雷門のサブキーパー、親友と共に (iRa@作家になりたい)
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プロローグ

 

 

 その者は、如何なる存在か。

 

―――― ―――― ――――

 

 

 

 

「ほぅ……」

 

 

 鬼道有人は、驚いていた。豪炎寺修也のデータを集めるためだけに、わざわざ訪れた雷門中。ここで相対した目の前の選手が、あまりに異質だったからである。

 

 キック力は素人同然、ボールコントロールは極端なミスをしない程度。まだボールに触れてそんなに日もたっていないだろう。

 にもかかわらず、()()はさきほどこの弱小チームのサブキーパーとして、寺門のノーマルシュートを()()()()()ではじいたと思えば、“デスゾーン”こそ止められなかったものの自分の力を過信することなくキーパーの座を潔く退がり、今はディフェンダーとして、ボールを持つ鬼道の前に食らいつくことが出来ている。

 タックルの威力は男子と錯覚し、スライディングの鋭さは下手をすれば帝国の二軍に匹敵するレベルだ。

 

 それに何より凄まじいのは、その気迫。我々を前にして微塵も心が折れていないどころか、射殺(いころ)さんばかりの強き眼光。それは決して、無謀が生み出すものではない。熊を相手にした狼のごとく、格下であることを理解しつつも隙をくまなく探しているのだ。

 

 寺門はコーナーを狙うか、“百烈ショット”ならあの守りを破れただろう。

 今も、バックパスか、“イリュージョンボール”を出せば対応できないだろう。

 だが、そのような問題ではない。並の選手なら反応する間もなく抜き去り、必殺技を使わずとも点を入れられる、この帝国の一軍に食らいつけていることが問題だ。

 おもしろい相手だ。鬼道は思う。フットボールフロンティアが()()()()()()()()()()()、スカウトしていたかもしれないのにと。

 

 しかし、こちらも無名の相手にいつまでも遅れはとっていない。

 一瞬のフェイント。

 彼女の非凡たる対応力。それゆえに反応してしまい、わずかな隙を作り上げる。――――そしてその隙は、この鬼道にとっては致命的であった。

 

 

「しまっ……!」

 

 

 そんな声が聞こえる。

 サッカーは一人でするものではない。ならば、他の連中の心を折ってしまえば――――あの男を引きずり出すことが出来る。ならば、やることは決まっている。()()()()()()()()

 鬼道は、佐久間にパスを出す。繰り出すのはもちろん絶望の象徴。帝国の旗印。

 

 

「――――“デスゾーン”だ!」

 

 

 

 *

 

 

 これで五点差。凡人では、心が折れ始める領域。

 しかしながらなかなか骨のある奴も多いようで、あの女をはじめ、いたぶるようなボールにもめげることなく立ち向かって来る。

 特に、あの女の後にゴールを託された、雷門中の正ゴールキーパーかつキャプテン、円堂守。

 今は、“デスゾーン”の球速に対応できていないようだが……

――――ヤツの目は、死んでいない。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 これで五点目。わたしは苦しい現状を前に、思わず歯噛みした。

 

 シュートこそある程度本気だが、完全になめられている。特に、目の前でやりあっていた鬼道というキャプテン。こちらの土俵でわざと戦っているようだが、底が見える様子もない。

 

 でもいまだ雷門のゴール前に立つ、あの人の目から闘志は消えていない。なら、せめて一矢報いる。彼ならきっと、あのボールも止めてみせるだろうから。

 

 そう思っているとプレー再開。コート中央から帝国の選手がとんでもない勢いであがってくる。これはきっとまた、“デスゾーン”狙い。

 

 わたしは、まだあの人にはまだまだ届かないけど、せめて「心」だけは……彼にも帝国相手にも、絶対に負けない――――負けるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 瞬間。

 ボールをキープして、敵陣に上がる鬼道有人の目の前に、何かが現れた。

 彼女の背に浮かび脈動するそれは、まさに魂のよう。メルヘンさの欠片もない深紅の色をした、鋭く巨大なハート。迫力は「神の手」に決して劣らず、逆らう者に圧をかけては、同志を率いる旗印となる。

 

 彼がわずかに気圧されたとき、すでにボールはそれを具現化した彼女のもとに。そして彼女は叫ぶ。ここに成った()()()()技の名を。

 

 

「“レッドハート”ッ!!!」

 

 

 彼女の叫びに応えるがごとく、空間が震え、「心」は輝く。そのうみだす力は人を容易く跳ね飛ばす程。

 このときフィールドにいる全員が、“レッドハート”なる技により吹っ飛んだ鬼道の姿を見て、理解した。

 あの雷門のサブキーパーが、天才ゲームメーカーである鬼道有人から、ボールを奪ったのだと。

 

 

 

 



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原作前から一期終了まで
出会い


 

 

 

 過去編、というか導入

 

―――― ―――― ――――

 

 

 

 

退屈だった。

 

いつだって何を為すべきか分からず、まわりに流されてきた。

 

流行りのマンガも。

憧れの俳優も。

洋服の好みだって、そう。

 

真面目に物事に取り組むのも、

空っぽな自分が敵となって、情けなくなって。

なんとなく身が入らない。

 

そんな自分が嫌になって、

いつものように河川敷に繰り出したのも、

あの人に出会えたのも、

全ては、まったくの偶然。

 

それでもわたしは、あの人の様に、

純粋に、心から、楽しんでみたかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ここは東京有数のマンモス校、雷門中。もう入学式から一週間もたとうという頃の昼休み。

 わたしの名前は、赤井(あかい) (しん)。この学校に通い始めたばかりの一年生だ。

 

 

「シン、部活決まった~?」

 

 

 そんなわたしに声をかけてきたのは、幼馴染の()() ()()。日ごろから仲良くしてもらってる、苗字に似合わずいつも明るくて、わたしの支えになってくれる優しい子だ。わたしがこの学校に入ってくるきっかけを作ったのも彼女だ。二人でこんなことを話しているのには、とあるワケがある。

 

 部活動。別にすぐに所属しなきゃいけないわけではない。しかし、とある期限を過ぎるとわざわざ担当の顧問に持っていかなければ、入部することが出来なくなり手続きが面倒になってしまう。その期限は来週の金曜、つまりあと一週間しか残っていないのだ。話を聞いてると、どうやら春奈のほうは部活を決めたらしい。

 

 

「でも、わたしまだやりたいことが無くてさ」

 

「じゃあ、心も一緒に新聞部入らない?心が入ってくれるなら百人力だし!お試しでもいいから!」

 

 

 春奈がそんなことをいってくれる。そのセリフはきっと打算も、余分な気遣いもない純粋な思い。だからこそわたしにとっては断る理由もなかったので、

じゃあ、そうしようかな。――――そんなふうに答えてしまった。

 

 

 

 *

 

 

 

 自宅に帰ってきて、リビングで入部届をにらみつけながら、ふと思う。

――――これで良いのだろうか。

 改めて考えるとわたしは、新聞なんかたまに読むだけで、それ自体に興味はないばかりか、新聞部には足も運ばず、話を聞いただけで入ろうとしている。

 

 でも、反対するほど高尚な趣味はわたしにはなく、しいて言うなら散歩くらい。

 結局周りの人に引っ張られるのがイヤなんじゃないかとか、単純にやる気が足りないんじゃないかとか、自分の器の小ささに、ひどく不安になり、モヤモヤする。

 

 

「どうせ、一人で何かできるわけでもないのにね……」

 

 

 部屋の隅の姿見に映る自分の姿は、母に言われて伸ばし続けてるロングヘア、友人とおそろいで買ったTシャツに、アウトレットで買ったありきたりのジーパン。とてもとても、「個性」なんてものはあるように思えない。

 それに比べて春奈は――――わたしなんかより、ずっと大人だ。

 

 窓の外を見ると、だんだんと赤っぽくなった太陽が目に入る。この陰鬱な気分をリセットするには、数少ない趣味の出番だろう。――――思い立ったら、わたしの用意は早い。名前だけ書いた入部届をファイルにしまい、上着を羽織る。

 

 

「お母さん、ちょっと散歩いってくる」

 

 

 そうリビングでくつろぐ母さんに一声かけて、わたしは家を出た。

 

 

 

 *

 

 

 

 今日は何となく広々とした場所に出たかった。そんなわたしは、河川敷の方へと向かう。あの開けた土手の上で、街よりも強い風をうけて、ボーっとしたかった。そして、訪れた河川敷は、

 

 

「くしゅんっ」

 

 

 いつにもまして寒く、冬に戻ったかと思うほど。ちょっと来たことを後悔するレベルだった。

 

 

「もう少し厚着してくるべきだったかなぁっ……」

 

 

 そんなことをつぶやいて、帰るかどうか迷っていると、ふと、サッカーをしている小学生たちが目に入った。

 

 

「子供は風の子、ってヤツなのかな」

 

 

 横目で見ながら感心していると、やけに大きな二人が混じっていることに気づく。一人はバンダナを頭に巻いて、見たこともないユニフォームを着てるゴールキーパーの男子。もう一人の女子は、マネージャーかな?意図せず冷えた身体に対する、ちょっとした運動がてら彼らに近づく。その男子のユニフォームには見覚えのある、予期せぬ文字が記してあった。

 

 

「雷門中……?」

 

 

 兄弟の面倒でも見ているのか、なにかの部活の一環なのか。わたしは思わず、声をかけに行ってしまっていた。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ちょっとすみませーん」

 

 

 死角から聞こえる、聞きなれない凛とした声。雷門中サッカー部キャプテンである、円堂 守は少し嫌な予感がしていた。だいたいこういう声のかけられ方は、グラウンドを使わせてほしいとかだったり、トラブルの対応だったりするのだろうと思ったからだ。だが声をかけられた以上、対応するのが筋だろう。稲妻KFCのみんなに一旦練習中止を指示して、円堂は木野と話している女子のところに向かう。

 

 円堂の抱いた彼女の第一印象は、「怖そう」であった。身長こそ円堂とほぼ同じように思われるが、吸い込まれるような黒髪と鋭い目つき、笑顔を浮かべずに真剣な様子は、クールな顔と大人びた所作もあって、自分たちが何かとんでもないことをしでかしたんじゃないかと()()させるほど。実際に木野は少しおびえていた。あわてて円堂は二人の仲裁に入ろうとする。そこで件の彼女は、こちらの懐を探るかのように、

 

 

「あなたたちは、何部なんですか?」

 

 

 ハッキリした声で聞いてきた。円堂は一瞬木野とアイコンタクトし、正直にこう答える。

 

 

「雷門中サッカー部です!」

 

 

 すると彼女はなにやら考えている様子で、サッカー部?そんなの、あったっけ……などといいながら頭をひねっていた。思っていたような叱責がとんでこないことに、首をかしげる雷門中サッカー部の二人。二人は考えた末に、彼女にこう声をかける。

 

 

「「あのっ!」」

 

「「良ければ見ていきませんか?サッカー」」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 雷門中サッカー部とやらに引き留められ、サッカー(練習だけど)を観戦することになった。

 寒さが堪えるが、実際どんなことをするのか気になってはいたので我慢して見続ける。彼らのプレイは年の割にかなり上手にみえた。少なくとも、素人の中学生よりはよっぽど。ときおり魅せる華麗な足技に驚いていると、わたしはこの練習に違和感を覚えた。

 

 みんな凄く真面目なのに、気負っていない。

 普通なら、彼ら全員が皆元気いっぱいに動きつづけることは難しい。プロの卵みたいなエリートなら分からないが、子供ってちょっとしたことで集中が切れるものだと思う。それをわたしが来る前から、適宜休憩しているとはいえ集中し続けているのは、きっと並大抵のことではない。

 

 それもこれも、あの男子が慕われているおかげなのだろうか。ふと彼を見てみると、――――()()()()()

 とても相手にレベルを合わせようとか、過剰に気にしている様子はない。ただ素直に、まっすぐボール・相対する選手と向き合っている。それはたぶん、本当にサッカーが好きなだけだから、出来る芸当だ。

 

――――そこで気づいた。

ああ、彼らは皆サッカーを心から楽しんでいるのだと。

きっと誰よりも楽しんでいる、彼がいるからだろう。

 あのフィールドでは、いったいどれほど――――悩むことなく、晴れやかになれるのだろうか。他の人の悩みを晴らしてくれるようなプレイを、わたしも出来るようになれるのだろうか。

 

その疑問は、わたしのココロに、確かに火をつけた。

皆の先頭を行く、あの男子のようになりたいと。

 

 

 

 *

 

 

 

 あっという間に日も暮れかかり、練習は解散。わたしたちは土手沿いを三人で歩きながら、改めて自己紹介に至る。

 

 

「「えええぇぇぇぇぇぇっ!!後輩だったの!!!」」

 

 

 そんなに驚くことなのだろうか。まあ、わたしも少なくともゴールキーパーの先輩のことは同級生と思ってたから、違和感あるけど。というか、先輩方に敬語使わせたことになるんじゃ……

 

 

「それは気にしないでいいって。俺は円堂 守!雷門中サッカー部のキャプテンだ。よろしくな!」

 

「私は木野 秋っていうの。さっきの件はホントに気にしてないから、これからよろしくね」

 

「一年の赤井 心といいます。これからもよろしくお願いします。」

 

 

 優しい二人で助かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「そういえば、今日のサッカーはどうだった?みんな凄かったろ!」

 

 

 学校の話を一通りおしゃべりした後、円堂先輩がそんな話を振ってくる。

 

 

「あっ、はい。とても心を動かされました」

 

「だろ?いやー、やっぱりサッカーっていいよな!」

 

 

 入部の意志を伝えるならここかな。ちょっと気合をいれて、本題を切り込む。

 

 

「それで、わたしもサッカー部に入りたいんです」

 

「……マネージャー志望?」

 

「選手志望です、……未経験だとマズいですか?」

 

 

 二人はちょっと難しい顔をして話し合ったのち、こちらに問題点をいくつか伝えてきた。

 

 まず一つ目が、女子部員が木野先輩以外にいないこと。つまり女子サッカー部なんてものはないので、女子更衣室などもなく、男子に交じることになるらしい。まあわたしは円堂先輩に追いつきたいだけで、女子サッカー部に入ったら先輩にいつまでたっても追いつけない可能性もあったので、むしろありがたい。着替えは……トイレや空き教室ですればいいだろうし。

 

 二つ目は、目標としているフットボールフロンティアに、女子の参戦ができないこと。これは痛い点だが、定められたルールと持って生まれた性別だから仕方ないことだ。

 

 最後に三つ目、そもそも人数が足りなくて人員募集中・基本グラウンド使用不可。さすがに円堂先輩といえども、その状態では部員を河川敷に引っ張り出すことも難しかったのか、更には部員のやる気がないらしい。まあしばらくマンツーマン指導をうけられると思えばいいのかも。

 

 わたしがそのリスクを承諾して、無事入部の許可をもらった後、せっかくだからキーパーの特訓を見せてくれるというので、鉄塔広場までついて行くことに。木野先輩も普段はついてこないけど、今日はついていくとのこと。

 

 会話を交えつつ、鉄塔広場につく。見渡すと、やや暗くなった空と稲妻町が一望できた。さすがに心配されるだろうから、特訓を少し見たら帰らないと。うちは、門限はそんなに厳しくないけどさすがに心配されてしまう。

 そんなことを先輩方に伝えて、メールをお母さんに打って戻ると、視界に入った木にぶら下がっていたのは、サッカーに馴染みのない、古タイヤだった。目を離したすきに円堂先輩も同じものを背負ってる。彼がいうには、

 

 

「コイツを使って、相手のシュートに耐えられるようになるんだ!」

 

「えっと……つまり?」

 

 

 聞き返してしまったわたしはきっと悪くないはずだ。

 見るとその二つのタイヤと、タイヤを縛り付けている縄はどんな使い方をしたのやら、ボロボロにすり減ってしまっていた。

 使い方は見た方が早いとばかりに、円堂先輩が吊り下がっている方のタイヤを押し出すと、それは振り子の要領でとんでもない勢いで戻ってくる。すると彼は、そのタイヤに向かってなんとキャッチを敢行する。耐えきれなかったようで、尻餅をついていたけれど。

 

 要領はわかった。きっとどの部活の新人いびりですらきっとやらない、もはやイジメの類いと疑わしき訓練。

 

 それを彼は非常に真面目にやっている。なんだったら何回もやって吹っ飛んでいる。きっとそれはサッカーにつながるから、それだけで彼はここまでできるのだ。

 その事実があまりにもおかしくて、わたしは思わず笑ってしまった。

 

 先輩二人がキョトンとした顔でこちらを見てくる。わたしが笑うのは珍しいのかな?たしかに二人の前で笑ったのはこれが初めてかも?少しばかり気恥ずかしいのをこらえて、二人に自分の意志を伝える。その特訓を、やらせてほしいと。

 

 わたしの初めての憧れは、彼だから。

 近づく参考になるヒトは、他ならぬ彼しかいない。

 ならば、憧れたわたしには必要なことだろう。

 たとえどんなに突飛なことでも、

 それがサッカーのためならば。

 やってみようじゃないか。

 

 円堂先輩にグローブを借りて、タイヤと対峙する。

 覚悟を決めて思いっきりタイヤに勢いをつけて、見よう見まねでキャッチの構え。

 迫ってくるタイヤは、いざ対峙してみると予想外の大きさで、眼前に迫る様子は恐怖すら引き起こす。――――次の瞬間、今まで受けたことのない衝撃を感じたと同時にわたしは()()()()()()()

 

 頭は打たないように身を守ったけど、全身はすっかり砂だらけ。本当にひどい特訓だ。だけれども、まるで身体が宙を舞った時に、悩みまで飛んでいってしまったかのように――――今のわたしには心地よくすら感じられた。あれほど探していた自分の目標、それがこんなにも分かりやすい形で、こうして目の前に存在するのだから。思わず頬が緩む。――――明日から、頑張らなきゃね。

 

 心配して駆け寄ってきた先輩二人に、どこも怪我していないことを伝える。円堂先輩に明日からの練習メニューを受け取って、体験入部はお終い。明日からは、円堂先輩も本気だろう。ならば、言うべきことは決まっている――――教えを乞うものとして最大限の尊敬と、忠義だ。

 

 

「明日から、よろしくお願いします、センパイ!」

 

 

 わたしはこのとき久しぶりに心から、笑うことが出来たと思う。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

「どう思った? アイツのこと」

 

「……うん。いい子だと思うよ」

 

 

 円堂君がそんな声をかけてくる。返答する木野(わたし)は、そんな上辺だけの感想とは裏腹に――――()()していた。

 

 ファーストコンタクトの感想は「高嶺の花」だった。年に似合わぬ、凍てつくような目に、スレンダーな身体。同性から見ても羨ましいと言えるだけの美人。しかしどこか、何かを執拗に探しているような、焦燥感が伝わってきた。その様子は、とても凡人とは程遠い。

 自己紹介前後の感想は「親しみがある」だった。彼女も私と同じように学校に通い、他人と共有するような趣味を持っていた。彼女の目は人並みに輝き、年相応の思いを話していた。

 そしてあの特訓のとき感じた思いは、――――()()

 ナニカがカチリと(はま)り合い、出来てしまった。

 (わず)か十二にして、――――貪欲に限界を求める求道者が。

 あの時漏れた笑い声も浮かべた笑みも、その美しさの裏に、底の知れない覚悟を感じさせた。多分それは隣にいる彼の原動力とは、()()()()()

 そしてなにより出会ったときから変わっていたのは、彼女の目。めらめらと燃える思いがあふれ出している、そんな瞳を持つ者に私は今まで出会ったことはない。

 

 ああ、私の胸がこんなにも痛いのは、

――――そんな彼女に隣の彼が、のまれてしまうと考えたからか。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 もう太陽が沈みかけたころ、わたしは家についた。そして緊張とともに、母にサッカーをやりたいと伝える。

 実のところ、少なからず反対されると思っていた。理由を説明しようにも、あまりに短絡的だとか言われると思っていたのだ。――――けれど、母は怪我にだけは気をつけなさいと、それだけ言って認めてくれた。どうして受け入れてくれたのか気になった。なんでも、熱意があるように見えたからだとか。

 

 一世一代のお願いを案外すんなりと受け入れてもらったわたしは、軽くシャワーを浴びたのち春奈に部活の断りの件を手短にメールして、明日買うサッカー用具をメモにまとめるとすぐベッドに入るのであった。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

――――音無春奈は、驚いていた。彼女の親友、赤井心ことシンからのメールの内容が予想外だったのである。

 この家にやってきてまだ日も浅かったころ、友達になったシン。彼女は昔からクールで遠慮がちで、パッと見て愛想のない感じはあったが、興味を惹くものに対しては存外ノリが良く、友達になってからは二人で色々なことをしたものだ。今では平気で軽口を叩き合えると、自他共に認めている仲である。

 そんな彼女は最近やけに退屈そうで、どこか焦っているようだった。理由は分からないが、なにかの助けになればと、同じ部活を勧めたのがつい半日前のこと。

 

 

「サッカー部……」

 

 

 そんなシンが所属すると言っているのが、情報通を自負する春奈ですら存在を知らなかった、――――サッカー部。今までやっていたわけでもないのにシンがサッカーを始めるとは、ここに彼女の興味を惹くナニカがあるのか。はたまた恋でもしたの(オトコ)か――――いずれにせよ、コレは春奈にとっては特ダネに違いない。

 

 

「……雷門中サッカー部、調べてみるかな」

 

 

 彼女はおもむろに、手帳にメモを取り始めた。

 

 

 

 

―――― ―――― ――――

 

円堂 → 主人公

 サッカーが好きなヤツが増えてスゲーワクワクする!

主人公 → 円堂

 あの人のようになりたい!

 

木野 → 主人公

 えっ……何この子、怖い……

主人公 → 木野

 優しい先輩だったな

 

 

 

木野の「円堂と主人公が全くの別物」とはあながち外れた指摘ではありません

円堂はあくまで「サッカーが好き」なのであり、

主人公は「円堂先輩のような人になりたい」だけなのです



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特訓

 

 

 

 タイトルどおりの特訓パート。

 

―――― ―――― ――――

 

 

 

 

 

 翌日。今日は土曜日、わたしにとっては中学生初の休日である。起きたわたしは、お年玉の残りを引張りだして体操着に着替える。近所のスポーツ用品店が開き次第家を飛び出し、あまり悩むことなくグローブとスパイクとボールを一つずつ購入、鉄塔広場に繰り出した。

 そこからは昨日帰り際に円堂先輩に教えてもらったように、基礎体力を鍛えるランニング、タイヤ特訓、ボールのリフティングやドリブルなどを交互に繰り返している。

 一人だと孤独でかなり地味な訓練だけど、目標が身近だからなのか、自分でも驚くほど集中できた。今日と明日は、円堂先輩も昼からこっちに来るらしい。今のうちにスパイクを足に慣らしておかないと。

 

 昨日タイヤを身に受けて、分かったことが二つある。一つ目は円堂先輩だからあの特訓があの程度で済んでいるということ。

 まだまだわたしには筋肉も体幹もガッツも、()()()が足りない。あのときは安物のスニーカーも悪かったけど、スパイクを履いても止められるものではないともわかっている。足りないものが分かっていて、それが対策できるならへこたれている暇なんてないのだ。

 もう一つは端的にいえば、あのタイヤを止めるにはわたしは()()()()ということだ。事実タイヤを背負ってあの特訓をすると、全身が重くしんどいものの幾分か吹っ飛びにくくなった。さらにはタイヤのおかげで頭を打つこともない。円堂先輩に無理してると思われてしまうかもしれないが今日からはこれで行こう。確かにキツイことはキツイのだが、特訓のたびに一々受け身をとるよりはマシだと思う。

 

 昼になり家で作ったおにぎりをベンチで食べたあと、タイヤを背負い例の特訓をしていると、見覚えのあるユニフォームが視界に映る。円堂先輩だ。

 

 

「赤井!いきなりソレ背負って大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫です。といいますか、コレがないとタイヤにむしろ吹っ飛ばされちゃうんですよ」

 

「すげー気合いだな!オレも負けてらんねぇ!コレ背負って特訓だ!」

 

 

 タイヤを背負っている理由を説明すれば、感極まったのか彼はタイヤを背負ってドリブルやリフティングをするという。()()()()()()()やることにした。存外わたしは負けず嫌いだったらしく、数時間もたてば慣れぬ苦痛に身体が音をあげるが、それで倒れることはわたしの精神が許さなかった。日々成長する憧れの人を前に、先に折れることなどあってはならない。そんな虚勢が、わたしの実力を跳ね上げる。

 

 

「なあ、赤井」

 

「はい、なんですか?」

 

「ポジションの希望ってあるか?」

 

 

 休憩中、円堂先輩に話を振られる。本音で言えばゴールキーパー一択なのだが、あいにく今の雷門中サッカー部にはサブキーパーよりも、フィールドプレイヤーの方が必要だろう。さすがに国民的スポーツなのだから、素人のわたしにもそれぐらいはわかる。だからこそわたしの答えは、もう決まっていた。

 

 

「ディフェンダー、部員が増えたらサブキーパーに転向しようと思ってます」

 

「そっか。なら同じ特訓を続けて大丈夫だな」

 

「はい。改めてしばらくよろしくお願いしますね、センパイ」

 

 

――――ああ、まだだ、まだ足りない。

 

 

 

 *

 

 

 

 月曜になってからは、サッカー部に初めて顔を出した。挨拶の際に部員が何人かいたが、彼らの目にはやる気などない。もはや諦めているかのような様子は、前から話を聞いていたにも関わらず、わたしの癪にさわる。一触即発の状態になり、染岡先輩とやらとドリブル勝負の決闘が勃発。ここ二日の特訓でものすごい筋肉痛に苛まれているわたしでは、仮にもサッカーの経験者である彼には敵うはずもなくボコボコにされる。いつか目に物見せてやらねば。覚えてなよ、染岡先輩。

 

 染岡先輩に洗礼を受けてからは学校や河川敷ではキック力やコントロールの訓練、鉄塔ではタックル、スライディング、キャッチなどの訓練と、やることを分けていく。なんだかんだ特訓の時間が圧倒的に長いからか、ボールのカットやスライディングのキレばかりが良くなっていった。

 

 そんな充実した日々にも問題があった。二週間ほど経って――――日々の生活に特訓の影響が出始めていたのだ。

 普通にしてるつもりでも、気を遣えないことが増えているのがわかる。髪のまとめ方は雑になったし、気を抜くとご飯の食べ方・水の飲み方が()()()()ようになってしまっていたし、特訓で身体のあちこちに絆創膏がくっついている。腕白な小学生にでも近づいてしまったかのようだ……まあそのおかげで稲妻KFCのみんなが馴染んでくれたのは嬉しかったけど。

 まあ、ケガの件はこの時期なら長袖を着たり、ご飯の件は敢えて春奈たちとご飯食べたりと対策が出来るのが救いだ。特に春奈にはサッカー部に入ると言ってから、かなり心配されているからその憂いを取ってあげなきゃいけない……

 いっそのこと特訓のこととかを春奈に伝えようかな、とも思ったけど。頭を心配されるのがオチだろうからはぐらかすことにした。わたしも普通の女子がこんなこと(タイヤ特訓)を日ごろしていないのはわかってるし……わたしも半月前まではそうだったし……ゴメン春奈。心配してくれて申し訳ないんだけど、練習を止められるわけにはいかないんだよね。

 

 そんなことをぼんやりと考える六時間目。こうでもしないと起きていられなくなってしまっている。なんとか頑張って授業を聞くけど、すごく眠たい…………zzz……………………いたっ。……ああなんだ、春奈が起こしてくれたのか。先生だったらヤバかったから助かった。

 

 

「ありがと春奈、助かったよ」

 

「いいけど……ホントに大丈夫?無理してない?」

 

「んーん、無理はしてないよ……ホントにやりたいことやりすぎて疲れてるだけだからさ」

 

「そう……ならいいけど」

 

 

 チャイムが鳴る。授業が終われば今日も今日とて、鉄塔広場で特訓だ。

 わたしは新聞部に向かう春奈に別れを告げ、鉄塔広場に着く。いつものとくタイを背負い、目前のタイヤに繰り出すのは、

 

 

「ふっッッッ!!!!」

 

 

――――()()()()

 一応ディフェンダー志望であるわたしは、タイヤの特訓はキャッチだけでなく、タックルでもやっている。初めこそスパイクを履いていても、アッパーのクリーンヒットを食らったボクサーのように、芸術的な吹っ飛びを披露したり、5秒くらい気絶したりしていたわたしだったが、人間とは存外慣れるものらしい。今ではたまに尻餅をつく程度にとどまっている。

 

 

「はあっッッッ!!!!」

 

 

――――これで()()()。まだだ、まだ彼には追いつけない。

 

 

 

 

 

 

 

「必殺ワザですか?」

 

「ああ、そうだ!」

 

 

 特訓開始から、三週間も経とう頃。わたしは初めて聞く単語に首を傾げる。円堂先輩がいうには、サッカーにはそんなものがあるらしい。なんでも四十年ほどまえに雷門中は伝説のサッカー部、イナズマイレブンがあったらしく、所属部員は必殺ワザなるものをそれぞれが持っていたとのこと。

 円堂先輩が持っているノートは、かつてのイナズマイレブンキャプテンである亡き彼のおじいちゃんが記したそのワザの一部が載っているのだとか。先輩が練習しているという、“ゴッドハンド”というワザの書かれているページを見せてもらった。のだが、わたしには何を書いているのだかサッパリ理解できない……

 一時間ほど習得しようと取り組んだが、“ゴッドハンド”の片鱗すら見られないので、一旦習得は中断して、いつものメニューをすることにした。先輩によれば必殺ワザは、実力もそうだがイメージが大切らしい。気合が足りないのやら、向いていないのやら。タイヤを背負ってランニングをしながら考え込む。すると先輩からこんな助言が。

 

 

「……自分らしさを出した方が、いいんじゃないか」

 

「自分らしさ、ですか」

 

 

 円堂先輩を尊敬しているわたしだが、何も円堂先輩そのものになりたいわけではない。あくまで彼のように、皆にサッカーを楽しいと思わせられるような選手になりたい、それだけのこと。性別をはじめ、違うことも多いのだから、今の特訓こそ同じでも最終的な立ち位置は違うかも、とは考えていた。しからば、同じ必殺ワザにこだわる必要もないのかもしれない。

 そこでわたしは一旦“ゴッドハンド”のことを頭から追い出して、目の前にぶら下がるすっかりおなじみのタイヤに向けて、自分だけの必殺ワザを出そうとしてみる。

 目の前に迫るボールに、思いっきり自分の感情をぶつけるイメージ……わたしが選択したのは、全力を入れやすいパンチング。足の踏み込み方も自分のやりやすいように。目の前のタイヤに穴を開けるようなイメージで。インパクトの瞬間、一段と気合を込める。

 

 

「せいっ!!!!」

 

 

 その瞬間、拳は()()()()()()()()ように見えた。

 ぶつかったタイヤがバチーン!とすごい音をたてて激しく吹っ飛ぶ。そこに円堂先輩が駆け寄ってきたものだから……ああ、ロープのせいで戻ってきたタイヤで先輩が吹っ飛ばされる。大丈夫ですか、と声をかけに行こうとしたら、肝心の先輩は何も気にしていない様子で飛び起きるとこう言う。

 

 

「すっげー!すっげーよ赤井!これはれっきとした必殺ワザだ!」

 

「必殺ワザ……これが……」

 

「そうだな……気持ちを込めた全力のパンチだから――――“熱血パンチ”っていうのはどうだ!?」

 

「……“熱血パンチ”。じゃあそれでいきます」

 

 

 いい名前だった。その名前を改めて心の中でつぶやいたとき感じたのは――――しっかりとした達成感と、この上ない喜びだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 気づけば五月。最近やっと練習にも慣れて、絆創膏を新しく貼ることも少なくなってきた。絆創膏を買いに薬局へ通わずに済むし、成長をこうして感じられるのは嬉しい。熱血パンチも実際のプレイで使えるようになってきた。並のシュートなら、もはや通さなくなったね。

 円堂先輩も無事“ゴッドハンド”を習得。大きな手のオーラが随分とカッコいい印象だった。本人いわく、安定しないうえにタイムラグがあるらしく、わたしの“熱血パンチ”を練習中だ。

 

 それとこの間、春奈にサッカーを見てもらうことになった。プレイを見せると物凄い驚かれたけど、「ファン第一号になってあげる」とのこと。

 それならばとタイヤ特訓も見せたところ、さすがにたしなめられこそはしたものの、無事彼女公認となり、わたしの親にも隠してくれるらしい。わたしはいい親友を持ったよ……

 

 今日は久しぶりにグラウンドを借りられたので、染岡先輩と再戦する運びとなった。内容は同じくドリブル勝負。彼の動きは――――前の対戦時とそう変わらない。ならば、こっちにもやりようはある。こちらのスライディングは、前とは違うよ!

 

 

「はあっ!」

 

「うおっ!?」

 

 

 我ながら上出来。呆気にとられた様子の染岡先輩を、前の仕返しも兼ねてちょっと挑発する。やる気になってくれて何よりだ。わたしもドリブルはまだまだだから、本気で戦ってきてくれると、良い練習になるからね。

 シュート練習では、この間習得した“熱血パンチ”の出番。みんな驚いていたけど、うん。わたしも仕組みなんてわからないけど、きっとみんなにも出来るんじゃないかな……文献(わたしには解読不能)もあるし。

 

 他のメンツとも盛り上がったその日の対戦は、必殺ワザの練習も兼ねて、日が暮れるまで続いた。やっぱり練習相手が増えると楽しいね、サッカーって。

 

 それにしても、円堂先輩はなんか“熱血パンチ”を習得できそうだし、わたしも自分だけの必殺ワザを生み出さないとマズいかなあ……

……明日は許可貰って、鉄塔広場にこもろうかな。わたしの、わたし()()の持ち味を探すために。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで特訓を重ねて、一ヶ月が経過。

彼女たちはここから、数奇な運命へと巻き込まれていく。

その切っ掛けとなる少年に円堂が出会うまで、あと一日。

 

 

 

 

 

―――― ―――― ――――

 

 この世界線では、主人公が開発した“熱血パンチ”。

 ゲーム的に言えば、レベル1で習得していた、みたいな感じ。



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一方(*音無視点)

 

 

 

 染岡先輩視点が上手く書けなかったので、無慈悲にもカットしました。

 技量が追いついたら書くかも。

 

―――― ―――― ――――

 

 

 

 

 

 四月下旬らしい心地よい風が吹く校庭のベンチで、わたしこと音無春奈は悩んでいた。というのも幼馴染であり親友でもある、シンの様子がおかしいのだ。

 

 彼女がサッカー部に所属したばかりのときは普通だと思っていた。なんでもエンドウって名前の先輩に感化されたとか。その先輩は男の人みたいだし、彼女にもついに春が来たのか~なんてはじめは考えていて、シンも慣れない運動で身体を動かしづらそうにしていたものの、一緒に帰ったり、学校で会話したり、放課後買い物をしに行ったり普通の女子中学生らしくしていたんだけど。それにしては様子がおかしくなっていった。

 

 一つ目は、身だしなみにより気を使うとか、そういった兆候が何一つ見られなかったこと。それどころか隠してるつもりなんだろうけど絆創膏が身体中についていたり、体操着の土の汚れが落ち切っていなかったり、授業中にも居眠りをしかけていたり……と気になる点が多かった。理由を本人に問いただしてみても、「それはタイヤを…………じゃなかった。まあ部活で色々あって……」などとはぐらかされてしまう。……タイヤ?

 

 二つ目に、サッカー部について個人的に調べていたが、なんともまあよくわからないことが多々あったということ。四十年前の雷門中フットボールフロンティア準優勝。その時のチーム、伝説のイナズマイレブン。それからの衰退。それに反して今では部員数が試合もままならないほど少ない、ボロボロの部活だということ。そしてかのサッカー部が参加目標としているフットボールフロンティアは、()()()()

 

 二つの情報から導き出される結論としては、いろいろなものがある。

 そもそもサッカー部に所属していない、言葉巧みに騙されて部員にさせられた、感銘を受けたはいいが試合に出られないことに気づいていない、サボリの口実、サッカー部の連中に目をつけられてイジメの対象に……などなど。

 いろいろと考えてはみたけど、わたしには真実は分からなかったし、これ以上考えても悩みが晴れるとは思えなかった。――――ならば、本丸に突撃あるのみ!!

 

 時は放課後。わたしはサッカー部の部室前に立っていた。部室の見た目はボロボロで、女子が惹かれそうな外観ではないどころか、正直言ってわたし一人で入るには、かなり勇気がいる。――――それでも、彼女の身が心配だ。いざとなったら新聞部の権力を借りてでも、シンを助ける――――そう意気込んで、思いっきりドアを開ける。

 

 

「たのもーっ!」

 

 

 中には、雷門中の男子が4~5人ほど、机の周りにたむろしていた。

 お菓子、ゲームなどが目立ち、とてもまじめにサッカーをするようには見えない。部室は汗臭く、女子用のスペースも、彼女の痕跡もどこにもない。

 そんなことを思っていると、強面の人がゆらりと立ち上がって、わたしの前に立ちはだかる。低い声が響く。わたしも気圧されるわけにはいかない。

 

 

「……なんの用だ。部長なら今はいないぞ」

 

「わたしは新聞部の一年の音無といいます。……赤井心という一年生を、ご存じありませんか」

 

 

 すると目の前の男が、わずかに目を見開いた。しばらくして心底面倒そうに、まるで話などしたくもないとばかりに口を開く。

 

 

「ソイツは確かにサッカー部に入ってる――――だがソイツのことなら何一つ知らねえ。今も何処ほっつき歩いてるんだか」

 

「あんまり話したことないでやんす」

 

「円堂先輩か、木野先輩なら知ってるかもッスね」

 

「――――てめぇら余計な事をしゃべるな。お前も帰れ」

 

 

 机の方にいる二人が、それぞれゲームとお菓子に触れながら、話に割り込んでくる。だが目の前の人は、それを好ましくは思っていないようで、早々に追い返されてしまった。どうやらシンがサッカー部に所属していることは確定みたい。シンは彼らとは馬が合わなかった、ということだろうか?エンドウ先輩、彼がキーであるに違いない。

 

 

 

 *

 

 

 それからは暇なときにサッカー部やグラウンドに顔を出しつつ、シンとエンドウ先輩を探し出す日々を過ごした。だが、どこにもいない。シン本人をつけようとしても、授業終わるとすぐどこか行っちゃうから、追いつけないし……

 探し始めてもう一週間。わたしはいい加減しびれを切らしていた。思わずこんな愚痴を、こぼしてしまうほどに。

 

 

「いったいどこにいるのよ……」

 

「何がよ」

 

「シンがどこで部活をしてるのかなって」

 

「基本的に河川敷だけど」

 

「なるほど河川敷ね! いくらグラウンド探しても見つからないわけ…………って、シンじゃない!? なんでここに!?」

 

「なんか頭抱えてたから、心配になって」

 

 

 心配させている本人が言うのか。

 無意識のうちにシン本人に「探していた」と聞かれてしまうポカをやらかしたものの、彼女は隠すそぶりもなく、練習先が河川敷だという。

 やっていることをはぐらかしている割に、こんなところは正直に話すのかと、わたしは正直拍子抜けした。しかし彼女が堂々と嘘をつくこともないだろうから、わたしは素直にその様子を見学しに行くことになった。

 

 

 

 *

 

 

 

 河川敷に現れたシンは、見たこともないユニフォームを着てはいたが、私も普段からよく知っている、無愛想だけどクールないつもの彼女だった。だけどなぜか、今までより頼り甲斐があると言うか、余裕があるように見える。絆創膏だらけで、やんちゃな小学生みたいになってるくせに。

 

 

「面白いモノ、見せてあげるよ」

 

「……面白い、モノ?」

 

 

 いうが早いか、シンが持ってきたのは大量のボールの入ったカゴ。そのボールがペナルティエリアぎりぎりに、十個綺麗に並べられた。彼女は慣れた手つきでグローブをはめ、ゴール前に立つ。そこにかの円堂先輩と稲妻KFCっていうジュニアチームのみんなが、ガヤガヤとしながらやってきた。

 

 

「ではセンパイ、アレお願いします」

 

「おう!いつでもいいぞ」

 

「アレが見られるぜ!」

 

「楽しみだな~」

 

 

 ひと際沸き立つギャラリーたちにのまれつつあるわたしは、何が起こるのか分からず様子を見る。すると、

 

 ズドン!

 

 重い音が響くと同時に飛んで行ったのは、円堂先輩の本気のシュート。それは女子の体育で飛んで来たら恐怖を覚え、思わず目をそらしてしまうレベルのもの。それがセットされたボール十発分、休むことなく飛んでいく。

 いくら彼女でもこんなことをしては怪我をする。思わず止めようとしたその瞬間。

 

――――彼女の動きが、予想の範疇を上回った。

――――ボールが、()()()

 

 彼女はそれを止める、弾く。全てを流れるように、ときどき燃えるような拳で打ち返しながら対応していく。ゴ-ルには、何も通していない。ボールも爆発したように見えたものの、すべてしっかり原型を保っている。

 

 

「“熱血パンチ”は十発中三発、まあ悪くないか」

 

「カッコいいよ、シンねーちゃん!」

 

「いいぞー!その調子で全部“熱血パンチ”になるようにな!」

 

「了解です。次もよろしくお願いします、センパイ」

 

 

 息が切れていない。それどころか、まるで余興のようにメニューをこなしていく。だがシンの目が、頬を叩く熱の余波が、皆の熱狂的な声援が――――遊びじゃないと()()()()()

 コレが、彼女の見つけた……サッカー。

 

 新聞部である私は、話は聞いていた。映像だけは見ていた。

 サッカーのトップクラスの選手が、「必殺ワザ」を使うことが出来ると。

 そのオーラは凄まじく、他のスポーツには見られない超常現象を引き起こすと。

 だが目の前の幼馴染が、()()()()それを使えるのか?

 サッカーの経験のない彼女が、この境地に至るまでいったいどれほどの努力を積んだのか――――いくら器用な彼女でも、大量の絆創膏や、体操着の落ちぬ砂の色や、授業中にまで表れる睡魔を隠し切れぬほど――――その凄さは、私ですら推測できた。

 

 シンの爛々と輝く瞳に映るのは、もはや目の前の彼だけ。その笑みはとても、恋人に向けるものではなく――――例えるなら生きる意味を見つけたような、今までの私が見たことも想像したこともなかったもの。

――――知らなかった。彼女がここまで物事に情熱をかけられたなんて。

 

 

「あのおねーちゃんは、一ヶ月前からここに来たんだ。初日はおこられるかとおもったけど、今ではすっかりウチの一員さ!」

 

「シンねーちゃんは、サッカーどんどんうまくなってるんだ。最近はすっげーワザも出せるようになったし。円堂にーちゃんより怖いけど、試合すると楽しいんだ!」

 

「そうなんだ……そうなんだね……」

 

 

見知らぬ子供たちから聞く、見知らぬ親友(シン)の一面。その非現実さは、まるで夢のよう。気づけば時は流れ、練習は終わっていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「ねぇ、出来れば怒らないでほしいんだけどさ……実はとんでもない特訓してたんだよね、普通にサッカーするだけじゃ強くなれないと思ってさ……親にもナイショで」

 

 

 練習直後。後片付けの最中に、シンはそんなことを告白してきた。そんなこと、言われなくてもわかってるよ。あんな心配を、わたしにかけるぐらいだもんね……

 そんなふうに話す彼女は、どこか不安げで、それでいていつもどおりに――――わたしを気遣うものだった。あんなことが出来るようになるなんて、自分もいっぱいいっぱいだったろうに、わたしを思ってくれる彼女は、まぎれもなく――――昔から一緒にいた親友そのものだった。

 そんな彼女を、一瞬でも疑ってしまった、信用してなかった自分を、わたしは恥じた。だったら、わたしはどうすればいいか。答えは簡単だ。

 そんな親友を支えてあげるのが――――親友(わたし)の定め。

 

 

「良ければ見ていく……?」

 

「――――うん、見せてよ。シンの特訓」

 

 

 彼女は器用だけど、不器用なのだ。

 彼女の目指す道はたぶん、険しい。普通の男の子が頑張るよりもしんどいだろう。

 きっとケガとは隣り合わせ。大会で有名になれるメドもない。

 だけど、わたしは信じよう。

 夢に向かって一生懸命な彼女を。

――――わたしは彼女の親友であり、()()()()()()、だからね。

 

 

 

 



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帝国、襲来(前編)

 

 

 

 作者は「超次元サッカー」に関して、にわかじゃない自信はありますが、「サッカー」についてはにわかもいいとこです。

 

―――― ―――― ――――

 

 

 

 

「――――それでさぁ、ソイツすっげえシュート打つんだ!」

 

「そんな選手、雷門にいたんですねえ」

 

「でも、ソイツサッカー部入るの乗り気じゃないんだよなあ」

 

「なら仕方ありません、諦めましょう」

 

「……お前なあ」

 

「強さより、やる気の方が大事です」

 

 

 現在は放課後。例によって河川敷に行く最中のこと。

 わたしと円堂先輩は、昨日現れたという謎のストライカーについて話している。わたしは昨日ずっと、鉄塔広場で必殺ワザの研究をしていたので、実際のところは見ていない。

 ちなみに最後の一文はお世辞ではない。わたし自身やる気があったからこそ、ここまで出来るようになったという自負があるからだ。

 

 

「あっそれと」

 

「……それと?」

 

「帝国学園と試合することになった」

 

「帝国学園!!? そっちの方が大問題じゃないですか!? あの天下の帝国ですよ!」

 

「だって仕方ないだろ!! 今日決まったことだし!!」

 

「……ちなみに言いたくないんですけど、負けたら?」

 

「廃部だって」

 

「おお……もう……」

 

 

 もう何も言うまい。大方偉い人に乗せられたとか、そんなんだろうし。

 だが、今サッカー部を潰されるのは非常に困る。ならば、特訓して廃部を取り消してもらえるくらい、強くならなくては……三軍相手くらいだったら、何とかなるかもしれないからね。

 

 

 

 *

 

 

 

 それから話をして、円堂先輩と木野先輩が部員集め主体で動くことになった。

 わたしは……まあ口下手だし友達もそんな居ないし、仕方ないけどさ。まあいつものメニューを通すかな……といつものように鉄塔広場についてタイヤを背負う。タイヤももう馴染んだな……と思っていると。なんとも見慣れない影が目に入るではないか。

 

――――幽霊とかはニガテなんだけどなあ。

 

 恐る恐る近づく。昔のように春奈に泣きつける年でも立場でもないし……かといって確認せず練習できるほど精神は豪胆にもなっていない。

 でも近づいてみたら、拍子抜けもいいとこだった。呆れと脅かされた怒り半分に、影に声をかける。

 

 

「……何してんのよ、壁山」

 

「ひぇっ」

 

「驚いたのはこっちよ……先輩方までいるし」

 

 

 にしても、いつもの特訓場所に他のサッカー部員が来るとは思わなかった。聞くと、わたしがやけに強くなってたから、理由を知りたくて染岡先輩を筆頭についてきたらしい。いいとこあるじゃん。正直、見直したよ。

 さすがにタイヤはみんな背負ってなかったけど、唯一染岡先輩だけがタイヤ背負いつつ食らいついてきた。本人が言うには、「お前にだけは負けん」とのこと。

 そんな調子で、あとは試合を迎えるだけ……部員さえ集まればいいんだけど。ああ、栗松と宍戸、ちょっと残ってよ。やりたいことがあるから。

 

 

 

 *

 

 

 

 試合当日。

 とりあえずは、部員が十一人以上、確かにそろったこと。これはめでたい。目金先輩……はさておき、陸上部の風丸先輩とか、器用そうな松野先輩とかは即戦力になりそうだ。かの謎のストライカーは……入ってこなかったみたいだけど。そもそもわたし、参加できるのかなあ……入れなかったら十一人ギリギリだ。

 

 曇天の中、帝国を待つ。

 やがてわたしたちは目を疑う光景を目にした。さきほどのめでたさが霞むような。

 装甲車の群れ。レッドカーペット。敬礼する控えたち。……ナニコレ、現実?

 というか一軍と戦うんですか円堂先輩!? 聞いてないですって……!

 

 あ、壁山が逃げた……帝国側(むこう)に迷惑かけるわけにもいかないから、わたしが入るか。いいですか……?いいですって、日本の最高峰は懐が広いね。冬海先生(うちの顧問)とは大違いだ。

 ふと見た観客席には……春奈がいてくれた。大体の観客は帝国のプレイに興味があるだけで、雷門(うち)のサッカー部なんて興味がないんだろうけど……少なくても、理解者がいてくれるのはいいものだ。

 だがしかし春奈の表情は、何故か観客の盛り上がりとは正反対。この曇り空のように暗く、落ち込んでいるように見えた。――――コレは絶対に何かあったね。試合が終わったらそれとなく聞いてみよう。

 

 それとあれから円堂先輩も修行して、“熱血パンチ”を打てるようになっていたようだ。“ゴッドハンド”同様、まだ安定して発動には至ってないみたいだけど。しかし自分の技をポイポイ取られると、正直悔しい。結局自分だけの技は見つからなかったしなあ……

 

 しかしそれでも、試してみたいことはある。勝てぬと諦めるには、あまりにも早すぎる。自分の全力を、とりあえずぶつけてみなくては。

 

 

「センパイ、わたしにキーパー、やらせてもらえませんか……! 試してみたいんです、自分の実力を」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 試合開始。わたしたちのボールだ。

 やれることはやった。風丸先輩のドリブル、宍戸からのパス、半田先輩のフェイント、染岡先輩のシュート。今のチームに出来る最大限の攻め。

 だが、わたしには分かっていた。円堂先輩も認めたくはないだろうが、分かってはいるだろう。アレは、()()()()()()()()止められるのだ。

――――ならば、かの有名なキング・オブ・ゴールキーパーに通るわけはない。スローボールが飛んできたかのような余裕をもって、相手のキーパー、源田は対応してみせる。

 

 

「オレの仕事はここまでだ」

 

「さあ始めようか……帝国のサッカーを」

 

 

 いうねぇ。なら、見せてあげるよ。決まった勝負ほど、面白くないものなんてないしね。ボールはハーフラインに戻ってくる。そのとき敵のキャプテンが歪んだ笑顔を浮かべる。コレは――――強者が遊ぶ時の()()()だ。

 

 

「いけ、寺門」

 

「おらあっ!!」

 

 

 今まで人生で受けてきた中で、最強のシュート。それが手を抜いて出せるってことだから、末恐ろしい。

 でもさ、このシュートは散々受けてきたタイヤと()()()()()()()。それなら返せるワザ、あるんだよね。

 位置もど真ん中。カウンター決めるなら、ここっ!

 

 

()()()()()、――――“熱血パンチ”!」

 

 

 シュートが豪炎に包まれ、容易くその向きを変える。先のシュートとほぼ同じ勢いで今度は敵のゴールへ一直線。これでもキング・オブ・ゴールキーパーには通用しないだろうが――()()()の一撃なら、どうだろうか?

 

 

「ハイでやんす!」

 

「いっけーっ!」

 

 

 栗松と宍戸が足を使って、熱を纏うボールをゴール端に誘導。ボールは勢いよく、敵ディフェンスを抜けていく。

 一週間の練習の賜物。これならば――――

 

 相手キーパーは驚いた表情を浮かべながらも、対応してみせた。

 

 

「チッ」

 

「……予定変更だ、“デスゾーン”開始」

 

 

 本気になっちゃったか。点が入らなかったのは残念だけど……口の端が吊り上がるのを感じる。

 

 

「……そうでなきゃ、面白くない」

 

 

――――もっと、もっとだ。日本の頂点とやらを見せて頂戴。

 

 

 

 *

 

 

 

 男三人が空中浮遊している異様な光景。その三人が黒いオーラを出しながら、同速で回転。蹴られたボールの色は、漆黒。物理法則も何も、あったもんじゃない。わたしは必殺ワザの定義を改めなくてはならないかもしれない……

――――そんなところが、日本の最高峰の必殺ワザに対する感想だった。

 

 

「「「“デスゾーン”!」」」

 

 

 あんな馬鹿げたフォームから、これまた馬鹿げた威力、スピード。

 はたしてアレに、こちらのワザが通用するか……?

 だが、最大限の抵抗をさせてもらう。諦めるわけにはいかない。それがサッカープレイヤーとしての矜持。

 

 

「“熱血パンチ“!」

 

 

 一瞬の均衡。だが勢いは確実に向こうの方が上。ずるずる、ずるずるとゴールへと押し込まれていき――――わたしは、失点を許した。

 

 

 

 *

 

 

 

「ごめんなさい、センパイ……止めきれませんでした」

 

「……気にするな、アレはオレたちが受けることになった初めての必殺シュートだ……腕はまだ、動きそうか?」

 

「痺れていますがなんとか……しかし今のわたしにはアレは、止めることは難しいと思います――――後を任せても、いいでしょうか」

 

「……いいのか?」

 

「悔しいですが、サッカー部をみすみす潰されるわけにはいきませんから。ディフェンダーとしての方が、わたしは役に立てるかと」

 

「そうか、あとは“ゴッドハンド”に任せてくれ!」

 

 

――――わたしはまだ、役に立てる。

 

 

 

 *

 

 

 

 結局つまらないサッカーをする相手だ。

 ディフェンダーになったわたしは、帝国のプレイに対し、そんな感想を抱く。

 

 彼らは強く、わたしたちは弱い。そんなものは誰にだってわかることだ。

 油断してくれるなら、わたしたちとしては普通ありがたいというものだろう――――だがわたしは、残念ながら普通ではなかった。

 だがあの相手をなめまわすような、上から目線のサッカー。そんなものは楽しくない。面白くもない。

 せっかく本気になったと思ったのに……やるなら全力できなよ。それが出来るんでしょ?

 全力を出す必要がない相手って言われてるみたいで、鼻につくんだよ……!

 

――――渾身のスライディングを、いけ好かないキャプテンに向けて繰り出す。相手は何事もなかったかのように軽やかに跳躍し、わたしを突破してみせた。こっちのチームの誰も近寄れないと踏んで、こっちを振り返って笑みを浮かべるおまけ付きで。

 

 

「フッ……なかなかやるな」

 

「ああっもう、腹立つ!」

 

 

 逆に煽ってんじゃないの、アイツ!

 

 円堂先輩もまだ、“デスゾーン”のスピードに追いつけていないみたい。“ゴッドハンド”のタイムラグは、なかなかキツイみたいだ。

――――点差は、開いていくばかり。

 

 

 

 *

 

 

 

 深紅の心臓のオーラが、敵を吹き飛ばす。

 観客席とフィールドに、何度目かのどよめきが起こる。

 

 

「“レッドハート”!」

 

 

 わたしが、絶対に負けたくないと思ったもの。

 それが、わたしの武器になると思った。

 たとえ力や技術が、相手に劣っていたとしても、「心」だけは折れたくなかった――――負けたく、なかった。

 だから、その感情がこうして必殺ワザに昇華されてくれて、わたしは凄く――すごく嬉しかったんだ。

 

 

「いくよみんな! 試合時間はまだ残ってる! 何としても、点を取りに行くよ!」

 

 

 声がいつもより張り上げられる。思いがいつもより伝えられる。

 ここに来て、自分自身に勇気をもらったみたいに。

 ふと前を向けば、染岡先輩と目が合った。わたしを見る視線には、なんの敵対心もなく、ライバルだと認めるような瞳が、そこにはあった。

 

 

「お前に士気が引き上げられたのは、少し面白くねえが……いい声出せんじゃねーか赤井」

 

「……染岡先輩!」

 

「今は試合中だから……今までのいざこざ忘れて、乗ってやるよ! お前の気合に!」

 

 

 初めて、チームとして分かり合えた瞬間だった。

 このサッカー部は、こんなところで終わっていい存在なんかじゃない。

 そう思うと、より気合が入るというもの。

 

 

「行くぞお前ら!!!」

 

「「「「「「おおおーっ!!!」」」」」」

 

 

 染岡先輩の声とともに、攻撃が開始される。

 

 

「“キラースライド”!」

 

「うわあっ!」

 

「まだまだあっ!」

 

 

 ボールを取られようと、仲間がわたしに敵を誘導してくれる。

 

 

「くっ、ドリブル技なら!」

 

「“ジャッジs「“レッドハート”!」

 

「ぐわっ……!」

 

 

 そして、わたしが“レッドハート”で、ボールを奪う。

 

 さらに、もしボールを通してしまっても、

 

 

「負けてたまるかーっ!!!」

 

「「「“デスゾーン”」」」

 

「“ゴッドハンド”!」

 

 ズバァァァァン!!!

 

「止めただと……」

 

 

 こちらにはボールのスピードに慣れた、チームの大黒柱がいる。

 

 

 完全にこちらのペースだ。

 これならもしかしたら、いつかは逆転できるかもしれない。

 この部活を消すには惜しいと、思わせられるかもしれない。

 サッカー部も、もしかすれば。

 

――――わたしたちの反撃は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

―――― ―――― ――――

 

(打ち切りエンドじゃ)ないです

 



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帝国、襲来(後編)

 

 

 

音無(キャラ)が、勝手に……

 

こんな予定じゃ無かったんだけど……

 

―――― ―――― ――――

 

 

 

 わたしの“熱血パンチ”と“レッドハート”、円堂先輩の“熱血パンチ”と“ゴッドハンド”をもってしても、戦局は好転しなかった。

 理由は「スタミナ切れ」である。

 ハッキリ言って場数が違ったのだ。体力やガッツこそ同等でも、試合にかかるプレッシャーへの対応の仕方や、全力の発揮時間の違い、動ける人数の差、ボールにより受けたダメージ……などなどがここに来て如実に表れたのだ。

 こちらのメンバーは一人、また一人と倒れていき。目金先輩は逃亡。壁山が戻ってきてくれたものの、今や動けるのは円堂先輩・染岡先輩・壁山・赤井(わたし)の四人だけ。

 

 試合は現在後半20分で、10-0の構図。

 雷門中は、本気の帝国を前にもはや屈するのを待つのみであった。

 

 

 

 *

 

 

 わたしも円堂先輩も染岡先輩も、もう立つので精一杯。

 ひざは笑い、腰は震え、口内に血の味がにじむ。ドリブルなんてもう拙いものだ。

 壁山も頑張ってこそくれたものの、本気の帝国を前にもはやピクリとも動かず、その場で倒れ伏している。

 

 

「あの男を出せ」

 

「……何、いって……るのよ」

 

「しらばっくれるなら、何度でも“デスゾーン”を打ち込むのみ」

 

「ふざっけ……」

 

 

 男三人がまるで当たり前のように、必殺の体勢に入る。

 

 

「「「“デスゾーン”」」」

 

「……染岡先輩!!」

 

「……わかって、るよ! くそったれがぁぁ!!!」

 

 

 もう円堂先輩は“ゴッドハンド”の余力がない。だから三人合わせて、シュートを曲げる。

 こんなことをもう、キーパーを交代して損耗を抑えながら、幾度となく繰り返してきた。

 染岡先輩のキック。

 円堂先輩かわたしのヘディング。

 わたしか円堂先輩の――――“熱血パンチ”。

 

 全てを同じ方向から叩き込み――そんな繰り返しも限界を超えて――吹っ飛ばされた。無残にも、三人まとめて。

 無慈悲にも十一点目のボールと、わたしたちがゴールに突き刺さった……

 

 

 

 *

 

 

 

 立てない。

 意識が、朦朧としてきた。

 さすがに、もう、ダメかも。

 春奈がファンに、なってくれるって、言ってたのに。

 わたしはこんなところで、

 サッカー部も、こんなところで、お終い……?

――――そんなことを思い浮かべた瞬間。

 

 

「もうやめてっ!」

 

 

――――()()()が、聞こえた。

 

 

――――――――

 

 

 

「春奈……」

 

「もうやめてよ、お兄ちゃん! 雷門中の負けでいいじゃないっ! どうしてこんな……こんなっ! 血も涙もないことをっ!」

 

「しかしっ……俺には役目があるんだ」

 

「これ以上私の親友(トモダチ)を、傷つけないでっ!!!」

 

「無理だと言っているだろう!」

 

「これ以上必殺ワザを撃つというなら――――わたしに撃ちなさいっ!」

 

「そんなことは出来ん!」

 

「……出来ないってことは、内心ひどいことをしている自覚があったってことじゃない」

 

「……それはっ! 部外者は下がれっ! 洞面、“デスゾーン”を入れろ! ヤツをとっとと、引きずり出せぇ!」

 

 

 鬼道がそう指示をすると、いつものごとく“デスゾーン”が装填される。

 黒き球が雷門中にトドメを刺さんと、襲い掛かる。

――――それを静観するような、シン(わたし)ではなかった。

 

 

「ぐふっ」

 

 

 ボールにタックルを決めて、肩に思いっきり衝撃を受けたわたしは、情けない悲鳴をあげると同時に宙を舞っていた。

 運よく弾かれたボールは、ゴールから逸れていく。

 

 

「……シンっ!」

 

 

 春奈からの悲痛な叫びが聞こえるが、口を開くことさえ出来やしない。駆け寄ってきた彼女は、わたしの無事を確認して、ホッと胸を撫でおろしたかに見えた。しかし振り返って鬼道を見つめる表情は、もはや兄にものを懇願する妹のものではなく、耐え難い屈辱を受けた怒りを表すものとなっていた。

 

 

「……最低」

 

 

 それっきり敵キャプテンの顔すら見なくなった彼女は、すたすたと歩いて円堂先輩の前に立つ。そして思いっきり、制服を脱いだ。観客席にどよめきが起こる。

 すると、そこに立っていたのは、サッカーウェアを身に着けた彼女。

 

 

「部外者じゃなければ、いいんでしょ?――――音無春奈。今日を持って雷門中サッカー部に、入部します」

 

「……ああ! よろしく頼む!」

 

「なぜだ……なぜこうなる……!」

 

 

 彼女の着ているウェアは()()()

 雷門中サッカー部ファンとして、先日ぜひとも欲しいと貰っていった一着だ。

 いつの間に下に着ていたのやら。それとも試合の始めからこうしてくれるつもりだったのかな。

 ありがとう、春奈。

 

 帝国の方でもどよめきが起こっている。春奈が鬼道の妹であることとか、新たなプレイヤーが入ってきたことに対してだろう。

 冬海先生はどうでもいいとして、わたしたちも驚いているくらいなのだから、彼らは――――

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「構わん、ヤツごと“デスゾーン”で叩き潰せ……勝負の間に入ってくる無粋な素人なぞ、まとめて再起不能にしてしまえばいい」

 

 

 審議の果て、総帥から入った指示。それは鬼道にとって、無慈悲極まるものだった。

 

 

「総帥ッ!」

 

「やれ、佐久間、洞面、寺門」

 

「鬼道……恨むなら、帝国に逆らう馬鹿な妹を恨むんだな」

 

「クソッ……」

 

 

 試合は再開。敵はある一人を除き満身創痍、あるいは逃亡。だが残りの一人は、自分が悪鬼になれるほど愛していた、他ならぬ妹なのであった。

 今“デスゾーン”の始動を止められる人間なぞ、どこにもいない。そして帝国の旗印は……誰にだって、牙を剥くことが出来るのだ。

 

 

「「「“デスゾーン”」」」

 

「やめろっ――――!!!」

 

 

 暴虐とすら言える勢いのボールが、目の前の春奈(いもうと)に向かっていく。彼女は避けようともせず、ゴール前に立ちはだかる。

――――なぜこんなことになってしまったのか……?鬼道はもはや、当惑することと、喚くことしかできなかった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「すまない夕香。一度だけでいい――――サッカーに戻る俺を許してくれ……!」

 

 

 とある男が、脱ぎ棄てられたウェアに袖を通す。

――――彼には静観できないだけの理由が、()()

 

 

 

――――――――

 

 

 

 まさか、いくら何でも本気!? 素人に対して、ノーマルシュートならまだしも、“デスゾーン”を放つだなんて、とても正気じゃない!

 あんなの受けてしまえば春奈はっ……下手したら骨折してもおかしくないのに!

――――だが、疲弊した身体は、もうわたしのいうことを聞かなかった。残る力すべてをもってしてもあのスピードを前に、彼女の盾になることなんて。

 

 ぶつかる――――

 

 ズバアアンッ!!!

 

 予想だにしなかった凄まじい音。見ると、“デスゾーン”の威力はたった一人の男の足によって、完全に相殺されていた。

 

 

「来たか――――豪炎寺」

 

「こいつ等のサッカーはまともだった。にもかかわらず、サッカーで相手を痛めつけるだけに及ばず、素人である自分の妹まで必殺ワザに巻き込むとは――――鬼道とかいう男、絶対に許さん」

 

 

 一見クールな、豪炎寺という少年には、

 怒りの炎が、渦巻いていた。

 

 

 *

 

 

 豪炎寺って人、入ってくれたんだ。これなら一点くらい……

 そう思うと、あれほどボロボロだった身体に、力があふれてくる。 降って湧いた逆転の目。こんなに嬉しいものはない。それは今動けるメンバーは、みんなそうみたいだ。

 

 

「「「“デスゾーン”!!!」」」

 

 

 やっと目当ての相手が来たと、帝国勢がほくそ笑む。そのせいか、今までで一番強力な、会心の“デスゾーン”がゴールに向かう。

 でも、今の円堂先輩なら――――あれほどサッカーが好きな彼ならっ!

 

 

「“ゴッドハンド”!!!」

 

「なっ……どこにあんな力が残って……」

 

 

 勝機に、きっと応えてくれるよね。

――――会心の“ゴッドハンド”が炸裂して、ボールはボロボロのグローブの中へ。帝国のメンバーに動揺が走る。

 

 だが彼も疲れ果ててしまっていて、豪炎寺先輩目がけて遠投したボールは、わたしのところまでしか届かなかった。

 帝国の連中がここぞとばかりに立ちはだかる。でも――――無理のしどころは、今ッ!

 

 

「“レッドハート”!!!」

 

「「ぐわあーっ!!」」

 

 

 最後の力を振り絞り、敵陣を強引に突破。

――したはいいものの、敵もしつこい。執拗にボールを狙ってくる。

 ここからなら……春奈が空いているけれど。

 彼女に渡せば、多分彼女の兄(鬼道)が出てくる。

 激昂している彼女に任せるには忍びないが……やってもらうしかない。

 

 

「春奈、行ける!?」

 

「任せなさい!シン!」

 

 

 春奈にボールが渡ると、案の定というか鬼道が出てきた。

 

 

「やめろ春奈!こんなことはしないでいいっ!」

 

「あなたなんて、あなたなんてっ!お兄ちゃんなんかじゃないっ!絶ッ対に許さないんだから!!!」

 

「そんな……くっ」

 

 

 春奈は言葉こそ荒ぶっていたが、努めて冷静にプレイしていた。いくら相手が精彩を欠いているとはいえ、その一挙手一投足に対応してみせている。

 

 

「わたしだってあなたのプレイ、あの時までずっと見続けてきたんだから――――これくらいならっ!――――“スーパースキャン”!!!」

 

「嘘だろ……」

 

「春奈っ……すごいよ!」

 

 

 冷静な観察眼が、最低限の動きをもって、鬼道を抜き去らせた。帝国からは戦慄が、わたしからは感嘆が、思わず漏れる。

 

 

「染岡先輩!」

 

「おう!」

 

 

 みんな多くは語らず、とにかく前へ。

 春奈から染岡先輩に渡ったボールは、やがて正確な弾道で豪炎寺のもとへ。

 

 

「決めてくれ、豪炎寺とやら!」

 

「“ファイア――――トルネード”!!!」

 

 

 ラスト一分――――間に合えッ……!!!

 円堂先輩から流れるように導かれたシュートは、雷門のプレイヤーの気合と根性により、裂帛の炎となって帝国のゴールに……突き刺さった。

 スコアボードは、11-1を記録した。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「これで終わりだ。データの収集が完了した……撤退だ」

 

 

 そんな総帥の鶴の一声により、我が帝国学園は試合放棄。

 散々な結果――――だがそれよりもずっと、鬼道には負担となっていることがあった。

 突然の妹との再会。妹を迎えるためとはいえ、知られたくなかった行為の数々。そしてそれを見た――――春奈の反発。

 処理しきれない感情が、少年を悩ませ、歪ませ。そして狂わせた。

 そして彼は、ひとつの短絡的な答えを叩き出す。それを責めることが出来る人間など、この場には存在しない。

 

――――そうだ。豪炎寺(アイツ)がもっと早くに顔を出しさえすれば、こんなことにはならなかった……!

 

 

「アイツのせいで、アイツのせいで……俺は春奈に嫌われた……おのれ豪炎寺修也ッ! 絶対に許さんッ!!!」

 

 

装甲車に、慟哭が響いた。

波乱はまだ、始まったばかり。

 

 

 

 

―――― ―――― ――――

 

鬼道 → 豪炎寺

 お前さえいなければッ!

豪炎寺 → 鬼道

 兄としての風上にも置けん!

 

鬼道 → 音無

 春奈……なぜ……

音無 → 鬼道

 お兄ちゃんのバカぁっ!

 

 

 

変化したこと一覧

 円堂が主人公の存在により若干成長(熱血パンチが打てるくらい)

 染岡が主人公の存在により若干成長(帝国相手に倒れないで、味方を信用できるくらい)

 主人公参戦!

 音無参戦!

 音無がお兄ちゃん嫌いに

 豪炎寺の戦う理由変更

 豪炎寺と鬼道が、宿命のライバルに

 一年生勢が女子たちの尻に敷かれる(確定事項)

 

 

 

あーもうめちゃくちゃだよ

 

鬼道かわいそう(小並感)

 



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激闘の翌日



引っ越しがある程度片付いたのと、
感想貰ってテンション上がったので、
ちょっと早めに投稿。

会話文多めに仕上がったので、ちょっと書式を変えました。

尾刈斗戦、遠くね?



 

 

 

 帝国との激闘の翌日、雷門中サッカー部員は珍しく部室に集まっていた。というのも、

 

「皆さんには、お兄ちゃんに勝ってもらわないと困るんですっ!」

 

 昨日盛大に兄妹(きょうだい)喧嘩した、わたしの親友(春奈)がみんなを引きずって連れてきたからだ。

 

「お兄ちゃんがあんなに冷酷になってしまったのは、満足に戦える相手がいなくなって、サッカーの楽しさを忘れてしまったからだと思うんです────だから、わたしはみんなに勝ってもらいたい。サッカーの楽しさを知っている、皆さんに!」

 

「俺はやってやる。いずれにせよアイツだけは気に食わん」

 

「そんなこと言ったって!」

「正直、実力に差がありすぎるッス」

「そうでやんす!」

「そうです!」

 

 新たに加入した豪炎寺先輩の力強い言葉に待ったをかけるかのように、宍戸・壁山・栗松・少林寺(一年生カルテット)から弱気な発言が飛び出す。それと同時に豪炎寺先輩は下を向き、染岡先輩は悔しそうに舌打ちする。言わないだけで、それは分かりきっているはずだ──あの戦いを経験したものならば。

 

「……それに尾刈斗中との練習試合だってあるんだぞ」

「ひあっ!」

「……今の高い声ってひょっとして」

 

 いきなり背後で喋らないでよ、()()()()! わたしそういうのほんっとダメなんだからぁ! この雰囲気に似合わぬ声を出してしまって注目を集めたことに少しばつが悪くなり、わたしはゴホンと咳払いして、一応その元凶を睨んでおく。

 

 しかし影野先輩はあくまで事実を述べただけだ。タイミングと位置が最悪だったけど。実際冬海先生が主導して勝手に決めた練習試合は、もう再来週の日曜日に決まってしまっている。もちろん負けたら廃部。でもこの試合はわたし達(女子)が出られることと、流石に昨日の帝国ほど強くはないことが救いだ。

 

「ただ、いわくつきなのよね……」

 

 春奈の見せてくれた資料には、尾刈斗中と戦う相手が突然動くことが出来なくなっている映像が映し出されていた。壁山なんかは「幽霊の仕業ッス~!」なんて言ってたけど、まさか、いや、そんなこと。あはは、ナイナイ。あってたまるか。サッカーだぞ? 

 

 しかし、幽霊以外となると……

 

()()()()、だよねぇ」

「わたしもそうじゃないかと思っているのよ、シン」

「ということは、突破にはおそらく必殺ワザが必要ってことか……」

 

 半田先輩、その通りです。

 

「そういや、円堂、赤井。お前らって必殺ワザってどれぐらいで使えるようになったんだ?」

「オレは、“ゴッドハンド”は一年以上やってたぞ」

「わたしも“熱血パンチ”打てるまでに一ヶ月くらいかかりました」

「あのアホみたいな特訓しながら、一ヶ月だあ!? じゃあどう考えたって試合に間に合わねぇじゃねぇか!」

 

 うーん、確かに染岡先輩の言う通り。春奈はお兄さんのプレイを見てたのと、強すぎる反抗心が合わさって、すぐに“スーパースキャン”(アレ)使えたけど、例外だよねぇ。朝にちょっと春奈と試してみたけど、安定して発動はまだ出来てなかったし。あくまで火事場の馬鹿力ってヤツだね。

 

「そうでもないかもしれんぞ」

「……豪炎寺先輩、どういうことですか?」

「昨日の染岡を見ていて思ったんだ、もうお前は必殺シュートを撃つ資格がある」

「……オレがか?」

「必殺ワザに必要なのは、十分な基礎体力と、強いイメージだ。あの帝国相手に終盤まで食らいつけたんだ、体力は十分だ。つまりあとは」

「オレの、強いイメージってことか……」

 

 なるほど。必殺ワザを使いこなす張本人が言うことなら間違いないね。でも、それってつまり──

 

「必殺ワザのない残りの連中は、おそらくというかほぼ間違いなく基礎体力が足りない。あと音無もだ」

「え゛っ」

「ということはまさか」

「タイヤ担いで走るんだよ、みんなもわたしと一緒にね」

「「「「「「「「「えええええぇぇぇぇ!!!」」」」」」」」」

「えぇ……?」

 

 影野先輩だけ、テンション低いな……

 

「オ、オレは陸上に響いたら困るから……パスd」

「ダメですよー風丸先輩、センパイ(円堂先輩)の特訓を見て入部決めたそうじゃないですか。その特訓できるチャンスなんですよ」

「やりたいなんていってないだろうがあ!」

「ダイジョーブですよ、そのうち慣れます──松野先輩も逃げない」

「なんでバレたのさ! イヤだぁ! 無理だって!」

「おいみんな、盛り上がってるところ悪いけど──タイヤが足りないぞ」

「ホントですかセンパイ」

「ああ、流石に9人分はないな」

 

 露骨にホッとした声が聞こえる。おのれ。

 うーん、しかし交代制でゆっくりやる余裕もないわけで。どうすればいいんだろう? 

 

「そこでわたしに考えがあります!」

「なによ、楽したいとかナシだからね春奈」

「特訓吹っ掛けたのわたしみたいなところありますから、そんなことしません! コホン、わたしは新聞部の活動の一環として、調べていたことがあるんですよ」

「それって……」

「伝説のイナズマイレブン、ですよっ!」

「「ああなんだそれかー」」

「それかー、ってなんですか! もしかしてもう知ってたんですかっ!」

「いや、センパイのおじいちゃんが、そのチームのキャプテンだったらしいの」

「だったら、何かないんですか!? あの帝国にも勝てたかもしれないと言われたチームなんですよ! 練習法とかそういう……」

「オレはこのノートしか知らないぞ」

「拝見させていただきます! ……なんですかコレ? 落書き?」

「やっぱりセンパイ以外に読める人なんていないよねーこのノート、読めても分からないし」

「このノートには、“ゴッドハンド”の一部だけしか載ってないな、練習法なんてないぞ」

「ええっ、じゃあええっと、他に知っていそうな人がいるのは……」

 

 

 *

 

 

()()、ですね」

「ここって……」

「……マジかよ」

 

 たどり着いたのは、()()()()の前。

 

「伝説のサッカー部と言っても、雷門中にいたわけだから、何かしらの資料が残っているかもしれない──そういうことだな」

「その通りです、豪炎寺先輩」

「で、でもよう! 理事長はサッカー部潰そうとしてるんだろ!? そんな簡単に渡してくれるわけが──」

 

「──()()、渡すって?」

 

 ふっと響いた()()()()()()声に、わたしたちは一斉に振り返る。そこにいたのは、

 

「雷門、夏未……!」

 

 円堂先輩のもらした声に、ええ、とほんの少し嫌そうに答えた彼女は、表情を取り繕って──といっても未だ冷酷そうではあったのだが、改めて話を振ってくる。

 

「それで、こんなに大勢で何をしているのかしら。尾刈斗中に怖気着いた……ようには見えないのだけれど」

「知りたいことがあるんです」

「あら、あなたは……」

「初めまして、一年の赤井 心と言います」

「……ふぅん、礼儀正しい子もいるのねサッカー部には」

 

 その言葉に、ムッとした円堂先輩が割り入ってくる。

 

「おいそれどういう意味だよ」

「ふふ、言葉通りの意味よ」

「なんだと?」

「あら、いいのかしら? せっかくコレあげようと思ったのに」

「そ、それは! 秘伝書……って書いてある」

「あなた読めるのコレ……まあ大事にしまってあったってことは、あなたたちにとっては貴重なモノみたいだし、貴方にあげるわ」

 

 円堂先輩は、彼女がそう言い切ったと同時に、秘伝書? をひったくると、パラパラとめくっては、ぷるぷると震え始めた。

 

「すっげー! すっげーすっげー! 見たことのないワザが一杯書いてあるぞ! こうしちゃいられない、特訓だ特訓!」

 

 言うが早いか、男子全員と春奈は円堂先輩に連れ去られる。残っているのはわたしと雷門夏未(このひと)だけ。

 

「あらあら、せっかちね。まだ渡したいものがあったのに。じゃあコレは、貴女に渡しておくわね」

 

 そう言って、手に何かを握らされる。これはなんだ──()? 

 

「なんでも、伝説のイナズマイレブンが使ってた秘密の練習場の鍵、らしいわよ。開かずの扉って言ったらわかるかしら」

「七不思議の開かずの扉って、イナズマイレブンに起因していたんですね……」

「あら、あなた幽霊とか信じる人だったの?」

「んんっ、ヤダナーモー、そんなことあるわけないじゃないデスカー」

 

 ふと、気になったことがある。彼女はどうしてここまでのことを、してくれるのだろうか。

 

「どうして、でしょうか」

「え?」

「どうして、ここまでしてくれるんですか」

 

 彼女は、多少面食らったような顔をしたかと思うと、ニコリと笑ってこう言った。

 

「あの試合、なかなか面白かったわよ──だから、そのお礼、ということでいいかしら?」

「──ありがとうございます」

 

 ひょっとしたら、彼女もサッカーに惹かれているのかな。

 

 

 *

 

 

「あんな子が、あんなプレイをするのね……サッカーって何なのかしらね」

 

 たぶん彼女は、わたしが十分離れていたから、聞こえていないと思って口が滑ったのだろう。

 だけれどもこの廊下は、その呟きを遮るには、あまりにも静かすぎた。

 たった二人しか、いなかったのだから。

 

「なんなんでしょうね──それを知りたいから、サッカーしてるのかもしれませんね」

 

 こちらの返答とも言えない呟きは、彼女に届く前に、丁度窓に吹いた風の音に打ち消され──彼女の耳に届くことはなかった。

 

 ──── ──── ────

 

「ハアッ……ハアッ……」

 

 ものすっごいしんどい。

 早速イナビカリ修練場? とやらの鍵を使って入ったはいいものの、流石に40年も前のもの、ロクに動くはずもない……と思われた。しかし、掃除すればあら不思議。当初予定していたタイヤ特訓なんか目じゃないくらい────床は動くわ、ガトリングみたいなボール発射台があるわ、レーザー飛んでくるわで、もう全身がボロボロだ。

 特訓については満足なんだけど、更衣室もトイレも男子用しかなかったのがなあ。リフォームとかできないのかな。わたしはまだいいけど春奈には悪い。

 

「でもこれなら、3~4日で基礎身に着くんじゃないかな」

「これ、明日みんな動くこと出来ないんじゃないですかね……」

「いける、いけるって」

「こんなの耐えられる一年、赤井くらいしかいないでやんす! ふざけるなでやんす!」

「音無さん、動いてないッス……」

「ほらー春奈―、起きて“スーパースキャン”やるよー」

「死んじゃいますよ!」

 

 まあ、わたしも円堂先輩に出会ってすぐコレやってたら、学校で倒れてたかもしれないな。ううん、仕方ない。今日は解散かな。

 

「よいしょ」

 

 掛け声とともに、春奈を背負う。

 

「じゃあ、わたし春奈送り届けていくから、適宜解散ね~」

「なんでこの状態で人背負えんだよ……」

「もはやゴリラでやんすね」

「やっぱ、宍戸と栗松残って。キーパー練習するから」

「「ああああぁぁぁぁぁ!」」

「「……余計なことを言うからッスよ(ですよ)」」

 

 同輩のことはほっといて、少し物思いに耽る。

 わたしは試合までにいったい何をすることが出来るだろう? 

 基礎体力だけ鍛えるというわけにもいかない。

 ならば、新技の開発か。あるいは、円堂先輩の秘伝書を頑張って解読するか。あるいは“レッドハート”を応用してキーパー技に──()()()? 

 わたしの目標は、円堂先輩のようなキーパーになることだ。

 なら、わたしらしさを最大限いかした技は、キーパー技になるんじゃないか? 

 

「……もしかしたら」

 

 私の脳裏によぎったのは、“レッドハート”は()()()()()()のかもしれない、という可能性だった。

 

 

 






 実際リフォーム前のイナビカリ修練場の設備ってどうなってたんだろう。
誰かメンテナンスくらいしてないとヤバい……というか夏未さん御影専農のちょっと前の時点で大金支払ったことになるんじゃ……超次元だからいっか!(思考放棄)

 この世界線では、リフォーム前に明け渡されたイナビカリ修練場。40年前の更衣室やトイレとかすごいことになってそう。そもそもあるのかな?とも思ったけど、なかったらさすがに困るよね。



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