リリカルBuddyStrikers (やまさんMK2)
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第一話 光になった日 Apart

 単なる空港火災事故で済むはずだったその出来事は、予期せぬ乱入者により一変した。

 海中より突如として出現した50メートル級の巨大生物。全身を泥付いた海藻で覆われたような巨大生物の乱入により、空港は完全に壊滅。消火作業に従事していた時空管理局の災害救助隊及び、その救援に駆け付けた陸士部隊、空戦部隊はおろか要救助者にすら犠牲者を出すほどとなった未曽有の大災害となったが、突如として現れた巨人により巨大生物が一蹴された事であっさりと解決を見たのだった。

 そして、空港内に突入後。巨大生物乱入と空港壊滅の混乱で連絡がつかなくなっていた時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンの生存。彼女の手で、空港内に取り残されていた一人の少女が救助された。

 

「フェイトちゃん凄いね。私達、外にいたのに何にも出来なくて……」

「そんな事ないよ。こっちも、落ちてくる瓦礫に手間取って身動き取れなくて、そっちを手伝えなかったし」

「いやいや、絶望視されとった生存者を無事に救助したやん! それに、フェイトちゃんもよく無事で……」

 

 幼馴染二人と言葉を交わすフェイト。思わず涙ぐむ二人を必死になだめながらも、彼女の視線は今まさに医療スタッフの治療を受けながら、先に空港から救助されていた妹と、地上部隊を率いていた現場指揮官である父親との無事の再会を喜ぶ、自分が救助した紫色をした長髪の少女へと向けられていた。

 

(あの子……なんで、あの状況で助かったの……?)

 

 確かに見たのだ。彼女が崩れる通路に飲まれ、瓦礫に埋もれていく様を。助けが間に合わず、己の無力さに打ちひしがれそうになったフェイトが見たのは、ほんの一瞬だけの眩い光。そして、瓦礫の上で静かに寝息を立てている少女の姿。困惑しながらも自分を押し潰さんとする瓦礫を排除しながら少女を抱き抱え、空港の外へ出た。それが事の真相だと、今の絶望を脱した高揚感の中で口にするのは、なんとなく憚られた。

 

「ほんと、嘘みたいな奇跡だよな」

 

 誰かが呟いたその言葉の通り、フェイトとその少女の生存を誰もが奇跡と謳った。

 この時現れた巨大生物は別次元でも度々出現例が確認されるようになり、怪獣と総称される事となる。この事件が、後にミッドチルダ全域を震撼させる大事件の予兆であった事等、誰もが予想し得なかった。

 

 

 

 四年後。空港壊滅事件で奇跡の生還を果たしたと一時騒がれた少女、ギンガ・ナカジマも十七歳となり、時空管理局陸士部隊所属の捜査官となっていた。最も、今日は休日。同じく管理局員である妹が休日かつ何の予定も無く一人だと聞かされ、丁度溜まっていた有給消化も兼ねて休みを合わせたのだ。クラナガンの郊外にある店で昼食を取り終え、食後のデザートにとアイスを買っての食べ歩きと、姉妹の時間を満喫中なのだ。

 

「ありがとねギン姉。奢ってもらっちゃって」

 

 五段以上重ねたアイスに目を輝かせる青色の短髪をした少女。件の妹であるスバル・ナカジマが笑顔で礼を述べる。その顔は申し訳なさそうでもあった。姉に連れられるまま入った店が、少しばかり背伸びをしないと手が届かないお値段であったからである。

 

「気にしないでいいわよ。スバルへのお祝いみたいなものなんだし。憧れのなのはさんと、一緒の部隊に行くんでしょ?」

 

 数日前、嬉しそうに連絡してきた様子が今でもついさっきの事のように思い出せる。

 期間限定で新設される実験的な部隊との事だが、妹の憧れであり目標でもあるエース・オブ・エース。高町なのはから親友と一緒にお誘いを受けたと、それはもうテンション高めに嬉しそうに伝えてきたものだから、話を聞いてるだけのこちらも自然と笑顔になってしまうというものだ。可愛い妹のそんな顔を見てしまっては、お祝いの一つでもしたくなるのが姉というものだろうとギンガは心の中で断言する。

 

「それに、お姉ちゃんのほうが階級上でお給料も多く貰ってるんだからね」

「えへへ……そういう事なら、お姉ちゃんの好意に甘えま~す」

【いや、だからってあの量は食べ過ぎなんじゃないか? っていうか、まだ食べてるし】

「デザートは別腹よ。べ・つ・ば・ら」

 

 二人で合計十数段重ねのアイスを頬張りながら、そう答える。

 おかげで財布の中身は軽くなった。時間を見て預金を下ろさないと自分の生活が危うくなるレベルで軽くなったが、自分も妹も満足しているのだから一切問題ないと思考して、ふと気づいた。

 

「……えっ、誰?」

 

 今さっき聞こえた声は、果たして誰の物なのだろうか。あまりにも自然に会話に混ざってきたというか、当たり前のように返事をしてしまった。なんというか、ずっと前から一緒にいる相手に返事をするような感覚があったので、不思議と不愉快さは無いのだが。

 

「ん? どうしたの?」

 

 少なくとも、アイスで頬を膨らませている妹の声ではない事は確かだ。そもそも声色が明らかに男性。それも少年と言って良いだろう若々しい声だったのだから。たまに少年に見間違えられるとたまに愚痴っているし、実際遠目で見れば男の子に見えなくも無いかなと、ギンガからみても思ってしまうぐらいにはボーイッシュとはいえ、妹のそれと聞き間違えるわけがない。

 

「いや、今……誰かの声、聞こえなかった? 男の子の声だと思うんだけど」

「え? 全然聞こえなかったけど」

「そう? 気のせいかしら……」

 

 今日の休暇を確実の物とする為、舞い込んできていた仕事を一気に片付けたせいで疲れが溜まっているのだろうか。上司や同僚からもちょっと根を詰めすぎだと注意されたので、昨日の夜は定時退勤した後に早めに睡眠を取ったのだが。

 

「ギン姉、疲れ溜まってるんじゃない? 来週マリエルさんのとこにいくんだし、念入りに診てもらった方がいいんじゃないかな」

「……そうしてもらおうかしら」

 

 残ったアイスをコーン毎頬張って、先の幻聴をとりあえず思考の外へ追いやる事にする。滅多にない妹と一緒の休日なのだ。余計な事は忘れて、夜まで存分に楽しむ事に全力を傾けるべきだろう。腹ごなしも兼ねてウインドウショッピングと洒落込むか、スバルが好きなゲームセンターにでも足を運ぶか。などと色々なプランを脳内に描き、とりあえずレールウェイで中央区へ移動してからの話かなと思っていると。

 

「誰かぁ! ソイツを捕まえてくれぇ!」

 

 悲鳴にも似た声が、背後から聞こえてきた。

 振り向くと、ミット帽を深く被り、マスクをした男が全速力でこちら目掛けて走ってきている。その後方から、スーツ姿の初老の男性がそのマスクの男を追いかけてくる。マスクの男は灰色のバックを持っており、初老の男性はそれを追いかけているというまさに絵に描いたようなひったくりの構図であった。

 

「スバル、ちょっと持っててくれる?」

 

 肩にかけていた鞄を預け、ギンガがマスクの男を待ち構えるようにその正面に立つ。

 

「邪魔だ! そこどけぇ!」

 

 マスクの男は、ぎっしりと中身が詰まっている事が一目でわかる程にパンパンになったバックを武器代わりとばかりに振り回す。対して、ギンガは小さく息を吐いて。

 

「ふっ!」

「おわっ!?」

 

 マスク男の手からバックを叩き落とし、足払いをして体制を崩し、男の右手を背中側へと捻りあげて地面へとうつ伏せに組み伏せた。その間、文字通り一瞬である。

 

「ぐぇ!? いってぇぇ!?」

「大人しくしなさい!」

 

 自身の膝を背中に押し付け、マスク男の身動きを封じるギンガ。男から叩き落としたバックは、スバルが回収して遅れて走ってきた初老の男性へと手渡している。

 

「はい。これ、あなたので間違いないですか?」

「あ、あぁ……ありがとう。たす、かったよ……」

 

 息も絶え絶えの男性は、感謝の言葉を述べつつ、スバルからバックを受け取る。一方で、ギンガに組み伏せられたマスク男は、なんとか抜け出そうと必死にもがいていた。

 

「こ、このガキ! 邪魔しやがって!」

「邪魔はこっちの台詞よ。せっかくの休日だったっていうのに」

 

 若干苛立ち混じりの声と共に、ギンガは上着のポケットから手帳を取り出し、それに収められた管理局員である事を示すIDカードを提示する。

 

「陸士108部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です。あなたを窃盗の現行犯で逮捕します。言い訳は署でお好きなだけどうぞ」

「管理局!? なんでこんなところにいんだよ!?」

「さぁね。スバル、連絡よろしく」

「オッケー」

 

 ギンガの指示に従って、スバルが待機状態のデバイスを取り出し通信を試みる。それを確認し、マスク男には拘束魔法をかけて手足を封じてから、ギンガは初老の男性にも声を掛けた。

 

「あなたにも確認の為にお話を伺う事になりますので、応援が来るまでこの場に待機していただけますか?」

「い、いや……それは……」

 

 ひったくりの被害者であるはずの男性は、バックを両手に抱えたまま言葉に詰まる。このまま管理局と関わるのは都合が悪いと言わんばかりの態度。成程、これは単純な被害者と加害者という構図ではない。この男性にも、相応に後ろめたい事情があるのだなと察するには十分すぎた。

 

「すいませんが、その荷物……検めさせてもらえませんか?」

「そ、それは駄目だ!」

「何故ですか? 見られちゃ困る……って事ですか?」

「そういう、わけでは……」

「そうじゃないなら、検めても問題ないはずですが」

 

 ギンガの男性を見る目が、事件の被害者から加害者相手のそれへと変わる。少なくとも、単なる被害者と言い切るには怪しすぎる。これほど露骨なのを見抜けないのは、新人捜査官どころか、訓練校入りたての見習いにもいないだろう。

 

「ギン姉、一般市民からの通報もあったみたい。あと三分もしないうちに応援来てくれるって」

 

 スバルのその言葉が男性を決意させたか、二人に背を向けて脱兎の如く走り去ろうとして、ギンガが彼の足元に設置していたバインドが作動。両足を固定されて間抜けな悲鳴を上げながら男性は転び、バックもその勢いで放り投げられ乱暴に地面に落下。その拍子にバックのロックが外れて、中身がゴロンという音と共に飛び出した。

 

「しまった!?」

 

 飛び出したのは銀色の箱。一斗缶程度の大きさのそれが何やら機械的な電子音を発したかと思えば、一瞬で箱が分解されてその中身が吐き出される。否、立ち上がったと表する方が正しいだろう。真っ黒なセミロングの髪をした十歳にも満たないであろう虚ろな目の少女が、分解された箱の中から現れたのだ。

 

「女の子……? え、どうやって入ってたの!?」

 

 明らかに箱の中に入る筈の無いそれに、驚愕の声をあげるスバル。ギンガも流石に予想外だとばかりに目を見開くも、すぐ様に男性の両腕にもバインドを仕掛ける。

 

「応援が来るまで、大人しくしてもらいます

 

 バインドで四肢を完全に拘束され、もがく男を尻目にギンガは箱から出てきた少女を見やる。青いワンピースに赤い靴を履いた黒髪の少女は、虚ろで焦点の合わない瞳を彷徨わせていた。明らかに普通の様子ではないなと、ギンガは安心させるように声を掛けながらそっと少女へと歩み寄る。

 

「えっと……君、大丈夫?」

「…………?」

 

 声に反応した少女は、不思議そうに首をかしげる。見た目は普通の子供だが、あんな箱に入れられていた時点で何か訳アリなのは間違いない。宇宙人が持っていた箱なのだから、常識外の技術が用いられた見た目以上にハイテクな代物だったのだろう。誘拐を初めとした様々な可能性を脳内に浮かべながら、ギンガは少女の目線に合せるようにしゃがみ込み、話しかける。

 

「私はギンガ。あっちは妹のスバル。あなたのお名前は?」

「……メモール」

「メモールちゃん、か。可愛い名前だね」

 

 正直、ちょっと変わった名前だなと思わなくもなかったが、そんな事は欠片も顔に出さず、ギンガは念話を通してスバルに指示を出す。

 

《局の方に届けが出てないか、調べてもらって。名前が解れば、だいたい絞れると思う》

《解った》

「こ、の! こうなりゃヤケだぁ!」

 

 突如、男性がそれまでの態度を一変させて吠える。

 バインドを力づくで引き千切り、スーツを引き裂くようにして男性がその本性を露わにする。シルエットこそ人型だが、黄金の能面を被ったかのような顔に金色の髪。更に金色のプロテクターを全身に装着した異形の姿だ。変身魔法を使うわけでも無く、そんな真似ができる存在はここミッドチルダでは限られる。それは、管理局も存在を認識しつつも公にされてはいない外宇宙からの旅人達。

 

「う、宇宙人!?」

 

 正体を現した男性、ババルウ星人はフゥッと、わざとらしく格好を付けながら髪の毛を掻き揚げる。

 

「スマートに行きたかったが仕方ねぇ。おい、そのガキをこっちに渡せ!」

 

 両腕のプロテクターから飛び出した刃を見せつけ、威嚇する。

 

「管理局ってんならヴィランギルドの名、知らねぇわけじゃねぇだろぉ?」

 

 宇宙人と一言で言っても、人間と同じように多種多様であり、性格も当然それそれ違う。人間に擬態してひっそりと暮らしている者もいれば、正体を堂々と明かしたうえで社会的ルールを守り、平和に暮らしている者達もいる。当然ながら犯罪に手を染める者達も。ヴィランギルドはそういった犯罪者の宇宙人達が寄り集まった非合法組織である。

 

「っ!?」

 

 宇宙人の存在も知っているし、目にした事もあるスバルではあったが、こうして殺意にも似た感情を向けてくる個体と出会ったのは初めてである。管理局員ではあっても、彼女の属する部隊はヴィランギルドといった犯罪者を相手取る事を主としていないが故であった。対して、ギンガは落ち着いた様子でスバルに念話を送る。

 

《メモールちゃんの事、ちょっとお願いね》

 

 姉の言葉に我に返って、スバルは小さく頷きメモールを庇うように自分の後ろへ。それを見ながら、ギンガは懐から待機状態のデバイスを取り出した。

 

「セットアップ」

 

 言葉に反応し、デバイスが展開。ギンガの全身を光で包み込んで戦闘用防護服、バリアジャケットが装着される。白いボディスーツに紺のジャケット。胴に銀色のプロテクターを、両足にローラーブーツ。そして、左腕に白を基調とした巨大な手甲型デバイス。リボルバーナックルが装着される。

 

「一応警告します。抵抗を止めて、大人しくしてもらえますか?」

「はぁ? 何を言ってる? そっちこそ大人しくしろってんだよ!!」

 

 ギンガの物言いが癪に障ったのか、両腕のカッターを持ってその体を切り裂かんと迫るババルウ星人。ギンガはすぅっと目を細めて、振るわれる二対の刃の動きを見切り最小限の動作で回避。そのまま懐に潜り込んで。

 

「はっ!」

「おがっ!?」

 

 ババルウ星人の顔面に思いっきり、左ストレートを撃ち込んだ。

 

「警告はしました。罪状は色々出てくると思いますが、とりあえず公務執行妨害で」

「こ、この! 調子に乗るなぎゃばぁっ!?」

 

 キレて反撃に転じようとした矢先に、また顔面へとギンガの鉄拳が吸い込まれた。ますます頭に血が上り、カッターを振り回してくるババルウ星人の動きを的確に見切り、掌に展開した最小限の防御フィールドで受け止めて流しながら、三度懐に潜り込んで左腕の一撃。今度は裏拳が、またババルウの顔面を強打した。

 ギンガが強いというよりは、このババルウ星人が弱すぎるだけなのかもしれない。姉と同じ格闘技術シューティングアーツの使い手――姉に比べればまだまだ未熟だと自覚はある――のスバルからみても、ハッキリ言って弱い。

 

(一方的だなぁ)

 

 姉の所属する陸士108部隊は、普通の犯罪の他にヴィランギルド絡みの案件も多数取り扱うだけに、そこで捜査官をしているギンガも当然ながら宇宙人相手の実戦経験は嫌というほど積んでいる。その辺を差し引いたとしても、ちょっとババルウ星人が可哀想なぐらいにボッコボコにされているのであった。

 

「どぉわぁあああっ!?」

 

 最後に顔面に一発。リボルバーナックルによる打撃を受けて、ババルウ星人は吹っ飛んだ。ギンガは軽く息を吐きながら、半開きの目で仰向けに道路へ転がるババルウを睨みつけ、手足だけと言わず全身にバインドを何重にも掛ける。文字通りボッコボコにしたのだから、これで今度こそ完全拘束である。

 

「そこで大人しくしてなさい」

「こ、こんなガキに俺が……っ!? 俺の仕事邪魔しやがって! ギルドが黙ってねぇぞ!」

「話は署で担当の者が伺います」

 

 この程度のチンピラ一人をギルドがイチイチ気にかけたりしないだろうとギンガは結論付けて、聞き流す。ヴィランギルドは規模こそ大きい物の、利害関係だけの横の繋がりしかない組織なのだ。所謂大物であれば話は別だろうが、このババルウは間違いなく小物だ。勝手にギルドの名を語っているだけの可能性だってあるし、まず間違いなくこのクラナガンで活動するギルドの大物が出てくるようなヤツではない。そうこうしてる内に、サイレンの音と共に通報を受けた応援が駆けつけてくるのが確認できた。

 

「とりあえず一段落ね。ちょっと話つけてくるから、スバルはメモールちゃんの事、見ててくれる?」

「うん、任せて」

「任せます。さて、さっさと立つ!」

「いってぇ! 痛いって!」

「えっ!? 俺もですかぁ!?」

「あなたもです。ひったくりには違いないでしょ」

 

 左手でババルウを、右手でひったくり犯を強引に立ち上がらせて、駆けつけた局員達の下へローラーブーツで走っていく。年若い少女が男二人。片方は宇宙人を連行してくる様に一瞬面食らった局員達だったが、すぐ様に仕事に取り掛かる。見るからに歴が長そうな男性局員や、バリアジャケットを展開し、臨戦態勢を整えている魔導士達を相手に堂々とやるべき事をこなすギンガの姿をじぃっと見やるメモールに、スバルはどこか嬉しそうに声を掛ける。

 

「私のお姉ちゃん、格好いいでしょ?」

「おね、え……ちゃん?」

「うん。私の自慢のお姉ちゃんで、二人いる憧れの人の一人なんだ」

 

 その言葉にメモールは顔をあげてスバルを見る。姉を見るスバルの瞳は、ヒーローでも見ているかのように輝いていた。スバルに連れられるように、もう一度ギンガへと視線を向ける。男性局員達に混じって仕事をこなすギンガ。凛々しいという表現がピッタリの横顔が、自分達の視線に気付いて目線を向けると、一瞬で優しい物に変わる。右手をこちらに向け、軽く手を振ってくる仕草は、年相応の少女のそれ。

 

「………」

 

 メモールは、数秒ほどそれをじぃっと見つめた後に同じように手を振って返す。ギンガもそれをみて笑顔を浮かべ、とりあえずこの場で済ませられる手続きはさっさと片付けてしまおうと気を取り直して。

 

【ギンガ! 右斜め上、ビルの屋上!】

「えっ!?」

 

 また急に聞こえてきた声にハッとなり、反射的に言われた方向へ視線を向ける。そこには何もない。当然ながら人気も無い、ありふれたビルの屋上しかなかった。

 

「……何もない……けど」

【おかしいな。確かに、視線を感じたんだけど】

「っていうか、またこの声? もぉ……何なのよ、ホントに」

 

 幻聴というには、やたらとハッキリ聞こえてくるそれに肩を落とす、本当に疲れが溜まっているのかもしれない。暫く、残業は避けたいところである。

 

 

 

 声の主が示したビルの屋上。ギンガの立ち位置からは決して見えない場所に、その男は立っていた。真ん中で白と黒に解れた服に身を包んだ黒髪の青年。芝居がかった笑みを張り付かせながら、その瞳は真っ直ぐにギンガへ、彼女の中にいる声の主へと向けられていた。

 

「ようやくお目覚めか。早寝早起きはちゃんとしないと駄目じゃないか」

 

 どこからともなく、青年は指輪を取り出した。獣の顔のような装飾が施された、銀色に赤い刺し色が入った指輪だ。

 

「では、目覚まし時計を進呈しよう」

 

 無造作に指輪を、空へ放り投げる。

 

「おいで、ヘルベロス」

 

 そして、空が暗雲に包まれた。

 

 

 

 被疑者二人の引き渡しを終え、ふぅと一息履いてギンガは自分を待っている二人の方へ向き直る。この後はメモールの身元確認等、色々とやる事が山積み。どうあがいても、久方ぶりの姉妹揃っての休日はここにて打ち切り確定だ。

 

(ま、仕方ないわよね)

 

 非常に残念ではあるが、そういう事も込みでこの道を選んだのだ。またそのうち機会はあると言い聞かせ、未練を飲み込んで二人の下へローラーブーツを走らせる。

 

「ごめんね、スバル。せっかくのお休みだったけど」

「仕方ないよ。私はお昼奢ってくれただけでも十分」

「そう? なら、そういう事で」

 

 スバルと言葉を交わし、続けてメモールに声を掛ける。勿論、目線を合わせる為に腰を下げてから。

 

「メモールちゃん、お家の人に連絡しないとだから、お姉ちゃん達と一緒に来てくれないかな?」

 

 ギンガの言葉に、メモールは静かに首を横に振った。

 

「……私、一人だけ。お家、無い」

「あ、ぁ……そう、なんだ……」

 

 その言葉でだいたい察してしまう。色々と浮かび上がる嫌な可能性に、ギンガもスバルも表情を曇らせるが、それでもなんとか笑顔を浮かべて、ギンガはそっとメモールの頭を優しくなでる。

 

「とりあえず、一緒に来てくれる? 大丈夫、怖い事も何もない、安心できるところだから」

 

 優しく言い聞かせるその言葉に、メモールは数秒ほどの間を空けて小さく頷いた。

 

「よし。それじゃ、行こっか」

 

 メモールの小さな体を抱き抱え、見た目以上にずっしりと感じる重さに少々驚きながらもスバルと共に局員達の乗ってきた車まで移動する。今後、この子をどうするかは色々と考えてはいるけれど、果たして父が何と言う事やらが、今現在一番の悩みである。

 

《ギン姉、なんだかお母さんみたいだったね》

《まぁ、スバルの面倒色々見てましたから? 夜怖くて一人じゃトイレいけなかったのは誰でしたっけ? 寝る時に電気消したら、暗いの怖いーって泣いたりとかぁ?》

《ちょっ!? いつの頃の話ーっ!?》

 

 何気ない話題を振ったら黒歴史を掘り返され、赤面する妹へ意地悪そうな笑みで返したところで、陽の光を遮る何かによってその場を影が包み込んだ。

 

「え……?」

 

 空を見上げると、そこにあるのは不気味な色の暗雲。紫電が走り、生命のようにうごめく気味の悪い、見ているだけで不愉快さとおぞましさが湧きたってくるようなそれに、その場にいた者全員が視線を奪われた。呆然としたその表情は、その雲の中より無造作に吐き出された光弾の雨によって、驚愕へと変わる。

 

「っ! 退避ぃ!」

 

 誰かがそう叫ぶのと同時に、光弾が着弾。激しい爆発と共に地面が吹き飛び、抉れ、爆風と炎に巻き込まれた局員達が悲痛な悲鳴をあげる。ギンガとスバルの下へも容赦なく降り注ぐ光弾。二人は防御障壁を展開しながら、どうにか破壊の雨を掻い潜ろうと必死に走る。

 

「ギン姉! 危ない!」

「スバル!? きゃぁあっ!?」

 

 妹の悲痛な声が聞こえたかと思えば、横合いから何かに突き飛ばされるような衝撃を受けて道路に転がされる。それでもメモールだけには怪我をさすまいと自身を盾にするように、背中から倒れ込んで痛みに表情を歪めるのと、何か巨大な物が地面に落下してきたのは同時。

 

「……えっ?」

 

 ついさっきまで自分がいて、今まさにスバルが立っていたであろう場所に、崩れ落ちたビルの外壁があった。視界いっぱいに広がる瓦礫の山。そこにいる筈の妹の姿は、どこにも見えなかった。

 

「スバ、ル……?」

 

 まさかと、最悪の予想が脳裏を過る。さらに追い打ちをかけるように、光弾の嵐を降り注がせる暗雲から聞こえるのは、不気味な唸り声。

 

〖グギャゥウウウウウウウッ!〗

 

 天を割く雄叫びと共に、漆黒の皮膚に血のような赤い甲羅を持った巨大な獣が暗雲より飛来し、クラナガンの地に降り立つ。60メートルはあろう巨体に獰猛な獣の顔。身の丈程はある尻尾の先端を初め、全身から伸びる鋭い刃。魔導士の中でも数少ない召喚魔法の使い手が呼び出す召喚獣とも違う、破壊の権化。

 

「……あれ、は……」

 

 四年前、空港壊滅事件の時に確認されて以来、時折各次元世界でその存在が確認されはじめた巨大生物。怪獣と総称される巨大な獣の一種。

 

 

 その名を、最凶獣ヘルベロス。

 クラナガンに置いて、四年ぶりに出現が確認された怪獣であった。




Bpartは日付が変わった頃にでも


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第一話 光になった日 Bpart

 その日、フェイトは十年来の親友である高町なのはを連れ立ってクラナガン中央に聳える高層ビル群。時空管理局地上本部を訪れていた。新たに設立される新部隊、機動六課関連の細々とした書類仕事。諸々の手続きでどうしても地上本部に出向く必要があったからだ。

 

「とりあえず、本格スタートまでにやらないといけない面倒事はこれで全部だよね」

「うん。後は何もないし……あったとしたら、それは八神部隊長の責任です」

「なら、あっても全部押し付けちゃおっか。デスクワークは部隊長の仕事だもんね」

 

 冗談めかしていうなのはに、フェイトも笑って返す。ここにはいない親友、八神はやての夢であった新部隊設立の為にあれこれ手伝える範囲の事はやり終えている。後は全部、上司の責任で問題ないだろう。

 

「フェイトちゃん、お昼まだだったら一緒にどう?」

「いいね。ちょっと前にシグナムから教えてもらった美味しい食堂があるからそこに……っ!?」

 

 不意に、巨大な地響きで大地が揺れた。明らかに地震ではなく、何かが叩き付けられたかのようなそれに他の局員達も何事かとざわめく。窓辺にいた局員の一人が「な、なんだあれ!?」と叫び、そちらへ顔を向けると、炎が立ち上った燃える街並みと、空より降り立った一体の巨大生物の姿があった。

 

「誰だよ、街中で召喚魔法なんて使ったの!?」

「馬鹿か! あんなの、違法魔導師でもそうそうやらかさねぇって!」

「何ぼさっとしてる! 出られるヤツはさっさと出ろ! 付近の部隊にも出動要請だろ!」

 

 クラナガンの治安維持及び防衛を一手に担う地上本部といえども、唐突に出現した巨大生物相手に流石に戸惑いを隠せず、指示を出す上官の声を受けても動きが悪い者がちらほらと見受けられる。このクラナガンにいて、あんな巨大生物を目撃する等まず機会もないことなのだから、それはいくらか仕方のない事なのかもしれない。

 

「なのは!」

「うん。お昼はまた今度、だね!」

 

 その喧騒を余所に、一目散に外へと飛び出したなのはとフェイトはそれぞれの相棒たるデバイス、レイジングハートとバルデッシュを起動。一瞬でバリアジャケットを見に纏って飛翔する。本局所属の自分達が飛行許可を得る事も無く地上本部のお膝元であるクラナガンの空を飛ぶなど、ハッキリ言って問題行為なのだが、あの惨状を目撃していてそんな悠長を言っていられる状況ではない。

 

(はやてちゃん、立ち上げ前から迷惑かけて、ホントゴメン!)

 

 恐らくというか間違いなく、何らかの形で負担を被る事になってしまう親友に心の中で全力で謝罪しながら、二人は巨大生物……怪獣目掛けて空を舞う。

 

「アイツ、四年前の奴の仲間かな?」

「どうかな……見た目全然違うけど」

 

 四年前、自分達も救助活動に参加した空港災害時に現れた怪獣の事が、嫌でも脳裏を過る。何故今になってまた現れたのかと、嫌でも思案せずにはいられなかった。

 

 

 

 

「スバル……スバル! スバル返事して! スバルッ!!」

 

 恐怖に駆られて妹の名を叫ぶ。目の前にある崩れた瓦礫の山。それから自分を庇って、下敷きになってしまったのではないか。いくら()()()()()()()だと言っても、こんな瓦礫の下敷きになってしまったら……頭の中に嫌でも浮かんでくる最悪の結果を振り払うように、ひたすらに妹の名を叫ぶ。

 

『ギン姉……大丈夫。無事だよ』

 

 デバイスを通じて聞こえてくる妹の声。

 

「スバル! 良かった……待ってて、すぐに助けるから!」

『私の事は後。まず、メモールちゃんを安全な処に連れてってあげて』

「あ……」

 

 その言葉に、自分が腕の中に抱えていた小さな命の事を思い出す。妹が瓦礫の下敷きになったという衝撃で、すっかりと頭の中から抜け落ちていた。煙を吸い込み、息苦しそうに咳をする少女への罪悪感と、いくらなんでも迂闊すぎる自分の拙さに怒りにも似た情けなさを覚える。

 

『先にその子の安全確保。ギン姉しか出来ないんだから、しっかりやって』

「……解った。すぐに助けに戻るから、ちょっとだけ我慢してて」

 

 思っていたよりも、妹は立派だ。災害救助を担当する部隊にいるからというのもあるだろうが、この状況で自分よりも落ち着いている。そんな彼女を誇らしく思うと共に、己の不甲斐なさを反省。今は、自分のやるべきことをしっかりとやらなければならない。

 

「げほっ……げほっ……」

「ごめんね、メモールちゃん。すぐに安全な場所に連れてってあげるから!」

 

 魔力で組み上げた空を走る道。ウイングロードを伸ばし、その上を疾走して炎と煙に飲み込まれ、怪獣が荒れ狂うエリアを離脱するギンガ。両腕に抱きしめたメモールの身体の、その命の重さをしっかりと体に覚えさせながら、怪獣が暴れる街に妹を一人残して行く事への罪悪感を振り払って、空の道を疾走する。

 それを、待機状態の破損したデバイスでどうにか起動させたレーダーで確認して、スバルは安心したように息を吐き出した。

 

「もぉ……ギン姉、私の事になるとすぐ取り乱すとこ、全然変わんないなぁ……」

 

 小さい時から、そういうところは本当に変わってない。空港災害に巻き込まれた四年前から、一気に酷くなったような気がする。あの時は自分が迷子になって姉とはぐれたというのもあるので、よく考えなくても自分のせいではあるのだが。

 

「ゲホッ、えほっ……」

 

 瓦礫の山の下。文字通り下敷きになったスバルが息苦しそうに苦笑しながら自分の状態を再確認。手足の感覚はちゃんとある。完全に潰されて悲惨な事になっているわけでは無さそうだが、身動きは取れない。おまけに瓦礫の隙間から漂ってくる炎の熱と煙で呼吸は苦しいし、どうにか動かせた右手でポケットの中からデバイスを取り出せば、破損してバリアジャケットの展開が不可能になっていると最悪中の最悪だ。レーダーと通信が出来ただけマシといえる壊れっぷりなので、贅沢は言えないが。

 

(あぁ、これ……ちょっと、ヤバいかなぁ……)

 

 あまり時間が残されていない事に言い知れぬ不安を覚えながらも、スバルの脳裏に浮かぶのは姉が無事に少女を連れてこの場を離れた事への安堵と、今ここにはいない親友を初めとした大事な人々の事だった。

 

 

 

 

 ウイングロードで空を駆け抜けながら、ギンガの横目に移るのは怪獣によって蹂躙される街の光景。ついさっきまで妹と二人で休日を楽しんでいただけなのに、何故このような理不尽に直面せねばならないのか。血がにじむ程に唇を噛みしめながら、ギンガは腕に抱くメモールに目線を移す。

 

「…………」

 

 怯えている様子もなく、ぼんやりとした視線を泳がせたままではあるが小さな手でしっかりとギンガにしがみく少女。まずはこの子の安全をしっかり確保する事が先決。スバルからも叱咤されたそれを再確認し、適当な場所はないかと視線を動かしていると、こちらに向かって飛行する二人の魔導士の姿が見えた。それぞれ白と黒のバリアジャケットを纏った、見間違えるはずもない自分とスバルの恩人達。

 

「あれは……フェイトさんに、なのはさん!?」

「ギンガ……?」

 

 二人もまさかギンガと顔を合わせるとは思っていなかったといった様子で、三者ともに空中で静止する。

 

「ギンガ、どうしてここに……? その子は?」

「偶然居合わせたんです! すいません、この子を安全な場所までお願いします!」

「へ、えっ!?」

 

 有無を言わさず、半ば押し付けるようにフェイトへメモールを手渡した。反射的に受け取りながらも呆然とするフェイトを尻目に、ギンガはメモールの頭をそっと撫でる。

 

「少しの間、このお姉さんと一緒にいて。後で必ず迎えにいくから」

「……解った」

「ちょ、ちょっと!? この子誰!?」

「ヴィランギルドに拉致されてたみたいです! お願いします!」

 

 それ以上言う事は無いとばかりに会話を打ち切り、頭を深々と下げてからウイングロードをUターンさせて、ギンガは巨大怪獣の暴れるポイントへと戻っていく。怪獣目掛けて飛んで来たらヴィランギルドに拉致されていた女の子まで出てくるなんて、ちょっと情報量が多すぎてパンクしそうである。そんなわけで彼女の背中を呆気に取られたように数秒眺めた後、ハッと二人も我に返った。

 

「なのは、ギンガをお願い。なんだか様子がおかしかったし……私はこの子を、適当な救助隊に預けてくるから」

「解った。任せて」

 

 互いに頷くと共に、フェイトは元来た空路を取って返し、なのははギンガの後を追うように空を駆けながら、彼女へと念話を繋げる。

 

《ギンガ、焦ってるみたいだけど落ち着いて。何があったの?》

《スバルが、スバルがまだあそこにいるんです! 助けに行かないと!》

《スバルが……っ!?》

 

 驚くと共に、ギンガの焦りの訳も理解する。四年前の縁もあり、色々と彼女を気にかけていたらしいフェイトを通して面識はあった。偶然仕事先で一緒になった事もあり、その際に彼女の人となりはある程度把握はしているつもりだった。とても妹を大切に想っている優しいお姉ちゃんという、自身も故郷にいる姉を思い出すぐらいには理想的に姉をしていると子だと。

 

《解った。でも、一人でなんて無茶だよ。私も協力するし、さっきの子を救助隊に預けてからフェイトちゃんも戻ってくる》

《なら、アイツを引き付けてください! 私はスバルを!》

《ちょっ!?》

 

 静止を無視し、一気に加速していくギンガの背中を見やって、なのはは彼女の父と交流のあるはやてから聞かされていた話を思い出す。ギンガは捜査官として優秀。普段もかなり落ち着いている性格だというのに、妹が絡むとそれが嘘みたいに直情的になると。実際に目の当たりにするのは初めてだが、まさかここまでとは。

 

「全くもぉ。後でちょっとお説教、かな!」

 

 でも、自分の家族が今まさに死にかけようとしているとなれば、自分も落ち着いてられないだろうから気持ちは解る。言葉とは裏腹に彼女の心境に理解を示しながら、なのはは数発の魔力弾を怪獣、ヘルベロスへ向けて発射。こうなれば、しっかりと囮役をやってみせようではないか。

 

 

 

 ポリポリと、煙と炎に巻かれた惨状には不釣り合いな咀嚼音がする。

 白黒の服に身を包んだ青年は、崩れたビルの一室。数分前までは賑わっていた飲食店だったそこで、奇跡的に無事だった椅子に腰かけてスナック菓子を頬張っていた。周囲の惨状もあいまって、一種の異様さすら感じさせるほどに呑気な様だ。

 

「ふぅん。この星の魔導士とやらも中々やるじゃないか」

 

 自らが呼び寄せた怪獣、ヘルベロスの攻撃を掻い潜って的確に攻撃を撃ち込んでいく白いバリアジャケットの魔導士。蟻と恐竜なんて例えすら可愛いほどの体格さを物ともせず挑む姿は、彼から見てもほんの少しばかり見惚れそうになるほどに勇ましく、愚かしい。それでも、思っていた以上に戦えてみせているのは拍手を送ってやっても良いかもしれない。やがて空陸に魔導士が数だけ揃えてゾロゾロと姿を見せる。流石に一人に全部押し付けるような連中ではないかとその蛮勇を称え、青年は鼻で嗤う。

 

「頭数だけ揃えて、ぞろぞろぞろぞろ。どこの星も人間ってのは変わらない」

 

 数だけ揃えようが、この星の人間がどれほどの力を持っていようがヘルベロスには敵わないだろうと青年は確信している。あの白い魔導士と同等か、それ以上のレベルの者が揃うなら話は別かもしれないが、それすらも青年にとってはどうでも良い事だった。

 そうして、そんな白い魔導士とその他大勢には対して興味も無いとばかりに視線を外し、彼が注視するのはヘルベロスの横をすり抜けて真っ直ぐに地上へ降りようとしている紫髪の少女。

 

「甘いなぁ……甘すぎる」

 

 そう簡単に目的を達成されちゃぁ、面白くないじゃないか。

 青年は空になったスナック菓子の空き袋を放り棄て、指を鳴らす。それに呼応するようにヘルベロスが雄叫びを上げ、視界から外れている筈の紫髪の少女を尻尾で吹き飛ばした。

 

 

 

 

 怪獣が振るった尻尾がギンガの身体を打ち据えて、弾かれたパチンコ玉のようにビルの壁へと叩き付けた。壁を砕き、何かの会社が入っていたらしきオフィスのデスクをいくつも巻き込んで、反対側の壁まで叩き付けられてようやく、彼女の身体は止まった。壁に体がめり込み、吐血する程の衝撃がギンガを襲う。

 

「か、は……っ!」

 

 全身が痛い。痛いなんてものじゃない。咄嗟に展開した防御障壁越しにでもあっさりと吹き飛ばされ、バリアジャケットも破損。意識が飛んでないというより、気絶した瞬間に激痛で強引に目覚めさせられている感覚。完全に怪獣の視界から外れていたはずなのに、何故自分を的確に狙ってきたのか。そんな当然抱くべき疑問すら、苦痛の彼方へと消えていく。

 

「ま、だ……うご、け……っ!?」

 

 それがどうしたと激痛が走る体に鞭打ち、壁から体を引きはがすもすぐに膝が地に着いた。見れば両足に装着しているローラーブーツ型デバイスが、ギリギリ履物として機能するかどうかといったレベルにまで破損している。足も折れてこそいないが出血がひどい。今すぐにでも妹を助けに行きたいのに、それを許さないと言わんばかりに。

 

〖グギャゥウウウウウウウッ!〗

 

 耳障りな雄叫びと共に、怪獣による蹂躙の音と対抗している魔導士達の悲鳴のような声が聞こえてくる。あんな文字通りのバケモノの相手にした事がある魔導士なんて、管理局全体を数えても何人いるか。ただでさえ人手不足に嘆いている地上部隊となれば、それこそゼロかもしれない。あんなのが暴れていては、救助活動すらろくに行えていないだろう事は想像に容易かった。

 

「なんで……っ!」

 

 聞いているだけで苛々する。どうして何もかも上手くいかない。単に妹を助けたいだけなのに、なんで邪魔をする。

 

「なんで、こんな時に限って!」

 

 苛立ちが叫びとなって木霊した。

 脳裏に浮かぶのは四年前、姉妹揃って巻き込まれた空港災害。あの時も、あんな化け物が、怪獣が現れたせいで大災害になった。はぐれたスバルを探す為に恐怖を押し殺して探し回り、崩落に巻き込まれて死ぬ寸前だったところを姉妹共々に助けられた。今度は、誰も助けになんて来る余裕はないだろう。エースオブエースですら、未だにあれを引き付けるのに精いっぱいだ。

 

【どうする? お前一人なら、助かるぞ】

 

 声が聞こえた。

 確かに、今すぐここから逃げたって誰も文句は言わないだろう。仕方が無いと、あんなのを相手に戦うのは君の実力では無謀なのだからと。実際に立ち向かって一撃のもとに敗北し、軽くはない傷を負ったのだから当然の判断。

 君には、あれに届く力は無いのだから。

 

「うるさい! 黙って!」

 

 そんな戯言を、絶叫で否定する。

 

「さっきから声だけで偉そうに……っ! アンタに! アンタに何が解るのよ!」

 

 最早止められぬとばかりに、八つ当たりの自覚すらも無いまま感情のままに叫ぶ。

 

「私は! 私は妹を、スバルを何があっても守るの! もう二度と、大切な人を失うのは嫌なの!」

 

 果たして、今までの人生でこれほど感情を爆発させた事があっただろうか。心の底から敬愛する母を理不尽に奪われた時以来か。全身に走る激痛を強引にねじ伏せて、最早歩くのにも邪魔なローラーブーツは強制解除。素足で破片まみれの床を踏みしめ立ち上がる。こんな理不尽に屈するものか。大切な人を奪わせてなるものか。あんな悲しみを少しでも減らす為に誰にも味合せないために、父の反対を押し切って管理局員の道を選んだのだから。

 

「誰がなんて言ったって、私は! 諦めてなんか、やるもんか!」

 

 これ以上ないぐらいに感情を吐き出し、何もかもを蹂躙する理不尽へ立ち向かう為の一歩を踏み出した。

 

【お前の覚悟、受け取った!】

 

 そして、その答えを待っていたとばかりに声の主は喜びに満ちた叫びをあげた。

 ギンガの体から飛び出すのは無数の光。それが彼女の眼前で一か所に集まり、形を持つ。

 

「え……?」

 

 角を持った能面のような顔の意匠が彫られた銀色のアクセサリー。キーホルダーであろうそれが、ギンガの眼前で宙に浮かんでいる。そして察した。時折聞こえていた声の主は、このキーホルダーなのだと。ずっと前から、自分と共にあった誰かがそこにいるのだと。

 

「あなた、一体……」

【話は後だ! 妹や他の人達を助けるんだろ?】

 

 ギンガの右手首に光が集まり、銀と金の装飾が施されたブレスレットが装着される。それが再度光を放ったかと思えば、一瞬で宝玉のような物が取り付けられたガントレットへと変化し、彼女の右腕にしっかりと取り付けられた。

 

【その手で俺を掴め!】

 

 何が何だかさっぱりわからない。だが、不思議と信用できるという確信があった。以前もこんな事があったような、そんな気がする。だからこそ、彼女は迷わず右手を伸ばしてキーホルダーを掴み取る。

 

【俺とお前は一心同体。俺がお前で、お前が俺だ!】

 

 そして、少女は光になった。

 

 

 

 

 眩い光が、地獄と化した街を包み込む。とにかく人気の無いエリアに怪獣を誘導せんと必死に砲撃を行っていた魔導士達も、怪獣すらもそれに目を奪われ動きを止める。続けて吹き荒れるのは何か巨大な物が地面に降り立ったような振動と、それによって引き起こされた突風。お地上にいた魔導士達は振動でバランスを崩して転がり跳び、空を飛ぶ者達は突風で吹き飛ばされながらもなんとか墜落せぬよう必死に自分の体を操作する。

 

「くっ!? な、なに……っ!?」

 

 ヘルベロス相手にどうにか戦えていた数少ない魔導士であるなのはと、少し前に駆け付けたフェイトもまたその突風に煽られる。地面を紅く染めていた炎が全て消し飛ぶほどのそれと共に、光はやがて人型へと変わっていく。全長50メートルはあろう巨大な人型へ。

 

「あれって……四年前の……?」

 

 当時、空港を襲った怪獣を相手に空を駆けていたなのはが思わずつぶやいた。忘れる筈もない。あの時、突如として現れたのは間違いなく今こうして現れた巨人だ。

 赤と銀の肉体。胸部に装着された青いプロテクター。その中央にある丸状の宝石のような物。頭に二本の角を持った巨人は、ゆっくりと立ち上がる。その手にはいつの間に助けたのか、瓦礫の下敷きになっていたままだった民間人。負傷しても救援の余裕がなく、その場に取り残されていた管理局員達の姿があった。

 

「え……?」

 

 巨人の手の中。防御フィールドのような膜につつまれた人々はゆっくりと空へ舞い上がり、少し離れたビルの屋上へと降ろされる。同時に膜は消え去り、人々は何が起きたのかと不思議そうに巨人を見やる。助けられた人々の一人、スバルもまた瓦礫の下で死を待つだけだったはずの自分が、何時の間に助けられたのかと困惑しながらも、助けた存在であろう巨人にその視線を奪われていた。

 

「助けて……くれたの……?」

 

 記憶に鮮明に焼き付いている四年前に見た巨人の姿と、目の前にいる赤い巨人の姿が重なる。どこか懐かしいような気すらするのは、そのせいだろうか。いや、それ以上にスバルにはあの巨人に親しみ以上の何かを、幼い頃よりずっと一緒にいる誰かの姿までもが重なって見えていた。

 

「……ギン姉?」

 

 まさかと思いながらも、口から出た姉の名前。見るからに男性的な体つきの巨人が姉の筈が無いのに、不思議と重なって見えたのだ。そのつぶやきが聞こえていたのか、巨人の視線が自分の方を一瞬向いたかと思えば、すぐにそれは怪獣を相手にしていた空戦魔導士達へと向けられた。

 

「!?」

 

 その一部始終を見ていたなのはを初めとする魔導士達は、不意に自分達へと目線を向けた巨人に思わず身構える。だが、巨人は静かに頷くだけだった。まるで、さっきの人々を頼むとでも言わんばかりに。信じれないといった様子の魔導士達から目線を外し、巨人が向き直るは怪獣。獰猛な唸り声をあげながら威嚇してくるそれに対し、巨人は身構える。

 

〖シェアッ!〗

 

 そして、雄叫びと共に巨人はヘルベロスへと駆け出した。迎え撃つとばかりに尻尾を振り回す最凶獣。巨人はその殴打を跳躍して回避。一跳びではるか上空へ舞い上がった巨人は何度も体を捻り、真っ直ぐに右足を突き出して怪獣の頭へと跳び蹴りを突き刺した。

 

〖グギャァアア!〗

 

 悲鳴をあげて倒れる怪獣。巨人はすかさず馬乗りになり、追い打ちを仕掛けんとするが怪獣の角から放たれた電撃のような光線の直撃を受け、逆に吹き飛ばされる。

 

〖グアッ!〗

 

 すでに半壊していたビルが巨人の下敷きとなり、完全に崩壊。怪獣は立ち上がり、背中の甲羅から伸びる無数の棘を発光させて射出する。暗雲から吐き出されていた破壊の雨はこれだったのかと魔導士達は察すると共に、明らかに巨人を狙っていながらも無造作に撃ち放たれたそれが周囲に与える被害を察するまでもなく、反射的にそれぞれが砲撃魔法を持って迎撃に移る。

 

「これ以上、街を焼かせるな!」

 

 魔導士の一人が叫び、それを合図に他の魔導士達と砲撃を集中させ一発を迎撃。しかし、ざっと数えても数十はあるそれを着弾までに果たして撃ち落とせるだろうかと不安が過る。そのすぐ近くでなのはとフェイトがそれぞれの魔法を持って怪獣の棘を迎撃する。これの迎撃その物はそう難しくはないが。

 

「数が多すぎる!」

 

 この場にいる空戦可能な魔導士は、なのはとフェイトを合わせても十人に満たない。それで街へ降り注ごうとしている破壊の棘を、全て迎撃するには頭数が決定的に足りなかった。

 それでも諦めるものかとなのはは自身の相棒たるレイジングハートと共に、展開できる最大数の魔力弾を一斉射。だが、数が足りない。全て迎撃するには手数が足りない事を嫌でも思い知らせんとばかりに、迎撃を免れた棘が降り注ぎ―――

 

〖デヤッ!〗

 

 ―――巨人が左手を垂直に、右手をそれに対し水平に構え十字を構えて放ったエネルギー弾が、残りを全て迎撃した。

 

「あの巨人……」

 

 なのはの視界の先で、巨人は再度ヘルベロスへと突撃。今度は真正面から跳び蹴りを決めて怯ませてから、手刀を叩き込もうとしてヘルベロスの両腕から伸びる刃上の棘に受け止められる。痛みを訴えるように手首を振りながらも、負けじとその胴体へ連続して拳を叩き込み、どうにかその巨獣を抑え込もうとする様をみていたなのはも、腹を決めたとばかりにフェイトへ声を掛ける。

 

「フェイトちゃん!」

「解った!」

 

 親友の考えを察し、フェイトは即座にその場を離れてヘルベロスの左側面へ。なのははその位置から、レイジングハートを構える。それを見て二人の考えを察したのか、単なる偶然か。巨人は怪獣に真正面から組み付き、その動きを可能な限り封じてみせる。

 

「レイジングハート、一発で決めるよ」

〈了解しました〉

 

 巨人はこちらの味方。その行動で確信したなのははレイジングハートの切っ先に魔力を集中。狙うは、巨人と組み合うヘルベロスの右目。

 

「ディバインバスター!」

 

 大気を切り裂く轟音と共に桃色の魔力砲が放たれ、ヘルベロスの右目に直撃する。

 

「ハーケンセイバー!」

 

 全く同じタイミングで放たれるのは雷を纏ったフェイトの一撃。鋭い刃の如きそれがヘルベロスの左目を切り裂いた。

 

〖ギャァアアアアアアア!〗

 

 目という全生命体共通であろう急所への一撃に悲鳴を上げ、怯むヘルベロス。すかざず、巨人の拳が顔面に叩き込まれ、流れるように放たれた回し蹴りが下顎を砕く。よろけるように後ずさるヘルベロスが悪あがきとばかりに両腕の刃から紅い光輪状の刃を放つも、巨人が振るった鉄拳によりあっさり弾き返され、自らに直撃。

 畳みかけるように、巨人はガントレッドが装着された右腕を天へ掲げた。再度両腕を空へ突き出し頭上で交差させ、脇を締めるように腰へ落とす。そして右の拳を握ったまま開いた左手に押し付け、Tの字に構えて正面へ向けたガントレットから眩い光の光線が放たれた。光線はヘルベロスの胴体へと吸い込まれるように着弾し、それを受けたヘルベロスは短い唸り声の後、力無く倒れ込み爆散。

 

「や、やった……のか……?」

 

 空戦魔導士の一人が呟く。巨人は爆散する怪獣から飛び出した光の塊のような物を掴み取ると、そのまま飛翔。あっという間に空高く舞い上がっていく様に一瞬呆気に取られながらも、フェイトがバルディッシュへ指示を出す。

 

「バルデッシュ、追跡できる?」

〈一瞬で索敵範囲外へ移動したようです〉

「そう」

 

 駄目元で聞いてみただけだったので、期待はしていなかった。それでもあの巨人がどこへ消え去ったのか、果たして何者だったのかというヒントすらつかめないもどかしさ、不満を表情から隠すことなく、フェイトは思考する。

 

(なんで、またあの巨人は現れたの……? 一体、誰なの?)

 

 

 

 

 空へと飛び立っていったはずの巨人は、光の粒子となって再び地上へと降り立っていた。あらゆるレーダー、魔法による探知を最初から存在しないかのようにすり抜け、ヘルベロスの尻尾でギンガが叩き付けられたオフィスの中へ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 

 粒子が人型となり、現れたのは巨人ではなくギンガ。肩で息をし、思わずその場に崩れ落ちる。声に言われるままキーホルダーを手に取った瞬間、全身が光に包まれたかと思えば、一瞬で巨人へと……彼へと変わっていた。その間、彼の体内であろう異空間らしき場所にいたのだが操縦をしていたわけではない。自分を構成する自我や精神だけがその空間で形を成していたのだと理解できる。五感全てが彼と繋がり、あの怪獣を攻撃する感触も、反撃を受けた際の痛みも、その全てを彼女も感じていた。安直な表現ではあるが、変身していたとしか言いようが無かった。

 

「な、なんだったの……ホント……」

 

 仰向けに倒れ込んで、荒く吐き出す息と共にプロテクターでガードされながらもしっかりとある事が解る胸が上下する。痛みと疲労がごちゃ混ぜになった感覚に襲われる体は、もう少し休めないという事を聞いてくれ無さそうだ。

 

【どうだ、俺の力は!】

 

 そして、自信満々に聞こえてくる彼の声も今は本気で鬱陶しく聞こえる。

 

【やっぱ、この星は俺がいなきゃダメって事だな】

「ちょっと……あなた、ホントになんなの? さっきから上から目線で偉そうだし……」

【誰が偉そうだよ、誰が】

「あなた以外に、誰がいるって……きゃぁっ!?」

 

 どうにか上半身を起こし、なんとなく声が聞こえてきた方に顔を向けると、そこに彼はいた。

 身の丈は自分とほぼ変わらないサイズに縮小され、無数の粒子が寄り集まってるような半透明の体になっているが、確かにそこにいた。

 

【おい、悲鳴あげる事ないだろ? さっきまで、お前がこの姿だったんだから】

「え……あ、あぁ……そっか。ごめん、まさか顔見せるとは思ってなかったから……」

 

 そういえば、さっきまで彼になっていたのは自分だ。理屈は色々と解らないし、明らかに魔法以外の力が働きている不可思議な現象。少なくとも、その筋の専門家ではない自分ではいくら考えてもさっぱり解らない事だろうとすぐ様に思考を放棄する。そして、とりあえず今一番気になる事を問うた。

 

「それで、あなた一体誰なの? なんか、私の事は一方的に知ってたみたいだけど」

【え? あ~……そういえば、お前とこうして会話するの初めてだったな】

 

 わざとらしく咳払いをして、彼は名乗った。

 

【俺はタイガ。ウルトラマンタイガだ!】

「うる……とらまん?」

 

 やはりというか、聞き覚えの無い名前。明らかに人間離れした姿に、ミッドチルダをこの星と呼ぶあたり、恐らく宇宙人であろう事は間違いない。それが、なんで自分の事を知っているのか。なんで自分の中にいたのか。色々と聞きたい事は山ほど出てくるが―――

 

「ギンガ!」

「ギン姉!」

 

 ―――聞き覚えのある二人の声。なのはと、彼女に抱えられてビルに空いた穴から飛び込んできたスバルの姿が視界に飛び込んできて、それらの疑念は一旦頭から消え去った。

 

「スバル! なのはさんも……」

「ギン姉!」

 

 駆け寄って、姉の胸に飛び込んできた妹を受け止めた拍子にバランスを崩して床に倒れ込む。その様子を見ながら、苦笑するなのは。

 

「ちょ、ちょっと……スバル、痛い。痛いから……お姉ちゃん、怪我してるから……」

「えっ!? あ、ごめん!」

 

 あわあわしながら姉の体から退く妹の様に、安心を覚えて笑みを浮かべる。

 

「フェイトちゃんから伝言。ギンガが助けた子、ちゃんと保護してるから後で会いに行ってあげてって」

「はい。ありがとうございます」

 

 スバルの肩を借り、どうにか立ち上がる。

 ふらつく体を支えてくれる妹に感謝しながら、改めて実感した。

 

(助けた、のよね……私が……)

 

 正確にはタイガと名乗った彼と一緒に。イマイチ実感のわかなかった処のあるその事実を、スバルの体温が補足していく。彼女の命も、共に救助されたと聞く人々も皆助けたのは自分達なのだと。

 

【俺とお前が救った命、だな」

「……そう、ね」

 

 ようやく実感を得たそれに、自然と笑みがこぼれた。

 

「ところでギンガ。今回の無茶とか諸々については、ナカジマ三佐に全部報告してるからね?」

「お父さん、すっごく怒ってたよ」

「…………はい、ごめんなさい」

 

 それはそれとして、後ほどお叱りは免れないという事実も重くのしかかるのだった。




次回リリカルBuddyStrikers

第二話 赤い靴の女の子


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第二話 赤い靴の女の子 Apart

今回から独自解釈の設定がありますのでタグ追加させていただきます


 なのはによって救護班に引き渡され、スバル共々病院に直行させられたギンガは人気の無い廊下に設置されたソファーに腰を下ろし、ため息をついた。大げさに巻かれた包帯が若干鬱陶しいが、こればっかりは仕方ない。何せそれなりに重傷だったのだから。奇跡的に入院の必要はないと判断されたが、父からは――怒鳴られこそしなかったが――こっぴどく絞られた精神的疲労も相まって、ため息の一つ二つはつきたくもなる。

 

【お前、結構丈夫な体してるよな】

 

 空中で胡坐かいて座っているウルトラマンの存在だってあるのだ。ため息ぐらい、許してほしい。本人曰く、こことは別の次元、別の宇宙からやってきた宇宙人(ウルトラマンタイガ)がそこにいる。

 

「それ、普通にセクハラだからやめて」

 

 年頃の少女に、宇宙人とは言え異性が一体化しているという状況自体が相当なセクハラな気がするが、最早その辺を突っ込む気はなかった。実際、タイガのお陰で色々助かったのは事実であるから、それぐらいは――大幅に妥協して――許容しても良いだろう。

 

「というより、病院で話かけないでっていうか出てこないで。内緒にしてっていったのはそっちでしょ?」

 

 視線の先。手乗りサイズの大きさにまで縮小したタイガへ物申す。ここに来るまでの間、タイガからいくつかの説明と要望があった。そのうちの一つが自分と一体化している事は内緒にしてほしいと言う物。バレれば不要な混乱を招き、様々なトラブルを引き起こしかねないからというのが主な理由だった。ギンガとしても、そういった事に家族を初めとした人々を巻き込みかねないのは望むところでは無かったので了承したのだが、こうして堂々とどこに人目があるか解らない場所に出てこられるのは矛盾しているように思えた。

 

【安心しろ。俺のこの姿も声も、お前にしか認識できない。右手のタイガスパークや腰のキーホルダーだって、気付かれなかっただろ?】

「……そういえば、そうね」

 

 それに対しては、なんともご都合主義だなと思ってしまう返答が帰ってきた。

 右腕に装着されたままのガントレット、タイガスパークを見やる。自分とタイガの一体化及び変身、意思疎通等全てを仲介するデバイス。様々な惑星で活動する事が多い彼らの種族はこの手の装備を複数揃えているらしく、この装備もタイガが故郷を発つ際に他星の人間と一体化する際の為にと、彼の父から託された物なのだそうだ。ベルトに取り付けられたラックに掛けられているタイガの顔の意匠があるキーホルダーもタイガスパークの力で構成した物だという。どちらもかなり目立つはずなのにここに来るまでの間、医者どころかスバル達すらもスルーしていたのを、不思議に思っていたが。

 

【普通の人間には、見えない物質で作られてるからな】

「へぇ……」

 

 ただし、自分とタイガの関係を知ったものには丸見えになるのだとか。一種の認識阻害を引き起こす仕掛けでもあるのか、興味は尽きないが多分聞いてもさっぱりわからないだろう。それに、もっと気になる事がある。

 

「それより、タイガ。何時から私の中にいたの?」

 

 少なくとも、覚えている範囲で彼と出会った覚えはないし、一体化を了承した覚えもない。そのくせ、昔から一緒にいたような感覚があるのはどうにも解せない。

 

【四年前だ。ほら、あの空港の時】

「え……空港って……」

 

 忘れろと言われても忘れられない。四年前に巻き込まれた空港災害。そういえば、あの事件の時も巨人がほんの一瞬だけあらわれ、怪獣を撃破したと聞かされていたが。

 

「まさか、その時の巨人も?」

【あぁ。あの時、お前と一体化してほんの一瞬だけな。お陰で残ってたエネルギーもほぼ空になっちまった】

 

 それ故に、今までギンガの中で休眠状態に陥っていたと言う。たまに目を覚ます事はあっても、ギンガの見聞きしている事をぼんやりと一方的に見ているだけの状態。こうして言葉を交わせるまでに回復したのも、本当につい最近の事だったらしい。人の体を勝手に使わないでほしいとか、色々と突っ込みたい部分が多数あるのだが、イチイチ突っ込んでいると話が終わら無さそうだなとスルーする事にした。

 

【お前の中にいれば、俺も回復して肉体を取り戻せる。お前は必要になったら俺の力を使う。そんなに悪くない条件だろ?】

 

 タイガから聞かされた彼の事情の一つ。彼は肉体を失っているという事だった。かつて、彼の出身世界でとある敵と仲間と共に戦ったが敗北。仲間共々肉体を文字通り消滅させられ、彼自身は精神エネルギー体となって宇宙や次元を越え、彷徨っていたそうだ。その果てに四年前、ギンガを見つけて一体化したという事だ。回復の為には現地の人間と一体化しなければならない事情もあった。それらの話を整理して、また一つ疑問が浮かぶ。

 

「ねぇ。なんで私だったの?」

 

 あの時、あそこにいたのは自分だけではない。魔導士なんて何人いたか解らないし、それこそなのはやフェイトといったエースだっていたのだ。当時十三歳で局員候補性でしかなかった自分をわざわざ一体化する相手に選んだ理由が、どうしてもわからない。

 

【あぁ、それはな……】

「ギン姉、お待たせ―」

 

 軽快な足音と共に、スバルが自販機で買ってきたジュースを持ってきた。それと入れ替わるようにタイガは音もなく姿を消す。自分以外には見えもしないし、声も聞こえないと言った矢先にそれかと思わなくもないが、姉妹の時間を邪魔しないようにと気を使ってくれたのかもしれない。

 

「あれ? 誰かとお話してたんじゃ……?」

「え? そんな事ないけど……気のせいじゃない?」

 

 妹の疑問をすっとぼけてごまかして、買ってくれたジュースを受け取る。

 この話題はこれで終わりだという姉の意思表示に、スバルは不満気に唇を尖らせながらもそれ以上に気になっている事があったので追及する事はなかった。どうしても、あの巨人と姉がダブって見えて仕方なかったのだ。まさかとは自分でも思うが、何故かそう見えてしまったのだから。

 

「ギン姉、あのさ……」

「何?」

「………そのジュース、私が欲しかったヤツなんだけど」

「早い者勝ち」

「ひっどーい」

 

 流石に、それを聞くのも憚られて適当に誤魔化す。別にあの巨人が姉だろうが、気のせいだろうが別にどうでも良いじゃないかと自分に言い聞かせる。ほんの少しだけ、心の片隅に浮かんだ姉が別の何かに変わってしまったのではないかという恐怖心も誤魔化すように。

 一方的に姉への罪悪感を抱きそうになったスバルだったが、それを打ち消すように彼女の端末に通信を告げるアラームが鳴る。

 

「誰だろ……はい、スバルです」

『あ、スバル? フェイトなんだけど……ギンガ、そこにいるかな?』

「一緒ですよ。私に何か?」

 

 通信機越しに聞こえてくるフェイトの声は、どこかしょんぼりとしていた。

 

『可能なら、すぐにこっち来てくれるかな? ちょっとその……ギンガが助けた子が、ね?』

 

 

 

 フェイト・T・ハラオウンは語る。私、子供の扱いには自信があるんですと。

 実際、彼女は様々な理由で親から引き離されたり、犯罪に巻き込まれて独りぼっちになってしまった子供達の保護責任者となり、その将来を可能な限り明るい物にしようと活動している。そういうのを抜きにして子供は好きだし、ギンガから託された子供に会いに来たのも、彼女にしてみればごくごく当たり前の事なのだが。

 

「あれこれ、試したんだ。色々な話題振ったり、ぬいぐるみとか使ったり、色々」

「は、はぁ……」

「目も合わせてくれなかったんだ。一言も口、利いてくれなかったんだ。フフ……」

「あ、あははは………」

 

 ギンガとスバルがフェイトに指定された病室に来ると、ベッドの上にいた少女。メモールがそれを見初めて、真っ直ぐにてくてくとギンガの下へ歩いて来てひしっとしがみ付いてきた。それだけなら、自分を宇宙人から助けてくれた恩人が来た反応と思えばそこまで不思議でも無い。部屋の片隅で項垂れているフェイトを除けば。

 

「おまけにさー、しっしってされたんだー。アハハ……顔、こっちに向けてもくれずにだよ? 流石に……ちょっと、立ち直れないかも……一言も口利いてくれないまま嫌われるって、キツイねー。アハハハ」

 

 ついでにいえば、目からハイライトが消えていた。

 

「フェ、フェイトさん……その、なんか……」

「なんか、ごめんなさい……」

 

 怪我を診てもらう為に、ここで来るのが遅れてしまって、その間にフェイトが来てくれたのは本当に感謝しかない。だが、そこまで酷い扱いを受けていたとは思いもせずである。

 

「メモールちゃん。フェイトさん、とっても良い人なんだよ?」

 

 あなたを救護隊に引き渡したり、色々やってくれたんだよとか、子供のお世話するの慣れてる人なんだよとかフォローしてみるが。

 

「………あの人…………なんか、嫌」

 

 少女は容赦なくトドメを刺した。

 

「……無理」

 

 ご丁寧に追い打ちまでついてきた。

 遂にその場で膝を抱えて座り込んだフェイトを必死に宥めようとするスバルと、ひきつった笑みを浮かべるしかないギンガ。そんな物知るかとばかりにギンガにしがみつくメモール。軽い地獄絵図がそこにあった。

 

(フェイトさん……ホント、ごめんなさい……)

「……一緒にいてくれる?」

 

 はてさて、傷心のフェイトにはもう興味も無いとばかりにメモールはギンガの顔を見上げて、ボソッと呟いた。まさかここまで懐かれるとは思いもせず、あの箱から出てきた時に最初に声を掛けたのが自分だからなのか。鳥の刷り込みじゃあるまいしと思いながら、ギンガは優しく答えを返した。

 

「そうだね。今日はもう、ずっと一緒にいてあげる」

 

 こうして、フェイトと共に帰路につくスバルに破損した自分のデバイスを預けて、ギンガはメモールと共に病院に残る事となった。純粋に甘えてくる少女を無下にし辛いのもあったが、ヴィランギルドがこの子をまた狙ってくる可能性も捨てきれず、その護衛も兼ねて。

 

 

 

「フェイトちゃんが子供相手に撃沈とは……ちょっと見てみたかったなぁ」

「怒るよ」

 

 一晩経って、どうにか回復したフェイトは機動六課隊舎の隊長室で、親友兼部隊長の八神はやて。そしてなのはと三人でちょっとしたお茶会。という名目の諸々の話し合いを行っていた。昨日の無断出撃に関しては、状況が状況だったのでお咎めなし。むしろ現場からは感謝の声すらあったという事だった。

 

「なんていっても四年ぶりの、突然街中に出現した怪獣や。現場になった区画はほぼ壊滅、死傷者は計十六名……こんなにも犠牲を出してしもうたというべきか」

「その程度で済んでよかったって思うべきか……っていうのは、正直嫌な考え方だよね」

 

 なのはの言葉は三人共通の見解だった。だが、あれだけの規模の破壊活動が行われた結果と考えると思っていたよりも少なかったというのも事実。特に、突如として出現した巨人による救助が無ければ、六課隊員の一人であるスバルを含めた十数名が死傷者リストに名前を連ねていたのは間違いなかった。

 

「怪獣と巨人がともに四年ぶりに出現って……誰かが意図して演出したんじゃないかってぐらい、出来過ぎてる気ぃするわ」

 

 その意見に同感だと頷いて、フェイトは端末を操作して宙に複数のモニターを表示する。

 四年前の空港災害。昨日の一件。全く関係ないようでいて、怪獣と巨人の出現という偶然で片付けるには出来過ぎた共通点のある二つの事件の関連データだ。

 

「四年前の方は姿形がぼんやりしてて解りにくいけど……多分、昨日現れた巨人と同一個体。簡単な画像解析だけでも複数の共通点が見られるしね」

 

 言葉通り、ぱっと見だけでもいくつかの共通点は見られる。ごくごく簡単な画像解析とはいえここまでヒットしているのなら、本格的な解析に掛けずとも間違いないとみて良いだろう。

 

「同一個体として、なんで四年間も姿を見せなかったのか。この四年間どこで何をしてたのか。そもそも何者なんか……昨日のうちに無限書庫にも問い合わせたし、近いうちに返答が……っと、噂をすれば」

 

 隊長室に備え付けの通信端末へのコールサイン。手早くそれに応え、受信画面を開くとそこに眼鏡をかけた長髪の――女性のようにも見える――青年の姿が映し出された。無限書庫司書長にして、なのはにとっては魔法の師でもある人物。

 

「ユーノ君!」

『やぁ、なのは。久しぶりだね。フェイトとはやても』

「なんや、私とフェイトちゃんはついでみたいな言い方して……二人とも、何時の間にそういう関係にってあいたぁっ!」

 

 下衆の勘繰りを始めるはやての後頭部に、フェイトの平手打ちが叩き込まれた。

 

「はい、そこ。空気読もうね」

『とりあえず、依頼されてた件だけど……単に巨人ってだけなら複数該当するのがあって、絞り込むのに苦労したけど……』

 

 二人のボケとツッコミをスルーして、ユーノは手早く情報をまとめたデータを送信する。

 複数のモニターが表示され、そのどれもに巨人に関する記述が掲載されていた。

 

『そっちのと近そうそうなのがこれ等、かな。四年前にも一度調べてたから、そこから更に絞り込んでみたんだ。複数の次元世界で出現例が確認されてるみたいで……管理局発足前の時代にも何例かあったみたいだね』

「そんなに? あの巨人、随分昔からいたんだね……」

『いや、どうも巨人は複数個体存在するみたいだ。そうでなきゃ説明がつかないってぐらいに、発見された記録が多すぎる』

 

 そう言いながら新たなモニターを表示させるユーノ。そこに記されているのは、彼の言う通り多種多様な巨人に関する伝承、記録であった。

 

 ある世界では、宇宙を支配せんとした帝国を打ち倒した勇者として。

 

 ある世界では、どんな強大な敵にも真っ向から立ち向かい、最後は己を犠牲にしても宇宙を救った勇者として。

 

 ある世界では、混沌を振りまいた全ての元凶をも救った心優しき慈愛の勇者として。

 

 その全てにおいて、人々を救い、導き、共に戦いながら戦い続けた巨人として語られる数多の逸話。英雄譚のようであり、御伽噺のようでもある記録がそこにあった。

 

「これはまた……色々とおるもんなんやね」

『次元の海も、星の海も……時には時間の壁すら超えたって例もあるみたいだ。いくつかは流石に眉唾っていうか、後世に伝わるまでに盛られていった部分もあるのかもだけど』

 

 ユーノの言う通り、全て真実だと鵜呑みにするにはいくらなんでも……と言いたくなるほどの記録。伝説なんてものは後々いくらでも盛られていくのが当たり前。無限書庫で発見された記録だというのなら、全くの出鱈目なんて事はあり得ないだろうけれど。

 

「とりあえず、昨日のはこの記録が見つかった巨人達の仲間か何か……って事で間違いないのかな」

『胸の宝石らしき部分とか、色々共通点は見られるし……少なくとも同族だろうね。巨人達は光の使者。光の巨人。人々を守り導く神……色々な形で記されているけど……すべてが共通して、こう呼ばれてるよ。ウルトラマンって』

「ウルトラマン、か……」

『現地の人々がそう呼称したとか、自らそう名乗った、とかこれも色々あるけど全ての記述に残ってるからね。これが名前と見ていいと思う』

 

 名乗ったなんて話まであるのなら、もしや意思の疎通が可能なのだろうか。確かに昨日の戦いの最中、こちらへの意思表示のように頷いて見せたりといった行動をとっていたが。言葉が通じる可能性までは、考えていなかったと三人は驚きの表情を浮かべていた。

 

『ウルトラマンには共通する事項がもう一つ……それは、どの世界でもその世界の人間に擬態するか、もしくは人間と一体化して活動するという事』

「それって、つまり……」

 

 なのはが口に出さずとも、その場にいる皆の考えは一致していた。昨日現れたウルトラマンもあの後、もしかすると四年前からずっと、ミッドに暮らす人々に擬態したか一体化を果たしている可能性が高いという事だ。

 

『とりあえず、現状だとこんな感じかな。本局の方でも本腰入れて調べるべきかって動きが出てるってクロノも言ってたから、そう遠くないうちにもっと深く調べた情報を伝えられると思う』

 

 四年前は各次元世界に姿を見せ始めた怪獣への対処で、巨人(ウルトラマン)への対応はとりあえず並行してやっておこう程度の物だったのが、ここにきてようやく本腰を上げたという事か。色々な事情があるとはいえ、四年間も実質放置状態だったのは流石に頭を抱えてしまう。お役所仕事の限界を見た、といった感じだ。

 

『じゃぁ、僕はこの辺で。また何か解ったら連絡するよ』

「うん。よろしく頼むわ」

「またね、ユーノ君」

 

 なのはの言葉に軽く手を振って返してから、通信が切断される。巨人の、ウルトラマンの事がある程度解ったのは僥倖と言えるだろう。流石にクラナガンに住む誰かと一体化しているか、擬態しているかもと言うのは予想外ではあったが、無限書庫から見つかった記録通りならば人間の味方をしてくれる存在であるという可能性も十分にある。

 

「そういえば、昨日ギンガが助けた子の事は何か解ったの?」

 

 そっちの話題は一段落として、なのはは気になっていた事をフェイトに問う。嫌われたというオチがついたといえ、子供好きの彼女が一切調べようともしないとは思っていない。フェイトも小さく頷き、険しい表情を浮かべて、決して面白くない事が解った事を暗に伝えてきた。

 

「うん。ナカジマ三佐が朝一で情報回してくれた。あの子、メモールちゃんについてはまだまだこれからの検査結果待ちだけど……犯人の方、思ってたより厄介なのが出てきたからね」

 

 フェイトが表示したモニターに映し出されるのは、眼鏡をかけた老人。優しい笑みを浮かべた、人の良さそうな男性。話の流れからして犯人に絡んでいる人物なのは間違いないのだろうが、見た目の印象だけでいえばそんな人には見えないというのが、なのはの素直な印象だった。対して、特別捜査官としてあちこちを飛び回っていた経験もあるはやてはその老人の顔を見て露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「うわ……ゾリンかいな。確かに、これは陸士部隊だけじゃ手に負えんかもやね」

「ゾリン?」

「あぁ、なのはちゃんは基本的に犯罪捜査は関わらへんかったやろし、知らんのも当然やね。ゾウリン・セトって言うんがこのお爺ちゃんの名前。表向きは富裕層向け集合住宅の管理人やけど……私が知る限り、クラナガンの裏社会で一番ヤバいヤツやね」

 

 続けて表示されるのは、黒い皮膚をした一つ目と触角を持つ異形の姿。つまりはミッド人に擬態した宇宙人というのが、この老人の正体と言う事だ。

 

「本性はこっち、ゼットン星人ゾリン。ヴィランギルドの幹部で、紛争が起きてる次元世界や犯罪者を相手に違法薬物や改造デバイス、質量兵器の売買からロストロギアの密輸。数え上げるとキリがないぐらい色々な方法で利益を得てる」

「この虫も殺さなさそうな顔も、あくまで仮面。コイツが関与してるとみて間違いない殺人事件もいくらかある……他人の命になぁんの値打ちも感じてない上に、自分の手ぇだけは絶対に汚さへんヤツや」

 

 はやての口調に次第にイラつきが混じる。六課立ち上げ前に関わっていた案件で何度か苦渋を飲まされましたと暗に言っているのが解る。

 

「そこまで解ってるのに、なんで逮捕されてないの?」

 

 なのはの疑問も最もである。そこまで真っ黒であるのなら、今すぐにでも逮捕されて良いはずだ。だというのにモニターに表示される彼の経歴には、逮捕歴のたの字すら見当たらない。

 

「単純に証拠が無い。逮捕した犯罪者から名前があがる事はあるけど、ゾリンがホントに関与してるって確実なのが一切出てこないんだ」

「表向き、社会的ルールをしっかり守って暮してる善良なお爺ちゃんやからなぁ……単に宇宙人ってだけで逮捕は出来んし」

 

 つまり、狡猾に立ち回るタイプの犯罪者という事か。堂々と街中で暮らしている辺り、絶対に捕まらないという自信の表れで、捕まえられるものなら捕まえてみろと言う挑発でもあるのかもしれない。

 

「で、昨日ギンガが逮捕したチンピラ(宇宙人)とゾリンに何の関係があるん?」

「ゾリンからの依頼で、商品として運んでた真っ最中だったそうだよ。勿論、証拠が残らないように何人も間に挟んだ上での依頼。ヴィランギルド自体、その時だけの横のつながりが基本だから足を掴みにくいっていうのも、逮捕に至らない理由だね」

 

 忌々し気に語るフェイト。彼女がここまで嫌悪感を剥き出しにする相手は珍しいなと、なのはは思う。そこまでの感情を親友に覚えさせるほどの事を、このゾリンという男はやっているという証でもあると理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

「運ぶ予定だった場所は廃棄都市区画。そこで先方の代理人と落ち合う話になってたみたい……そっちは誰なのかまでは知らなかったそうだけど」

 

 正直、思い当たる相手はいると言わんばかりの表情を浮かべながらも、確証も無しに口には出せない。わざわざゾリン程の大物が関わって運ばれていたあの少女には何かある。そして、そんな処から子供を買い取ろうとするような者は、絶対にまともではない。そんなまともではないヤツはフェイトの知る限り……想像通りの人物なら、まだ何か仕掛けてくるかもしれない。

 

「……ごめん。私、ちょっと出てくる」

 

 二人の返事を待たず、席を立つ。

 どうにも嫌な予感がする。こういう時のこういう予感だけは、何故だかよく当たるの物なのだ。

 

 

 

 クラナガン中央部に近い位置にある高級住宅街。富裕層が主に暮らすエリアにある集合住宅の中庭で、花壇を手入れする老人がいた。道行く人々からの挨拶にも愛想よく返答し、せっせと花壇に映えた雑草を抜く老人のすぐ傍のベンチに、一人の女性が腰かける。

 

「ど~も~。件の商品、待ちぼうけ喰らっちゃったんですけど……どういう事ですかね~?」

 

 丸眼鏡をかけた十代後半の少女。目立たない程度にそこそこ値の張るファッションに身を包み、コートを羽織った少女は老人に向けて、目線だけは老人に向ける事無く嫌みったらしい口調で話しかけ続ける。

 

「こういう商売は信用第一。あなたのとこの配達員、ろくなのいなんじゃないですか?」

「はっはっは。手厳しいご意見をどうも」

 

 少女の嫌味など聞き流すかのような、温和な笑い声が返される。

 

「最近の若者はやる気に満ちていて馬鹿に出来ない働きをするんですが、今回ハズレを引かせたのはこちらの落ち度。アフターサービスは無償で請け合いますよ」

「へぇ? 具体的にどのような?」

「とりあえず、商品の回収。そこそこ腕の立つ奴に行ってもらいましたよ」

 

 その程度は当たり前だろう。とは流石に口に出さず、それでも態度には一切隠さず少女は鼻で嗤ってみせた。

 

「あら、そうですかぁ。でぇも、こちら的にはちょぉっと面白い事になりそうなんで現状維持でもいいかな~なんて、ドクターは言ってましたわ」

「……成程。ですが、こちらとしても面子がありますので。それに他にも頼んでる仕事があるんですよ」

 

 ほんの少しだけ、少女の言葉にイラつきを覚えたらしい老人は平静を保ちながらも、口調に感情が乗る。それだけでも少女にとっては若干の腹いせにはなった。待ちぼうけを喰らわされた事に対するお返しとしては、これで十分だろう。

 

「他に頼んでる仕事? 良ければ、教えてくださいません?」

「なぁに、ちょっとした花壇の手入れですよ。花を綺麗に咲かせるコツを、知っているかね?」

 

 質問の答えは期待していない。老人、ゾリンは一瞬だけ本性たる顔を見せつけて元の温和な老人の仮面をかぶる。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 ゾクッと悪寒が少女の背筋を駆け抜けた。

 この爺さんは、穏やかな笑みを浮かべたままえげつない事をやってのけるタイプだと少女は確信している。それでいて自分は決して表舞台に出ず、一切手を汚さずに結果だけを得てみせるタイプ。そういう意味では、自分よりも悪趣味だと言い切っていいかもしれないと姉や妹達からは絶対に同意を得られないだろう事を思いながら、少女は腰を上げた。

 

「そうですか。なら、こちらとしては言う事はありません」

 

 ゾリンの返答を聞き終えるよりも早く、少女はスゥっと姿を消した。まるで最初からそこにいなかったかのように、あるいはカメレオンのようにその場から自分の姿を消し去った上で足早にゾリンの元を去っていく。それを気にも留めず、ゾリンは独り言として口にする。

 

「欲張りなクソガキ(ドクター)によろしく」

 

 

 

 

 犯罪者を勾留する留置所で、爆発事故が起きたのはこの数分後の事であった。

 

 

 

 

 

 昨日、帰る前にフェイトが貸してくれた予備の通信端末への着信を受け、ギンガは思わず大声をあげそうになったのを必死に堪える。ベッドの上に腰かけたメモールが不思議そうに自分を見ているから不安にさせないためだ。

 

「お父さん、それホント?」

『あぁ、マジだ。お前が捕まえたチンピラ、とんでもねぇのを怒らせたみてぇだな』

 

 父にして自身が序属する陸士108部隊隊長、ゲンヤ・ナカジマからの通信内容にギンガも驚きを隠す事は出来なかった。自分が逮捕したババルウ星人を勾留していた留置所で突然の爆発事故。件のババルウを含め、勾留中だった軽犯罪者と警備の職員が犠牲になったのだ。

 

『ゾリンに取って単なる小遣い稼ぎってんじゃなく、相当デカい山を潰したって事だ。ギンガ、そっちも十分注意しろ。ナックル、今持ってないんだろ?』

「昨日の騒ぎで派手に壊れたからね。何とかできなくもないけど、バリアジャケットは着れないかな……」

 

 リボルバーナックルは原型は留めていたが目に見える破損が酷く、ローラーブーツに至っては修理するより新品に取り換えた方が早い有様。スバルに預けて修理に出してもらっているが、手元に戻ってくるのは何時になるか解らない。少なくとも今日中はあり得ないだろう。

 

『こっちからもそっちに応援は回してる。その子はお前にべったりみてぇだから、交代はさせづれぇかもしれんが』

「そっちは気にしないで。応援が来るだけで十分だよ。情報ありがと」

『あぁ……ついさっき、テスタロッサ執務官もそっちに行くって連絡があった。一人で無茶はすんなよ』

 

 そうして通信を終える。108部隊の応援人員にフェイトまで来てくれるなら、心強い事この上ない。僅かに浮かんでいた不安を息と共に吐き出し、メモールへと向き直る。

 

「ごめんね、私のお父さんから連絡があったから」

「おとうさん……」

「うん、お父さん。メモールちゃんも、きっと仲良くできると思うから……いつか紹介するね」

 

 他愛のない、それでいて実現したら良いなと思う事を口にしながら少女の小さな手を握る。

 

「それじゃ、ちょっと遅いけど朝ご飯食べにいこっか?」

「……うん」

 

 ギンガの手を握り返し、メモールはベッドの下に置いてあった赤い靴を履いて、二人で病室を後にする。メモールの小さな掌を握っていると、スバルの小さい頃。毎日のように手を繋いで一緒に歩いていた日々を思い出し、自然と笑みがこぼれた。

 

「……何?」

「ん? こうやって手を繋いで歩いてると、なんだかメモールちゃんが妹みたいに思えてきちゃって、ちょっと嬉しくなっちゃった」

「妹……? じゃぁ、お姉ちゃん……なの?」

「そうだねぇ。私がメモールちゃんのお姉ちゃんになっちゃうねぇ」

 

 案外、それはありなのではなかろうか。色々と厄介事を抱えている子なのは間違いないが、だからこそ自分に出来るのなら助けになってあげたい。必要なら家族になるのだっていい。かつて、自分達がそうされたように。母が生きていれば、きっと同じことをしただろうから。

 

「……お姉ちゃん、なってくれる?」

「えぇ。メモールちゃんが、いいならね」

 

 他愛のない事のように軽く返して、それでも込めた感情は結構本気で。ギンガのそれを察したのか、無表情だったメモールの口元が僅かに吊り上がって、愛らしい笑みを浮かべる。つられてギンガも笑顔になり、自然と互いを握る手は強くなって。傍から見れば年の離れた姉妹のように、仲良く廊下を歩いていった。

 病院の裏手にある駐車場で、応援に駆け付けた108部隊の同僚たちが無残な姿を晒している等、今はまだ知らぬままに。




ゾリンに関しては原作より盛ってます というか、これぐらい盛ってもいい悪役だと思います
Bpartも近いうちに


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第二話 赤い靴の女の子 Bpart

ウルバトがサービス終了……だと……?




台詞が抜けている箇所があったので修正しました 本当に申し訳ありません


「メモールちゃんは、何か食べたいのある?」

「……何でもいい」

 

 さて、そうなると何にしようか。時間的にもあまり重たい物は避けた方が良いだろうし、一階にある売店で軽食でも購入するとしようか。彼女の年齢――具体的には本人も解らないらしい――を考えると、飲み物はコーヒーよりミルクが良いだろうかと、考えるだけでもちょっと楽しくなってくる。

 

「じゃぁ、サンドイッチでも買って……天気も良いから外で食べよっか?」

「ん……お姉ちゃんと一緒なら、どこでもいいよ」

 

 本当に、なんでここまで懐かれたのか。自分でも不思議だが嫌な気はしない。妹が増えてむしろ嬉しいので問題ない。同僚達からシスコン呼ばわりされる頻度が増えそうだが、それに一体何の問題があろうか。言われなくても自覚はあるんですと開き直りつつ、二人連れだってエレベーターの前へ。ボタンを押して階下より上がってくるのを待つ。

 

「………」

 

 ぎゅうっとギンガの手を掴むメモールの手の力が強くなる。もしや、エレベーターが怖いのかなんて思い、しゃがみ込んで安心させようと声を掛ける。

 

「どうしたの?」

「……怖い」

「エレベーターが怖い? 大丈夫だよ、お姉ちゃんも一緒に乗るんだし」

「違う……」

 

 首を横に振り否定する。はて、なら何なのかと疑問を浮かべると共にギンガの鼻孔を生臭い何かが刺激する。一体どこから、何が漂ってきてるのか。どこかで嗅いだ事がある臭いなのは間違いない。それが、凄惨な事件現場で嗅いだことのある人血の物だと気付くのと背筋に悪寒が走ったのは同時。

 

「メモール!」

 

 少女を咄嗟に抱きしめ、その場を飛び退く。同時に到着したエレベーターの扉が左右に開くよりも前に内側から切断され、吹き飛ばされる。中から姿を現したのは病院関係者ではなく、全身を黒いボディスーツに包み、ピエロと王冠を足して二で割ったような顔をした異形の男。何よりも目を引くのは、腕に取り付けられた……否、一体化している二本の刃。一目見て明らかに人間ではなく、刃にこびり付いた赤いそれが臭いの元だと気付くのに一瞬もかからず――

 

「っ!」

 

 ――それが両腕の刃を振り下ろしてきた。

 咄嗟に防御魔法を展開して刃を受け止め、メモールを片手で抱いたまま後方へと飛び退く。異形はさして驚いた様子もなく、獲物を見据えたハンターのように、見せつけるように両腕の刃を擦り合わせていた。

 

【あいつは……ツルク星人か!】

「ツルク星人……? 知ってるの?」

【通り魔みたいにあちこちで殺戮を繰り返すヤバい奴だ。少なくとも、お前一人で敵う相手じゃない!】

 

 タイガの物言いに思わずカチンとくるが、メモールを抱いたまま勝てる相手ではないこと自体はギンガも理解している。その上、今の自分にはデバイスも無いのだ。魔法の発動自体はどうにでもなるが、武器も無しに勝てる相手ではない事は明白。

 

「しっかり捕まってて」

 

 メモールの耳元で囁き、力強く体にしがみついてきた感触を返事と受け取って、迷う事無く背を向けて一目散に廊下を駆け抜ける。当然のようにツルク星人はそれを追い、足の速さにはそれなりに自信があり、実際に速い方であるギンガの背後へ一瞬で迫ってみせる。その俊足っぷりは、相手が両腕に刃を持って殺意を剥き出しに襲い来る宇宙人でなければ称賛したいぐらいだ。

 

「っ!」

 

 背後に迫る気配に怖気を感じながら、速度を落とすことなく正面の窓ガラス目掛けて駆け抜ける。一瞬でも躊躇えば、二振りの刃に切り刻まれるのは必至。最低限必要な個所、主にメモールを守るように防御障壁を展開した上で、自身の体で少女を庇うように窓ガラスに体当たり。ガラスを突き破って地上八階の空中へ文字通り飛び出した。

 

「ウイングロード!」

 

 自由落下で落ちていく体を受け止める為に生成する魔力の道。背中でその上を滑りながら立ち上がり、地面まで伸びていくそこを駆けおりようとして。

 

「がはっ!?」

 

 背中を、思いっきり蹴り飛ばされた。

 体制を崩し、ウイングロードの維持に使う分の集中力も乱れて魔力の道は解れた糸のように崩壊。地上に叩き落とされる最中でもメモールだけは庇おうと自身の体を盾にして、硬い地面へと激突した。

 

「ぐぅっ! ぅ……っ!」

「お姉ちゃん……」

「大丈夫……怪我、無い?」

「うん……」

 

 不安げに視線を投げてくるメモールを安心させる為、痛みを堪えて笑顔を見せる。そんな僅かな安心すらも与えぬと、ギンガを蹴り落としたツルク星人はまるで曲芸師の如く空中で何度も回転してみせてから音もなく着地。言葉を一切話せないからなのか、それとも単に話さないだけなのか。どちらにしろ、それ故の挑発的意図を込めた意思表示をしながら、ツルクは獲物たる二人を舐め回すような視線を向ける。

 

「……メモール、ちょっと離れてて。出来そうなら一人で逃げて」

 

 最早逃げる事は叶わないと察し、彼女を離してツルク星人相手に身構える。デバイス無しでどこまでやれるかはともかく、父が言っていた応援が来るまでの時間稼ぎ程度ならどうにかなるはずだ。応戦の意思を見せるギンガを嘲笑うように、肩を上下さえたツルクは軽い足取りで地面を蹴る。本当に軽く、少しばかり跳ねるだけのような動作で軽々とギンガの頭上へと舞い上がり、頭頂部から真っ二つにせんと凶刃が振り下ろされる。

 

「っ!?」

 

 すぐ様、身体を後方へずらして刃を避けるも、前髪と着用していた管理局の制服が切り裂かれる。着地後間を置かずに連続して刃を振り抜いてくるツルクの猛攻を必死に避けながら、どうにか反撃の隙を探すも。

 

(動きが速っ……避けるだけで!?)

 

 精一杯。否、正確に言えば避けきれてはいない。

 ツルクの刃が振るわれるたびに衣服は切り裂かれ、全身に切り傷が刻まれていく。デバイス抜きも何もなく、純粋な力量さからくる結果として自分が押されている。時間稼ぎならなんとかと思っていたが、このままではあと数分持たずに文字通りの意味でバラバラに切り刻まれるのは確実だ。

 

「ぐ、ぅあっ!」

 

 辛うじてとはいえ刃を避けるギンガに苛立ちを覚えたのか、単に嬲るのも飽きて来たのか、不意に繰り出された鋭い蹴りがギンガの腹部に突き刺さった。壁に叩き付けられ、その場に崩れ落ちるギンガ。

 

「お姉ちゃん……っ!」

 

 思わず駆け寄ったメモールがギンガに覆いかぶさる。幼いながらにギンガを守ろうとしているのか、ツルク星人にとっては関係ないとばかりに最早勝敗は決したと刃を擦り合わせながら、ゆっくりと二人へ歩み寄る。

 

「くっ!」

 

 このままでは、二人諸共に切り裂かれるのは間違いない。それでもメモールだけは守ろうとギンガはその幼い身を抱き寄せ、ツルク星人に背を向ける形で自身を盾にする。当然のように刃を振り上げ、容赦なく振り下ろされる命を断つ狂気。

 

「っ!!」

 

 数秒も経たず訪れる死に、思わず目を閉じる。

 

(スバル、お父さん……メモール……ごめん!)

 

 守る事も叶わず、無惨に殺されてしまう事を心の中で詫びながらギンガはその瞬間を待つのみ……だったのだが、自身を切り裂く刃の感触は訪れず、何かがぶつかり合うような音が響いた。何事かと目を開くと、見慣れた金の長髪と執務官の証である黒い管理局の制服に身を包んだ女性の背中があった。

 

「フェイト……さん?」

「ごめん。遅くなった!」

 

 ツルクの斬撃を受け止めた魔力の刃。バリアジャケットは展開せず、バルデッシュだけを鎌型へ変形させ構えたフェイトが、ツルク星人を真っ向から睨みつけ―――

 

「はぁっ!」

 

 ―――そのまま刃を弾き返し、がら空きになったツルクの腹部へ左手を押し付ける。

 

「プラスマスマッシャー!」

「!?」

 

 零距離から放たれた魔法は流石にどうしようもなく、大きく吹き飛ばされるツルク星人。背後から地面に叩き付けられ、無様にバウンドして転がっていく様を油断なく睨みながら、フェイトはバルデッシュを突きつける。

 

「殺人未遂の現行犯ってだけでも問答無用だけど、一応聞いておく。裏の駐車場で死んでいた局員とこの病院の警備員、計三名殺害……犯人はお前だな?」

 

 この病院に到着した矢先にフェイトの目に飛び込んできたのは、真っ二つにされた男女三名の無残な姿だった。人体をああも綺麗に切り裂くなんて早々出来る業では無いだろうが、人間の常識を超える力を持つなんて珍しくもない宇宙人が犯人であれば合点はいく。今まさにギンガの命を両断せんとしてた宇宙人は、両腕の刃にこびり付いた血痕という物的証拠付き。確認などせずともほぼ確定と見ていいだろう。

 

「大人しく逮捕されるなら、ここまでにしておく。抵抗するなら……」

 

 時空管理局の宇宙人に対する方針は解りやすい。大人しく社会的ルールを守って暮すなら基本的に見逃すが、犯罪を犯した者に対しては下手な違法魔導師以上に厳格に対応する。このツルク星人のような凶暴凶悪な者であれば、いかなる場合であっても現場の判断が優先されるのだ。フェイトから発せられる殺気の如き憤怒。普段の優しさからは考えられないそれに、思わずゾッとするギンガ。ツルク星人もフェイトのそれを感じ、先の短い攻防で実力を理解したとばかりに全身をワナワナと震わせて。

 

【不味い! ギンガ、俺と変われ!】

「へっ!?」

 

 突然のタイガの警告。何事かと間抜けな声を上げれば、ツルク星人の体が光に包まれたかと思うとその場を離脱。病院の敷地外へ飛び出したかと思えば光が破裂し、全長は約50メートル以上の二足歩行のトカゲ。そうとしか言いようのない巨体へと、その姿を変えていた。

 

「巨大化!? だからって!?」

 

 だからって、あの姿は先までの物と変わりすぎてはしないか。宇宙人というより怪獣と言う方が正しくはないか。そんな突っ込みが思わず出そうになったのを堪えて、フェイトはギンガとメモールを守るように前へ立ち、バリアジャケットを展開する。

 

「二人とも、この場を急いで離れ……っ!?」

 

 激しい破壊音と共に、ツルク星人の巨大化した両腕が周囲のビルを吹き飛ばし、瓦礫がその場へ降り注ぐ。咄嗟にフェイトが魔法を放ち、病院の施設へ直撃しそうな瓦礫を迎撃する。それでも落としきれない瓦礫が三人の周囲へ降り注ぐ。

 

「っ!? フェイトさん! この子を!」

「ちょっ!? ギンガ!?」

 

 咄嗟にメモールをフェイトへ渡すようにして二人を突き飛ばすと、ギンガと彼女達の間に瓦礫が落下する。道を完全に塞がれ、互いの姿の確認すらも阻む壁がそこに出来上がった。

 

「ギンガ!?」

「大丈夫です! フェイトさんは、メモールをお願いします!」

「あっ……お姉、ちゃん!」

「大丈夫だから! 今はフェイトさんと一緒にいて!」

 

 瓦礫で阻まれた上、巨大化したツルク星人がこちらへ向かってきている最中ではフェイトにもギンガを助けに行く余裕は流石に無い。悔し気に唇を噛みしめ、今にもギンガの元へ駆けだしそうなメモールをなんとか抱き抱えたフェイトはその場を離れる。足音でそれを確認したギンガは、とりあえずメモールの安全を確保できたことに胸を撫で下ろして、忌々し気に巨大化したツルク星人を見上げながら、タイガスパークを装着した右腕を胸の前まで持ち上げた。

 

「タイガ……力を貸して」

【あぁ、任せろ!】

 

 左手をタイガスパーク下部のレバーを作動させ、その機能を開放する。

 

《カモン》

 

 機能開放を告げる音声が響き、腰のホルダーに下げたタイガキーホルダーを掴み取り、タイガの胸にある宝玉を模った部分に右手を翳し、キーホルダーの中で眠るその力を呼び起こす。

 

【叫べギンガ! バディゴー!】

「バディ……ゴー!」

 

 右手で握りしめたタイガキーホルダーを天に掲げ、ギンガの体が光に包まれた。

 

《ウルトラマンタイガ》

 

 タイガスパークからの電子音声と共にギンガの体が粒子状に分解され、タイガスパークを起点に再構成。意志と肉体をギンガからタイガの物へと切り替え、その体を等身大から50メートル級へと巨大化させた。

 

〖シェェアッ!〗

 

 病院をツルク星人から庇うように立ちはだかり、気合の入った叫びと共に構えを取る。それと共にタイガの体内。精神体となったギンガの意識も精神世界(インナースペース)にて実体を持った形で覚醒する。

 

「……あれ? なんで、バリアジャケット?」

 

 ついさっきまで管理局の制服姿だったはずで、デバイスも手元になく着用できるはずもないバリアジャケットを纏っている事に戸惑う。やはりというか、リボルバーナックルもブーツも未装備で、自身をこの空間に定着させているタイガスパークのみが右腕に装着されている。

 

〖お前の戦う為の姿って事なんじゃないか? そこは精神世界だからな〗

「成程……」

 

 確かに、そう言われてみれば納得できる。タイガに変身する事自体、戦う為なのだから精神体たる今の自分がそちらの姿で形取られるのは道理かもしれない。

 

〖お喋りはここまでだ。行くぞ!〗

「ええ!」

 

 

 

「あれは……!?」

 

 メモールと共にツルク星人の巨体から逃れんと駆けていたフェイトは、後方へ突如発生した強い光と地面を揺らす振動に思わず足をとめ、振り向いてその巨体を視認した。

 

「ウルトラマン……なんで、ここに」

 

 なんというタイミングの良さか。あまりにも都合が良すぎやしないかと野暮な事すら考えてしまう程の絶妙さで姿を見せたウルトラマンに、驚きを隠せない。

 

 

 

     ――ウルトラマンは現地の人間に擬態。または一体化して活動するらしい――

 

 

 

 ユーノからもたらされた情報と、あの場で別れた少女の姿が脳裏を過る。

 

「……いや、でも。まさか、ね……」

 

 いくらなんでも突拍子が無さすぎる発想に、いやいやと首を振る。ウルトラマンが現れた時、その全てに彼女がいるなとも思うがそれを言うなら自分だってそうじゃないか。馬鹿な発想を頭から放り棄て、腕の中にいるメモールへ視線を落とす。

 

「…………」

 

 ついさっきまで暴れていたのとは打って変わって、大人しくじぃっとウルトラマンの姿を見やっている。そうして、ボソッとフェイトにも聞こえないような小声でつぶやいた。

 

頑張って

 

 

 

 地面を蹴り、タイガはツルク星人へと突貫。それに対し、ツルクも正面から地面を踏み荒らしながら突撃。牽制代わりにとタイガが放った跳び蹴りを難なく躱すと、ツルク星人は興奮したかのように両腕の刃を振り回す。背後から迫る刃を地面に伏せる形で回避し、お返しにそのままツルク星人の胴体へ蹴りを決め、怯ませた隙に体制を立て直して突撃を仕掛けた。

 

〖デェヤ!〗

 

 突撃の勢いを乗せた拳がツルク星人の顔面へと迫る。だが、星人の両腕から伸びる刃。そのリーチの長さは接近戦に置いて有利に働き、先にその斬撃がタイガの体を切り裂いた。悲鳴と共に怯んだタイガの隙を逃すまいと、立て続けに両腕の刃を振るい続ける。

 

〖グッ!〗

 

 接近戦は不利だと悟り、後ろへ飛び退けばツルク星人は二足歩行のトカゲのような外見からは想像もつかないような跳躍力を見せ、一瞬でタイガの背へと回り込んで二刀を振り抜いた。

 

「巨大化しても、動きが……速っ! ぐぅっ!」

 

 背中を斬りつけられ反撃の為に振り向けば即座に斬撃を受け、胸に斬撃の鋭い痛みが走る。失われているタイガの肉体。それを一時的に実体化させる為の要石のような役割を果たすギンガにも、連動してダメージが蓄積していく。

 

「この……調子に!」

〖乗るな!〗

 

 どうにか隙をついてツルクの腹に拳を連続で叩き込んで距離を取り、垂直に立てた左手に右手を水平にして重ねた十字を構え、それを星人へ向ける。

 

〖スワローバレット!〗

 

 青白い光線。光弾と呼んだ方が正しいであろうそれが、連続して放たれツルク星人へ吸い込まれる。最初の数発こそ直撃を受け怯んだ物の、それをもって見切ったとでもいうのか、次第に両腕の刃をもってしてバレットを弾き、切り裂きながら突貫するツルク星人。

 

〖何!?〗

 

 咄嗟に背後へ飛び退きながら、スワローバレットを連射する。それすら全て弾き飛ばしながら迫るツルク星人は、余裕とでも言いたげな笑みを浮かべているようにも見え、懐に飛び込んでタイガの体を切り裂いた。

 

〖ウワァアアッ!〗

  

 たまらず吹き飛ばされ、地面に仰向けへと叩き付けられる。光線をこうも弾かれるとは流石に予想していなかったのか、身体を起こしながらもタイガの動きには動揺があった。それに影響したのか、彼の体に異変が起きる。タイガの胸にある青い宝玉が赤く変色したかと思えば、一定のリズムを刻みながら点滅をし始めたのだ。一体何の音なのかと思った矢先、ギンガの身にも異変が起きた。

 

「ぐっ! 何……これ……っ!?」

 

 急に胸が苦しく、重くなる。まるで限界を超えて全力疾走した直後のような、一切の休憩なしで体を酷使し続けているような、そんな締め付けるような痛みが胸に走る。ランプの点滅音に連動するように心臓が鼓動し、秒単位で全身に苦痛にも似た疲労が溜まっていく。

 

〖くそっ、そろそろ限界か!〗

「限界……?」

〖お前が俺に変身してられる限界って事だよ! そもそも、俺達ウルトラマンは他の惑星じゃ三分しか活動できない!〗

「もっと早く言ってよ! そういう大切な事は!」

 

 つまり、このピコンピコン鳴ってる点滅音はタイムリミットを知らせる警告音。限界を迎えれば死ぬなんて事は無いと思いたいが、そうなったら自分もフェイトも、メモールもこの宇宙人に殺されるのは間違いない。そんな最悪な結末なんて、こっちから願い下げだ。

 

(あの両腕の刃さえ、どうにか出来れば……)

 

 問題はツルク星人の両腕。そこから伸びる刃による斬撃さえ止められれば、確実に勝機はある。まともに止めようにもあの鋭い動きを捉える事が出来ていない。目では追えているのに、身体が追いついていないのだ。軽快なリズムを刻んでいるようにすら聞こえるタイマー音が、彼女から次第に冷静さを奪っていった。

 

 

 

「おいおいおいおい。その程度のヤツ(ツルク星人)如きにてこずってくれるなよ」

 

 病院の屋上。紙パックのジュースを片手に白黒の衣服に身を包んだ青年がつまらなさそうな声を上げる。目の前で行われる巨人と巨大怪獣化した宇宙人の戦いを観戦しながら、青年は落胆以外の感情を見いだせなかった。

 

「全く、手間を掛けさせる奴だ」

 

 ジュースの紙パックを放り棄て、指をパチンと鳴らす。

 こういう手助けは、これが最初で最後になって欲しい物だ。

 

 

 

 

《カモン!》

 

 突如、タイガスパークが作動し手の甲の位置にある宝石から光が飛び出してギンガの左中指で形を作る。それは指輪だった。獰猛な表情を浮かべる怪獣の顔をあしらった銀と赤の指輪。

 

「これは……?」

〖昨日倒した怪獣が持ってた奴か。とりあえず回収してたんだが……〗

 

 そういえば、倒した後に何か回収していたのをギンガも思い出す、あの時は始めての変身だったり、その後の諸々で完全に忘れていた。何故突然、ツルク星人への反撃のチャンスを探るこのタイミングで現れたのか。

 

「……使えって、事?」

 

 見るからに禍々しい気配と力を感じる指輪。不安が無いと言えば嘘だが、他に手が無いのも確かだった。果たして、使っていい物なのか。

 

〖理由は解らないが、その指輪からウルトラマンの力を感じる。タイガスパークを介して使える筈だ!〗

「そうね……他に手も無いし、一か八かよ!」

 

 毒を喰らわば皿まで。右手の指輪をタイガスパークに掲げる。

 

《ヘルベロスリング。エンゲージ》

 

 タイガスパークに読み込まれたヘルベロスリングがその力を発動。インナースペース内にヘルベロスの雄叫びが響き渡り、タイガの両腕に赤黒い光が纏わりついて刃となる。それをどう使えばいいのか、どういう力なのかは自然と理解出来た。

 

〖ヘルスラァッシュ!〗

 

 両腕を振り上げ放たれた赤黒い光刃が唸りをあげ、大気を切り裂きながらツルク星人へ襲い掛かる。それを当然の如く両腕の刃で受け止める星人。ほんの一瞬の鍔迫り合いの後、右の刃が粉砕された。

 

〖!?〗

 

 一言も発する事の無かったツルクが驚きの悲鳴を上げる。立て続け、懐に飛び込んだタイガの両腕には先ほどと同じくヘルスラッシュが解き放たれる瞬間を今か今かと待ちわびており―――

 

〖「もう一発!」〗

 

 ―――振りあげられた凶獣の刃が、ツルクの残った左の刃諸共にその両腕を切り捨てた。

 

〖ギャァアアアアアアアッ!〗

「散々いたぶってくれた、お返しよ!」

 

 今度こそ悲鳴を上げる星人。そこ目掛け、ギンガの怒号と共に左の拳が顔面へと叩き付けられた。無様な悲鳴をあげ、大きくよろめく星人。勝敗は決し、トドメの一撃を放つ準備。右腕を突き上げ、それに重ねるように左腕を頭上で交差。脇を締めるように両腕を腰まで下ろし、右手の甲を正面に向けた状態で拳を握り、それに左の掌を重ね、T字型に構えた両腕から放つは必殺の光線。

 

〖ストリウムブラスター!〗

 

 右手の甲、タイガスパークを起点に放たれた光線がツルク星人の体を貫き、内側から粉砕。爆炎に包まれながら、星人はこの世から消滅した。それを見届け、タイガは両腕を突き出すような姿勢で空へと飛翔。当然のように管理局の各種追跡をあっという間に振り切って、その姿は青空の彼方へと消えていった。

 

 

 

「はぁ……ほんと、制限時間あるなら先に言ってくれないと困るんですけど?」

【すまん。悪かった】

 

 病院敷地内の人気の無い場所へ粒子化して着地し、自分の体へと戻ったギンガは疲労からその場に腰を下ろしてタイガへぼやく。変身を解除すればやはりというべきか、胸を締め付けるような負担は消え去っていた。制限時間が無い体は素晴らしいと実感する。

 

「他に何か忘れてる重要な事無いわよね?」

【多分無い……と思う】

「しっかりしてよ……」

 

 一度本格的に尋問した方が良いのではないかと考えながら、疲労が蓄積した体に鞭打って腰を上げようとすると、不意に何かが体当たりをしてきた。

 

「えっ?」

 

 何事かと見やれば、ギンガの体にぎゅぅっとしがみ付くメモールの姿。

 

「ギンガ、ここにいたんだ」

「フェイトさん。すいません、心配おかけして……」

「うん。その事については、無事だったからもういいよ」

 

 優しく笑みを浮かべるフェイトに申し訳なさそうに頭を下げ、ギンガはメモールへもう一度視線を落とす。ギンガの体に顔を押し付け、一向に離れようとしない幼い姿に思わず笑みがこぼれた。

 

「ごめんね、心配かけちゃって」

 

 ぎゅぅっと抱き着いてくるメモールの頭を優しくなでる。フェイトはそんな二人を微笑ましく見守って、二人の時間を邪魔しないようにと面倒な事後処理をある程度引き受けにようやく駆けつけた局員達の元へと歩いていく。その様子に小さく頭をさげ、ギンガはメモールの体を抱き抱える。

 

「あとで、メモールからもフェイトさんにもお礼言わないとね?」

「……ヤダ」

「やだじゃない。フェイトさんだって、メモールの事をちゃんと守ってくれたんだから……ね?」

 

 軽くお説教。目に見えて落ち込む様子のメモールだったが、ギンガの言っている事を理解はしているのか小さく頷いた。そんな様も可愛いなと思いながら立ち上がると、不意にタイガの言葉が聞こえてきた。

 

【そういえば、まだ答えて無かったな。なんでお前を選んだのか】

 

 キーホルダーへ向いたギンガの視線を返事と受け取り、タイガは続けた。

 

【その子を命懸けで守ろうとしたように、四年前もお前は自分が今にも死にそうだってのに妹を助ける事ばっか考えてた。俺はお前の、誰かの為に自分の命を懸けられるところに惹かれたんだ。それが、お前を選んだ理由だ】

 

 そう言われると、少しばかり照れるというかちょっとばかり気恥ずかしいというか。四年前はスバルの事しか考えてなかっただけだし、今日もメモールを守るどころかフェイトに危ないところを助けてもらっただけなのだから。

 

(買い被りすぎだって、それ……)

 

 照れくさそうに視線を泳がせながら、腕の中のメモールをぎゅっと抱きしめる。それに反応するように、メモールもギンガの体をぎゅっと掴む。とりあえず、今日はこの子を守れたのだから良しとしよう。こうまで自分を姉として慕い、懐いてくれるこの子はもう保護した事件被害者ではなく、自分にとって大切な妹も同然なのだから。

 

(タイガと一緒なら、どんな事からでも……きっと)

 

 母を永遠に奪い去ったような理不尽を跳ね返せる。

 

 自分の大切な物を一人残らず守りきれる。

 

 今日だって苦戦こそしたものの最終的には勝利し、守り抜けた。

 

 自分一人では決して叶わぬ相手を下す事が出来た。

 

 きっと、これからも同じように守り抜く事が出来るに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              この時はまだ、そう思っていた

 

 

 

 

 

 

 

 




次回リリカルBuddyStrikers

第三話 トレギア


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第三話 トレギア Apart

ダイナゼノン、めっちゃ面白いっすね


 ツルク星人による病院襲撃事件から二週間。メモールは精密検査の結果がいまだ出ていないながら、管理局員の保護下の元にある事という条件付きで退院が許され、当然のようにギンガがその保護担当となった。というより、彼女以外には不自然なぐらいに心を開こうとしないのでギンガ以外になりようがなかったというのもあるのだが。

 

「本格的に部隊始動したって聞いたけど、どう? もう慣れた?」

『毎日なのはさん達に扱かれまくって大変だけどねぇ。初出動も無事に終わったし、なんとかやってるよ。ギン姉こそ、メモールちゃんの保護担当になったんでしょ? フェイトさんから聞いたよ』

「うん。とりあえずの保護観察者って感じだけどね。フェイトさんも補佐してくれてるからなんとかやってる」

 

 ソファーに腰かけた自分の膝を枕に静かな寝息を立てるメモールの頭を撫でる。夕飯を食べて入浴した後、眠気に負けてそのまま眠ってしまったのだ。彼女の検査結果はともかく、身元に関しては全く解らないという事が解った。正確に言えば、最初から身元が存在しない。何者かに生み出された人造生命体。それが、メモールという少女だった。

 

「私以外に愛想無いのはどうにかして欲しいけど……フェイトさんには、どうにか挨拶程度はしてくれるようになったわ」

『聞いてるよ。すっごく嬉しそうだった』

 

 病院でガン無視を決め込まれたのに比べれば、かなりの進歩である。それでも色々世話を焼き、ギンガが困ってる事は無いかと暇を作っては度々通信を入れてくれて相談に乗ってくれたり、差し入れを持ってきてくれたりと大いに助かっている。彼女も出自に色々あったらしく、メモールの境遇に思う処があるのだろう。

 

「今度、ちゃんとしたお礼をしないとね。フェイトさん、忙しいのにこっちにも時間を割いてくれてホント助かってるから」

『あたしからもちゃんとお礼言っとく。あ、そうだ! 明日の夕方にはギン姉のデバイス出来上がるから持ってくってフェイトさんから伝言あったんだった』

 

 スバルに預けたリボルバーナックルは修理自体終わっているそうだが、それと一緒に新デバイスも作って寄こしてくれるとの話を受けたのは先週の事。なんでも、スバルや他の面々の為に新型デバイスを開発していたのでついでにどうかという話で、ギンガの分も作ってくれるというのだ。

 

「思ってたより早いのね。もう少しかかると思ってたわ」

『あたしのマッハキャリバーの姉妹機になるって言ってたからね』

 

 つまりスバルとお揃いか。それはそれで魅力的だなと思うと共に、同僚達からシスコン呼ばわりが酷くなりそうで……いや、別にそれは良いか。事実だし、今更だし。

 

『っと、そろそろ寝ないと。じゃ、ギン姉。おやすみ』

「えぇ、おやすみ。スバル」

 

 通信を切って、ふぅと息を吐いて天井を見上げる。

 視界に入り込んだ時計が差す時間を見れば、深夜と言っても良い頃合い。話し込んですっかり遅くなってしまった。父の計らいで暫くは自宅待機。こちらでやっても問題の無い程度の書類仕事をこなしていれば良しという事になっているし、ギンガ自身()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、それを差し引いても寝るべき時間である。

 

「んん……ふわぁ……?」

「あ、起こしちゃった? ごめんね」

「ぅ……ねむ、ぃ……」

 

 ちょっとした振動で目を覚ましたメモールだったが、完全に眠気から解放されたわけではなく瞼は今にも閉じられようとしていた。そんな様に苦笑しつつ、ギンガはメモールを抱き抱えてソファーから立ち上がる。

 

「それじゃ、ベッドにいこっか? こんなところで寝たら風邪引いちゃうもんね」

「ん……」

 

 ギンガの腕の中、再び眠りの中へ落ちようとするメモール。姉と慕う相手に体を預け、安心しきったのなら最早後は意識を手放すだけとばかりに瞼を閉じる。

 

お姉ちゃん……

 

 今にも消え入りそうな声で、少女は呟く。

 

ずっと、一緒にいてね……

 

 本当に、なんでここまで懐かれたのやら。自分でも疑問に思うが、それでも悪い気は一切無い。それどころか素直に嬉しいとさえ感じてしまう。我ながらチョロイと言うヤツかな、なんて苦笑しつつ、ギンガもメモールの頭を撫でて、しっかりと頷いた。

 

「うん。ずっと一緒にいてあげる……」

 

 ぼんやりとだが考えていた事。彼女を、このまま引き取って正式に家族になる事を父に相談してみようと決意する。きっと反対はしない。スバルも妹が出来ると喜んでくれるだろう。

 

「母さんだって、賛成してくれるでしょ?」

 

 リビングの棚に飾ってある家族写真。四人で撮った数少ないそれに写る母、クイントに問いかける。もし母が生きていたら、きっとこの子を引き取る事に賛成してくれる。そうと決めれば、明日から早速動こう。精密検査の結果を待てというなら、問い合わせて催促するまでだ。

 

(まずは父さんを説得しないとね)

 

 万が一。決してあり得ないだろうけど、本当に万が一でも反対されれば管理局入りを相談した日以来の大喧嘩になるのは間違いないだろうなと苦笑しつつ、寝室の扉をそっと開ける。メモールをベッドに入れて、その隣に自分も入る。一人用の物に二人で横になると狭いなんてものじゃないが、こうして密着して寝ていると、幼い頃にスバルと一緒に寝ていたのを思い出して良い気分だ。

 

「おやすみ、メモール」

 

 新しくできた妹の名を優しく呟いて、ギンガもそっと目を閉じた。ベッドの下にこぼれ落ちた鱗には、最後まで気づかぬまま。

 

 

 

 クラナガン廃棄都市区画。

 人も寄り付かぬ……時折、時空管理局の魔導士達が訓練に使う廃墟の街。その一画に立つ廃ビルの屋上で、白黒の服を着た青年がクラナガン中央に聳える地上本部を心の底からつまらなさそうに眺めていた。

 

「時空管理局、ねぇ? たかが人間がここまでの組織を持つとは……いやはや、世界は広い」

 

 遠い昔に捨て去った故郷の連中は、この世界とこの世界の人間と、この組織を見たらどう思うのだろう。やはり、喜ばしく感じるのだろうか。少なくとも疎ましく思う事は無いだろう。能天気なぐらいに、人の善性と可能性と言う物を信じ、そればかりを見ていた連中なのだから。

 それはそれとして、この街はまさに混沌といえる。一見して綺麗で美しい街だと言うのに、すぐ傍にあるこの廃墟は見て見ぬふりをして都合の良い時だけ利用して。正義と法の守護者を謳う組織のお膝元はミッド人、異世界人、宇宙人が混在し、ヴィランギルド等の存在もあって治安は決して良くはない。管理していると嘯く様々な次元世界においても問題は山積み……あぁ、実に好みの世界だと青年は嗤う。

 

「是非とも見せてくれ。お前達の言う、正義とやらが何をどう裁くのか」

 

 青年はくるりと背後へ向き直り、そこに立つ一人の男性に指輪を手渡す。黄金の仮面のような物を付けた龍のようなロボットをあしらった、銀色の指輪だ。

 

「これは君への選別だ。目的を果たせることを、祈っているよ」

「感謝します。霧崎さん」

 

 男性は一礼すると飛行魔法を発動させ、その場を飛び去った。それを見送って、つまらなさそうに鼻で嗤って青年は、霧崎は大きく体の仰け反らせて、もう一度時空管理局地上本部を見やった。

 

「さて、私もそろそろ動くか」

 

 旧交を温めにいくには、丁度よい頃合いだろう。

 

 

 

 翌日、仕事の関係で一晩隊舎で寝泊まりして昼近くに帰宅した父、ゲンヤは気味が悪いぐらいに笑顔を浮かべて昼食を用意してくれていた愛娘に、やれやれといった様子でため息をついた。

 

「ったく、準備が良いっていうか……なんていうか」

 

 上着を背もたれに駆け、椅子に腰を下ろす。そうして、言われなくても解ってるとばかりに自身のデータ管理用端末からギンガの物へとデータを送信する。

 

「これって……」

 

 受け取ったデータを表示する。そこにあるのは、養子縁組やらその他諸々に関係する資料データだ。すでにゲンヤの名前は書かれており、メモール本人の承諾やら役所との面接やらなにやらと言った事務関係を終わらせればよいだけの段階である。

 

「そろそろ言い出すと思ってたからな。後の面倒くさい手続きはお前がやっとけ」

 

 流石我が父。自分の考えを読んだ上で、色々手を回してくれていたのか。

 一気に目が輝き、ご機嫌取りようの笑顔から本物のそれへとギンガの顔が変わった。

 

「ありがとう! お父さん大好き!」

「へいへい。解ってると思うが、精密検査の結果出てからじゃないと申請は通らねぇぞ」

「解ってるー!」

 

 大喜びして、ギンガはリビングを飛び出していった。間違いなく、メモールに報告に行ったのだろう。娘の予想通りの反応を照れ臭そうに見やってから、茶碗に盛られた白飯を頬張る。外食も悪くないが、家で食べる方が美味くて良い。ギンガの料理の腕も、亡き妻に迫る勢いで追い越すのも時間の問題と言ったところか。

 

「ま、娘の一人や二人ぐらい増えても問題ねぇぐらいには稼いでるしな」

 

 地上部隊でそこそこの地位にいるのは伊達ではない。なんだかんだと、管理局員はそれなりに高給取りなのである。女所帯なのも今に始まった事じゃないしなと思いつつ、口に運んだ焼き魚も良い感じに火が通って、塩が効いていて旨い。外で食べようと思ったのを止めて正解だったなと、改めて感じるゲンヤだった。

 

 

 

 部屋にいなかったので庭に出ると、やはりメモールはそこにいた。

 小さい頃、一度だけ家族で出かけたキャンプの時に使っていた折り畳み式の椅子を引っ張り出して、庭の片隅で腰かけて足をぶらぶらさせながら読書中である。ちなみに読んでいる本はスバルの部屋にあった漫画本である。

 

「メモール、ちょっといい?」

「……ん?」

 

 最初はどこにいくにしても、何をするにしてもギンガにピッタリ引っ付いて離れなかったが、最近は家の敷地内であれば一人でいる事も増えてきた。無論、家の中にギンガがいる事が前提の話であるが、それでも大きな進歩。見た目から推定した年齢4~5歳。少し甘えん坊が過ぎるところがある気もするが、このぐらいの歳ならそういうものだろう。

 

「さっきね、お父さんからも提案があったんだけど……メモール、正式に家の子になる気あるかな?」

「……?」

 

 質問の意図が解らないのか、首を傾げるメモールに思わず笑みをこぼしながら、ギンガは言葉を続ける。

 

「えっと……養子縁組って言ってね。ここにずっといられるようになるっていうか、私達が本当に家族になるって事なんだけど……」

「ずっと……? お姉ちゃんと、ずっと一緒にいていいの?」

「うん。正式にそうお願いしようってお話。メモールが良いならだけどね」

 

 ギンガの言葉を脳内で咀嚼して、その意味を理解したメモールの顔がみるみる笑顔になっていく。初めて出会った頃と比べると、表情も本当に豊かになった。

 

「うん……お姉ちゃんと、ずっと一緒にいたい」

「オッケー。それじゃ、ずっと一緒に居られるようにお願いする方向で話進めておくねっとぉ!」

 

 椅子から飛び出し、ギンガに抱き着いたメモール。思わず尻もちをついてしまうが、嬉しさを体全体で表現してくる様子に自然とこちらも笑顔になる。

 

「ずっと、一緒……」

「うん。ずっと一緒。私だけじゃなくてお父さんも、スバルも、メモールとずっと一緒にいてくれるよ。家族になるんだからね」

「ん……嬉しい」

 

 ぎゅうっと抱きしめてくるメモールの指が、ギンガの肩に食い込む。

 

「っ……」

 

 思わず表情を強張らせてしまうほどの痛みが、ギンガに走る。子供の力は日に日に強くなっていくものだとは思うが、それでも不自然が過ぎる力だ。精密検査の結果が中々こないのはこれに関係した何かのせいなのだろうか。人造生命体だからと流すには、いくらなんでもだ。

 だが、関係ない。ちょっと力が強いぐらいがなんだ。それぐらいの不自然さなんて気にもならない。第一、それを言い出すと自分とスバルはどうなるという話なのだから。

 

「……お姉ちゃん?」

「何でもない。あ、そうだ……家族になるお祝いに、新しい靴とか買いにいこっか?」

 

 服は自分やスバルが幼い頃に使っていた服がいくつか残っていたのと、保護した時にいくつか購入しているのだが、あまり出かける事も無いだろうと靴だけは買っていなかった。メモールが今履いている赤い靴も、元から若干の痛みが目立っていたのでそう遠くないうちに限界が来るのが間違いない。

 

「うん。買い物、一緒に行く」

「それじゃ、いこっか。お父さん、ちょっとメモールと一緒に買い物行ってくるね!」

 

 リビングでのんびり昼食を取るゲンヤに声を掛けて、返事を受け取ってからギンガはメモールを地面に下ろす。

 

「ついでに夕飯の買い物もしないとね。今日はメモールが食べたい物、作ってあげる」

「お姉ちゃんが作ってくれるなら、なんでも……っ」

 

 不意に、メモールの体が揺らめいてギンガの元へ崩れるように倒れ込む。

 

「ちょ……メモール、大丈夫?」

「うん……大丈夫」

 

 熱が無いか、メモールの額に手を当てるが特に異常はない。顔色も悪くなく、目が虚ろいているという事も無く、何かの拍子で眩暈がしただけという事だろうか。

 

「お姉ちゃん……買い物、いこ? 私、平気だよ」

「そう……? なら、いこっか。ただし、ちょっとでも気分が悪くなったようならすぐに家に帰るからね」

「ん」

「素直でよろしい」

 

 メモールの手を掴み、繋いで歩きだす。目指すは、クラナガン一の規模を誇る大型のショッピングモールだ。庭に何枚かの鱗が落ちていることに、最後まで気づかぬまま気付かなかった。

 

 

 

 次元の海に浮かぶ時空管理局本局。フェイトは六課通信主任にして執務官である自身の補佐官も務めるシャリオ・フィニーノ。シャーリーの愛称で呼ばれる彼女と共に、そこの情報解析室で先日の出撃で破壊した敵機の残骸解析を行っていた。六課の設備では出来ない高レベルの解析も、ここでなら行えるのだ。

 

「ガジェットドローンの解析、隅々まで完了。やっぱりというか、宇宙人の技術は一切使われてない……フェイトさんの読み、珍しく外れましたね」

 

 眼鏡のズレを直しながら、シャーリーが後方から画面をのぞき込むフェイトに声をかける。フェイトは小さく頷きながらも、安心したようにふぅと息を吐いた。

 

「正直、外れてホッとしてるよ。ガジェットを造ってるのが本当にアイツなら、宇宙人と……ヴィランギルドと深い取引してるってなると本当に厄介だから」

 

 何年か前からミッドや他の次元世界で出現が確認されている無人戦闘兵器。基本2メートル前後のそれらは魔法の発動を阻害するAMF(アンチ・マギリング・フィールド)を標準装備し、一体一体の戦闘力はそこそこ程度ではあるが、どうしても魔法に頼っての戦闘になる魔導士にとってはある種の天敵だ。その行動目的は具体的には不明だが、管理局が厳重に管理補完する指定遺失物。ロストロギアのある処には必ずと言って良いほどに出現する。

 

「ジェイル・スカリエッティ。アイツがギルドと……ゾリン辺りと組んでたら最悪処の話じゃない」

 

 そのガジェットドローン絡みの案件における最重要容疑者として浮上しているのが、ジェイル・スカリエッティという男であった。様々な違法な実験に手を出している科学者で、フェイトが個人的に長年追っていた広域指名手配中の次元犯罪者。破壊したドローンの残骸に、彼のイニシャルであるJ・Sの文字が刻まれていたという冗談みたいな理由で容疑者に浮上したが、彼の自己顕示欲の強さを知る者であれば決して無視はできない証拠であった。

 

「六課はロストロギアの捜索と保守管理が目的ですし、嫌でもドローンとはぶつかりますからね。その上、ヴィランギルドの相手までってなると……ちょっと厄介じゃすみませんものね」

「だね。これから先そうなる可能性までは、否定できないけど」

 

 ヴィランギルド絡みの案件は、本局でも取り扱ってはいるがクラナガンで起きた事件はやはり地上本部やそちらに所属する陸士部隊が担当するのが基本。六課では一応取り扱わないことにはなっているのだが、こちらの抱える案件と関わる事があれば話は別。フェイトは勿論、なのはやはやてを初めとした六課の幹部陣はともかくとして新人で構成されているフォワードメンバーには、まだまだ荷が重いというのが皆の共通認識だった。

 

「ヴィランギルド相手だと、命のやり取りになる可能性も結構高いですしね」

「殺人とかの重犯罪者相手になると、ほぼ確実にね」

 

 病院でギンガとメモールを襲い、その過程で局員二名と病院の警備員一名を殺害したツルク星人がその良い例だ。ああも明確な証拠があり、更に殺人未遂の現行犯ともなればその場の判断で処断する事すら許される。無論、可能な限り逮捕する事が推奨されているが下手な違法魔導師よりも危険な上、実際に逮捕を試みて返り討ちにあい、命を落とした局員も決して少なくないのだ。

 

「ともかく、ギルドとの明確な繋がりは現状出てこなかったってだけでも一安心だよ」

 

 とりあえずレベルではあるが、それだけでも良しとしよう。不安要素は残っているが

 

「じゃぁ、悪いんだけど後はお願いできるかな? ギンガに新型デバイス渡してくる予定があるから」

「そういう名目で、噂の子に会いに行くんですね。解ります」

「シャーリー……」

「冗談ですよ、冗談。それじゃ、ブリッツをお願いしますね」

 

 ジト目で睨んでくるフェイトを軽く流し、手を振って送り出すシャーリー。彼女、こんな性格だったっけ? と思わずにいられないフェイトはため息とともに彼女へ背を向けた。制服のポケットに仕舞いこんでいる紫色の宝石。ギンガの為に開発されたデバイス、ブリッツキャリバーだ。

 

「さて、君のご主人様に会いに行こうか」

 

 フェイトの言葉に反応して点滅する宝石。それを再度ポケットに仕舞って、入れ替わりに金色の三角形型の待機状態をした相棒たるバルデッシュを取り出し、通信機能を起動する。数回のコールの後、モニターが宙に展開されて映し出されるのはギンガの顔。

 

『はい、ギンガです。フェイトさんどうしました?』

「ギンガ、今からそっち行こうと思うんだけど大丈夫かな?」

『あ~……実は今、メモールと買い物に来てまして。家に戻るまでもうちょっと掛かるかなって』

「買い物?」

『えぇ。父の方で話を進めてくれてて、メモールを正式に引き取る事になったんです。家族になるお祝いに、新しい靴買いに来てて』

 

 ギンガの言葉に、フェイトの顔も自然と笑顔になる。考えうる限り、最高のゴールじゃないか。

 

「そっか。そうなら、二人が家に帰ってる頃に行く事にするよ。家族の時間を邪魔しちゃ悪いしね」

『すいません。せっかく時間作ってくれてるのに』

「いいよ、気にしないで。私が好きでやってる事なんだし。それじゃ、また後で」

 

 通信を切って、本局の廊下を歩く。ブリッツキャリバーをご主人様に会わせるのが少し延期になってしまったのは申し訳ないが、家族水入らずを邪魔してはいけないので仕方ない。むしろ、この空いた時間を利用して自分もメモールに何か祝いの品でも買っていこう。本局内の売店もそれなりの規模はあるし、ちょっと寄っていくかなんて考えていると廊下の向こう側から一人の女性が歩いてくるのが見えた。

 

「あぁ、丁度よかった。本局にいたのね」

「母さん?」

 

 フェイトの義母にして管理局総務統括官のリンディ・ハラオウン。以前は次元航行艦の艦長を務める程の人だったが、今は内勤に回っている。仕事で会う事はもう殆どなく、特に用事もない筈の母が自分を探しているようだったのは、少し不思議だった。

 

「母さん、どうしたの?」

「フェイト。あなた、ヴィランギルドから保護した女の子の事……知ってるわよね?」

「え、メモールの事? 今、知り合いの陸曹が保護してるけど……私が補佐につくって形で許可も貰ってる」

 

 フェイトの言葉を聞いて、リンディの表情は険しくなる。

 

「……あんまり良くない状況ね」

「……母さん? どういう事?」

「いえ、そのメモールという子の精密検査結果ね。実はそっちに送る前に本局にあがっていたの。担当が同期の子で、あなたの名前を見たからって私に教えてくれてね」

「え?」

 

 それは可笑しい。いくらヴィランギルド絡みでも、保護した子供の精密検査結果を本局に上げるなんてあり得ない。少なくとも、保護観察担当であるギンガやその補佐を申し出ている自分に一切話を通さずなんて事は絶対に。

 

「母さん……一体、何が?」

「そうね……あなたも無関係じゃ無いものね」

 

 小さく息を吐いて、リンディはフェイトに告げる。

 

「あなた達が保護した子供は、本局の方で預かる事になる。というより……第8研究施設に送られる事が決まったそうよ。すでに回収部隊も向かってるって聞いたわ」

「は……? 第8って、研究施設とは名ばかりの場所じゃない!? なんでそんなところに!?」

 

 フェイトも一度そこを目にした事はあったが、一言で言えば最悪を通り越した場所。無人世界に建造されたそれは、手が付けられない物を放り込むゴミ箱という表現意外に言い表しようがない。常駐する職員も居らず、半ば放置されるも同然の場所なのだ。

 

「その子の危険性を鑑みると、そこしかない。そう判断されたみたいね」

「危険性? ちょっと産まれ方が違うってだけで、そんな事は!」

「……私も話を聞いた時はあり得ないって思ったけど、ね」

 

 そういって、リンディはフェイトの目の前にモニターを表示する。そこには本局に上がっていたメモールの精密検査結果が詳細に書き記されており、それを読み進めるフェイトの顔は憤りを通り越し、理解出来ないといった物へ変わっていった。

 

「…………え? なに、これ」

 

 

 

 

 

 ショッピングモール内にある靴屋にて、ギンガはメモールのサイズに合う靴の中からどれが良いかと物色していた。どうせなら可愛い物を買ってあげたいなと思うが、やはり彼女が良いと言う物が一番であろう。

 

「メモール、何か気になったのある?」

 

 ギンガの言葉に反応するように棚に飾られている様々な子供靴を見やって、やがて一つの物を指さした。

 

「それ……」

 

 小さなリボンが付けられた女の子向けの赤い靴。ギンガがそれを取ってあげて、試しに履いてみるように促し、メモールも言われるままにそれに足を通す。サイズはピッタリで、良く似合っていた。

 

「……これがいい」

「そう? 赤好きだねぇ」

「ん」

 

 正直、他の色の靴を履いてみてもいいんじゃないかなとか思うけれど、メモールが嬉しそうにうなずくのを見ると仕方ないかなという気になる。値段も思ってたより張るけれど、許容範囲内だ。店員を呼んで決済してもらい、タグも外してもらって、このまま履いていってしまう事にした。家から履いてきた方の靴は店で貰った袋に仕舞って、メモールと手を繋ぐ。

 

「さて、それじゃぁ晩御飯の買い物して帰ろ」

「ん……お姉ちゃんの作るご飯、美味しくて好き」

「そう? ありがと」

 

 そう言われると作る甲斐もある。なら、メモールの為に今夜は腕によりをかけて作るしかない。さて何を作ろうかと脳内で様々なメニューを想い描いている最中だった。不意に、手の中からメモールの感覚が消えた。どうしたのかと顔を向けると、胸を抑えて踞っているではないか。

 

「メモール!?」

 

 すぐに駆け寄ると、苦し気に息を吐きながら唸る様が見えた。やはり家を出るときの眩暈は何かあったという事か。判断ミスを悔やみながら、ギンガはメモールに声を掛ける。

 

「大丈夫!? すぐに病院に……」

「う………ゥゥ……ッ」

 

 ギンガの声に反応して、顔を上げたメモール。その顔を見て、ギンガは驚愕に目を見開いた。愛らしかった顔に、いくつもの鱗がくっついている。否、皮膚を突き破るようにして、鱗が生えてきているのだから。

 

「お、姉……ちゃん……」

「何これ……っ」

 

 見たことも聞いたこともない症状。病気か何かだとは思うが、素人目にも異様としか思えないそれに、モールの他の客達も何事かと好奇の目を向けてくる。ともかく、この場を離れて病院に行くべきだ。そう判断してメモールを抱き抱える。

 

「ちょっと我慢してて。すぐ病院に」

「ギンガ・ナカジマ陸曹、ですね」

 

 そこへ何人かの男達が駆け寄ってきた。全員私服姿だが、自分の名前と階級を言い当てたところから管理局の人間だろうか。それを証明するように、一人が局のIDを提示した。本局所属の魔導師のようだが、何故こんなところにいるのだろうか。

 

「そうですが……何か用ですか? 見ての通り、急いでいるのですが」

 

 腕の中のメモールの、苦しそうな息遣いが聞こえてくる。苛々を隠そうともせず睨み付けてくるギンガに、局員の男性は口を開く。

 

「それを、直ちにこちらへ引き渡していただきたい。後はこちらで対処します」

 

 それを聞いて、イチイチ聞いてやろうと思ったことを後悔した。メモールに視線を向けてそれ扱い。対処って何だ。子供を病院に連れていくぐらい、自分で良いじゃないか。

 

「は? 何を言ってるんですか? 病院に連れていくところなので、これで失礼します」

「事態は一刻を争う。すまないが、貴女も拘束させていただく」

「なっ!?」

 

 残りの男達の一人が、バインドを発動させてギンガの体を拘束。その拍子にギンガの腕からこぼれ落ちたメモールにも問答無用でバインドが掛けられ、男達の手で持ち上げられる。

 

「目標確保。直ちに転送ポイントへ移送する。すでに変化が始まっているようだ」

「ちょっと! 何して……っ! メモールが何したって言うのよ!?」

「抵抗の恐れがあった為、ナカジマ陸曹の身柄も拘束。緊急事態につき、状況説明は後程……」

「話聞きなさいよ! メモール! メモールを放して!」

 

 バインドで四肢を拘束され、身動き取れないままメモールの名を叫ぶ。局員の男達にか抱えられ、モールの外へと運び出されていくメモールの目にも、遠ざかっていくギンガの姿が映し出される。

 

「お……ネ、エ……ちゃ…………ァァァァ」

 

 それが少女の不安を煽り、皮肉にもトリガーを引かせてしまった。無自覚のまま抑え込んでいた最後のトリガーを。

 

「やだ……お姉、ちゃん………やだ、ヤダ……ヤダァァァァァァッ!!!」

 

 メキメキと生々しく痛々しい音立てながら、メモールの体が変わっていく。全身に一気に鱗が生え、体が膨張して、自身を抱えていた局員達を腕の一振りで薙ぎ払い、ドスンと重たい音を響かせて通路へ落ちる。

 

「え……? メ、モール……?」

【ギンガ! あの子は人間じゃない!】

 

 呆然とするギンガの脳内に、タイガの声が響く。そう言えば、今日は一言も喋ってなかったなと、眼前で変わっていくメモールに対する現実逃避を走らせる思考に、彼の声も現実を突き付けた。

 

【怪獣だ!】

 

 そして、少女の体が内側から弾けとんだ。

 モールの天井が、壁が、床が崩れて、人々の悲鳴が崩壊の音に書き消されていく。数多の人々巻き込みながら、少女は変わった。

 

〖ヤダアアアアアアアアアアアアッ!〗

 

 全身を青白い鱗で包み込んだ、50メートル級の怪獣の姿へと。

 

 

 

 

 

「ハハハハハハ! 素晴らしい! 実に私好みの展開だ!」

 

 モールから少し離れた位置にある立体駐車場で、白黒の服を着た青年が、霧崎が笑う。まるで無邪気な子供のように、ギンガとメモールに与えられた悲劇を嗤う。必要ならちょっとばかりの演出をしてやろうと思ったが、勝手に引き金を引いてくれた事には感謝しかない。

 

「さぁ、君はこれからどうするのかな?」

 

 怪獣の出現を察した人々の悲鳴が、町中に響き渡る。まるで、この世界に怪獣の居場所等存在しない。受け入れる事などあり得ないと言わんばかりの拒絶反応。ついさっき、己の本性を現すのと引き換えに、瓦礫の下敷きにして幾つかの命を奪ったであろう大罪を犯したモノへの、例え何の罪を犯していなくとも、人間の理解を越えた存在価値であると言うだけで明示されていたであろう当然の反応。

 

「これがこの世界の答えだ。世界の法と正義を守る管理局の一員として、怪獣はやっつけないとねぇ。それとも……法と正義に背いて、その怪獣を守るのかな?」

 

 崩壊したモールの中、奇跡的に瓦礫の下敷きにならずに済んでいるだろうギンガへ問いかける。目の前で怪獣化して、人々の命を奪ってしまったモノを果たしてどうするのか。

 

「選ぶのは、君だ」

 

 その笑顔は、まるで悪魔のようだった。




正直言うと、このクロスSS書こうと決意した時
真っ先に思いついたのがこの話でした


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第三話 トレギア Bpart

風邪引いてダウンしてました

ウルトラマントリガー楽しみすぎますね


 見せられたデータを、フェイトは信じる事が出来なかった。内容を理解する事を、心が拒んでいたという方が正しいかもしれない。そこに記されていたのはメモールの精密検査の結果。端的に言えば、彼女は真っ当に生まれた命ではない。ある目的の為に作られた人造人間。その目的とは簡単に言えばテロ。それも爆弾テロの類に近いと言えるだろう。

 結論を言えば、メモールは人間をベースに宇宙生物の遺伝子を組み合わせ、怪獣化するように設計された人造生命体。時間経過で怪獣への変化が始まるようになっており、街中にいてもおかしくなく、小さな子供という外見から周りの警戒も緩み、更には優しく声を掛けてもらって例えば管理局の施設等に容易に潜り込むことだって出来る。そこで怪獣化をしてみようものなら……という話だ。

 

「こんな、事……よく平然と……っ!」

 

 目を通すだけで腸が煮えくり返る感覚になるのは、流石に初めてだった。こんな物を作り出した。いや、そもそも思いついたヤツが目の前にいたとすれば、自制が効く自信はフェイトにもない。

 

「これらの結果を見て、上は多少強引かつ、非人道的であっても止む無しって判断したみたいね」

 

 淡々と、それでいて辛そうに口にするリンディにすら軽く苛立ちを覚えそうになるほど、今のフェイトは怒りでどうにかなりそうだった。そうならなかったのは、今もなおメモールと一緒にいるギンガの事が脳裏に浮かんでいたからだ。

 

「ごめん、母さん! 私、ミッドに戻る!」

 

 踵を返し、駆け足で転送ポートへと向かうフェイト。どうにも嫌な予感がしてならない。そんな焦りが、彼女の足を動かしていた。

 

 

 

 彼は、正直言って今回の仕事は乗り気ではなかった。データを見て納得だけはしたが、それでも見た目はごくごく普通の幼い少女。それを本当の妹のように可愛がる陸士部隊所属の女性陸曹から引き離し、無人世界の隔離施設で放り込むなんて、仮に一章遊べるほどの金額を積まれたとしても断りたいのが本音だった。

 それでも引き受けたのは、ミッドチルダでここ最近起きる怪獣騒ぎによる住民達の不安の声を直に聞いているから。彼自身は本局勤めであるが、ミッドに暮す妹夫婦からその手の話を聞いていたから。仕方ないと割り切り、女性の恨み言は全て自分が引き受けて、何なら好きなだけ殴られ魔法を撃たれの覚悟だってしてきた。可能な限り穏便に、事情を説明して必要なら本局にだって連れていって根気よく説得して、この任務を遂行する予定だった。

 

「な、なんで……こんな事に……!?」

 

 標的が怪獣変化の兆候を見せ始め、強引でも止む無しと力尽くで二人を引き離した結果が、眼前で起きる最悪の結果。少女は怪獣化して大暴れし、モールは半ば壊滅。連れてきた同僚や部下達も皆瓦礫の下敷き。運よく逃れた者も負傷は免れず、彼自身も瓦礫に挟まれて身動きが取れないでいた。

 

〖グギュァアアアアアアアッ!〗

 

 耳をつんざくような雄叫びと、無茶苦茶に振り回される巨獣の腕や尻尾。それによって更に崩れ落ちていくモール。己の焦りから生まれた行動を後悔しながら、彼は防御魔法を全力で展開する。自身だけでなく、周囲にいる部下達や一般の客を一人でも多く守る為に。

 

 

 

 

「メモール……? え……? なんで、怪獣に……?」

 

 ギンガは目の前で起きている事が信じられなかった。バインドは解けたが、それでもその場から動けない。メモールが怪獣へと姿を変え、モールを破壊しながら市街地へと進んでいく。彼女は、人間の筈だ。何で人間が怪獣になるのか。悪い夢でも見ているのか、そうだきっと夢だと思考が現実から逃げ始める。

 

【何してるギンガ! 変身だ!】

 

 怒鳴るようなタイガの声に、ようやくギンガは現実に引き戻され、視線を落として右腕のタイガスパークを見やる。怪獣が出たなら、タイガに変身して戦わなければならない。だが、果たして自分は戦えるのか。

 

「でも、あの怪獣は……あの子は……」

【解ってる。倒すんじゃなく止めるだけだ。それに、俺達以外に誰があの子を止められる?】

 

 そこまで言われて、ギンガはようやく顔を上げた。タイガの言う通り、自分以外に彼女を止められる者はいない。深呼吸して決意を決め、タイガスパークを起動させた。

 

 

 

 

 巨体(ウルトラマンタイガ)が地面に降り立った衝撃で、停まっていた車が数台空へと舞い上がって、重力に従って地面に落下し無残なスクラップと化していく。だが、そんな物をイチイチ気に掛ける余裕など在りはしない。そもそも、最初から目に入っていない。

 

「メモール!」

 

 ギンガの瞳には、怪獣となって今にも暴走しそうなほどに興奮しているメモールの姿しか映っていないのだから。

 

〖グ、アァアアアアアアアッ!〗

〖まずは大人しくさせる! いいな!?〗

「攻撃はしないで!」

〖努力はする!〗

 

 興奮状態で突っ込んでくるメモールを正面から受け止める。二体の巨大が激突した衝撃で周囲のビルの窓ガラスが粉砕され、建築年数が古いビルに至っては壁面にひび割れすら走らせる。室内の様子など見るまでも無いだろう。ただ正面から受け止めただけで、それ程の衝撃と破壊をもたらす巨体に恐れを抱きながら、守ってくれる巨体に感謝しながら逃げ惑う人々。そんな物はお構いなしに、巨獣は荒れ狂う。

 

「落ち着いて、メモール! 私よ! ギンガよ!」

〖ギャァアアアアアアッ!〗

 

 道路が粉砕される程の踏み込みで更に体当たりを仕掛けるメモールに、一瞬の均衡の後に後方へ弾かれるタイガ。何とか踏ん張って倒れる事は無かったが、その隙に振り回された尻尾の殴打を防ぐ事は出来ずに横っ面に叩き付けられたそれで吹き飛ばされ、何棟かのビルを巻き込んであえなく地面に倒された。

 

〖グァッ! くっそ、コイツ!〗

 

 再びの尻尾の一撃が来るのを確認し、反射的にスワローバレットの構えを取りそうになるも、何かが邪魔しているかのように腕が思うように動かず、再度襲い掛かる尻尾の一撃を地面を転がる事で避けるにとどまった。

 

「攻撃しないでって言ったでしょ!?」

 

 内側(インナースペース)から響くギンガの声に、タイガは思わず舌打ちをしかけた。彼女の気持ちも事も解るが、一切攻撃せずに止めるにはかなり厳しい相手だという事は解っているはずだ。無論、彼女の中でメモールとの交流の一部始終を見ていたタイガだって、可能ならメモールを助けたいとは思っている。

 

〖そうは言ってもな!〗

 

 予想外なのは、ギンガがここまで自分の動きに大きな影響を与えるという事だった。光線を放つどころか構えすら取らせないとは。タイガスパークを介して一心同体となっているとはいえ、こうまで強く影響されるなんて思ってもいなかった。正直、たかが人間と舐めていたのは否めなかったギンガへの評価を上方修正するには十分だった。

 

〖って、言っても仕方ないか!〗

 

 それ故に、彼女に付き合う事に不愉快さは一切無い。再度突撃してくるメモールの巨体を正面から受け止め、その勢いのまま地面に引き倒して押さえつける。

 

〖これぐらいは勘弁してくれよ!?〗

 

 とりあえず動きを止めなければどうしようもないと、やや乱暴な方法なのは気に入らないが暴れまわる子供を抱き抱えるのとは訳が違う。少なくとも見た目は巨大な怪獣なのだから、どうやっても多少はこういった手段に訴える事になる。光線を撃ってないだけマシだろう。

 

「メモール! 落ち着いて! 私よ、お姉ちゃんよ! 解るでしょ!?」

 

 後は呼びかける以外に、やり方なんて思いつかない。届いている事を信じて、ただただひたすらに妹の名を呼び続ける。

 

「ちゃんとここにいるから! どこにも行かないし、あなたを誰にも渡さないから! だから落ち着いて!」

〖ウ、ウゥゥウウッ!〗

 

 興奮して手足を、尻尾をジタバタと振り回す巨体を何時まで押さえつけられるか。どちらかといえばパワーよりもスピードに自信がある方なタイガとしても、長時間押さえつける事は無理だと早々に悟っていた。

 

〖ギンガ、あまり長くは……〗

「解ってる!」

 

 催促するタイガに焦りと苛立ち混じりに返して、ギンガは少女の名を叫び続ける。

 

「ずっと一緒にいるから! 落ち着いて! メモール!」

 

 届いているのかいないのか。狂ったように唸るメモールに、ギンガは諦めず何度も呼び掛ける。暴れ続けるメモールを、タイガが押さえ付けられていられる限界も近づいていく。このままではジリ貧で追い詰められ、否応なしに倒す羽目になってしまうかもしれないという最悪な結末すらあり得てくる。

 

〖ウ、グァアアアアアッ!〗

 

 遂に振り解かれ、大きく口を開けたメモールがタイガの右腕に噛みついた。

 

〖グゥアッ!?〗

「あうっ! ぐっ……ぅ!」

 

 右腕に深々と突き刺さる鋭い牙。それをすぐさま引き抜く、ような事はせずにギンガは苦痛に耐えながらもメモールへ言葉をかける事を止めなかった。

 

「大丈夫だから……怖くないよ。メモール」

〖ウ、ウゥゥゥ……ッ〗

 

 そこまでして、ようやく落ち着いてきたのかメモールの唸り声から興奮の色は消えていく。タイガの右腕から口を離し、その場で蹲って、今度はすすり泣くような声を出し始める。

 

〖グゥ……ウグゥゥゥ……〗

 

 声帯が人間の声を発せるようになっていないのか、怪獣の唸り声で幼子のようにすすり泣くという少しばかりシュールな光景が展開される。タイガはやれやれと言った様子でメモールの頭をそっと撫で、泣き止むまで付き合ってやるかと構える。どうせ、ギンガはそのつもりなのだろうし。

 

「メモール、追いついた?」

〖ゥゥ……ギュゥ……〗

 

 タイガの中から聞こえるギンガの声は聞き取れているらしく、小さく頷く。

 それを見てホッと胸を撫で下ろすギンガ。見た目は怪獣になってしまっても、やはりこの子はメモール。自分の妹であり、何も変わっていないのだと確信して、間を置かずに次の問題が襲い掛かる。

 

「……タイガ、メモールを人間の姿に戻せる?」

 

 いくらなんでも、怪獣の姿のままでいさせるわけにもいかないだろう。

 

〖無理だ。俺にそんな力はない。それに……多分だけど、この子はこっちが本来の姿といってもいい。下手をすると、もう二度と戻せない可能性だって……〗

「そんな……どうにかならないの!?」

 

 一応、どうにかできるかもしれない方法は思いついてはいる。だが、おいそれと使える方法ではないし、何よりもギンガに多大な迷惑と負担を掛けてしまう。

 

〖ウ、ゥゥゥ……ッ!〗

 

 唸るように泣くメモールの頭をそっと撫でながら、その様をとても辛そうに見ているギンガの姿を認めて、タイガは意を決してギンガに提案した。

 

〖ギンガ。暫くの間、この星を離れる事になっても構わないか?〗

「え? どういう、事?」

〖メモールを俺の故郷、光の国に連れていく。そこでならもう一度人間の姿に戻すことだって、出来るかもしれない〗

「ホントなの!?」

 

 もし本当なら、夢のような話だ。

 

〖だが、俺の故郷はこことは別の次元にある宇宙だ。それに連れていっても、メモールを本当に人間の姿に出来るかどうかも正直解らない。それでもいいか?〗

 

 別の次元へ向かうとなると、確かに相応の時間はかかる。タイガの口ぶりからして、次元を越える手段はあるようだが、それでも数日と言わず数週間。下手をすれば数か月から数年はこの地を離れる事になるのかもしれないと、暗にその口ぶりから察する事は出来た。

 

「……いいわ。行きましょう」

 

 それでも、メモールの為ならばと躊躇いはすぐに消え去った。父や妹、同僚達には多大な迷惑をかけてしまうし、メッセージの一つも残せずに旅立つのは心苦しいが、それでもメモールの為ならば構わない。

 

 

 

 そんな様子を、市販のチョコレートを頬張りながら霧崎がつまらなさそうに眺めていた。

 

 

 

 咀嚼音と共に、銀色の包み紙の中にあった板チョコの最後の一欠けらが頬張られる。

 口周りに付いたチョコを懐から取り出したティッシュで拭い、包み紙と共に放り棄てて、霧崎は鼻を鳴らした。

 

「甘い。甘いなぁ……」

 

 眼前で繰り広げられるお涙頂戴(茶番劇)に、霧崎は心底つまらなさそうに嗤った。まさに誰もが望んだハッピーエンド。彼女達はこの星を飛び立って、光の国で治療を終えた後にミッドチルダに戻って家族そろって幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。そんな()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか。

 

「チョコレートより甘い!」

 

 霧崎の手に、六角形をしたデバイスが握られていた。それの頂点に当たる位置にあるボタンを軽く押すと、それが中間部分から左右に展開。青黒い仮面のような形状となり、霧崎は不敵に嗤いながらそれを顔にかざす。丁度、鼻の位置となるグリップ部分のボタンを押すと共に仮面(トレギアアイ)の力が解放。彼の体を一瞬で黒紫の光が煙のように包み込み、その姿を本来の物へと変えていく。

 

〖フフフ……〗

 

 50メートル級の青い巨体を包み込む拘束具。顔に張り付いた青黒い仮面から覗く鋭く紅い眼光。見る者が見れば、悪魔のようにすら見える巨人が闇を纏いながらその姿を現した。

 

〖お前は!?〗

〖やぁ、久しぶりだね。ナンバー6の息子〗

 

 軽く手を振る仮面の巨人、トレギアにタイガは迷うことなくスワローバレットを放つ。それを片手でいとも簡単に弾きながら、トレギアはやれやれと首を振る。

 

〖久しぶりに会ったってのに、随分なご挨拶だな。礼儀がなってないんじゃないか?〗

〖ほざくな!〗

 

 口はやや悪いし、やや好戦的な気性をしているとはいってもタイガが姿を見た途端に問答無用で攻撃を仕掛けた事にギンガは驚きを隠せなかった。だが、眼前にいる仮面の巨人から感じる禍々しさは、そうさせるに十分だと思わせる物だ。

 

〖ギンガ、気を付けろ。アイツは相当にヤバい奴だ〗

 

 それを補足するかのような手短な説明。タイガがそういうのならば、本格的な付き合いが始まってからまだ長くはないが、それでも信じるに値する相手だと実感している。故に、ギンガもトレギアに対して油断せずに睨みを利かせる。

 

〖何をしに現れやがった!〗

 

 トレギアに怯えるメモールを守るようにその前に立ち、タイガは忌々し気にトレギアを睨みつける。

 

〖君に会いに来た……と言ったら?〗

〖ふざけるな!〗

 

 地面を蹴り、トレギアに飛び掛かるタイガ。その攻撃をわざと大袈裟に身体を動かして避けて、続けざまに繰り出されるタイガの拳の連撃を全て軽々と避けてみせる。わざわざ大袈裟に動いて、隙だらけになってみせるように。

 

〖おいおい、どこ狙ってる?〗

〖舐めやがって!〗

「タイガ! ちょっと、落ち着いて!」

 

 今度はタイガが興奮しすぎだ。因縁浅からぬ相手であろう事は理解できるが、それにしてもこれは異常なまでに熱くなりすぎで、最早キレているといっても過言ではない。ここまで熱くなっていると、勝てる戦いにも勝てなくなってしまう事を解っていない筈もないだろうに。

 

〖全く、狙いの付け方すら解らないお坊ちゃんだったとは〗

 

 わざとらしく大袈裟に肩を竦ませてから、トレギアは右手を持ち上げる。その掌に、僅かにエネルギーが集中して。

 

〖そら〗

 

 軽く右手を突き出し、そこから放たれた稲妻の如き光線がタイガを吹き飛ばした。

 

〖ぐぁああああああっ!?〗

 

 ビルを数棟巻き込んで倒れるタイガの巨体。瓦礫に埋もれながら、痛みに悶えるタイガの(インナースペース)で、ギンガもあまりの激痛に目を見開き痙攣したかのように全身を震わせていた。

 

「あ、が……はっ!」

 

 タイガとリンクしたギンガにもダメージはダイレクトに伝わり、胸から全身を駆け巡った激痛に呼吸が一瞬止まる。戦いの中でダメージを受けた事など一度や二度ではなく、多少の痛み

にも耐性はついていたが、それでもあまりの激痛に全身の感覚が消え失せる程だった。

 

(な、に……アイツ……強、すぎる……っ!?)

〖グ、ウゥ……ッ!〗

 

 無様に地面に倒れ伏すタイガに、トレギアはやれやれとでも言いたげに肩を落とした。まさか、あの程度の攻撃でカラータイマーが点滅する程のダメージを受けるとは。

 

〖全く、最近の若い奴はだらしないね。それじゃ、もう一度鍛え直してくるといい〗

 

 トレギアの両腕から放たれる白黒二色の稲妻の如き光線。トレラアルティガイザーが、タイガへ迫る。回避も防御も出来ず、直撃は免れない。この一撃を受ければ間違いなく死ぬ。少なくとも、タイガと一体化しているギンガは助からないと直感的に悟るが最早どうしようもない。トレギアに取っては軽くいなし、突き飛ばす程度だったであろう一撃で全身が痺れ、まともに動く事すらままならない。

 

「……っ!」

 

 逃れようのない死。インナースペース内でギンガは呼吸すら忘れ、迫りくるそれから目を逸らす事も出来ずに、ただただそれを受け入れるしか無かった―――

 

〖「お姉ちゃん!」〗

 

 ―――彼女達を庇うように、青白い鱗に覆われた巨体が立ちはだからなければの話だが。

 

「……え?」

 

 目の前で、白黒の稲妻にその巨体が貫かれた。肉片と鱗が内側からはじけ飛び、口からは悲鳴にすらならない絶叫が吐き出され、ゆっくりとその巨体が……メモールの体が崩れ落ちていく。

 

〖なっ!?〗

「あ、あぁ……っ! メモール、メモール!」

 

 反射的に手を伸ばす。膝から崩れ落ちていくメモールも、視界の片隅で捉えたそれに自らの手を伸ばして。

 

〖オ、ネ……ェ……チャ……〗

 

 指先が掠る事すら許されず、その腕は地面に落ちて。

 怪獣(少女)の体は、それを合図にして爆発した。

 

「メモールゥーーーーーーーーー!」

 

 弾け飛ぶ肉片すらも焼き尽くされ、彼女がここにいたという証の一切を消滅させるかの如く、容赦なく少女だった物を焼き尽くしていく爆炎。その向こう側で、悪魔は嗤う。ギンガのリアクションが、まるでツボに入ったコメディの一幕だったかのように。

 

〖ク、クハハハハハハ! おいおいおいおい! 大袈裟すぎるだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉は、ギンガの頭から冷静さを消すには十分すぎる程だった。

 何かがキレる音がはっきりと聞こえて、頭に血が上るという言葉を体感として覚える。ギンガの思考がトレギアへの敵意と殺意に染まるまで、一瞬もかからなかった。

 

「たかが……怪獣……ですって……?」

〖真実だろう? 実際、この星の治安組織はあれを問答無用で排除にかかったじゃないか〗

「あの子は、人間よ……それを、よくも…」

〖フン。タイガ君、君は随分とお優しい人間を入れ物に……おっと失礼。()()()()()()()()()()()()

 

 戦いの最中で冷静さを失ってはならないという最後の自制心も、自分と妹達への侮辱(その一言)で完全に崩壊した。コイツは、どこまで人の神経を逆撫でしてみせるのか。生まれて初めて、心の底から湧き出てくるドス黒い感情がギンガを完全に支配した。

 

「その……口をぉ……閉じろォォオオオオオッ!」

 

 コイツに対して、慈悲も何も必要ない。彼女をよく知る家族や友人であっても別人に見えるであろう程に、その顔が憤怒に歪む。緑色の瞳が金色に変色して、インナースペース内に魔力とは違うエネルギーが荒れ狂う嵐のように放出される。

 

〖ウォオオオオオッ!〗

 

 それは、元よりトレギアへ浅からぬ因縁のあるタイガに力を与えるには十分であった。タイガスパークを介したリンクには、そういった効果もあるらしいとは聞いていたが、それは思っていた以上にタイガの力を増強させ、一挙一動全てが普段のそれを遥かに超えた物となっていた。

 

〖フン〗

 

 しかし、トレギアはそのタイガの攻撃を全て余裕で避けてみせた。両腕を後ろに回して組んで、一切反撃しないから好きなだけ撃って来いよと言わんばかりのその態度に二人の思考は更に怒りに染まり、次第に大雑把になっていく攻撃を、更に余裕をもって、欠伸でもしそうなぐらいにのんびりとした動きでトレギアは避け続ける。

 

〖どこ狙ってる? 動かずにいてやろうか?〗

〖こぉんの野郎ぉ!〗

 

 スワローバレットを放つも、それをわざわざ大袈裟な動きで避けるトレギア。最初から牽制として放ったそれに期待等しておらず、すかさず間合いを詰めて打撃を仕掛けるが、最初から見切っていたとばかりに軽く避け、カウンターの蹴りを逆にタイガの腹部へ叩き込む。

 

〖グッ! んのぉ!〗

「舐めるなぁああああっ!」

 

 即座にその足を掴み、力任せに振り回して投げ飛ばす。

 

〖おぉっと〗

 

 しかし、トレギアは投げ飛ばされたわけではないとばかりに器用に空中で姿勢を整え、音もなく地面に着地してみせる。そうして、おもむろに左腕を持ち上げて手首に視線を落とす。腕時計で時間をチェックするような素振りを見せると。

 

〖あぁ、すまないがそろそろ時間だ〗

 

 等と言いながら、おどけるように左手首をトントンと指で叩く。まるで、そこに腕時計を巻いているからちょっと見てみろよとでも言いたげに。

 

〖残業は、しない主義でね〗

 

 その言葉に、その態度に、タイガとギンガの血管が更に派手な音を立ててブチ切れた。

 こいつは、どこまで人を嘲って、ふざけた態度を取り続けるんだ。

 

〖「ふざけるなぁあああああっ!」〗

 

 怒号と共にストリウムブラスターを放つ。空気を引き裂くような音と共に真っ直ぐ向かってくるそれに対し、トレギアは回避も防御もせず、仕方ないなとばかりに両腕を大きく広げその一撃を受け止めた。真向から直撃をもらったその巨体が閃光に飲まれ、大爆発を起こす。

 

〖ぐぅっ!?〗

 

 カラータイマーを激しく点灯させる程に力を消費したタイガも、爆風に思わず片膝をつく。

 しかし、手ごたえはあった。倒せてはいなくとも、相応のダメージは与えている筈だ。

 

〖フハハハハ……〗

 

 その確信は、上空から聞こえてきた笑い声にかき消された。青空にぽっかりと穴を開けたかのような暗雲の下で、トレギアは全くの無傷で空に浮いていた。

 

〖何っ!?〗

「嘘……でしょ……」

 

 インナースペース内のギンガは、その有様に膝から崩れ落ちた。先の一撃は、怒り任せに解き放った自分の魔力すらも上乗せされ、怒りという感情を持ってタイガとリンクしたが故の最大の一撃だったと彼女もなんとなくではあるが理解していた。それを受けてもなお、あの巨人には掠り傷一つ負わせられていないのだ。

 

〖今のは中々骨のある良い攻撃だった。将来が楽しみだね〗

 

 皮肉を込めた言葉で、トレギアは嗤う。今のお前達の攻撃では、何をどうしようとも自分には傷一つ付ける事は出来はしないと言っているも同然。先の両腕を大きく広げたポーズは、文字通り喰らってやるよという挑発だったのだ。暗雲の中、不気味で悍ましい魔法陣が展開される。

 

〖では、この世の地獄で……また会おう〗

 

 スゥっと、トレギアは魔法陣に吸い込まれ溶けるように消えていった。同時に暗雲も消え失せて、入れ替わりに灰色の雲が一気に空を覆っていく。

 

「アイツ……何なのよ……」

 

 突如現れ、圧倒的な力で自分達を蹂躙し、メモールの命を奪っていった仮面の巨人。自分達に敗北と無力さを与えるだけ与えていったアイツは、なんだというのだ。

 

〖ヤツの名は、トレギア〗

 

 その疑問にポツリとタイガが答えた。彼の脳裏に浮かぶのは、ミッドチルダへ流れ着くよりも前。肉体を失った直接的な原因のある戦いだった。

 

〖俺は前にもアイツと戦って、負けた。その時、俺の仲間達もアイツに……っ!〗

 

 タイガの悔し気な、恨みが籠った言葉がギンガの心の中にすぅっと入っていくのを感じた。

 そうか、彼も私と同じ。というより、私も彼と同じになったんだと、自分でも気味が悪いぐらいに、冷静にそれを受け止めていた。

 

 

 

 フェイトがミッドチルダに帰ってきた時には、全てが終わった後だった。

 戦いの跡地であったモールとその周辺は壊滅状態。崩落に巻き込まれた死傷者が運び出され、怪我で呻く者や愛する者を失って泣き叫ぶ者であふれかえり、それらに対応する救急隊員や管理局員が忙しなく動き回っている。

 

「……ギンガ!」

 

 そんな中で、フェイトはようやく探していた少女を見つけた。

 

「ギンガ!、 良かった、無事……で………」

 

 自然と浮かんでいた笑顔は、一瞬で消え失せた。

 

「……フェイトさん」

 

 光の消えた暗い目で、感情が全く籠っていない無機質な声で、自分を見上げる彼女は果たして本当にギンガなのかと疑ってしまうほどに、別人に見えてしまった。

 

「ねぇ、フェイトさん。メモール……何もやってませんよね?」

「……え?」

「本局の人が来て、強引に私達を引き離したんですよ。そのせいでメモールがあんな事になって……ねぇ? 何が、どうなって、あんな事になったんです?」

 

 本局所属のフェイトを責めている訳ではなく、ただ本局所属の知り合いがそこにいるから聞いてみただけといったトーンで、淡々と問うてくるギンガに思わずゾッとする。

 

「教えてくださいよ……じゃないと……なんで、メモールが殺されなきゃいけなかったのか………何にも、解んないじゃないですか……」

 

 今にも泣きだしそうな程に声は震えているのに、目尻に涙が溜まる事も無く、彼女の中で様々な感情が混ざり合って処理が追いついていないのだと理解するまで、少しばかりの時間を要して、フェイトは何も言わずに彼女を抱きしめた。

 

「ごめん……何も出来なくて、力になってあげられなくて……ごめん……っ!」

 

 すすり泣くフェイトの声を聴きながら、ギンガの目からようやく涙が一粒零れ落ちた。彼女の感情をせき止めていた何かが決壊するまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

「……フフフ」

 

 その様子を、とてもとても面白そうに、とてもとても楽しそうに、霧崎が嗤ってみている事には誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

 





次回リリカルBuddyStrikers

第四話 賢者の帰還





次回はスカっとする話になる予定です


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第四話 賢者の帰還 Apart

ぐだぐだしてたら終わってしまったGW



 ―――誰か、誰か、お願いします

 

 

 闇の中で、声だけが響く。

 誰にも届かず、聞こえる事の無い、それを理解しながらも諦めきれず、声の主は悲痛なまでに喉を潰す事とも厭わず叫び続ける。

 

 

 ――誰か、あの人を止めてください。誰か、私の言葉を聞いてください!

 

 

 それは決して、誰にも届かない虚しい願いの筈だった。

 

 

 ――話を聞かせてもらえないか?

 

 

 闇の中、声の主の願い聞き届けたのは一人の賢者だった。

 

 

 

 

 

 機動六課隊舎。昼時の食堂はいつも賑やかではあるが、その賑やかさの何割かを担っているスバルの明るさが鳴りを潜める事で、普段よりもどことなく暗い雰囲気が漂っていた。最も、隊全体が暗くなるほどではなく、彼女と行動を共にする事の多いフォワードメンバーのみであるが。

 

「じゃぁ、ギンガさん今日から仕事復帰なの?」

「うん……私は止めたんだけど、ね」

 

 親友にして相棒であるティアナ・ランスターの言葉に頷き、スバルは小さくため息をつく。メモールの一件から五日。彼女の身に降りかかった悲劇はスバルにも知らされ、隊長陣の計らいで特別に休みをもらったスバルは一度実家に戻って、深く傷ついた姉の様子を見に行ったのだが。

 

「無理してるのバレバレっていうか、なんか……ちょっと怖かったって、いうか……」

 

 実家に戻ったスバルを出迎えたのは、変わらぬ様子のギンガであった。正確には無理していつも通りに振る舞っている姉である。見ていて辛いほどにいつも通りで、自分に心配を掛けさせまいとしているのかと思ったが、そうではないと気付いたのはすぐだった。思い切って「メモールの事……その、なんて言えば……」と切り出した瞬間。ほんの一瞬だけだが、ギンガの目の色が変わった。

 

 ――スバルも、メモールの事……忘れないでいてあげて

 

 声色はいつもの優しい姉のそれだったし、目元も見慣れた愛情にあふれたそれだったのに、その直前にほんの一瞬だけ見せたのは、何も映さず、底の見えない真っ黒でどす黒い感情に染まった瞳だった。

 

「なんていうか……ギン姉が、ギン姉じゃなくなっていくような……そんな感じが、さ」

「……考えすぎ、じゃない?」

 

 ティアナも何度かギンガに会った事はあり、正直シスコン過ぎやしないかと思わなくもないぐらいに妹を溺愛している彼女が、スバルをここまで不安にさせる筈が無いと確信している。故に、スバルの不安も話に聞いたメモールという怪獣化した少女の一件で、必要以上に心配してしまっているからだと結論付ける。

 

「あのギンガさんが、アンタをそんな不安にさせる訳ないじゃない。その……メモールって子の事、整理つけるのに時間かかってるだけだって」

 

 ティアナも似たような経験はある故、ギンガの気持ちも少しは解るような気はしていた。間違っても本人に言う気はないし、自分自身も偉そうに言える程に整理をつけているわけではないけれど。

 

「うん……ありがと、ティア」

 

 とりあえず、これでこの話は終わろうという意思表示として、スバルは親友へ頭を下げた。そんな彼女の様子に、ティアナは内心不満を感じながらも話を続ける事を止めた。こうなったスバルは、梃子でもこの話題を続けようとしないからだ。

 

「あ、そうだ! 午後の訓練、ヴィータ副隊長とシグナム副隊長相手の模擬戦でしたよね? 僕、ちょっと試したいフォーメーションの提案があるんですけど!」

 

 重たくなった空気を強引にでも変えようと、六課フォワード陣唯一の男であるエリオ・モンディアルが明るく務めるように声をあげた。これ幸いとばかりに他の面子もそれに乗っかり、とりあえずではあるが重たい空気の払しょくはされつつあった。

 

『……であり、地上本部としては明らかな敵対行為を見せない限り、ウルトラマンに対しては静観する事になった』

『本局の意見としては好意的に受け入れ、場合によっては対話の検討もとありましたが』

『それはあくまで本局の意見だ。実際に対応していない連中に何が解る!』

 

 テレビから聞こえてくる男の威圧的な声に、皆の視線が集まる。そこに映し出されているのは管理局の制服に身を包んだ大柄の男性。地上本部の実質的な代表を務めるレジアス・ゲイズ中将。彼の歯に衣着せぬ言葉が飛び交う定例の記者会見中継である。

 

『このクラナガンの治安を守る者の務めとして、得体のしれないモノをそう簡単に受け入れられるわけもない。明らかな敵対行為を見せたと判断した場合、我らは容赦なくウルトラマンも排除の対象とみなす!』

「おーおー、随分とまぁ苛立ってんな。あのオッサン」

 

 スバル達とは別の席でその中継を横目に見ていた赤毛の少女。機動六課スターズ小隊副隊長であるヴィータが呆れたように言葉を漏らす。見かけは十歳前後の少女であるが、これでも六課の人員では上から数えた方が早いぐらいに年長者である。

 

「でもま、レジアス中将の意見も解るっちゃ解るね。いくら無限書庫で見つかった記録があるから言うても、正体不明の存在には違いないんやし……」

 

 はやての言葉に少し驚いたように、ヴィータは彼女へ視線を投げた。まさか、彼女がレジアスを擁護するような意見を口にするとは思っていなかったからだ。

 

「はやて。あのオッサンの事嫌いじゃなかったっけ?」

「思う処はあるけど、別に嫌っとらんよ? 正直、同じ立場におったら私も似たような対応しとるやろしなぁ……」

 

 無限書庫で発見されたウルトラマンに関する資料は六課にも回され、その全てに目を通した結果、ウルトラマンは人類の味方だと信じるに値するだけの物はあったのだが、レジアスと同じ立場で物を考えねばならないとなると、そう易々と信じ切れないよなと彼女としても思うのだ。地上本部と一部隊の差はあれど、部下を率いる立場としてはである。

 

「確かに……直に見たわけではないが、あの戦闘力の矛先がこちらに向いたらと思うとゾッとしますしね」

 

 それに同意の声をあげたのは、桃色の長髪をポニーテールにまとめている女性、シグナム。六課ライトニング小隊副隊長であり、ヴィータや今は席を外している二人と共にはやてを守護する騎士でもある彼女も、ウルトラマンにある意味で脅威を感じる者の一人だった。

 

「あくまで最悪の場合、やけどね」

「無論です。ですが、あれの目的が解らない以上は……どうしてもそっちも頭を過りますよ」

「そうなんよねぇ……」

 

 ため息をついて、皿の上に残ったサラダにフォークを刺す。それを口に運び、よく噛んで飲み込んでから、はやては天井を見上げながら呟いた。

 

「せめて、まともな会話が出来ればええんやけどなぁ」

 

 

 

 

「ふん、何がウルトラマンだ。腹立たしい!」

 

 記者会見を終え、自身の執務室に戻ったレジアスはソファーに乱暴に腰かけながら吐き捨てる。クラナガンの平和を守り、治安を維持しているのは自分達地上本部所属の者達だと自負している彼にとって、ウルトラマンという得体のしれない存在を許容しなければならないのは不満でしか無かった。

 

「ですが、現状こちらに対する敵対行動は見せておりませんし」

「救われた者達もいる、だろう? そんな事は解っている」

 

 娘にして秘書のオーリス・ゲイズの言葉にも苛立ちを隠さず、それでいて声のトーンを若干落して、ふぅと息を吐く。

 

「それでいて、ウルトラマンはこのミッドのどこかに人間の姿で紛れている可能性もあると……ヴィランギルドだけでも面倒だと言うのに」

 

 正直言って、レジアスは宇宙人が嫌いである。別に差別するつもりはないし、罪を犯すことなく静かに暮らすのなら勝手にしろというのが本音である。だが、実際にヴィランギルドという宇宙人の犯罪者集団がこのミッドで、クラナガンで好き放題しているという事実が彼には腹立たしかった。それに加えてウルトラマンだ。無限書庫からの情報で、あれも宇宙人であるらしい事は当然ながらレジアスの耳にも届いていた。

 

「本局としては、ウルトラマンとの友好関係を築きたいという声もあるようで……こちらにも協力要請が来るのは時間の問題かと」

「実際に被害を目の当たりにしてない連中の物言いなど放っておけ。あんな馬鹿デカイ奴らが現れるだけで、一体どれだけの被害をこちらが被ってると思っている!」

 

 50メートル級の巨体が街中に出現する。たったそれだけでも、街に与える被害は甚大だ。仮に建造物の倒壊は無かったとしても、巨体が踏みしめた道路は使い物にならなくなり、その周辺に住まう人々、商売を営む人々の生活基盤を破壊し尽くすのだ。それらの被害を受けた人々の借り住まいの提供やらなにやら、全て地上本部の裁量で行わねばならない。本局も支援は行ってくれているが、それも全体を通せば微々たるレベルである。地上本部よりも遥かに多額の予算を持っていくくせにケチ臭い連中だと、我が侭かつ八つ当たりだと自覚しつつも思わずにいられない。

 

「……最も、怪獣対策の一環という名目でアレの運用許可が次の陳述会を待たずに緊急承認される見通しなのは朗報だな」

 

 唯一朗報と言えるのは、兼ねてより準備を進めていた巨大魔力攻撃兵器(アインヘリアル)運用承認が、想定したよりも早く下りる見通しが立った事だろう。管理局は数多の次元世界で起きる犯罪に対処するという関係上、慢性的な人材不足だ。その上、本局の抱える事件は規模の大きなものが多く、優秀な人材を多く配備し、時には地上からも引き抜いていくために地上本部の人手、戦力不足は慢性を通り越して深刻化の一途を辿っている。それを補うために建造を薦めていた魔力攻撃兵器は、そこにあるだけで抑止力となるとレジアスは期待していた。

 すでに二基を建造。今まで未使用だったのは、流石に時空航行艦にも搭載できない固定砲台を一存で運用は出来ず、本局に運用承認を求める手続きをせねばならなかったからだ。過剰戦力であると反対意見を持つ者が多い本局側とは長らく政治的小競り合いを続けていたが、この度ようやくの決着であった。

 

「流石にここまで怪獣出現が連続すれば、渋り続けるわけにもいかなくなった……という事でしょう。先日出現した怪獣……人間の子供に擬態していたそうですが、本局側の対応の失敗が出現の原因でもあったと報告を聞いています」

「ふん。その穴埋めのつもりか」

「その面もあると思います。市民にも大勢の犠牲者が出てしまいましたから、単に作戦責任者の降格処分等では世論が納得しない、という判断かと」

 

 そういう政治的意図を軽蔑するような事は無い。むしろ、いかなる理由であってもこちらの利になるのなら良いとレジアスは頷く。怪獣による犠牲者を一人でも減らす為に、この地上の未来を守る為に必要なのはウルトラマンではなくアインヘリアルであると示さねばならない。そして結果を残す事が、犠牲者に対し自分が出来る最大限の追悼だとレジアスは確信している。

 

「地上の治安を守っているのは本局の連中でも、あんな得体のしれん不確定要素でもない。我々なのだからな」

 

 地上本部を率いる者としての自負を感じさせる父のありように、オーリスは尊敬の視線を向けながらも、少々呆れてすらいた。幼い頃よりクラナガンの治安を守る事に心血を注ぐ父の背中を見て育ち、同じ道を志した。けれども、実際に秘書として彼の仕事を支えていると度々思うのだ。

 

(少しばかり、視野が狭すぎるのよね……お父さんは)

 

 実際に口に出す事は無いが、その頭の固さにはたまに呆れるし、うんざりもする事も多くなってきた。ウルトラマンという不確定要素の登場と怪獣出現の連続で苛々しているのは解るが、それでももっと落ち着いて欲しい。少なくとも、アインヘリアルをウルトラマンに向けて撃つのはあまりよろしくないと、オーリスは考えていた。

 

「……そういえば、その擬態していたという子供の出所は?」

「ヴィランギルド絡みという事以外は何も。人造生命体であるという事以外は普通の子供とみなされ、地上部隊所属の陸曹が保護していたそうですが」

「ふむ……これからは、そういう事態も増える可能性を危惧すべき、か?」

 

 さて、その人造生命体だという子供は一体どこの誰が作ったのか。レジアスの脳裏に浮かぶのは一人の男。何を考えているのかさっぱりわからないイカれた科学者。アイツならその手の物を作っていてもおかしくは無いだろうが……。

 

「何だと!?」

 

 そんな思考に耽っていると、その隣で通信端末のコールを受け取ったオーリスが突然悲鳴のような声をあげた。

 

「どうした?」

 

 普段から冷静で、不愛想気味ですらある娘の珍しい有様に少々驚きながらも、上司である自分が動じる訳にいかんだろうと普段通りの態度を心掛けて。

 

「建造中のアインヘリアル三号機に、怪獣が突如襲撃を!」

「なんだとぉ!?」

 

 報告の内容は、流石に動じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 虹色の閃光で所々骨組みが剥き出しになったままのアインヘリアルが破壊され、建造に携わっていた作業員が悲鳴諸共に爆炎に飲み込まれる。それを成すのは、純白の装甲に全身を包み込んだ竜を連想させる怪獣。否、巨大ロボットだった。

 

「ひ、ひぃぃ!?」

 

 崩れてきた鉄骨に足を挟まれ、身動きの取れない作業員を金色のバイザーで覆われた無機質な赤いカメラアイが捉えた。一人の生き残りも見逃さないと言わんばかりに、左手の指先にある主砲を向け、容赦なく放たんと―――

 

〖シェェヤァ!〗

 

 ―――それを、突如空から飛来した巨人の跳び蹴りが妨害した。

 

「ウ、ウルトラ……マン……?」

 

 助けに来てくれたのかと安堵し、作業員は意識を手放した。

 竜のような巨大ロボットと対峙するウルトラマンタイガ。たまたま外回りで近くに来ていたギンガが、ロボットの出現と破壊行為を目撃して変身し、駆けつけたのだ。

 

〖コイツ、ギャラクトロンの改造機(MK-Ⅱ)か!?〗

「ギャラクトロン……? 知ってるの?」

〖あぁ、かなりの強敵だ!〗

 

 ギャラクトロンと呼ばれた機械竜が重たい駆動音を響かせながら、地面を踏みしめてタイガへ迫る。対し、タイガも正面から突っ込んで挨拶代わりにその頭部目掛けて、拳を叩き込む。ガゴォンッと甲高い音と共にギャラクトロンの頭部が僅かに震えたが、それだけ。

 

〖「かったぁ……っ!?」〗

 

 逆にこっちの拳が、あまりの堅さにダメージを受けた。連動してギンガの拳にも痛みが走り、思わず悲鳴がハモる。当然全く持ってダメージを受けていないギャラクトロンは、両腕に装備された肘まで伸びる鋭い刃を持って、タイガを斬りつける。

 

〖グァッ!?〗

「っぁあ! こ、んの……そうくるなら!」

 

 タイガスパークのレバーを入れ、収納されていたヘルベロスリングをギンガの左中指に実体化させる。

 

《ヘルベロスリング、エンゲージ》

 

 指輪に秘められし怪獣の力が解放され、タイガの両腕に赤黒いエネルギーの刃が纏われる。ヘルスラッシュを両腕に纏い、ギャラクトロンの刃と切り結ぶ。ぶつかり合い、鍔迫り合う度に激しい火花が飛び散り、すぐにタイガが押し切られた。

 

『グゥ!?』

「なんて、パワーなのよ! コイツ!」

 

 力押しでは勝ち目が無い。そう理解して後方に大きく飛び退いて構えるは、持てる技の中で最も破壊力のある必殺の一撃。

 

〖ストリウムブラスター!〗

 

 T字に構えた両腕から放たれた光線が、ギャラクトロンに直撃する。一切の防御行動をとる事無く吸い込まれた一撃は、ギャラクトロンの白い装甲を抉り、吹き飛ばす……という事は無かった。

 

「嘘……効いて、ないの……っ!?」

 

 爆炎の中、無傷の白い装甲を見せびらかすように姿を現したギャラクトロン。確かに直撃した筈なのに、装甲に焦げ目すらもついていない。その事実に驚愕するギンガの様子を金色の仮面の奥に光る紅いカメラアイが、静かにタイガを睨みつける。

 

〖邪魔をするな……っ!〗

〖何!?〗

「喋った……きゃぁあっ!?」

 

 左指から放たれた光線が、タイガの足元に着弾。爆炎に怯みながらも、咄嗟にバリアを展開して未だ逃げきれていない作業員達を庇う。そうして、目くらましとなっていた爆炎が修まると、ギャラクトロンの巨体は消えていた。

 

 

 

 

〖ギャラクトロンは、かつて全宇宙の知的生命体抹殺を目論んだ巨大人工頭脳、ギルバリスと共にあちこちの宇宙で暴れまわった厄介な奴だ。アイツ等の手で、数え切れないほどの惑星が滅ぼされたって話だ〗

「何それ……とんでもないヤツね」

 

 変身解除し、アインヘリアル破壊に巻き込まれた作業員達の救助活動を手伝って、それも一段落したところでギンガは救助された人々から離れたところで、破壊の痕跡を調査しながらタイガからギャラクトロンに関する情報を聞いていた。聞けば聞くほど、相手にしたくない奴だなというのが正直な感想である。

 

「もしかして、そのギルバリスがこの次元に?」

〖いや、それはない。ギルバリスは別の宇宙で、ジードってウルトラマンに完全に破壊された。本拠地のサイバー惑星クシアも共に消滅してる。今日戦った奴は、あちこちの次元にばら撒かれてた個体を誰かが操ってるんじゃないか〗

 

 親玉がいるという心配はしなくていいのは助かるが、それでもギャラクトロンはとてつもない強敵だ。単純なパワーだけなら、あの忌々しい仮面野郎(トレギア)よりも上なのは間違いなく、ストリウムブラスターの直撃すら耐えきった堅牢な装甲を破るのは、正直至難の業だ。次に戦えば、正直勝ち目はあるのかどうか嫌でも不安を覚える。

 

「となると、ギャラクトロンを操ってる誰かを抑えた方が早いかしら……?」

 

 あの時聞こえた「邪魔をするな!」という男性の声。この声の主を見つけ出せれば話は早い。となると、その目的は果たしてなんなのかという話なのだが。

 

「失礼。陸士部隊の者か?」

 

 不意に声を掛けられ、顔を向ける。そこに立っているのは、青い制服に身を包んだ女性の管理局員。見れば、ちらほらと応援に駆け付けた局員達の姿もあるのでその一人だろうか。それにしては、少しばかり偉そうな態度をした人だなと思うが。

 

「え、はい。そうですが……あの、あなたは?」

「……あぁ、すまない。防衛長官秘書のオーリス・ゲイズ三佐だ。レジアス中将の代行としてこの現場の確認に来た」

「失礼しました! 陸士108部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です」

 

 本当に偉い人だったのか? というタイガの突っ込みを無視して敬礼する。地上本部のトップがレジアスなら、その秘書でこうして現場視察等の補佐も積極的に行う彼女は実質的なナンバー2と言っていい存在と思っていい相手だ。

 

「108……? この辺りは管轄では無いだろう?」

「はい。外回りの最中、怪獣の出現を確認しまして……救助活動の手伝いぐらいはと思い、駆けつけました」

 

 嘘は言ってない。

 ウルトラマンに変身して怪獣と戦って、なんとか追い返しましたって部分を抜いただけだ。

 

「そうか、ご苦労」

「ところで……私に何か御用でしょうか?」

「いや、ギャラなんとかとブツブツ言ってるのが聞こえてきたので気になったのだが」

 

 どうやら、タイガとの会話を聞かれてしまったようだ。おまけにタイガの声は自分にしか聞こえないので、ブツブツ独り言言ってる女と思われてしまっている。

 

「あ、あぁ……あの怪獣の名前、ギャラクトロンっていうそうなんですよ」

「何故そんな事を知っている?」

「捜査の過程で知り合った宇宙人から、軽く聞かされたのを思い出しまして、はい」

 

 嘘は言ってない。

 実際、ウルトラマンという宇宙人から聞いた話なんだから。宇宙人の知り合いというか、顔見知りの情報屋もホントにいるので問題は一切無いはずだ。

 

「ほう……つまり、お前はあの怪獣に詳しいと?」

「詳しい、とまで言えるかどうかは解りませんが……108は宇宙人関連の案件も多く扱ってますので、それなりに知識はあると自負します」

 

 それなりどころか、色々知識を持ってる宇宙人が自分と一体化しているのだ。そういう意味では一種のチートみたいなものである。下手に話すと、今回みたいに誤魔化すのが面倒くさい事になるけれど。

 

「そうか…………使えるな

 

 そんなギンガの内心など知る筈も無く、ボソッとそう呟くとオーリスはギンガを正面から見据える。

 

「ナカジマ陸曹。頼みたい事がある」

 

 そういって、オーリスは人目を気にするように周囲を窺って、ギンガにだけ聞こえるように呟いた。

 

「捜査を手伝ってほしい。全責任は私が持つ……あまり、表立って動けないので内密にという事になるが」

「え? あの……それって、どういう……?」

 

 まさかの展開に、ギンガは目を点にして問いかけてしまった。オーリスはレジアスの秘書として様々な現場に赴く事は多いだろうが、捜査といった仕事は基本的に行う事のない立場の人間だ。内密に動くなんて事は珍しい事でもないのかもしれないが、それでも自分のような下っ端捜査官に手伝いを頼むなんて。

 

「私の独断で動いているという事だ。中将も当然動いているが、私の事だけは外してくれてな……全く、こんな時にだけ親バカ発揮しないでほしいものだわ」

 

 愚痴るオーリスの様子に、ギンガは合点がいったように頷いた。強面で強権的で、色々と黒いうわさも絶えない人物だが、レジアスもやはり人の親という事か。そもそも、秘書官が捜査に参加なんて事自体まずあり得ないので、外されるのは当然な気がしなくもないけれど。というより、この場には中将の使いで来たと言ってたけれど、もしや嘘なのか。

 

「で、どうだ? 協力を頼めるか? 無論、断ってくれても構わんが」

「いえ、協力するのは構いませんけど……オーリス三佐がわざわざ内密に動くほどの事なのですか?」

「……犯人の狙いがお父さ……中将だからな」

 

 そういって、オーリスは懐から小型の端末を取り出す。手早く操作し、宙に浮かぶように小さなモニターを表示させた。

 

《これは、復讐だ。正義の名の下に行われた悪に対する当然の報いだ!》

 

 端末から呼び起こされたのは、一人の男による犯行声明だった。ギャラクトロンによるアインヘリアル破壊の映像を背景に、バリアジャケットに身を包んだ男が怒りを全身から放つように、恨み節を続ける。

 

《お前達の偽善のツケは必ず支払わせる。最も大切な者を奪われる苦しみと絶望を、キサマも味わえ……レジアス・ゲイズ!!》

 

 これ以上ない、解りやすいぐらいの犯行声明である。顔を丸出しにしている事から、捕まる事も覚悟の上という事か。レジアスを名指しで狙う事を、顔出しで宣伝するなんて逮捕してくださいと言っているような物だ。

 

「これはまた……直球ですね」

「あぁ。アインヘリアル破壊と共に、これが各種ネットワークを通じて配信された。劇場型犯罪でも気取るつもりか……」

 

 その上、父を名指しで狙っている事もあってオーリスは忌々し気に吐き捨てる。怪獣を使役している犯人なのは間違いなく、声明内容からして彼女にも魔の手が及ぶ可能性を考慮して、捜査に直接かかわらない立場であっても今回の件には一切関与するなと厳命されはしたが、それで大人しく引き下がるような気性をオーリスはしていなかった。要するに父親が心配でたまらなく、ただ待っているなど出来なかったという事か。同じく父を管理局員に持つ身として、ほんの少しだけれどギンガにも彼女の気持ちは解るような気がした。

 

「それで、この男に心当たりは? 中将に相当な恨みがありそうですが」

「私は見覚えが無い。中将はあの言動だからな……恨みを買ったであろう相手には心当たりがありすぎる。最も、幸いにも犯人は顔出しの犯行声明を出してくれたから、特定はそう難しく無いだろう。部下に情報を流すように言ってあ……噂をすれば」

 

 端末に通信を告げるコールが鳴り響く。オーリスが通信を開くと、モニターに緑色の長髪をした女性が映し出された。

 

『どうも、オーリス三佐』

「早かったな」

『中将にバレないように動くの、大変だったんですからね?』

「解っている。次の給与査定は期待しておけ」

 

 あ、これは聞かなかった事にする方がいい会話ですねと、ギンガは眼前で行われる二人のやり取りに関して、三猿を決め込む事にした。

 

『ところで、ホントにいいんですか? 中将に知られたら……』

「構わん。中将にバレたら私に手伝わないと解雇すると脅されたとでも、何とでも言えばいい。全責任は私に押し付けろ」

『……免職になったら、ホントに恨みますよ』

 

 部下の小言を聞き流し、さっさと解った事を言えと視線で促すオーリス。

 わざとらしくため息を零して、部下の女性は言葉を続けた。

 

『映像の男はレント・クジョウ。年齢は32歳……元首都防衛隊所属の一等空尉です』

「元首都防衛隊……退局者か? 全く、元とはいえ管理局員が怪獣を使って犯罪とは……」

『いいえ、彼の名を見つけたのは……殉職者リストです。彼は……』

 

 オーリスの部下はそこで一度言葉を区切り、周りに軽く目配せするような素振りを見せて、聞こえないように小声で伝えてきた。

 

『八年前に全滅した……グランガイツ隊の隊員ですよ』

「……っ!」

 

 殉職した筈の局員。八年前に全滅したグランガイツ隊の所属。このワードで、オーリスの中で何かが繋がったのか、露骨なまでに動揺を見せていた。それはギンガも同じく、目を見開いて開示された情報を脳内で繰り返す。

 

(グランガイツ隊って………母さんが所属してた……)

 

 秘匿任務中に殉職した母、クイントの事件と今回の事件はまさか繋がっているのか。父も独自に行っていた捜査を半ば中断し、真相は闇に葬られたも同然だった母の一件に迫るチャンスが舞い込んできた事に、ギンガも動揺を隠す事は出来なかった。

 

 

 

 同時刻、クラナガン市街地。該当モニターで繰り返し流されるギャラクトロンの破壊活動と、それを操る男の犯行声明の映像を見やる一人の男がいた。人目を避けるようにフードを目深く被り、厚手のコートの上からでもはっきりと解る鍛え上げられた肉体の持ち主は、深刻な表情を浮かべて画面の中を男を見上げる。

 

「クジョウ……何故お前が……」

 

 男の名はゼスト・グランガイツ。本来なら、この場にいる筈のない……とっくに死んだはずの人間だった。




ギン姉主役の利点はStS本編には言うほど絡んでこなかったキャラなので、かなり自由に動かせる事ですね


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第四話 賢者の帰還 Bpart

言い訳させてください
バイオヴィレッジとモンハンライズが楽しかったんです……っ!!

更に言うとCpartへ雪崩れ込みますので終わりません


 オーリスの運転する車の助手席で、窓の外を流れる光景を眺めながらギンガは思わぬところで繋がった母を失った事件について考えを巡らせていた。八年前、母が殉職し帰らぬ人となった事件の事を忘れた事は無い。

 

 ――ギンガ、スバルの事よろしくね――

 

 そういって仕事に出たのを見送ったのが、最後の会話。帰ってきた時、母は物言わぬ冷たい体になっていた。縋りついて泣きじゃくる妹と、必死に涙をこらえながらも、全身を振るわせて悲しんでいる父。妹に寄り添って、大粒の涙を流していた自分。思い出すだけで憂鬱な気分になる。管理局地上本部所属の捜査官だった母、クイントが最後に関わっていた事件の詳細は知らされていない。機密事項扱いだそうで、親子関係であろうとも何の情報も降りてこないのだ。

 

(なんで、あの事件の関係者がレジアス中将を……?)

 

 それでも、何の捜査をしていたのかだけは知っている。それだけに解せない。クジョウ・レントが、全滅した筈のグランガイツ隊の隊員で、母の同僚だったであろう彼が何故レジアスを狙うのか。復讐と言っていたが、単純に考えれば八年前の一件の事に違いない。それにレジアスが何らかの形で関わっているという、子供でも描けそうな単純な絵。素直に受け止めれば、そういう事なのだろう。

 

(……もし、そうなら)

 

 横目でチラリとオーリスを見やる。レジアスの実娘であり、副官でもある彼女も八年前の事件について何か知っているのだろうか。本当にレジアスが関わっているのなら、それを知った上で蓋をしているのか。嫌な考えが脳内をひたすらにループする。もしも、万が一にでも母の死にレジアスが絡んでいるのなら、一時躍起になって捜査をしていた父が急にそれを止めた事も説明がつく。

 

(父さんは母さんとの約束が理由だって言ってたけど……中将レベルの人が絡んでるなら……)

 

 実際、捜査官として現場に赴く事も多いかった母は、万が一があったら家庭を優先して欲しいと口を酸っぱくして父に言っていたのは覚えている。それでも、父は母の死の真相が知りたいと手を尽くしていたのを、急にすっぱり止めてしまったのだ。相手が相当な権力者だと感づいたのなら……父がそちらを中断したのも納得できる。下手をすれば、自分とスバルにまで危険が及ぶと考えたのだろう。

 

「……ナカジマ陸曹、どうかしたのか?」

「いえ、なんでも……ありません……」

 

 いくらなんでも単純な構図だとは思うし、状況証拠だけで確証はない。それでも、本当に母の死にレジアスが絡んでるなら、自分はどう動くのだろうかと考えずにはいられない。嫌でも脳裏に浮かぶのだ。棺に入って帰ってきた母の亡骸と、亡骸すら残らぬ程に焼き尽くされた(メモール)。大切な家族を二人も失った喪失感が、心の中に生まれたどす黒い感情を強く強く刺激していくのを、彼女は自覚していた。

 

(もし、母さんを殺した事件に本当に関わっているなら)

 

 果たして自分は、隣にいる彼女とその父親に対して、冷静でいられるのだろうか。

 それだけは、何度自問しても解らなかった。

 

 

 

 

 周囲に人家はおろか、建造物の類も一切無い人の手が一切入っていない森林地帯。その奥にひっそりと存在する洞窟が彼、ジェイル・スカリエッティの本拠地であった。元よりそこにあった天然の洞窟を主たるスカリエッティによる一見無秩序でいて緻密に計算された拡張工事により、迷宮のように複雑に入り組んでいながらも各部屋が効率的に配置されるという住みやすさと外敵の潜入を許した際の迎撃のし易さを両立させた要塞。自画自賛だなと思いながらも、スカリエッティは実に数年がかりで完成させた我が城は鉄壁だと自負していた。

 

「やはり興味深いねぇ。一体ぐらいは是非とも欲しい物だが」

「現状、収容する施設がありませんので。工事完了までもう少しかかるかと」

 

 その最奥に位置するこの研究所の中央管制室。スカリエッティは自身の娘兼助手のウーノと共にデータ検証、解析の真っ最中だった。空中に展開される複数のモニターに映し出されるのは全て怪獣。これまでに現れた怪獣、宇宙人こそが今の彼の興味の対象だった。

 

「ふむ。そうなると、例の個体を手に入れそびれたのは悔やまれるね」

「とは言いましても、あれも時限性でしたので……結果的には、あの扱いで良かったのでは?」

 

 ウーノの言葉に、確かにねと頷いてスカリエッティは目線だけその個体が表示されるモニターへ向けた。そこに映っているのは全身を青い鱗に覆われた怪獣。人間の少女に擬態できるというそれを、決して安くはない値段で購入したのだが、予期せぬトラブルで結局届かなかった。

 

「確かに、ラボの中で巨大化されちゃたまったもんじゃないけどね。生きた怪獣というサンプルが手に入らなかったのは残念だよ。最も……十分すぎる程のお釣りはきたけどね」

 

 手元のコンソールを操作し、新たなモニターを表示する。そこに映し出されているのは、一人の少女が光に包まれた後に一瞬にして巨人へと変貌する様。怪獣少女の観察の為に送り込んでいた娘の一人が偶然撮影に成功したそれは、スカリエッティの知的好奇心を大きく刺激した。

 

「いや、まさか彼女がウルトラマンとは」

「タイプゼロ・ファーストの方ですね。例の怪獣人間の保護をしていたそうですが」

「それだけでも面白いと思って、見物がてらにセインにお使いを頼んでいて正解だったよ」

 

 すでに三十半ばに差し掛かろうとするスカリエッティではあるが、その瞳をまるで子供のようにキラキラと輝かせて、モニターでリピート再生される映像。ギンガがウルトラマンへと変身する瞬間を食い入るように見やる。

 

「前々から欲しいとは思っていたが、ますます欲しくなった。最早、単なるプロトタイプの枠を超えたよ」

「では、早速回収を?」

「……いや、それはまだいい。せっかくだから、彼女達には怪獣退治を続けてもらおうじゃないか」

 

 怪獣は、人生全てを研究に捧げてきたといっても過言ではない程に根っからの研究者気質たるスカリエッティからみても、興味深い研究対象であると同時に厄介な危険生物でもあった。上手く使えば利用価値は生まれるだろうけれど、それを成す為の準備が自分達にはない。ヴィランギルドとは何度か取引をさせてもらっているが、それを差し引いても彼らが無秩序に暴れさせるそれらに何時こっちが巻き込まれるか解らないと思うと、本当に厄介が過ぎる。

 

「私達には対怪獣の用意がまだ無いからね。それが整うまで、彼女達に頑張ってもらうとしよう」

 

 そういって更にもう一つ画面を追加。公共の放送電波で流されるニュース映像には、ウルトラマンと機械竜の戦う様が映し出されていた。今日一日、どこのチャンネルを回そうともこの話題で持ちきりだ。なにせ、犯行声明付きというオマケつきなのだから。

 

「こっちの案件は、私達としてもあまり放置は出来ないしね」

「犯人はレント・クジョウ。騎士ゼストのかつての部下だった男だそうですが……我々が回収した魔導士のリストにはありません」

「だろうね。あの事件で回収したのは騎士ゼストと彼女の二人だけ……他は、興味深いレアスキル持ちの魔導士の血液サンプル程度だったと記憶している」

「えぇ、その通りです」

 

 さて、そうなると彼は何者なのだろう。あの時に襲撃した魔導士達は確実に全滅させた筈。だのに、こうして犯行声明を堂々と流している。整形手術か変身魔法でも使って、顔を変えた遺族が何らかの形で真相を知って復讐を企てたのか。それとも、本人が生き返ってみせたのか。そもそも、なぜ今になって動き出したのか。

 

「興味深い案件ではありますが……騎士ゼストが彼と接触しかねない、となると少し不味いのでは?」

「あぁ、不味いね。だが……それに関してはある程度仕方ないと思うよ? どうせ、いつかは知られる話だ」

 

 意外な返答に、ウーノは目を見開いた。八年前、ゼストの部隊が何故全滅したのか。その犯人である自分達が、なぜ彼らを返り討ちに出来たのか。それをまだ知られるわけにはいかないと思っていたからだ。

 

「仮に今知られたとしても、だ。騎士ゼストは私達を裏切れないさ。彼女の為にもね」

 

 

 

『……と、ドクターはおっしゃったけど』

「あなたは不安でたまらない、と?」

 

 誰もいないロッカールームでウーノからの通信を受けるのは、緑髪の女性管理局員。オーリスに頼まれた雑用で丁度今日のシフトが終わったのでさっさと帰ろうとした時に、まさかの人物から通信が入ってきたのだ。

 

『えぇ。正直、ドクターは面白さ優先で楽観が過ぎるところがあるわ。こっちとしては不安で仕方なくて……相手は騎士ゼストよ?』

「怒らせたらヤバい相手よね……はぁ、仕方ない。心配性の姉の代わりに一肌脱いであげるわ」

 

 そういって、女性局員の緑色の髪が金色へと変色していく。瞳も金色へと変わり、優し気なたれ目気味の目つきも鋭い釣り眼へと変わっていく。これこそが本性。彼女の名はドゥーエ。スカリエッティが密かに送り込んだスパイであり、娘であり、ウーノの妹にあたる存在だ。

 

『助かるわ。チンクとセインが丁度クラナガンに出ているし、必要なら二人に手伝ってもらって』

「セイン……って、あぁ六番目? 丁度いいじゃない! なら、手伝ってもらいましょうか!」

『言うと思った。すでに連絡はしてるから、今送ったポイントで合流して』

 

 苦笑交じりにそう言って通信を切るウーノ。スカリエッティの指示で地上本部にスパイをするのは別に文句は無いのだが、今もなお生み出されているという妹達にろくに会えないのは数少ない不満だった。特に六番目以降に関しては顔すら見たことが無いのだ。姉の気遣いに心から感謝し、ウーノは鼻歌混じりにロッカーを開けてさっさと着替えを済ませる。今からはオーリスの部下として働く管理局員ではなく、ナンバーズの次女ドゥーエの時間だ。

 

 

 

 突然の長女(ウーノ)からの指示に戸惑いながらも、銀色の長髪に右目を隠す眼帯をした十歳前後であろう少女という特徴的な見た目をした彼女、チンクは指示された街外れの公園のベンチに腰かけていた。

 

「急に仕事追加なんて、ウーノ姉も人使い荒いよねぇ」

「そういうな。急な案件のようだからな」

 

 傍らにてベンチに腰掛けず、木に背中を預けている水色の短髪をした少女の名はセイン。我見的には十代後半といったところの彼女の方が年上に見えるだろうが、実際の処チンクの方が年上で、れっきとした姉である。

 

「でさ、合流しろって言われたドゥーエ姉ってどんな人なの?」

「そうか……そういえば、お前は会うのは初めてだったか」

 

 セインの言葉にそう呟き、少しだけ考えてからチンクは口にした。

 

「クアットロの教育担当だった……といえばだいたいわからないか?」

「あ~……………はいはい、そういう事」

 

 あの性悪な姉の教育担当と言われると、だいたいどういう人かは理解できた。客観的に見て、決して褒められた性格じゃないのは確かだろう。

 

「そういう説明の仕方、無いんじゃないかなぁ? お姉ちゃん悲しいわぁ」

 

 そんな二人のやり取りに対し、まるで感情のこもってないような声を発しながら現れたのはスーツ姿の一人の女性。ぱっと見の印象は仕事の出来そうなOLといった風貌の彼女を見やり、チンクはため息交じりに言葉を返した。

 

「そうかそうか。悲しいなら慰めてやろうか?」

「チンクさぁ……その口調もうちょっとどうにかならない? 見た目はちっこくて愛らしいのに」

「見た目の事は言うな……っ!!」

 

 懐から獲物を取り出そうとするチンクをどうどうと宥めるセイン。そんな様子をクスクス笑いながら見やるドゥーエは、チンクに嵌めもくれずセインに声を掛ける。

 

「初めまして、私はドゥーエ。二番目のナンバーズよ」

「あ、ども。ナンバーズ六番セインです。えと、初めましてドゥーエ姉……でいいんだよね?」

「えぇ、そうよ。あ~! やっとチンクより後に生まれた妹と会えたわぁ! ずっとクラナガンだったから顔も見た事無かったのよね!」

 

 満面の笑みを浮かべるドゥーエに、思ってたより親しみやすそうな人だなと呑気に思うセインと、やれやれと言わんばかりにため息をつくチンク。さてとばかりに息を吐いて、チンクが仕切り直しとばかりに声を上げた。

 

「さて、さっさと仕事にとりかかろう。ウーノから話は聞いているな?」

「えぇ。騎士ゼストの監視。必要なら彼を止めろ……ってホント無茶ふりしてくれるわよね」

 

 やれやれと言わんばかりに肩を落とし、ドゥーエは懐から端末を取り出す。

 

「とりあえず、彼が現れそうな場所は目星がついてるから行きましょ」

「目星……? 一体どうやって」

「まぁ、これでも管理局でそこそこの役職ですし? 情報網はいくらでもあるのよ」

 

 

 

 

 クラナガン市外の駐車スペース。運転続きで軽い休憩の為に停車した車から降りてベンチに腰かけているギンガに、オーリスが缶コーヒーを差し出す。

 

「飲むか?」

「……いただきます」

 

 受け取って線を開けて一口。

 

「ぶっ!? あっまっ!?」

「甘いの、駄目だったか?」

「いや、甘いの好きですけど! いくらなんでもこれは甘すぎですよ!?」

 

 殆ど砂糖水レベルの甘さに思わずむせた。こんな物を飲むのは絶対に健康に悪いと思うのだが、同じものをオーリスは「そうか?」とでも言いたげに首を傾げつつ、普通に飲んで見せて。

 

「っっ………すまん、これは確かに甘すぎた」

 

 やっぱり駄目だった。それでも捨てずにちびちび飲んでいるのは、意地なのかどうなのか。

 

「とりあえず、少しは気が紛れたか? 妙に考え込んでいたようだったからな」

「……すいません。気を使わせてしまって」

 

 しかも、それは自分を気遣っての事だったようだ。正解だったかどうかは疑問ではあるというか、こんな甘いヤツを寄こして気は紛れたかとか、不器用というかなんというか、人付き合い慣れてないのかこの人と、色々突っ込みしたくなってくる。

 

「それで、私に何か聞きたい事でもあるのか?」

 

 それぐらいは察せるぞと言わんばかりの視線。伊達にレジアスの側近として、政治的なやり取り等を行ってはいないという事だろう。これは誤魔化しきれるものでもなく、下手な言い逃れはしない方が良いと観念して、せっかく向こうから振ってくれたのだから直球勝負を仕掛けるべきだろうと判断した。

 

「単刀直入に聞きます。八年前の事件……レジアス中将と何か関係が?」

「……まぁ、それを聞くだろうとは思っていた。だが、陸曹がそこまで思い悩む事だったか?」

「私の母も、グランガイツ隊に所属していました」

 

 それを聞いて、オーリスは驚きの余りに目を見開いて、すぐ様納得したかのように頷きながら眉間に手を当てる。まるで、自分の迂闊さを責めるような表情を浮かべて。

 

「そうか、そういう事か……ギンガ・ナカジマ。ナカジマ……お前の母は」

「クイント・ナカジマ。当時は準陸尉だった筈です」

「そうだな。全く……珍しい苗字だというのに、気付かなかった自分の間抜けさが嫌になる」

 

 大きくため息をついて、オーリスはギンガへ視線を向けた。

 

「ちなみに、お前はどこまで知っているんだ?」

「当時報道された事、説明された事以上は何も。父は色々調べていたようですが、その話だけはいくら聞いても教えてくれませんでした」

 

 それを聞いて、オーリスはもう一度ため息をついた。

 そういう事ならまだどうにでも出来るという意味なのそれなのか、最早観念するしかないなという意味なのか、そこまでは解らなかった。だが、オーリスの表情からはやましい物は感じられないというのが、ギンガの印象だった。

 

「成程……なら」

 

 意を決した様子でギンガへ顔を向けるオーリス。その背後、何かが一瞬光ったのをギンガは見逃さず、直感的に感じた嫌な予感に従ってオーリスを抱き寄せる形で自分毎地面に引き倒す。直後、魔力の弾丸がさっきまで二人がいた場所を駆け抜けていった。明らかにオーリスを狙った一撃だ。

 

「ブリッツキャリバー!」

《了解しました》

 

 仕事復帰前に送られてきた新デバイス、ブリッツキャリバーに指示。即座にバリアジャケットを纏い、両足にブリッツキャリバーの本体たるローラーブーツ型デバイスを装着。オーリスを背に庇い、魔力弾が飛んできた方を睨みつける。その方角、木々の影からゆっくりと姿を現したのはやはりというべきか、今まさに話題に上がっていた人物だった。

 

「レント・クジョウ……」

 

 管理局の制服を崩して着用した彼の目には、素人にも解る程の憎悪の色と共に驚愕も浮かんでいた。

 

「なんだお前は……? クイント? いや、そんな筈は……っ!?」

「母を知ってるんですね。なら、やっぱりクジョウ一等空尉……本人なのですね」

「母……? そうか、君がクイントが引き取ったって言ってた。成程、話には聞いていたが……()()()()()()()()()

 

 なら納得だと、小さく息を吐いてレントは右手に持つ拳銃型デバイスを向ける。それは、オーリスへと真っ直ぐに狙いを定めていた。

 

「そこをどいてくれ。クイントの子を傷つけたくはない……用があるのは、ソイツだけだ」

「どきません。目の前で殺人が行われようとしてるのに、見逃す管理局員がいると思いますか?」

 

 真っ直ぐにレントを睨みつけ、リボルバーナックルを装着した左腕を構える。その姿に無き同僚の面影が嫌でも重なり、レントは少々複雑そうな表情を浮かべる。困惑と怒りと悲しみがない交ぜになった、形容しがたい表情だ。

 

「何故その女を守る? 君が守る必要なんてない筈だ」

「さっきも言った筈です! あなたこそ、母さんの同僚だった人が何で!?」

「君のお母さんを殺したのがそいつらだからだよ!」

「…………は?」

 

 予想だにしていなかった言葉に、ギンガの思考が停止した。

 

「どういう……事……ですか?」

「そのままの意味さ。八年前、ある事件を追っていた俺達は犯人の拠点らしき場所に踏み込んだ。だが、そこで待ち伏せを受けたせいで全滅した。解るだろ? 誰かが情報流さなきゃ待ち伏せなんてされるはずないんだよ!」

 

 レントはオーリスへ視線を向け、憎悪のままに叫んだ。

 

「出撃前、俺はたまたま聞いてたんだよ! レジアスが隊長に捜査を止めるよう圧力掛けてるのをな! なら、誰が情報流したかなんて解りきってるだろ?」

 

 頭がぐちゃぐちゃになる。それでも決して見捨てるような真似はしてはいけない。現在進行形の犯罪を見逃してはいけない。母のかつての仲間に、これ以上の罪を重ねさせてはいけない。そんな使命感にも似た感情と共に、決して無視はできない内容のそれがギンガの心をかき乱す。

 

「オーリス三佐……さっきの、話は……?

 

 本当なのですかと、改めて視線で訴えると、オーリスは辛そうに視線を逸らした。それが肯定を意味するのは明らかであり、ギンガの中にあるどす黒い何かが一気に吐き出されそうになる。

 

 ――なら、別に守る必要なんてないんじゃない?――

 

 そんな殺意にも似た感情がギンガの脳内で、声となって響く。

 

「そ、うですか……。なら……なら、後でちゃんと話。きかせて、ください……」

 

 それでも、膝を折らずに彼女をレントから守るべきだと思った。

 管理局員としての意地なのか、使命感なのか、それともどす黒い感情に由来するそれらと真逆の感情による物か。ギンガには解らなかった。ただ、高ぶった感情を示すように彼女の瞳は金色に変色して、それに睨まれたレントも一瞬だけ怖気を感じた。

 

「これは君のお母さんの、クイントの敵討ちでもある。邪魔をしないでもらえないか?」

「一つだけ、聞かせてください」

 

 淡々と言葉を紡ぐ。

 

「アインヘリアルを破壊した怪獣……あれはあなたが?」

「そうだ。俺が仲間達の復讐の為に手に入れた力。ある人から与えられた力だ! この力で、クイントや他の皆の無念を晴らす!」

 

 その言葉を聞いて、ギンガの中で何かが音を立てて切れた。

 怪獣を使って無関係な人達を何人も殺しておいて、何をほざいているのだこの犯罪者は。

 

「…………これ以上、母さんの名前を、出さないで」

 

 アンタみたいな犯罪者がと吐き捨てたくなる衝動をリボルバーナックルのシリンダーを高速回転させて発散。魔力をブーストさせるカードリッジを数発装填する。自分は管理局員として、どんな理由があっても目の前で行われようとしている殺人を止めなければならない。いや、そんな理屈はどうでもいい。

 

「ブリッツキャリバー……非殺傷設定、解除」

《よろしいのですか?》

「いいから、解除しろって言ってんのよ」

 

 今は誰でもいいから、このぐちゃぐちゃになった思考と湧き上がってくるどす黒い衝動をぶつけたくてたまらない。そうだ。母さんの名前を持ち出して自分の犯罪を正当化しようとする目の前のコイツに、容赦なく叩きつけてやったらいいじゃないか。

 

「そうか、残念だ」

 

 あぁ、もう。この男の声も聴きたくない。視界に入れたくない。

 無言でナックルを構え、魔力を込めながらブリッツキャリバーに地面を走らせ、間合いを詰める。レントも拳銃の銃口をギンガに向け、お互いに殺傷設定の攻撃魔法を叩き付けんとして。

 

「すまんが、お前達に殺しあいをさせるわけにはいかん」

 

 鈍い輝きを放つ槍が、ギンガのナックルとレントの銃の間に割って入り、一振りで二人とも蹴散らした。たっだ一振りで実力の差を嫌でも感じさせるそれと共に現れた大柄の男性。厚手のコートの下にあってもハッキリと解る鍛え抜かれた肉体の持ち主。顔を隠していたフードが風で外れ、露わになった顔を見て、驚愕したのはオーリスとレントだった。

 

「な……あ、なたは……っ!?」

「ゼスト……おじさん?」

 

 男、ゼスト・グランガイツは二人をそれぞれ見やって静かに口を開いた。

 

「久しいな、二人とも」

 




次回は皆さまご一緒にウルトラマッスル!!


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第四話 賢者の帰還 Cpart

いやほんと、お待たせしました(土下座


「あ~あ~、やっぱり間に合わなかったかぁ」

「やっぱりって……あ~、ウーノ姉に怒られる~!」

 

 のんびりとした口調で、物陰から様子を見るドゥーエはぼやき、セインは頭を抱え、チンクは呆れたようにため息をつく。元より急な要請だったので、こうなる事は想定内ではあったが、それでも面倒な事は確か。あの場にいるレジアスの娘がゼストと出会ってしまったのは、あまり面白い状況ではない。

 

「で、どうする?」

「どうするも何も……手出しできんだろ」

「そうよねぇ。仮に寝込みを襲っても勝ち目無いだろうし」

 

 どこか他人事のドゥーエの言葉に再度溜息。この場で介入したところで後の祭りというヤツだ。下手を打ってゼストの怒りを買おうものならこの場の三人全員返り討ちが関の山なのだから。疼く右目を眼帯越しに抑えながらそう呟くチンクを、心配そうに見やりながらもドゥーエの視線はすぐにゼスト達へと向けられる。

 

(ま、あっちもあっちでどうなる事やらねぇ……)

 

 

 

 自分とレントを槍の一撃で弾き飛ばし、双方の間に立つ乱入者に困惑しながらもギンガはオーリスを背にする形で油断なく二人の男を睨みつける。その行動にフッと笑みを漏らしながら、ゼストは視線だけをギンガへ向けた。

 

「まだ未熟だが、良い局員に育っているようだ。クイントは良い娘を持った」

「あなたは……あなたが、ゼスト・グランガイツですか?」

「あぁ。久しいな、オーリス」

「…………」

 

 声を掛けられたオーリスは、どう答えればいいか解らずに顔を背ける。それを気にする事は無く、ゼストは続けてレントへと視線を向けた。

 

「お前もな、レント。まさかまた会う事になるとは思わなかったぞ」

「それは俺だって同じですよ、隊長。なんであなたが……」

「……お互い、色々あったらしいな」

 

 ほんの一瞬だけ、ゼストはレントから視線を外してとある物陰を睨みつけ、そこに隠れている三人組がビクッとなった事などゼスト以外の誰も知る由もなく、彼は槍の切っ先を地面に下ろしたまま、それでいて一切の隙を見せず未だに銃を降ろさないレントへ睨みを利かせる。

 

「だが、お前に親友と部下の娘達を、殺させるわけにはいかん」

 

 暗に脅しにかかるゼストに、レントは顔を顰める。仮に戦いを挑んだとしても、確かに勝ち目は欠片も存在しない。懐に忍ばせている切り札を使えば話は別だが、ゼストを相手に使う暇など果たしてあるだろうかというレベルの実力差なのだ。

 

「…………ッ」

 

 銃を下ろし、忌々し気に舌打ちをしてレントは背を向けて足早に立ち去る。それを追うべきだとは解っているが、目の前に立つゼストにどうしても意識が向いて、ギンガはそれを出来なかった。レントから自分達を守ってくれたとはいえ、そのまま素直に味方だと信じられる訳もないし、そもそも彼とてすでに死んだはずの人間なのだ。

 

(……なんで、死んだ筈の人が二人もここにいるのよ……)

 

 母は死んだのに、一緒に死んだ筈の人間が生きてこの場にいるという訳の分からない状況に、腸が煮えくり返るのを感じる。

 

「ゼストおじさん。なんで、あなたが……」

「死にぞこなっただけだ。二人とも、とりあえず無事でなによりだ……」

 

 絞りだす様な声を発したオーリスに、ゼストは自嘲気味に返す。二人に目立った怪我も何もない事を確認し、声を掛けようとしたところでこちらに近づいてくるサイレン音に気が付き、二人に背を向ける。

 

「待ってください!」

「すまんが、管理局とあまり関わるわけにもいかんのだ。レントの事は、俺に任せてもらう」

「待てって、言ってんでしょ!」

 

 声を張り上げ、怒鳴りつけたギンガにゼストは肩越しに視線を投げる。

 

「あなたも……アンタも、アイツも! 母さんが死んだ事件に関わってて、思わせぶりな事だけ言うだけ言って、はいそうですかって見逃せる訳ないでしょ!」

「…………」

 

 力尽くでも話を聞かせてもらうとでも言いたげなギンガに、ゼストは特に身構えるでもなく視線を外した。

 

「色々と言いたい事があるのは俺とて同じだが、少なくとも今のお前に話す事は何もない」

「なっ……!」

「俺はお前の事を良くは知らんし、偉そうな事を言えるわけでも無いが……今のお前を見て、クイントがどんな顔をするかぐらいは解る」

 

 とても酷い顔をしているぞ、とだけ言い残してゼストは背を向けて歩き去る。反射的に後を追おうとするギンガだったが、その肩に手を置く形でオーリスがそれを制した。

 

「止めなさい。ホント……酷い顔してるわよ、あなた」

 

 そんな顔をさせてしまっている一因は自分にもある。その申し訳なさから目を伏せるオーリスに、ギンガは何も言えずに押し黙ってバリアジャケットを解除。そのまま、通報を受けた管理局員らが来るまで、重苦しい空気がその場を支配していた。

 

 

 

 

「それで、お前達はここで何をしている?」

 

 そそくさと引き上げようとするドゥーエ達を、ゼストは背後から呼び止める。ビクッと反応する三人を冷めた様子で睨むゼストを背中越しに見やり、諦めたようにため息をついてドゥーエは彼へと体を向けた。

 

「あなたがこのタイミングで中将と出会うのは困る。とうちの心配性の姉が言い出しまして」

「お、おい!?」

 

 もうちょっと言葉を選べと青ざめるチンクとセインの様子を尻目に、ドゥーエは真っ向からゼストを見据える。対して、ゼストはその言葉に暗に込められた意味を察したか、小さく鼻を鳴らす。

 

「くだらん真似を……だが、その言葉。つまりはそういう事を受け取らせてもらうぞ」

「ええ、そういう事ですから」

 

 剛速球を投げ合うかのような二人のやり取りを、最早どうする事も出来ず青ざめていくセインと、ドゥーエの真意を測りかね困惑の顔を浮かべるチンク。

 

「あ、そういえばご挨拶がまだでした。私、ナンバーズ二番。ドゥーエと申します。もう、()()()()()()()()()()を主にやらせていただいてます」

 

 ゼストが求める物。最早その答え合わせ同然の自己紹介。表面上は冷静のままなゼストが逆に恐ろしく、冷や汗を流すチンクは責めるような視線をドゥーエに向ける。

 

「ドゥーエ、一体どういうつもりだ?」

「どうも何も。騎士ゼスト相手に下手な誤魔化しとか逆効果でしょ?」

「だからってぇ! もうそれ殆ど言っちゃってるようなもんじゃん!?」

 

 妹二人よ。君達の態度も十分に答え合わせになってるよと突っ込みたいのをぐっとこらえるドゥーエ。そんな最早コントの如きやり取りを無視し、静かに目を閉じたゼストはぐっと握りしめていた拳を開く。

 

「……一つ聞こう。お前は、何を考えている?」

 

 ゼストの問いに、ドゥーエは少し考えるそぶりを見せてから。

 

「私はただ、怪獣という不確定要素が気に入らないだけですよ?」

「スカリエッティの指示か?」

「いえ? ほぼほぼ独断です。まっ、今回はレント・クジョウが下手するとこっちにもやってきそうなんで……利害は一致してますよ、一応」

 

 嘘は言ってないが本心を言っているわけでも無い。信用も信頼もしなくていいが、今回はあなたに味方しますと暗に告げるドゥーエ。うっすらと笑みを浮かべるその顔をしばし睨み、ゼストは静かに目線を外した。

 

「お前達の手は借りん。邪魔だけはするな」

「あら、そうですか? なら、そういう事で……これで失礼しますね。二人とも、帰りましょ」

「ちょ、ちょっとドゥーエ姉!?」

「ご安心を。邪魔はいたしませんので」

 

 戸惑うセインを無視してスタスタ歩き去っていくドゥーエ。その背を呆れたように見やった後、ゼストに小さく頭を下げて二人を追うチンク。それを見やりながら、ゼストは小さく唸る。果たして彼女達は、というよりドゥーエはどういうつもりなのか。信用など欠片も出来る筈もなく、本当に邪魔をしないのかどうかも怪しい物だ。何をしてくるか解らんのなら、一応でも警戒はすべきか……とまで思考して、何者かが近づいてくる気配を察した。

 

「誰だ?」

 

 気配のする方向からして、ドゥーエ達が戻ってきた訳では無さそうだが油断はしない。何時でもデバイスを展開できるよう準備だけはして、姿を現した気配の主に目を丸くする羽目になるとは微塵も思わなかった。

 

「……お前、は」

「お久しぶりです。隊長」

 

 

 

 

 駆けつけた局員達が忙しく動き回るのを尻目に、ギンガはベンチに腰かけていた。すぐ傍ではあれこれ指示を出すオーリスの姿。あんな事があった後でも、そんな様子を欠片も出さずに指示を出す様は、伊達に今の地位にいるわけではないという事を示していた。

 

「オーリス!」

 

 不意に響いた声に、オーリスが顔を上げるとそこにいたのは父だった。連絡がいかない訳が無いとは思ってたが、まさか現場に来るとはと驚きの表情を浮かべる娘に、ホッとしたような怒っているような曖昧な表情を見せる様は普段テレビで見る会見では一切見せない親のそれだなと、横目で見ながらギンガは思った。

 

「おと……中将」

「心配を掛けさせるな! 全く……関わるなと言っただろう。で、お前がギンガ・ナカジマ陸曹か?」

 

 そうして、すぐに地上本部のトップとしての顔に切り替えられる辺りは本当に流石である。

 

「はい」

「今回は娘が迷惑をかけた。それと、犯人から守ってくれたようだな。礼を言わせてもらう」

「いえ……私は別に何もしてません。第三者の介入もありましたし、その人のお陰と言った方が」

「陸曹、その話は私からします。中将、彼女も色々あって疲労が溜まっていますので」

「う、ん? そうか……陸曹、今日はもう休むとよい」

 

 言い残して立ち去っていく二人に、何か声を掛けようとしたが喉まで出ていたそれを飲み込んで、ギンガも事後処理に勤しむ局員達を尻目にその場を離れ、人気の無い路地に捨て置かれた古いベンチを見つけ、腰かける。

 

「……なんなのよ、ホント」

 

 誰にでも無く吐き捨てる。怪獣を相手にしたと思えば、死んだ筈の母の同僚が犯罪者になっているわ、母の死にレジアス・ゲイズが何らかの形で関わっている事が判明するわ、同じく死んだ筈のゼストという男が現れるわ、散々な目にあわされた。

 

【……大丈夫か? なんていうか、酷い顔してるぞ】

「………そ」

 

 基本こっちの事には深く関わろうとしていないタイガも思わず聞いてくる程に、今の自分は旗から見れば最悪の顔をしているらしい。

 

【あのレントって奴に言われた事、気にしてんのか?】

 

 それでいてズケズケ聞いてくるんだから、宇宙人の距離感の掴み方は本当に読めない。

 

【お前の母親の事とか、色々あったもんな】

「………ちょっと」

【正直、レントって人の言い分に同意できるとこもあるんだよな】

「へ?」

 

 その無遠慮さにいい加減キレそうなので、冷静さが残っているうちに諭そうと思った矢先に飛んできた言葉は、流石に予想できない物だった。

 

【俺だって、トレギアの奴に大切な仲間を奪われた。だから、あの人の復讐したいって気持ちは解る。ギンガだってそうだろ?】

 

 そう言われて、ああそうかと納得する。生まれて初めて感じていた湧き上がってくるどす黒い物の正体は、復讐心という奴だ。自分から大切な人を奪った奴が、裁きも受けずにのうのうと生きているのかと思うと許せない。復讐に走るという気持ちは、レジアスを狙う一環として娘のオーリスを狙ったレントの気持ちは、言われてみれば確かに理解出来る。

 

(……でも、だからって)

 

 彼のように、事件とは無関係な人々を巻き込んでまでとは思えない。レジアスとオーリス以外に一切危害を加えないというのなら、まだ理解はできたかもしれない。いや、そものも復讐という行為に理解を示せてしまう自分が信じられない。法と秩序を守る管理局の一員として、決して認めてはならない感情であるはずなのに。

 

「なら、タイガはさ? 守らないといけない人が自分にとって仇かもしれないってなったら、守れる?」

【無理だな。俺、こう見えても結構キレやすいほうだし?】

「それはなんとなく分かってた」

 

 いい加減、付き合いも長くなってきたので居候の性格ぐらい解ってくるのです。彼に相談しても、期待したような答えが返ってくるとは欠片も思ってなかったのでそれはいい。最も、吐き出す相手がいるというのは存外に良い物だ。ほんの少しだが、気分が楽になったような気がする。

 そうして、少しは気が紛れたところでもう一度思案する。レントの境遇は――死亡した筈なのに生き返ってきたという点を除けば――自分にもあり得る物だ。メモールを殺したトレギアに復讐する機会が目の前に転がり込めばやらずにいられるかと言われれば、それは無理だ。内側から溢れ出る衝動を止められる自信はない。

 

「じゃぁ、どうすればいいのよ……」

 

 正直に今の気持ちを言えば、レジアスやオーリスを助ける気になれない。母の死に関わっている可能性があると聞いて、心穏やかにいられるはずもない。

 

【無責任な事言うけど、お前の母さんならどうしたと思う?】

 

 ハッキリ言って、それぐらいの事しか俺には言えないと言わんばかりのタイガの言葉。そう言われて、ギンガは改めて母ならどうするか考える。母は負けん気も強く、正義感もある人だった。そんな母なら、こんな時はどうしただろう。

 ふと思い出すのはまだ小さかった頃。母からシューティングアーツを習い始めたばかりの時期に、将来はお母さんみたいな魔導士になって悪い奴をやっつけると言ったら、なんだかとっても困ったような、でもなんだか嬉しそうな顔をして、こう諭された。

 

 

        ―――ギンガ。それなら一つだけ約束してくれる?―――

 

 

 

 

 

 レント・クジョウ。グランガイツ隊所属の魔導士。八年前、同隊全滅の際にともに所属していた妻、ナナ・クジョウ共々殉職。それが管理局に残っている彼の記録である。

 

「…………お前達を襲ったのは、間違いなくこの男か?」

「はい。例の犯行声明だけならどうとでも説明はついたでしょうが、実際にこの目で本人を確認しました」

 

 地上本部へと続く地下を走る専用道路を走る公用車の後部座席で、レジアスはオーリスからの報告受けて、頭痛がする思いだった。怪獣による被害はともかくとして、レントに関しては何らかの方法で行われた悪趣味な悪ふざけだと思っていた。それがまさか本当に蘇ったとでもいうのか。全く持って馬鹿げている。死者蘇生など、サブカルチャーの中だけにしてほしい。

 

「それで………お前達を助けたのは……?」

 

 オーリスの口からその名を聞いた時、思わず絶句した。それこそ、一番あり得ないと思っていた人物の名を聞かされたからだ。

 

「はい。間違いなくゼスト・グランガイツ隊長でした。おじさん……なんで生きてるのか、解らないけど、間違いなく本物だったわ」

「どうなっている……死んだ筈の人間がこうもポンポンと……っ!?」

 

 不意に、甲高い炸裂音と共に公用車が急にハンドルを切って、地下通路の壁に激突した。幸いにも他に車は走っておらず、一般車両を巻き込む事は無かったが、激突した衝撃で車の前部は完全に大破。

 

「っ……オーリス、無事か?」

「え、えぇ……」

 

 自動で働くようセットされていた防御魔法で、レジアス達に怪我はない。だが、微かに見える運転席と助手席に座っていた運転手と護衛の魔導士は……。

 

「えぇい……どうなっておる!」

 

 どうにか変形して開けにくくなった後部座席のドアをレジアスはこじ開け、オーリスを連れ出す。幸いにも車が爆発するような心配は無さそうだが、一体何が起きたのか。

 

「ようやく会えたな。レジアス・ゲイズ」

 

 憎悪に満ちた声と視線を向けて、銃型のデバイスを向けるレントがゆっくりと二人へ近づいて来ていた。間違いなく犯人は彼だ。運転手と護衛を一撃で絶命せしめた銃口が、レジアスとオーリスへ向けられる。

 

「キ、キサマ!?」

「俺を、俺達を売った犯罪者が! 裁きを受けろ!」

 

 乾いた銃声と共に、魔力で生成された弾丸がレジアスではなくオーリス目掛けて放たれる。まずは彼の愛する娘を奪うという復讐心に支配されたその銃撃は、魔導士ではない二人には反応すら出来ず、成すすべなくオーリスの心臓はその弾丸で貫かれ、破壊される……筈だった。

 

「はぁあああっ!」

 

 力強い雄叫びと共に乱入した第三者が、二人へ放たれる憎悪の弾丸を横合いから殴りつけ、弾き飛ばした。それは、その場にいた誰もが思いもしなかった少女の一撃だった。

 

「ナカジマ陸曹!?」

「ギリギリ、間に合いましたね」

 

 地上の道路が渋滞などで思うように使えない場合、一般にも開放される地下道路がある。ここ最近の怪獣騒ぎでいくつか道路は復旧工事中で、恐らく地下を走っているだろうと辺りを付けて正解だった。ギンガは上がった息を落ち着かせて、リボルバーナックルのカートリッジをリロードして、オーリス達を守るようにレントを正面から睨みつける。

 

「……まさか、君がそいつ等を守るなんて」

「私、管理局の魔導士ですから。それに……」

 

 もう一度、静かに息を吐く。内側から湧き出てくるどす黒い、衝動的な感情を理性で押さえ付けるように。そして、きっとそうであってほしいという願望も込みで結論付けた答えを吐き出すように。

 

 

       ―――絶対に、誰かを守る為だけに力を使ってね―――

 

 

 そんな言葉を残した母が、レントの凶行を許すはずもない。

 

「もし、ここにいるのが私じゃなく母さんだったとしても……きっと、あなたを止めます!」

 

 少なくとも、亡き母に顔向けできないような自分にはなりたくない。その一心が彼女の中にある黒い物を押さえ付ける最後の一線。故に、真相がどうであれレントを止めるには十分だ。そして、その決意はレントに衝撃を与えるには十分だった。仲間達を、愛する者を奪ったあの二人に復讐を。その為に何もかもかなぐり捨てて、悪魔に魂を売り渡した。だのに、自分の前に立ちはだかるギンガの姿に、同僚の姿がタブって見えて、かつての仲間からガツンと殴られたような衝撃が―――

 

            ――君の憎悪は、その程度か?――

 

 ―――脳裏に聞こえてくる悪魔の声。そうだ、この程度で止まるわけにいかない。この身を焦がす憎悪は、例えかつての仲間達が止めに入ろうとも消え去るモンでは無い。

 

「俺はお前達を! 許さない! 許せるものかぁ!」

 

 銃型デバイスに指輪をセットし、頭上目掛けて引き金を引く。魔法陣が展開され、その中にレントが飲み込まれると共にギャラクトロンMK-Ⅱが実体化。地下道路の天井を突き破って70メートル級の巨体を露わにするそれにより、崩落する地下空間。

 

「オーリス!」

「お父さん!?」

 

 咄嗟にオーリスを庇うように抱き抱えるレジアス。それでも、人一人を犠牲にする程度では助かる事もないだろうと無慈悲なまでに降り注ぐ瓦礫の雨。ギンガは迷う事なく、二人の方へと駆けだしながらタイガスパークのレバーを入れ、腰のタイガキーホルダーを掴み取る。

 

《カモン!》

「バディ……ゴーッ!」

 

 タイガスパークとタイガキーホルダーを突き出し、光に包まれたギンガはそのままオーリスとレジアスを崩れる地下道路から救出。ギャラクトロンの脇をすり抜け、光は巨人の姿へと変わって、その手の中に収めた二人をそっと適当なビルの屋上へ降ろした。時間にして一秒にも満たない一瞬の出来事。それにただただ呆然としながらも、レジアスとオーリスは自分達を救ってみせたウルトラマンタイガの姿を見上げて、その姿へと変わってみせた彼女の名を呟いた。

 

「ウルトラマン……だと……」

「ナカジマ陸曹。あなたが……?」

 

 二人の無事を確認し、それを背にしてタイガはギャラクロトンへと向き直った。

 

〖いいのか? 変身するとこ見られたぞ〗

「いいわよ別に。今の私が……私達がやるべき事は、変わらない!」

〖あぁ、そうだな!〗

 

 最早迷いはない。内側から確かに湧き上がってくるどす黒い感情への整理はついてはいないが、それでも決めたのだ。

 

〖クジョウさん! 力尽くでも、貴方を止めます!〗

〖邪魔を、するなぁあああっ!〗

 

 地面を激しく振動させながら進軍するギャラクトロンに、臆することなく真っ向から突貫しての跳び蹴りを決めるタイガ。流石に怯み、数歩後ずさる機械竜に反撃の暇を与えまいと間髪入れずに放つのは必殺の光線。

 

〖ストリウムブラスター!〗

 

 放たれた必殺の光線。それに対し、ギャラクトロンは後頭部のパーツを分離させ、一本の巨大な斧として右手に掴んで、ストリウムブラスター目掛け投げつける。回転しながら投擲されるそれは、真向から必殺の光線を両断しながらタイガへと飛来する。

 

〖何!? ぐぁぁっ!〗

「きゃぁああっ!」

 

 自身の必殺技を正面から両断されるとは思わなかったタイガは驚愕し、避ける事も防御も叶わずに投擲の一撃をまともに受けた。そのまま背中から地面に倒れたタイガへ、容赦なく左の指先から連射する破壊光線を持って、ギャラクトロンは反撃の暇など与えんとばかりに追撃する。

 

「っ、ぁあああっ!」

〖邪魔をするなら、クイントの娘だろうと!!〗

 

 猛攻を仕掛けるギャラクトロン。指先から放つ破壊光線を乱射しながら進撃するそれは、タイガに一切の反撃を許さない。

 

「ぐっ……どう、したら……っ!」

 

 攻撃面でも防御面でも圧倒的に勝っているギャラクトロンに成すすべなく、一方的に嬲られるタイガの姿をみながら、レジアスは悔し気に奥歯を噛みしめる。忌々しく思っていたウルトラマンに助けられた事よりも、その正体が陸士部隊の、娘よりも年下の少女であると知った衝撃よりも、こうして見ているだけしか出来ない自分が情けない。未だ使用承認の降りていないアインヘリアルさえあれば、借りを返す訳でも無いがウルトラマンの援護程度は出来るかもしれないが、組上がってはいても最終調整がまだの兵器を街中に放てるはずもない。

 

「ええい……っ! この局面で何も出来んか……っ!」

「ここはお前達の……いや、俺達が出る幕ではないというだけだ」

 

 その声と共に空から一人の女性を伴って降りてきた騎士。本来そこにいる筈のない騎士の姿に、もう二度と聞く事は無い筈の声にハッと振り返って、レジアスは驚愕に目を見開き、絞り出すような声を出した。

 

「ゼ……ゼスト……」

 

 オーリスから事前に聞かされていなければ、声すら出せなかっただろう。そんな滅多に見る機会のないかつての友の老輩ぶりがほんの少しばかり可笑しく思え、笑いが込み上げそうになるのを飲み込んで小さく言葉を発した。

 

「久しいな、レジアス。ともかく、無事で何よりだ」

 

 脇に抱き抱えていた女性を下ろし、簡単な挨拶だけをしてゼストはギャラクトロンの猛攻に晒されるウルトラマンへ向き直る。実際に目の当たりにするだけでも解る圧倒的な存在感。こんな存在が目の前にいる等、常識はずれにも程があるなと思いながらも、ゼストは女性から手渡されたキーホルダーを懐より取り出した。

 

「後は、任せて良いのだな?」

 

 ゼストの声に反応するように、能面のような顔と星を模った装飾が施されたキーホルダーは小さく光る。それを肯定と受け取って、ゼストは力一杯にそれを放り投げる。空へと放たれたキーホルダーは光の球体となり、ギャラクトロンの顔面に真っ直ぐ激突。怯ませて砲撃の雨に隙を作り出すと、取って返すようにタイガへと向かって、胸のカラータイマーの中へと吸い込まれるように飛び込んだ。

 

「な、何……!?」

 

 突然現れ、飛び込んできた光は何なのかと戸惑うギンガを余所に、インナースペース内に現れた光はタイガのと酷似したキーホルダーへとその姿を変えた。どことなく力強さと聡明さを感じさせるシルエットのそれは、当たり前のように声を発した。

 

【久しぶりだな、タイガ。暫く見ないうちに鈍ったか?】

〖タイタス! タイタスじゃないか! 無事だったんだな!〗

「え、えっと……タイガが言ってた、お仲間?」

 

 戦闘中に盛り上がる二人に戸惑いながら、ギンガが恐る恐る声を掛ける。

 

【おっと失礼。私の名はウルトラマンタイタス。だいたいの事情はすでに知っている。お嬢さん、私の力を使うと良い。タイガスパークで、私を掴め!】

 

 急展開に対する戸惑いはあるが、このままでは埒が明かないと頷いて、タイガスパークのレバーを下ろしてタイタスキーホルダーを掴む。

 

「バディ……ッ! ゴーッ!」

《ウルトラマンタイタス!》

 

 タイガスパークから放たれた名乗と共に、力の賢者の異名を持つ巨人は己の肉体を取り戻す。

 

〖ムゥン!〗

 

 溢れんばかりの大胸筋。

 はちきれんばかりの上腕二頭筋。

 見事に割れた腹筋。

 それらを見せつけるように、力強さに満ち満ちたポージングを決めるのは額と胸に星型の装飾を持った赤と黒の逞しさがそのまま形になったかのような、一挙一動に誇り高さすら感じさせる彼は―――

 

〖ヌゥゥンッ!〗

 

 ―――その巨人(ウルトラマン)筋肉(マッスル)だった。

 

〖姿をコロコロ変えたところでぇ!〗

 

 それがどうしたと、右手に握りしめた斧を叩き付けんばかりの勢いで振り下ろすギャラクトロン。タイガをも一撃でダウンさせた豪快な一撃に対し、タイタスは左の拳を握りしめ突き出した。特にエネルギーを込めたわけでも無い、ただ力任せというわけでも無く、正確に打ち抜くべき箇所を見抜いた上での剛腕。

 

〖フンッ!〗

 

 粉砕とはまさに事か。真っ向からぶつかり合った斧と拳は一瞬の均衡すらなく、打ち負けた斧が粉々になり、そのまま勢いを落とすことなくタイタスの拳がギャラクトロンの頭を殴り抜く。重く鈍い音が夜のクラナガンに響き渡ったかと思えば、70メートルにもなる白い機械竜の巨体が宙に浮かび上がり、地面に背中から叩き付けられた。

 

〖ごはぁっ!?〗

「………嘘ぉ」

 

 ストリウムブラスターすら真っ向から切り裂いて見せたあの斧を、拳の一撃で粉砕せしめたタイタスに、思わずギンガも驚きの声を漏らす。彼は見た目通りのパワーファイターであると、それで証明してみせたのだ。

 

〖今の一撃で解ったはずだ。君に勝ち目はない〗

 

 タイタスは、静かに語り掛ける。

 

くだらない真似(こんな事)はもう止めたまえ。何の解決にもなりはしないぞ〗

〖お前に何が解る!?〗

〖解らんさ。私と君は初対面だ。君の過去をろくに知らん私に、復讐に走る事を責める権利は無いだろう〗

 

 あくまで落ち着いた口調で、タイタスは続ける。

 

〖だがこれだけは言える。君が一番大切に想う人は、こんな事は望んでいない〗

〖何を、何をほざいて!〗

〖ほざくとも。本人から直接、聞いたからな〗

 

 促すように視線をビルへ向けるタイタス。それにつられて、ギャラクトロンも視線を向けると、そのビルの屋上にいたのはレジアス達に加えて二人の人間。一人はゼスト。もう一人は管理局の制服に身を包んだ、黒髪の女性。

 

〖……ナナ?〗

 

 ナナ・クジョウ。彼が心の底から愛した、たった一人の女性がそこにいた。

 

〖ナナ!〗

 

 本来そこにいる筈のない愛した人の名を叫びながら、レントは反射的にギャラクトロンより飛び出して彼女の下へ。コアたるレントを失った機械竜は電源が落ちたように全身から力が抜け、停止した。

 

「あの人は……?」

〖彼女はナナ・クジョウ。彼と共に死んだという奥方だ。粒子となって様々な次元を彷徨っている最中、助けを求める彼女の声を聞いてな〗

 

 そうして、タイタスは彼女を伴ってミッドチルダへとやってきたという事だった。

 

「あれ……それって、あの人と一体化してたって事?」

〖いや、そうではない。そもそも……肉体の無い者と一体化など、いくらなんでも不可能だ〗

 

 タイタスの静かな、それでいてどこか物悲し気な言葉。その意味に少し遅れて気が付いて、ギンガも屋上にいるクジョウ夫妻へと視線を向ける。周りの目も気にせず、

 

「ナナ、なんで君がここに……」

「暗闇の中にいた私を、優しい賢者さんが助けてくれたの」

 

 自然と視線を向けられたタイタスは、それを肯定するように静かに頷いた。

 

「もう止めましょう、レント。こんな事してくれなくても、私はあなたが一緒にいてくれるだけでいいの」

「ナナ……」

「帰ろう。私達が本来いるべき場所に……私達は、ここにいちゃいけないのよ」

 

 そう言いながら、ナナは愛する男性を抱きしめる。レントはその体を抱き返し、憎悪に染まっていた思考がクリアになって、ようやく思い出す。

 

「あぁ……そうだ。そう、だったな……」

 

 八年前のあの日。自分は確かに死んだ事を。突如として現れた未確認のガジェットの群れに襲われ、咄嗟にナナを庇って瀕死の重傷を負った事を。消えていく意識の中、最後に見たのはガジェットのブレードに串刺しにされ、即死した愛する人の無残な姿だった事を。その悪夢のような光景を、何故こんなことになったのかという疑問を抱きながら死した事を。

 

 

          ―――君の取るべき道は、二つある―――

 

 そして、沈んでいった暗闇の中で悪魔の声を聞いた事を。

 

―――このまま無念と共に、永遠の闇に沈むか。君から何もかもを奪った事件の真相を知った上で行動を起こすか……選ぶのは、君だ―――

 

 

 蒼い仮面の奥に光る真紅の眼光。自身を蘇らせた蒼い炎のような超人の事を。悪魔の囁きに乗り、蘇って、真実を知って復讐に走った。怪獣の力を与えられ、自分から全て奪った連中に鉄槌を下さんとした。とっくに死んだ自分達に、今を生きる人々を害する権利など無いという当たり前の事を、こうして愛する人の下に早く逝くべきだったのだと、今更理解した。

 

「ごめん……ごめんな……」

「うん。もういいよ……」

 

 レントを優しく抱きしめて、ナナは肩越しにゼストの方を見やる。

 

「隊長、ありがとうございました」

「気にするな。最後の最後で、隊長らしい事が出来たどうかは解らんがな」

 

 ゼストに深々と頭を下げ、レントはタイタスへ、その中にいるギンガへと顔を向ける。

 

「すまなかった……」

 

 最後に謝罪の言葉を口にして、レントは愛する人と共に消滅した。まるで、最初からそこにいなかったように。

 

「これで、良いのよね?」

〖あぁ、本来あるべき場所へ戻ったのだ。これ以上は無いだろう〗

 

 タイタスの言葉に、ギンガも安心したように息を吐いて……その静けさを打ち破る駆動音に顔を上げた。鈍い起動音をあげて、ギャラクトロンのアイセンサーに紅い光が灯る。コアの役目を果たしていたレントを失った筈の機械竜は再起動し、その巨腕を振り上げてレジアス達のいるビルを叩き潰さんとして、タイタスが即座にそ一撃を片手で受け止めた。

 

「な、なんで!? レントさんはもう!」

〖残留した憎しみだけで動くか、哀れだな〗

 

 そのまま力任せにギャラクトロンの腕を振り払い、がら空きとなったその胴体に拳を叩き込む。怯みながら後退するギャラクトロンの隙を逃さず、タイタスは両腕を突き出す形で交差させ、タイガスパークを起点にエネルギーの球体を作り上げる。

 

〖一撃で終わらせよう! プラニウムバスタァーーーッ!〗

 

 まるで稲妻の如くエネルギーを放出し、大気を震わせる球体を、タイタスは力一杯に右腕で殴り撃ち出した。迎撃も防御も出来ず、それを胴体に受け入れたギャラクトロンの装甲は溶解するよりも早く抉られ、内部の機器が悲鳴のような火花をあげながら膝から崩れ落ち、内側から崩壊。爆発四散した残骸から飛び出した光をその手で掴むと、インナースペース内のギンガの右手の中に一つの指輪となって、光が実体化した。

 

「これは……レントさんが使ってた……」

 

 以前手に入れたヘルベロスリングと同じく、ギャラクトロンを模した装飾が施された指輪。これもまた、タイガスパークに読み込ませる事でその力を得る事が出来る代物なのだろうか。

 

〖ウルトラマンの力を感じる……妙な指輪だ〗

 

 タイタスの言葉に反応するかのように、ぼんやりと黒い靄のような物が指輪から漏れている事に、ギンガは気付かなかった。

 

 

 

 

「……終わったか」

 

 一部始終を見届け、小さく呟いたゼストは静かに背を向けて歩き出す。

 

「ま、待て。ゼスト!」

 

 それを呼び止めるのは、やはりというかレジアスだった。

 

「お前は……儂に聞きたい事があるのではないのか?」

「……」

 

 正直、これ以上ないぐらいに自分の目的を。八年前の事件の真相を親友(レジアス)に問う事を達成するチャンスは無いだろう。少しの間だけ思案して……止める事にした。それでは、レント達の眠りを侮辱するように感じたからだ。死にぞこない(今の自分)が汚していいものではない。

 

「あるにはある。だが、今は聞かん。また会おう」

 

 そう言い残し、ゼストは夜空へと飛行魔法で消えていく。その後ろ姿を複雑そうな表情で見送るレジアスの背中を、オーリスは黙って見つめていた。

 そんな様子を、物陰から盗み見する者が一人。チンク、セインと別れて単独で行動していたドゥーエであった。

 

(ふ~ん……そういう事するんだ)

 

 真面目というか頭が固いなと呆れもちょっと感じつつ、ドゥーエはタイタスへと目線を移す。この世界で怪獣や宇宙人に唯一真っ向から立ち向かえる存在。スカリエッティの性格に一番近いと称される彼女から見ても、あれは利用価値の塊だ。いずれ排除せねばならない相手になるだろうヴィランギルドへの牽制と、切り札になりえる。

 

(せいぜい、頑張ってね)

 

 最後にウルトラマンを一瞥して、ドゥーエは誰にも知られる事無くその場から姿を消した。

 同じくして、彼らのいる場所から遠く離れた廃棄都市区画。その一角でポップコーン片手にウルトラマンとギャラクトロンの戦いを鑑賞していた青年、霧崎もつまらなさそうに空になったポップコーンの容器を放り棄てる。

 

「やれやれ……最後はお涙頂戴。至極つまらないオチだったな」

 

 最も、()()()()()()だけは達成しているので話のオチなど、その辺に転がっている石ころよりもどうでも良い事なのだが。

 

「では、お仲間との再会祝いは……また後日」

 

 大袈裟に芝居がかったお辞儀をして、霧崎は蒼い炎に包まれてその場から消え去った。

 

 

 

 

 ――後日、例の件で話があるので地上本部まで出頭するように

 

 翌日、ギンガを待っていたのは簡潔な出頭命令であった。レジアスとオーリスを助ける為だったとはいえ、目の前でウルトラマンに変身したのだから、当然と言えば当然だろう。予想通りだったので、ギンガも特に驚きはない。

 

『昨夜、ウルトラマンに救われたとの事ですが、その件について何かコメントは?』

『命を救われた事には感謝を表する。だが、警戒が必要な不確定要素である事に変わりはない』

 

 定例の記者会見で、対外的な物や立場もあるとはいえあまり態度を軟化させていないレジアスには、ほんの少しだけ不満はあるが。

 

【あのオッサンも、融通効かねぇよな。感謝するなら余計な一言つけんなっての】

【彼にも立場という物があるのだろう。我々は、この星にとって未知なる存在には違いないのだからな】

 

 不満を漏らすタイガを宥めるタイタス。そんな二人を尻目に、山盛りのパスタを黙々と頬張る。

 

【ところでギンガ。少し食べ過ぎではないのか?】

「私はこれぐらいが普通なの」

【ふむ。まぁ、食べた分だけ動いているのだから不摂生にはならんか】

 

 健康を気遣っての発言だとは解るが、どうやらタイタスは結構なおせっかい焼きのようで……とまで思って、ハッと気づく。昨夜確かに変身したけれど、なんか当たり前のように自分の中にいませんかこの筋肉。

 

「……ちょっと待って? タイタス、もしかしてあなたも!?」

【お世話になります!】

 

 マッスルポーズを決め、元気よく挨拶をしてくる筋肉宇宙人。正直一晩遅いと突っ込みたい。ギンガは乾いた笑いを浮かべ、お茶を飲みながら一言。

 

「…………増えちゃったかぁ」

 

 

 

 




次回リリカルBuddyStrikers

第五話 ホテル・アグスタ



次回からStS本編ストーリーに交わっていきます


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幕間

ティアナ目線のちょっとした小話です


 機動六課の任務は、主に聖遺物(ロストロギア)の確保回収である。スバルを初めとしたフォワードメンバーも幾度かの実戦を経験し、今夜もまたクラナガン郊外の湾岸地域の倉庫街にて極秘裏に輸送されていたロストロギア、レリックの護送任務中に襲来したガジェット・ドローンとの遭遇戦と相成った……だけではなく。

 

「なんで、こういう時に限ってヴィランギルドまで出てくんのよ!」

 

 両手に構えた拳銃型デバイス、クロスミラージュの銃口から矢継ぎ早に魔力の弾丸を撃ちながら、ティアナ・ランスターは悪態をついた。油断ならないとはいえ、普段の訓練や何度か経験した実戦で嫌というほど相手にしたガジェット相手ならまだどうにでもなるが、ヴィランギルドの宇宙人が相手となると話は別だ。

 

「っ!」

 

 物陰から飛び出してきた軍服姿に白い気味の悪いマスクで顔を覆った宇宙人、ヴァイロ星人の攻撃をよけ、返り討ちにとクロスミラージュの一撃を見舞う。一応非殺傷設定のままだが、それでも派手に吹っ飛んで、無数に立ち並ぶ倉庫の壁に叩き付けられてピクリとも動かなくなるのを見ると、殺してしまったかと一瞬不安になるが、即座に頭を切り替えて物陰に隠れ、残りの敵を確認する。

 

(残りは……視認出来る範囲で二人、か)

 

 全部で八人程度のヴァイロ星人が襲撃を仕掛けてきた筈。一人はさっき倒して残り七人。視認出来ない五人はどこへ消えたのか。遠くから戦闘の音も聞こえてくるから、きっとスバル達とそれぞれ戦闘になっているのだろう。

 

(一度離れてスバル達と合流する……?)

 

 一応レベルで体術の心得もあるが、自分の得意魔法や相棒のデバイスたるクロスミラージュが近接戦に向かない拳銃型である以上、単独戦闘となると心許ないのは事実。ここは中距離、後衛タイプの自分一人で動くより、前衛であるスバルかエリオと合流するのがベストなのは間違いない。

 

(……たった二人。私一人でやってやれないはずはない!)

 

 だが、ティアナは単独で動く事を選択した。さっき不意打ちを掛けてきたヴァイロ星人を返り討ちにして気が大きくなったのもあるだろう。それ以上に、彼女の強すぎる向上心がそうさせた。

 

「アンタ等なんかに、イチイチ構ってるつもりはないのよ!」

 

 自分が見ているのはこのずっと先。亡き兄の夢だった管理局の執務官になる事。こんなところで、宇宙人などにかまけて、躓いている暇などない。潜んでいた物陰から飛び出し、視認した二体のヴァイロ星人へクロスミラージュの銃口を向け、予期せぬ方向から放たれた銃弾にそれを弾かれた。

 

「うあっ!?」

 

 痛みに呻きながら何事かと視線を向ければ、少し離れた位置にあるビルの屋上に狙撃銃を構えたヴァイロ星人の姿。確認していなかった九人目が最初からあそこに潜んでいたのか、バレないようにあそこで移動していたのか、そんな事はどっちでも良い。この場で隙を晒すという致命的な失態。自身が獲物と狙っていた二体のヴァイロ星人は――人間を殺傷するに十分な出力に設定した――電磁警棒を構え、ティアナにトドメを刺さんと駆け寄ってきている。

 

「くっ!」

 

 弾かれたクロスミラージュを手に取ろうとするも、狙撃手がそれを見越してクロスミラージュを撃ち、更に距離を離してしまう。最早打つ手はない。欲を出さずにスバル達と合流を急ぐべきだったと後悔してももう遅い。夢半ばどころの話ではない段階で人生の終焉を迎えるのかという絶望に支配されかかった彼女の耳に届いたのは、地面を高速で駆けるローラー音。聞きなれたスバルの物とは少し違うそれは一瞬で彼女の頭上へ移動し、力強い雄叫びと共にヴァイロ星人の一人をのめした。

 

「はぁあああああっ!」

 

 顔面のマスクをたたき割る一撃。昏倒する仲間とそれを成した相手に動揺しながらも電磁警棒を振り上げた途端、がら空きになった胴体目掛けて繰り出されたローラーブーツの蹴り。ただの蹴りではなく、決まったと同時にローラーの高速回転まで付けられ派手に蹴り飛ばされた星人は倉庫のシャッターにめり込んで、そのまま動かなくなった。

 

「ギリギリ間に合ったわね。ティアナ、大丈夫?」

 

 対して息を見出しもせず、それをやってのけ、少し乱れた紫色の長髪を軽く整えてみせる余裕すら見せた少女、ギンガは尻もちをついた体勢となっているティアナへと手を差し出し、彼女もそれを取って立ち上がる。

 

「ギンガ……さん? なんで」

「六課から応援要請があってね。私は別件でたまたま近くにいたから」

 

 遅れて108の本隊も来る手筈だという彼女の言葉通り、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。宇宙人犯罪の取り扱いなら、自分達新人ばかりのフォワードや本局からの出向組ばかりで固まっている六課より、常日頃かた対処している陸士部隊の方が経験は上。そう考えれば、納得のいく話だった。

 

「っ! そうだ、狙撃手がいるんです!」

「そっちはもう対処済み」

 

 その言葉に驚き、狙撃手がいたビルの屋上へ視線を移すと「おーい!」と元気よく手を振るスバルの姿があった。近くにはヴィータが鉄槌型デバイス、グラーフアイゼンを肩に担いで宙に浮いている。恐らく、ヴィータが狙撃手を牽制してウイングロードで一気に間合いを詰めたスバルがぶん殴って沈黙させたという所だろう。スバルを見るヴィータの視線は、不満な処はあれとまぁ褒めてやらんでもないといった感じだ。

 

「いつの間に……きゃっ!?」

 

 不意に聞こえた爆発音に思わず悲鳴を上げる。何事かと見てみれば、夜空を飛翔するなのはと六課最年少にしてフォワード四人の後方支援担当かつ竜召喚というティアナ視点で見れば反則技みたいな切り札を持つ少女、キャロ・ル・ルシエが普段から傍に置いている白竜フリードリヒの本来の力を開放した4~5メートル程の巨体に跨って、ある一点を見やっている。

 

『こちらスターズ1。ライトニング4と共に敵宇宙船のエンジン破壊に成功。残りはフェイト隊長達が掃討中』

 

 全体通信で聞こえてくるなのはの報告。敵宇宙船の沈黙に成功と大手柄ではないか。恨めしいとか羨ましいとかよりも凄いという感情が先に湧き上がる。やはり、あの人は凄いんだと改めて実感して、ただ一人だけ何も成せていない自分が情けなくなってくる。

 

「結局、私は一人倒しただけ……か」

「それでも上出来。宇宙人相手って、下手な犯罪者相手より危険なんだからね」

 

 普段から相手をする事が多いだけに、ティアナの言葉に思う処があったのかやや厳しめな口調でギンガが諭す。

 

「同じミッド人だったりすれば、なんとなくでも思考とか読めなくもないけど……宇宙人相手だと、その辺から全然違うなんて事もあるんだから。今回のティアナに悪いとこがあるとすれば、一人でやろうとしてた事ぐらい、かな」

 

 実際に宇宙人犯罪者を相手にするだけあって、ギンガの言葉には重みがあるとティアナも感じる。それだけでなく、現在進行形で二人の宇宙人(ウルトラマン)と同居中だからこそなのだが。

 

「その辺り、後からなのはさん達からも色々言われるかもだけどちょっと考えてみてね。一人で何でもできる、なんて事は無いんだから」

「……はい」

 

 素直に頷きつつも、ティアナの表情は晴れない。まぁ、殺されかけた直後で説教されればそうもなるかなとギンガは思って、視界の隅でシャッターにめり込んだままのヴァイロ星人が意識を取り戻した事に気が付いた。懐から何かを取り出そうとする動作を確認し、即座に間合いを詰めてリボルバーナックルを装備した左の拳を叩き付ける。シャッターを破壊し、倉庫の床に転がったヴァイロ星人が最後の力を振り絞り懐から取り出したリモコンのスイッチを入れる。すると宇宙船から紅い光が飛び出し、空中で鈍い銀色をした巨大ロボへと姿を変える。ヴァイロ星人の生物機械兵器、バドリュードである。

 

「っ! 巨大ロボットまで持ってたの!?」

 

 バドリュードの頭部に当たる部分にある球体からビームが放たれ、湾岸の倉庫街を破壊していく。ティアナは咄嗟に飛び退いでビームによる破壊の余波を免れたが、衝撃で全身を強く地面に打ち付ける。

 

「あ、ぐっ……!?」

 

 顔を上げれば、そこにはゆっくりと足を振り上げるバドリュードの姿。50メートルに迫ろう巨体を相手取る等、ティアナに出来よう筈もない。なのは達の救援も間に合わないだろう。最早、これに踏み潰される以外の選択肢は無いのかと、ティアナの心を絶望が押し潰さんとして、突如として視界を覆う眩い光と共に、それは現れた。

 

「ウルトラマン……っ!?」

 

 激しい地響きを起こしながら現れた巨人。先日、レジアス中将の定例記者会見時にそれぞれタイガ、タイタスと呼称する事が正式に認定された未知なる巨人。赤と黒の二色を持った巌の如き逞しい肉体を持った巨人、タイタスが両手の拳を握りしめ、バドリュードと対峙する。

 

『ムゥン!』

 

 二つの巨体がぶつかり合う。衝撃で地面が抉れ、今にも崩れそうであった倉庫がいくつか崩壊。防御フィールドを展開して飛んでくる瓦礫等から身を守りながら、ティアナはその巨体の激突を黙って見上げるほかない。

 

『ドォォリャア!』

 

 決着は一瞬だった。大気全体を震わせる剛腕が、バドリュードのボディを粉砕、貫通する。恐らくセンサーの役目を果たしているであろう頭部の球体が消える寸前の蛍光灯が如く点滅を繰り返し、ふらふらと後退る巨体が、最早立て直す事すら出来ない致命傷を受けている事を物語る。

 

『アストロビーム!』

 

 トドメとばかりにタイタスの額にある星状の装飾から放たれた光線が、バドリュードの頭部センサーを貫き、今度こそ沈黙した巨体は背中から倒れて海へ落下。海中で爆散し、文字通りの意味で海の藻屑と化した。戦いを終えたタイタスは自らの筋肉美を見せつけるようなポーズを取りながら、光の粒子となってその場から消え失せた。

 

「………最後の最後で、美味しいとこだけ持って行かないでよ」

 

 バドリュード爆散で起きた派手な水飛沫を浴び、びしょ濡れとなったティアナは、それを見やりながら吐き捨てるように呟いた。スバルは上手くやってみせた。キャロも使いこなせるようになった竜召喚を持って、ヴァイロ星人の宇宙船を航行不能にするという大手柄を上げた。エリオは報告を聞いていないが、フェイト達と共に敵残存勢力を相当していただろう。だというに、自分がやったのはたった一体のヴァイロ星人を倒しただけだ。ヴィランギルド相手だからと隊舎でオペレートを担当しているロングアーチの面々が応援を要請した108部隊の、ギンガの助けが無ければ今頃はきっと死んでいた。

 

「もっと、もっと強くならないと……」

 

 なのは達はきっとこう言うだろう。ヴィランギルド襲撃は予想外の事だったし、対宇宙人の経験不足の中でむしろ良くやったと。だから気にするなと。そんなフォローなど、貰っても虚しいだけだ。悔しさという傷に塩を塗るだけだと、ウルトラマンを見事に援護して見せたエース、エリート揃いの隊長陣にはきっと解らない。凡人の自分の見ている世界なんて、天才には想像すら出来やしないのだから。

 

「私は、もっと……っ!」

 

 こうして、ティアナの中に少しずつ溜まっていく。単なる不満、焦りという感情が闇へと形を変えて。

 

 

 

 

 

「タイタス……いちいちああいうポージングするの、やめてくれない? ちょっと恥ずかしんだけど……」

【む? 別に君がポーズ取ってる訳では無いのだからいいのでは?】

「お前、ああいうポーズ取るの? って目でオーリス三佐とかレジアス中将に見られてる私の気持ちにもなってよ!?」

 

 そんな事とはつゆ知らず、一人の少女がちょっと恥ずかしい思いをしているのは、正直どうでもいい話である。




オチはこう、正体知ってる人から見ればそう思われるだろうなと思ったので


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第五話 ホテル・アグスタ Apart

パワードダダに六課が襲われる話でもやってみようかな なんて想った矢先にトリガーでパワードダダ登場して驚きました




 早朝のミッド郊外で対峙する二つの巨体。両腕が鎌のような形状をした大きなトサカのような頭部を持つ怪獣。宇宙戦闘獣、(スーパー)ゴッヴと今やクラナガンでその存在を知らない者はいない巨人、ウルトラマンタイガである。二体は真っ向からぶつかり合い、超ゴッヴの振りあげる両腕の一撃を受け止めてタイガはそのがら空きの胴体に蹴りを入れる。間合いを離した隙にスワローバレットを連射し、超ゴッヴを牽制。悲鳴を上げながら後退る宇宙戦闘獣を、横合いから放たれた青白い閃光が飲み込んだ。

 

『以上が、先日のウルトラマンと怪獣の戦闘です。レジアス中将主導で開発が進められていたアインヘリアルにより怪獣は撃破とはいかずも大きなダメージを与え……』

 

 空中に映し出したモニターでそのニュース映像を見ながら、はやては小さく息を漏らした。今朝がた出現した怪獣関連のニュースは、今日一日どの局にチャンネルを合わせても報道番組がこぞって取り上げていた。前々から開発、稼働準備が進められ対怪獣における切り札ともいえるアインヘリアル初運用が行われたのだから当然といえば当然だろう。

 

「アインヘリアルの初発射としては、十分すぎる結果って感じかな? 本局的にはどうなん?」

『別に僕は本局の代表って訳では無いんだが……まぁ、あまり面白くないといった風の空気は漂ってる感じだな』

 

 その横に展開される通信用モニターに映る黒髪を短く切りそろえ、身に着けている制服も黒と黒ずくしの男性はため息交じりに答えた。なのは、はやてと同じく幼馴染である彼はクロノ・ハラオウン。名前にまで黒が入っていると気付いた時は一日中笑ってしまったのは良き思い出だ。本人に言えば、今すぐ模擬戦(ガチで泣かす)な?と笑顔で脅されるので、絶対に言わないけど。

 

『本局ではレジアス中将の発言力の強さは危険視されていたし、アインヘリアル運用にも反対論や慎重論が根強かったが……ここ最近のクラナガンの情勢でそうも言ってられなくなった』

 

 数多の次元世界に目を光らせなければならないという立場上、どうしてもクラナガンへの対応は弱くなる本局に対して、元から少なからずはあった市民達の不満が爆発し始めている。元から起きていた違法魔導師等の犯罪者に加え、ヴィランギルドや怪獣と悪化の一途を辿る治安を守り、崩壊させまいと維持しているレジアス率いる地上本部に称賛が集まるのは当然と言えるかもしれない。

 ちなみに、本局も本局で他の次元世界に出現した怪獣や宇宙人の引き起こす犯罪、災害に対処しているので決してそれらを軽視している訳ではない。単純に手が回らないというだけなのである。むしろ、ウルトラマンが滅多に来てくれない分こっちのがハードだよと漏らす本局組も少なくない。

 

『目に見えて解りやすく働いている中将の支持がクラナガン市民の間で広がるのは、無理もない話だよ』

「上手い具合に流れに乗られたって感じやね……で、本局からミゼット・クローベル統幕議長がわざわざ出向いてくると」

『露骨なまでの牽制目的だ。全く、三提督の一人にここまでやらせるか』

 

 クロノの悪態は、どうにかレジアスを抑え込みたいとする勢力にいる上層部の局員に向けられたものだ。管理局黎明期の功労者である伝説の三提督を引っ張り出してまでする事なのかと。ミゼット統幕議長は若かりし頃のレジアスも世話になった相手故、強くは出れないだろうと言う狙いが露骨に見えている。こんな時に政治的なあれこれで現場を引っ掻き回さないでほしいというのは、はやてとクロノ両者の共通見解である。

 

「明日にホテル・アグスタで非公開の会談とか、ほんま急に決められてなぁ」

『君達には苦労を掛けるな』

 

 ホテル・アグスタはクラナガン南東にある周囲を森林に囲まれた宿泊施設だ。所謂高級ホテルに分類され、政財界や芸能界の大物の会談会見に使われる事も珍しくはない。はやて率いる機動六課は、そこで明日行われるオークションの警備任務を請け負っていた。オークションに出品される品々の中には管理局の厳しい査定を受けた上で危険性無しと判断されたロストロギア――とは名ばかりの骨董品――も出品される。転売目的で盗み出そうとするコソ泥、違法取引の隠れ蓑と規模相応に犯罪の可能性もある為、管理局の部隊が警備にあたる事は珍しくない。六課が請け負う事となったのは出展されるロストロギアをレリックと誤認したガジェット・ドローンの襲来を警戒しての事である。

 

「六課以外の陸士部隊と、本局からも統幕議長の護衛来るんやろ?」

『あぁ、流石に一部隊送り込むって訳じゃないが腕の立つ局員が数名程という話だ』

 

 お陰でホテル側との打ち合わせし直しになりましたと言いたそうなはやての八つ当たりに、自分に言われてもという態度を隠そうともしないクロノ。十年もの付き合いともなれば、この程度のやり取りでお互いに気分を害するなんて事は無い。それに、立場が逆なら自分も八つ当たりはしたくなるしなと思わなくもないクロノであった。

 

『さて、僕もこの後の予定があるんでそろそろ失礼するよ。いい加減、溜まった有休を消化しないとだ』

「うん。久々に奥さんと子供の顔も見たいんやろ?」

『その通りだ。このタイミングで僕に仕事を持ってくるヤツがいたら、果たして八つ当たりせずに言われるか自信はない』

 

 と冗談交じりの言葉を言って、最後にと付け加えてクロノは真顔で切り出した。

 

『はやて、君個人としてはアインヘリアルについてどう思ってるんだ?』

 

 本局組とはいえ、実際に地上で動く事も多い彼女個人の意見はクロノも気になる処なのだろう。ふむと一瞬考える素振りを見せて、はやては素直に口にした。

 

「せやねぇ……所詮道具やし、使い方次第とちゃうかな?」

 

 どこか自分の事のように、自嘲気味にはやては笑った。

 

 

 

 

 ホテル・アグスタ一階エントランス。急に決まったレジアスとミゼットの会談を警備する任務を請け負った局員が例年以上の人数で動員されていた。それでいてオークション目的や純粋にリゾートに訪れた宿泊客に必要以上のプレッシャーを与えない為、何名かは宿泊客に紛れ込むという名目で私服姿で警備にあたる為、実際に何日か前から宿泊している者もいるらしい。ギンガは前日入りした制服組で、駐車場に停めているトレーラーの寝心地は決して良くはない簡易ベットで仮眠をとる程度と、その恩恵にあやかれなかったのだが。

 

【へぇ~……この星の高級ホテルってこんな感じになってんだな】

【ホテルの、内装一つで、その星の、文化の違いが、わかる。実に、興味、深い!】

 

 故に隅々まで掃除の行き届いた、その辺に突っ立っているだけでも居心地が良いロビーの豪華かつ嫌味にも成金にも感じない適度に遠慮された装飾を見て目の保養をする事ぐらいは許されるだろうと思う。空中で胡坐をかくタイガと、妙なタイミングで息継ぎをするタイタスも同様だ。

 

【ギンガは来たことあるのか?】

「まさか。ここ結構高いのよ? そこそこ貰ってるけど、下っ端局員の給料じゃちょっとねぇ」

 

 オークション開始まで後三時間前後といった処で、ロビーにはそれ目当ての客もチラホラ現れており談笑に興じていて相応ににぎやかだ。故にタイガとタイタス(自分にしか見えない相手)と雑談していたところで、誰も気に留めはしない。流石に目立たぬよう、エントランスの壁に寄り掛かる形で陣取っているのだが。

 

【だが、本当に、いい雰囲気の、場所だな。いつか、肉体を、取り戻した後、少しばかり、バカンスというのも、悪くはない、かもな!】

 

 タイタスの妙な言葉遣いに、若干苛立ちを覚え始めてだいたい三十分ぐらいだろうか。彼の姿は自分にしか見えないのが救い……いや、この場合そのせいで逆にストレスが溜まりにたまってきている気がする。そもそも、その姿でバカンスにくるつもりですか?と突っ込みたくなったが、そういえば彼は彼で人間態があると聞かされていたのを思い出す。タイガと同じく自分の肉体を失っている状態かつギンガと一体化した今ではそちらの姿になる事は出来ないそうだ。

 

「うん……ところで、ね?」

 

 それはそれとして、我慢にも限度という物がある。

 

【タイタス、お前さぁ……】

 

 いい加減、我慢の限界だったのはタイガも同様だった。

 

「【雑談しながら筋トレするの、止めてくれない!?】」

 

 想像してみてほしい。視界の片隅で――しかも高級な骨董品の上で――腹筋しながら雑談に興じるボディビルダーの如き筋肉ムキムキの半透明な手のひらサイズのマッチョマンがいる光景を。ものすっごい気が散る事は間違いなく、場所が一面強化ガラス張りの壁で周囲の綺麗に整えられた木々を初めとした美しい自然を堪能できる高級ホテルのフロントであり、もう色々と風情とかそういうのが台無しだ。

 

【む? そうか。なら小休止してと】

 

 そして、本人にはその辺が一切伝わってないのである。言えば筋トレ止めてくれるだけ、まだマシだとは思うとはギンガとタイガ両者の共通見解である。初対面の印象から見た目以上に理性的知性的な印象を抱いていたギンガとしても、評価を筋肉馬鹿(見た目通り)に変更するには十分すぎた。

 

(なんかもう、ドッと疲れた……)

 

 心の中で盛大にため息をついて、ギンガはそれとなく周囲を見渡す。少しばかり人も増えて来たかと思いだしたところで「おーい」と声を掛けられた。

 

「ギン姉!」

「スバル!」

 

 元気よく手を振りながら小走りに近づいてくるスバルと、遅れてやってくるティアナの姿があった。そういえば、オークションの警備任務で機動六課も来ると父が言っていたのを思い出す。

 

「ギンガさん。この間はお世話になりました」

 

 深々と頭を下げるティアナに苦笑交じりに手を振る事でもういいよと告げながら、それとなく彼女の様子を探る。目に見える形ではないが、それでもどこか全身を緊張させてるというか、不必要に気負っているように見える。単なるオークションの警備に加え、地上本部と本局の大物が会談をするのでその警備も追加されれば、そうもなるかもしれない。

 

「私達は外の警備担当なんだけど、ギン姉も?」

「私は中……っていうか」

「すまない陸曹。待たせたな」

 

 姉妹の会話を遮るような声の主、オーリスが足早に近づいてきた。つい先ほどまでオークション目的で来ていた見知った相手との事務的な挨拶に奔走していたのを、ようやく片付けたといった風だった。思わぬ人物がギンガに声を掛けてきたという光景にスバルもティアナも呆然となって、少し遅れて敬礼をする。基本的に付き合いどころか顔を見る事すらない相手だが、上官なのだから当然だ。

 

「ん? その二人は……」

「機動六課所属、ティアナ・ランスター二等陸士です」

「同じく、スバル・ナカジマ二等陸士です」

 

 機動六課という部隊名を聞いて、一瞬間を置いてオーリスも「あぁ……」と声を漏らす。本局所属の陸士部隊として創設された部隊だったはずだ。運用期間は一年ほどの実験部隊。正式に地上本部に届け出が成された部隊ではないとはいえ、クラナガンで活動するのだからとオーリスの耳にもその存在は届いていた。

 

「お前達も警備任務か。ご苦労……陸曹、そろそろ時間だ」

「はい。じゃ、また後でね」

 

 軽く手を振ってからオーリスに続いて奥にあるエレベーターホールへ向かうギンガの背を見ながら、一体どういう理由でギンガとオーリスが一緒にいるのかと思案して。

 

「……そういえば、中将が襲われた事件で二人を助けたのギンガさんだっけ」

「そのおかげで、オーリス秘書官から気に入られたとかお父さん言ってたよ」

 

 レジアスを名指しで狙った事件は当然ながら六課の面々も、というかクラナガン全市民がしる物で、その凶行から見事に地上本部トップの命を救ってみせたギンガも結構な有名人となった。レジアス本人からはそうでもないが、オーリスからはそこそこ気に入られたようでちょくちょくプライベートで会うようになったり、個人的に仕事を任されたりしているらしいとスバルはゲンヤから聞かされていた。

 

「そりゃ、大物の命を救うなんて大手柄を上げればね」

 

 どこか投げやりに呟きながらティアナはスバルに目線をやる。陸士部隊隊長を父に持ち、姉であるギンガは大手柄を上げたのを抜きにしても、対ヴィランギルドの検挙率が高い優秀な捜査官。スバル自身も、経験自体は自分と差はないが保有魔力と体力は自分と比べるまでもない桁違いときて、六課に配属されてからはメキメキと実力をあげている。

 ここにはいない年少組のエリオとキャロも、それぞれがフェイトの秘蔵っ子と言える存在で十歳前後という年齢を考えれば破格の実力の持ち主と言っていい。キャロに至っては、レアスキルである竜召喚の使い手なのだから。

 

(やっぱり、六課で凡人なのは私だけか)

 

 隊長陣は、最早比べるとかそういう領域にいない。直属の上官であるなのはは勿論、はやてもフェイトも九歳という幼少の頃から一線級の魔導士として活躍していたというし、副隊長であるヴィータ、シグナムもまた負けず劣らずの実力者。その他、後方支援担当のメンバーすら将来有望な若手を揃えに揃えている。一方で、ティアナはそんな優秀な人材をかき集められるだけかき集めた部隊に自分が呼ばれたのか疑問に思っていた。

 

(なんで私なんかが……)

 

 ティアナはどこにでもあるごくごく普通の一般家庭の出だ。両親を早くに亡くし、親代わりに育ててくれた年の離れた兄も、管理局地上本部の首都防衛隊に所属していたエリートではあったが任務中に殉職。天涯孤独となった後、自身も局員を志したが結果は今の通り。訓練校ではそれなりに優秀だったがその程度。六課に配属されてからは、自分の身の程という物を嫌と言うほどに教え込まれている感覚に襲われていた。毎日行われる訓練にはついていけているが、基本中の基本をとにかく反復しまくって、それの応用を兼ねた実戦形式をやっての繰り返しで、どうにも身につく何かがあるようにも思えなかった。それを明確に感じたのは先日の出動。他三人はヴィランギルドの襲撃という突発的な事態にも対応してみせたのに、自分はほぼ何も成せなかったも同然だ。

 

(私みたいな凡人を、なんでなのはさんは部下に選んだんだろ)

「ティア、どうかした?」

「なんでもない。さて、私達もそろそろ配置につくわよ」

 

 ホテルのフロントにまで足を延ばしたのは地理を頭に叩き込む為。少なくとも自分達の担当する箇所は完全に把握したのだから長居する必要はないとばかりに、ティアナは外へと足早に足を進める。後ろから聞こえてくるスバルの声は、耳に入ってこなかった。

 

 

 

 

 エレベーターホールはエントランスからみて少し奥にあり、それを挟んだ反対側にオークション会場となる大ホール。レジアスとミゼットの会談はエレベーターホールを抜けた先にある階段をあがった先。二階にある会議室で行われる手筈となっていた。当然ながらオークション目的の人々とはすれ違うだけのギンガとオーリスだったが、途中でその足は止まる事となった。

 

「オーリス三佐、お疲れ様です」

 

 穏やかな口調で頭を下げる六課部隊長、八神はやてと高町なのはにばったり鉢合わせとなったからである。制服ではなくドレスコートに合わせた正装なのは、会場内で直接警備を行うという事なのだろうと、二人のドレス姿に一瞬呆気に取られたギンガとオーリスは理解する。最も、呆気に取られた理由はそれぞれ見惚れたのと眉をしかめたの真っ二つに分かれるのだが。

 

「八神部隊長もご苦労。会場内の警備に隊長自らか」

「ええ。優秀な部下達がホテル周辺はしっかり護ってますので」

 

 嫌味混じりのそれを軽く聞き流す。会場の中にまで(隊長陣自らが)動かねばならない事態にはなり得ません答えてみせた上でだ。嫌味には相応の言葉で返すのがはやてという少女である。静かに始まろうとしていたはやてVSオーリスの空気になのはとギンガは目線を合わせて共に苦笑いである。いや、この場合は最初に喧嘩を売ったオーリスが悪いのだが。

 

「……ギンガも久しぶり。スバル達には会った?」

「はい。スバル、上手くやってますか?」

「うん。危なっかしいところはまだまだ目立つけど、優秀なフロントアタッカーだよ」

 

 教導官として新人育成にもあたっているなのはの太鼓判があるのなら、つまりそういう事。不安要素が一つ消えた事に思わず笑みを浮かべて、すぐ様浮かび上がる別の懸念。

 

「それとその……ティアナは? この間、現場で顔合わせてからちょっと気になって」

 

 湾岸地域での一件。ギンガはタイタスに変身してバドリュード撃滅後すぐに到着した108部隊と共に事後処理に追われた。故に頭の片隅に引っかかったままだったティアナの事が少しばかり気になっていたのだ。一応レベルのアドバイスはしたと言えばしたのだが、彼女の中で上手く処理できているのかどうかは別の話だ。

 

「ティアナ、か。確かにちょっと思い詰めてる感じはするかな……訓練や普段の業務に支障が出る程じゃないんだけど……そっか、ギンガから見ても気になっちゃうレベルか」

 

 やはり気付いていたようで、なのはも思い出すような素振りを見せながら僅かな不安を口にする。

 

「この任務が終わったらティアナとちょっと話してみるよ。教導官とか抜きにしても、私の直属の部下だしね」

「はい、お願いします」

 

 はやてとオーリスの静かな戦いに関わりたくないという建前の元、二人にとって共通の不安要素について意見交換がスムーズに行われた。なのはもギンガも、政治的やり取りには絶対に深入りしたくないのである。そういうのはもっと上の人にぶん投げるのが吉、だ。

 

「全く、こんなタイミングで会談なんて本局は何を考えているのか」

「ですよねぇ。振り回される側の人間としてはええ迷惑ですよ」

 

 そして、その上の人間二人は何時の間にか愚痴りあっていた。喧嘩されるよりよっぽどいいけれど、まさか愚痴の言い合いに発展するとは。案外、この二人は馬が合うのかもしれない。

 

「さて、そろそろ時間か」

「あっと、そうですね。それじゃ、ギンガも担当は違うけど頑張ろな」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 最後にギンガに手を振って、二人は会場へと向かっていった。少しばかりその背を見送って、ギンガもオーリスと共に会談会場である二階へ続く階段へ足を進める。

 

「そういえば、陸曹は六課の隊長陣とも交流があったんだったな?」

「はい。交流と言っても、基本的に父や妹を介しての付き合いですし……フェイトさ、テスタロッサ執務官には個人的にお世話になった事もありますけど」

「そうか……いや、私と一緒にいたらお前の立場が微妙な事になりはしないか、とな? 108もどちらかといえば六課(あっち)よりだろう?」

 

 少し恥ずかしそうにそう呟くオーリスの様子に、思わず吹き出しそうになるのを必死に堪える。確かに部隊長の父がはやてと懇意にしていたりと家族ぐるみの付き合いがあるような物だし、近々合同捜査をするだとか自分を出向させると言った風の話を詰めている真っ最中だと聞いている。その辺含めて、彼女なりに気を使ってくれているようだ。

 

「……何がおかしい?」

「いえ、別に……」

 

 ちょっと怖い顔で――赤面しつつ――睨んでくるオーリスから目を逸らす。いざ付き合いが増えると思ってたより可愛い処が多い人というのが、嘘偽りのないギンガが抱いた印象である。

 

「全く……会談会場の警備、気を抜くなよ」

「了解です」

 

 ふんとそっぽを向いて足早に階段をあがっていく様子に、遂に少し吹き出してしまいながらギンガはその後を追った。

 

 

 

 

 ホテル・アグスタ周辺の森の中。ゼストは一人の少女を連れ立って歩いていた。正確には、少女がここに来たいと言い出したので付き添っているである。少女の名はルーテシア・アルビーノ。紫色の長髪と瞳を持った少女は、何かに気付いたようにゼストのコートの袖を強く握った。

 

「……どうした?」

「ドクターの玩具が、近くまで来てる」

 

 偵察及び探索に用いている小型の羽虫、インゼクトの一匹がルーテシアの左の指の上に止まっている。ゼストには理解できないが、召喚魔法を用いて虫系統の召喚獣を操る事に長けている彼女には、インゼクトの発する言葉――というよりも思念だろうか――が理解出来るようだった。

 

「……あのホテルで行われるオークションで、ロストロギアが競りに出される。それをレリックと誤認したのだろう」

 

 木々の隙間から見えるホテル・アグスタを見やる。かつて、管理局の新人局員だった頃に何度か警備任務に駆り出されたなと一瞬過去を懐かしむように頬を緩め、それをルーテシアが気付く前に引き締める。

 

「だが、あそこで競り出される物にお前の探し物は無いだろう?」

「うん。インゼクト達に確認してもらったから間違いないよ」

『そう、レリックと誤認しただけの話だ。いやはや、簡単なプログラムだけで動く自立兵器は、こういう事がままあるものさ』

 

 何の前触れもなく、二人の前に開かれる通信ウインド。そこに映し出された青みがかった髪と金色の目をした白衣の男、スカリエッティのニヤケ面に対して露骨に不機嫌そうに表情を歪ませるゼストに、スカリエッティは気にも留めていないといった様子である。

 

「何の用だ? レリックが絡まぬ以上、互いに不干渉という話の筈だが」

『あぁ、それについては謝罪するよ。だが、君達が丁度アグスタ近くにいると知ってね。少しばかりお願いが』

「断る」

 

 その間0.1秒にも満たない即答であった。ゼストからの返答は予想通りであったか、ショックを受けた様子もなくスカリエッティはルーテシアへ目線を向ける。

 

『ルーテシアはどうかな?』

「いいよ」

『ありがとう。今度遊びに来てくれた時には、美味しいケーキをご馳走するよ。今回出品される品物の中に、実験に使いたい物があってね。それを手に入れてほしい。詳細は、君のアスクレピオスにすでに転送済みだ』

「解った。ドクターの玩具、ちょっと使わせてもらうね」

『構わないよ。どうせ使い捨ての量産型だからね。では、吉報を待っているよ』

 

 ルーテシアの両腕にあるグローブ型デバイス、アスクレピオスのコアが淡く光る。データ転送を完了したという合図だ。スカリエッティは通信を切り、ルーテシアは纏っていたローブを脱いでゼストに手渡し、その下に来ていたやや露出度の高いバリアジャケットを露わにする。

 

「良いのか?」

「うん。ゼストやアギトはドクターの事嫌ってるけど、私はそんなに嫌いじゃないし」

「……そうか」

 

 あの男にあまり心を許すべきではないが、ルーテシアはスカリエッティに対して悪感情を抱く事は無いだろう。ある意味で彼女にとっては親代わりであり、彼女が()()()()()()()を持っているのは、あの男なのだから。

 

「じゃぁ、インゼクト達と……ガリュー、お願いできる?」

 

 アスクレピオスを介し、己の召喚獣へ呼びかける。無数に存在する小型虫インゼクトにルーテシアが最も信を置く召喚獣が彼女にしか理解できない思念で了承を示して、はたとルーテシアは何かに気付いたように顔を上げた。

 

「……ドクターの玩具以外に、何かいる」

「何?」

 

 オークションの品目的でやってきたコソ泥か、それとも別の勢力か。別勢力ならヴィランギルドもあり得るかとゼストが思案しているのを察したように、ルーテシアは続ける。

 

「宇宙人もいるみたいだけど……なんだか、解らないのもいる」

 

 

 

 

 

 アグスタ敷地内。普段は使わない、またはもう使えなくなった物を閉まっておく為の倉庫にそれはいた。一部が透明に透けているように見える真っ白なそれは、ふわふわと空に浮かび上がる。

 その様子は、まるで円盤のようでもあった。

 

「よし、仕込みは万全。我々も行くぞ」

 

 それを見送った三人組の男女。ホテルの従業員の制服に身を包んだ彼らは静かに、当たり前のようにホテルの中に身を潜めたのだった。




次回はアクション盛り沢山でお送りする予定です


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第五話 ホテル・アグスタ Bpart

お待たせしました~!

いや、ポケモンとスパロボ楽しかったんで、つい……


 アグスタ二階ホール。今回の会談で使用する為に抑えられた部屋は簡単なパーティなら開けそうな程の広さのそこに設置された椅子に腰を下ろし、レジアスはテーブルを挟んで反対側の椅子に腰かける老婆、ミゼット・クローベルを見やっていた。人の良さそうな笑みを浮かべる薄紫の長髪を三つ編みに纏めた彼女は、レジアスが苦手とする相手の一人だった。

 

「久しぶりに会ったのに、そんなに怖い顔してどうしたの?」

「……この顔は元からです」

「若い頃はもっと可愛らしい顔してたじゃないレジィ坊や」

「坊やは止めていただきたい」

 

 一体何十年前の話ですかと言いたくなるのを飲み込んで、変わりにため息をつく。全く持って、ミゼットを寄こした本局連中が恨めしい。そんなに自分の発言力があがる事が気に入らないのか、地上を軽視するのかと今すぐにでも吠えたいところだ。

 

「別に本局だって地上を軽視しているわけじゃないのよ。ただ……こちらも手一杯なのは理解しているでしょう?」

「ええ。うち(地上)から優秀な人材を引き抜くぐらいには余裕がないと、理解はしています」

 

 皮肉どころか直球の言葉にも、老婆は笑みを崩さない。

 

「まぁ、取り扱う事件の規模とかそういうのもあるからね。優秀な子には……どうしても、ね。私としても今の環境が良とは思ってないけど、どうしようも無いのが現状なのよ」

 

 本当に申し訳無さそうに言うミゼットに、レジアスは不満を隠そうともせず鼻を鳴らした。彼女の言葉は紛れもなく本音なのは伝わるが、はいわかりましたと納得できる訳もない。

 

「故にアインヘリアルが必要なのです。人手が無いのなら、それを補う物を欲するのは当然でしょう。現にこちらでは怪獣という災害への対処も求められているのですから、ね」

 

 暗にそんな事も理解できないのかと、ミゼットの傍らに控えている反レジアス派であろう局員達を軽く睨んで見せれば悔し気に表情を歪めた。これは思ってたよりも溜飲が下がるなと、秘書官として会議の内容を記録しながらオーリスはそんな事を思っていた。

 

(それはそれとして、喧嘩売りすぎないでよね)

 

 ただでさえ直球で物事を言い過ぎるんだからと、内心ヒヤヒヤしながらオーリスは黙々と仕事を続ける。ホテル外部にて、ガジェットの襲撃が確認されたと報告を受けたのはその直後の事だった。

 

 

 

 

 ガジェットは現在三種の機体が確認されている。カプセル状の形態をし、最も多くの目撃、出現が確認されているⅠ型。全翼機のような形態をした航空機タイプのⅡ型。ボール状をした大型のⅢ型の三種である。ホテル周辺にて確認されたのはⅠ型と三型の二種。合計で数十機程の大群が迫りくるそれを、最前線で食い止めんと奮戦するシグナム、ヴィータの二名。そして、守護獣と呼ばれる存在である水色の体毛を持った狼。ザフィーラによりそのうちの大半は文字通りの意味で薙ぎ払われていく。

 

「これは出番無いかもねぇ……」

 

 等とスバルがぼやいたせいかどうなのか。ホテル前で防衛ラインを引き、ガジェット群を文字通りの意味で薙ぎ払っていくシグナム達の奮戦を見学状態であった彼女等の前に、突然数機以上のガジェットが出現した。地面に浮かび上がった魔法陣から湧き上がるように出現するそれは、見る者が見ればすぐにわかる手品。

 

「転送魔法!?」

「近くで、誰かが召喚魔法を使ってるんです! 召喚士は優れた転送魔法の使い手ですから!」

 

 その気になれば自分でも同じ事は出来ると言わんばかりに、召喚士である少女キャロ・ル・ルシエが断言する。彼女が言うなら間違いないとスバル達も異を唱える事は無く、即座に目の前に現れたガジェット群への対処へ移行していった。

 

 

 ホテルの外でガジェット群と警備にあたっていた機動六課の戦闘が始まった事は、当然ギンガにも伝わっていた。外の警備を担当している機動六課。スバル達の事が全く心配ではないと言えば嘘になるが、ガジェット程度の相手であればそうそう遅れは取る事は無いだろう。万が一の事があろうとも、外には六課の副隊長であり、はやてが個人的に保有する戦力たるヴォルケンリッターが控えている。これは最早、怪獣や宇宙人が出てこない限りは心配はいらないと言っていいだろう。

 

【なんて言ってると、出てくるんだよな】

「タイガ、煩い」

 

 揶揄うような言葉に辛辣にツッコミを入れるのと、廊下の奥から二人組の女が歩いてくる事に気付くのはほぼ同時だった。どちらもホテルの従業員の制服を着用しており、ホテル内を歩き回っているのは不可解ではない。この奥が、レジアスとミゼットの会談会場であり従業員であっても立ち入りを厳しく制限されているという一点を除けばであるが。

 

「すいません。この奥は警備の関係上、管理局により立ち入りを制限させていただいているのですが」

 

 そして、正式な手順を踏んで通る従業員がいる場合は警備担当の自分にも必ず連絡が来る手筈になっている。故にギンガは警戒を解く事なく静止の言葉を告げて、従業員に扮した女性二人が廊下を蹴って彼女へ飛び掛かるのは同時。女性二人は明らかに人間ではなく、壁や天井を蹴り、不規則な動きを持って一気にギンガとの間合いを詰めていく。ギンガといえど、初見で見切るのは難しいであろうその動きに戸惑い、反応が遅れる……という事は無かった。

 

【右斜め上と左前方! 時間差で来るぞ!】

 

 彼女に見切れずとも、彼女の中にいるタイタスがその動きを見切りって的確な助言をするのだから。

 

 

「ッ!」

 

 指示通りに身体を動かすだけで良かったのだ。

 ギンガはその通りの動きを行い、二人の女性の攻撃を紙一重の差をもって回避すると共にカウンター気味に手刀を叩き込む。人体急所である首筋への一撃を受け、一人は完全に意識を失い床へと倒れこむ。だがもう一人は辛うじて踏み止まり。

 

「ッ!!」

 

 思わぬ反撃にら懐から取り出した拳銃型のデバイスを構えようとするのだが……それよりも早く、銃口を向けるよりも先にギンガの手が伸びて相手の手首を掴む方が早い。そのまま腕を極められれば、後はもうどうしようもない。

 

「ぐっ!?  は……はなっ!?」

 

 悲鳴を上げる相手を他所に、ギンガは側頭部に一撃を叩き込む。脳震盪を起こした女性はそのまま意識を失い、擬態を維持できなくなったか宇宙人としての姿を晒したまま倒れ伏す。

 

【やはり擬態だったか】

「タイタス、見抜いてたの……?」

【彼女達の擬態が未熟だっただけだ。さて、ここに宇宙人が潜り込んできたとなると】

 

 現状を認識するが早いか、ギンガはタイガキーホルダーを握りしめた左手でタイガスパークのレバーを降ろすと共に廊下を駆けだした。向かう先にあるのはホテルの壁。左右に分かれる廊下の、そのどちらにも曲がるそぶりは見せず全速力で壁に向かい、そのまま激突せんとするかのような行動だが、無論彼女にそんなつもりはない。

 

「バディ、ゴー!」

 

 タイガスパークの力で光の粒子に変換されたギンガの体はホテルの壁をすり抜けた。そのまま屋外へ飛び出した粒子はホテル上空へと舞い上がり、そこでタイガとしての巨体を再構成。そのまま我が物顔で浮遊するクラゲのような生命体と対峙する。

 

「何、あれ……怪獣?」

〖いや、あれは円盤生物だな。宇宙怪獣の一種だが……元は侵略用の生物兵器のような物だったと聞く〗

 

 タイタスの言葉を受け、もう一度クラゲを見てみると確かに円盤のように見えなくもないような、そうでもないようなといった感じだ。下部にある口であろう箇所から伸びる一見すると舌のようにも見える数本の触手。肉感的で、グロテクスですらあるそれは見ているだけで気持ち悪い。何より、口の形状からして明らかに肉食だと素人目にも解るのが嫌悪感を更に強くさせる。

 

〖どっちみち放っておけるか! さっさと片付けるぞ!〗

 

 言うが早いか、牽制のスワローバレットを放ちながらタイガは上空に鎮座するシルバーブルーメ目掛け飛翔。それを迎撃せんと振るわれる触手を避け、バレットで撃ち払いながら空中戦を繰り広げる二つの巨体を確認したティアナは一人焦燥感に駆られていた。

 

(なんで、こういう時に出てくるのよ!?)

 

 ガジェットだけならまだいい。だが、怪獣や宇宙人が出てきたとなると話はまた別。後者ならまだなんとかなるかもしれないが、怪獣なんて常識はずれは自分達の……否、自分の手に負える相手ではない。隊長陣はその気になれば対抗出来なくはないだろうし、スバルやエリオ、キャロ達程の才能があればなんとか立ち回れはするだろうが、非才な凡人たる自分には無理な話。今回ははるか上空にて巨体同士の空中戦を演じているから手の出しようはないが、それでもそこにいるという事がティアナの焦燥感を煽り立てる。

 

「ティア! ちょっと、どうしたの!?」

「……何でもない! エリオ、キャロ、二人は後方に下がって! スバル、フォーメーションで一気に決めるわよ!」

「へ……あぁ、了解!」

 

 一瞬遅れたスバルの返答に僅かに苛立ちを覚えつつも、彼女はそれを飲み込んで即座に指示を出す。その言葉を受けてハッとなったように顔を見合わせたエリオとキャロであったが、すぐに我を取り戻すとその指示に従って後方へと下がる。それを見送った後、改めて前方に浮かぶガジェット群を見たティアナは大きく息を吸い込む。

 

(大丈夫。あれぐらい、私にだって!)

 

 脳内で思い描く理想像を実現させる為、一か八かの賭けに出る事を決意して、ティアナはクロスミラージュを力強く握りしめた。

 

 

 

 外で行われる激しい戦闘とは打って変わって静まり返ったホテル内。宿泊客全員を避難させ、後は残っている者がいないか見回っている少数の従業員と会談やオークションの警備にあたっている局員がいるだけ。そうして周囲に誰もいない事を確認したホテルの従業員は、制服を脱ぎ捨ててその本性を露わにした。

 

「さてさて、ここまでは計画通り」

 

 スラっと伸びた手足を持った縦長の頭部を持つ宇宙人、スラン星人はしめしめとばかりに誰もいない通路を歩く。この先にある倉庫に保管されているオークション出品の為に持ち込まれたお宝の山が眠っている。管理局が危険性無しと判断した物とはいえロストロギアには違いなく、出すとこに出せば高値で売れる。ヴィランギルドの下っ端も下っ端である彼にとって、舞い込んできた今回の仕事は久々の大仕事かつ、超簡単な仕事……の筈だった。

 

「何が、計画通りなのかな?」

 

 突如背後から伸びてきた鎌状の魔力刃が、スラン星人の首元に突きつけられていた。

 

「っ!?」

「外の騒ぎに便乗して会談を狙う……と見せかけて、本命はこっち。スラン星人(あなたの同族)がよく使う手口だよね?」

 

 淡々と言葉を紡ぐ鎌の持ち主。フェイトがオークション会場に入城する為のドレス姿のまま、バルディッシュだけをデバイスモードに展開してスラン星人の動きを止めてみせていた。

 

「な、何故それを……っ!?」

「執務官なんてやってると、他所の世界で悪さしてる宇宙人の相手も良くするんだけど……スラン星人は、結構縁があって……ねっ!」

 

 スラン星人の別名は高速宇宙人。文字通り、凄まじい高速で動く事の出来る種族であり、首もとに刃を突き付けられた状況からの脱出は余裕である。ましてや、人間の反応速度では決して追い付けない速度での動きなのだから。しかし、スランの目論みは彼の動きに見事反応してみせ、その腕による一撃をバルデッシュで受け止めたフェイトによって外れることとなった。

 

「なにぃ!?」

「ごめんね。私もスピードにはちょっと自信があるの」

 

 そのままスラン星人の腕を弾き、がら空きになった胴体に素早く蹴りを叩き込む。たかがミッド人相手と舐めきっていた事を認識し、本気の速度を持ってフェイトへ襲い掛かる。流石に一瞬反応が遅れたフェイトが咄嗟にバルデッシュを振るうが間に合わず、脇腹に叩きつけられたスランの回し蹴りで悲鳴と共に壁に叩きつけられ、そこでスラン星人の攻撃は強制的に止められてしまった。

 

「な、なにぃ!?」

 

 何故なら、その全身に魔力で編まれた鎖が絡み付いていたからだ。

 

「言ったでしょ。スラン星人には縁があるって」

 

 故に対処法はいくらでもある。次元世界中で宇宙人による犯罪を管理局が認識し、取り締まりを本格的に始めたころより、執務官として様々な事件に関わっていたフェイトも宇宙人を相手にする事が多くなり、高速戦闘を得意とする彼女はそのせいもあって高速宇宙人たるスラン星人の相手をする機会が多くなっていたのだ。

 

「ち、ちくしょう! 管理局の、めっ! ぎゃあああああ!」

 

 悪態を付こうとした矢先、バルデッシュから放った非殺傷設定の電撃魔法を浴びて悲鳴と共に気絶。バインドで雁字搦めになったままゴロンと床に転がるスラン星人を見て、フェイトはふうと息を吐いた。

 

「……あ、このドレス……」

≪激しく動いたせいで大分傷みましたね。レンタル品だったはずですが≫

「…………やっちゃたなぁ」

 

 間違いなく買い取りか弁償確定。怒られる事は無いにしても、はやて達にいらぬ仕事を増やしてしまった。そんなため息をついて、フェイトは念の為にとスラン星人に更にバインドを重ね掛けて、宇宙人犯罪者確保の連絡をするのだった。

 

 

 

 

 ホテルアグスタ上空。シルバーブルーメの下部から伸びる触手をスワローバレットで迎撃しながら、タイガは空を駆ける。隙あればホテルまで触手を伸ばさんとするのは、やはりレジアス達の命を狙っての事なのか。それとも自分がウルトラマンであるという事がバレて、何者かが差し金た刺客なのか。または単なる偶然というか、この海月怪獣の本能なのか。

 

「何が狙いなのよ、この怪獣は!?」

 

 顔らしい部分も見当たらず、何を狙っての事なのか理解できずに苛立ちのままギンガは吐き捨てる。不意に伸びてきた触手に殴打されるもどうにか空中で踏ん張ってみせて、すぐに加速して上昇。どこまでも伸びてくるシルバーブルーメの触手を体を捻って避け続け、それが間に合わないモノは光線で迎撃しての繰り返しにいい加減タイガも苛立ちを覚え始めたようだ。

 

【考えるだけ無駄だ! そんな事より怪獣リングを使え!】

 

 そんなタイガの物言いに少しカチンと来るが、確かにその通りだと深呼吸をして冷静になってからタイガスパークのレバーを下げる。ギンガの左の指にヘルベロスのリングが嵌められた。

 

《ヘルベロスリング、エンゲージ!》

【ヘルスラッシュ!】

 

 放たれた赤黒い刃がシルバーブルーメの触手をまとめて斬り飛ばす。流石に痛覚はあるのか表情こそ読めず、声らしい声も出さぬシルバーブルーメが怯んだように激しくその巨体を揺らす。その隙にギンガは更にタイガスパークから怪獣リングを呼び出した。先日、ギャラクトロンを撃破した際に入手した二つ目のリングだ。

 

「ついでに、これよ!」

 

 具体的にどんな力があるのか解らないが、とにかく戦闘の役に立つという事だけは直感的に理解する。それになにより使()()()()()()()()()()それにトドメを任せる事に躊躇いは無かった。

 

《ギャラクトロンリング、エンゲージ!》

 

 インナースペース内にギャラクトロンの電子的な叫びが響き、ギンガを介してタイガへとその力が付与される。

 

【モンスビームレイ!】

 

 突き出された左腕の先に魔法陣が展開され、そこから放たれた虹色の破壊光線がシルバーブルーメの巨体を下部の口らしき器官より貫き、内側から爆散させた。

 

「ふぅ……終わった、かな?」

【地上の方も、大分片付いた】

 

 タイタスの言葉にギンガも地上へと目を向ける。今いるのは遥か上空300メートルあたりといったところだが、それでも地上にいる人々が全員特定できるぐらいにハッキリ見えるのだから、ウルトラマンの視力はとんでもないなと今更ながらに認識する。

 眼下の地上で行われている戦闘はほぼ終了しており、最後のガジェットを撃破し終えたヴィータが相棒たる鉄槌型ガジェット、グラーフ・アイゼンを肩に担いで軽くこちらを睨みつけている。敵意を向けているというか、さてあっちはどうしたもんかと思案しているだけのようにも見えるが、余計なトラブルを起こすのも勘弁だと思ってギンガは変身を解除してホテル内に戻ろうとした矢先。

 

「……あれ?」

 

 誰もいないホテルの裏側で、独り泣いている見知った少女の姿を見た。

 

 

 

 ホテル裏。戦闘も終わり、最早警備の必要もないそこにティアナは一人立っていた。

 今日の自分は最悪だ。ここで結果を残さなければ六課に来た意味がない。そう思ってやれる事をやろうとしただけだ。自分のキャパシティを超える無茶であった事は自覚している。それでも上手くやれるだけの自信は……あるにはあった。

 

(でも、凡人の私にはあれしかない……あれしかなかった!!)

 

 自分のキャパシティを遥かに超えるだけの魔法を行使した結果、数発の魔法が制御を離れて暴走。前線から戻ってきたヴィータが間に合ってなければ、スバルに殺傷設定の魔法が直撃するという最悪の事態になっていた。結果は後方に回されて今回の作戦からは実質的に外されてしまった。

 

「私は……何やってんのよ……っ!」

 

 まさに最悪の結果。悪夢なんてもんじゃない。間違いなく自分の夢は遠のいた……下手をすれば道は閉ざされてしまう。それだけは絶対に嫌だ。今回の事で即刻という事だけは無いだろうが、少なくとも評価は大きく下がるに違いない。それにスバルまで巻き込んでしまった。最悪に最悪の上塗りであり、ティアナの脳内は後悔と焦りと苛立ちと様々な感情で文字通りの意味でグチャグチャだった。

 

〖おやおや、随分と悩みの中にいるようだね〗

 

 不意に声が聞こえてきた。直に脳内に響き渡るような気味の悪い、それでいてとても通る声にティアナは反射的にクロスミラージュの銃口を向ける。そこにいたのは、仮面と拘束具を身に着けた異形の男。おどけたような仕草で両手を上げてみせる。

 

〖おっと失礼。驚かせたかな? 私は………いや、見た目通り怪しいが敵ではない〗

「……な、なんなのよ、アンタは?」

〖私か? そうだねぇ……君の悩みを解消する為に来た者、とでも言おうか〗

 

 フフフと笑みを零す異形の男。油断なく突きつけられるクロスミラージュの銃口に臆する事無く、異形は言葉を続ける。

 

〖君は、今迷いの中にいるんだろう? 正確には嫉妬……才能に恵まれた周りと凡人でしかない自分の差を思い知った、といったところだろう?〗

「っ!?」

 

 見事に言い当てられたそれに押し黙るティアナ。異形は仮面で隠れた顔に同情の色を浮かべながら言葉を続ける。

 

〖君の気持ちはよく解るよ。私も、似たような経験があってね……どれだけ努力をしても報われず、どれだけ苦悩しても周りの誰一人として理解しようともしない。いやはや、光の道を歩むもの(才能に恵まれた天才)地べたを這う凡人(才能の無いモノ)の気持ちなど、理解できるはずもない。そういう連中に限って……片方の側面からしか物事を見ようともしない〗

 

 忌々しく、どこか物悲し気に吐き捨てる仮面の異形にティアナは困惑した。彼の言葉は、まるで魔法にでも掛けられたかのように心に響くからだ。そんな彼女の様子を察してか、異形はフッと嗤いながら甘い言葉を囁き続ける。

 

〖ティアナ・ランスター。君に選択肢は二つある。このまま何の成果も出せず、無為な努力を続ける日々を送るか……破滅する事を覚悟の上で、強大な力を手にするかだ。無論、力を手にしても使いたくないというのならそれでいい……おっと、これでは選択肢は三つか〗

 

 ククッと嗤う異形。決して信じてはならない、手を取ってはならない相手だと本能が訴える。それでも、耳を傾けてしまいたくなる彼の言葉から、ティアナは離れようとは思えなかった。

 

「あ、あなた……一体……」

〖おっと失礼。先に名乗らないのは礼儀に反したね〗

 

 そういって、仮面の異形は大袈裟に芝居がかったお辞儀をした。

 

 

 

 

〖私の名はトレギア。君の願いを叶えにやってきた〗

 

 

 

 

 それはとても甘美な、悪魔の囁きのような名乗りだった。




次回リリカルBuddyStrikers

第六話 風の覇者





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第六話 風の覇者 Apart

お待たせしました


 深夜の廃棄都市区画。基本的に無人であり、深夜ともなればよほどのモノ好きでもなければ誰も足を踏み入れない場所。万年人手不足の管理局も実地訓練や昇進試験の会場にするなどで定期的に人を入れているが、それでもフォローしきる程ではない。故に犯罪者の隠れ家的に使われる事が多くなるのも必然であった。

 

「うっわ……」

 

 そして、犯罪現場になる事が多くなるのもまた当然である。目の前に横たわる亡骸の有様に思わず声を上げて目を背けてしまったギンガに、108部隊の先輩にして上司のラッド・カルタスはため息交じりに諭す。

 

「おいおい、そういう声出すなよ。お前だって長いだろ」

「すいません。でも、流石にこれはちょっと……」

「……俺だって我慢してるんだ」

 

 目の前の亡骸。まるで干からびたミイラのような、青白くなり果てた肌をした男性を横目で見やる。年齢は見た目では解らない程に干からびたそれは、一目で犯人が人間ではない事を物語っている。

 

「同じ状態の被害者、これで4人目でしたっけ?」

 

 込み上げてくる吐き気を堪えながら、記憶している事件の情報を思い返す。最初の被害者が発見されたのは数日前。丁度ホテル・アグスタでの警備任務にあたっていた頃だった。そこから立て続けに被害者が発見され現在に至る。

 

「あぁ、全身の血を抜き取られている。文字通り、一滴残らずな……他の部隊も捜査を続けているが、手掛かり無しだ。ちなみに被害者は本局が追ってた違法魔導師だとさ。こりゃ、本局の連中が黙って無いだろうな」

108(うち)はともかく、レジアス中将とか不機嫌になりそうですねぇ」

「機嫌取っといてくれ。オーリス秘書官のお気に入りなんだろ?」

「はいはい。私は使いっぱしり(お気に入り)ですよ」

 

 カルタスの言葉にちょっと皮肉っぽく返す。正体知られて以来、色々こき使われたりもしているのだから愚痴ぐらい許してほしいと思いながら、ギンガはもう一度被害者を見やる。

 一滴残らず血を抜き取る等、人間業ではない。そういう用途の魔法なんて物は少なくとも管理局が把握している限りは存在しない。ならば宇宙人の仕業かと思えば、そちらの線でも有力な容疑者は全く出てきていないという。

 

「ナカジマ。お前、そっちの方面強い奴と知り合いなんだろ?」

「え? あ、あぁ~……後で聞いてみますね」

「何なら一緒にその情報屋の処に行くか? 俺にも紹介してくれよ」

「あ~……ちょっと気難しいところあるから、私一人の方が都合良いんですよ」

 

 その情報屋が自分の中にいるウルトラマンだなんて、口が裂けても言えないのである。度々同僚や先輩の捜査官から紹介しろしろ言われて、誤魔化さないといけないという気苦労が増えたのは最大の誤算だった。

 

【ふむ……全身の血液を一滴残らず、か】

 

 そうやってカルタスをはぐらかしている最中、タイタスが何か心当たりがあるかのように呟いた。別の捜査官と話し込み始めたカルタスの傍からそれとなく離れ、周りに人気が無い事を確認してからギンガはタイタスに話しかける。

 

「タイタス、心当たりでもあるの?」

【あぁ……ギンガ、被害者の致命傷は解っているのか?】

「えっと……ちょっと待って」

 

 待機状態のブリッツキャリバーを使って管理局のデータベースにアクセス。一連の通称吸血殺人事件に関係する捜査情報を引き出す。

 

「えぇと……首筋に丸状の傷口が二つ、ね。検死の結果だとどちらも脳と心臓にまで到達してたって……」

 

 それを聞いて、ギンガの眼前に浮かぶタイタスは困ったように天を仰ぎ見た。

 

【やはりアイツか……これは厄介な事になったぞ】

 

 

「うわぁああああああああっ!」

 

 タイタスの言葉に嫌な予感を感じるのと、悲鳴が響き渡るのは同時だった。

 

「今の……っ!?」

【この近くにまだ潜んでいたか!】

 

 即座にバリアジャケットを展開し、悲鳴のした方向へブリッツキャリバーを走らせる。ギンガがそこで到着すると、すでに何人かの局員が杖型のデバイスを構えた状態で何かへ向け、攻撃魔法を乱射している状態だった。後方で支援に回っている女性局員の傍へキャリバーの車輪を滑らせ、状況を問う。

 

「一体どうしたんです!?」

「あれですよ! 見た方が早いですって!」

 

 ほとんど悲鳴のような声に従って、視線を向ける。

 

「な、何……あれ……っ!?」

 

 そこにいたのは、気味の悪い見た目をしたボールの群れ。その数、軽く数えて十数のそれが意志を持つ生き物のように不規則な動きで空を舞い、局員に襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 

 ギンガがタイタスから知り得た情報は、オーリスを通して地上本部にあげられ、そこから捜査に参加する全部隊に――ギンガとウルトラマンの事は伏せた上で――共有される。被害者の一人に本局が追っていた違法魔導師がいた事もあり、本局の部隊も急遽捜査に参加。ミッドチルダに展開している本局所属の部隊のいくつかが捜査に駆り出され、機動六課もそんな部隊の一つだった。

 

「で、地上本部から渡されたデータにあった最有力容疑者……と言うか容疑怪獣が、これ」

 

 六課所有のヘリ。その後部デッキにて、なのはが空中に表示したモニターに映し出されるのはグロテスクな見た目のボールだった。

 

「怪獣……っていうか、ボール……ですよね、これ?」

 

 エリオの疑問の声になのはも小さく頷き、言葉を続ける。

 

「吸血ボールっていうそうだよ。見た目はこんな感じで、大きさはだいたいソフトボールと同じぐらい」

「ボール一つ一つは大した脅威じゃないそうよ。ただ、数が無数としか言いようがないそうでね。実際、地上部隊の魔導士が昨夜からいくつも発見して対処してるけど……」

 

 なのはの言葉を引き継いだ金髪の女性、六課の医務関係を一手に引き受けるシャマルが一瞬だけ言葉を詰まらせ、重たい口を開く。

 

「100以上は撃破してるけど何処からともなく湧いて来て、逆に被害者も出てるそうよ。死傷者は昨夜だけで三十名以上。管理局の人間だけで、ね。民間人含めた被害は……表に出てない未確認もいるかもと思うと想像したくないわ」

「クラナガン全域に非常事態宣言が出されて、民間人は外出禁止。この状況も長くは維持できないし、レジアス中将は今日明日中には解決しろってあちこちに激飛ばしてるって話」

 

 シャマルの口から出された被害に顔が青くなるのと同時に、こんな状況であればレジアスがそうなるのも無理はないと、テレビ越しでしか見たことが無いスバル達にも理解できる。そうして、一刻も早くこの事件を解決しなければならないと気を引き締める。何せ、クラナガンにいる全局員が動員されている大規模捜査なのだから。

 

「今回の任務は大きく分けて二つ。地上部隊に協力して、吸血ボールを見つけ次第片っ端から撃破する事。それと、ボールの本体を見つけ出す事」

「本体、ですか?」

「小さいボールは所謂端末みたいな感じらしくてね。それらを統括して指示を出す本体のボールが何処かにいるって話だよ」

「本体の特徴は?」

 

 すかさず質問を投げ掛けるティアナ。

 

「見た目はさほど変わらないそうだけど……一目でコイツだって分かるぐらいに大きいらしいよ。大きさは成長度合いによって変わるそうだけど、小さくてもサッカーボールぐらいはあるって」

 

 そこで言葉を一度区切って、深呼吸をしてからなのはは改めて指示を出す。

 

「エリオとキャロは先行して捜査に加わってるシグナム副隊長と、ティアナは私と……スバルは、ヴィータ副隊長が一緒に108部隊の応援に回ってるから、そっちに合流して」

「え……あの、どういう」

「昨夜、ボールに襲われた部隊が108だからよ。人的被害が多くて、捜査員が足りないって」

 

 何故にそんな指示をと疑問を言い切る前に、シャマルがその真意を代弁した。

 

「ちょっ! それ、大丈夫なんですか!?」

「大丈夫、落ち着いて。ナカジマ三佐は隊舎にいたし、現場にいたギンガも無傷だから」

「あ、そ、そうですか……良かったぁ……」

 

 ホッと息を吐いて、思わず立ち上がってしまっていたスバルは腰を下ろす。

 そんな様子に思わず笑みを浮かべながらも、なのははすぐに表情を切り替えて指示を出した。

 

「フェイト隊長は、地上本部に寄ってから合流する手筈になってるからそのつもりで。じゃ、みんなしっかりね」

 

 

 

 

「捜査員7名が殉職。4名が負傷、入院……ボロボロだな。お前がいながら」

「他の皆もいたのに、変身出来る訳無いでしょ……」

 

 昼時も終わった事もあり、人気が無い地上本部の食堂にて、オーリスの言葉に愚痴で返しながらギンガはわざとらしくため息をついて彼女を横目で睨む。本来ならギンガも捜査に加わって街中をあちこち走り回っているのだが、その最中にオーリスから呼び出しを受けてお邪魔しているのである。理由は昨夜の報告に対する形式上のお説教……という訳でもない。宇宙怪獣であると判明したが、ミッドの衛星軌道上は管理局が網を張っており、そう簡単に掻い潜れる物ではない。それをどう掻い潜ったをオーリスに調べてもらったのだ。

 

「とりあえず、頼まれていた件だが……やはり数日前に大気圏外から飛来する物体が観測されてた。反応も小さく、観測班も軌道上に浮かぶデブリか何かだと認識したようだが……」

 

 上司に雑用を頼むのってどうなんだろう? と双方ともに思わなくも無いのだが、形はどうあれ色々と奇妙な繋がりが出来た上、オーリス視点でもギンガをこき使っているという自覚はあるのでこの程度の雑務は引き受けているのである。

 

【間違いなくそれだな。実際、引力に捕まって落下するデブリに紛れ込んだのだろう。その程度の知性はあるはずだ】

 

 オーリスの言葉にタイタスが頷く。なお、彼はオーリスの目の前でスクワットの真っ最中なのだが、ギンガはそれを意識的に無視した。オーリスには彼の姿が見えないのが幸いしたと言えるのかもしれない。目にしたらどんな反応をするのやら、想像するだけでちょっと笑えて来るのだがそれも必死で意識の外へ追いやっておく。

 

「それに紛れてきた、で多分間違いないとタイタスが」

「……あぁ、そうか。私の声も聞こえているのだったな。しかし、まさか宇宙から直接怪獣が来る上に、ここまで狡猾に立ち回るとは」

 

 それほどの知性のある怪獣がいるとは思わなかったと、言葉にせず愚痴るオーリス。今までミッドチルダに出現した怪獣は基本的にどこからともなく現れては本能のまま暴れまわるか、ヴィランギルドの宇宙人が裏で操っているかの二択であり、そこまで知性を働かせる種が存在するなど思わなかったのも無理はないだろう。

 

「この見た目ですからね。知性があるなんて、私も最初は信じられませんでしたよ」

 

 ギンガが表示したモニターに映し出される吸血ボール。グロテスクでいかにも生物的な見た目のボールに、そこまでの知性があるとは初見では誰も思わない。

 

「それで、本体の居場所は? そっちの目途はつかないのか?」

「そっちは全然。タイガがいうには、クラナガンのどこかにはいる……だそうです」

「……この星(ミッド)のどこか、と言われないだけマシと思うべきか」

 

 タイガ曰く、同種のボールが彼の宇宙にある地球にも飛来した事があり、その時に地球にいたウルトラマン――タイガの故郷で教員をしているらしい――が戦った時の経験とデータを講義で教えてもらっていたとの事である。ウルトラマン程の存在がわざわざピックアップするような怪獣なのかと思うとゾッとするし、それと直に戦わねばならないのかと思うと肩がずっしりと重くなる。思わずため息が出そうになった時、軽くオーリスがギンガの肩を叩いた。

 

「あまり気負い過ぎるな。お前達が一番の切り札には違いないが、今はアインヘリアルもある」

「……はい。それじゃ、私もそろそろ捜査に戻ります」

「あぁ、頼んだ。……この事件が終わったら、甘い物でも食べに行く?」

「良いですね、やる気でました」

「なら、また後で連絡するわ。渡したい物もあるから、しっかりやってね」

 

 別れ際にそんな約束をするようになる程度に気安い関係になれたのはちょっと意外だ。そうして、軽く手を振って別れると完全に友人に対するそれをしあって、二人はそれぞれの仕事へ戻っていく。

 

「へぇ……ホントに仲良いんだ」

「へっ!? フェ、フェイトさん!?」

 

 そんな食堂の出口で、ばったりとフェイトと出会った事でギンガの決め顔は一瞬にして崩れたのだが。

 

「な、なんでここに……?」

「捜査の打ち合わせだったり、細々とした雑用で。六課も全員出動で手一杯だからね」

 

 地上本部に用事があったついででもあったのだが、実際に現在六課はフル稼働中。今回の事件捜査の為、休暇中だった隊員も含めて忙しなく動いており、手一杯なのも事実なので彼女が引き受けたという形である。

 

「しかしま、ギンガがオーリス秘書官と仲良いってホントだったんだね。ちょっと意外」

「え、えぇ……まぁ。色々ありまして」

 

 実際話すようになるまで、生真面目でお堅いだけの人という印象が強かったオーリスにフェイトもそういう印象を抱いでいたのだろう。実際、六課を査察に来た時は常に不機嫌そうというか、厳しい表情をしていてその時ぐらいしかまともに顔を合わせていないフェイトが、オーリスをそういう人と認識していても不思議はなく、ギンガに対して――実年齢よりも若く見えるぐらいに――柔らかい表情を見せているのが、意外だった。

 

「話するようになると、結構可愛いところもある人ですよ」

「へぇ、そうなんだ。まぁ、私は……というか、六課は目の敵にされてるから無理かなぁ」

 

 ただでさえ本局とは色々とやりあってるレジアスの娘だけあって、オーリスも六課に向ける目は厳しい。正確には、単に仕事として厳しい目を向けているだけで、彼女自身はレジアス程こちらに思うところはないという事は、フェイトを初め六課首脳陣全員が理解している事ではある。のだが、正直仲良くできる日が来るとはあんまり思っていないのも事実である。

 

「ところで、何の話してたの? 108も捜査で色々忙しいと思うんだけど……」

「あ、あぁ~……別件で頼まれてる事があって、その報告ついでに私も雑用に駆り出さた感じでして」

 

 実際は呼び出し喰らったという事実上のサボりみたいなもんである。真実を言う訳にもいかず、嘘をついてでも誤魔化さねばならないという少しばかりの罪悪感を飲み込む。フェイト達ならば、バレたところで下手に言いふらしたりはしないだろうけれど、本局の人間には絶対に言うなとレジアス直々にキツク言われたからには、地上所属としては守らないとである。

 

【立場的には3割ぐらい、あのオッサン直轄部下みたいになってるよな】

(タイガ、五月蠅い)

 

 そんな会話が目の前の後輩の内側で行われている事に当然気付かず、フェイトはギンガの表向きの返答に頷いた。

 

「私は一度隊舎に戻るけど、ギンガは?」

 

 途中までで良いなら送っていくよと暗に示すそれに、ギンガも頷こうとして――

 

『捜査中の部隊から緊急入電! 吸血ボールの大群に襲撃を受けている模様! 付近の部隊、およびすぐに動ける者は応援に向かってください! ポイントは……』

 

 喧しいぐらいのサイレン音と共に本部全体に響き渡ったその放送に、緊張が走った。それと同時にフェイトのバルデッシュにも通信が入っており、応答していた彼女が目を見開いて「解った! すぐ行く!」と珍しく声を荒げている。それだけで、襲撃された部隊に誰がいるのかは理解出来た。

 

「ごめんギンガ!」

「解っています。フェイトさんは早く応援にいってください」

 

 そうして返事もそこそこに、というよりギンガの言葉も聞こえているかどうか怪しいといった感じに足早に廊下の奥へと消えていくフェイト。この突き当りに屋外テラスがあるから、そこから飛んでいくつもりなのだろう。となれば、自分は……自分達はどうしたものかと軽く周囲を見渡して、人目を避けれそうな場所を探す。わざわざ陸路やウイングロードを使用するより、タイガに変わった方が遥かに早いのだから。

 

 

 

 

 運が良いのか悪いのか、どちらかでいえば後者だとなのはは内心で滅多にしない舌打ちをした。ティアナと共に地上に展開中だった部隊に合流した矢先、吸血ボールの群れがどこからともなく湧いて出たのだ。そのまま戦闘に突入し、片っ端からボールの迎撃を行っているが。

 

「数、多すぎでしょ!!」

 

 苛立ちを隠さずに叫ぶティアナの言う通り、とにかく数が多い。いくら撃ち落としても湧いてくる。レイジングハートも撃墜数が100を超えてからは数えるのを止めるどころか喋る事すらせず、完全になのはのサポートに全力を傾けている。お陰でなのはは空中で撃破数を稼ぎつつ、地上で他の捜査官達と共に戦線を維持しているティアナにも意識を傾ける事ができているが……。

 

(このままだと、何時まで持つか……)

 

 速射性と連射性に優れる魔法、アクセルシューターでとにかく数を落としていく。収束砲を撃つのに十分な魔力は周囲に充満しているが、この状態ではチャージする暇すら惜しい。

 

(いっそ、あれを狙うのも手だけど……)

 

なのは格好睨む視線の先には、巨体な吸血ボールが宙に浮かんでいた。大きさはボールなんて名前が詐欺としか思えぬ程。大型の輸送ヘリとほぼ変わらぬ巨大さのそれが、一体この街の何処に潜んでいたのか。一体どれほどの犠牲者をもってここまで成長したのか、考えたくもない。

 距離としてはほんの十数メートル。フェイトやシグナムならば一秒未満で間合いを詰められるし、なのはにとっては得意な間合いと言えるロングレンジではあるが、その十数メートルの間に無数の小型吸血ボールが浮かんでいる。それら全てが本体にとって矛であり盾。こちらの血を吸おうと組み付こうとするのは勿論、一つ一つが一種の機雷のような特性もあるのか砲撃を受ければ爆発を起こし、それに巻き込まれた他の小型ボールが爆発し、その爆発のせいで味方を巻き込むどころか街の被害が拡大しかねない。

 

(見た目以上に狡猾。本能的なものかどうかはともかくとして……こちらの打つ手を的確に潰してる!)

 

 これがゲームであれば、イライラの余りにコントローラーを投げつけてしまいそうなぐらいに嫌な布陣を敷いている。切り札の収束砲を撃てば、小型ボール諸共に本体の大型ボールを撃ち落とす自信はあるが、魔力を収束する為の時間が足りない。正確には、時間を稼げるほどの戦力が味方にいない。自分を含めて、身を護るだけで精一杯なのだから。

 

(せめて、後一手!)

 

 後一手でも打つ手があればどうにかなる。そんな無い物ねだりを嫌でもしたくなって、その一手は遥か上空から唐突に降り注いだ。魔法とは違う光線の雨あられ。それが的確に小型ボールを撃ち落としていく。何事かと空を見上げれば、そこから姿を現すのはウルトラマンタイガ。見慣れた50メートル級の巨体ではなく、人間の成人男性と大して変わらない大きさで現れたそれに、なのはも含めた皆が呆気にとられ、それを余所にタイガはスワローバレットで吸血ボールを複数まとめて撃破していく。

 

「……はっ! 皆! 今のうちに体制を立て直して!」

 

 突然の乱入者に呆気にとられたが、真っ先に我に返ったなのはの声で局員達は攻勢に打って出る。ウルトラマンが前に出て、その圧倒的戦闘力を持って状況を覆しつつあるのだからこの流れに乗らないという選択肢は無い。

 

「……チッ」

 

 ただ一人、小さく舌打ちをした拳銃型デバイスを持つ少女には誰も気付かなかった。

 

〖だぁ! くっそ! ホントに数多すぎだろ、コイツ等!!〗

 

 当然それに気付いていないタイガは、悪態を吐きながらスワローバレットでボールを撃墜しながら着実に本体との距離を詰めていた。本体の成長に合わせて数を増やしていくと聞いていたが、ここまで増えるなんてどこまで成長したというのか。

 

〖ギンガ! ギャラクトロンリングを使え!〗

「ええ!」

 

 モンスビームレイの貫通力をもって、小型ボールの群れに風穴を開けようと言う狙いを察して、タイガスパークに収納していたリングを指にセット。その力を読み込み、解放する。

 

〖「モンスビームレイ!」〗

 

 魔法陣から放たれる虹色の破壊光線。それは狙い通りに小型ボールの群れに風穴を開けた。そこが狙い目だとなのは達も理解し、余裕のあるものがそこから本体目掛けて砲撃。タイガもとりあえずダメージを与える事を優先し、両腕を突き出して最小限のチャージで済む光線を放つ。

 

〖ハンドビーム!〗

 

 赤色をした光線が真っ直ぐに大型の本体へ直撃。それに続いてなのは達の砲撃し、本体は怯んだかのようにその巨体を激しく揺らし、狂ったかのように激しくビームを乱射し始めた。

 

〖何っ!? くっそっ!〗

 

 咄嗟に巨大化したタイガは、その巨体を背にして地上にいる局員達の盾となりそれを防ぐ。

それによって局員達への直撃こそ免れたが、周囲のビルの上層が破壊され、その瓦礫が降り注いだ。それらはそれぞれが咄嗟に展開した防御フィールドによって防がれ、結果的に怪我人は出なかった、が……。

 

〖クソッ! 逃げられたか!〗

 

 忌々し気に吐き捨てるタイガ。彼の目の前から、吸血ボールの本体は跡形もなく消え去っていた。流石に消耗したのか、胸のカラータイマーも赤く点滅を始めていた。

 

【すでにかなり成長していた。見つかっていない被害者が相当いるのだろうな……】

「考えたくないんだけど……成長しきったら、どうなるわけ?」

〖ある程度を超えると、他のボールと合体する。そうなるとかなり厄介って話だ〗

「……最悪って事ね」

 

 そうなると仕留め切れなかったのは痛いなんて話じゃない。そもそも、ボールの状態でもあんなに厄介だなんて思わなかった。眼下でとりあえずの脅威が去ったとばかりにその場に座り込む局員達や、そんな彼らを見ながら一安心とばかりに息を吐くなのは。彼女はこちらに感謝のしるしとばかりに手を振ってくれている。それを確認して、ギンガはタイガを促してその場を飛び去った。適当なところで変身を解き、粒子状となったギンガが誰もいない無人の路地裏で実態を取り戻す。全身にけだるさと、受けたダメージによる痛みが残ってこそいるがさほど問題はないだろう。

 

「さて、と」

 

 何をするにも、一旦捜査を行っている適当な部隊に合流しなければならない。足早に路地裏を出ようとして。

 

【おいおい、何あの程度の相手にてこずってんだよ?】

 

 不意に聞こえた声に足を止める。ギンガだけでなくタイガとタイタスも反応する。この頭の中に直接響くようで、念話とは違う感覚のこれはまさかと思うよりも早く、ギンガの目の前に青い粒子状の光が集まっていく。

 

【やっぱ、俺がいねぇとお前ら全然駄目ってか?】

【フーマ!】

【お前もこの星に来ていたか!】

「え……もしかして、そういう事?」

 

 二人の反応で察して、無意識に青い粒子へとタイガスパークを向ける。粒子は吸い込まれるようにギンガスパークへと吸収され、ギンガの手の中でタイガ達のそれと酷似した、それでいて丸みを帯びた形状のキーホルダーへ変化する。

 

「やっぱり……ウルトラマン、なんだ」

【俺の名はフーマ。風の覇者、ウルトラマンフーマだ。よろしくな嬢ちゃん】

 

 吸血ボール騒ぎで忙しい最中に、まさか三人目のウルトラマンが来るとは。ギンガは呆気に取られ、自分の中に当たり前のように居候を決め込む宣言をした彼に対して「よ、よろしく……」と間の抜けた返事をするほかなかった。




今回の怪獣、果たしてどいつなのか解りますでしょうか? というか、出してる怪獣の紹介的なの別個で作った方がいいですかね?


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