季節イベント(波間IF) (夢枕 七変化)
しおりを挟む

旧作風七夕イベント
七夕18(麦わらのルフィ)本編IF


 甲板でウソップと釣りしてたら船内から見慣れない服装で、不思議な物を持ったナミが姿を見せた。なんだろうと思ったのは俺だけじゃなかったようで、全員の視線がナミに向く。

 それなのにヒラヒラした姿で動くナミは何も気にしてる様子はない。それからおもむろに辺りを見て声を出す。

 

 「皆、ちょっとしたイベントしない?思い出した事があるのよ」

 

 そう言って皆を集めたナミが〝七夕祭り〟と言うのを説明し始める。皆の願い事を短冊と呼ばれる紙に書いて、笹って言うナミの持つ植物に取り付ける。

 そして、それを最後笹ごと燃やして終わるだけのイベントで、燃やした煙が星に届いて願いが叶うらしい。昼間の内に願いを書いて取り付けたら、夜星が見えた時に燃やして終わりの何でもないイベント。

 そう言って1人で準備してたらしいナミが笑う。どこの国か忘れたけど、そんな風習があるんだってと言うと、空を見上げてちょうど今夜が天の川の見える日だしとその瞳を細めた。

 何処か遠いところを見ているような表情で言うナミの言葉に皆も何か金がかかるでもなし、いいんじゃないかと賛成して、サンジは1応簡単な宴にでもするかと準備に取り掛かった。俺は宴は好きだからそれなら大歓迎だと答えたからか、皆好きな色の短冊を取ってその場を離れる。

 俺が赤の短冊を取るとナミは小さく笑ったから、何かおかしいかと首を傾げればごめんと謝られた。

 

 「ルフィはやっぱり赤よね。私どうしようかな」

 

 俺は迷わず髪と同じオレンジの紙を差し出す。それを見たナミは受け取りながら俺をじっと見てくる。

 

 「ナミの色だろ。それに、赤を着るのはいいけど燃やすなよ」

 

 俺が燃やされてるみたいだからなんか嫌だと思って言ったら、ナミは少し照れたように笑って頷いてくれた。俺は願い事として〝海賊王になる〟と書いたけど、ナミはなんて書いたんだろう。

 夢を書いたのか、他の事を書いたのか。気になるけどまだ笹には付けられてない。

 ヒラヒラと飾りの付けられた笹を見れば、ナミが1人で用意してたのだとわかり少し可愛く思える。皆が参加しないと言ったら1人で願い事書いて燃やすつもりだったのだろうか。

 夜になって宴の準備が整うと、俺の号令で〝七夕祭り〟が始まった。ハープを鳴らしながらナミが昔話を始めると皆そんな話のイベントだったのかと、それぞれの気持ちをその表情に浮かべる。

 ウソップは何処か照れたような顔で空を見上げているし、チョッパーは怠けたらダメだよななんて言ってる。ロビンは恋人のイベントなのねと笑ってからフランキーに視線を向けて、向けられたフランキーは気付いてないフリしてコーラを1気飲みしてるけど、顔が赤い。

 サンジは興味深そうに、ゾロは興味無さそうに話を聞いて、ブルックはそれなら恋の歌でも演奏しましょうかなんて提案して来る。俺はただ楽しくて、語り終えたナミの所へ向かってヒラヒラしたその服を褒める。

 

 「良かったわ。自分で作ったのなんて学生の時に1度だけだから、変じゃないか心配だったのよ。和裁なんてなかなか触れる機会無いものね」

 

 ……時々ナミが何言ってるか分からない時があるのは、多分俺だけじゃない筈だ。でも、それに気付かない様子でナミは嬉しそうに俺に笑いかけるから、とりあえずまァいいかと思う。

 宴の終わりが近付くと、フランキーが用意した入れ物の中で笹に火が付けられた。その時ナミの文字が書かれた短冊を見付けて、それに視線を向ける。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 おい待て、ナミの願いは無いのかと振り向けば、楽しそうにロビンと何かを話していて、その膝にはチョッパーがいる。チョッパーやロビンといるのは流石に邪魔できなくて、俺は溜息を1つ落として燃える笹を見つめる。

 

 「クソゴム、お前もナミさんの見たのか」

 「あァ、見えた」

 「なんつーか、ナミさんらしいよな」

 

 サンジのその言葉に俺は確かにと笑うと、サンジが持っていた料理に手を伸ばして食べる。相変わらず美味いと思ったら、ナミさんとロビンちゃんの分だコラと蹴られて、何故だか痛ェ気がした。

 それこそそれなら書いとけよと思いながら美味かったと答えれば、サンジは後で用意してやるから盗むなと怒りながらも、ちゃんと俺にも用意してくれてる。サンジの料理を受け取った2人は嬉しそうに笑っていて、ナミは欲しがるチョッパーにフォークに刺して差し出していて、それを嬉しそうにチョッパーが食べる。

 ……ずりィ。俺もそれはやってもらった事ねェぞ。

 そう思って見ていたら、ナミが俺を見て手招く。近付いた俺に、美味しかったからと言ってやはりフォークに刺したそれを差し出すから、俺もチョッパーと同じようにしてそれを貰う。

 さっきも貰って食ったのに、なんか、違う物みたいに感じるのは何なのか。ナミはどう?なんて聞いてくる。

 

 「美味かった」

 「良かった。サンジ君に言って貰ったらいいわよ。それだけじゃ足りないでしょ?」

 

 言ってから自分も食べようと口に入れたのを見て、俺は頷くけど、俺の視線はナミの唇から離れようとしない。美味そうだな。

 

 「あァ、もっと喰いたい」

 

 言ってナミの唇に俺の唇を重ねて、ナミの口からそれを奪って唇を離すと真っ赤な顔したナミがいた。だから、そっとその耳元に囁く。

 

 「今夜、図書室で待ってろよ」

 

 この後が楽しみだと俺は何くわない顔でウソップ達の方へ走り出して、夜が深まるのを待つ事にした。何とも楽しい宴はまだ途中だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(海賊狩りのゾロ)

 見張り室と呼ばれている所でいつもの様に体を鍛えていたら下が騒がしくなったのを感じて、汗を拭いつつ下に降りる。降りてみれば見慣れない服装で、不思議な物を持ったナミがいて何事かと思う。

 いつもとは違い露出の少ない姿に、そう言うのも似合うなと思うが声には出せず見つめていれば、突然皆に呼び掛け始めた。

 

 「皆、ちょっとしたイベントしない?思い出した事があるのよ」

 

 そう言って皆を集めたナミが〝七夕祭り〟と言うのを説明し始める。皆の願い事を短冊と呼ばれる紙に書いて、笹と言うナミの持つ植物に取り付ける。

 そして、それを最後笹ごと燃やして終わるだけのイベントで、燃やした煙が星に届いて願いが叶うらしい。昼間の内に願いを書いて取り付けたら、夜星が見えた時に燃やして終わりの何でもないイベント。

 そう言って1人で準備してたらしいナミが笑う。どこの国か忘れたけど、そんな風習があるんだってと言うと、空を見上げてちょうど今夜が天の川の見える日だしとその瞳を細めた。

 何処か遠いところを見ているような表情で言うナミの言葉に皆も何か金がかかるでもなし、いいんじゃないかと賛成して、コックは1応簡単な宴にでもするかと準備に取り掛かった。ルフィが宴は好きだからそれなら大歓迎だと答えたからか、皆好きな色の短冊を取ってその場を離れる。

 俺が緑を手に取るとナミは1人で納得している。それから自分の紙を選べずにいる様子だったから、緑の紙を示してやれば驚いた様子で俺に視線を向けて来る。

 

 「ナミは蜜柑だろ。なら、願いを叶える役割は、栄養を集める緑の葉にしとけ」

 

 それっぽい事を言ってみたが、揃いの色を使って欲しかっただけなんだが……鈍いナミに伝わったとは思えず、笑って受け取ったその笑顔で今は我慢しておく。この紙に書いた願いが本当に叶うならば、自力だけで叶えられる大剣豪になるよりも叶えたい祈りは1つだ。

 

 〝ナミの心が欲しい〟

 

 体なんか後からでも手に入れられる。今は誰とも付き合っていないナミの心を手に入れたい。

 その手に持つ紙にナミはどんな願いを書いたのかと気になるが、覗く事も出来ず宴が始まるまで少し寝る事にする。少しのつもりだったが、目が覚めると既に祭りは始まろうとしていて、体を起こす。

 その時体に何かが掛けられていたようで、それが落ちたので拾えば微かに蜜柑の香りがする。見ればいつもナミが使ってる膝掛けで、その小さな気遣いが嬉しい。

 ルフィの号令で〝七夕祭り〟が始まれば、ハープを鳴らしながらナミが昔話を始める。皆はそれを聞きながらそんな話のイベントだったのかと、それぞれの気持ちをその表情に浮かべる。

 ウソップは何処か照れたような顔で空を見上げているし、チョッパーは怠けたらダメだよななんて言ってる。ロビンは恋人のイベントなのねと笑ってからフランキーに視線を向けて、向けられたフランキーは気付いてないフリしてコーラを1気飲みしてるが、アルコールも入ってない筈なのに顔が赤い。

 コックは興味深そうに、ルフィ楽しそうに話を聞いて、ブルックはそれなら恋の歌でも演奏しましょうかなんて提案している。ルフィがそれに答えているから、今夜は恋の歌が何曲も演奏される事になりそうだ。

 何となく懐かしい服装のナミに近付き似合うなと言えば、ナミは良かったと微笑む。それを見て思わず抱き締めれば、驚いた様子でそれを受け入れるナミに警戒心を持てと心から思う。

 

 「……そんな服持ってたのか」

 「無いから作ったのよ」

 

 何かを言わなければと口を開いた俺の言葉に返されたのは、謎の言葉。俺が意味が分からないと呟けば、布買ってきて作ったと言われる。

 作れる物なのか、これは。何でもできる奴だなと言えば、戦えないから守って貰ってるわなんて言う。だが……必要な時にはいつも戦っているし、十分過ぎるだろうと思う。

 宴の終わりが近付くと、フランキーが用意した入れ物の中で笹に火が付けられた。その時ナミの文字が書かれた短冊を見付けて、それに視線を向ける。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 おい待て、ナミの願いは無いのかと振り向けば、ナミもまたその頬を赤くして俺の方を見ている。どうやら俺の願いを見たらしい。

 

 「俺の願いが叶えば、ナミの願いも叶う訳だが……叶えてくれるか?」

 

 俺の問い掛けにナミは耳まで赤くして、俯いてしまう。鈍いナミにも想いが通じたとわかれば、ここで引き下がるのもおかしいだろう。

 その腰を抱き寄せれば困惑の表情を浮かべるから、俺は片手をその頬に這わせて唇が唇に触れる直前の所まで顔を近付ける。そこでナミに選択肢を突き付ける。

 

 「俺の願いを叶えてくれるなら、このまま唇を受け入れろ。無理なら、俺を突き飛ばして逃げろ。悩む時間は与えてやれそうもねェから、すぐに決めろよ」

 

 早くしなければ、俺は逃げようとするナミを手放す余裕も無くなるだろうと思いながら、唇を重ねる。ナミからはただ困惑が伝わって来ているが、抵抗もされないからと頬に添えていた手を後頭部に移動させてその唇を堪能する。

 苦しそうに俺を受け入れるナミに、理性の糸は既に切れて無くなりそうだ。息継ぎの為に離した唇の隙間でナミが喘ぐように待ったをかける。

 それに動きを止めれば、ナミは少しでいいから考える時間が欲しいと言う。

 

 「今夜は俺が見張りだ。受け入れるつもりなら来い。ただし、来たらもう……この程度じゃァ止まらねェぞ」

 

 耳元で最後に覚悟は決めて来いと囁きを落とせば、ナミがその場で崩れ落ちた。最後に決めるのはナミだと言う形を取ったが、もし今夜来なければロビンが見張りの夜に部屋に侵入してやるつもりでいる。

 今夜だけでは決められなかったんだろと言って、大義名分を引っ提げていればナミも騒ぎはしないだろう。理由があれば怒る事をあまりしないナミだからこそ、その怒りを躱す方法も分かっている。

 俺の織姫となるつもりなら、今夜はまだ始まったばかりだ。来る等とは1言も言われていないが、ナミは来ると何故か確信して、見張り室で待つ。

 宴の後片付けが終わり、それぞれが休みに向かった頃誰かの登ってくる音が聞こえて、微かに蜜柑の香りが漂えば口角が上がるのを抑える事は、出来そうにもない。今夜は楽しくなりそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(黒足のサンジ)

 甲板が騒がしいと思って出てみるとナミさんが天女に!ではなく、見た事も無い衣装で俺を悩殺……でも無く、謎の植物を抱えて立っていた。その姿が天女に見えて俺が勝手に悩殺されているだけだ。

 手にしている植物は食用じゃァ無さそうだな。紙で作られた飾りが巻き付けられていて、可愛らしさと綺麗な印象を与える。

 見覚えの無い服だが、あれば恐らくワノ国の衣服だろう。何故ナミさんがそれを着ているのかは定かでは無いが、恐ろしく似合っている事だけは確かだと言えるだろう。

 

 「皆、ちょっとしたイベントしない?思い出した事があるのよ」

 

 そう言って皆を集めたナミさんが〝七夕祭り〟とやらについて説明を始める。簡単に纏めると願い事を書いた紙、短冊を笹竹に付けて夜にそれを燃やして星に願いを届けてもらう事でそれが叶うと言うイベントらしい。

 言われてみれば確かに夏の初めに、空を流れる川のように星が見える事がある。今日がそれの見える日かと思えばナミさんの言い分も良くわかる。

 最近は大きな問題も無いが、だからこそ暇そうにしているのが何人かいるのでここらでガス抜きしたいのだろう。細かい所に気の付く人だと笑いながら、それならばいっそ宴にしたらどうだと言う意見を聞いて、ルフィがそれを断る筈も無いかと食事の支度をして来るとその場を去る。

 仕込みを終えた頃キッチンにナミさんが入って来るから、飲み物でも取りに来たのかとポットに手を伸ばすとそれを視線で止められる。ではどうしたと言うのだろうか。

 

 「サンジ君はまだ短冊持っていってないでしょ。どの色がいいかなと思って。……忙しいのにゴメンね」

 

 下手に手伝うと邪魔になるからねェと困ったように笑うナミさんは、時々俺も知らないような料理を知っていて、それを振舞ってくれる。それと病人食を作るのが恐ろしく上手い。

 毎月ロビンちゃんの為に作っているのを食べた、あの時の衝撃は忘れられない。その日のロビンちゃんの体調に合わせて、入れるものを変えていて、飲み物もそれに合わせて入れているのを見た時は声を失った。

 そんな俺にナミさんは困ったように笑いながら、医食同源って言うでしょう。サンジ君ならすぐに出来るようになるわよ。なんて言っていたが、あれは医学知識が必要だろうと思える。

 チョッパーが言うには薬剤師に近いらしい。医者と薬剤師の違いがよく分からないのでそれ以上は聞かなかったが、チョッパーはナミがいると助かるよなんて言っていた。

 俺は青の短冊を手に取ると、ナミさんにお礼を言うつもりで視線を上げる。すると何故か納得した様子でそれを見ていた。

 

 「どうかしたのかい?」

 「ううん、サンジ君のイメージカラーだなァって思ってただけ。短冊は気晴らしと思って楽しんでね」

 

 そう言ってから、ナミさんはくるりと背を向けたから咄嗟にその体を抱き寄せていた。抱き締めてその体や髪から溢れ出す蜜柑の香りを嗅いだ時、どうしようかと思ってしまう。

 

 「サンジ君?何かあった?」

 

 衝動的に抱き締めたなんて言ったら蹴られるか?

 

 「……足元が危なく思えて、つい。驚かせましたか?」

 「大丈夫よ。ありがとう」

 

 そう言ってナミさんは俺から離れると優しく笑う。俺の嘘を信じたのか、それとも嘘と分かっていて受け入れてくれたのか。

 

 「その着物、似合ってるけど何処で買ったんですか?」

 「ああ、これは作ったのよ。ワノ国の物は時々出回ってるけど高いから」

 

 1瞬思考が停止しかけた。ナミさんは万能過ぎやしないだろうか。

 過去を考えれば、出来ない事がないのはある意味当然なのかも知れないが、やはり異常に思えてしまう。それにしても、良く出来てるし似合っている。

 少し雑談してからナミさんを見送り、料理や仕込みをしていく。夕方になる頃には仕上げを残すだけとなったが、表は既に騒がしくなり始めているから、短冊を付けているのだろうと分かる。

 1服しつつ自分の願いを考えるが、オールブルーの他に何かあるだろうかと思う。自力で見つけるつもりだから、誰かに祈るのもおかしいだろうと思うから、それを書けないだけなんだが。

 その時ふとナミさんの何かに耐えるような笑顔が脳裏に浮かび、手が無意識に動いていた。

 

 〝いつも涙を拭える距離にいたい〟

 

 無理して隠して、皆の為ならと耐え抜く彼女。そんな人だから……。

 いつも傍で護りたい。その、心も含めて全てを。

 そろそろかと料理を運べば、全員の視線が集まる。ナミさんが即座に手伝い始めて、甲板にはすぐに料理が所狭しと並べられる。

 そうなってしまえばルフィが耐えられないとばかりに、すぐに宴を開く為の号令をかけるから俺は笑顔でそれに混ざりながら短冊を笹竹に取り付ける。その直後ハープを鳴らしながらナミさんが歌うように語り出した。

 語られる恋愛の物語は初めて聞くものだったけど、何処か優しい話に思えるのはナミさんの声が優しいからだろうか。周りを見れば反応は様々だ。

 ウソップは何処か照れた様子で空を見上げているし、チョッパーは真面目な様子を装っているが内心は楽しくて仕方ない様子だ。ロビンちゃんは微笑みフランキーに視線を向けていて、それを受けたフランキーは酒を呑んでもいないのに酔っている。

 マリモは興味無さげに、ルフィは楽しそうにそれを聞いていて、ブルックは恋の歌を演奏しましょうか等と言ってその場を盛り上げている。ナミさんは語り終えると果実水を飲むように果実酒に手を伸ばして、少し困った様子を見せる。

 どうやらあまり体調が良くないらしい。基本的に酒はいくらでも受け付けるように慣らしてあるようだけど、根本的には得意ではないのだろうと最近見ていて気付いた。

 だからこそ、体調が良くない時は酒を呑むと困ったような顔をしてから、何事も無かったようにまた何かを飲んで、周りに気付かれないようにしてから、夜中に1人で脂汗を滲ませている。チョッパーが知ったら怒るだろうなと、何度思ったか知らないが俺が近付けば何事もなかったように装うから、支える事も出来はしない。

 酒の空き瓶に入れておいた果実水を持ってナミさんの元へ近付き、それを手渡すとそっと耳元に囁く。

 

 「無理しないでください。それ果実水です」

 

 俺の言葉に驚いたような視線を向けて来るナミさんに小さく笑って、フランキーが用意した入れ物で笹竹が燃やされるのを眺める。その中にナミさんの書いた物を見つけて、らしいなと思う。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 それならば、俺の願い事も叶えてはくれないだろうか。皆の視線が燃える笹竹に向いている今ならばとナミさんの唇を奪う。

 それにナミさんは驚いたような顔をしてから、揶揄わないでと怒りを滲ませるけど、揶揄った事なんて1度もない。俺は常にナミさんに本気だ。

 

 「俺はナミさんを本気で好きですよ。……ねェ、俺の女になりなよ。世界中の誰より、大切にするよ」

 

 言ってから再び唇を合わせれば、今度は怒りを滲ませはしなかったけど……困惑が見える。どうしていいか分からないと言わんばかりのそれに、流されてくれていいのにと思う。

 

 「……返事は今夜、ここの後片付けが終わったら教えて欲しい。俺にはナミさんだけが特別なんだ」

 

 顔を赤くしてナミさんは、小さく頷くと聞こえたのが奇跡のような声で、言葉を口にした。

 

 「……ちゃんと、考えるから。短冊、見ちゃってゴメンね」

 

 ……この可愛い生き物をどうしたらいいだろうかと、理性を保つのだけで精一杯となった俺は多分普通だろう。宴が終わり、後片付けが終わった頃、蜜柑の香りとと共に姿を見せたナミさんは、恥じらうように微笑んでいて……早くその声を聞かせて欲しいと、飢えたような気持ちでその唇を見詰めた。

 夜はこれからだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(黒足VS海賊狩り)黒足視点

 ロビンちゃんを取り戻して、船が新しくなって、夢にまで見た鍵付き冷蔵庫も手に入れた。航海も順調と言えるだろうが、何処と無く気の抜けた少し暑い日。

 先程まで2人で甲板に居た筈の美女が1人に減っていて、取り敢えずロビンちゃんに飲み物を提供しようと近付けば、その机には本が積み上げられていてロビンちゃんが真剣な表情でそれを読んでいる。良く見れば全てナミさんの文字で書かれているのがわかりロビンちゃんに視線を向けると、ロビンちゃんの視線が俺に向いた。

 

 「ナミの書いたこの船の備品管理記録がこれ、そっちのは航海日誌、それからあの辺は巡った島と航路の地図と海図を簡易的に纏めた物ね。他にも色々あるけど……どれに興味があるのかしら?」

 「ナミさんの居場所かな。飲物が汗をかきはじめたからね」

 

 俺がおどけて答えればロビンちゃんは視線を船内へ向ける。それからもう少しで出て来るから待ってたらいいわと言うので、それに従う事にした。

 それから時を置かずに本当に姿を見せたナミさんは美しく、そしてどこか儚い印象を与える。そして、迷わずにルフィの元へ行くと何かを話しているのでそちらへ足を向ける。

 会話の内容としては、宴を開くというものでその内容に合わせた料理を作らなければならないからと話に参加すれば、ナミさんはふわりと笑って俺とルフィに趣旨を説明してくれる。それは簡単なイベントでそれならばと受け入れようとしたその時、マリモが何かを見付けたと上から叫んだ。

 降りてきたマリモも含めて中身が何かと話していたら、ナミさんが中身は酒だと言うので宴に丁度いいと笑い合った。その時ナミさんが1冊の本を俺に差し出すから無意識で受け取ったが、その内容はレシピとなっている。

 

 「私が知ってる範囲のものだから、大した物は無いけど、サンジ君ならこれアレンジしてもっと美味しいものに作り直せると思って」

 

 挿絵付きのレシピ本は説明もわかり易く、俺はそれについ見入る。マリモはそんな俺とナミさんに近付くと俺には何もねェのかと意味のわからない事を言い出す。

 それに対して俺があってたまるかと言おうとしたところで、ナミさんがちょっとまっててと言うから何かあるらしいとわかる。それは流石にマリモも想定外だったのか頭をかいているので、これはナミさんの完全勝利だなと何故か嬉しくなってほくそ笑む。

 戻って来たナミさんは1冊の本をマリモに差し出して、ニッコリと笑う。

 

 「ストレッチの本よ。筋肉が硬いといざと言う時に上手く動かなくなるから、鍛えるだけじゃなくてたまにはストレッチしてみたら?案外いいものよ」

 「……この文字は」

 

 マリモが呟くのもわかる。明らかにナミさんの文字だ。

 ただし、いつも見ている文字とは少し違う。それに対して古いものだからと笑うが、いくつの時に書いたんだよと恐らく俺とマリモの気持ちはシンクロしただろう。

 そう言えば先程ロビンちゃんは他にも色々あるような事を言っていたが、他にはどんな本があるのだろうか。それとなく聞いておこうかとロビンちゃんに視線を向けてみると、ロビンちゃんが笑いながら近付いてくる。

 

 「目録、作ったから貸してあげましょうか?ナミは万能よね……。この間古代文字の読書を教えて欲しいと言われたわ」

 「アイツ、何を目指してんだ?」

 

 マリモの呟きは俺とロビンちゃんを無意識で頷かせるものだった。その直後酒樽を開けた俺達は、そこから閃光弾が飛び出したのを見て警戒するが、ナミさんはそれを妙に冷静に見ていた。

 

 「……このタイミングで?最悪」

 

 その呟きの直後嵐に追い掛けられて暗い霧の中へと船は移動を余儀なくされた。あの嵐を意味していたのかと、あの呟きについて思いを馳せながら食事の支度をする。

 この暗闇でも宴を中止にはしないだろうと、ルフィの顔を思い浮かべれば当然と言える。そんな俺の元へ幽霊船だと言う声が聞こえてきて、残りは仕上げだけだからと外に出てみれば確かに幽霊船がそこにはある。

 煙草に火を付けて少し気持ちを落ち着けてみたところで、動いている骨を見れば冷静でなど居られる筈もない。そんな俺の横でお化け類が怖い筈なのに、妙に冷静なナミさんがいて不思議に思う。

 厳選なるくじ引きの結果ルフィのお供は俺とナミさんに決まり、骸骨を仲間に引き連れて俺達は船へと凱旋した。ナミさんは良くこの服で動き回れると思ったら、足元を大きく割開きその白い足を大胆に見せながら登ったり降りたりしていた。

 そして、なんの衒いも無く短冊を骨にも差し出して、これから宴なのちょうど良かったわねなんて笑う。それから願いを書いて燃やすと願いが叶うと言うオマジナイなのよと言えば、骨は微かに震える手で短冊を受け取った。

 それは何かの儀式のようにさえ思えて、誰も声も出せない。そこで彼女が大きなミスを犯した事を除けば、概ね問題は何も無かったと言えるだろう。

 

 「本当の願い書いてもいいと思うのよ。多分ブルックが諦めているような願いも、きっと叶うと思うから」

 

 そう、ナミさんは骨を当然のようにブルックと呼んだ。それに骨は反応して、小さく名前と呟くとナミさんは1瞬動きを止めて深呼吸してから、その唇を開いた。

 

 「……鼻唄のブルック、ルンバー海賊団船長でしょう?」

 「古い手配書も目を通しておいででしたか。それにしても良く分かりましたね」

 

 その会話を聞きながら、違うと思わず叫びそうになった。恐らくナミさんは知っていたのだろう。

 そうでなければ、深呼吸してから口を開く必要なんて無かった筈だ。この船でナミさんを好きな奴は全員気付いてる癖、感情の乱れを抑える為にやるのは深呼吸。

 その深呼吸はいつも息を吐き出す時に肩の力を抜く。だから、分かってしまう。

 それから行われた宴で全員が楽しみつつ骨の話を聞いて、骨が飛び出すとナミさんは塩を準備して全員に持たせてくる。どこか遠くを見る君を、俺はここに繋ぎ止めたくて抱き締める。

 それを驚いたように見てから、困ったように笑って頭を撫でてくるのはナミさんの甘さか。そこで何故か横から蹴りが入って、そちらに視線を向ければマリモがいて大喧嘩になる。

 それは互いにその眼を見ればわかる。ナミさんに近付くなと、触れるなという意味を込めていると。

 無言で繰り出されるマリモの刀と、俺の足。それを止めるのはいつもナミさんで、咄嗟に足を引いた俺と違い勢いを止められなかったマリモの刀がナミさんに振り下ろされる。

 それを確かに俺達は見た筈だったのに、ナミさんはそれを躱していたようで平然とその場に立っている。それから肩を震わせるマリモに近づいて、その頭を抱き寄せる。

 

 「……ごめん、怖い思いさせたわね。私は大丈夫よ。ごめんなさい」

 

 マリモの気持ちは痛い程にわかる。そうなると不思議なのはナミさんだが……無事で良かったと心から思う。

 恐らくこれからも俺とマリモの戦いは続くだろうが、その審判をするべき女神は今も尚多くの謎に包まれている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(鷹の目のミホーク)

 聞き慣れない音に反応して振り向けば、ワノ国の装いをしたナミが妙な植物を抱えて姿を見せた。そして、俺に笑いかけるからどうしたのかと視線で問い掛ける。

 

 「七夕祭りしたくて……ダメ?」

 「それは、なんだ?」

 

 聞いた覚えのない祭りの名に対して問えばナミは少し顔を赤らめて、恋人のイベントなんだけどと言い出す。その様子が可愛く思えた俺に、拒否権等ある筈も無かった。

 詳細を聞けば、成り立ちの昔話も聞くかと問われたので1応聞くだけは聞くと答えれば、クスクスと笑いながら怠けた故に引き裂かれた2人の話を聞かされる。共に真面目に生きるか、邪魔する者は切り伏せて共に生きれば良かろうと言えば、ナミは困ったような顔でそんな血なまぐさい七夕嫌だとほざく。

 それから願いを書けと色とりどりの紙を差し出すから、白の紙を手にして少し考える。願いなどあるだろうか。

 ロロノアが育ち俺の前に再び現れるのは楽しみではあるが、願う程ではない。勝手に育てと言う他ない。

 ではナミに対してと思うが、料理を含めた家事全般を行い、海図や地図を描いて、天候を読み俺に報せてくれると言うのに他に何を望めばいいのか。夜は名器となり歌声も響かせてくれるのだから、他に望む事など……。

 最近は素直に頼ったり甘えたりしてくれるようにもなって来た。それを考えれば、望みとしてあげられるのは……。

 俺は思い付いた事を短冊とナミが呼んでいた紙に記載して、笹に取り付ける。それを見たのかナミはその頬を赤く染めて俺を凝視する。

 

 「ナミは、何を願う?」

 「わ、たしは……」

 

 手にしていた短冊に書かれていたのはナミらしいと言えばらしい願い。〝皆の願い事が叶いますように〟と言うのならば、燃やす予定の夜まではまだ時間もあるのだから、俺の願いが叶うよう協力して貰おうか。

 

 「意見の1致と取って良いな。ここか中か……場所は選ばせてやろう」

 

 顔どころか全身を紅く染めたナミが口をパクパクと動かすのを見ながら、こういったイベントも時には良いものだと思う。俺の願いはナミの他に叶えられる者がいない。

 恥ずかしそうに小さな声で、外は嫌だと言うナミを抱き上げれば笹が甲板に落ちたが、どうせ後に燃やされるのだ。構わぬだろう。

 いつもとは違う装いのナミに、どのように鳴かせてやろうかと思いながら口付けを落とす。それを素直に受け止めながら、問い掛けるような視線を向けて来るナミに笑いかける。

 

 〝新たなる住民……叶うならばナミに似た娘が好ましい〟

 

 俺に似た男子では、取り合いになりそうな気がしてならぬ。そう耳元で囁けばもうナミは視線で問い掛けてくる事さえしなくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(天夜叉ドフラミンゴ)

 たまには外へ連れ出してやるかとナミを連れて出たが、船に乗せて隣の島に立ち寄っただけで妙に楽しそうにしていた。欲しい物があれば買ってやると言えば、紙やらペンやらを欲しがられては首を傾げるしか無い。

 だが少し考えて、海図や地図を描きたくなったのかと魚の元にいた頃を思い出して必要な物を揃えてやれば、ありがとうと微笑みを向けて来た。それに対して唇を奪う事で応えれば、ナミは恥ずかしそうに辺りを気にしている。

 無防備な様子のナミに少しの現金を持たせて自由にさせてみれば、初めは特に何かを見ている様子もなかったのに突然何かを思い出した様子で変わった物を購入し始める。それから笹竹のある場所とやらに向かうといくつか物色して俺に視線を向けて来た。

 

 「ドフィ、コレが欲しいわ」

 「……そうか」

 

 目的も何も分からないが、欲しいなら持ち帰らせてやるかと切ってやれば嬉しそうにそれに手を伸ばすのが見えて、危険だと俺がナミごと持って船に帰ったのが数日前。あのままにしていれば、笹竹に潰されていただろうナミの目的は未だ不明だ。

 船内から出て来ないナミのお陰で、殺戮現場を見せずにすみ狙われる事もないのは助かるが、ナミは何故あんな物を欲しがったのか。そう思っていたらナミが見た事の無い衣装でその姿を見せた。

 買った所も見ていないから、誰かから貰ったのかと考えるが、そんな命知らずがいるとも思えない。それでも聞かずには居られない。

 

 「その服はどうした?」

 「……この間ドフィと行った島で買った布で作ったのよ。……変、かな?」

 

 不安そうに聞いてくるが、ワノ国の衣服……キモノと似ているなと思う。似合うかどうかだけならば、ナミに似合わない物など何も無い。

 それよりも、それを作れる事に驚きを隠せない。だが無言な俺に似合わないと判断したらしいナミは落ち込んだ様子を見せるから、俺の元まで歩かせてその体を抱き締める。

 

 「フッフッフッ!よく似合ってる。驚き過ぎて、なんと言えばいいか分からなかっただけだ」

 

 俺の言葉にナミはホッとしたような顔を見せるから、操られても抵抗もしなければ何もしないのだけは頂けないと思いながらもその額に唇を落とす。それを恥ずかしそうに受け入れるナミに、理性を試しているのかと思った俺はおかしくは無ェ筈だ。

 それから笹竹の使い道について話し始めたナミの声に耳を傾け、他のファミリーもそれならば喜びそうだと承諾する。ナミは妙な知識を多く持っているが、これもその1つだろう。

 紙に願いを書いて燃やすだけで叶う筈もない。そんな事は分かっているが、楽しむ事と自分と向き合う事は出来そうだと思えば、悪くもない。

 何より珍しく何かをやりたいと言い出したナミの願いを叶えたかった。短冊とナミが呼んでいる紙の中から適当に1枚引き抜くと、それに欲しい物を書く。

 

 〝世界〟

 

 ただそれだけを書いて笹につければ、ナミから他のファミリーの人達にも良かったら参加してもらいたいと言われる。そうして託された紙を手に、俺は分かったと請け負いナミを部屋に帰しておく。

 それからファミリーにその話を伝えれば、半数は照れたようにしながら短冊を受け取る。もう半分はとりあえずといった風情だ。

 それでも誰1人拒絶する事無く受け取った短冊に、それぞれが願いを書いて取り付ける。折角だからと夜は宴にする事になった。

 宴の席でまだ新入りの1人なのかナミを知らない奴が気軽に話しかけているのを見かけ、不快に思いながら見ていればナミは自分で上手く躱している。慣れた様子にそれもそうかと思いながら、ナミが笹に願いを付けるのを眺めていた。

 その後ろ姿は髪を結い上げているからか、うなじが妙に色っぽく吸いつきたいような衝動にかられる。取り付けられた短冊にはお人好しなナミらしい事が書かれているのが見えて、自然と溜息が落ちた。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 そんなナミの腕を掴んだ酔っ払いが1人居て、俺が咄嗟に立ち上がりそうになるのとほぼ同時に何人かのファミリーが殺気立つ。ナミは俺の女だと思っているのと、俺を庇って死にかけた事で守るべき相手と認識されたらしいと知る。

 だが俺達が手を出すより早く見事な体術でその腕を捩じ上げると、関節技を決める。それからどうしようと書かれた表情で俺に視線を向けるナミが妙に可愛い。

 先程の攻撃している時のナミは冷たい刃物を思わせる横顔だっただけに、そのギャップは大きい。それを見て関節を外せと示せば、少し嫌そうな顔をしてから、ナミは逆らわずにその肩を簡単に外した。

 それにより呻く男に視線1つ向けずにナミは俺の元へ移動して来る。これにより周りの視線はナミに向けられているが、気付かないのか気にしていないのか、それを感じさせずに俺の元まで来てそっと俺の肩に手を置く。

 

 「……ごめん、少しそばにいさせて」

 

 誰かを傷付ける事を苦手としているのは知っていたが、それだけで顔色がここまで悪くなるとは考えにくい。それでも構いやしねェかとナミを膝に座らせれば、ナミはホッとした様子で俺の胸にその顔を埋める。

 微かに震えるその肩は、何をそんなに怯えているのか。歩いてる時も、何をしている時にも怯えた様子は見せなかったし、恐らく俺の他は甘えているようにしか見えないだろう。

 ……魚にやられていた事が、トラウマになってるのかとナミを隠すように肩に掛けていたコートを脱いで前に移動させれば、ナミは俺に抱き着いてきた。それから俺を見上げて、小さな声で言う。

 

 「ドフィ……ありがとう」

 「ナミは、苦手なものがあるならそれを教えるくらい出来るようになっておけ。守りにくい」

 

 その言葉にナミは十分過ぎるくらい守られてると笑うが、それは無いと俺は苦笑してしまう。だがナミ本人がそう言うならば、今夜はその礼にナミが欲しいとでも言ってみるかとその耳元へと唇を寄せれば、それだけで未来が楽しみで仕方無くなる。

 国を滅ぼしたとしても、誰を切り刻んだとしても、お前だけは俺の傍に置いておく。その羽根を毟り取る事も、その為ならば厭いはしない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(ハートの副船長ロシナンテ)

 船に用事がある度にガス男に自分達を運ばせている麦藁の1味は、どうしたってガス男にだけは冷たい。特に優しさの塊にしか思えないナミの対応が、恐ろしい程に冷たいのを考えれば何かあったのだろうとは思う。

 今も着替えて戻って来たナミは、巨大な笹竹をガス男に持たせている。それを街の中心に持って行って、足りないかしらなんて言いながら気晴らしに少しお祭りをしましょうと言ったのは、恐らく善意。

 そのやり方も何かが必要と言うものでも、準備が必要な物でも無いから、動けない者も楽しめそうだと開催される事になった七夕祭りは、穏やかな気持ちにさせてくれる。短冊に願い事を書くようにと言って笹竹の側に紙を置いたナミは、動けそうな人に足りないと思うから笹竹を他に数本入手したいと話している。

 それの手伝いに挙手した俺を、何故かクルー達が止めればナミはクスクスと笑う。その笑顔は昔から変わらない。

 

 「相変わらずね、ロシーは。それに仲良しだわ」

 「出逢った当初でさえ歳下だった事は自覚してるか?」

 

 何故か俺を子供扱いするナミに言えば、ナミは分かってるんだけどと言ってから、ドジっ子だからつい……なんて言い出す。それを否定出来ない俺は何とも情けない。

 夕方になったら祭りの元になった話でも語ると言っているナミは、時間が足りないと言わんばかりに治療を手伝っていて、俺達は瓦礫の撤去等を進めて行く。瓦礫の撤去等をしていてふと気付くと、麦藁の1味の男が食事の用意をしてくれている事に気付く。

 基本的に善人で構成されているらしい麦藁の1味とローが同盟を組んだのは、船長が同じDだからなのか、それともナミのいる1味だからなのか。どちらにしても受け入れられないと突っ撥ねる数人を除けば、概ね関係も良好だ。

 食事をしながら辺りを見てもナミの姿が見えず、近くにいる人達に聞いてみると多分あっちだとそれぞれが違う場所を示す。どうやら常に動いていて、目撃情報に従って動いても無駄なようだ。

 

 「コラさん、ナミを探してるの?」

 「まァ、過去の事があるから、姿が見えないと落ち着かなくなるだけなんだが……」

 

 ベポの言葉にそう言えば、ベポはそれならあっちだよと言う。またかと思ったら、蜜柑の匂いがすると言われてそれに納得して、礼を言って動き出す。

 誰もいない森で1人座り、何をしているのかと思ったらうたた寝をしているらしいと気付く。その手にある短冊にはナミだなァと思わせる文字が書かれている。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 それを見て俺は願い事を短冊に書く。

 

 〝ナミの願いが叶いますように〟

 

 2人の願いがあればきっと、少しはご利益もあるだろうと思う。上着を脱いでナミに掛ければ、僅かに身動ぎ俺の上着を握り締める。

 それから何かを探すように動いた手が俺の腕に触れると、当然のように掴み、その表情を緩ませる。迷子の子供を思わせるその動きに、信頼されているのかと思えば嬉しくもなり、切なくもなる。

 掴んだまま寝入っている様子のナミの頭を撫でれば、小さく呟くような声で寝言を言う。

 

 「ロシー、ローちゃ……無事で、良かった……」

 

 それはこっちの台詞だと口を開きかけて、閉ざす。その返事の代わりに額に唇を落として、離して貰えないからと言う理由を付けてその寝顔を堪能する。

 夕方になる頃目を覚ましたナミは隣に俺がいて、その腕を掴んでいる事実と上着を掛けられている現実に、その瞳を大きく見開いている。それから慌てて飛び起きると腕を離して、上着を畳みながら即座に謝ってくる。

 

 「ごめんなさい。上着洗って返すから」

 「そのままでいい。気にするな、俺が勝手にやった事だ」

 

 それに、ナミの匂いが付いていても問題は何も無い。ただ、少しは意識して欲しくておずおずと上着を差し出してくるナミの腕を掴んで抱き寄せる。

 

 「ナミ、好きだ。もし、同じ気持ちなら、今夜ここにまた来てくれ」

 

 それだけ言って上着を受け取るとその場を立ち去る。自信なんて無い。

 それに想いが通じ合ったとしても、同盟を組んでるだけの敵だ。俺がローの傍から離れられないように、ナミが麦藁の1味を辞める事もないだろう。

 それに無理に連れ去っても、ローと俺でナミを取り合う事になるのは目に見えている。その上恐らくは泣き暮すだろうナミを思えば、そんな事は出来ない。

 ……だからと言って、諦められる程簡単な想いでも無いんだなァ。

 広場の様子を眺めていれば、年に1度の逢瀬を許された恋人の話をするナミ。年に1度の逢瀬だけでも許されたならば、それは幸せだろうと思う程には、ナミが欲しい。

 語るナミが時折俺に視線を向けて来るから、何か言いたい事があるのは分かるが邪魔する訳にも行かない。俺は来ると言われた訳でもないのに、先に広場を抜けて森の中へと入って行く。

 到着した森の中で星空を見上げて、思わず口にする。

 

 「年に1度の逢瀬でも、この際構わない。羨ましい話だ」

 「……ロシーは、ロマンチストね。そして、相変わらず優しい」

 

 そう言って姿を見せたナミは、短冊見てごめんねと言う。それからゆっくりと俺に歩み寄って、その細い腕を俺に回した。

 

 「これが恋愛感情かは、分からないけど……私、ロシーの事が大切よ」

 

 その言葉に俺は笑って、簡単にわかる方法があると言いながらその唇を奪う。そういう意味で好きなので無ければ、不快感に襲われるだろうからな。

 空に輝く星々に負けない煌めきを放つナミに、俺の心は囚われている。時がナミを奪い去るその時までは、少なくとも離さずにいようと心に決めて細いその体を強く抱きしめた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(死の外科医ロー)

 この船は騒がしいなと思った直後に、俺の船も変わらないかと思い至る。コラさんやベポを思い出して少し感傷に浸っていると、甲板がザワついたのが分かり視線を向けた。

 このザワつきはナミが関わってるとしか思えねェ。見れば和装に身を包んだナミが竹を持っていて、何をしたいのかとそれを見つめる。

 船員を集めて口を開いたのは宴を開こうというもので、麦藁屋は大喜びでそれを受入れてナミの説明を聞いている。短冊に願いを書いて笹竹に付けた後に燃やして星まで届けると願いが叶うという、子供が喜びそうなそれを聞けばうちのクルーも大喜びしそうだと思う。

 だが火を使うのはコラさんがなァと溜息が出てしまう。そこまで甘やかす必要も無いかと思っていたら、ナミが目の前に来ていて、短冊を差し出される。

 それを見て黄色を手に取ればナミはそうよねと言う。

 

 「黒の紙に文字書けないもんね」

 「……何故黒を選ぶと思ったんだよ」

 

 俺の素直な問い掛けにナミはクスクスと笑う。あの時から本当に変わらないナミは、今では俺よりも少し小さくて、あの頃は綺麗だとしか思わなかったが今は可愛く見える。

 

 「ローちゃんのイメージカラーが黒だったのよ。ゴメンね」

 

 確かに黒は好きだが、着ているのは黄色が多いだろうと小さく言えば、今更気づいた様子で確かにと言うから全くと笑ってしまう。ナミと居ると、気付けば笑っている事が多い。

 それから当然のように宴に参加させられるらしいと気付き、願いを書くように言われた短冊を睨み付ける。書いただけで叶うならば、誰も苦労はしねェんだよと思うが言葉には出来ずに苦笑が浮かぶ。

 家族を返せとか、海軍なんぞ滅べとか、そんな事を書いても何の価値も無い。だからと言って、ドフラミンゴ死ねとか書いた所でそれも無意味だ。

 そうなると他に願いは何かあるだろうか。クルーは今皆揃って安全なゾウにいる。

 そうなると安全を願うのもおかしい。……子供や女が喜ぶ願いを書くイベントならば、恋愛絡みが良いのかとナミに視線を向ける。

 和装に身を包んだナミは美しく、当然のように色々と動き回っているのが見える。いつ休んでいるんだと問いたくなる程に、ナミは多忙だ。

 仕事が多過ぎると言うのが第1印象だ。誰といても恋愛絡みではなく仕事をしている。

 遊んだり寛いだりしているように見えても、近付けばそれは航海日誌を書いていたり、備品点検をしていたりで遊んでる事は1度もなかった。1人で何か作っている事も多く、何時なら余裕があるのかわからない。

 夜中に図書室から明かりが見えて登ってみれば、海図や地図を描いていて、俺に気付くと優しく微笑む。幼い子供を見るような眼差しで。

 ……調子が狂う。ナミの中で俺は今も13歳のガキのままだ。

 深く口付けしても、大人になったと見せたがる子供扱いでは、それ以上先に進むのも難しい。恋愛に関しては脳の中でその細胞が死滅してるように思える。

 

 〝ナミに俺の愛が伝わる事を祈る〟

 

 最後は神頼みかと自嘲しちまうが、仕方ねェだろう。そうして迎えた夜に、短冊を付けて宴に参加すればナミは歌うように語る。

 やはり恋愛物のイベントかと笑えば、語り終えたナミが不思議そうに俺を見て近付いてくる。当然のように俺に近づいてそばにいて、それでも俺の想いには気付かない女。

 燃やされる竹に視線を向けると、妙に綺麗な文字が見えてまさかとそれを読めば肩から力が抜ける。俺の願いを叶えられる唯1の存在が、それを願うのかと。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 視線を横に向ければナミもまた驚きの表情で俺を見ていた。それから少し戸惑ったように視線を泳がせて、小さく勘違い、よね。と呟いた。

 

 「……勘違いじゃねェよ。ナミを1人の男として愛してる」

 

 ここで聴き逃していたらと思うとゾッとする。何故勝手に否定するんだお前は!

 俺の声に反応して顔を上げたナミはゆっくりとその顔を赤く染めて、俯いた。無駄に良い頭で、その内容を考えているのだろう。

 そんなナミの顎に指を這わせて顔を上げさせると、恥じらうようにその瞳を伏せて逃げようとするからその唇を奪う。ナミは抵抗してるつもりなのか、なんなのか分からないが、俺の胸元に手を置いている。

 角度を変えようと唇を離した俺にナミは縋るような声で、静止をかける。

 

 「ローちゃん、待って。お願い、混乱していて……」

 「無駄に考えるな。嫌なら突き飛ばせ。その時は辞めてやる」

 

 言って再び唇を奪うと、ナミからは戸惑いと混乱だけが伝わり、本当にこいつはと思う。辞めてやると言ったが、この唇は麻薬だと思えるほど、甘美だ。

 角度を変えて何度も降らせたキスにより、ナミの体からは力が抜けて行くのが分かる。苦しそうな吐息の合間に、俺を呼ぶのは誘っているのか。

 このままここで襲う訳には流石にいかないかと、自制心で唇を離せばナミはその瞳を潤ませて俺を見ている。

 

 「これ以上の事をしたいという意味で、ナミを求めてる。受け入れるつもりがあるなら、図書室で待ってるから来い」

 

 俺はそう言って立ち上がると移動する。まだまだ幼い恋愛観を持つナミが、どんな結果を選ぼうとあんな表情で見つめられて諦められる筈も無い。

 夜も深まった頃、宴の片付けをした後で風呂に入ったらしいナミの足音と香りに顔を上げる。ただ、海図を描きに来た等と言っても、許すつもりは無い。

 じっくりと可愛がってやると、少し緊張した様子で入口から動かないナミを見て笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(ローVSロシナンテ)ロー視点

 2度と会えないだろうと思っていたクルーの姿を見て、内心ホッとしたのはやはり信頼出来る相手だからなのか。その奥からコラさんが姿を見せて、少し怒っているような顔をしているから後で説教されるのは覚悟しないといけないかと思う。

 麦藁屋の1味に合流したら、何故か黒足屋が居なくなったと言う話になり、俺が怒り狂っているといつの間にか打ち解けたらしいナミが俺のクルーと仲良く会話をしていた。だが知らない間にナミの衣装は、見慣れない物に変わっていた。

 いつものようなドレス系ではなく、和服に。素肌が見えないというのは逆にそそられるものがあるなとそれを見ていると、ふわりと笑ったナミが口を開いた。

 

 「ローちゃん、ロシー、今話してたんだけど今夜は宴になるみたいなの。それでね、ついでだから〝七夕祭り〟をやる事にしたから、ちょっと来て」

 

 ローちゃんは俺だから分かるが、ロシーって誰だよと思えばコラさんが迷わずにナミの元へと歩き出している。まさかと視線を向けるが、今の所明確な答えは無い。

 だが、自分が呼んだ呼び方が原因で俺がこんなふうに考えているとは気付かないナミは、平和そうな笑顔で七夕祭りとやらについて説明をしてくれる。単純に願い事を紙に書いて吊るした後、燃やすイベントらしい。

 その説明の直後ふと横を見ればコラさんが当然のようにナミを抱き締めていて、ナミもそれを受け入れて何故か笑っている。この2人付き合ってるのかと思ったが、どうやらそうではなく再会の挨拶らしい。

 

 「あの2人、ガルチュー好きだから」

 

 ベポの言葉に俺は溜息を禁じ得ない。そう言えば初めて会った時から、コラさんはナミに優しかったな。

 そうやって思い出せば、ずっと探していたのもあの頃から想いを募らせていたという理由であると考えられる。それは正直……厄介だ。

 他の誰が相手でも気にせず奪い取れるが、相手がコラさんでは正攻法でやり合わない訳にもいかないだろう。まァコラさんが相手でも譲るつもりは無いが……それはお互い様だろうし、ここで手を抜く方が失礼だろう。

 

 「ナミ、それは全員参加なのか」

 「出来るならね。ここは襲われたばかりだから、少しでも気晴らしして欲しくて提案したってのもあるから、何か重要な案件でも無ければ参加して欲しいわ」

 

 その言葉でどうやらナミは主催者側らしいと気付く。このお人好しは誰にでも発動するものらしい。

 深い溜息が落ちたのも仕方ない事だろう。それを受けて何故かナミは嬉しそうに微笑むと、ありがとうと言う。

 今の溜息が了解の意だと何故分かったんだか。そう思っていたら好きな色を選んでくれと紙を差し出され、それに願いを書くらしいと理解した。

 コラさんは1番上にあったのを貰い、それから真剣に何か悩んでいる様子を見せるから、気が抜ける。俺も受け取りはしたが、何を書けというのか。

 ドフラミンゴを倒すという大きな目標は達成したと言うのに、他にもまだ何か願えと言うのか。コラさんが生きていて、仲間が無事で、ナミとも生きで再び間見える事が出来た。

 これ以上望む事など……。そうか、この状態が続く事を願えば良いのか。

 そう思って書こうとしたところで、それはどうなんだと思って動きが止まる。見ればコラさんも似たような動きをしていて、それをナミは楽しそうに見ている。

 何か考えるきっかけになればとナミに話しかけようとして、何と言えば良いのか戸惑う。そこでコラさんが先に口を開いた。

 

 「ナミの衣装はワノ国の物と似てるが、高くなかったか?」

 

 ワノ国は鎖国している為どうしても物が出回らず、高値で取引される事になる。それを考えれば、その質問もおかしくはないか。

 

 「ああ、布買って作ったから、安く済んでるのよ。七夕祭りなら浴衣かなって思って張り切りました!」

 

 ……時々ナミが同じ人間なのか疑わしくなる。作れるのかと言う疑問と、七夕祭りだから和服と言う謎の繋がりで混乱する。

 これはワノ国の祭りなのか。だとしたら何故ナミはそれを知っているのか。

 

 「……似合わないかな。和服はクビレが無くて、胸がなくて、黒髪の方がやっぱり似合うよね」

 「1人で納得するな、似合っているが、作ったという単語でそちらに気を取られていただけだ」

 

 言われてみると、有名な女の中に胸の小さいヤツはいないなとそんな事を思う。そうなると基本的に、有名人は全員似合わない物だと言う事に繋がるのではないだろうか。

 そんな事を考えていたらふと祈りたい事が脳裏を過ぎた。なので、ペンを手にそれを書き留める。

 

 〝クルーのバカとドジが治りますように〟

 

 俺の能力でも治せない病だからな。祈るのに丁度いいだろう。

 突然思い浮かんだ名案を書いてからナミに声を掛ける。

 

 「書いたがどうしたらいい?」

 「それなら、広場に笹竹があるからそれにつけて欲しいけど……そうね、案内するわ」

 

 そう言って当たり前のように俺の手を掴むナミは、ゆっくりと手をひきながら歩き出した。無防備で無邪気、それでいて俺を子供扱いする女……か。

 導かれるままに到着した所には、笹竹が大小様々に置かれているのが見える。それ自体が既に飾りと化していて、華やかな印象を与える。

 宴開始まで目を楽しませ、それぞれがその飾り付けに参加する事で場を盛り上げ、手間に感じさせない。最後には燃やして片付けるとなれば、金も手間も掛からないいい案だと言えるだろう。

 

 「9月9日の重陽の節句はもう、知られてすら居ないけど……七夕まではちゃんと残ってる。廃れさせるのは勿体無いわ」

 

 隣でナミが呟くように言った言葉は、聞き慣れないものだったが、どうやら他にも似たようなものはあるらしい。笹竹に短冊を取り付けて隣に立つナミを抱き寄せれば、相変わらず蜜柑の香りが漂う。

 そこへコラさんが手を伸ばして来てナミを俺から奪い取ると、自らの後ろへと匿うように隠した。状況を飲み込めていない様子でナミは、その瞳を大きく見開いている。

 

 「ロー、無闇に触るな」

 「コラさんがどう思おうと、俺はこれからも手を出し続ける」

 

 既に唇は奪っている。恋人の有無も、ナミの気持ちも無視したものだったが、それは今後何があろうと変わらないだろう。

 俺とコラさんが睨み合う中で、ナミはフラリと俺達から離れると笹竹に自分の短冊を取り付け始める。この鈍さもまた、ナミらしいと言えばらしいのかもしれない。

 

 「ロー、奪うだけが愛じゃねェって事くらいわかるだろう」

 「コラさんがどう勘違いしてるかは知らねェが、俺は海賊だ。欲しいと渇望した相手を力で奪って何が悪い」

 

 あの日からずっと想ってきた。囚われてきた。

 あの暖かく優しい温もりを欲する事に、なんの問題があると言いたいのか。コラさんだって本当は分かっている筈だ。

 手放せば2度と触れられないかも知れない。そんな恐怖がいつも俺を包んでいる。

 

 「ロー……。大切なら、奪うだけじゃダメだ」

 「見守るだけなら、他の奴に取られる。俺は、やらずに後悔するつもりは無い!」

 

 コラさんが優しいのは知っている。恐らくはナミも同種だろうから、共にいれば相性もいいだろう。

 だが、俺はどちらも側に置いておくと決めている。特にナミは俺の女として。

 

 「ローちゃん、ロシー、喧嘩しないのよ。はい、飲み物」

 

 俺とコラさんが喧嘩していると判断したらしいナミが当然のように飲み物を差し出してくる。それを思わず受け取れば、温かい。

 コラさんはそれを手にどこかへ座ろうとするが、それを見ていたナミが咄嗟に1度渡した飲み物を回収して椅子へ案内している所から、ドジっぷりは理解しているらしい。座ったコラさんに飲物をしっかりと持たせてから、熱いから気を付けるようにと散々注意している姿は既に母親だ。

 それからくるりと俺の方を向くと当然のように手招くから、無言で近付くとその隣に座るよう促される。座った俺の頭を撫でて、穏やかな表情でクスクスと楽しげに笑う。

 

 「2人とも疲れてるのよ。温かいものは気持ちを楽にするから、少しゆっくりしたらいいわ。また、夜にね」

 

 そう言って喧嘩の原因が立ちされば、コラさんが困ったように笑ってからゆっくりと口を開く。

 

 「……ありゃ、相当手強いぞ、ロー」

 「んな事はわかってる。それでも俺は、諦めるつもりはねェんだよ」

 

 飲み物を飲んで見れば妙に美味しくて、確かに心が多少和むのを感じる。それからナミの事を視線で追いながら、言葉を口にする。

 

 「1番の強敵は、ナミ本人だろうが、それでもコラさんも俺は十分脅威に感じている。だから、ナミに関しては敵と看做すからな」

 「……了解、キャプテン」

 

 コラさんの言葉に俺はふと肩の力を抜く。それでも戦いは、今始まったばかりだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(英雄クロコダイル)

 軟禁して随分時が過ぎたってのに、ナミはそれに不満も言わねェ。仕方無く、用事を済ませるついでに少し連れ出してみたが1度は船を降りてニコ・ロビンと買い物に行ったが、他は船内で大人しくしている。

 そんなナミがヒラヒラとした姿で顔を覗かせるから、珍しいとその姿を見る。助けられた恩とやらを感じているのは分かってるが、出会い頭の生意気な態度を思えば何とも言い難い気分になる。

 

 「クロコ、あのね……七夕祭りしたいんだけど、船の上だから駄目かな?」

 「……聞いた事ねェな。何だそれは」

 

 不安そうに聞いてくるが、基本的にナミのやりたい事は、やらせてやるつもりでいる。願い事を書いた笹を夜燃やすと願いが叶うというお伽噺にのっとったイベントだと言うナミに、船が燃えないようにする方法はあるから構わねェと言えば嬉しそうに笑われた。

 ニコ・ロビンは燃やす直前に取り付けるからと言っていたらしいから、参加するつもりらしい。警戒心の塊であるアレと打ち解けるとは中々に貴重な人材だなと笑いながら、手を出せばナミは短冊と呼んでる紙を見て困ったような顔をする。

 

 「何色がいい?」

 「拘りはねェよ。1番上にあるやつ寄越せ」

 

 言えばナミは嬉しそうに俺に紙を差し出す。それに何と書くべきかと少し考えて、ふとナミに視線を向ける。

 

 「……その服はどうした?」

 「作ったの。おかしかった?久しぶりに作ったから自信ないのよ」

 

 見慣れない装いだから何とも言い難いが……剥きたくなる衣服だ。素肌が見え無さすぎるのがいけないのだろう。

 不安そうに見上げてくるナミに俺は溜息を落ときてから、軽く頭を撫でる。それだけでナミはホッとしたように笑うから、賢い奴だと思う。

 

 「良かった……。ありがとう」

 

 そう言って去ろうとするナミの腕を掴み、引き寄せれば、不思議そうに見上げてくる。そのナミに俺はニヤリと笑う。

 

 「俺の織姫も、今夜は眠れないと理解しておけ」

 

 それだけ言って腕を離せばナミは真っ赤にその顔を染めて、小さく頷くと船内に掛け戻って行った。その後ろ姿を見送り願いを書く。

 

 〝小鳥が常に傍で囀り続ける未来を〟

 

 何処に行く事になったとしても、ナミを手放すつもりは既に無い。いつか来る死という別れも、可能ならナミも共に連れて行く。

 そう決めている。葉巻から立ち上る煙と笹の燃える煙の何が違うというのかと、願いを書いた紙切れを見ながら思うが、ナミが喜んでいるのだからそれで構いやしねェと思った時点で、俺も大分おかしくなっているのだろう。

 今夜が楽しみだと、ナミの赤く染まった顔を思い出しながら、甲板で夜になるのを待つ事にした。そんな俺が夜になって目にしたのはナミの愚かな願い。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 なら、お前も……俺と同じ願いだと思わせてもらおうかと笑えば、ナミは小さく頷いて抱き着いてきた。今夜は、手加減できそうに無いなと、その髪を指に絡めながら考えた俺はおかしくねェ筈だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(不死鳥マルコ)

 その袖が見えた時、イゾウかと思ったがその直後にそれがナミであると判断して、どうしたのかと近付けばホッとしたように笑みを浮かべて俺を見る。それから白髭様に会いたいのだけど、時間取ってもらえるかしら?なんて聞くから、案内する事にした。

 何度かナミと親父は2人で話し合いの席を設けていて、その度に親父は真剣にナミの話を吟味していた。時には俺もそれに同席したが、基本的に口出しが出来る雰囲気でも状況でも無かった。

 そんなナミが何処か砕けた雰囲気で親父に会いたいというなら、今回は厄介事では無いのだろう。そう判断したからこそ、俺は親父の元へとナミを連れて行った。

 

 「こんにちは、白髭様。今日は小さな宴をやりませんかという提案に来ました」

 「珍しいな。だが、金のかかる事はしねェぞ」

 

 親父の言葉に俺が溜息を落とせば、ナミは少し驚いたような顔をしてから笑顔で頷いた。そして笹竹を差し出すと簡単に宴の内容を語り始める。

 それを聞いた親父は金もかからねェならとそれを承諾して、俺に視線を向けるから何人かで笹竹を取りに行く事になりそうだと理解する。願い事を書いて吊るして、夜に燃やすという行事らしい。

 それだけの事なら確かに何か必要と言う訳でもねェなぃ。その上ナース達が喜びそうなイベントだから、親父も納得したのだろう。

 何処を見ているのか分からないような顔をする事の多いナミは、けれども俺達に害を成す事は絶対にしないと何故か確信できる。親父と海賊王の右腕、俺を憧れの人だと言い切る担力と、お人好しで生真面目な性格の同居を見事にしてみせるナミ。

 そんなナミだからこそ、隊長格のメンバーはすぐにナミを受け入れた。それは革命的な事とも言える事態だが、ナミはその事実に気付いていない。

 警戒心の塊のような彼等が警戒心を抱けないのは、基本が抜けてる少女であると気付けてしまったからだろう。大人としてのキリリとした姿が、仮面もしくは必要に迫られての姿で、基本的には疑う事を知らない子供だと分かるからこそ。

 だからこそ、こんな風に無邪気に親父に宴を開きたいなんて言ってる姿にホッとする。まだ、心を壊したりはしていなかったようだと。

 俺の炎では、心を癒したりは出来ねェからなぃ。それよりも……気になるのは着ている物。

 これは買う所を見ていないし、持って来た荷物にも無かった筈だぃ。……イゾウから貰ったにしては柄が地味だしねぃ。

 

 「……宴の件は了解したよぃ。ただ、ナミ。その服はどうしたんだよい?」

 「この間島で皆買出ししたじゃない。その時に」

 

 平然と言うナミだが、そんな物を買ってるのは見てない。ナミが降りる時は俺もいたから間違いは無ェ。

 

 「買ってるの見てねェよぃ」

 「布、買ってたの覚えてない?」

 「布?」

 

 言われてみれば珍しい布を扱ってる店で何やら買い込んではいた。アレか?

 

 「あの時に買った布で作ったんだけど……何処かおかしい?」

 「……おかしくねェ所が、おかしいよぃ。万能過ぎるだろぃ」

 

 呆れを滲ませて言えば、ナミは首を横に振った。それから困ったように言う。

 

 「前に1度作った事があるだけだから、多分色々間違ってると思うのよ。落ち着いたらイゾウさんに確認して貰おうと思ってるの」

 「……お前は何を目指してんだよぃ。まァ、似合うからそのままで良いと思うけどなぃ」

 

 思わず口にした言葉を聞いたナミは、その顔を赤く染めて、小さくありがとうと言うからその照れが伝染する。そんな俺達を見ていた親父がグララララと大爆笑するから、俺は誤魔化すようにナミを残して笹竹を取りに行くメンバーを選出しに行く。

 親父を含めた大きな体の人でも使えるような笹竹も必要だからと使用目的も含めて説明して、取りに行かせれば何だか家族が皆楽しそうにしていた事で、宴も久々だったと思い出す。それならばと戦闘員に海王類を仕留めれば、宴で肉が出るぞとけしかけて適当に食料調達させつつサッチの元へと向かう。

 

 「今夜は宴か?」

 

 食堂に入ってすぐに声をかけられれば、気付かれていたのかと笑うしかない。簡単に説明すればサッチはナミちゃんはいい子だなァなんて言うから、その真意を探ろうとサッチを見る。

 

 「……他意はねェさ。最近敵船にも会わねェから宴も無かっただろ。その鬱憤が溜まり始めたこのタイミングで金のかからない季節のイベントとなれば、妙な事を考える奴も減るし、喧嘩も減る。助かると思えばこそだ」

 「確かに、そうだなぃ。喧嘩が増えるとモビーが壊されて、親父が怒るからねぃ」

 

 喉の奥で笑えば、サッチがお前もなんかズレてるよななんて失礼な事を言う。そうして動き回っていたら、ナミの姿が見当たらなくて取り敢えず部屋に戻ってみた。

 部屋に置かれていた書類は重要な順番に並べ替えられており、計算書類は間違いの無い物とある物に分けて積まれている。間違っている物にはそれぞれ紙が添えられていて、訂正箇所が書かれていてるだけでなく『訂正前にもう1度確認して下さい』と書かれている。

 海図や地図も確認しておかしい所を修正してあり、既に俺のやる事は確認のみと言っても良さそうな状態になっている。医療系の書類は並べ替えのみで終えているあたり、分かってやっていると伝わって来る。

 これをここまで終えてくれたナミはと思えば、何かを抱き締めた状態で、何故かベッドを背もたれにして寝ている。何故ベッドでもソファでも無く、床で寝ているのかとその細い体を抱き上げると抱いていた物が青い鳥のぬいぐるみだと分かり動揺する。

 ……そんなもん、何処に売ってたんだよぃ。そもそも布もだが、どうやって買っていたのか。

 見学するだけだと言っていたから、念の為について歩いていたが、金は持ってなかった筈だ。だからこそ、時々飲み物を買う時にその場に残したりはしたが、他は常に傍に居たし、短時間で戻れば必ずその場に居たのだから不思議でならない。

 いつの間にか俺のシャワー室に増えていた洗剤類は、見覚えのない物でそれも販売されてるのを見た記憶は無い。深く眠っているのか、ベッドに移動させても起きる気配のないナミの額に口付けると、ナミの瞼が微かに動いた。

 それからゆっくりと瞳を見せるナミに、笑いながら声をかければ少し眠そうにしながら体を起こして、抱いていたぬいぐるみを撫でながら何かを確認している。

 

 「それ、どうしたんだよぃ?」

 「ん……?マルコがいない時に、作ってたの。スモールマルコ。可愛いでしょ」

 

 まだ微かに寝惚けているらしいナミに、けれどもその問いに俺はどう答えたら良いのか。作った事を褒めればいいのか、可愛いと言われても嬉しくないと言えばいいのか。

 それとも、そんなに愛してくれてありがとうとでも言うべきか。悩んだ末に口から飛び出したのは、素直な言葉。

 

 「今は俺本人が居るから、それじゃなくて俺を撫でろぃ」

 

 それにナミはふわりと笑って、俺に手を伸ばすとぎゅっと抱き着いて、そのまままた眠ってしまった。どうやら相当疲れていたらしいなぃ。

 宴が始まるまで寝かせてやるかとその頭を撫でながら、腰に抱きついたまま離れずに眠るナミをどうしたものかと思う。仕方なくベッドに腰掛けて膝枕してやりながら書類に目を通しつつ、宴の始まる時間まで2人で部屋に篭っていた。

 宴が始まると呼びに来たハルタは俺とナミを見て、何故か嫌そうに溜息を落としてから、ナミに優しく声を掛けて起こす。飛び起きたナミを見たハルタが俺を睨み付けながら、揶揄うように言葉を投げ捨てて姿を消した。

 

 「親父に孫抱かせたいのは分かるけど、無理させちゃ逃げられるぞー!」

 

 どうやら悪者は俺と決められているらしい。ハルタを見送ってから、今更短冊に願いを書いてなかったと思い出して、どうしたものかと考えて、心からの願いを書く。

 

 〝無駄な仕事が減りますように〟

 

 仕事がこれだけあると、ナミと過ごす時間が減り過ぎる。寂しい想いをさせたから、こんな物を作ったのだろうと思えば、申し訳ないような気持ちにもなろうってもんだろぃ。

 目覚めたのを確認して2人で宴の会場になっている甲板に出ると、ギター片手に弾き語りを始めるナミには、先程の甘えた印象は無い。酒場の楽士も裸足で逃げ出すような腕前で弾き語るのは、この宴の趣旨となっている恋物語。

 ナース達はそれをうっとりと聞き入り、そのナースに気がある男達は色めき立つ。ただ、食事や酒を楽しむ者もいる中で、弾き語りを終えたナミは、1礼してから笹竹へと向かい短冊を取り付ける。

 俺もそれに続いて取り付ければ、書くだけ書いて付けていなかった奴が慌てて笹竹に集まって来た。揉みくちゃにされる前にとナミを連れて離れる時見えたナミの願い事は、海賊らしくないとしか言いようがない。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 そんなナミにそっと耳打ちする。

 

 「明日は運良く俺の休みの日でねぃ。……寝られると思うなよぃ」

 

 俺の言葉に私何かした!?と半泣きで縋り付くナミを無視して歩けば、周りからは暖かい笑い声が聞こえてくる。エースを取り戻すまでもう少し……俺にも甘えさせてくれよぃ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(火拳のエース)

 ルフィが追われているのを助けて後程合流する筈が、ルフィが自分の仲間と逸れるという珍事を起こしてくれたので共に行動して、船まで連れ帰った。その後目的地が同じだと言う事で船で進める所まで進みながら、ユバまでは共に行けるとはしゃぐルフィを宥めていた時、ルフィの仲間の1人であり手紙の送り主が見慣れない姿で甲板に出て来た。

 それから宴でも開きましょうと笑ったのを見て、周りに視線を向ければどうやら思い詰めている王女の為にと考えたらしいと分かる。船長である筈のルフィが何も出来ないからか、クルーは優秀なのが揃っているなと苦笑しちまう。

 まだまだ荒削りだが、後々確実に力を付けて名を残せそうな人材だけを集めているのは、ルフィの天性の能力なのか。その中でも特に目を惹くのは剣士の強さだ。

 覇気を身に付ければ相当手強い相手になるだろう。そしてコックの料理の腕。

 その中で異彩を放つのは航海士だと言うナミだ。航海士としての腕前は今の所不明だが、このクルーが信頼している様子から見て、相当な腕前なのだろうと推測は出来る。

 それよりも……送って来た手紙の内容を考えれば、先読み系の能力を持っているのだろう。それと知識量とその質の高さ、分析能力も高いのに、お人好しで周りに気を遣いすぎだな。

 今も夜どちらにしてもキャンプになるのだからと言って願いを書いた物を燃やすだけのそれならば、問題無いでしょと笑っている。それから俺に視線を向けて、願いを書く為の紙を見て困ったような顔をする。

 

 「エース……燃やさないで紙を持っていられる?」

 「なんで俺が能力の制御苦手なの知ってんだよ」

 

 思わず言えばナミはしまったと言う顔になるから、これは何かあるなと分かってしまう。それから唇の動きがオーズと動いたので、帽子の件を知っているのかと分かってつい、その腕を掴む。

 

 「ルフィには言うなよ」

 「兄としての威厳が消えるから?」

 

 クスクスと笑いながら言われたので俺は深々と溜息を落とした。賢く優しいが、少しイタズラ好きなんだよな。

 それからその唇が言葉をこれ以上紡がないように塞げば、無駄な抵抗をして来る。反応するのに抵抗するとか意味がわからねェと思っていたら、思いっきり舌を噛もうとして来るから仕方なく唇を離す。

 

 「エース、ふざけないで!まぁ、ビビに手を出したんじゃないだけマシだけどね」

 

 そう言ってから近くの村に娼館あったかなと呟くので、これは手強いなと思う。どうやら欲求不満だと思われたらしい。

 けれども1過性のものだと思っているのか、手を離している今は逃げるでも怯えるでもない所がまたなんと言っていいのかわからない。それから燃やしちゃったら新しいの渡すから、願い事書けたら吊るしといてねと言って適当に何枚か俺に押し付けて立ち去る。

 願い事と言われてもと思いながら、短冊を睨み付ける。書いた所でどうにもならない事を書いたら、どんな反応をするのかと考えてしまった俺は、性格が良くはないだろう。

 それでも1度思い浮かんだそれは、消える事はなくて俺は結局それを書いてみる事にした。それをルフィが見る可能性を失念して。

 

 〝もう1度兄弟揃って会いたい〟

 

 それをぶら下げてから船内を歩いていれば、人気の無いところで座り込んでいるナミを見付ける。顔を赤くして、何やらブツブツ言っているから、どうしたのかとその声に耳を傾ける。

 

 「大丈夫、あれは事故。他意は無い。大丈夫。気にしない、犬に噛まれただけ、大丈夫」

 

 ……平然として見えたのは、演技か。そうと分かれば押してみるのもありだなと内心で嗤いつつ近付けば、俺に気づいたらしいナミは慌ててその表情を取り繕う。

 

 「あら、エースどうしたの?」

 「ナミこそ、そんな所に座ってどうした?」

 

 それに対してナミは迷う事も無く涼んでたなんて言う。平然としたその様子に、先にあれを見聞きして無ければ信じるだろうなと思わされる。

 そんなナミが人気の無い所で座っているのはある意味都合が良いと、その肩を押して床に縫い付けるように押し倒せばキッと睨み付けてくる。けれどもよく見れば体は小さく震えている。

 

 「……怖いか?」

 「馬鹿言わないで!怒ってるのよ、適当に近場の女で済まそうとしないで!」

 

 瞳まで演じられるのかと感嘆の思いでナミを見ながら、それでも俺が手を少し動かしただけでその体は小さく反応する。そしてほんの僅かな時だけ、瞳に怯えの色が浮かぶ。

 素直にそれを表に出す事の出来ない環境で育ったのかと思えば、余り虐めるのも良くないと分かる。それでも、泣かせてみたいと思うのだから、俺も駄目だよな。

 

 「……後で、娼館に案内するから辞めなさい」

 

 突然ナミに投げ付けられたその言葉で、俺は何かが切れた音を聞いた。その勢いのままでナミにのしかかり簡単に脱がせられるその服を剥ぎ取りながら、唇を重ねれば力でも技術でも、かなう筈もないのに必死で抵抗を示してくる。

 

 「エース、やだ!やめ……」

 

 唇を離す僅かな時に抵抗の声を上げるが、辞めたくねェ。このまま俺のものにと思った時、少し離れたところで物音が聞こえてその体を解放する。

 流石にその現場を見られるのは趣味じゃねェからな。

 

 「エース……」

 

 怯えを隠さずにナミは俺を呼び、俺が少しでも動けばビクリと体を揺らす。その反応にまさかと思う。

 

 「……急に悪かった。だが、抱きたいと思ったのは、遊びじゃねェ。俺はナミが欲しい」

 

 言い捨ててその場を去る事が今俺に出来る唯1の事で、甲板に戻れば半泣きのルフィが俺に巻き付いてきた。どうやら短冊を見られたらしい。

 俺が身動きを取れずにいると、何事も無かったかのように平然とした様子で姿を見せたナミが自分の短冊を取り付けながら、俺の書いたものを見つけたようで何か考える仕草をしている。それから少し低い声でルフィを呼んだ。

 

 「……ルフィ、サボは生きてるわよ。革命軍の参謀長に同じ名前の人が居るから、後で手配書出てないか調べてみるわね」

 

 その言葉にルフィは疑う事も無く喜びを示すが、その言葉が俺には理解しきれない。俺は〝サボの名前を書いていない〟のに……。

 夜になって船を降りて笹竹を燃やしている時、明日の朝また集まりましょうと言ってナミは陸の奥へと姿を消す。ルフィ達は何か調べに行ったのかなと気にした様子もないが、俺は話をするチャンスだとその後を追ってみた。

 酒場に迷わず入っていくナミは、古い手配書とか無いかしらと店主に声を掛けていて、どうやら本気でサボの手配書を探してくれているらしいと分かる。それから見付けたらしく、その手配書を貰えないか交渉している。

 手に入れた手配書を持って酒場を出て来たナミを捕まえれば、ナミは困ったように笑って、それから手配書を差し出してきた。その手配書の顔を見れば、どれだけ時が流れていても分かっちまう。

 間違いなく、サボだ。叶わないと諦めていた事が叶うかもしれないと分かり、俺はもう1つの諦めかけていた事に全力で立ち向かう事を決める。

 

 「ナミ、お前だけでも白髭に来ないか?手放したくねェ」

 

 答えがどうであれ、その心と体だけは手に入れると心に誓って、俺はその唇が返事を紡ぐ為に動くのを待つ。もうこの時既に、弟の仲間だとかそんな事を考える余裕は残されていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(16番隊隊長イゾウ)

 船内から人が出て来るのはいつもの事だが、それが和服となればいつもの事ではない。吸い寄せられるようにその人物を見ればそれはナミで、初めて見る和服に何処で購入したのかと問いたくなる。

 手にしているのは笹竹かと思えば、何がしたいのか全くわからない。マルコを見付けたらしいナミが笑顔で話し掛けているのを見て、苛立ちが募る。

 そのままマルコと姿を消したナミは戻って来ると宴が開かれる事になったと言われるので、どうやら親父の元へと行っていたらしいと分かる。マルコが指揮を取り始めたのを見て、俺はナミを手招いた。

 それに気付いたナミは素直に俺に駆け寄ってくるが、着物を着慣れてるのか危なっかしい動きでは無い。近くまで来たナミの腰を抱いて、そのこめかみに唇を落としてから問い掛ける。

 

 「この着物はどうしたんだい?」

 「あれ?イゾウさんなら浴衣って言うかと思ってた。これは、自分で作ったのよ」

 

 そんな言葉を返された俺は、驚いてナミを凝視する。浴衣と着物の区別がつくだって?

 それよりも、何よりも、作った?浴衣を?

 

 「……あの、何処かおかしいですか?」

 

 何も俺が言わないからか、ナミは不安そうに俺を見てくるので、笑ってそれを否定する。こんな顔させたかった訳でもねェからな。

 

 「いや、綺麗に出来てるから、驚いちまってね。不安にさせて悪かったね」

 

 そうなると帯も手作りかと感心しつつナミの頭を軽く叩けば、その髪結いにも驚く。正式な結い方では無いが、1人でも簡単に結えるように考えられていると分かるもので、正式な場でなければ十分通用しそうだ。

 そんなふうに考えている俺にナミは短冊を差し出してきて、願いを書いて欲しいと言う。ワノ国にも似たような催しがあったような気もするが、残念ながらよく覚えていない。

 俺に渡した後はそそくさと他の場所へと移動して行くつれないお(ひー)さんを見送り、願い事を考える。さて、どうしたものかねェ。

 

 〝俺の部屋に移動して欲しい〟

 

 いつまでもマルコが手放さないが、もしもナミが俺を選べば俺の部屋への移動でも構わねェ筈だよなと思いながら願いを書く。これでもし、願いが叶ったら……少し真面目にまじないの本でも読んで見たいところだよなんて、独り言ちながら。

 夕刻になるまで動き回っていた俺の元へ隊員の1人が走って来て、宴が始まると言うので甲板に出ると皆は既に揃い始めていた。これから燃やされる予定の笹竹の傍に腰を下ろしているのは、ギターを携えたナミで本当に何でも出来るなと思いながらそれを眺める。

 隊長格が全員揃ったのを確認して、ナミは甘やかな声で歌うように弾き語りを始めた。それは星の姫と星の男の恋物語。

 恋により盲目とならぬようにと言う戒めも込められているであろうその物語では、最後に感謝の意味を込めて願いを叶えてくれるようになったのだと言って終わった。そこで1礼して去ろうとしたナミに、折角だから何か恋の歌でも歌ってくれと言い出したのは新人の1人だ。

 それは隊長達に可愛がられている謎の女が気に入らないと言っていたなと、そんな事を思い出して助けに入ろうとしたらナミはそれに対して微笑んだ。それから、どういった恋歌が宜しいですかと尋ねる余裕ぶりを見せるのだから堪らない。

 これは見物だと俺が腰を下ろしたのとほぼ同時に、他の位置でも似たような行動を取っている兄弟の姿が見える。揶揄うつもりで言っただけだったらしい新人は、困った様子を見せるがそれこそ助けてやる必要を感じないねェ。

 それを見てナミは困ったような顔で微かに笑って、小さく呟いた。

 

 「これも、恋愛ソングに該当するかしらね……」

 

 聞き取れたのが奇跡かと思うような声でそう言ったかと思うと、ギターを鳴らし始めた。それから微かな笑みを浮かべて題名を口にする。

 

 「アイネクライネ」

 

 聞いた事のない旋律で始まったその歌は、確かに恋愛ソングのようだったが何故か全く違うものにも聞こえる。どうしてと繰り返すその歌詞に、悲痛な叫びを聞いた気がした。

 歌い終えたナミは僅かな時演奏を続けて、それを終えると立ち上がり再び1礼してその場を去る。そして恐らくはギターの持ち主にそれを返してから、笹竹に短冊を取り付けた。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 何を抱えて、何を考えてその願いを書いたのか。思わず駆け出してナミを背後から抱き締めれば、体を大きく震わせた後、大きく深呼吸してから声を出した。

 

 「どうかしましたか?」

 「あァ、話があって呼びに来たんだよ」

 

 それに対してナミは再び深呼吸すると、体の震えをも止めて俺の腕の中で体を反転させる。そして微笑みを浮かべて何ですかと問い掛けてくる。

 その深呼吸は、気持ちを消化する為のものかと分かればそれをさせずに本心を聞きたいと、その心に触れたいと思ってしまった。だから無言のままに瞼に口付けてから、想いを口にする。

 

 「俺の部屋に移動して欲しい。……恋人として、な」

 

 それを聞いたナミは驚いたような顔をしてから、伏し目がちな表情で微かにまつ毛を震わせる。その直後、小さな声で答える。

 

 「私には、何の価値もありません。望んで貰えるような何かを、持ち合わせていません。イゾウさんなら、他にもっと「替えのきくような話をしているつもりは無いよ。俺が嫌なら、ハッキリとそう言いな」」

 

 己を卑下する言葉を聞きたくなくて、咄嗟に遮って言葉を紡げばナミはその肩を大きく震わせてから、頭を横に振る。そしてゆっくりと俺に視線を合わせると、少し潤んだ瞳でゆっくりと唇を開いた。

 

 「イゾウさんを嫌だなんて、そんな事ないです!ただ、私は……」

 

 そこで言葉に詰まり、困ったように視線を外すからその唇に吸い付く事にした。戸惑っているだけなら、奪わせて貰おうか。

 ……どうやらナミは忘れているようだが、俺も海賊なんだって事を思い知らせてやらないとねェ。そうして俺がナミを丸め込むのに、時間はさしてかからなかった事だけは感謝したいね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(イゾウVSマルコ)イゾウ視点

 俺の言葉に従い飛び出して行ったマルコが連れて帰って来たのは、華やかな見た目の可愛い顔立ちをした1人の少女だった。まさかと思って見つめている俺の視線に気付かずに、少女はマルコを頼ろうとせずに自力で動こうとしているのが見えて少しヒヤヒヤする。

 いくらマルコの炎が癒しを与えるとはいえ、飛んだ距離によってはそれはマイナスの効果しか生まないだろう事は、想像に難くない。それを示す様に崩れ落ちる体を、マルコがさっと支えてその場を後にする。

 その様子につい、からかってやろうと見守っていたが、マルコの馬鹿がその少女1人をその場に残して立ち去るから、仕方ないかと思いつつお嬢さんの元へ向かい話し掛ける。その瞬間立ち上がろうとして失敗し、倒れ行くのを咄嗟に支えれば見た目以上に軽い事で僅かながらに動揺しちまう。

 恐縮した様子を見せるのは、何処にでもいそうなお嬢さんのそれでしか無く、興味を引かれる所は特にない。何故マルコがあれ程献身的なのかわからないと思いつつ、いくつか言葉を投げ掛ければ、気持ちが分かった気がした。

 これは……欲しくなるねェ。何処の国のお(ひー)さんだか。

 賢く、優雅。無防備で、妖艶。

 時折抜き身の日本刀を思わせる鋭利さを兼ね揃えて、それでいて素直な性格か。これはマルコに扱い切れるような女かねェ?

 そんな風に思いながら見守っていれば、マルコを呼びに行った時に聞こえた会話。何でもない村娘だと本人は言っていたが、それはそうありたいと願っていたと言うだけに他ならないだろうと思う。

 俺がこの船の全員を人質にされて、舞を舞い続ける事を強要されてるようなモンかねェ。だとしたら、どれ程の屈辱だろう。

 手を抜く事も、死を選ぶ事も出来ないで、いいように扱われる。彼女の性格なら恐らく、死ぬほうが楽だった事だろう。

 ……だからこそ、恐らく彼女は矛盾を抱えて生きていて、美しい。マルコについて姿を見せた彼女は俺とサッチを見て微笑みを浮かべると、何事も無かったかのように挨拶して見せる。

 俺達が話を聞いていた事に、気付いていて笑っていやがる。そう分かるからこそ、小さく舌打ちが漏れる。

 親父の前で堂々とした受け答えをした上、マルコを庇うような女が存在したのかと驚きを持って見ていれば、話の区切りがついた時フラリとその体を揺らして倒れた。本調子じゃなくてこれかと思えば、本調子の彼女と話をしてみたいと思わされるのは、既に興味を持っているからに他ならないだろう。

 無条件にマルコを信じている様子の彼女は、既にマルコにその心を傾けているのだろうか。だが……俺も、参戦させて貰いたい所だ。

 そんな事を考えつつ過ごす、いつもと変わらないような日々の中で、ナミと名を呼べるまでになったがそれからは特に変化も無い。親父の元へと向かっては何か話し合いをしているらしい事は知っているが、それだけだ。

 それを劇的に変えたのはある月夜。俺が見張りをしていたその日、甲板を足音も無く歩くナミが見えて視線を向ける。

 辺りに人が居ないのを確認してから、ナミは腰に差していた扇を広げると楽も無いのに突然舞い始めた。洗練されたその動きは、長年それをして来たとわかるもので……。

 

 「倭舞(やまとまい)か」

 

 思わず呟いた俺の声に反応して視線を向けたナミの表情を見れば、恐らくは誰にも見せるつもりの無かったものだと分かる。だとしたら、マルコも知らねェと思って間違いないんだろうな。

 見張り台から降りてナミに近付けば、怯えたように後ずさる。何がそんなに後ろめたいというのか。

 

 「……今、見た物は、誰にも言わないで貰えませんか」

 「綺麗な舞だったのに?」

 

 船縁まで追い込み両腕で逃げ場を無くしてから、笑いかける。それに肩を震わせて怯えを含んだ眼差しで、俺を見詰めるその瞳に我知らず息を呑む。

 ……本気に、なりそうだ。この瞳は不味い。

 

 「家族も知らない事です。1人で、趣味の範囲でやってる事なので、忘れてください」

 

 独学だとするならば、相当な才能だと思うが……それが許されるような動きでは無かった。厳しく仕込まれていなけれは、あの動きは出来ない。

 

 「……俺と2人の時に、舞ってくれると言うなら、考えてやっても構わないよ」

 「ありがとうございます!では、お部屋に伺いますので後程、都合の良い時を教えてください」

 

 無邪気に笑うナミに、誰か男の部屋に気軽に入るなと教えねばならないかと思うが……今はそれでいい。部屋に連れ込めばこちらのものだ。

 どんな舞であろうとも、舞は舞だ。そう考えてほくそ笑むと髪をひと房指に巻き付けて口付けたが、その瞬間背後から聞こえた声に髪から指を引き抜く。

 

 「何、してんだよぃ。イゾウは見張りだろぃ」

 「……マルコか。1人で甲板をフラフラしてたから様子見に来ただけだよ」

 「そうかよぃ。……ナミ、帰るよぃ」

 

 その1言でナミは俺に会釈してマルコについて行こうとするから、その腕を掴み唇に微かに触れる程度の口付けを落とす。驚いたような顔をするナミに笑いかける。

 

 「約束、忘れないでおくれよ」

 

 それにナミは頷くから、そっとその手を離せばマルコが忌々しそうに俺を睨み付ける。他の誰も知らないと言う舞姿を、俺だけに見せる約束を取り付けた。

 それを持ってしても、恐らく先をいっているのはマルコだろう。だが……俺もこの戦い、引く訳には行かないんでね。

 俺とマルコが睨み合うのを不思議そうに見ているナミは、恐らくマルコの気持ちにも、当然俺の気持ちにも気付いては居ないのだろう。それでも構いはしない。

 月の輝く夜に舞姫となったナミの姿を知るのは、俺だけ。では星の輝く夜にでも、俺の愛を受け止めて貰おうかねェ。

 逃がすつもりは既に無い。マルコにも、悪いとは思えない程心は既に囚われている。

 

 「……マルコ、本気でいかせて貰うよ。覚悟しておきな」

 「イゾウにも、渡せねェよぃ」

 

 宣戦布告に受けて立ったマルコとの戦いは、今始まったばかり。戦利品は何もわからない様子で、俺達を交互に見詰めては首を傾げていた。

 その決着は、後に七夕と呼ばれるイベントで着いたが、どちらがナミの心を射止めたのかは、ここでは内密にしておこう。なんでも詳らかに明かせば良い、とは思えねェだろう?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕18(赤髪のシャンクス)

 当然のように連れ去って来たが、恐らく本来ならばルフィに返してやるべきだったのは理解している。それでも、手放したくないと思わされたのは、初対面で見たあの涙が原因か。

 守りたい存在の為に、死ぬ事さえ許されなかったナミは今、ベックといる時間が恐らく1番長い。難しい話を額つき合わせて真剣にやり取りしてる姿は、最初の内は奇妙に見られていたが、今では日常の光景となっている。

 ドアの開く音が聞こえて視線を向けると、ワノ国の衣装を身に付けたナミが植物を抱えて姿を見せた所だった。辺りをキョロキョロと見て、誰かを探している様子からベックを探しているのかと思ったが、俺を見付けると笑顔で駆け寄ってきた。

 

 「シャンクス!あのね、お祭りしない?」

 「祭りや宴は大歓迎だが、何の祭りをしたいんだ?」

 

 理由も無くやるとベックが怖いんだよなと思っていたら、ナミは朗らかに笑って祭りの詳細を話してくれる。祭りの内容としては、願い事を書いた紙を植物に付けて夜に燃やすというもので、その趣旨は恋人のイベントであり子供の為のイベントだそうだ。

 それでも日々いつ何が起きてもおかしくない生活をしているから、願いを書いて燃やす事で何かが起きる可能性を微かにでも秘めるならば、やってみても楽しいのではないかと言われれば、確かにと思わなくもない。叶う筈もないと分かっていても、願う事自体が楽しめるかも知れないとその提案を受け入れる。

 それにこの程度のものならば、ベックも怒りはしないだろうと言うのもあった。ベックは1度あの怒りんぼを船医に診てもらって治すべきだと思うんだがな。

 承諾すれば即座に笑顔で立ち去ろうとするナミの腰を思わず抱き寄せていた。そして驚いた表情で、けれども自ら俺に抱き着き直してくれる。

 

 「どうかしたの?取り敢えず、手を離して。私がこうしてるから」

 

 何度目かのこのやり取りは、俺の片手を無駄に塞ぎたくないと言う意味らしいが、そんなんだからつけ入りたくなるとどうして分からないのか。小首を傾げて問い掛けるその唇に自分の唇を重ねれば、咄嗟に首だけ動かして逃げようとするナミの頭を空いている手で押さえる。

 それでも自分で言ったからか、俺に抱き着いている腕は離そうとしないのだから、律儀なものだ。暫く堪能して、膝から崩れ落ちるナミを支える為に腰に腕を移動させれば、何故か睨まれてしまう。

 

 「遊んでないで、皆に言ってよね。宴をやるには準備も必要なのよ」

 

 それからふらつく足取りで俺から離れると、ベックの元へと向かうナミに苛立つ。ベックに植物や紙を渡して、それから何かを言われたらしいナミがその頬を赤らめたのが見える。

 ……大人気ないな。

 溜息と共に苛立ちを放出してナミが船内へと姿を消したのを見てから、ベックの元へ向かう。ベックは俺に気付くと笑顔で片手を上げるから、俺もそれに合わせる。

 

 「祭りをやるんだと聞いたが、何故その連絡がお前からじゃないんだ。シャンクスは報告するの忘れそうだから、色々お願いしますと言われたぞ……お頭?」

 「信用ねェな、不思議だ」

 

 笑って言えばこの人はとベックは笑う。そんな会話の途中でベックが俺を見て声を低くする。

 

 「本気で傍に置いとくつもりなら、俺達にその事を教えて貰えると助かる。だが、遊びならそろそろ解放してやれ。アレはまだこの海で生きるには弱過ぎる」

 

 名を出されずとも、それが誰を示すのかは分かりきっている。だから俺はそれに苦笑で答える。

 

 「ナミはな、俺の腕を気にして俺を庇おうとするお人好しだ。だが、航海士としては優秀で、知識も多く賢い。戦闘員として考えなければ、十分な戦力だろ」

 「自衛が全く出来ないのでは、話にならない。それに……恐らくそうなるとお頭を庇って死ぬぞ」

 

 嫌な事を言うのは、ナミでは無く俺を心配しての事だと伝わって来るからそれ以上の言葉を飲み込んで、俺はそうだなと言いながら立ち去る。夕方になると楽士の1人から借りたと言って、ギターを手にしたナミが弾き語りを始めた。

 空の世界で繰り広げられた恋物語と、その結末。それは年に1度でも会わせてもらえる嬉しさから、地上の人達の願いを叶えると言うもので、甘いとしか言いようのない話だ。

 ヤソップはこの話を気に入った様子だが、他は照れ臭そうだったり興味無さそうだったりする。俺は取り敢えず何か願いを書かなくてはなと短冊を見ていると、周りからお頭は酒を求めるんじゃねェかなんて声が聞こえて来た。

 確かに酒は好きだが、そうじゃねェだろうと思えば肩から力が抜ける。それからペンを手に取り少し考えながら、素直な願いを書いてみた。

 

 〝子兎を俺の傍で自由に過ごさせたい〟

 

 さて、あの子兎にこれで少しは伝わるだろうかと考えて、無理だろうなと思う。どうせこれを見た所で、子兎飼うの?食用?なんて聞いて来て終わりだろう。

 まァ、食用にもしたいところだが……あれだけ無防備に信頼を向けられては手を出しにくい。そんな事を考えていたら、ヒラヒラと袖を靡かせながらナミが笹に短冊を付けているのが見えた。

 

 〝皆の願い事が叶いますように〟

 

 甘い!お前も海賊の端くれだろうと怒鳴りそうになったのは、おかしくないと思う。そんな俺の視線に気付いたのかナミは笑って俺に手を振るから、俺は短冊を持って近付くとそれを差し出した。

 

 「付けてくれ」

 「あ、そっか。ごめんなさい」

 

 困ったように笑ってから素直に笹にそれを取り付けているナミに服について尋ねれば、今気付いたと言うような顔をされる。

 

 「これ?作ったのよ」

 「は?」

 

 作った?

 そんな事ができるのか?

 

 「ほら、この間の島で私1度船降りたでしょ?あの時に布買ってきたから、それで作ったのよ」

 「買ったって、金は?」

 「他所の海賊からスったけど、どうかしたの?」

 

 言葉を失うとは正に。俺はナミをじっくりと眺めてそうかと呟く。

 

 「シャンクス、熱でもあるの?」

 

 心配そうに言うナミは、無防備に近付き額にその手を伸ばしてくる。あァ……この無防備な子兎をそろそろ喰って良いだろうか。

 

 「……そうだな、熱かも知れねェ。看病してくれるか?」

 「船医さんに言う程じゃないなら、私に出来る範囲でやるけど……それで大丈夫なの?」

 

 気遣うように俺に手を伸ばして支えようとするナミに、俺は僅かに体重を掛けて部屋まで運んで貰うフリをする。部屋に入るとドアの鍵をさり気なく掛けて、自ら俺と共にベッドに近付くナミをそのまま押し倒す。

 言葉は後で、取り敢えず今夜はこのまま貰っておこうと口付けを降らせる。怯えたような顔で哀願されて、想いを全て吐露させられるのは、この直後の事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旧作風夏祭りイベント
夏祭り(麦わらのルフィ)


 祭りだと聞いてナミを誘おうと飛び出した俺はロビンに邪魔されて、ロビンとの攻防に勝利をおさめて漸くドアを開けたら中にはヒラヒラした格好のナミが立っていた。ドアを開けようとしていたのか、少しだけ持ち上げられた手がそのままに硬直している。

 

 「ナミ、これから出掛けるのか?」

 「甲板に出ようと思ってただけよ。どうしたの?」

 「ん!ナミを祭りに誘いに来たんだ!」

 「そう、じゃぁ行きましょうか」

 

 俺が笑えばナミも笑う。それが1番大切なんじゃねェのかなんて思う。

 周りを気遣ってばっかりで、自分の事ナイガシロにするナミだからこそ、自然に笑ってくれるのが1番なんだって思う。そりゃ、ナミには男が勝手に集まるから……弱いのは自分で倒してくれるけど、強い奴らに狙われ続けるから気が気じゃねェのは確かなんだけどよ。

 ……ゾロとサンジも本気だし。もしかしたらロビンこそ危険かもしれねェし……なんて考えてから、このヒラヒラどうしたんだろうって考える。

 

 「なァナミ、その服どうしたんだ?」

 「え?……あぁ、ならロビンね。ルフィからかと思って着たんだけど。似合わないなら着替えてくるわよ?」

 「似合ってるから、なんか嫌だ」

 「……まさか、ロビンに妬いてるの?」

 

 驚いた様子で言うナミに、顔が赤くなるのが分かる。それを見たナミがさもおかしいと言うようにクスクス笑うから、俺はナミに抱き着いた。

 細くて、頼りない体で……でも、本当の意味では誰より強いからこそ、脆いのを知っている。どんなナミでも俺は愛してるのに、ナミは自分に自信が無い。

 なんでも出来るし、魅力的で、優しくて……それでも足りないって言う。でもよ……。

 

 「ナミがそんなに色々出来るのに足りないんなら、俺は何も無いじゃねェか」

 「ルフィは強いもの。私は、ルフィに戦いでは守られるし、それ以外でも助けて貰ってるの。だから……ルフィの出来ない事は、私がなんでもやらないとね」

 

 穏やかに微笑むナミを見て、ちぇーと言えば頭を撫でられる。こういう時ナミの中で、俺はまだまだ可愛い弟なんだろうなって思わされる。

 

 「ナミ、行こう!俺腹減った!」

 

 それでも構わねェけどさ。普段は。

 何かあった時ナミはいつも、真っ先に俺の名を呼ぶ。そして、俺と2人の時はちゃんと男として見てくれる。

 今はそれで良い。チョッパーにだけ優しい顔されるよりは、全ての顔を俺に向けてもらえる今が良い。

 腕を掴んで走り出せば、ナミは笑いながら着いてくる。会場まで走って行く俺達をサンジがワーワー言ってたけど、ロビンに止められてるから今日は邪魔されないらしいと分かって、少し顔がニヤける。

 ……ロビンにとってナミは1番近い存在で、妹みたいな立場の親友何だって事を知っている。ナミもまたロビンを時々妹みたいに見て、大切に守ってる。

 だから……ロビンが女で良かったと心から思う。たまに、本当にたまにだけどロビンがロビオな気がする時があって、ナミとロビンで出かけてる時、ナミに手を出したヤツが傍から離れてから何をされてるのかを知らないナミは、幸せだろうと思う。

 ……多分、ナミに関する事では1番沸点低いのはロビンだ。そんな事考えてたら会場に到着して、手当たり次第に買った食べ物を食べ歩く。

 そんな俺の口元をナミが笑いながら拭いてきて、元気ねェなんて言うから、俺はおぅ!と笑う。そんな当たり前の毎日が幸せだと思えるんだ。

 

 「ルフィ、あっちで大食い大会やってるけど、参加してみない?」

 「大食い大会?」

 「そう、1位になったら、屋台で使える金券貰えるらしいのよ。お小遣いの節約になると思うわよ」

 

 笑いながら提案されたそれに従えば、会場には沢山の人がいて、ナミは見守ってるわと言って見物客に混ざる。俺はそれを見送ったけど、ナミだけは何処にいても分かるんだよなァ。

 不思議だ。

 同時に同じ物が出されて、食べきれない奴がいたらそれが席を立つって流れらしい。予選は10品食べろって出されたけど、全然足りねェ。

 でも、この10個の料理はタダだったんだってだけでも良いのかな?

 

 「ルフィ、これからが本番よ!1位になって金券貰ってきなさい!」

 「おゥ!」

 

 にこにこ笑ってるのは、食費が抑えられるからだってのは分かってるけど、同時にナミは俺が何かしてるのを眺めてるの好きなんだよな。食ってても、遊んでても俺を見てる。

 少し前までは、見守ってる感じだったけど、今は見てる。んで、どっちにしても俺が困ると手を差し出すんだ。

 それを断ると、頭撫でて困ったら言ってねって笑うから、俺はいつも意地になる。そんな事を思い出しながら、出されるのを食べるけどよ、サンジの飯のが美味いよな。

 そんな贅沢な事を思っていたからか、ナミが視界から消えていてやっと見付けた時にはナミが知らない婆さんを助け起こしていた。優しく笑うその姿は、善良な市民のそれだ。

 ……お人好しな海賊も、居ていいと俺は思うんだけどよ。本当に海賊らしくないよな、ナミは。

 唯1海賊らしい金へと執着も仲間の為だもんな……。でも俺は、そんなナミが好きだから、海賊らしいかなんてどうでもいいんだ。

 目の前に出される物を食べて、目の前の皿が空になるとナミを見て……ってやってたら気付いた時には会場に、俺ともう1人しか残ってないらしかった。それはどうでもいいけど、ナミはさっきから何人もの男に声をかけられて、それを追い払ってる事の方が大きな問題だ。

 俺が皿を空にした直後、ナミに知らない男がまた近付いてその腕を掴んだ。

 

 「そこのお前!ナミに触んな!」

 

 立ち上がった俺に視線が集まる。ナミは少し恥ずかしそうにしてから、小さくそう言う訳だからとか言ってるけどよ、何がそう言う訳なんだよ。

 っとに、ナミは何だってあんなに男集めるんだよ。あれか、美味そうだからかな。

 少しムッとしながら椅子に座ったら、会場が何故か笑いに包まれた。ナミはなんか顔を赤くして俯いてる。

 いつの間にか優勝してた俺は、金券貰ってからナミの所へぴょんと移動して抱き着く。やっぱり、ナミにくっ付いてるのが1番安心できるな。

 

 「ナミ!」

 「ルフィ!……もぅ、恥ずかしいでしょ!?1人であしらえるんだから、騒がないでよ!」

 「あ!さっきの男か。でもよ、ナミに触るとか許せねェもん」

 「……そう、ね。……ルフィ、ありがとう」

 

 真っ赤になったナミがそう言って俯くから、俺はにししっと笑って金券を差し出す。今日は俺が食べてるだけでナミは何も買ってないから、それでなんか買ってもらおう。

 

 「これはナミにやるよ!だから、なんか欲しいもの買っていいぞ!」

 「……そこは普通何か買って、プレゼントするんじゃ?まぁ、ルフィらしいか」

 

 そんな事言って、ナミは笑う。だから俺は今日も幸せだ。

 結局ナミは猿のぬいぐるみと、それに被せる小さな麦藁帽子を買って、部屋に置いとくなんて言ってたけど……なんだろうな。麦藁帽子が好きなのか?

 首を傾げた俺にナミが鈍いわねなんて笑っていて、ナミにだけは言われたくねェって心から思って、ついその生意気な口を人目もはばからずに塞いじまった。それにより後でナミに半泣きで叱られる事になるなんて、この時は考えてもいなかったんだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(海賊狩りのゾロ)

 ロビンからナミを祭りに誘うのは構わないけど、少し待ってあげてなんて言われて既に30分。そろそろ良いだろうとドアの前に立ち、気配はあるのに動かないそれに苛立ってドアを開ければ、怯えたような顔をしたナミが立っていた。

 

 「何してんだ?」

 「この浴衣、誰が用意したのかなって、考えてたの」

 「……ロビンだろ。俺も渡されたから着たんだが」

 

 その瞬間ナミがギョッとしたような顔で俺を見ると、突然脱げと言い出す。は?とか言ってる間に瞬く間に脱がされ、着付けを直される。

 されるがままになっていたが、どうなんだ、今のは。元々素早いやつだとは思っていたが、今1瞬残像まで見えた気がした。

 

 「まったく、合わせ逆で着たら死人になっちゃうでしょ!?マジックテープタイプの浴衣着てる人に多いのよね、駅とかでも死人が夏になると歩いてて、1緒にいる友達指摘してあげなさいと何度思った事か……」

 「……おい?」

 

 その瞬間なんでもないのと誤魔化したが……まァいい。話せるようになれば話すだろうし、俺が聞いて何かしてやれるようなものでもねェのは確かだ。

 だが、散々に身体中を撫で回された身としては、少しはやり返すかと言う気持ちでナミの腕を掴んだ時、そのあまりの細さに心臓が嫌な音をたてた。それを誤魔化すように引き寄せて抱き締めれば、腕だけではなく、全身が細くて……身長はそれ程大きく違わねェのに、身幅は半分位しか無さそうなそれに、抱き締める力が無意識で強まる。

 それに小さく苦しそうな声を上げるのに、ナミは心配そうにどうしたのよなんて聞いてくる。それに何故だか泣きたくなる。

 この細い体で、あの村人を護っていたのか。いや、もっと小さな時から……ずっと、守って来たんだよな。

 そして、その頃よりも更に前から、ルフィを守り、少し前に別れたばかりのビビを庇い、チョッパーを庇護している。料理も、治療も、専門じゃないと言いながら手伝っているのは知っているから、くそコックと2人でいても気にしなかったが……。

 ……1人でそんなに抱えるなよ。

 折れそうな程に細い体を抱きしめて、俺はその首筋に顔を埋める。擽ったそうにするナミからは、相変わらず蜜柑の香りがして、俺の心を落ち着かせる。

 

 「……祭りに誘おうかと思ったが、ナミが急に脱がせてくるから、辞めてこのまま部屋に……とも考えてる。どうする?」

 

 俺の半分本気、半分誤魔化しの為の言葉に真っ赤になったナミが、出かけるわよ!と言って歩き出す。船を降りた所で不安そうに俺を見るから、俺も船を降りてナミの横に立つと、そっと俺の手に指を絡めて来る。

 それから少し恥じらうように笑って、戦いの時はちゃんと手を離すから……なんていじらしいことを言う。

 

 「戦いの時は、援護射撃頼むな」

 「えぇ、接近戦苦手だから、その方が助かるわ」

 

 本当は接近戦だってできるのは知ってるが、敵の怪我を心配する甘ちゃんじゃ、しかたねェよなと思う。共に歩けば祭りの会場は近くて、すぐにその熱気に包まれる。

 その中で悲鳴が上がれば咄嗟に駆け出すのは俺だけじゃねェと言うか、こういう時のナミの足の速さは尋常じゃねェ。到着した所では、神輿に足を挟まれてる奴と、それを引っ張りだそうとしてる子供が見える。

 

 「パパー!」

 

 子供が泣いているのを見れば、関わる事になりそうだと視線をナミに向ける。その時にはナミは既に子供の元へ向かっていた。

 予想通りの動きに小さく笑っちまうのは、俺も同類って事なのか。しかたねェかと、神輿を持ち上げてやればどよめく人々。

 何だよと思いながら神輿を退かしてやれば、その間にナミが応急処置していて、多分捻挫だと言っている。骨に異常は無さそうですよと笑ってから、子供の頭を撫でていて、どうしてこういつもトラブルに巻き込まれるのかと思わなくもない。

 

 「あの、すみません、宜しければ神輿を担いで貰えませんか?」

 「は?」

 

 突然かけられた声についそう返せば、足を捻挫したパパさんは担ぎ手の1人だったらしい。仕方ねェかと頭をかいていたら、ナミが頑張ってねなんて笑顔で言ってくる。

 特に目的があって来た訳でもねェし、泣いてる子供からナミを引き剥がすのは無理があるからとそれを受ければ、俺は神輿の担ぎ手として参加が決まった。1周して戻るとナミの膝で寝てるガキがいて、パパさんは治療を終えたのか寝てる子供相手に、困った顔をしているのが見えた。

 

 「送って行けばいいのか?」

 「ゾロ……でも、いいの?疲れてない?」

 「そこはナミじゃなくて、そちらさんの台詞だろうが」

 

 心配そうに俺に言うが、いつも持ってるダンベルより断然軽かった。寧ろ、他に近くにいた奴等が邪魔になっていた位だ。

 

 「あんた、歩けるか?」

 「はい、杖を用意してもらえましたので」

 

 その言葉に俺が頷いて子供を抱き上げると、ナミはクスクスと笑う。ナミが笑ってくれるなら、それだけで良いような気がした時点で俺に勝ち目がある筈もねェ。

 

 「結局優しいのよねー」

 「ここで見捨てられるか。乗りかかった船だ」

 

 そんな事を言いながら家までそいつ等を送り届ければ、いつの間にか外は暗くなっていて、提灯の明かりが遠くで煌々と会場を照らしているのが見えた。何処か異世界にでも迷い込んだような気分にさせられるのは、殺伐とした世界に身を置く事を自ら望んだからだろうか。

 それを見て、何処か寂しそうにしているナミの肩を抱き寄せれば、珍しく甘えて来る。こんな時間が長く続けば良いと、祈るような気持ちで思う。

 

 「いつも、ありがとう」

 「あ?」

 「私が頼むより先に、お神輿の事も何もかも、動いてくれたし……。いつも、守ってくれてる」

 「……神輿は他の奴に頼まれたからだ。……それとナミを守るのは、無関係だろ」

 

 俺の言葉に不思議そうな顔をされるが、多分これは本気でわかってねェな。鈍い奴だよ、本当に。

 

 「俺がナミを守るのは、俺が守りてェからだよ。惚れた女を守って何がおかしい」

 

 その瞬間タコでもそこまで赤くならねェだろうと言う程に赤くなったナミを見て、前言撤回する。

 

 「まァ、守った分、狼にもなるけどな」

 

 そう言って逃げられないように強く抱き締めてから、その唇を奪う。遠くで祭囃子が鳴り響いているのが微かに聞こえた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(黒足のサンジ)

 ノックする事も忘れる程浮かれていた俺がドアを開ければ、驚いたのか硬直している天女がいた。いや、天女なんて呼んだら失礼かもしれない、それくらい美しい人が立っている。

 でも、その顔色は少し悪い。また、何かトラウマでも?と思って近付けば困ったように微笑まれた。

 

 「……ナミさん、宜しければその麗しい姿を、独り占めさせてください」

 「独り占め?」

 

 キョトンとした顔で俺を見ているナミさんの麗しい事……女神も嫉妬する美しさだ。そして、それにも関わらず無防備なその姿に俺はいつも、やきもきさせられている。

 勝手に群がる虫共は、いくら潰しても湧いてくる。特にそれなりに大きな虫は、1度では潰しきれずにしかもパワーアップしやがる。

 その上で、気付けばナミさんの周りで飛び回ってやがるんだから、油断も隙もねェ。

 

 「そう、俺にエスコートさせて下さい。今日は、この島で祭りがあるのだそうですよ、レディ」

 「お祭り?あ、それで浴衣を?」

 

 俺はその問いに笑顔で答えるとそっとその手を取る。ペンダコの出来ている手は、けれども美しく優しい。

 楽器を扱うからか、指先も少し硬めだけど、それも含めてナミさんの魅力だろうと思う。こんなに細い体で、この船の大半の事を担っているなんて、1体誰が想像出来るだろうか。

 この船の中で居なくなった時、どうにもならなくなるのは、皆の光である船長のルフィと、この船のキーマンたるナミさんだろう。この2人のどちらかがかけたら、それだけでこの船は動かなくなる。

 そっと手に口付けると、慈悲を請うようにその瞳を見詰める。ナミさんだけは必ず守り抜くと。

 放っておけば恋人だとか恋人じゃないとか関係無しにナミさんは身近な人を守る為に、自らを簡単に犠牲にしてしまうから。そしてその決断は、大抵間違っていないのが問題だ。

 

 『私は大丈夫。殺される事は無いわ』

 

 そんな事を言って、立ち去って行くナミさんの背中を見るのは、苦しい。色々な意味でナミさんは能力が高過ぎるのだ。

 美し過ぎる心と体。そして、稀有な能力。

 船に乗るものならば、いや、乗らない者にもナミさんは求められる。能力的にも、容姿的にも、性格的にも、求められない理由を探す方が難しい。

 

 「参りましょうか、姫君」

 「ええ、宜しくね」

 

 微かに頬を染めたナミさんは、そう言って微笑んでくれる。だから俺はその手を引いて歩き出す。

 この細く麗しい人の背後を守る存在で欠かせないのが、四皇の赤髪だ。そして恐らく……その船長はナミさんを愛している。

 それに対してナミさんは欠片も気付いてないが、まァ、ルフィと俺以外のそういった事に本気で気付いてないのだから、ある意味仕方ない。俺と会う前から口説いていたルフィを差し置いて、俺の手を取ってくれたのだから、俺は他にそれを奪われないように大切に守る事が使命だと思っている。

 祭りの会場には出店が並び、人々が踊っている。その中でナミさんは少し辺りを見てから、1人で納得した様子を見せている。

 突然俺の手を強く握ったナミさんが、笑顔で振り向く。その笑顔1つで、俺の心臓は簡単に破壊されそうになる。

 

 「あっちに行きましょう!多分特産品が並んでるわ!」

 

 俺の為か船の為か、どちらにしても食材確保に余念のないナミさんは、俺を案内する。デートだって自覚、あるのかな?

 微笑みながらそれについて行けば、本当に特産品が並んでいて何故ナミさんはいつも、少ない情報から答えを導き出せるのだろうかと思う。俺も頭は悪くない筈なのに、ナミさんの事は考えを読み切れない事が多い。

 いつも斜め上を走るナミさんを、遠くへ行くなと抱きしめる事しか出来ないのが悔しい。俺が作った物以外を口にする時、ナミさんは毒味をする癖がある。

 それがあの魚野郎のせいなのは分かってるが、どうにもやるせなくなる。8年の歳月は、人の心や体に何1つ影響を与えないなんて事は出来ない。

 救い出せたから、それで終わりなんて事は有り得ない事は、多分俺が1番よく分かってる。細くしなやかな指先に、そっと唇をつければそれだけで赤くなる初な人。

 護らなくてはと、初めは思っていたが、違った。……俺が護りたいんだ。

 

 「ナミさん、愛しています」

 「……と、突然、どうしたの?」

 

 戸惑うナミさんをそっと抱き寄せて、唇を重ねる。恥ずかしそうに周りを気にしているけど、抵抗しないのは、そうする事で俺を傷付ける可能性を危惧してるのだと言う事には気付いてる。

 

 「……余りにもナミさんが美しくて、想いを言葉にせずにはいられなかったんですよ。月の女神も嫉妬するような美しさだから……」

 「もうっ!サンジ君揶揄ってるのね!」

 

 怒った顔をされてしまったが、至って本気だ。白が似合うのは米とナミさん位なものだろう。

 それ以上に白の似合う存在などこの世にはない。そう断言できる程に、麗しい俺の恋人。

 俺は本気ですよと笑いかけてから、ナミさんと特産品を買い込む。何が食べたいですか?と尋ねる俺にナミさんは少し考える素振りを見せてから、明るく笑う。

 

 「サンジ君が作ってくれる物なら、何でもいいわ。サンジ君の料理は何でも美味しいし、安心して食べられるもの」

 

 その言葉がどれ程俺を喜ばせているか、きっとナミさんは知らない。全幅の信頼に応えようと俺は今日も張り切って料理を作る為に、船へと向かう。

 ただ、ナミさんが安心して生きられるようにしたいと、心から願いながら。祭囃子はもう、俺にはバックミュージックとしての価値しかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(鷹の目のミホーク)

 ドアを開けると何故か睨むようにして立っているナミの姿があり、どうしたのかとそれを眺める。何を理由にドアを睨んでいたのかは知らないが、想像した以上に似合っている和服姿に笑崩れそうになるのを抑える事に意識を集中せざるを得ない。

 

 「ミホーク、これ……どうしたの?」

 「気に入らなかったか?」

 「凄く好きだけど……そうじゃなくて」

 「1人で着られる事は誇っても良いと思うぞ。……それに、似合っている」

 

 自分の見立てを褒め讃えたいような気持ちになりながら、俺はナミの耳に触れる。それに小さく反応するナミが可愛くて、このまま部屋に閉じ込めたくなるが、それではこれを着させた意味が無い。

 人の多い所へ連れて行くのは些か不快だが、これは恐らく喜ぶであろうと分かっているから連れて来たのだ。ナミの手を握り行くぞと声をかければ、何処に!?と言いながらも素直についてくる。

 何故ナミはこうも可愛く俺を魅了するのか、今もって謎は深まるばかりだ。そんな事を考えていたら、目的地に到着した。

 そこには案の定人が多くいて、ナミは人がいるところに連れてきてもらえるなんてと呟いている。祭りの会場と近くの商店街を交互に見て、小さくどっちも行きたいと言うので、必要な物を書き出せば商店街の方は後程買い揃えてやると伝える。

 それだけでナミは嬉しそうに顔を上げて俺を見ると、無邪気に飛び付いてきた。このままやはり持ち帰るかと思わなくもないが、無邪気な笑顔を失いたくないが為に俺はナミと共に、祭りの会場へと足を踏み入れる。

 中では踊り狂う者共と、遊び呆ける者共とでごった返しており、何とも言い難い気分にさせられる。その中でフラフラと歩き回るナミだが、人が多くなると無意識にか俺の手を強く握る。

 まだ恐怖が残っているのかと小さく溜息を落とした俺に、ナミは不安そうな瞳を向けてくる。これが計算ならばいい女なのだろうが、最近気付いたがこれは計算では無く素だ。

 妖艶な笑みを浮かべる時が寧ろ演技。どうやらナミの本質はまだまだ幼いようで、艶やかな笑みを浮かべている時は演技である事が多い。

 突然ナミが立ち止まり、カラフルな鳥を見詰めている。そしてボソリと、呟いた。

 

 「あの中にメスって居るのかな?」

 「解らぬ」

 

 あれが何という鳥なのかさえ分からぬのに、性別など分かろう筈も無かろうと思うが口にはできず、ナミの様子を眺める。どうやらメスなら2、3羽連れ帰りたかったらしいが、それについては俺が拒絶する。

 例え動物であれ、俺以外の存在に微笑みかけるところなど見たくはない。そう言ったらナミは、何と言うのだろうか。

 その先へ進むと的当てを行っている場所があり、珍しいと足を止めればナミも何故だか懐かしそうにしている。俺はこうして見るとナミについて、知らぬ事が多いな。

 

 「やって見るか?」

 「ミホークが?」

 「主が、だ。俺は見ているだけで良い」

 

 そう言うとナミは少し考える様子を見せてから、やって見ると言い出した。玩具とは言え弓を使うので、怪我をせぬようにと言えば、見て驚きなさいなんて勝気に言われる。

 どうやら自信があるらしいとその様子を伺えば、なんとその構えは堂に入ったもので、凛とした立ち姿に通行人が立ち止まるのが分かる。ナミは的の真ん中を射抜き、大当たりを連続で出すと何やら景品を貰って嬉しそうに帰ってきた。

 

 「ミホーク、どう?少しは見直した?」

 

 その様子から褒めて欲しいらしいとわかり、頭を撫でれば嬉しそうに頬を染めた。……なんだ、この可愛い生き物は。

 新種か。絶滅危惧種か、どちらだ?

 どちらにしても持ち帰るべきだろうと1瞬考えてから、貰ったであろう景品を見る。明らかに紙切れだ。

 

 「何だそれは」

 「これ、商品券。地酒のにして貰ったから、明日とか買出しに行く時に、ついでにどうかなって」

 

 それで真剣な顔をしていたのかと商品券を受け取ると、地酒とワインの商品券で俺の為かと気付く。基本的に無欲に近いナミは、こういった時大概誰かの為にやるのだが、今回は俺の為だったようだ。

 

 「可愛い事を。ナミ、今宵眠れると思うなよ」

 「え!?な、なんで?喜ぶと思ったのに……」

 「喜んでいるから、その礼だ」

 

 笑いかけるとナミは頬を染めて、囁くような声で手加減してくださいと言った。これは、俺の理性を試しているのだろうか。

 そう思いながらも、耐えきれなかった想いをぶつける為にナミの唇を奪うと、視線が集まるのは分かったが今更どうでもいい。問題は恥じらう愛らしいナミの姿を見る、男共が存在するという事のみ。

 

 「んっ……ぁ……ミホーク……」

 

 そう言って俺の首に腕を回すナミをそのまま抱き上げ、連れ帰る事にした。祭りよりも、共に汗を流す方が俺達らしい夏の過ごし方だろうと、そっと囁きを落として。

 酒はまた後日、俺1人で貰い受けよに来よう。ナミよりも甘美な酒などこの世には無かろうがな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(天夜叉ドフラミンゴ)

 ドアを開けると、そこには緊張の余り顔を引き攣らせているナミの姿があった。何をそんなに緊張しているのかと思えば、用意した服かと思い至る。

 そんなに緊張しなくても、ナミに似合わない物の方が少ないだろう。だが、カイドウを通じて手に入れた和服は予想以上に似合っていて、頬が緩むのが分かる。

 そんな俺にナミは何を企んでるの?と無礼な事を聞いてきたが、綺麗に着付けをしているその姿に免じて許してやる事にしよう。

 そう思ってナミを左腕に抱くと、そのまま窓から外へと飛び出して行く。突然飛び出した為か、ナミは珍しく強めの力で抱き着いてくるので、それを受けて落としたりしねェよと笑えば、ナミも嬉しそうに微笑んだ。

 目的地を上空から見れば、それはそれで華やかに見えるもので、ナミはその光景を眺めて小さく言葉を口にした。恐らくそれは、口にしていると本人は気付いていない呟き。

 

 「……何だか、懐かしい。ビルの上からお祭りとか見るとこんなだったかな」

 「ビルってのは、何だ?」

 

 問い掛けるとナミは1瞬でその顔色を変えた。血の気の引いた顔で、聞き間違えたんじゃない?なんて笑うが……そんな反応は初めてで、後で調べさせるかと思わされる。

 上からの景色と言っていたから、展望台のようなものだろうか。だがナミの生まれ育った村には、そんな物は無かった筈だ。

 東の海を見渡した所で、展望台のようなものは数える程度だろう。考えてみればナミは時折、聞いた事の無い単語を口にする事がある。

 作中の創作物だと言うのならば、顔色を変える必要はねェ。それを思えば……答えは自ずと限られて来る。

 そうは思うが、取り敢えず今は遊ばせてやるかと、地上に降り立てばナミはその表情を綻ばせた。そして……妙な言葉を口にする。

 

 「どの世界にも似たような物があるのね」

 「……ナミ、お前は」

 「ん?」

 「何か食べるか?」

 

 なんだって構わねェかと思う。例えばナミが天使や悪魔だったとしても、俺には手放すつもりなんてねェんだから。

 まァ、ナミが悪魔だとは思えねェから、あるとしたら天使だろうが、その時は……その羽根を毟りとってでも還すつもりはねェ。砂糖菓子のような甘さを、地獄を見てきた筈のナミが持ち合わせているからこそ、堕ちた天使に感じるのかも知れねェがな。

 

 「何か……りんご飴ってあるのかな?」

 「何だそれ?」

 「……ん、気にしないで……今度自分で作るから、その時はドフィも食べる?見た目の可愛さの他には、何も取り柄の無いお菓子だけど」

 

 俺の視線に気付いたのか、自分で作ると言い出すナミに、本当に万能だなと笑ってから歩き出す。そして2本の棒を使って、丸い物を隣の皿に移す時間が早ければ早いだけ、良い景品を貰えると言う謎の出し物を見付けたナミが足を止めた。

 あの棒なんて名前だったか。ワノ国で見たってか出された気がするんだが……あァ。

 

 「箸だったか?」

 「倭国にある伝統的な食器よね、それ?」

 「あァ、見覚えがあってな」

 

 答えるとナミが挑戦してくるなんて笑うから、恥かくぞと笑って見送る。黙っているとお綺麗な人形のようにも見えるナミが、箸を器用に持つとふっと笑い、開始の合図と同時に流れるように隣の皿にそれを移していく。

 会場は呆気に取られ、俺はただそれに見惚れた。……何だ今のは。

 時間を確認すれば最高記録だったようで、好きな景品と言われて何故か桃色の巨大なヒヨコ……とは言えぬいぐるみだが……を貰って来た。流石にそれだけとはとなり、隣にあった猫のぬいぐるみを手に取ったナミは、時折何を考えてるのか分からない。

 満足そうにヒヨコのぬいぐるみを撫でながら戻って来たナミは、花のように笑う。それを見ていたら嬉しそうに言葉を口にした。

 

 「このぬいぐるみ、ドフィと似てたから欲しくて」

 「……ホンモノがいつも傍にいるだろう?」

 「ホンモノが忙しい時に枕にするわ」

 「ナミが満足なら、それでいいが……さっきの技は何だ」

 

 問い掛けるとナミは技?なんて言って小首を傾げる。あれは既に技だろうと呟くと納得したのか思い至ったのか、クスクスと笑いながら言葉を紡ぐ。

 

 「あれくらい、少し躾の厳しい家なら誰でも出来ると思ってたわ」

 「出来ねェよ。……あァ、お前の家では蜜柑農家にも関わらず、武器はなんでも扱えるように仕込まれてたんだったか。忘れていた」

 

 あれもその訓練の1環かと思えば、納得出来た。それに対してナミは、それこそなんで知ってるのよと落ち込んだ様子を見せるから、その額に軽く唇を落として慰めついでに誤魔化しておく。

 この祭りの間に、1体どれ程新しいナミと出逢えるのかと、楽しくなって来た俺は、暫く適当に子猫が遊ぶのを眺めると決めたのだった。だがまァ、荷物持ちに誰か呼び出さねェと荷物で既に埋まりそうだと気付けば、少し惜しいような気もするのだから不思議だ。

 楽しい祭りはまだ、始まったばかり。後に、部屋に飾られたピンクのヒヨコの傍に猫のぬいぐるみが置かれているのを見たファミリーから、俺に対して生暖かい眼差しが注がれる事になるとは、俺も想像していなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(ハートの副船長ロシナンテ)

 いつまでも起きないのがデフォルトのローは兎も角、ナミまで起きて来ないとはとその部屋のドアを開けると、中で驚いたのか硬直しているナミが立っていた。少し顔色が悪いので、そっとその額に触れると、ビクリと体を揺らしたけれど、拒絶しないだけ良いのだろうか。

 

 「ナミ、大丈夫か?」

 「えぇ、ありがとうロシー。この浴衣ってロシーが?」

 「あァ、今日は祭りがあると聞いて、ナミに似合うかなと。……嫌だったか?」

 「ううん、凄く嬉しい」

 

 そう言ってナミは微笑むから、俺はそれに甘えてしまう。手を差し出せば俺の半分位しかないだろう少女は、微笑みを浮かべて頷いてから、そっと手を握り寄り添ってくれる。

 この温もりの為ならば、なんでも出来そうだと小さく笑う俺に、ナミは優しく微笑む。そして、祭りの会場へと揃って出掛ければ、クルーが何故かナミにコラさんを無事に連れ帰れよ!なんて言う。

 ……そこまで俺はドジだろうか?

 祭りの会場では、踊る人、楽しむ人、売る人、様々な人々がいて、何だか平和だなと思う。ナミもそれは同じなのか、何処か寂しそうに祭りの会場を見ている。

 不意にナミが立ち止まった。その視線を辿れば、そこには金魚すくいがあって小さな金魚が泳いでいるのが見える。

 

 「飼いたいか?」

 

 声をかければ驚いたような顔をしてから、小さく首を横に振る。だが、その顔には可愛いとデカデカと書かれていて、どうしたものかと思う。

 

 「ローが怒るわよ。連れて帰ったら」

 

 言われてみれば確かにと思う。だが、本当は飼いたいのだろうと言うのも伝わってくるので、俺はそっとナミの頭を撫でると、とりあえずやってみるかと誘う。

 俺が金魚すくいの為にお金を支払いポイを受け取ると、構えて……金魚の中に落ちた。それを見たナミが俺を助けながら店主に謝っていて、俺も1緒に謝れば店主は見た目とは逆の関係性に思えるなんて言い出した。

 

 「それは……?」

 「父親と娘かと思ったが、母親と息子みたいだな。あんたら」

 「ふふ、コレで頼りになるんですよ。……何より、優しい人なんです」

 

 そう言って微笑むナミに、俺は顔が赤くなるのを感じて俯いてしまう。それに対して店主が、あてられそうだなんてボヤいた。

 結局何回か俺が落ちた為、俺はナミが金魚すくいをやる所を見ているだけにしてくれと頼まれてしまい、そうなれば俺に拒否権なんてものは既に無い。そのナミが行った金魚すくいの結果は、赤と黒を1匹ずつGETと言う形に収まった。

 それを可愛いと言って眺めながら、ナミは少し寂しそうにするから、蓋のできる金魚鉢と、金魚を育てる為の道具をそこで1式買い揃える事にした。それを見たナミが怒られるわよと言うから、俺は笑ってしまう。

 

 「俺が怒られておくよ」

 「……もう、ロシーは私に甘過ぎると思うのよね。なら……叱られる時は、私も1緒に叱られるわ。それなら、怖さも半減でしょ?」

 「違いない」

 

 購入した物を俺が持とうとしたらナミに、これは割れ物だからダメと言われて、落としても問題のないアミだとか、砂利だとかを持たされる。流石は偉大なる航路の金魚だけあって、海水で問題無く生きられるというので、定期的に水だけ取り替えてやれば大丈夫だそうだ。

 餌も本来なんでもいいらしい。野菜のヘタなどを適当に刻んで入れてやれば、勝手に生きると言われれば心配はしなくて良さそうだ。

 黒と赤の金魚は、小さな袋に入れられていて、常に寄り添っている為か何となく俺とナミを見ているような気分になる。実際ナミの髪は赤では無く橙で、俺も黒のコートを着る機会は大分減ったのだが。

 祭りの会場をそのままぐるりと回り、適当に買った屋台の物を2人で半分ずつ食べていく。初めに2個ずつ買おうとしたら、そんなに食べられないから、2人で1つの物を分け合って色々食べてみたいなんて言われたのだ。

 店の前でそんな会話をしていたら、何故か店員にケッと言われてしまったが、何が気に入らなかったのか。ナミはそれに対してクスクスと擽ったそうに笑っていて、どうやら理解していたらしい。

 

 「ロシー、はいあーん」

 

 何故か食事の時、俺に買ったものを持たせないナミにより、口元に運ばれる食物を食べていれば、確かにドジっ子スキルは発動しない。ナミはそれを警戒していたのだろうか。

 

 「……色々食べたな」

 「そうね、でも特にこれが特別美味しいって言えるものは無いわねー。今度機会があったら美食の町とウォーターセブンに行って、またこうして食べ歩いてみたいわ」

 「……そう、だな。だが……」

 「どうしたの?」

 「何を食べてもナミよりも美味しいものは、なかなか無いだろうな」

 

 俺の言葉にナミは茹だる。それを見て、言い方を間違えた事に気付いたが、それもまた真実だからいいかと考えを改めて笑う。

 

 「何よりもナミが可愛いし、美味しい」

 「ばっ……!バカっ!」

 

 当初はナミの作った料理という意味だったが、2回目の時は明らかに言葉のままの意味として伝える。口では馬鹿だと怒っていても、実際は照れているだけな辺りが何とも可愛い。

 

 「そんな事を言うんなら……ちゃんと、最後まで責任もってよ?」

 

 その言葉の意味をナミこそ、理解しているのだろうか。もし理解してなくても、俺はきっと手放す事なんて出来はしないのだろうが。

 

 「あァ、永遠を誓うよ」

 「……もう、適当な事ばっかり言って」

 

 そう言って微笑むナミは、何処か寂しそうで、同時に嬉しそうだ。俺は他愛ないこんな幸せな日常が、いつまでも続く事を願ってやまない。

 袋の中で寄り添う金魚のように、俺達もこれから先ずっと共に居られたら……。そう、願いつつそっとナミの唇に自らの唇を重ねた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(死の外科医ロー)

 ドアを開ければ目の前に、麗しい姿の女がいた。それに1瞬驚き、しっかり着られている事に納得は出来るが少し残念にも思う。

 着られないで絡まっているナミを美味しく頂いてから、イタズラしつつ着付けてやるのも楽しそうだったのだが……。そう上手くはいかねェか。

 

 「ロー、何か変な事考えてるでしょ。辞めて」

 「着付けを出来るとは知らなかった」

 「聞かれてないもの」

 

 ツンとした表情で言うが、ナミは大抵何も教えてはくれない。全く厄介な女だ、と小さく笑いながらナミの頭を撫でる。

 それに少し恥ずかしそうにする初々しさが堪らないと言えば、恐らくはその表情を変えないようにするか、わざと妖艶に微笑んでみせるのだろう。本来の姿は、どうやらこの無邪気な姿らしいと気付いたのはいつだったか。

 妖艶な姿は演技、真面目な顔は真面目な時、伸びやかに微笑むのは……まァ、結局どんな姿でもナミならば構わないのだろうが。毒されていると、内心で舌打ちしてからナミを抱き上げて船を降りる。

 驚いたような顔はしても抵抗しないのだから、随分と信頼されているものだと溜息もつきたくなるが、きっと意味を理解してはくれないだろう。頭は悪くない、寧ろどんな構造になっているのか問いたくなる程に賢い。

 その賢さで新曲を創り出し、物語を生み出して、誰も知らないような事を平気で口にする。クーラーに洗濯機、ナミが欲しいと言ったものは、あれば欲しいが存在しない物で、どうにか作り出せないかと言い出したのを聞いた時は頭がおかしいのではないかと思ったが……。

 造りそのものは分からないけど、どう言う流れで動くのか位ならと言って原案と言うには詳細で、設計図と言うには稚拙な物を描き上げる。その手で描く事の出来ない物は無いのではないかと思わされる程に、ナミの描く海図も地図も美しく詳細で正確だ。

 まさに天才。会話も時折何処で手に入れた情報だと言いたくなるような知識と共に繰り出される為か、楽しめるものになっているのだが……。

 如何せん恋愛事に関してのみ、壊死しているとしか思えない言動が何度も繰り返されている。頭が良い分、始末におえない。

 キスしてみたりしても、幼かったのもあって理解できないならばまだ良い。だがナミは〝ローも年齢的には溜まる筈だから、定期的に抜いた方が良いと思うのよね。安い所だと性病が心配だから、そこはケチらないでね。ちゃんと発散しないから幼女に手を出したくなるのよ、きっと〟なんて言って笑うのだ。

 解剖してみても、謎が解けないのは分かっているからバラしてないだけで、何度バラしてやろうと思った事か。そんな事を考えながら到着した祭りの会場でナミはふっと笑った。

 

 「ロー、これはお祭り?それとも縁日?」

 「祭りだと聞いているが?」

 「そっか、ありがとう。それなら……特産品とか売ってるかも知れないわね」

 

 そんな事を言い出すから、はぐれないようにと言い訳しながら掴んだ手を少し引いて問い掛ける。他に会話が思いつかなかったのもあるが。

 

 「縁日と祭りは何か違うのか」

 「縁日は、その開催地を守る神様や仏様との縁が強まり、願いが届きやすくなる日なのよ。それに対して祭りは神様や仏様への感謝祭なの。……作物が良く育ちました、ありがとうございます。とかね?」

 「成程な、だから舞ったりしてるのか」

 「そうよ。神様や仏様は舞楽がお好きだからね」

 

 クスクスと笑いながら説明するナミは、本当に知らない事など何も無いのではないかと思わされる。それでも、実際知らない事は多いとナミは嘆く。

 表面的な知識しかないから、何1つ本業にはかなわないと。唯1本業と言えるのは航海士、測量士、操舵手だと言うが……充分だろうと溜息を落としたくなる。

 叶うならば強くなって、大切な人達が誰も傷つかないようにしたいと嘆くのだから、神にでもなりたいのかと問いたくなる。今は参謀として俺の横に居るが、そう遠くない未来に、必ず俺の女として隣に立たせてみせると誓う。

 そんな俺の想いに気付かずに、ナミはやっぱりと言って植木鉢の並ぶ所へと歩み出す。その足取りは珍しくも妙に軽い。

 

 「ロー、この苗欲しいわ」

 「潜水艦で育つか、馬鹿」

 「多肉植物だから育つわよ。それに、これ食べられるのよ。酸味が強いから、酔い止めの代わりにもなるのよ」

 

 だから何処で手に入れるんだその知識はと思いながらも、それなら少し位は買って行くかと手を伸ばす。それを見たナミは、祭りは特産品が並ぶからと楽しそうに笑っている。

 その笑顔に魅せられている時点で、俺に勝ち目は無いのだろう。ならば……負けて勝てばいい。

 

 「ナミ」

 「なぁに?」

 「俺の恋人になれ」

 

 他にどうやっても勘違いできないように、俺から伝えれば良い。だから1瞬呆けたような顔をしてから、徐々に赤く染まるその姿に、微笑みを浮かべて返事を待とう。

 お前が望むなら、世界だってなんだって手に入れてやる。だから……大人しく俺の腕の中に落ちて来い。

 多肉植物を大切そうに抱えて、ナミが潤んだ瞳で俺を見詰めるのを眺めながら、俺は勝利を確信する。もう……何処にも逃がしはしない。

 その愛らしい唇が、どんな言葉を紡いだとしても、そんな顔をされたんじゃ諦める必要は無さそうだと内心で嗤う。さァ、俺にその全てを捧げろと浴衣美人を射抜くように見詰めていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(英雄クロコダイル)

 ドアを開けた瞬間、似合うを通り越してナミの為に存在しているような衣装だなと感心してしまった。そんな俺の視線に気付いたのか、ナミはその顔を僅かに赤く染める。

 やはりいつものように、このままこの部屋で1日過ごすかと1瞬考えるが、ナミと妙に仲の良いニコ・ロビンが煩くなる事は予想出来てしまい、それが面倒で俺は腕を掴むと無言で歩き出す。それに驚いた様子は見せるが、特に文句も言わないところを見ると、ナミは混乱でもしているのだろう。

 予測は立つが、だからと言って何かをするつもりは無い。とりあえずカジノを抜けて表に出れば街は祭りを開催しており、大騒ぎになっている。

 雨が降らない事で、落ち込みがちな気分を盛り上げる意味もあるこのイベントを俺が好んでいる筈も無いが、ニコ・ロビンが言うにはナミは喜ぶらしい。最終的にはただ砂だけが支配する国になり、人間は俺と俺の認めた者の他は誰1人として生きていない国となる。

 そう決めているのに、何故……俺はナミを喜ばせたいと思っちまうのか。英雄らしく適当に歩き、ナミの様子を伺えば、確かにニコ・ロビンの言うように確かに楽しそうにしている。

 辺りを見て、ナミは穏やかに微笑むと俺に視線を向けて来た。外にいる時に俺に話し掛けても良いのか分からないといった所かと、わかりやすい思考に小さく笑うと、腕を強く引いてそのまま胸に抱き締める。

 

 「どうした」

 「あの、視察に連れて来てくれたの?」

 「ナミが好きそうなイベントだったからな」

 「ありがとう」

 

 腕の中で俺に砂にされるとは、露程にも思っていないと言う顔で、俺に微笑むナミを見れば、毒されていると感じる。それからナミは物珍しそうに辺りを見て、小さく笑う。

 それが妙に気になって眺めていると、不思議な言葉を口にした。

 

 「この世界ではスーパーボールとかキャラクター人形とか無いものね……」

 

 なんだその聞き馴染みの無い言葉はと思ったが、俺が問い掛けるより早くナミは面を売っている店へと視線を向けた。そこにある猫の面を見た瞬間、俺はそれを購入して手渡していた。

 それを素直に受け取ったナミはありがとうと微笑み、すぐに顔を隠したが茶猫の面は異様に似合っていてこれはそういう生き物なのではないかと思わされる。これで、誰だか分からないわねと面の内側で笑っているであろう相手の頭を撫でてから、俺はナミに遊んで来いと小遣いを手渡して腕から解放する。

 俺がいては何も出来ないだろうと思っての行動だったが、ナミは動かずに俺を見ていて、表情が分からないと不便だなと思う。それからそっとナミの方から手を伸ばして俺の手を掴むと、自力で結果を出せないタイプの、ただ参加する事に意味があるようなゲームに参加させられる。

 

 「ビンゴゲームみたいなものね……」

 

 と言って笑っているナミの表情は見えないが、英雄も参加していると言うのは1つのパフォーマンスになる為、こういった何もしないタイプも意外と楽なものだなと感じる。それを狙って居るとしたら、ナミは相当賢いのだろうが……さて、狙っているのか偶然なのか。

 自分で買い与えたのに、顔が見えない事が不満でナミから面を奪うと、俺を真っ直ぐに見て首を傾げて来た。警戒心を失っている様子に、俺は何故か笑えて来てその唇に自らのものを重ねる。

 

 「えっ!?……まっ……」

 

 驚き止めようとするナミの口内を蹂躙して、僅かに唇を離した時、小さく喘ぐように、見られてるからクロコが困るでしょ、なんてほざくので、再びその唇を奪う。吐息さえ俺の物だと伝える為に。

 その顔を隠して来たのは、有象無象が近付くのが嫌だったからで、どうせ砂になる奴らに今見られたところで俺は構わねェと、腰を抱いて頭を支えながら深く迄侵入して、舌を絡めとる。苦しそうに喘ぐナミは、最初に恥ずかしそうにしていたのが嘘のように、今は何処か流されている様子だ。

 そろそろ立っていられない頃かと唇を離せば、真っ赤な顔で潤んだ瞳を向けて来る。もう既に、俺もナミもゲームの結果なんぞ気にしてはいないだろう。

 例え何も景品が当たらなくても、ナミのこの顔が見られたならば充分過ぎる程に、大当たりだろう。

 

 「ビンゴゲーム、の、途中なのにっ」

 

 崩れ落ちそうな体で、荒い呼吸をしながらそんな事を言うナミに俺はニヤリと嗤うと、当然の事として言い放つ。まさか、俺にキスをされてゲームを気にしていたとはな。

 

 「ビンゴの景品はお前だろ。ちゃんと持ち帰って可愛がってやるから、今は大人しくしてろ」

 

 その瞬間耳まで赤くしたナミが、俺を突き飛ばして駆け出すから、俺もナミを追ってゆっくりと祭りの人混みを歩く。逃げたきゃ逃げろ。

 その分、帰ってから覚悟しろと内心で呟きながら……。

 回収したナミの腕にバナナワニのぬいぐるみが抱かれていて、帰宅と同時に好きかと思ってと笑顔で渡されてどうしたものかと途方に暮れるのは、まだ誰も知らないほんの少しだけ未来の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(不死鳥マルコ)

 ドアを開けた瞬間ナミが立っていて、その服装に顔がニヤけそうになる。想像以上に似合っているというのもあるが、何も言わなくても着ていてくれた事に意味がある。

 

 「良く、似合ってるよぃ。さて、今日の仕事は休みにして貰ったから、1緒に出掛けようか」

 

 声を掛ければナミの顔が見る間に赤く染まる。そして、差し出した俺の手を恥ずかしそうに握るのだから、可愛さの余りに俺の方が茹だりそうだと思う。

 手を握り甲板に出れば、何人かの視線が突き刺さったが気にならない。今日は親父にも話して、休みを取ったのだから。

 ……視線も集まるだろうと言うものだ。この国は和の国と交流があるから、祭り用にと売られていた浴衣セットの中で、ナミに似合いそうなものを吟味して購入したのだから。

 それにしても、これを難なく1人で着てしまえるナミはどう言う生き物なのか。出来ない事等何も無い、と言わんばかりに何でもこなしてしまうナミは、時々恐ろしくなる程に遠くを見ている。

 だからこそ、今日は楽しんでもらおうと連れ出したのだが……祭りの会場に近付くとナミの体が小さく震えて、突然抱き着いてきた。それを抱き留めると涙を耐えている様子で、何があったのかと問い掛けそうになり……辞めた。

 恐らく声を掛ければ、演技をするだろう事は分かっているから。だから、何も言わずに抱き締めてやる。

 

 「熱いねー!」

 

 通りすがりの男共に冷やかされても、全く構わないと思えるのは、相手がナミだからだろう。暫くそうしていると、ナミが顔を上げて笑ったので、その頭を軽く撫でてから行くよぃと声を掛ける。

 頷いて着いてくるナミは愛らしく、そして……愛しい。そんな愛しい存在に、理由を尋ねる事も出来ない己の情けなさが無意識で自嘲する形となり現れる。

 

 「マルコ、ありがとう。なんだか懐かしくて、変な所見せちゃったわね」

 「ナミの姿は全て見てみたいから、どんな醜態でも晒してくれて構わねェよぃ」

 「あら、言ったわね!」

 

 笑うナミに陰りの色は既に無い。その時屋台のひとつに扇屋を見付けて、俺はそちらへと足を進める。

 並んでいるのは色とりどりの扇で、俺には区別が全くつかないがナミはその瞳を輝かせた。そっと手にしたのは赤系統の無地の扇と、青系統の扇で困ったように見比べている。

 

 「どうしたんだよぃ?」

 「……武器としては持ってるから、舞扇として欲しかったんだけど。舞扇のイメージって赤で、正確には紅とかなんだけど……ね」

 「なら、その青は?」

 

 問い掛けると扇よりも赤くなったナミが、小さく呟いた。それは、聞こえたのが奇跡のような小さな声で……。

 

 「マルコの色だから、こっちの方が良いかなって……」

 

 俺を、どうしたいんだろうねぃ。そう思うと襲わないように腕を組んで、にやけないように真剣な顔を作るしかなくなる。

 

 「……ナミは、舞扇って言ったが、舞うのかよぃ?それなら……演目に合わせられるように2色持っていてもいいんじゃねェか?」

 

 それに瞳をこぼしそうな程に見開いて、楽しそうに笑うから本当に愛しいと思う。結局黒、赤、青の扇から1本ずつ選んだナミが、それを大切にしまおうとしたところで声がかかった。

 

 「あ、貴女、舞えるの!?」

 「……嗜む程度ですが」

 

 切羽詰まった様子の女がナミの肩を掴み、脂汗を滲ませながら言葉を続けた。それは絶対に逃がさないと言っている様子で、何事かと周り中から視線が集まる。

 

 「倭舞とか楽蹲とか朝日舞とか……」

 「巫女神楽ですね。それなら舞えると思いますけど……あの、何故?」

 「見ての通り私、巫女なの!でも、腹痛が痛くて!代わりに舞える人探してたのよっ」

 

 それを聞いた瞬間、漸く女が巫女服を着てる事に気付いた。勢いが強過ぎて全く気が付かなかったのだから、凄いものがあるねぃ。

 それなのにナミは必要な演目を教えてくださいと言って、受けている。これはイゾウが見たがったかも知れねェなと思いながらも、知らせに行くつもりは無い。

 それにしても、腹痛が痛いって……余程切羽詰ってたんだろうねぃ。そう思えば哀れで、ナミが優しく対応しているのも分かる気がした。

 そのまま俺にゴメンねと言って引き摺られるように移動したナミが、舞台に上がったのを見てつい笑ってしまった。妙に堂々とした姿で、けれども何処か儚げで、視線をナミから動かせなくなる。

 神様への感謝の舞いだと言って始まったそれは、胸が痛くなる程に美しい。その手にある扇は俺の色だと言っていた青の扇で、感嘆の声が多く聞こえてきた。

 舞い終えた巫女装束のナミが、舞台から降りる迄にどれ程の時間が経過したのかさえ、俺にはよく分からなかったが、ざっと6種類舞ったらしいと知り、近くで冷たい飲み物を購入して待機する。浴衣姿に戻ったナミが駆けて来るので、飲み物を差し出せば笑顔で受け取ってくれた。

 聞きたい事は沢山あるが、とりあえず赤く火照っているナミの耳元に囁きかける。古今東西、舞姫や歌姫を寝所に招く男の気持ちが分かった気がした。

 

 「今夜は俺の為だけに、ひとさし舞ってくれるねぃ?」

 

 それにナミは大きく肩を揺らして、小さく体を震わせながら、手加減してくれるならと可愛い事を言うので、つい声を出して笑ってしまった。だが……悪いねぃ。

 手加減なんか、出来そうにない程に求めている。その謝罪の言葉を紡ぐ代わりに、俺はそっとその唇に触れる程度のキスを落とした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(16番隊隊長イゾウ)

 部屋に戻ろうとドアを開けると、その場でドアを睨み付けていたらしいナミが立っていた。流石と言うべきか着付けは間違いも無く、見立てた自分の目に狂いはなかったと思わされる美しさだ。

 

 「似合うね、でも……少し待ちな」

 

 俺の言葉に反応してナミは動きを止めるから、俺はそんなナミの首筋を撫でながら襟に触れる。それにピクリと反応するけど、抵抗もしなければ表情も変えないから、この意地っ張りと思う。

 そんな感情を隠して微笑めば、そちらには反応して頬を染めてくれるから、それはそれで嬉しくなる。その上で少しばかり不満そうに俺を見上げてくるのだから、この場で押し倒していない俺を褒めて欲しい位さね。

 

 「イゾウの色気は狡い……」

 「ナミにはかなわねェと思うがね」

 

 本気の言葉を返しても冗談だと思っているらしいナミは、少し唇を突き出していじけた様子を見せる。そんな無防備な反応が自分にだけされると分かっているから、可愛いもんだと思えるのだというのは、認識している。

 俺の心は恐ろしく狭いって事を、ナミは分かってねェようだなと内心で嗤う。そしてナミの手を取り表に連れ出すと、目的地である陸へ向かい歩き出した。

 

 「何処へ行くの?」

 「あァ、話してなかったかい?和の国とは少し趣が異なるが、夏祭りがあると聞いてね、1緒に行こう」

 

 返事を待たずにナミを抱き上げると、船を降りる。それに抵抗しないどころか、咄嗟に俺に抱き着いてくれるから、祭りなんて辞めてこのまま宿にしけこみたくなったが、それは流石に不味いかと諦める。

 何だかんだと言いながら、ナミはイベント事が好きな様子だから、故意でなくとも騙せば恐らくは……怒らずにこっそり落ち込むだろうからね。夜の艶事を除けば、ナミに泣かれるのは少しばかり、きついものがある。

 祭りの広場では、見た事もない踊りを踊る人達で溢れており、それを囲むように屋台や出店が並ぶ。それに視線を向けて瞳を煌めかせるナミを下ろしてやれば、即座に俺の手を掴み歩き出した。

 ここで1人で歩き出したらお仕置きと思っていたのに、何の衒いも無く俺の手を掴んで歩くナミが居て、いい意味で予想をいつも上回られる。時折足を止めて、何故か食べ物では無く動物のコーナーを見るから、連れ帰れねェから辞めとけと言葉をかけた。

 それにハッとした様子で動きを止めてから、照れたようにはにかんだ笑みを見せられては、本気で宿に連れ去りたくもなる。だが、この笑顔が見られるならこうして過ごすのも悪くないと思えるのだから、不思議なものだ。

 愛しいと素直に思わせてくれる相手につい、微笑めば何故かボンと音が出そうな程に赤くなられてしまう。それにより、どうやらナミは俺の顔に弱いらしいと思えば、この顔も役立つもんだなと思えた。

 それでも、顔だけで落とせる相手では無いので、浮かれてばかりもいられない。それに昔から、美人は3日で飽きると言われているからねェ。

 そんな時、ふとナミの足が止まっているのに気付けば、俺は無意識でその視線を辿っていた。そこには射的があり、その視線の先には謎のぬいぐるみが並んでいる。

 勿論ぬいぐるみの他にもあるが、視線はぬいぐるみに向いているように見える。欲しいのかと思うが、ナミは何処か諦めたような顔をしているので、その無防備な項に唇を落しながら、何が欲しいのかを囁くように問い掛けてみたり

 それにナミはぬいぐるみとか、絶対落ちないしと言い出す。……誰にモノ言ってるんだか。

 

 「欲しいの、言ってみな。それとも……俺の腕を疑うのかい?」

 「……あの、髷付けてるペンギン欲しい」

 「…………変わった物を欲しがるね、隣の兎とかかと思ったよ」

 

 目付きもあまり良くない髷ペンギンを、それでもナミが求めるならばと小銭と交換で手に入れた弾で打ち倒せば、ナミが驚きの視線を向けて来る。……だから、俺を誰だと思ってるんだって。

 

 「他に欲しいのはあるかい?」

 「うーん、あ、ハンカチとか取れる?この間駄目にしちゃって」

 「了解、お<ruby><rb>姫</rb><rp>(</rp><rt>ひー</rt><rp>)</rp></ruby>さん」

 

 玩具の銃を構えてハンカチを1発で2枚落とせば、店主が手加減してくれと呟いたが、まだ3発ある。視線を向ければナミに似合いそうなピアスを見付けてそれを撃ち落とし、クッションを1つと大判のショールを落とす。

 景品を受け取り、その中からピアスを取り出すとナミにすぐ付けてくれるかいと手渡す。それを受け取ったナミが困った様子で受け取るので、気に入らなかったのかと思えば、少し怯えたような瞳を向けて来る。

 

 「……穴が」

 「ん?」

 「穴が無いのよ。その……痛いって聞いてたから……」

 

 ……なんだ、その可愛い反応。虐めたくなる。

 拷問にも耐えて来た気の強い少女が、高々ピアスホールでこんな顔を見せると誰が思う。だが、そうなると本当は痛みに強い訳でも無いんだろうね。

 

 「……なら、俺に空けさせてくれるかい?ナミに付ける傷はすべて、俺による物であれば嬉しい」

 「あの、痛く……しないでね」

 

 それは、ここで食べていいって事かと1瞬思って、そんなつもりは無いのだろうと溜息を落とした。それから任せとけと微笑む。

 その流れでぬいぐるみを手渡すと、何故か嬉しそうに撫でるから、本当に理解に苦しむ。このぬいぐるみの何がそんなに嬉しいのか分からねェ。

 それでもナミが笑っているから、それでいいかと思えたのだから、骨抜きとは正にと言えるだろう。ピアスは小さな小袋に片付けられ、ぬいぐるみは手に持ったまま俺の腕にそっと触れてくる。

 折角だからと好きにさせていれば、ナミが珍しく甘えるように擦り寄ってきた。その時いつの間にか人集りが出来ているのに気付き、射的で人が集まった所でラブシーン展開してればそうなるかと思う。

 あまりナミが目立つのも嫌でその場を離れれば、近場に空いているベンチを見付けてそこにナミを座らせる。何か飲み物でもと思って少し待っておいでと声をかけて、飲み物と摘めるものを購入して戻れば予想通り男が群がっていた。

 

 「……あんた達じゃ私に釣り合わないって言ってるのよ。汚い手で触らないでくれない?」

 

 そんな声が聞こえて俺も流石に放置は出来なくなる。俺の女に触れたってのかい?

 

 「待たせたね。飲み物でもどうだい?」

 「ありがとう」

 

 飲み物を手渡せば、絡んでいた男達を視界や意識から消したのか、可愛らしい笑顔を無邪気に向けてくれる。だから俺は手渡したばかりの飲み物をヒョイっと奪い、その唇を衝動的に奪う。

 それに焦った様子を見せるが、ナミはすぐに甘い声を抑える事に必死になるから、つい深くまで口内を犯してしまう。本当に、俺を虜にするのが上手いな。

 集まっていた男達はそれを見てザワ付き、直後に俺が誰だか気付いた様子で慌てて逃げて行くので、その程度の覚悟でナミに絡むなと心から思う。唇を離すと、美味しそうで我慢出来なかったと囁き、そっとナミに飲み物を返した。

 真っ赤になったナミが何故かぬいぐるみをデコピンしているのを眺めながら、俺はその日のお祭りをのんびりと楽しんだ。後にそのぬいぐるみを見たサッチが、俺と似ていると言った時にはサッチをどうしてやろうかと思ったが、それによりナミが求めた理由を理解出来たのも確かな事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(赤髪のシャンクス)

 ドアを開けると、俺の望みを忠実に再現したような艶やかな美女が立っていて、けれどもその顔色は少し悪い。咄嗟にその手を掴めば指先が冷たくなっていて、何故ナミはいつも無理ばかりするのかと思う。

 俺を喜ばせたいとか、折角用意して貰ったからとか、そんな理由で着たのだろうが……確かに嬉しいし似合っているが、体調が悪いならそう言えばいいものをと考えた所で無理だよなと思い至る。ナミは助けを求める事が出来ない生き物だ。

 それでも助けを多少は求めてくれるようになったと、昔1度手放したあの日を思う。……手放した事をどれ程後悔したか、きっとナミは知らない。

 肩に入れられた魚のシンボルに、表情を無くした姿に、元より更に涙を見せられなくなったその状態に……俺達がどれ程……。それでも今はここにいるのだからと、掴んでいる手を引っ張って抱き締めると細い体が小さく揺れた。

 冷たくなっている所を見ると、何か怖いものがあったか、トラウマを刺激されたか。隠してるつもりなんだろうが、俺やベックには全く隠せていない事を、ナミは知らない。

 

 「……寒かったか?少し冷えてる」

 「そう?シャンクスが暖かいだけじゃない?外にいたんでしょ」

 

 誤魔化すのが上手いのは、確かなんだよな。だから俺は騙されたフリをするしか、道が無くなる。

 明るく笑って、その震える体に気付かないフリをしてやるしか道が無い。無理に笑顔を作る必要なんかねェってのにな。

 

 「それもそうか!さ、行くぞナミ!」

 「って何処に?」

 「ん?この島で祭りやってんだと。好きだろ?そういうの」

 「……まァ、うん。好きよ」

 「なら、行くぞ」

 

 言ってから動くがどうにも遅いナミを抱きあげれば、キャッとか言って抱き着いてくる。自分を抱くこの腕が、何よりも危険な狼の腕だと気付かない赤頭巾。

 そういや、赤頭巾もナミの作品だったかと小さく笑う。ナミは何でも創り出せる……美しく優秀な宝石。

 もしもこの船を誰かが狙い、全員を抹殺したとしても、ナミは〝戦利品〟として持ち帰られるだろう。それ程に美しく、賢く、優秀な女だ。

 今度俺の部屋に海楼石で鍵を作ろうとベックに話したら、壁を破壊されて終わるだけだと鼻で笑われたのをふと思い出す。……他に安全に守れる方法があるのなら教えてくれと言ったら、ナミを鍛えればいいと本末転倒な事を言われたが……確かにナミは戦えるんだよな。

 ただし、その心が弱いだけだ。誰かを守る時、逃げる為、そんな理由でしか戦えないし、相手を傷付ける事は極力避けてしまう。

 ……本当に海賊には向かない性格してるよ。思わずナミの事を運びながら唇を奪えば、驚いたような反応をするものの抵抗はしない。

 甘い声を微かにもらして、恥ずかしそうにするだけだ。甘いのは、性格だけじゃなくて全てかと、小さく笑って耳元で愛してると囁けば、顔を朱に染めて馬鹿と言って顔を背けられてしまった。

 会場が見えてきた所で下ろしてやれば、ナミは俺の手をそっと握り不安そうに見つめて来た。なんだと思って視線を向ければ、困ったように笑われる。

 

 「……幸せすぎて、不安になるわ。離さないでね」

 「ナミが泣いて逃げても追い掛けて連れ戻してやるから、心配するな」

 

 死んでも離すつもりは無い。そういう意味で言ったのにナミは上手いんだからと言って本気にしない。

 ……っとに、コイツは。

 会場へ到着すると人混みは想像以上で、けれども慣れてるとでも言わんばかりにナミは泳ぐように移動する。人にぶつかる事も無く歩くのは、無意識的近くの人間全ての行動範囲を予想し、想定して動いているからなのだろうが。

 ……そう言えばナミは、昔から人混みで誰かにぶつかるような事をした事が無かったな。それだけでも十分驚異的な事だ。

 戦闘において必要なスキルは持ち合わせているのに、上手く使えない。ならば不器用なのかと思えば、料理、掃除、洗濯、裁縫、楽器の演奏まで何でも器用にこなしてしまう。

 あれだ、器用貧乏?いや、貧乏でもねェよな。すげェ額稼いでベックと相談して、必要に応じて船に使ってくれてるもんな。

 

 「シャンクス……輪投げって得意?」

 「は?輪投げ!?」

 

 突然声をかけられて視線を向ければ、近くに輪投げ屋がある。景品は大した物では無いが、大きな物は遠くにあってナミの腕力では届かないかもしれない。

 

 「……欲しい物があるのか?」

 

 問い掛けると小さく頷かれる。視線を辿れば赤い鬣のライオンのぬいぐるみがあり、それもそこそこ大きい。

 何故あれを欲しがるのかは分からないが、欲しいと言うなら取ってやるかと輪を貰う。ライオン頭の上に輪が綺麗に落ちたのを見たナミは嬉しそうに笑うから、それで十分な気がした。

 

 「ありがとう!でも、他どうしよう?」

 「欲しいのはそれだけだったのか」

 

 まさかの言葉に俺は景品を見渡す。そして赤い石のついたネックレスが隠されるように奥にあるのを見付けて、それを取る。

 店主は1発で取った俺を見て天を仰いだが、恐らくあの輝きは本物なんだろう。残りはと見て、近くにあった赤いショールを取れば店主に持ってけ泥棒と叫ばれた。

 悔しそうに景品を寄越した店主に悪いなと笑ってから、ナミにぬいぐるみを差し出せば中々にレアな幼い笑顔を向けられる。そうだよな、年齢差考えたら俺の娘でもおかしくはねェんだよなと今更思う。

 ぬいぐるみを嬉しそうに抱くナミの後ろからネックレスをつければ、驚いた様子で俺を見上げるから笑ってその頭を撫でる。俺の愛しい女神は、まだまだ幼い。

 

 「首輪だ。すぐに何処かへ行くから、俺の色を身に付けてろ。それと……」

 

 言いながらショールを肩から掛ければナミは少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑った。肌は俺にしか見せなくていいと言う思いを込めているなんて、ナミは気付いてなさそうだ。

 

 「私が冷えてる訳じゃないって言ってるのに。でも、ありがとう」

 

 そう言って笑うナミが、どうしようもなく愛しく思えて、けれども謎のぬいぐるみについては結局突っ込む勇気を持てなかった。その代わりに頑張ったご褒美を寄越せと言えば、困ったような顔をするから子供らしい姿はまたにして、大人なナミを所望してみる。

 

 「今夜、寝られると思うなよ」

 

 強くぬいぐるみを抱き締めたナミが、確かに頷いたのを見て俺は祭りを堪能させてやる事にした。どちらにしても、逃がしてやるつもりは無かったがな。

 後にぬいぐるみについてベックに確認したら、俺のイメージなんだと言われ、何も反応出来なかった俺はおかしくないだろうと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏祭り(大将青キジ)

 そろそろ支度もできた頃かとドアを開けると、そこには良い意味で、予想を裏切ってくれたナミが立っていた。おつるさん協力の元用意されたそれは、驚く程に似合っていて……。

 

 「あー……なんだ。……閉じ込めていいか?」

 「……良い訳ないでしょう。これ、何の為に用意したんですか」

 「客寄せの為だけどさ……。あー……まァいいか」

 「良くないです。ほら、サボらないで行きますよ!私達が主催なんですから!」

 

 夏祭りを主催して、民間人との交流をはかり、民間人からの信頼を得る事を目的に…………夏祭りを海軍が開催する。んな訳で能力的に俺は、かき氷屋の氷作りを任された訳だが……。

 

 「面倒だ……」

 「心の声ダダ漏れですからね、クザンさん」

 

 呆れたような声と態度で言うナミだけど、本当の所は俺を心配してるのがわかっちまうから頭をかきながら動くしかない。いつだったか、めんどくさいという意味もあるからと思って、怠いと言ったら心配して甘やかしてくれて……。

 色々な意味で猛毒だった。だらけきってる正義に理性が働いてくれる筈も無く、ナミを氷像にして飾りたいとさえ思わされた程だ。

 勿論、それをしなかったから今ここにナミがいる訳だが……。クルクルと表情を変えるこの生き物が、ただ可愛いだけの女では無い事は、普段背負う正義の2文字を見れば明らか。

 それでも、1般人よりは強い程度で、結局は事務方、内勤の子だから……隠してるのに狙われる。ナミは見た目が良すぎて、頭も良すぎるんだよなァ。

 その上お人好しで、無駄に良い頭を悪事には変換できないと来てる。海賊と渡り合う職業において、善人すぎる思考は諸刃の剣だ。

 内勤と、こんなイベントだけを行っていられるのならば、ナミ程この仕事に向いてる人間は居ないだろう。浴衣姿も似合い過ぎて、変な虫に集ってくれと言ってるようにしか思えねェ。

 

 「……どうしました?具合でも?」

 「いんや、似合うなと思って見てただけだ」

 

 ぼーっとしていたからか、心配そうにするナミにそう声をかけて俺はそのまま腕を掴んで歩き出す。勤務中だと言う事で、敬語で話すナミが少し、悲しかった……なんて感傷、今更だよな。

 広場には組み立てが終わったばかりの屋台が並び、ナミはかき氷屋の売り子を行う。俺はたた氷を作り、刻む事がミッションだが……。

 ナミは明るく微笑み販売するのだろう、誰とも知らない相手に笑顔を振り撒いて。無駄に手を握ろうとする野郎共を全員氷像にしたら、涼しくなりそうだとは思わないか?

 それを実行出来ないのが俺の立場と肩書きで、だからこそナミの手を握られようと嫌だと言う権利も無い。それでも……俺の彼女でしょーよ。

 

 「クザンさん、本当に大丈夫?氷だけは作ってもらわないとだけど、他は私1人でも良いのよ?」

 

 周りに聞こえないように注意しながら、恋人ととして心配してくれるナミに俺は微笑む。あァ俺はこうしていつも、手玉に取られる。

 だが、こんな所に可愛い恋人1人を残せる筈ねェでしょうよ。少し位はその頭の良さを自衛に使いなさいな。

 

 「いやァ、熱くてキツいだけだよ。俺氷だから……」

 「なら、少し早いけど氷作るようにしましょ。氷が近くにあるだけで随分違うから」

 

 そう言って笑ったナミは、そっと俺の額に口付ける。いつ、凍らされるか分からないからと、怯えられる事も少なくない俺に……。

 俺ではなく能力でしか見ない奴らも多いと言うのに、ナミは初めから〝能力者である俺〟を見て、その上で『能力の制御に失敗しないように気を付けてくれてるの分かってるのに、どうして怯える必要があるのよ。それに、加減を間違えて人を凍らせた時に傷付いてるのは青雉の方じゃない』そう言って微笑んだ年若い娘。

 人の傷に敏感で、弱い者に優しくて、悪い相手にはどれほど強大でも立ち向かってしまう。それが……自分の命を危険に晒すのだとしても。

 そんな子だからこそ、村人の為だけに人生の大半を犠牲にして来たんだろう。今でも食事は自分で作った物以外は食べる時毒味するし、眠れば悪夢に魘されるのに……な。

 

 「ナミは、優しいよ……。俺の自慢の彼女だ」

 

 言葉にしてみると、何とも嘘くさいが本心だ。それが分かるのかナミは顔を赤くして小さく頷くから、俺は口の端を上げて氷を作り始める。

 かき氷屋は暑い盛りだからか盛況で、休む事なく働き続けるナミは偉いなと思う。俺は氷を作るのも特に何か消費する訳でなし、呑気なものだ。

 削るのが大変そうだから氷を必要な量削って入れ物に入れるところまではやるが、それも能力で可能な範囲の仕事で、必要なのは注文された数を確認しておく事だけ。それに対して、接客販売と、シロップ掛けを行うナミの多忙さはない。

 ……なんだって2人だけなのよ。これだとナミが休憩も取れないじゃない。

 そんな事を思って不機嫌になる俺の耳に、ナミに絡む男の声が響く。ナミが断っても、拒んでも無理に連れ出そうとするそれの足元を凍らせれば勝手に転んでくれて、俺は少し溜飲が下がる。

 

 「……あー、お前さん、人の彼女に…………忘れた。いいやもう」

 「いや、良くねェだろ!」

 

 どこかから突っ込みは入ったが、とうのナミはそんな態度の俺にクスクスと笑いながらも、ありがとうと言う。

 

 「ナミはさ、歳上で、横着で、間違って殺されるかも知れなくて、言葉足らずな恋人に……満足してるのか?」

 

 不意に思った事を口にすれば、ナミはキョトンとした顔で俺を見てから小悪魔的な笑みを浮かべた。その表情1つで、喉が鳴るのを自覚しちまう。

 

 「……部下としての答えと、恋人としての答え、どっちを所望してるのかしら?」

 

 その眼差しは魔性と呼ぶに相応しく、俺は簡単に白旗を上げる。建前なんかどうでもいい。

 俺はおつるさん達に叱られるのを覚悟で、売り子の唇を塞ぐ事にした。2人きりで全てやらせようとしたそっちの責任もあるだろうと、責任転嫁しつつ。

 早く終わりの時間が来ないと、理性が暑さで溶けそうだとナミを抱き締めながら本気で思う。海兵に1番向いているのがナミならば、1番向かないのが俺だろうと詮無い事を考えながら。

 祭りなんか大嫌いだ。今すぐナミを堪能したいと心で呟いた筈が、声に出していたと気付くのはほんの少し後の事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新旧混合お月見イベント
お月見(麦わらのルフィ)


 何となく腹が減って、部屋にサンジが居るのを確認してから、俺はキッチンに忍び込もうとそーっと足音を忍ばせて歩いていた。その時人の声が聞こえて、ビクリと立ち止まったのはそれがつまみ食いメンバーじゃなくて叱る側の人間の声だったからと言うのが大きい。

 だがその声がキッチンから聞こえて、しかも歌ってるらしいとなればそっと明り取りの窓から中を覗いてみたくもなる。ナミは髪を揺らしながら何かを作っていて、歌声は低いけど声そのものは相変わらず優しい。

 歌の歌詞なんて今はどうでも良くて、ナミが歌っている事と何かを作っている事の方が重要だ。誰の為に作ってるんだろう。

 美味そうだな。腹……減ったな。

 つまみ食いの為に来たのだから当然の事だけど、腹がぐぅーっと鳴って、作られているそれを食いたいと主張する。俺が言えば多分、誰の為に作っていたとしても、ナミはそれを俺にくれるだろう。

 でも、それだと何かイヤなんだよな。違うんだよ、食える事は同じだけど、何か違うんだ!

 そんな事を考えていたらナミが暑そうに、額の汗を拭ったのが見えた。作られてる物も欲しいけど、作ってるナミが欲しいとか言ったら殴られるかな?

 でもなァ……なんでもないような無防備な姿が、その笑顔が、昔からずっと好きなんだ。やっと俺の仲間としてこの手に取り戻せたし、恋人の立場も手に入れたけど……全然足りねェ。

 腹が減ってるのか、心が飢えてるのかは分からねェけど、ナミの全てが欲しい。遠くを見て、微笑んでねェで、俺を見ろよ。

 海を見てる凛々しい姿も、机に向かってる真剣な姿も好きだけど、やっぱり笑った顔が1番好きだから、作った笑顔じゃなくて、素直な笑顔を見せてくれとその後ろ姿に想う。優しく俺の名を呼ぶお前が、大切なんだ。

 その時ナミが歌い終えて火を止めた。使っていた物を片付けながら、此方に近付いてくるから少しドアから離れていれば俺に気付かないで、静かに表に出てきた。

 月明かりに照らされた甲板で、ナミは1人で空を見上げる。それは凄く綺麗なのに、泣きたくなるのはどうしてだろう。

 空を見上げるナミとナミを照らす月明かりが、互いに求めあっているように見えるからだろうか。巫山戯んな、ナミは昔からずっと俺のものなんだよ。

 自力で光る事も出来ねェ癖に、俺のナミを取ろうとするな。ナミも、焦がれてるみたいに見上げんな!

 思わず大股で近付いてナミの腕を掴むと、1瞬驚いたような顔をしたナミが、すぐにふわりと笑った。その顔が幸せそうで、1気に毒気を抜かれる。

 

 「ルフィ……こんな時間に起きてるなんて珍しいわね。どうしたの?」

 

 優しく穏やかな声で、慈しむように微笑むナミ。こんな顔他には誰にも見せないんだから、それだけで満足しとけと頭のどこかで誰かが言うけど……嫌なんだ。

 俺は男として、見て欲しい。俺を男として、求めて欲しい。

 

 「ナミは、何してたんだ?」

 「お月見よ。あんたも呑む?」

 

 言いながら胸元から取り出された小さな器に、何処から出してんだと呆れの溜息を落としつつ受け取ると楽しそうに酒を注いでくれた。そのまま甲板に腰を下ろしたナミは、さっき作ってたと思われる物を甲板に置いて、手招く。

 

 「食べていいわよ。味の保証しないけど」

 「……誰の為に作ってたんだ?」

 「誰って言われると困るわね。お月見と言えば、酒と団子とススキってだけで用意した物だから。……ススキは無いけどね」

 「ススキって、美味ェのか?」

 

 俺の問い掛けにナミは首を横に振る。それから少し不思議そうに、その瞳を瞬かせた。

 

 「……そう言えば日本のそういうので食べられない植物使うのって珍しいわね。取り敢えず、ススキは食べられない筈よ」

 

 それから小さな声で毒消しの効果も無いし、本当に珍しいなんて1人で呟いてるけど、なんだって……。しまった!

 この状態に入ったナミはなかなか他の事に意識を向けてくれなくなるんだったと、慌てて視線を向けたが時既に遅し。ブツブツと言いながらメモを取り始めたナミに、何やってんだ俺はと頭を抱える羽目になっちまった。

 1人で納得したりし始めたナミに俺を見ろ、構えと声を掛けても既に無駄。だから仕方ねェよなと言い訳して、ナミの唇に自らの唇を重ねる。

 そうして漸く俺の事を見たナミは、驚きはしても抵抗しねェから少しそのまま堪能しとく。……なんだってナミは、考え方とかだけじゃなくて全てが甘ェんだろう。

 微かに漏れるナミの声が俺に火をつける。月明かりがいい加減にしろと咎めるように俺達を照らすけど、嫌ならお前が消えろよ。

 出逢ったあの瞬間から、ナミは俺のだと決まってたんだ。ナミが俺を見て、驚いたような顔をした直後に愛しげに微笑んだあの時から、誰にも渡さねェと決めていた。

 唇を離した時、ナミが言った。囁くような声で。

 

 「ルフィと見る月だから、綺麗に見えるわ」

 「……俺は月なんか嫌いだ。それに、ナミの方がずっと綺麗だ」

 「うん、通じないとは思ってたけどね」

 

 そう言いながらも恥ずかしそうに目尻を赤く染めたから、可愛いなと思う。いつも歳上なんだって事を言われなくても認識させられる事の多いナミだけど、恋愛に関してはどうにも奥手というか……鈍いというか……馬鹿と言うか……。

 うん、変な奴だよな。そう思ったら笑えて来て、今更団子に手を伸ばす。

 口に入れたらすっげー美味い。なんだコレ。

 酒じゃなくてお茶が欲しい。緑茶が良いな。

 

 「美味い」

 「あら、良かった。これで良ければまた作るわよ。簡単だし」

 「今度は酒じゃなくて、緑茶にしろよ」

 

 俺の言葉にナミはおかしそうに笑った。それが妙に可愛くて、照れ隠しのように団子を1気に平らげてからその体を抱き締める。

 でっけーのが胸にあるから、そんなに細いって思えなかったその体が、抱きしめると細いんだって気付かされる。こんな細身で、風車のオッサン達全員の命を抱えて、俺を背に庇って、傷だらけになっていたのかと思うと……苛立つ。

 俺を庇うな。今度からは、もう2度と庇わせねェ、必ず俺がナミを守るんだと心に誓う。

 取り敢えず今は、どうやってナミを説得して食らいつくかだけが悩みどころだ。腹は団子で満たされても、心がナミを求めて飢えている。

 それなのにナミは、変わらない様子で優しげに微笑みを浮かべながら酒を口に運ぶと、俺を見て言う。歌うように、幸せそうに。

 

 「月が綺麗ね、ルフィ」

 

 その言葉の意味を知ったのは、暫く経ってからだった。……そんな難しい事、俺が知ってると思うのが可笑しいだろ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(麦わらVS死の外科医)ルフィ視点

 何となく夜中に目が覚めた。サンジも戻って来てるし、今日の見張りはロビンの筈だから男部屋にはそうなると全員揃ってる。

 とりあえず水でも飲んでくるかと、特に渇いてる訳でも無いのにハンモックから降りて部屋を出た。部屋のドアを閉めた時、微かに声が聞こえて来てナミが歌ってると解る。

 いつでも、どこに居てもナミの姿と声だけは、すぐに分かる。真似されると間違える事はあっても、本人をニセモノだと判断した事はねェ。

 少しでも似てると、すぐにナミかと思っちまうのは、常にナミを意識してるからなのかな。声はキッチンから聞こえて来ていて、何となく腹も減った気がする。

 言えば何か簡単な物なら作ってくれると分かるけど、何となく歌ってるのを聞いていたからか声をかけにくい。その時トラ男が甲板に降りてくるのが分かって、視線を向ける。

 同盟を組む事は俺が決めたし、トラ男は俺の命も助けてくれた。イイ奴だと思うし、感謝もしてるし、このまま仲間になればいいとも思う。

 だけどよ、駄目なんだ。どんなに良い奴でも、ナミだけは絶対に渡せねェ。

 トラ男もずっと前からナミを想ってるんだってのは、言葉とか行動とか、視線ですっげェ伝わる。それでも駄目なもんはダメだ。

 そもそもナミが鈍すぎるんだよな。無防備に幼子に接するように、自らよりも背も高くて年齢も上の男に接して、優しく微笑むんだからさ。

 その微笑みは、その眼差しは、俺にしか向けられていなかった筈のもので……どうして今更それを他の男に向けるんだと、何度叫びそうになったかわからねェ。可愛い弟、可愛い息子、そんな枠に多分トラ男を入れている。

 その証拠にナミは、トラ男をローちゃんと呼ぶから……。愛しげに呼んで、そっと抱き締めるから……俺にはそれが苦痛だ。

 歌声が止んで、ナミが甲板に出てくる。俺にもトラ男にも気付かずに木の所にあるベンチに座って、月を見ている姿は、なんでか悲しい。

 その姿は綺麗だけど、なんでだろうな壊れかけてるように見えるのは何故だろう。2年離れて、ナミは確かに強くなった。

 攻撃を躊躇わなくなったし、大切な相手以外にはちゃんとその力を発揮するようになった。でもよ……トラ男も大切な人の中にいるんだろ。

 抵抗を出来ないのは、大切な人を傷つけたくないという甘さからだとは分かっていても、基本的に攻撃するべきかとナミが迷った時には、ほぼ手遅れ。そういう意味ではナミの判断力は物凄く遅い。

 知識も、使える技も増えて、離れてる間に稼いでくれたらしくて航海は恐ろしく順調だ。だけどよ、肝心な所が変わってねェ。

 そっとナミに歩み寄れば、トラ男も同じタイミングで歩み寄ってきていて、ナミは渡さねェぞと睨み付けてから声を掛ける。

 

 「「ナミ」」

 

 声が重なる。それを受けてナミは顔を上げると俺を見て嬉しそうに微笑み、トラ男を見てクスクスと笑い出す。

 それは他愛ない事なのだろうけど、俺には少し苦く感じた。だから、思わずナミを抱き締めると囁きかける。

 

 「こんな夜中に、1人で何してたんだ」

 「……っ!耳元で喋らないでよ。お月見しようと思っただけで、何も悪い事はしてないわ」

 「……月見?」

 

 トラ男がナミの言葉に反応する。それにナミは小さく頷いて、微笑みを浮かべた。

 それが気に入らなくて強く抱き締めれば苦しいと訴えて来るけど、分かってんだよ、そんな事は。

 

 「……麦藁屋はいつもこうなのか?」

 「まぁ、そうね。でも、多分言葉にできない何かがあるのよ」

 

 そう言って押さえ込んでいなかった手を動かしたナミは、俺の頭を撫でて来る。求めていたものとは何か違うけど、これはこれでいいかも知れないと少し思う。

 その撫でる手から、優しさと愛情が伝わって来るから。何処にも行かないと、傍に居ると伝えてくれるから。

 

 「……甘やかし過ぎじゃねェのか?」

 「そうかしら?普通だと思うけど」

 

 そう言ってトラ男の問いかけに不思議そうな様子を見せるナミは、本気でこれを普通だと思ってるのが伝わって来る。トラ男はわかりやすく溜息を落とすと、俺にだけ殺気に似たものを向けて来る。

 でもな、元々ナミは俺のだからよ。睨もうと、殺気立とうと、その事実は変わらねェんだ。

 トラ男に顔を向けてにししと笑えば、小さく舌打ちしてその場に座った。それを見て俺もナミを解放すると、いい匂いの元について質問する。

 それによりナミは食べていいわよと可笑しそうに笑って、お月見だからお団子。喉に詰まらせないようにねなんて言う。

 そのついでみたいに、トラ男には胸元から取り出したお猪口を差し出して酒を注いで居たけど、何故俺には酒を渡さねェんだよ。不満を顔に出したらナミは少し揶揄うように笑った。

 

 「ルフィには、からいんじゃないかしら?」

 「お前、シッケーだな。俺だって酒位呑めるぞ!」

 「なら、とりあえず味見してみる?」

 

 そう言ってナミは、自分の呑みかけを平気で差し出してくる。この家族枠みたいなのが、何とも言い難い気持ちにさせられる。

 それでも、とりあえず差し出された酒を呑めば確かにナミの言う通り少しからい。そんな俺の感情を読み取ったように笑うナミは、団子を摘んで差し出して来る。

 それをナミの指ごと食べてついでにその指も堪能すれば、ナミが息を詰まらせたのが分かる。油断してるからだ、ナミのばぁか。

 

 「……っ!ルフィ!!」

 「美味いな、団子。もっと食わせてくれよ」

 「っ!い、や、よ!自分で食べてちょうだい!」

 

 そう言うナミの顔は赤くて、こんな時ナミは俺のだって認識する。俺以外にやられると赤くなる以前に張り倒すもんな。

 トラ男はそんな俺達を忌々し気に見て来るが、いや、俺を……だな。仕方無ェだろ、ナミが可愛いんだからよ。

 団子は美味くて、食べ尽くした頃には酒も減っている様子で何となく解散的な雰囲気になる。それでもまだナミは月を見てるから、つい言葉を口にする。

 

 「月が綺麗だな」

 

 だけど、俺を見てくれよ。

 

 「あァ、綺麗だな」

 

 何故か返事をして来たのはトラ男で、なんでお前がと睨んだ瞬間に、ナミが咳き込んだ。酒を気管に入れるなんて珍しい事もあるもんだと思ってその背中を摩ると、トラ男が嫌そうな顔でナミを見た。

 

 「おいナミ、お前今変な想像しただろう。偶然だ、他意はねェ」

 「何が偶然だよ、俺の言葉に普通に返事した癖によ」

 

 俺がふて腐って答えればナミは何故か肩を震わせ始め、それから笑いだした。

 

 「や、ヤダもう。1部の人達は喜びそうだけど……。ローちゃん、発言は気を付けないと、ルフィは分かってないと思うから」

 「あァ、今後は気を付ける。……今夜は寝る。またな」

 

 トラ男はそう言って立ち去るけど、俺には何がそんなにおかしいのか分からない。なんだってんだ?

 

 「ルフィ」

 

 名前を呼ばれて視線を向ければ、笑いのおさまったらしいナミが少し困ったような顔で俺を見る。それからそっと俺の頬に触れて来る。

 

 「月を見て、綺麗だと言うその言葉に、愛してるって意味を込めた人がいたのよ。だから、聞き方によってはルフィとローちゃんが、愛を語ってるようにも取られかねない会話だったの」

 

 そう言ってからその手をそっと離して、スっと立ち上がったナミは、分かったら早く寝なさいなんて言う。でもそれなら。

 

 「それなら、俺は元々ナミに言ったんだから、構わねェだろ。月が綺麗だなって、ナミに話しかけたんだ」

 

 その瞬間月明かりから影になっていても分かるくらいにナミが赤く染まる。なんで、何度も抱いてるのにたった1言でこうなるのかイマイチわかんねェけど、そんな所も可愛いとは思う。

 

 「ルフィ……私も、アンタと見る月は綺麗だと思ったわよ」

 

 言い捨てるようにして駆け出したナミを、俺がそのまま逃がす筈も無い。腕を伸ばして絡み付けば、そこから先は2人の体が離れる事なんて有り得ないだろう。

 

 「逃がすかよ」

 「っ!……月が綺麗ね、ルフィ」

 「あァ、綺麗だな、ナミ」

 

 そうして見つめ合えば自然と唇は重なる。その後はただ、熱い吐息がもれるだけ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(黒足VS海賊狩り)ゾロ視点

 見張りを兼ねて狭い見張り台で修行していたら、突然ナミの歌声が聞こえて来た。たまにこんな事があるから、見張りしてるのも悪くねェと思える。

 宴の時の他はたまにこうして誰も聞いていないだろう時間に歌うだけに留めているが、いつでも歌ってくれて構わねェんだがな。だがそうは思っても実質的には、それが不可能なのもまた理解している。

 今はビビを家まで送り届けるとの約束の元船を動かしているが、元々はそれぞれの遠すぎる目標の為に出発したメンバーだ。その中で男達は基本的に1つの事しか出来ねェのに対して、足りない所は全てナミが1人で担っている状況だもんな。

 ぐる眉が加入してからは料理はしなくなったが、何かあれば額突合せて食材について等話し合っているのは知っている。どちらも料理やら食材やら、それにかかる経費やらと話している時は真剣で、色恋の要素は欠片もねェと理解はしているんだ。

 今この船には船大工も、船医も何もいねェ。航海士と測量士を兼ねてるだけでなく、何かあれば船医の代わりとでも言うかのように治療して回るのも、金銭管理も、備品管理も任せっぱなしだ。

 船大工はウソップが下手くそながら、行なってくれている。だが、操舵手としてもナミは可能な範囲であれば1人で動かしちまう。

 夜寝る前には必ず網を仕掛けておいてくれるし、それを朝力仕事だからと俺が引き上げる事で今は何とかなっちゃいるが、元はそれもナミがやっていた。他にも何か、時間を作っては書き記している。

 航海日誌の他にも多くの物を書いているのは知ってるが、だからこそ時間も体力も足りねェんだろうなと思えば少し切なくなる。何とか休ませてやりてェ。

 いつ寝てるのかと問い質したくなるのも、当たり前と言える程に動き回っていやがる。寝ると魘されるらしいと言う事は何となく理解出来てるが、だからと言って倒れるまで寝ねェなんて事が許される筈もねェ。

 海が荒れれば航海士として何日だって寝ねェで海と対峙するというのに、そんな事を続ければ体が持つ筈も無い。俺が守れるのは……敵からの攻撃だけだってのが、正直悔しい。

 それさえ下手をすれば、守りきれずにナミは独りで戦い始めちまう。……足りねェ、まだまだ俺は強くならなけりゃ、ナミを守れねェし、鷹の目にも勝てねェ。

 恐怖を感じる余裕さえない程に、遠過ぎる距離。その世界へ近付く為の1端をナミは俺に示してくれた。

 ……ハキだったな。どうすれば身に付けられるのか、今度聞くだけ聞いてみるかと歌い続けるナミに意識を向ける。

 だがそれも突然止めばどうしたかと慌てて見張り台を飛び降りると、ナミがフラフラと甲板に姿を見せた。月に魅入られているかのように覚束無い足取りで歩くそれに、心配になるなと言う事にこそ無理がある。

 

 「「ナミ」さん」

 

 声が重なり、くそコックも居たのかと漸く気付く。それは相手も同じようで俺に驚いたような視線を向けて来てから、納得したように煙草の煙を吐き出した。

 それから示し合わせたように同時にナミへと歩み寄り、驚くナミのそばに腰を下ろす。

 

 「見張りは良いのか、マリモくん」

 「何かあれば俺が全て切ってやるよ。安心したかダーツくん」

 「辞めなさいよ、アンタ達。全く……」

 

 そう言って持っていた何かを差し出して来るナミに2人して視線を向ける。それに優しく微笑み、軽い調子で座れと示されれば従う他なく大人しく腰を下ろす。

 3人で甲板に腰を下ろせば、ナミが胸元から俺とコックにお猪口を取り出して手渡してくるから、それを受け取った。その直後に注がれた酒は、香りからして上物だとわかるので、良いのかと視線で問いかければ笑って頷かれる。

 

 「今日は中秋の名月だから、お月見しようと思ってたのよ。だからお月見団子も作ったけど……サンジ君に出すのは少し恥ずかしいわ」

 「宝玉が何言ってるんですか。楽しみです」

 「……嫌味?嫌味なの!?」

 

 謙遜とかではなく本気で言ってるのが伝わるナミの言葉に俺とコックは同時に吹き出して、それを見たナミが諦めた様子で溜息をついた。それからゾロの口には合わないかもよ、甘いからなんて言ってるが……とりあえず1つ貰って見る。

 確かに甘いが……嫌いじゃねェ。苦手ではあるがな。

 酒を呑めば恐ろしく美味い。なんだ、このギャップは。

 

 「良いお酒でしょ。クーちゃんに頼んで漸く手に入ったんだから、感謝してよね」

 「ニュースクーって、配達とかしてましたっけ?」

 「私限定で、なんでもやってくれるわよ。長い付き合いだもの」

 

 長い付き合いだからってんなら、大海賊達は全員やって貰えてる筈だろうと思うが今更そんな些細な事を突っ込む意味がねェ。俺の酒が無くなるとそっと注ぎ足してくれるナミだが、その酒は明らかに尋常ではない速度で減っている。

 明らかにナミの呑んでいるペースが早い。月に視線を向けているから、それが度数の高い酒だと言う事を忘れているのではないかと気付けば、コックに目配せして止めさせる。

 それにより呑むのを中断したが、よく分かってない様子だ。団子はコックが興味深そうにしながら食べ続け、色々と質問してそれにナミがなんの衒いも無く答えるのを繰り返し、既に無い。

 酒も残りは僅かだろう。そう思ったら無意識でその酒を奪うように手にして、2人に声を掛ける。

 

 「俺は見張りに戻る。お前らはさっさと寝ろ。どっちも朝早い上に仕事が多いから、見張り免除されてるって自覚持ちやがれ」

 

 俺の言葉に2人は顔を見合わせて、小さく笑うと立ち上がった。コックは去り際に礼とも嫌味とも取れる言葉を残して、ナミは特に何も言わずに部屋へ戻って行く。

 俺が見張り台に戻ると、それから間もなくして誰かが登ってくるのに気付いて視線を向ければナミで、酒を奪い返しに来たのかと思ったら手に同じ酒を持っていてコイツはと思う。

 

 「見張り用にしては足りないでしょ。それと毛布。突然気候が変わる事も少なくないんだから、見張りの時は持って来なきゃ」

 

 そう言って俺の横に毛布と酒を置いてから、その毛布を挟んだ位置に腰を下ろした。まだ月に魅入られているようで、隣にいる俺を見ろと言う言葉の代わりに溜息がもれる。

 

 「月が、綺麗だな」

 

 それなのに俺の口からこぼれ落ちたのは考えている事とは真逆で、自分に対して憤りそうになる。それを受けてナミは遅れて酔いでも回ったのかと言いたくなる程に赤く染まり……挙動不審になる。

 なんだ……?

 

 「あ、りがとう……?え?こういう時、どう返したらいいの?」

 「……ナミ、考えが口から出てるぞ」

 

 1応突っ込んでから少し考える。それにより俺も思い出した。

 そうか……その返事が〝ありがとう〟なら、構わねェよな。

 そう考えるのと同時に、体が勝手に行動を開始する。腕を掴めば細くて、引き寄せれば軽く、抱き締めれば折れそうで……。

 こんな体で戦ってきたのかと思えば、情けなくなって来る。疑った事も含めて、多少では済まない罪悪感と共にナミに噛み付くようなキスをした。

 

 「……返事は受け取った。もう、言葉はいらねェ」

 

 月明かりに照らされたナミが誰か来るかも知れないからと、小さな声で抵抗するのを無視して、俺は漸く触れられた温もりを逃すものかと強く抱き締める。獣じみた行動を取る俺を叱るように月がその光を強めたが、俺をその程度で止める事等出来る筈もねェ。

 甘い吐息をもらすナミの髪を梳くように撫でて、この場で犯す事は流石に出来ねェなと自嘲しつつもその唇だけは俺の物だと奪うように貪る。僅かに離れた唇の隙間で、ナミはそっと囁くように言った。

 

 「月が綺麗ね、ゾロ」

 「あァ、ナミと見る月だからだろうな」

 

 もう黙れと唇を塞げば、見張りの事が疎かになっちまうのも仕方のねェ事だろう。2人を包むように、月上がりが照らしている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(黒足VS海賊狩り)サンジ視点

 キッチンの後片付けを終えた所で、誰かが近付いてくるのを感じた。また摘み食いに来たかと隠れて様子を伺えば、珍しくその場に現れたのはナミさんで、それならば隠れなければ良かったかと思う。

 だが今更どうやって姿を見せればいいかわからねェ。仕方無く隠れたまま様子を見ていると、小さくウサギがどうとか歌い始めるから、余計に出られなくなる。

 なんだか、誤魔化す為についた嘘を隠そうとして、更に嘘を重ねるみたいになってるな。だが……さてどうしたものか。

 その内歌は変わり、悲恋のそれになればいつもの声とは違うそれに本当に彼女は人間なのかと、少し疑わしく思えてくる。美し過ぎるんだよな……その身も心も。

 いっそ天使だとか天女だと言われた方がしっくりくる勢いで、人間離れした美しさと、甘さ。そして知識量を持ち合わせる奇跡の存在。

 魚達から開放された宴で、ナミさんが宝玉だと知ってから宝玉が出した書籍を1通り読ませてもらい、その結果俺はナミさんのその頭の中はどうなっているのかと本気で考えた。レシピは愛用しているから知っていたが、小説の1つがどう考えても俺の過去と類似し過ぎているのもある。

 その他にも偉人録だとか、譜面だとか、食べられる薬草だとか、挙げればキリがない程に出版されて居た。確かに1人で書いてるのではなく、シリーズだとか、種別で違う人間が書いてるのだと思った方がしっくり来る程だ。

 出来ない事等何も無いと言わんばかりに、この船に不足する全ての事を1人で担ってくれている。それがつらかったり不満だったりはしないのかと問い掛けても、元々は1人で全てやっていたからと微笑まれてしまう。

 今はナミさんが言っていたように、仲間に女の子が増えた事でもあるし……。少しでも休めていたら良いと思う反面、ある事に気付く。

 そう言えば、ナミさんはよく未来を知ってるかのような発言や行動を取るな……と。それは大概間違ってないし、ハキの関係だと言われればその能力を持たない俺としてはそうかと言う他ない。

 だが……何だろう、この違和感は。喉に小骨が引っ掛かっているような……。

 歌はいつの間にか終わり、何かを作っていたらしいナミさんはそれを持って外へ出て行った。それにより漸く隠れていた所から出て、この後どうするかと少し考える。

 何を作っていたのかも気になるしと、自分に言い訳してナミさんの後を追えば月明かりに照らされるナミさんの姿が見える。その表情が今にも泣きだしそうに見えて、咄嗟に声をかけると、それが他の声と重なった。

 マリモか……。

 互いに顔を顰めて、けれども同時にナミさんに歩み寄り、その傍に腰を下ろすのも同じタイミングと来れば嫌味の1つも言いたくなる。それにより始まる言い争いを軽くいなして止めるナミさんは、いざ本気になった時強い。

 それは間違いようのない実際だが、俺達がナミさんに手を出せない事を本当は分かっているんじゃないかと思う時がある。それでも理不尽に止める訳でも無いから、それが不満だと言う事も無いんだけどな。

 不満だとするならば、俺もマリモも平等に扱うところだろうか。まァ、ナミさんらしいっちゃらしいんだけど。

 折角ナミさんが作ってくれた団子だと言うのに、1つ食べた他は2度と手をだしもしねェマリモに、ナミさんは楽しそうに笑うばかり。お酒の方が口に合うでしょなんて言って甘やかす。

 ……甘やかされる代表は船長たるルフィで、その甘やかされっぷりは半端じゃねェ。ナミさんの村での宴の時もそうだ。

 ナミさんを背後から抱き締めていたルフィが、そのままナミさんを連れ出そうとしたあの時……。上着を理由にナミさんを引き止めなければ、どうなっていたか。

 ルフィも雄の顔でナミさんを見ているし、マリモは獣じみている。そんな中で何も気付かない様子でのほほんとしているナミさんが、心配でならねェ。

 目の届く範囲では庇い守るつもりだが、警戒心が足りなさ過ぎる。そもそも距離感が近すぎるんだ。

 そんな事を考えているのに、口は団子の事を根掘り葉掘りナミさんから聞き出していて、それを厭う事もなく答え続けてくれる。料理人から見たら、レシピは大きな財産だろうに。

 全く気にしていない様子なのだから、強いと思う。単純に料理人じゃないのだと言われても、それだけで大公開出来るかと言われたら普通出来ないだろう。

 同じ船に乗ってから、俺の知らないレシピ本にも出会えた。俺がそれを見ていたら、持ってないのはあげるから使ってと微笑まれたのはつい先日の事だ。

 その中には、オーブンを使わずに作れる焼き菓子特集もあった。なのでそれの試作品をビビちゃんに提供しつつ、ナミさんに意見を聞くのが最近の楽しみだったりする。

 本の冒頭にあった〝パンケーキとホットケーキとケーキの違いは、焼く機材の違いです。パンケーキはフライパンや鉄板、ホットケーキはホットプレート、ケーキはオーブンで焼いた物です。〟と、書かれていたのには吹いたけど、全くもって言われてみればその通りだ。

 イメージとしてはパンケーキと書かれていたら、可愛く果物などでデコレーションされていそうだが、実際は違う。そういう意味では飲食店の表示に、偽りありだよなと思う。

 

 「……お前ら」

 

 突然マリモがそう言って声を掛けてきたと思ったら、残り僅かな酒を手に立ち去って行く。それがマリモなりに気遣ってくれているのが分かるからこそ、やりにくいと思っちまう。

 素直に礼を言い合える関係でもねェから、つい嫌味の応酬になるがナミさんの貴重な酒を貰えたんだから充分だろとも思う。……団子の大半は、俺が食ったんだけどな。

 見れば洗い物を纏めてナミさんがキッチンに向かう所で、俺は慌てて追いかけようとして先にマリモに毛布と酒を運んでやる事にした。

 

 「ほれ、寝るなよ?」

 「おゥ、ありがとう。……コック、ナミの事だが……」

 

 言葉を切るマリモに俺は溜息を落とす。それから互いに無言で睨み合い、双方が本気だと知ってしまう。

 ここで抜け駆け禁止なんだからっ!とか言われたら蹴り飛ばしてやるが、そんな事を言い出す筈もねェから、互いに無言で視線を逸らす。見張り台から降りた俺はキッチンの様子を覗き、片付けが終わったところらしいナミさんに声を掛ける。

 

 「任せちまって悪か……すみません。本当は俺がやるべきだったのに」

 「他の皆に言うみたいに話しても構わないわよ。それに、ゾロに毛布運んでたんでしょ。気にしないで」

 

 微笑みながら、窓から見える月に視線を向けたナミさんに俺は言う。その横顔が綺麗で、つい見惚れちまう。

 

 「ナミさんと見る月は、1人で見るよりずっと綺麗でした。大切だから、口調も変えて特別なのだと伝えているつもりなので、このままでいさせてください」

 

 言葉は口から勝手に滑り落ちる。それを受けてナミさんは暗くても分かる程に赤くなり、数歩下がった。

 それにどうしたのかと1瞬考えて、発した言葉の持つ別な意味に気が付く。赤くなっていて、拒否しないって事は、期待しても良いんですか?

 内心で問いかけながら距離を詰めると、戸惑いを強く見せてからそっとその手を差し出して来た。その手を掴めば細くて、けれども意味が分からずにナミさんを見れば、困ったように微笑まれた。

 

 「私、そんなにお綺麗じゃないし、面倒な奴だと思うの。それでも……?」

 「勿論、ナミさんが欲しいです」

 

 不安そうにしているならば、少し強引な位で押して見せなければと即座に答えてから、そっと触れるような口付けを交わす。男部屋は論外で、女部屋にはビビちゃんが寝ているから……そんな言い訳を脳内でしながら、その細い腰を抱き寄せる。

 

 「今は、俺だけを見ていてください。優しく、しますから」

 

 俺の言葉に小さく頷いたナミさんと俺の影がその場で重なったのは、不可抗力だろう。月と太陽が引き合うように、俺とナミさんも惹きあっていたのだから。

 そっと触れた素肌が滑らかで、柑橘類の香りを漂わせるナミさんに魅せられる。このまま永遠に離れたくねェと思った時、その艶やかな唇が動いた。

 

 「月が綺麗ね、サンジ君」

 「俺も、同じ気持ちです」

 

 2人の心と体が2度と離れなければ良いと願うように思ったのは、それだけ離し難く思えたからだ。2人のその後は、当人達の他は月だけが見ていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(天夜叉ドフラミンゴ)

 部屋に近付くと声が聞こえた。俺が持って行った物はなんとか食べるようになったが、基本的に水さえ他の誰かの運んだ物は口にしようとしないナミの為に、キッチンを部屋の中に作らせたのは最近の事だ。

 何かを作りながら、1人で騒いでいるのだろうとは分かるが、何が起きているのかと思いつつドアを開ける。すると、ナミは何かを作りながら歌っていた。

 聞けばそれは男が愛する誰かを亡くした歌のようで、ピンクが聞いたら号泣しそうだと妙に冷静に思う。本当に、何もしないという事を出来ない女だなと思えば、笑えて来る。

 歌い終えたナミは酒と何かを持ってバルコニーへ向かうと、月明かりに照らされるそこで呆然と月を見上げた。それはまるで1枚の絵画のような風体で、それに息を飲むのと同時に生きているのか不安になってくる。

 近付いても反応しないナミを抱き締めれば、盛大に驚かれてしまったが、生きているのが分かれば取り敢えずはそれでいい。お前は、俺のものだ。

 

 「何をしていたんだ?」

 「月を……見ていたの。秋の満月を見て、お団子食べて、お酒を呑むって風習が……遠い異国であるって聞いていたから、何となく」

 「なら、俺も参加してやろう」

 「……忙しいんじゃないの?」

 

 心配そうに俺を見るナミは、俺がJOKERである事も知っている筈なのに、まるで仕事に疲れた善人に言うようにそんな言葉を口にする。それがむず痒く感じるのは、そういったものから離れて久しいからだろうか。

 

 「ナミと酒を呑む時間くらい作れるさ」

 「ありがとう」

 

 言いながら床にペタリと座ったナミは、団子を目の前に置いて胸元から取り出したお猪口を差し出してくる。……何処から出してるんだお前はと言いたくなるのを堪えて、それを受け取れば当然のように酒を注ぐ。

 自らのそれにも注いでから、ナミは酒に映る月を見て小さく笑った。それがどうしてか悲哀を含んで見えたのだが、その理由は不明だ。

 だからと言って無理に問い詰めても恐らくは何も吐かないだろう事は、すでにわかっている。本気で拷問にかけたとしても、1度決めた事は曲げずに何があっても変えない頑固さは、その命を縮める結果しか見えはしないが……。

 そんな思考を誤魔化すように酒を僅かに口に含み、月を見上げればただ、眩しいだけ。なんの価値も見い出せそうもねェ。

 それでもナミを1人でこんな所に座らせて置く事もしたくはねェし、邪魔するつもりもない。今回作っていたこれは何だろうかと手を伸ばして口にした団子は、甘い。

 酒が辛口で無ければ食えたもんじゃねェなと思うが、味その物は悪くない。いつもナミが作る物は、ある程度以上の完成度を誇る。

 それをその道のプロに横流しのように与えれば、更に改良されて出回る訳で、それを怒るどころか喜べるナミは中々に珍しい生き物だろう。月を見上げるナミは、輝き姫だかとか言う作品を思わせる。

 迎えに来る奴がいたら、切り刻んで始末してやると思い、同時にナミの事は縛り上げてでも手元に残してやると誓う。その時鈴が鳴るような声でナミが言った。

 

 「……ドフィ、月が綺麗ね」

 

 そうして儚く微笑むナミに、俺はん?と思う。……そういう事か、珍しい事を言う。

 

 「そうだな、ナミと見る月は綺麗だ」

 

 返してやれば酒で酔う筈も無い女が、まだ1滴も飲んでない筈なのにその顔を……いや、首筋までもを赤く染めて俺を見る。何が仕事で役立つか分からないからと、本はよく読むが……こんな形で役立つとは思わなかった。

 

 「それで……直接的な言葉は、言ってくれねェのか?子猫ちゃん?」

 

 ニンマリと笑えばナミは月ごと酒を呑み、目元をほんのりと赤く染めて隣に座っていた俺に抱き着いてきた。その細い身体が震えているのを、気付けない程に鈍くは無いが、その震えの原因が分からねェ。

 

 「……ドフィに、伝わると……思って無かった……の」

 「……ナミは、俺を何だと思ってるんだ。取引に何が役立つとも限らねェんだから、文学に触れるくらいする」

 

 言ってその顔を隠すように落ちている髪を救い上げれば、真っ赤に茹で上がったナミが見えて、完熟のこれを食べない理由が既に思い浮かばない。その時ナミが不意に視線を上げて、俺の顔に自らの顔を近付けると、頬に触れる程度の口付けを残す。

 

 「……こ、れが、限界です!」

 

 初心すぎる反応に、こちらにまでその照れが伝染する。これは感染率の高い病のようだと頭の片隅で思いながら、逃げようとするナミの腰を抱いてその場に押し倒す。

 それの意味が分からない程に幼くもなく、それなりに身体を重ねて来ているからか、これからの事が分からない程経験がない訳でも無い。だがいつもなら外は嫌だと暴れるだろうに、今宵に限っては静かに微笑みを浮かべられた。

 

 「ドフィって、綺麗よね……」

 「初めて受けた評価だな。だが……ナミが隣に居なければ美しくも無い月よりも、俺にはナミ本人の方が、綺麗だと思うぞ」

 「……っ!心にも、無いくせに」

 

 そう言って恨みがましい視線を、けれども恥ずかしそうに向けてくるから、俺はそれに小さく笑う。本当にいい女で、可愛い子猫だ。

 俺は自らが溺れていると自覚しながらも、壊したくなる衝動を抑えて、壊れないギリギリまで愛してやろうとナミの首筋に食らいついた。それを満月が咎めるように照らしていたが、俺を止める事など出来はしない。

 甘いのは団子か、酒か、それとも……ナミのすべてか。飢えて渇いた心と身体が満たされるまで、俺に珍しく〝愛している〟なんぞと伝え、またそれを返させた奇跡の子猫を手放す事は無い。

 

 「月が綺麗ね、ドフィ」

 

 震える声で繰り返されたそれに、そうだなと答えて唇を重ねる。月がどれ程美しくとも、それを凌駕する美しい存在を腕に抱く男に、空に輝くだけの存在は、既になんの意味もなさないだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(ハートの副船長ロシナンテ)

 どうせまだ起きているだろうと、暖かいお茶を手にナミの部屋へ向かったが部屋には明かりが無く、まさか寝ているのかと奇跡を信じてそっと部屋を覗いた。だが部屋には誰も居らず、ベッドを見ても使われた形跡が無い。

 こんな時間に何処へと机にお茶のセットを置いてから部屋を出れば、微かに歌声が聞こえてきた。どうやら何処かで歌っているらしい。

 ナミは暇があると何かを歌う。もしくは何かを書いている。

 何もしていない時間の無いナミは、睡眠時間がそもそも足りて無いのでは無いかと思う。いつも忙しなく動き続けているナミが、のんびりと過ごすのはお茶を用意した時くらいなものだ。

 ただしそれは信頼しきってる相手からの物か、自分で用意した物。それしかナミは口にしないのだから、どうしたら休ませられるかと考えてしまうのも無理のない話だろう。

 ……心配になるのは、どれ程言い訳して見ても結局は惚れてるからという1言に集約される。どうしたって俺は、ナミが愛しい。

 声を辿り厨房に到着すると、ナミの歌声の声が変わった。低く落ち着いたその声が悲痛な想いを歌うのを聞いて、抱き締めて甘やかしたくなる。

 俺がいるだろうと。だが、声に出す事はできなかった。

 歳下であるにも関わらず、幼い子供を甘やかすようにナミは俺を甘やかすから、俺はいつも庇われてばかりのような気がしている。だが同時にその危うい強さにいつもハラハラさせられ、それを解決する方法は分からない。

 いつ崩れ落ちるかわからないような恐怖を抱かされちまうのは、ナミが遠くを見つめる事が多いからだろうか。ガラス細工の人形のように美しくて、だからこそ危うく見える。

 実際はクリスタルかダイヤで出来ているのだろうが、見た目がガラスなのだからどうにもならない。守りたい、失いたくない、大切な存在なんだ。

 歌声が止むのと同時に甲板へ向かうナミを追って外に出れば、月明かりの中に佇むその姿が1瞬ぼやけて見えた。そのままナミが消えるのではないかと言う恐怖にかられて、思わず掴んだ腕はしっかりとそこにナミがいる事を伝えてくれる。

 

 「ロシー?どうしたの?」

 「月明かりにナミが溶けて消える気がした」

 「私は人間だから、月光に同化するとか出来ないわよ。大丈夫、ちゃんとここにいるわ」

 

 そう言って手にしていた酒と団子を近くに置くと、優しく俺に抱き付いてくれる。腰に回された腕が、細くて……年齢も身長も半分しか無い少女に、俺は甘え過ぎている。

 だからこそ、不安になる。誰かにいつか奪われるのでは無いかと。

 もしも兄上にナミの存在が知られれば、確実に狙われる。だから隠したいと言うのに、ナミは光り輝き存在を隠す事も出来はしない。

 

 「こんな夜中に、何してたんだ?」

 「お月見よ。月見酒、1緒にどう?」

 

 道徳的に出来ないかしらなんて囁くナミに、俺はそんな物を持ち合わせているのならばナミの恋人にはなれないだろうと言い、小さく笑いながらその場に座る。それだけで通じたのか、ナミは胸元から取り出したお猪口を俺に差し出して来た。

 それに酒を注ぐと、目の前に先程作っていたらしい団子を移動させて来た。それにそっと手を伸ばして注がれた酒と団子を口にしてみる。

 酒は少し辛めだが、団子が異様に美味い。俺の好きな味だと思っていたら、ナミがお子様ねと小さく笑った。

 

 「私はお酒の方がおいしいと思うのに、そんなに気に入ったなら、また作るわよ?」

 「ナミの作る物に勝る物なんて、そうそうある訳が無いだろう」

 

 本心から言うのに、ナミは口が上手いのねと言って信じようとしない。月は眩しい程で、明かりも必要としないだろう。

 これならば確かに、甲板で夜本を読むナミを見かけるのもわからなくは無い。どうしたって船である以上は、木製でなくとも火は極力使いたく無いのだ。

 

 「月が、綺麗だな」

 

 俺が団子片手に呟くとナミが珍しく手にしていた酒を落とした。どうしたのかと視線を向けると、真っ赤になっていてそれ程強い酒だったかと首を傾げる。

 そんな俺に湯気まで出そうな程に赤くなったナミが小さく呟く。

 

 「わかってるのに、ロシーが意味を知る筈無いって……なのに、私情け無い」

 

 そのまま顔を隠してしまうナミのその姿に、残念な気持ちになる。折角の綺麗なその姿をどうして隠してしまうのか。

 

 「月が秋雲の陰に隠れては、月見酒ともいかなくなる。その(かんばせ)を隠さないでくれないか?」

 「……っ!月って私の事!?」

 

 言って顔を上げたナミが愛らしくて、思わず唇を重ねれば甘い吐息で応えてくれる。それに夢中になって貪れば、呼吸の為に離れた僅かな隙間で静止してくるナミを抱きしめ、どうしたのかと問い掛けた。

 

 「誰かに、見られたら……だから、恥ずかしいか」

 

 言葉はもういらないと、再びその言葉ごと唇を奪えば、微かな喘ぎがナミから漏れる。誰に見られたとしても、口付け程度なら構いはしない。

 素肌を晒させるつもりは無いが、口付けならば牽制にしかならない。だから……何も考えずに、俺に溺れてくれ。

 そんな想いでナミを貪れば、俺に縋るように手を伸ばしてくれるから、それだけで調子に乗る。口付けを繰り返しながら、先程の意味をわかってないと言っていた意味について考えれば、遅ればせながら気付く。

 唇の僅かな隙間から、直接的な言葉を紡ぐ。

 

 「愛してる。そう、直接言った方が良かったか?」

 

 俺の言葉にナミは耳まで赤くして、小さく呟いた。微かに期待する色を、その瞳に宿して。

 

 「意味、わかってて?」

 「あァ、勿論だ」

 

 言った時はそんなつもりはなかったが、今はそんなつもりしかない。だから、そう平気で嘘を重ねて俺はナミの唇を奪いつつその体を抱き上げる。

 続きは月明かりにも覗けない所で、ゆっくりと堪能したいと思ったから。それに対してナミはやはり受け入れてくれる。

 甘やかしてくれると言うのならば、それはこれからも甘受しよう。そう思った瞬間に、ナミが甘やかな声を響かせた。

 

 「月が綺麗ね、ロシー」

 「そうだな。だが、ナミはその月が嫉妬しそうな程に美しい」

 

 奪われるのが怖いなら、強くなって守ればいい。ナミは誰にも、渡さない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(ローVSロシナンテ)ロシー視点

 そろそろ休もうかと思いつつ、少し水でもと思って調理場へ向かえば、歌声が聞こえて来た。低い声で歌われているそれが、少年ではなくナミの声である事はすぐに分かる。

 中を覗けば何かを作りながら歌っているらしいと気付き、今日は何かの日だったかと脳内でカレンダーを捲る。イベントごとが好きなナミだからそう思ったが、特に何かのイベントの日とは思い出せず、なんだろうかと黙って見守る事にきた。

 その時背後から人の近付く音を聞いて振り向けばその正体はローで、ローもまたナミの歌声に惹かれて来たのだと分かる。小さく頷いて親指で中を示せば、納得したのか肩を竦めてみせた。

 元々少年らしさはない子供だったが、ナミと再会してからは随分これでも刺々しさも減ったと俺は思っている。ナミはそれでもローを心配そうに見ているが……。

 ナミの歌声を聞きながら、最近クルーが話していた事を思い出す。優しい姉や母親みたいだとナミを表現する言葉を皆が口にしていたのを。

 だが俺には……心配症で自己犠牲型の〝妹属性〟に思えてならない。頑張り過ぎるきらいのあるナミを姉や母に見立てて甘えていたら、壊れてしまうだろう。

 いつも俺なりに心配はしているが、何故かそれが伝わらない。ドジと言う意味では迷惑をかけている分、他では必ず守ってやりたいと思う。

 そう思って煙草に火をつけようとしたらローに止められ、火を付けられた煙草を渡された。その様子に、口に咥える事無く火をつけるのは器用だといつもながら思う。

 煙草は息を吸いながら出なければ、火が中々つかない仕様になっている。つまり、普通に燃やすのはそれなりに面倒なのだ。

 

 「……何してるんだ、ナミは」

 「何かを作ってるみたいだな。そのついでに、鼻歌を歌ってるようだ」

 「鼻歌でこのレベルか」

 

 そう言って笑うローは妙に優しい顔をしている。男2人に対して女は1人。

 どちらも共有しようなんて出来る性格でもない上に、ナミがそんなもの耐えられる筈も無い。だからこそ、ローとはいつか本気でぶつかる事も覚悟するしか無いだろう。

 

 「……静かになったな」

 「作り終わったみたいだな。行ってみるか?」

 

 ローは俺の言葉に少し考える素振りを見せてから頷く。こうした妙に幼い行動を見せてくれるのは俺やナミの前でだけだと言う事を考えれば、どうしたってローも本気で想っているのだと突き付けられたような気持ちになる。

 2人でナミの居る甲板に移動すれば、月を見上げる姿があり、それに1瞬息を飲む。光の中を泳ぐ人魚のように思えたのは、欲目だろうか。

 

 「「ナミ」」

 

 俺とローの声が重なる。それにナミは驚いた様子で振り向き、微笑んだ。

 

 「あら、お揃いで。折角だから1緒にお月見する?」

 

 楽しそうに笑うナミもまた、俺やローといる時だけ少し幼い顔を時折覗かせる。それだけ、気を抜いているのだろう。

 家族に近いという意味では嬉しいが、男としては少し切ない。……我儘だな。

 

 「折角だから、そうさせてもらおうかな」

 

 俺が答えればローもそれに頷き、3人で甲板に腰を下ろすと月を見上げる。それから先程作っていたと思われる物を差し出してくる。

 

 「ローは兎も角、ロシーは好きだと思うのよ。ただ、味の保証はしないけど」

 

 悪戯に微笑むその表情が何処か寂しそうに見えて、手を伸ばし掛けて止める。隣にローが居なければ、恐らく抱き締めていた。

 その手を見たナミは何を思ったのか、突然胸元から取り出したお猪口を俺に持たせて、そのまま酒を注いで来る。それを受けて腕を戻せばローもまた同じように渡されていて、ナミは小さく良くいい酒だって気付いたわねなんて言っている。

 この鈍さに、初めて救われた。いつもは恋心をミキサーで粉砕されてるような心持ちにさせられる事が多いんが……。

 鈍さが役立つ事もあるのかと妙に冷静に思う。そんな中でローが口を開いた。

 

 「ナミ、この酒どうしたんだ?」

 「クーちゃんに頼んで仕入れたのよ。苦労したんだから」

 

 ローの問い掛けに当然のようにナミはそう言うが、ニュースクーに酒を買わせて運ばせるとか普通じゃねェって気付いて……る、筈もねェか。そう思って肩から力を抜く。

 団子に手を伸ばせば、ナミが少し不安そうに見ているのがわかり、本当に自信がないらしいと知る。口に含めばこれに自信が持てないとは何事かと問い詰めたくなる程に美味い。

 

 「美味い。ナミは味見とかしないのか?」

 「怖くて、出来なかったのよ。久々に作ったから」

 

 それを人に提供できただけ凄いと褒めるべきなのだろうか。それとも……。

 そんな事を考えながらナミを眺めていると、ローもまた団子に手を伸ばした。ローの反応も悪くない事から欲目ではなかったかと考えて、その直後にどちらも欲目の危険性があると気付く。

 俺とローの想いに欠片も気付かずに呑気に月を眺めるナミは、何を考えているのか。その横顔からは、何もその答えを導き出す事が出来ない。

 

 「今夜の月は綺麗ね」

 

 突然発せられたナミの言葉に俺とローは同時に反応して、同時に固まる。石化に近いような気さえする。

 今の言葉はどちらに向けて言ったのか。その答えを持つ唯1の存在は呑気に酒を呑んでいて、此方には視線を向けてさえくれない。

 ここでローに向けて言ったと言われたとして、俺はそれを素直に受け入れられるのかと考えて、可愛くて大切なローでもそれは出来ないと思ってしまう。強欲な俺はナミもローも手放す事無くずっと傍に居てもらいたいと願っている。

 だが、ナミに愛されるのは俺でありたいとも思っているのだ。なんと言う矛盾だろうか。

 

 「……お酒も無くなっちゃったし、そろそろお開きかしらね?」

 

 軽い調子でナミに言われては、引き下がるしかない。答えは得られなかったが、共に過ごせただけでもとりあえずは良しとするか。

 使い終えた食器を片付けようと手を伸ばせば、ローがそれを止める。そして、何故か深い溜息が落とされた。

 

 「これ以上食器を無駄にしたくねェ。用意はナミがしたんだ。片付けはしといてやる。……2人共早く寝ろよ」

 「「ローにだけは言われたくない」」

 

 俺とナミの声が重なればローは少しバツの悪そうな顔で俺達を見てから、食器を持って足早に立ち去る。ナミはそれを見送りつつさっさと部屋に戻るからそれについて部屋の前まで送ると、無意識で問い掛けていた。

 

 「さっきの言葉は、俺に向けて言ったと思っても構わないか?」

 

 そう問い掛けたのは、どちらだと問い掛けられない臆病な心を隠す為だった。だが、ナミは頬を赤く染めて視線を彷徨わせるから、まさかと期待してしまう。

 そっとその頬に触れるとナミはその瞳を細めて、照れたように笑うだけで拒まない。だからこそ俺は、自制心なんてもう既に失っていた。

 

 「……ナミ、嫌なら殴ってとめろ」

 

 言いながらナミを抱き締めてナミの部屋に入り込んだのは、誰にも邪魔されたくなかったから。ローへの罪悪感が無いとは言わないが、俺はナミを諦める事も出来ない。

 

 「待って、ロシー」

 「殴って止めろって……「お願い、聞いて」」

 

 ベッドに押し倒した俺にそう言ったナミは、それから優しく微笑むとその唇で俺を誘うように言葉を口にした。

 

 「月が綺麗ね、ロシー」

 

 喉が音を立てたのを理解するのと同時に、俺の理性は砕け散った。2人の影が重なったのを見ていたのは、中秋の名月だけ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(麦わらVS死の外科医)ロー視点

 図書室と呼ばれるこの部屋は、本を取りに来る人間と机に向かうナミの他は、風呂に行く途中経由地点又はナミに用事のある奴しか来ないらしい。だからと言う事で俺の居室代わりに使わせてもらっている。

 本来ならば男部屋を共にとの話だったが、ナミと黒足屋が声を揃えて耐えられないと思うと言うのだから従うべきだろう。アクアリウムも良さそうだと思ったが、ナミが恋人の逢瀬を邪魔しちゃダメよなんて言うから、大凡の所は理解できちまった。

 何故か寝るのに困らない物が常備されている図書室には、恐ろしい程の蔵書がある。その中に、医者達が目の色を変えて、出版されるのを待っている宝玉の医学書が全て揃っているのを確認した。

 そうなれば、トニー屋がどれだけこの船で大切にされているのかが分かろうというものだ。見た事の無かった宝玉の医学書を見付けて手にした瞬間、歌声が聞こえて来た。

 これを読むのはまたにするかと本棚に戻そうとした時、その1つ下の段に明らかに古い手帳のような物を見付けて代わりにそちらを手に取る。それを確認してみれば海賊王のクルー、それも船医だった男の名が持ち主の名として記されている事が分かり眉が寄った。

 どうなっているのかと中を開けば、付箋が大量に貼り付けられており、その付箋には細かく色々と書き込まれていた。そしてその文字には、嫌という程見覚えがる。

 明らかにトニー屋ではなくナミの字だ。ナミが医学にも通じている等と言う話は、終ぞ聞いた事が無い。

 それでもこの書き込み方は、少なくとも勉強している事が窺える。……トニー屋が仲間になる前まで、船医の真似事をしていたと言う可能性も有るだろうが、その程度の人間がこの手帳を保管できるとは思えねェ。

 それに、それならばその後はこの手帳はトニー屋が使うべきであり、邪魔な付箋は捨てられていて然るべきだ。だとするならば、海賊王の船医が見込んだだけの医術をナミが持っていて、それを隠しているのか?

 ……いや、それは無い。これまでの事を考えて、思い出してありえないと結論づける。

 いくら悩んだところで答えは出そうにも無いからと、手帳を片付けてから歌声の主の元へ向かえば、歌声がちょうど止んだタイミングだった。それから間を置かずに船内から出て来たナミは甲板にあるベンチまで進み、そこで1人腰を下ろした。

 月光に照らし出されたその姿は何処か幻想的で、それはこの船の構造も相俟って居るのだろうが現実感を失わされる。そこへこの船の船長たる麦藁屋が姿を見せる。

 当然のようにナミに近付いたと思ったら、ナミが作ったであろう物を貰い美味い美味いと言いながら食っている。だがその眼差しがナミから離れる事は無く、ナミが向ける慈愛の眼差しとは異なる種類の熱を確かに感じさせる。

 どれ程ナミに執着しているのか。だがそれは……俺も人の事は言えねェかと自嘲しつつ階段を降りる。

 麦藁屋とナミの視線が俺に向けられて、ナミは微笑み麦藁屋は威嚇して来る。だがな麦藁屋、忘れて貰っちゃ困る。

 元々ナミは俺のモノだ。それは13年前から決まっている。

 

 「ローちゃんも、1緒にお月見する?」

 「月見?」

 「今日は中秋の名月だから、お月見団子とお酒を用意したのよ。ま、お団子は今消滅したけど」

 「そうみてェだな」

 

 笑いながら近づきナミの隣に腰を下ろせば、胸元から取り出したお猪口を平然と渡して来る。どうしてこいつはこう、無防備に男を煽るんだと溜息を落としてからそれを受け取れば、すかさず酒が注がれる。

 酒鏡かと月が映るのを眺めていれば麦藁屋がナミに俺の分は無いのかと訴え始めた。それに対してナミは困ったように笑っている。

 

 「ルフィに呑める?少し強いのよ、これ」

 「俺をいつまでも子供扱いすんなよな」

 「ごめんって、どうしても6歳のルフィが可愛かったから……つい、ね」

 

 そう言ってナミは麦藁屋を撫でてから、自らのお猪口にある酒を差し出す。それを無造作に受け取った麦藁屋は1気にそれを流し込み、カライなと言いだす。

 辛口の上物だ、当然だろうと思うが、そんな僅かな酒でも麦藁屋にはキツかったのか、それともそう装っているのか。ふらふらと体を揺らしてからナミに倒れ込むように抱き着いた。

 それを笑って受け止めるナミには、恋愛のレの字だって見えはしねェが、不愉快だ。慈しむようなその眼差しが、胸を締め付けてくる。

 

 「ナミ」

 

 声を掛ければ即座に酒を注ぎ足してくれて、美味しいでしょと笑う。それに短く肯定の意味で答えれば、満足そうに頷く。

 

 「月が、綺麗だな」

 

 俺が言えばナミは驚いたような顔で俺を見て、麦藁屋を撫でるその手を止める。見ればいつの間にか本当にナミに抱きついたまま眠っているらしいと気付き、これは厄介だなと思う。

 本気でナミを自分のモノだと、信じて疑ってねェ証拠だ。その時ナミは俺から視線を逸らして、小さく頷いた。

 それは意味をわかった上での反応だと分かるから、この後どうしてやろうかと、邪魔でしかない麦藁屋をシャンブルズで男部屋に送ってから距離を詰める。男部屋から怒号が飛び交っているのは聞こえているが、今はこの手に漸く落ちてきそうな女の事で、俺の頭はいっぱいになっていた。

 その時観念した様子でナミが言葉を紡いだ。それは、ある意味で待ち望んでいた言葉。

 

 「月が綺麗ね、ロー」

 

 この件が落ち着いたら、医学書についても問い詰めさせてもらおうかと内心で笑う。微かな怯えを孕んだ瞳で見詰めてくるナミの唇に、そっと己の唇を重ねれば、それが返事になるだろう。

 そのまま騒がしくなりそうな気配を感じて図書室へと能力で2人揃って移動してしまえば、誰にも邪魔をされずにすむ事だろう。もう、2度と手放さねェ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(桃鳥VSローVSロシー)ロー視点

 夕方から少し眠っていた俺は、夜になって嫌なものを感じて飛び起きた。脂汗が滲んで、どうにも苦しくて耐えきれないと思った俺は気分を変えようと表に出た。

 その時、何処かからナミの歌声が聞こえて来た。その声に導かれるように進めばキッチンにその姿を確認出来た。

 俺は確かにその姿と歌声に癒されつつ、自然と浮かぶ笑みを抑えようとした。だが俺は、同時に寒気にも似た何かを感じ取っちまう。

 ……人間、嫌な予感は当たるものと言うが、病的な所を疑うのが本来だろう。それにしても、この寒気は何だと言うのか。

 風邪やインフルエンザ等のウイルス性感染症にはなり得ない事を考慮すれば、これは心意的なものである可能性が高い。小さく舌打ちして、念の為にナミの事を視界に入れておく為にキッチンの近くで待機する事にした。

 この船において失えない存在は多く居るが、失う事で航海が不可能になる程の相手は、俺とナミだろう。航海術や測量、海図や地図描く事はナミが教えてくれているのもあり、全く問題無く機能するだろうがサイクロンの発生を予知する事はナミにしか出来ず、それに頼っているから機材が足りていない。

 それの機材を用意する位ならば、医療器具や医療機器をその分用意したいと思って来た結果だ。多くの物を出版するナミは、その売上で必要になればこの船に援助もしてくれている。

 戦闘能力は高くも無いが低くも無い。だがその特異な戦闘方法は、これまで何度も多くの仲間を助けて来た。

 戦闘能力と医療技術でこの船の中で俺にかなうものは無く、そうなれば俺無しでこの船が先へ進めるかと言われれば、それはノーと言うしかないだろう。コラさんは、そんな俺とナミの心の支えに近いから、どうしても失えない訳だが……。

 それを言い出せばどのクルーだとて、喪えない大切な存在ではある。……口に出して言うつもりは無いが。

 ならばこう言った時誰の傍に居て守るべきか、守れる位置に居るべきかと考えれば自ずと答えは出て来る。戦闘能力は低くねェが甘過ぎるから守るだけだ、決して惚れてるからとか愛してるからだなんて理由じゃねェ。

 内心で言い訳しつつ歌声に耳を傾けていれば、ナミのそれは唐突に終わった。その直後に表に出て来たナミは甲板に1人で腰を下ろし、月を見上げている。

 その直後、有り得ない強さの覇気を感じて咄嗟にナミの前に飛び出すと背後に庇ってはみたが、もう遅い事は誰の目にも明らかだろう。その同じ時、船内から人が倒れる音がいくつも聞こえて、遅れてコラさんが飛び出してきたのが振り向かなくとも分かった。

 だが……俺の目の前にいる男は飛び出してきたコラさんには興味を抱けないとでも言うかのように、射竦めるようにナミへとその鋭い視線を向ける。それに対してナミは状況を理解出来ていない様子で、俺の背後で首を傾げているのを感じたが、今はそれに応えてやる余裕がねェ。

 

 「……随分と、懐かしい顔が揃ってるじゃねェか。なァ、ロー、ロシー……いや〝2人のコラソン〟とでも呼ぶべきかァ……?」

 

 体に力が入る。ドフラミンゴの恐ろしさは、身に染みてよく分かっている。

 それでも、俺とコラさんは分かるが何故そんな殺気を込めてナミを見るのかがわからねェ。呼吸さえ気を付けなければいけないような、張り詰めた緊張感が辺りを包む。

 そんな中でドフラミンゴは、記憶の中のソレと同じように、いつもの様子を崩さぬまま独特の笑みを浮かべてフッフッフッフッフッと笑う。だから俺は無意識の内に、鬼徹を握る手に力が入るのを自覚する。

 そんな状況下でナミは何やら考えているようで、背後でブツブツと言い始めたのが聞こえた。このモードに入ったのならば、思考の渦から抜けると同時に戦力になるだろうが……今は全力で守るしかなさそうだなと内心で息を吐く。

 ドフラミンゴは俺とコラさんに声をかけておきながら、視線はナミから離れる事が無い。俺がナミを大切にしているから、なんて理由でも無さそうだよな……。

 

 「……あの雪の日、お前達を助ける為に俺の前に立ちはだかり、忽然と姿を消した女が、ソレだな?」

 

 確認のていを取っているが、ドフラミンゴの中でそれが確定事項であり揺るがない事は明らかで……。それにより睨みつけているのだと分かれば、何か対抗策をと考えるが今いるのが船の上だという事が問題の大きさに拍車をかける。

 ドフラミンゴ対策は念入りに計画を練っていたと言うのに、どうしてこうなる。これでは対応出来る筈もない。

 その時、背後からのブツブツが止まり、そっと俺の左腕に触れてからナミが前に出て来た。その姿が気高く見えたのは、惚れた欲目だけでは無いだろう。

 

 「お初にお目にかかります。私はナミと申します。ドレスローザ国王ドンキホーテ・ドフラミンゴ様とお見受けします。なればこそ、私と貴方様は初対面である事をここに宣言致します」

 「初対面だと……?」

 

 ドフラミンゴはナミを睨み付けているのに、何故か余裕の表情で優雅に挨拶してみせる。その違和感に、俺は寒気にも似た何かを覚える。

 本来ならばコラさんにも協力を仰ぎたいが、今は他のクルーの為にあの場から動けない事も分かっているから、無理強いは出来ねェ。どうする、俺だけが残り潜水させて中の樽と入れ替える形で逃げ出すか。

 いや、俺が中に入り損ねる事はなくとも、糸で潜水艦を切り刻まれればその時点で終了だ。そんなリスクは犯せねェ。

 

 「えぇ、キャプテンやロシーからも〝その方〟と私が似ているとは聞いておりますが、私は14歳の時からこの船に乗船しており、それから普通に成長している為、年齢がそもそも合いません」

 

 ドフラミンゴはナミの言葉に確かに動揺を見せて、それから頭の先から足の先までゆっくりとその姿を見てから、確かに少し幼いなと言う。他人の空似で許されるようなものではなく、あの時助けてくれたナミの過去である事は明白だと俺もコラさんも思っている。

 それでもその事は、情報の少なすぎるドフラミンゴには分からない事だろう。そう考えれば〝似ている〟と宣言したのは間違いとも言えねェどころか、正解の可能性がある。

 

 「今宵は中秋の名月。覇気は抑えて頂いて、共に月見酒等如何でしょうか?今、その為にお酒と団子を用意して来た所なのです」

 

 悠然と微笑み平然とそんな言葉を口にするナミに、声を失ったのは当然だろう。だが、これは確かに使える。

 断れば〝帰れ〟と言える上に、受ければ〝静かな宴会〟を受け入れる事になる。どちらに転がろうとも、この状況を脱する事は出来そうだ。

 

 「……賢いな。だが、そうだな。俺も調べてからまた出直そう。その時はゆっくりと酒でも呑みながら、語り合おうじゃねェか。なァ?」

 

 それからまたフッフッフッと笑い、ドフラミンゴは雲を伝って飛んで行く。それを見送った直後にナミがふらりとその身を揺らしたので、慌てて支えればコラさんも飛び出して来て他のクルー達も意識のある者が飛び出して来る。

 小さく体を震わせながら、ナミはホッとしたような顔を見せてコラさんに団子を押し付けるように渡す。

 

 「……折角のお月見が台無しね」

 

 気丈に振る舞い余裕を見せていたのはどうやら演技だったらしいと分かれば、仕方ない奴だと笑っちまう。だからこそ、単なる宴会になりそうだと分かっていながら、甲板での月見を許可する。

 クルー達は盛り上がり、コラさんは受け取ったその団子をペンギンに渡してからナミをそっと抱き締める。それに胸が傷んだ気がした。

 

 「俺を、庇ったな?」

 「コラさんが近くで彼と会えば、容赦無く殺されるでしょう。なら、当然よ」

 

 その笑顔は明るくて、少しの愁いさえ感じられない。俺はそんな2人を眺めながら、全員が無事で良かったと息を吐く。

 その時ナミが俺やコラさん、クルー達を見て言った。優しげな微笑みを浮かべて。

 

 「月が綺麗ね、みんな」

 

 その言葉が意味する所を考えてみれば、恋愛系の愛しているでは無いと分かるが、やはり嬉しいものがある。ただ今その言葉尻に上った対象を……これ迄成り行きを見守っていた眩しいだけの月を、俺は多少の苛立ちを込めて睨み付けちまう。

 それから、何1つ大切な者を喪わなかった奇跡に感謝する。だがまァ……ナミには後で多少の説教は必要だろうと内心で思ってはいるのだが。

 そんな俺達を月は、変わらずに照らし続けている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(英雄クロコダイル)

 カジノの奥に連なっている俺の居住スペース。その更に奥に、外と通じているのは中庭だけと言う隔離された部屋がある。

 そんな部屋に軟禁しているにも関わらず、何も気にした様子を見せないナミ。それが気に入らなくて、何か不満の1つくらい言ってみろとは何度口にしたのか既に分からない程だ。

 そんな部屋には、部屋から出なくて大丈夫なように水周りも全て揃えてあるが、だからと言って不満が無い筈は本来無いのだが……。ナミは不満の1つも言わず、時折欲しがるのは紙とインクの追加という有様だ。

 そんなナミが夜中に1人で動き回っているのを見れば、何だろうと思って当然だろう。夜闇の中で俺の能力を見た奴等は普段の数倍恐れるのだから不思議なもんだと思う。

 だから、ナミの前に能力で移動するのは昼間だけにしている。そんな気遣いをする自分が、もっとも理解出来ねェんだがな。

 呑気に歌を歌いながら、ナミは何かを作っている。よく見れば団子のようなものを作っていると分かり、楽しいなら構わねェがなとそれを眺めていた。

 歌が終わるのと同時に完成したらしい団子は、器用に盛り付けられ山のような形を作る。それが何処かピラミッドとも似ているように見えて、何かの儀式かと疑いそうになる程だ。

 中庭に置いてあるガーデンチェアに腰を下ろしたナミが、目の前の机に酒と団子を置いた。その場所へ能力を使って目の前に姿を見せれば、怯えるだろうと思っていた予想を裏切り、1瞬驚いたような顔をした後で呑気そうに微笑んだ。

 

 「クロコのその能力って、綺麗ね……。驚いちゃった。こんな夜中に、どうしたの?」

 「ご挨拶だな、ここは俺の家だぞ」

 

 そう答えてはいたが、怯える事も無く綺麗だと宣うその様子に、何かが溢れそうになったのを留めるので精一杯だった。これだからナミを誰にも会わせたくねェし、手放せねェんだ。

 外が恋しくて月を見上げているわけではなさそうな様子に、どうしたのかと視線で問いかければナミは穏やかな笑みを浮かべて、お月見だと言い出した。遠い異国の文化だと聞いたと言うが、ナミのそれには情景の念を感じ取れるのだから、何かあるのだという事は分かる。

 だが穏やかに見せていて、儚げに見せておいて、実際は気の強い頑固者だから……その心の内を見せる事もしないだろう事を分かっている。だから、ここは俺が引くしかねェ事も理解はしているんだが、納得は出来ねェ。

 追い詰めてもひらりと躱すか、黙りを決め込むかだ。無駄と分かってて聞き出そうと努力する必要性もまたない。

 基本的には穏やかで優しいという、本来なら近くに居るだけで虫唾が走るようなタイプだ。だが、いざとなった時の気の強さと気位の高さ、高潔な態度と屈しない精神が俺の心を掴んで離さねェ。

 気丈さ故に苦しんだ事も多いだろうに、それを失う事の無かった所に好感が持てるのは確かな事。その時不意にナミが胸元から取り出したお猪口を、俺に差し出してきた。

 何かを考えるより早くそれを受け取っていた俺は、当然の事として注がれる酒を眺める。香りだけで分かる程に、上質なその酒は何処でどうやって手に入れたのか。

 ……ニコ・ロビンにでも頼んだか?

 初めは俺が命じたからだっただろうが、今では無二の親友とでも言わんばかりに共にいるニコ・ロビンを思い出せば、溜息の1つも落ちるというものだ。だがそれをナミは俺に何か悩みがあるとでも思ったのか、少し心配そうにその表情を歪めた。

 

 「クロコ……何かあったの?」

 「いや、何でもねェよ」

 「なら、良いけど。お団子もあるから、味の保証しないけどそれで良ければどうぞ」

 「……味の保証をしねェ物を俺に食わせようって?んな事するのはナミだけだろうな」

 

 そう言ってクハハと笑えば、ナミも楽しそうに笑う。月明かりに照らされているから、他の明かりなんぞ無くともその表情はよく見えて、月にも価値があったかと嗤う。

 差し出された団子を言葉に甘えて1つ摘めば、思いの外美味く思いがけない特技だなと思う。そう言えばナミは俺が居ない時1体何をして過ごしているのか、正確な所を知らなかったと思い、問いかける。

 

 「普段は、何をして過ごしている?」

 「楽器はあるから、譜面書いたり……後は資料貰って海図や地図を描いてるわ」

 「それでインクと紙を求めてきてたのか。ニコ・ロビンなら用意するだろうから、不思議に思っていたんでな」

 

 言えばナミは、それでも足りなくなるのよと困ったように笑う。それを受けて俺はそうかとだけ応えると、団子をアテに酒を呑む事を繰り返す。

 互いに特に会話が有る訳では無い。他愛もない事を、時折ポツリポツリとやり取りするだけだ。

 そんな些細なやり取りだけでも、共に居て苦痛に感じる事もなければ、疲れる事もない。何かあれば、守ってやろうと思う程度には、気に入っている。

 

 「……ナミの事は、嫌いじゃねェ……と、普通なら言うところだが。それだと鈍さの女王には通じねェよな」

 「……お気に入りの、オモチャ的な意味合いじゃないの?」

 

 キョトンとした顔で、平気でそんな事を言うナミに呆れしか抱けねェ。この、俺が、嫌いじゃねェと言ってるってのに……。

 こいつの恋愛脳は、明らかに壊死してやがる。煙を吐き出して、再び葉巻を咥えようとした所で思い出す。

 

 「……今夜は月が綺麗だな」

 

 これならば、文学に親しみのあるこいつには通じやすいだろう。そう思って言葉の後で姿を確認すれば、耳まで赤く染まったナミがいて……。

 そういや、こいつまだ10代のガキだったかと思い出す。どんな会話にもついてくる上に、必要とあらば助言までして来るから忘れていた。

 

 「……クロコの、隣で見てるから、私も……そう思う、わ」

 

 言いながら顔を背けるナミはその項まで赤く染めていて、何時だったかナミが話していた事を思い出す。確か猿は視線の位置が尻に当たるから赤く染まるのは尻なのであって、視線が上がった人間は尻が赤くなっても見えないから顔が赤くなるのだと。

 結果的に猿も人間も赤くなるのは誘っているからで、そういう意味では進化のない生き物なのかも知れないとか……なんとか。なんだってそんな話になったのかは忘れたが、確かに言われてみれば納得も出来る。

 赤く染ったナミを見れば、喰いたいと思わされるのだから……。互いに理由は違えど、甘く囁くなんぞ出来る筈もない。

 そう思った直後、ナミが俺を見詰めて告げたのは、恐らくナミなりに精一杯の言葉。普通に愛を語らう事の出来ない俺達には、ある意味で似合いだろう。

 

 「月が綺麗ね、クロコ」

 「あァ……これ迄に見た、どんな月よりもな」

 

 ならば月にその力を借りた今、折角だから食い散らかしておくかと葉巻を床に落として踏み付けつつナミの唇を奪う。その先の事は、互いの想いを伝えるのに協力した月だけが、何が起きたのかを知っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(白ひげニューゲート)

 夜中に腕の中から抜け出したのは気付いていたが、水でも飲みに起きたと思っていた。それにしては帰りが遅いなと体を起こしてみると、ふわりと柑橘系の香りが漂う。

 それに小さく笑ってから迎えに行くかと外に出ると、見張りの隊が驚いた様子で俺を見る。気にせず続けてろと合図すれば、素直に見張りに戻る息子達に幸せだと思う。

 望んだものは全て、この手にある。焦がれ続けた叶わないと思った願いに包まれて、救われてるのは寧ろ俺の方だぜ息子達、と思いつつ移動する。

 キッチンの方からナミの声が聞こえて、誰かと話でもしているのかと思ったらどうやら歌っているらしいと知る。可愛らしくうさぎが跳ねると歌うナミに頬が緩む。

 だが、その直後に低い声で悲哀のこもった悲恋を歌い出されれば、何か嫌な事でもあったのかと勘繰っちまう。それにこれだけの歌唱力ならば、確かに宴の度に何か演奏か歌をとせがまれているのも分かろうと言うものだ。

 だがな……大切な宝だから隠しておきてェっつう俺の気持ちも、少しは分かって貰いてェところだ。隠していてもすぐに他の男から目を付けられるのは、如何ともし難いがなァ。

 キッチンで歌っているのならば、何か作っているのだろうと勝手に出てくるのを待つ事にして、俺はいつもの席に腰掛ける。そこへステファンが近寄って来るので、撫でてやれば甘えるように鼻を鳴らす。

 そう言えばナミは、いつも動物に囲まれてると気付く。何か動物に好かれるフェロモンでも出してるのだろうかと考えて、だとしたら俺も動物かと考えれば笑えて来る。

 考えてみれば自制の効かない男共だから、海賊になった訳だ。となれば当然人間よりも動物に近いと考えて、何らおかしくはねェか。

 ……だから、集めちまうのか。それとも、甘いナミだからそれに虫が寄ってきてるだけか。

 その甘さを知るのは、俺だけで良いと心から思った時、ナミがふらりと甲板に姿を見せた。その様子はまるで月に恋でもしているかのようで、俺の存在にも気付かないで空ばかり見上げている。

 仕方のねェ奴だと内心で呟きながら近付けば、声をかける直前で気が付いたらしくナミが驚いたような顔をした。それから微かに申し訳無さそうに眉を寄せるのが分かれば、いい子だなと思う。

 

 「ニューゲート、起こしちゃった?」

 「おめェが傍を離れると、いつも目覚めちまうからな」

 

 俺の言葉に暫し考えるようにしてから、呆れたように溜息をつく。どうやら信じていねェらしい。

 

 「そんな事を言っても、このお酒は半分までしかあげないわよ」

 

 言われてから見てみれば、中々の上物を手にしているのがわかる。どこに売ってたんだそんな古酒と思うが、これで意外と金を持ってるナミは、常に金欠な俺の為にと必要に応じて出資してくれてるのは気付いている。

 本人はこっそりやってるつもりのようだが、気付かない方がどうかしている。だがそれを指摘したところでナミは笑って、同じ事を続けるのだろうという事も分かっている。

 下手すりゃ指摘したらその後は、堂々と俺の為にと金を使いかねねェ所が怖ェんだよな。そんな事を目的として傍に置いてる訳じゃねェってのによ。

 と……いくら言ったところでナミは、何の貢献もしてないから少しくらい役立ちたいのとか言い出すのは目に見えてる。モビーの為にと稼いだ金を貯えてくれているだけでは、飽きたらねェらしいのが俺の天使だ。

 ……サイクロンの発生を予知して報せ、危険な海流も海を見据えて指示出しを行う事で超えてみせる。その上驚く程に正確で美しい海図や地図を描いてくれてるのに、何が貢献してないだと言いたくなるのを何度堪た事か。

 

 「1人で呑もうとしてたのか?」

 「起こす程の事じゃないもの。単なる月見酒よ」

 「起こす程の酒だぞ、それァ……」

 「あら、好きなお酒だったの?なら次の宴の時に1本あげるわ」

 

 そんな事を言って笑うが、何本持ってるんだと聞きたくなって辞める。聞いたところで答えちゃくれめェ。

 いつもの席に戻る時に当然のようにナミに手を差し出せば、甘えるように擦り寄ってくる。そのまま抱き上げて移動して座れば、俺の膝の上で悪戯な瞳を向けて来た。

 

 「このお酒の事は、マルコには内緒にしてよ。私まで叱られちゃう」

 「月見酒の1杯や2杯で怒るか」

 

 俺が笑えばナミは何故か悲しそうに俺を見る。叱られるのは私だけなのかしらと呟いたところから見て、どうやらマルコは正確に俺の弱点を見抜いてナミを攻撃していたらしい。

 問題はその弱点たるナミが俺にこれまで泣きつかなかった事と、その読みができなかった俺とマルコの見通しの甘さか。慰めるように頭を撫でればナミは、はにかんだ笑みを向けて来る。

 その笑顔が眩しくて空に視線を向ければ、そちらもまた眩しく輝いている。どっちを見ても目が痛ェな。

 俺が空を見ている間にナミは酒を注ぎ、ついでとばかりに団子まで差し出してくる。それを見てこれを作っていたのかと分かれば、何とも可愛く思えて口元が勝手に笑みの形を作る。

 

 「まだ、自分で作った物かサッチの作った物しか食えねェか?」

 

 団子をつまみながら問いかければ、ビクリと体を揺らして少し怯えたような視線を向けて来る。どうやら叱られると思っているらしい。

 小さくなってるナミに笑いかけ、また団子を摘みながらそうじゃねェよと言えば、不思議そうな顔をされる。比較的素直に考えが顔に出るらしいナミは、喋らなくても意思疎通がしやすい。

 

 「怒っちゃいねェ。ただ……しなくていい苦労は、させたくねェと俺が思ってるだけだ」

 

 俺の言葉に暫し沈黙してから、返事では無く決意としか取れない言葉を返してくる。その凛とした姿に、何度でも心を奪われるような心持ちにされる。

 

 「ニューゲートがいる所が、私の居場所よ。ニューゲートが危険だからと私を残して戦場に行く事を決めたとしても、もしそこでニューゲートが命を喪ったら……私もすぐに海に還るわ」

 

 真剣な表情で、真っ直ぐに見つめて言い切られては、何処へ行くにも置いていく方が危険だと思い知る。そしてまるで、その時がいつ来るのか分かっているかのようなその眼差しに、胸が苦しくなる。

 こんな老耄と共に散るには、おめェは若すぎるだろうが。このアホンダラァ。

 

 「……なら、どこへ行く時も連れて行くしかねェな」

 「そうして。そうじゃなかったら、誤報でも命を断ってしまうもの」

 

 そう言って微笑むその強さに、その深過ぎる愛情に目眩さえしそうだ。俺からの告白を信じるのに時間はかかったが、信じてからはこれだ。

 昔からずっと憧れてきたのよなんて言われては、どちらが先に溺れたのかわかりゃしねェ。誤魔化すように酒を口にすればそれがまた美味い。

 本当に、いい女過ぎて困っちまうな。月を見上げれば無駄に輝いていやがる。

 

 「……月が、綺麗だな」

 

 眩しいなとは流石に言えずに口にしたが、その言葉の持つもう1つの意味を思い出した時には、ナミが湯だり切っていた。あたふたとするその様子に、何度も抱かれていてこの反応かと笑っちまうのは仕方ねェ事だろう。

 

 「そう、ね。綺麗だわ……」

 「だが、ナミは可愛いな」

 

 言った瞬間ナミがキッと睨み付けてきて、その表情から人で遊ぶなと言ってるのが伝わるが……遊んでる訳じゃねェよ。

 

 「……ナミを部屋に閉じ込めたくなってきた。と、言ったらどうする?」

 

 問い掛けの形をしてはいるが、これが決定事項なのは分かっているらしい。視線をさ迷わせた後で小さく頷き、俺に抱き着いてくる。

 

 「閉じ込めて、ずっと……離さないで」

 

 俺の理性を崩壊させたら、壊れるのはナミだと言うのに、どうしてこれは学習しないのか。そう思いながらも上機嫌でナミを抱き上げると、月光から隠すようにして部屋へと向かう。

 その時微かに震える声でナミが囁く。その言葉に1瞬俺の足が止まったのは、不可抗力だろう。

 

 「月が綺麗ね、ニューゲート」

 「あァ、ナミを返せとか言い出しそうなくらい、綺麗だな」

 

 思わずそう返してしまうくらいに、月明かりに照らされたナミは綺麗だ。汚い事なんて何も知らないとでも言いそうな程に。

 実際は尋常じゃねェ苦労を重ねて、苦渋を舐めて生きて来たはずなのにな。そう思えば、幸せにしてやりたいと思う。

 そして何時までもナミを照らす月に、いつまでも人の女を見てんじゃねェと、ひと睨みしてから部屋のドアをしっかりと閉める。例え天女が月へ帰りたがったとしても、還る場所は海だと既に約されているのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(不死鳥マルコ)

 部屋の前に立つと、珍しく灯りが見えなくておや?と思う。ドアを開けてみると中に人は居ない。

 珍しい事もあるもんだと、こんな事で使うと馬鹿にされそうだがナミの居場所を確認する為に見聞色を用いる。すると何故か厨房にいるのが分かり、足を向けた。

 これで風呂場ならば何も気にならねェし、たまに海に潜ってたりするから心配にもなる。本当に、人魚みたいな女だよぃ。

 たまに変わったものを作る事のあるナミだから、また何か試作品でも作っているのかと思っていたが、近付くと声が聞こえる。それは誰かと会話しているのではなく、歌っているのだと気づいた時にはその歌声と歌詞に足が止まっていた。

 女に先立たれた男の悲恋か。これまでに聞いた事がないから、新曲か随分前に出した曲かだろうねぃ。

 女は月光花と似ていたのかと、そんな事を思う。その時ふとナミを花に例える事が出来るのかと考えて……無理だと悟る。

 この世のどんな花でもナミと並べれば見劣りする。そんなのは分かりきっているのだから、例える事等出来る筈もねェんだよなぃ。

 歌い終えるのと同時に、完成したらしい何かを持って甲板へと向かうナミを見て、誰かと会う予定でもあるのかと様子を伺う。けれども誰かが姿を見せる様子は無く、1人で月見をしているのだと分かる。

 ただ、その姿が海賊とは全く違う存在に思えて、月に奪われるような気がして慌てて声をかけてしまう。美し過ぎるそれにより、不安になる。

 

 「ナミ」

 

 それに驚いた様子で振り向いたナミは、その場でぺたりと座り俺を視線で招く。こんな時、仲間なのだなと思わされる。

 視線だけで会話が成り立つ事は、信頼出来る仲間の証であるような気がするのだ。まァ、仲間になる前からナミには俺の言いたい事が何故か伝わってたがねぃ……ただし、恋愛関係を除く。

 促されるままに腰を下ろせば、当然のように胸元から取り出したお猪口を俺に差し出すから、この無防備さだけは心配だと常々思ってしまう。そして、当然のように注がれた酒はいい酒で、何処に隠してたんだと少し思う。

 

 「久々に作ったから、味の保証しないけど……良かったらどうぞ」

 「なんだって団子なんだよぃ?」

 「お月見にはお団子とススキ飾ってお酒呑むのが、何となくセットなんです」

 「まァ、ナミが楽しめるなら、それでいいよぃ」

 

 俺の言葉にクスクスと笑うナミは、本当に綺麗だ。はじめて手紙を貰った時から、ずっと想ってきた相手なのだから、仕方ないかと小さく笑い、月を見上げるナミに声をかける。

 

 「綺麗だねぃ」

 「本当に……って、マルコ、月見てないじゃない」

 「そりゃァ、綺麗なのはナミだからねぃ」

 

 その瞬間、天然タラシとボソリと呟いたナミに、お前限定だよぃと内心で笑う。ナミに関しては、親父相手でも悋気を起こすというのに、当人は全く理解していない。

 団子を口にしてみれば、思っていたような甘さではなく何処かワノ国を思い起こさせる。くどく無くて食べやすい。

 

 「本当にナミはなんでも出来るねぃ」

 「そんな事ないわよ。なんにも出来ない。学校で習ったり趣味で調べた事の全てを覚えていて出来ていたら、今頃もっと色々出来たんだろうけど……情けないわ」

 「読んだ本の内容全て暗記出来ないからって、情けなくねェのと同じで、全くもって情けなくねェよぃ。ナミは自己評価が低過ぎるよぃ」

 

 そう言って酒に手を伸ばせば、ナミは不思議そうに俺を見てから、小さくありがとうと言った。はにかんだその笑顔が見られるなら、こんな夜も悪くはねェなぃ。

 そう思った時、ふと思い出して月を見上げると唐突に言葉を向ける。

 

 「今夜の月は綺麗だねぃ」

 

 その瞬間酒のせいとは思えない程に赤く染まったナミは、小さくその手を震わせる。やはり、通じたか。

 

 「……さっき、月よりどうこう、言ってた、クセに」

 「それでも、月が綺麗である事に間違いはないだろぃ?」

 「そう、ね……」

 

 手の甲まで赤く染めたナミは鉄扇で優雅に自らに風を送る。……それ、確か、12キロあった気がするんだがねぃ?

 

 「隣にナミがいる限り、月は綺麗だよぃ」

 

 俺の言葉の意味から逃げられない事を悟ったらしいナミは鉄扇をしまうと、バカと言いながら俺に両腕を伸ばしてくる。

 

 「私も、同じ想いよ」

 

 消え入りそうな声で、俺に抱き着いてそんな事を言ったナミのつむじに唇を落として、俺は笑う。こんなにも愛しい存在には、きっとこれから先出逢う事は無いだろう。

 そう自然に思える程に、ナミは特別な存在だ。だから俺は月に言葉を託すのを辞めて、その耳元で直接的な言葉を落とす。

 

 「ナミを愛してるよぃ。このまま部屋に閉じ込めて、もう2度と、誰にも会わせたくないと思うくらいに、ねぃ……」

 「マルコの部屋、毎日人の出入りあるから無理よ」

 「……現実的だねぃ」

 「それでも、今夜は……もう誰も来ないわ」

 

 その言葉の意味が分からないような愚鈍では無い為に、俺は酒も団子もそのままにナミを抱き上げて部屋へと戻る事にした。その為にナミを抱き上げると、そっとナミが耳元で囁く。

 

 「月が綺麗ね、マルコ」

 

 艶やかに微笑んだナミに、魅入られて堕とされる。月には呑みかけの酒と団子を供えてやるから、ナミは取るなと軽く月を睨み付けてから、全速力で部屋へと連れ帰った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(火拳のエース)

 ルフィとの再会と同時に訪れたナミとの再会。そして僅かな期間ながらも共に行動する事が決まったその日の夜に、それは起きた。

 相変わらずルフィを甘やかしているナミと、甘やかされながらも何とか想いを伝えようと奮闘するルフィの攻防を見ていると、俺の想いが全く伝わらないのも分かる気がした。それでも諦めきれないのは、幼い頃から想い続けているからだろうか。

 存在を否定される事にばかり慣れて、罵倒され暴行を受けて、だからこそ強くならなければ生きられなくて……そうして得た暴力的な強ささえ、ナミは笑って受け止めてくれた。乾涸びていた心に優しく水を注いで笑うナミは、それが本来ならば有り得ない位の愛情で、溺れそうな程の深い愛で包んでくれるのに、それを返させようとはしない。

 与えるだけ与えて、包むだけ包んで、そして……突如消えてしまう。幸福と絶望を、希望と孤独を、同時に与えて来た女は今、誰かのものになる事も無くただ明るく笑っている。

 その笑顔が最近までは失われていたのだと、ルフィの仲間の1人が教えてくれた。だから、睡眠妨害だけはしてくれるなと。

 そう言われたばかりだと言うのに、川を登る船の上で夜中に彷徨いている俺は随分とダメな奴だろう。僅かな期間共にいた後は、また離れなければならないというのに、その想いの欠片さえ持って行く事をナミは許さないつもりなのだろうか。

 行き場の無い想いが苦しくて、空を見上げればいっそ鬱陶しい位に眩しい月が見える。それに小さく舌打ちした時、焦がれる余りの幻聴かと1瞬思う程に、穏やかな歌声が聞こえて来た。

 うさぎが月を見て跳ねると歌うその声に惹かれて、フラフラと足を向ければキッチンで何やら粉とかを用意しているナミの姿が見える。料理をする時に髪が中に入らない為にか、結ばれた髪を見てそれを初めて見たと気付く。

 ……昔から綺麗な子だとは思っていたが、再会した時には……可愛いなと本気で思った。確かに綺麗な姿なんだが、全体的な顔立ちが可愛いと思う。

 いつの間にか歌は変わり、低い男性的なものになっている。悲恋を歌うその憂いを帯びた声に、心を強く揺さぶられて、叫びたいような心持ちにさせられた。

 

 「ナミ……」

 

 思わず呟いたその声は、月明かりに溶けて誰にも届く事は無かったが、何とも情けない声だと自嘲する。それにしてもナミは何を作っているのだろう。

 歌いながら白い物を積み上げているナミは、それを終えると手早く使った物を洗って片付けている。……あの鍋熱くねェのかなと少し思うが、何時だったかサッチが熱い内に洗わねェと汚れが残りやすいんだよとか言ってたのを思い出す。

 それから間も無くナミが動き出したので少し体をズラしてその動きを見守れば、ナミは俺に気付かずに甲板へと進み、そこに用意されている椅子に腰を下ろした。側にあるテーブルに酒と作っていた物……ありゃ団子だな……を置いて、ぼうっと空を……いや、月を眺めている。

 そのまま泣き出すのではないかと不安になる程に、切なそうに見詰めている理由は分からねェけど、それが少し不快に思えた。ヒョイっと柵を越えてナミに近付き、よっと声をかければ穏やかに微笑まれる。

 

 「こんな時間にどうしたの?」

 「ん?腹が減ったなと」

 「ルフィじゃあるまいし、摘み食いとか辞めてよね。サンジ君の胃に穴が空いたり、禿げたりしたらどうしてくれるのよ」

 

 呆れたように言うナミだが、言葉程怒ってる訳では無いのはその声と表情から伝わる。そういや、あのコックだけ呼び捨てにしてねェんだよなと気付く。

 

 「なんで、あのコックは呼び捨てじゃないんだ?」

 「ん?あぁ、それはほら、サンジ君だから」

 

 いや……意味わかんねェし。でもまるで月は空にある物とでも言うように、当たり前だと言う雰囲気で言われてしまえば、それ以上問いかける事も出来ない。

 

 「そんな事より、団子食べる?」

 「いいのか?」

 

 聞けば笑いながら頷かれる。飾り程度に作っただけだからと言うが、食べ物を飾るって何だよと思わなくもない。

 

 「お月見を終えて残ってたら、明日の朝ルフィにでもあげようかと思ってた位なのよ。だって、自分では1つ2つ摘めば十分だもの」

 

 ならそんなに大量に作るなよと思ったが、そういう事なら遠慮なくと団子を貰う。安定の美味しさに満足しながら食べ進める俺の横で、ナミは1人酒を呑んでいて、見れば親父が随分前に話していた古酒だと気付く。

 なんだってそんなレアな物1人で呑んでんだ?

 

 「エースも呑む?」

 

 俺の視線に気付いたらしいナミは平然と聞いてくるから、とりあえず頷くと胸元からお猪口を取り出して差し出してくる。それを受け取りながら、お前の胸元ってどうなってんだよと少し思う。

 巨大に見えるそれは中に色々入れてあるからって事なのかと言いたくなる程に、なんでも入れてある気がする。前に電伝虫を入れてたり、基本的に武器も入れてあるよな。

 

 「お前の胸って何入れてあんだよ」

 「物を置いたりしまうのに便利なのよ、コレ。それ以外としては、単なる脂肪の塊だもの」

 

 ……おい、コラ。

 男の憧れを脂肪の塊だとか言うな。

 

 「美味しいお酒よ。楽しんでね」

 

 そんな事を言って笑われれば、話題は自然と酒に移行する。ニュースクーに頼んで手に入れたと聞いた時には、もう何も言うまいと思ってしまったが。

 呑気な顔、穏やかな顔、真剣な顔、そんな顔ばかりを見て来た。でも、たまには違う顔も見てみたいとナミと会話しながら思った俺は、けれども違う顔ってどんなだよとも思う。

 

 「……月が、恐ろしく綺麗だな」

 

 いやもう、目に痛いレベルで。よくナミはこんな物をずっと眺めていられるものだと思って口にしたが、何故か隣にいるナミが硬直したのがわかった。

 どうしたのかと視線を向けると、明らかに顔を赤く染めて居て、その状態でなにやらブツブツと言っている。

 

 「……え?大人の真似事してるませた子供だと思ってたけど、違ったの?でも、まさか。そうよ、エースなのよ、きっと他意なんて無いわよ」

 

 その言葉を何とか聞き取り、イゾウの言葉を思い出す。成程、本当に今まで少しも通じてなくて今回思いがけず通じたのかと分かれば、手に持ってるお猪口を奪い、その勢いで唇を奪う。

 それに動揺は見せる癖に、逃げようとも、抵抗しようともしないから、少しばかり調子に乗る。その腰を強く抱き寄せれば、思っていたよりも細くて少し驚く。

 

 「エースっ!何を……!」

 「忘れてねェか、ナミ。俺は海賊だ。欲しいもん奪って何がおかしいんだよ」

 

 俺の言葉にナミはその唇を戦慄かせて、それから細く息を吐き出した。ゆっくりと視線を俺に合わせたナミは、小さく呟くように言葉を向けて来る。

 

 「エース、さっきの言葉の意味、分かってて言ったの?」

 「あァ、イゾウから聞いてた」

 「……そっか、ならちゃんと返事しないとね」

 

 そう言って微笑んだナミは、その細腕を俺の首に回して触れる程度の軽いキスをする。1瞬で離れた唇の隙間で、ナミが笑う。

 

 「これが返事で、構わないでしょ」

 「……上等だ」

 「ふふ、冗談よ」

 

 笑ったナミは少しだけ躊躇いを見せるが、結局困ったように笑いながら俺に告げる。俺の望む言葉を。

 

 「月が綺麗ね、エース」

 「もう、取り消しは効かねェぞ」

 

 月にさえナミの姿を見せたくなくて、俺は噛み付くように口付けながら抱き上げると誰もいない倉庫へとナミを運び込む。それから先の事は、月明かりさえ届かない場所の事。

 2人の他は月さえも、その後については知りようがない。ただ、微かにもれる2人の声を、誰かが聞いていればその限りではないだろうが……波音が、全て消してくれたに違いない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(16番隊隊長イゾウ)

 日が落ちてから部屋に帰ったというのに、居るべき存在が不在で、俺は珍しい事もあるものだと迎えに行く事にした。外に出れば満月で、やけに眩しい。

 風呂に行く事は基本的に無い。部屋のシャワーか陸にいる時に宿でのんびりという形をとっているからだ。

 だから部屋に居ない事は希で、そうなると何処にいるのかと考えて酒でも貰いに行ったかと厨房に向かえば、案の定声が聞こえて来た。だがそれは誰かと会話をしているのでは無く、どうやら歌っているらしい。

 うさぎがはねると歌うナミに、可愛い歌だなと声をかけようとして止まる。低い声で歌い始めた次の曲は、決して可愛い物ではなかったから。

 喪った相手を花に例える歌は多くあるが……鼻歌でこれかと思えば、楽士団がナミを求めるのもわかる気はする。だが、恐らくナミがマルコのサポートから離れる事は無いだろう。

 マルコの船医としての仕事に加えて、副船長として航海士達の様子見をしたりするのをナミが手伝い、事務手続きを2人が分担しているのだ。だからこそ、マルコは倒れなくなったし無理も減った。

 本来なら恋人なのだからと俺の手元に置きたいが、それを言えばナミは困ったような顔で笑って謝るだろうからね。兄弟としてはありがたいが、恋人としては切ないと言ったら……ナミを困らせるだけだと知っているから、耐えているに過ぎない。

 そんな俺に楽士団は恋人なのだから説得しろと言う。そんな事ができるならナミは俺の隊員だと、何度叫びたくなったか。

 もしもナミを喪えば、この歌の男のように夜になる度に、月の欠片を集め無ければ眠れなくなるのだろうか。それともこれまでにも幾度も超えてきた別れと同じように、何事も無いかのように超えてしまえるのだろうか。

 花を見る度に、ナミを想い出すような、そんな繊細さがまだ俺の中に残っていたら良いと思う。だが同時に、そうならないと知っているからこんな事を考えるのだろうと自嘲する。

 何かを作り終えたらしいナミが、それを持って甲板へと向かうのを眺める。甲板に月明かりが落ちて、そこに佇むナミはそのまま光に溶けるのではないかと思う程に儚い。

 思わず近付きながら、そっとその肩に触れると、ナミは驚いた顔をしてから船縁に作ったらしい団子を置いた。そして少し幼い笑顔を向けて来る。

 

 「今日は満月なので、お団子作ってみました」

 「……あァ、お月見か。なら、ススキが欲しいな」

 「残念ですね。代わりに、如何ですか?」

 

 そう言って胸元から取り出したお猪口を差し出すから、それを受け取り差し出された酒を舐める。辛口のいい酒だ。

 目の前に置かれた団子に手を伸ばせば、何とも懐かしい味がした。驚いてナミを見れば、お口に合いましたかなんて笑う。

 それに笑って驚いた事を伝えれば嬉しそうに微笑むから、可愛いなと思う。誰にも見せたくない程に、可愛い。

 月明かりがナミを照らして、衣通姫(そとおりひめ)を思わせる。酒を呑みながら月を何処か寂しそうに見上げる姿に、俺は思わず口を開く。

 

 「今宵の月は格別に美しく見えるね」

 

 その瞬間酒に酔わない筈のナミが、耳まで赤くして俺を凝視した。……そう言えば、抱いてる時に睦言としてしか伝えた事は無かったかと思う。

 小さく笑い酒を口に含むと、ナミの顎を掴み唇を重ねる。そのまま酒をナミの口内へと流し込めば、苦しそうにそれを嚥下した。

 酸素を求めて唇を少し大きく開けたナミの口内を更に深くまで蹂躙すれば、小さく喘ぐような声が聞こえる。先程の歌声よりも、俺はこの声が好きだと頭の片隅で思う。

 唇を離すとナミは体をふらつかせたので、その腰を抱いて支えればナミの腕が俺の体に回された。そのままギュッと抱き着いて来るので、ここは甲板だから耐えろと自分に言い聞かせる。

 微かに震えるナミの腕に、どうやら羞恥心からこうしているらしいと気付く。だが……煽る行為にしかならないのが、問題か。

 

 「……ナミは衣通姫のようだね」

 「ワノ国の、話でしたっけ?」

 「あァ、衣を通しても光り輝いて見えたと言う、伝説の美しい姫さんの話さ」

 

 笑いながら答えればナミは小さくまたからかってなんて返すが、本気でそう思うと言っても、信じないんだろうな。ナミは己の容姿に無頓着だ。

 可愛いと言えばそうなのよね、可愛いわよねと納得したような、それどころか別な人を褒められたかのような対応をする。だが、可愛い以外の褒め言葉は基本的に信じていない。

 自分が魅惑的な肉体を保持している事も、全く理解していないらしい。結果いつも、肉体美を褒められてもこの世界にはこれくらいの体型ならいくらでもいるとか、そんな言葉を平然と言うのだ。

 ……確かに、有名な海兵や海賊には多いが、1般人にそんな体型の女がゴロゴロしてる筈も無い。無論王族にも多いが、王族ってのは、美しさも商品価値があるのだから当然なのだ。

 

 「……イゾウさんと見るから、今宵の月は格別の輝きを放っているように思えるのです」

 

 突然のナミからの言葉に俺は小さく笑う。俺の言葉に返してくれた事が嬉しいと思う。

 

 「甲板でも良いから、この可愛い子猫を食べたくなるよ」

 「ばっ……!ばかっ!」

 「馬鹿だから、ナミの言いたい事が分からねェと言ったら……どうする?」

 

 揶揄うように言葉を口にすれば、ナミは少しいじけた様子を見せてから、何かを閃いたような顔で俺を見る。何だろうかと言葉を待てば、可愛い睦言が紡がれた。

 

 「月が綺麗ね、イゾウ」

 

 そう言って恥ずかしくなったのか、これ以上はどうあっても赤くなれないだろうという程に赤くなった紅葉の君が、俺を突き飛ばして団子と酒を残して部屋へと逃げて行く。だがね……。

 

 「その部屋は、俺の部屋でもあるんだが……わかってるのかねェ」

 

 思わず呟きながら喉の奥でクツクツと笑い、残された物達を回収しつつ部屋へと向かう。衣通姫は紅葉の君となり、俺の帰りをソワソワしながら待っているだろうから。

 ……例え満月が相手でも、俺はナミを渡すつもりは無いよ。己の使う銃口と良く似たそれを見上げて歩き出す。

 夜はまだこれからだと、ほくそ笑む俺を見咎めるように、美し過ぎる月が明かりを強めたが、俺の歩みを止める事は出来そうにない。……本当に今夜の月は、憎らしい程に美しいね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(赤髪のシャンクス)

 夜中にある筈の温もりが無くて目を覚ませば、案の定抱き枕が行方不明になっている。残り香やベッドにあるほのかな温もりが、傍を離れてそれ程時が流れていないと教えてくる。

 別室をベックが用意したが、実際には俺がナミの部屋で共に寝るか、無理矢理俺の部屋に連れ込んで寝る為にナミが1人で寝ているのは、数える程だ。正確にはナミの体調が悪い時の他は、毎晩1緒に寝ている。

 幼い頃から、抱いていると安眠効果の高い存在だと思っていたが、最近は特に顕著だ。隣にナミが居ないとそもそも寝付けない程に、俺の心は蝕まれている。

 だからだろうか、時折水を飲みに起きたナミに合わせて目覚めてしまうのは。無論ナミが突然飛び起きた時の七割が、天候の異変によるものであるのも理由の1つにはなるだろうが……。

 ベッドから降りてナミを求めるように外へ出れば、甲板で煙草を吸っているベックの姿を見付けた。ベックは俺を見ると呆れたような様子で溜息を落としてから、食堂を親指で示す。

 それに頷いて近付けばナミの歌声が聞こえて来た。ウサギが跳ねると歌うその声は穏やかで、様子を見れば何かを作っているのがわかる。

 その内に歌が変わり、低い声で絶望と後悔を歌うそれに、海賊らしさは無い。仮とは言え俺達と共に6~7歳の頃から海賊の1員として生きてきて、その後は10歳の頃から単独で海賊をして来た筈なのに、何故こんなにもお上品なのか。

 俺だとて亡くした友の数も、仲間の数も、既に数えるのが嫌になる程で……だからこそ、友や仲間を大切にして来た。だからなのか、ナミの歌声がやけに胸を揺さぶるのは。

 歌声が止むと同時に動き出したナミは、当然のように甲板へ向かうから俺も後について外へ出た。甲板で1人腰を下ろしたナミは、呆然とした様子で空を見上げている。

 もしもまた先程のような歌を歌うのならば、それは止めるべきだろうと近付けば、その横顔が泣いているように見えて慌ててその肩を掴む。振り向いたナミは驚いたような顔をしてはいても、泣いてはいない。

 

 「シャンクス……?どうしたの、そんなに慌てて」

 「ナミの歌声が聞こえたから、何かあったのかと思っただけだ」

 

 嘘ではないが真実でもない答えを告げれば、ナミは恥ずかしそうにその目元を赤く染める。それから、小さくお耳汚しをなんて言うから、その目尻にそっと口付けを落とす。

 

 「歌うのは構わねェが、ちと歌詞も暗かったからな」

 「歌の半数は暗いものよ。でも、気を付けるわ」

 

 そう言いながらナミは俺に胸元から取り出したお猪口を差し出すから、無意識でそれを受け取る。そっと酒を注がれて、酒に映る月を眺めていればナミがポツリポツリと言葉を紡ぐ。

 お月見という風習があると聞いて、用意出来る物だけではあるが整えたのだと笑うナミの手元にも、同じ酒がある。それに映る月を見詰めてナミは微かな笑みを浮かべるが、これがまたその年齢に似合わぬ寂しげなもの。

 

 「ナミ?」

 「きっと、好きだったんだわ。だから、思い出に縋ってるのね。月は……同じように見えるから」

 

 誰を、好きだったと言うのか。そんな顔をさせる相手を作らせるくらいならば、手放さなければ良かった。

 あの時、泣き崩れたナミをそのまま部屋に閉じ込めてしまえば良かった。そうすれば、そんな顔をさせる事は無かっただろう。

 

 「そんなに、愛していたのか?」

 

 思わず口にした言葉に、ナミは穏やかに微笑む。それからうーんと言いながら、年相応な顔で考え込んだ。

 

 「そうね、きっと、愛していたのだと思うわ。平和でぬるま湯みたいな、桃源郷を……住んでた時は不満しか無かった気がするのに、不思議ね」

 「……男の話じゃないのか?」

 

 俺の問い掛けにナミは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見てから、吹き出した。それから微かにはにかんで、ナミの作ったであろう団子を差し出してくる。

 

 「私が月を見て綺麗だと思う時は、いつも隣にシャンクスがいるわ」

 

 その言葉が真実か偽りかはこの際どうでも良い。その言葉がナミから囁かれた事に意味がある。

 今、差し出された団子を食ってる場合かと思いながら、何と返すべきか考える間を持たせる為に団子を口にする。それがまた、美味いから言葉が上手く出てこなくなり困っちまう。

 まさか、そういう作戦なのか。いや、そもそも俺の気持ちに気付かねェんだから、そんな訳ねェよな。

 

 「ナミ、俺もだ」

 

 絞り出せた返事がこれかと情けなくなる俺に、ナミは瞬間的に湯だった。どうやらこの抱き枕は、自分が言う事に問題は無い癖して、何か言われる事に対する耐性が無いらしい。

 

 「そろそろ、抱き枕から俺の女に昇格してみるか?」

 

 俺の問い掛けにこれ以上ない程に赤く染まったナミはその口をパクパクと動かすから、どうやら愛されていたらしいと気付く。1方通行だと思っていたが……違っていたならば、遠慮はいらねェか。

 

 「ナミ、今夜の月は綺麗だな」

 「シャンクス……」

 「返事は……くれねェつもりか?」

 「月が綺麗ね、シャンクス」

 

 その言葉が何を意味するのか、俺達は互いに嫌という程にわかっている。だからこそ、躊躇いさえ無くその場で2人の影は重なった。

 もう、言葉はいらない。ただ、互いの存在があれば、それだけで構わないのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(大将青キジ)

 珍しく、本当に珍しく家に明かりがついているのが見えた。家に明かりがついてるのなんて、初めて見たんじゃねェか……?

 明かりを付けての泥棒は流石に無いだろうと思いながらも、念の為に気配を殺して庭に侵入すれば歌声が聞こえて来て、家主で間違い無いと理解する。それにホッと息を吐き出してから、どうするか考える。

 小さな庭は相変わらず植物が生い茂っていて、その植物から漂う香りがナミそのモノのように感じられる。生えている植物のメインが蜜柑なのが、それに拍車をかけているのだろう。

 歌声はいつの間にかその質を変えて、低く伸びやかなものになる。それに耳を傾ければ、大切な人を亡くした男の歌のようだと気付く。

 この歌も宝玉の物なのだろうかと少し考えて、どちらでも構わないかと思う。そもそも活動を辞めようとしたのを、続けろと言ったのは俺だしなァ。

 聞くともなしにその歌声を聞いていれば、月光を集めるそれに分からなくもねェなと思う。低い声は歌う時か不機嫌な時、後は威圧する時にしか出さないから何となく新鮮に思えて、瞼を閉じて聞き入る。

 そのまま寝てしまいそうな気もするが、それを許さないと言うように眩しく輝く月が空にある。それに気が付けば、今ナミが歌っているのも、この月のせいかと遅ればせながら気付いてしまった。

 だとしたら少し待てばナミは自ら姿を見せるだろうと、呑気に庭で待機していれば案の定歌声が止んで、少しした時に予想通りにその姿を見せた。心ここに在らずな様子が少しばかり心配ではあるが、体調が悪いという様子でも無いので、少しそのまま様子を伺ってみる。

 庭に用意されているガーデンチェアに腰を下ろして、テーブルに何やら丸い物と酒を置いた後はただ、空を見上げている。それは何かを祈っているようでもあり、恋焦がれているようにも見える。

 あんな光る事しかできない存在に見とれてんじゃねェよ。そう思って腰を上げると、ナミの元へと歩み寄る。

 

 「ナミ、どうしたのよ」

 「クザンさん、こそ……」

 「俺は……月明かりが眩しくて散歩してただけで……」

 

 散歩してただけで、他人の家の庭に入り込んだら犯罪だろうがと自分を脳内で自分を罵りつつ、ナミの様子を伺う。それに対してナミは、不思議そうに首を傾げてから小さく笑って、穏やかに空いてる椅子を勧めてくる。

 俺が座ると胸元から取り出したお猪口を差し出すので、それを受け取ると飾っていた酒を注いでくれる。俺が酒に映る月を眺めていると、ナミの手が伸びて来て俺の髪に触れた。

 

 「蜜柑の葉が、ついてますよ」

 

 そう言って子供の悪戯を笑って許す大人のような顔で俺を見るナミに、参ったと思う。それから少しその笑みに陰りを見せるから、どうしたのかと視線で問いかければ素直に口を開いた。

 

 「私、歌ってたから煩かったんですよね。まさか通りにまで聞こえてるとは思わなくて、ごめんなさい」

 「いや、聞こえたのは庭に入ってからで……」

 

 しまったと思った時にはもう遅い。ナミはクスクスと笑って、俺の頭を優しく撫でて来る。

 

 「海兵さん、何してるのよ。不法侵入だぞー」

 「明かりが着いてないのが普通の家に、明かりが灯れば気になるでしょうよ」

 「なら、素直にそう言えば良いのに。明日は休みなので、今夜は家で仕事しようと思って……」

 

 その言葉を看過できる筈も無く、ナミの手首を掴めば慌てたように視線を彷徨わせるから、どうやら言い訳を考えているらしいとわかる。この仕事好きはどうにかならないだろうか。

 能力が無くて持ち帰るならばまだ分かる。だが……能力は有り余り仕事を必要以上に貰って終わらせて居るのは、誰もが知ってる事だ。

 だいたい俺の仕事は判子を押すだけとされていて、時々俺が書かないと不味いものだけを残して他は全てナミが終わらせてくれているってのに。それは当然センゴクさん達も気付いているから、無理にでも休みを用意するのにその休みでさえこれか。

 

 「休日に仕事を持ち帰る事は、原則禁止してる筈だよな?」

 「だって……なんかして無いと……」

 「個人情報や機密保持の観点から、見逃せねェってのもナミは分かってるよな?」

 「その、辺りはちゃんと考慮して、問題の無いものを持って来てるのよ」

 「一般家庭から出るゴミでさえ、それを元にその家の家族構成や生活水準が分かる。どの資料なら安全だと確実に言えるって言うのよ」

 

 俺の問い掛けにナミが少し怯えたような顔をするから、虐めすぎたかとその腕を強く引いて体を抱き締める。怒ってるんじゃなくて、心配なんだと……どうしたら伝わるだろう。

 この愛しくも儚い生き物を、大切にしたいだけなのに、それすらも上手くいかない。無理させる為に魚から奪った訳じゃねェのよ、俺は。

 

 「ナミ、俺がセンゴクさんに叱られるから、頼むよ」

 「……はぁい、ごめんなさい」

 

 俺の為に辞めてくれと、こう言えば辞めるのは分かってる。自分の為には辞められないナミだから、俺はいつも平然と嘘を並べる。

 正義の海兵が聞いて呆れるよなァ。

 

 「……月が……綺麗すぎて……泣きたくなる……」

 

 突然ナミがそんな事を言って俺の胸に顔を埋めるから、俺はその体を抱く手に少しばかり力を込める。そしてそっと頭を撫でる。

 

 「……そうだな。綺麗すぎるな。……ナミを抱いてるから、だろうけど」

 「クザンさん、意味、分かってます?」

 「ん?まァ……それなりの年齢だから、1応」

 「……狡い、です。私はいつも、甘やかされちゃう」

 

 全然、甘えてくれてねェだろうがとは言えねェ雰囲気で、俺は深く溜息を落とすとその顎に指を掛けて顔を持ち上げる。それに対して、ナミは言う。

 

 「月が綺麗ね、クザンさん」

 「俺は……もっと甘えて貰いたいところだ。だから、このまま泊まっても構わねェか?」

 

 言われた言葉の意味が分からない筈も無く、また俺からの問い掛けの意味を理解できないなんて事ァ言わせねェ。それを眼差しで伝えれば、赤く染まったその顔で、小さく返事をしてくれる歳若い恋人の唇を奪ったのは、既に必然だろうと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お月見(参謀総長サボ)

 仲間とはぐれたと気弱な雰囲気で海を見ていたその姿は、妙に儚く見えた。……そう言えば歳下だったと思い出したのはその時で、何故忘れていたのかと考えてみる。

 いつもナミは俺やエースの事も含めて、庇うように戦っていた。その後姿ばかりを見ていたから、ナミが歳下だと言う概念が無かったんだと今になって気付く。

 知らない事は何も無いと言わんばかりに、何でも器用にこなして、優しく微笑むその姿に俺は理想の母親を見てさえいたのかもしれない。可愛い弟達だと抱き締めてくれるその温もりが、突然去って行ったあの日……共に連れて行って貰えば良かったと思ったのは、俺だけじゃ無い筈だ。

 記憶を無くしていた俺の中にさえも焼き付いていた、長い髪は再会した時も健在で……そう言えばあの時見た涙が、俺の見た最初の泣き顔だったと今更気付く。いつも微笑んでいたから、それ以外の時は、背中を見せていたか真剣な顔で紙を見ていたから……気付かなかった。

 俺より2つも歳下の女の子だった事に。本来ならば守られて然るべき、か弱い存在なのだと言う事に。

 高波に攫われて島に着いたと落ち込んでいたその姿に、とりあえず隠れ家的に使っていたコテージまで案内したのは、たまには姉を労わりたかったからに他ならない。それなのに、寝ているべき部屋にその姿は無くて、何処へ行ったのかと夜中に探し回る事になっている。

 再会したあの日も、毒を気にしていた様子から命を常に脅かされていたのだとわかり、その真実に胸が焼けるような思いがした。庇う事に慣れたその姿は、庇われる事に戸惑いを見せるのだ。

 人を頼る事が出来なくなっている姉を漸く見つけた時には、キッチンで何かを作りながら呑気に歌っていて、だがその歌声に聞き惚れる。普段の声とは違う低いその声は、何とも言い難い色気さえ感じられる。

 ……流石は〝宝玉〟かと、その見慣れた後姿に思う。

 世界政府が探し回って、けれども見付けられない幻の存在。それがナミだと知った時、革命軍で保護すべきだろうと主張した俺を止めたのはドラゴンさんだった。

 ルフィの航海士であり、海賊として生きているから宝玉だと知られずに済んでいるのだから、今はそのままで居させるべきだと言われれば否とも言えない。ルフィに航海術がない事は俺達が1番よく分かってる。

 物理的に考えてルフィにはナミが必要だ。それに……昔からルフィをとことん甘やかしているナミが、ルフィに強請(ねだ)られているのに離れられる筈が無い。

 1方通行の関係に思えたルフィとナミの関係も、漂着したナミの様子を見るにどうやらその限りでもなさそうだと気付けたのも大きい。そうなると……エースが少しばかり、気の毒ではあるがな。

 それでも多分ナミは、エースが本気で求めてしまえば、それにも逆らえはしないだろう。可愛い弟を拒まずに、傷付けられずに、そして……独りで泣くのだろう事は火を見るより明らかだ。

 優しいを超えて甘いとしか形容出来ない姉を、どうしたら守れるだろうか。救うなんて出来なくても、せめて少しでも休ませる方法は無いだろうか。

 歌い終えたナミが月明かりの元へ向かうのを見て、浮世離れした存在だよなとしみじみ思う。そっとその背後に立って声を掛ければ、いつものように微笑むのだろうか。

 

 「姉さん」

 「サボ?」

 

 驚いた様子で振り向いたナミは、俺が姉と呼ぶと少しばかりはにかむ。本気で弟として愛してくれる存在に、今更妹のように思えてきたとは言いにくい。

 何より俺が、その無条件に向けられる愛情を失いたくないのだから、情けなくもなる。姉離れできない弟として我儘を言えば困らせるだけだと分かるから、聞き分けの良い弟でいるしか無いのが少しつらい。

 

 「起こしちゃった?ごめんね。今日は中秋の名月だからお月見したいなって思って。1緒にどう?」

 

 言いながら近くにそっと置かれたのはナミ手作りの団子で、胸元から取り出したお猪口を何の気なしに手渡してくる。この無防備さが、少し嬉しい。

 嬉しいと感じるのは、俺をいくつになっても〝男〟として見ない辺りが、本当の姉だと思わされるからだろうか。それとも、俺の肩書きも立場も少しも気にせずに〝弟のサボ〟として接してくれていると分かるからだろうか。

 

 「貰おうかな。ナミ(姉さん)が作るものに不味いものはないから、楽しみだよ」

 「お世辞言って見ても、ここにあるだけしか団子は無いわよ。大食い君」

 

 そんな軽口を言って笑うナミは、当然のように酒を注ぎ月を眺める。そう言えば子供の頃から、やたらと酒を飲んでる姿を見た気がする。

 それでこの体型かと思えば、奇跡の存在だなと思わされる。もしくはそれだけ……ハードな日々を送っているのかも知れないが。

 

 「月が、綺麗だな」

 

 俺が思わず呟くとナミは何故か吹き出した。どうしたのかと視線を向けると、言う相手間違えたらダメよなんて言われる。

 

 「月が綺麗って言葉は、愛してるって意味としてとらえられる事が多いのよ。貴方の隣で見る月だから、美しいって事なんだけど……ね?姉に言ってる場合じゃ無いでしょう?」

 「確かに。だけど……言っても通じなさそうだ」

 

 思わず溢れた本音にナミは何故か納得気に頷く。そして俺の肩を軽く叩くとその眼差しで、エールをおくってくる。

 

 「確かに通じない雰囲気はあるけど、通じたら多分真っ赤になって可愛い反応してくれるから、頑張って!」

 

 ……何故ナミがアイツを知ってる?

 ドラゴンさんか?

 あの人が話したのか?

 いや待て、そう言えば昔からナミはやたらと情報通で……記憶のない俺を、新聞の記事から俺と認めて見守ってくれてた存在だ。今更か。

 

 「通じるかどうか、1度試しに言ってみるか」

 「そうね、普通に告白するよりは、難易度低いでしょうから、いいんじゃない?」

 

 クスクスと笑うナミは、歳上のお姉さんらしい顔をしている。それが妙にイラッと来たので、少し揶揄うように俺も笑う。

 

 「それで、ナミの相手(ルフィ)には通じそうか?」

 

 その瞬間ハッとしたように首筋を押さえるから、やはりルフィとそう言う事になってたかと笑う。真っ赤になったその姿は、珍しく年相応かそれ以下に見えた。

 成程普段が大人びているから……これがギャップ萌えとやらかと思う。だが、珍しいもんを見たとしか思えない辺りで、俺には恋愛対象外なのだと痛感させられるだけたが。

 

 「コアラちゃんの事、私は揶揄わなかったのに……。そう言う態度なら良いのよ、新聞社にサボの幼少期で恥ずかしいエピソードを売り込んでやっても」

 

 しまったと思った俺は慌てて謝罪する事になったが、こんな穏やかな夜も良いものだと何処かで思う。どうせルフィは野生の勘で明日にはナミを取り戻しに来るだろうから、今だけは俺に姉を独り占めさせてくれと心で呟いた時、ナミがニンマリと笑って言った。

 

 「月が綺麗ね、サボ」

 「ははは!……そうだな、俺もナミを姉として愛してるよ」

 「あら、普通に通じたわね。つまんないなー。動揺してくれても良かったのよ?」

 

 じゃれ合いのような会話を楽しめる現実がある。その幸福を噛み締めながら、俺は長い事離れていた姉との時間を取り戻すように、他愛ない会話を重ねて行く。

 もう少しだけこうしていたいと願っていたからか、俺は子供の頃に戻ったような気分で素直に笑えていた。それを見ていたのは、空に輝く月と星だけ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィンイベント(ノーマル)
ハロウィン(麦わらのルフィ)


 キッチンのテーブルに置かれた封筒を見て、船にいた全員が深々と溜息を落とした。どうやら俺の彼女は今、何か描きたい物があるらしい。

 たまにこうしてほっといてくださいと書かれた手紙を残して、部屋に引きこもる事がある。だけど今回はどうやら少し書いてある事が違うようで、サンジが瞳を輝かせている。

 

 「どうしたんだ?」

 「ん?明日からイベントやらねェかってよ。どうする、船長?」

 

 サンジが揶揄うように問い掛けてきたけど、ナミが金銭管理してて大丈夫だと言うなら宴はやりたい。なんの宴でもそんなもん構わねェよ。

 そう思って素直にそれを答えれば、そうだよなと言ってサンジも笑う。今日の夕方には新しい島に着くから、明日それをやる為の準備にも困らないだろうと笑うサンジに、ウソップやゾロも楽しそうに頷いた。

 多分気が焦って落ち込んでるビビを、笑わせてやりたいと言う思いもあるのだろう。ナミはビビに恐ろしく甘いから……そうとしか考えられねェ。

 そう思った時、サンジが宴の内容を話してくれて、どうやらそればかりではないらしいと気付く。どうやら、全員が楽しめるように考えてくれてるようだ。

 その事に気付けば、先程までのいじけたような気分は霧散して、早く島に着かねェかなと甲板に飛び出して特等席へと飛び乗って、ソワソワする。こんな時いつもなら、落ちないでよ?なんて言って優しく笑うナミが今は部屋にいる事だけが何とも言えねェけど。

 真っ直ぐに前を見ていると本当に島が見えて来て、ナミの言う事にいつも間違いは無いのだと思い知らされる。本当にナミが居なかったら、俺達はいつ遭難してもおかしくねェんだよな。

 例えば今はエターナルポースがあるから、ビビがいてサンジもいるからアラバスタには辿り着けるとしても、今回みたいに食料がどうしても足りねェから何処かの島を探せとなった時とか、ログポースだけで航海しろと言われたら……多分そんなに長い航海は出来ねェ。

 ログポースでの航海経験がある筈のビビも、ナミのような指示出しは出来ねェし、そもそもサイクロンを含めた天候の変化に気付ける人間はこの船に他にいねェ。世界中探せば他にもいるかも知れねェけど、なかなかに珍しいと思う。

 そんな事を考えていたらいつの間にか見えてきた島に、俺が大声で叫ぶとサンジが飛び出して来てナミから預かったであろう金に頬擦りしている。そっか、金を稼ぐのも、金を管理するのもナミがやってくれてんだよな……。

 対等になれた気がするなんて……勘違いもいいところだ。俺は……ナミを敵から守り抜く事で返すしかねェと思ってるけど、何かあった時ナミの強さを当てにしてねェとは言えねェ所もあって、複雑だ。

 島に到着すると同時に遊びに出掛けた俺は、ケッコンシキから逃げて来たって言う女に会った。普通の服に着替えて、ドレスを捨てるのは勿体無いけど持ってたら邪魔になるしと唸ってる女に、いらねェならくれと言ったのはこれからやる宴で使えるかなと期待したからだ。

 俺の言葉にその女は少し考えてから、捨てるよりはマシよねと言って譲ってくれたので、追いかけて来た人相の悪い奴らは殴って寝かせておいた。それからそのドレスを手にメリーに戻ると、ゾロが変な顔をした。

 

 「それ、仮装か?」

 「普段着ねェもんなら、仮装だろ?」

 

 俺の言葉に対してゾロはまさかと言うと、嫌そうな顔で確認を取ってくる。

 

 「……ルフィが着るのか?」

 「いや、ナミに」

 「お前はどうすんだよ?」

 

 呆れたようにゾロが言うから、確かにどうすっかなァーと考える。そんな俺にゾロは呆れを隠さねェで立ち去るから、どうしたのかと思いながら黙って見送る。

 戻って来たのは何故かビビで、俺とナミが恋人同士なのを知って落ち込んだばかりのビビなのに、何故かドレスを見て喜んでいる。

 

 「タキシード、買ってくるから!待ってて!」

 「いや待て、そのまま着るだけじゃ仮装にならねェ!猫耳と犬耳も買ってこい!」

 

 ウソップがそこで会話に割り込んでそんな事を言うから、俺はウソップに視線を向けた。だけど俺が何か言うよりも早く、ビビが大きく頷いて飛び出して行ったので、よく分からねェから任せるかととりあえずドレスを持って女部屋へ向かえば、真剣な顔をしてるナミがいた。

 敵を前にして俺を庇ってた時と、同じ顔をしている。その顔を見ながら、俺はナミを守れる強さを手に入れるんだと誓ったんだ。

 守られて泣いてるだけのガキでいるなんて、そんな事は嫌だと……そう……。俺はナミにこのドレスをいつか本当に、着てもらう事が出来るのかな。

 俺の気持ちにも、存在にも気付かないで描き進めるナミに小さく息を落としてから、俺はドレスを置いて部屋を出る。近くに見える森に入れば、肉を持って帰るくらい出来るかも知れねェよなと、気持ちを切り替えて。

 森で見付けた肉を何体か持って帰ったら、買い物から帰ったサンジに、それやるなら先に言っとけと怒られたけど、結局全て宴でも使えるからと言って処理してくれた。その場ですぐに食事にもしてくれる。

 食事だぞとチョッパーが呼びに行っても無駄で、これは誰が声掛けても無駄かと思いながら、念の為ビビにも行ってもらったけど効果は無かったらしい。だとしたら誰が行ってもダメだなとの話になり、その日の夜は諦めてそれぞれが眠りに行く。

 俺だけは見張りで起きていたけど、夜の海も嫌いじゃねェからそれは良い。朝になりサンジが起きたのを確認して見張りを終えると、サンジにナミを寝かせて来ると声を掛ける。

 それにサンジも頷くから、にししっと笑ってナミの元へ向かう。声を掛けるとビクリと肩を揺らしたから、多分今朝なのに気付いてそれなのにまた机に戻った所なんだろうと分かる。

 

 「ナミ、寝ろって。それとも、縛り上げられたいのか?」

 「……ルフィ」

 

 潤んだ瞳で俺を見て、弱ったような顔を向けてくる。……だからよ、それ卑怯だろ。

 普段強気で優しいお姉さんぶってるのに、俺の前でだけ捨て猫みたいな顔で小さく名前呼ぶとか……。狙ってやってねェ所が怖ェよ。

 

 「……寝るぞ。俺も見張りだったから、今から少し寝る。……付き合えよ」

 

 こう言えばナミは逆らわない。俺に付き合うって名目を与えれば、小さく笑うのは分かりきっていたから、俺はナミを抱きしめてそのままナミのベッドに倒れ込む。

 俺に甘えた様子で擦り寄って、嬉しそうに笑ってからお休みと言って本当に寝ちまうナミに、どうしてこんな所だけ無防備に育ってんだよと内心でつのるが意味は無い。寝息が聞こえて来て、その体が震えてない事を確認して、俺も漸く眠る。

 ……疲れきって寝るとかじゃねェと、魘されるからビビに心配かけたくなくて寝ないって事に気付いたのは、つい最近だ。まずはビビより自分を労わってくれと思うのは、船長として正しいのだろうか。

 惚れた欲目じゃねェと言いきれねェのが悲しい。1眠りして起きると、幸せそうに寝ているナミが俺の腕の中にいて、その長い髪を指に絡める。

 昔から変わらないのはこの髪と甘い性格だけで、知らない間に何をするにもいちいち警戒するようになったし、時々死んだ魚みたいな眼をするようになった。夜1人で眠れなくなったし、誰かを頼れなくなってる。

 ……だからこそ、変わらない香りとこの髪は俺にとってナミがナミである何よりの証拠に思える。……昔より、俺に対して警戒心無くなった気がするのだけは、どうにも腑に落ちねェけど。

 

 「ルフィ?おはよう」

 

 寝惚けた様子で顔をあげたナミは、妙に幼い顔で笑う。ヤバい、すっげェ喰いたい。

 

 「あァ、おはよう。今日のイベントの衣装用意してあるから、風呂入ったら着てこいよ」

 

 そう言って傍から離さなければ、隣でビビも寝てるのに襲いそうだった。ナミは呑気に笑って風呂へ向かい、俺はビビが用意してくれてた服を着て耳を頭に装着して甲板に出た。

 そこには既にミイラ男なゾロと、シーツ被っただけのチョッパーと、人形に扮したウソップがいて、サンジはどうしたかなと見てみるけど姿は見えない。その直後に姿を見せたナミは、相変わらず髪から雫を落としつつドレス姿で困ったように髪を絞っている。

 

 「ナミ、タオル貸せ」

 

 声を掛けてタオルを奪うようにして髪を拭けば、小さくありがとうと言ってくれる。その頭に猫耳を取り付けてやれば恐ろしく似合う。

 

 「ルフィ……私は何に化けてるの?」

 「人間に化けようとして失敗した猫又らしい」

 「なら、ルフィは狼男かしらね?」

 

 そんな事を言いながら笑うナミは本当に可愛い。やっぱり誰にも見せたくねェな、もしくはこのまま式にしちまいたい。

 他の誰にも盗られねェように。

 

 「Trick or Treat」

 「蜜柑しか無いわよ。少し待ってね」

 

 そう言ったナミの腕を掴んで動きを止めると、そのまま倉庫にナミを連れ込む。待てるかよ、馬鹿。

 

 「お菓子がねェなら、悪戯させろ」

 

 俺の言葉に不思議そうに首を傾げるナミに、猫なんだからニャーしか言うなよと言って喰らいつく。今俺は、蜜柑よりも、菓子よりも、ナミが喰いたいんだと言いながら弱い所を刺激する俺に、漸く状況に気付いた様子のナミ。

 その後ナミが猫らしく鳴いてくれたかは、俺だけが知っていればいい。Trick or Treat……ナミは今俺の、仮初の花嫁なのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン(不死鳥マルコ)

 いつものようにカリカリと何かを描いているその姿を見て、手元にある手紙を見る。それによると、どうやら明日まで好きにさせてくれと言いたいらしいと理解は出来た。

 だがそれを、はいはいいいですよ……とは行かねェんだがなぃ。無理する傾向のあるナミだからこそ、許す事はできねェ。

 ……そう思うのに、真剣な顔を見てしまえば邪魔するなんて事は出来る筈もないと思わされちまう。机に向かっている時と、海を相手にしている時の凛々しさは、迂闊に触れる事など許されない。

 仕方ないかと溜息を落としつつ書いてある物を元にして、親父やサッチと相談する事にする。1人で勝手に決められる内容でも無いからねぃ。

 見た事も聞いた事もないような、食べ物について書かれている所にサッチが食い付く。親父は金銭管理を俺に1任しているのだから、気にせず好きにやれと言う。

 だから、後は俺の管轄になる。ならばと思ってナース達に話を持って行けば、仮装に反応して大騒ぎだ。

 特に大きく金のかかるイベントでも無し、各自自分の金で自分の物を用意させるのであれば船として用意するべきは食事位なものだ。前日に知ったとは言え、もうすぐ島に着く訳だからと、小さく笑いながらこのイベントをやる方向で動きを進めて行く。

 色々な事が区切りになる頃には空は白んでいて、少しでも寝ておくかと部屋に戻ればまだ机に向かっている愚か者が見えた。……さァて、この愚かな猫を……どうしてやろうかねぃ。

 その時俺の視線に気付いたのか顔をあげたナミは、少し考えるような仕草をする。どうやら今になって徹夜した事に気付いたらしい。

 素直に寝るならば良し、もしくはシャワーなら。だが違うならこちらもそれ相応の……と考えた所で、何を考えているのかナミは机に向かいペンを手にしたので、その頭にチョップを入れておく。

 涙目で振り向いたナミは可愛いが、それで許す訳にもいかない。……仕方ないねぃ。

 

 「……お仕置き、だねぃ」

 「や……やだ!マルコ、待って考え直して!」

 「駄目だよぃ。今回はナースの着せ替え人形にでもなって来るといいよぃ」

 「いやー!!」

 

 この世の終わりのような声をあげるナミに、学習しない子だとこんな時は思う。ナース達もいつも同じような姿のナミを着飾りたいと思っているらしい。

 だからこそ、こうして好きに着せ替えて構わないと言えば、問答無用でもみくちゃにされるのだ。人との触れ合いをどうしたらいいのかと戸惑う事も多いナミを思えば、その悲痛さも分からなくはない。

 だが……いじられ倒されたナミの姿は可愛かったり、妖艶だったりして目の保養にはなる。特に今回は仮装だからねぃ。

 嫌がって暴れるのを抑え込みつつ、ナース達に事情を話して好きにしろと言いてナースに押し付けた。その流れで、後ろ手に閉めるとドアの向こうから哀願するナミの悲鳴が聞こえて来る。

 だが、良い薬にもなるし大きな害も無いからと思い、俺は仮眠を取りに部屋に戻る。ナミの居ない部屋は、何かが物足りなく感じられて苦笑しちまう。

 仮眠を取ってからナミを迎えに行けば、その頃には船は既にハロウィン1色と様変わりしていた。いつの間にか当然のように親父までも参加しているから、たまにはこんな日も良いかと思えて、無意識の内に小さな笑みがこぼれる。

 そうこうしていたらナースから返されてきたナミは猫耳ナースになっていて、どうやら今回は手軽な物に……おい、丈が短すぎやしねェかい?

 そう思ってじっと見詰めれば、半泣きで俺に訴えかけて来る。それは本当に縋り付くようで、どうにも色々と唆られるのを耐えているのだが……。

 

 「マルコォ……着替えていい?」

 「……駄目だよぃ」

 

 これからイベントが始まるってのに、何を脱ごうとしてるのか。と、そう理性は言うが……本能が別な言葉を口から紡がせる。

 

 「……すべて脱いで俺と2人で過ごしたいって気持ちは、汲んでやりたいところだけどなぃ。俺もまだやる事があるからねぃ」

 

 そう言ってからその細腰を抱き寄せ、耳元で囁く。もう少し待てよぃと。

 それに顔を赤く染めたナミがポカポカと殴りつけてくるから、宥める為にと自分に言い訳して唇を重ねれば即座に大人しくなる。熱い吐息の合間に涙で潤んだ瞳を向けて、小さく恥じらうような声を出す。

 

 「見られちゃうから、やだ……」

 「見られなきゃ良いのかよぃ?」

 「……マルコの意地悪」

 

 プイッと横を向いたナミは、それから小さく舌を出して俺の腕から抜け出して行く。可愛い抵抗に、転ぶなよぃと声をかけてから、その背中を見送る。

 それにしても、ナミから伝えられたTrick or Treatの言葉は、直訳した時〝お菓子をくれなきゃイタズラするぞ〟にはならないと知っているのだろうか。その場合〝悪戯または提供〟でしかない事に。

 ならばどちらを選ぼうとも、俺にはナミを好きにできる事に違いは無いのだ。……本当に、時に愚かで可愛い奴だよぃ。

 やる事を終えて部屋で待っていれば、可愛いその姿のままナミが帰って来た。なので、船医としての仕事の直後だった為に、白衣姿に眼鏡をかけた船医モードで出迎えたのだが……何故か顔を赤く染めて視線をそらされる。

 ……白衣も眼鏡も珍しくは無いだろうに、どうしたと言うのか。船医としての時は、大概この姿なんだが……何処か可笑しいか?

 1応確認してみても、何らいつもと変わらない。小さく首を傾げつつ視線を戻せば、恥ずかしそうに言葉を向けられる。

 

 「……なんで、そう、無駄にエロいのよ」

 「ナミの方が、随分と美味そうに見えるがねぃ。……ナミ、Trick or Treat?」

 

 思わず呟いた言葉を誤魔化すように問いかければ、待ってましたとばかりにお菓子を取り出して来たナミからそれを受け取る。これは、恐らくナミの手作りだろうと思われる菓子が渡され、それを口に入れた時ナミが少し悪戯な顔で同じように問い掛けてきた。

 どうやら俺を困らせたいらしいと気付き、その腕を掴み腰を抱くと口に入れたばかりのそれを、半分分けてやる為に唇を合わせる。苦しそうに喘ぐナミは、けれどもいつもとは違い素肌が多く露出しており、服も体にフィットしているからなめまかしく映る。

 

 「これで良いかよぃ?」

 「ずる、い。私のあげたお菓子なのに……」

 「なら、捧げてやるよぃ」

 「捧げる?」

 

 不思議そうに首を傾げたナミを見て、やはり分かって無かったかと思いながら笑う。そしてそっと真実を教える為に囁くように言葉を放つ。

 

 「Trick or Treat、直訳してみろぃ」

 

 それから素直に小さく口の中でそれを呟き、ハッとした様子で俺に視線を向けて来た。この様子だと本当に何処かの国のイベントで、ナミが考えたものでは無いのだろう。

 それならば悪戯されるか、捧げるかと聞かれたならば、捧げてやるよぃ。俺のすべてを。

 ナースが船医に勝てる筈などなく、俺が全力ですべてを捧げると決めたのだからナミに抵抗など出来る筈もない。Trick or Treat……共に楽しい夜を過ごそうなぃ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン(火拳のエース)

 ルフィ達が妙に疲れた様子で女部屋に視線を向けているのを見て、まさかと思う。慌てて部屋に押し入れば、案の定机に向かって作家モードになってるのが見えた。

 

 「おい、ルフィ。ナミ変わってねェのかよ」

 「……悪化した」

 

 ルフィの返事を聞いて俺はルフィに言おうと思っていた言葉を全て飲み込むしか無くなり、そんな俺達のやり取りを受けてマルコが楽しそうに笑った。それは本当に、まるで仲間を見付けたかのように嬉しげで……。

 

 「この集中力、凄いものがあるねぃ……。俺も見習いたいもんだよぃ」

 「辞めろマルコ!船医がクルーの胃痛の元になるんじゃねェ!」

 

 やっぱり同類だと思い知らされつつも、マルコの言葉に咄嗟にそう返した時、狸にしか思えないがトナカイだと自称するルフィの仲間がマルコに飛び付いて楽しそうに会話を始めた。その手にはナミが出版したという本があり、その話を聞いたマルコの目の色が変わった。

 

 「それは……聞いてないねぃ。宝玉とは……流石に驚かされたよぃ」

 

 辞めろ、変なライバルを増やすなとトナカイに念じても既に無駄。溜息を落として俺はナミの為にと茶を用意しに行く事で、その場から離脱する。

 

 「何してんだ?」

 「ああなったナミは、慣れた人間の気配の後で置かれた飲み物だけ、口に入れるんだよ。だから、蜂蜜とミルクの入った茶をだな……」

 

 突然かけられた声に驚きつつも、精一杯の集中力と古い記憶を掘り起こしつつのあやふやなそれで、茶葉やらポットやらを並べて行く。燃やしたり割ったりしたら、後で烈火の如く怒るだろう事はわかりきっている。

 ここは〝ルフィの船〟だからな。どうしても〝ルフィの物〟を傷付けたと判断されるだろう事は理解出来る。

 

 「危なっかしいから、用意は俺がするから下がってろよ。……お兄さん」

 

 ルフィの兄だからお兄さんって意味だろうと分かり、素直にその場を金髪の青年に明け渡すと本当に手馴れた手付きでお茶を入れているのが見えた。それを見ているとナミと似ているなと思わされる。

 

 「ナミもよくそうやって何か作ってくれてたな」

 「くっそ羨ましい事、呟いてんじゃねェよ!ほら、持ってけ!」

 「……俺としちゃ、ナミにそこまで料理の腕と味を信用されて、毒味をしなくてもいいと警戒されない程の信頼得てるアンタの方が羨ましいけどな」

 

 受け取りながらそう言うと1瞬固まってから、少しだけ照れた様子を見せた青年に褒められ慣れてねェんだなと思う。少し前の自分とそれが重なり、だからこそナミの優しさに惹かれているのかと気付かされる。

 いつも思うがナミの甘さは、ある意味で毒だ。麻薬と同じような性質を持ち、知ったら手放せなくなり、依存しちまう。

 小さく溜息を落としつつナミの動きを阻害しない位置にそのお茶を置けば、少しした時ペンを持つのとは逆の手でそれを手にして飲み始めた。それを見て本当に変わらねェなと思う。

 8歳の時から成長しないナミは、あの頃大人すぎたのか、それとも今が子供じみてるのか。どちらなのだろうかと少し考えて……1部だけ大人になり過ぎて、他の成長が止まってるのだろうと当たりをつける。

 そのままナミのだろうと思われるベッドに腰を下ろして様子を見ていれば、小さな声で何かを歌い始めた。優しい歌声は微かにしか音を出さないが、それでもこの状態になったナミにお茶を提供すると半分の確率でこうなるのだ。

 だから俺は密かにこれを楽しみにしている。これを聞く権利を持つ者は、お茶を提供した人間だけの特権だろう。

 俺はこの小さな幸福を、誰かに教えるつもりは無い。穏やかなその声に導かれるようにして、ナミのベッドで寝ていた。

 俺がふと気付いた時には、表が騒がしくなっていて何事かと飛び起きる。そこには思い思いに仮装したメンバーがいて、ナミからの手紙にあったイベントをやっているらしいと分かる。

 

 「エース!ナミの部屋で寝てたのか?」

 「ああ、なんでわかったんだ?」

 「ナミの匂いがした」

 「……ビビちゃんだったか?も、似たような匂いがするだろ」

 「ナミの方が甘いんだよ。気付かなかったのか?」

 

 ルフィは不思議そうに言うが、お前は犬か!と言いたくなるのを抑えるので精一杯だ。何故仲間を匂いで判断したり、区別したりしてんだよお前は。

 それでもルフィはやはり可愛くて、楽しそうにしているのを見て、落ちるなよと声を掛けてからナミの元へと戻る。そんな俺に剣士が声を掛けてきた。

 

 「ナミが、水分だけでもとったってのは本当か?」

 「あァ、多分ここのクルーなら、誰が持って行っても飲むと思うぜ」

 

 今後の為にも、この情報は伝えておきたい。そう思って口に出せば、情報感謝すると言って剣士が去って行ったので、本当にライバルが多いなと苦笑するしかない。

 そんな事とは知らないだろうナミは、相変わらず海図を描いていて……夜も明けようってのにと思った時、不意にその動きが止まった。こちらに意識が帰ってきたと分かるが、その直後に何故かまたすぐにペンにインクを付けようとしたのを見て、その手を掴む。

 

 「えっ?!エース!?」

 「馬鹿ナミ、いい加減にしとけ」

 「……ごめん、つい……」

 「分かってるけどな。心配なんだよ」

 

 俺の言葉にナミは嬉しそうに笑うから、俺はその先の言葉に詰まる。そして、何をとち狂ったのか口から飛び出したのはイベントの文言。

 

 「Trick or Treat」

 「え?ちょっと、どうしよう。用意してないわ」

 「なら、イタズラするか」

 

 思わず呟いた俺にナミは両手を広げて待機する。恐らく擽られるとでも思っているのだろう。

 ……本当に、馬鹿だよな。

 その胴体を遠慮なく抱き締めて、それに動揺してるナミの唇に己のそれを重ねる。それにナミは微かな抵抗を見せるが、根本的に弟枠で見て俺を傷付けられねェ時点でナミが俺に勝てる筈はねェんだよ。

 

 「俺は、ナミの事を姉としてじゃなく、女として好きだ。このまま女として俺のモノになるか、イベントの菓子として食われるか、好きな方選べよ」

 

 俺の言葉にナミは小さく、それ何が違うのよと抗議するがそんなものは知らねェよ。どっちにしても、逃げ場何かねェって事だ。

 真っ赤になったナミの返事を聞いて、俺はナミをベッドに縫い付ける。Trick or Treat……醒めない夜があれば良いと、心から思いつつその甘さと熱に溺れていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン(4番隊隊長サッチ)

 俺の命を救ってくれた恩人を探そうとの話になり、親父とマルコ、イゾウが話し合いをしていた。そんな時に飛び出そうとしていたエースが空色の手紙を見て、動きを止めた。

 それは行かせたくないと思っていた俺達としては、好都合でもあった。だがやはり突然動きを止められれば、何かあるのかと思って様子を見る事にはなる。

 黙って様子を見ていたその時、エースが誰にも予想出来なかった言葉を口にしたのだ。この文字は俺の幼馴染の物だと……。

 その瞬間俺達はエースを止めさせる事もできるというのもあり顔を見合せ、情報を吐かせながらその幼馴染に会いに行こうと誘ったのだ。そうする事でエースを留められるのならば、多少遠方に向かう事も苦にはならねェという事だ。

 その幼馴染が、こんな美少女だと誰が思うだろうか。しかもその美少女が300人近い人間の命を1人で背負っていると、誰が想像できただろうか。

 奴隷に堕とされて尚気丈な態度を崩さず、凛と前を見据えている少女は、エースよりも年下だと言う。誰かを頼る事さえ許されない環境で育ったとは思えない程に、善人の部類にその心を残している少女。

 明らかなる体調不良の状態で、気丈に1人で立ち振る舞うその姿に惹かれるなという方が無理のある話だったと思う。それでいて、何事も無い時はエースに優しく微笑みかけるのだ。

 それは慈愛に満ちていて、エースが固執するのも分かろうというものだ。そのエースの為に俺に生きて欲しかっただけで、他意は無いから恩など感じなくて良いと言い切る気高さ。

 相手は白髭海賊団なんだ。それも隊長の命を救ったのだから、天狗になって然るべきであり、色々なものを請求してもいい筈だと言うのに……無欲にも巻き込みたくは無いから帰れと言う。

 親父が気に入るのも分かると納得する。解放する為に叩き潰して、親分に魚人達を届けるように手配すれば、自分が解放された事ではなく村が解放された事を喜び、声もなく涙を流したその心に惚れたのだろうと思っている。

 それからエースの楔として乗船してほしいと宥め透かし、漸く乗船させたのだ。だと言うのに、役立ち過ぎる程役立っているのに、その自覚を持たないナミは今、俺の目の前で机に向かっている。

 俺とナミが同室になったのは、俺が基本的に自室にいないからに他ならないというのも理解はしている。朝早くに準備に取り掛かり、夜は仕込みをする関係でコックなんてものは基本的に睡眠時間が足りないようにできているんだから当然だ。

 そんな訳で本棚も基本的には料理の本の他は読書を楽しむ暇がない為、スカスカだった筈何だが……いつの間にやら本棚は増殖し、本は溢れた。海図や地図は描いた端から測量室に運び込まれるからここには無いが、それでも紙に溢れる部屋と化している。

 明らかに俺の部屋とは呼べない部屋に変わるのに、さしたる時間はかからなかった。それ自体に不満は無い。

 寧ろ隊長だからと言う理由で回される書類の大半はナミが片付けてくれて、俺は最終チェックだけで済むようになったのだから、随分と楽をさせて貰っている。詰まる所、ナミのお陰で俺は、睡眠時間等を増やせるようになったと言う訳だ。

 感謝してる位だ。寝ボケた頭で間違った書類を届けた時のマルコの恐怖を考えれば、文句など出よう筈も無ェんだ……だから問題はそこじゃねェ!

 ……問題は、俺がベッドに引きずり込まない限り寝ない所と、俺をアンパイ扱いしてる所と、この執筆モードに入った時にどうにも動かせなくなる所だ。男がベッドに無理矢理連れ込んでるのに、ホッとした顔でお休みと言って力を抜いて寝る馬鹿が何処にいる!?……ここに居るんだよ。

 だが、それは俺も抱いて寝ると疲れが取れるしベッドを2つも置いたら邪魔でしかねェから構わなくもねェが……とりあえず仕方ねェと言えるだろう。それでも看過出来ねェのがこの執筆モードだ。

 エースに言わせればガキの頃からで治りようがねェとの事だが、頼むからエースお前諦めるなよ。そう切実に願うのは、まだまだナミに関して俺の理解が遠く及ばねェからだろうか。

 ただナミは何故か、俺の作った物だけは初対面のその時から躊躇いなく食べたんだよな。……と思えば顔も自然とニヤける。

 他は無意識で毒を疑う素振りを見せたり、下手すると手を出さないナミのその態度は、野生動物が何故か自分にだけ懐いてくれてるような嬉しさがある。そんなナミが俺にレシピを書いて寄こしたのは、このモードに入る時の俺の怒りを鎮める為だろうか。

 確かにいつかは逢いたいと思っていた宝玉だが、こんな美少女の姿をした、頭だけはいいのに馬鹿だとしか思えない奇跡の存在だと誰が思うのか。深い溜息をこぼして、俺はレシピにある物を作り始める。

 料理以外の所については、マルコに任せてきたから大丈夫だろう。明日のイベントの為にと動き回っていたから、いつもよりも時間がかかり既に寝る時間は取れそうに無いなと思う。

 新メニューだと言うのもあり、試行錯誤を繰り返したのも原因だろう。それでも2~3時間はあるのだからと仮眠をとる為に解散した俺達だが、ナミは机に向かって座ったまま動かねェ。

 

 「ナミ、いい加減にしろ。……寝るぞ」

 「サッチさん、お帰りなさい」

 「俺がいなくても寝ろって、いつも言ってるだろ」

 「……お化けが怖くて、眠れないの」

 

 俺の言葉に茶化すような返事をするナミだが、その表情や瞳の揺れからどうやら完全な嘘でもなさそうだと気付く。それに仕方ねェなと思って腕の中に抱き込めば、ホッとしたような息をはかれる。

 いつまで優しいお兄さんで居られるか、そろそろ自信がねェんだけどなと内心で苦笑しつつナミの頭を撫でると、擽ったそうに笑い出した。そんな顔をする時だけ、年相応に見えて、普段大人びた顔をしているからか余計に可愛く映る。

 

 「サッチさん、ありがとう」

 「……いいから、寝るぞ」

 

 ベッドに引きずり込んだ俺にナミは甘えるように擦り寄り、お休みと呟くからそれにいつものようにお休みと返す筈だったってのに……。

 

 「Trick or Treat」

 

 口から飛び出したのはそんな言葉で、それに驚いた様子で俺を見るナミは妙に幼い。素直に驚いてるらしいと分かれば、楽しくなる。

 

 「サッチさんに料理の腕でかなう筈ないから、用意してないわよ?」

 「……なら、イタズラか。どうしてやろうか」

 「仕方ないわね。受けて立つわ」

 

 キリッとした顔で俺を見てくるナミに、本気で分かってねェと思い知らされる。だから、とりあえずは想いを込めて深く官能的な口付けでも贈ってみるか。

 Trick or Treat……今宵君に俺の想いが届くなら、俺は君の為にどんな相手にも勝ってみせると笑みが浮かぶ。お化けが怖いと怯える君を、必ず守ると約すから……どうか俺にも幸せな夢を。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン(16番隊隊長イゾウ)

 用事を思い出して部屋に戻れば、机に向かっているナミとその近くに置かれた手紙を見付けた。手紙に手を伸ばし内容を確認してから、どうせ気付かれないと分かっていてその髪をひと房摘むと口付けを落とす。

 

 「あまり無茶はしてくれるなよ」

 

 聞こえていない事は分かっていても、声に出しちまうのは、聞こえていてくれたらいいと言う願望か。細く息を吐き出してから、手紙に書かれている事をどうするかと部屋を出る。

 催事の事案について話し合いをすれば、サッチは喜びマルコも頷いた。変わった物を作る事の多いナミからの手紙にはこの催事に合わせたレシピも多くあり、サッチは無駄に燃えていて少し暑苦しい。

 マルコはそんなサッチを無視して、金のあまりかからない形での宴は大歓迎だよぃと言って笑う。憂さ晴らしにもなり、喧嘩も減るからこういった物はガス抜きには丁度良いというのは理解出来るから、俺も頷いておく。

 陸に船がつく直前なのもあり、全員に触れを出したりして回るマルコを眺めながら、俺もそれなら参加するかと考える。妖怪や物の怪に仮装すると言うのならば、何に化けるのが楽しいか。

 どうせならば美しい方が良いだろう。あの愛らしくも美しい子を、唐傘お化け等に扮させるつもりは毛頭ない。

 異国の話に女神と人間の中間に位置するニンフと呼ばれる精霊がいたのを思い出す。薄絹を纏い、歌や踊りを愛する穏やかで美しいそれは、愛する男には従順であり子をなした事もあると言う。

 けれども裏切りは許さず、この世から連れ去ったり恐ろしい罰を与えると言う。……ある意味似てる気がするねェ。

 薄い絹の衣を、見えないギリギリの物を求めて島に降りれば、そういった物を扱う店は多く、ならば自分はどうするかと考えて目に付いた狐の尻尾に見立てた物を数本購入する。九尾の狐ならば和装とも合わせやすい。

 狐の耳も用意して帰れば、何故か船の方での仕事を突然押し付けられ、解放されたのは明け方になってからだった。妙に重たい体を引きずるようにしながら部屋に戻れば、時が止まっているか巻き戻ったような気持ちにさせられる。

 どうやらナミは寝ずに描き続けていたらしい。その手からペンを奪い、ペンを追って振り向いたその体を抑え込んで唇を奪えば、漸く正気にかえるナミ。

 

 「ぁ……イゾ……待っ……!」

 

 誰が待つか。疲れてるからか抑えが効かずにナミの唇の甘さを堪能すれば、可愛らしく喘ぎ誘惑してくる。

 衣装なんか着なくとも、充分にニンフだなと思わされる。それでも、とりあえずイベントは夜からだというのもあり今はここまでにしておくかと唇を離せば、ナミが潤んだ瞳で俺を見上げてくる。

 

 「どうして……?」

 「徹夜したお仕置きだよ。さァ、とりあえず少し休もうか……続きは今夜、しっとりと……ね?」

 

 その瞬間音が聞こえそうな程に1瞬で茹だったナミを見て、愛しくならない筈も無い。それでも寝かせなければ己の限界に気付かずに、倒れてしまう事は分かっている。

 だからと思い、ナミをベッドまで抱き上げて移動させる。そのついでに、俺も共にベッドに入り早々に眠りに落ちた。

 夕刻になる頃には表は随分と騒がしくなっていて、ナミに部屋のシャワーでも使うといいと言って衣装を押し付けつつ自らは大浴場へ向かう。入浴を終えてから、髪を下ろした状態で少しいつもより艶やかな和服に身を包み、狐の装飾を追加してから化粧までして表に出る。

 

 「葛の葉に仮装したのか?」

 「流石親父、分かってるねェ……」

 

 突然降ってきた声に答えれば、親父はグララララと楽しげに笑うが、親父はどこかで見た事のあるような妖精らしい姿をしている事に気付く。……サンタクロースか。

 その白い髭を無駄にしない仮装に小さく笑ってから、可愛いニンフの元へ向かう。その時1応親父には伝えておく事にした。

 

 「可愛い精霊が待ってるから、今夜俺は宴に出ねェつもりだよ。宜しくな」

 「あんまり虐めるなよ?ナミは大切な娘だ」

 「了解、程々にしておくさ」

 

 笑って立ち去る俺に、分かっていて虐めすぎるのは悪い癖だななんて声が追いかけて来たが、それは黙殺する。部屋に入れば髪の毛と戦うニンフがいて、そのタオルを奪い拭いてやると声が返ってくる。

 

 「イゾウ、お帰りなさい」

 「あァ、ただいま。それにしても、見えそうで見えない所がいいね」

 「……逆に恥ずかしいわよ、これ」

 「だから、誰にも見せるつもりはねェさ。俺にだけ、堪能させてくれるね?」

 

 艶やかな笑みを意識して向ければ、ナミは小さく頷くからいい子だと言ってその髪を整える。可愛いニンフは、今宵どのような歌声を聞かせてくれるのか。

 

 「イゾウは狐?」

 「九尾の狐だよ」

 「イゾウは美人だから、似合うわね……」

 「ナミのそれが何だかわかってるかい?」

 

 問いかければ少し困ったような顔で、首を横に振る。だから俺がそれの正体を説明してやると、歌えばいいの?なんて首を傾げてくる。

 舞姫も歌姫も、男と2人で居る時にそれをするのは褥を意味すると言う事をナミは知らない訳では無いだろうに、いつも失念する。寝る事の意味も、恋人と共に居ても睡眠の意味に取るような所があるのだから、ある意味仕方ないのかも知れないが。

 

 「Trick or Treat」

 「え?待って、今まで寝てたりお風呂はいってたりで……何も……!」

 

 俺の言葉に慌てた様子で言葉を募る。それに俺は小さく笑い、ベッドへと押し倒す。

 

 「ここから水飴を出してくれるので構わねェさ」

 「……っ!?」

 

 言いながら指で敏感なそれに触れれば、素直に体を反応させるナミに俺は楽しくなる。どうやら素直に下着は身に付けずにいたらしい。

 

 「イゾウ……!」

 「いや、か?」

 

 囁くように問いかければ、羞恥からか顔を背けて小さく体を震わせる。何度抱いても変わらないウブな反応に、親父に虐めすぎるなと言われたのを思い出す。

 お菓子を貰う為にイタズラするさと、内心で嗤う。脱がす事無く薄絹の上から愛撫を続けて、ナミが自らねだる迄溢れる水飴を放置してやろうと決めた俺はやはり意地悪なのだろう。

 狐は狡賢いモノだと精霊に囁きかけながら、精霊が泣き出すまでただ熟れさせて行く。その熱の解放を求めて、潤んだ瞳を向けられるとそれはまたえもいわれぬ美しさで、意識せぬままに息を飲む。

 ニンフは歌う、狐の指に踊らされながら。自らが美味しいお菓子だと知らぬとしても、菓子を強請られてはそれを差し出す他道は無いとでも言うように……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン(将星クラッカー)

 兄貴が連れ帰ってきた女は、女と呼ぶには幼過ぎる存在だった。それが〝宝玉〟と呼ばれる天才作家であると知らされるのと、兄貴の婚約者と定められたのは同時だった。

 兄貴も可哀想にと思ったが、それはそんなに長い期間ではなかった。俺に懐き自然に微笑みを浮かべるナミに、絆されるのに時間はかからなかったからだ。

 兄貴が留守の間、同じ将星だからとナミを任せて行く兄貴と、それを微笑みながら見送るナミの信頼感が憎らしく思えたのは自然な事だろう。俺を慕ってくれていると分かるからこそ、苦しい時がある。

 そんなナミを連れて近海を巡るようママに言われたのは、いつもと同じように海図を描かせる為であり、兄貴は忙しいからと言うのが理由だ。そうして1つ目の中継地点となる島を目指していたら、今朝ナミがもうすぐ到着すると言い出した。

 それにより船内が浮き足立っていた。何時もならば到着直前に言うんだが、珍しい事もある。

 昼も食べずに部屋に引きこもってるナミの元へ行けば、しまったと思わされる。それもその筈だ。

 海図を描くために集中してしまったナミを、現実に呼び戻すのは本当に難しい事なのだ。いっそ台風(サイクロン)でも来ねェかと空を見ちまう位に、どうしようもない。

 この為に今朝のうちに話しておいたのかと気付けば、迂闊だったと言わざるを得ない。余程、描きたかったんだろう。

 ただ、珍しい事に手紙が近くに置かれていたのでそれを手に取ると、ママが喜びそうなイベントが書かれていた。なのでとりあえずそれを電伝虫で報告しておく。

 それにより、島に着いたら祭りを行う準備期間の為にも数日ゆっくりと楽しむよう言われたが、あの状態になったナミとどうやって楽しめばいいのか。ママは本島で開催する気満々だ。

 

 「お前(ナミ)は困った奴だよ。本当になァ」

 

 そうは思うのに、兄貴の女だとも分かっているのに、諦めきれねェ自分が少しばかり情けなく思えて、鎧の中に身を隠す。こうすれば誰にも、その表情を見られる事は無いと知って居るからだ。

 船が陸に到着すると、部下達に命じて祭りの準備をさせる。この船でまでやる必要はねェが、ママのナワバリの島ではこれを流通させたいとママが判断したのだから、少なくともこの島で率先して部下達が楽しまなくては話にならねェ事は理解している。

 今回のこれがどんな物なのかを語りながら準備を進める部下達に乗せられるようにして、島の人間達が1気に浮き足立つ。今は南瓜のお化けだけど、原作はカブのお化けだったのよなんて書いてあるのを見て、本当にどこの国でやってんだかと思わされる。

 それにしても、カブのほうが調理の手間は少ねェだろうにと思った俺はおかしいのだろうか。浮かれた奴等がナミに危害を加えないようにと、部屋の前に座っていたら、いつの間にか寝ていたようだ。

 朝日が顔に当たった事で目覚めた俺は、部屋の様子を覗き見る。中では相変わらず描き続けているナミが見えるが、これはもう許していたら駄目だろうと溜息を落とす。

 

 「ナミ……」

 「クラッカー?どうしたの?」

 

 キョトンとした顔で振り向いた事から見て、どうやら少し前に1度こちらに帰ってきた所だったらしいと分かる。それでも心配でつい、思いを言葉にしてしまう。

 

 「いい加減に少し寝ろ。……俺が、兄貴に叱られる」

 「……カタクリさんが怒らないなら、構わないって言うなら、放っておいて。ちゃんと私が叱られるから、大丈夫よ」

 

 俺の言葉に1瞬寂しそうにその瞳を揺らして、ナミはそう言葉を口にすると机に体を向けるから、咄嗟に肩を掴んでいた。けれどもそれを冷たく振り払ったナミは、静かに俺を睨み付ける。

 

 「構わないで。クラッカーには関係ないでしょ」

 「……心配してやってんだ。感謝して寝ろ!」

 「余計なお世話。それに、どうせ眠れやしないんだから、何かやってる方が有意義だわ」

 「兄貴の傍じゃねェと、眠れねェって言いたいのか?」

 

 俺の問い掛けに微かに体を震わせたナミは、1瞬だけ傷付いたような瞳で俺を見てから、いつもの強気な表情に戻ると即座に鼻で笑った。それは、生意気な小娘以外の何者でもない。

 

 「相手は別に、クラッカーでも構わないわよ?……1緒に、寝る?」

 

 艶やかに笑うナミのその言葉に、俺は動きを止める。兄貴とはいつもそういう事をしてるって事を主張された気がして……分かっていたのに、つらくなる。

 動きと言葉を止めた俺を小馬鹿にするように笑ったナミは、立ち上がると奥に向かい着替え始めたらしいと知る。少しして出て来たナミは、素肌の露出がやけに多い所を除けばよくある魔法使いのような姿になっている。

 

 「Trick or Treat……?」

 「サクサクで美味しいクラッカーなら、出してやる」

 

 言われた言葉に思わず返せば、ナミは素直に手を出て来たので思わずその手を掴んで引き寄せていた。それにナミは小さく体を震わせて、俺から逃げようとするからその唇を衝動的に奪う。

 

 「ンンっ……やァ!だ!……なん、で……」

 

 唇の隙間で抵抗するように言葉を紡ぐナミに苛立ちが募る。兄貴とはやる事やってる癖に、ウブなフリなんかするんじゃねェ!

 縋るように、哀願するように見詰めてくるナミにこれ以上抵抗されるのも、拒絶の言葉を紡がれるのも嫌で深く口内を蹂躙するが、その時ナミの瞳から1雫の涙が落ちたのがわかった。

 

 「……そんなに、嫌か」

 

 初めて見たナミの涙に、俺の心臓は恐ろしい程の音を立てて軋む。それなのに、ナミの方が傷ついている様な顔で俺を見る。

 

 「……クラッカーは、私の事なんか何とも思ってない癖に、どうして……?私、遊ばれるつもりは無いの。2度と……私に構わないでっ」

 「巫山戯るな。俺は、ナミの事が好きだ!兄貴の女だと思うから、これまで耐えてきたんだろうが!」

 

 思わず口にした言葉と、その勢いでナミをベッドに押し倒せば驚きにその瞳を大きく見開いているナミがいて、何かがおかしいと気付く。それから少し戸惑った様子でナミが言葉を口にした。

 

 「私、カタクリさんの部下ってだけよ?保護して貰うにあたって、立場が無いと困るっていう配慮でしかないのよ、その肩書き」

 

 ……待て、兄貴は本気だ。明らかに本気だ。

 だが、ナミは嘘をついてる風ではない。それでも、毎晩1緒に寝てるんだろと、確認したくもないのに言葉は勝手に紡がれていて、それにナミは恥じらう様子もなく頷いた。

 

 「うん、私カタクリさんの抱き枕だもの」

 「は?」

 「……何か誤解させた?私とカタクリさんには、何も無いのよ。ただ、カタクリさんが私を抱き締めて寝てるだけよ」

 

 ……兄貴を、本気で尊敬した。鋼の精神力だな、おい。

 もしくは大人になるのを待っているのか。それならば、俺にもまだ……可能性は?

 

 「私が好きなのは、カタクリさんじゃないわ。変な誤解しないで」

 「……好きな相手が、居るのか」

 

 思わず問いかければ、ナミは目元を赤く染めて顔を背ける。その態度に、そんな馬鹿な、夢みたいな事がある筈ねェだろうと思うのと同時に、心臓が期待に震えるのを抑えられない。

 だからこそ、試すようにイベントを利用して言葉を口にする。俺の声は、震えては居なかっただろうか。

 

 「ナミ、Trick or Treat」

 「……何も、持ってないから……好きにして、いいわよ。そのかわり……優しく、して」

 

 それにつけ加えるようにして、ナミは小さく、聞こえたのが奇跡のような声で〝初めてだから〟なんて言ったのだった。……本当に馬鹿な奴だと、魔女っ子を見て思う。

 Trick or Treat……悪夢のような日常が、幸せな日々へと変わってくれると言うのならば、俺無しでは生きられないようにしてやると、小人のように小柄で愛らしい存在を容赦無く抱き締める。まだ外は、夜にさえなっては居ない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン(大将青キジ)

 妙な男を惹き付ける天才としか思えない彼女が、俺が1眠りして起きた時には海図に盗られていた。……いや、海図を描く事に夢中になって、俺の存在を忘れてると言うのが正しいだろうか。

 それでも手紙を残してくれているから、今回はマシだとは分かっている。赤髪に会った後、暫く仲良く過ごしていた関係で孤独感が強く思えるだけだろう事も。

 ふぅ……と溜息を落とした時、このイベントは1般的なのだろうかと考えて、ボルサリーノに電話をかけると問い掛けてみた。それが元でこれがマリンフォードにて、大々的に根付く事になるとは思わなかったのだが。

 興味津々で色々聞かれるので、素直に答えている間に船はマリンフォードに到着していた。いつもは書類をほぼ全てやってくれるナミがこの調子では、嫌でも書類を自分で書くしかないだろう。

 ボルサリーノも知らないらしいイベントの事は、1先ず置いておいて書類を書き進めて行く。書類の書き方を大分忘れているなと、俺は小さく呟いた。

 書類を書き揃えた頃には、深夜になっていて、後片付けを進めている筈の部下に解散するようにと声をかける。続きは明日にでもやればいいからと言えば、納得したように解散する彼等を見送った。

 書類を本部に置くだけ置きながら、早目に帰宅しようと船を降りる。普段やらない事をやると疲れるもんだな。

 書類を置いて帰宅して即座に眠りに落ちた俺は、翌朝になって思い出す。ナミの帰る姿を見ていなかったと。

 不味いと思い駆け出すが、船内ではやはりナミが同じ姿勢で海図を描き続けていた。思わず背後から抱き締めれば、驚いたような顔で俺を見て来る。

 

 「何、してんのよ」

 「……海図を、描いてます」

 

 素直に答えたナミにそういう意味じゃねェよと、抱き締める腕に力を込めれば本当は分かっていたようで、ごめんなさいと小さく謝罪してくる。それからその瞳を微かに細めると、何かイベントでやりたい事はありましたか?なんて問い掛けてくる。

 

 「……このタイミングで聞くのがそれ?」

 「ふふ、なんかつらそうなクザンさんを見てたら、何か変わった事言った方がいいかなって」

 

 優しく笑ったナミに、南瓜グラタン作って貰おうかなと言えば、了解なんて言ってくる。それから、ナミが俺に囁くように言葉を向けて来る。

 

 「仮装はしなくていいんですか?」

 「……仮装?」

 

 そんな事書いてあったかなと記憶を呼び起こしていたら、ナミに伝わったようでクスクスと笑われちまう。それを見ていて、何でも着てくれるのかと聞けば、不思議そうな顔で頷くからならばと思って頷く。

 それから迷わずにナミを連れて外に出れば、自宅に連れ込んで1枚のシャツを差し出す。それを受け取り暫く放心していたナミは、それからシャツと俺を見比べて小さく体を震わせ始める。

 

 「……まだ、年齢的な事があるから襲ってねェけど、我慢はしてる訳だ。……着てくれるんだろ?」

 「これ、着たら……クザンさんがつらくならない?」

 「んー……。気分だけ味わっとくよ。まァ、イタズラだけは、させて貰うから、それだけ着ろよ?」

 

 からかうように笑みを深めれば、俺のシャツを手にした状態で手の甲まで真っ赤に染めた。その状態で蚊の鳴くような声でナミが、それならお風呂に入ってからにしますなんて言って来る。

 その必死な様子が可愛くて、つい唇を重ねつつソファに押し倒せばビクリと体を震わせる。だと言うのに、抵抗の1つもしねェから理性でこれに待ったをかけるしかなくなっちまう……。

 

 「ナミ、やっぱさ……このまま、抱いてもいいか?」

 「年齢とか、って……言ってたのは、クザンさんじゃない」

 「んー……まァ、そうなんだが……」

 

 言葉を止めるとナミは呆れたような視線を向けてから、お風呂先に入らせてなんて言う。それにより手を離せば、首筋を赤く染めたナミが、微かに声を震わせつつ言う。

 

 「ちゃんと、渡されたシャツ、だけで……出て来るから……」

 

 そんな言葉を残されては、見送るしかなく……。年齢を理由に逃げる事はそろそろ出来ねェなと苦い笑みが浮かぶのを感じる。

 暫しの時間の後、出て来たナミは本当に俺のシャツ1枚で出て来てくれたので、手招いて髪を拭いてやりながら……卑怯な言葉を向ける。ここまで来て、怯えてるのは俺の方か。

 

 「……逃げるなら、今が最後のチャンスなんだけど分かってるか?」

 「……クザンさん、Trick or Treat」

 「は?なんも持ってねェのは、見りゃ分かるでしょーよ」

 

 思わず返すとナミが俺に抱き着いて来て、俺の耳を甘噛みしつつ言葉を吐息に乗せて来る。それだけで俺は、自身の中で目覚める凶悪な獣を自覚させられちまう。

 

 「なら、私がイタズラしてあげるわ。……思わせぶりな事ばかりして、少し苦しめばいいのよ」

 

 驚いて視線を向ければ、その表情は微笑みを形作っているのに何故か瞳は怒りを讃えていて……ヤバいと本能が告げる。彼シャツなんて呼ばれる姿をしている、16歳の彼女が俺の体に指を這わせてくる。

 官能的なそれに、誰に仕込まれたと問い掛けたくなるが、同時に巧みなその動きに驚いている他に、下手に動けば傷付けそうで抵抗出来ねェ。そんな俺の戸惑いを恐らくは分かっていながら、ナミは唇や舌を耳から少しずつ下げつつ刺激してくる。

 

 「何も無いなら、イタズラ……させなさい」

 

 何処で何を経験したんだと問い詰めたくなるような妖艶な笑みで持って、器用に俺の服を肌蹴させながら翻弄して来る。動揺と、混乱と、悦びとで身動きは出来そうにねェ。

 

 「ちょっと、ナミ待っ……落ち着きなさいな!」

 「落ち着いてるわよ。いつも、濃厚過ぎる口付けして来たりして、私を翻弄して来るばっかりで……臆病で手を出せないみたいだから……私が、食べてあげる」

 

 それからほんの数分で色々なものが限界を超えた俺が、形勢逆転したのは言うまでもない。Trick or Treat……イタズラなんかじゃ、終われる筈が無いのだとこの後2人は嫌という程思い知る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン(参謀総長サボ)

 ルフィ達と共に居た筈が、敵に拐われ、そこから見事に逃げ出して来たと言うナミを保護したのは5日程前。それにより今は、ルフィ達の所へと送ってやる為の航海中だ。

 それでも備品の購入が必要になったからと他の島に先に寄りたいと言った俺達に、ナミは当然のように島への行き方を提示してくれた。その上で今朝は、夕方には到着できるわよなんて笑っていたのだ。

 なのに何故、今このモードに入ってるんだと頭を抱えたくなる。子供の頃からこのモードに入ると本当に何しても気付かないのだけは、心配でならない。

 今回は何の本を読んでるのかと思ったら、海図を描いていて……これは暫く駄目だなと思い知らされる。それでも近くに置かれている封筒を見れば、自覚はあるらしいとわかりホッとする。

 昔は自覚さえ無かったから、力尽きて倒れるまで10日間本を読み続けてるなんて事もあった。これを赤髪の海賊団は、どう対応していたのかと少しばかり思う。

 封筒の中身を取り出すと、そこには何やら見慣れないイベントについての情報が書かれている。それを知れば無駄に喜びそうなメンバーが思い浮かんで、でも楽しめるなら良いかと情報を回す。

 ……そもそもだ、何故あんな悲惨な状態おかれていて革命軍にアポを取ろうとしなかったのか。ナミは知識があるのだから、とる気になればアポを取れた筈で、そうなれば魚人を倒す手伝いくらいなんでもない事だったのにと思う。

 それは……大切な姉が被害者の側として絡んでいる案件だから、助けたかったと思うのだろうという事は分かっている。そうでなければ、既に1応は解決して、しかも死人も殆ど出なかった案件についてこんなにも気にする筈はないのだから。

 誰にでも優しく、穏やかで暖かいナミは、けれども自分の事だけはいつも蔑ろにするのだ。いつも、1番は〝家族〟で、ついで身近な人達、そして女子供、老人、困ってる男……最後に自分だ。

 敵に拐われた自分を責める事はあっても、助けられなかったルフィや仲間を責める事は無い。敵から逃げはしたが、そいつ等を殺したりする事も無かった様子だ。

 ……俺が、始末してきてやろうかと心から思う。

 シスコンで結構、俺はナミを姉として愛している。何故かこんなにも男を誘う肉体を持っているのに、ナミを襲う気にはならないんだよな……。

 不思議だと首を傾げれば、背後から背中を思いっきり叩かれた。この馬鹿力はコアラかと振り向けば案の定で。

 

 「サボ君は、そんなに〝お姉ちゃん〟が心配?」

 「昔から他人の為に無理してばかりで、自分を蔑ろにするからな。それに甘えっぱなしの弟が2人もいると分かってりゃ、1人くらい心配する弟がいて良いだろ」

 「水分も取らないから、心配よね。確かに。……サボ君は、お姉ちゃんをどうしたいの?」

 

 コアラの言ってる言葉が理解出来ない。どうって……そりゃ。

 

 「無事にルフィのいる船に、帰してやりたいな。あんなに幼い笑顔は初めて見た」

 

 気を許せる相手がいるという事なのだろうと、それだけで伝わるような笑顔。ナミにあんな顔をさせられる位に成長したルフィには、勿論逢いたいが……今は面倒な案件もあるから、それが許されない。

 ……ルフィに逢いたい。

 

 「サボ君?大丈夫?どうしたの?」

 「ルフィに逢いたい」

 「あァ、シスコンよりもブラコンの方が重症だったっけ……。どうにかならないのかな」

 

 俺が兄弟に甘くなったのは、ナミのせいだと思っている。それはもう確実に。

 いつもいつでも、ナミはルフィを庇い、守り、慈しんでいた。それと同等の愛を俺にも注いでくれて、だから俺はあの頃幸せだったんだろう。

 そういや、エースにだけは当たりが少しキツかったと思い出して、エースのやっていた事を思い出せば、叱らないとエースの為にならないと判断したのだろうとわかってしまう。既にナミはあの時、エースにとっては姉じゃなくて母親だったのかもな。

 

 「俺達は多分ナミに、姉としてだけじゃなく、母親の役もやってもらってたんだろうな。だから、今は親孝行したい息子の気持ちなのかも知れない」

 「……優秀よね、ナミちゃんって。抜けてるけど」

 

 そう、そこだよと笑ってから俺はコアラに向き直る。俺は少し違う意味でコアラも心配だ。

 

 「コアラ、それ人のこと言えるのか?」

 「サボ君がシスコンでブラコンでマザコンなのは、よぉくわかったけど、私は抜けてないわよっ!戦ってるじゃない!」

 

 いや……戦えるから抜けてないってのはどうなんだよ。そう思うが、言えば騒ぎになるのが分かるので大人しくハイハイと言っておく。

 コアラと共に甲板に出ればイベントの準備が進められていて、ナミからの手紙にあったレシピも含めて即座に駆け巡ったイベント情報。それはどうやら、いいガス抜きになっているようだ。

 ついでに仮装は、変装技術の高さを競う事にも使えそうだ。と考えて、利便性まであるとはと感嘆の息をもらすしかない。

 

 「盛り上がってるな」

 「お菓子系は女性陣に、食べ物系は男性陣に受けそうだし、仮装は潜入技術の切磋琢磨に応用できそうだから、盛り上がらないと思う方がおかしいわよ」

 

 コアラの言葉に確かにと笑う。それからすぐに島に到着したので、俺はコアラと共に買い出しに向かう。

 アレだけの盛り上がりを見せるとなれば、南瓜が明らかに不足する。南瓜を買い占める俺達に、何かあるのかと聞いてくるのは当然と言えるだろうが、今はまだ秘密にしておく事になっているので、南瓜祭りやるんだと笑っておいた。

 準備が整う頃には午前様で、その勢いでイベントを開始するメンバーと、1度寝るメンバーに別れる。俺はそれを確認してから、ナミの様子を見てから寝るかと思い部屋の中を覗く。

 そのタイミングでペンの動きを止めたナミに声を掛けようとしたら、それより早く俺を押しのけたコアラがナミに突撃した。それによりナミは、コアラに驚いたような視線を向ける。

 

 

 「コアラさん、何かあったんですか?……まさか、サボに何かされました!?」

 「どうしてそこでサボ君限定なの?」

 

 コアラのもっともな意見にナミは小さく笑って、コアラの頭を撫でる。それからこんなにも鈍いなんて……可愛いから許されるのねなんて、自分の事を棚に上げて呟く。

 それはコアラも同意見のようで、俺と顔を見合わせると笑いだした。

 Trick or Treat……少し寝たなら、その後で、楽しい夢を見ようじゃないか。たまにはただ楽しいイベントを共にと、弟は姉を思いやる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィンイベント(妖怪)
ハロウィン/妖怪(麦わらのルフィ)


 最近町が騒がしい。イイオンナが居るって話してるのは聞くけど、俺はそれより美味い飯を食いたい。腹も減ったしと、近くの店に入るとその店の奥にオレンジ色の長い髪が見えて動きを止める。

 ……まさか、でも、本当に?

 あの日、サボやエースとはぐれたあの日に、俺はナミを見送る筈だった。燃え盛る町の中で、後に合流出来たのはエースだけで……それなのに、まさか本当に?

 近付けば困ったような、何処か怯えたような顔で俺を見てくるオレンジ髪の女。……違うのか?

 でも、近付く事に香るその匂いまでもがナミのもので……。喉が、鳴る。

 

 「……ナミ、か?」

 「え?」

 

 驚いた顔をして、それからゆっくりと俺が誰なのか認識したらしく表情が知ってるナミものに変わる。そして、飛び付いてきた。

 ……いや、双方肉体が成長してる事を多少でいいから考慮してくれ。俺獣だから、我慢とか無理だから、頼むよ。

 

 「ルフィッ!大きくなって、お姉ちゃん嬉しい!ね、この後用事とかある?」

 「何もねェけど、腹減った」

 「マスター!肉料理適当にお願い。とりあえずボリュームのあるやつ!」

 

 迷う事も無く俺の為に注文してくれるけど、俺そんなに金ないぞ?

 そう思って視線を向けたら、ナミが優しく頭を撫でて来た。甘やかすように、けれども何処か楽しそうに。

 

 「ルフィに支払いさせようなんて思ってないから、好きなだけ食べなさい。……無事で、良かった……」

 

 そう言って俯いたナミは静かに肩を震わせてるから、なんか変な気分になる。……俺も、心配してたんだぞ?

 でも、元々町を出て行く予定だったナミ達家族が無事なのは、何となく分かってた。そういう意味だと、見送りの約束を守れなかった俺達を心配してた気持ちの方が強いんだろうってのも……わかる。

 特にナミは別れに弱い。花が枯れただけで落ち込むくらい、弱い。

 出された料理を食べながら、目の前で酒を呑み続けるナミを眺める。昔から可愛かったけど、すっげェ美味そうになったよな。

 ……なんだろ、今肉食ってるのに、飢えてるみたいな感覚。ナミを喰いたい。

 

 「ルフィ?どうしたの?」

 「ん?……飯終わったら、ゆっくり話したいなと思ってさ」

 「そうね、とりあえず部屋何処かで借りましょうか。眠くなったらそのまま寝られる方がいいでしょ?」

 

 ……警戒心、何処に置いてきたんだ?

 俺もナミもオトシゴロって奴だよな?

 だからナミの言葉に周りの客が酒を吹き出したり、噎せたりしてるのにナミは全く気付いてねェ。俺を弟としてしか見てないから、なんだろうけどさ。

 ……多分、力だけでも俺は負けねェと思うし、力で勝てなくてもナミは俺を傷付けられねェから抵抗なんて出来ねェだろう。それを分かってて、襲う気でいる俺は駄目なのか?

 でもよ、兎が鍋の中で「食べて」って札下げてたら、喰うだろ?

 俺は今、正にそんな状態なんだよ。……よし、泣かれたら辞めよう。

 そんな事を考えながらナミと部屋に入ると、ナミはベッドに座って俺を手招く。近付けば当然のように抱き着いてきて、幸せそうに笑うから…………逆に、手を出せねェ。

 信頼されてるのが悲しくなる程に伝わる。無邪気な笑顔でただ再会を喜んでくれてるその姿に、手が出せなくなっちまう。

 

 「ナミ……」

 「どうしたの?悲しそうな顔してる」

 

 両手で頬を挟んで、覗き込んでくる暖かいその温もり。変わらないその顔の上にはナミの髪色と同じ耳があっ……て?

 

 「耳!?」

 「ルフィ?」

 「ナミ、お前、頭、耳!!」

 

 キョトンとした顔をしてから、あぁと1人で納得するナミに説明を求めればにこにことしながら、ルフィに会えたのが嬉しくて、感情高まっちゃったのね。感情が大きく動くと生えちゃうのよなんて、簡単に言うけどよ……。

 猫耳って……そりゃァ飢えた気持ちにもなる。俺狼系だもんよ。

 

 「ナミ、俺、ナミが欲しい」

 「へ?」

 「ナミを抱きたい」

 「ほぇ!?」

 

 混乱してるナミを、今だと畳み掛ける。頭が良いから、色々考える時間を与えたら俺が負けるのも分かってんだ。

 

 「ナミを、俺だけのものにしたい」

 「……うっ」

 「いや、か?ナミは俺の事、嫌いか?」

 「ルフィの事嫌いな訳……!大好きよ!」

 「なら、良いよな!頂きます!」

 

 それからはもう、言葉を聞いてやるつもりは無い。あれだ、ゲンチは取ったからな!

 Trick or Treat……狼はどのお話でも狡猾で嘘つきなのだと、猫は知らないままに貪られる。楽しい夜は、始まったばかり。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(海賊狩りのゾロ)

 何が妖怪の為の日だ。なァにが、楽しい悪夢だっ!

 苛立つ事の多さに修行が足りねェと自分に言い聞かせて酒を呑んでいれば、いい女がいるらしいと騒ぐ阿呆達の声が耳障りで斬り捨てたくなる。それと同時に幻聴が聞こえて来た。

 

 「獣らしく、体力だけが取り柄か。少しでも期待した俺が愚かであったようだな」

 

 脳内で繰り返されるのは、つい先程俺をいつもと変わらねェ様子で叩きのめした男のもの。あの野郎……ぜってェ、倒す!

 その時、ふわりと風に乗って香りが漂って来た。柑橘系のその香りの元を辿れば、その喉元に喰いつきたくなるような女がいる。

 その女はカウンター席に腰を下ろして、カクテルに口を付けている。何気無いその仕草に視線が奪われるのを、俺は確かに自覚した。

 ふらりと吸い寄せられるように近付けば、他の男達が1斉にその場を離れた。それに対して何も気にしてない様子で俺を見て、女は困ったように笑う。

 それから何か思いついたような顔で酒を頼むと、俺にそれを差し出して来た。

 

 「クォーター・デッキよ。なんでか分からないけど、似合う気がして」

 

 後甲板って意味だったなとソレを受け取れば、カクテルなのに甘くなくて呑みやすい。なんだこれはと思ってグラスを凝視すれば、小さな笑みを向けられる。

 

 「アルコール度数は高くないけど、辛口だから剣士さんには合うかと思って……どう?」

 「悪くねェな。カクテルなんてのは、全て甘いんだと思ってた」

 「甘くない物もあるわよ。ジュースや砂糖、リキュールとかで割る事が多いから、甘口が多いだけ。それは、確かにジュースは使ってるけど、甘くないシェリーを使ってるから、辛口なのよ」

 

 楽しそうに酒について語るその唇が、酒より美味そうに見える。その時マスターが、俺と女のやり取りにふと笑った。

 

 「度数は高くないって、お嬢さんが呑んでるのに比べれば軽いですけど、度数は中堅所ですよ」

 「あ?それなりにあるのか?」

 「25度です」

 「「軽いじゃねェか」ない」

 

 俺と女の声が重なる。成程この女イケる口か。

 互いにそうと分かれば、俺は迷う事無く女の横に腰を下ろす。女は少し考えるようにして、テキーニと言う酒を俺に頼んでくれたようだった。

 奢られてばかりってのも何だかなと、先程の礼に青い珊瑚礁を頼めば海繋がりねと笑われる。テキーニと言う酒は、度数も低くなさそうで、口当たりも辛口で良い。

 これの礼にと、ブザム・カレッサーをその髪の色に合わせて返せば女は動きを止めた。顔を僅かに赤く染めて、明らかな動揺をしてみせる。

 どうかしたのかと様子を見ていたら、女が俺を目元を赤く染めながら睨み付けてきた。

 

 「アンタ、この酒の意味、分かってる?」

 

 意味が分からずにいれば、マスターが耳打ちしてくる。

 

 「〝心に秘めた愛撫〟〝私だけの抱擁〟の意味を持つナイト・キャップ・カクテルです」

 

 思わず口に含んでいた酒を噴き出しそうになったのは、既に不可抗力の領域だろう。そりゃ、照れも……するか?

 容姿を見ても、男慣れしてそうな感じがするし……何より、慣れてなくても男好きする見た目なのは間違いねェ。何せ女に興味が殆どねェ俺が、はじめて見た時から喰いたいと、貪りたいと思わされた程だ。

 

 「アンタ、名前なんて言うの?」

 「ゾロ」

 「短くて覚えやすいわね」

 「お前は?」

 「内緒」

 「巫山戯んなよ……」

 「冗談よ。ナミって言うの」

 「……綺麗な、名だな」

 

 その瞬間ナミの動きが止まり、小さく天然か、流石はマリモとか言い出したのを聴き逃してやれなかった俺は殺気を向ける。だが、意に介さずにグラスを空けるとナミはスクリと立ち上がって手を振る。

 

 「それじゃ、縁があったらまた会いましょ」

 

 そう言って去ろうとするナミの腕を無意識に掴む。それに対して驚いたような顔で、俺を見て来る。

 ナイトキャップカクテルを、出されたからって呑んだのに……そのまま逃げられると思うなよ。そんな想いを込めて腕を引き寄せれば、ナミはバランスを崩して俺の胸に落ちてくる。

 それを抱きとめ、そのままの勢いで上の部屋を借りれば何やら言ってはいるが聞いてやるつもりはねェ。部屋に入りベッドに投げ落とせば、キッと睨み付けてくる。

 その視線が、心地好いと感じた時点で俺は多分ナミに堕ちてる。初めに見た時から望んでいた通りに首筋に喰いつけば、あえかな声を響かせるから俺は調子に乗って衣服をはぎ取り始める。

 

 「やっ!……やめ……」

 「辞められる訳……」

 

 言葉は途中で止める他無かった。怯えた瞳で見詰めてきているナミの頭に耳が生えていて、その下半身からは尻尾まで生えている。

 それも、明らかに猫のものだ。そりゃ、喰いたくもなるよな。

 狼の血筋は猫に弱い。それも、この女は極上の匂いまでしている。

 

 「こんなの……やだ、初めてなのに……」

 「は?嘘だろ?」

 「そんな嘘ついてどうなるのよ!?もうやだ、ベルメールさぁん、ノジコォー!」

 

 誰だよそれ、そう思うのと同時に妙に脱力する。だが、怯えつつもシャーッと言わんばかりの様子を見せるナミに少し笑えて来たのは確かだ。

 

 「本当に、可愛いな」

 「……こんのぉー、天然記念物がぁー!」

 

 そう言いながら自ら俺に飛び付いてきて、俺の首筋に歯を立てる。その瞬間、ハーフだったのかと知る。

 僅かな時で、少量の血を飲んだナミはふんっと言いながら、それでも傷を癒して立ち去ろうとする。待てよ、だから逃がさねェって。

 腕を掴み腰を抱いて、その勢いでベッドに連れ戻し、混乱してる様子のナミに教えてやる。妖怪同士の場合、妖怪の特性は半減するのだと。

 Trick or Treat……今宵はどうやら、愉しい悪夢を見られそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(黒足のサンジ)

 獣を仕留めたと言って喜んでいる奴等が、次の瞬間には不味いと言ってその肉を……命を投げ捨てて立ち去る。それでも山だとか、森だとかに捨てるならまだ良い。

 森の中で、何かを狩る事が得意では無い生き物がそれを食べて、虫がそれを分解してといった食物連鎖が起きるからな。だが、人間は傲慢にも街中に平然と投げ捨てたり、無闇に焼き捨てたりする。

 場合によっては、皮だけ剥いで残りは人どころか獣も歩かないような、荒野に投げ捨てられる事もある。他に食べるものがある訳でもないそんな所には、虫だとて中々に近付きはしない。

 命の無駄遣いだ……。なんと言う傲慢さか。

 俺の血の繋がる身内も、それとよく似た性質を持っていた。だからこそ俺は……そういった人間が嫌いなのだろうと思う。

 森の中で可愛い精霊や妖精を守りながら、のんびり生きていきたいと言ってみた。そんな俺に、育ての親たる森の主に、人間や他の妖怪を知ってからそういった言葉を使えと言われちまう。

 引きこもっていたいと願って、汚いもの等見たくないと願って、何が悪いと言うのか。俺はもう、傷付くのも傷付けるのも嫌なんだよ。

 形ばかりグラスに酒を注いでもらって、でも呑む気にもなれない。グラスの中の氷がカランと音を立てた時、1人の女神が店内を歩いている事に気が付いた。

 ……妖怪がいるんだ、女神がいて何がおかしいだろうか。なんとも神々しくも美しいその姿に、視線と共に心が瞬時に奪われる。

 女神は楽しそうに並べられている酒を眺めて、何やら注文したらしいと気付く。酒を片手に吸い寄せられるようにそちらに足を進めると、女神が視線を向けて来た。

 その眼差しは困惑を示しており、手元にあるグラスには果物の皮が螺旋状に入れられている。……レモンか?

 酒にも色々あるもんだなと珍しく思って見ていれば、女神はその視線に気付いたのかホッとした様子で笑いその酒について説明してくれた。アルコール度数は高くないけど、見た目が面白いから好きなのなんて可愛く笑う。

 

 「貴女の笑顔に勝るもの等、世界中探しても何処にもありはしないでしょう。美しい方、その名を教えてはくれませんか?」

 「……酔ってるの?」

 

 少し怯えたような顔でそんな事を言う、つれない女神の髪に手を伸ばす。ビクリと震えたその体は、けれども振り払う事はしない。

 

 「名を教えて貰えないのならば、勝手ながら貴女の本来の姿で呼ばせて頂きます」

 「……本来の、姿?」

 

 警戒した様子を見せる女神に、小さく笑う。どうやら変装しているもしくは、妖怪らしい。

 これだけ美しいのだから、それも有り得るだろうと妙に納得してしまう。髪にそっと唇を落としてから、微笑みを向ける。

 

 「愛しい方、貴女は……〝女神〟でしょう。隠しても分かる。その神々しさを隠す事等出来はしないのですから!」

 「…………マスター、近くに脳外科か精神科ってあるかしら?この際眼科でもいいわ」

 「判断に困る客だな。……精神科医なら、坂の下に居たと思うがなァ」

 

 そんな会話の後に、女神はそっと俺の手を取り、優しく握ると心配そうに顔を覗き込んできた。その時柑橘系の香りが漂い、衝動的にその唇を奪っていた。

 

 「んんっ!?」

 

 即座に俺の手を離して抵抗してくるけど、それは失敗でしたね。と、内心で笑う。

 俺は自由になった両手を用いて、片手を後頭部に、もう片方でその腰を抱き寄せる。その瞬間あまりの柔らかさと細さに、心臓が高鳴るのを感じる。

 

 「んっぁ……!」

 

 僅かな唇の隙間から、小さくもれるその声に煽られる。俺はそれに抵抗できそうもなくて、そっと唇を離すと潤んだ瞳を向けて来る女神に微笑みかけた。

 頭を押さえていた手でカウンターに金を置いて、上にある部屋まで有無を言わせずに運び込む。その間中抵抗をしてみせているのに、さほど力が無いので凶暴性の高い妖怪では無さそうだなと判断する。

 

 「ヤダっ!何を……!」

 

 怯えたような顔で、震える声で、微かな腕の力で抵抗を示す女神に優しくしますと声をかける。それにより女神は1瞬硬直して、思考を停止させたらしいと分かった。

 その間に部屋に運び込んでドアを閉めると、ベッドにその細い体を沈めてしまう。そこまで来て漸く状況を理解したようで、嫌っと言って俺の胸を強く押してくる。

 

 「……ゃ、お願い、やめて」

 

 ……それ、逆効果だって本気で分かってないんですかね?

 美味しそうなその身体は、存在するだけで惑わされそうな程。芳香が鼻腔を刺激し、酔わされる。

 怯えた表情で、潤んだ眼差しで、弱々しげに嫌と繰返すそれは、既に煽る為としか思えない。それ故に言葉が勝手に溢れ出す。

 

 「女神……大切に愛おしむから、俺のものに……」

 

 言って胸元に吸い付けば、ビクリとその体を揺らす。その上で、まだイヤイヤと首を横に振るのだから少しばかり手強いなと思う。

 服を剥ぎ取り、たわわに実ったそれに吸い付けば可愛らしい声を響かせる。もう、辞めるつもりはありませんよとの言葉の代わりに、その先端を舌で刺激すればビクビクと反応してくれるのだから、気分も良くなろうというもの。

 

 「やァ……んっ……」

 「拒絶ばかりしないで……優しく、しますから、身を任せて……」

 

 その瞬間女神が俺に抱き着いてきて、俺の首筋に躊躇い無く歯を突き立てた。何事かと思った時、血を吸われてると理解する。

 そうだ……妖怪だった……。干枯らびるのは嫌だけど、それよりもギリギリまで反撃しないとか……この女神お人好しだな。

 そう思って様子を見ていたら、視界の端に尻尾が映る。何事かと思った時には、吸い終えたのか傷を癒して離れようとしていて……。

 思わずその尻尾を掴めば女神はフニャッ!?と叫びその体から力を抜いた。……尻尾は猫の弱点って、聞いた事はあったけどここ迄とはな。

 Trick or Treat……可哀想な子猫は、獰猛な獣に狙われる。明ける事の無い饗宴の夢は、始まったばかり。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(鷹の目のミホーク)

 最近妙に人間共が騒がしい。そもそも今宵は本来俺のような者達の為にあるというのに、何を人間共は騒いでいるのか。

 微かに期待していた若者が、まだまだであった事に微かな失望を込めて嫌味を言いつつ打倒した。その苛立ちが今も尚俺の中に燻っている。

 静かになるよう全員沈めてしまうかとさえ考えた時、1人の女が店に入って来た。その瞬間、その場の空気を知らずに支配した女は何処か物憂げだ。

 長い髪は食欲を誘う色をしている。俺の傍を抜けて奥へと進み、酒を頼むその様子は明らかに憂いを帯びて居て、庇護欲を誘う。

 今にも泣きだしそうだと思える程に、つらそうな雰囲気でありながら、何処かで冷めた印象も与えて来る。ただ、何処がとか、何で判断したとか問われると困るが……同族の気配を感じる。

 格は明らかに下であろう事は分かるが、いったい何者か。暫く様子を見ていたが、それでは何も分かりはすまいなと考えつつ、女の手元にあるグラスの中身がまだあるのを確認しそっとそちらに近付く。

 戸惑いと怯えの入り混じった瞳で、俺を真っ直ぐに見て来る。怯えた小動物を思わせる雰囲気に対して、その肉体は美しいとしか表現出来ぬものであるのは、恐らくコレにしてみれば不運な事なのだろう。

 持て余しているな、己の容姿を。

 容姿を武器にする事も出来ぬ幼さがその顔立ちに現れており、それ故にアンバランスなそれが危うい色香を醸し出している。女が口を開くより早く、俺の口から言葉が落ちた。

 

 「最近この辺りに時折現れる女の噂は聞いていた。主だな?」

 「……女がお酒を呑むのが、珍しい地域なの?」

 「いや、そうではない。だが、主は目立ち過ぎている」

 

 不思議そうに首を傾げたその仕草が、幼子のようにあどけない。あざとさの無いそれに、成程箱入り娘かと理解する。

 髪をひと房手にしてみれば、戸惑いと警戒をその瞳に宿す。これは……思いがけぬ程に良い拾い物やもしれぬな。

 

 「……今宵の相手は、俺だ」

 

 俺の決定に女は唇を噛み、それから小さく頷く。顔を上げた時には怯えの色を消し去り、決意を宿した瞳が俺を貫いた。

 その瞳に魅入られたように、金を投げ渡して酒場にある部屋に女を連れ込む。抵抗するかと思ったが、さしたる抵抗も無しについてきた女は、部屋に入ると震える手で自ら俺に抱きついてきた。

 そのまま顔を俺の首筋に持ってきたかと思ったら、噛み付いて来たのを感じて細く息を吐き出す。その感覚には嫌になる程に覚えがある。

 やはり同族だったかと思うのと同時に、これだけ格下ともなれば好きに飲ませればそれなりに吸われるのは分かりきっている。さて……どうしたものかと考えた時、女は牙を抜いて傷を舐めて塞いだ。

 治癒能力を持っていたとして、吸血鬼はそれを使う事など普通は無い。それなのに律儀にも傷を癒す女に、俄然興味が湧く。

 

 「……ごめんなさい。せめて、良い夢を見てね」

 

 そう言って俺から離れた女の体からは、先程までは無かった耳と尻尾が生えており……。またそれが良く似合う。

 俺の額にそっと触れて、安心したように微笑んでから手を戻そうとしているのが分かり、その手を掴む。女は驚きを全身と尻尾で表現しつつ、俺にかなう筈も無いと言うのに逃げようとしている。

 

 「ハーフか?」

 「はぃ!?」

 

 裏返った声で返事を寄越した女に、可愛いものだと思う。他の妖怪にこれまで会わずに生きてきたのかと思えば、この反応も分からなくはない。

 だとするならば、まだ人と同じ程度しか生きていないのだろう。人間の男から、俺にしたように血を貰って生きてきたとするならば……想像しただけで忌々しいな。

 もう、他の男に触れさせたくはないと思う。それ以前に視線さえ向けさせたくはない。

 

 「……甘いな、主は」

 「あ、の……?」

 

 戸惑いながらも視線をそらさぬ真っ直ぐさと、甘い香りに酔わされる。……手放してやるつもりは無い。

 

 「1から全て説明してやるから、取り敢えず今宵は俺のものになれ」

 「やっ!やだ!私……そんなつもりはっ!」

 「……まさか、これまで無垢であったのか。……奇跡のような存在だな」

 

 思わず呟けば、泣きだしそうな顔で俺を見上げてくる。この理性を破壊しようとする行為は、計算なのか……?

 いや、この怯えている尻尾がそれを否定する。何とも、珍しい生物だ。

 だが……男と2人で部屋に入った時点で、逃げる事など本来出来はせぬのだと、教えてやらねばならぬだろう。その上相手が俺ではな。

 Trick or Treat……覚める事のない、永遠の夢を共に。逃げ出したとて、すぐに捕らえてやると甘やかな首筋に噛み付いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(天夜叉ドフラミンゴ)

 ……ここは、何処だ?

 少し、冷静になれば答えは出る筈だ、落ち着け俺。あの時コラソンがまた下界に落ちそうになっていて、落ちたら次は叱られるだけじゃすまねェからと庇って……代わりに俺が落ちたのか。

 ならまァ、構わねェか。いる場所は下界の何処かである事に間違いは無いだろうし、コラソンも無事だろうからな。

 俺の場合はついでにやるべき事もやるから罪になる事もねェし、罪になった所で構わねェ。時折、本当に血が繋がってるのか疑問になる程に、コラソンは抜けている。

 母上と父上が甘やかすからだろうが、神がかったあいつのドジは治る気配がねェ。深い溜息を落としつつ、今日天界に召される予定のリストを見る。

 酒場で死人が出ると分かりそこへ向かうと、店の1番奥に人の視線が集まっているのが分かった。なんだとそれに視線を向ければ、俺好みの女が1人でグラスを傾けているのが見える。

 女を見る男達の視線が鬱陶しくて、見るなと思いながら女の元へ足を進めれば女がその視線を俺に向けた。無意識か女はグラスを置いて、その衝撃でグラスの中にあった氷がカランと音を立てる。

 女は困ったような眼差しで俺に意識を向けている。その表情に唆られると言ったら、上はまた騒ぐんだろうなと思えば嗤えて来た。

 

 「1人か?」

 「……いいえ、今1人じゃなくなったわ」

 「そう来たか。……ウィスキーをロックで呑む女なんてのは、随分珍しいな」

 「……ストレート頼んだのに、マスターが心配してロックにしたのよ」

 

 そう言って呆れたように溜息を落とすが、確かに3~5度アルコールが変わるからな。空気に触れたり氷に触れるとアルコールは気化して、その度数を下げる。

 ただし、他の物で割ってあるのに比べればそれでも随分強い訳だから、気にする程の変化でもねェ筈だがな。その為にストローで呑むと、どんなに強い奴でも目を回して倒れる事になるので、危険だから辞めておく事を推奨する。

 

 「今夜は、呑みに来ただけか?」

 「そうね、その予定よ」

 「そうか……残念だ」

 「え?」

 

 不思議そうに俺に視線を向けた女の唇を即座に奪うと、くぐもった声をもらして抵抗と呼ぶにはささやか過ぎる事をして来た。その時にふわりと香ってきた柑橘系の香りに、味見で終われそうもねェなと自嘲する。

 

 「やっ!……なに、すんのよ!」

 「味見……?」

 「そんなに呑みたいなら、言いなさいよ!1口位あげるから!」

 

 そう言って瞳と肩を怒らせながら、スっとグラスを差し出してくる。……この女、本気か?

 思わず凝視しつつもグラスを受け取れば、今のやり取りを見聞きしていた他の奴等も言葉を失っているのが分かる。そんな中で俺は耐えきれずに笑い出す。

 手にしている酒が小刻みに波打ち、それを女は怪訝そうに見て来るが、寧ろお前がおかしい。どうしたらこんな成長を遂げられるのかと、見た目にそぐわない反応に笑いは治まる気配を見せない。

 それに女は不愉快そうな顔をしているから、笑われている自覚はあるらしいと分かる。その時背後の席で人が倒れる音が聞こえて、嗚呼病死とあったななんて思いながらさり気無くそれに視線を向けて、指先で魂を上に送る。

 さァて、仕事もした事だし、俺はこの鈍い女でもと思って振り向けば、探るような視線を向けているのが分かった。……今のが見えたならば、この女人間じゃねェな。

 折角なのでグラスの酒を1口貰ってから返せば、女はそれを受け取りつつ俺に警戒しているような視線を向けて来る。それに小さく笑いながら様子を見ていれば、女は1気にグラスの中身を飲み干してベリーを置いて立ち上がった。

 その勢いのまま何処かへ去ろうとするのを捕らえて、近くのホテルに無理矢理連れ込めば抵抗の為か俺の腕に噛み付いてくる。その歯の鋭さにやはり人間じゃ無かったかと思うが、その直後に吸われてる感覚に襲われればこうやっていつも男から逃げていたのかと思う。

 そのまま女の様子を見ていれば、頭から耳が生えて、体からは尻尾が生える。その直後腕から口を離してそっと舐めながら傷を癒す律儀さに、随分とお利口さんだなと思う。

 

 「……大丈夫?ちゃんと、寝た?……悪魔相手じゃ、何処まで効果があるか不安だけど、先に手を出てきたのはそっちなんだから、私を責めないでよ?」

 

 そんな言葉を口にして離れようとするが、待てと思う。何か変な単語が聞こえたぞ。

 

 「おい、俺は悪魔じゃねェ」

 「ふにゃっ!?」

 

 尻尾を膨らませてピンと立たせ、文字通り飛び跳ねて距離を取った女は俺をマジマジと見つめて首を傾げる。その幼い様子に笑いそうになるが、そうじゃねェよ。

 

 「あ、効かないんだ。ってか、ピンクの悪魔も珍しいと思ってたけど、悪魔じゃないなら何?鬼?」

 「……なんでそうなるんだ。見たままだろ。俺は天使だ。それなりに上位のな」

 「天使!?ない!それはない!」

 

 何だって疑うんだ。と言うか、欠片も信じてねェ。

 

 「失礼な奴だな。俺が天使以外に見えるなんて、おかしいんじゃねェか?」

 

 言いながらその体を拘束すると、女は首を横に振る。そして、恐らく本気で思っているだろう言葉を口にした。

 

 「寧ろ、天使だなんて戯言信じる方が無理あるわ」

 「……解らせてやるよ、天使だってな」

 「へ?」

 

 言いながらベッドに縫い付けるように押し倒せば、女はキョトンとした顔で俺を見詰めてくる。天使らしく優しくしてやるから、いい子にしてろよと内心で嗤う。

 Trick or Treat……逃げるチャンスを失った子猫は、その後天国という夢の世界に連れ去られるとは、知らぬままに翻弄される。終わらぬ夢を、どうぞごゆるりとお楽しみください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(死の外科医ロー)

 目新しい本は無いだろうかと町に出て来て、新刊のコーナーを見てしまう。それは次に何を出してくれるだろうかと、期待している作家がいるからに他ならない。

 性別も年齢も不明のその作家の作品は、必ずこの町から販売が開始される。それ故に恐らくはこの近辺に関わりがあるか住んでいるのだろうと予測されているが、それらしい人物を見たと言う話は聞かない。

 だがそもそも、それらしいってなァいったいなんなんだ、性別も何も分からねェってのに。何か1つでも情報があれば、見つけ出してみせるのにな。

 新刊コーナーに出されていたその作家の作品は、今回はレシピだった。だが侮る無かれ。

 このレシピが薬草を使ったものだったりするのだ。こんな成分があるからこれに効く……なんてそんな医食同源を形にしたような事が、まるで当然のように書かれている事があるのだ。

 パラりと中を見てみると、思わず溜息を落としたくなった。性別すら不明のこの作者に、俺は逢いたいと切望している。

 衝動的と言うよりも、無意識の内にそれを購入して近くの酒場でそれに視線を落とす。酒は形だけ頼んであるが、読む為に入っただけだ。

 無駄に群がる女を無視して、本に目を通して行く。その内に辺りは暗くなり、何杯のグラスを開けたのかさえ既にわからなくなった頃、俺の傍を女が通り過ぎた。

 その女からは柑橘系の香りと、インクの匂いがした。そのインクの匂いにつられて視線を向ければ、これまた驚く程の肉体美。

 酒を頼み、グラスを傾けた女の手には明らかなるペンだこがあり、知的な瞳がグラスに映る。俺は初めて見た筈のその女に、まさかと思う。

 インクも紙も、高くはねェがインクの匂いが染み付く程に使える奴はそう多くない。だが、作家ならば話は別だと、せめて何か知ってたりはしないかと話を聞く為に近づいて行く。

 近付けば困ったような視線が俺に向けられ、そして……俺の手にしてる本を見てあらと呟いた。それから、俺に視線を向けて、少しの緊張を含む表情で声を掛けてきた。

 

 「その本、どうだった?」

 「どうってのは?」

 「……役立ちそう?」

 「楽しいか、じゃなくてか?」

 

 その瞬間女は驚いたような顔で俺を見て、それから破顔した。少し幼いその表情に、心臓が不整脈を疑いたくなるような動きをする。

 

 「それ、レシピ本でしょ。役立つかどうかの他には、何も価値無いじゃない」

 「……俺は役立たない物は買わねェし、この作家が好きなんだが」

 

 そこまで言った時、女は何とも気恥しそうな顔で視線をさ迷わせて突然立ち上がった。そして、しっかりとした声音で勘定を終えると俺に言う。

 

 「酔ったみたいだから、ごめんなさい!それじゃ!」

 

 咄嗟にその手を掴み、作家の名を口にすれば女はビクリと反応した。……まさか、こんな奇跡が有り得るのか。

 

 「……逢いたかった」

 「え、あの……」

 「話してみたかったんだ。今夜付き合え!」

 

 有無を言わさずに近くの宿に連れ込み延々と著書についての話をすれば、女も最初は戸惑っていたが途中から真剣な顔で話を始める。互いに意見をぶつけ合い、気付けば朝日が登り始めていた。

 その時女がしまったと言う顔をして、ごめんなさいと言って帰ろうとするのを腕を掴んで止めると、その指先が変色しているのが見えた。まさか、吸血鬼か?

 崩れる前の吸血鬼の症例として見た覚えがあり、思わず失いたくなくて自らの腕を切るとその血を差し出した。女はそれを見て、戸惑いながらも無言でその血を舐め取り始める。

 それが妙に卑猥で、それでいて少しばかりの優越感を感じさせる。それから少しすると女の頭から耳が生えて、俺の腕の傷を綺麗に消してみせた。

 

 「……ごめんなさい。助かったわ」

 「お前、何者だ?」

 「私は、吸血鬼のハズなんだけどね。血が必要量摂取できた時と、感情が昂った時に生えて来るのよ」

 

 そう言ってる女の頭には、明らかなる猫耳。尻からは尻尾も生えている。

 ……とりあえずそうだな。死なせたくもねェし、他の誰にも渡したくねェから。

 

 「なァ、定期的に俺の血をやるから、俺の傍で生活しろよ。好きなだけインクも紙も用意してやる」

 

 俺の言葉に瞳を輝かせた愚かな猫は、けれども躊躇う様子を見せる。だが、もう遅い。

 Trick or Treat……1度獲物と定めたら、最期の時まで追い掛けるのだと獣は嗤う。何も知らずに子猫は尻尾を揺らすが、楽しい狩猟イベントは始まったばかりだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(白ひげニューゲート)

 息子達が人の噂を聞いてきたと言って、騒いでいる為にその会話が聞こえて来た。さて、どうするか。

 噂を全て本気には取れねェが、悪戯に人に悪さする妖怪が現れたのであれば、それは取り締まる必要がある。人に扮して行ってみるかと体を小さくして行けば、息子達が親父がわざわざ出向くまでもなんて言いやがる。

 俺を心配するなんてなァ100年早ェぞ。なんぞと言えば落ち込むだろうから言えねェがな。

 

 「たまには俺も酒の1つも楽しみてェもんだ。なァに、お前達の為にもなりそうな可愛い〝母親〟を見付けて拾って来るかも知れねェぞ?」

 

 巫山戯た軽口を言って人の街に足を踏み入れれば、本当に賑わっている。噂の良い女を求めて浮き足立ってるのかと思えば、微かな笑みも浮かぼうと言うものだ。

 近くの酒場に入り情報を集めようとカウンターに腰を下ろした時、酒場の入口がざわめいた。なんだと思って振り向けば、小娘が1人立っているのが見える。

 長く珍しい色合いの髪は重力に従う事を拒否するようにうねっていて、仄かに香る柑橘類の香りがその色と相俟って食欲を誘う。その体型もまた男好きしそうなもので、顔立ちの幼さが背徳感を刺激する。

 自らが視線を集めている事に気付いていないのか、気付いて放置しているのかは知らないが、カウンターの1番奥の席へと迷わずに進みカクテルを頼んでいる。だが出されたそれを見れば、おいおいと思ってもおかしくは無ェだろう。

 カクテルの色はその女の髪色と同じオレンジだが、その名前と度数が笑えねェ。アースクェーク・カクテル。

 度数47度と言う女が呑むにはキツすぎるだろう酒だ。辛口でその名の通り3杯も呑めば酒豪でも体が〝地震〟のように揺れる事から、その名が付けられたと言う。

 他人の俺が気にする事でもねェんだろうが……思わずマスターにプッシーフット・カクテルを頼み用意されるのを待つ。用意されたその酒を手に女に近付けば、困ったような顔を向けられる。

 その視線が妙に心地よく感じるのは、迷子が縋っているような感覚になるからだろうか。まだまだ小娘の癖に、妙なもん呑んでんじゃねェよ。

 

 「小娘には、こっちの方が似合いだ」

 

 スっと差し出せば逡巡してから、小さく笑って女はグラスを手にした。どうやら見ただけで分かったらしい。

 

 「ノンアルコールじゃない、これ。私……そんなに弱くないのよ?」

 「お前ェの歩き方や髪の色とも合うだろう?」

 

 色は同じようにオレンジだが、アルコールは1切使われていない。オレンジジュース、レモンジュース、卵で作られるこれは猫のようにこっそり歩く人と言う名を持つ。

 

 「……褒め言葉として、受け取っておくわ。所で、何かご用?」

 「最近この界隈で男に〝幸せな夢〟を見せる女がいると聞いてな。お前ェだろう」

 「……だとしたら?」

 「今夜は、俺にそれを見せちゃくれねェか?」

 

 俺の言葉に小娘は小さく肩を震わせて、頷いた。それから2つのグラスを空にしてベリーを出そうとするのを止めるとそれとついでに部屋代を置いて、その手を掴む。

 細いその腕は、下手に力を入れれば折れそうな程だ。それに苦笑しつつ部屋に連れ込めば、ドアを閉めるのと同時に意を決したような顔で俺に抱き着いてきた。

 何をするつもりかと自由にさせれば、耳元で小さくごめんなさいと謝ってから首筋に噛み付いてきた。成程、吸血鬼か淫魔の血をひいてやがるかと思っていたが、頬に何か柔らかい物が触れて、その不自然さに思考が固まりそうになる。

 ……猫耳?

 血を吸っていた筈の首筋から、それ程吸う事も無く離れると、小娘は傷を癒す為に舐めてくる。その行為により、どうやら随分と〝イイコ〟であるらしいと知る。

 人間に悪さしてる訳でもねェならば、構わねェかと思う。だが、罪悪感たっぷりな顔で心配そうに顔を覗き込む無防備なそれには流石に閉口する。

 何かを言おうと唇を開いた小娘の後ろ頭に手を添えて、そっとその唇を重ねれば慣れていない様子だ。戸惑いつつも盛大に驚いて居るのが、その反応から伝わってくる。

 こりゃァ、少し教育してやらねェと長生き出来そうにもねェなと思うが、何とも甘いそれについ夢中になる自分を感じる。苦しそうなそれを堪能して唇を離せば、その場で崩れ落ちた小娘に笑みが浮かぶ。

 

 「俺はニューゲートという名だが、お前ェは?」

 「……っ!な、んで……意識、が」

 「1つずつ全て教えてやるから、まずは名を教えろ」

 「ナミ、よ」

 

 肩で息をしながら素直に答えたナミに名を名乗るリスクを含めて全て教えてやると、混乱を隠さない。人間が付けた名だとデイダラボッチに該当すると俺が言ったからか、それにしては小さいと呟くから本当に何も知らねェんだなと笑っちまう。

 

 「ナミ、この辺りは案外妖怪も多い。俺だったから良かったが、他ならお前ェが無事にこの部屋を出る事は無理だったぞ」

 「……ごめんなさい。でも、血が必要なの」

 

 耳が萎れているのを見れば、嘘はねェのも分かるのでその頭を撫でてやる。それに気持ちよさそうに瞳を細めるから、連れ帰りたくなって来た。

 ……冗談ですまなくなりそうだぞ息子達、と内心で呟いてナミに言葉を向ける。

 

 「……俺の血を吸うか?事情も分かってるから、分けてやるのは構わねェぞ」

 「いいの?」

 

 耳がピンとしたのを見て、あァと頷けば嬉しそうに尻尾を揺らした。なんと無防備なと思い、その代わりにと耳元で囁く。

 

 「俺の女になれ。大切にしてやる」

 

 その言葉に尻尾をピンと立てて驚きを示してから、小さく照れたような顔で頷くナミを俺は迷う事無く抱き締める。その細い体を胸に閉じ込めた状態で、息子達に〝母親〟を連れ帰ってやる事を決意した。

 Trick or Treat……1夜の夢では終わらせないと、優しい巨人は小さな子猫を抱き締める。子猫が色々な事に気付いた時には、後戻り等出来はしないだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(不死鳥マルコ)

 最近この辺りにいい女が現れると噂になっている。だが、噂の内容を聞けば人間とは思いにくく、だからと言って吸血鬼ならば対象になった男が生きているのは不思議で、淫魔とかならば痩せ衰える筈だ。

 何なんだと思いながら、1応人間と仲良くしておきたいと言う親父の言に従い探しているが……。その時ひとつの酒場の入口に人集りが出来ているのが見えて、まさかと思ってそこへ向かう。

 中に入ってみれば、カウンターに座るオレンジ色の長い髪が見えた。そして、俺の方に視線を向けた女は確かに極上と言えるだろう。

 ……これが、噂の女か。あどけない顔立ちに、戸惑いを浮かべているその姿は庇護欲を誘う。

 人間に怯える兎か猫って感じだねぃ。小さく笑って女に近付けば、女は残ってる酒を名残惜しそうに見てから、俺に警戒した様子で金を置いて立ち上がる。

 だが……逃がす筈ねェだろぃ。横を抜けようとしたその腰を掴んで抱き寄せれば、柑橘系の香りが漂った。

 

 「やっ!離して!」

 

 言いながら睨み付けてくるその瞳は、気の強さを表している。人馴れして無い気の強い猫のようなそれに、大人しくしろと唇を奪う。

 普通ならば突然そんな事はしねェが、こうでもしないと逃げれる気がした上に、妙に唆るんだよなぃ。舌を絡ませた、ただそれだけで小さく体を震わせた後は大人しくなったのを感じて、そのまま押し倒したくなる。

 だがそんな訳にも行かず、様子を伺えば何か目的があってこうした事を繰り返しているのだという事は、怯えを含んでいるその様子から嫌でも理解出来た。……さて、どうするかねぃ。

 とりあえずそのまま抱き上げて、酒場から連れ出して近くのホテルに連行すれば、部屋に押し込んだ直後1瞬怯えたような顔をした。幼い子供のようなその仕草に、人違いか勘違いだろうかと思わされる。

 噂のそれが正しければ、少なくとも3度は経験がある筈だ。それなのにこの反応とは、流石に考えにくいよぃ。

 

 「お前ェ……何を目的にして酒場に?」

 「……人見知りを、直そうと思いまして。はい。引きこもりで、対人経験が無いので、人のいる所へと……」

 

 ……もし本当だとしたら、選択ミスだろぃ。夜の酒場に女1人は宜しくねェよぃ。

 深い溜息を落として、その顔を覗き込めば確かに人馴れして無さそうではある。こりゃぁ……よくわからない小娘を弄んだ男達の話に、尾ヒレがついただけかねぃ?

 

 「あの、帰っても良いですか?その、遅くなると母が心配するので……」

 「……この状況で帰れると判断した辺りが、確かに何も知らないんだと言う証拠だねぃ」

 

 呆れてものも言えないとはまさに。そう思った直後、女は苦しそうに胸を掴んで座り込んだので、咄嗟にベッドに運ぶ。

 何が起きたのかと思うが、女は離れてと小さく繰り返すばかりで要領を得ない。それに何か病持ちならば、謝罪ではすまねェだろうなぃ。

 

 「おい、何か持病持ちか!?」

 「……っ!襲われたくなければ、はなれて……!」

 

 意味がわからねェよぃ。そう思った直後、女が俺に抱きついて来て、そのまま首筋に噛み付いた。

 そこに来て漸く吸血鬼だったらしいと分かるが、それにしてはおかしい所が多過ぎる。吸われたところで俺としては問題もないので、好きにさせる事にしたがそれ程経たない内に女の衝動は落ち着いた様子だ。

 牙を刺したところを舐めて治す女に、これは人間の男には確かに夢のような快楽と記憶障害が起きるなと思う。治療して行く吸血鬼なんざ、希少価値高すぎだろぃ。

 そう思ったが女からは猫の耳と割れた尻尾が生えていて……成程ハーフだから色々おかしな事になってるのかと分かる。

 

 「落ち着いたかよぃ?」

 

 問いかければビクリと体を揺らして、文字通り飛び跳ねて部屋の隅に移動した。……猫も驚くとやるけどなぃ?

 

 「ご、ごめんなさい。意識を保ってる人初めてで、しかも、なんか美味しそうな匂いだったから……耐えられなくて……」

 「まァ、そうだろうねぃ。俺は、不死鳥だから不可抗力だろう。気にするなぃ」

 「……不死鳥?人の形してるのに?」

 「猫又がヒトガタしてるのに、それを言うかよぃ?」

 

 笑いかければ成程と納得して、仲間意識を持ったのか警戒心が見る間に消え失せた。無防備に微笑む姿にコレは危険だと思う。

 

 「でも、だとしたら……痛かったわよね。ごめんなさい。吸血行動ってあまりした事なくて、ギリギリまで耐えてるんだけど……」

 「それは、気にしなくていいよぃ。……俺はマルコって言うんだが、お前は?」

 

 話を遮って問いかければ不思議そうに首を傾げてからナミと答えた。……格上の妖怪に名を教えるリスクも知らねェとはねぃ。

 

 「ナミ、来い」

 

 その言葉に逆らえずに近付くナミを抱き締めて、この無防備な子猫をどうするかと考える。それから溜息を落として、名を無闇に教えるなと言って説明してやれば驚いたような顔で俺を見て来る。

 

 「格とかあるんだ?知らなかったわ」

 「……暫くウチに来て、妖怪について学ぶかよぃ?心配で見てられねェ」

 「いいの?でも、私支払える物ないわよ。血も貰っちゃったくらいだし……」

 

 申し訳無さそうに言うが、見た瞬間に〝いい女〟だと思わされた時点で俺の理性はギリギリなもんで、付け入る隙を見せないで欲しいところだよぃ。対価に抱かせろと言ったら、この子猫はどんな反応をするのか。

 

 「ナミ、そんな反応してるとすぐに穴だらけにされるぞぃ」

 「あな、だらけ……」

 

 そう言って赤くなったナミの様子を見るに、未経験らしい。そうと分かれば、まずは素直に口説いてみるかとベッドにナミを押し倒す。

 それに驚いた顔をしているナミに囁きを落とす。震える耳が、異様に愛らしい。

 

 「1目見た時から、気に入っていた。男と宿に入る意味は、わかるだろぃ?」

 「あ、あのっ!私そんなつもりなくて……!」

 

 知ってるよぃ。そう思いながら、その額に口付けを落とす。

 何も知らねェってんなら、1から全て教えてやるよぃ。そう囁けば、ナミは潤んだ瞳で俺を見上げてくるから、俺の理性は何処か遠くへ旅立った。

 Trick or Treat……存在するのに必要ならば、いくらでも血を捧げてやるから、その心と体を俺に寄越せと何も知らない子猫に、不死鳥は襲い掛かる。本来襲う側の吸血鬼は、始まったばかりの夜の宴に対応出来ないままに……搾取される事は誰の目にも明らかだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(四番隊隊長サッチ)

 狼男にも実は種類がある事は意外と知られてない。淫魔に種類があったり、火の鳥に種類があるのと考え方は同じだ。

 っても、分からないだろうから……桜って言っても、サクランボを作る桜もあれば、ソメイヨシノもあるように妖怪も色々と細かい分類があるとだけ言おうか。その細かい分類の為に、狼男の中でも希少だからって理由であまり良い記憶を持たない。

 そんな俺だけど、だからこそ親父に保護してもらえたんだからそう人生捨てたもんでもねェと思える。そんな親父は人間とも仲良くやって行こうなんて言ってて……その意味は分かるんだがなァ。

 迫害を受けたりした俺達を守るべきだと意識を変えてもらわなけりゃ、希少な上に弱い家族は奪われちまうだろうから。それでも、納得できない部分もあって憂さ晴らしに酒を呑みに来た訳だが……。

 店の入口に視線が集まる。何が〝いい女〟だ。

 あれは〝美少女〟ってんだよ!女と呼ぶには若過ぎるだろうが……!

 それでも、そう言いたくなるような体型と倒錯的な雰囲気なのだから、あながち偽りだとも言えねェかと溜息を落とした。……そう、溜息を落としたくもなる。

 明らかに怯えているのだ、ここに居る男達の視線に。それなのに、何処か思い詰めた様子でカウンターでグラスを傾けているのだから、手を伸ばしたくもなる。

 保護してやらなけりゃ、そのままその辺の男共に壊されそうな雰囲気だ。ガラス細工見てる方がまだ、心が穏やかかもなと思う。

 有象無象がその少女に近付くのを、辞めておいてやれと思いながら立ち上がり少女に歩み寄る事で抑える。俺が動いた程度で動けなくなる程度の奴等に、この子を手にする資格は流石にねェだろう。

 少し戸惑ったような、怯えを多大に含んだ眼差しで俺に視線を向けて来る少女に、俺は笑いかける。とりあえず、俺はそこまで飢えちゃいねェからな。

 半分に減っているグラスに視線を向ければ、1瞬言葉を失わざるを得なかった。縁に沿って白い物があり、サクランボとミントが添えられていて、白いカクテルなんてのはそう多くない。

 確かに口当たりは甘口だが、度数は38でウォッカベースのこのカクテルは雪国と言う。ならばと思い、俺から1杯ご馳走させてくれとマスターに注文すれば少女は嬉しそうに笑った。

 

 「それ、貰っていいの?」

 「構わねェよ。こっちも呑めるだろ?」

 

 疑問符を付けて訪ねたが、間違いなく雪国を好きな奴なら好みだろうと分かってる。名をハンターと言うこれは、ライまたはバーボンウイスキーとチェリーブランデーで作られる甘口の酒だ。度数は雪国と同じだ。

 度数が高いと知らずに呑んでしまった女が、動けなくなる事も多い為にこの名を付けられた。女を持ち帰る為の酒とも言える。

 

 「ベルメールさんの髪みたいで、素敵な色よね」

 「……酒を呑みたくて来てるのか?」

 

 思わず問いかければ、困ったように笑われる。どうやら他にも来てる事に理由があるらしい。

 

 「それだけの為に来られるなら、それが1番よね。……お兄さん、明日って暇?」

 「まァ、予定はねェな」

 「なら、今夜少し時間くれない?」

 「……まァ、構わねェけど、無防備が過ぎやしねェか?」

 

 問いかければ、ごめんなさいと謝ってから、どうしても必要なのよと小さく呟かれる。何か相談事かと安易に考えた俺はそれに頷く。

 もしかしたら、金が必要とかって事なら仕事紹介位してやれるかも知れないしな。本当に無防備で、愛らしい顔立ちの子だとカクテルの度数は忘れて笑う。

 グラスを簡単に空にして、顔色1つ変えない少女は淡く微笑んだ。それはなんと言うか透明過ぎて、自分が穢れてるなと思わされる。

 近くの宿にさり気無く肩を抱いて連れ込んだのは、疚しい心など……まァ、あるよな。こんだけ可愛いんじゃ。

 部屋に入るとその可愛い顔を俺の肩に埋めて来るから、これは勘違いされて喰われても仕方ねェぞと言おうとした時、ごめんなさいと小さく呟かれて……直後に痛みを感じた。……なぁる、ご同業か。

 種族は違っても、それならば分かる。いつも人間相手にこうして居たのかと。

 乾涸びて死ぬのだけは勘弁だなと思った時には歯を抜かれていて、その歯の刺さった筈の所を舐められると痛みが消えた。どうやら治癒をしてくれたらしい。

 これならば確かに吸血鬼だとは、噂される事も無いよなと思う。そっと俺から離れた少女は、申し訳無さそうに眉を寄せている。

 

 「いい人なのに、騙してごめんなさい。いい夢、見てくださいね」

 

 そう言って俺に毛布をかけようとするのが見えれば、これも保護しておくべきだろと思わされる。こんなお人好しの妖怪を1人にしておけば、遠からず穴だらけにされて売られて終わりだ。

 人間の残酷さを知らないのだろう。そして、妖怪の残虐さを知らないのだろう。

 その腕を掴み、気付いた時には無意識でその唇を奪っていた。甘い少女はふるりと体を震わせて、頭を抑えている俺の手に尻尾を絡ませて来る。

 引き剥がそうとするように、力が尻尾に入って……尻尾?

 吸血鬼に、尻尾!?

 思わず唇を離せば、真っ赤になっている食べ頃の猫がいた。……なんだって猫が吸血するんだよと思い、珍しすぎる生き物を何がなんでも保護すると決める。

 ……Trick or Treat……その心を奪われたのは、さて、どちらでしょうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(16番隊隊長イゾウ)

 人間なんてものは全て駆逐して、妖怪だけの世界になればこれ程煩わしい事に気を揉む事も無いのかねェ……。そんな事をグラスを傾けながら考えてると知られれば、親父に叱られるだろうか。

 それとも、アホンダラァと笑ってくれるのだろうか。人間に悪戯する奴が居るらしいからと、親父自らこちらに足を向けたのだ。

 そんな中で、俺達が何もしないなんて選択肢がある筈も無い。その為に、現在酔える訳でもねェのにグラスを傾けてる訳だ。

 これでせめて親父と酒を呑めるならば違うのだろうが、何処に現れるか分からないからと全員が違う店に居るのだからそりゃ楽しくも何ともない。次は何を頼むか……。

 そんな時店内が明らかにザワついた。苛立ちもあり何事かと視線を向ければ、噂の女だとしか思えない女が入口にいた。

 その足取りには迷い無く、カウンターに向かっている。そこで女が頼んだのはプチ・スクウィレルだ。

 おい待て、冗談だろうと恐らくカクテルに詳しい人間は全員思っただろう。アルコール度数が30を超えれば強いとされる中で、このカクテルの度数は42だ。

 確かに甘い口当たりだが、だからこそ、何も知らない小娘に提供して持ち帰るのに使われる事が多い酒だ。カクテルの色と髪色は確かに合っているが、そんな事で決めていいような酒では無い。

 それから自分の呑んでいたカクテルに酔わされて変な夢でも見ているのかと、ヴェルジーネと言う名のカクテルを睨んでみても、どうにもならない。ちなみにこのカクテルは、天女をイメージして作られている。

 ……天女かはともかくとして、目的の女を見逃したとあれば叱られるかと自らのグラスの中身を空けてから、ゆったりと立ち上がる。マスターにミモザを頼み、顎で女にと示せば納得した様子を見せられた。

 群がろうとする愚かな男達を視線で制して、ゆっくりと歩み寄れば女の視線が俺に向けられた。困ってますと言いたげなその視線を受けて、まだ子供のようだと気付く。

 肉体美と艶やかな髪、物憂げな雰囲気で顔立ちの幼さをカバーしていたらしい。……だとするならば、目的はなんだろうねェ?

 男漁りをするような性格にも見えねェ上に、何処か小動物を思わせる怯えたような雰囲気。それでいて勝気な猫のような瞳。

 ……男好きしそうな女だ。だが、明らかに世間を知らないお嬢ちゃんだとも分かる。

 

 「お前さんには、まだこっちの方がいいんじゃないかい?」

 「……私、お酒には強い方なのよ。でも、気遣ってくれてありがとう」

 「何故、気遣いだと?」

 

 問いかければ不思議そうに俺を見て、女はクスクスと笑った。酒に湿った唇が妙に美味そうに見える。

 

 「私の髪の色に合わせて、アルコール度数が10以下の物を出してくれるのが、気遣い以外の何かしら?」

 「酒を見ただけでわかるのかい?」

 

 女は小首を傾げて笑う。面白そうに。

 

 「シャンパングラスにオレンジ色のお酒なんて、そう多くないわ」

 「……参ったな。もっと無知なお嬢ちゃんかと思ったが……慣れてるのかい?」

 

 女はその問いに困ったように笑い、お酒は好きなのよと言った。カクテルには言葉があるけど、そっちは専門外よと最後に付け加えて、グラスを空にするとご馳走様と言って去ろうとする。

 ご馳走して会話してサヨウナラじゃ、間違いなく叱られると女の手を掴めば、驚く程に細い。その指に触れればペンダコがあり、色の白い肌の理由も見えて来た。

 

 「……待ちなよ」

 「私、帰らなきゃ」

 

 指先が異様に冷たい。酒を呑んだとは思えない程に。

 血を長く飲まなかった吸血鬼が、崩れる寸前にそうなるのを知っているが、どうにも吸血鬼と言うには何かがおかしい。そうだ、獰猛さが無い。

 小動物のような吸血鬼がいたとしたら、襲う事等出来ずに襲われて終わりだろう。それでは血も飲めずに死ぬしか……とそこまで考えて、まさかと思う。

 

 「お前さん、吸血鬼か?」

 「なっ……!」

 

 顔色が真っ白になり、成程と思う。殺さない程度に血を吸って、それでも生きる為に男達を見ていたと考えれば噂との合致もする。

 

 「……俺は吸われてもそうそうで問題も無いタチだ。おいで、そのままだと崩れるだろ?」

 

 声をかければ微かに瞳を揺らして、小さく頷いた。素直に着いてくる様子に、血を飲ませてから話を詳しく聞いてやるかと思う。

 安い部屋を取ったからか、ベッドと窓しか存在しないそれにもう少しマシな所を選ぶべきだったかと1瞬考える。だが既に今更かと仕方無くベッドに腰を下ろせば、ビクリとする女に、良いからおいでと声をかける。

 怯えた様子で俺に近付き、戸惑いながらもそっと首筋に唇を寄せて来る。血を吸う行為そのものに躊躇いがあるのか、男に触れる事に躊躇いがあるのか……。

 どちらにしても、可愛いものだ。血を吸い始めて少しすると、吸うのを辞めた女にいくらなんでも早くないかと思うが、その後律儀に傷を消すから思わず笑ってしまう。

 

 「お利口さんだな。血はそれで、足りるのかい?」

 「これで、ひと月は持ちます」

 

 そう言った女の頭には耳が生えていて、ハーフかと気付く。それにしても血の必要量が少な過ぎやしねェかと思わなくもないが、話を聞けば成程と思わされる。

 

 「だから、見逃してください。私も、生きないといけない理由もありますから……」

 「そういう事なら、俺の血を吸えば良い。下手な男に捕まれば、良いように扱われて最後には崩れ落ちる事になるぞ」

 「でも、ご迷惑に……」

 「俺は……」

 

 なんだってこんなに親切にしてやるのか、咄嗟に言葉が浮かばない。それでも……この猫が欲しいと心が訴えたんだ、仕方ないだろう。

 

 「お前さんが気に入った。死なせるには惜しい」

 「あの、それならせめて、お名前を教えてください。私はナミと言います」

 「……妖怪同士で名を教え合うのがどんな意味か、知らない訳か。良いだろう。全て……教えてやるよ」

 

 信頼仕切ったような瞳で見詰めてくる子猫に、狐とは獰猛で狡猾なのだと言う事をゆっくりとその身に刻んでやろうと唇を重ねる。子猫の初心な反応に気を良くして、耳と尻尾が生えるのが自分で分かる。

 Trick or Treat……可愛い子猫を捕まえた大妖怪は、子猫を騙す事に少しの罪悪感も感じはしない。永く続く夢の時間に溺れる事になるのは、さて……どちらなのか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(赤髪のシャンクス)

 いい女が現れると言われている日に、ただ家に居るのも味気ないと酒場に入れば視線が吸い寄せられるような気持ちにさせられた。……これが、噂のいい女か。

 想像していたのとは違い、まだあどけなく更には何処か不安そうにしている様子に、確かに噂通り無垢な雰囲気だなと思う。それにしても……美味そうだ。

 俺が女に近付けば人が勝手に散っていく。そんな中で戸惑いを隠しもせずに、けれども真っ直ぐに俺を見つめてくる女。

 近付くと柑橘類の香りがフワリと漂い……その食欲を誘う色も相俟って即座に喰らいつきたくなる。隣に腰を下ろせば、女はグラスの残りを1気に飲み干して逃げるように立ち上がった。

 その腕を逃がすものかと掴めば、怯えたような眼差しで俺を見てくる。……俺を、知っているのか?

 

 「酒は、得意じゃねェのか?」

 「……人が、得意じゃ無いのよ」

 

 予想外の返しに驚く俺に、女は続ける。叶うなら人の多いところになんて行きたくないと。

 なら何故こんな所にと思い、あの噂話を思い出す。金が根こそぎ取られるのだと。

 ……金が必要なのか。ならばとその腕を引き寄せて、その体を抱き締める。

 手首も細かったが、腰も細い。それなのに豊満な胸に幼い顔立ち。

 食われる為だけに存在するような女だなと小さく笑うと、酒を頼んでもいないのにマスターに金を投げ渡す。それを受けて親指を上に示すから、女をそのまま抱き上げて移動する。

 

 「あのっ!」

 「今夜は、俺が相手だ……問題は?」

 

 女は細く息を吐き出してから、分かったわと小さく答えた。その声は震えていて、本当に慣れていないのだと伝わってくる。

 部屋に入りベッドに女を下ろすと、首に自ら手を伸ばして抱き着いてきたので、とりあえずそのままにさせてみる。全身が微かではなく震えている事から、顔を見られたくないとかなのか?

 そう思った直後に首筋に唇が触れて……微かな痛みを俺に与えた。それにとりあえず人間のフリをして大人しく静観してみる。

 それがキスマークをつける行為ではないのは〝同族〟であるが故に分かっちまう。成程、この女吸血鬼か。

 主祖たる俺から血を奪おうとするとは……随分、ん?

 その時飲むとも言えない量しか吸わずに吸うのを辞めた女は、申し訳無さそうな顔で俺の首筋に残る跡を舐めて消し、その上で……猫耳と尻尾だと?

 ……ハーフか。通りで必要な血液量が少ない訳だと納得する。

 そして、小さく声を掛けてくる。心配そうに、耳をしおれさせながら。

 

 「意識ありますか?多分、幸せな夢を見られる筈なので、許してくださいね。後、違和感無くす為に、お金貰っていきますね」

 

 その言葉は随分と丁寧でそれまでの口調と違う事からみても、相当に気にしているらしい。可愛いもんだな。

 そんな言葉が終わるのと同時に、俺の頬へと伸ばされる手を俺はガシリと掴み、引き寄せる。驚いた様子の女は素直に俺の胸に飛び込んでくるから、その唇を奪う。

 すると反応が驚く事に、まるで口付けすら初めてであるかのように戸惑いしかない。苦しそうにしている女に、まさかこれまでこうやって来たから無垢なままなのかと気付けば、少しばかり哀れに思えて来る。

 ……こんな男に見初められるとは、不運な奴だな。子猫ちゃん。

 そのままベッドに押し倒せば、遅ればせながら必死で抵抗して来る。だが、ここまでノコノコとついて来たんだ。

 今更抵抗するなんてのは、無粋だろう。それにしても、このランクの吸血鬼ならば何故人間を干からびさせずに居られるのか分からないが……。

 そこ迄考えて、精神力で生きるのに最低限必要な量で耐えているのかと思い至る。主祖は、人間の血等飲まなくても数百年は問題無い。

 それよりも寧ろ同族の血液を数年に1度舐めればその方が有意義で、健康に居られる。それに引替え、最下層の吸血鬼は3日に1度人を1人乾涸びさせる必要がある。

 この女のようにハーフだとしても、7日に1度乾涸びさせる必要がある筈だ。となれば、1月に1度では生命維持等本来出来る筈もない。

 それも、こんな少量で……。考えている間に、涙声が耳に届いた。

 

 「や、だ……!ベルメールさんっ!ノジコ!」

 

 ……耳と尻尾が本気で嫌がり怯えていると伝えて来る。さて、どうしたものか。

 怯える子猫を無理矢理と言うのは趣味では無い。しかも呼んでるのも、明らかに女の名だ。

 

 「……同族から血を奪うからこうなる」

 「……同族!?え?なら、耳とか無いし、吸血鬼さん?私、干からびるの?」

 「いや、俺はそこまで飢えてねェし、それ程多くの血もいらねェから、安心していい」

 

 軽く説教でもと思ったのに驚き怯える姿を見れば、それさえ出来なくなる。そっと動く耳に手を伸ばすと、怯えながらもその場を動かないから適当に触らせてもらう。

 

 「……私、月に1度異性の血液が100mlいるのよ。でも、家族以外とまともに話した事もないし、今回こんな大失敗だし……もうやだ。血液入手しないで私が灰になったら家族が悲しむと思うからそんな事も出来ないし……」

 

 さっき呼んでたのは家族か。珍しいな、家族と住む妖怪なんて基本いねェってのに。

 まァ、だからこそこんなに甘いんだろうが……。

 

 「なら、俺の嫁に来るか?」

 「……なんでそうなるのよ」

 

 基本的には気の強い猫気質なのかも知れないなと、耳や尻尾を撫で回しながら考える。だが……こりゃァ本気で分かってねェな。

 

 「俺は主祖だ。数百年に1度の血液採取で事足りる。俺の血をさっきの量で良いなら、定期的に分けてやってもいい」

 「……助かるけど、対価は?」

 「だから、嫁に来いって……」

 「形だけ?」

 「いや、勿論子猫ちゃんが怯えてたような事をする普通の夫婦生活だ」

 

 子猫は困ったように俺を見て、尻尾を揺らす。それから本気で悩み始めた。

 ……家族がどれだけ大切に守って来たか伝わるような箱入りっぷりに、つい笑いそうになる。これが手に入るなら数日に1度血をやるくらい、構わねェと思わされる。

 

 「ところで、名は?」

 「ナミよ。シャンクスさん」

 「俺を知ってたか」

 「丘の上にある豪邸に住んでるって、本で読んだわ。……50年前のね。その時点で、息子さんとかかしらなんて考えないで、素直に逃げれば良かったわ」

 

 口ではそうだなと言いながら、俺は逃がす気なんて無かったのだから、無駄な事だと思う。妻にならないと言うならは、ペットとして連れ帰る気満々で俺は返事を待つ。

 Trick or Treat……楽しい悪夢は、これから始まり永遠に終わる事などないのだと、子猫は知らずに男を見詰める。どちらにしても今宵、このまま味見はしておこうと考えている男の傍で、無防備に尻尾を揺らしながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(将星カタクリ)

 兄弟は多い方だろうと思う。妖怪の種類の問題では無い。

 母が子沢山なだけだ。そんな俺も上から数えた方が明らかに早い為か、いつも下の面倒を見て来た。

 だが、この度人間とも少しは付き合えと言われて、狼人間としてのそれを隠して酒場にて色々と人間と言う生き物について学んでいたのだ。だが……最近は良く同じ人物の話題が登る事に気が付いた。

 どんな人間なのか。気になりつつも、出会う事は無いだろうと思いながら酒を口にする。

 その時店の奥がザワついたのが解った。なんだろうと思い、視線を向ければなんとも言い難い雰囲気の女が居るのが見えた。

 肉体的な事を言えば、酒場に居て何らおかしくないが、その顔立ちと雰囲気が酒場と言う場所にそぐわない。人の視線を避けるようにして奥に進み、バーテンダーにカクテルを頼むその様子は、妙に慣れた様子だ。

 その女がグラスに口をつけただけで、ざわめきが起きる。凄いものがあるなと思う。

 他の男が数人女に足を向けたのを見て、俺は何も考えずに立ち上がっていた。その足で女に近付けば、他の男が1斉に引く。

 女は俺を真っ直ぐに見つめて、けれども少し戸惑った様子を見せている。怯えた子ウサギのようなその眼差しに、俺の心臓が微かに軋んだ気がした。

 

 「……1人か」

 「えぇ、あなたも?」

 「いや、今目の前にツレが出来た」

 「不思議な人ね。……何か、ご用?」

 

 女は残りの酒を口に運び、そして艶やかに微笑んだ。その微笑みはどうやら酒の味によるもののようだが……危険な無防備さだ。

 この女が人間でも良いから、攫って行きたいと思わされる。この女が、欲しい。

 グラスが空になったのを確認して、その代金と共に部屋の金を投げ渡せばご自由にと言われる。その声を聞きながら俺は女を無言で抱き上げた。

 驚く女の表情は妙に幼く、騒ぐなと言えば小さくなってその身を固くするだけで声の1つも出さなくなった。微かに震えるその体は、柔らかく暖かい。

 部屋に入ると有無を言わさず女をベッドに沈めて、その体に覆い被さる。それに対して女は待ってと必死に言葉を紡ぐが、何故か待てそうにない。

 

 「や、だ!お願い、待ってっ!アッ……」

 

 口元を見られないように首筋に吸い付けば無防備にそらされる喉。喰らい尽くしたいという、衝動が俺を襲う。

 

 「やぁっ……おね、がい、待って……」

 

 震えながら瞳を潤ませて言うそれに、仕方なく動きを止めれば女が俺に抱き着いてきた。そして俺の首筋に、歯を立てた。

 微かな痛みと同時に人間ならば酔わされるだろう甘やかな快楽が襲ってくるが、俺にはそれさえも既に単なる興奮材料で……。血を吸っているならば吸血鬼かと思い、ならばこの永遠に近い時を共に生きる事も可能だと気付く。

 貧血になる直前に止めさせて、血の礼にお前を喰わせろと言うつもりで居たと言うのに女は驚く程早く吸うのを辞めてしまう。それから煽るように首筋を舐めるから、俺の理性は遠いどこかへ旅立とうとしている。

 

 「……ごめん、なさい。いい夢、見てね?」

 

 女はそんな言葉を残して俺の下から抜け出ようとするが……させるかとその体を抑え込めば、驚きの顔を向けられる。そして俺の牙を見て……。

 

 「……ワンコ?」

 「……お前は、猫か」

 

 驚いている女の頭には耳があり、割れた尻尾もある。そりゃ、喰いたくもなろうかと笑っちまう。

 猫又はメスのみ、狼はオスのみだ。当然、相性も良い。

 猫娘と狼男か。そう思う俺とは違い、女は俺の変化に怯えた様子で頭を横に振る。

 

 「俺が、怖いか?」

 「人間が、怖いのよ!」

 「……安心しろ。俺は妖怪だ」

 「……それ、安心できるの?」

 「人間じゃねェ」

 「確かに……」

 

 恐怖と混乱で思考回路は停止しているようだ。その姿に小さく笑ってから、そっと口付ける。

 Trick or Treat……混乱したままでいいから、最後まで喰わせろと、菓子なんぞこの際どうでもいいからと名も知らん相手に襲い掛かる。狼に狙われた猫が、逃げ切れるなんて夢のような事は、夢の夜でもなかなかに難しいだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(冥王レイリー)

 最近はろくな事が無いなと、色々と思い返してしまう。噂では美男子だった人物は実際の所ハリボテの盗賊で、色々と奪われた人間がその恥を隠す為についた嘘によるものだった。

 美味い獣がいると聞いてみれば、単純に料理人の腕が良くて、獣自体の何かではなかった事等を思い出しつつしみじみとそう思う。まぁ、美味かったのだから、文句は無いが。

 だからこの度噂になっている美女にも、全く信憑性は無い。何しろ最高に幸せな気持ちになったと言う情報しか無いのだから、金を奪い取られた男達の妄言だろうと考えて何がおかしいだろうか。

 ブランデーをロックで呑んでいれば、カウンターの片隅に女が座って居るのが見えた。否……女と言うにはまだまだ若く、お嬢さんと呼ぶべきだろうが。

 1人にして置けば宜しくなさそうな美貌に、そっとボトルとグラスを持って歩み寄ればお嬢さんは私を真っ直ぐに見て、それからボトルを見た。その瞳はボトルに釘付けのまま輝き……成程私よりも酒の方が魅力的かと思えば、笑うしかない。

 

 「こんばんは、お嬢さん」

 「こんばんは。それ、サリニャックよね?少し味見させて貰えたりしない?」

 「……構わないが、何で呑むつもりかな?」

 「すと……いいえ、あー……ロックで」

 

 今ストレートと言いかけなかったか?

 確かにこれは、混ぜ物をしない方が味わいを楽しめるものだが、ストレートで呑むような軽い酒では無いと思うのだが……。手元を見ればラスティ・ネールを呑んでいたと分かり問題は無さそうだと判断する。

 甘口の酒だから騙されやすいが、アルコール度数は40ある。スコッチ・ウイスキーとドランブイで作られる錆びたクギと呼ばれる酒だ。

 

 「イケる口かね。なら、少し付き合って貰っても構わないかな?」

 「……喜んで」

 

 名を尋ねれば素直にナミと名乗った無防備な少女に、私も名を告げる事で取り敢えず体裁を整える。頼むカクテルは度数が35以下のものは無く、ただ口当たりの優しい甘い物を好む傾向があると気付く。

 成程、ならばサリニャックを舐めたいと言うのも分かる。いつ作られたかにより味が少し異なるが、甘口の酒だからこそ好きならばそれなりに反応する。

 2人で何本のボトルをあけたか分からなくなる程に呑んで、それでも平然としているナミに、中々に持ち帰るには骨が折れそうだと若者達の苦労を思う。無邪気に笑うナミは、本当に酒が好きなのだろう。

 

 「さて、ナミちゃん……遅くなってしまったが、家まで送ろうか?」

 「……そうね、でも、近くに部屋でも取るから心配しないで。レイリーさんも気を付けて帰ってね」

 「せめて、その部屋まで送らせなさい。心配でならないよ」

 

 何とも無防備な様子に溜息を落とせば、キョトンとした顔で私を見て、優しいのねなんて笑う。……男は骨になるまでと言う言葉を、どうやらナミは知らないらしい。

 部屋のドアまで送れば、ありがとうと微笑み無防備に背中を向けるナミ。それに悪戯心が刺激されて背後から抱き締めて、その首筋を舐めれば可愛い声がもれた。

 その直後真っ赤になったナミが睨みながら部屋の中に転がるように入った。なので、私もそれを追うように部屋に入りドアを閉める。

 そこまでされて漸く、警戒した様子を見せたナミに遅すぎるなと思う。微かにでも、震える体で私に挑むような視線を向けて来る。

 人間の小娘が、私から逃げられる筈も無いだろうに。けれども腕に自信があるのか、気の強そうな眼差しで私を射抜いてくる。

 

 「……逃げるには遅いよ、ナミちゃん」

 「レイリーさん、私は……そんなつもり無かったのよ。だから……恨まないでね」

 

 そう言ってナミから抱き着いて来たと思った直後に、首筋に歯を立てられる。……吸血鬼か。

 相性は悪くなさそうだと内心で笑ってしまうのは、その体が慣れない行為に震えているからか。吸われる快楽に、確かに人間の男が幸せな夢を見るのも分からなくはないと思う。

 だが……と思った時、牙が抜かれてその跡を消すように治癒を施されれば、やはり甘いと思わされる。そっと体を離して、罪悪感タップリな顔で、ごめんなさいと呟くその頭には、フルフルと震える愛らしい猫耳がある。

 ……猫耳?吸血鬼に、猫耳??

 捨て猫のような顔で、割れた尻尾を揺らしながら私を心配している様子に、これは手放せないとほくそ笑む。これ程に愛らしい生き物が他に居るだろうか。

 年甲斐もなく本気になりそうだと、その細い体を抱き込み、驚いているその肢体をベッドに落とす。

 Trick or Treat……たまには噂を信じてみるのも悪くは無いと冥界の王は笑う。何も知らない子猫は、冥界の王に昼も夜も無く愛される事となるのだが、知らぬは子猫ばかりなり。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィン/妖怪(参謀総長サボ)

 妖怪が活発化すると言われる妖怪の日。それが今日であるのは分かっている。

 同族殺しと呼ばれる俺達ダンピールだとて、人間を情け容赦なく殺して回るような吸血鬼以外ならば殺したりはしないんだが……。そこは吸血鬼達から見れば、違いなど分からないだろう。

 ダンピールだと知られれば、下手をすればそれだけで殺されかねない。特にこの街は妖怪が多く、比較的人と妖怪が友好的である為に吸血鬼をそれと知って庇うケースも有り得る。

 その証拠に明らかに人とは思えねェ事をする、噂の美女にも会ってみたいと言う馬鹿が多い。淫魔か吸血鬼だろうに、何を悠長なと思うのが正直なところだ。

 それでも幼少期に世話になった姉や片割れ、弟が無事に生きられるよう必死で正体を隠しつつ悪い妖怪退治に勤しむのが、俺の限界だ。それでも休息は欲しい訳で、情報収集と噂の美女への遭遇確率上昇、そして何よりも休息を取る為にと酒場に入る。

 そこには見覚えのある髪が座っていた。いや、無論髪だけが浮いてたり座ってるわけじゃねェんだけど……。

 そっと、まさかと思いながら歩み寄れば視線が俺に向けられる。その視線を向ければ、相手は俺を俺だと認識していないと分かる。

 だが……近づけば変わらない香りが俺に届くから、間違いはないのだと知る。……最愛の、姉だと。

 

 「ナミ……」

 「どうして、名前を……?え?まさか……」

 

 そう言ってナミは立ち上がると、戦慄く唇を押さえるようにして、その瞳に涙を溜めた。零れそうでこぼれないそれが、ナミが俺に手を伸ばすのと同時に零れ落ちて……それと同時に頭から耳が生えた。

 よく見ればそのタイミングで尻尾も生えて、猫娘だったのかと初めて知る真実に少し笑いながらその抱擁を受け容れる。ゴロゴロと言ってるのが聞こえてきそうな程に、嬉しそうに俺を抱き締めて、愛おし気に俺を撫でる。

 

 「サボ……良かった、生きててくれて。良かった……」

 

 定住の地を探している旅の途中だと言っていた幼い頃の姉は、傍にいる間は常に俺達3人を慈しんでくれた。その姉が去る事になっていたその日、あの町は業火に沈んだ。

 その為に見送りに行く事は出来ず、俺達3人も含めて全員があの日を境に消息不明となってしまった。生きていてくれた事を喜ぶのは、俺だって同じだ。

 あの頃と雰囲気が変わらないナミに、俺も心から無事で良かったと伝えれば嬉しそうに微笑んでくれた。それから小さく、また明日頑張ればいいわよねと呟いたナミに少し不思議な気持ちになる。

 けど今はそんな事を気にするより、ゆっくり話をしたくて隠れ家にしている拠点に案内する事にした。ナミは、相変わらず優しく俺を見詰めてくれる。

 案内してみれば、ナミは楽しそうに俺と話をして、長い空白の時等無かったかのように思える程だ。途中猫又だったなら教えてくれたら良かったのにと言えば、困ったように微笑まれてしまったが。

 そんなナミとの時間は瞬く間に過ぎて、深夜になる頃突然ナミが苦しそうに胸を押さえた。何かの病気かと思ったが、よく見ればそれは血液を入手出来ずに崩れ去る直前の吸血鬼とよく似ていて……。

 まさか……ナミは、ハーフか?

 それで漸く合点がいく。必要最小限だけの吸血を行っていたから、死人も出る事も無く美女の噂が流れたのだと。

 苦しむ姉に……けれども血を吸っていいと首を差し出すのも気恥ずかしく……判断に困り足りないとは分かっていながら、何かあった時の為にと用意されている医療器具の中から注射器を取り出して自らの腕に刺す。

 それにより血が抜けて行くのを感じつつ、150ml程度のそれをグラスに入れて差し出す。とりあえずはこれで、目の前で姉が崩れ去る事だけはこれで避けられるだろう。

 戸惑いながらもそれを素直に受け取ったナミは、血液を半分程飲んだ所でその動きを止めた。そして、小さくごめんなさいと呟く。

 

 「どうしてそんなになる迄耐えてんだ。死ぬぞ?」

 「……人を、傷付けたくないし……関わり方も、分からないし」

 

 そんな言葉を紡ぐナミの様子を見て、実年齢は歳下だった事を思い出す。それから話を聞けば、月に1度それも今回と同等程度の血液で良いというのだから、少しは頼ってくれよと心から思う。

 

 「俺は、血を必要としない吸血鬼だから……半月に1度会おう。生存確認兼ねて、たまには俺も安心出来る相手と過ごしたいから、その時ナミにこの程度なら血を渡すくらいなんて事も無い」

 

 俺の言葉にナミは泣きそうな顔で笑うと、優しい弟がいて私は幸せ者ねなんて笑う。後に他の兄弟とも再会して、ナミがその兄弟に〝恋人〟として攫われてしまうなんて事は、想像もしていなかった。

 Trick or Treat……最愛の姉弟と出逢えた今宵だけは、悪夢を見る事も無いだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2018~19年クリスマス&お正月連動イベント
クリスマス(麦わらのルフィ)


 サンジが言うにはナミが書いてる本のおかげで、世界的にクリスマスって行事が広まったらしい。最近はそれに合わせた料理の本とか、小説、歌の何かも出してるらしくて、料理本はサンジに、歌のはブルックに託されてるらしい。

 どうしていつもナミは働いてんだろうと思いながら、その様子を見守る。あんまり束縛したら、ナミも嫌がるよななんて思ったから。

 でも、サンタの衣装よなんて見慣れない赤い服を着たナミが、素足晒して歩いてるのを見たら……不愉快にもなる。皆でクリスマスパーティってのをやって、それは楽しかったしナミが全員に毛糸で作った何かを渡してたのも良いとは思う。

 セーターだったり、マフラーだったり、ケープだったり。サンジとウソップにはセーターで、動く時邪魔にならないでしょと笑っていた。

 ゾロとフランキーとブルックにはマフラーで、手を使う人にはこっちかなとか言ってて、チョッパーとロビンにはケープを渡してた。チョッパーは形態が変わるから、そんな時にも困らないようにって、ロビンには邪魔な時はひざ掛けにも出来るでしょと笑って……。

 なのに俺にはまだ何もない。何だろうと思っていたら、昨日はイブだから、今日の私の時間を全てルフィにあげましょうなんて言い出した。

 プレゼントは無いのか?と首を傾げたら、困った顔をされた。本気で困ってる様子に、俺も何か欲しいとは言えなくて……。

 

 「だって、ルフィはマフラーどこかに引っ掛けて首絞めになりそうだし、物食べるのに手袋は邪魔だろうし、セーターとケープは戦いの時ボロボロにして落ち込みそう。それに帽子は、いつものがあるでしょ?」

 

 言われてみれば確かにと思う。けどよ、俺だけ無いってと思ったら、顔を赤くしたナミが俺から視線を反らして呟いた。

 

 「だから、今日は1日、ルフィの為だけの私でいるから、それで我慢しなさいよ」

 「ナミを、好きにしていいって事か?」

 

 その瞬間、ナミの顔が爆発する勢いで赤くなった。……可愛い。

 そっか、そういう意味も込めて、好きにしていいのかと笑えば、泣きそうな顔で俺を見て来たから、とりあえず抱き締めてその唇を貰っておく。それに恥ずかしそうにするけど、本当に抵抗しねェからこの可愛い恋人をどうしようかと考える。

 

 「……とりあえず、飯に行こう!それから、何か買い物でもしような」

 「買い物?」

 「俺も皆に何か返さねェとさ。昨日貰ったし」

 「そうね、1緒に考えてあげるわ」

 

 そう言って笑った顔は姉の顔で、すぐに恋人から姉に変わろうとするそれに少しムッとする。だから耳元でそっと囁く。

 

 「今日のナミは俺のなら、今夜……覚悟しとけよ」

 

 その瞬間、恥ずかしがり屋な彼女の顔になったのを見て、よしっと思う。どんなナミも俺のだけど、今は彼女として側にいて欲しいと思うからな。

 仲間としてのナミは頼りになるし、いつもは皆のお姉ちゃんって感じだけどさ……今は俺の彼女でいて欲しい。手を握って走り出せば、少し戸惑いつつも笑ってくれるから俺はそれが嬉しいんだ。

 何か身に付けられる物をナミにって思うけど、指輪とかはペン持つのに邪魔になるだろうし、どうすっかなァと眺めて……髪飾りを手に取る。白い花の飾りが、蜜柑の花と良く似てる。

 俺にはただの棒に蜜柑の花と似た飾りがチャラチャラしてるようにしか見えないけどさ、ナミなら上手く使えるんだろうから……。だからこそ疑問なんだけどよ、なんでこう、何でも器用に出来て髪だけ拭けないんだろうな?

 

 「これ、包んでくれ」

 「どなたへのプレゼント用ですか?」

 「ん、そこにいる」

 「……恋人、で宜しいですか?」

 

 あァ、そういう意味かと漸く分かって頷くと、店員さんが紙とリボンの他に赤い花を1つ付けてくれた。ありがとうと言ってそれの代わりにベリーを渡してナミの所へ行くと、ナミは真剣な顔で何かを見てる。

 どれを見てるのかと視線を辿れば、紙を立てておく為の入れ物だと分かる。欲しいのかと思って顔を見たら違うと分かって、素直に聞いてみる事にした。

 

 「……駄目ね、壊れやすいし入れるものに困るわ」

 「どうしたんだ?」

 「お返しのプレゼントでしょ?それなら全員分、出来るだけ揃えた方がいいかと思って写真立て見てたのよ。でも船だもの、危険すぎるわ。だから、困ってるのよ」

 

 あァ俺の為に考えてくれてたのかと分かれば、嬉しくなる。ありがとうと言えば、はにかんだように笑って俺の手を握ってくれた。

 その指先が少し冷たくて……突然俺が離れて不安にさせたのかなと思う。普段から不安を口に出す事もできないナミは、不安なのか寒いのかどちらにしても指先が冷たくなる事に違いはなくて、そして今冷たい事は変わらねェ現実だからとその手を強く握る。

 

 「これなんてどう?」

 

 俺の気持ちに気付かずに他に視線を移していたナミの声に導かれるようにそれを見れば、ペラペラした薄い板や紙が並んでいる。種類も豊富なそれが何だか分からなくて首を傾げれば、栞よと笑われる。

 

 「これは定規として使えるから、ウソップとフランキーに、こっちはシンプルだけど邪魔にならないからゾロ、サンジ君、チョッパー、ブルックに、この辺りのは花だからロビンにどうかしら?」

 「良いかもな。皆本読むもんな」

 「そうね、ルフィ以外は皆読むわよね」

 

 クスクスと笑うナミに見惚れそうになりながら、言われた辺りを見ていたらナミは店の中をもう少し見てみたいから後でねと言って離れて行く。それから俺が買う物を決めてレジに行くと、ナミも何か買おうとしてるのが見えた。

 見ると蜜柑の飾りがついた紐で、ホント蜜柑好きだなと笑っちまう。それから皆へのお返しも手に入ったしと店を出ると、食事を後回しにしたからか力が入りにくくなって来た。

 そんな俺にナミは可笑しそうに笑うと、近くのホテルに足を向けた。大人しくついて行くと、宿泊と食事と言ってさっさと支払いを済ませて俺を手招く。

 そういうの、俺がやるべきなんじゃねェのかとも思うけど、今更かと笑う。それにしても、俺の小遣いウソップより少ない気がするのは気のせいかな?

 レストランの所に着くと、好きなだけ食べていいから帽子貸してと言われたのでとりあえず渡しておく。ナミは俺の帽子を大切そうに受け取って、優しく笑ってから何かを取り付け始めた。

 それがさっき買ってた蜜柑の飾りがついた紐だと気付けば、紐が俺へのプレゼントかと気付く。俺にだけ何も無いと言ったから、そんな事してくれたのかと思ったら嬉しくて、同時に少し恥ずかしいような気持ちになる。

 だからそれに気付かなかったフリして食事をしてたら、ナミの手が止まってるのに気付いて、その視線を辿れば外は雪が降ってた。後で雪だるまとか作れるかな?

 

 「ホワイト・クリスマスね。関東や関西でも珍しいけど、それより南に行けば行く程に珍しいから何だか特別に思えるわ」

 「……なんだ、そのカントウとかなんとか言うの」

 

 初めて聞く言葉に疑問をぶつけると、少しその瞳を揺らしてからそういう地域があるんですってと笑った。何か隠してるのは分かる。

 けど、ナミがなんだか寂しそうだったから、それ以上は聞かずにそっかと言えばナミはホッとしたように笑った。泣いちまえば良いのに……。

 時々ナミはこういう顔をする。2度と逢えない誰かを想うような、寂しそうな顔を。

 でもナミは村人を全員守っただろ、だからそんな顔すんなよ。そう思って食事を終えて立ち上がる。

 そんな俺にナミは不思議そうな顔をするから、さっき買ったプレゼントを渡す。俺はただ、ナミに感情を隠さずにいて欲しいんだ。

 

 「これ、ナミにやる。だから、早く部屋に行こう」

 

 俺の言葉にナミは頷くから、用意された部屋に向かい……そこでナミに触れる程度のキスをする。それだけで真っ赤になる可愛い彼女を見れば、自然と俺も笑顔になっていた。

 

 「俺は、ナミが笑うなら後は何でもいい。ナミの事が好きだ」

 「……ありがとう、ルフィ。これ、開けてもいい?」

 

 そう言ってプレゼントについてる花を見て、この花、意味分かってつけた?なんて聞いてくる。

 オマケで付けてくれたと言えばそうよねと、安心したように笑ったナミに意味を聞けば、小さく「愛してるって意味よ」なんて答える。知らなかったけど、それなら問題ないなと笑えば花よりも赤くなったナミに、俺もにししっと笑う。

 その中身を見たナミが静かに涙を落とすから、何か間違えたかと思って焦った。でもそのすぐ後にナミが俺に抱き着いてきたから、問題なかったと知る。

 

 「ありがとう、ルフィ……大切に、使うわ」

 

 俺の可愛い蜜柑の花は、俺には泣いたり笑ったりしてくれる。それがどれだけ俺を嬉しくするか、きっと分かってない。

 Merry Christmas……君がいるならそれだけで、本当は他に何もいらないのだけれど、聖なる夜だと言うならば、その全てを独占させて欲しいと願う。皆の為にと頑張る優しい君を、今夜は俺だけのモノに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月(麦わらのルフィ)

 そろそろ掃除も終わったかなと思った俺は、ナミの様子を見に向かう。測量室(ナミの部屋)の窓からニュースクーが飛び立つのを見送り、ロビンに渡しておいてと言われた箱みたいなのに入った物を手に、蜜柑の木を背にしてドアを開けた。

 その直後ナミが珍しく飛び付いてきて、甘えて来るから咄嗟にそれを抱きとめる。部屋を見れば、とっくに大掃除なんて終わってた様子に少し驚いた。

 あれだけ積み上げられていた紙とか本とかが綺麗に片付いていて、机の上にペンが立てられてるのと、インクがある他何も乗ってない奇跡を見た。すげェ……こんなに片付いてるの初めて見た。

 そんな事を考えている俺の肩に、ナミは顔を埋めて体を強く抱き締めてくるから、その甘えるような動きに俺は自分の理性との戦いを強いられる。本当にナミは可愛いンだよなァ……今襲ったら不味いのは解るけどよ。

 

 「ナミ、これロビンから」

 

 箱を手渡す為に少し距離をおけば、それが少し物悲しく思える。ナミは可愛いらしくキョトンとした顔を見せるから、ロビンから話は何も聞いてないらしいと知った。

 箱を手にしたナミはそれを部屋に持って入るので、俺もその後に続く。俺も中身知らねェんだよなと思ったから。

 そうして中から出てきたのは洋服だったらしくて、ナミは懐かしそうにその瞳を細める。それから少しその中身を物色して、1人で頷いている。

 

 「洋服か?」

 「和服よ。振袖って呼ばれる種類ね」

 「何か違うのか?」

 「布の作り、裁縫のやり方、色の付け方、全て洋服とは異なるわね。まず和服のそれは「あァ、もういいや。ナミが好きな服なんだろ」」

 

 放置したら何時間でも語られそうなそれを慌てて止めれば、ナミはそれに対してクスクスと笑う。その顔が本当に楽しそうで、なら良いかと思わされる。

 

 「ナミ、明日だけどよ……2人で出掛けよう!」

 「お任せするわ、船長。今夜は夜ご飯の後で蕎麦を食べられるし、その後はお年玉も配るから楽しみにしててね」

 「おう!楽しみにしてる!」

 

 そう言ってナミと唇を合わせてから、また後でなと言って部屋を飛び出す。無防備で愛しい彼女を明日は、しっかり守らないとななんて考えながら甲板に出て遊んでいたら夕飯だぞとサンジが声を掛けてくれる。

 夕飯はいつもと同じ感じで、ナミとゾロとサンジのお陰で魚料理が異様に多い。でも、蛸とか海老とかも出るから毎日の食事は本当に楽しみだ。

 ナミがナミとは違う名前、ホウギョだったかな?で出したお正月料理の本ってのを手にして、サンジは1人でキッチンにこもってるし、お正月遊びの本ってのを見てフランキーがウソップと何か作ってるのを見掛けた。皆が側に居てくれて、俺は本当に幸せだよなとしみじみ思う。

 夕飯の後は正月をどう過ごすのかとか話して、2日の日に皆で遊ぶと決まれば1日は自由行動になる。それを受けてナミはフランキーにロビンとの時間も作りなさいよなんて言ってて、それを聞いたロビンが顔を赤く染めてるのが見えた。

 ロビンはナミの前だと反応が素直だよなと思う。それと同時に、ロビンが女で本当に良かったと息を吐き出す。

 俺は時々本気で思う。この船って皆、船長である俺よりナミを大切にしてるんじゃねェかな?ってさ。

 まァ……それに対して、ただ守られてるお姫様で居てくれねェのがナミって生き物なんだけどよ。どうしたら守れるだろうか、大切な仲間と愛しい彼女を。

 その日の日付が変わるタイミングで食べられるようにと用意された蕎麦は、それぞれの喜びそうな天麩羅が乗せられていて、俺の天麩羅は肉だった。それに喜んでいたら、ナミの姿が見えない事に気付いて辺りを探しに行こうとした所で、ブルックが何か演奏しましょうかと言って笑った。

 ブルックが手にしているのは、ナミが書いてた楽譜だ。なら、お正月ソングって奴なのかもと気付けば探しに行くか演奏を聞くかで悩んじまう。

 その時ナミが戻って来て、見慣れない服装に少しドキリと心臓が高鳴るのを感じた。いつもの様に肌を露出してないナミは新鮮で、無意識で腕を伸ばしてナミを抱き寄せていた。

 俺の胸に抱き込まれたナミは、驚いたような顔をした後、優しく笑ってくれる。そして、少し不安そうに似合わないかな?なんて聞いてくる。

 

 「逆だよ馬鹿。誰にも、見せたくねェ」

 「ありがとう、ルフィ」

 

 照れたように笑いながら、振袖1人で着るとか大変だったから報われた気持ちになるわなんて笑ったナミ。それに、そのまま食らいつこうとしたらロビンの手が生えてきて阻止された。

 なんだよーとロビンを見れば、ロビンが呆れたような顔で俺を見て、ナミを連れ去る。俺のナミなのに、酷ェ!

 

 「ナミはまだまだ忙しいのよ。ルフィは蕎麦食べて大人しくしてなさい」

 「ロビン、助かったわ」

 

 何が助かったんだよと思わなくも無いが、ナミは人前でキスしたりするの嫌がるからそれかと遅れて気付く。でもよ、ナミがいたらするだろ。

 項が見えるように丸められた髪には、何となく見覚えのある髪飾りがあって、どこで見たんだったかなと少し考える。それよりも項が綺麗で、すぐにでも食いつきたいなと思わされたんだけどよ。

 蕎麦を食べて、挨拶して、ナミが全員にお年玉を配る。そこでお年玉とは本来お餅の事でなんて語り始めたのを聞き流して、小遣いとは別に貰えたお年玉の中身をホクホクした気持ちで眺める。

 

 「さて、ルフィ。1眠りしてから出かける?」

 

 ナミからのその言葉に、俺は慌てて首を横に振る。寝るのは、2人で宿に泊まった時だと決めてるんだよ俺は!

 

 「すぐ行こう!ハツヒノデをナミと見るんだ!」

 

 俺の言葉にナミは笑って、そういう事ならと言って俺の腕に抱き着いてきた。そして、エスコート宜しく!なんて明るく笑ってくれるから、俺は顔が赤くなるのを自覚して、この場で襲うぞコラと思いながらも歩き出す。

 いつもよりゆっくり歩いてるナミに、俺に絡みついたのは歩きにくいからかと気付いて何か期待した気持ちが萎える。でも待てよ、頼ってくれてるのかと気付けば、それはそれで嬉しい。

 

 「ルフィ?」

 

 どうやら百面相してたらしいと気付いてなんでもねェと返せば、ナミは可愛い笑顔で楽しそうに笑う。その笑顔を見た俺は、ナミが笑うならなんでもいい気がしてきた。

 小高い山が見えて、その頂上まで歩いて登るのは時間が掛かりそうだなと思った。なので俺は、ナミを腕に抱いて空いてる腕を伸ばすと1気に上まで移動する。

 登った所はまだ途中だったらしくて、屋台がいくつも並んでいた。それに思わず歓声を上げれば、ナミが少し食べてく?なんて聞いてくれる。

 それから少し周りを見て、俺に優しく微笑む。どうやら座れそうな場所を見付けたらしい。

 

 「席取っておくから、食べたい物買ってきて。私には甘酒をお願い」

 「分かった!」

 

 すぐに動こうとした俺に、ナミは財布を投げ渡してくる。それはナミの財布で、それの中身で買ってきなさいなんて笑う。

 ……ナミはこうしていつも俺を甘やかす。優しく笑うそれが、いつの頃からか母親の顔じゃなくて恋人のそれに代わりつつある事は気付いてるけど、たまには俺に甘えて欲しい。

 甘やかして来るばかりのナミを、甘やかしてやりたい。ナミが皆の前で泣いたりする事が出来ない事は知ってるから、俺の前では好きに泣いて欲しいと思う。

 

 「何か食いたいものは無いのか?」

 「お蕎麦食べて来たばっかりだから……それに、とりあえず寒いから暖かいものが欲しいのよ」

 

 笑うナミに俺はとりあえず俺のコートをその肩に掛けてから買ってくると言って飛び出す。コートを掛けただけで顔を赤くして俯いた可愛いナミに、変な男が寄ってくる前に帰るぞと急いで買い物を済ませれば、戻った時には感電してる男が何人か転がっていた。

 やっぱりそうなるよな。ナミ、可愛いもんな。

 

 「待たせたかァ?」

 「そんな事ないわよ。お帰りなさい」

 

 嬉しそうに微笑むナミを見て、辺りがざわめく。いつもの微笑みだから、特に変わった事はねェだろうと思っていたら、その辺から男が1斉に減り、知らない女が何人もナミに声を掛け始める。

 

 「そんなに好きなんだ?」

 「それだけ好きなら、他の男は邪魔よねー?」

 

 その言葉に悪意は感じられなくて、なんだろうと思って首を傾げていたらナミが恥ずかしそうにしているのが見えて、どうやら俺の事で揶揄われてると分かる。その瞳が潤んでいるのに気付けば、食べ物をテーブルに置いて咄嗟にその顔を隠すように抱き締めていた。

 

 「ナミを苛めんなよ。だいたい間違ってんだよ。ナミはな、俺を好きなんじゃなくて愛してんだからよ」

 

 その瞬間何故か近くにいた何人かが同時に噎せて、ナミを揶揄ってた女達がご馳走様と何も食ってねェのに言ってから視線を逸らした。とりあえず落ち着いた様子だったからナミに甘酒を差し出して、俺も椅子に座る。

 

 「甘酒って美味いのか?」

 「とりあえず、体が温まるわ。……今、変な暖まり方したけど……もう、ルフィのばぁか!」

 「俺、なんかしたか?」

 

 人前だからキスしたり、首筋とか耳に噛み付いたり、服脱がせたりしなかったぞ。そう思っていたら、それが伝わったみたいでナミが低く呻くように言う。

 

 「人前でそんな事したら、即刻帰るからね。私が本気で逃げた時、ルフィに私を捕まえられると思わないでよ?」

 「ナミが本気で……楽しそうだな、それ」

 「やだ、なんで楽しそうなの……?」

 

 そんなの決まってる。いつも俺に手加減してるナミの本気とやれるのは、どうしたって楽しみだ。

 

 「ん?ナミを捕まえたらそこで好きにしていいんだろ?」

 「いい訳あるかァー!!」

 

 珍しく本気で覇気を纏った拳を落とされて、爺ちゃんを思い出した。そんな俺達から周りは視線を逸らしていて、なんだろうなと思う。

 腹拵えも済んだところで、財布をナミに返してその体を強く抱きしめると、ナミは何も言わずに俺に抱き着いてきた。俺のやりたい事を何も言わなくても分かってるナミに小さく笑ってから、俺はさらに上を目指してビヨンと腕を伸ばす。

 頂上にはまだそれ程人が居なくて、俺はそれに小さく笑う。ナミはそんな俺の頬にそっとキスをして、視線を太陽が登る方へと向けてしまう。

 俺からもと思った時、何人かの足音が聞こえて小さく舌打ちしてから、俺も仕方無くそれに視線を向ける。

 

 「今年も1年、ルフィや皆とずっと1緒に居られたら良い。ルフィを少しでも支えていけたら……」

 「これ以上どうする気だよ。ナミは俺をいつも支えてくれてる。寧ろもっと俺に甘えろ。俺は海賊王になるって決めてるけどよ、その隣には無傷のナミがいる予定なんだから、無理はしないでくれ」

 

 思わず零れる俺の本音に、ナミは驚いたような顔を向けて、小さく迷惑かけてない?なんて聞くから、後で怒られるのを覚悟でナミの唇を塞ぐ。

 本当に馬鹿なんじゃねェかと思う。ナミ無しで、どうやって俺に海賊王になれって言うんだか。

 俺の心も、未来も、幸福も、全てナミが支えてくれて、護ってくれてる。感謝と信頼と愛を込めて、俺は言う。

 

 「Happy new year今年も、いやこれから先ずっと、1緒に居てくれ」

 

 嫌だと言われても、逃がすつもりなんて無い癖に、俺はにししと笑ってナミに再びキスをした。その髪を纏めて居る髪飾りが、クリスマスに俺が贈った物だと言う事に気付いたのは、もう少し時間が過ぎて宿に到着してからの事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月(悪魔の子ロビン)

ロビンはクリスマスのご用意がありません。
ロビンの話はフラロビとルフィ×主を主軸に書かせて頂いております。
ロビンとヒロインは百合ではなく友情です。


 目を離すと掃除や片付けをしてる筈が読書タイムに入ってるナミだから、大丈夫かしらと心配になり様子を見に行く為に立ち上がる。フランキーはそんな私に過保護が過ぎると言うけれど、貴方には分からないのよナミの可愛さとこの愛しさが。

 ドアを開けてみれば、その瞬間飛び出して来た子兎を無意識で抱き留めてその頭を撫でる。どうしたのかしら?

 まさかルフィに虐められたの?

 それなら、クラッチくらいしてあげるわ。もしくは2人になれないように邪魔する方がいいかしら?

 そんな事を考えてクスクスと笑っていたら、ナミが怯えたような眼差しで私を見上げて来たので部屋の状態を見に行く。女部屋には当初本棚は1つしか無かったのに、気が付いたら壁が本棚に生まれ変わって居るのだから何だかんだと言いながらフランキーもナミには甘い事が良くわかるという物。

 図書室として用意されたその空間はまだ少しばかりの余裕があるけれど、それも時間の問題であることは明白。月に何冊もの新刊を出している作家が居るのだから、ある意味では当然なのかも知れないけれど。

 

 「ロビン、私は疲れたのよ。それなのに皆が本読んじゃだめって虐めるし……私、もう嫌!」

 「ナミ、蕎麦が出来るまでは本を好きに読んでて良いわよ。ナミはナミのやるべき事を終えたのだから」

 「ロビン……大好き!」

 「私もよ」

 

 そんな事を言いながらも、お正月に遊ぶ為にと言ってフランキーやウソップに色々と作るようにお願いしている事を私は知っている。いつも皆の為にと何かをしているナミが、私が同じ部屋にいるから眠れているのだと知ったのはつい最近。

 でも、それがどれ程嬉しかったか……きっと貴女には分からないのでしょうね。

 賑やかで楽しい1味の中で、大切に守られるだけのお姫様に見せかけて、実はこの1味において欠かす事の出来ない大切な存在。それでありながら、皆を守っているのは寧ろナミの方。

 その事は、内情を深く知らなければ気付けないような守り方である為に、外部からは単なるお姫様に見えていると言うのが凄いところよね。だからこそ、気にされないか弱点として狙われるかなんだもの。

 深夜になると揃って年越し蕎麦を食べて、ナミが全員にお年玉を配り、それから朝から行う予定のゲームについて説明を始める。初めてナミから、お小遣いを貰った衝撃を私は忘れられない。

 そして今もまた、当然のように私にも配られたお年玉に、少し泣きそうになる。この優しい空間に、私が居る事を当然として求めてくれるナミに、どれ程私が救われているか……。

 

 「そんな訳でね、ツイスターゲームをやって貰う予定なの。ルールは理解した?」

 

 どうやらルール説明をしてくれていたらしい。全く聞いていなかったけれど。

 

 「その景品は……優勝者に私の時間を1日あげましょう!」

 「え?」

 

 思わず声を出したのは私で、そんな私にナミは笑う。いつも中々皆の要望聞けないからなんて言って。

 

 「例えば1日デートでもいいし、未発表の曲を披露するのでも、レシピを紹介するのでも良いわよ。お小遣いのアップとか、必要な物があるからと私に訴えてくれても構わないわ。1日、優勝者の傍にいて、それに可能な限り対応させて貰うつもり」

 

 その瞬間ブルック迄含めて全員が盛り上がった。その盛大すぎる盛り上がりに、ナミは少し引き気味だったけれど、朝になったらお雑煮食べて、それからねなんて言うナミに誰も彼もが大興奮の様子を見せる。

 部屋に帰った私が他に気を取られていてルールを聞いていなかったと言えば、全員和服姿で2人が同時に同じ指示に従うだけだと言う。能力の使用は禁止で、指示のカードはその次に挑戦する2人が読み上げるらしい。

 先に胴体を床につけた方が負けと言う、至ってシンプルな遊び。でも、確かに盛り上がりそうなそれに私も参加するのかと思えば、何だか楽しくなる。

 景品であるナミが参加しないから、ちょうど別れられるので、楽しいかも知れない。最初の対戦相手はくじ引きで決まり、その先は勝ち上がったメンバーでまたくじ引きする事で、対策を練るとか出来なくするらしい。

 それは盛大な戦いとなりそうねと笑う私に、景品はしょぼいけどねと笑うナミ。この子……本気で言ってるところが怖いのよね。

 お正月でもなんでも、ナミと共に過ごせるかが1番大切なところだからと、新年早々に夜更かししてしまいそうな大切な妹分を抱き寄せる。それに驚いた顔をするけど、本当に誰にもこの子を渡したくないわ。

 

 「ロビン?」

 「1緒に寝ましょう。今夜は、冷えるから……」

 「そうね、雪が降りそうだものね」

 

 そう言って無防備な笑顔を見せるのは、初めて出逢った時から変わらない。私が離れた時も、ずっと変わらずに慕っていてくれた。

 世界よりも大切な1味の皆だけれど、貴女は私の救いだから……優勝したら、2人だけで遊びに行きたいわと腕の中で寝息を立てるナミに囁いて眠りに落ちる。朝になるとナミが私に抱き着いていて、ナミを振り払えない私は身動きが取れない。

 起こせばいい?

 こんなに安らいだ顔で寝てるのに、そんな事出来る筈無いじゃない。その時部屋をノックしてそっと入ってきたのはチョッパーで、私が静かにねと指で示せばチョッパーはナミを見て嬉しそうに笑った。

 寝ているナミが珍しい様子で、小さな声でロビンの前では少しだけ幼い顔するんだよななんて言ってくれた。その直後にロビンもナミの前だと感情表現豊かだよななんて言うから、私は表情変化が分かりにくいタイプだと思っていた分衝撃を受けた。

 それから目覚めたナミを伴い、私達は皆でお雑煮と言う朝食を食べる。喉に詰まらせないようにゆっくり少しずつ飲み込んでねとか、箸でこう切るのよなんて教えながら食べている姿は既に皆のお母さん以外の何者にも見えない。

 優しく笑いながら対応する姿に、私が幼い頃に追い求め続けていた母の姿を見た気がした。そんな私にナミは笑って近付いて来ると、何故か頭を撫でて来る。

 

 「ナミ?」

 「大丈夫、ロビンを誰も独りにしないから……そんな泣きそうな顔しないで」

 

 歳下の筈の彼女に、私はきっと依存している。この甘い温もりに、私は囚われている。

 

 「ありがとう。食べたらすぐに始めるの?」

 「着替えさせてからね。ルフィに着せるから、ロビンはそれを真似てフランキーに着せてあげて」

 

 そんな風に自然と仕事を任せてくれるナミに、勿論よと笑う。些細な事かも知れないけれど、存在を否定されずに、それどころか必要なのだと言ってくれる仲間に、私は救われ続けている。

 全員の着替えが終わると、それぞれの姿に皆が黙る。フランキーとブルックは置いといて、他のメンバーの似合う事似合う事。

 若武者を思わせるゾロ、殿様を思わせるサンジ、普段より少し大人びて見えるルフィ、そしてナミが七五三みたいで可愛いと喜んでるチョッパー。私とナミは色違いの振袖らしく、紅白でと思ってなんて言ってるけど……。

 白地に赤の華が咲いているナミと、紅の生地に白の同じ華が咲いている私の振袖。私の姿を見て、黒髪だから絶対似合うと思ったのよと大喜びするナミに、貴女の方が素敵よと素直に褒めたら何故かいじけられてしまった。

 ウソップはせっかくの和服をどうしたのかと言いたくなる程に改良して、不思議な姿に変わっていた。それを促した犯人がフランキーだと分かったので、とりあえずある場所を絞めて反省を促しておく。

 鶏の断末魔のような声を響かせるのを聴きながら、お正月は鳥の声も盛大ねと笑う。そうしたら何故か、ナミが辞めてあげてと泣きついて来たので辞めてあげたけれど……本当にお人好しね。

 厳選なるくじ引きの結果即座に始まったのがフランキーとルフィの対戦。右手を赤に、左足を緑にと言われるままに置いていく2人に、初めは簡単そうだと思っていたのに、次第に恐ろしいと思わされ始める。

 1つの指示を出して、実行されてから10秒無言の時があるのがまた、怖い。そんな中でナミが七輪を持って来て、観戦しながらお餅食べましょうと言って焼き始める。

 それによりルフィが叫ぶ。足はクロスして、左手は足より後ろにあるのに、右手は頭上という奇跡の体勢で。

 

 「ナミひでェ!俺も食いたい!」

 「終わってから食べたら良いじゃない。私は磯辺焼きー」

 

 その光景に寧ろ悪魔なのはナミなんじゃないかしらと思う位、ルフィの近くでお餅を焼くナミは、何だか楽しそう。そこへサンジが寄って行って普通にお餅について話し始め、ルフィのお腹が盛大に鳴り始める。

 

 「ナミさんは、普通の醤油派ですか?」

 「チョッパーが喜ぶかなって思ったから、砂糖醤油用意して来たの」

 「それ、美味いのか?」

 

 チョッパーが反応すると、焼けたばかりのそれをチョッパーに差し出してナミは笑う。チョッパーは砂糖醤油で味付けされたお餅を甘くて美味しいと喜んで食べていて、ルフィが半泣きの顔になる。

 

 「ナミー……。俺も、食いたいー……」

 

 その時フランキーに視線を向ければ、先程絞めた影響なのか少し辛そうに汗をかいていて、体制的にはルフィより軽い様子なのに腕が震えているのが見える。ルフィも可哀想だしと思って、私は皆がきな粉餅だとか言って喜んでるのを眺めながら提案する。

 

 「2人に、その状態でお餅食べてもらうのはどう?」

 「「え!?」」

 

 フランキーは絶望的な顔で、ルフィは嬉しそうな顔で反応する。お餅が焼けるまで次の指示は無しねなんて笑う私に、ウソップが悪魔がいると呟いたけれども聞こえなかった事にしてお餅を焼き始める。

 それを見てナミは優しく何味がいいのなんて聞いていて、フランキーがコーラと言ったためにサンジが謎のコーラ味の餅を用意し始めて、天才ねと思う。けれどもフランキーは餅のないコーラを希望していたようで、違ェと叫んでいて五月蝿かったわ。

 ルフィに視線を向ければ、ナミから磯辺焼きときな粉餅をそれぞれ食べさせて貰っていて、なんとも嬉しそうな顔をしている。あの体勢でよく食べられるよなと呟くように言ったゾロに、本当にそうねと言ったら手元には餅では無く卵焼きとお酒があってゾロらしいと思う。

 

 「卵焼きが甘ェ」

 「蒲鉾にしたら?山葵醤油で食べたらいいと思うけど」

 「そっちにするか」

 

 そう言ってゾロが立ち上がった時、巨体故かフランキーは力尽きて、ルフィに余力を残させた状態でのギブアップとなった。崩れ落ちる直前までルフィはナミにお餅をせがみ、食べさせてもらいながらの戦いで何故勝利できたのかと考えて、ルフィだからよねで終わらせる。

 ルフィは大喜びしているけれど、これは優勝賞品がナミでさえ無ければ私は早々に諦めていたであろう状態ねと思う。今回はルフィ相手でも、譲るつもりは無いけれど。

 続いてはウソップとブルックで、ブルックはその軽い体を利用して、凡人よりは充分にバランス感覚の良いウソップを圧倒した。それを見ているだけの人達も自然と盛り上がる。

 その間ルフィはお正月料理の海老を頭から食べていて、それって頭も食べるものだったかしらと首を傾げる私に、ナミが気にしちゃダメよ!なんて言う。チョッパーはお正月料理に甘い物が多いと気付いて喜びながら食べていて、その状態に癒される。

 そうして3回戦目の対戦は奇しくもサンジとゾロで、ライバルであるからなのか汗だくになりながら頑張り続ける2人に声援が飛び交う。それをナミは穏やかな表情で見ていて、決勝戦さながらのそれはけれどもどんな姿勢になっても倒れない、サンジの奇跡のバランス感覚により、勝敗は決した。

 私はチョッパーと戦い、それに勝利をするとまたくじ引きとなった。普通に次の相手が分かってはつまらないからと言う理由で、シャッフルされた結果でもあるし、昨夜説明は受けていたので文句はないけれど……サンジVSルフィの戦いが始まる。

 元々バランス感覚の良い人だとは思っていけれど、サンジのそれは既に奇跡の領域。その時ルフィが叫ぶように言った。

 

 「サンジ!譲れよ!」

 「巫山戯んなクソゴム!俺は優勝して、ナミさんにあんな事やこんな事頼むんだよ!」

 「ナミは俺の彼女だぞ!?」

 「なら、勝てばいいだろ、クソゴムが!」

 「サンジはどんな事、ナミに頼むつもりなんだ?」

 

 チョッパーが不思議そうに首を傾げると、ウソップが適当な事を言って誤魔化すけれど、話題に上がっているナミはお餅を呑気に焼きながら笑うばかり。本気にしてない無防備なそれに、私は深く息を吐き出した。

 

 「お汁粉食べる人ー!」

 

 突然のナミの言葉に何人かが反応して、ルフィは無意識でその場で手を上げた事でバランスを崩してしまう。それでも何とか踏み留まろうとした所で、自らの袴の裾を踏んで見事に転倒した。

 その時勝敗はサンジの勝利で終わり、お汁粉を食べる前に、私はブルックとの対戦になる。負けたルフィがナミを責めているのが、何だか微笑ましいわ。

 サンジとブルックの戦いも見ていたい気がするけれど、私はナミの安全を得る為に本気になろうかしらと笑う。そんな私の気持ちを知らずに、ブルックは通常運転で話しかけて来る余裕さえある。

 

 「ロビンさん、パンツ……見せてもらっても、宜しいですか?」

 「それは難しいかも知れないわ」

 「え?それは、どう言う……?」

 「だって、着物だもの。パンツじゃなくて、湯文字かも知れないわよ?」

 「「「んなー!?」」」

 

 その瞬間、油断を誘う為に言ったそれに対してフランキーとサンジまで反応して、ブルックは骨である筈なのに鼻血を出しているのか不思議でならないわ。そんな騒ぎの中で、ルフィの声が聞こえてくる。

 

 「ナミ!お汁粉おかわり!」

 「私1口も食べる暇無いんだけど?」

 「俺はお汁粉を食いたい!さっき俺が頑張ってる時にナミが邪魔したんだから、オワビに用意しろよー!」

 「もう既に意味が分からないわ」

 

 呆れたような様子を見せながらも、その声は柔らかくて優しい。恐らくは口ではそんな事を言いながらもお汁粉を用意し続けるのだろうと分かると、休ませる事も考慮して明日は何処かへ連れ出してあげようと思う。

 

 「ねェブルック……。もう少し、頭を動かしたら……見えるかもしれないわよ?」

 「えぇええぇ!?が、頑張ります!」

 

 何を頑張るつもりなのよと微かに思った直後に、ブルックは自滅してくれて、そのやり取りを聞いていたナミがロビンに何言ってんのよと怒り狂いブルックに制裁を加えていた。ブルックが計算通りの反応だった為に、少しだけごめんなさいねと思ったけれど、この船ではフランキー以外に私を責める人は居ない。

 

 「ロビンはそんなに優勝してェのか?」

 「当然でしょ?ナミの安全がかかってるもの」

 「まァ……否定は出来ねェか。……程々にな」

 「フランキー……まともに着てたら、それなりだったのに、残念だわ」

 「……ロビンが綺麗なんだから、それだけで充分だろ。それと、突然の攻撃は辞めろ。流石の俺様もスーパー焦る」

 「素敵な断末魔だったわよ?」

 「今夜、覚悟しろよロビン」

 

 唸るように言うフランキーにそれは無理よと笑ってから、今日は元日だものと伝えれば、フランキーが崩れ落ちた。その上私は明日ナミとデートするから貴方を構ってる暇なんて無いのよとは、流石に言えなかったけれど。

 そして、サンジと私の真剣勝負が決まったけれど、その前にとナミがちらし寿司を持ってきたから、皆で手巻き寿司にしながらちらし寿司を楽しむ。海の幸は豊富だからと、それぞれが好きな物を1緒に巻いて、好きな物を付けて食べる。

 その側でお正月ソングですと言いながら演奏をしてくれるブルックに皆は盛り上がる。それを受けてナミが琴で参戦すると曲に深みが出た。

 美しい音色を楽しむ者、美味しい料理を楽しむ者、ただ酒を呑み続ける者と様々だ。けれど、海賊船とは思えないほどに穏やかで楽しい時間が過ぎて行く。

 けれども勝負の時は来る。負けられない戦いが、ここにはあるのよ……!

 

 「ロビンちゃんか……やりにくいな」

 「サンジ……お手柔らかに、ね?」

 「勿論ですー!」

 

 メロリンと言いながらもバランスを保ち続けるサンジに、私は汗だくになりつつ戦い続ける。そして……。

 

 「サンジは……つらくないの?」

 「ロビンちゃんも優勝したいんで……す、か……」

 

 あえて視線を自分に向けさせ、誘惑するように微笑みを浮かべれば激しく動居ていた事で微かに肌蹴ている私の姿に、サンジは動揺して手を滑らせて倒れた。それにより周りは情けねェとサンジを笑いながらも、楽しそうにしている。

 その先も楽しそうにお正月遊びを続ける皆を眺めながら、私はそっとナミに近付いて言う。

 

 「貴女は明日1日私のものよ」

 「ふふ、喜んで。何処かでかける?」

 

 そう言いながらナミは私の乱れた着付けを直してくれて、優しく元々妖艶な美人さんなんだからこれ以上サービスは不用よなんて言う。そんなナミが喜びそうな所はと考えて……思いつくのは本とお風呂。

 

 「そうね、温泉にでも行きましょうか」

 

 私の言葉に瞳を輝かせて頷くナミに、今年も宜しくねと言葉を向ければ、はにかんだように笑って頷いてくれた。それを見て私は強くナミを抱き締めたけど、ナミはそれに抵抗しない。

 Happy new year……私にそっちの趣味があったら今頃どうなっていたのかしらねと囁けば、違う事は分かってるから脅かさないでと笑う笑顔に癒される。でもそうね、後でお互い彼氏も少しは構ってあげないといけないかしらねと嘯きながら、明るい笑顔と優しい想いに包まれていると気付いて笑う。

 この1味に居る限り、私の1年は確実に幸福であると言いきれる。こんな優しく幸福な新年を、私は初めて経験しているの。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス(天夜叉ドフラミンゴ)

光源氏風に書いてますが、光源氏に組み込むと話の辻褄が合わなくなるので、IF扱いです。
なので、此方に掲載しております。


 最近妙に楽しそうに執筆活動をしていたが、成程季節物の話が思いついて勢いに乗っていたのか。……と、完成した小説や譜面を見て思わず笑う。

 ナミは明らかに金の卵で、それ故に保護したのだと言い訳をしていた。だが、そんなものは時がそれ程経たねェうちに言い訳だと自分で気付いて普通に手を出した。

 そんな俺にナミは笑いながら、私の全ては救われた瞬間からドフィのものよ……なんぞとほざく。俺は別に、感謝の気持ちが欲しいんじゃねェんだよ。

 そんな事を考える俺に気付かずに、ナミは俺に笑いかける。親愛のこもった眼差しで。

 名目上は恋人となっているが、中々に2人の時間とやらは作れず、気付けばなし崩し的に抱いてるのも原因だろうか。だが俺には、他にどうしたら想いを伝えられるかなんてものは解らねェよ。

 

 「ドフィ?」

 

 2人きりの時だけは、ドフィと呼ぶ。最初の頃に若様と呼べと言ったのが不味かったのか、人前では若様としか呼ばねェんだよな。

 

 「ナミ、俺に抱かれて過ごすのと、たまには出掛けてみるのと、どちらが良い?」

 

 妙な事を聞いた。基本的に抱かれる事をを苦手とするナミが、出掛けたいと言うのは目に見えている。

 

 「私、のんびり部屋で過ごしたいけど、それは……抱かれなきゃダメ?」

 「は?」

 「ケーキ焼いたりして、のんびり過ごしたいわ。ドフィと2人で」

 「誰が焼くんだ?」

 「私1人か、もしドフィが手伝ってくれるなら、2人でって事になるわね」

 

 なんだ、この答えは。俺の出した選択肢以外を選ぶなど珍しい。

 そう思って外を見れば、今日が季節物の当日だと気付く。成程な……可愛い事を言ってくれる。

 

 「ナミの手作りか?」

 「そうよ?嫌なら、レシピ渡すから誰かに「楽しみだ。必要な材料を書き出せ」」

 

 俺の言葉にナミは幸せそうに笑い、小さく首を傾げた。なんだろうと思った時、1冊の本を手に近付いてきて、俺の手を握りソファへと誘導する。

 

 「何が食べたい?1応私の作れる物を書いてあるんだけどね」

 

 そう言ってナミは本を広げて楽しそうに聞いてくる。ケーキとひとくちに言っても種類があり、メインとサラダ、サブとなる物や摘める物と数えれば中々に選ぶ物が多い。

 どれも見覚えの無いものばかりだ。だが、クリスマスと言ったらって思ったら色々浮かんで来て止まらなくなったのよねなんて言いながら、楽しそうに本を広げるナミは楽しそうだ。

 その為か普段より随分と幼く見える。愛らしく微笑むナミに、ここでお前を喰いたいと言えば恐らく少し残念そうにしながらも頷くのだろうと思えば、それは言えねェなと笑う。

 

 「ナミが得意な料理はどれだ?」

 

 この本はまだ出版されて日が無い。となれば全てを作った事があるのは、今の所ナミだけだろう。

 俺の問い掛けにナミはこれかな?なんて言ってメニューを見せてくるので、それを作れと言えばクスクスと笑って了承したが、隣にあったワインベースのじゃなくて良いのかなんて聞いてくるから、少しむず痒くなる。

 

 「俺はナミの手料理ってのを、そんなに食べた記憶がねェからな。……ベビー5には何度も振舞ったそうだな?」

 「ドフィは忙しいし、私が作るよりプロが作った方が美味しい物が出来るんだから、当然でしょ?」

 

 驚いたような顔でそんな事を言うナミの肩を抱き寄せて、その髪を指先で弄びつつ不満に思っていた事を口にする。そうだ、俺は気に入らなかったんだ。

 確かに幼少期は色々作ってくれたが、今のナミは俺に何も作らねェ。誰にも作らねェならばいいが、ジョーラ達には作ってんだろうが。

 

 「ジョーラには弁当を持たせてたよな?」

 「うん、だって、普通のお弁当だと足りないって言うから、お重の話になって……だから作ったけど……何かあった?ジョーラがお腹でも壊した?」

 「……自慢された」

 「へ?」

 

 そうだ、ジョーラは若様も素直に話してみれば作って貰えるザマスとか言いながら、俺に弁当を見せてニンマリと笑ったのだ。ナミが作った物で無ければ、あの重箱を切り刻んでいただろうが……。

 

 「俺にも、何か作れ」

 「プロの物の方が絶対いいと思うのに」

 

 そう言いながらもナミは少し恥ずかしそうに笑って、少し待っててと言うと立ち上がった。どうしたのかと思っていたら、毛糸で出来た帽子と手袋を差し出して来た。

 

 「メリークリスマス。大切な人にプレゼントをするのが、このイベントの醍醐味だから……貰って?」

 「俺は、何も用意してねェぞ」

 「あら、貰ってるわよ」

 「あ?」

 

 何も渡してねェぞと睨めば、ナミは幸せそうに笑って唇を動かした。その笑顔がどうしてか、遠く感じる時があるのは、俺が汚れ過ぎてるのか。

 

 「2人でゆっくり過ごすのなんて、珍しいじゃない。体は気に入ってくれてるのだと思うし、能力も役立ってるの分かってたけど、私個人はいらないのかなって思ってたから……こうして過ごせる時間をくれただけで、充分よ、ドフィ」

 

 ……待て。まさか、体と能力目当てで、名目上の恋人かセフレだと思ってるのかコイツは!?

 

 「ナミ、俺は……」

 

 なんて言えばいい。この鈍いナミに、なんて言えば伝わる?

 クソ!カイドウ相手にするより厄介だぞこの案件は!

 

 「ドフィ?」

 「俺は、ナミそのものを愛してる。能力が高いからってだけなら、ただ育てるだけにおさめてるし、ヴァイオレットを今も犯してただろうさ」

 「ドフィ……」

 「他の女なんぞいらねェとまで思わされたのは、ナミが大切だからだ。……俺なら、ナミが他の奴に抱かれるなんてのは、耐えられねェから、他の女を抱かなくなったんだ。分かるか?」

 

 見れば真っ赤になったナミがいて、どうやら伝わったらしいと分かる。それに対してナミは、体で篭絡できる技術なんて無いから、まさか、ホントに!?等とブツブツ言ってる。

 ……本当に何だって自分に関してのみこう、正当な評価を出来ねェんだかな。

 

 「俺は、ナミを愛してる」

 「ドフィ、私も、よ」

 

 待て、そりゃ嘘だろ。お前は俺を上司とか恩人として……まさか、この俺が、勘違いさせられていただと?

 

 「恩人としてじゃなくてか?」

 「私はっ……!」

 

 そう言ってナミは顔を真っ赤にして、瞳を潤ませて俺を見て……俯いた。項まで赤く染めて、ナミは言う。

 

 「私は、恩人だからって理由だけで、ドフィに自分から抱かれたりしないわ。……ちゃんと、恋愛感情で……ドフィの事が、好きよ」

 

 そう言ってナミは俺の傍から逃げるように立ち去り、紙にペンを走らせる。必要な材料を書き出してると分かるそれに、それにしても綺麗な手だと思う。

 なんでも生み出し、そして……守り慈しむ手だ。俺とは真逆な……。

 壊す事しか、奪う事しか出来ねェし、それを悔やむつもりはねェんだが……ナミには、優しくしてやりたいと思う。俺を好きだと言うならば、護ってもやる。

 全ての厄災から、護りきってやるよ。俺以外の厄災なんか、お呼びじゃねェ。

 

 「ナミ……書けたか?」

 「えぇ、今渡して来るわ」

 

 そう言ってドアの前に立ってる部下に紙を渡すと、できるだけ急いでねと笑いかける。……俺以外の男に笑いかけんな。

 

 「ナミ!」

 

 声をかければ不思議そうな顔で俺を見て、首を傾げる。それから不安そうな顔で俺を見る。

 俺が怒ったとでも思ったのか?

 

 「……サイズ、合わなかった?」

 「その程度で怒るか。ナミが俺の為に作ったんだろ?」

 「えぇ、いつも触ってるから多分、サイズに間違いはないと思うんだけど……」

 

 変な形で鈍いナミの唇を衝動的に奪えば、赤くなるその顔。あァコイツは本当に……と言葉に出来ないような、何とも言えない愛しさに、小さく息を吐く。

 

 「飯、楽しみにしてる」

 「……うん、頑張るわ」

 「最後には、デザートも勿論喰って良いんだろ?」

 「えぇ、クリスマスと言えばケーキだもの!頑張るわ!真面目に作るの久しぶりなのよね……。あ!甘い方がいい?それとも甘さ控える?」

 

 お前より甘いものなんざ、世界中の何処を探したって存在しねェよ。そう思いながらその首筋に吸い付けば、可愛らしい喘ぎ声を響かせて、駄目よなんて言う。

 

 「……ドフィとしたら、私立っていられなくなっちゃうから、何も作れなくなるもの。だから、今は駄目」

 

 俺が襲うのが悪いのか、襲ってくれと言ってるようにしか聞こえない事を言うナミが悪いのか。無防備で鈍いこの無垢な生き物を、仕方なく解放すれば恥ずかしそうに顔を赤らめたまま笑う。

 エプロン姿で料理を作るナミを眺めて、裸エプロンに、ロマンを感じる男どもの気持ちが初めてわかった気がした。……似合うだろうな。

 次々と作られるその料理は、同時進行系で用意され、完成した物が並べられて行く。作りながら口ずさむ歌は、このイベントのものか。

 

 「あ、ワインとシャンパン、どっちにする?」

 「……シャンパンも良いかもな」

 

 他愛ない事に答えただけで、ナミは笑う。俺がいればそれだけで良いとでも言わんばかりに。

 ぬるま湯のようなその温もりに、ナミを抱いて寝ると悪夢を見ないからとただ抱き締めていた頃を思い出す。年に1度の聖なる夜だと笑うナミだが、分かってねェなと思う。

 Merry Christmas……お前がいれば、何時でもそれが聖夜なのだとどうしたら伝わるだろうか。食事を終えたら結局俺はお前を喰わずには居られそうもねェよと、甘い香りを纏う体に手を伸ばす。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月(天夜叉ドフラミンゴ)

 大した事の無い相手との取引のついでに、海でも見せてやるかとナミを連れ出しては見た。それにしても、船の上にいるナミは陸の上とは明らかに別人だな。

 陸の上では美しく賢い人形のようだが、船の上では歴戦の戦士を思わせる横顔を見せる。知的な瞳に自信を漲らせて、天候を読む姿は女神を思わせる程だ。

 そんなナミがクリスマス終了と同時に始めた執筆と掃除で、中々触れ合えなかったのは少々ではない誤算だ。だがナミの書いた物のお陰で珍しい事も多く、楽しい気持ちで正月を迎えられそうだと笑えばナミも嬉しそうにしていた。

 今は俺の部屋である筈なのにも関わらず、実質はナミの書斎となっている部屋を片付けている筈だが、そろそろ終わった頃か?

 ドアを開けるとその瞬間にナミが飛び付いてきて、可愛い奴だとそれを抱き締めてやる。それに嬉しそうな顔をするから、船に乗せたのが良かったのかと笑みが零れた。

 

 「掃除は終わったか?」

 「大体ね。どうしてこんなに、勝手に本が増えるのかしら?」

 「そりゃナミが新たに生み出すからだろ」

 

 当然だろうと言葉を口にすればナミは成程、勝手に産まれてたら増えるわよねなんて言い出す。待て違うぞ、お前が生み出してんだぞと言っても何故か通じない。

 本が子作りしてたまるかと思いながらも、ナミの中ではもう決まっているらしい。なので俺は諦めて、余計な事は言わずにおく。

 

 「……今日は後何か予定はあるのか?」

 「レシピは渡してあるから、食事はプロが作ってくれるでしょ?なら、私はやる事なんてないわ」

 

 可笑しそうに笑ったナミに、ならお前は何を食うつもりだと考えて……俺の名で用意出来る最高級のホテルを予約するかと決める。俺が1口食べてからなら、ナミも食えるだろう。

 

 「ドフィ、幾つかお正月遊びに使えそうな物作ってみたのだけど、確認してくれる?」

 

 突然の言葉に構わねェがと言って見てみれば福笑いだとか、凧だとか言いながら披露されたそれは確かに大人数で楽しめそうだ。問題は羽子板か。

 ……下手したら死人が出るぞこれは。そう思って言葉を口にしたら、能力の使用は禁止で和服を着て行う事が条件よなんて言われる。

 それならば死人もでねェかと笑えば、ナミはどうして羽子板で死人が出るのよと怒るが……どう考えても出るだろう。ファミリーは全員負けず嫌いだ。

 これがあるなら、揃って遊ぶ時間を作るしかないかと考えながら、なら、今夜はどうするかと少し悩む。どこかへ連れ出せば、ナミが寂しがるかと思ったからだ。

 とりあえず、初詣とやらに連れ出すか。そこで何か買い食いさせてやろうと思い、今の内に少し休んどけと頭を撫でると、ナミは嬉しそうに笑って頷いた。

 

 「何処かへ行くの?」

 「初詣に、2人で行くぞ」

 「……皆は?」

 「ファミリー全員で動けば色々と問題があるからな。それに……俺はナミと2人で過ごしたい」

 

 俺の言葉に全身を赤く染めたナミはうっとかあっとか言語では無い言葉を口にするだけで、拒絶はしない。ならば良いという事だなと判断して笑えば、ドフィは狡いなんて言い出す。

 

 「ファミリーとは、元旦とは別に皆で過ごす日を作ってやるから、初詣くらいは2人で行くぞ」

 「うん」

 

 クリスマスの日に漸く想いが通じ合ったばかりなのだから、少しは恋人らしく過ごさせてくれと願う。それから部屋で少し休むように再度言い聞かせて寝かしつけた後、ナミが知れば泣いて嫌がるだろう子供を使った実験の成果を尋ねる為にモネへと連絡する。

 今更辞める事も出来ねェし、辞めるつもりも無いが、ナミに泣かれるのは嫌なんだよと溜息を落とすと、電伝虫の向こうでモネが笑う。私もそのナミって子に会ってみたいわなんて嘯くモネに、良い年を迎えろよと言って通話を終える。

 今の所順調に事が運ばれているのは確認出来たが……さて、本当にナミは気付いていないのか。気付いているのならば、いつか俺に辞めてくれと言い出すだろうと分かっている。

 その時俺はナミをどうするのか。閉じ込めるのか、騙すのか、それとも……?

 その時ナミのレシピで作った正月料理が出来たので、試食をナミに頼みたいと言う連絡が入る。仕方なく俺はナミを起こしに向かった。

 俺に起こされると素直に意識を浮上させたナミが、俺からの説明を受け1瞬その身を強ばらせた後、頷いてくれた。まだ、警戒心は抜けねェか。

 厨房に向えば、料理長が俺の目の前で試食皿を数枚用意してそれに盛り付ける。それからその1つをナミに選ばせ、自らも手に取った。

 そこ迄して料理長が先に口に入れてから、漸くナミもそれを口に入れるのだ。その様子に苛立ちが募る。

 ……インペルダウン迄、始末しに行きたくなるな。あの魚共め。

 恐らくナミはそんな事は望まないのだろうが、それを俺が望んじまうくらいにはナミが愛しい。まァ、俺がスッキリするだけで、ナミが知れば嘆くだろうからしねェがな。

 毒されているとしみじみと思う。その儀式のような重苦しい試食会を終えたナミは、優しく笑うと1つ1つ丁寧に改良点を伝えたり、想定よりも美味しいと言って褒めたりする。

 飲食に関しての警戒心と、眠る事に怯えるそれが他の警戒心を奪ったのか。もしくは元々持ち合わせていなかった警戒心を、魚共が無理に植え付けたのか。

 どちらにしてもその2つを除けば警戒心の欠けらも無いナミに、自然と苦笑がもれる。そんな俺に気付いたらしいナミが、美味しくなかった?なんて聞いて来た。

 なのでそれに、食ってねェと答えると慌てて全種類が用意された。その早業に小さく笑っちまう。

 それを心配そうな顔で見てくるナミに、お前が作った訳じゃねェだろうと笑いながら食べてみれば、全体的に甘い。ロシーは喜びそうだなと思ってから、まだ〝暖かな家族の思い出〟とやらに縋っているのかと自嘲する。

 

 「思ったより甘いな」

 「甘さ控える?」

 「入った甘味は消せねェだろう」

 「醤油足せば良いのよ。大丈夫だから、素直に教えて」

 「なら、甘さを抑えてくれ」

 

 俺の言葉に料理長は即座に反応して、ナミに対応方法を確認している。それに笑顔で応えるナミは優しい顔をしていて、それが少し不快でナミの腰を抱いて外へと連れ出す。

 カイドウから送られてきた大量の和服を見せて、好きなのを着ろと言えば、物珍しそうに幾つか手に取った。そうして何処か弾んだ様子で、出掛けるなら振袖かしら?なんて言って微笑む。

 和服に身を包んだナミは筆舌に尽くし難い程に美しく、何故か俺にも服を見繕う。そして、着た事ねェよと言う俺に手馴れた様子で着せてくる。

 

 「私だけ振袖なんて、寂しい」

 「分かった。好きにしろ」

 

 ナミの言葉に逆らえずに袴姿になった俺は、ナミの右手にナミから貰った手袋を嵌めて、自らの左手にもう片方の手袋をしてから、手袋の無い片手ずつをしっかりと握る。その状態で船を降りれば、ナミは不思議そうに俺を見つめてくるから、その額にそっとキスを落とす。

 

 「繋いで無い手が寒いからな。ナミの編んでくれた手袋をすれば、ちょうどいいだろう」

 「でも、そうしたら、こっちの手は」

 「ずっと、俺と繋いでろ。……寒いのは嫌いだろう?」

 

 俺の手を塞ぐ事を恐れるような顔をするが、手袋をしていても能力は使える。ナミの手は、死んでも離さねェぞと思いながら道を歩く。

 歩き始めて少しすると降り出した雪に、俺は思わずナミの体を抱き寄せる。冷気にだって、ナミを触れさせたくは無い。

 

 「……寒く、ねェか?」

 「ドフィが優しいから、心まで暖かいわ」

 「……ナミ、Happy new year.何があっても俺の傍に居てくれ」

 「ドフィが悪い人なのは、知ってるのよ。それでも、私はドフィから離れられないの。……いつか、少しずつでも悪い事を辞めて貰えたら、私は幸せだわ」

 

 ナミの言葉で全てが分かる。分かっていてナミは俺と居るのだと。

 覚悟を決めて居るのだと分かれば、後は俺の心1つ。神だの仏だのを信じるつもりはねェが、ナミの為に何が出来るか、何なら叶えてやれるかをゆっくり考えていこうと心に誓う。

 壊したくないと想える大切な存在を、愛しい温もりと笑顔を守る為に。今年も共に、生きる為に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス(ハートの副船長ロシナンテ)

 今日の予定については特に聞いてなかったが、多分ナミの事だから俺の為にと予定を開けてるだろうと思って部屋のドアを叩く。中から出て来たナミは俺の姿を見て不思議そうにしてから、ハッとした顔をする。

 

 「今日、クリスマス!?」

 「あァ、だから出掛けよう」

 「でも、私それに合わせられる服が今は……」

 

 俺がタキシードを着てるからだろうが、困った顔をするナミに、とりあえず寒くない姿をしてくれたらいいと伝えれば小さく頷かれる。俺もコート買わないと流石に寒いと呟けば、その瞳を落としそうな程に見開いてから、クスクスと笑うナミ。

 

 「なら、見繕ってあげるわ。ロシーなら、何着ても似合うと思うけど……いっそ、ペアルックにでもする?」

 

 可愛らしい笑顔でそんな事を言われて、頷かない奴が居るだろうか。いや、いる筈がねェ!

 コクコクと頷く俺にナミは楽しそうに笑うと、そっと俺の腕に手を伸ばして軽く引っ張る。それに誘われるように中に入ると、部屋の中には手作り感満載のプレゼントの山が置かれていた。

 その中から1つの箱を手にしたナミが俺に差し出して来た。ほぼ無意識でそれを受け取ると、俺に着替えてくるからそれ持って外で待っててなんて言い出す。

 部屋の前でそれを開けてみれば、中からネクタイピンが出て来てた。それをよくよく見てみれば、ネクタイピンには音符の飾りがついている他に、音符の丸い部分に1味のマークが彫られていると気付く。

 特注かとそれを眺めて、そっとネクタイに付ければそのタイミングでドアが開いた。振り向くとナミがコートを着て立っていて、俺にもコートを差し出して来る。

 

 「お店までコート無しだと風邪ひいちゃうわよ」

 「それもそうか。よし、行くか」

 

 そう言ってコートを着た俺に、ナミは笑いながらそっと手を伸ばして俺の腕に自らの腕を絡めて来た。甘えるように擦り寄ってきたその行為に、頬が緩む。

 蜜柑の香りが、ふわりと漂えばそれに幸せだと感じる。本人にそんな香りを纏ってる自覚はねェみたいだけどな。

 

 「ナミ」

 「ロシー」

 

 互いに見つめ合って名を呼び合う、それだけで自然と笑顔になれるのだから不思議なものだ。共に船を降りて、服を買いに行けば店内は程よく暖められていて、ナミに似合いそうな物はと見渡して困る。

 唸る俺をナミと店員が不思議そうに見て来るが、何故分からないのか。どれを見てもある意味で同じだ。

 

 「ロシー?」

 「全てナミに似合いそうで、選べない。寧ろ似合わない物なんか無いんじゃないか?」

 

 その瞬間ナミが顔を赤くして、俺の腕に抱き着いて顔を隠してしまう。どうしたのかと思いながら頭を撫でれば、小さくロシーのばぁかと言われてしまった。

 変な事を言ったつもりは無いと言うのに、何なのか?

 

 「今日は、クリスマスだから、赤い服にしようと思うから……その、待ってて?」

 「俺は選ばなくていいのか?」

 「……だって、参考にならないと思うもの」

 「まァ、確かにどれを着てもナミなら似合うだろうし、誰がそれを着るよりもよりも綺麗だろうからな」

 

 そう言ってナミと視線を合わせたら、泣きそうな顔で真っ赤になっていて、熱でもあるのかと心配になる。どうした?と問い掛けると、天然誑しめ!と何故かつのられた。

 首を傾げている間にナミは店員と話をして2着のワンピースに候補を絞ると俺の前に持ってくる。それから、どっちが好み?なんて首を傾げるから、それのうち片方を迷わずに示す。

 それに頷いて、着替えてくるわと言ったナミの残したワンピースを片付ておく。……こっちも可愛いとは思うが、露出が多過ぎて変なのに狙われたりするのでは無いかと気が気じゃねェんだよ。

 更衣室から出て来たナミは美しく、つい見惚れてしまう。それから近くにあった同じ色合いのヒールを持って行けば、ナミは素直にそれをはいてくれる。

 

 「……本当に、似合うな」

 「ロシーのそれに合わせなきゃって思って、これでも考えたのよ。良かったわ、気に入って貰えて」

 

 俺がそれに頷くと、それぞれに合わせたコートも用意して貰い、着ていた物は船に届けて貰うように手配すれば後はまた外に出る事となる。外は雪が降っていて、どうしたって寒い筈なのにナミが俺の手にその身を寄せて来るから、寧ろ温かくさえ感じる。

 

 「足元が悪いからな、俺から離れるなよ」

 「……そうね、本当は優秀なのにドジ要素が強過ぎて階級が低かったロシーを、1人には出来ないわ」

 「なんだそれ、俺が危ないのか?」

 「当然じゃない。何も無い所でも転ぶんだから、雪の日なんて危険極まれりよ」

 

 そんな事を言い合いながらクスクスと笑う。甘えるように擦り寄ってくれるのは、寒いからかそれとも甘えてくれているのか。

 どちらにしても2人で過ごせる時間が貴重な事に変わりはない。だからこそ、僅かな隙間さえ厭うような気持ちになる。

 

 「ロシー、何か食べたい物ある?」

 「何でも良い」

 「……ふぅん?なら、ピザに「悪かった。俺が悪かった!」」

 

 俺の反応にナミは可笑しそうに笑い、冗談よと言う。それから洋食のレストランにでも行きましょうかなんて言うから、頷くと優雅にエスコートして来る。

 おいおい逆だろうと騒ぎたいような気持ちにさせられるが、同時に手馴れた様子のそれに見惚れる。動作の1つ1つが美しくて、思わずその手を掴み甲に口付けを落とせばナミがその顔をほんのりと赤く染めた。

 

 「なんなの、突然」

 「可憐な天女に、俺の想いが伝わる事を願って……」

 「いつも、伝わってるわ。大好きよ、ロシー」

 「足りないな。俺はナミを愛してる。……ナミは、大好き、か?」

 「……もぅ、ロシーのばぁか!」

 

 子供のように言って唇を尖らせたナミは、けれども耳まで赤く染めているからただ恥ずかしがっているのだと分かる。可愛いそれに笑いながら、入ったレストランはそれなりに混んでいて……。

 

 「予約しておりましたナミと申しますが、用意は?」

 「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

 

 予約してたのか。ならなんでさっき食べたい物聞いたんだよ。

 そう思うが、席だけの予約という可能性に気付いて1人で納得する。案内されたのは個室で、窓の外は相変わらず雪が降っているのが見える。

 

 「予約してたのか」

 「……ロシーと、来たかったのよ。誰にも邪魔されないで、2人で過ごしたかったの」

 「ナミ」

 

 名を呼べば少し苦しそうな笑顔を俺に向けて、それから少し俯いた。本当に、どうしてこうナミは自分に自信がねェんだろう。

 

 「分かってるのよ。ロシーの能力があるから、何をしても声とか音で気付かれたりしないんだって。でもね、2人きりじゃないでしょ?」

 

 言われてみれば確かにそうだ。俺は副船長として常にクルーやローを見ているし、ナミも参謀として忙しくしている。

 2人になれる僅かな時間だとて、何かがあれば即座に終わりを告げるのだからゆっくり2人きりなんてのは基本的に無い。それに不満なんて言われた事は無かったから、当然のように無いのだろうと思っていたが……。

 

 「寂しい想いをさせて、悪かった」

 「我儘な私がいけないのよ。過ぎるくらいに、幸せなのに……」

 「無欲だな、ナミは」

 

 思わず呟いた俺にナミはキョトンとした顔を向けて、それから首を横に振る。当然の事を願って、贅沢だと言うナミが、俺には少し悲しい。

 

 「私は誰よりも傲慢で強欲よ。……私は、誰も何も喪わないで、ロシーと幸せでいたいと願ってるもの」

 「ナミ?」

 「ロシーの全てが、私のものだって、信じてるの。ね、傲慢でしょ」

 「俺も、それなら傲慢だな。俺も、何も喪いたくはねェし……ナミは俺のものだと決めている」

 

 互いに互いを見つめ合い、テーブル越しに手を取り合った時、店員が料理を運んで来た。いつ注文したのかと思っていたら、入口でと笑われてしまう。

 目の前に出されたのはレタスをふんだんに使っているサラダに、赤いドレッシングが掛けられているものと、メイン料理のロールキャベツで……俺の為に選んだと即座に理解する。細かいところ、良く見てるよな。

 

 「ドレッシング、梅にして貰ったから……」

 

 そう言って笑うナミは、穏やかで暖かい。いい歳したオッサンを甘やかすなよ。

 

 「俺の好きな物だけと言えそうな感じだな。良いのか?」

 「肉を頼んだらレタスかキャベツは着いてくるけど、メインに持ってきてる物って多くないでしょ?折角のクリスマスだし、楽しんで欲しくて」

 「俺は……ナミがいればそれだけで充分なんだがな」

 「私は強欲だから、ロシーが居るだけじゃ嫌なの。ロシーには、笑ってて欲しいわ」

 

 そう言って妖艶に微笑むそれは、本当に10代の少女なのかと息を飲まされる程。更にはその瞳が、俺への愛情に満ちているとわかるから、俺は笑ってしまう。

 この先の為に、ホテルだけは予約してあるのだとどうやってナミに伝えるか。今夜は、俺だけのナミでいて欲しいと願いつつ、用意された食事に手を伸ばす。

 Merry Christmas……恋人達の聖夜に見詰め合う。傲慢でも強欲でも、互いに望みが合致するならばそれはただの幸福な恋人達の夜でしかないのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月(ハートの副船長ロシナンテ)

 コック達とナミが何やら最近忙しそうにしていたが、今は部屋の掃除をしている筈だと思い出してナミの様子を見に行く事にする。ナミの部屋のドアを1応ノックしてから開ければ、中から人魚……いやいや、ナミが飛び出して来た。

 甘えるように抱き着いてくれた俺の天使をそっと抱き締めれば、部屋の中に本がまだ少し積まれているのが見える。本の整理は珍しく苦手なんだよなと笑いながら、その頭を撫でてやる。

 

 「手伝ってやるから、早く終わらせてゆっくり過ごそう」

 「掃除が終わったらお風呂入る。なんか埃っぽい」

 「そうか?いつもと変わらずに可愛いと思うが」

 「ロシーはそういう意味では、本当に全く当てにならないわね」

 

 何故か深々と溜息を落として、けれども俺から離れようとはしない。スリスリと甘えて来るそれは、猫がマーキングして来るのと良く似ている。

 まァ俺はナミのものだから構わないが、本当に珍しい事もあるもんだなと笑う。今なら喉も鳴るんじゃ無かろうか。

 

 「ロシー……掃除疲れた」

 「どうした。熱でもあるのか?」

 「本が私に読んでって言ってるのに、読めないとかつらすぎる!」

 「嗚呼、本を読みたくて色々超えただけか。嘆くなよ、後で何か新しい本買ってやるから」

 

 その瞬間ナミが良いの?と言いながら潤んだ瞳を向けて来て……それに頷こうとしたら背後から地を這うような声が聞こえた。

 

 「駄目だ。本を増やすな馬鹿が。本の重みで沈んだらどうしてくれる」

 「ロシー!ローちゃんが反抗期よ!」

 「ロー!ナミを虐めるな!」

 「虐めてねェよ!コラさんこそナミを甘やかすな!本当に沈んだらどうしてくれる!」

 「うぅぅぅ……」

 

 ローの言葉にナミが半泣きになるから、その頭を撫でつつ耳元で1冊だけな?と囁くとパッとナミの顔が華やいだ。うん、可愛い。

 思わず笑顔を向けた瞬間にローがいい加減にしろと呻くように言ったので、とりあえずナミを解放して背後に庇いつつ笑って誤魔化す。今はこれ以上、本の話題には触れない方が良さそうだ。

 

 「ナミの掃除手伝うから、またな!」

 「何を言ってるんだコラさん。ナミの仕事を増やすっていうんだそれは。コラさんには別な仕事を任せるからついてきてくれ」

 

 その言葉に俺が逆らえる筈もなく、ナミにごめんなと言ってからローの後に続く。それをまた後でねと見送るナミは、相変わらず優しい笑顔を向けてくれている。

 少し離れたところでローが呆れを隠さずに、俺に視線と共に言葉を向けて来る。だがその言葉に不安の色が見え隠れしているのは、長い付き合いだからこそ分かっちまう。

 

 「コラさん、あまりナミを甘やかすな。……ナミをなんの為にこの船から基本的に降ろさずに、閉じ込めていると思っているんだ」

 「無人島の他は、俺かローと2人、もしくは3人でしか降ろさない理由は分かってる。だからこそ、甘やかしたくもなる」

 「コラさん!ナミは、世界とアイツから狙われている。それから守る為には多少の「それは、ナミが望んだ事か?」」

 

 俺の言葉にローは黙り、そして小さくその拳を震わせる。本当は、ローとて分かっているのだろう。

 俺やローに守りきるだけの力があれば良いだけの事だと。そして、ナミは何も悪くは無いのだと。

 

 「世界を見たいと言うナミを、人が多い、治安が悪いと言い訳して直接の測量はほぼさせずに閉じ込め、その上本まで奪うのか。歌っていいのは、海底でのみとして自由を奪い……それで守れるのは、肉体だけだろう」

 「俺は……もう、コラさんやナミを喪う可能性を少しだって、感じたくねェんだよ」

 

 弱々しく言葉を口にするローに、思わず手を伸ばした時、俺の背後から声が聞こえた。それは聞き慣れた、優しい声。

 

 「ローちゃん、ロシー、ありがとう」

 「「ナミ」」

 

 俺とローは同時に振り向き、そして、声が同時に音となった。そんな俺達にナミは微笑みを浮かべて言う。

 いったいどこから聞いていたというのか。そして、話を聞いていてどうして笑えるのか。

 

 「2人が私の為にって頑張ってくれてるのは、ずっと知っていたわ。だからそんなに自分達を責めないで。私はね、2人が笑っていてくれる事が、幸福なの。守られなくていいくらい、強くなれたら良かったのだけど……。ごめんね、弱くて」

 「ナミは、強い。勝手に不安になってる俺が……悪いんだ」

 「ロー、それは「ローちゃんは、優し過ぎるのよ。さぁ、顔を上げて。私はクルーよ。ローちゃんが……船長が決めた事に従うから」」

 

 俺の言葉を遮ってそんな事を言ったナミは、ローをそっと抱き締める。幼いローにそうしていたように。

 それが気恥ずかしかったのか、それともまだナミを諦めていないのかローが妙な事を言い始める。

 

 「なら、コラさんと別れて俺と「私、コラさんしか愛せないけどそれでもいい?」」

 

 その瞬間俺とローは言葉を失う。いやいや、ナミはローを過ぎる程に愛してるだろう。

 

 「私はローちゃんを弟や息子として愛してるけど、だからこそ襲われたら舌噛んで死ぬわ。私は男としては、ロシーだけを愛してるの」

 

 俺はナミの言葉が嬉しくて、同時に真剣にローと向き合うナミの態度に心臓を掴まれたような気持ちにさせられる。それに対してローは苦しそうな顔で、溜息と共に言葉を吐き出した。

 

 「相手がコラさんじゃなけりゃ、監禁してでも俺のモノにしたんだけどな」

 「そういう所は、ローちゃんの方がドフラミンゴと近いわよね」

 「五月蝿ェな」

 

 そんな会話が終わる頃、ナミがそっと俺の手に触れた。そして、優しく笑い掛けてくれる。

 その笑顔が、全てを分かっていてのものだったと知った今、どこかへ連れて行くくらいしないとバチが当たるよなと思わされる。実際この先も閉じ込めて守るか、自由にさせてそれでも守れるのか、そんな葛藤が俺の中で渦巻き出口を見失う。

 そんな俺をナミは笑いながら受け入れて、それから初詣だけ行かせてと言う。今居る島にある風習を何で知ってるのかと思いながら、見れば不安そうな瞳とかち合った。

 その不安は、迷惑を掛けていないかと言うものだと伝わるから、俺は息をゆっくりと吐き出した。そんな顔させたい訳じゃねェ事だけは、確かだから。

 

 「ナミが望むなら、何処へでも連れて行くさ。いいよな、ロー?」

 「コラさんが守ってくれるなら、構わねェよ。……任せたぞ」

 

 昔から想い続けていた事を……ローの気持ちを知っていてナミを手に入れたのだから。それだけは絶対と心で誓い頷くとその瞬間に、シャチが空気をぶち壊す勢いで蕎麦出来ましたよなんて呼びに来た。

 蕎麦って、何でこんな時間にと思ったらナミが嬉しそうに頷いて俺から離れたので、何処かの風習をナミが教えたらしいと知る。本当にどこの風習だよ、それ。

 

 「天麩羅もある?」

 「あァ、海老とかき揚げと他幾つか用意してあるらしいぞ」

 「良かったわ」

 

 そんな会話がなされて、それについて歩く俺達にナミは振り向くと年越し蕎麦について説明してくれる。成程とそれに頷いて皆と共に蕎麦に手を伸ばせば、優しく笑ったナミがかき揚げを箸で器用に切って差し出して来た。

 

 「はい、あーん」

 

 無意識でそれを食べると美味い。俺もお返しにと海老を切って差し出せば、ナミが素直にそれを食べてくれた。

 

 「なんでそれぞれで食べないんだ?」

 

 ペンギンが問い掛けてきたそれにナミは当然のように返事をしながらも、その視線は俺から離れない。しかもその眼差しは優しい。

 

 「だって、ロシーってばドジで何でもひっくり返すんだもの。でも、何故か私に害が出るようなドジってあまりないのよ。だから、食べさせ合うのが1番安全なのよ。はい、あーん」

 「……他に人がいない所でやってくれよ」

 

 ペンギンの何処か疲れたような声が聞こえた気がしたけど、俺としてはナミに次何を食べさせるかの方が重要でそれどころじゃない。年越し蕎麦を楽しく美味しく食べ終えてから、ナミがお年玉と言う名のお小遣いを配ってくれた。

 なので、それを持ってクルーがそれぞれ飛び出して行く。なので俺もそれに便乗して、ナミの望んでいた初詣に連れ出してみた。

 だが、その時にナミが着ていたのがドレスで……似合うが不思議に思い首を傾げる。和服じゃなくていいのか?

 

 「……ロシーが、クリスマスの日に着ない分まで買って送ってたんだから、着なかったら勿体ないじゃない。それとも似合わない?」

 

 不安そうに聞いてくるが、ナミに似合わないものが存在するとは思えない。何を不安になるのか、既に俺には理解不能だ。

 

 「似合わない物を探す方が難しいのに、似合わないとか、有り得ないだろう」

 「……ロシー、誰にでもそんななの?」

 「よく分からないが、俺はナミ以外に服の感想を言った事はない。他には興味が無いからな」

 「…………ロシーは、私をどうしたいの?」

 

 言いながら真っ赤に染まったナミに、可愛いなと言って抱き締めれば腕の中で馬鹿馬鹿と言い続ける。何が理由かは知らないが、照れてるらしい。

 ドレスなら裾が汚れてもと嫌だろうと思って抱き上げたら、転ばないでよと心配そうに言われてしまう。俺はそこまでドジじゃ……あるな。

 そんな俺達が目的地に到着すると、ナミは無言で手を合わせて即座に何かを熱心に祈り始める。ナミは、どちらを望むのだろうか。

 隠され続ける事か、自由に出歩くことか……。そう思って横顔を眺めていたら、笑顔で振り向いてゆっくりと唇を動かした。

 

 「あけましておめでとう。クルーの皆が健康で無事に生きていてくれる事が、私の望みよ」

 「ナミを今後も隠してても、良いのか?」

 「皆の安全が保たれるのなら、当然でしょ。測量はさせて貰えてるし、不満なんて元々無いわよ」

 

 笑うナミを抱きしめて、ごめんなと謝るしか出来ない。もっと強くなって、必ずナミを守れるようにならなくては。

 Happy new year……君がいる未来だけを、俺は望む。ただ出来るならばどうか、今年もずっと変わらぬ笑顔を見せて欲しい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス(不死鳥マルコ)

 俺の可愛い恋人が書いた物の為に、世界規模で行われている祭りは当然この白髭海賊団でも例外なく行われている。楽しそうにそれぞれが贈り物を渡し合い、親父の元にもこれをチャンスにと贈り物が積み上げられた。

 その中で薬膳酒を忍ばせたナースに親父がコレは酒じゃねェだろうがと言いながらも、嬉しそうにしていたのを俺は穏やかな気持ちで眺めていた。そこへナミが近づいて行き、ナース達には医学書を、親父には何やら巨大な箱を1つ渡して笑う。

 サッチ達の用意したクリスマス用の食事もワイワイ言いながら皆で食べて…… 平和だと思う。問題は恋人である筈のナミが俺になかなか近付かない事だろうか。

 

 「ナミ」

 

 宴がお開きになった時、囁くように名を呼べば本来ならば聞こえる筈も無いのにナミは何故か振り向いた。それから小首を傾げて、呼んだ?と聞いてくる。

 

 「あァ、呼んだよぃ」

 「どうしたの?」

 

 そう言って近付いてきたナミは俺の頬にそっと触れると、泣きそうな顔してるなんて言い出す。それから、俺にそっとKissをして笑う。

 

 「私が作り出した宴だから、皆の所にいただけよ。私は、本当ならずっと、マルコの傍にいたいのだから」

 「年齢詐称してねェか、ナミ。なんだってそんなに俺を甘やかすんだよぃ」

 

 俺の言葉にナミは1瞬ビクリと肩を揺らして、視線を彷徨わせる。……年齢詐称が冗談じゃ済まなくなりそうだから、その反応辞めてくれよぃ。

 そんな俺にナミは優しく触れると、その身を預けるように抱き締めてくれる。それだけで寂しさも寒さも、何もかもが溶けていくような気がした。

 それから小さく笑ったナミが囁くように言う。2人きりで過ごせる時間なんて、なかなか無いのにごめんねと。

 俺はそんなナミに思わず溜息を落として、そっとその身を抱き締める。少し冷えてるその体に、暖かくして戻って来いよぃと声をかければ少し不思議そうにしながらも、そっと俺から離れて行く。

 素直に俺の言葉に従ったのだと分かっているのに、腕に残る温もりが離れた事を示していて、心まで凍えそうな気持ちになる。その時俺の心に呼応するかのように雪がチラつき始めて、全くなんてタイミングだよぃと笑う。

 モコモコした姿で戻って来たナミを見ると、本当に可愛いなと思う。これで結構寒がりだよなとも。

 そんな俺にナミはそっと箱を手渡してくるから、ほぼ無意識でそれを受け取りその場で開けてみた。その中には眼鏡が入っていて、少し驚く。

 

 「時々眼鏡の度が合ってない感じだったから、様子みててね、多分それだと合うと思うから使って」

 「……様子から分かるのかよぃ」

 

 すげェな、おい。ナミも充分船医になれるよぃ。

 そう思いつつ掛けてみれば恐ろしい程に度が合っていて、よく見える。こいつはと思って言葉を失う俺に、ナミが納得したような顔で頷く。

 

 「……やっぱり眼鏡似合うわね。私、マルコの眼鏡かけてることろ好きよ」

 「容姿を褒められたのは人生で初めてな気がするよぃ」

 

 思わず口にすればナミは1瞬驚いたような顔をしてから、その髪型がねなんて言ってクスクス笑う。けれどもその直後に優しく微笑みを浮かべて、平然と言うのだ。

 

 「今の姿も好きよ。でも、どんな姿に変わっても、多分私はマルコなら何でもいいの」

 「……ナミは俺をどうしたいんだよぃ」

 「ほぇ?」

 

 なんだその気の抜ける返事はと思うが、本気で分かってないその様子に少し力が抜ける。即ち先程の言葉は本心だと言う事だ。

 

 「ナミ、2人だけになろうか」

 「え?」

 

 声をかけて姿を変じればナミの瞳が輝いた。……動物好きだもんなァとその様子に少し呆れるが、ナミは嬉しそうに俺の体に抱き着きまさぐる。

 やめろィ、俺である事に変わりはねェからその、撫で回すなよぃ!と、言う事が出来ねェ俺の弱さ。

 

 「ふかふかァ……あったかぁい、マルコだー……」

 「人の姿よりこっちが好きとか言ったら、流石に俺も怒るよぃ?」

 「どっちもマルコだもの、どっちも好きよ。でも……」

 「でも?」

 「人の姿で居るのに、感情とか色々制御出来なくて炎纏ってる時が、1番好きかも」

 「……俺の理性を試してるとかかよぃ?」

 「ふぇ?」

 

 分かった。何も考えてねェんだな。

 よォく分かった。ならまァ、今はそれで良い。

 

 「ナミ、乗れよぃ。2人で、過ごそう」

 

 俺の言葉に素直に頷いて背に乗ったナミは、ギュッと俺の首に腕を回してから俺の負担にならないようにと、尾羽まで真っ直ぐにその体を伸ばす。その気遣いに、飛び始めて少し安定する迄はそうしていてもらうかと小さく笑って飛び立つ。

 僅かではない浮遊感がある筈なのに、ナミは怯える事も無く楽しそうにして居る。ただ寒いのか、俺の背に顔を埋めてくるのが擽ったいんだが。

 

 「……ナミに、夜空を、星の海を贈るよぃ」

 「マルコにしか出来ない贈り物ね。嬉しいわ」

 

 背中でナミが笑う。雪の舞う中を登って行くと、上に行けば行く程に寒いようで、俺に掴まっているナミの体が冷えていくのが分かる。

 だが雲の中を通るには雪雲は危険だからとその切れ目を探して飛び、雲の上に向かう。雲がなくなった時、そこには遮るもののない星空が広がっていて、空島でなくとも時折ある乗れる雲を探して移動する。

 調度いい雲を見付けて降り立つと、ナミも迷い無くその雲に足を降ろした。それから雲の上に座ると、懐かしそうにその瞳を細める。

 

 「プラネタリウムみたい。でも、これだけ星があると、線で繋ぐなんて出来そうにないわね」

 「……それは、なんだよぃ?」

 

 聞きなれない言葉につい口を挟めばナミは慌てた様子で、なんでもないの。新作のネタで考えてるもので、空想の物だから!なんて慌て始める。

 何を隠しているんだかと思いながらも騙されてやれば、ホッとしたような顔をする。そんなナミに贈り物は気に入ったかと問いかければ、本当に嬉しそうな笑みを向けられた。

 

 「ありがとう、私、自然が好きだから……本当に嬉しい」

 

 自然なんてものは、ない所の方が珍しいだろうと思うがナミは時折こうした言葉を口にする。黙っていればきっと何か話してくれるのだろうが、今は折角2人きりなのだからとその冷えている体を抱き寄せて、愛を囁く。

 それだけで1気に体温を上げたナミに、どうしてこんなにも可愛いのかと思わされる。この場で襲ったら、泣かれるだろうか。

 誰がいる訳でも無く、誰に聞かれる心配も無い。星を眺めながら、柔らかな雲の上であれば雰囲気と言う意味でも、肉体にかかる負担という意味でも問題は無いだろう。

 問題は外である事と、脱がせるには寒いだろうと言うところか。

 

 「マルコ……」

 

 呼びかけられて視線をナミに戻せば、首に腕を回されそのまま引き寄せられる。されるがままになれば、その艶やかなナミの唇と俺の唇が自然と重なった。

 甘いその唇を頭を押さえて逃げられなくしてから堪能すれば、髪の間に指を入れた事に反応するナミに本当に敏感な子だと思う。敏感だからこそ、天候の異変に気付けるのだろうが、少しばかり心配にもなる。

 誰にでも恐らく反応してしまうだろうから、それにより心が傷付いているのではないかと。普段が理性の塊であるが故に、自己に対する評価の低さも相俟って己を責めるのでは無いかと。

 僅かに離れた唇の合間で、ナミに囁く。不安なんて感じなくていいと伝えたくて。

 

 「何が起きても、俺はナミを愛しているし、ナミは俺の女だよぃ」

 「マルコ……」

 「ナミがいい女過ぎて、他の男達が放置しねェのが困りものだねぃ」

 

 俺の言葉にナミは小さくそんな事ないわと言う。見た目は可愛いけど、中身が伴ってないから、物珍しいだけだと。

 見た目が可愛いのは、認めてるんだなと思えば少しばかり笑える。だが、魅惑的な肉体である事に、自覚は無いらしい。

 

 「俺は、見た目も嫌いじゃねェが……その表情をコロコロ変える瞳が好きで、何より……ナミのその心が愛しいよぃ」

 

 甘く、優しく、強がりなその心が……本当に愛しい。この先何が起きようとも、傍に置いて離しはしないと誓いその唇を奪う。その時ナミがそっと涙を零して、キスの合間に愛してると囁くから……俺はこの場でナミの服を脱がしに掛かる。

 Merry Christmas……隠されている不安も、2人ならば晒せるだろう。孤独を知り過ぎて、無理をし過ぎる2人だから、共に支え合っていけるだろうと……。

 重なり合うのはその体なのか、心なのか。繋がったのは体なのか、魂なのか……それは当事者達にしか分からないだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月(不死鳥マルコ)

 年末のクソ忙しい時に餅つき大会を開催し、その結果正月休みは手に入れた。その関係で昨日の内に鏡餅も用意され、正月用の餅も量産された上に、金は本当に掛からずに済んだのだから文句はねェ。

 それよりも、だ……何故まだナミは部屋から出てこねェ?

 蕎麦の味見をとか、サッチと約束とかしてなかったか?

 そう思って部屋のドアを開けると、中からナミが飛び出てきて俺に抱き着いた。無意識で受け止めるように抱き締めれば、甘えたように擦り寄られる。

 驚き過ぎた俺は、どうしたんだよィと声をかけるしかできねェ。それにナミは震える声で言葉を紡ぐ。

 

 「やっと終わったの。少し、充電させて……」

 「俺も、充電したいと思ってた所だよぃ」

 

 可愛い事を言われて嬉しくなり、言葉を返せばナミは珍しく全力で甘えて来た。それがまた嬉しくて頭を撫でていたら咳払いが聞こえて視線を向けると、そこにはサッチがいた。

 そういやナミと約束してたな。そもそもその為に呼びに来たんだったか……仕方ねェ。

 

 「ナミ、サッチが迎えに来たよぃ」

 「もう少しだけ、こうしていたい。……だめ?」

 「俺もずっとこうしていたいよぃ」

 「駄目だ!蕎麦と天麩羅を用意する数を考えてくれ!時間が!俺達には時間がねェんだよ!!」

 

 サッチの言葉にナミははぁいと返事をすると、名残惜しそうに俺から離れて行く。それを見送り、俺は俺でやる事があるからと仕事に戻る。

 いつも仕事を手伝ってくれているナミが居ない事が、これ程迄に非効率になるとは思わなかった。居なくなって、初めてわかる有難みって奴かねぃ。

 そんな事を思いながら、仕事を何とか片付けた俺がナミの様子を見に行けば、その時には既に盛り付け等を始めていて、サッチが感涙している。本当に何でもできる奴だよぃ。

 

 「ナミ、風呂納めしなくていいのかよぃ?」

 「あっ!でも、もう少しで区切りなの!少し待って!」

 「俺は待ってやりたいが、早くしねェと他の隊の時間になるよぃ?」

 

 その時サッチが、もう充分だから風呂に行って来いよとナミに優しく笑いかけた。サッチはいつも馬鹿やってるが基本的には、馬鹿じゃない。

 だからこそ、ナミが風呂と手伝いで揺れているのに即座に気付いたのだ。そんなこんなでナミは風呂に向かい、サッチは座った俺に珈琲を差し出して来た。

 

 「ありがとう」

 

 素直に受け取って飲めば、サッチが楽しそうに笑っていてそれが妙に癇に障る。何だと思って睨み付ければ、鍵を投げ寄越された。

 

 「この島の和風ホテルの鍵だ。2人部屋で2泊3日、チェックインは初日の出より前でも可能。温泉つきで、部屋の机は炬燵。蜜柑食べ放題つき」

 「おい……?」

 「正月料理のレシピ本、年末の忙しい中でナミちゃんが3冊出してくれてな、それがあったからすっげェ助かった俺達から、ナミちゃんへのプレゼントだ。……お年玉も親父と相談して、全員分用意してくれたらしいぜ?」

 

 その言葉に俺は深く息を吐き出してから、珈琲を飲み干す。そして、ありがとなぃとコック達に笑いかければ俺には!?と騒ぐサッチに視線を向ける。

 

 「ナミの事はゆっくり休ませる。気遣いに感謝するよぃ」

 「……ここでナミちゃんを襲わねェ宣言できるお前をマジで尊敬する」

 「ガキじゃあるまいし、ナミの体調の方が大切だろぃ。その話だとナミは最低でも10日は寝てねェ」

 「……お見逸れしました」

 

 これでも医者の端くれだよぃと笑えば、サッチも嬉しそうにしている。船に残ればエースの突撃やら、ハルタの悪戯やらで休めねェと踏んだらしいと分かるからなぃ。

 そんな俺達の会話を知らずにナミは帰って来て、ホカホカした様子を見せるが相変わらず髪からは雫が落ちている。それを見て髪を拭いてやれば、いつもごめんね、頑張ったのよ?なんて言う。

 ……頑張っても落ちるのか、今度どうやって拭いてるか1度ちゃんと見てみるかねぃ。そう思いながらも、この時間を気に入ってる俺が、改善させたいと本気で思ってるかは微妙なところだが。

 年越し蕎麦を食べて、親父からお年玉が配られると1気に活気づく船内。だが、隊毎に封筒の色が違っていて、更にナース達の封筒には透かし絵まで入っていれば、明らかに親父が用意したものじゃねェと分かる。

 ……人数考えたら、1万ベリーだったとしても2千万近い出費を1人で負担したのかと考えれば、頭も痛くなるというものだ。優しく笑いその様子を眺めているナミの腕を掴み、その勢いで抱き上げると宣言する。

 

 「デートに行ってくるよぃ。俺とナミは3日までは帰らねェから、そのつもりでな」

 

 返事を聞くつもりはなく、そのまま1度部屋に連れ戻ると、初詣に行くよぃと言葉を向ける。そんな俺にナミは驚いたような顔をしてから、確かに笑った。

 それから何着たら良いかしらねなんて笑いながら服を見ているから、少し待ってろィと言ってイゾウの部屋に向かう。こんな時の為のイゾウだろうと、本人が聞いたら激怒しそうな事を考えながらドアを開ける。

 

 「イゾウ、ナミに似合いそうなの貸してくれ」

 「……初詣か。ちょいと待ってな」

 

 イゾウは突然部屋に押し入った俺に特に何か言うでもなく、即座に反応して桐の箱を差し出して来た。

 

 「返さなくていい。確かナミは着付けが出来るから、今度着てる所を見せておくれなと、伝えてくれ」

 「ありがとな」

 「どういたしまして」

 

 イゾウは笑って手を振り、俺は急いでナミの元へと戻る。そして、桐の箱を手渡しつつ説明すれば皆私に甘いわなんてクスクスと笑い、着替えるから少し待っててと微笑まれた。

 そのまま様子を見ていれば、紐と布を器用に巻き付けて美しい装いに変じて行き、髪も1本の棒を器用に使い纏めてしまう。髪が纏められた事で見える項が、妙に色っぽく見えるから、何かで隠させねェとなと心で呟く。

 普段とは違い露出のない姿に、逆に唆られると思いながらもナミにコートを着せてやる。それを擽ったそうにしながらも、何処か嬉しそうに笑うから他の奴らに狙われねェように俺はそっとその手をとって歩き出す。

 人混みの中ではぐれない為だと言い訳して、俺はナミの手を握るとその指が固くなっている事に気付く。折角の綺麗な手だってのに、どうして録にケアしねェのか。

 そっと俺の火でナミの手を包めば、ナミが暖かいと言って微笑んだ。その微笑みだけで、変な男に付きまとわれそうな破壊力を持ってるとそろそろ自覚して欲しいところだねぃ。

 

 「暖の為じゃなく、ペンの使いすぎで弱ってるのを少しばかりな」

 「あ……ごめんなさい。つい、役立てるかなって思っちゃって……」

 「構わねェよぃ。ナミが、自分を大切にしてくれるなら、何しても構わねェ」

 

 俺の言葉にナミは気を付けますと言いつつしょんぼりしてみせるから、癒しのそれが終わると同時に頭を軽く撫でる。そして、手を握り直して歩き出せばナミが嬉しそうに町並みを眺めている事に気付いた。

 何処か懐かしそうに瞳を細めているから、少し歩く速度を落としてのんびりと先へ進む。急ぐ用事があるでも無し、たまには良いだろうと思ったからだ。

 目的地に到着すると賽銭を入れて願いをと言うが、願いか。……親父と兄弟と非戦闘員の安全と健康かねぃ?

 そう思って居たら、そこには占いの紙が置かれていて、小銭を投げ入れると貰えるらしいと知る。ナミが2つ分の小銭を入れてから、2つ取ってと言うからそれに従うと片方をナミに差し出す。

 それを受け取ったナミが楽しそうに紙を開いてから、その中に書かれている文字を見て不吉だわと呟いた。少しでは無く嫌そうな顔に、どうしたのかと首を傾げればナミが苦笑しつつ内容を教えてくれた。

 

 「待ち人が押し寄せてくる上に、走り人が帰ってくるって……。シャンクス達が何か厄介事でも持ってくるのかしら?」

 「それは不吉だねぃ」

 

 それから2人で笑い合い、凶だったから結んで行くわと言うナミについて行く。俺のそれは良い結果だからとナミが御籤入れと言うのを購入して、それに入れて返して寄こした。

 

 「良い結果がマルコを守ってくれるかもしれないから、持ってて」

 「縁起物とか、ナミは好きだねぃ」

 「良いと言われてるものは、少しでも大切な人に持ってて欲しいのよ」

 

 甘い甘いナミの言葉に、俺は少し照れる。何の衒いもなく大切だと言いきれるその強さに、小さく笑ってナミを抱きしめた。

 その状態でナミに何を願ったのか聞いてみると、大切な人達が今年も平穏無事に過ごせる事よなんて言う。だが……〝今年も?〟って、定期的に戦闘もあるのに何を言ってるのか。

 おかしくなって笑う俺に、ナミは五体満足で生きていてくれて、絶望に心が囚われないなら、それだけでいいと呟いた。それには妙な実感がこもっている。

 これでいてナミは恐ろしく苦労人だという事を、こんな時に思い出す。だからこそ、これからは甘やかしてやりたい。

 2人で宿に向かいながら、目的地を告げていなかった為に驚くナミに、コック達からのお年玉だよぃと笑って教えてやる。それだけで泣きそうな顔で笑ったナミと共に部屋でのんびりと過ごす事となった。

 到着した宿で蜜柑食べ放題に大喜びして……ナミが蜜柑の食べ過ぎて体調を崩したのは、情け容赦無く本気で叱り飛ばした。だがそこはまぁ、見ていなかった俺の責任でもある事は本当は分かっている。

 ナミが果物、特に蜜柑を好きだって分かってたんだから、見てるべきだったよなぃ。普段はなかなか食事もしないナミだから、食べてるならと甘やかした俺も悪い。

 小さくなって震える恋人に、やり過ぎたかと少し反省して、もう怒ってねェからこっちに来いと言って葛湯を用意してやる。そんな俺に視線を向けたナミの頭上に萎れた耳の幻覚が見える程で、暫くは甘やかしてやるかと考えてもう1度手招く。

 Happy new year……君と2人で過ごせる平穏な日常が、これから先も続きますようにと願いながら笑い合う。幸福な日々がずっと続くように、それだけが2人の心からの願いなのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス(赤髪のシャンクス)

 世間はいつの間にやら、クリスマスと言うイベントの事で盛り上がっている。そのクリスマスの発端がナミだと言うのだから、本当に素直に隠されてて欲しいと願っちまう俺の気持ちも理解して欲しい所だ。

 その上ナミは俺とベックに、同じくらいの信頼を寄せている。いや、下手をしたらベックへの信頼の方が厚いかも知れねェ程だ。

 

 「ベック、これなんだけどね」

 

 1枚の紙を顔を寄せ合って見ている何時もの光景に、小さく舌打ちがもれる。クソ……分かってるってのに……!

 分かってる、経理とか事務とか、その他諸々の事を2人でやってるんだから仕方ねェって事は!

 それでも、俺以外の男にナミが自分から擦り寄ったり抱き着いたりするのは、許せねェんだよ。しかも、ベックには素直に甘えるし、何かあれば俺の名と1緒にベックも呼ばれる。

 クソッ!頭じゃ理解してるってのに……!

 数日前に予約していたから、今日はさり気無くナミを連れ出そうと思っていたが、既にそれどころじゃねェ。すぐにでもベックから引き離そうと足音を消して近付き、ナミの意志を無視して抱き上げる。

 

 「シャンクス?」

 「出掛けるぞ」

 「待って、私着替えて……「買ってやるから」」

 

 これ以上は、1秒たりともナミをベックと居させたくなかった。そんな余裕の無い俺にベックは笑い、軽く手を振る。

 その余裕がまた、妙に俺を刺激する。分かってんだよ、ベックがナミに何がする筈ねェ事位。

 俺の腕の中で小さくなってるナミを先に見つけておいた店に連れ込み、店員に声を掛けた。その間ナミは状況把握出来てませんと顔にデカデカと書いていて、それがまた愛しく思える。

 

 「マーメイドラインとスレンダーラインのドレスで〝赤〟の物を幾つか見せてくれ」

 「シャンクス!?」

 「今日は、俺の色を纏ってろよ」

 「シャンクス……」

 

 俺の名を呼びながらそっと腕を伸ばして来るナミは、俺の首に腕を回すとそこからそっと俺の耳元で言葉を紡ぐ。それは明らかなる抗議。

 

 「赤は良いけど、マーメイドもスレンダーも動きにくいわ。違うのにしてよ」

 「ナミは顔が幼く、胸がデカいからAラインとプリンセスは許されないって自覚しろ。そもそもプリンセスは幼く見せるし、Aラインは胸が邪魔でAにならねェよ」

 「うっ……」

 「それとも……」

 

 言葉を止めるとナミは不思議そうに俺を見つめるから、ニッと笑ってやる。寧ろ俺はそれでも構わねェが。

 

 「エンパイアラインが良いのか?1人で歩けるとは思えねェが、ナミが望むなら仕方ねェ……ずっと抱いててやるよ」

 

 俺の言葉にナミは顔を赤く染めて、マーメイドかスレンダーでお願いしますと自ら言葉を口にした。プリンセスは俺が明らかに犯罪者にしか見えなくなるから嫌なんだと、そう言えなかった時点で随分卑怯だと自覚している。

 元々ナミは少し幼い可愛い顔立ちなのに、幼く見えるデザインなんぞ着られたら俺が幼女趣味にしか見えなくなるだろう。俺は幼女趣味じゃなくて、ナミだから欲しかっただけなんだよ。

 その証拠にナミ以外で視線が向くのは……ナミに似た女か?前は売り物なら妖艶系、眺めるなら清楚系が楽しかったが……毒されたもんだ。

 

 「シャンクス?」

 「これからはエンパイアラインのドレスを身に纏って船にいるか?俺の女神だと世間では浸透してるし、女神らしい装いだろう?」

 「……そんな事になったら、私戦えないわよ」

 「戦わなくても、それなら皆で護ってやるさ」

 「嫌よ」

 

 キッと睨み付けてきたナミは俺に言い放つ。それは凍える焔をイメージさせる。

 必要とあればその甘さを消し去り、己の意見を主張出来る強さは昔から変わらねェな。本当に、それがどれ程戦う男を煽るか、分かってねェんだよなと思えば笑えてくる。

 

 「私は、シャンクスや皆の荷物になるつもりは無いの。邪魔になるくらいなら、泡になって消えてあげるわ」

 「人魚姫か、お前は……」

 

 呆れたような声で言う俺に、そんな説もまことしやかに囁かれてるわよ?なんて笑う。

 戦災孤児で実の両親が分からないのもあるし、魚人島の人魚姫と私、似てるらしいのよねなんて他人事のように言う。それに対して口を開きかけた所で、ドレスが運ばれて来た。

 動きやすそうな物を除外して、特に動きにくそうな物から選べばナミが悲鳴に近い声を上げたが……。

 

 「どうした?ナミがこのデザインにしてくれと頼んだんだろ?」

 

 無論、確信犯だ。文句は受付けねェぞ。

 1人にすると男引っ掛けて歩くナミだからこそ、俺無しで歩き回れない姿にしておく必要がある。それに何より……絶対似合う。

 そう思ってドレスを試着させ、3枚に絞るとその中から好きなの選べと伝える。ナミはムムムと言いながら1枚を選んだので、それに着替えて来るように言って、残りの2枚は船に届けるようにと手配しておく。

 ……選びきれるか、どれも似合いすぎなんだよ。

 それぞれのドレスに合わせた小物を店員に用意させて、今着替えている物用以外は纏めて送らせると、着替えを終えたナミに小物を差し出す。それを驚きつつも受け取ったナミは身支度を整えるから、その間に会計を済ませておく。

 

 「シャンクス、いいの?」

 「当然だろ。ナミを着飾らせたかったのは、俺なんだからな」

 「……変じゃない?」

 「俺が選んだんだ。変な筈があるか。そもそも……ナミが綺麗すぎて、このまますぐに何処かに連れ込みたい気分なのを耐えてんだぜ?」

 

 真っ赤になったナミは、けれども俺の腕に縋るようにして立っていて逃げる事は出来ない。愛しい温もりは俺の腕に絡み付いて、恥ずかしそうにしながらも俺に合わせてついてくる。

 歩調は当然ナミに合わせてはいるが、ナミに行先を告げてないから俺に合わせてナミは歩くしかない。そんなナミを連れて近くの店に入ると、クルーへのプレゼントを見繕ってくれと無茶振りしてみる。

 それに対してナミは快く頷くと、俺に色々と話し掛けながら候補を絞って行く。結局は皮のベルトを選んだナミは、それにマークを焼き付けてくれと頼んでいる。

 

 「ナミ?」

 「全員に揃いなら、マーク入ってる方が良いでしょ。このベルトなら武器をそれぞれが装着できるし。……幹部だけ何か特徴つける?」

 「いや、そういう差別はいらねェな」

 「ふふ、良かった」

 

 そう言って可愛く笑ったナミは俺を真っ直ぐに見て、期待に応えられた?なんて聞いてくる。

 充分すぎると言いながら、選んで貰った物をラッピングして船にという手続きを済ませてしまう。その後予約していた店までナミをエスコートすれば、何処かソワソワした様子で俺について歩く。

 

 「どうした?」

 「なんか、恥ずかしい」

 「……エスコートされ慣れてるのに?」

 「だって、こんな、いかにもデートって感じの事、今までした事無かったし……!」

 「……そう、か……」

 

 なんだこの可愛い兎は。俺の理性を粉砕して遊んでるのか?

 いや違う、これは素だ。何も考えちゃいねェ!

 それが分かるからこそ、仕方無いと溜め息を落として歩き出す。それに伴いナミは俺の腕に掴まったまま歩き、寒そうに俺の腕にその体を擦り寄せてくる。

 これで誘惑してるつもりも何も無いのが怖いところだと心底思いつつ、目的地である店に入る。店内はほど良く暖かく、それにより腕に絡み付く力が弱まればそれが少しばかり残念に思えるのだから、駄目だなと自嘲しようというものだ。

 俺の姿を見て即座に案内する店員に、俺も有名になったものだと思う。夜景の美しい個室と言う売り文句に惹かれて予約したが、実際夜景が美しくナミは嬉しそうにその瞳を輝かせた。

 

 「綺麗……」

 

 呟いたそれに視線を向けると、何故か瞳は輝いているが泣きそうな顔をしているのが分かりどうしたのかと思う。様子を見ていると、俺の腕から手を離し窓に近付いたナミは小さく何かを呟き始める。

 

 「空の星は地上の星に遮られ、見えなくなったが地上の星はまるで宝石箱のようだ……と言われてたのを思い出すわね。その上で空からは雪だなんて……本当に星が見えないからこそ、帰って来たような、不思議な気持ちになるわ。お誂向きとしか言いようのない、ホワイト・クリスマスね」

 「ナミ?」

 「ごめんなさい。感傷的になって……もう、大丈夫よ」

 

 そう言って笑うナミは、何処か痛々しい。それに思わず手を伸ばそうとした時、部屋に運ばれて来た料理はこのクリスマスに因んだ物だと言う。

 それを見たナミは静かに涙を零し、俺に抱き着いてきた。珍しいそれを受けて抱きしめてやると、細い肩を震わせながら涙に濡れる声で言葉を紡ぐ。

 

 「シャンクス、ありがとう……。夢みたいで、現実感が無くて……。私……」

 「ナミの書いた、小説の中に出て来た世界と似てたか?」

 

 故郷の村とは明らかに異なるこれを懐かしそうにしている上に、帰ってきたと言葉にしていた。明らかに何かあるのは分かるが、今はそれを問い詰めても無駄だろう。

 ならば2人で、ナミの作ったとされる世界とよく似た雰囲気を楽しむしかねェだろう。そう思ってナミが顔を上げるのを待って唇を重ねる。

 Merry Christmas……お前が喜ぶならば、それがどんな物であったとしても、それが例え世界だとしても、用意してやると唇に想いを乗せる。俺にとってお前より、聖なる存在など他に有りはしないのだから……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月(赤髪のシャンクス)

 これ迄訪れた事は無かったが、和の国と似た雰囲気だといわれている島に到着した。暫くは停泊させて貰えそうだとの話になった時、ベックに和服が売っていたからと箱を手渡される。

 俺にこれをどうしろと言うんだと睨み付けたが、ベックは何も答えねェ。まずそもそも着方が分からねェよと言ったが無視される。

 俺の扱いが雑過ぎるだろうと思っていたが、渡された箱を片手に部屋に帰ろうとドアを開けた所で、どうやら癖でナミの部屋のそれを開けていたと知る。何故ならば、可愛い兎が食べてくれと言わんばかりに俺の胸に飛び込んできたからだ。

 それを抱き留めれば甘えるように擦り寄ってきて、何だこの可愛い生き物はと思いながらとりあえず頭を撫でておく。これはもう無意識に近い行動だ。

 

 「どうした?」

 「甘えてみたかったの。もう大丈夫よ、ありがとう」

 

 そう言って笑ったナミは俺の手にある箱を不思議そうに見詰めて来た。なのでそれを手にナミの部屋に入ると、ベッドの上にその箱を置いてベックに押し付けられたんだと口にする。

 それに対してナミは、ふぅんなんぞと言いながら開けていいかを聞いてくる。その瞳は興味津々な様子で輝いているから、少し揶揄いたくなってきた。

 

 「爆発物じゃねェから、構わねェよ」

 「ベックが、大好きなシャンクスにそんなもの渡す筈無いじゃない」

 

 可笑しそうにそう笑うナミだが……どうだかな。俺はこの世でもっとも危険な男は、ベックだと思っている。

 もし万が一にも俺がナミを裏切る形で泣かせたら、平然と俺を抹殺するだろうと思えちまうんだよ。ナミは、何も分かってねェんだろうがな。

 

 「うわぁぁ!凄い!シャンクス、和服が細かい小物まで含めて全て揃ってるわ!……あれ?」

 「どうした?」

 「……女物もあるわ。シャンクス、着るの?」

 「どうしてそんな発想が生まれたんだ?ん?」

 

 言いながらナミの頬を両側からむにーとつまんでやれば、ルフィを思い起こさせる程では無いがよく伸びる。おお、いい感じだ。

 

 「ひゃんふす、ひゃめへー!」

 「何言ってるか分からねェなァ」

 

 そんな事を言いながらナミの事を弄っていたが、少し頬が赤くなってきたので許してやる事にした。そんな俺に涙目で睨み付けてくるナミは、本当に俺を煽る天才だと思う。

 

 「……髭オヤジの癖に」

 「その、髭オヤジを好きなんだろ」

 

 唇を尖らせて可愛らしく悪態ついてみようとも、ナミは本当に好きな相手以外には、そういう意味で触れられる事を望まない。だからと思って指摘すれば目元を赤く染めて、狡いなんて言いやがる。

 さて、本当に狡いのはどっちなんだかな。そう思いつつ頭を撫でればナミは嬉しそうに、だが何処か寂しそうに笑う。

 

 「また、子供扱いして」

 「そうしておかねェと、ベッドから永遠に出せなくなるからな」

 「……っ!シャンクスの馬鹿!」

 

 そう言いながら俺の胸に飛び込んでくる兎は、本当に何も分かっちゃいねェ。大人だと思っているから、誰にも見せたくねェんだよ。

 子供として扱わなけりゃ、俺以外に笑いかけるなと間に入りたくなる。……分からねェだろうな。

 クリスマスの時にやらかしたが、理解してないだろうナミに和装しなくていいのかなんて言って話題を変える。それにハッとした様子で箱を振り向き、俺を見て……悩み出した。

 

 「シャンクスも、着てくれる?」

 「着方が分からねェよ」

 「……着せてあげるって言ったら、着てくれる?」

 

 どうやら着てるところを見たいらしい。別に減るもんじゃなし、構わねェが……。

 

 「……まァ、折角貰ったもんだし、着てみるか」

 「うん!待ってね、今準備するから!」

 

 それに着替えるには準備が居るのかと思えば少し笑えてくるが、どうやら靴を履いた状態で着るべき物じゃねェらしく、新聞やら布やらで足元の準備をし始めた。色々説明してくれたが、興味を持てそうもないので大半は聞き流している。

 聞き流されている事を知ってか知らずか、ナミは語り続ける。話の内容はどうでもいいが、優しいその声で紡がれる音と、語る時のナミの表情が俺は好きだったりする。

 言われる通りに服を脱げば、見慣れてる筈なのに1瞬で手の甲まで赤くなったナミに、ウブなもんだと小さく笑う。そんな俺からそっと視線を反らして、コレを羽織ってとか色々言い出す。

 今は苛めるつもりがねェから素直に従ったが、遊び甲斐のある反応だよなと少し思う。すぐに帯で締めるのかと思っていたら、細い紐等も使われるようだ。

 紐を巻き付けるその度に、俺に抱き着きながらその紐を回すナミ。その行動から、他の奴らの着付けは絶対にさせねェと決める。

 無防備過ぎる兎に、少しばかりの溜息も落ちようというものだ。……今度兎耳のカチューシャでも買ってやるか。

 俺の着付けを終えたナミは、俺が居る事を忘れているのか気にしていないのか、普通に服を脱いで着替え始めた。おいおい待てよと思わなくも無いが、目の前で晒されている素肌を眺めるのもたまにはいいか。

 多くの拷問だなんだと受けて来た筈なのに、その素肌にはほぼ傷が無い。それは魚共も俺達も、跡を遺さねェようにと必死で治療して来たからだ。

 魚共は自分達で傷付けてきたって事を考えれば、何だかなと思わされる。それでも……ナミを想っていた事は分かっちまうのが厄介な所だ。

 白い着物のような物を着ているだけのナミにそそられて手を伸ばすと、ペシンと叩き落とされた。何すんだと思ってみれば、ナミに冷たい視線を向けられる。

 

 「大晦日と1日はそういう事しちゃ駄目なのよ」

 「海賊に決まり事なんざあってたまるか!俺はナミが欲しい」

 「だぁめ!手を出したら……私、船出してやる」

 「なんだよ〝フネデ〟って」

 「家出じゃ無いから、船出。私を拾ってくれる人なら沢山いると思うけど?」

 

 ふふんと笑うナミは指折り男の名を上げていく。その様子に、2日になったら覚えてろよと内心で呟いてからハイハイとそれに従う。

 すると、邪魔したら見られなかっただろう華やかな装いのナミが居て……。喉が、鳴る。

 誰にも、見せたくねェと思わされる。全身の血液が巡る速度を変えたのがわかる程に。

 

 「シャンクス?」

 「いや……想像より、似合ってたから……」

 「可愛い?」

 「いや……綺麗だ……」

 

 素直に言えばナミは真っ赤な顔を両手で隠してしゃがみこむから、可愛いなと思い直す。なんだってこんなにも愛しいのか分からねェが……大切にしたいと思う。

 俺はいつもの様に上からコートを羽織ったが、それを見たナミは何故か不満そうだ。

 

 「どうした?」

 「和服の上からなのに、そのコート着ておかしくないところが気に入らないわ」

 「……俺はいい男だから、何着ても似合うんだよ」

 「ぐっ!……言い返せない!」

 「お前な……」

 

 流石にその反応は照れる。辞めろ。

 

 「……やはり似合うな。似合いそうなのを選んだつもりだったが」

 「「ベック」」

 

 俺とナミの声が重なる。そんな俺達をベックは何処か眩しそうに見て、蕎麦が出来たから呼びに来たなんて言う。

 それに頷いて歩き出した俺は、ふとベックの視線がナミに向けられているのに気付く。ナミはいつもと変わらない様子で、楽しそうに俺の腕に抱き着いているだけだが……。

 その表情、視線、それらから伝わるものもある。……ベック、お前……ナミの事……。

 

 「お頭、早く行ってやれ。ルーが暴れるぞ」

 「うわ、それは不味いな!」

 

 笑いながら少し足を早める。ベックがナミをどう想っていたとしても、ベックはナミに手を出す事はねェ。

 それが例え据え膳であろうとも、ナミを泣かせる事は死んでもしないと分かっている。そして、俺を裏切る事も絶対に有り得ないと知っている。

 俺達が食事室に到着すれば即座に年越し蕎麦が配られ、食べ始める事になる。俺とナミが和装しているというのは伝わっていたらしく、それぞれが楽しそうに見て来た。

 なんで似合うんだお頭なんて、似合う事がおかしいとでも言わんばかりに俺は言われてつのられたのに対して、ナミには声を揃えて、似合うな、可愛いな、美人さんだなと褒めちぎる奴ら。この親父共、孫や姪っ子を可愛がる勢いでナミを構いやがって……。

 

 「……ナミ、蕎麦喰い終わったら出かけるぞ」

 「そうなの?」

 「この装いだ。初詣とやらに行こう」

 「うん、ありがとう。……りんご飴あるかな」

 「……食い物目当てか」

 

 楽しそうに笑うナミに突っ込めば、屋台と言ったらりんご飴のイメージなのよと笑われた。その上で、1人で食べるの大変だから、後半手伝ってねなんて言い出す。

 それに了解と笑えば、ナミは擽ったそうに笑うからとりあえずそれでいいかと思う。蕎麦を食べ終えて船を降りると、少し風が冷たい事に気付く。

 そっとナミの手を握れば冷たくなっていて、コートを掛けてやるかと思ったがその装いが見えなくなるのは残念だなとも思う。同じ見えなくなるならとコートの中にナミを入れる形で抱き締めれば、ナミが焦った様子を見せる。

 

 「冷えてるからな。風邪ひかせたくねェんだよ」

 「暖かいけど、歩けないわ」

 「首に腕を回してみろ」

 

 俺の言葉に素直に従ったナミを内側で横抱きにしてやれば、何故か感動的な声を出された。それから楽しそうに笑ったナミが、ありがとうなんて言う。

 これなら誰にもナミを見られずに済むからだなんて、今更言える筈も無く、御参りするべき所までナミを抱いて歩く。お参りの時仕方なく下ろすが、変なのに狙われても困るなとコートをナミの肩から掛けてやる。

 それにより本当に何を着てるか見えなくなり、それが妙に可愛い。ダメだ、何をしてもナミは可愛い。

 

 「……シャンクスは、和服が似合うっての超えて、既に色気垂れ流し状態ね」

 

 俺の思考と近い事になっていたらしいナミがそんな事を言うから、ナミもそうだったから隠してみたんだと笑えば嘘ばっかりなんてクスクスと笑う。そんなナミの手を握り賽銭箱の前に到着すると、とりあえず金を投げ込んでおく。

 神様とやらがいるなら、ナミが泣かないで済む状態が続くようにしてくれと願う。そうすりゃきっと、クルーの誰も喪う事は無いだろう。

 その時ナミもまた何かを願った後で御籤を俺に示して、取れと言う。賽銭はその分既に入れてあるらしい。

 どうせ吉か何かだろ。御籤なんてのは正月は吉が増やされてるものなんだよと、少し弄れつつそれを開けば平と書かれていて……。

 

 「何だこれ。普通凶とか吉じゃねェのかよ?」

 「あら、奇跡の御籤!丁度真ん中の籤よ。置いてる所も珍しいんだから」

 「嬉しくねェ……」

 

 クスクスと笑いながら、ナミは内容を読み、周りを巻き込むような事は控えましょうってあるから、戒めに持ってたらなんて言い出す。そんなナミに俺もつられて笑い出す。

 それからふと思い出して言葉を口にする。勿論逃がさねェように、しっかりとその身を抱きしめた状態で。

 

 「散々煽って、お預け迄してるんだから、日付変わったら……覚悟しとけよ」

 「なっ……なっ……!」

 

 顔を真っ赤に染めて離せと暴れだしたナミを、だからと言って離してやる筈もない。和服ってのは下着も付けないから本当に良いもんだな。

 

 「たっぷり、可愛がってやる」

 「それは、イジメって言うのよ!シャンクスの馬鹿っ!」

 「何言ってんだ。俺にいじめて貰えるのは、大切に想われてる証拠だぞ」

 「あ!だからルフィの事小さい時に揶揄ってたのね!今度ルフィに会ったら謝ってよね!」

 「なんでそうなる!?可愛がってただろう!?」

 「シャンクスのばぁか!いじめっ子ぉ!」

 

 そんな事を言って僅かな隙をついてするりと俺の腕を抜け出したナミを、1瞬本気で追い掛けた。逃げる速度と技術だけは、恐ろしいものがあると内心ヒヤヒヤさせられる。

 そんな俺に気付かずにナミは林檎飴発見!とか言って笑う。そして、早く食べたいと俺を導くように歩き出す。

 Happy new year……お前が笑うなら、どんな願いも俺がこの手で叶えてやると笑ってやれば、頼もしいわと嬉しそうに笑い返す。2人で1つの飴を食べながら呑気に歩く、こんな小さな幸福も良いものだなと心から思えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2019年バレンタイン&ホワイトデー&オレンジデー連動イベント
バレンタイン(麦わらのルフィ)


 買い物に行きたい島があるなんて珍しくナミが言った。だから、よく分からねェ俺はロビンに確認してみたんだ。

 そうしたら治安が悪い事で有名だって言うから、俺が1緒なら良いぞって言ったのによ。……俺と1緒だけは嫌だって言ってナミは部屋に閉じこもっちまった。

 なんだってんだ?

 そう思って時々覗いたけど、部屋の中にはナミが居る。いつもの後ろ姿、いつもの位置、でも何かおかしい。

 声を掛けても気付かないのもいつもだけど、何か変だ。そう思って気付く。

 匂いがしねェ。ナミの匂いがねェ!

 それでまさかと思って慌てて島まで行ってみたら、ホクホクした顔で買い物した物抱えてる女がいる。姿がいつもと違ェけど……ナミだけはわかる。

 だから、荷物ごとグルグルと腕に巻いて連れ帰ったのに、反省しねェ。だいたい俺とじゃ、島に行くのヤダって何なんだよー!

 そんな俺とナミを心配したのか、フランキーが来て呆れた様子を見せてたけどよ。船に帰るとフランキーがナミを猫の子掴むみたいにしてロビンに預けたが、多分ここまでに俺が話した事は何も聞いてねェ。

 

 「ナミ、船長命令だ。部屋から出るな!」

 「船長!トイレとお風呂はどうしましょうか?」

 「……ロビンと1緒なら、それだけは許可する!」

 「はぁい!」

 

 何故だ。喜んでる。

 ナミお前、ハンセーしろよ。ハンセー!

 それから3日、本当にナミは風呂とトイレ以外で出てこねェ。サンジが言うには、食事も殆ど食わねェらしい……。

 少し、怒りすぎたかな。でもよ、ナミがそんな危ない所に1人で行ったから……心配だったんだ。

 そっと部屋を覗いて見たら、中で真剣な顔で何かやってるのが見える。反省とか以前に、何か作ってたのかと思うけど、それが何だか分からねェ。

 

 「ルフィ?」

 「ナミ、ハンセーしたか?」

 

 俺が中を覗いてると気付いたらしいナミが俺に声を掛けてくれたので問い掛ける。すると、ハッとした顔をしてから勿論よと答えたので、ハンセーしてねェとわかる。

 寧ろ、閉じ込められた理由忘れてた口だなこりゃ。ナミって、そういう所あるよな、うん、知ってた。

 これ以上はだとしたら無駄かと、閉じ込めていたのを解放してやると言えばナミが嬉しそうに笑って……何かを手に飛び出して行った。なんだ、いったい。

 ポツンと残された俺にロビンが声を掛けてくるけど、ナミに甘いロビンの言葉なんか参考に出来るかよ。

 

 「ルフィ……少し過保護が過ぎるわ。たまにはナミにも自由をあげてちょうだい」

 「ナミは、捕まえておかねェとすぐに攫われちまう。だから、過保護で丁度いいと俺は思ってる」

 

 ロビンの言葉にそう返したらロビンは楽しそうに笑って、邪魔だけはしないのよなんて言い出す。……邪魔って何だよ。

 モヤモヤした時間を過ごして、でもそんな事があったから最近ずっとナミに触れてないと気付く。……結構キツイ。

 その翌日、ナミが皆に朝食の席でお菓子を配り始めた。サンジにはチョコの中にドライフルーツが入ってる物を、ゾロには甘さのほぼ無い物を渡した。

 それから当然のような顔して、チョッパーには中にマシュマロが上には金平糖が乗ってる物だ。ナミは、それぞれに合わせた違う物を渡して行く。

 ロビンとフランキーには同じ物よなんて笑っていたし、ウソップとブルックにも何か美味そうなのあげてた。明らかにナミのそれは手作りだとわかる。

 丁寧にそれぞれに合わせて作っただろうとわかるそれは羨ましい。それなのに……俺には何もくれねェ。

 

 「ナミ!俺のは!?」

 「……っ!ルフィのは、その、もう少し待って!ここでは、渡したくないの!」

 

 真っ赤になってそんな事言うけど、ただ菓子を配ってるだけだろ?そう思っていたらサンジが奥から巨大なチョコレートケーキとチョコフォンデュってのを用意して来た。

 チョコは、白と、赤と、茶の3種類が用意されて、それが流れてる。果物とかチョコじゃないお菓子がその近くに置かれて、ナミとサンジが2人で大成功とか言ってる。

 

 「フランキーにも循環器作りで世話になったが、今日はバレンタインだからって事で基本は俺とナミさんで作った。喜べよー!」

 

 サンジの言葉に皆が楽しそうに喜び、笑い、食べ始める。その中でナミがゾロにチョコは付けなくても良いから、適当に摘んでなんて言ってるのが見えた。

 俺も皆と1緒にチョコを食べて、笑って楽しむ。チョコまみれになって風呂に入るよう言われた俺達が順番に風呂へと向かうと、帰った頃にはサンジとナミが掃除とかを全部終わらせていた。

 楽しかったから1瞬忘れそうになったけどよ、夜になってもまだ、ナミは俺にだけチョコをくれない。……そう言えばバレンタインって何だろう?と少し首を傾げていたら後ろから頭を蹴られた。

 

 「なァに黄昏てやがる」

 「ナミが、俺にだけ何もくれない」

 「……今夜は、ロビンちゃんが見張りだ」

 「あァ知ってっけど?」

 「……俺が言えるのは、これだけだ。バレンタインデーってのは、大切な人に贈物をする日だ。ナミさんを……泣かせんなよ、クソゴム」

 

 そう言って去っていくサンジを見送り、チョコ貰えなくて泣きそうなの俺の方なんだけどと思う。それからそっと女部屋を覗くと、部屋の中をウロウロと歩き回ってるナミが見えた。

 ……珍しいな。

 ドアを開けて中に入ると、ナミがビクリと肩を揺らして、その顔を赤く染める。それから……俺にハート型のラッピングされた箱を渡してきた。

 

 「……ルフィのは、その、私の想いが詰まってるから、皆の前では見せたくなったのよ。遅くなったけど、あげるわ」

 

 耳まで赤くしたナミからのそれを受取り、その場で開けるとナミがワタワタし始めて、なんか可愛いなと思う。そして箱を開けると中には丸い形の平べったいチョコがいくつも入ってるんだけど……それには絵と文字が描かれている。

 釣りしてる俺とか、寝てる俺とかの絵が描かれていて、その下にLoveとか、likeとか、それぞれに文字が書かれていた。……思わずナミを見れば、これでもかってくらい真っ赤になってる。

 だから俺はその1つを食べながら少し考えて、よしと立ち上がる。そんな俺の動きをナミが視線で追うのが分かり、なんか擽ったい。

 

 「……美味しくなかった?」

 「ん?美味いよ。ありがとな」

 

 不安そうに聞いてくるナミに答えながら、ドアの鍵を内側から閉めて、中を覗けないように窓のカーテンを閉めてからナミの所へ向かう。それに首を傾げる無防備な姿に、小さく笑みが零れる。

 

 「……でもよ、俺が俺を食ってもって思ってさ」

 「え?チョッパーとかの方が良かった?私が好きなルフィの姿描いたんだけ…………なんでもない!」

 

 ……そっか、色々な姿の俺だなって思ったけど、そういう事か。どんな姿でも、何をしてても、俺を好きだとナミが言ってくれたのが嬉しくて、そっとベッドに押し倒す。

 

 「なんでチョッパーだよ。俺はナミを喰いたい。だから……食わせろ」

 「チョコは!?いらないの!?」

 「ナミがチョコになるんだよ」

 

 意味が分からないって顔してるナミを脱がせて、チョコをナミの胸に置くと全身を真っ赤にしてナミは言う。

 

 「衛生面で良くないから、辞めなさ……ぁ!」

 

 ナミの体温で溶けたチョコを舐めながら笑うと、ナミが泣きそうな顔で俺を見た。それが本当に可愛くて、ついニッコリと笑っちまう。

 

 「チョコは全て、こうやって食うから。まだまだ沢山チョコはあるし、ゆっくり喰わせろよ……」

 

 元々甘いナミが更に甘くなって、ナミの体温が上がるからチョコは溶けやすくなる。それを敏感な所に持って行って溶かしながら身体中を舐めてやれば、可愛い声をあげながらでも中途半端なそれに身悶える。

 さァて、長期間お預けされた俺の気持ちをナミが理解する迄、チョコが無くなるその瞬間まで、続けてやるかとまた1つナミにチョコを落とす。

 それに今回は丁度いい言い訳もある。何よりナミは結局、俺には逆らえねェ事は分かってんだ。

 

 「ナミが、俺の駄目だって言った事して、反省しなかったから……お詫びのチョコを俺が食い終わったら、許してやるよ」

 「やぁ……!ルフィ、許してぇ!」

 「……あァ、食い終わったらな」

 

 甘い甘い香りに包まれて、弱い所にチョコを押し付け刺激してやればビクリと跳ねるその体。……悪い子には、お仕置きが必要だろ?

 夜はまだ、始まったばかり。2人の甘い時間はこれから始まる。

 Happy Valentine……恋人達の時間は、ゆっくりと流れ行く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ホワイトデー(麦わらのルフィ)

 皆と楽しく遊びながら、次の島はどんな所だろうかとワクワクしていたら珍しいものを見た。ナミが蜜柑の収穫とかしてるのはいつもなんだけどよ、その近くにフランキーがいて何か喋ってる。

 ヒョイっとその近くまで行くと、フランキーがナミに手を上げろとか何とか言ってはメモしてると分かるけど……何してるんだろう?

 

 「何してるんだ?」

 「ん?あァ、麦藁か。小娘に安全で使いやすい脚立を作ってやろうと思ってな。見てて危なっかしいのよ」

 「へェ……フランキーはなんでも作れるんだな!俺にも何か作ってくれよ!ロボとか!」

 「ばァか!ホワイトデー用だ!小娘に欲しいモン聞いても無駄だったから作る事にしただけだ」

 「むだ?」

 「……小娘が欲しいのは、皆の笑顔だとよ!っとに、調子狂うぜ」

 

 あァ、うん。ナミだ。

 しかもその後でロビン泣かせんなとか、ロビンに優しくしろだとか、そんな言葉を繰り返されたらしい。ナミもロビンもお互いの事好き過ぎだろ。

 と言うかロビンはもう少し俺に協力してくれてもいいと思うのに、何故か常にナミの味方してる。おかげで2人になれる事が本当に少ねェ。

 

 「俺も、ロビンに似たような事言われたばっかりだ。〝ナミはルフィとは違うんだから、体力を考えてあげて。それが出来ないならもう2人にさせないわよ〟とか言われたんだぜ。……2人共似てるよな。頭良いし、何か飲み物飲んで文字書いてばっかだ」

 「ロビンは……小娘が可愛くて仕方ねェみたいだからな。だがまァ、麦藁は少し小娘に無理させすぎてるのは確かだろ。それにしても、俺も小娘はロビンを大切にし過ぎてるとは思うぜ……。小娘に妬きそうだぜ、俺は」

 

 フランキーはそんな言葉を口にしてから、静かにその場を後にした。その日から暫くナミとフランキーが1緒に居るのをよく見かけて、ナミは楽しそうに笑ってる。

 そういや、ホワイトデーってなんだろうと思ってそれを聞きたくてナミのいる部屋に行く。すると、ニュースクーに何か食べ物を渡してる所だった。

 飛び立つそれを見送り、ウキウキした様子で箱を開けて喜んでいるナミは、箱から手紙が落ちた事に気付いていないようだ。それを咄嗟に拾って、どうしようかと少しだけ考える。

 封筒の口は空いていて、中身が普通に取り出せる。でも、勝手に読むのは……そう思うのに、少しだけと思って開いてしまう。

 

 『ナミへ

 バレンタインの贈り物ありがとう。大切に使わせてもらうね。そのお返しに、私からはハンドクリームを贈るよ。どうせ今でも毎日紙を弄ってるんだろうから、少しはケアしないと……彼氏に嫌われるよ?

 ゲンさんは今も認めんって頑張ってるけど、ベルメールさんも私もアンタの味方だからね。アンタが幸せなら、アンタが選んだ相手なら、それだけでいい。

 楽しくやんな!

 ノジコ』

 

 風車のおっさん、まだ認めてくれてねェのかよ。……でも、ナミにとって大切な順位1位と2位が味方だから、良いか。

 そう思って手紙を戻すと、そのタイミングで俺に気付いたらしいナミが振り向く。そして何故か箱の中身を1つ摘むと俺の口に押し込んでくる。

 細い指が俺の唇に触れて、押し込まれた柔らかい物は妙に甘い。なんなんだとナミに視線を向ければ、悪戯に笑う。

 

 「特別よ。私がノジコに貰ったマシュマロなんだから」

 「有り難すぎて涙が出そうだ」

 

 世界中の誰より愛してるもんな、ナミは。そう思うからこそ、声は低くなった筈なのにナミはにこやかに笑ってそうでしょーなんて言ってる。

 時々妙に鈍いのは、計算じゃねェよな。だとしたらアレか、天然って奴なのか。

 結局俺は手紙を直接返せなくて、そっと箱の横に置いて部屋を出る。それから数日後、ホワイトデーって日が来た。

 相変わらずフランキーがナミの側にいて、ナミは何か頼んでるのか意外と楽しそうにしている。仲間なんだから、当然なんだけどなんか、モヤモヤする。

 ふとロビンを見れば、特にいつもと変わらない様子に思えるけど、不愉快にならねェのかな。そんな事を考えていたら、ナミが朝言っていたように島に到着した。

 

 「ナミ!行くぞ!」

 

 そう言って腕を伸ばせばナミは驚いた様子は見せるけど、抵抗はしないで俺の腕に収まるから、そのままナミを連れて飛び出して行く。後ろから待てとサンジが叫んでたけど、今日はホワイトデーだからな、お礼するんだろ?よくわかんねェけど。

 

 「ルフィ、何処か目的地あるの?」

 「ない!ただ、ナミと2人になりたかったんだ」

 「ルフィ……」

 

 そのまま顔を俯けて、恥ずかしそうに視線を反らすナミが異様に可愛い。誰にも、見せたくねェって思うくらい。

 

 「バレンタインの時は、ちょっとイジメ過ぎたからな、今日は優しくしてやる。お礼の日だからな!」

 「別に、無理に抱かないでい「俺がナミを欲しいって思ったんだ。ナミだけだ、俺が滅茶苦茶にしてェって思うのは」」

 

 そこそこの高さのある屋根の上で、ナミにそう言ってキスをすればナミは真っ赤な顔で戸惑いを見せるのに、抵抗はしねェからそれに苦笑しそうになる。だってよ、可愛いからってこのままここで襲ったら泣かれそうだなとそれくらいは分かるもんよ。

 嫌われたりはしないだろうけど、泣かれるのは嫌だなと思って、近くのホテルを探して、真っ直ぐにナミを連れ込むとナミは困ったような顔で笑った。ナミは俺になら多分本当に殺されそうになっても、抵抗しねェんだろうなと思わされる。

 

 「仕方ないなぁ。……優しくしてよね?」

 「おぅ!ホワイトデーだからな!」

 

 よく分からずに言えば、ナミは分かってないくせになんて言って笑う。なんでも分かってるナミと、何も分からねェ俺だけど、でも俺は1つだけ分かってる事がある。

 世界から狙われて居ても、誰に奪われそうになっても、ナミは最後にはまた俺の所に帰ってくるって事。んでもって、心はずっと俺と1緒に居るんだって事は変わらねェんだって知ってる。

 だから俺は迷わねェ。導いてくれる優しい光が傍で笑ってるから、なんでも受け入れてくれるから、俺はただ進むだけでいい。

 

 「ナミ、好きだ」

 「私もよ、ルフィ」

 

 はにかんだように笑ったナミをホテルの部屋でベッドに押し倒せば、そこからはもう2人だけの時間だ。優しくするなんて言ったけど、どうしたって俺はナミより優しくはなれねェ事を知ってる。

 でも、今日は精一杯優しくするから……。だからさ……家族とか、ロビンとか、チョッパーとか、フランキーじゃなくてよ……。

 

 「俺を見てくれよ、ナミ」

 

 俺の言葉にナミは笑って、いつも無意識でルフィばっかり見てるわなんて言う。お揃いだなと俺が笑えばナミは照れたような顔で頷いた。

 それから優しい声で、そうねなんて言うから、俺はそっとナミに触れる為に手を伸ばした。その温もりを、この手にする為に。

 ホワイトデーが何たるかも知らずとも、男は女に尽くせば良いと大切にその体に触れる。心も体も、全てが自分のものだと確信を持って、愛しい女に溺れて行く。

 後に、2日経っても帰らない2人を心配した仲間達から、男が叱られたのはご愛嬌だろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オレンジデー(麦わらのルフィ)

 たまたまナミが居ない時に女部屋に入った俺は、ロビンが何かを読んでいるのを見てそっと近付く。それにロビンは即座に気付くと、読んでいた紙を俺に手渡してきた。

 

 「ナミの書きかけの原稿よ。バレンタインから引き続きでこんなイベントがあるのね」

 

 ロビンの言葉に曖昧に頷いてそれに目を通せば、確かにナミの文字でオレンジデーと言う日の事が書かれている。オレンジの物を贈り合う……か。

 大切な人にって事は、またナミは全員に配るんだろうか。俺のナミなのに、俺だけのものにはなかなかなってくれない恋人を想って、少し切なくなる。

 

 「珍しいわよね。いつもならこういうイベントの物はその季節迄に発売できるようにするのに、途中で筆が止まっているなんて」

 「……多分、俺達が知ったらナミに気を使うと思って書けなくなったんだ。オレンジデーなんて、どう考えてもナミの為にあるようなイベントだから」

 

 ナミはそういう所がある。だからつい口に出したその言葉に、ロビンは嬉しそうに笑った。

 それからルフィのそういう所、好きよなんて意味の分からねェ言葉を残して部屋を出て行くから、俺はとりあえずナミのベッドで横になった。ナミの匂いがするベッドだからか、自然と眠くなってそのまま寝てしまうと、誰かが俺の頭を撫でた感触で意識が浮上する。

 

 「愛しているわ」

 

 突然聞こえてきたナミの言葉に、起きるタイミングを逃した俺は、どうしたらいいだろうかと寝たふりしながら考える。そんな俺の額にナミはそっとキスをして来て、俺が寝てる時いつもこんな事してくれてんのかなと思ったら、顔がニヤけそうになるのを耐える。

 そのままナミが抱き着いてきたので、思わず抱きしめ返そうとして、それはどうなんだろうと思い止まった。そのままナミは俺に甘えるように擦り寄ってきて、どうするかな、起きるかなと考える。

 

 「お休み」

 

 その小さな囁きの後でナミは本当に眠ったようだったので、ナミの寝息が聞こえるのを待って体を起こせば深く眠っている事が分かる。何時だったかチョッパーが、ナミは睡眠負債があるから眠れそうな時は寝かせてやって欲しいって言ってたな、なんて思い出す。

 ナミがしてくれたように俺もまたナミの頭を撫でて、その額にキスをするけど、俺と違ってナミは安心しきった顔で眠り続けている。そんなナミが起きるまでここに居るかと考えて、そんな事したら襲って起こすと気付いて立ち上がろうとしたら俺のシャツをナミが掴んでいた。

 ……襲うぞコラ。なんだその、可愛すぎる行動は!

 そう思うのと同時に愛しいなと思って、このまま寝かせてやりたいからとシャツを脱いでナミにそれを抱かせてやる。俺は上半身裸でも誰も気にしないだろうから、良いけどよ。

 俺のシャツを抱いて、安心したように寝ているその姿は正しく猫のようで、手配書にあった〝泥棒猫〟は言い得て妙だなと思う。俺の心を1瞬で奪った、愛しい猫。

 

 「ナミ、俺も愛してる」

 

 そう言って部屋を出た俺はそれから先、ナミと2人になれない日が続くなんて考えても居なかったんだ。食事にも出て来るし、いつもと何が違うってんでも無いんだけどよ、ロビンがナミから離れねェんだ。

 途中フランキーが見張りの日とかもあったのに、ロビンはフランキーの所へ行かなくて、ナミを抱き締めて寝ていて……。狡ィと小さく言葉を落としたらそれにフランキーが笑って言った。

 

 「麦藁、ナミにロビンを返せと言えよ」

 「巫山戯な!ロビンがナミを俺に返さねェんだよ!」

 「……だよな。明らかにロビンが小娘を構い倒してるもんなァ。もう既に、小娘から離れたら死ぬのかよって勢いだよな、ロビンは」

 「あァ……今夜はフランキーの所に来るだろうと思ってたのによ。フランキー、フラレタのか?」

 

 俺が首を傾げるとフランキーは不吉な事言うんじゃねェと怒り出して、何か変な事を言ったかなと少し考える。でもよ、フランキーとロビンが上手く行ってたら、ロビンがナミにくっ付いてる理由が無いだろ。

 

 「麦藁……その無邪気な顔で残酷な事言うな。これでも気になってる。なんかした記憶はねェんだかな。……そもそも麦藁の見張りの日も小娘行ってねェだろが!」

 「ンなもん、ロビンが〝そばにいて〟とか言えば1瞬で俺の事忘れるのは今更だぞ。ナミはな、ロビンとチョッパーには激甘なんだ!」

 

 俺の言葉にそうだよななんて、フランキーは言って落ち込むから何かセイサンセーのある話をするべきかなと考える。でも、うーん、セイサンセーのある話って何だろう。

 

 「そういやさ、オレンジデーって、フランキー知ってるか?」

 

 そう言えばその話をした翌日から、ロビンはナミから離れなくなったなと思って言葉を口にしたら、フランキーがいや知らねェなんて言う。だから、ロビンに教えられたそれを説明する。

 それにフランキーは成程なァなんて笑うと俺の頭に手を置いて、髪をぐしゃぐしゃにして来た。その顔が〝兄貴〟で、俺は兄貴って存在に弱いからついムキになる。

 

 「なんだよ!?」

 「小鳥達は俺達に、そのオレンジなんちゃらをやろうとしてるんだろうなと考えただけだ」

 「……違ったら、どうすんだよ。俺は今すぐナミが欲しいのに。つらいんだぞ!ロビンにも言ったけど〝ナミの体だけが目当てなの?〟って冷たい視線向けられたんだぞ!」

 「……若ェな。まァ……そうだよな、10代だもんな……。……まァ違ったら、当日無理矢理引き剥がせば良いだろ。俺も協力してやる。……いや、どっちにしてもロビンと小娘はその日1緒に夜は過ごせねェ」

 「ん?」

 「当日は、ロビンが見張りの日だ」

 

 フランキーの言葉に俺とフランキーはニンマリと笑い合って、数日後に控えたその日を待つ事にした。まァ……ナミは悪くねェんだけどよ、俺は寂しい。

 そうして迎えたオレンジデー当日。早朝にいつもの様にシャワーお浴びたらしいナミが出て来て、甲板で海を真っ直ぐに見詰めている姿を目撃した。

 ……綺麗だよな、ホント。海賊らしくなくて、でもきっとこの1味の中で誰よりも海賊として生きている期間が長いのはナミだ。

 フランキーはゴロツキだったし、ロビンは海賊ではなくその知識が理由で手配されて来た。隠れて生きて来たロビンは、恐らく海賊としてはそれ程長く生きてねェ。

ワニのやつの所にいた間も、海賊じゃなくてえいじんと?とかって奴だったからな。ゾロは賞金稼ぎで、サンジはコック。

 ウソップと俺は村の少年でしか無かった。……あ、ブルックが1番長ェのか。

 でも、海賊船に乗ってても海を漂っていただけだって言うんだから、どうなんだろうな。それも海賊期間に数えていいのか?

 

 「ルフィ?どうしたの?」

 「起きたら、ナミが見えたから……見惚れてた」

 

 そのついでに色々考えてたのは話さなかったけど、ナミはその頬を赤く染めて、恥ずかしそうに怒鳴る。……本当に可愛いな。

 

 「もうっ!いつからそんなお世辞言えるようになったの?あ、ルフィ、今夜部屋に来てくれる?」

 

 少し恥ずかしそうにしてナミがそんな事を言うから、俺はそれに1も2もなく頷いた。その直後にブルックが甲板に出て来てヴァイオリンを弾き始めるから、俺はそれに喜んでリクエストを繰り返していく。

 いつもと変わらない楽しい時間を過ごして、そうしていたら夜になった。ロビンが部屋から出て行くのを待って俺が代わりに部屋に入ると、ナミが笑って俺を出迎えてくれる。

 

 「ルフィ、あのね」

 「ん?」

 「シャツ、ありがとう。返すタイミング無くて、ごめんね。返すわ」

 

 そう言ってナミは俺に紙袋を差し出すから、おうと言ってそれを受け取ると中にはシャツの他にオレンジ色の布が入っていて……。腰に巻くやつだと、取り出して気付く。

 それと同時に蜜柑の香りがして、ナミが触ったりしてたんだなと分かる。だからついじっとそれを見ていたら、ナミがしどろもどろに言葉を紡ぎ始めて、布の端に蜜柑が麦藁帽子を被った刺繍があるのに気付いた。

 ……なんだ、この可愛い刺繍。冒険に行く日は身に付けられねェじやんか。

 

 「黄色が良かったかなとも思うんだけど、今日はオレンジデーって日で、だからルフィにオレンジ色の物をって考えて、それで……」

 「俺からも、あるぞ。ナミの誕生石でもあるって聞いたから、ちょうど良いと思ったんだ」

 

 そう言って金の輪っかで1つの宝石を貫いてる感じのブレスレットを差し出せば、ナミは驚いたような顔で俺を見てから、ありがとうって笑った。それをすぐに腕に通してくれて、それから小さな声で呟いた。

 

 「オレンジデーなんて誰も知らないと思ってたのに、皆が知ってるなんて驚いたわ。……カーネリアンのブレスレットね、大切にする」

 

 言葉と共にそのブレスレットを愛しそうに撫でてくれたので、俺はそれに満足して笑うと布も嬉しいけどよと言ってナミに手を伸ばす。そんな俺にナミはキョトンとした顔を見せるけど、俺、干からびそうなんだよ。

 

 「ナミを、くれよ」

 「へ!?」

 「ナミが、オレンジそのものなんだから、ナミをくれ。大切に、残さず喰ってやるから」

 

 俺の大切な、愛しい蜜柑は日に当たり過ぎたかのように真っ赤に染まり、それから頷いた。それに気を良くして服を脱がせると、下着と言うか水着がオレンジ色で……。

 

 「ナミも、そのつもりだったのか?」

 「違っ……ロビンが、その、オレンジデーだからってこれ、くれて……」

 「そっか、まァ……どっちでも同じだけどな」

 

 そう言ってナミをベッドに押し倒せば、ナミは恥ずかしそうに視線を逸らすけどよ。……そろそろ慣れろよと思いながら、そっとその唇を奪うようにキスをした。

 Happy orangeday……女はいつまで経ってもウブな反応を見せるから、男にもそれが時々伝染する。それにより欲望が抑制される事はなく、結局は煽っているだけなのだから女は当然今宵眠らせては貰えないだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バレンタイン(悪魔の子ロビン)

ロビンの作品は、フラロビです。
ヒロインとの百合関係は御座いません(怪しいだけ)
ルフィの話のsideストーリー風になっています。


 心配のあまり倒れかけた私にフランキーは心配し過ぎだと言うけれど、あんな無防備な子兎が武器も無しに出掛けた時点で心配しない方がどうかしていると私は思うのよ。あァやっぱり私が……せめて私が1緒に行けば……!

 

 「フランキー……ナミを連れ戻して……私、心配で……」

 「分かったから泣くな。なんだってお前ェはいつも、ナミだけそんな特別枠なんだよ!」

 「……ナミだからよ」

 「答えになってねェ……」

 

 キッパリとわかりやすく答えた私にフランキーは呆れた様子で、けれど迎えに行ってくれたのでホッと息を吐いた。それは、ルフィに行かせたらそれこそどんなお仕置きされるか分からないからと言うのがある。

 ルフィはあれで中々ナミには独占欲が強いもの。無防備過ぎる兎にも原因は有るけど……危ういのよね。

 そうして連れ戻されたナミはフランキーでは無くルフィにぐるぐる巻きにされていた。だから、助けにならなかったわねと思う。

 ナミは買い物した荷物を大切そうに抱えて、叱られてる言葉を右から左に流してるのがよく分かる顔をしている。だから、恐らくは何か考えているのよねと思う。

 無事で良かったと思って笑うと、フランキーがナミをルフィから回収して摘んで私に寄越したので、部屋に引き取る事にした。その後もルフィのお小言を聞き流してるから、後が面倒そうねと少し思う。

 

 「ナミ、船長命令だ。部屋から出るな!」

 「船長!トイレとお風呂はどうしましょうか?」

 「……ロビンと1緒なら、それだけは許可する!」

 「はぁい!」

 

 会話が成立していたのは、これだけだったから他は何も聞いてなかったわね。それから少ししたら、何故か満面の笑みででも丁度良かったと言い出す。

 そして買い物してきた物を広げて、私に言う。それも何だかウキウキした様子で。

 

 「何作る?」

 「何って……?」

 「バレンタインよ。その為に買い物に行ったんだもの。……ロビンはフランキーに何かあげるんじゃないの?」

 

 そんなものの存在忘れてたわ。でも、そんな事を言ったら嘆かれそうで言えないけれど。

 

 「……どうしようかと、悩んでたのよ。ナミはどうするの?」

 「私は、その……ルフィの姿をね、チョコに描いてプレゼントしてみようかなって……何してても、好きよって意味で」

 

 ……可愛いわ。物凄く可愛い。

 もしもルフィにいじめられたら、守ってあげるわとの思いを込めて抱きしめたら、擽ったいと笑う。だから何となく、閉じ込められてても楽しい時間を過ごせていた。

 私となら外に出られるというのもあり、ナミは当日ギリギリまで掛けてルフィとその他へのプレゼントを用意している。だから私も、その材料を少し分けてもらってナミに作り方を教わりつつお酒入りのチョコを作った。

 作りながらも幸せそうに笑うナミに、ルフィが酷い事をしなければ良いけれどと少し思う。相当怒ってたのに、ナミったら何も聞いてないんですもの。

 バレンタイン当日。ナミは全員にチョコを渡すのに、ルフィにだけ渡せずにいるから、これは不味いと少し思うけれど、私には何もしてあげられない。

 そして、私とフランキーに丸いチョコを〝お揃い〟と言ってくれた。お揃いって言葉がミソよね。

 何かしらと思って少し齧ると中が空洞になっていて、出てきたのは水色の石。……アクアマリンだわ。

 結婚前のカップルに贈る事が多いとされる石であり、フランキーの色……。ナミったら!

 私が顔を赤くしていると、フランキーも食べたチョコから同じ小さな石が出てきたようで驚き、そして私をじっと見詰めてくる。その後で視線だけで私を呼ぶから、私はそっとフランキーに近付いた。

 

 「どうしたの?」

 「同じ物か?」

 「……そう、みたいね」

 「小娘……ロビンに何かって時に俺の石を贈るとはな」

 

 楽しげに笑ったフランキーは、私の石も回収すると後で見張り台に加工した物を持って行ってやると言われるので、任せてみる事にした。今夜は私が見張りなのよね……。

 そうなるとナミが部屋に1人になる訳で、どうしても心配になる。ナミは、なんにもわかって無さそうだもの。

 チョコを楽しそうに食べている人達の姿を眺めながら、さり気無くそれに参加する。そうして様子を見れば、ナミは相変わらず皆の〝お母さん〟をしていて、常に誰かの手伝いをするか1人で何かをしている。

 今だけでも、今夜に備えて少しは休んで欲しいと願う事は、罪なのかしら?

 その日の夜、見張り台に登った私の元へフランキーが尋ねてきた。そして、困ったような顔をする。

 

 「何かあったのかしら?」

 「小娘が、麦藁に泣かされててな……下手に助けに入るのも出来なくて、どうしたものかと……」

 「必要なら、明日から暫くナミにルフィを近付かせないわ。……私のナミを泣かせるなんて」

 「いや、それは違ェだろ」

 「ナミ……可愛いナミ……」

 「聞いてねェ……」

 

 今私がナミを助けに部屋へと飛び込めば、恥ずかしがってつらい思いをするのが分かるし、ナミの事だから泣かされたとしてもきっとルフィを許してしまうから……。だから今は行かないけれど、明日ルフィにはお灸を据えてあげるわ。

 そう思っていたら、唇が何かに触れていた。暖かいそれに、思考が止まりかけてしまう。

 けれども直後にそれがフランキーのものだと分かれば、その首に腕を回してそれを受け入れる。……いいえ、寧ろ攻めていく。

 そんな私にフランキーは好戦的な様子でまた攻め返してくるから、だから私達のキスはいつも長くなってしまう。どちらからともなく離れた唇を銀糸が繋ぎ、言葉も無く見つめ合ってからふっと笑えばフランキーが照れたような顔をする。

 この人のそんな所が堪らなく愛しいと言ったら、笑うかしら。私は言葉を貰ってばかりで、何も返していない気がするけれど……。

 

 「ロビン、約束してただろ。栞とペンにしておいた」

 「フランキーの分まで、良かったの?」

 「俺が俺の石持っててどうすんだよ。……小娘もそのつもりだろうぜ」

 

 少し不愉快そうに、けれども気恥しそうに視線を逸らしたフランキーからその2つを受け取れば、本当にフランキーの瞳とよく似ていて嬉しくなる。でも、そうね……。

 

 「フランキーの石なら、私もペンを胸にしまっておこうかしら」

 「なんだ、私もってなァ」

 「ナミは胸の谷間に、ペンとメモをいつも入れてるのよ」

 「インクが無きゃ書けねェだろう?」

 

 不思議そうに言うフランキーにナミの持つペンについて話せば、興味を惹かれたようで同じようにしてからまた渡してやるなんて言って回収されてしまう。それでも栞の方は手元にあるから、それを大切に使おうとそっと笑う。

 その時甲高い悲鳴が聞こえて思わず立ち上がると、私の手首をフランキーが掴み、寂しそうな顔で行くなとその瞳で訴えて来た。……狡い、人。

 行ったところで何も出来ないと分かっているから、私はそっとフランキーの元へと戻る。そして、今更チョコを差し出すと遅くなったわねと言って笑いかけてみる。

 それを受け取ると同時に口に入れて、その直後に私を床に押し倒したフランキーに私は余裕なんて無いくせに挑発的に笑ってしまう。強がりな私は、中々弱さも見せられないけど……それでも、甘えてるのよ、フランキーには。

 

 「その程度で酔ったの?それは、お酒に?それとも……私に?」

 「決まってんだろ、そんなもん……ロビンにだ」

 

 私の心臓が痛いくらいに脈打ってる事を、気付かれなければいい。そう思いながらも、脱がされる中で生意気な言葉ばかりが紡がれる。

 

 「見張りの、途中なのに……イケナイ人ね」

 「悪い大人だからな。……1緒に堕ちろよ、ロビン」

 

 言葉と共にフランキーが私の体に触れる。それに自らの体が素直に反応しているのを感じながら、いつか心も素直になって想いを伝えたいと願う。

 Happy Valentine……チョコと共に想いも伝わる事を願う女と、何も言葉にされなくても雄弁に伝えて来る瞳の動きで全てを察する男。互いに相手の事は分かるのに、自分の事を分かっていない不器用な2人の夜は始まったばかりで、見張りの仕事は……当然の如く放棄された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ホワイトデー(悪魔の子ロビン)

 カレンダーを見れば、もうすぐホワイトデーだと言う事に気付いた。ナミに何か返さないとと考え始めたけれど、何も思い浮かばない。

 フランキーに相談してみようかしらと立ち上がったけれど、何時もの物置に居なくてどこに居るのかしらと首を傾げてしまう。近くに居るウソップに声を掛けてみると、多分蜜柑畑だとか言われて様子を見に行くと本当にフランキーが蜜柑畑にいた。

 当然のようにナミに手を伸ばして腰やら足やらを撫でいている姿に、1瞬胸が嫌な音をたてた気がしたのは何なのかしら?

 それをナミは気にしていない様子で笑いながら、何かを楽しそうに会話している。それからすぐに蜜柑に視線を移していたのに、フランキーの言葉に驚いた様な顔で振り向いたナミが、照れたように笑って何かを言った。

 まるで恋人同士の様なそれに、私の足は自然と止まってしまう。それからそっと能力で会話を盗み聞いてみると、フランキーの声が聞こえて来た。

 それに私は本を読むふりをして聞き入る。盗み聞きするのはもう習慣で罪悪感なんてこれ迄1度も感じた事が無かったのに、少し悪い事をしているような気持ちになるのは何故なのかしら。

 

 「ヒールなんかはいてるから、ナミは足が遅ェんじゃねェのか?」

 「あれ?フランキー知らないの?私多分この1味の中だと足早い方よ」

 「なら何で逃げる時だいたい麦藁に抱えられてんだよ」

 「そりゃ、ルフィの方がもっと……早いからよ。前は足だけは私の方が早かったのになぁ。ルフィの成長速度はハッキリ言って異常よ?」

 

 そんな会話から先程の照れたような笑顔はルフィを想ってのものだとわかり、ホッとする。……なんで、ホッとするのよ、ナミとフランキーに何かある筈無いのに。

 そっと空に視線を移すとサンジが飲み物を運んで来たので、それを有難く貰う。本の内容が少しも頭に入って来ないなんて、こんな経験が無かったから自分に戸惑ってしまう。

 

 「何か、落ち込んでますか?」

 「え?」

 「少し、表情が暗かったもので……甘い物でもお持ちしましょうか?」

 「そうね、ナミの分もお願い。2人で食べるわ」

 

 あえて言葉の1部をスルーしたのにサンジは気にした様子も無く頷いて、声を掛けておきますねなんて言ってくれる。フランキーとナミの会話は船の事や、新しい機材の話に移行していて二人共真剣な様子が見受けられれば既に疑う余地はない。

 

 「クーラーと洗濯機の使い勝手はどうだ?」

 「どっちも良い感じよ。注文通りだわ」

 「あんなもんよく思い付いたな」

 「本当はドライヤーも欲しいのよ。でも、温風が出るのは理屈が……」

 「あー、とりあえずどんなもんか話してみろよ」

 

 その会話は船に必要なものだと分かるのに、ナミもフランキーも特に何がある訳でも無いのに……寂しいと感じてしまう。それからサンジの声が入り、ナミはそれに嬉しそうにすぐに行くわと笑う。

 その直後に姿を見せたナミは私を見て、誘ってくれてありがとうと笑ってくれて、それに何だか癒された気がする。……あら?

 

 「髪に、少しじっとしてて」

 

 蜜柑の花弁がナミの髪についていて、可愛いわねと思う。それに笑顔でありがとうと言えるナミを見ていて、違和感に気付く。

 まさか、私、ナミがフランキーに取られる気がして嫌だったのかしら?

 逆ならナミを見た時不愉快になるはずなのに、ホッとしてしまうんだもの、そうなのかも知れないわね。そんな事を考えていたらナミが航海日誌を書きながら、問い掛けてくる。

 

 「ロビンと私はバレンタインの時に結果的にチョコ交換したけど、ホワイトデーも何か交換する?」

 「ナミからは宝石も貰ったからいらないわ。たまにはナミが受け取るだけでも良いでしょう?」

 「私は、いつもロビンに甘えてるし、守られてるもの。イベントの時くらい何かお礼したいだけなんだから、私からも受け取って欲しいわ」

 

 そんな事を衒いも無く言うナミを思わず抱き締める。だって、きっとこの子本気で言ってるのよ。

 貴女から向けられる信頼と友情に、どれだけ私が救われてるか……分かってないわね。ナミだけは、何があっても守り抜くと私は決めてるのよ。

 

 「もっと甘えて。夜、私となら眠れると言うのは甘えじゃないわ。だから、それじゃない形で甘えて欲しいの。ナミは何か欲しい物は無いの?」

 「皆の笑顔が1番の贈物よ。欲しいのは、皆が笑ってる未来かしらね」

 

 ……それ、私は、どうしたら良いのかしら。ナミは私に何をして欲しいの?

 にこにこしているナミに溜息を落とした所で、運ばれて来た飲み物とケーキに会話を中断すると、そのタイミングでサンジがナミにそれロビンちゃんを困らせたくて言ってます?なんて聞いてくれた。けれどナミはそれに小首を傾げているから、悪気はないらしいと知る。

 それからほぼ毎日、フランキーはナミに張り付いていて、年中ジャレている。それに対して寂しさで胸が軋む時があるけど、ルフィのように近づいて行く勇気は私には無い。

 ……どれ程望んでも与えられる事のなかった多くの物を、突然与えられるようになって戸惑ぅていた。それに慣れてきたばかりの今、私にはそれを失わない為にどうしたらいいのか分からないの。

 手にした事のなかった憧れていた大切なものを、手にして初めて失う恐怖を知ったような、そんな気がするわ。ナミもフランキーも、遠くに行かないで欲しいと、願ってしまうの。

 そうして迎えたホワイトデー当日。朝から珍しくナミがハンドクリームを塗っていて、贈られてきたんだったわねとそれを見て思う。

 

 「ナミは吸い付くような肌なんだから、そんなの必要無いんじゃない?」

 「ロビンみたいな美人さんには分からないのよ。……少しでも、ルフィに喜んで欲しいから、色々気を使ってるのよ、これでも」

 「なら、これも、受け取ってくれる?」

 「ありがとう」

 

 そう言って受け取ってくれたナミは、中身を確認して不思議そうにしている。それが少し可愛い。

 

 「スカーフよ。首とか胸元隠すのに使って」

 

 言葉にするとナミは真っ赤になって、小さくありがとうなんて言うから、私はこのままナミを部屋に閉じ込めたい衝動にかられる。でも、そろそろルフィに奪われるのは分かってるのよ。

 島が見えたぞォー!と叫ぶルフィの声にナミの表情が変わる。優しく穏やかなそれに、頑張ってねと内心で呟いて甲板に出て行くナミの背を見送った。

 それから部屋で過ごしているとフランキーが顔を覗かせたので、笑って入室を許可すれば何故か寂しそうな顔をしていてそれが気になる。まさか、ルフィが居ないと寂しいとでも言うつもりなのかしら。

 

 「何かあったの?」

 「ん?いや……ロビンは妬いてくれねェんだ……って何でもねェ!それより、ほら、これ返しとく」

 

 そう言って押し付けるように渡されたのはペンで、それはバレンタインに貰った筈が直後に回収された宝石が付けられた物。ただし改造の域を遥かに越えて、別物に作り替えられたのだと分かる。

 中にインクを入れておけば、インク壺が無くても書けるようになってるそれには、キャップもある上に持つ所がクリスタルで作られている。これならペン先も長持ちするし、インクも飛び出さないわ。

 

 「綺麗……」

 

 クリスタルに数種類の花を薄く削る形で描かれていて、思わず見惚れてしまう。この繊細な物を作ったのが、フランキーだとは信じられないわ。

 

 「……小娘に、ロビンの好きな花とか、ペンの構造とか聞いてみたら、硝子でペン作ると綺麗だとか助言されたんだよ。気に入ったか」

 「まさか、フランキー貴方、その為にナミに張り付いてたの?」

 「あァ、会話を聞かれてもバレないように、その辺は紙に書いてやり取りしてたがな。読むか?」

 「……いいの?」

 

 問い掛けるとフランキーはその顔は、卑怯だろなんて言うけど……何か変な顔したかしら?

 差し出された紙の束は確かにナミの文字で、丁寧に作り方を書いてあって説明も多い。硝子は綺麗だけど壊れやすいから宝石で作るのがオススメなんて書いてあるのを見れば、何故だか泣きたくなる。

 

 「……妬いて、くれてたのか」

 「え?」

 「無自覚か。まァ、ロビンにそんな顔させたと小娘に知れたら殺されそうだから、もう無駄に小娘には張り付かねェよ」

 

 何を言ってるの。この人。

 

 「ロビンに不安そうな、寂しそうな顔されて俺はそれが嬉しいってんだから、ダメな奴だと自覚もするって話だ」

 「フランキーがナミを好きでも、ナミはルフィしか見てないわよ」

 「……ロビン、今日は俺だけ見てろ。小娘に俺が妬きそうだ」

 

 フランキーの言葉につい笑えばフランキーが私を抱き締めて来る。唇が重なった時、触れた鼻が冷たくて笑ってしまう。

 本当に全てが鉄や機械になってるのね。なのに、脈打つ鼓動は感じられるのだから不思議なもの。

 貴方に名を呼ばれるだけで、自分の名前が愛しくなる。貴方に触れられただけで、肌が歓喜に震えて粟立つの。

 そんな事は口には出せないけれど、フランキーは分かってるとでも言うようにその瞳で愛を語る。フランキーの手が私を宝物のように扱うから、私は声を抑える方法が分からなくなってしまう。

 今更愛してるなんて言葉を使う事はそんなに無いけれど、貴方の存在に、その言葉や行動に私は満たされているのよ。貴方がいるから、私は明日という日が来る事が愛しく思えるようになったの。

 そんな想いを込めて、そっとキスをすれば野獣のようにフランキーはその瞳をギラつかせる。そしてその瞳だけで、私を欲しいと、必要なのだと伝えてくれた。

 ホワイトデーだからなんて本当は名目でしかなく、互いの吐息が重なり、肌が触れ合った時2人の想いは絡み合う。このまま溶け合ってしまえたらなんて、そんな詮無い事をどちらともなく囁いて数日傍に居られなかった寂しさを補うようにその熱を分け合い始めれば……時の経過など互いの愛に溺れる2人には、もう分かりはしない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オレンジデー(悪魔の子ロビン)

 いつもの様に部屋で読書をしていたら、ナミが突然立ち上がって伸びをしたので視線が本から反れる。見れば新たな医学書をと言っていた言葉の通りに、それを仕上げたのだと分かった。

 既にナミは、航海士では無くて作家として乗っているべきなのではないかしらと本気で思う。けれどもやはり航海士として居てもらわなくては困るのだから、判断に困る案件とも言える。

 

 「蜜柑に水あげながらこれクーちゃんに託してくるわね」

 「行ってらっしゃい。あ、もしサンジに会ったら珈琲をお願い」

 「ふふ、多分会うから伝えておくわ」

 

 笑顔で答えるナミは、相変わらず何も知らない無垢な少女のようで……けれども彼女の経験して来たそれは決して平坦なものでは無かった筈。……どうして、ナミはこんなにも穏やかで優しいのかしら。

 1人になった部屋で、机の上に1枚の紙が残されているのに気付く。忘れたのかしらとそれを手にして見れば、どうやら医学書とは別な物だと分かりそれを何の気なしに読んでいたら、ルフィが部屋に入って来た。

 その紙をルフィに手渡したのは、反応を見たかったのと、どうせなら何かナミにして欲しかったから。頑張り過ぎるあの子に、何かをしたいと私が願ったからに他ならない。

 

 「ナミの書きかけの原稿よ。バレンタインから引き続きでこんなイベントがあるのね」

 

 私の言葉に曖昧に頷いたルフィはそれに目を通しつつ、何かを考える素振りを見せる。それから、少し寂しそうにその瞳を揺らした。

 

 「珍しいわよね。いつもならこういうイベントの物はその季節迄に発売できるようにするのに、途中で筆が止まっているなんて」

 

 空気を変えようと声に出した言葉に、ルフィはいつもの〝少年〟らしいそれではなく、多分ナミの前でだけ見せていた〝男〟としての顔を見せて呟くように言う。それにより、ナミの必要性を痛感させられる。

 このルフィを宥めて、抑えて……解放して居たのね。未来の海賊王の昂るそれらを、ナミは1人で支えているのだと気付かされる。

 1歩間違えれば、その激情はナミを破壊してしまうだろうと分かる。そんな危うさをルフィから、時折感じるの。

 

 「……多分、俺達が知ったらナミに気を使うと思って書けなくなったんだ。オレンジデーなんて、どう考えてもナミの為にあるようなイベントだから」

 

 ルフィはナミに本気で、何があっても守ろうと最後まで足掻くだろうと思える。完璧ではないけれど、だからこそきっと〝任せられる〟では無くて〝任せたい〟と思えるのね。

 

 「ルフィのそういう所、好きよ」

 「おぅ?ありがとう?」

 

 そうして部屋にルフィを残して出て行けば、そこでナミとかち合う。甲板に向かうわと言えばそうなの?と首を傾げる無防備なその姿に、私が男なら絶対に譲らなかったわねと思う。

 

 「ナミ、嫌な事があったら言うのよ。必ず守ってあげるわ」

 「ロビンも、何かあったら言ってね。雷落としてあげるわ。……勿論、比喩じゃなくてね」

 

 ウィンク1つ私に向けて、ナミは去って行く。それを見送りながら私は甲板で読書をするフリをしてナミの様子を伺えば、彼女と言うより母親のような顔でルフィに接しているのが見えた。

 その後ルフィに甘えるように眠ってしまうナミを見て、愛らしいものねと微笑みを浮かべたのは自然な事だろうと思う。そうしてルフィが起きて部屋を出たタイミングで私が代わりに部屋に入れば、ナミが起きる事は無い。

 ルフィの赤いシャツをギュッと抱き締めて眠るその姿は、どこか幸せそうで、私は暫くの間その頭を撫で続けていた。それからは何となくナミから離れ難くて、数日間ずっと傍に居た。

 素直さとは馬鹿と同意語であると考えている私には、時折この船のクルーが恐ろしく心配になる。騙されたって、誰にも同情もされなければ助けてだって貰えない。

 それを嫌という程に知っているから、私は誰かに大切にして貰っていい存在じゃないと本当は分かっているから、だからこそ……与えられる優しい温もりが愛しくて、離しがたい。何も言わずにナミに手を伸ばして抱き締めると、ナミは驚いたような顔をしながらも、直後にふわりと笑ってくれる。

 この暖かな生き物は、小さくて、不器用で、頼りなくて、庇護欲を唆られるタイプにしか思えない。けれどもそれは、警戒心を抱いていない身内にのみ見せている姿。

 誰からも愛されて、誰かしらが側にいて、誰かが護ってくれている。警戒心をお腹の中に忘れて来たとしか思えないような、現実の辛さも何も知らずに生きて来たお姫様なのだと勝手に勘違いして、嫌っていた事もあったけれど……そんな人間いる筈無いのよね。

 

 「ロビン?どうしたの?……大丈夫、皆いるわ」

 

 そう言ってナミは私を光の中に連れ出してくれる。陽だまりの中に、私の居場所もあるのだと……そう言ってくれる。

 愛しくて、可愛い私の天使。貴女だけは必ず守るし、幸せになってもらいたいわ。

 それにしても、オレンジデーの贈り物が決まらないのよね。オレンジの髪にオレンジの髪飾りって言うのはおかしいし、だからと言って蜜柑の花を模した髪飾りではオレンジではなくなってしまう。

 共にお茶をして、本を読み、ナミの書いたものを推敲して、そうして過ごす時は瞬く間に過ぎて行く。航海日誌を書いていたら、ルフィが怒ってますって顔に書いた状態で近付いてきた。

 

 「ロビン、ナミを返せよ!」

 「別に奪ってないわよ、ルフィ。普通に話でもしたら?」

 

 そもそもルフィはナミを襲いすぎなのよ。やっと顔色が安定してきたと言うのに、何を言っているのかしら。

 

 「俺はナミが欲しい!」

 「……ルフィは、ナミの体だけが欲しいの?違うなら少しは休ませなさい」

 「うっ……分かった」

 「ロビン……まさか、その為に私の傍を離れないの?」

 

 キョトンとした顔で聞いてくるナミに、微笑みかければ戸惑ったような顔をされてしまう。そのまま少し落ち込んだ様子で、変な事を言い出す。

 

 「ごめんなさい。フランキーといたいわよね。邪魔、しちゃって……」

 「何言ってるの。私はフランキーよりもナミの方が大切よ」

 

 そっと可愛い親友の頭を撫でれば、擽ったそうにしながらも嬉しそうに笑ってくれるから、私はそんなナミの額にキスをする。大切な親友が幸福である事を、祈っているわ。

 あんな可愛くない大きな物質より、天使を優先させるのは自然の摂理よ。……ホワイトデーの時に、少し、不安にさせられた意趣返しだったりなんか、しないわよ。

 そうして迎えたオレンジデー当日。朝のシャワーに向かうナミに用意したプレゼントを手渡せば、中身を見て少し頬を染めた。

 

 「ロビン、これ……」

 「今日はオレンジデーだもの。ね?」

 「あ、ありがとう」

 「サイズが合うか分からないから、試着して。合わなかったら教えてね」

 「えぇ、でも、下着って……」

 

 真っ赤になったナミに、ニッコリと笑ってしまう。だって、この反応が見たかったんだもの。

 

 「ナミは下着をあまり持ってないから、必要かと思って」

 

 私の言葉にナミは照れた様子でハンカチを差し出して来た。それは紫の生地に蜜柑の実と花の刺繍が入ったシンプルな物だけど……この刺繍って……。

 

 「ロビンのイメージカラーに、オレンジデーらしく蜜柑を刺繍したんだけど、ロビンは花が好きだから、花も追加で刺繍したの」

 

 ……この子私をどうしたいの。可愛すぎるでしょう!?

 ハンカチをそっと胸に抱いて、大切にするわと言えばナミはダメになったらまた作るわなんて笑ってくれる。……まさか、ハンカチ買って刺繍したんじゃなくて布からちゃんと作ったのかしら?

 ナミならやりかねないわと思いながら見れば、オレンジ色の布が机に置かれていて、それの端に小さく麦わら帽子を被った蜜柑が刺繍されているのを見れば、あれがルフィ用ねと分かる。でも、ルフィは刺繍に気付くかしら?

 そんな事を考えながらナミを見送ると少しした時フランキーが顔を覗かせた。少ししょげた様子のそれに、何故か可愛いと思ってしまったのだから不思議なもの。

 

 「フランキー……夜、見張り室に来てね」

 「お!おぅ!!」

 

 ……この船にいるのは、可愛い生き物だけなのかしら。……だとしたら私だけ居場所がないわ。

 本気でそんな事を考えてしまうくらい、フランキーが可愛くて……。毒されてるわねと息をつく。

 大型犬が耳と尻尾を垂れさせているように見えたから、軽く誘っただけなのにフランキーは本当に嬉しそうに笑ったから。……本当に、私はフランキーに勝てそうにないと痛感する。

 夜になり、オレンジ色の着物を着て、見張り室で待っていれば登ってきたフランキーが息を呑む。それから吸い寄せられるように近付いてきて、オレンジ色の髪留めを差し出して来た。

 

 「あら、可愛い。なんの花かしら?」

 「さァ?蜜柑の花を見ながらオレンジデー用にオレンジの色で彩色しただけだから、花の種類なんざ考えてねェ」

 「フランキーが、作ってくれたの?」

 「当然だろ。ロビンが身につけたり持ち歩く物を、誰が作ったかも知れねェもんにはしたくねェからな」

 

 どうしてこの人はいつもこうなのかしら。そう思いながらも私はそっと微笑む。

 

 「なら、私からは……この体でいいかしら?」

 「その為に、それ着てたんだろ」

 「いらないなら、渡さないわ」

 「いらねェ筈があるか馬鹿野郎」

 

 私もそれなりに背が高い筈なのに、それよりも大きなフランキーといると少女に戻ったような気持ちにさせられてしまう。大きな手で、けれども繊細なその動きで、フランキーは優しく私からのプレゼントを手にしようと包みを解く。

 Happy orangeday……見張りである事を忘れた悪い大人達は、互いの熱に溺れて行く。触れ合えば触れ合う程に、自分と相手を愛おしく想える不思議に微笑み合いながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オレンジデー(パウリー)

 海兵だったナミが軍艦の修理を依頼に来たのが、俺達の出逢いだった。どちらも過去形なのは、現在ナミは軍を辞めてアイスバーグさんの秘書として表向きは働いているからだ。

 実際は宝玉としての収入があるから、働く必要も無いのだと前にカリファが話していた。そんなナミと付き合い始めて1ヶ月、付き合う前に貰った義理チョコはまだ食べる事も出来ずに居るが、カクには賞味期限ってもんがあるから早く食ってやれと言われている。

 付き合い始めてからも当然、そんな訳で、その……清い関係だ。付き合うようになってからは食生活が心配だと言って、毎日ナミは俺に弁当を作って来てくれて、俺は朝晩しっかり家と職場まで送り迎えしていて……だが、進展しねェんだよ!

 分かってる!

 俺が悪い!

 ナミは拒んでねェし〝パウリーが照れ屋なの知ってるから、パウリーの速度で良いのよ〟なんて、そんな事を言って甘やかして来るんだよな……。何時だったか、ナミが朝迎えに行った時起きて来なくて、窓から入ったら熱出して倒れてた事があった。

 汗をかいて荒い呼吸を繰り返しながら、潤んだ瞳で、赤い顔で俺を見た時。……鼻血吹いて俺までぶっ倒れて、アイスバーグさんに呆れられた位だ。

 

 「パウリー、可愛い」

 

 そう言って笑ったナミに、ここらで1発恋人らしい事をして喜ばせたい。チョコとか飴とか贈りあってる場合じゃねェだろ俺!

 だが、何を贈れば喜ぶかなんてわからねェ。ペンだとかインクは俺達にとっての鋸等と同じで、ナミにしてみれば商売道具だ。

 だからこそ適当には選べねェから、どうしても除外する事になる。そんな時にスクエア達が歩いているのが見えて、声を掛けた。

 

 「暇か?」

 「なんだわいな」

 「わいな」

 「ナミに、その……贈物をしたいんだが、な。……どうしたもんかと思ってよ」

 「パウリー、ナミの誕生日にはまだ遠すぎるわいな」

 「わいな」

 

 呆れた様子のスクエア達にナミの破棄する予定として積まれていた紙の中にあった〝オレンジデー〟について話せばキラリとその瞳を輝かせた。そして宴だわいなと言って楽しそうに笑うので、良かったと心から思った。

 何せこれだけこの2人が喜ぶなら、協力して貰えるだろうからな。そうして俺は2人に言われるまま単純に、花束と口紅を贈る事にした。

 装飾品だと邪魔になるかも知れないし、他の小物はナミが自分で作るだろうと言われれば納得もする。簡単な治療セットだと言って俺に携帯できるようなものを前にくれた事はあったが、流石に作らないだろうと思える化粧品と言うのは悪くない気がした。

 途中で見つけたルッチを付き合わせて口紅を選んだが、男の俺に聞いてどうするとハットリに言われる始末だ。だが、そこに居たんだから少しくらい付き合えよ!

 

 「……そんなに好きか?くるっぽー!」

 「16歳の時に、軍艦の修理を依頼に来ただろ。あの日、海賊が襲ってきた時戦わなかったんだよ、あいつ最初」

 「……ナミは海兵だったよな。良いのかそれで。クルッポー」

 「あァ、部下が戦うのを見て、部下が危なくなったら助けに入るだけで攻撃しなくてよ。戦えないんだと思ってたら……経験積ませてたんだ。部下にも慕われてて、可愛いなと……素直に思ったのが始まりだった」

 「今じゃ愛妻弁当だもんなッポー!」

 

 言われた言葉で顔が赤くなるのが自分で分かる。卵焼きに毎日違う物が混ざっていて、今日の卵焼きは何が入ってるのかと言うのは密かな楽しみだったりする。

 基本野菜だけど、たまにベーコンとかしらすとかが入ってて、素直に美味い。喧嘩した翌日は鷹の爪が刻まれて入れられていて、アレだけはつらかったとそんな事を思い出す。

 おかずも肉と野菜が使われていてどちらかだけになっていないから、食べやすくて助かってる。何日か籠ると言うと、ちらし寿司でお握り作ってくれたな……。

 

 「酢飯だから腐りにくいしご飯におかずが入ってるからバランス的にも悪くは無いと思うのよ。手で食べると道具が汚れるだろうから、海苔で取って食べてね。それなら片手で食べながら図面見たり出来るでしょ」

 

 そう言って海苔を別添えにしてくれていたナミに、正直助けられた。なのに俺は何も返せねェ。

 

 「好きなんて可愛いもんかよ。日々溺れてく」

 「……重症だなッポー!なら、彼女の好きな香りがする口紅にしたら良いだろッポー!」

 「へ?」

 「スクエア達に聞いたがオレンジデーなんだろ。なら、オレンジ色の口紅で、蜜柑系の匂いがするのを選んだら良いだろッポー!」

 「ありがとう!ルッチお前やっぱ、良い奴だな!!」

 

 そうして俺はナミへのプレゼントを選ぶ事にしたが、その時背後でボソリと〝ルッチ〟が口紅を贈る意味を知らねェのか?なんて言ってた事は、当然気付かなかった。

 花束は花屋に彼女にと言ったら朝1で取りに来いと言われたので、当日の朝取りに行く事にして今日は久々の休みだからとナミの家に行く。だが、ナミは作家モードで部屋に入った俺に気付かねェ。

 つまらねェと思いながら部屋で勝手に転がると、疲れていたのかぐっすりと眠っちまう。そんな俺に優しく触れる手の感触に、戻ったのかと思いながら微睡んでいたら声が聞こえてきた。

 

 「愛してるわ」

 

 硬直した俺はおかしくねェだろう。俺はナミに何かしてやった記憶はねェし、寧ろして貰ってばっかりだ。

 なのにどうして、そんな事を言ってくれるのか。……想いだけなら、誰にも負けねェがよ。

 その時俺の額にそっと触れた唇に、眼を開けてなくて良かったと思う。開けていたら、そのまま襲ってたか逃げ出していただろうと分かるから。

 そのまま豊満な物を押し付けるように抱き着いてきたナミに、勝手に目覚めようとする本能。でも待てよ、頼むから待ってくれ。

 俺に心の準備をする時間をだな……!

 

 「お休み」

 

 そうだよ、お休みだ……お休み?

 え?

 この状態で寝るのか!?

 慌てて眼を開けても、既にナミは夢の中。……少し、寂しいとか言ったら怒られるだろうか。

 アイスバーグさんは巨乳好きだと皆が噂するのは、スタイル抜群の秘書が2人で傍にいるからだろう。その抜群のそれを押し付けるようにして、無防備に寝てるナミに少しは警戒してくれと心から願う。

 そうして迎えたオレンジデー当日。ナミには何も言わずに、ナミと俺を休みにしてくれと頼んだ俺に笑いながら了承してくれたアイスバーグさんとカリファに内心で感謝しながら、朝1で取りに行った花束を手にナミの家を尋ねる。

 

 「パウリー?早いわね。まだお弁当出来てないのよ……朝ごはん食べてく?」

 「今日は、弁当いらねェ。……ナミも、俺も休みにして貰った」

 「え?」

 「……これ、やるよ」

 

 花束と口紅を押し付けるように渡せば、ナミがそれを見て驚きを隠さねェから、外したかと内心で焦る。その直後にナミが嬉しそうに笑って、ありがとうと言うから間違っちゃいなかったらしいと分かる。

 花束を抱いたまま棚を漁って、花瓶を幾つか取り出すと、銅板の欠片をそれに入れてから水を注ぐナミに、何してんだと思いながら眺める。花束をそれぞれの花瓶に分けて入れると、部屋とか玄関に飾ってくれて……それが妙に嬉しい。

 やっぱり果物とか花とか抱いてる姿が、1番ナミらしくていいな。そんな事を思いながら見ていたら、やったばかりの口紅をナミはつけて、どうよ!なんて笑う。

 

 「綺麗だな」

 

 思わず零れた本音にナミは少し頬を染めると、今日の予定を聞いてくる。なのでブルーノから聞いたカップル限定の半額になるカフェに行こうと誘えば、ナミは花のように笑った。

 デートの途中、勇気を振り絞ってナミの手を握ると、ナミまで赤くなる。だからお互いに見つめ合って動けなくなったりしながら、何とか喫茶店だとか小物店だとかを周った。

 ……飲み食いした物の味が、分からない程に緊張していた時点で自分にどうなんだと思う。それでもナミは半額ー!と喜んでいるから、良かったんだろう。

 

 「ナミ」

 「なぁに?」

 「……夕飯とか、何か希望あるか?」

 「…………パウリーの家で、焼肉でもする?」

 

 予想外の言葉にへ?と声を出せば、お店で食べるのに比べたら1/10の金額で済むわと言って、鉄板ある?なんて聞かれながら買い物をして行く事になった。ナミ1人が作った物を食べるんじゃなくて、各自食べたい物を焼きながら食べられるのは正直有難い。

 イベントの当日まで1人で全部やらせるとか、そんなのは嫌だった。そうしてナミと共に帰り、ビール片手に肉を焼きながら食べていたら、サラダ菜を出されて巻いて食べてなんて言われる。

 

 「……紫蘇が良かった?」

 「違ェよ!焼肉なんだから肉だけで良いだろ!」

 「これだから男の子は!駄目ですー!肉だけなんてお母さん許しません!」

 

 男の子って、おい。てか、いつお前は俺の母親になったんだ。

 そうは思うが、まァ……食うか、仕方ねェ。野菜とか真面目にいらねェだろ、焼肉なんだから。

 食後に後片付けをしたナミが風呂に入り、出て来た所を捕まえて髪を拭いてやりつつ、必死で言葉を探す。泊まってけと、言いたいが……その、なんだ、どう言えばいい?

 その時ナミが何故か口紅を付け直していて、何してるんだと思った直後、唇が重ねられた。硬直する俺に、ナミは唇を僅かに離してから小首を傾げる。

 

 「パウリー、口紅を贈る意味、知らなかったの?」

 「い、み……?」

 

 声が、掠れる。そんな俺にナミは微笑むと、なぁんだなんて言ってから、鞄を漁り始める。

 

 「口紅を贈る意味は〝少しずつ取り戻したい〟よ」

 「へ?」

 「……少しずつ、キスで返して。キスをしたい。そういう意味の贈物なのよ。だから、いつKissしてくれるのかなって待ってたのにしてくれないから……私からしちゃったじゃない。……っはい、私からもオレンジデーね」

 

 鞄から取り出されたのはオイルライターで、オレンジ色の革に包まれたそれには俺のイニシャルが入っている。驚いてナミを見ると少し恥ずかしそうにナミは笑った。

 

 「パウリーが知ってると思わなかったけど、今日はオレンジデーで街が浮かれてたから、この世界にもあったんだなぁって思ってたのよ。……パウリーに、持ってて欲しくて……オレンジは、私の色でしょ」

 

 それ、意味わかってるのかと言いかけて、辞める。頭のいいこの女が、知らない筈はねェと気付いたからだ。

 吸い寄せられるようにナミの唇に自分のそれを重ねれば、それが当然であるかのようにも感じられて嬉しくなる。ナミが、欲しい。

 

 「今夜は、帰さねェ」

 「パウ」

 

 返事はいらねェ。拒絶もさせねェ。

 そんな思いでナミに何度もキスをして、蕩けたような顔をするナミをそっとソファに押し倒した。ナミからは、いつもよりも強く、蜜柑の香りがする。

 

 「んっ……ぁ……パウリー……まって、あの!」

 「俺のペースで良いんだろ?」

 「そ、そうだけど、あの、そうだ、お風呂!」

 「今出てきた所だろうが」

 

 真っ赤になって、恥ずかしそうに視線を逸らして、それから蚊の鳴くような声でナミが言う。さっき俺の唇を平然と奪ったとは思えない程に、初心な様子で。

 

 「は、じめて、だから……その……」

 「ナミ、初めてじゃなかったから相手の男、海に沈めてやるから安心しろよ。いいから、お前を寄越せ」

 

 言いながら脱がせれば体まで赤くなってるそれに可愛いと思わされる。傷付けたい訳じゃねェから、精一杯優しくしてやろうと心に決めてそっとその首筋に噛み付くように跡を残しながら、結局は俺が負けちまう。

 

 「俺のモノになれ。それと、俺以外に、素肌を見せんな」

 「あっ……んぅっ!」

 

 その肌を誰にも見せられなくしてやると、身体中に跡をつけながら可愛く鳴く恋人に自然と深まる笑みを抑えられなくなる。蜜柑の香りに俺は酔わされつつ、今夜が終わらなければ良いと心から思った。

 Happy orange day……恥ずかしかった筈の全てが、まるで当然のように感じられる。俺は今はただ、お前が欲しくて、お前の全てを感じたい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オレンジデー(スモーカー)

このお話は、光源氏シリーズにあるクザンのオレンジデー作品のside作品となっております。


 東の海に配属されてから、月に1度手紙が届くようになった。俺宛とたしぎ宛にあるのだから、当然ヒナにも送ってるんだろうなと律儀な友人を思い出しながらそれを開く。

 文通と呼ぶにはおかしなそれは、俺から返事を1切出さない所に原因があるだろう。それでも月に1度、必ず届くナミからの手紙は季節の挨拶から始まり、最近こんな事があったと聞きましたと言うような事、そして、その月にある女が喜びそうなイベントについての情報だ。

 つまりは、さっさと幸せになれとアイツなりに応援してくれてんだろうな。俺が誰を好きなのかなんて教えた事もねェってのに、なんで知ってんだか……。

 煙が部屋に充満して行くのを感じながら、手紙を読み終えて、たしぎが飛び込んで来るのを待つ。今回はオレンジデー……か。

 

 「スモーカーさん!!」

 

 ほら、来た。嬉しそうにナミから手紙が来たと笑うたしぎを見て、良かったなと返せばたしぎは素直に頷くが……それから暫くたしぎの口からはナミの名前しか出なくなる。

 時々たしぎの暴走する正義感についてナミは苦言を呈しつつ、それでもたしぎを大切にしているのだからいい友人なんだろう。俺と友人関係を続けているのがそもそもおかしいんだよな、ナミは俺よりもたしぎと話が合うべきなんだから。

 

 「……出掛けるぞ」

 「はいっ!えっと、どちらへ?」

 「クザンに昇級したいと話したら、話を聞いてくれるって言われてな。クザンの奴も階級だけは高いから、少しは役立つだろ」

 「そんな事言って、スモーカーさんは仲良しさん少ないんですから、もう少し素直に楽しみだ位言ってもいいと思いますよ」

 「たしぎ、余計な事言ってねェで行くぞ!」

 「あ、はい!」

 

 何が〝仲良しさん〟だ。ったくよ……。

 親鳥の後をついて回る雛のように俺に着いてくるたしぎが、可愛くねェ筈があるか。上司と部下だと自分に言い聞かせても、俺と刀以外にたしぎが興味を示す事が不快な時点でどうにも手遅れだろうな。

 約束の島に到着すると相変わらず自転車に乗って現れたクザンと、その後ろに見慣れた髪色が見える。思わず数年ぶりになるそれに視線を向ければ、綺麗になっているなと思う。

 

 「久し振り。スモーカーは変わりないか?」

 「あァ、クザンはどうだ」

 「んー……まァ、弁当が地味に楽しみな程度で変わらねェかな」

 

 どうやら本当に変わらないらしい。弁当って事は、ナミが作ったのか。

 この容姿で料理出来んのかと思うと何だか不思議だ。何も出来ない、可愛いだけのお嬢様と言われた方が納得出来る。

 

 「……酒場でいいか?」

 

 俺の問い掛けに頷いてくれたクザンを伴い店に入れば、たしぎが呑めそうな物をナミが教えているのが見える。年齢は同じくらいの筈だが、だいたいいつもナミがたしぎをサポートしている気がする。

 

 「……俺のサポートしてるから、癖なのかもな。いつも気付くと誰かの世話してるよ」

 「……内勤は優秀らしいな。海賊とは基本、やり合わねェみたいだが」

 「そこは、おつるさん達が全力で守ってるからな。スモーカーも……ナミのもう1つの名前、知ってんでしょーよ」

 

 失えない世界の作家先生だもんなと思いながら頷けば、狙われて大変なんだとクザンは苦笑する。それからクザンと少し真面目な話をして、チラリとたしぎに視線を向ければクザンがそれに気付きナミへと視線を向けた。

 その刹那、視線で会話をしたかのように見えた。視線が絡んだのは明らかに1瞬だったのに、ナミはたしぎを誘い俺に声をかけて表へと出て行く。

 流石は大佐と言いたくなる実力をナミが有しているのは知ってるが、それよりもこの2人の信頼関係が少しでは無く羨ましい。たしぎが居なくなってから、クザンに恋愛事の相談なんて真似をした俺を、驚いた様子で見て来る。

 

 「あらら……。プロポーズじゃなくて、想いを伝えるって……まだ付き合って無かったのか」

 「クザンにだけは言われたくねェよ。付き合って何年手を出さなかったんだよ。今……ナミとは、上手くいってるみたいだな」

 「んー……4年くらいか?でも、俺は愛されてるからな。……聞きたいのか?俺がどんだけ甘やかされてるか」

 「甘やかしてるんじゃなくて、甘やかされてんのかよ!?」

 

 年齢差考えたら有り得ないだろう。甘やかして、守って、大切にしてるんだとばかり思っていたのに、まさかの甘やかされてる発言に声を荒らげる。

 俺は、甘やかしてやりてェんだが、どうだろうな。たしぎが甘やかしてきたら、それはそれで受け入れるんだろうか。

 

 「羨ましいだろうが、やらねェぞ」

 「いるか!あんな面倒な女!俺が欲しいのはたしぎだ!」

 

 思わず怒鳴った俺に、クザンは妙に優しい顔して笑うから居た堪れなくなる。……ナミと、似たような顔しやがって!

 幼い子供を見守る親のような眼差しで俺を見るナミに、辞めろと何度言ったか分からねェが、今度はそれをクザンにやられるとは。クザンは、その顔に見合う優しい声で言う。

 

 「……それを、そのまんま伝えてやんなさいな。それだけで上手く行くだろ」

 「おぅ……悪かった。怒鳴ったりして……」

 「ならお詫びにここはスモーカーの奢りだな」

 

 立ち上がるクザンに思わず、高給取りがケチんなと本音が漏れる。そのまま店の出口に向かうクザンを見れば、俺だけ残る訳にもいかねェかと勘定を置いてついて行く。

 途中で迷いなくオレンジ色のショールを買ったクザンに、今聞いたばかりで即座に贈物を選べるとか何もんだよと微かに尊敬の念を送る。その直後合流した俺達は少し会話をして別れたが、穏やかで優しい顔が基礎なのかと言いたくなるようなナミが、クザンには幼い顔で笑ったのを見て……俺もたしぎにとってのそんな立場になりてェと強く思う。

 

 「スモーカーさんは、ナミさんを好きなんですか?」

 「友人だからな」

 「そうじゃ、無くて……その……」

 「あ?あんな面倒な女に、それ以外の感情は持ち合わせてねェよ」

 

 俺の言葉にたしぎはでも、手紙取ってあるじゃないですかなんて言う。情報として欲しいものがいくつもあるから、残しているだけだ。

 それにしても、たしぎはなんだってそんな事を?

 問い掛ける事も出来ずに、だが、たしぎはそれ以上何も言わねェから、どうしていいか分からなくなる。……クザンは弁当食いたいからとか言って飯を断ってきたなと思い出せば、とりあえずそれを口に出す。

 

 「……飯、まだだったな。酒場に戻るぞ」

 「えっ!?はい!」

 

 少し進み、たしぎがついてきているのを確認してからまた歩き出す。離れるなと、そばにいろと、ただそれだけの言葉が上手く出て来ねェ自分に苛立ちながら戻り、とりあえずツマミの中でも、飯として食えそうな物を選ぶ。

 

 「あ、このスモークチキンのサラダをお願いします」

 

 たしぎが何かを頼んでいて、それを見ればどうやら俺の為らしい。……後で喫茶店にでも寄ってやるか。

 

 「はいよ、お待たせ。……彼氏さんに優しいねェ」

 「かっ……れし!?」

 

 注文した物を置きながら、店員が言ったそれにたしぎは言葉を詰まらせ、俺は絶句した。そこに店員が言葉を重ねる。

 

 「……違うのかい?あんた〝たしぎ〟だろう?さっきこの人が欲しい「おばちゃん、少し……黙ってくれねェか?」」

 

 咄嗟に遮ったのは、俺がさっきクザンに言った言葉を他人から伝えられそうだったからだが、たしぎを見るに遅かったらしい。真っ赤になっているたしぎに、畜生と内心で舌打ちしながらオレンジ色の花の飾りがついたヘアピンが入っている小袋を投げ渡す。

 

 「……やる」

 「あ、りがとう、ございます……」

 

 前髪でその顔が隠れねェようにと渡したそれを見て、たしぎが頬を緩ませた。そして嬉しそうに使っていいですかなんて聞くから、頷く。

 

 「使わねェなら、ンなもんゴミと同じだろうが」

 「ありがとうございます!大切にします!」

 「……たしぎ」

 「はい?」

 

 髪にそれをつけながらたしぎが俺に返事をする。どうして髪飾りをくれたんですか?とか言うかと思ったが言わねェ所に、何かあるのかと少し考えながら見れば、何かに気付いたように胸元から物を取り出した。

 ……ナミに変な影響受けんな。胸は物を仕舞う場所じゃねェ!

 

 「スモーカーさんに、葉巻入れです。その、私も、スモーカーさんに、オレンジの、物を……。あ!だ、大丈夫です!部下として、大切に思って下さってるのは分かってますし、変な誤解とかしませ「誤解じゃねェ」」

 

 たしぎの反応と言葉に、胸が期待に震え咄嗟に言葉を遮っていた。伝わるか、今なら。

 

 「スモーカー、さん?」

 「部下としてじゃなく、女としてのお前が大切だから、オレンジの物を用意した。俺が用意したのは……たしぎの分だけだ」

 

 渡された葉巻入れを即座に手に取り、中に自分の葉巻を入れながら、たしぎを見る。たしぎは顔をじわじわと赤く染めて、それから……大粒の涙を零した。

 その泣き顔が他に見られねェように、たしぎを煙で囲って抱き寄せればその小さな体が微かに震えている事に気付く。これは……YESって事で、いいだろ?

 葉巻を灰皿に置いて、俺は煙で全ての視界を遮断してからそっとその唇に自分の唇を重ねる。何も知らないらしい無垢な反応に、この歳でキスも初めてかと少しばかり嬉しくなった事を誰にも教えるつもりはねェ。

 Happy orange day……数年越しの想いは絡まり、漸く1本の糸となる。この糸が切れないように、きっと2人はこれから先迷いながら、間違えながら、ゆっくりとそれを織って行くのだろう。

 いずれは大きな布になる、その日まで。2人には、冷やかしの声さえ、今は届かない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2019年バースデーイベント
バースデー(麦わらのルフィ)


 昨夜からサンジが何か忙しそうにしてて、ロビンが何だか楽しそうにしてる。チョッパーやウソップ、フランキーは真剣に何か作ってた。

 んで、見張りも終わったからと降りたらゾロに会ったから聞いてみたら、今日がナミの誕生日だって言う。……え?

 誕生日って、嘘だろ。俺何も用意してねェ!

 と言うか、今まで誕生日なんて聞いた事も無かった。俺は……ガキの頃色々貰ってたってのに……!

 そんな時、歌声が聞こえてきた。また、何か歌ってるんだなって思ったけど、聞こえて来るそれがそのままナミの歌だったから……嘘だろって思う。

 帰りたくなったのかな。ナミ、俺の傍に居ろよ。

 そう思って背後から抱き締めたけど、全然抵抗しない。ナミは、無防備過ぎると思うんだ。

 そんな事を思ってた俺に、ナミは甘えるように擦り寄ってきて、何だか猫みたいだと思う。……甘えてくれるなら、まァいいかなんて思わされそうになるけど、やっぱり不安なんだよな。

 

 「帰りたくなったか?」

 「何処に?」

 

 キョトンとした顔で振り向いたナミは、本当にわかってない様子で……でも、この賢すぎる恋人のそれが、俺を宥める演技じゃないとなぜ言える?

 メリーで1人去って行ったあの時。ナミは俺を抱きしめて、二度と会うつもりも無かった癖に〝またね〟って笑っていたのに。

 あの時、本当は生きるつもりがなかった事を思い出しちまう。ナミが向けて来るその優しい笑顔に、何度俺は騙されただろうか。

 だからこそ、俺はナミの唇を塞いでしまう。もう、今は何も聞きたくなかった。

 俺のそれを受けて、ナミは優しく俺の頭を撫でる。大丈夫とでも言わんばかりに。

 そっと唇を離せば、ナミが静かに笑った。なんか、ガキ扱いされてる気がする。

 

 「……ばかね……」

 「ん?」

 「私の帰る場所は、ここだけよ」

 

 無意識で、ナミを抱き締める腕の力が強くなる。ナミ……お前の言う帰る場所は、麦藁の1味か、それとも俺の腕の中か?

 そんな事を聞ける筈もなくて、でも、どちらにしても俺がナミの帰る場所なんだって思ったらなんか……泣きそうになる。それを誤魔化すように、俺はナミをただ、強く抱き締めていた。

 そんな時、初めて聞くようで、何処か懐かしい声が微かに聞こえて俺は顔を上げる。……誰だ?

 その時ナミが表情を変えた。そう、俺達兄弟を見詰める姉の顔になったんだ。

 それにまさか……と、思う。でも、ナミが笑顔で手を振るんだ、姉の顔で……。

 

 「……サボー!!」

 「ナミ!ルフィもいるかー?」

 「いるわよ、ここに!」

 

 ……サボ……?

 確かにナミから生きてるって、聞いてはいた。でも、本当に会えるなんて思ってなかったんだ。

 ずっと、あの時死んだと思ってた。大好きな、兄ちゃんなんだ。

 もう、二度と会えないと思っていた。優しくて、暖かい、俺の……自慢の、兄ちゃんなんだ。

 軽い感じでサニーに乗り込んで来た青年は、でも言われてみれば確かにサボに見えて……俺は何も考えずに腕を伸ばして絡み付いた。声は言葉にならなくて、伝えたかった事、話したかった事、そうした多くの物が渦巻く。

 ただ、溢れる涙をそのままに、必死で伝えたかったぐちゃぐちゃした事を音にしようとしていたら、サボに背中を叩かれて、少し体を動かされた。そして、困ったような顔で俺を見て、笑ったんだ。

 

 「ルフィ、泣き虫は相変わらずだな」

 「だっで、サボ……!ザボォー!!」

 

 俺が泣いてる間にナミは皆にサボを紹介したり、隣にいた女の子と挨拶したりしてその場を取り仕切ってくれてる。今日はナミの誕生日なのに、俺はなんにも出来てなくて、更には……。

 

 「ナミ……ルフィは相変わらずだな」

 「えぇ、可愛いでしょ」

 「ナミさんの弟だってんなら、ちょっと手伝え!仕上げが待ってんだ」

 「何かあんのか?」

 

 サンジがサボを呼ぶと、サボは素直に歩き出してからサンジにナミの誕生日だと教えられたらしく、その顔を憤怒に変えた。どうしたのかと思ったら、サボがナミの肩を掴んで叱り始める。

 それな、俺も思った。俺は色々貰ったぞ……肉とか。

 

 「これ迄1度も俺達に祝わせなかったろナミお前!何で教えなかったんだよ!?」

 「ふぇ!?た、タイミング?」

 「姉の誕生日くらい、祝わせろよ!!知ってりゃ何か持ってきたってのに」

 「あら、もう貰ったわよ?」

 「へ?」

 

 俺達もそれにはへ?ってなる。ナミは、嘘ついてる様子もないけど、なんだ?

 

 「サボが逢いに来てくれたわ。ルフィも泣いて喜んだ!それに、サボは彼女まで紹介してくれたのよ。最高の誕生日プレゼントだわ!」

 「わ、私、サボ君の彼女じゃなくて!仲間で……!」

 「サボじゃ、駄目?」

 「駄目じゃ無いのが駄目って言うか……!あー!!」

 

 慌てた感じで何か言ってた女の子は、ナミに誘導尋問みたいにされて赤くなって混乱した。……あれ、サボもなんか赤い。

 ……付き合ってなかった、のかな?

 なら、うん、良かったな。サボ。

 にしても、何だってナミは自分の事には気付かねェのに、サボと彼女には気付けたんだろう。そうして少しすると始まった誕生日のパーティは、本当に盛大になった。

 贈物に驚いて、泣きそうな顔で笑うナミは、祝われる事に慣れてない感じがする。何か……例えば海月でも捕まえてあげたら、それだけでもナミは喜んでくれそうだなと思う。

 だからこそ、適当な事はしたくなくて、どうしたらいいかなって少し離れて様子を見ていたら、サボの彼女が寄ってきた。なんか、楽しそうな様子で。

 

 「やっほ!ルフィ君だよね。血は繋がってないんだって、サボ君から聞いてるよ。でも、兄弟なんでしょ?」

 「おう!自慢の兄ちゃんだ!サボはさ、昔っから優しくて、いつも怒ってばかりのエースから守ってくれたんだ。……ずっと、死んだと思ってたけど、生きててくれた!」

 「……ルフィ君に会いたいから。そんな理由でこっちの用事全部1人で引き受けて来たのよ。サボ君。そうしたら〝偶然〟会えるかもって」

 「サボらしいなー!サボは、案外寂しがり屋なんだ。俺に会いに来てくれたんだな」

 

 俺の言葉に、少し寂しそうに彼女は笑ってサボに視線を向ける。そして、ナミを見て瞳を揺らす。

 それに、ん?って思う。ナミがどうかしたのか?

 

 「ナミちゃん、に、逢いに来たのかも知れないわよ?」

 「……そりゃ、サボはナミの事唯一本気で姉として見てたからな。会いたかったと思うぞ?」

 「え?」

 「俺もエースも、ナミをガキの頃から俺の女って決めてたけど、サボだけはナミを姉として慕ってた。たまに、母ちゃんがナミなら良かったって言ってた位だからな」

 「へ?」

 「ナミはさ、サボが唯一〝甘えられる〟相手なんだよ。いつも俺達を抑えたり叱ったりして、良い兄貴だったから。……同時に、サボだけがナミを叱ってた」

 「……甘え……」

 「ナミは無茶ばっかするから、サボが叱ってくれなかったら多分、俺とエースの為に死んでた。それもあってさ、ナミは俺の事弟にしか見てくんねェから、苦労したんだぞ。恋人になんの。……サボは、えっとコアラ?だっけ?お前の事好きじゃんか」

 

 その瞬間、真っ赤になったサボの彼女は、視線を泳がせて小さく呟く。本気で、姉として……?って。

 それを聞いて思う。ダメだな、サボの奴って。

 彼女を不安にさせるような慕い方したら、ナミも悲しむぞって。そう思って視線を向けたら、サボとナミはなんか楽しそうに話して、時々真剣な顔で話して、昔っから変わんねェなって思う。

 昔から、この距離だった。2人は真剣に色々話してて、俺とエースは狩りして帰るとある意味で合致した2人に近付きにくくなってたんだ。

 でも今はもう違う。失う事を知ってる俺は、遠慮なんかもうしねェ!

 

 「ナミー!」

 

 どんな時でも、呼びかければナミは昔から1番に俺を持って来る。他の何を放置しても、俺を優先するんだ。

 

 「ルフィ?どうしたの?」

 「俺、ナミへのプレゼント決めた!」

 「プレゼント?」

 「おう!俺をやるよ!だから、部屋行こう!」

 

 その瞬間真っ赤になったナミが、それ私があげてるじゃないなんて叫んだけど、気にしねェ。サボは爆笑して、ゾロとサンジは苦笑して、ナミは真っ赤になってる。

 チョッパーは楽しそうだなって言ってて、ロビンは程々にねなんて無茶を言う。フランキーはスーパーだなって言って、ブルックはバースデーソングを演奏し続ける。

 多分これでいいんだ。ナミは俺のだし、だから、俺はナミのなんだ。

 

 「ナミ、愛してる。産まれてきてくれてありがとう!」

 「ルフィ……?」

 「今日はナミの産まれた特別な日だろ。だから、産まれてくれてありがとう。俺達を愛してくれて、ありがとう」

 

 俺の言葉にナミは驚いた顔をしてから、静かにその瞳から涙を溢れさせる。ナミは昔っから変わらずに、俺の、大切な女だ。

 何を抱えてても、何を隠しててもいいよ。ナミが俺の傍で生きててくれるなら、他にはなんにも望んでねェからさ。

 

 「ナミ、2人になろう」

 

 そっと抱きしめて言えばナミは頷いてくれたから、俺は皆に視線を向けてにししって笑う。それに皆が、明るく笑う。

 主役奪うなよなんて言いながらも、結局皆もナミが笑えばそれが正解なんだ。だから俺はナミを女部屋に連れ込んで、俺がナミの涙ごとその全てを貰い受ける。

 Happy birthdayナミ。俺に世界を教えてくれた愛しい女。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バースデー(白ひげニューゲート)

 俺達がナミと出逢ったのは、偶然と言う名の必然だった。手紙でサッチの事を教えられていた為に、サッチの命が助かり、けれどもエースは飛び出しちまった。

 それを追い掛けていた時に、エースの故郷へ行ってみようとの話になったのが今思えば出会いの切っ掛けだったんだろう。1人で船を動かす少女に、俺達を見て驚く姿に庇護欲が刺激されたのは間違いない。

 村を牛耳っていた魚人を縛り上げ、親分に連絡後サッチを救ってくれた手紙の送り主でもあったナミを引き取ったのは、自然な流れだろう。そうして連れて来た際に蜜柑の木をモビーの上に植えてやったのは、サッチの命を救ってくれた礼のつもりだった。

 エースを共に追い掛ける中でナミと恋人と呼ばれる関係になった後で、まだ無垢な体であると知ればどうしたら良いものかと考えさせられたがな。色々ありエースの先回りを出来た上に、エースより先にティーチと再会し落とし前をつける事に成功して暫くの後、ナミの誕生日が近い事を知ったんだが……。

 そう、問題はここからだ。家族を愛し、愛され、守り抜いたナミが、まさか誕生日を祝われた事が無かったとは思わなかった。

 恋人と呼ばれる関係になって最初の誕生日だ。歳若い恋人を喜ばせてやりたいと思って、何がおかしいだろうか。

 

 「エース、ナミの好きな物はなんだ?」

 「……家族?」

 「物質で頼む」

 「……蜜柑?」

 

 聞く人選をミスしただろうか。深い溜息が落ちると、エースが楽しそうに笑った。

 

 「ナミの相手が親父じゃ無けりゃ、諦めなかったんだけどな。親父じゃ俺勝てねェし、ナミが惚れるのもわかる。俺も女なら惚れて飛び付いたと思うからさ」

 「エースが女ならこの船には乗せてねェぞ」

 

 俺の言葉にエースは驚き抗議してくるが、戦闘員の女は乗せねェと何度も言ってるだろうに。そんな事を思いながら、息子達にもそれとなく根回しをして誕生日の宴を開いてやろうと決める。

 だからと言って、赤髪の小僧を呼んでやれるだけの余裕はまだ俺にねェがな。……呼べばナミは喜ぶだろうが、その分今夜俺が嫉妬に狂って、間違いなくナミを壊しちまうだろう。

 その時、甘やかな歌声が聞こえて来た。蜜柑の木を世話でもしているのだろう、潮風に乗って蜜柑の香りも漂って来たのが、その証拠だろうと思う。

 視線を向けると、優しく微笑みながら手を動かし続けるナミが見えた。歌声は優しく、歌詞も可愛らしいと言えるが、同時に帰郷したいと言われている気がして胸が痛む。

 水をやり終えたのを確認してナミを抱き締めれば、即座に甘える猫のように擦り寄る。俺にしか見せない姿だと知っているからこそ、我儘の1つも言わない恋人が心配にもなるのだ。

 

 「帰りたくなったか?」

 「何処に?」

 

 きょとんと首を傾げる無防備な姿に、気分は飢えた狼だ。この歳で、こんな事になるとは考えても見なかった。

 だが……それも悪くねェ。蜜柑の木よりも蜜柑の香りを強く放つ女に、俺は唇を降らせる。

 飢えた獣は貪る事しか出来はしねェんだ。喉の奥までいっぱいに舌を差込み、堪らず喘ぐナミの声さえ奪う勢いで唇を吸う。

 それだけで堪らないと言わんばかりにナミは両腕を俺の首に回し、その口付けを深くする。渇き切った心を癒せるのは、それだけだとでも言わんばかりに貪り合えば、ナミの体がピクリと反応した。

 もっと……もっと欲しいと、魂が震える。いくら手にしても足りないと心が叫ぶのだ。

 舌を深く絡め、唇を噛み合い、激しく音を響かせながら互いの蜜を吸い続ける。と、抑えきれぬ吐息がナミから漏れた。

 

 「んんっ……!」

 

 俺の力だ。加減していても、抱き締められているナミに痛みが無い筈もない。

 だと言うのに、ナミはそれを当然のように受け入れる。そうと分かっていて、舌を凶器のように喉の奥まで刺し貫き、己の不安ごと全てナミにぶつける。

 それを受けて尚、ナミは悠然と微笑んだ。緩やかに動く唇から、視線を外せなくなる。

 

 「……ばかね……」

 「ん?」

 「私の帰る場所は、ここだけよ」

 

 ……あァ、壊しちまいそうだ。そう思いながらも、俺はナミを抱き締める自らの腕から力を抜く事が出来なかった。

 そんな俺とナミにハルタが呆れたように声をかけてきて、準備が整ったと言う。それにナミは首を傾げるから、そっとその体を抱き上げて甲板を見渡せるところへと移動する。

 その場に見えるのは、ナミの誕生日を祝いたい自称兄と姉達だ。自分の誕生日を祝われた事が無いなんて事が、この船で許されると思うのが間違っている。

 

 「ニューゲート、なにこれ?」

 「ナミの生まれた特別な日を祝う為に、自ら志願して集まった暇人達だ」

 

 俺の言葉に暇人とは酷いと息子達の声が響く。それに重なるように娘達がナミを解放しろと騒ぐが、俺は胸元からナミを離すつもりはねェぞ。

 そんな俺の様子にビスタが笑いながらグラスを手に近付いてきて、ナミに小袋を手渡す。それを不思議そうに受け取ったナミに、ビスタがおめでとうと言えば漸く自分へのプレゼントだと理解したらしく焦って礼を述べていた。

 その様子が可愛かったのか、自称兄達が群がりナミは俺の腕の中からそれを受け取る。持ちきれなくなる頃それを俺が奪い取り横に積み上げれば、ナミが困ったような顔をした。

 

 「置き去りにしたら悪いわ」

 「悪くねェ。全員からのそれを受け取りきれるか。それにな……」

 

 言葉を切れば、不思議そうに首を傾げるナミ。その額にそっとキスをしてから、適当な果物をナミに渡す。

 

 「主役が料理を何も食えねェ勢いで渡してきた奴らの事なんぞ、気にするな。……ナミお前、少し痩せたぞ、しっかり食え」

 「そ、れは……!ニューゲートが、休ませてくれなくて、食事する体力が残らないから……!」

 

 慌てた様子で口にした言葉に、その場の空気が1瞬凍り付いた。……まァ、そりゃァ、俺が悪いな。

 なら仕方ねェ。償わせて貰おうか。

 

 「なら、しっかり食わせて、責任取ってやるよ」

 「へ?」

 「ナミ、ほら。あーん」

 

 俺の言葉に無意識にか唇を開いたので、その中に苺を投げ入れる。それをモグモグと食べながら首を傾げるナミに、次は何にするかと適当に近くにある皿を引き寄せた。

 するとそのタイミングで、イゾウが楽しそうに可愛らしい物の多く乗った皿を差し出して来た。それを受け取ればナミがギョッとした顔をしたが、成程しっかり食わせてやろう。

 

 「果物とデザートだ。これならナミも喜ぶだろ?」

 「悪いな、イゾウ」

 「栄養が偏るから、メインも食わせろよぃ」

 

 そう言ってマルコが持ってきたのは、1口サイズのおかず達だ。焼売や餃子等が並んだその皿にも、同じ物は1つとして乗っていない。

 

 「ありがとな、マルコ」

 

 そう言ってナミの口に1つずつ入れていけば、ナミは疑う事無くそれを食べて行く。時々幸せそうに頬を緩めるから、どうやら好きな味の物があるらしい。

 

 「自分で食べられるのに」

 「嘘つくな。ナミは、毒味されてねェ物は、基本的に食えねェだろ」

 

 俺はそう言いつつ、ナミにグラスを持たせて酒をそれに注いでやる。残ってる酒瓶に俺が直接口を付けると、ナミから狡いなんて声が聞こえたが、体のサイズを考えろ。

 俺と張合うんじゃねェよと笑うのも仕方ない事だろう。俺が食わせれば食うなら、俺が体重を減らしちまった分は俺がしっかり責任を持って食わせてやろうと、ナミの口に食べ物を入れる。

 それによりナミは無防備な顔でそれを食べながら、少し恥ずかしそうにしている。その姿に、たまにはこうして食わせるのも楽しそうだなと、小鳥の餌付けでもしてる気分でそれを繰り返して行く。

 

 「も……むり……」

 

 夜2人でいる時は良く聞くその言葉に、苦しそうな様子に、部屋に連れ帰りたくなった。だが明らかに常人の1人前に満たない量で限界を訴えたナミに、少しばかり心配にもなる。

 酒を注いでやりながら、仕方ないかと皿の残りを俺が平らげる。酒だけは豪快に呑んでいるから、体調が悪いという事は無いだろう。

 甘えるように俺の胸に体を預けるナミをそっと撫でながら、息子達に視線を向けると息子達もまた楽しそうにこちらに手を振ったりし始めた。その視線の先にナミがいるのは当然だが、それが少し気に入らなくてコートの中にナミを隠せばブーイングが上がる。

 俺の胸の中で小首を傾げるナミに、そっと笑いかけながら、俺は素直な気持ちを告げる。ただ、愛していると。

 

 「す、少しは、恥じらいとか、照れてみせるとか、ないの!?」

 

 真っ赤になったナミに、俺は可愛いとは思うが理解は出来ない。何が恥ずかしいのか。

 

 「真実を口に出す事に、なんの恥がある。ナミは可愛い。そして俺はナミが愛しい。これは、変わらねェ真実だ」

 

 その言葉に息を飲むナミに、俺は息子達の視線からは隠れているのを言い訳にそっと触れる程度のキスをする。それ以上やれば、今夜もまた、寝かせてやれなくなりそうだからな。

 Happy Birthday ナミ。成長と共に美しさを増すだろう恋人に、男は戦慄に似た想いを抱きつつその小さな体を愛おしげに見詰めていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バースデー(不死鳥マルコ)

 手紙の送り主を探し回り、漸く見つけ出したと思えばその人物は魚人に苦しめられていた。そんなナミを救う形になったのは結果論だ。

 それでも、名目上は俺が助けたからと戦利品よろしくナミを奪って来た。今ではナミも、モビーで楽しそうに過ごしてくれている。

 エースもナミに言われれば従い、結果的にサッチがティーチに襲われた後も飛び出したりしなかった訳だ。ナミの事を苦しめていた魚人は、親分経由で監獄に入れられた筈であり、俺としては心配事ももう特にない日々が過ぎている。

 そんな中で先日漸く俺の想いが通じて恋人となり、身も心もナミは俺に向けてくれるようになった。まァ……エースは五月蝿いが、そこは仕方ねェよなぃ。

 ガキの頃から惚れてたと言っていたのに、それを俺が奪ったんだ、多少は話も聞いてやろうとは思える。……返すつもりも、手放すつもりもねェがな。

 そうは思っても、やはり幼馴染な上に弟としてでも溺愛されているエースに対する嫉妬が、俺の中にも確かにある訳で……。だからこそ、たまには2人でのんびり過ごしたいと思う気持ちが間違いなくある。

 そんな時エースが言った。酒の飲み比べを挑んで来て、勝手に潰れながら。

 

 「ナミはさ、誕生日……祝わせてくれた事ねェんだよ……」

 「どう言う、事だよぃ?」

 「酒に睡眠薬混ぜて、ガキの頃呑ませて、それでやっと吐かせたんだけどさ……ナミは、自分が存在する事が罪だと思ってるらしいんだ」

 「……そうか」

 

 他に、言葉を紡げなくなったのはエースがガキの頃にやった事が理由か、それともそう迄されなければ何も言わない頑固なナミの為か。はたまたエースと同じように、自分の存在を否定している現実が理由だろうか。

 ……いや、エースは存在していいと言ってくれる場所と相手を探して、求めている。それに対して、ナミは自らそれを否定して生きてきたんだから違ェよなぃ。

 

 「ナミは、戦災孤児らしくて……誕生日は、多分その頃って言う事で、海に関係する日を誕生日に決められたって聞いてる」

 「海に関係する日?」

 「波で……7月3日なんだって」

 

 ……安直な。まァ覚えやすいけどなぃ。

 ん?

 7月3日!?

 

 「もうすぐじゃねェかよぃ!!」

 「俺、祝おうとしたら、悲鳴みたいな声で辞めてって言われたんだ。何も、目出度くなんかねェって……!」

 

 俺の叫びは聞こえなかったのか、そう言って酔い過ぎた様子で眠っちまったエースの頭を撫でてやりながら、ナミの誕生日はどうするかなと考える。やはり……何処かに連れて行くかねぃ。

 それにより思い浮かぶのは、やはり故郷だ。ナミにとって何よりも大切な相手であり場所なのは、ナミを知る誰もが知っている。

 毎年同じじゃ意味はねェだろうからあれだが、誕生日の存在を知ったばかりの今年は1度帰らせてやるかねぃ。ナミの願いはいつも変わらず、大切な人の笑顔だ。

 ならば、その笑顔を見せてやればいい。そうして、その大切な人に祝われて、産まれてきた事が罪ではないのだと教えてやる必要があるだろう。

 いつの間にか完全に寝入っているエースをどうするかなと考えて、仕方なく肩に担いで部屋に連れ帰る。エースを部屋に運び込んだ所で、廊下に人の気配を感じて振り向くと風呂上がりらしいナミが居た。

 

 「今出たのか?」

 「うん」

 「……髪から雫が落ちてねェなぃ」

 

 驚いて声に出せばナミは可笑しそうに笑ってから、少し恥ずかしそうに目元を赤く染めた。その様子は、俺の理性を砕こうとしてるようにしか思えない。

 

 「今日は、ナースのお姉様達と入ったから……」

 「あァ、部屋の風呂使ったんなら、ここにいねェもんな」

 

 言いながらそっと腰を抱けばナミがヒャッと言うから、本当に敏感な子だと思う。本人の気性を考えれば、不運でしかないだろうが、俺には嬉しい反応だよぃ。

 

 「……今夜はもう遅い。早めに寝ようなぃ」

 「えぇ……。あ、マルコあのね……」

 

 そう言ってナミは楽しそうに今日ナースと何を話したのかとか、蜜柑の花が咲いたとか、そんな事を口にする。そうして、部屋に到着する頃、エースの事いつもありがとうと言って微笑んだ。

 その笑顔が明らかに姉で無ければ、何をするか自分でも自信がねェとは情けない。それにしても、恋人が寝ようと言って腰を抱いてるのに、眠る気満々なナミに内心で多少呆れる。

 そんなナミだからこそ、守らなければと思わされるんだがなぃ。ナミは俺の事を何も知らないが、俺が求めればいくらでもそれを叶えようとするだろう。

 だから無理をさせないように、俺が見張る必要があるのだ。俺が本意ではなくとも、殺しちまったりしないように。

 当然の事としてナミを抱き締めてベッドに共に転がると、ナミは俺の頬にその手を撫でるように触れさせた。その流れで、触れるだけのキスをしてお休みと囁く。

 それに俺が動揺してる間に、本当に寝ちまう猫に思わず自らの目元を覆ったのは不可抗力だろう。ここで襲いかからない自分の精神力を内心で褒めながら。

 ……まァ、今夜は許してやるかねぃ。無邪気に眠る恋人の額にそっとキスを落として、優しくその体を抱き締めて俺も眠りに落ちた。

 朝になり、腕の中にある筈の温もりが消えている事に僅かな不快感を抱く。のそりと起きて様子を伺えば、シャワーではなさそうだ。

 ならばどこにと思い部屋を出れば、歌声が聞こえて来たのでそちらへ足を向ける。蜜柑に妬きそうだとこっそり自嘲して、俺は愛しげに歌うそれにそっと近づいて行く。

 故郷を想うその歌に、もしかして俺のやろうとしている事はある意味残酷な事なのかもしれないと思っちまう。……ナミ、本当にお前ェは俺の恋人でいる事に迷いはねェのかよぃ?

 声に出せない問いが胸中を渦巻き、だが迷われようともう逃がせねェと自覚して笑う。歌声が止むのを待ち、そっと腕に閉じ込めれば、蜜柑本体よりも美味そうな香りを放つその細い体に凶暴な自分が頭を擡げる。

 だが当然のように甘えてくる愛しい温もりが、その狂暴な意識を沈ませる。俺を簡単に翻弄する愛しい猫。

 

 「帰りたくなったか?」

 「何処に?」

 

 意味が分からないと言わんばかりの顔で、俺を見上げる無防備なその瞳。だからこそ、そっとその唇を塞ぎたくなりその衝動に逆らえず重ねればその甘さに目眩さえしそうだ。

 たっぷりと蜜を味わう為に舌を絡めとって、だが苦しみは与えるつもりは無いと快楽に落とすよう、尽くしてやる。その時ナミからあえかな甘い声が漏れると僅かに隙間を開けてやり様子を伺った。

 それにナミは妖艶な笑みを浮かべ、それからそっと囁くように言う。悪戯を叱る親のような言い方でありながら、色気を多大に含んで。

 

 「……ばかね……」

 「ん?」

 「私の帰る場所は、ここだけよ」

 

 ……このままこの場で犯したくなる程の色気に、誰にも見せたくないと強くその身を抱き締めればまたエロい吐息と共にその表情を変える。苦しんでるのだと分かるが、それが夜の事を思い起こさせるのだから損だなと思う。

 そしてその状態でそっと囁くように言葉を落とす。出掛けようかと。

 

 「良いけど、何処に?」

 「それは、着いてからのお楽しみだよぃ」

 

 そう言って鳥に姿を変えればナミはそっと俺に抱き着くので、落ちるなよぃと笑って飛び立つ。それによりナミが嬉しそうな声を上げるのを聞きながら、目的地へと向えばナミは楽しそうに下を見ている。

 これで高いのが楽しいと楽しんでるだけでなく、見える島や海の簡易的な測量等を済ませちまってるんだから恐ろしい物がある。そのナミがふと声を失う。

 どうやら目的地が近い事に気付いたらしい。微かに震えるその体が、きっとナミの心だろう。

 

 「マルコ……!」

 「誕生日プレゼントに、家族と会わせてやろうかと思ってねぃ」

 「……マルコ……」

 

 それからは何も言わず、ただ微かに背中でその身を震わせ続けるナミに、俺もまた何も言わずに飛び続けていた。ナミの実家近くにある岬へと降り立てば、ナミが妙な言葉を口にした。

 

 「ここにお墓が無いのが、私が産まれて良かったと思える唯一の現実だわ」

 「……どう言う意味だよぃ?」

 「……大切な人を喪っていたら、きっとここにお墓建てたと思うから、そう言う意味よ」

 

 そう言ってナミは苦しそうな瞳で笑顔を作り、俺の頬に軽く口付けを残す。それから羽でも生えてるのかと言いたくなる勢いで、駆け出して行った。

 家族に再会し喜ぶその姿にホッとするが、甘えていない事に気付く。寧ろ、少しキリッとして守ろうとしているのだと。

 ……そうか、守るべき相手であり、ナミが甘えられる相手じゃねェのか。盲目的と言うか、猛進的に愛して溺れているが、それが即ち甘えられる所ではないと言う事に少しばかり驚く。

 その為に軽く家族に挨拶してから、誕生日を祝ってやりたくてと言えば何故か村をあげての盛大な祭りになってしまい、ナミは顔を真っ赤にして戸惑っている。だから俺は、そっとその頭を撫でて視線を合わせてみた。

 

 「皆、ナミの誕生日を祝いたかったんだよぃ」

 「え?」

 「大切な人の誕生日だ。ナミが生まれてきてくれた事と、今生きていてくれる事に、感謝したいと思い願って、当然だろぃ」

 「あ……」

 「俺は、ナミが産まれてくれた事を感謝してるし、こうして傍に居られて幸せだよぃ。ナミ、生き抜いてくれてありがとうなぃ」

 「マルコっ!」

 

 そう言って俺に飛び付いてきたナミの瞳から涙がこぼれ落ちるのを、俺は見なかった事にしてその頭を撫でながらそっとその体を抱き締める。俺に甘えてくれると言うなら、いくらでも甘やかしてやるから、少しは自分を認めて欲しいと願いながら。

 Happy Birthday ナミ。その後村中から盛大に愛を受けたナミが、幼い笑顔を見せるようになるのにそう時間はかからなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バースデー(16番隊隊長イゾウ)

 大切な存在が増える事は、喪うリスクを増やす事になる。その事は誰が説明する必要もない程に、わかり切った現実だ。

 それ故に、サッチが命を喪わずに済んだ時に、俺達はその恩人を探す事を迷う事無く決めた。その時無謀にも1人で飛び出そうとしていたエースが、俺達に取り囲まれた状態でその恩人もついでに探すと言った。

 だが、ならば手掛かりをとの話で手紙を見た事で、エースの幼馴染だと言う事が判明する。エースの姉貴分だったと言う、優しい少女という事が手掛かりだ。

 そこからは怒涛の勢いで情報収集を行い、やっとこさ見つけ出した恩人はエースの言う通りに美しい少女だった。それは、容姿だけの話ではなくその心が美しくて、目眩がしそうな程。

 村人達は、誰もがその少女を信じていた。だからこそ、彼等は何も知らないふりをしていたのだ。

 そんな中で、そんな事とは知らない少女は多くの命をその細く小さな体に1人で背負い込み、溢れんばかりの優しさと愛情を押し殺して戦っていた。壊れそうで壊れないその儚くも強い心に魅せられた俺は、気付けば少女が欲しいと手を出してしまっていて……。

 エースが惚れてるとか、サッチの命の恩人だとか、マルコが恋焦がれてたとか、全てが吹き飛んだ。本人は望まないだろうが、男好きするその容姿と高過ぎる能力が汚い者達に狙われる要因となる。

 それを守りたいと手を伸ばせば、優しいを超えて甘いその心と、矛盾する程に気高く誇り高い精神が、俺の心を縛る。気の強い瞳と賢いその頭が、狂暴な生き方をする男達には甘美だ。

 それなのに無防備に微笑むその姿に劣情を覚えぬ筈も無く、傷付けないように気を付けつつ触れた温もりに溺れた俺が、全力で篭絡した結果今腕の中にいる訳だが……。何処を見ているのか分からない瞳が、時折切なそうに揺れる。

 

 「ナミは何歳なんだ?」

 「エースから聞いてるでしょ?18歳よ」

 「……歳下だったのか」

 「へ?」

 

 イゾウより歳上なのは有り得ないでしょなんて頓珍漢な言葉を口にした美しい恋人に、そっと口付けてから答え合わせだ。長い髪を邪魔そうにしながらも、俺が切るなと言う為に切らないと言う律儀さ。

 

 「エースからは、2つ違いとだけ聞いていたからな。22歳かと思っていた」

 「あら、そんなに大人に見えた?嬉しいわ」

 

 クスクスと笑うナミを抱き締めて、エースでさえ知らないと言うナミの誕生日を聞き出そうと言葉を重ねる。重ねられた言葉は、いつの間にやら睦言へと変わり互いの熱に溺れる事になるが……そこは不可抗力だろう。

 漸く答えを得る頃にはナミは意識を保って等居なくて、寝台に散らばる長い髪を手にしてそっと口付ける。指を絡めて欲しいと言わんばかりにうねるその髪が、甘えるように指に絡み付く。

 

 「本人もこの位甘えてくれると、嬉しいんだがね」

 

 思わず落とした呟きが眠姫に届く事は無いだろう。その位には、激しくした自覚がある。

 売り物の女なら、壊れちまうレベルで扱ったからな。……それを、良くもまァ意識を失う程度で済ませているものだ。

 その身を清めて、整え直した寝台に寝かせてから親父の部屋へと向かう。傍を離れたくはないが、四六時中共にいる訳にもいかねェからな。

 

 「起きてるかい?」

 「ん?……イゾウか、どうした」

 「馬鹿な子猫が居てな。……産まれた事が罪で、存在する事は本来許されないのだと信じてる様子なんだよ。……その猫の誕生日が来週でね。どうしたらいいだろうかと思ってな」

 「……そりゃァお前ェ……盛大に祝ってやらなきゃな」

 

 そう言って悪戯に笑うと親父は何も教えるなよと言って、計画を立ててくれる。悪戯を楽しむ子供のような顔で、けれども瞳は優しく微笑む親父に、小さくありがとうと呟けば驚いたような瞳が俺を捕らえた。

 直後そっとその腕に俺を抱き締めて、笑う。温かなその声に、この船を選んで良かったと心から思えた。

 

 「愛しい息子と、その嫁だ。可能な範囲で何とかしてやるのは当然だ」

 「まだ結婚した覚えはねェぞ、親父」

 「まだって事ァ、その気はあるんだろうが!自分の気持ちからのらりくらりと逃げてんじゃねェよ、アホンダラァ」

 

 そう言ってグラララララと笑うと、気を付けねェと横からカッ攫われるぞと言って俺を解放する。それには確かにと思うから、早く指輪の1つ位用意してやらないとと思わされた。

 喪ってからじゃ、手も伸ばせねェと呟く親父は誰を思い浮かべたのか。……敵だった筈の男か、その男が愛していた女性か、それとも全く別な誰かだろうか。

 それを聞く勇気はなく、聞く権利もない。ただ今はありがとうと笑って、そうだなと言う他に言葉を持たずに部屋を後にした。

 それからの日々はスムーズに過ぎる。何せナミは元々忙しくそれに追加で何かを頼んだり、夜は俺が抱き潰せばそれだけで何かに気付く余裕がある筈もない。

 そうして迎えた当日。サッチ達は料理を用意して、隊長達は贈物を用意して、ナース達は何やらナミを連れて来いと殺気立っている。

 他のクルー達もオレンジ色の猫が可愛いらしく、それぞれ祝うつもりで居てくれている。本当に、いつ他の男に奪われるか気が気じゃねェな。

 ナースに言われるままにナミを迎えに行けば、部屋にその姿がない。だとするなら蜜柑畑かと、モビーの1角に作られた小さな蜜柑畑へと足を進める。

 近付くにつれて大きく聞こえ始める歌声に、自然と頬が緩む。楽しそうに歌うそれが、故郷を想う歌である事は明白だが、それくらいは許すべきだろう。

 歌が終わるのと同時に抱き締めれば、驚きさえせずにその身を預けて来る無防備な様子。その旋毛にそっと唇を落としながら、さり気なさを装い問い掛ける。

 

 「帰りたくなったか?」

 「何処に?」

 

 振り向く為に動いたナミから、蜜柑の香りがする。喰ってくれと言わんばかりのそれに加えて、表情は意味がわかりませんと言わんばかりだ。

 その幼い表情と、無垢な瞳に誘われるように唇を降らせればナミの方からもそれが返される。感じる場所なんてのは既に知り尽くしてる俺に立ち向かうように、だが正確には受け入れる為だろうそれに、俺はまたも甘やかされちまいそうだ。

 恍惚の中でその甘味を楽しんでいると、その舌使いにん?と思う。初めてキスした時も上手かったが……こんな舌使いは教えた覚えは無い。

 問い正そうと唇を離した隙間でナミが笑う。その笑みにゾクリとした物を感じて、息を飲まされる。

 どちらが狩る側なのか、もう分からなくなる。下手をすれば、俺の方がのまれるだろう。

 

 「……ばかね……」

 「ん?」

 「私の帰る場所は、ここだけよ」

 

 もうこの場で蜜柑の皮を剥いても良いだろうかと思う程、艶やかなそれに、けれども理性が待ったをかけるから仕方なく抱き締めるだけで耐える。その分、力加減なんてする余裕は無くなっちまったが。

 苦しそうに喘ぐそれにさえ劣情を刺激され、そっとその素肌に指を這わせようとしたところで、エースの声が聞こえて来てその場でナミを背に庇いつつそれを防ぐ。避ければ蜜柑の樹が燃えちまうから、ナミを抱いて避けるのは悪手だ。

 

 「エース……樹を燃やす気か?」

 「あ……ごめん」

 「謝るならナミにな」

 

 そんなやり取りの中で、ナミは背後から俺に自ら抱き着いてきて、ありがとうと掠れた声で言う。だからこそ素直に、守って良かったと思わされる。

 ナミにとってこの樹が、どれ程大切かは知ってるつもりだからな。そっとナミの手に自らの手を重ねると、エースが困ったように頬をかいた。

 

 「呼びに来たらなんか、イチャついてたから、ごめん」

 「なら、準備が出来たのか」

 「あァ!だから早く来いよ!」

 

 言われた言葉にナミが小首を傾げるので、そっとナミの腰紐を解き、ササッと縛り上げるとナースの元へ連れて行く。慌てて抵抗するナミに、可愛がってもらえと言えば悲鳴が上がったが、ナースの着せ替え人形になるのはそんなに嫌か。

 そう思って笑いながら待つ。暫くして出て来たナミは、美しいマーメイドドレス姿で、元々人魚っぽいのもあり似合いすぎるなと思う。

 

 「俺の人魚姫、どうか手を」

 

 そっと膝をついて手を差し出せば、サッと頬を染めたナミが震える指先を俺の手に触れさせたのでそれを優しく握り、連れて行く。主役の登場に沸き立つメンバーは優しい顔をしていた。

 突然始まったバースデーソングに、ナミはその瞳を白黒させながら縋るように俺を見るから、皆が見ていると分かっていてその唇を重ねる。恥ずかしさからか珍しく抵抗するナミに、唇の隙間で答えてやる。

 

 「今日はナミの産まれた特別な日だ。産まれて、俺の女になってくれてありがとう。俺の姫となる為にナミが美しく育ってくれた事は知っているさね」

 「なっ……!」

 「髪の1筋さえ、ナミの全ては俺のモノだよ。粗末に扱う事は許さない。ナミには存在して貰わないと困るんだ」

 

 俺の素直な想いだ。俺はナミと共に生きて行きたい。

 ナミには俺の傍で笑っていて欲しい。だから幾度でも伝えよう。

 Happy Birthday ナミ。お前が産まれて来た事が俺にとっての喜びだ。

 家族中から贈物を押し付けられ、産まれた事を祝された恋人が微笑みながら静かに涙を落としたのは、それから間もなくの事だった。その直後男に部屋に連れ込まれて、数日姿を見せる事は無かったが、それは誰にも咎められないだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バースデー(参謀総長サボ)

 カレンダーを何度も確認して、次の任務迄の時間確保が出来た状態である事に満足して笑えば、同じ船にいる仲間達が疲れ切った顔で行くなら1人で行けと言い出した。……何故だ?

 俺の姉であるナミはともかく、弟のルフィには皆会いたいだろう。なんと言っても、世界で1番可愛い存在だぞ。

 そう思って首を傾げると、コアラだけが俺と共に行くと言ってくれる。それにそうだろうそうだろうと頷き、肩をさり気無さを装って抱けば微かに赤くなるコアラに喉が鳴る。

 少しは、俺を意識してくれてたりするのか?

 そんな事を聞ける筈もなく、上手く想いを伝えきれない俺自身の情けない現状が、触れる指先を震わせる。そして、借り受けた小舟を使って革命軍で共に過ごす事の多いメンバーで写した集合写真を、久々に会うからと土産として持って行く。

 俺を心配してくれてるだろうナミなら、この写真を素直に喜んでくれる気がするんだ。その為に四つの海に居るべきメンバーと、ドラゴンさんを呼び集めたと知った時に全員の顔が怒りに染まり身体が震えたのは、ご愛嬌だろう。

 ドラゴンさんとコアラだけは、呆れたような視線を向けて来るだけで終わったが。そうして撮影した写真を見たドラゴンさんが、これの価値は相当な物だぞと笑いながらも、可愛い写真立てに入れてやれよと笑ったので、それに頷いて用意しておいた。

 そうして現在目的地である船に向かって来たのだが、あの時とは船が変わっていて色々あったんだろうなと思う。そうしながら、大声で微かに見える人影を呼ぶ。

 隙間なくくっついているその影を見れば、ルフィがナミを手に入れたのだとわかる。そうなると、エースには残念だなと小さく笑っちまったが。

 

 「サボー!!」

 「ナミ!ルフィもいるかー?」

 「いるわよ、ここに!」

 

 見えていて聞いたんだが、姉の顔で優しく答えてくれるナミにやはり愛しいと思う。愛されてるのが、その表情や声から伝わる。

 ヒョイっと船に乗り込むと、涙を拭う事もしないで飛び付いてきた弾丸のようなそれを受け止めようとして、顔に貼りつかれちまえば流石に呼吸が……!

 背中を必死で叩く俺に気付かないのか、大粒の涙どころか滝のような涙を落とすそれを僅かにずらして呼吸を整える。だがそこには、何を言ってるかさえ定かではないルフィがいて、それを実感すれば自然と頬が緩んじまう。

 でもな、そんな所も含めてルフィらしいと思えるんだ。何を言ってるかは分からないが、俺を呼んでいるのはわかる。

 

 「ルフィ、泣き虫は相変わらずだな」

 「だっで、サボ……!ザボォー!!」

 

 死んだと思ってたと言われればそうだよなと思う。それでも、ナミから生きてるとは言われてたんだと言われれば、なんだってナミは俺を俺だと即座に理解したのかと本気で思いつつ視線を向ける。

 それに微笑みを浮かべたナミは、コアラと挨拶を交わしたり、クルーの紹介をしてくれていて、ルフィがやるべき事を簡単に纏めて行っちまう。この様子では、ルフィとナミのどっちが船長か分からねェな。

 

 「ナミ……ルフィは相変わらずだな」

 「えぇ、可愛いでしょ」

 「ナミさんの弟だってんなら、ちょっと手伝え!仕上げが待ってんだ」

 「何かあんのか?」

 

 金髪の青年が放った言葉に首を傾げた俺に告げられたのは、今日がナミの誕生日だと言うもので……誕生日?

 そう言えば1度も祝わせて貰った事がねェなァ?

 土産のつもりが誕生日プレゼントになったなと思いながら、それでもナミへの怒りは抑えられそうにない。俺の顔を見てそっと離れたルフィは、やはり野生動物かも知れねェな。

 ガシッとナミの両肩を掴む俺に、ナミは驚いた顔はするがそれだけだ。俺が本気ではナミを傷付けられねェと、知ってるんだよな。

 

 「これ迄1度も俺達に祝わせなかったろナミお前!何で教えなかったんだよ!?」

 「ふぇ!?た、タイミング?」

 「姉の誕生日くらい、祝わせろよ!!知ってりゃ何か持ってきたってのに」

 「あら、もう貰ったわよ?」

 「へ?」

 

 何言ってんだコイツって顔で見た俺に、クスクスと笑うナミは、優しい顔をしている。幸せそうに微笑んで、その瞳に慈愛の色を乗せて……。

 

 「サボが逢いに来てくれたわ」

 

 ……なに、言ってんだよ。そう思うのに、声が出ない。

 姉の顔で、嬉しそうに笑う。俺の存在が、それだけで最高の贈り物だと本気で伝えて来る。

 

 「ルフィも泣いて喜んだ!それに、サボは彼女まで紹介してくれたのよ。最高の誕生日プレゼントだわ!」

 「わ、私、サボ君の彼女じゃなくて!仲間で……!」

 

 即座に割り込んだコアラの声に、ナミは小首を傾げる。心底不思議そうに。

 

 「サボじゃ、駄目?」

 「駄目じゃ無いのが駄目って言うか……!あー!!」

 

 ……え、俺、それは、期待していいって事だよな?

 期待に震える胸により、何も言えない俺の横でナミは楽しそうに笑う。俺は自分の顔が赤くなっているのを自覚しながら、少し目深く帽子を被り精一杯顔を隠そうと努力する。

 そうして自分の赤い顔を隠す為に準備を率先して手伝えば、コックだと言う金髪の青年が俺を不思議そうな顔で見て来た。それから皮を剥いてくれと言われるままに野菜の皮剥きをしていたら、問い掛けられたのはある意味当然の疑問。

 

 「ナミさんとルフィは1つ違いで、血の繋がらない姉と弟の関係だったと聞いてる。エースとルフィは兄弟で、エースもナミさんの弟たと。……お前は、どういう形になるんだ?」

 「ん?あァ、俺はエースとどっちが兄になるか分からねェから双子かもなって言ってたんだが……。エースとルフィも血は繋がってねェぞ。つまり、ルフィを末にして、ナミを頂点にした血の繋がらない四人兄弟だ」

 「ナミさんのがエースやお前より歳下だろ」

 「俺は、甘やかして貰ってたんだよ。それに、俺達1度もナミに勝てなくてな。強いんだ、ナミ」

 

 滅多に本気にならねェし、相手を傷付けない武器を使ってる時だけ強いと言う恐ろしさ。つまり、優し過ぎて傷付けられないから弱いだけなんだよと言えば、ルフィより強いだとなんて言うけど……俺達から見たらルフィは最弱だからなァ。

 

 「ルフィは、強くなったのか?」

 「え?」

 「俺やエースから見たら、泣き虫で弱っちくて、守ってやってた感覚がどうしても抜けねェからさ。ナミなんてルフィを抱いて戦ってたぜ?」

 「ルフィを……?」

 「あァ……だが、エースとあの後も頑張ったなら、強くなったんだろ。良かったよ、ナミを任せられる」

 

 俺の言葉にどういう意味だと問い掛けるその凄味に、こんな所でもまた男を落としてんのかと笑っちまう。いい男ホイホイだな、ナミは。

 そんな事を思いながら、ナミは世界に狙われてるからなと言えばその気配が緩んだ。どうやら知っていて共にいるらしい。

 

 「ンなもん、ロビンちゃんも同じだ」

 「……ニコ・ロビンだな。ずっと俺達も探していたんだが、ルフィと居るならそれの方が良いだろう」

 「探していた?俺達?」

 「ナミから聞いてないか?俺は革命軍だ。ニコ・ロビンは保護対象としてずっと探していたが、見付けられなくてな」

 

 不自然に生えている耳に向かい、だから害悪を与えるつもりは無いと言えば耳が消えた。それでもドアの付近から殺気立つ気配は消えず、あの緑頭の剣士君かと小さく笑う。

 そんな中で始まった誕生日のパーティでは、主役である筈のナミが唯一暗い顔をしている。獣系の悪魔の実の能力者らしい小さな子供をナミが優しく撫でながらケーキを差し出して、突然祝われて喜びよりも戸惑いを見せるその姿にコラと思い近付く。

 

 「流石は兄弟だよな」

 「サボ?」

 「エースも、初めて祝われた時、同じ反応だった。……お前、産まれてきた事が罪だとか思ってるんだな」

 

 エースは疑問に思ってるだけだったが、それでも生きていいと言って欲しくて足掻いていた。でもナミは、違うんだな。

 そっとあの頃は大きく見えたその背中が、か細いと感じる位の時が流れた事に気付かされる。……今度は、俺が守るよとは言えないけど……可能な限り力にはなりたい。

 

 「俺は、ナミが姉で良かったと思ってる。俺が仲間内の中で上手くやっていけてるのは、ナミに愛された記憶があるからだと思ってるんだ」

 「サボ……」

 「ナミ、愛してくれて、守ってくれて、慈しんでくれてありがとう。お陰で俺はこんなに成長出来たんだ。それに、ルフィにも再会出来た」

 「……エースには、会えた?」

 

 そんな風に言って泣きそうに笑ったその儚さに、思わず抱き寄せるとその細さと小ささに心臓が軋む。あんなに強くて、頼り甲斐のあった姉が本当は無理していただけの、ただの少女だったと今になって知ったからだろうか。

 

 「会えてないけど、これからちゃんと会うよ。思い出せたからな」

 「そうしてあげて、喜ぶわ。エースも、ずっとサボは死んだのだと信じていたから。腕の刺青が、それを現してるじゃない」

 

 言われて思い出すのは、自らの名を刻んだ刺青。それには確かに、俺の頭文字が共に刻まれていた。

 それにより動揺する俺が甲板に崩れ落ちるように座れば、か細い指が俺の頭を優しく撫でた。視線を向ければ、昔と変わらない優しい微笑みを浮かべてくれていて……。

 

 「ナミ、本当は土産のつもりだったけど、これ、誕生日プレゼント」

 

 手渡した俺と俺の仲間が写った写真。それを見て破顔したナミは、ありがとうと言うから本題に入る。

 そうだよ。俺の目的は実はこれだったんだ。

 

 「ナミ、女の子が貰って嬉しい誕生日プレゼントってなんだ?」

 

 問いかければ、俺をじっと見てから視線をコアラに向けて、少し考える素振りを見せた後幾つかの候補を教えてくれる。それぞれが持つ意味も1緒に。

 誕生日プレゼントを渡す事が告白になるようなアイテムと、単純に喜ばせる為のアイテムとを教えてくれる。そんな俺とナミをルフィとコアラが見ているのに気付いて手を振ると、何故か赤くなったコアラに首を傾げちまう。

 それにしてもルフィと仲良くなるとは、やはりコアラはよく分かってるな。どうだ、俺の弟は可愛いだろう!

 そう思ってドヤ顔したら、コアラから何故か呆れたような視線が帰り、その瞬間ルフィがナミに大声で呼び掛けてきた。

 

 「ナミー!」

 「ルフィ?どうしたの?」

 

 昔と変わらず、何を置いてもルフィを優先するナミが当然のように俺から離れると、ルフィが宣言するように言った。まるで当然の事のように。

 

 「俺、ナミへのプレゼント決めた!」

 「プレゼント?」

 「おう!俺をやるよ!だから、部屋行こう!」

 

 その瞬間真っ赤になったナミが、それ私があげてるじゃないなんて叫んだけど、何か幸せそうで安心した。安心したからか、笑いが止まらなくなっちまったけど。

 

 「ナミ、愛してる。産まれてきてくれてありがとう!」

 「ルフィ……?」

 「今日はナミの産まれた特別な日だろ。だから、産まれてくれてありがとう。俺達を愛してくれて、ありがとう」

 

 俺が似たような事を言った時は動揺しただけだったナミが、そっとその瞳から涙を溢れさせた。それを見て、ルフィは守られるだけの弟を辞めたんだと気付く。

 男として、ナミを守れるようになったんだな。なら、俺もそろそろ本気で動かないと、兄として示しがつかねェか。

 少し大人びた顔でナミに笑いかけたルフィが、何を思ったかは知らない。それでも、ナミを愛しているのだけは見ていてちゃんと伝わって来た。

 

 「ナミ、2人になろう」

 

 そっとナミを抱きしめたままルフィが言ったそれにナミが頷くと、主役を奪うなよなんて声は上がったがそれでも暖かく見送る仲間達。……良い仲間達だなと笑えば、ルフィが1瞬俺に視線を向けてからゆっくりしてけよと笑ってナミを連れ去った。

 少女のような顔でルフィを見ているナミに、姉を卒業出来たのかと思えば良かったと思う。ナミを、姉を幸せにできる相手と居てくれるなら、それで俺は良いんだ。

 Happy Birthday ナミ。俺に家族からの愛情を惜しみなく与えてくれた、優しい姉の幸福を願っている。

 

 「コアラ……」

 「サボ君?」

 「今夜は泊まっていこう。2人で少し話したい事もあるから」

 「サボ……君?」

 

 コアラの誕生日には、恋人となってからプレゼントをしたいと願ってその細い手首を掴む。その手が微かに震えているのだけは、どうか許して欲しい。

 今夜は、自分の気持ちから逃げねェし、コアラの事も逃がさねェと心で小さく呟く。声が震えない事を願いながら、俺は想いを伝える為にゆっくりと唇を動かした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2020年節分イベント
節分(麦わらのルフィ)


 やっと想いが通じ合ったからと、つい調子に乗って貪ったらナミに物凄く怒られて、ロビンに近付くなって鬼みたいな顔で言われて、チョッパーに赤猿って罵られた。ナミは1日寝込み、やっと姿を見た時には1回り細くなっていて……。

 まだ、怒ってるかな?

 

 「……ナミ」

 「ルフィ?」

 「ごめん」

 

 素直に謝ると、その細い指先が俺の頭を撫でた。優しいその手の温もりに、泣きたくなる。

 お詫びになんでも言う事を聞くと言ったら、1人で買物に行きたいと言われて泣く泣く送り出した俺は、帰って来るまでずっと甲板でソワソワしていたんだ。そうしたら皆から鬱陶しいと言われちまう。

 その内見兼ねたフランキーが様子見に行ってくれて、ロビンがその様子を伝えてくれたので、俺はサンジの作ったお好み焼きを食べながらナミの帰りを待っていられた。それが無かったら、多分ずっとソワソワしてた思う。

 帰って来たナミに抱き着くと、何年も会えなかった訳じゃないんだからなんて可笑しそうに笑ったナミが、優しく抱き締め返してくれた。そして、不思議島が近くにあって巨大な豆が取れるらしいと教えてくれる。

 

 「行ってみる?今からならまだ、日のある内に到着できると思うわよ」

 「ナミさん、ルフィを甘やかさないでくださいよ!!その島大丈夫なんですか?嫌な予感しかしないんですけど」

 

 サンジが嫌そうな顔をするのは、ナミを俺が貪った関係だろうと分かる。でもそんなサンジにナミは大きな豆が美味しいって聞いたんだけどなんて言えば意見がコロリと変わった。

 別行動で島に行っていたウソップとチョッパーが、ゾロを連行して帰る頃にナミが買った物が全て揃い、船は出航した。届けられた物の大半が食料で、ナミさんはルフィに甘過ぎますと叱られてるのが聞こえて来る。

 そんな調子で到着したその島には、見覚えのあるストライカーが泊められていて、まさかと思って見てみるともう1人別な人間も見えて……。ま、さか?

 

 「エースゥ!!サボォー!!」

 

 姿は遠くて確実じゃない。でも、間違い可無いとなんでかわかって、俺は船から飛び出した。

 泣きながら2人に飛び付くと、そのままぐるぐると巻き付いて、離さねェぞと思う。なのに2人から同時に苦しいだの、殺す気かだの言われちまった。

 けどよ、もう、会えないかと思ってたんだよォー!!俺、会いたかったんだ!!

 俺達三兄弟が揃ったのもあり、フランキーが簡易ベッドを島の木で作ってくれて、ブルックが宴に合わせて演奏してくれて楽しい夜を過ごした。ウソップも歌ったりして宴を盛り上げてくれて、本当に幸せだと思う。

 いつも俺に大好きよと言って笑ってくれる美味しそうで無防備な恋人は、宴の間ずっと皆に呼ばれては動き回り俺の傍に居てくれない。今はロビンの横で漸く座って、少し疲れた顔をしてるのが見えた。

 そんなナミの所へサンジが飯と飲み物を運んで、ロビンが膝掛けをナミの肩に掛けてるのが見える。その時エースが俺の横に来て言う。

 

 「ナミは相変わらずだな」

 「どういう意味だ?」

 「そのままだろ。可愛くて無防備。でもま、なんか色っぽくなったな。……成長期だからか?」

 「ん?……俺が食ったからだろ」

 

 俺の返事にエースは嘘だろと呟き、それからまさかと言う。俺も思ったから多分同じ事だと思うけどよ。

 

 「ナミは未経験だった。俺しかしらねェぞ」

 「な、んだとー!?」

 「エース五月蝿い。ナミに恥かかせるな」

 

 言葉と同時にエースを殴ったのはサボで、エースはそれに文句を言ってたけどすぐに仲直りして時を過ごす事になった。楽しい宴の時は瞬く間に過ぎ去って、翌朝目覚めるとナミが皆となんか相談してるのが聞こえて来て、俺もそれに混ざろうと首を伸ばす。

 そんな俺にナミが怯えた顔をした。そして、それ怖いから辞めてと言うから、ちゃんと体も近付けてやったらホッとした様子を見せる。

 本当にナミは怖がりだよな。何が嫌なんだろう?

 

 「んで、何話してんだ?」

 「あァ、豆とか太巻きを食うイベントがあるってナミが言い出してな。俺は酒が呑めればなんでもいいが」

 

 ゾロが答えたそれにより、ナミが苦笑する。そして男を刺激する言葉をサラリと言い放った。

 

 「この島には狂暴な猛獣が多く居て、美味しくて大きな豆があるのに手に入らないんですって。猛獣も美味しいかも知れないけど、やっぱり危ないから昨日私が買ってきた物で「「「猛獣なんざ倒して来てやる!!」」」」

 

 俺とサンジとゾロが声を揃えると、エースが行って来いよと笑い……俺は冒険よりもナミのそばに居る事を決めた。残して行ったら、ナミが食われる……!!

 

 「ゾロ、サンジ、猛獣と豆手に入れてきてくれ。船に今、野獣が居るから俺は離れられねェ」

 「「分かった。任せろ」」

 

 どちらがより多くの食材を得てくるかと喧嘩して向かった2人に、ナミは可笑しそうに笑う。それから皆に向けて言った。

 

 「適当に過ごしてて。お昼は私で良ければ何か作るわ」

 

 そして、夜は太巻きと豆とお肉でしょーなんて言いながら、キッチンに向かうそれを慌てて追いかける。1人にしてなるもんか!!

 俺がそう思って必死で傍にいるのに、ナミは摘み食いしないでよ?なんて困ったように笑うばっかりだ。エースはエースでナミにくっついて何作るんだとか聞いて、さり気なく肩を抱く。

 なのにナミはエースを少しも警戒しないで、フライパンを片手に楽しそうに笑う。どうしてそんなに無防備なんだよ!!

 

 「昭和オムレツでも作ろうかなって。別名、冷蔵庫の残りなんでもオムレツだけど」

 

 挽肉とみじん切りにした好きな野菜を炒めて、卵で包むそれがショウワオムレツらしい。それが作られていた時代の名残で、そんな名前なのよねーと楽しそうなナミの尻をエースが撫でると、サボがエースを蹴り飛ばしてナミの隣に立った。

 

 「ナミ、この太巻きなんだけどよ」

 「嗚呼、それは節分の時だけ恵方巻きって呼ばれるの。中身はなんでも良いから、彼女が好きな物を入れてあげたらいいわ」

 「五目ちまき……?」

 

 サボのその言葉にナミは動きを止めて、うーんと首を傾げると五目ご飯で太巻き作る?なんて言って作り方をサボに教える。そこに懲りずにエースが背後から抱き着いて胸を揉めば、ナミがその眼を釣り上げた。

 

 「包丁とか火を使ってるのに、危ないでしょ!!メッ!!」

 「「「ナミ、その叱り方はどうだよ」」」

 

 思わず揃った俺達の声にナミは不思議そうに首を傾げた後楽しそうに笑う。それから折角だからご飯は五目ご飯にしましょうなんて言って、楽しそうに料理をして行く。

 

 「エースはロギアだし火だからって油断してるんだろうけど、駄目よ。良い子にしててね」

 

 駄目だ!何にもわかってねェ……!!

 エースがこれ以上ナミに何も出来ないようにと今度は俺が傍に行くと、手伝ってくれるの?なんて笑われて、何もしないなんて出来なくなる。それにより少し離れたところにある調理器具を、取ってと言われる度に渡すのを繰り返して行く。

 

 「……俺は何か作ったりしなくていいのか?」

 「ルフィは、物を取ってくれたら充分よ。お願いだから、手を出さないで。……私、人間の食べ物を食べたいの」

 

 ナミの言葉に何故かエースとサボまで頷くから、なんだ?と首を傾げる。その時エースがナミの耳に手を伸ばそうとしたのが見えて、それを叩き落とす。

 

 「ルフィ、やる気か?」

 「ナミに触んな!馬鹿エース!!」

 

 同時に床を蹴って、互いに殴りかかろうとした俺達の頭上から拳が降ってきた。そして頭を抱えた俺とエースが顔をあげるとサボに暴れるなら出て行けと笑顔で言われて、俺とエースは揃ってその場で小さくなる。

 そんな俺達を気にした様子もなく、ナミは次々とオムレツと五目ご飯を1つの皿に乗せて、ブロッコリーとウィンナーを添えると完成!!なんて笑う。スープは簡単にミネストローネよと笑うそれに、俺は飢えたような気持ちになる。

 勿論普通に腹が減ったのはあるけど、それだけじゃねェ。無邪気に笑うナミが、蜜柑の香りを振りまくそれが本当に俺を飢えさせるんだ。

 とりあえず昼飯が終わったらナミを食おうと決めて、皆に向かって声を張り上げた。夜のイベント迄はまだ、時間もあるからな!

 

 「飯だぞ!鬼達ー!!」

 

 鬼は外、福は内。だから鬼であるお前らのいない船内で、福を俺は美味しく食わせてもらおうと内心で笑いう。そうして料理の終わったナミの唇を奪う事で、少しだけ味見をしておいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

節分(火拳のエース)

 ストライカーを使い海を渡る中で、天候が怪しくなったからと偶然立ち寄ったその島で、俺は話には聞いていたが半信半疑だったその人物を見掛けた。正確には、その面影のある人物と言うべきだろうか。

 振り向いたその人物と俺は互いに硬直して、どちらからともなく手を伸ばし合う。触れたその温もりが、夢では無いのだと教えてくれる。

 俺を覚えていてくれた。俺を兄弟だと今も思ってくれている。

 その事が分かれば、生きていてくれただけで、俺には充分すぎる幸福で……。強く抱き締め合い、互いに何だか気恥ずかしくなって離れたその時、まだまだ話したい事も沢山あったのに、その声を聞いた瞬間に俺達の優先順位は意図も簡単に書き換えられちまう。

 

 「エースゥ!!サボォー!!」

 

 泣きながら飛び付いて来たかと思ったら、そのまま巻き付いてきた。それは、ゴムであるが為に隙間が無くて、俺もサボもそのまま窒息しちまいそうになる。

 ルフィから泣きながら紡がれる言葉は不明瞭だ。泣くなとガキの頃から言ってるのに治らないそれに、内心で笑いながら叱り飛ばすのもいつもの事だ。

 

 「苦しいってんだよ!!馬鹿ルフィ!!泣き虫は嫌いだって言ってんだろうが!!」

 

 思わず叫んだ俺に、けれどもルフィが泣き止む事はない。そんなルフィに呆れを隠さずに、まるで当然のように初対面の筈のメンバーまでもが俺を受け入れてくれる。

 ルフィが自分の兄だと言うから、大切な相手だ。そんな想いが伝わって来る、暖かな仲間達。

 泊まっていけと言われて、寝る場所は作ると言われれば断る理由は特に無いので頷く。そうして簡易ベッドだと言うが、恐ろしく性能の良さそうな装飾や宮台までついたベッドを用意されちまえば、俺もサボも笑うしかない。

 突然始まった宴には、本当に生きてるのかと問い質したくなるような骸骨の演奏と、見知った顔の少年が歌う事で花が添えられる。今日はナミは歌わないのかと思いながら、目の前の料理に手を伸ばせば妙に美味い。

 相変わらず人の面倒ばかり見ている幼馴染に視線を向ければ、あの時とは違う女の仲間と共に笑っていた。あの時は水色の髪の毛だったが、今は黒髪か。

 そんなナミの元に集まる他の仲間達を眺めながら、ルフィの傍に腰を降ろす。ナミの事を話すなら、やはりルフィやサボだろうと無意識で考えていたらしい。

 

 「ナミは相変わらずだな」

 「どういう意味だ?」

 「そのままだろ。可愛くて無防備。でもま、なんか色っぽくなったな。……成長期だからか?」

 「ん?……俺が食ったからだろ」

 

 ルフィの言葉に思わず嘘だろと呟けば、ルフィは小首を傾げてから納得したように頷いた。それから少し得意気に笑う。

 

 「ナミは未経験だった。俺しかしらねェぞ」

 「な、んだとー!?」

 

 砂漠の国で会った時は、ならまだ無垢だったのか!?それなら押し倒しちまえばよかったと思いながら叫べば、サボに頭を容赦無く殴られる。それに文句を言ってみた直後に、その笑顔を見て俺は黙るしかなくなった。

 サボのこの笑顔は逆らっちゃ不味いやつだ。普段温厚な分、怒ると手がつけられなくなるのは、ナミとサボの共通項だろう。

 冗談だよと笑って誤魔化せば、サボは呆れを隠さなかったが追求もされなかった。その後朝になりルフィとナミが仲間達と何やら楽しそうに話しているのが見えて近付けば、ルフィが猛獣を倒しに行くと言っているのが聞こえて来る。

 ちょうどいいなと思い、行って来いと笑ってやったのにルフィは野生の勘を働かせて傍に残ると言い出すから、内心で舌打ちする。突然お開きになった宴のそれに未練はなく、ナミがキッチンに向かうのについて行けば無防備なナミは俺に警戒心を見せない。

 そっと肩を抱いても、甘えん坊ねと笑う始末だ。その状態でオムレツを作ると言ったナミに、少しは気にしろとその尻を撫でるとサボに蹴り飛ばされた。

 ……そうだった、サボはナミに恋愛感情は抱いてねェけど、本当にやばいレベルのシスコンだったんだ。そう思って見ていたら、サボはナミに料理を教わっていて、俺もルフィも同じように習ったが、身につかなかったなと思う。

 五目ご飯がどうのこうのと話す2人に、俺も混ぜろと背後から抱きいたのに、反応が無いのでそのまま胸を揉んでみた。柔らかいなと思った直後、飛んできたのはルフィやサボの拳ではなく、ナミからの叱責だったが……その怒り方はどうなんだよ。

 

 「包丁とか火を使ってるのに、危ないでしょ!!メッ!!」

 「「「ナミ、その叱り方はどうだよ」」」

 

 声が3人揃えばナミは首を傾げて、何か違った?なんて言う。それから笑った顔が少し幼くて、やっぱり可愛いなと素直に思わされる。

 それからも俺を心配するように言葉を紡ぎつつ、料理を続ける。そんなナミが作ってるオムレツを味見と言いながら1つ平らげたら、ナミから頭を叩かれた。

 さり気なく覇気を纏っていた掌により、ちゃんと痛ェ。ルフィは俺がナミに何も出来ないようにと張り付いて、なんにもわかってないナミに簡単な事を手伝わされている。

 ナミの作ってる料理もだが、ナミの事も摘み食いしたいな。小鬼が守る福の神を、俺も少しくらいなら味見してもいいんじゃねェかとその手を伸ばすも、俺の片割れである筈のサボまで邪魔してくるんだからおかしなもんだよな。

 料理を終えてルフィが声を出した直後、ルフィはナミの唇を簡単に奪う。それに驚きはしても抵抗しないナミに、胸が痛くなる。

 鬼は外福は内と言うならば、ナミに襲いかかりたくなる狂暴な衝動よどこかへ行ってくれないか。俺は弟もナミも愛していて、どちらも手放したくはないが、同時に傷つけたくも無いのだから。

 いつの間にかそっと隣に腰を降ろしていた片割れに、両方の味方だと笑われてはいじけてもいられねェ。いつの間にか姿を消しているナミが作った飯を食べながら、今夜もまた大騒ぎだろうなとサボと2人で笑い合った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

節分(参謀総長サボ)

 やるべき事を終えた俺が1人で情報収集も兼ねて街を散策していたら、本屋の前で列をなしてる人達を見て足を止める。何をしてるのかと問い掛けると、宝玉の新作が出たのだと嬉しそうに話す青年に成程と頷いて俺もその列に並んだ。

 金額を可能な限り押さえて、小説等の娯楽本を除けば全てに書き込みができるように行間を広く取っている宝玉の本は、自分だけの1冊に出来ると言う事で人気が高い。なので何度も再版されるのだ。

 複数人で1つの名前を使っているとか言われている宝玉が、実際は俺の姉1人のそれであるのだと思えば鼻も高くなる。それを知っている人物も少ないのだと思えば思う程に、内心で天狗のように鼻を伸ばしてしまう。

 そうして並んでいれば、どうやら今回発売された本は料理系だと知る。それにしては男が並んでる率が高いなと辺りを見てみるが、何冊かずつ買って行く彼等の会話から料理人達なのだと気付く。

 プロに求められるなんて、流石俺の姉だよな。本当に鼻が高いと思いながら俺も本に手を伸ばして、コック達への土産にするかと2冊購入する。

 その中に季節料理と書かれたコーナーがあり、節分に合わせた豆料理と恵方巻きと書かれたページが全体の3~4割をしめる勢いで存在するのを見た。その他はいつものように、役立ちそうな情報や美味そうな食べ物が作り方と共に書かれている。

 挿絵として料理の完成図が描かれているのを見れば、本当に多彩だなと感心する。まるで絵本に出てくるような色彩で描かれたその料理は、想像を膨らませるのに最適だろう。

 本当はそのまま帰ろうと思ったんだが、巨大な豆が自生すると言う話を聞いてはそれも土産にと島に立ち寄ったとしてもおかしくは無かっただろう。そうして到着した島で、拠点になりそうな場所があるかなと辺りを見てみる。

 ちょうど良い所がなければ作らないとと思った時、足音が聞こえて振り向くとそこに居たのはエースで……。新聞では見ていたし、記憶が戻ってからは可能な限り情報も集めた。

 それでも俺は大切な兄弟に会う勇気が持てなくて……憎まれてや居ないかとか、色々考えてその1歩が踏み出せずにいたんだ。なのに、その姿を見たら……腕は勝手にエースを求めて持ち上がる。

 どちらが先だったのか分からないままに腕を伸ばし合い、触れ合えたその温もりが夢や幻では無いのだと教えてくれる。本当に生きていたのかと、声を震わせる大切な半身に会いに行けなくてごめんと謝ると、馬鹿だなと笑われちまう。

 

 「兄弟の絆が切れてなくて、生きていてくれた。俺は他にはなんにも望んでねェよ。……無事で、良かった」

 

 エースの言葉に泣きそうになる自分を自覚しつつ、エースと強く抱きしめ合っていたその時、ふと正気に戻り気恥ずかしくなった俺達は自然と離れる。このまま再会を喜び1晩でも2晩でも語り合おうと思った時、その声が聞こえた。

 それは俺とエースの再会を喜ぶ気持ちを即座に〝兄貴〟としてのそれに切り替えてしまう位には、影響力のある声。甘ったれで、弱くて、泣き虫で……何よりも愛しい弟の声だ。

 

 「エースゥ!!サボォー!!」

 

 泣きながら飛び付いて来たかと思ったら、そのまま巻き付いてきたそれは、ゴムであるが為に隙間が無くて、俺もエースもそのまま窒息しちまいそうになる。泣きながら紡がれる言葉は不明瞭で、無意味に泣くなとガキの頃からエースに言ってるのに治らないそれ。

 

 「苦しいってんだよ!!馬鹿ルフィ!!泣き虫は嫌いだって言ってんだろうが!!」

 

 思わずと言った様子で叫んだエースに、けれどもルフィが泣き止む事はない。そんなルフィに呆れを隠さずに、まるで当然のように初対面であるルフィの仲間達が寄ってきて俺とエースを暖かく受け入れてくれた。

 ルフィが兄だと言うなら、疑うまでも無く俺達にとっても大切な相手だ。そんな想いが伝わって来る、ルフィの仲間なのだと痛感させられる暖かな仲間達。

 そのまま簡易ベッドだと言いながらも、恐ろしく性能の良さそうな装飾や宮台までついたベッドを用意されちまえば、俺もエースも笑うしかない。突然始まった宴には、本当に生きてるのかと問い質したくなるような骸骨の演奏と、長い鼻の少年が歌う事で花が添えられる。

 視線を向ければナミは相変わらず優しい笑顔を向けてくれて、けれども本当に忙しそうに動き回っている。それが落ち着いた頃、俺達が血眼になって探していたニコ・ロビンの隣に座り笑い合う姿に、ここにいた方がニコ・ロビンには良いのかもなと思わされた。

 当然のように金髪の青年がナミに膝掛けを貸出し、それに無防備な笑顔を向ける。1度受け入れた相手に、警戒心を少しも抱かないのは相変わらずらしい。

 

 「ナミは相変わらずだな」

 

 俺の気持ちを代弁するように放たれたその声に視線を向けると、エースとルフィが話をしていた。首を傾げるルフィにエースは言葉を重ねるが、それに対してルフィが爆弾を投下してくれて俺でさえ1瞬反応に困る。

 

 「そのままだろ。可愛くて無防備。でもま、なんか色っぽくなったな。……成長期だからか?」

 「ん?……俺が食ったからだろ」

 

 ルフィとナミを見比べて、でもなんかわかる気がして1人で頷く間に動揺して叫ぶエースの声が聞こえて来る。それに呆れしか抱けないのは、ガキの頃から変わらない様子の2人が目の前にいるからか。

 だが忘れないでいて欲しい。お前達は大切で愛しい兄弟だが、ナミは俺の自慢の姉なんだ。

 傷つける事は許さねェ。辱めるなんざもっての外だ。

 

 「エース五月蝿い。ナミに恥かかせるな」

 

 エースを殴ったら文句を言われたが、ニッコリと笑ってやればいい子になったのでこういう所本当に変わらないよなと思う。エースとルフィは本当によく似ていて、それを言うと2人はナミと俺がよく似てると言うから、結局血は繋がらなくても似た者兄弟なのかもなと思わられるんだ。

 賑やかで楽しい宴の後、ナミにも促されて泊めてもらった俺達は翌朝ナミの声が聞こえて目が覚めた。何だか懐かしい感覚に小さく笑いながら近寄れば、ルフィが首だけナミに伸ばしていて本気で怯えられているのが見える。

 そういやナミは、完璧に見せかけてお化けと虫ダメだったな。俺達が喜ばそうと思ってカブト虫捕まえて見せた時、半狂乱で怯えられたのは遠すぎる過去の思い出だ。

 その後話を聞けば、島に猛獣と言う名の肉と、巨大で美味い豆があると言う。最高の食材だなと思っていたら、ルフィがやはり収穫に行くと言い出した。

 けれども直後にエースが笑えばルフィがナミを庇うように動き、何もわかってないナミは不思議そうに首を傾げた。恐らく俺やエースも含めてこの船に残るか、揃って飛び出すと思っていたのだろう。

 そのまま無防備な様子を改もせずにキッチンへ向かう蜜柑……いやいや、ナミを見て、頭が痛くなったのはその姿が何処かでコアラと重なったからか。豆の仕込みをしながら、呑気な様子を見せるナミに多少ではなく苛立つ。

 わかっている、ナミは悪くない。寧ろ悪いのはエースだと。

 だが……甘やかすしかしないナミにも原因はあるんじゃないかとそう思った直後、肩を抱かれたりしても気にせずに料理を始めたナミを見て、助けるしかないと気付く。例え相手が誰でも、望まない相手とそうなって泣くに泣けないで耐える姿なんか、見たくもない。

 

 「昭和オムレツでも作ろうかなって。別名、冷蔵庫の残りなんでもオムレツだけど」

 

 笑うナミの隣に立つ為にエースを蹴り飛ばして、本を開いて声をかける。この海苔巻きなら俺にも作れるだろうから、コアラに作ったら……喜んで、貰えるかなと。

 これでも1応、迷惑とか掛けてるのはわかっていて……好きな相手には、嫌われたくないと願っちまうんだ。だからと思って声を掛けると迷い無く中身を好きな物にと言われて考える。

 

 「……五目ちまき……?」

 

 嬉しそうにちまきを食ってる姿を思い出して言えば、ナミは動きを止めた。それから考えるように首を傾げて、言う。

 

 「五目ご飯で太巻き作る?」

 

 そんな事が出来るのかと問い掛けた俺にナミは笑って、白米や酢飯の代わりに五目ご飯使うだけだものと笑う。そうしてナミは、ならまずは美味しい五目ご飯の炊き方ねと言いながら手を動かし始めた姿を見て、当然のように愛してくれるこの姉を守りたいと思わされるんだ。

 性別や身分で区別したりしたくないが、それでも女は助けても男には自力でどうにかしろと言い捨てる事が多いのは、恐らくナミを守ると決めた時からの習性だろう。そんな事を思っていたら、エースがナミの胸を揉み、ナミが珍しく怒りの色を見せた。

 

 「包丁とか火を使ってるのに、危ないでしょ!!メッ!!」

 「「「ナミ、その叱り方はどうだよ」」」

 

 ナミの中で俺達はいつまで幼子なのか。子供の様相で甘えたら、そういうものとして受け入れて甘やかしそうな姉に苦笑がもれる。

 エースに小言を言いつつ、必死でエースを牽制するルフィに手伝いをさせながら、五目ご飯と昭和オムレツを作る為に手を動かす。その合間にも、俺に笑いかけてはコツだとかを教えてくれるのだから凄い物がある。

 

 「……俺は何か作ったりしなくていいのか?」

 「ルフィは、物を取ってくれたら充分よ。お願いだから、手を出さないで。……私、人間の食べ物を食べたいの」

 

 ルフィとナミのやり取りに全く持ってその通りだと頷けば、ルフィは首を傾げる。……なんでこう、ルフィには料理の才能が欠片もないんだろうな?

 あそこまで料理が出来ないと既に才能にも思える。……褒めるつもりは無いし、二度と食いたくないがな。

 その内エースとルフィが喧嘩を始めれば、両成敗で叱り飛ばした。酷いようなら追い出すぞと。

 そんな状態にありながら、ナミは次々とオムレツと五目ご飯を1つの皿に乗せて、ブロッコリーとウィンナーを添えると完成!!なんて笑う。スープは簡単にミネストローネよと言ったそれに、作り方を確認しつつ声を張り上げたルフィを眺める。

 鬼は外福は内と豆まきが行われる頃には、ナミとルフィの姿が消えていた。あぶれた鬼がいじけているので、俺としては教えて欲しかった事もわかって余裕があるので、慰める為に隣へと腰を降ろす。

 

 「ナミを泣かせないようにだけしたら、俺はどっちとナミが1緒になっても応援するぞ」

 「サボー!!」

 

 反応がルフィと同じだなと思えば、笑いが押さえられなくて……エースがルフィからナミを奪う可能性も残されてるのかもなと小さく笑う。楽しそうな雰囲気を楽しみつつ、兄弟の幸せを願う俺は後程こっそりキッチンへ行き昭和オムレツの残りをこっそり貰っておいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

節分(百獣のカイドウ)

 出逢ったその瞬間に気に入った。自分のモノにしたいと、いや、寧ろすると言う未来しか考えられなかった程に。

 何もかもがつまらなかった中で、ナミだけが光り輝いて見えて、楽しいと思わされた。善良であり、それでいてただ脆弱な訳でも無い。

 確かに肉体はこの海で生きるには弱く、甘いとさえ言えるその心により戦闘能力も本来のそれより落ちる。それでも、芯が強いのだと見ていて気付かされた。

 俺の全てが落とされるのに時間はかからず、だがナミが俺の女となるのには時間がかかった。漸く手にしたその心に舞い上がり、声が出なくなっていて既に身体を自力で起こしても居られなくなっているナミを見上げる。

 俺の動きに合わせるようにナミの髪が動き、汗が散る。その肌を滑るように落ちる汗さえ、最早甘美な密にしか既に思えない。

 その時ドアの前が騒がしくなり、そっとナミに俺のマント代わりのそれを被せた時、キングとクイーンに突き飛ばされる形でジャックが入室して来た。何のつもりだと威圧すれば、怯えを隠せなくなるそれに、クイーンが騒ぎ出す。

 

 「ほら早く状態を確認しろ!!」

 「あ、兄貴達がやった方が……」

 「手遅れになったらどうするつもりだ」

 

 そんな会話が繰り返されていた中で、ジャックが俺の前に進み出た直後にキングが俺を抑え込み、クイーンがナミを俺から奪って行く。何をしやがるといきり立つ俺にジャックがこのままだとナミが死ぬと言い出し……そういや声も出せなくなってたと思い出す。

 その後スピードにより医者の元へと運ばれたらしいナミは、数時間後に意識を取り戻したと連絡が入った。その報告を受けるまで落ち着かない気持ちを慰める為にと酒を呑んでいた俺が、泣きながら止めてくれてありがとうと言えば、泣き上戸かと呟く声が聞こえた気がする。

 だが、いつもはある諌める声が無いのが苦しくなり、身体は勝手に歩き出す。こうなると既に夢遊病の域かも知れないと思いながらも、その衝動には逆らえずフラリと飛び出して行く。

 俺の寝室でナミを治療したらしく、ベッドの端で点滴に繋がれる姿を見て、改めて小せェなと思って壊さねェよう注意してその頬を指先で撫でる。それにより瞼を痙攣させたナミが目覚めると、俺を見てその瞳を悲しげに揺らす。

 

 「どうした?」

 「私、初めてで……」

 「そうだな」

 

 初めてじゃなけりゃ、相手を聞き出して文字通り血祭りにしてる。俺のナミに触れるなんざ許す筈がねェだろう。

 そんな事を考えてるとも知らずに、ナミは真っ赤な顔で俺を睨み上げる。これには、中々の胆力だと言う他ねェだろう。

 

 「よくわかんないけど、多分、もう無理って、何度も……!なのに、カイドウ、辞めてくれなくて……!!」

 「悪かった。つい、な」

 

 弱りきったその姿で、泣くのを耐えて震えながら言うナミに、オロオロしちまうのは嫌われたくないと思った相手だからか。それともこれ迄他にナミと近しい立ち位置にいた存在が居なくて、扱い方が分からないからなのだろうか?

 どちらにしても、動揺を抑えきれない時点で結果は同じだ。慌てて言葉を返せば、部屋の外からあんな状態にさせられるのはナミだけだとか言う声が聞こえて来たが、そこは無視しておく。

 ナミが悲しむから……今回はな。本来なら……分かるだろう?

 

 「カイドウは、私の事、本当は好きじゃないのよ!!」

 「……そうだな。好きじゃねェ」

 

 答えた瞬間、ナミの瞳が絶望に染まる。それを見て、当然だろと言った瞬間顔から血の気まで引いているのが分かる程。

 何を今更言ってるのか。好きなんて、そんな軽い感情ならこんなに振り回されたりしねェよ。

 

 「俺はナミを、愛してる。溺れてる勢いでな。……だから、犯り殺しそうになったんだろ。分かれ」

 

 俺の言葉に大粒の涙を落としたナミは、そのまま暫く泣き続けたので、その間ずっとナミを抱き締めて狼狽えるしか出来ない俺がいた。俺は、ナミに弱い。

 百獣海賊団において、俺の弱点であり逆鱗がナミである事を知らない者はいない。ナミに何かがあれば、それこそ当然として世界の破滅を目論むのは誰の目にも明らかだ。

 ……当人たるナミを除いて。だからこそ、狼狽えてなんでもしてやるからと言った俺に、1人でワノ国じゃない所で買い物したいなんて、そんな事を言い出したのだろう。

 躊躇ったし、叶うなら辞めさせたいが……睨み付けてくるナミの眼差しに俺は負けた。仕方なく明日ならと猶予を貰い、治安が良くて海軍が近くにいない島を部下達に探させた俺は、その日1日ナミを休ませておく。

 部屋で休ませていれば当然のように執筆したり、小さな声で歌ったりし始めるナミに、今日襲えば色々台無しになるからと静かにその様子を見守る。そんな俺にナミが微笑むから、気恥ずかしくなって酒に手を伸ばすとお茶にしましょうなんて言われて、結局酒も呑めないままに時を過ごす事になった。

 翌朝、龍の姿となり窓の外からナミを呼べば、身軽な姿で現れて浮いている筈の俺の背に迷い無く飛び乗る。これは恐らく、最近では見慣れた者もいるくらいの光景だろう。

 俺の鬣を撫でながら、ナミは俺を信じて身を任せる。それが何だか行為中のそれと重なりまたもや求めそうになるのを必死で耐えながら進んだ先に、ナミを買物に行かせられそうな島があった。

 そっと島の外れでナミを降ろしてから、気を付けるようにと散々言い聞かせて送り出す。その背が遠のくのを見て、人の姿でそっと後を追ったのは……もう無意識の事だ。

 買物を楽しむその姿に癒されつつも、買っている物が大半を食料で占めていると気付けば首を傾げるのも無理のない話だろう。そのまま様子見を続ければ、買っている物から統一性を見つけ出した。

 ……ふゥむ、節分か。ワノ国で買うのは確かに食材その物に危険がある上に、ナミは顔が知られていて単なるたかりになっちまうもんな。

 お人好しのナミが、俺が寝ている時にそっとおこぼれ町を回っては水を生み出して配って回ってるのを、俺は黙認している。本当なら辞めさせるべきだろうが、子供や老人に囲まれたナミが、いつになく穏やかな顔をするのでそのままにさせているのが現状だ。

 根本的な解決にならないと嘆くナミに、俺はそれでもやり方を変えてやるつもりは無ェ。だから余計に、ナミの行動を咎める事も俺には出来ないのだろう。

 その後待ち合わせ場所へ帰るナミを見て、俺は先回りして転がって待つ事にした。それにより到着したナミが俺の姿に優しく笑ってから、そっと手を伸ばすその仕草が本当に愛しいのだ。

 

 「カイドウ、起きて……」

 「ん?……ナミか」

 「買物、終わったから。待たせてごめんね」

 

 風が吹き抜け、ナミから蜜柑の香りを、海から潮の香りを運んで来る。揺れる蜜柑色の髪が、ナミを現実に生きる人間とは思えなくするんだよな。

 

 「……詫びだからな。だが……あまり喜ばしい事じゃねェからこんな事は少ない方が嬉しい」

 「そ、それはカイドウが加減してくれたいい事でしょ!?」

 

 頬を赤く染めてそんな事を言うナミに、本当に可愛いなと言いつつ頭を撫でてやり、そのままそっと唇を降らせれば熱い吐息が肌を掠める。このままここで襲えば、それこそ泣きながらどこかへ飛びさりそうで、仕方なくワノ国へと帰る事にした。

 ワノ国へ帰ると、ナミが購入した物が届けられておりナミの指示のもと、調理された豆料理や太巻きが並んだ。それをナミが是非食べてと笑えば、俺も含めて珍しく穏やかな気持ちでそれらを口に運ぶ。

 俺の膝の上で、皆に健康でいて欲しくてなんて呟くナミにニヤけるのは俺ばかりではない。嫌われ者の代表である俺達は、こんな風に気遣われる事に慣れてないのだ。

 それでも、この生き方を今更変えようなんて誰も思えないのも知っている。ただ俺は……いや、俺達は、だからこそナミを喪う訳にもいかないのだ。

 こんな甘やかな温もりが、いらない訳では無い。無くてもそれを当然と思い、そういうものとして生きて来ただけだ。

 だが、知っちまった今、もう手放せねェし喪えねェ。だからこそ、俺はナミに提案する。

 

 「最強の鬼を豆で退治しなくて良いのか?」

 「私、カイドウを傷付けられないもの」

 「そりゃ、俺は強「そうじゃなくて……好きな人を、攻撃なんか出来ないわ」」

 

 ……これは何の修行だ。俺は坊主じゃねェし、我慢しない為に海賊やってるってのに。

 そんな俺にナミは可愛らしく笑うから、なら遊び感覚でやらせてみるかと思う。その後、悪戯な猫を食っちまうのは当然の権利だろうからな。

 

 「……ナミが俺を〝タタセる〟事が出来たら……ご褒美をやろう」

 

 俺の言葉にナミはその瞳を輝かせると、男に二言はないわね?なんて勝気に笑うが、さて俺の言葉の意味をちゃんと理解出来ているのか。

 あえて分かりにくいように発音したが、分かった奴らは酒を吹き出したり噎せたりしている。その様子に笑う俺に、ナミを応援したり俺を応援したりと自由に楽しみ始めたそれを眺めていたら、ナミが巨大な升を抱えて中にある大量の豆を投げ付け始めた。

 必死で投げながら、でも鬼は外福は内と言えずに福は内だけ繰り返すから、それに気付いた外野が余計に騒がしくなる。本当に、どうしてこいつはこう……可愛いのだろうか。

 

 「まだまだ、たちそうにねェな?」

 「こ、これからよ!!負けないんだから!!」

 「ウォロロロロロ!!頑張ってみろ!!」

 「鬼は内!福も内!!」

 

 ナミの掛け声に俺は分かったと1人で頷き、ちゃんと内にいてやろうと立ち上がる。ナミに俺からのご褒美を与えねェとな。

 立ち上がった俺に無邪気な笑顔を向けたナミは、鬼を虜にした事実の重さに気付かない。今宵もまた、大看板や真打達が総督から蜜柑を1粒、助け出す算段を開始する事になるのだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2020年お花見イベント
お花見(麦わらのルフィ)


 サンジが作ってくれた2度目の朝食が終わって、昼飯の前に少しナミの顔を見ようと梯子を登った。そこでナミは新聞を持って来るカモメから何かを受け取っている様子だ。

 それだけならいつもの事だったのに、様子が違ってくれば心配にもなる。初めは嬉しそうに笑ってたのに、何故か封筒の中身を見たら寂しそうに笑ったんだから、心配になって当然かも知れねェけどさ。

 

 「クーちゃんありがとう。温泉も桜も大好きだから、本当に嬉しい。楽しんでくるわね」

 

 その言葉に内心で首を傾げる。だってよ、言葉とは違ってナミがなんか悲しそうだから。

 カモメが飛び立ったそれを見送りながら手にしていた紙を引き出しにしまうのを見て、後で確認しようと思う。あんなに悲しそうな様子を見せるような、何が書かれているんだろうか。

 その時ナミが、窓の外を眺めながら優しい声で歌い出した。それが何だか泣いてるように聞こえて、邪魔する事が出来ずに最後までそこで聞いているしか出来ない。

 ただ所在無く立ち尽くしていれば、ナミが歌い終えると同時に驚いた様子で振り向く。それに無意識で笑った俺は、半分冗談でそのまま両手を広げてみた。

 でも、それを見たナミは迷い無く飛びついて来てくれる。なんだろう、なんか……可愛いぞ。

 

 「どうした?何か、あったか?」

 「海賊1番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」

 

 何が難しいのか分からなくて、でも賢過ぎるナミは何か色々考え過ぎてんだろうなと気付く。だからと思って頭を撫でると、驚いた様子で俺を見るナミが妙に幼くて笑っちまう。

 

 「花見、良いと思うぞ。やろう!」

 「ありがとう、嬉しい……」

 

 なんだこれ。いつもより甘えて来て、え……まさかなんか俺、試されてんのか!?

 そんな訳ねェよな。だとしたら、これはこのまま押し倒しても良いって事かなと思ってソファに押し倒そうとした所で、複数の手が生えてきて動きを阻害される。

 思わず犯人を睨めば、にこやかに俺を見詰めて唇の動きで駄目よなんて言ってくるからやりにくい。それに、ロビンに何かしたら怒り狂うのしか居ないから、元々手を上げたりするつもりはねェけど余計に色々削がれる。

 そもそもナミは俺のクルーで、俺の彼女で、俺の幼馴染なのに、どうして甘えて来たのを食ったらダメなんだよ!と思いながらも仕方なく解放すれば、ロビンはナミを呼んで連れて行っちまう。

 ナミも、ロビンやチョッパーに呼ばれると簡単に俺から離れるのは納得いかないけどな。俺の恋人たる自覚を持って貰いたいもんだ!

 そんな訳で俺は、1人になったその場所でナミがしまっていた紙を取り出してその内容を確認する。そうしたら、余計にわからなくなった。

 ……普通に好きだろ、これ。なんであんなに悲しそうだったんだ。

 飯はバイキング形式で、旅館の本館に食べに行く形式らしいし、食い放題なら俺も行きたい。温泉で、花が咲いてるならナミも……あ、これ、ペアだ。

 皆と行けないならって事で諦めたのかな。うーん、でも俺と2人で行きたいって言えば、誰も止めねェと思うけどなァ。

 そんな事を思いながら、重箱を持ってサンジの所へ向かうと、既にナミとロビンが説明を終えててくれてた。だからそのままナミが地図を広げて、近くの島を探してくれるのを眺めている。

 

 「ナミさん、私の考えではこの近くに春島がありますよ。地図に載ってない筈なので、行けるかは運次第ですが」

 「どういう事?」

 「先日、シキと共に降ってきた島には……春島が含まれていましたよね?少し戻る事にはなりますが、如何でしょう?」

 

 ブルックの発言で全員が顔を見合せて頷き合う。そうして到着した島で、俺達はビリーと再会を果たしつつ花見の宴を開く事になった。

 

 「それにしてもよ、ロビン!」

 「あら、何かしら?」

 「どうしていつも邪魔すんだよ?」

 

 俺の言葉にロビンは呆れたような視線を向けて来て、まだ病み上がりでしょうと言う。

 なんだ、ロビンは何言ってんだ?

 俺病気になってねェぞ?

 そう思っていたら、ナミがだと言われちまってそうだったと思い出す。でも、ついこの間ナミを食ったぞ?

 病み上がりで問題なら、あの時ナミも言っただろうから、もう平気だろ。ナミ何も言わなかったぞ。

 

 「……ナミは、自分の体調が悪くてもルフィに求められたら拒んだりしないわ。だからこそ、ルフィが気を付けないと、ルフィがナミを壊してしまうわよ」

 「ンなもん、小娘と麦藁の判断だろ。横から口出してんじゃねェよ」

 「「フランキー!!」」

 

 俺とロビンの声が重なる。その声の持つ色は、正反対だけど。

 ロビンは咎めるように、俺は歓喜でその名を呼ぶとフランキーは大人の顔で笑う。そして、ロビンに向けて言う。

 

 「壊したら戻らず、後悔しても遅いって気付いた時には手遅れ。それは言葉じゃ伝わらねェんだから、好きにやらせて喪う事を知ればいいだろ」

 「……貴方は、ナミを犠牲にするつもりなの?」

 

 ロビンの声がいつもより数段低くなる。こと、ナミに関してロビンの沸点は恐ろしく低い。

 しどろもどろになるフランキーにロビンが詰め寄った時、俺は歌うウソップの後ろに居る知ってるようで知らない男を見て呼吸を止めた。それは相手も同じ様子で、先に動いたのは1緒に歩いていた女の子の方。

 

 「サボ君!あの子もしかして!?」

 「……さぼ?」

 

 俺の期待と願望ではなくて、妄想とかじゃなくて、本当に、サボ?

 フラリと足を進める俺を見て、その青年は困ったように笑うと両手を広げてくれた。その時、少し前のナミの気持ちがなんか、わかった気がしたんだ。

 サボの名を呼びながら飛び付いて、涙を流し続ける俺の頭を撫でながらサボは泣き虫は相変わらずだと言うけど、ナミには聞いてたけど……!生きてるのは、わかってても!会えるなんて思ってなかったんだ。

 

 「サボ、久しぶりね。……はじめまして、私はナミ。こっちの泣いてるのはルフィで、ウチの船長。貴女の名前、教えて貰える?」

 

 そんな風に言って女の子と挨拶を交わすナミは、皆を簡単に紹介しながら皆で弁当をつつく。それを見ながら、そう言えばと思ってサボにチケットを見せた。

 

 「この人数だからって、ナミが行くの諦めようとしてたんだ。……サボ、なんかいい案ねェかな?」

 「……ルフィ、それ、くれないか。そしたら、代わりに団体用の宿泊券やるよ」

 「え!?良いのか!?」

 「俺の持ってる券と人数もちょうど良さそうだし、俺の方は団体のそれでも皆でってのには無理があるからな」

 

 困ったように笑うサボだけど、なら、2人用だと余計に駄目だろ。そう思って口を動かそうとしたら、サボに指でシー!ってやられる。

 ……なんだ?

 

 「俺さ、コアラ……そこでナミと1緒に卵焼き食ってる子な。彼女が、好きでさ」

 「……おゥ?」

 「2人になりたいんだよ。分かるか?」

 

 2人になりたい。つまりは……?

 

 「……抱きたいって事か?なら、押し倒して見たらどうだ?」

 「馬鹿か!?」

 

 そのままサボに叱られてたら、心配したナミが近寄って来て、皆に何かを言ってからサボと俺と、そのコアラって子を連れて歩き出す。抱きたいならそう言って押し倒せば、ナミはいつも受け入れてくれるからサボにそう言ったら何故か頭を殴られて、しかもそれが痛ェ!

 ナミも爺ちゃんも、その上サボまで、どうして俺ゴムなのに痛ェんだよ!?

 その時いつの間にか傍から離れてた女二人組が帰って来た。そして、ナミだけが近くまで来て、コアラって子は少し離れたところで足を止めている。

 

 「ルフィ、町の人に会ったからたこ焼き買ってき……それ、どうして持ってるの?」

 「ん、ナミが気にしてたから何かと思って見てたら、そのまま持って来ちまった」

 

 俺の持ってるチケットを見てナミが首を傾げるから、たこ焼きを受け取りながら答えたらナミが静かに笑う。そして、俺からチケットを受け取るとサボにそれを手渡した。

 

 「コアラちゃんと行ってきなさい。ただし、合意なく襲ったら……ちょん切るわよ」

 「……ナミは、本気でやるよな。分かってる。俺さ……コアラの事は、泣かせたくないんだ」

 「良い子ね」

 

 そう言ってナミがサボの頭を撫でてたら、コアラって子が寄ってきて不安そうな顔をする。それにサボが笑って手を振り、それからナミに違うチケットを手渡した。

 

 「俺からはさ、なら、これやるよ。皆で行ってきたらどうだ?」

 

 そのままサボはコアラって子のいる所へ走って行って、チケットを見せながら何かを話し始めた。距離があってよく聞こえねェけど、なんか楽しそうだ。

 そんな姿を俺と並んで眺めていたナミが、受け取ったチケットを見て小さく呟いた。その声は妙に明るい。

 

 「これなら、皆で行けるわね。あ、プールもついてる」

 「ホントか!?」

 

 遊べるなら嬉しいとナミの持ってるそれを覗き込む為に後ろから首を伸ばしたら、胸の谷間が俺を誘う。そこに俺より先に花びらが1枚落ちていくのを見て、お前だけ狡いとその花弁を息で吹き飛ばした。

 そんな俺に恥ずかしそうに頬を赤く染めたナミが睨んで来て、その顔に欲情する。皆で行くそれは勿論楽しむし、戻ったらまた宴の続きやるけど……今は上で咲いてる花よりも、目の前に居る花が欲しい。

 逃げられないように強く抱き締めてそっと唇を重ねたら、ナミが唇の隙間で外は嫌なんて言う。なら、今夜部屋でなら良いんだなと問い掛けたけど、返事なんて聞かなくても分かってる。

 返事の代わりに重ねられた唇を受けて、やっぱここで押し倒したいと思う。今なら花弁が、上手く隠してくれる気がするんだよな。

 花より団子。団子より、蜜柑。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お花見(悪魔の子ロビン)

ルフィの話のロビンsideになります。


 花の手入れをしていたら、ニュースクーが飛び立つのが見えた。どうやらナミの所に来ていたらしいと知り、それなら小休止に飲み物でも持って行こうかと様子を見に向かう。

 歩き出したその瞬間、聞こえてきたのは儚い声。花を恋しがるかのようにも聞こえるその歌声に、私の身体はドアノブに手をかけたまま動きを止めてしまった。

 声は震えても掠れてもいないのに、なんでかしらね。ナミが、泣いてるように聞こえたのは。

 歌が終わって、漸く金縛りから解けたような心持ちでドアを開けると、ルフィに抱き着いてるナミが見えた。いつもの光景なのに、少し違うのはナミが〝抱き締めてる〟のでは無くて〝抱き着いている〟のが分かったから。

 ……珍しい、甘えているのだわ。ルフィには、ちゃんと甘えられるのね。

 ホッとしたのも束の間、ルフィがそのままナミを押し倒そうとしてるのがわかり、咄嗟にそれを阻止すればルフィに睨まれてしまう。ナミに気付かれないように唇だけ動かして、駄目よと伝えればムスッとした顔をするルフィは本当に幼い。

 それでも素直にナミを解放したルフィに良い子ねと笑い、私はナミに声を掛けて蜜柑の樹へと誘う。それに素直に従うナミは、蜜柑を優しく撫でるけど何処か寂しそうな顔をしてると気付く。

 

 「何かあった?」

 「……海賊一番くじが当たったんだけど……食器が5人分しかないし、予定と随分変わってしまって魚人島迄のそれが遠いから、寄り道してる場合でもないでしょ。だから、使えなくて残念に思ってたの」

 「あら、ナミったら、何言ってるの?」

 「え?」

 

 キョトンとした顔をするナミに、変な所でお馬鹿よねと思う。それに、ルフィは宴なら何時でもどこでも、何度でも喜ぶに決まってるわ。

 それを望んだのがナミだと言うなら、きっと世界を敵に回しても宴を開くに違いない。ルフィは仲間が言うならと言って、それを全力で叶えようとする男なのだから、恋人の願いを叶えない筈がないわ。

 

 「ルフィは冒険を〝寄り道〟だなんて思わないでしょ。皆でピクニックしたり、宴を楽しむのは彼にとって充分〝冒険〟だと思うわよ」

 「ルフィも、やろうって……言ってはくれたけど、食器も足りないし……」

 「似たような物があるかも知れないから、サンジに確認しましょう。それに、重箱1つじゃどちらにしても足りないから追加されるわ。だから、気にしないのよ」

 

 この責任感が強くて自分にだけ厳しい少女はどうやら、病気や怪我で身動きが取れなかったからと、気にしているらしい。急ぐ旅でもなければ期間の定められた仕事でも無いのに、遊ぶ事を罪だと思っているらしいと気付いてしまう。

 もっと気楽に、楽しんで生きるべきだと思うのは、私が貴女達にそう教えられたから。だから私はナミをそっとお姫様抱っこの形で抱き上げて、サンジの元へと向かう。

 

 「ちょっ!?ロビン!?」

 「ナミは私の可愛いお姫様だと、しっかり自覚して欲しいわ。私は、ナミと沢山遊んでみたい」

 「ロビン……」

 「私にとって、ナミは生まれて初めての〝友達〟だから」

 「ロビン!!」

 

 泣きそうなのを耐えながらも、抱き着いてくれる柔らかな温もりに、私は小さく笑みを零しながらそっと足を進める。可愛い可愛いお姫様が、いつもの様に微笑んでくれるようにと願って。

 サンジの所でお花見について説明をすれば、ゾロは酒が呑めるならなんでも歓迎だと言い、サンジは何を作ろうかと楽しそうに笑う。チョッパーは宴かと喜び、ウソップは何を歌おうかと本を広げ始める。

 ブルックもなんでも演奏しますと笑いながら、ウソップが広げてる本を共に覗き込む。そんな所にルフィが顔を出した。

 そんな状況の中で、ナミは早速地図を広げて頭を悩ませている。皆が喜ぶように、楽しめるように、自分の事は二の次三の次で航海士としての顔をするのだ。

 そんなに1人で抱え込まないで欲しい。そんな事を思った時、ブルックがそっと声を出す。

 

 「ナミさん、私の考えではこの近くに春島がありますよ。地図に載ってない筈なので、行けるかは運次第ですが」

 「どういう事?」

 「先日、シキと共に降ってきた島には……春島が含まれていましたよね?少し戻る事にはなりますが、如何でしょう?」

 

 ブルックの発言で全員が顔を見合せて頷き合う。そうしてバタバタと動き出した皆に笑いながら、私も手を貸していたら突然フランキーに腕を掴まれた。

 

 「どうしたの?」

 「……たまには俺の事も、可愛いとか言ってみたいと思わねェか?」

 「思わないわ」

 

 明らかに可愛くないもの。ナミとチョッパーの可愛さは次元が違うとしても、ルフィやウソップにあるような可愛さも、ツンツンとしているゾロに対して突っつきたくなるような可愛さもフランキーには無い。

 

 「……可愛いより、手が掛かるとか、面倒で変な人って印象よね」

 

 頼りになるし、優しい人なのは知ってるけど、それは今は言ってあげない。ただ、大きなその体を丸めて、落ち込んだ様子を見せるそれは少しだけ可愛く見えたから……特別よ?

 そっと背伸びをして、その首に抱き着くと掠める程度のキスをして即座に離れる。そうしないと、その場で押し倒されると知ってるから。

 サッと逃げた私に、フランキーはヤり逃げかよと低く唸るけど、その顔がニヤけてるのだから迫力は無い。それにクスッと笑いながら、目的の島を目指してサニーを進めて行く。

 目的地に到着すると同時にビリーと遊び始めたルフィを見て、素直に凄いわと感心しつつ宴の準備を手伝っていたら、ルフィに声を掛けられた。振り向けば不愉快ですって顔に書いてある始末。

 

 「それにしてもよ、ロビン!」

 「あら、何かしら?」

 「どうしていつも邪魔すんだよ?」

 

 普通ならなんの事か分からないだろう言い方をしておきながら、絶対に通じると思ってる所は凄いと思うわ。それにしても、寧ろなんで分からないのかしら。

 

 「まだ、病み上がりでしょう」

 

 私の言葉にルフィは首を傾げるから、誰がルフィが病み上がりだと言ってるかと言いたくなるのを抑えつつ、追加するようにナミがと言葉にする。すると何かを考える様子を見せるから、何となく考えてる事がわかってしまう。

 ……無駄とわかってても、時々クラッチしたくなるのよね。まったく……困った船長だわ。

 

 「……ナミは、自分の体調が悪くてもルフィに求められたら拒んだりしないわ。だからこそ、ルフィが気を付けないと、ルフィがナミを壊してしまうわよ」

 「ンなもん、小娘と麦藁の判断だろ。横から口出してんじゃねェよ」

 「「フランキー!!」」

 

 私とルフィの声が重なる。けれども、その声の持つ色は正反対。

 私は咎めるように声を尖らせ、ルフィは歓喜でその名を呼ぶとフランキーは大人の顔で笑う。そんな中でフランキーは、明らかに私に向けて言う。

 

 「壊したら戻らず、後悔しても遅いって気付いた時には手遅れ。それは言葉じゃ伝わらねェんだから、好きにやらせて喪う事を知ればいいだろ」

 「……貴方は、ナミを犠牲にするつもりなの?」

 

 私の可愛いナミを傷付ける事を容認するなら、フランキーでも許さないわ。これ以上、あの子を傷付けさせはしない。

 抑えきれない、いや……抑える気のない怒りを纏いながらフランキーに詰め寄った時、ルフィが突然妙な動きをした。その直後、私もその相手に驚き動きを止める。

 話には聞いていたけど、まさか、本当に革命軍の参謀総長とルフィは兄弟なの!?隙の無い動きと、油断出来ない瞳の色を持つ男は、けれどもルフィやナミにはただの子供のような反応を見せる。

 ただひたすらに、ルフィを可愛がりナミに甘える姿に、本当に兄弟として生きて来たのだと伝わって来る。ナミに愛されているそれが、何だか羨ましくて……。

 

 「ロビン……」

 

 呼ばれて顔を上げると降ってきた唇。そのまま押し倒してこようとするフランキーに、何盛ってるのとその頬を叩いて逃げ出せば寂しそうに瞳を揺らされてしまう。

 私を愛してくれる存在なんて、もう何も無いと思っていたけど、ちゃんとあったわ。ナミだけじゃない。

 仲間達も勿論そうだけど、そうじゃなくて……。少し放置しただけで悲しんでくれる位、面倒で、でも、愛しい存在が私をいつも愛してくれてる。

 

 「花よりも、花の如く美しい。……初めて会った時、素直にそう思ったが」

 「フランキー?」

 「ここに咲いてる桜より、ロビンの方が俺には華として見える。それに、最高の団子でもあるから、俺はこの宴よりロビンを楽しみてェ」

 

 珍しく口説いてるらしいフランキーに笑った時、ナミが皆を紹介している声が聞こえて来た。それに対応してから、ルフィとナミ、そして、その兄と少女が奥にある桜の森へと突き進むのを見送る。

 

 「……後で、アクアリウムでね」

 「アクアリウムには、桜はねェから花見は出来ねェぞ」

 「あら?……花が1輪だけでは不満なのかしら?」

 

 クスッと笑いながら小首を傾げたら、真っ赤になったフランキーが小さく充分過ぎる……なんて言いながら照れるから、その照れが伝染する。大人の女を気取りたいのに、フランキーの前だと少女になってしまう。

 舞い散る桜の中、楽しむ皆の声を聞きながら能力で私とフランキーを包み数枚の桜と共に姿を隠す。刺激の強いそれを、子供達には見せられないから。

 夜桜なんて待てない。悪い大人の、秘密の時間。

 楽しい宴の音を聞く余裕は、最早ないだろう。その事だけは、間違いない。

 花より団子?いいえ、花より鉄人。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お花見(参謀総長サボ)

ルフィの話のサボsideになります。


 そのニュースは間違い無く世界が震撼した。勿論表立っては海軍が捕らえて平和を取り戻したとなっていたが、位置とタイミングを見ればそれは違うと分かろうものだ。

 可能性を考えれば、確認したいと思ってもおかしくは無いだろう。それに、本当に安全になったのか、まだ危険な生物が大量にいる可能性はあるんじゃねェのかと思えば、自然と手は帽子を掴んでいた。

 

 「サボ君!どこ行くの!?」

 「この情報の真偽と、事実関係を確認しに行く。そもそもの話として、どうでもいい海賊の1人として適当に流していい相手じゃねェだろ」

 「待って!単独行動したら連絡つかなくなるから駄目!」

 「コアラ!!」

 

 俺の怒声にも引かず、キッと睨み上げてくるその顔はいかにも〝怒ってます〟と言っている。……くそ、ハック辺りなら適当に逃げるのに……!

 

 「サボ君……?」

 「俺は行くからな」

 「……なら、私も行くわ」

 

 コアラの言葉に勝手にしろと言い捨てたが、内心はドキドキだ。つまり、ほら、2人で旅に出る訳だろ?

 勿論目的は金獅子のシキの件を調査報告する事にあるが、だが……コアラと、2人旅。……俺の理性持つかな。

 そうして理性と戦いながら空を飛んでいたという島を調査して回る事になれば、確かに変な進化してる動物がわんさかいる。それなのに、話に聞いていた程の凶暴性は無い。

 

 「政府に都合がいいように、変えられてるのは覚悟してたが……これはどういう事だ?」

 「把握しきれてないのかな。もしくは、政府が知ってる状況から変化がおきたか……よね」

 「変化するには時間が足りねェだろ」

 

 そんな事を言いながら巡る中で、春島らしい島を歩いて行く。調査も必要だが、そろそろ俺も……その、くそ!

 大人数向けの宿泊券は持ってるが、それを理由に誘えば皆に連絡して1緒に行こうとか絶対言い出す。そう思えば折角持って来たこれも使えねェし、そうなるとゆっくりと2人で過ごす時間ってのも、作れねェ。

 桜の花なんかよりずっと綺麗な、触れたいのに手を伸ばす事さえ躊躇わされる女が目の前にいる。風に帽子が飛ばされないようにしっかりと押さえて、桜が舞い上がるのを楽しそうに見詰めている姿に、どのタイミングでなら好きだと言っておかしくないのかと考えて、結局何も言えずに口をとざす。

 

 「サボ君!あの子もしかして!?」

 

 そんな言葉に驚き視線を向ければ、愛しい姉と弟の姿がある。優しく微笑むナミと、驚いた様子から泣きそうな顔に変化して行くルフィ。

 こんな所で会うなんて……。ルフィ、会いたかった。

 そう思って手を広げれば、ルフィが弾丸よりも素早く俺の元へ現れる。繰り返し俺の名を呼びながら、顔に張り付くゴムを必死で引き剥がして呼吸を繰り返したのは不可抗力だろう。

 ゴムだから隙間がねェんだよ。いやマジで。

 可愛いけど、呼吸はさせて欲しい。そう思っていたら、優しい声が聞こえて来た。

 

 「サボ、久しぶりね。……はじめまして、私はナミ。こっちの泣いてるのはルフィで、ウチの船長。貴女の名前、教えて貰える?」

 

 そんな言葉とと共に、コアラへと向けられる微笑み。でも、ナミお前絶対知ってるだろ!?

 何が初めましてだ!そう思うのにコアラははじめましてと笑うのだから……つい、その笑顔に魅入った俺に罪は無い。

 そのまま自己紹介をして、仲間の紹介をしてくれるナミの話を楽しそうに聞くコアラを眺めて、仲間の中に気になる名前があり視線を向ける。……出任せかと思ってたが……本当に居たのか、ニコ・ロビン。

 ルフィの引きの強さと、ナミの隣にいる時の少女のような様子に微かに胸が痛む。この女の何処が悪魔の子なのか。

 もしも元々が冷酷な女だったのだとしたら……恐らく変えたのは、いや、戻したのはルフィとナミなんだろうな。そんな事を思いながら弁当を食って行く。

 ……美味っ!なんだこれ、美味!

 誰が作ったんだこれ!?

 そう思って見ると金髪の青年が笑った。あいつか、欲しいな、うちのコックに。

 まァ、ルフィが手放す筈ねェよな。そう思ったその時ルフィが何かを差し出して来た。

 それを見て……嘘だろと思う。だってよ、これ、俺が正に求めてた物だぞ。

 

 「この人数だからって、ナミが行くの諦めようとしてたんだ。……サボ、なんかいい案ねェかな?」

 「……ルフィ、それ、くれないか。そしたら、代わりに団体用の宿泊券やるよ」

 

 ペア宿泊券から俺の視線は離れない。これなら、コアラ誘ってもおかしくねェよな。

 

 「え!?良いのか!?」

 「俺の持ってる券と人数もちょうど良さそうだし、俺の方は団体のそれでも皆でってのには無理があるからな」

 

 寧ろ俺は皆でなんて嫌だ。俺はコアラと2人になりたい。

 流石に船の上で襲えねェし、その場所で断られたらその後生きていける気がしねェから言い出せなかったんだけどな!宿なら話は別だ、他に気を向ければ何とかなる。

 その時ルフィがなんか言おうとしてるのに気付いて、それを止める。ったく、騒がれたら誘いにくくなるだろうが!!

 

 「俺さ、コアラ……そこでナミと1緒に卵焼き食ってる子な。彼女が、好きでさ」

 「……おゥ?」

 「2人になりたいんだよ。分かるか?」

 

 俺の言葉に小首を傾げて、少し考えるような素振りを見せた後、ルフィは言った。それも、それなりの声量で。

 

 「……抱きたいって事か?なら、押し倒して見たらどうだ?」

 「馬鹿か!?」

 

 そのまま説教タイムに入ったら、ナミがテクテクと歩み寄って来る。どうやら2人を心配してくれてるらしい。

 ルフィの事だけじゃないところが、ナミだよな。その時ふと視線を向けると、ニコ・ロビンが甘やかな空気を醸しながら姿を隠す所で、傍に居る巨大な人物……?が恋人だったらしいと今更気付く。

 人間なのかは兎も角として、それにしても……。明らかにナミと居る時の方が少女っぽい顔してたよな?

 そんな俺の傍で、ルフィにたこ焼きを差し出しながらチケットについて話を始める2人は、なんとも甘やかな空気を出している。そしてナミはチケットを俺に差し出すと、幼い子供に言うように言葉を告げてきた。

 

 「コアラちゃんと行ってきなさい。ただし、合意なく襲ったら……ちょん切るわよ」

 

 これは、本気だ。マジで切るぞ、ナミなら。

 軽く身震いしながらそれに頷いて、素直な気持ちを伝えるとナミは母親のような顔で俺を見た。それがなんでだか、違和感を抱かせないのが問題だと思う。

 

 「……ナミは、本気でやるよな。分かってる。俺さ……コアラの事は、泣かせたくないんだ」

 「良い子ね」

 

 そのまま頭を撫でられていたら、コアラが不安そうな顔をしていてなんだろうかと考えちまう。でも、笑って欲しくて手を振ればホッとした顔をされた。

 だから俺はナミに、代わりのチケットを渡して立ち上がる。たまにはルフィのお守りじゃなくて、皆で楽しんで来いよな。

 コアラの元へ駆け出し、にっと笑えばコアラは微かに瞳を揺らした。だから勢いで言葉を口にする。

 

 「今さ、チケット貰ったんだ。だから、この後温泉行こう」

 「温泉?」

 「ペアの宿泊券で、あの人数だと使えないからってさ。……温泉、嫌か?」

 

 焼印がある。今はタイヨウのそれになっていても、それでもやはり気になるだろうか。

 そう思った俺にコアラはチケットを覗き込んで頷いて、それから固まる。どうしたんだ?

 

 「部屋に、お風呂着いてるから、いいと思う、けど……」

 「けど?」

 「へや、2人で1つよね」

 「そうだな。離れだし」

 

 なんでかコアラが顔を赤くしてる。熱でも出たのかな。

 温泉入るのは病気にもいいかも知れないから、効能調べた方が良いだろうか。取り敢えず、チケットに書いてあったかなと視線を向けたらコアラが声を震わせた。

 

 「サボ君と、私、よね」

 「そうだな。2人で移動してきたんだし」

 「……サボ君の鈍感」

 「は!?コアラにだけは言われたくねェよ!!」

 

 そうして喧嘩になった俺達だが、その途中で同時に気付く。まさか、コアラも……サボ君も……同じ気持ち?

 桜の花弁が風に舞う。その中で互いを見詰めて動けなくなる俺達。

 花見の言葉で、花より団子なんて言葉があるらしいが、俺はコアラと言う花にしか、興味を持てそうも無い。そっと抱き寄せたのに、抵抗されなかった。

 それをいい事に、俺はその細い肩を強く抱き締めて、暫くその場から動けなくなっていた。その硬直が解けた時、きっと二人の想いは繋がるだろうと、舞い踊る花弁が二人を大切に包み祝福している。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お花見(百獣のカイドウ)

 新しく届いたスマイルを確認に向かい、数等に間違いが無い事を確認した俺はナミの元へ戻ろうと足を進めた。先月少しばかり無理をさせたからか、限度を覚えるまで触らないで!と叱られたのは記憶に新しい。

 だが……全体的にナミが悪いと思うんだがな。俺の想いに中々気付かず、気付いても当然のように俺を誘惑し翻弄し続けたナミに責任がある。

 想いが通じたらやる事やって何が悪い。キングやクイーンまでもか、五月蝿ェのがまた気に入らねェ。

 俺の女だってんだよ。節分の時はちゃんとタタせたらご褒美やるって言ったんだから、わかって当然と思うじゃねェか。

 はァ……と溜息を落とした時、ナミの為にと用意した部屋から歌声が聞こえて来る。最近は俺の部屋にいたから、あの部屋にいるのは何だか物珍しく思えて、部屋まで迎えに行きながら特に用事もない現実にどうしようかと考えてみた。

 ……顔を見に来た、で、良いか。ナミを連れて行くと悲しそうな顔をする仕事は終わったんだから、問題はねェだろ。

 部屋のドアを開けるのと、ナミが歌い終わるのはほぼ同時だった。その為に俺のたてた音に驚いて振り向くナミは、何処か幼く、無防備に見える。

 だがそれは違うと直後に気付く。泣きそうなのだと分かっちまった。

 無言で手を広げるのが俺に出来る精一杯の事で、だがナミはその意味を正しく理解して俺の胸に飛び込んで来る。そのままでは腕が届かずに落ちるからと支えてやれば、甘えるように擦り寄る姿にこれは小動物だったらしいと認識を新たにした。

 ……擽ったいな。それに、美味そうな匂いがする。

 

 「どうした。叶えてやれる保証はねェが、聞くだけ聞いてやるぞ」

 「……そこは嘘でも〝何でも叶えてやる〟って言う所じゃないの?」

 「ナミに、嘘は言いたくねェ」

 「そういう所が、好きなのよね。悪人なのは分かってるのに……駄目ね」

 

 悪人でも好きだというそれが、この激甘兎の使う言葉の中では最大級の愛の告白だと伝わるから、もう少しこのまま甘やかしてやろうと思う。そうして顔を埋めていたナミが、ボソボソと言葉を伝え始めた。

 

 「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」

 

 俺と居て不可能があると思う方がどうかしてるだろ。そう思って頭を撫でれば、痛かったのか顔を上げるが……どうやら驚いただけらしい。

 

 「やれば良いだろ。そんなもん」

 「だって……」

 「ん?」

 「カイドウ達仲良くないから、いつも喧嘩になっちゃうし、宴の度に怪我人出るじゃない……」

 

 まるで他の海賊団を知ってるような言い方に少し不快になり、知ってるんだったなと思い出す。今では俺と肩を並べる形で言われている赤髪海賊団にいたとは、聞いた覚えがある。

 そもそも俺が出会った時は、その左肩に魚人のマークを入れられていた。今は、俺のマークに変わってるそれを軽く撫でて言う。

 

 「……海賊が怪我を気にしてどうなる。少しくらい殴り飛ばしたからって、どうにかなるような弱い奴は幹部にはいねェぞ」

 「でも……」

 

 なんだってコイツはこう甘いのか。それでいて、戦うとなると強すぎるんだよな……。

 仕方ねェ、な。俺が勝てる要素のない戦いなんだから。

 

 「なら、2人で行くぞ」

 「え?」

 「弁当はナミが作るんだろ。食い尽くしてやるから、気合い入れて作れよ」

 

 俺の言葉に嬉しいと呟くように言って顔を俺の胸に埋めて隠しちまうナミに、さていつなら弁当の準備が整うだろうかとまだ見ぬ明日に期待する。早くナミとのんびり出かけたいと、そんな事を思って。

 そうしてナミと戯れていたら破壊音が響いて、奴等は静かな時を過ごせねェらしいと舌打ちすると、胸に顔を埋めたままナミが笑い出す。そして僅かに涙の滲んだ状態で俺を見上げた。

 

 「……私が間違ってたわ。カイドウ達って、同族嫌悪なだけで基本的に仲良しね」

 「ナミから見たら、仲良しじゃねェ奴の方が少ないだろうが。……チッ……行ってくるから、明日には行けるようにしとけ」

 

 俺のそんな無理のある言葉に頷いて、頑張るわと微笑むそれは本当に小娘なのかとその年齢を疑いたくなる。その後は結局、暴れる奴等に混ざり鬼ヶ島の1部が崩落した。

 翌朝目覚めると寝台にナミが居なくて、どこ行きやがったと身体を起こす。そこではたと思い出す。

 ……なんか作ってんのか。そう思って様子を見に行くと、楽しそうに料理を箱に詰めていて、詰めきれなかっただろうおかずが皿に乗せられてるのを見れば、あれが朝食かと笑っちまう。

 そうして案の定な朝食を共にして、何とも健全な生活してるもんだと苦笑すればナミが小首を傾げるから、弁当落とすなよと声をかけて龍になればナミが背に飛び乗って来た。そうして空から桜を眺めつつ、人の余りいない所へ向かい飛ぶ。

 その途中で屋台を見付けたナミが小さく懐かしいなんて言うから、そっと外れに降りてやる。すると不思議そうな顔で俺の背から降りるから俺も人の姿になり、ナミが怪我をしたり誰かに拐われたりしねェようにとヒョイと片腕で抱き上げた。

 

 「カイドウ?」

 「ナミは、何に興味があるんだ?」

 「え?」

 「懐かしい、んだろ。ナミは1人だと食えねェだろうが。……どうせナミは1口齧れば充分なんだから、半分食ったら渡してやる」

 「ありがとう」

 

 耳まで赤くしてそう言うナミが指さしたのは飴屋で、見れば苺飴だとか、葡萄飴だとか、林檎飴だとか色々ある。どれが良いのか分からずに、適当に買って半分齧ってから差し出すと、少し赤い顔でそれを舐め始めた。

 その様子に中の果物なんだったかと口の中にあるのを噛み砕くが、ナミのたどたどしい食べ方が妙にエロくて既に味どころじゃねェ。苺でも林檎でもなんでもいい。

 もう既に蜜柑だろ。成程、俺の腕の中に居るのは蜜柑飴か。

 前々から甘いとは思ってたが、飴だったなら仕方ねェな。飴なら舐め尽くして何の問題があるのか。

 

 「カイドウ?」

 「んあ?」

 「ありがとう、楽しい……」

 「ナミが楽しいなら、それで良い」

 

 欲望に忠実な事を考えていた俺の毒気を抜く微笑みと言動に、俺は何とか言葉を返した。それに対して、どうやら林檎だったらしい飴を少し食べただけで、なんか疲れたと言って返して来る。

 それを受取り林檎飴の残りを口に咥えながら歩くと、ナミは桜を見上げていた。掌を広げて、降り注ぐような勢いで落ちてくるそれを掌に集める。

 その姿が年相応の少女に見えて、普段大人としてやってる分そんな姿が妙に愛しい。娘どころか孫でもおかしくない相手に、どれだけ溺れてるんだかな。

 さて、何処か人気のない所でナミの作った弁当を食うかな。俺は花より団子が目当てなんだよ。

 ……そういや、酒の用意はあるんだろうかとナミを見ると、ナミはなぁに?と首を傾げる。その様子が可愛いからとりあえず頭を撫でて歩き続けた。

 今度、温泉にでも連れてってやるかと考えていた俺は、帰ってから使えそうな物を見付けてナミを連行して、半泣きで喜ぶナミが温泉で桜色に染まるのを目の当たりする事になる。当然その後はそんな桜の花を散らして喜ぶ事になるが今は、まだ知らない未来の話だ。

 だからこそ、今は桜を楽しむナミを楽しみながら手作りの弁当を食べる事がこの男の急務である様子だ。花より団子……?

 いや、この男にはどちらかなんて似合いはしない。花も団子も兼ね揃えた女を、男は容赦無く丸齧りする事だろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2020年イースターイベント
イースター(麦わらのルフィ)


 サンジの作ってくれた飯を食って、それでも足りないと騒いだら嫌そうな顔しながらもくれたパンの耳じっと見ていたら、蜜柑のジャムをくれたのでそれを付けて噛じる。そっと表に出て、ナミの蜜柑畑に行くとナミと似た匂いがした。

 蜜柑の香りを纏ってるのに、本物の蜜柑とはまた少し違うんだよなと思う。蜜柑本体よりも、ナミの方が少し甘いって言うか……だとしたら、匂いにも性格って影響すんのかな。

 そんな事を思っていたら窓を開けるナミの手が見えて、その後に窓を閉めてから蜜柑畑のあるその場所へと姿を見せた。それとほぼ同時に霧が発生すれば、ナミの表情が険しくなる。

 そして、その場で崩れ落ちるように蹲るから何が起きたのかと駆け寄りその体を支える。そんな状態なのに、ナミは何故か俺から離れようとするから何となくその理由を察しちまう。

 

 「この程度、甘えには入らない。だから、力抜いてろよ」

 

 自分にだけ異様に厳しいナミを抱き上げて、図書室へととりあえず戻る。ソファにナミを寝かせて、チョッパーとロビンを呼べば即座に飛んでくる2人。

 それからナミの体調を鑑みて船を何処かに泊めて、航海士としての業務を休んで貰おうって事になった。そんな時にナミが知らない言葉を口にする。

 

 「私、イースターのイベントやりたいの」

 「イースター?」

 「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」

 「〝うぇぶ〟ってなんだ?」

 

 首を傾げれば、ナミは少しだけ寂しそうな顔になり、言い間違えたと言う。そんな様子にこの強がりがと思いながら頭を撫でると、変な感触がある。

 モコモコとしたそれに驚いて手を離すと、そこから髪と同じ色の毛色をした、明らかに兎だろうと思われる耳がピョコンと生えてきた。ナミも動揺してる様子だから、何が起きてるのか把握はしてないんだろう。

 

 「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」

 

 問い掛けるとナミは慌てて梯子を駆け上がり、そして……叫んだ。当然ロビンとチョッパーは即座に調べてくれたし、ナミも半泣きで調べてたので答えは案外簡単に見付かり、海域の問題で数日で戻るらしいと分かった。

 その後遅れてロビンからも髪と同じ色の耳が生えればフランキーが挙動不審となり、サンジが鼻血大放出でウソップは物珍しそうに、ゾロは僅かに心配そうに、ブルックは楽しそうにそれを見てる。ロビン本人は楽しんでる様子だが、ナミは怯えた様子で俺に視線を向けて来るから理性と戦う事を余儀なくされていた。

 

 「ルフィ……」

 「可愛いし、似合ってるぞ?」

 「そういう問題じゃなぁい!!」

 「……なァ触られてるの分かるの……か?」

 

 そっと指先で触れると、耳に触った時と同じ反応をするからあるらしいと分かり……本当に破壊的な可愛さに俺が崩れ落ちると、近くで似たような反応をするフランキーと視線がかち合う。それから兎のイベントがあると聞いた俺達は近くの島に船を泊めると、ナミに言われた物を揃えに向かった。

 その間ロビンとナミは安全の為に船番をする事になり、俺も問題を起こさない為と、兎となってる2人を拐われたりしないように守るよう言われたんだけどよ……。暇だァ!!

 ロビンもいるからナミを貪れねェし、ナミとロビンが揃うとムズカシイ話ばっかりになるんだもんよ。つまんねェ……。

 もういっそ、海軍でも襲って来ねェかな。そうしたら、暴れても良いのによー……。

 そう思って膨れる俺にナミがクスクスと笑いながら何か飯を作ってくれて、それを食ってたら船が近付いてきた。そこには……。

 

 「さ、ぼ?」

 

 思わず声が落ちる。だってよ、聞いてはいても信じられなかったんだ。

 なのに、目の前にサボがいる。兎の耳と尻尾の生えた女の子と1緒に俺の船に乗り込んだサボは、久しぶりなんて笑うから何も考えずに抱き着き、泣いた。

 そんな俺にサボは苦しいと言って俺を少し引き剥がしてから、俺の不明瞭な言葉をゆっくりと、でも、確実に聞いてくれる。その間にナミとロビンはもう1匹の兎と仲良くなり、3匹で楽しそうに何か話をしていた。

 

 「兎が3匹、楽しそうだな……」

 「ルフィ、兎は匹じゃなくて羽で数えるから3羽な。……にしても、美味そうな兎だよな」

 「ナミはやんねェし、ロビンは許可取れよ」

 「俺は姉を襲う趣味を持たねェし、弟の仲間に手を出す程節操無しじゃねェつもりだよ。そもそも……俺の兎はコアラだけだ」

 

 そう言って俺の頭を撫でるサボは優しい顔をしていて、何か気恥ずかしくなる。でも、そっか……あの帽子の子はサボの女か。

 そんな事を考えながら居るとサンジ達が帰って来て、色々な食材が手に入ったと言ってからサボ達に気付いて騒ぐので、ナミに説明を任せた。皆は納得すると追加の食料買ってくると島に戻り、兎は楽しそうにキッチンへ消えて行く。

 それから間もなくして、中からキャッキャウフフと声が聞こえてくれば、こっそり覗きに行くのも仕方ないだろう。なんか、楽しそうだしよ。

 甘い香りの漂うその場所で、大量のチョコが置かれているのが見える。そこで3羽の兎はなんか話してた。

 

 「ロビンさんは時計兎よね!」

 「なら、コアラちゃんは帽子兎かな?」

 

 帽子の子が言えばナミが首を傾げる。その仕草に合わせて耳が揺れるのが妙に可愛い。

 ナミってどうしてこう、可愛いんだろう。変な所幼いんだよな。

 

 「「ナミは悪戯兎!!」」

 

 ロビンと帽子が声を揃えると、ナミはハイハイなんて笑ってる。確かにナミって、時々悪戯するんだよな。

 この間は俺の上着の袖縛ってあって、腕が出せなくて焦ってるの見て笑ってたし……。なんつーか、本気で困らない程度の悪戯時々やってくるのがなんとも言い難い。

 

 「それで、何個作るの?」

 「チョコのタイプは1人5個計算してるわ」

 「でも、チョッパーはもっと欲しがるでしょ?」

 

 帽子の子の質問にナミが答えれば、ロビンが首を傾げた。それにナミはクスクスと笑って、それから少し困った顔で首を傾げる。

 

 「だって、ゾロのがチョッパーに回るもの。多分、フランキーもじゃない?」

 「……フランキーは、多分、死んでも渡さないわよ。私が作った物だから」

 「なら、サボ君も、かな。……だと、いいな」

 「ルフィは理由が違うけど渡さないわね。食欲の権化だもの」

 

 ナミが作ったのだからってのもちゃんと理由にあるぞ!……ナミから俺への評価、どっかおかしくね?

 そう思っていたらなんかムカムカしてきて、チョコが固まるまで置いとこうと話して奥に向かい卵にキリで穴開け始めたのを眺めつつ、そっと侵入する。どうせ俺は食欲の権化だもんよ、皆食ってやる!!

 そうしてチョコを半分程食べた所でサボに見付かり、その声により気付いたナミと共に俺を叱り始める。その様子をクスクスと笑いながら次のチョコを作り始めるロビンと帽子を眺めていたら、反省が足りないと2人の怒号が響き渡った。

 いつもなら俺の隣にはエースもいるのに、今日は叱るのは2人なのに叱られるのは俺だけなんて理不尽だ。それを主張したらナミから冷たい視線を向けられて、説教が長引く事になった。

 それでもその後で始まったイベントでは兎達が用意した数種類の卵を、男達が血眼で飛び回る事になり、見付けたら食っていいとのそれに1人笑う。なら俺は、とりあえず怒ってばかりの蜜柑兎を捕まえちまおうと心に決めて。

 Happy Easter……卵を隠し終えてやる事を終えたと寛ぐ兎は、自らに迫る危機に気付かない。時計兎の監視を掻い潜り、男が蜜柑兎を食せたのかは……言わずもがなだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イースター(悪魔の子ロビン)

ルフィ、サボの話と話がリンクしております。


 甲板で読書をしていると、ルフィがパンを齧りながら船内から姿を見せた。それには気付いていたけど、本の続きが気になり声もかけずにいたら、ルフィは図書室に視線を向けたまま動きを止めてパンの耳を1気に食べきる。

 いつもならそんな食べ方しないのにと思えば、どうしたのかと気になり本から視線を外す。すると、辺りが霧に包まれていると気が付いて、直後にナミが倒れたと分かる。

 ルフィの声が霧の向こうから聞こえて来て、慌てて駆けていけばナミが青白い顔で強がっているのを見てしまう。同じように駆けてきたチョッパーと2人でナミについていると、ルフィが優しい顔でナミを見ていて……。

 こうして、ふとした時に大人びた顔をするようになったと気が付かされる。ルフィも、いつまでも子供ではないのね。

 チョッパーと確認したけど、特に大きな問題は無さそうで、でも前に見た文献を思い出せば多分動物の耳が生えてくるだろうと予想はできた。でも、ナミには似合うだろうからと黙ってチョッパーとその場を去り、蜜柑の樹を見ながら声を掛ける。

 

 「ねェチョッパー、耳はいつ頃生えるのかしら?」

 「あ、やっぱりそれだよな。……うーん。だとしたら、そろそろ2人とも生えて来る筈だぞ」

 「生えてる期間はどのくらいなの?」

 

 その辺については文献に無かったので問い掛けるとチョッパーは生えたのを確認して、それからの判断になると言う。それに頷いた時響き渡った悲鳴に、あらあらと思って笑ってしまった。

 図書室に戻るとナミの髪と同じ色の耳が頭上にあって、その愛らしさに目眩さえしそうな程。もう、女部屋に閉じ込めておきたいわ。

 野獣が闊歩する船内に、私の愛しくも可愛い兎を解き放っておきたくはないと思うけど、どうやらナミの悲鳴で飛んできたらしいフランキーが崩れ落ちれば、自分にも生えたらしいと気付く。チョッパーに調べて貰った感じだと、3日程でこの耳は消えるらしい。

 サンジが鼻血を吹けばチョッパーはそれの対処に乗り出し、ウソップが物珍しそうに私とナミを見比べている。ゾロは眉間に皺を寄せて、不愉快なのか心配なのか判断に困る反応をしてるけど、ナミの顔を見るにどうやら心配しているらしい。

 ナミは皆の感情に敏感で、だからこそ分かりにくい相手のそれも、ナミの反応を見れば大抵理解出来る。そうやって判断してるのは私だけではなくて、案外多いと最近になって気付いた。

 ブルックはヨホホと楽しそうに笑っていて、些細なトラブルさえも楽しいのだろうと気付く。それだけの孤独が、今も彼を蝕んでいるのだ。

 渦中の人物である私とナミだけど、私は音を拾いやすくなった他には困った事は無いので様子を見る事にした。けど、ナミは不安らしくてフルフルと震えながら潤んだ瞳でルフィを見詰めるから、ルフィは頬を染めて理性と戦ってる様子。

 

 「ルフィ……」

 「可愛いし、似合ってるぞ?」

 

 そんなやり取りをしつつもナミの耳に触れたルフィは、その時ナミがビクリと身体を震わせたのを見て納得した様子を見せる。ナミは耳が良いから、耳が弱いのよね。

 歌声や話してるその声に反応して素敵……と思える人は、音に敏感な場合が多く、総じて耳が弱い。声自体に興味がなく単純に演技力や歌唱力、顔やストーリーに反応する人はこれに該当しないと考えるとわかりやすいかもしれないわね。

 独りで長く生きてきたからか、ナミも私も小さな足音ひとつにさえ反応するし、情報収集は生きる為に必要だからこそ潜入も盗み聞きも得意分野。……だから、兎なのかも知れないわね。

 そんなこんなでイチャつく2人を横目に、ルフィを除いた男性陣が買出しに向かい、私とナミは仲良く航海日誌を書いたり新聞の記事を精査したりしていく。近くではルフィが暇そうにブー垂れていて、そんな様子にナミが困ったように笑った。

 これではまだまだ頼れる彼氏にはなれそうもないわね。そんな事を考えていたら、ナミがキッチンに向かい3人分の食事を作ってくれるから、それを共に頂く。

 ただのスープかと思ったら、中にワンタンが入っていて、ルフィの為に考えたのねと思う。それと同時にワンタンの具材に野菜が多いから、ルフィにどうにかして野菜を食べさせようとしてるのだと気付く。

 ……完全にお母さんね。それも、理想の……ね。

 そうして食事をしていたら近付く船に、どうしたって警戒して動きを止めたけど、ルフィの反応とナミの反応から危険は無いと気付く。ただ、ルフィの発したそれがその人物の名前だとするなら……。

 慌てて視線を向ければ、革命軍のNo,2が居て……頭を抱えたくなった。そう言えば前に、ルフィの〝兄〟でナミの〝弟〟だと言っていたのを前に聞いた気がするわ。

 当然のように船に乗った青年と、それに続いた少女。その青年の方にルフィが泣きながら飛び付き甘える姿は、何とも微笑ましい。

 その時青年がルフィを見る眼差しが、ナミがルフィを見るそれと重なり、あァ、姉弟なのだわと納得させられる。ナミと、良く似てるわね。

 そうして居る間にナミが少女に挨拶して、自己紹介と共に私とルフィの紹介をしてくれると、少女もまた自己紹介等をしてくれて、そのまま兄弟を残して会話に花を咲かせる。残しても仕方ないからと言って、残っていたスープを少女に提供するナミは、優しい顔で兄弟を見詰めていて、そんなナミを少女……コアラもまた興味深そうに見ていた。

 スープを食べて喜ぶコアラちゃんに、ナミは小さくサボを宜しくねと囁く。それにより真っ赤になったコアラちゃんがなんで知ってるの!?と叫ぶように言えば、成程と思わされる。

 自分の事は疎いのに、周りには聡いナミはどうやら弟の恋路に気付いていたらしい。その後皆が帰って来ると騒ぎになり、ナミがそれを纏めながら紹介を簡略的に行ってしまう。

 見事な手腕に慣れてるのかしら?とその姿を間眺めるけど、答えは出ない。

 こういった事については、ナミは困ったように、傷口に刃物を突き立てられたかのように苦しそうに笑うだけで答えてはくれないのよね。ただ、自分でもよく分からないのと言って瞳の奥で泣くから……下手に聞く事さえ出来はしない。

 それからサンジにメインの料理を任せて、私達はチョコでイベント用のお菓子を作る事になった。チョコの中に物を入れる事も可能なので、それについてはチョコを固めている間に考える事にする。

 3人でチョコを作りながら雑談していけば、どうしても話は恋人の事になる。初めはこのイベントについて話していた筈なのに、そこから童話の話になり、恋人の話へと変化したのだから不思議なもの。

 女の子の会話って、こういうものなのかしらね?

 

 「……フランキーは、多分、死んでも渡さないわよ。私が作った物だから」

 

 アレで案外可愛いところあるのよね。大人のフリして見ても、心の中は結局永遠の少年だから。

 そんな事を考えてる私の傍で、コアラが寂しそうに、でも何処か照れたように言う。まだ、確信が持てなくて不安だとその言葉と瞳で訴えながら。

 

 「なら、サボ君も、かな。……だと、いいな」

 「ルフィは理由が違うけど渡さないわね。食欲の権化だもの」

 

 困ったようにナミは言うけど、同時にその瞳が優しいからそんな所も含めて愛してるのだと伝わって来る。優しいナミはルフィをただ、心から慈しんでいるのだとわかってしまった。

 

 「ふふ、ルフィは確かに食べ物に弱いけど……ナミには、もっと弱いわよ?」

 「……私が、ルフィに弱いのよ」

 

 そう言って俯いたナミの首筋が赤くて、それを見た私とコアラはクスクスと笑ってしまう。それからチョコが固まるのを待ちながら、中に入れるものについて話し合う。

 そうしながらも時間は有限だからと、ゆで卵にペイントしていたら少し離れた所で怒号が聞こえて来た。それに驚いて振り向くと、叱られてるルフィと叱る参謀総長の姿があり、ナミが慌ててかけていく。

 ……うん、兎だわ。猫っぽいとよく思ってたけど、こうしてみると兎としか思えない。

 うさ耳を震わせたりしおらせたりしながらルフィを叱るナミを眺めつつ、チョコの追加をサンジに頼む。すると食べられちゃいましたかと笑いながら、やっておきますよと言って食べられた分のチョコをつくり足してくれた。

 

 「あ!私も、その、作りたい……ので、その先は大丈夫です」

 「ナミさんのお説教が終わったら、もう1度作ってください。そのゆで卵は、手先の器用な奴らにやらせておきます」

 

 サンジの言葉にコアラは嬉しそうに笑うので、どうやら参謀総長には手作りであげたいらしいと気付く。それにより微笑ましく眺めていたら、文句を言われてしまったけど。

 戻って来たナミと共にチョコで卵を作り直して、綺麗に洗浄したベリーや、サンジのお菓子券等を仕込んでいく。最後に恋人の分だけ別にして、完成したそれを隠して回れば準備は完了。

 皆に説明をしてから寛ぐナミを眺めてから、そっとその輪を抜けて行く。そうして離れた所で海を眺めていると、大きな影が降って来た。

 

 「兎は寂しいと死ぬんだろ。1人になるなよ」

 「……それ、迷信よ」

 「そうなのか?まァ、それでもロビン兎は寂しさで心を凍らせちまうだろ」

 

 そう言って手を広げるから、仕方ない人ねと言いながらそっと抱き着く。それから卵は探さなくて良いのかと問いかける、素直じゃない私がいた。

 

 「もう、見付けて捕まえたからな」

 「私は、兎でしょ?何言って……」

 

 途切れた言葉は唇に飲まれて、手から落ちた袋はフランキーがサッと拾ってくれる。好き勝手に口内で暴れた後、そっと離れた唇は嬉しそうに弧を描く。

 フランキーは袋の中身を確認して、私をヒョイっと抱き上げるとアクアリウムへと向かい歩き出すから、嫌な予感がした。今は何処に誰が来てもおかしくないのに。

 

 「兎と卵を、堪能させてもらおうか」

 「教育に良くないから、今はダ……」

 

 最後まで紡げなかった言葉は、空に溶けた。アクアリウムへと続くその場所に立入禁止の札をつけて、中から施錠されてしまえばもう、その先は捕食されるしか道はない。

 Happy Easter……。子供は子供らしく楽しみ、大人はただ……食べる事にのみ楽しみを見出した様子。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イースター(参謀総長サボ)

ルフィ、ロビンの話と内容がリンクしております。


 偶然近くにルフィ……いや、麦藁の1味が居ると聞いて船を動かすと、絶対偶然じゃ無い!!と騒ぐコアラがいる。でも、コアラもルフィには会ってみたい筈だ。

 分かってる。俺の可愛い弟に会うからと緊張して、照れて、それを隠す為に怒ってるんだよな。

 

 「コアラ、照れなくていい。ルフィに会いたいんだよな」

 「ねェ、なんでそんな意味のわからない言葉が私に向けられてるの?」

 「あ、ルフィは想い人がいるから狙うなよ?」

 「サボ君人の話聞く気ある!?」

 

 そんな事を言って笑ってると、突然視界が遮られるような濃厚な霧に包まれる。魔の三角地帯でもないと言うのに、なんだ?

 そう思っていたらコアラがフラリとその体を揺らした。そんな事は滅多にあるものじゃない。

 慌てて抱き止めたが、つらそうなその様子に霧に当てておくのも良くないかと考えて、だが船内と言っても舵がある操舵室しかない小さなこの船ではどうにも避難させられない。そんな時、霧の向こうにライオンの飾りがついた船が見えて来た。

 ……助かった!ルフィの船ならナミがいる。

 霧が晴れるのを待って船を近付ける事に決めると、見失わない程度の距離を保ち追いかけて行く。そんな時コアラが何やらモジモジと動くので、どうしたのかと声をかけようとした所で、コアラの頭上から生えてきたものを見て思考が止まる。

 ……可愛いけど、なんだこれ。いや、うさ耳なのはわかってるんだが……。

 そんな事を考え、直後に気付く。あの霧のせいかと。

 

 「コアラ、耳があるぞ」

 「サボ君、耳が無かったら人として生活するのが困難になると思わない?」

 「コアラなのに、兎の耳が生えてるぞ」

 「妙な事言ってな……ある。なに、これ」

 「だから、うさ耳だって言ってんだろ」

 

 それの言葉に混乱してなのか、その場で服を脱いで色々チェックを始めたコアラ。それに対して、これは何のご褒美なのかと考えて……ご褒美なら貰ってもいいよなと尻尾と耳の存在に慌てているコアラの唇を心ゆくまで貪った。

 そんな事をしていたら霧が晴れたので、身支度を整えてからルフィの船に乗り込む為に近づいて行く。流石にベッドすらない所でコアラを食えないと、キスで辞めた俺を誰かに褒めて欲しい。

 だと言うのにコアラはプリプリと怒っている。耳が感情を素直に伝えて来るから、間違いないだろう。

 コアラを片腕に抱いて船に飛び乗ると、掠れた声で俺を呼ぶ愛しい弟がいた。泣きながら飛び付いてきたルフィを抱きとめようとして、窒息死させられそうになったのはご愛嬌だろう。

 見た目は大きくなったのに、中身は変わらず……か。まァ、それはナミにも言える事みたいだが。

 何を言ってるのか謎に近いが、ルフィが話すそれを俺も可能な限り理解しようと耳を傾ける。その間にナミがコアラと仲良くなって、俺達がいくら探しても見つけられずにいたニコ・ロビンまで巻き込んで笑っていた。

 

 「兎が3匹、楽しそうだな……」

 「ルフィ、兎は匹じゃなくて羽で数えるから3羽な。……にしても、美味そうな兎だよな」

 

 注意した口で何言ってんだと言われそうだが、付き合い始めたもののまだキスしかしてない俺にはあの姿は猛毒にしかならない。俺はいま、明らかに飢えている。

 愛しい弟と、優しい姉がいて、どちらも打算なんてなく俺を愛してくれてるのが分かるんだ。だが……打算だらけな俺は、ただ1人の相手を見付けてしまった。

 彼女が……コアラが欲しいと心と身体が餓えている。だがそれと同時に、1度でも触れたらコアラがボロボロになるまで傷付けそうで怖いんだ。

 

 「ナミはやんねェし、ロビンは許可取れよ」

 「俺は姉を襲う趣味を持たねェし、弟の仲間に手を出す程節操無しじゃねェつもりだよ。そもそも……俺の兎はコアラだけだ」

 

 ルフィの言葉に無意識で返したが、これ、コアラが聞いてたらどんな反応しただろうか。そんな事を考えていたら、ルフィの仲間達が帰って来た。

 流石というか、ルフィらしいなと思わされる個性的な仲間達に笑えばナミが俺を紹介しつつ、そのメンバーの説明をしてくれる。それがまァ本当に簡略化された説明なのに、恐ろしくわかりやすい。

 分かりきってるけど1応と前置きして、大食らいの船長ルフィを紹介される。それに笑って頷けば、即座に他のメンバーを紹介してくれる。

 酒と寝る事にしか興味の無い剣士ゾロ、常識人である狙撃手のウソップ、女好きな料理人サンジ、皆のアイドル船医のチョッパー、1味の知恵袋考古学者のロビン、変態な船大工フランキー、人生経験豊富な音楽家ブルック。だが自分の事は、わかってると思うけどと前置きして妙な事を言った。

 

 「武器を手にしてない時は、平凡な村娘Aに毛が生えた航海士ナミよ!」

 

 それには揃って否定したが、本人は本気で言ってるらしく首を傾げていた。宝玉先生が何言ってやがると思いながら、そもそもルフィの手綱だろと思えばそれだけで相当だと思う。

 その内に仲良くなったらしい三羽が楽しげに料理をしに行けば、ルフィがソワソワしだす。本当に落ち着きのない弟を眺めつつ、この1味は全員曲者だなと思う。

 楽しそうなコアラの声が聞こえて、その中に俺の話題があればなんとも言えないむず痒さに襲われる。と言うか、俺の為にチョコ作ってくれてるのか。

 そんな会話の中でナミが呆れたような、でも優しい声でルフィの事を話していて……こんだけ分かりやすく愛されてりゃ、離れられねェよなと思う。俺はナミを女に見た事ねェけど、昔から2人は女としてしか求めてなかったもんな。

 そしてふと気づいた時にはルフィが俺のチョコを食っていて、コアラが作った物を食うとはとその首を絞めつつ叱るがゴムであるルフィに物理攻撃は無意味だった。だがこの可愛い弟に覇気など使えるだろうか?

 その答えは否だろう。それでも、コアラのチョコだぞ!?

 そんな葛藤をしつつ叱っていたらナミが飛んで来て2人がかりで叱る事になった。ソワソワしながら周りに気を取られるルフィを更にしっかりと叱ってから、俺も含めてコアラの耳が消えるまで世話になる事になる。

 その第一段として、俺達もエッグハントとやらに参加する。するといつの間にかルフィとナミ、ニコ・ロビンとフランキーの姿が消えていた。

 クルーに行方を尋ねると野暮言うなと返されて、暗黙の了解なのかと笑っちまうがそうなるとコアラが寂しがるなと足を向けた。そんな俺を倉庫っぽいところに連れ込んだコアラが、俺の為に作り直したと言うチョコを手渡してくれる。

 その気持ちが嬉しい。そう思って笑い、そっとコアラを抱き締める。

 Happy Easter……。愛しい兎を大切にしたいと男は本気で願ってる。

 不器用な青年と、鈍い兎がそのまま暫く姿を消していた為に残った男達がただひたすらに、何も分かってなさそうなチョッパーを気遣いつつイベントの食事を楽しんでいたのは当然だろう。誰もが大切な人の幸せを願う、これはそんな日常のひとコマだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イースター(百獣のカイドウ)

 自殺をする為に空島から飛び降りた先で、自分が恐ろしく悲惨な状態にありながら俺を手当したお人好し。俺が誰なのかを知らずに、身ぐるみ剥がされたの?なんて言った少女は俺を匿いながら、女ばかりの家族で互いに支え合って生きていた。

 余りのお人好しぶりについ、魔が差したというか……魚人から助けてやった。それにより涙を見せたナミが妙に綺麗に見えて、手放すのが惜しくなる。

 貰ってもいいかと問いかけた俺に、家族だと言った2人は怒り狂い、何も分かってないナミを庇った。その様子に、仏心なんぞと呼ばれるものが呼び起こされたのはナミを気に入っていたからだろう。

 ……ナミの実力なら、簡単に始末出来るだろうに……甘いんだよな。そう思った為か、本気で欲しくなったからか、それとも本当に魔が差したのか自然と動き出していた事実を思い出せば苦笑くらいする。

 誰も殺したくないと、誰も、傷つけたくなんかないのだと笑うナミは、儚くも強く、美しい。だから俺はあの時殺さない程度に加減してぶちのめしたが……案外難しくて困らされた。

 その後風車をつけた男に、ガーガー言われつつナミを連れて帰って来たが、ナミは恩人として俺に懐くだけで俺の想いに気付かない。言葉が足りないのかと何度も言葉を口にしたのに、何故か通じないのだから頭を抱えたくもなる。

 

 「うーん!!」

 

 あれから半年だ。拠点に軟禁していたら、たまには船旅をしたいと言ったナミの為に近海をさ迷っていた。

 ナミは自分から言い出したのもあり、本当に楽しそうに過ごしている。島を見つける度に喜び、昨日からずっと描いていた海図が完成したらしい。

 完成した海図を干しているのを眺めて、これなら確かに使われても仕方ねェと思わされる。そう思わされて当然の才能だ。

 そんな事を考えていたら、突然表に飛び出して行くナミに慌てたのは俺の弱さか。表に出ればそれとほぼ同時に崩れ落ちようとするその姿に、思わず手を出して支えるがナミはそれを拒む。

 

 「これ、以上……あまえ、られな……」

 「この程度、甘えには入らねェよ」

 

 それどころか何処が甘えだと言うのか。……それだけ、1人で生きる事を強いられて来たって事だよな。

 誰かを大切にする方法なんざ知らねェ。誰かを大切に守りたいなんて、これ迄考えた事さえ無かったからな。

 抱き上げて部屋に運ぶ間、泣きそうな顔で俺を見ていたからそんな顔するなと願うような心持ちにさせられる。俺はただ、ナミの優しい笑顔が見たいんだ。

 

 「1旦帰るか。寄り道してて、何かあっても困る」

 「船は、どうするの?」

 「近くの島に預けておく。飛んで帰る方が早いからな」

 「折角描いたのに……」

 「後でジャックに回収に来させる。だから今は休め」

 

 俺の言葉に小さく頷き、それから笑った。ただ、何処か申し訳なさそうなそれに溜息を落とさなかったのは褒められて然るべきだろう。

 そんな時ナミが思いついたように言葉を口にするから、それを少し真面目に考える。聞いた事のないそれだが、ナミが自分から何かやりたいと言うのは誰かの為か、宝玉関連だけだからこう言うのは珍しいな。

 

 「私、イースターのイベントやりたいの」

 「イースター?」

 「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」

 「〝うぇぶ〟ってのはなんだ?」

 「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」

 「……分かった。確認して準備させるから、今は休め。いいな」

 

 拒否はさせないとその頭を撫でながら言外に伝えれば、はにかんだような笑みを浮かべられて身体の1部が熱くなるのを感じる。だがここで襲えば、恐らくこの阿呆はそれを目的にしてるとか妙な事を考え出すだろう。

 自己評価が低過ぎるナミに、手をこまねくのはこんな理由だ。手を出した事で手に入れられるなら、とうにベッドに縛り付けてるってのに。

 先日も余りにも寝ないからとベッドに無理に沈めた時、抱いてやろうかと声をかけたら嬉しそうに笑って頷き……寝やがった。つまりは、湯たんぽかアンカ代わりにされたと言う訳だ。

 溜息を飲み込んだその時、手に柔らかな感触を感じで眉が寄る。俺は髪飾りなんざつけさせた記憶はねェ。

 折角綺麗な髪なんだ。変なもんつけさせてたまるか。

 そっと手を離せば、当然のようにピョコンと生えてきた1対の耳。髪の色と違い白のそれが、ナミの性格を反映してるなら分からなくもねェが。

 

 「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」

 

 こんな現象俺は知らねェ。……いや、大分前にリンリンの頭上に、猫耳が生えた事があったか。

 あの頃はまだリンリンも若く、それなりにモテていたから大騒ぎだったな。ニューゲートの奴はそれを呆れたような、嫌そうな顔で見ていたのを思い出す。

 だが、ナミは俺の言葉に首を傾げた後で自らの頭に生えたそれに触れると、驚いた顔で鏡の方へかけて行く。そのままそこで尻を出して確認してるのは、俺を誘って……いる訳も無ェか。

 くそ、枯れてりゃこんな事で戸惑わねェのに。そう思いつつ様子を見ていれば、スカートを降ろしてから俺を潤んだ眼差しで見詰めてくる。

 ……そんなに俺に犯されたいのか。そう問い掛けなかっただけ、俺も長く生きたって事だろう。

 

 「カイドウ……私、変なの……!!」

 「何がだ。何もおかしい所はねェぞ」

 

 いつも通りの安定した鈍さだ。もしおかしい所があるとするなら、その無防備すぎる所くらいなもんだろう。

 寧ろお前の内面が反映されたような姿だから、そのままでいてくれて構わねェ。そう言いかけて辞める。

 そんな俺の目の前でナミはうさ耳に触れて、不安そうに俺を見る。その様子は妙に幼い。

 

 「カイドウ、でも、私、耳が!!」

 「よく似合ってる」

 「……そうじゃない!」

 「なんだ。似合うって言ってんのに気に入らねェのか。なら……」

 

 そう言ってナミを抱き寄せると、その耳元で囁いてやる。あァ、潰しちまいそうで、少し怖いな。

 小さくて細くて……違うとするなら身体に似合わぬたわわな果実位なものだろう。そんな女を貪りたいと思うのは、俺が鬼畜なんだと言う事だろうな。

 

 「可愛いぜ、ナミ」

 

 兎の耳がピンと張ったので、驚いているのが分かる。その耳に触れながら顔を見れば、真っ赤になったナミが居て……期待しても良いだろうかと少し思う。

 国へと帰り大看板達にイベントの準備をさせつつ、ナミに耳が問題のない事だと分かる書物を与えた時にふと思い付く。書いてある物なら、理解するんじゃねェのかと。

 それにより、恋文と呼ばれそうな物を書いて、それを切り刻み卵の中に仕込む。それからその卵を黒く染め上げて、隠される予定の卵に加えておく。

 10個の黒い卵に顔を引き攣らせた大看板達に何も言うなとだけ告げて、ナミを呼びに行く。そもそもこのメンツで兎型の食べ物を囲む姿は、本来ならば見たい光景では無い。

 

 「ナミ、兎が卵探すのが醍醐味だろ。探して来い」

 「ふふ、ありがとう。お礼にこれあげるわ」

 

 そう言って渡されたのはこのワノ国近辺の海図と地図。つまり俺の縄張りを図面化してくれた物だ。

 これがあれば、俺が居なくともこの縄張りで負ける事は無くなるだろうと言いたくなる程に正確なその地図は、本当に相当な品だ。だと言うのに、お礼になるかわかんないけどなんて苦笑するのだから頭痛もしてくる。

 ……だから、隠しておきたいんだよ。馬鹿が。

 そう思いながらも貰っとくとしか返せない俺に、嬉しそうに笑ったナミが籠を手に卵探しに向かう。エッグハント、だったか?

 真っ黒な卵を見付けては不思議そうに首を傾げるナミに、それが揃った所で1旦休憩に入らせようと決める。ナミは何も知らずに卵を集めるが、流石に黒のそれは否応にも目立っていた。

 Happy Easter……。揃った卵の中身を見て、真っ赤に茹で上がった兎が1羽、自ら龍の元へと赴くのは近い未来。

 そうとは知らずに、その光景を微笑ましそうに眺めるメンバーは、卵料理の可愛さに精神的なダメージを負う事となる。それでも今を耐えれば良いだけだと〝忍〟の1文字で耐えて見せるが、はてさて何処まで耐えられるものか。

 この2人の馴れ初めイベントだからと、毎年そのダメージと戦う事になるのだが、それは彼等もまだ知らない未来の話。兎と龍の傍迷惑な恋物語は、始まったばかりだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イースター(火災のキング)

 任された仕事の帰りに、少し足ならぬ羽を伸ばして空の散歩をしていた時、偶然見付けた少女。東の海にいる雑魚とはいえ、1人で打ちのめしたその手腕には感嘆の息が漏れる。

 舞うように戦う姿が己のそれとは違い過ぎて、視線を外せなくなったのだ。何より……致命傷を与えないその甘さがどうしても目に付いた。

 無意識の内に追い掛けて様子を見ていれば、奴隷として扱われていると知る。その流れで助け出した時に見付けた拷問道具の多彩さに、これを使われても正気を保っている少女が欲しいと手を伸ばした。

 そうして手に入れた少女を女にしたのは、手に入れた直後だった。強気な瞳が美しく、だが弱った姿に唆られる。

 

 「虐め甲斐のある女だ」

 

 そんな事を呟いた時、霧が発生した。それは妙に濃く、下手に船を動かすのは不味いかと気付く。

 その時船内から飛び出して来た蜜柑が1粒。雪兎ならぬ蜜柑兎だろうか。

 そんな事を考えていれば、突然蹲るように倒れるその姿に心臓が冷える。駆け寄り支えたその身体は、初めて暴いたその時より僅かに軽くなっていると気付き眉間に皺が寄るのを自覚した。

 ……単純に、気に入っているだけのつもりだったんだが、認めたくなかっただけなのかも知れない。そう気付くのと同時にあえかな抵抗されて、何が気に入らないのかと無言で睨み付けてしまう。

 

 「これ以上、甘えられ、ない、から……」

 

 いつお前が甘えたんだ。これ以上って事は、以前に甘えた経験があるとでも言いたいのか。

 俺には、甘えられた記憶なんぞない。そう言いそうになり、魚人を討ち滅ぼした時の事かと当たりを付ける。

 あれは……俺がナミ欲しさにやった事だ。そのついでに拷問道具も珍しい物を手に入れられたから、気にする必要等ない。

 そう言ってやれたら、少しは違うのだろうか。だが、それを言う事ができないでいる。

 

 「この程度、甘えには入らない」

 

 自分で驚く程に優しい声が出た。だと言うのにナミから泣きそうな顔で見詰められては、俺の立つ瀬が無いと何故分からないのか。

 そっとナミを抱き上げて船内に運び入れると、船のメンテナンスをする為に少し途中の島に立ち寄ると連絡を入れる。それにより是との返答があれば、肩から力が抜けるのを自覚させられた。

 これでナミを休ませてやれる。無防備に信頼を向けて来るナミに、心が癒されるのを自覚して居るんだ。

 

 「何処か、寄るの?」

 「体調が落ち着くまでは、航海士としての能力も発揮できないだろう」

 「そんな事……!!」

 「心配なんだと、そう言わないと分からないか」

 

 何を言ったのか。自分で驚く。

 だがナミは、それを受けて赤くなるとありがとうと笑ったから……とりあえずそれで良いかと思わされる。厄介な病にかかったものだと自分に苦笑した時、ナミが珍しい事を口にした。

 

 「私、イースターのイベントやりたいの」

 「イースター?」

 「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」

 「〝うぇぶ〟ってのなんだ?」

 「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」

 

 誤魔化すように口にしたその言葉に引っ掛かりを覚える。そう言えば、こいつは……。

 壊したくなくて俺の手では拷問をしなかったが、耐えてきたであろう道具は見た。それの中に貴重な物もあったから回収したが、もし素直に吐かなければそれらをナミに使うしかないのだろうか。

 ……いや、無駄か。ナミはアレを使われて、これ迄生きてきたのだから。

 ……それでどうしてここまで真っ直ぐに人を見て、人を愛するなんて愚かな事を出来るのか。いや今はその前に。

 

 「執筆とは、何の話だ」

 「あっ……!話して、無かった?」

 「海図を描くのが天才的な能力であるのは認識しているが……それは執筆とは言わないだろう。素直に話して貰えると、信じている」

 

 場合によっては俺のコレクションで、ナミを破壊するしか無くなるだろう。俺はナミを……壊したくない。

 大切にする方法等、誰にも教えられずに来た。壊す事、傷つける事だけを学びながら生きてきたのだ。

 その事に、初めて後悔する。傷付けずに口をどうしたら割らせられる!?

 

 「私、作家として活動してて……」

 「……作家?」

 「そう。生活費とか稼ぐのに、色々書いてたのよ」

 「……家族を養う為か。成程な。それで、そのペンネームは?ナミなんて作家は知らん」

 

 問い掛けるとナミはビクリと身体を震わせて、それから恥ずかしそうに俯くと小声で言った。宝玉、と。

 それにより思考が止まる。それが真実なら、どれ程の価値があると思ってるのか。

 

 「それは、囚われて当然だな」

 

 天才的な海図や地図を描く能力に加えて、天候を肌で感じる航海士としての優秀過ぎるその腕。更にそこに、誰にも正体が掴めなかった宝玉である真実。

 宝玉は医学、料理、音楽、園芸に関する書物を販売している。つまりそれに関わる知識を持っているという事だ。

 

 「アーロン達は知らなかったわよ。知ってたら村を取り返す金額を貯められるって判断されて邪魔されちゃうもの」

 「……俺に話して、良かったのか」

 

 話さなければ拷問にかけるつもりだったのに、俺もよく言う。だがこれは、禁秘して然るべきだろう案件だ。

 だと言うのにナミは笑う。信頼してるとその瞳で伝えながら。

 

 「キングには報告義務も有るだろうし、必要なら使ってもらって構わないと思ってるの。大した名前じゃないけど、それなりに役立てるとは思ってるのよ?」

 

 自分を知らないにも程がある。そう思いつつ、そっと息を吐き出した。

 そしてそっとナミの頭を撫でてやれば、よく分からないという顔をされるが……正直、拷問して壊すような事にならなくて良かった。身体を壊さない限り、ナミの場合効果なんぞ認められないだろう事は容易に想像がつくからな。

 その時手に慣れない感触があり、そっと手を離せばその場所からピョコンと生えてきたものに視線が集中する。これは……何事だ?

 

 「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」

 

 俺の言葉に反応して鏡の所へ向かうその背を見送れば、姿の見えなくなったその場所で悲鳴が上がるのを聞き対応を考える。連れ帰って誰かに調べさせるか。

 いや、ナミを誰かに触れさせるのは気分が悪い。だとするなら、自分で調べるか……いや、ニュースクーに調べさせるか。

 通常ならばニュースクーもそのような事しないだろうが、宝玉にニュースクーが懐いているのは有名な逸話だ。試す価値は十二分にある。

 

 「キングー……どうしよう、私、変な事になってるのー……」

 

 だがそんな思考も、顔を見せたナミのその姿により崩壊する。色々確認する為だろうが、ビキニ姿で泣きそうな顔で姿を見せられれば、理性を崩壊させたとして誰にも責められる謂れは無い。

 

 「ナミ、問題ない。……可愛いぞ」

 「今、可愛いとか、可愛くないとかの話してない!!」

 「そうだな。今は、目の前にいる兎を食べる許可だけ……与えてくれ」

 「へ?」

 「兎と卵を食べるイベントだったな。ちょうどいい。兎になったのだから、食われていろ」

 

 俺の言葉にまだイベント始まってないとか、そう言うイベントじゃないとか色々言い出すが……甘いな。そんな抵抗ではなんの価値も無い。

 始まってないならば、始めればいい。そんな話をしていないなら、そんな話をすればいいだけだ。

 

 「イベントは今始まった。兎を食べるイベントだと言ったのはナミだろう。その上で兎になったのだから、喰われたいと思われて当然だ」

 「あれ?そうなの、かな?」

 

 眉間に皺寄せて首を傾げる。賢い頭脳もこんな時は発揮できない残念さが愛しい。

 ……いと、しい?

 自分の思考に混乱し、息を飲む。そんな馬鹿なと叫びそうになり、それを誤魔化す為に言葉を口にした。

 

 「そうだ。嫌なら兎にならなければよかっただけだろう」

 「そう、かも……?」

 「そうだ。さァ、来い」

 

 押しに弱いのか、言いきられると弱いのか知らないが、案外簡単に丸め込めるナミにそう言って可能な限り優しく抱き締める。兎になったのは本人の意思では無いどころか、原因さえ不明だ等と言うのはどうでもいい。

 俺はこの兎が愛しいし、兎は美味そうだ。これで食わない理由はどこにも無い。

 Happy Easter……。後に正気に返って文句を言う兎を、黙らせるという名目でまた貪るのはある意味予定調和だろう。

 2人がワノ国に帰るのが遅くなりすぎて、カイドウ総督から怒りの連絡が入るのは少しだけ先の未来。そうとは知らずに睦み合う2人は、ある意味誰よりも幸せな事だろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イースター(コビー)

海軍風味(食うな!)


 おつる中将からの命で、訓練生を率いてるのはナミさんだ。僕は、その護衛を任されたんですけど……。

 海図や地図を描き始めたナミさんには話しかけるだけ無駄で、天候が荒れるまで何もできない。護衛って、こういう意味ですか、おつる中将……ガープ中将……。

 その背を見ながら溜息を付けば、思い出すのは出発前の2人だ。突然呼び出されて、行われたのは事実確認だった。

 

 「アンタ……コビーだったね?ガープんとこの見習いの」

 「は、はい!!」

 「取って食いやしないさ。気を楽にしな。……それでアンタを呼んだ理由だが……ナミと付き合ってるってのは、本当かい?」

 「は、い!!告白13回目にして漸く理解して貰えまして、お付き合いを始めさせて頂きました!」

 

 汗が流れ落ちる。いつもは厳しくても豪快に笑ってるガープ中将が、無言で立っているのがきっと大きな理由の1つ。

 直立不動な僕に疲れたような声でおつる中将が言う。多分、ガチガチな僕ではなく、身近な存在であるナミさんを思っての反応だろう。

 

 「ナミは、鈍いよ」

 「知ってます!!気付いてもらうのに、物凄く苦労しましたから」

 「……ナミは、儂らが保護して守って来た。泣かせないでくれ。いい子、なんじゃ」

 

 ガープさんの言葉に息を飲む。それでも僕は頷けない。

 僕は、ガープさんに嘘はつけません。ナミさんを泣かせないなんて、そんなのは大嘘になってしまいますから。

 

 「すみません。約束出来ません」

 「コビー!?」

 「僕はナミに、泣いて欲しいんです。いつも我慢して、悲しそうに笑うナミを……泣く事も笑う事も僕がさせたいと願っています。だから、約束できません!!」

 「……ガープ、アンタの負けだよ。……コビーだったね。今後何かある時、大佐であるナミは軍を率いたりする事もある。その時は〝護衛〟を任せるからね」

 「はい!!」

 

 そんな会話の後いつもサポートとしてつけてもらってる。雑用でしか無い僕が、大佐と呼ばれる地位についてる少女の横にいるのは意外と大変な事も多い。

 けど……隣に居たいんだ。まだ、手を繋いだのが最高記録だけど。

 カタンと音を立てて動き出したナミさんは、迷い無い足取りで甲板へと飛び出して行く。天候に何かあったのかと僕も慌てて後を追うけど、甲板に立ち込めた霧が理由でその姿を見失いそうになる。

 そんな状態でも駆け寄り支えられたのは、ナミさんが蹲るように倒れたから。なのにナミさんは、僕の手を振り払おうとする。

 抱きしめられるのは、まだ怖いとか……ですかね?

 

 「今、コビーに甘えたら、もう……立てなくな「この程度、甘えには入りませんよ」」

 

 僕に触れられたくないというのではなく、強がれ無くなるからと言うなら大歓迎です。なんて……口に出せたら、良いんですけど実際は、ただ無言で船内に運び込むしか出来なかった。

 ベッドに降ろして、結果的に覆い被さる事になれば僕の方が動揺してしまい、慌ててナミさんから離れてしまう。ナミさんはよくわかってなくて……。

 なんだろう、この無防備さ。僕を男として見てないんですかね?

 

 「大佐なしで、ここから1番近い島まで向かって見せてください。それが本日の訓練です」

 

 僕の指示で動き出した訓練生達は、どうやらナミさんが倒れたのを知っているらしい。……そうでなければ、僕の言う事を聞く筈もない事を知っている。

 船内に戻り内心で少し落ち込んでいた僕に、ナミさんは笑った。そして、気分を切り替えろと言うかのように優しく言う。

 

 「私、イースターのイベントやりたいの」

 「イースター?」

 「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」

 「〝うぇぶ〟ってなんですか?」

 「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」

 

 誤魔化すのが壊滅的に下手くそなナミさんに、それ機密事項だから気軽に口に出さないでくださいねと念押ししてから笑う。それにより顔を赤くしたナミさんに、頭撫でたら嫌がられるかなと思いながらそっと手を伸ばす。

 でも、嫌がられなかったからそれが嬉しくて、情けない顔で笑ってしまった。そんな僕にナミさんが笑い返してくれて、ホンワカした気持ちになった時、ふわっとした感触が掌に出てうん?と首を傾げつつ手を離す。

 折角触れてたのにと思えば少し勿体なく思うけど、生えてきた物を見ればそれどころじゃなくなる。なんだ、これ!?

 

 「頭の上にあるものは……目の錯覚ですか?」

 「え?」

 

 そう言って不思議そうな顔をした後で近くにある鏡台に駆け寄り自らの頭上にあるそれに触れて、突然しっかりと着込んでいたコートやスーツを脱ぎ始めるから、奇声をあげたのは僕の方。でもそんなのに気付かないのか、ナミさんはお尻を気にしてい……お尻!?

 

 「ナミさん!?」

 「コビー……私、変なの……」

 「変じゃないですから!可愛いですから!お願いします服を着てください!」

 

 叫ぶように言う僕にナミさんは、可愛いとか可愛くないの話をしてないと怒り出す。けど、僕は泣きそうですよ!

 結局ナミさんを宥める事に成功した僕は、直後に服をキッチリと着込んだその姿になんだか勿体ない事をしたんじゃないかと気付く。でも、もう今更かな?

 

 「コビー、女性の見習い達に耳が生えてないか確認して来て。それと、どちらにしても男達には卵と兎を用意するように伝えて」

 「え?はい、分かりました」

 

 言われた事に素直に従い動き出せば、ナミさんは書物を広げて真剣な顔をしていて、その様子に苦笑してしまう。いつも人の事ばかり考えて、自分を蔑ろにするのは辞めて欲しいんですが……叶えて貰えるのは何時になるのか。

 確認して回れば女性は全員耳が生えていて、混乱している様子だった。これをナミさんは見越していたんだろうか。

 本当に、凄い人だ。そう思いながら、男性達に伝言を伝えて戻れば本から顔を上げたナミさんが笑ってくれた。

 ……綺麗だなと見惚れるようにその顔を見た直後、ナミさんは訓練生の元へと向かって行く。そこで海域の問題で耳が生えただけだからと言って皆を安心させてから、イベントやって気分を盛り上げようと言ってチーム分けをして卵のペイントや料理等の役割を与える。

 それにより落ち込んだ雰囲気になっていたそれが霧散する。やるべき事があれば、やれる事があれば人はそれに意識を持って行かれて落ち込む隙を失う。

 人と共に行う何かは、共に行う事で協力する多くのものを得る。仲間意識と友情と、そしてその時に交わす会話から相手の為人を知る事ができるのだ。

 

 「ナミさんは、凄いなァ。だから、大佐にまで慣れてるんだろうか」

 

 僕より2つ歳上なだけなのに、物凄く遠く思える。ねェナミさん、僕は貴女の隣にいても許されますか?

 1人で立って居る貴女は美しいけど、不安定さだって見せないけど、本当は泣き虫で優しいだけの少女だと僕は知ってるんです。鳥の巣から落ちてしまった雛を拾っては、育てて自然に帰そうとするような人だと僕は……知っているんですよ。

 

 「コビー!味見してー!」

 「え?」

 

 多くの兎の中心でエプロン姿で笑うナミさんが、僕を現実に連れ戻す。そして何故か青いゆで卵を差し出して来てる。

 それを受け取るとムラなく綺麗に青く染まっていたから、どうするとこうなるだろうと内心で首を傾げる。そんな僕に、ナミさんは悪戯に笑った。

 

 「お酢に漬け込んだから、味が変わってるかもしれなくて……毒味?」

 「物騒な事言わないで貰えますか!?」

 

 僕の反応を見てクスクスと笑うナミさんをそっと抱き締めて、顔を隠すようにしている髪を頬に触れながら払い除ければ……不思議そうに僕を見詰めてくれる綺麗な瞳。信頼を失うのは怖いけど、1歩踏み出しても良いでしょうか?

 Happy Easter……。可愛い兎の唇を手に入れようと努力する少年は、訓練生が呼びに来た事でそれを断念する事となる。

 この二人が、手を繋ぐより先に進める日が何時になるのか。それはこの日に復活したばかりの神の加護でもない限り、随分道程は遠い未来なのかも知れない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イースター(ノジコ)

 私が海に出る事は殆どない。それはまだナミが幼かった頃から、変わらない事実。

 全く船に乗らない訳じゃないけど、幼い頃にこの島迄ベルメールさんと来た時以降は、極力乗りたくなくて忌避してる。それは多分、トラウマと呼ばれるものなのだろうと自覚もしてるわ。

 ベルメールさん達とここに来た時は、嵐に合い死にかけたし、海に出たナミは帰らなくなって死んだんじゃないかと怯える日々を過ごした。そして……アーロン達が、海から現れ地獄のような日々が始まったのだ。

 私の命も、大切な人の命も、いつも海が奪おうとする。だから私は見送りと出迎えでしか、海に近寄らないようにしてるの。

 ……でも、情けないわよね。海兵だった筈のベルメールさんも、私達を育てるようになってからは私と同じようなものだけど、きっとトラウマにはなってないのに。

 同じ事を経験した筈なのに、寧ろ海兵だったんだからもっと多くの事を経験してる筈なのに。溜息1つで幸せ1つが逃げるなんて言うけど、それなら私はどれだけ幸せを逃がしてるのか。

 蜜柑を鋏でパチンと取って、その香りに頬が緩むのを感じる。ナミがいなくなって、シャンプー等は自分で作るようになったけどやっぱり本物の蜜柑の香りが好きだわ。

 

 「ノジコちゃん!!大変よ!すぐ港に来て!!」

 

 町外れであるこの家まで駆けてくるのだから、余程の案件だろうとわかる。でも……この人誰だったかしら?

 あ、そうだ……確か子供の頃私を揶揄った事で、ナミにボコボコにされた子のお母さんだわ。ナミの事があって、私もあまり村の人と懇意にはしなかったからなんだか久しぶりに見た気がするわね。

 ナミは悪くないけど、私が村の人達と懇意にしてたらナミに勘づかれると思って……疎遠になってたのよね。あの子、変な所で鋭いから。

 

 「何があったんですか?」

 

 問いかけながらも蜜柑を家に入れてから港へと駆け出せば、小舟が1隻港に近付いているんだと言われた。それには、蜜柑色の長い髪の女が乗ってるって……。

 

 「ナミ!?」

 

 思わず叫び走る速度をあげれば、港に到着と同時に何故か頭上に兎の耳を生やした妹が居て……。何が起きてるのかとじっと見つめてしまう。

 似合うか似合わないかなら、間違いなく似合う。でも、そんな事じゃなくて、変な物でも食べたのかしらと不安になるのだ。

 そんな私を見て、名を呼びながら泣きそうな顔で笑ったナミが、いつもと同じように飛び付いてくる。それを抱きとめると、会いたかったと声を震わせるから……私は何も聞く前に、ただ1言……言葉を告げる事にした。

 

 「お帰り、ナミ」

 「ノジコ、ノジコぉー……」

 「はいはい、何があったのかゆっくり聞くから、1度帰ろうね」

 

 スリスリと猫のように甘えてくれる妹が愛しくて、でも1人で居る事で何となく理由がわかった気がしていた。……喧嘩でも、したのかしらね。

 もし、里帰りでは無く別れたのだと言うなら、迎えに来ても手放しはしない。私の妹を泣かせるような男に、二度と触れさせるつもりは無いのよ。

 ……は!まさか妊娠でもさせられたの!?

 それなら、挨拶に位来るべきよ。もしそうなら今この場に来てない時点で、もうナミは帰さないわ。

 

 「ナミの事は、私が守るからね」

 「ノジコ?」

 「別れたの?」

 「不吉な事言わないでくれる!?別れてないから!!」

 「チッ……」

 

 内心で残念だわと憎々しげに言った為か、舌打ちが抑えられなかった。そんな私の肩を叩いたのはベルメールさんで、クスクスと笑ってる。

 でも、この様子なら妊娠でも無さそうね。ナミの子供なら可愛いと思うのに、そっちも残念だわ。

 

 「ノジコも、シスコンよねェ」

 「ナミ程酷くないわ」

 「私、ノジコもベルメールさんも大好き!!」

 

 呆れを隠さないベルメールさんに思わず言い返したら、何故か参戦して来たナミの言葉にその顔を見てしまう。満面の笑みでホワホワと笑っているから、妙な衝動に襲われて私とベルメールさんが同時にナミを抱きしめたのは不可抗力だろう。

 それを嬉しそうに受け止めて、ナミは笑うからそれに癒される。……本当に、別れて帰ってきたんだったら良かったのに。

 

 「ナミ、いつ別れても良いのよ。そうしたらまた、私達と1緒に蜜柑育てながら生きていけるわよ」

 

 私の言葉にビクリと身体を震わせて、悩むような仕草をするナミと唆した私に拳が落ちた。犯人を見ればドクターで、何するの!?と声を揃えた私達に、ドクターは呆れを隠さない。

 

 「それぞれ、姉妹離れしなさい!……さて、その耳について聞こうか」

 

 そうして私達はゲンさんの駐在所にて話を聴く事になったんだけど、村の人達が当然のように覗いていて落ち着いた環境とは言えない。だけどナミは、それを気にした風でもなく言葉を口にするのだ。

 この村の人達がナミに恩を感じて大切に想うのと同じように、ナミもまた村の人達を愛してる。だからこそ、気にしないのだと分かるからそれを咎めるつもりは無い。

 その話を纏めれば、旅の途中でナミは霧に包まれてしまい、その影響で耳と尻尾が生えてしまった。けど、何よりも問題なのはその耳と尻尾により恋人の理性が切れてしまい、体力的に問題だろうと言う事で1時的に里帰りしたと言う話。

 

 「それでね、どうせ帰るなら何かイベントって思って考えたのが、私も兎だし……イースターイベントなんてどうかなと思って」

 

 イースターイベントと言われて思い出したのは、最新作の中で書かれていた春のイベント。卵と兎の料理や卵を飾り付けしたもので楽しむそれは、確かに兎となってるナミがいるなら最適かもと思えた。

 だからそれに賛成したらベルメールさんがナミの本は全部読んでるものねと笑うから、少し顔が熱くなる。でも、家族が出した本なら目を通すのは当然だと思うわ。

 そもそもそうやって笑ってる皆も、ナミの本は大抵揃えてるのだ。私だけおかしい、みたいな言い方されたくないわよ。

 

 「ノジコ、知っててくれたのね。嬉しい」

 「……今度、この駐在所をナミの出した本を置いとく為の図書館代わりにしようかって話が出てるのよ。特に大きな問題が起きる事も無いから、ナミの本を誰でも読めるようにって」

 「それは、流石に少し……恥ずかしい、かも」

 

 兎の耳まで赤くなってるのを見れば、笑いが起きたのも仕方ないと思う。それからゲンさんを筆頭に何人かの戦える男達が森に兎を捕まえに行き、戦えない男達が卵の収穫に向かう。

 その間に女達がペイントや料理に使う物を揃えて、私達が料理のメニューを考え出す。そんな訳で楽しみながら準備を進めれば、準備段階から笑いが谺響する。

 当初はゲンさん自慢の武器コレクションを飾ると言う話もあったけど、それは常に武器を誰でも手に取れるようになるからと無くなったのだと卵にペイントしつつ話す。それを受けてナミは、それなら本を置く方が良いわよねと肩を竦めて見せるのだからいい子だと思う。

 そうして迎えたイベントの当日は料理が足りなくなりそうになりながらも、エッグハントやエッグレース等の遊びを混ぜる事で誤魔化してしまうナミの手腕に笑ってしまう。普段から子守りに近い事をしているからなのか、村の人達の扱いが妙に手馴れている。

 

 「ナミ、愛してるわ。もう、何処にも行かないで」

 「ノジコ……私、帰ってきちゃおうかしら」

 「迎えが迎えでは無く、誘拐に変わりそうな会話は辞めておけ」

 

 私とナミの戯れをゲンさんがそう言って止める。それに酷いわねと笑うナミは、ゲンさんが本気で言ってるのだと言う事に気付いていない。

 迎えが来たら帰ってからまたイースターイベントやる約束になってるのよと笑うナミは、ナミを手に入れた男の持つ狂気に本当に気付いていないらしい。誘っておいてなんだけど、万が一にもナミが本気で里帰りを望んだら……私達共々誘拐して監禁する位平然とやりかねないのに。

 何もわかってない妹は楽しそうに笑い、耳がその度に揺れるのを眺めた。そっと手を伸ばしたゆで卵の中身が黄色になっていた為に驚きの声をあげれば、ナミが笑いながら説明してくれるそれに、村の人達と共に耳を傾ける。

 Happy Easter……。大切な家族と過ごせるならば、それに勝る暖かな祝日等無いだろう。

 迎えの船が来るまでの期間は、村人と家族に囲まれる楽しい日々が続いていく。迎えなんて永遠に来なければ良いと半ば本気で抱き締める家族や村人に、迎えに来た男が脱力するのはそう遠くない未来。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2020年七夕イベント
七夕20(麦わらのルフィ)


 島が見えた時、いつものように飛び出すつもりでいた。けどそんな俺に怒りの蹴りを繰り出して来るサンジが居て、何だろうと思いながら躱すと余計に怒り狂うサンジの姿。

 

 「こんの、くそゴム!冷蔵庫の中身食い尽くしやがったな!?」

 「なんだそんな事か。もう、島見えてんだから良いじゃねェか!!」

 

 ニカッと笑って言えば、サンジの顔に青筋がたった。そのまま始まるサンジからの説教を受けてる間に、ナミが姿を消しちまう。

 説教が終わるのを待って慌てて探しに降りたけど、1度姿を消したナミを見付けるのは至難の業なんだよな。……それにしても、色々ある島だなァ。

 同じ島の中でも場所によって雰囲気の大きく変わるその町並みにキョロキョロしながらも、ナミが行きそうな所を探して回る。うーん、ナミの好きな物はまずは蜜柑だけど蜜柑は買わないから……本だろうな。

 んで、そこに居なかったら紙とインク、換金所と、花を売ってる所だな。そう思って探すのに、見付からないナミにどこ行ったんだよと少し落ち込む。

 出掛けにチョッパーから渡された俺の分のお小遣いで買い食いしながら歩いていれば、小腹は何とかなったけどよ。……仕方ねェから1度帰るか。

 そう思って船に帰ると、どうやらナミも帰っていたらしいと分かる。でも飯も食わずに机に向かうその姿を見れば、サンジが嘆くのもロビンが気遣うのも、そしてチョッパーが小言を言うのもわかる気がした。

 ウソップが空島から持って来た貝を使って、頭叩くと声がするハリセン作ろうかとか言ってたのを思い出す。姉か母親か、もしくは他に叱られて効果のありそうな声は誰だろうかと貝を送る相手に頭を悩ませてたっけ。

 俺が思うに、副船長の声だったら効果あると思う。でも、それはなんか嫌でそれを伝えられなかった。

 真剣な顔で机に向かい何かを描いているその姿は、邪魔する事を許してはくれない。声をかける事さえ躊躇いそうになる。

 ……もう少ししたら、また来るかな。そう思って外に出ると蜜柑の樹が風で揺れていた。

 

 「同じ匂いの筈なのに、ナミのが美味そうなんだよなァ」

 「そりゃァお前ェ、惚れてる女は美味そうに見えるだろうよ」

 

 そう答えたのはフランキーで、そういう事じゃねェよと言おうとして意識は竹っぽい何かに向かう。なんだそれ?

 

 「なんかやんのか?」

 「オゥ!!ナミがな、七夕祭りやりたいって道具揃えたんだよ。折り紙で飾り作ったりして、これに飾って、それぞれの願いを書いた紙をぶら下げたら、当日星に届くように焼くんだと」

 「星?」

 

 星なんかに願い届けて何になるんだ?

 願い事があるなら、誰かに言って、皆で協力した方が早ェだろうに。変な事考えるもんだな。

 

 「織姫と彦星ってェ恋人の星が年に1度会える。そうして会えた事に喜ぶからら、届いた願いを叶えてくれるって言う伝説らしい」

 「ふぅん。詳しいな」

 「……ナミからの説明を簡略的に纏めただけだ。あの説明普通に聞いたら数時間かかるぞ。ルフィは起きて居られねェだろ」

 

 うん、無理だ。子守唄にするか、飽きてナミを襲う自信があるぞ。

 その話の流れで、七夕祭り用のレシピもサンジに渡されたようで、現在サンジは買出しに出ているらしい。気付けばウソップがすんげェ細かい物作って飾りにしようとしてるし、ロビンが本を見ながらチョッパーと折り紙を折ったり、切ったりしてた。

 ブルックは紙を見ながらギターを鳴らしたり、ピアノを鳴らしたりしていて、ゾロは掃除をしてる。皆なんかしら準備してるんだな。

 

 「ん?あれ?」

 「どうしたよ?」

 「何でだれも俺に伝えないで、俺の許可取らないで準備してんだ?」

 「やりたくないなんてルフィが言う訳ねェし、手伝われないのが1番の手伝いだからに決まってんだろ」

 

 フランキーからの冷たい言葉に酷ェと叫んだ瞬間、図書室から歌声が聞こえて来た。足を向ければナミが何かを描きながら歌っていて、その優しい姿に見惚れちまう。

 神に祈りを捧げるミコさんってのが、こんなかなって思う。でも、神になんか祈ってないで俺に願えよ。

 もしもナミが望むなら、どんな事でも叶えてやるから。俺は、ナミに笑ってて欲しいんだ。

 歌い終えたナミに拍手を贈ると、ナミは驚いた様子で振り向いた。その顔がなんか妙に幼い。

 その後赤くなるナミにそっと近付くと、誘ってんのかと問いただしたくなるような顔で俺を見上げてくる。……いや、誘ってないのはわかってんだけどよ。

 そのまま俯くナミから描いてた紙を奪い取り、確認すれば比較的短い歌詞が書かれている。さっきは途中からだったし、ちゃんと聞きたいな。

 

 「もう1度、歌ってくれよ」

 「え?」

 「ちゃんと聞きたい」

 「嫌よ。恥ずかしいじゃない」

 

 これ、本気で言ってんだぞ。世界に名だたる宝玉先生がだぞ!?

 でも、そんなだから皆が求めるのかもな。求めても、誰にもやらないけど。

 だって昔から決まってる。ナミは俺のだって。

 

 「俺は、ナミの歌ってるのが聞きたい!」

 「……ワカリマシタ。歌います。……仕方ないわね」

 

 そう言ってから諦めたように溜息1つ。そうして歌い出したナミに頬が緩む。

 星がキラキラしてるのより、ずっとナミのが輝いてる。俺の最愛の女。

 歌い終えるのを待って、ナミをそっと抱き上げると、驚いた顔はしても抵抗はしない。どうせ準備できるまでに時間かかるだろうから、少し位ナミと遊びに行っても良いだろ。

 

 「よし、行くぞ!」

 「何処に!?」

 「2人で屋台のもん、制覇するぞ!!」

 「サンジ君が作ってくれてるでしょ!?」

 「……ナミ、俺、腹減った」

 「なんですと!?」

 

 目を見開くナミの耳元に唇寄せて問い掛ける。仕方ないから選ばせてやるよ。

 

 「俺にナミが喰われるか、俺と出掛けて屋台のもん俺に食わせるか、どっちがいい?」

 「屋台、行きましょう!えぇ、今すぐ!」

 

 真っ赤な顔でそんな事言う意地悪なナミに、俺としてはナミが〝私を食べて〟と言ってくれるの期待したのにと思う。まァ、それは今夜ゆっくり楽しめば良いよな。

 そう思って飛び出す俺に気付いて、文句を言う仲間達の声が届く。でもよ、俺はそんなの気にしねェぞ。

 

 「ナミは俺の織姫だ!誰にもやらねェぞ!」

 

 抗議の声は遠ざかり、俺に抱き着くナミの顔が林檎より赤くなる。本当に、可愛い。

 2人で楽しんだら、皆の所に帰ろう。そんで、皆で楽しんだら、その後はまた、2人でゆっくり過ごしたい。

 もっと時間に余裕があれば、可愛い格好で来たのにといじけるナミに、何も着てなくても可愛いぞと言って怒られるのはその直後。今日も織姫と彦星は、年に1度の逢瀬なんて耐えられないと、引っ付いたまま離れない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七夕20(百獣のカイドウ)

 用事の為に面倒だが船で移動したその先で、どうやらナミは買物を済ませてきたらしい。用事が済めば船を無言でワノ国へと戻したが、戻ると同時に荷物が届けばそれくらいはわかる。

 1人で降りるなんて事ァ、許した覚えは無ェんだがな。……っとに、俺の近くに居る女は誰も思う通りにならねェ。

 そう思った時、歌声が聞こえてくればそれにつられるように足を向けたのも当然だろう。歌う姿は、流石は世界に菜を轟かせる歌姫と言う他無い。

 だが、本人はこれを趣味だと言うのだから、世界に喧嘩ふっかけてると思われても当然だろう。視線を動かし、その横に干されている地図を見れば、世の測量士が血の涙を流しそうな出来栄えで、さてこれをどうやって傍に引き留めておくかと考えさせられる。

 力で屈服できるなら、こんなにも悩まねェ。力で解決しようとすれば、屈服の前に殺しちまう。

 だが……優しくする……なんて、これ迄考えずに生きてきたから、やり方も分からねェので、その案も却下だ。こんなにもか弱く、こんなにも強い奴に……俺は今迄出会った事がねェ。

 ……ヤマトより歳下の小娘に、俺も焼きが回ったもんだ。本来なら、護衛にヤマトを置いておきたい所だってのに、あの馬鹿息子は俺の言う事を何一つ聞き入れようとしながらねェ。

 女は女同士。甘い性格である事も考慮して、それでも戦えるヤマトが便利だってのに……あの、クソガキ……!!

 そんな苛立ち故にナミの歌を大半聞き逃した俺は、それでも歌い終えた瞬間に拍手だけ送ってみた。すると、驚いた顔で振り向いた後、幼い少女のようにその頬を赤く染めるからそれが伝染しそうになる。

 どうにかそれを誤魔化そうと口にした言葉は、ただ、甘く響く。その存在が甘いから、それが伝染しちまったんだろう。

 

 「ナミ」

 「カイドウ?」

 「もう一度、歌い直せ」

 「えっ!?」

 

 動揺するナミは年相応だが、俺に命じられたなら素直に従えばいいものを。弱さは、それだけで罪だ。

 弱いから奪われる。弱いから殺されるんだ。

 ならばせめて、弱者は強い者に巻かれて生きればいい。強くとも、策略に嵌められ生きられなくなる事もあるのだから、弱者はただ強者に従ってさえいればいいだろう。

 そう思うのに、抵抗する者、歯向かう者の方が成長を見込めるのもあり気に入ってしまう。考えてみれば、ナミもそうだ。

 力は無い。身体も脆弱だ。

 だが、他には無い稀有な能力を持ち、何よりも気の強さと忍耐強さを持っている。能力故に、保護してるつもりだったんだが……子猫が無駄に逆らって来る感じで目が離せねェのが理由なのか、可愛く思えちまうんだよな。

 だから連れ帰って俺のモノにしたんだ。今更……手放す気はねェ。

 

 「わ……かった。仕方ないから、歌ってあげるから、そんなに……見つめないで」

 

 じっと見つめてたのが理由か、ナミは今にも倒れそうな程に赤く染まっている。その顔を見ると、貪りたくなるから辞めて欲しい所だな。

 歌い始めれば、ワノ国をイメージした歌だとわかる。最終的には、このワノ国を工場としてのみ稼働させるつもりだと知れば……嘆くんだろうな。

 心優しい、善良なる、愚か者。本来ならば、俺が最も嫌うべき種族だってのに……。

 そういや、なんでこいつ、背中に白い羽根がねェんだろうな。そんな事を半ば本気で考えさせられる程度には、毒されている。

 歌が終わると同時にナミを摘み上げて、そのまま龍に姿を変えて鬼ヶ島に戻る。勝手に外出した事に対する罰として、足で持って行く事は俺の中で随分寛大な措置だ。

 だと言うのに、到着した部屋でナミを解放すると怯えた様子を見せる所か楽しそうにしていた。だが、よく見れば身体が小刻みに震えているから、どういう事かと確認の為に手を伸ばす。

 軽く触れるだけのつもりで伸ばした手は、当然のようにナミを抱き締めている。ナミが動けない、逃げられない状態で、そっと囁くように問いかければ、キョトンとした眼差しが返ってきた。

 

 「反省したか」

 「何を?」

 「勝手に出歩いた事だ」

 「だって、カイドウ忙しそうだったから……邪魔しちゃまずいと思って」

 

 その言葉に、逃げる意思がなかったのはわかっていた。なのに、妙にホッとしている己に気付かされる。

 落ち込んだ様子を見せるナミの素肌に、壊さねェように気を付けつつ触れると妙に冷たい。そこに来て小刻みに震えてる事に気付けば、怯えではなく低体温という形で苦しめちまったと気付く。

 

 「冷てェな。風呂に入って来い」

 「でも……」

 「戻る迄に、七夕の準備しといてやる。……その代わり、楽しませろよ?」

 

 俺の言葉にナミは明るく笑い、ふらつく足取りで風呂場に向かう。それを見送ると同時に俺は、大看板や飛び六砲に1刻以内に準備をするよう命じる。

 叫び声を上げながら動き出した面々にウオロロロロロと笑えば、カイドウ様酷い!!とか無茶な!!とか言いながらもそれぞれが自分の配下を上手く使い活動を開始した。暫くしてナミが風呂から出て来ると、髪の毛から滴る水滴に気付き、抱き寄せて拭いてやる。

 そうして少しばかりナミの味見もしてから解放すれば、真っ赤な顔でお風呂入ってくると再び風呂へと消えて行く。だから再び同じ事にならないよう、うるティを呼び出して仕度を手伝わせる事にした。

 どうやらうるティはナミが未だ気に入らねェ様子だが、どうにかなるだろう。俺が何かしてやれば、そのまま貪っちまうからな。

 ……蜜柑の香りが食欲を刺激するのが悪い。そもそも、オレンジ色ってのは、色的にも1番食欲を煽る色なんだよ……!!

 先に宴の会場へと行っている事を伝えて向かえば、バオファンが本日の予定を告げて来る。だがそれは明日以降に回しておけと言えば、それに頷いて素直に従った。

 そんな事をしてる間に舞台の幕が上がれば、その中央に立つ踊り子姿のナミに息を飲まされる事となった。……なんて、格好してやがる……!!

 苛立つ俺に対して、ナミは舞台の上から挑発的な視線を投げかけて来て、想像していなかったレベルの舞を披露する。大看板や飛び六砲が頬を染めたり、声を失ったりして魅入る様子に俺の苛立ちは最高潮だ。

 舞い終えるのを待ち、連れ帰ろうと決めた俺に向けられた少し高い声。俺の〝馬鹿息子〟だ。

 

 「親父、僕の七夕の願い叶えてくれるか?」

 「あ!?」

 

 腕輪なら外さねェし、島の外にも出してやるつもりはねェぞ。そう思って睨んだ時、馬鹿息子が楽しげに声を震わせた。

 

 「ナミを僕のお嫁さんにしたい」

 「巫山戯てんじゃねェぞ!ナミは俺の織姫だ!!」

 

 怒鳴りつけた俺に視線が集中して、見ればナミが舞台の上でヘナヘナと座り込んでしまう。そんな様子に自分が何を叫んだのか気付かされ、小さくない舌打ちと共にナミの元へ近付く。

 

 「カイドウは、私の、彦星?」

 「……そう、なるな」

 「私、ずっと……その、虜囚か戦利品なんだと、思ってて……だから……」

 「……最大限に、優しくしてるつもりだ。虜囚や小物に、この俺様が大切に扱う様な真似ををすると思ってたのか」

 

 最大限気を付けていたつもりだ。何度も腕に抱いたのに、欠片も伝わってねェと誰が想像出来る。

 ……だが、今はもう、伝わったようだな。そういう意味では、馬鹿息子も役立ったか。

 

 「私、弱いから……壊さないように気を付けてるのかなって……思って……」

 「壊してやる……数日は立てないと思っとけ」

 

 そう言ってナミを抱き上げた俺が向かったのは、当然ながら俺の寝室で……。俺の腕の中に隠して、誰にも見せるものかと思う。

 踊り子の姿をしているなら、俺の為だけに舞えと命じて、ナミがそれに応じるように愛らしい歌声を響かせれば、手加減なんて忘れちまうのも致し方ねェ事だろう。今日も織姫と彦星は、年に一度の逢瀬なんて耐えられないと、引っ付いたまま離れない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2020年防災の日イベント
防災の日(麦わらのルフィ)


 いつもと変わらない平和な海の上。突然聞こえて来たのは、優しいピアノの音。

 何か曲が完成した時と、クラシックって言うのを時々ナミは演奏する。それ以外は基本的にブルックが弾いてるだけのピアノ。

 ブルックの昔の仲間が使ってたらしいそれは、ナミがどうにかならないかとフランキーに頼んで運び込んでいたのを覚えている。それに対して、ブルックが泣きながら喜んでいた事も。

 ナミはお化けとか怖がる癖に、ブルックの事は早々に受け入れていた。それに……ブルックもナミを〝特別〟に思ってるのを知ってる。

 勿論、俺とかゾロやサンジが抱く〝特別〟とは種類が違うけど、この船では形は違っても皆ナミを〝特別〟に想ってんのに、その事をナミは自覚してねェ。ロビンの親友で妹のような、それで居て母親や姉のような立ち位置のナミ。

 チョッパーの姉で、憧れの作家。ウソップの姉で親友。

 フランキーの妹で……恋人の妹。ブルックにとっては、何だろうな。

 同じ作曲家仲間だろうか。ブルックはそういう意味では少し読めない。

 でも構わない。皆がナミを好きで、大切なんだって事だけは間違いないから。

 そんな事を思った時、歌声が始まって今回は練習とか音の確認じゃなくて、新曲ができたらしいと知る。でも、その歌詞が少し悲しくて……でも、俺への想いを歌ってるのは伝わって来て……邪魔にならねェようにそっとアクアリウムへと向かった。

 何度も繰り返される〝醜い私〟って言葉に、ナミが本気でそう思ってるのが伝わる。俺を愛してると言うその唇で、捨てられると今も信じてるのが伝わるから悲しくなるんだ。

 もう少し、俺を信じてくれよ。俺には、ナミを手放したりする気はねェんだから。

 優しくも悲しい歌声が、サニーに響き渡る。俺達は新曲を楽しみにしてるけど、こういう心の籠った歌声を聞く度に俺はナミの中でまだまだ信用されてないんだって事を痛感させられちまうんだ。

 必要としてと願うナミに、どうしたらナミがいないとダメなんだって伝えられるんだろうかと考えちまう。その時歌が終わって、曲が終わって、俺が部屋にいるのに気付かないで立ち上がったナミを咄嗟に強く抱き締めていた。

 

 「必要としてる」

 「うん、ありがとう。私も防災の日は必要だと思うわ」

 

 ……今、ナミはなんの話ししてんだ?

 防災の日って事は、防災訓練とか言うのやりたいって事かもな。確かに船だし、何があるか分からねェから、それは大切かもだけど……そうじゃねェよな!?

 向けられる笑顔は可愛いけどよ。……いや、ここで負けたらナミのペースだ、頑張れ俺!

 その時キョトンとした感じで首を傾げるナミに、可愛いなと内心で悪態をつく。可愛いって言葉が悪態になるなんて、俺は今まで知らなかったぞ。

 

 「それも必要だけどよ」

 

 それよりももっと必要な事があるだろうと、言葉の代わりに唇を重ねる事で、俺は伝える事にした。ナミはいつも、蜜柑の香りで俺を誘っている。

 魚達が見てるとか、そんな事を言って恥ずかしそうにしてるナミにドアは閉めてきたと伝えて、ソファへと押し倒したのは当然だろう。抵抗しないナミは、本当に俺に甘いと思うけど……今はその甘さに溺れていたい。

 賢いのに馬鹿で、周りの事は何でも分かるのに自分の事は分からない。なんでも出来るのにドジで、優しくて甘いのに気が強いから危なっかしい……俺の大切な指針。

 その翌日、フランキーと話し合って何か作ってたナミは、途中ロビンやウソップも巻き込んでソレを製作していた。いつも緊急時みたいな状態で食事と治療してくれてる二人には、今更頑張って貰わなくても何とかなると言って、ナミが休憩しててと笑ったのが印象的だ。

 俺はそんな訳で暇してるチョッパーとブルックを相手に遊んで居たけど、サンジは結局休む事無く飲み物とか休憩用にとお菓子とかを作ってくれていた。それがありがたいとナミは笑うけど……俺の相手はしてくれねェ。

 カーディガンを羽織って、胸元隠してる他は何も変わらない様子のナミが、フランキーが作り出す色々な物の原案ってのを出してるのはわかってる。そして、妙な言葉も聞こえて来た。

 

 「この〝水蜘蛛〟と呼ばれる道具は、ウソップの狙撃に使いやすいかと思うんだけど……侵入系の道具だからそんなに使い道は無いかも」

 「……水の上を歩くんじゃないのか?」

 

 不思議そうに問い掛けるウソップに、ナミは首を横に振る。俺も興味があって覗くけど、丸い板をドーナツみたいに真ん中くり抜いて、そこに海賊らしくバツが入ってるそれは確かにそう見えるけどな。

 

 「これはこっちの道具を足につけて、この板は浮き輪代わりに使うの。この部分に銃を置けば、銃が濡れないでしょ」

 

 なんて絵の1部を示しながら説明するナミに、フランキーとウソップは興味津々。ロビンは面白い事考えたわねと笑う。

 何か、賢そうな話して、楽しそうにしてる。俺の事は構ってくれねェのに。

 

 「でね、今回作って欲しいのは服の下に装着できる浮き輪なのよ」

 

 水に触れるとポンっと膨らんで沈まなくなると言うそれは、悪魔の実の能力者が多いこの船では有効だろうって話してて……正直つまんねェ。ナミは作ってる訳じゃねェんだから、俺と居てくれてもいいのに。

 そう思ってうねる髪を引っ張ってみたり、その髪に指を絡ませてキスしてみたりする。そしたら、それだけで赤くなったナミが可愛くて、その首にキスをしようとした時……サンジに蹴り飛ばされた。

 ちぇーって思って彷徨いていたら、サンジが警戒して睨んでくる。でもよ、ナミは俺のだぞ!

 そうだと思って、ずっと静かだったゾロを発見して近付くけど、トレーニング中でやっぱり構ってくんねェ。仕方ないからとチョッパーを捕まえて一緒に釣りを開始したけど、なんにも捕まらなかった。

 そんなつまんない日を過ごした翌日。完成したらしい防災グッズを手にして、ナミが何か説明していた。

 服の下につけてくれたらなんて話してて、沢山あるからと思って、とりあえずそれを足首に取り付けてみた。そのまま動いてみら、特に違和感が無かったからそのまま船縁へ向かう。

 ちっちゃな浮き輪って事だから、これ付けてたら沈まないんだよな?

 足首につけたそれを見て、なら試しにと海へ入ればいつものように力が抜けて……ゴボガバゴボ!!ってなる。確かに沈まねェけど、浮いてんの足だけで、呼吸も出来ねェ!!

 身体から力が抜けてるから、足が浮いてるせいで逆さまになっちまってるしで、全然安全じゃねェよ。ナミ……!!

 その時やっぱりいつもみたいにナミが飛び込んで来て、俺の身体を支えて海面に顔を出させてくれる。それを見て皆が何してんだよと呆れを見せるけど、これは俺のせいじゃねェ!!

 

 「ナミ!ゲホッこれ、どこが、防災グッズなっ……だよ!!」

 「……説明最後まで聞かないで勝手に使うからそうなるのよ!!もう、お馬鹿ね」

 

 そんな事を言いながら俺をサニーに連れ戻してくれたナミは、何だか困ったように俺を見てる。見ればチョッパーやロビン、ブルックが肩にそれをつけているらしいと気付いた。

 今はそれをむき出しにしてるけど、服を上に着てたらつけてんのもわかんねェかもって思う。試しにって入った皆は楽しそうに遊んでいて、浮き輪より動きやすいとチョッパー達は楽しそうにしてるけど……。

 

 「念の為びっくりプールで試して貰う予定だったのに、ルフィが勝手な事するから……心配したでしょ」

 

 泣きそうな顔でそんな事を言われたら、俺も流石に悪かったかなって思う。にしても、これ凄ェな。

 

 「なんで、俺だけ逆さまになったんだ?」

 「身体に付ける浮き輪なんだから、つけてる所が浮くのよ。足に着けたら足が浮くから、逆さまになるに決まってるじゃない」

 

 足に着けたら、海の上に立てると思ったんだと言えば、ナミにルフィはおっちょこちょいだから無理よって言われちまう。空のペットボトル使えばそれも出来るらしいけど、波がある海では難しいだろうって……。

 でも、そんな事を言われてても、俺の傍にナミが戻って来てくれたからそれでいいや。防災グッズなんて頼んなくても、俺にはナミがいる。

 仲間がいるから、そんなもの必要無いと心から思う。俺が助けられる時は俺が助けるし、俺が出来ないところは皆が助けてくれる。

 それで十分だろうと心から思って、俺はにししって笑った。そんな俺にいい加減にしとけよって毛布投げつけて来たフランキーは、何故かその頬っぺたが赤く腫れ上がっていて、それが何時からだったのかも覚えてない事に今更気付く。

 

 「フランキー、それ、どうしたんだ?」

 「……スーパー気にすんな。試作品をロビンに試して貰ったら、ロビンにスーパー殴られただけだ」

 「ロビンに何したのよ」

 「待てこらナミ!俺様が殴られたって言ってんだろ!?」

 「ロビンが無意味にそんな事をする訳無いじゃない!フランキーがロビンに何かしたのよ!!」

 

 そう言って怒り出すナミを見て、後でフランキーに何やったか聞いて俺もやってみようかなと思う。ロビンはフランキーに怒っても、ナミは俺を怒らねェから。

 まさか俺には難しい事をフランキーがしたなんて知らなかった俺は、そんな事を考えながら防災訓練にならないじゃないと嘆くナミを見て笑ってた。今日もやっぱり、俺の周りは笑顔と愛で満ちてる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

防災の日(悪魔の子ロビン)

ルフィの話のside作品です。


 本を手に甲板に出たのは、図書室にナミの姿が無かったから。蜜柑畑に居ると思ってたのだけれど……だとしたらどこかしら?

 多忙を極める彼女の居場所は、こうなると読めない。仕方ないわねと花壇と蜜柑畑の間に腰を下ろそうとした時、サンジがどこからとも無く現れてガーデンセットとパラソル、そして珈琲セットまで用意して行く。

 

 「ふふ、ありがとう」

 

 別に床に座っても問題ないのに。そう思いながらも、その気遣いは嬉しい。

 この麦藁の1味に来る前は、こんな温かさを私は知らなかった。ルフィだけじゃない、ナミだけでもない。

 この1味にいる人は、皆温かくて優しい。だから私は、いつも笑っていられるようになったの。

 

 「喜んで頂けたのなら、それだけで」

 「ここだと、見晴らしもいいし、ナミの蜜柑畑から良い香りがするから好きなのよね」

 「分かりますよ。……ラベンダーが咲きましたね」

 

 サンジの言葉に頷けば、目の前ではピンク色のラベンダーが風で揺れているのが確認出来た。ラベンダーは青という固定概念を、簡単に覆されてしまったわ。

 

 「ええ、ピンク系もあるなんて知らなかったから実際咲いて驚いたわ」

 

 そんな他愛ない事を話していたら、微かに聞こえて来たピアノの音。直後にそれは大きく聞こえ始めたから、誰かがアクアリウムに続く扉を開けたのだと分かる。

 聞こえて来る綺麗なメロディと、悲しい歌詞。ううん、本当は悲しくない筈の歌詞なのに、ナミが歌うから……自分を認めようとしないナミが歌うから悲しく聞こえるだけの歌。

 同じ歌を聞いて苦しそうに眉を寄せるサンジに、本当にナミの事が好きなのねと思えば切なくなる。この事に関してだけは、全員が幸せな結末には至れない。

 どうしたってナミは1人しか居ないし、ナミは複数の人を選んで平等に愛するなんて博愛的な事はできないもの。……博愛主義に見えるけど、本当は大切なごく1部の為にしか動かない子だものね。

 博愛主義に見せてしまうのは、ナミがお人好しで困ってる人を見捨てられないから。でもそれは、きっとこの1味の誰を見てもある程度そういう所があるわ。

 歌声が止んで、曲の終盤……突然音が小さくなった。ドアを閉めたのだとそれだけで分かり、私はそっとアクアリウムに耳と手を生やす。

 当然のようにナミを抱き締めるルフィが見えて、でもナミは何やら頓珍漢な事を言っていて……。このまま食べられそうねと思えば女部屋に置いてある『立入禁止』の札をアクアリウムの扉に掛けておく。

 皆が二人に何が起きているのかを知っていても、気付いていても、事故でもそれを見られたりしたらナミはそれこそ部屋から出て来なくなりかねない。何時までも純心で……何処か幼い大切な妹を護りたいと願うのはきっと、当然の事だと思うから。

 

 「それも、幼い姿を見せてくれるのが、身内だけだと言うなら……余計に守りたくなって当然よね」

 「それは、間違いないですね」

 

 声に出していたつもりの無かったそれに返った言葉に、私は少し驚いて……笑みを向ける。それにメロリンとせずに少し切なそうに蜜柑を見上げる事で応えたサンジに、彼も幸せになって欲しいと切に願う。

 その日、ナミがフラフラした様子で姿を見せたのは、夕ご飯の頃で……後でルフィにはクラッチ位してもいいかしらと本気で思わされてしまった。それを宥めたのは、結局ナミの微笑みだったのだけれど。

 その翌日、ナミはフランキーと何かを熱く語り合っていた。こういう時のナミは、頑固な職人以外の何者でもない。

 フランキーもそれに乗せられるのか、口調がいつもより荒くなるし、声も大きくなる。なのにナミも負けないから、全く……と思いながらそれを見守っていた。

 

 「ロビン、ロビンはこれ、どっちがいいと思う?」

 「……見せてくれる?」

 

 フランキーとナミが揉めた時は、どうしてもどちらも譲れない程に大切な存在だと分かってる私が呼ばれやすい。でも、ナミが私を呼ぶのは素直に、その知識を求めているから。

 期待されているのだとわかる。私の読書好きである知識と、これまでの経験で得たそれを。

 

 「……水袋を使うのは合理的だと思うけど、臭いが……。それにコストもかかるわ」

 「だが、安全性を考慮する為の物だからな。ビニールだと熱にも衝撃にも弱過ぎるだろうが」

 「普通のビニールならそうでも、少し加工したら違うでしょう。そうなれば後はフランキーの腕の見せ所じゃないかしら?」

 

 クスクスと笑って言えば、フランキーは少し嫌そうな顔をしていたからどうやら水袋を使用する案を推していたらしいと気付いた。けど、私の言葉で照れながらもヤル気を見せてくれたのだから大丈夫だと思うわ。

 それに今回は、ナミの言うビニールタイプがいいと思うのは確か。浮き輪は遊び用だけど、それをもう少し強化出来るならその方がいいと思うもの。

 それからウソップも呼ばれて、デザインや衝撃により膨らむそのシステムの拡充の為に話し合いが持たれる。どうやら悪魔の実の能力者が多過ぎるこの1味で、皆が安全に過ごせるようにと考えてくれてるらしい。

 

 「防災の日?」

 「うん。今月はそういう日があるのよ。それでね……どうかなって思って」

 

 本来は9月1日だから過ぎてるらしいけど、どうしてその日が防災の日なのかと聞いてもナミは笑って誤魔化すばかり。大地震があった名残なのよとは言われても、どこの島の話なのかナミは教えてくれなかった。

 

 「確かに海に何時もいるんだし、そう言うのも必要だよな。ゾロとサンジがだいたい助けに飛び込むけど、奴等は大切な戦闘要員だから、助けに入られると他の所で押し負ける可能性も出てくるからよ」

 

 ウソップの言葉で確かにと皆が頷いて、海に落ちても大丈夫なように作られるそれは、甲板に出る時に着用していたら確かに安全性は高まるかも知れないと思う。少なくとも悪魔の実の能力者達は、身に付けるべきかも知れないと思える位には、良い物に思えた。

 その他にもナミの思い付きで色々と話は盛り上がるけど、実用性はちょっと無さそう。そんな話し合いの途中も、ルフィはナミにちょっかいを出していて、恥ずかしそうにしているナミが可愛くてつい微笑んでしまっていた。

 勿論途中でサンジに蹴り飛ばされて、ゾロの元へ向かって相手にされず、ブルックにねだって演奏会を開始して貰って居たようだったけど。サンジに暇なら釣りしてろと叱られて、チョッパーと並んで船縁に座るのを眺めて……確かにこの道具は急務だわと思わされた。

 その日の夜、フランキーに呼び出されて首を傾げながらも図書室へ向かうと、風呂場へと連行されてしまう。若い二人じゃあるまいし、何をするつもりなのかと睨めばフランキーは薄く笑った。

 

 「明日に備えて、性能確認だ」

 「あァ……それなら……」

 「この時間にびっくりプールって訳にもな」

 「ルフィやチョッパーが騒ぎそうだものね」

 

 クスクスと笑う私にフランキーは水着をと言うから素直に従い、けれど胸のすぐ下に装着されてしまえば少し違和感はある。肩に付けると聞いていたのにと思ったけど、浴槽に投げ入れられてしまえば力なんてもう入らない。

 

 「ちゃんと浮くな。衝撃に対しても良い働きをする。これなら大丈夫だろ」

 「……まったく……乱暴ね」

 「ゆっくり入ったんじゃ、機能しねェからな」

 「結果がわかったなら、もう充分でしょ。縁まで引っ張ってちょう」

 

 言葉は最後まで紡げない。フランキーが、当然のように脱ぎ出していたから。

 この状態でフランキーが何をしたいのか、それが分からない程子供でもなく、悲鳴をあげる程乙女でも無い。そしてそれを拒む程その行為を嫌とも思わなくて、寧ろ……。

 

 「フランキー……仕方ない人ね」

 「そんな所も気に入ってんだろ」

 「否定はしないわ」

 

 その夜、私とフランキーがそれぞれの部屋に帰る事は無かった。ただ、詳細は省かせて貰うけれど。

 その翌日、試行錯誤の上完成させた装着型の浮き輪は、皆の目の前で紹介されナミがその性能を説明してくれる。悪魔の実の能力者には肩に装着して貰えたら、普段は服の下に身に着けてるだけでも防災になると言う。

 けど……単純に、ナミが心配性なだけよね。そう思ったら可笑しくなってしまう。

 そんな時大きな音が聞こえて皆が海を覗けば、ぷかりと浮いてる浮き袋が二つ。即座に飛び込もうとするゾロを制して飛び込んだナミを見て、その顔を見て、皆が揃って笑い出す。

 必死な顔で、血の気の引いたその顔で、折角の道具で死のうとする我らの船長を助けに向かう皆のお姫様。足の生えた人魚姫は、泳げもしない人間の〝未来の海賊王〟を助け出す。

 未来の王だから今は王子だもの、これも童話として成り立つわねと笑う私に、ブルックはヨホホと笑って同意してくれる。どうやらこの童話は、幸福なエンディングを迎えられそうだと、皆で笑い合う。

 その笑顔の中に昨日散々人を弄んだサイボーグが居たから、腕をそっと生やしてお礼をこっそりしていたら、それを見ていたらしいチョッパーが怯えてしまう。それでもやっぱり、ルフィとナミが戻って来たら、解決してしまうのよね。

 その証拠に、ブルックは演奏して、ウソップは歌う。皆が楽しそうに集まって、ナミとルフィは中央で困惑の表情を浮かべるけど、その周りは笑顔と愛で満ちてる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2020年忘年会イベント
忘年会(麦わらのルフィ)


 まだ寝てるナミを残して先に部屋を出たのは、このままだと寝てるナミを襲いそうだったから。最近忙しそうにしててあまり構ってくんなかったから、だから……つい。

 夜中に揺さぶられて起こされたら、流石のナミも怒るだろう。そう思ってナミの蜜柑畑に来れば、何となくナミの近くに居るのと近い気持ちになれる。

 そのまま甲板に転がればまだ星が綺麗な時間で、熱った身体には潮風が気持ちいい。そのまま寝ちまって、目が覚めたら朝日が顔出してたからとナミの所へ戻ったら……居ない。

 動ける状態じゃなかった筈だと慌てて探す俺は、でもまずは風呂かと急いで移動する。だけど使われた形跡があって、匂いもするのにナミの姿が無い。

 風呂から出ちまったなら蜜柑畑かと移動してみるけど、やっぱり居なくて……倉庫の点検か、サンジと打ち合わせかと駆け回る。その後でもしかしてと部屋に戻ってみたら、窓を開けて海を眺めてるその姿を発見した。

 

 「やっと見付けた」

 「……ルフィ?」

 「探してたんだ……」

 

 俺の言葉を受けて、ナミは小首を傾げてから外を見て、また俺を見る。……うん、天候が崩れたとかじゃなくてだな?

 

 「早朝、部屋に居なかったから、何かあったのかと思ったんだよ。急に、消えるなよな……!」

 「……誰かさんが無理させるから、身体は痛いし、ベタベタしてるしで、シャワー浴びたかったの!!」

 「ごめんなさい。やりすぎました。……無理させたよな」

 

 それを言われると弱い。確かに、俺が原因だから。

 でも、美味かったです。それに可愛かったぞ、とは、心の中で。

 それに、怒ってみても結局この先もナミは俺を拒まないと知ってるから、俺を愛してると知ってるから、俺はそれだけで幸せなんだ。そう思って見詰めたら、ナミは困ったように笑う。

 

 「薬は飲んだし、もう大丈夫よ。所で、忘年会やりたいから協力して」

 「忘年会?って、宴か!やろう~っ!!」

 

 喜ぶ俺を見て、ナミが優しく愛しさを抑えられないって感じの顔で笑った。それを見て俺の1部が勝手に熱を持ったのは、仕方ないと思う。

 駄目だ、流石に今は襲えない。謝った直後だぞと自分に言い聞かせて、溜息ひとつ。

 

 「どうしたの?」

 「ナミにだけは、永遠に勝てる気がしない」

 「勝てた記憶が、無いんだけど……?」

 

 全戦全勝の大将軍は、本気でわかってない様子で俺を見てる。でもその直後にはペンを取り出して忘年会について話し合おうと言い出すのだから、笑いが込み上げるのは当然の事。

 無防備で賢くて、何処か抜けてる俺の恋人。そっと抱きしめようと手を伸ばした時、ブルックの朝の挨拶代わりとなってる演奏が響き、サンジの飯だぞー!!の声が聞こえた。

 それを認識したら腹がグーって泣いた。うん、腹減ったな。

 

 「……朝だったな。ナミ、歩けるか?」

 「歩けるから、心配しないで行きなさい」

 

 優しく笑ったナミが食堂に顔を覗かせたのは、それから大分経ってからの事だった。歩き方が可笑しいから、昨夜は相当無理させちまったかなと思うけど、今更何もできねェし……。

 その時何かが近づいてくるのを感じて、見聞色の覇気を使える奴等は揃って甲板に飛び出した。……ナミを除いて。

 それにより近付いてきたのが大好きな兄ちゃんだと解れば、大歓迎で迎え入れる。そんな俺の騒ぎにより、出てきたナミが驚いた声を出す。

 

 「サボ!久しぶり。無事で良かったわ」

 「ああ!久しぶり。……ロビンも元気そうだな」

 「ええ、お陰様で」

 

 サボが俺を無視して二人と会話してるから、グルグルと絡みついてみればサボも漸く俺を見てくれる。困ったように笑うその顔は、昔と変わらない。

 優しい兄ちゃんだ。あの戦争でも、俺を守ってくれた……頼れる兄ちゃんのまま、何も変わってない。

 

 「ルフィ……。会いたかったよ」

 「サボ……!!俺、俺のせいで、エースが!!」

 「ナミから聞いてないのか?エースはあの時は生き延びたぞ」

 「それは、聞いたけどよ……でも……。俺の実力不足で、沢山……」

 「分かった。ちゃんと聞いてやるから、今は挨拶だけ先にさせてくれ」

 

 それから昼食までの時間、俺はサボに張り付いて離れなかったし、サボと1緒に来た姉ちゃんはナミやロビンと何か話してた。それにサンジが加わって、サボは昼までは俺と離れなかったのに昼飯食い終わったらナミの傍を離れなくなる。

 だから俺も……と思って近付いたら、ナミが少し困ったような顔をした。それからふと、何か思いついたような感じで俺の方に近付いてきて、耳打ちして来る。

 

 「ルフィにお願いがあるの」

 「ん?」

 「チョッパーと遊んでて」

 「へ?」

 「明日の夜宴にするから、それまで……ね?」

 

 不満が顔に出てるだろうと思う。サボも宴が終わるまでは少なくとも1緒に居てくれるとは聞いてるけど、それでも俺としてはなんか嫌だ。

 でも、サボはサボと来た奴の事もあるから1緒にいるんだろうと思って、チョッパーの元へと向かう。釣りしようと誘えば楽しそうに頷いてくれるから、俺は宴で使って貰えそうな大物を釣り上げるぞと意気込んだ。

 でも、その日は結局小さいのしか釣れなくて、夕飯にそれが出された。美味かったけど、悔しい。

 その夜、俺はナミの肩を抱くサボを見ちまう。ナミは少し顔を赤くして、小さく頷くから……何の会話してんだろうと思った。

 だって、ナミが俺にしか多分見せた事が無いと思ってた顔を見せるから……胸が、ドクン……と、妙な音で鳴った。サボはナミを優しく見つめて、愛しそうに微笑む。

 俺が知ってるサボは、確かにナミを姉として愛していたけど、こんなにも時が流れて……こんなにも美しくなったナミに惑わない保証がどこにあるんだろう。ガキの頃からずっと、俺とエースはナミに憧れて来た。

 でも、サボだけは違ったから……安心してたんだ。だけど、今になって不安にさせられる。

 そんな不安を抱えたまま、声を掛ける事も出来ずに俺は部屋に帰る。寝て起きればスッキリするかと思ったのに、モヤモヤが消えないんだ。

 今日こそはと思って釣りしてるのに、何度も溜息が出ちまう。そんな俺をチョッパーが心配そうに見ていた。

 

 「ルフィ?どうしたんだ?」

 「あ……悪ィ。チョッパー、俺……なんかおかしい」

 「え!?ルフィが!?……何処がおかしいんだ、話してみろ」

 

 二年前ならチョッパーも医者ー!!って叫んでたのに、叫ばなくなった。人は、変わる。

 成長して、それ迄気付かなかった事に気付くようにもなる。……サボには、勝てる気がしねェよ。

 そんな事をつらつらと話していたら、チョッパーに頭を撫でられた。ナミなら、可愛いと喜ぶんだろうな。

 

 「うーん……。ルフィの兄ちゃんがどれだけナミを好きになっても、ナミはルフィが良いって言うんだから、不安になる事ないだろ?ナミが素直になれるのは、ルフィにだけなんだから」

 

 チョッパーの言葉で俺はハッとする。疑っちゃいけない事もあるんだと、今更気付かされた。

 その直後、竿に大物がかかってサンジとゾロが手伝う為に飛び出して来て、ブルックとフランキーがサニーを支えてくれた。チョッパーと俺が海に落ちないように見張ったりしてたのはウソップで、俺はそんな大騒ぎのこんな時間が大好きだと思う。

 そうして時が過ぎ……宴の始まる時間になる。ワクワクしながら待ってる開始の直前にロビンの手が肩から生えて、そっと俺に耳打ちして来た。

 

 「ルフィ、宴の開始を告げる時に〝誕生日おめでとう〟って、付け加えて」

 「え?」

 「詳細は始まってからのお楽しみよ」

 

 その言葉に首を傾げながらも、皆がジョッキを持つのを待つ。そして、言った。

 

 「野郎共!今夜は宴だ!宴の内容は……えっと、そう!忘年会だ!そんでもって〝誕生日おめでとう〟!!」

 

 言われた言葉を告げると同時に鳴り響いたのは、クラッカーの破裂音。そして、乾杯とおめでとうの声が谺響して、次々とチョッパーへと渡される箱や袋を見る。

 そこで漸くチョッパーの誕生日なんだと気が付いて、俺は何も用意して無かったのに!!と焦っちまう。

 チョッパーは感動してるし、驚いてる。俺も驚いてるけど、なんで俺も知らないままで話が進んでたんだよ!?

 

 「ルフィ!ありがとう!俺、こんな準備されてんの、全然気付かなかった!!」

 「……俺も、知らなかった」

 「え?俺に気付かせない為に、ずっと1緒に遊んでたんじゃないのか?」

 「ナミに、頼まれたけど……居てくれって……でも、知らなかったんだ」

 

 その時チョッパーは納得したように頷いて、それからやっぱりありがとうと笑う。でも俺、何かしたかな?

 

 「ルフィは嘘とか隠し事とか出来ないから、俺の気を引く役目をルフィにも内緒で進めてたんだな。ルフィ、不安になっても俺の傍に居てくれただろ。だから、ありがとう!」

 「チョッパー」

 「俺、忘れたくねェよ。こんなに嬉しいんだから!!」

 「忘れる?」

 「これ〝忘年会〟だろ。1年の事忘れる祭りだって聞いたぞ」

 

 そんなチョッパーの言葉にそうなのか!?と驚いたら、ナミがクスクスと笑いながら近付いてきてチョッパーと視線を合わせる為に膝を甲板につけた。そして、その頭を優しく撫でる。

 

 「チョッパー、忘年会で忘れるのは〝嫌な事〟とか〝悲しい事〟よ。翌年に陰鬱とした気持ちを持ち越さない為のイベントなんだから、嬉しい事とかは覚えてていいの」

 「そうなのか?」

 「そうしなかったら、大切な事も忘れちゃったら、生きていけないじゃない」

 

 そんな風に笑うナミは、チョッパーに告げる。優しい声で。

 その様子見て思う。やっぱり俺は、ナミが好きだと。

 

 「チョッパー、産まれてくれて、出逢ってくれて、仲間として傍にいてくれて……本当にありがとう。大好きよ」

 

 甘い、甘い、ナミの声。俺は其れを聞いて、ナミは俺の時も同じような事を言うと思い出す。

 だから少し不安になる。ナミは、大切な奴全員にその愛を平等に振り撒くから。

 

 「ナミ」

 「ルフィ?怪我でもした?」

 「え?」

 「痛そうな、顔してる」

 

 呼び掛けただけで反応して、そんな事を言って心配そうにするナミの腕を掴んで、そのまま抱き寄せれば、何かに気付いた様子で笑う。それから隠しててごめんねと言いながら、俺の頬にキスをするから……ホッとした。

 俺にしかしてくれない事が沢山ある。本当にナミが困った時、ナミはもう、ちゃんと呼んでくれるんだ。

 二年前とは違って、俺に助けてって、言ってくれる。俺への想いを分からないなんて言わないで、愛してるって伝えてくれるんだ。

 忘年会の筈の宴は、いつの間にか、Happybirthday!!!とか、Merry Christmas!!とかって単語も入り始めてる。それに驚いて見れば何処から出したんだと言いたくなるような量の酒が用意されていて、でも飯も酒も随分減っていた。

 

 「俺の飯がァーっ!!」

 「沢山あるから、ケチケチしないの!」

 「むーっ!でも、ひとつしかないご馳走は、俺のだからな!サボにもやんねェぞ!!」

 

 ナミの腰を強く抱いてした俺の宣言を受けて、サボは驚いた顔をしてから隣の姉ちゃんを抱き寄せて、その頬にキスをする。それの直後に殴られてたけど。

 

 「俺のご馳走は、コアラだから」

 「そういう事なら俺様も参戦するぜ!俺様のスーパーなご馳走は、ロビンだ」

 「……辞めろ~!!どうして、どうしてこの場に居る美女達には特定のハエがいるんだ!!クソッタレ!!」

 

 嘆くサンジとクスクスと笑うロビン、真っ赤になってサボを殴る姉ちゃんと、ロビンを離そうとしないフランキー。我関せずに酒を飲むゾロと、歌うウソップとその為の演奏をするブルック。

 貰ったプレゼントをゆっくり紐解いて喜ぶチョッパーと、飯を片手で食いながらナミを離さない俺。そんな俺の口元を優しく拭うナミは、俺に慈愛の眼差しを向けて来るから……宴が終わったら二人の時間を堪能しようと心に誓う。

 大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忘年会(悪魔の子ロビン)

ルフィのside作品です。


 見張りをしていたら、ルフィが女部屋を出て来るのが見えて珍しいね……と思う。私の膝枕で高いびきしてる人がいるから、声を掛けには行けないけれど。

 いつもは朝までナミに絡み付いて離れないのに……と少し思って、でも今はこの鼻ちょうちんを割りたい衝動と戦うのが第一優先事項。その後大分葛藤したけど、割らないでいたら海に異変は無かったのに、ふらつく足取りで出て来るナミが見えた。

 ……大丈夫かしら?

 心配の余り立ち上がれば、私の膝からサイボーグが1体転がり落ちたけど、気にしてなんて居られない。そう思って窓に駆け寄ろうとしたら、力加減も無く掴まれた腕。

 邪魔するそれを睨んだけど、腰を抱かれて腕に抱き締められてしまえば力ではもう勝ち目なんて無い。そのまま寝てしまう大男に、仕方の無い人ね……と諦めてしまうのだから、私も随分甘くなったわ。

 それから暫くしたら、ルフィが船内を駆け回るそれでフランキーも目覚めて、それから私を抱き締めてる状態に気が付いてバツが悪そうに頬を染めた。それが何だか可愛くて、頭を撫でてから告げる。

 

 「見張りの時間は終わったわよ」

 

 今夜は海ではなく、サニーの方が異常の多い日だった。けれどもそんな事は今はどうでもいいと、私は視線を逸らす人を見詰めてクスクスと笑い続けていた。

 朝食だと言われて食堂に向かえば、遅れて来たナミの様子がおかしくて、本当にこの子はどうしてこんなにもルフィを甘やかしちゃうのかしらと心配になる。今度ビシッと言わなきゃ駄目かしら?

 でも私も、本人目の前にすると毒気を抜かれて、何も言えなくなってしまうのは確かな事。私も結局、ナミには甘いのである。

 その時突然いつもの三人が飛び出して行って、それに遅れてナミが動き出す。どうやら何かが来たみたいだと皆も後に続けば、乗り込んで来たのはサボとコアラで、二人の仲睦まじい様子に私の頬が緩むのとルフィがサボに飛び付くのは同時だった。

 

 「サボ!久しぶり。無事で良かったわ」

 「ああ!久しぶり。……ロビンも元気そうだな」

 「ええ、お陰様で」

 

 声を掛けたナミに返事をして、そのまま私にも声をかけてくれるから、私もそれに続いた。その間にもルフィがサボに文字通り絡まるから、兄馬鹿なサボは嬉しそうな反面困った様子を見せている。

 その流れで絡み付いたルフィをサボが宥めてから、私とナミで紹介を済ませてしまう。ルフィはナミにもそうだけど、甘えられる相手にはとことん甘えるからその様子が何だか微笑ましい。

 その後挨拶を終えた私達は各自の行動に戻ろうとしたのだけど、ナミがメモ帳片手に動き回ってるのを見れば声くらいかける。備品の確認するには、時期がおかしいもの。

 

 「何をしてるの?」

 「あ!ロビン!!あのね……忘年会の準備してるんだけど、今月ってチョッパーの誕生月でしょ?だから、やるならその日にやってお祝いもしてあげたいなって思ってるのよ」

 「ナミ……」

 

 声が低くなってしまったのは許して欲しい。ナミはビクッと身体を震わせて、上目遣いに不安そうな顔を見せるけど……私が男なら襲ってたくらい可愛いけど、そうじゃないわ。

 

 「それ、1人で進めようとしたの?」

 「え?忘年会の事ならルフィにも許可「誕生日の方よ」」

 

 私の言葉に不思議そうな顔で頷くナミの頭を軽く叩けば、どうして?と視線で問い掛けられる。全く、この子は……。

 溜息とも取れそうな状態ではあると分かるけど、細く息を吐き出してからナミと視線を合わせる。私も人付き合いなんてそれ程した事ないけど、この子は何でも1人でやろうとし過ぎてるわ。

 負担だけは全て1人で背負おうとする愚かで優しい子。でも、それが他の人には〝頼って貰えない〟とも取られかねない事をいい加減理解して欲しい所。

 

 「そういう事は、皆でやらなきゃ。チョッパーを祝いたい気持ちは、皆同じなのよ」

 「あ……!」

 「それなら、サプライズにしたら?チョッパー君、喜ぶと思うよ」

 

 突然割って入った声に振り向けばコアラが居て、その言葉に少しばかり私も思案する。それは……意外と難しい事だから。

 我らが船長は、良くも悪くも正直過ぎる。知られて困る事では無いけど、急な事でもあるから全員からのプレゼントを用意する事が難しい分、何か他で対応してあげたい。

 

 「ルフィに隠し事は……無理よね」

 「そうね。……でも、ルフィを巻き込む形での計画なら立てられるかも」

 

 そう言って笑うナミに首を傾げれば、チョッパーの気を引いてもらいましょう!と答えが返る。それにより私の能力で1人ずつ呼び出して仲間達と協力して準備を進める事になれば、とりあえず大枠については集まっていても違和感の無い私達三人で決める事になった。

 それの途中で、メニューや食材の話になり、サンジが話に加われば宴の準備は問題無く進められて行く。残りは皆で分担する所になるかしらと思った所で、コアラの様子を見に来たサボが加わった。

 

 「女達だけでどうした?コアラも随分楽しそうな顔してたけど」

 「あ!ちょうどいい所に!ねェ……折角だからサボ君も協力してよ!」

 「何を?」

 

 そうしてお昼を食べてから詳しく説明する事になり、これ迄ルフィの気を1身に受けていたサボをルフィから引き離す事になってしまった。その結果、ランチの後はルフィも寄ってきてしまって、私は少し慌てる。

 でも即座にナミが動いて、ルフィの方へと近付くと何かを耳打ちした。甘えるような顔で、何を言ったのか少し心配になる。

 耳打ちされて少し不満気にしていたルフィは、けどナミの顔を見て納得した様子で頷く。……これだから私は、この二人を見守る事を辞められないのよね。

 その日の夜、お風呂から中々帰らないナミを心配して様子を見に行けば、月をぼーっと見詰めていたので声をかける事が出来なかった。そんな私の肩を叩いたのはサボで、わかってると言う様子で頷いてナミの元へと向かう。

 そして声を掛けたサボにナミは何かを答えて、寂しそうに笑った。そんなナミの肩をサボが抱き寄せれば、ナミは嬉しそうに頬を染めて小さく頷く。

 サボとナミの顔を見るに、どうやらルフィの話でもしているらしいと分かれば、本当に兄馬鹿と姉馬鹿なのねと微笑ましくなる。互いに楽しそうに話してる内容が、ルフィ1色なのはどうなのかしらと思いながらも、今夜はいい夢が見られそうだわと小さく笑った。

 翌日もルフィはチョッパーと釣りをしていて、宴のメインを正に作ろうと言う頃に大物を釣り上げたのだから、大したものだと思う。ワーワー、キャーキャーと声が聞こえて、お酒の量を確認していたナミが遅れて出てきた頃には、甲板いっぱいに広がるような巨大な魚がビチビチと跳ねているところだった。

 それは即座にキッチンへと運ばれて、サンジは大忙しとなる。それでも宴には最高のメインだと笑うその顔は、晴れやかなもの。

 ウソップとフランキーが皆を代表して、チョッパーへのプレゼントを作ってくれてるのも、もう少しで完成するのを確認すればナミと顔を見合せて笑ってしまう。ブルックは誕生日と宴に相応しい曲を選び練習していて、ゾロは力仕事を各方面で手伝っている。

 計画の立役者であるナミは、やはりそれぞれに顔を出してちまちまと手伝ったり来ていて忙しそう。区切りをつけてからは少し休んでたけど、その頃からコアラとサボは宴が楽しみだと言いながらクラッカーをセッティングして回っている。

 残る私は、ルフィに声をかけるのがお仕事。ルフィの掛け声が、こうなるとどうしたって重要になるから。

 

 「ルフィ、宴の開始を告げる時に〝誕生日おめでとう〟って、付け加えて」

 「え?」

 「詳細は始まってからのお楽しみよ」

 

 肩に手を生やして、そこに口をつけて告げた私にルフィは戸惑うけど、まだ細かい事は教えてあげられないの。ルフィは嬉しい事も楽しい事も、悲しみや怒りも、何も隠せない人だから。

 でもね、そんな貴方だから、皆が信頼出来るのよ。だからどうか、ルフィはそのまま変わらないでいてね。

 それから間もなく開始された宴の席で、その開始を告げるルフィの声が谺響する。皆が待ちに待った瞬間は、こうして幕を開けた。

 

 「野郎共!今夜は宴だ!宴の内容は……えっと、そう!忘年会だ!そんでもって〝誕生日おめでとう〟!!」

 

 その瞬間、サニー号全体から響き渡るクラッカーの破裂音。ともすれば銃撃かと思うようなそれは、チョッパーを祝う為のもの。

 全員が用意する事が出来なかったプレゼントは、それぞれが誰かとお揃いなる品物。なので同じ物が、後からそれぞれに配られる予定になっている。

 つまりは、クリスマスプレゼントでもあるのだろう。そういう所がナミらしい。

 ルフィにはサッシュが、ゾロには帯、サンジにはペティナイフで、これはチョッパーの時はメスに変わる。ウソップは工具箱で、チョッパーには医療箱に変更。

 そんな感じで全員が新たに手にする物は全て、チョッパーをイメージした蹄とも桜とも見えるマークがつけられている。その他に、どちらの物か分からなくならないようにと、それぞれをイメージした海賊旗マークが入れられていた。

 必要な小物や素材はナミがニュースクーから揃えて貰い、制作と加工を施されたそれは宴の最後にそれぞれが手にする予定で初めから進められていた。なのにルフィは何も知らされてないから、自分は何も用意してないと焦っていて……それがまた可愛い。

 後でチョッパーとお揃いだと言って、サッシュを見て喜ぶ姿が目に浮かぶような気がした。そのままチョッパーとルフィがはしゃぐのを眺めつつ、それぞれがお酒や料理を楽しんでいたら、二人を宥めるナミが見える。

 いつも人の事ばかりのナミにも、今回はプレゼントが出来た事を皆は内心1番喜んでるかもしれない。そんな時聞こえて来た言葉は、そっくりそのままナミに言いたい言葉。

 

 「チョッパー、産まれてくれて、出逢ってくれて、仲間として傍にいてくれて……本当にありがとう。大好きよ」

 

 なのに何故かそのままルフィとイチャつき始めるから、この二人は全くと思いながらも私もお酒に口をつけた。二人のイチャつきを見たくないのか、何人かがお酒を浴びるように飲み始めたりしたから、すぐに騒ぎは大きくなる。

 直後、酔ってない筈のルフィが妙な言葉を口にする。それには、皆が硬直してしまう程の威力があった。

 

 「むーっ!でも、ひとつしかないご馳走は、俺のだからな!サボにもやんねェぞ!!」

 

 サボは何を言われたのか分からないって顔でルフィを見てから、恋人はこっちにいるから安心しろとでも言わんばかりにコアラを抱き寄せる。それに真っ赤になったコアラの可愛いこと。

 どうやらルフィは、サボがナミを好きだと勘違いしていたらしい。確かに好きで愛してるとは思うけれど、それは家族愛でしかないのに、恋は盲目とは正にこれね。

 

 「俺のご馳走は、コアラだから」

 「そういう事なら俺様も参戦するぜ!俺様のスーパーなご馳走は、ロビンだ」

 

 参加しなくていいわよと言うよりも早く腰を抱かれたと思ったら、サンジが号泣し始めるから、つい笑ってしまう。コアラは突然の巻き込まれ事故により、サボを殴ってるけど本当に可愛いじゃれ合いだと思うわ。

 ウソップはチョッパーを祝して歌い、ブルックは練習していた曲を演奏を開始した。そうして私達は、大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忘年会(赤髪副船長ベックマン)☆

ヒロイン視点です。


 ベックが笑い死にする前に止めたいとは思うけど、それと同時にとりあえず私としては反省と文句があるので笑い過ぎで腹筋が筋肉痛になればいいのよ……と半ば本気で考えたりする。確かに本を買い込んだのも、散らかしたのも私だけど、書斎の全てを私1人で片付けさせたのよ?

 それなのに謝った直後に笑ってる辺りで、反省の色が足りないわ。という訳で、脇腹突っついて笑いを長引かせてやろうとしたら手首を掴まれてしまう。

 

 「……どさくさに紛れて、何やってんだ」

 「擽ろうとしたのよ」

 「開き直ったか!」

 「だって、反省の色がないんだもの」

 

 唇を尖らせて文句を言ってみれば、肩を震わせるからどうやらまだ笑いのツボから脱出出来ずにいるのを少し呆れを滲ませて見ていたら、ベックの腕が伸びて来て私を捕らえてしまう。いつまでも、この兄は私を幼子だと思ってるらしいとこんな時に痛感させられるのだ。

 抱き締めてくるその腕は、幼い頃とは違ってもう随分とその体格差を縮めた筈なのに、今も大人と子供位の身長差があるのは事実。……安心、しちゃうのよね。

 ベックは私を何があっても守ってくれるって、無防備に思ってる。何よりベックって……。

 

 「あったかぁい……」

 「ここに来て湯たんぽ扱いとは、な」

 「身体が意外と固くないのが気持ちいい」

 「まァ……好きにしてくれて構わないが、話し合いはいいのか?」

 「お酒はあるわ。演し物どうするかとか、ベックに従おうと思うの。予算とか、ベックの許可が無いとどうにもならないじゃない」

 

 私の言葉を聞きながらも猫の子を撫でるかのように、頭を撫で続けてくれる手に甘えていたらドアを開けたシャンクスの悲鳴が谺響して、何事かと頭を上げた所で飛び付いてきたその巨大な身体に押し潰される。そのまま甲板に連れ出されてしまえば、シャンクスを含んだ状態で忘年会についての話し合いが開始されてしまう。

 そうなれば幹部も全員揃うので、私に歌えだの踊れだの言い出す上に、ご飯も作れと言うから無理言うなー!と叫んだのも当然だと思う。私の最大の保護者達は、文字通り永遠の少年達の集まりなのである。

 だけど私はそんな彼等が大好きで、でも〝仲間〟と呼んで貰えるような何が私にある訳でもない。私は彼等と共にあるには、実力が不足し過ぎているのよね。

 子供の頃から知ってるから……そんな理由だけで甘やかされて良いとは、到底思えないの。これを言えば甘やかすように、宥めて来るだろう事も知ってるから、私は言葉を口にはできないでいる。

 影を見せないように明るく笑って、他愛ない事に怒って見せれば……きっと彼等は安心してくれる。私のそんな浅知恵が通用するなら、彼等は四皇では無かった……と気付けない位には、私も愚かな子供だったのだろうけれど。

 その翌日から忘年会の準備の為との名目で、海王類を狩って遊んでるのを遠目に私は1人のんびりと航海日誌をつけていた。忘年会をやろうとも、記録をつけなくていい訳では無い。

 忘年会とは宗教的な関連のない日本独自の冬に行われる伝統文化であり、その年にあった辛い事や悲しい事を忘れる為の恒例行事である。つまり、やるべき事はやらねばならず、引継ぎはどう足掻いても必要な行為なのだ。

 

 「ナミ、少しは休んだらどうだ」

 「そんな事したら、ベックが過労死しちゃうわ」

 「……俺は、ナミが大切だ。無理なんかして欲しくないんだよ」

 「甘やかさないでよ。ダメになっちゃうわ」

 

 甘やかに微笑むベックは私の髪をひと房手に取り、そっと口付ける。まるで本当にそういう意味でしてるとでも言わんばかりに。

 ……こうやって誤解を産むのね。ベックは良い男なんだから、気を付けないと刺されそうで心配だわ。

 

 「ダメになっちまえ。俺は、ナミが俺無しで生きられなくなってくれた方が嬉しい」

 「……お人形が好きなら、そう言ってくれる?」

 「まさか。ナミを愛してるよ」

 

 甘く微笑み優しく告げられる言葉に、私は頷く。どうやら想いは同じらしい。

 それと同時に思い出す。コック達が騒いでた事を。

 

 「私も好きよ。あ!ベック、食料庫にネズミがいるみたいなのよ」

 「……そうか、捕まえて食わないとな」

 「やっぱり食べるんだ?私は食べないからね。食べるくらいなら、餓死するから」

 

 鼠が可哀想……では無く、病原体沢山持ってるから絶対私負けて寝込む。下手したら死ぬわ。

 この世界の人達って平然と鼠を食べるけど、ペットじゃないネズミの持つウイルスの多さとその強さは、尋常じゃないのよ。なのに、平然と食べる皆が怖い。

 この世界のイルカって大きいから、イルカ捕まえて食べるのはありよね。案外良く見かけるし。

 

 「ベック、今度イルカ捕まえて食べてみない?」

 「鼠を食わんと言ったその口で、イルカは食うのか」

 「細菌と雑菌の塊を食べる趣味はありません」

 

 そんな事を言いながら、宴に向けて大型の生物は海王類を今回は用意してるからイルカの話は消え失せた。残念だけど仕方ないわね。

 海王類はコック達が鬼さえ裸足で逃げ出しそうな勢いで色々料理していて、忘年会迄はとりあえず試作がメニューとして並びそうだと知った。そうなったのはある意味当然で、海王類を七匹も捕らえてあるのだから救いがない。

 見張ってなかった私が悪いのかな。これって私の責任?

 

 「なんでこんな数に……」

 「……七福神とか訳わかんない事言ってたぞ」

 「ベック、心中お察しします」

 

 きっとベックも内心で己を責めてるだろう。こういう時、妙にシンクロするのだ。

 

 「ナミにも苦労かけるな」

 「そこ!出来の悪い子供持った両親みたいな事言うな!!悪いのはお頭だ!」

 

 ベックと話してたらヤソップはそう言ったけど……。冷静になろう。

 そうよ、ヤソップがいたじゃない。比較的常識人のヤソップがいて、どうしてこうなったのよ!?

 

 「ヤソップも止めなかった時点で同罪よ!!」

 「ベック!ナミが反抗期だぞ!!」

 「それは違うだろ」

 「まったく、困った人達ね!」

 

 プーっと膨れて見せれば、横から指が伸びて来てプシューっと突っついて空気を出されてしまう。犯人を睨めば、ルーが爆笑していた。

 何すんのよー!と飛びかかった所で、私に勝ち目はなくてそれを微笑ましそうに見てくる皆に内心で少し落ち込んでしまう。子供の頃より、子供扱いされてる気がするわ。

 そうして迎えた忘年会当日、開始直前はあまりの忙しさに謀殺されていたけど、それなりの効果はあったと思う。だって宴は滞り無く開始されたから。

 私の手に入れたお酒はそれなりにあったと思うのに、見る間に消えゆくその儚さに切なくなりながらも、楽しそうな様子に頬が緩む。歌えとか踊れと言われるのを適当に受け流して、適当に果物を摘んでいたら差し出される皿。

 視線を向ければ盛合せが用意されていて、受け取るまで引き下がらないのが分かれば手を伸ばすのも当然。……餌付けされてる気分だわ。

 

 「ありがとう、ベックも食べる?」

 「俺は普通に食うから、これは食べきれ。今朝から何も食べずに、今は酒と果物だけとか……倒れるぞ」

 「はぁい」

 

 そんな事を言いながらも、食べやすい物を選んでくれてる辺りが優しいと思う。それにしても、皆の所に行かなくていいのかしら?

 

 「ナミ」

 「んー?」

 「俺が嫌いか?」

 「は?大好きよ」

 

 何言ってんの。私がベックを嫌う理由が何処にあるのよ。

 え、それとも、誤解させるような事を、私何かした!?

 

 「そうか、なら問題ないな」

 「何が?」

 「俺と付き合え」

 「どこに?」

 

 その瞬間、少し宴の空気が凍った。宴の途中で無音になるとか、なかなか珍しい体験だと思う。

 それ以前に混乱してる私には、どうでもいい事だけど。本当にベック、どうしちゃったの?

 何かの感情を逃がすように、ベックは息を吐き出してから大きく頷く。具合でも悪いのかなと首をかしげたら、ベックの唇が動き出した。

 

 「……言い方が悪かったな。俺の恋人になれ」

 「へ?」

 「好きだと、愛してると、何度言ってもナミには伝わらなかったからな。さて、答えは?」

 

 するのそこに来てそう言えば難度も言われてたと思うけど、でも、皆の視線を集めてる今、何も言える筈も無い。赤くなって声も出せなくなる私に、ベックは喉で笑うと、分かったと言って頷く。

 何がわかったのかと問い掛けるより早く抱き締めれてしまえば、私の感情は筒抜けだったらしいと気付く。冷やかす声があるのか、祝福する声があるのかもよく分からないけど、とりあえず私はそっとその身体に腕を回す事で応えるのが精一杯。

 大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忘年会(参謀総長サボ)

ルフィのside作品です。


 年末が近付き、手配書を眺めていれば二年前に会ったのが最後だったなと思い出す。ルフィ……大きくなっただろうな。

 次に会った時は、笑顔を見せてくれるかな。あの時はろくに会話も出来なかった。

 ルフィは肉が好きだから、肉を持って行こう。他には……肉だな!

 待てよ、ルフィが好きなのは肉の他はなんだ?

 考えて、考えて、考えて……ナミだ!と答えは出たけど……それ、もうルフィのものだよなと気付く。なら土産は肉を積めるだけにして……。

 

 「……サボ君、何してんの?」

 「俺は休みだ!!だからルフィに会いに行く!!」

 「ルフィ君って事は……ロビンさんも居るわよね。私も行くわ」

 

 コアラの言葉は少し意外で、だが拒否する理由も無い。それどころかルフィがどんな反応するかなと期待が膨らむばかりだ。

 ナミも喜ぶだろうな。本当に、俺達の幸せを自分の幸せとしてくれるから。

 

 「え……あ、分かった。……ルフィに、紹介もしたいし、嬉しいよ」

 「サボ君……」

 「ロビンにも教えておきたいし、ナミも多分……喜んでくれる」

 「ナミって、サボ君のお姉さん……だっけ?」

 「あァ……俺を育ててくれた人だよ」

 

 俺の言葉をどう解釈したのか、コアラは俺を見て残念そうに頭を振る。そして、残念そうに呟いた。

 なんだと言うのか。最高の姉だぞ。

 

 「戦争の映像見た限り、強くて綺麗で、芯のある人だと……そう、思ったのに……」

 「どう言う意味だコラ」

 「だってサボ君を育てたんでしょ?」

 「……会えばわかる。でも確かに、エースとルフィを育てたんだから、不安にもなるよな」

 「……あ!弟達が不出来過ぎたのね!!会ってその苦労を語り合いたいわ!不運な人なんだったら余計に!」

 「コアラ!?」

 

 俺の叫びにも似た声にケタケタと笑ったコアラは、荷物を纏める為に移動して行った。それを見送りながら、俺は自分の休暇時の居場所連絡をしつつコアラの休暇申請と連絡をしておく。

 そんな俺にドラゴンさんは、ゆっくりしてくると良いと言ってくれたので、伝言等が無いかと顔を見詰めたけど……笑うばかりで返事は貰えなかった。そうしてドラゴンさんを気にしつつルフィの元へと二人で向かうと、ルフィは俺達が船に近付くのに気付いて飛び出して来たのを確認できる。

 それに少し遅れて船内から出て来たのはナミで、その動きの鈍さに眉が寄るのを自覚した。元々俊敏に動くナミが、あの動きという事は怪我でもしたのだろうか。

 心配で視線をナミから離せずにいても、船上の騒ぎは大きくなるばかり。こんな時にルフィは本当に誰からも愛されているのだと、痛感させられるのだ。

 そんな中でナミは少し驚いた様子を見せてから、俺に微笑みかける。その表情から、愛されてるのだと痛感させられる程度には、ナミの向けて来る愛情はわかりやすい。

 

 「サボ!久しぶり。無事で良かったわ」

 「ああ!久しぶり。……ロビンも元気そうだな」

 「ええ、お陰様で」

 

 それが何だか妙に気恥ずかしくてロビンに視線を向ければ、わかってるとばかりに頷かれてしまう。本当にルフィの仲間は、女達が優秀過ぎる。

 そのままナミとロビンを相手に会話していれば、ルフィが文字通り俺に絡み付いてくるから、待てやコラと思っちまう。だが、その顔を見てしまえば俺に勝ち目は無い。

 どうしたって可愛いし、愛しいのだから。可愛くて、心配で、愛しくて、誇らしい、俺の弟。

 

 「ルフィ……。会いたかったよ」

 

 俺の言葉に反応して、ルフィは涙を滲ませる。その様子に内心で首を傾げたのは当然だろう。

 喜ぶかなとは思ったけど、泣く程じゃねェだろ。泣き虫はそのままなのだとしても、会う度に泣くのはおかしいと思っているから余計に。

 

 「サボ……!!俺、俺のせいで、エースが!!」

 「ナミから聞いてないのか?エースはあの時は生き延びたぞ」

 「それは、聞いたけどよ……でも……。俺の実力不足で、沢山……」

 「分かった。ちゃんと聞いてやるから、今は挨拶だけ先にさせてくれ」

 

 それから昼食までの時間、ルフィは俺から離れようとはしなかった。ただ、大切な人が目の前で死んだとしか思えなかった恐怖と絶望、そして……最愛の女に庇われたのに、壊れゆく姿を見ているしかできなかった現実に打ちのめされたのだと理解できる。

 俺も、あの時エースがもしもナミによって生き返らなければ、そして、ルフィを喪っていたら……。考える事だっておぞましい。

 あの場で崩れ落ちて壊れたのが、ナミではなくコアラだったならば、きっとその傷を癒す事さえできない自分を呪った事だろう。ルフィは、その姿を最後に、エースは死んだとしか思えない状態で、ナミの傍にいる事もできずに、己の無力さと戦っていた。

 ……よく、頑張ったな。本当に、よく、耐えたもんだよ、ルフィ。

 俺はルフィが誇らしい。そう思って笑いかけて、その言葉にミミを傾けた。

 そうして昼食を期に離れた俺達は、それまでの間に随分長く多くの事を語り合った。だがその昼食の後で、コアラまで混ざって女達が楽しそうにしてるのを見れば、出発前の会話を思い出してしまいつい声を掛けてしまう。

 まさか、俺の子供の頃の話で盛り上がってる……とか、無いよな?

 

 「女達だけでどうした?コアラも随分楽しそうな顔してたけど」

 「あ!ちょうどいい所に!ねェ……折角だからサボ君も協力してよ!」

 「何を?」

 

 そうして聞いたサプライズバースデーを兼ねた忘年会と言う宴に、ナミやロビンらしいなと思う。それを誤魔化す為にルフィに別な仕事を与えるナミは、子供の頃からルフィの扱いに慣れていただけの事はある。

 その日の夜には話は纏まり行動にそれぞれが移っていた。そして、風呂上りだろうナミが悲しそうな顔で夜空を見上げているのを見れば、昔星が輝くのは死んだ人が星になっているからだと俺達に語っていたナミを思い出す。

 何も詳細は明かしてくれなかったが、ナミは恐らく大切な人を何人か喪ってるんだろう。この世界では、珍しくもない。

 寧ろ、誰も喪わずに生きている人間を探す方が難しいだろう。それでも、優し過ぎるナミには、それは耐え難いのだろうとも分かるし、それを心配そうに見つめながら声もかけられずにいるロビンがいれば、任せておけと視線で伝えて交代したのはナミの弟としては当然の事だ。

 そっとナミに近付き、声をかける。死んだ人を思うより、ナミには生きてる人を想って欲しい。

 

 「ナミ、ルフィに激しくされてるみたいだな」

 「サボ!?」

 「歩き方、おかしいぞ」

 

 揶揄いを含んで明るくおどけて言えば、頬を染めて少女のような顔をする。これをルフィが生み出したのだと思えば、本当に偉大だと思う。

 子供らしさも、恋愛に関する部分も、ナミには無かった。それが今では、年相応に見えるのだからこれはルフィを褒めてやるべきだろう。

 

 「ルフィは、まだ、加減できないから……」

 「叱ってやろうか?」

 「もうっ……ルフィを叱るなんて、できもしない癖に」

 

 そう言ってクスクスと笑うそれは、ナミを生きてる俺達の方へと意識を向けさせられたという事に他ならないだろう。それでもできるなら軽く叱ってと言いながら頷いたナミに、安請け合いしつつも結局叱るなんてできやしない事を互いにわかっていた。

 ナミに兄貴ぶって言葉を口にしてみても、結局俺はルフィに甘い駄目な兄貴で、ナミを姉にしか見れないのだから。俺を育ててくれた歳下の姉は、今は幸せそうにしている。

 翌朝、ルフィは釣りをしていて、他のメンバーは各自の仕事を進めて行く。そんな中でコアラが何か手伝いたいとナミに申し出れば、甲板に向けて放たれるようにクラッカーを設置して欲しいと頼まれた。

 時限装置でもついてるのかと思ったが、どうやらそこはロビンの手を借りる予定らしい。アナログだが確実なそれを知って、俺とコアラは設置を進めて行く。

 その間にもルフィは仲間達と楽しそうに釣りをしていて、その様子に俺は少しホッと息を吐いた。ルフィはもう、昔の俺達の後をついて回るしかできなかったルフィでは無いのだと、安心できたから。

 そうしてルフィが釣り上げた大きな魚で盛り上がるのを微笑ましく眺めてから、コアラにそっと問い掛ける。ナミと過ごした感想を。

 

 「どうだった?ナミは」

 「……確かに〝お母さん〟って感じだったわね」

 「え?」

 「ナミちゃんと話してるとね、サボ君の事、愛してるのがすごく伝わるの。なのに……私が恋人だって最初からわかってたみたいで『手のかかる子だけど、優しい子なの。仲良くしてあげて』なんて言われちゃったわ」

 

 安定の母親っぷりに、本当に俺より年下なのかと思ってしまう。そんな俺にコアラは小さく、呟くように付け足した。

 

 「妬く事もできなかったわ。恋愛感情なんか欠片も無いのが、伝わってきちゃって」

 「俺も、そういう目でナミを見た事ねェな」

 「うん、そうなんだなって話してみて分かった。……でも、どうしてあのナミちゃんに育てられたのに、サボ君はこんなんになっちゃったの?」

 「どう言う意味だ、それ!?」

 

 そんな他愛ない会話をしている間に始まる宴は、小さな船医を祝う宴でもある。それを開始する為の言葉と共に全員で樽ジョッキを手にして乾杯してからは、笑いあり、驚きありの宴が開始された。

 

 「野郎共!今夜は宴だ!宴の内容は……えっと、そう!忘年会だ!そんでもって〝誕生日おめでとう〟!!」

 

 その言葉と同時に、俺がコアラと共に設置したクラッカーが鳴り響く。そしてプレゼントに埋まる小さな船医にナミが近付いてその頭を撫でれば、何やらルフィも1緒に会話してるのだけは分かる。

 そこでワーワーと騒いでたルフィが突然俺に挑むような視線を向けて来るから、どうしたのかと首を傾げた時、ルフィは見せ付けるようにナミの腰を抱く。言葉の意味は、それにより遅れて俺にも理解できた。

 

 「でも、ひとつしかないご馳走は、俺のだからな!サボにもやんねェぞ!!」

 

 だから俺は隣にいたコアラの腰に腕を回して、力一杯抱き寄せる。そしてその頬にキスをしてからルフィに返事をすれば、その合間にコアラから殴られちまった。

 それでも構わない。妙な誤解はさせたくねェからな。

 

 「俺のご馳走は、コアラだから」

 「そういう事なら俺様も参戦するぜ!俺様のスーパーなご馳走は、ロビンだ」

 「……辞めろ~!!どうして、どうしてこの場に居る美女達には特定のハエがいるんだ!!クソッタレ!!」

 

 突然泣き崩れたコックに笑いながら、そう言えばロビンも楽しそうに笑ってるなと気付かされる。ドラゴンさんを〝ルフィの父親〟としか見ないロビンは、革命軍に保護されていた間も常に距離を置いて居たと言うのに。

 だが……やはり、ナミもロビンもここが居場所なのだろう。楽しそうに少女のように笑う二人の姿に、ルフィは凄いなと心から思わされちまった。

 ルフィはナミを片時も離さないで、飯を食い続ける。俺もまたルフィと同じように、コアラ片手に動き回れば、この小さな海賊団が温かく優しい場所なのだと思い知らされるばかりだ。

 大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2021年お正月イベント
正月21(麦わらのルフィ)


 深夜にナミが1人で、もそもそとベッドから出た。1年の始まりの日は絶対させないと言うナミに、ちぇー……と言って、その直前迄ならと手を出そうとして覇気を纏った拳を腹に入れられたのはご愛嬌だろう。

 でも、抱き枕にはなってくれたからそれで我慢しとく。元日はヒノカミサマを休ませる為に、料理もお風呂も駄目なんだから、付き合えないわよって言われた時の俺の気持ちを理解して欲しい。

 多分だけど……風呂に入れるなら、付き合ってくれたんだな。本当に、ナミは俺に甘い。

 そんなナミが、俺から離れて行くからそれを視線で追う。そんな俺にナミは気付かないで部屋を出たから、俺もロビン達にアクアリウムから戻れる事を伝える為に後に続いた。

 真っ暗な海を眺めるナミは、また何か異変でも感じたのかな。それとも、俺には話してくれない悲しい記憶と戦ってるんだろうか。

 1人で抱える癖をそろそろ治して欲しいけど、ナミが自分から言わない事を聞いても俺はムヅカシイ事は分からねェから、聞かないようにしてる。俺から聞いたのに何も出来ないとか、ムセキニンにも程があんだろ。

 そんな事を考えながらアクアリウムに顔を出せば、のんびりグラスを傾けたりして過ごしてる二人がいて、ロビンへと女部屋戻れるぞと声を掛けたらフランキーから憐れむような視線を向けられちまう。なんなんだ。

 

 「ルフィ……お前ェ……よく普通に寝るだけで耐えたな」

 「ん?ほら、ナミが駄目って言う時は、本当にダメな時だからよ。それに、俺はナミの傍に居られるならそれだけで良かったりするし」

 「……ま、眩しい。目がァ!!」

 

 突然目を抑えてのたうち回るフランキーに、朝日がもう昇ったのかと思って周りを見てみるけど、特に眩しいところは無い。ってかよ、アクアリウムって光も届かないよなと首を傾げたら、ロビンが気にしないで良いわよと言いながら視線を外に向ける。

 それにより俺はナミの事が気になって、伝える事は伝えたからと表へ飛び出した。1人にしとくとろくな事ねェんだもんよ、ナミって。

 甲板では、髪を風に靡かせて朝日を見詰めてるナミがいる。その姿が光に溶けちまいそうで……少し焦っちまう。

 

 「あけましておめでとう。今年も1年、平和でありますように」

 「ナミ」

 

 消えないでくれと願うように呼び掛けた俺に、少し驚いた様子で振り向くナミ。それから少しだけその表情を歪ませて、俺に向かって足を動かす。

 じっとしていれば寒かった……と言いながら抱き着くから、そっとその細い身体を抱き締める。その時にあまりにもナミが冷たいからギョッとして大きな声が出ちまう。

 そんな声に反応してか、男部屋からコソッと顔を出したのはチョッパーで、でも、それを気にかける余裕なんて無い。それとも、チョッパーにみせるべきなのかな?

 

 「ナミ、冷えすぎだろ!?大丈夫か?」

 「ありがとう、大丈夫よ。ルフィがいれば、大丈夫」

 

 そう言って顔を上げたナミは、笑っている。けれど、その身体は確かに震えていて……昇る朝日を見て、エースでも思い出したのかなと思う。

 喪う事に臆病過ぎるナミは、きっと今もエースを助けた功績とかは少しも自分の中に抱かずに居るんだろう。そんな事を考えてる俺に、ナミは作り笑顔を向けて来るから眉が勝手に寄っちまった。

 

 「ナミ、部屋に帰るぞ」

 

 俺の言葉に微かな戸惑いを見せたけど、ナミは逆らうこと無く着いてきたのでふと視線を向けてみる。すると優しく微笑んだナミの、その理由が分からなくて首を傾げた。

 そんな俺に気付いていながら、ナミは悪戯に笑いながら唇だけで俺にナイショと言うから、俺もお仕置だと無言で伝えてやる。それに驚きはしても抵抗せずに受け入れようとするから、俺はナミにお仕置として、逃がしてやらねェと言いながら抱き締めれば身体から力を抜いちまう。

 その内にナミが甘えるように擦り寄り、身体の震えを止めるから……俺も漸く普通に呼吸ができるようになった。俺が強くなるのは、大切なものを何も失わない為だから。

 

 「もう、寒くないか」

 「うん、ありがとう」

 

 幸せそうに笑うナミを見て、無意識で腕に力を込めちまう。それが痛くない筈も、苦しくない筈も無いのに、ナミは愛しそうに俺を見詰めるから……そっとその唇を奪おうと……。

 

 「ナミ、あけましておめでとう!って、ルフィまだ居たの?」

 「ロビン……」

 「部屋に戻っていいと言ったのは、ルフィでしょ」

 

 そう言って笑った後で、ロビンは当然の事としてナミを奪い去るから俺は小さくなっていじけるしかできなかった。そんな気持ちのままサンジの所へ行けば、朝日は登りきってもいないのに美味しそうな料理が並んでいる。

 美味そー!!と叫びながら手を出せば、サンジからまだダメだと手を払われちまう。ちゃんと全員が揃って挨拶してからだと言われれば、ゾロやブルックを呼びに行ったのは当然だ。

 ゾロは見張りって名目で修行してるし、ブルックは楽しそうになんか演奏してる。そんな自由で変わりのない彼等を飯だぞと呼びながら、俺は集まった所で声をかけた。

 

 「あけましておめでとう!今年もよろしくな!さァ!!宴だァ!!」

 

 1年の終わりが宴ならば、1年の始まりも宴だ。それにより俺達はどんちゃん騒ぎの元日を楽しみ出す。

 ただ、ナミの傍にはロビンが常に居てなかなか傍に行く事もできないのが苦しい。だから様子を見ていて、ロビンが飲み物を取りに立った瞬間にナミの元へ行こうとしたら、その隙にチョッパーが本を抱えてナミに近付く。

 

 「ナミ!この本なんだけど……」

 「んー?あぁ……明後日には続編書き上がるから、早ければ来週には続刊が書籍になる予定よ」

 「続刊あるのか!?」

 「推敲が終わって問題が無ければ、すぐに出版される予定だから……多分大丈夫よ」

 

 何がどう大丈夫なのか俺には分からない。とりあえず発売される時にナミの所に1冊は届くらしいから、チョッパーはそれが手に入れば暫くナミから離れてくれるよな。

 ロビンもチョッパーとそれ、読んでてくれねェかな。俺からナミを奪わないで欲しい。

 

 「でもよ、この本達はどこから発行されてんだ?」

 「必要に応じて引っ越しながらやってるから……偉大なる航路のどこかの島ってしか言えないわね。どうして?」

 「書けてから出版までが凄く早いし、発売される地域の順番が時々変わるから気になったんだ」

 

 そんな事を話して楽しそうにしていて、邪魔できないかなと諦めようとした時、ナミがチョッパーを胸に抱き締める。……その、胸に押し付けるような抱き方の癖、直してくれねェかな!?

 言葉に出せない苛立ちが俺を包んだ直後、そのままの状態でナミはロビンとも仲良く会話を初める。その上で、チョッパーを抱いたままで手が使えないからとロビンがナミにお節とか食わせ始めるから、なんか……狡ィ……。

 

 「二人とも狡ィ!!」

 「ルフィも食べさせて欲しいの?」

 「ルフィも抱かれたいのか?」

 

 ロビンとチョッパーが同時に首を傾げ、ナミはモグモグと口を動かしている。……可愛いな、ナミ。

 つい、ナミを凝視しちまったけど、その間もロビンとチョッパーがナミから離れない。ナミは俺のなのに!!

 

 「ナミは俺のだぞ!!」

 

 俺の言葉に皆の視線が突き刺さる。その時、ナミが当然のように笑った。

 

 「今更何言ってんの。ここにいる皆が、ルフィの仲間でしょ」

 

 穏やかで優しい声を出すナミに、そうだけどよぉ……と言えば、フランキーが笑い出して、サンジが慰めるように肉を用意してくれた。ウソップは呆れたような眼差しで俺を見て、ナミに通じる訳ねェだろなんて呟いて、それにゾロが頷く。

 それを受けて、俺はナミを二人から奪い返そうと手を伸ばす。それにナミは不思議そうにしながらも抵抗しないから、俺は漸く大切な存在を奪い返した。

 ブルックはそれを見て楽しそうに演奏を開始して、ナミはそれを受けて俺の腕の中で歌い出す。そんな平和で幸せな時間が、俺の年明けだ。

 そうして俺は、大切な人達に囲まれながら、Happy new year!!と言葉を紡ぐ。愛しい女を他の誰にも触れさせない為に強く抱き締めている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正月21(百獣のカイドウ)☆

ヒロイン視点です。


 体格差もあるから、手加減されてても痛みがあって当然だと思ってる。でも、世間では鬼だ悪魔だと呼ばれるこの人は……案外優しい。

 

 「ナミ……お前は、離れていくなよ」

 「カイドウ?」

 「親子らしい事をした事が無いのは確かだが、ひとり娘にさえ背を向けられているからか、そういう意味では自信なんかねェんだよ。……いや、アイツは息子だったか」

 

 深い溜息混じりに呟かれた言葉を受けて、つい笑ってしまう。この人は、こんなに大きな身体なのに、変に気が弱い所がある。

 私に漏らしてくれるこんな弱音も、嘘とかではなく本気なのだと知ってるから余計に愛しい。きっと、この人は優しさの意味を何処かで履き違えてるんだわ。

 

 「それを認めてあげてるだけ、いいお父さんだと思うわよ」

 

 簡単に言えばニューハーフになると宣言した娘を尊重して、息子として扱っているという事になる。それは中々できる事じゃないもの。

 人として生きる上で、定められた枠組みから大きく逸脱するような行為を認められる親は、どうしたって少ない。無意識の内に、自分の跡を継いで欲しいとか、自分のように生きて欲しいとか、親は願ってしまう。

 それは、人は自分の人生以外の人生を体験も経験もしてないから。自分が歩んで来た〝失敗していない人生〟と言う道標を使い、安全に生きて欲しいと願うからなのよね。

 

 「カイドウは、優しいわ」

 「俺にそんな事を言う阿呆は、お前くらいだ」

 

 いつの間にか震えているのは私では無く、カイドウになっている。いつも強くて、絶対的な王者だからこそ、弱さを見せられないのだろうと知ってしまった。

 普段見せられないからこそ、酔った時にその弱さが表に出てしまう。問題は、心の弱さは露呈しても、その強靭すぎる肉体で理性も落として見せてしまう事で手加減も忘れてしまう所にあるのだろうけれど。

 

 「カイドウって、可愛いわよね」

 「……本気で頭が心配になる発言すんの辞めろや」

 「だって、カイドウが大きいのは身体だけじゃない。中身はまだまだ少年なんだもの、可愛く思えて当然でしょ」

 「ほお……。そうするとナミは、その少年に可愛く鳴きながら哀願してた気がするが、そうなるとナミは幼女か?」

 

 カッと頬が熱を持つ。でも、言われっぱなしでは居られない。

 私は、ふふんっと笑ってから、カイドウを揶揄うように言葉を紡ぐ。新年早々何してんだ、なんて突っ込む人もここには居ない。

 

 「カイドウって、ロリコンだったの?」

 「……大人の女と呼ぶには、ナミはまだねんねだからなァ?だが、いつも悦ばせてやってるだろ」

 「なっ!?……カイドウは中身がいつまでも少年だから、加減を知らないんじゃないかしらね」

 「ウオロロロロロ!!」

 

 何が楽しいのか、私の精一杯な返しにカイドウは笑い声を上げる。経験なんてカイドウしか無い私が、そっちで太刀打ち出来ないからってそんな風に揶揄う事ないじゃない。

 んべっ!てやってからカイドウの腕から抜け出せば、何故か感心した様子を見せるカイドウに首を傾げる。そのまま伸ばされた腕を見て、その顔を見て、逃げた。

 いや、だって、今カイドウは明らかに私をベッドに引きずり込もうとしたからね!?

 

 「俺からこうも簡単に逃げるとはな。中々に凄い事してる自覚持っとけよ」

 「それ以前に、元日にそういう事しようとしないで」

 「俺の部屋に、俺の女がいて、俺はヤル気だ。何故駄目だと言われるのか理解出来ねェ」

 「元日はそういう事しちゃダメなのっ!!」

 

 心底不思議だと言わんばかりのそれに怒鳴れば、またもや不思議そうな顔をされる。どうやらこの男、本気で理解できないらしい。

 

 「誰が決めたか知らねェが、俺をルールで縛れると思うなよ」

 「……これから、宴じゃなかったかしら?」

 

 意識をそらす為に言ったけど、これは案外効果的な手法なのだ。カイドウは私が素足を見せるのさえ嫌がるから、人前で私を辱めたりはしないのもこれを選択した大きな理由なのよね。

 その証拠に、今も舌打ちしながらもカイドウはのそのそと動き出したので、私も漸くお正月らしい装いに着替え始めた。有難い事にワノ国であるから、和服は種類が豊富なのだ。

 髪の色を考えたら黒とか紺とか良いんだけど、顔立ちが可愛いからそういった落ち着いた色合いの和服は似合わないのが残念。その上肌も白いから、顔色悪く見えるのよね。

 帯を変えれば何とか使える和服は確かにあるけど、柄によっては使えない物もあるから難しい。世界が違うから、常識も違うと言われる可能性もあるけどね。

 そんな訳で、悩みながらも明るい色合いに蜜柑の花が散りばめられてる振袖を着てみたけど……この柄、珍しいと思うのよ。でも、なんか、これを着たいなって思ってしまった。

 

 「……似合うな」

 「カイドウ、まだ居たの?」

 「着てる姿を見てから、会場に向かおうかと思ってな。オロチに用意させた甲斐が有る」

 「……え、これ、カイドウの特注なの!?」

 「肌が白いから、赤が映える。それに、ナミは蜜柑だろう」

 

 なんと答えていいのか分からなくて、でもありがとうと言ってからその腕に絡み付くようにすれば軽く抱き上げてくれる。大人と子供どころか、既に巨人と小人だと思うけど……こんな些細な事が嬉しい。

 嬉しさの余りに、カイドウの腕にスリスリと顔を埋めれば、擽ったいのかピクピクと動く腕の筋肉が、何だか妙に楽しい。ここで擽ったり突っついたら怒られるかな。

 そんな事を考えながらチラリとカイドウを見てみると、悪戯しようとしてたのがバレたのか唇が降って来た。それを甘受していたら咳払いか聞こえて、私は慌ててカイドウの顔を押すけど離れようとしない。

 

 「んぅっ!!んーっ!?」

 「いい所なんだ、邪魔するな」

 「鬼が妖精を苛めていれば、声くらいかけると思いますが?」

 「ヤマト……その妖精が自ら鬼に〝私を食べて〟と言ってるんだ。食わない鬼がいる筈ねェだろ。……ああ、そろそろ〝嫁〟が欲しくなったのか?」

 「黙れクソ親父!!」

 

 そのまま棍棒で戦い始める二人に、私を巻き込まないでー!!と叫んだけど無意味。それどころか、この喧嘩をこれから始まる宴の余興だと思われたのか、皆が喜んでしまうので止まる気配すらない。

 巻き込まれたら大怪我してしまうと思い、隙を見てカイドウから離れてスピードの所へ行けば、可笑しそうに笑われる。けどね、私の行動は何もおかしくないからね。

 そう思って膨れれば、フグみたいと皆から笑われてしまう。カイドウの部下達は、カイドウと敵対してた人も多いのに意外と仲が良いから最初は戸惑った事を思い出しつつも、差し出されたお酒を受け取っておく。

 親子の戯れが終わると、カイドウも総督として皆に挨拶を開始して、そのまま宴に突入した。けど、こんな形で1度離れてしまえば、中々カイドウの傍に戻るチャンスがない。

 カイドウの周りには、今宵だけでも……って感じで妖艶なお姉さん達がひしめいてる。それでも私は、恋人と呼ばれる存在ではあるから近付く権利はあるけど……やっぱりそっちの方面では満足させられてないと分かるから、二の足を踏んでしまう。

 

 「ナミ、カイドウ様が取られちゃうわよ」

 「……うるティ~!!」

 

 揶揄うように、けれども心配して声を掛けてくれたうるティに抱き着いたのは条件反射。だって今、頼れる人が他に居ないんだもん。

 

 「ちょっと!!懐かないで!!私がカイドウ様に殺されたらどうしてくれんのよ!?」

 「だって、だって~!!」

 「ナミ」

 

 うるティに抱き着いていてそのままスリスリしてたら、背後から聞こえて来た声。それに振り向けば、顔を見るより早く帯を掴まれて持ち上げられてしまった。

 UFOキャッチャーのぬいぐるみって、こんな気分なのかな。アームが強過ぎて落ちる気がしないけど。

 

 「抱き着くなら、俺にしとけ」

 「カイドウ、忙しそうだったし……私から離れたのに、戻るのもどうかなってお「ナミは、俺の猫だろ。好きにしていて構わねェ」」

 

 カイドウの中で私は恋人枠ではなく、ペット枠なのね。そんな事が少しだけ脳裏を掠めたけど、多分言ったら本気で泣かされる。

 防衛本能がその質問はしちゃダメって言うから、素直に従う事にする。多分これを無視すると、多分私はベッドから出られなくなるわ。

 

 「どうした?」

 「……普通に抱っこして欲しいな」

 「良いだろう。部屋に戻るぞ」

 「なんで!?宴は!?」

 「今ナミが、抱いてくれと言ったんだろう。叶えてやろうってのに文句言うな」

 「抱っこしてって言ったのよっ!!この馬鹿っ!!」

 

 ギャーギャーと喧嘩をすれば、笑いが起きる宴の会場。火祭程の規模では無いけど、充分すぎる人数が集まるその場で起きる笑いは既に爆音に近い。

 それでも私とカイドウの声は良く通る。私は歌うし、天候によれば指示も出すから当然と言えると思う。

 それに対して、カイドウは体も大きく腹筋もあり過ぎる。だから私とカイドウの喧嘩はいつも、皆に筒抜けになってしまうのだ。

 

 「よーくわかったわ。私、宴に参加出来ないなら、ご飯暫く食べないからね!」

 「そんなに俺を喰いたいのか」

 「すぐそっちに持ってくの辞めてよっ!!」

 「自分の女に欲情して何が悪い。若いのにナミが枯れ過ぎてんだ」

 「体格差考えろ!恥を知れ!このスットコドッコイ!!」

 

 うがぁ!!と叫ぶように言えばヤマトが笑顔で手をふるから、それにより少し気持ちが穏やかになる。その直後、ヤマトか言う。

 

 「親父殿、僕の嫁について先程お話がありましたよね。折角のお言葉でしたので、僕はナミを嫁にします」

 「誰がそれを許すかっ!!」

 「僕に嫁を娶るようにと言われたのは、父上でございましょう?」

 

 明らかにわざとカイドウを煽るヤマトちゃんに、私はハラハラしてしまう。まだどう足掻いてもカイドウには勝てないし、カイドウは娘だからと手加減はしてるけど、生きてさえいればいいと思ってるのか、骨を粉砕する事とかを厭わない。

 だから本当にやめて欲しい。実の父と娘で、血で血を洗う戦いなんてして欲しくないわ。

 

 「父親の恋人を奪おうとするなっ!!」

 「なら、その恋人を困らせるような事してんじゃねェよ!このクソ親父っ!!」

 

 そうしてまたもや暴れようとする二人に拳を落として、大人しくしなさい!!と言い放てば静まる。この二人、妙なところ似てて、血の繋がりを強く感じるのよね。

 見た目は似てないのに。ヤマトちゃん、恐ろしく可愛い見た目なのに勿体ないわ。

 けれども私のそんな思考はお構い無しに、二人が喧嘩を辞めた事で起きる拍手。そして注がれる尊敬の眼差し。

 ……え?

 何、その、キラキラした視線。私、何もしてないわよ?

 

 「ヤマトがマザコンなのは理解したが、ナミは俺の女だ。諦めろ」

 「恋人でしかないなら、譲ってくれても構わないと思うけどな?」

 「二人とも、辞めなさい!!そもそも私の意思はどうなるのよ!!……仲良くして、ね?」

 

 互いに、大切だから素直になれないんだと知ってる。父親に構って欲しいのかなとも思うし、娘にどう接していいのか分からないのかなとも思う。

 だからこそ、私は仲良くして欲しいと願ってしまうの。だって、私にとっては皆大切な人だから。

 

 「私は二人に喧嘩なんかして欲しくないわ。二人の事が、大好きだから」

 

 そう言ってヤマトを抱き締めてからカイドウに飛びつけば、カイドウは二人纏めて抱き締めてくれる。それが何だか本当に嬉しくて、私もヤマトごとカイドウを抱きしめるように腕を回した。

 そうして私は、大切な人達に囲まれながら、Happy new year!!と言葉を紡ぐ。愛しい人達を他の誰にも触れさせない為に強く抱き締めている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正月21(火災のキング)☆

ヒロイン視点です。


 骨が軋むほど強く抱き締めて、離そうとしないこの腕が私を傷付けないように精一杯気を張ってるのは気付いてる。それでも、軋んでるんだから当然、少しばかり痛いけど。

 あの日、文字通り私は〝拾われた〟と言えると思う。その後の関係性は、明らかに私はペットとかそう言う枠だと思ってたのに……実際、違ったのだから驚きである。

 生意気に振舞っても、強気に振舞っても、大概何でも許してくれる。というか、興味が無さそうにしてた癖に。

 でも、本当に興味が無ければこの人は何も拾わないし、その……男女の仲にはならなかった筈だから、興味は抱かれてる筈。ただ、私に自信と言えるものが無いだけなのよね。

 

 「どうした?」

 「あったかいなぁって、思って」

 「……まだ、寒いか」

 「ううん。もう大丈夫」

 

 ここで寒いなんて言ったら、絶対布団に押し込められる。グルグル巻にされるのが目に見えてるのだ。

 大切にされてるのは分かってる。ただ、加減ができないのかと問いたくなるようなやり方なだけ。

 

 「前から聞きたかったんだけど、キングって、私を硝子細工か何かだと思ってない?」

 「そこまでとは思ってねェが、弱いのは確かだろ」

 「そりゃ、キング達に比べたら弱いかも知れないけど、世間的に見たら充分すぎる強さよ」

 

 四皇の船長や上層幹部と民間人に毛が生えた程度の私を比べないで欲しい。そう思って言ったのに、鎧越しに私の頬に触れるその手は腫れ物を触るよう。

 瓦礫に埋まってもほぼ無傷で、生還できる時点で相当強い身体だと思うのよ。……なんて、そんな当たり前過ぎる事実を口にする事さえ許されない程、大切そうに指先で撫でられている。

 

 「ナミは、小動物系だからな。俺とは種族も違い過ぎる。……よく受け止められたものだと感心してる所だ」

 

 意味が分からなくて首を傾げて、それから脳内で復唱して気付く。その瞬間に茹だると言うより爆発したのは、言うまでもない。

 よく受け止められたって……!!

 

 「かっ!」

 「か?」

 「カイドウ総督に言いつけてやるっ!!」

 「……俺に優しく抱かれて動けなくされるんです。助けてくださいって?」

 「なっ!?」

 

 言葉を詰まらせる私にキングは追い打ちをかけてくる。どうやらこの男、揶揄ってるつもりは無いらしい。

 それ故に厄介だわ。冷静に分析しないで欲しい。

 

 「人間は自分の病や怪我を隠さない。隠す時点で、小動物だろう」

 「だって、迷惑かけたくないから……って、そうじゃないっ!!」

 「なら、動けなくなる事が不満なんだろう」

 「そ、そうよ!少しは加減ってものを覚えるべきだわ!!」

 「十二分に加減して、優しくしたつもりだが?」

 

 言い返せない。だって、この体格差で私が壊れてない時点でどれ程大切に、優しく扱われたのかなんて考えるまでも無いんだから。

 拷問する事に慣れたこの人は、私の反応から隠そうとしても苦痛とかを瞬時に見極めて、酷い事にならないように気を使ってくれた。結果、私は生きてる。

 

 「他に言いつけるような事はねェと思うが、何か不満か?」

 「不満だらけよ……」

 「言ってみろ」

 

 優しく問われるこれは、多分改善できそうならしてやるって事だと思う。でも、これは改善なんか絶対できない。

 睨んでやろうと思って見上げたのに、優しい眼差しで頬が赤くなってしまう。だからプイッと視線を逸らして言うのが精一杯なの。

 

 「キングが、好きすぎておかしくなりそう」

 「……それを聞かされるカイドウさんの気持ちを考えろ。ついでに、俺が暫く笑いものにされるからやめて欲しいところだな」

 

 そんな風に言いながらも、その瞳は今までにも増して優しく細められるから……私に勝ち目は無いのだと思い知らされる。どうしたって、先に好きになった私の負けなのよね。

 そう思って溜息を吐き出すのと同時にドアが蹴り破られて、球体……じゃなくて、クイーンが姿を見せる。あの体格で俊敏に動けるのは既に人間業じゃないと思……いや、この世界だと普通なのかな。

 だって、ルーも動いてた。でも、クイーンってルーよりも丸いのよね……。

 

 「ナミ」

 「キング?」

 「あまり見るな。ナミに馬鹿が移ると大変だからな」

 「どういう意味だ!?拷問好きの変態野郎が!!」

 「人の趣味をとやかく言える立場か?その巨体に見合うお荷物野郎」

 

 放置すればまた大騒ぎになるのは目に見えてるからと、私は咄嗟に口を挟む。無関係決め込める距離感でも無いしね。

 

 「二人が仲良しなのはわかってるから、早く宴の会場に行きましょ。クイーンもその為に呼びに来てくれたんでしょ」

 「キングの阿呆と違って物分りが良いな。ナミ、今度俺の研究に協力「させるか。内容的にもナミを巻き込ませられねェ」」

 

 話が見えないけど、また喧嘩したら部屋が壊れちゃうと思ってキングを見つめたら、キングが諦めたような溜息を落として私を抱き上げる。どうやら私を歩かせてくれるつもりが無いらしい。

 そのまま近くの部屋に運び込まれたと思ったら、着替えて来いと言われて頭を撫でられるので、嫌な予感と共に振り向けば女中さん達がニッコリと笑って待機していた。悲鳴と共に始まった年明けバトルに、私が勝てる筈も無く花魁のお姉さん達も真っ青な勢いで飾り付けられた私は、魂が抜けたみたいになりながら宴の会場へと足を向ける。

 襖の向こうから聞こえて来るのは、楽しげなどんちゃん騒ぎ。けれどもそっと襖に手を伸ばした時に聞こえて来た言葉で、私の身体は凍りついたように動かなくなってしまう。

 

 「キングさん、なんであんな小柄な子を拾って来たんですか」

 「ペット感覚ですか?」

 「確かに能力は高いですけど、満足はできないと思うんですよ」

 「そうですよ。キングさんなら、相手なんて向こうから寄ってくるでしょう。確かに良い女だとは思いますけど、サイズ感とか……色々足りないと思うんで「黙れ。お前らにとやかく言われる筋合いは無い」」

 

 確かに自分でも、なんで?って何度も思ったからこそ、聞こえて来た会話が妙に痛い。呼吸さえ忘れて動けなくなっていると、突然襖が開かれてそれに反応するより早く抱き締められる。

 それがキングの腕だと、キングの胸だと理解するのに少しばかり時間がかかってしまった。思考が定まらないままに見上げたキングの顔が、何だか少し怒ってるように見えて首を傾げれば背中の羽根が揺らめいた気がする。

 

 「余計な事、聞かせやがって……」

 「私が聞いちゃ、駄目だった?」

 「馬鹿が。……こんなに簡単に揺らぐな」

 

 何を言いたいのか分からなくて、よくよくキングの顔を見つめたら小さくない舌打ちが返されてしまった。何に苛立ってるのかと思って見てたけど、なんか違う。

 混乱、とも違うわね。何だろう。

 じっとキングを見詰めていたら、殆ど見えないその素顔の先で、戸惑ってるのが感じ取れた。戸惑うって事は……そんなに、私には聞かれたくない事だったのかな。

 

 「……ナミが傷付くなら、何も聞かない方がいい。ただな」

 「うん?」

 「その衣装は俺が見立てた。ナミに似合うと思ったからな」

 「え?」

 「何に傷付いてるのかは分からないが、俺がナミを欲しいと思ったから手に入れた。何か不足か」

 

 質問するていをとっておきながら、疑問符さえつかないその言葉。不満なんかある筈ないだろうと告げながら、私の返事を待つ間その瞳が微かに揺れているのはどういう事なんだろう。

 ただ、わかる事もある。私は……自分で思ってるよりもずっと、キングの中で大きな存在だったらしいってこと。

 

 「キングが傍に居てくれるなら、不満なんて何も無いわ」

 「……俺は、海賊だ」

 「知ってるわよ?」

 

 今更何を言うのだろう。本気で意味が分からないわ。

 キングが海賊以外のなんだと言うのか。そう思ってキングを凝視すれば、言葉が返された。

 

 「……優しくは無い。壊したり、壊れるギリギリまでいたぶって、苦しむ姿を冷静に眺めている事も少なくない」

 「そうね」

 「逃げようとしたら、その足切り落としてベッドに繋ぐ予定だ。俺に抱かれて、俺に世話されて、俺無しでは何も出来なくしてやる」

 

 本気なんだと伝わるそれ。それに多分、拷問でそういう事し慣れてるから上手くやってくれる。

 感染症で死ぬとか、そういう事は心配しなくていいだろう事は分かるわ。……そんな事をされるのは嫌だけど。

 

 「それは、少し嫌だけど、逃げる予定は無いから大丈夫よ」

 「俺は、ナミを手放すつもりは無い。ナミは俺のものになったんだから、簡単に揺らぐな。俺だけ見ていればいい」

 

 …………えっと、まさか、これ、慰めてるつもりなのかな。普通の人が聞いたら怯えて泣き出しそうな事を言われた気がするけど。

 私が落ち込んでたからって考えてくれたのかな。だとしたら、そんな変に不器用な所も含めてキングが可愛くて仕方無い。

 強くて、賢くて、拷問に慣れてる男。残酷で、残虐で、冷静な海賊らしい海賊。

 なのに、こんな普通と言える事が上手くできない不器用な人。優しさを必要としない世界で生きてきたのに、私にはそれを向けようとしてくれるのがよく分かるから、私は愛しさのあまり強くキングに抱きついてしまう。

 

 「今年も1年、ずっと傍に居させてね」

 「それでいい」

 「「良くねェよ!!」」

 

 カイドウ総督とクイーンの声が重なり、何事かと視線を向ければ暑苦しいだの甘ったるいだのと言い出す。けど、外が寒い分暖房器具はしっかり働いて貰った方がいいと思うのよ。

 甘いのは、お正月料理あるあるだから仕方ないし……。困ったわ……と、言うような事を言えば何故か宴の会場が静まり、キングが元々そんなに見えてない顔を隠すようにして手で覆った。

 その直後、何故か起きた大爆笑の中でキングに呑め呑めと言いながら群がる人達を牽制するように、私はキングの首に腕を回した。新年早々、引き離されてたまるもんですかっ!

 そうして私は、大切な人達に囲まれながら、Happy new year!!と言葉を紡ぐ。愛しい人を他の誰にも触れさせない為に強く抱き締めている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2021年猫の日&春一番&エイプリルフール連動イベント
猫の日(麦わらのルフィ)


 いつもと変わらない日だと思っていた。なのに、その日は随分大変だったと思う。

 本気でナミが居なかったら、いくらサニーても沈んでたんじゃねェかなって思うような天気で、魚捕まえたりする余裕も無くて、どこかで食料を補給しないといけないって話になった。俺でさえヘトヘトなのに、皆が元気な訳も無い。

 そんな中でナミは海を見詰めて、的確な指示を飛ばす。だから皆で少し休めって騒いでやっとの事で寝かせて、なのに、その直後に島が見えて来た。

 タイミング本当に悪いと思う。ナミ、休ませてやれねェじゃんか。

 その島に到着するのと同時に、インクが無いのを理由に買出しに飛び出したナミは、明らかに港にいる猫に夢中だった。その後は、いくら待っても帰って来ない。

 その内にナミが買った物だけがサニー迄届く形になれば、手分けして探す事に決まるのは当然の事だった。現在俺の足元では、猫が楽しそうに駆け回っているばかり。

 

 「ナミっ!!何処だ、ナミ~!!」

 

 嫌な予感がする。何だろう、見付けないと酷い事になるような、そんな気がするんだ。

 ナミを喪うような、そんな気がする。指先に血が通ってないような、頭が真っ白になるような、変な感覚。

 そうして探し回れば、酒場が見えて来た。その時フワリと感じ取れたのは、ナミの香り。

 ナミなら酒場に顔くらい出してるかもと思って近付く。けど、これだけ呼んで、近くにいるのに出て来ないなんてあるか?

 

 「どこだ?……近くにいるのはわかるんだが……」

 

 なんて言っても、酒場に近付く程にナミの香りが強くなる。緊張してる時の、香りだ。

 動けない状態なのか。怪我してるなら、血の匂いもすると思うけど、それは無い。

 

 「にゃー……」

 

 声につられて視線を向ければ、蜜柑色の猫が見えた。珍しいその色は、ナミっぽくてつい足を向けてしまう。

 でも、近付いたら逃げちまうかな。ナミと似てるから、逃げられたくない。

 

 「猫……?似てるな。……おいで」

 

 無駄かなと思いながら手を伸ばす。そうしたら猫は真っ直ぐに俺の方へかけてきて、手に擦り寄るから連れ帰る事を誓う。

 この猫なら、きっと皆も喜んで受け入れるだろ。なんかナミと似てるし……似て、え?

 思わず猫を抱き上げて、じっと見つめちまう。……似過ぎだろ。

 香りもナミそのものだ。だけどよ、ナミは悪魔の実の能力者じゃねェ筈だ。

 なのに、何でかナミにしか思えない。可愛いからナミに思えんのかな?

 その時俺を見てる瞳の色までナミだと気付けば、声は自然と紡がれていた。だってよ、その俺を見詰める眼差しがナミだったから。

 

 「あれ?ナミ?」

 「にゃ!」

 

 元気よく猫が頷くと、その小さな身体が光って見る間に身体が大きくなっていく。猫がナミに戻るのを見て、ちゃんと服着てる事に内心でホッと息を吐き出していた。

 ただし、なんか、その頭と尻に猫の時の名残が残る。……うん、可愛いな。

 悪魔の実のでも食ったのか聞こうとした時、向けられた笑顔。あどけないそれに合わせて、ピクピクと動く耳と尻尾が妙にかわいい。

 

 「わかってくれてありがとう。気付いて名前呼んで貰わないと戻れなかったみたいなのよ」

 「……そうか」

 

 それから自分の耳に触れて、その存在を確認してるナミを眺めていれば、元々少ない語彙力は死滅したかのように使えなくなる。だって、ナミ、可愛い。

 

 「この耳とかも暫くあるみたいだから、その間この島に停泊して貰える?安全の為に」

 「……わかった」

 

 困ったように言われて、不安そうに見詰められて、それだけで断れる訳がない。勿論、航海士無しで進めないんだから仕方の無い話だとも言えるんだけどな。

 

 「ありがとう!」

 

 満面の笑みを俺に向けて、それから何かを考え始めたナミ。尻尾が視界の端で揺れてるのが、恐ろしい程に気になる。

 そんな俺の手を握って、ナミは笑う。その仕草が愛しくて、耳触ったら怒られるかなって思うから頭を撫でて誤魔化してみた。

 頭はいつもと変わらないけど、無防備にも瞳を閉ざすナミに俺は理性との戦いを強いられる事になる。でも、少しくらい良いよな?

 そう思ってナミの腰を腕で抱き寄せると、そのまま唇を重ねた。それに驚いた様子を見せたのは1瞬だけで、結局当然のように受け入れてくれるナミに、溺れるのはいつも俺の方だ。

 そっと唇を離せば、真っ赤になったナミが気恥しそうに俯くからそこで漸く街中だったと思い出す。こんなに可愛いナミの顔、他に見せたくないな。

 帽子で隠そうかと思ったけど、耳があるからそれもできない。仕方ないから、連れ帰って隠しちまおう。

 

 「はやく、サニーに帰ろう。皆待ってるし、探してたから」

 「うん。そう、ね」

 「明日、二人で島の冒険しような!」

 

 皆をまずは安心させないとと思って言えば、ナミはパッと顔を上げて嬉しそうに頷く。それが何だか妙に嬉しくて、俺もつい笑顔になっていた。

 手を繋いで帰る事にしたのは、どちらか先だったのか。自然と絡み合う指が、ナミの不安を伝えて来る。

 

 「ルフィ……見つけてくれて、ありがとう」

 「ん?……猫でも、兎でも、ナミはナミだから多分分かるぞ」

 「え?」

 

 僅かに輝いたような顔をするナミ。それが可愛くて、ついナミを抱き寄せる。

 誰にもナミを見られたくない。見せたくない。

 そんな事を思いながら、口にしたのは他愛ない言葉。俺の中では当然の言葉。

 

 「美味そうな匂いするし」

 「私は食べ物じゃないっ!!」

 「……違うのか?」

 

 甘くて美味そうな匂いがして、優しくて温かくて、誰よりも美味いと思うのに。それに、長い期間食わないでいるのが無理なくらい依存させられてる。

 なのに、どうして。ナミは、食いもんじゃないなんて言うんだ?

 

 「ナミ美味いのに」

 「……ルフィの馬鹿っ!!」

 

 突然怒り出したナミは尻尾を膨らませて、俺の腕をすり抜ける形で駆け出していく。それを慌てて追い掛けて、でも、元々すばしっこいのに更に猫になって速度上げられるとキツい。

 ただ、人を困らせるのを良しとしないナミだから、見失ったけどサニーに帰るのはわかってるからと先回りして待ってればそれ程しないで帰って来て……。あ、尻尾が落ちてる。

 

 「あらあら、ナミも被害者なのね」

 「ロビン、被害者ってなんだよ」

 「最近この島では猫の日に合わせたかのように、猫になったり、猫耳と尻尾を生やした人が増えてるらしいのよ。それにしても、ナミはなんか落ち込んでるわね」

 

 やっぱり落ち込んでんのか。たとしたらあの尻尾、ナミの心が見えるからこのままずっと生えてて欲しい。

 それにしてもなんで、落ち込ませたのか分からない。美味いって褒め言葉と思うのに。

 

 「だけど……多分、俺のせいだな」

 「何したの?」

 「ナミにキスして、恥ずかしがってたナミに美味そうって言ったら、食いもんじゃないって言うから、随分変な事言うんだなって思って、ナミは美味いぞって言った」

 

 俺の言葉を聞きながらコメカミを押さえたロビンは、困ったように笑った。その仕草が、表情が、ナミと重なる。

 いつも傍にいるから、似たんだろうか。ロビンとナミって、似てないようで結構似てると思う。

 

 「……ルフィ、あなたは〝お肉の匂いがして美味しそうだから食べたい〟って言われたらどう思う?」

 「うーん?……俺、不味いと思うぞ。ゴムだから」

 

 のびるし、多分食いにくい。あ、そっか……ナミもそういう意味でとったのか。

 食肉って意味で、俺は言ってなかったけど……そっか。そうだよな、ナミって案外素直だし。

 

 「ナミが美味いのは、そういう意味じゃ無かったんだけどな」

 「……そこは、流石にわかったと思うわよ」

 

 呆れを隠さないロビンが、ちゃんと謝っておきなさいと言う。そうしないとナミに避けられるって言われたから、よくわかんなくなる。

 でも、ロビンが言うならそうなんだろうなと思って素直に頷いた。そして、俺を見付けて船の下で尻尾をピンッと立てて動きを止めてるナミに、文字通り腕を伸ばして抱き寄せれば泣きそうな顔で俺を見詰めてきた。

 萎れた耳が、叱られるとか、捨てられるとか思ってるんだと伝えて来る。俺はナミ無しだと生きられないって……いつになったら理解してくれるんだろう?

 

 「ナミ、ごめんなさい」

 「……ルフィ、私も、ごめんね。突然怒って……折角探しに来てくれたのに」

 「ナミって……本当に、良い子だよな」

 

 思わず口から飛び出した言葉は、ナミを少しだけ復活させたらしい。耳をピンと立てて首を傾げる。

 こんだけ動くなら感覚とかもあるよな。元々ナミは耳弱いし、弄ったら怒るかな?

 

 「どういう意味?ルフィより私歳上なんだけど?」

 「なんか、海賊っぽくねェって意味。でも、それがナミだもんな」

 

 笑って言えば複雑そうにされるけど、とりあえず芝生の甲板にナミを押し倒して、そのまま抱き枕にしてやる。こうしたら逃げらんねェし、俺はナミに引っ付いて居られるから最高だ。

 そんな俺の頭を撫でてくれるナミに、やっぱり好きだなと思う。どんなに怒っててもそれが持続しなくて、いつも甘くて……。

 

 「ナミ、好きだぞ」

 「うん、私もよ」

 「……ナミ、なんか歌ってくれよ」

 「今は無理だから。楽器もないし、ルフィが引っ付いてたら演奏できないし、それに……」

 

 言葉が不自然に止まる。それが不思議でナミを見たら、少し照れた様子でナミが視線を俺から外して、小さな声で続けた。

 

 「ルフィから、今は離れたくないの」

 「……ナミは、俺をどうしたいんだ?」

 「へ?」

 「部屋、行くか。よし、行こう」

 「なんで!?どうしてそうなるの!?」

 

 慌てて逃げようとしたナミを捕まえようと動き出したら、少し遅れていたナミの尻尾を思いっ切り踏んじまった。その瞬間、ナミの悲鳴が谺響して……。

 

 「ルフィの馬鹿馬鹿っ!!今度、ルフィの大切な所噛み付いてやるんだからっ!!」

 「ずびまぜんでじだ……」

 

 半泣きなナミにボコボコにされた上で、この勢いで叱られた。でも、涙目のナミも可愛いなと思った時点で反省なんて程遠いんだろうな。

 フシャー!にゃんにゃんにゃん!

 本当は人間の言葉で怒ってるのに、違って聞こえる。あ、掌に肉球無いんだな……なんて、そんな事を上の空で思う。

 俺の猫は怒りながらも手荷物を漁り始める。そして、俺の頭にどこかで買ってきたらしい猫の耳がついたカチューシャをつけて来るから、なんか嬉しくなって笑っちまう。

 

 「何が可笑しいのよ」

 「嬉しいんだよ」

 「え?」

 「猫耳、お揃いだな」

 

 赤くなったナミが、小さく頷く。そう言えば、さっきロビンが今日は猫の日だって言ってたな。

 そう思えば、島には猫の耳を生やしたやつが沢山いると気付く。それでも、やっぱり世界中探してもこんなに可愛いのは、俺の恋人だろう。

 

 「世界中探しても、ナミより可愛い猫はいないと思うけどな」

 「この、天然タラシ」

 「ナミ?」

 

 よく分からなくて首を傾げたら、ルフィも似合うわよなんて言われる。俺の頭にある黒い耳は動かないけど、なんか本当に嬉しいんだ。

 そんな今日が猫の日だと言うのなら、俺は俺の猫を甘やかしたい。俺だけの猫を独占したいと願って、何が可笑しいだろう?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

春一番(麦わらのルフィ)

 猫の耳と尻尾が生えている間は、殆ど俺の傍を離れさせなかった。だってよ、ナミが尻尾の為にって……後ろに何も無いみたいなパンツはいて、スカートで動き回るんだもんよ。

 そんなに見られたいなら見せ付けてやれよって言って、少しばかり虐めすぎたのは自覚してる。でも、それさえ受け入れてくれちまうナミに、俺は甘やかされてる。

 そうして散々苛めた挙句に、文字通り絡み付いて寝ていた俺をナミはただ受け入れてくれる。この甘さが、俺を駄目にするような気がしてならない。

 それでも、傍に居てくれるだけで安心できるからと言い訳して、フランキーが見張りなのをいい事に俺はナミのベッドで惰眠を貪り続けていた。そんな中で、頭を撫でられる感触で意識が浮上する。

 どうやら、起きたナミが頭を撫でてたらしい。俺に付けられた跡が遺る身体を気にもせず、ナミはベッドから抜け出して行く。

 お気に入りらしいショールを肩にかけて行くから、蜜柑の世話じゃなくて航海士の仕事だと気付いた。蜜柑の世話する時は、無駄な物……ってか、枝に引っかかりそうな物は身に付けないナミだから、何となく覚えちまったんだよな。

 今の様子から見て、俺を起こさないようにしてたから、問題発生って事じゃないのもわかる。まァ、ナミって何かにつけて俺の頭撫でちまうから、それで目が覚めちまうんだけどさ。

 そんな所が可愛いと思う。問題はナミも俺を可愛いと思ってる所だな。

 漸くスカートじゃなくなったんだなとナミの居なくなった室内で思う。それでも心配になって、追い掛けるように甲板に向かえば、見えて来た島を見詰めて瞳を輝かせているのに気付く。

 つまり、危険はない島なんだな。俺がワクワクするような島だと、ナミは心配そうに瞳を揺らすから、今回みたいに喜んでるなら安全な島なんだろう。

 そう思って少しつまらないような気持ちで視線を向けた島には、妙な物が見える。……樹が、倒れかけてるぞ!?

 それだけでワクワクする俺は、きっとナミにまた困ったような顔をさせちまうだろう。それでも、楽しむ為に俺は海賊になったんだ!!

 そう思って、俺と冒険しに行こうと声をかけようとした時、ナミの肩から布が飛んで行くのが見えた。海へと手を伸ばすナミの指先を掠めて空へと登ろうとするそれに、手を伸ばして取ってやれば何とかナミが海へ落下するのは防げたと気付く。

 布の為に海に落ちるなよ。俺にはナミが海に落ちても、助けてやれねェんだから。

 そう思ったからか、溜息が落ちる。近付けばナミの首には俺の着けた跡が大量にあって、なんか申し訳ない気持ちになりつつそっとそれを巻き付けてやった。

 その布をどう縛れば良いんだろうかと試行錯誤してたら、布の端っこに麦藁帽子が刺繍されてるのに気付いて、つい撫でちまう。ナミって、本当に器用だよな。

 

 「あ、ありがとう……」

 「海に落ちなくて良かった」

 

 この布が落ちたらきっと、ナミは取る為に飛び込む。俺が体力使い果たさせてるから、そのまま寝込んじまうかも知れねェ事を思えば、本当に良かったと思う。

 

 「ふふ……」

 「ん?」

 

 突然笑い出したナミに首を傾げると、ナミは少しだけ幼い顔で俺を見た。いつもは大人の顔ばかり見せるナミだから、なんか嬉しい。

 でも、笑った理由って何だろう。俺がそう思って見つめた時、甘やかな声でナミが笑いながら言う。

 

 「私、甘ったれになったなぁって思って」

 「……足りない」

 

 何言ってんだよ!その程度の甘え方で満足してんなよな!

 そんなんたまから、いつも俺ばっかりが甘やかされちまってるじゃねェか!俺はナミをもっと甘やかしたいんだ!!

 そう言おうとして口を開いた時、ナミが突風に煽られて浮かび上がる。慌てて腕を伸ばした俺はそのままの勢いでナミを抱き締めて、連れて行かせねェぞと見えない敵を睨み付ければ、俺の腕の中でナミが小さく笑う。

 

 「ナミ?」

 「ルフィが、いつの間にか男の人になってるなぁって思って」

 「……俺はずっと、男だぞ?」

 

 産まれてから現在まで、女になった事ねェもんよ。何言ってんだろう。

 ……まさか、ナミは男になった事あんのか!?

 あ、そういやイワちゃんは男を女にしてたな。そういう事か?

 混乱する俺にナミは可笑しそうに笑う。無邪気な瞳で、俺を見つめながら。

 

 「少し前までは少年だったのよ、ルフィは」

 「……それは、イイコトか?」

 

 俺は何も変わったつもりなんてない。でも、ナミが変わったと言うなら、それは、良い事なのか、悪い事なのかって少し考えちまう。

 変化の内容も分からねェのに、戻れって言われても、戻れる訳もねェんだけどさ。でも、聞くだけなら聞いておきたいと願うのもわかって欲しい。

 

 「大人になる事が必ずしもいい事なのかって聞かれたら、哲学的過ぎて答えに窮してしまうわ。でも、私はどっちのルフィも愛してる」

 「ナミが良いなら、それで良い」

 

 俺は俺の好きに生きる。それをナミが否定しないでくれるなら、俺はこの先も俺として生きていられる気がするんだ。

 だからこそ、不安になる。ナミは、いつも誰かに狙われているから。

 

 「何処にも、行くなよ」

 「ルフィ?」

 「目を離しても居ないってのに……すぐ、拐われちまう」

 「ルフィ……」

 「シキのおっさんにも、今の風にも、目の前で……」

 

 俺が目を離せば、その度にナミは誰かに拐われたり傷付けられたりしちまう。目を離しても居なくても、簡単に連れ去る奴がいる。

 二年前のあの日、目の前で連れ去られたナミは、自力で逃げ出して来た。その後また連れて行かれて……その時俺はナミを怒ったけど、本当は守られてたと知った時、どれ程悔しかったか。

 どうして、皆、俺からナミを奪おうとするんだ。俺は……ナミが居ないと何処にも行けないのに。

 

 「ナミ……」

 「ルフィ、私はルフィの傍にいるわ」

 「ナミの嘘つき。いつも、俺を置いてどっか行っちまうじゃねェか。必死で抱き締めてないと、すぐに……」

 

 幼い俺達を置いて、シャンクスの事も捨てて、家族の為に、島の人達の為にって、死のうとしたナミは、再会してからも俺の事を突き放してアーロンの所へ向かっちまった。手を伸ばしても、振り払って死のうとして……。

 仲間になってからも、俺が傍を離れる度に誰かに捕まって……傷付いて……。なのに、傍にいる間はずっと俺を甘やかすから……。

 俺の頭を撫でて来る優しい手。それを振り払うなんて、俺にはできない。

 でもそれなら……よし、決めた!今日はナミを俺が甘やかしてやる!!

 

 「今日は、俺がナミを甘やかす!やりたい事言えよな!」

 「やりたい事……。ルフィと過ごしたいわ。あ!二人で島に行く?」

 「……なら、飯と買物か?」

 

 本とか、種とか買い足したいのかもな。それともインクとかか?

 どうしてもナミは文房具に拘るから、それかも知れねェ。途中飯くらいは俺に付き合って貰おう。

 

 「そうね。ルフィの夏物少し買い足したいし、ルフィの帽子直すのに糸の追加も欲しいのよね。後はルフィ「ナミの買物しろよ!?」」

 

 どうしたらナミを甘やかせるのかと思わされるのはこんな時だ。呼吸するように自然に俺を甘やかすナミに膨れると、さっきよりは随分と弱いけど、それでも強い風が吹き抜けた。

 

 「さっきの強風が、春一番だったのかもね」

 「春一番?」

 「春になる時に強く吹く風よ。春を連れて来てくれる風って事ね」

 「ふぅん……。なァナミ!俺、腹減った!早く島に行こう!」

 「まだ到着もしてな「ンなもん!みんなにたまには任せてもいいだろ!行くぞ!」」

 

 グルグルとナミを抱き締めて島へと飛び出せば、背後から仲間達の怒る声が追いかけてくるけど、今は何も聞こえない。ワクワクする新しい島があって、大好きなナミがいる。

 じっとなんてしてられない。俺はこんな毎日が楽しくて仕方ないんだ。

 屋台で売ってる物を買い食いしながら、色々な店を冷やかして回る。そんな俺の横に並んで歩くナミの指には、俺の贈った指輪が光っていて、それが俺の心を落ち着かせてくれた。

 

 「にししっ!」

 「何か楽しいものあった?」

 「おう!ナミが隣に居る!!」

 

 春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からナミを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるナミだからって、風が俺の春を奪わないでくれ。

 何処でも俺が連れて行ってやるから、勝手にどこかヘ行かないでくれ。そんな事を願って抱き締める俺に、ナミは優しく笑うばかりだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エイプリルフール(麦わらのルフィ)

 最近、なんかナミの様子がおかしい。多少だと具合が悪くても隠しちまうというか、気付かないナミだからこそなんか不安になる。

 俺が分かるくらいなら、チョッパーに伝えるべきだろう。正直、俺が落ち着かないってのより、ナミに何かあればこの1味は立ち行かなくなるのだから。

 

 「チョッパー……ナミが、おかしい」

 「……どんな風に?冷たいとか、構ってくんないとかなら、忙しいだけだと思うぞ」

 「違ェよ!なんか、顔赤くて……」

 

 慌てる俺にチョッパーは胡乱な視線を向ける。何か、怒られる予感がして身体が固くなる。

 ピシッと姿勢を正すと、チョッパーがふんすっとその表情に怒りを滲ませた。思い当たる理由は、今の所無いけど大人しく聞いとくのがいい事はこれ迄の経験から分かってるのだ。

 

 「ナミの体力考えないで、交尾し過ぎてるんじゃないだろうな!?」

 「最近はしてねェよ!机に齧り付いてるもんよ!」

 「……そっか。なら後で診てみるよ。偉大なる航路は気候が乱れてるから、体調崩しやすいんだ。そういう事なら大丈夫だと思うぞ」

 「ふーん。ナミ、弱っちいもんな!」

 

 素直に言葉にした時、チョッパーは分かりやすく視線を逸らして溜息を吐き出した。そして無言でまたゴリゴリと木の実を潰し始める。

 その様子に忙しそうだからと傍を離れて、サンジの所へ向かう。サンジならナミに甘いから、もう少し何かちゃんとしてくれる気がした。

 

 「サンジー……ナミがおかしい」

 「ん?なら、これ持ってけ」

 

 言葉と同時に差し出されたトレイを見れば、飲み物と蜜柑が乗っている。俺なら肉の方が良いけど、ナミは蜜柑で回復するらしい。

 確かにナミは蜜柑の匂いするもんな。それに、ナミは全てが甘いし……。

 そんな事を考えながらも、言われるままにトレイ片手にナミの所へ行けば真剣な顔で机に向かっているのが見えた。ソロバンを手にしてるから、何か計算しているらしいと言うのはわかる。

 ……邪魔したら怒られちまうよな。仕方ない。

 そっと机の隙間にトレイを置いて、図書室を後にすれば花壇で花に水をやっているロビンを見付けた。本当にナミとロビンは、変なとこ似てると思う。

 

 「ロビン」

 「あら、ルフィ。どうしたの?」

 「ナミが……」

 「ふふっ」

 

 俺が話始める前にロビンは笑い出す。その理由が本気で分からない。

 

 「なんだよ」

 「ルフィはいつも、第一声がナミよね。……様子見ておくわ」

 「ありがとう。あ!そういやウソップ見てねェか?」

 「フランキーと下に篭ってるわよ。なんか作ってるみたい」

 

 完成した時は弄らせてくれるけど、その前の段階で顔出すと完成しなくなるって怒られちまうんだよな。必要なネジを俺が壊しちまった事もあるし……。

 なら、今はやめとくか。そうすると後は……。

 

 「なら、ブルックの所に行くな!邪魔したら怒られちまうからよ」

 「そうね、ゾロは見張り室で寝てるから遊べないものね」

 「にししっ!」

 

 そうしてブルックに色々演奏して貰ってたけど、ナミが気になってソワソワしちまう。そんな俺に、ブルックはヨホホと笑うと毛布を差し出して来た。

 

 「それ程心配ならば、様子を見に行かれては如何ですか?」

 「……そうする!」

 

 そう言って駆け出した俺は、眠ってるナミを見付けて……なんか、少しホッとした。でも、1人にしたら魘されちまうからって言い訳して、ナミをそっと抱き上げて女部屋に運んじまう。

 ベッドに寝かせて、その寝顔見てたけど……全然起きる気配がないナミに、大丈夫かなと首を傾げれば皆が入れ替わり立ち代り様子見に来たりする。チョッパーが診察して、サンジが俺の飯を届けてくれて、ゾロが部屋の入り口付近で寝ながら護衛してくれてた。

 ブルックが甲板から安眠しやすいようにと演奏してくれて、ウソップが俺が暇しないかって時々顔を出してくれる。ロビンはフランキーを連れて部屋を明け渡してくれて、俺はただ……眠るナミの髪に指を絡ませたりしながら見守っていた。

 時々俺の名前呼んで、甘えたように俺の手に擦り寄るナミに顔が赤くなるのは……そう、シゼンノセツリだ!ナミが、可愛いのがいけないんだ!

 そうして朝が来た頃、漸くナミが目覚めた。少し寝惚けた顔で頭を動かして、窓を見たと思ったら慌てた様子で飛び起きたのが愛しい。

 

 「うそ!?もう夕方!?」

 「朝焼けだ。……眠れたみたいで安心した」

 

 俺の言葉にナミは驚愕を絵に描いたような顔をした。そして、ロビンが部屋を出る前にめくって行ったカレンダーに視線を向けて、暫し硬直する。

 それから少し何かを考えていたらしいけど、俺に視線を向けてふわりと笑う。少し困ったような、ナミらしい笑顔。

 

 「おはよ」

 「……ああ、おはよう」

 

 つられたように挨拶して、笑い返す。すると今度は悪戯に瞳を輝かせて、怯えたように肩をさすり、頭を振る。

 本当にナミって、見てて飽きないな。そんな事を思いながら眺めていたら、何故か聞きにくそうに質問して来るナミの姿。

 

 「そう言えば、朝ごはんって……」

 「食わないって選択肢は無いからな」

 

 俺の言葉に首を傾げるけど、それで許してはやれない。本当に心配かけやがって。

 

 「蜜柑は飯じゃないから、ナミは四日、飯食ってねェんだぞ。ちゃんと飯を!肉を食えよ!」

 

 怒鳴るように言葉を告げた俺に、ナミは優しく微笑む。その笑顔に見惚れそうになったけど……誤魔化されねェぞ。

 

 「笑っても飯食わないとか許さねェからな!!」

 「うん、分かってるわ。ルフィは、優しいわね」

 「……ごっ!」

 「ご?」

 

 優しいのはナミだろうとか、飯を食えとか、色々言いたくて何を言えば良いのか分からなくなる。その為に声を詰まらせた俺に、ナミは復唱する形で声を出して首を傾げた。

 

 「誤魔化されないからな!ロビン!ナミが食事するように連れて行くぞ!」

 「なんでわざわざロビンまで巻き込むのよ」

 

 そう言って笑うナミを抱き上げて、サンジの待つキッチンへ向かう。そんな俺とナミを皆が笑いながら見ていて、こんな日常がこれからも続けば良いと心から願っている。

 それから飯を食って、俺はフランキーに貰った最新式の釣竿片手にチョッパーを釣りに誘おうとしたけど、ナミと困った様子で会話してて……。これって、下手に近付くと、怒られる気がする。

 でもなァ……これ、チョッパーも喜ぶと思うんだよなァ……。そっと声掛けたら、怒られねェかな?

 

 「チョッパー……?」

 「……ルフィ、あのな、ナミがな」

  「ん?」

 「……いや、何でもねェ!どうしたんだ?あ!その竿見た事ねェぞ!?」

 「えっと、フランキーが、くれたんだけど……チョッパー、これやるからさ、何があったのか教え「竿ありがとう!大物釣り上げるぞー!!」」

 

 俺の言葉を最後まで聞かずに飛び出すチョッパーを見送り、残ったナミを見詰めれば、困ったように笑う。どうしたんだろう?

 困ったように視線を動かして、言いにくそうにしてる。何か頼み事でもあるのかな?

 

 「ルフィ」

 「どうした?」

 「……最近、微熱が続いてたから、チョッパーに診てもらったの」

 「風邪か?サンジに喉に優しいの作ってもらうか?」

 

 でも、それならなんでチョッパーは隠したんだろう。そう思ってナミを見詰めれば、ロビンがまさか!と言って動きを止める。

 その反応を受けて、サンジは顔面蒼白だし、ウソップは真っ赤になつて動揺する。サンジとウソップの顔色が正反対なのは、何なんだ?

 

 「やだ!大丈夫よ!皆落ち着いて!変な病気じゃないわ!」

 「ナミ、すぐに休んで!」

 

 焦った様子で言葉を口にしてから、明るく笑ったナミの反応を見て、ロビンが焦った様子で肩を掴む。それによりナミが慌てるけど、本当に意味が分からねェ。

 

 「いや待って!まだ何も嘘ついてないのに、その反応されるとは思わなかったから待って!」

 「まだ嘘ついてないって、なんだ?」

 「今日は、エイプリルフールだから、人を傷付けない嘘ならついてもいい日なのよ。だから何か嘘つこうと思ったのに、嘘つく前に騒ぎになって焦ったって話しよ」

 

 困ったように笑ったナミを見て、今度こそブルックがカタカタと震え出した。何なんだろう。

 でも、嘘ついていい日か。俺も嘘ついてみようかな。

 そんな事を考えていたら、ロビンが呆然とした様子で問い掛ける。それにナミは笑顔で頷いた。

 

 「では、嘘ではなく本当に……?」

 「ええ、本当に「ナミ!部屋に戻るわよ!!」え!?なんで!?」

 「ロビン、ナミとは今日から俺が同室になるよ。守らないとだからな!」

 

 半分本音、半分嘘で言葉にした瞬間、ロビンとナミが涙ぐむ。そして、騒ぎにより集まって来たフランキーが大声で泣き出して、ゾロが変な事を言い出した。

 

 「ルフィが父親か……」

 「へ?」

 「あん?」

 「いいプリンの日で嘘ついて良いって言うから、部屋交代って言ってみただけだぞ?なんだ、父親って」

 

 その瞬間何故か突然ロビンがクラッチして来て、サンジには蹴られた。意味がわからなくて首を傾げたら、真っ赤になったナミが叫ぶ。

 

 「皆落ち着いてよ!私、妊娠してないから!ただの、疲労よ!嘘つくより厄介な状態にならないで!!」

 

それによりホッとしたような、残念なような変な空気が流れる。でも、俺は心から思うんだ。

 どんな嘘でも、もしもナミが望むなら、それは現実にしてやりたい。俺は嘘偽りなく、どんなナミでも愛していると断言出来るのだから。

 

 「なら、チョッパーは……?」

 「無理させないで休ませてやってくれって、言おうとしてただけよ」

 

 何を言い淀んでいたのかといい切る事ができないままに、首を傾げた俺にナミは恥ずかしそうに顔を俯ける。そんなナミをそっと抱き締めて、俺はその頭を撫でておいた。

 疲れてるなら、俺の腕で休んで良いぞと言いながら。抱きしめてる他に、確実に守ってやれる手段を俺は知らないんだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猫の日(百獣のカイドウ)

 俺の手元にナミが来て、何年が過ぎただろうか。時に必要で島を出る時は、良いお守りと言えるだろうと思っているし、部下達もそう認識していると知っている。

 それ以外は可能な限り奥に隠している事を、隠されている当人は弱いからだと思っているらしい。……ただ、弱いだけの役にも立たない存在を、俺が手元に置いておくと思う方がおかしいだろうにな。

 幹部達は知っている。俺が、ナミを隠しているだけだと言う事実に当人だけが気付かない。

 俺がブラック・マリアといる時は、特に顕著にそれが出る。スススッと消えようとするか、存在感を消して空気になろうとするのが気に入らねェ。

 何度抱いたと思ってるのか。どうでもいい相手としてただ犯すだけなら、今頃壊れてるか死んでると自覚しやがれ。

 

 「カイドウさん!ナミが表に飛び出して行きました!!」

 「あ?……なら、指示に従え。沈みたくなければな」

 

 今回はJOKERの野郎が、直接見せたい物があるなんぞと言うから出て来たが、さて……コレでつまらねェものなら容赦しねェぞ。それでも、その海域はナミを連れて行った事が無かったからと頷いた時点で、俺も焼きが回ったとしか思えねェな。

 

 「帆を畳んで!旋回!!」

 

 そんな声が聞こえて来るのを酒を呑みつつ聞いていたが、船が大きく揺れればその限りでもねェ。ナミがいて何故揺れる?

 愚かにも攻撃して来た奴が居るのかと甲板に出れば、サイクロンがふたつ見える。流石に声を失い、指揮をとるナミを見つめちまう。

 ……航海士で測量士の能力を持ち、操舵手としての知識はあるって言えるかなって程度よ。……ってな事を、言ってなかったか?

 

 「ウロロロロロロロ!!」

 

 突然笑い出す俺に周りが視線を向けて来るが、これ程長く共に居ても知らない事がまだまだある。これだから、海賊を辞められねェんだよな。

 異常気象にここまで見事に対処するナミに出逢えた事で、俺に歯向かう気概のある奴に遭遇できなかった不快感が吹き飛ばされる。本当に、この才能だけでも十分過ぎる価値を持っていると言えると言うのに、いつになればそれを理解するのか。

 何とか問題の気象現象を乗り越えた時、ナミがフラリとその身体をよろめかせた。支えれば少しばかり熱くて、寝ていろと命じるがそれを拒むように首を横に振るから舌打ちかもれる。

 

 「ナミ」

 「だってカイドウ、点検とかしないと。さっきの衝撃は、多分船底っに「行かせるから、寝てろ。雑務はやらなくていい」」

 

 船において特殊な能力を持つ者は、本来船長よりも大切になる。航海士、測量士、占星術師、医者、音楽家がそれに該当するのだ。

 このほぼ全てに該当する存在である自覚を持ってくれと願うが、口に出せないのは俺の弱さか。ふとした時に、名前しか知らなかったけど……優しい人だったのねと微笑むナミに、何度お前相手だからだと言いかけて、その言葉を飲み込んだか分からねェ。

 こんなに弱って、まともに喋る事さえできなくなっても働こうとする姿に苛立つ理由を、俺は本当は分かっているのだ。それでも、それがナミに伝わらないからと、苛立つ理由をすげ替えたくなる時がある。

 俺に甘えろ。お前は、俺の女だろうが!と、言いかけた時、飛び込んで来た部下の声。

 

 「食料庫に浸水確認しました!」

 「瓶が割れました!」

 

 同時に聞こえて来たそれに、ナミは困ったように笑うと軽く頭を振って立ち上がろうとするから、近くにある島へと向かうよう指示を出した。そのままナミを部屋に連れ戻して、風呂に叩き込んだのは素直に言う事を聞かない事への罰も含んでいる。

 ……なのに、風呂に押し込まれたナミは何故か楽しそうで、罰にはならなかったらしいと気付かされれば、体調が落ち着き次第貪ってやると決めたのは当然の事だ。そうしている内に船は動き出す。

 サイクロンを抜けたからには、この海域を知らないナミの先導は見込めないからこそ、前に得ていた地図や海図から他の航海士達が動かすのは当然の事。どうしてもの時は、キングに案内させれば良い。

 そうして少しばかり室内でゆっくりと過ごしていたにも関わらず、ナミは窓から見えるその情報だけで脳内に海図を描いているのが分かっちまう。世に……天才はいるものだ。

 卵が先か鶏が先か……。その存在に惹かれたのか、才能に惹かれたのか……その明確な答えが俺の中で出ないから、この阿呆は俺の想いを勘違いしているのかも知れねェな。

 

 「海ばかり見てないで、俺を見ろ」

 「カイドウ?」

 「ナミは、俺のものだ」

 「……ええ、大切にしてね。壊れるまで、役に立つと約束するわ」

 

 儚く微笑むナミに、道具として言ったんじゃねェよと言おうとしたが、その時、船が島に着いた事を報せる声が聞こえて来た。それにより話を途切れさせたままナミと甲板に出る。

 俺の隣で島全体を見ていた筈のナミが、突然船縁へ移動してじっと何かを凝視する。その様子を何事かと様子を見ていれば、キラキラした様子で〝それ〟から視線を外さなくなった。

 その事で声をかけようとした時、クルリと振り向いたその表情は欲望を隠そうともしていない。こういう時だけ、子供のような態度を見せるから俺もつい言葉を飲み込んじまう。

 

 「買物に行ってくるわね!」

 「雑務はしなくていいと言ってるだろ。そもそもナミの目的は買物じゃね「行ってきまぁーす!!」」

 

 そうして飛び出す後姿から、にゃんにゃんにゃんと聞こえて来そうで頭が痛くなる。帰ったら暫くベッドから出られなくしてやると、内心で悪態ついて帰りを待つ事にした。

 だが、それが通じた訳でも無いだろうに、荷物だけが届けられ当人が帰って来ない。これ迄、そんな事は1度も無かった事を思えば、背筋を冷たいものが走る。

 蜜柑色の猫が俺のアキレス腱である事は、わかるやつにはわかる。それくらいには特別扱いしている自覚もあるからこそ、俺はその場で動きを止めそうになっちまう。

 失いたくない存在では無く、失えない存在になっていたのだと今になって思い知らされる。息子が俺を小馬鹿にしたような姿が脳裏に浮かび〝逃げられたんじゃないか?〟なんて言うから、とりあえずそれを脳内で殴り飛ばしておく。

 

 「後は任せる。もし先にナミが帰って来たら、部屋に押し込めておけ」

 「はい!」

 

 誰が応えたのか、それさえ確認する余裕はなく、嫌な音を立て続ける心臓をいっその事止めたいような衝動に駆られつつ探しに飛び出した。……贔屓目に見なくてもナミの容姿は抜群で、その能力は天才と呼ぶ他ない。

 拐われる可能性も、ここが新世界である以上十二分に有り得る。売られる事は考えにくいが、売られたならJOKERから買い戻せばいい。

 だが、無為に傷付ける必要など無いだろう。早く、取り戻さなければ……!!

 

 「ナミ……何処へ行った!?」

 「にゃー……」

 

 俺の声に応えたのは唯一猫だけ。人間でさえ、近くに居る奴等は怯えて声も出さねェ。

 そう考えれば、自殺しようと空島から落ちた先にいたナミが、心配して駆け寄ってきて手当までしてくれたのは脅威だろう。……本気で、俺を知らなかったらしいとは分かるが、体格差で怯えるもんだろうに。

 そうして出会った時の事を思い出していれば、ふわりと香るナミの匂い。姿が見えないって事は、姿を隠しているのだろうか?

 ……俺が、いるのに?

 だとするなら狙っているのは、海軍の大将クラスか、それとも同じ四皇レベルだと言う事になる。だが、その姿は見受けられない。

 血の匂いもねェから、怪我じゃねェよな。ならば……なんだ?

 

 「どこだ?……近くにいるのはわかるんだが……」

 「にゃー……」

 「猫……?」

 

 お前に用はない!と思いながら向けた視線の先に居たのは、ナミを彷彿とさせる毛色の猫。少し怯えた様子で辺りを警戒しているのもまた、ナミと似ている。

 

 「似てるな。……おいで」

 

 これで来たら奇跡だろう。そう思いつつも、膝をついて手を伸ばしちまう。

 すると駆け寄りスリスリと甘えて来るから、俺はそれにより暫し硬直する。抱き上げたら、潰しちまいそうで、それでも、抱き上げてみたくて。

 細心の注意を払って抱き上げれば、無垢な眼差しを向けて来る。甘えるように尻尾を俺に向けて、ゴロゴロと喉を鳴らすそれは既にナミとしか思えない。

 そう、まるで何者かに猫の姿へと変えられたとでも言わんばかり、で……?

 

 「あれ?ナミ?」

 「にゃ!」

 

 ナミなのか?と問い掛ける予定が、ナミ?で止まる程の衝撃。手の中にいた猫は、人の形へと姿を変えて行く。

 光に包まれたそれは、けれども傷付けるのが怖くて手を離したその形のまま動けない俺の前で静かにその形を落ち着かせていった。人の姿に戻ったナミは、だが、それ迄には無かった筈の物を頭と尻につけている。

 自らの耳に触れて、尻尾を撫でて、キョトンとした顔で首を傾げる。……俺の想いをまともに受け止めてもくれない女が、またその辺の奴等を誘惑しようしてるとしか思えない。

 いっその事、鎖で縛り上げて閉じ込めれば……こんなにも悩む事も苦しむ事も無いのだろうか。だが、そうなればこの無邪気な様子を見る事もなくなっちまうんだろう。

 

 「わかってくれてありがとう。気付いて名前呼んで貰わないと戻れなかったみたいなのよ」

 「……そうか」

 

 俺の葛藤を笑顔ひとつで霧散させる。先に惚れた俺に、勝ち目がある筈も無かったんだ。

 そもそもこれは、相手がナミだから気付けただけの事。他の奴なら、恐らくは視線を向けた所で興味を持ちはしなかっただろう。

 だが、叶うならナミの姿を変えた能力者は手元に欲しいな。使えそうだ。

 

 「この耳とかも暫くあるみたいだから、その間この島に停泊して貰える?安全の為に」

 「……わかった」

 

 なんだと!?と、ナミを責めなかった己を褒めたい。その凶悪に雄を惹きつけそうな姿が、暫く続くとは困ったものだ。

 とりあえずそれが治るまで、JOKERには会わせねェ。ナミを欲しがられたら、ビジネスの有効な取引先を殺しちまう。

 

 「ありがとう!」

 

 満面の笑みを向けられて、俺はそっとナミの頭を撫でる。それに対して無防備にもその瞳を閉ざすから、俺はどうしたらいいのか分からなくなっちまう。

 

 「……カイドウ?」

 「ナミ、帰るぞ」

 「え!?……測量、したかったのに。……猫になってたから、測量できてないの」

 

 しょんぼりとするナミは、それに連動するようにその耳と尻尾が落ちる。それに対して面倒だと思う事さえなく、仕方ないなと受け入れた時点で俺に勝ち目なんぞねェのだと、幾度目かも分からないくらいに思い知らされるばかり。

 そっと腕に乗せる形で抱き上げれば、落ちないようにかするりと俺の腕に抱き着くからそのまま歩き出す。何処に行くのかを問うでもなく、ただ俺に全てを任せる様子は幼い子供にさえ見えちまう。

 

 「……だからって、手放せもしねェ」

 「カイドウ?」

 「なんでもねェよ。……人の姿がない所へ行ったら、飛んでやる。空から測量しろ」

 「いつも、ありがとう」

 

 ゴロゴロと甘えて来るナミは、本当に猫にしか思えない。この耳と尻尾が消えるまでは、部屋から出してやれそうもねェなと苦笑した時、街中に猫の耳をつけてる奴が多い事に気付く。

 何事かと思った俺に、ナミが代わりに答えてくれた。何も言わなくても、こういう事は伝わるんだよな。

 

 「今日はね、猫の日なのよ。だからって猫になるとは思わなかったけどね」

 「猫の日か、なら……俺の猫を好きに甘やかして良いって事だな」

 「いつも、甘やかされてるわ。……勘違い、しそうになるくらい」

 

 苦しそうに声を出して、僅かに瞼を震わせる姿は痛々しい。だが、何故甘やかされていると知っていてそんな顔をする?

 待てよ、今ナミはなんと言った?

 

 「勘違い?」

 「……気にしないで。私は、カイドウの役に立てるならそれだけで充分よ」

 

 切なそうに笑うナミに、そんな顔させたくないと思うのは傲慢なのか。望んだモノの大半は、己の力で得て来たが……どうしてこうも、小娘一人……思うようにできないのだろう。

 人気の無い場所でそっと唇を重ねれば、複雑そうな顔をするナミがいる。俺は身体で伝える他に、伝え方なんぞ知らねェよ。

 その言葉を飲み込んで、どうやればこの猫が笑うのか、そればかりが気になっちまう。望むなら、世界だって手に入れてやるのに。

 今はただ、抵抗を知らない猫を貪る。もう少ししたら、約束通り、測量くらいさせてやるよと心の中で囁いて。

 今日が猫の日だと言うのなら、俺は俺の猫を甘やかしたい。俺だけの猫を独占したいと願って、何が可笑しいだろう?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

春一番(百獣のカイドウ)

 俺の子猫が蜜柑の香りを漂わせつつ、腕の中でモゾモゾと動く気配を感じて、意識が浮上する。この馬鹿猫は、自分が俺にどれ程特別待遇を受けているのか分かってないのだと思い出す。

 いや、正確にはどれ程愛されているのかを理解していなかったのだ。まさか……片想いされていると、誰が思うのか。

 それを理解して、これ迄に経験が無い程に甘く愛を囁いたと言うのに、それでもまだちゃんと伝わったのかと考えれば不安になる。たまさか、ここまで自己評価が低い存在がこの世に居るとは思いもしなかった。

 これ程迄に気の弱い人間が、どうやってこの海で生きてきたのか。全く持って謎だ。

 俺の腕がデカいからか、隙間を見付けて難なく抜け出した子猫は自分の代わりに枕を差込み、ふわりと毛布を掛けてきた。心配性な子猫は、どうやら俺の体調を気遣っているらしい。

 ……俺にヤり殺されそうになったのは、寧ろナミの方だろうに。俺の恋人である自覚がなかった事で、多少ではなく虐めすぎた自覚はあるのだ。

 そっと頭を撫でて来るその手が優しく、慈しみに満ちているからこそ……不安になる。この甘さが、消え失せちまう事が俺には怖い。

 最近はいつでも素肌に触れる服装だったと言うのに、今は何故か脱がせないと触れない服を着ているナミを横目に、消えた尻尾と耳を思う。アレを生やした能力者は、俺と趣味が合うだろう。

 JOKERに探させるか。そういや、あいつに会う事を目的に出て来たのに、すっかり忘れていたな。

 いつの間にかナミとの旅行になっていた事に気付けば、寝ているのも気持ち悪い気がして身体を起こす。本当に、調子を崩されてばかりだ。

 甲板に出て見れば、次の島を見詰めて楽しそうにしている子猫が見える。その後ろ姿から、消えた筈の尻尾が揺れているように思えるのは、俺の頭が可笑しくなったのだろうか。

 気を取り直し声をかけようとしたその時、風により飛ばされて行く布切れを見る。それだけならば何とも思わなかったが、馬鹿な子猫がそれにじゃれつこうとしていれば話は違って来るものだ。

 このままでは海に落ちる。そう判断したのが先か、それとも姿を変じたのが先か。

 俺はそれを判断するよりも早く、海に落ちる前にとそれを取り戻して、甲板へと戻る。そんな俺を、惚けた顔で見上げて来る無防備なナミがいた。

 人の形に戻りつつそれを首に巻き直してやると、頬や耳だけでなく項まで赤くなっているのに気が付く。布が飛ばされそうになったのは、風の責任でありナミに責任はねェだろうと思った直後、布の端にある刺繍に気が付けば息を飲むのも当然だろう。

 俺の旗印に蔦が絡まり、蜜柑が小さく繋がっている。それはサイズ感を考えても、ナミが俺に絡んでるようにしか思えないその構図。

 これは、どう表現したらいいのか。むず痒いような、叫びたいような、だが、そっと大切に心にしまい込んで置きたいようなそんな気持ちにもさせられる不思議な感覚。

 ナミといると、今まで必要としなかった数多の感情が押し寄せる。これは、俺がナミに感化されて居るという事なのだろうか。

 

 「あ、ありがとう……」

 

 こんな形で照れは伝染するものか。赤くなりそうになる自分を内心で叱責して、誤魔化すように口にしたのは他愛ない言葉。

 

 「海に落ちなくて良かった」

 

 言葉にしてみれば、それも俺の本音だと気付く。流石に俺も、海に落ちられては助けられねェ。

 うちの海賊団は基本的に能力者だから、海に落ちたら終わっちまう。そう思って息を吐き出した時、聞こえて来たナミの笑い声。

 

 「ふふ……」

 「ん?」

 「私、甘ったれになったなぁって思って」

 「……足りない」

 

 本当に甘ったれになったと言うなら、俺の女である自覚を持ちやがれ。そう言うつもりで開いた唇から音が出るより早く、突風が目の前にいた筈のナミを連れ去ろうと浮かび上がらせる。

 即座に姿を変じてナミをひっ掴むと、とりあえず島へと移動しておいた。そうしなければ、部屋に閉じ込めちまう気がしたから。

 降り立つのに人のいない所を選べば、自然に花々の咲き乱れる所となり、ナミは嬉しそうに頬を緩ませた。その姿に安上がりな女だなと思う。

 

 「カイドウ!花が沢山ある!ありがとう!」

 「……俺が咲かせた訳じゃねェだろう」

 「でも、連れて来てくれたわ。……綺麗」

 

 どこか切なそうに花を見上げるナミに、そんな顔をさせるのは本意ではないのだと思いながらも、それを言葉にできないままに溜息を落とす。そんな俺に気付いて心配そうにその顔を歪ませるナミに、そっと手を伸ばしてみれば駆け寄り擦り寄る優しい温もり。

 怪我でもしたのか、何処かに不調でもあるのか、それとも……気分を害してしまったのか。そんな考えが伝わって来る表情。

 俺はこの甘やかな微温湯に、絆されている。もっと非道にならなけりゃ、俺もあの甘っちょろい奴らと同種に見られちまう事だろう。

 そんな事を思えば不愉快だが、今はそれよりナミの笑顔を取り戻したい。その為に俺は言葉を向けようとするが、いい言葉なんて思いつきもしねェ。

 

 「ナミのせいじゃねェ。寧ろ」

 「寧ろ?」

 「俺自身への憤りだ」

 

 慰める言葉も、甘い言葉も俺には紡げない。ならば、素直に伝える他どうしろと言うのか。

 そんな俺を不思議そうに俺を見上げるナミの髪に絡む花弁にさえ、不快になる。俺のものに触れるなと、無言のままその花弁を投げ捨てて膝をついた。

 そうしなければ、視線を合わせるのも困難な小柄な女。強いのに脆くて、美しいのに可愛い、矛盾の塊。

 

 「……誰にでも、優しくしてんじゃねェよ」

 「へ?」

 

 俺の不満を受けてナミは驚きを隠しもしない。ここに来て、やはり理解しちゃ居なかったんだと気付かされる。

 ここまで来ると才能じゃないのかと言いたくなるほどに、鈍い。これが世に言う天然だろうか。

 ここで諦めるって選択肢が無い時点で、俺の負けだ。そう思えば、言葉は自然と口をついてでる。

 

 「ナミは、俺の女だ。……俺にだけ、愛想振りまいてりゃ良いんだよ」

 「……えっと、え……?私、カイドウの……?」

 「俺は、ナミを恋人だと認識している。いつまでも、セフレだとか、ペットだとか、そんな妙な事考えてんじゃねェよ」

 「な……!?えっ!?」

 「不満でも、あんのか」

 

 自然と低くなった俺の声に怯えるのでは無く、ただ赤くなるその姿。妙に幼く、なのに唆られる。

 なんで考えてる事がわかったの?と言いたげなその瞳。不満なんてなくて、ただ、混乱してると伝えてくる表情。

 このままかき抱いてやろうとした瞬間、吹き付けた突風がまたもやナミを連れ去ろうとする。それにより予定より強く抱き寄せちまって、腕とかを痛めちまわなかったと不安になりつつも、手放せない。

 腕の中から、手放してやれない。そんな事をしたら、この女は……消えちまうような、そんな気がする。

 春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からナミを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるナミだからって、風が俺の春を奪わないでくれ。

 これ迄奪うばかりだったツケなのか。そんな事を思いながらも、こいつだけは手放せないと……強く、祈るように感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エイプリルフール(百獣のカイドウ)

 JOKERとの会談を終えて部屋に戻れば、出かける前と変わらない姿で机に向かう馬鹿を見付けた。傍に積み上がっている完成したらしい海図の量と、見覚えのない楽譜を見るに、最低でも二日は寝ずに描いていた事が伺える。

 

 「バオファン……報告しろ」

 「あいよ~!」

 

 相変わらずの軽い返事だが、報告には間違いが無い。その報告によれば、俺が船を開ける直前に共に食事をしたのを最後に、現在まで何も口にしていないと言うもの。

 思わず頭を抑えそうになったが、バオファンがどこでどう広げるかも分からない為に耐える。怒り狂ったり呆れる前に、確認しておく必要があるな。

 

 「水分もか」

 

 俺の問い掛けに是と答えたバオファンに仕方ないかと小鍋等を持ってくるよう伝えれば、献身的ですねなんぞとほざかれた。他人に作らせた物では安心できないのは、俺とて同じなのだから仕方ないだろう。

 自分が食べるなら問題もねェが、食うのはナミだからな。俺は死ぬ事で完成すると思っているのと、長く生きすぎた気がしてるから、毒程度で死ねるならそれもありだろうと思う。

 それでも、ナミはまだ若い。うちの馬鹿息子よりも、歳下である事を思えば……俺より先に逝かせる気にはならねェ。

 そうして用意された物でホットミルクを作り、ナミの蜜柑を隣に並べて机の片隅に置いてやる。それにより多少は口にするだろうとは思うが……JOKERの所に行くと、血生臭くなっていけねェな。

 軽くシャワーでも浴びるかと傍を離れて、肌に張り付いたカピカピになったものを落として行く。思ったよりもこびり付いていたらしく、流れ落ちるそれはまるで俺自身が怪我でもしていたかのような様相だ。

 

 「ナミに臭いがつかなくて良かった」

 

 そんな事になれば、理性を手放して殺しかねねェ。妙に弱った姿が色っぽい上に、変に反抗的な所があるから加減が難しいのも原因だろう。

 これでナミが俺に敵対する勢力として現れ、俺に囚われた後反抗的な態度を取っていたら……と考えれば、犯り殺しそうだなと嗤っちまう。ズタボロになっても、その瞳だけは反抗的な態度を崩しはしないだろうと分かるから、余計に。

 そうして部屋に戻れば、机に伏すようにして寝ている姿があり、その近くに食べかけの蜜柑と口をつけたらしいカップが確認できた。息子や部下なら放置するか、摘み上げてベッドに放り投げる所だが、ナミだけはそうもいかねェ。

 精一杯の優しさでそっと抱き上げてベッドに運んでやれば、甘えるように擦り寄るその身体。いつも負担をかけている俺に対して、ここまで従順なのはどうなんだと思いつつも嫌な気持ちにはならねェ。

 ベッドに寝かせて離れようとした時、寂しそうに俺の服を掴んで来た小さな手に……動きを止める。振り払うのは、物理的には簡単な事なのに、どうしてそれができないのかと深く息を吐き出してから、啄むような口付けを落として俺もそのベッドに入り込む。

 たまには自堕落に寝た所で問題はねェ筈だ。大きな仕事は終えて来たんだからよ。

 そうして共に眠れば、目覚めたのは結局翌朝になってから。安眠効果の高さは、この香りにも原因があるのだろうか。

 

 「うそ!?もう夕方!?」

 

 そんな声で俺の脳は覚醒し、視線は焦るナミから窓へと移動する。そこに見えたのは当然夕陽ではなく、朝日だ。

 これは教えた方が良いだろうと口を開いたが、馬鹿にするつもりは無い。それだけ熟睡していたと言う事だからな。

 

 「朝焼けだ。……眠れたみたいで安心した」

 

 俺が傍にいれば眠れるのだと甘えた様子で言う恋人を、愛しく思わないといえば嘘になる。ただ、これは麻薬のように思えるリスクと紙一重な存在。

 そんな事を考えている間にナミは気持ちを新たにしたのか、呑気に挨拶をして来るからそれに返事をする。それに自分でも驚く程に優しい声が出たのには、内心ゲンナリしちまう。

 そんな時にナミが何故が小さくその身体を震わせたので、何を想像したのか、または思い出したのかと考える。思い出したとしたなら、あの魚共だろうか。

 

 「そう言えば、朝ごはんって……」

 「食わないって選択肢は無いからな」

 

 俺の暗い空気に気付かないまま妙な事を聞くナミに、不愉快さを隠せずに言えば小さく肩が震えた。それに対し、虐めたい訳でも無いのだと思い直して、四日食ってねェだろうと告げてやれば笑って誤魔化そうとされる。

 それを許しちまえば、倒れる未来しか待ってねェと知っているから、俺はそっと腕の中に閉じ込めて問い掛ける。その瞳を真っ直ぐに覗き込みながら。

 

 「なんだ、口移しで食べさせて欲しいか?」

 「ごめんなさい!普通に朝ごはん食べたいです!」

 「ウォロロロロ!……最初からそう言え。何か食いたい物はあるか?」

 「何も食べたくな「そうか、俺を食いたいか。朝から元気な事だ」ごめんなさい!ちゃんと食べるから意地悪言わないでー!!」

 

 叫ぶナミに、今はこの位で許してやるかと笑う。そうして抱き上げるとシャワー室に押し込み、俺は朝食の準備を命じておいた。

 風呂から出て来る迄に用意しろと命じたからか、即座に駆け出す部下にいい反応だなと小さく笑った。そうして用意されたのはオニオンスープと、サラダ、そして……オムライス旗付きだ。

 当然俺にも同じ物が用意されたが……何の嫌がらせだ。誰がお子様ランチを用意しろと言ったのか。

 

 「うわー、美味しそー」

 「……嬉しいか?」

 

 風呂から出て来たナミは嬉しそうに言うが、何がそんなに嬉しいのか皆目分からねェ。それにナミは小さく頷いて、はにかむように言った。

 

 「オムライスの中味を少し変えたら違う料理になるからって、この間レシピ少し渡したの。まさかすぐに試してくれるとは思わなくて」

 「……それでも、旗はいらねェだろ」

 「その旗、カイドウの旗よ?」

 

 言われて視線を向ければ、小指の爪程度のサイズの旗は確かに俺のマークだ。百獣海賊団のマークが、オムライスに刺さっている現実に溜息が落ちる。

 こんな旗、誰が作ったんだ。暇なのか?

 

 「成程、俺の部下は馬鹿だったらしい」

 「また、そんな思っても無い事言って……」

 

 そう言って笑うナミに、心底言いたい。本気で思っていると。

 それから俺が1口食ってから皿を返して、ナミが安心して食えるようにすれば、食事の時間は穏やかに過ぎる。ナミが妙な事を言い出すまでは。

 

 「ヤマトちゃんに、弟か妹欲しいと思わない?」

 「……は?」

 「もしかしたら、なんだけどね……私……」

 

 そう言って目を伏せるナミに、喉が鳴る。ま、さか……?

 俺の年齢を考えれば、ヤマトもできたのが不思議な位だ。だと言うのに、まさかこの歳で二人目……?

 

 「……望んで貰えるなら、頑張れる気がするの!」

 「できたって報告じゃねェのか!」

 「うん。そういう嘘ついてみようかと思ったけど、なんか騙せる気がしなかったから」

 

 ここで騙されかけた俺はなんなんだと深い溜息がもれたが、これは俺が老いたと言う事だろうか?

 

 「カイドウ?」

 

 不思議そうに首を傾げるナミに思う。もし、本当に子供が欲しいとナミが強く願うなら、俺はそれを拒めないだろうと。

 どんな嘘でも、もしもナミが望むなら、それは現実にしてやりたい。俺は嘘偽りなく、どんなナミでも愛していると断言出来るのだから。

 だが、俺がそれを伝える事は無いだろう。そんな事を簡単に口に出せる程、俺はもう若くはない。

 

 「ナミの方は、オムライスに肉が殆ど入ってねェな」

 「代わりにお豆腐が入ってるのよ」

 「ナミが良いなら構わねェが、体力はつけとけよ。……今夜のためにもな」

 

 寝かせてやらねェと笑ってやれば、真っ赤になったその姿。それにより思わずウォロロロロ!と笑っちまったのは不可抗力だろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 30~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。