劣等生の世界の一般魔法師女子にTS転生してしまったんだが (機巧)
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プロローグⅠ 入学式

後書き挿絵あり。見たくない方は挿絵オフ推奨




──2096年4月8日。

 

日曜日にも関わらず、国立魔法大学付属第一高等学校には多くの人が集まっていた。

と言うのも、今日は魔法科高校の入学式だからである。

 

この第一高校では例年日曜日に入学式が行われるのが通例である。魔法科高校のカリキュラムは、修学旅行はおろか遠足さえもない過密スケジュールから構成されている。このため、平日に入学式を行う余裕がないのである。

 

会場である講堂は、式が既に始まっているために静かであるが、そこはかとない熱気に包まれている。

 

おろしたての真新しい制服に袖を通し、初めての登校を迎え緊張した面持ちで席に座る新入生。彼らを、舞台袖から見る者がいた。この第一高校の生徒会長、中条あずさである。

 

 

(──今年も()()()ちゃっています……)

 

 

声にならないため息をつくあずさの前には、文字通り『分かれて』座る生徒たちの姿があった。

前の方に座る生徒たちの制服のエンブレムには8枚花弁があり、後ろの方に座る生徒のエンブレムには何もない。

 

 

その違いはすなわち『一科生』と『二科生』である。

 

 

──魔法科高校の中でも第一高校から第三高校までの計3校には、2科制度というものが存在する。

 

一学年200名の合格定員のうち入試成績上位100名を一科生、下位100名を二科生とし、このうち一科生にのみ指導教員がつくのである。

 

これは指導教員の人数的な問題で、即時的な改善は不可能であるものの、実質的な区別は指導教員の有無以外には殆ど存在しない。

 

 

にも関わらず、この区別を元にした差別が存在する。

 

というのも、指導教員の差がとても大きいと言わざるを得ない故である。

すべて独力で魔法を学ばなければならない二科生と、指導教員のいる一科生。

指導教員の有無による差は、卒業時点での魔法科高校の卒業資格に大きく表れているといえよう。

 

すなわち一科生は無条件で魔法科高校の卒業資格を得られる点である。

対して、二科生は専用の試験を突破しなければ魔法科高校の卒業資格は得られず、普通科高校の卒業資格のみしか得られない。

 

これからも分かる通り、入学時点ではあまり差がなかったはずの一科生下位の生徒と、二科生上位の生徒について、明らかな魔法力の差が卒業時点でできているということになる。

 

魔法は国防の要となっており、限られたリソースを有効的に使うと言う点において、この区別が効力を発揮していると言わざるを得ない。

 

そしてこれらの事実が、『差別』の温床になっていることは、紛れもない事実である。

 

一科生は、一科生である事自体をエンブレムの8枚花弁にちなんで『ブルーム』と誇る。逆に2科生は、自らのことを一科生のスペアである『ウィード(雑草)』と自嘲する。

 

この問題は、魔法の指導教員不足からなかなか改善ができないものであり、生徒会は常にこの問題に端を発する魔法行使などの問題に苦悩してきた。

 

 

……そして去年。

その差別に苦悩する二科生が、第一高校を襲撃したテロリストに唆されてしまうという事件なども発生した。

 

このこともあって、あずさが尊敬する先輩、昨年度の生徒会長である七草真由美は、できる限りの対応をプレゼンし、実行した。

彼女は生徒会長を降りるときには、唯一根深く残されていた『生徒会役員の選任に関する制限』──すなわち生徒会役員は一科生のみとする制限──を取り払った。

 

そうして、実技指導に関するものを除き、そうした区別は全て取り払われた……はずだったのだが。

 

 

 

結果は見ての通りである。

 

 

 

一科生は講堂における階段状の席の前側に座り、二科生は誰に言われるわけでもなく後方に座る。

……何も知らないであろう新入生たちにそうさせてしまうのは、積み重ねた差別の重さか。

 

 

(……制度に関する区別がなくなったとしても、差別自体はそう簡単には無くならないというわけですね)

 

 

少し落胆しつつも、先輩が残してくれた差別撤廃の意思を引き継ごうと、改めてあずさは決意した。

 

 

(……それに)

 

 

それに良い兆候もある。

それが今、現在壇の上から聞こえる言葉である。新入生総代として登壇し、答辞を行う()()は、『平等に』とか『協力して』と言った言葉をさりげなく使っている。

 

その言葉は、昨年度の新入生総代を務めた少女と重なる部分がある。

 

彼女も(その兄も含めちょっと規格外だが)入学前からその差別を憂い、自分たちに協力してくれた。

 

 

(また、そういう子が入ってくれて嬉しいです)

 

 

いいことだ。2年続けて(自分や先輩を含めると少なくとも4代続けてということなるが)新入生総代がその差別を憂いているということなのだから。

 

彼らは魔法という特殊な技能を有するとはいえ、高校生。多少ミーハーなところがあるため、そのトップが差別に対して反対的な方針を持っているということは、とても大きい。

 

とはいえ、あまりにも先進的な意見だと逆に出る杭は打たれるが如く、その意見ごと本人は追い詰められてしまう可能性もあるのだが……。

 

 

(……どうやらその心配は無いようですね)

 

 

入学生の方を覗くと、差別に反対するワードに気づいているのかどうかはわからないものの、否定的な視線は殆ど存在していない。

 

それはリハーサルの前に見せてもらった彼女の答辞の文章構成もあるが、それ以上に新入生総代である彼女の存在が大きかった。

 

舞台裏に止まったまま、音を立てないようにしながら位置を少しだけずれて、答辞を続ける彼女の横顔を覗く。

 

 

(……改めて見てもとても綺麗な子ですね)

 

 

篠宮玲香。

 

事故に遭い昏睡状態になり、中学校を1年間原級留置(要は留年)したにも関わらず、魔法能力を失うことなく、逆に努力によって主席入学をしてきた少女。

 

光の当たる角度によっては、金色にも見える色素の薄い艶やかな白銀の髪に、赤い満月のように煌めく瞳。色白にも関わらずハリのある肌はどうやってケアしているのか、四六時中訊きたくなるほどである。

張り上げる声は凛としたハスキーボイスで、マイクに聞き惚れるくらいよく通っている。

 

 

その容姿たるや、今まで見たことのあるぶっちぎりで1番だと思っていた美少女に、迫る勢いである。

 

講堂に存在する新入生の少年少女たちが静かに彼女の話を聞いているのは、単に緊張しているというだけでなく、見惚れている割合の方が高いのではないか、と思うあずさであった。

 

それに、春休みの入学式リハーサル前にその子の履歴書を見た、普段滅多に表情が動かない後輩の男子が眉を少し動かしていたのが印象的だった。

彼の妹──あずさがこの世で1番容姿が整っていると感じている少女──を見慣れているだろう彼でも、反応するくらいということである。

 

 

後進者育成のため、新入生総代が生徒会役員になることは恒例となっている。今年もそうなれば、彼の妹と同じく、生徒会広告塔の二枚看板みたいになるだろう。そうなったとしたら改革も進めやすくなるだろうか……と脳の中で思案しつつあずさは、ふるふると首を振った。

 

新入生総代の生徒会役員任命は本人の意思によるから、今それを考えたとしても取らぬ狸の皮算用になる可能性があるからである。

 

だからこそ、より生徒役員になってくれる可能性を増やすために、憧れてもらえるよう、威厳のある生徒会長を演じようと、あずさは十分に気合を入れて自らの出番の用意をするのであった。

 

 

 

(──ぜひ入っていただかなければ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じで熱狂の渦にいる少女はというと。

 

 

(やばいやばい、『反射』のリソースを破れちゃったストッキングの維持に使ってるせいで、ストッキングが蒸れまくってやばいんですけど! というか魔法科高校の制服のスカートってなんでこんなにタイトなんですかぁ! キツすぎ侍! 前世男子にはキツすぎなんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)

 

 

 

 

 




篠宮玲香
中学2年生の時に事故に遭い、前世で男子大学生だった記憶を取り戻したことによって、自らのBS魔法が【一方通行】に似たものであると気づいた少女。精神の主体は前世であるが今世の意識も併せ持つ。
今世の性格の影響で、お肌や髪の毛のケアといった戦闘に関係ないことにベクトル操作を使って深雪にも見劣りしない(超える、ではない)容姿を保っている。
入学式のリハーサル時に慣れないきついスカートのためストッキングをひっかけて破いたことにより答辞の間、穴が開かないよう、その制御に必死になっている。そのせいで常時行なっている反射を設定し忘れ、ストッキング内が蒸れ蒸れになって焦り中←イマココ

挿絵注意

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プロローグⅡ 篠宮玲香Ⅰ

挿絵注意。嫌な人はオフ推奨。



──魔法。

 

 

1990年代後半に世間に広く明かされたその技能は、およそ1世紀をかけておおよそ定式化されたものへと変化した。

 

だが、魔法そのものはある程度定式化されたとしても、その魔法を扱う魔法師(正確には魔法技能師)の魔法技能の継承については、何も分かっていない。

 

魔法技能の継承に関しては遺伝的な要因が大きいということであるが、逆にいえばそれ以外はほとんどが分かっていないと言える。

 

その遺伝的要因すらも寄与が大きいというだけで、定かではない。

 

代々優秀な魔法師を輩出してきた家柄にも魔法力を持たないものは生まれるし、逆に何も魔法力を持たない両親から魔法技能を有する子供が産まれることもある。

 

 

 

篠宮玲香は、母親が魔法力を()()()()()こと以外は普通の家庭に育った。

母親は先程の話における後者の方で、魔法技能を有さない両親から生まれた魔法師()()()

それを玲香は引き継いだと言える。

 

母親が魔法師であったと過去形で示しているのは、すでに魔法力の大半を失っているからに他ならない。

 

そもそも魔法の資質を有するものは少なく、実用レベルで魔法発動できるものとなると、中高生なら年齢別人口比で1/1,000前後である。そして魔法事故などで魔法機能を失うことも多々としてあり、成人後も実用レベルの力を維持しているものはさらにその1/10以下である。

 

玲香の母親はこの1/1000にはなれたが、そのさらに1/10にはなれなかっただけの話。大きな事故を起こしたわけでもなく、ただ単純に成人後には魔法を扱えなくなったというよくある話である。

 

 

 

つまり、今現在として見かけ上、両親はどちらも魔法の使えない一般人であることには変わりはなかった。

ただ、通常の家庭より魔法に触れる機会が多かったのは事実である。

 

そんなわけで、幼い頃、玲香が無意識のうちに発動していた極微量の念動力(サイコキネシス)に母親が気づいたのは偶然ではなかった。

 

体表面に触れたり、体表面から半径10センチ以内にあるものがほんの少しだけ震えることに気づいた母親は、自分の夢の代わりに魔法師になってくれそうな玲香に、喜びに震える──ことはなかった。

 

夢は夢であり、かつて破れてしまった夢を無理やり自らの子に押し付けるほど彼女はもう子供ではなかったし、何より母親であった。

 

ただ、制御できない魔法技能は本人にとっても危険であるため、魔法を教える公立の塾に放課後通わせること以外は、自らの子供の自由意志に任せた。

 

だが、公立の塾には魔法技能を有することを得意げに見せびらかす子供しかおらず、それに感化されたのか、それとも母親に残っていた微妙な未練を子供心に感じ取ったのか、玲香は魔法師を目指すようになった。

 

 

 

先天的な超能力──すなわちBS魔法である念動力を持っているため、通常の魔法技能を持っているかどうかは怪しかったが(BS魔法を使うほとんどのBS魔法師はそれしか使えないことも多い)、幸い玲香は通常の魔法行使能力を保持していた。

 

物分かりがよく、それなりの強さとはいえ念動力で魔法行使の感覚を持っていた玲香は、中学校に入学する頃には塾でもトップクラスの魔法技能を有するようになっていた。

 

この頃には、念動力は体表面から半径10センチの範囲に入ったものなら、それなりの重さでも浮かせられるようになっていた。

 

とは言っても、一般の魔法師の中ではトップクラスというだけで、同年代の十師族や二十八家、百家などの子女には及ぶべくもなかったが。

それでも、国立魔法科大学附属高校にもそれなりの成績で入学できそうということで、本人が望む技能を有し、その能力も高いともなれば、家族は皆応援ムードに入っていた。

 

これはおそらく玲香が絵が好きで、絵画の才能があったということでも家族は皆喜んで応援しただろう。両親は、自らの子供が自らの選んだ道に進む資格そのものがあることが嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

だが、そんな時玲香は事故にあった。

 

玲香が中学2年生になった夏のことである。

犬の散歩をしていた5歳くらいの少女が暴走する犬に引かれて、高速運転するキャビネットの前に出てしまうという事件が発生した。

 

目の前で飛び出した少女を助けようと、勝手に体が動いてしまった玲香は(魔法は意思によるものであるため、意思が身体を動かしてしまう魔法師はそれなりに存在する)、咄嗟に少女とキャビネットの間に体を滑り込ませていた。

 

本来キャビネットは危険を感知し、それを避ける自動運転プログラムが存在する。しかし今回に限っては犬の挙動が不規則だったのもあって、事故対応のために緊急減速したものの、完全に減速し切ることができず玲香に激突してしまう。

 

その激突するほんの刹那。

走馬灯というのか、知覚が限界まで引き伸ばされた玲香は、ついこの間にテレビで見た今夏の九校戦の新人戦の一幕が脳裏に浮かんだ。

 

それは、第一高校の新人戦モノリス・コードに出場した巌のような人物が、さまざまな障壁魔法を纏って突進する姿であった。

 

その魔法に何故か惹かれた玲香は、障壁魔法の一つ、対物ベクトル反転障壁を塾にて先生に頼み込んで術式を貰い、親から中学入学祝いのプレゼントであるCADに落としていた。この術式はライセンス所持者に魔法師協会から公開されるものの一つで、難易度もそれなりであり、練習中でもあった。

 

 

──ああ、ベクトル反転障壁が使えていれば……

 

 

CADを持っていないにも関わらずそんな思いを覚えた玲香は、自らが無意識に展開する念動力の壁にキャビネットが触れたことを知覚し、反射的に目を閉じたのだった。

 

 

 

脳を揺さぶられる衝撃の中、玲香は何故か九校戦でその術式を行使していた人物ではなく、見たこともない白い髪に赤い目をした青年の姿を思い返していた──。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

今思い返したのは誰だろう。そんな思いとともに玲香の脳裏に【一方通行】と書いて【アクセラレータ】と呼ぶ不思議な単語が浮かんできた。

 

それを思い出そうとした瞬間、玲香は前世の記憶を思い出し、覚醒した。

 

 

 

 

──その瞬間、世界が爆発した。

 

 

 

尤もこれは比喩的な表現で、実際には何一つとして事象が起こったわけではない。

玲香自身が自分の知覚する情報量が多すぎて、爆発したように感じられたのだ。

 

 

それは『向き』という情報だった。

 

布団と病院の衣服が擦り合ってできる静電気の動きの向き。おそらく何かの点滴の液体が体内に入ってくる向き。微かな病院の空調の流れの向き。視覚に入ってくる光の向き。視覚に入ってこない光の向き。太陽光による紫外線の向き。物体が太陽光を反射する反射光の向き。太陽光の赤外線の向き。体にかかる重力の向き。自らの髪の毛と髪の毛の相互作用の向きと、それによって生じる静電気の移動の向き。体内の血液の流れの向き。衣服が体にかかる静電力や重力の作用の向き。空気の圧力の向き。微かな音波(誰かの声だろうか)の向き。空気分子の流れの向き。ベッドから自身に及ぼす垂直抗力の向き。体温と室温の温度差によるほんの少しの熱量移動の向き。病院のどこかにある電子機器が発する微かな振動が壁を伝わってくる向き。生体電気の向き。脳の電気信号の向き。空気中の水分移動の向き。何かしらの低周波の向き。石か何かが発する自然放射線の向き。体に触れる分子の弱い相互作用の向き。強い相互作用の向き。自らが発する黒体放射による電磁波の向き。体の動きに応じた筋肉移動の向き。呼吸における空気移動の向き。空気中の塵の移動の向き。そして地球の自転の向き。プレートテクトニクスによるプレートの動きの向き。発汗した汗の動きの向き。体内にて点滴の成分を吸収する向き。骨にかかる作用の向き。脳波の動きの向き。カーテンが動いたことによるほんの微かな空気対流の向き。あたりを飛び交う通信機器の電磁波の向き。

 

 

 

そして、──自らが取り込んだり発したりする想子(サイオン)の向き。

 

 

 

そのほかにも、ありとあらゆるものの『向き』という情報の海が、玲香に押し寄せていた。

 

そして特に最悪なのが、股につながるカテーテル(寝たきり入院患者の排泄装置)が吸い出す尿の向きまで感じ取れてしまうことである。

 

嫌な思いをしつつ、吹き荒れる情報量にじっと耐えていると、それから感覚を逸らす方法がわかってきた。『感覚を閉じる』といえばいいのだろうか。北国に引っ越したあと、少々の気温の変化に慣れていくように。普段は寒いと感じなくなったけど意識してみれば寒いな、という風になるような感じである。

 

 

 

 

ようやく感じられる感覚を、通常の六感(通常の五感とサイオン知覚能力)だけに戻すことができた頃には、かなりの時間がたっていた。

 

先程の情報は何だったのだろう、と考えると漠然としたイメージで、ベクトルを知覚しているのではないかということが、だんだんぼんやりとわかってきた。

 

その頃には自意識もはっきりしていて、自分は篠宮玲香であるが、主体は前世の男子大学生の方の影響が大きいことがわかった。何より脳内で今までキャーキャー言っていたアイドルとかイケメンを思い出しても何にも思わない。興味を示していた恋愛にも、あまり進んでしたくはないという感じであった。

 

だけど女の子としての意識はあるようで、入院生活で荒れてしまった肌や毛の処理などはかなり気にしているという歪な状態が出来上がった。

 

そして、今の置かれている状況が、おそらく事故の結果であることなども把握できた。あの少女を助けた結果、こうして入院することになったのだろう、と。

 

 

そんなこんなでようやく自分の気持ちを落ち着かせ、上半身を起き上がらせることのできるようになった玲香は、ナースコールを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから先は怒涛の展開だった。

 

 

看護師や医師には驚かれ、意識がはっきりしていることを確認され(指を立てて何本か答えるものが本当にあるとは思わなかった)、その後、両親には思いっきり抱きしめられた。

 

無論無事でいたことをひとしきり喜ばれた後は、危険なことをしたとして思いっきり怒られたのであるが。

 

その話を総合すると、どうやら玲香は数ヶ月もの間昏睡していたらしかった。

ここまで昏睡していた人間が普通に意識がはっきりして目覚めるなんて、奇跡だとも言われた。

 

そんなこんなで色々検査をされつつ、今後リハビリなどの方針が決められていく中、新人看護師が台の上でコップの水をこぼし、その水が玲香に溢れてくるという事件が発生した。

 

水がこぼれてきたのは太もものあたりで、しかも水という液体だけであるから触れても冷たいくらいで何も起きようがないのだが、ぶつかる、ということに恐怖を覚え、目をグッと閉じると念動力の膜に水が触れたことがわかった。

 

 

──こないでっ!

 

 

事故の恐怖がまだ鮮明だからか、そんな思いが玲香を占めた。

するとどうだろう、水は玲香に触れることなく()()()()

看護師は慌てていてそのことに気づいた様子もなかったが、玲香には偶然それたわけではなく、確実に弾いたことがわかった。

 

 

──今のは一体……。

 

 

必死になって「すみません」と謝ってくる新人看護師に当たらなかったんですからいいですよ、と言いつつ今の現象について思いを巡らせていると、再びぼんやりと【ベクトル反射】というイメージが浮かんできた。

 

それじゃあ、まるで前世のアニメのベクトルを操る超能力者、一方通行みたいじゃないかと少し笑って横になった。『とある魔術の禁書目録』という物語に出てくる学園都市最強の能力者に、子供の頃憧れなかったといえば嘘になる。

 

そして布団をかぶる時、ベクトル反射なら少し上から自分にバサッとかけた布団を反射できるのかな、と悪戯心が沸き、損はないとやってみることにした。

 

全然期待はしていなかったが、結果としてその試みは成功した。手で20センチ程度持ち上げた布団を自分に重力に従い落とすと、触れた瞬間、それが再び浮き上がったのだった。

 

 

憧れの【反射】に気分が高揚したのはその一瞬だけだった。

 

 

事象の改変が起こることについて、今現在…現代魔法では魔法式が必要であり、その魔法式を公共の場所で使用するとたとえ未成年であっても重大な罰則があるのだ。

 

これは公共の場所での『魔法の行使』が制限されており、この場合の『魔法の行使』は魔法式をイデアに出力してエイドスひいては物理現象を改変することを指す。

 

【反射】という改変が起こったからには、それすなわち魔法式を無意識に行使している可能性があり、そして病院は公共の場所である。

 

それすなわち法令違反をしている可能性が高いということだ。

 

 

──どうか見つかっていませんように。見つかっていたとしても、事故による魔法力の暴走って事で許されるといいなぁ……。

 

 

とかなりヒヤヒヤしながら玲香は覚醒1日目を終えた。




あくまで一般人で、魔法行使を揉み消す権力とかは持っていないため、他の二次主人公と違って法令に怯えて思うように練習もできない小市民主人公である。


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プロローグⅢ 篠宮玲香Ⅱ

前回の内容の簡単な説明
・元から念動力のような常駐するSB魔法を持っていた。
・事故にあった影響か前世の記憶を思い出し、更に反射のような現象が起こっていることに気づく
・法令違反に怯える

挿絵注意


そこから数日。

魔法行使とはみなされなかったのか、そもそも魔法式検出装置がなかったのかは不明だが、しょっ引かれて逮捕されることはなかった。逆に、助けた少女の両親やキャビネットの管理責任者などが面会しにきたりして、謝罪を受けたりした。どうやらあの事故は、過失割合的にキャビネットの方が10-0という事らしい。

 

飛び出し事故だとしても歩行者有利って……と、自動車という存在が無くなっていても交通法はあんまり改善されてないのだなと、モヤモヤしたものを抱えた。まあ、両親が負債を背負っているわけではないようなので、もう気にしないことにしたが。

 

それはそうとして、昏睡からの覚醒後の経過は順調に進んだが、困ったことが2つあった。

 

 

一つは最速で退院しないと出席日数が微妙に足りず、留年する可能性があること。

もう一つは、この世界が魔法科高校の劣等生の世界で、しかも達也たちと同学年であるということである。

 

後者で、魔法科高校の劣等生の世界であるということは、『魔法』、『第一高校』、『十師族』、『九校戦』というワードからわかってはいたが、達也たちと同学年と分かったのは完全に偶然である。

 

正直前世の男子大学生が、ライトノベル『魔法科高校の劣等生』にハマっていたのは中学から高校の初期あたりまでであり、その後はアニメの2期などは見たものの、惰性で読み続けていただけであり、大体がうろ覚えだった。

 

よく読み返していてしかもアニメも見た一年生部分はよく覚えているが、二年生編はきな臭い事件がそれなりに起こること、三年生編はお兄様が世界に羽ばたくことしか覚えていない。

 

正直、達也たちが2095年に魔法科高校に入学したということすら忘れていたくらいだ。自身の入学年を理解できたのは、単に父親が入院生活の慰めにと玲香もテレビで見た九校戦の録画を、携帯端末にコピーして渡してくれたことが原因だ。

 

そこの新人戦には、後の第一校三巨頭の姿があったのである。玲香が気になっていた巌のような人物は十文字克人だし、スピードシューティングで圧倒的な実力を以って新人にも関わらず本戦でも優勝した「妖精姫」は七草真由美だし、バトルボードで2位以下をぶっちぎってたのは渡辺摩利だった。

 

彼らが新人戦に出ているということは高校一年生で。そして自分は中学2年生である。

 

つまりこのままいくと1年後に自分中学3年生、三巨頭高校2年生。

そこからさらに一年で自分高校1年生、三巨頭高校3年生となり、達也たちと同じ学年になるわけである。

 

 

(──どうしよう)

 

 

敵対するとかなり容赦のない原作主人公たちに、気が遠くなりそうなのを抑えつつ、これからどうするべきか玲香は思考を巡らせた結果、魔法高校に入るメリットとデメリットをまとめてみることにした。

 

 

 

◆魔法科高校に入学するメリット

・魔法の練習が校内でより自由になる

・(1から3高校の場合一科生なら)教員の指導付きで魔法指導を受けられる

・上の二つの事項から魔法力の熟達が期待できる

・魔法科高校卒業資格が手に入る

・上に付随して世間的に立場のある魔法師という立場になれる

・魔法師の知り合いなどツテができる

・(事故にあったとはいえ)魔法が使えるから魔法師になるという世界で、魔法力が残されているのに魔法師に急にならないと言い出すのは不自然。

 

◆魔法科高校に入らないメリット

・お兄様の引き起こす時代の動乱に巻き込まれる可能性が減る(ないわけではない)

・魔法師排斥運動に狙われなくなる可能性がある→ただし魔法能力を持っていることを知られるとアウトの可能性あり

・魔法力を持っているのに魔法師にならないことは不審がられる→小野遥先生みたいに公安にしょっ引かれる可能性あり

 

 

 

 

(……あれ? 魔法科高校に入らない理由がないな……)

 

 

そうなのである。魔法力を持って生まれたという時点で、(これまでの経歴もあって)魔法師を目指さないのは割と不自然であり、しかも反魔法師団体とかに狙われる可能性があるのだ。

 

しかも、時代としてはお兄様のせいもあり、どんどんと魔法師という種族が苦しくなっていく可能性がある時代である。

 

それに対抗するためには、魔法科高校に入るなどしてツテもしくは自衛力を高めていく必要がある。

 

その自衛のための魔法力向上やツテの確保には、魔法科高校は最適なのである。

 

そんな理論武装と、魔法を公然と使えるようになりたいという前世か今世由来のどちらかわからない気持ちを持って、魔法科高校に入ることは決定事項ということにした。

 

 

(……よし、魔法力を失ってなければ魔法科高校に入ることは決定事項だな……。じゃあ問題は第一高校に入るかどうかか)

 

 

◆第一高校に入るメリット

・家が近い

・自分という存在がいるから原作通りになるとは限らないが、原作の流れがわかっているので、割とリカバリが利きやすい

・達也の味方扱いになれる可能性あり

→卒業後将来有望なメイジアンカンパニーに就職できる可能性がある。

・ただし敵認定される可能性も十分にある

→でもなんか森崎にしろ平河妹にしろ七宝にしろ、第一高校の生徒に関しては割と寛容

・原作キャラとご対面できる

・九校戦に出られたとしたら、優勝校の選手ということになれる可能性が十分にある

→ツテの確保がしやすい

・一年目のテロリストに関わらなければ、割と安全。(三年の戦略級魔法攻撃は除く)

・魔法科大学への進学者数が最大。

 

◆第一高校以外に入るメリット

・原作の魔の手から逃れられる可能性あり

・達也からあんまり認識されない

・専門的な攻撃魔法などを学べる可能性あり

 

 

これはこれでとても悩ましいところである。

第一高校以外に入った場合、達也と接点がほぼなくなるものの、原作からズレた時にあまりフォローが利かなくなることが難点である。(しかも実家から遠い)

 

無論、第一高校に入って達也に近づけば近づくほど原作乖離度が増していく事は分かっているが、そもそもの問題原作自体がうろ覚えであるため、あまり問題にならない。

それになにより、ツテができやすいところが大きいだろう。

 

 

(うーん、やっぱり一年目のテロとか横浜とか怖すぎなんだよなぁ……ん?)

 

 

そこで玲香は気づいた。魔法科高校の話と、もう一つ自身を悩ませていた問題を思い出したのである。

 

 

(……あれ? これちょっと入院引き伸ばして中学留年すればいいんじゃね?)

 

 

◆留年して第一高校に入った場合

・上記の第一高校のメリットを引き継ぐことができる

・一年目のテロリスト、九校戦の事件、横浜事変、USNA事件に巻き込まれない

・達也が一年目の全方位噛みつきモードが終わって先輩になっている

→普通にツテができそう

・2年目以降はあまり第一高校を現場にした事件が起きない

・九校戦に出られれば九校戦優勝校の選手になれる

・そもそも普通に勉強が遅れているので、時間を確保できる

 

 

と、達也三年生時の戦略級魔法分解事件を除けば、割とメリットが大きい。

何より実家に近く、散々心配させたであろう両親に、更に迷惑をかけないでいることができる。

 

 

(──よし、留年しよう)

 

 

 

そうして、玲香は中学を留年することになったのであった。

 

ちなみに、中学での留年は、正式名称では原級留置という処分であると担任の先生から教わった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

原級留置処分に対するいろいろな手続きなども終わった頃には、普通に退院できた。

 

退院時には半年近く昏睡していたこともあって、体がそれなりに成長している(病院食とリハビリで痩せ過ぎは戻った)……と思いきや、女子の身長は、すでに中学二年生時点で成長期がほとんど終わっているようである。

 

162センチだった身長が0.5センチ上がった程度で服が着られない……なんていうことはなく、下着を多少買い換える程度で済んだ。

 

衣服よりも大変だったのは、肌ケア商品などの補充である。

 

アルビノということで、肌のケア商品や太陽光対策のUVカットクリームが肌に合う合わないなど、色々あるようで、その補充のために各店舗を回るなどした日は、3日がかりで大変だった。

 

 

 

そんな色々なことがあったが、1番心待ちにしていた日がやってきた。公立の魔法塾への復帰の日である。

 

玲香は公立の中学校に所属しているため、魔法教育を学校では受けていない。日本の政策として、魔法の素質を持つ子供は、放課後に公立の魔法塾で魔法の基礎を手ほどきされるのが普通である。

 

この段階では魔法の優劣を評価せず、純粋に才能だけ伸ばし、魔法を生業にする道に進むだけの才能があるかどうかを、保護者と本人に向き合わせることが目的とされている。

 

このため、公立の魔法塾では、本人の固有の才能について伸ばす先生がいることが普通である。

 

この先生に、少しの相談があることもあって、この復帰日を楽しみにしていたのだ。

 

学校は原級留置処分になるということで、登校はしていないのだが、放課後に訪れる塾なだけあり生徒は皆制服が多いことから、ひさしぶりに中学校の制服であるセーラー服に袖を通して玲香は塾に訪れた。

 

あの覚醒1日目から、気を抜くと情報に飲まれそうになること。少し検証のために【反射】のような現象を家の更に布団の中で使ったこと。その二つ以外は、できる限り魔法じみた現象を起こさないようにしてきたが、いい加減使ってみたい。

 

でも不用意な行動をして、原作関係各位に目をつけられても嫌なので、その検証をしたいのである。

 

 

魔法塾ではやりたいことがいくつかあったが、主なものは二つの検証である。

 

一つ、事故にあったが、魔法力は失われていないのかということ。

一つは、この【反射】のような現象に魔法式があるのかということである。

 

前者は反射のような現象が扱えており、サイオン波を作ることもできていることからほとんど問題ないと思われる。だが、CADを用いた魔法を扱うのは事故前ぶりである。超能力の方だけ残って現代魔法が使えなくなっているという可能性もあるからにして、検証を行いたい。

 

後者は、純粋な疑問である。やろうと思えば【反射】は一日中でも展開できそうな感じなのだが、ベクトル反射術式と言うのは、そもそもサイオンをそれなりに要する。それに反して一日中展開できるのは明らかにおかしい。それにどうも魔法式がないような気がするのである。

 

現代魔法では、『魔法式がエイドスに作用』することによって『魔法の行使』とみなす。故に魔法式のない達也の【精霊の目】や真由美の【マルチ・スコープ】などの知覚系魔法技能は魔法の行使とみなされないのである。おそらくであるが、ベクトルの感知もその一種ではないだろうか。

 

そして仮に【反射】の方も魔法式がないとすると、常時扱っていたとしても『魔法の行使』には当たらない、とすることができる。

 

でも、それをそのまま伝えたとしても理由として怪しい。よって、もっともらしい理由というか考察を考えた。

 

『なんか事故以来干渉力が高まったのか分からないんですけど、感情が昂ると周囲の物体を静止させてしまうようなんです』

 

すなわち深雪の冷気のような、『干渉力だけが作用しており、魔法の行使ではないのではないか仮説』である。

 

先生は、年頃の干渉力が強くて魔法力を制御できない子供達にはよくあることだよ、と諭してくれ(少し罪悪感があった)、十分相談に乗ってくれた。

 

『本当に魔法式がないのでしょうか。無意識に魔法式が組み立てられてて、法令違反にならないのか不安なんです』

 

という相談をすることで、簡易的な魔法式検出装置で見てもらったが、魔法式はなく干渉が強すぎるだけである、ということがわかった。無論、無意識下の発露なら酌量の余地などは十分あり、法令違反にもならないことが多いのだが、不安に駆られる生徒は多いため、それを装ったのである。

 

ちなみに、測定時には【反射】では色々と手の内がバレてしまう可能性も考慮して、ベクトルを各方向に分散させて、向かってきた物体を静止させるようにした。

これならば、空間認識能力がそれなりに優れていないと使えないとはいえ、『移動系単一工程魔法』の『対物障壁』の亜種のようなものである、と言い訳できなくもない。

 

これで、深雪が『振動系減速魔法』の干渉によって周囲に冷気が発するように、玲香は『移動系静止魔法』の干渉によって周囲の軽い物体が静止する、ということに偽装できたのであった。

 

こうして、現代魔法が使えること、【反射】や【ベクトル操作】は自らの感覚と同じく魔法式がないことが確認できたため、玲香はほっとしたのであった。

 

 

……まぁ、魔法式がないのにこのような現象が起こるなんて、本当に何が起きてるのかわからなくなると言った、新たな疑問が生まれたのであるが。

玲香はBS魔法や超能力について考えても仕方がないし、はたから見ても干渉力の発露にしか見えないのならお兄様にも警戒されないだろうしいいか、と割り切ることにしたのであった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

【反射】を使っても干渉力の発露にしか見えない、ということがわかってホッとした玲香は、今まで使いたかった魔法を耐えていたことの反動が出たかのように、【反射】を(家の中限定だが)思いっきり使い始めた。

 

そもそも、魔法や超能力を扱えることに喜ばない男子大学生ではなかったし、しかも使える能力が【一方通行】もどきである。

【学園都市最強】という肩書きと、あの強さに憧れていたこともあって、少しテンションがおかしいまま【ベクトル操作】についての検証を進めた。

 

なお、より外に出る情報は少ない方がいいと思い、家の中で窓とカーテンなどを全て閉めたのち検証を行なっている。

 

すると、今までデフォルトで【反射しない】で、反射するものを個別に登録していく形式であったのだが、デフォルトで【反射】にして、反射しないものを個別に登録していくことが可能であることがわかった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

つまり、これまでは受け入れないものを【ブラックリスト】に入れて反射していたのが、【ホワイトリスト】に入れたもの以外を反射できるようになったのである。

 

玲香のうち、メインの前世の男子大学生の部分はより一方通行に近づいたことに喜んだが、ここで少ない今世の玲香の乙女心が暴走をした。

 

 

アルビノで、幼い頃から肌のケア肌のケア髪のケア。

 

メラニン色素がそもそもないことから日焼けをすれば火膨れを起こし、美しくなりたいと化粧をすれば肌荒れをし、シャンプーを変えれば頭皮が痛み、布団をクリーニングに出せば洗剤が合わなかったのか蕁麻疹が出る、と言ったなかなかにヘヴィーな人生を送ってきた玲香にとって、【反射】とはまさに『救い』だった。

 

 

肌のケアを反射で行い常時パックをしたような状態にして保湿を行い、髪の毛のキューティクルを保つために反射で保湿をし、常時刺激を加えることでエステのような効果を再現、体内にサプリメントのいい薬効成分を効果的に取り込む、etc…

 

 

そんな負担をかけない自然派ベクトルエステが幕を開けたのである。効果が出てくると、主体の男子大学生の方もフィギュアの塗装感覚でオタクの血が騒ぎ調子に乗ってきて、より一層エステは改良されていくのであった。

 

そんな努力の甲斐もあって、フライパンの上に手を当てて魚を焼くことで、旨味成分を閉じ込めたままにすることや(もちろん熱量の移動は反射)、自然な表情筋のベクトル操作などを手に入れたのであった。

 

 

 

 

 

時は経ち、2度目の中学2年生を終え更には中学3年生が終わる頃。

 

……途中、父親に連れられていった九校戦で、何者かを追う達也と幹比古らしき人物と遭遇してしまうというアクシデントはあったものの、何事もなくスルーできた事件は気にしないことにして。

 

この頃には、一方通行エステの甲斐もあり、ぷるんぷるんのお肌と光り輝く髪(無論ケアはしているが光っているのは太陽光の適切な【反射】である)、栄養バランスによって制御されたプロポーション、そして達也に問い詰められたとしてもスルーできる表情筋の制御を、ゲットすることができたのである。

 

 

そして、玲香は万全(?)の状況で魔法科高校の入試の日を迎えた──。

 

 

 




世界一戦闘の役に立たない一方通行の使い方。でも、争いに無縁の女子が一方通行手にしたらこう使うと思うんです(妄想)




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プロローグⅣ 入学前

挿絵注意。嫌な方はオフ推奨。




「司波くん、春休みの入学式のリハーサルは来られないんですよね?」

 

すでに春休みに入ってから数日。

春休みに入っているとは言え、魔法科高校の生徒会役員には少々の仕事がある。

この春から入学してくる新入生、進級する在校生への新学期の対応の調整や、備品確認などである。

 

そんな細々とした仕事を済ませるために登校する妹の付き添いとして、今日も達也は生徒会室に訪れていた。

 

それに、内々の話であるが、既に達也は来年度の生徒会副会長に内定していた。これは風紀委員長の千代田花音と生徒会長の中条あずさの密約によるものらしいのだが……。

 

断ることもできなくはないだろうが、その場合には最愛の妹、深雪が説得にやってきて結局自分が折れることになることが目に見えたため、抵抗せずに承諾したのであった。妹の付き添いと言うことであれば長くは滞在しないであろう生徒会室に、かれこれ長い時間書類を整理しつつ居座っているのもこれが理由だった。

 

そんな中、達也が生徒会副会長に任命される(予定だが)きっかけを作った少女の1人、中条あずさ生徒会長が達也に話しかけてきた。どうやら、春休み中に行われる入学式のリハーサルの日の予定を確認しにきたようだ。

 

「はい。少々用事がありまして」

 

その日には、どうしても外せない『家』の用事が存在したため、事前に言っておいたのだが、何か不都合が生じたのだろうかと達也は疑問を覚えた。

あずさは『リハーサルって言っても読み上げとかはない、ただの打ち合わせですからね! 1人で大丈夫ですよ』と言っていたので、それに甘えるような形になってしまったのだが、やはり1人では難しかったのだろうか。

 

その訝しげな視線を察したのか、あずさは違いますというふうに手を体の前にして振りながら答えた。

 

「あっ、司波くんと深雪さんにやっぱり登校して欲しいというわけではないですよ?」

「そうですか、よかったです」

「ただ、新入生総代の子のデータが来たようだったので、来ないということならば目を通していってもらえるとっていうだけです」

「なるほど。そういうことでしたか。了解しました」

 

つい少し前に魔法科高校の入試が行われて、その治安管理のために、一応はまだ風紀委員所属であるものとして、会場の警備誘導などに駆り出されたことがあった。

その時の結果が既に出たということなのだろう。

 

「司波くんならわかっていると思うんですが、データの持ち出しは厳禁なのでこの生徒会室にある端末のみのチェックでお願いしますね?」

「分かっています」

 

そう言って、書類の端末を一旦元の棚に戻しながら生徒会室専用の端末に向かう。だいたい個人情報というべき情報の類は、生徒会室でのみ扱えるような専用のオフライン端末に管理されている。

 

その途中で、妹である深雪が別の端末で作業しているところが見えた。

 

「深雪、聞いていたかもしれないが、入試成績が出たそうだ。入学式直前のものはともかく、俺たちは春休み中の打ち合わせには出られないからな。新入生総代の後輩のデータを確認しておくようにとのことだ。まだ見ていないのなら一緒に確認しておかないか」

「はい、お兄様。進行状況を一旦保存するので少々お待ち下さい」

 

深雪は手早く書類データをフォルダーにまとめ、保存し始めた。

 

 

「すみません、中条先輩」

「いいんですよ? お二人一緒の方が作業も一回で済みますし……」

 

少し待たせてしまう形にはなったが、別々に見るよりはまだ時間的にはいいだろう、と思ってのことだったが、ここは誠意として謝罪の言葉を口にしておくべきだろう。

 

「お兄様、終わりました。お兄様、中条先輩、お願いいたします」

「ということですので、中条先輩、お願いします」

「わかりました。あっ、開いておいたのが省電力モードで解除されてしまってますね……すぐに戻します」

 

あずさは生徒会専用の端末を操作し始めた。どうやら、新入生総代の生徒のページを開いてあったはずが、少し時間が押したことで生徒一覧のページに戻ってしまっていたようだ。

 

スクロールされていく生徒一覧を眺めながら、こうして昨年七草先輩は入学式前に自分の成績のことを知ったのだろうなと奇妙な納得を覚えた。

あの先輩のことだから実家の権力を使って知ったと言う可能性も十分にあったが、その疑念は(一応は)払拭された。

 

そして、あの地獄の1週間の流出するデータというのも、これと同じものであろうことが簡単に予想がつく。

 

(……今年はデータ流出など、なければ良いが)

 

だが、おそらくは先生経由か何かで流出しているのであろうから、こちらからそれを阻止するのは不可能か……と若干未来の騒動に気疲れを感じた。

 

 

「そういえば、今年は七草先輩の妹さんが入学なさるということでしたが……」

「はい。そうですよ。七草先輩の妹さんたちだけじゃなくて、二十八家の七宝くんもいますよ。今年は豊作ですねぇ」

「……では、新入生総代はその3人のうちの誰かでしょうか」

「そう思いました? 司波くん?」

「……? はい」

「実を言うと私もそう思ってました。けど違ってたんです。今年の総代の子は一般家庭の子みたいなんです……」

 

質問の意図が分からずとりあえず肯定を返した達也は、顔には出さなかったものの、内心あずさのその言葉にとても驚いた。

 

「……十師族を押さえて一位ですか」

「そうなんです……すごいですよね……」

 

それは深雪も同様だったようで、見る人が見ればわかる程度には動揺していることがわかる。

だが、丁度兄妹に背を向けて端末をいじっていたあずさにはわからなかったようだ。

 

そうしたところで、ちょうど目的の生徒を見つけたようで、あずさは画面のスクロールを止めた。

 

 

「いました! この子です! 篠宮玲香さん!」

 

 

そう言ったあずさが立体画像を投影する。

そこに映し出されたのは、1人の白い少女だった。

 

艶やかに光を反射する白い髪の毛に、血のような色を持つ鋭くも麗しい眼光。

その特徴は、いわゆる白皮症と呼ばれる遺伝子疾患の一つで、アルビノと呼ばれるものの特徴であった。……それにしては少々肌が赤い気がするが、白皮症のものは少しの日光でも肌が荒れやすいと聞く。それで写真を撮った時にその症状が出ていたのかもしれないとあずさは勝手に思っていた。

 

印象としては深雪が百合であるとしたら、芍薬(しゃくやく)だろうか。

 

「2位の七宝くんに10ポイント以上差をつけての首位! すごいですよね……まぁ、去年の深雪さんはもっと凄かったらしいですけど……。一般家庭の生まれなのにこの美貌といい、十師族にも迫る魔法の実力といい、なんだか深雪さんに似てますね」

 

魔法の資質は遺伝によるところが大きい。

そのなかでも十師族の血を引いている事実は、とても大きい。その一族の平均であったとしても、ただその血を引くと言うだけで、他の一般人魔術師のエリート程度の力を持つ。

 

それを覆したとなると、実は四葉の血を引くインチキ一般人出身の深雪と違い、正真正銘在野の天才ということになる。

 

どうやら母親から魔法力を受け継いだようで、それならばどちらかと言うと雫に似ていると言った方がいいのだろうな、と深雪は感じたが、それを口に出すことはなかった。

藪蛇になるからである。

 

 

 

深雪とあずさが少し会話をしている間、達也は立体映像に映し出された少女について考えていた。

 

達也は彼女とは会ったことがある。

 

去年の九校戦の時のことだった。夜半、幹比古が古式魔法の練習をしているのを見かけた時の話だ。

 

幹比古と協力して、4人のテロリストを確保した時の話だ。全員を昏倒・拘束し、一息ついたところで、少し離れたところから人が倒れる音を聞いた。

 

幹比古と急いでその場に向かうと──

 

 

 

『──誰ですか?』

 

夜の闇に紛れながらも、淡く発光したような白い少女がいた──。

 

光っているのは魔法式に必要以上のサイオンを注いだ時に発する残光だろうか。いや、違う。肩甲骨のあたりまで伸びる白い髪と、『精霊の目』で見た彼女が纏うサイオンの量が尋常ではなく多いことが相まって、達也にとって光っているように見えたのだ。

 

そして、彼女の足元にテロリストの仲間の格好をした人物が、文字通り倒れていた。おそらくは、彼女がなんらかの魔法を用いて撃退したのであろう。

 

少し警戒しつつも話しかけると、彼女はこちらを向いて、倒れた者の仲間かどうかを尋ねてきた。それを否定すると一転、少女の超然とした雰囲気は消え、まるで普通の人のように少し怯えた様子に変わり、こう言ったのだった。

 

『──すみません、これは正当防衛だと思うのですけど……もし警察の方が来られましたら、証言してもらえますでしょうか』

 

 

 

 

「司波くんどうかしましたか?」

 

会話が途切れた瞬間、あずさは達也が先程から会話に入ってこないことに気がついた。気になったあずさが振り返ると、達也は何か考え事をしているようだった。

 

「お兄様?」

 

深雪がそう言ってくるのを知覚した瞬間、言葉と同時に達也は思考を断ち切った。

 

「──いえ、なんでもありません」

 

そうは言ったものの、テロリストを(おそらく)一撃で倒したことからも少女の魔法力が高いことは理解していた。だが、あの時まだ中学生で、しかも一般人となると気になる要素が大きい。

 

進級の挨拶の時に、あの自称「忍び」の師匠に相談することが増えたな、と再び達也は思考に意識を割いたが、深雪はめざとくそれに気がついたようだった。

 

「まさか一目惚れしたのではないでしょうね」と詰め寄る深雪に、達也はどう説明すべきかと内心小さく息を吐いた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

あわや第一高校の生徒会室が氷河期になりかけた事件から数日後。国立の魔法科大学附属高校の合格発表が恙無く終わった翌日。

 

「おい、来年度からどうやら予算拡充されるようだ。俺らにも特別手当が出るみたいだぞ」

「本当にあの子に感謝、ですね。先輩」

「ああ」

 

 

──国立魔法進学塾、神奈川県川崎支部。

 

 

そこに勤める教師達は、合格の喜びに震える生徒達の姿を少し離れた場所から見守っていた。

 

日本において、高校教育に該当する魔法教育を行う高校は、魔法大学附属の第一高校から第九高校の計九校しか存在しない。

 

そして、それら全ての高校が国立魔法大学附属であるため、合格発表の日付は9つの高校全てにおいて同一の日程であった。

 

故に遠方に存在する高校の合格発表も考慮してこの魔法塾では、例年合格発表の翌日に合格者達が集まるのが恒例となっていた。尤も結果は転送されてくるデータでも見れるので、直接見にいく人は少ないが。そして合格者と言っても、例年9割以上の生徒がここに参加する。

 

というのも、実用レベルで魔法力を持つ年齢別の人口割合は中高生なら1/1000である。故に15歳時点男女の人数にして、1200〜1500人程度の魔法師の卵が存在している。

魔法科高校9校の定員は合わせて1200人であるから、よほどのことがない限りは魔法の技能を持ち、魔法師や魔工技師を望む少年少女達は、殆ど進学ができる計算だった。

 

そういうこともあって、例年この会は塾に通う殆ど全ての生徒達が、合格者として喜び合う会となるのが通例である。

 

尤も、一部のものは合格できず夢破れるものもいないわけではないのだが、今年は魔法科高校への進学を希望する川崎支部の中学3年生14人全員が、各高校に合格を決定した。

 

そんなこともあって、生徒達から合格の熱が伝わってくるのは例年通りであるのだが、今年は文字通り「熱」が違った。

 

 

 

『──もう一度言って? ね?』

『──総代に決定ということでした……』

『──なんてこと……』

 

昨日合格発表の時間の後、かかってきた電話で聞かされて文字通りぶっ倒れたほどの事実。

 

彼・彼女達の中から、魔法科高校の首席(・・)合格者が現れたのである。しかも各高校の中で魔法科大学への進学率一位である第一高校の、である。

 

これはこの魔法塾始まって以来、幾度とない程の快挙であった。

国立の魔法塾は、子供の魔法技能を高めつつ魔法を生業にする力があるかどうかを、保護者と本人に見極めさせることが目的である。

 

だが、国策として不足する成人の魔法師の確保を目指す国としては、魔法科高校に上位成績者を送り出した場合、塾に送られる臨時手当……有り体に言えばボーナスが存在した。

これは、教師達により良い教育を目指させる目的から存在するらしい。

 

そんなわけで、この川崎支部の教師達もこの度その特別手当を受け取ることになったのである。

 

こうして教員達まで喜び出したのが、『熱』の原因でもあった。

 

 

 

「なんだ、そんな顔をして。教え子が首席だぞ、首席! もっと喜んでやれ」

「先輩は特別手当が嬉しいだけですよね? 私は純粋に喜んでるんですぅ」

「おっと、勘違いすんなよ?」

 

 

そんな会話を教師の先輩にしつつ、とある女性教師は自らの教え子でもある少女の方へと視線を向けた。

 

どうやら『さすが私のライバルですわ』と、いつも彼女に対抗心を向ける、金髪ロールの少女に絡まれているようだった。

金髪ロールの少女も、たしか第三高校の専科に受かった筈である。『エクレール・アイリ』に憧れて、あんな格好をしているのであったか。

 

押しが強い金髪ロールの友達の対応に、慣れた様子で九校戦での戦いを約束する彼女に、つい2年ほど前のことを思い出す。

 

 

『なんか事故以来干渉力が高まったのか分からないんですけど、感情が昂ると周囲の物体を静止させてしまうようなんです』

 

 

そう言った彼女は、中学2年生の時、魔法と関係ない事故にあった。

生死の境を彷徨った彼女は、その時以来、近くにあるものを不用意に静止させてしまうことがあるようで、とても困っていた。

 

色々と協力して調べた結果、彼女のそれは単純に干渉力であるもの、という仮説しか出なかった。おそらくは事故によって脳機能になんらかの変化が起きて干渉力が強まったのだろう。

 

脳というものは現代でも解明が進んでいない器官の一つである。特に魔法師の脳には、精神体の情報を受け取る受信器官である、と言う説も出てきているほど未解明の部分が多い。

 

そんな形で干渉力が強まった彼女だったが、演算能力や演算速度の方は、干渉力に追いついていない感じであった。

 

だが、彼女の必死な努力が実ったのか、それとも不用意にものを浮かせる干渉に演算能力を持っていかれていたのが抑えられた、ということなのかはわからないが、だんだん能力が高まっていった。

 

 

「知ってますか? 先輩」

「ん? 何を?」

「彼女、なんだか、四の隠された数字落ちである説とか後輩の中で出ているみたいですよ?」

「ははっ」

 

 

そんなわけがない。彼女の父は一般人であるし、彼女の母は、元魔法師ではあるものの、何ら特別な家系ではない。

 

あの能力は、彼女が事故で高まってしまった干渉力を必死に補うために身につけたものだ。それは彼女の努力の成果以外の何物でもないことは、この塾の教師はみんな知っていた。

 

能力の伸び、という点では確かに才能もあるのだろうが、事故の影響からか彼女の精神は非常に成熟していた。それが、努力の質という点での一助となったのは確かである。

 

そんな努力も実ったようで、最近はあまり不用意にものを浮かせることはないようだ。そしてよく因縁をつけていた金髪ロールの少女の影響か、どこかに消えてしまいそうな危うい雰囲気も消えた。そして、最後には首席にまでなった。

 

 

「──よかったね……」

 

 

年甲斐もなく涙が出てきそうになったので、目頭を押さえているが、そんな時にちょうど彼女が駆け足でやってきた。

 

その白い綺麗な眉とまつ毛を、少しだけ心配そうに揺らしながら彼女は、

 

「すみません、胴上げをみんなで交互にしたいとのことで、実習室をお借りできませんか? 安全のために魔法を用意しておきたいんです」

 

どうやらこちらで特別手当の話をしている間に、合格した彼女らの間では胴上げの話になっているようだった。

あぶないと色々なところで禁止されている胴上げであるが、幸いここは魔法塾である。

ミラージ・バット練習用の軟着陸術式も常備してあるため、危険性という点ではあまりなかった。

そこまで考えて彼女たちはこの相談となったのだろう。

 

「いいわ。今日くらいは特別に練習室開放するわ。いいですよね、先輩?」

「はぁ……あぁ、許可しよう」

「……ほら、開けるから行くわよ?」

「わかりました先生」

 

 

許可した後、窓の外に少し目をやった彼女は、合格生の輪にすぐに戻り、許可されたことを報告した。

やったぁ、と喜ぶ彼女達を微笑ましく感じながら、一行は実習室へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その塾の窓の外から、中を見る坊主がいた。片目に傷跡があるその坊主は、とある少年から数日前に頼まれた調査を行なっていた──。

 

(ふむ、気付かれていない筈だが……。しかし、あながち隠された数字落ちの可能性とやらも否定できないかもねぇ……。四のことについては達也くんちの方がよっぽど詳しいだろうけど、これは達也くんに報告するべきかな?)

 

 

 




今更だけど、魔法科の高校生たち、高校生なのに察する能力とか高すぎない?

ちなみに主人公が外を眺めたのは外から差し込む光のベクトルが微かに揺れたからなのです。そんなことは雲で遮られたりとかでよくあることなので、今回は単純に眩しかっただけだと本人は思っています。

今回でプロローグが終わって、次回から入学編(ダブルセブン編)やっていきます。






──俺たちは魔法科高校の2年生に進級し、新たに後輩を迎える運びとなった。そんな中、去年の深雪と同じ新入生総代の役を務めることになったのは、謎の白髪の少女だった。

次回『入学編Ⅰ 入学式前々日の邂逅』





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入学編Ⅰ 入学式前々日の邂逅

前回の連載で、感想返信にこだわって精神的にやられてしまったので、メンタルが回復するまで返信は任意とさせてください。ですが、いただいた意見・感想には全部に目を通しておりますので、よろしくお願いします。
挿絵注意。嫌な人はオフ推奨。





──2096年4月6日

 

魔法科高校の入学式の前々日。

在校生が始業式を迎えるこの日は、新入生総代の2回目の入学式の打ち合わせ日でもあった。

 

つまりは、おそらく原作主人公兄妹との邂逅の日でもある。打ち合わせ自体は春休み中に1度あったのだが、その時は生徒会長に会ったのみで、原作主人公たちに会うことはなかった。

 

だが、うろ覚えではあるが、達也たちが七宝琢磨に初めて会ったのは、始業式の日であるかのような覚えがあるので、会うとしたら今日であろう。

 

 

そんな訳で、目覚ましを二重にかけて寝た玲香が起きたのは、早朝といっても良い時間。目覚まし時計の機械音が玲香の意識を覚醒させた。

 

「ぅ、……うーん」

 

目覚まし時計を手探りで止めた玲香は、布団から這い出て足をベッドの外に出した。そして、背伸びをしつつ上半身を起こし、目を開ける。玲香の目に映ったのは既に見慣れた天井であった。

 

だが、すでに見慣れてはいてもなかなか慣れないことはある。

 

その一つが前世と今世の体の違いであった。

それはよくある胸に重たいものが……とか「ないっ」ということではない。そういう重みは走る時などに感じることはあるが、前世にランドセルや鞄を背負った重みと、慣れ方はそうは変わらない。

 

「おっと……」

 

起き上がったはいいが、足をもつれさせ転びそうになった玲香は、慌ててベクトル操作で姿勢を維持する。

 

玲香を惑わしたのは、こう言った手足の長さや骨格の違い、色彩感覚の違いと言った、脳と体の伝達の問題だった。

 

多くの男性が横座り……俗に言う女の子座りができないように、逆に男性でできる動作が女性の骨格ではできないことが存在する。

 

そして、手足の微妙な長さの差は、入院時初めて起き上がった時にうまく動けない、と言った事態に遭遇するほどの違いであった。病院の医師達は筋力の衰えだろうと言う話で片付いたが、明らかにあれは動作信号の伝達がうまく行っていない感じであった。

 

そして色彩感覚は、赤系統の色の違いがよくわかるという違いが存在した。男性であった時はリップ色など気にしていなかったが、明らかに違いがわかるのである。

 

今世の意識はありつつも前世の意識が主体な玲香は、そのような微妙な動作の認識の違いが、慣れた今でも寝ぼけていたりすると確かに存在しているのだった。

 

「うっ……んっ……、よし、ストレッチ終了っと」

 

少しストレッチをして、完全に覚醒したところで、自室から出て階段を降りる。

 

完全に起きてから降りるようにしているのは一度、寝ぼけたまま降りようとしてしまい、前述の動作の違和感から階段を落ちた経験がきっかけだ。ベクトル操作でことなきを得たものの、大きな音で両親を心配させてしまったのは記憶に新しい。

 

ただでさえ事故で心配を多大にかけてしまっているのだ。大丈夫だとわかっていても、念は押しておくべきだろう。

 

 

 

「おはよー」

「おはよう、今日も早いのね」

 

リビングに入ると母親がすでに起きていた。とは言っても、前世のように家事をするために早く起きている……というわけではない。

 

それらの作業は全てHAR<ハル>と呼ばれるロボットによって行われている。このHARは先進国でかなりの数普及しており、今や料理を作るものは、その道の人や苦学生くらいのものであろうと言われている。

 

この事実からわかる通り、今世──つまり魔法科高校の劣等生の家事事情は、とても発展している。まあ、前世でもだいぶ自動化が進んでいたから、それが半世紀以上経ったと思えば自然なのだろうか。

 

「また、目覚まし時計で起きたの? 今日くらいサウンド・スリーパーを使った方が良かったんじゃない?」

「うーん、なんか違和感あるんだよね」

「そう……」

 

サウンド・スリーパーという器具も、その類の器具の一種だ。

安眠導入機と呼ばれるもので国内の普及率は70%を超えている。特殊な音楽を流し、安眠を保障すると言ったこの機械は、人生の半分を使う睡眠を快適なものにするだけあり、感覚遮断カプセルと共に愛用するものは多い。

 

だが玲香は、前世の記憶からか、こう言った器具による睡眠はなんだか違和感を感じてしまい、その結果目覚まし時計という前時代的なものを使っていた。

なんだか、自分の意思に反して眠りに落ちていくのが怖かったのである。

 

だが逆に母親は、これをとても気に入っているようで事あるごとに勧めてくるのである。大事な取引の時に、サウンド・スリーパーを使わなかったせいでやらかしたことがあるそうなのだが、詳しくは聞いていない。

 

「顔洗ってくるね」

 

このままでは、サウンド・スリーパー信者の母親に押し切られてしまうと思った玲香は、戦略的撤退を行うことにしたのだった。

 

 

 

「えっと化粧水……」

 

【一方通行】の反射のホワイトリストの設定を夜のパック加湿モードから、化粧モードに切り替え、大量の液体を通す設定にする。こうして洗顔した後、化粧水を顔につける。

 

後で化粧をするにしろ、しないにしろ、朝起きて洗顔した後に、化粧水をつけることは日課となっている。

この化粧水というものは、肌の保湿などに役に立つようで、乾燥肌でも崩れにくい肌になる……らしい。

 

プラモデルなどの塗装の下地と同じ感じで、これをやるのとやらないとではかなりの差が生じる……とのことで試してみた結果、PSPの画質とPS4の画質くらい違って割とショックを受けた。

 

化粧水をつけた後は、夏場ならシャワーを浴びることもあるのだが、地球寒冷化と今が春先なこともあって、シャワーに入ることはしない。

 

「うわ、ムダ毛……」

 

洗面台にある鏡を見ていると、ほんの少しムダ毛が生えてきてることに気がつきシェーバー(カミソリ)で処理をする。

 

前世でも、女子はこんな苦労を見えないところでしていたのかなと、遠い目になりながら、玲香は肌を傷つけないよう丁寧に処理を進めていった。

 

 

 

「お、起きてたか」

 

そんなこんなして、リビング兼台所に戻ると既に父親が起きてきていたようで、席に座るとHARがご飯を運んできた。

 

どうやら魚料理のようで、よくある日本料理の形で朝食は配膳された。食事の準備方法や、快適さが変わったとしても、食事の内容としてはあまり変わらないようだ、というのが前世の人格面の結論だった。

 

「玲香、今日は何時に出るの? キャビネットで1時間くらいはかかるんでしょ? 大丈夫?」

「うん、そのくらいかかるから7時前ごろに出たいかな」

「そうか、頑張れよ。入学式の時は期待してるからな」

「……カメラ激写は恥ずかしいからやめてよね」

「あ、そうだ玲香、インナーガウンの刺繍、済ませておいたから取って行きなさい」

「わかった。ありがとう」

 

最初は今世の知識がありつつも、違和感を感じていたこんな会話も、もう違和感はなく過ごせている。

自分がこの世界を生きている一員だと考えられるようになったのは、今世の記憶か、それとも自称ライバルの友人のおかげか。

 

そんなことを考えつつ、家族の団欒の時間は過ぎ去っていった。前世なら余裕もなかった時間も、HARのおかげで余計な時間が短縮されている分、こう言った団欒に使えるのが近未来のいいところであった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「よし、完璧!」

 

朝食での団欒から数十分後。

鏡を前に、魔法科高校の女子制服を着た玲香は、最後の身だしなみを整えていた。

 

この制服に袖を通して学校に向かうのは、これが初めてである。前回はまだ春休み中ということもあって制服が届いていなかったし、本来届いてから初めて制服を着て学校に向かうのは、入学式のはずだからである。

 

……魔法科高校の制服は、緑色の下地に白のアクセントが入ったボレロの様な裾の少ない上着、その下に白いノースリーブのマーメイド型ワンピースと黒のネクタイ、黒またはグレーのタイツやレギンス、そして黒に緑のアクセントが入ったブーツとなっている。

 

確かにボレロの様な上着はデザイン的にもそれなりに可愛いとは思うのだが、問題はマーメイド型ワンピースである。

 

このワンピース、原作ではサイドに形状記憶三角プリーツがあったはずなのだが……。

 

(アニメ基準で何故かプリーツがないせいで動き辛いんですよねぇ……。ほんとなんでさ……アニメでは摩利さん、謎のスリット入れてたもんなぁ……)

 

そういうわけで見栄えはともかく、謎に体のラインが出るだけで動きづらいワンピースなのである。

そして何より着替えにくい。

 

機能は全然ないくせに可愛さだけはあるところが謎に苛つくポイントである。

 

「あっ、お母さんが仕上げてくれたガウン、忘れない様にしないと……」

 

インナーガウン。

魔法科高校の劣等生の制服の中でも、特に目を引くであろう、女子がボレロ?とワンピースの間に着る謎のケープのことである。

 

シルクテイスト・オーガンジー(要は絹の平織物に透け加工を施したもの)であり、なんだか統一性がなくて、その生徒の個性を区別するかの様に模様が異なるアレである。

 

このインナーガウンのモチーフは、雪・月・花のどれかであれば、具体的な色や形状は自由とかいう訳の分からない校則となっている。

 

つまり()()()()()、ということである。

 

元男子大学生に出来るわけないだろ。

 

 

確かに、テーラーマシンという自動洋裁、和裁、刺繍用の、多腕式の自動工作機械が普及してはいる。中学校の選択授業で操作も習うので、自作の服をデザインする高校生も少なくない。そんなわけで女子高生たちは、インナーダウンの色や柄を自分でアレンジしているらしい。実際習った記憶もあるし、出来るかできないかで言ったらできなくはないだろう。

 

(だけどさ、可能であるかどうかと、デザイン能力があるかは別なんだよなぁ)

 

元男子大学生の意識が強く出ている玲香にとって、服のデザインセンスなんてものはかけらも残っていなかった。

 

そんなわけで、母親に頼んで柄を作ってもらったのだった。その内容としては、桜色のケープに黄色の三日月が浮かんでいるというものであった。品位を損なっていないので、十分受け入れられるデザインであろう。

 

多分自分でやってたら、冒涜的なデザインになっていたかもしれないと冷や汗をかきつつ、自宅でこんなケープができてしまうことに改めて驚きを受ける。

 

わからない様に、ベクトル操作で違和感を消しつつ、軽く化粧をした後、割といい時間帯になったので、玄関に向かう。

 

玄関には制服のブーツがあった。未だにヒールでの歩き方は慣れないが、よくあるヒールが痛いといったことは、ベクトル操作で重心を分散して対処している。

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

 

そう言って、左胸にある8枚花のエンブレムを軽く叩く母に笑いかけて家を後にし、近くのキャビネット停留所に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

正直、事故に遭ったからか、キャビネットにいい思い出はない。

 

だがそれでも、使わないという選択肢があまり考えられないほどにそのシステムは優秀だった。

 

無論、あまり使わなくて済む様に、15になった瞬間達也の様にバイクの免許を取ったりはしたのだが、バイク登校の夢はマーメイド型ワンピースに阻まれた。

 

そんなわけで、泣く泣くキャビネットで登校することとなっているのである。

 

だがキャビネット・システムの快適さや速さは本物で、タブレット型端末を利用した読書がそこそこ進んだ。一冊読み終わるかというところで、魔法科高校の最寄りの停留所に着いた。

 

そうしてキャビネットから出ると、魔法科高校前の坂を登っていく生徒たちの姿が見えた。

今日は自分以外の新入生はいないはずなので、視界から目の前に映るのがすべて先輩だと思うと、ちょっと気まずい思いもしなくもないが、努めて気にしないように紛れて坂を上っていく。

 

途中ジロジロと見られている気もするが、表情筋のベクトル操作で表情を制御し、気にしない様に努める。ベクトル操作を全力で美容に使っているからか、それとも単純にアルビノが珍しいのか知らないが、こういう視線への対処には慣れていた。

 

坂を登り切ると、まるで大学のキャンパスの様な広い敷地に、校舎が建ち並んでいた。

 

 

「うわぁ……」

 

 

思わず声が出るが、音波のベクトルを制御し、感嘆の声が周囲に出ない様にする。

声の音波を制御して、周りに出さない様にするなら、最初から声を出すなと思うかもしれない。

だが、思わず声が出てしまったのも仕方のないことであろう。

 

前世の意識としては前世から憧れていた(?)魔法科高校が目の前にあり、今世の意識としては目指していた目標地点の一つが目の前にあるのである。

 

もちろん、春休み中の打ち合わせでも一度訪れてはいるのだが、その時は私服であったことや、生徒が誰1人いなかったことから、ようやく今日、魔法科高校に入るということを実感したのである。

 

 

あまり止まっていても不自然なので、前回通った様な道を歩き出す。人のいないベンチに腰をかけたところで、近くの携帯端末に落としてあった地図のアプリを起動し、事務棟の位置を再び確認する。

 

そうして地図と実際にある棟を見比べて、目指す地点を決め、動き出す。

 

所々あたりを見渡しながら歩いていくと、8枚花弁とも無地とも違う、歯車の様なデザインのエンブレムをつける生徒たちが見つかった。

 

 

(──魔法工学科だ)

 

 

魔法工学科。

原作で達也が、対外的にも対内的にも莫大な功績を残してしまい、彼をただの二科生として扱うことのできなくなった学校側が用意した苦肉の策。

 

ある意味で、原作主人公のためだけに作られたと言う訳の分からない科である。

 

前回の打ち合わせの時に、今後何か間違って情報を落としても大丈夫なように、中条あずさ生徒会長からその存在を教えてもらったりはしておいたなぁ……と玲香がそんなことを思い返していると、急に魔法工学科のエンブレムが目につく様になった。

 

自らの子供が赤ちゃんの時は赤ちゃん製品のCMがよく目に付くと言う、あの現象である。

 

 

──そうして、見つけてしまった。

 

 

「お兄様?」

 

 

圧倒的なまでの美貌を持つ青い雪のガウンを羽織る少女と、その少女に話しかけられる、やけに鋭い眼光を持つ魔法工学科の少年を。

 

 

 

 

 

とりあえず見なかったことにして、職員室に向かった。

 

 

 

 




デザインはともかく、機能性に不安が残る魔法科高校の制服。
ちなみに九校が1番デザイン好きです。




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入学編Ⅱ 入学式打ち合わせⅠ

皆さん、誤字報告等ありがとうございます。
挿絵注意。嫌な方はオフ推奨。挿絵修正いたしました


達也からなんか視線を感じたりした気がしなくもないが、臭いものには蓋をせよ、魔王も避ければ怖くないという格言がある。そんな感じでガンスルーを決め込んだ。

 

先ほど見たことが不自然にならない様に、あたりをちらちらと見渡しながら、事務室へ向かうと、そこから職員室に通された。

 

上級生はおそらく始業式をやっているのか、それともガイダンスをやっているかわからない間、玲香は学校関係者と式の段取りについての話をした。

 

式やガイダンスというだけあり、職員室に行っても先生は誰もいないのでは、と思うかもしれないが、2096年現在、担任制度と言うものは存在しない。

だからこそ、原作での『ミズファントム』こと小野遥カウンセラーのような、スクールカウンセラーという役職がいるのである。

 

そこでの話は、主に入学式での来賓への対応などの仕方であった。打ち合わせといっても、生徒会メンバーとの対面が2度目ということで、学校側からの指導は既に何度か受けているため、予定より早く終わりそうだった。

 

魔法科高校は、おおよそ生徒の自主性を尊重しているが、どうも来賓が訪れるような公的行事は異なるらしい。生徒会ではなく学校側主導の準備が行われているのだった。

 

一通り、対応についての説明を受け、それが終わったところで、予鈴がなった。

聞くところによると、式が終わって1時間目は履修登録に充てられるが、2時間目からは通常のカリキュラムが始まっているらしい。

なので、放課後にならないと生徒側に余裕ができないと言われ、職員室を退室した。

 

 

 

 

 

「……どこで食べろと……?」

 

職員室を退席して少し。

玲香は、校内の所々にあるベンチで、途方に暮れていた。

 

というのも数分前。

先程の退室時の教師の言葉は、『放課後になったら生徒会室に行け』ということだと解釈した玲香は、先に食堂で昼食を済ませようとしたのだが……。

食堂の食券機の前に立った瞬間。

 

『IDカードを提示してください』

『え?』

 

という具合で、食堂の食券を買うことが出来なかった。どうやらこの学校では、生徒手帳代わりのIDカードをどこに行っても使うらしかった。

 

何度か学校側の打ち合わせで来てはいるものの、午前中に来るのは初めてであったので、IDカードに関する問題が露呈したのがこの瞬間といえよう。

 

そのIDカードは、入学式が終わった後、クラス発表とともに配られるものである。

入学式の打ち合わせに来ているということは、入学式を迎えていないということと同義である。つまり、まだ入学していない玲香は、そのIDカードを持っていない。

 

そして食堂も、カフェテリアも購買も全てIDカードで完結しており、にっちもさっちも行かなくなってしまったのである。

 

ちなみに、IDカードを持っていないことと、見た目が目立つことが重なったのか、ジロジロみられる視線も感じたので撤退したのもある。

 

(……あの教師たち……食券とか渡してくれてもいいんじゃないか? 弁当持参とも書いてなかったし……これでいったいどうやって昼食を食べればいいんだ)

 

そうして、高校の敷地内で昼食を摂ることを諦めた玲香は、心の中で学校の対応に愚痴を言いつつ、あたりのベンチに腰をかけた。

 

(……学園前の通りには結構お店があったし、食事処もありそうだよなぁ……)

 

そうして、再び携帯型端末を開き、学園前通りのカフェなどで昼食を摂れないか探すことにし、今に至る。

 

 

 

 

 

そんな時、玲香がいい感じのお店をピックアップし、行き帰りの時間を計算していると声をかけられた。

 

「あれ、こんにちはっ。篠宮さんじゃないですか」

 

オレンジがかった赤髪の毛に、緑色の瞳。女子の平均である158センチより少し低い身長。

 

第一高校の生徒会長、中条あずさがそこに立っていた。

 

「……中条会長、こんにちは。お世話になっております」

 

あずさとは、春休み中の打ち合わせで、一度会ったことがある。この時は千代田花音と一緒であり、原作登場人物との(九校戦のアクシデントを除き実質)はじめての対面と言うこともあり、玲香は少し緊張した。

 

だが、今回は話したことがないわけではなかったためか、意外とするりと言葉が出てきた。

 

聞くと、どうやら用事が終わって午後の打ち合わせに向けて生徒会室に行く予定だったらしい。

 

「それにしても、入学前なのに、もう携帯端末がスクリーン型なんてしっかりしてますね……」

「恐縮です……。禁止されてると聞いておりましたので」

「はいその通りです。当校では仮想型の端末は禁止となっていますからね。スクリーン型を持っているんですから、心配ないと思いますけど、注意してくださいね」

 

玲香の前世で、一人一台スマホ時代がやってきていたように、今世でも一人一台携帯端末時代がやってきている。

 

生活のほとんどが携帯端末で完結しており、今や現金を持ち歩くことはほとんどない。玲香も学外のレストランで食べる際には、これらのマネーチャージ機能を使うつもりだった。

 

スクリーン型に買い替えた時にチャージをいくらかしてあったので、支払いという意味では問題はなかった。

高校前の物価が地味に高くて、お小遣いのかなりを持っていかれることを除けば、であるが。

 

そして、そんな生活に密着した携帯端末には、大まかに分けて二つの種類がある。

 

仮想型端末とスクリーン型端末である。

 

仮想型端末は、いわゆるARと言うやつで、ミラーシェード型ヘッドマウントディスプレイが利用されている。簡単に言うとサングラスを通して見ることで、画面が見えるようにするものである。(仮想型端末を初めて使った時に「リンク・スタート!」と心の中で叫んだことは玲香の秘密である)

 

スクリーン型端末は、前世でもよくあるもので、そのままタブレットやスマホなどを想像してもらえたらいい。もっとも、最近の流行りはペラペラの折りたたみも可能な有機ELスクリーンのものであるらしい。

 

玲香の携帯情報端末も最近買い替え、この流行りに乗った有機EL型スクリーン情報端末であった。紙のようにペラペラで不安になるものの、嵩張らないと言う点でとても使い勝手がいい。

 

ちなみに、スクリーン型に買い替えたのは最近ではあるが、その理由は前述の通り校則によるものだった。

 

仮想型端末は、視覚的に魔法を使ったような現象も主観視点で見ることができる。これによって、「使えない魔法を使えたと錯覚してしまう」可能性があるため、魔法科高校では校則で使用が禁じられているのだった。これはイメージが現実そのものである魔法師にとっては致命的で、特に魔法力が発展途上にある学生は有害性があると言う理由らしい。……もっとも今や仮想型の便利さから、スクリーン型を使うものは少なく、魔法師でも仮想型を使う人が多くなっている現状もあるのだが。

 

あずさが「しっかりしていますね」と言ったのは、玲香が入学前にこういう校則について学んできていて、それをすすんで実践していることについての言葉だった。

 

「それはそうとして、どうしたんですか、こんなところで。職員室に呼ばれてるかと思ったのですが」

「はい。そっちは早めに終わって、放課後になったら生徒会室に行けと言われたところです。そこで時間が少しあるので昼食をと思ったんですが、IDカードが必要みたいで……学校の外で済ませようかと、今調べていたところなんです」

 

あちゃー、という顔をしたあずさは、慌てて表情を元に戻した。

 

そして、例年なら先生の打ち合わせも含めて全部午後からであることを教えてくれた。どうやら、去年起こった横浜事変などで、来賓の方々が魔法師という存在を警戒している。それに対応するために、今年は新入生総代に早く来てもらった。だが、それはいいが、例年と違うが故に昼食などの対応を忘れていたのだろう……とのことだった。

 

今年は抑え(七草前会長のことだろう)もいないので、結構大変だろうと思います……と言われ、玲香は内心とても嫌な顔をした。

 

正直、とばっちりを食った感が否めない。

ある意味、入学式での来賓対応は、地獄ですよと宣告されたのに等しいからだ。

 

あれ、七宝琢磨やその他もろもろの人は来賓の対応に困ってたりしたっけ? ともはや朧げな原作知識を引っ張り出す。

 

ダブルセブン編では確か恒星炉の実験をしていたが、確かあれは議員への対応だったような? と玲香の脳裏に朧げな知識が浮かんでくる。

 

(あれ? これ対応間違えると先生の反応とかからみてやばいやつ? えぇ……? メイジアンカンパニーという利益確定・安全な会社に就職する可能性を増やすために、達也と接点持とうとして主席取ったけど、これミスったんじゃ? 七宝くんに主席譲っても彼辞退するから次席でも生徒会入れなくはないだろうし……いや、それだと確実性がないか……むしろ手を抜く余裕とかなかったし……)

 

落ち込んだ時特有の、無駄な思考の空回りが連発する玲香。

 

一方通行によって表情は制御されているものの、気落ちした雰囲気を感じ取ったのか、それとも普通に昼食の心配をしてくれたのかはわからないが、あずさは玲香にとある提案をしてくれた。

 

「なら、生徒会室で食べるのはどうでしょうか。一代前の会長が、自費で生徒会室に自動調理器を設置するような方でして。メニューそのものは多くはないんですが、よろしければ案内しますよ」

「ではお言葉に甘えさせていただきます。中条会長、よろしくお願いします」

 

 

……結局、全部忘れて食に走ることにした。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

流石、七草家の御令嬢が自費で設置した自動調理器と言うべきか、かなり料理の種類があった。メニューを選び、出来上がるまで少しの間待つことになった。

 

「えっと、ここの時候の表現は、天気に左右されますからね。昔はともかく、今の気候では珍しいですから……。その時の天気によって数パターン用意しておくのがいいんじゃないでしょうか」

「わかりました。考えておきます」

 

そのうち来るだろうとのことで、一足先に答辞の添削となっていたところで、生徒会室の扉が開いた。どうやら、生徒会役員は生徒会室で食事を済ませることが多いらしいので、生徒会所属の誰かであろう。

 

「こんにちはー」

「こんにちは、光井さん」

「こんにちは。お邪魔しております」

 

やってきたのは、光井ほのか。

明るい系の茶色の髪を首の後ろで二つに纏めた紫眼の少女である。

 

原作で深雪のクラスメイトにして、光学振動系魔法を得意とする優等生。深雪、雫に次いで学年3位となっており、優しいものの、たまに思い込みが激しいことが玉に瑕。魔法の分類ができる前に開発されたエレメンツという家系で、達也に想いを寄せている……

 

という大体の原作でのプロフィールが浮かんできたが、それにばかり囚われすぎるのもまずいので、頭の隅に追いやっておく。

 

にしても、普通に顔面偏差値が高い。

優れた魔法師の家系は容姿が良いものが多いとはいえ、あまりケアをしていなそうなのに理不尽だ……という思いが玲香を襲う。

 

もっとも、他の人から見れば玲香のスキンケアは理不尽な方法なのだが。

 

いつも、聞くことのある声と違う声による挨拶があったからか、それとも普通に視界に入ったのかわからないが、ほのかは玲香に話しかけてきた。

 

「あっ、もしかして、新入生総代の?」

「はい。篠宮と──」

 

それに対し、玲香は答えなければと口を開いたのだが、その瞬間またもや入室者が現れた。

 

「こんにちは」

「五十里先輩、こんにちは」

「こんにちはです、五十里くん」

 

言葉を発するタイミングを奪われた玲香は、とりあえず先ほどほのかに向けた挨拶と全く同じ文言を発した。

 

「──こんにちは、お邪魔しております」

 

入ってきたのは、黒髪の男子。

 

五十里という名前からして、おそらく原作で千代田花音と許嫁の五十里啓だろう。

 

申し訳ないが、原作としては優しく、それなりにすごいエンジニアで、お兄様に横浜騒乱編で再生を使われたことくらいしか覚えていない。

 

心の中で、前世で死ぬ前にもう一度読み返しとけばよかったとの思いに駆られるが、それを論じても仕方のないことである。

 

「あっ……もしかして会話を遮っちゃったかな?」

 

五十里は優しく、コミュニケーション能力に少々問題のある花音の婚約者というだけあり、気遣いにも長けていた。

故に、自分が入ってきたことによって話を止めてしまったかもしれないことに目敏く気づいたのだろう。

 

それに対してほのかは、先輩に気を使わせてしまったという意識からか、慌てた様子で、体の前で手を振った。

 

「あっ、全然大丈夫ですよ? ねっ?」

「は、はい」

 

慌てているからか勢いのあるその言葉に思わず頷いてしまう玲香。それをみた五十里はほのかに注意をした。

 

「光井さん、それじゃあ、強制して言わせてるみたいになっちゃうよ」

「あっ、その……」

「……、大丈夫です。光井さんがそのようなお人ではないというのは、なんとなくわかります」

 

五十里に言われ気づいたのか、割と申し訳なさそうにみてくるほのかに対し、空気が悪くならないように、少し笑った感じの声でフォローをする。

 

生徒会室の空気は和み、みんな少し笑った表情をしたので、玲香は胸を撫で下ろした。

 

……魔法科高校のコミュニケーションは難しい。

 

「気を使わせてしまったね。あと数分で司波くんたちが来て揃うから、自己紹介はそのあとでもいいかな?」

「大丈夫です」

 

そうして、副会長の二人がやってくるまでの間、少しの間歓談に勤しむこととなった。

 

 




歓談の一幕
「そういえば、この制服着替えに時間がかかるのですが、お二人はどうしてますか?」
「──篠宮さん、それはね……?」
あずさとほのかは目を見合わせて、同時に言葉を発した。
「「慣れです(ね)」」
玲香は諦めたように息を吐いた。


日刊一位ありがとうございます。
登録、感想、評価、誤字報告をしてくださった全ての皆さんに感謝です。とても励みになります。

そして遅まきながらですが、魔法科高校の優等生と追憶編、アニメ化決定おめでとうございます。


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入学編Ⅲ 入学式打ち合わせⅡ

挿絵注意。嫌な人はオフ推奨。
プロローグでの主人公の思考がわかりにくいという方がいらっしゃったので、軽く触れていますが、分かっている方なら読み飛ばしてもらっても結構です。



歓談と言っても、正式な自己紹介の前ということもあって、話すことはもっぱら魔法科高校についての話だった。

そうなると、身内の話が多くなる。まだ入学していない玲香を慮って、外部の人間でもわかる九校戦の話になっていくのは必然であった。

 

「先程話題に出た司波さんというと、去年一年生にも拘わらず、本戦のミラージバットに出場し、飛行魔法を使いこなして優勝した司波深雪さんでしょうか」

「うん、片方はそうだね」

「片方は?」

 

玲香としてはわかっていることなのだが、一応聞き返した。「聞いた」という出来事を作っておくに越したことはない。

ここで司波兄妹のことを聞いても、去年の九校戦で活躍したから気になった、と言い訳できるのも大きい。

そんなわけで、色々と詳しい話を聞いていた。

 

何が原因で「ヨシ!お前分解な!」となるかわからないのである。流石に同じ高校の生徒を分解することなどないだろうと、第一高校に入学したが、怖いものは怖い。

 

「うちの高校は副会長が2人いるんですけど、兄妹で副会長やってるんですよ?」

「なるほど、司波副会長がお二人いらっしゃるということでしょうか」

「そういうことになるね……」

「お二人で生徒会副会長なんて、すごいですね……」

「……あの二人はすごいというか……なんというか」

 

まぁ、言うなれば規格外ということだろうな、と五十里が言葉を濁したその先を玲香は察する。

正直副会長が二人でしかも同姓というと、呼びにくくないだろうかと不安になるが。

 

「そういえば、光井さんも新人戦バトル・ボードで優勝なさっていましたよね? アイス・ピラーズ・ブレイクで第一高校が1位から3位まで独占していらっしゃったのと併せて、皆さんの学年の快進撃は当時衝撃でしたので、よく記憶に残っております」

「よくご存知ですね」

「実は通っていた魔法塾の友達が、九校戦に熱を上げていて……エクレール・アイリに憧れて金髪に染めて巻き髪にしちゃうような子なんですが、その関係で去年の九校戦は現地でみさせていただいたんです。その時にすごいなぁって思ってました」

「ありがとうございます。……でもじつは、アレ私たちの力だけじゃなくて、達也さん……あっ、司波副会長のお兄さんの方です……のおかげなんです」

 

ほのかは、少し頬を染めて答えた。

自分に対する褒め言葉が恥ずかしかったのか、それとも達也のことを口にするのが恥ずかしかったのかは本人にしかわからないが、多分後者だろうな、と玲香は感じた。

 

「お兄さんの方はエンジニアとして参加していてね。とても優秀だよ。……まぁ、アクシデントで競技にも出てたけどね……」

「あっ、アクシデントってもしかして、お兄さんの方は、新人戦モノリスで三高の一条将暉さんを撃破した方でしょうか」

「よく知っていますね。その通りです」

 

そんなふうに会話をしていると、時間はすぐに経ったようで、まもなく生徒会室のドアが開いた。

 

「おっはよー、啓!」

「失礼します」

「失礼いたします」

「失礼します」

「……失礼します」

 

あろうことか、一気に5人も入ってきた。

 

最初に入ってきたテンションが高い女子は千代田花音で、次の二人は先程あった司波兄妹、その次のスレンダーな女子は北山雫で、さいごに少し遠慮しつつ入ってきたのは、おそらく吉田幹比古だろう。

 

あれ? 原作で、新入生総代の七宝琢磨が生徒会メンバーと対面した時って、生徒会メンバーだけではなかったっけ……と内心焦るが表情を制御する。

 

そして、こちらの方を見た四人の反応はそれぞれだった。花音は五十里に「もしかして新入生総代の子?」と尋ね、雫はほのかに「ほのか、少し遅れた」と報告し、深雪は眉を軽く寄せ、達也は無言でこちらを見てくる。そして幹比古は、

 

「……君は?」

 

と、去年の九校戦の時のことを思い出したのだろう。少し驚いた様子の幹比古は、それでもすぐに尋ねてきた。それに対して玲香は、はんなりと優雅に見えるような(筋肉ベクトル操作による特訓をした)所作を見せる。

 

 

 

「──この度今年度の新入生総代を仰せつかりました、篠宮玲香と申します。司波達也さん、吉田幹比古さん、その節はどうもお世話になりました」

 

 

 

だが、動作と声色は優雅に決まったと内心優越感に浸ったのも束の間、とんでもないことに気付いた玲香は、その内心の顔を絶望に変えた。

 

というのも、予想外の出会いに焦っていたからだろう。まだ名乗られてないにも拘わらず、名前を言ってしまったことに気づいたのだった。

 

先ほどから名前の出ていた司波達也はともかく、幹比古のことは一度も話題に上がっていない。

 

 

(あっ、やばっ)

 

 

 

◇ ◇

 

 

 

そんなこんなで放課後。

 

結論から言えば、なんとか切り抜けることができた。

先ほどから、司波兄がモノリスに出たことについて知っていると伝えていたことを思い出し、その時に吉田幹比古の名前も覚えていた、ということにしたのである。

 

『驚きました。なんと言っても、モノリスコードの代役の方が、前日に助けていただいたお二人でしたから』

『それで印象に残ったんです』

 

と、もっともらしい(その場で考えた)言い訳をした玲香は、まもなく昼食の時間ということもあり、なんとか誤魔化すことができた。前にあった時に名前を聞いておけば……と少し後悔したが、あの時はアクシデントで出会ってしまい、焦っていたので仕方はないだろう。

 

そうして、昼休みというものの時間の短さと食事のおかげで、窮地を切り抜けることができた玲香は、その後も『去年の九校戦』という会話デッキによって、和やかに昼食を終えることができた。

 

異性ということもあったのか、今回の昼食の席では、達也とあまり話すことはなかった代わりに、深雪とは少し話すことができた。

 

正直、深雪と面と向かって話した印象は、「人間じゃない」である。というのも、

 

 

(なにあの肌! あんまりケアしてなさそうなのにめっちゃ綺麗でモチモチっぽいんですけど⁉︎ 髪の毛もツヤツヤだし!)

 

 

玲香は、ベクトル操作を使って、人間にできることを最大限活かすような形で、美容ケアをしてきた。

だが、それでも届かないと思われる微妙な差。玲香はその能力も相まって、人間に到達できる「美」の範囲は十分理解しているつもりだったが、その薄皮一枚先に、深雪は存在している。

 

言うなれば、初期型スイッチとバッテリーが長くなったスイッチのように、見た目はともかく、中身が違う。他の人は言われても気づかないかも知れないが、他ならぬ玲香には、超えられない壁が存在していることを感じ取れた。まさに、普通に生まれた人間には決して届かぬ造形だ。さすが四葉の最高傑作の調整体である。

 

その美貌は玲香に、もし自分と同じケアを彼女がしたら、とんでもないことになるのではないか、と思わせた。

 

……まぁ、教えるつもりはないが。

 

(なんたって、美容ケアは戦争だからね!)

 

人間の美というものの限界の、一歩先をみてしまった玲香であったが、落ち込むことはなかった。むしろ、その経験を活かして更に良い美容ケアをすることを決心したのだった。

 

 

その深雪といえば、新人戦モノリスコードの話の際、『あの伸びる武器、硬化魔法の応用ですよね? 正直、すごいなと思いました』などと言ってみると、妙にニコニコしているのが印象的だった。

 

そうして昼休みが終了する頃。

生徒会室にいさせてあげたいけど、IDカードがないと閉じ込められる可能性がある。とあずさに言われたことで、食堂で時間を潰すこととなった。

 

昼休みが終わったカフェテリアは、先程と違い生徒が誰もおらず、がらんとしていた。玲香は、スクリーン型端末を取り出し、読書を始めた。

 

(うーん、あれに届かせるには、やっぱり保湿だけじゃなくて、成分的な問題なのか? 触らせてもらって、生体電気の流れから肌の分子構成を探ることができないかなぁ……いや、知覚系能力は観察対象に悟られる可能性があるから、そんな危険は冒せないか……あーでも気になる!)

 

先ほど見た深雪の肌から、新しい肌のケアの方法を次から次へと思いついてしまったりして、読書が進まなかったのだが。

そうして考えてるうちに、時間というものはすぐに過ぎ去り、そして今に至る。

 

 

 

 

 

「改めて紹介します。今年度の新入生総代を務めてくれる篠宮玲香さんです」

 

あずさの紹介の後、あらかじめ設定しておいた身体を制御するベクトルを入力し、玲香はできる限り優雅に見えるように、ぺこりと一礼をした。

 

放課後の生徒会室には、昼休みのように風紀委員の方が入ってくることはなく、生徒会メンバー5人と玲香だけが顔を揃えていた。

余談ではあるが、9人という大人数が入るには生徒会室は少し手狭で、昼食の時はそれをいいことに、深雪は達也に、花音は啓に密着して食事を摂るという事態が起きるほどだった。

 

あずさの紹介のあと、年長順なのだろう、五十里の挨拶。五十里は先程挨拶はすぐ後と言ったのに有耶無耶になっていたね、と謝罪をした。

たしかに言われていたが、そこを謝るなんて律儀だな、と律儀さが印象に残った。

 

 

そして──

 

玲香の前には、一人の男子生徒が立っている。

 

 

日本人らしい黒い髪に少し青みがかった黒目。少し前髪が長く、ともすれば目にかかって不潔感を与えてしまうほどの長さであるが、きちんと整えられているためか、不快感はない。

 

整っているわけではない、と原作で明記されていたが、そんなことはない。アイドルグループのセンターはともかくとして、メンバーには入れていそうな顔立ちだ。

 

これで騒がれることがなく、ちょっとカッコいい程度に収まるという、魔法師の血筋が少し怖い。

 

その一見端正で穏やかな顔だが、その瞳の奥はここにないナニカを見つめているようで、少し恐怖を感じる。“凄み”というものだろうか。得体の知れない何かに見つめられているような、ベクトルでは表せない、何かが常人とは違うことを玲香は感じ取った。

 

そんな彼の名前は──

 

 

 

 

「副会長の司波達也です。よろしく、篠宮さん」

 

 

 

 

 

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◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

そもそもの話、玲香は達也という存在に、必要以上に強い危機感を持っているわけではなかった。

 

 

前にも語ったが、『魔法科高校の劣等生』という物語は、要はなんか仕掛けてきた相手を、なんやかんやで達也が撃退する……というだけのストーリーなので、敵対しない限りは達也は安全だ。

 

達也は、基本的に良識があって(妹のためなら簡単に捨てるが)、同じ一高生に甘いところがある。CADを向けた森崎にしろ、襲撃した平河妹にしろ、結局のところなぁなぁになっているところからも、それがわかると言えよう。逆に敵にさえならなければ、のちにメイジアン・カンパニーを立ち上げることになる達也と関わりを持つことは、むしろ安全とまで言えるかもしれない。

 

 

国際情勢が緊迫していることや、社会情勢として反魔法師感情が高まっていることの方がよほど差し迫った危険である。

今述べた二つの要因から、この時代を生きるにあたっては、魔法師であることそれ自体がリスクといえよう。

 

魔法師は、絶対数が少ない。少数であれば、差別の対象となりえ、兵器として利用される確率も上がるからである。

もし、魔法師を目指さないにしても、魔法力を失ったと偽ったとしても、元魔法師というだけで(隠していても情報時代ということもあり、バレる可能性はかなり高い。見つかったらリンチor公安行き)、今後の社会情勢次第では差別の対象となり得る。魔法師協会の庇護がない分、むしろひどい差別を受ける可能性があるとすら言えよう。

 

なので自衛能力を高めるためにも、魔法力があるのならそれを鍛えるに越したことはないわけである。となると、一番国立魔法大学への入学者が多い一高は選択肢に入る。(ついでにいうならば家も通学範囲内にあった)

 

 

玲香としては、平和に生きたいと思っているのだが、世界情勢と社会情勢が何もせず生きていることを許してはくれない。

玲香が生きるこの世界では、『原作通り(又は原作に関わらない)= 平和に生きる』の方程式は決して成り立たないのだ。

 

それに原作通りといったところで、自分がいる以上乖離は生じるのだろうから、ぶっちゃけ玲香は原作云々などどうでもいいと思っている。ある程度これまでの経験で信用は置けるが、大事なものは自分とその家族、あとは親しい友達といった周りの人間と普通に暮らすことである。(できることなら魔法を使いたいという気持ちもあるが)

 

 

そんな玲香にとって、達也が作る『魔法の平和的活用によって魔法師と一般人の融和を図り、魔法師の居場所を作る組織』、すなわち、メイジアン・カンパニーがどうなるかというのは大きな問題であった。

これがあるかないかでは、今後の人生計画に大きな違いが生じてくる。原作通りにこの会社が立ち上がるにしろ、立ち上がらないにしろ、どちらなのかを早く知ることはかなり重要だった。

なので、より早く情報を得るため、達也たちと関わりが持てるよう、死ぬ気で能力を応用して新入生総代を奪取したわけだ。

 

この情報さえ得られれば、立ち上がらないなら立ち上がらないで、知っていれば何か対策を立てられるし、立ち上がるとしたらこの安全な組織に就職できる可能性も増すからである。

 

 

この世界を生きるものとして玲香は、原作の内容をただの情報源の一つとして考え、実際に調べた国際情勢や社会情勢から、就職先から人生計画といったものまで考慮に入れて、今後のことを真剣に考えた。それが、玲香の出した中学留年という選択であったのだ。

 

 

こうして、念願の達也に接触することができた玲香であったが、一つ誤算があった。

 

 

 

(──めっちゃ怖いんですけどおおおおおお!)

 

 

 

──すなわち、本人を目の前にした時の印象である。

 

先程は一対一で向かい合わなかったから気づかなかったが、めっちゃ怖い。

女子の体は小さくて、平均以上の身長を持ち鍛えられた体を持つ達也は、ただでさえ玲香に圧迫感をもたらしている。

 

加えて、達也は分解という凶器を抜き身で持っている。

それなりに安全と分かってはいても、所詮それは情報源の一つである原作知識と先輩方の伝聞だけで、実際の人となりを詳しく知っているわけではない。

故に、その尋常ならざる雰囲気と相まって、最強の凶器を持っている達也は普通に怖かった。

 

 

いくら安全と言われていても、目の前にガチムチの銃を構えている人がいたら怖い。

生徒であるから世間体上体罰はないと分かっていても、威圧感のある体育教官は怖い。

 

言うなれば、そのような状況に近かった。

 

 

(──えっ、えっ、なんで高校生こんな雰囲気出せんの? これから大丈夫かなぁ……)

 

 

という、そもそもの「メイジアン・カンパニー」が設立されるかどうかという情報を得られるほど、この怖い人と仲良くなれるのだろうかという不安に苛まれる玲香。

 

玲香は先程も行った礼の筋肉制御ベクトルを覚えていたので、なんとか不自然な間ができないよう、すぐにそれを入力し、

 

 

「篠宮、玲香です。よろしくお願いします」

 

 

という言葉をなんとか捻り出した。

 

途中、少し噛みそうになったものの、なんとか穏やかに挨拶を返すことができて、玲香はホッとしたのだった。

 

 




メンタル一般人なので、達也の直接的な戦闘能力よりも、どちらかというと高校性らしからぬ雰囲気の方を怖がってしまう系主人公である。

ちなみに玲香が生徒会室で感じた人数についての違和感について。

本来なら、
4月6日 始業式 
朝。達也、七宝とすれ違う。
昼。本編のメンバーでプチ歓迎会。七宝の人柄について梓から聞く
夜。深雪と達也、七宝についての会話を交わす。
4月7日
放課後。生徒会メンバー、七宝と対面。深雪、氷の女王になる。
4月8日 入学式

という流れですが、七宝くんと主人公への学校側の指導回数に差があったため、会う日程がずれ込んだ感じです。
ダブルセブン編にて、総代の人によって指導回数が前後することが書かれています。


あと、一方通行の能力は反射ではなくベクトル操作であるとのご指摘をいただきましたが、把握しております。
主人公も同じで、常時オート(または任意)で180度反転するベクトル操作を行っているものを、便宜上反射と呼称しております。






『──今年の新入生総代の少女、篠宮玲香は、話す限り普通の少女だった。だが、普通の少女が十師族を超える魔法力など持つものだろうか。
入学式前日。九重八雲師匠から彼女についての調査報告を受ける俺と深雪。いくつかの情報から浮かび上がってきた衝撃の事実とは』


次回、「入学編Ⅳ フラグ」









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入学編Ⅳ フラグ

「副会長の司波達也です。よろしく、篠宮さん」

「篠宮、玲香です。よろしくお願いします」

 

 

表面上、その挨拶は何の問題もなく行われた。

反応と感触そのものは悪くない。心の中でほっと息を吐く玲香。

 

安心して平常心をなんとか取り戻した玲香は、あらかじめ決めてあったように、その胸のエンブレムをじっと見つめる。

 

その胸には、一高の八枚花弁に、歯車を足したようなデザインのエンブレムがある。適切な言葉を探すならば八枚歯車であろうか。これは魔法工学科のエンブレムであった。

 

ここで何も気づかずにスルーするのも変だろう、ということで、あらかじめ興味を持ったような形で見つめるということは決めておいたのだ。

 

 

「どうかしましたか?」

 

考えていた通り、その行動に疑問を持ったのか、達也が声をかけてくる。

 

 

ここで知らないフリをするのは、玲香は原作知識の存在を隠しておきたいからである。

別に話したところで大丈夫な立場なら話していたかも知れないが、玲香はそうではない。

 

未来予知じみた知識があると知られたら、大亜連合あたりが家族を誘拐なりしそうである。というか、確実にするだろう。そして、一般家庭である玲香の家は、おそらく対応することができない。

……玲香個人を狙ってくるならともかく、遠距離攻撃は、空気を圧縮するにしろ衝撃波を飛ばすにしろ、周囲を巻き込む技しか持っていない。家族を守ることは不可能だった。

 

となると、原作知識は、隠しておくに越した事は無い。念には念を入れて、知る人は少ない方がいいだろうと、玲香はこの知識を、一人で墓まで持っていくつもりであった。

 

最悪、達也たちを通じて、四葉あたりに保護してもらうというのもなくはないのだが。四葉が精神干渉魔法を得意としていることからも、それはほんとに最終手段だろう。

 

そんなわけで、玲香は原作知識がない状態を装うしかないのである。

玲香は努めて、ベクトル操作をうまく使い、初めて見たエンブレムに戸惑い、見つめてしまって申し訳なく感じた様子を装う。

 

 

「いえ……そのエンブレム、今年から創設されたという?」

 

反応したのは、達也ではなくあずさだった。あずさは「はい、そうなんです」と頷いて、

 

「魔法工学科のエンブレムなんですよ」

 

と説明した。

ちなみに、魔法工学科自体の設立については、学校側からの説明の際、雑談として聞いているので、知っていても不自然ではない。

 

「やっぱり……! 去年の新人戦では、エンジニアとしてメンバー入りして、担当した競技では、実質負けなしだと聞きました。とても優秀なんですね」

「それほどでもありません」

 

先ほど聞いた達也の優秀さをさりげなく褒めておく玲香。

これは、達也自身を褒めてはいるものの、達也ではなく、深雪と仲良くするためのアピールといってもいいかも知れない。

 

将を射んと欲すればまず馬を射よ。

達也は深雪を溺愛し、深雪は達也を敬愛している。そして、深雪は、兄の凄さをアピールしがちなところがある。だからこれは、深雪との会話に、少しでも好印象を与えようという魂胆だった。

 

 

その考えはうまく嵌ったのか、その次に行われた深雪との挨拶は、至極穏やかなものであった。

 

「同じく副会長の司波深雪です。よろしくね、篠宮さん」

「篠宮玲香です。よろしくお願いします」

 

こうして、玲香は、ある意味最大の障害とも言える、司波兄妹との挨拶を無事に終えることができた。

 

 

その後、ほのかが元気よく挨拶をした後、入学式の打ち合わせが始まった。

これは、リハーサルの類ではなく、すでに決まっている段取りを徹底するだけであったので、かなり早く終わった。

 

実際に文章を読み上げるということはなく、動作の確認だけであったこと。

学校側との打ち合わせの際、一度、丁寧に正確な動作を行っていたため、ベクトル操作で、スムーズに動作が行えたこと。

特にこれが大きいだろう。

 

そして、今回行わなかった答辞の方は、かなり練習してあり、しかも音波のベクトル操作でミスしたときのフォローも容易であるため、入学式の準備は万端と言えた。

 

当日の準備がすみ、動作のお墨付きをもらい、答辞の方はそれなりに自信がある。

こうなれば、もはや 後顧の憂いはないといえた。

 

問題としていた司波兄妹との初対面、入学式の準備がそれなりに満足のいく出来になったことで、玲香はホッと息を吐いた。

 

 

 

 

(……わたしはもう、何も怖くない!)

 

 

 

 

 

 

……。

…………。

………………。

 

……そう思ったことが間違いだったのか。それとも、目先の問題がひとまずなくなり、気を抜いたことが間違いだったのか。

 

翌々日である入学式当日。第一高校講堂、控え室にて──

 

すでに始まっている入学式。まもなく新入生総代として、答辞を読み上げるために、登壇する。

控室に入った玲香は、直前にあったリハーサルの時と同じく、一旦パイプ椅子に腰を下ろしたのだが……。

 

 

──何かが破れるような音が膝のあたりから聞こえた。

 

 

嫌な予感がした玲香は、スカートをめくって、下に履いているストッキングのことを確かめた。

すると、膝のあたりからかなり大きく伝線していた。

ここまで大きいと、少し動いただけでスカートの裾から見えかねない。

 

2096年現在、生足を見せることは、はしたないと言われる時代である。それを抜きにしても、伝線したストッキングを履いているのを見られるのは恥ずかしいことだ。だから、これはどうにかしなければいけないのであるが。

 

替えのストッキングは持ってないし、時間はないし、着替えるところもない。

 

 

「えっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻り、始業式と入学式の打ち合わせがあった翌日。

 

まだ日も上がりきらぬ早朝。

達也と深雪は、自宅から10キロメートル離れた九重寺を訪れていた。

 

「うーん、もう制服を見せにきてくれた時から一年だねぇ。去年の初々しい深雪くんを思い出すねぇ。でもすこし成長した2年生の深雪くんもこれはこれで……うむ、眼福眼福」

「やめていただけませんか、師匠」

 

深雪にセクハラをかまそうとしていた男に、先程まで他の門下生と戦っていた達也が襲い掛かる。

 

「おっと、またまた腕を上げたようだねぇ」

 

達也が師匠と呼ぶこの男の名前は、九重八雲。

法衣を纏っていても、「似非坊主」に見える胡散臭さが滲み出ているものの、この九重寺の住職にして天台宗の僧侶である。

そして、達也の体術の師匠でもあった。

 

八雲は、達也の体術による攻撃を、なんらかの方法で飄々と受け流している。

それに対して達也は、なんとか食らいついていくのだった。

 

 

 

 

 

「それでは、僕が調べたことを報告しようか」

「お願いします」

 

あれから間も無くして、達也の日課の鍛錬が終了した。

達也の服についた埃を深雪がはらった後、話は達也が以前依頼した、とある調査の報告に移っていった。

 

その対象は、去年……そして、昨日あった少女。

 

 

「彼女の名前は知ってる通り、篠宮玲香。出身は神奈川県川崎市。年は16才。先天的白皮症で、軽い念動力と魔法力を併せ持つ。中学校と魔法塾は地元のものに通っていたようだねぇ」

 

 

念動力(サイコキネシス)

 

意志の力だけで物体を動かす超能力。

多様性、正確性、安定性では起動式を持った魔法に劣るが、念じるだけで発動する為、発動までの速さでは勝ると言われている。

加速・加重系の魔法はこの超能力から発展したといわれ、達也が所有権を持つピクシーもこの能力を保有している。

 

……明日以降、万一の際に魔法の不正利用を揉み消すため、達也はピクシーのこの能力を使って、学校の監視システムをハッキングするつもりであった。これは去年まで七草先輩が持っていた、妙に権限の強いアカウントに代わる形だ。

 

このようにピクシーのようなことができる念動力は希少(というより電子機器であるピクシーが念動力を持ったからこそ可能な方法)である。

 

だが、念動力そのものは、少ないと言っても珍しい能力ではない。

BS魔法師の中のそれなりの割合がこの念動力者であるからだ。そして、魔法師としての力と、この念動力を併せ持つものも、いないわけではない。

 

 

(ただ、彼女の念動力はかなり強いもののように見えたが……)

 

 

昨日彼女と挨拶した際、達也は精霊の目で彼女を見たが、彼女はなんらかの強い干渉を受けたサイオンを身にまとっていた。

それは、深雪がたまに起こす、不完全な魔法式による干渉に似ていた気がする。

 

彼女は干渉力が強く、加速系減速魔法の干渉をたまに起こすことがあると、達也は事前に聞いていたから、あまり動じはしなかった。だが、何の事前知識もない状態で彼女を見たら、わずかに眉を顰めるなどはしていたかもしれない。

 

彼女の体内のサイオンの密度が高く、少しぼやけていたことと、すぐに精霊の目の行使を止めたこともあって、それ以上に詳しくは視ることはできなかったのだが。

 

精霊の目の行使を続けなかったことには理由がある。

知覚系魔法や能力は、対象が感受性の高い魔法師ならば『見られた』ことを知覚できることがある。『視た』瞬間、彼女が僅かであるが反応したので、達也は精霊の目の行使をやめたのだ。

 

だが、一見するに、彼女は余剰サイオンが多く、干渉力が強いだろうこと以外は普通に見えた。

その程度ならば、魔法科高校首席入学者であることを考えれば、ありえない話でもない。

 

だから、それよりも気になったのは……。

 

 

「16? ですか?」

 

 

──こちらの方だ。

 

深雪が質問したことは、当然浮かぶ疑問だ。

普通、高校一年生は15歳と16歳の少年少女で構成される。年度のうちに、誕生日を迎える前が15歳、迎えた後が16歳だ。

だから、高校に入学した今の時点で16歳と言うことは、4月のかなり上旬が生誕日であると言うことが考えられる。

 

(……だが、あの書類では誕生月は4月ではなかったはず……)

 

達也は、あずさに見せられた書類のことを思い出していた。達也の記憶では、誕生月は4月でなかったはずだ。そうなると、早生まれと言う可能性は否定される。

 

達也の記憶通り、八雲の回答は深雪のその予想とは大きく外れた。

 

 

「そういうことじゃない。彼女は原級留置……つまりは留年してるんだよ、キャビネットの事故でね」

「キャビネットの事故、ですか?」

 

 

信じられない、という風に深雪が聞き返した。

 

キャビネットは、滅多に事故など起こり得ない。

そもそもキャビネットは、21世紀初頭の電車が進化したものだ。たしかに個別車両となり、車に似ているものの、本質的には電車なのである。

故に交通管制システムによって、渋滞や車両同士の事故が限りなく低くなっている。

 

さらに個別車両となったことにより、車の事故回避システムも採用しており、人身事故の方の数も少なくなっている。これは、周りの動く物体を感知し、一定距離内の前方に近づいた場合は急制動をかけるというものである。

 

リニア式による車両のため、電磁石に通す電流を緊急的に逆向きにすることで、緊急停止を行なっているということらしいのだが。

だが、そのシステムが働く前段階として、電磁石が埋め込まれた線路と普通の道路はそれなりに離れているところも多い。

 

故に、現代においてキャビネットの事故というものは限りなく可能性が低いことであった。

 

 

 

「──そう、この事故には不可解な点が多いんだよ」

 

 

 

生じた疑問を分かっていたかのように、八雲は言葉を付け足した。

 

 

「ひとつめ。その事故の後、彼女の魔法力……特に干渉力は以前とは比べ物にならないほど上がったそうだ」

「事故で、ですか」

「そう。事故で脳のどこかの部位が活性化されたのだろうと医師の診断書には書かれていたよ。確かに脳の機能は未だ分かっていないけどね。魔法力──しかも干渉力だけが増えるなんて、信憑性が怪しいところだねぇ」

 

 

手を口元に当てながら淡々と説明する八雲は、何やら含みを持たせた様子でそう語った。

 

八雲の語る内容には同意だ。

 

例年、魔法事故というものは存在し、それによって文字通り魔法師人生からのドロップアウトをしてしまう学生は少なくない。

魔法力を、失うのだ。特に発展途上で魔法力が成熟していない未成年によく起こる現象だった。

実際、魔法科高校でも一年に1割弱の生徒が魔法力の喪失を理由に退学している。

 

だが、魔法事故ではないが、彼女は逆に事故に遭うことによって魔法力が増したと言うのだ。

それに加えて、彼女が今現在保持している魔法力は、十師族や師補十八家の子息を押さえて魔法科高校に入学するほどである。

 

これは、なかなか信じ難いことだった。

 

 

「二つ目。事故の前後で交友関係や趣味嗜好が少し変わっているみたいなんだよね……」

 

 

言われたことのショックから立ち直る前に、八雲は更なる疑問点を語り出した。

 

彼女は、事故の後、趣味嗜好や交友関係が変わっているというのだ。

 

……これ自体はなんら不思議なことではない。

事故の後、頭に強いショックを受けたことで人格が多少変わってしまう、と言ったことは昔から存在していたからだ。

 

だから、このことを八雲が疑問点という理由には、さらなる根拠があった。

 

 

「そしてすぐに退院……つまり少し無理すれば、元の学年に復帰できたのかもしれないのに、入院期間が延びて、わざわざ留年しているみたいだねぇ。ついでに言うと、事故前後で化粧品へのこだわりも変わったようで、より綺麗になったって周りの人はみんな言うねぇ。……ただの思春期の少女の成長は垢抜けるっていう言葉があるくらい変わることはあるけどねぇ……それではいまいち説明できないくらい変わったみたいだよ?」

 

 

そう言い切ると八雲は、達也と深雪の2人から目線を逸らし、「さて」と腰に手を当てた。

 

 

 

「こうなると一つの仮説が浮かび上がってくると思わないかい?」

 

 

 

 

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八雲は言った後、達也と深雪のことをじっと見つめていた。どうやら、2人の反応を確かめているようだったが、まず達也の方をじっと見つめ、その後頷いた。

 

「……どうやら達也くんは、僕と同じ結論に至ったかな?」

 

八雲は達也から目をそらし、深雪の方に目を向ける。どうやらまだ分かっていない様子の深雪に「深雪くんにはヒントをあげよう」と言って、八雲はとある情報を付け加えた。

 

「キミたちは知らないかもだけど、首席入学者を出した魔法塾には、特別手当が支給されるんだ……。コレ、結構大きい額だよ?」

 

深雪は、八雲に新しい情報を提示され、その情報とさっきまでの情報を合わせて考えてみた。

 

 

 

言われれば言われるほど、彼女は事故前後で変わったものが多い。

 

変わった趣味嗜好。

変わった交友関係。

その交友関係を変えるためのように見える、入院期間を引き伸ばしての留年。

変わった化粧品と、ただの思春期の少女の成長というには、あまりに変わりすぎている容姿。

塾の講師達への金銭は、口止めを目的にしているようにも感じられる。

そして魔法力の違い。

……増したのは干渉力だけという話だったが、演算規模と速度は(・・・・・・・・)自分の意思で(・・・・・・)能力が低いように見せる(・・・・・・・・・・・)ことができる。むしろ制御できない項目が干渉力といえよう。

 

……そして、それが起きたのは普通では起こり得ないキャビネットによる事故……。

 

その後、彼女は演算規模と速度も向上させ、七草と七宝といった、十師族や師補十八家の子息を超える魔法力を得ている。魔法力の多くは遺伝する中、百家でもない一般家庭出身の少女が、である。

 

 

 

一般人に生まれた少女が、偶然滅多に起こらないキャビネットの事故に遭い、偶然脳に損傷をおって、偶然奇跡的に生還。その影響か、偶然趣味嗜好が変わり、偶然魔法力が上昇して、偶然入院期間が長引いてしまい、偶然交友関係が変わって、偶然魔法師の家系を凌駕する容姿に成長する。

さらに、偶然二十八家の子息を超える魔法力を努力によって得て、偶然魔法科高校に首席入学する……ということも、たしかにあり得なくはないだろう。

 

だが、深雪には、別の可能性が見え隠れしているように見えた。

そして深雪は、深く考える様子の兄と、自身をじっと見つめる八雲の間に視線を彷徨わせ、その疑念を口にする。

 

 

 

 

「まさか──」

 




今回からご指摘を受け、前書きの挿絵に対する注意書きをやめ、タグに『挿絵注意』を追加致しました。
あと次回以降になるのですが、『一部オリジナル設定』タグを追加させていただきます。申し訳ありません。
とは言っても、とんでも設定やとんでも解釈などではなく、原作の世界観を自分なりに考察し解釈した結果ということになります。よろしくお願いします。


次回。達也達がさらなる『真実』に近づいていきます。


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入学編Ⅴ 真実(笑)

今回、スマートフォン専用アプリ『魔法科高校の劣等生 LOST ZERO』より、家の名前だけをお借りしています。設定などは異なりますのでご注意下さい。


「その可能性は十分にあると思うよ?」

 

八雲は深雪の推測に対し、そう答えた。

 

深雪の言った推測は、事故以前の彼女とそれ以後の彼女が、『別の存在』である可能性だった。

 

「そう。この事故の前後で彼女は変わりすぎているんだよ。容姿、交友関係、性格、……魔法力。そう、まるで別人だ。そして、それを隠すかのように留年している。

……直接的な証拠はないにしても、これだけの情報が集まれば、本当に別人であると考えるのは、なんら不思議じゃないだろう?」

 

八雲は訳知り顔で語ったあと、最後にこう付け加えた。

 

「変わった先が人であるにしろ、そうでないにしろね」

 

深雪は八雲のその言葉に、息を呑んだ。想像してはいたが、改めて言葉として突きつけられると、衝撃を受ける。

 

「それはパラサイトである可能性……ですか?」

「うん、変わった魔法力を一応それでも説明できるからね」

 

パラサイト。

 

昨年度末。つまりほんの数ヶ月前に起きた騒動の原因ともいうべき存在。

彼らの起こした事件により、USNA最強の魔術師アンジー・シリウスこと、リーナと共闘したことは記憶に新しい。

 

超常的な寄生物(paranormal parasite)の略で、各国で悪霊や妖魔とかつて呼ばれていたもののうち、人に寄生して人を「人以外のもの」に作り替える「魔性」。

 

彼らに寄生された人物の魔法力は高まっており、その点においても彼女の状況とは合致する。

 

事件の記憶が新しいこともあり、その可能性を強くは否定しなかった八雲は、達也にも問いかける。

 

「達也くん、君はどう思ったかい?」

「……それは彼女が事故以前と別人である可能性についてでしょうか。それとも、パラサイトである可能性についての問いかけでしょうか」

「とりあえず後者についてかな」

「それでしたら。少なくとも、パラサイトの気配はしませんでした。活性化していないと感じ取れないので、正確なことは言えませんが」

 

少なくとも、達也は彼女がパラサイトであるような兆候は、感じ取れなかった。

 

故に、パラサイトの気配はないと伝える。

これはピクシーも、同族が近づいているというようなことは言っていなかった、ということも理由である。

 

ピクシーは現時点では、仲間との接続が切れているが、仲間の活性が高まるもしくはある程度まで近づけば、感知できる。

 

達也は前回の事件の時、パラサイトを感知できなかった。これを改善するために「精霊の目」を鍛えようとはしているのだが、成果は芳しくない。

ゆえに、もし同族を感知したら、すぐに伝えるよう、ピクシーに命令しているのだ。

 

学校の敷地内くらいの範囲であれば、充分その「ある範囲」に該当するため、感知できないと言ったことはほぼないだろう。

 

故に達也は、彼女がパラサイトではないという感触はある。

 

そして、達也の感触を裏付けるかのように、八雲は肯定した。

 

「僕もそう思っているよ。……少なくともこの前の事件とは関係ないんじゃないかな。時期にもあっていないし、彼女の周りで不審な事件も起こっていないようだったし。それに、僕の霊視力にもなんの反応もなかったしね」

 

人間に取り憑いたパラサイトは、自己保存本能と自己複製本能によって、周りの人間を襲う。

そのような事件がないということは、ある意味で彼女がパラサイトではないという何よりの証明だった。

 

そして、ダメ押しとばかりに、八雲はおもむろに携帯型端末を懐から取り出した。

 

「もう一つわかりやすい理由があるんだ。とりあえず、これを見てくれないかい?」

 

その携帯端末で再生され出した動画に映っていたのは、くだんの少女だった。

画像は少し粗く、映っている少女はカメラに気づいている様子もない。

 

「これは隠し撮り……ですか?」

 

少し責めるような顔で、深雪は言った。

同じ年頃の同性として、無防備な姿を撮られているという事実に、何か思うところがあったのだろう。

 

だが、八雲はその言葉を華麗にスルーした。

 

「さて、達也くんならわかるだろう?」

「……なるほど。どうやらパラサイトではなく、別人であるようですね」

 

達也のその言葉の根拠がわからず、深雪は兄に問いかけた。

 

「どういうことでしょうか、お兄様」

「いいかい、深雪。このふたつの動画を見てみるんだ。明らかに歩く時の重心の位置が変わっている」

 

そう言って、いくつかの動画の中から2つの動画を指し示した達也。

 

映っている少女は、どうやら事故前と事故後それぞれの歩いている様子であるようだった。

言われた点に注目して見てみると、確かに重心移動が微妙に異なっているように思われる。

 

「歩くときの重心移動の仕方というものは、そんな簡単に変わるものじゃない。本人の骨格や筋肉のつき方による制限が大きいからね。体重、身長などが多少変わったとしても、数年寝たきりになっていたとしても、重心移動の癖というものはほとんど変わらない」

 

体の使い方というものはそう簡単に変わらない、と達也はいう。これは体術を学んでいる達也からすれば自明のことだった。

 

おそらく、八雲もそうであろう。

 

「前回の事件においても、パラサイトはあくまで宿主に寄生する形で息を繋いでいたようだけど。物質次元にある体は、あくまで本人のものだ。ゆえに、ほとんど重心の移動というものはかわらないんだよね」

 

常人にはわからないだろうが、癖というものは如実にでる。僅かな差でも感じ取れる2人にとって、この変化は他人であると取るに十分なものだった。

 

これほどの変化は、脳に損傷を負って半身麻痺にでもなれば、起きるかもしれないが、彼女にはそんな様子はない。

 

あと考えられるとしたら、そう、それこそ重力が違うところ──月などにでも行かない限りは、このような変化は起きないだろう。

 

「だから、彼女がパラサイトではなく、それでいて以前とはまったくの別人であるということは、まず間違いないと見ていいね」

「それは、思い過ごしということはないのでしょうか? 事故にあったということは、骨格などに歪みが出る可能性はゼロではありませんよね」

「深雪、そうだとしても、体の動かし方の癖というものは残るんだよ。それがこの動画にはないんだ」

 

さらにその後、八雲は彼女が事故以降、皮膚の問題で学校を休むことがなくなったことを付け足した。

彼女はアルビノで肌がとても弱く、事故以前は本や雪の結晶に反射した程度の弱い光にも弱く、よく休んでいたようだ。

 

だが、事故にあってからは、それが全くなくなったとのことだ。このことも、彼女が別人であると言う証拠のように思えた。

 

まぁ、新手のパラサイトである可能性も捨てきれないから、踏まえておいた方がいいとは思うけどねと、八雲は付け足しながら携帯端末を回収した。

 

携帯端末を懐に入れ、改めて2人に向き直った八雲は、話を先に進めた。

 

「こうなると、生じてくる疑問がある」

「何故彼女は入れ替わったかということでしょうか?」

 

深雪の問いかけに、八雲は「そうだね」と肯定しながら、その理由として考えられるものを挙げていった。

 

他国のスパイとか、数字付きのどこかの隠し子……などである。

だが、スパイだとするには色々と不自然なところが多いと言わざるを得ない。

 

普通、正体を隠したいのならば、わざわざ魔法科高校首席入学などはしないであろう。

そしてアルビノのような目立つ容姿は、そういう意味では適性がないと言える。

 

八雲もそう思ったのだろう。

スパイの疑惑については軽く流し、もう一つの理由について、考察と調査結果を話し出した。

 

「だから僕は、彼女と数字付き(ナンバーズ)の関係を調べてみることにしたんだ。……もっとも繋がりは途切れていたんだけどね。……でも、調べていくうちに妙な噂を聞いたんだよ」

 

八雲は先程から数段声のトーンを落として、その噂の内容について語った。

 

「どうやら彼女の周りでは、四の数字落ちであるという噂があるようなんだ」

「…………あり得ません!」

 

その噂について、深雪は強く否定をする。四葉家を生み出した第四研究所は、今や四葉家の指揮下にあり、そこで開発された家系はあまねく四葉という家系に吸収されている。

 

四葉家は、各分家の中で当代最強のものが当主となるという仕組みの家である。

 

研究所をルーツに持つ一族の一つに四葉があるのではなく、第四研究所出身の家系すべてをまとめて四葉と呼ぶのだ。

 

だから、四葉以外に第4研究所出身の魔法師一族など、存在するはずがない。

 

「本当にそう言えるのかい?」

「どういうことでしょうか」

 

声には出さなかったものの、深雪と同じ点を疑問に思った達也が、疑問を呈するかのような口調の八雲に、問いかけた。

 

「火のないところに煙は立たぬ。……百家ではなくても、研究所が十師族を研究する前に、研究所で開発されていた魔法師がいるだろう?」

「──エレメンツ、ですか」

 

エレメンツ。

 

日本で最初に作られようとした魔法師一族と言われている。

2010年代から2020年代にかけては4系統8種の分類・体系化が進んでおらず、伝統的な属性に基づくアプローチによって魔法は研究されていた。

 

これらは、魔法の体系化が進むことによって、非効率だとみなされ、エレメンツの開発は中止、開発を行っていた研究所のほとんどが閉鎖された。

 

この後、2030年代にかけてできたのが、第一から第十の国立魔法研究所である。

 

「そして、国立魔法研究所のうち、第4研究所だけは国有化される前の前身となる、民間の魔法研究所が存在するね。十師族を生み出す前に開発されたと考えれば、どうだろうか。研究所を移籍する例もなくはないのだしね」

「では彼女はその末裔であると……」

「いいや。エレメンツも調べてみたけど、急に消えた娘はいなかったよ?」

「では……」

 

それは、結局どこの家でもないということで、思い過ごしなのでは?

と深雪は思ったが、八雲は唐突にこんなことを言い出した。

 

 

「調べる限り、彼女はかなり強い念動力を持っているようだね。……達也くん、ところでだけど。一番最初の現代魔法を知っているかい」

「……まさか!」

 

 

先程、エレメンツは日本で最初に作られようとした魔法師であると言ったが、それらの属性魔法とやらが、最初の現代魔法であることを意味しない。

 

一番最初に実用化され、世に魔法というものを知らしめた魔法は、学校の歴史で習う通り核分裂を止める魔法だ。

 

だが、一番初めに実験室で作られた魔法は、それですらない。魔法というものの確認として実験室で開発された魔法。いわゆる『超能力』ではなくなった、魔法式を用いた最初の『魔法』。

 

それは──

 

 

 

「そう。簡単な単一移動工程魔法──つまりは念動力さ」

 

 

 

一瞬の静寂。

達也と深雪の反応を待たず、その後に八雲は解説を付け加えるかのように、語り始めた。

 

「では、最初に魔法が研究されたその実験室は、何処の研究所の研究室なのだろう、という話になる。もしかしたら四ノ宮というのも、あながち嘘じゃないかも知れない、といったね」

 

八雲は、さきほどの自身の言葉を真似するように言った。

 

「零宮っていう家を知っているかい? 十師族のプロトタイプにして、零の番号を持つ家の一つだ。分家の令ノ宮もいつしか絶えているんだけど」

「令ノ宮、ですか」

「そう。『れいのみや』と、『しのみやれいか』。これは偶然の一致かも知れないけど、十師族に迫る魔法力を持つことから、関係がないとするのもいささか早計だろう?」

 

ここで、達也は今までの情報をまとめてみた。

 

十師族のプロトタイプである、零の家との名前の関連性。

最初に作られた魔法が、彼女が持つ『念動力』を魔法化したものであること。

十師族にも迫る魔法の腕前。

 

(──たしかにそれならば、彼女が十師族を押さえる魔法力を持つことにも、納得がいく……)

 

番号はおそらく、第四研究所の前身となる研究所に移ったときに変わったとすれば、辻褄は合う。

 

 

 

そして。

達也は昨日生徒会室で対面した彼女との挨拶を思い出す。

そういえば、あの時、彼女は──

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『篠宮、玲香です。よろしくお願いします』

 

 

──妙に家名を強調していなかったか。

 

 

そのことに思い当たった瞬間、達也の中で何かが繋がった気がした。

 

 

「そう。彼女はもしかしたら、現代魔法師にしたら、この国で一番古い魔法師の家系かも知れないね」

 

 

八雲が語っているのはただの仮説。事実と事実を恣意的に繋げただけの暴論。ただの推論に過ぎない。

 

確かに、このことを証明する直接的な証拠はなにも存在しない。

だが、関係ないとするにはあまりにも、状況証拠が揃い過ぎていた。

 

 

「結局、この情報をどう取るかは君たち次第なわけだけど。君たちの事情が事情だからね……警戒しておくに越したことはないんじゃないかな」

 

 

八雲は最後にそう締めくくった。

 

達也にとって、それが推測で根拠のない話であったとしても、情報があるのとないのでは雲泥の差だ。

 

深雪のことを考えれば、いくら警戒しても警戒したりない。だから、達也の辞書にとって警戒しすぎるという言葉は存在しない。

 

だから達也は、警戒すべき対象という意味で、有用な情報を調べてくれた八雲に感謝の言葉を送った。

 

「情報ありがとうございました、師匠」

 

「ですが」と達也は真顔で続けた。

 

 

 

 

 

「正直言って、ストーカーはどうかと思いますよ」

 

その言葉に同意するかのように、妖しい笑顔で微笑む深雪に、八雲は身をすくめた。

 

 




ストーカー、ダメ、絶対。

八雲先生や達也は、歩行時の重心の位置で別人だと思い込みました。体の動きというものは指紋や声紋と同じように、達人にとっては確実に人を判断できる要素……ということでお願いします。
このため、他人であるということを確信してしまい、「怪しい」という疑念から調査や考察がスタートしているので、負のバイアスがこれでもかというほどかかりまくっています。

ちなみに動きの重心の位置が変わった理由は、プロローグに書いてある通り、手足の長さの感覚の違いや、歩行時にもベクトル操作で負担軽減(重力軽減)をしているためですね……。玲香自身にかかっている重力が以前とは異なるので、重心移動も異なります。

後、『LOST ZERO』要素ですが、今回用いたのは家名だけです。配信終了していることもあり、その設定自体は用いません。
あくまで今作では十師族のプロトタイプということにさせていただきます。
……というか、一時期やっていたのですが、私自身忘れていまして、思い返すのが困難です。

あ、魔法科のアプリといえば『リローデッドメモリ』がもうすぐ配信されますね。とても楽しみです。

次回より主人公視点に戻ります




追記

◇勘違いの理由解説◇

少し質問が多かったので、解説させて頂きます。

まず前提として、達也たちは危機管理のため、周りを疑わなければいけない状況にあることを、ご理解ください。そして、達也たちはリーナの時のように内心疑っていても手を出されない限りは、大体疑っていることを隠して静観する傾向にあることも、ご理解ください。

この世界の魔法師たちには、『十師族の魔法力は格別』という意識が前提にあり、達也たちは生まれからも、その傾向が強いことをよく理解していると思います。
このため、『十師族に匹敵する魔法力を持つ少女』は、常識として、どこかの家の血を引いているということ(もしかパラサイト)が、達也たちの意識の上でほぼ確定します。
そんな少女が、確実に以前と別人であると判断できる状況にあるので、陰謀を疑うのは当然でしょう。

この『怪しさ』を前提に推測を勧めているので、間違った方向に行ってしまった感じです。
私たちにとっては「そうはならんやろ」という推測になってしまいますが、本人たちにとっては、どうとも言えない怪しさが根底にあります。
生きている世界が違うため、この辺の感覚まで違うということを表現したかったのですが、言葉足らずであったようです。

また、今のところは警戒と言っても、『どこかの家でお家騒動が起きているようだ。行動範囲も被っている(高校内)ので、とりあえず身構えとこう』くらいの意識ですね。
『原作初期の美月への警戒』+『十師族への警戒』くらいの感じです。


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入学編Ⅵ 入学式

2096年現在、大抵の学校の制服には形状記憶繊維が使われている。

 

制服を強制的に「正しい」着用法で使わせることで、学校の風紀を守りたい学校側。

立体裁断による着心地の良さや、洗濯時の皺などを気にしなくて済む生徒側。

 

この二者のメリットが一致した結果、この制服やスーツは成り立っており、それは第一高校でも同様だった。

 

男子のブレザーや女子のスカートなど、様々なところにその技術は使われているのだが、様々な条件の関係上、用いられていないものも存在する。

 

その一つが、女子制服のストッキングであった。

 

この一つの理由としては、ストッキングは学校側の指定メーカーのものではなく、各自用意するものであることが考えられる。

 

校則では『黒又はグレーのタイツかレギンス』とだけあり、どのメーカーのものを使うのかは生徒自身次第であるのだ。

 

市販のストッキングには、形状記憶繊維など使われていない。これはストッキングが消耗品であることも理由の一つであろう。

 

高級品であるならば、事情は違うのだろうが、玲香が日常の範囲で触れるストッキングには、形状記憶繊維など使われていなかった。

 

だから、ストッキングが伝線してしまうのも、考えられない話ではなかった。

 

 

「えぇ……」

 

 

……ちなみに、校則には『黒又はグレーのタイツかレギンス』とあるのに、『ストッキング』はいいのか、と思うかもしれないが、特に問題はない。

 

というのも、玲香はこうして女子になって知ったのだが、タイツとストッキングの間に構造的な違いは存在しない。

 

この二つの違いは、「デニール」と呼ばれる生地の厚さである。

生地が薄いものをストッキング、厚いものをタイツ、と日本では呼称している。

 

だが、外国では区別なくタイツと呼んでいたりと、その二つの違いというものは存在しないのだ。(ちなみに外国でストッキングと言うと、ガーターベルトで吊るものと言う認識になるらしい)

 

もともと、タイツの生地の厚さは防寒目的であるからして、【一方通行】によって熱量の移動を操作できる玲香には、ストッキングもタイツもそれほど変わりはないのだが。

 

だが、玲香は肌が昔から弱かったこともあって、両親が心配していた。このため両親は、生地の薄い(刺激の低い)ストッキングで良いか、と学校側に問い合わせて許可を得ていたのである。

 

この両親の気遣いを無にする訳にもいかず、玲香はストッキングを着用していた。

 

【一方通行】を使えるのだから、これは両親の要らぬお世話だと思われるかもしれない。だが、玲香はそもそも衣服の重さや感触などをベクトル操作していない。ゆえに、刺激などを考えて問い合わせてくれた両親には感謝をしていた。

 

……なお、衣服などのベクトルを操作していないのは、肌に何も触れていない感触だと、全裸でいるような感覚に襲われるからである。この感覚を楽しめる人間はどこかにいるのかもしれないが、少なくとも玲香にはそのような痴女の気はなかった。

 

だから、生地の薄い(刺激の少ない)ストッキングを着用していたのだが、生地の薄さが裏目に出た形だった。

 

 

(どうしようどうしよう)

 

 

数十年前に第三次世界大戦が起こるきっかけとなった地球寒冷化の影響は随所に残っている。

 

極力肌の露出を避けるようなドレスコードも、その一つである。

 

少なくとも公式の場では、伝線したストッキングなど、論外だろう。

ましてや自分は登壇するのだ。

 

……今のところはスカートで隠れる範囲にとどまっているが、ひろがっていかないとは限らないし、ふとした拍子に見えてしまう可能性もなくはない。

 

なんとかして対策を探そうとする玲香であるが、焦っていると時間が経つのも早いようで、玲香の登壇を促す声が聞こえてきた。

 

 

『──新入生、答辞。新入生総代、篠宮玲香さん』

 

 

その声に慌て、なんとか応急処置的に【ベクトル操作】で、反射膜の設定を新たに設定し直した。

なんとかストッキングの穴を大きくしないように、肌に押しつける形にしたのである。

 

……だが、ここでミスがあった。

 

焦っていたからか、肌から放出される熱量を普段より少なくしてしまったのである。

 

こうして、玲香はストッキングの穴を広げないようにすることには成功したものの、片足だけ特に蒸れる形になってしまったのである。

 

 

──ここから先は地獄だった。

 

 

 

『麗かな春の桜が舞う──』

(あああああ!! 設定し直すとなると、答辞の内容が飛んでしまうかも……)

 

 

『名門、国立魔法大学附属第一高校に──』

(まって、蒸れすぎ! 汗出てきた!)

 

 

『──光栄に存じます』

(いや、答辞の内容は光のベクトル操作して、前向いてても網膜に映せるんだけど!!)

 

 

『私は、新入生を代表し、また第一高校の一員として──』

(こんなに汗出て、片方だけブーツ臭くなったりしないよね? ね?)

 

 

『──新入生代表、篠宮玲香』

(タイトなスカートまでキツく思えてきたんですけど! 前世男子には辛すぎるううううう!)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

そうして地獄の数分を耐え切った玲香は、隙を見て熱量に関する設定をし直し、なんとか平常心を取り戻した。

 

表情に関しては、表情筋ベクトル操作でなんとか繕っていたが、内心は冷や汗ものだった。

 

だが、なんとかリカバリーできたとは感じる。……最悪の場合、事前に録音した答辞の音声を再生していたレコーダーがあった。これを、あたかも口から発せられているようにベクトル操作する、という手もあったのだが、使わずに済んで僥倖だった。(もちろんこの音声は反射膜の外に出していない)

 

 

この後、新入生を代表して、一足先にIDカードを受け取り、玲香の新入生総代としての入学式での役割は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

……というわけで、新入生総代のお役目から解放、とはいかなかった。

 

 

例年、入学式が終わった後、新入生はIDカードが発布される、ID交付会場に集まっていく。

ここで、校内のさまざまな施設を利用するためのIDカードとともに、自分のクラスを知ることができるという寸法だ。

 

だが、入学式中に既にIDカードを受け取っている新入生総代は例外だった。

入学式後の新入生総代の役割、それは、

 

 

「いやぁ、今年の式で一つ残念だったことは、司波君のスピーチが聞けなかったことですかな」

「それは無理というものですよ、上野先生。入学式で登壇する生徒は生徒会長と新入生総代だけなのですから」

「ハハハ、そういえばそうでした。ですが、今年の新入生総代の篠宮君も素晴らしいスピーチでしたな」

「……光栄です」

 

 

……こうして、来賓対応する深雪とともに、 空騒ぎする大人たち(来賓)に囲まれて、ひたすら愛想笑いをすることだった。

 

(……うっわ、めっちゃ視線が気持ち悪いんですけど!)

 

原作でも「肉体的な衰えを意識し始めた男が若く美しい娘に抱く本能的なもの」を含んだ視線を深雪に向けていたが、自分にまで向けられるとは思っていなかった。

 

七宝琢磨は全然絡まれずに済んでいたような記憶があるのだが、要は本当に『そういうこと』なのだろう。実際に受ける身となってみると不快以外の何物でもなかった。

 

にも拘わらず、どうして愛想笑いで無駄話に付き合っているかというと、来賓の1人の職業が関係する。

 

「上野先生」と呼ばれた壮年の男性だ。この男は政治家で、東京を地盤とする与党所属の国会議員だ。若手有望株であり、次の選挙で与党が勝利を収めたのならば大臣のポストは確実とも言われている。玲香もテレビでは何回か見たことがあるほどである。

 

尤も若手と言っても、それは政治家の中でという話で、一般的に言えば既に壮年なのだが。

 

この上野先生とやらの厄介なところは、魔法師に好意的な議員としても知られており、魔法大学の学外監事を務めたところがあるという点だ。魔法師を敵視する運動が徐々に勢力を増している現下の情勢では、魔法大学でも第一高校にとっても扱いを疎かにできない人物だった。

 

そういうこともあって、玲香は学校関係者との打ち合わせの際に丁寧に対応してくれ、と頼まれていた。

 

「本来であれば16歳の少女に配慮してもらうようなことではないのだが……」と学校関係者が苦悩していたこと。

玲香自身が、自分の身を守るためにも、魔法師を世間が敵視する風潮を増長させるのはまずいと思ったこと。

この二つもあって、丁寧な対応を約束したのだが……。

 

 

(……このハゲええええええ! 見てるところバレバレなんだよ! 話も長すぎ! お母さんに頼んで、近くのコンビニで買ってもらった替えのストッキングに、早く履き替えたいのに!)

 

 

──正直、玲香はそれを後悔していた。

 

前世なら一生会うはずのなかったであろう、政治家という職につく人物に会ったというちょっとした感慨は何処へやら。

 

彼の長話は、かなり長時間にわたるものとなっており、少々、いやかなり辟易した空気が周りに充満してきた。

 

来賓の中でも特に社会的地位が高い国会議員がこの場にとどまっていては、職員もこの場を去り辛いということだ。

 

去年までは、七草という家名に遠慮していたこともあって、彼の長話はそこそこに抑えられていたとのことであるが、今年はその煽りを受けているということだった。

 

 

そろそろベクトル操作で、どこらへんとは言わないが冷風でも送り込んで、凍えさせてやろうか、と過激な思想に走りそうになった玲香であったが、ここで助けが登場した。

 

 

「いやはや、お久しぶりですね、上野先生」

 

 

あまりの長話を見かねてか、会話に割り込んできたのはそれなりに歳をとった様子の男であった。

 

 

「篠宮君もご無沙汰しております。首席入学と聞きましてね、こうして来させていただきました。その後のご機嫌は?」

「お久しぶりです。……おかげ様でこうして」

 

 

この男は、キャビネットという、現代の最もポピュラーな交通機関を一手に担う会社の上役で、政府関係機関にも伝手の多い人物だ。

 

このため、上野がこの男に顔を合わせたことも数度あり、そして上野にとっても無視できない立ち位置にいる人物である。

 

 

……そして、玲香はこの男と会ったことがあった。

 

というのも、玲香が事故から目覚めた後。

 

「キャビネット関係のお偉いさんが謝罪に来た」と言ったが、その謝罪に来た人物がこの男なのである。

 

玲香にとって、社会的地位の高い唯一(・・)の顔見知りとも言えた。

 

……普通ならば、そのような謝罪など、部下に押し付けてもおかしくない地位にいる人物なのだが、彼は現場からの叩き上げということもあって、かなり誠実な人柄の人物であった。

 

このため、キャビネットの事故にあった直後にも玲香の両親の下に謝罪に訪れ、治療費を負担するばかりか、最高級の治療施設を用意してくれたとのことだった。

 

それだけで責任はとっていると、普通の人物なら言いそうだが、こうして首席を取った祝いに訪れるというところに彼の誠実さが表れていると言えるだろう。

 

もちろん、魔法科高校首席入学者との顔繋ぎや周りの来賓との歓談など、別の目的もあるのではあろうが。

 

そんなこんなで、少し上野先生の勢いが緩んだ中に、スーツ姿の女性が乱入してきたことで、この長話は終わりを迎えた。

 

 

「上野先生、こんにちは」

 

 

その女性の名前は、七草真由美。

昨年度の第一高校生徒会長であり、今現在は魔法大学の学生だ。

赤い目を持ち、黒くウェーブのかかった髪はよく手入れがされている。

原作でトランジスターグラマーと言われるその体型は、レディーススーツ姿でも健在。それでいて九校戦で映される容姿より数段大人っぽく見えた。

 

 

「お忙しい中、わざわざご足労くださり、ありがとうございます」

 

 

前半の「お忙しい中」というフレーズを強調した真由美の言葉に、上野は慌てて対応した。政治家は無神経に務まっても、愚鈍には務まらないということなのであろう。

 

素早く真由美の意図を察した上野は、不自然にならないよう、適当な話題を振って撤退することにしたようだ。

 

「それよりも、真由美君はどうしてここに? 妹さんたちの付き添いですか?」

「ええ。両親が2人とも、どうしても時間の都合がつかないと薄情なことを言うものですから」

「ハハハ、お二人ともお忙しい方ですから」

 

こうして、真由美たちの妹が挨拶する流れとなり、双子が深々と頭を下げたこともあって、いち段落ついた空気が充満した。

 

上野はこの変化を見逃さず、

 

「2人とも、そして総代の篠宮君も、期待していますよ。では真由美君、僕はそろそろ失礼します」

 

簡単な挨拶だけをして、そそくさとその場を立ち去ったのだった。

 

 

ちなみに先程乱入してくれたキャビネット関係の責任者の男とはいうと、真由美が乗り込んできたときに、さりげなくその場を離れていた。

 

どうやら魔法関係の十師族と、大きく関わるつもりもなかったのであろう。

彼は、目礼をする玲香に、さりげなく右手を上げることで応えた。その後、かの議員につられて、来賓が少しずつ減っていく中に紛れて見えなくなった。

 

その事態をひき起こした真由美は、彼らの姿がほとんど見えなくなった後。朗らかな笑顔で深雪、そして玲香を見た。

 

 

「深雪さん、そして篠宮さんだったかしら。大丈夫?」

 

 

 

 

 




この事件前の深雪「お兄様、考えすぎではありませんか?」
この事件後の深雪「交通関係の要人に伝手? まさか……」

唯一と言ってもいい要人への伝手(ほぼ面識なし)を疑われる主人公である。

なお、この男は今後出てくることはないと思いますので言っておきますと、ただの善人(お節介気質のおじさん)です。



次回「入学編Ⅶ 新入生女子4人」


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入学編Ⅶ 新入生女子4人

「深雪さん、そして篠宮さんだったかしら。大丈夫?」

「はい。七草先輩。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

七草先輩によって、上野議員の長話から解放された深雪と玲香は、決定的な断定口調を避けつつも礼を返した。

というのも、まだ教職員の目があり、そこから上野議員に批判などが伝わることを、深雪は恐れたのである。

 

このため、深雪は「迷惑であった」などの上野議員を批判する言葉を避け、七草先輩に礼を返し、玲香もそれに倣った。

 

玲香の様子をチラリと見た真由美は、深雪へと紹介を頼んだ。

顔は先程の入学式の答辞で覚えられていたのだろう。ただでさえ目立つ髪色だ。覚えることは簡単だったに違いない。

 

「今年の新入生総代の子ね。深雪さん、紹介していただけるかしら」

「はい。こちら、今年の新入生総代の篠宮玲香さんです」

 

その紹介に続いて、玲香は真由美へと自己紹介を行う。

 

「篠宮玲香です」

 

その言葉が終わると同時、深雪は流れるように真由美の紹介へと移った。

 

「篠宮さん。こちらの方は、昨年度当校の生徒会長であった、七草真由美先輩です」

「今紹介してもらいました、七草真由美よ。よろしくね」

「……よ、よろしくお願いします。去年の九校戦などで拝見させて頂きました。すごかったです」

 

九校戦の話をだすと、少し照れたような表情で頬を染める真由美。

その表情を見て、玲香は可愛い人だな、という第一印象を持った。

ただこの顔で、原作ではバレンタインデーに殺人チョコを作ったのだから、人は見かけによらない小悪魔ということだろう。

 

真由美はそうして妹と同じ学年の子に褒められて、一瞬満更でもないような表情をした。だが、すぐに切り替えて、後ろについてきている双子の紹介をし始めた。

 

「あ、それと、こっちにいるのが私の妹の香澄と泉美。今年入学で、貴方とは同学年になるから、どうか仲良くしてくれると嬉しいわ。……ほら、香澄、泉美」

「はいはーい、ボクは七草香澄。所属は1-Bだって。よろしくね!」

「……わたくしは七草泉美です。所属は1-Cみたいです。よろしくお願いします」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

初めに紹介されたのが七草香澄。次に紹介されたのが七草泉美だ。

 

香澄はショートカットの左の前髪に小さいリボンを、泉美はセミロングの頭頂部に同じデザインの大きいリボンをそれぞれつけている。どちらかと言うと香澄の方が元気そうに、泉美のほうが大人しめに見えるが、基本的な顔の作りは同じだ。

もし髪型を揃えて、リボンを外したら見分けられる人はほとんどいないに違いない。

 

表面上の性格はともかく、 2人は双子で酷似しており、魔法演算領域の形まで同一であったりする。

 

そして、この魔法演算領域が同一であることが、この2人を語る上で重要なポイントだ。

 

(……乗積魔法)

 

乗積魔法、マルチプリケイティブ・キャスト。

複数の魔法師の魔法力を掛け合わせて、1つの魔法を発動させる技術。

魔法式の構築と事象干渉力の付与を分担して一つの魔法を発動する、と言ったこの技術は、普通の魔法師ならありえないものである。

 

なぜならば、複数の魔法師が同様のことを行なったとしても、他人のサイオンで他人の魔法演算領域で作られた魔法式をつかう訳であるから、魔法はそもそも効力を発揮しえない。

むしろ、達也たちが一年生の時の九校戦へと向かう途中で起きた魔法の干渉のように、何一つ魔法が効力を発揮しないと言った現象しか起こりえない。

 

だが、魔法演算領域とサイオン特性が全くの同一であるならば話は別である。

この二つが同一であることは、双子でも滅多に起こりえず、故にこの技術を扱うこの双子は「七草の双子」としてよく知られているのだ。

 

この技術の一部を用い、ベクトル操作によって演算能力を嵩増ししていた玲香にとっては、ある意味で気になる2人であったが、玲香は努めてなんでもないように答えた。

 

 

「篠宮玲香です。所属は1-Bです。香澄さん、泉美さん、よろしくお願いします」

 

 

玲香が所属も含めて自己紹介を行うと、同じクラスであることを知った香澄がすぐに距離を詰めてきた。

 

「おー! クラスおんなじだ! ますますよろしくね! それとボクのことは香澄でいいよ!」

 

掴んだ手をブンブンと振りながら握手をしてくる香澄。いきなりのフランクさと顔の近さに、悪い気はしないのだが、内心玲香は苦手意識を感じる。

 

(……完全な陽キャだぁ……JKのノリだよ……)

 

そんな玲香の中の男子大学生としての意識の出す悲鳴には目もくれず、香澄はそのノリのまま、すぐ後ろにいるであろう双子の妹にも同意を求めた。

 

「ね? 泉美ちゃ……ん?」

 

だが、どうやら泉美のほうは、玲香の方を向かず、深雪の方をぼーっとして見つめているようだった。

これには双子の姉である香澄も違和感を覚えたようで、玲香の手を離して何か妹に言おうとしたが、その前に真由美の言葉が発せられた。

 

「ほら。深雪さんにも、ご挨拶なさい」

「七草香澄です。よろしくお願いします」

 

その言葉に従い、香澄は玲香から少し離れて深雪へと向き直った後、挨拶をした。そして、次は泉美の番となるはずであるが……。

だが、泉美は挨拶をしない。

どうやら、泉美は深雪の方だけを向いて、呆けているようだった。

 

「泉美、泉美ってば」

「はい?」

 

香澄に肘で突かれてようやく現実に戻ってきた様子の泉美に、真由美は両手を腰に当てて厳しく注意をした。

 

「はい、じゃないでしょう。深雪さんにきちんと挨拶して」

 

姉の言葉にやるべきことを理解した泉美は、慌てて挨拶をする。だが、その様子は深雪にどう見ても見惚れている様子だった。この分では先程呆けていた様子であったのも、深雪の美貌に見惚れてのことであったのだろう、と簡単に予想できるくらいであった。

 

「……七草泉美です。あの、深雪先輩とお呼びしてもよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」

 

泉美は、九校戦の話などを持ち出し、深雪を褒めちぎる。その後、散々深雪を褒め称えた泉美は、「同じ学校に通うことができて、感激です」と締めた。

 

玲香が深雪たちにあった時のために貯めてあった「九校戦デッキ」という会話デッキを、どんどん墓地に捨てさせられていく泉美の行為はかなり続き、内心玲香はとてもヒヤヒヤした。

 

外見から見れば普段は大人しそうな方の妹の暴走に、戸惑った声をする真由美であったが、その戸惑いは泉美の次の発言によって驚愕へと変化した。

 

「あの、わたくしのお姉さまになっていただけませんか」

「お姉様⁉︎」

「ちょっと落ち着いて、泉美ちゃん! 貴方のお姉ちゃんはこの私よ!」

 

裏返った声でその発言に驚く深雪と真由美。この2人をそろって驚愕させることができる存在など、他には達也くらいしか玲香は思いつかない。

 

ある意味で泉美に尊敬の眼差しを向けつつ、そっぽを向く香澄に話しかける。

 

「ええっと、変わった子だね……」

「……いつもはあんなんじゃ、ないんだけど……」

 

香澄は歯切れが悪そうに答えた。

その会話のうちにも、どうやら泉美は深雪へと迫っている。

そうしていると、先ほどから深雪の後ろで待機していた女生徒が、会話に入り込んできた。

 

「七草さんが深雪姉様の妹になるのは可能だと思われます」

「水波ちゃん?」

 

少し戸惑った様子でその名前を呼ぶ深雪。

 

会話に入ってきた生徒の名前は桜井水波。

四葉の調整体魔法師シリーズ「桜シリーズ」の第二世代であり、遺伝子的には沖縄海戦で達也たちの身を守って殉職した桜井穂波の姪にあたる。

障壁魔法を得意とし、攻撃力等まで含めた総合的なものでは十文字の「ファランクス」に遅れをとるが、単純な障壁だけならそれにも引けを取らない。

今現在は達也と深雪のガーディアンとして、達也たち兄妹の姪ということになっている少女であった。

 

この少女に、玲香はつい今朝遭遇していた。

昨年の入学式の日、深雪に合わせて早く登校してきた達也だったが、手持ち無沙汰になり、しかも当時の生徒会長(真由美のことである)に絡まれることになった。

このため、達也は控室に水波を連れてきていたのだった。

入学式前ということもあって、皆緊張しており、特に会話はなかったものの、玲香が1番初めに顔を合わせた同級生といえよう。

 

「先程ぶりですね、篠宮さん。そして、七草さん。改めて、桜井水波と申します。こちらにおられます深雪姉様と達也兄様の従妹です。所属は1-Bでしたので、篠宮さんと香澄さんと同じクラスということになりますね。以後お見知り置きを」

「お兄様⁉︎」

 

そうして、水波はくるりと回転して、自らの背後にいた達也を示しながら自己紹介をした。

達也がいたことに対し、先程声が裏返ってしまったことに対して恥ずかしさを感じたのだろう。深雪が慌てたような声を出して少し変な空気になったが、自己紹介をされた形になった玲香がなんとか答えたことで、空気が固まるのだけは防がれた。

 

「……これはご丁寧に。篠宮玲香です」

 

同じように自己紹介の対象にされたはずの七草の双子は、なんだかそれぞれ別のことに気を取られているようだったが、2人とも挨拶はきちんと行うことができたようだった。

そして軽く自己紹介が終わると、水波はふと思い出したように自然に先程の話題に戻った。

 

「それで、七草さん、先程の話ですが、達也兄様の妹になることなら可能ですよ。七草さんのお姉様が達也様とご結婚なされば、七草さんは達也兄様の義理の妹と言うことになります」

「絶対反対!」

 

水波の言葉に対して、真っ先に反応をしたのは香澄だった。

真由美と達也の間に割り込むように立ち、有る事無い事、達也への罵詈雑言を並び立てる。

 

「えっと、香澄ちゃん、仮定の話だよ?」

 

一方が逆上すると一方が分別を取り戻すということは真理なようで。

騒ぎ立てる香澄とは裏腹に、先程まで深雪に見惚れての暴走をしていた泉美が、今度は抑える方に回っていた。

 

たが、それは香澄が止まるということとは等号で結ばれず、香澄は達也へ威嚇を続けている。

 

それを見た真由美は、香澄の頭に拳骨を振り下ろした。その細腕からどうやってこのような鈍い音を出せるかわからないほどの音がして、香澄は痛みを堪えるように頭を押さえた。

 

「なんかもう、おバカな妹達で……本当にごめんなさい」

 

申し訳なさそうに謝る真由美は、香澄と泉美の頭の後ろに手をやった。

そうして達也と深雪に謝罪の意をもう一度伝えた真由美は、そのあと玲香にもその目を向けた。

 

「この埋め合わせはきっとするから。篠宮さんも、こんなのだけど、どうか見捨てないでくださいね? ──2人とも、さっさと帰るわよ」

「くっ! 苦しいよ、お姉ちゃん」

「お姉さま、痛いです! なんで私にまでこんな仕打ちを」

 

2人共、真由美に襟を掴まれ、仲良く引き連れられて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……、なんだか嵐のような方達でしたね……」

「ええ、そうだと思います」

 

その場に残された玲香たちは、なんとも言えないような雰囲気になった。

 

というか、本当に人物が濃すぎて自分が場違い感を感じるくらいだった。正直、よく言葉を捻り出せたものだと思う。

 

水波の方をチラリと見ると、今まで何事もなかったようにニコニコとしていた。

先程の七草の双子が姉に連れて行かれた時から、ずっとこの笑顔である。

 

この顔が読めない四葉のガーディアンと、先程暴走しがちであることを証明した七草の双子の姉。

この2人がクラスメイトになることになる。

 

さらに、深雪に対して暴走しそうな七草の双子の妹、そして、原作では事件を起こすことになる七宝の長男までいる始末。

 

 

玲香はその事実を改めて実感し、今後の高校生活が途端に不安に思えてきたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その予感はどうやら当たるようだった。

 

 

翌日、月曜日の朝。

教室に向かう際に必ず通ることになる事務室の窓口は、割と混雑している。

 

校則にCAD携行制限があるためだ。故に、生徒会役員と風紀委員以外の生徒は、授業開始前に事務室にCADを預け、下校時に返却を申し出なければならない。

 

学校で自分のCADを用いることができるのは、模擬戦などにより、CAD一時返却のための書類を提出した時のみだった。

 

 

だが玲香は、その窓口を軽く挨拶するだけでスルーをした。

 

というのも昨日、あの騒動の後、玲香はあずさに勧誘され、生徒会役員になっていたからだ。

 

第一高校には、後継者育成のため新入生総代を務めた一年生が生徒会役員になる、という風習が存在する。

 

よって、母親から替えのストッキングを受け取ってトイレで着替えた後、生徒会室に向かった玲香は望んだ通り生徒会役員に勧誘されたのだった。

 

玲香としては、達也と関わりを確保しておくために生徒会役員になりたいわけであるが、このCADの携行許可も欲しいものであったから、即行で生徒会に入る意向をあずさに伝えた。

 

(IDカードに生徒会役員任命の処理を行なったり、事務の方々などに顔合わせといった、原作には書かれてない、細々としたことがたくさんあったけどね……)

 

ただでさえ上野議員の件で疲れていたところに、その作業の量である。一晩経った今でも少し疲れが抜けていないような気がするくらいだった。

 

そんな感じで、事務室を通り過ぎようとしている玲香を、背後から呼び止める声があった。

 

「……篠宮玲香とか言ったか」

「はい。そうですけれど」

 

その声の主は少しウェーブががった黒髪の男子生徒だった。

その男子生徒は異様に玲香を敵視しているような表情で、指を玲香の前に突きつけた。

 

 

「俺はお前を認めないぞ!!」

 

 

おそらく、容姿からして彼は原作で新入生総代を務めた、七宝琢磨だろう。登場当初は百家を含めた二十八家以外の全ての魔法師を下に見下すところがあったはずだ。

 

にも関わらず、二十八家以外の玲香に入試で敗れたことが彼のプライドに障ったのだろうか。

 

正直、その成績については演算規模、演算速度、そして干渉強度まで含めたすべての入試項目でズルをしている感も否めないので、その視線は辛い。

 

そんな負い目と、3年間一緒に過ごす同級生なのだから、わざわざ敵対するのも愚策だろう。玲香はなんとか、友好的に話そうとしたのであるが……

 

「あの──」

 

だが、その声は、昨日も聞いた声に阻まれた。

 

 

「何? 七宝君、流石にそれは玲香に失礼なんじゃないの?」

 

 

七草香澄。彼女が一方的な言い分で暴言を浴びせられている玲香を庇いに入ったのだ。

 

「お前は……七草! 手が早いことだ!」

「一体何?」

 

2人は事務室前だというにも関わらず、口論を始めた。

どうやら香澄が庇ったことによって、新入生総代を務めた玲香がすでに七草に取り込まれているという印象を琢磨に与えたようだった。

遠巻きに香澄を見つめる泉美の姿を尻目にどんどん言葉はエスカレートしていき、ついに2人とも手元に手をやることとなった。

 

そこでただの口論でないとみなされたのか、それとも騒ぎに気づいたのか、それを咎める声があたりに響いた。

 

「そこまで! なんの騒ぎだ! 僕は風紀委員の森崎だ! 事情を聞かせてもらおう!」

 

こうして、その場にいた風紀委員のおかげでその場は収まった。

2人は厳重注意を受け、玲香も少々時間を取られることとなった。

 

だが琢磨は「ちっ、魔法力の低さを小手先で誤魔化してるだけの一族が……」と誰にも聞かれないような声でこぼしていることを、音のベクトル感知で玲香は聞いてしまった。

そして立ち去るときには玲香の方も睨みつけてくる。

 

(なんというか、かんというか……本当に疲れるなぁ……、はぁ……)

 

実質登校したのは初日にも関わらず朝から騒動に巻き込まれていることに、玲香は内心ため息を吐いたのだった。

 

 

こうして、玲香の魔法科高校の日常は始まった。

 

 

 






しばらくは勘違い要素抑えめで、新入生同士キャピキャピ(死語)する話が続くと思います。
勘違いだけだと、不自然になるばかりか、話が進みませんので……
話の方も少し巻いていこうと思います。

次回からは、美少女たちが魔法科高校で、キャピキャピ(2度目)したり、九校戦へ向けて友情を深めたり、ツン男子の相手したりと、警戒されていることを知らずに魔法科高校生活を謳歌する主人公をお楽しみください。



次回『入学編Ⅷ トリプルセブン』



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入学編Ⅷ トリプルセブン

オリキャラのアンケートですが、2年目の新入生にネームドキャラが少ないこともあって、九校戦あたりが辛いかなと思い、こうしてアンケートを取らせていただきました。
どういう結果になるにしろ、個人的にオリ主以外のオリキャラが出張りすぎるのは良くないことだと思っているので、ドラえもんでいうスネ吉兄さんくらいの登場頻度になる予定ではありました。
ですが、アンケート結果を見つつ、プロットと睨めっこしているうちに「あれ?これ水波ちゃん可愛すぎない?」と思い始めてきています。ですので、今のところは今回のようにクラスメイトは名前のない感じでいこうと思います(プロット一部破壊)。
アンケートありがとうございました。

また、感想・評価などもとても励みになっております。ありがとうございます。


魔法科高校最初の登校日には、特に授業はない。

 

この日は、ふんだんに映像効果を盛り込まれたガイダンスを視聴したのち、履修登録。そして、今後の実習で使う演習室の見学……と言った入学オリエンテーションに充てられるためだ。

 

 

原作で、達也はこのガイダンスが始まる前の朝の時間に全ての情報を確認して履修登録を済ませていた。

 

だが、貴重な朝の時間を風紀委員による事情聴取によって奪われた玲香にとっては、そんな確認する時間などあるわけがなかった。

 

自分の端末にIDカードを差し込んだというところで予鈴がなり、女性カウンセラーの先生が教室に入室してきたのだ。

 

そんなわけで、玲香はガイダンスを見たのちに履修をするという、皆と同じ流れで履修登録をすることとなった。……もっとも、時間が余っていても、インフォメーションの確認くらいで、履修登録の時間は合わせていただろうが。

 

「はじめまして」

 

カウンセラーの先生が教室の前の段に登壇し、自己紹介やガイダンスの説明をし始めたところで、玲香はひどく感慨を覚えた。

 

 

(……先生が前に立って説明受けるこの感じ、懐かしいなぁ……)

 

 

今現在、ほとんどの学校では担任制度は消失し、個人端末制に移っている。

玲香の前世で起きたとある社会問題によって、一時期在宅授業などというものがあったが、感覚としてはそれに近い。

 

学校に登校して在宅授業を受ける、と言った状況に、中学では慣れるのに少し苦労したものである。だがいつのまにか、先生(に当たる人物)が前に立つことに懐かしさを覚えてしまうほど、気付かぬうちに個人端末制に慣れてしまっていたようである。

 

そして、担任がいないことによって、生じる生徒間の問題は、カウンセラーが対応することが普通だ。魔法科高校ではその組担当の男女2人のカウンセラーが対応するようだった。

 

これは普通の学校よりも生徒一人当たりに対してカウンセラーの人数が多く、さすがは魔法科高校という思いを玲香に抱かせた。

 

担任制度がなくなったことによって、生徒間のつながりはかつてよりも増している。このため、女子生徒間の触れ合いもかつてよりも多くなっているのだろうと思われるが(前世での女子高生のノリなんて玲香は知らない)

 

……正直、その女子中学生特有のノリはあまりついていけず、カウンセラーの先生に少しだけ女子間についての人間関係について、お世話になったこともある。

 

そのカウンセラーの人数が多いということは、玲香にとって僥倖だった。少なくともあの【ミズ・ファントム】こと小野遥ではなかったので、さらに一安心である。

 

 

「──それでは、今からガイダンスの映像を流します。すでに履修登録が済んでいる方は退出しても構いませんよ?」

 

 

そう言って、自己紹介やガイダンスに向けての説明を終えた女性カウンセラーは、退出を許可する旨の話をした。

 

だが、退出をする者は1人もいなかった。一科生として退出を焦る必要はなかったし、何より1人退出することで友達を作りにくくなることを感じたのだろうか。

 

……そもそも、履修要件などが複雑であったこともあるかもしれない。

 

今年から二年生進級時に、魔法工学科を選択できるということもあって、少々カリキュラム選択が難しくなっているのだ。

 

自分はガイダンスを受ける前に全部履修登録したくせに、後輩の履修登録をより複雑にするお兄様はさすがといえよう。

 

IDカードを差し込んだ端末で、ガイダンスの動画を視聴しながら、玲香はつらつらとそのようなことを考える。

 

そのこと以外にも、ガイダンスを聞いていると、思うところは沢山ある。

 

 

(高校教育の専門化が進んでいるとは言われていたけど……。高校一年生の時点ですでに受験科目を決めるのか……しかも一般科目は前世よりも高度化しているなぁ……)

 

 

玲香は普通の高校の理科科目に存在する基礎科目がないことなどに驚きを感じた。

ようは化学基礎などがなくなり、化学に併合されているようだった。

 

そもそもの問題、文系か理系かを一年生の時点できめ、必要のない方の科目は一切教えないという形を取るようだ。尤も申請すれば動画で履修自体はできなくもないのだが、相当辛い思いをするようだ。

 

 

(もし魔法関係に進まなかったときに普通の大学の入試に使う、最低限の科目しかやらないんだなぁ……)

 

 

驚いたものの、別にそのことは不思議でもなんでもない。

 

そもそも、魔法科高校は魔法教育だけを行なっているのではないからだ。

 

『二科生は独力で学び、結果を出さなければ魔法科高校の卒業資格は与えられず、通常の普通科高校卒業相当の資格しか獲得できない』とあるように、普通の高等学校教育も行われているのだ。

 

よって魔法科高校は、普通科高校に比べて魔法関連の科目が増えているため、相当カリキュラムが詰まっている。

 

具体的にいうと、入試科目にもなっており、達也が満点をマークした魔法工学をはじめ、魔法幾何学、基礎魔法学、応用魔法学、魔法系統学……などだ。

 

……ちなみに、高校に入ってから教える科目を何故入試問題に出すのかは割と謎ではあるものの、芸術大学などでアートが入試になることを考えれば妥当とは言えるだろう。

 

 

時制は午前3時限、午後2時限の5時限制で全て65分授業。土曜日も午前中は授業があり、週の中の休みは日曜日だけ。

修学旅行や遠足などのイベントは一切ないと言った、過密スケジュールを魔法科高校の生徒はこなしている。

 

……改めて見ると、九校戦、論文コンペ、クラブ活動以外は、ほとんど何もできずに3年間過ごすことになるだろう。

そういう閉塞感が一科生と二科生の対立構造に発展しているのかもしれない。

 

 

「──それでは、ガイダンスはこれで終わりますので、皆さん履修登録に移ってください。午後からは実習室の見学となります。それまでの間に食堂などで昼食を済ませておいて下さい」

 

 

しばらくすると、ガイダンスが終わった。

 

どうやら午前中はここまでで、あとは履修登録の時間ということらしい。

個人端末が機械ということもあり、教室で昼食を摂るという文化が廃れて久しいので、午後はこの教室に再集合という形になるのであろう。

 

カウンセラーの先生が教室から退出すると、途端に教室は喧騒を取り戻した。

 

「あー疲れたー」

「午後からの実習室見学って上級生のところに観に行くんだろ?」

「履修科目何にする?」

 

そのような声がところどころ聞こえるが、大抵の生徒はまだ履修登録に悩み、自分の端末の前で考え込んでいるようだ。

 

周りを見渡すと二つ前の席の香澄、一つ前の水波も端末を操作している。

「さえぐさ」に「さくらい」に「しのみや」と、3人は全員サ行であったため、順番になったのだ。

 

周りを少し見ながら履修登録を済ませると、それを待っていたのか、何人かの女子生徒が玲香に話しかけてきた。

 

「ねぇ、篠宮さぁん、一緒にお昼行かなぁい?」

「ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあるのよね」

 

いかにも高校デビューと言った形で少し派手目な化粧をした2人組がそう言って話しかけてくる。

すると、別の方向から、割と真面目そうな女子生徒が会話に加わってきた。

 

「あら、貴女たちじゃ迷惑よ。篠宮さんには私たちが教えてもらうんだから」

 

あれよあれよという間に数人に周りを固められてしまった玲香。

 

塾では見知った顔しかおらず、中学では留年したためか、遠巻きに見られていたこともあって、このように大人数に囲まれるのはほぼ初めての経験だった。

 

(えっ、何この状況……。たしかに、深雪も入学当初そんな描写あったけど、新入生総代って、こっちの意思は無視ですか? 陽キャ怖すぎなんですけど⁉︎)

 

慣れていないこの状況に、玲香は正直困った。3年間共にすることになる可能性はそれなりに高いのだから、あまり強く否定はしたくない。

 

だが、肯定すればかなり大きな要求がされることは想像に難くなかった。

それに、陽キャの間に入ると、外食やらカラオケやらなんやらでかなり支出が増えることだろう。

 

玲香は魔法科高校生のお小遣いの平均である月5,000円でやりくりするからして、カラオケなどの余計な出費は御免蒙りたかった。

 

今年の冬、第28世代が発売される国民的携帯獣ゲームなども買うため、貯金の途中であったのも理由の一つだ。

 

そのように玲香が困っていると、それを察したのか、前の席の水波が会話に割り込んできてくれた。

 

「皆さん、篠宮さんが困ってますよ。朝に聞いたんですが、篠宮さんは生徒会室に呼ばれているとのことなので。ですよね、篠宮さん」

「え、えぇ…」

「ですので、今日のところは無理みたいですよ?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

水波の言っていることは、嘘ではないが真実でもない。

 

水波は「生徒会室にいく用事がある」とは言ったが、「昼に用事がある」とは言っていない。生徒会室にいくのは放課後であり、昼休みではないためだ。

 

おそらく、玲香が困っているのを察して、わざと勘違いさせるような表現にしてくれたのだろう。

それがわかった玲香は、その勘違いに乗っかることにしたのである。

 

すると、周りにいたクラスメイトは少し残念そうな顔をしたものの、納得した様子だった。

 

「あっ、ごめんなさい。又今度よろしくね」

「生徒会に呼ばれるなんて……。すごいわ、篠宮さん」

「頑張ってきてね」

 

最終的にはそうして送り出してくれ、遠ざかっていく教室を背に、玲香はほっと息を吐いた。

 

玲香は先程の言葉を嘘にしないために、呼ばれていない生徒会室に向かうことにしたのである。すでに生徒会役員であるから出入りするのは自由であり、自動配膳機もあるので、行かない理由も特になかった。

 

そして、生徒会室に向かうのは、玲香だけではなかった。先程クラスメイトの波から救い出してくれた水波も共に生徒会室にいく用があるようだ。

 

「……先程はありがとうございます」

「いえ、困っていたようでしたので。それに、ちょうど達也お兄様と深雪お姉様に呼ばれてもいたんです。私1人では、どなたもいらっしゃらなかった場合、生徒会室の外で待つしかありませんからね。篠宮さんがいてくれると、とても助かります」

 

水波はこのように言っているが、いなければいないで連絡をとって、カフェテリアにでもいればいい話ではある。

 

故にこの発言は自分に気を遣ってのことだと分かった玲香は、素直に感謝を告げることにした。

そして、あわよくばもっと仲良くなりたいと思った玲香(人格的にも、達也に近づくという意味でも)は、距離を詰める勇気を出した。

 

 

「そうですか……!それでもありがとうございます。それと……あの、私のことは呼び捨てでいいです。そして、名前で呼んでも?」

「大丈夫ですよ、玲香」

「ありがとう、水波」

 

 

玲香は互いに名前で呼び合えたことにホッとした。

こうして、他愛無い話を水波と話しているうちに生徒会室に着いた。

 

 

「水波ちゃん、きてくれたんですね」

「はい。こちらの篠宮さんと」

 

 

挨拶をして生徒会室に入った2人をはじめに出迎えたのは深雪だった。どうやら履修登録やクラスメイトとの会話をこなしているうちに、昼休みに入っていたようである。

 

自動配膳機で適当なメニューを選んで、2人は生徒会役員の昼食に参加をした。

 

頼んだトンカツ定食を頬張っていると、話題は新入生の履修登録の話になっていった。

 

「そういえばですけど、篠宮さんと桜井さんは履修登録はどうしましたか?」

「えぇ、それでしたら……」

 

あずさの質問について、玲香は本日の履修登録の結果について話した。

 

玲香の履修登録は以下である。

 

─────────────────

◯一般科目

コース:理系コース

必修科目:語学(国語)、外国語(英語)、数学

文系選択科目:地理

理系選択科目:物理、化学

 

◯魔法理論科目

必修科目:魔法理論、魔法工学

選択科目1:魔法構造学

選択科目2:魔法系統学

─────────────────

 

この内容について、玲香はあずさを含めた皆へ伝えた。

 

そして、水波はというと──

 

「──まさかほぼ同じ選択だなんて、すごい偶然ですねぇ……」

 

このあずさの言葉の通りに、水波は理系選択科目が化学と生物という点以外は全く同じだった。

 

「──ほぼ同じ選択ということは、相談相手になるということだからね。篠宮さん、水波とこれからも仲良くしてくれると嬉しい」

「はい」

 

達也のこの言葉を最後に、履修登録についての話題は終わった。

その後、話題は明後日である木曜日から始まる、新入生勧誘期間のことに移り変わっていった。

 

 

……原作にもある通り、この1週間の馬鹿騒ぎは相当にひどいらしい。

 

 

新入生勧誘期間。毎年入学式数日後から始まる、文字通り新入生をクラブ活動に勧誘する期間である。

 

この1週間に限ってはデモンストレーションの為、校内のCADの携行制限が解除される。

 

期待の大きい新入生を確保しようとクラブ同士の諍いも多く起き、魔法を使い合う騒動も珍しい物ではなくなる。その度に生徒会、風紀委員、部活連が出張る羽目になるそうだ。

 

これだけ大変なのだから、制限を解除しなければいいのではと思うかもしれないが、九校戦での結果を出すために学校側は黙認しているというのが実情であるらしい。

 

そんなわけで、この期間の前に、生徒会、部活連、風紀委員会が卒業生補充分の新入生確保に勤しむのも無理はなかった。

 

「生徒会は篠宮さんが入ってくださったからいいんですが……」と言いながら、あずさは他二つの組織の勧誘状況について話し始めた。

 

 

部活連の方はおそらく、七宝琢磨が加入する方向で決まりそうであるとのことだ。

 

十文字克人というカリスマ的存在が抜けてから、組織改革に挑んできた服部刑部は早めに後継者教育を行いたいとのことで、ある程度カリスマのあるであろう彼を選んだらしい。

 

少々性格に難はあるものの、服部刑部ならば大丈夫だろうとはあずさの弁だ。

組織運営能力に関しては十文字先輩よりも優れているとの評価の高い彼ならば、どうにかしてくれると信頼があるらしい。

 

 

だから、問題は風紀委員の方だった。

 

風紀委員は生徒会、部活連、教職員にそれぞれ推薦枠が一つずつ存在する。

このため、生徒会からの推薦枠は一つなのだが、誰を推薦するかで揉めているらしいのだ。

 

……別に、候補となる生徒がいないと言うわけではない。

 

今年の新入生には七草の双子と言う、実力者がいたためである。

だが、有名な双子であるが故にブッキングする可能性や、1人だけ推薦される形で大丈夫であるのか、と言った問題点が生じたのだ。

 

あずさは、少し異例な形であるが、教員推薦枠と生徒会推薦枠の2枠を使って香澄と泉美、両方を風紀委員に推薦する方向となっているらしいことを話した。

 

こうして奇しくも十師族の話になったので、そのことに対する一般的な説明を玲香は聞くことにした。

 

「そういえばなんですけど、十師族の七草はよく耳にするんですが、七宝君とは何か因縁とかがあったりするのでしょうか。何やら仲が悪いみたいでしたので……」

 

十師族の知名度については、魔法を知らない一般人でもそれなりに知っている程度だといえよう。

 

そして魔法に関係する人々であれば、十師族の当主の名前は全て言え、有名な子息であれば覚えられると言った形になるだろう。

 

具体的には『クリムゾン・プリンス』や『エルフィン・スナイパー』、『七草の双子』などである。

 

だから、七草のことについて多少は知っていたとしても、七宝について聞かないのは、不自然だと言えるだろう。

 

故に玲香は絡まれたことにかこつけて、話を聞くことにした。それに答えたのは、達也だった。

 

「あぁ……、それはね、篠宮さん。十師族の魔法師はみんなかつての国立研究所出身ということは知っているだろう? 七宝と七草はどちらも第七研究所出身ということになっているんだが、そのときから研究内容で確執があったらしいとは聞くな……」

「へぇ、そうなんですね」

 

……実際のところは、七草はもともと三枝であり、第三研究所から第七研究所に移った一族であり、七草が七宝の研究成果を奪った結果十師族の地位にいると七宝琢磨が思い込んでいる……ということなのだが、それを知っているのはほんの一部の人間である。

 

故に、知っているのか知らないのかは原作がうろ覚えのため忘れてしまったが、とにかく達也は誤魔化すことにしたようだった。

 

そんなふうにして、この前とはまた違う生徒会室での歓談はすぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間の進みとは早いもので、生徒会室で少し話しているうちに、午後の実習室見学の時間となった。

 

午後の授業の少し前になって教室に戻った玲香を歓迎の声で迎えたのは香澄だった。

 

「実習室たのしみだね!」

 

香澄の言葉に話を合わせていると、カウンセラーの先生がやってきて、実習室へ移動の時間になったことを告げた。

 

そうして教室を出ると、ばったりと見知った顔に出会ったのである。

 

「あっ、香澄ちゃん」

「おっ、泉美ちゃん」

 

どうやら泉美に聞いたところ、泉美のクラスもちょうど見学に出かけるところのようだった。

それぞれのクラスで別々の演習室をローテーションして見学を行う形のようである。

 

「深雪先輩のご勇姿が見られるといいのですが……」

 

泉美の唐突なその言葉に、先程深雪に少し予定を聞いていた水波がすかさず答える。

 

「七草さん、深雪お姉様でしたら、ちょうど実習があるとおっしゃっていましたので、おそらくですが見れると思いますよ」

「やりました! 神様ありがとうございます」

「大げさじゃない? 泉美ちゃん……。それにしても実習、たのしみだね」

 

そんな形で興奮する泉美を落ち着かせようとしていると、香澄の背後から男子生徒の声がかかってきた。

 

「お気楽なことだな」

 

その声の主は、やはりというべきか1-Aの七宝琢磨だった。

 

「何? 七宝君」

「いや、なんでもないね、七草」

 

自分から話しかけてきたにもかかわらず、会話を打ち切るようなことを言う七宝。

言いたいことだけ言って、彼はクルリと4人に対して背を向ける。

 

「せいぜいそうやって姦しくまとまっているがいいさ」

 

背を向けたまま右手を上げて去っていく七宝に、香澄は悪態をついた。

 

「はぁ? なに、あの嫌味な態度……。そう思わない?」

 

玲香たちはその香澄の言葉に乾いた笑みで返すと、香澄はそうやっている時間が無駄であることに気づいたようで、会話を中断した。

 

「まぁ、いいや。あんな奴のこと気にしてても仕方ないし」

 

時間を使っているうちに、すでにクラスの集団から離れていつつあるようだった。遅れを取り戻すように、香澄は駆け足でクラスの集団のさらに先頭の方に向かっていった。

 

……どうやら香澄は持ち前のコミュニケーション能力で、すでに仲のいいグループを形成していたようだから、そちらの方に向かったのであろう。

 

さらに泉美は自分のクラスの方へと、すかさず去っていった。

 

そうしてその場に取り残された形となった水波と玲香は、顔を見合わせた。

 

水波は玲香に対して目をパチパチと何回か閉じた後、

 

「なんというか、家の柵がある人って、色々と大変そうですね……」

 

と言った。

 

水波は四葉家のガーディアンであることを知っている玲香からすると「お前が言うな」という言葉であるのだが、本来知らないことである。

 

故に玲香は無難に肯定の言葉を返すことにした。

 

「……そうだね」

 

玲香がそう答えた後、クラスに置いて行かれまいと、2人は小走りで歩き出した。




……達也が(全部先回りするので)スルーした新入生イベントが多すぎて、普通の魔法科高校生の日常を書こうとすると、話数が思った以上にかかります。(1行しか描写のない行事もあるという始末)

進行遅いと思うかもしれませんが、2年目はテロリストとかそういう事件がほぼありませんので、どうしても日常系になります。まぁ、それを求めて玲香は留年したわけなのですが……

あと、ストック(挿絵)が底をつきましたので(プロット一部破壊の影響)、少し更新遅れるかもしれませんが、着実に更新していきます。

次回、干渉力についての独自考察あります。ご注意ください。

次回「入学編Ⅸ 初実習」


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入学編Ⅸ 初実習

原作の『物体又は事象に対する魔法干渉力の違い』についての独自考察、『サイオン偏光』が入ります。
主人公の魔法上昇についての説明するためです。それに伴い、解説回となります。


深雪など上級生の実習を見学した翌日。

 

玲香たち1-Bの生徒たちは、魔法科高校に入学して最初の実習を行っていた。

 

実習とはいえども初回であるためか、機材に慣れるためという意味合いが強い。基礎単一系魔法を数回行使するだけの簡単なものだ。

 

 

「──桜井さんのタイムは平均0.508秒です」

 

 

基礎単一系工程魔法では、起動式の読み込みから魔法発動まで半秒を切れば一人前と呼ばれる。

 

水波は、これを少しだけ下回る秒数を出して、先生の講評を聞きに行った。

 

「次、篠宮さん」

 

出席番号が一つ前の水波に続き、順番が来た玲香は訓練用据置型CADの前へと歩を進める。

 

 

(……さっきの香澄の秒数は平均0.356秒だったし、それは上回らないとまずい……かな? ギリギリだけど、ベクトル操作を用いた【擬似フラッシュ・キャスト】は使わなくても良さそう)

 

 

据置型CADの操作パネルに手を当て、サイオン波を送り込む。

 

普通のCADならば、ボタン操作等により行使する魔法を指定しなければならないが、今回用いるのは訓練用の据置型だ。計測器とも連動したこのCADは、授業の間は行使する魔法の種類が一つに限定されている。

 

授業毎に展開される術式を一つに限定することで、魔法暴発の防止という意味もあるのだろう。

このため、サイオン波を送り込むだけで、訓練用の魔法を行使することが可能だった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

今回用いるのは、基礎単一系の移動魔法。

 

レール上の平べったい円柱(ルンバのような形)の金属体を、10メートル後方に移動させるというだけの魔法だ。

 

達也と服部の模擬戦で、服部が達也に使おうとした魔法といえば分かりやすいだろうか。

 

移動魔法は対象物の座標を書き換える魔法であり、移動速度は魔法力に応じた加速度で移動する。

 

よって、対象に衝撃が加わるため、通常の移動魔法では加速工程を含ませて衝撃を緩和したりする。逆に、緩和させなければ服部の思惑のように戦闘不能を誘えるということだ。

 

この実習ではその性質を逆手にとって、加速度センサーによって魔法力を計測している。この性質はよく知られており、干渉力の評価項目としてもよく使われる。

 

 

送り込んだサイオン波が、CADによって【起動式】というサイオン波の構造体になり返ってくる。

 

魔法師はサイオン感受性という言葉がある通り、サイオンを感じることができる。

 

玲香は、白半透明のフォース・フィードバック・パネルより返されてくる、起動式であるサイオン波を認識した。

 

ベクトル操作によってこれに変数を代入しつつ、自らの魔法演算領域に送り込む。

 

魔法式という干渉力を持ったサイオン構造体となったそれを、意識領域の最下部たるゲートから、イデアにある対象のエイドスへ投射する。

 

すると、対象の情報構造体であるエイドスが一時的に書き換えられ、結果として現実世界の円柱は後方へと移動した。

 

それを数度繰り返し、結果が出る。

 

 

「篠宮さん、平均0.324秒です」

 

 

おぉ、と少しざわつくクラスメイトを横目に、玲香は担当の先生のところへ向かう。

 

 

「最大加速から見ても、干渉力は充分なようです。タイムも素晴らしいですね。ただ……」

 

 

そうして褒められつつも、少しの改善点を言われたあと、玲香はクラスメイトの輪に戻った。

 

玲香はクラスメイトからもタイムのことを称賛されたが、それに少し居心地の悪いような気がした。

 

というのも、少しズルをしているようで、純粋な賞賛が気恥ずかしかったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、玲香が魔法力をどうやって底上げしたかを解説しよう。

 

現在魔法科高校では、魔法師能力国際評価基準を採用している。

 

これは【魔法式の構築・実行速度】、【魔法式の演算規模】、【干渉力】の三つによって評価される。

 

玲香はこの三つについて、元々一科生としては十分という程度にしかなかった。

 

故に魔法科高校で首席入学を狙うためには、この三つの項目について底上げをする必要があった。

 

ここで、玲香が色々考えた結果、編み出したのが二つの方法だ。

 

 

 

 

 

一つ目が魔法式の構築・実行速度、演算規模を底上げするための【事前変数代入】だ。

 

これはベクトル操作を用いた、擬似的な照準補助システムだ。

 

 

現代魔法においては、一般的に魔法発動座標(発動対象)・改変強度(威力)・終了条件などが起動式の変数に設定され、処理されている。

 

これらの変数は、魔法師自身が起動式を読み込んだ時にイメージとして取り込まれたものが、魔法式構築時に魔法演算領域で追加処理される。

 

ここで“追加”処理とあるように、これらが定数化されていれば、演算処理の負担が軽減されて発動速度が向上する。

 

故に、強度を固定することで定数化したり、終了条件を秒数で定数化するということはとても多い。

 

だが、座標は別だ。これが定数として起動式に記されていることはほとんどない。

何故なら強度や終了条件と違い、座標が適当な値ではそもそも魔法が発動しないからだ。

 

魔法は拳銃などとは違い、照準をピンポイントに合わせることができる優位点と引き換えに、座標を把握できずに照準を合わせられなければ魔法式を構築する事に失敗する。

 

さらには、魔法式の発動中に視界から外れただけで、照準はずれてしまい、魔法式は無意味なサイオン粒子に分解される。

 

つまり『対象物の認識』と『対象物の座標』が一致していなければ、魔法は発動しない。

 

この能力が高い人物の例としては知覚系能力を併せ持つ司波達也、七草真由美があげられ、逆に低い人物としてはレンジ・ゼロこと十三束鋼が挙げられるだろう。

 

このことからも、座標の変数化というものは魔法の発動にとってほぼ必須なものということはわかる。

 

もし、座標が定数化されているとしたら、魔法師自身がその距離を正確に測って距離を取るという無駄な行動が必要になってしまう。

 

故に、特化型CADは銃身を伸ばし、魔法の数や種類を制限してまで、照準補助システムなどをわざわざ搭載しているのだ。

 

照準補助システムは起動式展開の時点で、座標情報を起動式に組み込み、使用者の演算負担を軽減している。

 

この結果は、特化型と汎用型の魔法発動スピードの差を見れば歴然だろう。

 

……尤も特化型のアーキテクチャは汎用型と異なり、高速化システムも存在しているので一概にはいえないのだが。

 

 

そして、玲香が考えた魔法力の底上げの方法は、この照準補助システムに近い。

 

特化型CADではアクティブレーダーで銃身を向けた対象の座標を起動式に代入している。

 

これに倣い玲香は、ベクトル感知で対象物からの光から座標を認識、それから座標を起動式にベクトル操作で代入する。

 

こうすることによって、玲香は演算を軽くして、汎用型でありながら特化型に近い発動速度を得ているのである。

 

まぁ、これは特化型を使ったときにはそれ以上に速くならない問題点が存在しているが、学校での授業などでは特化型を使うことはないので問題はあまりないといえよう。

 

ちなみに、ベクトル感知によって得た対象の座標情報を、どうやって起動式の変数に当たるサイオン波に変換するかというと、これは単純に『逆算』である。

 

変数を変えて魔法を何度も使うことで、それぞれ起動式を構成するサイオン波の違いを認識、座標情報と起動式の変数の対応を解析した。

 

これは、『一方通行』のベクトル感知・解析能力をフルに活用した結果といえよう。

 

この割り出した対応に従い、起動式中の変数にあたるサイオン、もしくは感応式によってそれに変換される前の電気信号をベクトル操作で制御することにより、玲香は変数を代入している。

 

これを何度も繰り返すことによって、今やほぼ考えなくても起動式の変数に【座標】、【規模】その他もろもろの代入ができる。

 

故にその代入追加処理の時間を省略して、魔法式を構築することが可能になったのだ。

 

 

こうして、国際評価基準のうち、【演算速度】、【演算規模】については余裕を持てるようになった。

 

 

 

 

そして、最後の一項目である【干渉力】の強化は、玲香にとって最優先項目であった。

 

というのも、『一方通行』らしき能力のことを『加速系減速魔法の干渉力の発露』と言い訳してしまったからには、実際に干渉力を上げなければ齟齬が出てしまう。

 

……最悪、念動力のみ干渉力が高いという苦しい言い訳もなくはなかったのだが(実際達也は『分解』『再生』以外の干渉力が低い)、できるに越したことはない。

 

 

ここで、玲香の行った対応の2つ目、【サイオン偏光の制御】である。

 

最初に気づいたのは偶然であるのだが、とにかく玲香は魔法式を構成するサイオン波に、電磁波でいう『偏光』のようなものを見つけた。

 

これを便宜的に『サイオン偏光』と玲香は呼んでいる。光ではないのだから、『偏サイオン波』と呼んだ方がいいのかもしれないが、自分の分かりやすさを考慮した。

 

 

 

そもそも、『偏光』というものについて知っているだろうか。

 

『偏光』とは電場および磁場の振動方向が規則的な光のことである。言い換えるならば、振動方向が一定の方向にしかない光といえばいいだろうか。

 

逆に無規則に振動している光は、非偏光あるいは自然光と呼ぶ。ちなみに自然光を一部の結晶や光学フィルターに通すことによって偏光を得ることができる。

 

この『偏光』は様々な分野で応用されている。

 

先ほども言った通り、偏光フィルターというものを用いると、特定の方向に振動する電磁波の透過を抑制することができ、水辺などにおいて水面の反射光を除去して水中の撮影ができる。

 

また、偏光サングラスというものは、反射光の眩しさを軽減してくれる。

 

これらは反射する光は特定の方向にのみ振動しているという偏光の性質を利用しているものだ。

 

他にも、液晶ディスプレイでは、各画素ごとにフィルターで制御することによって映像を表示していたりする。

 

ひと昔前のテレビなどでは、斜めから見ると途端に画面が暗く見えると言ったことがあるが、これが影響しているためだ。

 

 

 

この『偏光』のようなものが魔法式にもあると分かったのは『エイドスの反発』と言われる現象が元だった。

 

魔法式がエイドスに干渉する過程で、改変されまいとするエイドス側からの反作用が生じ、これを魔法師は感じ取ることができる。

 

これによって、魔法師は魔法式がどんな改変を行おうとしているのかを直感的に読み取ることができ、この反動の波紋を辿ることで魔法発動時点の術者の位置を読み取ることができるとされている。

 

 

ここで玲香は一方通行を感知能力として用いることで、何が波紋として放出されているのかを捉えることができた。

 

その波紋の構成要素は、魔法式を構成するサイオン波のうち、その物体に干渉しなかったサイオン偏光の残骸であったのだ。

 

……正確にいうのならば、特定の『サイオン偏光』のみが物体のエイドスに作用する、というべきか。

 

その後幾度となくデータを集めたが、これは魔法の種類ではなく、魔法の対象物の種類によって作用しやすい『サイオン偏光』が決まるようであった。

 

つまり、魔法の発動に関して、あらためてまとめると以下である。

 

 

 

魔法演算領域から魔法式を構成する『サイオン自然光』がイデアにあるエイドスに投射される

その魔法式のうち、魔法の発動対象のエイドスに応じた『サイオン偏光』のみがエイドスを書き換える

魔法式中の残りの『サイオン偏光』は魔法式として成り立たず霧散し、エイドスの反発として計測される

 

 

 

ここで、これらは振動の『向き』があることから、玲香はベクトルを操作し、実習装置のエイドスが受け入れる『サイオン偏光』の振動方向のみにベクトルを揃えた。

 

この結果として、干渉力は強まった。

 

つまり原作でいう『特定物質や事象への干渉力の違い』は、魔法演算領域が発する魔法式の『サイオン自然光』のうち、どの角度の『サイオン偏光』が強いか、というものではないかという仮説が立った。

 

例を挙げるならば、ほのかだろう。

おそらくではあるが、彼女の魔法演算領域が発するサイオン波は、光学系統に干渉しやすい『サイオン偏光』の強度が高いのだ。

 

尤も、干渉力にはそれ以外の要素……つまりは霊子振動が関わっているようであったが、それは解析中なので割愛する。

 

 

こうして、玲香は、普段は無駄になる分の『サイオン偏光』を揃えることで、少ない労力で最大限の干渉力を得ることに成功したのだが、そうすることでとある副次効果も生まれた。

 

先ほども言った通り、余分なサイオン偏光はエイドスの反発とみなされるように、魔法の兆候として現れてしまう。だが、これをベクトル操作によって揃えて、余分な偏光をなくしたことにより、ほとんど魔法の兆候が感じられなくなったのだ。

 

このことから『魔法の兆候など隠せて一人前』こと四葉の魔法師は、特定の偏光のみを発するようなサイオン操作技術を編み出しているのではないか、と玲香は予想した。

 

自分の力のみで偏光を制御しようとした結果、いらない偏光を多少少なくすることはできたためだ。

 

だが、これをすると、自分の干渉力の上限以上の干渉力は生み出せない。ベクトル操作で揃えた方が、干渉力としては上になるので、あまり使うことはなさそうだった。

 

感覚としては、四葉の技術は『いらない動作を極限まで削ぎ落とした武術』で、玲香のベクトル操作は『普段は使わない筋肉まで全てを動員した武術』であろうか。

 

このように違いは大きいものの、魔法の兆候がでないと勘違いされる恐れもある。故に玲香は、一部のサイオン偏光はそのまま残し、魔法の兆候を消さないようにすることにした。

 

 

ここで少し問題になったのが、どの物体に対してどのサイオン偏光が干渉しやすいのか、わからないという点だ。

 

サイオン偏光を一つの方向にまとめるのは良いのだが、まとめた後は逆にその物質以外には干渉しづらくなるのである。

 

この問題を解決したのもゴリ押し帰納法による『逆算』だった。

 

さまざまな物体に魔法式をかけ、逆算していくことを2年続けた結果、初見のものでもどのような性質のエイドスであるかを判断し、それに合わせて『サイオン偏光』を調節できるようになった。

 

 

こうして、玲香は最後の項目である【干渉力】の底上げに成功し、第一高校に主席入学したのである。

 




原作での

・同じ人物でも、対象物によって干渉力が異なる。
・達也は先天魔法と仮説魔法演算領域で干渉力が大幅に異なる。
・魔法発動の兆候たるエイドスからの反発。
・四葉の魔法師は『魔法発動の兆候など隠せて当たり前』。
・USNAの最新技術より、個人個人に違った『サイオン波形』が存在する。

この辺に関する個人的な考察を交えてみました。

私の考察としては、
『干渉強度はサイオン波の『振幅』と『偏光』、『プシオン振動(今回は解説なし)』によって決まる。
『振幅』によって全体的な干渉強度が決まる。『サイオン偏光』によって、干渉の得意な対象が決まる。
また、『サイオン偏光』は魔法演算領域によって変わる』
ということです。

イメージですと

◯普通の魔法師
振幅・普通
偏光・満遍なく

◯ほのか(光学系統得意)
振幅・やや大きい(一科生上位)
偏光・光学系統に相性のいい偏光が強い

◯七草真由美(全体的に得意な七草)
振幅・大きい
偏光・満遍なく

◯深雪(バグ)
振幅・かなり大きい
偏光・粒子振動に関する偏光が強く、他は平均的(それでも普通の得意な人の偏光をゆうに超える)

◯達也(魔王)
本来の魔法演算領域
振幅・非常に大きい
偏光・情報構造そのものに関する偏光のみしかない
仮設魔法演算領域
振幅・全体的に弱い
偏光・満遍なく

◯玲香
振幅・やや大きい(一科生普通よりやや上程度だが、一方通行により波の合成が可能)
偏光・一方通行により変更可能

という感じです。
できる限り矛盾しないようにしているつもりですが、矛盾点がありましたらご報告お願いいたします。優しく教えてくださると幸いです……。

評価、感想ありがとうございます。とても励みになっています。

次回『入学編Ⅹ 新入生勧誘期間』


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入学編Ⅹ 新入生勧誘期間

月間一位ありがとうございます。
皆さん温かい感想、評価ありがとうございます。




木曜日。

日曜日の入学式からまだ数日にも関わらず、すでに女子のグループは固まりつつあった。

 

玲香は生徒会の仕事で休み時間を削られていたこと、入試の成績とその美貌によって遠巻きにされていたこともあり、友達がたくさんできるということはなかった。

 

普通に気軽な話ができるのは、前の席の水波と、そのさらに前の席の香澄くらいのものだ。

……ただ、香澄はその持ち前の明るさで、玲香たちとは別にパリピ系のグループを作っているので、同じグループとは言えない。

 

 

「おはよう、水波」

「おはよう、玲香」

 

 

となるとこのように、普段玲香が一緒に行動するのは、水波だけと言うことになっていた。

ここ数日は登校したあと、始業までの少しの間、水波と適当な会話をするのがルーティーンとなりつつある。

 

 

「あ、玲香。おっはよー!」

 

 

だが、この日は登校して着席した途端、香澄が大きい声で会話に加わってきた。

 

今まで話していたであろうグループから、玲香と水波の座る席の近くにやってきた香澄は、自分の左腕にある腕章を見せびらかすように引っ張った。

 

 

「ふっふーん」

「どうしたの、香澄。そんな腕章を見せびらかすようなことをして」

 

 

香澄はあまりに得意げにその腕章をつかんでいる。玲香は空気を読み、腕章のことについて聞く。

 

これがこの2年で玲香が身につけた、女子の会話に必須のスキルの19、「空気を読んで自慢話に付き合う」だった。

 

その聞き返しに気分を良くしたのか、香澄は自分の状況を話し始めた。

 

 

「新入生勧誘期間が始まるでしょ?」

「そうだね。今日からだよね」

「うん、それでさ、みんなが勧誘のために魔法をあっちこっちで使うから、毎年騒動がひどいんだってさ」

「なるほど。それで香澄さんたちが風紀委員に選ばれたと言うことですね」

 

 

その言葉に「そう、風紀委員だよ!」とビシッとポーズを決める香澄に、玲香はふと、

(その風紀委員ってジャッジメントとか読まないよね?)

と思ったが、それはおくびにも出さずに香澄の話に付き合う。

 

 

「去年風紀委員に選ばれたアイツも、この期間にかなりすごい活躍をしたらしいんだよね」

 

 

どうやら、香澄は原作と同じく、達也に敵愾心を覚えて風紀委員に入ることにしたようだ。

 

絶対にすごい活躍をして、お姉ちゃんと泉美ちゃんの目を覚まさせてやる、と意気込む香澄。

 

周りが「クラブ何にするー?」とか「えーそこはかっこいい先輩がいるみたいよー」とか和気藹々としている中、一人無駄に意気込んでいる様子の香澄に、空回りしないといいなぁ……と玲香は不安を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新入生勧誘期間。

 

それは第一高校に存在する、各クラブによる新入生の勧誘のための期間だ。

期間は4月12日から19日の7日間。

 

担任、クラブ顧問という制度もなかなか見ないようになった現在でも、部の存続のための最低人数などの決まりは残っている。

……つまり、人数が一定に満たなくなったクラブ活動は、公式のものとは認められなくなるのだ。

 

これはクラブ運営費の問題が存在するからなのだが、これによって、普通の高校だとしても、勧誘期間が熾烈を極めることは想像に難くないだろう。さらに期間が限られているのであるから、なおさらである。

 

 

だが、ここは魔法科高校。

非魔法系のクラブに限らず、魔法を用いた競技などの部活、すなわち魔法系のクラブ活動が存在する。

 

第一高校に存在するクラブで例を挙げるならば、例えば「SSボード・バイアスロン部」、「軽新体操部」、「マーシャル・マジック・アーツ部」、「ボート部」、「コンバット・シューティング部」、「剣術部」などが存在する。

 

こう言った魔法系のクラブは、魔法を使う競技を行うクラブである以上、勧誘のためのデモンストレーションには、魔法の行使が必要だ。よって期間中は、CADの学内携行制限が解除されて、生徒会役員や風紀委員以外のものでも、CADの常時携帯が可能となる。

 

……このCAD常時携帯許可が、毎年この期間中に起こる騒動の原因だった。

 

そうなるのも仕方ない。

各クラブは生徒会に予算を通すため、実績を出す必要があるからだ。

 

先程言った最低人数の話もあるが、人数に問題のないクラブも実績ひいては予算のため、有能な新入生を勧誘することに必死なのである。

 

その必死さと言ったら、毎年どこからか新入生の成績が漏れ出し、それを元に成績上位の新入生はさらなる熱狂の渦に巻き込まれるほどだ。

 

個人情報保護なんてどこへやら、勧誘に必死になった生徒たちは、少なからず揉め事を起こす。しかも魔法を使うことも少なくない。

 

 

……こうなってくると大変なのが生徒会役員と風紀委員だ。

 

魔法の行使による騒動が起きるたびに風紀委員や部活連、生徒会のメンバーが出勤する羽目になるのだ。

 

だからそれを防ぐために、風紀委員は常に単独で巡回しなければならないし、生徒会も手続き等で忙しい季節にもかかわらず、常時二人以上は確実に部活連本部に待機していなければならない。

 

そうしていなければ、騒動に対応できないのだ。

 

にもかかわらず、デモンストレーションのための魔法行使が許されているのは、ひとえに九校戦での実績を挙げたいと、学校側が黙認しているためといえよう。

 

正直言って、裁定する側の風紀委員、生徒会、部活連のメンバーからすると、地獄の1週間とも言える。

 

 

 

そう……例年、期間中常に一人で巡回しなければならない風紀委員に負けず劣らず、生徒会役員も忙しくなる。

 

ただでさえ忙しい新年度の生徒会業務を、普通より少ない人数で回さなければならなくなるためだ。

 

故に部活連本部に待機している達也と深雪を除いた生徒会役員は、業務に追われることになる……はずだったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

「……暇です……」

 

 

生徒会長の椅子に座るあずさは、誰に言うにでもなくつぶやいた。

 

今日は新入生勧誘期間2日目。

朝に香澄が風紀委員の腕章を見せびらかしてきた日の翌日。

 

すでに時刻は放課後となり、校舎前には勧誘用のテントが建てられ、各クラブのブースが所狭しと乱立している。少し離れている生徒会室にも熱気が伝わってくるくらいだ。

 

そんな勧誘の熱を感じながら、玲香たち生徒会役員は新年度の業務の多さに追われている……ことはなかった。

 

そう。

あずさの呟き通り、ただいま生徒会室には残っている業務が、何一つとしてなかった。

 

理由は言うまでもなく、今ここにはいない達也だ。

彼は常人の十数倍(比喩ではない)の速度で、情報の読み取り、精査、分類、判断、整理を行い、たった数十分の滞在で生徒会全員のその日の仕事を終わらせたのだ。

 

 

「……本当にすごいんですね、達也さんは……」

「そうですよね!」

 

 

達也の常人離れしたオフィススキルに思わず漏れてしまった玲香の言葉を、ほのかは自分のことのように嬉しがった。ぐいぐいと詰め寄ってくるほのかに玲香は相槌を打つ。

 

その会話の中、ふと目線を逸らして生徒会長の椅子に座るあずさの方に目をやると、業務がないことで逆にソワソワしている様子だった。

 

少し遠い目をしたあずさが、ぽつりとつぶやく。

 

 

「あとは、昨日と同じく今日も騒動が起きないように祈るだけですね……」

 

 

玲香は原作知識は曖昧とはいえ、なんか騒動は起きてたような気がするため、なんの慰めも言うことはできなかった。

どう対応しようかと玲香が考えているうちにあずさの方は復活したようで、玲香はあずさを慰める機会を失った。

 

そうして復活したあずさは、「そういえばなんですけど、ちょうど業務もありませんし」と前置きした上で、提案をしてきた。

 

 

「お二人とも、見回りということで、外を回ってきたらどうでしょうか? 篠宮さんが興味あるクラブを見てきてもいいですよ」

「えっと……、あの、生徒会役員のクラブ活動って大丈夫なんですか?」

 

 

玲香はその提案に、少しの驚きを持ってあずさに尋ね返した。

 

確か原作では深雪もあずさも真由美も刑部少丞半蔵も、クラブ活動は特に言われていなかったように思える。

 

それにリーナは臨時生徒会役員になることでクラブ活動の勧誘を止めさせた筈だ。

 

その疑問をあずさにぶつけると。

 

 

「別に禁止されてはいませんよ? ただ、生徒会は忙しいので、クラブに入る方はほとんどいないのが実情ですけどね。……でも、そこにいる光井さんは掛け持ちしていたりするんですよ?」

「はい。わたし、SSボード・バイアスロン部に入っているんですよ?」

 

 

そういえばそうだったと、瞼をパチクリさせて納得する。

原作では最初から生徒会役員になった人は、クラブ活動をやっているかは不明だったが、後から入ったものは確かに掛け持ちということになるだろう。

 

やめている描写もなかったはずであるし、掛け持ちは可能なのだろう。

 

納得する様子の玲香を見ていたあずさは、満足そうに頷いた。

 

おそらく玲香がクラブ活動を希望すれば掛け持ちもできなくはない、ということを理解してくれたと思ったのだろう。

 

 

「と言うことなので、光井さんと一緒に見回りという名目で、クラブのブースを回ってみたらどうですか?」

「は、はい。……でも会長は」

 

 

再びのあずさの提案に、断るのも気まずいと思い、玲香は肯定を返す。

このまま何の仕事もない空間で、数時間過ごすのは辛いものがあると感じたからだ。

 

だが、自分たちが出かけるとなると、必然的に、会長であるあずさが残ることになる。

こんな時期に、生徒会室に誰もいないというのもまずいだろう。

 

 

「私は会長ですから。いなくてはいけません……あっ、気にしなくていいんですよ。見回り、お願いできますか?」

「はいっ、わかりました!」

 

 

その点を指摘すると、あずさは全くそれを苦に思っていない様子だった。

 

むしろ、楽しんできてほしいという気遣いがあふれるモノで、その様子を見て、とてもいい先輩だな、と玲香は感じいった。

 

こんな先輩を持てただけでも、苦労して生徒会に入った意味があるというモノだろう。

 

そうして出かける準備をしていると、何やら言い忘れたことがあるようで、あずさが白い小さな機械を渡してきた。

 

 

「あっ、一応は見回りということですからね。ICレコーダーをつけておいてください」

 

 

どうやら、このICレコーダーは、事件に遭遇したと思った時、即座に録音を開始するためのもののようだ。

 

事件が起こった時、事件を起こした生徒は尋問委員会でその事件について精査されるのだが、その時の証拠として活用できるらしい。

 

基本的に生徒会役員の証言は無条件で信用され、もし事件が起こったら、各自の判断で捕まえていいとのことだが、それでも音声という物的証拠は大きいということらしい。

 

ICレコーダーを、制服のボレロの内側にあるポケット(CADが入っている側とは反対側)に差し込んでおき、玲香とほのかは生徒会室を後にした。

 

 

「「失礼します」」

「頑張ってきてくださいねー」

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、玲香はほのかに案内されつつも各部活のブースを見回っていった。

 

金曜日。

新入生勧誘週間の2日目ということもあって、初日のようなゴタゴタした喧騒はなく、純粋に勧誘に勤しんでいるクラブが多いようだった。

 

玲香は多少誘われはしたが、すでに生徒会に入っていることが出回っているらしく、群がった先輩方が退散していくのも早かった。

 

……上級生の生徒会役員であるほのかと一緒にいたことも大きいだろう。

 

玲香達が歩いたルートでは、なんの障害もなく、校内は平和そのものだった。

 

そうして、校内の一角にあるブースに来ると、ほのかは足を止めて玲香の方をくるりと振り向いた。

 

 

「篠宮さん、ここが私の所属するクラブ、SSボード・バイアスロン部だよ」

 

 

ほのかは、その部名が書かれた看板のテントに入っていく。

 

ほのかに続いて挨拶をしながらバイアスロン部のテントに入ると、明らかに他の学生とは纏う空気が違う女性がいた。

 

ぴっちりと体に張り付いたスーツは、バトルボード用のものだろうか。

 

どこかで見たような、見なかったような容姿に、玲香は首を捻る。

 

 

「……あれ? 風祭先輩じゃないですか。いらっしゃってたんですね」

「そういう貴女は、ほのかちゃんね。去年の期待の新入生。新人戦バトルボード優勝。しっかり覚えてるわ。我ながら、自分の審美眼が怖いくらいよ」

 

 

あはは、とほのかは褒められたことに照れた様子だ。どうやらこの先輩の話によると、去年ほのかはこの先輩に勧誘されたらしい。

 

そこまで情報を得たことで、玲香はこの人物の正体に思い至った。

 

 

(あああっ! 『優等生』で登場してた迷惑コンビの2人か! ほのかと雫をさらって逃げた人だ!)

 

 

そう。スピンオフ『魔法科高校の優等生』にて登場した先輩だ。漫画では白黒であったため、思うより明るい髪色に混乱して、なかなか人物に思い至らなかったようだ。

 

……そもそも原作知識は、劣等生の一年生の部以外は割と曖昧だから仕方ないといえば仕方ないのだが。

 

そして、その正体に思い至った今でも、名前が出てこない始末だ。

 

 

「えっと、今年の私は生徒会役員です。何かあったら風祭先輩でも捕まえなくてはいけないので、去年みたいな無理な勧誘はやめてくださいね」

「そんなことしないわよ……。だって、もう有望株が来てくれたもの。ちょうどロボ研の辺りで騒ぎが起きててね。穏便に誰にも邪魔されずに勧誘できたってわけ」

 

 

ほのかとその先輩であろう人の会話を聞いていると、その先輩の苗字がわかった。

 

(……あぁ、風祭先輩か……そんな名前だったっけ……っていうか、ロボ研で騒動? ……あずさ先輩……強く生きて……)

 

ロボ研の騒動ということで思い出したが、確か達也達の魔法工学科担当の先生の息子、ケントが騒動に巻き込まれているのだったか。

 

 

 

「新入部員、無事に勧誘できたんですね。それならよかったです」

「今その子が競技のレベルを見たいというものだから、颯季がデモンストレーションをしに行ってるわ。……すぐ戻ってくるみたいだし、どんな子かはすぐに見れるんじゃないかしら」

 

 

その颯季というのが、迷惑二人組のもう一人の名前なのだろう。

 

なんとか表情筋をベクトル操作して眉を寄せているのを気づかれないようにしつつ、記憶を探る。

 

そうしているうちに、ほのかと風祭先輩(仮)の話は、心の中でだけ唸りつづけている玲香の話になっていたようだ。

 

 

「それで、こちらは入試一位の篠宮さんね。私はOGで魔法大学三年の風祭涼歌。よろしくね」

「篠宮玲香です。よろしくお願いします」

 

 

玲香が挨拶を返すと、風祭先輩はその整った涼しげな顔を喜びで染めた。

 

 

「それにしても、ほのかちゃん。よくやったわ! 入試一位を勧誘できるなんて!」

 

 

その声は大きくはないが、よく通る声だった。

風祭先輩の声に、周りのバイアスロン部の生徒がわらわらと集まってきた。

 

「入試一位だって?」

「ほんと?」

 

どんどんと増えていくバイアスロン部の生徒達に玲香が、底知れぬ圧を感じ始めると、みかねたほのかが助けに入ってくれた。

 

ほのかは玲香の前に出て風祭先輩や他の部員達の方を向いて、

 

 

「あぁ、そういうわけじゃないんです。同じく生徒会役員の仕事で見回りというか……、それで少し寄ってみただけなんです」

「……へぇ、生徒会ね……。それは残念。でも、掛け持ちは禁止されてなかったはずよね?」

 

 

玲香が生徒会役員となっていることをさほど驚きもせずに受け止める風祭先輩。

 

先程のよく通る声は、どうやら玲香が生徒会役員とわかった上で、外堀を埋める作戦だったらしい。

 

そもそもこの人はバイアスロン部に新入部員を入れるという信条のもと、校則を破る確信犯だ。

 

入らないという選択肢を取りづらくさせる手腕は見事なものだった。

 

 

「そうですけど……その、無理な勧誘はやめてくださいね。捕まえなくちゃいけなくなりますから。そうしたらSSボード部だってただじゃ済まないんですよ?」

「わかってるわよ、捕まらなきゃいいんでしょう?」

「……多分そういうことじゃないと思うんですが」

 

 

だが、ほのかのフォローのおかげで、なんとか場の空気が緩んだようだ。

 

なんとか意見を言いづらい雰囲気が流れかけたところで、風祭先輩の言葉を非難するような言葉を言う。

 

先に違うことで少しの否定をしてから本気の否定をする。これは、のちに勧誘をお断りしやすくするための雰囲気づくりであった。

 

 

「それはそうと篠宮さん。うちの部に入らない?」

「ごめんなさい。今のところは考えていないんです」

 

 

最後まで粘る風祭先輩だったが、なんとかほのかの作ってくれた空気のおかげで断りをすることができた玲香。

 

玲香としては、ただでさえ忙しい(はずの)生徒会の仕事以外にやるべきことが増えすぎるのも考えものであったため、ほのかのフォローには頭が上がらない。

 

そうして玲香が断りを入れることができ、ほっとしたところで、風祭先輩は案外すぐに引き下がる姿勢をみせた。

 

 

「そう、残念だわ……」

 

 

だが、それは言葉だけのもので。

 

 

「先に言っておくわ、篠宮さん。ごめんねー。……それぇ!」

 

 

風祭先輩がそう言うやいなや、玲香の白いマーメイド型スカートが捲れ上がった。

 

 

「白ね……」

 

 

慌ててスカートを押さえる玲香であったが、時すでに遅く、風祭先輩は意味深げに色をつぶやく。

 

……校則指定のタイツを履いていたとしても、その色は目立つものだ。

 

その言葉の意味がわかった玲香は、顔を赤く染めた。

 

 

 

……玲香は一方通行で常時反射するものを、ホワイトリストに設定している。

 

そのホワイトリストに入っているものの一つが、そよ風だ。

 

反射膜の内側だけで空気のやりとりをしているとそのうち酸素が足りなくなるし、着ている衣服が全く風に揺れないのも不自然だ。

あと、涼しい風を浴びたい。

 

そんなこともあって、玲香はそよ風を反射のホワイトリストに設定していた。

 

 

 

そして今回。

風祭先輩が使った風を操作する収束系の魔法は、スカートを一瞬持ち上げるだけの「そよ風を発生させる魔法」であったのだ。

 

風が強すぎても反射に弾かれただろうし、反対に弱すぎてもスカートを持ち上げることはできなかっただろう。

 

……これはある意味で、必要最低限の風でスカートめくりをするという、風祭先輩のスカートめくりにかける執念が生んだ奇跡だった。

 

 

「じゃあねー、機会があったらまたよろしくね」

 

 

そんな奇跡が起きたとも知らず、風祭先輩はいつもの通りいい仕事をしたとばかりに、テントを去っていく。

 

その様子に、玲香は底知れぬ怒りを覚えた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「……光井先輩、これって魔法の不正行使に当たりますよね」

「は、はい。多分?」

 

 

ほのかに確認をとるや否や、風祭先輩に続き、玲香はテントを飛び出した。

 

その間は数秒であったはずだが、魔法を用いたボードに乗って逃げる風祭先輩は、すでにかなり遠くに去っていた。

 

玲香は制服の内ポケットからCADを取り出し、3桁のコマンドを入力した。

 

コマンドは111。よく使うため、簡単な同じコマンドにしている術式だ。

 

その名は『自己加速術式』。

 

加重系魔法で慣性を制御し肉体にかかる負担を減らしたあと、加速系魔法と移動系魔法を複合して移動する、高速移動のための術式だ。

 

ただ、これを用いて風祭先輩を追いかけるのではない。この術式はただのカモフラージュだ。

 

事前に一方通行で変数を代入し、自己加速術式を起動すると、自身に加速度ベクトルが生じる。

 

それを感じた瞬間、自己加速術式への干渉力を切る。……この動作を行うのは、魔法を使わなければ、次に行う高速移動の説明がつかないからだ。

 

そして魔法は実際に発動しなければ、その魔法式はサイオン粒子として霧散し、魔法として検出されなくなってしまう。

このため、『魔法を発動させてから』、高速移動を行う必要があったのだ。

 

 

 

そうして、干渉力が切れ魔法が解除されたのを自覚した瞬間、玲香は地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、『自己加速術式』ね。やるじゃない、一年生」

 

 

風祭が玲香の魔法行使によるエイドスの反発に気づいた瞬間、振り向くと玲香の姿は音もなく消えていた。

 

 

「えっ……?」

 

 

どこにもいない。たしかにテントの外であの白い髪の一年生が『自己加速術式』を使用したはずだ。

 

風祭は混乱しつつも、長年の経験から玲香の今の位置を割り出そうとしたところで、真後ろから声が聞こえた。

 

風祭は後ろを振り向いているから、正確には進行方向、というべきかも知れないが。

 

 

「よくもやってくれましたね」

「……ッ、いつの間に⁉︎」

 

 

風祭の進路を阻むような形で立っている玲香の姿に風祭は驚きを覚える。

 

風祭自身は本気ではないとはいえ、かなり速度は出ており、距離も離れていたはずだ。

 

それにもかかわらず先回りするなど、並の使い手ではない。

相当加速系魔法が得意なのだろう、と風祭は玲香の評価を改めた。

 

 

「流石入試一位ということかしら」

 

 

ぶつからないように風祭はボードの軌道を急激に変え、逃走方向を修正する。

 

 

「逃しません」

 

 

玲香はそれに対し、さらに追いかける。

 

玲香がこのように高速移動している原理は単純だ。

 

ベクトル操作で身体機能を増幅させ、さらに地面を蹴る作用と反作用を束ねて無反動で倍の加速をしているだけのこと。

 

これだけで音速を超える速度をも生み出すことができる。

 

普通であるならばこのような挙動をすると、慣性や空気抵抗によって、体の方が悲鳴をあげてしまう。

 

だが、玲香はその障害すらもベクトル操作で推進力に変えていた。

 

 

「なんて速さなのっ」

 

 

その速さに思わず悪態をつく風祭。

 

風祭は先程から、玲香または玲香の周囲に対して、軽い妨害の魔法をかけて逃走をしようとしていた。

 

だが、それは悉く不発。

 

玲香の周囲の地面や空気に働きかけようにも、魔法が発動したときにはその位置をとうに過ぎ去っている。

 

玲香自身を魔法の対象にしようにも、速すぎて視界に捉えられない。

 

……そもそも、真由美や達也など別の『眼』を持つ特別な魔法師以外は、視界に対象が入っていないと精神的な距離ができ、魔法を発動することができない。

 

これは情報次元での距離が、そのまま精神的な距離に当てはまるからなのだが、とにかく起動式に座標を代入してから魔法発動までの間、対象を視界内に収めていないと魔法を発動することはできないのである。

 

そして、ソニックブームが出ないように音速を超える挙動はしていないものの、それに近い挙動をしている玲香を捉えることは難しかった。

 

 

(よほど自己加速術式を使いこなしているわね……細かい方向転換を利用して私の視界から常に外れるように動き回ってる……!)

 

 

たとえ一瞬玲香を視界に捉えて魔法を発動しようとしたとして、魔法式が構築される頃にはすでに玲香は視界から外れている。

 

そうして対象を見失った魔法式が霧散すること数度。

 

玲香は風祭の真後ろに同じ速度で並走し、優しく風祭のCADを持つ手を握った。

 

そして、風祭に負担がかからないよう、段階的に速度ベクトルを分解して、静止させた。

 

……一方通行は、保護膜に触れたものなら、そのもののベクトルごと操作できる。

つまりどういうことかというと、銃弾を跳ね返す時銃弾の先端だけを跳ね返しているのではなく、まだ保護膜に触れていない銃弾の後方も含めた、銃弾そのもののベクトルを操作しているのだ。

 

今回は、触れている風祭の腕だけ減速すると、脱臼などの事故となるだろう。

 

だが、触れているもの全体のベクトルを操作して停止させるならば負担はない。

 

そうやって風祭を静止させたわけだ。

 

すると、動いていることを前提に作られている風祭の移動の魔法式は、効力を失った。

 

それを確認した玲香は、手を握ったまま、表情筋ベクトル操作で、できる限りいい笑顔を作って言った。

 

 

「悪いことをしたら謝りましょう。……ね?」

「ひっ……。は、はい……」

 

 

その計算して作られた笑顔はとても良く機能したようで、風祭はこれ以上逃げる気力を失ったようであった。

 

──こうして、はた迷惑な先輩を玲香は取り押さえたのだった。

 

 

 

 

……なお、被害が被害であったことと、バイアスロン部の先輩の頼みが必死だったこともあって、内うちに問題は処理させることとなった。

 

ロボ研の騒動で大体の人はそちらに集まっていたため目撃者はおらず、玲香はICレコーダーを起動していなかったし、実際に使ったのも風を起こす程度のものと加速系術式だったので、デモンストレーションという処理ができたのだ。

 

 

よって、昨年の達也と同じく、玲香は一躍ヒーローではなくヒロイン……とはならなかった。

 




一応今回の玲香の速度は、自己加速術式を得意な人が極めれば到達できなくもない速度で、擬似瞬間移動よりかは遅いです。
あと、コンビでなく1人であったことと、風祭先輩の油断も大きいです。
ボソッ(ピクシーによる魔法感知システムのハッキング)




風祭先輩の髪色、彩色されているページはなかったような気がするので、風祭先輩の髪の色は適当です。
彩色されてなかったら、この小説ではひとまずこの色ということで。

今優等生が手元になく確認できないのですが、すでに色が決まっていて間違っていたり、口調が違いましたら、優しくご指摘ください。
まぁ、間違ってたら、優等生のアニメが始まったら否が応でも突きつけられるんですけどね……



次回『入学編Ⅺ シルバー・モデル』


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