薬足り得ないのはスカイリムの世界と同じらしい。厳密には“危険”の種類が異なるのだが、一度に多量の再生を促すと生命に危険が生じる、という点では一致している。

「とりあえず一度緑谷君に話をしてみて、希望を聞いてみる事にするよ」

 

「よ、土羽兄妹」

 瀬奈と話しをしていたら、後ろから切島君に声をかけられた。

「今日の授業が全部終わったら皆で実戦訓練の反省会するんだけどさ、二人ともどうよ?」

「えぇ勿論参加しますわ、二人で」

 別に構わないのだが、一応は俺の意志を確認して欲しい所だ。

「よっしゃ、じゃあ二人とも放課後な! 忘れて帰んなよ!」

 切島君も俺の意志……いや、これはもう双子の宿命だと思う事にしよう。どちらかがYESと答えればもう片方も同意見と思われる、この世界に来てから何度か経験があるイベントだ。

 

「上鳴さんもそうですが、切島さんもすこぶる良い人ですわね。なんというかすごく……あけっぴろげですわ」

「あけっぴろげ……ねぇ」

 確かに裏表のない性格の持ち主ではありそうだ。

「お兄様も本心をもう少し曝け出した方がよろしいと思いますのよ?」

「曝け出すも何も、隠し事なんて──」

「無いと言い張るのですわね。分かりましたわ、この話はおしまいにしましょう」

 そう言うと瀬奈は会話を打ち切り、教室に向けて歩き始めてしまった。

 

 隠し事……と言えるかどうかは分からないが、少しだけ考えている事があるにはある。

 今はアルドゥインを倒す──つまりはニルンに関する手がかりを探すためにヒーローを目指しているが、元の世界に戻る算段がついた時に今までこの世界で得られた交友関係や今の家族を捨ててまで戻りたい、と俺は思うのだろうか。

 そもそも一度失った命だ。元の世界に戻る方法なんて雲をつかむような話というものがあるかどうかすら怪しい。前提からして荒唐無稽なこの話を考えても意味の無い事というのは分かってはいるのだが、ふとした時に考えてしまう。

 

 セラーナと俺が記憶を持ったまま同じ世界に生まれ変わり、同じ家の下で暮らしている──こんな奇跡のような話が、ただの偶然とは到底思えない。それにスカイリムにいた時には絶対に享受できなかったであろう、今の生活には非常に満足している。だからこそ同時にこう思ってしまうのだ。

 “ドヴァーキンの力がスカイリムに在る事を疎ましく思っているアルドゥインやドラゴン達が、二度とスカイリムに戻って来る気を起こさせないように俺達を縛り付けたのではないか”、と。

 

 

 考え過ぎだろうか。

 

 

 =========

 

 

「──とにかく、今日の実践訓練では済まなかった。君を挑発する必要があったとは言え、あんな手段を取ってしまって」

「気にするな。戦闘の経緯から考えても、お前が“そこに居ない事”はよく考えればわかる筈だった。俺の隙を突いた見事な作戦だったと思う」

 実戦訓練で戦ったグループ同士で始まった放課後の反省会は、俺の轟君への謝罪からスタートした。呼びかけの仕掛けを含めて事情を説明したが、彼からは自分が未熟だっただけだと言われただけで特に気にしていないようだった。ひとまず安心だ。

 

「しかし土羽の個性って何でもアリだな。制限とかは無いのか?」

 隣に座っていた尾白君が尋ねてきた。

「声の方なら連続で使えない。調合の方はそもそも事前に準備が必要だから用意した以上の事はできない。だからこそ、この二つの個性を組み合わせて使ってるんだけどね。後はエネルギー変換については多少できるけど、これは瀬奈の方が上手いからそっちに聞いてくれ」

 エネルギー変換の個性、か。我ながら良い例えを考えついたと思う。

「妹さんの方が……って事はあの時掌から炎を出したのと、妹さんの氷は同じ個性なのか」

「理屈は一緒だよ。だから轟君の氷とは扱い方が根本的に異なる。まぁエネルギー変換って言っても色々あるんだけど──」

 魔法の事を尾白君に説明している時、轟君が話に割って入ってきた。

「ちょっと待て。耳郎も使えるんだろ、その個性。お前らひょっとして……」

「ウチがコイツの姉か妹に見える? ──教えて貰うと使えるようになるんだよ、勤の個性って」

 すかさず響香が答える。“必ず使えるようになるとは限らない”が、まぁ今それを追加する必要もないだろう。

「そうなのか」

「……そう考えると音やエネルギーに関する効果は副次的なもので、土羽兄妹の本当の個性は“他者に引き継ぐ”って事なのかもな」

 尾白君が顎に手を当てて呟いた。

「まぁ理屈については医者も分からないことばっかりだったし、俺らもよく分かってないけど。……とにかくこの個性を引き継げるのは間違いない筈だから、興味があればいつでも教えるよ」

 

「……でしたら、是非私に教えてくださいませんか?」

 四人の輪の外から声がしたので振り向くと、別グループのメンバーが後ろに立っていた。峰田君と、

「あぁ、別に構わないよ。えぇっと──」

「八百万、ですわ。土羽さん」

「うん、よろしく。八百万さん」

 今日の実戦訓練で的確な指摘をしていた人だ。受験をパスした推薦入学者とも聞いている。

 少し間をおいて八百万さんが、それで──と話を切り出してきた。

「特に、薬品の調合について教えて欲しいのです。組成さえ理解してしまえば、私の個性でそれを複製する事もできますので、役に立つのではないかと」

 なるほど。モニター越しでよく分からなかったが、あれは物を創り出していたのか。

「確かに、八百万さんの個性とは相性が良いかもしれないね。ただ……」

「ただ?」

「あ、いや。何でもない。今度芦戸さん達にもレクチャーする事になってるから、その時にでもどうかな」

 今この場で“虫とかそこら辺のキノコ、食べれる? それ再現できる? ”と聞くのも野暮だろう。……少しずつ教えながらこちらも教えてもらえば良い。

「えぇ、是非よろしくお願いしますわ。では」

 八百万さんは物凄く丁寧なお辞儀をして、席を離れて行った。良家のナントカって奴なのだろうか。お嬢様言葉と言えば──彼女も領主の一人娘だった筈だ。

 

「なぁ土羽。八百万スゲェだろ」

 峰田君が満面の笑みで話しかけてきた。待つんだ峰田君、この場でその話はおそらくマズい。

「アイツのコスチュームってよ、物を創り出すのに邪魔にならないように、布面積が可能な限り抑えられてるって話だ。ってぇ事はだぜ? 緊急時に何かデッカい物を作ろうとした時、その場に居合わせる事ができれば──」

「アンタって奴はまた……」

 響香がいつも以上に蔑んだ目を峰田君に向けている。

「なんだよ、耳郎。男の浪漫に口出すなや」

「何が浪漫だ、キモチワルイ」

「おっとこれは失礼。“持たざる者”にはこの浪漫の意味が分からないか。スマンスマン」

「よぉし峰田、お望み通り粛清してやる。目か縛り首か、どっちか選べ」

「どっちもお断りだ! オイラはナイスバディな女子にしか絡まれたく──あっ拘束は卑怯……ヒィィィ!」

 

「これなら響香さん、中学の時みたいに取っ付きにくそうですとか、お高く留まっている──なんて思われる事は無さそうですわね」

 いつの間にか隣にいた瀬奈が、峰田君を追いかけ回している響香を見て笑っていた。周りを見ると、いくつかのグループは解散して他のクラスメイトと個性や戦術について話をしているようだ。一旦グループワークはお開きという事か。

「此処でそんな事を言う奴は居ないだろうよ」

「それもそうですわね。ですが私は、今の響香さんの方が好きですわ」

 そう言うと、瀬奈はまた少し笑って話しを続ける。

「お兄様、一つお尋ねしますけれども。響香さんとはいつまで幼馴染の関係を?」

「ねー! 私もそれ思う!」

 どこにいたのやら、芦戸さんがすかさず会話に参入してきた。ホントにこう言う話が好きなようだ。

「いや、だからね……? 前にも話したと思うけど、そう言うのじゃ無いからね?」

「えーなんで? じゃあ勤はさぁ、耳郎が他の誰かと付き合っても良いんだ?」

 考えた事も無かった──いや、考えないようにしていたのかもしれない。

 俺は芦戸さんの問いに、はっきり答える事ができなかった。

 

 

 =========

 

 

「おっ、緑谷来た! ……お疲れ!」

 切島君の声の方を振り向くと、腕が完治していない緑谷君が教室の前に立っていた。コスチュームも着たままだ。

 彼の姿を見た芦戸さんや響香の追撃を振り切った峰田君を始め、クラスメイトの何人かが緑谷君の周りに集まっていく。ビルをパンチの衝撃で破壊して、更に才能の権化とも言える爆豪君のチームに勝利してしまったのだ。印象には残るだろう。

「人気だね、緑谷」

 峰田君を取り逃がして戻ってきた響香が彼の方を見て言う。

「あれだけの大立ち回りをした訳だし、そりゃあまぁ当然だろうね」

「……そうは言うがな、耳郎。土羽勤。お前達二人も大概だったぞ」

 机の上に座った黒鳥──常闇君が目を閉じたまま呟く。面白い喋り方をするクラスメイトだ。意思を持った個性というのも、中々どうして興味深い。

「それって褒めてるの?」

「あぁ。先刻の話も聞かせて貰ったが、土羽が譲渡した個性で耳郎が勝利したのだろう? 好敵手と呼ぶに相応しい。堅い絆で結ばれているからこそ全力で戦える、理想の関係──」

「その通りですわ! ですが」

 いきなり瀬奈が話に割り込んできた。響香の手を掴み、そのまま喋り続ける。

「ちょっと響香さんお借りしますわね」

 言うが早いか、瀬奈が響香を引っ張って教室の外に出て行ってしまった。

 

「土羽勤、お前の妹はもう少し冷静な淑女だと思っていたが……中々騒々しいな」

「あぁうん。普段は授業で見たままの感じなんだけどね。たまにこうなる」

 だが──と常闇君は呟いて体を少し捻り、こちらを見た。

「モニター越しに戦いを見させて貰ったが、敵として相対している時でも双方が尊重し合うお前達の絆は羨ましいものだ。一朝一夕で手に入るものではないし、ただ時間を積み重ねれば成り立つ関係でも無いだろう。俺もそんな戦友を見つけたいものだな……」

 常闇君に指摘され、さっきの芦戸さんの話が頭を過った。

「いや……ただの幼馴染だよ」

 そう言って俺は席を立った。

 

 そう、彼女はただの幼馴染。それ以上の関係がある訳ではない。

 響香とは10年近くの付き合いで、互いに気のおけない関係である事は間違いないし、そこを否定するつもりは無い。

 ただ、この10年間の中で“ちょうど良い距離感”とでも言えば良いのだろうか。固まった空気のようなものだ。それが構築されているのもまた事実。──これを壊す気には中々なれないし、今更踏み込むと言うのも少し気が引けてしまう。

 それにスカイリムに戻る時はどうするのか? いや、そもそも響香の意思がどうか分からないのにこんな事を考えるのも……。しかしながら確認する術などある訳が無いし、こんな与太話を信じてくれると思うか?だからこうして無難に──

 

 誰に対して言い訳しているんだか。

 

 現状を維持している理由を何とか探し出そうとしている自分を確認し、少し可笑しくなった。戦闘技能には多少の覚えがあるが、こういった話はまるでダメらしい。端的に言ってしまえば、居心地が良すぎる現状を変える勇気が無いのだ。是非はさておき、自分の意志で現状を打破しようとしたファエンダルやスヴェンの事を笑う資格などないのかもしれない。

 

 ──そう考えてみれば能動的な人生だったな。

 ふと、前世の事を思い出す。

 スカイリムで罪人と間違えられヘルゲンで逃げおおせた時、成り行きでミルムルニルを倒しドラゴンボーンとされた時。選択の切っ掛けは常に自分の意志ではなく、周りの環境によって決定されてきた。ドーンガードとの共闘も、ストームクロークの反乱もそうだ。誰かに頼まれるがまま、若しくは半ば強制的に道を選択してきた。

 自分の意志で決める事を無意識のうちに避けていたのかも知れない。

 まさか一度死んでから己が身の弱みについて知る事になるとは……。とんだ皮肉もあったものだ。

 

 ふと廊下の窓から校門を見ると、いつの間にか外に出ていた緑谷君が先に帰った爆豪君と何やら言い争いをしていた。入学初日から一悶着あった二人だ。今日のところも含めて色々と言いたい事があるのだろう。

 

“──お兄様も本心をもう少し曝け出した方がよろしいと思いますのよ?”

 

 難しく考えすぎなのかもしれない。セラーナの言葉を思い出し、自分の意思を再確認した。

 

 夢や目標に対して何処までもひたむきな幼馴染が羨ましかった。

 自分の意志で進路を定め、道を切り拓いていく姿が眩しかった。

 そんな彼女が自分を“先生”と呼び、頼ってくれて嬉しかった。

 

 ――総じて。俺は彼女が好きだ。




???「後書き。私の趣味とは違いますわね」

???「200年も草案を考えていれば何か閃きそうな気がしてくるかも知れなかったけれど、そんな事はありませんでしたわ」

【今日の小ネタ】

・アポクリファの主
人間が住まう世界とは異なる次元の世界、オブリビオンに自らの領域(アポクリファ)を持つデイドラの王子、ハルメアス・モラの事。過去・未来などの時間や知識を司る神様のような存在。世界に存在するありとあらゆる知識や情報を集めており、それに対して非常に強い興味と関心を持っている。

・ニルン
神々が創造した世界「ムンダス」の中にある惑星の名前。そのニルンにある大陸の名前がタムリエルで、タムリエルの北部に位置する一地方がスカイリムと呼ばれている。

・ミルムルニル
Mir(忠誠)Mul(力強い) Nir(狩り)の三単語で構成される名前を持つドラゴン。アルドゥインも含めて、スカイリムのドラゴンは三単語で構成された名前を持っている。
ドヴァーキンやめろー!の台詞が有名。……なのだが、いつの間にかホワイトラン衛兵に殺されていたりする事も多い。

・ファエンダルやスヴェン
詳細は15話の後書き参照。リバーウッドで二者択一のクエストを依頼してくる。

・ドーンガード
スカイリムに存在する、ヴァンパイアハンターの一団。

・ストームクローク
ウルフリック・ストームクロークをリーダーとする帝国に反発している軍隊。
エルフの連邦政府、サルモールと締結された白金協定により、スカイリムでのタロス崇拝が禁止されたことに反発した都市と群衆が蜂起した事により結成される。

【今日の魔法】

・アイアンフレッシュ
精鋭ランクの変性魔法。
身に着けている鎧の防御値が80ポイント増加する。通常の効果時間は1分。
防御力がアップする、とてもシンプルな変性魔法。
敵が使うと妙に強く感じるが、いざ自分が使うとあまり効果を実感できないと嘆く魔術師も多い……らしい。


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20話:ドヴァーキン、幼馴染の話しを聞く。

年度初めバッタバタで更新が間延びしてしまいました。

ところで。
皆様におかれましては――
マーラのアミュレット、誰に使いましたか?


「ようお二人さん。校門のアレ、大丈夫だったか? なんか授業はどんな感じだとか、聞かれなかったか?」

 教室について席につこうとした時、上鳴君に呼び止められた。話しの内容からして校門を塞いでいた取材陣の事だろう。

「すごい人数だったね。俺の方は先生としてのオールマイトはどんな感じかって聞かれたよ」

 何でもオールマイトが雄英の教師になった事を受けて、マスコミ各社が取材をしようと通学時の校門に殺到したらしい。登校してくる学生にも無差別にインタビューをしているという有様で、俺が丁度校門をくぐった時には相沢先生が取材陣を追い払う為、学校から出てきた所だった。登校に支障が出ている、と誰かが判断したのだろう。

「あの量の人混みはちょっと苦手ですが──ヒーローを目指すとなると、こういった事にも慣れていかないといけませんのね」

 瀬奈がややうんざりした表情を作る。確かにマスコミからは好意的というより、好奇の目を向けられるのだからあまりいい気分はしないだろう。かと言ってつっけんどんな対応をしてしまえば、何を言われるかわかった物ではない。

「ヒーローって人気商売な所もあるからなぁ。まぁ、ある程度は仕事してると慣れてくるんじゃね?」

 上鳴君らしい楽観的な意見を述べた後にああそう言えば、と話を続ける。

「先週の土曜日、ありがとうな。キツかったけど、面白かったぜ」

「全然。これからも定期的にやろうと思ってるから、やる日が決まったら連絡するよ。次はもう少しレクチャーの方法も改善できると思う」

 

 あれから反省会の後にクラスメイトの多くと話をした結果、錬金術について学びたいと申し出があったのは親睦会メンバーの3人に八百万さんと麗日さん、そして緑谷君が加わって計6名。上鳴君と峰田君は、女子が2名追加された事に上機嫌だった。

 新たに加わった3人に理由を聞いてみたところ、八百万さんは自身の個性である創造能力と相性が良いと思ったからだそうだ。

 緑谷君はプロヒーローやクラスメイトの個性や戦術に興味があるらしく、俺の“継承できる個性”に関心があるとの事。ただ個性の反動を抑える事は、自分の力で何とかしなくてはいけないと思っているらしく、回復・再生に関する事にフォーカスせず満遍なく教えて欲しいとリクエストを受けた。

 そして麗日さんは……“錬金術”と言う響きを聞いて俄然興味が湧いたらしい。金を練成する術と勘違いしていなければ良いが──もしそうだとしたら適切なのは錬金術ではなく変性魔法の鉱石変化になる。尤も、学生の身分で個性を“売る”という行為が倫理的にも校則的にもどうなのかは謎だ。

 

 そんなこんなで6名を相手に先週の土曜日、学校の森林区画を使って錬金術の基礎を教えたのだが、響香の時には無かった問題が発生した。

 皆の薬効を判断する能力が、響香が初めて錬金術を学んだ時と比べて明らかに低かった。薬効を発現させた素材を食べて貰っても、効果が殆ど現れなかったのだ。口に入れる量を増やせば何とかわかるものの、必要な素材の量と身体への負担を考えると現実的とは言い難い。

 響香にも講師役を手伝ってもらっているが、彼女もまた修行中の身。教え方がうまくいかず苦戦しているようで、俺の方でフォローをしながら進めている。

 そして、仮にこの問題をクリアしたとしてもここから更にマジカの使い方を覚える必要があるのだ。前途は多難である。

 

 だが、目下それよりも厄介な問題が現在進行形で発生している。

「ところでお兄様、響香さんにはいつお気持ちを伝えるのですか?」

 あれから何も言っていないし、特に瀬奈や響香に対する接し方も変えたつもりはないのだが、瀬奈にバレた。……尤も反省会のあの場でダンマリを決め込んだ時点でバレるのは必然なのかも知れないが。

「だからそれはタイミングを見てちゃんと──」

「なるほど。つまりまだ心の準備が整っていないと。嘗て“ドラゴンを殺す者”と尊敬され、恐れられたのも遠い昔のようなへたれ振りですわね」

 反論させて欲しいのだが、正直な所下級のドラゴンを1人で相手にする方が恋愛沙汰を切り抜けるよりも格段に楽だと思う。自分の事だけを考えれば良いのだから。

 ……とは言え瀬奈の言うことがあながち的外れと言うわけでもない、という自覚は多少はある。いよいよファエンダルの事を笑えなくなってきた。

「錬金術云々もよろしいですが、お二人で何処かに行かれては?」

「お前抜きでか」

「どうしてその場に私がいるのですか。理解に苦しみますわ」

「2人で行く理由が無いだろ。それに今まで三人で行動が普通だった訳で──」

「席につけー。ホームルーム始めるぞ」

 気怠い感じを隠そうともせず、相沢先生が入室してきた。

 結果的には問題の先送りでしかないが、実に良いタイミングでやって来てくれたものだ。心の中で我らが担任に感謝の言葉を述べつつ、席につく。

 

 この世界では少し恋愛に関する常識がスカイリムと異なる。慎重に進めるべきなのだ。

 

 

 =========

 

 

 慎重に進めた結果、特に進展は無く数日が経過した。

 校門前に詰めていたマスコミにセキュリティゲートを突破された事や、学級委員長が紆余曲折を経て緑谷君から飯田君になった等、周りでは色々な事は起こったのだが、それ以上に俺の身に厄介な出来事が──

 

「ねーねー。勤はさぁ、このままでいいのー? 幼馴染のままでいいのー?」

 お小言を言うお友達が増えた。どうも業を煮やした瀬奈が芦戸さんに相談──と言うか漏らしたらしい。

 そして、瀬奈から話を聞いた芦戸さんの中で疑惑が確信になったそうだ。なんて事をしてくれるんだこの妹は。せっかくのお昼休みが台無しである。午後からヒーロー基礎学でまた体を動かすのだ、少しは静かに過ごさせてほしい。

「お兄様に任せきりでは全く動く気配がございませんでしたので、芦戸さんにもご協力いただく事にしましたわ。それと、こんな時のためにお勧めのカフェやレストランも抑えておきましたのよ。レビューサイトをチェックして、実際に足を運びましたの」

 確かに入学初日からこっち、瀬奈は一人で行動している事が確かに多かったがそんな事をしていたとは思いも──

 

 初日? 

「ちょっと待て。お前一体いつから!」

「そんなもの、今は詮無き事ですわ。それよりも、どういう目的で何処に響香さんを連れ出すのか……これを考える必要がありますわね。芦戸さん、如何ですか?」

 無視された。どころか、勝手にプランを立て始めたぞこの二人。

「うーん、そうだねぇ。耳郎は音楽が好きなんでしょ? だったら何処かのライブコンサートとかに誘う、とか?」

「却下ですわね。お兄様の知る音楽と言えば語呂の悪い詩吟しかありませんので、いきなり響香さんの嗜好に合った音楽をチョイスするのは不自然だと思いますわ。最悪、私達の工作を疑われて面倒な事に──」

 気のせいだろうか、ものすごく失礼な事を言われている気がする。“赤のラグナル”は芝居も含めて結構気に入ってたのだが。

「そっかー。それじゃあ勤の趣味に合わせてみる?」

「そんな事をしたら響香さんがガチの山登りに連れていかれるか、山菜の拾い食いが始まってしまいますわ」

「人の趣味をさも野蛮な何かみたいに言わないでくれるかな? 一応言っておくと人が住んでるエリアでも、結構食べられる野草は多いんだよ? 例えばクレソンとかはそこら辺の河原に生えてる──」

「お兄様の趣味を否定するつもりはありませんが、初めてのデートのプランにそれを入れるのはどうかと思いますの」

 そう言われてみれば響香とは、小学校の時に公園で遊んだり家族ぐるみでショッピングモールに行ったりした事はあったが、所謂“男女が二人で行きそうなところ”には殆ど行った事がない。ましてや二人で、となると全くないのではないだろうか。

 そういった嗜好や願望がないという訳ではないのだが、例えば服や靴を買いに行く時は専ら一人で行くか男友達と行っていた気がする。若しくは瀬奈か。

 響香と何処か特別な場所(と言うと語弊があるかもしれないが)にあまり行くことが無かったのは、一緒に行動する契機が“幼稚園時代の約束”である事が原因なのかもしれない。それでもそれなりに彼女との思い出が多いのは、特訓や発声の披露にかなりの時間を費やしたからだろう。

 

「そうは言ってもなぁ、他に趣味らしい趣味なんてまーちゃんの散歩とか世話とか──」

「ペットかぁ! 猫カフェとか! どう?」

 芦戸さんが人差し指を立てながら提案。せっかくのお心遣いですが、我が家のまーちゃんは──

「芦戸さん、まーちゃんは蟹ですの。猫はどちらかと言うと捕食者ですので、匂いがついた状態では家にあげてもらえなくなるでしょうね……」

「えぇ?! 蟹がペットなの? 散歩なんてするの?」

 驚いている芦戸さんに、スマートフォンで写真を見せる。

「へぇ、勤と瀬奈ん家ってこんなのいるんだ……てか懐くんだ、カニ──あっ!」

 芦戸さんは何か閃いたらしく、俺のスマートフォンを取り上げて何やら操作をした後、それを高らかに掲げて叫んだ。

 

「これだよ! 瀬奈! 電車で少し行った所に、公園と水族館があるよ! 夜は花火も見れるんだって!」

 水族館か。少し足を延ばせば海がある地元である。フィールドワークの延長で漁港や釣り場には足を運ぶ事はあったが、水族館となると久しく行っていない。確か……小学校の時に家族で行った時以来だ。

「名案ですわ、芦戸さん。お兄様の趣味嗜好ともマッチしておりますし、水族館でしたらデートスポットとしても申し分ありません。芦戸さんの地元にあるテーマパーク程難易度も高くないでしょうし、これならへたれのお兄様でもエスコートできるかと」

 やはり失礼な事を言われているのは気のせいでなかったようだ。しかしながら、隣に上鳴君と峰田君が居ないのは不幸中の幸いだ。面倒な話が更にややこしくなる。

「よし! それじゃあ早速プランについて考えていこう! 良いなぁ楽しみだなぁ!」

「それより先に、目の前の納豆定食を片付けたらどうだい?」

 俺がそう伝えると、芦戸さんは思い出したかのように箸を手に取った。だがしかし、口は止まる様子を見せない。

「ほんはほほいっへはら、ひかんがなふなるよ? ……んふっ」

「うん、わからん」

「──そんな事言ってさ、アタシと瀬奈が考えなかったらまた先送りにするつもりでしょ」

 図星ではあるが、それを芦戸さんにどうこう言われる謂れは無いような気がする。

「ダメだよ! この間も言ったけど耳郎は綺麗なんだからさ。雄英はヒーロー科以外にも普通科とかサポート科とか、生徒は沢山いるんだよ? 誰かも分からないヤツに取られちゃったらどうするのさ」

「そんな数段先の仮定の話をされても……」

「お兄様、芦戸さんの言う通り後悔先に立たずですわ。ここは私達の言う事をきちんと聞いて、そのまま実行してくださいまし。えぇ、勿論後悔などさせませんもの」

 

 ……結局俺が折れて瀬奈と芦戸さんのデートプランを昼休み中延々と聞かされる羽目になってしまった。確かにこうした色恋沙汰に疎いのは認めるが、彼女らが考えているプランとやらも中々“ぶっ飛んでいる”気がするのだ。他人事だと思って好き放題やっていないか、どうにも信用しきれない。

 

 

 =========

 

 

「今日のヒーロー基礎学は俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった。今日は……レスキュー訓練だ」

 午後のヒーロー基礎学は災害救助等の演習を目的とした訓練か。これはスカイリムでもあまり経験が無い分野だ。色々と学ぶことは多そうである。

「レスキューだってよ、ある意味戦闘より大変じゃねーか?」

 上鳴君が苦笑いしながらこちらを見てきた。なるほど、彼の個性は帯電であるから直接人命救助には使えないと考えたのか。

「ものは考えようじゃないかな。例えば感電のリスクがある区画を通過しなきゃならない時には、上鳴君が避雷針になれば皆が安全になる」

「おぉっそれいい考えだな!」

「まぁそんな限定的なシチュエーションばかりでは無いだろうから、やっぱり地力が必要とされるのは間違いないだろうけどね。それでもできない事よりも、自分の得意な事を考える方が建設的じゃない?」

「土羽お前やっぱすげー奴だな!」

 クラスメイトから慕われて褒められると言うのも、存外悪くないものだ。手前味噌になってしまうが、こういう時のフォローはスカイリムで散々経験をしてきたので多少は自信がある。

「この話術、どうして特定の状況下で形無しになるのでしょうか。全くもって謎ですわ」

 瀬奈が後ろでぼやいているのが聞こえる。大きなお世話だ。

「それとこれとは関係ないだろ。それにいざとなったら先に行動を──」

「でしたらお兄様、今日中に何かしらの行動を。お願いしますわね」

 あ、しまった。

「訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行くぞ。──あぁそうだ、コスチューム類については着用するか否か自由とする。……ほれ、ぼさっとするな、各自準備開始!」

 

 さて、色々と考える事ができたぞ。果たしてどうするか──

「勤。アンタその弓、どうすんの?」

 クラスメイトの殆どが教室から出た後、コスチュームを前に思案に暮れていると響香が後ろから話しかけてきた。

「うーん。取り回しを考えると持っていかないのもアリかな、と思ったんだけどね」

 弓のフレームを持って体の周りで少し腕を振り回す。やはり以前使っていた弓よりも遥かに軽い。すぐに答えは決まった。

「そんなに重くもないし、もしかしたら救助の役に立つかもしれない。持っていく事にするよ」

 どういう訓練かにもよるが、要救助者に回復薬や薬品を投与できるのは大きなアドバンテージになるだろう。持って行って損はしないはずだ。

「良いなぁ飛び道具。ウチもそういうリクエストもっと沢山しておけば良かった」

「響香にはプラグがあるじゃない。音波も飛ばせるし、シャウトだってできる。更に薬も作れる。もう十分手段はあるじゃない」

 そう言って彼女の方を見ると、少し怒ったような顔をしてこっちを見ていた。

「その半分は、アンタの受け売りでしょ。ウチはね、自分の力だけでクラスの皆に負けないようになりたいの」

 先日のヒーロー基礎学で、俺を負かした実績は無かったことになっているのだろうか。まさかアレも魔法を使ったからという理由で、ノーカウントにしているのか。

「それは違うよ。仮にシャウトや錬金術が貰い物の個性だったとしても、俺がただ教えたからってできるワケじゃない。この間の上鳴君とか八百万さんを見たでしょ? 響香の時よりも格段に進みが遅いんだ。俺が思うに響香には“習得の才能”があるんじゃないかな」

 ただ少し元気づける──位の感じで軽くフォローをしたつもりだったのだが、

 

「それで? 勤の言う通り習得する才能がウチにあったとして、アイツらだって全く出来ないんじゃなくって、少しはできてるでしょ? そんなのウチが少し先取りできてるってだけじゃん。皆が当たり前にできるようになれば──いつかは追い付かれて、追い越される」

「どうだろうね、個人的にはかなり苦戦すると思うし、響香はその何倍も練習してるんだからそう簡単には抜かれないと思う──」

「そういうのホントに要らないんだけど。」

 響香の表情はさらに険しくなり少しだけ怒気が混じり始めた。

「そもそもの話が飛躍しすぎてるよ。才能だけじゃない、響香の努力とかかけた時間とか、そういう諸々の条件が──」

「じゃあ勤はクラスの皆が努力しない、個性だけの才能マンだって言うんだ?」

「そうは言ってないでしょ。」

 どうしてこうなった?弓の下りで何かまずい事を言っただろうか。

「もういい、勤がそう言うならそうなんじゃない。ウチにはよくわかんないや」

 そう言うと俺の脇を抜けて教室から出て行こうとした。

 反射的に手を取り、立ち止まらせる。何とか落ち着かせないと。この状態で授業に参加しても、良い事にはならないだろう。

「どうしたの響香、なんかちょっと変だよ。何か気に触る事を言ったかな?もしそうだとしたらごめん。でも少し落ち着いて……」

「落ち着け?誰のせいだと──」

 手を振り解き忌々しげに机を叩いてからすごい目つきで睨んできたが、目が合った瞬間に響香は一瞬怯えたような表情に変わって目線をずらすと、何も言わずそのまま目を伏せてしまった。

 

 1分程そのまま少し沈黙が続いた。

 小さく小刻みな息遣いだけが耳に入ってくる。

 

「……ごめん、怒鳴って。ウチがおかしいのは分かってる」

そう呟いてから少し間を置いて、響香がゆっくり喋り始めた。

「入学してからクラスメイトの皆がさ、ウチなんかよりもすごい個性ばっかりで最初は“あぁ、さすが雄英だな”って思ってたんだけど、ウチには勤から教わった個性があるからまだ頑張れるって思ってたんだ。そしたら今度はクラスメイトの皆に個性を教えるって事になったじゃない。その時にさ、ちょっとだけこう思っちゃったんだ」

 目を合わせず下を向いたまま話し続ける。

「ウチだけの力だと思ってた物は“たまたま先に教えて貰えてたタダの借り物”なんだって。最悪だよ、実際に他のクラスメイトが教わってるのを見て、いっその事失敗すればいいのにって思っちゃったし。教えるのも全然やる気にならなくて」

 少し長めの深呼吸を置いたが、話しは止まらなかった。

「勤も余計なことしないで今まで通りウチだけに教えてくれれば、それでいいのに。なんでわざわざライバルのクラスメイト強くすんだよ、バカ──って。でも、そういう事を思ってる自分が一番嫌だったし、許せなかった」

 言い切った肩が僅かに上下しており、響香の頬が濡れているのが見えた。

 そんな事を考えていたのか。後学のために良かれと思って講師役を頼んだが、早すぎたか。

「ごめん、気持ちを察してあげられなくて。そういう事なら何か理由をつけて中断しても──」

「やめて。……ウチが惨めになるだけだから」

声と同時に手で遮られた。

「個性把握テストの時、勤に頼らないで自分の力でなんとかするって約束したし、アンタのライバルだって啖呵切ったんだからさ。自分でなんとかするから、ちょっと待っててよ。あぁでも……瀬奈には内緒にしておいて。100%ウチの度量の無さが原因だから。心配させちゃ悪いし」

 そう言うと少し鼻をすすり、乱暴に目を腕で拭ってからぎこちない笑顔を作って。

「こんなくだらない話、最後まで聞いてくれてありがと。……早く行こ? 遅いと相沢先生と飯田にどやされるよ?」

 それだけ言うと、響香は足早に教室を出て行ってしまった。

 

 自分の気持ちと弱さに正直に向き合い、ヒーロー科とは言え高校生──その体面や名誉という特殊な抽象概念を受容し更に成長の糧とするとは。置いて行かれているのは俺の方なのかもしれないな、としみじみと思った。

 

 同時に泣いた顔も綺麗だったなと、ちょっとだけ思ってしまったが……これは言ったら殺されそうな気がするので心の中にしまっておくことにしよう。




???「ようやく後書きですね。さあ、靴を脱いでゆっくりしていって下さい。──何かあれば言って下さい。このところ、時間だけはいくらでもあるんです」

???「ニッチなクロス小説へようこそ。お客様が来るのはうれしいですね」

【今日の小ネタ】

・話術
スキルに分類される技能のひとつ。会話により他者に影響を与えたり、商売を有利に進めることができる。
技術を磨いていくと、盗賊ギルドに所属していなくても盗品売買ができるようになったり、商品をまとめて売れるようになったりと生活が便利になっていく。
また、クエストやストーリーラインの随所で出てくる選択肢(説得・脅迫など)の成功率も上昇する。

・赤のラグナル
曰く「美しいけど血生臭い物語だ。ああ、できる」
語呂と息継ぎが色々と大変な歌……歌?
某動画サイトにはMVとして舞台化されたものが存在するので、気になるノルド人はチェックしてみよう。

【今日の魔法】

・鉱石変化
精鋭ランクの変性魔法。
手持ちの鉄鉱石を銀鉱石に、銀鉱石を持っていた場合は金鉱石へと変化させるという、錬金術もびっくりの割ととんでもない魔法。
ダンジョンに落ちている宝石と合わせて鋳造すれば、スキルを上げつつお金も稼げる。
……のだが、スクロールは魔術師から購入することができない(とは言え、入手何度はそれほど高くないが)。


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