超ロボット生命体トランスフォーマーMAGUS (雑草弁士)
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プロローグ1:煌く球体

 その日、寮の自室へ帰宅途中の中学2年生、長谷川千雨は道端でとある拾い物をした。

 

(……なんだ、こりゃ? ビー玉……にしちゃ、でかいな)

 

 それはキラキラ輝く電子回路状の立体的紋様を内側に封じ込めた、直系4cm程度の透明な硬質の球体である。最初千雨はガラス玉かと思ったのだが、それは硬質ではあってもガラスではなさそうだ。ガラス玉にしては、妙に軽い。しかしだからと言って、アクリルやプラスチックの類でも無さそうである。

 

(……地面に転がってたのに、傷ひとつ無え。少なくとも、普通のプラスチックじゃなさそうだ。

 けど、何にせよ綺麗だよなコレ。値打ちものかどうかはわからんけど、宝飾品の類だろ。今日はもう遅いし、明日にでも交番に持ってくとすっか)

 

 千雨はそう考えると、その球体を手に女子寮へと入っていった。

 

 

 

 その夜、千雨は自分のサイト『ちうのホームページ』の編集作業を終え、チャットでしばし常連と駄弁(だべ)った後、就寝前の暇つぶしとして少々ネットサーフィンしていた。しかし彼女はその途中、ついうっかりPC(パソコン)に向かったまま、うたた寝してしまう。

 

 そして千雨は夢を見た……。

 

 

 

 千雨は闇の中に浮いていた。

 

(……なんだこりゃ。こりゃ、夢だな。夢ん中で、夢だって分かるんだから、明晰夢ってやつか。

 うーん、ほっぺた(つね)っても、痛くねえ。本気で夢だな。早く目が覚めねえかな)

 

 しばしの間、彼女は闇の中でぼんやりと浮かんでいた。だが、一向に自分の目が覚める気配は無い。と、そこへ突然声が響いた。

 

『……頼む、助けてくれ。頼む……。どうか助けてくれ』

「えっ……。誰だ!」

 

 千雨は首を左右に振り、声の主を探す。はたして、それはすぐに見つかった。その声を発していたのは、千雨の斜め後ろの空間に浮かんでいた、内部に電子回路の様な立体的紋様を封入した直系4cmほどの透明な球体である。

 そう、それは千雨が下校途中で拾った、あの球体であった。ただし今、その球体の中の電子回路状の紋様は、それ自体が光を発し、輝き煌いている。

 

(……宝飾品が喋ってる。いや、マテ。これは夢だ。だからこんな事態が起きたって、おかしかねえ。

 けど、こんな妙な夢を見るなんて……。わたし、自分じゃ現実的な方だと思ってたんだが……。それとも何か? 欲求不満でもあんのか、わたし?)

 

 千雨がそんな事をつらつらと考えている間も、球体は喋り続ける。その声音には、必死の想いがこめられていた。

 

『頼む。俺のエネルギーは尽きかけている。死にかけてるんだ。圧縮空間にはまだ封印状態のエネルギーはあるんだが、解凍しないとそれは使えない。けれど、解凍して点火(イグニッション)するためのエネルギーが全く足りない状態なんだ』

「え……っと。つまり、自動車で言えばガソリンはまだ余裕あるけど、バッテリーが弱っててエンジンがかからない……。そんな感じか?」

『ああ、その認識で大方は間違ってない。ただ、それが俺の生命に直接関わるって事が違うだけだ……。』

 

 球体が発する声は、徐々に弱って行く。それと共に、球体の発する輝きは徐々に消えて行った。千雨は慌てる。

 

「お、おい!」

『駄目だ、力が……。頼む、エネルギーを……』

「え、エネルギーって言っても、どうすりゃ!」

『AC100Vコンセントの電力程度でかまわない……。エネルギーを……』

 

 そして球体の光は、ホタルの光程度にまで落ち込む。千雨は叫んだ。

 

「おい! ちょっと待て! 待てって!!」

 

 

 

「待て!! ……あ、ありゃ?」

 

 千雨は自分の叫び声で目覚めた。慌てて跳び起きた彼女が見たのは、自分が今しがたまで顔を伏せていたPC(パソコン)のキーボードである。それにはべっとりと、自分がたらしたヨダレがかかっていた。

 

「あっちゃあああぁぁぁ……。せめて水洗いOKのキーボードでよかった……!? まさか!!」

 

 慌てて千雨は、洗面所に走る。そして鏡を覗き込むと凍り付き、そして肩を落とした。千雨の左頬には、くっきりとキーボードの跡が残されていたのだ。ご丁寧に、自分がたらしたヨダレ付きで。

 顔を洗った千雨は、よろよろとPC(パソコン)前まで戻るとPC(パソコン)の電源を落とす。そしてキーボードを外すと、再度洗面所に行ってザバザバとそれを洗った。そのキーボードを立てかけて干すと、彼女はシャワーを浴びる事にした。こう言う時は、さっさと本格的に寝るに限るのだ。

 シャワーから出て、千雨はベッドに向かう。と、パソコンデスクの上に置いてあった、あの拾い物の球体が目に入る。

 

「……バカバカしい。ありゃ夢だ。」

 

 そう言って、千雨は蛍光灯を消してベッドに入る。そして数分。彼女は再び起き上がると、蛍光灯を灯した。

 

(……バカバカしい。あの苦し気な声が、頭に焼き付いちまってる。ちくしょう)

 

 千雨は電気ポットの電源コードを、電気ポットから引っこ抜くと、その球体に押し当ててみた。

 

「……見ろ。なんも起こらねえ……」

 

 バグン!!

 

 次の瞬間、透明な球体は電気ポットのコードの端子部分に食いついた。まるで大昔のTVゲームの自キャラ、パ○クマンの様に口を開けて、電気コードの先端部を飲み込んだのである。

 

「うぇっ!?」

 

 球体の内部の電子回路状紋様が、煌々と光り輝く。千雨は泡を食って、その場にへたり込んだ。輝く球体は次の瞬間、ばらばらに(ほぐ)れてソフトボール大の光球になる。

 次の瞬間、光球を中心にコードやパイプ、金属フレームや電子部品群がウネウネと波打ちながら出現。そしてそれは、植物が成長する様子をコマ落とし画像で再生するかの様に急速に成長して、人間そっくりの機械の身体を創り上げていった。

 千雨の前にはいつの間にか、細マッチョのワイルドな感じの身長2m超の青年――中身おそらく機械――が、まるで跪く様な姿勢で存在していた。ちなみに身体の再生中に、衣類まで再構成したため、裸ではない。なお衣装は黒の革ジャンに黒の革ズボン、黒の指ぬき革手袋、黒のブーツと言った、ライダーっぽいスタイルだ。

 彼は胸元から、電気コードの端子を引っこ抜く。端子が刺さっていた穴も、彼が右手で一撫ですると消え去った。千雨は唖然として声も出ない。と、その男性が口を開く。

 

「ありがとう、感謝する。おかげで命拾いした」

「あ、ああ。そりゃ良かった……」

 

 千雨は、そう言うのが精一杯だった。




千雨が拾った球体は、なんかトンデモない代物でした。そしてその球体から発生(!)した機械仕掛け(!!)の青年。いったい何がどうなっているのか!半ばパニックになっている千雨は、どう始末をつけるのか!


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プロローグ2:機械仕掛けの男

 ちゃぶ台を挟んで、千雨はあの球体が核となって再生、出現した男と向かい合っていた。いや、彼女は今にもちゃぶ台をひっくり返して怒鳴り散らしたい気持ちであったのだが。

 とりあえず彼女は、インスタントのコーヒーを淹れて自分と男の前に置く。正直なところ、そのコーヒーをがぶがぶ飲んで落ち着きたいところであったが、いかんせんコーヒーはまだ熱い。がぶ飲みしたら、火傷間違いなしだ。

 

「これは恐縮」

「いや、恐縮しないでいいから飲めよ。それと事情説明しろ」

 

 普通であれば、千雨は初対面の相手には猫を被った丁寧な口調を使う。だがしかし、あまりにも非常識な現象を前に、彼女は猫を被るだけの精神力が残っていなかった。少々はすっぱじみた口調になっても、責められはしまい。

 男は、苦笑しつつコーヒーを口に運び、そして語りだす。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は超ロボット生命体……。トランスフォーマーと言う種族で、その中でも悪の軍団と言われているデストロン軍団の兵士だ。軍団での役職と名前は、科学参謀サイコブラストと言う。

 もっとも今やデストロンからは離反し、デストロンと敵対する正義の軍団サイバトロンにも入れず、両方から追われる立場だ」

「……なんか、SFだな。サイエンス・フィクションじゃなく、サイエンス・ファンタジーって方の。信じらんねー……。

 って言うか、この世界にそんな正義と悪の軍団がいるのか? ロボット生命体……超ロボット生命体、だっけ?そんなのの軍団が?」

「あ、いや。たぶんこの世界にいる超ロボット生命体は、俺1人だ。まあ、もしかしたらこの世界にも、この世界のトランスフォーマーが存在しないとは言い切れないが、な」

「??? なんか、あんたがこの世界の住人じゃないみたいな言い方だな?」

 

 男……サイコブラストは、頷いて言う。

 

「ああ。俺は悪のデストロン軍団に馴染(なじ)む事ができなくてな。離反したんだ。で、正義のサイバトロン軍団に入る事も出来ず、両者から追われてなあ。次元転移による並行異世界間移動で元の世界から逃げ出したんだ。

 時空に開けられた穴が直系10cmも無かったんで、自分の存在を圧縮してなんとかその穴を通り抜けたんだがな。次元転移中に次元乱流を乗り切るため、エネルギーを使い果たしてなあ」

「……それであの球っころ状態で、飢え死にしかけてたってわけか。あー……。なんか、もう頭がパニックになって、いっぱいいっぱいだ。

 全部でまかせの大噓だって言うんなら、どんだけいいか。けど、目の前で見ちまったし……」

「くくく、済まんな」

「この世界に、そんな正義のロボット軍団や悪のロボット軍団がいないだけマシか……」

 

 くすくすと笑った後、サイコブラストは居住まいを正す。

 

「さて、俺はお前さんをなんて呼べばいい?」

「あ、そっか。わたしも自己紹介してなかったもんな。わたしは長谷川千雨だ」

「ふむ、そこの本立てにある本のタイトルなどから見て、ここは日本、だな?となるとハセガワがファミリーネームか。

 ハセガワ、お前は俺にとって、命の恩人だ。今は何の礼もできんが……。この恩義は忘れはしない。何時かかならず恩は返す」

 

 サイコブラストの言葉に、千雨は面食らう。彼女は慌てて言った。

 

「い、いや。そんなに気にすんなよ。サイコ……ブラストだっけ?……日本で暮らすんなら、その名前はちょっと何だよな」

「おお、そう言えばそうかも知れないな。そうだな……。ならば、姓は適当に決めて……。名前は……。うん、『水谷壊斗(みずたにかいと)』とでも名乗るか」

「カイト……。歌でも歌って、アイス食うのか?それとも手品が得意で、夜ごと怪盗として宝石盗むのか?」

「よくわからんが、何か違う気がするぞ。」

 

 そしてサイコブラスト……壊斗は立ち上がる。

 

「さて、あまり長居すると、誰かに見つかってしまうかも知れないな。俺はともかく、ハセガワは部屋に男を連れ込んでたとか言われるとマズいんじゃないか?」

「あ……。そう言やそうだな」

「とりあえず、そろそろお(いとま)するとしよう。真正直に玄関から出るのも危険だな?」

 

 そう言うと壊斗は窓際に歩み寄り、窓を開け放つ。冬の寒気が部屋に流れ込み、千雨は思わず身震いをした。と、次の瞬間彼女は己が目を疑い、そして更に次の瞬間には納得する。『ああ、こいつ超ロボットなんちゃらだったっけ』と。

 何が起きたかと言うと、壊斗が変身したのである。壊斗は小さく叫んだ。

 

「スーツオン!」

 

 壊斗の姿が変わった。まるでパワードスーツか何かの様だ。彼は窓から飛び出すと、空中にまるで足場があるかの様に立ちあがる。

 

「く、空中に立ってる? な、な……。い、いや。さっきの非常識な出現ぶりからすりゃ、この程度は……。いや、やっぱアレだろ、ナニがどうして……」

『ああ、重力/慣性制御のちょっとした応用だ。気にするな』

「あー、うん。は、ははは……」

『では……。プリテンダー!』

 

 そして壊斗は、更に変身した。全高14mほどの、巨大ロボットがそこに存在していた。昼間じゃなく、深夜でほんとーに良かった、と千雨は内心独り言ちる。巨大ロボット・サイコブラストは千雨に話しかける。

 

『このロボットモードが、俺の本当の姿だ。この姿なら、この世界における大抵の戦力には負ける事は無いと思う。

 そうだ、な。この腕時計型通信機をやろう。もし何か俺の力が必要な時が来たら、連絡してくれ。恩義は……借りは必ず返す』

「か、借りなんて思わなくていいって。と言うか、わたしを日常に帰してほしい……」

『くくく、わかった。だがな、本当にもしもの時は遠慮なしに頼れ、ハセガワ。

 じゃあこれでひとまず、お別れだ。では、またな。トランスフォーム!』

「あげくに変形かよっ!?」

 

 サイコブラストはギゴガゴと言う擬音と共にSFチックな宇宙戦闘機に姿を変えると、エンジンから噴射炎を噴かして空の彼方へと飛び去る。盛大な溜息を吐き、千雨は半ば無意識で窓を閉じると暖房の目盛りを上げ、ベッドに横になった。

 

 

 

「ふあああぁぁぁ……。変な夢見たな……。」

 

 千雨は(おもむろ)にベッドから起き上がると洗面所で顔を洗い、寝間着を制服に着替えて学校へ行く支度をする。伊達眼鏡をかけて、教科書やノートをカバンに詰め込む。朝食をコーンフレークと牛乳でサクっと済ませる。

 

(っと、メールチェックしておくか……)

 

 千雨は登校前に、メールのチェックをしておこうとPC(パソコン)の電源を入れようとした。と、彼女はキーボードがパソコンデスクの上に無い事に気付く。

 

(ありゃん?)

 

 急ぎ千雨は、洗面所に再度駆け込む。洗面所の端には、昨夜に洗って干して置いたキーボードが立てかけてある。

 

(……い、いや。キーボード洗ったのは記憶にある。その後、ベッドに入ったはず。だから昨夜のアレは夢……)

 

 キーボードを持って、パソコンデスクの所まで戻った千雨は、パソコンデスクの上に散乱しているプリントアウト等々を片付けてキーボードを置き、接続しようとした。だが彼女はプリントアウトの下から出て来た、ある物を見て崩れ落ちる。

 

「……夢じゃ、なかった」

 

 プリントアウトの下から出て来たそれは、ちょっとばかりゴツい多機能型の腕時計……に見える、特殊な通信機だった。そう、超ロボット生命体トランスフォーマー・サイコブラストとの連絡用に渡された、腕時計型通信機だったのだ。

 

 

 

 千雨は頭を抱えた。




と言う訳で、球体の正体は異世界からやってきたデストロン・プリテンダー(ただしデストロン軍団脱退済み)でした。


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第001話:非日常との日常的再会

 以前の、夢幻の様な出来事から二週間が経つ。千雨は、例の腕時計型通信機を常日頃身に着け、時計として使う様になっていた。

 本来千雨としてはこんな非常識の証拠物件は、本当は捨てるかどこかにしまい込んでおきたかったのだが。だが彼女の腕時計が折悪しく壊れてしまい、仕方なしに使っているうちにその多機能さと便利さに慣れてしまい、手放せなくなったのだ。

 ちなみに腕時計が壊れたのは、千雨の担任教師である子供先生ネギ・スプリングフィールドのせいである。と言うか、数えで10歳、満年齢で9歳の子供が担任教師をやっていると言うのは何なのだろうか。その事だけでも常識に拘る彼女としては、精神が(さいな)まれてやまない。

 それはともかく、千雨の腕時計が壊れてしまったのは、彼女は知らない事だがネギ少年が魔法使いであったが故である。彼女の腕時計は、彼女の趣味のコスプレ衣装ごと、ネギ少年のくしゃみで暴発した武装解除魔法(エクサルマティオー)をくらって吹き飛んだのだ。彼女の怒りは深い。

 そんなこんなで、春休み。千雨は埼玉県の麻帆良学園都市から秋葉原まで、PCパーツ等を購入するために出てきたのだった。

 

(えっと……。あと買う物は……。雷サージ対策してある電源タップを今買ったから、とりあえずはコレで終わりか?

 しかし買い過ぎたかな。けっこうな大荷物だ。コレ、麻帆良まで持ち帰るのは骨だな……)

「む? おお、ちょっと久しぶりだな、ちうたん……。!?」

「~~~~~~~~~!!」

 

 千雨は、突然現れて突然ヤバい事を口走った2m超の大男の口を慌てて押さえると、近場にあったゲームソフトの看板陰に引き摺り込む。相手は誰あろう、二週間前に彼女が出会った超ロボット生命体トランスフォーマー・サイコブラストの人間形態、水谷壊斗であった。

 彼女は怒鳴りたい気持ちを必死で抑え、小声で詰問する。

 

(な、なな、なんでアンタがそのハンドル名を知っている!?)

(な、何故小声で? と言うか、もの凄い形相だぞ?

 い、いやな? この世界の事を知るために、インターネットとか言う原始的なネットワークに直接に接続して情報を収集していたんだが……。そこで『ちうのホームページ』と言うサイトを発見して、そこのネットアイドルとやらが何処かで見た覚えがあるなと……。

 よくよくチェックしたら、骨格がお前と完全に一致したんで、ああこれはハセガワだな、と)

(~~~~~~!!

 あれは秘密! 内緒の趣味なんだ! 頼むから普段のわたしを『ちう』とか呼ぶな! 誰にも喋ってないだろうな!?)

 

 壊斗は千雨のあまりの剣幕、あまりの必死さに、たじたじとなる。一方の千雨はそれこそ本当に必死だった。万が一にも自身が『ネットアイドルちう』である事が身バレでもしたら!

 しかし壊斗はこめかみを掻いて、溜息を吐きつつ語る。

 

(……あれほど大々的にやっているから、てっきり自慢してるんだとばかり思っていたが。人間……地球人と言うのは難しい物だな。

 安心しろ、話そうにも話す相手がいない。あー、ボッチとか言うなよ? たとえ本当の事でも、さすがに傷つく)

(……そっか、あんた人間じゃなかったもんな。じゃあ他の奴にばらされる可能性は低いのか……。

 不幸中の幸いか……。はぁ~~~……)

(それより、いくら看板の陰だからってこんな人混みの真ん中で。年端も行かない娘が大の男の襟首引っ掴んでると、衆人環視の的になってるぞ?)

「げ!?」

 

 それはそうだろう。中学生が……一応まだ三月だから、終業式は終えてはいるが未だ中学二年生なのだが、その少女が身長2m超の大男の成人男性を物陰に引っ張り込んで、その首っ玉を捕まえて何やら小声ではあるが怒声を投げかけているのである。休日の秋葉原のド真ん中で。目立つ事この上ない。

 千雨は慌ててPCパーツの大荷物を引っ掴むと、駆け出す。壊斗もやれやれと言った風情で、それを追った。

 

 

 

 先程の現場から離れ、奇異な物を見る視線も無くなったあたりで、壊斗は千雨に再度声をかける。

 

「しかしけっこうな荷物だな」

「宅配便で寮まで配送する金が無かったんだよ」

「重そうだな。なんなら寮まで荷物持ちしてやるぞ?」

 

 壊斗の申し出に、千雨は一瞬ぽかんとすると、慌てて言った。

 

「え? わ、悪いよそんな」

「何、お前には借りがあるからな。それもでかいのが。こんなこと程度じゃ、返せないぐらいでかい借りが、な」

 

 千雨は目を丸くする。彼女は自分がやった事が、それほどの大事だとは思っていなかったのだ。

 

「と言ってもわたしは電気ポットのコードを、きまぐれで差し出しただけなんだが」

「だが俺はそれで命が助かった。お前がやってくれたのは、そうだな……。砂漠で渇いてぶっ倒れた人間に、コップ一杯の水を差し出した様なもんだ。それがきまぐれではあっても、な。

 お前が俺にやってくれた事は、それだけ大きな事だったのさ」

「そんなもんか……」

「そんなもんだ。だから気にせずに借りを返させろ」

「あー、わかったよ」

 

 壊斗は千雨の荷物を受け取り、軽々と持ち上げる。千雨はそれを見遣りつつ、肩を回した。グキグキと肩関節が鳴る。

 

「……。あー、でもやっぱり助かったよ。思ったより肩が凝ってる。やっぱり重かったからな」

「疲れてるんなら、どっか喫茶店ででも休んでいくか? 奢るぞ? あー、遠慮はするな」

「そう、だな。んじゃご馳走になるか」

 

 千雨は壊斗に連れられて、喫茶店に入って行った。

 

 

 

 喫茶店のボックス席に陣取り、千雨たちはブレンドコーヒーとケーキのセットを頼んだ。やがて注文の品が運ばれて来る。

 

「あ。ここのケーキ、けっこういけるな」

「ふむ、確かに。美味い。このコーヒーも悪く無い」

 

 千雨は『ロボットでも物、食えるんだな』と妙な感慨を抱く。

 

「……そう言や、あんたこの二週間ばかり、何やってたんだ?」

「む?

 ああ、まず先立つものが無いとどうしようも無いからな。宇宙へ行って、小惑星帯で希少金属の鉱床を探して大量に採掘して、それをブラックマーケットに売り払った。純プラチナのインゴットとか、高く売れたなあ」

「ぷ、プラチナのインゴット!?」

 

 まあ、確かに高く売れるだろう。なんか自分の経済規模とは桁が違い過ぎる、と千雨は思う。

 

「あとは人間たちの技術じゃ作れない大粒の人工ダイヤモンドとか、造って売った。200カラット(オーバー)のやつ。元が二束三文なのに、馬鹿みたいに高く売れたなあ」

「200カラット(オーバー)……」

 

 唖然とするしか無い千雨だった。

 

「それと戸籍とか住民票とか作ったっけな。いや、日本はそう言った面の書類がきっちりしてて、作るのは大変だったけど、一度作ったら逆に後は楽だったな。いやはや、金の力は偉大だ。

 それが済んだ後は、麻帆良の山中に家買って、その地下に秘密基地造ったくらいか。って言うか、まだ造ってる最中なんだけどな。

 他にはこっそりあちこちからエネルギー資源をかき集めて、エネルゴンキューブにして備蓄してるくらいかな」

「二週間でそんだけやったのかよ……。って言うか、エネルゴンキューブって何だ?」

「様々なエネルギー資源を圧縮精製して作る、高密度エネルギー体だな。ほんのわずかな体積で、莫大なエネルギー量を持ってる。美味いぞ。

 と言っても人間の味覚には合わないか、ははは」

 

 コーヒーを啜りつつ、千雨は思う。やっぱりロボットなんだなあ、と。一方の壊斗は、美味そうにケーキをつついている。

 

「……そうだよなあ、あんたロボットなんだよな。つい忘れちまう。超ロボット生命体、とか言ってたっけ。ロボットと一緒にお茶してるわたしって……。わたしの中の常識と言う物が崩れて行く……。

 あー、でも今ケーキセットとか普通に食ってるな。普通の食い物も食えるんだな。それとも偽装(フェイク)か?」

「ああ、俺はトランスフォーマーの中でも特殊な部類でな。普通のトランスフォーマー、超ロボット生命体は飛行機とか車とか兵器とかにトランスフォームする能力を持ってる。

 だが俺はその中でも『プリテンダー』と言って、メカに変形する以外にも、人間やら何やらに変身できるんだ。その中でも俺は、人間に変身できるタイプでな。

 人間形態の時は、人間の食物を摂取して活動エネルギーに変換できる。まあ、効率はエネルゴンを摂取するよりも、ずいぶんと悪いんだがな。ただ、嗜好品としては悪くない。美味い物を食うと、いい気分になるしなあ」

「便利なもんだな」

 

 そんな感じで、しばらく千雨と壊斗は会話しつつお茶を楽しんだ。お互いボッチ気味、もしくは完全なボッチであったため、幾分とは言えど気が合うのかも知れなかった。




と、言う訳で千雨と異世界からの漂着者、再会です。千雨もボッチ気味、壊斗は完全なボッチなので、同病相憐れむ的に意気投合してます。


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第002話:麻帆良結界

 ちょっとしたお茶会をお開きにした後、千雨と壊斗は電車に乗り、秋葉原から麻帆良学園都市へと戻って来た。千雨たちは麻帆良学園中央駅で埼京線を降り、そこから歩きで麻帆良学園本校女子中等部の寮へと向かう。

 

「ほんとは路面電車乗ろうかとも思ったんだけどな。けど、大荷物だしなあ……」

「これだけの荷物抱えて路面電車乗ったら、邪魔になるよな」

 

 千雨と壊斗は、のんびりと道を歩く。と、千雨の眉が顰められ、表情が強張った。その視線の先では、ある意味麻帆良名物と言っても良い、ストリートファイトが行われている。ガタイの良い男子高生が、10m近い距離を吹っ飛ばされた。

 千雨は小声で毒づく。

 

(何なんだよ、何時もながらこの非常識さは……。人が10mも吹っ飛ばされて、なんで軽傷どころかかすり傷で済むんだよ。気絶はしてるみたいだけどよ)

(ほんとにな)

 

 すぐ傍から聞こえて来たこれも小声の台詞に、千雨は思わず硬直する。それは壊斗の声だった。

 

(確かに異常な身体能力だな。ああ、広域指導員とか言うのが来たな。彼等は彼等で、非常識だよなあ。

 俺の様なトランスフォーマーには流石に及ばないが、なんで生身の人間があんな狂った身体能力を……)

「!?

 あんた、この状況が……!!」

「ん?」

「あ、いや……」

 

 思わず声を上げてしまった千雨は、我に返ると左右を見回す。幸いに、周囲の人間はストリートファイトに意識を集中していた。彼女の様子に気付いたのは、壊斗だけの様である。

 千雨は壊斗だけに聞こえる様な小声で、彼に問いかける。

 

(な、なあ……。あんた、この状況が異常だって理解できるのか? そ、それじゃあ麻帆良の中心にあるあの巨大な樹、通称世界樹ってんだけどさ。あんなでかい樹、変……じゃないか? 変だと思わないか?)

(……ああ、普通なら変だと思うだろうな。普通なら、あれだけの大木があったら世界記録だろう)

 

 壊斗の返答に、千雨は力強く頷く。

 

(だよな! そうだよな! おかしいよな、あんなの!)

(……だが、何故にハセガワはこの状況を異常だって理解できてる? 俺はトランスフォーマーだから、この麻帆良を覆ってる特殊なエネルギーフィールドからの影響を排除できてるんだが。)

(え゛っ……)

 

 千雨は壊斗の言葉に、一瞬頭が真っ白になる。しかし、徐々にその言葉の意味が脳裏に染み込んで来た。彼女はオウム返しの様に、壊斗の言葉を繰り返す。

 

(エネルギー……フィー……る、ど?)

(やっぱり気付いてなかったんだよな? なのに、何故ハセガワはこの状況が異常だと理解できる? ……済まんが、ちょっとセンサーで調べさせてもらってもいいか?)

(あ、ああ。わかった)

 

 そして数十秒の間、沈黙が続く。やがて壊斗は頷いて言った。勿論周囲に聞こえない程度の小声で、だが。

 

(なるほど、ハセガワは血筋なのか突然変異なのか定かではないが、このエネルギーフィールドの力に対しての抵抗力がある様だな。フィールドの力はハセガワの頭脳にも働きかけているが、ハセガワの頭脳はその影響力を排除し無効化し、思考力を正常に働かせている)

(な、なあ。そのエネルギーフィールドって、どんな働きがあるんだ? わたしは、どんな何を無効化してるって言うんだ?)

(うん、このフィールドには、軽い、ちょっとした精神コントロールの効果がある模様だな。せいぜいが個々人の認識力をほんのちょっとコントロールして、『麻帆良のちょっとした異常を異常だと思わせなくする』程度だ)

(!!)

 

 千雨は愕然とした。壊斗はその様子を見遣りつつ、言葉を続ける。

 

(この二週間で俺がざっと調べたところでは、元々はあの世界樹と言われている樹、『神木・蟠桃』が持っていた力の様だな。あの樹の存在が騒がれない様に、あの樹が見える程度の範囲に薄く広く、認識阻害の力を持ったフィールドが発生している。

 あの樹の存在感を薄め、大きく騒がれない様にするための、あくまであの樹が自衛として張っていた物だな。まあ、あの樹にそう言う意識があるのかどうかは不明だけどな)

(自衛……)

(だがそれを何かしら利用している連中がいるみたいだぞ。あの樹が張っているフィールドに人為的な調節を加えて、麻帆良の異常を異常だと思わせない様にしている)

(!!)

 

 ふるふると、千雨が握りしめた両の手が震える。彼女は怒鳴り散らしたい気持ちを必死に抑え、踵を返して歩き出した。壊斗が大荷物を持って、それに付き従う。やがて周囲に人気が無くなった辺りで、千雨は口を開いた。

 

「……世界樹のエネルギーフィールドとやらに手を加えてやがる連中が、居るって言ったよな」

「ああ。何処の誰だかはまだ調べがついてないけどな。……どうした?」

「なんでも……。いや……。聞いてくれるか?」

「おう」

 

 歩きながら千雨は、壊斗に自分の幼少期の事を話す。千雨は幼い頃、麻帆良の異常を『あれはおかしい』『これは変だ』と思ったままに周囲に訴えていた。しかし周囲は麻帆良の認識阻害のエネルギーフィールドにより、異常を異常と認識できなかった。

 結果として千雨は、周囲の人々から『変な事を言う子だ』と思われるようになったのである。周囲からはじき出され孤立した千雨は、この事で非常に苦しむ事になったのだ。

 壊斗は千雨に向かって言う。

 

「……大変だったな。周囲から孤立する事のつらさは、俺にも経験がある。」

「あんたも?」

「俺は悪の軍団と周囲から認識されているデストロンの一員として生を受けた。だが俺は、残虐な恐怖政治を敷くデストロンの風潮に実は馴染めなくてなあ。純粋な兵士タイプではなく、科学者、技術者タイプの個体として造られた事が影響してたんだとは思うが。

 しかしそれでも周囲に馴染まないと、そんな状況下……デストロン軍団の中では命に関わるからな。デストロン軍団中で適応不良なんてなったら、不良品として処分されかねない。必死で周囲に合わせた演技をしたよ」

「……」

 

 そして壊斗は、遠い目をして呟く様に語る。

 

「実力はあったんで最終的には、科学参謀と言う幹部級の地位まで昇進を果たしたんだが……。結局はデストロン軍団の方針に馴染めてなかったんだよなあ。耐えきれなくなって、離反した。

 だけどそれまでデストロン軍団の一員として、サイバトロン戦士を多数殺してたからなあ。それに俺は、科学参謀だった。科学者、技術者として開発した技術が、俺が直接殺ったよりも多くのサイバトロン戦士を殺したんだ。

 だからデストロン軍団だけじゃなく、サイバトロン軍団にまで追われてさ……。宇宙のどこにも行く場所が無くなって、次元転移に全てを託したんだ。そうして、俺はこの世界に流れ着いて、お前に助けられたわけさ。」

「……命の危険があるだけ、あんたの方がキッツいかもな」

「いや、苦しみや辛さには変わりがないさ。ハセガワも、苦しかったんだろ?

 お互いの苦しみが互いに全部わかるとは言わないさ。でも、お互いに周囲から孤立した同士だ。多少なら慮る事もできるさ」

 

 ふと、千雨は自分の視界が曇るのを認識する。彼女の両目からは、ぽろぽろと涙が零れていた。壊斗は革ジャンのポケットからハンカチを取り出し、彼女に渡す。

 

「泣いてるぞ。これ使えよ。……俺で良けりゃ、愚痴ぐらいはいくらでも付き合うぞ」

「サンキュ……。嬉し涙だよコレは。

 ……そんな嬉しい言葉かけてもらったの、前がいつだったか思い出せねーよ」

「そうか……」

「……。けど、どこのどいつだ。そんな妙なエネルギーフィールドとやら、張ってる馬鹿は。ああ、いや、世界樹が張ってるフィールドに手を加えてるって言ってたな。

 その手を加えてる奴らども、何のためにやってやがるんだ。なんかすっげえムカついてきた」

 

 壊斗は千雨の肩をぽんぽんと叩く。

 

「まあ、怒る気持ちはわかるぞ。と言うか、怒っていい話だよな。そう、だな。スパイ用ドロイドでも造って、麻帆良全域に放って調査してみるか。

 結果が出たら、あの腕時計型通信機使って連絡する。ちょっとの間、時間をくれ」

「あ、でもあんまり無理しないでもいいぞ?確かに腹は立ったが……」

「いや、とりあえずやる事はあんま無いからな。暇つぶしがてら、調査進めるさ。さて、あまりのんびりしてると、日が暮れちまうな。本校中等部女子寮は、こっちだったな?」

「あ、ああ。……サンキュ」

「どういたしまして」

 

 そして千雨は、女子寮の近くで荷物を受け取って壊斗と別れた。女子寮の前まで行かなかったのは、壊斗が千雨に変な噂が立たない様に気を使ったからである。律儀なロボだ、と千雨は思った物である。

 

 

 

 その後いつもの日常生活に戻った千雨だが、麻帆良の認識阻害の事を知ったため、周囲の人間の能天気さには以前ほど腹を立てなくなった。まあその代わりに、認識阻害を利用している正体不明の連中に対する怒りはつのっていたりするが。

 そして春休み半ばのある日、ついに壊斗からの連絡が腕時計型通信機に入った。千雨は急ぎ呼び出しに応じ、勇んで麻帆良市街へと出かけて行ったのである。




この話で触れられている内容は、ほとんど全部がよくある二次設定ですねー。『ネギま!』本編の正式設定でない部分が多いので、ご注意ください。


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第003話:ファンタジーとの邂逅

 待ち合わせ場所にしていた麻帆良学園中央駅のロータリーに千雨が着いたとき、壊斗は既にやって来ていた。千雨は小走りで、壊斗のところまで急ぐ。

 

「悪い、待ったか?」

「いや、それほどでも無い。とりあえず適当な店にでも入って、座って話をするか」

 

 2人は連れ立って、手近な場所にあった41アイスクリームの店舗に入った。

 

 

 

 千雨は自分の目を疑った。と言うか、目の前で見ていても信じられない。

 

「……41アイスの、ハンドパックのクォートってか。約6人分だぞ? しかもそれを2つ注文するかよ」

「美味いぞ?」

「だろうけどさ。わたしはレギュラーダブルで充分だ。って言うか、まだ3月だぞ?見てるだけで寒くなってきた」

「うん、頭脳回路の隅々にまで冷たさが染み渡る気がするな。クロックをいくらでも上げられそうな感じだ。

 うん、美味い」

 

 本当に嬉しそうに、壊斗は6人前アイスクリーム×2を平らげて行った。アイスの山は、あっという間にその体積を減らして行く。千雨は思わず言った。

 

「実はあんた、本気でKAIT○だろ」

「K△ITOだったら業務用を丸ごと買うと思うが」

「あんた、やけに詳しいな!?」

「ははは。……さて、本題に入るか」

 

 急にシリアスになった壊斗に、千雨は一瞬面食らう。しかし彼女はすぐに気を取り直し、真顔になった。壊斗はウェストポーチから、一枚のDVD-ROMを取り出す。

 

「一応これに調査報告書が入ってる。けれど、一応口頭でも報告しておこう。ただし……。かなり荒唐無稽な話だと言うのは念頭に置いといてくれ」

「超ロボット生命体であるあんたが、荒唐無稽な話ってまで言うかよ。この地球じゃ、あんた自身がSF、それもサイエンス・ファンタジーの産物だぜ?」

「……ぶっちゃけるとだな。その『ファンタジー』なんだ」

「は?」

 

 千雨は壊斗の言葉が、何がしかの比喩では無いか、と思う。だが壊斗は続ける。その声音は大真面目だ。

 

「この麻帆良って街は、日本における『魔法使い』たちの拠点であるらしい事が判明した」

「……冗談……だろ?

 あ、いや。冗談であって欲しい……」

「それが冗談じゃないんだ」

 

 壊斗は周囲に聞こえない様、声を低めて話を続けた。海外から入って来て日本に根付き、麻帆良を拠点として関東を中心に勢力圏を持つ西洋魔術師たちの組織、関東魔法協会。そして古来より日本に根を張っていた陰陽師などの組織、関西呪術協会。

 壊斗はそれらの概要を、ざっくりとではあったが千雨に話して聞かせる。互いの組織が抗争を繰り広げている事なども。

 

「正直、話すかどうか迷ったんだが……。一般人として生きるには、余計どころか知らない方がいい知識だ。だが……。

 ハセガワは、こう言う事を知って置かねばかえって危うい、と思ったからな。あえて教える事にした。ハセガワの持つ、認識阻害などに抵抗する能力は、逆に危険だからな……」

「……」

 

 千雨は唾を飲む。壊斗は話を続けた。

 

「関東魔法協会の連中は、自分たちを善なる魔法使い、正義の魔法使い、と自認しているらしいな。まあ、行き過ぎた正義な奴も多少は居る様だが、基本的には悪い奴らじゃないみたいだ」

「ちょっとは居るんだろ? 行き過ぎた正義の連中が……」

「まあ、な。そして例のエネルギーフィールド……結界なんだが。これは魔法と言う物を一般人から秘匿するため、意識誘導や認識阻害の効果を持たされてるらしい。外部からの侵入者などを探知する役割もある様だが」

 

 その言葉に千雨は、眉を吊り上げる。

 

「……んじゃあ、何か? 魔法使いとか言う胡散臭い連中の都合で、わたしはこれまであんな思いを……」

「向こう側には悪意とかは無かったどころか、魔法関係のトラブルに一般市民を巻き込まないための、安全措置のつもりだったろうがな。善意のつもりでやってるんだから、始末が悪いな。」

「くそ、善意だからって何やってもいいわけじゃねえんだぞ」

 

 食べ終わったアイスクリームのコーンをバリバリと齧りつつ、千雨は苛立ちを吐き捨てた。まあ、それはそうだろう。『善意』で施された安全措置とやらのせいで、千雨がこれまでに被った迷惑は並大抵のものではない。彼女が腹を立てるのも、理の当然と言う奴だった。

 

 

 

 とりあえずしばらく毒づいた千雨だったが、何時までも腹を立てていても仕方がない。無理にでも気を落ち着けて、41アイスクリームの店舗を出る。ちなみに支払いは壊斗だ。ちょっと申し訳なく思った千雨だったが、壊斗が自分が支払う、と頑として譲らなかったのである。

 

「しかし……。どうしたもんだろうなあ……。魔法、かあ……。馬鹿みたいな話だと切り捨ててしまえれば良かったんだけどなあ……。現実問題として、麻帆良の異常現象とか、そう言う裏があると言う前提なら、説明がついちまうもんなあ……。

 この麻帆良学園都市の裏に潜む一大組織……。しかも自分たちを正義と認識してる奴らだし……。個人レベルだと、もうどうしようもないし……」

「……む?」

「どうした、壊斗?」

「ちょっと待っててくれ……」

 

 壊斗は突然一足飛びで、41アイスクリームの建物の角に跳躍する。そして建物の陰から、一人の少女の襟首を引っ掴んで引っ張り出した。襟首を引っ掴まれているせいで喉が締まり、声がほとんど出せないその少女を見て、千雨は驚く。

 

「ぐぇっ……。は、放、し……。げふっ」

「な!? 朝倉!?」

「知り合いか、ハセガワ?

 お嬢さん、勝手に他人(ヒト)の写真を撮るのは不作法にも程があるぞ。フィルムを渡してもらおうか」

「朝倉ぁ!

 てめえ何写真撮ってやがるんだ!」

 

 朝倉と言う少女は、少し襟首を緩められた事で、必死に空気を貪る。

 

「ぜーっ、ぜーっ……。ふう、苦しかった……」

「手前、朝倉……。なんでわたしたちの写真を撮りやがった?」

「あ、ははは、ゴメン悪かったって……。謝るから、襟から手を放して、お兄さん……」

「写真のネガを渡してからだ。ハセガワ、この娘は?」

「こいつは麻帆良のパパラッチって呼ばれてる、うちのクラスメートだ。名前は朝倉和美。麻帆良学園の報道部員だよ。

 朝倉、とっとと吐け。なんでわたしたちの写真を撮りやがった?」

 

 千雨は朝倉……和美をジト目で見遣る。観念したのか、和美は溜息を吐いてカメラからフィルムを取り出しつつ言う。

 

「い、いや……。ちうちゃんに、恋人がいたなんてニュースのネタになるかなーって……。

 うわ!?」

「朝倉ーーー!! なんでてめーが、そのハンドル名を知っている!? それと恋人って何だ!?」

「あー、ハセガワ。気持ちはわかるが、あんまり大声で騒ぐと……。」

「あのー、お客様。店舗入り口前を塞いで騒がれますと、他のお客様の迷惑になりますので……」

「「あ」」

 

 千雨、和美、そして壊斗は41アイスクリームの店員に謝罪し、なんとかその場を脱したのである。ちなみに壊斗は、しばらくあの店に行けなくなったと少々落ち込んでいた。

 

 

 

 街を歩く千雨と壊斗の後ろに、腰を低くしてペコペコしながら和美が付き従っていた。千雨は時折和美にジト目の視線を送る。和美は揉み手をしながら、情けない顔で2人に話しかけた。

 

「あの~、せめて関係ない写真のフィルムは返してくれないかな~?」

 

 そう、和美はあの後で袖口や懐、靴の中等々、あちらこちらに隠していたフィルムを発見され、没収されていたのだ。ちなみにセンサーでフィルムを発見したのは壊斗であり、壊斗から教えられて和美の身体を探ったのは千雨である。

 壊斗は和美の言葉に、しれっと答えた。

 

「現像して、関係ない写真だと分かったら、ハセガワ経由で返してやる」

「返す事ねーと思うけどな、わたしは。どーせろくでもないネタ満載なんだし」

「そ、そんな~!

 頼むよちうちゃ……。いえ、千雨ちゃん様」

「ちゃん様言うな」

 

 ここで和美は、性懲りもなく千雨に問いを投げかける。

 

「で、千雨ちゃん。この千雨ちゃんの彼氏は、何て人なの?」

「なっ! かっ! 彼氏じゃねーよ!」

「あー、俺とハセガワの関係はそんなもんじゃない。ハセガワは俺にとって命の恩人なんだ。だから恩返しのために色々世話を焼かせてもらってる。

 細かい事情は、俺とハセガワのプライバシーに関わるから、教えられん」

 

 壊斗が返答した事で、和美の矛先は壊斗の方を向いた。

 

「なるほど、そうなんですか。で、お名前はなんて言うんですか? お仕事は何を? 学生さんですか?」

「おい! 朝倉、いいかげんにしろよ!」

「んー、まあいいだろ。俺は水谷壊斗だ。職業は基本的に投資家。後はディレッタント……つまり好事家とも言えるかもしれん」

「はあ~。株式トレードとかやってるんですね」

 

 感心した様に言う和美。だが壊斗はその言葉を否定した。

 

「いや、株式売買で儲けるわけじゃない。それは『投機』だ、『投資』じゃあない。

 俺のは、『上がりそうな株』を買うんじゃなく、『有望な会社』に出資するんだ。株を買うのは違いないが、意味合いが大きく違う。株を売買して差益を得るのではなく、きちんと株主として登録するんだ。

 そして株の配当を受け取り、場合によっては株主総会などで会社の運営に口を出す」

「……ずいぶんと一般社会に馴染んだな、オイ」

「くくく、まあな」

「?」

 

 千雨と壊斗のやりとりに、疑問符を頭上に浮かべる和美。だがこれ以上突っ込んで訊くのもまずい予感がひしひしとしていたため、彼女はこれ以上の追及を諦める。まあ、あまり下手に追及すると、取り上げられたフィルムが戻って来ない危険もあるし。

 そんなわけで、千雨と和美は近場にあった飲食スペース付きの洋菓子店で、シュークリームと紅茶を壊斗に奢ってもらい、そこで解散した。千雨はこの後、寮の自室に直帰。そして『ちうのホームページ』を更新したりチャットで愚痴ったりして、鬱憤を晴らす事に集中する。いくら腹が立っても、個人で麻帆良の裏に手を出すのは、流石に無茶が過ぎると言うものだ。故に彼女は、苛立ちを少しでも解消すべく趣味に没頭したのである。

 

 

 

 この時千雨は理屈では、自分がこの麻帆良学園都市でどれだけ危険な位置に立っているか、それを理解しているつもりだった。だが、それが『つもり』でしか無い事を、この時の彼女は知る由も無かったのだ。




壊斗の正体が某カロイドだと言うお話……ではないです。千雨はこの麻帆良学園都市の裏側にある関東魔法協会について知らされました。それに関するお話が、今話の本題です。某パパラッチ娘関連は、ちょっとしたにぎやかしですねー。


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第004話:窮地に陥った千雨

 千雨は呆然と、今自分の目の前で繰り広げられている戦いを見つめていた。彼女は壊斗を疑うつもりは無く、この麻帆良学園都市の裏に魔法使いたちの組織があるという事実は、しっかり納得していたつもりである。そう、『つもり』であったのだ。

 しかし実際に目の前で、魔法使い連中が魔法を使って妖怪と戦っているのを見せつけられた時……。千雨は自分がソレを信じた『つもり』でいただけだったと、強制的に理解させられてしまったのである。

 

(……は、はは。ははは。なんてこったい……。やっぱり自分としては、半信半疑だったんだな……。)

 

 灌木の陰にしゃがみ込み、千雨は息を飲んで戦いの様子を見つめる。魔法使いたちも、魔法使いたちと戦っている(イタチ)の妖怪も、彼女には今の所気付いていない。自分と同じか、若干年下に見える少女が呪文を唱え、炎の矢を連続で放つ。しかし(イタチ)妖怪が咆哮する。

 

ガオゥ!!

 

 すると、炎の矢は(イタチ)妖怪に着弾する前に、空中で砕け散った。いや、炎の矢だけではない。高校生ぐらいの少女が操っていると思しき、10体余り居た黒ずくめの僕も、そのうち3体が空気に溶ける様に消滅してしまう。

 リーダー格と思しき黒人の魔法使いが舌打ちをする。

 

「ちぃっ。

 グッドマン君! 佐倉君! 魔法を妨害するこの妖怪は、君たちとは相性が悪い、下がるんだ!」

「し、しかし……。いえ、わかりました……。」

「は、はい!」

 

 千雨は、その場の魔法使いのうち2人に見覚えがあった。そのうち1人、リーダー格の黒人魔法使いはたしか他校の教師で、ガンドルフィーニとか言う名前だ。彼は四角四面で頭が固く、規則などに忠実過ぎて融通が利かない事で有名である。

 そして残る1人はこれまた教師で、ガンドルフィーニ先生と見覚えの無い少女2人を色々と最後尾から補助している。おそらくは、サポート担当の魔法使いなんだろう。彼は麻帆良学園本校女子中等部の教諭で、瀬流彦と言う先生だったはずだ。

 

(信じらんねー……。こんな身近に魔法使いが……。しかも学校の先生って事は、それこそ麻帆良学園の組織そのものに深く、ふか~く魔法使いたちが食い込んでるってこったろ?)

 

 そんな千雨の内心など知った事ではないとばかりに、ガンドルフィーニは拳銃とナイフによるCQCで必死に(イタチ)妖怪に立ち向かう。いや彼にとって、本当に知ったことではないのだ。と言うより、知らないのである。……千雨が戦場の片隅、灌木の陰に隠れ潜んでいる事を。千雨が不運な偶然で、戦場に紛れ込んでしまった事を。

 

「瀬流彦君!人払いの結界は!?」

「あと長くて10分しか保ちません!」

「結界を張りなおせないか!? このままでは、無関係な人間が巻き込まれかねない!」

「その(イタチ)の妖怪が、こっちの魔法を滅多やたらに無差別に妨害してくれるんで、無理です!」

「く、この程度の妖怪なら、魔法さえ効けば大した事は無いんだが!」

 

 千雨は理解する。彼女が持つ、意識誘導や認識阻害を防ぐ力……。それが『人払いの結界』とやらをうっかり無効化し、その結果として妖怪との戦闘の現場に出くわしてしまったのだ。

 壊斗が言っていた、『千雨の場合、知らないとかえって危険』だと言う言葉の意味を、千雨はようやくの事ではっきりと認識した。既に手遅れではあったが。

 彼女には『人払い』などの類が効かないか、少なくとも効きづらい。だから麻帆良で暮らす上では、可能な限り注意を怠らず、危険そうな場所には近寄らない様にしなければならなかったのだ。

 

(くっそ、ヤボ用で図書館島に行かにゃならんかったのは仕方ねえにせよ……。帰り道、近道なんかすんじゃなかった!もし妖怪や魔法使いに見つかったら……!いや、まだ魔法使い連中なら、正義を名乗ってるんだから酷い目には遭わないかもしれないけど!けど!でも!妖怪は絶対駄目だろ!)

 

 なんとか見つからずに、撤退する方法はないか、と千雨は灌木の陰で左右を見回す。その動きが墓穴を掘った事になるとは、彼女はぎりぎりまで気付けなかった。

 

ぺきぺきっ!

 

 知らぬ間に千雨の髪の毛が灌木の枝に絡んでいた。そして彼女が首を捻った際に枝が数本折れて、音を立てたのである。小さな、小さな音であった。しかし運悪く、本当に運が悪い事に、(イタチ)妖怪がその音に気付いてしまったのだ。

 (イタチ)妖怪の爛々と輝く目が、千雨を射すくめる。その瞳は、殺意に満ち満ちていた。

 

「ひ……!!」

「馬鹿な! 何故一般女子生徒が!?」

「まだ人払いは効いているはずなのに!?

 ……まずい! 君、動くな! (イタチ)妖怪の注意を惹いてしまう!」

 

 瀬流彦の言葉は遅かった。千雨は恐怖にかられ、後ろを向いて必死に駆け出してしまったのだ。

 

グガオゥ!!

 

 (イタチ)妖怪が咆哮する。その咆哮は、妖怪が持つ魔力によって周囲の大気に作用する。そしてそれは風の刃を形成した。千雨目掛け、打ち出される風の刃。

 

ドヂュッ!!

 

 嫌な音がして、千雨の右脚がカっと熱くなる。彼女は派手に転倒した。必死に上体を起こした彼女は、思わず右脚に目を遣る。そして、見なければ良かったと思った。右脚は、膝から先が失せていたのだ。脚の切断面からどくどくと、鮮血があふれ出る。

 

「あ、あ、ああ……」

 

 (イタチ)妖怪は、大きく息を吸う。魔法使いたちが、必死で(イタチ)妖怪に攻撃するが、中々有効打にならない。そして(イタチ)妖怪は、千雨に向かって炎を吐き出した。火炎放射器もかくや、と言う程の業火だ。

 そのとき千雨は思い出した。彼女の左腕にある、腕時計の事を。腕時計型の、通信機の事を。彼女は必死で通話ボタンを押し込み、叫ぶ。

 

「か、壊斗!! 助けてくれ!! 助けて!! 死にたくない!!」

 

 そして千雨の身体を、凄まじい炎が舐めた。

 

 

 

『フォース・バリアアアァァァ!!』

 

 高らかに、電子音声じみた声が響く。恐るべき力を持った力場の壁が、(イタチ)妖怪の放った炎を押し戻した。ガンドルフィーニ、瀬流彦、そして少女魔法使い2名は驚愕する。何故か戦場に紛れ込んだ一般女子生徒が(イタチ)妖怪の気を惹いてしまい、犠牲になってしまった、そう思った矢先の事態急変であった。

 彼らの眼前には、全高14mほどもあろうかと言う巨大な人型ロボットが立ち尽くしていた。いったい何処から現れたのか、魔法使いたちにはまったくわからない。その姿は、黒をベースに赤と金でアクセントが入っており、極めて戦闘的に見える。ロボットは(ひざまず)くと、足元から片脚の無い人型の『何か』を左手で拾い上げた。

 

『く、まずい……。大量の血液を失い、全身が焼かれて……。だが、まだ生命反応はある!』

 

 そう言ってロボットは立ち上がると、右手に持った大型のライフル銃を(イタチ)妖怪に向ける。ロボットのカメラアイは、あまりの怒りに深紅に輝いていた。

 

『おのれ、生かしては帰さん!』

 

 巨大ロボットは、(イタチ)妖怪に向けて銃を連射する。(イタチ)妖怪は今までのしぶとさが噓であるかの様に、一瞬で粉々になった。巨大ロボットはだが、もはや(イタチ)妖怪の事など眼中に無い様子だ。

 

『聞こえるか! 頑張れ! 命にしがみつけ!

 くそ、間に合うか……。いや、間に合わせて見せる!』

「あ、ま、待……」

 

 魔法使いたちのリーダー格、ガンドルフィーニが巨大ロボットに声をかけようとする。だがそれは間に合わない。巨大ロボットは、突然燐光に包まれたかと思うと次の瞬間、その場から姿を消していたのである。

 

「な、魔力を何も感じませんでしたよ?」

「で、ですが転移魔法以外にどうやって急に現れて、急に消えるなんてこと……」

 

 少女の魔法使い2名が、あたふたと慌てふためく。その2人を、ガンドルフィーニが怒鳴り飛ばした。

 

「それは今の問題じゃない! 今大事なのは、巻き込まれた一般女子生徒だ!」

「「!! す、すみません!!」」

「……わかればいい。あのロボットが、どうやって現れてどうやって消えたかは重要じゃない。だが、あのロボットがあの女子生徒を連れて行ったのは確かだ。

 瀬流彦君! わたしは大学部のロボット工学研を当たってみる! 君は学園長に報告を頼む!」

「わかりました! それとあの一般女子生徒、何処かで見覚えが……。たしか高畑先生、いえ、今はネギ先生のクラスの生徒だった気がします。報告後に、あのクラスの名簿を借りて来ます」

「頼む!」

 

 そして麻帆良学園都市の裏に潜む、魔法使いたちは動き出した。巻き込まれた女子生徒が、子供先生ネギ・スプリングフィールドが担任するクラスの長谷川千雨である事は、すぐに判明する。だが……その行方は杳として知れなかった。当然、彼女を連れ去った巨大ロボットについても、何も分からなかったのである。

 

 

 

 麻帆良の山中に建てられた一軒家、その地下深くに設えられた建設中の秘密基地で、巨大ロボット……超ロボット生命体トランスフォーマーであるサイコブラストは、必死で千雨の救命作業を行っていた。強化ガラス製のポッドに培養液を満たし、その中にズタズタになった千雨を浮かべる。電気刺激で、止まりそうになる心臓を無理矢理に動かす。血管に直接カテーテルを挿入し、人工血液を流し込む。

 

『くそ……。俺はお前にまだ恩を返し終わっちゃいないんだ。死ぬな……。死ぬんじゃない……!!』

 

 彼の必死の手当てが功を奏するか否か、それはまだ分からない。だが彼は僅かな可能性にかけて、自身の全能力を注ぎ込んで救命措置を続けたのだった。




と言う訳で、千雨は大ピンチです。はたして彼女は生き延びられるのか!?生き延びたとして、この先も普通の生活を送れるのか!?


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第005話:長谷川千雨の再生

 千雨の意識は、暗い空間を漂っていた。彼女は思う。

 

(……これ、夢……か? あー、なんでこんな……)

 

 その瞬間、目の前を真っ赤な炎の幻影が()ぎる。千雨は恐怖にかられ、全てを思い出した。

 

(そう、だ。わたし、は、あの(イタチ)妖怪にころ、殺さ、れ、たんだ……。わたし、死んだ、んだ?)

『いや、まだ生きている! まだハセガワは死んじゃいない!』

(!! その声、壊斗!?)

『今はロボットモードだから、サイコブラストと呼んでくれ。……お前はまだ生きている。まだ、死んじゃいない』

 

 壊斗……サイコブラストの声は、だが苦し気な、悲し気な物だった。まるで重い悔恨に(さいな)まれているかの様な、辛そうな声だったのだ。千雨は、それでなんとなく理解した。おそらく今現在の自分の状態は、かろうじて生きているだけで、殆ど絶望的なのだろう、と。

 そして千雨は、その事について問うた。訊ねて、しまった。

 

(なあ……サイコブラスト。わたしは、あとどれぐらい保つんだ?)

『!!』

(遠慮しないで、言ってくれないか?)

 

 サイコブラストはしばし躊躇(ためら)うと、意を決して結論を口に出す。

 

『……最長に見積もって、36時間37分と少し。短ければ、あと12時間04分と少し、だ』

(そ……っか。あと半日から1日半、か)

『済まない……。助けるのが、遅かった……。借りを返すどころか……。自分が情けない』

 

 サイコブラストの声は、悄然として今にも消え入りそうだ。千雨は慌てて、サイコブラストを慰める。

 

(ま、待て待て待て! それを言うなら、わたしが救助を求めるのが遅すぎたんだ! いくらなんでも目の前に炎が迫ってから呼んだんじゃ、どうにもこうにも……)

『だが……』

(だからそんな、気にすんなって! それに、助けに来てくれただけでも嬉しいからさ。うん、こうやって最後に……。最期に……。1人きりじゃ無いんだ。マシな死に方、だ……。

 うっ……。うぐぅっ……。

 ひくっ、ひぐぅっ……。

 死ぬ、のって……。苦しいのか、な? それとも、何も無くなって電気切るみたいに全部消える、のかな?ぐすっ……。)

 

 だが結局、千雨の精神は先月14歳になったばかりの、子供の物でしかない。やはり間近に迫った自身の死と言う現実を受け入れるだけの、桁外れの頑健さは望むべくも無かった。

 

『ハセガワ……。もしも、もしもだ。お前が人間じゃ無くなってでも、生きていたい……。そう願うならば。

 ……方法は、ある』

(え……。)

『最初から、それを提案しようと思っていた。だが、それでもこのまま人間の……地球人のまま、死んだ方がもしかしたら幸せなのかも知れない、そう思うと……。踏ん切りが付けられなかった』

 

 千雨はごくり、と唾を飲み込む。いや、彼女の肉体はその様な事ができる状態では無いのだから、あくまでそんな風に意識した、というだけなのだが。

 

『かつて俺が居た世界……。お前からすれば異世界の地球での話だ。サイバトロン軍団の協力者だった地球人、スパイクと言う名の少年だったが、そいつがデストロン軍団との戦闘に巻き込まれて重傷を負い、重体になった。

 サイバトロン軍団では、スパイク少年の精神と肉体を切り離し、精神を一時的にサイバトロン戦士の予備ボディに移殖して生きながらえさせた。その間に、精神の無くなったスパイク少年の肉体を徹底的な大手術を行って復元し、その後に精神を人間の肉体に戻したんだ』

(そ、それで?)

『その際の、精神を機械のボディに移殖する施術データを、デストロン軍団が他のデータを盗む時に、一緒に盗み出した。そのデータを手に入れた俺は、その技術を発展させ完成させた。

 超ロボット生命体には、普通の知的生命体で言う魂ってのは存在しない。だがそれと等価な『スパーク』というエネルギー体がボディに宿っている。俺が完成させた技術ってのは、知的生命体の魂をトランスフォーマーのスパークに変換し、他の種類の知的生命体をトランスフォーマーに不可逆変化させる技術なんだ』

 

 そこまで言われれば、千雨にもサイコブラストが何を言っているのかは見当がつく。サイコブラストは、千雨の魂を超ロボット生命体のスパークに変換し、千雨をトランスフォーマーとして蘇らせよう、としているのだ。

 サイコブラストはだが、沈痛な声で語る。

 

『ハセガワが人間を辞める覚悟があるならば、俺と同じような機械の身体で……トランスフォーマーとして生き延びる事が可能かもしれん。それが成功したならば、姿だけで良ければ俺同様にプリテンダーとして、人間の姿にもなれる。

 ……本当の姿は、ロボットモードだがな』

(……。)

『人間のお前には、とてもつらい一生になるかもしれん。寿命も桁外れに長いから、友人や親族などもまず間違いなく先に逝くことになる。

 それに人間の魂をトランスフォーマーのスパークに転換するのは、成功率は低くもないが決して高くもない。機材も基地が建設中で、実験用の物しかないから、なおさらだ。失敗すれば、その時も死ぬ。

 ……このまま普通に死ぬのを選ぶこともできる。もしかしたら、そちらの方がお前にとって幸せかもしれん』

(……そっか。なあ、サイコブラスト)

『む?』

 

 千雨はゆっくりと言葉を発する。いつの間にか、死に怯えた恐怖は何処かへ消え去っている。『生き延びられる可能性が出て来たとは言え、我ながら現金なものだ』と彼女は内心失笑した。

 

(……決めたよ。

 わたしはトランスフォーマーになる。超ロボット生命体に。やっぱり死ぬのは怖い。恐ろしい。だから、生き延びるチャンスがあるなら、それに噛り付いて生き延びてやる!

 後から後悔するかもしれないけれど、それだって生きていてこそだ!)

『……そ、っか。……そう、か。

分かった。既に準備だけはしてある。長谷川がどちらを選んでもいいようにな。あと、やるならば1分1秒でも早い方が、成功率は高い。

 ……今すぐ始めよう。たぶん死ぬほど痛いぞ。覚悟はいいな?』

(え゛。あ、ああ!)

『行くぞ!』

(……。

 …………。

 ~~~~~~~~~~~~!?)

 

 たしかに死ぬほど痛かった。だが千雨は、根性で命にしがみつき、その苦痛をなんとか耐えきった。

 

 

 

 千雨が目覚めると、そこは何やら金属の壁に囲まれた部屋だった。そしてその部屋の中では、サイコブラストがロボットモードで忙しく働き、その周囲を彼の半分以下の大きさの小型ロボが動き回っていた。

 と言うか、千雨の感覚からすると、相対的な大きさが何か違っている。サイコブラストの全高は14mほどあったはずなのだが、今の彼は千雨の感覚で3m程度に見えた。

 と、サイコブラストが千雨に向き直る。

 

『目が覚めたか。なんとか成功したぞ、ハセガワ。

 ……いや、ロボットモードの時は別の名前で呼んだ方がいいな。他のやつらにバレない様に』

『あ……。そ……っか……。わたし、は……。人間じゃ、なくなったんだな。

 ……。

 覚悟してこうなる事を選んだけれど、やっぱり何かこう……。気持ち的に、何か来るものがあるな、やっぱり……。』

『……だろうな。

 あ、それとまだボディは完成してない。今のお前は頭部と心臓部だけの状態だ。だからまだ動けない。

 ボディを造るにあたって、何か注文があるなら今の内だぞ』

『えっ!? ど、道理で動けないと思ったよ……』

 

 サイコブラストは、千雨改めサウザンドレインの注文に従い、彼女のボディを組み上げて行く。彼女はサイコブラストと同程度の能力が欲しいと言ったため、彼女のボディはサイコブラスト同様のトリプルチェンジャー兼プリテンダーとなった。

 ちなみに彼女は、サイコブラストは宇宙戦闘機に変形するだけだと思っていたりする。そのため彼が宇宙戦車にもトランスフォームできる事を今更ながらに知り、驚いていた。

 サイコブラストは(おもむろ)に説明する。

 

『基本の能力は今言った通りだ。それと瞬間移動能力やバリア発生機構なんかも搭載してるが、それらはエネルギーをかなり食うからな。練習なしでのぶっつけ本番での使用はしないように。練習の時間は、必ず取るから』

『あ、ああ。わかった』

 

 ちなみにサウザンドレインのロボットモードは、彼方此方に付属肢や変形用のパーツが付いている事を除けば、細身で腰がくびれており、女性的な体型をしている。

 なおカラーリングは、黒の地に青色と銀でアクセントが入っており、紫のデストロンのエンブレムが各所に装着されていた。黒の地に赤色と金でアクセントが入って、ゴツい感じのサイコブラストとは、好対照である。

 サウザンドレインは、付属肢やパーツをもぞもぞと動かす。

 

『んー、違和感はそんなに無いけど、逆に違和感が無い事が違和感って言うか……』

『人間で言う小脳にあたるパーツに、ボディのデータがきっちり組み込まれてるからな。今は意識しないと動かせない部分も、慣れれば無意識に自然に動かせる様になる。

 あと、何時また化け物とかと出会う事が無いとも言えんから、そのボディの戦闘能力を発揮出来るように戦闘訓練は積んでおいた方がいい。練習にはこの基地の設備、自由に使ってかまわんぞ』

『いいのか? 命助けてもらったから、貸し借りもう無しだろ?』

『そうとも言えんさ……。俺にはお前を、ある意味では結局助ける事ができなかったしな。それに新米トランスフォーマーであるお前を、先輩としては放っとくのも寝覚めが悪い。

 ……やっぱり俺はデストロンっぽく無いよなあ。ははは、はぁ……』

 

 言葉の最後は、溜息で終わった。サウザンドレインは、サイコブラストにも色々悩みがあるんだな、と感慨に浸る。……まあ、その悩みの1つが彼女自身の事ではあるのだが。

 

 

 

 その後、サイコブラストとサウザンドレインは壊斗と千雨の姿になって、地下の秘密基地から地上の壊斗の家へと移動した。壊斗は家の書斎兼PC(パソコン)部屋に赴くと、山の様に積まれた報告書のプリントアウトに肩を落とす。

 

「あー……。しばらく放って置いたら、スパイ用ドロイドからの報告書のプリントアウトが、山の様に……」

「ああ、例の麻帆良の裏事情を調べてた、スパイ用ドロイドか」

「うむ。前回ハセガワを救出した時に、俺の姿を魔法使い連中……『魔法先生』『魔法生徒』って呼ばれてるらしいがね。そいつらに見られたからな。それにハセガワも、もしかしたら身元が奴らにバレてるかも分らん。だからその辺、どうなってるのか調査させてたんだが……」

 

 報告書のプリントアウトを覗き込んだ壊斗は、深刻そうな顔をする。千雨は嫌な予感がした。

 

「お、おい。まさか……」

「最悪だ。巨大ロボに連れ去られて行方不明、生死不明の女子生徒がハセガワだって事が、学園を牛耳ってる魔法使いたちにバレてる。でもって……」

「……でもって?」

 

 沈痛な表情で、壊斗は言った。

 

「女子寮のハセガワの部屋にも調査が入った。お前のPC(パソコン)のHDDやら何やらが、解析に回されてる」

「……………………。」

「お、おい。ハセガワ? ……ハセガワ、しっかりしろ、ハセガワーーー!?」

 

 自分のHDDの中身が解析されて衆目に晒される。千雨にとって、これほど痛い事は無い。その後どうにか正気を取り戻した彼女は、数時間に渡ってしくしく泣き続けたらしい。




と言う訳で、千雨の魔改造は完了です。いや、長かった(笑)。

でもってオチは、千雨のPCのHDD。わたしも死んだり事故に遭ったりした時の事考えて、家族にHDDの処分をお願いしておこうかなあ。そうしないと死んでも死にきれないよなあ。


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第006話:学園側と話し合おう

 ここは深夜の麻帆良学園女子中等部学園長室。麻帆良学園学園長にして関東魔法協会理事の近衛近右衛門と、魔法先生タカミチ・T・高畑は、忸怩たる思いを抱いていた。

 つい1週間ほど前、妖怪退治の現場に一般女子生徒が紛れ込み、妖怪に攻撃され重傷を負った挙句、突如出現した巨大ロボに連れ去られたのだ。その生徒の名は、長谷川千雨である。

 

「……やはり彼女には、効いておらなんだのじゃろうのう」

「認識阻害や意識誘導を退けるレジスト体質……ですか。しかし人払いの結界までもレジストしてしまうとは……。

 無事で……。いえ、報告された状況では、無事は無理でしょうね……。せめて生きていて欲しいですが……」

「うむ……。

 そして長谷川君を連れ去った、巨大ロボット……。いったい何処の誰が造り、何処のどんな組織が用いているのかすら不明じゃ。そんなロボットが、彼女を連れ去った……。いったい如何なる目的で……」

 

 その時、机上の電話が鳴り響く。電話機の表示は、外線からの着信である事を示している。近右衛門は受話器を取った。

 

「はい、ワシじゃ。学園長じゃ」

『麻帆良学園学園長にして、関東魔法協会理事、近衛近右衛門殿かね?』

「!?」

 

 近右衛門は目を見開き、素早く電話機の外部音声出力をオンにした。その様子を見て高畑も眉を顰め、電話機のスピーカーから流れ出る音声に聞き入る。

 

「うむ、ワシが近衛近右衛門じゃ」

『俺は水谷壊斗と言う。1週間前の事件に出現した、巨大ロボットの関係者だ』

「何じゃと!?」

 

 思わす近右衛門は声を荒げる。だが即座に自分を取り戻して、気を落ち着けた。

 

「い、いや済まんの。続けてくれたまえ」

『今からあの事件の被害者、長谷川千雨を連れて、そちらと面会をしたい。色々と事情を話したいのでな』

「!? ……長谷川君は、無事なのかの?こちらで知る限りでは、かなりの重傷を負ったと報告を受けておるのじゃが」

『無事じゃ無かったが、どうにかなった。いや……どうにかした。

 その件も含め、出来る限り内密に話がしたい。色々とな。もしそちらが良ければ、今から伺いたいが?』

「今から、かの?」

 

 近右衛門と高畑は、素早くアイコンタクト。互いに頷き合う。

 

「……よかろう。何処で会うとしようかの?」

『我々が学園長室まで出向こう』

「だが部外者が学園長室まで来るのは難しかろう。そうじゃの……。迎えを出すとしようかの」

『いや、それには及ばん。今からそちらへ行く』

 

 次の瞬間、学園長室の中心に光が生まれた。

 高畑が近右衛門をかばう位置に瞬時に移動し、近右衛門も身構える。光は2体の人間型を取り、次の瞬間2人の人間として実体化した。

 現れたその人物は、当然と言っては何だが、壊斗と千雨である。

 

「夜分遅く失礼する、近衛学園長。そちらは高畑先生、で良かったかな?俺が水谷壊斗だ。よろしく」

「……今晩は、学園長先生、高畑先生」

「長谷川君! 無事だったのか!」

 

 現れた千雨に、高畑は驚きつつも喜びの声を上げる。しかし千雨は少々複雑そうな曖昧な笑みで、それに応えた。

 

「いえ……。無事じゃありませんでしたけど、壊斗のおかげで命拾いしました。

 大怪我して欠損した身体も、壊斗に造り直してもらいましたし……」

「造り直した……じゃと!?

 い、いや、それに!今の転移魔法は……!媒介を何も使わんじゃと!?

 それに魔法的防護が何重にもされておるこの部屋に、まともに『(ゲート)』を開けるはずがないんじゃが……?」

「魔法じゃないからな。科学技術の力による、いわゆる『ワープ』とか『テレポーテーション』とか『転送』とか言う類のやつだ。

 魔法については、今はまだ研究中だ。まだあんたらと同じ『魔法』は使えんよ」

 

 その台詞に、近右衛門と高畑は唖然とする。壊斗は苦笑して言った。

 

「まあ、事情は説明するさ。そのために来たんだ」

「う、うむ。

 ではそちらの応接セットのソファに座ってくれるかの? タカミチ君もじゃ。」

「は、はあ」

「わかった。座らせてもらうとしよう、ハセガワ」

「うん」

 

 そして一同は応接セットに座す。壊斗は近右衛門と高畑に、事情を掻い摘んで説明し始めた。

 

「俺は並行異世界からやって来た機械生命体……。超ロボット生命体トランスフォーマーだ。

 ふ、信じられんと言う顔をしているな。見ろ」

 

 壊斗は右肘から先だけの擬態を解く。メギメギゴリゴリと音を立てて、壊斗の右腕が変形した。近右衛門も高畑も、言葉も無い。

 右前腕と右拳だけが巨大ロボットの物になった壊斗の腕という説得力の前に、近右衛門と高畑は呆然とする。壊斗は右腕を人間体に戻し、話を続けた。

 

「俺の本当の名前は、科学参謀サイコブラストと言う。悪の軍団と呼ばれているデストロン軍団を脱走、脱退し、追われる身になって次元転移でこの世界に逃げて来た。しかしそこでエネルギー不足で死にかけてな。

 そこでハセガワがコンセントの電気を提供してくれて、それでなんとか助かった。俺はハセガワに命を救われたんだ。で、彼女にその恩を返すために色々やっていたのだがな。

 その矢先に、ハセガワが窮地に陥った。その辺の事情は、そちらの方が詳しいだろう?」

「うむ……。長谷川君が妖怪退治の現場に紛れ込んでしまったのは、報告を受けている」

「そしてハセガワからの緊急連絡を受けた俺は、急ぎ救援に向かった。……残念ながら、ぎりぎりで俺の救援は間に合わず、彼女は死にかけた。

 ……で、俺の技術を用いてハセガワに機械の身体を与えた、と言うわけだ」

 

 ぎょっとした高畑がソファから腰を浮かし、叫ぶ。

 

「機械の身体だって!?」

「本当ですよ、高畑先生。今の私の身体は、機械で出来てます。下手な病院の精密検査なんかは、平気な顔で潜り抜けられるほどの代物ですけどね。

 それでも機械であることは間違いないです。残っているのは魂だけなんです」

(その魂も、スパークに転換されてるんだけどな)

 

 壊斗の内心の呟きは、近右衛門と高畑には届かない。近右衛門と高畑は、しばし呆然としていた。やがて近右衛門がぽつりと呟く。

 

「なんと……」

「まあ、ざっくりとした事情は今言った通りだ。

 で、あんたらに頼みがある。長谷川の秘密を、可能な限り守って欲しい」

 

 壊斗は真剣な表情で言う。

 

「……機械の身体になったハセガワは、これ以上成長もしないし老化もしない。下手をすると、周囲から化け物扱いを受けかねん。いや、少なくとも人間扱いされない事は確実だろう。……もし、バレれば、だがな。

 そんな残酷な目に遭わせるわけにはいかん。そうだろう?」

「う、うむ……」

「ああ……」

「それにあんたら魔法使いには、ハセガワの人格を尊重し、彼女の人権と心を護る義務があるはずだ。ただでさえ、今まで彼女に重い犠牲を強いてきたんだからな」

 

 その壊斗の台詞に、高畑は驚きの声を上げ、近右衛門は瞑目する。

 

「犠牲だって!?」

「……」

「学園長の方は理解している様だな。」

「うむ……。此度の事で長谷川君の過去の記録も、色々と遡って調査したからのう。」

 

 その台詞で、一瞬自分のPC(パソコン)のHDDが解析に回された事を思い出し、千雨の顔が引き攣る。一方の壊斗は薄ら笑いを浮かべつつ、しかし視線だけは厳しい物にして、言葉を紡いだ。

 

「ハセガワには、ここ麻帆良の学園都市を覆う、精神に影響を与える特殊なエネルギーフィールド……。あんたら魔法使いが言っている認識阻害の結界、とやらの効果が無い事は理解しているだろう?特異体質か何か知らんが。

 ハセガワは、認識阻害や意識誘導と言った魔法とやらの効果を、無意識にレジストしてしまう。その結果、彼女は幼い頃から麻帆良の異常を周囲に指摘し続けた」

「……」

「曰く、世界樹はあまりに巨大すぎる、何故これがニュースにならないのか。

 曰く、人間が3mもの高さに跳躍するなんて、おかしい。

 曰く、自動車と同じ速度で走る女学生なんて、変だ。

 だが周囲は麻帆良の結界による認識阻害や意識誘導の効果により、それを異常と認識しない」

 

 壊斗は淡々と語る。近右衛門は瞑目したまま、壊斗の糾弾に耐えた。

 

「結果、彼女は『変な事を言う子だ』『嘘つきだ』などと思われる様になった。……ハセガワは、『普通の疑問』を『普通に』話していただけなのにな。おかげで彼女は周囲から孤立した。周囲の無意識のいじめに遭った彼女を、救ってくれる者はいなかった。当時の学校教師も、両親もな。

 ああ? どう思うね? なあ『善なる魔法使い』さんたちよ? ちょっとあんたらが努力してれば、あんたらは彼女の特質に気付けたはずだぞ? 怠慢以外の何物でもないよな?

 あげくにハセガワは、人払いの結界が張ってあるからと安心しちまった魔法使いたちの不注意のせいで……。妖怪退治の現場に紛れ込み、人間としての肉体を失う羽目になったんだぞ?」

「……」

「あんたらが気付いてさえいれば、ハセガワを『そっち側』の世界に取り込むか、あるいは麻帆良から離すか、なんらかの対策が取れたろうに! ……彼女を助けるのに間に合わなかった、俺の言う事じゃあないかも知れん。だがな……!」

 

 そこで千雨が割って入った。千雨の小さな掌が、壊斗のごつい大きな手に重ねられ、そっと握りしめている。

 

「壊斗、もういいよ。もう先生たちには充分伝わったよ。……だから、そんなに苦しそうな顔をしないでもいいんだ」

「えっ……」

 

 壊斗は、自分が無意識に泣きそうな顔になっていた事に、今更ながらに気付く。彼は一瞬自嘲気味な笑みを浮かべた後、無理矢理に平静な表情を造った。一方高畑は顔色を失い、ただ息を呑む。そして近右衛門は、深く息を吐くと(おもむろ)に言った。

 

「タカミチ君、君には責は無いわい。君は『悠久の風(AAA)』での仕事を始め、麻帆良の外での任が多かったからのう。

 責められるべきは、ワシじゃ。長谷川君、済まん事をした。頭を下げて許されることでは無いが……。

 ワシ個人としても、麻帆良の魔法使いを代表する立場としても、君に詫びたい。本当に済まなんだわい……」

「……学園長先生。

 わかりました。赦す、とは言えませんが、結局はもう済んだ事です。それよりも大事なのは、今後どうするか、です」

 

 近右衛門は、深く、深く、溜息を吐く。そして真正面から千雨を見つめると口を開いた。

 

「うむ……。

 勿論君には可能な限りの便宜を図ろう。君が不自由なく日常生活を送れる様に。そして君の秘密は、ワシもタカミチ君も墓場まで持っていくわい」

「ああ、この事は絶対に誰にも漏らさない。その事については、安心してくれていい」

 

 高畑も、近右衛門に追従する。と、ここで千雨が口を挟んだ。

 

「あの、それなんですが……。わたしだけじゃなく、壊斗のこともお願いしたいんです」

「な!?あ、いや。俺はもう既にロボットモードの姿を魔法使いたちに見せちまってるから……」

「だから、『トランスフォーマーのサイコブラスト』と『人間の壊斗』とは関係が無いって事にしといてもらうんだよ。下手にバレたら大変だろ?

 それにあんた、こっちの世界に来てから即席で戸籍とか造ったんだろ。叩いたら埃とか出るんじゃないか? だからあんたの身元保証って言うか、そう言う所をサポートしてもらった方が良くないか?」

「あー、うん。確かにそうなんだが……。」

 

 千雨は一生懸命、近右衛門に頼み込む。近右衛門も、普段おちゃらけている時の様な様子は見せず、真摯にそれに向き合った。

 

「学園長先生、高畑先生、わたしは壊斗に命を助けてもらいました。失った身体を造ってもらって、生き返らせてもらいました。

 壊斗には本当に色々してもらいました。だからそのお返しをしたいんです。でもわたしには、壊斗のためにできることがありません。

 ですんで、私に便宜を図ってもらえると言うなら、壊斗の事もお願いしたいんです」

「なるほどのう……」

「いや、待てハセガワ。これは俺がハセガワに命を助けてもらった分を返しただけだぞ。と言うか、元の人間として生かしてやれなかった分、まだお前に返し終って無いん……」

 

 千雨は慌てる壊斗に向き直り、その目を見つめる。壊斗は思わず言葉に詰まった。そして千雨は、壊斗に向かい言葉を紡ぐ。

 

「壊斗、ありがとう。

 あんたがわたしに借りを作って、まだ返せないでいると思ってることは理解してる。でも、それはそれで私の方も、あんたに恩義を受けたと感じてる。

 なんて言うか、さ。上手く言えないけれど……。そんなすぐに借りとか恩とか、返せなくてもいいんじゃないかな。互いに互いの事を考えて思いやって、ずっと互いに返し続けてれば、さ。

 ……って、わたしは何言ってんだ。なんか支離滅裂じゃないか……。」

「……いや。お前の言いたい事は、なんとなく理解できた。ハセガワは、いい奴だな……。」

「な! あ! え、ええっと! と、とにかくそう言う事です先生たち!」

 

 壊斗の返しに泡を食った千雨は、近右衛門と高畑に話を振る。それに応え、柔らかな笑みを浮かべた高畑が話を引き取った。

 

「……ああ。わかったよ長谷川君。かまいませんね、学園長?」

「うむ。水谷壊斗君、じゃったな。長谷川君の事も、君の事も、任されよう。

 まあ、ワシらでは少々頼りないかもしれぬがのう。出来る限りの事は、してみせよう」

 

 壊斗は近右衛門の言葉に頷く。まあ別に、『頼りない』の部分に頷いたわけではないが。近右衛門は言葉を続けた。

 

「となると、何かカバーストーリーを考えねばならんの。長谷川君が大怪我を負ったのは、長谷川君の捜索に回した魔法使いたち全員の知るところとなっておる。それが五体満足で帰還した理由づけをせねば……。

 魔法を使っても、あそこまでひどい状態を完治させるには、何かしら特殊な手段を用いねばならん」

「だがしかし、ある程度正直に言うしか無いんじゃないか? つまり俺、もとい謎のロボットが謎の技術でハセガワを治療して帰してよこしたって。で、謎のロボットは謎のままって事で」

 

 近右衛門は壊斗の言葉に頷きつつ、付け加える。

 

「それしかない、かのう……。ただ表向き、長谷川君はその際に、何らかの記憶操作を受けた事にしておいた方が良いかもしれんな。そう言っておいた方が君らの秘密を守る上で、都合がよかろうて」

「学園長、ですがそれだと意地になって、謎のロボットの事を探ろうとする者もいるかもしれません。魔法で学園長が長谷川君の記憶を探った事にして、最低限の情報は得たとした方がいいかと思います。

 そして学園長と僕が担当になり、謎のロボット勢力との接触を試みている、と発表するんです。付け加えて、これはとても微妙な問題だから、他の魔法先生たちは手出し無用、とすれば……」

「うむ、それで行こうかの、タカミチ君。それと長谷川君が認識阻害や意識誘導が効かない体質である事も、魔法関係者たちに公表せねばならんのう。魔法生徒扱いにするつもりは無いが、安全のために魔法使いについて最低限の情報を長谷川君に説明したと言う事にして……。

 ああいや、この後もちろん麻帆良の魔法使いについて、君たちに説明はきちんとさせてもらうわい。もっとも既に、随分と知られてしまっておるようじゃが……」

「あー、今更かも知れんが、あんたら麻帆良の魔法使いたちは認識阻害の結界とやらに頼り過ぎてるぞ。魔法が秘匿される物だと言うならば、もう少し秘匿に気を使った方がいい。

 赤提灯の屋台で、愚痴まじりにヤバい事言ってる魔法使いと思しき教員が、何人かいたぞ?」

「あ、それとネギ先生です。ちょっと迂闊過ぎますよ。武装解除(エクサルマティオー)って言うんですか、あの魔法?

 あれを暴発させて生徒を裸に剥くのは、どうにかした方がいいです。と言うか、どうにかしてください。いやほんとに。」

 

 彼らはその晩、夜を徹して話し合う。その後の魔法関係者たちへの発表は、ここで決められた通りに行われ、何とか魔法関係者たちを納得させることに成功するのだった。

 

 

 

 そして波乱万丈の春休みが終わる。千雨は中学三年生になった。




とりあえず、学園長たちとの話し合いはどうにかなりました。学園長や高畑先生は、麻帆良でも話が分かる方だと思います。ちょっと危なっかしいと感じる事は無くも無いですが。


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第007話:吸血鬼の蠢動

 麻帆良学園本校女子中等部の三年A組、略称3-Aの教室では、馬鹿騒ぎが繰り広げられていた。

 

「3年!」

「A組!」

「「「「「「ネギ先生ーっ!!」」」」」」

 

ワアアアァァァッ!!

 

 教室の教壇には、10歳前後と見ゆる赤毛の白人少年、3-A担任教諭ネギ・スプリングフィールドが頭を掻きながら笑顔で立っている。普通ならこの様な子供が教師、先生などと認められるはずが無いのであるが……。

 まあしかし、この麻帆良学園に於いてはその様な事は細かい事だと流されてしまうのだ。日常に於いて多少の異常は、たいして気にもされずに流されてしまう。

 そんな様子を眺めつつ、千雨は溜息を吐いていた。

 

(はぁ……)

 

 1ヵ月ほど以前の千雨であれば、溜息どころかこの様子を見たら、内心で『バカどもが……』とでも吐き捨てていただろう。この春先に起こった一連の事件で、麻帆良学園都市の裏側を知った彼女は、随分と丸くなっていた。

 

(中学三年生、かあ……。進路、どうすっかなあ……。あの惨状から生き残ったと言うか、生き返ったみたいな物だけど……。それはいいとして、成長とかしねえんだよなあ、わたし……)

 

 窓の外を眺めると、スズメが窓枠にとまっていた。千雨はボケっとそれを眺める。

 

(一応高校までは行くとして……。この姿じゃあ、大学生ってのは難しいかもなあ……。名前変えて戸籍偽造して、どっか地方の中学高校にでも潜り込むか?それとも、なんかの病気で成長が止まったとか言い張る方がいいかもな……。でもどっちにせよ、あまり1ヶ所に長く留まる事はできんだろうなあ)

 

 そして千雨は、ふと視線を自分の斜め後ろに投げかける。そこには小柄な白人系の金髪少女が座っていた。その少女の名を、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルと言う。

 

(あー。そう言う意味ではと言うか、何重の意味でも先輩が居たか。よりによって、クラスメートに)

 

 千雨は相手に気取られないうちに、前に向き直る。幸いと言って良いのか、エヴァンジェリンは教壇の子供先生、ネギ・スプリングフィールドに意識を集中して、千雨の視線には気付いていない様であった。

 

(マクダウェル……。『人形使い(ドールマスター)』『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)』か……。あのちみっちゃい姿で、600年余を生きる吸血鬼……。幻術使えば、大人の姿になれはするみたいだけどよ。

 だけどここ麻帆良に封じられてる間は、かつては莫大だった魔力もほとんど封じられて、か。ほんとは3年で解放されるはずが、封じた奴が行方不明のあげくに死んだせいで、今年で15年もの間、中学生として飼い殺し状態……)

 

 学園長たちから教えられた、エヴァンジェリンの事情を思い返しつつ、机に突っ伏す千雨であった。下手をすると、超ロボット生命体トランスフォーマーになってしまった彼女にも、似たような未来が来ないとは言い切れない。

 現状麻帆良学園側とは、良好と言って良い関係を保っている。しかし学園長の近右衛門はいい加減もう歳が歳だ。常識的に考えればそれほど学園長として、そして関東魔法協会理事としての先はそう長く無いのではないだろうか。

 そうなった場合、後継との関係再構築はやはり難しい。近右衛門が引き継ぎ条項として後継者に言い含めてくれるかもしれないが……。期待をかけ過ぎるのも何だろう。

 

(……今後の事は、壊斗と相談するしかねえか。もうこうなっちまった以上、最終的には頼れるのは壊斗しかいねえもんな)

「……どうしたですか。脱がないので?」

「へ?」

 

 ふと顔を上げると、隣の席に座っていた綾瀬夕映と言う少女が、下着姿になっていた。千雨は目を丸くする。

 

「あ? ……なんで脱いで、あ。……身体測定、か」

「です」

 

 周囲を見回すと、千雨以外は全員が既に下着姿になっている。千雨は慌てて制服を脱ぎ始めた。

 

 

 

 そしてその日の夕刻、千雨は壊斗と共に学園長室へと出向いていた。何でも学園長である近右衛門が、話したい事があるとの事で呼ばれたのだ。

 

「よく来てくれたのう。早速じゃが、本題に入ろう。君らは、『桜通りの吸血鬼』の噂を知っておるかの?」

「は? ええ、今日もウチのクラスの連中が能天気に騒いでましたからね。なんでも満月の夜に、桜通りで真っ黒なボロ布に身を包んだ、血まみれの吸血鬼が出没するとか……。

 でもって、それと関わりがあるかは分かりませんが、同じくウチのクラスの佐々木が桜通りで寝こけてるところを発見されて、今も保健室で眠ってるままだとか。ネギ先生曰く、貧血みたいだとか言ってたらしいですがね……。ちょっと不審な様子が」

 

 千雨は一拍置いて、(おもむろ)に続けた。

 

「まさか、マクダウェルの仕業じゃないでしょうね?」

「……いや、そこまで気付いておったか。おそらく、いや多分間違いなしに、エヴァンジェリンの仕業じゃよ」

「「……」」

 

 溜息を吐き、近右衛門は言葉を紡ぐ。

 

「エヴァンジェリン……エヴァがここ最近吸血行為に走っておるのは、おそらくネギ君と戦うための準備じゃろう。エヴァンジェリンをこの麻帆良学園に封印し、3年で解放する約束を守らずに行方不明になり死んだと言われている人物……。それがネギ君の父親であり、魔法使いたちの間で英雄と言われておる、ナギ・スプリングフィールドなんじゃ。

 エヴァの最終目的は、ナギの息子、肉親であるネギ君の血液を大量に手に入れる事で、それを触媒に自身の封印を解除する事であろう。そして此度の吸血行為は、子供で見習い魔法使いでしかないとは言え、天才的な素養を持っておるネギ君との戦いに備え、わずかなりとても魔力を補充しようとしている、と思われる」

「……それで、俺たちを呼び出したのは、どう言う思惑があっての事だ?近衛学園長」

「うむ。此度の事件は、その解決をネギ君に全て任せようと思っておるのじゃ。それ故に、君らにはできる限りこの一件に関わらんで欲しいんじゃよ。桜通りにも、あまり近づかんで欲しい」

 

 千雨は一瞬、唖然とする。だが壊斗は多少顔を顰めて口を開く。

 

「ほう……。ネギ少年への試練、とでも言うつもりかな? 封印されて、魔力も何もかも削られている状態の吸血鬼ならば、試練として丁度良いとでも?

 だが、それでも600歳余の経験などは侮れまい。ネギ少年が敗北して殺されでもしたら、どうするんだ?」

「エヴァは、女子供は殺さんと言う掟を自らに課しておるからのう。最悪の事態でも、人死にとか大怪我とかは無いじゃろうて。そう言う面では、エヴァは信じられるでの。

 事実、エヴァの従者である茶々丸君が、何処ぞより輸血用血液のパッケージを手配しておるのをつかんでおる。AB型の物をな。おそらくネギ君から大量吸血した後、彼に輸血するつもりであろう」

「そのネギ少年が勝つにせよ負けるにせよ、強敵との対峙はその少年の成長の糧にはなる、か……」

 

 近右衛門は、だが肩を落とす。やり手の古狸たる近右衛門のこと、もしかしたら演技かもしれない。だが千雨には演技だとしても、それを見破れなかった。近右衛門は、本当にしょんぼりしている様に見えたのだ。

 

「ネギ君は、英雄ナギ・スプリングフィールドの息子として、数知れぬ悪意に身を晒される運命にある。運命と言う言葉は、使いたくは無いがの……。

 それ故に、わしらが守ってやれる内にぎりぎりを見極めた試練を与え、成長させるしか無いと言うのがわしら、いや、わしの判断じゃ。わしらの腕は、何時までもネギ君を守ってやれるほど長くは無い。

 ……その様な事しかできぬ、自らの無能さ無様さに反吐が出るわい。」

「ま、『善き魔法使い』のやることじゃないな、あえて言わせてもらうが。」

「壊斗殿、おぬし、きついのう……」

 

 大きく溜息を吐いた千雨は、だが若干の疑念を口に出した。

 

「けれど、今朝の佐々木の件とかはちょっとマズくないですかね。マクダウェルがいくら殺さないって言ったって、意識を失った被害者を夜の道端に放り出して行くってのは。600年余を生きた吸血鬼だから、ちょっと普通の人間とは感覚がズレてるのは分からなくも無いですが……。

 あと、そう言う面ではネギ先生も不安ですね。いくら天才少年だからと言っても、結局は子供ですし。そっちの方で、頭が回るかどうか……。ネギ先生自身は死ななくても、巻き添えになった被害者への対処とかできるかどうか」

「そっちは瀬流彦君や弐集院先生に、理由を話して裏で動いてもらっておる。ちょっと誤解がある様じゃが、佐々木まき絵君を回収したのは今朝ではなしに昨晩のうちじゃよ」

「それと、聞いた限りだとマクダウェルの奴が勝ったら、奴が解き放たれちゃうんじゃないですか?」

「それも覚悟の上じゃて。元々エヴァを封印しておる呪いは、3年で解かれる約束じゃったからのう……」

 

 と言うわけで、千雨と壊斗は吸血鬼事件には可能な限り干渉しない事を近右衛門と約束する。ただ目の前で事件に出くわしたりした場合など、可能な限りネギの主体に任せはするが、不自然では無い程度に介入する事は近右衛門に納得させた。

 そしてお土産に饅頭の詰め合わせ二箱を貰って、2人は学園長室を辞去する。壊斗は女子寮の近くまで、千雨を送ってくれた。

 

「わざわざ済まねえな、壊斗」

「気にするな。じゃあ俺はそろそろ……。む?」

「ん?」

 

 別れの挨拶をしようとしたところで、壊斗と千雨の体内内臓センサーに人間2人の反応があった。2人はその反応の方向へ目を向ける。直後、千雨は慌てて壊斗の顔を手で覆い、目隠しをした。壊斗もされるがままだ。

 

「な!? 近衛!? なんで宮崎が裸なんだよ!? ここは表、屋外だぞ!?」

「あ、千雨ちゃん。いやな、のどかが噂の吸血鬼に襲われかけたんよ。ネギ君が吸血鬼を追っかけてって、アスナはそのネギ君を追っかけて。それでウチが、のどかの事たのまれてなあ」

 

 千雨は頭を抱えたかった。まあ壊斗の目を塞いでいるから、頭を抱えられないのだが。その場に現れたクラスメート、近衛木乃香は全裸の同じくクラスメート、宮崎のどかを背負っていたのだ。

 ちなみに木乃香は、麻帆良学園学園長近にして関東魔法協会理事である右衛門の孫娘であり、同時に関西呪術協会の長である近衛詠春の一人娘でもあったりすると言う複雑な事情持ちである。しかしながら彼女は、親の意向で魔法や呪術に関する事情は一切知らされていない。

 しかしエヴァンジェリンも、やる事が酷過ぎる、と千雨は思う。気絶した女生徒を裸に剥いて、そのまんま放り出して行くなど。変質者でも出たらどうするのか。いや、吸血鬼自体が変質者だと言えなくも無いが。

 そんな中、壊斗が口を開く。

 

「あー、俺は後ろ向いてるから。目隠しはもういいだろ? ハセガワはその娘を手伝って、被害者を寮まで運んでやれよ。

 まあ、被害者がちゃんと服を着てたなら、俺が運んでもいいんだが……。この場合、そうも行くまい」

「あ、ああ。近衛、とりあえず手伝うから、寮まで宮崎を運ぶぞ」

「ありがとな、千雨ちゃん」

 

 と言う訳で、千雨は近衛木乃香を手伝って、気絶したままの宮崎のどかを女子寮まで運ぶ事になる。ちなみに壊斗はこの場合助けになれないので、その場で別れる事にしたのだった。

 

 

 

 まあ、その夜はそれ以上大した事は起こらなかった。と言うか、木乃香の部屋にのどかを運んだ後、千雨はその場を辞去したため、それ以後の事情には関わらなかったと言った方が正しいか。

 本当は千雨としては色々気にはなっていたのだが、可能な限りこの件ではネギに任せると近右衛門に約束していたため、あえて関わらない事にしていたのだ。色々気にはなってはいたのだが。

 

「……しっかし、なあ。ヤバいだろ、裸で女生徒を放り出して行くってのは……。ちょっと感覚がズレてる、ってレベルの話じゃないぞ? いや、ネギ先生とか来てたから、それに押し付けて逃げた、って事なのかも知れんが。まったく、このマクダウェル(スタースクリーム)め……」

『出来る限り関わらない、とは言ったものの……。場合によっては、そうも行かないかも知れない、な』

「だな。ちょっと注意しておくに越した事ないな。はぁ~~~……」

 

 体内の通信機で壊斗と会話しつつ、千雨は大きく溜息を吐いた。溜息の数だけ幸せが逃げる、とは誰の台詞だったか。それが本当なら、千雨からはダース単位で幸せが逃げ出しているに違い無かった。




いや本当に、道端に気絶した女生徒を放り出して行くってのはマズいですよね?いくら麻帆良の治安が良くて、のほほんとした空気だからと言っても……。あと、のどかが裸に剥かれた件は、それ以上にすごくヤバい事案かと。
……いや、女生徒を裸に剥くのはネギもやってますけどね。


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第008話:漢、アルベール・カモミール参上

 今、千雨は女子寮の大浴場に来ていた。ちなみに裸ではなく、水着を着用している。しかも何故か、風呂なのに伊達眼鏡も一応身に着けていた。なんでそんな事になったのかと言うと、浴場に掲げられた横断幕に書かれた文字が、それを説明していた。曰く、『ネギ先生を元気づける会』と。

 

(……いや、確かに昨晩ネギ先生はマクダウェルに惨敗したらしく、今日は落ち込んでたけどよ。挙動不審だったし。ヤバい事もうっかり口にしてたし。元気づけるのが悪いたあ、言わねえよ。

 でもなんでそれが、3-A女生徒総出でネギ先生を風呂場に拉致する事に繋がるんだよ)

 

 千雨の視線の先では、裸に剥かれたネギが3-Aの女生徒たちによって弄られたり触られたり、逆セクハラの限りを尽くされていた。中にはクラスのいいんちょである雪広あやかの様に、自分がネギのパートナーになりたいとネギに迫る者もいる。

 

(魔法使いのパートナーが何なのかも知らんくせに……。と言うか、そう言う意味で『パートナー』を捉えてないんだろうけどよ。いや、わたしもちょっと学園長や高畑から聞かされただけなんだが)

 

 魔法使いのパートナーとは、呪文詠唱中の魔法使いを護るための護衛であり、剣であり盾である存在だ。普通は呪文詠唱中の魔法使いは無防備になり、その間に攻撃を受けると呪文を完成させる事ができない。それ故、魔法使いを護るためのパートナーが必要なのである。

 もっとも魔法使いたちの世界、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』での大戦も終わり、近年ではそのパートナー『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』は、恋人探しの口実に使われている事も珍しくない。そう言う意味合いからすれば、いいんちょ等がネギに『自分をパートナーに』と売り込むのも、間違いでは無いのだろうが。

 何にせよ千雨は、騒ぎの中心から外れた場所で一歩退いて、3-A有志によるネギへの逆セクハラ大会を眺めていた。遠い目で。

 

(……ん? なんかセンサーに妙な反応が……)

「キャーッ! ネズミーッ!!」

「イタチだよ!」

「ネズミが出たー!」

「キャーこのネズミ水着を脱がすよー!」

「いやーん!」

「エロネズミー!」

 

 突然大浴場は阿鼻叫喚に陥った。何かしらの小動物が大浴場に紛れ込み、3-A女生徒たちの水着を脱がしまくっているのだ。千雨はその小動物に全身の感覚を集中する。そう、体内に仕込まれているセンサー系まで含めた感覚を集中したのだ。

 千雨がセンサー併用で『視た』限りでは、少女たちの水着を脱がしている小動物はネズミには見えなかった。と言うか、千雨はその小動物に何とはなしに無意識で反感を抱く。……その小動物がオコジョだったためだ。

 オコジョは別名くだぎつね、ヤマイタチ、エゾイタチなどとも言い、ネコ目イタチ科の動物だ。そう、イタチ科なのである。そして以前千雨を殺しかけて、彼女がトランスフォーマーに生まれ変わる原因となった妖怪は、(イタチ)妖怪であった。

 千雨はツカツカと騒ぎの中心へ歩み入る。その両眼は、ちょこまかと動き回るオコジョを確と捉えて逃がさない。オコジョは能天気にも、千雨の水着も脱がそうと言うのか、飛び掛かって来た。千雨は自身のボディの、格闘戦の戦闘プログラムを起動。手刀が一閃する。

 

ばきっ。

 

「……ふう、一仕事した」

「「「「「「おおーーー!」」」」」」

 

 女生徒たちの歓声の中、気を失ってぐんにゃりとなったオコジョを千雨は掴み上げる。

 

「わたしはコレ始末して来るんで、お先に。それとあんたらも、あんまり先生の事かまい過ぎると逆効果ではと思うが。では」

「あ、あれ?」

 

 ネギがそのオコジョを見て、何かしら気付いた模様だったが、千雨はさっさと大浴場を後にする。多少はクラスの能天気連中に対し寛容になったとは言え、基本インドア派のボッチ気質だ。ああいうお祭り騒ぎな空気にはなかなか慣れないし、付き合わされれば精神の疲労度は高止まりである。

 脱衣所まで戻って来た千雨は、ここで神楽坂明日菜と遭遇する。明日菜と先日の近衛木乃香は、寮の自室にネギを居候させており、共にネギの保護者的立ち位置になっているのだ。

 

「ちょ、長谷川! ネギ知らない!?」

「ああ、なんか元気無かったろ? それで元気づけようってウチのクラス連中に拉致されて、大浴場で逆セクハラ大会になってる。元気づけるって最初の目的はどこいったやら」

「ああー……」

「わたしじゃちょっと、クラスでの立ち位置的に救出難しくてなあ。早く行って、助け出してやれ」

「ありがと!」

 

 浴室に飛び込んで行く明日菜を後目に、千雨はさっさと着替えるとオコジョを引っ掴んで大浴場を後にした。

 

 

 

 そして千雨は、壊斗の家までやって来た。この小動物の分析を依頼するためである。今思うに、このオコジョは女子寮の大浴場に潜り込むわ、女生徒の水着を脱がしまくるわ、行いが怪しすぎた。下手するとこれはまた麻帆良の裏事情、魔法関係の生き物ではないか、と考えたのだ。

 地下の秘密基地で余剰な資材を使い、即席で作ったケージにオコジョは放り込まれる。そして様々な機材を使用して、壊斗は多方面からこの小動物を分析した。

 

「……ハセガワの予想した通りだな。このオコジョはおそらく妖物の類だ。まだ試作品で、俺たちに組み込めるほど小型化はできないが、魔力を感知できるセンサーが出来たんだ。ソレに反応がバリバリとある」

「やっぱりか。学園長や高畑から聞かされた話では、ここ麻帆良は色々な敵に狙われてるって事だったよな。関東魔法協会を狙う、関西呪術協会の一部過激派。図書館島深部にある魔法書や、関東魔法協会が保管する各種魔道具などを狙う、魔法を使う盗人ども。そして世界樹の魔力に引き寄せられて来る、各種妖怪……。

 こいつも小物っぽいが、そんな妖怪の一体か。さっさと始末しちまった方がいいんだろうな」

 

 そして千雨はケージの中に横たわるオコジョに向かい、言い放った。

 

「オコジョ妖怪、聞こえていたならオマエの生まれの不幸を呪うがいい。オマエは特に友人でもなんでもなかったが、オマエの種族がいけないのだよ!」

「はかったな、シャ○!……はっ!?」

「やっぱり起きてたか。」

「いや、センサーでこいつが起きてる事もわかってたけどな。しかしこのオコジョ妖怪、ノリがいいな」

 

 オコジョはむくりと起き上がると、叫ぶ。

 

「ちぃっ! 隙を見て脱出しようと思ってたんだが……。バレちゃあ仕方ねえ! おう、姉ちゃん兄ちゃんよ! 妖怪ってなんでえ! 俺っちは『猫の妖精(ケット・シー)』に並ぶ由緒正しいオコジョ妖精、アルベール・カモミール! 妖怪なんかと一緒にされちゃあ、漢として黙っちゃいられねえぜ!」

「「いや、大差ないだろ?」」

「なっ……!!」

 

 絶句するオコジョ妖精アルベール・カモミールを横目に、千雨と壊斗は話し合う。

 

「それより、オコジョ妖精って普通のオコジョ同様に『処理』していいのかね」

「センサーで調べたところ、体構造は普通のオコジョの様だな。肉食性だから食肉にするには不味いとは思うが、毛皮は使い物になるだろう」

「ひ……! ちょ、ちょーっと待て、マテ、待ってーーー!!」

 

 悲痛な叫びを上げるアルベール・カモミール。千雨はしらけた目で、それを見つめる。

 

「言ったろ? オマエの種族がいけないって。わたしは(イタチ)の類が大嫌いなんだ」

「千雨ほどではないが、俺も(イタチ)の、それも妖物には情けをかけようとは思わないな」

「ひ、ひいいいぃぃぃ! 頼んます、お願いします、命ばかりは! 命ばかりはーーー!」

 

 アルベール・カモミールは、必死に土下座して顔と言うか頭を床面に擦り付ける。千雨と壊斗は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 と言うわけで、千雨と壊斗はアルベール・カモミールを学園長に引き渡す事にした。千雨たちは麻帆良学園本校女子中等部校舎にある、学園長室までやって来る。

 

「……と、そう言うわけでこのオコジョ妖精を、軽犯罪者として引き渡しに来ました」

「むう、ご苦労さんじゃったのう。……なんかこのオコジョ妖精、憔悴しておらんかね?」

「ハセガワの事情は知ってるだろう? 俺たちは(イタチ)の類の妖物には、あまり良い思いは無いんだ。で、ついつい強くあたってしまってな……」

「ふむ。まあ、それは仕方ないかのう」

 

 ここでアルベール・カモミールが必死の面持ちで叫ぶ。

 

「あ、お、お願いだ! ネギの兄貴に連絡を取ってください! 俺っちは、ネギの兄貴の助けになるために英国からわざわざやって来たんだ!」

「そのついでに、痴漢行為なんてのは本末転倒もいいところじゃねえか」

「ネギ少年を舌先三寸で言いくるめて、自分の弁護をさせようって腹か?」

「そ、そんな事は……」

「「視線が泳いでるぞ」」

 

 千雨と壊斗は辛辣である。近右衛門は苦笑しつつ言った。

 

「まあ、ネギ君に連絡を取るのはいいじゃろ。と言うか、弁護人を付けるのは犯罪者の権利でもあるからのう。オコジョ妖精は知的生命体でもあるし、魔法使いの掟では準人権も認められておる。まあ魔法世界(ムンドゥス・マギクス)でも国によっては認められてはおらんし、現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)では魔法や妖精その物の存在そのものが認められておらんがの」

「よ、良かった……」

「じゃがの、安心してもらっては困る。お主が麻帆良に不法侵入し、更には痴漢行為を働いたのは確かなのじゃ。ネギ君との話し合い次第では……」

「ひ、ヒィ!?」

 

 近右衛門の鋭い眼光に、アルベール・カモミールは引き攣る。一方の千雨と壊斗は、近右衛門の迫力に感心していた。さすがは麻帆良学園都市の長、さすがは関東魔法協会の重鎮だけはある、と千雨は思う。

 

「さて、ところでの、アルベール・カモミール。この長谷川君と壊斗殿が魔法について知識があると言う事は、ネギ君には言ってはならぬぞ?この2人はある特殊事情で魔法について知らされているだけで、本来の意味での魔法関係者では無いのじゃ。

 更にはネギ君は、未だ修行中の身。彼にはまだ、他の魔法関係者、魔法先生や魔法生徒については秘密にしておるのじゃ。もし話そうものならば……わかっておるの?」

「は、はい! 決して話しません! 秘密にします!」

「じゃ、ネギ君呼ぼうかの。ああ、長谷川君と壊斗殿、今日はご苦労さんじゃったな。お土産に、そうじゃのう前回は饅頭じゃったし……。おお、貰い物の煎餅があったの。これでも持って行きたまえ」

「ありがとうございます」

「感謝する。近衛学園長」

 

 千雨と壊斗は煎餅の大袋を一袋ずつ貰って、学園長室を辞去する。ちなみにアルベール・カモミールは、前門の虎である2人から逃れたら、後門の狼である近右衛門に引き渡されたとあって、憔悴の度合いを更に増した様であった。

 

 

 

 翌々日、千雨は登校する途中でネギや明日菜、木乃香たちと出会う。そしてネギの右肩には、見覚えのあるオコジョが乗っていた。当然の事ながら、オコジョ妖精アルベール・カモミールである。

 

「おはようございます、ネギ先生。おはよう、神楽坂に近衛」

「あ、おはようございます長谷川さん!」

「おはよー、長谷川」

「おはよーさん、千雨ちゃん」

 

 そして千雨は、すっとアルベール・カモミールに手を伸ばす。アルベール・カモミールは、びくっとのけ反った。

 

「先生のペットですか?」

「ええ。オコジョのカモ君です」

「あら、変ね。こいつ長谷川を怖がってる? いつもは物怖じしない質だと思ったんだけど」

「嫌われてしまいましたか。それは残念ですね」

 

 そして千雨はアルベール・カモミール……。長いので今後はカモと呼ぶが、彼女はカモに向かってにっこりと笑いかけた。カモはネギの肩の上で硬直する。

 まあ実は、千雨にはあの後で近右衛門から連絡が入っていたのだ。カモは保護観察処分と言う立場でネギに引き取られ、ネギにはカモの行動をきっちり近右衛門に報告する義務が課されたそうである。

 

「さて、のんびりしていると遅刻してしまいますね」

「あ、そうですね! 行きましょう!」

 

 千雨たちは小走りで、学校へ急ぐ。千雨は横目でネギの肩の上で硬直しているカモを見遣った。

 

(まあ、こいつちょっと話しただけだが、性格的に懲りたりしなさそうだってのは分かるよな。何かやらかしたりしない様に、気を付けて置く必要はあるなー……)

 

 やがて麻帆良学園本校女子中等部の校門が見えて来る。一同は先を急いだ。




カモ君って、『悪漢』じゃないにせよ『わるもの』チックですよねー。ネギの参謀的立場なのはいいんですが、ネギに余計な事まで吹き込むし……。


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第009話:危うし絡繰茶々丸

 春の日差しが暖かい。本日の授業が全て終わり、開放的な放課後の時間が流れる。そんな中、千雨はネギ、明日菜、それに加えてオコジョ妖精のカモと言う一団を尾行していた。

 

(……あのオコジョめ。帰りのSHR(ショートホームルーム)のとき、ネギ先生の肩の上で何かしらニヤリと笑った気がした。オコジョの表情なんて解りたくもないが……)

 

 そう、千雨はカモのニヤリ笑顔を見た瞬間、第六感がティンと働いたのである。『奴め、何かやらかす!』と。それで彼女は無線通信で壊斗と話し、小鳥型のスパイ用ドロイド2体を借り出してネギたちの位置を特定。その後はドロイドと自身の知覚力を駆使して、ネギたちの後を尾行していたのである。

 ちなみにネギたちはネギたちで、絡繰茶々丸と言う3-Aのクラスメートを尾行している。茶々丸は先日ネギが惨敗した、吸血鬼でもあり3-Aのクラスメートでもある、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルの従者、魔法使いのパートナーであった。

 

(尾行してる相手が相手だ。奴が考えてる事は、大体理解できるな……。たぶん絡繰がマクダウェルと離れたのをいい事に、絡繰を叩こうって腹だろう。戦術としちゃ、間違っちゃいねえ。だが、それが間違ってねえのは、あくまで戦術としてだけ、だ)

 

 千雨は苛立ちを噛み締め抑え込んで、ネギたちを尾行する。ネギたちは、他者を尾行している自分たちが尾行されているなどとは思いもしないのだろう。千雨に気付く事は無かった。

 

 

 

 ネギたちが尾行する茶々丸は、川沿いの桜並木道を歩いていた。ネギたちは灌木の陰からその様子を窺っている。千雨はそのかなり後ろから、小鳥型スパイ用ドロイドの視界を借りて現場の様子を探っていた。

 と、茶々丸は泣いている幼児……女の子と出会う。どうやら幼女は、風船をうっかり手放してしまい、それが桜の木に引っ掛かって取る事ができない模様であった。

 

「うえーん! うえーん! あたしのフーセン、あたしのフーセン!」

「……」

 

 えぐえぐと泣いている幼女を前に、茶々丸は突如背中から飛行用バーニアを展開。その背中のバーニアと足の裏からジェットを噴いて飛翔し、桜の木の高い枝に絡まっていた風船を回収。幼女へと手渡す。

 

「わーーー!! お姉ちゃん、ありがとー!」

 

 ちなみに茶々丸は、風船を回収する際に額を太い枝に思い切りぶつけていたりする。それを灌木の陰から見ていたネギや明日菜は、茶々丸がロボットだと気付き、愕然としていた。そして更にそれを見ていた千雨は、思い切り脱力していたりする。

 

(おい! 絡繰がロボだってのは、見りゃ解んだろが! って言うか、大丈夫なのか麻帆良!? 認識阻害の結界効果で、ちょっとした異常が異常と認識されないのはわかるよ!? でもソレって一般人、神楽坂とかだけじゃなかったのか!? ネギ先生、アンタは魔法使いだろうが! 見習いとは言えども!)

 

 ひとしきり物陰に(うずくま)って、内心だけで色々罵倒してから千雨は起き上がる。

 

(しかし……。今までは特に知ろうと思わなかったけど、絡繰って本質は善良なんだな……。悪の吸血鬼(笑)の(しもべ)だから、よくある冷血、冷徹、冷酷なロボかと思ってたが……。学校では、大人しく礼儀正しく目立たなく振る舞ってたしなあ)

 

 ネギたちは茶々丸の尾行を再開し、千雨もまたその尾行を再開する。次に茶々丸が行き当たったのは、息を切らしつつ歩道橋を渡っている老女であった。茶々丸は当然の様に、その老女を背負って歩道橋を渡る。

 

「いつもありがとうございます、茶々丸さん」

 

 老女の台詞から判る事は、茶々丸は日頃いつもこの様な、奉仕活動じみた行いをしていると言う事だ。更に幼稚園児ほどの子供たちが、茶々丸の周囲で嬉しそうに、楽しそうに、囃し立てる。

 更に茶々丸は、子猫が小さな段ボール箱に入れられたまま、川を流されて行くところに出くわす。周囲の人々は、どうしよう、大変だ、と驚き騒ぐが、どうにも手を出しかねていた。すると茶々丸は躊躇せずに川に入り、濡れるのも(いと)わずに子猫の入った箱を救出して戻って来る。

 見ていた人々は茶々丸を褒め称え、茶々丸を囃し立てていた子供らは嬉しそうに茶々丸に駆け寄って行った。ネギたちも、その茶々丸の善良さに驚いている。千雨は内心独り言ちた。

 

(め、滅茶苦茶いい奴……。けど、おかげで方針は立ったな。どうやって『戦術としては間違っちゃいない』けれど『それより大きいところで間違っている』絡繰退治を諦めさせるか、悩んでたんだが……)

 

 夕刻になり、近場の麻帆良学園都市のどこかの学校で、時計塔のチャイムが鳴る。茶々丸は一時時計塔に注意を向けると、何処かへと歩き出した。ネギ一党がそれを尾行し、更にそれを千雨が追う。

 そして人気のないとある街角の広場で、茶々丸は手に持っていたレジ袋から、餌皿と猫缶を取り出すと、集まって来た野良猫たちに餌を与え始める。茶々丸の顔には、自身で意識しているかどうかは分からないが、わずかに微笑みが浮かんでいた。

 ネギと明日菜は、感動のあまりに涙を浮かべ呟く。

 

「……」

「いい人だ……」

「ちょっ……!? 待ってくだ……」

「さっきから見てましたが、ネギ先生たち何やってんです?」

 

 カモがネギたちの様子に危惧を覚えて何かしら言おうとした矢先、千雨はそれを見計らって声をかけた。カモは硬直して黙りこくる。

 

「あ、は、は、長谷川さん!?」

「長谷川!?」

「……なんか挙動不審で、絡繰の後を()けてるから、ちょっと不安になりましてね。ネギ先生と、絡繰の主人であるマクダウェル。なんかトラブってるのは噂で小耳に挟んでます。

 ……ネギ先生、もしかしてマクダウェルが居ないうちに、絡繰をやっつけちゃおうとか思ってました?」

 

 その言葉に、ネギと明日菜は硬直する。わかりやすい奴らだ、と千雨は内心溜息を吐く。

 

「まあ、戦術的にはそれは間違ってませんね」

「え……」

「ただし間違っていないのは、単に『戦術的に』、ですけれど。」

 

 千雨は目に力を込めて言う。

 

「ネギ先生、そのやり方は……。『先生として』正しいですか?」

「「!!」」

「まあ『先生』は暴力を振るっちゃマズいとか色々な論はありますけれど。でもぶつからなきゃいけない時は、ぶつかるのも仕方ないとは思います。けれど、卑怯なやり方で『生徒』をやっつけるのは、どうなんです?

 それに絡繰はロボットです。普通なら、命令されたからって悪事に手を染めるのは、駄目な事ですよ。でも絡繰はロボット、マクダウェルの命令に従わなかったり逆らったりと言うのは、『物理的に』不可能なんです。いえ、逆らおうとさえ『思えない』でしょう。不可能なんですよ。

 マクダウェルの命令が無いところでは、絡繰の奴がどんな善良で優しい奴かってのは、見て来たでしょう? ああ言う奴を、マクダウェルの居ないところでやっつけちまうのは、どうなんでしょうね」

 

 そして千雨は、決定的な言葉を叩きつけた。

 

「少なくともわたしは、そんな『先生』に教えられたり、担任になられたりするのは、嫌です」

「……!!」

「ネギ先生……。『先生』って言うのは、難しいですよ。厳しいですよ。単に勉強を教えるだけじゃあ、いけないんです。生徒たちの『先に立って生きざまを示し』て、教え導かなきゃならないんです。ネギ先生だったら、どうですか?勉強が出来て、知識は山の様にあっても、卑怯で不実な人間を、師として仰ぎたいと思いますか?」

「……いえ。長谷川さんの言う通りです。僕が間違っていました。僕は多分、今までは、『先生』は勉強を教えればいい、程度にしか思っていなかったのかも知れません。でも、それじゃいけないんです。

 ……ちょっと行ってきます。」

 

 そしてネギは、隠れていた物陰から出て行く。その行く手には、猫に餌をやっている茶々丸がいる。そして茶々丸が、立ち上がった。

 

「こんにちは、ネギ先生……。油断しました……。でもお相手は……え?」

「茶々丸さん、申し訳ありませんでした」

「え……?」

 

 ネギは深々と、茶々丸に頭を下げる。茶々丸はわずかに目を見開いた。

 

「僕は、茶々丸さんの後を()けて、1人になったらやっつけてしまおう、そう思っていたんです。でも、ある人に言われました。『戦術的には』正しいけれど、『先生として』間違ってる、って」

「……」

「僕は馬鹿でした。そんな事になったら、『先生』失格になったら、僕の『修行』も成果を出せないで終わってしまう……。いえ、『先生』ってのは『修行』の片手間でできるほど甘い物じゃなかったんです。多分……それだけ厳しい物だから、『修行』のテーマとして選ばれたんでしょうけれどね。

 僕は……」

 

 茶々丸はその時、我知らず微笑みを浮かべていた。彼女は言う。

 

「ネギ先生……。一緒に、猫に餌をやってみませんか?」

「え。……はい!」

 

 2人はその場にしゃがんで、一緒に猫に餌を与え始める。

 

「茶々丸さん。僕はエヴァンジェリンさんに、真正面からぶつかってみようと思います。後日改めて、宣戦布告にお伺いするので、エヴァンジェリンさんにお伝え願えますか?」

「はい、その旨マスターに伝えておきます」

「お願いします」

 

 ネギと茶々丸の様子を物陰から見つめつつ、明日菜はほろりと目を潤ませる。彼女は千雨とカモが、いつの間にかその場から居なくなっている事に、気付かなかった。

 

 

 

 夕闇の中、千雨はのんびりと女子寮に向かい、歩いていた。そしてふと、足を止める。

 

「……おい。いつまで付いてきやがる」

「……長谷川の姉ちゃんよ。なんで邪魔をしやがったんでい!」

 

 千雨の後を付いて来ていたのは、誰あろうカモであった。千雨は鼻を鳴らす。

 

「フン、言った通りだ。『戦術的には』正しいが、ネギ先生の目的は『先生として』の修行を完遂し、『偉大な魔法使い(マギステル・マギ)』とやらになる事なんだろ?けれどあそこで絡繰の奴を倒して……破壊してしまえば、『戦術的』には楽になるかもしれんが、『先生として』失格だ。つまりネギ先生的には『戦略的に』敗北となる。

 なんたって、自分から『偉大な魔法使い(マギステル・マギ)』になる道を閉ざしてしまうんだからな。入れ知恵したのはお前か? 『先生』ってのはな、そんな簡単なもんじゃねえんだよ」

「……!! だ、だけどよ! 兄貴はエヴァンジェリンに命を狙われてんだろ!? 死んじまったらお終いじゃねえか!」

「わかんねえ奴だな。死ななくても、あそこで絡繰を殺しちまったりしたら、ネギ先生的には『お終い』なんだよ」

 

 しかしカモは、それでも食い下がる。

 

「そんなの、あんたやアスナの姐さんが黙っててくれりゃ、いいじゃねえかよ! そうすりゃ残るは状況証拠だけだろ!? 言い逃れる事は不可能じゃねえ!」

「そしたら、ネギ先生は……。手前の言う『ネギの兄貴』は死ぬ。お前が殺す事になるんだ」

「!? そ、そりゃどう言う……」

 

 千雨はいい加減、疲れて来た。だがまあ、乗りかかった船だ。溜息と共に言葉を紡ぐ。

 

「はぁ……。手前がネギ先生の事を、兄貴と慕う様になったのは。お前を尋問した学園長からの又聞き、伝聞情報だけどよ。罠にかかった手前を、幼児だったネギ先生が狩人に怒られるのも構わずに、罠から放してくれたからなんだろ?狩人にポカリと一発やられても、言い訳ひとつせずに」

「お……おう! あれこそ漢の中の漢よ! だから俺っちは、あの人のために……」

「けどな。ネギ先生が絡繰を倒してしまって、その事を誤魔化して生きる様になったら……。人間てのはな、流されやすいんだよ。子供だったら猶更だ。

 間違いなく、これから後もネギ先生は易きに流れ、自分と他人に言い訳をして生きる様な大人に成長しちまう。罠にかかった手前を見捨てて、狩人に(おもね)る様な、な。

 ……手前が、そんな『ネギ先生』を『作る』んだ。手前の言う、『漢の中の漢』って言う、『ネギの兄貴を殺しちまって』な」

「!?」

 

 がびーん、とカモはショックを受け、項垂れる。千雨はその様子を白い目で見遣った。やがてカモは、口を開く。

 

「そ、そっか……。俺っちが、間違って、いた……!!」

「わかりゃ、いいんだ。ネギ先生の参謀を気取るんなら、ネギ先生が『先生』としての道を……『漢の中の漢』の道を踏み外さずに、勝利を掴める様な道を献策しやがれ。難しいのはわかるぜ? けど、戦術的勝利と戦略的勝利を取り違える真似は、もうすんじゃねえ」

「へ、へいっ! 肝に命じまして! 長谷川の姐さん!」

「ちょ、待て。なんだその姐さんってのは」

 

 だがカモは、既に走り去っている。千雨はやれやれと、肩を竦めた。




今回はネギ君とカモに、ちょっと色々反省してもらいました。特にカモ。やはりカモ。なんと言ってもカモ。

カモって、困ったもんですよね(笑)。


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第010話:訓練、訓練!!

 麻帆良の山中に、2つの声が唱和して響き渡る。

 

「「スーツオン!……プリテンダー!」」

 

 声を発したのは勿論の事、千雨と壊斗だ。2人はバトルスーツ姿へ、そして2体の巨大ロボット、サウザンドレインとサイコブラストへと変身した。ちなみにサウザンドレインは全高10mほどで黒、青、銀のカラーリングの女性型、サイコブラストは全高14mほどで黒、赤、金のカラーリングの男性型と言う違いはあれど、何とはなしに受けるイメージは近い物がある。

 何故いきなりこの2人が変身したかと言うと、千雨の……サウザンドレインの訓練のためだ。2人は休日を使い、超ロボット生命体になって短いサウザンドレインが、その能力を自在に使える様に訓練しようと言う事にしたのである。

 まあサウザンドレインからすれば、無理にその能力を訓練しなくても普通に千雨として生きていければ良かったのだが。だがしかし、先日に麻帆良学園の学園長である近右衛門から聞かされた話では、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の大国家であり麻帆良学園から見ても主筋であるメガロメセンブリア、略称MMと言う国家が、麻帆良学園都市に出現した謎のロボットに興味を持ったとの事である。

 話によれば、MMは偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)の認定をしている国家であり、西洋魔法使いにとっては本山的な位置づけであるとの事だった。しかし近右衛門がこっそり教えてくれたところによると、MMの元老院とか言う連中は悪く言ってしまえば老害の面もあり、行き過ぎた正義の側面もあるらしい。近右衛門は、充分注意するようにと言ってくれた。

 

『やれやれ、だよなあ。権力者ってのは……』

『ま、仕方ないさ。それより今は、万が一に備えて能力をしっかり使える様になっておくべきだ』

『了解だ。はぁ……』

『じゃ、訓練開始と行くか。トランスフォーム!』

『トランスフォーム!』

 

 2人は宇宙戦闘機モードにトランスフォームし、大空へと飛び立った。今日の訓練は、空中機動と空戦の訓練である。まずは逃げ回るだけのサイコブラストをサウザンドレインが追いかけ回すだけの、空中での追いかけっこからだ。

 

『は、速え!』

『いや、まだこんなもんじゃないぞ? 最初だから、手加減してるんだ』

『まだ速くなんのかよ……』

 

 サウザンドレインは、必死にサイコブラストに追いすがり、ロックオンする。しかしトリガーを引いて、訓練用低出力レーザーを撃つ前に、サイトからその機影は精妙な空中機動で消え去ってしまうのだ。

 

『火力、破壊力はガタイがデカい俺の方が強いが、機動力では軽量なそっちの方が高い。そっちの有利な点を活かして、俺を追い詰めてみろ』

『そう言っても、こっちゃ素人なんだよ……』

『それは分かるがな。だが緊急事態はいつ発生するか分からん。備えて置くに越した事は無い。俺が造ったそのボディの能力的に、無理な事は言ってないんだ。気合い入れろ』

『……そう、だな。緊急事態がいつ何時襲って来るか、わからないんだもんな。』

 

 サウザンドレインの脳裏に、かつて普通の人間であった頃、突然襲いかかって来た(イタチ)妖怪の姿が()ぎる。その時感じた恐怖もまた。サウザンドレインは、その恐れを振り切るかの様に、エンジン出力を上げた。

 

 

 

 しばらく模擬空戦を繰り広げ、ようやくの事で多少はサウザンドレインの空中機動も様になって来た頃に、サイコブラストは言った。

 

『ううむ、地上に人間を見つけた。こんな山奥までは、滅多に人が来ないと思ったんだがな。見つかるとまずいから、訓練を中断するしか無いか』

『え、こんな山ん中に?』

『常にセンサーには気を払って置く方がいいぞ』

 

 言われてサウザンドレインは、少々慌ててセンサー感度を上げる。すると彼女の感覚に、地上で行われている戦闘……魔法を併用したらしい模擬戦の様子が捉えられた。

 

『な!? ありゃネギ先生に神楽坂、それと長瀬じゃねえか! あ、オマケのオコジョもいやがる』

『何か、模擬戦をしているみたいだな。平然と魔法使ってるって事は、あれは全部魔法関係者か? あのネギ少年は当然として、それと赤髪のツインテール少女も、黒髪のニンジャ少女も』

 

 サウザンドレイン……千雨は、明日菜にネギの魔法がバレてしまい明日菜が巻き込まれている事は既に、学園長である近右衛門から聞いて知っている。近右衛門の諜報能力は、けっこう高いのだ。ネギは知られている事を知らないが。

 と言うか近右衛門は、ネギが明日菜とそして同室の近衛木乃香に魔法をバラしてしまう事を願っていたフシがある、とサウザンドレインは見ていた。まあ木乃香には、未だ魔法バレはしていない模様だが。

 

『神楽坂は、厳密な意味じゃ魔法関係者じゃないけどな。準魔法関係者って言って良いくらいではあるだろな。忍者……長瀬の方は、あいつが魔法関係者だって話は学園長から聞いてない』

『ふむ?』

 

 実は地上でこの模擬戦が行われているのには、訳があった。

 ネギは明日菜と仮契約を結んで、エヴァンジェリンに立ち向かう事を選択したのだ。そして本日が休日である事を利用し、麻帆良の山中深くやって来て、実際に魔法を用いた模擬戦闘訓練を行っていたのである。

 だがそれを、同じく山中に忍術の修行にやって来ていた3-Aのクラスメート、甲賀中忍長瀬楓に見られてしまう。勿論のこと、本来なら楓はネギたちに発見される様な下手は打たない。そしてネギたちが魔法について隠したいと思っている事も、だいたい理解している。

 それ故に楓はこっそり隠形したまま、その場を立ち去ろうとしたのだが……。折悪しく、ネギが範囲攻撃魔法の練習を始めたのだ。結果、楓は練習撃ちされた魔法の攻撃範囲に取り込まれ、吹き飛ばされる。なんとかダメージは、『気』の障壁を張って耐えきったが……。彼女は無様にも、ネギたちの前に姿を晒してしまったのである。

 それからはまあ、お約束の展開と言っていいだろう。必死で謝罪し、魔法についてはどうか秘密にして欲しいと土下座するネギ。こちらこそ覗き見して悪かった、と謝る楓。そしてネギが何やら思いつめているのを見て取った楓からの提案で、彼女が対戦相手としてネギたちと実戦形式の模擬戦を行う事になったのだ。

 まあしかし、そんな事はサウザンドレインもサイコブラストも、知る由も無い。とりあえず普通の飛行機のフリをして、上空を通り過ぎる事にした。

 

『やれやれ。サウザンドレイン、また近いうちに時間を取る。次回は、そうだな……。宇宙戦闘の訓練にでもするか。ちょっと月まで行って来よう』

『つ、月!?』

『ああ。大気圏内ではせいぜい俺がマッハ5、おまえがマッハ5.2ぐらいが精一杯だろうが、大気圏外ならばとんでもないスピードが出せる。宇宙空間での航法についても、訓練やっておく必要があるだろう。

 あと月まで行ったら、俺たちのもう1つのビークルモード、宇宙戦車モードでの訓練もしておきたい。』

『そんなのもあったっけな……』

 

 話しがそこまで進む頃には、サウザンドレインとサイコブラストはとっくにネギたちから遥か離れた位置へ来ていた。もう彼らの姿は、影も形も見えなかった。

 

 

 

 なお、楓の戦闘能力を目の当たりにしたカモが、彼女とも仮契約を結んではと考えた様だったが、ネギ当人の強い反対にあってソレを楓に言い出す事も叶わなかったらしい。

 

 

 

 そして数日後の事である。この日は学園都市全体のメンテナンスの日で、20:00から深夜24:00までの間、麻帆良全体が停電になるのだ。そんなわけで何もできない日であるから、どうせであればこの日に宇宙戦闘の訓練をしようと言う事になった。

 朝のうちに千雨は寮監に、親類のところに宿泊すると外泊届を出した。そして放課後、彼女は学校から直接に壊斗の家へと向かう。

 

「こんちはー」

「よお、来たな。じゃあ早速月へ向かうか」

「月旅行かぁ……」

 

 2人は壊斗の家の裏庭に出ると、トランスフォーマーの姿に変身する。

 

「「スーツオン!……プリテンダー!トランスフォーム!」」

 

 そして2機の宇宙戦闘機に姿を変えた2人は、マッハ5まで加速して天空を目指す。いや、千雨であるサウザンドレインは、その気になればもうちょっと速く、マッハ5.2まで出せるのだが。そして大気圏離脱。

 

『うっわ……。地球って本当に青い……』

『ま、美しい星だな。ただ大昔のセイバートロン星とかも、メカニックが煌く美しい機械惑星だったがな』

『大昔の?』

『ああ……。馬鹿な戦争で荒れ果てて、せっかく復興したと思ったらまた戦争で吹っ飛んだ。……まあ、もう帰る事もない並行異世界の惑星だ』

『……』

 

 2人はしばし黙って飛び続けた。月がぐんぐん近づいて来る。

 

『……ええと。光速の0.1%まで速度が出てやがるな……』

『ウラシマ効果とかあるからな。厳密には少し感覚が狂って来るんだがな。もっと限界まで全力出せば、亜空間フィールドとか展開する必要があるけど、光速超えるスピード出せるぞ。所謂ワープだな。

 ああ、だけど宇宙戦艦ヤ○トのワープじゃなく、スタートレ○クのワープドライブ的な奴だな。エネルギー食うから、そんなに長い時間はワープできんが』

『うわぁ……。何だよ、そのトンデモ性能』

『地球の科学者とかに見せたら、卒倒するかもな』

『超や葉加瀬には見せらんねえな……』

 

 サウザンドレインとサイコブラストは、そのまま月面までカッ飛んでいった。ちなみに地上各国のレーダーに引っ掛かる様なヤボはしない。彼らはサイコブラスト謹製の強力なステルスシステムを、自身のボディに組み込んでいるのだ。視覚的にはともかく電波的には、彼らは透明に等しい。

 もっともソレを超える超強力なセンサーシステムも積んでいるので、彼ら同士は互いの位置をしっかり感知できているが。2人はロボットモードにトランスフォームし、月面に降り立つ。場所は地球から見て裏側に当たる位置だ。

 そこには大規模な鉱山を兼ねた、サイコブラストの秘密基地であるムーンベースαが存在していた。なおこのムーンベースαも未だ建設途中であり、小型ロボットが作業のために右往左往している。

 

『時々居なくなると思ってたら、こんなもん建設してたのか。ムーンベースαって……。スペース19○9かよ』

『核廃棄物の集積場とかは無いから、大爆発で月が軌道を外れて宇宙を彷徨う羽目にはならんから安心していいぞ』

『……見たのか、スペース○999。そう言や、さっきもスタ○トレックとか宇宙戦艦○マトとか話題に出してたな』

『サンダ○バードも借りて来て視聴したぞ。キ○プテン・フ○ーチャーのアニメ版も。どれも初期のSFだけあって、色々と突っ込みどころは多いが、なかなか面白かった』

 

 2人はムーンベースαでエネルギーを補給すると、訓練を開始する。月近傍の宇宙空間で、空間戦闘の訓練。月面に降りて、宇宙戦車モードでの地上戦訓練。更にはロボットモードでの射撃戦、格闘戦などの訓練と、内容は多岐に渡った。彼等は再度、ムーンベースαでエネルギー補給する。

 

『はっ、へっ、はっ……。つ、疲れた……』

『ほら、エネルゴンキューブ。あっと言う間だったが、随分と技量が向上したな』

『そうか? あんたに比べれば、まだまだ全然だと思うんだが』

『年季の入り方が違う。そんなに簡単に追いつかれちゃあ、たまらんよ。ははは。さて、じゃあ後はのんびりと宇宙空間眺めながら、地球へ帰るか。

 次回は小惑星帯で、適当な小さな小惑星相手にして、必殺技の練習しよう』

『必殺技あるのか、このボディ……。あ、ほんとだ。戦闘プログラムの項目に、必殺技がありやがる(滝汗)』

 

 彼らは連れ立って、月面を離れて地球へと向かう。月が徐々に遠くなり、青い水の惑星(ほし)が段々と大きく見える。

 

『ほんとに綺麗だな……。宇宙飛行士とかが宇宙に出て、その後の人生が変わったとか言うのが分かる気がする』

『地球人的な感覚だと、そうだろうなあ。俺たちトランスフォーマーは特殊事情無い限り、宇宙空間には慣れ親しんでるからな、基本』

 

 そして彼らは、地球の夜の側で大気圏に突入。そのまま日本上空の麻帆良へと飛んだ。

 

『……ほんとに、あっという間だな。月~地球間を、こんな気軽に往復していいんだろうか』

『別にいいさ。……む? 麻帆良湖の麻帆良大橋に、先日のネギ少年が居るな?』

『え?』

 

 煌々とライトアップされた麻帆良大橋のたもとを、ギャーギャー喚き散らしながらネギ、明日菜、カモ、そしてエヴァンジェリンと茶々丸が歩いている。いや、ギャーギャー騒いでいるのはエヴァンジェリンだが。

 

『あー、何やら全員ボロけちまってんなあ。っつうか、何か険悪って雰囲気じゃねえな。決着がついて、仲直りでもしたか?』

『かも知れんな。ネギ少年が元気だって事は、血を限界まで吸われたりしたわけでも無いんだろう。と言う事は、ネギ少年が勝ったのか?』

『みたいだな。はぁ……』

 

 サウザンドレインは、思わず安堵の溜息を吐く。先日千雨としてちょっと肩入れした事もあり、彼女はネギの事を少し心配していたのだ。その様子を、サイコブラストは微笑みつつ見ていた。……いや、宇宙戦闘機モードだから顔は無いし、微笑んだとか言っても内心での話なのだが。

 2人はそのまま上空をフライパスし、壊斗の家がある山中へと向かった。ちなみに彼らが知る由も無いが、エヴァンジェリンの命を受けた茶々丸が麻帆良結界を落としたせいで、妖怪やら何やらがこれを機会にと大発生したらしい。そのため、それを退治するために魔法関係者が大勢、麻帆良中をうろつき回っている。

 そのせいでサウザンドレインとサイコブラストは、魔法関係者に見つからずに着陸して千雨と壊斗に変身する場所を探すため、少々苦労した。




と言うわけで、ネギとエヴァの戦いそのものには千雨たちは介入しませんでした。学園長とも約束してましたからね、ネギに任せるって。前話での介入は、微妙なラインでしたけど。
そして千雨のトランスフォーマーとしてのボディは、トンデモ性能です。超と葉加瀬には見せられませんねー。


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第011話:京都への道

 麻帆良の大停電から翌々日、放課後の事である。千雨は壊斗と共に、学園長室へ向かっていた。

 

「悪いな壊斗、付き合ってもらって。本来呼ばれたのは、わたしだけでも良いって話だったんだが」

「かまわん。ちょうどヒマだったしな」

「しかし何の用なんだろうな? わたしより先に、ネギ先生も呼ばれたみたいだけど」

 

 彼らが廊下を学園長室へ向けて歩いていると、学園長室の方から1人の子供が元気いっぱいと言う風情で歩いてくる。誰あろう、千雨の担任教師である子供先生ネギ・スプリングフィールドだった。ちなみに彼は、オコジョ……カモを肩に乗せていたりした。

 千雨は軽く頭を下げ、それでやり過ごそうとした。だがネギの方が話しかけて来る。

 

「あ、どうも長谷川さん。放課後にこんなところで、珍しいですね。どちらへ?」

「あー、学園長先生に呼ばれてるんですよ」

「お隣の方は、どちら様ですか?」

 

 壊斗はネギを見知ってはいるが、ネギの方からは面識が無い。そこで彼は、ネギの事を知らない様に装う。

 

「む。長谷川、大体予想はつくが、この少年は?」

「あー、壊斗。あんたが予想してる通り、うちの学校のうちのクラス、3-A担任の、噂の子供先生ネギ・スプリングフィールド教諭。

 先生、こっちはわたしの知人で、水谷壊斗と言います。じゃ、先生、わたし等はちょっと急ぐんで」

「あ、はい、お手数かけてごめんなさい。水谷さんもすみませんでした。じゃあまた今度」

 

 別れの挨拶を送って来るネギに、千雨と壊斗も応える。

 

「はい、では」

「ああ、これで失礼する」

 

 千雨はネギが起こすトラブルに今回は巻き込まれずに済んだため、ほっと息を吐いて歩き出す。その様子を、壊斗は生暖かい笑みを浮かべつつ見遣り、これもまた歩き出した。

 

 

 

 ここは学園長室。近右衛門が用意した茶菓子を食べ、茶を飲みながら、千雨と壊斗は近右衛門の話を聞いていた。

 

「実はのう……。東西の魔法使い組織の仲違いを解消すべく、京都への修学旅行に乗じてネギ君に西……関西呪術協会の長への親書を持たせたんじゃ」

「近衛詠春さんでしたか? たしか学園長にとって、娘婿でしたよね」

「西の組織の長と、東の組織の理事に親類関係があると言うのに、組織そのもの同士は冷戦状態か。何と言うか、業が深いな」

「壊斗殿は何時もながらキツいのう……」

 

 近右衛門は溜息を吐きつつ言う。

 

「ふう……。まあ、その親書が届いたところで、一足飛びに東西の関係が改善されるとは思えん。実際婿殿……詠春も詠春率いる東西融和派も頑張ってはおるのじゃが。しかし西の者たちはけっこうな割合で東を毛嫌いしておる者がおるからの。

 じゃが、形式だけでも親書が届けば、しかも届けたのがナギの息子であるネギ君であらば、西の者たちも表立っては文句は言えぬ。東西融和の第一歩……せめて半歩ぐらいにはなるじゃろうて。

 オマケと言っては何じゃが、ネギ君にとっても良い経験となってくれるじゃろう。たぶん。きっと。おそらく。じゃと良いんじゃが」

「「言い切れよ」」

「オホン。それで諸君ら、と言うか長谷川君を今回呼び出した理由なんじゃがの」

 

 千雨は近右衛門の言葉に、眉を顰める。近右衛門は真面目な顔で言葉を紡ぐ。

 

「西の連中の中には、麻帆良へ攻撃を仕掛けて来る様な過激な者もいる。そういう連中が、東西の手打ちの体勢が形だけとは言え整ってしまう事に危機感を抱き、何かしら妨害をしてこないとも限らんのじゃ。

 まあ過激派も、一般の生徒を巻き込む様な真似はせぬぐらいの良識はある……じゃろうな? 良識あると思うのじゃが。巻き込まれん様に注意しておくれ。そして……。

 それと矛盾してはおるし、虫のいいお願いだとは重々承知の上なんじゃが……。もし万一ネギ君や、木乃香の護衛をしておる刹那君……桜咲刹那君の手に余る様な事態が起きた際には、こっそりと露見しない程度にで良い。そこはかとなく手伝ってやってくれぬかの?」

「……修学旅行の行き先、ハワイに投票すれば良かったですかね。まあ、今更ですけれど。桜咲って、お孫さんの護衛だったんですね。思い返すに護衛としては微妙でしたけど。言っちゃ悪いとは思いますが。

 相手が一般人を巻き込まないだろうと高を括るのは、まずく無いでしょうか? それに3-Aの連中は、自分から巻き込まれに行く様な連中ばかりですし。まあそう言う連中はともかく、近衛やその他の巻き込まれる連中を見捨てる、と言うのは流石に良心が痛むので構いませんがね」

「済まぬのう……。龍宮君にお願いした時と同額の謝礼は支払うし、それ以外にも何かしら、お礼はするとしよう」

 

 ここで壊斗が口を挟む。

 

「まあだが、可能な限りハセガワ自身での介入は控えた方がいいのも確かだな。修学旅行当日は、俺がこっそり付いて行こう。体内の通信装置を使って呼んでくれれば、すぐ助けに入るぞ。

 ハセガワはできるだけ、普通の人間のフリをしていればいい。そうもいかない場合は、バトルスーツ姿なりロボットモードなり、ハセガワだと思われない姿でネギ少年たちの手助けをするべきだな」

「むう……。申し訳無いのう、かたじけない。まっこと済まんのう、結局魔法使いのいざこざに巻き込んでしまいかねない事態になってしもうて。これが関西……京都でさえ無くば、魔法先生や魔法生徒を動員する事も、君たちに迷惑をかけぬ事もできたのじゃが」

 

 千雨は申し訳なさそうな様子の近右衛門に、笑って応える。

 

「かまいませんよ、学園長先生。それにお互い、持ちつ持たれつですからね。わたしたちの事について色々裏で手を回してくれているのは、壊斗から聞いてます」

「いや、それでも申し訳無いのう」

 

 その後2~3の雑談の後、彼らは解散する。なお千雨と壊斗はお土産に、栗羊羹と芋羊羹の詰め合わせを貰って帰った。

 

 

 

 そして修学旅行当日である。千雨が乗った新幹線の上空を、宇宙戦闘機形態のサイコブラストが低速巡航で飛翔していた。彼らは体内の通信装置を使い、連絡を取り合う。

 

『あー、サイコブラスト。魔法の類への対抗措置の1つとして組み込んでもらった『気』や魔力に反応する新型センサーだけどさ。うちのクラスはなんかソッチ系の奴らが妙に多くて、センサーが反応しっぱなしなんだが』

『あらかじめ登録した『気』や魔力のパターンは反応レベルを落とせる様にしてあるから、その機能を使えばいい。』

『なるほど……。って、ザジが反応してるよオイ。って言うか、この反応の仕方は魔法使いじゃなく、何かしらの魔法的生き物の反応だよ……。

 え゛っ……』

『どうした?』

『ザジににっこり微笑まれた。いつも無表情だから、ちょっと驚いた。どうやらこっちが気付いた事に、気付かれたっぽい』

 

 千雨は引き攣った笑顔をザジ・レイニーデイに返す。ザジの側も、頷くとまた視線を別方向に向けた。千雨はほっと息を吐く。

 

(あー、しかしなー。龍宮と桜咲が反応するのは分かってたけど、あいつらもなんか反応が微妙だよな。下手するとあいつらも、純粋な人間じゃない可能性が……。

 いや、それよりビビったのは春日の奴が魔法使いな反応を返して来た事だな、うん。奴も魔法生徒とかだったのか。いや、能力的には低そうだけど。……!?)

 

 その時千雨は、そこそこに強力な反応を知覚する。クラスの連中とは、違う反応だ。千雨はそちらにちらっと視線を向けた。

 

『……サイコブラスト、もしかしたら敵じゃねえかって奴を見つけた。車内販売の売り子だ。それでもって、注意して周囲を調べて見たら、わたしらの乗ってる車両のあちこちに、弱めだから気付きにくかったが大量に……。そいつと同質の『気』だか魔力だかの反応がある』

『何?』

『わたしの座席の下にも、なんかあるな。……これは、呪符? よく漫画やなんかで、陰陽師が使う様な呪符がこっそり、おわぁ!?』

『ハセガワ!? どうしたハセガワ!』

 

 泡を食った千雨が体内の通信機で叫ぶ。

 

『カエルだ! 呪符がカエルに化けた! それだけじゃねえ! 新幹線の車内に大量にカエルが!』

『おちつけ! 陽動の可能性がある! とりあえず周囲にまぎれて普通に泡を食ってるフリをしておくんだ!』

『わ、わかった!』

 

 とりあえず偽のカエルを全て捕まえて、ひとまず新幹線車内の騒ぎは収まる。だがその時、千雨の視界を『気』だか魔力だかの反応があるツバメが飛び過ぎようとした。そのツバメは、何かしら封書を(くちばし)に銜えている。いかにも不審すぎた。

 千雨は瞬時に脳裏でツバメの軌道などを計算すると、カエル(偽)をうっかり逃がしたフリをする。

 

「うわ、カエル逃げた! このっ!」

 

ばきっ!

 

 こっそり戦闘プログラムを起動し、千雨はカエル(偽)を手刀ではじき飛ばす。飛んだ先には、例のツバメがいた。ツバメとカエル(偽)は衝突し、両者とも撃沈、新幹線車内の通路へと落下する。

 

「あ、長谷川さん!」

「ネギ先生!?」

「この辺にツバメが飛んで来ませんでしたか!?」

「なんかその辺に落っこちたみたいですけど」

「落っこち……た?」

「千雨さんが、逃げたカエルを殴り飛ばしたら、それが飛んできたツバメ……ですか? それに命中したです」

 

 傍らで見ていた綾瀬夕映が、状況をネギに教えた。ネギは慌てて床を見遣る。そこには2枚の呪符と、ツバメが持って逃げていた封書……ネギが近右衛門から預かって来た、関西呪術協会への親書が転がっている。

 

「あ、よかった! 僕の親書……。こ、これは!」

「いったい何が……。??? これは物の本で見た覚えがあるです。呪符、と言う奴でしょうか?」

「あ、夕映さん、こ、これは」

「あー、何かの玩具(オモチャ)だろ?それより先生、その手紙は何です?」

 

 千雨は夕映の注意を呪符から逸らすために、親書の方へその興味を誘導せんとした。夕映は学業成績こそ(かんば)しくないものの頭の回転は速く、なおかつ興味のある事についてはとことんまで突き詰める質である。呪符に興味を持たれでもしたら、しつこくソレについて調べ回りかねない。

 

「あ、いえ! これはちょっと京都の方の、学園長先生のお知り合いへ渡す書簡でして!」

「へえ、修学旅行中にもお使いですか。先生も大変ですね」

「そうなんですよ、あははは」

 

 千雨はちろっと横目で夕映の様子を窺う。夕映は、ネギが慌てて拾い上げた親書……ではなく、これもネギが拾い上げた呪符へと目を遣っている。千雨は内心で溜息を吐く。

 

(こりゃ、駄目か? 綾瀬の奴、そんなすぐには魔法に気付くとは思えねえけど、それでも疑念を持ったのは間違いねえ。

 なんだよ関西方の術者、過激派ってのはよ。一般人巻き込まない良識は、やっぱり無えのかよ。まあ……。過激派でも、過激な事やってこの程度なら……。でも一般人の前で魔法の類、呪術とか使うなよ。しかし綾瀬の事は、頭痛えなあ……)

 

 比喩的な意味で頭痛のする頭を抱えながら、千雨は自分の座席へと戻った。

 

 

 

 そして新幹線は京都駅に到着する。いよいよ波乱万丈の修学旅行の始まりである。

 

『……いや、波乱万丈なんていらないから。平穏無事に終わってくれねえかなあ。無理だろうなあ』

『たぶんな。注意しておくに越したことは無い』

『だよなあ……』

 

 千雨の心は、休まらない。能天気に騒ぐクラスメートを見遣りつつ、彼女は溜息を吐いた。




ちなみに、せっちゃん……桜咲刹那サンは、ツバメの式神に親書が奪われたのを察知。ツバメの飛ぶ先の車両に先回りしていましたが、何時まで経ってもツバメが来ないので待ちぼうけをくらいました(笑)。


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第012話:尊敬できる大人、できない大人

 千雨たち麻帆良学園本校女子中等部3-Aの面々は、多少の騒ぎはあったものの無事京都へと到着した。京都観光最初の目的地は、清水寺である。

 千雨はクラスメートたちのテンションの高さに疲れていた。肉体的には超ロボット生命体であるが故、全然余裕なのだが、精神的にはかなり疲労感を感じている。

 

(テンションたけーな、こいつら……)

 

 いや、清水寺の名所である清水の舞台で、そこから本気で飛び降りようとする某長瀬楓とか、清水寺の歴史や成り立ちを事細かに説明し出す神社仏閣マニアの某綾瀬夕映とか、その他にも色々、色々……。3-A生徒の能天気さに、千雨は何時もの事ながら既に疲れ果てていたのである。

 付け加えて言えば、ここは麻帆良ではない。そんなところで恥を晒せば、麻帆良ならサラっと流される事でも、文字通りの大恥となる。千雨の文字通り鋼鉄の胃が、しくしくと痛みを訴えた。

 更に3-Aの面々は、地主神社へと向かう。そこで恋占いにはまる少女たち。20mの間隔を空けて置かれた岩から岩へ、目を瞑ったまま歩いて渡る事ができれば、恋が成就すると言われている。

 

「で、では早速クラス委員長のわたしから……」

「あーずるい、私もいく!」

「わ、私もー……」

 

 クラス委員長である雪広あやか、そして佐々木まき絵、宮崎のどかの3名が、『恋占いの石』に挑戦しようとする。だがそれに待ったをかけた者がいた。当然の事ながら千雨である。

 

「待て、いいんちょ! 危ない!」

「えっ、なんですか千雨さん? ま、まさか貴女もネギ先生を!?」

「ちげーよ!」

 

 千雨はツカツカと、岩と岩の中間の10m地点あたりに歩いて行くと、地面に蹴りを入れる。するとそこに、ドカっと深さ1.5mほどの落とし穴が口を開けた。更にその中には、多数のカエルが蠢いている。

 

「なっ!?」

「ま、またカエルー!?」

「こ、これは……!!」

「なんか地面の色がおかしかったんでな。何かしら、イタズラが仕掛けてあると思ったんだ」

 

 嘘である。千雨は体内の魔力や『気』を探知するセンサーを使い、油断せずに周辺状況を調べていただけなのだ。そして地下に呪術で創られたカエル(偽)の反応を見つけ、その辺の状況を別のセンサーで詳しく調査、落とし穴を発見したのだ。

 落とし穴を仕掛けた者は、余計な事をしたものである。式神のカエルを落とし穴の中に仕込んでいなければ、千雨は多分落とし穴に気付かなかっただろう。

 

「ネギ先生、すいませんが神社の管理者、神職か巫女さんか誰か知りませんが、イタズラが仕掛けられてた事を伝えて来てくれませんか」

「あ、はい。わかりました長谷川さん」

 

 急ぎ本殿の方に向かうネギを見つつ、千雨は左手を額に当てて首を左右に振る。彼女は体内の通信装置で壊斗に愚痴った。

 

『関西呪術協会とやらの過激派は、一体何考えてんだろうな……』

『わからん。だが程度の低い嫌がらせを連発して、慣れたころにズドンと本命を仕掛ける可能性もあるな』

『うっわ……。今後とも注意を怠れないってわけか。めんどくせえ……』

 

 千雨は両手で顔を覆った。で、つい伊達眼鏡のガラスに手で触れてしまい、溜息を吐きつつ伊達眼鏡を拭いた。そこで壊斗の心底困った様な声が、彼女の脳裏に響く。

 

『……ところで俺は今、駐車場にいるんだが。周りに人だかりができてしまっている。どうしたもんだろうな……。

 何の変哲もない宇宙戦車にトランスフォームしていると言うのに』

『ちょっと待てーーー!!

 地球には宇宙戦車や宇宙戦闘機は無いッ!! 人間形態になって、観光客のフリしてろよ!!』

『む、そうか。それは失敗したな。しかし、どうやってこの人だかりを逃げ出そう……』

『……どうしたもんだろうな。とりあえず、クラクションでも鳴らして発車しろよ。そうすれば、相手の方で避けてくれるんじゃね?』

 

 敵ばかりか、味方も非常識だった。いや、壊斗からすれば未だこの時代、この世界の地球での常識に疎いのは、仕方の無い事だ。責められはしない。千雨はそう考え、全身を襲う脱力感に必死で耐えた。

 

 

 

 そして3-A連中は、音羽の滝へ向かう。そこで縁結びの水を飲もうと、女生徒たちは一斉に押し寄せた。

 

「むっ……」

「う、うまい!? もう一杯!!」

「た、確かに効きそうな……。霊験あらたかなこの味」

「いっぱい飲めば、いっぱい効くかもー!!」

 

 音羽の滝は、3筋の滝の水を飲めばそれぞれ健康、学業、縁結びが成就すると言う物である。3-A連中は、縁結びの滝に集い、他の観光客の迷惑も顧みずに滝の水を飲み続ける。神社の事務局から戻って来たネギですら、注意喚起するほどだ。

 

「あのー、皆さん。他の人の迷惑にならな……あ、あれ?」

「……何か、みんな酔いつぶれてしまった様ですが」

 

 一人水筒に健康の滝の水を汲んでいた夕映が、ぽつりと呟く。学業の水を飲んでいた千雨は、ちょいと縁結びの滝の水をひしゃくで掬い、舐めて見た。

 

「なっ!? ネギ先生、これは酒です!」

「ええっ!?」

 

 ネギは慌てて音羽の滝を流している上へ飛びあがる。無意識に魔力で身体強化している様だ。千雨は、おいやめろバカ、魔法バレたらどうすると頭を抱えた。

 

「なっ! 滝の上にお酒の樽が! いったい誰が!」

「ネギ先生! 酒を止めてください! ただし下手にベタベタ触らない様に! 証拠品ですから!」

「な、は、はいっ!」

「それと、他の先生とも情報共有をした方がいいです!」

 

 その台詞に、夕映が慌てて抗弁する。

 

「待つです! 新田先生に飲酒が知られでもしたら、修学旅行中止の上、飲酒者の皆さん停学に……」

「んなこと言ってる場合か、綾瀬! 酔いつぶれた奴ら、きちんと手当しねえと万一急性アルコール中毒にでもなったりしたら、そっちの方が大変だ! きちんとした手当てしねえと、アルコールに弱い体質の奴とか命に関わるんだぞ!?」

「……!!」

「えうっ!? 命の危険に!?」

 

 滝の上から降りて来たネギも、顔色が真っ青になる。千雨は噛んで言い含める様に言葉を紡ぐ。

 

「それに新田先生だったら、誰かの心無いイタズラにより不可抗力で酒を飲まされた、ってきちんと説明すれば分かってくれると思います。あの人は、立派な先生です。厳しいですが、話がわからない人じゃありません」

「……はい!」

 

 そこへ当の新田先生と瀬流彦先生が現れる。そして千雨を始めとする3-Aの残りの生徒たち、およびネギの誠心誠意の説明を受けて、新田先生も生徒たちに責任が無い事を納得した。その分、心無いイタズラをした犯人に対する激怒っぷりは凄まじかったが。

 幸いに酔いつぶれた連中は、急性アルコール中毒になった者はいなかった。一同は彼女らをバスに押し込んで、嵐山の旅館へ向かう。なお新田先生は、音羽の滝に酒が流されていたイタズラの件を、現場の事務局や警察などに説明するために1人残ったりした。新田先生は、苦労人なのである。

 

 

 

 その晩千雨は温泉に入った後、さっさと就寝しようとする。超ロボット生命体である彼女は、本来であれば睡眠は決して必要不可欠では無い。だが電子頭脳内のデータのデフラグとかを行うために、睡眠状態になる事は全く不要とも言い難いのだ。それに、それが無くとも一応生命体ではあるので、睡眠欲が無いわけでも無いのである。

 そんなわけで、彼女は自班である3班に割り当てられた部屋で、布団に(くる)まって横になる。今日は色々あったので、もうこれ以上事件は起きないで欲しかった。しかし直後、警戒させておいたドロイド群から緊急コールが入る。

 ちなみにこのドロイドは、麻帆良の秘密を探るのに使ったスパイ用ドロイドの流用品である。小鳥型、野ネズミ型、昆虫型等々用途に応じ、色々と取り揃えてあるのだ。閑話休題、千雨は苛立ちを噛み潰して起き上がる。

 

「うん……むぅ? 千雨さん、どちらへ……?」

「お花摘みだ、いいんちょ」

「ああ、了解ですわスヤァ……」

 

 そして千雨は宿の廊下を駆ける。

 

(ちっ! 近衛が攫われたっ! 桜咲は何してやがるんだ!?)

 

 刹那はその頃、トイレの前で木乃香が出てくるのを待っていたりする。と言うか、トイレの中には木乃香はおらず、関西呪術協会の過激派……天ヶ崎千草に攫われていたのであるが。

 とりあえず千雨は、体内の通信装置で壊斗に連絡を取ると同時に、旅館から飛び出す。

 

『壊斗! 近衛が攫われた!』

『ああ、こちらにも緊急コールが入ったから知ってる。長谷川、結局は直接介入するのか?』

『気は進まないけど、見捨てるのも後味悪いからな』

『とりあえずバトルスーツ姿になっておけ。俺もバトルスーツ姿で空から追跡する。』

『わかった! わたしも空から行く!』

 

 千雨は物陰で、バトルスーツ姿へ変身する。

 

「スーツオン!」

 

 そして千雨改めサウザンドレインは、人目が無い事を確認すると重力/慣性制御装置を駆動、大空へと飛翔した。やがて北の空から、壊斗改めサイコブラストのバトルスーツ姿が接近して来る。

 合流したサウザンドレインとサイコブラストは、見るからに阿呆臭い標的を発見する。それは大きなサルの着ぐるみを着た、眼鏡の女性……。2人は知らないが、その名前を天ヶ崎千草と言う。

 

『……何でサル?』

『いや、俺に訊かんでくれ』

『だよなあ……。ん? ああ、やっと気づいて追いかけて来たか』

 

 見遣ると、千草の後方からネギ、明日菜、刹那が追って来ている。サル女、天ヶ崎千草は人払いをしてある駅に逃げ込んだ。どうやら電車で逃げる模様である。

 

『誘拐しておいて、逃走ルートに電車を組み込む……。マジかよ……。頭痛え……。

 って言うか、頭悪いだろ、あのサル女……』

『お。電車に乗り込んだな。じゃあ電車止めるか』

『何やるんだ?』

『架線事故』

 

 サイコブラストが撃った多機能ライフルから放たれた荷電粒子ビームは、電車の架線を断ち切った。これにより、当然ながら電車はストップする。木乃香を抱えたサル女、千草は必死で電車から離脱、逃走を図った。

 サウザンドレインとサイコブラストが知る由も無い事だが、千草は本来降りる予定だった駅の周辺に伏兵を置いており、彼等の行いは知らずして千草の思惑を潰していたのである。

 

『お、ネギ先生たちが誘拐犯を追い詰めたな』

『ふむ、あまり表に出るのも何だな。とりあえず窮地にでもならない限りは……』

『だな。様子見に専念しとくか』

 

 そしてネギたちと天ヶ崎千草は見た目派手な魔法戦闘を繰り広げた後、ネギたちが木乃香を奪還、千草が逃走を図った。またも巨大なサルの着ぐるみ状式神を術で出現させ、空を飛べるそれにしがみ付く様にして、である。何かしら、サルに対する脅迫観念でもあるのか、とサウザンドレインは疑問に思う。

 

『……とりあえず、麻痺光線で撃っておくか』

『それがいいだろ』

 

 サウザンドレインは天ヶ崎千草を、こっそり超上空の雲間から、麻痺光線で撃っておく。そうしたら天ヶ崎千草は川に落ちて行方不明になった。

 

『結局逃げられた事になるのか?』

『だろうな』

『失敗したかな……。やれやれ、この騒ぎがまだ続くって事か……』

『とにかく、今日はお互い旅館へ帰るとしよう。色々あって、疲れてるだろ?』

『まあ、な』

 

 サウザンドレインは旅館へ帰り、千雨に戻る事にする。サイコブラストすなわち壊斗は、彼は彼で千雨たち修学旅行生が泊まっている宿の近くの、別の旅館に宿泊しているとの事。お互いに大空でお休みを言うと、彼等は上空で別れた。

 

 

 

 千雨は旅館に戻り、こっそりと中へ入る。そしてそっと自分たち3班に割り当てられた部屋へ戻ろうとした。と、彼女は旅館の入り口から入って来る初老の男性に気付く。

 

「む? 長谷川か? こんな夜中に出歩いてないで、さっさと就寝しなさい」

「あ、いえ。ちょっと小用でして。部屋のトイレが埋まってたもので、外のトイレに」

「そんな理由なら、仕方ないか。だが、早目に部屋に戻りなさい」

 

 その人物は、新田先生である。おそらく警察や神社他との事情聴取や話し合いで、今の今までかかったのであろう。流石に彼の顔には、疲労の色が濃かった。千雨は小さく頭を下げると、口の中だけでご苦労様です、と呟く。新田先生は、生徒の為なら人知れず、どんな苦労でも買って出てくれる、尊敬できる先生なのだ。




尊敬できる大人:新田先生
尊敬できない大人:天ヶ崎千草

……と言うお話でした。


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第013話:覆水盆に返らず

今回は、ちょっとばかりアンチ・ヘイトと言いますか、あるキャラに関して厳しめ表現があります。


 修学旅行2日目、この日は奈良での班別行動である。千雨の班の班員は、比較的常識をわきまえた面々だった事もあり、普通に旅程を終える事ができた。奈良では例の眼鏡のサル女……天ヶ崎千草の襲撃も無く、千雨はほっと一息吐いていたのだ。

 ……まあ、ネギに宮崎のどかが恋の告白をしたりなど、ネギ周辺では何事かあった模様だ。しかしその様な事は千雨にとっては些末事であった。

 

「今日の所は、特に問題なく終える事ができたなあ……。このまま何事も無く、修学旅行終わってくれりゃあなあ……」

 

 千雨は宿の窓から外を眺めつつ、そう思う。しかし彼女は、その考えを即座に棄却する。

 

(……あの敵は、近衛を狙って来た。近衛は東の組織の理事である学園長の孫であり、同時に西の組織の長である詠春氏の一人娘。なおかつ極東で随一の魔力……ネギ先生を超えるかと言う巨大な魔力をその身に秘めている、らしい。

 ネギ先生の持つ親書も狙われそうだが、それ以上に近衛が誘拐の対象になってるってのは、あいつの複雑な背景が絶対に影響してる。まいったな……。ん?)

 

 この修学旅行の大変さにげんなりしている千雨だったが、その時窓の外に魔力の反応を感知する。一瞬ぎょっとした千雨だったが、それがカモの魔力である事を知ると、溜息を吐いた。

 

(ああ、奴の魔力か。ネギ先生に頼まれて、防御の魔法でも施してやがんのか?)

 

 千雨はそう思うと、警戒を解いた。解いてしまった。後々彼女は、この事を後悔する。千雨のセンサーは、魔力の質や詳細な分布などを読み取る事はできるが、術式に関する情報などは千雨自身に知識が無いため、知る事が叶わないのだ。そのため、千雨にはカモが描いている魔法陣の意味は分からなかったのである。

 

 

 

 その晩の事である。昨晩生徒の多数が某眼鏡のサル女によるイタズラで酔いつぶれ、騒げなかった分を取り戻そうと言う勢いで、3-A女生徒たちは思い切り騒ぎまくった。それが新田先生の逆鱗に触れる。

 3-Aの面々に言い渡されたのは、朝までの班部屋からの退出禁止。部屋から出ているのが見つかったら、ロビーで正座と言う物だった。3-Aの面々はブーブー言うが、千雨からすればまだ優しいと思う。

 ここは麻帆良じゃないのだ。麻帆良にいる時と同じノリで騒ぎまくれば、大恥を晒す事になる。下手すれば、新聞沙汰レベルの大恥だ。

 

「……それなのに。なんでこんな事になるんだか」

「行きますわよ、千雨さん」

「那波か村上かザジでいいだろ!? なんでわたしなんだよ、いいんちょ!」

 

 なんと朝倉和美主催の『ネギ先生とラブラブキッス大作戦』とか言う無茶なイベントが勃発したのである。班ごと2名ずつのチームに分かれ、新田先生の監視の目を潜り抜け、ネギと熱いキッスを交わす事ができればそのチームの勝利、だそうだ。なんと能天気な事か。千雨は頭痛を堪える。

 だがそれ以上に問題なのは、3班のチームのメンツとして千雨が強引に出場させられてしまった事だったりする。同じ3班の班長でもあるいいんちょが、無理矢理千雨を引き摺り込んだのだ。抗弁する千雨だったが、いいんちょは言う事を聞かない。

 

「皆さんは遠慮なされたんですもの。千雨さんが最後の砦なんですわ!」

「わたしだって遠慮するよ! それにわたしには……!」

 

 千雨の脳裏に、とある人物の顔が()ぎる。彼女は思わず赤面し、頭をぶんぶんと振った。

 

「と、とにかくネギ先生とキスはしたくねーの! 別な奴誘ってくれよ!」

「往生際が悪いですわよ!? キスはしなくても、いえ、しないでくださいまし! わたくしを援護してくだされば良いんですの!」

「とほほ……」

 

 クラス委員長たる雪広あやかの怒涛の押しに、結局は流されてしまう千雨。彼女は溜息を吐きながら、仕方なしにいいんちょに従って歩き出すのだった。

 

 

 

 千雨は体内のセンサーを最大感度にして、周辺の気配を探りながら廊下を進んで行く。いっその事、センサーで知覚した新田先生にわざと見つかってしまう様なルートを取ってやろうか、とも彼女は思った。だが、やはり嫌々参加させられたゲームで正座の罰をくらうのは、理不尽な気がする。

 

「いいんちょ。やっぱりわたし、帰っちゃだめか?悪い予感がするんだよ」

「駄目ですわ! わたくしたちでネギ先生の唇を、なんとしても守り通すのです!」

「うわぁ……」

 

 千雨は肩を落として、いいんちょと歩き続けた。

 

 

 

 そして今、千雨の足元には爆発で煤けたいいんちょが横たわっていた。いいんちょは何故か現れたネギの偽物にキスをして、その爆発に巻き込まれたのである。と言うか、何故ネギの偽者が出現したのかが、千雨にはわからない。一応ネギの魔力で顕現した式神の様ではあったのだが。

 

「やれやれ……。ん?」

 

 ロビーまでいいんちょを引き摺って来てソファに寝かせていると、そこへ綾瀬夕映と宮崎のどかがやって来る。夕映は千雨を見ると、のどかをかばって戦闘態勢を取ったが、千雨は両手を上げて戦意が無い事を示す。

 そして旅館の外から、ネギがちょうど帰って来た。そしてネギとのどかは、互いに顔を合わせると赤面する。夕映に目をやった千雨は頷いて苦笑した。一方の夕映は、一瞬目を丸くしたが目礼を返して来る。

 千雨はネギとのどかの邪魔をしない様に、足音を立てずにその場を立ち去った。だがその場を離れて少々、彼女は驚く。

 

(な……!? この魔力の反応は……!! そういや、いいんちょがネギ先生の偽者にキスした時も、なにやら弱いけど似た反応が!)

 

 カモが宿の周辺に敷いた魔法陣と、千雨は知らないが夕映の策略でキスしてしまったネギとのどかの居るあたりから、バリバリと魔力の反応がしている。千雨は内心で毒づいた。

 

(何が……。起きてやがる!? あのオコジョ、何をしやがった!?)

 

 千雨は呆然と立ち尽くす。そして苛立たし気に首を振った。

 

 

 

 新田先生により朝倉和美以下ゲーム参加者がロビーで正座させられた翌朝、和美とカモはネギ一行から注意を受けていた。理由は宮崎のどかとネギの仮契約(パクティオー)を強行した事である。カモが描いた魔法陣の範囲内でネギと口づけをする事により、被施術者であるのどかは強制的に、ネギの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』にされてしまったのだ。

 ネギたちはのどかに対しては、危険に巻き込むわけにはいかない、という理由でネギの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』になった事は教えない方針である。まあ当然の事だろう。相手の承諾も無しに、強引にパートナー契約を強行するなど、許される事ではないはずだ。

 

「……」

 

 ネギたちの和美やカモへの注意と、彼等の相談が終わった。彼等はその場から三々五々、解散して行く。と、和美とカモの頭に何やら紙を丸めた紙(つぶて)がぶつかる。怪訝に思った和美とカモが、紙(つぶて)が飛んできた方向を見遣ると、廊下の曲がり角の陰に半身を隠した千雨が手招きをしている。

 

(うぇ!? な、なんか長谷川怒ってる)

(げっ……。長谷川の姐さん……)

 

 1人と1匹は、千雨を無視するわけにもいかず、そちらへと向かった。そして千雨は、和美とカモを白い目で見遣ると、言葉を発する。

 

「おまえら……。話は聞こえてた。えらい事やってくれたなあ……」

「あ、え、ええっ!? ちうちゃ……い、いや長谷川も魔法関係者だったの!?」

「は、長谷川の姐さんっ! バラしちまって、いいんですかい!?」

 

 千雨はフンと鼻を鳴らす。

 

「わたしは魔法関係者じゃない。ちょっと特殊事情があって、魔法使い側の事を幾ばくか知らされてるだけだ。ちなみにネギ先生は、わたしが魔法使い側の事情とか知ってるのを知らないし、お前がネギ先生にバラす事も許さないからな、朝倉。

 それより、宮崎の仮契約(パクティオー)とやらの件だ。手前ら、何考えてやがる。戦う力の無い奴を騙して、無理矢理に『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』にしやがって。……何考えてやがる!」

「ちょ、そんなに怒る事……」

「魔法の世界ってのはな! 危険なんだ! 生きるか死ぬかって事態が、そこいらに転がってるんだよ!」

「長谷川の姐さん、そりゃ大げさ……」

 

 ギロッ!

 

 千雨の一瞥(いちべつ)に、カモの反論が止まる。千雨は大きく深呼吸して、必死に自分を抑えた。

 

「……ふう。……5万オコジョドル、だったか? 仮契約(パクティオー)1回の報奨金。日本円で1万円か。それとトトカルチョの食券分の儲け……。朝倉ぁ……。手前は、たかがそんだけの金で、クラスメートを……宮崎を魔法の世界に売り飛ばしやがったんだ。裏の世界に、な」

「む……。そんな大仰な事かな」

「!! ……そんな大仰な事なんだよ!! ……わかった、もういい。お前らにゃ、何言っても無駄だな」

「「え……」」

 

 千雨は和美とカモを、軽蔑しきった目で見遣ると踵を返す。和美は慌てて呼び止めようと、右手を千雨の肩に伸ばした。

 

ビシッ!

 

 そして千雨の右手が一閃し、和美の手が振り払われる。

 

「……!!」

「……触るな。吐き気がする」

「な、そんな言い方……ヒ!?」

 

 和美は、千雨の殺気が込められた視線に後ずさる。そして千雨はスタスタと早足で立ち去った。和美とカモは、呆然としている。

 

「……何なんだよ。あの態度」

「魔法の世界っつったって、まあ多少は危険かもしれねえが、そうそう命が危うい事なんてねえだろに」

「……わかって無いですね」

「「え゛」」

 

 千雨が立ち去った方の廊下の曲がり角から現れたのは、桜咲刹那だ。刹那は眉を顰め、和美とカモを見つめる。

 

「あなた達がまだちょっとわかって無いんじゃないかと思ったので、苦言を呈しに来たのですが……。まだ見習いのネギ先生の前で、あまり厳しい事を言うのも何かと思いましたし。

 けれど、ここまで理解してなかったとは。ことにカモさん、あなたは魔法の世界にもある程度の知識がある。けれどそれ故に、魔法の世界を見くびってますね」

「「……」」

「長谷川さんがわたしとすれ違う際に、『もうあいつらと話したくねえから、頼む。わたしの事は知らされてんだろ?』と仰ってましたから。話させてもらいます。

 長谷川さんは、春先に魔法関係の事件に巻き込まれて、死にかけたんです。だから魔法関係にまつわる危険には、過敏になってるんですよ」

「「!!」」

 

 和美とカモは、驚く。カモはだが、叫んだ。

 

「だ、だけどよ! 死にかけたって言っても大したこと無かったんじゃねえのかよ!? 見たとこ五体満足で……」

「それは治療が奇跡的に功を奏したからだ、と上からは聞かされてます。……聞かされた話では、長谷川さんは片脚を斬り飛ばされた上に、火炎放射器の様な炎で全身を焼かれたそうです。実際、麻帆良の魔法使いたちは長谷川さんの片脚を確保してます。

 いいですか? 長谷川さんは本気で死にかけたんです。少なくとも、片脚は『くろーん培養』でしたか? それか何かで、作りなおされた物のはずです。それに全身の皮膚も。そんな大怪我を負って、殺されかけたんです。

 魔法の世界ってのは、危険なんですよ。それをあなたたちは軽く、どころか甘く見て……」

「……! は、長谷川!」

「何処へ行くんです」

 

 小走りで千雨の後を追おうとした和美の片腕を、刹那が掴まえる。

 

「はなしてよ! 長谷川に謝らないと……」

「手遅れですよ」

 

 刹那は冷たく言う。和美は凍り付いた。

 

「!」

「それに長谷川さんでしたら、『謝る相手が違う』と仰るでしょうね」

 

 深々と溜息を吐くと、刹那は言葉を続ける。

 

「あなたたちは、やってはいけない事をしてしまった。分かりやすく言えば、宮崎さんをヤクザに紹介した様な物です。ヤクザにも、古き良き任侠とかは居るかも知れません。ですが、そんな人たちでもヤクザ同士の抗争はあるでしょう。

 少なくとも、身を護る術も無い中学生の女の子が、銃撃戦に巻き込まれると同じ程度、死の危険にさらされる恐れは、現実問題としてあるんです。……それが魔法の世界、です。カモさんは、ぬるま湯レベルの魔法世界のうわっつらに浸り過ぎてて、わかってなかった模様ですけど」

「あ、あ……」

「お、俺っちは……」

 

 そして刹那は、カモを清冽な瞳で見つめる。

 

「カモさん。今後、よけいな事はしないでください。二度と。二度としないでください。あなたがまた何かやったなら……。

 あなたを人に(あだ)なす妖物として、討ちます。神鳴流剣士として、あなたを討ちます。……覚えておいてください」

 

 そう言って刹那もまた、その場を立ち去る。後に残された和美とカモは、深い悔恨に包まれて立ち尽くすだけだった。




今回千雨が切れたのは、やはり彼女もまだ所詮年若い少女でしかないからですねー。そうそう相手を思いやってと言うか、言ってわからない相手に対し落ち着いて相手をするのは難しいんですよね。
ちなみに刹那も、魔法の世界の危険さについては千雨の事件が起きた際に、麻帆良での上役などから改めて訓示されたりしてます。その事もあって、原作本編ではなあなあで済ませていた和美とカモの行いについて、改めて言い諭しに来たわけですね。

ちなみにこの話、何度か書き直しました。カモと和美に対して、過剰にヘイトになっていないかと悩みまして。ソフトにしようと頑張って見たのですが、本作の千雨の立ち位置からすると、これ以上ソフトにするのは難しかったです……。


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第014話:シネマ村の戦い

 3-A修学旅行における班分けの3班に、千雨は含まれている。そしてその3班には、朝倉和美も含まれていたりした。そんなわけで、この班の修学旅行三日目自由行動日は、さぞかしギスギスした雰囲気になるかと思いきや……実はそうでも無かったのである。

 千雨は見た目普通に行動していたし、和美もまたいつも通り明るく振る舞っている様に見せていた。少なくとも、班の雰囲気が悪くならない程度には。ただし、見るべき者が見れば、千雨も和美も互いの接触を可能な限り避けている事は見て取れる。

 そんなわけで、班長である雪広あやかいいんちょはネギと共に行動できない事を嘆いているのでとりあえず置いといて、動いたのは那波千鶴である。彼女は班メンバーの村上夏美に頼んで他の面々を引き離してもらい、千雨に話しかけて来た。

 

「ねえ千雨ちゃん。和美ちゃんと何かあったの?」

「あったよ?」

「……あらあら、まあ」

 

 千鶴は真正直に答えられるとは思わなかった模様で、手を頬にあてて驚きの声を上げる。驚いている様には見えないが。

 

「何があったかは、聞いていいかしら?」

「駄目だ。わたしと奴だけじゃない、第三者が深く関係した事だし。そっちのプライバシーとかも大きく関わって来るからな」

「あら、そう……。それは難しいわねえ」

 

 うーん、と小首を(かし)げて悩む千鶴だったが、意を決して問いかけた。

 

「仲直りはできない? 千雨ちゃん、そんなに怒ってるの?」

「怒ってる……って言うのとは違うな。いや、朝倉と話すまでは怒ってたと思う。物凄く、物凄く。ただ、奴と話してからは怒るんじゃなく、なんて言うのかな……。あまりの言い草に、そこを通り抜けちまった」

「……もしかしたら、見限った?」

「ああ、それだ。なんて言うのかね。もう腹も立たないし、かと言って仲直りしようとか言う気持ちにもならない……違うな、『なれない』んだ。関わり合いになりたくない」

 

 千鶴は滅多に見せない悲し気な顔で、呟く様に言う。

 

「……それは、物凄く悲しい、寂しい事よ?」

「わかってるつもりだけどさ。そこまで行き着いちまったのは、わたしのせいなのかな? それはわたしが言われないとならない事なのかな? たぶん違うと思うが」

「そう、ね……」

 

 小さく千鶴は頷く。それは悲しそうに。それを見た千雨は申し訳なく思うが、しかし自分の情動はそう制御できるものではない。そうこうしているうちに、他の面々が戻って来た。

 

 

 

 そして千雨たち3班は、京都の観光スポットであるシネマ村へと向かう。道中で千雨は、自身の電子頭脳に転送されてくるドロイド群からの情報を、物思いに沈んでいるフリをして整理していた。

 

(ネギ先生に付けてた小鳥型ドロイドからは、なんとかネギ先生が敵の狼男っぽいガキを退けて勝利したって情報が送られて来たか。けど、こっそり後を付いて来てた宮崎と綾瀬に、魔法がバレちまった……。どうしたもんだろうな。どうしようも無いな。

 しかし、もう一方の近衛と桜咲に付けてた野ネズミ型ドロイドは、桜咲の高機動力で振り切られちまった。何かしら、暗器を使って来る隠密状態の敵と交戦してたみたいだが。シネマ村へ向かってたみたいなのが、不幸中の幸いか)

 

 そこへ壊斗からの通信が入る。壊斗の声が、千雨の脳裏に響いた。

 

『あの近衛とか言う娘と、桜咲とか言う娘が、シネマ村に入ったぞ』

『助かる、壊斗。場所は?』

『西にある『忍者の里のみやげもの屋』で、甘食を買って食ってる』

『……のん気だな。近くに近衛たちを追ってる奴は居なかったか?』

『一応居場所はチェックしてるが、近場にドロイドが無いんだ。向かわせている』

『了解』

 

 そして千雨は3班の面々と共に、シネマ村へ入場する。実は彼女は中で3班とはぐれたフリをして、木乃香と刹那の近場に行こうとしていたのだ。しかしはぐれたフリをしたまでは良かったが、3班の残りの面々も木乃香と刹那を発見して寄って来てしまい、芋づる式に千雨まで発見されてしまったのである。

 千雨は頭を抱えた。

 

 

 

 千雨は頭を抱えていた。彼女は体内の通信装置で、壊徒に向かい愚痴る。

 

『なあ壊斗……。近衛を攫おうとしてる、この女……。何考えてんだろう。こんな風に妖怪あからさまに出現させていいのかよ』

 

 そう、木乃香を誘拐しようとしている敵の一人である月詠と言う少女……。神鳴流の一員らしいのだが、そいつはシネマ村でよく観客を巻き込んで行われる即興劇に(かこつ)けて、刹那に木乃香を賭けた決闘を申し込んだのだ。

 そしてその決闘の場で、刹那に味方する3-Aは3班の面々の相手をさせるため、多数の妖怪を呪符から呼び出したのである。ぶっちゃけ観衆や3班の面々は、何かの手品だと思っている。あれがおそらく本物の妖怪だ、と理解して引き攣っているのは、和美だけであった。

 

『フン、朝倉もようやく少しは理解したか』

『周囲の人間は皆、何らかのトリックか、着ぐるみだとでも思い込んでる様だな。それよりも本命のその少女、そこそこできるぞ。注意しておいた方がいい』

『げ。マジかよ……。わかった、サンキュ』

 

 壊斗の言葉に、千雨は注意を月詠へと向ける。月詠は今のところ、刹那にのみ集中している模様だ。

 

『しかしこんな真昼間から、あまり派手にやるわけにもいかんな。俺は基本、陰からサポートする。まあ……仕方ない時は直接介入するが』

『わかった、頼むな』

 

 激しい戦闘が始まる。ちなみにこの場の一同は、貸衣装で仮装していた。木乃香が江戸時代の御姫様風、刹那が新撰組風の姿に何時もの野太刀『夕凪』を佩いている。なお千雨の姿は明治から大正の書生風であるが、何故かゴツい小手とブーツを身に着けていた。

 そして千雨は月詠が呼び出した妖怪を叩き伏せて行く。なおちょっとばかり力が入り過ぎたのは、人間としての千雨を殺しかけた(イタチ)妖怪の事が、若干トラウマ気味になっていたからだろう。

 更に言えば、ネギが突然シネマ村に来て木乃香を連れてこの場から逃げ出したりしたが、千雨はセンサーでそのネギが実体でない事に気づいていたりする。ネギは刹那との連絡用にしていた式神を逆用し、それをこちらに飛ばして来たのだ。そうやってこちらの様子を知ろうとしていたらしい。

 ちなみに千雨は自身のボディに内蔵されている戦闘プログラムを駆使し、妖怪共を次から次へと倒していたが、他の一般人の面々はそうも行かない。武術の腕前でなんとか拮抗していたいいんちょも、ついに巨大招き猫の下敷きになった。

 

「あ。いいんちょが潰された。まあ、一般人殺す気は無いっぽいが……。

 む……!?」

 

 ここでシネマ村内にある城の天守に、ネギの式神と木乃香が追い詰められていた。巨大な使い魔と思しき怪物が、弓矢を構えて木乃香を狙っている。そして黒い長髪の眼鏡の女……天ヶ崎千草と白髪の少年が、大きなサルの着ぐるみの式神と共に、怪物の脇に立っていた。

 そして千草は嘲笑混じりに大声を張り上げる。

 

()ーとるか、お嬢様の護衛、桜咲刹那! この鬼の矢が二人をピタリと狙っとるのが見えるやろ! お嬢様の身を案じるなら手は出さんとき!!」

(鬼、っつーか悪魔だよなアレ。顔に貼られてる呪符も、和風のじゃなくて西洋風だし)

 

 千雨がのん気な事を考えて平然としているのには、理由がある。千草、白髪の少年、サルの着ぐるみの式神、そして矢を構えた怪物のその更に後ろに、1人の人影があったからだ。それは神主風の着衣を身に着け、のっぺりとした凹凸の無い真っ白い仮面を被っている。

 見た目で怪しさが大爆発しているのに、誰も彼の事に気付かない。と言うか、観衆やネギ、木乃香、刹那、3班の面々はこの神主姿の人物が敵の一員だと思っているに違いなかった。そして神主姿は腰に佩いている大刀を抜き放ち、居合い斬りを放つ。

 

シュッ……。チィン……。ビンッ!!

 

 使い魔の怪物が構えていた弓の、弓弦が切断される。当然つがえてあった矢は、明後日の方向へショボい速度で飛んだ。

 

「あーーーっ!? なんで弓弦が切れるんや……な、なんやアンタ!? 何者や! いつからそこに!」

「……天呼ぶ、地呼ぶ、人が呼ぶ。悪を倒せと、俺を呼ぶ」

 

 千草の言葉に答えてか否か、何処ぞの往年の特撮ヒーロー登場台詞を呟く神主姿。当然ながら、この神主姿は壊斗である。壊斗の実力に脅威を感じたか、白髪の少年が中国拳法の構えで殴りかかる。壊斗は『うねりっ』とした動きでそれを躱すと、その少年と丁々発止の戦いを繰り広げた。

 一方千雨は、刹那と月詠の戦いに強引に割り込む。

 

「にと~れんげき、ざんがんけん~。……あら?」

 

ガギィ!!

 

 鈍い音と共に、千雨の小手は二刀による神鳴流奥義、斬岩剣を確と受け止めた。千雨は刹那に叫ぶ。

 

「桜咲! おまえは城の天守閣、近衛のところに急げ! こいつはわたしが引き受けた!

 ……躊躇してんじゃねえ! 優先順位を間違えんな!」

「……! お願いします、長谷川さん!」

 

 月詠は、二刀連撃斬岩剣を受け止めた千雨の右腕に目を遣る。そこには黒光りする金属製の小手が、鈍い輝きを放っている。

 

「あら~? いけずですわ~。せっかくの心躍るセンパイとの戦いでしたのに~。

 けれどその小手、斬岩剣の2刀を受け止めて無事と言うのは、不思議どすえなあ?」

「業物だからな」

「そんないけずな小手は、こうさせてもらいますえ~。腕まで斬れてしまうかもしれまへんけど、切り口は綺麗なはずやから、お医者で繋いでもらうとよろしゅおすえ~」

 

 物騒な台詞と共に、月詠は剣技を繰り出す。千雨はその二刀を、左右の小手で一刀ずつ受けた。

 

「にと~れんげき、ざんてつせん~。……あ、あら~?」

「斬鉄閃って言うからには、鉄でも斬れる斬撃なんだろうけどよ。超合金……セイバートニューロンは流石に無理だったッポイな」

 

 セイバートニューロンは、トランスフォーマーの中でも特別な者が自らのボディに用いている超合金……超硬合金である。その強度は見ての通り、折り紙付きだ。……いや、実はこの小手とブーツは、千雨が人間形態に変身する際にちょっとどころじゃなく必死の苦労をして、手や足を小手やブーツの形状にしていただけなのである。

 そう、この小手とブーツは、実は千雨の手足そのものなのだ。つまり見た目は小手やブーツなのだが、強度的には超ロボット生命体である千雨の手足そのものの頑丈さを持っている。当然ながら超合金セイバートニューロン製だ。つまり千雨はその気になれば、素手で神鳴流の奥義を受け止める事もできたりするのだ。小手やブーツの形にしていたのは、単に言い訳のためでしかない。

 閑話休題、千雨は一瞬呆気(あっけ)にとられた月詠の隙をついて、月詠の二刀をその手で叩き折った。だが月詠は、即座に我に返ると懐から暗器を出して、それで千雨の胴や顔を突いて来る。千雨は胴にあたる物はそのまま胴で受け、顔などを狙って来るものだけを避けた。まあ本当は顔どころか、目にあたっても痛くもないのだが。

 

「この手ごたえ……。胴体にも、なんや防具を仕込んでますのん?」

「当たり前だろ。そうでなきゃ、技量で劣るわたしが桜咲の代わりなんか申し出るかよ」

 

 まあ、嘘である。胴体に突き刺さった暗器は、千雨の表皮で防がれたのだ。ちなみに血液検査などの際は、千雨が針が刺さる様に念じると刺さる上に、偽装用の血液が注射器に送られるので、便利としか言いようが無い。

 何にせよ、身体能力的には人間形態とは言え、トランスフォーマーである千雨の方が上だ。また戦闘技能も、戦闘プログラムと言う形で身体に刻まれていた。しかし戦闘経験、実戦経験では大きく相手に後れを取っている。ただし相手の攻撃が千雨になかなか通用しないので、千雨の優位は動かない。

 一方城の天守閣では、どうやら刹那が参戦して天ヶ崎千草とサル着ぐるみの式神を相手取った事で、戦いのバランスが味方側に傾いた模様だ。敵の数が減って余裕の出来た壊斗が、懐から単筒を取り出して使い魔の怪物に発砲する。弾丸は、過たず命中。すると使い魔の怪物の胴体には、まるで大砲でもくらったかの様に大穴が開く。使い魔の怪物は、一瞬で消滅した。

 

「なー! なんやその鉄砲は!」

「……千草さん。静かに。……興味深いね、その単筒」

「いい出来だろう? と言うか、単筒に見せてはいるがね。構造は現代式の拳銃さ。単発式だがね。

 そして実際の所、大事なのは単筒じゃない。装填されている弾丸だ。周辺魔力を喰らって、破壊力に転換する、俺の最新の研究成果さ。つまりは、君の張っていた曼陀羅の障壁もね? 魔力を喰らわれてそのまんま君の胴体に破壊力として叩き込まれるわけだ、コレが」

 

 そう言った壊斗は、懐から2丁目の単筒を引っ張り出す。

 

「……で、同じ弾丸を装填している銃が、これ以外にあと2つあるんだがね」

「……千草さん。退くよ」

「な、なんやてー!?」

「あの銃弾は、まずい。彼の言葉が本当であるなら、僕にとっても千草さんにとっても、天敵だ。残りの数は嘘かもしれないが、本当だったらこちらが詰む」

「そ、そやかて! せっかくここまでやったんに!」

 

 天ヶ崎千草のその台詞を最後に、天守から敵影は消えた。白髪の少年がこっそり撒いていた水を媒介にして、転移魔法を使って逃げたのだ。

 天守閣の様子を横目で見た月詠は、ずざっと後ずさると千雨に向かって言う。

 

「どうやら今回はここまでのようどすな~。それではごきげんよう~。」

「2度と会いたくないもんだな。」

「そんなこと言わんと、またやりましょうや~。今度はそちらさんも刃物で、がよろしおますな~。今日はとっても楽しかったどすえ~。

 ではまた~。」

 

 月詠は疾風の速さで逃げ去って行く。千雨は溜息を吐いた。そこへ3班の中でも一番一般人の、村上夏美が話しかけて来る。

 

「長谷川さん、すっごい強いんだねー。知らなかったよー」

「ん? ああ、いや……。ちょっとばかり春先に、事件に巻き込まれてな。それから思う所あって、必死に鍛えてた。内緒にしてたんだが、バレちまったな」

「……」

 

 ここで『春先の事件』と言う台詞を聞き、和美が唇を噛んだ。視界の端でそれを見た千雨だったが、あえて気にせずに城の天守の壊斗へ手を振る。壊斗も手を振り返し、そして瞬時に姿を消した。

 

「あ、仮面の神主さん消えちゃった」

「お知り合い? 千雨ちゃん」

「ああ」

 

 千鶴に頷きを返し、彼女は周辺を見回す。そして溜息を深々と吐いた。そこには気絶した妖怪どもと、気絶したいいんちょが倒れ伏している。後始末を考えて、彼女は再度大きく溜息を吐いた。




というわけで、魔改造ちうたん実は強いです。通常形態でも、基本構造に超合金使ってますので、刃物とか通りませんし。


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第015話:鬼神に挑め

 シネマ村での騒動があった日の夕刻、千雨は宿に帰ると瀬流彦先生を探した。彼は先生たちに割り当てられた個室で、何やら報告書を書いている。千雨は声をかけた。

 

「瀬流彦先生。ちょっと今日の事で、お知らせしたい事が」

「あれ? 長谷川君か」

 

 瀬流彦は、最初いつもの『へにゃっ』とした感じの緊張感が無い笑顔を浮かべていた。しかし千雨の厳しい表情に何か感じ取ったのか、『キリッ』とした表情に切り替える。いつもこの表情でいれば、さぞかしモテるだろうに、と千雨は思った。

 

「瀬流彦先生、今日街中で、魔法関係の騒ぎがありました。近衛を狙ってる連中は、手段を選ばなくなってるみたいです。一般人であるいいんちょ……雪広が、妖怪の攻撃で気絶させられました。

 まあ怪我とかはさせない程度に最低限の配慮はしてたみたいですが、魔法の秘匿とやらにとって危険なレベルであった事は間違い無いです。学園長先生に瀬流彦先生から報告していただけませんか?」

「……そうか。学園長先生が、長谷川君には一応の説明とかしてたって言ってたもんね。と言うか、説明しとかないと長谷川君の場合は逆に危ないって……。

 わかった。僕から学園長先生には話を通して置くよ」

「お願いします」

 

 千雨は用が済んだら、さっさと立ち去ろうとする。しかし瀬流彦が、それを呼び止めた。その表情に、悲痛さがある。

 

「あ、長谷川君ちょっと待ってくれ……。

 その、以前の妖怪騒ぎの時は、申し訳なかった。本当に、済まない……。人払いの結界があるからと油断していた僕たちのミスで、君を危険に晒してしまった……。本当に……」

「いえ……。

 大怪我は負いましたが、何とかこうして回復もしましたし。それに学園長先生からも、ちゃんと謝罪していただきましたから。第一わたしの様な特異体質がいるなんて、知らなかったんでしょう?

 何より、もう済んだことです。全く気にされなかったら腹が立ちますが、そこまで気にされるのも逆に気が重いですので」

 

 千雨はふっと柔らかい笑顔を浮かべつつ、瀬流彦に返答する。瀬流彦はまだ若く経験不足だが、きちんと職務をこなそうと言う生真面目な姿勢、そして目下の者にも失態を素直に詫びる善性と柔軟さは、好感が持てた。

 

「そ、そうかい?」

「そうです。じゃあ、学園長先生への連絡はお願いしますね」

「ああ。任せてくれ」

「では失礼します」

 

 今度こそ、千雨は瀬流彦の個室を辞去した。

 

 

 

 風呂上がりの千雨は、班毎に割り当てられた部屋で休息を取っていた。ちなみに気まずいのか、和美は他の部屋に行っている。多分、就寝時間まで戻って来る事は無いだろう。千鶴が少々しょんぼりしているのは申し訳ないと千雨は思うが、彼女にどうにかできる事でもないし、正直どうにかしたくもない。

 と、そのとき壊斗から通信が入った。同時に、ネギに付いて行かせたドロイドから緊急連絡が入る。

 

『ハセガワ、緊急事態らしい』

『今わたしにも連絡が来た!』

『ああ。関西呪術協会の本山が、例の白髪の少年に襲撃を受けた様だな。と言うか、ドロイドも撃破された様だ。今しがた、通信が途絶えた』

『なんか敵は、他者を石化させる術を使うみたいだな。ドロイドはそれに巻き込まれたっぽい』

 

 通信の向こう側で、壊斗が不敵な笑顔を浮かべた雰囲気がした。

 

『……行くんだろう? 関西呪術協会本山の上空で落ち合おう』

『わかった!』

 

 千雨は部屋を出ると、旅館の外へ向かい駆け出す。しかしそこで、長瀬楓、龍宮真名、古菲の3人が旅館を抜け出すのを発見、慌てて物陰に隠れた。

 幸い彼女たちも急いでいたらしく、楓がちょっとばかり千雨の隠れた方を見ただけで、走っていってしまった。それを見送った千雨は即座にロボットモードになり、宇宙戦闘機形態にトランスフォームする。

 

「スーツオン! プリテンダー! トランスフォーム!」

 

 そして千雨が変身したサウザンドレインは、超音速で関西呪術協会の本山、炫毘古社へと向かった。

 

 

 

 関西呪術協会本山の上空で、サイコブラストとサウザンドレインは合流する。

 

『遅くなって、ごめん! ちょっと出がけに他の奴らに見つかりそうだったんだ』

『いや、俺も今来た所だ。気にするな』

『ところでサイコブラスト、敵の石化の術の対策はどうする? メカであるドロイドがやられたって事は、下手するとわたしらでも石にされかねないんじゃないか?』

 

 サイコブラストはちょっとばかり考えるが、すぐに答えを返す。

 

『基本的に魔法の類は、フォース・バリアーで防げる事がわかってる。事実、昼間の戦いであの眼鏡のサル女や、白髪の少年の魔法をバリアーで回避したからな。

 一部の特殊な物はともかく、今回はバリアーでなんとかなるだろう』

 

 彼らはロボットモードにトランスフォームし、着陸する。そして人間形態に変わり、西の本山である炫毘古社の中を確認した。

 

「……宮崎が石にされてやがる。だから言ったんだ、ちくしょう! ……あと、以前に資料で見せてもらった西の長、近衛詠春も石化状態か。それにここの人員らしき巫女さんやら何やら。

 ただネギ先生に神楽坂、近衛、桜咲、綾瀬がいない。石にされた奴は、魔法使いたちに任せれば元に戻ると信じたいが……。くそっ!」

「行方が分からん連中についてだが、魔力や気を探るセンサーは、まだ性能がそこまで高く無いからな……。精度はともかく、感知距離はそこまで長くない。そいつらが何処に行ったかを探るには……」

 

 千雨は眉を顰めつつ、首を傾げて問う。

 

「普通の生命反応を探るんじゃ、だめなのか?人間サイズの生命反応を探せば……」

「野生動物を誤認するかもしれんが……。まあ、やってみるか。めぼしい反応の位置を、手分けして当たればいいだろう。

 ……あまり気に病むな。石になった連中からも、生命エネルギーの反応はちゃんと出ている。死んだわけじゃ無い。きっと治る。魔法使い連中で無理だったとしても、その時は俺が治す方法を研究する。時間はかかるだろうが……」

「……ああ。それじゃ、他の奴らを探しに行こう。

 スーツオン! プリテンダー! トランスフォーム!」

「スーツオン! プリテンダー! トランスフォーム!」

 

 そして宇宙戦闘機形態になったサウザンドレインとサイコブラストは、手分けして近場の生命反応の位置を調べるべく、分散して飛び去った。

 

 

 

 サイコブラストからの通信が、サウザンドレインの脳裏に聞こえる。

 

『第1ポイントの反応は、ただの野生動物だった。これより第3ポイントへ向かう』

『そっか。第2ポイントも違った。第4ポイントへ向かうよ』

『……第3ポイントも動物だ。第5ポイントへ向かう』

『第4ポイントも駄目だった。第6ポイントへ……』

 

 ちなみにサイコブラストが奇数番号のポイントを、サウザンドレインが偶数番号のポイントをチェックしている。しかし今のところ、捜索対象は発見できていない。

 だがここで、サイコブラストがようやくの事で、全員ではないにせよ対象者を発見した。

 

『待て、第5ポイントで、2名発見した。3-Aのリストにある神楽坂明日菜と桜咲刹那だ。妖怪らしき大群……100体ほどの鬼に囲まれている。

 あとは……。お前が戦った、月詠とか言う敵が……』

『ち、そいつは厄介だな』

『む、3-Aのリストの龍宮真名と古菲が助けに入ったぞ。ただ、ネギ少年に近衛木乃香、綾瀬夕映が見当たらん』

『長瀬は居ねえのか? たしか旅館を出る時に、龍宮や古といっしょに居たのを見たんだが。……それとも、長瀬は綾瀬かネギ先生の方に回ってるのか?』

 

 サウザンドレインが考えを巡らせている間に、サイコブラストが方針を決定した。彼はサウザンドレインに通信でその方針を伝える。

 

『俺はこのまま介入するから、サウザンドレイン、お前はそのまま捜索を続けてくれ』

『わかった! じゃあわたしは第6から先のポイントを順に回る!』

『了解だ。では介入開始と行くか』

 

 サイコブラストの介入があるならば、あちら側の情勢はおそらく心配はいらないはずである。サウザンドレインは、そのまま調査を続けた。

 

 

 

 ネギは絶望的な局面に居た。敵の魔術師である白髪少年を上手くひっかけて、遅延呪文(デイレイ・スペル)の『戒めの風矢(アエール・カプトウーラエ)』にて捕縛、身動きを取れなくしたまでは良かったのだ。だがしかし、彼は一歩及ばなかった。

 天ヶ崎千草が木乃香の魔力を利用して、千六百年前に打倒されたとの伝説がある巨躯の大鬼『リョウメンスクナノカミ』を召喚したのである。ネギは必死に、自身が現時点で使える最大呪文、『雷の暴風(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)』を行使。

 しかし……。ネギが全力を振り絞ったその魔法は、あっさりと『リョウメンスクナノカミ』に(はじ)かれてしまう。ネギを嘲笑い、もう怖い物は無い、東に巣食う西洋魔術師どもに一泡吹かせられると高笑いする天ヶ崎千草。あげくに白髪の少年も、『戒めの風矢(アエール・カプトウーラエ)』を破り戦線に復帰してしまう。

 

「善戦だったけれど……。残念だったね、ネギ君……」

 

 白髪の少年は、全力を出し尽くして身動きの取れないネギに向かい、ゆっくりと歩いて来る。今まさに万事休すか、と思われたその時だった。白髪の少年が、天空を仰ぐ。

 

「!?」

「え……」

 

 一条の閃光が……輝きの巨槍が、超音速で突っ込んで来たのである。その光の槍は、狙い過たず『リョウメンスクナノカミ』の胸元を貫く。『リョウメンスクナノカミ』の胸板に大穴が開き、次の瞬間その全身が衝撃波で爆散した。

 天ヶ崎千草の悲鳴が響く。

 

「あわびゃあああぁぁぁーーー!?」

 

ドッボオオオォォォン……。

 

 千草は『リョウメンスクナノカミ』召喚の儀式場になっていた湖の湖面に落着、派手な水柱を上げた。この騒ぎを引き起こした光の槍は、大きな円弧を描いて上空へと舞い上がって行く。そして響く変形音。

 

ギゴガゴゴゴ……。

 

 そこに存在したのは、黒い女性的なラインのボディ、あちこちに走る青と銀のアクセント模様、そして紫のデストロン軍団のエンブレム……。全高10mばかりのその巨体は、誰あろうサウザンドレインのロボットモードであった。

 そう、サウザンドレインは巨大な化け物……『リョウメンスクナノカミ』が出現したのを察知し、慌ててこの場に急行したのである。そしてネギがピンチになっているのを見て、必殺技で……宇宙戦闘機モードでフォースバリアーを円錐(コーン)状に機体周辺に展開し、超音速マッハ5.2で突っ込むと言う荒業で、『リョウメンスクナノカミ』を撃破したのだ。

 ちなみに千草の事は放っておいたが、木乃香は無事に救出している。木乃香はトラクタービームで捕捉され、今はサウザンドレインの左腕に抱えられていた。サウザンドレインは、ゆっくりと地上へ降りて来る。

 

『大丈夫か?ネ……少年。たしかわたしのデータベースでは、麻帆良学園の名物教師の1人、子供先生ネギ・スプリングフィールドで間違いないかな?』

「え、は、はい! あ、あなたは!?」

『わたしの名はサウザンドレイン。超ロボット生命体トランスフォーマーだ』

「え゛っ……。だ、誰か人が乗ってるんじゃ無いんですか!?」

 

 自己紹介完了。これでサウザンドレインがネギの事をネギ先生と間違って呼んでしまっても、問題ない。ネギも、そして彼の肩にいるカモも、呆然としてサウザンドレインの巨体を見上げた。そしてサウザンドレインは、白髪の少年に向き直る。

 

『……貴様はこの少女を誘拐した一味だな?』

「……まあ、そうだね。ふう……。計算外な事ばかりだな」

 

 白髪の少年は肩を竦めて言う。

 

「残念ながら『リョウメンスクナノカミ』も倒されてしまったし、もはやできる事も無さそうだ」

『……もしかして、今更逃げるって? やった事の責任も取らず、それは虫がいいんじゃないか?』

「そう言われてもね」

「なら、わたしが落とし前をつけさせてやろう」

「!!」

 

 そう言って、白髪の少年の影から『ぬっ』と出現した者が居た。瞬時に対処せんと身構えようとした白髪の少年であったが、それも叶わずに一撃で大空へと打ち上げられる。打撃をくらった瞬間に、曼陀羅状の魔法障壁が展開されていたが、それもあっさりと破壊されていた。

 ネギが驚いて叫ぶ。

 

「エヴァンジェリンさん!」

「フン、情けないぞ坊や。この程度の輩にいい様にされるなど、不甲斐ないにも程がある。いいか? こう言う輩はこうやって……」

 

 そしてその出現した者……エヴァンジェリンの姿は、瞬時に上空に舞い上がっていた。更にエヴァンジェリンはその拳を、自分が宙に打ち上げた白髪の少年に叩きつける。

 

「……こうしてしまえば良いのだ!」

「……!!」

「「『いや、無理でしょ』」」

 

 ネギの前に落着し叩きつけられた白髪の少年は、バシャッと水滴になって飛び散る。エヴァンジェリンは不機嫌そうに言葉を吐き捨てた。

 

「フン、根性なしめ。幻像(イリュージョン)を使い逃げたか。……奴め、人間ではないな。人形か、あるいは……。ん?」

「お嬢様ーーー!!」

 

 その時、空からもう1体の巨大ロボットが降りて来る。言うまでもない、サイコブラストのロボットモードだ。彼は両腕に、明日菜、刹那、それに龍宮真名、古菲の4人を抱えていた。

 刹那は、サウザンドレインの左手に木乃香が抱えられているのを見ると、慌てて10m近い高さのサイコブラストの腕から飛び降り、木乃香の名を叫びながらサウザンドレインに駆け寄る。サウザンドレインは失笑しつつ言った。

 

『ふふ、大丈夫だ。気絶しているだけで、傷一つ無い』

 

 そして彼女はそっと、木乃香を刹那へと渡してやる。必死で木乃香を抱き取った刹那は、安堵の余り落涙した。

 

「お、お嬢様……。よか、った……」

「ん……。む……? あ、せ、っちゃ、ん?」

「このちゃん……。よかったぁ……」

「えへ……。せっちゃん、泣き虫さんやなあ……」

「このちゃんこそ……」

 

 その場の全員が、微笑ましい気分になった。だがそんな空気も、数分で吹き飛ぶ。ネギでは無いが、ネギと同程度の少年の声が、あたり一面に響いたからである。

 

「う、うわぁっ!? な、なんやこの巨大ロボは!! すげー、すげぇ、すっげぇやんか!!」

「こ、小太郎君!?」

「あー、小太郎。少し静かにするでござるよ。……ではあるが、確かに凄いでござるなあ」

「これは、麻帆良大学部か麻帆良工科大が造ったのでしょうか。いえ、もしかして超さんや葉加瀬さんとロボ工研が? なれどこの様な物を隠れて造ることなどできるのでしょうか。いえ、目の前に存在しているのです。認めがたくても、認めねばなりません。ああしかし……」

「あ、長瀬さん! 綾瀬さんも!」

 

 何で敵対していたはずの犬上小太郎が、友好的な雰囲気でこの場にいるのか、それについてはサウザンドレインにもサイコブラストにも全く分からない。まあしかし、小太郎とネギが戦ったのを知ったのは直接ではなく、ドロイドでの偵察による遠隔情報である。細かい事情など察する事はどうせ出来ないと、2人はあっさり諦めた。

 そう言えば、エヴァンジェリンは呪われて麻帆良に封じられているはずなのに、何故京都に来られたのか。その理由もまったく分からない。しかしどうせ後で、学園長近衛近右衛門に訊ねればいい話である。ふとサウザンドレインが見遣ると、気絶した天ヶ崎千草を茶々丸と何やら小さな少女人形が捕まえていた。

 

『……さて、それでは俺たちはこの辺で失礼させてもらうか』

『だな。じゃあな、あんたら』

「あ、ちょ……」

『『トランスフォーム!』』

 

ギゴガゴゴゴゴッ!

 

 ネギが呼び止めようとしたが、サウザンドレインとサイコブラストは宇宙戦闘機モードにトランスフォームすると、夜空の彼方へと飛翔した。あっと言う間に、現場だった湖が小さくなり、視界の隅に消える。

 

『……そう言や、あの物騒な月詠とか言う女はどうなったんだ?』

『ああ、あれか。なんかあの龍宮真名とか言う娘に向かって『神鳴流には飛び道具は効きまへんえー』とかほざいてたんでな。本当かどうか試してみた』

『何やったんだ……』

『ミサイル。爆発でかなりの重傷を負ったらしく、必死で逃げてったぞ。そう言うわけで、神鳴流とやらにも飛び道具は効くと言う事が判明した』

『いや無茶だろ。って言うか生きてるだけで凄えな』

 

 サウザンドレインとサイコブラストは、各々が宿泊している旅館のある方角へ向けて飛んだ。サウザンドレインのクラスメート、宮崎のどかが石化したままである等の問題は残っているが、とりあえず事態は一段落したのである。




千雨たちの介入の結果、刹那が妖とのハーフである事を明かさなかったとか、刹那や木乃香が仮契約しなかったとか、エヴァの活躍が半分以上潰れたとか色々ありますが、とりあえず『リョウメンスクナノカミ』戦は終了です。


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第016話:さあ、帰ろうか

 旅館に帰った千雨が見た物は、ネギ、明日菜、木乃香、刹那、のどか、夕映たちの身代わりとして創られた式神の、それらが暴走する姿だった。身代わりたちは、送り込んだ関西呪術協会本山の術者たちが石化されたため、スタンドアローンで稼働していたのだが……。スタンドアローンの式神は術者の力量や作るのにかけた手間にもよるが、基本的にちょっとどころじゃなくおバカさんなのである。

 なお、どんな暴走をしているか等は、本人たちの名誉のために触れないで置きたい。決してストリップショーの真似事などをしているとか言ってはいけないのだ。千雨は体内の通信装置で、壊斗に愚痴る。

 

『うわぁ、頭痛え……。どうしたもんだろうな、壊斗……?』

『流石になあ……。いくら俺でも、そこまではどうしようも無い。なる様になるしか無いんじゃないか?』

『だよなあ……』

 

 そこへ村上夏美と那波千鶴がやって来る。

 

「どうしたの、長谷川さん」

「あ、村上か。アレをどうしたもんだろな、と思ってさ」

「……どうしたんだろうねえ」

 

 夏美は溜息交じりに、暴走する式神を見遣る。と言うか、彼女は身代わりの式神を本物だと思っているのだ。本物たちにとっては、エラい風評被害であった。

 千鶴も困った顔をして、頬に手をあてて言葉を紡ぐ。

 

「ネジでも飛んだのかしら」

「あんたもキッツイな、那波……」

 

 結局、口八丁手八丁で瀬流彦先生に頼んで、色々誤魔化すことになった。瀬流彦先生に幸あれ。

 

 

 

 そして昼頃になって、ネギたちの行動が普通に戻った。いや、千雨がセンサーで確認したところ、式神ではなく生身に戻っていたから、おそらくは帰って来た本人たちと入れ替わったのだろう。

 

(……宮崎も、無事に石化解除されたみてえだな。本当に、これで一安心だぜ)

 

 はにかみながらネギや夕映と会話しているのどかを見て、千雨はふっと笑みを漏らす。だが同時に、頭の痛い問題も思い出してしまう。

 

(綾瀬が、魔法の事を知っちまったんだよなあ……。奴の事だから、下手すると自分も魔法使いになりたいとか言ってネギ先生に願い出たりするんじゃねえか? きっちりした覚悟も無しに)

 

 千雨には、その様子が目に見える様だった。ずーん、と肩が重くなる。と、そこへ古菲が声をかけて来た。

 

「どうしたアルか? 何か一身にこの世の不幸をことごとく背負った様な顔してるアルね?」

「いや、古。さすがにそこまでは思ってないからな? まあ、ちょっとばかり不運だとは思わなくも無いが」

 

 自分は関係ない事だ、と無視してしまえれば、どれだけ楽になる事か。いっそそうしてしまおうか、とさえ思わなくも無い。だが現実に問題が発生してしまえば、何故自分は動かなかったのか、と自責の念にかられてしまうだろう事はたぶん間違いが無い事だ。

 しかし今の所は、その様な事は起きてはいないのだし、とりあえず千雨はこの想像を脇に置いておく事にする。そして彼女は古菲に問いかけた。

 

「……そういや古。なんでわたしに話しかけて来た? ああいや、悪いって言ってるわけじゃねえ。ただ、わたしとアンタにはこれまで特に、接点とか無かったからな」

級友(クラスメート)が落ち込んでる顔してるのが気に掛かったのが1つアルね。もう1つは、ちょっと頼みがあるアル」

「あるアルって……。無理に語尾にアルつけなくてもいいんだぞ。それ中国語じゃねえだろ。で、頼みって何だ?」

 

 古菲はにこやかな笑顔を崩さずに、言ってのける。

 

「ただちょっと、手合わせしてみたいと思っただけアルよ。昨日、シネマ村で大立ち回りしたそうアルね? かなりの腕前だったと聞くアルよ」

「……失望させるだけだと思うんだが。わたしは春先から鍛え始めたばかりの付け焼刃で、防具の頑丈さに任せた相打ち戦法だからな」

「それは実際にやってみないとわからないアルね。ケド、たぶん大丈夫アルよ」

「根拠は?」

 

 満面の笑みで、古菲は胸を張る。

 

「ワタシの勘アル!」

 

 あまりの言い草に、千雨は呆気にとられ、そして次の瞬間吹き出してしまう。

 

「ぷっ……。あはは、なるほどな。勘、か。勘働きってのは、大事にすべきだよな」

「む。可笑しく無いアルね」

「悪い。けど面白かったのは確かだが、馬鹿にして笑ったわけじゃねえ。勘ってのは、そいつが今まで生きて来た間の経験則とかの集積物だからな。決して馬鹿にできたもんじゃねえんだ。

 そっか、勘、か。となるとわたしの普段の身ごなしとかに、わたしの格闘の師匠の教えとかが、僅かなりとにじみ出てたのかも知らんな。その教えが、僅かなりとわたしに息づいてたなら、嬉しい事だが」

「……そうアルね。で?」

 

 急に真面目な顔になる古に、千雨は難しい顔を見せる。その表情には、陰が差していた。

 

「……どうしたもんかな。実はな? シネマ村での一件では、ドーピングじみた事やった上での戦闘力なんだよ。わたしの身体に害は無いんだがな。だけどオマエみたいな真っ当な武闘家と遣り合うのに、ドーピングは卑怯だろ?

 それにわたしの技は、ドーピングを前提にした技が多いって言うか、ソレしか無いんだよな。そう言う流派だと思ってくれりゃ、いい。本来なら、表にさらけ出せるもんじゃ無いんだ。だけど前回シネマ村では、緊急事態だったからな……」

「……なるほどアル。うん、それでもかまわないアルね」

「え?」

「故国の拳法にも、毒手拳とかあるアル。人体改造じみた行いをする流派も珍しくないアルね。長谷川、あらためてお願いするアルよ。ドーピング付きで良いアルから、わたしと戦って欲しいアル」

 

 このとき『人体改造』と言う言葉を聞いて、千雨は内心で焦る。この古菲(バカイエロー)、勉強ができないだけで実はとんでもなく鋭いのではないだろうか。まあ千雨は改造どころか、生まれ変わらされた様な物なのだが。

 

「どうしたアルか?」

「あ、いや……。わかった、他人との手合わせの必要性は、わたしも感じてたんだ。こないだのシネマ村の件では何とかなりはしたけど……。不要な攻撃を防具の上からとは言え、何度も受けちまったからなあ。万一相手がこちらの防具を貫ける攻撃してきたら、と考えるとな……。

 わたしも経験を積んでおく必要があるのは間違い無いんだ。古が手合わせしてくれるんなら、ありがたい。ただ、見世物じゃないから……。古がいつもやってるみたいに、衆人環視の中で戦うのは勘弁してくれ。麻帆良に帰ってから、古と2人きりって事で、なんとか頼む」

「了解アルよ!」

 

 本当であれば、千雨は戦いは好きではない。誰かとの手合わせだって、できるなら遠慮したいのが本音だ。だがしかし、自分の置かれている立場の不安定さを、彼女は重々理解している。起こるかもしれない戦いに、備えて置く必要は絶対にあるのだ。

 そう言う見地からすれば、古菲の申し出はありがたい事である。古はストリートファイトなりなんなりで、多くの対人戦闘の経験を持っているのだ。その技術を幾ばくかなりとても盗む事ができれば、非常に助かると言う物であった。

 

 

 

 小鳥型ドロイドで、千雨はネギたち一行の様子を窺っていた。まあ、天ヶ崎千草が捕まって白髪の少年が逃げた事で、これ以上の事件は起こらないだろうと思われる。しかしやはり、用心に越したことは無い。

 そしてネギたちは、関西呪術協会の長である近衛詠春と落ち合った。千雨はそれを、小鳥型ドロイドとの視覚聴覚共有で観察する。無論の事ながら、この情報は壊斗にも送られているのだが。

 詠春は、事件の事後処理についてネギたちに語った。まずは『リョウメンスクナノカミ』についてである。『リョウメンスクナノカミ』は、活動不能にこそなってはいたものの、死んでは……つまり鬼たちの世界に『還って』はいなかったらしい。だが今後数百年から千年以上に渡って活動不能になるほどのダメージを受けていたため、非常に楽に再封印ができた、との事であった。

 

『お前の必殺技を受けても、完全に倒す事は不可能だったか。やはり超常の生き物と言うのは油断ならんな』

『そうだな……。あれで死なないってのは、とんでもねえなあ……』

 

 千雨は壊斗と通信装置で話し合う。だが詠春の話が続いていたので、千雨たちは改めて『耳』を澄ませた。

 詠春の話によると、『リョウメンスクナノカミ』討伐後に現れた犬上小太郎は、どうやらきっちりと降参して帰順したらしい。彼の場合、利用された様な側面もあるのでそこまで重い罰は受けないらしいが、それでもちゃんと処罰があるそうだ。

 そして主犯の天ヶ崎千草だが、こちらについては『まあその辺りは私達にお任せください』と言葉を濁していたが、なんらかの処罰がある事は間違いなさそうだ。もしかしたら、子供たちに聞かせるのを(はばか)って言葉を濁したとすると、千草の行く末は暗いのかも知れない。思い切り。

 エヴァンジェリンが詠春に語り掛ける。

 

「それより問題は、あの白髪のガキか」

「現在調査中です。今の所、彼が自ら名乗った名が『フェイト・アーウェルンクス』であることと……。一か月前にイスタンブールの魔法協会から日本へ研修として派遣されたということしか……」

『嘘、だな』

『え?』

 

 壊斗は詠春の言葉に、嘘がある事を見抜く。

 

『今の台詞だが、音声を解析したところ、若干……。人間の耳では聞き取れない程度のうわずりが。それと近衛詠春本人に若干の発汗、心拍数の微妙な変動、その他諸々があった。おそらく、『~ということしか』分かっていないと言う部分が嘘だ』

『凄えな、壊斗』

『つまりは子供たちに余計な負担、不安を与えないために隠したんだろうが、たぶん近衛詠春はもっと多くの事を知っている。おそらくエヴァンジェリンあたりはそれに気付いているが、問い詰める様子はないな。

 子供たちの前だからなのか、本質的に興味を持っていないのか、その辺は分からんがな』

 

 その後詠春とネギたちは、ネギの父親であるナギ・スプリングフィールドの別荘へ向かう。そちら関係の話を盗み聞きするのは無粋だと思った千雨や壊斗は、ネギたちから小鳥型ドロイドを離し、周辺警戒に集中させたのだった。

 まあ、何も事件は無かったのであるが。

 

 

 

 翌日、東京駅へ向かう新幹線の中で、千雨は窓際の席で飛ぶ様に流れる外の風景を眺めていた。

 

『このまま麻帆良まで帰りつければ、お役御免だな』

『と言うか、わたしたち働き過ぎじゃね?』

『それには完全に同意だ。近衛学園長に、報酬の増額を要求しよう』

 

 新幹線の上空を飛ぶ、宇宙戦闘機モードのサイコブラストと雑談をしながら、千雨は修学旅行の色々な事を思い返す。そして彼女は、頭を抱えた。問題が多かったと言うより、問題しか無い。朝倉和美とカモの事は彼女としてはもうどうでも良いが、他にも魔法関係者以外に魔法の事がバレてしまっている。具体的に言えば、古菲と綾瀬夕映だ。

 それに表向きは魔法の事を知らない事になっている、神楽坂明日菜と長瀬楓の件もある。彼女らは、ネギに同情して魔法の事を黙ってくれてはいる。しかし今回の事で、彼女らは前線に立って戦った。戦ってしまった。このまま『え~? わたしたち魔法の事なんか知りませんよ~』『そうでござるよ~。魔法って何でござるか?』と言うわけには絶対にいかないだろう。

 

『ま、近衛に魔法がバレちまったのは、逆に良い事とも言えるがな』

『そうだな』

『桜咲との仲も改善したし。それに、近衛みたいな才能持ちが魔法に関わらないで生きていくってのは、無理があるんだよな。と言うか、ちょっと前までのわたしみたく、魔法関係に巻き込まれて死にかける事だって無くは無い……。いや、確実にあるだろ』

『実際、今回の件なんかはソレそのものだったろうに』

 

 ここで、車内を巡回していたしずな先生が声をかけて来る。

 

「長谷川さんは起きてるのね」

「いえ、眼が冴えてしまって」

「何なら、毛布いるかしら?」

「いえ。大丈夫です」

 

 しずな先生は、ふっと笑う。

 

「けれどホント、静かねえ」

「あれだけ騒ぎっぱなしなら、仕方ないと思いますが」

「そうねえ……。じゃ、わたしは行くわね」

 

 しずな先生は明日菜とネギが眠っている席へと、新田先生と共に移動する。そしてそこで何やら新田先生と話している様だ。2人の先生は、微笑ましい物を見たかの様に頬が緩んでいた。遅れて瀬流彦先生がそちらへ出向き、運んでいた毛布をかけてやっているらしい。

 千雨は、笑みを漏らした。脳裏にサイコブラストが微笑んだ様子が伝わって来る。

 

 

 

 こうして修学旅行は終わりを迎え、千雨を含めた3-Aの一同は麻帆良へと帰還したのである。




修学旅行編、なんとか終了いたしました。朝倉和美やカモとの仲が致命的に壊れたりとか、色々ありましたが。それと、古菲との手合わせフラグが立ちました。近いうちに、その描写が文中に入るかと思います。


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第017話:色々と、後始末

 今、麻帆良学園本校女子中等部の学園長室には、重苦しい雰囲気が漂っていた。学園長の机の前にはネギが項垂れ気味に立っており、そして机の上ではケージに入れられたカモがガクブル状態であった。

 何があったかと言うと、ネギが学園長にカモの行動について、定期報告をした結果である。カモが修学旅行中に、3-A女生徒を(たぶら)かして騙し討ち同然に仮契約(パクティオー)させた事は、大きな問題であった。しかもカモは、ネギにもまったく伝えずにネギをも騙す様な形で計画を遂行していたのだ。

 

「ふうむ、アルベール・カモミール……。お主の罪状は明らかじゃ。されど、この件に於いてはネギ君も、監督不行き届きの(そし)りは免れんぞい?」

「は、はい……」

「いいかの、ネギ君。君はアルベール・カモミールを保護観察と言う形で引き取った。これは決して、無罪放免と言う意味ではないぞ? 理解しておるね?」

「はい……」

 

 実はカモは、ネギに土下座して、この件を報告しないでくれる様に頼んでいたりする。だが仲間内にダダ甘のネギがこれを学園長に報告したのは、刹那の助言によるものだ。どうせ刹那や龍宮は、学園長に修学旅行での全ての事件について報告せざるを得ないから、ネギが報告しないと矛盾が生じる、と。

 そして更に、この件でネギが報告しないとしたら、それはネギが学園長の信頼を裏切る事になる、と。そう刹那はネギを、懇々と言い諭したのだ。そしてネギは、断腸の思いでカモの所業について学園長に報告したのである。

 近右衛門は語る。

 

「ネギ君、君はアルベール・カモミールの素行をチェックし、悪さをしない様に見張る義務があった。その義務を負ったからこそ、君はアルベール・カモミールを引き取る事ができたんじゃ。だが、君はその義務を放棄した」

「……はい」

「フム……。反省はしておるようじゃの。ではネギ君は、減俸じゃ。ただし魔法使いとしての事件で、通常の教員としての給与を減らすのは、それこそ魔法の秘匿義務に引っ掛かる。それ故に、関東魔法協会所属見習い魔法使いとしての手当を、30%減俸3ヶ月じゃ。」

「え、ええっ!? そんな手当、あったんですか!?」

「今までも支払われておったぞ。ただし直接では無しに、英国(イギリス)の従姉殿じゃったかの。そのネカネ殿が、ネギ君の将来に向けて積み立てておるがの」

 

 そして近右衛門は、カモの入ったケージに顔を向けて、椅子から立ち上がる。右手にはいつの間にか、魔法使いの杖を構えていた。

 

「アルベール・カモミール……。お主に対する罰は……これじゃ」

「ひ……!!」

「か、カモ君!」

「ムラクモ・ルラクモ・ヤクモタツ……」

 

 近右衛門は、精神を集中して延々長ったらしい呪文を唱える。そして呪文を唱え終わった瞬間、杖から雷光の様な輝きが迸り、カモを直撃した。

 

「ぎゃぴいいい……いいい……い、あ、あれ?」

「アルベール・カモミール。お主には、『オコジョ刑』が相応しかろうて」

「へ?」

「え?」

 

 カモは一瞬呆気に取られる。ネギもまた、呆然とした。

 

「な、なーんでぇ! 学園長、冗談が過ぎるぜ! ありがてえ! 最初っから赦してくれるつも……り……い?」

「わしがふざけて『オコジョ刑』を選んだとでも思うのかの?」

 

 近右衛門は、冷たい目でカモを見遣る。カモは冷や汗が流れて仕方がない。ネギはわけがわからない様子であったが、突然何がしかに気付いた。

 

「あ!」

「ネギ君は気付いたかの。そうじゃ、お主は『オコジョ妖精』ではなく、『オコジョ』になっておるのじゃ。当然ながら、『オコジョ妖精』特有の魔法も何も使えん。ただの『オコジョ』じゃ。ただし、人語は解するがのう。

 それだけではない。『オコジョ妖精』はビールなど人の飲食物を飲み食いもできる。お主もこれまで、人間の食文化を随分と楽しんだじゃろ? なれど、お主の消化器官は今は既に、ただの『オコジョ』の物じゃて。これからは生肉かペットフードで我慢するんじゃの」

「な!?」

 

 がびーん、とショックを受ける元オコジョ妖精にして現オコジョ。近右衛門は重々しく続ける。

 

「もしお主が反省し、真摯に己の罪と向き合い、必死に償ったその時は、わしはお主のオコジョ化を解く『かもしれない』。良いか? あくまで『かもしれない』じゃぞ? わしは……わしらは、お主を信用せん。お主が反省したフリでこちらを騙そうとするやも知れぬからのう。

 けれども、お主がいつかオコジョ妖精に戻りたくば、必死の思いで償いに全てを賭けるのじゃ。さなくば……。お主はただの一介のオコジョとして、何処ぞで屍を晒す事になろうよ……」

「ひ、ひでぇ、ひでぇよ……」

「何が酷いものか」

 

 そして再度椅子に腰かけた近右衛門は、もはやカモを一瞥(いちべつ)もせずに書類の束を捲る。そして彼はネギに問いかけた。

 

「ネギ君や。君の報告書では、此度の事件に巻き込まれ、已む無く魔法についてバレてしまったのは、木乃香、宮崎君、綾瀬君、古君となっておるの。そして君が車に轢かれかけた猫を魔法で救ったのを見られた、朝倉君か。まあ、この娘らに関しては、事情が事情じゃ。情状酌量の余地は大いにある。

 じゃが、刹那君や龍宮君……この娘たちは元より魔法関係者じゃったが、君はまだ見習いであるからの。時が来るまでは、と思い教えていなかったのじゃ。まあ、その刹那君や龍宮君じゃが、彼女らからの報告書では、他に前線で共に戦った人物として……」

「……学園長先生!!」

「む?」

 

 ネギは、目を瞑って勢いよく、頭を深々と下げる。近右衛門はそれをただ見つめていた。ネギは必死で叫ぶ様に言う。

 

「明日菜さんと長瀬さん、神楽坂明日菜さんと長瀬楓さんは、僕が僕のミスで、修学旅行よりもずっと以前に魔法をバラしてしまっていたんです! 僕は、卑怯者です! 露見するのが恐ろしくて、彼女らが魔法について黙っていてくれると約束してくれたのを良い事に、その事実を今の今まで黙っていたんです……!!」

「……どのようにして魔法をバラしてしまったのか、説明してくれるかね?」

「は、はい……」

 

 そしてネギは、石段から落下する宮崎のどかを救助するために魔法を使ったところを明日菜に目撃された事、エヴァンジェリンとの戦いに備えて山奥で魔法戦闘の訓練をしていたら隠形していた楓に目撃された事を近右衛門に話す。近右衛門は、再度椅子から立ち上がると執務机を回り込み、ネギに近寄った。

 そして彼は、右手をネギに向けて伸ばす。

 

「……え?」

「よく話してくれたの、ネギ君。わしはのう、ネギ君が話してくれるのを、ずっと待っておったんじゃ」

 

 近衛門の手は、ネギの頭を優しく撫でていた。ネギは驚き、身動きが取れずにそのまま撫でられ続けたままになっている。

 

「誰にでも、失敗はある。わざとやったんじゃ、ないんじゃろう? ことに、明日菜君の事は人命救助のため魔法を使ったんじゃ。まあ、一応罰は下さねばならんが、だからと言って情状酌量の余地は充分にあるわい。反省もしておろう?」

「は、はい」

「どっかの誰かと違って、悪い事を悪いとも思わずに意図的に罪のラインを踏み越えたわけでは無いんじゃ。罰も、そんなに重くするつもりは無いぞい?

 ただし、この失敗をしっかりと心に刻んで、必ずや今後に活かすんじゃ。それに、打ち明けるのが遅くなった事も、しっかりと反省を心に刻むんじゃぞ?」

「う、うぐ……。ひくっ……。はっ、はいっ!!」

 

 そして近右衛門は言う。

 

「ネギ君の失敗は、うかつに魔法に頼り過ぎた事にある。よって罰は、1週間の魔法封印じゃ。この1週間、魔法無しで暮らしてみるがええ。不便に思ったら、そこがネギ君が不必要に魔法に頼っていた部分じゃと思いなさい。良いな?」

「はいっ!」

 

 そしてネギは近右衛門の手により、1週間の魔法封印をかけられる。その後ネギは、オコジョになった元オコジョ妖精の入ったケージを持って、学園長室を退出して行った。

 

 

 

 そして近右衛門は、隣部屋に向けて声を上げる。

 

「……こんなもんで、どうじゃったかのう?」

「良いと思いますよ」

「流石の狸だな、近衛学園長」

「壊斗殿はキッツいのう……」

 

 隣の部屋との間にある扉を開け、入って来たのは言わずと知れた千雨と壊斗であった。

 

「しかし、あからさまに贔屓(ひいき)が明白だったな」

「そうじゃよ? 贔屓(ひいき)しとったよ? 第一、目先の欲望のためなら恩義のある兄貴分を利用する事すらも辞さない愚か者と、何処か危ういが将来有望で素直で優しく真面目な少年。比べるべくもないわい。ふふふ」

「確かにその通りだな、くくく」

 

 笑い合う古狸と鋼鉄超人を横目に、千雨はネギが出て行った扉を見遣る。

 

「やれやれ。ネギ先生個人の問題は、何とかなったな……」

「お主らが此度のシナリオの原案を持って来た時は、何かと思ったがのう」

「ネギ少年には、まあ自覚と反省が必要だからな。ただし今のままでは下手すると、こぢんまりと小さく纏まってしまう可能性もあるなあ。彼には教え導く師が必要だな。

 近衛学園長、あんたなら能力的にもネギ少年を教導できるんじゃないか?」

「そうも行かぬて。わしは他に仕事が多過ぎるわい。ネギ君の師か、誰が良いかのう?」

 

 溜息を吐いて、千雨が愚痴る。

 

「他にも問題がありますよ、学園長先生。他の面々はともかく、綾瀬は性格的にまずいかも知れません」

「うむ……。魔法使いの秘密を知りたいとか、魔法使いになりたいと言いそうじゃのう。いや、どうしてもなりたいと言うならば、迎え入れても良いのじゃが」

「いえ……。綾瀬の場合、覚悟も無しに突っ走ってしまう可能性が。自分では覚悟しているつもりになって……」

「覚悟が無くて、興味本位だけで入り込まれるとまずいのう……」

 

 千雨は更なる問題点についても語る。

 

「それと、綾瀬と宮崎が同時に魔法関係について知ったのもまずいかと。あいつらの場合、何時まで早乙女の奴に秘密にしていられるか……」

「そう言えば、朝倉和美君についてはどうなのかのう? やりたくは無いが、あまり騒いだり嗅ぎまわったりするならば、彼女の記憶をいじらねばならんかもと危惧しておるのじゃが」

「……それについては、お任せしますよ。正直、あいつとは合わない事を思い知らされまして。関わり合いになりたく無いんですよ。本当なら、あのオコジョとも関わりたく無いんですが、ネギ先生はちょっと色々裏事情を知らされて憐れになったんで……」

 

 近右衛門が、溜息を吐く。彼は首を左右に振りつつ、残念そうに言う。

 

「朝倉君が何をやって何を言ったかは、刹那君から報告を受けておるよ。長谷川君の気持ちも分からんでも無い。やれやれ、愛情とか親愛とかの反対は、憎しみではなく無関心だとは良く言ったもんじゃ。

 わかった。朝倉君については、まずは監視に留めてその行いを判断するとしよう」

「まあ、この問題についてはこのぐらい、か? では別件だが。流石に今回の旅行では俺たちが働き過ぎた。そうせざるを得なかったんだがな」

「うむ……。それに関しては申し訳なく思っておるよ。君らへの報酬増額は、間違いなくさせてもらうでのう」

 

 深々と千雨、壊斗に頭を下げる近右衛門だった。




ちなみにカモは、ただのオコジョになった今も、ネギによる保護観察は解かれていません。ネギもこれからはしっかりと、細大漏らさずカモの行動を報告してくれるでしょう。

ちなみに描写を削りましたが、朝倉さんは見た目少し大人しくなってます。更に内面の精神的には、何やらけっこうこたえた物があった模様。成長して一皮むけてくれるといいんですがね。


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第018話:機械仕掛けの日々

 鋭い拳撃の連打が、千雨を叩きのめさんとする。だが千雨は、顔や剥き出しの部位に命中する物だけを的確に金属製の小手で防ぎ、いなし、他はあたるに任せた。いや、攻撃が鋭すぎて、その程度しか防げなかったと言うのもあるのだが。

 

ゴスッ!ドスドスドスッ!

 

 鈍い、と言うか何かしら硬い物をバットで殴った様な、そんな音がした。千雨の対戦相手である古菲は、殴った感触に脅威を覚える。

 

「いったいどんな防具使ってるアル? ぜんぜん打撃が通らないアルね」

「済まんが、門外不出の秘密だ。悪いな」

「殴った手が痛いアルよ」

 

 言いつつ古は上段の蹴りを繰り出す。千雨は戦闘プログラムにより、それを高く上げた脚に履いたブーツで受けた。しかし古はその動きを最初から予想していた様だ。彼女は蹴りを受けられた反動を利用し、身体を小さく屈めて素早く左回転、千雨の軸足を蹴り払う。

 千雨は転倒しかける。しかし彼女は大地に手を着いて逆立ち状態になると、その手を軸にして回転し、まるで竹とんぼか何かの様に連続した回転蹴りを放った。慌てて後退する古。千雨はすかさず立ち上がり、古に向き直った。

 

「流石に素早いな。相打ち狙いですらも、こっちの攻撃があんまりあたらねえ」

「そのかわり、あたった攻撃は重くてかなりのダメージになってるアル。まるで、棍棒で殴られた気分アルよ。それにこっちの攻撃は、あたっても防具に防がれて、何の意味もなさそうアルね」

「あー。うん。そんなもんだろうな……」

 

 そして古菲は、すっと全身から余計な力を抜くと構えを取る。千雨もまた、それに倣った。

 

 

 

 古菲がニコニコと笑う。ただしその姿は、けっこうボロボロだ。一方の千雨は、信じられない物を見る視線で古を眺めている。千雨は己のみぞおちを、右手で撫でさすっていた。彼女は、手合わせ中は外していた伊達眼鏡をかけつつ、ぼやく。

 

「おま、こっちの防具()いて身体の奥に直接ダメージ与える技って、なんだよ……」

「済まないアルね。手合わせと言う事をついつい失念してしまったアルよ」

「まあ、それについてはわたしも、ついつい必死になっちまったしなあ。怪我、大丈夫か?」

 

 まあ、そう言う事である。一応手合わせは引き分けと言う事で終わらせたが、千雨は正直驚いていた。彼女の身体は、表面……外装や装甲と、骨格……フレーム構造は超合金セイバートニューロンで出来ている。だが内部装置の類は、やはり超合金だけで造るわけにもいかず、強度的に劣るのは必定なのだ。

 そこへ古が浸透勁と一般に呼ばれる技を、思い切り打ち込んで来たのである。千雨が知覚したところによれば、この技はいわゆる『気』とかに分類される技では無い。震脚から生み出された力学的エネルギーを足首、膝、股関節、腰、背骨、肩、肘、手首、掌へと順に伝えるうちに、螺旋の力として増幅し、相手に叩き込む技術だ。

 それがどうして装甲……千雨の表皮を貫通して内部に叩き込まれたのかと言うと、最終的な衝撃の発生点である掌で、衝撃のエネルギーが何がしかの振動となり、千雨の胴体内で固有振動数が調律されて再現され、直接体内で爆発的な威力が発生したのだ。

 何を言っているのかわからないと思うが、千雨も分かっていない。ただわかる事は、短距離ではあるが遠隔で空間を飛び越えて攻撃する手段がこの世の中には存在する、と言う事である。実際、自動的に修復中であるが、千雨の腹の中はけっこうなダメージを負っていた。

 

(……得られたデータを壊斗に渡して、対策を取ってもらう必要があるな。あと戦闘技術って面でも、相手の攻撃を素直に受けての相打ち戦法は、やっぱり危険だって事か)

 

 そこへ古が、真面目な顔で話しかけて来る。

 

「……長谷川、でも大丈夫アルか?」

「む? まあ、なんとかな。どうした?」

「……春先に何かしら事件に出くわして、それ以来一生懸命鍛えたって言ってた、って聞いたアルよ。その事件で、怪我したアルか? ……さっき、長谷川の腹を打ったときの手ごたえ。いや、防具の話じゃないアルね。腹の中に、金属プレートとか入れてないアルか?」

「!!」

 

 千雨の顔が引き攣る。古は心底心配そうな様子で語る。

 

「防具の向こうで、何やら金属がこすれるような感触が、技の手ごたえとして伝わってきたアルね。胴体の背骨とかアバラとか金属プレートで止めてるんだったら、ソレが外れたりしたらエラい事アル」

「……あー、いや平気だとは言わんが。だが大丈夫、ダメージも今まさに回復中だ」

「……。」

 

 千雨はわしゃわしゃと自身の頭を掻いた。彼女は古菲をまだまだ見誤っていた、見くびっていたと言う物だろう。

 

「……古、その辺にはちょっとばかり秘密があるんだ。こないだちょっと話で触れた、格闘の師匠と相談してから、その辺教えるかどうか決めるからよ。ただ、心配はしないでいい。それだけは保証しとく」

「……わかったアル! それじゃあ、また機会があったら手合わせするアルよ! そろそろ中武研の時間アルから、ワタシ行くアルね!」

「一応保健室よってけ。見た目があまりに酷過ぎる」

「わかったアル!」

 

 駆けて行く古菲を見送りつつ、千雨は溜息を吐いた。そして彼女は体内の通信装置を使い、壊斗に連絡を取る。色々と相談しなければならない事が、たくさんあった。

 

 

 

 ようやくの事でみぞおち奥のダメージが消えた千雨は、寮へ帰る前に中等部図書室へ出向く。彼女は図書室を最近よく利用する様になっており、今日は借りた本を返すべくそちらへ向かったのだ。と、そこではネギが明日菜や図書館探検部の者たちと集まって、何やら話している。

 

「……何やってるんです? ネギ先生」

「あ、長谷川さん。いえ、先日修学旅行先の京都で手に入れた、麻帆良学園の地図の束なんですが。これ、僕の父が研究してた資料だと言う話なんですよ」

「……あー」

 

 千雨は、ネギの父であるナギ・スプリングフィールドが死んだと聞かされている。だからこそ、エヴァンジェリンも封印の呪いを解くために、息子であるネギの血液を狙ったのだから。

 

「で、これの何処かに行方不明の父の手がかりがあるかもと言う話なので」

「えっ!?」

「……どうしました?」

「あ、ああいや、続けてください」

 

 一瞬動揺を表に出してしまった千雨は、慌てて取り繕う。ナギ・スプリングフィールドは死んだのではなく、単に行方不明だったのだろうか。情報が交錯していて、良くはわからない。だが、ネギは父親がまだ生きていると確信している模様だ。

 

「まあ、そんなわけで図書館探検部の皆さんに、協力を依頼していたんですよ。暗号で書かれてるんで、けっこう大変で」

「ふうん……。ちょっと拝見していいでしょうか?」

「あ、はい」

 

 千雨はその地図の山を、1枚1枚眺めて行く。と言うか、実は彼女は自身の眼であるカメラアイで、画像をスキャンし取り込んでいるのだ。ちなみに千雨が中等部図書室をよく利用する様になったのも、そこに置いてある本をスキャンし、頭脳回路のメモリーチップに取り込んでしまえる様になったためだ。

 彼女は図書室に置いてある本を、興味の向くままどんどん丸ごとコピーしているのである。既に千雨は、興味の向かない類の本を除き、中等部図書室の蔵書の6割をメモリーチップに取り込んでいた。この調子であれば、近いうちに図書室の本をほぼ全てデータ化してしまうだろう。

 ただし、彼女は中等部の図書室はともかく図書館島へはなかなか行こうと思わない。と言うか、かつて(イタチ)妖怪に襲われたのが図書館島の帰り道であったため、なんとなくあれ以来、足が向かないのである。

 まあそれはともかく、彼女は地図をスキャンし、それに書き込まれている文章の暗号を自身の電子頭脳で解析しようとした。千雨はトランスフォーマー化されてから、単純な暗記物や計算問題などは、物凄く得意なのである。そして暗号解読と言うのはぶっちゃけた話、単に莫大な計算を要する数学の問題であったりするのだ。

 だが千雨は、思わず脱力して膝をつく。ネギや周囲の面々は、慌てた。

 

「わーーー!?長谷川さん、急に大丈夫ですか!?」

「貧血!?」

「どうしたのよ長谷川!」

「……いや、あまりの事に凄まじく脱力してしまっただけです。ネギ先生、地図の8枚目を良く見てください……」

「えっ……」

「ここです」

 

 千雨は必死の努力で立ち上がり、ネギが図書室の机上に広げていた地図の1ヶ所を指差す。そこには……。

 

「えーっと。『オレノ テガカリ』……。手がかりだーーー!?」

「「「「ええーーーっ!?」」」」

 

 そこには、デフォルメされた人の顔、おそらくはナギ・スプリングフィールドなのだろうが、そのイラストと、日本語で『オレノ テガカリ』と書かれてあった。暗号でもなんでもない。

 

「だとすると、ここに行けば父さんの手がかりが……」

「待ってください。その手前に、『DANGER』とあって、猛獣の様な絵が描かれてます。うかつには行けないのでは?」

「えっ!?」

 

 千雨の指摘に、ネギは地図を見直す。確かに千雨が言った様な、危険を知らせる書き込みがしてあった。ちなみにネギは今現在、学園長によって封印処置を受け、魔法が使えない状況である。危険に立ち向かう事など、不可能だ。

 

「ど、どうしよう……」

「……学園の事を一番知ってるのは、学園長先生でしょう。あちらのお時間が空いている時を見計らって、ご相談してみては?」

 

 なんなら、彼女からこっそり学園長に口添えしても良い、と千雨は考えていた。だがしかし、この場にはネギと千雨以外の者達が居るのを、彼女はつい考えから外していたのである。

 

「そうねー。ネギ、その方がいいわよ」

「はうう……。ネギせんせー、猛獣相手は……」

「何言ってるのよ! 危険溢れる地下探検! 前人未到の地を冒険するロマン! 恐れていては何も手に入らないよ!」

「パル、それは冒険じゃなく無謀と言う物です。それに地図があると言うことは、前人未到じゃ無いです」

「いやいやいや! 成功率なんてのは単なる目安よ! あとは勇気で補えばいい!」

「あんたソレ、かっこいい台詞だから使いたかっただけでしょ!」

 

 大騒ぎになる中等部図書室。千雨は失敗したか、と頭を抱えた。特に早乙女ハルナがこの場に居たのがマズい。お祭り好きな性格をしているオタク女子と言う難儀な質であり、友人知人を巻き込んで騒ぎにする事を全く厭わないどころか好んでいる。いや、少しは他人の迷惑を考えて欲しいものだが。つまり考えようともしないのである……他人の迷惑を。

 と、千雨のセンサーに、とある人物が図書室に近寄って来るのが感じられる。千雨は頭痛がしてきた。この後の展開は、容易に予想がつく。そしてその人物は、図書室へと入って来る。

 

「こらーーー!! 図書室で騒ぐんじゃない!! ……また3-Aの奴らか!! ネギ先生まで一緒になって!! 全員正座ーーーッ!!」

 

 新田先生の怒声に、ある意味では助かったな、と思う千雨だった。彼女は超ロボット生命体であるが故、正座もさほど苦ではない。足が痺れるとか言う事も無いし。けれどほとんど巻き添えで、罰を受けるのはやはり何か釈然としなかった。




正座するトランスフォーマーと言うと、イカレ暴走族(ホットロディマス)ですかねー。


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第019話:ネギや木乃香の師匠問題と

 ある日の放課後の事である。千雨は壊斗と共に、学園長室でお茶と茶菓子をご馳走になりつつ、学園長と茶飲み話に付き合っていた。ちなみに彼らは、だいたい週に一回程度学園長とこう言う場を持って、互いの情報交換をしている。

 

「それで学園長先生。近衛……お孫さんは結局どうするんです?」

「うむ、それなんじゃが。木乃香はどちらを学ぶかと聞いたら、是非とも西洋魔術を学びたいと言っておるんじゃよ。まあ、関西で呪術を学ぶとしたら友達とも離れて西に帰らねばならんしのう。

 それに呪術を学んでしまえば、木乃香を次代の関西呪術協会の長にしたいと考える連中に、祭り上げられかねん。そう伝えたら、木乃香は絶対に嫌だと言っておったしの」

「ふむ、それは近衛学園長も望むところでは無いのだろう? そう言えば木乃香嬢はしょっちゅうあんたに見合いをさせられていたと聞くが、それはもしや?」

 

 壊斗の問い掛けに、近右衛門は頷く。

 

関東(こちら)でさっさと婚約させてしまえば、幾ばくかなりとも関西(あちら)で強引に木乃香を看板、言い方が悪いが傀儡にしようと考える者どもを牽制できるか、と思ってのう。まあ、ワシの趣味が無いとは言わぬが。生きているうちに曾孫(ひまご)の顔を見たいとか。

 じゃが、木乃香が旗色を鮮明にし、西洋魔術師の道を進む事にしたんでな。もう関西呪術協会の長になる事は無いし、そうできんじゃろうて。今後は無理に見合い話を押し付けたりはせんよ。心底残念じゃが」

「血の涙を流しながら、言う事じゃないだろう」

「で、お孫さんに魔法教育を施すのは、やはり学園長ご本人が?」

「いや、ワシじゃと日頃の業務が多過ぎるでな。教えてやりたいのは山々なんじゃが。まあ、木乃香が晴れて魔法使いになれたそのときは、ワシの呪文書を贈るぐらいはしてやりたいと思うがの。

 他にもワシ所有の魔法関係の品々、死後に全て木乃香に譲ると遺言書も作りなおして、弁護士に預けてあるわい。その弁護士も、魔法関係者じゃが」

 

 つまり近右衛門は、木乃香に自分の全てを遺すつもりであるのだ。そう考えると、魔法使いとしての近右衛門にもそちら方面での後継者が出来た、と言う事であるので、色々な意味で良かったのかもしれない。千雨はそう思いつつ緑茶を啜り、饅頭をぱくついた。

 ここで近衛門が、少々悩んだ顔をする。

 

「しかし、本当に木乃香の師匠は誰にするべきかのう……。いや、それを言うならばネギ君もじゃて。ネギ君は、自身が『リョウメンスクナノカミ』に太刀打ちできず、『フェイト・アーウェルンクス』もトリックで引っ掛けはしたものの実力的には全く及んでおらなんだ事を、随分気にしておる。それで誰か、魔法と戦闘の師を紹介して欲しいと言われたのじゃがなあ」

「いや、『リョウメンスクナノカミ』は無理でしょう。倒したわたしが言う事じゃないかもですが」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。……しかし、どうするべきか。一般の魔法先生ではネギ君、木乃香、どちらも素質が高すぎて教え導こうにも無理があるわい。ワシからきちんと謝礼を支払うことで、エヴァも考えて見たのじゃが……。どう考えても、他の魔法先生や魔法生徒からの反発が予想される。難しいもんじゃのう、困ったもんじゃて。」

「あ、そう言えば」

 

 千雨が上げた声に、壊斗と近右衛門が怪訝な顔をする。

 

「どうした、ハセガワ?」

「あ、いや。一昨日ネギ先生が、京都で手に入れたとか言う麻帆良の地図を調べててな。ネギ先生の父親が遺した物らしいんだが。ネギ先生の父親は死んだって聞いてたけど、ネギ先生本人は行方不明ではあるが未だ生きてると確信しているらしいんだ。

 それでその地図のうち地下部分に、ネギ先生の父親であるナギ氏の手がかりが隠されていたんだが、何かしらその手掛かりがある場所の前に、番人だか番犬だか猛獣の類が配置されてるみたいでな」

「麻帆良学園の地下地図、か。透視や音響探査で俺も麻帆良の地下に巨大な迷宮じみた空間があるのは知っていたが……」

 

 そして千雨は、近右衛門に問いかけた。

 

「学園長先生、ネギ先生はその事で何か言ってませんでしたか?」

「うむ、言っておったよ。ただ、ワシは行くのを許可せんかった。あそこに居る番犬代わりの翼竜(ワイバーン)は、ネギ君の魔法封印が解けても、太刀打ちできる相手じゃないからのう。それにもとより、あそこは許可なくしての立ち入りが禁じられている区域じゃて」

「なるほど」

「いや、待てよ? もしや、あやつなら……? 実力的にも充分……木乃香とネギ君を任せるに足る能力はある……。なれど性格に難が……。ううむ、如何にすべきかのう」

 

 突然近右衛門が考え込み始める。漏らす言葉の内容からして、木乃香とネギの師匠役になる魔法使いに関する事の様だ。だが、実力は確かでも性格に難がある相手だと言う。そんなのを孫娘とその担任教師の、師匠にしても良いのだろうか。千雨は深く深く疑問に思うのだ。

 

 

 

 翌日の放課後である。千雨は図書室に寄り道し、本を借り出して寮へと向かっていた。すると前方から、ネギ、明日菜、木乃香、刹那、のどかが歩いて来る。おそらく一度寮に戻って、再度出かけて来たのだろうと、容易に予想は付いた。

 

「ネギ先生に、神楽坂、近衛、桜咲、宮崎……。どこか行くんですか?」

「あ、長谷川さん」

「そうなんよ。ちょっとおじいちゃんに呼ばれてなあ。図書館島で待ち合わせしとるんよ」

 

 なるほど、この面々は今、妙にしっかりとした装備を整えている。運動するのに都合の良さそうな衣類、軽量のリュックやディパック、のどかは腰にロープ束を携えていた。まあ、木乃香とのどかは、図書館探検部でもあるし。

 

(って言うか、探検が成立するほどの大規模図書館って何だよ。いや、今更言う事でもないが。

 あ、そうか。こいつらは……。神楽坂と宮崎はネギ先生の従者。桜咲は近衛の護衛。そっか、そっか。学園長、こいつらの師匠候補にこいつらを紹介するんだな)

 

 千雨は納得が行った。

 

「それじゃ、行ってらっしゃい先生方。図書館島、気を付けてくださいね。探検部が2名いますから、言うまでも無いでしょうが」

「はい、ありがとうございます長谷川さん」

「それじゃね」

「ではまたー」

「……」

 

 口々に挨拶やら無言の会釈やらをやって、ネギ先生一同はその場を立ち去る。そしてそれを見送った千雨は、ツカツカと木陰に歩み寄ると、その陰に隠れていた人物に話しかける。

 

「何やってんだよ、綾瀬」

「は、長谷川さん。いえ、何でもないのです。それでは失礼しますですグェッ」

「いや、完全装備してネギ先生たちの後を尾行して、そりゃねえだろ」

「首が閉まるので襟首を放して欲しいのです」

「手前がネギ先生たちの後を追わないなら、放してやる」

 

 綾瀬夕映は、溜息を吐いて諦める。

 

「ふう……。皆は行ってしまいましたです。図書館島の何処へ行くのかは知りませんし、もう追いつけませんです……。

 長谷川さん、何で邪魔したですか」

「いや、普通だったら邪魔するだろ。何か悪意もって尾行してるみたいだった様に見えるし」

「悪意など……!」

 

 千雨は溜息を吐いた。そして彼女は、夕映に向かい言葉を叩きつける。

 

「……早乙女や朝倉みたいに見えたぞ」

「な!?」

「仮に悪意が無くても、誰かが内緒でやってる事を暴き立てようってのは、どうなんだ? 誰かが隠してる秘密を無思慮に無遠慮に知ろうってのは、どうなんだ? 必要性も、知る覚悟も無えのに?

 お前は違うと言うかも知れないが、(はた)から見れば奴らと違いはねえよ」

「……!!」

「第一、あいつらは学園長先生に呼ばれて行ったんだ。お前が呼ばれてないってのは、お前が知るべきでは無いって事だろ」

 

 夕映は、顔面蒼白になって必死で自己弁護した。

 

「わ、わたしがパルや朝倉さんと同類……。い、いえ、そんなはずは……。わたしの知的探求心と、あの人たちの単なる噂好き、享楽的な姿勢が一緒なはずが」

「動揺してるって事は、それを内心で認めてるってこったろ。いや、下手すると欲望丸出しの早乙女よりも、理論武装してる手前の方が始末に悪いかもな」

「!!」

 

 千雨の台詞に、夕映は愕然として崩れ落ちる。大きく溜息を吐いて、千雨は夕映を置いて歩き出した。そして灌木の陰から飛び出しているゴキブリ状の触覚に見えるアホ毛に、ちょっとだけ視線を向けると、彼女はさっさと寮へ帰って行った。

 いや、アホ毛の下に早乙女ハルナの身体が続いている事など、千雨には体内のセンサーでわかっていたのだが。おそらくハルナは、ネギたちを尾行する夕映を更に尾行し、のどかと夕映が最近隠している何がしかの事情について知ろうとしていたのだろう。何がしかの事情とは、無論のこと魔法関係についてだ。

 

(こりゃいよいよマズいかもな……。早乙女が、宮崎と綾瀬を問い詰めでもしたら、あの2人に隠し通せるとは思えねえ……)

 

 千雨は、深く考え込んだ。

 

 

 

 麻帆良学園本校女子中等部の女子寮へと歩く、1人の女生徒がいた。名を早乙女ハルナと言う。彼女は残念そうに愚痴を吐いていた。

 

「いやー、あそこでちうちゃんの邪魔が入るとはねー。のどかと夕映の2人が何か面白い事を隠してるっポイから、現場を捕まえて問いただしてやろうと思ってたんだけどなー」

 

キイイイィィィイイイン……。

 

「んー? なんかジェット機でも飛んでる?」

 

 ハルナは上空を仰ぎ見る。そしてその顔が引き攣った。なんか宇宙戦闘機とでも言いたげな形状の飛行機が、なんと彼女目掛けてきりもみしつつ落下して来るのだ。

 

「なーーー!?」

『と、トランス……フォオオオォォォム!!』

「うわあああぁぁぁっ!?」

 

ギゴガゴゴゴッ!!

 

 飛行機は墜落する瞬間、何がが軋む様な音を立てて、なんとロボットに変形してハルナの傍らに尻餅を突く様な形で落着した。ちなみにそのロボットは、黒の地に青と銀のカラーでアクセントの入った、10mほどの女性型である。ハルナは腰を抜かした。

 

「あ、あわわわ……」

『大丈夫か?』

『あ、ああ。済まない』

 

 そこへ今度は14mほどのサイズの、黒の地に赤と金のカラーでアクセントの入った、男性型ロボットが空から降りて来た。男性型ロボットは、女性型ロボットを助け起こす。

 

『悪い、アクロバット中にバランス崩した』

『気を付けろよ? ……む?』

『な!? まずい、ロボットモードを人間に見られた!』

『いかん、瞬間移動(テレポート)で脱出するぞ!』

 

 そして2体の巨大ロボは、燐光に包まれると一瞬で姿を消した。唖然とするハルナ。夢でも見たのかと思ったが、女性型ロボットが不時着した痕跡はたしかに目の前に残っている。ただし、重機が動き回った痕跡にも見えるので、他の人間にこれがロボットの居た証拠だと説明する事は出来そうにないが。

 

「こ、これは……! 凄い、凄いわ! しかもあのロボット2体、なんかラブ臭を撒き散らしてた!? うーん、創作意欲が湧いてきたわ!」

 

 もはやハルナの頭は、2体のロボットの事でいっぱいになっている。そのため、友人2人が隠し事をしているらしい事は、どこかに行ってしまっていた。

 

 

 

 木陰に身を隠してハルナの様子を見つつ、千雨と壊斗は語り合う。

 

「悪かったな、壊斗。こんな事に協力してもらって」

「いや、構わんさ。あの早乙女とか言うのが魔法関係の事を知ろうとして何かやらかせば、ひいてはお前の身辺まで騒がしくなるかも知れん。

 これでしばらくは、あの少女も他の事には気が回らんだろう。あとは俺たちが、ロボットモードをあの少女の前に現さなければいい話だ。ま、一時しのぎでしか無いんだがな」

「そうだよなあ……。やっぱり宮崎と綾瀬は、魔法関係の事を早乙女にバラさずにいられるとは、思えないんだよなあ……」

 

 千雨と壊斗は、その場を立ち去る。千雨の背中は、何とはなしに煤けていた。




そんなわけでして、近衛学園長はネギと木乃香を図書館島の地下深くへ連れて行く事にしました。ネギたちの師匠候補とは、はたして(笑)。

と言うわけで、原作本編と大きくズレが生じました。ただこうなると、エヴァとの縁が薄くなっちゃいますねー。困ったな(笑)。


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第020話:雨の晩に

 この日の放課後、千雨は古菲を伴って、麻帆良にある山中へと足を運んでいた。と言うか、千雨に取っては既に慣れた道である。

 

「長谷川、こんな山奥に来たのは山籠もりアルか? 明日の授業パスするアル? なら泊りの準備して来るべきだったアルかね?」

「いや、日帰り予定だ。帰りは4WDで送ってもらう。ほら、もう目的地は見えて来た。あそこだ」

「おお! こんな山奥に一軒家アル!」

 

 そう、千雨は古を壊斗の家へ連れて来たのだ。理由は、千雨の胴体に金属が入っているのを見破られてしまった件について、古に最低限の説明をしておく事だった。

 家の前では2mを超える、黒の革ジャンに黒の革ズボン、黒の革手袋、黒のブーツと言った黒づくめの青年が、わざわざ出迎えに出ている。

 

「壊斗、待たせたな」

「いや、それほどでもない。お前さんが古菲か、よく来たな」

「長谷川、こちらは誰アルか?」

「前にも言った、わたしの格闘の師匠だ。そして、わたしの命の恩人でもある」

「その前に、俺がハセガワに命を助けられているんだがな」

「???」

 

 古はちょっと混乱していたが、すぐに立ち直る。

 

「ナルホド! 命を助け合った朋友アルか!」

 

 ちなみに日本人の『友人』と、中国人の『朋友』はかなりニュアンスが違う。中国語で言う『朋友』は、日本のそれに比して関係がもの凄く濃く強いのだ。日本人は『友人』にはできるだけ迷惑をかけたくない、と遠慮するのが美徳とされていたりする。友人同士での金の貸し借りは、避けたりする。

 しかし中国での『朋友』は、互いに迷惑をかけ合ってこそ、と言う面がある。『朋友』が金に困っていたなら大金をポンとある時払いの催促無しで差し出し、そして逆に自分が困ったときはその相手が助けてくれるのは当然、と言った具合だ。まあ、これは国民性の違いと言う物もあるのだろうが……。

 千雨は先日に中等部図書館で借り出した書籍にその事情が書いてあったため、そのニュアンスの違いを知っている。古菲もまた日本での生活が2年を超え、日本的な美徳と中国的美徳の違いを肌で記憶するぐらいは日本に慣れていた。それ故、古はあえて『朋友』の言葉を使い、千雨もまた古の言ったニュアンスを正確に理解した。

 そして千雨は頷く。

 

「そう、だな。うん」

「やはりアルか!」

 

 頷き合う少女たちを微笑ましく見ていた壊斗だったが、すぐに扉を開いて家の中へ2人を迎え入れた。応接間では、お茶とお菓子の準備ができている。

 

「遠慮なく食べてくれ」

「おおー、凄いアルね! 何処で買ったアルか!?」

「いや、俺の手作りだ」

「うぉ、流石壊斗……。くっ、女子力で完全に負けている……」

 

 和気あいあいとしたお茶会のさ中、話を切り出したのはやはり千雨だった。

 

「なあ、古。前に言ってたよな。わたしの腹の中に金属がある件。秘密がある、って」

「……無理に話さなくても、良いアルよ?」

「いや、やっぱり中途半端にバレてるのは座りが悪い。古が秘密にしてくれるなら、ある程度までは話しちまった方がいい。流石に全部は話せないけどよ」

 

 古は、黙って頷く。千雨は壊斗と目を合わせると、口を開いた。

 

「わたしが春先の事件で怪我した、ってのは聞いたんだろ?」

(Shi)

「実はな、その時の怪我、怪我ってレベルじゃなかったんだ。……ぶっちゃけ死にかけた。春先の事件は、魔法関係の事件だったんだよ。

 で、この壊斗は実は凄ぇ科学者でな。わたしを改造して命を助けてくれたんだよ。そんなわけで、わたしの身体には、機械が詰まってる。壊斗の身体も機械が詰まってるけどな」

「!?」

 

 まあ嘘ではない。流石に全部を明かすのは、やはりと言うか(はばか)られた。

 

「だけどわたしは超人的な能力は得ても、素人だからな。しかも体質的な問題で、魔法関係の事件には巻き込まれやすい。だもんで、訓練してたわけだ。古との手合わせは、ホントにためになった。

 古に『防具』って言ってたのは、わたしの身体に埋め込まれた装甲板そのものだったりする。『防具』ってのも嘘じゃないけど、嘘みたいなもんだよな。済まん」

「凄いアルね……。凄いアルね! 改造人間アルか! 飛蝗(バッタ)アルか!? それとも甲虫(カブトムシ)アルか!? キックとか必殺技アルか!? バイクとか乗るアルか!?」

「おまえな……。わたしの年齢(トシ)でバイク乗ったら無免許だろ」

 

 古は千雨が某特撮ヒーローであるかの様に熱く語る。しかし千雨は、古の心拍数や発汗が増し、彼女が動揺している事を知覚していた。古は、だがそれでも秘事を明かしてくれた千雨のために、あえておどけた演技をしてくれていたのである。

 千雨は、ニカっと笑って見せた。古も一瞬目を見開くが、すぐにニパっと笑う。

 

「デハ、これはわたし秘密にすれば良いアルね?」

「ああ、頼む。それと、ときどきでいいから、わたしと手合わせしてくれると嬉しい。わたしはまだまだ訓練不足なんだよ。壊斗とだけ組手とかしてると、ワンパターンになるしな」

「喜んでお相手させてもらうアルよ。……ところで、そちらの壊斗殿と、ちょっとだけで良いから、手合わせ願えないアルか?」

 

 その申し出を快く承知した壊斗との手合わせで、手を抜かれたわけでは無いが手も無くひねられた古は、しかし腐る事無く逆に感服した態度を示す。壊斗は感じ入った様子で言ったものだ。『流石ハセガワの友だな』と。千雨は、何故自分が照れなければならんのだ、と思いつつも、何とはなしに照れた。

 

 

 

 その後、千雨と古は壊斗の4WDで麻帆良中心部の女子寮近くまで送ってもらった。ちなみに壊斗は運転免許をきちんと持っている。戸籍や住民票をちゃんと造ったので、運転免許を取得する事も可能なのだ。

 もう既に、辺りは暗くなっている。おまけに雨も降っていた。

 

「いや、送ってもらってありがとうアル」

「サンキュ、壊斗。雨が降って来やがったし、助かったよ」

「どういたしまして、だな。……?」

 

 その時、壊斗が怪訝そうな顔をする。

 

「どうした、壊斗?」

「女子寮の中で、魔力の反応が……。いや、ネギ少年じゃない。未登録反応だ。それと、空間転移現象に伴う空間の歪みが検出された」

「何!? わたしの方のセンサーには何も……」

「いや、今日の昼間、俺の方はセンサーをバージョンアップしたんだ。ハセガワも明日にでもやってやるけど、それで感知力に差が出ただけだ」

 

 古はなんだか分からない顔をしている。千雨が、分かりやすく説明してやった。

 

「あー、つまりだ古。女子寮になんか怪しい奴の気配があった。だけどもう逃げたッポイって話だ」

「それは一大事アル!」

「とりあえず、学園側に通報して置くべきだな」

 

 壊斗は携帯電話を取り出し、学園長へと電話をかける。その表情は、厳しく顰められていた。

 

 

 

 ネギは敵を攻めあぐねていた。彼は彼を助けに来たと言う犬上小太郎と共に、寮から誘拐された明日菜とのどかを追って、学園中央の世界樹前ステージまでやって来たのだ。しかしながら、相手は彼の生まれ故郷の村を滅ぼした爵位級悪魔1体とその僕たるスライム3体。

 ネギたちの側は数で劣っている。明日菜とのどかは眠らされ、水牢に押し込められていた。

 

「ち、邪魔や! この軟体動物ども!」

光の精霊11柱(ウンデキム・スピリートウス・ルーキス)集い来たりて(コエウンテース)……うわっ!」

「ネギ!」

 

 今も小太郎の攻撃を潜り抜けて来たスライムが、ネギの呪文詠唱を邪魔する。ネギは歯噛みした。

 

(く、万が一に備えて木乃香さんの守護を考えて、刹那さんには木乃香さんに付いててもらった判断が、間違ってたとは思わない。だけど、せめてもう1人前衛役がいれば!)

 

 そして老人姿に擬態した悪魔が、悪魔パンチ(デーモニッシュア・シュラーク)とやらを連打する。必死で避ける小太郎とネギ。

 

「くそ! 俺、大口叩いといて、自分が情けないわ! せめてあん時に、奴から封魔の瓶とか言うのを奪えとったらなあ……」

「愚痴を言ってても仕方ないよ小太郎君!」

 

 ネギの脳裏に、先日師匠になったばかりの人物の言葉が思い起こされる。

 

(単に、短期間に強くなろうと思うのであれば、魔法戦士よりも砲台型魔法使いの方がいいですね。白兵戦闘力に問題は抱えていますが、それでもとことんまで鍛え上げれば魔法戦士も砲台型魔法使いも、差は無いですし。事実わたしは砲台型ですが、古今東西の武術も修めていますからねえ。

 ですが、砲台型魔法使いを選ぶのは、ネギ君にとっては厳しいかも知れません。砲台型は、同時に全体の司令塔でもありますし。……砲台型魔法使いは、最後衛に位置して仲間に護られます。仲間が傷付き倒れても、それを我慢して仲間を信じ抜き、最後に大きな魔法で局面をひっくり返す。

 ネギ君にできますか? 自分が傷つくのは我慢できるかも知れません。でも、仲間が自分の盾になって、傷付き倒れて行くのを、ネギ君は我慢できますか? 自分だけダメージを受けず、仲間が血まみれになるのを我慢できますか? 仲間がやられない事を、仲間を信じ抜く事が、できますか?

 仲間を信じる、と言うのが本当に試されるのが、砲台型魔法使いなのです)

 

 実際ネギにできるのは、今現在は砲台型魔法使いとして働く事だけだ。彼は白兵戦闘や格闘戦闘の訓練は、ほとんど受けていない。

 

「……小太郎君! 大きな魔法を使う! ちょっとの間、何が何でも、敵を通さないで!」

「……応!!」

「ラ・ステル・マ・スキル・マギステル!来たれ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス)……」

 

 そしてスライム連中が襲いかかる。

 

「そうはさせナイのナ」

「キャハハハ!」

「通すか、この……!!」

 

 そしてネギの魔法が完成した。

 

「……南洋の嵐(アウストリーナ) 雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

「「「!!」」」

「ほう……」

「な!?」

 

 その瞬間、3体のスライムたちは薄い膜状に広がる。そしてネギの放った『雷の暴風』の魔法を包み込む様に抑え込んだ。無論、その程度でネギの魔法は(とど)める事など出来ない。……しかし、その威力は大きく減免された。

 

悪魔パンチ(デーモニッシュア・シュラーク)!!」

「うぁっ!!」

「がぁっ!!」

 

 スライム3体は消滅したものの、威力が減免された魔法を耐えきった悪魔はすかさず連打で悪魔パンチ(デーモニッシュア・シュラーク)を放つ。油断した小太郎と大技直後のネギは、共にそれをまともに受けた。

 ダメージに身動きできない2人の少年に、ゆっくりと悪魔は近寄って行く。

 

「……流石の威力だね、ネギ君。あの子たちを犠牲にした上で、相当なダメージを受けたよ。そして即席のコンビネーションも見事にこなす。素晴らしいよ、狼男(ヴェアヴォルフ)の少年。

 オマケ扱いの任務とはとても思えないほど、楽しめたよ」

「な……。オマケ、や、て?」

「うむ。本来の任務は、麻帆良学園の調査でね? 依頼主からは、あくまでそのオマケ程度に、とネギ君に関する調査を依頼されていたのだよ。

 まあ、倒してしまっても良いとは言われていたがね」

「く……」

 

 そして悪魔は老人の姿から、本性である悪魔姿に戻ると、その顎に石化の呪弾を生成する。

 

『まあ、死にはしないから安心したまえ。永遠に石になるだけで、ね?』

 

 そして、石化の呪弾がネギと小太郎を目掛け、発射された。




まあ、この襲撃の裏には例の『3』が居ます。ですが彼はネギ君に、遅延呪文の戒めの風矢でしてやられはしましたが、ネギ君に直接拳で殴られてはいません。なので原作本編と違い『ちょっと興味はある』程度なので、伯爵にあくまで『オマケ』任務としてネギ君について依頼してます。まあ、明日菜の魔法無効化能力(マジックキャンセル)もバレてませんし。
でもってバタフライ効果的に、コタ君も封魔の瓶を奪いそこねた代わりに、記憶喪失にはなっていません。


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第021話:覚悟を決めろ

 爵位級悪魔が、石化の呪弾をその(あぎと)からネギたちに向けて吐き出す。ネギと小太郎には避ける術はない。万事休すか、と思った時であった。

 一条の閃光が(はし)る。石化の呪弾はその閃光と相殺され、撃ち落とされた。爵位級悪魔は急ぎ跳び退(すさ)る。その姿は、老紳士の物へと再度変化していた。悪魔は問う。

 

「……何者かね?」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。それを問われるのは、お主の方じゃて。のう? 不法侵入者よ」

「が、学園長先生!」

「無事かね、ネギ君。いやのう、連絡を受けて慌てて他の手が空いている警備人員を回そうと思ったのじゃがの。なんとまあ、他にも侵入者なりなんなり、色々とあっての。慌ててワシが飛んで来たんじゃよ。

 改めて問おうかの。お主は何者じゃ? そして此度の侵入者などは、お主の手の者かの?」

 

 悪魔はふっと笑い、答える。

 

「これはこれは、近衛学園長とお見受けする。わたしはヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。伯爵などと言っているが、今はしがない没落貴族でね。

 そして、他の侵入者とかは知らないね。おそらくは偶然だと思うのだが。いや本当に」

「ふむ。で、お主このまま素直にワシらの軍門に降るつもりは無いかの? 今なら、そこまでキッツい事にはしないでおいてやるぞい? まあそちらの……」

 

 そう言って近右衛門は、明日菜とのどかが捕らえられている水牢の方に顎をしゃくる。

 

「そちらの女生徒たちを(かどわ)かし、前途ある少年たちを(なぶ)った分の償いは、きっちりしてもらうがの」

「ふむ……。魅力的な申し出だ。だがね……。

 契約に縛られている悪魔は、それに(だく)と言うわけにもいかなくてね」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。それは残念じゃのう。では……始めるとしようか」

 

 近右衛門の言葉に、ファイティングポーズを取りながらヘルマン伯爵は言う。

 

「良いのかね? 貴殿は麻帆良学園最強の魔法使いとは言えど、タイプとしては後衛型だ。その上、歳も歳。前衛無しで、実力を発揮できるのかな?」

「歳の事は、お主に言われたくは無いのう。お互いジジィじゃろうに。それにの……」

 

 そしてその言葉と共に、天空から2人の人影が大地に降り立った。輝くメカニック。まるでパワードスーツか何かを身に纏っている様な姿。当然ながらそれは、バトルスーツ姿のサウザンドレインとサイコブラストだった。

 

「前衛は、ちゃんと居るでのう。舐めるでないぞ?」

「ほう、これは申し訳なかったね」

 

 そして戦いが始まる。

 

 

 

 学園長とその仲間の戦いを見つつ、ネギと小太郎は呆然としていた。ことにネギからすれば、学園長の流れる様な呪文行使と前衛とのコンビネーションは、まさに理想的な砲台型魔法使いの姿に見えた。

 本当は学園長と前衛たちのコンビネーションは、実は即興の物である。しかしそれなのに、阿吽の呼吸で戦いを進められるのは、学園長やサイコブラストの年の功と言えるだろう。サウザンドレイン……千雨はサイコブラストから無線通信で指示を受けていたりするが、ネギたちからはそれは分からない。

 

「……悔しいなあ」

「そうやな……」

 

 ネギと小太郎は、自分たちの力量の無さを悔やむ。うかつに戦闘に手を出せば、学園長たちの邪魔になってしまうのは、目に見えていた。そこへ声がかかる。

 

「悔やんでるヒマがあったら、今の自分たちでもできる事をするアルね」

「古菲さん!?」

「誰や?」

 

 古は、ネギと小太郎を助け起こすと、言葉を続けた。

 

「今のうちに、アスナとのどかを助け出すアル」

「!! は、はい!」

「……そやな。ウダウダ言ってる間に、やれる事やらんとな」

 

 3人は水牢のある場所に走る。ネギが『魔法の射手(サギタ・マギカ)』、小太郎が気弾で水牢を叩き壊した。古菲が、明日菜とのどかの容体を確認する。

 

「……眠らされているだけアルね。ちゃんと医者に診せないと分からないアルが、大丈夫そうアル」

「よかった、明日菜さん、のどかさん……」

「お、あっちも勝負付きそうや」

 

 小太郎の言葉に、ネギと古菲は戦いの方を見遣った。

 

 

 

 爵位級悪魔、ヘルマン伯爵が大地に横たわり、苦しい息の下、言葉を紡ぐ。

 

「やれやれ……。報告はできなかったし、任務は失敗かね。……ネギ君、ちょっと良いかね?」

「……」

 

 ネギが一歩、前に出る。

 

「さあ、トドメを刺したまえ。君の事はいくらか調査させてもらったからね。君が日本へ来る前に、戦闘用呪文を9つ習得しているはずだ。その最後の呪文……。上位古代語魔法……。

 わたしの様な高位の魔物、いや……。わたしたちを……。君の生まれ故郷の村を滅ぼした高位の……爵位級の悪魔を滅ぼすための、そのための呪文のはずだぞ? わたしの様な高位の悪魔は、殺されても召還を解かれて自分の国へ帰るだけだ。長い時間の休眠を経て、復活してしまう」

「……」

「その様な魔物を本当の意味で『殺し』、完全に『消滅』させるための上位古代語魔法。君が復讐のため、血のにじむ思いで覚えた呪文のはずだ。さあ、やりたまえ……」

 

 ネギはだが、首を左右に振る。

 

「何故かね?」

「さっきも貴方は言ったじゃないですか。『契約に縛られている悪魔』って。普通、教唆犯と実行犯では、実行犯の方が重い罪になります。けれどそれこそ実行犯とは言え、召喚された悪魔には、逆らう自由なんて無いじゃないですか」

「……君は、甘いなあ」

 

 だがネギは、それにも首を振った。

 

「そうでも無いですよ。僕は師匠(マスター)の教えで、『覚悟』を学ばされました」

「どんな覚悟、かね?」

「……『殺す覚悟』と『殺される覚悟』、そして『生き残る覚悟』です。魔法を使う者としての覚悟……。それが無ければ、少なくとも師匠(マスター)の門下で学ぶ事はさせられないそうです。

 まあ既に僕は魔法使いであるし、木乃香さんは魔法使いにならなければいけない理由があります。ですから、師匠(マスター)は無理矢理にでも覚悟を決めさせると称して……」

 

 ネギはハハハと乾いた笑いを漏らす。その場の全員が、冷や汗を掻いた。ネギは言葉を続ける。

 

「僕は、僕を殺そうと言う敵……。たとえば貴方たちを僕の村に送り込んで来た敵であれば、殺す事を躊躇いません。あのとき、貴方たちは、村人は石化に留めていたけれど、僕の事は躊躇せずに殺しに来てましたよね?」

「……」

「そう言う命令を下す輩に対してならば、僕は躊躇いません。僕と、仲間を護るために……」

 

 ヘルマン伯爵は、いたましい物を見る様に、ネギの顔を見遣る。そして彼は、学園長に向かい言った。

 

「近衛学園長、この子供が……道を誤る事の無い様に。わたしが言う事でも無いだろうが、ね。そして何時か、ネギ君や小太郎君と再会したいものだよ……。それを楽しみに、今は去るとしよう……」

「言われるまでも無いわい。さっさと逝かんか」

「ははは、聞いたかねネギ君。悪魔に対しては、このぐらいで充分なのだよ。はははははは……」

 

 そしてヘルマン伯爵は、煙になって消滅していった。

 

 

 

 あくる日の事、千雨と壊斗はまた学園長室で、お茶と茶菓子をご馳走になっていた。

 

「そう言えば、ネギ先生たちを師匠役のところに連れて行ったのは学園長先生ですよね? ネギ先生や近衛……お孫さんは、凄絶な覚悟を決めさせられたみたいですが……」

「うむ、アル……アルビレオと言うんじゃがの。いや、クウネル・サンダースと言う偽名を名乗っておるが。アルの奴め……。

 いや、言っておる事は分かるし、正論なのじゃ。腹は立ったが、口は挟めなんだわい。もっとソフトな手段を取ってくれとは思ったが……。ただ、奴め……。面白がってやっておるんじゃなかろうのう?」

 

 近右衛門は、溜息を吐く。

 

「ふう……。いや、の。ネギ君が言っておった通り、『殺し殺される』様な覚悟を決めさせられたんじゃよ。幻を見せられて、の。実際にどの様な幻を見せられたかは、わしも知らん。じゃが……。半泣きどころか全泣きで失禁までして、それでも耐えきったんじゃよ、ネギ君、木乃香、宮崎君はの……」

「宮崎まで、ですか?」

「うむ。彼女は自分がネギ君の従者でありたいが、自身にはあまりに力が無さ過ぎると、彼女自身でアルに弟子入りを願い出たんじゃ。で、一緒に幻覚地獄に落とされての……」

「……分らんでもないな。」

 

 壊斗が呟く。近右衛門と千雨は、そちらを見遣った。

 

「魔法は、俺が調べたり近衛学園長や高畑教諭に聞いた限りでは、幻想的(ファンタジック)な夢の力なんかじゃない。これ以上無いほどに現実的な、ただの暴力装置だ。第一、そうでないと言うならば何故に基本の最低位呪文に、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』などと言う殺傷能力のある呪文が存在する?」

「確かに……」

「しかもちょっとした杖、指輪、腕輪などの発動体と呪文だけで、下手な拳銃程度の威力が与えられる。銃器であるならば法律などで規制できるが、魔法はどのようにして規制すればいい? できるわけが無い。それを制するのは、魔法使い本人の意識だけだ。

 で、あるならばそれを学び習おうとする者に、相応の覚悟を求める姿勢は、師として信頼できるだろう。たとえ過程を面白がっていたとしても、少なくとも根底の意識と言う面で」

 

 そして壊斗は千雨に顔を向ける。千雨もまた、真顔になってそれに向き合った。

 

「ハセガワ、俺はお前が将来的に色々な危難に巻き込まれるであろう事を懸念して、戦闘能力のあるボディを与えた。だが、それは扱い方を誤れば酷い事になる。わかるな?」

「……ああ。少なくとも、理性では理解しているつもりだ。あの『リョウメンスクナノカミ』をぶっ潰したパワーを地上の建物とかに向けてしまえば……。そう思うと、怖気(おぞけ)が走る」

「……ハセガワ、ゆっくりで良い。覚悟を持ってくれ。『撃つ覚悟』と『撃たれる覚悟』、そして殺してでも『生き残る覚悟』を。俺が共にあるならば、お前が間違えた時、身を挺してでも制止()めてやる。けれどもし、俺が居ない時……。確たる覚悟を持って、進むと約束してくれ」

 

 千雨は頷く。壊斗の表情も硬い。近右衛門はその様子を見遣りつつ、なんでこんな子供らが、こんなに難儀な目に遭わねばならんのか、と嘆息した。魔法の世界は業が深いのだ。

 

 

 

 千雨と壊斗は、学園長室から退出する。彼女らは、これから壊斗の家へ向かい、その地下にある秘密基地で千雨の体内のセンサー系をバージョンアップする予定なのだ。と、その途中で彼女らは寮へ帰宅途中の古菲と出会う。

 

「よう、今日は中武研無いのか?」

「無いアルよ。これから帰って自主鍛錬アル。ところでアスナが言ってたアルが、ネギ坊主の話を聞いたアルか?」

「何の話だ? って言うか、わたしが魔法関係に関わってる事は、ネギ先生たち知らされて無えんだ。お前も言うなよ? まあ、だからネギ先生周りの魔法関係の話は、こっちまで来ねえんだよ」

 

 古は声を潜めて言う。

 

「いや、ネギ坊主だけど、先日のコタローと仮契約(パクティオー)したそうアルよ」

「ブッ!!」

 

 千雨は吹いた。千雨が知る限りでは、仮契約(パクティオー)の儀式は接吻、キス、口づけである。壊斗も、酢を飲んだ様な顔になった。

 

「ああ、イヤ、なんかネギ坊主の師匠(マスター)が描いた魔法陣で、キスじゃなく長時間の儀式魔法で仮契約(パクティオー)結んだらしいアルね」

「……ああ、驚いたぜ」

「最初はワタシも驚いたアルよ……」

 

 何にせよ、ネギに取っては良い事だろう。特に小太郎との仮契約(パクティオー)時に、あのオコジョがオコジョ妖精で無かった事は、非常に喜ばしい事だった。




なお壊斗は、アルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)氏についておもいっきり誤解してます。彼の中では、ちょっとばかり稚気はあるが、厳しく思慮深い師匠になっちゃってます。なんてこったい。


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第022話:愛すべき日常

 金属製のはずの胃が痛い。血流は検査などを誤魔化すためのフェイクのはずなのに、ズキンズキンと拍動の様に頭痛が襲う。理由はただ一つ。3-Aの面々が能天気過ぎるからだ。千雨は今日も、必死の思いで我慢に我慢を重ねていた。

 麻帆良の人々が学園都市を覆う結界により、おおらか過ぎる気質になっている事は、彼女も理解している。それ故に3-A連中が馬鹿をやっても、以前程にはそれに腹を立てる事は無くなっている。だがそれにも限界と言う物があった。

 千雨はダシに使ってしまう事をその人物に内心で謝罪しながら、こう言う時に効果覿面(てきめん)の魔法の言葉を口にする。

 

「手前ら。HR(ホームルーム)そろそろ終わるし、騒いでると新田先生が来るぞ」

「「「「「「!! 皆、撤収、撤収ーーー!!」」」」」」

 

 3-A連中は、麻帆良学園都市全学園合同の学園祭にて、メイドカフェ『アルビオーニス』を出し物に選んだのだ。そしてその練習として、HR(ホームルーム)の時間にネギを客代わりにして接客をしていたのである。

 だがそれは、練習台にされたネギに取って試練の時だった。はっきり言おう。3-A連中は何か勘違いをしている。いや、ふざけてわざと間違った風を装って、騒いでいたのかも知れない。ぶっちゃけ、メイドカフェではなくボッタクリバーだった。ネギはかなり大量の現金を毟られたのである。

 

「……おい、古。いくら何でも、無理矢理に練習台にしてアレだけ毟るのは犯罪だろ」

「ははは、冗談アルよ。ネギ坊主、返金するから額を確認するアルね」

「あはは、どうも。まあ、返してもらえなかったら新田先生に泣きついてましたが」

「……ハハハ、冗談、アルよ、ね?」

「あはは。」

「ハハハ……。ハイ、お金アル」

「「「「「「ははは……」」」」」」

 

 その場は、引き攣った様な暖かい笑いに包まれる。ネギの張り付いたような笑顔(アルカイック・スマイル)と、背後に響くゴゴゴゴゴゴ……と言う擬音が、皆は余程にお気に召した様だ。千雨も思う。ネギが3-Aなんか比べ物にならないシビアで強烈であるらしい師匠に弟子入りしたのは、ある意味で良かったのだろう、と。

 なお千雨はネギの師匠(マスター)、アルビレオ・イマ……自称クウネル・サンダースの事を、まだ直接には知らない。おそらくは知らない方が幸せかも知れないが。

 

 

 

 昼休みに、焼きそばパンを齧りながら千雨は教室の片隅を見遣る。そこではクラスどころか麻帆良学園本校女子中等部、いや麻帆良全体での最強頭脳と呼ばれる留学生、超鈴音が、同じく天才的な少女科学者として知られる葉加瀬聡美と共に、何やらノートPC(パソコン)の前で唸っていた。その傍らには、珍しく(マスター)であるエヴァンジェリンから離れて、茶々丸が佇んでいる。

 千雨はふと、興味にかられて話しかけた。

 

「お前ら、何やってんだ?」

「長谷川さん、こんにちは」

「オオ、千雨サン。いや、ネ。ちょっとこの科学に喧嘩売ってる様な理不尽な変形ヲ、検証してたヨ」

「どう考えても、こんな変形でこんな性能が成立するわけが無いんですよ……」

 

 そして千雨は、ノートPC(パソコン)の画面を覗き込む。そして、危うく吹くところであった。そこには、自分のもう1つの姿であるサウザンドレインと、壊斗であるサイコブラストの姿が映し出されていたのだ。そして様々に注釈が書き込まれた、彼女らの変形(トランスフォーム)中の動画が別ウィンドウで表示されている。

 

「こ、これって……。お前らの新開発か?」

 

 必死でとぼける千雨だったが、幸い超たちは何と言うか憔悴しており、その様子に気付かない。いや、茶々丸だけは平常心を保っていた模様ではあるが。

 

「だったラ、ドレだけ良いカ……。コレは茶々丸の記憶ドライブから抜き出した動画情報ネ。修学旅行でネギ坊主たちの窮地を救ったラシイんだヨ。」

「えっ……。あ、い、いや。修学旅行でネギ先生たち何かあったのか?」

 

 修学旅行でネギたちがピンチだった事は、千雨は知らない事になっている。それを言うならば超たちもまた知らないはずなのだが、学園長曰く超たちは千雨たちとはまた違う特殊事情で、魔法使い側の事情を幾ばくかなりと知らされているらしい。

 まあ、超は『何も知らない女生徒である千雨』に対し、ヤバい事を口走ったのに気づいたらしく、慌てて言い繕った。

 

「ア、いや、ちょっとネ。大したコトじゃ無いらしいけどネ。何かしら、自由行動だたかナ?そこでナニかあったっぽいヨ。イヤ、詳しくは知らないケド。

 ダケド……。シカも、未確認情報ダガこのロボットたちが麻帆良に出現したと……。早乙女サンの情報ダカラ、怪しいのでアルけどネ。なんと、これらは瞬間移動(テレポート)したそうなんだヨ。……麻帆良祭期間中でも無いンだが」

「超、麻帆良祭と瞬間移動(テレポート)、何の関係があるんだ?」

「世界樹の大発光ガ……。あ、イヤ、言葉の綾ヨ。気にしないで欲しいネ」

「でも、どうやればこんな嘘くさい変形が……」

 

 葉加瀬の言葉に、千雨はちょっとカチンと来る。嘘くさいと言われるのは、何となく気に入らない。第一、自分たちのボディの事であるのだし。

 

「……なあ超、葉加瀬。お前らが自分の科学力とやらに自信持ってるのは分かる。けどよ? 『目の前にある』事実を認めないのは、科学的な態度なのか?」

「「!!」」

 

 超と葉加瀬は、がびーんと衝撃を受ける。

 

「まあ流石に瞬間移動(テレポート)とかは早乙女が言ってるだけで証拠は無いんだろうが。

 でもなあ超、葉加瀬。お前らの科学力は凄えがよ? そこが科学の終着点なのか? お前らは悔しいかも知れんが、この画像のロボ? これがよ、お前らより先を行ってる科学の産物だと言う、それだけの事じゃねえのか?」

 

 超と葉加瀬は、がちょーんとショックを受ける。

 

「お前ら、科学に浸り過ぎて、科学に慣れ親しみ過ぎて、逆に『科学する心』を忘れちゃいねえか?」

 

 超と葉加瀬は、ドッギャーンとダメージを受け、床に(くずお)れた。

 

「何テ……。何テことカ……!」

「わたしは……。わたしたちは慢心していました……!!」

「ソレが……。千雨サンと言う第三者の言葉が無けれバ、大事な物ヲ忘れるところダタヨ……」

 

 そして少女科学者二人はいきなり立ち上がる。

 

「こうしてはいられないネ! 葉加瀬、早速工学部ニ向かうヨ!」

「はい! あそこの大型メインフレームで画像を解析、僅かなりとも技術情報を得ないと!」

「行くヨ!」

「はいっ!」

 

ドドドドドド……。

 

 超と葉加瀬は瞬時に消え去る。千雨は呟いた。

 

「あいつら……。昼飯と、午後の授業どうすんだ」

「超と葉加瀬は研究にかまけると、昼食を抜く事はよくある模様です。授業は……」

「絡繰も、大変だな」

「いえ、作り主ですから。ではわたしは(マスター)の所へ」

「おう、気を付けてな」

「はい」

 

 そして茶々丸は去る。残された千雨は溜息を吐いた。しかし外観からの観測した情報で、たいした技術情報を得られるとは思えないが、注意しておいた方がいいかも知れない。千雨は体内の通信装置で、超と葉加瀬について壊斗に知らせるのだった。

 

 

 

 放課後、千雨はゆっくりと、のんびりと女子寮への道を歩きながら、つらつらと考え事をしていた。

 

(どうすっかなあ……)

 

 彼女が悩んでいるのは、趣味でやっている『ちうのホームページ』の事である。何と言うか、最近は以前ほどの熱意が湧いて来ないのだ。無論、コスプレ自体には並々ならぬ思い入れがあるし、それを見て欲しい気持ちもある。だが、ネットアイドルとして持て囃される事に関しては、今の彼女はそこまで拘っていない。

 いや、ちょっと違う。拘っていないと言うより、拘りを持てないのだ。春先の事件からこの方、彼女は自身の価値観に大きな変化があるのに気付いていた。

 

「以前じゃ、考えもしなかったが……。壊斗との訓練に、古との手合わせやなんかも、けっこう楽しんでやってるしなあ……」

 

 その事実を口に出して見ると、なおさらに自分の変化が強く感じられる。だからと言って、『ちうのホームページ』を辞めたり休止するのも何か違う気がした。だが熱意がそこまで湧かないと言うか、そちらに気持ちが向かない状況で今のまま続けるのも、それはそれで……。

 

「学業を理由に、規模縮小でもするかなあ……」

 

 晩春の空に、千雨の物悲しい呟きが消えて行った。

 

 

 

 超包子の名物である電車屋台は、学園祭準備期間中の名物である。この期間だけ、路面電車の車両を改造した屋台を使い、点心を中心とした中華料理を提供しているのだ。値段も安価でお手頃である。

 千雨と壊斗はせっかく期間中なのだからと、ここで夕飯を食べに来た。壊斗などは麻帆良中心部からかなり離れた山中に住んでいるのだが、まあ彼の場合は色々と移動方法はあるので、美味い物を食べるためならばちょっと出て来るくらいは簡単である。

 

「本当に美味いな。これを学生が作っているとは……」

「信じらんねー技量だよな。ちゃんと商売になるレベルを超えて、本物の中華料理店と張り合えるクラスの料理を良くもまあ……」

「ああ。それだけじゃない。個々の料理を単品で作るのなら、そこまで驚かん。恐るべきは、屋台とは言え店が成り立っている事だ。店の料理人と言うのは、少数の料理を極上にするよりも、圧倒的な多数の料理を一定の出来に保って提供する技術が求められる。

 そしてその一定の出来という範囲を、どれだけ狭く、どれだけ高いレベルにできるか……。料理の出来に、波があってはいかんのだ。全ての客の、全ての注文に、均質な、しかも高いレベルの料理を出す。本当に素晴らしい」

「あとは超が協力っつーか参画してるから大丈夫とは思うけどよ。経理とか帳簿とかの方も大事だろ。そっちもしっかりしてるハズだぜ」

 

 2人は感嘆し感服しつつ、食べ続ける。そこに追加の蒸籠(セイロ)を持って、ウェイトレスの古がやって来た。

 

「長谷川、壊斗殿、お待たせアル」

「よお古、楽しませてもらってる。流石美味いな」

「見事だ。料理人にもそう伝えて欲しいが、これだけの量を調理してるんだ、忙しくてかえって邪魔だろうな」

「なら、終わった後で伝えて置くアル。五月も喜ぶアルよ」

 

 ここで壊斗が、思い出した様に手荷物を千雨に差し出す。けっこうな体積がある。

 

「そう言えば、忘れない内にこれを渡して置こう」

「ああ、何時も助かるよ、壊斗。大体、1週間分くらいか?」

「普通に暮らせばな」

「??? 何アルか? あ、いや聞いて悪いアルかね?」

 

 そんな古に、千雨は笑って言う。

 

「いや、お前はわたしたちの事知ってるだろ? わたしらは普通の物を食べるだけじゃ、ちょっとな。だもんで、壊斗から時々こうして、その手の食い物を分けてもらってるんだ」

「ああ、了解アルよ」

 

 荷物の中身は、エネルゴンキューブである。千雨はときどきこうして壊斗から、彼が造ったエネルゴンキューブを貰っているのだ。

 

「ふうむ、だが……。今の所は困っちゃいないが、万が一と言う事もあるしなあ。どこかで安価に大量にエネルギー手に入れられると良いんだが」

「今はアレだっけ? 地下深くマグマ層までボーリングして、そこのエネルギーを貰ってるとか言ってたよな」

「ナ!? ソレ大丈夫アルか!?」

 

 果たしてデバスターは地球を救えるか、と言う気分になった古だった。ちなみに彼女はエネルギーの用途は、壊斗の秘密基地で使うのだと思っている。まあ、いくらなんでも千雨と壊斗の活動用エネルギー、エネルゴンキューブを造るのに使われるとは思ってもみないだろう。

 

「ちゃんと安全性には留意してるって言ってたよな?」

「ああ。それに第一、そこのマグマ層からはエネルギーを根こそぎ奪ってるからな。惨事になんかなる様なエネルギーは残っちゃおらんよ」

「脅かさないで欲しいアルね。じゃあ、ワタシは行くアルよ。まだ追加注文あるなら、呼んでくれアル」

「おう。んじゃ頑張れ」

 

 古は電車屋台の方へ去って行く。千雨と壊斗は、古が運んできた点心が冷めない内に、がっつく様にして食べたのだった。




千雨と壊斗は、普通の食事も摂取できますが、ソレはあくまで補助的なエネルギー補給にしかなりません。と言うか、マッハで飛んだりビームを撃ったりバリア張ったり、そんな事したらあっという間に食事分のエネルギーなんぞ吹っ飛びます。
なので千雨は食事の他に、寝る前にエネルゴンキューブ食べてます。千雨は元人間なので、その習慣もあって毎日3食朝昼晩食べてますが、壊斗はどちらかと言うと食事は趣味として、不定期に食べてます。

そして超さんたち。ちょっと感想で彼女らの精神状態を心配していらっしゃる方がおられたので、その件について触れてみました。


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第023話:もうすぐ麻帆良祭

 この日、千雨はどんよりした様子で壊斗の家へやって来ていた。

 

「……どうした、ハセガワ」

「い、いや。壊斗は幽霊って信じるか?」

「信じるどころか、その研究をしてた事もあるぞ? スタースクリームと言う幽霊トランスフォーマーが居てな。そいつは何度殺しても、スパーク(たましい)だけで逃げのびてなあ。まさしく幽霊だ。

 新たにボディを獲得(ゲット)したり、他のトランスフォーマーに憑依したりして、デストロン軍団にもサイバトロン軍団にも迷惑をかけてたんだがな。その不滅のスパークを再現して軍事利用できないかって研究テーマを押し付けられた事がある」

「うっわー」

「で、幽霊がどうした?」

 

 溜息を吐いて、千雨は語りだす。

 

「いや、先日の話なんだがな。ウチのクラスで幽霊退治したんだ。クラス名簿に、これまで一度も出席して来なかった生徒がいてさ。相坂さよ、って言うんだが。それが心霊写真に写ったもんで……。でもって大騒ぎになったんだ。それで悪霊退治って皆盛り上がってなあ……。

 例の龍宮と桜咲が幽霊をあと一歩まで追い詰めたんだが、そこでネギ先生がやって来て。『上』の方から説明聞いて来たそうで、幽霊だけど悪霊じゃないってクラスの連中を説得したんだ」

「なるほどな。ハセガワはどうしてたんだ?」

「その他大勢やってたよ。わたしのセンサーでも、幽霊は発見できなかったからな」

「変だな? 俺たちのセンサーは、幽霊の類も発見できるはずなんだが」

 

 千雨は酢を飲んだような表情になる。一方壊斗は真剣な表情だ。

 

「言ったろ? 幽霊トランスフォーマーが両軍に多大な迷惑をかけた、って。だから対策として、幽霊を探知できる能力を俺たちは備えていたはずなんだ。だがそれで発見できない幽霊が居るとなると……。

 その幽霊が悪霊じゃないのは理解した。だがもしも他に、それほどに発見し難い悪霊が居たとしたら、それがあのトラブルメーカー(スタースクリーム)みたいに傍迷惑な性格をしていたなら……」

 

 壊斗は本気で幽霊……相坂さよのステルス性に脅威を抱いている様だった。千雨も彼のその様子に、真面目な面持(おもも)ちになる。

 

「手持ちの観測機器を持って、その幽霊さんとやらを調べに行こう。その幽霊を識別できるセンサーが完成すれば、俺たちの安全は更に高まる」

「んじゃ学園長先生に電話して、中等部校舎への入館許可取るか」

「そうしよう」

 

 そして千雨と壊斗は、本校女子中等部校舎へと向かったのである。

 

 

 

 そして千雨と壊斗は、3-Aの教室にやって来ていた。千雨の顔は、無表情のポーカーフェイスだ。何故かと言うと、ちょっとばかり関わり合いになりたくない人物がその場に居たのである。まあ、よりによって朝倉和美だった。

 

「あ……」

「ん。悪いけどこれからちょっと作業する。邪魔すんなよ?」

「あ、う、うん」

 

 ちょっと硬直している和美と最低限の会話だけ交わし、千雨は壊斗と共に幾つかの観測装置をその場に据え付ける。

 

「どうだ、壊斗?」

「ああ。確認した。凄いな、この非視認性、ステルス性は。だがその原因……タネは割れた。対策はできる」

「そか、そりゃ安心だな」

 

 目的を達した2人は、装備を回収して片付けた。そして千雨は和美に、形だけの心がこもらない挨拶をする。

 

「じゃな」

「あ、うん」

 

 教室を出てしばし後、壊斗は千雨に話しかける。

 

「あの朝倉とか言う少女……。何故あんな誰もいない教室にいるのかと思ったが。どうやら幽霊と話していた模様だな」

「あいつが? あいつ『視えて』やがんのか。」

 

 千雨は興味なさげに応えた。だが直後、彼女は眉を顰める。

 

「あいつがあのステルス性高い幽霊を手なずけて、あちこち覗き見とかさせたら、えらいこったな。こっちに飛び火しないといいんだが」

「その心配はあるな。まあ、それの対策も兼ねて、近いうちに再度センサー系をバージョンアップする」

「頼んだ、壊斗」

 

 2人はそのまま、歩き続けた。

 

 

 

 やがて2人は、生徒指導室の前を通りかかる。その部屋の前には、刹那と小太郎が立哨の様に番をしていた。

 

「あ、長谷川さん」

「誰や?」

「こちらは長谷川千雨さん。わたしのクラスメートです。長谷川さん、こちらは犬上小太郎君、ネギ先生のお友達です」

「ライバルや! ラ・イ・バ・ル!!」

 

 千雨は小太郎の言葉にちょっと失笑するが、彼女も壊斗を紹介する。

 

「こっちはわたしの知人で水谷壊斗。ちょっとナイショの用事があって、中等部を訪問して来たんだ。壊斗、こいつは桜咲刹那、クラスメートだ。

 ……なんでお前ら、生徒指導室の前で?」

「いえ、ちょっと……。超さんが逃げない様に……。神楽坂さんと宮崎さんも、窓の外で番をしてますし、ネギ先生とお嬢様が中で超さんを見張ってます」

「……超の奴、何やったんだ」

 

 刹那は半眼になって、薄笑いを浮かべて答える。

 

「いえ……。ちょっと一部教員と一部生徒以外には明かせない話がありましてね。あ、いえ、長谷川さんは教えても大丈夫なのかな?あ、いやそちらに部外者の方が……」

「あ、壊斗は大丈夫だけど……。ま、誰が聞いてるか分からんし、(ぼか)した言い方にしとく方がいいな」

「ですね。で、それで会合を開いていたんですが、超さんがそれを不法に偵察機で覗いてまして。それで罰を与えようとした学園側の人たちに追われてたんです。で、超さんがネギ先生に助けを求めたんですよ。悪い奴に追われている、って」

「おま、それネギ先生も騙してるだろ」

 

 刹那は頷く。

 

「結局は追手の方々をネギ先生が説得しまして、超さんを引き取ったんですよ。ほんとは記憶が飛ぶほどの罰になるはずだったんですけどね……」

(なるほど、魔法による記憶消去物の罪だったってワケか)

「で、ネギ先生に感謝を述べようとする超さんを制して、ネギ先生はその場の一同の前で言い放ちました。『超さん、生徒指導室で、麻帆良の中高で使われてる英語副読本11冊全文を書き写しの上、それら全てを和訳です。当然ながら正座で。パソコン、ワープロ、電子辞書の類は一切使用禁止。普通の辞書のみ、使用を許可します。全部、手書きでやってもらいます。終わるまで、退出禁止』と」

 

 千雨は一瞬唖然とした。まあ、超鈴音ならば不可能ではない罰だ。不可能では無い罰なのだが、かなり長時間正座する羽目になるはずだ。しかも超は幾つもの部活に参加している。この学園祭間近の準備期間中に、超が長い時間抜けるのは、どのクラブでもヤバい事態のはずだ。

 

「それって、あちこちの部活、大丈夫なのか? 超が一時とは言え、抜けて」

「超さんもそう言いました。けどネギ先生は、笑顔で言いましたね。『後で徹夜でもなんでもして、部活の人達には埋め合わせしてください』って。あれ、ネギ先生ほんとに怒ってましたよ。笑顔が怖かったです」

「……でも、ネギ先生は付き合うんだな」

「ええ、まあ。良い意味での甘さは失われて無いですね。それでお嬢様、神楽坂さん、宮崎さん、小太郎君もネギ先生を手伝うと……。ネギ先生は、いいって言ってたんですけどね」

 

 笑って言う刹那に、千雨はニヤリと笑みを浮かべて言う。

 

「いや、お前も付き合ってるだろ。ご苦労さん」

「あ、いえ! お嬢様がネギ先生に付き合ってらっしゃいますし! だからそんな!」

「……いや、ホントにご苦労さん。それじゃ、わたしらはこれで」

 

 千雨と壊斗は、あたふたとしている刹那に笑顔を向けると、その場を立ち去った。

 

 

 

 屋外へ出た千雨と壊斗は、ふと目線を校舎の方へ遣る。と、そこには窓の外に立って番をしている明日菜とのどかの姿が見えた。

 

「あそこが生徒指導室だったっけ。幸いにも、世話になった事無いからなあ……」

「む? 彼女たちを見張っている奴がいるぞ? 随分と大した隠形だが、俺には通じん」

「何? ……あいつか。不審人物だな?」

 

 2人はその人物を挟み撃ちにするかの様な位置取りで、その不審人物へ近づいていく。そして充分に近づいたところで、壊斗、千雨が声をかけた。

 

「年端もいかない少女を物陰からストーキングすると言う事は、通報されても捕縛されてもいいと言う事だよな?」

「あんたが何者かは知らないけど、クラスメートを……あれ?」

「……!! 君は!」

 

 不審人物は、千雨には見覚えのある人物であった。彼女はその人物に、改めて問いかける。

 

「なんで他校の先生が、ウチの中学の敷地内に? あ、いえ。学園長室が何故かウチの中学にあるんでしたね……。でも、あそこは生徒指導室で、学園長室じゃないですよ。ガンドルフィーニ先生」

「い、いや……。確かに不審な行動をしていた事は、詫びよう。だが決して、やましい目的でここにこうして居たわけではない」

「……なるほど。超、ですか? 逃げない様に見張っていた、と」

「!!」

 

 ガンドルフィーニは、一瞬表情を強張らせる。

 

「何故……」

「そりゃ、今あそこで罰を受けてるのが超だからですよ。魔法関係の話を、盗み聞きしようとしたんでしたか?」

「!! き、君! そちらに関係ない人物が」

「壊斗は大丈夫です。わたしと似たような体質でして。ただ学校関係者じゃ無いので、そちらに話は通って無かったかもですが」

「……脅かさないでくれたまえ」

 

 ガンドルフィーニは、大きく息を吐く。そして彼は平静を取り戻し、口を開く。

 

「まあ君も一応程度の事情は知らされているとは言え、部外者だ。だからあまり教えるわけにはいかない」

「分かってます。無理に聞くつもりもありませんよ」

「ならばいい。ところで……」

 

 そしてガンドルフィーニは一瞬、直立不動の姿勢になる。そしてビシっと綺麗な姿勢で千雨に対し、頭を下げた。

 

「が、ガンドルフィーニ先生?」

「長谷川千雨君、だったね。君には本当に申し訳無かった。君が(イタチ)妖怪に襲われた時の、現場責任者は私だったのだ。詫びて済む事では無いが、詫びる事だけは許して欲しい」

「……瀬流彦先生にも言いましたが、まったく気にされないのも腹が立ちますが、あまり気にされても返って気が重いです。謝罪は受け取りますから、そちらもあまり気にしないでください。見ての通り、なんとか五体満足に復帰しましたから。

 まあ、あれだけの大怪我がなんで治ったのかは、わからないんですけどね」

 

 最後に付け加えた嘘は、千雨の記憶が一部消されていると言う前提で、カバーストーリーを作ったためである。それはともかく、ガンドルフィーニは千雨の言葉に頭を上げた。

 

「済まな……。いや、『ありがとう』……」

「じゃあわたしたちは行きますが……。あそこはネギ先生に任せておいても大丈夫では?」

「そうは思ったのだがね……。ついつい心配になってしまったのだよ」

 

 実はガンドルフィーニがここまで心配性になったのは、千雨が妖怪に襲われた件が根底にある。あれ以来、彼は幾重にも念には念を入れ、動く様になっていた。今回の事も、超に魔法使いの掟ではなく、あくまで生徒としての罰を与えたネギに同意はしたものの、つい超が逃げないか心配になってやって来てしまったのだ。

 千雨と壊斗は笑って言う。

 

「わかりました。無理しないで、でも頑張ってくださいね。では失礼します」

「貴方は良い教師だな。貴方の教えを受ける生徒は、きっと幸せ者だ。では失礼する」

「ありがとう。では……」

 

 2人はガンドルフィーニと別れ、歩き出した。

 

 

 

 そして、麻帆良祭が始まる……。




超が何をやろうとしているのか、ネギも千雨たちも誰も今の段階では気付いていません。ですが超の側でも、色々とワケわからない事が発生しており、不安要素は原作時よりも大きくなっております。最大がトランスフォーマー勢力の存在(笑)。
そしてネギ君も、悪い意味での甘さが完全とは言えないけれど抜けて来ております。更に言えば、超はネギ君にカシオペアを渡し損ねました。今後どうにかして渡さねばならんと、知恵を絞っているでしょうねえ。

ちなみに、メイドカフェの設営は既に終わっております。原作本編と違って、何時まで経っても3-Aの出し物が決まらなかった状態と違って、さっさとメイドカフェになったので。それと大掛かりな設営の必要なお化け屋敷とは違い、基本テーブルとか並べて簡易キッチン設置して、壁を幕などで覆うぐらいですからね。


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第024話:覚悟の話は、まだ続く

 麻帆良学園都市全学園合同の学園祭『麻帆良祭』において、麻帆良学園本校女子中等部3年A組は、出し物としてメイドカフェ『アルビオーニス』を選んでいた。千雨はとりあえず初日の午前中に、ウェイトレスの当番をしていたりする。

 

「「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様♪」」」」」」

 

 釘宮円、椎名桜子、柿崎美砂、和泉亜子、いいんちょ雪広あやかと共に、千雨は何人目かの客を迎える。と言うか、一瞬驚きで伊達眼鏡の奥の目が丸くなった。その客が、壊斗だったからである。

 千雨は少々慌てて、体内の通信装置で壊斗に語り掛ける。

 

『ちょ、確かに半ば冗談でウチの店に金落としに来てくれって言ったけどよ! わたしの当番の時に来るなんて聞いてねえぞ!』

『いや、どうせだったらハセガワの当番の時に来るのが普通だろう? 案内を頼むぞ』

『わ、わかった』

 

 にこやかな笑顔を作り、千雨は壊斗を自分の担当テーブルへ案内する。

 

「どうぞこちらへ、ご主人様」

「ありがとう」

 

 笑顔が引き攣っていないと良い、と千雨は思う。注文を取り、簡易キッチンへ注文伝票を届ける。と、周囲を円、桜子、美砂らに囲まれた。

 

「ちょ、なんだよお前ら」

「ちょっと、長谷川! あの人誰よ。隅に置けないわね」

「駄目駄目、しらばっくれても。あの人見た時、顔が引き攣ったからねー」

「あんたら、無粋な真似はよしときなさいよ……」

「2mを軽く超える細マッチョ。長谷川の好みは、ああ言うタイプかー」

「顔立ちや肌の色は、ちょっと日本人離れしてたねー。外人とのハーフかな?」

退()け、手前ら! 注文の品が出来たから、持ってかねえとなんねえだろ!?」

 

 千雨はチア部の3人を振り切ると、ブレンドコーヒーとレアチーズケーキのセットを持って壊斗の席へと向かった。壊斗の超絶的な五感、ことに聴覚により、先程の話は全部聞かれていた模様である。壊斗の表情は、苦笑気味だった。

 

『……愉快な友人たちだな』

『すまねえな。わたしと噂になるなんて、あんたも……』

『いや、光栄だが?』

『なっ! じょ、冗談は……』

『いや、だから光栄だと言ってるだろう。信じろ』

 

 そして壊斗はブレンドコーヒーを一口飲み、チーズケーキを口に運ぶ。

 

『……いい友人たちだな。大事にするといい』

『そうか?』

『ああ』

 

 そこで千雨は思い出した。壊斗……サイコブラストは、科学者/技術者タイプのトランスフォーマーとして生を受け、それが故に残虐な恐怖政治を敷くデストロン軍団に馴染めなかった。だが馴染まなければ、不良品として殺されてしまいかねない。

 それ故に彼は馴染んだ演技をし、デストロン軍団の一員として多数のサイバトロン戦士を殺し、そして彼の開発した科学技術がその数倍のサイバトロン戦士を殺した。当然ながら、彼には本当の意味で友人など存在しなかったはずなのだ。

 彼がかつて自虐的に冗談交じりで言った『あー、ボッチとか言うなよ? たとえ本当の事でも、さすがに傷つく』と言う言葉は、冗談でも何でもなく、彼の本心だったのかも知れない。

 

『そう、だな。まあ、その行いが限度を超えるような奴はそうそう居ねえから、な。きっと、いい友人なんだろう』

 

 限度ぎりぎりで怪しい奴は何人か居るが。千雨は、自分は壊斗よりも恵まれているのだろう、との思いを胸の中にしまい込む。こう言う思いは、外に出してしまって良い事など、あんまり無さそうであるし。

 

『ふふふ』

『ははは』

 

 2人は無線通信で笑い合う。傍目(はため)には、お茶と菓子を楽しむ男性の脇に、じっとトレイを持ってメイドさんが控えている様に見えただろう。

 やがて壊斗は、ケーキセットを食べ終わり、支払いをして3-A教室のメイドカフェ『アルビオーニス』を出て行く。千雨は周囲の面々と共に、心を込めて言ってやった。

 

「「「「「「いってらっしゃいませ、ご主人様♪」」」」」」

 

 その後千雨は、休憩時間などに他の面々に、壊斗について問い詰められたり、冷やかされたりした。彼女は『やっぱりこいつら、良い友人じゃないかも』とか思ったらしい。

 

 

 

 午後になって千雨は当番から外れた。彼女は体内の通信装置で壊斗と連絡を取り、待ち合わせる。

 

「よぉ」

「おお、来たな」

「待ったか?」

「いや、俺も今来たところだ」

 

 千雨はとりあえず、麻帆良祭の公式マップを取り出す。まあ本当はマップはカメラアイでスキャンして取り込み済みなのだが、こう言うのは様式美みたいな物だ。

 

「んじゃ、案内してやるよ。どこか行きたいところあるか?」

「そうだな……。む?」

「ありゃ?」

 

 その時である。千雨たちの眼前を、泣き顔の綾瀬夕映が必死で走り抜けて行った。

 

「……確か、以前に関西呪術協会で不明な人員を探した時に、そのリストにあった娘だな。最終的には見つかったんだったよな。名前は……綾瀬、だったか」

「……見ちまった以上、放っておくのもな。悪ぃ、壊斗」

「いや、構わん。と言うか、お前がそう言う(たち)である事は喜ばしいと思う」

「な!? そ、そうか。んじゃ、追うとすっか」

 

 夕映は、物陰や路地裏などを無意識に伝って人目につかない様に逃走する。その夕映を、千雨と壊斗は容易に捕捉し、5分後には追い詰めていた。

 

「待てよ綾瀬……綾瀬!」

「ひぐっ……。う、え、ええっ? あ、え、えっと。なんで長谷川さんが追ってきてるですか」

「あー、泣き顔で目の前を疾走されちゃな。気にするなって方が無理だ」

「小鳥型ドロイド……偵察ロボの報告だと、お前さんを追っかけてると思われる、ネギ少年や宮崎のどか、神楽坂明日菜、近衛木乃香、桜咲刹那、犬上小太郎などは、何を見誤ったのか関係ないところを必死で走ってるぞ。

 ……お前さんの名を呼びながら、な」

「あ……」

 

 小鳥型ドロイドの1体を手指にとまらせた壊斗の言葉に、夕映の表情が曇る。千雨は溜息を吐きつつ、夕映に語り掛ける。

 

「あいつらに会うのが気まずいってんなら、まだしばらくはこっちに来ねえっポイぞ」

「は、はいです……」

「んで、どうした? ……言えねえ事か?」

「はい、いえ、あの……」

「……とりあえず、その辺で飲み物でも買って、落ち着かねえか?」

 

 夕映は、しばし黙っていたが、やがて頷いた。

 

 

 

 なんだったか具体名が思い出せないイロモノ飲料を飲みつつ項垂れている夕映を見て、

千雨は『コイツの味覚、どうなってんだ』と小さく溜息を吐く。自分が飲んでいるスポーツドリンクすら、何か不味く感じられそうである。

 やがて夕映が口を開いた。

 

「あの……。長谷川さん、少し……。聞いてもらえるですか?」

「いいぜ?」

「ありがとうございます。実は……。ネギ先生が習得し、のどかと木乃香さんが習得すべく修行している、とある特殊技術を、覚えたいと思ったのです。

 そして、のどかと木乃香さんがそれに反対するのを振り切って、ネギ先生にお願いしてしまったです」

「……」

 

 千雨は返事をせずに、ただ聞いていた。夕映が返事など求めていないと感じた事もある。今はただ、内心を吐露させた方が良い、そう思ったのだ。ちなみに壊斗は、少し離れたところで彼女らが居る物陰に、近寄る者がいない様に目を光らせている。

 

「ネギ先生は、『覚悟はありますか』と問うたのです。わたしは言いました。『どんなつらい修行でも耐える覚悟はあるです!』と……。でも、ネギ先生が語っていた覚悟は、そんな物では……。そんな薄っぺらい覚悟では無かったです……。

 その技術は、例えて言えば銃を撃つ技術の様な物だと思えばいいのです。ネギ先生が語っていた覚悟は、誰かを『撃つ覚悟』、誰かに『撃たれる覚悟』、そしていざと言う時には『殺してでも生きる覚悟』だったです……。ネギ先生は、こんな覚悟は幸せに生きたいなら、必要無い物だと……」

「……」

「馬鹿でした。賢いつもりでいた、愚か者でした。その技術を、幻想的(ファンタジック)な夢の力の様に考えていたです。このつまらない世界から、連れ出して羽ばたかせてくれる様な夢への扉の鍵だと……。

 違いました。ネギ先生が語った事には、その技術はそんな夢の力では無く、極めて現実的な、他者を害せる力、殺せる力……。単なる暴力装置だ、と言うのです。馬鹿でした。そんな物のために……。制止()めるのどかを振り切って……」

 

 夕映はボロボロと涙を零す。

 

「きっと、軽蔑されたです。ネギ先生にも、木乃香さんにも、そして、そして、のどかにも……」

「……」

 

ごすぅっ!

 

「いだぁっ!?」

 

 千雨は、夕映の脳天に頭突きをかました。

 

「な、何するですか!?」

「手前の友達ってのは、軽蔑したような奴を必死で探し回る様な阿呆か?」

「え」

「今、小鳥型の偵察ロボで調べたけどよ。今もあいつら、必死で手前を探してやがるぜ。場所、教えてやるから行ってこい。そして、きっちり謝って、しっかり礼を言ってこい。迷惑かけたのと、後はあいつらのした覚悟を軽視してた事を謝って、あとはそんな手前を見捨てずに探し回ってくれた礼を……。言ってこい。

 なあ、手遅れになりたか無えだろ?」

 

 夕映は、息を飲む。千雨が言っている『手遅れ』が、朝倉和美の事だと理解したが故だ。千雨と和美が修学旅行以来、事実上の絶交状態である事はクラスでも薄々わかっている者は多い。

 何があったのか、夕映は知らない。しかし、のどかとあんな風な状態にはなりたくなど無い。絶対に嫌だった。

 千雨は手持ちの麻帆良祭マップに赤ペンで丸を描き入れると、夕映に投げる。

 

「オラ。奴らはこの辺を探し回ってる。急げ」

「……! ありがとうございます!」

「それと……」

「はい! 例の技術については、二度と学びたいなんて言わないです!」

「分かりゃ、いい。行け!」

 

 夕映は、バタバタと走り出す。そして壊斗が千雨に歩み寄って来た。

 

「ご苦労さん」

「ははは。しかし……綾瀬にわたしらが魔法関係について知ってる事、バレたかもなあ。あいつの事だから、他言はしねえだろが」

 

 千雨と壊斗は柔らかな笑みを浮かべて、走り去る夕映の後姿を見送った。




本作品での夕映は、魔法からは一歩引いた立場になりました。戦力的にはアレですが、ぶっちゃけこの方が良いと思うのですよ。思ったのですよ(必死)。


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第025話:『まほら武道会』予選と

 色々な出し物を見た後、千雨と壊斗は夕刻に龍宮神社へとやって来た。

 

「しかし、コスプレコンテストには出なくて良かったのか?」

「うーん、まあ、な。眼鏡なしで人前に出るのは……。コスプレは見るのもやるのも好きだけど、HP(ホームページ)でなら直接人前には出ないからなあ。

 まあ、これでも少しは対人恐怖症マシになったんだが。古菲やアンタとの手合わせとか、伊達眼鏡なしでもやってるし」

「……眼鏡キャラで出て見ると言うのは無かったのか?」

「長谷川千雨だって、身バレしちまうだろ」

 

 ちなみにこの2人が龍宮神社に来たのは、ここで大掛かりな格闘大会が開かれると言う噂を耳にしたからだ。出場するつもりは無いが、千雨の修行には観戦と言うか観取り稽古と言うか、そう言う物も何かしら糧になるのでは、との事でわざわざやって来たのである。

 と、千雨を呼ぶ声が聞こえた。

 

「長谷川ー! 出場するアルか!?」

「古か。いや、観戦のみだ。知ってるだろ? 目立ちたく無えって」

「そうだったアル。少し残念アルね」

 

 そこへ別の声もかかる。鳴滝姉妹を連れた長瀬楓と、龍宮真名である。

 

「おや、長谷川殿も出場するでござるか?」

「それは面白い事になりそうだな」

「だから出ねえっつうの! てか、なんでお前らが、わたしが出るとか思うんだ!?」

 

 流石に意図して古が話したとかは思わない千雨だが、会話の中で古が気付かずにポロっと漏らしたとかはあるかも知れないとも思う。だがそうでは無かった。

 

「いや、だってなあ」

「うむ、そうでござるな。春先から徐々に、でござるか? 長谷川殿は体幹の芯が、どんどんブレが無くなって行ったでござる。今では一端(いっぱし)の達人レベルに見えるでござるな。

 見るべき者が見れば、簡単にわかる事でござれば。それに修学旅行でのシネマ村での立ち回り、そこはかとなく評判になっているでござるよ」

 

 千雨はその場に(くずお)れる。鳴滝姉妹の姉、風香がそれを棒でつんつんとつつき、妹の史伽が姉を止めようとしていたりした。壊斗は困惑し、なんとか鳴滝姉妹を千雨から引き離そうとして、果たせずにいる。

 

「これこれ風香、よすでござるよ」

「すまんな、ええと……。ハセガワから聞いた話では長瀬、だったか」

「そうでござるよ? 何故か長谷川殿の名だけ、独特のイントネーションで喋るでござるな? それと貴殿は?」

「ちょっと癖でな。俺は水谷壊斗、ハセガワの知り合いだ」

 

 壊斗は千雨を助け起こした。千雨は起き上がったものの、頭を抱えている。と、場内にアナウンスが響き渡った。

 

『ようこそ、麻帆良生徒、学生、そして御来賓の皆様方! 復活した『まほら武道会』へ!!』

「え゛。ありゃ、いいんちょ? 何でいいんちょが……」

「おや。主催者を知らんのか? この武道会の主催者は超だぞ? それで、なんでも最初は朝倉に司会を頼もうとしたらしいんだが、沈痛な面持ちで断られたらしい。なので急遽、見た目に華がある雪広に、ネギ先生情報を餌にして頼んだらしいぞ」

「詳しいな、龍宮……。そしていいんちょ……。ネギ先生情報って……。」

 

 そして超鈴音が、神社の舞台に姿を現す。彼女はあちらこちらの小規模格闘大会を買収、統合し、この『まほら武道会』を復活させた理由を語る。なんでもそれは、表の世界、裏の世界を問わず、この学園の最強の存在を見たいと言う事であった。

 そして超は、この大会のレギュレーションを発表する。1つ、飛び道具及び刃物の禁止。2つ、()()()()の禁止。この2つを守れば、いかなる技を使用してもいいらしい。

 千雨は思わず吹きそうになるのを必死に抑え、壊斗に通信を送った。

 

『超の奴……。何考えてやがるんだ?』

『分らんが……。あの娘が魔法使い連中の会合を覗こうとかしたのと、何の関係も無いとは言えんだろう』

『するってえと、この大会も……。何か思惑があるって事か。出なくて正解だったな』

 

 そこで古菲が声を上げた。

 

「オオ、ネギ坊主アルね」

「あ、古菲さん、長瀬さん、鳴滝さんたち、長谷川さんに……確か長谷川さんのお知り合いの、水谷壊斗さんでしたか? お久しぶりです。

 それと龍宮隊長、先程の見回りではお世話になりました」

「隊長はよすんだ、ネギ君。お姉さんとの約束だ」

 

 ネギの後ろには、明日菜、のどか、小太郎のネギの従者連中を始め、木乃香と刹那、一歩引いて夕映がついて来ている。夕映は、千雨に向かい小さく礼を送って来た。昼にお節介を焼いた事の、礼であるのだろう。

 ふと、楓がネギに問いかける。

 

「ネギ坊主は出場するでござるか?」

「いえ、僕は小太郎君の応援です」

 

 ここで小声で小太郎が、ネギに耳打ちした。ネギも小声で答える。彼等は千雨と壊斗の恐るべき地獄耳を知らない。

 

「出ればええやん。じゅもんえーしょー、しなけりゃええんやろ? おまえ、俺と模擬戦やっても、まあまあやんか。ま、修行の方針からして白兵戦、格闘戦やと、良くてまあまあ止まりやけどな。長距離やと逆に俺が完封されてまうけど。

 ソレにあの超とか言う奴、カメラの類は封じる言うとったやんか」

「駄目だよ。詠唱しなくたって、カメラを封じてあったって、人の目と記憶には残るよ。魔法を使って戦うわけには行かないよ」

「ちぇ、残念やな。ヤバい相手のときは、アーティファクト使うても、ええか?」

「目立たないようにね」

 

 ふと、千雨は目をシバシバさせる。壊斗も目頭を手で押さえた。

 

『壊斗、なんか目に一瞬霞がかかったんだが』

『これが超の言ってた、電子的手段でカメラの類を無効化する措置らしいな。なにやらナノマシンをバラ撒いて、電子的映像機器を麻痺させる様だ。俺たちはその手のナノマシンやウィルスに対抗処置をしてあるから、すぐに回復するけどな』

『……これだと、フィルム式カメラとかは麻痺させられないんじゃね? 『写ル○です』みたいな電子機器部分が全く無い、レンズ付きフィルムみたいな原始的カメラは、どうやって無効化するんだか、それともその手の奴には単なるハッタリだとか』

 

 体内の通信装置で千雨と壊斗が話していると、舞台から去り際の超が、何がしか思い出した様に言葉を紡いだ。

 

『ああ、ひとつ言い忘れている事があったネ。この大会が形骸化する前、実質上最後の大会となった25年前の優勝者は……。『ナギ・スプリングフィールド』と名乗る、当時10歳の少年だった』

「!!」

 

 ネギの顔色が変わった。彼は必死で、内面で荒れ狂う嵐を抑え込んでいるかの様子だ。だがしかし、しばしの後、ネギは大きく息を吐いた。

 

『この名前に聞き覚えのある者は……。がんばるとイイネ♪』

「……超さんは、何か企んでるのかな。何を企んでるんだろうね。行方不明の父さんの名前なんか出して。どうしても僕をつり出したい様だけど」

「お。出るんか? ネギ。虎穴に入らずんばなんちゃら、って言うしな」

「いや、ここはあえて出ないよ小太郎君。とりあえず君子危うきに近寄らずに、様子を見させてもらう。それに……。

 僕は先頃までは、父さんの辿った道を必死で追いかけて来た。それが父さんに一歩でも近づく道だと思ってね。でも、色々師匠(マスター)から話を聞くと、けっこう父さんの道からはズレてたみたいだし」

 

 そしてネギは決然と言う。

 

「そして、後を追って走るだけじゃ、先をもっと速く走ってる(とうさん)には追い付くどころか引き離されるだけだと思う。だったら一か八か、父さんの道を外れてショートカットなりなんなりして、1mでも距離を縮める。そのために、父さんと違うスタイルである今の修行方針を決めたんだ。

 まあでも、『先生』としての仕事を修行や父さん探しの犠牲にするつもりは無いけどね。それは生徒の皆、他の先生方、何より僕自身に対して失礼だよ」

「……」

「この大会も、僕が出ても、仮に優勝できたとしても、父さんの劣化コピーになるだけだよ。第一、格闘戦では『まだ』小太郎君には及ばないし、優勝できそうにも無いからね、あはは」

「おー、『まだ』とは言うじゃんか。この先も『絶対に』追いつかせたりせえへんからな?

 ……って言うか、接近戦で追いつかれたら俺の立場あらへんやん。遠距離戦で勝てへんのに」

 

 ちなみに小太郎は、クウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)に魔法抜きの格闘戦でコテンパンにされ、既に鼻っ柱を折られている。ただし鼻っ柱は折れても、気持ちは折れていない。ネギ共々、なんとしてもクウネルに一泡吹かすと修行を頑張っているのだ。

 閑話休題、千雨と壊斗はそんなネギたちの様子を、ほぉーっと感嘆の溜息を洩らしつつ眺めていた。ふと千雨の視界の片隅に、真名の様子が映る。真名は何時もながらのポーカーフェイスであったが、ほんの僅かに隙ができているかの如く、かすかに苦笑している様にも見えた。

 

(……? 龍宮の奴……。あいつも何かしら、あんのか?)

 

 そして『まほら武道会』予選が始まる。古菲、龍宮真名、長瀬楓、犬上小太郎の4名は、さっくりと本選出場を決めた。他に目立つ参加者としては、千雨も何処かで見た覚えのある女子高生、高音・D・グッドマンが居たりする。

 ただ、何かしら彼女としては出場は本意では無さそうで、背中が煤けてしょんぼりしているのが気になるが。妹分にして『魔法使いの従者(ミニストラ・マギ)』である佐倉愛衣が、彼女を慰めていた。

 

 

 

 そして同時刻。この『まほら武道会』を主催した超鈴音は、大会本部で落ち込んでいた。スクリーンには、本選に出場する選手とその応援の面々が映し出されている。超の一味である葉加瀬聡美が、超を慰めようと頑張っていた。

 

「超さん、一応なんとか魔法使いは1人、参加したじゃないですか。高音・D・グッドマンさんが」

『わたしが優勝いたしましたら、賞金の1千万円は全額寄付させていただきますわ!』

 

 スクリーンの中で、半ばヤケになった風体の高音が、参戦の抱負を高らかに語っている。それを眺めつつ、超は言った。

 

「はぁ……。ナントカ、彼女にはいい所まで勝ち進んで、魔法使いラシイ戦いぶりを披露シテ欲しいネ。他に魔法使いラシイ魔法使いが選手に居ないヨ。しかしネギ坊主……」

「ここしばらくで、随分性格に変化が見られます」

「アレだけ煽れバ、ちょと前だたら確実に大会参加してたハズだヨ。ヤハリ、学園長が伝手でダイオラマ魔法球を入手、何処カへ流しタと言う情報を、軽視すべきではナカたネ」

 

 葉加瀬もまた、視線を強める。その視線の先には、選手である犬上小太郎の応援と言う事で一緒にいる、ネギ・スプリングフィールドの姿があった。スクリーンの中で、彼はほにゃーっとした締まりのない笑顔を浮かべている。ただし見るべき者が見れば、その眼がギラリと輝いているのは理解できた。

 ネギ・スプリングフィールドは、まだ修行不足なのである。特に演技的な面は、あまり上手く無い。

 

「ネギ坊主……。ヤハり、要注意カ?」

「では……」

「多分ネ。ダイオラマ魔法球は、オソラくはネギ坊主の師匠……名前もワカランけど、存在だけはようやく掴ンだネ。多分そいつへ流されタんだヨ」

「微妙にネギ先生の背が伸びたと思ったら……」

「……どう出ル? ネギ・スプリングフィールド(ごせんぞさま)……」

 

 超は小太郎の後ろに映っているネギの姿を、鋭い視線で見つめ続けた。

 

 

 

 ちなみにその頃、クウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)は閉店間際のメイドカフェ『アルビオーニス』でぎりぎりまで粘り、スパゲティ・ペペロンチーノとブレンドコーヒー、食後のミルフィーユのセット料理を堪能していたらしい。




いよいよ『まほら武道会』です。なんとネギ、出ませんでした! そしてその煽りで高畑先生も、明日菜も刹那も出ません。エヴァンジェリンは言うまでもなく出ません。そして佐倉愛衣も出ないです。

魔法使いらしい魔法使いは、高音サンのみ。超鈴音、涙目。

そしてただ1人、学園祭を思い切り堪能してるのは、我らが師匠(マスター)クウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)。どうなることやら。


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第026話:激突、古VS龍宮

 千雨は昨夜の事を思い出していた。彼女が『まほら武道会』予選が終わった会場から帰ろうとしたら、そこを佐倉愛衣に見つかって、高音・D・グッドマンと愛衣が彼女に謝りに来たのである。彼女たちは春先に、千雨が(イタチ)妖怪に襲われた現場に居たのだ。それ故、何もできなかった事を謝罪に来たのだった。

 千雨は毎回恒例の如く、気にされ無いのは腹が立つが、気にされ過ぎるとこちらの気が重いので、謝罪は受け取るから気にするな、と言った。瀬流彦先生とガンドルフィーニ先生は大人だった事もあり、当人たちも内心ではどうだったにせよ、これで話は済んだ。しかし高音と愛衣の場合は彼女らが若い事もあって、一夜明けた今なお済まなそうな様子を見せている。

 

「やれやれ……」

 

 そして今、彼女は『まほら武道会』本選当日である今日、朝からその観戦に来ていたのだが……。選手席の方から、ちらちらと視線を感じる。いや一般席からも彼女を見遣るその視線は存在していた。当然ながら、高音と愛衣である。やり辛くて仕方が無かった。

 

(グッドマン先輩は、しかし超の企みを知るための囮要員としての任務か。危ういかも知れない実際の調査は魔法先生に任せて、魔法生徒である彼女には超らの目を惹き付ける役目、か)

 

 昨晩の高音の様子が、あまりに出場が不本意そうだったため、学園長である近右衛門に電話で聞いてみたのである。そうしたら超が何がしかの騒ぎを起こすべく企んでいる可能性があるらしく、学園側はとりあえず予防的に動いている様だ。そして高音の『まほら武道会』参戦は、その一環だったのである。

 

(超、何やってやがんだ……。だから頭超絶に良いのに問題生徒だって目ぇ付けられるんだよ)

「お、始まるぞ」

「あ、うん」

 

 考え事をしていると、隣にいる壊斗が声をかけて来る。千雨は試合場の方に意識を向けた。

 

 

 

 第一試合は犬上小太郎と、一般人のキックボクサー薩摩四郎とか言う人物の対戦だ。何と言うか、見どころの無い試合と言うか、小太郎がさっくり勝った。小太郎は気弾も分身も、瞬動すら使わないで、貫録勝ちと言えばいいのか、ちょっと面白味の無い試合であった。

 しかし特筆すべきは、小太郎が『技』を何一つ使わずに詰将棋の様に相手を倒した事だろう。格下相手であっても油断の1つせずに、そして観戦している他のライバルたちに自分の技を明かさずに、勝利したのだ。まあ他の面々、ことに長瀬楓あたりは、小太郎が瞬動術はおろか分身や狗神を使う事も知ってはいるが。

 その楓は、選手席でぽつりと呟いたものだ。

 

「む……。小太郎、通常技や普通の動きが以前とは段違いでござるな。これはおそらく他の『技』の練度も……」

「ほう? あの子供、何やら隠し技でもあるのか」

「いや、真名。聞かなかった事にして欲しいでござれば。ネギ坊主の友人が必死に隠し通したものを拙者がバラしたとなれば、ネギ坊主から怒られてしまうでござるよ。

 ……ことに最近のネギ坊主は、怖いでござるからに」

「……確かに怖いな。小さな新田先生かと思う時が、わたしもあるよ」

「それでも嫌われたりせずに、時折は生徒たちの玩具にされている……否、『玩具になってくれている』のが、ネギ坊主なんでござるがな。

 ……聞かれてないでござるよね?」

「だ、大丈夫だと思うが?」

 

 楓と真名は、あくまで小太郎の応援のネギが居るはずも無い選手席で、思わずきょろきょろと左右を見遣る。いや、一瞬あの笑顔と、その背後に響く『ゴゴゴゴゴゴ……』と言う擬音が、見えて聞こえた気がしたのだ。幸いにも気のせいであったらしい。

 

 

 

 第二試合は、大豪院ポチと言う一般の格闘家と、これも麻帆良のちょっと『気』を練れるだけの逸般人気味な一般人、光明寺三郎と言う人物の対戦だった。一見地味で面白味の無い戦いだった第一試合と異なり、この対戦は(はな)から豪快な肉体と肉体、打撃と打撃の応酬で始まった。

 単に見ものとしては、第一試合よりもこちらの方が華があっただろう。まあ、見るべき者が見れば、どちらの試合が高度な内容だったのかははっきりしていたが。結局勝ち残ったのは、大豪院ポチであった。

 

 

 

 第三試合は、甲賀中忍……ソレはヒミツなのだがその長瀬楓と、空手着を着た学生格闘家である中村達也選手との闘いである。

 

烈空掌(れっくうしょう)!」

「ほいっと」

 

 中村は、大振りな動きで空を裂く様に手を振る。するとその掌が光り輝き、光弾が発射される。だが残念ながら予備動作が大きすぎる。楓はあっさりと見切り、その光弾を躱した。

 千雨は口笛を吹く。

 

「ひゅう……。あれが『気』って奴か。古のは見せてもらったけど、本気でああやって体外にも飛ばせるんだな」

「まあ俺たちも、『生き物』ではあるから使えるが……。ちょっと体質的に、技として使うのは相性が悪いな」

 

 そして中村は、ならば躱せない様に撃ってやるとばかりに、両手を輝かせた。

 

「もらったぜ! 烈空双掌(ダブルれっくうしょう)!! …何っ!?」

「なかなかの『気』の練りでござれど……」

 

 2つの気弾の間にあった、ほんの僅かな隙間を潜り抜けて、楓は中村のすぐ傍に立った。いや、瞬動を使えば中村に烈空双掌(ダブルれっくうしょう)を使わせる事も無く、中村の死角に潜り込めていただろうが。しかし楓は、先の小太郎の試合に何か感じたのか、わざと瞬動を使わなかったのである。

 

「く……」

「……接近戦、格闘の修練ももっと積むべきでござったな」

 

 首筋を一撃。それだけで楓は中村の意識を断ち切る。この試合は、知る者にとっては順当に、楓の勝利で終わった。

 

 

 

 第四試合は、龍宮真名と古菲の戦いである。優勝候補の最右翼、前評判No.1の古の登場に、会場は沸く。誰もが古の圧倒的な勝利を疑っていなかった。ごく一部の者たちを除いては。

 そのごく一部、千雨と壊斗は一般席からこの試合を観戦していた。千雨は心底心配そうに言う。

 

「古の奴……。無事で済むといいんだが。たぶん龍宮の奴の武器は、アレだろ?」

「センサー……金属探知機が、大量の金属塊……。たぶん、これはコインだな。それの存在を捉えている。何故わざわざそんな物を持っているかと考えると、靴下にでも詰めて促成のブラックジャックでも作るか、でなければ……」

 

 そして真名が右手の親指で弾き出した500円硬貨が、古を吹き飛ばす。会場は一瞬静まり返り、直後悲鳴のような声に包まれた。千雨と壊斗のセンサーには、真名の右手に魔力が結集しているのが感じられる。

 

「でなければ、アレだ。魔力を補助に使っているとは言え、恐ろしい威力だな。魔力を使わなくとも、段ボールに穴をあけるぐらいの威力は出せるだろうな」

「龍宮がフツーの人間でなさそうなのは、以前から理解してたけどよ……。古、自分で後ろに飛んでダメージ殺してたけど、それでもアレはなあ……」

 

 カウント9までたっぷり休んだ古は、試合場の舞台に立ち上がる。その瞳は、強敵との戦いに対する喜びで、爛々と輝いていた。一方の真名は、ただただ冷徹な瞳で機械的にコインを放ち続ける。

 古はまるで雑技団の様な動きで必死に躱しまくる。だが躱しているだけでは勝てないと、八極拳の活歩をもって真名の懐へ潜り込んだ。しかし真名は、ゼロ距離射撃をもってして、その古を撃墜する。更に真名は追い打ちの連打を叩き込み、古は瞬時にズタボロになった。

 だが古は、必死に立ち上がる。真名はその古に対し、とどめとばかりにコインの連打を叩きつけた。

 

「!?」

「ムン!!」

 

 古に殺到していたコインの弾丸が、明後日の方向へと弾かれる。古は真名の方向へと疾走した。真名は焦る様子も見せずにコインを連射するが、古が手刀をかざすとそれに触れたコインはことごとく軌道を変えられ、彼方へと飛んで行った。

 千雨と壊斗の目には、その技の正体が見えている。

 

「なるほど、化勁か」

「ああ、それも古が元々やってた形意拳系統の化勁じゃなく、太極拳系統の奴」

「え、それってどう言う?」

「来ましたか、ネギ先生。犬上もいるのか。神楽坂に宮崎も。選手席に行って無くていいのか、犬上」

「次の試合までに時間ありすぎるし、向こうヒマやから、ええやろが」

 

 千雨はネギと彼の従者たちに、古の技について説明してやった。まあ、選手である小太郎とか居るから秘密にしてようかとも思ったが、もう目の前で技を使ってしまっている事だし、仕方ないと言う面もある。

 

「あー、簡単に言えば古は、手刀を回転させる事で、手刀にぶつかったコイン投擲の威力を受け流してるんですよ。手刀に溜め込んだ纏絲の力、捻れの力で、敵の攻撃の威力ベクトルを、見当違いの方向へ変化させてやってるんです。

 たぶん、生半可な相手が、いやそれどころか、かなりの達人が古を殴っても、あの技で威力の方向を逸らされてしまって、古自身にはまずダメージを与えられないでしょうね」

「けど、なんであないになるまで、その技を使わなかったんや?」

「そりゃ、アイツがあの技に成功したのが今あの瞬間だったからだな。と言うか、今の今まで奴がわたしとの手合わせで、あの技に挑戦はしてたものの、成功したのは見た事なかったし」

 

 そう、古菲は千雨との手合わせにおいて、ハンマーか鎚矛(メイス)の様にクソ重い千雨の拳撃をどうにかするために、太極拳の化勁を練習していたのである。だがそれは、中々上手くは行かなかった。そして迎えた今日この日の闘いにおいて、古はついに化勁を物にしたのだ。

 再度真名の零距離に立った古は、フッと息を吐くと、右足を床に強く踏み込む。震脚によって生まれた力が右足首、右膝、右股関節、腰椎、背骨、右肩、右肘、右手首と伝わって行く。だがこの瞬間を、真名も待っていたのだ。今ならば古の右手には捻れの力はこもっていない。真名の右手から放たれたコインが、古の右腕を襲った。いや、襲おうとした。

 

「!!」

「これは!!」

 

 古の左手が、腰の後ろに足れ下げていた布を引き抜き、振るう。そして放たれたコインは、布にはじき飛ばされる。壊斗は叫んだ。

 

「マスターク□ス!?」

『あんたこの世界に来て、実はオタにすっかり染まってるだろ!?』

 

 千雨は思わず体内の通信装置で怒鳴る。まあ『この世界に来て』とか言う危ない台詞を、口に出す事なく無線の通信で言っただけ、まだ冷静さを保っていたのだろう。

 

ドギャッ!!

 

「やれやれ……。詫びて置こう、古。ちょっと侮ってたよ。わたしの負けだ」

「置き土産キッチリくれて、何言ってるアルね」

 

 古の渾身の拳撃をみぞおちに受け、真名はその場に崩れ落ちる。そして10カウント。審判のいいんちょが、古の右腕を高々と上げた。

 

『古菲選手、勝利です! 強敵、龍宮選手を破り、2回戦に進しゅ……あら? 古菲選手? 古菲さん!? ちょっと、誰か! 衛生兵、衛生兵ーーー!!』

 

 そしていいんちょに右手を上げられたまま、古菲もまた意識を失い、ぐんにゃりとぶら下がる。

 

「あー、龍宮の奴が最後の瞬間に、左手で5発連続で古の胴体に直撃くらわしてたからなあ……」

「ええっ!? 見えたんですか、長谷川さん!」

「なんやネギ、見えなかったんか? 俺は見えたで? ……ちょこっとだけやけど」

「い、いや僕も、龍宮隊長の左手が古菲さんのお腹に行って、何かしらやったってのは見えたけど……。目に魔力通してなかったし」

「あかんなあネギ。せっかくの観取り稽古にいい状況なんやし、こう言う時こそ目に魔力通して強化して見とかんと」

 

 溜息を吐いた千雨は、首を左右に振る。

 

「やれやれ、んじゃ行こうぜ壊斗」

「ああ、わかった」

「すいませんネギ先生、ちょっと救護室に古の様子を見に行って……」

 

 と、そこでネギが口を開く。

 

「あ、そう言えばさっき言ってましたね。長谷川さんが古菲さんと手合わせしてるって……。ええっ!? 長谷川さんって、そんなに強かったんですか!?」

「おお、なんやネギのクラスには武道四天王がいるそうやないか。楓姉ちゃんと、刹那と、菲部長と、さっきの龍宮姉ちゃんか? でもその長谷川って姉ちゃんは入っとらんなあ?

 ……なんでや? 動きの端々を見るに、菲部長か下手すれば刹那と、もしかしたら互角ちゃうんか?」

「あー、そう言われれば。四天王じゃなく、五人囃子(ごにんばやし)?」

「マテ、ネギ。それなんか、ちゃうで?」

 

 千雨はネギに平身低頭して、五人囃子(ごにんばやし)とか五人衆とか言われるのは()めてもらったのである。




ううん、古菲と龍宮の闘いは、ちょっと微妙に変わりましたけど、結果としてあまり原作と変わりませんでしたねー。ただ、地力自体は古は上がっております。ネギの応援により奮起しなくても勝てましたし。化勁(太極拳系の)を物にしましたし。ちゃんと意識して『気』も使える様になってもおります。

でもって小太郎。面白くない戦い方も、できる様になっております。地味な基本技もしっかりと。あと必殺技名は、発するときに叫ばずに、相手にちゃんと一撃が決まってからその後で渋く「必殺……○○拳!」とか言う様にしております。これなら、必殺技が決まらなかったり躱されたり、あるいは技に失敗して出なかった時とか、何も言わずに次の攻撃に移ればバレませんからね!


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第027話:『まほら武道会』の裏で

 古菲を救護室に見舞いに来た千雨と壊斗であったが、古菲は未だ目が覚めていない状況だった。看護師によれば、とりあえず安静にしているが、救急車を呼ぶほどでは無いがタクシーで病院に運ぶ予定だとの事。残念ながら古は二回戦不戦敗となる。

 古の枕元で、千雨は壊斗に問いかける。

 

「……どうだ? わたしにゃ、医学知識はほとんど無いからな」

「そうだ、な。まあきちんと治療を受けて療養すれば、後遺症は無いだろうが……。けっこうなダメージだ」

「そうか……」

「ふむ、ではバレない程度に、そして数時間後ならば派手に動いても大丈夫な程度に、手加減して治療しておきましょうか」

「「ああ、頼む」みます」

「……驚きませんね」

 

 千雨も壊斗も、その突然割り込んで来た第三者に向かって話す。

 

「いえ、貴方が居らっしゃるのは最初から分かっていましたし。転移してきたのは、誰かに見つかったらどうするのかと思いましたが」

「貴方の外観は、近衛学園長から聞いていたクウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)氏と一致したのでな。何かしらやらかしたとしても、致命的な事にはならないだろうと思ってな」

「コノエモン情報でしたか。それに凄い察知能力ですね。やれやれ、残念です。ここは『何者だ!?』『何が目的だ!?』とか驚いていただけるかと期待していたのですが」

「なにものだー」

「なにがもくてきだー」

「いえ、そんな棒読みで言われましても。思っていたよりも、お茶目な方々ですね」

 

 千雨は肩を竦める。クウネル(アルビレオ)はそれを楽しそうに見遣った。

 

「いえ、貴方が当初想定していたよりも胡散臭かった事もありまして。心理的な壁を作っておくに越した事は無いかと」

「お茶目なだけでなく、人を見る目もありますねえ」

「……おまけに、懐にその小動物を隠しているのもマイナス点だな。正直なところ、ソレとはもう関わり合いになりたくないのだよ、俺たちは」

 

 壊斗の台詞に反応したか、クウネル(アルビレオ)の懐から1匹のオコジョが出て来る。それは必死の面持ちで、千雨と壊斗に訴えた。

 

「そ、そりゃねえよ! 俺っちは、もう色々と反省して、今も真面目にこのクウネルの旦那の下働きやってんだ! 頼むよ(あね)さん(あに)さん! 学園長に、俺っちが真面目にやってるって話を……」

 

 そこまで言ったところで、元オコジョ妖精にして現オコジョのアルベール・カモミールは忽然とその姿を消す。見ると、クウネル(アルビレオ)がちょいと人差し指を突き出している。明らかに、彼がカモを転移させたのだ。

 

「いや、流石に貴方たちの顔色が不機嫌の限度を超えそうでしたからね。これはまずい、と」

「その判断は、間違っていませんね」

「長谷川さんでしたね? 無理に丁寧な喋り方をする必要はありませんよ。わたしはそんな偉い存在では無いのですからね」

「……わかった。そうさせてもらう。……で、本気であんた、何が目的で来たんだ?」

 

 クウネル(アルビレオ)はしかし、すぐには答えずに古菲が寝ている寝台に歩み寄る。そして彼は、古の負傷部位である腹を、ちょんと人差し指でつっついた。その周辺に、魔力の淡い光が迸り、千雨と壊斗のセンサーにも強い魔力反応が出る。

 

「これで古菲さんは、数時間もすれば元気に動き回れる様になるでしょう。そしてあと2時間は目覚めません。まあ医者が診たならば、深いけれど一時的なダメージを受けた様に判断するはずです」

「……古の友として、礼は言っておく。ありがとう」

「どういたしまして。でもまあコレは、貴方がたがわたしのお願いを断り辛くするための布石みたいな物ですし」

「自分で言うかよ」

「つまりあんたは、俺たちに何かしら願いがある、と言う事だな。弟子であるネギ少年がらみの事か?」

 

 うさんくさい笑みを浮かべつつ……。いや、そうではないのかも知れない。単にそれは、最初からその形状に作られただけの、笑顔という顔パーツなのかも知れない、と千雨は感じる。張り付いたような笑顔(アルカイックスマイル)を浮かべたクウネル(アルビレオ)は、口を開く。

 

「ネギ君のため、と言えなくもありません。ただ、これはネギ君は間接的に関わる事ですので、違うと言えば違うでしょう。間接的にしては、深く関わってますけれどね。

 はっきり言いましょう。貴方がたの科学……。未来なのか宇宙由来なのか、それとももっと何処か別の『場所』から来たのかわかりません。ですがわたしは、そんな貴方がたの科学技術の助力を欲している。……わが友、ナギ・スプリングフィールドのために」

「「!!」」

 

 クウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)の笑顔は、胡散臭いままだった。しかしその瞳は、暗くどんよりと(よど)んではいたものの、それが故に酷く『何か』に執着し、何物をも犠牲にしてでもその『何か』に手を伸ばそうと言う気概が感じられる。その執念じみたソレだけは、何故かわからないが千雨も壊斗も、信じられると感じたのだ。

 

 

 

 千雨は精神的に疲弊して、武道会観戦者のための一般席へと戻って来た。当然ながら壊斗も一緒だが、彼もまた難しい顔をしている。

 

「とんでもねえ男……だったなあ」

「近衛学園長……。アレをネギ君の師匠にしたのは、英断だったのかそれとも……」

 

 そこで千雨が、妙な事に気付く。『まほら武道会』出場選手の高音・D・グッドマンが、放心状態で一般席に居るのである。

 

「ありゃ? 何でグッドマン先輩が一般席に居るんだ?」

「あ、長谷川さん! えっと、水谷さんも」

「よお佐倉。どうしたんだ?」

「いえ、実は……」

 

 佐倉愛衣の話によると、事は簡単……と言って良いのかわからないが、まあ単純であった。まずは一回戦の第五試合、これは高音と一般格闘家の男子高生アマレスラー星井正兼であった。女子高生に合法的に組み付けるとあって、嬉々としてタックルを仕掛けてきた星井だった。

 だが高音はこっそりそこはかとなく全身を影の戦闘服で覆っており、その見た目テレフォンパンチ、威力は象の突進レベルの拳を星井に見舞う。星井はにやけたいやらしい笑顔を浮かべたまま、星になった。きらーん☆と。星井に全く同情しなかった全観客からの歓声を浴びて、高音は闘場である舞台を降りる。

 まあ、ここまでなら然程問題では無い。問題は次の第六試合であった。そこで登場したのは、田中さんと呼ばれるグラサンの2m級マッチョダンディーと、剣道部の辻部長である。辻部長は当初、果敢に木刀を構え、突進しようとした。

 そして田中さんの秘密兵器が発動する。両腕がワイヤー付きロケットパンチとして飛び出し、辻部長の機先を制した。両腕による2連ロケットパンチに驚愕し、必死に防ぐ辻部長。田中さんは機体番号『T-ANK-α3』と言い、工学部で実験中の新型ロボット兵器だったのだ。

 そして辻部長はついにロケットパンチに捕まえられ、動きを封じられる。そして田中さんの口が大きく開き、そこにはレンズ状の部品が。田中さんにはビーム兵器も装備されていたのである。まあビームとは言っても、レンズ状部品から発射されるから粒子ビーム兵器ではなさそうだったが。

 そして田中さんから、まばゆい光線が発射され、掃射される。それは辻部長に直撃し、その周囲が爆炎に包まれた。そして……。何が起こったかと言うと、どうやらビームはまだ研究中で出力が小さく、辻部長の命には別条無かった。うん、命には。しかし辻部長は、漢として大事な物を失ってしまったのだ。

 

 

 

 ビームで武器防具はおろか着衣を全て吹き飛ばされ、全裸を晒した辻部長が、そこに立っていた。

 

 

 

 これで戦意喪失した辻部長は試合放棄。田中さんの勝利が決定したのである。そして我らが高音・D・グッドマン女史は、呆然と呟いた。

 

「あ、つ、次の対戦相手……。わた、し?」

 

 そして今、高音サンは口から魂が出ている状態で呆けているのである。それで彼女の従者と言うか既に世話役な愛衣が、とりあえず自分の居る一般席に連れて来て必死で元気づけようとしていたのだ。

 千雨は同じ女として、高音に心から同情した。

 

 

 

 その頃、舞台では第七試合が行われ、そして終わっていた。学生格闘家、豪徳寺薫の『遠当て』……喧嘩殺法(けんかさっぽう)未羅苦流(みらくる)究極闘技(きゅうきょくとうぎ)超必殺(ちょうひっさつ)漢魂(おとこだま)』の前に、学生柔道の強豪である山田次郎は組み合いに持ち込む事もできずに吹き飛ばされたのである。まあ、言わば波○拳もしくはヨ○・ファイアー連打の前に、飛び道具系必殺技を持たないキャラが一方的にやられる様な物だった。

 そして一回戦最後の第八試合、舞台に上がった選手は、1人は3D柔術の山下慶一、もう1人はこれも柔術家であり山下慶一の師匠、高田金治62歳である。高田は己と袂を分かち、3D柔術などと妙な流派を起こした元弟子との決着をつけんがために、ここ麻帆良の地へやって来たのだったりする。

 だが彼は歳も歳、若さ溢れる山下慶一には勝つ事ができず、敗れ去った。幸いなのは、元弟子が軽佻浮薄な流派におぼれたわけではなく、今なお求道者としての道を真っ直ぐに歩いている事を理解できた事であろう。

 

 

 

 そして第一回戦の全ての組み合わせが終了した。一回戦八試合の試合結果が舞台上の立体映像スクリーンで表示され、二回戦開始まで20分の休憩が挟まった。観客たちは、この休みの間に飲み物を買いに行ったり、トイレに走ったり、色々忙しい。

 ……だが、この時裏で動いていた陰謀に、気付いた者は多くは無かったのである。

 

 

 

 麻帆良地下の下水道奥で、その事件は起きた。

 

「……やれやれ、こんな所まで来てしまたカ」

「「「!」」」

「高畑先生、刹那、それに近衛。悪いが仕事なので、しばらく大人しくしていてもらうよ」

「お嬢様! 下がって!」

 

 刹那は叫び、愛刀を構える。だが彼女が護るべき相手、木乃香が困惑気味に口を開いた。

 

「い、いやせっちゃん。前は超さん、後ろは龍宮さん。どっちにもぎょうさんの田中さん。どっちに下がればええんや?」

「え……っと」

「……あー、なんと言うか、ネ」

「……刹那。前から思っていたが、お前……。頭の出来、自分の創る式神とどっこいどっこいじゃないのか?」

「た、龍宮!?」

 

 ……そして、空気はぐだぐだになったのである。




クウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)が本格登場です。彼は裏で何を画策しているのか。それはまだヒミツですが。

そして順調に進む『まほら武道会』。魔法使いっポイ選手は全然見えないぞ。高音サンも、パンチ一発で痴漢をふっとばしただけだ!

その裏で、高畑先生と刹那、木乃香のチームが地下深く超の秘密基地に迫る。そして空気は緊迫から一気にぐだぐだに!

でもって、今回の被害者枠は高音さんと辻部長でした。


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第028話:豪徳寺薫の栄光

 第二回戦の第一試合、犬上小太郎VS大豪院ポチの闘いは、やはり小太郎が何の『技』も使わずに対戦相手を地味に地道に追い詰めて行く展開となった。大豪院の必死の攻撃は、だが効果を発揮せずに完封されて終わる。

 この事で観衆もようやくに、実は小太郎の実力がとんでもないレベルにあると理解した。一回戦を派手な戦いで突破した人気選手たる大豪院ポチが、あっさりと手も無く下されたのである。否応なしに、皆が小太郎を認めた瞬間であった。

 そして第二回戦の第二試合は、本来は長瀬楓と古菲の好カードであったはずだった。しかし古菲は負傷欠場で病院へ向かったため、楓の不戦勝が発表された。観衆からは残念そうな声が漏れ聞こえたが、已む無い事だと理解してもいたのだろう。そこまでブーイングは大きく無かった。

 その後、第二回戦第三試合が始まる……。

 

(く……。初っ端から全力戦闘で行くしか……。けれどあのロケットパンチで捕らえられてしまったら、辻部長とか言う人の二の舞……。魔法ばかりじゃなく、近接戦闘の技術も磨くべきでした)

 

 後悔先に立たず。高音は厳しい視線で、対戦相手の田中さんを睨み付ける。一方の田中さんは、無表情で待ち構えていた。まあ、ロボットだから当然なのだが。高音は影の強化服に身を包み、田中さんに対峙した。魔法を使いたいところだが、観客の目がある。影の強化服以上は、使いたくても使えなかった。

 

 

 

 そしてここは、地下深くの秘密基地の一室。超鈴音は大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ……。ダメだヨ、高音さん……。派手にやてくれないト、やり(づら)くなる」

「超さん! これはいったい何の真似です」

「手荒な真似してすまないネ、刹那サン。それに木乃香サンに、高畑先生。本当はもっと、穏便に時間かけてやる予定だたヨ」

 

 その場には超の他に、高畑と木乃香、刹那が居た。ただし後者3名は、何やら科学技術製の光の(オリ)に閉じ込められているのだが。

 高畑が超に問う。

 

「超君、君の目的は何だ。返答によってはいくら元教え子と言えど、見過ごす事はできない」

「別に大した事では無いネ。世界に散らばる『魔法使い』の人数……。約6千700万人。あまりに多い人数ヨ。更にココとは位相を異にする『異界』に、いくつカの国まで持っている」

「……それで?」

「心配しなくても大丈夫ネ、高畑先生。一般人に迷惑かける様な真似はしない。……つもりネ。わたしの目的ハ、この『魔法使い』の存在をこの世界全体に対し、公表する……。大したコトでは無いだロ?」

「「「!」」」

 

 高畑は一瞬、言葉を失う。刹那は何か言おうとしたが、しかし今は高畑が話をしている最中だと自分を抑え、我慢した。

 

魔法使い(われわれ)の存在を……全世界に公表する? それをやって、君に何の利益が、得がある?」

「フフフ……」

 

 超はそれには答えずに、この部屋から立ち去って行こうとした。だが自動扉を開けて出て行く時に、ちょっとだけ立ち止まる。

 

「タブン、貴方たちには理解できないネ。……食事は超包子(ウチ)の美味しいのを届けさせるヨ。期待しておいてほしいネ」

 

 そして今度こそ、超は部屋を出て行った。木乃香が少し肩を落として、刹那と高畑に謝罪する。

 

「ごめんなぁ、せっちゃん、高畑先生。ウチが足手まといになったばっかりに……」

「そ、そんな事は!」

「まあ、気にしないでいいよ。あの状況ではね。さて、これは放って置くわけにもいかないなあ」

 

 高畑ののん気な口調に、刹那は焦った様に言う。

 

「し、しかしどうすれば! この機械式拘束具は、簡単には……」

「……解放(えーみったむ)魔法の射手(さぎた・まぎか)光の一矢(うな・るーくす)

「「!?」」

 

 突然木乃香が、『魔法の射手』の魔法を発動させる。今しがた何かしようとしていた高畑、そしてどう脱出するか思い悩んでいた刹那は、唖然とした。木乃香が放った光の魔法の矢は、狙い過たず高畑を拘束している装置を射抜く。高畑を捕らえていた光の檻は、一瞬で消え去った。

 

「間に合うて、よかったわぁ。危なく、遅延呪文(デイレイ・スペル)の限界時間が来てまうところやったわ」

「お、お嬢様!?」

「このちゃんて言うてなあ、せっちゃん」

「あ、え、いえ」

遅延呪文(デイレイ・スペル)をこんな長時間……」

 

 高畑は驚きの声を上げる。だが、すぐに我に返ると急ぎ刹那と木乃香の拘束を外した。木乃香はえへへーと締まりのない笑みを浮かべる。

 

師匠(マスター)クウネル(アルビレオ)はん、厳しゅうてなあ。ニコニコしとおのに、課される訓練はガクブル物やったわぁ」

「アルが学園に居る事や、ネギ君木乃香君宮崎君の魔法の師になった事は学園長から打ち明けられたが……。短期間で木乃香君がここまで……」

「それよか、装備品取り戻して地上へ逃げんとあかん。せっちゃんの夕凪とか、大事やろ?」

「「た、確かに」」

 

 3人は、急ぎその場を立ち去った。その後彼らは、彼等を助けに来ていた明日菜、ネギ、のどかたちと合流したり、ネギたちと一緒に連れて来られていた春日美空……本人は謎のシスターであると必死に主張していたが、彼女と彼女の(マスター)であるココネ・ファティマ・ロザと言う少女が追い詰められていたのを助けたりする。その上で、全員なんとか地上へと戻る事ができたのであった。

 

 

 

 地上では、『まほら武道会』が、順調に進められていた。第二回戦第三試合、高音と田中さんの対決は、高音がなんとか脱げずに勝利をもぎ取る結果に終わる。彼女が脱げずに勝利できたのは、何と言うかまるで綱渡りの様な厳しい状況を潜り抜けた結果である。と言うか、何故か因果律か何かが彼女を脱がそうとしているかの如く、アブナいシーンは結構な数あったのだが。

 無事に勝利を飾った高音に、観客からの温かい拍手と、野郎どもからの残念そうな祝福の声が送られた。高音は思わず涙したものである。

 第二回戦第四試合、豪徳寺薫と山下慶一の闘いは、双方の実力が伯仲していたため、一進一退のかなり見ごたえのある試合となった。ぎりぎりの闘いが続き、この試合を制したのは喧嘩殺法の豪徳寺薫である。柔術家である相手の間合い、ゼロ距離で放った『超必殺(ちょうひっさつ)漢魂(おとこだま)』が功を奏し、それにより山下慶一は闘場の床に沈んだのだ。

 そしてまた休憩を挟んで行われた、準決勝第一試合……。犬上小太郎と、長瀬楓の決戦である。小太郎は、以前京都での対戦で、楓に手も足も出ずに倒されていた。その雪辱を果たすべく、彼は必勝の気概で闘場へと上がった。

 一方の楓も、先達としてはそうそう乗り越えられるわけにはいかぬと、かなり気合が入っていた。両者は、闘場の中央で向かい合う。そして戦いが、始まった。

 

 

 

 そして今、その戦いに決着が着こうとしていた。

 

「ぐあ……う……」

「……強くなったでござるな、小太郎。この短い間に、信じられぬでござるよ」

 

 楓が笑顔で小太郎に語り掛ける。しかしその笑顔は、血が滴り凄惨さがにじみ出ていた。小太郎も楓もこの試合、今まで隠していた瞬動も分身も、気弾も忍法も遠慮なしに繰り出し、観衆を驚愕の渦に巻き込んでいたのである。

 しかしながら、小太郎はまだ楓に一歩及ばなかった様だ。今、彼は闘場になっている舞台の中央で、最後の一撃を彼に叩き込んだ楓にもたれかかる様に、動きを止めている。そして彼は、何かしら呟いた。

 

「……ま……なや」

「……小太郎?」

「……甘く……見んな、や? 楓姉……ちゃん」

「っ! しまっ……」

「……アデア…ット」

 

 懐に入れた小太郎の手が……仮契約(パクティオー)カードの複製が輝きを放つ。そして次の瞬間小太郎の両手には、ナックルダスター状の拳武器が嵌っていた。その名を、『皇帝の拳』と言う。小太郎がネギとの仮契約(パクティオー)で手に入れた、アーティファクトであった。

 楓は必死で離脱しようとする。今の彼女は『気』も使い果たし、忍術も分身も出せる状態では無い。そして小太郎が最後の力を振り絞る。

 

 ドボォ……!

 

 鈍い音がした。楓の胴体、みぞおちに深々と、『皇帝の拳』を装備した小太郎の拳がめり込む。楓は言った。

 

「はは、お見事でござる。某の、油断、で、ござったな……」

「いや……。俺も、もう……。ハハ、無理や、アカン……」

 

 そして2人は、同時に倒れ伏す。審判の雪広あやかがカウント10を取り、ダブルノックダウンが宣言された。

 

 

 

 今、『まほら武道会』会場では表彰式が行われていた。準決勝第一試合が両者ノックダウンの双方病院送りと言う結果になったため、準決勝第二試合が事実上の決勝戦となり、それを制したのはなんと言うか、喧嘩殺法の豪徳寺薫氏であった。

 当初彼は、いくら殴ってもこたえない防御力を誇る、高音・D・グッドマンの影の強化服を攻めあぐねていた。一方で高音の側も、本来魔法に頼り切りで格闘技の技量は無きに等しかったため、豪徳寺に攻撃をあてる事ができないでいたのだ。

 しかして豪徳寺は自らの手に『超必殺(ちょうひっさつ)漢魂(おとこだま)』を被せて殴ると言う秘技を土壇場で編み出し、それが影の強化服の守りを()いたのである。と言うか、『遠当て』よりも普通は『気』を通常攻撃に込めて殴るのは、低位の技術であるはずなのだが。大ダメージを受けた高音はギブアップを宣言。そして小太郎と楓は両者病院送りであったため、豪徳寺薫氏の優勝が決定した。

 表彰式で、大会主催者である超鈴音の手から、賞金1千万円の小切手が豪徳寺に手渡される。そこに取材陣が、一斉に押し掛けて来た。

 

「豪徳寺選手! 優勝のご感想は!?」

「1千万円の使い道は!!」

 

 だが豪徳寺は、沈痛な表情で言う。

 

「俺は、本当の意味で俺が優勝したとは思っちゃいない。準決勝第一試合の長瀬選手、犬上のボーズ……。あのどちらかと対決していたら、俺には勝ち目は無かった。組み合わせの運で、なんとかギリギリ勝ち上がったに過ぎない。

 俺はチャンピオンじゃない。俺は未だ、挑戦者(チャレンジャー)だ。次の機会までには、なんとしても鍛え直して、今度こそ本当の意味でチャンピオンになってみせる。

 そんなわけだ。せっかくの優勝賞金だが、これは俺がもらっていい物じゃない。これは麻帆良の孤児院に、全額寄付するぜ!!」

 

 会場が湧く。準決勝第一試合の小太郎と楓の戦いぶりには、見劣りがしたのは確かだ。しかしその漢っぷりは、本物だった。ちなみにその漢っぷりに、そこはかとなく高音が頬を染めていたりする。更にそれを、何かしら羨ましそうに佐倉愛衣が見つめていたりもした。

 

 

 

 表彰式と閉会式が終了した後、超鈴音は龍宮神社の渡り廊下を、1人歩いていた。

 

「やれやれ……。せっかく『まほら武道会』を開催したのニ、魔法使てくれる人少なすぎたヨ。オマケに、その高音サンも、バレづらい強化服系の魔法のみネ……。仕方ないネ。ネットでの情報操作に力入れて、その分を取り戻すヨ。色々忙しイんだけど、お陰で余計忙しくなるヨ

 ……それでネギ先生、何の御用カナ?」

「……こんにちは、超さん」

 

 渡り廊下の曲がり角から、超の行く手を塞ぐ様に現れたのは、麻帆良学園本校女子中等部教諭、ネギ・スプリングフィールドであった。彼の視線は一見涼やかであったが、その奥にある鋭い光は隠しおおせていない。

 彼は徐に、超に向き合った。

 

 

 

 千雨と壊斗は、武道会の会場を後にしつつ、クウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)から貰った招待状を手に取り眺めていた。

 

「もっと詳しい話をしたいので、学園祭終了後、どうか来ていただきたい……ってか」

「あいつが俺たちの事をどうやって知ったかは知らんが、知られている以上行かねばならんだろうな」

「やれやれ、面倒くさい。出向く時に、あのオコジョは外しておいて欲しいもんだな」

 

 とりあえず彼らは、女子中等部にある学園長室へと向かう。アルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)について、もっと良く話を聞いておく必要があるからだ。

 

「超の奴も、何かしらやってるみてえだし……」

 

 溜息を吐く千雨と、それを苦笑いで見守る壊斗だった。




今話を書き終わって、恐ろしい事に気付きました。
……主人公と副主人公の出番、少なッ!?
い、いや。彼等は全体としての主人公で、今話の主役は豪徳寺サンだから(滝汗)。


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第029話:時の罠

注)本話中に、並行世界(パラレルワールド)論や時間移動(タイムトラベル)について、甚だしいオリジナル設定があります。どうかご容赦ください。


 ネギは今、龍宮神社の渡り廊下で超と向かい合い、互いに威迫し合っていた。簡単な言い方をすれば、ガンを付け合っていた、と言う事である。だがいい加減このままでは話が進まないと見たネギが、話を振る。

 

「超さん。ちょうど手に入れた、英語の副読本に使えそうなブ厚い本が3冊ほどあるんですけれど。1つが以前の奴の10冊ぐらいに匹敵するのが。正座して筆写と和訳をするのは、1、2、3冊目のうちでどれが良いですか?」

「え゛。流石にその切り込みは、予想外……でもないのカ? と言うか、何に対する罰であるかネ?」

「そりゃあ、タカミチたちを攻撃、拉致して監禁したんです。これでも軽い罰だと思いますけど?」

「確かニ……」

 

 不敵に笑う超は、ネギに対し問いを投げかける。

 

「……ネギ坊主。現実が一つの物語だとして、君は自分を正義の味方だと思うかネ? 自分のことを……。悪者ではないかと思たことは?」

「ありますよ? と言いますか、僕は常にソレを自身に問いかける様にしてます。まあ、()()()()()()ここ3ヶ月程度ですけどね。」

「……ヤハリ、学園長が手配したダイオラマ魔法球は、ネギ坊主の師匠(マスター)に渡ていたカ」

 

 ネギは肩を竦める。そして視線を超に向け、言葉を紡ぐ。

 

「……そして、自分が正義だと完全に自信を持てた経験は、残念ながら1回もありません。でも、それで良いとも()()思います。第一『正義の腐敗は自らを正義だと思った瞬間に始まる』って言葉もありますからね」

「なるホド。そう言う考え方カ。……ネギ坊主、わたしの仲間にならないカ?」

「断ります」

「即断ネ……。何故(ナニユエ)?」

 

 超の言葉に、ネギは顔から笑みを消し、真正面から答えた。

 

「超さんが何を思い、何を想って、こんな事をしているのかは知りません。それは超さんにたっぷり書いてもらう反省文で、教えてもらいますから」

「ちょ」

「ですが、超さんが企図している計画……。魔法使いの存在を、全世界にバラすと言うのは、あくまで手段、または計画そのものの一部、あるいはその両方なのでしょう。超さんの最終目的は、いまだもって分かりません。教えてもらってないから当然ですね。

 ですがその一事だけで充分です。貴女の計画が実施されれば、まず最初に被害に遭うのも、最大の被害に遭うのも、僕の周囲です。僕は、『僕の愛する世界』を護るために、貴女と戦う。

 愛する物や愛する者のために戦うんです。それってまあ、正義ですよね? まあ同時に、愛する物や愛する者のために、もしかしたら正しいかもしれない貴女と戦うんです。酷い悪とも言えますね」

 

 そしてネギは一拍置いて、最後通牒を叩きつける。

 

「決めました。3冊全部、筆写して和訳してもらいましょう。時間は今から。場所は生徒指導室。勿論のこと、正座で。前回と同じ様に、僕が見張りますから。分量的には、前回と同じか少しだけ多くなるかな? 本が厚いですから」

「くっ! 今は忙しいヨ! そんなの、やってられないネ!」

「逃がしませんよ!」

 

 一瞬超の周囲に爆発的な霧が発生する。ネギが『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』の魔法を、無詠唱で行使したのだ。

 

「カァッ!? く、このぐ、らい、抵抗(レジスト)……ぐうっ!! し、しまったネ!?」

 

 必死で精神を集中して『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』を抵抗(レジスト)した超であったが、懐から取り出しかけた何某(なにがし)かの道具(アイテム)を取り落とす。

 すかさずネギは、転がって来たそれを拾い上げた。

 

「……懐中時計?」

「そ、ソレに触るナッ!!」

 

 必死な様相でそれを奪い返そうとした超だったがその瞬間、周囲の灌木や何やらの陰から、一斉に人影が立ち上がる。麻帆良の魔法先生たちだった。超は叫ぶ。

 

「くっ!! まだ終わらんヨ! ネギ坊主! ソレは預けておくネ! ダガ、必ず返してもらいに行くヨ!」

「「「「「「!!」」」」」」

「!! ラス・テル・マ・スキル……な!?」

 

 そして超は、すっと姿を薄れさせて空中に消えてしまう。ネギは唇を噛み、右手で杖を握りしめた。彼は魔法先生たちを率いている、ガンドルフィーニに頭を下げる。

 

「ガンドルフィーニ先生。今回は、任せていただいたのに、申し訳ありません」

「いや……。今のは仕方ないだろう。まさか魔法使いでも無い超鈴音が、転移するとは……。

 ところで、それは?」

「遺留品です」

 

 ネギの手にあるそれは、大ぶりな懐中時計に見えた。

 

 

 

 学園長室の隣室で、千雨と壊斗は近右衛門や高畑と茶を飲みながら話をしていた。学園長室を使わないのは、あちらは突然魔法先生や魔法生徒などが飛び込んで来る可能性があるからだ。

 千雨は表向きは、特殊事情により若干ばかり魔法関係について知らされているだけの、一般の女生徒である。それが学園長たちと頻繁に話をしているのは、バレたら勘ぐってくれと言う様な物だ。

 

「……で、結局超の奴は逃げちまったわけですか」

「うむ。まさかあの重囲を突破されるとはのう。しかも見た目は転移魔法の類じゃが、明石教授によれば直接転移による『歪み』は検出されなんだとの事じゃよ。

 あとは『(ゲート)』による転移じゃが、それも媒介になる物は『影』ぐらいで、そして『影の(ゲート)』でない事は、その場の状況でわかっておるのじゃ」

「ネギ先生は?」

「今、遺留品の懐中時計をガンドルフィーニ先生と共に調べておる。とは言っても、分解したりするわけにもいかんでのう。難航中じゃ」

 

 お茶を啜りつつ、近右衛門は眉を顰める。まるでお茶が不味かった様に見えた。ここで高畑が、話を変える。

 

「で、アルはナギのために君たちに力を貸せ、って言ってたんだね?」

「はい、高畑先生。ナギ氏はどうやら、何かしらヤバい状況下に置かれているらしいんです。それを解決するため、壊斗の科学技術が役に立たないかと考えた様です。特に、心霊工学について聞かれました」

「心霊工学……」

「それとこれは、ナギ氏を救うためには二義的な話になるらしいんだがな。魔力を人工的に合成できないかと言う話もあったぞ」

「「!!」」

 

 動揺する近右衛門と高畑を横目に、千雨と壊斗は饅頭をぱくつく。そして高畑が口を開いた。

 

「アルが言っている、ナギにとって二義的な救いの話と言うのは、もしかしたらだけど……。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を崩壊から救う事ではないかと思う」

「ほう? と言う事は、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)とか言う異世界は、崩壊の危機にある、と言う事か? 高畑先生」

 

 壊斗の言葉に、高畑はしばし逡巡した後、頷いた。そして彼が口を開きかけた、その時である。

 

「実は……」

「待て! なんだこの反応は!? ハセガワ!」

「この反応……。ごく近場で、時空間に穴が開いた、でいいのか? この反応は?」

「うむ、間違いない! 何があった!?」

 

 千雨と壊斗は近右衛門に目を遣る。近右衛門は一瞬目を見開くが、首を左右に振った。

 

「ちょっと待ってくれい。時空間に穴って、なんじゃね? 何かしら、物騒な話題の様な気がするのじゃが」

「丁寧にやれば、そこまで危険じゃない。まあ未来へ行くだけならな。ただ、乱暴にやれば危険すぎる行為だ。それに過去に跳んだりすれば、なおさらにヤバい。つまりこれは……時間移動、だな」

「ちょ、ちょっと待てい! 待たんか! 時間移動は最先端の魔法研究でも実現できておらぬ……って、お前さんはそれどころじゃない超科学の存在じゃったな」

 

 壊斗は近右衛門に向かい、頷きつつ眉を顰めて見せる。

 

「下手な過去への移動をすれば、色々危険だぞ。その危険だけで論文が幾つも書けるぐらいに」

「たとえばどんなのじゃね?」

「過去で何かタイムパラドックスを起こせば、それだけで世界が2つのパラレルワールドに分岐する。元の世界と、変わってしまった世界と。そうなると、まあ色々あってややこしいんだが……。

 分岐後の2つの世界は、存在そのものの密度が、単純計算で半分になるのさ。いや、ホントはもっと複雑で面倒くさい計算式があるんだが。で、ある程度までなら減っても存在は続くし、減った分が何かしら別の要素で補完される事も充分にあり得る。

 だが補完されない可能性も高いし、そしてその『系』の存在密度が減れば、『系』自体が持つ耐久力も減る。まあ、その世界の内部からでは、どれだけ存在密度が減ってるかは観測できないんだが」

「「「……」」」

 

 何やら物凄くヤバそうだ、と言うのはその場の全員が理解した様である。と、近右衛門の携帯電話が呼び出し音をがなり立てた。

 

「もしもし、ワシじゃ。……なんじゃと!? わかった、すぐに行くわい」

 

 電話を切った近右衛門は、沈痛な声で語る。

 

「……超君の遺留品を調べておった、ネギ君とガンドルフィーニ先生が、消えた。時間は2分前。ちょうど世界樹の大発光が極大化したのと時を同じくして、じゃ。壊斗殿、お前さんの言う事が正しければ……」

「やられました、ね。超の奴、ネギ先生を何故か最大の危険要因と見なしてる様子がありました」

「おそらくは……。いや、間違いなく超の遺留品の懐中時計は、トラップだったんだ。そして超は、ネギ少年にトラップの懐中時計を拾わせるために、わざと……」

「壊斗君、ネギ君は何処、いや何時に……!?」

 

 高畑は、顔色を蒼白にして壊斗に訊ねる。壊斗は首を横に振る。

 

「何時に送られたかは、現場を調べる必要がある。だが俺とハセガワが、魔法先生や魔法生徒がうじゃうじゃ居るだろう現場に赴くのは、言い訳に苦労するだろう……」

「確かに……」

「過去に送られたんじゃ無いといいんだが。過去に行ったら、もう二度と会えない可能性が高い。

 過去に行くと、過去に行ったと言うだけで原子レベルのタイムパラドックスが発生し、世界が分岐する。そして過去に行った奴らは、その時点から変化した世界線の方に存在が移ってしまい、こちらの元の世界からは絶対にその存在を観測できなくなってしまう」

「く……。なんて事だ」

「……現場に行けば、調べられるんじゃな?」

 

 ここで近右衛門が目を光らせた。その場の一同は、近右衛門に注目する。

 

ワシに、いい考えがある(I have a plan.)

 

 なんか微妙な雰囲気になった。

 

 

 

 近右衛門は現場になった小部屋へ、高畑たちを引き連れて現れた。

 

「学園長! ……え?」

「明石教授、高畑先生の後ろの2人は、ワシの伝手で連れて来た応援じゃ。心配せんでいい」

「は、はあ」

「では調査開始しておくれ。()()()()()()()君に、()()()()()()()()君や」

『『了解』』

 

 そう、千雨(サウザンドレイン)壊斗(サイコブラスト)は正体を隠すために、バトルスーツ姿でこの場に現れたのだ。これが近右衛門の『いい考え』であった。やはりちょっと微妙である。とりあえずサイコブラストとサウザンドレインは、体内のセンサー全開で周辺の時空の歪みを調査開始した。

 

『……推定跳躍時点、今現在より191時間38分22秒後。最悪の事態は避けられたな。送られたのは、過去ではなく未来だ』

「は!? 未来!?」

「明石君、サイコブラスト君は素晴らしい科学者での。と言うか、事実上世界最高峰の科学者じゃ。タイムマシンも、時間移動そのものが危険だから作っていないだけで、理論は完璧に構築済みなのじゃよ」

「またご冗談を……。え? ほ、本気でしょうか?」

 

 ぎょっとする明石教授に、小さな子に言い聞かせるがごとく、近右衛門は語る。

 

「……ワシが本気かと言うよりも、ワシが正気かと聞きたそうじゃの? よく考えて見よ。単に未来に行くだけであらば、光速近くの速度で飛べる方法を見つければ良い。さすればウラシマ効果で未来にいけるぞい?」

「……なるほど」

 

 いや、光速で明日へダッシュするのも、けっこうな難事なのだが。だがとりあえず明石教授は納得した模様だ。

 

「学園長! ネギの奴は未来へ飛ばされたんか!? そうなんやな!?」

「む? 犬上小太郎君じゃったの」

 

 見れば小太郎は、昼間の怪我のために胴や頭、腕など包帯でぐるぐる巻きになっている。見るからに痛々しい姿だ。しかしそれでも必死に近右衛門に食い下がる。

 

「アイツ……。俺やのどかの姉ちゃんが部屋に入ろうとしたら、思いっきり魔力の塊をぶつけてきよったんや。それで2人とも部屋の外まで吹っ飛ばされて……。アイツ、最後に言っとった。『(トラップ)にかかった、僕はリタイアだ。超さんの事、頼んだ』って……。

 阿呆め。アイツは『砲台型魔法使い』や。何があっても、最後まで生き残らにゃならん。俺やのどか姉ちゃんを犠牲にしても、や。アイツの悪い癖や。クウネル(アルビレオ)師匠(マスター)に、思いっきり絞られればええんや……。クソ、ちくしょう」

小太郎(こたろー)君。それ、多分少しだけ違うですー」

「のどか姉ちゃん?」

 

 のどかは、小太郎に決然とした表情で語り掛ける。目に、炎が燃えていた。

 

「ネギせんせーは、自分が逃れる術が無い事を悟って、わたしたちを信じて後を任せてくれたんですー。わたしたち、その信頼に応えないと……」

「……そう、かもしれん」

「かもしれない、じゃないよ!『そう』なんです!」

「……!」

 

 僅かに弱りかけた小太郎の瞳にも、火が灯る。サウザンドレインは、それを見ながら思う。

 

(宮崎の奴も、随分と……頑張ってんだ、なあ。)

「ちょっと! ネギがやられたってホント!?」

(うげ、神楽坂)

 

 更にその場に、神楽坂明日菜、古菲、長瀬楓が現れる。なお、古と楓は包帯でぐるぐる巻きだ。明日菜はのどかと小太郎に、半ば食って掛かる様な様子で事情を聞き始めた。

 

「これは大変でござるなあ……。拙者も、何か手伝える事があらば、お手伝いするでござるよ」

「……超は、ワタシの友アルね。その友が道を誤ろうとしているならバ、止めるのもまた友情アル」

 

 楓と古はそう言って、皆に協力を表明した。サウザンドレインは思う。

 

(古がやる気になっちまってる……。わたしも、仕方ないから手伝ってやるか。それに……。超の計画が万一成功しちまったら、せっかく築いた麻帆良のコネが全部オコジョ化でブッ潰れるからな。学園長先生や高畑先生。正直それは、わたしとサイコブラストどっちにとってもヤバい。

 それに世界に魔法が周知されちまったら、どんな混乱が世界を覆う事か。まあたとえどうなっても、わたしと壊斗は生き延びて見せるが……。最悪、宇宙の基地に本拠地を移せばいいし。ただ、他の連中を見捨てるのは後味が悪すぎる。……なんとかしねえと、な)

 

 こうして千雨(サウザンドレイン)は、超と戦う覚悟を決めた。超の計画は具体的にどんな物なのか、それは未だわからない。だが超(サイド)でも、麻帆良学園に謎のロボット勢力として知られる千雨(サウザンドレイン)壊斗(サイコブラスト)の力のほどは、知り得ないのだ。

 この戦いの行く手は、混沌としていた。




ネギ君、超さんのトラップに引っ掛かってしまいました。オマケでガンドルフィーニ先生も。
で、学園側と超陣営の対決の行方は混沌としてきましたと書きましたが……。どっちに取って混沌としているのやら。

-追記-

前書きに書いた情報を入れるのを忘れておりました。申し訳ありません。


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第030話:反撃の狼煙

 ネギとガンドルフィーニが未来へ飛ばされた晩の翌日、『麻帆良祭』3日目の午前中の事である。麻帆良の魔法使いたちは必死に超の行方を捜索していた。だが一向にその行方は掴むことが出来ない。

 古などもまた、超が立ち寄りそうな場所を探し回り、そして何の収穫も無い事に肩を落とす。対策本部と化した学園長室へ悄然として戻って来た古に、バトルスーツ状態のサウザンドレインは声をかけた。

 

『あー、まあ超に頭の回転で対抗するのは難しいだろ。気を落とすな』

「謝謝アルよ、長谷が……」

『!?』

 

 サウザンドレインは、慌てて古の口を抑える。幸いに、学園長室の面々は自分たちの仕事に没頭していて気付かない。

 

『ちょ、おま、それは』

「あ、申し訳ないアルよ! 内緒だたアルね!?」

『まあ……。そうなんだけどよ。お前にわたしのこの姿、見せたこと無かったと思ったんだが? なんでわかった?』

 

 古は小さく頷いて言う。

 

「それはワタシが、貴殿の動きのクセを、多数の手合わせで知てた事が大きいアルよ」

『なるほど……』

「タダ、楓なんかは注意した方いいアルね。普段の動きのクセとかから、見破りかねないアルよ」

『げ……。本気で要注意だな』

 

 そこへ当の楓も戻ってくる。

 

「いやー、居ないでござるな。路地裏の自動販売機の裏から、道端の側溝の中まで探したんでござるが」

「いやお主、さすがにそんな所にはおらんじゃろうて」

「場を和ませるための冗談でござるよ、学園長先生。まあ冗談はさておき、超や葉加瀬はおろか、龍宮に五月、茶々丸まで姿を消しているでござれば」

「絡繰君もじゃと?」

「エヴァンジェリン殿に話を聞いたでござるが、『茶々丸を創ったときの約定で、今回に限り超に貸してやっている。そのときの約定でわたしは手出し無用と言われているのでな。今回は動かない。……どちらにも味方せんし、超のやる事については一切知らん』だとの事でござれば」

 

 どうやら忍者でも、超の情報は得られなかった模様だ。明日菜やのどか、小太郎と言ったネギの従者や、その仲間である木乃香と刹那もまた超たちの行方を捜して走り回っているのだが、この様子では望み薄だろう。

 サウザンドレインは、部屋の片隅でじっと動きを見せないサイコブラストの方へと歩み寄る。

 

『さて、わたしたちはどう動いたものかな』

『うむ。実は昨晩から色々調べていたんだがな。超たちが使っている時間移動技術なんだが。どうやらあの世界樹……『神木蟠桃』とその周辺魔力を必要としているんじゃないか、と言う予測が立った』

『それがどう影響して来るんだ?』

『まあ、その辺色々シミュレーションした結果なんだが。わたしにいい考えがある(I got an idea.)

 

 ちょっと微妙な空気が流れる。だが天丼は正義。サウザンドレインは頑張って持ちこたえ、その考えを聞いた。

 

『教えてくれるか? それと、わたしは何をすればいい?』

『一度、俺の地下基地に戻ろう。そこでまずは、2種類の装置の製作を手伝ってくれ。それを作りながら、詳しく説明する』

『わかった。じゃあ学園長に話を通して来よう』

 

 そして麻帆良学園本校女子中等部の校舎裏手から、人目を避けるようにして2機の宇宙戦闘機が飛び立った。当然の事ながらその正体は、サウザンドレインとサイコブラストである。2人は麻帆良の山中にある、サイコブラストの地下秘密基地へと急いだ。

 

 

 

 そして夕刻、18:00の鐘が鳴り響く。『麻帆良祭』の最終イベントである『学園全体かくれんぼ』は、佳境を迎えていた。ちょっと地味だ、と言う声もあったものの、まあそこはお祭り好きな麻帆良の連中である。けっこう楽しくイベントを進めていた。

 だがその最中、2,500体の量産型田中さん……ロボット兵器が出現する。更にはより大型の六脚大火力タイプのロボット兵器も登場。慌てる一般人たちを次々と脱げビームの餌食にしていった。まあ幸いな事に怪我人はおらず、一般の学園祭参加者たちや観光客たちは、これもまた突発イベントの1つだと受け取った様だが。

 そしてロボット兵器たちは、世界樹……『神木蟠桃』周辺の魔力溜まり六個を次々と占拠して行った。ここに至り、麻帆良学園の魔法使いたちは、これを超鈴音の攻撃だと判断。そして学園長である近右衛門は、超の狙いが『神木蟠桃』と六ヶ所の魔力溜まりで構成される魔法陣を使った、なんらかの儀式魔法ではないかと思い至った。

 残る魔力溜まりは二つ。近右衛門の命により、魔法先生や魔法生徒はその魔力溜まりを防衛するために奔走する。しかし一般の参加者や観光客の目がある事で、使用できる魔法が限定されている中での防衛線は至難を極める。更に、恐るべき魔弾の射手が魔法使いたちを襲った。

 

「弐集院先生! またやられました!」

「狙撃地点はおおかた予想がついた! 全員物陰へ……!?」

 

 物陰に隠れた魔法生徒の1人が、跳弾射撃によって黒い球体に飲まれ、その場から姿を消す。魔法先生である弐集院光は、その技に愕然とするしかない。

 

「何という技量……!」

「弐集院先生ーーー!!」

 

 弐集院に、相手の魔法障壁ごと飲み込んで何処かへ転移させる、謎の魔弾が襲いかかる。もはや逃れる術は無かった。

 

 

 

 魔法先生明石教授と、夏目萌以下の魔法生徒たちは、学園結界を維持するための電脳戦に、敗北しかけていた。学園警備システムメインコンピューターへのハッキングを仕掛けられ、そして圧倒的な能力差でシステムを乗っ取られそうになっていたのである。

 

「だ、だだだめです! 防衛システム中枢へのアクセスコード、既に下10桁、いえ14桁まで!」

「これが超鈴音の……」

「だめです! 電子精霊群、解凍を妨害されて出動不可!」

 

 そして学園結界がその機能を失う。それと同時に、全高30mはあろうかと言う、見た目は巨大ロボットに偽装されており、頭部に制御装置を埋め込まれて操られてはいるが、巨大な鬼神が6体出現する。そしてその鬼神6体は、1体ずつが『神木蟠桃』周辺の魔力溜まり1ヶ所ずつに陣取ろうと移動を開始した。

 

 

 

 鬼神が出現した際に葛葉刀子教諭は、同僚の魔法先生神多羅木と共にそれの撃破に動いていた。しかし鬼神と同時に出現した、バルカン砲を抱えた特殊仕様の田中さんたちに、動きを止められてしまう。刀子からすれば『神鳴流に飛び道具は効きません!』と言いたいところであったが、バルカン砲の弾丸は弐集院先生のチームを襲った、あの転移弾である。うかつに至近距離で切り払えば、そのまま転移空間に飲まれてしまうのだ。

 神鳴流奥義『斬空閃』や神多羅木の魔法による援護で、なんとか敵弾を防いでいる。だが敵のバルカン砲は、弾切れ等無いとでも言う勢いで弾丸を吐き出し続けている。刀子の『気』も神多羅木の魔力も、いい加減底が見えてきていた。

 

「神多羅木先生、ここは一時撤退も止む無しかと」

「そうだな、葛葉。……!!」

 

 突如神多羅木が、死角からの跳弾射撃で転移弾に何処かへ飛ばされた。弐集院を撃破したあの魔弾の射手が、こちらへと狙いを変えて来ていたのだ。

 

「神多羅木先生! くっ……」

 

 京都神鳴流剣士、葛葉刀子は苦渋の想いでその場を離脱、敗走した。

 

 

 

 高畑は、ピンチに陥っていた。彼の前では、刹那、明日菜、木乃香が気絶して倒れ伏している。それをやったのは、眼前にいる超鈴音ただ1人であった。彼はこの倒れている生徒たちと共に、鬼神を撃破するために前線に出て来ていたのだ。しかしそこに出現した超の謎の攻撃により、まず明日菜、次に木乃香が倒され、冷静さを失った刹那が撃破されたのである。

 しかし高畑は、それでも粘った。超の正体不明の攻撃を自分の死角を取る()()()()()()と仮定して、おそらく相手が出現すると見越した位置に攻撃を行うと言う手段で、一度ならず超に冷や汗をかかせていたのだ。

 ここで超は、高畑に語り掛ける。自分の計画により、救われる人々が多くいるであろう事を。今後起こりうる混乱に対し、それを制御し調整し管理する手段も財力も用意している事を。

 

「高畑先生……。貴方の様な仕事をしている方には理解できるハズ。この世界の不正と歪みと不均衡を正すには、私の様なやり方しか無いと」

「……」

「どうカナ高畑先生。私の仲間にならないカ?」

「断るよ」

「……即断ネ」

 

 超は意外そうな顔をする。彼女は高畑に問いかけた。

 

「何故に、カナ?」

「第一に、これはおそらくだが、君は時間移動系の技術を戦術的に、『気軽に』用いていないか? 時間移動系の技術は、世界を、いや宇宙を、時空連続体を滅ぼしかねない危険な技術だからね。『世界』を救うために、『世界』を含んだ『時空連続体』そのものを滅ぼしては本末転倒だよ」

「……コレは驚いたネ。そんな科学的切り口からの反対意見が高畑先生から出るとハ、思わなかたネ。

 でも大丈夫ヨ。安全性は重々確認して使てるネ」

「……その答えで分かった。君はわかってはいない。時間移動による危険性は、世界の『内側』からでは決して観測できない、と僕の友人が言っていた。安全性も、危険性も、君には『確認』できるハズが無いんだよ」

 

 その返しに、超は面食らう。そして何か言おうとした瞬間、それに被せるように高畑が言葉を続けた。

 

「高畑せ……」

「第二に!」

「!!」

「第二に、こちらの勝利があるかどうかは分からないが、敗北が決定している陣営に肩入れするメリットが無い」

「それはどう言ウ……」

 

 そして高畑は天を指さして言った。

 

「……ああ言う事さ」

 

 そこには上空を飛ぶ、1つの飛翔体……宇宙戦闘機の姿があった。

 

 

 

 千雨は……サウザンドレインは、麻帆良上空を宇宙戦闘機モードで翔んでいた。機体の胴体下面には、1発のミサイルが懸下されている。

 

『こいつが……』

 

 そして彼女は、そのミサイルの照準を合わせる。狙いは、麻帆良のシンボル、世界樹こと『神木蟠桃』の上空だ。更にそのはるか直上、地上4,000mには実は超一味の飛行船が浮かんでいるのだが、それには彼女は目もくれない。

 

『こいつが、反撃の……狼煙だあっ!!』

 

 千雨(サウザンドレイン)の叫びと共に、ミサイルが発射される。それは狙い過たず、世界樹の真上で炸裂した。




ちょっとした天丼があります。ごめんなさい。

さて、反撃の狼煙は上がりました。あのミサイルの正体は、次回にたぶんおそらくきっと明らかにされると思います。だといいなー。


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第031話:科学の力の理不尽さ

 世界樹直上で、爆発が起きる。その爆発は強烈な発光を伴い、世界樹……『神木蟠桃』は光の渦に包みこまれた。そして異変が起きる。

 その瞬間、弐集院や神多羅木を何処かへ転移させたあの狙撃手の、その銃に装填されていた全ての転移弾と予備弾倉の転移弾、更には弾薬ケースに収めていた予備の予備であったはずの転移弾が、全てはじけ飛んだ。転移現象は、起きていない。

 威力はさほどではない。せいぜいが、爆竹レベルかそれより弱い力で、弾頭部がはじけ飛んだのだ。ほんの僅かな火傷を負い、狙撃手は舌打ちする。そして転移弾の弾倉を銃から抜き、銃本体から排薬し、通常弾の入った弾倉に交換。瞬時に戦闘準備を整え直す。

 と、狙撃手に対し声がかかった。

 

「いや、あれで弾倉に入っていた弾丸が吹っ飛んだ、と言うことは……。その弾丸、『強制転移弾』では無く、『強制時間移動弾』とでも言うべき代物でござったか」

「楓か……。何をやった、と聞いても無駄かな?」

「いや、教えても良いでござるよ? 真名……」

 

 被っていた覆面を脱ぎ去り、狙撃手……龍宮真名は二丁拳銃を構えつつ、突如現れた甲賀中忍長瀬楓の説明を聞く姿勢を取る。

 

「あれは拙者の仕事ではなしに、学園長が呼んできた助っ人科学者の成果でござれば。あれは……。

 ……。

 …………。

 ええと、なんでござったかな?」

「……少しは勉強しろ、バカブルー」

「な!? 今言う事でござるかー!?」

「今言わずして、どうしろと」

 

 緊迫していたはずの空気が、一気に緩んだ。

 

 

 

 そして『強制時間移動弾』……いや、ここは超一味が使っている名称通り、『強制時間跳躍弾(B.C.T.L)』と呼ぼう。それの弾頭が突然の暴発を起こし、はじけ飛ぶ現象が起きたのは、真名の銃器においてだけの事では無かった。麻帆良の世界樹周辺に展開していた、多数の田中さんの特別仕様機で用いられていた、『強制時間跳躍弾(B.C.T.L)』装備のバルカン砲も、弾倉部分が一斉に破裂して使い物にならなくなっていたのである。

 そしてここ、タカミチ・T・高畑対超鈴音の戦場においても、同様の……いや、それ以上の事が起こっていた。

 

「……く、はっ! 何を……したネ!?」

「君たちが使っていた弾丸……。そしてネギ君を未来に飛ばした懐中時計……。僕たちは君が、君たちが、戦術的に時間移動技術を用いている事に危惧を抱いていた。それは単に戦術的に有効だからだけじゃない。時間移動技術そのものが、世界の基幹構造に対して害のある技術だからなんだよ。

 それで僕の友達の科学者がね? 君らの時間移動技術が、世界樹の魔力を必要としている事に気づいてね。ある装置……特殊な爆弾を組み上げた。それが爆発する際に発したエネルギー波が、世界樹の魔力そのものに影響を与え、君らの時間移動関係の装備に有害になる様に、一時的に属性を与えた、と言う事らしい」

「……!! あのミサイルっ!!」

 

 超が所持していた『強制時間跳躍弾(B.C.T.L)』弾は、その全てがはじけ飛んで、超自身にも軽度の火傷を負わせている。だがそれ以上に超に取って致命的だったのは、超の強化服の背中に装備されていた『何らかの装置』が火を噴き、破壊されていた事である。

 そして超はハッと気づくと、懐から何かしらの道具(アイテム)を取り出す。それは懐中時計の様な形状をしていた。ネギを引っ掛けた、(トラップ)に使われたソレとほぼ同型の物品である。しかしソレもまた今、煙を噴いて火花を散らし、使い物にならない残骸となり果てていた。

 高畑は超に向けて言い放つ。

 

「これで君の時間移動は封じられた。おそらく君の瞬間移動モドキも、時間移動技術の応用だったんだろう。

 それと……」

「マダだ! まだ終わらないヨ! ……呪紋回路解放、封印解除。ラスト・テイル・マイ・マジックスキル・マギステル……」

「!! 左手に『魔力』、右手に『気』、『気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)』……」

 

 超は突然、魔法の始動キーを唱える。高畑は表情に驚きを浮かべた。今の今まで、超は魔法を使う事は無かったのだ。高畑の勘は、超は魔法を使うことができるものの、何かしらの問題点があるか、制限があると睨んだ。そして歴戦の強者である彼は驚きこそしたものの、一瞬たりとも遅れずに咸卦法の行使を開始する。高畑と超の戦いは、2ラウンド目に突入した。

 

 

 

 ここは『神木蟠桃』の直上、地上4,000mの高高度。ここに浮かんだ飛行船で、葉加瀬聡美は超の計画……全世界に対する強制認識魔法をもって、世界中の人々に魔法と魔法使いの存在を暴露すると言う計画を実施すべく、儀式を遂行していた。

 幾つ目かの呪文を唱え終えた彼女は、儀式の進行度合いをチェックすべく制御盤(コンソール)の前に立つ。そして彼女は驚愕した。

 

「えっ……。ええっ!? ま、マズいです、超さんに連絡を!

 超さん、聞こえますか超さん!!」

『ナニかネ、葉加瀬! 今、高畑先生と殺りあってて、余裕無いネ!』

「それどころじゃないんです、超さん! 世界樹と、その周辺の6つの魔力溜まりが!」

『!? どうカしたのカ、葉加瀬!? 儀式は!?』

「世界樹を見てください! それで分かります!」

 

 葉加瀬は必死で叫んだ。超ならば、これだけで全て理解するはずである。そして、それは間違いではなかった。理解したからと言って、取れる方策は多くは無いのだが。

 

 

 

 窓から世界樹の様子が見える。麻帆良学園学園長にして関東魔法協会理事、近衛近右衛門は、大きく息を吐いた。今、世界樹……『神木蟠桃』は、本来であれば盛大に発光現象を起こしているはずである。しかし実際の世界樹は、平常時と全く変わりがない、なんら光り輝いて()()()姿を衆目に晒していた。

 

「科学の力と言うのは、凄まじいものじゃのう……。世界樹とその周囲の6つの魔力溜まりのみならず、麻帆良学園都市全体に満ち満ちておった世界樹の魔力をことごとく……。その波長とやらにより、選択的に吸引吸収して、なんじゃったかの? えねるごんきゅーぶ、じゃったか。それに変換してしまうとは……」

「本当に驚きです。まあそのとばっちりで、わたしももうすぐあと数十秒で、図書館島地下から出られなくなってしまいますが。まあ、どうせ分身体でしか無いですけどねえ」

「なんじゃ、来ておったのかアル」

「ネギ君は残念でしたね。ただ、責めるつもりはありませんが。ああ、時間が無いですねえ。コノエモン、キティに伝言をお願いできますか? 色々と事情が変わりそうですので、彼女も招待しますとね。招待状を渡しておきますので、これをああもう時間が無……」

 

 突然現れたクウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)は、エヴァンジェリンへの招待状を近右衛門に渡すと、同じく突然姿を消した。つまり彼の分身体を維持していた、世界樹の魔力が消失した、と言う事だ。

 

「……フム。これで超君が行おうとしていた儀式……。世界樹と6つの魔力溜まりで構成される魔法陣で、どんな儀式を企図していたかは不明だが、それはもはや実行不能となったわけじゃな。魔法陣自体が、もはや存在しておらぬのじゃから。

 壊斗殿によれば、あくまで時間移動技術の行使を阻止する、ダメ押し策だったそうじゃが……。これは瓢箪から駒と言って良いんじゃろうか?」

 

 近右衛門がこう呟いたとき、彼の携帯電話が呼び出し音を立てた。彼は急ぎ、電話を受ける。

 

「もしもし、ワシじゃ」

『学園長先生! 瀬流彦です! 6体の鬼神が動き始めました! 目標予測地点は、麻帆良学園本校小等部校庭です!』

「む……。わかった、生き残った魔法先生、魔法生徒を向かわせよう。なんとしてもその地を、護り抜くのじゃ」

『学園長先生、そこに何があるんですか!?』

「それはの……」

 

 

 

「そこに設置されタ、何らかのシステムが、地脈を通じて世界樹の魔力をネコババしてるネ。何としてもソレを破壊して、世界樹の魔力による魔法陣を復活、儀式をやりなおすンだヨ!」

 

 今、超鈴音は彼女らの本部とも言える飛行船で、全ての戦力をかき集めて全体指揮を執っていた。その姿は、着用している強化服のあちこちが砕け、引き裂けて、凄惨の一言である。

 彼女は高畑との命を削るような戦いの最中、葉加瀬からの報告を受けて緊急事態を悟った。そして一瞬の機会を捉え、炎の『(ゲート)』での転移魔法を用いて戦いを離脱。飛行船まで戻って来たのだ。

 そしてその天才的とも言える頭脳と飛行船に搭載されていた量子コンピューターを用い、世界樹の魔力消失パターンをシミュレート。結果、地脈を介して魔力が流れた先が、麻帆良学園本校小等部校庭である事を突き止めたのである。

 だが稼働に世界樹の魔力を必要とする田中さんやBUCHIANAは、一部が緊急用無線給電で活動しているものの、大半が行動不能である。残された戦力は、その未だ動いている田中さん22体、BUCHIANA2体、独自の動力で動いている茶々丸妹が4体、そして……。

 

「超さん、龍宮さんは長瀬さんと千日手状態で、動けないとの報告が。茶々丸は学園結界の復旧を阻止するためにこれも動けません」

「そうカ……。葉加瀬、6体の鬼神はどうネ?」

「今、全力で目標地点へ向かわせてます。……!? これは!?」

「どうしたネ!?」

 

 何が起こったかは、制御盤(コンソール)の付属ディスプレイの表示を見れば、明らかだった。鬼神が1体、活動を停止したのだ。これは超の計画にとって、大き過ぎる痛手である。

 科学装置で制御(コントロール)された鬼神は、単に戦力と言うだけではない。超の計画、世界12ヶ所の聖地と共鳴し、全世界に対して魔法の存在を強制的に認識させる魔法を行使するためには、この鬼神を6つの魔力溜まりに配置して増幅装置代わりに使う必要がある。しかし今、1体の鬼神が倒されたか、あるいは封印されてしまっている。

 

「やったのは誰カ!? 高畑先生カ!?」

「いえ、高畑先生は残存田中さんとBUCHIANA、それに茶々丸妹による飽和攻撃で、足止めを図っています!田中さんとBUCHIANAは見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)されてますが、やられる度にそちらへの無線給電をカット、別個体を再起動して投入していますので、多少は……」

「じゃあ誰ネ!」

「古さんです!」

「!!」

 

 超は、その名を聞いて一瞬呆ける。彼女はすぐに我を取り戻したが、何故に古がそんな能力(ちから)をと言う感情は抑えられない。超は、思わず歯を食いしばった。

 

 

 

「お見事です!」

「やりましたね、古さん!」

「まだアルよ! 次行くアル! ……っと! その前に……」

 

 古は高音・D・グッドマンと佐倉愛衣の声に叫び返すと、足に履いた装甲ブーツと、手に着用した小手(ガントレット)を交換する。そして爆薬カートリッジで、脱ぎ捨てた古いそれらを爆破処理した。

 

「使い捨てってのは玉に瑕アルね。機密保持のため、使い終わったら爆破しないとイケナイのも面倒アル。だけど、恐るべし、科学の力アル……。」

「目には目、歯には歯、科学の力には科学の力ですか……。でも、自信を持つべきですわ。わたしや愛衣では、それらを使いこなせないのですから」

「さ、行きましょう! まだ敵はいます!」

 

 3人の女生徒は、次の敵を求めてその場を走り去った。




超さん、いつもなら科学の力で理不尽を敵に強いる立場だったのですが、本作では自らが超科学(『ちょうかがく』で、『ちゃおかがく』ではありません)の理不尽さに振り回されてます。そして彼女が多分、友としてならばともかく戦力的には軽視していたであろう古菲が、彼女の計画の一角を砕いたのも、ショックだったでしょうね。それもまた、副主人公壊斗の科学の力なのですが。

そして作者であるわたしの最大の誤算。ちょっと長くなり過ぎたので、全文を分割したのですが、前半部たる今話に主人公千雨が出てない。

(吐血)

土下座案件でしたな。


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第032話:一冊見つけたら数千冊はあると思え

 超自然エネルギーである魔力、それも世界樹に根源を持つ魔力のみを選択的に吸引、吸収してエネルゴンキューブに変換する特殊エネルギープラント、『マジカルパワー・マグネット』が、低い音を立てて稼働している。その傍らには、それから吐き出されたエネルゴンキューブが大量に積み重なって行く。

 それを前にして千雨(サウザンドレイン)壊斗(サイコブラスト)は、設備の調整をしつつ何やら話し合う。その周囲では、麻帆良学園本校小等部の児童や教員、保護者たちが、遠巻きに2人を見守っていた。

 何故小等部児童たちが居るのかと言うと、地理的かつ地脈の影響なども考慮に入れ、『マジカルパワー・マグネット』は麻帆良学園本校小等部の校庭に設置されているのだ。

 児童たちは口々に、『すっげー、すっげー!』とか『巨大ロボだ!』とか騒ぐ。それを耳にしながら、サウザンドレインは『マジカルパワー・マグネット』とそれが次々に吐き出すエネルゴンキューブを眺めつつ、感嘆の声を漏らす。

 

『こいつは凄えなあ……。こんな代物が、ぽんと建造できるなんて』

『いや、原型は大昔から存在したんだ。俺はそれをマイナーチェンジしただけだ』

『原型?』

『地球各地からエネルギーを強奪するために建設された、『エネルギー・マグネット』って装置がかつてデストロン軍団で開発された事があったのさ。地球全土のエネルギーをまるで磁石が鉄を引き付けるみたいに吸着して、デストロン軍団で地球の全エネルギーを独占しようって作戦があったんだ。

 もろに悪の組織っぽい作戦だろ?俺はその頃は宇宙で活動してて、地球のデストロンには居なかったけどな』

 

 その話を聞きサウザンドレインは、この人の良いサイコブラストがデストロン軍団に馴染めなかった理由、その一端を再認識した。

 

『……それって、下手すると『ジ○イアントロボ・THE ANIMATI○N 地○が静止する日』みてえな話にならないか?』

『なるぞ。その時は幸いにもあまり大きな被害は出なかったが……。普通なら、飛行機は墜ちる、病院の生命維持装置は止まる、流通はマヒ、他にも色々。デストロン軍団が、地球人たちの事を何も考えて無かったって事だろうな。酷い話さ。ま、悪業のツケが回って、地球のデストロン軍団は酷い目に遭ったけどな』

『何があったんだ?』

『サイバトロン軍団の目を引き付けておく陽動のために、デストロン軍団は超ロボット生命体の天敵、電気エネルギー生命体を創り出して、サイバトロン軍団を襲わせたんだがな。

 そいつは電気エネルギーの塊だから、サイバトロン軍団の働きもあったが、『エネルギーマグネット』に引き寄せられた。低知能だったから、主人の事なんか覚えてない。『エネルギーマグネット』実験施設を破壊して大暴れさ』

『自業自得に思えるんだが』

 

 サイコブラストは苦笑しつつ続ける。

 

『この『マジカルパワー・マグネット』は、その『エネルギー・マグネット』の流れをくむ装置なんだがな。無差別に遠隔で魔力を集めるんじゃなく、この地面の中を流れている地脈を媒介にして、魔力波動の周波数を検出して『神木蟠桃』の魔力だけを収奪。そしてエネルゴンキューブに変換している』

『そう言や、わたしが撃ったあのミサイル。あっちはどんな仕掛けで超たちの時間移動技術の装置類をブチ壊したんだ?』

『本当は、最小威力で時空振動弾を使おうかとも思ってたんだがな。あれならば、精密でデリケートな航時機(タイムマシン)やその手の機器類を、一瞬で破壊できる』

『ちょ』

 

 慌てるサウザンドレイン。だがサイコブラストは、笑って言った。

 

『使ってないから安心しろ。超がどれだけ時間移動でこの世界線の『系』にダメージを与えてるか、計測する方法が無かったんでな。本来の強度が世界線にあるならばまったく問題ないんだが、この場合最小威力とは言えど時空振動弾を使うのは躊躇(ためら)われた。

 だもんで、『神木蟠桃』の魔力に干渉して、その魔力に次元振動属性を噛ませてやったんだ。これならば、世界線の『系』には無干渉で、しかも『神木蟠桃』の魔力を必要とする時間移動系機器類に致命傷を負わせられる。その手の機器類は暴走して、時間軸方向ではなく、縦横高さの3次元空間にエネルギーをばら撒いて自壊するのさ』

『ふう、安心したよ。さて、無粋なお客が来たな』

『俺は装置の制御で、手が離せない。あとはここの児童らに、バリアを張ってやらんといけないしな』

『了解。なんとかわたし1人でやってみるさ』

 

 サウザンドレインは、建物の向こうから姿を現した2体の巨大な影……鬼神へ対処すべく、両手にライフルを装備した。そして彼女は、小等部の児童たちへと声をかける。

 

『おい、ガキども! ちょーっとヤバくなるんでな! しばらく隠れてるか、そっちの黒、赤、金の大きめのロボットの周りに行ってろよ!』

 

 小等部の児童たちは、隠れるつもりが全く無いらしく、全員が『わーーー!』と歓声を上げてサイコブラストの周囲に集まる。保護者や教員も、已む無くおそるおそるサイコブラストに近寄った。サイコブラストは苦笑して、フォース・バリアーを張る。

 

『フォース・バリアー!! ……じゃあ頼むぞ、サウザンドレイン』

『わかった!』

 

 サウザンドレインは、2体の鬼神に左右の手のライフルで、各々狙いをつけ、発砲した。

 

 

 

 超のもとへ、次々と彼女にとっての悲報が届く。葉加瀬の悲鳴のような声が響いた。

 

「駄目です! 6体の鬼神のうち2体が古さんに、2体は目標地点までたどり着きましたけど、そこであの小さい方の変形ロボに撃破されました!1体は瀬流彦先生の支援を受けた葛葉先生に倒されて……。今、最後の1体を小さい方の変形ロボが、今まで未確認だった戦車形態で追い回してます!」

「く……。戦闘機、戦車、ロボットにマルチ変形するトハ……。科学でのアドバンテージは、こちらが圧倒的ダト思ていたネ……。それが……」

「学園長の呼び寄せたらしき科学者、そして高畑先生の友人であるらしい科学者、更にはあの変形ロボ……。これらには何か関係があるんでしょうね」

「少なくとも、前者2人の科学者は同一人物ではナイかと思うヨ」

 

 そして超は、訥々と語る。その声音は、いつになく真剣であり、儚く聞こえた。

 

「……済まないネ、葉加瀬。付き合わせてしまテ……。龍宮さんにも苦労をかけた割に、報いてあげられたカは……。いや報酬を支払いはしたけどネ。フフフ。

 五月も、万が一に備え匿ったケレド……。ソレと茶々丸は、アレはネギ坊主と敵対するのに苦悩していた形跡があるネ。成長途上の人工知能(AI)に、無理を強いてしまたヨ。それに古……」

「超さん……」

 

 古菲は、超包子の面々の中では唯一、超の企みについて一切知らされていない。この事について超の側にも、色々な理由や葛藤があったのは確かだ。

 古の気質などから超の仲間として悪事に分類される行為を断行するとは考えづらいとか、古の場合性格的に秘密の保持に向かないなどの否定的要因。だがそれでも協力してもらうべきでは、協力してもらえるのでは、との願望に近い願い。

 その古が敵として、超の企みの一角を切り崩したと言う事実は、超にとって想像以上にダメージであったらしい。超は目を伏せる。と、ここで葉加瀬が叫んだ。

 

「侵入者です!」

「!! 敵ハ!? そして現在地!」

「3名! もうこの部屋の前まで……!!」

 

 そして部屋の扉が、破らなくても開くのに強引に破られた。超は侵入者の名を呟く。

 

「……犬上小太郎、宮崎のどかサン。そして……高畑先生」

「終わりや、超とか言うたな。今日のオレは、ネギの代理や。ネギ・スプリングフィールドの魔法使いの従者(ミニステル・マギ)、犬上小太郎見参……」

「ネギ先生(せんせー)は確かに超さんの計略に引っ掛かって、罠にはまって未来に飛ばされました。だけど、ネギ先生(せんせー)はそれでも願いをわたしたちに、『残していった』んです」

「超君。君の最終目的、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の崩壊を阻止し、地球と火星間の戦争を阻止すると言うのは、先ほど学園長に報告したよ。それについては、我々も内々に計画を立てている最中だ」

「!? どうヤッてソレを知ったネ!?」

「「「秘密」」や」

 

 超は驚きで目を白黒させる。高畑がそれを知ったのは、のどかのアーティファクト『いどのえにっき』に依る情報だ。実はしばし前、高畑、明日菜、木乃香、刹那の4人が超と戦っていた際に、その場にはもう2人存在していたのである。当然ながら小太郎と、そしてのどかだ。

 小太郎とのどかは、超が高畑たちに攻撃を仕掛けた際、幸いにもと言ってはなんだが、他の魔法先生、魔法生徒を救援するためにチームを離れていたのだ。そして戻って来た時には、超が高畑たちに戦いを挑んでいた。

 小太郎は即座に攻撃を仕掛けようとする。しかしのどかはそれを制止した。彼女は明日菜、木乃香、刹那が倒されて行くのに苦悩しつつも、『いどのえにっき』を用いて超の心を読む事を優先したのだ。『いどのえにっき』は相手の名さえ知っていれば、その相手の精神を絵日記の形で読み取れる、恐るべきアーティファクトなのである。

 

「……超さん。最後の鬼神が、例の小さい方のロボットに倒されました。田中さんやBUCHIANAも、ほとんどが撃破され、茶々丸妹も前線に戻って来た神楽坂さん、桜咲さん、木乃香さんと……。そして古さんのチームに……」

「そうカ……」

 

 超は天を仰ぐ。そして彼女は言った。

 

「葉加瀬、龍宮サンと茶々丸に連絡ヲ。我々の敗北だヨ。これ以上の抵抗は無意味ネ」

「……了解です」

 

 そして超に、小太郎がゆっくりと歩み寄る。

 

「超。ネギは『今日』にはおらん。そやさかい、俺がネギの代わりや」

「……どうするネ? ぶん殴るなり、なんなりするカ?」

「ちゃう。ネギは万が一、自分が行動不能にされる場合も予期っちゅうか、数多くの予測の中に入れとったんや。そしてその場合の対処を書き記したメモが、ネギが居なくなって3時間後に携帯メールで送信されて来た。

 ちゅうても、事態の対処に関する事はメモの内容に無かったな。それに関してはネギの奴、俺らを信用するってだけ書いてあったわ。メモの内容は……」

 

 小太郎は一拍置いて、再度口を開いた。

 

「ええとやな、超は確実に正犯やから、ネギのコレクションの『キャプ○ン・フュ○チャー』原語版、全巻を生徒指導室にて正座で筆写と和訳。資料はフツーの紙の辞書のみ使用可。

 他に従犯は葉加瀬とか確実におるやろうから、これもネギのコレクションの『宇○大作戦・T○S』の小説シリーズ原語版全巻、同一条件で筆写と和訳や。

 ただし茶々丸とか言うのは単純作業では罰にならんから、ネギのコレクションから『地底世界ペル○ダー』全7巻原語版の読書感想文提出だそうや」

「「ええーーーっ!?」」

「ああ、ネギの奴はお前らがそう言う反応をしたり、不満を言うようなら、こう言ってやれと書いとったな。意味はわからんが。『マルペ全巻の筆写と和訳を正座でやるのでも、いいんですよ?』だそうや」

 

 超と葉加瀬は消沈して黙った。小太郎は思う。

 

(ほんま、ネギの奴は命が直接かからん事には甘いわ。『超さんは今まで()()という手段は取ってない。それが最後の良心なのか、殺ってしまえば事態がより悪化するであろうからなのかは分からないけど。でも僕は教師として、期待をかけてみたいと思う。君たちが勝った後で、僕が復帰後に超さんたちの弁護をし易い様に、事情聴取はしっかり頼むよ。ああ、これは超さんたちには言わない様に』か。

 ほんまネギは、命が直接危険にならん限りは、甘いわ。その『覚悟を決めた甘さ』が無かったら、ネギやないけどな)

 

 そして高畑が超と葉加瀬をとりあえず拘束する。彼等の乗る飛行船は、ゆっくりと降下して発着場へと向かった。

 

 

 

 そして千雨と壊斗は、今日もまた学園長室でお茶と茶菓子を食べていた。その最中(さなか)、千雨が超たちの現状について、口を開く。

 

「……そんで今、超一味は全員ネギ先生の残した指示通りに、米国SF作品を筆写と和訳してるわけですか。直接悪事をしてなかった、四葉を除いて」

「ネギ君とガンドルフィーニ先生があと6日後に帰還したら、改めて提出物の出来具合をチェックしてもらうらしいのう」

「大丈夫なんでしょうね、ネギ先生たち。時空間で迷子にならずに、ちゃんとこの時空、この世界線に到着してくれるといいんですが」

「大丈夫だろう。超謹製の航時機(タイムマシン)、設計図を確認したが、良くできてる。世界樹の魔力が必須だがな。ただ……この時代で造るには素材と製作時間と製作設備の問題があるな」

 

 千雨の心配を、壊斗が無用だと微笑み混じりに否定した。千雨は安堵の様子を見せる。

 

「そう言えば、超は退学届けを出してたそうですが」

「超君は、作戦が成功したならしたで学園から姿を消して、魔法の存在を認識した世界を相手に、経済力と技術力である意味での戦いを挑むつもりじゃったらしいからのう。で、作戦失敗したなら、本来であれば航時機(タイムマシン)で未来へ帰るつもりじゃったとの事じゃ」

「俺たちが、航時機(タイムマシン)を壊しちまったからなあ……。残る航時機(タイムマシン)は、ネギ少年が持ってるはずの1機だけか」

「それも、世界樹の魔力が無くば使えぬからの。まあ、そんなわけで超君の退学届けは、ワシが握りつぶす事にした。超君一味には、魔法世界の問題解決のため、馬車馬のごとく働いてもらうわい。監視もつけるし、それが彼女らに対する『裏』からの罰じゃの」

 

 近右衛門は、美味そうに茶を啜る。その監視とやらも、おそらくはネギたちになりそうである。千雨と壊斗は、やれやれと肩を竦めた。

 

 

 

 そして、学園祭終了と共に麻帆良学園を離脱した、1つの影があった。

 

「……黄昏の姫巫女候補は6人まで絞れた、か。そして『(あのかた)』が麻帆良学園に封じられている事は、ほぼ間違いの無い事だ。……次の一手はどうすべきか」

 

 白髪の少年……フェイト・アーウェルンクスは、そう呟くと麻帆良学園を一瞬だけ振り向き、そしてその場を立ち去って行ったのである。




どこで見た台詞だったかなあ……。マルペは1冊見つけたら、千冊いると思わなきゃ、って言うの。当時はまだ、千冊だったんですよね、マルペ。

そして『パニック・ザ・クレムジーク』……。あの回で、トランスフォーマーたちが日本にやって来るんですよね。その日本の表現が、物凄く凄い。今も思い出せますねえ。

でもってネギ君ですが、なんとかして『覚悟のある甘さ』を表現したいんですが、上手く行かないなあ……。

最後に再登場の某『(テルティウム)』ことフェイト・アーウェルンクス。彼は今後、どう動くのでしょうか。いえ、一応決まってますけどね(笑)。


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第033話:ネギとガンドルフィーニの帰還

 ネギとガンドルフィーニは一瞬の眩暈を感じた直後、特に何の変化もなく室内に佇んでいる自分たちに気付いた。

 

「これ……は?」

「ネギ先生、いったい何があったのかね? 君が急に魔力を放出して、部屋に入りかけた犬上小太郎と宮崎君を吹き飛ばしたのは、正直唖然として見ていたんだが」

「まだ僕にも分かりません。ただ、この懐中時計を調べているうちに、これの中で魔力が(うごめ)くのを感じたんです。てっきり僕は、超さんの仕込んだ(トラップ)に掛かったと思ったんですが……」

 

 そしてネギは周囲を見回す。彼は唇を噛んで、考え込んだ。

 

「ネギ先生、この懐中時計に何か仕掛けてあったとしても、もしや不発に終わったのでは……」

「いえ、絶対に何かしら発動はしています。思い出してください。あの時僕がのどかさんと小太郎君を吹き飛ばした事を。あのとき扉は開けっ放しでした。ですが、誰かが閉じたわけでも無いのに今は閉じられています。それにのどかさんと小太郎君の、気配がありません」

「!!」

「もしかしたら、転移系の(トラップ)だったのかも。ここは元の、麻帆良学園本校女子中等部の校舎じゃない可能性があります」

 

 ガンドルフィーニは一瞬で表情を引き締めると、扉を調べたり、外の気配を探ったり、扉に耳をつけて物音を聞いたりし始める。

 

「扉に(トラップ)の類は見当たらない。外に何らかの気配も感じられないが、気配を消す魔法なりなんなり使われたら、分からないな。わたしが扉を開ける。ネギ先生はいざと言う時に備え、支援魔法の準備を」

「了解しました」

 

 そしてネギがいつもの杖を構えたのを確認したガンドルフィーニは、扉を慎重に開ける。

 

パン!パパン!!

 

 そして破裂音。銃声だと思った2人、特にガンドルフィーニは必死に体を躱す。だがあまりに突然の事で、避けきれるわけが無い。ガンドルフィーニに、ふわりと何かがかかった。

 ……そう、ガンドルフィーニを襲ったのは、紙テープと紙吹雪であった。

 

「「……は?」」

「「「「「「お帰りなさい! ネギ先生! ガンドルフィーニ先生!」」」」」」

 

 扉の向こうでは、高畑や瀬流彦を始めとした魔法先生数名や、苦笑顔の高音や心底楽しそうな愛衣などの魔法生徒が数名、鳴らしたばかりのパーティーグッズのクラッカーを構えて立っていたりする。ちなみに今は効果を失ったので理解できるが、彼等がわざわざ気配消しの魔法まで使っていたのが、魔力の残り香から明らかだった。

 学園長である近右衛門が、彼等の後ろから出て来ると、2人に語り掛けた。

 

「よく戻ったのう、ネギ君、ガンドルフィーニ先生」

「「学園長先生!?」」

 

 唖然としたネギとガンドルフィーニは、しかしこれが近右衛門の悪ふざけらしいと判断すると、抗議しようと口を開きかける。だがその瞬間、ネギは魔法生徒たちの後ろから飛び出して来た誰かに、思い切り抱きすくめられていた。

 

「の、のどかさん!?」

「ネギ先生(せんせー)……。よかったですー。無事で、ほんとに無事で……」

 

 驚いたネギだったが、しかし逃れようとはしなかった。ネギを抱きしめているのどかは、泣いていたからだ。そして同じく魔法生徒たちの後ろから出て来た明日菜と小太郎が、口々に言う。

 

「ネギ! 本屋ちゃんに優しくしてあげなさい! この一週間、本屋ちゃん本当に立派だったんだから!」

「そやでー。ホントなら、ネギが居のうなって、一番泡食って泣き叫んでもおかしなかったんや。なのに、ネギからの信頼を裏切ったらアカン言うて、気丈に頑張っとったんや」

「え? 一週間? 居なくなった、って僕が?」

 

 そして呆然状態から我に返ったガンドルフィーニ先生が、ネギとのどかの様子に慌てる。

 

「ね、ネギ先生、宮崎君、ここは神聖な学び舎……」

「ガンドルフィーニ先生、今は大目に見てやりなさい。この一週間、彼女は本当に立派だったんじゃ。ご褒美と思うて、のう?」

「い、一週間とは?」

「ガンドルフィーニ先生の家族も心配しておるでのう。本当ならば、すぐにでも帰してやりたいんじゃが、最低限の説明とカバーストーリーが必要なのでな」

 

 近右衛門が何を言っているのかわからないガンドルフィーニは、目を白黒させる。ネギはネギで、これも理解は追いついていないが、のどかの思うようにさせることにしたのである。

 

 

 

 そしてようやくのどかが、ある程度落ち着いたので、ネギとガンドルフィーニは学園長室で、この一週間の説明を受ける事になった。まあ、多少落ち着いたとは言っても、のどかはネギの上着の裾を握って離さなかったが。

 

「信じられません……。い、いえ。確かにここが一週間後と言いますか、8日後の麻帆良学園だと言うのは理解しました。しかし……。時間移動とは……。

 その上、超鈴音が未来での戦争を回避するために、過去である現代に(さかのぼ)って来た、未来の火星の人間だとは……。正直、頭が限度いっぱいですよ、学園長……」

「僕もです……。オマケに超さんが僕の子孫? もう何が何だか、いっぱいいっぱいです。ですが……。

 のどかさん、御免なさい。本当に心配と苦労をかけてしまって……」

「い、いえー。いいんですー、そんな事ー。それに、信じて託してもらえた事が、嬉しいんですー」

 

 ネギもガンドルフィーニも、頭では理解しても心がなかなか納得できない。特にガンドルフィーニは自分の理解を超える出来事に、頭が飽和状態になっている。そんな彼らに近右衛門は、苦笑しつつ説明を続けた。

 

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。2人はこの一週間、緊急の出張をしていた事になっておる。出先とも折衝し、口裏合わせは済んでおるでのう。ネギ君は受け持っておる生徒が居るし、ガンドルフィーニ先生はそれ以外にも家族がおるからな。

 この紙に書いてあるのが、君らがこの一週間、やっておった事になっておる行動じゃ。しっかり覚えておいておくれ」

「「は、はい」」

 

 と、大きく深呼吸をして落ち着いたガンドルフィーニが、近右衛門に問いかける。

 

「ふうぅ~~~っ。ふう、なんとか納得……しました。ところで超鈴音の件なのですが、彼女たちは罰として、魔法世界の崩壊を防ぐ試みに参加させ、学園長曰く『馬車馬のように』働いてもらうと言う事でしたが」

「うむ。その件で色々と調整しておるのじゃが、まだそれが済んでおらん。とりあえずは猶予期間みたいな形で、普通の生活を送ってもらっておるよ。ただしネギ君が残した罰は、やらせておる。

 その罰、正座しての英語本の筆写と和訳じゃが、量が量なのでな。風呂トイレ食事授業などの事も考えると、休み休みでやらせないわけにも行かぬ。毎日放課後から深夜までかけて正座しての書き写しと和訳をやらせて、その後で寮に帰させておるな」

 

 そして近右衛門は、大量のノートや原稿用紙をネギに渡す。

 

「これが今現在の時点で、終わった和訳じゃな。ちょっと読んでみたがの。龍宮君はフツーに苦労、葉加瀬君は現実の科学とSFの科学の間の差異にそれぞれ苦労しておるな。ただし超君は、最初の頃は葉加瀬君と同じ様な感じで苦労しておったが、そのうち読み物として堪えうる出来になって来たのう。最初の頃の訳文を、書き直したいと言ってもおる。

 そう言えば、超君じゃが。罰の題材になったSF小説にインスピレーションを貰ったとかも言っておったな。まあ流石に直接には、SFの技術を実現はできぬ様じゃが。あと、絡繰君だけはなんとか罰の読書感想文を終わらせておる。彼女からすると、感情の表現等々が色々と苦労した模様じゃがの」

「できない事は、無理にやらせませんよ。茶々丸さんならできる事だと思ってましたから。超さんも、そんな感じになってくれるんじゃないかとは思ってましたし。

 ……さて、じゃあこれを持ち帰ってチェックしないといけませんね」

「うむ、それでは解散するとしようかの。ゆっくり休んでおくれ……いや、ネギ君もチェックは明日以降に回しても良いから、今日はゆっくり休むのじゃぞ?」

 

 ネギとのどか、ガンドルフィーニが、学園長室を出て行く。近右衛門はひと息吐いた。そこへ隣室で待機していた者たちが、学園長室へと入室して来た。高畑、千雨、壊斗の3人である。

 

「……安心しましたよ。無事にこの世界線へ到着してくれて。大丈夫だとは言われても、やはり不安は不安でしたからね」

「心配性だな、高畑先生。さて、ネギ少年が持って来た、この航時機(タイムマシン)『カシオペア』だが……。22年後まで使えないとは言え、とんでもない危険物である事は確かだ。証拠品としての必要性はあるんだろうが、俺としては即座に破壊してしまう事を進言する」

「わたしも壊斗に賛成ですね、学園長先生。万一他所に渡って、解析されでもしたら大変です」

「そうじゃの。タカミチ君、やってしまってくれるかの?」

 

 頷いた高畑は、その航時機(タイムマシン)を手に取り、『気』を掌に込めて粉みじんに粉砕した。一同は、安堵の息を吐く。

 

「はぁ、やれやれですね。……ところで学園長先生、高畑先生。ちょっと数日、わたしに学校の休みをいただけないでしょうか。ちょっと壊斗と出かけたいんですよ。

 本当はネギ先生に言うべきなんでしょうが、ネギ先生はわたしたちの秘密を知らないし、可能であれば今後も秘密を教える人間は少なくしたいですし」

「長谷川君? 何処へ行くんだい? アルのところにも行かないと駄目だろう?」

 

 千雨は笑って言う。

 

「ちょっと火星へ。クウネル(アルビレオ)さんところへは、その後で行きます」

「「火星!?」」

 

 高畑と近右衛門は驚く。千雨はいたずらっぽく笑う。その様子を、壊斗もまた微笑みながら、見ていたのである。




いや、本当はマルペの全巻正座和訳を罰にしようかとも思ったんですがね。マルペとは『ペリー・ローダン』シリーズの事です。ペリー・ローダンの『ペ』を丸で囲んで、マルペです。ドイツ語版だと、巻数が数千冊行ってるトンデモない長編SFでして。
でも、いくらなんでも超ですら、そんなもん終わらないので、やめておきました。

あと、ガンドル先生には魔法世界の崩壊の件、伝えました。巻き込まれ度合いが大きいですからね。その他の魔法先生や魔法生徒の皆さんには、超が時間移動してきた未来人で、未来での悲劇をどうにかしたいと、やむにやまれず此度の行いに及んだ事だけは話してますが、悲劇の内容は教えてません。
ガンドル先生、出番増えるか!?

さて、千雨と壊斗、火星へ行ってきます。学園長も高畑もビックリですね。


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第034話:火星帰りに古本とお茶を

 火星の衛星軌道上に、サウザンドレインとサイコブラストは、小型の人工衛星を多数ばら撒く。低軌道にも、中軌道にも、高軌道にも、それぞれに適した機能の衛星を配置。作業が終わった2人は、火星の大地へ向かい大気圏へ突入して行く。

 やがて彼らは、荒涼とした荒涼とした火星の大地に、ロボットモードで降り立った。

 

『ついに来ちまったなあ……。火星かあ……』

『全部仕事や懸念が片付いてヒマになったら、太陽系一周の旅行にでも行ってみるか?』

『それいいな。木星の大赤斑とか、土星の輪とか、楽しそうだ』

 

 サウザンドレインとサイコブラストは、とりあえず胴体下や翼下に懸下してきた荷物を展開する。軌道上で放出した人工衛星等といっしょに持って来たこれは、人間サイズのシェルターじみた基地ユニットである。南極昭和基地を更にSF的に進化させたと考えてもらえば良いだろう。

 2人は人間形態(ちさめ&かいと)に変身し、基地内へと入った。基地内は極めて快適な空間で、持ち運び用のユニットだとは思えないほどだ。基地の指令室で中枢コンピューター前に立った彼らは、それを操作し始める。

 

「どうだ?」

「今の所、順調だな。全偵察衛星の全センサー系は、正常に働いている。このパラメーターが、火星に太陽から降り注いでいる魔力量。こちらが火星に積もり積もった魔力の量。

 そしてこれが……。異次元の位相空間内にあるコレが……。魔法使いたちの言う魔法世界(ムンドゥス・マギクス)と思われる」

「ちょっと待て。わたしの計算が正しければ……。高畑先生は、あと数十年は保つ様な事、言って無かったか!? だけどコレって……!!」

 

 顔色を無くした千雨に、壊斗はこれも深刻そうな表情で答える。

 

「たしかに……。ハセガワ、これはのんびり構えている場合じゃなさそうだな。いや俺たちには直接は影響はしないが、近衛学園長や高畑先生たちに取っては他人事じゃないだろう。

 それに魔法世界(ムンドゥス・マギクス)が崩壊して、その住人の何割が実体を持った人間で、何割が魔力で構成された人間なのかは知らん。しかし実体の人間が生き残って、火星に放り出された結果が、火星人の誕生。そして地球と火星の大喧嘩、惑星間戦争なわけだ。結局は俺たちにも大きく影響するだろう」

「超は正確な記録は残って無かったとか、喪失してるとか言ってたらしいけどよ。たしか魔法世界(ムンドゥス・マギクス)のテロ組織『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の計画を、ネギ先生が中途半端に阻止した結果、それが魔法世界(ムンドゥス・マギクス)崩壊の一因となったみたいな事……」

「何にせよ、残り時間は最短であと10年足らず……。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)は、あと最短9年5ヶ月21日で火星に蓄えられた全魔力を使い果たし、消滅する事になる」

 

 千雨と壊斗は、急ぎ可能な限りのデータを収集し、それを整理する。近右衛門や高畑たちは、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の住人の多くが魔力で構成された幻想(ファンタズム)の存在である事、そして何時かは魔法世界(ムンドゥス・マギクス)が崩壊してしまう可能性が高い事などは知っていた。しかしその期限(タイムリミット)が10年足らずだとは、考えてもいなかった模様だ。

 2人はこの情報をもって、急ぎ地球へ戻る予定だ。この事を一刻も早く、近右衛門や高畑に報せなければならない。ただ、壊斗はここで呟く様に言う。

 

「もしかしたら……。クウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)は、この事を知っていたのかも知れないな。地球に戻ったら、聞いてみるとしよう」

「確かに……。なんか怪しげだったもんなあ」

「他にも色々やりたい事はあったんだが、今回は急いで帰ろう。ただし、スペースブリッジ設営だけはやっておかないといけない。何時でも来れる様にな」

 

 そう、千雨と壊斗がわざわざ火星にまでやって来たのは火星と、それを依り代にして存在を維持している魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の調査も目的ではあった。だが最大の目的は、何時でも往復できる様に、火星にスペースブリッジを設営する事だったのだ。

 スペースブリッジとは、単純に言えば2点間のワープ装置である。惑星間から数百光年、下手をすれば数百万光年を一瞬で飛び越える事が可能だ。デストロン軍団の開発した軍事技術であり、後にはサイバトロン軍団にも使われる様になった、非常に有意なシステムであった。

 

「じゃあ、スペースブリッジ作っちまおうぜ。スーツオン! プリテンダー!」

「ああ。急ごう。スーツオン! プリテンダー!」

 

 2人は急ぎ、ロボットモードに変身して基地の外で作業に入る。流石にスペースブリッジ設備が出来上がるまでは、けっこうな時間がかかりそうだ。しかし一刻も早く、彼等は地球に戻ってこの件を関係者に説明しなければならない。千雨(サウザンドレイン)壊斗(サイコブラスト)も、可能な限り作業を急いだ。

 

 

 

 と言うわけで、千雨と壊斗は地球へと帰って来た。スペースブリッジさえ設置してしまえば、壊斗の地下基地へ帰って来るのは一瞬で済む。なんと言っても、スペースブリッジの本体は壊斗の地下基地にあるのだ。千雨たちは資料の山を持って、近右衛門と高畑に報告に行った。

 

「なんだって!?」

「むう……。まさか……」

 

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)崩壊まで10年無い事を知らされた高畑は、驚愕のあまり声を荒げる。一方の近右衛門は、動揺が隠せないほどに困惑する。だが何をどうしようとも、資料に書かれた数字は動かない。数字は嘘を吐かないのだ。

 

「学園長先生、高畑先生。わたしたちはこれから、クウネル(アルビレオ)氏のところへ行ってきます。あの人がこれを知っていたのかどうか、そしてあの人がどう言うスタンスでいるのか訊いてきますよ。傍観するつもりだったのか、それとも何がしか手を打つつもりであったのか、はたまた……」

「せめて長谷川君が言い淀んだ最後の選択肢は、無いと思いたいのう……。アルが魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を破壊する側に立つなどと言う事は……」

「まあ、それは10%も確率は無いだろうな。ただし完全に無いと言い切れないのは、どうあっても救えそうに無いと思い切り、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を安楽死させる立場に奴が立った可能性も、否定しきれないからだ」

 

 ここで、叫んだっきり黙りこくっていた高畑が、言葉を挟む。

 

「……長谷川君、壊斗君。頼みがある。君たちがアルに会いに行くのに、僕も付いて行かせてくれないか?」

「……いいよな? 壊斗」

「ああ、構わん」

「それならば、壊斗殿、長谷川君。もう1人……になるかは分からぬが、エヴァンジェリンも連れて行ってくれぬかの?」

「「!?」」

 

 近右衛門の台詞に、一瞬千雨も壊斗も困惑する。エヴァンジェリンを連れて行くと言う事は、ある程度千雨や壊斗の秘密をエヴァンジェリンに開示する可能性もあると言う事だ。近右衛門はちょっと慌てて言った。

 

「いや、の。エヴァは別口でアルに招待されておるのじゃて。そしてアルから君たちについて、エヴァに対し情報漏洩がなされんとも限らん。面白半分での。君らがアルと会った際の状況では、アルは君らの事情に気付いているフシがあるんじゃろ?

 じゃから、アルとエヴァが会う席に君らも同席する事で、上手くすればその状況を制御できるやも知れぬと思ってのう」

「そう言う事ですか……。了解です、マクダウェルと一緒に行きましょう」

「俺もわかった。ではエヴァンジェリンが合流しだい、図書館島地下へ向かおう」

 

 頷いた近右衛門は、エヴァンジェリンの従者である茶々丸への電話を掛けた。

 

 

 

 そして今、近右衛門の代わりにエヴァンジェリンと茶々丸を加えた一行は、図書館島の地下を進んでいた。エヴァンジェリンはブツクサ文句を言っている。

 

「まったく、あの(ジジィ)め。わたしがアルの事も散々探していたのは知っているだろうに。そのアルからの招待状を、今の今まで渡すのを忘れていたとは何事だ!」

「マスター、ですがその詫びとして純米大吟醸『亜華武』一升瓶1ダースは、搾り取り過ぎかと思われますが」

「まだ足りんわ! ……何を妙な顔をしている、長谷川千雨」

 

 エヴァンジェリンの矛先が千雨を向いた。千雨は溜息を吐く。溜息自体は小さな頃から数え切れず吐いて来たが、魔法の世界に関わる様になってから、格段に増えた気がする……と、千雨はその件でまた溜息を吐く。

 

「なんだその溜息は! しかも二度かっ!?」

「いや、マクダウェルってこんな愉快な奴だったんだな、と思って」

「愉快とはなんだ!」

「いや、人目もはばからずグダグダ、ウダウダと愚痴を吐きながら道を歩いてるのは、変な奴と言われても仕方ない所業だと思わないか?」

「むぐ……」

 

 絶句するエヴァンジェリンだったが、しばし口を閉じてから、やがてまた言葉を放つ。

 

「……たしか通達が回って来ていたな。長谷川千雨は特異体質で、人払いの結界や意識誘導の効果が無いに等しい。それ故、妖怪退治や魔法戦闘の場に意図せず紛れ込む可能性があるから、充分に注意すべし、とな。それと事故防止のため、幾ばくか魔法(サイド)の情報を教えたとも」

「まあな」

「で、それが今回の図書館島地下への訪問に、何の関係があるのだ?」

「……」

 

 千雨は壊斗に視線を遣る。壊斗は無言で頷いた。

 

「それはこの壊斗が関係している。わたし自身はオマケだ。壊斗は優秀な科学者でな。クウネル(アルビレオ)氏から直接に協力を依頼されたんだ。今回は、その詳細を聞きに行くところだ。他にも用事はあるが」

「なるほどな。春先に貴様が瀕死の重傷を負ったとき、それを連れ去って治療した謎の巨大ロボットの関係者と言う事か」

「……」

「何を間抜け面を晒している。愉快な奴め」

 

 エヴァンジェリンの先ほどの意趣返しがこもった言葉に、千雨はまた溜息を吐いた。

 

「さすが600歳余。あれだけ情報があれば、その推論を組み立てるのも容易、か。……あんま吹聴すんなよ?」

「安心しろ。わたしの様な悪の吸血鬼が何を言ったところで、そうそう誰も信じはせん。……と言うか、貴様は私の事まで情報を与えられていたのか?」

「ヒネんな、ますます可愛くねえぞ」

「可愛くないとは何だ!」

「あー、あー。可愛い可愛い。だから大人しく歩いてろよ」

 

 物凄い目で千雨を睨むエヴァンジェリンだった。高畑が、苦笑気味に止めに入る。

 

「エヴァ、長谷川君の冗談だから気にしない方が……」

「タカミチ、貴様も貴様だ! こいつの元担任だろうが! 年長者に敬意を払うように……」

「とかなんとか言って、高畑先生が必死の面持ちで思い詰めた様な顔をしてたから、わざと道化を装って気を紛らわせようとしてたんだろ? マクダウェル」

「違うわっ!!」

 

 ぜーは、ぜーはと息を吐いて、エヴァンジェリンは千雨を睨み付ける。そして彼女は問う。

 

「長谷川、貴様何があった? ああ、いや。死に至るほどの重傷を負ったのだったな。しかしそれならば、逆に全てに対し萎縮してしまっても、不思議ではない。だが今の貴様は、何と言うか……。

 貴様は『全ての事柄に対し』『無駄に頑丈に』なっているな。鈍感になったわけでも無い。頭が悪くなって理解していないのでもない。何かしら理解した上で、そう言う反応。その根底の部分が無駄に頑丈になっているのだ」

「骨折した部分の骨が、くっつく時にその部分が太くなるような物だ。死にかけたって経験は、ある意味で糧になったよ」

「……フン、そう言う事にしておこう」

 

 エヴァンジェリンは、そこで言葉を()めた。図書館島の地下を進む内に、目の前に(ドラゴン)種……飛竜(ワイバーン)が現れたからだ。『ワイバーン』であって、『ワナバーン』ではない。そちらは誤植である。

 壊斗とエヴァンジェリンが、持っていた招待状を見せると飛竜(ワイバーン)は頷いて脇に()けた。その先にあった扉を開き、一同は進む。そして彼らが出た場所は、まさに魔法使いの住処(すみか)とでも言いたくなる景色であった。

 巨大な地下の空洞に幾つかの橋とその中央に塔が存在し、周囲には幾つもの滝が橋の下の地底湖へと流れ込んでいる。一同は、その塔へと向かった。やがてクウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)が現れる。

 

「ようこそ、皆さん。わたしの塔へ。何時(いつ)いらっしゃるか、何時(いつ)いらっしゃるかと心待ちにしておりましたよ。いえ、これは本当の話です」

 

 胡散臭い笑顔で一同を迎えるクウネル(アルビレオ)であった。だが、その瞳はどこか淀んでいるが、何かしらの決意を感じさせる物である様に、千雨には感じられる。超ロボット()()()としての()()が、こう言う相手を万が一にも敵に回してしまうのは危険だ、と警告していた。




と、こんなわけで千雨(しゅじんこう)壊斗(ふくしゅじんこう)、それに高畑先生や近衛学園長は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)のタイムリミットを知ってしまいました。まあ、崩壊されると色々と迷惑ですからね。ちうたん達も、崩壊阻止に協力するのは決めていたわけですが。

そして火星にスペースブリッジ端末の設置。これで火星と地球の行き来が容易になります。まあ今後も、色々火星でやる事ありますし。

更には古本(アルビレオ・イマ)出現。彼が何を語るのかは、次回をお楽しみに。


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第035話:アルビレオ・イマ

注)今回、原作本編の大規模かつ凄絶なネタバレが派手にあります。ご注意ください。


 クウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)住処(すみか)を訪ねて来た千雨たちであったが、とりあえずはお客なので、適当なソファに腰掛けていた。と、エヴァンジェリンがクウネル(アルビレオ)に話しかける。

 

「おい、アル」

「……」

「アルビレオ・イマ!」

「…………」

「……クウネル」

「なんでしょう、キティ?」

 

 その名で呼ぶなと、がーーーっとクウネル(アルビレオ)に食って掛かるキティを放っておいて、千雨と壊斗は周囲を見回す。すると、一生懸命にお茶とお茶菓子の準備をしているネギ、明日菜、のどか、小太郎、木乃香、刹那らが目に入る。

 ちなみに必死で真面目っぷりをアピールしつつテーブル上の配置を整えている――それしかできない――カモは、まあ無視だ。本当に真面目にやっているのであれば、ネギたちか、あるいはクウネル(アルビレオ)当人から近右衛門に伝わるはずである。それ以上をしてやる義理は、千雨と壊斗には無い。

 そして始まったお茶会で、とりあえず美味な茶と茶菓子を堪能する一同であった。

 

 

 

 茶会は未だ続いていた。だが、ふとクウネル(アルビレオ)がわざとらしく頷きを入れる。

 

「ふむ、そろそろいいでしょう。ネギ君たち、給仕はもう良いですから、貴方たちも座ってください。ネギ君にも話がありますから、必然的に貴方たち全員に関わりがある話になります」

「あ、はい師匠(マスター)

「わかりましたー」

「あ、はい」

「わかったえー」

「はい……」

 

 そして更にクウネルは、テーブル上でがんばってますアピールをしているオコジョにも声をかける。

 

「アルベール・カモミール……。あなたは関わりの無い話ですから、しばしの間、退出していなさい。なんなら魔法で送ってあげますよ?」

「あ、い、いえ! 自分で歩きますぜ! そ、そ、それでは!」

「……行ってしまいましたね。随分と奥ゆかしくなりましたねえ」

 

 あのオコジョにコイツ何やったんだ、と言う様な視線を、千雨と壊斗は当人であるクウネル(アルビレオ)に向ける。その本人は、胡散臭く笑うとネギに向かって言葉を発した。

 

「ネギ君」

「はい師匠(マスター)

「一応謝っておきます。すみません」

「は、え、えっ? な、何の事ですか?」

 

 クウネル(アルビレオ)は、初めて胡散臭い笑いを消して、語る。

 

「ネギ君。以前わたしは言いました。貴方の父、ナギ・スプリングフィールドは、彼とわたしの仮契約(パクティオー)カードの反応から、未だ生きている事は分かっている。しかし、分かっているのはそれだけである、と。

 ……それは嘘です。本当は、もっと多くの事をわたしは知っています」

「!!」

「な、アル! 貴様!! 詳しく話せ!!」

「キティ……エヴァンジェリン、貴女も聞いてください。ナギ・スプリングフィールドは、生きています。そして居場所も分かっている……どころか、実は彼はここの更なる地下に、封じられているのですよ。……案内します。付いて来てください。長谷川さんたちも、タカミチ君も、どうか一緒に来ていただきたい」

 

 そしてクウネル(アルビレオ)は席を立つ。その場の全員が、彼に続いて席を立った。そしてクウネル(アルビレオ)は言う。

 

「ああ、でもお茶が勿体ないですね。とりあえず飲んでからにしますか」

 

 不作法にも立ったまま茶を啜るクウネル(アルビレオ)に、一同はずっこける。空気がぐだぐだになった。

 

 

 

 彼らは麻帆良学園地下空洞の最奥部、世界樹の根に絡めとられる様になっている、巨大な氷らしき透明な塊の前にやって来た。その透明な塊の中心には、黒いローブの魔法使いらしき人間が封じられている。顔はローブのフードに隠れて、ほとんど見えない。

 クウネル(アルビレオ)は言った。

 

「本当は、これはナギをリーダーとする一団……我々『紅き翼』のメンバーでも、ごく一部しか知らない事でした。タカミチ君も、これは知りません。ですが、わたしはその秘密をあえて開示します。

 ネギ君、そしてエヴァンジェリン。あそこに封じられているのが、貴方たちの求めていた人物です。特にエヴァンジェリンに取っては、2重の意味で求めていた人物でしょう」

「……父さん!!」

「ナギ……?」

「そうです。そしてそうでは無いのです。あれは『始まりの魔法使い』……『造物主(ライフメーカー)』と呼ばれるモノです」

「「「「「「!?」」」」」」

 

 全員が驚愕する。特にネギは何かを必死に(こら)え、今にも己が師匠(マスター)を問い詰めようとするかに見えた。だが彼は、かろうじて己を律する。荒い息で、彼は言った。

 

「……師匠(マスター)、続き、を……お願いします」

「……見事です、我が弟子よ。エヴァンジェリン、あれはナギであると同時に、貴女を魔法実験で吸血鬼に仕立て上げた元凶です。そう言う意味で、わたしはアレが、貴女が求めている人物だと言ったのです」

「な……!? 馬鹿な! 奴は死んだ! わたしが復讐で殺した! 死体も確認してある! 確実に……殺したんだ!」

「いえ、貴方が殺したのは、取り憑かれて操られていた憐れな操り人形に過ぎません。アレは、不滅の霊的存在。本来であれば、自身を殺した相手に乗り移り、憑依して己が肉体として使うのですよ。貴女の場合は、何故か憑依されなかったみたいですけれどね」

「!!」

 

 愕然と立ち尽くしたエヴァンジェリンに構わず、クウネル(アルビレオ)、いやアルビレオ(クウネル)は言葉を続ける。

 

「そしてアレは魔法使いとしての力量も凄まじく、我々『紅き翼』も何度かギリギリの死線を潜り、その上で幾度かの『敗北に等しい勝利』を掴まされた事もあります。

 そう、その最後の『敗北に等しい勝利』は10年前……。ナギ自らが憑依される事を覚悟の上で先代の『造物主(ライフメーカー)』を打倒……。ナギの師匠であった『紅き翼』の一員、ゼクトと言う魔法使いがその肉体だったのですがね」

「まさか父さんは……」

「そうです。自分自身をここに封印する事で、『造物主(ライフメーカー)』を封じたのです。ただし6年前、『造物主(ライフメーカー)』は精神感応か何かの手段を使い、自分の使徒にナギの記憶から得られたネギ君の存在を伝えます。そして『造物主(ライフメーカー)』の使徒たちはメガロメセンブリアと言う国の連中を(けしか)けて、ネギ君を殺すべく君の生村を襲わせたのですがね。

 ただ『造物主(ライフメーカー)』が何を思って君を襲わせたのかは分かりません。ナギは必死に自分の肉体の制御を取り戻し、君を救いに行きました。それが間に合って、君は救われました。そしてナギはまた封印に戻ったわけですね」

 

 歯を食いしばり怒りと憤りに耐えているネギ、悲痛な眼で封印中の想い人を見つめるエヴァンジェリンを、他の面々はどう慰めて良いか分からずにただ見ていた。そんな中で千雨はなんとなく、むかっ腹が立って来る。彼女はそっと音を立てずにのどかの傍らまで移動すると、その肩を叩く。

 

「あ……?」

「しっ」

 

 千雨は振り向いたのどかに向かい、唇に人差し指をあてた。何か言い掛けて黙ったのどかの背を、千雨はそっとネギの方に押してやる。のどかは頷いた。そして彼女は震えるネギの身体を、優しく……そして力いっぱい、抱きしめる。

 

「あ……。のどか、さん……」

「……」

「……はい。わかってます。もう少ししたら、落ち着きますから。だから、もうちょっとだけ、甘えさせてください」

 

 泣きそうなネギの言葉に、のどかはそっと頷く。一方のエヴァンジェリンの方は、どうしようかと千雨は悩む。しかし世話を焼く必要も無かった。エヴァンジェリンは自分で立ち直ったのだ。彼女は自分の両頬を、両手で挟む様に『パン!』と叩く。

 

「ええい! アル! アルビレオ・イマ! クウネル! なんでもいい! ちゃっちゃと吐け! 貴様がこうして秘中の秘を明かしたと言う事は、何らかの対策があると言う事だろう!」

「まあそうですね。『造物主(ライフメーカー)』が魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に巣食うテロ組織『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の首魁であるとか、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の目的が実は火星の魔力欠乏によって起きる魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の破滅に対処する事だとか、色々話すべきかとも思っていたのですが」

「そんな事よりも、ナギだ! ナギから『造物主(ライフメーカー)』を引っ剥がして始末する方法! ヒントだけでもあるのではないか!? あるならば、わたしが何としても研究して……」

 

 だがアルビレオ(クウネル)は珍しく厳しい表情で言う。

 

「いえ、あなたの持つ魔法的手段では無理でしょう。今後、なんらかの画期的なブレイクスルーでも無ければね。超古代の魔法的な仕組みか超自然現象、あるいは本物の神の加護か何かで不死不滅になっている『造物主(ライフメーカー)』は、殺すどころかナギから引き剝がすのも……。

 それともエヴァンジェリン。貴女には魔法以外の手段は、何かありますか?」

「!! く……。魔法以外、か。いや、待て。超ならば……。いや、奴にはもはや貸しも借りも無い状態。しかも奴にはしばし自由が無いも同然。あげくに、超の科学の分野は超自然的な物は……。やつらは、そう言った部分を魔法とまでは言わないが魔力に頼っている様だしな……」

「超さんでは、無理かと思いますよ。ですがこの麻帆良学園には、超さんを文字通り超える超科学の使い手が居るのです」

 

 アルビレオ(クウネル)は、ここで壊斗に向き直る。一見無表情だがその淀んだ瞳には、苦悩、願い、苦痛、歓喜、懇願、様々な感情が浮かんでは消えていた。

 

「水谷壊斗さん……。以前の貴方がたとの会話で、貴方が心霊工学に関してもプロフェッショナルであると確信いたしました。伏してお願い申し上げます。どうかわが友を救うため、ご助力願えませんでしょうか。」

「……幾つか、良いか?まず1つ。俺は今、ハセガワのために生きている。これが友愛であるのか、親愛であるのか、恋愛であるのか、はたまた別の何がしかの感情であるのか、それは自分でもわからん。だがこれは嘘偽りなど無く、俺の本心だ。

 そのナギ氏を救う事がハセガワのためになるのであれば、頼まれなくても力を貸すさ。そうでなくとも、ハセガワの害にならずハセガワがソレに同意したなら、その時も同様だ。だが万一ハセガワの害になるようなら……」

「……」

「そして2つ。酷な様だが、俺でも手に負えない場合であった場合だ。残念ながら、その可能性は少なくないと思う。その場合、『手術は成功したが患者は死んだ』などと言う事になりかねない」

 

 その台詞を聞き、アルビレオ(クウネル)は瞑目する。そして目を開き、口を開いた。

 

「それでも、わたしはわが友のため、貴方に願うでしょう。『手術は成功したが患者は死んだ』であっても、それならばわが友も納得した死に様を得るでしょうからね。『造物主(ライフメーカー)』そのものは、どうにかなるのでしょう?『手術は成功』するのですからね。

 わたしが願うのは、友の幸せであって、それの邪魔になるのであれば友の命ですらも度外視します。妙な言い方ですけれどねえ」

「「!!」」

 

 その台詞に、ネギとエヴァンジェリンは目を見開く。だがネギは唇を噛むと、俯いた。理解したくはなさそうだが、アルビレオ(クウネル)の言葉に一分の理を認めた……認めてしまったのである。一方エヴァンジェリンは、殺しそうな目でアルビレオ(クウネル)を睨む。アルビレオ(クウネル)は真剣な顔で、千雨に頭を下げた。

 

「そして、最初の件に関しては……。わたしとしては、貴女にも頭を下げるしかありません。長谷川さん。どうかわが友の尊厳を守り、『造物主(ライフメーカー)』から解放、『造物主(ライフメーカー)』の危険を世界から追放するために、ご助力をお願いします」

「ここで断ったら、わたし悪い奴じゃないかよ。それにネギ先生の件もある。いくらなんでも10歳の子供が巻き込まれていい話じゃねえだろ。放置したら、寝覚めが悪いっての。エヴァンジェリンは見た目ともかくいい大人っぽいが、それでもクラスメートだしな。

 ただし! 壊斗が危険になる様ならば、話は別だ。壊斗は凄え強いから、下手な事じゃ危険にはならねえけどな。だけど……。わたしも友愛か、親愛なのか、もしかしたら恋愛かもしれない、それとも他の何かの感情かもしれないけれど、壊斗を大事に思ってるんだ。壊斗が危険に陥る様なら、全てを見捨てる覚悟がわたしにはあるぞ」

「……了解いたしました。万が一の場合、わたしの全てを賭けて壊斗さんをお守りします」

「なら、いいぜ。」

「ハセガワがいいなら、俺も了承しよう」

 

 その言葉に、アルビレオ(クウネル)は再度2人に深々と頭を下げた。




うちのアルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)は、『友のためなら、その友をも殺し』ます。後半は普段と違って、おちゃらけてませんけれど、ナギを『広義の意味で』救えるかの瀬戸際なので……。まあできれば『狭義の意味で』も救いたいのは山々ですけどね。

ちなみにネギ君や『紅き翼』の仲間、そしてその縁者が不幸になるのは、これもナギや他の友にとっての不幸に繋がるので、それも看過しません。自分でおちょくったり騙したりするのは許容範囲ですが。

本作でのアルビレオを縛るには、彼に認められて彼の庇護下あるいは強固な交友関係を結ぶかすれば良いです。まあ、彼に取ってお気に入りの玩具にされてしまう危険とセット商品ですがね。でもそうなれば、彼の力が及ぶ範囲で、全力で護ってくれます。思い切り遊ばれますが。矛盾する様ですが、下手すると尊厳を失いかねないレベルで遊ばれます。と言うか、そのナイフエッジを渡る様なギリギリを見極める感じで。不幸と、そうでないのとの、ギリギリ境界を攻める感じで。


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第036話:魔法世界の事情いろいろ

注)今回もネタバレ回です。まあ、前回ほどじゃ無いかもですが、それでもけっこうな原作ネタバラシが。


 とりあえず一同は、地下深くの『造物主(ライフメーカー)』封印場所からクウネル(アルビレオ)の塔へと戻った。皆は、特に高畑あたりは苦悩と焦燥を表情に浮かべ、悄然としている。

 そしてクウネル(アルビレオ)が話を続ける。

 

「先ほども言った通りに、『造物主(ライフメーカー)』と『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は、ある意味では魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を崩壊から救おうとしています。そのやり口は、ちょっと推奨できませんがねえ。

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に大戦乱を引き起こして周囲の目を欺き、その陰で魔法世界(ムンドゥス・マギクス)をある意味では滅ぼし、もっと省エネの仕組みの世界に『書き換え(リライト)』しようとしたのですよ」

「省エネの世界、ですか? 師匠(マスター)

「ええ。『書き換え(リライト)』られたその世界では、万人が計算され尽した最高に幸せな夢を見ながら、ただ眠り続けると言うものでしてね。一切の生命活動が無いから、現状の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)と比べて圧倒的に魔力の消費量が少ない。それ故に、現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)の火星に降り注ぐ太陽の魔力だけで、維持が可能です」

 

 その言葉に対し、若者連中は一斉に文句をつける。明日菜、木乃香などは特にその傾向が顕著だった。

 

「な、なにソレ! いくら省エネだったって、眠り続けるんじゃ意味ないじゃないの!」

「そや! 幸せな夢ゆーたかて、ほんとや無いんやろ!? そんなの押し付けて『救い』やー、なんて!」

「そうよそうよ! その『造物主(ライフメーカー)』、何様のつもりよ!」

「文字通り、『造物主(ライフメーカー)』のつもり、どころか『造物主(ライフメーカー)』そのものなんですよねえ、これが。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)はかつて『造物主(ライフメーカー)』が創った、人造の異界なのです」

「「「「「「え゛」」」」」」

 

 そのクウネル(アルビレオ)の言葉に、一同は唖然とした。彼は続ける。

 

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の住人も、過去の時代にあちらへ移住した現実の人間の子孫以外は、魔力で構成された幻想の存在です。まあ、だからと言って現実の人間との違いは、魔力で出来ているか否か。それだけですがね。ちゃんと精神もあるし、自我もあるし、魂だってあります。

 まあ、自分が創った世界で、自分が創った人々だからって、いい様にできると考えるのはどうでしょうねえ。有象無象の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)人ならいざしらず、わたしの友人も居ますし」

「アル……」

「タカミチ君、わたしの事はクウネルと」

「なんで、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)のタイムリミットが10年無い事を教えてくれなかったんだい?」

 

 高畑のその言葉に、クウネル(アルビレオ)張り付いた笑み(アルカイックスマイル)のまま、溜息を吐く。

 

「わたしも知ったのが比較的最近の上、解決策が何も浮かびませんでしてね。そして、貴方がたに話してしまって、解決策を編み出せるとは思えませんでしたし。やるなら魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の事を現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)全体に明かし、その総力を結集でもしなければならないでしょう。

 さすれば現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)には凄まじい混乱と下手をすれば大きな破壊が吹き荒れます。わたしでは……わたしたちでは、それを食い止められません。それは看過できない。現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を天秤にかけたなら、わたしは現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)を取ります」

「……!!」

「わたしに苦悩や苦痛、怒りや嘆きが無かった、などと思わないでいただきたい」

「済みません、アル……」

「フフフ、わたしの事はクウネルと」

 

 ここでネギが挙手して発言を求める。

 

師匠(マスター)、まだ思いつきでしか無いんですが……」

「何でしょうか? ネギ君」

「超さんの計画や思惑、そして原因となった魔法世界(ムンドゥス・マギクス)崩壊の事を知ってから、色々考えていたんです。現実の火星を、地球化(テラフォーミング)すればどうでしょう。魔力は生命活動から生成されるのが基本です。火星が生命溢れる惑星(ほし)になれば……」

 

 クウネル(アルビレオ)はだが、数秒の沈思の後に、それを否定する。

 

「時間が足りませんねえ、残念ですが。いえ、基本的な考え方は良いと思いますよ。ですが本来地球化(テラフォーミング)は数百年、数千年単位で行われる事業です。10年以内にある程度の形にしようと言うならば、現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)各国政府との折衝や交渉、利益誘導などなど……。

 それらの政権との交渉パイプを作るところからですと、到底間に合いませんね。まさか『各国政府首班と、なんら伝手も無くアポなしで飛び込みで面談できる』わけも無いでしょうし」

「……残念です」

「いえ、落ち込まないでくださいネギ君。色々とアイディアを出そうと言うその姿勢は、賞賛されてしかるべきですよ。それに、既にコノエモンやタカミチ君がその件については動いていますから」

 

 高畑が慌てる。その計画については未だ公開は時期尚早だとして、極秘になっているはずだったのだ。だがクウネル(アルビレオ)は、どうにかしてその事を知っていた模様だった。

 

「ちょ、アル! その事はまだ公開時期には……」

「タカミチ君、わたしの事はクウネルと。

 フフフ、ご安心を。これ以上の事は、例えばそちらの壊斗さんから提供された技術情報を超さんたちに検証させて、目的に必要な装置の開発が可能かどうか検討しようとしている、なんて事は口にしませんから」

「「「「「「言ってる、言ってる」」」」」」

「何故それを!? まだ学園長と僕、ガンドルフィーニ先生が口頭で話しただけのはずなのに!」

「「「「「「それ言ったら、肯定したも同じでは」」」」」」

 

 クウネル(アルビレオ)は胡散臭い笑みで言う。

 

「ネギ君にあまり負担をかけないで、教師としての修行に専念して欲しいと願っているのは、理解していますよ? ですが(わたし)としては、そろそろネギ君も慣れて来ましたのでね。負荷を増やしてもいい頃合いだと思うのです。

 それに超さんも、そちらの長谷川さんも、キティですらも」

「キティ言うな」

「キティですらも、ネギ君の生徒なのです。絡繰さんも。彼の従者たちの大半もまた。更には妹弟子である木乃香さん、先日めでたくその従者になった刹那さんも。ネギ君を蚊帳の外に置くには、ちょっと無理がありますし。

 タカミチ君、コノエモンにも伝えてくれませんか。どんどんネギ君を巻き込んでください。潰れてしまう様な鍛え方はしていませんからね」

「……学園長と相談してみるよ」

 

 背中が煤けている高畑とは対照的に、ネギたちは使命感に盛り上がっている。何故か茶々丸もその中で盛り上がっていたりした。やはり春の吸血鬼事件以来、ときどきネギたちと一緒に猫への餌やりをしていたため、絆が深まったのだろうか。

 その茶々丸の主であるエヴァンジェリンは、ネギたちの輪に入れずにちょっと寂し気だ。いや、口でそう言ったわけではないし、そのうすべったい胸を張り、傲然と構えているが。だがそれでも、少々寂しそうに見えるのは仕方あるまい。

 なので千雨は、生暖かい目をしてそのキティの肩を、ぽんと叩いてやった。

 

「なんだ長谷川千雨! その同情するような視線は何だと言うのだ!」

「……強く生きろ、マクダウェル」

「おのれはーーー!!」

 

 

 

 そして千雨と壊斗、その他の面々は地上に帰る途中である。ネギたちはまだこれから、クウネル(アルビレオ)師匠(マスター)の下で修行をするので、千雨たちを途中まで送ったらまた地下深くまでとんぼ返りする予定だ。

 そんな中、ネギたちが千雨に語りかける。

 

「でも知りませんでしたよ。長谷川さんが魔法関係者だったなんて」

「長谷川さんも、魔法使いなんですかー?」

「ああ、いえ。わたしと壊斗は魔法関係者じゃありません、ネギ先生たち。ちょっと体質が特殊でして。認識阻害とか人払いがほぼ効果を発揮しないんです。それで妖怪退治とかの現場に間違って踏み込んだりした事がありましてね……。

 それで、事情を知らないと逆に危険だからって、色々と教えてもらったり、便宜を図ってもらったりしてるんですよ」

「「「「「「なるほど」」」」」」

 

 まあ、だがそれだけの理由では説明がつかない事も多い。千雨はちょっとばかり付け加えた。

 

「そしてこっちの壊斗は、とんでもなく優秀な科学者です。表向きは投資家なんですけどね。わたしは今、壊斗の助手みたいな真似事をやらせてもらってます。将来はそっちの道に進むのも、悪く無いかなあ、なんて……。

 ……なんだ宮崎、神楽坂も。近衛に桜咲。なんでわたしをそんなキラキラした目で見る」

「いや、すっごい素敵だと思うわよ!? 好きな人の傍で、その人を支える働きをしたいんでしょ!?」

「素晴らしいと思います! 長谷川さん、応援しますね!」

「あー。正直まだ、友愛なのか親愛なのか恋愛感情なのか他の感情なのか、自分でも分かっちゃいないんだけどな。壊斗の傍に居られるのは、悪くねえかな」

「そう言ってもらえるのは、嬉しく思うな」

 

 千雨や壊斗の言葉を聞き、小太郎が、ぽつりと呟く。

 

「なるほどなあ……。恋愛かどうかは置いといて、愛の力は偉大なんやな。のどか姉ちゃんもネギのためなら、あれだけの力を振り絞れるもんなあ。修行始めてたいした時間経っとらんに。俺も考え直した方、ええんかな。

 確か、ネギの先生修行が一段落つく3-A卒業の後に、きっちり返事するんやったか? なあネギ」

「そのつもりだよ。待たせてる事に、忸怩たる想いはあるんだよね……。でも、先生と生徒って関係で、恋愛沙汰はマズいし……。ううっ、ガンドルフィーニ先生にも釘刺されちゃったし」

「そう言や宮崎。学園長がポロっと漏らしてたが、お前も魔法使いの修行してるんだよな?」

 

 その千雨の問い掛けに答えたのは、ネギである。

 

「のどかさんは凄いですよ。ちょっと体質的に魔法の行使に向かないと言う難関はありましたが、それを越えたら本当に一生懸命に鍛錬に鍛錬を重ねて。今は充分な力量の魔法剣士……と言うか魔法拳士ですね。明日菜さん小太郎君の前衛、最後衛の僕の間を埋める、中衛~後衛として頑張ってくれてます」

「それは凄いですね。……あ」

「「「「「「?」」」」」」

 

 千雨の言葉に、一同がその視線を追うと、本気で寂しそうに高畑が背中を煤けさせていた。高畑は、魔力こそ持っているものの、体質的な問題で呪文詠唱ができないのである。呪文詠唱をしても、魔法の精霊がそれを認識してくれないと言うか、そんな感じか。

 元生徒である宮崎のどかが体質的な問題を乗り越えて、魔法使い……魔法拳士としての道を歩き始めたと言うのは、彼にとっても喜ばしい。喜ばしい事だ。だが……。顧みて、己の事情を嘆くのは仕方のない事だろう。

 

「あ、いや……。うん。素晴らしいよ、頑張ったんだね宮崎君」

「タカミチ……。無理するな、うん」

 

 エヴァンジェリンの優しさが高畑に痛い。いや、これはわざとか? エヴァンジェリンの肩が、小さく震えている。笑いを(こら)えるかの様だ。何にせよ、微妙な空気のまま、一同は地上への道を歩いて行った。




原作ネギの計画って、よく間に合いましたよね。最低限の地球化(テラフォーミング)のために、大量に地球から自然環境とか移殖したんじゃないんでしょうか。地球と火星で自然環境が足りなくなった分は、遺伝子改造した藻類などを両方の惑星で大量に繁茂させたりとか。

で、オチは高畑先生。ごめんよタカミチ君。


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第037話:何と言う事は無くも無い日常

 今日は週末の土曜日。葉加瀬は目の前にある環状の機械群に縋り付き、目をキラキラさせて調べ回っている。超は超で、目の前の景色に郷愁を感じる暇も無く、ヘルメット内のHUD(ヘッドアップディスプレイ)に投影された技術論文と自分が設計した新機材のデータを照らし合わせ、頭の中でそれらの情報を消化し昇華させていた。

 

『あんたら、元気ね……』

『明日菜サンが元気なさすぎなんだヨ』

『このスペースブリッジと言うシステムを前に、わたしは感動を禁じ得ないんです!』

 

 そう、今彼女らは壊斗のスペースブリッジで、火星へと出稼ぎにやって来ていたのだ。超一味には、壊斗は近右衛門が招聘した科学者で、高畑の友人とだけ伝えてある。だが超と葉加瀬は、あの謎の変形ロボと壊斗に、何らかの関係があると睨んではいたのだが。

 なお明日菜がここに居るのは、ネギたち一同も超と葉加瀬の監視の名目で、いっしょに火星へと出向いていたからである。なお当然ながら千雨と壊斗も、火星に来ている。本当は高畑も来る予定であったが、いつも通り急な出張にて予定が潰れたのだ。

 木乃香が苦笑混じりに語る。

 

『あー、アスナが元気ないんは、ちょっと理由あるんよ。先の日曜に、高畑せんせと学園祭の埋め合わせデートしたんはええんやけど。始まる前には絶対告白する言うとったんに、終わって帰って来たときには、結局告白できへんかったーって(しお)れててなあ……』

 

 そう、実は明日菜と高畑は本来、麻帆良祭最終日にいっしょに学園祭を回る約束をしていたのだ。だがそれは目の前にいる超一味によって、お流れになった。高畑は埋め合わせに先の日曜日、明日菜を連れて1日ドライブしてきたのである。明日菜はこのお出かけで、高畑に恋の告白をしようと決意していたのだ。

 まあ、結果は木乃香の言う通り、ヘタレた明日菜が何も言えずに、デート終了と相成ったわけであるが。それで明日菜はこの1週間、いまだにその件を引き摺っていたわけである。

 

『これが愛の悪い側面やな。しかしこの宇宙服ちゅうんは、動きにくいで』

『まあ、そう言わないで小太郎君。でも確かにこの宇宙服は動きづらいね』

 

 ネギと小太郎が、もこもこした硬式(ハードタイプ)宇宙服に閉口しながら会話する。ちなみに小太郎は、最近は愛について何やら考える様になったらしい。まあ彼の事だから、愛の力が戦いに影響すると言う実例を見せられ、あくまで戦いに関する観点から考えているのだが。だがそれでは、愛の本質を掴む事などできないんじゃないか、と周囲の皆は感じているのも確かだ。

 そこへ千雨の声が響く。

 

『おまえら、手伝えよ。土木工事、わたしたちにだけ、やらせてんじゃねーよ』

『悪かたネ、長谷川サン。今、生き残りの田中さん・改とBUCHIANA・改を起動するネ。葉加瀬! 先ずは予定の仕事を終わらすヨ!』

『あ、はい! これ(スペースブリッジ)は後からでも見られますからね!』

 

 千雨は今、大型の人型重機(パワーローダー)に半ば埋もれる様にして搭乗している。彼女は、同様に人型重機(パワーローダー)を操っている壊斗と共に、ロケット打ち上げ基地を建設している所なのだ。

 まあ建設と言っても、モジュール化された基地ユニットをスペースブリッジで火星に運び、それを建設予定地に展開して組み立てるだけなので非常にお手軽なのだが。なお人手は壊斗の造った作業用ロボットもあるが、超と葉加瀬の田中さんやBUCHIANAも用いている。基本これらは、魔力駆動からバッテリー駆動にした改造機だ。

 ちなみに本当であれば、千雨と壊斗は人型重機(パワーローダー)など使う意味は無いのだが、そこはそれ。一緒に来ている連中には、この2人がトランスフォーマーである事は未だ秘密なのだ。特に超と葉加瀬にはバレたくない、と千雨は思っている。

 

『けど、あの人型重機(ぱわーろーだー)っちゅう奴か?なんとなくワクワクするな!』

『うん、動かしてみたいよね』

『……予備機がありますから、先生たちも乗って見ますか? 代わりに重労働してもらいますけど』

『いいんですか!?』

『ええんか!?』

 

 千雨は笑って言う。

 

『ネギ先生たちは、それでイタズラする様な馬鹿ガキじゃないでしょう? 道理を(わきま)えてれば、構いません。と言うか、猫の手でも借りたいところですからね。こんな事なら、古や龍宮も連れて来て、作業員にするんでしたね。長瀬にも声かければ良かったですかね。

 土曜日のうちに打ち上げ基地を最低限設備整えて、明日の日曜日には試験用の真空発電衛星打ち上げてテストしたいんです。超が作った奴。それが上手く動けば……』

『……火星の衛星軌道上に48基の真空発電衛星。12基のブラックホール炉衛星。6基の反物質炉発電ステーション。更にそれらからエネルギーを得て稼働し、エネルギーを地上に送電する事にも使われる軌道エレベーター……。』

『そしてそのエネルギーを、えねるごんきゅーぶ? に変換して、それを介して最終的に魔力にして、火星の大地に注ぎ込むわけやな? かー、壮大過ぎて、なんや実感湧かへんわ。

 ま、ええわ。長谷川の姉ちゃん、人型重機(ぱわーろーだー)貸してくれや』

 

 と言うわけで、ネギと小太郎はあっと言う間に人型重機(パワーローダー)に慣れて、作業を手伝った。ちなみに木乃香の従者である刹那は、人型重機(パワーローダー)を上手く操れずに戦力外通告を受けてしまった模様。

 明日菜は明日菜で、落ち込んでいたせいもあるが、今一つ気が乗らない。そのため彼女は木乃香と共に、素直に超たちの監視をしていた様だ。まあ超たちは今更何か企む意味も無いため、監視も必要性は薄いのだが。

 

 

 

 昼間の作業に疲れた一同が、タンクベッドで眠りに着いた後、千雨は壊斗と共に火星基地の中枢コンピューターで、重要な計算をしていた。

 

「壊斗、この計算結果……」

「ああ、やはり間違いない。ただ単に火星に魔力を注ぎ込むだけでは、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の崩壊は止められん可能性が高い。何かしら、あちらの世界の中で世界を調律し、支えるに足る何かが必要……らしい」

「外部からの計測じゃ、限界があるな……」

 

 壊斗は溜息を吐きつつ、言葉を続ける。

 

「それと、もっと発電システムを増やした方が良さそうだ。第一次計画分ではなんとか魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の維持ができるぐらいは、(まかな)えるが。だが事故や破壊工作でエネルギー量が減ってしまえば、たちまち維持できなくなる」

「前に言ってた、並行宇宙間のエネルギー準位差を利用して、見た目無尽蔵にエネルギーを取り出すシステムは? あれなら打ち上げなくても、地上でやれるんじゃないか?」

「それも今、検討中だが……。あれは複数の、こちらよりエネルギー準位の高い宇宙と、エネルギー準位の低い宇宙の両方に繋いで、双方からエネルギー差を利用してエネルギーを引き出すんだ。

 双方のバランスを取らないで片方からばかりエネルギーを引き出すと、この宇宙の物理法則が変わっちまう恐れがあるからなあ」

 

 千雨と壊斗は、その後も色々と検討を続けた。基本方針である、現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)で得られたエネルギーを魔力に変換し、火星の大地へ送り込むと言う手段は、ほぼ確立されている。しかし細かい問題点は、後から後から出て来るものだ。

 そして彼らは、近い内……学校の夏休み前に、とりあえず魔法世界(ムンドゥス・マギクス)へ多数のドロイドを潜入させる事を決定する。目的は、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の詳細な調査だ。

 その調査結果により、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の崩壊阻止のための最後の一手、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を調律するための何がしかを用意できるか、検討するつもりなのである。この事は、なるべく急ぐ必要があった。

 

 

 

 週明けから数日後の水曜日、壊斗と千雨は学園長近右衛門と高畑へ色々と報告し、自宅や女子寮へ帰宅途中であった。と、壊斗が何かに気付く。

 

「む?」

「どうした、壊斗?……って、『気』の反応だな、コレは」

「ああ。だが、こんなところで『気』が?」

「行って見よう」

 

 2人は街はずれの林の中へと入って行く。と、そこに居たのは地面に倒れ伏した、学ランを着用したリーゼントの若い男であった。千雨も壊斗も、この人物には見覚えがあった。

 

「おい、大丈夫か?」

「う、うう……。い、いや大丈夫だ。かたじけない」

「あんた、確か『まほら武道会』優勝者の、豪徳寺薫、だったよな?」

「ふっ、よしてくれ。大会後のインタビューでも言った通り、あれを俺は優勝だとは思っちゃいない」

 

 豪徳寺薫ちゃんは、よろよろと立ち上がると、学ランについた汚れを手で払った。壊斗は、彼が倒れていた事情を訊ねる。

 

「あんた、何故倒れていたんだ? ストリートファイトでもやったにしては、周囲がそこまで荒れていないし、相手もいない」

「ああ、いや……。新技を鍛錬していただけだ。恥ずかしながら失敗してな、立ち木にぶつかってひっくり返ったんだ」

「へえ……。正直に言うんだな」

「ああ、流石だと思う」

 

 千雨と壊斗の賛辞に、少々笑みを浮かべた豪徳寺だった。壊斗は言う。

 

「……どんな技を練習していたんだ? 俺も、『気』に関しては若干知識がある。助言できるやも知れん」

「……そう、だな。はっきり言えば、行き詰っていたんだ。あのとき準決勝第一試合で見た技なんだが……」

 

 そう言って豪徳寺は、立ち上がると精神を集中させ、右足を後ろに蹴り出す。次の瞬間、彼の姿はその場から消えて、数m先の立ち木に全身を強くぶつけていた。彼は再度、ひっくり返る。そして彼はよろよろと立ち上がった。

 

「なるほど、瞬動の鍛錬をしていたのか。あとちょっとだな」

「何!? し、知っているのか!?」

「ああ。わたしも壊斗も、苦労はしたけど今じゃそのちょっと上のレベルの技まで使えるかな」

「何っ!?」

 

 がびーん、とショックを受ける豪徳寺。実はそうなのだ。壊斗も千雨も、超ロボット()()()である。生きているのだ。それ故に、普通の人間が『気』を使うよりはかなり……本当にかなり相性は悪いものの、『気』は頑張れば使えなくも無い。

 そして壊斗の科学技術や、多数の格闘家の技を解析した事で、今ではそこそこに『気』の技を行使できる様になっていたのだ。無論、練習の成果もあるが。豪徳寺は必死で2人に頼み込む。

 

「た、頼む! もう一度、もう一度あの技を見られさえすれば! 必ずや何か掴んでみせる! お願いだ、あの『瞬動』って技をモノに出来れば、俺はもう一段階上へ行ける気がするんだ!」

「フ、お前の様な男は……。お前の様な『漢』は、嫌いじゃない。いいだろう、良く見ていろ」

 

 そして壊斗は、瞬動を実演して見せる。

 

「そうだ、これだ! これを見たかったんだ!」

「ちなみにわたしも出来るぞ」

 

 千雨も瞬動を連続で披露して見せる。豪徳寺は凝視し、それを目に焼き付けた。そして彼は、再度瞬動の訓練を始める。やがて数回の失敗の後、彼は何とか瞬動を成功させた。

 

「や、やった! ありがとう、あんたらのお陰だ!」

「この技は、移動中に向きを変えられないし、急停止もできないのが弱点だからな? それは気を付けるんだぜ?」

「ああ、わかった! ありがとうよ、お嬢さん!」

「そうだな、あとはその上位技と言うか、応用も見せて置こう。足の裏に『気』で足場を作ってやる事で……」

 

 そして壊斗は、虚空瞬動を豪徳寺に見せてやる。連続で周囲の空中を跳び回る2m超の大男に、豪徳寺は驚愕した。

 

「こ、これは……!!」

「わたしも出来るけど、今はスカートだしな。宙を跳び回るのは勘弁してくれ」

「あとは、こんなのも出来るぞ?」

「おお!! 跳ばずに宙に浮かんだ!? 『気』を極めれば空を飛べるとかは、聞いてないぞ!?」

「いや、極めなくても飛べるぞ。理屈上は、上の下級か、上の中級技だ。壊斗が飛んでる間に、気配を探って『気』がどんな働きをして飛べてるのか、『感じて』おけよ。

 ちなみに理論上は極めれば、『気』によって動きをマッハのレベルまで加速もできるみたいなんだけどな。流石にわたしたちも、そこまでは行ってない」

 

 千雨の言葉に、豪徳寺はもう言葉も無い。彼はしばし、宙に浮かぶ壊斗の気配を探る事に集中する。そしてそれが終わると彼は、バッと地に伏せると頭を地面に叩きつけた。

 

「ありがとう! 秘伝とも言える技を隠しもせずに教えてくれた、この恩義は決して忘れない! 何かあったなら、必ずやこの恩はお返しする! お師匠がた! どうかお名前を!」

「い、いや……」

「俺たちは師匠なんてガラじゃないんだが」

「いや、俺に取ってあんたたち、いえ、あなたたちは既に師だ! 礼には礼を、義には義をもって返さなければ、俺の漢が廃ると言う物!」

 

 千雨と壊斗は苦笑して顔を見合わせる。どこかの自称『漢』のオコジョとはえらい違いだ。そして2人は、順々に名乗った。

 

「俺は水谷壊斗。職業は投資家だが、趣味で市井の科学者も気取ってる」

「わたしは長谷川千雨。本校の女子中等部の学生だけど、壊斗の研究助手の真似事もやってる。

 わたしたちは、基本的に自分の技量隠してるからさ。あんまり人前で、師匠とか呼ばないでくれよ?」

「わかったぜ、水谷師匠に長谷川師匠!」

「では俺たちは行くが……。修行、頑張れよ」

「押忍!!」

 

 暑苦しく挨拶をする豪徳寺に手を振り、2人はその場を立ち去る。なんとなく2人は、この後も何時か、豪徳寺に出会いそうな気がしていたが、それが的中するかどうかは定かではなかった。




火星での活動開始。でもあっさり風味で。せっちゃんは、何となく機械類と相性悪そうな気が。携帯電話レベルならともかく、人型重機(パワーローダー)とか無理そう(笑)。

そして本番?豪徳寺薫ちゃん再登場。頑張れ豪徳寺、行け行け豪徳寺。個人的に好きなキャラなので、大贔屓(笑)。


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第038話:守銭奴あらわる

 壊斗と千雨が火星に持って来た装置を見て、超と葉加瀬は唖然としていた。千雨は笑って言う。

 

「おまえら、さっさと田中さんたち指揮して、宇宙港の拡張工事と隣接した工場施設の建設やってくれよ。外じゃあもう、ネギ先生や高畑先生たち働いてるぞ」

「あ、ああ、いや大丈夫ネ。そちらは茶々丸妹の()号が見ててくれてるネ」

「この小鳥型や野ネズミ型他のドロイド群も凄いです……。この外観の偽装技術を茶々丸のボディに応用できれば……」

「葉加瀬、それもだけれド、物凄いのはこちらネ。今続々と、この偵察ドロイド群を魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に送り込んでイル、この転送ゲート。今使われている普通の大規模な転送ゲートは、基本的には世界間を常時接続してハいるものの、物質や人員の転送は一瞬だけしカ行えないヨ」

 

 超は信じられない物を見ているかの様な表情で、壊斗謹製の転送ゲート装置を見遣る。

 

「けれド、この装置はベルトコンベアに積載した物資……偵察ドロイド群を、持続的に次々『あちら』へ送り込んでるヨ! しかも、『あちら』側『こちら』側の空気や魔力他は全く影響してナイ! かけらも漏れてないネ!」

「原理が違うからな。それに従来のゲートは地球各地から、火星の異界である魔法世界(ムンドゥス・マギクス)まで一気に移動できるんだろう?こちらはこちらで、火星に設置してやらないと向こうに繋がらない。だが代わりに安全性もお手軽さも、比較にならんほど優れてるけどな」

 

 壊斗の言葉に、超と葉加瀬は再度呆然とするが、それも一瞬の事。彼女らは急ぎ、壊斗から公開された学術論文や技術論文を漁り始めた。どうやらこのゲートに関し、その原理や構造を理解しておかないと落ち着かないらしい。

 

「ああモウ! 公開されてる分だけじゃ、まだまだ足りないネ!」

「水谷さん、お願いします! もう少し公開範囲、緩めていただけませんか?」

「もう少し、君らが信用できるところを見せてもらってから、だな」

「だからお前ら、将来のそれを期待して、きちんと働きやがれ」

 

 肩を落とす超と葉加瀬を見て、千雨と壊斗は笑った。

 

 

 

 そして火星基地中枢コンピューターの大型ディスプレイに、偵察ドロイドからの映像が映し出される。田中さん他のロボットたちを遠隔指示していた超が、感慨深げに言った。

 

「コレが崩壊前の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)カ……。美しい世界ネ……」

「だな……」

 

 千雨もまた、それに頷く。だがその眼が(すが)められる。

 

「だけど、綺麗なだけの世界じゃなさそうだな」

「どうしたネ? 長谷川サン?」

「中枢コンピューター、ドロイドC-132-366TAの画像に切り替えろ」

 

 画面の画像が切り替わる。その場の一同、特に『そう言った』場面に全く慣れが無い葉加瀬は、息を飲んだ。ちなみに千雨は、例の(イタチ)妖怪に殺されかけた事を精神的に乗り越えた事で、余裕はある。超は超で、未来世界での悲劇を経験しているため、ある意味慣れていた。壊斗はサイコブラストとして、デストロン軍団の一員として破壊活動を繰り広げた経験がある。

 だがそれでも、彼等は破壊を好んでいるわけでは無い。その場の全員が、唇を噛んだり、息を吐いたり、顔をしかめたり、なんらかの不快感を示す。大型ディスプレイに映し出されたのは、虐殺だった。小さな亜人の村が、装備もばらばらな兵士らしき人間……おそらくは賊の類に襲われて殲滅の憂き目に遭っていたのだ。

 

「……まあ、同じ人間である以上は。割り切れはしないが、こう言う場面も、あるんだよ、な」

「こ……これって……。うっ」

「葉加瀬、大丈夫カ? 気分が悪いなら、見ない方いいネ」

「記録は取って置くが、見たくないなら別画像に切り替える……。む?」

「どうした、壊斗?」

 

 千雨の問いに、小さな頷きで応えた壊斗は、画像の一部をアップにする。そしてそこに映っていた物は、今まで虐殺側であった賊どもが、次々に消滅して行く場面であった。賊どもは、『その人物』が何かしらすると、一瞬で花びらの様な物に化けて爆発的に散らばり、文字通り消滅して行く。

 そして『その人物』は、村の中で売られる目的で生き残った、わずかな少女たちを保護する。『その人物』の配下と思しき中高生程度の少女たちもまた、その村の生き残りたちをかいがいしく世話していた。千雨と壊斗は異口同音に、『その人物』の名前を呼ぶ。

 

「「フェイト・アーウェルンクス……」」

「これがカ!?」

「そうだ。テロ組織『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の構成員にして、おそらくは実働部隊の一員だ」

クウネル(アルビレオ)が言ってたっけな。こいつらも、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を自分たちなりに救う目的で動いてる、って。それは嘘じゃない、って言う様な行動だな」

 

 と、フェイトがカメラ目線になる。と言うか、要は偵察ドロイドに気付いた様だ。そしてフェイトは魔法を放った。映像がぷっつりと切れる。

 

「あー、バレたか? 壊された分、他のドロイドを現地近くに送って、予備のドロイドを魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に移送するな」

「頼む、ハセガワ」

「あー、目的はアレとか調べるわけじゃなしに、ドロイドを魔法世界(ムンドゥス・マギクス)全体に満遍なくバラ撒く事だたネ。ソレで、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の現在の魔力分布とかその他の自然現象とか魔法世界(ムンドゥス・マギクス)そのものの歪み具合とか調べるんだたよネ」

「その通りだ、超。だけどとりあえず、お前は葉加瀬の面倒みててやってくれ」

 

 そして千雨と壊斗は、ドロイド群を制御して魔法世界(ムンドゥス・マギクス)全域へと散らばらせた。

 

 

 

 ドロイド群を使って魔法世界《ムンドゥス・マギクス》のデータ収集をしていた時、壊斗がまた声を上げた。

 

「あ」

「どうした、壊斗?」

「またドロイドが1体、行動不能になった」

「また壊されたのか? 誰に?」

「いや、壊れたわけじゃ無く鹵獲された様だ。映像に出す」

 

 そして画面を見ていた千雨と壊斗は、思わずのけ反る。画面にはどアップで、男臭い表情の、赤銅色の肌をした、白髪に近い金髪の大男が映っていた。体高は人間形態の壊斗といい勝負か若干下だが、ボリュームと言う面では壊斗が細マッチョな事もあり、逆三角形の肉体をした相手の方が大きく勝っている。

 壊斗と千雨は、この人物をあくまで情報だけで知っていた。

 

「これ……。ジャック・ラカン……だよな?」

「おそらくは……。クウネル(アルビレオ)や近衛詠春と同じく、『紅き翼』の中核メンバーだ」

『……こりゃあ、作りもんだな? この鳥はよ。せっかく狩って食おうかと思ったが……。期待させやがって、どこのどいつだ? この鳥の目を通して、見てやがんだろ?』

「と言うか、ログ見てみたら、普通に飛んでたのを普通にジャンプして普通に捕まえたぞ、コイツ。そう言う場合は普通に回避命令出してたんだが、普通に意に介さずに普通に回避行動を無視して、普通に捕まえた」

「改良型ドロイドの回避行動を無視? そんな無茶が、フツーにできやがんのか、このバグキャラは」

 

 映像の中のジャック・ラカン(きんにくバカ)は、更に言いつのる。

 

『おい。聞いてんだろ? せっかく食おうと思ってた鳥がニセモノだったんで、俺の心は深く傷ついた。だもんで、慰謝料500万ドラクマ。きっちり耳揃えて払ってもらおうか』

「そして前情報通り、金に汚い」

『へっぷしぃ!! おお!? 手前ら、何か悪口言いやがったな? 俺の超絶スーパーウルトラワンダフリャ四次元ワイド大画面なくしゃみが反応しやがった! 更に1,000万ドラクマ追加だ!』

「無駄に無意味に無茶に勘もいいな。って言うか、わたしらが複数だってのまで、どうやって気付いたんだ」

 

 千雨のぼやきに苦笑を漏らした壊斗は、スイッチを切り替える。こちら側の音声回線が、あちら側のドロイドに繋がった。

 

「あんた、ジャック・ラカンだな? その慰謝料とやら、払ってもいいぞ?」

『おうっち!? いきなり喋りやがった。ほんとにいいのか!? いいんだな!? 言質取ったぞ!!』

「ただし俺たちの本体は、今現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)に居る。当然ながらそっちの通貨は持ってない。だもんで、近いうちに貴金属の山をソイツの同類のカラクリ仕掛けに持たせて、送りつけてやろう」

『おお、じゃあ換金の手間賃合わせて2,000万ドラクマ分な』

 

 壊斗は笑って、言葉を続ける。

 

「それに加えて、俺たちからの仕事を引き受けてくれるなら、更に1,000万ドラクマ分の貴金属を追加しよう。更に他にも追加報酬が現物である。どうだ? 傭兵剣士、ジャック・ラカン殿」

『ほほう、仕事の話か。いいぜ、と言いたいところだが……。手前ら、何者だ?』

「あんた、近衛近右衛門って知ってるか? それとアルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)。俺たちはそいつらの依頼で動いてる。

 俺の名は、水谷壊斗。水谷がファミリーネームだ」

「わたしは長谷川千雨。長谷川がファミリーネーム」

 

 それを聞いたラカンは、少し考え込む。

 

『ほう……。コノエモンとかはともかく、アルの奴の依頼受けてんのか……。何か裏があるんじゃねえだろうな?』

「あるぞ?」

『あんのかよ!』

「だが、まあ悪い裏じゃない。少なくとも、お前さんにとってはな。さっき言った追加報酬……。それなんだがな? ……お前さん含む、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)人全ての生命を救う事、だ」

 

 一瞬目を見開くラカン。しかし彼は、すぐに呵々大笑した。

 

『!! ハハハハハハ! なるほどな。奴らが動いてるって言うから何事かと思ったが、その件かよ! いいだろ、引き受けた! ただしビタ一文まからんからな!

 ……おお!?』

「あ、そろそろ(イノシシ)タイプのカラクリ仕掛けが十数体、そちらに到着してると思うんだが。そいつの脇腹の扉を開けてみろ。中に貴金属のインゴットやら、数百カラットのダイヤモンドやらの詰め合わせが、みっちり詰まってるはずだ」

『早えよ!』

「早い方がいいだろう? お前さんが金寄越せと言い出した時に、無線通信で部下のロボットに用意させて、即座に出発させたんだ」

 

 映像内のラカンは、一瞬唖然としたがニヤリと笑う。

 

『誠実な雇い主か、珍しい生き物だな。さあて、俺は何をすればいい?』

「それはな……」

 

 壊斗はラカンと、細かい話を詰めに入る。それを眺めつつ、千雨は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)へ送り込んだ他のドロイドを配置に着かせて調査を指示した。

 こうして瓢箪から駒的に、千雨と壊斗は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)側での協力者を得たのである。




いや、ホントは今話のタイトルを『守銭奴怪獣ジャアック・ラーカーン登場』とかにしようかと思ってたんですけどね。ウ○トラマンのサブタイトル風に。

でもジャック・ラカンも大事だけれど、フェイトも大事。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』陣営で、かろうじて対話が成り立つのはフェイトだけですからねー。他は交渉しても本音で話してはくれないし。『(セクンドゥム)』? たしか……。『はっ話し合おうじゃないか! 我々の目的は究極的には同じはず』とかほざいてましたっけ(笑)。でも本作で、『(セクンドゥム)』の出番はあるのか?


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第039話:ナギ・スプリングフィールド

 ある日の放課後、千雨とネギたち一同、そしてエヴァンジェリンと茶々丸に茶々丸妹の壱号から参号まで、更に高畑と近右衛門は、連れ立ってある場所へと向かっていた。その場所とは、図書館島の地下を通り抜けて到達できる、麻帆良学園地下空洞の最深部である。

 番犬代わりの飛竜(ワイバーン)に通行証を見せて通り抜け、クウネル(アルビレオ)の塔の下を通過し、どんどんと彼らは地下深くへと歩いて行く。やがて目的地が見えて来た。世界樹……『神木蟠桃』の根に絡まれた、巨大な氷塊の様にも見える透明な物体が視界に入る。

 その周囲は今、様々な科学装置で埋め尽くされ、そこかしこに太いパイプやケーブルが張り巡らされていた。千雨はそのド真ん中で作業をしている、白衣を羽織った2m超の細マッチョに声をかける。当然の事ながら、その相手は壊斗だ。

 

「壊斗、遅くなった。やる事残ってるか?」

「ああ、2,048番の力場投射器から先のチェックを頼む」

「わかった」

 

 千雨は早速白衣を羽織り、指示された機器のチェックに向かう。何故平日の放課後にこの作業をやっているかと言うと、土日は彼らは火星へ向かい、そちらの仕事を優先していたためである。

 千雨と壊斗、特に壊斗は殺人的なスケジュールで働いていた。まあ、彼は超ロボット生命体であるが故、エネルゴンキューブさえ食えれば、楽勝と言えば楽勝なのだが。2人はキビキビと働き続ける。

 そして残されたネギたちのところへ、何処からともなくアルビレオ(クウネル)が現れた。

 

「ネギ君、いよいよです」

師匠(マスター)……。はい。でも、これで終わりじゃないです」

「その通りです。ただし、貴方はこの『試練』に耐えられますか? 耐えていただかねば、困りますけれどね。

 ネギ君は、今よりも幼い3歳のあの雪の日から追い続けて来た、『父親の背中』に届いてしまっても……。これまで目標としていた『何か』が手に入ってしまっても、あるいは絶対に届かないところへ逃げ去ってしまっても……。

 そのどちらになるかは、壊斗さんの科学技術とナギの運しだいなのですが。そうなった時、ネギ君はこれまで通りに走り続けるだけの意志力が、残っていますか? 残せますか? この、ある意味これまでで最大の試練に、耐える事ができますか?」

 

 アルビレオ(クウネル)は、一拍置いて再度口を開く。

 

「いえ、つい想いが口から出てしまいました。その様な事、本人にも分かるはずが無いのです。ですが……。ネギ君、これが終わっても、今まで通りにとまでは言いませんが、走り続けられる事を願っていますよ」

師匠(マスター)……。ありがとうございます。どちらかと言うと、願いに手が届いてしまった時の方が、耐えるのは難しそうですね。ですが……。

 僕はその時でも、その『ぬるま湯の試練』に、立ち向かいます。そして……」

 

 ネギは氷塊状の封印の、その中に封じられている存在を見遣る。彼の父親、ナギ・スプリングフィールドの肉体を乗っ取り、己が物としている最強にして最凶の、『始まりの魔法使い』……『造物主(ライフメーカー)』の姿を睨み付ける。

 ネギに取って、父親を救い出せるか否かの戦いに手を出す事すら許されないのは、正直辛い事ではあった。しかし近い想いを、悔しい想いを抱いているもう1人の姿を見て、自分の心を全霊の意志力で落ち着かせた。

 そのもう1人とは、エヴァンジェリンである。アルビレオ(クウネル)は今度は彼女の傍らに立った。

 

「……キティ」

「キティ言うな、古本めが」

「やれやれ、しょうがないですねえ、このキティは。さて、エヴァンジェリン……」

「待て、何故わたしが悪い様に言われねばならん」

「エヴァンジェリン、いよいよ始まります。わたし個人としては、もしナギがこれで死んでしまっても、ナギが全てを賭して倒そうとした『造物主(ライフメーカー)』も共に滅ぶのです。ナギが満足していると信じ、それでわたしも満足します。無論、幾ばくかどころではない、どうしようもない寂寥(せきりょう)感はあるでしょうがね」

 

 エヴァンジェリンはギロリと殺意のこもった眼で、アルビレオ(クウネル)を睨む。が、すぐに視線を封印中の『造物主(ライフメーカー)』へと向けた。

 

「わたしはそこまで思い切れん。わたしはそこまで割り切れん。悟り切れん」

「若いですね」

「貴様が歳を食いすぎなのだ、古本め。

 ……第一、そんな容易に振り切れる物であれば、最初から惚れたりはせぬわ。恋慕の情と言う物は、そんな簡単な物では無い」

「単純な物ではありますけれどね。単純な物ほど、強固で強く、簡単ではない」

「そうだな……。わたしは、ただ単純に、ナギが好きだ。ナギが欲しい。それが手に入らなくなる可能性がある事が、たまらなく辛い。恐ろしい。」

 

 アルビレオ(クウネル)はエヴァンジェリンの言葉に、小さく頷く。

 

「エヴァンジェリン。もしナギの運命がこの最大の窮地を乗り切れたのであれば……。わたしは貴女を応援してもよろしいと思っております」

「……は?」

「ナギには何かしら、重しが必要だと思うのですよ。あの風船の様な人間には。ネギ君が弱いうちは、ネギ君でもいいかと思います。ですが、ネギ君は少々強くなり過ぎましたからね。能力的に、そして何より精神的に。

 わたしは、貴女がナギの後添えでも一向に構わないと思っておりますよ」

「き、貴様!わたしをからかって……何?」

 

 エヴァンジェリンは驚く。アルビレオ・イマの顔には、ふざけている様子(クウネル・サンダース)が欠片も無かったからだ。

 

「静かに。ネギ君に聞こえてしまいます。彼には母親の情報は、彼が一人前になるまで話さない約束になっているのですよ。『後添え』と言う言葉は、彼に取って母親の去就の情報になりかねませんからね。わたしはそろそろ教えてもいいかとも思うのですが」

「……つまりは、そう言う事か」

「そう言う事です。そんなわけで、ナギが生還したならば、わたしは貴女を全力で応援いたしましょう。もし貴女が望むのであれば、チアリーディングの真似事ですらもやってのけて、きっちり応援をば」

「やめんか」

 

 結局ふざけるクウネル・サンダース(アルビレオ・イマ)であった。

 

 

 

 そして何重にも渡った全てのシステムチェックが終わる。壊斗が声を上げた。

 

「さて、始めるか。あー、一応言っておくが。魔法使いの面々は、かけらも魔法使わない様に。常時発動してある障壁とかの術も、いったん外しておいてくれ。不特定要素は、可能な限り潰しておきたい」

「む、了解したぞい」

「……わたしもこの姿で居るのは危険そうですね。ネギ君? わたしを持っていてください」

 

 ボン! と煙を上げて、アルビレオ(クウネル)が1冊の本に化ける。この場にいる者たちは驚かない。ネギたちですら、彼が古い魔導書の化身である事を教えられるぐらいには、力を付けているのだ。ネギは魔導書が地面に落ちる前に掴み取る。

 

「ならば、『気』もまずいね?」

「わかった、俺も『気』を消しとくわい」

「了解、わかったわ」

「委細承知です」

 

 高畑と小太郎、明日菜、刹那も『気』を消してニュートラルな状態にする。そして緊張が消せないネギの肩に、のどかが掌を置いた。ネギの緊張が、溶けるように解けていく。

 千雨の声が響く。

 

「動力回線接続。各力場投射器、暖気開始。エネルゴンキューブ、フレーム準備よし。霊的エネルギーのエネルゴンへの変換を開始。接続先選択、『造物主(ライフメーカー)』霊体」

「0番から255番までの力場投射器、起動。ナギ・スプリングフィールド氏の肉体、霊魂、保護開始」

 

 壊斗の声もまた、発せられる。封印の中の『造物主(ライフメーカー)』に、力場投射器から目に見えない力場が投げかけられて行く。それと同時に、周辺に一見無造作に、しかして実は緻密な計算のもとで配置されていたエネルゴンキューブのフレーム中に、どんどんとエネルゴンが注入されて行った。

 そう、壊斗は『造物主(ライフメーカー)』の霊体から霊的エネルギーを抜き出し、それをエネルゴンキューブにしているのだ。わざわざキューブにするのは、無駄に周囲にエネルギーが放出されて計算違いが起きるのを避けるためもある。

 

「壊斗! 『造物主(ライフメーカー)』の奴は、ナギ氏の霊体を自分の代理にして、霊的エネルギー吸収から逃れようとしてる!」

「そうはさせるか。256番から4,096番までの全ての力場投射器、起動。複数の力場で複合力場を構成し、ナギ氏の肉体、霊体、魂魄を保護。同時に『造物主(ライフメーカー)』の霊体を逃がさない様に捕らえる」

 

 エネルゴンキューブはどんどんと、その数を増して行く。『造物主(ライフメーカー)』の霊体は、これほどのエネルギー量を保持していたのだ。

 壊斗は体内の通信装置を用いて、千雨と内緒話をする。

 

『さて、とどめだ。『神木蟠桃』の幹や枝を媒介に使って『天超魂』のエネルギーを入手。根を媒介に使って『地超魂』エネルギーを。あとは……俺たちのスパークを媒介にして、疑似的に『人超魂』パワーを手にいれる。最後のが、一番難しいんだがな』

 

 この『天超魂』『地超魂』『人超魂』と言うのは、トランスフォーマーたちの科学で存在が確認されている、神秘のパワーである。単純に用いても、攻撃の威力を増したり、それこそ魔法の様な効果を発揮する事もできる。しかし、決して魔法では無いのだ。

 まあ、神秘の3つの『超魂パワー』のうち、普通のトランスフォーマーたちがまともに扱える可能性があるのは、宇宙空間に起源を持つ『天超魂』、惑星の大地に根源を持つ『地超魂』の2つだけだ。人の魂から湧き出す『人超魂』は、ゴッドマスターと呼ばれる『人間がトランステクターと呼ばれるボディに融合した、特殊なトランスフォーマー』でなければ使う事はできないのだ。

 ちなみに千雨もまた、魂をトランスフォーマーのスパークに転換してしまっているため、普通では『人超魂』を使う事は叶わない。最初からトランスフォーマーである壊斗では、なおの事だ。だが、純正の物ではなく、疑似的な物であるならば、壊斗の研究成果によりなんとかなるのだ。

 まあ、疑似的な物であるが故に不安定であり、壊斗の技術力をもってしてもナギ救出に失敗の可能性があるのは、そのせいだったりする。

 

『いいか、行くぞ!』

『わかった!』

 

 見た目は千雨も壊斗も黙って作業に没頭している様に見える。ネギたちもエヴァンジェリンたちも、内心はともあれ息を飲んで状況を見つめる。投射されている力場は見えないが、副次的に発生する火花状のエネルギーの迸りなどは見えていた。今まさに、ナギ救出作戦は山場であると、誰もが理解していたのである。

 

 

 

 タンクベッドに、ナギ・スプリングフィールドが突っ込まれている。酸素マスクを顔に着けられて、見た目重病人だ。いや彼は、本気で重篤患者ではあるのだが。だがしかし、それでも彼の意識は戻っていた。随分と朦朧状態ではあるが。けれどそれでも、タンクベッドの透明なカバーの向こうでソレに縋り付いている己の息子ネギと、かつてここ麻帆良に封じた吸血鬼の娘エヴァンジェリンに、ちょっと小さく頷きを返すぐらいは出来ていた。

 やがてそれだけの動きで疲れ果てたナギは、眠りに落ちる。タンクベッドの計器でナギが眠った事を確認したネギは、ほっと息を吐いてタンクベッドから離れた。今なおタンクベッドから離れようとしないエヴァンジェリンに遠慮したとも言う。

 のどかと明日菜が、ネギに問うた。

 

「ネギ先生(せんせー)。もう、いいんですかー?」

「あれだけ求めてた父親じゃないの。もっと一緒にいても、いいのよ?」

「いえ、大丈夫です。辛かったのは、僕だけじゃないですからね。それに、母になってくれるかも知れない人ですし」

「「え゛」」

 

 ネギは硬直する2人に、笑って言う。

 

「僕最近、ちょっと余技として読唇術勉強してるんですよ。それで師匠(マスター)の唇を読めちゃって。僕の生母は、その……そうらしい、です。ショックではありましたが……。半ば、予想はしていましたし」

「なるほど」

「そうだったんですかー」

「生母の事は、僕には秘密にしなきゃとか言ってましたからね。僕も知らないフリを……」

 

ドガン。

 

 巨大なハンマーが床に振り下ろされる。ネギは避けた。

 

「駄目ですね、ネギ君。ここは素直に一撃受けて、記憶を失ってください」

「ちょ、ま、待ってください師匠(マスター)!」

「いえ、魔法で記憶を消すと、ネギ君の最大の利点である(さかし)さに瑕がつくかも知れないでしょう? ちょっとパーになったり」

「ハンマーは、それはそれでマズいでしょう!」

「フフフ、大丈夫です。伝統的な手法ですから。ギャグ漫画とかで」

「少しも安心できませんよ!?」

 

 そしてネギの従者や木乃香、刹那、あげくに高畑まで巻き込んで大騒ぎになった。

 

 

 

 近右衛門は千雨と壊斗に問う。

 

「『造物主(ライフメーカー)』の霊体は、本当に滅んだのかの?」

「少なくとも、この世界線の中、この時空連続体からは消滅した。3種類の『超魂パワー』を結集したんだ。逃げられはせんよ。もっとも、二度とやりたくないな。『人超魂』の疑似的な生成は。

 残る可能性としては、奴が複数の時空連続体に渡って存在をリンクさせている場合だが……。その場合でも、『外の時空』から『この時空』『この世界線』を選んで介入して来るのは、まあ不可能だろう。サハラ砂漠かどこかで、他の砂粒となんら変わりない1粒の砂を、間違わずに見つけ出すのに匹敵するかそれ以上の難事だと思えばいい」

「一応わたしは一歩引いた位置から観測してましたけど、間違いなく消滅しました。あと残る可能性は、壊斗が言ってた『他の時空連続体と存在をリンクしてる』場合だけですね」

「そうか……。君たちには、本当に感謝しかないわい。どうやって報いたら良いものかのう……」

 

 千雨と壊斗は、顔を見合わせる。そして近右衛門の方を向くと、言った。

 

「「じゃあ、とりあえず貸しって事で」」

「む? じゃが既に借りが、たいそう積もっておるのじゃが?」

「だが、今回俺が用意した機材の代金だけでも、払えるのか? 仮にレンタルとしてもこれだけの、あんたからすればオーバーテクノロジーもいい所のコレの対価。はっきり言って、国家予算級だ」

 

 千雨と壊斗は、にやりと笑って口を開いた。

 

「素直に借りといてください、学園長先生」

「何時か、きっと返してもらうから、安心しろ。たとえば将来、俺たちは必ず戸籍とか住民票とか、造り直して別人にならなきゃいけなくなる。その世話とか頼むかもな」

「ふうむ……。諸君らとのコネクションを、後継者にきっちり引き継いでおかねばならぬのう。わしも歳じゃて」

 

 そう言いつつ、近右衛門は笑みを漏らす。本当に、ほっとした様に。

 何にせよ、これで問題は1つ片付いた。ナギ・スプリングフィールドは救出された。次は本格的に、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の崩壊阻止に向けて動き出さねばならないのだ。




そんなわけで、あっさり、さっくりと。本来山場とも言える場所を、もうあっさり風味で(笑)。心配事が無くなったアルビレオ(クウネル)も、もう遠慮なしです。

さて、次回は多分また火星ですかねー。


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第040話:火星で頑張る

 壊斗の火星基地である仮称マースベースαは、既にかなりの拡張が為されていた。以前の南極昭和基地程度だった本部棟はしっかりした建造物になっている。本部棟に隣接する宇宙港や工場棟もほぼ完成、それに基地にエネルギーを供給するマイクロ波受信施設も、基地本体から離れた場所で稼働済みだ。

 今なおスペースブリッジからは続々と物資が送り込まれており、更なる基地拡張とロケット建造資材を(まかな)っている。その資材で造られたロケットがまた1機、宇宙港より打ち上げられた。

 本部棟の中枢コンピューター前で、超鈴音が(おもむろ)に言葉を発する。

 

「一番最初に打ち上げた、試験用真空発電衛星ハそろそろお役御免ネ?」

「そうだな。あくまであれは試験用だったしなあ。延々使ってても、収支は悪いからな」

「長谷川サン、じゃあコレは廃棄と言うコトで、適当な場所に落下させるヨ。今までご苦労さんだたネ、我が習作ヨ」

 

 自身が造った試験用のプロトタイプ真空発電衛星から、量産型の本番用発電衛星にマイクロ波送電元を切り替え処置した超は、少ししんみりとした声音で語ると、プロトタイプを火星の裏側に落下させる操作を行った。

 

「そう言えば、壊斗殿ハどうしたネ?」

「壊斗は今、テレトラン(タイプ)に匹敵するとか言う強力なコンピューターを造ってる。そのテレトラン(タイプ)っての自体、わたしは知らないんだがな。それを並列稼働させて、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の調律、調整を行わせるつもりなんだ」

「ホホウ! それハ興味深いネ!」

 

 千雨は衛星軌道上で建設中の反物質炉発電ステーションと、静止軌道上に建造中の軌道エレベーター中枢ステーションの進捗を確認する。どちらも工程は順調に進んでいる模様だ。ただし軌道上(うえ)での作業は基本的に作業ロボットだけでやっている。

 作業ロボットは頭が固いので、突発的な事態に対処する能力が低い。今のところは大した問題にはなっていないのだが、できれば人間を軌道上(うえ)に常駐させたいのが本音だった。いや、それを言うならば火星の地上も、土日祝日以外は壊斗を除けば無人になってしまうのだが。その壊斗ですら、地球でもやる事があるので、常駐するわけにも行かない。

 

「はやく夏休みにならねえかなあ……」

「そうネ、それには完全同意だヨ。わたしたちガ火星に常駐できれバ、作業はもっとはかどるネ」

 

 超の顔には、彼女も意識していないだろうが、焦りが浮かんでいる。千雨は溜息と共に、言葉をかけた。

 

「ふう、あんまり焦んな。9年半、時間はあるんだ。最悪、崩壊の一歩手前でも計画が完遂できりゃあ、ぎりぎりなんとかなるんだ」

「わかてるヨ……。ケレド、余裕があるに越した事無いヨ。現にわたしの計画は、計算外の要素、事態によて頓挫したネ。この計画モ、計算外の事態に対処する余裕無くバ、もしかしたラ……」

「まあ、そうだな。だが『悲観的に準備し、楽観的に対処せよ』ってぇ言葉もあるんだ。焦んな」

「ん……。ム!!」

 

 超は気合いを入れ直す。それを見た千雨は微笑んで、仕事に戻った。

 

 

 

 今、千雨の眼前では葉加瀬が満面の笑みを浮かべ、自慢げにしている。

 

「ブラックホール炉衛星のガワが設計できましたよ! 前回のアレは、整備性で駄目出しをくらいましたが、今回のはそれにも十分に留意してあります!」

「どれ……。この辺の耐久性は?」

「ソレはこちらの別書面を見てください! 田中さんにもごく少量使われている特殊合金を用いる事で、万全の耐久性を保持しています!」

「うん……。基本はいいよ? だけど設計図としては落第もの」

「ええっ!?」

 

 愕然とする葉加瀬に、千雨は噛んで含める様に言い聞かせる。

 

「設計図や設計書は、一部のオマエらみたいな天災……もとい天才だけが見るもんじゃ、無えんだよ。もっと分かりやすく、あと詳細を別書面にしてあるなら、それも参照し易い様に。ちゃんと他人にも分かる様に、清書しろ。あとは大丈夫だ」

「はい……」

 

 千雨はしかし、その設計図を見て内心頷く。実際、これはかなりの出来だった。あとは工場棟で部品を作り宇宙に打ち上げたなら、人工ブラックホールを生成してそれを封入する形で衛星を組み上げる。1機でもブラックホール炉衛星が稼働すれば、火星のエネルギー事情は随分と楽になるはずだった。

 

(あとはわたし(サウザンドレイン)壊斗(サイコブラスト)で小惑星帯とか行って、ケイ素系の岩石タイプ小惑星を火星の衛星軌道まで持って来る。それを素材に、重力制御装置で重力崩壊させて人工ブラックホールを作る。その上で、重力バリアで覆ったその周囲に部品を組み付けて、ブラックホール炉衛星がいっちょあがり、か)

 

 そして千雨は落とした分を上げるべく、葉加瀬に声をかける。

 

「だけどよ。出来自体はたいしたもんだぜ? 流石だ、葉加瀬。きちんと清書済んだら、再提出しろよ?」

「は、はい! わかりました!」

「終わったら、まだまだやってもらわにゃならん事がたくさんある。その際には、また関連技術の論文を公開してやるからよ。無理の無い程度に、頑張れ」

「はいっ!」

 

 技術論文の公開と言う言葉に、一気にやる気満々になった葉加瀬は、さっそく設計書の清書に入る。千雨はちょっと肩を竦めて、自分の仕事に戻った。

 

 

 

 宇宙服を着こんだ千雨は、本部棟から外へと出て電気自動車(エレカ)に乗り込む。ほんとなら宇宙服も電気自動車(エレカ)も要らないのだが、今は火星基地に色々と人員が来ている。千雨は最悪でも、超と葉加瀬には自分が超ロボット生命体である事はバレたくない、と何度目かの思いを抱く。

 

『ネギ先生! 近衛! 作業工程を視察に来たん……何やってんだ、桜咲』

『ど、どうです長谷川さん! こ、これでわたしが機械オンチだなんて言わせませんよ!』

『……いや、機械オンチかどうかは分からんが。お前、自分の身体をコントロールするのは凄え得意なんだろうが、その分人型重機(パワーローダー)も、自分の身体の延長で動かそうとついついやっちまうんだろ?

 けど人型重機(パワーローダー)は人型してるけど、あくまで作業機、工事車両なんかと同じなんだ。自分の身体からワンクッション置いて、道具を扱う感覚、つまり『操縦』するつもりでやらんと上手くいかねーぞ』

 

 そう、千雨の眼前では今、刹那が人型重機(パワーローダー)に乗り込んで、かろうじて動かしていたのである。でも人型重機(パワーローダー)の脚がぷるぷる震えてたりするが。

 刹那は、先日に人型重機(パワーローダー)を上手く使えず、戦力外通告を受けた事をかなり気にしていた模様である。更に今回、龍宮真名や古菲、長瀬楓の面々が若干の事情説明を受けて手伝い(アルバイト)に駆り出され、しかも彼女らが人型重機(パワーローダー)をすぐに乗りこなした事は、刹那の誇りをいたく傷つけたらしい。

 それで刹那は木乃香の声援の元、どうにか人型重機(パワーローダー)を動かせる様になるまで練習していたらしいのだ。だが人型重機(パワーローダー)は着て動かす物ではなく、『操縦して』動かす物なのだ。そこを今一つ分かっていなかった刹那は、今なお普通レベルにはほど遠い程度にしか、動かせていない。

 そこへ真名、古、楓、ネギ、小太郎、のどか、明日菜と言った、既に戦力として働けている奴らが戻って来る。

 

『あ、長谷川さん。とりあえず予定分は完成したので、小休止に戻って来たところです』

『ご苦労さんです、ネギ先生』

『ふう、たまにはこう言う、『撃たない』アルバイトも良いものだな。と言うか、色々な手当て込みで、戦闘ミッションよりも実入りがいいのが少し物悲しいんだが。

 ところで、この人型重機(パワーローダー)、地球で販売とかしないのか? こう言う物があると、紛争地域の復興とかに役立つだろうに』

『あれ? 刹那はどうしたアルか? どうして刹那の人型重機(パワーローダー)が地面に寝てるアル?』

『えっとー……。もしかしたら、がっかりして(うずくま)ってるんじゃないんでしょうかー……』

『なるほど、所謂『orz』状態のつもりなのでござるな』

『ええ加減、諦めたらええんやないかな。刹那姉ちゃん、人型重機(パワーローダー)とは相性悪いんやし』

 

 千雨は刹那のために、身体を動かす要領で使う事のできる、強化服(パワードスーツ)(タイプ)の作業用機械を今度用意してやろうか、と思った。

 

 

 

 次に千雨がやって来たのは、工場棟の片隅にある研究施設だ。ここでは壊斗が、例の強力なコンピューター群を製作している。千雨は壊斗に声をかけた。

 

「ご苦労さん。お茶にしようぜ。とりあえず菓子と飲み物、それにエネルゴンキューブ持って来た」

「ありがとう。悪いな、計画(プロジェクト)のマネージャーみたいな事やらせて。本当はそれも俺がやらにゃならんのに」

「いいんだよ。壊斗は他にも忙しいんだから。ああ、それとジャック・ラカンから連絡入ってたぜ。なんか海洋の真っただ中に、条件に合った島を見つけたらしい。メセンブリーナ連合とも、ヘラス帝国とも離れてて、両方の領土に入って無い土地だとさ。

 ちなみに魔獣の巣になってたんで、現在掃討中だと。で、手伝いの戦闘要員を数名雇っていいかって聞いてきたんだが」

 

 壊斗は頷く。

 

「了承の返事を出しておいてくれ。雇用するための費用も持つ、と返事を。

 あとはそこの掃除が済んだら、今作ってるこのコンピューター群を何時そこに設置するかだな。なるべく早く作業して、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)全体に魔力干渉して世界それ自体のバランスを制御できる様な、仮称魔力ネットワークシステムを構築しなければ」

「あのオッサンには、貴金属やらダイヤモンドやらを自前で小惑星から掘り出したり合成したりして、極めて安価に手に入ってる事は言わない方いいだろな」

「違いない」

 

 菓子とエネルゴンキューブを齧りながら、壊斗は失笑しつつ言う。まあ自前で入手しているとは言え、それの売却益は多大なる物だ。壊斗も、それの分け前にあずかっている千雨も、今はとんでもない金持ちなのだ。

 と、ここで千雨が不穏な話題を出す。

 

「だけどよ。今は計画順調だけど……。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の連中がまた何かしら蠢動してる気配があるって話を、ジャック・ラカンのオッサンが掴んだらしいぜ」

「そうか。注意しないといけないな。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の計画で、完全なる世界とやらに『書き換え(リライト)』するには、何か『黄昏の姫巫女』と言う人材が必要だとクウネル(アルビレオ)が言っていたな。……俺が今製作している、コンピューター群の役割を果たす事が可能らしい」

「高畑先生も、それについては何かしら情報を持ってるみたいだけど、沈黙を守ってたな。話したいけれど、決心がつかない、って感じで。でも、あの様子と麻帆良の事を調査した資料から、誰が『黄昏の姫巫女』なのか想像ついちまうのがなあ……。

 神楽坂、かあ……。確定じゃねえけど、きっと、だよなあ……」

「彼女の過去の情報は、いくら探っても出てこなかった。しかも高畑先生が保護者をやっている。あげくに学園長とも何がしかの繋がりがあるらしいが、そこらは(ぼか)した情報しか上っ面の調査では掴めないと来た。」

 

 そして2人は、溜息を吐くと、ぼやいた。

 

「「もっと上手く隠せよ」」

 

 壊斗は(かぶり)を振る。

 

「近衛学園長と高畑先生に、地球に帰ったら進言と警告しておこう。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』が麻帆良学園を狙って来る可能性を示唆して、『黄昏の姫巫女』を護る態勢を整えろ、って」

「まったく、ネギ先生と言い、神楽坂と言い、なんでまた3-Aにはこんな重い事情の奴らが多いんだ。いや、神楽坂はまだ確定じゃないが。それに、いざと言う時に護りやすい様に、3-Aにヤバいのを集めたのかも知らんが」

「まあ、今の段階では考えない様にしておくべきだ。俺たちの手は長いが、さりとて全部に手を伸ばせるほど多くは無い。千手観音じゃないんだからな。任せられる部分は任せよう」

「そうだな。んじゃ、お茶が冷めないうちに飲むか」

 

 そして2人は、お茶を楽しんだ。しかし、彼等も今の段階で、麻帆良に時折フェイト・アーウェルンクスが潜入して調査している事は、知る由も無かった。

 

 

 

 フェイトは独り言ちる。

 

「……6人の候補のうち、3人は『黄昏の姫巫女』では無さそうだったね。偽装している可能性は捨てきれないが、それでも過去の経歴が明らかになった。あれが偽装だったら、たいした物だよ。

 残り3人……。全員を攫って確保、直接調べるか? それとも調査を続行して、最後の1人になるまで突き詰めるか?

 そして、麻帆良学園に封印されているらしい『(あのかた)』……」

 

 そしてフェイトは、雑踏の中に消えて行った。




せっちゃん、ごめんよ。君はネタにするのに丁度良い立ち位置に居たんだ。
そして古や楓、真名をわざわざ火星に作業員として連れて来たのは、ちょうどある程度魔法側の事情を知っていて、しかも計画推進者とそこそこ近い人物である事、更には最低でも魔法生徒クラスの力量は有るが魔法生徒扱いでは無く、異動させても麻帆良のシフトに影響が少ない事があります。
ちなみに真名は、バイト料が戦闘任務(ミッション)より多い事に驚いていますが、実は古や楓の方が多額の報酬を支払われています。いや、龍宮隊長は、超といっしょに敵に回ってましたからね?

そしてフェイト暗躍中。だけどごめんよ、フェイト君。君の『(ライフメーカー)』は成仏しちゃったんだ。


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第041話:豪徳寺薫の奮戦

 夜道を11~12歳程の、1人の少女が走っている。この近隣にある、麻帆良の孤児院に入っている子供たちの1人だ。彼女は必死で、それこそ必死で、時折後ろを振り返りつつ、孤児院目指して疾走していた。

 だが少女は、(つまづ)いて倒れる。そして再度立ち上がろうとするが、失敗。どうやら脚を(くじ)いた模様だ。そこへ少年のものと思われる、澄んだ声がかかる。

 

「……抵抗は無駄だよ。後藤田『阿須那(アスナ)』君」

「ひ……」

 

 少年……フェイト・アーウェルンクスは、感情のこもらない声で言葉を続けた。

 

「君が関係ないと分かれば、記憶を消して帰してあげよう。だが、もし君が『あの』人物であったなら……」

「……! ……!!」

 

 少女……阿須那はいやいやをする様に、(かぶり)を振る。フェイトは、一歩一歩、彼女に近づく。そして突如として跳び退(すさ)った。

 

「!!」

「おう、白髪のエロぼーず。嫌がる女の子に、何しようってんだ?」

「今のは……気弾だね。まさか君たち、魔法生徒?」

「なんだ、その麻帆……? 麻帆良の生徒ではあるけどな」

「違うか……」

 

 フェイトは肩を竦めて、闖入者の方に顔を向ける。そこには4人の男が立っていた。1人は大豪院ポチ、以前『まほら武道会』で小太郎に敗れはしたが、一般人としては立派な実力を持つ武道家である。そして1人は中村達也、長瀬楓に敗れはしたものの、恐るべき威力の『気』による『遠当て』の使い手だ。

 3人目は『まほら武道会』で準決勝進出を賭けて豪徳寺薫と戦い、惜しくも敗れた山下慶一、3D柔術の使い手である。最後の1人、一番前に立ちはだかっているのは、『まほら武道会』優勝者、喧嘩殺法の豪徳寺薫であった。

 豪徳寺はキツい視線でフェイトを睨み付ける。

 

「か弱い女を(いじ)めんのは、断じて『漢』のするこっちゃねえぞ、ボーズ。そのお嬢ちゃんに詫びて、この場から立ち去んな」

「そうも行かなくてね。僕にも使命がある」

「ち、雇われもんかよ。ますます胡散臭えな」

 

 豪徳寺は、こめかみに汗を浮かべて構えを取った。その様子に、残り3名は怪訝な顔になる。

 

「……豪徳寺?」

「薫ちん?」

 

 だが豪徳寺は、その呼びかけには応えずに、山下に(ささや)く。

 

「山ちゃん。俺たち3人で、あのガキを制止()める。山ちゃんはあの女の子を抱えて、逃げろ」

「……!?」

「あのガキ、バケモンだ。勝ち目は無え。犬上小太郎と、どっちが上かわからんって言えば、わかるか?」

「「「!!」」」

 

 山下慶一は、その一言で理解し、頷く。だがどうしても聞きたい事があり、口を開いた。

 

「なあ、豪徳寺。なんで俺だ?」

「山ちゃんが、一番女受けする顔してるからな」

「な!? そんな理由か!?」

「顔は大事だぞ? あの子はちみっちゃくても女だ。俺や大豪院みたいなゴツいのや、見た目ちょっと頼りない中村よりか、安心してもらえるってもんだ」

「ちょ」

 

 中村達也の抗議には構わず、豪徳寺は叫ぶ。

 

「いくぞ、お前らぁっ!」

「「「お、応っ!!」」」

「やれやれ……」

 

 フェイトは再度肩を竦めて、4人の武道家を迎え討った。

 

 

 

 そして今、フェイトは相手を見誤っていた事に気付いていた。既に大豪院ポチと中村達也は地に伏して気絶している。しかし豪徳寺薫ちゃんはズタボロになりつつも、少女を抱えて逃げた山下慶一を追う余裕をフェイトに与えなかったのだ。

 

「……謝罪しよう。見くびっていたよ」

「へっ……。だったらさっさと、諦めて帰っちまったらどうだ?白髪のボーズ」

「そうも行かなくてね。本気で倒させてもらうよ」

 

 魔法は使わないけどね、との台詞を口の中だけに留めて、フェイトは豪徳寺に襲いかかる。豪徳寺は防御を捨て、捨て身のカウンターを狙い、『気』のこもった拳をフェイトに叩きつけた。

 しかしその拳は、曼陀羅の様な障壁に阻まれてフェイトには届かない。そしてフェイトの拳が、豪徳寺の腹に突き刺さる。

 

「ごほぉっ……」

「……さて。……!?」

「へ、へへ……。まだだ。山ちゃんは、追わせねえ」

 

 瀕死の豪徳寺が立ち上がる。口からは血反吐を吐き、学ランはところどころ破れ、自慢のリーゼントもざんばらに乱れている。しかしそれでも立ち上がった。フェイトは無表情に語る。

 

「……これ以上、時間をかけていられないね。仕方が……!?」

「!!」

 

 その瞬間、地面に『気』の弾丸が突き刺さる。跳び退いたフェイトに、小鳥、野ネズミ、飛蝗、その他諸々が一斉に飛び掛かった。しかしそれらはフェイトの曼陀羅障壁に阻まれる。フェイトがそれらを打ち払うと、機械部品が散らばった。それらの小動物などは、機械仕掛け……ドロイドだったのである。

 

「……君らは」

「し……師匠たち!!」

「頑張ったな、豪徳寺」

「わたしたちも、そいつを警戒してたんだよ。ただ、麻帆良は広くてなあ……」

 

 いつの間にか、フェイトを挟んで豪徳寺の反対側に、2人の男女が立っていた。当然と言って良いのか悪いのか、それは千雨と壊斗だった。

 

「やれやれ、厄日だね」

「そいつは、手前が言う事じゃねえぞ。手前が先日に(かどわ)かした『新村明日海(あすみ)』さん……」

「彼女は記憶を消して、無事に帰したはずだけどね」

「阿呆。彼女の過去が不明だったから、これはと思って誘拐して確かめたんだろうけどよ。彼女の過去が不明なのはな! 犯罪被害者救済プログラムで、過去を消したからだ!

 手前は記憶消してそれで良しとしたのかもしれねえがな! ぽっかりと数日記憶を消したせいで、その間何があったのか恐怖に襲われて! 手前は馬鹿か! 記憶消した事で、アフターケアしたつもりか!? このド阿呆!」

 

 千雨の言葉に、フェイトはしばし黙ったままだった。だがやがて、重い口を開く。先ほどまで何の感情も浮かんでいなかったその瞳は、しかし硬い、堅い、固い覚悟に燃えていた。

 

「……申し訳ないと、思う。全てが終わったら、必ずや償いをしよう。だが、今は駄目だ。急がなくてはならない。さなくば、12億の人の明日が奪われてしまうんだ」

「手前……。覚悟も無しに悪事を働くのは許せねえが、覚悟があれば何やったっていいわけじゃ無いんだぞ!? 今回のあの娘も、同じだ! 犯罪被害者救済プログラムで、過去消してるから、過去が不明なんだよ! それを無理矢理土足で踏み込みやがって……」

「……どうやら貴様との道は、交わらん様だな。ハセガワのためにも、そこの我が弟子たる豪徳寺のためにも、貴様を叩こう」

 

 そして壊斗が前に出る。千雨もまた、構えを取った。

 

 

 

 壮絶な戦いだった。だが一方で、どこか妙な戦いでもあった。フェイトの拳はときおり壊斗や千雨の身体に叩き込まれる。しかし千雨も壊斗も、なんら痛手を負った様子は無い。

 一方で、千雨と壊斗の拳もフェイトに叩き込まれるが、こちらはこちらで曼陀羅の障壁によって、フェイトにダメージを与えられていないのだ。

 

「く……。なんとかして師匠たちの援護を……」

 

 豪徳寺は焦る。と、その豪徳寺の耳に、千雨の声が響いた。豪徳寺がそちらを見ると、彼の肩にいつの間にか小鳥がとまっている。おそらくは機械仕掛けなのであろうことは、彼にも理解できた。

 

『豪徳寺、あんたアイツに一発くらわしてやりたいだろ?』

「あ、ああ。長谷川師匠……」

『だったら少し待ってろよ。今、わたしらがアイツに隙を作ってやる』

 

 豪徳寺は、小さく頷く。そして呼吸を整えた。やがて、その時がやって来る。壊斗が、毎回の通りに効果の無い右拳撃をフェイトに命中させた。しかし曼陀羅の障壁が、それを防御する。

 その時壊斗の左手は、自身のベルトのバックルに、何やらバーコード状の模様のついたカードキーの様な物を差し込んでいた。ベルトのバックルから光が走り、その光は脇腹を通って壊斗の右手に着用されている、黒革の指ぬき手袋へと伝わって、そこで炸裂する。次の瞬間、フェイトの曼陀羅障壁は粉々に砕け散った。

 

「!? 障壁が!?」

「今だ、豪徳寺いいいぃぃぃっ!!」

「おおおぉぉぉーーー!!」

 

 豪徳寺の身体から、渾身の『気』が吹きあがり、右拳を伝って射出される。喧嘩殺法(けんかさっぽう)未羅苦流(みらくる)究極闘技(きゅうきょくとうぎ)超必殺(ちょうひっさつ)漢魂(おとこだま)』……いや、これはその様なレベルでは無い。

 通常の『漢魂(おとこだま)』が単なる水鉄砲だとすれば、これは消防の高圧放水にも等しい。『気』の密度も総量も桁外れに大きな、超絶に集束度の高い、まさに裏の連中が使うそれをも超えかねない威力の『気』の弾丸。言わば『(シン)漢魂(おとこだま)』とでも言えよう。

 そしてそれが障壁を失ったフェイトの脇腹に直撃する。フェイトは吹き飛んだ。

 

「ぐうっ!?……く、やむを得ない。ここまでだ」

「な、何っ!? 水に巻かれて……消えた!?」

(あの阿呆……。逸般人気味だとは言え、一般人の前で魔法使って逃げやがって。いや、一般人の前で曼陀羅障壁みたいな目に見える障壁使ってたのもそうだし)

 

 千雨は思わず脱力した模様。その肩を、壊斗がぽんぽんと叩いて慰める。何にせよフェイトは今回、目的を達する事なく去ったのだ。助けが入ったとは言え、豪徳寺薫たちの勝利であった。

 

 

 

 ちなみに山下慶一は、今回の被害者である後藤田阿須那(あすな)から熱い視線を送られていたそうな。

 

 

 

 千雨と壊斗はとりあえず倒れた中村達也と大豪院ポチ、そして殊勲者である豪徳寺薫ちゃんを手当てすると、豪徳寺に口止めしてその場を立ち去った。

 

「まったく、奴のおかげで今週は火星に行けなかったな。ネギ先生たちと超たちだけで、大丈夫かよ」

「まあ、あんまりヤバい所は計画の予定表、工程表からしてしばらく無い予定だ。まあまあ大丈夫だろう」

 

 そう、彼等はジャック・ラカンから伝えられた『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』が何かしら蠢動してるとの情報。それと前後して起こった、神楽坂明日菜にどことなく似た若い少女『新村明日海(あすみ)』が一時誘拐されて記憶を何か魔法的手段で消されたと言う事件。これらを重視して、一時的にドロイド群を駆使して麻帆良内を警戒していたのだ。

 そんなの魔法先生や魔法生徒に任せろよ、と言う話もあったのだが。だが実際のところ、魔法使いと言うのはそこまで数多く無い。少ないわけでは無いのだが、流石に警官の如くパトロールさせるだけの数は居ない。と言うか、魔法先生や魔法生徒などは先生や生徒との二重生活をやっている。それに警官の真似事までさせたらパンクすると言う物だ。

 これは明日菜が狙われているのでは? と言う疑念もあったにせよ、そう断定するのも今の段階では難しい。もしかしたら、単なる……単なると言っていいのかも分からないが、魔法犯罪なのかも知れないし。麻帆良結界は、既になんらかの手段で内部に入り込んでしまった敵には、けっこうザルだったりする。

 近右衛門は、いっその事一時的にでも魔法先生や魔法生徒を動員し、魔法による捜査態勢を……と考えていた様だった。普通であれば、そうするのが次善の策だ。しかしここで、見るに見かねた千雨と壊斗が、今は殆ど使っていないドロイド群を提供する、と申し出たのだ。

 それで千雨と壊斗は、豪徳寺たちのピンチに介入できたのである。しかもコレが『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の仕業であり、そして狙いは間違いなく『黄昏の姫巫女』、すなわち神楽坂明日菜の身柄である事も確信が持てたのだ。なお『黄昏の姫巫女』=神楽坂明日菜である事は、今回の捜査協力に先立って、高畑と近右衛門から聞き出している。

 

「とりあえず、夏休みになれば神楽坂を火星に連れてって、しばらく地球に帰さない事もできるんだが」

「まだ夏休みまではあるからなあ。そう言えば、期末テストがその前にあるんだったか。大丈夫か?」

「暗記物と計算問題は大丈夫だ。応用問題の類や国語の読解問題とかは、まあまあかな? 以前から不得意じゃなかったが、今の身体になってからけっこう頭回るんでな」

 

 これから2人は、学園長に事の次第を報告し、その善後策を練る事になっている。一応電話であらかじめ簡単に報告したが、流石に電話だけで済む問題では無い。千雨と壊斗は、とりあえず壊斗の4WDを駐車()めてある場所まで、とぼとぼと歩いて行った。




豪徳寺薫、今回の主人公です(爆)。

そして山下慶一、美少女抱えて逃げました。結果、ファンが1人付きました。

更に千雨と壊斗の新装備。ベルトのバックルに、圧縮呪文のバーコードを刻んだカードキー(呪文書)を差し込む事で、そこはかとなく魔法の類を発動させる装置(笑)。今回は、障壁破壊の術でした。まあ、壊斗はすっかりヲタなので、そっちからインスピレーションをもらって開発した装備ですね。


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第042話:復活のアスナ

 教壇でネギが3-Aの皆に向かい、にこやかな顔で話をしていた。

 

「……一学期も残すところ、あと少し。期末テストまであと一週間です。そこで簡単な小テストをやってもらったわけですが……」

 

ゴゴゴゴゴゴ……。

 

 ネギの背後から、嫌な擬音が響いて来る。その笑顔は、凍り付いた様に変わらない。教室は静まり返る。

 

「まずい、です。このままで行けば期末テストで、3-Aは学年最下位になるかならないか、微妙なところですね。前回の中間テストでもその傾向が出てはいましたけれど、ちょっと学園祭を境に学業の方が急落しています」

「「「「「「……」」」」」」

 

 何時もであれば、この件すらも笑い話にしてしまう3-Aの連中であったが、今日はネギがマジだと感じているためもあってか、真摯に……真摯に? 話を聞いている。そしてネギの雰囲気が、少しだけ柔らかくなった。

 

「まあ、学校の勉強が学園祭と比べれば面白くないのは、理解できます。ですが、やっておいて損と言う事は絶対にありませんよ。皆さんの将来と言う『建物』を建てるとき、それは必ず立派な『土台』になってくれるんです。

 今ここでしっかり勉強しておけば、皆さんの将来に地震や台風にも思える様な何がしかの辛さ苦しさが襲って来たときにも、その『土台』は必ずや皆さんを支えてくれます」

「「「「「「おおーーー……」」」」」」

 

 そしてネギは、笑顔のままで言った。

 

「まあ、知り合いの大人の方が言った話ですが。その方が社会人になった時の話をしてくださいまして。社会に出て、実際に仕事をなさった時、非常に大きな後悔をなさったそうです。

 それは、『学校の勉強の全てが役立ったわけじゃないけれど、社会ではそのうちのどれが役立つか分からない。幾つかは確実に役に立ったし、覚えておらず失敗したと悔やんだ知識は多い。今思うに、適当に流して勉強していたのは、大失敗だった。学校で、詰め込めるだけ詰め込んでおけば良かった』だそうです」

「あー、なんかわかる気がするー」

「そうー?」

「うーん……」

「皆さんも、できるなら後悔はしない様に学んでくださいね。きちんと教育を受けられると言うのは、素晴らしく恵まれている事なんですから。今はちょっと苦しくても、かならず皆さんの血肉になってくれます」

 

 その後ネギは、某一部成績下位者に対し放課後居残り学習を通達するなりなんなりした後、HR(ホームルーム)を終えた。

 

 

 

 千雨はHR(ホームルーム)終了後、廊下に出てネギに話しかける。内容は、彼女が近右衛門から聞いた、明日菜に対する処遇に関しての事だ。

 

「ネギ先生、ちょっと……」

「はい、長谷川さん」

「ネギ先生は、神楽坂の事について聞いてますか?」

 

 ネギは左右をちょっとキョロキョロと見遣り、人影が無いのを理解すると頷く。

 

「明日菜さんは僕の従者ですからね。学園長先生とタカミチから、詳しく知らされました。長谷川さんも知らされてたんですね?」

「わたしは壊斗のオマケみたいな物ですけれど。わたしらが例の計画を推進している以上、『完全なる世界(やつら)』とぶつかる可能性は大きいですからね」

「オマケなんて卑下しないでください。長谷川さんも、計画(プロジェクト)管理(マネージメント)とか、見事にこなしてるじゃないですか」

 

 ふっと失笑した千雨だったが、しかしその笑いは苦笑(にがわらい)に変わる。明日菜の件と言うのは、『明日菜の封じられた記憶を戻す件』の話であったのだ。

 近右衛門や高畑から聞くところによると、神楽坂明日菜はかつて『黄昏の姫巫女』として、まるで人間兵器の様な扱いを受けていたらしい。普通の人間として扱われなかったその彼女を、ナギ・スプリングフィールド以下の『紅き翼』が救出したとの事である。

 だが彼女があまりにつらい記憶を抱えている事を危惧した、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグと言う高畑の師匠が己の死に際に、彼女の記憶を消して普通の人間として生きられる様にしてやって欲しいと遺言で遺したのだ。高畑はその遺言に従い、近右衛門の協力を得て彼女の記憶を消す。そうして今の『神楽坂明日菜』が誕生したのだ。

 千雨には、いかに善意だとは言え、人間1人のそれまで生きて来た記憶を消してしまう事に対し、何かしら思う事が無いとは言わないし、言えない。だがしかし、当時の高畑たちが苦悩し、葛藤したのも理解できる。その上に、師匠の遺言であったのならなおさらだ。その師匠とやらは、何か凄絶な死に方をしたらしいし。

 

「……それで、神楽坂の記憶は?」

「今、色々と戻す準備をしているそうです。そして、今日中にタカミチが明日菜さんに話すと言っていました。本番は、今晩になると思います。明日菜さんが、戻す事を望めばですがね……。僕もそれに立ち会います」

「そうですか……。上手く行くといいですね」

 

 この『上手く行く』と言うのは、記憶を戻す事だけではない。それによっての人間関係、対人関係の変化や、場合によっては感情の(もつ)れなどが考えられるから、それらを含めての話だ。

 職員室に戻るネギと別れ、千雨は3-A教室に戻る。そこでは放課後の居残り授業決定に脱力している、成績低迷者たちの姿があった。その内の明日菜を見遣り、千雨は小さく首を左右に振る。

 もしかしなくとも、『今現在の明日菜』とは本日いっぱいでお別れになるとも言える。封じられた記憶が戻った彼女には、『今現在の明日菜』の要素は残るのか? それはまったくもって、分からない事であるのだ。

 

 

 

 そして数日後の週末である。今週は期末テストが近いため、壊斗以外の火星行きは無しであった。千雨が自室で勉強をしていると、明日菜が訪ねて来る。千雨は迎え入れて、お茶を出した。お茶を飲みつつ、明日菜は話しかけて来る。なんかその動作の端々が、洗練されていた。

 

「長谷川、心配してくれたみたいね。ネギから聞いたわ」

「あー、気にしないでいいぞ。それより、見た目はまあ大丈夫そうだな」

「あー、うん。いや、しかしナギのパートナーになるって言ってたわたしが、その息子の『魔法使いの従者(ミニストラ・マギ)』になるとはねー。記憶が戻った瞬間、愕然としたわね」

「あー……」

 

 明日菜は笑う。何かしら、やはり以前の明日菜とは違うのだが、それでも同一人物である笑顔だ。

 

「人格とかの方面は、大丈夫なのか?」

「あー、それはね。なんか今の段階だと、微妙に記憶封印前の『アスナ』と、成長後の『明日菜』が並立、並存してる感じなのよね。いずれ統合されるって話だけれど。

 まあ並存とは言っても、完全に各々独立してるわけでも無いわ。ある瞬間は『アスナ』が考えてるけれど、その続きは『明日菜』が考えてて、しかもその思考のつなぎ目がシームレスなのよね。その事自体に混乱する事もあるけれど……。まあ、そのうち統合されるらしいし、気にはしてないわ」

「そっか」

「しかし、碌な事しないわね、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の奴ら。またアーウェルンクスが出たんだったわね」

 

 話は『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の事へと移る。先に豪徳寺薫ちゃんの活躍もあり、その目論見を(くじ)かれてから、奴らの麻帆良での行動はぷっつりと途絶えていた。

 

「一応、『新村明日海』さん、『後藤田阿須那』さんの2人にゃ、学園長がこっそり護衛つけたって話だ。ま、あくまで万一の話なんだが。壊斗もドロイド1体ずつ派遣してるしな」

「でも奴らの動きが無いって事は、おそらくわたしが『目標』だって事は、バレたかもね」

 

 何と言うか、明日菜の頭の回転が早い。千雨は人知れず感嘆する。

 

「これまで以上に、注意しないとね」

「そうだな」

「ところで長谷川。ちょっと知恵貸して欲しいんだけれど」

「ん?」

 

 千雨が疑問符混じりで促すと、明日菜は真面目な顔で口を開く。

 

「タカミチに責任取ってもらうには、どうしたらいい? いくら善意だとは言っても、乙女の純情を(もてあそ)んだには変わり無いわよね?」

「ぶうっ!?」

「うわ、きたなっ!?」

 

 千雨は思わずお茶を噴いた。

 

「ごほっ、げほっ、そ、その責任ってえのはアレか? 慰謝料でも取ろうってか?」

「いや、違うわ。せっかくだから、男としての責任を取ってもらって、永久就職させてもらおうかと」

 

 ある意味で頭は痛いが、ある意味では千雨は安心する。ああ、これは神楽坂だ、ちょっと性格は変わっているが間違いない、と。

 

「どうしたらいい、って言われてもなあ。近衛とかに聞いたらどうだ?」

「木乃香には何度も聞いてるのよね。でもって、ガーンと行ってドーンとあたってみろとか擬音混じりの台詞ばっかりで。

 記憶を消す前の経験にも、恋愛沙汰って無いのよねえ、わたし。だから長谷川なら、と思って」

「わたしも、その手の経験は無いんだがなあ」

「何言ってるのよ。壊斗さんはどうやって捕まえたのよ」

「捕まえた言うな」

 

 千雨は溜息を吐く。

 

「第一、壊斗との関係性はまだ違うと思う」

「ふうん。『まだ』ねえ」

「ああ。『まだ』だ。と言うか、わたしは壊斗を好いてるし、壊斗もわたしを好いてくれてるとは思うんだが。それが友愛なのか親愛なのか恋愛なのか、はたまた別感情なのか、そのあたりが壊斗もわたしも分かってねえんだよ。これでも悩んでるんだぜ?」

「で、どうやって捕まえたの? あんな優良物件」

「おまえな」

 

 千雨は再度溜息を吐くと、答える。

 

「命を救った後で、命を救われた」

「マジで?」

「壊斗は当時本気で飢え死にしかけてたし、わたしは麻帆良に出没する妖怪に殺されかけたところを壊斗に救われた」

 

 明日菜は小首を傾げる。

 

「そっか……。参考にならない……。いえ、もしかしたら」

「何を考えた」

「タカミチが強敵にやられて死にかけたところを、さっそうと救うのはどうかしら。そしてわたしがタカミチをお姫様抱っこして」

「やめんか」

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の連中、早く来ないかな」

「だからやめんか」

 

 もしかしてこいつ、記憶が戻ってその相乗効果でいっそうブッ飛んで、256倍ぐらいポンコツになったのではないだろうか。千雨はそう思ったりした。




とりあえずアスナの復活です。明日菜と一体化して、すっげぇポンコツになりました。まあ、この辺は主人公も副主人公も直接絡まないので、あっさり目に……。


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第043話:夏休みまで、あとちょっと

 図書館島から、アルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)の塔がある地下深くへと、千雨と壊斗は潜って行く。壊斗の手には、果物かごが下げられていた。途中で巨大な飛竜(ワイバーン)が道を塞ぐが、通行証を見せてやると大人しく脇へ避ける。やがて2人は、アルビレオ(クウネル)の塔へとたどり着いた。

 

「ようこそ、長谷川さんに壊斗さん。歓迎しますよ」

クウネル(アルビレオ)、その後は『彼』の具合はどうだ?」

「まあ、見ていただければ分るでしょう」

 

 出迎えたアルビレオ(クウネル)は、満面に胡散臭い笑みを浮かべて、2人の前に立って歩く。やがて一同はある一室にたどり着いた。その部屋の前では、茶々丸と茶々丸妹壱号から参号までが、立ち番をしている。

 そしてクウネル(アルビレオ)が2人に目配せをして、そっと音を立てずに扉を開ける。そして2人は、微笑ましい物を見て頬が緩むのを禁じ得なかった。

 

「いや、俺もう手足は動くし、自分で食えるって」

「いいや、無理をしてはいかん。そら、口を開けろ。あーん」

「くっ……。あ、あーん。はむ。……な!?」

「!? きっ、貴様ら、どこから見ていた!」

「「「いや、どこからって、この扉の陰から」」」

「意味がちがうわっ!!」

 

 真っ赤になって怒鳴るエヴァンジェリンと、ばつの悪そうな顔をするベッドに横たわったナギ・スプリングフィールドを見て、クウネル(アルビレオ)はニヤニヤと笑う。千雨と壊斗も、生暖かい笑みを2人に送った。

 

「いえね。キティは登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)のせいで学校をサボれませんからね。それ以外の時間にはずっとここに入り浸って、ナギの世話をかいがいしく」

(マスター)はナギさんが救われて以降、ご自分の当座の衣類や学校の教科書にノートなどをこちらに持ち込み、ここから学校に通ってはここに帰っています」

「おまえもか茶々丸(ブルータス)! 巻いてやる、巻いてやるぞこのボケロボ!」

 

 茶々丸に飛び掛かり、その後頭部のゼンマイをこれでもかと巻くエヴァンジェリンに、千雨と壊斗、クウネル(アルビレオ)は心和む。そんな中、ナギが口を開いた。

 

「あー。アンタが壊斗ってヤツ、いや、アンタとかヤツとかはねえな。恩人なんだから」

「別にかまわんぞ」

「そっか? んじゃ遠慮なく。アンタが壊斗だな? そして隣が長谷川か。科学の力で俺を『造物主(ライフメーカー)』から救って、そして『造物主(ライフメーカー)』を消滅させたってな。ほんとに……。ありがとよ。ほんとに感謝する。

 それだけじゃねえ。ネギも世話になってるみてえだしな。俺がやり残した、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を崩壊から救う事……。それも手掛けてるって、アルの野郎から聞いた。こんな身体じゃなかったら、そこの床に頭擦り付けて土下座したっていいぐらいだ。身体が良くなったら、この恩義は必ず返すぜ」

 

 ベッドのナギは、目を瞑って(こうべ)を垂れ、感謝の意を表す。壊斗は頷いて言った。

 

「ふ、聞いたよりも律儀なんだな。わかった、楽しみに待っているから、まずはきちんと身体を治せ」

「そうですよ、父さん」

 

 突然、ふわっと花弁(はなびら)が風に乗って舞い、それが渦を巻くとその場にネギ、のどか、小太郎、木乃香、刹那の5人が出現する。風を媒介にした転移魔法だった。

 

師匠(マスター)、ただいま戻りました」

「ええ、お帰りなさいネギ君。それに皆さん。明日菜さんはどうしたんです?」

「それがな、師匠(ますたー)。高畑せんせと大事なお話がある言うて、今日はごめんなさいやて」

「ああ、それで転移魔法で戻って来たんですか。明日菜さんがいらっしゃると、彼女はまだ記憶が戻ったばかりで自分の能力(ちから)を上手く制御(コントロール)できませんからねえ。転移魔法を使っても、彼女だけ取り残されるか、あるいは転移自体失敗しますし」

「凄えな、ネギ。転移魔法まで使えんのか」

 

 ナギが驚きの声を上げる。まあ普通、10歳やそこらで自分以外に4人連れて転移魔法を使えるとか、色々おかしい。

 

「ネギ君は短距離で自分だけであれば、媒介を使わない転移もできますよ。色々と英才教育の限りを尽くしましたからねえ、フフフ。のどかさん、木乃香さんには、流石にそこまで無茶はしてませんけれど」

「……」

 

 ネギ、のどか、木乃香が一瞬、遠い目になる。ナギ、エヴァンジェリン、そして千雨と壊斗の目がアルビレオ(クウネル)に集中した。その視線は、明瞭に物語っている。『コイツ、何やったんだ』と。

 そしてネギはナギに向かい合う。

 

「父さん、具合は良さそうですね。でも、今はまだまだ安静が必要な時期ですし。無理しないで、ちゃんと休んでくださいね」

「お、おう……」

「きちんとエヴァンジェリンさんの言う事を聞くんですよ? 僕はこれから師匠(マスター)の授業を受けないといけないので。エヴァンジェリンさん、父さんをお任せしますので、よろしくお願いしますね」

 

 ネギの言葉を聞いたエヴァンジェリンは、満面の笑みを浮かべる。

 

「まかせておけ、坊や! 必要とあらば、『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』を使ってでも眠らせてやる!」

「ちょ」

「冗談だ、ナギ。下手に抵抗(レジスト)しようとして体力消耗しては逆効果だからな」

「冗談とか言ってて、手に魔法薬持ってんじゃねえか!」

「冗談が本当になるのが嫌なら、とりあえず今は眠っておけ」

 

 父親と押し掛け女房志願者の様子を見遣り、ネギは微笑んだ。ネギはネギで、アルビレオ(クウネル)から父親の逸話を幾つも聞き、ナギには誰か重しになる者が必要だと考えていたのだ。奇しくもそれは、師匠(マスター)であるアルビレオ(クウネル)の考えと一致していたのである。

 

「さて、あまり長居しても病人の負担になるな」

「見舞いは済んだし、そろそろ帰るか。ああ、忘れる所だった。絡繰、これ見舞いの果物な」

「ありがとうございます、水谷さん長谷川さん。またおいでください」

 

 助けを求めるようなナギに背を向けて、千雨と壊斗はその場を立ち去る。それと共に、アルビレオ(クウネル)とネギ一同もその部屋を辞去する。茶々丸と妹たちが、(マスター)の邪魔をするわけがない。

 こっそり使い魔で部屋の様子をデバガメしていたクウネル(アルビレオ)によれば、結局は渋々眠ったナギの顔を、飽きもせずに延々ニコニコ見つめ続けるエヴァンジェリンと言う、ニヤニヤ物の姿が見られたそうである。

 

 

 

 古菲が伸びをする。楓が首をコキコキと鳴らす。千雨はそれを見て笑みを浮かべながら、息を吐いた。3-Aの教室は、開放感が漂っている。それもそのはず、採点と発表こそまだだが、つい先ほど一学期末の期末試験が終了したばかりなのだ。

 

「いやー、今回は厳しかったでござるな」

「そうアルか? いつもより簡単だたアル」

「「「「「「ええっ!?」」」」」」

「???」

 

 周囲の様子に、古は変顔で頭の上に疑問符を浮かべ、何が何だかわからないよ的な反応を示す。千雨は内心ウンウンと頷いていた。いや、彼女と古はこの1週間、苦労したのだ。連日身体が(なま)らない程度の組手をした後で、みっちりと試験勉強を頑張ったのだ。正確に言えば、古を教えていたと言う方が正しいが。

 そして千雨が前々から思っていた事だが、古は実際頭は悪く無い事がはっきりした。ただポテンシャルと時間の大半を鍛錬に充てているだけなのである。なので千雨のノートと、教科書への書き込みを元にして、みっちり試験範囲の授業内容を復習したら、手ごたえはしっかりとあった模様だ。

 

「え~!? じゃあ古ちゃん、この問題わかる?」

「どれアルか? コレは確か……」

「う、嘘!?」

「え。何か間違えたアルか?」

「い、いえ、正解ッポイけど」

 

 周辺のクラスメートが、古に今日のテスト問題から次々に問いを投げかけて行くが、古はよほど難しい物以外はきっちり答えてみせる。明石祐奈などはテストの点数で負けが確定した様で、灰になっていた。

 ちなみに超鈴音も、『古に勉強教えるのは、ワタシも断念したんだガ……。何ガ起こたネ……』と、がっくり膝をついていた。千雨はまあ、天才は基本的に、他人に物事を教えるのは向かないもんだ、と肩を竦めていたが。

 

 

 

 そしてあっと言う間に、テスト結果発表の日である。幸いなことに、テスト用紙の名前を書き忘れるなどのお約束をした者は存在せず、3-Aは危惧していた最下位どころか、なんとか学年二位を奪取した。

 この快挙に、お祭り好きなクラスの面々はお祝いだとばかりに騒ぎまくる。ネギもまあご褒美だとばかりに、その騒ぎに目を瞑った。新田先生ですらも、3-Aの扉を開ける前にいったん立ち止まり、()()()見つかってくれたりした物だ。おかげで3-A一同は、怒鳴られて正座の罰を受けるところを、首の皮一枚で回避した。

 

「しかし……。バカレンジャーの面々、頑張ったわねえ……」

「と言うか、明日菜と古ちゃん、バカレンジャー扱いはもう無理でしょ」

「い、いや。まだ次回のテストで落ちるかも」

「祐奈、負けを認めないのは見苦しい」

 

 クラスの面々が(ささや)いている様に、古の躍進以外にもダークホースが居たりする。過去の記憶と共に、その高いはずだった知性を取り戻した明日菜である。まあ、だからと言って知性はともかく知識は足りない。そんなわけで、彼女は同室の木乃香に頼った。

 まあ頼ったとは言っても、以前の自分が取ったノートが単なる板書の写しで、あまり使い物にならない出来だったので、木乃香のノートを借りたと言うだけの話である。きちんと要点を逃さずに整理して書かれている木乃香のノートは、彼女に取って救い以外の何物でも無かった。

 かくして明日菜は今回、ノートを貸した木乃香すらも超え、いいんちょである雪広あやかと互角の点数を叩きだしたのだ。恐るべし、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。

 ちなみに千雨であるが……。彼女は理数系と、暗記問題の多い社会科系科目で、満点もしくはそれに近い異様な高得点を取り、国語や英語でも以前が問題にならない良好な成績を収めた。

 千雨は、返却された解答用紙をそそくさと学生カバンにしまい込む。もう遅いかもしれないが、出来る限り目立ちたくは無かった。

 そして遅かった。

 

「は、長谷川殿~!」

「……なんだ長瀬」

 

 情け無さそうな顔で泣き付いて来たのは、ニンジャだった。今回のバカレンジャーのドベはこいつか、と千雨は思う。

 

「なんとか他の教科が比較的(それがし)としては良い方でござったので、平均点ではどうにか言い訳が立つでござるが……。理科がマズいんでござる」

「おい忍者。忍者の術ってのは一般に資料として知られてる分だけでも、理数系の知識が重要だぞ?秘伝とかは知らんが、火薬や毒の調合とか他にもあるだろ。

 忍者が理科苦手ってのは、はっきり言って致命傷じゃねえか」

「せ、拙者は忍者じゃないでござるよ? それより、どうにか夏休み中の補習を逃れたいんでござる。理科だけのために休み中に登校するのは嫌すぎるでござれば。

 ちなみに古を教えたのは長谷川殿だと言う噂が。拙者どうにか終業式前の放課後の補修授業で、事を収めたいでござる」

 

 千雨は古を見遣る。古は首を左右にぶんぶん振る。どうやら漏らしたのは、古ではない模様。

 

「……で?」

「理科、教えてくだされ。おねがいでござる」

「超にでも教わりゃ、いいじゃねえか」

「超殿や葉加瀬殿に教わると、頭がパンクするんでござる」

 

 やはり天才連中は、教えるのには向いていないらしい。それは置いといて、クラスが二位だったと言うのにこの(ざま)と言うのは、千雨は理解に苦しむ。楓も他の教科のおかげで平均はそこそこだった様だし、逆に言えば理科がどれだけ悲惨だったのか。

 

「手前、そう言うのは期末試験の前に言えよ。教えてもいいけどよ」

「ありがとうでござる。そして面目ない……」

 

 放課後の補習授業は最終日に試験があり、それに合格すれば夏休み中の補習は免れる。とりあえず、火星での仕事ができない平日に、(コイツ)を徹底的に絞ろう。そう千雨は考えたのだった。




今回は、「ナギ、エヴァにせまられる」「千雨、楓にせまられる」の二本立てでした。まあ、同じせまられるのでも、中身はまるで違うのですが。

ちなみに楓が理科でヤバい点を取ったと言うのは、あくまで本作内部でのつじつま合わせの独自設定です。ご容赦ください。


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第044話:愛の戦士たち

 そのときフェイトは、司令官役であるデュナミスの下した指示を聞き、懸念を覚えて異議を述べた。

 

「デュナミス、まだ時期尚早では? 第一、僕らは『黄昏の姫巫女』と目される、神楽坂明日菜を手に入れていない。それに本当に神楽坂明日菜がそうであるのかも、確認が取れていないんだ。

 確認に失敗した、僕の言う事でも無いかもしれないけれどね」

「確かにそうかも知れん。だがな……。各国の政治状況などから、奴の目が……忌々しいクルト・ゲーデルの目が、他所に逸れている今が、ある意味チャンスなのだ。

 各地のゲートを破壊し、唯一この地オスティアの廃棄ゲートのみを残す。それにより二世界間の魔力圧の差によって、ここオスティア周辺に莫大な魔力が集まる。その魔力により、オスティアのゲートが繋がっている麻帆良学園地下ゲートが活性化すれば……」

 

 フェイトは無表情のまま、聞き役に徹する。デュナミスは熱意を持って、夢見る様に語り続けた。

 

(あのかた)は貴様の調査によって、麻帆良の地の『神木蟠桃』をもって封印されていると結論づけられる! だがゲートが最大限に活性化する事で麻帆良学園中枢への直接経路が確保できれば! そしてその時に、『器』の肉親の魂が祭壇上にあれば! その血肉を確保できていれば!

 その三条件が揃うならば、その時まさに(あのかた)、『造物主(ライフメーカー)』は封印より解き放たれ、復活するであろう!」

「……」

「いや、我は一見格好付けて言っている様に見えるやもしれぬが、きちんと得られた情報を精査し、莫大な計算の結果、物を言っているからな?」

「それは理解しているよ」

 

 フェイトは無表情のまま、デュナミスに問う。

 

「つまり、この作戦の目的は『黄昏の姫巫女』そのものの確保は優先度が低く、どちらかと言うと(ライフメーカー)の復活が最優先、でいいのかな」

「その通りだ。貴様は麻帆良とここオスティアが繋がったら、目標確保のために麻帆良学園へ突入しろ。そして可能であれば、『黄昏の姫巫女』も確保できれば言う事は無い。しかし不可能であればそれに拘泥せず今回は諦め、『器』の肉親であるネギ・スプリングフィールドの確保に専念せよ。言うまでも無く、生きたままでな。魂も血肉も、両方必要なのだ。

 それが成れば……。我らが悲願たる(ライフメーカー)の復活だけではない! ネギ・スプリングフィールドを手に入れる事で、クルト・ゲーデルとタカミチ・T・高畑に一泡吹かせる事もできるのだ! 『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に栄光あれえええぇぇぇ!!」

「了解。異議は撤回するよ。まず最初は何処?」

 

 フェイトの言葉に、デュナミスは頷く。その眼は、果てしなく暗い。

 

「メガロメセンブリアのゲートポート、そこが最初だ」

「わかった。従者の皆と墓所の主、月詠さんに話を通して、準備を始めるよ」

 

 こうして『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は動き出す。だが彼等は、その目的である『造物主(ライフメーカー)』が既に存在しない事など、夢にも思っていなかった。

 

 

 

 あげくに確保しようとしたネギ、明日菜両名が、旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)の火星にスペースブリッジで行ってるなんて事は、更にしばらくの間は麻帆良に帰って来る予定の無い事などは、知る由も無かったりするのだ。

 

 

 

 こちらはその当の火星である。今、千雨と壊斗、そしてネギ、のどか、明日菜、小太郎、木乃香、刹那、古菲、楓、超、葉加瀬、真名と言う何時もの面々に加え、高畑が今回はくっついて来ている。

 その高畑は、ぽつりと呟く。彼の隣には、明日菜が寄り添う様に立っていた。

 

「いや、以前2回ばかり来たが、やはり火星は荒涼たる世界だね……」

「そうね、タカミチ。正直、超さんたち未来の火星人がよくこの世界で生き残れたな、と思うわ」

「いや、明日菜君。教師と生徒であまりくっつくのは。それに僕は君の保護者でも……」

「1回や2回振ったからって、それでわたしが諦めると思わないでね。それにね、タカミチ? 貴方が断った理由(ワケ)だけど。表情からわかるのよ」

 

 高畑は、己の腕に強引に自身の腕を絡ませて来る明日菜に、たじたじである。明日菜は続けた。

 

「先生と生徒だとか、わたしを子供や妹にしか思えないとか、そんな上っ面の建前はどうでもいいのよ。貴方、自分は愛される資格が無いとか思ってるでしょう。今まで色々、心ならずも汚れ仕事とか、たくさん、たくさんやったんでしょう?」

「……!!」

「だけどね? そんな後ろ向きの理由で断るなんて、わたしに……だけじゃないだろうけど、相手に失礼よ。……それにね。汚れ仕事をしてきたって言うなら、わたしも兵器扱いされて、飛空船の魔力消して()としたりとか、直接間接で何人殺したと思ってるの?」

 

 焦る高畑は、明日菜の台詞に返す言葉も無く、だが何か言わねばならないと必死で言葉を探す。そんな高畑に、明日菜は言い放つ。

 

「わたしは、今けっこう幸せよ。でも、もっと幸せになりたい。人の欲に限りは無いもの。そして、タカミチも幸せになっていいのよ。と言うか、なりなさい。幸せに。貴方の幸せは、わたしの幸せの前提条件の1つだから。

 難しいなら……。だからこそ、わたしが貴方を幸せにしてあげるわ」

「……」

 

 高畑は、苦悩と安堵、苦痛と癒しの入り混じった複雑な表情で、火星基地マースベースα本部棟の窓から、火星の大地を眺める。その左腕に、明日菜がしっかりと腕を絡めていた。

 

 

 

 そして心ならずもその様子をデバガメしていた者たちが居る。作業機の部品を取りに来て、そこに高畑と明日菜が現れて話を始めた故に、袋小路から動けなくなった千雨、壊斗、ネギ、小太郎だった。

 千雨と壊斗だけならば、人間形態では多少手間でエネルギーも多く使うのだが、瞬間移動(テレポート)で逃げ出す事も可能だ。しかしネギと小太郎が居ては、ちょっとまずい。

 一方でそのネギと小太郎も、困ったように小声で言葉を交わしている。

 

「おいネギ。転移魔法とか使えや」

「火星は周辺魔力が薄すぎて、数mならともかく……。大地もほとんど死んでるし、地脈に乗って逃げ出すのも無理」

 

 どうやら彼らは、この場での助けにはならない模様だ。千雨は明日菜たちに聞こえない様に、小さく溜息を吐く。

 

「ふぅ。……けれど、自分できっちりやれてるじゃねえか、神楽坂。今回はポンコツっぷりも表に出て無えし。やればやれるんじゃねえかよ」

「何にせよ、不幸な結果にならないでくれると良いんだが」

 

 壊斗もウンウンと頷く。そして小太郎が、感慨深げに呟いた。ネギもそれに答える。

 

「しかし、なるほどなあ。あの明日菜姉ちゃんみたいな愛なら、戦いのマイナスにはならんと、プラスになるんやろなあ」

「愛は土台だよ。戦いだけじゃ無く、全ての行いのね。根幹に愛があってこそ、正しく物事が動くってもんだと思うよ。まあ、愛を勘違いして変な方向に暴走する人もいるし、『間違えた愛』のおかげで大惨事になる事もあるけど」

「ま、言うわな。ネギは根幹にどんな愛があるんや?」

「父さんへの家族愛や尊敬と言う形の親愛。師匠(マスター)との師弟愛。皆への友愛や親愛。あと、一時期見失いかけてた事もあったけど、自分への自己愛もあるね。自分を愛するのは大切だって、師匠(マスター)やのどかさんが教えてくれた。

 ……そして。いや、これは僕の心に秘めておくよ」

「かー。さっすが俺のライバルや。愛だらけやないかい」

 

 小太郎、愛の戦士としてはまだまだ未熟であった。(ラブ)マスターへの道は遠い。そして声も大きすぎた模様だ。

 

「……あんたたち、そこでナニやってるのかしら?」

「あ、明日菜姉ちゃん! いやな? これはな?」

「問答無用! そこになおりなさい!」

「タカミチの咸卦法も凄いけれど、明日菜さんの咸卦法も見事な物ですね」

「くらいなさい! ってネギ、幻像(イリュージョン)!?」

「待て、待たんか神楽坂! 落ち着け! わたしたちの方が先に物資取りに来てて、そこへお前らが現れたんで出るに出らんなくなったんだ!」

「そんな事はどうでもいいーーーっ!! 問題はあんたらがデバガメしてたって事ーーーっ!!」

 

 結局大騒ぎになった。何か攻撃対象から外れてた壊斗は、唖然とする高畑の肩に、ポンと手を置いた。

 

 

 

 そして三日後、千雨と壊斗のところに魔法世界(ムンドゥス・マギクス)ジャック・ラカン(きんにくバカ)から連絡が入る。曰く『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の手によると思われるテロで、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)を繋ぐゲートポートが、次々に破壊されているらしい。

 

「長谷川さん、壊斗さん。奴ら(コズモ・エンテレケイア)はまだ明日菜さん(たそがれのひめみこ)を手に入れていないのに、動き出しましたね……。何の目的で、世界間のゲートを……」

「ネギ先生、どちらにせよ麻帆良に神楽坂を帰すのは危険ですね。予定よりも、長期間の火星滞在になるかも知れません」

「作業のために外に出たりする以外は、筋力低下を防ぐ目的で人工重力発生装置が稼働している1G区画に居る様にしてくれ。まあ、古菲や長瀬、桜咲、犬上などの様に高重力3G区画で鍛錬しててもいいんだが」

 

 ここでネギがふと何がしかに気付き、千雨に訊ねる。内容は、夏休みの宿題についてだ。

 

「長谷川さん。そう言えば夏休みの宿題は?」

「ちゃんと持って来て、やってますよ? 古と長瀬もきっちり勉強させてます」

「ありがたいです。頭が上がりませんね。刹那さんは木乃香さんが、小太郎君は僕とのどかさんが、明日菜さんはタカミチが、それそれ宿題を見てあげてるんですが。明日菜さんはほとんど手伝いが要らないそうなんですよ。

 小太郎君が一番苦労してますね。絵日記の提出があるんですが、まさか火星に行ったなんて書くわけにもいかないので……。嘘を小等部に提出させる事に、内心忸怩たる想いはあるんですけど、可能な限り嘘を減らす様にしてます。旅行先でも修行頑張った、とか書いてますね。旅行先名が嘘になりますが」

 

 何はともあれ、火星の面々は順調に作業をこなしている。一方で『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』もいよいよ動き出した。神楽坂明日菜を火星に(かくま)い、ネギもまた火星に居る事で、期せずして『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の思惑を外している千雨たちであったが、だからと言って油断はできないのだ。

 一見のん気にしている様だったが、千雨と壊斗、ネギなどの、一行の頭脳である面々は、今も頭の中を猛スピードで回転させている。次にどちらの陣営がどの様に動くか、それまでにどれだけ準備を整えておけるか、どの様に対処するべきなのか。彼等は表には出していなくとも、必死で考え込んでいたのである。




完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』連中、空回りしてます。まあ人数足りないですし、現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)に行ける人材は更に少ないですからね。事前調査もままならないでしょう。ちょっと調べれば、ネギ君が表向き、長期出張したって情報ぐらいは簡単につかめたでしょうに。神楽坂明日菜が保護者タカミチ・T・高畑と旅行に出た、って情報も。どっちも偽装で、火星に行ったんですけどね。

そして明日菜。頑張りました。まあ今までに2回振られてますが、それでも諦めてません。そして今回、高畑の急所を抉る言葉を。どう転がりますかねえ。

愛の戦士見習いの小太郎。原作と違い、愛を手に入れて更に戦士として完成に近づこうと色々考えてます。まあ原作と同じに、戦いのためが前提なんですけどね。それでは愛はわからない。たぶん。
でも彼の大好きなライダーも、いろんな愛のために戦ってますがね。一号とかは人類愛ですし。


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第045話:対処は万全に

 火星基地、マースベースαの本部棟は中枢コンピューター前で、千雨は思わず歯噛みをしていた。壊斗が計算しシミュレートした結果が、今その大型ディスプレイに表示されている。

 

「これが奴らが目論んでいた事か……!」

現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を結ぶゲートが多数破壊された事で、残るゲートはオスティアと言う場所にある廃棄ゲートだけになった。そして二つの世界の間に存在する、魔力の圧の差によって、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)側に存在する魔力がそこに流れ込んでいる。

 今はまだそこまでではないが……。徐々にオスティアの廃棄ゲート周辺に、強烈、強大な魔力溜まりが構成されつつあるな。間違いなく近い内、あちらの世界(ムンドゥス・マギクス)再編(リライト)するための、とっかかりになるだけの魔力が集まるはずだ」

 

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に送り込んだ偵察ドロイドからの情報を集約し分析し、出たその結果を前に、しかし壊斗は冷静さを失っていなかった。それを見て、千雨もまた気を落ち着かせる。

 

「さあて……。どうする?」

「まずは、ネギ少年や高畑先生、そして惑星間通信で近衛学園長と、アルビレオ(クウネル)にも相談しよう。魔法について詳しいのは、彼等の方だ。それに『三人寄れば文殊の知恵』と言う言葉もあるからな」

「了解だ。あと他の連中でも、何かしらアイディアはあるかも知れんから一緒に呼ぼう。特に超と葉加瀬。まあ、全員に招集をかける」

 

 千雨は、今現在火星基地(マースベースα)にいる人員全てに招集をかける。壊斗もまた、地球との超光速通信回線を用意した。

 

 

 

 マースベースαの中央会議室には、火星基地にいる全ての人員が集まっていた。更には大型のディスプレイが運び込まれて、そこに近右衛門とアルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)、そしてナギ・スプリングフィールドとエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル女史まで映っていたりする。ナギは車椅子に座り、それをエヴァンジェリンが押しているのだが。

 

『よおネギ! ヤバくなってんじゃねえか。まだちょっと身体は上手く動かねえが、魔法とかは大丈夫だからよ。何かあったら、後衛の魔法使い役としてでも出張るぞ?』

「いえ、お気持ちはありがたく。ですが今無理をして、後々に響いたら大変です」

『そ、そうか……。情けねえなあ。親として、何もしてやれてな……』

「父さん。父さんは、まだ『造物主(ライフメーカー)』に憑かれてた6年前のあの時に、無理をしてでも僕を助けに来てくれました。何もしてくれてない、なんて事は無いです。自信を持ってください。

 ……父さんは、僕の自慢の父親ですよ」

『……済まねえ、ネギ。いや、違う。ありがとう、ネギ』

 

 いったん落ち込みかけたナギは、息子の激励に気力を取り戻す。周囲の面々は、ニヤニヤしたり、感涙に(むせぶ)ぶ者もいる。とりあえず千雨はのどかにハンカチを貸しつつ、声を上げた。

 

「皆さんのところに渡った資料に書かれている通り、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の連中がいよいよ行動を開始しました。これを阻止しなければ、今までわたしたちがやって来た事が、全て無駄になります。

 (コズモ・エンテレケイア)の行動を阻止するために、作戦会議を行います。何か良い意見のある方は、発言をお願い致します」

「はい。良い考えと言う程の事でもないのですが、(コズモ・エンテレケイア)はその儀式に必要な明日菜さん(たそがれのひめみこ)を未だその手にしていません。基本戦略として、明日菜さんを護る事が最重要ではないでしょうか」

 

 ネギの言葉に、明日菜まで含めた全員が頷く。流石に明日菜は、護られるだけになりそうな事に、かすかに不満を表情に浮かべた。だが不服と言うわけでも無さそうだ。現状をちゃんと理解しているのだろう。やっぱり頭の回転と物分かりが良くなったよなあ、と千雨は思う。

 そしてアルビレオ(クウネル)が顎に手をあてて、考えながら言う。

 

『ですが、それだけでは解決にならないでしょう。護りの姿勢だけではなく、攻めも何かしら考えなくては』

『敵の根拠地は、わかっておるのかの?』

『コノエモン、おそらくはと言うレベルですが……。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の魔力が集積されているのがオスティアの跡地である以上は、あそこにある『墓守り人の宮殿』が根拠地を兼ねた儀式場ではないかと』

「じゃあ、そこに攻め込んで叩きのめしてしまうのは、どうアルか?」

「古、それは無謀ネ。今現在の敵が、どれだけ居るかわかってないヨ。話に聞くアーウェルンクス級が10人20人居たら、コッチが叩きのめされるネ」

「残念アル……」

 

 能天気な古の台詞を、超が(たしな)める。古はちょっとがっかりした風情で、手元の日本茶を啜った。

 ここでナギが資料を見ながらブツクサと愚痴を吐く。

 

『しかしなあ……。この半ば自然発生した魔法障壁も曲者だよなあ。これで、外からは転移魔法も無理って、なんだよそりゃ。更に奴らの儀式の魔力源にもなるんだろ? 反則だろ、この魔力溜まり。いっそ、これを力任せにバーーーッと消しちまえればな。

 ……い、いや冗談だ。気にすんな……。え゛?』

『その手があったか! 私が惚れただけの事はある!』

「魔力溜まりが消え去れば、奴ら(コズモ・エンテレケイア)の儀式も発動できなくなります。見事です、父さん」

『驚きましたよ、ナギ。貴方がその様な理に適った発想をするとは、フフフ』

「問題は、どうやって行くかですが……。問題の地点の、現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)の火星側。あちら(ムンドゥス・マギクス)のオスティア近隣、魔力溜まりの内側に、わたしたちの原理の『科学技術によるゲート』を設置しましょう」

「ふ……む。ハセガワ、それならば充分可能だ。あちら側では空間の乱れにより、『外部から』『魔力溜まりの中へ』の移動はできない様だが。逆に科学技術による転移を、世界を超えて行うのならば問題は無い」

『え? え? ええ?』

 

 エヴァンジェリン、ネギ、アルビレオ(クウネル)、千雨、壊斗はおそらく同一の見解に達した様だった。千雨と壊斗は、急ぎ頭の中での計算を開始する。当のナギは、唖然としていた。

 そして超もまた何がしか理解した様で、一瞬遅れて理解に至った葉加瀬と共に、周囲の面々にその内容を解説している。

 

「……と言うわけネ。間違いなく、相手の本拠地である『墓守り人の宮殿』よりかハ、防御が薄いネ。それにコチラは乾坤一擲で目的を達しさえすれバ、後は野となれで即座に撤退してもいいヨ。アチラ(コズモ・エンテレケイア)が精鋭であっても、コチラの攻撃を一撃たりとも目標に通さないのハ、困難だろネ」

「「「「「「おおーーー!!」」」」」」

 

 その場の一同は、更に作戦を詰めるべく、相談を始めた。ナギはちょっと唖然としたままだったりするが。

 

 

 

 フェイトは麻帆良の地下にあるゲートを抜け、地上へとひた走っていた。だが彼は、何の妨害も無い事に不信を抱く。

 

(いやな『予感』がするね。いや、人形である僕が『予感』か……。ここの地下にはあのアルビレオ・イマが居るであろう事は、高い確率で推測されている。なのに何の妨害も無い……)

 

 そして地上に出た彼は、麻帆良学園本校女子中等部の寮へと急ぐ。やがて彼は、目標を発見する。

 

(……買い物帰りか。ネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜。いっしょに居るのは、近衛木乃香と桜咲刹那、だったか?

 だが……。第1目標であるネギ君と、第2目標の神楽坂明日菜が共にいるのは好都合……)

 

 フェイトは刹那さえ誤魔化せれば、どうにかなると判断。可能な限り気配を消して、4人の後ろに近づいていく。だが彼は、ある事に気付くと急ぎ踵を返した。

 

(しまった。あの4人、あれは人形(ゴーレム)。しかも人払いの結界。これは罠だ)

「気付きましたか。けれど遅いです! 神鳴流奥義! 斬空閃!!」

 

 わざわざ必殺技の名前を叫んでくれたおかげで、フェイトはぎりぎりで攻撃を躱す事ができる。まあ神鳴流剣士は基本、敵対するのは魔物や妖物だ。技名を叫べば気合も入るし、魔物や妖物は大半がそんな事を気にしない。この事で剣士……美人教師、葛葉刀子を責めるのは無粋だろう。

 そして刀子に続き、フェイトを取り巻く様に2人の魔法先生が現れる。ガンドルフィーニに神多羅木だ。ガンドルフィーニは語る。

 

「ネギ先生は出張中でね。神楽坂君、近衛君、桜咲君も、その用事に付き合って今は麻帆良には居ないんだよ。それは申し訳ないのでね。わたしたちが、お相手しよう」

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト……!?」

 

 フェイトは呪文の始動キーを唱え、魔法を使おうとするが、瞬時に判断を切り替えて跳び退(すさ)る。ガンドルフィーニが、拳銃を撃ったのだ。普通であれば拳銃弾程度、曼陀羅の障壁で防御できるはずだ。そう、『はず』であったのだ。だがフェイトは、嫌な『予感』に従ってその銃弾を避けた。

 躱された銃弾は、フェイトの脇腹を(かす)る様な形で通り抜ける。それは、フェイトの曼陀羅障壁にかろうじて引っ掛かった。そしてその銃弾が、フェイトの障壁を()()()。魔力を奪われる異様な感触が、フェイトの背筋を這い上った。

 

「……!?」

 

 その銃弾は、小型ミサイルか何かかと思う様な威力で、フェイトの脇腹に大ダメージを与える。そしてそれはそのまま、大地にめり込み大きなクレーターを穿った。

 ガンドルフィーニは眉を顰める。

 

「しまった……。この銃弾を使う時は、狙いを外してはいけないと言われていたのに」

「魔力を喰らって威力に変換した? 今の銃弾は……。京都で? あの神主姿、いや、あの彼と貴方は、体躯が違い過ぎる」

「……君たち『アーウェルンクス』と戦うには、手段を選んでいられなくてね。この銃弾は、借り物だ」

 

 フェイトはガンドルフィーニの脅威度を、用いている武器から3人中最低に見積もっていた。しかし彼はそれを、3人中最高の脅威だと変更する。

 

(まずい。ここは撤退だ。黒人の彼……と言うよりも、あの銃弾の脅威度からすれば、他の2人は居ないに等しい。なんとか彼の隙をついて、逃走しなければ)

 

 フェイトの孤独な戦いが始まった。




3人の魔法先生は、アルビレオ(クウネル)から連絡を受けた近右衛門の命令で出動してます。ネギたちを模した人形(ゴーレム)も、フェイトが地下のゲートから出現したと言う情報により、目立つように動かしました。

なお、出動したのは実はもう1人いまして、瀬流彦先生が人払いの結界を張ってます。目立たないけど、大事な役目です。目立たないけど。大事な事なので二度(ry

ちなみにフェイトか誰か分からないけれど、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の誰かが地下ゲートから襲って来る可能性は、超鈴音かネギあたりが指摘したと思ってください。ただ麻帆良や火星の面々からすれば、狙いは明日菜だと思い込んでます。ネギが狙われてるとは、思ってませんです。

そしてナギの愚痴から千雨たちが考え付いた策ですが……。おわかりの方も多いと思いますが、拙作の二次小説で使った策の二番煎じです。私ではあれ以上の物はなかなか思いつかないと言いますか、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の作戦を制止()めるには、あれが楽じゃないのかなあと。そして、拙作の他の二次で使っているからと言って使わなかったら、やっぱり不自然かな、とも思いましたし。


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第046話:ネギはちょっと不機嫌

 フェイトの従者である調(シラベ)(ホムラ)(シオリ)(コヨミ)(タマキ)ら5人は、フェイトが麻帆良学園から帰還してくるのをじっと廃都オスティアのゲート前で待っていた。彼女たちは、フェイトが任務に失敗するなどとは欠片も思っていない。それほどに、彼への信頼は厚かった。

 まあだが、フェイトの任務は麻帆良学園に居る『はず』の、ネギ・スプリングフィールドの拉致だ。そしてネギは今現在、麻帆良には居ない。居ない者は、(さら)い様が無いのである。

 だが彼女らはそんな事もつゆ知らず、フェイトの無事の帰還を待ち続けていた。

 

「……? 何、この音は」

「どうしたの、調(シラベ)

 

 その無線機のハム音に似た『音』に気付いたのは、自身も楽器型のアーティファクト『狂気の提琴(フィディクラ・ルナーティカ)』での攻撃をするためであろうか、調(シラベ)だけであった。だが数秒後、『音』は徐々に大きくなり、やがて非常に耳障りな騒音と化す。フェイトの従者たちは、耳を塞いでそれに耐えた。

 と、急にその騒音が消え去る。それと同時に、彼女らの眼前には1辺2mほどの正方形の『(わく)』が出現していた。『(わく)』の内側は、紫色の燐光を発していて向こう側が見えない。そしてその燐光の幕を突き破って、その『(わく)』から次々に人間が飛び出して来た。

 

「皆! 気を付けて!」

「こ、こいつらは……」

「敵!?」

「待って、こいつは!?」

 

 そしてその『(わく)』から最後の1人が飛び出して来ると、『(わく)』は消え去った。その最後の1人に、フェイトの従者たちは見覚えがある。資料で何度か見せられたその姿は、誰あろう『ネギ・スプリングフィールド』であった。

 ネギは苦笑して、(おもむろ)に言葉を紡ぐ。

 

「やれやれ。いきなり転移場所に、敵が待ち構えているとはね。木乃香さんと刹那さんは、長谷川さんと壊斗さんと一緒に、目的を達してください。僕とのどかさん、小太郎君、古菲さん長瀬さんで、この人たちの足止めを……」

「こいつら、『墓守り人の宮殿』に攻め込むつもりね!? させないわ! (コヨミ)(タマキ)!」

「りょりょりょ了解ですっ! 『時の回廊(ホーラリア・ポルティクス)』!」

「『無限抱擁(エンコンパンデンティア・インフィニータ)』!」

 

 時間を操作する(コヨミ)のアーティファクト、『時の回廊(ホーラリア・ポルティクス)』と、無限の広さを持つ結界に相手を封じ込める『無限抱擁(エンコンパンデンティア・インフィニータ)』のコンボが決まった。千雨たちはネギも含め、全員がその内部に封じ込められてしまったのだ。

 結界の中で、小太郎はぼやく。

 

「かー、やられたな。さて、どうやってこっから出るんや?」

「ちょっと待ってろ。今、壊斗が手持ちの分析装置で調べてるから」

「どうです? 壊斗さん」

 

 ネギが壊斗に訊ねる。壊斗は手に持った計器を覗き込みつつ、頷いた。いや本当は、体内のセンサーで周辺時空を探査したのであって、計器は単なるフェイクなのだが。

 そしてちょっと千雨と壊斗は困る。いや、千雨たちがトランスフォーマーとしての姿になれば、この結界空間を破るのは簡単だ。亜空間を展開して、超光速飛行を一瞬だけ行えばそれで済む。だがトランスフォーマーとしての正体をバラすのは、ちょっとどころじゃなく考え物だった。

 壊斗は困り果てた風情で言う。

 

「そうだなあ……。高重力、できればブラックホール級の奴を人工的に創り出せれば、こいつは簡単に破れるな。だがそんな大がかりな機材は……」

「あ、それなら簡単です」

『『え゛!』』

 

 その場の全員の耳に、(コヨミ)(タマキ)の声が聞こえる。どうやら彼女たちも、この結界空間の何処かにいるか、あるいは何らかの手段で監視しているらしい。まあ、結界空間に共に入っている方が、簡単ではあるし術としても難易度は低いだろう。

 

「ん。簡単なら、やってもらうか」

「はい。……『小さく重く黒い洞(スペーライオン・ミクロン・バリュ・メラン)』」

 

 ネギが魔法を無詠唱で、術の名称だけで行使して見せる。ネギの右掌にはその瞬間、凄まじい高重力の黒い球体が発生した。千雨と壊斗が観測したところによると、それを構成する疑似質量こそ大したことは無いものの、無回転のマイクロブラックホールである様だ。ぶっちゃけ千雨たち2人は、そのヤバさが理解できるのでビビる。

 

ガッシャアアアァァァン!!

 

ドギャッ!! ドギャッ!!

 

 そしてガラスが砕ける様な音を立てて、結界空間が砕け散った。次の瞬間、(コヨミ)(タマキ)が凄まじい重力を受けて、足元に出来たクレーターの中に叩き伏せられる。これもネギの無詠唱重圧魔法だった。

 (タマキ)のアーティファクトによる無限結界が破れた事に、残る調(シラベ)(ホムラ)(シオリ)は驚愕して動きが止まる。そこへネギの声が響いた。

 

「動かないで。動いたらそちらの2人の様に、穴の中で這い(つくば)ってもらう」

 

 冷たく、重い声だった。彼はいざと言う時は、魔法の行使を躊躇(ためら)わない。そう確信できる声であった。ネギは更に続ける。

 

「長谷川さん、壊斗さん、木乃香さん、刹那さん。計画通り、お願いします」

「わかりました。でも、色んな意味で『無理』はしないでくださいよ、ネギ先生」

「ではここは頼んだネギ少年。行って来る」

「行ってくるえー」

「では行ってきます」

 

 千雨以下4名が、『目的』を果たすべくその場を立ち去る。(ホムラ)は思わずそれを制止せんと、声を上げた。

 

「待……」

 

ドギャッ!!

 

 そして(ホムラ)は、(コヨミ)(タマキ)と同じく、重圧魔法で叩き伏せられた。意識があるかどうかも怪しい。

 

「動かないでと言ったろう? あっちに行った面々が戻ってくるまで、大人しくしていてもらう。僕は『敵』には女でも容赦しない」

「「!!」」

 

 残る調(シラベ)(シオリ)は、息を飲んだ。だが調(シラベ)は苛立った様に言葉を発する。

 

「たいした英雄の息子ね。『悪』にはなんらの情けも無し、ですか」

「何か勘違いしてるみたいだけどね。僕が容赦しないのは、貴女たちが『悪』だからじゃない。『敵』だからだよ」

「? ……なんでもいいです。ですがわたしたちは、死んでも負けられない。貴方のような、英雄の息子として祝福されて生まれて来た、恵まれた子供などに! 貴方たちの様な、幸せに暮らして来た人たちになど! 絶対に負けられない!」

 

 そして(シオリ)がその言葉と共に、何かしら動きを見せる。そしてネギの重圧魔法が彼女を叩き伏せんとした。だがその瞬間、何かがそこに割って入り、(シオリ)を突き飛ばして入れ替わりに自分が重圧魔法を浴びる。

 

ドギャッ!! パリイイイィィィン!!

 

 これも食器が割れた様な音を立てて、ネギの重圧魔法が破られた。だが抵抗(レジスト)に要する一瞬だけでも重圧は威力を発揮し、その飛び込んで来た人物の周囲にはクレーターが出来ている。しかしその人物は、その一瞬の重圧に耐えた。

 そしてその人物が、何かしら魔力を放つ。

 

パリイイイィィィン!! パリイイイィィィン!! パリイイイィィィン!!

 

 3度ガラス器が砕ける様な音がして、(ホムラ)(コヨミ)(タマキ)にかかっていた重圧魔法が砕けた。調(シラベ)(シオリ)は叫ぶ。

 

「「フェイト様!!」」

 

 そう、それは全身がズタボロ状態だが、それでも一応は無事なフェイト・アーウェルンクスであった。

 

「無事かい?」

「は、はい! フェイト様、その御姿は……」

「ああ、麻帆良学園では罠を張っていてね。なんとか逃げのびて来た。それよりも……」

 

 そしてフェイトはネギに向き直る。

 

「ネギ君、久しぶりだね。京都以来か。小太郎君も、久しぶり。随分と、短い間に強くなったみたいだね。君を仲間に引き入れられなかったのは、失敗だったかな」

「褒めても、なんも出えへんで?」

「やあフェイト。よくあの罠を抜け出して来たね?」

「やっぱり君たちの仕込みだったのか。君は僕が予想していた方向とは、まったく別方向に成長したみたいだね。

 ただ……。単純に魔法使いとしても、進歩どころか、進化と言って良いほどの成長を見せているね。今、なんとか君の術を破ったけれど、ぎりぎりだったよ。あれで本気じゃないんだろう?」

 

 フェイトの問いに、ネギは笑う事で答えとした。そしてフェイトは言葉を続ける。

 

「ネギ君、小太郎君、彼女たちが失礼した。謝罪するよ。彼女たちの無知は、彼女たちに教えておかなかった僕の……。彼女たち従者の面倒を、しっかり見られていなかった、(マスター)としての僕の責だ。怨むなら、僕を怨んで欲しい」

「「ふぇ、フェイト様!?」」

「……うん、わかったよ。僕はいいけど、小太郎君の事だけはきっちり彼女たちに教えておいて」

「いやいやいや、俺よりもネギやろ。フェイト、ネギの事しっかり従者? の奴らに教えといてくれや」

 

 フェイトはネギと小太郎に頷く。そして彼は従者の少女たちに向けて口を開いた。

 

「まず、どっちからが良いかな。小太郎君はさ、幸せな子供なんかじゃないよ。本人は気丈に生きてるけれどね。物心つく前から両親が居なくてね。狗族とのハーフだった事もあって、社会から弾かれたんだ。それで幼少期から傭兵まがいの事をして、生きて来たんだよ」

「「!!」」

「次にネギ君だ。確かに彼は、英雄の息子だ。だけどその英雄ナギ自体、栄光に満ちた人生と言うよりは、けっこう大変だったんだけどね。それでネギ君は、彼も物心つく頃合いには両親とも居なくてね。彼の父親、ナギの事は君らも何があったか知っているだろう?

 それで3歳まではかなり寂しい思いをして育ったはずだ。故郷の村人にも親切にはされたけれど、ちょっと腫れ物を触る様な扱いだったらしいし。その故郷の村も、彼が3歳の頃に彼を狙うメガロメセンブリアの老害たちの派遣した殺し屋、それが召喚した悪魔の群れによって、全員永久石化レベルの石化状態にされた。彼自身殺されかけたけど、奇跡的に助かってね」

「「!!」」

 

 フェイトは淡々と語る。

 

「これで分かる様に、ネギ君は祝福されて生まれてきた『かも知れない』けれど、幸せに生きて来たわけじゃない。戦災孤児だったり色々な君たちと、大差ない不幸を抱えているんだよ。

 あげくにその不幸を彼に負わせたのは、大半が僕ら『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の所業だ。その組織に所属する、僕や君らが言って良い事では無かったんだ」

「「……!!」」

「……まあ、でも僕も小太郎君も、周囲の暖かい力添えのおかげで、それまでのマイナス分をけっこうな割合で取り戻せたけれどね。そちらの彼女たちが、フェイトに助けられて新しいお仲間たちと出会った様に、ね。まあ、その辺は、君らの様子からの想像と言うか予測だけどさ」

 

 ネギは肩を竦めて語る。そして彼は、フェイトに向かい合う。ネギの後方からは、千雨たちが戻って来たのが見えた。

 

「ネギ先生、終わりました。撤収しますよ」

「はい、長谷川さん。フェイト、今日は僕らは去るよ」

「そうか。今回は僕らの負けだ。見事だったよ。ただ、君らはこれで魔法世界(ムンドゥス・マギクス)人12億の処刑執行書類にサインをした様な物だと言う事を、分かっているのかな?」

 

 フェイトの言葉に、調(シラベ)(シオリ)が色めき立つ。

 

「フェイト様! 我々の敗北とは……」

「ここであのネギ・スプリングフィールドを確保してしまえば……」

「え? 『黄昏の姫巫女』だけじゃなしに、僕にも何かあるの?」

 

 ネギの疑問には答えず、フェイトは続けた。

 

調(シラベ)(シオリ)。駄目なんだよ。僕が麻帆良からゲートを使って転移した直後、ゲートの要石が破壊されたのを目撃した。そうだよね、僕らにゲート破壊ができるなら、ネギ君たちに出来ないわけが無い。

 もうすぐここのゲート自体が、世界間扉を繋ぎとめていた魔力が暴走して、吹っ飛ぶ。そうなれば、ここ廃都オスティアの魔力溜まりはあっという間に雲散霧消する。……魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を完全なる世界へ『書き換え(リライト)』する儀式なんて、出来ないよ」

「「ええっ!?」」

「ネギ君。僕らの儀式が出来なければ、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の滅びは避けられない。君が知っていたか、知らずして邪魔をしたのかは知らないけれど……」

 

 ここでネギは、フェイトの言葉を遮って言い放つ。

 

「ああ、その件なら僕らも別計画を……って言うか、僕が主導してるわけじゃなく、そちらの壊斗さんの計画に協力してる立場なんだ。簡単に言えば、火星に魔力を注ぎ足そうって話なんだ」

「え」

「もう時間が無いからね。僕らは行くよ。ただ……。少なくとも僕は、君らの計画に否定的だから邪魔をさせてもらったのは覚えておいて欲しい。眠らせて都合のいい夢を見せるだけってのも、いい気持ちはしないけどさ。

 ……僕の村に、悪魔の大群を送り込んで来たメガロメセンブリアの元老院とか、そう言った僕の『敵』連中まで、楽しい夢を見つつ、のん気に幸せに寝こける未来だなんて、赦せない」

 

 そのドロリとした物を含んだ言葉に、フェイトの従者で未だ意識がある調(シラベ)(シオリ)は、目を見開いた。そして苦笑を隠さない千雨と壊斗が、手荷物にしていたゲート発生器を稼働させる。再度煩いハム音が響き、虚空に1辺2mほどの正方形の『(わく)』が出現した。

 ネギたちは急ぎその中へと姿を消す。そして転移ゲートは再度消滅した。フェイトも、気絶している(ホムラ)を担ぐ。調(シラベ)(シオリ)もまた、(コヨミ)(タマキ)を担ぎ上げた。そして彼らは急ぎその場を逃げ出す。

 僅かな時間の後、廃都オスティアのゲートポートは、完膚なきまでに吹き飛んで消えたのである。




こんな感じで、廃都オスティアのゲートは完全破壊されました。そんなわけで、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の計画は風前の灯火です。

でも、裏事情色々アルビレオ(クウネル)から知らされたネギ君だったら、メガロメセンブリアの元老院連中に対し怒りますよねえ。あと本来であれば、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』連中にも。でも『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は親玉が消滅してますし、残りは従犯ですから。まあ従犯でも『敵』認定外すほど甘いネギ君じゃないですけどね。生徒の一員だったら、話はまた変わって来るんですが、生徒じゃないですし。

ちなみにネギ君、今回アルビレオ(クウネル)直伝魔法をずんどこ使ってます。アルビレオ(クウネル)が、どれだけ無茶な修行を課したか、ちょっと想像が付きそうな活躍ぶりですね……。いや、想像付かないか、やっぱり(笑)。


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第047話:無謀な交渉

 この日、千雨と壊斗は火星から麻帆良に戻って来ていた。理由は、学園長である近右衛門から、ある『頼み』を受けたためである。2人は、学園長室へと向かう。

 

「しかし驚いたなあ。『奴』が、こんな直截的な行動に出るたあ」

「それだけこちらが、『相手』を追い詰めたとも見れる」

「『奴』はどうやって現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)に?」

「壊れかけのゲートで、無理矢理に来たらしい」

 

 彼等は学園長室の扉をノックした。中から声が響く。

 

『入ってくれたまえい』

 

 そして扉を開けて、2人が見た物は……。執務机に着かずに部屋の中央付近に立っている近右衛門、そしてそれを護る様に立つガンドルフィーニ、いつでも支援ができる立ち位置にいる瀬流彦の3人の魔法先生たち。

 だがそれよりも衝撃的なのは、彼等と向き合って立っている、部外者2名の姿である。その部外者とは、なんとテロ組織『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の構成員、実働部隊であるフェイト・アーウェルンクスとその従者の1人である(シオリ)であった。ちなみに(シオリ)は、千雨たちのセンサー情報によれば、何がしかの人形の身体に入って来ている模様だ。

 近右衛門が千雨と壊斗に向けて言う。

 

「よく来てくれたのう」

「なんでこんな事になったのかね?」

「壊斗殿、実はの……」

「いや、それは僕から話そう」

 

 フェイトが近右衛門を遮って言う。ちょっとガンドルフィーニが嫌な顔をしたが、近右衛門に目配せされて引き下がる。フェイトは言葉を続けた。

 

「僕は軍使だと思ってくれればいい。我々『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の計画(プラン)は、瓦解一歩手前だ。それ故に上層部……と言うか僕の上役は、なりふり構わなくなっていてね。まあ、常軌を逸しているとは思うんだけど。

 今まで散々敵対してきた麻帆良や、アルビレオ・イマなど『紅き翼』の面々と対話し、可能であれば協力態勢を構築、それが不可能でも……。無理だとは思うけどね。不可能でも、不干渉の中立を確保したいと言う話でね。最終的に神楽坂明日菜嬢(たそがれのひめみこ)を必要とする以上、絶対に無理だろうと何度も進言したんだけど。」

「随分と虫のいい話だな、としか思えないんだが。まあ、アンタも無理だとは思っている様だけどよ」

「確か長谷川、だったかい? 壊斗氏の右腕。仕方ないんだよ、命令だからね」

 

 フェイトはとりあえず、肩を竦めて言う。

 

「まずは上役から仰せつかった交渉を、やってしまいたい。ダメ元でね。上手く継続できるかは不明だが、僕らの計画(プラン)について説明したい」

「「「「「……」」」」」

 

 そしてフェイトは、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の計画について語る。それはアルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)の口から語られた事と、寸分の違いも無い。

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)全てを『書き換え(リライト)』する事により、その住人全てを永遠の園たる完全なる世界へと送り、そこで個々人にとって計算され尽した『完全なる幸せの夢』を見せつつ、一切の生命活動を行わない眠りにつかせる。

 一切の生命活動が行われないため、太陽から火星に降り注ぐ魔力で充分に、完全なる世界は維持できる。更には完全なる世界では苦痛も無く、何よりも弱き者達が理不尽と不公正、不正義によって、ささやかな幸せを奪われる事も無いのだ。

 

「……そんなもの、例えて言えば麻薬に逃げている様な物じゃないか! それが真の救いになり得るものか!」

 

 ガンドルフィーニは激昂する。そこに今まで黙って見ていた(シオリ)が、初めて口を開いた。

 

「ならば貴方は、奪われた事があるんですか?」

「なっ……」

「世界には、どうしようもない悲劇が何処にでも転がっています。貴方がたは、良き魔法使いと称してそれに対し救済の手を伸ばしている『つもり』でしょう。ですが、救い切れていますか? 無理でしょう?

 『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の完全なる世界は、それに対する唯一の答えでは無いんでしょうか? 少なくとも、奪われた事の無い、失った事の無い、不幸であった事の無い人に、言われたくは無いです」

「なら、不幸だった……不幸を乗り越えた奴の意見なら、いいんだな?」

「!?」

 

 割って入った千雨の言葉に、(シオリ)は目を見開く。千雨は壊斗に視線を遣る。

 

「詳しい事はプライバシーだ。だから言わねえが、壊斗は尋常じゃない不幸や苦しみを乗り越えて、今ここに居る。つまり壊斗の言う事なら、いいんだろ?」

「ハセガワも、あまり他人(ヒト)の事は言えんだろうに」

「よせやい。不幸自慢したって何にもならねえよ」

 

 そして壊斗は言い放つ。

 

「はっきり言おう。完全なる世界とか言う計画(プラン)では、生産性が全く無く、未来への展望が無い。完全なる世界は、未来が閉じているんだ。『そこに封じられた生命(いのち)』は、『生きていない』。それはある意味、滅びでしか無いな。

 地獄を見て来た者として言おう。悲劇、理不尽、不公平、不公正……。それらを駆逐する事は確かに不可能に等しい。だが、血を吐きながら続ける哀しいマラソンを走り続け、何時か手が届くと信じて手を伸ばし続けるしか無いんだ」

「……! それは、余りに(むご)い言葉、です。『奪われた』わたしたち、に、は……」

「同じく『奪われた』ネギ少年も……。『お前たち(コズモ・エンテレケイア)』に『奪われた』ネギ少年も、俺と同じ事を言っているぞ」

「!!」

 

 崩れ落ちかける(シオリ)を、フェイトが支えた。彼は抑揚に乏しい声で言う。

 

「倒れたら、駄目だ。君はここに来た者の責任として、最後まで耐えて、立ち続けなければならない。厳しいかも知れないけれど……」

「い、いえ。フェイト様、申し訳ありません」

「うん、頑張って」

 

 そしてフェイトは瞑目する。やがて眼を開いた彼は、言葉を発した。

 

「さて……。それじゃあ『完全なる世界(われわれ)』からの譲歩の条件を言っても無駄そうだね。まあ、上役からの命令だから言って置くけど。

 とりあえずは、関東魔法協会と『紅き翼』の面々には、金銭的な物で申し訳ないが、受けた損害に比例して賠償金を支払う準備がある。特にネギ君は、交戦こそしたものの、巻き込まれただけに等しいからね。かなり莫大な額を計上しているよ。まあ、これは枕だけれど」

「……続きを言うてくれい」

「更に『紅き翼』の面々に対しては、『ナギ・スプリングフィールド氏』の『造物主(あるじ)』からの解放も視野に入れている。具体的には、(あるじ)には一時仮死状態になっていただき、ナギ氏の肉体から離れていただく。そして用意した別の肉体に移っていただこうかと……」

 

 近右衛門は唖然とする。他一同も、似た様な物だ。

 

「いや、その別の肉体って、どうやって手に入れるんじゃい。誰かの肉体を奪うのであらば、それこそ不正義、理不尽じゃぞ」

「クローン培養とかで、理想的な物を。まあ、可能になったのは近年の事だけど」

「むむ、そう来たかね。じゃが、それは不可能と言うよりも無意味じゃな」

「どういう意味だい? 近衛学園長」

「いや、の。電話回線を通じてこの部屋の様子は、アル……アルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)のところにも繋がっておるんじゃよ。奴の意見も聞きたかったものでの。でもって、今スピーカーモードにするわい」

 

 そして近右衛門は、卓上の電話機をスピーカーモードにする。と、そこから突如、ガキ臭さの残った様な声が響いて来る。

 

『よう、『(テルティウム)』……いや、『フェイト』だったな?』

「その声は……!!」

『そう言うこった。俺、今更ながらに大・復・活!! ま、何もできちゃいないんだが。身体もまだボロボロだし』

 

 フェイトは、壊斗に目を遣る。壊斗は頷いた。一見無表情のまま、フェイトはしかし愕然とした様子を隠せずに言葉を吐き出した。

 

「つまり、既にナギ・スプリングフィールドは(ライフメーカー)から解放されていた、のか。(あるじ)は?」

『おう! 大変だったらしいが、何とか勝利して『造物主(ライフメーカー)』を消滅させたって聞いてるぞ』

「そうか……」

 

 瞑目したフェイトは、しかし瞳を再度開く。

 

「これは、難しい事態だね……。デュナミスにどう報告したものか……」

「上役の名前、出してしまっても良いのかの?」

「今更だよ。ナギはデュナミスと面識があるし、デュナミスが生き残っている事は知っている」

 

 そして近右衛門は、断を下す。

 

「やはりお主らの申し出は受け入れられぬ。お主らの計画(プラン)は本当の救いとは、わしらには思えぬ。それが1点。そしてどちらにせよ、お主らの計画(プラン)は既に実現性が薄い事。そして無理に実現しようとするならば、わしらの身内でもある『黄昏の姫巫女』に犠牲を強いる事。これが2点目と3点目。

 そしてそれらが無くともじゃ。お主らの申し出は、致命的に遅すぎる。もっと最初から、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)崩壊の危機という事情を説明して協力を求め募る道は無かったのかの?敵対してしまってからでは、互いに多大なる被害を出してからでは、遅すぎるのじゃて」

「その通りで、返す言葉も無いよ。わかった、この交渉は決裂したとデュナミスには伝える」

 

 あまり残念そうには見えないフェイトに向かい、千雨は直球で問いかけた。

 

「あまり残念そうには見えねえな。あんたは……。あんた自身は、今後の方針をどうするつもりなんだ?」

「……できるなら。できるなら、君たちが実行中だと言う、『火星に魔力を注ぎ足す』計画(プラン)だけど。許せる範囲で詳細を教えて欲しい。その実現性と、進捗度合いを。その結果次第では……」

「……結果次第では?」

 

 厳しい目で見遣る千雨を始め、その場の一同の顔をぐるりと見まわしたフェイトは、一見無表情の中に確たる何かを秘めた声で、言い放つ。

 

「僕ら一党は『完全なる世界(そしき)』を離反し、君たちに投降する」

「「「「「!!」」」」」

「僕の従者たちは、ここに居る(シオリ)以外にも全員が、人形の身体に入って壊れかけのゲートでこちらに来ている。僕自身は再度魔法世界(むこう)に報告しに戻らなければならないけれど。壊れかけのゲートでは、それが最後の転移になるだろうね。

 従者の彼女たちは、そのまま投降者として君らに預ける事になる。僕は僕で、おそらく向こうの世界で(おおやけ)からも『完全なる世界(そしき)』からも身を隠さねばならないだろう。けれどこれ以上、見込みの無くなった、そして正当性も否定された計画(プラン)に、彼女たちを付き合わせるわけには行かない。僕は、彼女たちに責任がある」

「フェイト様……」

 

 フェイトの虚ろな、しかしそれでも真摯な物を感じさせる瞳が、一同を見渡す。ガンドルフィーニと瀬流彦は、思わずその瞳に飲まれる。近右衛門は、フェイトを見定めんと鋭い眼光で見遣った。そして千雨と壊斗は、フェイトの固く、堅く、硬い心に、物悲しさを感じていた。




裏にいるデュナミスは、もういっぱいいっぱいの状況です。戦力は足りない。廃都オスティアのゲートは吹っ飛んで、魔力溜まりは急速に雲散霧消中。儀式を発動する手段、なし。(ライフメーカー)の復活可能性、絶望的(ほんとはそれどころか、不可能なんですが)。
あげくに数少ない戦力の『(フェイト)』は、従者たちのために、こっそり裏切りを画策してます。

月詠さん? 今魔法世界(ムンドゥス・マギクス)ですよ? フェイトは彼女にも誘いをかけるか考えました。考えた結果はまあ、そういう事ですね。元から制御不能なところありましたし。


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第048話:魔法世界にも基地を

 結局フェイトは、人形の身体に入った従者たちを投降者として麻帆良学園に預け、単身で不安定な壊れかけのゲートで、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)へと帰って行った。従者たちは必死に、フェイト1人では危険だと付いて行きたがったが、フェイトがそれを許さなかったのである。

 そして千雨たちは火星に戻り、新たに第2火星基地であるマースベースβの建設を開始した。これはジャック・ラカンが確保した魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の離島と、常設的にゲートを繋げるための基地である。

 マースベースβは、あちら側(ムンドゥス・マギクス)のその島と対になっている、現実の火星側の山の内部をくり抜く様に建設される予定だ。まあ、まだ簡易基地モジュールを置いただけの状態なのだが。だが一応、小規模なゲートは設置されている。

 小規模なゲートであっても設置を急いだ理由は、向こうの世界(ムンドゥス・マギクス)からフェイトを回収して匿う目的がある。千雨と壊斗からすれば、フェイトは今まで敵対していた相手であり、本来ならそこまでするのもなあ、と言う気持ちである。そう、『本来なら』であった。

 

「さて、(フェイト)が持っている証拠物件を手に入れたらどうするんだ?」

「現在魔法世界(ムンドゥス・マギクス)側にも物資を送り込んで、そこであっち側にも基地を建設しているからな。基本的にはそこに運び込む。本当なら、現実の火星に持って来れればいいんだが……」

「うっかりこっちに持って来ちまうと、魔力に化けて霧消しちまうからなあ。あっちの物品類は」

 

 千雨と壊斗が言っているのは、メガロメセンブリアやヘラス帝国その他の国々における権力者たちの、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』との癒着を証明する証拠物件である。特にメガロメセンブリアの元老院などは、デュナミスに(そそのか)されてネギの村を襲わせた裏事情まで、はっきり残っているらしい。

 更に言えば、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』とは関わりの無い多数の醜聞の証拠類も、各国の議員、貴族、その他の権力者たちとの交渉のために集められていた模様だ。それらもフェイトはこちらに提供すると言う。

 フェイトが、投降するのであればわざわざ帰る必要も無いのに、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)へ壊れかけのゲートを使うと言う危険を冒してまで帰ったのは、その証拠物件のためでもあった。彼はなんとしても、自分の従者たちに関しては、なんとか生命(いのち)や生活の保証を取り付けようとしていたのである。彼自身の事はまったく度外視して。

 

あいつ(フェイト)ら、頭固いんじゃねえの? その証拠とか上手く使えば、不正義とか不公平とか不公正とか、幾ばくかなりとも減らせたんじゃね?」

「まあ、奴ら(コズモ・エンテレケイア)は完全なる世界をもたらす事で、全てチャラにするつもりだった様だしな。その組織の中で働いてたんだ。(フェイト)自身、思考能力が制限されて硬直しても、仕方あるまい。せめて奴が、虐殺の被害者とか救って歩いてた事だけでも評価してやろう。

 それに、フェイトが隠匿した証拠類が全て手に入れば、ネギ君の報復とかもやり易くなる。フェイトを庇うわけじゃないが、あまり完璧を求めるのもな。だから無事に、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の官憲や、デュナミスとやらから逃れて欲しいと思うね。フェイトじゃ無く、その従者のためでもなく、ネギ少年のためにな」

「うん……。そうだな。だけど麻帆良の連中の極端な善良さ、なんとかならないかね。一歩間違えれば、身を滅ぼしかねない甘さにならねえか? フェイトが証拠類の話を持ち出す前に、受け入れ決めただろ」

「だが、あの甘さ、あの善良さあっての彼等だからなあ……」

 

 千雨たちは、色々と思い悩みながら作業ロボットたちを指揮して第2火星基地(マースベースβ)の建設を急いだ。もう少し居住設備などが整ったら、第1火星基地(マースベースα)から人員を呼び寄せて一気に工事を進める予定であった。

 

 

 

 目の前でガハハと豪快に笑うジャック・ラカン(きんにくバカ)に、千雨は頭痛を覚えていた。

 

「しっかし、お互い本気(マジ)じゃなかったとは言えよ。俺と互角にやり合うたあ、大したもんだぜ。なあ壊斗の旦那よ」

「わざわざ旦那を付けなくてもいいんだぞ?」

「いや、一応雇い主だからな」

「その雇い主が強そうだったからって、腕試しに殴りかかるのはどうなんだ、オッサン……。壊斗も付き合う事ぁ無いだろに」

「いや、ハセガワ。TPOって物があるからな。相手の(たち)によって対応を変えるのは、変な事じゃないさ。

 それになあ……。デストロンとか、一部サイバトロンでも、力の信奉者ってのは多くてなあ……。そう言う奴らは、こっちが強ければ一目置くが、力を見せる事を断ったりすると、舐められたり侮られたりでなあ……」

 

 遠い目になる壊斗であった。千雨は『色々あったんだろうなあ』と、これ以上のツッコミを()める。ガハハと笑うラカンが、ちょいウザかった。

 そう、千雨と壊斗は本日、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に来ていたのだ。ジャック・ラカンと愉快な仲間たちが確保した土地に、基地を建設するためである。とりあえず千雨たちは、作業ロボットに命じてラカンたちのキャンプに隣接した場所に、基地モジュールを置いた。

 

「ほおう、あっと言う間だな。キャンプは畳んだ方、いいか? っつうか、この基地に寝泊まりしていいんだろ?」

「ああ、それで構わねえよ。ただ、できれば中枢部分には立ち入り禁止にしてくれねえか、オッサンの名前で。あそこにゃ、下手に触るとマズいもんも多くあるからな」

「自爆装置とかか?」

「あるぞ?」

「あんのか……」

 

 くわばらくわばらと肩を竦めるラカンに、『オッサンは他人(ヒト)の事言えるほど常識人なのか』とツッコミ入れたい千雨であった。というか、しれっと自爆装置が隣にある生活に順応している時点で、自分もけっこう線の向こう側に逝ってしまっている事に、彼女は気付いていない。人とは、慣れる生き物なのだ。いや人間じゃないけど。トランスフォーマーだけど。

 

 

 

 今、サウザンドレイン(ちさめ)サイコブラスト(かいと)は宇宙戦闘機モードで、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の大空を飛翔していた。それはもう、大気圏内で出せる限界の速度で。つまりサイコブラストが出せる、マッハ5の速度で飛んでいたのである。

 ちなみにサウザンドレインはもう一寸速く、マッハ5.2まで出せるが。だがそれだとサイコブラストを置いていく事になるので、2人ともマッハ5で飛んでいた。

 

『間に合うかな、いや何とか間に合わせねえと』

『フェイトはどうでもいい……わけでもないが、さして本人の重要度は高く無いからな。何にせよフェイトもだが、奴が隠している証拠物件は今後の事もあり、何としてでも手に入れないといかん』

 

 そう、彼らがカッ飛んでいる理由は、彼らが魔法世界(ムンドゥス・マギクス)中にばら撒いた偵察ドロイドの1体が、アーウェルンクスシリーズ1体及び月詠と交戦しているフェイトを発見したからである。なんとか持ちこたえているフェイトだったが、流石に斬魔剣・弐の太刀を使う月詠と、炎を操るアーウェルンクスの新顔の2人相手では分が悪そうだった。

 

『とりあえず、斬魔剣・弐の太刀は偵察ドロイドのカメラやセンサーで徹底的に解析した』

『桜咲の奴に、いい土産になるな。っと、ヤベえ。フェイトの奴が右腕を月詠に斬られた』

『降下するぞ! 降下ーッ!!』

 

 サイコブラストが降下を開始し、サウザンドレインもそれに続く。彼等は敵2人にビームを撃ちながら、地表すれすれでロボットモードに変形(トランスフォーム)、地上に降り立った。

 

『無事じゃなさそうだが、生きてるか?』

「……君たちは」

「な、なんだこの鉄人形は!?」

「あーっ!? あのときウチにミサイル撃ってきた巨大ロボどすな!? 今度は負けまへんえ! ミサイルも、信管を切り落とせばいいって、機動○士ガ○ダム観て勉強しましたんや!

 そう、神鳴流に飛び道具は効かしまへんのんや!」

 

 そう騒ぐ月詠に、サウザンドレイン(ちさめ)は右手の多機能ライフルを単射で撃つ。月詠はその人間からすれば砲弾とも言える弾丸を、なんとか刀で斬った。左右に分かれた弾体は、月詠の左右を通り越して消える。

 

「ど、どうですのん!? そないな大砲かて……。あ、れ……?」

『いや、弾頭に催眠ガス仕込んだガス弾だから。殺し用の毒ガスでなかっただけ感謝してくれ』

「そ、そんなあ……」

 

 月詠はその場に倒れ伏す。やはり神鳴流に、飛び道具は効くのであった。

 

『さて、これで戦力差は逆転したわけだが。どうするね?』

「く、貴様らごときが味方したところで! ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト! 契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネート・モイ・ホ)炎の覇王(テユラネ・フロゴス)……」

『……』

 

 サイコブラスト(かいと)はとりあえず、これも多機能ライフルで狙いを付けて、撃つ。アーウェルンクスシリーズの新顔は、戦闘経験の不足が(あだ)になったのか、曼陀羅の障壁でその銃撃を受けた。そしてアーウェルンクスは、下半身を吹き飛ばされる。今のは例の魔力を喰らう弾丸ではなかったが、それでも曼陀羅障壁でさえ受けきれる威力では無かった模様だ。

 

「ぐ、はぁっ……。く、お、おのれ! 覚えておれよ!」

 

 そしてアーウェルンクスの残った上半身は、炎に巻かれたかと思うと姿を消す。炎を媒介にした、転移魔法だった。サイコブラストは、フェイトに声をかけた。

 

『今のうちに斬られた腕を拾え。とりあえず安全なところまで、乗せていってやる』

「助かるよ。もしかしたら、だけど。そのロボットは無線による遠隔操縦かい? それとも、そのロボットに精神を転移させて乗り移ってる? 何にせよ、凄い技術だね。

 身ごなしで分かったけど、たぶん君は壊斗氏と、こっちは確信は無いが長谷川さんだろう? 黙っていようかとも思ったけど、気付いた以上は気付いた事を言っておいた方が、いいかとも思ってね」

 

 その言葉に、サウザンドレイン(ちさめ)サイコブラスト(かいと)は顔を見合わせる。そして彼らは言った。

 

『『何の事かな?』』

「了解。誰にも言わない。僕もこの場で忘れた事にするよ」

『『……』まあ、操縦席に乗せてやるから、下手に触るなよ?』

「わかった。お願いするよ」

 

 そして彼らはフェイトを乗せて、飛び立った。後にはぐーすか眠り込んだ、月詠さんが残されたのである。

 

 

 

 かくしてフェイトは、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)基地のある島の浜辺に降ろされ、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)基地に自力で到着した風を装う。彼はそこで治療を受けた後、現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)の火星へと移動し、しばらくはそこで(かくま)われる事になった。

 フェイトが魔法世界(ムンドゥス・マギクス)のあちらこちらに隠匿した証拠物件は、今後徐々に集めて回る事になった。だがフェイトが持ち歩いていた書面だけでも、メガロメセンブリアの元老院を叩く材料には充分なりそうである。

 千雨と壊斗は、ラカンやその右腕として働いていたカゲタロウ氏、それに肝心かなめのネギに意見を聞き、ネギの報復としてメガロメセンブリアの指導者層を追い詰める方策を考える事にしたのである。




フェイト救出です。でもって『(クゥァルトゥム)』君。彼はデュナミスが無理に無理を重ねて目覚めさせました。それも酷い無理を重ねて。原作ではグランドマスターキーだったかな? とかの能力があったから、『(クゥァルトゥム)』『(クゥイントゥム)』『(セクストゥム)』を目覚めさせるのが間に合った的な事言ってた覚えが。
でもって、『(クゥァルトゥム)』を戦列に追加して、これでどうにか……と思っていたところで『造物主(ライフメーカー)』成仏のお知らせ。しかも『(テルティウム)』の戦線離脱。しかも今回いきなり『(クゥァルトゥム)』は半身不随。デュナミス踏んだり蹴ったり。
これから先、どう動くにせよ、デュナミスの未来は暗いですね。と言うか、どうにもこうにも動きようも無い。おそらくは『造物主(ライフメーカー)』の遺した計画(プラン)に拘泥して、どこかのゲートの復旧を狙うのでしょうが……。ああ、ちなみに主人公(ちうたん)たちのゲートは、原理がまったく違うので使えません。

そして、ゆっくりお休みください月詠さん。


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第049話:暗闘の準備

 新オスティア総督にして、メガロメセンブリア元老院議員であるクルト・ゲーデルは、自身の執務室で考えに耽っていた。つい先日に、廃都オスティア最奥部に発生した巨大な……強大な魔力溜まりは、かつて20年前に行われかけた、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』による魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を滅ぼす儀式の一環であった可能性が高い。

 だがメガロメセンブリアやヘラス帝国その他の国々が艦隊を編成している最中に、魔力溜まりは急速にその規模を縮小、消滅した。後日行われた調査では、魔力溜まりの中心であった廃棄ゲートが粉砕され消滅している事が確認される。

 考えられる事は2つ。1つは『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』が何かしらミスった事で、ゲートが吹き飛んだ。それによって、2世界間の魔力圧の差で廃都オスティアに流れ込んでいた魔力が雲散霧消したと言う物。

 

「だが、それよりも考えられるのは……」

 

 もう1つ考えられるのは、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の敵対者が廃都オスティアのゲートを破壊した場合だ。こちらの方が、ずっと可能性がある。一度魔力溜まりが完成してしまえば、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』にはゲートその物に手を出す理由が無い。下手に手を出して、万一壊してしまうわけには行かないからだ。

 

「だが……。誰が?」

 

 一瞬頭に浮かんだのは、彼の剣の師匠でもある近衛詠春もメンバーの1人である、『紅き翼』だ。しかし『紅き翼』はメンバーが散り散りになり、リーダーのナギ・スプリングフィールドは表向き死亡、その実は……。

 

「それに、生き残って活動しているタカミチすらも、旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)に居るはずだ。いや、まさか麻帆良のゲートポートから廃都オスティアのゲートポートに転移して、オスティア側のゲートを破壊、即座に壊れかけのゲートで離脱した?

 だが、タカミチに確認を取ろうにも旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)とのゲートは全て破壊されている。再建を急いではいるが、早くて数ヶ月、下手をすれば年単位……」

「ああ、あれは僕じゃないよ。僕も手伝おうかって言ったんだけどね。それより明日菜君を護衛と言う名の見張りしてろってさ」

「!? 誰だ!!」

 

 突然の曲者の台詞に、クルトは手元に刀が無い事に歯噛みをする。そしてカーテンの陰から姿を現したのは、やはりと言うか何と言うか、高畑であった。

 

「タカミチ……!!」

「久しぶりだな、クルト」

「……全てのゲートが破壊されている今、どうやって魔法世界(こちら)に? ……いや、それよりも。いくらタカミチでも、不法侵入は許すわけにはいかんぞ?」

「それは怖い。早々に立ち去るとしよう。……渡す物を渡してからな」

 

 そして高畑は、クルトに書類ケースを放り投げる。クルトは黙ってそれを掴み取った。

 

「それは写しだから、証拠能力は低い。と言うよりほとんど無いに等しいくらい希薄だ。だがね……。必要とあらばその原本を、お前に渡す用意がある」

「……何の話だ?」

「それを見て、確認してくれてからだな。全てはそれからだ」

「ま、待……。気の早いやつだ」

 

 高畑の姿は、既にその場には無かった。魔力や『気』の気配が無かったため、転移の類だと思わなかったクルト・ゲーデルだが、実は科学の力による空間転移だとは想像できなかったらしい。

 彼は心の中で呟く。

 

(……しかし、タカミチの話が本当だとすれば。廃都オスティアのゲートを破壊し、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の野望を防いだのはタカミチの手の者、か。このケースは……。

 !?)

 

 書類ケースを開けたクルトは、目を見張った。

 

 

 

 ほぼ時を同じくして、ヘラス帝国第三皇女テオドラの元にも、予期せぬ客人が現れていた。

 

「よお、久しぶりだな。じゃじゃ馬第三皇女」

「!! じゃ、ジャック!! ひさしぶりじゃな、この筋肉ダルマ!!」

「おいおい、会って2秒で飛び付いて来るかよ。しかも肩車で。お前、もう三十路だろが」

「む! ヘラスの(やから)は長命だから、三十代の女は人間(ヒューマン)換算でまだ十代じゃぞ! ミソジゆーな! おまえもそうじゃろ!」

「十代いいい~? 十代って言うよりは10歳未満の所業だろ、こう飛び付いて来る……っとっとっと。それは置いといてだ」

 

 突然真顔になったラカンに、テオドラはきょとんとする。ラカンは構わずに左手に持った書類ケースを差し出す。テオドラはラカンの首っ玉に抱き着いたまま、それを受け取った。

 

「なんじゃこれは?」

「折角の再会に無粋だとは思うけどよ、わりいな。とりあえずソレ見てくれや。急がねえと、誰か人が来るとヤバい」

「そう言えば、ここは(わらわ)の私室であったの。どうやってお主が騒ぎのひとつも起こさず、入ってこれたんじゃ?」

「なんとなくだ!」

「そうか……」

 

 とりあえず、テオドラは書類ケースを開いて中身を確認する。最初はしれっとした風でそれを見ていたが、徐々に眉がつり上がり、怒りの表情になった。

 

「ジャック、これは本当の事か?」

「たぶんな。それは原本の写しだそうだから、たいして証拠能力はねえらしいが。お前がソレを上手く使えるってんなら原本や、それ以外のイロイロな情報も証拠品付きで進呈するってよ」

「む? お主だれかの考えで動いておるのか?」

「おう。誠実で実直な雇い主って、絶滅危惧種だ。オマケに双方本気じゃないって言っても、俺と真っ向から遣り合える相手よ」

「な!?」

 

 ラカンはテオドラを、そっと自分の肩上から床に降ろす。そしてニヤリと笑って言った。

 

「そろそろ時間だ。その書類の中に、日時と場所が書いてあるからよ。帝国を大掃除する気があんなら、来い」

「ちょ、ジャック!」

「んじゃ、またな」

 

 そしてラカンの姿が、ほのかな燐光に包まれて消えた。しかし魔力の気配や『気』の気配は全くない。転移魔法の類でない事は、確かであった。テオドラ皇女は、呆然状態である。

 しかしこれが夢や幻でない証拠に、彼女の手には書類ケースとそれから出した書類束が、しっかりと握られていた。

 

 

 

 不躾な来訪者から渡された書類を食い入るように見つめながら、アリアドネー魔法騎士団候補学校総長セラスは、歯ぎしりを堪えるのに必死であった。

 

「これが本当なら……。アリアドネー内で起こった不審な事件や事故、決算報告での使途不明金の多くに説明がつく。ついてしまうわ……」

「わたしたちは、セラス総長のお人柄を見込み、その情報を提供させていただきました。それは原本の複写ですので、証拠能力は低いです。ですが信じていただけるのであらば……。

 原本他の証拠品を……。お譲りいたします」

「貴女、チサメ・ハセガワだったかしら? いえ、旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)で言う東洋系の様ですし、ハセガワ・チサメが正しい様ですね」

「はい」

 

 セラスは厳しい目で千雨を睨む。

 

「貴女の目的は、何かしら?」

「信じていただけるか分かりませんが、『ある知り合い(ネギ・スプリングフィールド)』への同情心とか、そう言った物が最初でしたね。そのうちにソレが連鎖的に広がりまして……。そのうちに、ここで手を引いたら後味が悪いって状況に……。

 だーーーっ!! よく考えると、なんでわたしがこんな、しちメンドクサイ事しなきゃならねーんだ! 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)をどうにか助けるだけでも、椀飯振舞だぞ! ったく!!」

「!?」

「あ、いえ。失礼しました。取り乱しました。気にしないでください」

 

 セラスは目を丸くしていた。しかし溜息を吐いて、同情的な視線で千雨を見遣る。

 

「いえ、気にしないでって言われてもね。これでも生徒たちを預かっている身だし。貴女のあの様子(かんしゃく)は、他人事にも思えないわね。でも、お陰で嘘じゃなさそうだってのは理解したわ」

「すいません。ほんとに失礼いたしまして……。とりあえず今日のところは、これで失礼いたします」

「そう。お構いもしないで御免なさいね」

「いえ、では」

 

 そして千雨は、燐光に包まれたかと思うと姿を消す。そして爆音が響いた。セラスは急ぎ窓際に寄ると、窓を開けて夜の空を見上げた。

 そこには西の空へ向かい、機体の後部から炎を噴いて飛ぶ、2つの見慣れないタイプの飛空船があった。その飛空船は、通常の飛空船とは格が違う推力で猛加速し、あっと言う間に視界から姿を消した。

 セラスは窓を閉じ、そして千雨が持って来た書類を再度じっくりと読む。そして彼女は溜息を吐いた。

 

「……まだ子供だったわね。あんな子供の背に重い荷物を背負わせて、冗談じゃないわ。せめて見込まれて頼まれた事ぐらいは……!!」

 

 セラスは拳を握りしめた。

 

 

 

 メガロメセンブリア元老院議員にして主席外交官、ジャン=リュック・リカードは、表面は平静を保っていたが、内心で激怒していた。今しがたカーテンの陰に消えた車椅子の男、ナギ・スプリングフィールドとその車椅子を押す幼い少女がもたらした書類の内容に、彼は本気で激怒していたのだ。

 

(冗談じゃねえ……。俺も元老院議員だが、本気で嫌になってきたぜ。こんなのは、ナギたちに対する攻撃とかだけじゃねえ。メガロの国民……全国民に対する、裏切りだろうがよ。

 これを何とかするには……。ちくしょう、殴ったり艦砲で撃ったりで済むんなら、話は簡単なんだが。ちくしょう、俺ぁ政治屋なんざやってるが、こう言う戦いはなあ……)

 

パン!

 

 そして彼は、右拳を左掌に音を立てて打ち付けた。こめかみに、血管が浮く。

 

「……苦手だ、なんて言っちゃいられんなあ」

 

 彼はとりあえず、自分の予定を確認する。書類の最後に入っていた1枚の紙葉に書かれていた日時と場所での会合に、なんとしてでも出向かなければならない。しかも極秘裏に。

 上手く行けば英雄、失敗すれば大逆人にされるやも知れない。しかしその様な事は些事だ。メガロメセンブリアの全国民のため、内憂は取り除かねばならない。リカードは、人知れず決意を固めたのである。




とりあえず4人様、陰謀グループへご案内です。と言うか、陰謀面で頼りになる人って、良くて超鈴音ぐらい? 近右衛門もできるか? アルビレオ(クウネル)は頭脳の回転はともかく最低限の信頼ないから無理でしょ。それに魔法世界(ムンドゥス・マギクス)だと発言力ある人が仲間内にいないし。

いや、ラカンは別な意味で発言力ありますか。


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第050話:立ち上がれクルト・ゲーデル

 クルト・ゲーデル、テオドラ皇女、セラス総長、ジャン=リュック・リカードらは、ごく僅かの厳選された秘密を守れる随行員だけを連れて、極秘裏に海洋のただ中にある小島にやって来た。他の『お客』が居るであろう事は予測していた彼等であったが、その客の顔ぶれには多少驚いたり動揺した模様。しかしそれを(おもて)にはほとんど出さず、彼等はその小島に建てられた、真新しい建物に迎え入れられる。

 ちなみに迎えに出たのは、ジャック・ラカンとその愉快な仲間達である。クルトは先に立って歩くラカンに、不敵な笑みを浮かべて語り掛けた。

 

「お久しぶりですね、ジャック」

「おう、クルト。ここに来たって事は、俺たちの誘いに乗ったってえ事でいいのか? それとも最終判断は、まだか? ま、来た以上は逃がしゃしねえけどな。色んな意味で」

「それは怖いですね」

 

 ラカンはだが、意味深な笑みを浮かべて言う。

 

「だがな、これは俺たち不甲斐ない大人が、せめても今回の件で、何がしかでもできる最後のチャンスだ。20年前の因縁を、ほとんどガキどもの世代に解決してもらっちまったんだからな。いい恥晒しだ」

「解決? 何の話をしているのですか?」

「着いたぜ、ここが会議室だ。ここで全部、話を聞きな。俺は結局、雇われ人に過ぎねえからな」

「……」

 

 クルトは、意を決して会議室に入る。そして一瞬驚いた。会議室では、かつて袂を分かった『紅き翼』のリーダー、ナギ・スプリングフィールドが車椅子に座していたからである。他にも千雨、古、ネギ、のどか、小太郎、超、真名、それにナギの付き添いでエヴァンジェリンや茶々丸が居るが、クルトはそれらに注意を払う必要性を感じていなかった。

 ちなみに彼の背後では、テオドラ皇女にラカンがちょっかいをかけ、その緊張をほぐさせている声が聞こえている。ラカンの愉快そうな笑声が、ちょっと癇に障った。

 

 

 

 リカードは溜息を吐く。会議室で車椅子のナギたちから知らされた話は、以前渡された資料以上にショッキングな話ばかりだった。その結構な部分が、ヘラス帝国やアリアドネーのスキャンダルではある。しかし過半は、メガロメセンブリアの元老院連中の関わる醜聞や汚職、特にテロ組織『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』との癒着関連の話であった。

 

「これを公表すれば、メガロはひっくり返るな……。だが、やらにゃならん。これは全国民に、いや全魔法世界に対する裏切りだ。そんなのを許しておいちゃ……」

「リカード議員。少し待ってくれないか」

「ゲーデル議員?」

 

 クルトがリカードを制止()める。怪訝な顔をするリカードは、だが次のクルトの台詞に怒りを顕にする。

 

「今の段階で、政情不安を煽るのはあまりに危険。しばし様子を見るべきでは?」

「な!? ゲーデル議員! これはそんな悠長な事を言っている場合じゃ無えんだ!」

「私は『今の段階で』と言っています。放置しておくとは言っていませんよ」

「いいや! これこそが、一刻も早くやらにゃならん事だ! そうしなくては、ますますこの癌細胞どもはメガロの……。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)のハラワタを食い散らかすぞ!? あんたも見込まれてここに来たんだろうが! それが何故わからん!」

 

 クルトのこめかみにも、血管が浮く。何やらイラっと来たらしい。だが彼は自制する。

 

「落ち着いてください、リカード議員。今は……」

「今は、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の崩壊に対処する術を……。貴方の立場でしたら、メガロメセンブリアの『人間(ヒューマン)』6,700万人を現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)へ脱出させるとか、ですかね?」

「「「「!!」」」」

 

 口を挟んだのは、彼らに資料を配った後は沈黙を守っていた千雨である。クルトの表情が一瞬強張ったが、彼は笑みを浮かべてしらばっくれる。

 

「何のお話で……」

「しらばっくれなくてもいいネ。メガロメセンブリアでその動きがあるコトは、こちらの諜報網で掴んでるヨ。その様なオオゴトを控えてるのニ、政情不安を煽ってはやっていられない事も、わかるヨ」

 

 超の言葉も、クルトの笑みを崩す事は無い。テオドラとセラス、リカードは厳しい目でクルトを見遣るが、クルトの視線は車椅子のナギを睨み付けていた。どうやらクルトは、ナギがこの場のキーマンだと思ったらしい。

 だがナギはニカっと笑う。

 

「なんだよ、クルト。俺は野郎に色目使われて喜ぶ様な習性は無いんだがよ?」

「ええ、ナギ。わたしもありません」

「ならいいんだ。でもな、クルト。お前は分かっちゃいない。はっきり言ってだな、お前が頑張ってる現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)への脱出計画。もう意味ねえぞ」

「!?」

 

 ナギはやれやれと言う様に首を振る。

 

「俺たちが何もできないでいる間によ。そこの子供らが、頑張って問題を解決してくれたんだわ。もー、(おれ)ら、メンツ丸つぶれだ。あげくに俺まで助けてもらっちまったしなあ」

「正確には、あと1年ほどで完全解決と言ったところですかね。わたしたちが何もしなければ、あと最短9年と半年で魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を維持する魔力が尽きて、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)は崩壊するはずでした。

 ですが今現在の段階で、30余年の余裕が出来ています。1年後には、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)が消費する魔力と得られる魔力との収支は、プラスに転じますね」

 

 クルトは驚愕して、千雨に視線を移す。この場の本当のキーマンが、今まで取るに足らないと考えていた、ナギのアシスタント役でしかないと考えていた、この少女である事にようやく気付いたのだ。

 そして超が、溜息まじりに言葉を紡ぐ。

 

「ソレに、現実の地球に6,700万人を受け入れる余地ハ無いネ。大戦争になりかねないヨ。まあ、如何にしたトコロで、9年半じゃ地球に一定の占領地を得て、ソコに6,700万人を移民させるコトは無理だたと思うケドね」

「な……。どうやったのです! どうやって魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の寿命を延ばし……」

「単に、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の依り代になっている現実の火星に、魔力を足しただけです。火星の周辺に多数の真空発電衛星、1機のブラックホール炉衛星、反物質炉発電ステーション1基を置いて。そのエネルギーを魔力に変換して、火星に供給してます。科学の力で。

 今後、それらの発電衛星や発電ステーションは、加速度的にその数を増やします。そうすれば必然的に火星への魔力供給量も増えますからね。1年後には、まあ充分な安全域を確保した上で余裕持って火星への魔力供給が可能に」

 

 会議室のスクリーンに、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)と現実の火星、そして火星の周辺に建設中の、様々な衛星やステーションや軌道エレベーターなどの関係性を示した模式図が表示される。クルト、テオドラ、セラス、リカードは食い入るようにそれを見つめた。

 ちなみに、魔法世界のこことは別の基地に設置された、魔法世界の調律、調整を行うための複合コンピューターシステムは、この模式図には描かれていない。まだ彼等4人の信頼度は、全てを明かすには足りないのだ。

 それにそのシステムを手に入れたならば、下手をすれば全魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を脅迫するに足る力を手に入れられる。特に今の段階のクルトにそれを知らしめるのは、危険であった。これはクルトを計画に噛ませる事を推薦した高畑ですらも、同意見だったのだ。

 そしてクルトは、力なく椅子に腰を落とす。

 

「ふふ……。はは、は……。わたしは何をして来たんでしょうね。『紅き翼』のやり方では、世界は救えないと見切りをつけて……。よりによってメガロメセンブリアの政治家として権力を求め……。

 なのにアリカ様の不名誉も、未だに打ち払う事ができていない。あの方が国と自身を捨てて護った魔法世界(ムンドゥス・マギクス)も、見捨てて逃げ出す事しか策を考える事ができなかった。それなのに、子供たちが、こんなに簡単に全てを解決……?」

「ド阿呆か、アンタは」

 

 千雨がとうとう敬語を使わずに、ぶっきらぼうに言った。クルトは首を縦に振る。

 

「その通りですね。まさにド阿呆、道化です。ナギもジャックも、いい恥晒しとかメンツ丸つぶれとか言っていましたが、まさにその通りでしょう」

「んな事言ってんじゃねえんだよ。いいか? わたしらには手段が、科学の力があった。協力してくれる科学者(かいと)がいた。運よく、運よくだ。そして立ち位置も、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の外、この手段を取りやすい現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)だった。そして、運よく魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の危機的状況を、その周辺条件まで含めて知る事ができた。

 本当はな? わたしらは魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を維持できた時点で、あとは放置しようかと思ってたんだよ。わたしらじゃ、手に余る上に、そこまでする義理もなんもない『はず』だったからな」

 

 大きく息を吐き、千雨は言葉を続ける。

 

「けどな? 放置したらネギ先生も嫌だろうし、ナギさんも苦しむだろ。そして魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の中での諍いとかが現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)まで影響しかねないだろが。それに無責任だしな。

 けどな、わたしらにゃ政治とか陰謀とかは、わかんねえんだよ。だからいろんな人に話聞いて、あんたら選び出したんだ。アンタらにゃ、アンタにゃ、できる事あるんだよ! てめえ、この世界の人間だろが! 少しは働け! そうしねえと、ただの税金泥棒だぞ!」

「……税金泥棒よばわりは、勘弁ですね。わかりました、少しは働きましょう」

 

 クルトの目に、どうにかこうにか光が戻る。彼は決然と立ち上がった。千雨は更に言い放つ。

 

「この件は、アンタらに全部丸投げだ。嫌とは言わさねえぞ」

「言いませんよ。上手くすればアリカ様の汚名も払拭できる。喜んで、やらせていただきますよ。

 リカード議員! 話を詰めたいのですが!」

「お、おおう? 急にやる気になりやがったな。ヘラスやアリアドネーとも同調して動くべきかと思うが?」

 

 テオドラとセラスは、急に話を振られて慌てて頷く。クルトは悪い笑顔を浮かべつつ口を開く。

 

「くくく、千載一遇の機会が巡ってきましたね。あの老害ども、一人残らず追い落としてくれましょう」

「……このヒト、味方にして良かったのカ?」

「『いどのえにっき』では、大丈夫そうですけれど」

「アイヤー、ちょと不安アル」

「た、タカミチの推薦だし?」

 

 そんな中、エヴァンジェリンがぽつりと呟いた。

 

「まあ、ナギとわたしに悪影響が出なければ、なんでも良かろう」

「ぶれねえな、マクダウェル」

 

 この時から、クルト・ゲーデル元老院議員、テオドラ皇女、セラス総長、ジャン=リュック・リカード元老院議員らの活躍というか、暗闘が始まった。彼等は政敵を蹴散らし蹴落とし、老害らの罪を明らかにし、政権内の粛清を図る事になるのだ。

 まあ千雨たちからすれば、丸投げした事が上手く転がってくれたので、満足と言う物だった。




まあ、後々で世界調律コンピューターシステムの件は、この4人には伝えますけどね。その時の彼等の胃壁や髪の毛の運命が怖い。


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第051話:2学期スタート

 麻帆良学園は、2学期に入っていた。千雨と壊斗と愉快な仲間たちは、毎週末にスペースブリッジで火星へ赴き、今は自動で稼働している各システムの確認や調整を行っている。

 各種衛星や設備の生産も、それらの軌道上への打ち上げも、地上施設の拡張や整備も、ほぼ全て自動化されている。それらはほぼ人の手が入らずとも、最悪地球からの超高速通信による無線操作でどうにでもなるレベルになっていた。

 まあ、一応人の手もかけた方が安心は安心なので、週末に火星(あちら)まで出向いているのであるが。

 

(って言うか、火星だけじゃ無く月にも第2月基地(ムーンベースβ)第3月基地(ムーンベースγ)第4月基地(ムーンベースδ)まで完成して、第5月基地(ムーンベースε)が今現在建設中だし。火星の基地建設よりも優先度低いのに、いつの間にかだもんなあ。小惑星帯にも幾つか採掘基地あるけどさ)

 

 月や小惑星帯には、資源を射出するマスドライバー施設も存在する。火星の地上からの打ち上げも多いが、そちらから資源を打ち出した方が早い場合も多いのだ。当然火星の衛星軌道上には、マスキャッチャー設備も整備されている。

 

(ほんとはスペースブリッジなりスペースゲートなり、空間転移系技術使って採掘基地とかと火星の軌道上を繋げばいいんだけど、マスドライバーは安いんだよなあ。設備自体も、ランニングコストも)

 

 そこへ教壇のネギから声がかかった。今は英語の授業中であったりする。

 

「長谷川さん、今のところ一段落、和訳してください」

「はい。『待て!』『その瞬間、何処からともなく声がかかった』『アルテアは驚愕する』『力と力のぶつかり合う狭間に、己が醜い欲望を満たさんとする者よ。その行いを恥と知れ』『人、それを外道と言う!』『アルテアは叫んだ』『何奴!?』『そして声は答える』『貴様に名乗る名は無いっ!!』」

「はい、結構です」

 

 ネギはにっこりと笑う。その視線はしかし、ちょこっとだけ疑問符をつけて、こう語っていた。

 

(いや、考え事してたみたいに見えたんですけどね?)

 

 まあ、千雨が考え事していたのは確かだ。しかし彼女は壊斗(サイコブラスト)直伝のマルチタスクで、きちんと授業も聞いていたのである。ちなみに千雨は本気になれば、今のところ最大4つの思考を並列で動かせる。基本疲れるからやりたくないが、今は練習も兼ねて思考を2分割していたのだ。

 

「では続きを……。柿崎さん、一段落ばかり和訳を」

「うえっ!?」

 

ゴゴゴゴゴゴ……。

 

 ネギの背後から、異様な擬音が響き渡る。ネギの表情は笑顔のまま変わらない。だが教室の少女たちは、ネギに怒れる東洋龍(チャイニーズドラゴン)の姿を幻視した。うん、柿崎は椎名と小声でお喋りをしていたので、授業を聞いていなかったのだ。

 

「仕方ないですね。柿崎さんは、宿題です。次回の僕の授業までに、副読本の最後の部分、『史上最大の侵略・前後編』のハワイ版を全文和訳して提出してください。ただし日本版を全部丸写しにしても、分かりますからね? 僕は日本版持ってますから」

「ひいいいぃぃぃ!?」

「あと、笑ってる椎名さんも、柿崎さんとおしゃべりしてましたね。椎名さんの宿題は、『V3から来た男』『栄光は誰のために』ハワイ版の2話和訳です」

「にえええぇぇぇ!?」

 

 まあ、そんなこんなで授業は終わり、ネギは挨拶して教室を去って行った。そして椎名は涙目で語る。

 

「うう、ネギ君最近きびしい……」

「諦めた方いいですー。以前ちょっと聞きましたけどー。ネギ先生(せんせー)は、新田先生(せんせー)をお手本にしてるらしいんですー」

「「うえぇっ!?」」

 

 のどかの言葉に、柿崎と椎名は絶句する。千雨もついでに言ってやった。

 

「ああ、ただネギ先生は厳しいだけじゃなく、新田先生の優しさも真似してるからなあ」

「はいー。そうですねー」

「えー。新田、優しい?」

 

 千雨とのどかは頷く。千雨は続けた。

 

「優しいぜ? 気付いてなかったか? 新田先生、こっちに事情があったりするときは、騒ぎを注意しに来る直前で、何かしらで立ち止まったりして、わざとこっちに見つかってくれるんだ。まあだからと言って、その優しさに甘えようと考える奴には結局は雷落とすけどな」

「「「「「「……」」」」」」

「他にも色々、生徒のためなら陰で骨折りしてくれるし。甘くは無いけど、厳しいだけじゃねえんだ。ネギ先生は、そう言うところ見て、ああいう大人になりたいって思ったみたいだな」

 

 のどかも笑みを浮かべて言う。

 

「ですー。それにネギ先生(せんせー)言ってました。日本版を全部丸写しにしても分かる、ってー。つまり丸写しじゃなく、参考にするならかまわないって事ですー。」

「新田先生の分かり難い優しさ、しっかり身に着けてるっぽいな」

「やれやれ、しっかりやるしか無いかー」

「うう、でもネギ君きびしい……」

 

 諦めた柿崎と、涙する椎名を見つつ、千雨は笑った。

 

 

 

 放課後、千雨は壊斗の家で古と組手をしていた。ちなみに楓や刹那も共に来ることは多いのだが、今日は来ていなかった。なお刹那が来る時は、木乃香が治療役として一緒に来てくれるので、ありがたいのだが。

 

「むう、古の化勁はやっぱ面倒だな。わたしの技量だと破るのは難しい」

「そうは言っても、長谷川の拳は重すぎて捌くの大変アル。化勁に失敗したら大ダメージ必至アルよ」

「おおい、お前らお茶の準備ができたぞ」

 

 壊斗の言葉に、千雨と古は更にギアを一段上げる。

 

「んじゃ、とりあえず……」

「これで(シメ)アルね……」

 

 2人の拳が交錯する。そして千雨の拳はぎりぎり逸らされ、古の拳が千雨の胸元に決まる。今日の手合わせは、かろうじて古に軍配が上がった。ただし単純なダメージ量は古の受けた物の方が大きい。まあそれはそうだ。元からの防御力が違い過ぎる上、千雨は『気』を防御に用いていたからだ。

 そして2人は、壊斗の家に入って行く。とりあえず古の手当てをし、千雨は千雨でダメージを自己修復したら、壊斗謹製のお菓子でお茶にするのだ。

 

 

 

 古は今日のお茶請けであるキウイのショートケーキを食べながら、首を傾げていた。

 

「う~ん?」

「どうした? 口に合わなかったか?」

「あ、イヤ。違うアルよ。ちょっと今度の秋口の体育祭でやる、格闘大会ウルティマホラの件アルね。出場するか悩んでるアル」

「どうした古」

 

 千雨の問い掛けに、古は答える。

 

「なんと言うかアル……。本気を出さないと相手に失礼アルが……。手加減しないと相手が死ぬアル。最近も、街中でかかって来る相手をマズい事にしない様に困ってるアルね」

「「あー……」」

 

 千雨は腕を組んで考えつつ言った。

 

「そう言や、こないだ会った時、豪徳寺の奴も似た様な事を言ってたなあ。最近まともに相手できるのが、大豪院、中村、山下だけらしい。しかもそいつらとも実力に開きが出てきてて、そいつら自身豪徳寺と本気でやって死なないだろうってレベルが精一杯っぽいな」

「そいつらには、豪徳寺が『気』について多少教えたみたいだがな」

 

 その言葉に、古は疑問符を頭に浮かべる。古は豪徳寺の事を知らない様だ。『まほら武道会』の優勝者なのだが。

 

「豪徳寺、アルか?」

「ああ、古は知らんのか?リーゼントの学ラン格闘家。わたしと壊斗が『気』についてちょっとばかりレクチャーしたら、伸びる伸びる。一応ウルティマホラには出るらしいが」

「オオ!以前はしょっちゅうストリートファイトを挑んできてたアルね。けれど最近はとんと来ないアル。それ程の使い手ならば、わたしもやっぱり出て見ようアル」

「そっか。まああいつも無駄に戦いを挑んで回るのは、控えたみたいだな。ウルティマホラは古と豪徳寺の対戦だけでも、観戦に行くかね。……でも、どっち応援しようか悩むな」

 

 3人は豪徳寺の話を肴に、しばしお茶を楽しんだ。

 

 

 

 ちなみにその頃の豪徳寺薫。

 

「へっくしょん!!」

「あら、お風邪ですの?」

「む、いや。誰かが噂でもしてんのかね。それよりも、中々筋がいいぜ。以前と比べて、見違えるようだ」

「そ、そうですか?」

 

 豪徳寺と共に、正拳突き1,000本をやっているのは、高音・D・グッドマンである。ちなみに1,000本と言う数は、豪徳寺からすればかなり手加減した数だ。

 豪徳寺は高音の様子を見つつ、思う。

 

(まあ、あの『まほら武道会』での戦いからして、身体能力よりかは技術を叩き込んだ方がいいだろ。あんときゃパワーとスピードは物凄かった。だが技術が無かったから、こちらに全然攻撃があたらんかったしな)

 

 なんで高音が豪徳寺と共に鍛錬しているかと言うと、高音から豪徳寺に格闘技を教えて欲しいと頼み込んだからである。豪徳寺は快諾し、高音に喧嘩殺法の基礎を教え込んでいたのだ。

 なおその様子を、中村、大豪院、山下が物陰から見ていたりする。

 

「うーむ、薫ちんナンパかと思ったが、なんかさにあらず。色気なんか何も無く、きっちり教えてんなあ」

「うむ、それでこそだ、豪徳寺。一瞬見損なったと思ったぞ」

「いや、いい加減薫ちゃんにも春が来てもいい頃だと思ったんだが、見込み違いか?」

 

 そんなこんなで、豪徳寺と高音は今日の鍛錬を終える。いや、豪徳寺はこの後も自身の鍛錬を行うのだが。禁欲的(ストイック)に。ひたむきに。

 そして高音なのだが帰途に着きつつも、内心少々だけ落ち込みながら考え込んでいた。

 

(どうしたら良いのでしょうか……。出来得る物なら豪徳寺さんに、共に正義のため戦ってくださいとお願いしたい。わたしも愛衣も、前衛はできなくもないだけで、基本中衛から後衛タイプ。豪徳寺さんがもしも『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』になってくださったら……。そして何時かは……。

 い、いえいえいえ。あの様な高潔な武闘家の方に、そのような想いを抱く事など失礼ですわ!ああ、だけど何時かは……。ガンドルフィーニ先生や葛葉先生は、一般人の方の奥さんや恋人さんがいらっしゃるご様子。何か参考になる様な事は聞けないかしら……。い、いえいえいえ!!)

 

 流石3D柔術の山下慶一、勘は鋭いのである。顔が良いだけの事はあると言う物だった。

 

 

 

 手合わせとお茶会が終わった後、壊斗は4WDで麻帆良市街まで千雨と古を送ってくれた。2人は軽く礼を言うと、4WDから降りる。と、壊斗が何かに気付いた。

 

「む? あれはエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。従者の絡繰茶々丸も居るな」

「あ、こっちに気付いた」

 

 古が手を振ると、相手は一見嫌々そうな表情で、千雨たちの方へ向かって来る。まあ、さほど嫌々では無いのだろう。もしそうならば、エヴァンジェリンの事だから完全無視を決め込むはずだ。

 

「誰かと思えば、貴様らか」

「たいした荷物だな。買い出しか?」

 

 そう、エヴァンジェリンも茶々丸も、業務用スーパーの買い物袋を山ほど抱えていたのである。エヴァンジェリンは眉を顰めながら言う。

 

「あの古本め。奴の分も作ってやらねば、ナギの飯をつまみ食いするのでな。腹立たしいが」

「あのオッサンも、ナギさんが解放された上、ナギさんの懸念が解決したり解決に向かってる事で、嬉しいんだろ」

「それで、はっちゃけてるとでも? それは勘違いだ、長谷川千雨。あれは奴の地だ」

 

 そんなもんか、と千雨は思う。そして以前から疑問に思っていた事を、エヴァンジェリンに訊ねた。

 

「ところでマクダウェル。火星や魔法世界に姿を見せてたって事は、例の呪いとやらは解けたんだろう?」

「ああ、『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』なら、ナギがある程度回復した時点で解いてくれたな」

「でもってナギさんが車椅子状態で動きが取れないうちは、麻帆良におまえも留まるんだろうけどよ。やっぱりその後は?」

 

 エヴァンジェリンは失笑した。そして彼女は口を開く。

 

「いや。ナギの奴はまだまだ完治には時間がかかりそうだからな。だから中学を卒業したら高校……まほ高にでも通ってみるかと考えている。これもナギ次第だが、まほ大まで行って見ても良いかもな」

「あれ? ナギさんそんなに具合悪かったか?」

「いや、まだしばらく車椅子だが、リハビリをきちんとやればわたしの高卒頃には、全盛期の力を取り戻せそうだ。あいつにきちんとリハビリさせるのは、かなりな難事なのだがな。

 ただナギの奴は、ちょっとこれまでの自分に対し、色々思うところがあったらしい。何時までかは分からんが、しばらく麻帆良地下に留まって考えたいそうだ。まあ、風船みたいな男だからな。そのうちフワフワし始めるかも知らんが」

「楽しそうだな、マクダウェル」

「そうアルね」

 

 千雨と古の言葉に、エヴァンジェリンは珍しく素直に頷く。

 

「そうだな。楽しいよ。ことに長谷川、貴様とそちらの水谷壊斗には、感謝しか無いな。わたしでは手の届かなかったナギを、救ってくれて感謝する」

「よせやい。背中が痒くなる」

「わかった」

 

 エヴァンジェリンはそして、ほころぶ様に笑うと、挨拶もせずに歩き出す。

 

「行くぞ、茶々丸。晩飯の準備が間に合わなくなる」

「はい。では長谷川さん、古さん、壊斗さん。これにて失礼します」

「ああ、また明日な」

「またアル」

「それじゃあな」

 

 やがてエヴァンジェリンたちの姿は、街角を曲がって見えなくなった。

 

 

 

 寮の自室で千雨は、『ちうのホームページ』の更新作業をしていた。『ちうのホームページ』は、以前と異なり規模を大幅に縮小し、彼女のコスプレ写真を掲載するだけの物になっている。掲示板やチャットは、撤去されていた。

 表向きの理由は、学業が忙しくなったための規模縮小である。だが実のところは、今の千雨にとってネット民(ふとくていたすう)からの賛辞が必要不可欠では無くなった事が大きい。

 千雨はコスプレを捨てるつもりは無い。だがだからと言って、ネットアイドルランキングのトップを狙う様な、自己顕示欲は薄れていた。彼女にはそれ以外の面で、自己を承認してくれる仲間や友、そしてもしかしたら恋人かもしれない相手が居たからである。

 

「さて、と。こんなもんか」

「……」

「ん? なんだザジか。帰ってたんなら、声ぐらいかけろよ」

「いえ、以前はそのHP作業を必死で隠していらしたので。声をかけるのも、と」

 

 なんだ、こいつ(ザジ)に気付かれてたのか、と千雨は内心溜息を吐く。そして彼女はパソコンデスクのデスクチェアを回して、ザジに向き合った。ザジは本来ならば、千雨の同室である。しかし部活で使っているテントに泊まり込みをして、なかなか戻って来る事は無い。

 

「んで、何だ? 普段はほとんど戻って来ない上に、挨拶も頭下げるぐらいで、だんまり決め込んでたろ?」

「……実は、わたしの姉が、千雨さんたちとお話をしたいそうなので」

「へえ。魔族の、それもその内包魔力量からして相当な高位の、その更に姉か。わかった、仲間に話を通しとく」

 

 面食らった表情を見せるザジに、なんとなく『してやったり』と言う感慨を抱く千雨だった。




ネギ君は、いったいナニを授業の教材に使っているのか(笑)。と言うか、教科書も酷え(笑)。
まあでも、ネギ君が先生としての見本を新田先生に求めたのは、大変ですけど正解かと思いますね。新田先生は、教師の鑑ですからねー。

そして高音嬢に春が? 相手が朴念仁なので、ちょっと大変(笑)。


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第052話:まあ、あのヒト交渉下手そうだよね

 千雨と壊斗、そしてネギとのどかと小太郎、更に超は、火星の軌道ステーション、未だ未稼働の反物質炉発電ステーション2号基にて、客人を迎えていた。誰あろう、ザジ・レイニーデイ姉妹である。

 なんでこんな場所に、と思うだろうが、これはうっかり麻帆良にザジ姉を招くと麻帆良結界に引っ掛かるかもしれない事から麻帆良以外の場所で、そして万が一ザジと同等以上の魔力を持つと想定されるその姉が暴れた場合を考えて、ひたすらに頑丈に建設されている反物質炉ステーションで、会合が行われたのだ。

 

「いや、わたしも破滅願望は無いポヨ。これだけの科学力を持つ相手と敵対するなんて事しないポヨね。それにわたしは妹と双子ポヨ。魔力的にも戦闘力的にも、妹と互角ポヨね。その上でもし万一そちらと敵対したとしてもポヨ。妹がクラスメートに味方してしまったら、わたしの勝ち目は無いポヨね。

 当然ながら、わたしはそんなバカでは無いつもりポヨ。安全に会見、安全に交渉して、安全に友好的に帰途に着きたいポヨ。だから暴れたりしないポヨね。第一、今回したい相談は、そんな物騒な代物ではないポヨ」

「愉快な姉ですが、嘘は苦手です。信用してくださって、構わないかと」

「ポヨッ!?」

 

 魔族姉妹の漫才を聞きつつ、千雨は溜息まじりに言葉を紡ぐ。

 

「いや、そんならそれでいい。お前らが今回の会見を申し込んだ理由は何なんだ?」

「それは、墓所の主の事ポヨ」

「「「「「「……誰、それ?」」」」」」

「ポヨッ!?」

 

 ここで壊斗と千雨が、その呼び名について思い出す。

 

「ああ、そう言えば。高畑先生がフェイトからの事情聴取後、なにやらそんな人物の事を口に上らせた事があったな」

「あ、そう言えば。だけどわたしら、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』残党の撲滅は完全にクルト氏たちに丸投げする事にしたからなあ。フェイトの事情聴取の報告書は出してもらったけど、そのまんまディスクに焼いて書類戸棚に仕舞っちまったんだ」

「ポヨッ!? それではここの面々は、墓所の主の事を何も知らないポヨか!? ネギ先生、貴方の母方のご先祖ポヨよ!?」

「いえ、僕は生母の事はほとんど知らなかったんですよ。先日に、ようやくの事で母がどういう事をした人物(ヒト)で、どういう立場の女性(ヒト)で……。どういう濡れ衣を着せられて利用され尽した人間(ヒト)なのかって事は聞きましたが。

 そしてそれが故に、僕の生村の人達が……。僕と言う、その(ヒト)の息子が居る事を危険視した下衆共の命令によって……。永久石化レベルの石化状態にされたままなのだと……。ククク……」

 

 台詞にドロリとした物を含ませて低く笑うネギに、ちょっと周囲の面々は引く。だが唯一のどかが、その背中をそっと抱きしめる。ネギの周囲の嫌な空気は、たちどころに引いて行った。

 

「ありがとうございます、のどかさん……。まあ、そんなわけでして、僕は未だ生母であるアリカ女王……アリカ王女の事は、通り一遍の事しか知らないんです。その先祖とか、そのかつて女王であった国の事とか、詳細な話は何も」

「そ、そうポヨか。墓所の主とは、わたしたち魔族とは旧知の仲で、深い関わりがある人物ポヨ。旧オスティアを首都とするウェスペルタティア王国で、大昔から歳を取らずに生きている人物ポヨ。

 けれど魔法世界(ムンドゥス・マギクス)崩壊が避けられないと見て、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の計画に協力していたポヨね。実を言えば、我々魔族も墓所の主からの協力要請を受けて、極秘裏にこの件に関わっていたポヨ。けれど、こんなアッサリと前提から、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)崩壊が覆されるとは思わなかったポヨね」

「いや、頑張ったけどよ。結構無理も重ねたし」

「姉が失礼をば」

 

 ちなみに高畑が墓所の主を知っていたのは、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の残党撲滅のためにフェイトから事情聴取していたためである。

 千雨は(かぶり)を振って言う。

 

「あー、枕にしちゃ長えぞ。お前さんは、その墓所の主をどうしたいんだ?」

「昔馴染みだし、救出したいポヨ。フェイトが『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』を見限って離脱した際に、墓所の主は逃げ損ねたポヨね。本人は『墓守り人の宮殿』に残るつもりだったポヨが、何を間違ったかデュナミスが連れて逃げたポヨ。このままだと、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』残党と運命を共にするか、さもなくばテロリスト扱いのままポヨね」

「いや、実際テロリストであった事は間違い無えだろ」

 

 千雨の思ったより冷たい言葉に、ザジ姉は片方の眉をぴくりと動かす。千雨は続けた。

 

「具体的にどうしろって? わたしらに可能なのは、せいぜいが『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』残党の撲滅作戦を任せてる、高畑先生やクルト氏との繋ぎを取ってやるぐらいだ。だがな、それをやるにせよ、その名目はどうすんだよ?

 テロリスト一味のうち1人が離反したがってるから、そいつの過去の行いには目を瞑って救出してやれってか? しかも申し出て来たのは、少なくとも先日までそのテロリスト一味(コズモ・エンテレケイア)の協力組織だった一派だぞ?」

「……」

「わたしらは、今の状況を作った立場の一員だ。その立場には、立場なりの仁義ってもんがある。ほぼ丸投げして任せた以上、そうそう簡単にスタンスを曲げて、テロリスト一味(コズモ・エンテレケイア)の一員に寛容になってやるわけにはいかねえんだ。それはわたしらから仕事を投げられて、最前線で頑張ってるやつらへの裏切りになる」

「……たしかに、正論ポヨ」

 

 ザジ姉は、息を吐いて言葉を紡ぐ。

 

「たしかに正論ポヨ。なれど我らにも昔馴染みへの『情』があるポヨ。なんとかして、助けてやりたい。そう願う事は、間違いポヨか? 直接にクルト氏に談判する事も考えたが、それよりも彼に影響力がある人物に願うのは、間違いであったポヨ?」

「あんな? 『情』って言うんならよ? 血が繋がってんだろうに、その墓所の主ってのは、ネギ先生の母親が貶められ刑に処されようとしてた時によ? なんとかしようとしたのか?

 それどころか、その原因を作った『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の協力者やってたんじゃねえか。世界を救う? そのための犠牲なら、仕方ないとか思ってたか? 最後には全員が完全なる世界に行くから、万々歳とか? あんな未来の閉じた発展性の無い欠陥世界が? わたしらは魔法世界(ムンドゥス・マギクス)維持するのに、可能な限り犠牲ない様に心砕いたぞコラ」

「!!」

 

 苛立った口調で、千雨はとどめの一撃を放った。

 

「それとフェイトの奴は、従者の女ども助けるために、自分は度外視してその対価として、山の様なあちこちの国の汚職や醜聞、そして『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』との繋がりを証明する証拠を引き渡したんだ。手前らは、それと等価とまでは言わねえが、それに近い何がしかを出せんのか? フェイトの対価とはカブらねえ物でだ」

「……」

 

 ザジ姉が言葉に詰まり、そしてザジが口を開く。

 

「姉さん。だから言ったでしょう。その理屈で説得しようものなら、相手を怒らせるだけでは、と」

「妹よ、お前は誰の味方だポヨ」

「ネギ先生たちですよ?」

「そうだったポヨ」

 

 そしてザジは言った。

 

「こんな考えの足りない姉ですが、それでもわたしの双子の姉です」

「待つポヨ」

「待ちません。それでもわたしの姉なのです。なんとか願いをかなえてやりたい気持ちもあります。虫のいいお願いですが、どうにか妥協点を見いだせないでしょうか。

 たとえば、墓所の主が死刑になるところを終身刑ですませられる条件とか」

「待つポヨ」

「待ちません。わたしたち魔族にできる条件なら、姉が飲みます。ですのでクルト氏に繋ぎと口利きをお願いできないでしょうか」

 

 千雨たちは、こちらを怒らせたザジ姉の台詞であれば一蹴するつもりであった。だがザジの真摯な願いとなると、特に担任教師であるネギ辺りは少々弱い。そこで口を挟んだのは、超である。

 

「フム、わたしに良い考えがあるネ(I’ve got an idea.)!」

 

 その場の全員が、ビミョーな気分になった。

 

 

 

 時は流れて2ヶ月後。イギリスはメルディアナ魔法学校の地下室で、1つの奇跡とも言える現象が起きていた。

 

「スタンお爺さん……!!」

「ね、ネギ? ネギなのか? 大きくなったのう……」

 

 その場にいる大半が涙ぐみ、あるいは本当に落涙する。今ここでは、かつてネギの生村で爵位級の上位悪魔に石化された村人たちの、石化解除が行われていたのだ。

 

「お母さん! お父さん!」

「アーニャ!? アーニャ……」

「大きくなったね、アーニャ……」

「ひぃ、ふう……ポヨ」

「姉さん、石化された人はまだまだ多いです。頑張ってください」

 

 いや、石化解除と言うのは厳密には間違いだ。正確には、石化『破棄』もしくは石化『破却』だろうか。村人たちを石化させた悪魔たちよりも、更なる上位の力を行使して、石化状態そのものを『破棄』しているのだ。

 まあ、そんな事ができるのは、魔族としてけっこう偉い立場にあるザジ姉だからこそだ。そしてそれほどの力を行使するのはザジ姉ですら、とてつもなく疲労する。

 

「妹よ、少しは手伝ってくれてもいいのではポヨ」

「手伝いましたよ? 姉さんがここに来る時間を作るため、一時魔界に帰郷してまで仕事を手伝ったじゃないですか。

 おかげで麻帆良に戻ってから、勉強遅れを取り戻すのにどれだけ頑張った事か。ネギ先生にも色々ご迷惑を。それに魔界に帰っていたため、楽しみにしていた体育祭ですが欠席でした。『教師突撃☆スーパー借り物競争』には参加したかったのですが……」

「ごめんポヨ」

 

 ちなみに『教師突撃☆スーパー借り物競争』の言葉を聞いて、ネギが顔を引き攣らせて遠い目になり、スタン老人が慌てて衛生兵を呼ぶなどしていた。ネギは体育祭のその競技で、高畑ともども色々(ひど)い目に遭ったのだ。

 まあ、(ひど)い目レベルであって、(むご)い目に遭わなかっただけ、まだマシとも言えたが。なお(むご)い目に遭ったのは近右衛門だったりする。近右衛門、生きていて良かった、うん。

 

 超が満面の笑みを浮かべて言う。

 

「鍵はメガロメセンブリア旧政権の負の遺産、ネギ先生暗殺未遂により巻き込まれて石化した人々ヨ。ソレを救い、その手柄をメガロ新政権に譲るコトで、メガロ新政権に対する(みそぎ)と貸しにするネ! 言い出して魔族に依頼したのハ墓所の主と言うコトにして、その刑罰ヲ減刑してもらうンだヨ!」

「かゆ……うま……ポヨ」

「ム、限界来たカ!? 葉加瀬!」

「はいっ! エネルゴンキューブ変換型の魔力供給装置・対人用ーーー!!

 対人とは言っても、魔族相手でも使えますけどねー。あのとき火星で、軌道上のステーションに行ってたはずの超さんがいきなり通信してきて、対人仕様のこの装置を設計組み立てしろと言われた時は驚きましたが……」

「喋ってないで、早くやるネ」

「あ、はい」

 

 葉加瀬は魂抜けかけのザジ姉の口に、その装置のノズルを突っ込む。

 

「ぶばっ!? うごごごごっ!?」

「姉さん、元気でたら再開しましょうか」

「ぶはっ! ちょ、殺す気ポヨか!? いくらなんでも、無理矢理すぎポヨ!」

「姉さんを殺す気なんて……。ぎりぎりを見計らってますから」

「ヒイイイィィィ!? ポヨ」

 

 どうやらザジは、体育祭に参加できなかった事がよほど腹に据えかねている模様である。そしてまた1人の人が、石化から解き放たれた。

 

 

 

 それと時を同じくして、魔法世界では『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』残党のアジトであると目される地下洞窟を、高畑を含んだメガロメセンブリアの部隊が強襲したらしい。この戦いにて、『(クゥアルトゥム)』と思しきアーウェルンクスシリーズを討ち取り、墓所の主を『保護』したものの、残念ながらデュナミスには逃げられたとの事だった。

 仕事をしつつ火星で報せを聞いた千雨と壊斗は、やれやれと肩を竦めたそうである。




ザジ姉に、石化解除できると言うのは本作の二次設定であり、決して原作からの出展ではありません。原作の設定だと、多分無理です。

でもって、そろそろ前回の使用から時間経ったので、ほとぼりも冷めたろうと、某司令官のフラグ台詞また使いました。


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最終話:遥かなる未来へ向けて

 麻帆良学園本校女子中等部の講堂で、千雨は自分を呼ぶ声を聞いていた。

 

『出席番号25番、長谷川千雨』

「はい!」

 

 千雨は高らかに返事をすると、立ち上がり前へ進んだ。そう、今日は中等部の卒業式なのだ。この半年間、幸いにも大した問題は無かった。魔法世界における改革も順調に進んでいるし、火星圏での魔力源になるエネルギー供給元もどんどん着工し次々に完成している。

 まあ、大き目の問題は無かったが、小さな問題はいくつも存在したけれども。ネギが同い年くらいの少女たちにモテていて、宮崎のどかがちょっと不安になったりとか。千雨は学園長たる近右衛門から卒業証書を受け取りつつ、感慨に(ふけ)った。まあ、マルチタスクがあるので、物思いに耽溺(たんでき)していても失敗とかはしない。

 

(さて、早えなあ……。もう、1年になるのか。この身体になってから)

 

 本日めでたく卒業の日を迎えた千雨であったが、千雨の一生はここにいる『人間の』クラスメートたちとは異なり、はるかに長く続く。それだけではなく、彼女の今後の生活は、その本筋を社会と言うか世界の裏側に置き、表の日常生活はあくまでフェイクとならざるを得ない。

 その事をなんとなく物悲しく感じながらも、千雨は壇上から降りる。普通に生きられる他の卒業生たちが、眩しく見えた。若干の寂しさを噛み潰し、千雨は歩き出す。

 麻帆良学園は基本エスカレーター式で、普通はそのまま学生は、まほ高への持ち上がりになる。それ故に普通なら、中学卒業の寂しさはさほどではない。まあ教師陣との別れはあるから、まったく寂しくないわけでは無いのだが。それに、生徒側にも例外がある。

 自席へと戻る千雨の目に、これも席に座っている朝倉和美の姿が映った。ふと千雨は朝倉が、早乙女ハルナが宮崎のどかや綾瀬夕映らを問い詰めていたのを制止()めていたシーンを思い出す。

 

『やめなよ、早乙女。たとえ友達だからって、いや友達だからこそ話せない事だってあるだろうに』

『およ? 朝倉こそ、こういう場面だと秘密を探り出してさらけ出す側だとお姉さん思ってたけどな?』

『それで失敗したからね。考えもするよ』

『失敗? どんな?』

『言えるわけないだろ。他人の個人情報とかにも関わってくる事だよ。それとさ……。

 宮崎と綾瀬の目、見てみなよ。本気で話せないって、本気で困ってるって、本気で嫌がってるって、わかんないかな?』

『えー? さすがにお姉さんも、そんなんだったら分かる……。あれ? マジ? のどかも夕映も?』

『おまえね。宮崎も綾瀬も、ここはとりあえず行きな。早乙女は駄目。もう少しわたしと話そう』

『あ、ちょっと……。え、え? ええー!?』

 

 その朝倉だが、彼女は外部進学をする事に決めていた。彼女は麻帆良からも離れ、外部の有名進学校を受験。合格発表こそまだだが、自己採点では合格圏内であるらしい。朝倉はこの一年、その目標に向けて必死で勉強していたらしいのだ。

 

(ふ……む? 多少は変わったのか?)

 

 変わったと言えば、千雨もそうだろう。少し以前であれば、朝倉がどうであれ気に留める事を完全にやめていたのだ。こうして僅かでも意識の隅に上らせるだけでも、大きな変化である。

 自席に戻った千雨は、マルチタスクを停止して意識を卒業式に集中した。

 

 

 

 卒業式後、3-Aの連中は女子寮近くの芝生で、1本桜で花見をしつつ宴会を行った。皆が盛大にバカ騒ぎをし、愉快なひと時を過ごした。そして楽しい時は瞬く間に過ぎ、宴会はお開きとなる。ネギがくしゃみをせずに、女生徒が脱げないと言うささやかな偉業を残して。

 ちなみに千雨や明日菜は、この時ほどアルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)に感謝した事は無い。ネギのスパルタ悦楽お師匠は、地味に奇跡を起こしていたのである。

 

「やれやれ……。終わった、か」

「長谷川……」

「?」

 

 帰ろうとした千雨は、彼女を呼び止める声に振り向く。そこには、朝倉和美が立っていた。最近朝倉の傍らにいつも憑いている、幽霊の相坂さよも今は居ない。

 

「なんか用か?」

「うん」

「そうか」

「……あたし、まだアンタの前には、胸張って立てない。だから、この居心地のいい麻帆良から離れて、色々勉強して来る。きっちりいい大学出て、TV局の報道記者になる。そして経験を積んで、いつか本物の……。

 正真正銘、アンタの前に胸張って立てる様な、ジャーナリストになる。……今までの様な、『ごっこ遊び』のまがい物じゃなくて。……それだけ」

 

 千雨は後ろを向いた。別件で、やらねばならない事があったからだ。彼女は歩き出す。だがその瞬間、一言だけ、彼女は口に上らせる。

 

「がんばれ」

「……!!」

 

 そして千雨は、その場を立ち去った。朝倉もまた、気配で感じたままならば、後ろを向いて立ち去った様だ。

 

「さあて……。いっちょやるか」

 

 千雨はこの後、古や楓、明日菜や木乃香や刹那と協力し、ネギとのどかの後を尾行している連中を徹底的に排除して回った。ネギとのどかは、2人きりにしてやる必要がある。のどかは卒業まで、ネギからの返事保留のまま長い事待ったのだ。

 そして尾行者たちは撲滅される。まあ、いいんちょは少々めんどくさかったが。しかし何故かしら心が軽くなった千雨にとっては、敵ではなかった模様だ。

 翌日に、より一層仲良く歩いているネギとのどかの様子が目撃される。まあ卒業式が終わっても、3月31日が終わるまでは在校中だと言うのは、無粋だから言わないでおいた千雨だった。もはや麻帆良のパパラッチの心配もいらない事だし。その事が、千雨はちょっと嬉しかった。色んな意味で。

 

 

 

 卒業式が終わった翌々日の事、千雨は寮の自室から引っ越し荷物を運び出していた。パソコン関係の品々が、最も重く最もかさばる。いや、超ロボット生命体である彼女にとっては、重さはどちらにせよたいした事は無いのだが、

 そこへ大河内アキラが通りかかる。

 

「あれ?長谷川、もう引っ越し?」

「ああ。ちょっと早めにな」

「まだ、まほ高の寮は準備できてないんじゃないかな?」

「いや、わたしはちょっと事情があって、下宿に移るんだ。親と学園長からの了解は得てる」

 

 ちなみに両親は、学園長である近右衛門からの電話を受けたら、二つ返事で了承を返した。ちょっとこの麻帆良(まち)の結界は、効果が行き過ぎて無いかと心配になる千雨である。だっていくらなんでも、両親の反応が大らかすぎるし。

 それはともかく、大河内は驚く。

 

「ええ? そっか、それはちょっと残念。寮に入ってれば、また会えると思ったけど」

「クラス分けで別クラスになりゃ、寮内の位置も離れちまうだろ、どーせ。それに縁が切れるわけじゃねえだろ? こんだけ濃いクラスだったんだ。そんなに簡単に縁は切れねえよ」

「まあ、そうだね。ふふふ。しかし凄い荷物だね、手伝おうか?」

「……そうだな、頼むか。そっちの小さめの段ボール頼む。それけっこう重いからな?」

 

 大河内は頷くと、さくっとその段ボールを持ち上げる。流石の力持ちであった。千雨もでかい段ボールを持ち上げると、寮の玄関へと運搬開始する。

 そして寮の玄関では、中型の幌付きトラックが待っていた。その傍らでは、2m超の黒づくめの細マッチョが、今まで千雨が運び出していた荷物をトラックの荷台に積み込んでいる。

 

「壊斗、あと1~2往復で終わりそうだ」

「そうか。そっちは級友(クラスメート)か?」

「ああ。大河内アキラって言う、あのクラスだと珍しい常識人だ」

「め、珍しいかな」

「そうか。ありがとう、ハセガワが世話になった」

「いえ」

 

 大河内は千雨に耳打ちする。

 

「この人は? 長谷川のお知り合いかい?」

「いや、耳打ちしなくてもいいって。今度から、わたしの大家さんになる水谷壊斗だ」

「ふうん」

「そして先日から、わたしの恋人だ」

「ほう。……え゛」

 

 大河内は目を丸くする。そして隠れて聞いていた女生徒連中が、一斉に驚く。

 

「「「「「「えええぇぇぇーーー!! 恋人おおおぉぉぉーーー!?」」」」」」

「な? これがウチのクラスの普通だ」

「確かにあちらの娘は、常識人だな」

 

 いや、千雨も壊斗も体内のセンサーで、隠れている女生徒には気付いていたのだが。ちなみに隠れていたのは明石祐奈、和泉亜子、春日美空、釘宮円、柿崎美砂、椎名桜子である。和泉などは普通なら常識人の部類に入る方なのだが、今回は周囲に流された模様。

 ちなみに、この様な時にラブ臭とかなんとか言って高確率で話に絡もうとする早乙女ハルナは、幸いと言って良いのかどうなのか、春の某同人誌即売会イベント〆切間近であったため、部屋に缶詰であった。

 千雨はにっこりと微笑みつつ言葉を発する。

 

「さて、お前ら。覗き見とはいい度胸だな?」

「あ、いや……」

「か、堪忍や」

「ところで先日から恋人って、具体的には何時からかにゃ?」

「あんた、あの視線の前で良くそんな事聞けるわね」

「でもまあ、興味津々と言えばそうねー」

「あはははー」

 

 しばしの間、千雨は威圧感――と言ってもお遊びレベルだが――それを込めた視線で彼女らを睨み付けていたが、突然ふっと笑う。

 

「まあ、いいさ。お前ら、クッキーの小袋を1人1つずつで手伝わないか? お前ら全員居れば、1回で済むだろ」

「「「「「「やるー!」」」」」」

「大河内には今手伝ってもらったから、先に渡しておくな」

「あ、どうも。でも続きも手伝うよ? あれ? これ手作り?」

「壊斗のな。わたしも手伝ったが」

「「「「「「おおーーー!!」」」」」」

 

 そしてさくっと荷物を運び終え、トラックに積み終えると、千雨と壊斗はクラスメートたちに別れを告げ、トラックを発車させた。行く先は壊斗の家の隣に建てられた、新築の家である。表向きは下宿だが、その家に入るのは千雨だけであった。

 しかもその家は壊斗の家同様、地下で壊斗の地下基地に繋がっており、実際は1つの建物だったりする。まあ、千雨と壊斗は事実上の同棲と言うわけなのだ。

 

「ふう……」

「どうした?」

「いや、これであのクラスともお別れかと思うとなあ。あまりに濃いクラスだったし。ただ、一部の生徒……魔法生徒の類や人外連中は、まほ高でも1つのクラスに纏められるんだろうけどよ。

 それ以外の奴ら、さっきあそこに居た連中とかは、お別れになる可能性が高い。あの中でも、春日だけは魔法生徒だけど」

 

 壊斗は一瞬だけ左手をシフトレバーから離し、助手席の千雨の頭にポンと置いて撫でさする。千雨はされるがままになっていた。そして彼女は、一言漏らす。

 

「サンキュ」

「ん。……まあ、死なない限りこれから先の未来、ずっと俺がお前の傍にいる。だから、互いに死なん様に心がけよう」

「だな。これからの長い一生、よろしく頼むぜ」

「応。夏には火星の開発も一段落つくから、高1の夏休みは約束の太陽系一周旅行でも行くか」

「そりゃ楽しみだな」

 

 そして2人のトランスフォーマーは、未来に向けて歩み出す。2人の前には、この先数百万年の未来が待っている。いや、数千万年、下手をすれば数億年、彼等は生き続けるのだ。ややもすれば、更にそれ以上も。

 遠い未来に、彼らが何処へ行きつくのか、それは知るすべが無い。けれど彼らは歩み続ける。そしてまた、新たな一日が始まるのだ。




と言うわけで、最終話です。最後は派手に終わらせるのではなく、ふわっと軽く終わらせようと考えていたのですが、上手く行ったでしょうか。

ちなみに結末が語られなかったカモ。彼はアルビレオ(クウネル)がきっちり世話(オモチャに)してます。寿命が来そうになったら、厳重に眠らせた上でいったんオコジョ化解除、再度青年期のオコジョに変身させますので。なので、本来のオコジョ妖精としての寿命が来るまでは、めったな事では死にません。当人は知りませんが。

さて、残るはエピローグですねー。


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エピローグ: 帰還

 ネギ・スプリングフィールドは、一見して10代後半の若々しい男性だ。しかして彼の中身は、かなりの高齢であるはずである。そうでなくば、麻帆良魔法学校の学校長と、麻帆良学園学園長、そして日本魔法協会理事長の兼任などできるはずも無い。

 彼はこの夜、麻帆良外れの山にある、放棄された地下秘密基地へと足を踏み入れた。ここにはかつて、火星を始めとした太陽系各地に繋がる、スペースブリッジの本体が置かれていたのだ。しかし、今はそれらの設備は撤去され、ただの廃墟に過ぎない。

 

「……懐かしいけれど、寂しいなあ。千雨さん、壊斗さん……。また1人逝きましたよ、龍宮さんが。やはり半魔(ハーフ)では、純正の魔族ほどには長生きできないみたいです……。まるで(クシ)の歯が欠ける様に、1人、また1人と……」

 

ぼむっ!

 

 突然彼の腰に結び付けられていた、一見古めかしい重厚な装丁の魔導書が、煙を上げて1人の少女に化ける。彼女こそ、『生ける新刊魔導書その2』と呼ばれる魔法戦士にしてネギ・スプリングフィールドの『魔法使いの従者(ミニストラ・マギ)』、ノドカ・スプリングフィールドである。名前から判る様に、彼女はネギの細君、妻、奥さんだ。

 

「ネギさん……。大丈夫ですー。わたしは貴方を置いて逝ったりしませんー。そのためこそに……」

「うん。僕もそのためこそに、今の僕になり、今のノドカさんになってもらったんだからね」

 

 そして『生ける新刊魔導書その1』、ネギ・スプリングフィールドは笑う。彼と彼の妻は、彼等の(マスター)アルビレオ・イマ(クウネル・サンダース)が身を賭して己自身を解析し、確立した秘奥義により、自身の魂を魔導書に移し替えたのだ。そして彼等は彼等の(マスター)同様に、『生ける魔導書』として永遠に近い時を生きる事になったのである。

 だけどその理由が、万が一にも自身のつれあいを残して逝く事にはなりたくない、と言うだけの話であったりする。しかも双方共にソレを理由に不死者の道を歩んだのだから、始末に負えない。この壮大壮絶なのろけ話に、彼等の友は皆生暖かい笑顔を送ったとの事だ。

 

「それにー。他にもお義父(とう)さまとお義母(かあ)さまもいらっしゃいますー」

「だけど、あの風船夫婦は今どこに居るかわからないからなあ……。父さんは真祖化しちゃったら、元気いっぱい新しい顔だよアンパ○マン状態で、不死身体質を利用して太陽系中飛び回る様になっちゃったし。

 義母(かあ)さんは、あのヒトはあのヒトで、父さんの重しになるんじゃなく、いっしょに紐に結ばれて飛び回る様になっちゃったからなあ。あれは誤算だった。ほんと、今どこに居るのやら」

 

 ネギは溜息を吐く。

 

「そして千雨さんと壊斗さんは、超さんの子孫、一族に火星を任せると、造った宇宙船……自分たちのボディにドッキングできる様に造った強化パーツ使って、太陽系外への探査航宙に出ちゃったからなあ」

「わたしたちは長生きですけどー……。本体の魔導書が擦り切れる前に、帰って来て欲しいですー……」

 

 ちなみに彼らの本体の魔導書は、最新科学技術と最高レベルの魔法で防護されているので、そうそう破れたり擦り切れたりはしない。

 

「って言うか、僕らより先に太陽系の文明が擦り切れるかもね。なんか少しずつ、少しずつ、人類に元気が無くなってきてる」

「それも心配ですねー……」

「しばらく前までは、戦争とか防ぐために必死に太陽系の各勢力、調整しようと頑張ってたんだけどなあ。ザジさんにまで助力願って。でも今は何処も、戦争する気力も失せてるっぽい」

 

 そう、ネギたちや魔界の魔族が不安視しているのは、数十年から百数十年程度の間に人類に広がってきた無気力である。彼等は、これが人類の衰退、人類社会の黄昏に繋がるのではないかと恐れているのだ。

 

「ここいらで一発、大規模なフロンティアでもあれば、人類社会に対するカンフル剤になるんだけれど」

「太陽系内は、今の技術で開発できるところはしちゃいましたからねー」

「あとはちょっと誰も住みたくない様な場所とか、開発しても経済的に割が合わない場所とか。スペースコロニーとかは技術的には可能だけど、それこそ建造しても維持費とか水・空気の費用で採算取れないし……。

 ……!? これは!?」

「え……。あっ!?」

 

 ネギとノドカは、その超人的な魔法感覚で、『何か』を捉えた。彼等は地脈に乗って、地下深くから一気に地上まで転移する。そこには同じく廃墟になった、かつての壊斗たちの家が建っていた。

 

「何処だ……。あれか!?」

「あ、あれは……!!」

 

 晴れ渡った星空の彼方から来た2機の宇宙戦闘機が、上空をフライパスする。かと思うとその2機は反転して来て、ネギたちの前に降下して来た。そして響く男女の声。

 

『『トランスフォーム!!』』

 

ギゴガゴゴゴッ!! ギゴガゴゴゴッ!!

 

 そして宇宙戦闘機はそれぞれ、10mほどの女性型ロボットと、14mほどの男性型ロボットに変形(トランスフォーム)する。黒のボディに、青と銀のアクセントを入れたカラーリングの女性型。同じく黒のボディに、赤と金のアクセントが入った男性型。ネギとノドカは懐かしさに涙する。

 

「千雨さん! 壊斗さん!」

「おかえりなさい!」

『ははは、ネギ先生たちか。こっちのステルス()いて、誰かがわたしら見つけたから、誰かと思ったよ』

『久々に帰って来たが……。まだこの建物とか残っていたんだな。廃墟同然と言うか、廃墟だが』

 

 2体のロボットは、燐光に包まれて人間に変身した。その姿は、かつての千雨と壊斗そのままである。

 

「変わりませんねー」

「ええ、本当に」

「そりゃ、変わりようが無いからな」

「無理に変えれば変わるが、大変だし面倒だからなあ」

 

 ネギとノドカは、懐かしい友の帰還に満面の笑顔を浮かべる。

 

「今日の予定は何かあるんですか?」

「いや、特にはねえな。って言うか、太陽系の基地でまだ稼働してるのを探して、今日はそこに泊まろうかと思ってたんだが」

「ならウチに泊まってくださいですー」

「そうさせてもらうか、千雨。久々だし、土産話が沢山あるからな」

 

 そして千雨と壊斗は何の気無しに、爆弾発言をした。

 

「いや、太陽系外に移住可能な地球型惑星を、結構な数見つけて来たんだよな」

「そのうちの1つ、大気が無い奴を機械惑星化(サイバーフォーミング)して、開発や開拓の前線基地に使える様にしてある。スペースゲートやスペースブリッジとかの端末も向こうに残して来た。金取って向こうへの移動の請負業でもしようかと思っていたんだがな」

「ええっ!?」

「な、なんだ!?」

「何を驚いている?」

 

 ネギとノドカは、一瞬唖然としたが、すぐに我を取り戻す。そして再び満面の笑顔に戻ると、ネギが口を開いた。

 

「流石ですね……。ちょうどこちらが危惧してた事態を……。お二人は、素晴らしい『機械仕掛けの神々(デウス・エクス・マキナ)』ですよ。まったく」

「本当ですー。ふふふ……」

「なんだそりゃ?」

「ははは」

 

 笑いながら、彼等は未来都市に様変わりした、麻帆良の街へと歩き出したのである。




でもって、エピローグ。これにて完結です。これまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

さて、次は何を書こうかなあ……。


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