陽の昇りたる異界、星落とされたる覇者 (C6N2)
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序章 未曾有の国難、または好機
第一話 転移


とりあえずタイトルはカッコつけていくスタイル


小説を書くのはこれが初めてです。
はっきり言って手探りです。読みづらかったり拙い部分が沢山あると思うので、こういう風にした方が読みやすいとかの意見や指摘があれば遠慮なくお願いします。(まあすでに13話書き貯めしてあるので反映されるのはだいぶ後かもしれませんが)
素人なりに頑張っていきたいと思っているので、よろしくお願いします。

それではどうぞ!


1941年、11月26日。

 

 

その日、単冠湾はいつもと変わらない、寒い朝を迎えた。

 

 

「あと一時間で出港か・・・今更ながら、えらいことを引き受けてしまったものだ」

 

南雲忠一司令官の呟きに、草鹿参謀長が応じる。

 

「引き受けてしまったものは仕方がありません。総力を以て作戦を遂行するよりほかはないでしょう。それに、山本長官は勝算のない作戦を実行するような人ではありません。きっと大丈夫ですよ」

「君は楽天家だね。羨ましいよ。」

 

南雲は微笑みながら言葉を返した。

 

「しかし、いったん引き受けたからには、全力を出さねばなるまい。対米戦争ははっきり言ってかなり苛烈なものになるだろうが、山本長官は我々に勝利への一縷の道を託してくださったのだ。我々はその期待に応えねばならぬ─────」

 

 

その時だった。

 

不意に、空一面が真っ白に染まった。

 

 

 

「なんだ!?」

 

これにはさすがに南雲も素っ頓狂な声を出さざるを得なかった。

 

「敵襲か?にしては様子が変だ」

 

草鹿は冷静に状況を分析する。空は真っ白だが、これといって特異な音はしていない。おそらく敵襲ではないだろう・・・だとしたらなんだ?

 

数十秒の後、空は普段通りの寒々としたものに戻った。

 

 

 

 

「どうすべきだろうか」

 

緊急的に司令部に参謀を集めたものの、何をしたらいいのか判断がつかない。

 

「本国から連絡がないのならば、出撃すべきなのではないでしょうか?」

 

源田航空参謀が答える。

 

「いや、これは予想外の事態だ。万が一の為に、偵察機を上げて周囲の状況を確認すべきだと思う。」

 

草鹿もこれに応じる。

 

「たしかにそうですが、今そんなことをしては出航が遅れ作戦に支障が生じます。状況把握は出航してからでも遅くないのではないかと。」

 

「航空参謀の言う通りだ。ひと段落してから偵察機を上げるべきだな。出航したら偵察計画を作成しなくては。」

 

かくして1時間後、機動部隊は真珠湾に向け旅立った。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

満蒙国境警備隊の山田中尉は、目の前で起きたことに大きな衝撃を受けていた。

彼らの部隊はソ連邦沿海州との国境にいたのだが、急に空が白く光ったかと思うと前方には一面の海が広がっていたのである。

 

「ソ連が消えただと!?」

 

愕然として彼は叫んだ。こんな事態は誰も想定していない・・・

驚きのあまりしばし放念していたが、気を取り直し急いで本部に連絡するよう部下に命じた。

 

どういうことなのだろうか、全く見当もつかない。

ただ、ソ連が消えたということは我が国にとってそれなりに嬉しいことではある。

 

今年7月に北満にて行われた大規模な軍事演習──関東軍特種演習──が実質として対ソ戦の準備であったという話は山田中尉も知っていた。かく言う彼らも関特演に参加した後、国境警備に回された部隊のひとつである。

 

アメリカへの滞在経験のある彼は、対米戦はあまり得策ではないのではないかと考えており北進論を支持していたため、その後日本軍の仏印進駐の報を聞いた時には面白くない気持ちだった。

───だいたい今陸軍がやっているのは大陸での戦争だ。ならば得体の知れないソ連を後背におきつつ二正面を戦うよりも、まだ話の通じるアメリカを背にして中ソと全力で戦う方がマシだ。

そもそも対米戦で主役になるのはどうあっても海軍である。海軍の連中が手柄欲しさに南進論を推しまくり、その結果が現在の開戦待ったなしな状況なのではないか───そんなふうに現状を分析していたのだ。

 

だがソ連が消えたとなってくると話は変わってくる。今ここにある関東軍の兵力を、順次南方に回すことができるからだ。後顧の憂いを断ったドイツも勢いづき、かなり有利に事が運ぶ可能性がある。

 

(アメリカに勝つとなると難しそうだと思っていたが、これならもしやどうにかなるかもしれない・・・)

 

対米戦争の前提である南方作戦が実行不可能であることなど知る由もない中尉は、そんなことを考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「なっ・・・なんだと!?」

 

十三試陸戦の機上にて、操縦員の遠坂二飛曹は叫んだ。

さもありなん。一瞬ではあるが突然空一面が白くなる現象に遭遇し、哨戒に出てみたら見覚えのない大陸が沖に広がっていたのである。

 

「司令部に打電する。大陸には近づかずに司令部に無電が届く範囲で沖合を飛んでくれ。」

 

「了解」

 

機長の長宮一飛曹の言葉に短く応じる。操縦桿を右に倒しフットバーを押し込むと機体は右へと旋回していき、それが終わるころには打電音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「打電完了。そのまま通信圏内を維持」

 

「了解」

 

 

 

暫くして、司令部から返電があった。

 

「司令部より入電。『長宮機は針路を10時の方向にとり、燃料の許す限り索敵を実施せよ』」

 

「『針路を10時の方向にとり、燃料の許す限り索敵を実施せよ』了解しました」

 

電文を復唱し、機首を巡らせる。

彼の機体は、目の前の謎の大陸に向かって進んでいった。




だいぶ短いですがここで区切るしか無かったんです許して


これを書きはじめたのがもう9か月前・・・ほんと、時が流れるのが早い。

ちなみに最初は九八陸偵にやらせる予定だったんですがどう頑張っても航続距離が足りないことに気づいたので試作機にやらせる羽目になりました。十三試陸戦はかの有名な「月光」の試作段階の名称です。


日中戦争も元々は盧溝橋で大規模な衝突に至らず日中不戦、その状態で転移ということにしようとしたのですが、開戦までの道筋が予想できないし艦艇や部隊も予測がつかないのでやめにしました。



次回:『未知との遭遇、既知との再会』



──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第二話 未知との遭遇、既知との再会

やっぱ日本だけだと寂しいしね。


クワ・トイネ公国第6飛竜隊所属の竜騎士マールパティマは、いつもどおり公国北東方面の哨戒任務に就いていた。

彼が乗っているのは一種のドラゴン───ワイバーンであった。

最高速度235km/h、上昇限界高度4000m。導力火炎弾を発射して地上の敵を焼き尽くす、ロデニウス大陸最強の生物である。

ちなみに北東方面に国はない。なぜわざわざ哨戒しているのかというと、昨今のロウリア王国の不穏な動向のためである。

ロウリア王国はかねてより掲げていた亜人殲滅に向けて、大幅な軍拡を行っていた。いつどこに侵攻してくるかもわからないので、こうして多方面で哨戒を行っていたのだ。

 

「今日も特段何もないな。」

 

マールパティマが代り映えのしない景色を見て呟いた、その直後。

前方の空に、芥子粒のような何かを見つけた。

こんなところからロウリアのワイバーンが飛んでくるとは思えない。第三文明圏にはワイバーンを船に乗せ飛ばすことができる飛竜母艦なるものがあるらしいが、そんなものをロウリアが所有しているという情報はなかった。

 

「まさかパーパルディアか!?」

 

彼は戦慄した。第三文明圏で周囲の国を武力で併合し恐怖政治を行い、そのプライドはエージェイ山よりも高いといわれるパーパルディア公国。竜母を持っているかの国が侵攻してきたのだとしたら・・・

 

 

しかし、現実はその想像の斜め上を行っていた。

 

「な・・・な・・・なんだあれは!!!」

 

ワイバーンではない。羽ばたいていないのだ。羽ばたかない飛行物体というものは第三文明圏には存在しなかった。

すぐさま通信用魔法具を使って司令部に連絡する。

 

「我、未確認騎を発見。敵騎はワイバーンに非ず。これより邀撃(ようげき)、確認を行う。現在の推定位置は・・・」

 

敵は高度3500メートル付近を飛行しており、高度差はあまりない。一度すれ違ってから追跡しようと考えた。

 

「なんだこれは・・鉄でできているのか!?」

 

見ると、鋼鉄でできているようにも見えるが・・・どうやったら鉄が宙に浮くのだろうか。

数秒の後敵騎とすれちがったが、

 

「速い!!」

 

ワイバーンを見つけたために速度をあげた敵騎に対し、反転しても追いつける気配がしなかったのである。

 

「!!どんどん引き離されているぞ!」

 

しかも敵騎は我が国有数の経済都市マイハーク方向へ進行している。慌てて魔導通信で司令部に連絡した。そのさい、すれ違ったときに一瞬だけ見えた驚愕の光景もいっしょに伝えた。

 

「緊急!我、敵機を確認するも、彼我の速度差が大きく追跡不可能!引き離されている!また敵は内部に人間を搭載、ムーの飛行機械の可能性あり!

敵機はマイハーク方面へ進行した。繰り返す、敵機はマイハーク方面へ進行した!!!

 

内部に人間がいて、鋼鉄製。彼はいつしか聞いたムーの飛行機械のことを思い出したのだ。思い至った可能性をそのまま司令部へ伝えた。

 

 

報告を受けた司令部は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

ムーの飛行機械と言うが、領空侵犯してくるのは問題でしかない。第6飛竜隊のワイバーン12騎全機を出撃させ、警告を行うこととした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかドラゴンに遭遇するとは・・・」

 

長宮は心底驚いていた。水平線が遠くなったように見えた時から怪しいと思っていたが、どう考えてもここは地球ではない。

もちろん接敵の直後に司令部にそのことは通信済みである。

 

 

この報告を受けた司令部は混乱したが、それが収まるとこれは領空侵犯ではないかという意見が出てきた。

地球ではないが、国家が存在する可能性は充分にある。

司令部はその旨を長宮機へ送信したが、少しだけ遅かった。

 

 

「下方より飛竜12()接近中!」

 

「フルスロットルだ。高度を5000まで上げろ」

 

機銃手兼航法員の西田二飛曹がいち早く気づいた。こちらの接近に気づいた──にしては早すぎる気がするが──飛竜が迎撃に上がってきたのである。

 

エンジンが唸りを上げ、機体が上昇する。眼下には中世的ながらも都市のようなものがあることからして、国家が存在している可能性が高い・・・しかも飛竜がいるということは、たとえ中世レベルの国家であっても領空の概念が存在する可能性がある。

 

そう考えるとこの12騎の飛竜は、先程遭遇した飛竜の報告を受けて出動したのかもしれない。接近が確認されてから出撃したにしては、妙に高度が高かった。となるとこの国は、あの竜に搭載できるだけの通信機を持っているということだろうか?

 

「飛竜は高度4000付近で停滞中、敵の上昇限界を超えた模様」

 

「了解した。前方の敵都市を偵察するぞ」

 

思考を打ち切って二飛曹の報告に応える。兎にも角にも、与えられた任務は果たさなければならない。そのうちわかってくることもあるだろう。

 

 

──────────────────────

 

 

政府では、満州からの報告───非常に宜しくないことに、ソ連だけでなく満州国を除いた支那全域も消滅しているらしかった───と台南航空隊からの「我飛竜見ユ」との情報から、まことに信じ難くはあったものの、日本が地球ではない別の惑星に移ったとの判断が下された。

一縷の希望を見出すべく、各国大使館などに対して通信を試みた。

ほとんどは案の定なしの礫だったが、ある国の大使館からだけ返信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駐米大使館である。

 

 

 

──────────────────────

 

 

日本政府では、報告を受けてから数時間後に緊急御前会議が開かれた。

この速さは日本政府としてはかなり異例のものである。それだけこの事態が異常なものであるということだ。

 

 

天皇が開会を宣言し、会議が始まった。

 

「・・・このように、この世界には国家も存在し、また飛竜という未知なる生物も存在していることから、現行の戦時体制を容易に解くべきではない考える。」

 

既に自国が地球では無いところにいることは上層部の間で共有されていた。

海軍大臣が発言する。

 

「我が国が島国であることは依然変わりはなく、また水平線が遠くなったとの報告からこの惑星の表面積は地球よりも大きい可能性があります」

 

これに関しては不可思議であった。地球と違う惑星だが大気の状態などは今のところ変化なし、重力は特に地球と変わっておらず、なのに水平線は遠くなっているすなわち半径は地球よりも大きいのである。

理解の範疇を超えていた。一部の人間は神の仕業だと主張したが、否定が出来ないのが怖いところだ。

 

閑話休題。

 

「よってこの世界での海軍の重要性は地球よりも高いと判断し、これまでの建艦計画をさらに拡大する必要があると思われます」

 

正論ではあったが、陸軍大臣を兼任する東條が同意するはずもなかった。

天皇陛下の御前であることから穏やかな言い方ではあったが、それでも露骨に反発した。

「すでに海軍は対米戦のため十二分に拡張されている。支那方面軍の喪失を補うために陸軍にこそ軍拡が必要だ」「そもそもさらなる建艦をする程の資源獲得の目処がない」等。

 

 

対アメリカについても議論は紛糾した。

 

「対米戦争の中止は致し方ないが、アメリカの石油禁輸措置をどうにかしないことには資源問題の解決は見込めない」

 

「なにか対価にできるものはないのか?」

 

「支那事変は大陸の消失によって解決したものとみなせる。満州の権益独占をやめればいいではないか」

 

「いや、しかしあの地は今の日本にとって生命線とも言うべき場所だ。そう簡単に譲り渡すわけにはいかない」

 

 

陛下の前であるため言葉を選んではいるが、侃侃諤諤の議論が続いた。と、ここで

 

「少し発言してもよろしいか」

 

天皇陛下が発言の許可を求めた。

 

「!?・・・なんなりと。」

 

唐突なことに少し動揺しながら、東條は応じた。

 

 

「朕は、今日本は過去類を見ない非常事態にあると考えている。斯様な国難に対して、議論に時間をかけ迅速な政策決定が出来ないのは宜しくない」

 

先程まで議論をしていたものたちの背筋が一斉に凍りつく。天皇の不興を買ったのだから当然である。

しかし天皇は予想外のことを話し出した。

 

「おそらく、我が国とともにこの世界に来たのはアメリカだけだろう。我々は、アメリカと敵対したままこの国難を乗り切るのはむつかしい。よって、アメリカとは友誼を図るべく、不可侵条約の締結を目指してもらいたい。もとより満州は、手に入れようと思って手に入れた地では無い。権益譲渡や撤兵、最悪なら領土引き渡しも覚悟して交渉に臨んでもらいたい。」

 

まさかの天皇の口から不可侵条約の締結である。外務大臣の東郷は驚くとともに少々の胃の痛みを感じた。

さらに、

 

「斯様な国難に際して陸海軍相争うのは愚行である。両軍の協力、せめて技術の共有は行って欲しい。

これは勅命である」

 

陸海軍の対立を辞めさせる。しかも勅命という驚くべき事態に、陸海軍両大臣は顔面蒼白となり、会議場はなんとも言えない空気に包まれた。

 

「・・天皇陛下の要望は当然採り入れることとする。

次に、先日台南航空隊所属機が領空侵犯を行った可能性についてだが・・・」

 

かくして会議は続いていった。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

この天皇の要望は急いで明文化され、翌日の朝に要望通り勅令として発表され新聞にも掲載された。

 

「アメリカと友誼を図り」等の文言もそのまま入れられており、さらに陸海軍のくだりには

「斯様ナ非常時ニ於テ陸海軍相争ヒタルハ誠ニ愚ナ事ニシテ言語道断ナリ」と書いてあり、陸海軍上層部は全員が肝を冷やすこととなった。

どうやら天皇陛下は、前々から陸海軍の対立について忸怩たる思いがあったらしい。

 

また、これによって転移前に対米開戦を主張していた派閥は急速に影響力を失っていくことになる。

「天皇陛下の御意向」の前には、どんな反論もあまりに無力であった。

 

 

 

 

 

余談

 

後に、この決断は日本の運命を変えたとして賞賛されることとなった。

ちなみに昭和天皇自身は立憲君主を目指していたので、非常時とはいえ政治に介入したことについて「あの時は頭に血が上っていた。特に陸海軍のことについては半分は私情だった」と回顧している。昭和天皇が政治に介入したのは二・二六事件に続いて二度目であった。

 




火曜より土曜の方がええやろと考えたのでこれからは土曜投稿です


後半めっちゃくちゃですね。だけど日本を救うにはこれぐらいしか思いつかなかった…
昭和天皇が立憲君主志向だったのは事実です。史実でも政治介入したのは二・二六事件の時と降伏決定時の「聖断」のときだけです。

中国大陸が転移したとは言いましたが海南島は位置を変えて生き残ってます。これはちょっと、設定上仕方ない。



次回:『異世界進出開始』



──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第三話 異世界進出開始

感想、誤字報告ありがとうございます。

フィリピンはロデニウス大陸を挟んで台湾島の反対側に転移していますが台湾とは違い至近距離では無いので航空哨戒で判明する形となります。
ちなみに作者はweb版のみ既読なので、一部小説版とweb版の設定がごちゃ混ぜになってるところがありますがご了承ください。


クワ・トイネ公国政治部会では、昨日の謎の飛龍の領空侵犯について議論がなされていた。

 

「・・・・最初の報告ではムーの飛行機械の可能性ありということだったが、その後迎撃に上がった部隊からは機体に赤い丸が描かれておりムー国ではないという報告を受けた、と・・・。いったいどういうことだろうか?」

 

カナタ首相が疑問を発する。これに対し情報分析部の担当者が答える。

 

「第1発見者からの報告では、時速400キロ以上という情報もあります。ムーの飛行機械は時速400キロ未満です。また、そもそもムーは我が国と2万キロ以上離れています。おそらく発見者の見間違えかと思われます」

 

外務卿のリンスイがそれに応じる。

 

「なるほど・・・しかしだとしたらどこなのだ?赤丸を国旗とする国家など外務局の我も知らないぞ」

 

「少し気になることはあります。ムー大陸の西にある新興国家が、自らを第八帝国と名乗り第2文明圏の大陸国家群に対し宣戦を布告したとの情報が入っています。こちらについては未知数です。」

 

会場に僅かな笑いが巻き起こる。第2文明圏の大陸国家全てを相手取るなど、無謀にも程があるからだ。

 

「だが、それとて第2文明圏の国家に宣戦布告するということは、ムーにほど近いのだろう?ムーは我が国から西方2万キロも離れている。ここに来る可能性は低いのではないか」

 

「結局、分からないということですね・・・・・・」

 

振り出しに戻り途方に暮れていたその時、

 

「はあ・・・・はあ・・・・ほ、報告します!」

 

本来は入室を許されていない外務局の若手幹部が、息を切らして会場に入ってきた。

 

「政治部会中に入室してくるとはいったい何事だ!」

 

リンスイが声を張り上げるが、カナタがそれを諌める。

 

「落ち着け。よほどの緊急案件、ということなのだろう。早急に用件を伝えよ」

 

「はっ。お伝えします。

昨日謎の飛竜が来週した方角から、全長200mを超える大型船を含む数隻の船団がやって来ました!

海軍により臨検を行ったところ、彼らは日本という国に所属しており我が国に外交使節を派遣しようとしていたとの事です。」

 

全長200mという数字に驚きの声が上がるが、まだ理解可能な範疇にある。通告なしの外交使節の派遣も、この辺りでは珍しくない。

しかし、

 

「また、続けて捜査を行ったところ、日本という国は昨日この世界に転移してしまい、その後の混乱の中で我が国の領空を侵犯してしまったことを謝罪したい、また我が国と会談を行いたい、と彼らが望んでいることが判明しました。」

 

「・・・・は?」

 

あまりに突拍子もない話に腑抜けた声を出す一同。

 

「転移国家だと?冗談にもほどがある・・・・」

 

参加者の一人が呟く。実はこの世界にはすでに転移国家が合わせて()()も存在しているのだ(神々もふざけすぎである)が、そんなことは知っているわけもない。

 

「領空侵犯して力を見せつけてきたうえで謝罪だと?どうせ謝罪にかこつけて屈辱的要求をするつもりだろう!!」

 

リンスイが声を荒げるが、軍務局長がそれを制止する。

 

「ちょっと待ってください。我々はロウリア王国と近いうちに戦うことになるのは確定的です。さらにもう一国を敵に回して戦う余裕はない」

 

カナタが続く。

 

「向こうが友好的だった場合は、こちらの味方につければ対ロウリア戦で大幅に優位に立てるぞ。相手国はあんな機械をとばしてきている。しかも全長200mの船となれば、強さは少なくともムーと同等だ」

 

「もっともですね・・・・失礼しました。」

 

「よし、ここはひとつ、首相自ら会談に行ってみたいと思う。何しろムーと同等とあっては列強国並だ。私が応対するのがいいだろう」

 

こうしてクワ・トイネ側の対応が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「相手は軍船からして中世レベルの文明・・・国交を結んだら軍事支援をして勢力圏にするのもありだな。それにしても言語が通じたのが本当に不思議だ。」

 

大日本帝国海軍、(元)馬來(マレー)部隊の司令官小澤治三郎少将はそう独りごちた。

この部隊は元々、12月8日に開始される馬來作戦に参加する海軍部隊として組織されたものである。しかし南方作戦実施の見込みがなくなったことで宙に浮いた状態となり、ちょうど偵察機が報告していた都市の場所が海南島とほど近かったために同地に集結していたこの部隊が派遣されることとなった。

 

「政府もだいぶ焦ってますね。その場にいた外交官を載せて馬來部隊を使って派遣するなど、即席にも程がある。というより、砲艦外交とも取られかねませんよ」

 

艦長の渡辺大佐がそう返す。彼らも会談に出席することにはなっていたが、外交官に技量があることを祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

かくして会談は始まった。

言葉は通じるのに文字は通じないことを不思議に思ったり、転移国家だということに関して一悶着あったりもしたがそこは割愛する。

砲艦外交については案外この世界では当たり前のことらしく、(艦が大きいことを除けば)そこまで問題視はされなかった。

 

「ところで、この大陸にはこの国以外の国家はあるのですか?幾分、周りの状況が全く把握出来ていないので」

 

日本外交官の質問にカナタが答える。

 

「我が国の西にはロウリア王国という国家があり、人口が4000万人ほどとかなり多いです。そして、近年その国は亜人廃絶を掲げ、我が国を併呑しようと軍拡を行っています。」

 

「なるほど・・失礼ですが、亜人とは?」

 

「私のようなエルフや、獣人、ドワーフなどのいわゆる"人ならざるもの"です。一般的に普通の人間よりも少し高い能力を持ちます」

 

「耳の形が妙だと思っていましたがそういうことだったのですね。失礼しました。」

 

外交官はそう言いながら、現在のドイツでのユダヤ人迫害とこのことを重ね合わせていた。

 

(普通の人間よりも優れているからこそ、迫害の対象にされる・・ドイツのことといいあまり許されることではないが・・)

 

彼は三国同盟には反対だった。というより、彼は元々いろいろなことにおいて先進的な考えを持っており、そのせいで上から疎まれて台湾に左遷されたという経緯があった。

ともあれ彼は人権問題についても他より積極的だったが、さすがに軍事支援というのは無理がありすぎる。もとより彼らが絶対に信用できるわけではないし、様子をみる必要があった。

 

「人種差別による迫害は許されるべきことではありませんが・・・もし軍事支援、ということについてならば、今この場で判断することはできません。本国に持ち帰ったうえで、そのロウリア王国とやらにも使節を派遣するなどして検討する必要がございます。」

 

「むろん今すぐになどとは思っておりません。ただ時間が経ちすぎると手遅れになるやもしれませぬので、ご留意を。」

 

「承知いたしました。して、ほかに国家は存在するのですか?」

 

「ええ。我が国の南にはクイラ王国という国家があります・・・もっとも我が国と違い作物がほとんど取れないので、言い方は悪いですが貧しい国家です。獣人の山岳兵なるものは精強と聞きますがね。

 

 

 

なんでも使い道のない鉱石が出てくる鉱山があったり、土地を掘れば()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだとか。」

 

 

外交官はさほど重要ではないかのように告げられたことに面食らいつつも、問う。

 

「・・・・・失礼致しますが、その燃える水について詳しく伺ってもよろしいですか?」

 

「は、はい。

その水はどす黒い色をしており、粘り気がかなり強いとのことです…申し訳ありませんがこの程度のことしか存じておらず」

 

いきなり食いつかれたことに面食らいつつもカナタは答える。

 

「いえ、十分です。」

 

返答しながら外交官は内心で歓喜していた。

 

(土地を掘れば石油が出てくるだと!?なんと素晴らしい国だ!!これは会談が終わったら直行だな)

 

「・・・うーん、今更ですが、我が国はこの世界の情勢などについて何も知っていません。この世界の情報について他にも教えていただきたく」

 

「そうですか・・・しかしわれわれは国交すら結んでいません。見たところ貴国の技術力はかなり高い。国交締結の前段階として、貴国への使節団の派遣を行いたいのですが、可能ですか?」

 

「一応は可能でありますが、我々はこの後クイラ王国なる国家へ向かいそちらとも会談を行いたいと思っています。そのため、クイラ王国への案内をつけていただき、ここクワ・トイネへ戻ったのちに貴国の使節団を乗載するという条件でよろしいでしょうか?」

 

「構いません。我々もある程度準備が必要ですしね。」

 

かくして、日本は異世界進出の第1歩を果たしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「会談お疲れさまでした。ムー以上の国力とは仰っておられましたが、外交官の対応も紳士的なものでしたね。」

 

側近から声をかけられカナタはそれに応じる。

 

「ああ。ロウリアやパーパルディアのような外交姿勢でなくてよかった。むしろ亜人迫害についても否定的だったしな。クイラ王国に興味を持っていたのが気になったが・・・」

 

「会談では向こうは機械文明といっていましたし、我々には必要ないものでも彼らには必要なのかもしれません。」

 

「まあ、そうだな。さて、使節団派遣の準備をしなければ。」

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「これは大収穫だな、香谷君」

 

司令官の言葉に、香谷と呼ばれた外交官は答える。

 

「ええ。油田の存在をつかめたことは大きいです。クイラ王国に一刻も早く向かわねばなりません。早く油田を抑えなくては。もっとも相手方はそこまで重視していないようなので簡単に譲ってくれるとは思いますが、どうにも嫌な予感がします」

 

「ふむ。先程の会談といい、君はなかなか優秀な外交官だ。台湾に置いておくのが惜しいくらいには」

 

「司令官直々にお褒めに与り光栄の至りであります。」

 

「外交官が一艦隊の司令官にそこまでへりくだる必要も無いと思うのだが・・・・・・」

 

などと他愛ない会話をしつつ彼らはクイラ王国に向かった。*1

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

「はい? ・・・失礼、取り乱しました。我が国が領空侵犯したのはクワ・トイネ公国のみと言われておりますが・・・・・・」

 

香谷の疑問に外交官メツサルは応じる。

 

「しかし確認されているのは事実です。・・・ 失礼致しますが、貴国の飛行機械に描かれているマークを教えていただきたい」

 

「赤い丸が描かれております。」

 

 

 

 

「・・・・・・はて?確か報告によると()()()()()()()()()()()()()()()()との事でしたが」

 

 

 

香谷は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

 

 

 

「これは・・・・・・えらいことになったぞ・・・・・・」

 

「失礼、どうされました?」

 

「このことは、我が国が転移国家であるということを信じてもらった上での話なのですが・・・

 

 

 

─────実は我が国が元々あった世界にある他の国家のうちの一つが、我が国同様この世界に転移してきているのです。」

 

 

「・・・・・・俄には信じ難いが・・・・・・つまり今回の件の飛行機械はその国家のものであると?」

 

「ええ。そういうことです。おそらく近日中にその国家も使節としてやってくるでしょう・・・・・・」

 

「大丈夫ですか?少し顔色が優れないようですが」

 

「いえ、なんでもございません。」

(逆に考えるんだ・・・日米交渉の材料になると・・・)

 

本来なら本土から調査団を派遣して本格的な調査を行いたかったが、こうなれば仕方がない。アメリカがいるとなればなりふり構ってはいられないのだ。彼らは急いで調査(機材も何もないので現地視察とほとんど変わりないが)を行うこととした。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

ここで、時間は少し遡る。

 

 

 

 

日米交渉。

 

1931年にはじまる日本の中国進出、乃至侵略について、日米の間に取り持たれた会談の場。

満州を侵略した日本、満州に進出したかったアメリカ。

もちろん意見が一致するはずもなく、交渉は平行線を辿っていた。

否、可能なかぎり開戦を引き延ばそうとしたアメリカに対し、日本が幾度も強硬案を提示したのが大きな問題であった。

国力に劣る日本は、もとよりアメリカに対し譲歩を求める立場などではなかったのである。

 

時間が経つにつれて両国の意見の乖離はより深刻となっていき、11月26日の夕刻(日本時間では11月27日の早朝)、アメリカ側は日本の最終打開案(乙案)の拒否を通達、そして「ハル・ノート」の手交に至った。

 

もはや開戦は不可避。そう思われていた。

 

 

 

 

(一体何が起きたんだ?)

 

アメリカ合衆国のコーデル・ハル国務長官は、脳内に生起した疑問に答えられなかった。

 

ハル・ノートに対しての日本側の譲歩要求。

当然ながら激しい非難の応酬になると彼は考えていた。

その通り、会談が始まった当初はまるで会談になっていなかった。

しかしつい先程、日本側が緊急の要件があるといって席を外したあと、戻ってきた日本側は驚くほどに態度を軟化させていた。

 

 

「今次国難への対応についての詔勅」

この内容がアメリカにいた日本大使に届いたのは、会談が始まってから30分後*2であった。

御前会議での天皇の発言などをもとにまとめられたこの詔勅の内容は、もっともこの詔勅の重要性が大きいとみられた日米交渉の場に最優先で送信された。

 

ハル・ノートの内容に憤慨し、もはやほぼ日米開戦は決定したとみて悲壮な思いで交渉に臨んでいた野村・来栖両大使は驚き、偽電の可能性を疑いすらしたが、最終的にはそれに従って交渉を進めることとした。

 

「日米不可侵条約の締結」

 

これの実現を可及的速やかに図ること、またそのためには満州からの撤兵も辞さないこと。

 

もはやハル・ノートを受諾しても良いようにすら思えたが、さすがにある程度譲歩してもらう必要はある。

彼らは、「ある程度の譲歩」を引き出すため、交渉を続けていた。

 

 

 

「我々が今望むことは、満州からの我が軍の撤兵、それと引き換えにした日米相互不可侵条約の締結であります」

 

そのように告げられ、ハルは冒頭のように困惑していたのだ。

 

「満州からの撤兵だけでは代価たりえません。先程通達した通り、三国同盟の破棄、仏印からの撤兵、及び支那全域からの撤兵も合わせて必要です。」

 

当然のことだ。なんのためのハル・ノートなのかということである。

しかしこれに対する野村大使の言葉は驚くべきものだった。

 

「支那全域と仏印からの撤兵、および三国同盟の破棄に関しては、()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

絶句。

 

「・・・・・・失礼、よく意味が理解できなかった。詳しく説明をして頂きたい」

 

その言葉を受け、野村は先程詔勅と共に送られてきた内容をもとに話し出す。

 

アメリカ以外との接触が絶たれている。

仏印とも連絡がつかない。

中国とソ連が消滅している。

天文台から、星の位置が変化しているとの報告を受けている。

(なお大陸発見については機密事項としてアメリカ側には伝えないこととなっていた)

 

これらのことから、我が国の政府は日本とアメリカがともに地球ではない場所に移ってしまったと考えている。

 

「すなわち、仏印もドイツもイタリアも消滅しているから、仏印からの撤兵と三国同盟の破棄は事実上完了している・・・ということですか?」

 

「その通りであります。」

 

ハルは頭を抱えたくなった。

無論アメリカ政府でもその可能性に気づいている者はいたのだが、非現実的だと見なされハルもそれほど気にしてはいなかった。

もっとも日本政府も、大陸の存在に気づかなければ信じなかったであろう。

 

「では、第2項第2条の内容に基づいて、日米のみでの不可侵条約の締結を目指す・・・ということになりますか」

 

「それについては別個に交渉を・・・と、いうよりも今ここで話し合うには無理があります。不可侵条約の締結など一朝一夕のうちにできるようなものでもありませんから、時間をかけて交渉していきたい」

 

「なるほど・・・確かに我々は、おそらく貴国もですが、異世界に関する情報が圧倒的に不足しています。ではひとまず、明後日に大統領との会談を行っていただき、そこで詳しいことはお話するということでどうでしょうか」

 

「承知しました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「まさかこれほどまでとは・・・」

 

外交官香谷は、眼前に広がる光景にただただ驚きを隠せずにいた。

道端に溜まり場を作っている石油。ところどころ、絶え間なく湧き出している場所もある。道中では黒っぽい山をみてまさかと思ったが、あれもすべて石炭だとしてももはや驚かない。

 

「恐ろしい国だ・・・アメリカは全力で取りに来るだろう。奴らからしたら、資源貧乏の日本がこんな場所を手に入れては堪ったものではない。

交渉で一割でも手に入ればいいが・・・・・・頼むぞ」

 

「私に言われたところで困ります・・・

 

・・・・・・まあ、この分だとクワ・トイネとクイラへの軍の駐留は絶対です。アメリカがやらないはずがありませんから」

 

「陸軍がなにかやらかさなければいいが・・・海軍についてはこの馬来部隊をそのまま駐屯させれば良いだろう」

 

「ただ国自体がこんな状態ですからある程度の統治は必要でしょう。それについてはアメリカに任せた方が・・・・・・いや、わざわざ言わなくても向こうは勝手に希望してくれるかな?」

 

「お上がそれを認めるかが問題だな」

 

「わざわざ統治なんて面倒をやらない方がいいってことは朝鮮で理解出来ているはず・・・・・・いや、どうでしょうか」

 

「理解していたとしてもあの利益の前には目が眩むだろう。もっともアメリカが統治してもそこまで変わらないかもしれんがな・・・どっちみち植民地化は必至だろう」

 

「住民の反発を招くのが目に見えている・・・・・・油田があると知った時は浮かれていましたが全く喜ばしい状況ではないですね。アメリカに支配者の汚名を被ってもらえば少しはどうにかなるでしょうが・・・・・・これから何が起きるのか、全く予測できません」

 

「まあ、なるようになる。どのみち我々ができることはほとんどない」

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

大油田発見との情報は、すぐさま両国に伝わった。

 

日本は使節船団旗艦の鳥海からの報告電により、アメリカは偵察機からの "地面に石油が溢れている!" との報告により、それぞれ事態を把握。

 

 

──止まっていた歴史の針が、再び動き出そうとしていた。

 

 

*1
船で向かったため、到着は翌日の早朝となった。

*2
アメリカ現地時間11/26 17:00、日本時間11/27 07:00




なんかすごくまとまらない話になってしまいました。
まあ、架空戦記だし(ぉ



次回:『クイラ大油田』



──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第四話 クイラ大油田

油田があると知れば目の色を変えるのが列強


その電文が届いたのは、ルーズベルトと野村・来栖の日米会談の前日深夜であった。

 

「なんだと・・・」

 

交渉すべき項目はひとつしか残されておらず、気楽な会談になる───そんな希望的観測は粉砕された。

 

クイラ大油田の発見。

 

その存在は、交渉を複雑化させるのには充分すぎた。

 

 

資源貧国の日本が莫大な資源を手に入れることはアメリカにとって非常に宜しくない事態である。

日本が力をつけるのもあるが、同じく産油国であるアメリカの石油業界が大打撃を受けるというのもあるだろう。

まだこれが満州なら、日本は油井などの施設を作るまでアメリカからの圧力を躱すことも出来たが、よりにもよって異界の地、しかも国家が存在していると言う。

距離的には軍事的に侵略すればどうにかなるが、フィリピンから近いことや完全なる外地であることを考え合わせるとあまり得策ではない。

なにより、間接的に米国との戦争を招く事態は勅令に反するため不可能も同然だった。

 

「幸いなのは向こうでこちらが先手をとったことか…せめて、どうにかして1割だけでも」

 

野村と来栖は胃が痛むのを感じながら、明日の交渉に向けて必死に考えを巡らせようとしていた。そのとき。

 

『追報。アメリカ艦隊、クイラ王国ムン・カスル港ニ到着セリ』

 

・・・考えるのを辞めたくなった彼らを誰が責められようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

少し時間を遡って、アメリカ側。こちらは航空偵察で判明したため情報が入ったのは日本側より約1日ほど早かった。

 

「これは神なりの慈悲のつもりなんだろうかね?」

 

フランクリン・ルーズベルトは、油田発見の一報でますます脳内の混乱の収拾がつかなくなっていた。

 

今年3月から始まっていたレンドリースは、今回の事件によって全てが水泡に帰した。日本以外の国が消滅したことが経済に与える影響はどう考えても小さく済ませることはできない。

ハル覚書については明らかに日本に対する敵対宣言であるため、手交を中止すべきかで政府内の意見は真っ二つに割れた。最終的には手交することになったが、日本側が不満を顕にするようならある程度の譲歩も考えるということになった。

 

そしていざ手交すると、日本側からの不可侵条約締結の提案。異世界転移という突飛な可能性を、まさか日本側が認めていたとは思いもよらなかった。

 

そんなこんなで政府内部では侃侃諤諤の議論が行われ、大統領もさすがに疲れて眠りについた。翌日、起きたところで判明した油田発見のニュース。何故こうも事態が複雑化するのか。彼は神に悪態をつきたくなった。

 

「ともかく、日本にそんな油田を渡すのは絶対に不可だ。急いでそこに部隊を派遣して・・・」

 

「都市らしきものの存在も確認されているとのことです。地球ならともかく、未知の世界に部隊を派遣するのはさすがに賛同しかねます」

 

政府高官らと議論を行う。幸いなことにまだ日米会談まで一日の猶予があった。ここで何とかして意見をまとめ、交渉に臨まなければならない。

 

「マジックはないのか?地理的には向こうの方がよく知っているだろう」

 

日本の外交暗号(パープル暗号)をアメリカはほとんど解読済である。外交通信を解読して得た情報はマジック情報と呼ばれ、大統領や国務長官など限られた者にのみその内容が通知された。

 

「どうやら向こうは外交官を派遣したらしい、というぐらいしかわかっていませんが・・・」

 

「十分じゃないか。少なくとも国家の存在は確定的ということだな。」

 

「どうでしょう?様子を見るために艦隊を派遣し国家があった時に備えてその中に外交官を載せたというのも考えられる」

 

「だとしたら我々もそうすべきだ。向こうに先手を取られるのは拙すぎるだろう。」

 

「外交官を派遣したということは既に先手を取られたようなものですが・・・いや、早急に事態を把握しないと日本との交渉が不利になりますね」

 

「・・・・・・というかそもそも、航空偵察をすればいいだけの話ではないか」

 

「もし国家が存在していた場合が最悪です。すでに一度領空侵犯をやらかしているのに懲りずに何度もやってきたとなれば心証の悪化は避けられません」

 

「・・・・・・ならばなおさら外交官を派遣すべきだ。艦隊とともにすれば少なくとも最悪の事態は免れる。多少のリスクはあるが日本に先手を取られている場合の方が恐ろしい。国家があったらばついでに領空侵犯の謝罪もすればいいだろう。それにそもそも、対処不能なものが向こうにあったならばその情報も外交通信に入っているだろうからな」

 

「そうですね・・・・承知しました」

 

アメリカの艦隊派遣は、日本の艦隊派遣より18時間ほど遅れてここに決定された。

 

 

 

アメリカ側に現地の詳細が齎されたのは、奇しくも日本側に報告電が届いたのと同じような時間*1だった。

日本に油田獲得の既成事実を作られることへの恐怖あってこそ、日本より速いスピードで計画を作成し艦隊を派遣して、日米会談の前に詳細を届けることができたのである。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

「アメさん、随分と早く来おったな・・・」

 

香谷がつぶやいた。たしかに、こんなに早く来るのはすこし心外だった。

 

「まあ、考えてみればわかる話か。既に先手を取られているんだから、何かされる前に止めに入る必要があるわけだ。躍起になるのも当然・・・」

 

「ちょっと待て。アメリカは我々が艦隊を派遣していることなど知らないだろう」

 

あたりまえである。これまで艦隊の上空に航空機を見かけたとの報告ははいっていなかった。

しかしそれに対する香谷の言葉は驚くべきものだった。

 

「これはただの個人の予想ですが、アメリカは既に我が国の暗号を見抜いているのではないでしょうか?アメリカの途方もない国力と我が国の暗号管理の現状からして、そうであってもなんら不思議はありません。だいいち、ただ油田を見つけただけにしては動きが早すぎます。あくまでここは異界の地。我が国のように国家の存在を把握したのでなければ、そんな迅速に派遣に踏み切るとは思えないのです」

 

驚くべきことである。暗号を使う立場の外交官が、その暗号を信用していないというのである。

すなわち我々の行動はすべて筒抜けになっているということであり、到底信じられる話ではなかった

 

 

・・・と思ったのだが、彼の言葉には妙な説得力があった。「我が国の暗号管理の現状」という言葉が、心に刺さったからだろうか。確かに現在の日本の暗号運用は、余り誉められるようなものではないのかもしれない。

 

「・・・・・・はっきりした根拠があるわけでもないのに妙な説得力があるな。まあ暗号が解読された可能性があると伝えたところで信じられる訳でもないが」

 

「根拠があれば話は別ですがね。かもしれない程度では、私のような一端の外交官が喚いたところでどうにもなりません。」

 

「・・・・・・君は本当に頭が切れるね。一端の外交官とは思えないほど」

 

「まあ、少しは自覚はあります。すなわち目ざとい人間、今の日本の官僚組織からしたら邪魔でしかありません。」

 

小澤は、クワ・トイネとの会談以降この外交官の交渉力の高さに驚いていたが、こういった話をされるとただ頭がいいというだけではないような気がしてきた。考え方そのものが、一般的な官僚や軍人とは異なっているのだ。

・・・それはさておき、今の発言には少々違和感を感じた。

 

「今の日本?」

 

「・・・ああ、いや別にクーデターなんてくだらないことは考えていませんよ。今の私の身分ではどうにもなりませんし、どうせ変えるなら正当な方法でやりたいですからね。もっとも、この交渉を成功させたところで便利屋として異世界の国々との外交を任されることになるような予感もしていますが…」

 

念の為聞き返したが、どうやら革命思想という訳ではないようだ。それにしてもこれほどの逸材、たとえ少し気に食わなかったとしても左遷するほどではないように思えた。省部の連中は、一体何を考えているのだろうか。

 

「勿体ないものだな。」

 

「私のことはどうでも良いのです。ですが・・・・今の日本のままでいると、いずれ大きな破綻が生ずる。そんな気がしてなりません・・・・・・

我が国とともにアメリカを異世界へ連れてきたのは、案外その破綻に歯止めをかけるためなのかもしれませんね。神とやらが我々の世界に介入したのだとすれば、ですが」

 

「おかげで地球では大混乱だろうな。おそらく欧州戦線はドイツが勝つだろう」

 

「我々以上に大混乱でしょうね。日本はともかくとしてアメリカの消失が世界に与える影響は大きすぎる。神とやらは一体何を考えてこんなことを・・・

・・・・・・話を戻しますが、現代日本が抱えている問題は星の数ほどあります。例をあげればきりがありません。婦人参政権、人種差別、陸軍に目立つ独断専行、陸海軍の対立、領土拡張主義、精神論・・・挙げ続けたら日が暮れます。

一部の問題はアメリカでは既に解決済み。この分だと、我が国はこの世界でもう一度、それこそ文明開化みたいなことをする必要が出てくるんじゃないでしょうか?」

 

小澤は心底驚いていた。こんな考えを持つものは、今の日本のなかでは相当に異端である。これはたしかに上層部が煙たがるのも仕方がない。

だが、それよりも小澤を驚かせたのは何より、彼の発言が纏う妙な説得力であった。なぜか不思議と納得してしまうような、あるいは───

 

 

 

───詐欺師のような。

 

小澤はだんだん、彼に対してある種の恐怖さえ抱き始めていた。

 

「唐突に訊くようで悪いが・・・・君は一体、何者なんだね?」

 

彼はこともなげに答えた。

 

「私ですか・・・私はただの外交官です。生意気なことをいい、非力な癖をしてこの国を変えたいと思っている、身の程知らず・・・と言った方がいいですかね。我ながら滑稽です」

 

乾いた声で彼は苦笑した。

だが、今までの話を聞いていた小澤は、あまり笑う気分にはなれなかった。

この男がそういうと、本当に国を変えてしまう、そんな気すらしてしまったからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

外務大臣東郷茂徳は、複雑な心境で日米交渉の報告電を読んでいた。

 

元来彼は対米和平を主張しており、東條内閣にて彼が外務大臣に選ばれたのも天皇が東條に直接、対米開戦回避を命じたからであった。

もはや破綻寸前まで来ていた日米交渉が、今回の事件により一気に和平へと傾いたのは喜ばしいことである。なにより和平交渉が完全に天皇陛下のお墨付きとなったのは大きかった。

不可侵条約の締結はまだ現段階では無理だろうが、我々が大幅に譲歩すれば少なくともアメリカとの敵対関係を殆ど解消することが可能であろう。そのため駐米大使にはよほどのことがない限りこちら側が譲歩し何がなんでも交渉を成立させるよう伝え、今度の会談を期待の目で見ていた。

 

しかし────

 

「満州と呂大陸双方における開放された市場、そしてクイラ資源地帯の9:1の採鉱権分割・・・」

 

アメリカが求めてきた条件には、さすがに厳しいものがあった。

 

「新大陸ならともかく、今更満州を門戸開放しろというのも無理な話だ。あるいはこちらはブラフだとしても、9:1というのはさすがにやりすぎじゃないのか?アメリカはどれほど我々に資源を渡したくないというのだ・・・」

 

こちらが不可侵条約の締結を目指しているというのに、向こうはこちらの意志を全く信用していないようだった。

日本は、既に形式上のものとなりつつはあるが、あくまで天皇主権の国家である。

天皇が不可侵条約締結を命じたならば、万難を排してそれを実行するよりほかは無いのだ。

政治体制の違うアメリカには、そんなことは理解して貰えないのだろうか。

 

 

「せめて制限するなら陸海軍部隊の駐留比にすべきだろう・・・そうか!」

 

何気なく脳裏に浮かんだ考えだったが、これは名案だ。

採鉱権の比率を上げる代わりに、現地に派遣する軍部隊の比率を設定する。

普通なら軍部からの反発が強く実行できないだろうが、今回は日米和平が天命を帯びているからこそ、その利点を最大限に活用すべきである。

 

東郷はすぐさま、大使にこの提案を送ることにした。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

馬來部隊緊急派遣の後、彼らはクワ・トイネ公国の使節団を載せて帰国し、クワ・トイネ公国使節団を送り返すと同時にクワ・トイネ公国との国交開設交渉等を行い、無事国交を樹立させた。

そしていま香谷は、アメリカの外交官とともにクイラ王国との交渉の最終段階に入っていた。

 

 

 

「・・・・・・と、いうわけで、地下資源の譲渡と軍部隊駐留の代価として技術的支援や港湾・交通環境の整備、ある程度の軍事的支援を行う、というのがこちらとしての提案となります。」

 

「承諾しても構いませんが、こちらからも条件を出させていただきたく思います。

先ほど通貨の交換比率の確定を急ぐことで合意しましたね。設置したそれに基づいて、鉱山開発などで我が国の国民を雇用する際には、正当な代価、具体的には最低日給800クイラ・ディナル*2を支払って頂きたい。我が国はもともと出稼ぎ労働者が多いですので、そういった部分には少々敏感でして。」

 

「なるほど、承知しました。」

 

こういう条件をすぐに受け入れるから上から嫌われるのだろうかなどと思いつつ即答する。

 

(それにしても、英語も向こうに通じているようだが・・・・向こうから聞こえてくる声は日本語なのに、なんで会話が成立しているんだろうか・・・?)

 

アメリカ外交官と一緒であることから、試しに英語を使ってみたのだが、なんの問題もなく通じた。しかし相手から返ってくる言葉はどう聞いても日本語である。

可笑しな話であった。

 

(以前小澤司令官と話した時に口に出した"神とやら"の仕業か?もしそうだとしたらどうせなら日本語と英語も通じるようにすればよかったものを・・・)

 

謎は深まるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、よく軍部が納得しましたね。満州から撤兵した上に呂大陸駐留軍が2:1だなんて、クーデターが起きても不思議でないですよ」

 

香谷が話しかけてきた。・・・・天皇の命令にクーデターが起きるなんてありえないだろうに、軍部を余程信用していないようだ。

 

「陛下のご命令とあらば逆らう口実がないだろう。アメリカと友誼を図るというのが勅命なのだから、軍部もある程度までは落ち着いているのではないか?」

 

「・・・良くも悪くも天皇主権、ということですか。ただ今回の勅令で、天皇陛下の名を悪用して企みを起こすような連中も少しは減るでしょうか。」

 

「まあ、この勅令の恩恵を1番受けたのは軍だろうからな。これで石油の心配をする必要もなくなった。陸軍だって、石油や鉄があれば機械を増やせるだろう・・・・・・いや、そういえば陛下は陸海軍の反目についても遺憾の意を示されたそうだから、それに反発する連中はいるかもわからんがな。」

 

「こんな世界に放り込まれた以上は、アメリカと共に生きてゆくより他なしでしょう。先日の取引でもらった情報からしてもそのことはより一層明白です」

 

先日の取引というのはクワ・トイネへの技術提供の確約の代価としてこの世界に関する情報を少しだけ貰ったことだ。魔法が一般的ということからしても、どうやらこの世界では地球での常識が通用しないらしい。

 

(戦争を回避したと思ったら新たな戦争が待っていた、なんてことはご勘弁願いたいな。まあ、前と違ってアメリカが敵ではないから、多少は楽だろうが・・・・・・)

 

彼の願いが叶うのかどうか、それはまだ、誰にもわからなかった。

 

 

 

*1
27日深夜。クイラ現地時間(凡そ日本時間と同じ)だと28日の真昼間

*2
略称QD。1000QD≈1円。当時日本の()()()()日雇労働者の日給は約2円




オクタン価がふえるよ!やったね誉ちゃん!
大戦後半に生まれた傑作機が活躍するのって太平洋戦争好きの夢だと思うんですよ。


異世界の通貨って多分金本位制だから普通に考えれば不換紙幣との交換はできないだろうけど・・・そこは大人の事情で。多分外交官が金の市場価格を持ち出してとりあえず当面はそれを基準にするとかにでもしたんでしょう。



次回:(番外)『遣日使節団』




──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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閑話 遣日使節団

1638年、11月28日──

 

クワ・トイネ公国外務局にて、日本への使節団の派遣準備が行われていた。

 

「やあ、ヤゴウ!聞いたぞ、昨日来た日本の船に乗って日本に向かうらしいじゃないか。羨ましいよ!」

 

「それは嫌味か?」

 

声をかけてきた同僚に少々うんざり気味に答える。

 

この世界において、新興国家の誕生はそれほど珍しいことでもない。

単に新しく国家ができることもあれば、革命で国体が変化したり、大国が分裂して中小国となることもある。

 

そういった国に対する使節団派遣は、それなりの頻度であったのだが・・・どうにもそういった任務は嫌われていた。

ここロデニウス大陸は、立地などから「蛮地」と呼ばれこそするが、その生活レベルは文明圏外国としてはかなり高い。特にクワ・トイネの食文化は、はっきりいって文明圏内国に匹敵するレベルという認識がなされていた。

それに比べると、そういった新興国家は治安も衛生環境も悪く、食文化などもあまり洗練されていない。使節団が襲撃などに遭ったことも数度あるし、ましてや疫病に感染した事例など両手では数えきれない。

 

そういったことから、彼は同僚の言葉を嫌味と受け取ったのであるが───

 

「そんなわけないだろう。日本についての情報を知らないのか?なんでもムーより高い技術を有し、船の大きさは200メートルもあるそうじゃないか。それに、これは単なる噂だが、その船は鉄でできているという話だぞ。そんな船に乗せてもらえるなんて羨ましいにきまっているだろう。」

 

「その情報はもちろん知っているが・・・俺はどこかで間違いがあったとしか思えんな。鉄の船なんて、パーパルディアのように木造船に鉄の板を貼ったものでなければありえんぞ。鉄が水に浮かないことなど誰でも知っている。もし本当だったとしても、ムーの兵器を借りているだけじゃないか?」

 

「いやいや、聞くところによると日本の兵器は上層部が把握してるムーの兵器よりも高性能だそうだ。あの日和見主義で有名な第2列強が、我々が知らないような新兵器を弱々しい新興国家に貸し与えると思うか?」

 

「確かにそれはそうだが・・・俺は情報自体の信憑性を疑っているんだ。だいたいどうやったら、新興国家がムー以上の技術を持つことができるんだ?」

 

「む、そうではあるが・・・複数の証言があるのに間違いがあるとは、あまり思えないな。まあ、そういったことは行ってみて確かめればいいんじゃないか?」

 

「まあ、それもそうか。」

 

彼は日本についての情報は信用ならないと思っていたが、この会話によって、信用ならないなら信用ならないなりに確かめようという気にはなった。

 

 

 

 

──────────────────────

 

そしていま、彼は派遣に向けての会議に参加していたのだが──

 

「・・・なんだと?それは本当なのか?」

 

あまりに突拍子もない話。思わず聞き返してしまう。

 

「・・・ああ、まあ私もその話はあまり信用ならないとは思ってはいるが・・・少なくとも向こうの外交官はそう主張している。

ただ、この話に信憑性が存在するのは、もし仮に一昨日転移してきたのだとしたら、北東で確認された島、ムーのものよりも早い飛行機械、200メートルの鋼鉄船、この全てに説明がつくからだ。」

 

確かにそうである。昔、何かの格言として「単純な仮説ほど正しい可能性が高い」というのを聞いたことがあるが、これはまさしくその典型と言えた。転移ということはムーの神話に書かれている程度であるから全く理解し難い現象であるが、それに目を瞑ればこの仮説ひとつですべてに説明がつく。

 

(もしこれが正しいとすれば・・・日本という国、なかなか面白そうだ)

 

その話を聞くと、今回の派遣に際し俄然やる気が出てきた。

 

(ムーよりも高い技術力か・・・

お手並み拝見、と行こうじゃないか)

 

 

 

 

──────────────────────

 

翌日、使節団はマイハーク港に来ていた。

雲ひとつない青空のもと、日本の外交官が話し始める。

 

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。私は外交官の香谷と申します。

急なことなので客船ではなく軍艦での航行となってしまいますが、使節団の方々には最大限の配慮を致しますのでどうか御容赦ください。」

 

(軍艦だと・・・?いや、これは逆に日本の軍事技術を探るチャンスだ!)

 

意気揚々気味のヤゴウだが、それと対照的に憂鬱な顔をした使節団員が1名。

 

「今から船旅か・・・しかも軍艦とはな・・」

 

「ハンキ将軍、顔色が優れませんが、どうされましたか?」

 

「ヤゴウ殿、私は今は外務局出向者であるから将軍呼びはやめてくれたまえ。」

 

「承知しました。して、どうされたのですか?」

 

「いやなに、今から船旅と思うと、気が重くてな。船旅がいいものでは無いのは貴殿にもわかるだろう。船はいつ転覆するかも分からないし、船内は暗く湿気っている。食料は日に日に劣化していくし、病気にかかる者も多い。

今回日本の本土までは2日程度しかかからないらしいが、さすがにそれは間違いだろう。いくらなんでも早すぎる。本当ならどれほど嬉しいことか・・・」

 

「確かに2日は早すぎる気はしますが、いかんせん200メートルの鋼鉄船にムーのものより早い飛行機械を飛ばしてきた日本です。転移国家とすら噂されていますし、我々の常識ではかってはいけないのかもしれませんよ。」

 

そんなことを話しながら移動しているうちに、船が見えてきたのだが・・・

 

 

「まるで小島ではないか!」

 

「200メートルの船は、間近で見るとこんなにも大きいものなのか・・・」

 

 

 

 

高雄型重巡洋艦四番艦「鳥海」

公試排水量 12,986トン

全長 200.76メートル

最大幅 18.999メートル

 

 

 

ヤゴウはパーパルディアの魔導船は見たことがあるが 、あれは表面に鉄板を貼っただけなので帆が付いていた。それだけでもこの世界で戦うには十分すぎる防御力だ。

しかし目の前の船はどうだろう。超巨大な船体のためさぞかし動かすのが大変だろうが、帆がついていないのだ。すなわちこの船は第1文明圏の魔導船または第2文明圏の機械船に匹敵する。もっともそちらの方は見たことがないため、どちらが凄いのかは分からないが…

 

しかも、これと同じような鉄船が4隻ほど、さらに小さめの鉄船が十数隻ほどいた。そのどれもが、海岸から離れたところに停泊している。

 

「今回、使節団の皆様には、沖合に停泊しているあの船──艦名は鳥海といいます──にご乗艦いただきます。港の水深が浅いために接岸が出来ないので、小型ボートを使って移動していただきます」

 

その後、チョウカイと呼ばれた船からボートが2隻出てきた。

なんとそのどちらも、船員がオールを漕ぐことなく、ずんずんこちらに進んでくる。もちろん、帆はない。

 

「香谷殿、香谷殿」

 

ハンキ将軍が日本の外交官に呼びかける。

 

「どうされましたか?」

 

「私の目がおかしくなければ、あの船も小舟も帆やオールがないように見える。

一体どうやって動いているのだ?・・・まさか、第1文明圏の魔導船のようなものか!?」

 

「あれ?確か一昨日の会談でお伝えしたはずですが・・・

我が国はさる11月26日に、この世界に転移してきました。そのためこちらの世界の情報がまだありませんゆえ、第1文明圏の魔導船というのがどういったものなのか知りません。」

 

そういうと外交官は近くの軍人らしきものと小声で話し始めた。船の動力源を明かすかどうか話し合っているのだろうか。

それにしても、我が国の軍人と違ってだいぶ質素な服装だ。これも後で質問しておこう。

 

「では、第1文明圏の魔導船というのがどういうものか──動力源も含めて──教えてもらう代わりに、われわれはこの船の動力源を明かす、ということでどうですか?」

 

「・・・承知した。第1文明圏というのは、この世界に3つある"文明圏"のうちもっとも栄えている文明圏で、そこで使われている帆のない船が魔導船といわれている・・・といってもわしも実物は見たことがないのでわからんが。動力源は何らかの魔導機関、つまり魔力を用いた機械であることは確かだが、実際にそれがどういうものかはわからん。」

 

「ありがとうございます。

この船は、"蒸気タービン"というものを用いています。簡単にいえば、石油、そちらで言うところの"燃える水"を燃やして水を蒸気にし、その蒸気の力で風車を回して動力に変えるという機械です。」

 

「なるほど・・・とりあえず、とにかくすごいということはわかった。」

 

ハンキ将軍はあまりよく理解できなかったようだ。まあ急に未知のものについて教えられてもよく分からないのは普通だろう。

 

「なるほど、クイラ王国に行っていたというのはそういうことでしたか。

・・・それにしても、何度みてもやはりすごい船だ・・・」

 

事前にこの船がクイラ王国に行っていたと聞いていたヤゴウは、この話を聞いてすぐに合点がいった。どうやら彼らにとっては我々よりもクイラ王国の方が重要らしい、となると自国の売りどころを必死に探さねば・・・

それにしても、我が国の周りにはこんな技術を持った国は存在しない。やはり転移国家というのが本当のところなのだろうか。

 

 

 

 

その後、使節団員は小舟(ナイカテイ、というらしい)に乗って船内に入った。

 

「この船、本当に鉄でできておる・・・一体どうやって浮いているのだ…」

 

内部までしっかりと鉄でできている。

そのうえ、内部にもしっかり明かりが灯っていた。これに関してはどうやって明かりをつけているのか見当もつかない。光の妖精でも飼っているのだろうか?

 

未知のものばかり目に入り混乱する。それらについて質問などをしているうちに、船が動き出した。

 

 

 

 

──────────────────────

 

2日後───

 

「本当に、2日で着いたぞ・・・」

 

事前の説明通り2日で目的地に着いたことに、改めて驚く。

 

 

航海中は驚愕の連続だった。ものすごい速度で進む船、美味しい食事、そして何よりあの巨大な砲。

口径は20cmほどのように見えた。あの砲があれば、全てのものをを吹き飛ばせるのではないかとさえ思う。

しかもあちらの言うことによれば、この艦は()()()()()()()らしい。これよりも強い船があるということだ。しかも、海外から輸入しているものはほとんどないらしい・・やはり転移国家であることは確実なようだ。少なくとも海軍において、我が国───どころかロデニウス大陸の総戦力でさえも、日本に逆らうことは出来ない。彼らが覇を唱えぬことを祈るばかりだ。

 

そう考えると、今回の自分の任務が、ひどく重要なものに思えてきた。

 

「ここは長崎港です。我が国の本土はは4つの大きな島を主としているというのはお伝えしましたが、長崎港はそのうちの一つ「九州」の中でも有数の港となっています。」

 

「ナガサキと言うのか。首都のトウキョウは別の島にあるのか?」

 

「ええ。こちらの地図をご覧下さい。」

 

そう言って外交官は懐から地図を取り出した。我々の世界では国家機密と化している国も多い地図がここまで一般的、しかもそれがかなり精巧となると、どうやらこの国は測量技術も非常に優れているようだ。

 

「この地図のこの部分、本土の中でもっとも南西に位置するのが九州です。首都はこの最も大きな「本州」の真ん中のここにあります。ちなみに長崎はこの場所です。

あなたがたの国がある大陸はこの「台湾」のすぐ近くのようですから、だいたい長崎-東京間の距離と同じくらいですね。」

 

地図を見れば、長崎と東京はだいぶ離れているようだった。1000kmという距離を改めて実感し、同時にこれほどの距離を2日で移動したこの船の凄さも実感した。

 

港に目を向ければ、様々な建造物がひしめき合っていた。あれらは一体、どんな建物なのだろうか?

 

 

 

──────────────────────

 

船から降りる。我々はおそらく、「この世界」の人々の中で、初めて日本の土を踏んだ者だろう。そう考えるとなんとも言えない高揚感が湧き上がってきた。

 

「それでは、自動車に乗ってひとまず移動していただきます。移動先で、我が国での過ごし方について少々の説明を行います。」

 

ジドウシャとは一体なんだろうか?移動手段とのことだが、馬車のようなものなのだろうか。

 

 

少し移動して、出てきたものは確かに馬車のようなものだった。だが、それは馬によって曳かれているわけではない。人が乗っており、正しく「自動」で走る。我々の理解の範疇を超えた乗り物だった。

 

「この機械も、先程の「蒸気タービン」とやらを使って動いているのか・・・?」

 

「いえ、これはまた違う機構で動いているのですが・・・いちいち話しているとキリがないのでやめておきましょう。」

 

 

自動車に乗って移動した先では、日本についての基礎知識を教えられる。信号システムについてや、刑法について。また、軍事施設の見学は可能だが、その場合は必ず同行する者の指示に従って欲しい、とのこと。

信号システムは、我が国で車が普及した暁には是非とも導入したいものだ。

 

「香谷殿、では早速明日に軍事施設を見学することはできるか?」

 

「わかりました・・・可能かどうか問い合わせてみますね。取り敢えず今日はゆっくりお休みください。」

 

ハンキ将軍の問いに外交官はそう答える。たしかに、入ってくる情報が多すぎて疲れた。お言葉に甘えて休むこととしよう。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

翌日───

 

外交官のはからいにより海軍の航空基地を見学できることとなった。どうやらこの国では空軍は存在せず、陸軍と海軍が航空隊を独自に持っているようだ。

 

「それにしても・・・我が国よりも少々、空が暗いように感じるが・・・」

 

基地に向かう途中の車の中で呟く。

 

「それは工場から出た煙が空を覆っているからです。あそこを見てください。煙突から煙が出ているのが分かりますか?

こういった自動車などを生産する際にも、ああいった煙は発生します。魔法とやらを使って除去できないものですかね?」

 

そう。驚くべきことだが、この国には魔法というもの自体が存在しない。ならば日本の技術と魔法技術を交換供与することはできないものか・・・と思ったが、よく考えたら魔法技術で我が国に優る国などたくさんある。せいぜいそれらの国と日本が国交を結ぶまでの繋ぎにしかならないだろう。

 

「できないことはないと思いますが、魔法を使ってできるのは、少なくとも我が国の技術では発生した煙を閉じ込めるくらいでしょう。その煙をどこに置いておくかという問題はついてまわります」

 

「うーん、まあ、このことは貴国との間に国交が結ばれてからまたおいおい、ということにしましょう。」

 

 

そしていよいよ基地に到着した。飛行場は・・・石に似ているが、石とは言い難いもので平らに固められている。その脇にはいくつもの飛行機械が並んでいた。

 

「これは我が国の最新鋭戦闘機、九六式艦上戦闘機です。」

 

戦闘機と言われたその飛行機械を眺める。

見たところこれも金属でできているようだった。明るめの灰色に塗られた胴体から一対の翼が生えており、胴体の先端には風車のようなものもついている。これを使って飛ぶのだろうか?

 

「何か、訓練や演習などを見せてもらうことは出来るのか?」

 

「そうですね、模擬空戦程度ならやってもらうことも可能かもしれません。一寸訊きに行ってきますので、しばしお待ちを。お望みならそちらの椅子にかけるか建物の中などで休んでいただいても構いません。」

 

ハンキ将軍の問いに外交官はそう答えると建物の方に駆けていった。これは、我々はなかなかすごいものを見ることができるのではないか。

ひとまず近くにあった椅子に座った。

 

しばらくして、外交官が戻ってきた。許可が得られたのだろうか?

 

「模擬空戦を行ってもらえるとの事です。どうぞ、席にかけたままで構いませんのでご覧下さい。」

 

そうして、模擬空戦が始まった。

 

段々と大きくなる爆音、そして飛行機械の風車が回り出した。なるほど、ああやって空を飛ぶのか!

少しずつ進み出し、やがてそれは矢のような速度で滑走路を走ったかと思うと地面から離れた。

 

「すごい、本当に飛んだぞ!!」

 

ハンキ将軍は非常に驚いているようだ。かくいう私も衝撃がないわけではないが。

 

 

そして2つ目が飛び立ち───やがて、それらは上空で目まぐるしく動き始めた。

 

目にも止まらぬ早さで動く飛行機械が、目が回るような激しさで動き回っている。

どういった訓練なのかは分からないが、素人目に見てもその動きは非常に洗練されているように見えた。

 

───驚愕と衝撃が、全身を支配した。

 

 

 

 

 

 

---その日のハンキ将軍の手記より---

 

今日目にしたものを、私は一生忘れないだろう。

オオムラ飛行場と呼ばれる場所に行き、機械飛龍の訓練を見学することになった。"模擬空戦"と言われたその訓練は・・・正しく()()。人が操作する機械が、ワイバーンたちが戦うかのごとく、いやひょっとするとそれ以上に激しく、本当に生きているかのように戦っていた。

この国には魔法そのものが存在しないらしく、こういった技術は科学によって成り立っているらしい。科学という単語じたいはムー関連の話で聞いたことはあったが───今日のあれを見ると、(少なくとも)我々や第3文明圏の魔法文明とこういった科学文明の間には、越えられない壁があるのではないかとさえ思えてきてしまう。

本当に、心の底から、彼らが侵略主義でないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

さらに翌日。

首都に移動するため、我々はまたこの飛行場にやってきていた。

 

「本日は軍の輸送機に乗って東京まで移動していただきます。目まぐるしい日程となり申し訳ありませんが・・・」

 

なんと、我々も飛行機械に乗ることができるらしい。これはなんとも楽しみだ。

 

「・・・しかし、事故が起きる可能性についてはどれほどあるのかね?」

 

「それについてはなんとも言えません。車とどちらが高いかと言われると微妙です。熟練の操縦士に操縦してもらう予定ですので大丈夫だとは思いますが。

なにぶん、飛行機の方が圧倒的に早いのです。」

 

「なるほど。」

 

ハンキ将軍が不安を呈するも納得したようだ。さて、いったいどんな旅になるのだろうか。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

窓を覗く。眼下に広がるトウキョウの街並み。繁栄しているように見えた長崎が、ただの一地方都市であるかのように思わせる都市。

遂に日本の首都にたどり着いたのだ。

 

「ようやくここまで来たか・・・。確かに面白いが、あまり進んで乗ろうとは思わんな。

ただ単に、酔いが辛かった・・・」

 

ハンキ将軍は酔ったらしい。どうやら飛行機械に乗っても船酔いの症状が出る場合があるようだ。

 

「まもなく羽田飛行場に着陸します。」

 

機長からの放送が聴こえた。酷い爆音のため、機内にいる者同士で会話する時は鉄の管を使用している。伝声管というらしい。まさに名は体を表すといった感じだ。

 

 

 

やがて、我々は飛行場へと着陸した。着陸の際の衝撃はあまりいいものでは無いが・・・それ以上に、飛行機械を使うことによって1000kmもの距離を半日とかからず突破することが出来る、このことへの驚きが勝った。

 

今日はひと通り東京を視察し、明日の外交交渉に臨む。

 

 

「香谷殿、日本には風呂に入るという文化はあるかね?」

 

「!そちらの国にもおありなのですか。ええ、ありますよ。ご希望なら温泉まで案内致します。」

 

「温泉?」

 

「火山の傍から湧き出てくる、暖かい湧き水を風呂水として使うのです。健康向上の効果もあります」

 

ハンキ将軍と外交官の会話を横で聞いていたヤゴウは内心で歓喜した。使節団として向かった先で風呂に入れるなど滅多にない。

しかも"温泉"という新しいもの。天然のお湯を使った銭湯だと思えばいいのだろうか?

 

 

---その日のハンキ将軍の手記より---

 

なんと、外交使節として向かった先で風呂に入れるとは予想だにしなかった。

今度は移動手段として"鉄道"というものを使った。ただこれは、走らせるために線路というものが必要なそうなので我が国への導入には時間がかかりそうだ。

そして着いた"温泉"は、ヤゴウの言っていた通り銭湯のようなものだった。ただ、天然のお湯を使っているというのは本当のようだ。普通の水と色が違ったり、ぬめりがあったりした。肌がすべすべになったように思えるが、もしかしたらそれも温泉の効果なのかもしれない。

少なくとも明日の交渉に向けて、英気を養うことはできた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

いよいよ本格的な外交交渉だ。

どんな外交官が出てくるのだろうかと思っていたが、どうやら日本の外務局は忙しいらしく案内役の外交官──やっと名前を覚えた。コウヤで間違いないはずだ──がそのまま交渉に当たることとなった。

 

先程まで普通に会話していた外交官であっても、交渉となると腹の探り合いだ。心してかからねばなるまい。

 

「端的に申し上げますと、我々にはこの異世界についての情報が足りません。この世界についての情報の提供をお願いしたいのです。さらにその情報に虚偽が存在することのないように、人質のような形となり申し訳ないですが貴国への我が軍の駐留を認めて頂きたい。」

 

いきなり少々物騒な話だ。軍隊の駐留となると我が国の沽券に関わる。ロウリアなどに「野蛮な新興国家に屈した」として見くびられる可能性もあるが・・・代価によっては応じるのもやぶさかではないだろう。

 

「対価はなんでしょうか?」

 

「交通網の整備の援助、港湾の整備、上下水道の整備などを9ヶ月間は無料で行います。無論そちらへの技術図書の規制などは行いませんが、本格的な技術供与となるとさすがにもう少し対価が欲しいところです。」

 

「なっ?!」

 

情報を提供し、軍隊の駐留を認めるだけでこれほどの対価が得られる。もう少し対価を払い、技術を供与してもらっても全く問題ではないだろう。

この国は、"科学"によって成り立っている。ムーに関する話などで聞いたことがあったので少し認識はしていたが、魔法に似たようなものという程度にしか考えていなかった。

確かに、似てはいた。だが、根本的に異なっていたのは───科学は、魔法技術よりも速いスピードで進歩するということ、そして魔力を持っていなくても、魔道具のようなものを簡単に使えるということだ。

その技術を教えてもらえれば、国力の底上げが可能だ。魔法では簡単に出来るが科学だと難しい、というものがあることもわかっているのだから、魔法技術と交換するのがちょうどいいだろう。

とは思ったが───

 

「少し、考える時間をください。」

 

魔法技術については、ミリシアル帝国が堂々の1位である。日本がその存在にいつまでも気づかないとは、あまり考えられない。つまり我々は、ただの繋ぎにしかなり得ない。

だが、ここでミリシアル帝国の存在を伝えるというのはやりすぎな気がした。かといって何食わぬ顔で交渉を成立させても後が怖い。

そこまで考えたところで、ひとつの考えが頭を過ぎった。

──────なぜ、日本は我々にこれほどまでの好条件を出してきているのか?

 

日本からすれば、我々はただのただの弱小国家でしかない。そんな国に、交通網の整備を持ちかけるとはどういう意味があるのか?

答えは単純。我が国を成長させることで、我が国にモノを沢山売って利益を得たいのだろう。

ならば、代価を差し出すことが重要なのであって、その内容はあまり関係はないだろう。

そしてよく考えると、ミリシアル帝国が(彼らから見れば)いち新興国家である日本に、易々と技術を明け渡すわけがない。ならば、たとえ繋ぎでしかないとしても、十分なのではないか。

 

「では、技術供与と、それに加えて軍事支援を行っていただくことは可能ですか?対価として我々は、我々の持っている魔法技術を全て貴国に提供します。

我々より高い魔法技術を有する国も多いですがそういった国は軒並みプライドが高いので、我々の技術はそうした国から技術が得られるまでの繋ぎとしても十分機能すると思われます。」

 

「・・・わかりました。では仮交渉はひとまずこの内容でまとめましょう。」

 

肩の荷が降りるのを感じた。まだ仮交渉だし、正式に妥結するには本国が認める必要があるが、そこは本国に帰ってから粘り強く説得していけばいいだろう。

ひとまず、自分の仕事は果たした。

 

 

 

 

──────────────────────

 

その後の本国での話し合いも、実際に日本の実力を目にしたヤゴウら使節団員の必死な説得の甲斐あって概ね上手く行き、無事交渉は成立した。

 

 

 

なおヤゴウはこの数週間後アメリカに向かい、日本以上の発展ぶりに度肝を抜かすこととなるがそれはまた別の話。

 

 

 

 




ヤゴウ「日本であれだけ驚かされたんだ。もう何が来ても驚かないぞ」

エンパイア・ステート・ビル\ドドン/
ウィリス・タワー\デデン/
ホワイトハウス\デデドン/

ヤゴウ「もうやだおうち帰る」


(アメリカ編は)ないです。

1話にまとめたら1万文字に到達しかけた。びっくり。



次回:『不可侵条約』



──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第五話 不可侵条約

毎度感想・誤字報告ありがとうございます。

ミリシアルをミシリアルって書いちゃうの、日本国召喚あるあるだと思うのは自分だけですかね?

そして、遅々として筆が進まない・・・・。まだ戦争が始まっているわけでもないのにこんな高評価を頂けているので、それに応えたい応えたいと思ってはいるんです。想像力を働かせねば。


「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。」

 

日本全国のラジオに、その放送が流れる。

 

「帝国外務省、十二月八日午前六時発表。

大日本帝国は本八日未明、アメリカ合衆国と相互不可侵条約を締結せり。」

 

歴史が変わったことを象徴する瞬間であった。

 

 

 

 

「やったぞ!これで日本は救われた!」

 

外務大臣の東郷は果報を耳にして手放しで喜んだ。

 

異世界に転移するという現象は、両国の同盟国を一瞬にして失わせるという結果を生んだ。

そのためアメリカは日本側が変な要求をしてこなければ、同盟はともかく不可侵条約の締結は満更でもない。

そして日本では、不可侵条約の締結は天命となっていた。さらに首相は、上司たる天皇の命令なら何がなんでも実行する東條英機だ。

両国がたった一週間半で合意に達するのも、当然といえた。

 

「ロデニウス大陸の2国とも上手く話がまとまった。あの外交官は、異世界の国々との外交の取りまとめ役となっても充分なほどの活躍をしている。」

 

確か名前は香谷といったか。うるさいきらいはあるが、今回は昇格させても問題ないだろう。

 

「我々は歴史に名を残しますよ。転移という事象があったとはいえ、アメリカと不可侵条約を結んだのですから」

 

外務次官の西春も少々浮かれ気味だ。まあ当然だろう。それほどまでに今回の成果は大きい。

国内の不況は・・・アメリカもいるため思うようにはできないだろうが、ロデニウス大陸の開発で何とかできると思いたい。

 

「ただ、ひとつ心配なのは・・・クワ・トイネからの情報ですが、この世界にはクワ・トイネより高い魔法技術を持った国があり、そうした国は軒並みプライドが高いということですね。

もし戦争になったら、アメリカを巻き込まないとやってられません。そいつらが馬鹿ならアメリカも否応なく巻き込まれるでしょうが・・・」

 

「まあ、それは今考えても仕方あるまい?とりあえず、ひと段落着いたのだ。」

 

「そうですね。」

 

2人は満足気に頷いた。

 

 

 

 

 

 

「これでひとまず、国防上の重大な危機は去った。」

 

フランクリン・D・ルーズベルト大統領は、ホワイトハウスにて満足げに言葉を発した。

 

「クイラ資源地帯を奪取されるという事態は避けられましたね。にしても連中、急に大幅な譲歩をするようになりましたが・・・何かあったのでしょうか?」

 

会話の相手は副大統領のヘンリー・A・ウォレスである。

 

天皇(Emperor)の命令でもあったのではないか?日本は少なくとも形式上は天皇に主権があるから、その天皇が例えばわれわれとの不可侵条約の締結を命じたら政府も迅速に対応するだろう。」

 

「なるほど。」

 

イギリスからの参戦要求が物理的に消滅した今、日本との不可侵条約の締結には一切何の問題もなかった。もともとの目的としていた満州についてはさすがに拒否されたものの、フロンティアたるロデニウスの門戸開放を相手側が大幅譲歩してくれたのだから、もはや同盟を結ぶのも吝かではないレベルだ。

地球世界での同盟国はすべて消滅しており、異世界では何がやってくるかわからない。今のところ、日本はまともな国家同士の付き合いができる唯一の国であった。関係を強固にしておいて損はない。

だが────

 

「にしても、まさかあの日本を盟友とすることになるとは。調子に乗らせると何が起こるかわかったもんじゃないですし、あくまで向こうは黄色人種の国ですからね。」

 

人種という、極めてデリケートな問題が横たわっている。

 

「日本人を黄色い猿と罵るのはけっこうだが、今のわが国には同盟国が必要だ。それにロデニウス大陸では、エルフやドワーフといった亜人なるものが存在している。つい先ほどの使節団からの情報によれば、クイラやクワ・トイネと国境を接するロウリア王国では亜人迫害の風潮がはびこっているらしいではないか。使節団に対する応対もあまり良いものではないとの情報もある。いずれロウリアとクワ・トイネやクイラは戦争になるだろうが、その時亜人に対する人種差別への対抗という大義名分を掲げて参戦するためには、我々もそういったところは気を付けなければならない」

 

将来のことを見据えたルーズベルトの発言に、ヘンリーは感嘆したが────

 

 

 

彼とて、まさかそれが数か月内に起こるとは想定だにしていなかった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

さらに3ヶ月ほど後───

 

「いくら転移国家と言っても、これはさすがに凄すぎやしないか・・・?」

 

クワ・トイネ王国の首相カナタは、自国の急激な発展ぶりに、ただただアメリカと日本に感嘆するばかりだった。

 

「そうですね。特にアメリカの製品には目を見張るものがあります」

 

秘書のフロウアが答える。

日本の製品はいかにも職人技といった感じのものが多いが、アメリカ商品は画一的で個性がない。

しかしそれは全くもって短所ではなく、むしろ堂々たる長所なのである。

細かな部品ひとつひとつまで統一され、たとえどれかひとつが壊れても部品さえあればすぐに元に戻せる。

あれだけ大量に生産できているのも、そういった統一──規格化、というらしい──のおかげなのだろう。

ひとまずマイハーク港の浚渫・拡張工事も大詰めを迎えている。たったの3ヶ月で工事をほぼ完了させ、しかもそれを待たずに続々と色々な物品が運び込まれ売られている。交通網や上下水道の整備も着々と進んでいる。

 

「いったいあの国は、どれだけ我が国の開発に本気を出しているのだ…?」

 

「我が国が豊かになれば、その分アメリカや日本との取引も増えます。向こうとしてはそれを狙っているのでしょう。」

 

「我が国の主要輸出品目である食料は高い関税をかけられてしまっている。どうにかしてこちらからまともに輸出できるものを見出さねば」

 

「そうは言っても、向こうとこちらでは文明のレベルが違いますから、輸出できるとしたら我が国で育てることによって生まれる美味しい作物ぐらいのものでしょう。関税がかかっていてもなお売れる、というようなことがあればいいのですが…

ともあれ、今は向こうの技術を吸収して、国力の増大を図るよりほかありません。」

 

「・・・そうだな。」

 

いつかは向こうに輸出できるほどの産業が生まれて欲しい、と願うカナタであった。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「設営隊の奴ら、ずいぶんと張り切ったな・・・」

 

台南空所属の太田敏夫二飛曹は、眼下の滑走路を見て呟いた。

 

アメリカとともにクワ・トイネとクイラに軍を駐屯させることとなり、相手よりも早く基地を完成させてやる、と一種の競争のような状態になった。

隣で重機を用いてどんどん作業を進める米軍建設部隊を尻目に──設営隊長は機械化の重要性を痛感した──必死に鶴嘴(つるはし)(もっこ)を担いで作業し、米軍よりも遅く、小規模ではあったものの、何とか二か月半で滑走路を完成させたのである。

 

そうしてできたマイ・ハーク飛行場に、早速太田ら台南海軍航空隊の人員のうち一部が進出したのである。

 

「にしても・・・」

 

太田は、進出したすぐ後にある任務に緊張していた。

 

「アメさんと模擬空戦か。どうなる事やら・・・」

 

つい先日まで敵と想定していた国の飛行機と模擬空戦をやるとは、お上も妙なことを考えたものである。少なくともやる側からしたら緊張して仕方がない。

 

「まあ、深く考えずに、いつも通りやればいいか。」

 

相手の機種が違うこと以外は、普段の模擬空戦と変わりない。肩の力を抜こうと、太田は自己暗示をかけた。

 

 

──────────────────────

 

「それにしても、なんでジャップと模擬空戦をやることになったんだ?」

 

トマス・A・モーリー少尉は、突然与えられた任務に困惑していた。

 

「なんでも、不可侵条約締結に伴う日米親善の一環だそうだ。クワ・トイネの連中も見に来るらしいぞ。」

 

「条約を結んだところで我々の感情はそう変化するものでもないんだがな・・・」

 

アメリカでの日本人移民排斥運動はまだ衰えていない。19世紀末には早くも中国人排斥法が制定されていたため、今や「黄禍」と言えば「日禍」である。

彼は農家の生まれであり、親が日本人移民と度々軋轢を起こすのを見てきた。そのため日本人に対して、同情はすれどあまりいい感情は抱いていない。

 

「まあ、いいじゃないか?普段の訓練とくらべたら、いい刺激になると思うぞ。ただしくれぐれも侮るなよ」

 

話している相手はトッド・E・ネイラー少尉である。積極的な人種差別をあまり支持していないため奇人と見なされあまり関係の深いものは多くないが、善人という印象が大きい。「侮るなよ」というのも、有色人種の肩を持つためというよりは単に気を抜くなという意味だろう。

 

「そうだな。くれぐれも負けないようにしたい」

 

「おいおい、そんなこと言ってると負けるかもしれないぞ・・・」

 

などと雑談しながら、合同訓練の始まる時間まで待った。

 

 

 

──────────────────────

 

輪止めが払われ、機体が動き出す。零戦の離陸動作ももう慣れたものだ。

防弾性能に不安はあるものの、ここまで格闘戦の能力が高い機体は、アメリカであってもそうそうないのではないか。少なくともこの軽快な運動性能は、パイロットからすれば非常に扱いやすい。

何よりこの機体は美しい。隣の飛行場にある米軍のそれと比べても、零戦はかなり精悍な機体のように思えた。

そんなことを考えながら機体を上昇させる。

 

「見えたな」

 

米軍飛行場から上がってきたグラマンを見つけ、機首を巡らせる。

 

「気を抜くなよ────」

 

自分にそう言い聞かせ、米軍機に近づいていく。

 

反航状態に入ってすぐに旋回をかける。敵機も同じことを考えていたようで旋回したが少々旋回半径が大きい。隙をついて後ろをとりにいく。

 

あっけなく勝負がつくかと思ったがさすがにそうはいかない。敵機が宙返りをかけてきた。こちらも旋回しながら高度を上げ、宙返りから戻った敵機の上から降下する。

 

敵機も逃げようと急降下する。零戦の最大の弱点は急降下時の許容速度の低さだが、ここは機体をなだめすかして追随するほかない。

 

左右に首を振って自機を振り切ろうとしてくるが、零戦の運動性能から逃れることは不可能だ。

しかしそろそろ機体が悲鳴をあげている。仕方なしに機首を上げ、いったん高度をとる。所謂ハイヨーヨーだ。高度を速度に変換して敵機へと向かう。

 

敵機はインメンマル旋回を試みたが、その隙をついて完全に後ろをとった。

 

 

「思っていたよりもすぐに終わったな」

 

やはり零戦の格闘性能は非常に高い──そのことを実感した。

 

 

 

 

「なんなんだこの化け物は!?」

 

モーリー少尉は今までに経験したことのない恐怖に直面していた。

 

どうやら敵機はわがF4Fよりも旋回半径が短いようで、最初の旋回の時点で既に後方に入られかけていた。

宙返りや急降下で必死に逃げたがそれも虚しく、敵機は既に自機の真後ろにいる。急降下性能が少し悪いようだが、先程はその弱点を高い運動性でカバーされてしまった。

 

「あの機体とドッグファイトをしてはならない・・・」

 

彼の思いはその一言に集約されていた。

 

 

 

──────────────────────

 

「いやあ、見事な戦いだったな」

 

同僚から声をかけられた。マールパティマはワイバーン乗りであるために今回の訓練を見学することになり、つい先程まで飛行機械たちの熾烈な空戦を目の当たりにしていた。

 

「そうだな。・・・なんだか自分も、あれに乗って戦ってみたくなってきた。」

 

「確かそろそろ港の工事が終わって、アメリカや日本からの軍事支援が本格化するはずだぞ。飛行機械の部隊も作られるだろうから、そこに入ることならできるんじゃないかな。ところで、お前はどっちの機械が好みだ?」

 

「そりゃあ、赤丸の方だろう。なんと言っても形がいい。星マークの方はちょっとずんぐりむっくりって感じがしてな。そういえばあの赤丸の機械、俺が北東の偵察に出た時に見たって言った飛行機械と同じように見えるぞ」

 

「あの時速400キロ超えって言ってたヤツか?ならあの性能も納得だな。宙返りに急降下に、果たしてワイバーンにあんな動きができるのかね…

というかいい加減国の名前覚えようぜ。赤丸の方は日本、星のほうはアメリカだ。」

 

「悪い悪い、物覚えが良くないのはいつものことだろ?

・・・少なくともあの機械たちがいれば、ロウリアに攻められても大丈夫だろうな。」

 

まあ、本当は攻めてこないで欲しいものだが…と、淡い願望をいだくマールパティマであった。

 

 

──────────────────────

 

なんてこった(Oh, my God)...」

 

リーロイ・グラマンは舞い込んだ凶報に頭を抱えていた。

 

クワ・トイネ公国の経済都市マイ・ハークで行われた日本海軍航空隊との空戦演習。

はっきり言って甘くみていた。負けるはずがないというのがアメリカ側の結果予想の大半を占めていた。

 

 

しかし、結果は・・・惨敗。日本海軍の零式艦上戦闘機(ZeroFighter)の運動性はとてつもなく高く、我が方のF4Fワイルドキャットは次々に後ろを取られ敗退した。

ただ、救いがない訳では無い。急降下性能においてはこちらが勝る、すなわち・・・

 

「・・・一撃離脱戦法にかけるよりあるまい。F6Fの設計にも反映しておかねば」

 

次期戦闘機F4Uの保険として開発が進められているF6Fは、あくまでF4Fの流れを汲む戦闘機である。そのためこのままでは、採用されても格闘戦において零戦と互角以下になる可能性があった。

 

米軍は史実同様、一撃離脱戦法の研究を深めていくこととなる。

 

 

 

 




いやあ、無事に不可侵条約締結できましたがこれが東郷じゃなくて松岡だったらと思うと・・・恐ろしい恐ろしい。

空戦の描写は・・・素人が書けばこんなものか、程度に思っておいてください(ぉ
いやほんと、どうやったら上手く書けるんだろうか



次回:序章最終話
『叭波瑠散亜』




──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第六話 叭波瑠散亜

評価・感想・誤字報告ありがとうございます。まさかこの様な拙作に最高評価をつけてくださる方がいるとは、本当に嬉しい限りです。
ご期待に応えられるよう、鋭意努力します。


「さて。果たしてどうなるかな…」

 

戦艦「長門」の甲板にて、香谷は呟いた。

 

 

クワ・トイネによってパーパルディア皇国の情報が明らかになると、下に見られないためには完全なる砲艦外交が得策ということになった。

本気で砲艦外交をするとなると戦艦が不可欠、しかし大和型を出してはさすがに戦力過大の感が否めないしアメリカに情報が渡る可能性も高い。

 

そこで持ち出されたのが、長門型戦艦の一番艦(ネームシップ)であった。

 

 

 

 

叭波瑠散亜(パーパルヂア)皇国派遣艦隊

 

 

旗艦:長門 (連合艦隊直属、第一戦隊より)

 

第二艦隊より、第七戦隊:

重巡洋艦熊野・鈴谷・最上・三隈

 

第一艦隊より、第三水雷戦隊:

軽巡洋艦川内(旗艦)

・第十一駆逐隊:吹雪・白雪・初雪

・第十二駆逐隊:叢雲・東雲・白雲

 

第一航空艦隊より、第四航空戦隊:

航空母艦龍驤

 

 

 

(情報によれば)たかが中世国家である叭皇国に対して、戦力過大にも程があるという意見も多かったが・・・

 

何しろ相手は「周辺の弱小国を次々と併呑し恐怖政治を敷く覇権国家」である。そしてクワ・トイネによれば「そのプライドはエージェイ山*1よりも高い」とのこと。

なればこそ、舐められぬためにもこちらの力を盛大に見せつける必要があるとの判断がなされたのである。

 

「これは外交官様、どうしてこんな所に?」

 

1人の水兵から話しかけられる。前の交渉の成果もあってか少しは尊敬してくれる者もいるようだ。

 

「艦隊を見たくなっただけです・・・いくらなんでも多すぎやしないでしょうかね」

 

「我が海軍の力を誇示するためにはこれくらいは必要でしょう。アメリカに負けず劣らず日本も強い国であるということを知らしめなければなりません。」

 

「まあ、そうですが・・・いや、そうですね。要らぬ紛争を避けるためには致し方ありません。」

 

香谷がこんな思い切った発言をしたのには理由があった。

 

 

 

 

「領事裁判権を認めさせ関税自主権を無くす・・・ですか。いくら相手が近世国家だとはいえ、これではまるで・・・ペルリ提督の要求です」

 

「だから言っているじゃないか。クワ・トイネからの情報をもとに上が判断した結果だ」

 

「その情報というのは・・・」

 

「さすがにそこまでは知らん。だが近世国家でプライドが高いと来たら、ろくなもんじゃないことだけは確かだ。とにかく命じられたからには、やらなきゃ意味ないよ」

 

「・・・承知しました。」

 

 

 

 

(・・・さて、これでパーパルヂア皇国とやらが想定より理性的だったら…どうすればいいのだろうか)

 

命令に従うのは重要だが、外交官においてはたとえ命令を無視してでも判断を下す柔軟性も必要なのではないか────だが、命令違反となると後々面倒だ。杞憂に終わってほしいが、相手が理性の欠片も持たないなんてことは流石に勘弁だ。

矛盾したことを考えながら、艦内へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

パーパルディア皇国という国家は、列強であるという特性上外交業務も多岐にわたる。そこでこの国では、外務局を三つに分けて業務を分担していた。

 

一つ目は第1外務局、これは自国と同じかそれ以上の列強国、例えばムーやミシリアルといった国家との外交を担当する。責任重大であるが故、必然としてエリートの集団である。

 

二つ目は第2外務局、自国より下だが、それなりの国力をもついわゆる"文明国"との外交を担当する。

 

三つめは第3外務局、これは文明圏外国と言われる自国よりはるかに国力の低い国家との外交を担当する。ただこの局はその特性上あまり優秀な人材は多くない。

 

ちなみにそれぞれの位置は、第1外務局がもっとも皇宮に近く第3外務局は最も皇宮から遠いが海に近い。

 

 

そしてその第3外務局の局長たるカイオスは、その局長室の窓に海を一望できるような窓を設けていた。

彼はもともと第1外務局の課長職に就いており、次期局長として確実視されていたものの皇帝の采配によってその職にはエルトが就くことになりカイオスは第三外務局に配属されたのだ。

エルトとは旧来よりの友人であるとともにライバルでもあり、その外交手腕が自分より勝ることはカイオスが何よりも理解している。そのため皇帝の人事は至って適切なものであったが───当然、未練がましい。

そういった不満を少しでも紛らわすために大きな窓を設け局長の気分に浸れるようにしたのだが・・・・・・

 

「いったい何だ、あの艦隊は!?」

 

今日ほどその窓から見える景色が(おぞ)ましく感じたことはなかった。

列強ムーの艦隊もかくやと言わんばかりの鋼鉄の大艦隊、しかしそれに翻るのは今までに見たことの無い旗。

まさか古の魔法帝国の艦隊か・・・少なくともろくなものでないのは確かである。

だが、未だ皇都に攻撃を加えてこないことからして・・・まさか外交使節か?

 

「…俺は絶対にあんな奴らの相手はしないぞ・・・

エルトよ、せいぜい頑張るんだな!1外に就いたことを後悔するがいい!」

 

如何に皇国の腐敗を嘆く憂国の士とて、あんな化け物に等しい艦隊を持つ謎の国家のことを維新のために利用できると考えることは無かった。

列強国並と予想される謎国家の相手は確実に第1外務局がやることになるだろう。その事実をもって溜飲を下げることにした。

 

 

 

だが───

しばらくして入ってきた魔信の内容は、信じたくないものだった。

 

『来寇せる謎の艦隊は我が皇国への外交使節の模様、これの対応にはまず第3外務局長カイオスがあたられたし、───』

 

ドンッ

 

「な・・・・・・何だと!!?列強国並みの艦隊を持つ国家への対応を、謎の国家だとはいえ、1外が職務放棄して3外に押し付けるだと!!!エルト!!怖気付いたな!!!皇国外交官の花たる1外の局長が、未知のものに対して怯えるとはっ!!」

 

どっかの外務局監査室所属の皇族が言いそうなセリフを言い放ちつつも、しかし上からの命令は絶対である。カイオスは死んだ目で使節への対応の準備をするのだった。

 

 

 

──────────────────────

 

「なかなかの大都市ですね・・・」

 

「確かに、近世の国家としては大きい。クワ・トイネからの情報の通りだな」

 

「ええ、それにしても・・・サスペンションがないのがこれほど苦痛だとは」

 

「同感だ。この揺れはあまり体に宜しくないな」

 

「馬車があったこと自体を僥倖と捉えれば 、あるいはまだ耐えれますが。」

 

帝国外務省に新設された異世界対応局の局長となった香谷と、対叭国担当課の課長たる水村(みむら)

 

人員不足もあり異例の出世となった彼らは、そんな会話をしながら第3外務局の建物へとパーパルディア製の馬車を利用して向かった。(無論その周りには護衛の兵士が多数いるが)

 

 

 

 

──────────────────────

 

「どうぞこちらへ」

 

言われるがまま、局長室と書かれている(のであろう)札の下げられた部屋に入る。

 

「初めまして。私はパーパルディア皇国第3外務局の局長を務めております、カイオスと申します。」

 

「私は同じく第3外務局の東部担当部長のタールと申します」

 

「私は東部島国担当課長のバルコと申します」

 

「東部島国担当係長のニコルスと申します。」

 

「群島担当主任のメンソルと申します」

 

外務局の有力者が五人も出てきた。ひとまず砲艦外交は成功とみていいだろうか。

 

「丁重なお出迎えありがとうございます。私は大日本帝国外務省の香谷と申します。」

 

「私は部下の水村です。大日本帝国は日本と略して頂いて結構です」

 

ファーストコンタクトはまずまずといったところだろうか。ここからが本番だ。

 

「こちらこそ、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。ええ。たとえそれが、悍ましい鋼鉄の艦隊であったとしても、我々は歓迎しますとも。」

 

・・・どうやら相手の外交官はなかなか皮肉が上手なようだ。イギリスのブラックジョークを思い出す。

 

「おや、これは失礼。貴国はこの世界では"列強"だと聞きました。であればこそ、生半可な艦で向かうのは無礼だと思ったのであります」

 

「・・・それにしては随分と、船が多いようですが?しかも見た限りすべてが軍船・・」

 

「あまり()()()()()は起こしたくないものですからね。ええ。」

 

「我々がそのような国であると?」

 

「お噂は予々(かねがね)。」

 

「差し支えなければ情報元を伺いたい」

 

「クワ・トイネです。わざわざ軍を駐留させているのですから嘘はつかないでしょう」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

カイオスは顔を(しか)める。尤も心の中では顔面蒼白だ。

それも当然。1歩間違えればあの大艦隊の数え切れないほどの魔導砲が火を噴く。

 

しかもクワ・トイネを配下に入れていると来た。そして皇国の悪い噂を知ってこんな艦隊を差し向けてきたのだとしたら・・・

 

「本題に入りましょう。いかんせん情報が少ない。貴国はいったい、何者ですかな?」

 

「これについては、全く以て荒唐無稽な話でありますから信じないなら信じないで構いません・・・

 

去る11月26日、我々はこの星とは別の星から転移してきたのです」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・は?」

 

思わず呆けた声が打出でる。

 

「・・・つかぬ事をお聞きしますが・・何処に?」

 

「此処エストシラントより東方2000km以上、ロデニウス大陸からはおよそ北東1500kmです。

その後航空機による偵察でもってロデニウス大陸を発見し国交を締結しました。」

 

「コウクウキ、とは?」

 

「飛行機械と言った方がわかりやすいでしょうか」

 

「なるほど・・・」

 

飛行機械を持つ、つまり自分の見立て通り大日本帝国とやらはムーにも匹敵する力を持つのだろう。

 

そんな国家が新興国家として現れる筈もない、だいいちロデニウス大陸北東といえば群島が集まり海流の影響で探索もままならないような場所だ。

転移国家というのはじつに信憑性がある。まあメートル法を使っていたところは気になったが・・・

 

そしてそれほどの力を持ちながらクワ・トイネと「国交を結んだ」ということは、おそらくは──皇国とは違って──理性的な国家なのだろう。

 

「つまり我が国との国交の締結のためにいらしたと?」

 

「話が早いですね。その通りです」

 

「ならばここ第三外務局ではなく、第一外務局に向かっていただくことになります」

 

「割り込んで失礼します。貴国の外務局は三つに分かれているものと推察されますが、それはなぜですか?」

 

今まで会話から置いてけぼりにされてきた水村が発言する。まったく、うちの部下も見習ってほしいものだ。相手が列強並みになった途端に消極的になってしまっている・・・

 

「国家の格によって対応する外務局を分けているのです。此処第3外務局は通常、文明圏外国家との外交を担当します。貴国のような列強国並の国家との外交は、本来なら第1外務局の担当なのです」

 

「では我々は第1外務局に向かえば良いのですか?」

 

「それでもかまいませんが、どのみちまだ我々はお互い同士をよく知っているとは言えませんから、いきなり今1外に行ったところであまりうまいこと国交開設交渉がすすむとは思えません。もう少しここで話してからにしましょう。」

 

「私も丁度それを思っていたところです。

それにしても壮麗な都市ですな。いったい貴国はどれほどの植民地をお持ちで?」

 

・・・どういうことだ。クワ・トイネから情報を受けているのではないのか。わざわざ訊く意図は一体・・・・・・

 

「植民地、とはなかなか的を射た言い方ですね。ちなみに貴国は?」

 

「我が国は・・・2ヶ国、ですかね。」

 

おや、と思った。一体あれほどの艦隊を持ちながら、どうして属国が2ヶ国だけなのか?

 

「随分と少ないようですが・・・」

 

「仕方が無いでしょう。我が国は植民地の獲得競争に大幅に出遅れましたからね。元いた世界では、最も大きい国だと世界の大陸全てに植民地を持ち、日の沈まない帝国とさえ言われました。

まあ数だけでいえば貴国よりは少ないですがね。」

 

大陸全てに属国を持つなど、まさしく世界帝国ではないか。

一体どんな世界から来たのだ、この国は?

 

「やはり情報を持っているではないですか・・・・・・混乱させないでいただきたい。」

 

「73ヶ国というのは間違いないのですか?」

 

「その通りですが・・・」

 

「なら問題ない。裏を取るというのも、なかなか大事なことでしてね。」

 

「なるほど・・・そういえば、貴国はどういった国土を持っていますか?」

 

「本土のみだと面積は約380000㎢で、主に4つの島からなります。特筆すべきことといえば、水資源が豊富で火山と地震が多いことですかな。」

 

「・・・・・・そうなると、あの大量の艦は輸入品ですか?」

 

「いえ、あの艦隊に含まれている艦は全て自国産です。もっとも本土に居る艦隊もほぼ全て国産ですが」

 

島国だから海軍国家になるのは当然の話だが、いくらなんでもその国土面積で全て自国産となると・・・・・・よほど高い国力を持つのだろうか。

 

「・・・・・・不都合ならば構いませんが、その数はいくらでありますか?」

 

「・・・・・・私は海軍の人間ではないので、正確な艦数はわかりませんが…

200隻はいるのではないでしょうか」

 

「は?」

 

またしても間抜けな声を出してしまった。

だがこれはさすがに仕方あるまい・・・・・・はっきりいって恐ろしい。あのような鋼鉄船を、200隻も生産する能力を持つ国家とは、一体どんなものなのだろうか?

 

「・・・・・・貴国はいったい、どんな世界からやってきたのですか?」

 

「そうですね・・・・・・ひとことだけ申し上げておけば十分かと思います。

我が国は、全世界に7つほどあった列強国のうちでも、末席中の末席でした。」

 

「・・・」

 

もはや想像を絶する世界だ。考えるのすら恐ろしい。

 

「ところで、先程国交締結のため来訪したと言いましたが、別に今すぐ国交を結ぶという訳ではありません。双方から使節団を出す、などしてお互いをある程度理解してからでなければ、国交を結ぶのは難しい。

どうです?我が国は貴国の使節団の来訪を歓迎しますよ」

 

ほんとうに、終始相手のペースだ。これではこのまま情報交換を続けては一方的に情報を渡しただけだったということになりかねない。しかも向こうは、クワ・トイネ経由で情報を得ることだってできるのだ。

使節団を派遣するというのは、最善の選択肢に思えた。

 

「わかりました。この場で話しただけではわからないことだらけでしょうし、私は使節団派遣には大いに賛成です。ただしこの件は政府に掛け合う必要がありますから、正式な決定までには最短でも明日まではかかるでしょうが・・・」

 

「構いません。私共は、それまで市中見学でもして待ちましょう。」

 

とりあえずひと段落、といったところだろうか。

 

 

 

──────────────────────

 

嵐が去った後のような感覚になるが、どちらかと言うとこれからが本番だ。

 

あの大艦隊の手前とはいえ、プライドが天より高い皇国政府がすぐさま使節団派遣を容認するとは思えない。ひとつ間違えれば、最悪の場合交渉の白紙化ということもありうる。

 

重圧に押しつぶされそうになるのを耐えて、皇城へと向かう。

季節は既に春、心地よい風が皇都を吹き抜ける。すでに日本への対応についての帝前会議は始まっていた。

 

 

 

「第3外務局長カイオス、ただいま参りました。」

 

「うむ、かけたまえ。」

 

短く来訪を告げ、ルディアス皇帝陛下もそれに短く答える。

 

「さて、カイオスよ。早速だが日本についての情報を説明してくれたまえ」

 

「は。大日本帝国は我が国より2000kmほど離れており、国土面積は本土のみでは380000㎢です。その本土は四つの火山島からなり、水資源が豊富とのこと。」

 

「ほう、アルタラス王国の1.5倍ほどの大きさか。文明圏外の島国ということからするとそこまで強くはなさそうだが・・・」

 

「ちょっと待ってください。その地域には群島が点在するのみだったはずですよ?」

 

「順にお答えしましょう。まずアルデ司令、残念ながらその予測は極めて的外れというほかありません。

いまこの皇都の沖合に停泊している鋼鉄船を、かの国は200隻以上保有しています。

島国であるため海軍国家であることを差し引いても、この数は非常に多いものです。」

 

「ほう・・・」

 

アルデ司令官は微妙な反応だ。まあ数の上では我が海軍に負けているから、陸戦が専門の司令からするとそこまで脅威には思えないのだろう。

 

「そしてエルト第一外務局長の疑問についてですが、これに関してはなかなか信じがたい内容です。

 

 

 

かの国は、この世界とは他の世界から転移してきた、と主張しております。」

 

「なんだと?」

 

ザイラス宰相が眉を(ひそ)める。

 

「カイオス君は、そんな御伽噺を信じようというのかね」

 

「ですから信じがたいと言っております。」

 

「でも確かに、そう考えるのが一番合理的ではありますね。群島が集まって新興国家を形成したとして、いきなりあんな船を持ち出してこれるはずがありません。」

 

「だが、さすがにその仮定は無理があるだろう。いったいどうして国家ごと転移など起こり得ようか?

ムーの支援を受けた国家が、見栄を張るために輸入した艦隊をすべて差し向けてきたと考えるほうがまだ現実性がある。」

 

「その通りだ。だいいち第3文明圏に、我が国に勝る国など存在し得ない。」

 

アルデ司令が同調するが・・・はっきりいってその発言は理屈になっていない。

「皇国最強論」はやはり根強いようだ。

 

「ならば、それを確かめる為にも使節団を派遣すべきです。少なくとも私は、命を受ければ即座に準備し向かう用意があります」

 

「私もカイオスの意見に賛成です」

 

エルト局長の同意が得られた。だが──はたして皇帝の同意が得られるのか。

 

「何を言っているのですか!」

 

「リバン2外局長、随分興奮しておられるようですが、どういった異議が?」

 

「失礼、つい取り乱しました。

文明国との外交を担当する者の立場から言わせていただきますと、日本が強いか弱いかにかかわらず、文明圏外国にこのパーパルディア皇国が使節団を派遣するというのは、非常に重大な影響をもたらします。これをみて調子に乗り強気に出る文明国が増える可能性もありますし、とにかく国際的な我が国の立場が落ちるものと思われます。」

 

「ですが、だからといってあのような得体の知れない国家について詳細な情報を得られる重大な機会を逃すのは・・・」

 

 

「リバン局長の言うとおりだ。」

 

総員の顔が強張る。ついに皇帝が、直接的な判断を下そうとしているのだ。

 

「時にカイオスよ。我が国の支配にとって最も重要なものは何か?」

 

「は・・・

・・・恐怖、にございますか?」

 

「よろしい。ではその恐怖というのはどこから生まれる?」

 

「皇国の圧倒的たる力、そこから生まれる国威によって、であります。」

 

「その通りだ。では、その強弱如何に関わらず、我が国が文明圏外国家と対等に外交をする・・・するとどうなるか。そなたがわからぬはずはないな」

 

「は・・・。」

 

「使節団派遣は行わない。その旨を通達せよ」

 

「・・・承知いたしました・・・」

 

カイオスは重い気分で、命令に応じた。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

(・・・あやつらには、いま自分たちへ向けて砲口が向けられているという自覚がないのではないか)

 

はっきり言って狂った判断だ。所詮は文明圏外国、わがパーパルディアに対し砲を撃つ事などありえない──そう考えているのだろう。

 

一度首を縦に振りはしたものの、どうにかしてこのことを理解させなければならない。そうでないともし使節団を派遣しないにしろ、どうやって敵の攻撃を防ぐのかという策がないままに首都を蹂躙される危険性がある。そしてもし運がよく皇国が生き残っても、責任を取らされるのは外交担当者の自分だろう。

 

いまならまだ、間に合うはずだ。

 

「アルデ司令」

 

最高指揮官に声をかける。

 

「いったい何だ、カイオス」

 

「使節団を派遣しないというのはよろしいですが、その場合敵を知る機会を失います。

もしこののち日本が強硬な要求を出してきて、皇国がそれを拒絶した場合。皇都があの船によって砲撃される危険があります。

その場合、未知の敵に攻撃され何の策もないとなると我々に多大な損害が出ることは間違いありません。

司令はその点について、どのようにお考えですか。」

 

たとえはぐらかされても、納得のいく回答が得られるまで問い詰めるつもりだった。

 

しかし────

 

「貴様の考えはまず前提から間違っている。

文明圏外国家がムーの艦船を輸入したのだとして、いま沖合に浮かんでいるほどたくさんの船を輸入できるとは思えん。第一ムーにそこまでの余裕はないはずだ」

 

「ならば」

 

「つまり、あの沖合に浮かんでいる船のほとんどは張りぼてだ。実際にまともに戦える船は半分以下だろう。その程度なら、わが艦隊でどうとでもなるはずだ」

 

「なっ・・・」

 

皇国に蔓延る楽観的風潮を甘く見ていた。たしかにそう考えれば、大したことはない。

だが、仮にそうだったとしても、そのことを確認するための調査をしないままというのは、あまりに危険すぎる。

 

「では私はこれで失礼するぞ」

 

後に一人残され、カイオスは暫くただ茫然としていた。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「随分早かったですね」

 

もっとも、相手の顔色からなぜこんなに早かったかは察している。

 

「ええ・・・

 

結論から申し上げます。我が国は貴国への使節団の派遣を、行わないことに決定いたしました」

 

「やはりですか・・・願わくば貴官がほかの外交担当役と交代しないことを願います。」

 

「どうでしょうか、それはわかりません・・・」

 

「さて、では第一回の交渉はこれで終了ということになりますね。」

 

「甚だ不本意ながらその通りです。」

 

そう。使節団が派遣されないということは、相手はこちらと交渉する意思がないということ。

ふつうは引き下がるほかはないのだが、今回はわざわざ艦隊を持ち込んでいるのである。力づくでも何らかの成果を上げねばならない。

 

「では、最後に少しだけ。

 

この付近に、大砲の着弾実験場として適当な場所はありますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

カイオスはいよいよ危惧していた事態が迫りつつあると思った。

 

まさかあの皇国最強論者たちが、文明圏外国に兵器性能実験場をわざわざ提供するとも思えない。

だが、提供できなければ最悪国が亡ぶ。

 

「我が方の船の実力を示せば、強硬派も納得するのではないでしょうか?

 

もっとも、提供が得られなかった場合、こちらの方で()()()()()を選ばせていただく可能性もございますのでくれぐれもご留意ください。」

 

(なんだと・・・)

 

自分の双肩に、この街、この国の存亡がかかっている。

今すぐにでも意識を手放したくなったが、それは許されない。

 

「・・・わかりました。善処します」

 

「賢明な判断を期待します。」

 

重い足取りで、席を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが──

 

 

「戦争が始まった?冗談じゃないぞ」

 

 

皇国の運命は、結果的には首の皮一枚でつながった。

 

 

『叭国派遣艦隊はただちにマイ・ハーク港へ急行せよ』

 

 

戦乱多きこの世界の(ことわり)に、日米は初めて巻き込まれることになる────

 

 

*1
クワ・トイネ最高峰、すなわち日本における新高山に相当




第一の関門。どうやって砲艦外交をしたうえでパーパルディアと戦争ができるようにするか。

A.上層部をとことん阿呆にすればいい

原作再現したかったとはいえ、今にして思えばチョット無理があった気もする。

一話にまとめたらあわや一万字。だいぶ難産でした。

そしてやっと次回から戦争だぁ・・・長い。



次回:第一章開幕
『開戦』



──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第一章 盧宇利亜事変
第七話 開戦


次回から戦争とは言ったが次回から戦闘とは言っていない()

本シリーズにおける日本陸軍の初登場。



時間は遡り、1639年3月29日。

ロウリア王国の王都ジン・ハーク、その中心に位置するハーク城にて、御前会議が開かれていた。

 

 

「ロウリア陛下、手筈は整いました。」

 

「将軍パタジンよ。二国を同時に敵に回して、勝てるか?」

 

「は。確かに二国ではありますが、一国は農民が集まっただけの貧弱国家、もう一国に至ってはただの不毛な大地です。負けるはずがございません。」

 

自信たっぷりに答えるパタジン防衛騎士団将軍。

 

「となるともっとも気になるのは、去年に接触してきた日本とアメリカとやらいう国だな。

アクロー宰相、何か情報はないのか?」

 

日本とアメリカは、接触こそ行ったものの、クワ・トイネと国交を結んでいることから潜在的敵性国家と見做され門前払いを受けていた。

 

「日本はクワ・トイネから北東約1500kmほどの場所にある新興国家です。商人たちの話によれば少々高い技術力を有するようですが、新興国家であることと距離が遠いことからしても大勢に影響はないでしょう。

アメリカに至ってはもはや位置すら判然としません。一説によれば10,000km離れているとのことですが・・・それならばますます影響があるとは思えません。

しかも彼らは、我々のワイバーンを見て初めて見たと言っていました。竜騎士の存在しない蛮族の国である可能性が高いです。

すなわち、この2国の存在はとくに気に留めるべきものではないといえます。」

 

ワイバーンの航空支援が受けられない軍隊は、総じて貧弱である。

対空バリスタでさえ命中率は2%に満たないのだ。陸上からのみではワイバーンの跳梁を止められず、なすすべなく崩壊する。

 

「そうか・・・。

我が計画を邪魔するものは誰もいない。ついにロウリアの悲願が叶うと思うと、私は本当に嬉しいぞ」

 

ロウリア王国は、もともとこの地の支配者だったエルフ族やドワーフ族などの亜人を排斥し、人間が中心の国家を作り上げたという歴史がある。そのため亜人の国たる隣国クワ・トイネ、クイラの併合は、先祖代々からの悲願だった。

しかもハーク・ロウリア34世の親たるハーク・ロウリア33世は、クワ・トイネとの戦争で命を落としたのだ。その仇討ちという意味もあった。

 

「大王様。統一が成った暁には、あの約束もお忘れなきよう・・・クックック・・」

 

真っ黒なローブを身にまとった男が、気味の悪い声で大王に囁く。

 

「わかっておるわ!!!」

 

思わず怒気をはらんだ声で言い返す。

 

(文明圏外の蛮地だと馬鹿にしおって・・・!クワの連中を下したら、次はフィルアデス大陸に攻め込んでやるぞ・・)

 

「将軍、作戦の概要を説明せよ」

 

「は。今作戦に用いる兵力は総勢50万、うち侵攻に用いるのは40万で、残りは防衛用となります。

まず、クワ・トイネとの国境からほど近いギムを強襲、これを占領します。なお兵站についてですが、かの国は家畜ですらうまい飯が食えるほど畑ばかりですので、数十万の大軍であっても現地調達で賄うことは十分可能でしょう。

ギム制圧後は、首都クワ・トイネとの間を阻む城塞都市エジェイを10万の兵を以て包囲します。奴らの駐屯兵力は3万、包囲を打破する術なく、飢餓地獄か降伏かの2択を迫られることでしょう。

あとの兵は首都クワ・トイネまで一気に侵攻し、物量を以て制圧します。少ない総兵力5万のうち3万をエジェイに配備していることからわかるように、彼らはエジェイの防備に固執するあまり首都のほうが脆弱になっています。我が国の(パ皇から輸入した)優れた攻城兵器をもってすればひとたまりもありません。

航空兵力については我が国の竜騎士で数的にも対応可能です。

 

陸からの侵攻と並行して、海からは4000隻の大艦隊でマイハークへ上陸しこれを制圧、経済都市も抑えればもはや奴らに抵抗する術はありません。

 

クイラ王国については、クワ・トイネを落とせば一瞬で干上がるので問題外です。

 

クワ・トイネの戦力は、先程も言いましたが5万人。即応兵力は1万にも満たないでしょう。小賢しい作戦も、この圧倒的兵力を以てすれば無意味と化します。」

 

「戦いは数、とはよく言ったものだな。しかし、本当によく練り込まれた作戦だ。こんなことを言ってはなんだが、クワ・トイネがどうすればこれを食い止められるのか、全く思いつかない。」

 

「有り難きお言葉にございます。しかしこれも、王が6年間もの間苦心して整えた兵力のお蔭です。ついにその努力が実を結ぶのです。」

 

そう。今回ここまでの兵力を用意出来たのは、王が国民に協力を乞い、重い税を課し、挙句パ皇からの屈辱的要求を呑んでまでして協力を得るという、正しく国家を賭けた準備の賜物なのだ。

それがついに、ついに実を結ぶ。

 

「そうか・・・フフフ・・・ははははは・・・・!!」

 

側近達は一瞬驚くが、なんのことは無い。ついに悲願が叶うことを、心の底から喜んでいるのだ。

 

「今宵は我が人生で最高のひとときだ!

余は、クワ・トイネ、クイラとの戦争を許可する!

開戦は2週間後だ!各員一層奮励努力せよ!」

 

うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ─────!!!

 

王城は喧噪に包まれた。

 

 

 

──────────────────────

 

「───と、言うわけで、現在我が国はロウリア王国の侵攻を受ける可能性が高い状態となっています」

 

「・・・・・・なんと・・・・・・」

 

知らせを受けたクワ・トイネ対応部署の伽内は絶句した。

今や日本経済にとって、クワ・トイネとクイラ両国の存在はなくてはならないものとなっている。米国に旨みを大幅に取られてもなお、支那事変始まって以来不安定だった景気を回復させたこの国の存在は、あまりにも大きかった。

言ってしまえば、中国のようなものだ。まあ流石に4億の巨大市場には及ばないが、反発運動などは一切なくそれどころか技術格差がありすぎて(少なくとも製品については)有り難がられる始末。

政治体制がしっかりしているから治安も悪くない。さらにクイラ王国には恐ろしいほどの資源が眠っていた。

 

今こうして衝突寸前だった日米関係が正常に戻りつつあるのも、言ってしまえばロデニウスというパイの分割によるものである。当然そのパイをさらに大きくするべくロウリア王国の取り込みも画策されたが、門前払いを受けた上に治安もあまりよろしくないとの情報を受けたため日米どちらも躊躇していた。

 

そんな時に降って湧いたこの事態。ロウリア王国を合法的(?)に植民地化するには絶好の機会と言える。

しかし如何せん───唐突すぎた。

 

「取り敢えずこの件は急いで本国に伝達し、迅速な対応を求めることとしますが・・・・・・

開戦の時期はいつになりますか?最後通牒の内容は、どう言ったものでしょうか」

 

言ってから、しまったと思った。

 

「最後通牒・・・?」

 

中世の国家間のやり取りに、条約などというものは存在しない。失念していた。

 

「なんでもございません。侵攻の時期は予測がついているのですか?」

 

「今はまだ侵攻される状態にはない、と言えます。敵は現在、兵士を集結させようとしている段階だからです。

ですがおそらくそれは1週間と経たず終わるでしょう。その後は、いつ侵攻されてもおかしくありません。」

 

「なるほど・・・」

 

これは、よほど急かさないと初動に間に合わない可能性がある。外務省独自の避難令の発令も視野にいれるべきか・・・

ついに来る、日米にとって異世界初の戦争に向けて、伽内は思考を回転させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

南国の生ぬるい風が荷台を吹き抜ける。

それだけでも、この微妙な熱気が漂う中の行軍にとってはありがたい。

 

「やっと見えてきた・・・」

 

声がした。振り向くと、地平線上にうっすら市街の影がある。たちまち兵たちから安堵のため息が漏れた。

遙河大尉もそれに倣ったが、内心ではあまり良い気分では無い。こんな状態でギムにたどり着いても、まともな戦闘ができるのだろうか。

 

 

今回の事態においては、ロデニウスに駐留する第二十五軍隷下の第十八師団麾下、歩兵第三十五旅団(第一二四連隊、第一一四連隊)を川口支隊として派遣することになった。

 

だがどうにも、軍にしては動きが早いような気がしていた。

 

外務省から直接伝達がなされたのが四日前のことだ。師団長の牟田口中将は大本営命令があったといっていたが、東京がそんなに早く決断するとは思えない。クワ・トイネとの間で防衛協定が結ばれているとはいえ、相手は中世国家。普通なら戦力の出し惜しみをしそうなものだ。

第五師団の辻中佐が関わっているという噂を聞いたこともあるが・・・真偽は定かでない。

 

ともかく、急に決まったものだから完全に準備不足なのだ。陣地構築のための機材も十分とは言い難い。

 

「移動するまではいいかもしれんが、そのあとが大変だ。後続の本隊が間に合わなかったら先遣隊たる我々だけで戦闘しなければいけなくなるかもしれんのだぞ」

 

「銃を持っていない中世の軍隊など鎧袖一触ですよ。といっても弾数は限られていますから、弓兵を優先的に狙って、弾がなくなったら銃剣で戦うしかありませんが、槍兵に気を付ければ十分戦えるでしょう。どうしても敵の数が多いなら遅滞戦術で本隊の到着を待つしかないでしょうが・・・」

 

「まあ、そこは神頼みだな。敵さんの侵攻開始が遅いことを祈ろう。」

 

だがこの会話で、前々からの作戦に気を遣う雰囲気づくりがある程度うまくいっていることを確認する。今度こそ、少しだけだが安堵できた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

「明日だ。明日、ギムを落とすぞ」

 

東方征伐軍先遣隊3万の指揮を執るパンドール将軍はそう言葉を発した。

 

先遣隊3万の内訳は、歩兵2万、重装歩兵5000、騎兵2000、特化兵(攻城兵器等、特殊任務に特化した兵)が1500、遊撃兵1000、魔獣使い250、魔導師100、そして竜騎士150である。

 

恐ろしいまでの()()()()であった。情報によれば高々3500程度のギム駐留軍に対して驚くまでに圧倒している、というだけではない。

ロウリア王国の国力から考えたら、先遣隊にここまでの戦力を割くことは不可能なはずなのだ。パーパルディアの支援があったという噂もあるがさておき、何らかのからくりがあるのは間違いないだろう。

何れにしてもパンドールは、この圧倒的戦力に満足していた。自国の圧倒的優位のもとで行われる戦争ほど素晴らしいものはない。

 

「ギムでの戦利品は如何致しましょうか?」

 

副将のアデムに話しかけられる。

 

───質問の形をとってはいるが、これは実質的な要求だった。彼は王国一の残虐さを持つとも言われており、占領地での横暴は敵どころか味方も震え上がらせるほどだという。

今回も、占領したギムで残虐の限りをつくすのだろう。しかも彼は魔獣使いであるから、彼の行動を制限するようなことを言えば命が危ない。

 

「副将アデム、君に任せよう。」

 

「かしこまりました」

 

すると彼は振り返り、部下に命じた。

 

「全軍に知らせよ。ギムでは、略奪を咎めない、好きにしていい。ただし、女は嬲ってもいいが、使い終わったらすべて処分するように。一人も生きて町を出すな。」

 

「・・・はっ!」

 

残虐とはいえ、兵にとってはなかなか面白い通達だ。亜人に慈悲などいらない。そう考えればこの命令は、そこまで非道なものとも思えなかった。

 

だが。

 

アデムの次の言葉で、部下の考えは吹っ飛ばされた。

 

「いや・・・・・・待て。

嬲ってもいいが、100人ばかり生かして解き放て。恐怖を伝染させるのだ。それと・・敵騎士団の家族がギムにいた場合は、なるべく残虐に処分すること」

 

「は・・・はっ!」

 

恐ろしい命令だ。この副将、少なくともその心は人間のものではない。

そう思いながら天幕を飛び出し、命令を忠実に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、4月12日。

 

ロウリア王国東方征伐軍3万が(とき)の声を上げ、堰を切ったようにギムへ雪崩れ込む。

 

ちょうどそのとき、川口支隊はその機材を移転し終わり、ようやく陣地構築に取り掛かろうとしていた。

 

異世界での日本軍の初陣は、少々不利な状況で幕を開けることになる。




後半の師団連隊云々は超☆付け焼き刃なのでたぶんガバガバ。ちなみに戦闘シーンはもっとガバガバだと思う。指摘等よろしくお願いします。


この男、矢張り我意強く、小才に長じ、所謂こすき男にして、国家の大をなすに足らざる小人なり。使用上注意すべき男也

-第二十五軍司令官・山下奉文中将の日記より-



次回:異世界初の戦闘
『ギム攻防戦』



──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第八話  ギム攻防戦

UA1万突破!
拙作をご愛読頂きありがとうございます。

川口支隊の運命やいかに!


クワトイネ公国西部方面騎士団長モイジは、街にやってきた異国の軍隊に頼もしさとともに少々の不安を感じていた。

 

西部方面隊の兵力は歩兵2500、弓兵200、重装歩兵500、騎兵200、軽騎兵100、飛竜24、魔導師30。クワ・トイネの総兵力から考えるとかなりの戦力だが、国境部に張り付いている敵兵は数万。どう考えても勝てない。

 

絶望していたところに突如現れたのが、最近噂の国、日本の兵士たちだった。

 

彼らの兵力は3500程度と我々と同じような数だが、その兵器は我々と比べ圧倒的に優れていた。

弓よりも殺傷力の高い弾丸を、弓よりも短いスパンで撃ち出すことができる"銃"という兵器。これがあればロウリアの一般兵なら瞬殺だろう。その気になればワイバーンも撃ち落とせるかもしれない。

 

まあ、急な派遣ということで余剰はなく、わが軍は装備できないとのことだったが・・・。ともかく、頼もしいことは事実だろう。

 

だがやはり不安は残る。日本の兵隊が持っていたのは陸軍戦力のみ、画期的な空軍戦力として噂になっている鉄竜がいないのだ。

 

日本軍の部隊長にもその点を問うたところ、航空戦力参加の確約は出来ないが努力するという微妙な回答だった。我々のワイバーンは数で相手に大幅に劣る。鉄竜が参加できないのならせめて、竜騎士に銃を配ってくれれば強力な対抗策となりうるのだが・・・

 

もはや敵は集結を終え、明日にも侵攻してくる可能性がある。何度も魔信による交信を試みているが悉く無視されていた。もし敵が攻めてきたとして、果たしてこの街を守りきることはできるのだろうか・・・

一抹の不安を抱えつつ、4月11日の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

突如としてギムの西側、国境付近で赤い狼煙が上がった。

事前の通達からすると、ロウリア軍が侵攻してきた、ということになる・・・

 

「嘘だろ・・・?!

まだほかの中隊は、陣地構築も終わっていないんだぞ!」

 

そう。遙河大尉率いる中隊は先遣隊として来ていたから何とか急造の壕は完成しているが、一二四連隊の他の中隊はそれすらも完成していない。

 

「攻めてきたからには迎え撃つしかないでしょう!」

 

本部勤務の中尉にそう返される。尤もだ。

 

「わかっとる!各員持ち場に着くんだ、急げ!

我が中隊は総力を以て防衛にあたる!敵襲に備え警戒を厳にせよ!」

 

その言葉で天幕から幾人かが飛び出し陣地のほうに向かう。もはや誰もゆっくりしている暇などない。

 

「斥候を出すぞ。分隊ひとつを敵方に向かわせろ。会敵する可能性も高いだろうから軽機もちゃんと持って行くように」

 

「了解しました。」

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

点在する茂みに身を隠すようにしながら、敵の方へと歩を進める。

軽機関銃を持ち運んでの分隊単位での行動はそもそもが隠密性に欠けるとはいえ、迂闊に発見され運悪く敵の大軍に囲まれて銃を鹵獲されれば非常にまずい。気をつけておいて損は無いのだ。

 

「なんだありゃ?鳥にしては妙な気がするが・・・」

 

1人の兵の声を聞き、田潟曹長は空を見回した。

敵方面の空に、黒い点が多数見える。

よく見てみるとたしかに、鳥とは少し違うような気もするが・・・

 

やがてその点が近づいてくるにつれて、疑問は驚愕に変わった。

 

「もしかしてだが、盧軍の竜騎兵じゃないか?!」

 

敵は物量に長けると知らされてはいたがここまでとは。

東方から近づいてきている、おそらくクワ・トイネ軍の竜騎士であろうそれとはあまりにも数の差がありすぎる。

 

「まずいですな・・・このままいけばクワ・トイネの竜騎士は全滅するかもしれませんよ」

 

嘆かわしいことにそれは数分後真実となった。ロ軍竜騎兵は密集体系をとって火炎弾の弾幕を作り、狙われたクワ軍竜騎兵は火だるまになる。外れ弾は下の草原へ着弾し燃え上がった。

上空から現れたクワ・トイネの別働隊も、本隊が全滅したのを見て怖気付いたのか一斉に反転し逃げ去っていく。

 

・・・これはまずい。対地支援火力でいえば我が軍の九九式襲撃機に匹敵する可能性がある。

 

「総員傾注。機銃班は敵竜騎士の接近を確認した場合狙いを定め発砲、最低でも威嚇となりうるようにせよ。鷹美・佐河両名は中隊本部に戻り、敵竜騎士の攻撃に備え散開し機銃の射撃用意を行うよう具申してくれ。うちの中タ*1なら聞き入れてくれるはずだ」

 

「了解!」

 

ついに本格的な戦闘が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

飛竜第一次攻撃隊指揮官のアルデバランは非常に気分がよかった。

敵飛竜12騎を完全に殲滅し、上空から攻撃しようとしてきたもう12騎は逃がしたもののこの圧倒的な数に怯えて逃げたのだとしたらもはや脅威とはならないだろう。

 

「地上部隊の支援を行う。全騎、敵部隊に対して導力火炎弾による攻撃を仕掛けよ。」

 

魔信での命令に応じ、次々と猛禽が降下していく。これで敵守備隊は壊滅し、あっさりギムを占領できるだろう───そう思った矢先。

 

『緊急!敵地上部隊から強力な魔法攻撃を受けている!すでに一騎がやられた!黒い杖を持った魔導士が────』

 

信じられない内容の魔信が送られてきた、しかもその魔信も途中で途切れている。

 

「いったい何が起こっているんだ!」

 

だが、叫んでも何も変わらない。すぐさま攻撃隊全騎へ魔信を飛ばした。

 

「『敵地上部隊は強力な魔導攻撃を行う黒い杖を持った魔導士を随伴している模様、注意せよ。なおその攻撃を受けたものはその詳細をこちらに報告せよ。魔導士に攻撃を加える際は必ず他の騎と合同して空間制圧射撃を行え』」

 

そしてすぐさま地上付近に目をやる。

一か所で竜騎士が落ちていくのが見えたが・・・敵の詳細を把握するにはもう少し降下する必要がありそうだ。情報が入るのを待つよりない。

 

少しすると敵魔導士は数人で一つの杖を使い攻撃している、これより空間制圧射撃を行うとの魔信が入った。複数人で攻撃しているということは魔力消費量も激しいだろうし魔術等級も高いのだろう、潰せば終わりだ。そう思った。

 

制圧射撃のために集合した10騎ほどの竜騎士たちが、まるで櫛の歯が欠けるように脱落していった。

数騎は射撃に成功したようだが・・・少し待ってみても、敵魔導士殲滅の報は入らなかった。

 

『新たな敵魔導兵器を確認!・・・・・・なんだと、さらにもう一つあるぞ!?』

 

その代わりに聞こえてきたのは絶望させるような報告だった。

 

(敵があの兵器を大量に持つとすれば・・・我が精鋭ワイバーン隊も大被害を免れない。退却も検討すべきか・・・)

 

『敵魔導士部隊一つの殲滅を確認!敵は高空からの攻撃に弱い模様!』

 

だが、まだ天は我を見放してはいないようだ。それに背後には、ギムに攻め入らんとする3万の兵がいるのだ。ここで退くわけにはいかない。

 

「『全騎に告ぐ!

状況は少々厳しいが、我々の後ろには3万の兵がいるのだ!そのことを忘れるな!各騎の務めを最期まで全うせよ!』」

 

ギムをめぐる熾烈な戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

──────────────────────

 

遙河大尉は、急造の壕内に移された中隊本部にて軽い溜息をついた。

状況は深刻だった。軽機による迎撃ということ自体は上手くいったものの、さすがに敵が多かった。意見具申に基づいて散開したものの1個分隊は殲滅され、中隊本部の天幕も焼かれてしまった。幸いにも人的損失は出なかったが各種書類の持ち出しが未了だったのは悔やまれる。

他の部隊も似たような状況だった。陣地構築にほとんど着手していなかった中隊などでは中隊本部が襲われて中隊長が戦死する事例もあったようだ。

しかもまだ敵竜騎兵は、3分の2程度残っている。

 

「こんな状態で(いたずら)に軽機の弾薬を消費し続けたらまずいことになる・・・・・・

いざ敵主力が出てきた時に小銃弾しかないでは話にならん。」

 

噂をすればなんとやら、臨時本部に勢いよく人が入ってきた。

 

「最前線に展開する分隊より報告!敵歩兵と交戦状態に入ったとのこと!」

 

「敵兵の詳細は!間違っても銃を持った奴なんておらんだろうな!?」

 

「さすがに銃は持っていませんが数が多すぎるようです!

軽機の掃射で応戦していますが弾が切れれば突破されるとのこと!」

 

「小銃では対処しきれないということか・・・!

分隊が所属する小隊から機銃班を引き抜いて向かわせろ!応じきれない場合は撤退も許可する!

こちらからは大隊本部に支援を要請しておく!」

 

素早く指示を飛ばす。このままでは敵の陸空共同戦術によってじり貧になってしまう・・・

 

「まったく、航空支援はいつになったら来るんだ!」

 

悪態をつきつつ、本部付きの中尉に大隊本部への連絡を命じた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

「後生の頼みだ!竜騎兵に持たせるための十二個だけでいい!銃を貸してくれないか!」

 

モイジは焦っていた。敵ワイバーンの跳梁はとどまるところを知らず、連射可能な銃をもって応戦している日本軍でさえ少なくない損害を出していた。まして対空攻撃手段と言えば風魔法の付与された大弓10発(命中率も低い)しか持たないクワ・トイネ軍は多大な打撃を受けていた。日本軍がいなかったらすでに壊滅していたことだろう。

とにかくこの状況を打破するにはこちらも航空戦力を出して戦うよりなかった。

 

「・・・わかった。銃の使い方を教える人員を小銃12丁とともに送る。可及的速やかに使い方を把握していただきたい。

ただし条件はある。我々もこの後ダイタル平原の航空部隊に支援を要請する。彼らがやってきたら、誤射を防ぐために竜騎兵隊は退いていただきたい」

 

「ありがたい!その条件は当然受け入れよう!」

 

ここに、戦局は回転しようとしていた。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「なぜ突破できないのです!!!」

 

アデムは、酷い焦りを感じていた。

圧倒的な兵力差をもってすぐさまギムを落とし、()()()にありつける・・・そう思っていた。

だが実際にはどうだろう。ワイバーンの対地支援は謎の攻撃により徹底されず、突撃した歩兵部隊も謎の魔導攻撃にやられている。

 

クワ・トイネの蛮族どもがこんな魔導攻撃を行えるはずがない。現に、見慣れないマークをつけた兵士がいるとの報告が入っている。

 

「報告します!我が兵の損害、2000を超えました!

敵の魔導攻撃は熾烈を極めています!」

 

「畜生め!!

もう見過ごしてられん。攻城兵は敵の陣地に射撃を開始せよ!

魔獣使いもだ!敵の陣地へ魔獣を向かわせ、突破口を作るのだ!!それに呼応して魔導士も攻撃を開始せよ!!」

 

パンドール将軍が命令を下す。

いくら敵が強力な魔導攻撃を行えるとはいえ、威力には限界がある。我が百足蛇も攻撃に参加させ、総攻撃すればさすがに崩壊するだろう・・・。

 

「敵ワイバーンが出現!敵歩兵が持っていた杖と同じようなものを持ち魔法攻撃を行っているとのこと!」

 

「なんだと!

アルデバランに命じろ、全騎を以て迎撃しろと!」

 

だが・・・・・・戦況は徐々に徐々に、クワ・日連合軍へと傾き始めていた。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

「小銃弾が効きません!どうすれば!」

 

田潟曹長は絶望を感じた。すでに軽機の弾は尽きている。敵歩兵の大量突撃を凌いだと思ったとたんにこれだ。謎の生物、おそらく敵の兵器であろうそれは銃弾をはじく上に機動力も我が方より少し上だ。

撤退しながら小銃による撃退を試みるが敵は一向に追撃を断念しない。

もはやこれまでか──────そう思った直後。

 

明らかに鳥のそれとは違う、大きな鳴き声が響いた。

 

「識別章を確認!クワ・トイネの竜騎兵です!」

 

十数秒ののち、竜騎兵は敵生物に射撃を開始した。致命傷とはなっていないものの、確実に行き足は衰えている。

 

「総員射撃せよ!」

 

すかさず小銃弾で追い討ちをかける。さらに竜騎兵が次弾を発射し、謎の生物の動きは目に見えて遅くなった。

さらに竜騎士が小銃射撃を実施、これによって敵はほぼ無力化された。

 

「旅団長が武器の貸与を許可したのか・・・?

ともかく、我々は救われたのだ。敬礼!」

 

兵が一斉に竜騎士のほうを向き敬礼する。相手はそれに、旋回し手を振ることで応えた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

日本軍の兵士を助けることに成功しほっとする。

彼らの攻撃が、我々の生命線なのだ。

 

ダイタル平原までの約100kmはワイバーンなら40分、鉄竜はワイバーンの2倍の速さだから20分。それに要請が容れられるまでの時間を加味して50分程度。支援が要請されたのが15分前だから残り35分間、それまで耐えればこちらの勝ちだ。

 

相変わらず敵騎は多いが、後ろにつかれても攻撃ができるのは大きい。敵の動きが目に見えて消極化しているのがわかる。軍には、金がかかる鉄竜の導入よりも、竜騎士への銃の配備をやってもらいたいものだ。

 

「・・・・・・あと1/4か」

 

だが携行していた弾が尽きかけている。もう少し残弾数に気を遣っておくべきだったか。戦闘は可能だが堕とされる可能性が高まったと言えよう・・・

 

「それがどうした!」

 

だが、もはやその程度で気は揺らがなかった。すでにこちらの攻撃で敵の士気はかなり下がっており、一方こちらは援軍が来るという安心感や地上での日本軍の活躍から士気は高い。

 

もはや敵が勝るのは数のみになっていた。このことが、ギムにおけるロウリア軍の敗退を決定づけた。

 

 

 

クワ・トイネの竜騎兵は四倍の敵を相手に、6騎という大きな損害を出しながらも40分間戦い抜いたのである。

その間にも日本軍は断続的な三万の軍勢の攻撃を迎撃し続け、ロウリア軍先遣隊の損害は6000に達しようとしていた。

 

 

 

 

そんな時に響いた鉄の猛禽の咆哮は、一方にとっては勝利の女神の喊声であり、もう一方にとっては命を刈り取る死神の呼び声であった。

 

 

 

 

──────────────────────

 

前方の飛竜に1連射を叩き込む。これで撃墜数は3になった。

久喜山曹長の操る九九式襲撃機は、両翼に7.7(ミリ)機銃を装備している。装甲車輛を撃破するには威力不足だが、携行弾数が多いため歩兵への攻撃に適している。装甲車輛に対する攻撃は別に搭載した爆弾を使えば、"襲撃機(シュトゥルモヴィーク)"としては十分に活用出来る。

 

・・・のだが、今回は敵航空戦力がいるところに突入するためまず複座戦闘機として活動することになった。そうなると7.7粍2丁では多少威力不足の感がある。こういう任務は戦闘機がやるべきだと思うが生憎とダイタル飛行場に展開しているはずの戦闘機隊は機種交換のため内地に引き上げている。

 

「3時方向より敵1騎接近中・・・

・・・失礼しました、クワ・トイネ騎1騎接近中」

 

「誤射してもまずいからいったん引いてもらいたいところなんだが・・・仕方ない、識別章の確認を忘れるなよ」

 

「了解です。ただ、ギム方向に向かっていることからして退却中の可能性も高いです」

 

ふと周囲を見ると、宙を舞うワイバーンはすでに20騎ほどになっていた。早いこと殲滅して地上部隊の支援に当たらなければならない・・・そう思い、気を引き締める。

 

無謀にも近づいてきた敵に、またしても1連射を叩き込んだ。

────飛び散る血飛沫から、目を背けながら。

 

 

 

 

──────────────────────

 

日本軍航空部隊の参戦によって、もはやロウリア軍先遣隊の敗北は決定づけられた。

 

パンドール将軍はその情報を聞いて、それまで温存していたワイバーン75騎を慌てて出撃させたが、もはや手遅れだった。

 

いくら100騎ほどが空にそろったとしても、日本陸軍の一個飛行中隊に抗えるほどの力はなかった。

そもそも地上からの攻撃を受けることが前提となっている襲撃機は防弾性能も高く、導力火炎弾は貫通するどころか凹みをつけることすら出来なかったのだ。

これによって、空は日本軍の独壇場と化した。敵の攻撃が無効であると気づくや否や、他の機に制空任務を任せて対地攻撃を行う機もあった。

さらに地上部隊もこれに呼応して積極的な攻撃を仕掛け、ロウリア軍の被害はついに9000を超えた。

 

そして、日本軍機の参戦から30分がたったころ、辛うじて生き残ったワイバーン40騎を足止め役として、ロウリア軍先遣隊2万が撤退を開始した。

 

だがこれをみすみす見逃す日本軍ではなかった。ロ軍竜騎兵は決死の覚悟で日本機の跳梁を止めにかかっていたが、導力火炎弾が貫通できない以上如何ともし難い。さらに2倍の速力差ということもあり、体当たり攻撃も容易く避けられてしまった。

そして竜騎兵の抵抗を突破した襲撃機中隊12機は、持っていた12kg爆弾を次々に投下。余っていた機銃弾で掃射も行い、その上に陸戦部隊からも歩兵砲の投射や軽機関銃による射撃を受け、ロ軍の士気は完全に崩壊した。

さらに進軍速度が遅くなったために日本軍の浸透を許し、撤退開始から1時間後には、ロ軍先遣隊には退路すら残されていなかった。

 

これを受けてクワ・トイネ軍は、日本軍の了承を得た上でロウリア軍*2に対し魔信で降伏を勧告した。

 

 

だが────

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「亜人に屈服するなど冗談じゃない!我々は最後の一兵まで戦い抜くのだ!!!」

 

司令部内は、副将アデム率いる徹底抗戦派と指揮官たるパンドール将軍中心の降伏派に二分されていた。

 

ここでアデムの発言力がものを言った。威勢がいいというだけでなく、王国一残酷な騎士という二つ名や、先の攻勢で半数は失われたものの魔獣を多数使役しているという事実から、徹底抗戦派が次第に優勢となっていったのだ。

 

結果として将軍パンドールも折れ、ロウリア軍先遣隊は悲劇の末路を辿ることになる。

 

 

 

 

 

 

『我々は決して、卑劣な亜人どもに屈服するなどという間違いは犯さない』

 

クワ・トイネ側はこの魔信を受け取ってすぐに日本軍へ内容を伝達し、再び総攻撃が開始された。

新たに加わった一個襲撃機中隊も手伝って熾烈な砲爆撃と機銃掃射が行われ、ロウリア軍がいた場所はまさしく死屍累々の様相を呈した。

 

司令部も航空攻撃によって破壊され、将軍パンドール・副将アデム以下の司令部要員は戦死。指揮系統を失ったロウリア軍では集団投降や無意味な突撃が相次ぎ、最終的には捕虜となった2000余名を除いてロウリア軍先遣隊は全滅した。

 

のちにこの戦いは捕虜によってロウリアにも伝えられ、「ギムの悲劇」として歴史書にその名を遺すことになったが、それはまた別の話。

*1
‘中隊長’の略

*2
この時既にその戦力は1万にまで低下していた




やっぱりいざ戦闘となると筆が乗りますね!たったの5日で描き上がりました!(白目)


・・・なおいつも通りガバ知識ガバ描写なので「ここがおかしい」など物申したい有識者の方は感想にて遠慮なくご指摘願います。



次回:『ロデニウス沖大海戦 前哨』



──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第九話  ロデニウス沖大海戦 前哨

独断によって戦闘が開始されたのですぐに次の戦いというわけにもいかんのです。
というわけでどちらかというと内政パート的な回になります。

あとちなみに言っておくとロウリアもこの敗戦から何も学ばないほど馬鹿ではありません。そういうのはパ皇で間に合ってますからね。



成功裏に終わったギムでの戦いだが、当然の如くそこには複数の問題があった。

 

その最たるものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、誰がどうみても既視感しかない事実であった。

 

 

 

確かに、今回の事態について日米双方の政府内で重視するものは少なく、それ故に議論が遅延し、ようやく両国が武力介入の正式決定をしたのは戦闘が始まる数時間前となってしまった。

 

事態をそれなりに重視していたものであっても、よもやロウリア王国があれほどの大戦力を以て攻めてくるなどと考えているはずもなく、またワイバーンという航空戦力の強力さを軽視していた。

なるほど結果的に、辻中佐の行動がなければギムは陥落し、かなりよろしくないことになっていたのは事実。

 

 

 

だが、()()()であるこれに、アメリカが少々不安を抱くのは致し方のないことだった。

 

アメリカ合衆国はギム攻防戦終了から少しして会見を開き、ハル国務長官は「ギムにおける日本軍の活躍に敬意を表する」と前置きしつつ、「しかし我が国は、今回の日本軍の10年前を彷彿とさせる行動に少しばかりの懸念を抱かざるをえない」と発言する。

 

同じようなことが起こった10年前には、いくら外国にせっつかれても日本政府に軍の暴走を止める力など存在しておらず*1、幣原外交と日本の国際的信用を犠牲にして関東軍は満州を占領するに至った。

 

 

しかし。今は1931年ではないし、ここは地球ではない。流石に今回は、何もしないというわけにはいかなかった。

天命である以上、アメリカとの関係を不用意に悪化させるのは不味い。

 

困ったのは帝国陸軍である。もともと陸軍では、結果が伴えば独断専行は許される──言い換えると、責任を後回しにして勝手な行動をとってもいいという風潮があった。

その最たる例が、今回ハル長官が引き合いに出した満州事変である。つまりアメリカの要望を馬鹿正直に受け止めれば、陸軍の体質を根本から改めろということになりかねない。流石にそんなことを唐突に行うのは不可能だった。

実際のところ、今回の行動では「ギム防衛」という大きな戦果がある。しかも満州のような侵略行動ではなく、明らかな自衛行動。

どうしたものかと、参謀本部で議論が交わされた。

 

そこに、第25軍の山下奉文司令から名案が齎された。

曰く、今回のギム攻防戦において、川口支隊は相当の損害を蒙っている。よって損耗の補充が必要だが、アメリカの発言もあるからおいそれと内地に帰還させるのは難しい。

ならば、左遷という名目でもって満州に再配置し、そこで部隊の補充等を行うというようにすればどうか、と。

 

運がいいことに、昨年の日米不可侵条約の締結交渉においてアメリカ側がある程度の譲歩をしてくれたために、天皇が「覚悟して臨んでほしい」といっていた満州の割譲及び撤兵は避けられていた。

実際のところ満州への再配置は左遷でしかないのだが、いずれ主力に戻ってくるという点で司令官更迭などとは大きな差がある。

陸軍中央はこの案を迅速に実行に移すこととなった。

(なおその際、独断専行を行った辻政信中佐も満州の地へ送られることとなったが、これが山下中将の個人的な思惑かどうかについては定かでない。)

 

こうしてひとまず、ギム攻防戦の後処理は終了した。

 

 

 

──────────────────────

 

だが当然、後処理だけでは済まされない。既に戦争は始まっているのだ。

 

 

ギム攻防戦の翌日、日米はクワ・トイネとの外交官級での協議を行い、今のところクワ・トイネ軍が把握している情報を入手。その中にはロウリア王国の地理や軍の詳細情報も含まれており、それを基にして航空機を用いた攻撃計画を策定しにかかる。ただ両軍共に現有の航空戦力では難があったため、増派のため日米間での交渉が行われることになる。ロデニウス大陸駐留兵力2:1という約定はいまだ健在であったからだ。

 

さらにもうひとつ、重要な情報があった。

敵の防空網を紙一重で掻い潜った竜騎士からの報告により、ロウリア軍が総勢四千隻もの大艦隊を出港させたことが判明したのだ。

 

()()()である。ガレー船程度の木造帆船とはいえ、あまりにも数が多すぎる。また敵は航空戦力を伴ってくる可能性も高いと考えられた。

 

そこでまず日本軍は叭皇国派遣艦隊へマイハーク方面への回航を命令。またマイハークに駐留していた三駆・十九駆と重巡鳥海にクワ・トイネ公国海軍の観戦武官を載せて派遣艦隊と合同させることにする。

そして敵艦隊が確認されたとされる海域の周辺に重点的に航空哨戒線を張り、これを捕捉せんとしていた。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「いったいどうしろというんだ・・・」

 

王国防衛騎士団将軍のパタジンは途方に暮れていた。

 

 

今回の戦争において我が方に有利をもたらすのは、その圧倒的物量である。ギムにおいては3万対3000、エジェイにおいては10万対3万と常に数的優位の上で戦う作戦内容となっていた。

 

だが、昨日の戦闘によって事前の作戦計画は粉々に打ち砕かれた。

先遣隊3万の喪失というのは、あまりにも異例の事態である。

幸いだったのは、先遣隊司令部が優秀であったために戦況報告が随時届けられていたことか。「我らこれより敵に最後の突撃を実施せん」を最後に通信を途絶し、だからこそ起こったこと自体はほぼ正確に把握できていた。

 

()()()()()()()()()

 

先遣隊からの魔法通信の内容は、到底信じ難いものだった。

 

『敵魔導士の攻撃熾烈なり。我が軍の損害既に2000を越す』

『黒い杖から連続して強力な魔導を発射してくる。当たった者は良くても大怪我、悪ければ即死』

『敵魔導士の攻撃はワイバーンにも効果あり。また敵は竜騎兵にも杖を持たせて攻撃を行っている。』

 

これだけでも十分信じられない。クワ・トイネがそれほど高い魔導技術を持っているとは思えないからだ。

だが、その後に入ってきた魔信は司令部を震撼させるには十分すぎた。

 

『敵、飛行機械を使役せる模様。我が方奮戦するも敵を落とす手段を持ち得ず。被害甚大なり。

なお敵はムーにあらず、翼に赤丸が描かれている』

 

・・・王国上層部に、赤い丸に心当たりがないものはいなかった。どう考えても、数ヶ月前に接触してきたあの新興国家・・・日本である。

高い技術力があるとは聞いていたが、まさかムーに匹敵する力とは誰も思うまい。思っていたらこんな戦争は始めていなかった・・・

 

「新たな敵といったって、何も分からないんじゃ対策のたてようもない・・・」

 

本当に、いったいどうしろというのだ。敵を攻めようにも、ギムはおそらく防御を固められてしまっている。

賭けるとしたらマイハーク侵攻部隊にクワ・トイネまで一気に攻めあげてもらうぐらいだろうが、ひとつしか策がないのでは潰された時にどうしようもなくなる。

 

しかし陸上での侵攻ルートとなると、ギムを突破する以外の方法はなかった。ギムより北側は川に沿って切り立った崖が続いていて、唯一通ることが出来るロダン川河口も川を渡った先は無人の砂丘地帯となっており補給に難がある。一方南側は未開の山岳地帯となっておりこちらも突破は難しい。

 

「考えられる作戦としては・・・」

 

パタジンは脳を必死に働かせ、策を練る。

先程の作戦の失敗は何によるものか。その原因は取り除くことが可能なのか。ひとつひとつ考えていく。

 

 

何とかして作戦を考えついたその矢先、邸宅に人がやってきた。

 

「御前会議の臨時召集を伝えに参りました」

 

「わかった。すぐに向かう」

 

ちょうどいい時に召集がかかった。この作戦を王に伝えるいい機会だ・・・そう思い、急いで身支度を整え王城に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

ハーク・ロウリア34世は、重苦しい気分に苛まれながら御前会議の席につく。

 

「これより御前会議を開催する。」

 

簡潔に会議の始まりを宣言する。

 

「堅苦しい前口上は不要だ。状況報告を行ってくれ」

 

「はっ・・・

ギム先遣隊が壊滅したため、本隊には作戦の停止を通達してあります。新たな攻勢計画につきましては後ほど説明します。」

 

パタジン将軍が答える。ギム先遣隊の全滅は、あまりにも大きすぎるダメージだ。

 

「海軍卿代理のホエイル海将からは何かあるか」

 

「はっ。現在マイハーク侵攻部隊は、ワイバーン合計150騎による哨戒体制もあって敵に一切の攻撃を許していません。

ですが───敵ワイバーン1騎に運悪く哨戒騎交代の隙を突かれ接近を許しました。よって我が部隊は既に位置を暴露されている可能性が高いです」

 

「そうか・・・。

事前の予想通りならそれでも良かった。クワ・トイネに4000隻の侵攻を止める力はない。

だが状況が変わった。日本とやらの飛行機械がやってくる可能性がある。」

 

「陛下の言う通りだ。

だいたい外務局は何をやっていたのだ?ムー並みの技術を持った国家の存在をしっかり把握しようとせず、クワ・トイネと国交を結んでいるからと言って未知の国家を門前払いし、その結果がギムの大敗だ。

そもそもこの戦争自体、日本の存在を正しく理解していれば始めようとは思わなかった筈。こうなった責任は外務局の怠慢にあるのではないか?」

 

アクロー宰相が言葉厳しくクラーフ外務卿の責任を追及する。外務卿のほうを見ると・・・怒りで真っ赤になっていた。

 

「よくもそこまで堂々と言えたものだな。

確かに、我々が日本の外交官を門前払いし、それによって日本の情報が不足してしまったのは事実・・・。

だが、少し考えればわかるはずだ。既に長い戦争準備による国民の負担も相まって亜人討つべしの風潮が高まっていたあの頃に、クワ・トイネと国交を結び、クワ・トイネからやってきたような国と国交を結ぶことは、まったくもって困難がすぎる。

だいいち彼らは、クワ・トイネの馬車に乗ってやってきたのだ。少なくともあの時は、日本があのような技術を有する国家だと判断できる要素は非常に少なかった。

 

ここで私が問いたいのは諜報部の責任だ。日本の軍がクワ・トイネに駐留していることぐらい、いくら我が国の諜報網が貧弱だとはいえ把握出来たはずだ。なぜ兆候すらも把握できていないのだ?」

 

顔面が紅潮するほどの怒り具合にしては、なかなか冷静だ。だが普段温厚な彼が上官へ敬語を使わないというのは、余程怒っているということなのであろう。

 

「わが諜報部のクワ・トイネでの活動は、去年の12月頃から徐々に制約され始めていたのです。今となっては日本の介入が原因と考えられますが、当時は我が国の軍備の強化に危機感を抱いたクワ・トイネがやっと行動を起こした程度の認識で、現場でもさして問題とはされていなかったようです・・・」

 

「商人から情報を得ることすらもできなかったというのかね?そこまで我が諜報部は貧弱ではなかったと思うが」

 

アクロー宰相から追い打ちがかかる。さすがに諜報部長が可哀想になってくるが・・・

 

「・・・商人の伝聞というのは得てして誇大表現になりがちです。ですからその、与太話と思われるものは各自の判断で切り捨てたものかと・・・」

 

「ただでさえ入ってくる情報が少ないというのにそれをあえて少なくしてどうする!君たちはいったいどこまで無能なんだ!?」

 

 

「いい加減にせい貴様ら!!!!」

 

 

思わず一喝する。それによってそれまでまくし立てていたものたちはハッとなって押し黙り、会場は一瞬、静寂に包まれた。

 

「だいたい勝てるかどうかすら怪しい状況で責任の押しつけあいなどするでない!

過去のことより未来のことだ!今回の御前会議は状況報告と今後の戦争計画の検討が主であって、責任追及をする目的など一切ないのだぞ!」

 

「はっ!

・・・・・・申し訳ございませんでした!」

 

「分かったならばよい。そしてパタジン将軍、先程新たな攻勢計画があると言っていたが、その説明を頼めるか?」

 

「承知致しました、説明致します。

まず我が国が陸のみでクワ・トイネへ攻勢を仕掛ける場合、そのルートはギム経由に限定されます。そのためギムへどのようにして攻撃を仕掛けるかが重要になりますが、先の作戦では物量において圧倒的に優位だったがために兵に要らぬ負担をかけないよう正面から突破を試みたわけであります。

しかし我が軍の優位が揺らいでいる今、多少兵たちに負担を強いようとも、小細工が必要になります。

まずギムの正面へと部隊を張り付け、敵の注意を引き付けます。その間に、もう1つ部隊を動かし、敵に気づかれないよう山岳へ配置します。

そして正面の部隊がギムへ侵攻します。当然ここで突破しても構いませんがおそらく日本の兵もいることから難しいでしょう。

正面部隊は形勢が不利になり次第後退を開始します。前回のように行軍が遅れ包囲されるということはないようにしなければなりません。

敵が追撃を開始した時を好機と見て、山岳の部隊で側面を衝くのです。敵は混乱し戦力が低下するでしょうから、そこを一気に叩いて潰します。あとはギムに侵入するだけです」

 

「なるほど、奇襲戦法か。確かに日本がいる以上それが得策かもしれんな。

よし、ミミネル将軍の部隊に作戦を担当させ───」

 

その時、慌ただしく会議室のドアが開けられた。

 

「会議中誠に失礼します!!シャークン提督より魔信が入りました!」

 

「なっ!」

 

嫌な汗が流れるのを感じた。

 

『敵飛行機械と遭遇せり!連射攻撃を行ってくる。我が方竜騎兵と対空バリスタで応戦するも効果低し』

 

事態は風雲急を告げるようだ────

 

 

 

 

*1
本来的には、大元帥たる天皇の許可なしに越境行動するのは軍法会議にかけられ死刑にされても文句の言えないことだったのだが、国民の支持を得てしまった上に天皇の政治不干渉方針により特に問題とされなかった。




少々短いですが、これ以上書くと戦闘に入るので今回はここまで。


次回:『ロデニウス海演習作戦』


──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。




※2021/6/23 小規模改稿実施


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第一〇話 ロデニウス海演習作戦

ドイツ的作戦名。

ドイツかぶれなのは陸軍だろって?
こまけぇこたぁいいんだよ!!



 

「まるで蛆虫だ・・・」

 

茂中一飛曹は二式飛行艇の操縦員席から、水平線まで広がる景色を見てそう独りごちた。

 

見渡す限りの船、船、船。まさに海に(たか)る蛆の群れだ。

帆船だから良かったものの、これが現代艦艇だったらと思うと鳥肌が立つ。

 

「そう酷く例えてやるな。中世国家がここまでの船を用意できたこと自体奇跡みたいなもんじゃないか。

まったく、戦列艦だったら機銃弾だけで一網打尽なんだがなぁ。

1回の出撃で十隻ちょっとしか屠れないとなると困ったもんだ。」

 

宮間機長からそう返される。

 

「先着の連中は、上手いことやれてるんでしょうか」

 

「いくら鈍重な飛行機でも、トカゲには落とされんだろう。」

 

今回の航空攻撃は、日本軍では珍しい偵察爆撃作戦である。不可侵条約締結後、少しずつ行われている日米の技術交流の成果のひとつでもあった。

二式大艇や九八陸偵、さらには制式採用前の試験機まで、出撃できる機体を台湾などからかき集め、爆装可能なものは爆装させたうえで、偵察と爆撃を一挙に行うというのだ。

敵艦隊と接触した編隊はすぐさま位置を打電して爆撃を行い、他の編隊もそこへ集合して五月雨的に艦隊を攻撃する。

米軍にはこの任務専用の機体が存在するが、鈍重なワイバーン相手ならば機種は問題にならないとして、とりあえずなんでもいいから出撃することになった。

 

『後方より敵飛竜接近』

 

『了解、機銃射撃用意』

 

見張りの報告を受け機長が指示を飛ばす。敵の迎撃はあるものの、防御機銃で十分に対応出来ている。

ただ油断してはならない、機体の性質上、火炎弾に当たれば機内に漏れた気化ガソリンに引火する危険があった*1

 

『茂中、そろそろだ。高度一〇(ひとまる)まで下げろ』

 

『高度一〇、宜候(ようそろ)

 

『爆撃目標はどれにしますか?』

 

『なるべく大きい奴だ。旗艦的役割がある可能性が高いし、運が良ければ周りも巻き込める』

 

『了解しました』

 

爆撃手と機長の会話を聴き、自分も大物を探しにかかる。といっても探すだけだ。爆撃機・偵察機においては、操縦員に求められることは偵察員の指示通りに操縦を行うこと。

 

『針路(ふた)(はち)(まる)

 

『針路二八〇、宜候(よーそろー)

 

どうやら目標が定まったようだ。

 

『ちょい右・・・・・・針路そのまま』

 

『用意・・・・・・てぇっ!』

 

投下索を引く音がして、機体が少し軽くなる。

 

『命中!』

 

しばらくして、敵船撃沈の報が入る。

難易度としてはほとんど爆撃演習に近い。

あとはこれを繰り返していくだけだ。

 

 

 

 

──────────────────────

 

海将シャークンは、これまでに経験したことの無い攻撃を受けたとの報告に、純粋な恐怖を感じていた。

 

「海が・・・爆発した、だと?」

 

司令部から存在を通達されていた日本の飛行機械は、ワイバーンの迎撃をものともせず我が艦隊に攻撃を仕掛けてきていた。

 

初めのうちは連射型の小弾での攻撃だったため、被害もそこまで多くなかった。

だが、先程現れた一回り大きな飛行機械は・・・格が違った。

その腹が空いたと思うとそこから何かが飛び出し、海面に当たると爆発するのだ。

木造船からしたらひとたまりもない。たとえ直撃しなかったとしても、至近弾の衝撃でたちまち船体に穴があき、そこから浸水して沈没するに至る。

既に4隻が、この攻撃で海底へ引き摺り込まれていた。しかも敵は大きめの船を集中して狙っているようで、先程は第6艦隊の指揮艦が我が艦との通信中に攻撃を受けたため、攻撃の詳細が生々しく伝わってきた。

 

「まずいな・・・

通信長。」

 

「はっ。」

 

「全艦に伝達したまえ。『密集隊形を解き、ある程度散開せよ』」

 

「『密集隊形を解き、ある程度散開せよ』了解しました」

 

回避もままならず沈んではたまったものではない。それに密集していると数隻が一挙にやられる可能性もあった。

 

「提督。ここはワイバーン全騎をもって迎撃に当たることを具申します。」

 

作戦長の案を聞き・・・・ワイバーン全騎だと?

 

「なぜ全騎なんだ?120騎を喪失した本隊がそれを容れるとは思わないが」

 

「流石に容れるとは思っておりません。あくまで交渉術、ですが実際あの飛行機械相手には一機に百騎でかからないと厳しいでしょう。それも、問題の爆弾投下型飛龍なればこそ火炎弾で爆発させられる可能性がありますが、それ以外ではそもそも火炎弾が通用するかもわかりません。

実際ギムの戦いでは火炎弾が機体に当たってもビクともしなかったとの報告もあります。このことから、200騎ほどをもって一斉に攻撃し、それが敵の弱点を突く僅かな可能性に賭けなければ敵の攻撃を防ぐのは難しいかと・・・・・・」

 

「・・・なるほど解った。ものは試しだ、訊いてみよう。

通信長!」

 

──ここに、ロデニウス沖大海戦、その第一幕は山場を迎えようとしていた。

 

 

 

──────────────────────

 

「3時方向より敵増援!数・・・50以上!」

 

「畜生めが!いったいどんだけ増えりゃ気が済むんだ!」

 

福谷二飛曹の報告を聞き思わず悪態をついてしまった。

もうかれこれ5騎は落としている。航空機相手なら立派なエースだが、実際には100騎を越している敵騎の中のほんのひと握りでしかない。

 

「芦野、片っ端から落とすんだ!」

 

「了解!」

 

操縦員に檄を飛ばすが、如何せん敵が遅すぎる。

空戦訓練を受けているとはいえ、半分の速度の敵と戦うことなど今回が初めてなのだ。

7.7mm機銃の携行弾数は600発。だが慣れない敵に当てるのは容易くなく、5騎を落とすために100発はすでに消費されていた。

 

「そろそろ慣れてきましたよ、二連射もすれば一騎は片づけられます」

 

「頼んだぞ」

 

すでに250kg爆弾2発は投下してあるから運動性能が高くなっているのが幸いか。

しかし懸念事項は他にもある。敵の発射する弾は弾速こそ遅いものの火炎弾であり、エンジンに吸い込むと非常にまずい。

慎重に回避する必要がある。

 

「後部機銃も動作良好ですよ!ですが遠隔操作だと・・・やはり手動旋回よりも扱いづらいですね」

 

「試作機なんだから文句言うんじゃないよ」

 

この機体は十三試陸戦と仮称された試作陸上戦闘機であり、今回は実用試験の一環として出撃している。この結果次第では陸上偵察機としての制式採用が決まるらしいが、制式型では手動旋回に戻してほしいものだ。

 

 

とそのとき、後部座席からあっと声が上がった。

 

「敵、大艇へ斉射!」

 

「斉射だと?」

 

振り向くと───

 

「なっ!!まずい!」

 

数え切れない程の敵弾が、後下方を飛ぶ二式飛行艇へと殺到していた。

 

「芦野、機銃を──」

 

「無理です!撃てたとしても大艇に当たります!」

 

無為にも時間は流れ、火炎弾が機影と交錯する。

 

「命中弾数は確認できた限りで5発、被害は・・・」

 

「・・・まずいな、エンジンが一基お釈迦になっとる」

 

右翼の外側のエンジンから煙が出ていた。これではあの機体は戦線を離脱するより他無い。場所によっては基地より前で緊急着水となる可能性もある。

 

「援護するぞ。トカゲを追っ払──」

 

「機長、九八陸偵が・・・・」

 

「なんだと!?」

 

視線を移すと、確かに、両エンジンから煙を吐いて高度を下げていく九八陸偵の姿があった。

 

「相当な手練(てだれ)だな・・・・。

見張りを怠るな、不意打ちに厳重警戒だ」

 

歯噛みする思いで命令する。異世界における海軍航空隊の初陣は、決して華々しいものとはならなかった。

 

 

 

──────────────────────

 

「第一次攻撃は()()()に終わったようだな、なんとも素晴らしいことではないか?」

 

「・・・」

 

叭波瑠散亜皇国派遣艦隊改め久和與伊禰(クワトイネ)公国救援艦隊の旗艦長門、その艦橋は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「帆船50隻、敵騎120騎ほどと引き換えに二式大艇一機中破、九八式陸偵一機喪失・・・

はっきりいって戦果に見合うとは言い難いですな」

 

「敵の実力を甘く見ていました。ワイバーンといえど数百騎集えば航空機部隊を翻弄し得るということが考慮されていなかったのが大きな要因です。」

 

「・・・まあ、ああだこうだ言っても仕方がない。散った者の為にも、敵艦隊を壊滅させる必要がある。」

 

そう言うのは司令官の小澤中将。

 

「しかし・・・帆船を沈めるのに艦砲を以てする、というのは牛刀割鶏の典型例だな。しかもその牛刀を、刃毀れを気にするぐらいに酷使せねばならんとは、どうにかならないかね・・・」

 

水雷屋の小澤からすれば、戦艦の主砲すなわち駆逐艦における魚雷を、大砲すら持たない貧弱な木造船に態々使うのは非常に勿体ない、そう思ったからこその愚痴である。

 

どうせこの世界で確認できている船舶はすべて帆船なんだから、ラ厶付きの巡洋艦(八雲)でも連れて来ればよかったかな、とほぼ無意味な後悔をする程度には不満を感じていた。

 

「小澤司令、今回ははっきりいって異例づくしの戦いです。まさかこの現代に帆船4000席を打尽する任務を与えられようとは誰も思いません。この程度の消費は仕方がありませんよ。

或いは今回の作戦を、演習とみなせばいいのではないでしょうか?」

 

参謀長が口にした単語に興味を覚える。

 

「どういうことかね?澤田君」

 

「平時であれば演習で実弾発砲などできません。演習で砲身を摩耗させるのが好ましくないのは先程司令官が言ったとおりです。

ですが今はあくまで戦闘状態。しかも敵は演習標的としても申し分ない帆船。砲術員の腕を試し、また練度を上げるには絶好の機会ではありませんか?」

 

「しかし・・・そのために砲弾を無駄にするのはあまりに」

 

「我が国には既にクイラという強力な味方がおるではありませんか。気にする事はないと思いますが」

 

「・・ほう」

 

なるほど確かに、演習と看做すという手はある。思いつきこそしなかったが名案かもしれない。

 

「なるほど、それは面白いな。

では改めて確認するが、この案でよろしいか?反対するものは手を挙げよ」

 

沈黙。

 

「分かった。では作戦の詳細の検討に入ろう。

さしずめ作戦名は───

───ロデニウス海演習作戦、とでもしようか」

 

 

 

 

──────────────────────

 

「まったく鬱陶しい・・・」

 

海将シャークンは恨めし気に空を見た。そこに友軍竜騎兵の姿はなく、代わりに鉄の竜が編隊を組んで悠々と飛行している。

 

最初の攻撃に対して圧倒的多数のワイバーンをもってあたったことで、多すぎる損害の代わりに敵を2機撃破することに成功した。

 

だが敵の意思はその程度では挫折しなかった。最初の飛行機械の部隊が去ったのち、しばらくすると今度は明らかに制空任務に特化した部隊が現れたのだ。

瞬く間に竜騎兵が10騎単位で撃墜されていくのを見て、シャークンは竜騎士たちに撤退を指示した。(いたずら)に竜騎兵を喪失するよりも、帆船の喪失を以て代えたほうがいいと判断したためである。

 

敵の攻撃がこれだけで済めばいいが・・・と、儚い期待を抱いてからすでに2日が過ぎ、1639年4月15日の朝。

 

航空攻撃だけで艦隊を止めることはできない。このままいけばマイ・ハークへたどり着ける、そう思っていたのだが───

 

 

「第1艦隊より入電!『我、敵艦隊と遭遇す』!」

 

「ほう。敵艦隊はどういった内容なのだ?」

 

「それが・・・」

 

と、通信長が記録用紙を見せてきた。

 

『敵艦は鉄でできている。全長は200mを越している!』

 

 

「頭がいかれてるんじゃないか?

そんな船、パーパルディアですら持っていないはずだ!」

 

「しかし第一艦隊の全員が幻覚を見ているというのも考え難いですが・・・」

 

その時、突然おどろおどろしい音が響いた。

 

「雷か?大した雲はないように見えるが・・・」

 

直後。

 

 

()()()()()

 

 

 

 

「「なっ!!??」」

 

数人の声が重なった。

まだ敵艦の姿は見えない。見えないが、明らかに敵艦の存在を示すものがそこにはあった。

 

艦隊旗艦「ハーク・ロウリア」から数千メートル離れたところではあるが、旗艦の甲板から見ても度肝を抜かされるような水の柱が、あわせて8本屹立していた。

 

「・・・」

 

司令部の要員は暫しの間言葉を発することすら出来なかった。

 

「・・・いったん艦内に避難だ。

通信長、第1艦隊旗艦へ連絡せよ。敵がどのようにして攻撃を行ったのか報せるように、と」

 

「・・・はっ。」

 

先ずシャークンが口を開いたものの、その顔はいかにも苦々しいものだった。

 

「情報からして、明らかに日本の船でしょうが・・・」

 

「・・・まだだ。まだ可能性はある、あれほどの威力の魔導はそう連発出来んだろう。とにかく第1艦隊からの情報を待つよりあるまい」

 

数分後、通信長が慌てふためいて戻ってきた。

 

「提督!第1艦隊旗艦「アラル」との連絡がつきません!!」

 

「なんだと!?」

 

既にやられたということか・・・おそらく大きい艦であるために狙われたのだろう。

副官のヘクトへと疑問を口にする。

 

「ヘクトよ、司令部を他の艦に移すことは可能か?なるべく小さい艦だ。」

 

「確かに可能です。しかしその場合、艦隊運用の肝となる通信機能が大幅に衰えますから、そこが懸念点です」

 

「そうか・・・

まあいい、それはひとまず置いておこう。

第1艦隊のうち通信機能を備えている船は他にもあるだろう。そちらにも聞いてみたまえ」

 

「既に部下に確認させております」

 

「手早いな。・・・普通に考えれば、ワイバーンの援軍を要請すべきだろうが・・・」

 

「またあっという間にやられては元も子もありません」

 

八方塞がりだ。

と、今度は通信員が入ってきた。

 

「失礼致します!第2艦隊から連絡が!」

 

「何?第2艦隊だと?」

 

第2艦隊は、先鋒を務める第1艦隊の左後方に展開している。普通に考えて、まだ敵の姿を仔細に捉えてはいないはずだが・・・。

 

「とにかく読みあげたまえ」

 

「はっ。『敵は我が方に比して圧倒的に優速である。敵艦隊はその一部を我の北方に展開させつつあり』」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「・・・これは」

 

「失礼します!第1艦隊臨時旗艦からの情報です!

『敵艦隊は総勢19隻。超大型艦7、大型艦12。敵速は遅くとも時速()()()()を越している。

敵艦は鉄でできた筒を爆発させたかと思うと、そこから何かが飛び出してきて水面が爆発する。非常に強力な魔導攻撃と思われる』」

 

「40だと!?我が艦隊は早くても時速10kmなんだぞ!」

 

「まずいですな・・・このままだと我が艦隊は為す術なく包囲されます」

 

「しかも、その攻撃方法、敵船は確実に魔導砲を積んでいるぞ!パーパルディアの砲艦・・・いやもしかしたらそれ以上かもしれん!」

 

「「なんですと!?」」

 

司令部の要員はパニックになりかける。当たり前だ、自分たちの戦っている相手が列強と同等の可能性があると言われて落ち着いている方がおかしい。

 

「この分では、第1艦隊を救援する手段は・・・」

 

「それどころか我々はいったい、マイハークへ到達することなどできるのか!?」

 

さらに十数分後、凶報が舞い込む。

 

「・・・第1艦隊、臨時旗艦との通信も途絶しました・・・!」

 

「なんだと・・・もはや第1艦隊は突破されつつあるということか・・・」

 

このままでは、この旗艦も危ない。

 

「・・・仕方あるまい。

通信長、全艦へ連絡。コーカス港に向け撤退を開始せよ。急げ!

そして、司令部総員はいったん別の船へ避難だ!通信員は任務完了後速やかに追随せよ!」

 

その声を聴き、艦内の人員が慌ただしく動き出す。艦長の「取舵一杯、進路反転!」という号令が聞こえた。

 

 

急ぎに急ぎ、やっとのことで移動を終えたのは20分後のこと。

その直後に、艦隊旗艦だった「ハーク・ロウリア」は飛行機械からの爆撃を受け、海底に沈んでいった。

 

 

 

──────────────────────

 

「敵艦隊は撤退を開始したようです」

 

「よし。全艦へ伝達せよ。主砲、副砲、魚雷の使用は一旦中止。機銃および高角砲はそのまま射撃を継続せよ。敵艦隊を追撃することなく、その場に留まれ」

 

「航空部隊はどうしますか?もはや撤退命令は発されたのですから、旗艦を潰しても構わないように思いますが」

 

「そうか。ならそのようにしろ」

 

今回の作戦の内容は、敵と接触したらすぐに全艦の全火器をもって攻撃し、側面に回り込んで包囲する構えも見せる。怖気付いた敵が撤退すれば作戦成功とみなして追撃はしないが、撤退しないようなら攻撃をさらに徹底する、というものだ。

 

そもそも今作戦の目的は、敵の侵攻意図を挫くというものだ。その目的を果たすのにおいて、弾薬の消費をなるべく少なくして、かつ各艦の乗員の溜飲を下げるという意味においてはなかなか優れている。

 

まさに演習のごとく砲撃を繰り返したところ、遭遇から30分も経たないうちに敵が撤退を開始したのだ。

 

(敵は中世の軍隊。おそらく航空攻撃も相まって既に戦意は喪失しただろう。これで終わるはずだが・・・嫌な予感がする)

 

少々薄気味悪く思いつつ、撤退していく敵艦隊を眺めた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

「敵艦隊の活動、著しく低下しています」

 

副長の言葉に、迷いが生じる。

 

「敵艦隊の魔導はそう大量に使用できるものでもないということだな」

 

「おそらく仰る通りかと。でなければわざわざ撤退を許す理由がわかりません」

 

「うーむ・・・」

 

敵艦隊はたったの20隻。全艦隊で突撃すれば、敵の魔導が途絶えたのちに弓矢や白兵戦でもって敵艦を制圧するということは可能かもしれない。

敵は我が方より速いが、逃げたのならば逃げたでそのままマイハークに向かえばいい話。

 

「ヘクトよ。ここで大人しく引き下がるのと、犠牲を厭わず強行突破するのとでは、どちらが優れていると思うかね?」

 

「それは当然後者でしょう。

・・・と言いたいところですが、日本とやらいう国の詳細が分からない以上は微妙です。あのような艦隊を他にも有している可能性はありますし、余計な消費を嫌って撤退を許容しているだけかもしれません。敵の魔導が有り余っていた場合、我が艦隊の各々は第1艦隊と同じ運命を辿ることになるでしょう。

あるいは無事に上陸できたとして、陸上においても、ギムでの戦いのように様々な兵器を持ち出される可能性があります」

 

「・・・しかしだ。

我が艦隊がこの場から撤退し、海上侵攻を断念した場合。如何にして我が国は戦争に勝つのだ?」

 

「それは───」

 

「ギムの戦いで証明されたように、日本という国家がある以上愚直な陸上侵攻のみでは埒が明かない。

なんとしてでも我が艦隊がマイハークへたどり着き、敵の後背を衝く必要がある。儂はそう思うのだ。

だいいち、儂はまだ敵艦の姿すら見ていない。こんな状況でおめおめと逃げ帰るということは、儂には出来ん。」

 

「・・・」

 

「許せ。」

 

そして、通信長を呼び出し、艦隊総員への命令を伝えた後、彼はこう告げた。

 

 

──我が艦隊は、その命を以て、この一大戦争の勝利に向けた(さきがけ)とならん。

 

我に続け。祖国の勝利の為、その身を捧げよ!!

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「敵艦反転!」

 

「なに!?」

 

突然の報告に、司令部の要員は動揺した。

 

「砲撃の中止を、弾切れと捉えたのか・・・?」

 

今回の救援艦隊は、叭皇国派遣艦隊の12隻に三水戦・四航戦の居残り組を合わせて18隻。敵艦隊は多少散開しているが、それでも1隻の一斉射で2〜3隻は沈められるだろう。もし仮に敵艦隊4000隻をすべて沈めることになったとしても、単純計算で百数十斉射。まぁそんなにうまくはいかないだろうが、どのみち高角砲や機銃の射撃が主になるので()()()()()()()()()()()。戦艦の主砲に百斉射は荷が重いかもしれないが、高角砲にとっては百斉射など普通のことだ。いざとなれば魚雷もあるし、そもそも艦隊の半数ほどを沈めれば残余は戦意を喪失して敗走するだろう。

 

弾切れを期待した敵の攻撃は無意味に終わる。司令部内で、そのことはすぐに理解された。

 

「哀れな敵だが、全力で向かってくるというのならばこちらも全力を以て応じようではないか。

 

 

全艦に告ぐ。攻撃を再開せよ。手加減は無用だ。」

 

 

 

 

 

かくして、ギムの戦いを優に超える規模の大虐殺が始まった。

 

救援艦隊は微速で東に航行することで侵攻艦隊と等距離に占位しつつ、向かってくる敵艦隊へ攻撃を行った。

 

侵攻艦隊は既に300隻ほどの損害を受けていたが、先程の弾を節約しながらの攻撃に比して日本海軍の全力攻撃はあまりに強力であり、1時間も経たないうちに1000隻を失うことになる。

 

海将シャークンはなおも突撃の続行を主張したが、ここで臨時旗艦たる「ポラス」も被弾し艦尾から沈没。

シャークン含む司令部の要員10名は退艦に成功したものの、もはや敗勢と見た各艦隊の指揮官が独自に撤退を決定。

 

ここに、6万余名が犠牲となったロデニウス大陸史上最大の海戦、【ロデニウス沖大海戦】は幕を閉じることとなった。

*1
史実でもこのために機内禁煙である。




海戦書くの難しすぎるだろ・・・はっきりいって過去一駄作な自信がある()

というか、結局最後はダイジェストになってしまった・・・なんでやろなぁ。

当然のごとくギム攻防戦よりも描写・設定に自信が無いです。思う存分ご指摘をどうぞ。

ちなみにシャークンは無事に救助されました。今なら無謀な突撃を行った無能指揮官の汚名もセットでお得!



次回:『ジン・ハーク空襲』


※2022/10/25 大幅改稿
矛盾点を指摘してくださった方に感謝します。


──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第一一話 ジン・ハーク空襲

ふと思いついたので自作フォント機能を使ってみる
なおほんとに思いつきなので今のところまともに活用できる場面は思いついてない()

そういえばすんごい今更ですが読み上げ機能が解禁されてますね。この作品あんまり感情的な表現が少ないので案外すらすら聞けるかも?
長話をついつい読み飛ばしてしまう方はぜひご利用ください。


中央歴1639年4月15日。

クワ・トイネ公国アメリカ大使館で、とある作戦の説明が行われていた。

 

 

「───墜落(Crash)作戦、ですか」

 

「ええ。ロウリア王国の戦意を墜落させる、という意味合いです」

 

外務卿リンスイと航空軍務局副長ハンキは、机に置かれた紙を手に取る。

 

「なかなか翻訳するのが大変でしたよ。そちらではまだ存在しなかった概念などは無理矢理訳していますので注釈はよく読んでいただきたいです」

 

「たしかにそうですね、我々にとっては、どれも新しい概念ばかりです」

 

そう言いながら、作戦の概要に目を通す。

 

「ジン・ハーク及びその他の都市に対する航空戦力を用いた攻撃・・・ですか。」

 

「実際のところ、この作戦はまだ立案段階なのです。もう少し読み進めばその理由がわかると思います」

 

言われるがまま読んでいくと、作戦目的、攻撃目標、作戦詳細、という節の下に"about using some wyvern*1 of qua toine"という節が目に留まる。

 

「・・・・・・ふむ、ワイバーンですか」

 

仰る通り(Exactly)。だからこそハンキ殿を呼ばせて頂いたのです。この作戦を実行するために貴国の航空戦力を使用することに問題は無いか、ということですね」

 

改めて本文に目を通していくと・・・

 

「市街地の破壊ですか・・・」

 

隣でリンスイが複雑な表情をしている。その気持ちは自分にも理解出来た。

 

すでに公国政府内では、日米が味方する限り我が方の勝利は確定的という意見が多数を占めていた。

当然である。モイジ3将*2やブルーアイ2佐*3からの情報によって、日本軍の活躍は驚愕とともに上層部へ伝わったのだ。アメリカに関していえば未だ実力行使は行っていないが、その兵器や兵士が日本軍と同じレベルにあるというのはすでにこれまでの基地見学などで明らかになっている。この力ある限り、勝つことこそあれ負けることは無いという考えになるのは至極普通であった。

 

だからこそ、2人は戦後の軋轢を気にしたのだ。市街地を焼き払う、なんてことをしてしまうと、ロウリア王国全体としての我々に対する敵対感情はそれこそ大変なことになるだろう。

はっきりいって日米に対して恐ろしいまでの輸入超過である現状、唯一あてにできるのがロウリア王国への食糧輸出だった。今でこそロウリアとの貿易は途絶しているが、開戦以前には国家単位ではともかくとしても商人単位での交易は行われていた。

それをこの戦争に勝利した暁には国家規模に拡大し、日米に頼らずに経済力をつけねばならない。クワ・トイネ政府はそう考えていたのだ。

攻撃目標の項に"The city of Jin Haak, the capital of the Kingdom of Lauria, and its accompanied military facilities"*4と書かれていたのを見て、2人が渋面を作るのも無理のないことだった。

 

「こんな作戦を実行して、戦後処理に影響を及ぼさないのでしょうか?」

 

ハンキはアメリカの外交官に問うた。

 

 

「早まらないでください。作戦詳細の項を読めばその疑問は解決するはずです」

 

「それは申し訳ない」

 

言われた通りに作戦詳細の項を読み進めていくと・・・2人の顔にはだんだんと驚愕の表情が浮かんできた。

 

「高度5000mから侵入!?そんなことが可能なんですか?・・・いや、可能なんでしょうが、やはり貴国の技術には驚かされてばかりです」

 

軍事技術に疎いリンスイは高度5000ということに驚いているようだが、ハンキが感じていた驚愕はそれに対するものではない。

 

「ビラを散布しつつ爆撃・・・敵が迎え撃つことができないからこそ出来る策ですが、いやはや・・・」

 

書かれていた作戦計画はこのようなものだ。まずアメリカ軍の爆撃機がジン・ハーク上空へ侵入し、多少の爆弾とともに一日後に行われる大空襲を予告するビラを散布。これで敵が降伏してくればそれでよし。なおも降伏しない場合は、一日後、予告通りアメリカ軍の戦闘機と爆撃機多数が低空から侵入し迎撃に上がってきた敵ワイバーンを排除、ワイバーンが上がってこなかった場合は爆撃と機銃射撃で飛行場や竜舎を破壊する。そのうえで余った爆弾(搭載量が5000kg超という記述を見て何度も自分の目を疑った)で市街地を爆撃、仕上げにクワ・トイネの竜騎兵がやってきて火を放つ。ものの見事な三段攻撃である。

ビラで一応は虐殺ではないという体裁を保ち、我が国のワイバーンを参加させることでもはや謎の飛行機械だけでなく普通の飛竜にすら攻撃され得るということを知らしめ、厭戦気分を蔓延させる。

これほどの作戦を立て、そしておそらくはそれを実行し得るアメリカ軍に、ハンキは驚愕したのだ。

 

「なるほど。ビラを撒けば、避難しなかった方が悪いと言うことができる、という算段ですか・・・」

 

リンスイは、続く言葉を口に出しかけて飲み込んだ。「つくづく、貴国が味方で良かったものです」・・・なにもかの国がずっと味方である保証はないのだ。

 

「私としては異存はありません。急いで軍務局にかけあって、可及的速やかに承認を得たいと思います」

 

「ありがたいかぎりです。」

 

 

 

この計画はハンキによって速やかに軍務局へと送られ、その日のうちに決定がなされた。

 

三日後、4月18日。

10機のB-17Eが、うち6機は100ポンド(50kg)爆弾を、残りの4機は避難勧告ビラを満載し、ジン・ハークへ向けて旅立った。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

竜騎士ムーラは、王都郊外の上空を、不安な心持ちで東へ向けて飛んでいた。

 

 

ちょうど10分ほど前に、王都東側を哨戒していた竜騎兵から魔信で連絡が入った。巨大な鉄龍10騎が、高度5000m付近を王都へ向けて飛行中だという。

 

王都防衛竜騎士団の司令部はいよいよ来たかというような、覚悟を決めた雰囲気に包まれた。

 

ロデニウス沖大海戦、その第1段階としての4月13日の航空戦で、何とか敵一機を撃墜できたものの、その際に多くの敵機に高空へ逃げられ、あるいは上昇限界付近での不利な戦いを強いられたのだ。

 

この報告と、例の爆弾投下型飛行機械が王都ジン・ハークへと向かってくる可能性を考え、司令部では迎撃計画が練られた。

すなわち、ワイバーンの上昇限界よりも高い高度からやってくる敵飛竜の爆弾攻撃を防ぐため、パーパルディア皇国から輸入した「十字弓」なる、持ち運べるサイズの簡便な(いしゆみ)を竜騎士に持たせ、対空バリスタの矢を改造したものを放たせるのだ。

 

そのため防衛竜騎士団は交代で弓術の訓練に励み、そのときに備えた。また、その間各地で飛龍による散発的な攻撃があったものの、ピーズルへの攻撃すら散発的であったことからやはり敵の本命は王都だと判断。東方征伐軍などから残存騎の引き抜きを行った。

 

その結果、もともとは東方征伐軍所属のムーラが敵の迎撃を行う羽目になったのだ。

 

「はたして、うまくいくのだろうか・・・」

 

そう思いながら地平線の彼方へ目を凝らす。

この矢の射程は、対空バリスタが元になっているとはいえ簡便化したものだから上方射程は1500mしかない。まあ、風魔法も何もないただの矢とは比べ物にならない性能ではあるが、我が方より1000m以上上を飛んでくる敵騎に命中させるのは至難の業だ。

 

『我会敵せり。弓撃隊よりの距離約40km、方位は東北東。敵騎はジン・ハーク方面に直進中』

 

「『了解。迎撃準備に入る』」

 

彼含め10騎の弓撃隊は、全員が日本軍との航空戦闘を経験している。今回の敵は日本軍とは違うマークだったとの報告が入っているが、どのみち鉄竜なのだから日本軍と大差ない。

そして、即応できるものだけが急いで出撃してきたため、隊の中で最も階級が上なのはムーラだ。予想される侵攻ルートを思い浮かべ、部隊全体に指示を出す。

 

ちょうど部隊の展開が終わったころ、東の空にはっきりと敵の影が現れた。

 

「相棒、ちょっと火を貸してくれないか」

 

ワイバーンの火炎放射に矢をかざし、火矢にする。これは事前の作戦会議で提案されたものだ。ほかの竜騎士もそれに倣う。

そしてあっという間に敵影は接近し・・・

 

「『総員用意・・・・・・撃てぇ!!』」

 

号令一下、10本の矢が上空の敵へ向けて放たれる。

 

風魔法の力で、その矢はぐんぐん敵騎へと向かっていき、ほとんど奇跡的ではあるが2発が命中した。

 

 

命中は、したのだ。

 

「・・・撃墜どころか、傷一つすらつけられていないのではないか・・・?」

 

2発とも悉く弾き返されてしまった。

 

とにかく、早く第2撃を撃たなければならない。急がないとあっという間に逃げられる。

 

そう思った矢先、一筋の光条が彼の方へ向かっていき、短い悲鳴が聞こえた。

 

 

 

驚いて見てみると、相棒の翼から血が出ている。どうやら敵は下方にも連射攻撃が可能なようだ。ただ彼の他にやられた騎がないことからするとまぐれ当たりだろう。

この状態では、今の高度3800mを保つのは非常に困難だ。一旦戦線を離脱するより他ない。

何しろ彼のワイバーンは、王国内で───いやおそらくは世界でも唯一といえる、()()()()()()()()()()()()()()なのだ。いまここでその貴重な生命を失うわけにはいかない。

 

───だが、どうにも嫌な予感がする。王国の危機を、何も出来ないまま見過ごすことになりはしないだろうか───

 

歯噛みしたくなる思いで、ムーラは戦線を離脱した。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

パーパルディア皇国国家戦略局、ロデニウス大陸派遣武官のヴァルハルは、頭上を飛ぶ怪鳥の存在を未だに認め難く思っていた。

 

(なんだあの化け物は・・・ロウリア王国が戦っていた相手は貧弱な亜人国家ではなかったのか?)

 

一目見ただけで、それが非常に高い高度を飛んでいることは理解できる。ワイバーンが迎撃できていないことからして、万が一4000mを超えているとなったら皇国にとっても十分恐ろしい。

しかもそのうえで、今地上からそのシルエットの形をはっきり視認できる。つまり恐ろしいほど巨大ということだ。羽ばたいていないということはムーの飛行機械、あるいはミシリアルの天の浮舟と同種のものだろう。

 

幸いなことに低空へと降下してくる様子はない。偵察用なようだが、あんな怪物を空に飛ばす時点で並大抵の国ではできない。

 

 

思考を巡らせるも、それはすぐに中断された。

 

「・・・なんだ・・・?」

 

怪鳥から、バラバラとなにか黒い粒のようなものが落とされたのだ。

それらはやがて、風切り音とともにヴァルハルのもとへ接近する。

 

(まずい。あれは・・・ただものじゃないぞ!)

 

本能がうるさいまでに警鐘を鳴らし、弾かれるようにしてヴァルハルは走り出した。

しかし、その足も直ぐに硬直することとなる。

 

 

 

100mほど()で、建物が爆ぜたのだ。

 

 

 

鳥肌が立った。

直後、立て続けにその周囲でも爆発が起こった。

 

(危うく、自ら死にに行くところだった・・・)

 

わざわざクワ・トイネに攻め込む船団への同乗を拒否してまで留まった安全なはずの首都で、まさか死に直面することになるなどとは、露ほども思っていなかったのだ。

ヴァルハルは、暫しのあいだそこで呆然と立ち竦んでいた。

 

 

すると、今度は大量の紙が、ひらりひらりと地面へ落ちてくる。

 

「・・・これは・・・!」

 

そこに書かれていたのは、

 

『避難せよ』

『明日の昼、この街に猛攻撃を行う』

 

そして、炎上するロウリア市街のイラスト。

 

───これではまるで・・・古の魔法帝国ではないか・・・!

 

「急いで避難しなければ!」

 

ヴァルハルは、弾かれたように動き出し、この街から出るための準備を始めた。

 

 

──────────────────────

 

「いったいこの状況を、どうするというのだ?」

 

「・・・はっ、被害箇所は100を超えていますが、どの場所でも火災自体は小規模です。現在手空きの王都駐留魔導士を総動員して消火に当たらせており───」

 

「そんなことを訊いているのでは無い!!!」

 

この場にいる全員が、鬱然と押し黙ることしかできなかった。

 

「・・・悪かった。黙られても困る、最優先すべきは明日に予想される空襲への対応だ。意見を求めたい」

 

すかさずパタジン将軍が発言する。

 

「率直に申し上げますと、我々にはすでに敵機の跳梁を止める手段が存在しません。プライドを捨ててでも、おとなしく避難命令を出すべきではないかと」

 

「しかし、避難といってもいったいどこに避難するというのだ。周囲の農村か?

そんなことをしても到底受け入れきれるとは思えない。治安が悪化するだけだろう」

 

「だからといって市民を見殺しにする訳にもいかないでしょう。最善を尽くさなくてはなりません」

 

「その"最善"を尽くすために軍がいるのでは無いのか!」

 

「すでに最善は尽くした!パーパルディアから輸入した十字弓を以てしても破壊できないとなれば、我々にできることはなにもない!」

 

アクロー宰相とパタジン将軍、両名が激論を交わす。

 

すでにギム及びロデニウス海における敵の航空攻撃の脅威は王国上層部においても認知されており、しかも王国各地で散発的に航空攻撃を受けたという報告も上がってきている。だからこそ、このままでは何も出来ずにジン・ハークは大打撃を被る───そのことが理解できてしまった。

 

いや、すでにあんな怪鳥が上空に侵入し、しかも爆弾を落としてきた以上、理解出来たものが上層部のみである筈がない。

ご丁寧にビラには燃えるジン・ハーク市のイラストが描かれており、すでに市民はパニック状態に陥っており独自に避難を始めている者も多数いる。

 

しかし、事前計画も何もなしに避難しろと言っても、そこには無視することの出来ない問題が多数存在した。

まずどこに避難するのか。そして優に70万を越すジン・ハーク市民を養うだけの食料は準備できるのか。避難先が無法状態へ突入する危険は・・・考えれば考えるだけ、不可能にしか思えてこない。

 

「───いっそ降伏するしか・・・」

 

外務卿クラーフはそう思った。

 

思っただけのはずが、口に出してしまっていた。

 

気付いたためその先は口には出せなかったが、もう遅い。

先程まで激論を交わしていた2人の目線は明確にこちらを向き、まさに怒髪天を衝くといった顔をしている。

 

罵詈雑言を浴びせかけられることを覚悟し───

 

 

 

「────やはり、そうするよりあるまい」

 

「陛下!?」

 

両者の覚悟と怒りは、どちらも驚愕に取って代わった。

 

*1
ワイバーン(大陸共通語)

*2
3等将軍の意。日本軍でいえば少将に相当

*3
2級補佐官の意

*4
ロウリア王国の首都ジン・ハークの市街とそれに付随する軍事施設




大空襲させてもいいかと思ったけど流石にここでそれをやったらゲルニカの再来って言われかねないし、よく考えて首都の上空に敵のどでかい飛行機がやってきて爆弾落としてきて、しかもそれを止める手段がないってなったらその時点で降伏を選択するだろうなあ、と。



次回:第一章最終話
『事変終結』




──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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第一二話 事変終結

呆気ない幕切れ。まああくまでチュートリアルだし


クワ・トイネ公国及びクイラ王国に対し、降伏を申し入れる魔信が届いたのは、4月18日の日没直前のことだった。

 

いや、この言い方では正確ではない。ロウリア王国が申し入れたのは、「クワ・トイネおよびクイラとの停戦を条件とした、日本・アメリカ両国への降伏」である。

 

 

「結局は、日本とアメリカに負けたのだ、ということか。実際その通りだからなんとも言えないな」

 

カナタは、ロウリア王国の降伏を伝えてきた側近と話す。

王国の「クワ・トイネには負けていない」という姿勢は、明日の和平会談に国家元首を出席させるという条件を出してきたということからして明らかだろう。

そして事実そうであるから、アメリカや日本との交渉が中心となる。当然ながら日米は外交官が出るのみであるから、この大陸における主導権は完全に日米にあるということだ。

 

「まあ、我々は正式な通商権さえ手に入ればそれでよいのです。戦後処理については、両国に任せましょう」

 

「うむ・・・仕方あるまい。小国の頭というのは辛いものだ」

 

「御冗談を。日米との友好を決断したのは閣下ではありませんか。そのおかげで、少なくとも今の我が国は文明圏外の小国以上のものであると言って間違いはないでしょう」

 

「そう言ってくれるとありがたい。

・・・にしても、今後の世界はどうなるのだろうな。日米を中心に、一度再構築されるやもしれぬ。少なくとも、中央世界がおいそれと世界の頂点だと威張ることのできない時代が来るだろう」

 

「卓見でございますな。我々は、新たな秩序の中でうまいこと生きていけるよう、努力するのみです」

 

「頼んだぞ。」

 

首相邸のバルコニーから星空を眺めつつ、そんな言葉を交わした。

 

 

 

──────────────────────

 

相対するはかつての仇敵、そして得体の知れない・・・というよりおぞましい2国家の外交官。

 

「では、これより今回のロウリア - クワ・トイネ戦争についての講和会議を開催します」

 

開会を宣言したのもやはり日本の外交官。この大陸におけるパワーバランスは完全に日本とアメリカに傾いている。

 

「今回の事変は、クワ・トイネ公国の併合を目的としたロウリア軍の武力侵攻が発端となっているということに間違いはありませんか」

 

「相違ない。」

 

「そしてそれに対し、クワ・トイネ公国に駐留していたわが軍は介入を余儀なくされ、それによって武力侵攻は頓挫し、またロウリア王国に対する攻撃を併せて行ったことで、ロウリア王国は降伏するに至った。これが今回の戦争の、大まかな流れだということでよろしいですね」

 

「その通りだ。

我々が降伏と引き換えに求めるのは、我が国に対する戦闘行為の一切の停止である」

 

パタジン将軍が答える。少々強気だが、こうでもしないと屈辱的条件を呑ませられる可能性があるのだ。

 

「では、我々が求めることとして以下の四点を挙げさせていただきます。

1、ロウリア王国は、その侵略的行動のいっさいを放棄する。

2、同国は同国の域内において、大日本帝国、アメリカ合衆国、クワ・トイネ公国、クイラ王国の経済的自由を認める。

3、同国は、その域内における日米軍の駐留を認める。

4、同国は、同国が実施してきた亜人に対する差別的政策を、段階的に撤廃していくものとする。」

 

最後の一文が読み上げられた時、アクロ―宰相が顔を顰め、発言した。

 

「亜人との断絶は、我が国の成立にも関わる、非常に根深い問題である。

そのことを、大国の都合で勝手に変更されてはたまったものではない。

 

そこにいる方々も、そのことは十分に承知しているはずだが?」

 

そういって、クワ・トイネ代表団の方を指さす。

 

「我が国としては、特に問題はないと考えます。

確かに、ロウリア王国の成立当初、我が国とは根深い亀裂がありました。

しかしもともと亜人というのはそこまで好戦的ではありません。長い年月をかけるうちに、ロウリア王国と戦争こそすれ、我が国においては人間と亜人との対立は自然と治まっていきました。」

 

返答したのは、クワ・トイネ公国政府に2人いる人間の高官のうちの1人、リンスイ外務卿である。

 

「我々は別段、人間を差別しようという考えが強いわけではないのです。そちらが変化すれば、友好的な関係を築くことは難くないと思います」

 

 

 

これに、ロウリア側の代表団は面食らった。何せ、これはつまり、こちら側が一方的に相手を憎んでいただけということになるからだ。

 

「・・・しかし、仮に我々が差別政策の撤廃を推し進めようとしたところで、わが臣民たちは決して納得しないだろう。何かきっかけが必要だ」

 

当然である。今回の戦争も、亜人憎しという感情が根底にあったからこそ実行できたのだ。

 

「それならば、私からいい考えがあります」

 

そう発言したのはアメリカ外務省の第三文明圏担当、クリス・ノートン。

 

「我々がクワ・トイネやクイラに行ったのと同様、ロウリア王国に対しても近代的生活基盤の整備を行いましょう。そしてそれに、クワ・トイネ公国の人材を用いるのです。

ただし有償で」

 

最後の一言が余計である、ロウリア代表団はだれもがそう思ったが、しかしあの強大な力を考えれば、もとよりこちらに拒否権などないのだ。

あの大国の技術で自国が近代化されるとなれば、国力も増え、代金を支払うことも不可能ではないかもしれない。そう考えることにした。

 

「公国としては異存はありません。」

 

王国の財務卿、レウスも発言する。

 

「我が国もその提案を受け入れたいが、仮に有償として、通貨の交換比率を設定しなければならないのではないか?」

 

「それに関しては後日早急に策定することといたしましょう。では、この内容で合意したものとみなしてよろしいですか?」

 

「「異存ありません」」

 

かくして、講和会議はなんとか平穏に終えることができた。

 

 

 

 

・・・しかしロウリア王国にはひとつ、解決しなければならない問題があった。

レウスは苦々しい表情で告げる。

 

「我が国は、この戦争の準備のために、パーパルディア皇国から莫大な有償援助を受けていました」

 

顔を顰める一同。

 

「・・・わかりきったことではありますが、返済のめどは」

 

「全く。」

 

パタジン将軍が後を引きとる。

 

「その為、パーパルディア皇国が、返済を求めて武力での恫喝をしてくる可能性があります。」

 

「つまり、我々にそれに対する庇護を求める、ということですね?」

 

「その通りです」

 

「・・・」

 

またしても面倒ごとに巻き込まれるのか、と日米の外交官は思った。

しかし、せっかく手に入るであろうフロンティアをないがしろにするわけにはいかない。

クワ・トイネからの情報により現世界の技術レベルを知った日米は、実力的侵略よりも経済的侵略の方が利益的にも国際評価的にも有用であるとの認識をしていた。しかしもしそれが脅かされるならば、躊躇なく実力行使に踏み切るべきであるのは明白だ。

 

「わかりました。軍の駐留は既定事項ですから、駐留軍で対応することになるでしょうが、万が一敵が膨大な物量で攻めてきた場合のことも考えねばなりません。要望は本国の方に伝えることとします」

 

「我が国も同様です」

 

「ありがたいことだ・・・」

 

あくまで敗戦国であるこちらに対して、これほど丁寧に対応してくれる。ハーク・ロウリアは改めて、日米が大国たるにふさわしい理性的な国だと思った。

 

 

 

──────────────────────

 

「以上が、ロウリア紛争の講和結果となります。」

 

「なるほど・・・」

 

報告を受け、少しの間考え込むのは合衆国大統領フランクリン・ルーズベルト。

 

「具体的な方法については政府内でしっかり話し合う必要があるが・・・

相手から手を出させれば、平和ボケした国民の目も覚め、フロンティアも手に入るから一石二鳥だな」

 

「やはりそうなりますか」

 

世界大戦(G r e a t W a r)が終わってからというもの、合衆国の不戦世論は根強い。近年は両洋艦隊法などで一応軍事力拡張の目処はたっているが、日米不可侵条約の締結によってその意義が疑問視され始めている。

しかし、何が起きるか全く予測のつかないのが異世界である。いざ強力な国家と戦争になった時のため、だけでなく世界の全貌を明らかにするためにも、軍備は是非とも必要であった。

ここは宗主国(ブリカス)に倣ってでも、うまいこと世論を味方につけなければならない。たとえそれが謀略の結果だとしても、世論が味方すれば何も問題はない。それが民主主義である。

 

「・・・して、例の事件の調査は?」

 

「・・・はっ、やはり最大の原因は復原力不足です。海軍は大慌てで改善に取り組んでおります」

 

東海岸の守りを固めるうえで重要であるバミューダ諸島が転移してきたことは、合衆国にとって幸運であった。すぐさま太平洋艦隊からいくつかの艦を回航し、謎に包まれた大西洋の探索に乗り出した。1942年2月のことである。

 

しかし、この目論見は最悪の形で失敗してしまう。空母レンジャーを基幹とする部隊は2月24日、地球ではスーパー台風(Super hurricane)といって差し支えない規模の台風に遭遇。中心気圧880ミリバール*1が齎す暴風と波浪は、可航半円*2にいた艦隊にも容赦なく襲い掛かり、空母も駆逐艦もなすすべなく翻弄された。随伴する駆逐艦が、トップヘビーの指摘されていたファラガット級だったのが運の尽きで、駆逐艦3隻が沈没、空母「レンジャー」及び軽巡洋艦1、駆逐艦3が中破し、他の艦艇もすべてが何らかの損傷を被るという、アメリカ海軍史上最大の海難事故が起きてしまった。

 

この事件は「レンジャー・アクシデント」と呼称され、衝撃を受けた米海軍は調査に乗り出した。その結果、復原力不足と判定されたファラガット級駆逐艦などの条約型艦艇の改装と、気象用も兼ねた艦載レーダーの高性能化及び全艦艇への搭載を可及的速やかに行うことが決定されたのである。

 

「当面の我が海軍の仕事は大西洋の探索になるだろう。今回よりもさらに大規模な荒天に遭遇する前提で、対策は徹底してやっておくように言っておかねばな」

 

「彼らならば、言われずともそのくらいはやるでしょう。・・・勇敢な若者たちが嵐の中に消えたことを考えると、非常にやり切れない気分です(政治的失点とみなされる可能性もあります)。」

 

「・・・まだ大丈夫だろう。幸い、フロンティアはいくらでも転がっているからな」

 

アメリカの覇権獲得に向けた動きは、着実に進んでいた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

パーパルディア皇国、国家戦略局。

 

「・・・・・・飛行機械だと・・・・・・?」

 

「はい、ヴァルハルだけでなく他の諜報員からも同様の情報がはいっていますから、確実性は高いです」

 

報告を受けたイノスは、露骨に眉を顰めて見せる。

 

「まさか、あのムーがクワ・トイネを支援していたとはな・・・・・・

どうするか。内密に進めていた計画だが、これがもし陛下にバレれば首が危ない」

 

ロウリア王国への支援は、文明圏外国担当部南方担当課長たる彼が独断で推し進めてきた計画だ。

負けるはずのない物量を送り込み、ロウリア王国が勝った暁には、支援国の権利で()()()()()()()を分捕る。負けるはずがないとわかりきっていたからこそ、独断で進めていたのだ。

しかし今やその計画は水泡に帰し、国家予算に影響を及ぼすレベルの出費だけが残ってしまった。

 

「やむを得ん。我が国がロウリア王国に対し支援を行っていたという証拠は、すべて抹消しろ」

 

「承知しました」

 

「今すぐとりかかるぞ・・・いや、待て」

 

「何でしょうか」

 

部下のパルソが首を傾げる。

 

「ムーがクワ・トイネを支援しているというのはなかなかに重大な情報だ。

諜報員が目にした、といえば噓にはなるまい。この情報だけは上に伝達することにしよう」

 

「いいのですか?隠蔽が失敗する可能性も高まると思いますが・・・」

 

「いくらでもやりようはあるだろう。あるいはこの情報を対価にして、叱責を免れる可能性もある。ばれなければ昇進のチャンスだ。十分な価値はあるだろう」

 

 

かくして南方担当課より、皇国上層部に「ムーがロデニウス大陸に進出している」という情報がもたらされる。

ロデニウス大陸には今まで手を出していなかった皇国だが、それは海で隔てられているために、進出しやすい他国を優先していただけの話。

「裏庭を荒らされたようなもの」と、事態を重く見たパーパルディア皇国はムー大使を召喚。

 

 

第三文明圏での日米の戦いは、第一フェーズが終わった直後から早くも第二フェーズへ移行することとなる。

*1
1ミリバール(mbar)=1ヘクトパスカル(hPa)

*2
台風の進行方向に対して左側の海域。台風の風が進行方向によって打ち消されるため、風が弱まる




・・・・はい。非常に申し訳ないながら書き貯め分はここまでなので、以降は不定期となります。
更新できなかった時でも週一回は生存報告的なものはしようと思ってます。


実際にはもっと亜人差別は根深いだろうし、こんなまともな講和会議になるとは思えないけど、さすがにそんなものを書けるような文章力は持ち合わせてないのでご勘弁。

レンジャーアクシデントの元ネタは第四艦隊事件・・・ではなく「コブラ台風」です。ggれば出てきます。
レンジャーは転移当時バミューダにいたってことにしといてください。史実ではトリニダードトバゴにいたらしい。
というか・・・・・・

【急募】大西洋の使い方

今のところ原作で存在をほぼ無視されてるせいでまともに活用できる気がしない。思いつかなければレンジャーアクシデントはただの米海軍強化フラグになります()



次回:『皇国の疑念』
※今回の最後の部分と少々内容が被りますがご了承ください


──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。


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