「僕の愛の為に死ね。」 (蔵之助)
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1部:屋烏之愛-オクウのアイ-
愛は無敵の呪いだよ


ハーメルン初投稿です。面白いなと思ったら感想・評価お願いします!





 「愛は無敵の呪いだよ。だから愛さえあればなんでもできるのさ。」

 

 初対面は最悪だった。本当に、心の底から最悪だった。

 何せ先輩は、初対面の私たちを術式まで使ってボコボコに倒したのだから。

 まるで漫画のやられ役のように片手間で。悪役のように過激に。

 そして狂った妄言を垂れ流しながら馬乗りになって拳を振るってきた先輩を、どう間違えたら尊敬してしまったのだろう。

 

 「人は誰かを愛することで強くなれる。これは真理だね。

 僕は最愛の奥さんと最愛の息子を心の底から愛してる。だから僕は負けないし、君らは僕に勝てないのさ。」

 

 先輩は非術師家庭出身なくせに、やたらと術式を使うのがうまかった。

 まあ、私たちが一年で入学した時にはすでに先輩は四年だったのだから当然といえば当然だろう。

 だがしかし。五条家の呪術師であり、幼い日から呪術の英才教育を受けてきた五条悟までも屈服させるほどに強かった。

 幼い頃に術式を自覚して、行使してきた私よりも扱い慣れていて、そして自分の術式のことをよく理解していた。

 

 「僕が術式を使えるようになったのは12歳の時さ。その時は呪霊なんて見えるだけで怖かったし怯えてるだけだったけど。

 僕一人なら別にいいんだよ。でも凪さんがいるなら別だ。凪さんを傷つけるわけにはいかないだろう?

 砂埃一つだって許されない。触れれば壊れてしまいそうな、砂糖菓子のような人なんだ。

 ガラス細工よりも繊細な人だ。氷像を動かすよりも丁寧に、そう丁寧に扱わなければいけないんだ。

 凪さんの歩く道に呪霊なんて居てはいけない。凪さんの日常に呪霊なんて必要ない。

 ならどうすればいい? 排除しかないだろう。」

 

 後で知ったことだけれど、先輩の術式は「呪毒操術(じゅどくそうじゅつ)」というらしい。

 その術式は極めて悪質だった。

 等間隔で地面に並ぶ巨大な蛤により散布された毒の霧は、息をするだけで肺を腐らせる。しかもご丁寧に毒の範囲は指定されていて、指定された空間以外に毒霧が流れることはない。

 宙を泳ぐクリオネは、その存在が超高濃度の毒。奴らのバッカルコーンに捉えられればもうおしまいだ。しゅうしゅうと音を立てながら、皮膚が溶け肉が溶け骨が露出する。

 一度毒が付着したら完全に肌が戻ることはない。解毒方法は先輩の血液から抽出した血清のみで、完全に解毒しなければ反転術式の効果すら低減する。

 これらはすべて、幅広い薬学の知識で術式を理解し尽くしているから。繊細な呪力操作を要求される術式を完全に支配し、我が物にしている男。

 そんなおぞましい毒使いに、私たちは完全に鎮圧されたのだ。

 なぜここまで知っているのかと言われれば、術式開示の追い討ちがあったからと答えよう。

 

 「だから僕は死に物狂いで対策を立てて、それでこの術式を見つけたってワケ。使い方も研究してね、今では完全に使いこなせてる自信がある。

 わかる? これは愛なんだよ。愛が僕の術式を発現させ愛が僕を育て愛が僕を強くさせて愛が僕を僕たらしめる。

 凪さんという下界に降臨した女神のように美人で内面に一本筋が通った優しくて仕事もできて家事育児僕の扱いと全てが完璧な素晴らしい女性と順平という目に入れても痛くない赤ちゃんを僕は養わなくてはいけない。

 君らとは背中の重みが違うんだよ、うん。

 と、言うことでさ。食堂で喧嘩しないで欲しいんだ。君たちが暴れたら、埃が立ってしまうだろう? 皿が割れたら片付けをするのは誰だと思う?

 ぐちゃぐちゃになった残飯を処理するのは? 

 当然、君たちがやるよね。

 凪さんは「自分がやる」と言うかもしれないけれど、凪さんの優しさに甘えるような愚か者はいないよね?

 凪さんと順平に何かあったら、悲しくなっちゃうじゃないか。」

 

 これほどまでの残虐術式を行使した理由が、ただの喧嘩の仲裁なのだから笑えない。

 まあ、少しばかり手と足と術式が出てしまっていたかもしれないが、それでもこれは酷すぎる。

 ーーーこれが当時一年だったわたしたちと、特級呪術師である吉野公平先輩の初対面だった。

 

 




1部(原作前)と2部(原作)に分かれる予定です。


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とはいえ『おいた』はいけないね。

 2006年、四月。

 全国の学校が新学期を迎えている季節。とある山奥の過疎化が深刻な学校も新学期を迎えていた。

 春は、人が浮かれる季節だ。過ごしやすい気候、桜の開花。草花が生い茂り、野鳥が軽やかな鳴き声で歌う。

 陽気な気分にさせる季節だが、同時に変質者が湧きやすい。

 呪術界的な認識では、春は呪詛師が沸く季節だ。

 

 「はい、おーわり!」

 「こっちも終わったよ。」

 

 どさりと、顔をパンパンに腫らした男がコンクリートに横たわる。

 おかしな格好の男だ。NA○UTOの暁でもリスペクトしてるのだろうか、長いロングコートにぐるぐるお面。

 その隣には同じような格好をした男が、全身血まみれになって沈黙していた。

 まさに惨劇。そしてそんな光景を作り出した男たちは「呪詛師討伐RTA最新記録じゃん! イェーイ」とハイタッチして楽しむ始末。

 見た目のガラの悪さも相まってチンピラにしか見えない学生二人は、自分らが討伐した呪詛師をベンチがわりにして腰掛ける。

 

 「はー、終わった終わった。

 傑ー、焼肉食いに行こーぜ!」

 「悟、ここど田舎だから焼肉屋なんて近くにないよ。

 今帰れば食堂やってるし、さっさと帰ろう。」

 「月曜ランチってなんだっけ?」

 「ステーキ丼じゃなかった?

 そういえば悟、補助監督ってもうよんだ?」

 「あ、まだだわ。傑ヨロ〜」

 「まったく、しょうがないな。」

 

 さっさと帰れるように、国道近くのところで待とうと話し、二人は山を降りる。呪詛師は傑の呪霊に引き摺らせ「腹減った〜!」と呑気な会話をしていた二人は、完全に失念していた。

 山から降りてくる血まみれの男二人が、非術師(いっぱんじん)の目にはどのように映るのか、を。

 

 「きゃーーーーっ!!」

 「「あ」」

 

 

 ■■■

 

 

 「つーわけ。飛んだとばっちりだったぜ。」

 「アンタねぇ!!」

 

 広いとはいえない食堂のテーブルに、四人の生徒が座ってる。「わいわい」というより「ぎゃーすか」と騒ぐ彼らのそばに、食堂で働くパートの女性が近寄る。

 

 「やー、今日も派手に喧嘩してるね。」

 「凪さん!」

 

 けらけら笑いがら、「はい、お冷。」と人数分の飲み物を運んできたのは私たちより五つ年上の女性。呑気な彼女に歌姫は「こいつらが悪いんですよ!」と声を荒らげた。

 冷静になるように取り繕っているのだが、如何せん怒りで心が荒れている。声が大きくなるのも仕方がないというものだ。

 

 「呪詛師の討伐だっけ。失敗しちゃった感じ?」

 「はー、んなわけ!

 俺らが失敗するわけないっしょ。なー傑!」

 「ええ、呪詛師はしっかり捕縛して補助監督に引き渡しましたよ。」

 「じゃーなんで歌姫ちゃんはお冠なのさ。」

 「聞いてくださいよ! 」

 

 歌姫と呼ばれたおさげの少女が、テーブルを力任せに「ばん!」と叩いた。

 

 「うお!? びっくりしたぁ〜」

 「まあまあ、落ち着いてくださいよ歌姫センパイ」

 

  怒りのボルテージが上がった歌姫の背中を、隣に座っていたボブカットの少女、家入硝子が優しく撫でた。

 

「帳貼り忘れて非術師に見られちゃったんですって。

 で、警察に通報。これですよ。」

 

 ニヤニヤ笑った硝子が、両手で拳を作って胸の前で揃える。それを見て長髪の少年、もとい夏油傑はちょっとだけムッとした表情をつくり、片目を瞑る。

 

 「いやいや、逮捕はされてないさ。」

 「そーそー、パトカーよばれたから、帰り道がリアルカーレースになっただけ。」

 「だからパトカー来てたのか。サイレンの音するなーって思ってたのよ。」

 

 そう、彼らはとんでもないことをしてくれたのだ。一般人に目撃された程度ならまだマシ。問題はそのあとだ。

 通報された二人は、報告を面倒臭がって緊急時を装って補助監督を呼び出した。そしてパトカーが到着する前に呪詛師を適当に縛って車のトランクに積み込むも、近くを巡回していた(自転車乗った)お巡りさんが現場を目撃。

 自転車で車を追いかけながら緊急配備がかかった。

 パトカーが増やされ、大規模な追跡となり。警察に出頭しようとする補助監督を脅して騙して、無理矢理帰宅しようとしたアホ二人。

 説明もせずに補助監督に車を出させたせいで、訳もわからず言いなりになる補助監督。

 その日の帰路はデットヒートレースとなった。運転手のドラテクが光るハイランクな追いかけっこだったらしい。途中川を飛び越えたとか言っていた。

 哀れな補助監督は殺人教唆とスピード違反、器物損壊もろもろでしょっ引かれた。

 

  「ガードレール飛び越えた時はテンション上がったな〜!

 あの補助監督、俺ら専用にしねえ?」

 「やめてやれよ、可哀想じゃん。」

 「本当、我が校の恥だわ……!」

 

 それを見て凪は「あちゃー、やっちゃったね〜」と愉快そうに笑った。

 

 「凪さんからも言ってやってくださいよ、帳の重要性!」

 「え、そっち?

 普通デッドヒートレースの方じゃない?」

 

 それに見えないよ、私。そう繋げた彼女は、この学校で唯一の非術師だ。

 吉野凪。東京都立呪術高等専門学校の食堂のお姉さんであり、一児の母だ。 呪霊は一切見えない非術師だが、彼女は呪術の世界をよく知っている。(高専で働いているのだから当然といえば当然だが。)

 凪さんの言葉を「へーへー」と言って聞き流した悟が、頭の後ろで手を組んで唇を尖らせる。

 

 「べっつに、パンピーに見られても良くね?

 そもそも肝試しとか廃墟探索とか行って不法侵入してんのはアイツらじゃん。

 今日のだってさー、私有地勝手に入ってたの向こうだぜ。

 巻き込まれても自業自得だろ。」

 「こら、悟。凪さんの前で失礼だろう。」

 「あっはっは、ほんとのことだし気にしないよ。」

 

 「食券ちょうだい。」と手を差し出した凪に、四人は一斉に渡す。

 それらをバインダーに挟んで、「はい、ありがとー」と軽く返事をした。

 少し遠くから、「たかたか」と廊下を走る足音が聞こえる。がらら、と扉を開けたのは小さな人影。

 

 「きかんしました!」

 

  ネギを伝説の剣のように掲げて、幼児が元気よく声を上げる。小さな足をせこせこ動かして、私たちのいる方向へ走ってくる。子どもの必死な姿に思わず笑みが溢れて、硝子が「うわっ」と失礼な声をあげた。

 

 「おかーさん、どーぞ!」

 「ありがと順平。」

 

 この子どもの名前は吉野順平。凪さんの息子だ。

 そう、吉野凪は既婚者だ。五歳年上なのに、順平くんという大きな子どもがいる経産婦でもある。

 

 「これで親子丼作れるよ。

 お父さん喜ぶね。」

 

 ネギを受け取った凪さんが「むふーっ」と満足げに微笑む子どもの頭をワシワシ撫でる。上記の発言からもわかるように、残念ながら彼女はシングルマザーではない。過保護で重い旦那がいる。彼女の旦那については長くなるし面倒なので割愛しよう。

 手持ち無沙汰なのか、ぐるぐるとネギ回しをして、ついでに戦隊ヒーローよろしく決めポーズを決めた凪が「じゃあ厨房戻るわ、順平よろしく!」と手を振って戻っていく。

 彼女に息子を任された少年少女は「はーい」と揃って返事をして、可愛い盛りの子どもに群がる。

 

 「順平くん、お使いご苦労様。はじめてのお使いかな?」

 「だーれにもなーいしょーでってやつ?」

 「そう! ぼくえらい?」

 「えらいえらーい」

 「飴あげるよ。ハッカだけど。」

 「五条、それ自分が要らないだけじゃん。」

 「えー、僕アンパンマンがいい!」

 「アンパンマンチョコは俺のだからダーメ。」

 「大人気ないことしてないで一個ぐらいあげなさいよ。」

 

 順平を椅子に座らせて、「何食べる?」と歌姫が尋ねる。チョコレートをもらえなくて膨れていた順平も、メニュー表を食い入るようにみている。チョコレートのことはもう忘れてしまったようだ。

 

 「お子様ランチだろ。」

 「うん!」

 

 悟が棒付きチョコを食べながら順平に聞いて、それに元気よく答える。微笑ましい光景だ。

 

 「じゃ、凪さんにお願いしようか。」

 「凪さーん」と厨房で給仕作業をする人に声をかけたら、「なーにー?」と大きめの声が返ってくる。

 

 「順平、お子様ランチがいいって。」

 「残念、今日の賄いはカレーです。

 お子様ランチはファミレスね。」

 「えぇー!」

 

 ぷくりと頬を膨らませた順平だけど、「トンカツトッピングするよ」の言葉ですぐに機嫌を直す。

 

 「そういえばさっきのネギ。親子丼作るってことは、今日ですか?」

 「らしいよ。」

 

  硝子ちゃん目敏い! なんて。カラカラと笑い声が響く。

 

 「今日の朝メールが来ててさ。

 お昼に着くって言ってたからそろそろじゃない?

 はい、お待ちどう様。」

 

 どん、と両手にお盆を乗せて現れた凪が配膳をする。

 

 「硝子ちゃんがAランチ、歌姫ちゃんがサバ味噌定食。

 で、男どもはカレーっと。

 あ、カツはサービスね。五条くんと夏油くんのパクられ回避&生還記念!こっちが甘口でこっちが辛口ね。

 補助監督さんに迷惑かけちゃダメだよ〜。

 ほら、順平も一緒に食べな。」

 「よ、凪さん太っ腹ーっ!」

 「褒められてないよ、悟。」

 「順平くんは私らと食べよっか。」

 「助かるよー、ありがと歌姫ちゃん。」

 

 配膳作業を終わらせた凪さんが「 で、さっきの話だけど。」と話を振る。なんの話か忘れていた私たちだか、続く言葉で思い出す。

 

 「帳ってやつ?

 五条くんの言い分もわかるけどさ、ないよりはあったほうがいいんじゃない?」

 「ウゲェ、凪さんもそー言っちゃう?」

 「いやー、だってさぁ、公平は「帳がないと安心して戦えない」って言ってたし。よく知らないけど。」

 「ハッ、公平はそーなんじゃない?

 だってアイツ、ノーコンだし。」

 

  悟が鼻で笑った瞬間、背後に黒い人影。あ、と声を上げる前に、鉄槌が悟の脳天に下された。

 

 「誰がノーコンだ、クソガキ。」

 「あだ!?」

 

 カレーに顔面叩きつけられた悟。間一髪術式が間に合ったようで悲惨なことにはならなかったが、それはそれ。ムクリと起き上がり、サングラスをずらして威嚇する悟が、があっ! と噛み付くように吠えた。

 

 「なにしやがる、公平!!」

 

 そう、悟を今しがたカレーに突っ込もうとしたこの男こそが吉野公平。

 黒髪黒目で日本人らしい色彩の持ち主だが、ぱっちり二重で悟とは別系統にジャニーズ系の男だ。

 顔はなかなか中性的で、化粧もしてないのに長い下まつげと左目の泣きぼくろがチャームポイントらしい。

 今日も右目が隠れるぐらい長い前髪を、わざわざメカクレヘアーにセットしている。二次元に影響されすぎだろとよく揶揄われてる、変な髪型の先輩だ。

 

 「こっちのセリフだ五条。

 俺の術式制御は完璧だ、気持ち悪いほどにな。」

 「それ、自分で言うんだ。」

 

 歌姫が呆れたように言って、吉野先輩が「本当のことだからな」と鼻で笑う。

 そして、くるりと振り返った先輩が両手を広げて叫ぶ。

 

 「ただいま、マイスイートファミリー!!!」

 

 どうっと、学校全体に響くんじゃないかと言う轟音。耳を塞いで自衛するが少しキンキンする。

 

 「おとーさん、おかえりなさい!」

 「おかえり。親子丼今から作るからもうちょい待ってね。」

 「もちろん、いつまでも待つよ!」

 

 そう、これが吉野公平。日本でたった三人しかいない特級呪術師の一人で、愛情至上主義者。鬱陶しいほどの愛情表現は家族限定だが、その余波で毎回何人か犠牲になる。

 今日はただの爆音だからマシな方で、惚気に巻き込まれたら最悪だ。さっぱり終わらないし、ちゃんと聞いてないとまた一から繰り返される。傍迷惑な先輩だ。

 

 「ああ凪さん、今日も最高に輝いてるよ! 初○ミクよりネギが似合う!!

 順平も少し見ないうちに背が伸びたかな?」

 「あっはっは、褒めてないよそれ。」

 「三日でしんちょうのびないよ。」

 

 膨れた順平に「かわいい!」と頬擦りしながら、同時進行で凪を賛美する公平。

 「ネギが似合わない女目指すわ。」と笑った凪に「そんな凪さんも美しい!」と声を上げる。いつも通りと光景だ。

 

 「あのね、おとうさん!

 きょうね、おとうさんのおやこどんね、ぼくのネギなんだよ!!」

 「うわぁぁぁ!!

 順平一人でお使いできたのか!? 天才じゃないか!」

 「今のでよく分かりましたね、先輩。」

 「わかるに決まってんだろ! 息子だぞ!!」

 

 で、と。急に熱が覚めたように冷静になった先輩がくるりと振り返り、「そういや」と言葉を切る。

 

 「ずいぶん盛り上がってたみたいだけど、何話してたの?」

 「また五条が帳を忘れたんです。」

 「で、パクられ未遂からのデットヒート帰校。」

 「間抜けだな、お前ら。」

 「一回マジで逮捕されてムショ送りになったお前に言われたかねーわな。」

 「僕たち吉野ファミリーの聖域に土足で侵入してきた空き巣をボコって何が悪い。」

 「過剰防衛って知ってます、先輩?」

 「僕の辞書には載ってないな。」

 「ウザ」

 

 ドヤ顔の先輩をストレートに罵倒した私だが、先輩からの反撃は来なかった。なぜなら、先輩はそれどころじゃなくなる。

 

 「へいおまち、親子丼だよ〜!」

 「ありがとう凪さん! この世に生まれてきたことを感謝しながら至高の料理を食べさせてもらいます!いただきます!!」

 「うーん大袈裟だなあ。」

 

 ええ、本当に。よく凪さんはこれと添い遂げようと思ったことだといつも私は感心する。確実に先輩に押し切られたのだろうが、それにしても鬱陶しい男だ。

 ベラベラと凪さんを讃える言葉を垂れ流す先輩の声をBGMにして、私たちも食事を続ける。

 凪さんが裏に引っ込んだ後は順平を構い倒してウザがられてる。

 惚気が始まる前に退散しようと、食事を終えた私と悟、硝子が目くばせをした、その時。

 

 「そうだ、2年ども。帰る前に話をしようぜ。」

 

 まず私が捕まった。私は逃げようとする悟の服を鷲掴み、悟が硝子の腕を掴んだ。

 

 「傑ぅぅぅぅ!!

 テメーどう言うつもりだ離しやがれ!」

 「嫌だ! 一人で捕まるのは……!!」

 「『私のことは構わず行け……!』とか言えねーのかお前は!!」

 「私に構わず逝けよクズども!!」

 「ふざけんなお前も道連れだ!」

 「なにコントしてんのお前ら。」

 

 銀○のワンシーンを意図せず真似てしまった三人を呆れたような目で見た先輩が、「まあ、聞けや。」と机を人差し指で叩く。式神まで出してきたことにとうとう逃げられないと悟った私たちは、渋々座る。

 

 「君ら、僕のことなんだと思ってんだよ。」

 「惚気魔。」

 「恋愛脳〜」

 「お花畑ですかね。」

 「あっはは、ボコボコにしてやろうかお前ら。」

 

 先輩は笑うけれど、目がさっぱり笑ってない。うわあ、面倒臭いと声に出して言ってやってもさっぱり堪えた様子がなくて、うんざりする。

 

 「で、私ら引き止めてなんの用事ですか〜?」

 「はあ、ようやく本題か。」

 やれやれ、なんてわざとらしく肩をすくめ、先輩がため息混じりに言った。

 

 「君ら今度護衛任務するんでしょ、星漿体の。」

 「は? しないけど。」

 「あれ?」

 

 そんな話は知らないといえば、「まだ本決定じゃなかったか?」と先輩は首を傾げた。

 

 「そんな話が出てるんですか?」

 「なんでも、天元様のご指名だって聞いたけど……おかしいな。」

 

 うーん、と先輩が首を傾げる。なぜそんなことを知ってるのかと尋ねたら、先輩は「最初、僕に回ってきてたからね。」と軽く告げた。

 

 「一年位前から決まっててさ。それが急に変更だって言うから、詳しく聞いたらそう言われたってわけ。

 だからこうして場を設けたわけなんだけど……情報部のミスか?」

 

 うーん、とこめかみを指で軽く叩いた先輩に硝子が「うげっ」と声を上げる。

 

 「なに、私まで護衛すんの?」

 「いや、家入は護衛対象役にしようと思ってた。」

 「だよね。」

 

 はー、焦ったぁなんて言って、硝子が脱力する。まあ、そうだろうなと言うのが私の考えだ。非戦闘員の硝子では、護衛する数が一つ増えるだけになるだろう。

 なるほど、理解した。と、傑は頷く。吉野先輩は「まあ、一応覚悟しとけばって忠告さ。」と椅子に座りながら肩をすくめた。順平がそれを見て真似をする。かわいい。

 

 「護衛任務は呪霊の討伐とは勝手が違うからね。対象を守りながら戦うのって精神削るし、それに長いんだよ。

 だから正式に任務として入る前に、練習がてら稽古つけてやろうかなって思ってね。」

 

 『先輩らしい』ことを提案してくる吉野先輩に思わず感心する。普段の態度では考えられない提案だ。なにせ、普段は「愛」を垂れ流すだけの公害なので。

 

 「別に、お前に教えられることなんてないけど?」

 「はー、若い奴はよく吠えるねぇ。」

 

 何かを思いついた先輩がパチンと指を鳴らす。揶揄うように「ニヤリ」と笑って、嘲りの色を瞳に乗せて鼻で笑う。

 

 「でもま、確かに一理あるよね。

 君らみたいな護衛に不向きなやつに回ってくるわけないか。今のはなかったことにしてくれていいよ。」

 「は〜?? ヨユーだわ、できるに決まってんだろ!

 飯食い終わったら校庭だかんな!」

 

 机を叩いて立ち上がり、中指を立てる。もともと肌が白いから怒っているせいで首まで真っ赤に染めあげた悟に、傑は呆れながら鼻を鳴らした。

 硝子は悟のサングラスを勝手にかけて面白そうに眺めてる。

 

 「悟、煽られやすすぎ。」

 「ほーんとそれな。」




吉野公平のイメージ図です→
【挿絵表示】

(Picrewの「私好みの男メーカー2」で作成。https://picrew.me/share?cd=fGgAh3tpl5 )


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君らは愛が足りてない

 さて、やる気に満ちている悟は置いておいて。私たちは先輩が食事を終えるのを駄弁りながら待つことにした。

 さっさと校庭に出て待ってるとかやる気満々みたいでなんかダサいし、そう言って窘めたら悟も落ち着いた。

 

 「そういえば吉野先輩、進路どうすんですか。歌姫先輩は教免取るって聞きましたけど。」

 

 ふと、硝子がそんなことを聞く。私も気になっているところだ、と便乗したら先輩が軽く答える。

 

 「んー? そりゃ就職だけど。

 僕、一家の大黒柱だよ。」

 「5年生なのにバリバリ働いてますしね。歌姫先輩もですが、せっかくのモラトリアム期間ドブに捨てる生き方するのってどうなんです?」

 「喧嘩売ってんのかお前。」

 

 妻帯者だって言ってんだろ、と硝子の頭をチョップした先輩。硝子が「暴力反対〜」と不満にぼやいて、「教育的指導だ馬鹿野郎」と先輩が笑った。

 

 「行くとこないなら俺が雇ってやろうか? 俺専属の下男にしてやるよ。」

 「あっはっは、冗談は性格だけにしろよ。」

 「おいコラ」

 

 でもま、と。公平は親子丼を食べる手を一度止めた。満腹になって隣で寝こける順平を優しく撫でながら、先輩は親指で制服の渦巻きボタンをチョンと小突く。

 

 「高専の非常勤講師ってことになるんじゃねーの? 教員免許取ってる暇ないし。

 メインは呪霊討伐で、後輩の引率とかじゃない?」

 「なんだ、今と変わらないじゃん。」

 「そういうこと。」

 

 呪術師以外の職とか今更ねーよ、と笑いながら、先輩は食事を再開する。無駄に味わってチンタラ食べていたけれど、残り数口といったところ。そろそろ食事も終わるだろう。

 

 「じゃあ、来年から先輩のことせんせーって呼ばなきゃいけないのか。」

 「まあ、まだ正式に決まったわけじゃないけどさ。」

「ふぅん?」

 

 悟がいたずらを思いついたように「ニヤッ」と笑う。ああ、悪いこと考えてるな、と理解したが、私も硝子も止めなかった。

 悟が先輩を挑発するように指を2本、「クイクイッ」と動かす。先輩の眉毛が片方ピクリと動く。

 

  「公平センセ、授業の練習付き合ってやるよ。」

 

 食事を終えて、箸を箸置きに置いて、隣で寝ている我が子の耳を両手で塞いでから、大きな声で「ごちそうさま、最高においしかったよ凪さん!!」と鼓膜破れそうなほどの大声で叫んだ。

 キーンと耳を痛めてる私たちを見てニヤリと笑って、親指で喉を掻き切る。

 

 「いいぜ、愛の力でボッコボコにしてやるよ。」

 「うるせえ、公害撲滅運動だわこの野郎。」

 

 そうして、私たちは先輩をギタギタにする作戦を立てながら、三人仲良く校庭に向かって歩き出した。

 

 

 ■■■

 

 

 「お前らには愛が足りない。」

 

 昼休み終了後、五限目。

 術式コミの護衛訓練の時間。第一ラウンドは先輩からのありがたい指導によりボコボコに負けて終了した。

 全く、この先輩はなかなか強い。フィジカル面で劣るわけではないのだが、テクニックで差をつけられてしまう。

 わずか3歳と言う歳の差は大きくて、実戦経験による勘の賜物だろう。

 

 「愛とはすべての人間に公平に与えられる権利だ。愛するということは自由で、平等なものだ。

 愛が人を強くする。お前らは愛する心が足りてないんだよ。」

 

 断じて、愛の力なんぞではないと、私は考える。この男は尊敬できるのだが、愛情至上主義なところがいただけない。

 口を開けば「愛」ばかり唱えるところが、吉野先輩の尊敬できないところだ。

 あと、嫁バカと親バカなところと手が早いところも尊敬できない。だが責任とってしっかり大黒柱やってるところは尊敬できる。

 自分なら14歳の時に彼女が妊娠しているとわかった時、「結婚します! 責任取ります!」と即断・実行できる自信はない。家族を養うために呪術師になった先輩はいい父親なのだろう。

 

 「まあ、自分から行動しないと愛は得られないかもしれないが。

 何かを愛するだけなら誰だってできる。成就するかは別としてね。」

 

 愛、愛、愛、と洗脳されそうな調子で喋り続ける先輩の演説をしっかり聞いているものなんて、灰原ぐらいしかいない。

 素直な灰原は「愛の力で僕も頑張ります!」と先輩に影響されまくっている。

 灰原に巻き込まれて愛の演説を強制拝聴させられている七海には同情する。

 灰原と先輩が揃っている現場を目撃した瞬間、うんざりしながら回れ右する七海を夏油ら2年生は何度か目撃しているのだ。

 

 「愛を知るにも深めるにも、特訓は必要だ。お前らみたいな愛を知らない哀れな男どもは僕のような愛情溢れた先輩から愛に満ちた教育的指導が特に必要だ。

 というか、護衛訓練だって言ってんだろ。単独行動で護衛対象者掻っ攫われてんじゃねーぞ。

 硝子ー、反転術式おかわり!」

 「はいはーい。」

 

 治療されて、ガワだけ綺麗になっても中身は未だズタボロだ。悟がゼーハー肩で息をしながら中指を立てる。

 

 「ちょーし乗ってんじゃねーぞ公平。次は術式無しだ。」

 「五条は術式使った僕に勝てないって負けを認めるのか。はー、どいつも揃ってビビリかよ。自称・最強な二人が聞いて呆れる。」

 「は〜〜??

 そんなことありませんけど〜?」

 

 煽り耐性の低い悟がこめかみに血管を浮き上がらせて、凶悪な笑みを浮かべる。私は悟よりは煽り耐性が低くないので穏やかに微笑んで見せるが、「うわ、夏油顔やばっ」と蚊帳の外の硝子が紫煙と共に言葉を吐き出した。失礼なやつだ、私の顔のどこがやばいと言うんだか。

 

 「つーか、術式ありだと俺らが不利すぎるだろ。常時展開の毒霧だぞ、息吸うなってか?」

 

 俺はともかく傑が死ぬぞ、と悟が苛立たしげに吐き捨てる。先輩はキョトンと目を丸くして首を傾げる。

 

 「そうだが?」

 

 想像通りのアンサーをありがとう、後輩からの感想は「最低」の一言に尽きる。私たちのことを屑だと言うが、年下を甚振り楽しそうにマウントを取っている吉野先輩のほうがよほどクズだ。

 

 「後輩を実力でねじ伏せる時ほど楽しいことはないなって常々思っているよ。」

 「お前マジでゴミ屑だな。」

 「『やるからには常に全力でやれ』っていうのが僕のセオリーなんでね。」

 

 むしろ、防がれたら楽しみが減るから困っちゃうぜ、と邪悪に嗤う。

 

 「で、そろそろ毒抜けた?」

 「ええ、まあ。」

 「とっくに抜けてるっての!!」

 「あっはっは! 見栄張ってんなよ、ウケる!」

 

 グラウンドの地面に寝転がって、苦しそうに呼吸をする後輩に対してかける言葉がそれでいいのか。ほんとうに尊敬できないドクズだな吉野公平。

 私は内心で毒吐く。

 

 「これでも、耐毒訓練してるし、肺も皮膚も呪力でコーティングしてるんだけどね。」

 「コーティング溶かす呪い混ぜてるからね。」

 「はー?

 呪力溶かす呪毒とか意味ワカンねぇよ。

 内側からも外側からも狙ってくるとか陰湿すぎ。」

 「覚えておけよ、世の中は卑怯な奴ほど強いんだ。」

 

 悔し紛れに言い訳みたいな弁明をしてみるが、結局先輩の反則的な術式の威力を証明するだけ。

 

 ケッと唾を吐き、親指を地面に向けた悟が舌打ちをする。吉野先輩は「褒め言葉をどーも」なんてニヤニヤ笑って私たちの顔を覗き込む。

 

 「さあ、ほら。寝てないで立てよ愛なき屑ども。まだ僕の愛のある指導は終わってねーぞ。」

 「テメーにだけは屑って言われたくねーな。」

 「同感だね。」

 「つーわけで、ソッコーで潰してやる!! 合わせろよ傑!!」

 「君が私に会わせろよ、悟。」

 「つーかちゃんと私を守れよ。」

 

 ぎゃいのぎゃいのと騒がしい後輩に、吉野先輩が呆れていた。

 第二ラウンドも、私たちが先輩を倒すことに集中しすぎている隙に硝子が死亡(赤いペイント弾に被弾)して敗北した。

 



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行くぞ、運命共同体

 「やあやあやあやあ夏油くん!

 ちょうどいいところに来たね、ちょっとお話しようよ!」

 「げ、吉野先輩。」

 

 2006年、六月。

 雨がジトジトと降り注ぐ、湿度100%のただでさえ鬱陶しい一日が、余計鬱陶しくなった瞬間だった。

 先輩の約一ヶ月にわたる長期任務終了から数日。やたらといい笑顔の先輩に嫌な予感しかない。

 これは惚気られるな、と早々に自分の未来を予見した私は、なにも言わずに携帯ゲームを起動させた。

 

  「〜〜でね、凪さんはいつも綺麗だけど、今日は本当に輝いているんだ! ああ、結婚してから一年五ヶ月と四日記念日とか作ったほうがいいかな?

 順平をその腕に抱く姿は聖母マリア、いやそれ以上!

 おんぶ紐で順平を背負って配膳してくれる姿は天の使いにしか見えないね。

 ああ、三週間と三日ぶりの凪さん、愛しい愛しい僕の凪さん。仕事長引いて夜遅くに帰宅することになったのに、起きて僕を待っててくれて「おかえりって言いたかったからね。」って微笑んでくれる人を天使と言わずなんという? ……女神か。

 こんな素敵な人が僕なんかのお嫁さんでいいのか……? 幸せすぎるぞ……?

 いや、僕以外が凪さんと結婚するなんて認めないし絶対に妨害するけれど。呪いまくって破局させるけど。

 ま、凪さんが選んだ男は僕だから誰も呪わないけどね。ふふ、幸せすぎてどうにかなりそうだ。今ならデコピンで特級呪霊祓えそう。

 これは愛だね。愛でしかないね。

 やはり愛は無敵! 愛さえあればなんでもできる! 黒閃5連発は堅いね!」

 「はあ。」

 

  長い。うざい。面倒くさい。

 

 「それで、なんの用ですか。」

 「ああ、ごめんね。僕と夏油で合同任務が回ってきてね。

 聞いてくれよ、また長期出張なんだ。

 また、家に帰れない日々が始まるんだ。」

 

 終わったと思ったらまた始まった。クソすぎる。先輩の長話は止まるところを知らず、時折挟まる「聞いてるか、夏油?」の言葉に「はい、聞いてます。」と一言挟むだけの作業を再開する。

 

 「はー、まったく。この業界は非術師家庭出身者に対して当たり強くないかな。

 僕、この間も出張だったんだよ。しかも五日だ。五日も!凪さんの顔を見られず! 切ない夜を過ごしたと言うのに!

 帰ってきたと思ったらまた出張だ。新婚に対して当たりが強すぎる!!」

 「新婚って、四年目でしょう。」

 「籍入れてからはまだ一年しか経ってない!

 順平に顔忘れられたらどうしてくれるんだ!」

 「いや、流石にそれはないですよ。」

 「独身のお前に何がわかるんだ!!」

 

 ああ言えばこう言う、本当にこの先輩はめんどくさい。カチカチと携帯をいじるが、それすらひったくられた。

 

 「ああ、順平。愛しい愛しい可愛い僕の息子。

 どう夏油、順平は本当に利発そうな顔をしてるだろう? 将来はノーベル賞を取るかもしれない。」

 「そこは呪術師じゃないんですね。」

 「あー、ダメダメ。呪術師なんて絶対ダメだ。

 「汚い」「きつい」「危険」「帰れない」「厳しい」「腐った上司」と6K極めてるクソ職業なんて順平に相応しくないよ。給料以外いいとこがないぜ。

 もっと順平には誰が見ても幸せ〜って感じの、いい職種についてもらいたいな。」

 「後輩の前で夢も希望もないことよく言えますね。

 呪術師は非術師を守るためにいる高尚な職業ですよ。」

 「僕は『凪さん守るついで』ぐらいにしか思ってないけどね。

 そもそも動機が金のためだ。」

 「先輩は不真面目ですね。」

 「真面目すぎるんだよ夏油は。」

 

 ふう、とわざとらしく肩をすくめてため息をつく。流し目ですい、と視界に捕らえられた私は、ほんの少し唇を噛む。なんとなく、先輩の言いたいことがわかってしまうから。

 

 「夏油だって思ってるだろ、こんぐらい。」

 「……まあ、ちょっとは。」

 「ほら〜! さあ、夏油よ。僕に最近の勤務スケジュール教えてみ?

 ちなみに僕は十八連勤だ。」

 「私はそこまでは。まだ学生ですし、三連勤ですよ。」

 「僕もまだギリギリ学生なんだけどね。出張で?」

 「悟と一緒に無人島でした。」

 「かわいそうに。」

 

 心底同情します、みたいに口を両手で覆った。イラッとして殴りかかろうとした、その時。

 

 「あ、夏油さんに吉野さんだ!」

 

 「おはようございます!」と、元気な声が溌剌と響く。昼間なのに「おはよう」なんて芸能界みたいなことを叫ぶ後輩が小走りでやって来る。

 

 「七海に灰原か。おかえり、今日もお疲れ様。」

 「ただいま帰りました!

 なんの話ししてたんですか?」

 「ん?

 僕たちの勤労スケジュールどうなってるんだ!って話。」

 

 逃げようとする七海の肩に腕を回した先輩が、空いてる片手を軽く横に広げて、肩をすくめるような仕草をする。

 

 七海の顔は「心底面倒だ、逃げ出したい」と書いてあるのが見えるほどあからさまで、それに気づいてるんだか気づいてないんだか、先輩がペラペラ語る。

 

 「僕さ、思うんだよ。上層部は僕たち非術師家庭出身者を軽く見過ぎだ。

 等級は同じでも、危険な任務だったり面倒くさい任務は大体僕らに回ってくる。ついでに好きあらば殺しにかかってくる。

 エコ贔屓だと思うね、僕は。」

「確かに、私もそれは思います。」

 

 さっきまで物凄く嫌そうな顔をしていたのに、七海がポツリと言葉をこぼす。先輩が七海の肩から腕を外す。

 

 「休みと仕事の量が釣り合ってない。

 今日だって二件の任務をこなしましたが、うち一件は愛知県でした。東京より京都の方が近いんだからそっちに行かせればいいのに。」

 「ほらね。やっぱりそうなんだよ。絶対嫌がらせされてるのさ!」

 

 ーーーまあ、お前ら僕の派閥の一員みたいに上に認識されてるからなんだけど! と、最後に聞き捨てならないことを言った先輩。反論を言わせる前に言葉が重なる。

 

 「まったく、この調子じゃ僕ぁ使い捨ての捨て駒だね。

 過労死ルート一直線だ。凪さんと寿命を迎えるまで死ぬつもりはないけどさ。」

 「愛は無敵の呪いだからですか?」

 「わかってるじゃないか灰原!」

 「ちょっと待ってください、なんですか先輩の派閥って。」

 

 七海が冷静につっこんだ。私は「ナイス」と七海に対して指を振る。吉野先輩がキョトンと目を見開いて、「僕、派閥とか作ってないんだけどさあ」とぽつりと溢し……

 

 「んー、革新派みたいな? いや、あえて言うなら革命派?」

 

 なるほど、それは目の敵にされるだろう。

 だけどあながち間違ってもないかな、なんて先輩は言って、いつもの気の抜けるようなヘラヘラ笑いとは打って変わって真剣な眼差しになって、はっきりと告げた。

 

 「なあ、夏油。七海も、灰原も聞いてくれ。

 僕はね、呪術界での非術師家庭出身者の立場を向上させたいんだ。」

 

 ごくりと、知らぬうちに唾を飲み込む。本気ですか、と聞かずともわかる。先輩は本気だ。言葉の意味がわからないほど、私たちだって馬鹿じゃない。

 

 「べつに、御三家に匹敵する権力を与えろなんて言ってない。ただ、呪術師家庭出身でも非術師家庭出身でも平等に接しろってだけだ。

 たしかに英才教育をするわけだから、旧家が優秀な呪術師を輩出するという理屈には納得する。けれど、だからと言って非術師出身者が弱いわけじゃない。

 そもそも、貴重な人材を割り箸みたいにぽいぽい使い捨てるんじゃねーよって話だ。」

 

 「なあ?」と振られて、「まあ、はい。」となんともいえない返答を返した。先輩は気にせず勝気に微笑む。

 

  「非術師出身の呪術師はどっちの世界でも生き辛い。

 見える世界でも、見えない世界でも。

 お前らも経験あるだろ?」

 「まあ……」

 

 そう、苦い顔をした私たちに、先輩は「だよなあ」と笑った。と、言っても。苦笑いだったのだけれど。

 

 「まあ、非術師の反応も間違いではないし、悪くもないんだよ。

 なんたって見えてる世界が違うんだから。だから、相互理解は難しい。

 親が現実主義者な連中だったら、異常者扱いされて精神病棟行きだね。

 でも、中には凪さんみたいに素晴らしい女性だっている。見えないのに信じて、笑って、僕らを愛してくれる人もいる。

 なら、せめて。見える世界が同じ奴らがいる呪術師(こっち)の世界は、生きやすくなりたいじゃんか。」

 

 さらりとねじ込まれた惚気。やはりまともなこと言っても吉野先輩は吉野先輩だ。

 「それに、難しいことでもないんだぜ?」と、さらりと言い放つのも。

 

 「現在日本にいる特級呪術師は三人。僕、五条、それから九十九さんだ。

 でも九十九さんはどこにいるのかわからない高等遊民だから、実質僕と五条の二人だけ。

 夏油も特級に相当する実力だけど、昇格が見送られてるのは何故だと思う?

 お前が非術師家庭出身だからだ。栄えある特級呪術師の三分の二が非術師出身なんて、御三家の面目丸潰れだからね。」

 

 突然褒められるのは少し気恥ずかしい。でも褒められて照れたと思われるのは癪なので「それはどうも。」と作り笑いを浮かべる。

 でもそれも要らぬ心配だったようだ。先輩は私の様子なんて気に求めず、大統領演説みたいにガンガン言葉の弾丸を飛ばす。

 

 「だけど、これはチャンスだ。

 非術師出身の術師の強さを知らしめるのに、僕たちほどいいコンテンツはない。

 僕たちこそが非術師出身の呪術師の希望の星なんだ!」

 「大袈裟な。」

 「大袈裟? どこがだよ。」

 

 言葉の通りさ! 先輩が今日一番調子を上げて、腕を振り上げる。私の呪霊操術の可能性から、今後の展望。他の一級と比べてどこがどう「良い」だの、ベタ褒めだ。

 これには流石の私も取り繕えなくて、顔が熱くなるのを感じた。

 七海と灰原の視線も痛い。 七海の目は「ご愁傷様です」と言いたげだし、灰原なんて「さすがです夏油さん!」なんてキラキラさせている。

 

 「もうやめてくださいって。」

 「目立ちたがり屋の派手好きのくせに、何照れてるんだ。」

 「また悟ですか。」

 「五条も言ってるけどさ、実際そうじゃないか。自分だって「一級なんかじゃ物足りない」と思ってるくせに。」

 

 う、と言葉に詰まる。まあ、そうだけれど。他の一級に比べて、私の方が頭一つ二つ優れているな、と言う自負がある。自意識過剰ではなく本当のことだ。

 だが、自分で思っているのとそれを他人に言われるのとでは、全然違う。

 

 「さっさと上がってこい、夏油。妨害工作になんて負けるな。

 一緒に世界を変えよう、息苦しい水槽を息がしやすい水槽に変えるんだ。

 これは、そう、革命だ!」

 「……簡単に言いますね、吉野先輩。」

 「言うだけならタダだ。まあ有言実行するけれどね。

 七海も、灰原にも言えることだ。一級に上がってこい。僕が推薦したいと思うほど強くなれ。

 お前らが上に上がってくれば、もっと僕たちの声は大きくなる。」

 

 先輩の手が、前に出された。円陣を組むような、部活動の試合みたいな、青臭い仕草が小恥っずかしくて、でも悪くない。

 

 「いいですよ、すぐに上がってやりますよ。」

 「じゃあ、僕たちも一緒に革命します! ね、七海っ!」

 「革命って……あなたのそれはクーデターでしょう。まあいいですけど。

 先輩の意見には同意すべきところがありますし。」

 

 先輩の手の甲の上に、一つ、また一つと手のひらが重なる。四枚重なった手のひら、嬉しそうに笑った吉野先輩。

 

 「よし、今から僕らは運命共同体だ。僕らが生きやすい水槽(セカイ)を作るぞ!」

 「「おーー!」」

 「……おー」

 

 天井に向かって振り上げられた手のひら。

 灰原は先輩の音頭に元気よく返事をした。私は悪ノリするような気分で乗っかって、七海だけ恥ずかしそうに顔を伏せながら小さく「おー」と言う。

 

 「僕が直々に稽古をつけてあげよう。喜べ、今日から君らは愛の伝道師・吉野公平の弟子だ。

 愛を学び愛に生きて愛で持って強くなろう!!

 黒閃の連発記録更新も余裕だね!」

 「はい、よろしくお願いします!」

 「不名誉な称号なのでお断りします。」

 「言ってやるなよ七海。」

  「あれ、夏油と吉野先輩じゃん。

 こんなところでナニしてんの。」

 

 ふと、第三者の声が割り込む。少しハスキーな女の声は傑に聞き馴染みのあるもの。

 タバコの煙に振り返る。案の定、校舎内で歩きタバコをする硝子の姿がそこには合った。

 

 「やあ、家入。今僕らは素晴らしい理想をーーー」

 「任務は?」

 

 食い気味に、言葉を遮られる。「補助監督が探してたけど。」と付け足された言葉に、先輩がポン、と手のひらに拳を打ちつけた。

 

 「あ、忘れてた。」

 

 集合に大遅刻した私たちは補助監督に大目玉を食らった。



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どうぞよろしく共犯者❶





 『非術師出身の呪術師はどっちの世界でも生き辛い。

 見える世界でも、見えない世界でも。

 お前らも経験あるだろ?』

 『 一緒に世界を変えよう、息苦しい水槽を息がしやすい水槽に変えるんだ。

 これは、そう、革命だ!』

 

 

 「なあ、夏油。これってなんかの悪い夢か?

 こいつら呪霊じゃないよ。いや呪霊だけど、人間だ……っ!

 どういうことだ。僕たちは何と戦ったんだ?

 僕は今、何を殺したんだ!?」

 

 

 ついさっき約束したばかりの理想の形が、アルミ缶を潰すようにメキメキと歪んだ音がした。

 

 

 

 【____三時間前】

 

 

 

 「一級呪霊の巣って、本当にここですか?」

 

 やや山奥に立ってある研究所は、到底そうは見えなかった。なにせ、綺麗なのだ。新築の箱型の研究所。白い壁とガラス張りの、近代建築物はいかにも「理系」が好きそうな感じの建物だ。

 最近流行りのバイオテクノロジーを研究所しているとかで、人里離れたこの山に建てられたらしいその建物をみて、私は眉を顰めた。

 呪力を感じないのだ。目をこらしても残穢なんて存在しない。

 それに、繰り返し言うがこの研究所は綺麗すぎる。呪霊が根城にするようなのは総じて学校や廃屋といった場所。汚かったりボロかったり、見た目からして「恐ろしい」と思う場所。

 だけれど、この研究所は山奥にあると言う以外そういった「怖い」と思わせる要因が薄いし、何度も繰り返し言うが「新しい」

 バイオテクノロジーに理解がないちょっと前の時代から立っているとして、怪しい研究をしている研究所と恐れられているというのもなんか違うような気がする。

 

 「はい、たしかにここで間違ってないです。」

 

 見慣れない補助監督が資料をめくりながら言う。新人だろうか、吉野先輩と歳が近そうだな、と思って、隣にいる先輩を流し見る。

 

 「あと、もう一つ気になったんですけど。

 呪霊討伐はいつものこととして、『研究資料の持ち出し』まで任務の内容に入るものなんですか?」

 「そりゃあ、夏油。なんかすごい研究してたんだって!」

 

 吉野先輩が「僕も気になる」とちょっとワクワクしながら言う。

 

 「バイオテクノロジーってあれじゃん、ホムンクルスとか作るアレだろ?

 素晴らしいね、僕大好きだよそう言うの。

 将来ノーベル化学賞受賞とかするかもしれない。素晴らしいね。」

 「あー……先輩、サイコホラーとか、SFホラーとか好きですもんね。」

 「ああ、好きだよ。ユダの系譜(ミミック)*1とか。」

 

 だべりながら、研究所に向かって進む。補助監督が帳を下ろし、「お気をつけて」と一礼する。いつもの流れだ。

 先輩が研究所の扉についてる機械を「スゲェ! 虹彩認証だ、実用化されてるの初めてみた!」と良くわからないことではしゃいでいた。

 

 「先輩。」

 「ん、んん。いや、別に遊んでるわけじゃない。ただちょっと興味を惹かれただけでさ。

 でもほんといい仕事してるなぁ……やっぱりバイオテクノロジーはすごい。10年後の日本は本当にSFになってるかもしれない。」

 「私はそういうの、別に興味ないので。」

 「はー、五条なら僕の気持ちわかると思うんだけどなぁ。

 ……それじゃ、僕らは僕らの仕事に取り掛かろう。」

 

 さっぱり興味のない私をじとり、と睨め付けて先輩は舌打ちをする。でもプライベートな先輩はそれで終わって、呪術師の顔になった先輩が指を3本たてた。

 

 「やるべきことはシンプルに三つだね。

 ・中の呪霊は討伐。

 ・生存者確保。

 ・研究資料強奪。」

 「私が偵察用に呪霊飛ばしているので、突撃は待ってください。

 あと、生存者見つからなくても一気に毒殺するのはやめて下さい、いいのがいたら取り込みたいんで。」

 「はいよ。」

 

 先輩が武侠を託つように呪力を練り上げている。伝令に便利な偵察の呪霊が逐一送ってくる情報を精査して、ピクリと眉を動かす。

 

 「……生存者多数?」

 「ん? 研究者の人生きてるんだ。シェルターでもあったのかね。」

 「いや、でも……。

 (これは、少し違くないか?)」

 

 得も言われぬ、漠然とした不安。得体の知れない「なにか」があるような気がして、唾を飲んだ。

 これは本当に人なのか。私の呪霊は何を見つけた。

 

 「(ああ、そういえばここは()()()()()()()()()()()()()だったか。)」

 

 もしかしたら、さっき先輩が言ってたようなホムンクルスとか、そんな感じの培養された人間の何ががあって、それを勘違いしたのかも知れない。

 もしそうだとしたら面白い、私も少し勉強したほうがいいかも知れない。

 

 「ああ、見つけた。」

 

 報告にあった呪霊の巣らしきものを見つけて、先輩に声をかける。私の呼出した呪霊を先行させ、道を歩く。

 綺麗な廊下だった。ひび割れひとつないタイルの廊下。壁に染みはひとつもなく、ガラス窓に曇りもない。

 研究施設とはこんなにも白いものなのかと少し感心しながら、自分ならここで生活したくはないなと思う。白ばかりでは気が滅入る。

 本来ならさらに白衣の研究者たちが歩くのかと思うとうんざりしてしまう。

 

 【test room】という教室札の部屋の前で止まる。

 「ここです」「じゃあ入るか。」と目配せして、軽いノリで扉を開ける。

 ハッキングでセキュリティシステムを突破したとか、そんなのではない。私の持つ火力高めの呪霊で、壁ごと扉を破壊しただけだ。

 部屋の中は大量のパソコンと、中央に巨大なスノードームのような、硝子のドーム。

 

 「なあ、ここは本当にバイオテクノロジーの研究所で合ってるんだよな。」

 「……そのはずなんですけれど。」

 

 先輩が、ガラス張りの悪趣味なドームを見下ろして言う。私も、同じように「下」を見ながら言った。

 ガラスドームの下。数十を超えて百に届きそうな数の呪霊が、お互いを殺し合っていた。

 なんで、そんな場所に呪霊が犇めいているのだろう。初めて見る現象に首を傾げた。

 

 「なんだっけ、こんな感じの中国の呪術あったよな。」

 「ああ、蠱毒ですか。」

 「そうそう、それ。

 で、今から突撃するんだけどさ。パッとみた感じ、欲しいのある?」

 「ないですね。」

 「じゃ、僕らは高みの見物してますか。

 

 ーーー氷月、織姫。」

 

 織姫、と言って先輩が出したのは巨大な魚。おそらく深海魚。

 

 「(これは、リュウグウノツカイか?)

 ……新しい式神ですか?」

 「いや、夏油との任務だとあんまり使ってなかっただけで、元からいたよ。物理攻撃と人命救助特化型。」

 

 いつもはそう言うの夏油が率先してくれてたでしょ? と、ガラスドームを景気良く破壊した先輩言われて「たしかに」と頷く。

 

 「じゃ、やりますか。」

 

 呪霊の群れに向かって、ちょっと気持ち悪くなるぐらい大量のクリオネが特攻していく。リュウグウノツカイもその中にいたのだろうけれど、クリオネの中に紛れてどこにいるんだかわからなった。アレだけ大きいのに。

 

 「蜃は使わないんですね。」

 「そりゃそうさ、まだ生存者がいるんでしょ?

 毒の海にするわけにはいかない。

 臨機応変に対応できてこそ一流ってことさ。

 ……ん、氷月が食われたな。」

 

 「それじゃあ、やりますか。」先輩は言った。部屋を物色して見つけたスピーカーとアナウンスマイクを起動させて、楽しそうに語り出す。

 

 「『毒を以て毒を攻む』って諺知ってる?

 悪人を除くのに悪人を使う、悪自体の矛盾を利用して悪に反対するっていうたとえなんだけどさ……。

 ところで、呪霊(どく)が僕の式神(どく)を食べたらどうなると思う?」

  「(術式開示か。)」

 

 先輩が無闇に良くやるからすっかり見慣れてしまった。だけど今日は何か様子がおかしい。何か変だ。

 私は口を出さずに拝聴する。先輩の連勝記録を覆すために、手の内は知っておいた方が便利だ。

 

 「正解は、呪霊も僕の毒になる、だ。

 ーーーー拡張術式・以毒攻毒。

 さあ、伝染病のようにどんどん広がってくれ。」

 

 毒殺された呪霊がパタパタ倒れていく。先輩の支配下に下っていた/下っていない関係なく、全て。

 

 「……えげつない。」

 「褒め言葉だよ。」

 

 先輩一人で全て片付いてしまった。私は引き続き生存者の捜索を続けて、先輩は研究資料の強奪に移ろうとして、ふと気づく。

 呪霊の骸が消えない。

 

 「どう言うことだ……?」

 「下に降りてみますか。先輩もどうぞ。」

 「ああ、ありがと。」

 

 飛行系の呪霊を呼び出して、ドームの下に降り立つ。死屍累々。確かに絶命しているはずなのだが、依然そこにある。

 

 「そういえば、この呪霊は服を着ているな。」

 「そういえば、そうですね。」

 

 ーーー揃えたように、皆同じ「服」を。制服とは見えない。貫頭衣のような服だ、制服には適していないだろう。

 脱がせやすいそれはむしろ、「管理する」のに楽そうだ……。

 ガラスに反射して、人影が映る。私と、先輩、そしてーーー呪霊の骸。

 

 「(まさか……っ!)」

 

 いや、まさか、そんなはずない。なのに嫌な予感がついて回って、私を焦燥させる。

 呪霊の骸をよく観察した。何か違和感はないか、いや、違和感だらけなのだけれど。それでも、明確に「おかしい」と思うものを。

 

 「なあ、夏油。これ、どう思う?」

 

 先輩が、呪霊のいくつかの手首を持ち上げて言う。呪霊の手首には、揃って似たような「バーコード」の刺青。

 そして、先輩自慢のデコモの最新機種の折りたたみ携帯の画面に映る、【呪霊の写真】

 明らかな異常が、そこには存在していた。

 

*1
先輩が好きなSFホラー。キャッチコピーは『遺伝子が嘆いている』だとか




こっから不穏回、始まります。


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どうぞよろしく共犯者❷

本日3本目の投稿。
後半戦開始です


 先輩は、携帯の画面を見せて不恰好に笑う。明らかに引き攣ってて、無理矢理笑ってるとわかる笑い方だ。

 

 「おかしいな、僕の携帯って呪具だったっけ?」

 「……。」

 

 そんな分かりきったことを言うのは、きっと現実逃避に違いない。先輩らしくない挙動を、私は呆然と眺めていた。私だって、現実逃避をしたかった。

 

 「なあ、夏油。これってなんかの悪い夢か?

 こいつら呪霊じゃないよ。いや呪霊だけど、人間だ……っ!

 どういうことだ。僕たちは何と戦ったんだ?

 僕は今、何を殺したんだ!?」

 「そんなの、私だって知りたいですよ。」

 

 投げやりになりそうになるのを、グッと堪える。今ここで投げ出して、知らないふりをしたら。きっと、絶対に後悔する。それだけは間違いないと、私は確信していた。

 

 「だから、知りましょう。ここで何があったのか。」

 「……研究資料か。」

 「はい。」

 

 呪霊による捜索と、人力の捜査。

 テストルームのパソコンはまさに情報の山だ。殺した呪霊に関するものと思われるなにかの測定値がずらっと並んでいて、だけどそれが何なのかはわからない。

 パソコンを一台一台電源を入れて、調べた。中身は一つ一つ違った。これは、個体ごとにパソコンを分けていたのかもしれない。

 そんな作業を続けて、十数分。もしかしたら数十分かもしれないし、数時間かもしれない。時間を確認するのすら惜しかった。

 

 「先輩、これを。」

 

 とうとう決定的なものを見つけて、私は震える声で先輩を呼ぶ。

 パソコンに刺さったままのUSBのデータだった。何でそれだけつけっぱなしだったのかわからない。回収し損ねたのかもしれない。だけどお陰で全てわかった。

 この施設の実態も、あの呪霊のような何かが何なのかも。とても、信じ難い内容だったけれど。

 

 「資料を持ち帰れとのことでしたが、これが上が求める資料ならば、そんなことって……っ!」

 

 おもわず、デスクを殴った。行き場のない怒りを、どうにかどこかにぶつけたかった。こんなことしても意味はないのに。

 

 「呪霊から術式を抽出して移植する実験、『改造人間計画』……ね。」

 

 何がバイオテクノロジーの研究所だよ、と先輩が吐き捨てる。同感だった。

 頭の悪い妄想みたいな内容だと、心の底から思った。ふざけるなと、腹の底から吠えた。

 呪霊から術式を抽出すると言うのも、その術式を他者に移植するというのも。

 手に負えなくなった【失敗作】を呪霊と偽り、私たちに処分させたのも。

 真実が全て、親指と同じぐらいの大きさの媒体に詰まっていて。喉がカラカラ乾いて、胃のあたりが不快感を訴える。

 ああ、『歴史のある』呪術師の家からしたら素晴らしく有用な実験なのかもしれない。

 呪霊によっては強力な術式を持つ者がいるのだから。少ないけれど、領域展開ができる呪霊だって存在する。

 知っていたさ、呪術の世界が「クソ」であることぐらい。

 でも、こんなのってないだろう!

 そもそも呪霊を調伏する段階でうまくいってないじゃないか。そんな呪霊から術式のみを分離して、さらにそれを術師に移植する、なんて……。

 

 「(私の呪霊操術なら、できるかもしれない。)」

 

 ふと、思い浮かんだ発想は酷く魅力的に思えた。

 だが、同時に吐き気を催すほど悪辣だった。気色が悪い。呪霊の術式を我が物にするなんて。

 

 「(だが、それができたら……)」

 

 悟や吉野先輩に並び立つ、特級呪術師として恥ずかしくない実力なんじゃないか?

 どうしようもない誘惑に心が揺れる。破り捨てるべきなのに、食い入るようにそれを眺めていた。

 だから、私は。吉野先輩の変化に気がつかなかった。

 

 「蜃、氷月、織姫。」

 

 呼び出された式神は見慣れたものだった。だが、規模が段違いだった。

 どさどさと召喚されて、先輩のふくらはぎほどの山となった蛤。

 数が多すぎてもはや集合体のようなクリオネ。

 悠々と大気を泳ぐリュウグウノツカイが数匹。それだけが美しく漂っている。

 

 「織姫は補助監督を殺してから、まだ生きている被害者を捜索・保護しろ。いいか、被害者だけだ。補助監督と研究員の方は確実に殺せ。間違っても研究員は保護するな。

 蜃と氷月は言われなくてもわかるだろう、やれ。」

 「何をしてるんですか、吉野先輩!」

 

 先輩はなにも答えない。ただ、冷めた眼差しで私を見据えただけ。

 

 「夏油はそこで見てろ。」

 「何をするつもりですか。」

 「何って、わかりきったことを……。」

 

 しんと、よく砥がれた日本刀のような鋭さだった。鋭利で、ぬらりと濡れたような怪しい輝きを携えた瞳。

 血の気が引いて、紫色の唇がゆっくりと動く。

 

 「皆殺しだ。当然だろう?」

 

 当然、なのだろうか。違う、そんなわけがない。だけど、言葉は出てこない。先輩は、式神に指示を出しながら私に語り続ける。

 

 「僕は許せないんだ。

 このふざけた実験場も、それをやった研究者も。」

 「呪術規定違反です。

 呪詛師になるつもりですか。」

 「はは、呪詛師? どっちがだよ。」

 

 先輩の瞳にハイライトがなかった。昏い色の瞳が私を写す。

 

 「なあ、夏油。僕がすること、本当に間違ってると思う?

 非術師出身の術師で人体実験する奴も、非術師拉致って呪霊の餌にする奴も、生きてる価値ある?」

 「それ、は……」

 

 ない、と。心では思った。そんな奴らに生きてる価値はあるのか。守るべき非術師を、守るべき子どもを塵芥のように消費する奴らは、呪術師ではなく呪詛師じゃないか、とも。

 

 「こういう頭が化石な旧体制の奴らがいるから、この世界は腐るんだ。

 一つ潰したところで意味はないかもしれないけれど、人材が減ると言う意味では意義があるだろう?」

 「……。」

 「大丈夫。証拠は残さない。」

 

 押し黙る傑に何を思ったのか、先輩が優しく肩を叩く。

 

 「……残穢が残るでしょう。」

 「ああ、そこも問題ないんだ。まあ、見てくれよ。」

 

 ごろりと、巨大な蛤がタイルの上を転がる。知っている。これは先輩の式神の『蜃』だ。毒の霧を出して内側から破壊する凶悪な式神は、口を開けて転がっている。

 

 「“僕の残穢だけ吸い込め、蜃”」

 

 ずず、と。蛤は動かない。毒の霧も吐かない。でも、呪力を、残穢を、吸い込んでいる。これは知ってはいけないことだと一瞬で分かった。

 

 「……呪詛師向きの能力ですね。」

 「うん、だから秘密だよ。」

 「……。」

 

 私の沈黙をどう捉えたのだろう。おそらく、先輩はそれを黙認と見做した。だから「やれ」と一言告げる。私はそれを止めずにいた。

 阿鼻叫喚の地獄が始まる。四方八方から悲鳴が聞こえた。

 私と話している間に式神を配置していたのだろう、とアタリをつける。用意周到すぎて、先輩の本気を理解した。

 ああ、どうすればいいのだろう。思考がまとまらない。先輩は、非術師も術師も関係なく研究に関わったものどもを鏖殺している。見殺しにした私も、共同戦犯だ。

 気分が悪くなって、吐き気が込み上げてくる。先輩がそんな私の背中を優しく撫でた。

 

 「夏油はなにも気負わなくていいんだ。これはあくまで僕の独断専行。まあ、もし何か言われたら“呪詛師を討伐した”とでも報告しよう。

 ……ああ、だめだ。そしたらこの研究を提出しなければいけなくなる。

 証拠は燃やさないと。こいつらが何してたのか、他の奴らに知られるわけにはいかない。

 施設に火をかけるか?」

 

 先輩がぶつぶつと独り言ちる。私は、そこまでされてやっと覚悟を決めた。

 

 「……私がやります。」

 

  ここまで来たら、私だってもう先輩の共犯だ。先輩の虐殺を黙認したのだ、当然だろう。

 補助監督だって殺した。あの人がこの施設の関係者だろうが無かろうが関係なかった。証拠を残してはいけない、完全犯罪のために殺したんだ。

 共犯ならば。中途半端に関わるのではなく、やり遂げなければ。線引きを引いていたそれを踏み越える行為を「一線を越える」と言うが、本当にそんな気分だった。

 足がすくんでいた。初めて呪詛師を殺した時でもこんなことはなかったのに。ほんの一歩。前に踏み出すことに、ひどく時間がかかった。

 先輩はそれを待っていた。静かに。

 

 「いいのか、夏油。」

 「……これは、呪詛師の討伐です。呪術師じゃない。」

 

 火を吐ける呪霊を呼び出して、施設の至る所に配置した。これで、先輩が保護した被害者を全て救出出来次第、すぐにでも燃やせる。

 「これで共犯ですね、私たち。」

 「あっはっは! そっか、夏油は共犯者か。

 いいな。あらためて、今日からよろしく頼むぜ、運命共同体。」

 「ええ、先輩。」

 

 燃えて赤く染まる世界の中で、私たちは同じ十字架を背負った。



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敵に容赦は必要ですか?

お待たせしました、続編です!
一部はあと数話で完走です


p.s.日刊ランキング三位、二次創作日刊二位にランクインしました!ありがとうございます!


 結局、施設は「研究所から逃げ出した呪霊を討伐している間に爆破された」ということになった。

 「到着した時にはすでにこの有様で」「おそらく自爆装置が作動したのだろう」「補助監督は自爆に巻き込まれて死んだ。」という嘘の報告は、わだかまりを残しつつも受け入れられた。だって証拠がない。

 吉野先輩が「蜃」で私と先輩の残穢を全て残さず吸い取った。いや、そうではないな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全て吸い取った。具体的に言えば毒殺した研究者の体内に残る残穢や、火災現場に残った残穢を。

 「火災によって研究資料は全て燃えた」という虚偽報告を上は信じなければならない。

 生き残ったわずかな被害者も、記憶を消して警察に保護してもらった後だ。研究資料を消したから、被害者の非術師は呪術の世界にはなんの関係もなくなった。しかし安心するわけにもいかないので、私と先輩の二人で被害者の周辺に不審な影が現れないか監視し続けている。

 不審に思われようが、証拠がなければそれは無実だ。私たちは完全犯罪を成し遂げた。

 そして、あの日から一週間。何事もなく日常は進んでいく。変わったのは私たちだけだ。

 

 「先輩たち、僕に何か隠してますよね。」

 

 先輩が稽古をつけている最中、灰原がそう言った。私はどきりとして、らしくもなく動揺する。ほんの一瞬、瞳が揺れた程度だったけれど。

 それを目ざとく見咎めた灰原が「やっぱり」と目を座らせる。

 

 「革命に何か関係あるんですか?」

 

 珍しく強気な態度で、ずずいと詰め寄る。灰原が詰め寄ったのは吉野先輩だった。私じゃない。灰原は吉野先輩の動揺すら見破ったというのだろうか。

 灰原は意外と洞察力がある。「人を見る目がある」という自称は本当なのかもしれない。

 吉野先輩は灰原の急接近に苦い顔をして、顔を逸らす。気持ちは、わかる。曇りのない灰原の瞳は、今の私たちには毒だ。

 

 「……言えない。」

 「言ってください。」

 「知ったら取り返しがつかないことになるぞ。」

 「だからなんですか。まさか、知らない方が幸せだなんて言うつもりですか?

 勝手に決めつけないでください。」

 

 いつもは聞き分けがいいと言うのに、今日に限って灰原は頑固だ。

 黒い大きな瞳を極限まで見開かせて、無表情で詰め寄るその姿は、妙な迫力がある。

 灰原は、逃がさないように先輩の手を掴んで、瞬きもしないで目を見つめて、言った。

 

 「僕たちは師弟で、クーデターを企む共犯者で、運命共同体じゃないですか!」

 

 だから、僕だって知る権利があるはずです!

 そんな主張をした灰原を、吉野先輩は呆然と見つめて、そして頬を膨らませる。

 

 「ぷ、ふはは、あっはっは!」

 

 吹き出して、天井を見上げる。片手で両眼を覆って、「そうくるかぁ」と震える声。

 

 「共犯者に運命共同体、ね。うん、そうだね、そうだったな。僕たちは()()だった。」

 

 先輩が笑った。苦笑した。憫笑した。一笑して哄笑して失笑して談笑する。

 

 「夏油、帳をおろしてくれ。密談用のだ。」

 「灰原に教えるんですか?」

 「今教えないで、一人で暴走して首突っ込まれたほうが怖いし困る。

 なら、早いうちに言っておいた方がいいだろ。」

 

 咎めた私に先輩は語った。納得できる意見だ。でも、それでいいかと言われたら「否」だ。

 純粋で素直な後輩だ。この世界の闇を知るにはまだ早すぎる。

 

 「灰原、今から話すことは他言無用だ。

 話を聞いた後、僕たちに失望するだろう。それでも、聞くか。」

 「洗いざらい、全部白状して(おしえて)ください、吉野さん。」

 

 灰原は覚悟に染まった瞳で告げた。

 

 ■■■

 

 灰原が願った通り、洗いざらい全て白状した。非難されることも覚悟の上だ。でも、灰原は予想に反してなんとも言えない顔で全て受け入れ、「なるほど」と頷く。

 

 「腐ってますね。」

 「そうだろう?」

 

 灰原の直球な非議に、先輩は頷く。

 「それで、どう思った」と、先輩は灰原尋ねて、灰原は「はい?」と疑問符を浮かべる。

 

 「軽蔑したか?」

 「?

 いえ、別に。」

 

 灰原はキョトンと目を丸くしてから、意味がわからないと言いたげに首を横に振る。

 こんな話を聞いたのに、「僕が先輩方を軽蔑するわけないじゃないですか」などといつも通りを崩さない灰原を見て、私は「ああ」と思い出す。

 灰原も呪術師だ。所詮、呪術師なのだ。善良で好青年なのは確かだけれど、頭のネジが外れてる側の人間だった。

 

 「むしろ、教えてくれて良かったです。僕、絶対に革命を成功させなきゃ!って改めて思いましたもん!

 僕も精一杯お手伝いするので、()()()()()頑張りましょう!」

 

 からりと、いつもの人懐っこいひまわりみたいな笑顔で語る。

 吉野先輩も私と似たようなことを考えたのかもしれない。「あっはっは!」と腹を抱えて笑って、「灰原はすごいなぁ」と、目尻に浮かんだ涙を拭った。

 

 「あのね、灰原。僕はね、フランス革命が嫌いなんだ。歴史が動いた瞬間ではあるけれど、あれの主導者は嫌いだ。

 理想自体はお綺麗で素敵で高尚なものだよ。

 でもさ、自分たちの貧しさを全て上流階級のせいにして、「あいつら倒したからこれで平和だー! もう苦しまないで楽に生きられるよー!」っていう、楽天的な結末が最高に嫌い。

 国を回す人材すら殺し尽くして、国が回らなくなったら意味がない。本当に要らない、必要のないものからじわじわと消して、ゆっくりと権力者の首をすげ替えて、体制を整えながら変えていく必要がある。

 要は、教育だね。」

 

 突然、先輩はそんなことを言った。革命、革命というから、フランス革命は好きな方だと思っていた。でも違うみたいで、先輩は嫌悪を態度に出しながら酷評し、そしてこれからの展望を語る。

 

 「まずは予備校から作ろうか。非術師家庭の呪術師を見つけて、サポートする役目も兼ねた駆け込み寺みたいな学校を作ろう。

 それから、呪詛師の被害に遭ってる非術師の人たちも保護してあげたいよね。呪詛師倒して終わりじゃなくて、アフターケアも万全に。」

 

 先輩の理想は、ただお綺麗なだけってわけでもなさそうだ。作るの自体は、やろうと思えばできるだろう。

 しかし上層部から妨害されそうな理想で、故に反逆精神が顕著だ。

 

 「はは! これを、僕たちで成し遂げるんだ。『やるからにはできることを精一杯』に、ね!

 『一般出身(ぼくたち)が過ごしやすいだけの水槽』を作るんじゃなくて、『一般出身(ぼくたち)と善良な非術師が、下衆な呪術師に脅かされる心配のない水槽』を作ろう!」

 「それ、いいですね!」

 

 灰原の絶賛に私も同感する。私達だけじゃない。自分の両親や大切な人を丸ごとも守れる水槽を作ると言う先輩の案には賛成だ。

 「早速七海に教えなきゃ!」とはしゃいだ灰原の肩に腕を回した先輩が「待てまて灰原」と言って止めた。

 

 「いいか灰原。いまの、七海には絶対に教える(いう)なよ。」

 「どうしてですか?」

 「アイツは、優しすぎるじゃん。」

 

 あいつが知るにはまだ早い。そう、先輩は言った。ぶっ壊れるぞ、とも。

 灰原はまだこの世界に来て浅いから、わからなかったみたいだけど、私は先輩が言いたいことが分かる。

 

 「七海が優しいと、なんでダメなんですか。」

 「抱え込んじゃうんだよ。

 僕はこの業界長いからね、そういう奴を何人も見てきた。」

 

 夏油もそうだろうと尋ねられて、躊躇いがちに頷く。

 たった一年、一年過ごしただけで嫌というほど理解した。この世界はあまりにも非情だ。

 まともな奴から詰んでいく。追い詰められて、狂っていく。

 そうして結局、彼らが行き着くのは同じ場所だ。呪術師をやめるか、呪詛師になるか。

 七海がどちらに傾くかはまだわからない。だが、いずれこの腐った現実を知ることになるだろう。だけど、もっとゆっくり、時間をかけて知ってもいいんだ。

 七海にはまだ早い。先輩の意見に賛成だ。

 

 「七海みたいに優しくてまともなやつはなぁ、敵にまで優しいんだ。

 忘れればいいのにさ、「殺した奴のこと覚え続けることが強者の義務」みたいに考える奴は一定数いるんだけど、そう言う奴らはみんな呪術師の仕事に耐えきれずに辞めていく。」

 

 ちらりと、先輩は私を見た。「お前もだぞ、夏油」と、無言で言われたような気がした。

 まさか、私が優しくてまともだと言いたいのだろうか? そんな、まさか。

 

 「向いてないんだよ、暗躍とか。必要な悪ですらしっかり背負って消化してしまう奴だ、必要な犠牲なんて受け止めきれないさ。

 だから、言っちゃダメだよ。」

 「はい、わかりました!」

 

 ペカっと敬礼して、灰原がにっこり笑う。それを見て先輩が腕を組んで、「うん」と一つ頷いて見せた。

 

 「その点、灰原は暗躍とか向いてるよね。」

 「そうですか?」

 「うん、そうだよ。

 根明で「綺麗なことしか知りません!」みたいな顔してるくせに、敵を呪うことに躊躇いがない。

 必要なら犠牲を出すことも厭わない。敵と決めたら容赦がない。そういうとこ好きだよ、僕。」

 「?」

 

 灰原が、キョトンと目を丸くして首を傾げる。

 

 「敵に容赦なんてする必要、ありますか?」

 「灰原、ほんと最高。」

 

 先輩がサムズアップとウインクを送る。おちゃらけた態度に緊迫していた空気はいつのまにか緩んでいて、私も一つ、息を吐いた。

 コレで終わりと思われた話はまだ続きがあって、帳をあげようと印を組んだ手をやんわりと遮られた。

 吉野先輩は、なんとも下手くそな笑顔で「それから、これは言うか迷ったんだけど。」と前振りを一つ。

 今日一番、いや、今までまで一番下手くそな笑い方だ。

 

 「洗いざらい白状するって言ったからね。

 教えておくことにする。」

 「なんですか、先輩。」

 

 ちょっと、緊張しているのだろうか。渇いた喉を潤そうと唾を飲んだ先輩が、硬い声と口調で、低く唸る。

 

「僕を狙った呪詛師がいるらしい。」

 

 ぴきりと、空気が凍る。何もいえなくなって、ただ先を促すことしかできなかった。

 「呪術師かもしれないけどね。」などと肩をすくめて言って見せるが、先輩は依然として……否。怒りと焦燥、そして緊張で顔が引き攣っている。

 当然だろう、そんなこと分かりきっていた。

 ()()()()()()()()()()

 

 「多分、研究所の残党だ。やっぱり疑われるよね。

 あれの残党が高専にもいるらしくて、下手に動けない。行動を制限されてる今、僕は凪さんと順平を守りきれないだろうね。」

 「まさか、私の家族もーーー?」

 「いや、大丈夫。狙われてるのは僕だけみたいだから。」

 「……先輩の方が、大丈夫じゃないでしょう。」

 「あはは、そう思う?」

 

 そりゃ、そうだろう。なにせ、先輩の弱みはわかりやすすぎる。大事に大事に抱え込んで、そばに置いているのだから。分かりやすすぎるほど「大事にしてるのだ」と主張して、「手を出すのは許さない」と言外に言っているのだ。

 常日頃はそれが牽制となって、吉野一家を守っていたが、今回はそれが逆手に回っている。

 凪さんと順平は、吉野先輩の唯一の『急所』

 そして、それは私たちにだって言えることだ。私たちだって凪さんと順平くんが好きだ。

 当然、向けるベクトルは吉野先輩のものと違うけれど、人質に取られたら躊躇ってしまう程に「親愛」を抱いている。

 いや、親愛というよりは慈愛なのかもしれない。呪術師ばかりの高専で唯一の非術師である凪さんと、呪術師の才能はあるけれどわかりやすく子どもで非力な順平。

 わかりやすく弱い二人を、守るべき存在と認識しないでなんとする。

 私たちの心配をよそに、一番取り乱すであろう吉野先輩はどうしてか落ち着いていた。

 むしろ、慌てるわたしたち二人を「大丈夫、大丈夫」と慰めるほど余裕があって、それが不審で仕方がない。

 

 「凪さんと順平は大丈夫だよ。」

 「すこし、楽天的じゃないですか。」

 「でも、本当に大丈夫なんだ。

 もうすでに、凪さんと順平は『頼りになる人』に保護してもらってるからさ。」

 

 さすがは先輩、家族愛の化身を名乗るだけあるな、と気が抜ける。私たちが想定する程度のことを、先輩が想定していないわけがなかった。

 どっと肩の力が抜けて、脱力する。

 先輩はちょっと嬉しそうに頬を染めて「心配してくれてありがとうね。」なんて笑って見せた。

 

 「トシノリ先生って、知ってるかな。夜蛾さんの同期で、僕の元担任だった人だ。」

 「ああ、鴨川先生ですか。なら安心ですね。」

 「鴨川先生?」

 

 灰原は首を傾げた。あれ、と思って、思い出して、納得する。

 一人で勝手に納得した私に変わって、吉野先輩が灰原に説明をしていた。

 

 「うん、そう。鴨川俊則(かもがわとしのり)先生。

 ちょうど、灰原が入学する年に京都校に転属になったから、知らないのも無理はないかもね。

 御三家の加茂家の分家の人だけど、御三家思想に染まってない反骨精神の人でさ、東京に出てきた人なんだ。

 コネもあるし、二人を守るにはピッタリだろう?」

 「へえ、そんな人がいるんですね。」

 「でも確か、鴨川先生は任務で頭を負傷して京都の実家に呼び戻されたのでは?」

 

 そうだ、と転勤の理由を思い出して心配する。鴨川先生はその負傷のせいで一時期術式がうまく使えなくなって、それを理由に京都校へ行くことになったはずだ。

 そのことを尋ねたら、先輩が「ああ」と笑う。

 

 「頭の怪我も術式も、もうとっくに大丈夫なんだよ。でも先生を実家に呼び戻す口実にはちょうど良かったみたいでさ。

 五条がいる東京に分家とはいえ加茂の一級呪術師である先生を置いておきたくなかったらしいよ。」

 

 ひどい話だ! と先輩が憤慨する。吉野先輩は非術師出身がゆえに、基礎を知らなかった。夜蛾にスカウトされて高専に初めてやってきた中学生の吉野先輩に、呪力の操作だの術式の理解だのという『基礎』を教えたのが鴨川先生。

 だから、吉野先輩は鴨川先生を全面的に信頼してるのだ。

 そして先輩が加茂家に対して憤慨してるのも、鴨川先生の生い立ちに関係してる。

 鴨川先生は相伝にかすりもしない術式を持って生まれたせいで、加茂家で奴隷のような扱いを受けていたらしい。

 落語者として蔑まれてきた先生は家出を決意。東京校へ入学した。

 潤沢とは言えない呪力量をカバーするために精密な術式と呪力の操作を身につけ、一級に上り詰めたサクセスストーリーの持ち主だ。(そんな鴨川先生に教えを受けたから、吉野先輩の術式制御は緻密すぎて気持ち悪い。)

 だけどそんな先生だから、怪我で術式をうまく制御できなくなり非常に大変なことになったのだが、大事に至らなかったようで安心した。

 

 「今でも時々連絡取り合ってるんだけどね、傷は残ったみたいなんだけどそれ以外は全然問題ないんだって。

 トシノリ先生は僕が呪術師の大人の中で一番信頼してる人だと断言できる。だから安心して凪さんと順平を預けられたんだけどーーーーそれでも、万が一があるかもしれない。」

 

 ごくりと、先輩の迫力に息を呑む。それは隣の灰原も同じだ。

 

 「トシノリ先生には研究所のことは言ってない。というか、言えないよね。

 僕が呪詛師に狙われてるから家族を匿ってほしいとしか言ってないし、変な研究してる研究所があるとしか教えてない。

 だから、さ。」

 

 へなりと、先輩は眉毛を八の字に下げた。情けない顔がらしくなくて、目を見開く。

 

 「夏油にも、灰原にも、こんなこと頼みたくもないんだけど……。

 僕に何かあったら、凪さんと順平を頼む。」

 「らしくないですよ、先輩。」

 

 灰原が、吉野先輩の手を握る。真っ直ぐに先輩の目を覗き込んで、強気に言う。

 しかし言葉は言い聞かせるように静かで、心に沁みていくような不思議な力があった。

 

 「そんなこと言っちゃだめです。愛の力で寿命いっぱいまで生きるんでしょう?

 凪さんと順平くんから、吉野さんを奪うようなことしないでください。」

 「……そうだな。」

 

 先輩が、目を閉じる。「すぅー」と深く、深呼吸をして、瞼を持ち上げた先輩がニヤリと笑った。

 

 「うん、コレは僕らしくない。ごめん、忘れてくれ。」

 

 にかりと笑った先輩は、少し無理が滲んでいたが概ねいつも通りだ。

 それに私は安心して、「はい、わかりました。」なんて余裕ぶって笑ってみせる。

 

 「最後に、僕から一つ言っておかなきゃいけないことがある。」

 

 コレはだけは、譲れないと先輩が言って、「なんですか?」と私たちは言葉を待った。

 どうせいつもの吉野節*1だと思って待っていた私は、次の言葉に絶句する。

 

 

 「いいか、お前ら。これだけは覚えておけ。

 汚れ仕事は僕がやる。」

 

 

 それは、違うだろう。革命の汚い「暗部」を全部、先輩一人に全て押し付けろと言うつもりか。

 反論しようとした私の唇を、先輩の人差し指が制する。

 

 「反対意見なんて最初から聞いてないよ、これは確定事項だ。

 年上の意地って奴さ。どうか、覚えておいてくれ。」

 

 らしくもない低い調子の真面目な声が、狭い帳の中で歪に反響していた。

*1
愛情至上主義者の演説




新キャラ 鴨川俊則(かもがわ・としのり)
・相伝ではない術式とショボい呪力量(not天与呪縛)
・キモいぐらいの術式制御で一級術師に上り詰めた
・吉野公平の恩師で彼に「呪術師の中で一番信頼できる」と言わせる程度の人格者
・一年前の任務で『頭を負傷』した。
・術式が一時期使えなくなった(*キモすぎるレベルの術式制御が少し乱れた程度ではある)
・現在京都にいる。(頭を負傷してから、公平と対面で会うことは少ない)




伏線いくつか紛れ込ませてます。


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私は君を愛してた。




初めに謝っときます。ごめんなさい。




 「コイツら、殺すか? 今の俺なら、多分何も感じない。」

 「……いい、意味がない。」

 

 

 星漿体護衛任務が終わった。任務失敗という形で。

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 2006年、9月。

 死にかけの蝉が泣いていた。うざったらしく泣いていた。気が滅入るほどに、苛烈に生きていた。夏の終わりの音がした。

 

 「どうした、夏油。なんか悩みか?」

 「吉野先輩……。」

 

 缶コーヒーと一緒に現れた先輩に、少しだけ安心する。ここ最近、ずっと極限状態だった。ピリピリと張り詰めていた「ナニか」がほんの少し緩んだ様な気がして「まあ、少し。」などと言ってコーヒーを受け取る。

 汗をかいたコーヒーは、少しぬるい。先輩はポカリをラッパ飲みしながら、私の隣に座った。

 

 「……例のアレか?」

 「……いえ、そうじゃないです。」

 

 暗に、『お前の家族も狙われているのか』と聞かれているとわかった。お前も、研究所の残党に狙われているのか、と。先輩の懸念は尤もだ。でも、そうじゃない。

 違うと首を振ると、「じゃあなんで?」と聞かれる。

 言うべきか、少し躊躇う。だけど、何故か私の唇は内心に反して真情を吐露し始める。

 気づけば、先日のことを根こそぎ打ち明けていた。その間、先輩は真剣に聞いてくれた。

 

 「そうか、辛かったな。」

 「ーーー先輩なら、どうしてましたか。」

 

 頭で考える前に、言葉が出てくる。感情と口が連動しているみたいだ。

 ここ最近、悪いことばかり考えてしまう。どうしようもならないことばかり頭の中を回ってる。

 悟は一人で勝手に最強になって行く。あれだけ特級になりたいと思っていたのに、特級になった今は一人で行う任務が増えた気がしてままならない。

 なぜ、非術師を守らねばならぬのかと言う自分の存在意義まで揺らいでいる。呪霊の味が、舌の上に蘇る。

 先輩の答えなんて、わかりきっている。どうせ、いつもみたいに「僕は愛してる」とでもほざくのだろう。期待なんてしない。

 先輩がペットボトルから口を離す。ごきゅんと一気に飲み込んだ音が、私の耳にまで届く。

 ぺろりと唇を赤い舌が舐める。そして、すこしひび割れた唇がゆっくり動く。

 

 「殺すけど?」

 「えっ!?」

 

 予想外の返答に、思わず大きな声をあげてしまう。聞き間違いだうろうか。先輩は、殺すと言わなかったか?

 驚く私に、先輩は再度「殺すよ。」と言った。

 

 「僕が夏油の立場なら、間違いなく殺すよ、必ず殺す。誰に止められようが、止まらないだろうね。

 だって、僕にとってそれは罪じゃない。」

 「それは、どう言う……」

 「愛せない人間に慈悲などいらないからだ。」

 

 空になったペットボトルをゴミ箱に入れる。そのまま、立ったまま振り返って、先輩は続けた。

 

 「でもね、術式は使わない。素手で殺る。

 お前のいうクソみたいな非術師の信者全員タコ殴りにして、殺しまではいかなくても病院送りぐらいにはするだろう。

 僕はこの前成人してしまったから、殺しはまずい。けれど夏油は未成年だからな、少年法で守られるよ。」

 

 何もいえなかった。明らかに先輩の理論は狂っている。

 倫理的じゃない。理性的じゃない。人間として、呪術師として、それは超えてはいけないタブーではないか、と。呪術規定と日本国憲法を携えた私が叫んでいる。

 それは間違いだ、と理性的な私が必死こいて叫んでいるのに、そういう煩わしいもの全部に耳を塞いで、「それはアリだ。」と嗤う私が心の奥底に存在する。

 

 「結局、術式さえ使わなければどうにでもなるんだ。呪殺を非術師に認知させてしまうのが問題になる。

 呪術規定にさえ引っかからなければ、上の連中がいくらでも隠蔽するさ。」

 「……非術師は守るべきですよ。」

 

 そう、たとえ許しがたくとも。非術師というだけで、呪術師は彼らを守る義務がある。

 それに私たちはそう言う上層部の腐ったところを変えたくて革命をするというのに、そんなことを言ってはダメだろう。

 

 「何故?」

 

 先輩の声が、頭蓋骨の中でわんわん反響していた。

 何故、何故、……何故だろう。

 

 「だって、夏油はその星漿体を『愛』してたんだろう?」

 「愛してたって……」

 「愛だよ。

 親愛も、友愛も、愛着も。それは全部愛だ。」

 

 なら、私は理子ちゃんを愛していたと言えるだろう。理子ちゃんも、黒井さんも愛していた。

 これは、間違えようがない事実だ。

 そして、先輩の理論でいえば、私は盤星教の信者(ひじゅつし)を、愛してない。

 

 「お前も知ってる通り、僕は「愛」に従って行動してる。

 愛してる人を守りたいし愛してるから強くなりたい。

 僕の愛の外にいる奴らに興味ない。

 愛する人が殺されて、それを祝福する奴らなんてただのゴミだ。すべからく死ねばいい。

 いいか、夏油。難しいことをごちゃごちゃ考えるな。

 呪術師も非術師も同じ人間だよ。人間が人間を殴るなんてありふれた話なんだよ。

 術式を使うからダメなんだ、使わなければただの傷害罪さ。」

 「呪術師は、非術師を守るべきでしょう。それが力を持つものの義務だ。」

 「違う。力とは、愛する人を守るために使うものだ。愛する者の為だけに使うべきだ。

 有象無象なんてほっておけ。」

 「強者は弱者に施しを与えるべきでしょう。」

 「そうだな。僕らが守りたいと思うような、か弱く、善良で、愛しい弱者だけでいい。」

 

 それで、いいのだろうか。それだけで、いいのだろうか。わからない。答えがぐちゃぐちゃになって、溶けていく気がした。地獄の底でグツグツ煮込まれて、煮崩れしている。

 私の中に一本、しっかり通っていた本筋が、ゆっくりと歪んで曲がっていく。

 

 「じゃあ聞くけど。僕とお前が運命共同体になった原因の奴ら、救いたいと思う?

 あの施設には呪術師も非術師もいたけれど、僕は無差別に殺したよ。呪術師に脅されて加担してた非術師もだ。

 だって、僕は許せなかった。

 僕はあの時、あの実験に巻き込まれた被害者たちに同情した。同情だって愛の一つだ。情愛だ。愛に時間は関係ない。

 僕はあの時、彼らを愛した。だから愛するものを害した愛せないゴミを殺した。

 それが僕という呪術師の生き方だから。」

 

 それだけは曲げられない。そう言い切った先輩は正しく見える。

 間違ったことを言ってるはずなのに、なんでだか「真理」を語っているように見える。

 先輩の曇りのない瞳が真っ直ぐと私を覗き込んでいた。

 

 「なあ、夏油。お前はどうする?

 あれをやったのが呪術師じゃなくて非術師だったら、お前は僕を止めていた?

 被害者が呪術師で加害者が非術師だったら、「仕方ない」と見捨てる?」

 「……止めませんし、見捨てません。」

 「そうだ。それが、答えだ。」

 

 ぽん、と肩を叩かれた。わらう先輩と、迷い揺れる私。正しさなんて、きっとこの世界のどこにもない。

 

 「真面目に考えすぎるな。もっとシンプルに生きな。よく考えるのはお前のいいところだけれど、楽な方に逃げるのだって人間の特権だ。

 こんな世界だ。マトモな感性じゃ、やってらんないだろう。」

 「先輩も悟みたいなことを言うんですね。」

 「そりゃそうさ。僕は『愛がない奴は呪術師になるな』って何度も言ってるじゃないか。」

 

 いつだったか、私は先輩の演説を「洗脳のようだ」と言った。その通りかもしれない。私は今、先輩の理論に洗脳されて、楽な道に逃げている。

 これは絶対間違ってる。だけど、私はこの道が好ましくて、先輩と同じ道を歩きたいと思ってしまった。

 

 「恋愛、自己愛、人類愛、友愛、博愛、遺愛、恩愛兄弟愛郷土愛敬愛親愛慈愛情愛忠愛盲愛異性愛同性愛小児性愛隣人愛。

 なんだっていいさ、愛とはすなわち人間の価値だ。

 愛なきものに価値はない。僕は愛を肯定するし愛を信奉する。

 僕は自分が愛しているものを守り、慈しみ、大切にするけれど、愛せない奴らは『ゴミ』同然だ。全て綺麗に掃除してしまえ。」

 

 先輩が、優しく微笑む。

 

 「なあ、夏油。

 僕は何か間違ったことを言ってるだろうか。」

 「間違ってないですね。」

 

 あまりにもさっぱりした先輩の理論に、吹っ切れた。ああ、そうだ。殺せばよかったんだ。だって私は知ってるじゃないか。

 証拠がなければそれは無実だ。完全犯罪を行えば、それは「悪」ではなくて「正義」同然だ。

 やり方は知っている。先輩の蜃のように、残穢を消す呪霊を探して捕獲すればいい。

 

 「夏油も僕と同じで、愛に生きる紳士ってことさ。」

 「はは、嫌な称号だ。」

 

 だっさい称号だと思う。自分で名乗る気はさらさら起きないほどダサすぎる。でも、先輩にそう呼ばれるのは不思議と嫌な気分じゃなかった。

 

 「先輩、一つ聞いてもいいですか。」

 「なんだ?」

 「先輩は、どうして凪さんを愛したんですか。」

 

 自分から、先輩の惚気を聞きにいったのはこれが初めてだ。先輩が凪さんを愛して愛して溺愛してるのはわかりきってる。惚気られるから知っている。

 自分から聞く前に先輩は惚気てくるし、自分から惚気地獄に走ろうと思ったこともない。

 でも、今日は違う。

 

 「それは、きっかけということかな?」

 「そうですね、きっと、私はそれが聞きたい。」

 

 私が私であるために。夏油傑として、先輩の後輩で共犯者であるためには、それが必要だと心の底から思った。

 凪さんは、非術師だ。だけど私は凪さんが好きだ。もちろん、LoveではなくてLikeの方でだ。好ましいと思う。

 その好意を、有象無象の殺意で歪めてしまいたくない。

 

 「……そういえば、言った事無かったか。」

 

 たまには、こう言うのもいいね。と笑った先輩が、からりとよく晴れた夏の空のように笑った。

 

 「僕はね、凪さんに救われたんだよ。」

 

 長くなるからと新しく緑茶を2本、買い直して言った。一本は私に、もう一本は先輩用。

 

 「僕の昔の話をしようか。

 凪さんに会う前の僕はね、何もなかった。」

 

 始まったのは、想像してた馴れ初めと全く違った。

 

 「なに、よくある話だよ。

 呪霊が見える我が子を受け入れられなかった母が家を出てって、父も息子を愛せず虐待。

 基本ネグレクトだったけど、時々酒が入ると殴る蹴るの暴行。

 しばらくしたら父さんも再婚したんだけど、やっぱり家にあまり帰って来ないし。そのせいで義母に「お前のせいだ」って虐待されてさ。

 こう、首輪に鎖のリードで繋がれて、犬小屋で暮らしてた。それが、僕の日常。」

 

 なんだそれ、腹の底で獣が唸る。

 ありふれた話にしてはいけないのに、ありふれてしまっている話。あの日、革命の話になった時。「相互理解は難しい」と語った先輩はどんな顔をしていただろうか。思い出せない。先輩の穏やかな語り口は思い出せるのに、表情は空っぽだ。

 

 「でもね、凪さんが助けてくれた。」

 

 荒れ狂う海が、ぽちゃんと一粒滴を落として静まる。さながら無風の湖面だ。しん、と染み渡るように、「凪さん」の名前がスッと入ってくる。

 

 「あの日はたまたま父さんが家にいて、酒飲んでて、酒瓶で殴られたんだ。

 理由は忘れたけどね。虫の居所が悪かったんじゃない?

 で、ほんと偶然。買い物帰りの凪さんが、僕の前の家の前通ったんだ。その時の凪さん、14歳だっけ。

 ガラスの割れる音と怒鳴り声を聞いて、ネギ持って突撃してきたの。

 『何やってんだテメーら!!』って。」

 

 凪さん、その時レディースやってたんだよね、と。くすくすと吉野先輩が思い出し笑いを浮かべる。凪さんがレディース、想像がつくようなつかないような、でもネギを片手に持って、と言うところでどこか締まらない。

 

 「凪さんの迫力にビビった父と母から僕を連れ去ってさ、病院運んでくれたの。なんか、いつもお世話になってる病院だったらしくて、あれよあれよと即入院。

 入院中も凪さんは「私が助けたのも何かの縁」って言ってお見舞いに来てくれて、退院したら父と母が逮捕されてた。

 施設入るか一人暮らしをするかってなったら「じゃあウチくる?」って居場所までくれて。

 こんな素敵な人、好きにならないわけないでしょ。」

 

 そうですね、と相槌は打たなかった。もしも打ってしまったら「お前が間男か!!」と雰囲気ぶち壊しでボコられる気配がしたからだ。その予想は多分正しい。

 だから、静かに聞いているだけにとどめる。

 

 「頑張って凪さんにアプローチしたんだ。凪さんのお母さんが協力者になってくれてさ、水族館のチケットもらって。

 でも水族館ってさ、呪霊いるんだよ。僕知らなくってさぁ。

 情けなく怯える僕に凪さんは「どうした、気分悪い?」と心配そうに声をかけて。

 僕は、凪さんに嘘をつきたく無かった。

 素直に呪霊が見えること言った。」

 

 それが、当時の先輩にとって、どれだけ勇気がいることだったのだろう。私はわからない。なんやかんや理解がある親元に生まれて、不思議ちゃん扱いで不気味がられたことはあれどそれくらいで。

 だから、私は先輩の心境を理解することはできない。でも、想像することはできる。

 怖くて、恐ろしくて、死んでしまいそうなほど緊張したことだろう。

 

 「それで、どうなったんですか。」

 「ははは。

 実は、気持ち悪がられて嫌われるのも覚悟してたけど、凪さんは「そっか」って受け入れてくれたんだ。」

 「……それが、水槽の話につながるんですね。」

 「そう。その時、凪さんが水槽の話をしてくれたんだ。」

 

 今まで、凪さんは先輩にゴリ押しされて押し負けて結婚したのかと思ってた。でも、昔の先輩は今の先輩とずいぶん違っている。

 先輩という人物像が一つ一つ捕捉されて、補強されて、ひたすら一つの「念」が浮かぶ。

 

 「運命の人だと思った。この人と同じ水槽で泳ぎたいと思った。たとえ生きる環境が違って、理解されなくてもいい。この人の隣にいられたら、何でもいいって心の底から思えたんだ。」

 

 ああ。この人は、強い。

 

 「告白すっ飛ばしてプロポーズしてさ。笑ってOKもらったらお父さんとお母さんにも頭下げて。

 それからはもう必死さ。凪さんに相応しい男になるために、キモい呪霊に怯えているわけにはいかない。強くならなきゃ僕は僕を許せない。

 そんなことしてたらいつのまにか術式が発現してて、呪霊ぶち転がせるようになって、二級ボコってるところを夜蛾さんに見つかってスカウトされて今に至る。」

 「……先輩らしいです。」

 

 でも、聞いてよかった。私の中で、なんとなく区切りがついた。

 非術師は嫌いだ。でも全ての非術師が嫌いなわけじゃない。

 凪さんや理子ちゃんのような非術師は好ましい。愛してる。

 でも、愛せない猿だって無数にいる。

 それは呪術師だって同じだ。愛せない筆頭は上層部で、しかし仲間を私は愛してる。

 先輩風に言うなら、私の最愛は悟と硝子で、この二人が欠けた時、私は道を迷うのかもしれない。

 でも、私は凪さんを親愛している。天内を慈愛している。

 ならば、十把一絡げで「嫌いだ」と結論づけるのは暴論だろう。

 

 「やはり、非術師だからと大雑把に区切ってはダメだな。」

 

 凪さんは猿じゃない。あの醜い、人の言葉を介さない獣じゃない。凪さんは心が綺麗な美しい人だ。根っからの善人だ。

 綺麗なまま、美しく、その心に翳りを見せることなく生きてほしいと心から願うほどに。

 凪さんは非術師だ。けど、関係ない。

 私は凪さんを好ましく思う。凪さんと、順平くんと、先輩の三人家族が幸せに笑う光景を愛してる。

 

 「先輩の『愛』のように、私も私が納得できる『境界線』を探してみます。」

 「ああ、それがいいよ。僕はやっぱり愛をお勧めするけどね。」

 「はは、考えておきますよ。」

 

 この日からだったのだろう。私が元々歩いていた道から外れて歩き始めたのは。

 先輩の理論に影響されすぎたと、今では思う。だけどそれに、一切の後悔がないのだ。

 たとえ、その結末がどんなものだったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2007年、7月8日。

 

 呪術規定九条に基づき、死刑対象 吉野公平の処刑が完了。

 

 処刑人、特級呪術師 夏油傑からの報告より。

 

 

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Q.原作軸の夏油傑に必要だったものは何か?
A.きっと彼が弱音を吐ける、悩みを打ち明けるに値する大人だろう。
それは自分と同格又は格上でなければならなかった。


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だから僕は「愛」さない。


▼閲覧注意

「最愛」二人が畜生にも劣る外道な扱いを受けています。
描写はないんですけれど、 R-18Gの匂わせがあります。
覚悟を決めて読んでください。




 [一年後]

 

 2007年.7月7日

 

 今日は七夕だ。

 僕と凪さんの結婚記念日だ。僕の誕生日でもある。18歳を迎えて速攻入籍したので自動的にそうなったけれど、織姫と彦星が年に一度出会う日が結婚記念日とはなかなか縁起がいいと気に入っている。

 なので、いつも任務で引き離されている彦星(ぼく)織姫(なぎさん)もこの日は出会ってしかるべし。例年なら、どんな重要な任務があろうと後輩どもに押し付けて、何が何でも休む日だ。

 結婚記念日と、凪さんの誕生日と、純平の誕生日の三日間は意地でも家族三人でパーティをすると決めている。ちなみに、任務で潰されてしけたバースディを送る同期や後輩どもには恨まれまくってる。一年のうちに確定休日が3日しかないんだからそれで許してほしい。

 しかし、今年はそういうわけにはいかない。凪さんと順平に会いたくて会いたくて震えているけど、我慢をせねばならぬのだ。

 二人を鴨川先生に匿ってもらってから、約一年。ずっと会えてない。会うわけにはいかない。

 仕方ないじゃないか。僕を狙っている黒幕(ゴミ)が誰なのか判明するまでは、危険すぎて会えないんだ。だから、寂しいのも悲しいのも切ないのもそう言う負の感情全部血涙流して飲み込んで、今年は僕も任務を入れた。

 ら、病気を疑われて医務室に送られた。ひどい話だよね。休んだら文句言われるのに仕事するって言ったらこれだもの。

 僕の突然の奇行は鴨川先生にまで届いてしまって、お見舞いに先生が現れた。

 先生は僕が危篤と聞いて慌てて駆けつけてきてくれたのだ。本当に申し訳ない。

 

 「いやいや、吉野君が無事でよかったよ。危篤なんて言うから、何事かと慌てちゃった。」

 「本当、申し訳ありません。」

 

 ああ、本当に、伝令をした補助監督はなんてことをしてくれたのだ。……先生はまだ怪我が治りきっていないのに。

 そう、先生は未だに怪我と戦っている。ほとんど完治してると自分では言うけれどね。

 先生の額には、縫い目が痛々しく残っている。頭を怪我してしまった理由は「秘密」と言って教えてくれなかった。

 呪霊との戦いのせいでとか、呪詛師に呪いをかけられたとか色々と噂されているけれど、本当のところは誰も知らないし、そもそも教えてくれない。ただ、この頭の怪我が転勤の理由であるのは間違いがない。

 最後にあった時、凪さんと順平を預けたときは包帯を巻いていた。あれから一年。もう包帯は取れたみたいだけど、縫い目は残り続けている。

 それを含めて心配したら「大丈夫だよ、吉野君は心配性だなぁ。」なんて笑われてしまった。

 

 「どちらかと言うと、私は君の方が心配だよ。」

 「先生までそんなこと言うんですか?」

 「そりゃ、そうだろう。幾つになっても、君は私の可愛い教え子だよ。」

 

 久しぶりに会ったせいだろうか、先生の笑い方がなんかいつもと違う気がする。いや、どこが違うのかと聞かれたら答えられないのだけれど……感覚的な話だ。

 2年前まで、僕はいつも先生の後ろをカルガモのようについて回っていたから、なんとなくそう感じるだけ。こう言うのを、ロックバンド風に言うなら「魂が叫んでる」と言うのかもしれない。そこまで大袈裟じゃないけどさ。

 でも、それを指摘する勇気はなかった。()()()()()()()()()()()()()せいで日常生活に少しだけ影響が出てるらしいし、その一環なのかもしれない。

 脳神経がどーのこーので表情筋の神経がどーたらこーたらって話になったらどうしよう、という恐れがあった。

 僕は薬学を嗜んでいるから、そう言う生物学的なものにも理解があるのだ。

 もしそうなら、どうだ。僕はあまりにデリカシーのない最低のクズ生徒になって、先生の可愛い教え子ではなくなってしまう。

 愛する人を故意に傷つけるなんて絶対に許せない。先生が許しても僕は僕を許せない。

 だから、沈黙を選ぶ。きっと、心配しすぎなだけだ。

 「吉野君」と僕を呼ぶ、羊水のように穏やかな声は変わってないのだから。

 

  「なあ、吉野君。君だって、なんで自分が心配されているのかわかっているんだろう?」

 「そりゃ……まあ、はい。」

 「ふふ。だからね、私からささやかな誕生日プレゼントだ。」

 

 先生がお茶目にウインクする。ど下手くそで両眼が半開きになってる状態をウインクと言っていいのかわからないけれど、先生はそれを頑なに「ウインク」と言い張っていたのでウインクなのだろう。

 ウインクがゲシュタルト崩壊しそうなウインクをした先生が、唇を僕の耳に寄せる。密やかな、しかしぽーんとゴム毬のように弾ませた声音で、先生は僕に囁く。

 

 「久しぶりに、奥さんと息子くんに会いにいこう。君だって会いたいだろう?」

 「めっちゃ会いたいです!!」

 「はは、元気がいいなぁ!」

 

  折角先生が気を遣って、ひそひそ話にしたと言うのに、僕は歓喜を抑えることができなかった。だって、ずっと会いたかった。この一年間、会えない間もずっと二人を愛してた。

 早く再会したくて、必死にあの研究所に関わってそうな呪術師を調べ上げ、時に吊し上げ、拷問しながら情報を探っていた。

 最有力候補のとある呪術師を偶然見つけたから、捕縛して拷問して問い詰めたのだが、悲しいことに白だったので振り出しに戻ってしまった。

 それが、大体半年前のことだ。まだ、当分会えないなぁ、と悲観に暮れていた時に、この提案。

 さすが先生、僕のことをよくわかっている。

 

 「じゃあ、行こうか。」

 「うん、ありがとう先生。」

 「なーに、まっかせない。

 君は私の可愛い生徒だからね。」

 

 先生がほら、と手を差し出した。僕は久々に先生に甘えて、子どもみたいにはしゃいで、先生の手を握って歩いた。

 

 

 ーーーーそれが、どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 

 「先生?」

 

 ぴたりと、足が止まる。先生が向かっている場所が「自分の知っているところかもしれない」と、疑う。

 まさか、そんな、嘘だ。間違いだと、自分に言い聞かせて重たい足を引きずって歩いた。でも、目的地に近づくにつれて不気味な確信が首をもたげるのだ。

 違う、嘘だ、そんなわけない。

 その三つを連用して、歩いて、歩いて、歩いて……到着してしまった。

 目的地は、僕の想像通りの場所。

 

 「ちょっと待って、どうして、ここって……」

 「来ないのかい、吉野くん。

 君の大事な奥さんと息子くんはここだよ。」

 

 最近掴んだ、例の研究所の別支部。本部かもしれないと囁かれてたその白い建物の中に、僕の最愛がいると先生が嘯く。

 一目散に駆け出した。どこにいるのかなんてわからなかった。がむしゃらに走って走って、……見覚えのあるガラスドーム越しに、二人を見つけた。

 

 「凪さん、順平……っ!」

 

 順平は牢に繋がれていて、凪さんは透明な個室の中で眠っている。狭い部屋に大きなベットが備え付けてある。

 きっと、親子二人で寝てるんだ。そう、きっとそう……

 

 

 

 

  ………じゃ、ねぇだろ。

 

 

 

 

 「なんで、どうしてですか先生。

 どうして、凪さんと順平が……っ!」

 「吉野君、現実見てる?」

 

 先生が、白衣を着てそこに立ってる。羊水のような落ち着く声だと、今までずっと思ってた。でもそれは間違いだ。冷水をぶっかけられたような、ヒヤリと冷たい冷徹な声。

 

 「どうしてもこうしても、君の家族は僕の研究材料になっただけさ。」

 

 瞬間、僕を支配したのは殺気じみた強烈な怒気。

 

 「お前がやったのか……っ!」

 「そうだ。私がこの研究の責任者なんだ。」

 「なんで!!!」

 

 先生は、そんなことしない。先生は優しい。そもそも研究畑の人間じゃなかったじゃないか。

 それが、どうして急に。まさか、ずっと僕を騙してたのか?

 そんなまさか。もしそうならなんで、四級の中学生の頃からつきっきりで教えてくれたんだよ。

 矛盾してるじゃないか。そもそもその時、僕は凪さんとお付き合いしてたけど順平は生まれてなかったし、いやそれ関係ある?

 とりあえず、先生が強烈な悪意を持ってそれを成し遂げたと言うことだけは分かる。だから、苛つく。憎らしい。

 

 「なんで、なんでなんで! なんであなたがこんなことを! なんでこの二人だったんだ!

 どうして凪さんと順平を利用した!」

 「そりゃ、君の嫁と息子だからだ。」

 

 絶句とは、まさにこのことを言うのだろう。

 

 信頼を裏切られた悲しみ。

 信用を利用された憤怒。

 思い出を汚された哀切。

 そして、僕の最愛を踏み躙られた殺意。

 

  「君、非術師出身のくせにちょっと強すぎるんだよね。

 ()()()()()()()()()()()なんて、欲しくなっちゃうじゃないか。」

 

 最低なタイミングで、最高だったはずの恩師が、嗤った。もはや言っていることが理解不能で、呆然と立ちすくむ。

 

 「人造呪霊計画。面白いとおもうだろう?

 人間の術式をもとに、呪霊を作り出す。呪術師が死後呪いに転ずるケースってあるだろう、あれを故意に行うのさ。

 君の息子は君と同じ術式を持っていた。だから、君と同じ性能の呪霊を作りたかったんだが、半分失敗してしまった。

 いやぁ、術式を呪霊にするのは概ね成功したんだけど、【肉体と分離】するのが難しくてね、生まれながらに受肉した呪霊、と言ったところか。

 これはコレで面白いのだけれど。」

 「ふざけるな!!!」

 

 おもろしい!?

  どこがだ、ちっとも面白くなんてない!

 なんでわざわざ人間を呪霊なんかにする必要がある、新しく呪霊を生み出すことになんの意味がある?

 そして、何よりも。僕の順平になんてことをしてくれた!!

 

 「未来のためだ、多少の犠牲は仕方ない。

 本当に素晴らしいものは、地獄の底で生まれるものなんだよ。」

 「〜〜!!」

 

 先生はとろりと眠くなるような穏やかな声で、言い聞かせるように語る。

 地獄の底から生まれるものに、素晴らしさなんてあるはずがない。それを言えるのはジブリのアニメーターだけだ。

 フーッ、と興奮で荒くなる呼吸を無理やり整えようと大きく息を吸って、睨む。視界が赤く染まっていた。

 先生が「あ、そうだそうだ!」と。「言い忘れてたよ」なんて、手のひらに拳を打ちつけて言う。

 

 「吉野順平もだけど、吉野凪も面白いね。君が選んだ(ハラ)なだけある。

 配偶者の血統における潜在能力を最大限引き出した子を産む特異体質なんて初めて見たよ。

 すこし利用したけれど、素晴らしい成果をもたらしてくれた。」

 「……は?」

 

 

 こいつは、いま、何を言った??

 

 

  頭が、理解を拒絶する。分かりたくない、知りたくない。ただただ身の内側から溢れ出す純粋な殺意が、僕を支配する。

 

 「お前、今、なんて言った?」

 「だから、吉野凪の胎盤を利用させてもらった。分かりやすく言おうか?

 孕んでもらったんだよ。」

 

 意味がわからなすぎて、いっそ頭が冷静だ。

 凪さんが孕む? 乱暴したと言うのか、僕の凪さんに。

 ふざけるな。何しやがる。僕の最愛に、手を出しやがって!!

 凪さん、僕の凪さん。僕だけの奥さん。僕が愛してやまないたった一人の最愛のお嫁さんに、何をしてくれたって?

 先生はベラベラ喋る。ああ、口を開くなクソッタレ。

 耳を塞ぐことすらできない。体が固まって、動けない。

 聞きたくもないことを、楽しそうに笑いながら、語る(かたる)騙る(かたる)談る(かたる)

 

 「使ったのは五条家だ。残念だが時間的に一回しか試せなかった。

 もう二、三年くらい、君がこの施設のことに気がつくのが遅ければよかったのに。あと2回は試したかった。」

 

 使う? 試すだ? ふざけるな。

 僕の凪さんをなんだと思ってやがる。五条家、絶対に許さない。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなこんなの絶対ふざけてる!!

 

 「殺す。五条家も潰すがそれより先にまずお前だ。

 “トシノリ”先生……いや、鴨川俊則。僕はお前を愛さない。

 一度は愛したことすら憎い。」

 

 嗚呼、アイツが憎い。世界が憎い。全てが憎い。情報部の老害が憎い。目の前で笑う男が憎い。凪さんの尊厳を穢した連中が憎い。順平を弄んだ奴らが憎い。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いに決まってる!!!

 殺意に身を任せて、術式を使う。

 こんな奴、呪術師じゃない。呪詛師だ。

 こんなふざけた男を支援した奴らも呪術師じゃない。呪詛師だ。

 こんな、こんな、こんなふざけた男に大切な家族を任せてしまった僕も、呪術師じゃない。呪詛師だ。

 呪力がめちゃくちゃに膨らんでいた。何が起きてるかわからないけれど、ひたすら僕は【式神】を呼び続ける。

 

 「はははっ! やっぱりそうか、そうだったか!

 ああ、吉野公平。私は、()()()()()()()()!!」

 「そうか、死ね。」

 

 ばしゅん!

 僕の氷月が、心臓を食いちぎった。動かなくなった先生。ぽっかりと穴が空いた胸から、どくどくと血が流れていく。

 

 「あー、やるか。」

 

 ちょっと予定は早いけれど。

 そう、やけに冷静な頭で考える。

 ああ、やろう。今すぐにやろう。今しかないだろう。

 

 「腐った老害(ゴミクズ)、こーろそ。」

 

 

 






驚愕の事実! なんと、「鴨川俊則」先生はメロンパン入れだったのです!!
ちなみに鴨川先生(ご本人)は反骨精神で加茂本家に反逆し、吉野パパに気持ち悪いほどの術式の制御と共に「革命」の精神を植え付け、全幅の信頼を獲得した一級呪術師です。
めちゃくちゃ善良な人です。「のりとし」には関係がなかったのです!
「としのり」と名付けられたのもみそっかすな忌み仔野郎だったのでクソな親が「のりとし」文字って名付けたってだけなのですよ!!

それがなんの因果か、吉野パパの術式に目をつけたメロンパンが確実に吉野パパの肉体(術式)を手に入れるためだけと言う理由で、メロンパン入れに抜擢されてしまったのです!!
いやあ、衝撃ですね!! まさか、あんなにすばらしい人格者のトシノリ先生が!! こんなの、誰も想像していなかったでしょう!(すっとぼけ)

たくさん感想もらえて嬉しいです!


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だから僕は「愛」せない❶

五条悟・夏油傑VS.主人公

これから怒涛のラストです。


 《あー、はい。これちゃんと出来てるかな?

 んん、宣誓します。僕、吉野公平は、たった今、腐った老害を皆殺しにすることを決意しました。

 手始めに五条本家を潰しました。

 これから禪院、賀茂と御三家を襲撃します。》

 

 

 メガホン片手にそう言って。三脚に設置したビデオカメラに向かって演説する。

 

 《これは革命です。革命なんです。非術師家庭出身の術師の立場向上運動なんです。

 使い潰される僕らの魂の叫びなんです。リセットが必要なんです。

 みなさん、理解してください。

 僕の理想に同意してくれる方は殺しません。ですが、腐ったみかんは潰します。》

 

 最初からこうするつもりだった。最初からやることは決めていた。

 五条家皆殺しは予定に入ってなかったけれど、まあ仕方ない。

 大人も子どもも関係なく全滅だ。特に赤ん坊は一匹残らず殺戮した。

 大丈夫、苦しんで逝かせてあげたから、死後の世界で少しは罪が軽くなってると思うよ。

 

 《ですが、外道な研究続けてたクソは例外なく殺す。》

 

 ああ、口に出すたびに湧き上がる殺意。研究のキーワードだけで瞬間湯沸かし器だ。今なら「プッチン吉野」と呼ばれても仕方がないな。

 キーンと音割れして、うるさいからメガホンはそこらへんに投げた。肉声で、声を張り上げる。

 

 「お前ら、絶対に許さないからな。」

 

 ま、今更逃げても遅いけど。

 

 

 

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 2007年.7月8日

 

 たった一晩で、112人の呪術師を殺害した吉野公平は呪詛師に認定され、翌日早朝には討伐部隊として私と悟が送り込まれた。いや、送り込まれると言うのは正しくないだろう。だって、私たちは最初から「そこ」に居た。

 決戦の舞台は呪術高専東京校。思い出のある母校。

 正々堂々と、先輩は降伏を求めて攻め込んできた。私たちはその対抗勢力としてそこに居た。

 

 「やっぱり、お前らが出て来たか。」

 「や、殺しにきたよ公平。

 たった一晩でよくもまーおじいちゃん達殺しまくってくれたね。

 うちの本家まで潰してくれちゃってさー。

 助かったよ、ありがとう。」

 「あっはっは。お礼を言われるほどでもないぜ。」

 

 私たち以外無人となった高専は閑散としていた。先輩の術式(どく)を警戒し、「精鋭を送り込む」という結論に達したからだ。

 ようは、逃げただけだろ、と思った。だけど足手まといはかえって邪魔だし、それでよかったとも思う。

 先輩は敵の陣地に悠々と乗り込んできた。わざわざ帳を下ろして笑っている。

 

 「でもな、五条。お前は殺す。お前の家はお取り潰しだ。末の末まで俺が呪って呪って呪って呪って血の一滴残らず殺してやる。」

 「うっわ、殺意マシマシじゃん。

 俺なんかしたっけ?」

 「そうだな、お前はしてないかもな。だけどお前も五条だからな。ごめんな、すべからず殺し尽くすと決めたんだ。」

 「こっわ、いつもの愛情理論と真逆じゃん。」

 「悪いけど、僕は『五条』を愛せないんだ。」

 

 先輩の言う「五条」は、悟単品を示すと言うよりは、「五条家」という大きな枠組みを示している気がする。そんな、壮大な言い回しだ。

 一体、先輩に何が起きた。五条は先輩に何をした?

 先輩は何も答えない。ただ、狂った笑顔で呪力を練り上げていた。

 

 「お前への対策は十分だ。最近開発してるっつーご自慢のオート術式もな。」

 「へー、言ってくれるね。どうやって突破してくれるか楽しみだね。」

 

 悟が笑う。最近ずっと笑いっぱなしだけど、その笑い方だった。不気味な感じの笑い方。

 ……私は、今の悟の笑顔を好きになれずにいる。

 

 「言っておくけど、俺の無限が防ぐのは物理攻撃だけじゃない。毒もとっくに対策してる。」

 「僕と戦うのに対策してなかったらバカだろ。」

 「そーゆーこと。で、どうすんのセンパイ?

 毒は効かない。ドーピング身体強化したって物理攻撃は届かない。詰みじゃん?」

 「あっはっは、先輩舐めるなよ?」

 

 先輩は笑った。ケラケラ、腹を抱えて笑う。どこか自暴自棄にも見えた。先輩は可笑しそうに涙を拭った。

 

 「触れられないなら、届かないと言うのなら、アプローチを変えれてリトライする。研究開発とはそう言うもんだ。バカでもわかる話だぜ。」

 「へえ? さっきも言ったけど、先輩ご自慢の毒はシャットアウトしてるよ。

 新しい毒でも作ってた?

 まあ、残念ながらそれも俺には届かないんだけどね。」

 「うんうん、そうだな。毒は届かないな。

 ーーーーじゃあ、毒じゃなきゃいいんだろ?」

 「は?」

 

  ころりと、砂利に見紛うほど小さな貝が私たちの足元に転がっている。はっと気がついて「悟!」と叫ぶ。

 

 ーーーー先輩の策略はもう始まっている!!

 

 「僕の術式は当然知ってるよね。 呪力を毒に変えるんだ。

 さて、問題です。

 術式反転したら、何になると思う?」

 「……術式開示かっ!」

 

 叫んだ悟が警戒しても今更遅い。先輩がパチンと指を鳴らした。いつも敵に向けていた邪悪な笑顔を向けられる。剥き出しの殺意。

 

 「正解は『毒が薬になる』だ。残念だな五条。お前の無下限は確かに毒は通さないかもしれないが、定義が少し惜しかったな。

 薬の定義もたくさんある。薬も過ぎれば毒になるし、毒も使いようによっては薬になる。

 そして酒は万病の霊薬。アルコールだって薬だよ。」

 

 はっと、悟が目を見開く。心なしかーーー否。たしかに赤く上気した頬。のぼせたように、ふらりとたたらを踏む。

 

 「で、人にはアルデヒドデヒドロゲナーゼ2型っていう酵素がある。

 この酵素が点突然変異することでアルコールの強さってのは決まるんだ。

 お前は変異型ホモ接合体、つまり下戸。

 だから、すぐ酔っ払う上に悪酔いする。

 最強の呪術師、五条悟。アルコールに弱いのがお前の弱点だ。」

「ゔぇっ!!」

 

 悟が一気にゲボを吐いた。顔を真っ赤にさせて、ゆらゆらと揺れて、力が抜けていって、とうとう両手を地面について座り込む。

 

 「悟!!」

 「しゅう、う……。」

 

 呂律が回らない舌で、意味のわからない言葉を吐いて、ばたりと倒れた。「傑」と私の名を呼んだのかもしれない。

 まだ意識はあるけれど、立ち上がることもできない悟が「とろん」とした目で私を見ていた。

 

 「はは、無様だなぁ五条悟。」

 

 先輩が嘲笑う。悟を眺めて、くつくつ笑う。邪悪な表情。昏い瞳。冷たい声。平坦な口調。

 

「本当に、僕は運がいい。お前さ、まだフルオート術式完成してないんだよな。 ダメだろ、未完成なものを不完全なまま自慢したら。

 知ってるぜ、僕は知ってる。一月くらい前のことだ。

 お前が過労で倒れて医務室行った時のこと、知らないわけがないだろう。

 “体に害のあるもの”をフルシャットアウトしたら、薬効かなくなるんだよなぁ。

 点滴打とうとしたんだけど、針が刺さらなくてすっごい困ったことになったよな。

 で、なんとか意識取り戻して針刺したはいいものの、今度は点滴薬の静注が出来なくてさぁ。

 だから、概念的な遮断はやめて、しっかり細かく設定したんだ。その時、薬は例外にしたんだよなぁ?」

 

 ゆったりと、余裕ぶった足取りで先輩が悟に近寄る。伸ばした手は無限に阻まれて届かなかったけれど、先輩はそれでも満足そうに笑っていた。

 

 「薬といっても致死量超えたらそれは毒だ。だから薬用量で設定してたみたいだけど、残念。

 自分に合った濃度で設定しておかないからこんなことになる。個体差って知ってるか?」

 

 吉野先輩は、知識をひけらかすような人じゃない。つまり、これも術式開示。

 どれだけ追い討ちをかけるつもりだろうか。この間にも悟はぐらぐらと頭が揺れていて、とうとう気を失った。

 

 「お前の敗因は薬に関する知識が付け焼き刃だったこと。

 そもそも僕に相談しにきたくせに、そのこと忘れちゃ意味がないぜ!」

「クソ野郎……!!」

 

 思わず、言葉を荒らげて先輩を罵倒した。この人は、本気で悟を殺しにかかっている。説得とか、そんな次元の問題ではないのだ。

 殺すか、殺されるか。私たちは、すでに敵だ。

 

 「あーあ、可哀想にな。空気ごとシャットアウトしちまえばこうはならなかったのに。まあ、無理か。

 そんなことしたら、今度は酸欠で死ぬ。

 しっかり急性アルコール中毒で殺してやるから。安らかに死ねよ。 」

 

 とん、と。先輩がわざとらしく靴音を鳴らす。「さて、次は夏油か。」と言って、グッと伸びをした男は、余裕だ。

 改めて、脅威を感じる。吉野公平という特級呪詛師の存在に。

 

 「えげつないですね、先輩。まさか悟が瞬殺されるとは。」

 「何事も、対策すればどうにかなるんだ。」

 

 ばーん、と。指鉄砲で自分の米神を打った。「意外と頭脳派なんだよ」なんて、先輩が冷ややかに笑う。

 

 「んじゃ、第二ラウンドと行こうか。」

 

 先輩が、私を見据えていた。濁った瞳で、投げやり気味に。

 



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だから僕は「愛」せない❷

バトル後半戦。
バトルシーンで流血描写や欠損描写があります。





 「夏油。僕は正直、五条よりお前の方が厄介だと思ってるよ。手数が無駄に多すぎる。

 例の術式抽出、やってるんだろ。」

 「ええ、まあ。」

 「五条と同じアルコール攻撃もお前ワクだから意味ないし、あーあ。」

 

 吉野先輩が愚痴る。「お前はあのクソどもと同類だ」と責められているようで、拳を握る。構わない、それも覚悟の上だ。

 自分でも罪悪感はあった。自分の新しい力が、とんでもない犠牲と外道の上に成り立っていることなど、自分が一番理解している。

 でもそんなことすらお見通しなのか、先輩は「すまない」と謝罪する。

 

 「いや、責めてるんじゃないんだ。お前のそれはお前自身の術式の一環だろう?

 発想をもらった場所はクソだが、利用できるものはどんどん使う精神、僕は好きだ。」

 

 ああ、そういうところは先輩らしい。呪詛師に堕ちても、そういうところは変わらないのかと拳を握る。

 そりゃそうだ、変わらない。たった一日でそこまで変わったら逆に怖い。わかっているけれど、わかっているからこそ受け入れ難い。

 

 「先輩、これも先輩の言う革命なんですか。」

 「そうだな。一番手っ取り早くて悪手な、頭の悪いやつのする革命だ。」

 「先輩の大嫌いなフランス革命と同じですね。」

 「そうか、そうだな。そうかもな。」

 

  けひ、と。引き笑う。悟の様子に注意しながら、私は先輩と対峙する。昏倒しているが、無限ははり続けている。

 これなら、先輩と派手に戦っても悟は無傷だ。

 

 「でも大丈夫だ、夏油。僕はそこまで愚かじゃない。

 フランス革命(アレ)は教育を受けてないノータリンの平民たちがお綺麗な理想だけ抱えて、その先なんて考えずに起こした突発的で衝動的で感情的な革命だ。

 自分たちの上に立つ奴ら全部殺し尽くして、その先どうするかなんて考えてないから失敗した。

 僕は頭が悪くない。フランス革命の二の舞にはしないさ。突発的で感情的だけど、ちゃんと計画的な革命さ。

 僕は殺す奴らは選んでる。高専の運営に関わってないくせに、権力に固執する老害どもを殺してる。

 ああいう奴らに限って発言力が強いんだ。ある程度のゴミ掃除は必要だろう?」

 「考えが足りませんよ。

 非術師出身の特級呪術師である先輩が叛逆を起こして、そのせいで他の非術師出身者の立場が悪くなるとか考えなかったんですか?」

 「そのためのお前だろうが、夏油傑。」

 

 どうして、そうなる。

 

 「お前も、僕と同じ非術師出身の特級呪術師だ。そして、そこでグースカ寝てギブアップ中の尊い(とーとい)五条家の御子息に変わって僕を倒したお前は、英雄になる。」

 「わざと負けるつもりですか?

 私にハリボテの英雄になれと?」

 「バカ言うなよ、戦うなら本気に決まってる。僕はお前に勝つつもりで勝負を挑んでる。

 それでも、負けるかもしれないと考えてしまう程度に、お前は最強なんだよ。」

 

 まるでジャンケンゲームだ。そう言って先輩は両手を広げた。ごろごろと蛤……蜃が地面を転がる。氷月が群体となって先輩の背後に集まって、織姫が悠然と宙を泳ぐ。

 

 「五条に勝てる俺は夏油に負けるかもしれなくて、夏油が勝てない五条は僕に負ける。」

 「決めつけはやめてくださいよ。

 私も悟は“最強”なので、勝負つかずに引き分けですよ。」

 「あっはっは!

 それをいうなら僕は無敵だ!

 そう簡単に負けてなんかやらないさ。勝負の布石は打ってある。」

 

 ニヤリと、邪悪に笑った。待ってましたと言うように、「ぎゃははは!」と下品な笑い声をあげる。

 

 「何のためにべらべら無駄話したと思ってんだバーカ!

 泣き言言うだけだと思ってたならおめでたい脳みそだ。ノーテンキなお花畑野郎は帰って呑気にねんねしな。

 夏油、お前は五条より攻略難易度は高いけどそれだけなんだぜ!

 天才の僕にかかれば、まだ作用機序が判明していない毒薬を生み出すことだって可能なんだよ!」

 「薬科学者にでもなればいいんじゃないですかね。高専卒業後は裏口で薬科大でも受ければよかったのに。」

 「家庭第一だっつってんだろ。」

 「耳タコなので知ってます。」

 

 先輩を睨め付けながら、私も一体の呪霊を召喚する。蛇の呪霊。そいつは、召喚されて早々、私の腕に噛み付く。

 

 「は?

 調伏できてねーの、そいつ。」

 「さあ?」

 

 くすりと、おもわず笑う。邪悪極まりない表情は、どちらが正義でどちらが悪だかわからない。

 いいや、ちがう。どちらも悪だ。毒を以て毒を制する。呪術師なんてそんなものだ。

 

 「それじゃあ、私もお返しに。

 この呪霊はだいぶ前に調伏したやつで、基本的に攻撃には向かない。

 等級としては四級程度。なんで今、こんなのを呼んだと思います、先輩。」

 「はっはーん、術式開示か。いいぜ、聞いてやるよ。」

 

 それはどうも、なんて言って笑ってみせる。残念だけど、先輩。その余裕は間違いだ。

 

 「こいつができるのは毒の霧を吐くだけだ。

 毒は一種類じゃない。ありとあらゆる毒を吐き出す。先輩の術式と似てますね。

 でも、もう一つ特性がある。」

 「ふぅん、どんな?」

 「中和と解析です。

 血を舐めることでありとあらゆる毒を解析し、牙から分泌される分泌液はありとあらゆる毒を中和する。つまり、名付けるならば解毒呪霊。

 長々とご静聴ありがとうございます、お陰で先輩渾身の毒、解毒できましたよ。」

 「はあ!?」

 

 唐突に余裕を崩された驚愕。私は「はっ」と鼻で笑ってやった。余裕ぶって術式開示なんてさせるからそうなるんだ。あなたは、少し私を舐めすぎだ。

 

 「先輩の『蜃』を見てから似たようなやつ探して、ようやく見つけたやつですよ。

 まあ、蜃と違って残穢の吸収ができないんですが、ね?」

 「僕対策としてはこれ以上ないってことか。

 ………っ、はーーーーっ!!」

 

 盛大なため息。片手で顔全体を覆って、指の隙間から私を睨んでた。

 

 「ご都合主義みたいな呪霊出してくんなよ。」

 「それ、先輩に言われたくないですね。」

 「ったくよー。どこから見つけてくるんだ、そんなイロモノ呪霊。ほんと、相性最悪だ。」

 「私もそう思いますよ。」

 

 じゃんけんゲーム、上等だ。私は先輩に勝だねばならない。先輩を殺さねばならない。これが私の「愛」なのだ。

 今の先輩は私の愛した先輩ではない。私は、私の記憶の中で生きる昨日までの先輩を愛してる。

 だから、コイツは殺す。

 

 「ま、毒がダメなら物理だな。

 さあ、僕の一番弟子。体術勝負と行こうか。」

 「お手柔らかにお願いします。」

 「無理!」

 

 先輩が、突っ込んでくる。真っ直ぐ、愚直にどストレート。しかし速度が早すぎる。不意打ちに一瞬避けるのが遅れて、腹に一撃、重いのを食らった。

 

 「夏油、覚えてるだろう!

 僕の呪力は=毒だ!」

 「知ってますよ、拳に呪力を纏わせてぶん殴る。初歩中の初歩ですよね、とっくに対策済みです!」

 「そーかそーか!」

 

 それを警戒して、体表を呪力で覆ってある。いくら解毒呪霊がいるとはいえ、そっちを先に祓われたら詰みだ。なるべく表に出すのは避けたい。

 今の先輩は確実にそれを狙っていた。先輩の血液以外では解毒できないと言う「絶対のアドバンテージ」を奪われたのだから、それから潰しにかかるのは基本だろう。卑怯なんかではない、戦略だ。

 

 「じゃ、素直に物理で殺してやるよ。

 織姫、形態変化。」

 「なんですかそれ、そんなことできたんですか?」

 「素直に手の内を明かすわけないだろう?」

 「いや、わりと明かしてましたよ。喧嘩の仲裁とかで。」

 「はは! 

 凪さんを守るためなら、僕はいつだって全力()()()さ!」

 

 先輩が呼び出したリュウグウノツカイが、「形態変化」の一言で金色の刀身の大太刀へと形を変えた。いつだったか織姫は物理攻撃向きとは言っていた。だけど、式神「を」けしかけるんじゃなくて式神「が」武器に変わるなんて思うか、と言うことだ。

 どうやってそんなことを可能にしてるんだ。普通はありえない。そもそも先輩の術式は「呪力を毒に変える」と言うのが基本であり、実体を持った毒というのが先輩の式神だ、構築術式じゃない。

 

 「(ならば、何か仕掛けがあるはずだ。)」

 

 先輩の大太刀での攻撃を、一年ほど前に入手した武器庫呪霊の中に入っていた呪具の数々で対抗する。

 これは名前は知らないが、なんかの打刀だ。等級として一級か二級の呪具だろう。

 至近距離で受けて、式神武器化の謎に気づく。

 

 「……鉱物毒か!」

 「大、正、解!!」

 

 打ち合った時に生じた火花と、強烈なニンニク臭。これはおそらく硫砒鉄鉱。愚者の金だ。刀身の金色で気づくべきだったか。

 

 「洒落にならないですね、先輩……!」

 「そう言いながら瞬時に呪力で鼻と口元覆ってるのが流石だな。

 敵としては小憎たらしいけれど、師匠としては嬉しいところだ。」

 「弟子として喜んでおきますよ。」

 

 キュ、と。靴が音を鳴らす。睨み合う。夏の生ぬるい風を頬に感じながら、息を飲む。

 

 「それで、どうしようか?」

 

 小首を傾げる。空気は緊迫したまま、張り詰めている。私も先輩も呪力を練り上げて敵対している。

 いつも稽古していた場所で先輩と死闘を繰り広げることになるとは、昨日までなら想像すらしなかった。

 

 「僕はお前の師匠だ。確かに最近実力が拮抗気味だけど、お前の癖は知り尽くしるよ?」

 「そう言う先輩だって、私にバトルスタイル知り尽くされてるじゃないですか。」

 「うんうん、せいぜい頑張れよ?」

 「はい、()()()()()()()()()()よ。」

 

 【ぱちん。 】

 

 瞬きを一つ。次に目を開いた時、先輩は目前に迫っていた。

 私はあえてかがみ込み、刀の柄で思い切り先輩の鳩尾を殴りつけた。

 

  「今の、わざとか?

 引っかかったな。」

 「それはどうも。」

 

 ぺ、と血反吐を吐いて、手の甲で口を拭う。

 

 「先輩、どうして呪詛師なんかに堕ちたんですか。」

 「ははは、お前だってきっとわかるよ。敬愛に裏切られて、最愛を失った時。愛は裏返って憎悪になるんだ。」

 「そうですね。だから私は今、先輩を憎んでいる。」

 

 敬愛(センパイ)に裏切られて、最愛(さとる)を害されて。憎しみと義務感と残った愛が、殺意に変わって発露している。

 

 「なあ、夏油。僕の何がダメだったのだろうか。愛に生きると言う僕の生き方は間違っていたのだろうか。」

 「知りませんよ。でも、私は先輩の生き方に救われましたよ。」

 

 武器庫呪霊から特級呪具・游雲を取り出して殴りかかる。術式が付与されていないがゆえに、使用者の膂力に威力が左右される三節棍で、先輩の頭部を狙う。

 しゃがみこんで下に避け、バネを使って懐に飛び込む先輩。

 

 「(それを狙っていた……!!)」

 

 姿を消して隠れていた呪霊が、口を大きく開けて現れる。驚愕して目を見開いたが、次の瞬間には笑った。()()()口に飛び込み、そして呪霊の体内で術式を使ったのだろう。毒に侵された二級呪霊はどす黒い斑点を体に浮かべて、破裂する。

 

 「ああ、愛していたんだけどなぁ。信頼していたんだよ。だけど、あの人も所詮御三家の人間だったってことだろう。」

 

 スイッチが入った。そう思った。先輩は術式を応用して身体能力を上げることができる。赤血操術を文献で知っていた鴨川先生に発想をもらい、形にしたと言う術式の応用。

 ああ、本当に。呪毒操術は汎用性が高い。

 

 「僕に革命を教えたのは先生だった。先生じゃしがらみが邪魔でうまくやりきれなかったから、僕が引き継ぐんだって考えてた。」

 

 ドーピング中は視野狭窄になる。足止めのために私は仮想怨霊・衝立狸*1を呼び出し、無理矢理進行を妨げる。

 急加速からの急停止。ただでさえドーピングで枷が外れてる先輩の体が無茶苦茶な動きで悲鳴をあげる。

 その明確な隙を狙い、遊雲で急所を殴る。内臓破裂を狙った連続攻撃。

 衝立狸の足止め効果が切れた瞬間、先輩は後ろに飛びのき攻撃の手から逃げた。当然、追いかけ追撃する。

 血反吐を吐いた……と思われたが、吐き出したのは真っ赤な【氷月】

 「あれはやばい」と本能が警告音を鳴らして、咄嗟に召喚した礒撫(イソナデ)*2に全て丸呑みさせる。一級呪霊だと言うのに、即死だった。

 

 「トシノリ先生が好きだった。お父さんってこんな感じかなって、ずっと思ってたし、心の中では「お父さん」と呼んでいた。」

 

 体勢を立て直した先輩が氷月の軍隊を突撃させた。氷月の隙間から織姫が目視する。

 ……氷月の群れはブラフで、本命は織姫による物理攻撃か。

 

 「(地上にいては分が悪いな。)」

 

 私は呪霊に乗って「上」に逃げる。地上の先輩を狙撃する。卑怯だなんて言わせるものか。地上はさながら地獄だ。

 私の無差別な攻撃でグラウンドは核兵器でも使ったような有様に成り果てている。それでも、先輩に致命傷を与えられていない。

 さすがは特級。避け切れない時だけ織姫や氷月の軍団を盾にして、被害を最小限にとどめながら回避を続ける。

 

 「僕の敵は呪詛師や呪霊だけじゃなくて、背中を預けるべき味方だって敵だった。

 凪さんと順平を二人、マンションに住まわせるなんて怖くてできない。

 かと言って高専に住まわせるのも怖いよ。敵が自由に侵入可能な場所じゃ、守れるものも守れない。」

 

 上空からの砲撃に追加して、一級を同時に三体突撃させた。これなら、流石の先輩も避け切れないだろう。

 ゆえに、さらに追い討ちをかける。

 私は呪霊の影に紛れて飛び降り、先輩の背後をとった。

 呪霊に注意をひかれ、隙だらけの背中に一閃。

 刃は、()()()

 

 「(私が今斬り殺したのは……っ!)」

 

 蜃が作り出した幻!!!

 

 「まさか、裏切られるなんて思わなかったんだ。」

 

 ドン!と背中に衝撃を感じる。腹から、硫砒鉄鉱の刀身が伸びていた。

 ……やられた。さっき見えた織姫は形態変化の(この)為だったか。

  げぽ、と。血を吐く。ぼとぼとと、真っ赤な血が地面を濡らす。

 

「そんなこと、考えることすらしてなかった。

 罵れよ、僕は盲目になっていた。先生なら絶対安心だって、根拠もなく考えてた。」

 

 内臓をかき混ぜるように剣を動かして、引き抜く。私は耐えきれずたたらを踏む。今度は私が隙だらけになる。

 だけど先輩と違うのは、私が本体であることだ。

 

 「というか、上層部ってなんなんだよ。どいつもこいつもバカばっかり。

 腐ったみかんのバーゲンセールとはとても的確な喩えだ。

 あの任務以来、ずっとさ、殺したいっと思ってた。ゴミをピックアップして、疑われない程度にじわじわ暗殺してた。

 あいつらみんなジジイだからさ、立て続けに死んでも疑われないんだよね。」

 

 右腕が切り落とされる。

 左腕は織姫に食われた。

 地面に落ちた腕は、先輩が遠くに放り投げて【5メートルぐらい遠くに】飛ばされた。私はそれを()()()()()()見送った。

 パニックになるなと、興奮しすぎるな、血を流しすぎるな、と自分に言い聞かせる。

 大丈夫、大丈夫。

 

 ーーーーーー()()()()()()()()()()だ。

 

 「でも、そういうのもやめた。僕は、憎しみのままに殺すと決めたよ。」

 

 両足に激痛。氷月が足を覆い尽くしていた。しゅうしゅうと肉が溶けるひどい匂いと、蒸気が上がる。

 先輩はそれを悠然として見ていた。

 

 「僕の勝ちだよ。」

 

 先輩が刀を構えて笑っていた。そうだろうと、私も笑った。

 私の右腕は切り落とされ、左腕は織姫に食いちぎられた。

 両足は氷月の毒に食われて抉れ、骨が露出しもう立てない。

 完全に、【詰み】である。ギリギリのところで生きている。棺桶に片足突っ込んでるとは、今のような状態のことを言うのだろう。

 

 「何か、言い残すことはあるかい?」

 「……じゃあ、最後に一つ。」

 

 喋る事すらギリギリの状態。霞む視界。血の匂いを強烈に感じながら、血の味を舌に乗せて最後の呪いを仕上げる。

 

 「吉野先輩。私はあなたに戦い方を教えてもらいました。

 先輩はいつも私たちをボコボコにして「後輩を実力でねじ伏せるのが楽しい」とかいうゲスでゴミなクズ野郎でした。

 いつも食堂でボコられては、悟と二人で「いつかマジで殺す」と言って闇討ち方法を考えたりしたものです。」

 「ん? なんでめっちゃ悪口言われてんの僕?」

 

 言い残すの本当にそれでいいの? なんて先輩は言う。私はそのまま話し続ける。

 

 「先輩はいつも卑怯だった。私たちの手の内をわざと曝け出させた後に、後出しでボコってくるクソ野郎でした。

 私のことを「手数が多い」と言いましたが、私からしたら先輩の方が手数が多かった。

 そして、先輩にボコられ続けた二年間。私は嫌ってほど思い知ったんですよ。

 ーーーーー世の中、卑怯な奴ほど強い。」

 「うん、そうだね。だから夏油は僕に負けた。」

 「はは!」

 

 思わず、笑う。ああ、よかった、()()()()()()()()()()。【私の勝ち】だ。

 

 「後出しの権利は先輩だけじゃない。

 私と長々と対面して語り合った。それだけで術式“解放”の条件は整っている。」

 

 

 呪霊操術極の番・抽出術式、『逆夢』

 

 

 夢と現実をひっくり返す術式。この術式に「印」は必要ない。()()()()()()()()()()()()()()ことで、対象を夢という領域に引き摺り込む。

 「夢」の領域で自分に起きた事象は、術式を解放することで「現実」に反転する。【死ぬこと】以外ならば、どんな事象も反転する。

 術式の発動条件は「十秒間その場にとどめること」で、領域に引き摺り込むトリガーとなる事象は瞬きをすること。

 術式を解放し、事象の反転を行う際も同じ条件が必要となる。

 その名の通り、【逆夢】だ。夢で見たことが現実では反対になる。トリッキーがゆえに使い所が難しい。

 つまり、この領域の中で手足を切り落とされた私がこれを「現実」に反転させると………。

 

 

 

 

 「っはー。

 だるまにされたら、僕は何もできないなぁ。」

 

 

 

 先輩は、手足を失いだるまになる。

 これが私の新しい力。呪霊操術(わたし)の極意。

 

 「私の勝ちです、吉野先輩。」

*1
大きな衝立となって足止めをする呪霊。徳島土着の妖怪が呪霊となったもの。

*2
鯨ぐらい巨大なサメ型の呪霊。尾鰭には細かい針がおろし金のようについている。



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さよならお前ら、愛してるぜ!



▼主人公、死す


 「私の勝ちです、吉野先輩。」

 

 そう言った私に、先輩が血反吐を吐いて「まいったなあ」と声を上げた。

 

 「いつの間に追い抜かれたんだろう、悔しいなぁ。」

 

 術式の抽出のことを最初に言及したのは僕なのにさあ、なんて。先輩は言った。

 先輩の腕は吹き飛ばされていた。私が先程飛ばされたように。

 先輩の足は溶かされていた。私が先程溶かされたように。

 

 「ギリギリですけれど、私の勝ちです。」

 「うん、そうだね。文句のつけようもなく夏油の勝ちだ。」

 

 領域の中でつけた傷は全てひっくり返る。つまり、私が先輩につけた傷は全て、私に返っている。 先輩は平然としていたから見誤っていたが、先輩だって重症だった。肺に肋が刺さってるようで、息が苦しい。内臓もいくつかやられてる。

 動くのもきつい。けれど、やることがある。

 私はどくどくと流れる先輩の血を片手で掬って、悟の顔面にぶっかけた。血液は「解毒薬」として無限を通過し、ぽかっと開いた口の中に入る。

 これで、毒の問題は解決した。

 

 「……言い残すことはありますか?」

 

 自分だってボロボロで死にかけなのに、私は先輩にそんなことを聞いた。聞いたところで意味があるのかわからない。だけどきっと、意義はある。

 

 「あるね、ありまくりさ。

 でも先に、お前の恨み言から聞きたい気分かな。」

 「そうですか、それじゃあ言わせてもらいますよ。」

 

 先輩はへらりと笑って、申し訳なさそう顔で誤魔化す。眉間に皺を寄せて、下手くそに口角を上げていた。

 泣きそうにも見えた。先輩の泣き顔なんて、見たことないからわからないけれど。

 

 「なんで、今だったんですか。何で一人でやったんだ。

 なんで、なんでこんな急にクーデターなんて起こした!!」

 

 恨み辛みがポロポロ溢れて、濁流みたいだ。涙も一緒に流れ出た。先輩は、「ごめんなぁ」と下手くそに笑う。

 

 「ごめんな、夏油。どうしても、許せなかったんだ。」

 「凪さんと順平に、何があったんですか。」

 「あっはっは、やっぱりわかるか。」

 「何があったんですか。」

 「……お前にしか教えたくない。」

 

 2回、聞いた。一度は誤魔化そうと笑った先輩を同じ言葉で咎めた。先輩は少し躊躇って、そして言う。それは信頼というより、ともに同じ十字架を背負うが故の、連帯感に似ていた。

 

 「夏油は、僕の共犯者だからな。」

 「例の研究所のことですか。」

 「そう言うことだ。」

 

 勿体ぶってるんじゃなくて、瀕死だから。先輩はやけにゆったりと話し出す。

 

 「例のさ、人造呪霊計画ってやつ覚えてるだろう?」

 「ええ、覚えています。」

 

 それで、死んでいった呪術師の子どもたちを二人で埋葬した。今でも、時間が空いたら墓参りに行っている。それはここ一年、私も先輩も変わらない習慣になっていた。

 

 「(まさか……)」

 

 気づいてしまった。先輩が躊躇った理由も、その先に続く地獄にも。

 

 「順平と凪さんが、やられた。」

 

 先輩の怒りは、正当な怒りだ。怒らないわけがない。恨まないわけがない。殺さないわけがない。

 だって、そんなの、許せない。愛せない。

 愛する人を害されたのだから、当然の報復のはずなんだ。

 私だって、暴れたいほど怒ってる。暴れられないのは自分だって重傷だから、それだけ。

 

 「順平は生きたまま呪霊にされた。例の術式移植の実験の逆のことされた。順平の術式で呪霊を作るつもりだったらしい。

 まあ、半分成功して半分失敗したらしいけど。

 お陰で僕の可愛い可愛い最愛の順平は半分呪霊の歪な存在だ。

 凪さんだって、五条家の胎盤にされた。多分、無下限と六眼の抱き合わせ生まれてんぞ。それっぽい赤ちゃんは皆殺しにしたけど、まだ生きてるかもしれない。

 はー、なぁにが潜在能力を引き出す至高の胎盤だ、人の嫁に何してくれてんだクソ野郎!!」

 

 「だから、殺したんだよ」と。先輩の言葉が重く響く。

 結局、あの研究に関与する呪術師を全て見つけ出すことはできていない。誰がどこでどう関わっているかなんて、広すぎてわからないから。

 だから、先輩は保守派だろうが穏便派だろうが無差別に殺したのか、と納得した。

 結局、私たちの敵である老害に違いはない。

 きっと、誰もが先輩の実力を甘く見ていた。先輩は、殺そうと思えばいつだって殺せたのだ。先輩ほど暗殺向きの術師はいないだろう。

 そして、起きたのがこの虐殺劇。

 私は先輩の恨言をしっかりと聞いていた。失血死寸前だろうが、言葉を話すのをやめない先輩の魂の叫びを、聞いていたかった。

 

 「でも、1番のクソ野郎は僕だ。守るなんて言いながら、地獄に叩き落とした。

 僕なんかのせいで、凪さんと順平が不幸になる。」

 

 そんなことはない。だけど、口は挟まない。余計なことを言って、先輩の言葉を遮りたくなかった。

 先輩は、死ぬ。それは変わらない。

 先輩は、殺す。それも変わらない。

 なら、ギリギリまで。語ってほしい、刻みつけてほしい。

 

 「夏油。何がなんでも隠してくれ。僕のこれは、二人が殺されたからとか、そんな感じででっち上げて報告してくれよ。それも別に嘘じゃないからさ。

 お願いだから、僕の最愛を守ってくれ。

 ひどいこと言ってるのはわかる。

 だけど、僕は!

 ……もう凪さんと順平を守ることはできない。」

 

  ああ、無念だ。そう吐き捨てて、先輩は泣いた。しゃくりあげて、涙も拭わずに。

 いいや、拭えずに、が正しいか。先輩の腕は5メートル先に飛ばされてる。反転術式を使えば元に戻るだろうけれど、それを行うにも呪力が足りない。

 膨大な呪力量を誇る先輩でも、最初から老害を呪殺したり、悟の隙を突くために散布したり、私との戦闘で片っ端から使ったら、いくらなんでも空っ穴(からっけつ)だ。

 絶対強者だった先輩が、敗者となって遺言を託す。

 そんな姿は、見たくなかった。

 先輩はなんやかんや言いつつ私たちと同じ道を歩くと、こんな“今”になってまで信じてる自分がいたことに驚く。

 卒業しても、なんだかんだと高専にいた。

 先輩は嫁バカと親バカを炸裂させながら高専にずっといて、悟をハブって先輩と私と、灰原・七海の四人でクーデターを成功させて、「あの頃は大変だったんだよ〜」と呑気に笑って。

 先輩は大反対するけれど、結局順平くんが高専に入学して、呪術師になって。順平くんが任務行くたびにぐずって張り付いて凪さんに怒られる、みたいな。

 そんな日常が、未来が。あると信じて疑っていなかった。

 でも、それはもはや幻想だ。

 先輩はここで死ぬ。先輩は、私が殺す。

 先輩の野望も、希望も、理想も、全部ここで散ってゆく。

 私が、散らす。

 

 「死人の戯言だ、聞き流してくれていい。

 でも、お願いだ。

 やり方は任せるから、凪さんと順平だけは助けてほしい。呪術(こっち)の世界に、二度と関わらせたくない。」

 

 へらりと、先輩は笑う。本当はもっと生きたいくせに、未来に居たいくせに。

 変なところで責任感のあるバカだから、どうしようもない汚れ役を背負って死ぬ。

 まったく、こんな独断専行があっていいはずがない。それを考えないからこの先輩はドクズなんだ。

 

「わかりました。私は先輩の共犯者です。

 ……先輩の遺志は、私が継いでやりますよ。」

 

 だけれど、仕方がない。やるしかない、やらねばならぬ。私には使命ができた。生きる理由ができた。先輩を踏み台にして、私はさらに上をいく。だから、やり遂げるんだ。

 

 「革命、やりますよ。私が、やり遂げてやりますよ。

 だから先輩は、凪さんと順平くんの背後霊でもしながら眺めていてください。」

 「あっはっは! 

 そっか、そうか……。

 

 

 

 ………ありがとう。」

 

 死者の戯言になんて、しない。この先輩の表情を、私は一生覚えて、抱えて、生きていくと自分に誓おう。

 悲しいくらい、綺麗な笑顔だ。切ないぐらい、悲痛な涙だ。忘れられるものか、忘れたりなんてするものか。

 

 「ちょうど五条もお目覚めだ。」

 

 悟のまつ毛が少し揺れる。ゆっくりと開かれた神秘的な青は、私たちの姿を写した瞬間極限まで見開かれる。

 

 「なあ夏油、前言撤回だ。今言ったこと、全部無かったことにする。

 凪さんと順平は、お前ら後輩どもに全部任せる! 

 僕は二人の背後霊しながら見守ってるから、好きなようにやりやがれバーカ!」

「は、なに……、なにが……!?」

 

 まだ、アルコールが抜け切ってないのだろう。ふわふわしてる悟が、呂律の回らない舌で喋る。そんな悟を見て、先輩は笑ってた。

 さっきみたいな嘲笑じゃなくて、普通に、()()()()()()()笑った。

 憎しみを親愛で押し込んだみたいな、そんな複雑さがあったけれど、清々しい笑顔だ。

 

 「おう、クソ後輩ども。最後の先輩アドバイスだ。耳かっぽじってよく聞けよ。

 夏油はあんまり一人で抱え込むな、人を頼れ。五条ともっと本音で喧嘩しろ。

 五条はもっと周りを見ろ、そんでお前も人を頼れ。お前だけ最強でも意味ねーよ。

 自分の強さばっかり見てたら、いつか足元掬われる。……僕みたいになるな。」

 

 先輩の命の灯火が、消えようとしている。もう残り僅かもないだろう。それなのに、先輩は脂汗を流しながら、命を削りながら。

 

 「ああ、そうだ。最後にこれだけ言っておく。」

 

 最後の演説が始まる。先輩お得意の、愛情論だ。

 血反吐を「ぺっ」と吐いて、口の端から血を流して、そんな満身創痍な先輩の遺言。

 私は、傾聴する。拝聴する。記憶に刻みつけるのだ。本当に、最後なのだから。

 

 「いいか、クズども。みんなで、愛し合って生きろよ。

 愛を忘れるな、絶対にだ。愛さえあればなんでもできる。

 逆に愛を忘れちまうと、どんどん悪い方に落っこちまう。

 なにせ、愛は無敵の呪いだからな。」

 

 私は呪力を練り上げる。術式を発動させながら、最後まで聞き届けて、そして笑ってみせた。

 

 「はい、先輩。

 私は、私たちは。愛を忘れずに、愛し合いながら生きていきます。」

 「よろしい。それじゃーーーー」

 

 先輩は、一番いい顔で笑った。この瞬間を、遺影にしてやりたいほど綺麗な笑顔で。

 

 「愛してるぜ、お前ら!」

 

 どしゅっ!

 悟が、呆然と見ていた。私と、吉野先輩を見ていた。

 最後の一瞬まで、最後の最後まで。

 目に焼き付いて離れない。先輩の鮮烈すぎる生涯は、打ち上げ花火みたいに盛大に上がって、儚く消えていく。

 遺体を丁寧に抱き上げて、私は微笑んだ。

 

 「心から敬愛してました、吉野先輩。」

 

 あなたの遺志は、私が引き継ぎます。




これで一区切り。
一部はもうちょっと続きます


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そして愛は呪いになった[起]



一部最終章、起承転結にわかれてます。 一時間ごとに一話あげます

あらかじめ予告しておくと、九十九由基に対する熱い風評被害があります。
私は呪術廻戦推しキャラが夏油傑、吉野順平、東堂葵なのでむしろ九十九さんは我が推し東堂のお師匠様で大好きなんです。信じてください。










 [2007年.8月]

 

 先輩の処刑から、一ヶ月が過ぎた。悟が最強に成った。あの日死にかけたのを最後のきっかけにして。

 任務も全て一人でこなす。硝子はもともと危険な任務で外に出ることはない。必然的に私も一人になることが増えた。

 死にかけてパワーアップとかサイヤ人みたいな生態してるな、とからかう気力も湧かない。

 

 「あ! 夏油さん!!」

 「灰原……。」

 「お疲れ様です!」

 

 先輩を殺したのを知ってるのに、灰原は私を責めない。いつも通りすぎて、今の私には少し辛い。

 いっそ、「何で殺したんですか!」と責めてほしい。そうしたら、私だって……

 

 「何か飲むか?」

 

 浮かんだ考えはあまりにも自分本位で、私は首を振ってその考えを払拭する。

 「ええ、悪いですよ」と遠慮の姿勢を見せながら「コーラで!」と乗っかる灰原に「フフ」と笑ってしまう。

 

 「明日の任務、結構遠出なんですよ。」

 「そうか、お土産頼むよ。」

 「了解です!!

 甘いのとしょっぱいの、どっちがいいですか?」

 「悟も食べるかもしれないから、甘いのかな。」

 

 日常。あまりにもよくある、平凡な生活に戻っている。吉野先輩という空白があるのに、平然と世界は回る。

 それが、ひどく息苦しい。

 

 「……灰原。

 呪術師やっていけそうか? 

 辛くないか?」

 「それは、吉野さんがいないのに、ってことですか?」

 

 「そうだ」と頷けば、灰原は「そうですか」と頷き返す。

 先輩を殺した私は、予言の通り「英雄」扱いされていて。誰もが口を揃えて同じことを言う。

 『最悪の呪詛師、吉野公平を倒した夏油傑』と。

 反吐が出る。それでも。そんな称号を背負って、私は着実に地位を確立していった。

 革命の準備は整っている。これなら、5年以内に「予備校」は実現するかもしれない。

 だけど、同時に。私たちは思っていたよりもずっと、悪意に晒されていたのだと知った。

 

 「正直、この先どうなるのかなとは、思います。

 僕はあまり深く考えない方だから、吉野さんみたいに暗躍できるとは思えないし……。

 それでも。」

 

 灰原は、笑った。あの日、「軽蔑なんてするわけがない」と言った時と同じように、無邪気に咲う(わらう)

 

 「僕は、自分にできることを精一杯頑張りたいです。僕たちが理想とした水槽を作るために!」

 

 

 その水槽に入れたかった人は、もういないのに?

 

 

 「夏油さんは迷っているんですか?」

 「……そう、かもしれない。」

 

 今更、こんなことを考えて何になる。

 灰原が「夏油さんが弱音吐くなんて珍しい」と声を上げて、「私だって弱音くらい吐くよ」と微笑み……はたと、気づく。

 思えば、私が弱音を吐けるのは吉野先輩の前だけだったんじゃないか?

 先輩を愚痴袋にしていたつもりはないけれど、そう言うことだろう。

 

「(後輩の灰原に弱音を吐くなんて。)」

 

 また、()()らしからぬことをしてしまったと、ため息をついた。だめだ、年上として、格好つけねばならぬのに。

 その点、吉野先輩はうまかったな。いつも情けないぐらい格好悪い姿を見せてたのに、なぜか尊敬してしまう。

 

 「私は、先輩にはなれない。」

 「そりゃ、そうですよ。

 夏油さんと吉野さんは違う人間じゃないですか。」

 「そうか、そうだな。」

 

 当たり前のこと言われたのに、やけに胸がスッとした。最近、少し気鬱になっているのかもしれない。

 話を聞いてくれてありがとうと、灰原に声をかけようとした、そのとき。

 

 「君が夏油くん?」

 

 その女は現れた。

 ライダースーツのジャケットを片手に持って、黒のハイネックノースリーブとジーンズパンツ。長い髪を下ろしている、前髪を真ん中分けにした背の高い女。

 一目見ただけで「強い」とわかった。

 

 「君は、どんな女が好み(タイプ)かな?」

 「どちら様ですか?」

 

 見知らぬ女に警戒する。高専にいると言うことはこの人も呪術師か、その関係者だろう。しかし高専に入学して3年目の私が、一度も見たことがないとなると話は変わる。私を「夏油君」などと馴れ馴れしく呼ぶのも。

 特級になってから。そして先輩を殺してから。部外者は総じて私を「夏油()()」と呼ぶ。

 私に対する敬意であり、礼儀だ。

 

 こんなふうに馴れ馴れしく「夏油君」なんて呼ぶ輩は大体限られてる。

 血統にしか自信のないゴミか、ゴミと繋がって私に取り入ろうとするカス、それか一部の「同格」の存在。

 この女は、どちらだろう。

 

 「自分はたくさん食べる子が好きです!」

 「灰原……」

 

 灰原が私の隣で平然と告げる。ほう、と謎の関心をする女に私は再度警戒したし、警戒心のない灰原に呆れる。

 

 「大丈夫ですよ、悪い人じゃないです。」

 

 人を見る目には自信があります、と灰原は笑う。「自分が敬愛する先輩を殺した男」の隣に座っておいて。

 灰原が「そろそろ失礼します!」と席をはずして、空いた席に謎の女が座る。

 

 「で、夏油くんは答えてくれないのかな?」

 「まずはあなたが答えてくださいよ。」

 

 ああ、悪い悪いなんて悪びれずに言った女が、得意げに笑う。灰原のおかげで警戒も薄れた。私が隣に座るように促す。

 ベンチに腰掛けた彼女は、得意げに笑って言葉を紡ぐ。

 

 「特級呪術師 九十九由基、って言ったらわかるかな?」

 「!!

 あなたが、あの……!?」

 

 思わず、瞳を見開く。「お、いいね。どのどの?」なんて自分を指さす女に、先輩から聞かされた愚痴エピソードを並べていく。

 大体「あいつが海外プラプラしてるせいで真面目で妻帯者な僕に任務がアホほど回ってくる」だとか、「あいつが真面目に受けてくれたら僕の負担は半分になる。」だとか大体家族関係の愚痴だったけど。

 

 「私、高専って嫌ーい。」

 「高専っていうより、吉野先輩ですけど。」

 「っち、吉野くんか。そりゃ悪口吹き込まれまくるよね。」

 

 親しかったのだろうか。どこか気安い感じで手足を投げ出した九十九由基が「じょーだん」と軽く告げる。

 

 「でも彼と方針が合わないのは本当。

 吉野くんは腐った上層部ひっくり返して「革命」したがってたけど、呪霊に対するスタンスは高専と同じで対症療法。

 私は原因療法がしたいの。」

 「原因療法?」

 「そ、呪霊を狩るんじゃなくて、呪霊の生まれない世界を作ろうよってこと。」

 

 まあ、吉野くんには『家族を養い続けるのにも、今のまま高給取りな呪術師のほうがいい。』って振られちゃったけど。

 そう繋げて言った彼女が、視線を横に流す。すっと自然な動きで私と目を合わせて、薄く笑う。

 

 「……夏油くんは興味があるみたいだね。」

 

 少し、授業をしようか。そう言って始められた講義に、背筋がゾッと冷え込んだ。

 全人類から呪力を無くす、もしくは全人類を呪術師にする。

 前者はともかく、後者の方法。私は、それに心当たりがある。

 

 「(まさか……。)」

 

 憎悪。

 私の脳を支配したのはまさにそれ。非術師を呪術師に変える。それは、「由緒正しき腐った呪術師が自分の利益のために追求した研究所」だと思っていた。けれど、まさか……!!

 

 「九十九さんは、■■県の□□山の研究所の関係者ですか。」

 「は?」

 

 す、と。脳みそが冴え渡っていた。

 私は、復讐するべき相手を見誤っていたのかもしれない。

 私の殺気を浴びながら、呆ける九十九由基。片手で彼女の首を絞めながら、私は『ソレ』を追求した。

 

 「それとも、□□県の■■市の方ですか?

 どっちでもいい。お前はあの腐った研究に関与してたのか?」

 

 謎だった、呪霊の提供源。特級呪術師のこの女なら余裕だろう。

 考えれば考えるほど辻褄が合うような気がして、首を絞める手に力がこもる。

 

 「何?

 君、何か心当たりでもあるの?」

 「答えろ。答えによっては殺す。」

 「うわぁ、物騒だな。」

 

 首を絞められておいて余裕綽々の女に、傑は舌打ちをする。九十九由基は降参するように手を挙げて、「答えるよ」とため息ついた。

 

 「ああ、はいはい。

 その研究所だっけ、知ってるか知らないかといえば、答えはYESだ。

 知ってるよ、その存在はね。でも何の研究をしてたかは知らない。

 任務でその研究所にいった後くらいから、急に吉野くんが「革命思想」を活発化させただろう?

 その原因かもしれない、と言う程度だ。」

 「お詳しいんですね。それだけじゃないだろう。」

 「いいや、それだけだ。」

 

 もうなんにもない、と。九十九由基は自白する。

 

 「以前、吉野くんにも同じことを聞かれてね。

 毒殺寸前で拷問されながら自白させられたんだ、流石に忘れない。」

 

 ……嘘ではないのだろう。言い分も納得できなくもない。結局、そのまま九十九由基は帰った。

 見送りに赴けば当てつけみたいに「これからは特級同士、()()仲良くしよう。」なんて言って。

 

 「あ、そうだ。最後に。」

 

 くるりと、ヘルメットとゴーグルをつけた九十九由基が「星漿体のことは気にしなくていい。」なんて言い出す。

 

 「あの時もう一人の星漿体がいたのか、すでに新しい星漿体が生まれたのか。どちらにせよ天元は安定しているよ。」

 「……でしょうね。」

 

 そんなの、高専にいる私こそが一番わかっている。わざわざ言うなんて、やはり当てつけだったのだろう。

 悪いことは連鎖して起こる。

 翌日。灰原が瀕死の重傷で高専に帰還した。

 




▼九十九由基を熱い風評被害が襲う!!

九十九さん嫌味で言ったわけじゃないですし、気を遣って色々教えてくれたいいねーちゃんなんです!
ただ夏油くんは先輩殺して精神参ってて、腐った上層部のご機嫌取りしながら力を蓄えてて、ナイーブになって色々マイナスに捉えまくってるだけです

東堂葵がタッパと尻がでかい女が好きになった理由と思われる推定・初恋の人たる九十九さんを嫌いになる分けないでしょう!
最初はそんな敵対フラグはなかったんですけど、原作読み返しながら小説書いてたら夏油とパパが勝手に動き出してしまったんですよ!

2部では最高に輝いてもらいたい。


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そして愛は呪いになった[承]

「なんてことはない二級呪霊の討伐任務のはずだったのに……!!

 クソッ!! 産土神信仰、アレは土地神でした。一級案件だ……!!」

 

 目を負傷した七海が嘆いていた。太ももから下。下半身を大きく欠損して、灰原は昏睡状態になって帰ってきた。

 何とか一命を取り留めた、と言う状態で正直再起は絶望的。

 

 「今はとにかく休め、七海。任務は悟が引き継いだ。」

 

 何となく、何が原因だかわかっていた。灰原と七海が襲われた理由。それは……

 

 

 「吉野さんがいなくなったから、当てつけでしょうね。」

 

 3日後、ようやく灰原が目を覚ました。硝子の反転術式で下半身は元に戻っていたが、昏睡した事実は変わらない。

 それでも、冷静に状況を分析して結論を出していた。

 「革命派は全部殺したいんですよ」ときっぱり言い切って、「やはり上は腐ってる」と嫌悪の表情で吐き捨てる。

 

 「じゃあ、何で私は殺されない。」

 「多分ですけど、夏油さんが吉野さんを殺したからじゃないですか?

 だから、反革命派になったって思ってるのかも。」

 「……笑えない冗談だな。」

 

 反革命派どころか、私が新しい革命派のリーダーなのに。メンバーは私と灰原と、七海しかいないけれど。

 吉野先輩の革命はひっそりと侵食していくというものだから、大袈裟に宣伝していなくて、メンバー探しも高専に入学してくる若く、染まってない一般家庭の呪術師をターゲットにしていた。

 おなじ一般出身でも、すでに呪術師として活動しているものは声をかけない。

 彼らは希望を抱かない。深いところまで「諦観」が染み付いているから、始める前に「無理だ」と首を横に振る。

 先輩の理想を応援してくれていた唯一の大人たる鴨川俊則だって、結局は加茂家の人間だった。

 大人は信用できない。

 

 「それで、灰原はどうするんだ。」

 「……七海が、呪術師をやめようって。」

 

 珍しく苦い顔をして、灰原は言った。

 一昨日の七海ならありえると思った。悟が引き継いだと聞いて、「もうあの人一人で良くないですか?」なんて投げやりに言った七海だ。一命を取り留めた灰原と共にこの世界から逃げ出そうとするのも当然の帰結に思える。

 

 『七海(アイツ)は、優しすぎるじゃん。』

 

 また、吉野先輩の言葉を思い出す。七海という人間がぶっ壊れる瞬間を、きっと私は目撃していた。

 灰原は「七海は心配性だから。」と言うけれど、七海はもうそれしかないのだ。

 七海の最愛は灰原なのだ。だから、失う恐怖に逆らえない。

 私たちには、もう吉野先輩がいないのだ。もう、先輩に守ってもらうことはできない。

 私では先輩の代わりに盾になることすらできない。

 

 「このまま呪術師を続ける限り、吉野さんが敵と言っていた腐った上層部は僕たちを殺そうとしてくる。

 脅威となる前に。」

 

 強くなって、革命なんてされたら堪らないって言うことですよね。なんて、灰原は言う。

 自分がこのまま呪術師あることを前提にする語り口に、「やめろ、灰原」と名前を呼んで静止させた。

 

 「やめません。」

 「もういい、何も言うな。」

 「僕は革命をやめませんよ、夏油さん。

 たとえ術師として復帰できなくても、僕の心は革命児のままです。

 僕は、絶対に革命を諦めません。」

 「……そうか。」

 

 思わず、眉間を親指で押さえる。先輩一人かけただけで、この有様か。少人数にも程がある組織なのに、今にも空中分解してしまいそう。頭が痛い。

 

 「でも、それでも言う。呪術師をやめろ、灰原。

 お前、死ぬぞ。」

 「知ってます。」

 

 だからなんですか、などと灰原は断固として譲らない。灰原は止まらなかった。

 

 「僕が呪術師をやめたら革命はどうなるんです?

 夏油さんは一人でやるつもりですか。」

 「そうだ。」

 「嫌です、許しません。」

 

 許す、許さないの問題じゃないんだよ。聞き分けろよ。

 余裕が1ミリもない。内心をあるがままに曝け出せば、きっと灰原も失望するだろう。

 でも、それは嫌だと思う。

 

 「……なら、せめて。今だけは呪術界から離れてくれ。今の私じゃ、お前を守れない。」

 「守られたいなんて思ってません!!」

 「それでも!!

 灰原まで死んだらどうすればいいんだ……!!」

 

 先輩が死んで、灰原が死んで。そしたら、あの三人で語り合った日々まで消えてしまう気がして。怖いと思った。

 今更、先輩の凄さを思い知った。守るとは、これほど難しいものなのか。そして私たちがどれだけ先輩から守られていたのか今更気がつく。

 先輩は、死ぬべきではなかった。

 

 「……わかりました。でも、今だけですからね!」

 

 灰原が、ようやく了承してくれた。私はほっと息を吐いて、「それでいい」と頷く。

 灰原の目は未だ闘志に燃えているけれど、それでもよかった。

 

 「僕は、いつか絶対に呪術界(こっち)に戻ってきます。5年以内に!」

 

 せっかくなので、教員免許取ってきます! と、灰原が笑った。

 予備校の講師は任せてください! と。やけにポジティブにそう言って、俯いて。泣きそうになりながら「だから」と小さく呟く。

 

 「だから、笑ってくださいよ夏油さん。」

 「……無理だ。」

 

 「すまない」とは、言わなかった。謝ることじゃないから。

 ただ、私が……嫌になる程弱いというだけの話だ。

 






まだ続きます!


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そして愛は呪いになった[転]

失敗してたので上げ直しました
花譜ちゃんの「過去を喰らう(作詞・作曲:カンザキイオリ)をBGMにして読んで欲しいです





 灰原と七海が離脱した。私は、一人でできることを精一杯、頑張る必要があるのだろう。

 

 祓う、取り込む。その繰り返し。

 

 呪霊から術式の抽出を繰り返し行う。

 何度も失敗する。

 成功に限りなく近い現象は一度きり。一度だけ抽出し移植できた準一級の術式……【逆夢】は、たった一度の使い切りで終わった。

 

 祓う。

 取り込む。

 

 もしかしたら、一級以上の呪霊でなければうまく抽出できないのかもしれない。

 今年の夏は忙しい。

 昨年頻発した災害の影響もあったのだろう。蛆のように呪霊が湧いた。実験材料に困るどころか、うんざりするほど大量に有った。

 

 祓う。

 取り込む。

 抽出する。

 失敗する。

 

 皆は知らない、呪霊の味。

 吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしているような。

 

 祓う。

 取り込む。

 

 「(ーーー誰のために?)」

 

 あの日から、ずっと言い聞かせている。一度は結論を下した自分の「道」が、また揺らぎだしている。

 私が見たのは何も珍しくない、周知の醜悪。それに非術師も呪術師も関係ない。どっちもクズでどっちもゴミだ。

 

 「(ブレるな。)」

 

 先輩の遺志を継ぐと決めたばかりで、何を揺らいでいるというのだ。

 私がこんなで、革命はどうなる。私は、非術師出身の特級だ。先輩を殺した私が、先輩の代わりに旗印になると決めたばかりだろう。

 私はどれだけ先輩に依存していたというのか。

 絶対的な信頼を寄せていた。先輩は絶対に揺らがず折れず、理想の強者だった。憧れだった。

 憧れを殺した。

 先輩は、卑怯な手段で負けて、折れて、叛逆した。

 理子ちゃんは非術師に殺された。呪術師に守られるだけの弱者に殺された。

 先輩は呪術師に殺された。同じ呪術師に殺された。

 灰原も呪術師に殺されかけた。先輩の庇護が無くなったから。

 

 『世の中は卑怯な奴ほど強いんだ。』

 

 先輩の言葉はいつだって正しかった。

 卑怯な奴ほど強い。卑怯な奴は弱いのに、私たち強者を虐げ、殺す。

 何が正しいのか、わからなくなってきた。

 いや、分かっていたと思っていたものを、しっかり分かっていなかったという話だ。分かったような気になっていただけ、それだけ。

 

 祓う。

 取り込む。

 抽出する。

 移植する。

 失敗する。

 

 私の新しい力も、そんなゴミの塊の上に成り立っている。嫌悪すべき力。しかし貪欲を誇れと先輩は言った。

 私がブレるほど、私に笑って殺された先輩が穢されていく心地で、毎日食べては吐き戻す。

 

 祓う。

 取り込む。

 抽出する。

 移植する。

 

 成功した時、「やった」と小さく声が漏れた。そんな自分を憎悪した。

 私は、これを喜ぶべきではない。

 苦しみの果てに、一縷の希望を見つけたような気持ちになるのは間違いだ。私は先輩の共犯者だ。先輩が憎み、愛せないと言い切った人間と同じところに堕ちたくない。

 私は、私は先輩に「愛」された私のままでありたい。

 これを希望と考えてしまうから。

 私の信念はとっくの昔に腐り落ちていて、身も心もとっくの昔に外道に堕ちきっていたのだろう。

 

 

 

 

 

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 2007年、9月。

 ■■県■■市(■■村)

 任務概要

  村落内での神隠し、変死、その原因と思われる呪霊の祓除

 

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 「これはなんですか。」

 

 監禁された少女たち。猿が、何かを言っている。人の言葉を話せよ、鳴き声がうるさい。

 

 『こいつら、生きてる意味あるか?』

 

 先輩の言葉が頭をよぎる。ええ、はい。そうですね先輩。意味、ないですね。

 私は今、この瞬間。この少女たちを愛しました。同情しました。情愛を抱きました。愛情を、確かに抱いたのです。

 愛したものをぞんざいに扱われるのはひどく腹正しくて、殺意が湧き上がる。先輩が言う通りだ。

 

 『親愛も、友愛も、愛着も。それは全部愛なんだ。

 お前も知ってる通り、僕は「愛」に従って行動してる。

 愛してる人を守りたいし愛してるから強くなりたい。

 だけど、僕の愛の外にいる奴らのことなんて、興味ないね。』

 『愛する人が殺されてそれを祝福する奴らなんてすべからず死ねばいい。

 術式を使うからダメなんだ。使わなければただの傷害罪だ。』

 『力は愛する人のために使うものだ。

 有象無象なんてほっておけ。』

 

 ええ、本当に。先輩の言葉は何から何まで正しい。まさに真理ですね。

 残穢を残さなければ完全犯罪、術式を使わなければただの傷害罪。呪術規定さえ破らなければいい。

 愛せないゴミは、掃除する必要がある。わたしにはそれができる。先輩の『蜃』と同じような呪霊は見つからなかったけれど、残穢を別のものに変えてしまう呪霊なら見つけたんですよ。

 今の私なら、私の呪力を別の呪霊や呪詛師のものに偽造して、鏖殺することだって可能だ、きっと。

 

 「(ーーーやってしまおうか。)」

 

 まだ使ったことがないからどれだけの精度で偽装でわかるのか不安だ。だけど、だけど完全犯罪にほとんど近い状態で殺害が可能だ。

 

『やり方は任せるから、凪さんと順平だけは助けてくれ。こっちの世界に、二度とか関わらせたくない。』

 

 ふと、走馬灯のように言葉が蘇る。先輩が泣きながら、哀願した言葉が、ぐわングワンと頭蓋骨の中を反響する。

 

『お願いだ、夏油。何がなんでも隠してくれ。ひどいこと言ってるのはわかる。

 だけど、僕は、もう凪さんと順平を助けることはできない。』

 

 ーーー………ああ、そうだった。

 

 「私には、まだやるべきことがある。」

 

 人間の言語を介さない猿にやる温情なんてものはない。だが、私が守らなければならないものがある。成し遂げねばならない理想がある。

 今、こいつらを殺し尽くすのは容易い。だけど、それをしたら私たちが作りたい水槽を作れない。

 ここで猿を滅殺することは簡単だ。完全犯罪に限りなく近い犯行だって成し遂げられる。だが、疑惑はついて回るだろうし、一度踏み越えた一線は次のハードルを低くしてしまう。

 それは、きっと近い将来で障害になる。

 それに、今、ここで。非術師を皆殺しにするとして、全ての非術師を鏖殺するとしたならば、先輩の愛する凪さんも殺さなくてはならなくなる。それは、駄目だ。そんなことは許されない。先輩の代わりに、守ると決めただろう。

 私が凪さんに抱く感情は恋ではない。だが、確かに愛なのだ。

 私が順平くんに抱く親心に似た感情も、愛なのだ。

 そして私がこの少女たち二人に抱いた感情だって愛で、愛はすなわち人の価値。愛なきものに価値はなく、故にこの猿どもには慈悲などいらない。

 

 「しっかりしろ、夏油傑。」

 

 先輩の遺志を継ぐと、決めたのは私だ。投げ出すことは許されない。

 

 「(やっていいのは術式なしで、半殺しまで。病院送りまでは許容範囲内。)」

 

 私は未成年で、呪術規定さえ破らなければどうにでもなる。先輩の言葉を思い出す。

 

 「私にも、先輩の蜃のような呪霊がいれば良かったのだけれど。」

 

 仕方がないから、私は諦めよう。かわりに報復はしてやろう。

 なにせ、愛する者を害したやつなど、すべからず死に絶えればいいのだから。

 





先輩殺害(七月)→九十九襲来&灰原離脱(八月)→村事件(九月)
一ヶ月ペースでメンブレ案件が襲ってくる。


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そして愛は呪いになった[結]



これにて一部完走です。
先に謝っておきます、ごめんなさい。





 双子を高専に連れ帰ると、案の定夜蛾に呼び出された。補助監督を通して夜蛾に報告されたみたいで、コッテリ絞られ拳骨が落とされた。

 謹慎処分だそうだ、二週間の。

 術式を使わなかったとはいえ、村人百人あまりを素手や角材で殴りつけて半殺しにして病院送りにしたら、流石に処分しないといけないらしい。

 とはいえ、私が非術師だったら少年法があるとはいえ暴行罪で逮捕されるだろうし、呪術師でなければ「理性的な行動だったので今回は特別に」などとは絶対にならないだろう。

 やはり先輩の言うことは正しかった。もしかしたら先輩も同じような経験をしたことがあって、それが故のアドバイスだったのかもしれないだなんて考える。

 

 ……吉野家空き巣事件がそれなのかもしれない。

 

 悟には盛大に揶揄われ、術式を使わなかったとはいえ村一つ病院送りにした理由を話したら「そりゃそうだ」と納得されてしまった。

 悟は、善悪の基準を私に合わせてるところがあるからちょっとアレだけど、硝子と歌姫先輩にまで肯定されるのは少し変な気分だった。

 見知らぬ呪術師(おそらく非術師出身の人)にまで「よくやった!」と肩を叩かれ、この業界は本当にイカれてるな、と再確認する。

 

 「夏油さーん!」

 

  灰原が手を振っている。「こんなところに来たら七海に怒られるぞ」と言ったら、「七海には内緒にすればいいんです!」なんて、堂々と言ってみせる。

 

  「それより、村一つ病院送りにしたって本当ですか!?」

 「本当だよ。」

 

 灰原の質問に頷く。理由を語ったら灰原は「そうですか!」と笑って頷いた。

 

 「吉野さんが聞いたら喜びそうですね。

 『これで夏油も愛の伝道師だ!』って。」

 「はは、言いそう。」

 

 むしろ、言ってる姿があっさり想像できて笑ってしまった。

 

 「それで、どうするんですか。」

 「革命のことだろう?」

 

 はい、と灰原は頷く。私たち革命児は吉野公平というリーダーがいなくなってからすこしふわふわし始めてしまった。

 特に七海は深刻だ。「革命などもう不可能だ」と諦めてしまってるようだし、最悪の場合存在を無かったことにしてしまいそうな勢いだと言う。

 私と灰原の意思は変わらず「吉野派」で「革命派」だけれど、これからの方向性について揉めるかもしれない。

 なにより、私は先日の任務で生き方を決めてしまった。

 

 「私は、先輩の遺志を継いで革命を続ける。でも、革命の内容よりも先輩を嵌めた奴らへの復讐を優先してしまうかもしれない。

 灰原はどうする?」

 「どういうことですか?」

 「これからのことだけど。」

 「そりゃあ当然、夏油さんについて行きますよ!」

 「……いいのか?

  先輩の革命、私が私物化してしまうよ?」

 「でも、夏油さんは吉野さんの遺志を継いでくれるんでしょう?」

 

 なら、それは僕が進みたいと願った道と同じです。灰原は、怒りと嫌悪に顔を歪めて吐き捨てた。

 

 「僕も、怒ってるんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 「……そうか。」

 

 灰原の言葉に動揺しないように、自然な動作で瞳を閉じた。そう、これは私の嘘だ。

 先輩の遺言を果たすために、私はいくつかの嘘をついた。

 

 

 「クーデターに感づいた上層部が、先輩への見せしめとして凪さんと順平くんを殺した。」

 「先輩が言う研究所とは、五条悟のクローンを作り出す研究をしていた。」

 「五条本家を襲撃した理由は、クローン製造の主体になって動いていたのが彼らだからで、研究の裏で無関係の非術師が大量に殺されていた。」

 

 

 そう、嘘をついた。凪さんと順平くんを守るためには、彼らが死んだことにするのが一番都合が良かったのだ。

 戸籍は新しく作り直した。苗字も名前も同じまま。

 いや、「吉野」の苗字は凪さんの旧姓ということにしたから、完全に同じわけではないか。

 本当は、苗字も名前も変えるべきだ。でも、先輩から凪さんと順平くんを取り上げたくなくて、凪さんと順平くんからも先輩を奪いたくなかった。

 

 そうだ、私は凪さんと順平くんから先輩の記憶を消した。関わらないのが一番幸せだと思ったし、それが先輩の願いだったから。

 

 順平くんの中の呪霊は封印特化の呪霊で魂ごと封印した。面白いと言っていいのかわからないけれど、呪霊を封印したら順平くんの脳は非術師の脳に変わってしまった。

 【特級人造怨霊】は順平くんの術式から生まれた呪霊だと言うし、呪霊を封印すると言うことは術式を封印すると言うことになるのかもしれない。

 「術師から術式を封印したら、非術師になる」という仮説を立証する為、呪詛師討伐の際に実験してみたら見事成功した。

 術式のみを抽出して封印するのは難易度が高く成功率は低いが、有用だ。

 将来、上層部のゴミを掃除するときに使えるかもしれない。

 記憶もこの封印呪霊で二人から消した。「吉野公平」の記憶を分離し、封印した。

 そう言うのがあっさりできてしまうから、吉野先輩には「ご都合主義みたいな術式」と罵られたのかもしれないな、と苦笑する。

 凪さんと順平くんから「吉野公平」の記憶を消して、父親という存在を無かったことにしてしまうのは悲しかった。あんなに二人を愛していたんだ、せめて苗字くらい、残しておきたかったんだ。

 でも、そんなこと灰原は知らない。当然だ。

 灰原には先輩の大虐殺の裏にある「クーデター」の汚れ仕事のことしか語っていない。凪さんと順平くんの「真実」は誰も知らない。

 知っているのは私ただ一人。悟にだって教えてない。

 これだけは、たとえ先輩の遺志でも譲れないのだ。

 全部話してしまえば楽になるだろう。でも、私は楽になりたいわけじゃない。

 私と先輩は運命共同体だった。だから、この秘密だって私と先輩ただ二人の秘密で、先輩が死んだ今は、私一人が守るべき秘密。

 これは、意地なのだ。

 

 「七海にも教えていいですか?

 七海も()()()()()ですし。」

 「ふふ、そうだね。今度は、七海にも教えてあげようか。」

 

 意外と本格的に進んでいたクーデター計画に驚くかもしれないね、なんて笑い合う。笑い事なんかじゃいけれどね。

 

 「悟だけハブって、怒るだろうね。」

 「五条さんはノリノリで協力してくれそうですけどね。」

 「ダメだよ、灰原。」

 

 これは、私たち一般出身の呪術師がやり遂げなければ意味がない。呪術師の名家の五条家の、ご当主様の悟がいては意味がない。特級呪術師の五条悟ではダメなのだ。

 御三家の実質当主が革命に参加したら、革命に成功しても将来的に「五条家」という家単位が余計な真似をする可能性がある。先輩によって本家は潰れたけれど、分家からすでに人が集まって「本家」を名乗っていると言う。

 私は、悟を愛してる。悟は私の最愛だ。信用しているし信頼している。でも、御三家の一角である五条家は信用できない。

 でも、そんな裏事情を灰原や七海に教えたりはしないさ。余計な気苦労を被るのは、()()の私だけで十分だ。

 

 「私たちでやりきった方が楽しそうだろ?」

 

 灰原が「そうですね!」と笑う。私も笑う。

 明るい未来というものを、幻視して。

 

 「(見ていてください、吉野先輩。)」

 

 特級呪術師の夏油傑が、この濁った水槽を浄化してみせましょう。

 

 

 

 

 

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

  とある山奥の研究所。火災に遭い、煤だらけの廃屋で、一人の男が目を覚ました。

 

 「ああ、思ったよりいい調子だ。」

 

 体の具合を確かめるように、男は軽く運動する。手のひらを宙空に突き出して、男はニヤリと笑った。

 

 「蜃、氷月、織姫。」

 

 式神の支配権もしっかり手中に収まっている。うんうん、これは絶好調だ。

 この体に目をつけたのは、随分と前のことだ。この男が呪術の世界に来た当初から、狙っていた。

 正確には『蜃という式神を生み出したとき』から、評価していたのだ。

 

 『呪毒操術』という、新しい術式の可能性に。

 

 「未知の毒や、呪いの毒。ありとあらゆる毒と、呪い。自分が好きなようにデザインしたものをそのまま具現化する術式。

 彼の貧困な認識で【毒】止まりだっただけ。

 ……最初に仮説を立てたときは自分でも正気を疑ったが、実際に実現できてしまうのだから、ね。」

 

 この術式は可能性の塊だ。「呪力を毒に変化させる」というのは術の本質ではない。

 肉体と共に術式を獲得して「やはり」と笑う。

 この術式の根源は【穢れ】だ。

 

 「うーん、それにしても想定通りの行動だ。

 五条悟の2Pの存在を仄めかせば、五条本家に目を向けると思ったんだよね。大正解すぎて笑えるぜ。」

 

 この体を手に入れようと決めたはいいが、少し持ち主が面倒な男だった。これを庇護していた鴨川と言う男も。

 素直に手に入れるのは難しい。だから、ほんの少し遠回りをすることにした。

 長い時を生きる私だ、多少時間をかけても「通過点」として許容範囲内だ。

 『この男』に、唯一無条件で心をゆるす存在がいたのも好都合だった。

 魂を破壊するための、自然に体を手に入れるための布石をあっさり手に入れたときは笑いを堪えきれなかったし、その「布石」も自分の研究に役立つ珍しいものだった。

 とくに、女の方は1000年に一人生まれるか生まれないかというほどの稀有な体質で、似たようなのは「明治」の時に一人ぐらい。

 だが、明治の女よりも優秀な胎を持っていた。

 思わぬオマケに「運がいいな」と言葉に出すほど、満足のいく胎だった。

 

 「ーーーー君が心の底から憎んで、殺したかった子どもは()()()()()のにね。」

 

 からりと、一つの部屋を開ける。部屋の中央にポツンと一つ、NICU *1が置いてある。中にいるのは()()()()()()()

 

 「ふふ、肉体をもらったお礼だ。どうせ聞こえやしないだろうけど教えてあげるよ。

 コレは 五条替(ごじょうかわる)。その名のとおり、代替え品だよ。

 最後に君にも教えたけどさ、吉野凪の胎盤は本当に本当に優秀だったんだ。想像以上の完成度で笑えてきちゃうぜ。」

 

 悪辣に、悪烈に。男はにやにや頬杖をついて()()を嘲笑う。

 

 「安心しておくれ、これからは僕が『吉野公平』になってあげよう。

 吉野凪と吉野順平の『お父さん』として、彼らは僕が、骨の髄まで利用してあげるから。」

 

「だから、」と言って、男は自分の額をなぞった。額の、縫い目を「ついっ」と指でなぞった。

 

 「僕の(のろい)の為に死ね、吉野公平。」

 

 暗闇の中で、男は一人。「けひっ」と邪悪に笑っていた。

 

 

*1
新生児集中治療室




屋烏之愛
読み方 おくうのあい
意味 溺愛、盲愛のたとえ。
「屋烏」は屋根にとまっている烏(からす)のこと。
その人を愛するあまり、その人に関わるもの全て、その人の家の屋根にとまっている烏さえも愛おしくなること。
出典 『説縁』「貴徳」
類義語 愛屋及烏(あいおくきゅうう)
愛及屋烏(あいきゅうおくう)

[四字熟語辞典より参照]


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幕間
初期設定(プロット)




初期プロットみたいな感じのやつです
とりあえず設定書き殴ったり、裏設定書いたりしたやつ。
裏話とか2部ネタバレ要素も含みます。ぶっちゃけ読まなくてもいいやつです。




 初期タイトル:「愛ほど怖い呪いもない。」

 

 主人公…吉野公平

 

 さしすの3つ年上の先輩、歌姫同期。

 クソサイコな既婚者。

 原作開始時 : 死没(生きてたら31)(脳に寄生されてる)

 特級呪術師

 吉野順平の父。15歳の時に彼女妊娠させてしまい、父になったので現在事実婚。

 18になったら籍をいれる。

 年上彼女の凪さん(2歳年上)を溺愛しており、呪術高専に来たのも「家族を養うためです!!」

 頑張って稼いでるうちにいつのまにか一級に。

 そして使いっぱりをしてるうちになんか突然発生した特級呪霊と一級三体を単独討伐し、その功績を認められて特級呪術師になった。

 星漿体任務前に夏油傑と共に行った謎の研究施設で発生した呪霊の討伐から、上層部ヘイトが強まる。

 (だが、この時公平が討伐した呪霊はすでに謎の研究施設でのりとしにより創造されたもの)

 

「愛は無敵の呪いだぜ。愛さえあればなんでもできる。」

 

 

 卒業後は非常勤講師として高専で働く。

 

 隙あらば嫁自慢と息子自慢をしてくるので後輩にはウザがられてる。

 なお、「新婚を引き裂くことは誰にもできない」と言って山の麓のマンションから

 

 〜凪さんとの出会い〜

 呪霊が見えるせいで我が子を受け入れられなかった母が家を出てゆき、父も息子を愛せず虐待。(基本ネグレクト、酒が入ると暴力)

 再婚したが、父は家にあまり帰らず、継母に「お前のせいだ」と虐待される日々。

 ある日、買い物帰りに公平の家の前通った凪さん(当時14歳・レディースやってた)がガラスの割れる音と怒鳴り声を聞いて、吉野家にネギ持って突撃。

 あざだらけな上に頭から血を流してる公平(12歳)を発見して、「何やってんだよあんた!」と怒鳴り混んで公平を救出。

 突然のレディースヤンキーにビビった母は逃げて、凪は救急車よんだ。

 それから入院することになった公平だが、凪さんは「助けてあげた誼」といってお見舞いに来てくれて、公平はしっかりばっちり恋に落ちる。

 一人暮らしをすることになった公平に「じゃあウチくる?」と居場所を提供し、凪さんの家族にも受け入れてもらい。

 水族館デートの際に、水槽に呪霊がいるのを目撃して怯える公平に「どうした、気分悪い?」と心配する。

 「凪さんに嘘つきたくない」

 「ねえ、凪さん。凪さんは、あそこにいる水槽の中の気持ち悪いやつ見える?」

 「……いや、ごめんどれ?

 わたしはクリオネにしか見えないけど。」

 「!

 ちが、なんでもない!! 気持ち悪いこと言ってごめんなさい!!」

 「公平」

 「言え。アンタの目には何が見えてんの?」

 「……黒い肉の塊みたいなキモいやつ」

 

 「人には見えないものが見える」とカミングアウトした公平に対して「ふぅん、そうなんだ。」と否定せず。

 「変だと思わないのか。バケモノだと思わないの?」と尋ねた公平に対して、

 「別にいいんじゃない? 」と微笑む。

 「この水槽みたいなものでしょ。

 こっちの熱帯魚の水槽と、こっちのクリオネの水槽みたいなもん。

 環境がちょっと違うだけで、同じ海の生き物だ。」

「私たちはちょっとだけ住んでる水槽が違うだけの、同じ人間だよ。」

 

 この言葉に救われた公平は「凪さん、結婚してください」とプロポーズ。

 「俺はあなたと生きていきたい。一緒に生きて一緒に死んで、同じ墓に入りたい。」

 「あっはっは!重いな!

 でもいいよ、浮気しないでよね。」

 「結婚指輪買います。」

 

 デートから帰宅後、お付き合いを公認してくれてる凪さんのご両親に頭を下げて結婚を認めてもらう。

 凪さん守るためにキモいのなんとかしないとって考えてたら術式を把握。

 14の時に夜蛾先生に見つかって高専入学を凱旋させる。

 で、順調にお付き合いしてたけど15歳で不純異性交遊で妊娠。

 年下をたぶらかして!と凪さんの方が怒られてしまい、「呪術師としてしっかり稼ぐので、事実婚を認めてください!」と土下座。

 凪さんの父に殴られた後、「娘をよろしく頼む!」と結婚を許可されて高専近くにマンション買って過ごす。

 

 

 スーパーで買いものしてる時に

 「凪さんといえばネギだよね。」とか言ったら

 「じゃあネギが似合わない女目指すわ。」と揶揄ったり

 凪さん守るために夜蛾先生に呪骸もらったり。

  とにかく過保護に守っていたが、自分は死んで、最愛の妻子は骨の髄まで利用されてしまった。

 

 さしす一年の時に4年の先輩。

 

 術式は毒系のやつで、呪力を毒に変換して「放出」できる。

 術式反転で呪力を「薬」に変えられる(他人に使える反転術式みたいなやつ。状態異常耐性∞)

 

 ハマグリの式神が霧状にした毒を大気中に散布することで体の内側(肺)から腐らせ、

 毒の塊である式神(クリオネ)を召喚して外側からも攻撃するスタイル。

 式神のリュウグウノツカイに乗って空を飛ぶことも可能。

 さらに自身の身体能力の強化(ドーピング)もできる。

 解毒は術者本人の血清でしかできない。

 薬学に精通していればしているほど強力になる。

 

 「金が必要なんだ。凪さんと順平を養っていくためには金がたっくさん必要なんだよ。」

 

 弱点が分かりやすすぎるので家族を人質に取られて呪術師に良いように使われる役。

 

  「非術師出身の呪術師はどっちの世界でも生き辛い。」

 「まあ、見えてる世界が違うんだから相互理解は難しいよな。

 でも凪さんみたいに素晴らしい女性だっている。見えないのに信じて、笑って、愛してくれる人もいる。」

 「なら、せめて。見える世界が同じ奴らがいる呪術師(こっち)の世界では生きやすくしてやりたいよな。」

 

 と、理想を掲げて夏油に尊敬されるポジ。

 順平がそこそこ大きくなったら凪さんが順平背負って食堂で働き出して、吉野家のカカア天下を笑ったり。

 「非術師と結婚とか大丈夫か?」と言われるたびに凪さんの「生きやすい水槽」理論を後輩に語るので耳タコになる。

 

 夏油と一緒に任務行って、非術師の命を砂粒以下に見てる呪術師たちの研究施設の取り押さえとかする。

 で、研究施設で「呪霊からの術式抽出」の研究とかを発見して呪霊操術に応用する傑。

 

 限界が来た時に夏油に「腐った連中殺さないと、俺たちは永遠に捨て駒だ。」とか相談しちゃうやつ。

 「上層部を殺し尽くさないと、俺たち非術師出身者は消費され続けるだけ。人権はない。」とか吹き込む。

 そのうち「御三家」というだけで五条悟の言葉すら気持ち悪くなってきて疎遠になったり。

 この世界だと九十九由紀の代わりに主人公が夏油を唆す。

 (夏油の代わりに九十九由記と話すのは五条悟。)

 

 虐待が地雷で、その任務の際に研究者を惨殺。

 夏油に「共犯になってくれ(*黙ってて)」と頼み、事実を隠蔽。

 全部呪霊のせいにするなど。

 その任務以降、謎の実験施設について調べ始める公平。

 (ハマグリの式神に「吸収」させれば残穢を一切合切消せる。)

 

 が、研究所の残党が家族を狙っていることを知った公平は、己が最も信頼する元担任(額に縫い目あり)に二人を預けるのだがーーー信頼に反して凪さんと順平が外道実験に巻き込まれてしまう。

 

 術式持ってる非術師の子どもなら誰でもよくて、外道実験の内容は「人為的な天与呪縛による呪力の増幅」だったり、「呪霊から術式を抽出して、その術式を移植できるか」とかだったり。

 凪は型月の禅○葵スペを持っていたことで胎盤として利用されてしまい、

 順平は「人工的に作られた特級呪霊」にされてる。(生まれながらにして受肉している呪霊)

 

 「君、非術師出身のくせにちょっと強すぎるんだよ。」

 

 とのことで憲俊の策略にハマり、呪詛師堕ち。(五条悟と相打ちを狙われてた)

 全てを知った公平は絶望し、腐った老害と五条家を呪殺するクーデターを実行。

 「非術師出身の呪術師の地位向上」を訴えながら無差別テロを起こす。

 特級呪詛師として指名手配された公平を殺しに来たのが悟と傑。

 

 毒毒術式なら物理的に届かなくても「空気はどこにでも存在する」から無下限破りにもなる。

 というか大量殲滅兵器。

 

 で、非術師呪術師問わずに虐殺しまくった結果、呪詛師として夏油傑と五条悟両名により殺害される。

 なお、この時御三家憎悪で悟は対策された上に集中的に狙われる。

 無限で毒をシャットアウトしても「薬ならどうよ」って突破されたり。

 「お前への対策は十分だ。ご自慢の無下限呪術にはすでに対策してる。」

 「触れられないならアプローチを変えればいい。」

 「へえ? 先輩ご自慢の毒はシャットアウトしてるけど?」

 「毒はな。ーーーー毒じゃなきゃいいんだろ?」

 「は?」

 反転術式で毒を薬に変えるとか。

 崩れる五条悟。

 「アルコールに弱いのがお前の弱点だ」とか言って酔わせた悟を一瞥。

 オート無下限があるのでとどめはさせず、急性アルコール中毒を狙う。

 「さあ、第二ラウンドに行こう。」と傑とのラウンドに移行したり。

 「お前の方がよほど厄介だよ、手数が無駄に多すぎる。」

 傑は「最強の五条悟が倒れて自分の方が警戒されている」ギャップに驚いたりする。

 で、「毒を中和し続ける呪霊」とか使って「ご都合主義みたいな呪霊出してんじゃねーよ」「先輩に言われたくないですね」とからやり合い、最終的に体術で戦い、そして傑が勝利する。

 

 遺言として夏油に「やり方は任せるから、凪さんと順平だけは助けてくれ。呪術(こっち)の世界に、二度とか変わらせたくない。」と頼んだりする。

 

 

 「最後に先輩アドバイスだ。耳かっぽじってよく聞けよ、後輩ども。」

 「夏油はもっと人を頼れ。五条ともっと本音で喧嘩しろ。」

 「五条はもっと周りを見ろ。お前だけ最強でも意味ねーよ。俺みたいなのが増えるぞ。」

 「それから、愛を忘れるなよ。愛さえあればなんでもできる。

 逆に愛を忘れちまうと、どんどん悪い方に落っこちまう。

 なにせ、愛は無敵の呪いだからな。」

 

 記憶を奪って吉野母子を放流。

 夏油は吉野先輩との約束があるから呪詛師堕ちしない。

 ただ、非術師出身の地位向上という先輩の遺志を継ぐ。

 

 

 原作で脳みそ入れになってるのはこいつ。

 「毒」を利用することで呪霊や人間の洗脳まで可能という鬼畜仕様。

 

 [2部]

 幼魚と逆罰編では真人とシネマで遭遇した順平が「なんか呪霊と混ざってるんだけど。ウケる」みたいなかんじで絡まれる。

 あと、「こいつ吉野の息子?」みたいな感じで。

 

 ちなみに凪さんには護衛として夏油の呪霊がついてたから、危なくなったら呪霊が丸呑みして高専に連れて帰ってことなきを得る。

 だが順平のテロは実行される。

 真人は順平の中にいる呪霊を覚醒させるために無為転変するし、順平に取り付く呪霊はゲロやばだし。

 真人のせいで存在がバレた順平が高専に保護される。

 順平は出生の秘密とか実の父にして最悪の呪詛師(だが非術師出身の術師からは一部神の如く尊敬されてる)の話をいろいろ聞いたり。

 そして、「母さんを守る。」という父の遺志を継ぐ。

 「凪さんを守りたいなら、強くなりな順平」と夏油が師匠になったり。

 

順平の術式から生まれた特級呪霊に取り憑いて人格奪って父再登場ルートor順平呪霊化コントロールして呪胎兄弟みたいになるルート

 

 

 「お願いです。お父さんの記憶を返してください。

 どんなに辛くてもいい。もう関わってしまったんだから、返してください。」

 「せめて穏やかな記憶だけでも、母さんに返してあげてください。

 母さんは、父さんのこと忘れてるはずなのに覚えてるんだ。」

 奪われた記憶を取り戻した順平は父を思い出して「父を奪ったクソども」への復讐をひっそりと決意する。

 

 サプライズで「吉野順平です」と名乗った瞬間にざわめく一同。

 「何故生きてる、吉野公平!!」と楽巌寺に叫ばれたり、歌姫には「生きてたの…っ!」と感動されたり。

 交流会で「宿儺の器と吉野公平の息子を殺せ」と命令される

 

 順平は父の術式の使い方を学んで澱月(氷月ポジ)に追加して蜃・織姫つかって頑張る。

 順平はホラー映画好きだから蜃で毒を撒きながら使って幻覚を見せるとかエグいことやりだす。

 

とりあえず順平は悠仁が最愛だから全力で守る。

渋谷の悲劇は回避を目指す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【裏話(ネタバレ含む)】

 真人が生まれたのは夏油と公平が潰した施設跡地。

 彼らの理想とする術式を持った呪霊として誕生した。

 

 五条悟呪霊計画が起こらないのは「五条悟」と同等のスペックとポテンシャルを持って生まれた「五条替:ごじょうかわる(名前の由来は代替品)」がいるから。

 

 夏油傑の呪霊操術を狙っている。(のちの渋谷事変)

 

 公平の肉体を狙った理由は「非術師出身のくせに強すぎるし革命思想を持つ吉野公平が邪魔だったから」+「公平の術式の可能性を研究するため」+「最強組への精神攻撃」のため。

 

 公平の呪力から毒を生み出せる術式は、拡張解釈で「呪力を穢れに変える」とも言うこともできる。(毒=穢れの概念は日本神話的な考え方)

 

 つまり、突き詰めると「呪力を呪霊(穢れ)に変える」術式まで上り詰める(普通は誰もそんなこと思わねーよ)

 ↓

 吉野公平の術式使って理想の呪霊作り出してから夏油傑の肉体にinしてそれらを支配下に収める、と言うのが脳みその計画。

 

 

 *夏油傑の肉体を手に入れることは脳の中ではすでに確定事項。それを前提に計画を練ってます。

 

 *「呪霊」を「災厄」に置き換えて考えると、とある神話がヒットします。

 そう、厨二なみんなが大好きな「大禍津日神」の逸話です。

 災厄とは大禍津日神の分霊であるというのご大禍津日神悪神思想。

 そして大禍津日神は「伊弉諾が禊をしたときに流れた穢れ」から生まれた神。

 これらを全て代入すると、

 呪霊=災厄=穢れ=毒。

 これを悪用した術式の運用が「新たに呪霊を生み出す」ということ。(かなり拡大解釈になるけど呪術廻戦の世界には「拡張術式」という便利なものがあってだな……)

 

 

 渋谷事変までの10年で取り込みたいいい感じの呪霊をしこたま作って、10年後夏油の前に登場して精神的に動揺させてぶっころし肉体を奪うと言うのが計画。

 なお、この作品では五条悟in箱は起こらない。

 なぜなら同等スペックで五条悟よりも物分かりがいい五条替を「人造呪霊化」させる計画が脳の中に既にあるから。

 

 呪霊操術を手に入れた時に「無下限呪術+六眼の呪霊」と「欲しい呪霊(術式)をメイキングする便利な術式の呪霊」の二つが欲しい。(*公平の肉体を捨てたら今の使い勝手のいい術式も捨ててしまうことになるから。なくてもいいけどあったら便利、的な百均商品のような気軽さで求められている順平は泣いていい。)

 

 替くんはそんな自分の存在意義を知ってしまっているから、「お兄ちゃん早く僕を殺して」って思ってるし、お兄ちゃんを呪霊にする訳にはいかないって思ってる。

 

 そんな理由で吉野パパは肉体奪われて、最愛の家族を地獄に叩き落とされた。




[ストーリーコンセプト]
順平を強キャラにしたい
高専生活楽しんでほしい
夏油傑高専教師ifやりたい

→夏油傑が原作のような思考回路になりつつも離反しないルートと彼等に存在を刻みつけて死ぬ吉野順平(父)を作り出す

という捏造マシマシ超理論で始まったこの連載。順平の術式を「拡張術式とか術式の解釈とかでどうにかなんだろ」と拡大解釈しまくったらすげぇ強キャラになりました。
某鬼を殺す漫画の教祖みたいな能力になったなあ、と発想の貧困さを嘆きつつ、しかし当初の「五条悟に勝てる術師」とかいうふわっとしてる設定をどうにか可能にさせる術式となりました。
俺tueee系もびっくりですね。

1部は主人公たる公平パパにはひたすら後輩を洗脳し、存在を刻みつけ、そしてトラウマを残して退場して、2部で順平が生き残れるための布石となってもらいました。
いやぁ、にしても吉野順平の父という立ち位置はとても動かしやすかった。原作には登場しておらず、話題にも上がらず、存在を仄めかされることもなく、しかし確実に存在している姿を見せないモブ。とても便利でした。

夏油傑救済問題の「メロンパン入れ代理」にしても違和感がないキャラクターになれたら良かったです。

夏油傑を違和感なく救済ルートに運ぶには「非術師=猿=鏖殺」理論をどうにかするしかなく、しかし夏油傑のそんな過激な一面がキャラとして好ましい。
気づいたら「愛せない非術師=猿」、「愛せない術師=殺処分」というマイルドになったんだかさらに過激になったんだかわからないキャラクター性が出来上がっていました。

そんな事情で星漿体護衛任務より前に上層部クソ問題事件を打ち込むに至った次第です。
ある意味原作よりハードな人生あるいてる夏油。
でも灰原死んでないのでその分救いはあると信じてます。
なお、天内理子ちゃんを救済する声も上がっていたんですけれど彼女の救済は難易度高いし、猿を憎む動機が薄くなるので原作通り任務失敗になりました。
特に言及することなくあっさり終わってしまってごめんなさい。

V.S五条悟は正直まともに戦ったら瞬殺されるので戦う前に退場してもらった次第です。

これは2部につながるネタバレ的裏話なんですが、吉野と夏油が燃やした研究所は「怪しいバイオ研究をしていたカルト組織」的やオカルトになって、跡地に呪胎が生まれ、そして「人に対する恐れ」としてとある特級呪霊が産まれる予定です。因果ですね。

改造人間計画云々の件から察された方もいるのではないのでしょうか。

2部は途中まで原作沿いで進みますが、吉野順平の物語なのでしっかり主人公してもらう予定です。


追伸:評価や感想いっぱいほしい(本音)(強欲)


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キャラクター設定

[ストーリーコンセプト]
夏油傑高専教師if&吉野順平高専ifやりたい。
順平を渋谷で生き残れる程度に強キャラ感出したい。
高専生活楽しんでほしい。

→夏油傑が原作のような思考回路になりつつも離反しないルートと彼等に存在を刻みつけて死ぬ吉野順平(父)を作り出す


随時書き足したりすると思います。
一部と二部まとめて置いてあります





[1部:屋烏之愛]

吉野公平…主人公(1部)

「愛は無敵の呪いだよ。だから愛さえあればなんでもできるのさ。」

 

[術式]

呪毒操術

[拡張術式]

以毒攻毒

[備考]

さしすの三つ年上のサイコ既婚者。

愛情至上主義者。嫁である吉野凪と息子である吉野順平を心から溺愛する。

溺愛していたがゆえに、反転した瞬間世界を憎んで復讐へと走った。

術式が暗殺特化な呪詛師向きだったので五条家を本家皆殺しにしたり、上層部の屑をさくっと呪殺したりというチートを発揮。御三家滅亡まで一手をかけた。

 

【挿絵表示】

(Picrewの「私好みの男メーカー2」で作成。)

[イメソン]愛にできることはまだあるかい(RADWIMPS)

 

 

夏油傑…語り手

「これで共犯ですね、私たち。」

 

[術式]

呪霊操術

[備考]

離反しないルート

主人公(1部)のせいで救う人間の選別を「愛せるか愛せないか」で決めている。

 「私たちは腐り切った呪術界を変えなくてはならない」とは彼の言葉。

「愛せない人間に価値などない。猿は見殺し、術師は殺処分だ。

愛すべき善良な非術師はその善良さに陰りを見せぬように守り慈しみ、若い術師は教育して伸ばし、美しいまま成長させる。そして理想を体現する。」というのが現在の行動指針である。

最愛枠は「五条悟、家入硝子」で埋まっていて、慈愛枠に「美々子、奈々子、順平、凪」がいる。

 

 

五条悟…後輩枠

「殺しに来たよ、公平。」

 

[術式]

六眼&無下限呪術

[領域展開]

無量空処

[備考]

原作よりやんちゃ度高め

五条本家が潰れたので早めの段階で当主に着任。五条分家の人間を集めて内部改革したりと革新派の道を歩んでる。

愛情至上主義者にはそこそこ影響されている。

 

 

灰原雄

「じゃあ、僕たちも一緒に革命します! ね、七海っ!」

 

[術式]

■■■

[備考]

吉野公平と夏油傑の「罪」を知る革命家の一人。

とある任務で生死を彷徨う重傷を負い、七海によって4年ぐらい呪術界から遠ざけられた。だがめげず挫けず、やれることは精一杯できるよう考えた結果、リハビリしながら教育学部の大学に四年間通い、教員免許を獲得して呪術の世界に戻ってきた。

現在は非術師出身者の「予備校」の講師をしている傍ら、呪術師としての活動も行う一級呪術師。

「イメソン]HINOMARU(RADWIMPS)

灰原雄(1.5部)

術式:なし

技:シン・陰流八極拳

 

家の近くの真陰流八極拳の道場があり、呪霊が見える灰原は師範にスカウトされた。

シン陰の簡易領域を見て盗んだ開祖(師範)が己の八極拳に勝手に応用して勝手にシン陰流を名乗り出した流派であったりする。

まあ門外不出の縛りがあるので渋々存在を認知されてる。*1

一撃必殺、人体破壊に特化したマジカルなかんじの八極拳であり、簡易領域に対応できるように小まわりが効くようあれんじされてる。

超近距離戦闘タイプ。その一撃は呪霊すら貫通する。何度もいうが八極拳なのである。マジカルなかんじの八極拳なのである。

灰原は師範に「妹守る方法知りたい?」とスカウトされて呪術師の道へ進んだシン陰八極拳の二代目なのだ!

 

 

 

七海健人

「革命って……あなたのそれはクーデターでしょう。まあいいですけど。」

 

[術式]

十劃呪法

[拡張術式]

瓦落瓦落

[備考]

革命参加者。

吉野公平が反旗を翻した直後、嫌がらせのように等級の合わない任務を言い渡され、灰原が生死を彷徨う重傷を負ったことをきっかけに「この世界に私たちの未来はない」と絶望。

灰原を連れて逃げ出したのだが、ちょっと目を離した隙に灰原が呪術界に帰還していて、連れ戻すために自分も舞い戻ったら「七海包囲網」に捕らえられて逃げられなくなった。

ちょうど「やりがい」について考えさせられていた時期だったので「労働はクソ」と吹っ切れ脱サラ呪術師ルートに突入。たまに予備校で臨時講師もしてる。

 

 

吉野凪

「私たちはちょっとだけ住んでる水槽が違うだけの、同じ人間だよ。」

 

[備考]

型月の某葵さんと同じ体質(胎盤)の持ち主だという設定が生えた。

本来なら見つかるはずのない才能だが、脳みそに目をつけられたのが運の尽き。

呪胎九相図の母親よろしく利用された。実験場でのおぞましい記憶は夏油傑によって消されている。

 

 

■■■

 

 

[2部:鳶飛魚躍]

 

吉野順平…主人公(2部)

「僕の愛のために、呪霊は死ね。」

 

[術式]

呪毒操術(呪霊化:特級人造怨霊 吉野□□)

[領域展開]

飲鴆攻毒宮(いんちんこうどくきゅう)

[備考]

外道な実験により生きたまま呪霊へ転化した「半呪霊」というべき存在。(改造人間のプロトタイプみたいなやつ。)

真人による記憶の解放により父の記憶と実験場の記憶を思い出した。

父の「愛情信仰」にどっぷり影響された結果、虎杖悠仁を愛する愛情バーサーカーが誕生した。

これからどんどん「愛」し「愛」されて「無敵の呪い」を構築していく所存

最愛枠は言わずもがな悠仁。

[イメソン]有神論(RADWIMPS)

 

虎杖悠仁…主人公(正)

「お前はただ、自分が正しいと思いたいだけだろ!」

 

[術式]

なし

[備考]

順平のヒーローでみんなのヒーロー。強く生きてほしい。

今作では場合によって順平と悠仁は(脳味噌に作られた)兄弟なのかもしれない。

 

真人…怨敵

「じゃあね、順平。生まれ変わったらまた会おう。」

 

[術式]

無為転変

[領域展開]

自閉円頓裹(じへいえんどんか)

[備考]

こいつが生まれた場所こそが夏油傑と吉野公平が「罪」を犯した/「革命」を決意したきっかけである「実験場」であり、跡地に染み付いた研究者たちの理想を意図せず体現して生まれたのが真人。

とても因果が回ってる。

 

 

吉野公平(偽)…(加茂憲倫、鴨川俊則、羂索)

「おいおい、もっと愛し(呪い)合おうぜ?」

 

[術式]

呪毒操術(肉体)・脳の入れ替えによる不死

[拡張術式]

呪毒操術極の番・「穢」

[備考]

脳味噌入れとなった父。渋谷事変では夏油傑の肉体を狙う。

 

 

五条(かわる)

「早く僕を殺せるぐらい強くなってよ、吉野順平(お兄ちゃん)。」

 

[術式]

六眼&無下限呪術

[領域展開]

無量空処

[備考]

10歳児。

鴨川により吉野凪の胎盤を利用して製造された「五条悟の代替え品」である。術式・目・呪力量全てが最高の出来栄え。

術式の制御は現在の五条悟には及ばないが学生時代の彼に迫る勢いの「天才児」

しかも性格も悪くない。まさに完璧超人な少年だが、すぎる力の代償に「運」を奪われたとしか思えないほどその人生は不運の一言に尽きる。

10歳にして「自分の価値」を悟っていて、希死念慮を抱いている。

自分(五条悟)を唯一殺せる吉野順平(吉野公平)の術式に希望をいだいていて、「僕は吉野順平(おにいちゃん)に殺されるために生きている」と自称/自傷している。

【追加設定】

存在してはいけない2()()()()()()の所有者。イレギュラーゆえに世界に死を望まれている。(排除しようとされている)

現在は「よしのこうへい」に存在を隠されているから問題が表面化していないが、奴の庇護下()から抜けた時、どうなるのかは不明。

それが「第二の六眼」をもって生まれてしまったがために起きた世界の意思。彼の不幸な人生の理由はコレかもしれない。

*長生きはできない。

 

【挿絵表示】

(差分↓)

【挿絵表示】

(Picrewの「少年メーカー」で作成)

[イメソン]だから僕は不幸に縋っていました(神様僕は気づいてしまった)

 

【NEW】

枷場奈々子

「口の聞き方には気をつけな。うっかり殺したくなるでしょ?」

 

[術式]

呪撮

[備考]

『呪撮』…被写体となったものを同行する術式→写真版マン・イン・ザ・ミラーな術式になった

「写真(インスタントカメラのネガでも可能)」を出入り口にして対象を写真の世界に引き摺り込む能力

写真の世界は「全てが止まった世界」になっており、全て保存された状態。故に、その世界に秩序(ルール)は存在せず、全て術者:枷場奈々子の宣言により決まる。

写真の世界で起きたことは術者の任意で現実に反映可能。

しかし、一度使った写真は二度と使えないし、対象となる相手がぶれたりせずしっかりと撮影できていない(ぶれたり、見切れたりしてるとNG)と術式は発動できないので取り直す必要がある。

つまり強制縛りプレイ

 

 

枷場美々子

「夏油様はお忙しいの、身の程を弁えて」

 

[術式]

絞霊呪法

[備考]

絞霊呪法…呪具である人形に相手の「一部」を入れることで絞首が可能。超遠隔タイプ。

速い話が釘崎野薔薇の首吊り人形版である。

釘で打つより紐を引く動作の方が早いのでスピードでは野薔薇に勝るけれど一撃のインパクトでは負ける。

*1
まあ、剣使わないどころか日本武術でもないので、本当に渋々。



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番外編:青春×呪い=爆発

すみません、途中で投稿してたので加筆版あげなおしました。


 

 食堂でフルボッコだドン!事件(硝子命名)から一週間。私たちは六本木の寂れたビルの中にいた。

 私と五条、それから硝子と一年三人での合同任務。引率役は吉野先輩。

 硝子はともかく、五条との合同任務は普通に嫌だった。なにせ、こいつは性格がゴミカスだから。

 凄まじく傲慢で、傲岸で、不遜で、どう教育したらこんなクソ野郎が生まれるんだってぐらいひどい性格なんだ。

 「おい公平。なんでこんなショボい任務俺がやらなきゃいけねーの?

 雑魚にやらせりゃいーじゃん。」

 ほら、今だって。「コイツみたいな」などと言いながらぴっと親指を私に向けた五条が、かったるそうに舌を出す。

 私は血管が浮き上がるのが確かにわかった。

 「オリエンテーションみたいなものだからね。

 君たちの実力を見せてもらおうって感じの任務だ。」

 吉野先輩は気狂いとしか思えない先日から一変、普通の良識的な先輩としてそこにいた。

 三つ年上の先輩なのに妻子持ち(学生結婚)いうのはだいぶ倫理が死んでると思うが。

 

 「あと、五条。お前はたしかに強いけど無敵って言うほど強いわけじゃないんだから、ちゃんと任務をやれ。」

 「はぁ!?」

 「夏油も。この業界入ったばっかなんだから五条に色々教えてもらいなよ。」

 「あ?」

 「家入は後方支援だから僕と一緒に外で待機だ。怪我したら直してやってな。」

 「はぁい。」

 「最後に一つ先輩アドバイスだ。

 君ら、愛をちゃんと持ったほうがいいぜ。」

 「じゃ、がんばれよクズども。」

 「「ちっ!」」

 

 舌打ちがハモった、最悪だ。

 

 「おい、呪霊操術。俺はテキトーにやるからお前も好きにやれば。」

 「私の名前は呪霊操術じゃない。夏油傑だ。」

 「どーでもよ」

 

 態度から何まで悪すぎる。こいつが同級生? これから五年間付き合うなんてうんざりだ。

 

 「まあいいさ」

 

 そっちがその気なら、私だってそうするまで。

 目の前には呪霊が三体。見るからに雑魚、わざわざ戦って弱らせるまでもなく調伏可能。

 

 「よし、取り込むか。」

 

 手を伸ばして、取り込もうとしたその時。

 

 「蒼」

 

 呪霊が弾け飛んだ。

 

 「……おい。」

 「あ? なんだよ。」

 「見てなかったのか? 今、私が調伏しようとしていたんだけど。」

 「はっ、あんな雑魚取り込まなきゃいけないとか。」

 「質より量という戦略を知らないのか?」

 「量より質の間違いだろ。」

 「世界大戦学んでから言え。」

 「雑魚の理論なんざ知るかよ。」

 

 カーン、と。戦闘(バトル)開始のゴングが響いた。

 

 

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 ビルの外では男女二人が談笑していた。片方は喫煙しながら、もう片方は家族写真を眺めながら。

 

 「ここ、最近ニュースでよく言ってるブラック企業ってやつでね。

 すごいよ。仕事を苦にした会社員13人がオフィスで集団自殺。

 お陰で一級呪霊爆誕って流れだ。

 あとは二級三級がポロポロって感じかな。」

 「うわ、やばくないっすか、それ。」

 「あの子らなら大丈夫でしょ。」

 

  まー、それに、と。吉野は薄く笑う。

 

 「もう終わったみたいだし。」

 「うっわ」

 

 爆発して倒壊するビルの一角。降ってくる瓦礫。コンクリート片。そして呪霊の肉片。

 ぽっかり穴の空いた壁の向こうに、見覚えのある二人が向かい合っている。

 五条悟と夏油傑。二人は争うように呪霊を祓った。

 夏油が調伏していた呪霊は蒼で祓われ、五条の蒼で吸い寄せた呪霊は片っ端から奪って取り込んだ。

 やられたらやり返すを繰り返して、行き着く先はボス呪霊。

 見つけた瞬間、五条が蒼で吹き飛ばしたが一撃では祓い切れず。

 蒼が巻き起こした土煙の向こうから現れた呪霊に五条は一瞬動揺した。油断で無限をはるタイミングが遅れた五条の目の前で、呪霊が消失する。

 調伏し、黒い玉に変えた夏油が見せつけるようにそれを飲み込む。

 

 「調伏する手間が省けたよ、ご苦労様。」

 「は、やるじゃん。」

 「君もね。」

 「じゃ、ねーよ。」

 

 突如乱入した第三の声。くらりと目眩がして、立ちくらむ。そして、脳天に重い衝撃。

 

 「はあ、全く飛んだ問題児だ。器物損壊は始末書ものだよ。」

 「「〜〜!!!」」

 

 嘘だろ、いまの拳骨か? 角材で殴られた並の衝撃だったんだが。

 二重の意味で「グワングワン」と脳が揺れて、視界がシャットアウト。

 下手人は「家族との時間が減る」と言いながらさらに拳と術式で追い討ちをかける。顎にえぐいアッパーが刺さる。

 世界が真っ暗になる寸前、いけ好かない男と目があった。同じ理不尽を抱える二人は、視線がかち合った瞬間心を通わせる。

 

 「「(吉野公平(このセンパイ)、いつか殺す)」」

 

 きっとそれが、二人が友人になった瞬間だった。

 

 

 ■■■

 

 

 「すっぐるーー!」

 「なんだい、悟?」

 

  悟と私はめちゃくちゃ仲が良くなった。吉野公平という恋愛脳クソ野郎についてお互いドチャクソに愚痴りまくったら意気投合した。

 「雑魚って言ったけど、強いじゃん」「君もね。」などと医務室のベットの中で拳を重ねてみたり、娯楽を知らない悟を自室に誘って、耐久RPGをしてみたりデジモンアニメオールで見たり。

 仲良くなれないなんて言った過去の自分は見る目がない。今や悟は最高の親友だ。

 

 「これ行こうぜ!」

 「何これ、スイパラ?」

 「そ!

 全部同じ味の不味いケーキの食べ放題って気になるじゃん。どんだけ不味いのか試してみたい。」

 「悟、それお店で言ったらダメだよ。

 ……あ、このスイパラはご飯系美味しいところだ。ピザとパスタが美味しいんだよね。」

 「はー?

 スイーツパラダイスなのになんでイタリアンがあるんだよ。」

 「甘いものばっかじゃ飽きるだろ?」

 

 そんなもん? と悟が首を傾げた。しまった、重度の甘味中毒者には通用しない理論だったか。

 

 「というか、男二人で行くのか? これに?」

 「え、なんかダメなの?」

 「いや、ダメってわけじゃないけど……うーん。」

 

 硝子を誘おうとしたら「ダイエット中」と断られた。歌姫先輩は声かける前に「絶対嫌!!」と拒否られた。

 と、なると。残る女性はただ一人。

 

 「スイパラ?

 お、いいねいいね。久々に行こっかな。」

 「凪さんが行くなら僕も行く。」

 

 宿敵たる厄介先輩までついてきた。まあ想定内か。

 これでメンバーは女一人と男三人という「男同士でこようとしたけど流石に気まずいから女の子さそって付き添ってもらうことにしました」感が凄まじいパーティーとなってしまった。いや、まあその通りなんだが。

 

 「やっばっ!! 不味すぎてウケるんだけど!」

 「こら、悟!!!」

 

  始まって早々、ケーキ全種類持ってきた悟が食べ比べて「同じ味じゃん!」と笑う。ケーキはほぼ全部同じホイップクリームケーキ。色が違うのでたぶん、ホイップクリームのフレーバーだけ違うタイプのやつだ。あれ、確か生クリームにかき氷のシロップ混ぜて誤魔化してるやつだったか。

 山盛りのペペロンチーノ食べながらそのことを教えてやれば、「言われてみたらかき氷のシロップの味がする! 気がする。」と爆笑する悟。

 うんうん、君が楽しそうで何よりだよ。

 

 「夏油、スイパラ来て飯モノオンリーはどうかと思うぜ?」

 

 コーヒーゼリーを食べながら、先輩が「流石にマナー違反だろ」と苦言を呈する。

 

 「ははは、私はスイパラのスイーツは食わないと決めてるんで。」

 「は?

 それは流石に意味不明だぞ。」

 「デートでもないのにこんな不味いケーキ食べませんよ」

 「お前、五条のこと言えねーからな?」

 

 吉野先輩にドン引きされた。常識倫理慈悲その他もろもろが死滅してる先輩に言われるのは、流石にきついのだが。

 

 「夏油君、このバナナケーキは美味しいよ。

 甘さ控えめだし多分食べれると思う。」

  「じゃあ、ちょっとだけください。」

 「ほいよ。」

 

 ほら、と切り分かられたケーキが小皿に乗って私の前に差し出される。ケーキは受け取る前に凪さんの隣に座る旦那が強奪した。

 

 「夏油、悲しいよ。お前が間男になるなんてな。」

 「ちょっと話が見えないです」

 「凪さんとの間接キスを狙うお前のそのテクニカルな言動。相当遊んでるとみた。」

 「話聞いてくださいよ。」

 

 ヘルプの視線をさっきから送ってるのに、悟は不味いケーキを「不味い不味い」と言いながら永遠に食べ続けてる……いや、これはあえて無視ってやがる。

 おのれ悟。

 

 「公平、せっかく私とデートしてるのになんか夏油くんのことばっかりだね。……ちょっと、妬けちゃうな。」

 「世界で一番愛してます凪さん!!!」

 

 先輩の意識を全て掻っ攫った凪さんがパチンとウインク。飛んだ茶番に巻き込まれたと思ったが、私を助けるためだったらしい。この人本当に女神だな、女神か……女神だった……。

 

 「悟!

 そろそろ満足した?」

 「んー……腹は膨れてないんだけど、味に飽きたからもーいいや。」

 

 悟の言葉で持って、本日のスイパラは終了した。

 今日のことで、よくわかったことがある。

 先輩は、凪さんと順平くんと言った「家族」が関わるとアホほどポンコツになる。

 もう一つは、凪さんは気遣いができる女神のような人だった。

 ああ、あと最後にもう一つ。

 

 「(凪さんに手を出したら殺されてたな。)」

 

 間接キス疑惑だけであれだ。まじで手を出してたら死ぬより酷い目に合いそうだ。

 手を出す前に気付いてよかった。

 部屋のベットに寝転がり、そんなことを思いながら夢の世界に眠り落ちる。

 

 とりあえず、人妻もののAVも捨てるところから始めるか。






公式クズの設定をいかしたい


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番外編:あなたと同じ水槽で生きたい。



*凪さんと吉野パパの馴れ初めです
パパが一番幸せだった頃をお納めください




 四角い世界で生きていた。

 押し入れ、床下収納、天井裏の物置。そんな場所が、僕の居場所だった。

 お母さんの記憶はほとんどない。なんか、いつも泣いていたような気がする。

 お父さんの記憶もほとんどない。だって、お父さんは僕のことを愛してなかったから。

 お父さんとお母さんは僕のせいでリコンというものをしてしまっていて、そのせいでお父さんは僕が嫌い。僕が普通じゃないから、そうなってしまった。

 だから僕は、「生まれなきゃよかった」子ども。

 

 それでも、3歳か4歳ぐらいまでは幸せに過ごしてた気がするんだ。忘れちゃったけど、幼稚園に入って、公園で友だちと遊んでたような気がする。

 

 「(全部壊れちゃったんだけど。)」

 

 お父さんは、お母さんは僕が嫌いだから家を出て行ってしまったと言った。お父さんは僕を育てるのが無理だったから、7歳ぐらいの時にママと結婚した。

 ママはお父さんが大好きだったから結婚したけど、お父さんはママがそんなに好きじゃない。

 ママはお父さんが嫌いな僕が嫌い。僕がいるせいで、結婚したのに幸せじゃなかったみたい。

 だから、ママは僕を教育した。

 自由に歩けていたはずの家が、自由に歩けなくなった。

 最初は、僕の部屋から出てはいけないと言われた。犬の首輪と鎖で繋がれて、部屋から出られないようになった。

 しばらくしたら外の犬小屋が僕の家になって。

 たまに暴力。痛いのも慣れはじめた。そんな時だった。

 

 「テメーら何してんだ!!」

 

 ネギを持った女神が、現れた。

 

 □□□

 

 「あの、凪さんっ!

 一緒に水族館行きませんか!!」

 

 そんな、つい最近起こった奇跡を思い出していた。

 あの後、僕が入院している間に僕の世界は変わっていた。

 あれよあれよと僕は凪さんと一緒に暮らすことになった。

 畜生から人間になったかわりに大人の庇護が必要になった。親戚に名前だけ借りて一人暮らしするか、それとも施設に行くか。

 右往左往する僕に凪さんは「うち来る?」と言ってくれて、僕はそれに頷いた。凪さんのお父さんとお母さんは、異物たる僕の存在を許した。

 凪さんが大好きになった。 僕の女神様、僕を救いあげてくれた人。

 好きにならないわけがなかった。

 ある日、凪さんが目元を腫らして帰ってきた。

 心配する僕。凪さんのお母さんが「公平くんは凪が好き?」と聞かれる。頷いたら、水族館のチケットを貰った。

 

 「これあげる、デート行ってきな!

 ついでに告っちゃいなさいよ!」

 

 軽い。だが力強く魅力的な提案だ。

 あまりにも軽いノリで背中を押された僕は、勢いのまま凪さんを誘った。凪さんはスケジュール帳を確認し一言。

 

 「水族館?

 いいよ、いつ行く?」

 

 まじか。奇跡か?

 浮かれに浮かれた僕は、知らなかった。水族館というものが、海というものが。どれだけ「汚いもの」を集めるのか……。

 

 「(……うぇっ)」

 

 巨大な水槽の中にひしめく黒い物体。黒い肉の塊と靄。アクリル板の向こう側にいる僕たちに怨み言葉を吐いて呪う、おぞましいナニカが、水族館目玉の大水槽いっぱいに詰まっていた。

 入場して一発目、見た光景が酷すぎて固まる。隣の凪さんが突然止まった僕を心配する。

 

 「どうした公平、具合悪い?」

 「……ううん、なんでもないよ。」

 「いや、なんでもないって顔じゃないって。」

 

 帰る? と聞いてきた凪さんを「大丈夫だから、デート続けましょう」と拳を握りしめる。

 水族館に来て二十分程度、僕はずっと下を向いて水槽をろくに見ないようにして過ごしていた。

 

 「ねえ、私と一緒じゃ面白くなかった?」

 「そんなことあるわけない!」

 

 見当違いな凪さんの言葉に、つい大きな声を出す。

 

 「でも、今日一日浮かない顔してるよ。」

 「それは……」

 

 怖いのが、いるから。

 

 だけど理由を説明できない。

 言ってはダメだ、母さんのように凪さんに嫌われて、捨てられてしまう。

 いやだ、それだけは嫌だ、凪さんに嫌われるのも、怖がられるのも、全部嫌だ。

 その綺麗な舌に「バケモノ」と言葉を乗せて、キラキラな瞳を恐怖に染め上げて遠ざけられるのは、想像するだけで「ひゅっ」と気道が狭まる。

 

 「(凪さんにそんなこと言われたら、もう死ぬしかないじゃないか。)」

 

 息苦しくて、過呼吸を起こしかけた僕の背中を凪さんが「ちょ、大丈夫じゃないじゃん!」と慌てて摩る。

 

 「ねー、やっぱり具合悪いんでしょ。嘘つかなくていいよ。

 今日がダメなら、また今度来ればいいんだし。」

 「(……違うんです、凪さん)」

 

 嘘ついてないです。具合は悪くない、ただ怖い。

 黒い奴らが怖くて、目を合わせたくない。不必要にビクビクするのもそのせいで、今日の僕は一日中凪さんに守られっぱなしだ。

 

 「(凪さんに嘘つきたくない)」

 

 嘘つかなくてもいいよ、と言う言葉が耳の奥で響く。

 

 「………ねえ、凪さん。

 凪さんは、あそこにいる水槽の中の気持ち悪いやつ見える?」

 「は?

 ……いや、わたしにはクリオネにしか見えないけど。」

 「やっぱりなんでもない!! 変なこと言ってごめんね!」

 

 やっぱり。僅かに抱いた期待は、べきりとへし折れる。ああ、言わなきゃよかったんだ。

 絶対「気持ち悪い奴」だと思われた。

 そんな、どうしよう。どうしたら、僕は……

 

 「公平」

 

 凛と、まっすぐな声が僕の名前を呼ぶ。僕の顎を持ち上げて、合わない視線を無理やり合わせた。

 

 「言え。アンタの目には何が見えてんの?」

 「……黒い肉の塊みたいなキモいやつ」

 

 逆らえない、力強い瞳。僕が大好きな凪さんの目は、今一番怖いものになっている。

 「人には見えないものが見える」とカミングアウトした僕に、凪さんが「肉の塊……」と繰り返す。

 

 「ふぅん、そうなんだ。」

 

 その続きを聞くのが怖い。心臓がどくどく、張り裂けそうなぐらい脈を打つ。一秒が何十秒にも感じて、背中がびっしょり汗で濡れる。

 

 「じゃ、水族館はやめて別のとこ行こう。」

 

 ……?

 

 「え?」

 

 それだけ?

 

 「近くにゲーセンあるしそっち行く?

 それとも遊園地?」

 「そうじゃない!」

 

 凪さんが普通すぎて、頭が混乱する。「じゃあ公平の行きたい場所教えて」と提案する凪さん。

 そう言うことじゃないんですよ。

 

 「……変だと思わないの。バケモノだって、思ったでしょ。」

 「バケモノぉ?

 どこがよ。」

 「人と、違うものが見えるから。」

 「別にいいんじゃない、それぐらい。」

 

 微笑んだ、女神様が。「そんなもの、ちょっとした個性でしょ」とパックジュースを飲みながら*1、なんでもないように「ね?」と笑って。

 

 ちょいっと、公平の隣で、優しい声で。凪さんは「この水槽と一緒でしょ」と、水槽を指さす。

 

 「よくわかんないけどさ、この水槽みたいなものでしょ。

 こっちの熱帯魚の水槽と、こっちのクリオネの水槽。

 住んでる環境がちょっと違うだけで、同じ海の生き物だ。」

 

 凪さんが触った水槽にも、やっぱりバケモノがギッチギチに詰まっていたんだけれど。

 そんなのが気にならないぐらい、ナギさんの言葉に聞き惚れた。

 

「公平はバケモノなんかじゃない。

 私たちはちょっとだけ住んでる水槽が違うだけの、同じ人間だよ。」

 「愛してる。」

 

 するりと、言葉が出てきた。凪さんは「へ?」と目を丸くして。

 僕は彼女の両手を自分の両手で包んだ。引っ込めようと逃げる手を握った。手汗、やばい。

 

 「あなたが好きです。愛してます、凪さん。

 僕と結婚してください。」

 

 緊張に震える声で告げた。幼いプロポーズに近くを歩いている高校生が「かわいい」なんて言っているのが聞こえた。どうでもいい、凪さんしか目に入らない。

 凪さんの呼吸音すら聞き逃したくない。

 

 「俺はあなたと生きていきたい。一緒に生きて一緒に死んで、同じ墓に入りたい。」

 「あっはっは! 重いな!」

 「嫌ですか? でもごめんなさい。僕は絶対に諦められません。

 好きです。好きすぎて呪いたいほど、大好きです。」

 「言うねえ、年下のくせに。

 ………でもまー、いいよ。付き合おっか。」

 

 世界に薔薇が咲き誇る。頬を紅潮させて、「はい!」と元気のいい返事をした僕に、凪さんは悲惨な事実をタイムリーに告げる。

 「ちょうど彼氏に振られちゃったし」、と。

 

 「浮気されちゃって」

 「殺す。」

 

 繋げられた言葉に耳を疑う。凪さんと付き合っておいて、浮気?

 ふざけるなよクソ野郎、お前どんだけ傲慢なんだ。凪さん一人に満足できずにハーレムでもねらったのか? 呪う。

 

 「誰ですか、そいつ。」

 「いーよいーよ。元々、告られたから付き合ってただけだし。」

 「許せない。」

 「あははっ! 私が許してんだからアンタが出る幕はないよ。

 復讐も出来たしね。」

「復讐?」

 「そ!

 昨日振った彼女が、次の日に新しい彼氏作った、ってさ。」

 

 だれだよ、その羨ましい奴は。ぎり、と噛んだ唇。僕を差し置いて……!!

 

 「公平は、私の彼氏なんでしょ?」

 「そうですね!! 忘れましょうそんな**カス野郎のことなんて!」

 「口悪いなー。」

 

 そうだった、彼氏僕じゃん!!

 ああ、感謝しますゴミ野郎。お前のおかげで僕の女神様が正真正銘()()()()()になったよ!

 天使の祝福が聞こえる。教会のベルが歓喜の音色を奏でている。

 

 「結婚してあげるから、浮気しないでね。」

 「結婚指輪買います。」

 「気が早いなー。」

 

 この幸せを守るためだけに、僕は強くなろう。凪さんを守るため、そしていつか生まれる凪さんと僕の子どものために。

 

 誰かを愛することは、無敵になるということなのだから。

*1
水族館の壁には【飲食禁止】の張り紙があったけれど




アタシちゃんにもラブコメかけるんだからね(幼女)!!という気持ちで書きました。


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番外編:異世界トリップの巻

 IF 原作トリップ(吉野公平がいない世界)
 いずれ来る未来軸設定でお送りします(この未来になるとは言ってない)

今後のストーリーに対するネタバレがひどいですがまあ「こうなるかもしれない」というだけなので、パラレルワールド的な目で見てあげてください。

[注意]
 ・替くんが「吉野替」くんとして保護される。
 ・なんや感やあって認知されて、家族構成が「父(呪)、母、兄」になってる。
 ・原作トリップに理由は特にない
 ・トリップメンバーは夏五灰虎伏釘吉替
 ・吉野父呪霊乗っ取り背後霊(ガチ)ルート
 ・替くん保護されたばっかで、高専一年組しか顔合わせてないけど名前だけなら(五条悟二人目と言う恐怖とともに)呪術界に轟いてるとか、そんな感じ。


完全にふざけ倒しました。おまけ的な気持ちで呼んでください。
 


 「あの、すみません。」

 

 おずおずと、遠慮気味な小さな声が下から聞こえた。視線を下げる。キャスケットに色眼鏡をかけた少年が、俯き気味に立っている。

 

 「誰だお前」

 

 声をかける。意を決したように、小さな子どもはキャスケットとメガネを外して、真希を見上げた。

 

 「えっと、はじめまして禪院真希さん。

 僕が替です。これ見てわかると思うけど。

 あの、それで僕、お兄ちゃんとお父さん探してるんですけど……どこかで見ませんでしたか?」

 

 お父さん。

 

 強烈なパワーワードと、心当たり。子どもを抱えようとして触れた無限。

 「あわわ、切り忘れてた」と子どもが言って、ようやく触れられる。眼孔に嵌る六眼に「ひゅ」と息を呑んだ。どういうことだ。

 それでも、ひとつ確かなことがある。

 

 ・無下限呪術+六眼

 ・お父さん

 

 該当者なんざ一人しかいねぇ。

 

 ■■■

 

 「おいこらバカ目隠し!!!」

 

 ばん!!と開け放たれた一年の教室。珍しく授業をしていた生徒3人とその教師が目を丸くする。

 

 「おいコレどう言うことだ! 説明しろ!」

 「助けて悠仁くん!」

 「え、俺!?」

 

 そして、真希の腕の中にいる小さな人影にギョッと目を剥く虎杖。ぴょん! と緩んだ腕から脱走した子どもが椅子に座ってちょうどいい高さにある虎杖の腕に抱きついた。

 

  「この人やばいよ。お兄ちゃんとお父さん探してるって言ったら急に五条悟に対してキレたんだ。

 いつのまに僕、五条悟の息子になったの? やだよ、五条悟の息子とか。お父さんに殺されるよ、五条悟が。」

 「ごめん、どゆこと?」

 「は? コイツがお父さんじゃねーの?」

 「ちーがーうー!!」

 

 ぷくりと頬を膨らませ、声高高に叫ぶ。

 

 「僕はもう()()()()の五条替じゃないもん! 吉野替だもん!

 五条悟がパパとかヤダーーーー!!」

 「ちょっと落ち着きなさいよ。」

 

 なんか不穏なワードに眉を顰めた野薔薇がそう言った瞬間、さっき閉めた扉が「ガラリ」と開いた。

 

 「はー、疲れた。今日の任務ヤバかったな。」

 「予備校に回された任務の代打って時点で怪しかったじゃない。裏しか感じられないのよ。」

 「四級の任務で二級が出てくるのはまずいな。そろそろ本気で夏油先生クーデター起こすんじゃねえか?」

 「一回上は首全部据え変えた方が綺麗になると思う。」

 「いやーごめんね。でもすっごい助かった!」

 「いえ、僕と父さんが原因ですから。」

 

 五人組が話ながら教室に入ってくる。そして教室の中身を見て固まる。中にいる奴らも固まる。

 「ばん!!」と勢いよくしまった扉。

 

 「……え、何今の。」

 「幻覚?」

 

 扉の向こうでなんか聞こえる。困惑に満ちた5つの声。いや、なんでお前ら(そっち)がざわついてんの? 

 ただひたすらに困惑。おまけに二つの声が追撃。

 

 「灰原、なんでここにいるんだ? 予備校に何かあったのか?」

 「そう言う傑もどうして一年の教室(ここ)にいるんだよ。お前二年の担任だろ。」

 

 がらら、再度開けられる扉。

 さー入った入ったと一年(と、謎のもう一人)の背中を押して教室に押し込む白髪目隠しが、教室の中を覗いて「は?」と首を捻った。

 もう一人の長髪も様子がおかしいメンバーが気になったのか教室を覗き込んで「は?」と同じ動作で首を傾げる。

 

 「「なにこれ、どう言う状況?」」

 

 そろった二つの声は、同じ言葉なのに恐ろしいほど温度差があった。

 

 

 ■■■

 

 「なるほど、つまりここは()()()()()()()()ってワケね。」

 「正確には、先輩が呪術師にならなかった世界でしょうか。」

 「うん、誤解が解けたところで私のコレ解いてくれない?」

 

 授業どころじゃなくなった。私が引っ捕まえていた悟の1/2スケールは吉野順平とか言うやつに「お兄ちゃん!」と駆け寄り抱きつくわ、虎杖(私たちの世界の方)は吉野とか言うやつ見て泣き出すわ、そんな虎杖(別世界の方)は困惑するわ……なんか言いずれぇな。こっちの世界の奴らは下の名前で、向こう世界の奴らを苗字で呼ぶか。

 

 話を聞くとなんともまあ、すごい世界だなと言うのが私の感想だ。

 まず、勢力図。身内で四つ巴してる上に、保守派と癒着してるとかいう外部勢力。

 なんだ、人造呪霊って。んなこと考えてやらかす奴がいるって言うのがあり得なさ過ぎてドン引きだわ。

 

 次、夏油傑の思想変わりすぎじゃねーの。

 口を開けば「愛」「愛」と繰り返すのがなんか気色悪くて渋い顔をする。

 どことなく憂太を幻視するのもなんかやだ。

 

 三つ目、吉野公平とか言う奴、ヤバくねぇか?

 一晩で呪術師112名殺害ってなんだ。五条本家皆殺し事件ってなんだ。御三家滅亡寸前に追い込むって他人事じゃないし、そりゃ納得の特級呪詛師だ。

 特級になれるほど強いやつが非術師の世界で埋もれてたのも、いつのまにか死んでたのも正直言ってもったいない。

 灰原(こっちの世界じゃとっくに死んでるらしい)とか言う男が「世の損失だ」と嘆くのも頷ける。

 

 最後。

 

 「()()()えぐいな。」

 「えぐいっていうか、殺したいよね。」

 

 灰原が爽やかにキレていた。さもありなん。

 敬愛する先輩とやらの遺体を勝手に使われて、その男が最も嫌悪した外道行為をしているのが許せないというのも、術式を悪用して呪霊をデザインして作り出すって言うのも「頭おかしい」としか言えない所業だ。

 夏油傑の肉体を狙って(*術式が目的)引き起こされたとかいう渋谷事変も被害状況が凄まじい。

 所々向こうの世界で起きたこととこちらの世界で起きたことは似ているし、「こちらの世界でも渋谷事変が起きるのかも知れない」と忠告されたが内容が壮大で甚大すぎるせいで現実味が薄い。

 

 「それよりも、僕は未だにこの世界の夏油さんがやらかした事の方が信じられないです。

 虐殺するなら呪術師の方じゃないですか?」

 「うっわ、傑やりそ〜。」

 「やめてくれ、無意味な虐殺はしないと決めているんだ。

 頭の悪い革命は私の主義に反する。」

 

  平然にいう灰原。その姿は普通にヤバイし、「やりそう」と思われてる夏油もヤバイ。

 「頭の悪い革命はしない」と夏油は言うが、ゆくゆくは全て殺すってことだろ。信用できねぇな。

 

 「どういうことですか五条さん!!」

 

 ばん!! と盛大な音を立てて扉が開かれる。これで本日3回目。すこしぼろっとしたスライドドアが切なく揺れる。

 

 「あ、七海だ。」

 「灰原、本当に……!?」

 「うお、ナナミン来ちゃったよ。」

 「なーなー灰原ぁ、コレどっちの七海?」

 「多分、この世界の七海じゃないですかね。

 僕たちの世界の七海は今も入院中だし、抜け出したとしても携帯持ってるはずなんで。」

 

 ほら、今もすごいですよ。なんて言ってスマホの画面を見せる灰原。電話は繋がらないのに1分ごとに入る着信に「帰ったらやばいなー」だけで済ませるこの男も大概イカれてる。

 

 「そっちのナナミンどうしたの?」

 

 悠仁が恐る恐ると手を挙げる。未だにぽこぽこポップアップが更新される脅威の鬼電スマートフォンに恐れをなしているようで、こっちの七海さんを見て戦いてる。

 

 「あー、こっちのは違うのか。僕たちの方の七海は灰原が目の前で死にかけたショックで過保護拗らせてんだよね。」

 「これもまた愛の呪いさ!」

 

 どやっと胸を張る理由がわからない。

 

 「面白いことがあると呼び出しれてみれば……。五条さん、コレはいったいどういうことですか?」

 「見てわかんない? 異世界交流(こーりゅー)って奴。

 こちら異世界の灰原と傑。革命家でやることやってるヤバイ奴ら。保守派皆殺しにしたいんだって。」

 「意味がわからない……っ!」

 

 混乱して項垂れる七海さんの背中を、灰原が「大丈夫?」と撫でる。お前が原因だろ。

 

 「異世界って、他にどんな違いあるの?」

 「うーん……、パッと言われてもわからないな。」

 「すぐ思いつくのは虎杖でしょ、こっちの虎杖一回死んでるから。」

 「それはこっちも死んでる。」

 「じゃあわかんないわよ。」

 「京都の人たちが悠仁と僕を殺そうとしたとか?」

 「吉野は違うが虎杖は命狙われてたぞ。」

 「あ、俺たちの方(こっち)*1は交流会の時、花御っていう特級呪霊が襲ってきた!」

 「僕たちの方にも来たよ。」

 「なんだ、同じじゃない。」

 

 一年生組の7人がわいわい話し合っている。

 「そんな大差ないわね」と野薔薇が言う。釘崎が「予備校と、夏油先生がいるかどうかくらいじゃない?」と肩をすくめる。

 替が「はいはいはい! 僕がお兄ちゃんと一緒に人造呪霊調伏しました! それからお父さんとお母さんの息子にしてもらいました!」と元気よく手を上げて、「そもそもこっちに(アンタ)がいないわよ」と野薔薇が突っ込む。

 

 「あとはこっちの世界じゃ未来の話でしょ。どうしようもないわよ。」

 「そうね、じゃあ私の片目が潰れた原因教えてくれない?」

 「真人っていうクソ呪霊に不意打ちでね。アンタも気をつけなさいよ。

 共鳴りは効くからガンガン使ってきなさい。」

 「ふぅん……参考程度にしとくわ、私。」

 「そもそもこっちで渋谷事変起こるのかな?

 あれ、脳みそ野郎が夏油センセーの体奪うためにやったやつじゃん?」

 「こっちの世界で夏油先生死んでるんだから、もう体乗っ取られてるんじゃないか?」

 「うっわ、それ最悪ね。」

 「替もいないし、五条先生が人造呪霊にされるとか?」

 「無理でしょ。」

 

 無理だな。

 

 「そーいや、こっちのメカ丸ってどんな立場?

 俺たちの世界だと替と縛り結んで革命派に入ったんだけど。」

 「メカ丸って、あのペッパー君?」

 「こっちでも花御の襲撃があったなら、与幸吉が内通者してるんだろうね。」

 「それ、どういうこと?」

 「僕らの世界の与幸吉は真人に無為転変してもらって五体満足になるために脳野郎と縛り結んでたの。

 まあ、治療したあとに殺すって真人が言ってるの知ってたからね、逃走に協力することを条件にお兄ちゃんを守るように縛りを結んだんだ。

 でもこっちの世界に僕がいないでしょ? なら、死ぬんじゃない?」

 「証拠は?」

 「この世界にあるわけないじゃん! 異世界人だよ僕!」

 

 ぷんすこ!と腕を組んで頬を膨らませた替。まんまるなほっぺをぷしゅっと潰そうとしたら 「やめろよ!」と無限を張ってまで抵抗された。

 

 「わかった。与幸吉のことも、ハロウィンのことも、一応警戒しておくよ。」

 「うっわ、こっちの僕なんか真面目じゃね?

 なんか傑みたいでキショいんだけど……。」

 「悟も大概私の真似っ子してるんだから同じだろ。」

 「はーー?

 違いますしー、僕、別に傑の真似っ子してないから!

 そういう傑も公平の真似してんだろ!」

 「してるさ。先輩は私の憧れだからね。」

 

 そんな、五条と夏油のじゃれあいのような戯れを、悟が無表情で見ていた。無感動ではなかった。なんというか、オーラでわかる。無くしたものを羨ましがるような、苛立ち。

 

 「そっちの僕は、なよっちいね。傑傑ってガキかよ。」

 「は? 

 なに、喧嘩売ってんの?」

 「こら悟、最初に煽ったのはお前なんだからやり返されても仕方ないだろ。

 すまなかったね、悟。」

 「……別に。」

 

 別にって態度じゃない。どうしたんだ悟は。不機嫌すぎて教え子にまで遠巻きにされてるけどいいのかそれで。

 

 「しかし、こちらの私の行動には納得できるものがあるけれど、私が善良な非術師まで殺したと言うのには来るものがあるな。

 殺処分の対象だ。

 善良な非術師はその善良さに翳りを見せることなく、守り、慈しみ、美しい人生を歩むべきというのに。」

 「夏油先生の思想には共感しますが、あんまりやりすぎると呪術規定違反になりますよ。」

 「無駄だよ恵。こいつ、バレなきゃいいって精神だから。」

 

 こっちの世界の恵がなんか動揺してた。思想被ったか?

 あいつの信条は【不平等に人を救う】だけど、善人救済願望あるしな。

 ………異世界夏油の愛情理論に毒されたらどうすっかな。

 

 「そもそも、十年前にやらかしてますし!」

 「いや、何したんだよそっちの傑。」

 「色々やらかしてますよ夏油先生は。

 呪術規定の裏をついて術式使わないで村一つ病院送りにしたり、術式使わなければただの傷害罪だとか養子や生徒に教え込んだり、そんでたびたびクズと猿が粛清(半殺しに)されたり。

 派閥の活動資金のために副業でカルトな振興宗教立ち上げて金持ちからぼったくってますよ。

 最近だと吉野公平の肉体使ってた脳にキレて渋谷駅壊しました。

 お陰で東京の交通網が死滅しましたよ。」

 「それのどこが悪いんだ?」

 「こう言うやつなんだよ。」

 

 なんか異世界大変そうだな。私は心からそう思った。

 

 

 ■■■

 

 

 「でもできれば早く帰りたいな。私たちがいない間になにが起きるのかが心配だ。」

 「一日ぐらいならどうとでもなるけど、長く開けたら保守派が動くだろうね。

 予備校に手を出すかもしれないし、心配だ。」

 『あー、わり。多分僕の所為だ。』

 

 今まで沈黙を貫いていた順平の影が、口を挟む。……いや、影ってなんだ影って。恵じゃねーんだぞ。

 

 「どういうこと、お父さん。」

 『術式の実験のために軽く呪霊つくったんだが、そいつの制御にしくじったっぽくて。さっきまで原因究明してたとこ。」

 

 夏油に頼まれて瞬間移動できる奴を作ってたんだよな。と。

 順平の影がペラペラ喋って、『メンゴ』と手を合わせた。

 

 「お前が原因じゃねーか。」

 「コレは流石に冤罪だろう。」

 「まあまあ。

 それでお父さん、どうやれば帰れるの?」

 『大丈夫だよ順平、その呪霊殺せばサクッと帰還だ。

 そして原因はここにいる。』

 「さすが、仕事早いね。」

 「もう、帰るのか……。」

 「七海……。」

 

 切なそうに目を伏せる七海。そんな七海を見て灰原は……

 

 「どうしましょう夏油さん、五条さん!

 こっちの七海なんか可愛くないですか!?」

 「大の男に可愛いとは思わねーわ。」

 「しかもアラサー。」

 「最近のナナミン、過保護がパワーアップしてたからなー、反動?」

 「灰原さん、疲れてるんすよ。」

 「そんな!?」

 「それじゃ、そっちの俺も頑張れよ!」

 

 虎杖が件の呪霊をさくっと祓う。跡形もなく消えた8人。「夢か?」と顔を見合わせたが、どうやら夢ではないらしい。

 最後まで荒らしのような連中だった。

*1
原作軸





いつも沢山の感想・評価ありがとうございます。反応もらうとめちゃくちゃ嬉しいです
皆さんいつもありがとうございます!!


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0章:愛別離苦-アイベツリク-
呪いの子❶


0巻編始まります。
順平覚醒編はもうしばらくお待ちください


 一面札だらけの仰々しい部屋の中。いや、仰々しいというよりもおどろおどろしいと言った方が正しいかもしれない。

 だけど、まあ。大袈裟なくらいに「いかにも」な部屋。たった1人を監禁するために作られた檻。

 椅子に三角座りをする少年。向かい合うのは背の高い白髪の男。

 ぐにゃぐにゃに捻じ曲げられたナイフを片手に、彼は言った。

 

 「でも、一人は寂しいよ。」

 

 ぎくり。図星を刺されて体が強張る。不審者同然の姿をした目隠し男はそれを見抜いていたのかいないのか。肩に「ポン」と手を置いて、優しく語りかける。

 

 「君にかかった呪いは使い方次第で人を助けることができる。力の使い方を学びなさい。

 全てを投げ出すのはそれからでも遅くないだろう。」

 

 

 

 

  【2017年1月東京。

  予備校生による敵対行動が誘因となり、首謀者含む3名の生徒(四級呪術師)が重傷を負う。】

 

 

 

 

 そんな甘言に惑わされて外に出た末路がコレ。やはり、僕は外に出てはいけない存在なのだ。

 自主的に逆戻りした檻の中に、再び現れたのは別の男。

 

 「やあ、君が悟が言ってた乙骨憂太くんかな?

 はじめまして、私は夏油傑。君に呪術の基礎を教えることになった先生だ。

 気軽に夏油先生って呼んでくれ。」

 

 再び引きこもったあの札だらけの部屋の中で、長髪の男は大袈裟なくらい明るい声でそう言った。

 夏油傑。そう名乗った男は胡散臭い笑顔で僕に手を差し出す。僕は、膝を抱えて首を振る。

 仕方ないなぁ、と言いたげに苦笑いをした男が、どこからか唐突に現れた呪霊を椅子がわりにして腰掛ける。

 びっくりして目を見開くが、見られてる本人に気にした様子は一切ない。

 

 「聞いたよ、塾生握り潰したんだって?」

 

 大袈裟に肩をすくめて「全治二週間らしい。」と繋げる。

 全治二週間。それがどの程度の基準になるのか僕には判断がつかない。でも、大怪我だというのは理解してる。

 だって、僕はそれを間近で見ていた。確実に骨が折れてる。

 わかってる。悪いのは僕だ。____でも、

 

 「里香ちゃんを悪く言わないでください。」

 

 里香ちゃんが僕を守ろうとしてくれただけだ。何も悪くない。僕が臆病で、弱くて、情けないせいで。彼女を不安がらせてしまうのが悪い。

 里香ちゃんは、悪くない。里香ちゃんの()()()彼らが怪我をしたとしても。

 

 「言い方が悪かったかな?

 私は別に君を責めてなんかないよ。むしろ、君たち……というより、折本里香の愛を好ましく思っている。」

 

 「ごめんね」と軽く謝って、それから「ナイス(ラブ)!」などと芸人みたいに僕を指差す。

 ……この人のキャラクター性が読めない。胡散臭いのか軽いのか、お調子者なのか。わざとだろうか?

 よくわからない人だけれど、里香ちゃんの存在を含めて「僕」を肯定されたのは初めてかもしれない。

 この人も呪霊が憑いてるみたいだし、僕と同じ被呪者というやつなのだろうか。ほんの少し共感する。

 

 「いいかい乙骨くん。君は、もっと自分の「愛」に自信を持つべきだ。」

 

 愛、とは?

 唐突な発言に目を丸くする。自信を持てと言われてもよくわからなくて「えぇ」と小さく感嘆詞を漏らし、声と共に顔を上げる。

 目があった。にこりと、夏油さんが微笑む。

 

 「言っただろう、私は君をよく知ってる。君が折本里香ちゃんに呪われる原因になったことも、それからのことも、全部全部知っているさ。

 知っている上で、言おう。()()()()()()()()()()()

 まあ、こっちの世界にも『意見』と『思想』は多種多様だ。君を殺せという意見だってある。

 けれど、その上で言おう。私は君が欲しい。君という人材が必要だ。」

 

 なんだ、これは。僕に都合の良い夢でもみているのだろうか。生きているだけでいろんな人に迷惑をかける僕が、誰かに必要とされるなんて。

 頬をつねろうとして、里香ちゃんがそれを止めた。手首に感じる冷たい体温に、夢ではないと確信する。

 

 「これは私の持論なんだけれど、呪術師とは愛に溢れた人間であるべきなんだ。

 なぜなら愛は無敵の呪い。愛さえあればなんでもできる。愛(イコール)人間の価値なんだ。

 そして、君だ。」

 

 ぱちん!

 指を鳴らして、その流れで人差し指が僕を指す。

 

 「私は君の愛に感服してる。

 呪霊に成り果ててしまっても尚、君は折本里香(カノジョ)を愛しているのだろう?」

 「当然です。」

 

  即答、答えなんて決まってる。

 僕は里香ちゃんが大好きで、ずっとそばにいたいと思ってて。

 

 「でも、だからこそ。

 僕のせいで里香ちゃんが誰かを傷つけるのは見たくない。

 僕にはやっぱり無理だった。一度は外に出ようと思ったけれど、同じことの繰り返し。

 もう誰も傷つけたくありません。だからもう、外には出ません。」

 「うーん、振り出しに戻る、か。」

 

 「それもまた一つの考えなんだろうけれど……。」なんて困り顔で言う。 ダメ押しするみたいに、僕の意思は変わらないと再度伝える。

 難しい顔になってしまった夏油さん。申し訳ないと思う。こんな僕に価値なんて見出してもらって、嬉しかった。それだけで、十分なのだと。

 

 「ねえ乙骨くん」

 

 不意に夏油さんが名前を呼んだ。その表情はなんとも言い難い。「胡散臭い」を捏ねて固めたらこんな顔になるんじゃないかって言うような胡散臭さで、ペテン師のように手と脚を組んで。

 夏油傑が、笑う。

 

 「君、ロッカー(づめ)にされた同級生を【愛】していたかな?」

 「そんな缶詰みたいなノリで言わないでくださいよ……。というか、【愛】?」

 「そうだ。

 愛と言っても、それはひとえに恋愛だけを指すのではない。

 友愛、兄弟愛、敬愛、隣人愛。愛にだって種類がある。

 でもまぁ、その様子じゃ君は彼らを【愛】してはいなかったのだろう?」

 

 ぐ、と言葉を飲み込む。その通りだ。いじめてくる奴らを【愛】したりなんてするわけがない。

 そんな人がいるのならば、それはマゾヒストか、相当の博愛主義者くらいじゃないか。

 無言の回答を「YES」と認識したのか、夏油さんが続ける。

 

 「繰り返すけどね乙骨君。愛とは、人の価値なんだ。」

 

 「恋愛、自己愛、人類愛、友愛、博愛、遺愛、恩愛兄弟愛郷土愛敬愛親愛慈愛情愛忠愛盲愛異性愛同性愛隣人愛。

 なんだっていいんだ、愛さえあればそれでいい。私は愛を肯定し愛を信奉する。

 が、愛せないものには価値などない。」

 

 目から鱗。そんな思想があって良いのか、と口を開けた。

 愛、愛、愛。

 愛の名の下に全てが肯定され、愛の名の下に全てを否定する。そんな理論がまかり通って良いのだろうか。

 期待、懐疑、好奇、怪訝。

 胸の内側で、幾つかの感情が浮かんでは消える。

 

 「乙骨くん、君は折本里香を愛しているのだろう?」

 

 愛してる。当然だ。僕は、里香ちゃんが好きだ。

 たとえ、幼い日の記憶を美化しているのだとしても。今の現状を不満に思っていたとしても。

 僕は里香ちゃんに救われた。里香ちゃんが大好きだ。だから、答える。

 

 「僕は、里香ちゃんが好きです。どんな姿になったって、里香ちゃんは里香ちゃんだ。」

 「うん、それでいい。」

 

 満点回答だ、などと。邪悪さを滲ませて嗤った。夏油さんはまるで教祖か神父のように敬虔に、王か首領のように大胆不敵に手を広げる。

 立っているだけで視線を引き寄せる絶対的カリスマ。呼吸のタイミングすら計算し尽くされているのではないかと考えてしまうほどに、一挙一動に注目する。

 怖いほどに蠱惑的。妙な緊張感で強張る体。穏やかな声音すら、まさに獲物を締め殺そうと舌を出す毒蛇のように思えた。

 

 「私が君に基礎を教えてあげよう。呪術とはなんたるか、呪力とはなにか。高専に入学するまでの期間、私が君を導こう。」

 「なぁーに洗脳してんだよ傑。」

 

 バコっと夏油さんの後頭部(の、お団子部分)が叩かれる。ぐしゃりと崩れた髪型。背後から手を振るのは見覚えのある白髪の男。

 僕を最初に外に連れ出した人、五条悟が立っていた。

 

 「ごめんね憂太〜、自称愛の伝道師が迷惑かけたでしょ。」

 「誰が自称だ、正真正銘の愛の伝道師だよ。」

 「キショいからやめろっつってんだろ。真似っ子か?」

 「失礼な、二代目さ。」

 「(仲がいいのかな……?)」

 

 楽しそうに喧嘩してる2人に内心で首を傾げる。そう言えば、夏油さんは最初に「()()()()()()()()()()()()()」と言わなかったか?

 親しげな様子を見るに、2人は友達なのだろう。

 いいなぁ、なんて。ちょっと憧れる。

 

 「あの、それで……基礎を教わるって言うのは……?」

 「ああ、それね。だって君、そのまま学校に放り込むにはちょぉ〜っと危険だからさ。だから塾に入れてみたんだけど、アレだったじゃん?

 だから____ 」

 

 どさりと。夏油さんの肩に腕を回して、五条さんは言う。

 

 「こいつに呪術とはなんたるかを教えてもらおうと思ってね。

 憂太とも相性いいんじゃない? 知らないけど。」

 「うん、私もそう思うよ乙骨君。

 共に愛に生きる紳士同士、仲良くしよう。」

 「はい、よろしくお願いします!」

 

 僕は、今度こそ彼の手を取った。




愛別離苦
読み方 あいべつりく
意味 仏教の八苦の一つで、親子や兄弟、夫婦などの愛する人との生別または死別することの悲しみや苦しみのこと。
出典 『大般涅槃経』

[四字熟語辞典より]


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呪いの子❷

 基礎鍛錬というのは意外と早く進んだ。と言うか、ほとんどただの授業だ。

 呪術師の基本というような、そんなのをよく教えてくれた。

 

 「あの、このままでいいんですかね……。」

 「ああ、呪術の鍛錬しなきゃって?

 そんなの高専に入学して実地で訓練すれば勝手に身につくさ。」

 「そんなものですか?」

 「そんなものだよ。」

 

 私はそうだった、と夏油先生が言う。「今の君なら余程のことがない限り折本里香を暴走させることもないだろうし」とウインクしながら付け加えて。

 

 「呪力の操作や呪術師の基本。窓や補助監督と言った常識的な部分もカバーできてる。

 帳や術式と言った実践的な部分は祓除してたら自然と身につく。

 君の本望たる【祈本里香】の解呪の件だけど……そこから先は悟の担当。私の担当はこれでお終いだ。」

 「え……。」

 

 するりと。一方的に離された手に、寂しさを思う。見放されたのか、と不安が迫り上がる。

 

「ずっと夏油先生が教えてくれると思ってました。」

 「そうしたいのは山々なんだけどさ、私は革命派だからね。

 私1人に教えを受けたとなると、ちょっと君の立場が悪くなる。完全に大人の都合だ。本当に申し訳なく思う。」

 

 夏油先生が忌々しそうに、しかしどこか愉しそうに「呪術師の勢力図について教えただろう?」と声を弾ませる。

 

 「はい。

 えっと、確か保守派・中立派・革新派・革命派の四つでしたよね?」

 「そうだ。」

 

 夏油先生は「よく覚えていたね」と僕を褒める。褒めてるけれど、何故かその声には確かな嫌悪が滲んでいる。

 

 「その四つのうち君を擁護する派閥は二つ。革新派と革命派だ。君の助命を願い出たから執行猶予がついた。

 保守派と中立派は君の殺害に積極的。」

 

 「で」と、夏油先生が自分の胸に手を添える。

 

 「私は革命派。それも筆頭だ。

 何かがあっても責任が取れる特級呪術師と言う立場故に、君を教育する権利を与えられた。

 でも、この教育というのがね……洗脳と紙一重と言われてる。ニュースとかでもたまに見るだろう?

 君が納得していても、大人は納得しない。お互い面子(おもてむき)ってものがあるからさ。」

 「そうなんですね……。

 でも、なんで五条さんなんですか?」

 「あれでも革新派筆頭なんだよ、悟。」

 

 ぽんっと。能天気にダブルピースする五条さんが脳内に思い浮かぶ。……少し、いやだいぶ不安だ。

 大丈夫だと、手を握られた。僕の手を包む両手は暖かい。夏油先生が微笑む。

 

 「最後に一つ、話をしようか。」

 「話、ですか……?」

 「私の思想の話だ。」

 

 少年のような、希望に溢れる表情で語られた理想。それは……

 

 「私はね、私が愛する人々が笑って、幸福に生きられる。そんな幸せな水槽(セカイ)を作りたいと思っているんだ。」

 

 綺麗すぎて、僕には少し眩しかった。

 

 

 ■■■

 

 

 「転校生を紹介しやす!!!

 テンション上げてみんな!!

 ………上げてよ。」

 

 ドアの外からでもわかる。しらっと冷え込むような気配。

 ものすごく冷めた空気を感じて、腰が引ける。

 いや、でも。前の僕ならいざ知らず、今の僕なら大丈夫。夏油先生お墨付きだ。

 五条先生にも「これならまあ大丈夫っしょ!」と肩パンをされたばっかりだ。自信を持て、憂太(ぼく)

 

 「(よしっ!)」

 

 気を持ち直して、教室に入る。教卓の前に立って、おず、と口籠もりながらも前をしっかり見つめた。教室には3人しか生徒がいない。

 人手不足なのは聞いていたけれど、これほどなのか。

 

 「乙骨憂太です。よろしくお願いしま……」

 

 シュッと。薙刀が黒板に突き刺さる。

 

 「おい。」

 

 クラスメイト三人が全員、僕を囲んでいた。中央に立つ、眼鏡をかけた強気そうな女の人が、眉毛を吊りげて一言。

 

 「オマエ、呪われてるぞ。」

 

 倒れた机。割れた黒板。獣が威嚇する唸り声。

 

 「ここは呪いを学ぶ場だ。呪われてる奴が来るところじゃねーよ。」

 

 【日本国内での怪死者・行方不明者は年平均一万人を超える。】

 

 「『そのほとんどが人の肉体から抜け出した負の感情。

 呪いの被害だ。中には呪詛師による悪質な事案もある。』」

 

 夏油先生に習った授業を脳裏で反芻する。同じ言葉。同じ音程。五条先生が夏油先生のソレをなぞるように語る。

 

 「呪いに対抗できるのは同じ呪いだけ。

 ここは呪いを祓うために呪いを学ぶ、都立呪術高等専門学校だ。」

 「……ん?」

 

 既に知っている知識。焦りと混乱でぐちゃぐちゃになる脳みそを回しながらなんとなく聞いて、はたと気づく。

 呪いを祓うために呪いを学ぶ学校の生徒。

 呪いを解除するために呪術師を学びにきた僕。

 たらりと、頬を冷たい汗がなぞる。

 

 「あっ、早く離れた方がいいよ。」

 

 しらけて、緊張感が緩んだ三人の同級生に五条先生が壁にもたれかかりながら言う。疑問符を浮かべる3人。背後に感じる()()の気配。

 

 「【ゆゔだをををを……】」

 「待って!! 里香ちゃん!!」

 「【虐めるな!!!】」

 

 伸ばされたのは巨大な腕。ああ、またこうなってしまった、と自分自身に失望する。

 これでは、なんのために夏油先生に指導されたのかわからないじゃないか。

 思い出すのは6年前の記憶。里香ちゃんが生きてた頃の記憶。

 里香ちゃんが死んだ日の記憶。死んだ瞬間。

 

 【大人になったら結婚する。】

 

 変わることのない永遠の約束。僕たちの大切な繋がり。

 ゆえに起きた悲劇。果たされなかった約束は、現在進行形で世界に牙を剥いている。

 

 「__ってな感じで、彼のことがだーいすきな里香ちゃんに呪われてる乙骨憂太くんでーーーす!

 みんなよろしくーー!!」

 

 夏油先生とは違うハイテンションで僕を紹介する五条先生。余計に荒れてしまった教室に、ボコボコにされてしまったクラスメイト。(しかし軽症)

 なんとも言えない居心地の悪さ。

 

 「憂太に攻撃すると里香ちゃんの呪いが発動したりしなかったり。

 なんにせよ、皆気をつけてねー!」

 

 軽い。何がと言わないが、軽い。この人、本当に革新派のトップ?

 新進気鋭の革命派と肩を並べる四大勢力の一角?

 

 「コイツら反抗期だから僕がチャチャっと紹介するね。」

 「(この先生が悪い気がする……。)」

 

  まさに前途多難。そうして、僕の呪術師としての人生は始まった。



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呪いの子❸

 東京都立呪術高等専門学校に入学して、早いことで数ヶ月。緑が生い茂り、青空には入道雲。蒸し暑さで気が滅入る。

 ーーーー呪術師の夏が始まった。

 

 「繁忙期で忙しい五条さんたちに変わって今日から数日間臨時教師になります、灰原雄です!

 よろしくね!」

 

 現れたのはたった1日だけの恩師。恩を仇で返してしまったと言うのに笑って「仕方ない!」と笑ったその人は、僕を見つけて目を輝かせる。

 

 「久しぶりだね、乙骨くん!

 元気そうで何よりだよ!」

 「お久しぶりです、灰原さん。その節はすみません……。」

 

 灰原雄さん。最初に僕に呪力の制御を教えるために教師になってくれたのだが、僕のせいで大怪我を負ってしまった。

 

 「気にしない気にしない!

 あれは僕の力不足の責任だからね!」

 

 これから忙しくなるよ!

 そんな灰原さんの言葉通り、夏はひたすら忙しかった。西へ東へ駆けずり回って、北へ南へ飛び回る。

 ヘトヘトになりながら学校へ戻る。夏休みなんてものはなかった。

 夏の終わりに近づいて、なんとか少し落ち着きを取り戻し始めた8月の終わり。

 

 「や、憂太。なんか疲れてる?」

 「夏油先生!」

 

 約三ヶ月ぶりの先生との再会。「どうしてここへ?」と聞けば、気まずそうに頭をかいた。

 

 「実は私もここの教師なんだ。兼業しすぎてなかなか来れないんだけど。」

 

 ソレはソレでどうなのか。「呪術師と、教師と、革命家と、予備校の理事長と、教祖と……」と指を折っていく彼に胡乱な視線を送る。というか、教祖って何?

 

 「そうだ、すこし話をしようか。

 私もね、昔ここで先輩と語り合ったものだ。飲み物奢るよ、何がいい?」

 「えっと、じゃあお茶を……。」

 「ん、了解。」

 

 がこん。自動販売機にペットボトルが落ちる音がやけに反響する。「麦茶でよかった?」と差し出され、「はい、ありがとうございます。」と受け取る。

 夏油先生の手には、ブラックコーヒー。かしゅ、とプルタブが開けられる。

 数秒の沈黙。

 

 「もう、呪術の世界には慣れた?」

  「えっと、……はい。」

 

 慣れた、のだろう。最初はどうすればいいのか分からなかった。世界に存在していいのかわからなくて、閉じこもって。

 

 「(でも、今は……)」

 

 生きていいって、自信が少しだけついた。

 そんな自分語りを「うんうん」と聞いてくれた夏油先生が「君は居場所を作ったんだね。」と微笑む。

 

 「それで、悩み事は?

 ソレが理由じゃないならなにかな?」

 「えっと……」

 

 口籠り、躊躇う。一拍置いて、唾を飲み。決意。

 

 「……同じ呪術師なのに、なんで家族は冷たいんでしょうか。」

 「ああ、真希のことか。」

 「!」

 

 言い当てられて驚く。夏油先生はコーヒーを飲みながら遠くを見つめていた。

 

 「彼女の身の上は複雑だろう?

 まあ、私自身、彼女の境遇には少し()()()()()がある。」

 

 一瞬滲んだ嫌悪。隠すようにはめられた笑顔の仮面。

 不快の示すところがどこにあるのか、自分にはわからない。でも、きっと。夏油先生のことだから禪院本家へ向けたものだろう。

 

 「その義憤は正しい。君の家庭環境を鑑れば、到底納得できるものじゃないだろう。」

 

 非術師の両親に、非術師の妹。共感者がいない世界で、里香ちゃんだけが光だった。

 真希さんの世界は、僕とは逆。見える中で1人だけ見えない。

 それでも、見えないものを見ようと、理解しようと足掻いて、己を認めさせるために努力する真希さん。

 ソレを理由に虐げることが、僕には理解できない。

 

 「なあ、憂太。君はどう思った?」

 

 ひやりと、空気が冷え込む。真夏なのに鳥肌が立って、ピクリと体を震わせる。

 

 「おかしいとは思わなかったか?

 なんで仲間のはずの呪術師に背中を狙われることを恐れる必要があるんだ。」

 

 淡々と、夏油傑は言葉を放つ。

 

 「おかしいとは思わないか?

 なんで守るべき非術師に虐げられる呪術師がいるんだ。」

 

 先生らしからぬ冷たい声。嫌悪しかない表情。

 オーラとでも言うべきだろうか、それとも呪力が滲み出ているのだろうか。

 禍々しい様相はまさに修羅。

 

 「答えは一つ。そいつらまとめて愛がないゴミ屑だからだ。」

 

 刀のように、鋭く研ぎ澄まされた殺気は、明確に何かの命を狙っていた。

 何か言葉を言わなければと思うのに、喉の奥が締まる。音にならない。ぱくぱくと開く唇はさながら池の中の鯉。

 

 「君はとても素晴らしい力を持っている。

 ……私はね、憂太。大いなる力は大いなる目的のために使うべきだと考えるんだ。」

 

 飢えた時の泥水のような言葉だ。飲みたくないのに飲まねばならぬ。そんな極限状態の救いのような。

 心の隙間。人間の「弱い」ところを的確に狙って抉るような、どうしようも無い救済。

 

 「なあ憂太。今の世界に疑問はないかい?

 一般社会の秩序を守るために暗躍する呪術師が、同じ呪術師に背中を狙われるという意味不明な状況がまかり通っているんだよ。

 ナンッセンス!

 ……だからね、君にも手伝って欲しいわけ。」

 「?

 何をですか?」

 

  そう、察していたのだから。ここで聞くのをやめればよかった。だけど僕は続きを促してしまって、先生の【本性】を知ることになる。

 知ってしまえば後戻りなんてできなくて。知って仕舞えば、考えずにはいられない【毒】のような思想。

 

 「この世に蔓延る外道畜生を皆殺しにして、清く正しい呪術師や善良な非術師が生きやすい世界を作るんだ。」

 

 そんな陳腐で、ありふれたような。しかし実現なんて到底考えることはない子供の夢のような。感情論で、理想論のような。

 思考回路が停止する。

 

「清い水にこそ美しい生き物が住み着く。

 しかし残念ながら呪術界と言う水槽はドブ川のように濁っている。腐ってるんだよ。

 浄化するには革命という劇薬が必要だ。」

 

 歌うように、言葉が流れる。聴き心地の良いような響きの下に、悍ましい邪悪を孕んだ言葉が。

 

「愛せない人間に価値などない。非術師()は見殺し、術師(ゴミ)は殺処分だ。

 愛すべき善良な非術師はその善良さに陰りを見せぬように守り慈しみ、若い術師は教育して伸ばし、美しいまま成長させる。そして理想を体現する。

 ____ね、素晴らしいと思わないかい?」

 

 この人は、本当に夏油傑だろうか。夏油傑の皮を被った別人と言われた方が納得できる。

 僕の知る夏油先生は、過激な一面もあるけれど愛を信奉する穏やかな人だった。

 ____その、はずだ。

 

 「……過激ですね。」

 「ふふ、そうかもしれない。悟にも諭されてるんだ。笑えるだろ?」

 

 それでも。美しい世界を作るために、ゴミは排除する(消す)に限る、と。

 これは強者の義務だ、と。

 語る姿はどこまでも少年のように無邪気だ。

 

 「愛を免罪符にするのは間違ってると思います。」

 「愛のためには多少の暴虐も必要だ。」

 「でも僕は、愛に責任をなすりつけるのは嫌だ。」

 「なすりつけてなんていない。責任は背負うものだ。愛を実行するためには、それ相応の責任が発生する。」

 「それでもっ……。」

 

 言葉が回る。から回る。

 

 「それを良しとしたら、何を愛してるのか分からなくなってしまいそうだから……。」

 「……へぇ。」

 

 そらされた瞳の黒は、影にって()()()()()()分からない。

 

 「はは、そうか。憂太の目には、私はそんなふうに見えているんだね。」

 

 滑稽なことだ。先生は嘲笑う。自嘲する。

 

 「()()()()()()()()()()()()()……ね。

 ありがとう、少し目が覚めたよ。私は盲目になっていたのかもしれない。」

 「(ああ、よかった。元の穏やかな先生だ。)」

 

 安心は束の間。暗く澱んだ瞳が三日月に歪む。

 

 「それでもね、憂太。君もいずれ知ることになるだろう。

 この世界の醜さを。歪さを。

 その時に、私の言葉を思い出して欲しい。

 ____人間が不条理をねじ伏せ、前進するために必要なのは【愛】しかないのだと。」

 「おーい、憂太!」

 

 遠くから聞こえたパンダくんの声で「はっ」とする。「そろそろ任務行くぞ!!」と呼ばれて「うん!」と返事を返す。逃げられると、ホッとしてしまった。

 夏油先生が「頑張れ」と笑う。よかった、いつも通りの穏やかな先生だ。

 さっきまでの怖い先生が夢のように消えた。

 最後に。先生が僕の耳元に手を当てて、子どもの内緒話みたいに囁く。

 

 「返事はいつだっていい。君だって、高専に通っていれば嫌というほどわかるだろう。

 今年の一年は粒揃いだと聞く、いい仲間になれたんじゃないか?

 いつか君も、私の理想に共感してくれる日が来ると思うんだ

 もちろん、必ずしも私に追従しろなんて傲慢なことは言わない。

 私についていけないならば悟について行くのもいい。

 私と悟の思想は似ているようで少し違うから、革命派に共感できなければ革新派に行けばいい。

 それでも共感できないようならば、自分で新しい道を切り開くのでもいい。

 私達は君の選択を否定なんてしない。君の決定を尊重する。

 ただ、覚えていて欲しい。保守派と中立派は確実に君の敵だ。」

 

 先生の言葉は、まるでタチの悪い油汚れのように僕の心に「べったり」と残り続けて、そして____。

 

 「なるほど、夏油先生が言ってたのは()()()()()()か。」

 

【記録____2017年12月24日】

 

 「腐ってる。根本から変える必要があるな。

 とりあえずお前は____……」

 

【特級過呪怨霊 折本里香。

 二度目の完全顕現】

 

「ブッ殺してやる。」

 

 先生の黒が、僕の黒に混ざって溶けた。



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黒く、黒く

番外編の位置変えました。
一章の後に0章はなんか気持ち悪かったっす


 「なるほど、夏油先生が言ってたのは()()()()()()か。」

 

【記録____2017年12月24日】

 

 「腐ってる。根本から変える必要があるな。

 とりあえずお前は____……」

 

【特級過呪怨霊 折本里香。

 二度目の完全顕現】

 

「ブッ殺してやる。」

 

 ____事態は、三時間前まで遡る。

 

 

 「【百鬼夜行】が確認されたぁ?」

 

 始まりは、真希さんのかったるそうな一言。それに頷くパンダくんと、狗巻くんの「こんぶ?」の一言。

 

 「そ、それで今日は日本中の呪術師が出払ってるっつーわけ。」

 

 人がほとんどいない、がらんとした高専。教室にいる4人だけが異常(イレギュラー)に思えて、少し落ち着かない。

 そんな中でもいつも通りなパンダくんが片手を振った。

 

 「祓っても祓ってもどんどん湧いてくるから、現場はさながらレイド戦。

 全然人手が足りてないらしくてさ。まさみちがぼやいてた。

 2年は京都に遠征。

 棘は3、4年と新宿でバックアップになんじゃねーの? 俺はまさみちの指示待ち。」

 「私は?」

 「真希と憂太はお留守番。」

 「ちっ!」

 

 舌打ちを一つ。椅子を蹴って立ち上がる。

 扉を雑に開けて、肩を怒らせて。しかし足音は静かすぎるほどに無音で真希さんが消えた。

 

 「どうしたんだろう……?」

 「トイレじゃねーの?」

 「いや、それは違うんじゃないかな。」

 「おかか……。」

 

  狗巻くんの呆れ声。

 待つこと十数分。戻ってきた真希さんの手には一枚の紙が。

 

 「ムカつくから、なんか依頼ないかって強請ってきた。

 一個良さそうなの回してもらったぜ。」

 「何やってんの、真希さん……。」

 

 真希さんの手には一枚の紙。ニヤリと笑った彼女は悪い顔で「別に悪くは(わるかー)ないだろ」と紙をひらひら振る。

 

 「でも、私らだけじゃ伊地知さん行かせてくれないって言うからさー、棘とパンダも来い。

 新宿のサポートはさっきミミナナに押し付けてきたからよ。」

 「何やってんの、真希さん……!」

 

 脳裏に、ブチギレの美々子ちゃんと奈々子ちゃんが思い浮かぶ。キレたらかなり面倒臭いことになる双子だ。暴虐のとばっちりを受けないことを期待したい。

 

 「んじゃ、表に車待たせたるから。さっさと行こーぜ。」

 「もうっ!」

 

 少し待ってて! と急いで刀袋を背負う。待ってて、と言ったのに真希さんとパンダくんは先に外に行ってしまってて、教室で待ってくれてたのは狗巻くんだけだった。

 2人で慌てて2人を追いかける。

 「ほんの数秒くらい待っててよ」「追いかけてくるだろ」と軽く会話をしながら階段を降りて、伊地知さんの運転で任務地に向かう。

 

 「低級討伐ねぇ……。

 視認できるのは四級か三級。弱いけど数だけは多い。

 百鬼夜行っていうだけあるな。」

 「しゃけしゃけ。」

 「ま、この程度ならすぐ終わんだろ。

 さっさと終わらせてクリスマスケーキ食おうぜ。」

 「悟にバレないようにしないとな。」

 

 パンダくんの一言に「あはは」と笑う。五条先生の甘党は知れ渡った事だ。僕たちだけでケーキを食べたりなんかしたら確実に拗ねてしまうだろう、なんて。思わず苦笑する。

 

 「しゃっけ!」

 

 Vサインをしながら、壁を指さす棘くん。商店街のポスターにはデカデカと【クリスマスパーティーを楽しもう!】と書かれていた。

 

 「うん!」

 

 そっか、クリスマスパーティか。里香ちゃん以外の誰かと過ごすのは初めてだ。すこし、頬が緩む。

 低級呪霊の討伐はスムーズに終わる。確かに数は多いけれど、僕たち4人ならすぐに祓除できた。

 完了報告を伊地知さんに告げる。

 電話の向こうで『わかりました』と神経質そうな男の声が聞こえる。

 そして、帳が上がる____はずだった。

 

 「……なっ!?」

 

 上がりかけた帳の上に、新しい帳が下ろされる。伊地知さんが貼った帳よりも濁った色の天幕。

 不気味な帳の出現と同時に現れたのは、一体の呪霊。ビリビリと肌で感じる凄まじい呪力。

 

 「なんで……。」

 

 ぽつり、と。真希さんが声を溢す。

 

 「なんで、こんなところに特級がいるんだよ!!」

 

 特級。

 その名前が、音が。腹の底に「ズドン」と響く。

 

 「数が多いだけの三級案件じゃなかったのか!?

 低級倒したらこんなの出てくるなんて聞いてねぇぞ!!」

 「わかってんだろ真希。これは罠だ!」

 「るせぇな、知ってるよ!

 くっちゃべってねぇで逃げるぞ!」

 

 走る。走る。みんな肩を並べて一直線に帳まで走った。

 

 「罠ってどう言うこと、パンダくん!」

 「だーかーらー!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだ!

 ____俺が“帳”を破る!! あとは()()で行くぞ!」

 「明太子!!」

 

 黒い壁と化した帳に、パンダくんが拳を振る。しかし、帳はそれを()()()

 

 「こんぶ!?」

 「くそ、破れないだと……っ!

 完全に閉じ込められた! 外と連絡は!?」

 「伊地知さんに繋がらねぇ……クソッ!」

 

 がん! と帳に呪具を打ち付ける。何も変わらなかった。僕も刀で切りつけたりしてみたけれど、びくともしない。

 背後で呪霊がケタケタ笑っている。不愉快な不協和音に焦りが募る。

 

 「手段選ばないにも程があるだろ上層部……っ!!

 どさくさに紛れて私と憂太(うっとうしい奴ら)を鏖殺ってか?

 〜〜〜畜生っ!!」

 

 振り上げた拳は、帳に当たるだけで終わる。

 ……そうだ。本来なら、僕と真希さんだけの任務になるはずだった。

 伊地知さんが出したアドバイスのおかげでパンダくんと狗巻くんもここに来たけれど、本当なら2人とも新宿でサポートのはずだった。

 仕組まれてた、全て。けど、だからこそ。

 

 「戦うしかないよね。」

 「はは。お前に言われなくてもわかってるよ。」

 

 退路はない。なら作るしかない。ごくりと唾を飲み込んで、向き直る。

 真希さんも呪具を構えて呪霊に相対する。

 「四級呪術師が特級を相手にするなんてどんな無謀だよ。」と、ぽつりと呟き、しかし耐えるように「ニッ」と笑った。

 

 「が、こいつら祓えば晴れて私も昇級だ。」

 

 ようやく念願が叶うなんて強気に笑うけれど、手がかすかに震えていた。

 

 「真希さん、震えて……」

 「るせぇな、武者震いだよ。」

 

 余計な一言のせいで、真希さんに睨まれる。うん、今のはいらないお世話みたいな言葉だ。だって、真希さんだけじゃない。僕だって震えてる。

 狗巻くんも、パンダくんも。怖いのを押し殺して戦う覚悟を決めている。僕だけじゃない。

 歯を食いしばって立ち向かって、腹の底から声を出す。

 

  「____行くぞ!!」

 「「「おう(しゃけ)!!」」」

 

 みんなで生きて、帰るために。

 真っ先に狗巻くんとパンダくんが呪霊に立ち向かった。パンダくんが呪霊に殴りかかるも呪霊はそれを避ける。

 真希さんがパンダくんのサポートをするように飛び出して、薙刀を振るう。

 

 「やれ、棘っ!」

 「【 堕 ち ろ 】!!」

 

 ズズン! 地面には大穴。呪霊のヘイトがパンダくんに向いている隙を狙った呪言での攻撃。

 狗巻くんが吐血して、のどナオールを一気飲みする。

 その隙に呪霊が狗巻くんを鷲掴みにした。

 

 「狗巻くんを離せっ!」

 

 斬!

 刀に呪力を込めて上段切り。すぱりと腕が切り落とされて、力が緩んだ手のひらから狗巻くんが脱出する。

 

 「棘! 大丈夫か!?」

 「い"……ぐらっ!」

 

 パンダくんが狗巻くんに駆け寄る。呪霊の影からわらわらと低級呪霊が湧いてきて、2人に襲いかかる。

 2人の前に立った真希さんが薙刀を一薙してそれらを祓う。

 

 「余所見するな!!」

 

 祓っても祓っても現れる大量の低級呪霊。それに気を取られて……いや。それらのせいで余裕を奪われて、ソイツにまで気が回らなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「真希さん後ろっ!!」

 

 低級呪霊の群れの後ろに大きな影。

 真希さんが、巨大な腕で殴られ吹き飛ぶ。空中で血を吐く。己が呼び出した低級呪霊もとろとも真希さんに攻撃した呪霊に、怒りしかわかない。

 ずしゃりと地面に倒れ込んだ真希さんが「ぅぁ……」と小さく呻き、それすら鬱陶しそうに呪霊が無造作に蹴り飛ばす。

 

 「真希さん!!」

 

 足が折れてる。いや、足だけじゃない。僕じゃ詳しいことはわからないけれど、全身の骨が折れてるんだろう。

 手足はありえない方向に曲がり、肺に穴が空いているのか「ヒューヒュー」と空気が抜けるような呼吸の音が耳につく。

 背後から凄まじい轟音。振り返り、絶望する。

 

 「あ、ああ……」

 

 赤だ。地面も、彼らも、真っ赤に染まっていた。錆びた鉄のような赤い色。

 池のように広がる血溜まり。その中央に沈むのは……

 

 「パンダ君、狗巻君……!!」

 

 腕がもげて、中の綿があふれるパンダくん。口周りを血でベタベタにさせてだらりと手足を放り投げる狗巻くん。

 

  目の前が、赤く染まる。

 

 「来い!!! 里香!!!」

 

 荒廃した大地。不毛となったその場所に立つのはたった2人。乙骨憂太と、その恋人たる呪霊の折本里香。

 目の前には特級呪霊がそんな2人を「ゲラゲラ」嘲笑っていた。いや、()()()()()()1()()を嘲笑って、見くびって、嘲笑している。

 己の不甲斐なさに涙を流しながら、血反吐を吐くように叫ぶ。

 

 「ぶっ殺してやる……っ!」

 

 それは、魂からの言葉。ただひたすらに純粋な呪いの言葉だった。







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弱者に罰を

 特級呪霊が 低級呪霊(ぞうひょう)を召喚する。ウジのようにわらわらと増えるそれらから逃げながら、安全な場所に避難した。

 

 「里香。」

 

 格納していた【彼ら】を吐き出す。3人ともひどい怪我だ。特に真希さんは今にも死にそうな重体。

 

 「絶対に死なせない!!」

 

 家入さんの反転術式を思い出して、手のひらを広げる。広がった呪力の光。真希さんの呼吸が安定して、ホッと息を吐いた。

 

 「【ずるい……ずるい……っ!】」

 

 

 「何をしている、里香。」

 

 低い、怒りを孕んだ声。

 

 「その人は僕の恩人だ。

 蝶よりも、花よりも、丁寧に扱え……!」

 

 ゾッとするほど冷たい瞳で里香を見つめる憂太に、ピャッと震えて真希を憂太に返却する里香。

 

 「【ごめんなさい、ごめんなさい!!】」

 

 ポロポロ涙を流して、憂太に縋る。どこから流しているのかわからないが、おそらく目元から溢れる大粒の雫が地面を濡らした。

 真希をパンダと狗巻(かれら)の側にそっと寝かせてから、憂太は立ち上がる。

 

 「【怒らないで……。】」

 「怒ってないよ。」

 「【嫌いにならないでぇ……っ!】」

 「嫌いになんてならないよ。」

 

 するりと、里香を撫でながら微笑む。視線は一点集中。冷徹さを宿したまま変化はない。

 

 「僕らの敵だ、アイツだよ。」

 「【……憂太、アイツ嫌い?】」

 「ああ、大嫌いだ。」

 「【じゃあ、里香も嫌いぃぃぃぃぃ!!】」

 

 うん、そうだね。同じ気持ちで嬉しいよ。背後から覆い被さるように里香の腕が僕に巻きついて、僕はその腕を「ぽん」と優しく叩く。

 

 「里香、アレをやる。」

 

 召喚されたのは蛇の目と牙が模されたメガホン。すう、と息を吸って、声に呪力を込めながら一言。

 

 「【 死ね 】」

 

 僕が言葉にした通り、低級は死ぬ。呪いの言葉で死んでいく。

 ああ、でも。やっぱり難しいや。呪力が拡散して狙いが定まらない。

 

 「狗巻くんはすごいなぁ……。」

 

 そう、僕の友達は凄いんだ。それを呪霊(オマエ)は、上層部(オマエら)は……っ!

 

 「ぐちゃぐちゃにしてやる。」

 

 目の前の呪霊も、こんな任務で僕らを罠に嵌めた腐ったみかん共も。

 殺すしかない。先生の言葉に共感しかない。

 害悪だ。僕たちの世界に、アイツらはいらない。

 愛せないゴミに価値はない。

 

 「あわせろ、里香。」

 

 刀に里香を憑依させる。肉弾特攻。真希さんから教わった体術に翻弄される呪霊を見ながら、思う。

 やっぱり、真希さんはすごい。僕では狙いがうまく定まらないし、隙をつくのも下手くそだ。

 僕よりもずっとずっと、真希さんの方が強い。

 

 「【憂太……憂太ぁ……!】」

 「大丈夫。」

 

 攻撃するたび返り討ちに遭い、ボロボロになる僕を心配して、オロオロと里香の手が視界の端で彷徨っている。

 

 「慣れてきた。」

 

 力とともに呪力を込める。一閃。呪霊の首に叩き込んだ刀は、次の瞬間バラバラに砕けた。

 なんで? どうして? 

 疑問を抱くと同時に、刀を捨てる。呪力を拳に纏わせて、殴りつけた。

 でも、なんで刀が壊れたんだ。僕の何がダメなんだよ。

 僕はみんなを守りたいのに、うまく守ることすらできない!

 

 「もう、全部わかんないよ!!」

 

 仕方ないだろ、だって呪術を学んで一年くらいしかたってないんだ。わからないことだらけなんだよ。

 

 「高専以外の呪術師なんて知らないし、呪術師の派閥なんて知らない!」

 

 なんで僕が命を狙われなきゃいけないのかもわかんないし、僕を守る派閥とか、敵の派閥とか。そんなの本当に分からない。

 権力争いなんて、そんなのわかるかよ。

 でも、一つわかることがあるんだ。

 

 「でも僕が! みんなの友達でいるために……っ!

 僕が、僕を!!

 生きてていいって思えるように!!

 今ここで、お前を殺さなきゃいけないんだ……っ!!」

 

 だから僕は、全身全霊でもって目の前の呪霊(オマエ)を殺す。

 僕の拳が、呪霊の腹を抉る。里香も呪霊を殴りつける。

 僕と里香の共同作業だ。血に塗れながら「初めての共同作業だね。」と笑うと、里香ちゃんは「きゃー!」と頬に手をあげて恥じらう。

 ああ、ようやく終わっ________

 

 

 【強烈な、呪力の圧力(プレッシャー)

 

 

 目前に現れたその悍ましい肉の塊に、絶句する。形としては人に近い。大きさだって、それほどではない。

 だけど、僕がさっき苦戦して倒した呪霊以上に高い呪力を感じる。

 

 「二体目……。」

 

 感じる絶望。しかし、自然と心が凪いでいる。

 今の僕では、どうやったってあいつに勝てない。みんなを守りきれない。

 

 「里香。」

 

 でも、それでも。 初めてできた友達を守れるなら、別にいいかって思えるんだ。

 

 「いつも守ってくれてありがとう。僕を好きになってくれてありがとう。

 最後に、もう一度力を貸して。」

 

 都合の良いことはわかってる。でも、僕はきっと、最初からこれを望んでいた。

 

 「こいつを殺したいんだ。その後はもう何もいらないから。

 僕の未来も、心も、体も。ぜんぶ里香にあげる。

 これからは本当に、ずっと一緒だよ。」

 

 ああ、本当に。こんな身勝手で、優柔不断で、自己中で、良いとこなしな僕を好きになってくれてありがとう、里香ちゃん。

 

 「愛してるよ、里香。」

 

 一緒に逝こう?

 

 キスを捧げる。里香、こいつを殺して、2人で死のう。

 これが、僕ができる精一杯の愛情表現。

 

 「【あ、あ あ あ あ あ あ あ あ!!!!】」

 

 里香ちゃんの呪力が膨れ上がる。これを、きちんと呪術を学んだ呪術師が見たならこういうだろう。

 ____自らを生贄とした呪力の制限解除

 

 「【憂太!!! 憂太っあ"!!!!】」

 

 まともに学んでいない憂太がそれを狙って行ったかどうかはわからない。

 だけれど、ただ、なんとなく「こうすれば良い」と思ったから、と思った。だからこうした。

 それは、ひどく悍ましい【愛】を踏み台にした超火力攻撃。女を誑かす男の最終局地。

 

「【大大大大大大大大大大大大大大大大っ大好きだよぉ!!!!】」

 

 愛を呪いだと、誰かが言った。

 ある人は言った。

 「愛ほど歪んだ呪いはないよ。」

 ある人は言った。

 「愛は人間が最初に抱く欲望だ。」

 ある人は言った。

 「愛は無敵の呪いだよ。」

 

 ならば、僕はこう言おう。

 

 「失礼だな、純愛だよ。」

 

 そして、折本里香の呪力の高圧放出(ぼくと里香ちゃんの愛)に焼かれて、二体目の呪霊は半身を失った。

 

 

 ■■■

 

 

 「素晴らしい、素晴らしいよ。

 私は今、猛烈に感動している。」

 

 満身創痍で倒れる彼らを、上空から1人の男が鑑賞していた。彼が見ていたのは一部始終。

 乙骨憂太が呪力の制限解除してから現在までの短時間。下手に着陸したら巻き込まれると感じての観察だった。

 

 「呪術師が呪術師を自己を犠牲にしてまで慈しみ、敬う。私が望む世界が今、目の前にある!!

 私たちの革命は、成功している!!!」

 

  すとん、と。呪霊から飛び降り滞空する。重力任せに落下しながら、帳を破り中に押し入る。

 帳の中では体を半分失ってもなお、まだ息の根が残っている呪霊。

 呪力による補填・治癒。見かけ上完全回復した呪霊(ソイツ)は、己の脅威たる呪術師ーーー乙骨憂太の息の根を止めんと手を振りかぶる。

 

 「やはり、私が望む世界に【ゴミ】はいらないな。」

 

 ズドン!

 重力加速も加わり生み出されたエネルギーが大地を割る。

 そんな中でも平然と。自らが作り出したクレーターの中央で、男は冷静に分析する。

 乙骨が苦戦していた呪霊を一瞬で祓ったその男は、くるりと振り返り「やあ!」と笑う。

 

 「やあ、一年諸君。助けに来たよ。」

 

 それを最後に、彼の視界は暗転した。

 



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眩しい闇

おまたせしました、0巻最終回です!


 眩しい闇

 ________

 

 

 

 

  「美々子と奈々子が何故か新宿にいてね。話を聞いて急いで駆けつけたわけだ。

 いやはや、伊地知には無理を言ってしまったかな。」

 「伊地知さんに電話が繋がらなかったのはお前が原因か……。」

 

 声が聞こえる。僕の、大切な人たちの声が。

 

 「憂太目が覚めた!」

 「おい憂太!! 大丈夫か!?」

 「高菜!!」

 「しっかりしろ、憂太!!」

 

 「みんな……。」

 

 はっと、目が覚める。

 

 「みんな、怪我……真希さん、狗巻くん……」

 

 霞む視界にみんなが見える。ああ、よかったと安堵するのも束の間。ようやくはっきりした視界に見えたのは……

 

 「ああっ!! パンダくん腕治ってない!

 狗巻くん喉大丈夫!?真希さんは足……っ!」

 「おーちーつーけー!!」

 

 「なんともないよ」と。目を見合わせて3人が笑う。後ろで見守る先生もニコニコ笑っていた。

 安心しろと慰めるように、穏やかな顔で真希さんが言う。

 

 「全員、今の憂太(オマエ)より元気だよ。」

 「俺の腕は2人と違って後でどうにでもなるしな。」

 

  わたが見えるパンダくんの腕がぷらぷら動く。「わたが溢れる!」と一々慌てふためく僕を宥めて、みんなが笑う。

 

 「助けてくれてありがとうな、憂太。」

 

 感無量とは、こう言うことだろうか。この、言葉にできない感情のことを言うのだろか。言葉が詰まって、何も言えなくて、ようやく出てきたのは陳腐な一言。

 

 「〜〜〜よかった…っ!!」

 

 心の裡から溢れ出す思い。例えようのない安堵。敬虔なる信徒のように両拳を握りこみ、吐き出す。

 

 「みんなが無事で、本当に良かった……っ!!」

 

 ああ、生きていて良かった。彼らを助けることができて、本当に良かった。

 

 「【憂太】」

 

 声に振り向く。小さく傍に座る彼女に小さく笑う。異形の姿になろうとも、変わらぬ愛を捧げる最愛の少女を視界に収めて、僕は眉毛を下げる。

 

 「ごめんね里香ちゃん、待たせたね。」

 「どーした憂太?」

 

 立ち上がり、彼女に寄り添うための一歩を踏み出すその瞬間。疑問に満ちた声が投げられる。ああ、そうだ、説明しなきゃ。でも、どう説明していいかわからなくて……困る。

 

 「えーー…っと、ですね……。」

 

 目が泳ぐ。

 

 「力を貸してもらう代わりに、里香ちゃんと同じところに行く約束をですね、はい……」

 「「「はあ(こんぶ)!?」」」

 

 揃った言葉、驚愕。真希さんの釣り上がった目がぎろりと僕を睨んだ。

 

 「おま、それ死ぬって事じゃねーか!!」

 「何考えんだバカ!」

 

 いや、おっしゃる通りで。何も言えなくて曖昧に笑って誤魔化す。

 それでも一切の後悔がないのだから、これもひとつの愛の形なのだろう。

 

 「【憂太】」

 

 再び名前を呼ばれた。愛おしいダミ声に「なあに」と振り返って、一拍。

  一瞬のことだった。ばらりと崩れる里香ちゃんの体。チリになった器の中から出てきたのは、1人の少女。最愛の、記憶の中の……

 

 「里香ちゃん?」

 「そうだよ。」

 

 「憂太」と。僕の名を呼んで微笑む彼女。

 声にならない感動。身の内側から湧き上がる衝動。

 どこからか聞こえる拍手の音。

 

 「おめでとう憂太。解呪達成だね!」

 

 どこからか、じゃなかった。真横からなんか知らない人が拍手しながら近づいてくる。空耳じゃなかった。

 なんだこの人、やたら距離が近いと言うか……フレンドリーだな。

 

 「誰?」

 「悟だよ。」

 

 真希さんの声に間髪入れずに夏油先生が言う。死んだ目で五条先生が「ピンポンピンポーン、グッとルッキングガイ五条悟で〜す」とカラカラ笑って、そんな先生を指差して夏油先生が押し笑う。

 それを睥睨してから、「以前憂太が立てた仮説、面白いと思ってね」と話を切り出す。

 そして、話は超展開を迎えて収束へとむかっていく。僕と五条先生は遠い親戚で、里香ちゃんを呪ったのは僕で、里香ちゃんが元の姿に戻ったのは僕が主従契約を破棄したからで……

 

 「おい。おいコラ傑。いつまで笑ってんだ」

 「〜〜〜ふ、ククク……っ!

 はー、笑った笑った……で?」

 「あ?」

 「いや、君何しにここに来たの?」

 「いや、それ(オマエ)が言う?」

 「まさか……君、仕事放って出歯亀しにきたのか?

 ちょっとそれはどうかと思うよ?」

 「自分のこと棚に上げてんじゃねーぞ出歯亀1号!

 誰かさんと違って、僕は祓除が終わったから来てるんですーー!

 すっぽかし野郎の尻拭いまでしてね!」

 「ははは! 生徒の危機に馳せ参じない教師なんていないだろう?」

  「特級2人揃って何してんだよ……。」

 

 背後の喧騒も、遠くに聞こえる。言われた言葉が衝撃的で、そして納得してしまって。今までの記憶が目の前でフラッシュバックする。あれも、これも、ああ、それだって。

 

 「全部、僕のせいじゃないか……っ!!」

 

 被害者面して、不幸ぶって、悲愛ぶって。どれもこれも、僕が引き起こした惨劇でしかない。最愛の彼女を地獄のような世界に引き留め、汚れ仕事ばかり押し付け……

 

 「そんな事ないよ。」

 

 優しい声と、抱きしめられた腕の温もり。久しぶりに嗅いだ彼女の匂いにありとあらゆる記憶が蘇る。鼻の奥がツンとして、「泣いてもいいよ」と里香ちゃんが微笑む。

 小さな胸に顔を埋めて、ただ泣く僕の弱いこと。これじゃあただの変態だ。

 

 「憂太、ありがとう」

 

 信じられない言葉を聞いた。涙もぴたりと止まって、心臓も一瞬止まる。恐る恐る顔を上げる。里香ちゃんは変わらぬ笑顔でそこにいる。

 

 「時間もくれて、ずっとそばに置いてくれて」

 

 違う。里香ちゃんを縛りつけたのは僕だ。時間も、居場所も、もらっていたのはずっとずっと僕の方で。

 

 「里香は、この6年間が生きてる時より幸せだった。」

 

 なんで、そんなに優しいの。僕は君の優しさに報いたことなどなかったのに。

  光の中に消えていく。まって、と縋ることすら烏滸がましい。笑って送り出してあげなければいけないのに、「なんでもいいからそばにいて」と手を伸ばしそうになる。

 僕は、唇をぎりぎり噛んだ。爪が食い込む掌。

 

 「あんまり早くこっちにきちゃダメだよ?」

 

 ああ、そんなの里香ちゃんはお見通しなのか。困った笑い方。ダメだ、最後に見るのがこんな笑顔じゃダメだ。里香ちゃんの優しさを無駄にしてはいけない。最愛の女性を裏切る男はクズだ。

 だから、涙も鼻水も叫びたくなる衝動も全部堪えて頷く。長い沈黙のはてに、ようやく「うん」と言葉が出る。

 

 「またね、憂太。ずーーっと大好きだからね。」

 「僕も、ずっと愛してるよ。」

 

 里香ちゃんは、「知ってるよ」と言って笑って、光の粒子は空へ登る。僕は、最後の一粒まで彼女を見送った。

 

 

 【ーーーーー1月、某日】

 

 「今更だが、例の件に君の責任はない。あれは革命派と保守派の派閥争いだった。君は私たちの争いに巻き込まれただけだ」

 「ですかね……」

 

 喋るだけで息が白む。冬の早朝、高専の一画を夏油と共に歩いていた。ふと、自分の背後に視線を送っては「はっ」として動きを制する。

 ほんとうに、僕はまだまだ弱いやつで。

 いまだ僕の後ろには彼女がいて、わかっているのに振り返ってしまう。本当に情けない。

 でも、切り替えなければ。僕は背筋を伸ばして前をむく。僕を呼ぶ友人たちが手を振っていた。

 

 「大丈夫かい?」

 「……ええ、大丈夫です。」

 

 そう、大丈夫。僕はもう、彼女におんぶ抱っこの情けない男ではない。

 

 「先生。例の話ですが、今更ですがお受けしてもいいですか?」

 「……ああ、もちろん。歓迎するよ、憂太」

 

 そして僕は、夏油に差し伸べられた手を取った。



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2部1章:鳶飛魚躍-エンピギョヤク-
それは僕にもできますか?





二部、始動。これから王道救済ルートで頑張ります!!


「君たち、マナーは守ろうね。」

 

 映画館で「その人」を見たとき、妙な胸騒ぎがした。ゾワゾワとした不気味な既視感。それから、なぜか郷愁。

 追いかけた先で、彼を見つけた。引き寄せられるように。

 

 「あの……っ!」

 

 「俺が見えるんだ」と薄く笑ったその人は、「君、面白い魂をしているね」と僕に告げた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 「はい、今日の授業はここまでです!

 お疲れ様でした!」

 

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムと同時に、教室にいた生徒たちは騒めく。

 

 「はー、今日もつっかれたぁ〜!」

 「灰原ぁ、今度の課外活動っていつ?」

 「せんせーせんせー!七海っち今度はいつ来るの?」

 「うんうん、元気なのはいいけど一人ずつ言おっか!

 僕は聖徳太子じゃないからね!」

 

 ここは非術師家庭出身の呪術師が呪術の基礎を学ぶ予備校、『吉野塾』

 高専入学前の、16歳未満の呪術師の卵たちが切磋琢磨する場所だ。

 もちろん、呪術だけを教えているわけじゃない。希望を出せば普通の塾と同じように国数英理社の5教科の勉強も見てくれる。

 教えてくれるのは呪術の基本だけじゃない。呪術師としての生き方もだ。

 

 そんな吉野塾だが、入塾するまえに【登竜門】と呼ばれるとある授業を受けねばならない。

 それは適正審査とも言われるその授業で、入塾希望者のおよそ半分が呪術師になるのを諦める。

 その授業内容とはどのようなものなのか。

 テストなどでは全くない。ただ、現実を知るだけ。

 

 端的に言おう、「呪術師とは6Kを極めたクソ職業である」という夢も希望もない授業が行われるのだ。

 実際に呪術師を招いて、経験談とともに「クソ」さを学ぶ。

 そして、そんな呪術師という職業にドン引いて「そんなの嫌だ。」と諦める。

 そして呪術師にはなりたくないと言った生徒には自衛程度の呪術の手解きを受ける【通常コース】のカリキュラムを。

 そんな講義を聞いても「呪術師になりたい」といった生徒は【呪術師養成コース】のカリキュラムに進む。

 ちなみに、後から転科するのは本人の自由だ。

 

 この塾ができたのは今からおよそ5年ほど前。発足したばかりだが確かな功績を着実と積み上げている。

 由緒正しき呪術師の方々には当然のように敵視されまくっていて、出会うたびにぶちぶちと嫌味を言われるが。

 それでも、そんな程度で済んでいる。小言はウザいが無視すれば実害はない。

 あの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これは驚くべきことである。非術師家庭出身の術師を下に見て見下す権威欲の塊が、だ。自分たちの領分を犯すものに容赦がない生ゴミの塊が、だ。

 心を入れ替えた? とんでもない。もちろん、理由()【存在】する。

 予備校は有力な後ろ盾を持っている。呪術師上層部ですら手を出すのを躊躇うほど強固な盾。

 

 「やあ、灰原。今日も頑張ってるね。」

 「夏油さん!」

 

 東京都立呪術高等専門学校教員、特級呪術師にして「革命派筆頭」の、夏油傑という後ろ盾を。

 

 現在、日本呪術界の勢力はおよそ4つに分けられる。

 腐った呪術師上層部を打倒し、根本から仕組みを覆すことを目的とする「革命派」

 革命派と同じく上層部打倒を目的とするが、根本はそのままに制度を改めることを目的とする「革新派」

 現在の体制を保持しようとする「保守派」

 どちらでもない日和見主義の「中立派」

 

 革命派は前述した通り夏油傑が筆頭であり、革新派はその親友の五条悟のワンマンチーム。

 両陣営は手を取り合い、お互い協力関係にある。しかも両方特級だ。

 そんな状況下で、下手に「吉野塾」に手を出せばどうなるか。火を見るよりも明らかだ。

 夏油傑は大義名分を得て、本格的な革命へと乗り出すことだろう。

 革命派が台頭すれば、保守派・中立派は駆逐されてしまう。

 しかし、保守派・中立派の両陣営には高い地位に座るものが多く、権力で革命派の頭を押さえつけることが出来る。

 絶妙なパワーゲーム。先に付け込む隙を見せた方が敗北する。

 ゆえに。塾生、及び塾講師は「小言(それ)以上の干渉」を受けずに済んでいる。

 

 「こっちに来るのは珍しいですね。何かありました?」

 「いや、ちょっと七海を探していてね。

  今日は来てないのか?」

 「その予定だったんですけど、少し用事ができたみたいです。

 急ぎの用事なら、僕から七海に伝言しましょうか?」

 「……いや、別にたいしたことじゃないからね。七海に私が探していたことだけ伝えて置いて欲しい。」

 「了解しました!」

 

 灰原はにこりと笑って元気よく告げた。

 灰原は5年ほど前から、七海とルームシェアをして同じ家に住んでいる。

 以前、呪術師上層部に命を狙われ死にかけた灰原が再び呪術界に戻るために、七海が枷した条件だったらしい。おそらく、いや確実に、()()()()()()()()()()()()()()の提案だ。

 目の前で灰原が死にかけたことが完全にトラウマになってしまっている後輩(ななみ)に、流石の夏油も精神状態が心配になる。

 友人相手にまあまあの束縛、これも愛という名の呪いだろう。

 

 「あ、そういえば夏油さん。」

 

 灰原がくるりと振り返る。夏油と同じぐらいの目線の高さで向かい合い、なんでもないように言葉を作る。

 

 「例の両面宿儺の器の子、今どうなってるんですか?

 基礎は吉野塾(こっち)で面倒見るって話でしたが、連絡が来ないのでカリキュラムが作れてないんです。」

 「ああ、虎杖ね……。

 そのことだけど、無かったことにしてくれ。」

 「?」

 

 灰原が眉を寄せる。怪訝な顔で「何かあったんですか?」と聞く灰原に、私は告げた。

 

 「死んだんだ、あの子。」

 

 しん、と。張り詰め、ピリついた空気。言葉を吐くのも躊躇われるなか、夏油は重々しく唇を開く。

 

 「悟がバックについてたけど、誅殺された。

 おそらく保守派の奴らだろう。」

 「証拠は?」

 「ない。」

 

 隠蔽されたよ、と首と一緒に片手を振ってみせる。掴んでいたらとっくに乗り込んでいたところだ、とも。

 

 「証拠がなければそれは無実。完全犯罪だ。」

 「今も昔も、上は変わりませんね。」

 「まあ、やってることは私たちも同じだけど。」

 「全然違います!

 味方に対するスタンスが!」

 「ははは」

 

 『スタンス以外はほぼ同じ』と肯定していることに気づいていない灰原に、思わず笑う。

 

 「そうだな、さっぱり違うな、スタンスは。」

 「そうですよ!」

 

 全ての術師に平等であれーーーー。

 たったそれだけのことを、どうして理解してくれないのか。

 それがわからぬバカしかいない、濁った水槽。浄化するには【革命】と言う名の劇薬しかあるまい。

 

 「やはり、一番の手段は教育なんだよね。ここ数年、前に比べたらだいぶマシになってる。」

 「そうですよね!」

 

 それでも、未だに差別は横行しているし、選民思想は深刻だ。

 権力にものを言わせて虎杖悠仁や乙骨憂太のように脅威となりうる存在に「秘匿死刑」の判決を下す老害は数多く存在するし、隙あらば夏油や灰原、七海を殺そうと暗殺者がやってくる。

 歳を重ねるごとに増えていく懸賞金は、今どれだけ膨れ上がっているのだろうか。

 

 「私と悟の目指す未来は同じだし、あとは私たちの妥協点を模索するだけだ。」

 「五条さんは『家』のしがらみが多くて大変そうですね。」

 「ほーんとほんと。ちょー大変だよ。」

 

  どすん、と灰原と夏油の肩に長い腕が回る。

 

 「すーぐーるぅ、僕がトイレ行ってる間に置いてくって酷くない?」

 「連れションなんて勘弁してくれ、子どもじゃあるまいし。」

 「五条さんも来てたんですね!

 お久しぶりです!」

 「おー、久しぶり灰原。」

 

 ひらりと、灰原の肩に回した手を振った悟。学生時代と違い、アイマスクで目を覆うようになったせいで不審者さながらの容貌になってしまった男が間延びした声で言う。

 

  「なー傑、僕たちもルームシェアしよーよ。どうせほとんど家に帰れてないし、共同管理の方が楽だって!」

  「いやだよ。悟、部屋めっちゃ散らかすだろ。片付け全部押し付けようったってそうはいかない。」

 「ちっ、バレたか。」

 「あからさますぎ。それに私だけの家じゃないからね。」

 

 軽口を叩き合う先輩の姿に、「相変わらず仲がいいですね」と灰原は笑った。

 

 「でも、五条さんと夏油さんって同じマンションの隣部屋じゃなかったですっけ?」

 「そうだよ。」

 「それ、ルームシェアする必要あります?

 合鍵渡しておけばいいんじゃないですかね。」

 「それだ!」

 

 きょとん、と首を傾げた灰原に、悟が「パチン!」と指を鳴らした。

 

 「じゃあ俺の部屋の合鍵あげるから、傑も合鍵ちょーだい。」

 「……一応聞くけど、なんのために?」

 「飯たかりに行ったりベット借りに行ったり?」

 「まずは寝れないぐらい散らかったベットの上を片せ。無理なら家事代行サービスでも頼んだらどうだい?」

 「暗殺され放題じゃん。絶対嫌だね。」

 

 まあ、そうだよな。悟の言葉に「そりゃそうだ」と頷く。

 「伊地知にやらせるか」

 「やめてあげなさい。」

 「あで!」

 不穏なことを呟いた悟の後頭部に裏拳を入れた。伊地知が可哀想すぎる。

 

 「それで、五条さんは何のために(ここ)へ?」

 

 灰原のもっともすぎる疑問に、「あ、そうだった」と声を上げる。ピシッと人差し指と中指で灰原を指さした悟が、さらりと簡潔に要点を告げる。

 

 「灰原、七海から伝言。「二、三日連絡取れないかも知れないが心配するな」だって。」

 「わかりました!

 「了解だよ」って七海に伝えておいてください!」

 「七海と連絡取れなくなった原因はお前か。」

 「は?」

 

 私の言葉に悟が振り向く。

 

 「傑、灰原じゃなくて七海に用があったのかよ。言ってくれりゃよかったのに。」

 「君が七海の伝言預かってるとは思わないだろ。」

 「でも珍しいですね、七海が五条さんに伝言任せるなんて。」

 「いやさー、今朝七海に任せた任務がちょっと厄ネタ案件っぽくて。もしかしたら特級案件かも、見たいな?

 まあ僕が任せたのは調査だけだし、七海なら無茶なことはしないでしょ。」

 「ならいいけどね。」

 「大丈夫ですよ。よほどのことがない限り、七海は無茶なんてしませんって!」

 

 いい歳の大人が三人並んで帰路につく。未曾有の災害が待ち受けていることなど想像せずに……

 

 






Qどうして七と灰はルームシェアしてるの?
A灰原が死ぬことが七海のトラウマになってる。束縛といってもルームシェアの強制だけでスマホチェックだのスケジュール管理だのはしない。
ただ彼女と同棲することになっても七海はルームシェアは続けます

Q夏五が隣に住んでるのなんで?
A有名税で四六時中見張られてるから、革新と革命の論争をするときとか聞かれたらまずい話をする時に隣の部屋の方が色々都合が良かったから。
(夏の家は「家族」の溜まり場になってる)


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愛とはただのまやかしですか?



二部主人公ようやく正式登場。



 「好きの反対は無関心なんて初めに言った人は、ちゃんと地獄に落ちたでしょうか。」

 

 ぴちゃん、ぱちゃん、ぽちゃん。

 水音とともに、少年の声が溝の中でわんわん反響しながら響く。

 静かで少し寒い下水道は思ったよりも汚くなくて、ヘドロの匂いはあまりしない。

 

 「悪意を持って人と関わることが、関わらないより正しいなんてありえない。」

 

 手のひらに乗せられた小さな人形のようなものを眺め、手慰みに弄びながら、昏い瞳でぽつぽつと語る。

 

 「『好きの反対は嫌い』です。

 日本人って好きですよね、単純(シンプル)な答えを複雑にして悦に浸るの。」

 「はは」

 

 溝の中に、もう一つの声。今度は少し子どものような色を残す声で、それに少年が「おかしいですか?」と尋ねる。

 

 「いいや、知り合いに同じようなことを言う奴がいてね。」

 

 くすくすと笑いながら、もう一人ーーー否。

 呪霊が穏やかに言葉を作る。

 

 「みんな、言葉遊びが好きなのさ。何故なら人間は……。」

 

 かつん。

 靴音が止まる。少年……順平も足を止めて、そこにいたものに視線を向ける。

 

 「言い訳をしないと生きていけないからね。」

 

 呪霊の前にあったのは、巨大な何か。巨人というには醜すぎて、しかしどこか人間のような形も残す。

 

 「これは?」

 「一人の人間をどこまで大きくできるかの実験。」

 

 これは、人間だったようだ。順平は驚く。人間とは、ここまで醜悪になれるものなのかと。

 すい、と呪霊……真人の視線が順平の手のひらに移動した。

 

 「逆にそっちはどこまで小さくできるか試してみた。」

 「!」

 

 これが…人間? と。そう呟いた順平に真人は穏やかに尋ねる。「順平は死体に慣れてるの?」と。

 

 「どうでしょう。」

 

 す、と真人に最小化した人間を渡して、空っぽになった手を見つめる。さっきまで人間が乗っていたとは思えないほど、普通だ。

 

 「それが僕の母だったら、取り乱し真人さんを憎んでいたかもしれません。

 でも、僕は人間の醜悪さを知ってます。だから他人に何も期待していないし、他人の死に何も思うところはありません。

 『無関心』こそ、人間の行き着くべき美徳です。」

 

 走馬灯のように、蘇る記憶。母の言う、狭い水槽の中で起きた地獄の日々。順平のトラウマになってしまったそれらが一気に頭の中で氾濫して、順平は顔の右側を覆った。

 

 「そんな君が、復讐ね。」

 「矛盾してるって、言いたいんですか?」

 「いいや、べつに。

 やっぱ似てるなって思っただけさ。」

 

 ジロジロと眺めて、真人はクスリと笑う。真人は自分の「協力者」である二人のうち一人を思い出す。見れば見るほど、順平はそいつにそっくりだ。

 順平の持論も、方向性は違うが根元部分にあるのは『あいつ』の思想によく似てる。

 そう思って、真人はほんの探り程度に話を振る。

 

 「ねえ、順平。君のお父さんってどんな人?」

 「……さあ、知りません。僕の家は母子家庭だから。」

 「へぇ……。」

 

 順平は「きゅ」と、眉間に皺を寄せた。真人は順平の返事が期待したものと違ったのか、鼻白む。「父を知ってるんですか」と聞こうとして、聞かなかった。

 

 「(僕と母さんを捨てた男なんて、どうだっていいだろう。)」

 

 気にするだけ無駄だ。父は僕と母を捨ててどこかに消えてしまった。それが答えじゃないか。どうせ、余所に恋人作って出て行ったに違いない。

 今、どこで何をしているかなんて僕には関係ないし興味もない。

 でも割り切れるほど、順平はまだ無関心になりきれない。

 小さく芽生えた興味を「害悪だ」と責め立てるように、強い嫌悪で蓋をする。

 父に対する感情は、言葉を作るのが難しい。そもそもろくに覚えてない。結局、順平は沈黙を選ぶ。

 

 「順平は人に心があると思う?」

 

 話を逸らすための話題は、真人の方から振られた。「ないんですか?」という順平の疑問に「ないよ。」と食い気味に肯定した真人が、ぼんやりと宙を眺めた。

 

 「魂はある。でもそれは心じゃない。」

 「じゃあっ!

 僕のこの……!!」

 「俺はこの世界で唯一魂の構造を理解している。」

 

 順平の言葉を聞き流し、遮って。真人はつらつら語り続ける。真人の独特な空気に飲まれて、順平も口をつぐむ。

 

 「それに触れることで生物の形を変えているからね。

 喜怒哀楽は全て魂の代謝によるものだ。心と呼ぶにはあまりに機械的だよ。」

 

 人は目に見えないものを特別に考えすぎると言った真人は、「命に価値や重さなんてないんだよ」と穏やかに吐き捨てた。

 

 「無関心という理想に囚われてはいけないよ。生き様に一貫性なんて必要ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 にこり。真人は笑う。そして、順平の心臓に手を当てて、何かをこじ開けるような仕草をする。そして、ピクリと眉毛を動かした。

 

 「真人さん……?」

 

 不審な態度は一瞬で鳴りを潜めて、「なんでもないよ」と微笑む。

 

 

 「俺は順平の全てを肯定するよ。」

 

 

 嬉しいはずのその言葉は、毒のように順平を内側から焦がしていた。

 

 ■■■

 

 「(真人さんはああ言ってたけれど、僕はどうしたらいいんだろう。)」

 

 特に自由に生きろと真人さんは言った。あの時は疑問に思わなかったけれど、今思うとなんか変な言葉だ。

 いつもの下水道から地上に帰還し、自宅に向かって歩く。

 その間、自由について考える。真人さんの言うには、感情は魂の代謝。自由とは、魂のあるがままに生きることだろうか。

 

 「吉野ぉ」

 

 ふと、名前を呼ばれて顔を上げる。家の前に、太った中年男が座り込んでいた。それが誰だか理解した瞬間、気道が「きゅっ」と狭まる。

 

 「ダメじゃないか、学校サボって。」

 「外村……先生……。」

 

 じり、と。無意識に後ずさる。逃げたいわけじゃないのに、体が逃げようとしている。

 外村が「なんで逃げる?」と首を傾げ、汗をハンカチで拭きながら順平の方へと歩き寄る。

 

 「聞いたか?

 佐山、西村、本田、亡くなったって。」

 「(……。)」

 

 だからどうした、知ってるよ。そんなの順平が一番知ってるさ。何せ目撃者だ。

 どうせ、こいつのことだ。僕が犯人なんじゃないかとか、そんな憶測で責め立てられるんだろうな。なんて、冷めた心地で俯瞰する。

 けれど、次の言葉はそんな順平の想像の遥か上を行っていた。

 

 「オマエ、仲良かったよなぁ。」

 

  ……?

 

 「は?」

 

 何を言われたのか、意味がわからなかった。本気で、腹の底から「こいつは何を言っているんだ」と純粋な疑問が湧き上がってきて、冷たい汗が背筋を凍らせる。

 

 「友達もいないオマエをよくかまってやってたろ。

 それなのに葬式にも出ないで……」

 「(仲良し? 僕が? あいつらと?)」

 

 ゾッと、怒りとも恐怖ともつかない感情で脳みそが茹だる気分だった。ガタガタと震えて、呼吸が苦しくなる。

 

 「一緒に行ってやるから、線香だけでも上げに行こう。」

 「(正気じゃない……っ!)」

 

 この男は、いったい何を見ていたんだろうか。仮にも一年、僕を見てきてそれを言うのか。よくもまあ、抜け抜けとそんなことが言えるな。

 もはや、こいつの言葉は豚の鳴き声しか聞こえない。人間の言葉を喋れよと、冷めた心地で眺めてた。順平の中にいる「なにか」が、目覚めかけている。

 

 「教師って……学校卒業して学校に勤めるから、およそ社会と呼べるものを経験してないですよね。」

 

 こんな豚にも敬語を使ってしまう自分の口すら憎まじくて、言葉が洪水のように漏れ出す。

 

 「だからあんたみたいな、デカい子供が出来上がるんでしょうね。」

 

 人を灰皿がわりにして、ゴキブリ食わされて、写真を撮られて。僕を嘲笑う馬鹿なデカい子供中に、この男も混ざってた。

 

 「(どいつも、こいつも生きてる価値なんてあるか?)」

 

 自由に生きるって言うのは、魂の赴くままに生きると言うのは、そう言うことなんじゃないか?

 耳元で、誰かが順平の思想を肯定している。ひそひそと囁くように「殺せばいい」と唆す。

 

 「何をぶつぶつ言ってんだ?

 引きこもっておかしくなったか?

 なんて、アハハ」

 

 気づけば、右手は勝手に『印』を結んで、呪力が練り上げている。

 殺意で持ってこいつを殺そうと、した、瞬間ーーー。

 

 「ストォーーーップ!!」

 

 聞き慣れない第三者の声。初めて聞く、同い年くらいの男の声だった。はっと顔を上げると、なぜか蠅頭と、それを捕まえようとしている少年が飛んできた。

 ぱちんと、視線が交わる。

 

 「(あ、この人)」

 「(あ、こいつ)」

 「「(見えてるんだ/見えてるな)」」

 

 ピンク色の髪の少年がくるりと宙返りをして、勢い余って電柱に頭をぶつける。

 「体操選手か?」と外村が言う声をどこかぼんやりと聞いていて、ぼうっとしている間に奇妙な少年は順平の目の前に立っていた。

 



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コミュ力ちょっと高すぎですね




 「なあ、ちょっと聞きたいことあっからさ。

 面かして。」

 

 ずいっと迫ってきた少年に、順平はたじろぐ。ぱっと見、不良だ。ここら辺では見かけたことのない制服。

 その、襟元に、渦巻き模様のボタンがあることに気づく。

 

 「(このボタン……。)」

 

 ふと、つい数十分前の記憶を思い出す。

 

 『渦巻きのボタンをしている学生にあったら仲良くするといい。彼らは呪術師なんだ』

 

 いつも通り軽薄に微笑んだ真人を思い出す。彼の言うことに従うなら、この人は呪術師だ。

 順平が考え込んでいる間に何故か呪術師の少年は外村と言い争いをしていて、外村のズボンを脱がして逃走した。

 

 「なんだったんだ……。」

 

 ぽかんと、パンツ一枚でズボン泥棒を追いかける外村を見送ってしまった。

 このままだと変質者として通報されるのも時間の問題か、と考えていたら、背中を叩かれる。振り返って、ギョッとする。

 

 「そんじゃ、行こうぜー。」

 「え、はや!!

 もう一周してきたの!?」

 

 おう、と頷く少年に、目を丸くする。ちょっと異常な身体能力だ。呪術師ってこういう感じなのか?

 

 「……というか、わざわざあんなことしなくても僕だけ引っ張っていけばよかったんじゃ……。」

 「んーまあ。」

 

 そうだけどさぁ、と順平の言葉を肯定しながら。真っ直ぐと順平の目を見つめて、少年は言った。

 

 「でもオマエ、アイツ嫌いだろ。」

 「!」

 

 図星。少したじろぎ、ちょっとだけ呆ける。

 

 「なんで……?」

 

 わかりやすかっただろうか。そんなあからさまな態度をしたかな。

 

 「なんとなく。

 あ、違った!?」

 「違くないけど。」

 

 たったそれだけの理由で、わざわざそんなことをしたのかと。どうでもいいことで心がざわめく。

 明らかに不良然とした少年が、「んー」と唸って頭を搔いた。

 

 「それにさ、嫌いな奴にいつまでも家の前にいて欲しくねーだろ。」

 「……うん。」

 

 その、ちょっとした気遣い? みたいなやつが。不思議と、嬉しく感じてしまった。

 

 ■■■

 

 なんとなく歩いて、河川敷に着いた。こんなところまで来たのは中学生ぶりで、なんとなくむず痒い。

 虎杖悠仁と名乗った呪術師は、順平の想像を裏切って横暴でも傲慢でもなくて、話しやすいやつだ。

 じゃあなんでそんな格好をしてるんだ、と思って聞いてみたけれど、なんと虎杖君の学校は制服カスタム自由で、虎杖くんの制服は担任の教師に勝手にカスタムされて現在の仕様になっているらしい。

 なんじゃそりゃ、と思ったけれど、それだけ。不思議と嫌な気分にならない。

 久々に母さん以外の人と会話してると言うのに今更気づく。少し楽しい。

 ズズン、と少し地面が揺れた気がした。

 

 「アレ? 今ちょっと揺れた?」

 「そうだね、震度2ぐらい?」

 

 ズズン、と揺れた地面。虎杖くんの質問に答えを返すと、「あー、やっぱ?」と電話をかけながら頷いた。

 

 「……ダメだ、伊地知さん出ねー」

 

 「もう俺が聞いちゃていいかな」とぶつくさ呟く虎杖君の背中を眺めて、ぼんやりと思い出す。

 

 「(呪術師って真人さんの敵だよな……。

 真人さんは仲良くしなって言ってたけど、本当にいいのかな。)」

 

 湧き上がった疑問は、虎杖君の「もういいや、聞いちゃえ!」という大声でかき消される。

 虎杖君はむんず、と蝿頭を掴んで、指差す。

 

 「なあ、この前オマエが行った映画館で人が死んでんだ。なんか見なかった? こう言うキモいのとか。」

 「!」

 

 十中八九、真人さんがやったやつだ、と思った。咄嗟に「見てないよ」と答えたらあからさまに残念そうな顔をして、虎杖君は僕の隣に座った。

 

 「そういうのハッキリ見えるようになったの最近なんだ。」

 「そっかぁ……。

 じゃあもう聞くことねぇや!」

 

 拍子抜けするほど、明るく言った彼に、思わず「え、もう?」と聞いてしまう。

 

 「でも一応、俺の上司みてぇな人が来るまで待っててくんない?」

 「いいけど……。」

 

 本当に、それでいいのか呪術師。僕が嘘ついているとか考えないのかよ。もっと尋問とかするべきなんじゃないの。

 いや、されたいわけじゃないけどさ。

 

 「なあ、映画館で何見てたの?」

 「昔のリバイバル上映だから言ってもわかんないよ。」

 「いーから! いーから!」

 「……ミミズ人間3。」

 

 どうせ知らないだろうと思って言ったら、意外にも彼はそれを知っていたみたいで、「あれ超つまんねぇよな。」とゴルゴみたいな顔で指差した。

 観てるんだ、珍しい。なんか殴られたとか言ってるのが気になるけれど、まあ深く掘り下げなくてもいいか。

 

 「でも、2はちょっと面白かったな!!」

 

 バッと、思わず振り返ってしまった。キョトンとした虎杖君の顔を覗き込む。琥珀色の瞳に映った僕の顔は、おもちゃを前にした子みたいで、ちょっと興奮気味に声を張ってしまった。

 

 「そう、そうなんだよ!

 2だけは楽しみ方があるんだよ!」

 

 張り上げた声にちょっと驚いた虎杖君だけど、次の瞬間には「わかる!」と破顔した。

 順平がやや早口になって映画の蘊蓄だったり考察だったりを話しても、しっかりと相槌を挟んで「あー、だから2は観れたのか」と頷いてくれる。

 虎杖君は聞き上手で、いつのまにか色々話してしまっていた。

 しかも自然な流れで連絡先まで交換してしまった。圧倒的コミュ力にちょっと引く。

 

 「アレ? 順平。」

 

 降ってきた声に、反射で振り返る。河川敷の上には買い物袋を持った主婦が一人。

 

 「母さん!!」

 「珍しいね、友達?」

 

 秋空を背景にして、母は軽く声をかける。母親であると言われて納得する年の女ではあるけれど、17歳の息子(ぼく)の母親と言うには若すぎる女性(ヒト)

 吉野凪。それが母の名前。

 

 「友達って……さっきあったばかりだよ。」

 「さっき会ったばかりだけど、友達になれそーでーす!」

 

 何の躊躇もなく、虎杖くんが見上げて笑う。そんな彼の反応にタバコを吸いながら河川敷の階段を降りてきた母さんも目尻を下げて微笑んだ。

 

 「なんて子?」

 「虎杖悠仁です!

 お母さんネギ似合わないっすね!」

 「お、わかる?

 ネギ似合わない女目指してんの。」

 「(何言ってんの?)」

 

 ユーモアでも狙っているのか、と言葉を無くす僕。ジト目で母を見上げて、ふと思いだす。

 そういえば、母さんはネギ持つ度にこんなようなこと言ってたっけ。今更すぎて忘れてたけど、そういえばなんでだろう。

 そんなことを考えながら、僕は母さんの手からタバコを引ったくった。

 

 「タバコ、やめてって言ってるだろ! 灰皿出して!」

 「はいはい。」

 

 慣れたように母さんが僕に灰皿を渡す。

 「細かいところお父さんに似てきたねー」と母さんが言って、ふと。真人さんに言われたことを思い出した。

 

 「あのさ……父さんってどんな人だったの。」

 「ん?

 あーーー……あんま覚えてないや。」

 

 ごめんね、と両手を合わせて謝るけれど、僕は「大丈夫」と首を振る。

 母さんの記憶から消えるくらいだ、ゆきずりの関係というやつなのかもしれない。父について気にしたことなんてさっぱりなかったのに、何故だか最近になって気になって仕方がない。

 

 「(そういえば、呪霊が見えるようになってからかも。)」

 

 今まで見えなかったものが見えるようになったから、見ようとしなかったものまで気になり始めたのだろうか。

 

 「ーーーっ」

 

 過去を思い出そうとすると、ガンガンと頭が痛む。バットで殴られているような激しい頭痛は、考えることを諦めさせるには十分すぎる苦痛だ。

 

 「どうした、頭痛いの?」

 「いや、ちょっとね。」

 

 突然頭を押さえた僕の背を撫でて、虎杖君が心配そうに声をかける。それに「なんでもない」と答えたら「偏頭痛?」と聞かれる。

 「そんな感じ」と答えたけれど、多分違う。生まれてこの方、偏頭痛に悩まされた事実は無い。

 

 「(でも、そういえば。)」

 

 最近、こんなこと多いなと、頭を押さえながら考える。真人さんに脳を弄ってもらった影響なんだろうか。

 虎杖君に言うわけにもいかず、「なんでもないよ」と笑って誤魔化す。

 

「あ、そうだ。

 悠仁君、晩飯食べてかない?」

 「ちょっと!!」

 

 買い物袋を開いて材料を見せながら、母さんが笑う。

 「迷惑だろ!」「あ"ん? 私の飯が迷惑?」などと母子が睨み合っていると、笑っちゃうほど大きな腹の虫が鳴って、虎杖君が照れ臭そうに頬を赤らめる。

 

 「嫌いなもんある? アレルギーとか。」

 「ないっす!!」

 

 ゴチになりまーす! と無邪気に微笑んだ彼は、なんかすごい馴染んでいた。

 

 

 

 

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 頬を赤らめて楽しそうに笑う二人の子どもが河川敷の階段に座ってはしゃいでいた。

 それを橋の上から、フードを被った怪しい男が見下ろしている。額の縫い目が不気味な男。橋に腕を乗せて、覗き込んで、ニコニコ微笑んでいる。

 

 「大〜当たりぃ」

 

 ニヤ、と歪な笑顔を浮かべた男が喉の奥でくつくつ笑う。

 

 「いやあ、やってくれたね夏油傑。お陰で見つけるのに手間取ってしまったよ。

 でも、やっぱり運命っていうのはあるものだねぇ。()()()()()ものがあるのかな。」

 

 「大手柄だよ真人」と、独り言ちる。そんな男の服の裾を小さな子どもが引っ張った。

 

 「彼が、吉野順平ですか。」

 「そーだよ、(かわる)。あれが君の異父兄弟で僕の探し物さ。会えて嬉しいかな?」

 「はい。」

 

 キャスケットで髪と顔を隠した少年が小さく頷く。長い、白い前髪の奥で濁った青に光が宿る。

 

 「兄さんは、僕の希望ですから。」

 「ふふ、好きにいうといい。」

 

 言うだけならタダだからねと嘲笑して、男は少年の頭を押さえつける。下を覗き込むためにかるく桟橋から身を乗り出したら、突然上向きの風が吹いた。フードが風にはためいて、少しだけ顔があらわになる。

 顕になったその顔は、橋の下にいる少年ーーー吉野順平の顔に瓜二つ。

 

 「でも、今のままじゃ使えないな。」

 

 順平(かれ)よりすこし大人びた表情で冷酷に、低い声で不気味に呟く。

 

 「宿儺とお兄ちゃんをどうするつもりですか。」

 「何もしないよ、計画をちょっと変えるだけさ。

 なに、大筋は変えない。時期がほんの少しズレるだけ。

 ああ、あとそれから……吉野凪(あの胎盤)はもったいないけど、捨てることにしよう。

 あーあ、あと5年早ければ使えたのになぁ。」

 

 タバコを吸いながら、ネギを持って現れたまだ若い女性を眺めて、男は吐き捨てる。「劣化品に興味はない」と嗤って。

 

 「帰るよ、替。」

 「……。」

 

 男と子どもは歩き去る。赤い夕日だけが彼らを見ていた。

 




五条替君(オリキャラ)のイメ図

【挿絵表示】

(差分)

【挿絵表示】
(Picrewの「少年メーカー」で作成)


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君には期待してるんだ

*五条替くん(オリキャラ・ショタ)に対するメロンパンの暴行シーンがございます。
*前半がただただひたすら胸糞ですが後半はほのぼの展開書いてます。
なお、コレは替くんの不幸な人生を印象付けるための演出で、メロンパンへのヘイトを集める目的(?)であり、断じて彼の人生を踏み潰したり破滅させたりするつもりはないんです。
むしろ彼はちゃんと救われて欲しいと思ってるんです。将来的に「お母さん、お兄ちゃん、お父さん!」と晴れやかな笑顔で笑えるキャラになって欲しい。
愉悦なんてしません。
だって俺は、キャラに優しい作者でありたいから……っ!







 一級呪術師の七海健人が戦闘を行った跡地。積み重なる瓦礫の山が、かすかに動く。うにょうにょと蠢く物体が隙間を縫って蠢き、そして「どうりゅん」と体積が膨張し人の形になる。

 

 「あっはっは、見かけによらず無茶するなぁあの術師!」

 

 瓦礫の下から這い出た真人はケラケラ笑う。それをどこからか現れた男が眺めていた。

 

 「ずいぶん派手にやったね。」

 「吉野!!」

 

 全裸の真人が声を弾ませる。どうだった? と聞いた吉野に、真人はつい先程の戦闘を思い出して笑った。

 

 「面白いやつだった。いろいろ勉強になったよ。」

 「へえ。」

 

 どんな? とフードのパーカーを下ろしながら男が含笑を浮かべる。それに真人は答えてやった。

 

 「バラバラにすり潰されても魂の形を保てば死にはしない。呪力の消費も自己補完の範疇だ。

 それと、自分の魂の形はどれだけイジってもノーリスクのようだね。

 次は思い切って色々やってみるよ。」

 

 ついでに「服ちょうだい」と求めてみたら「やだ」と胡散臭い笑顔で黙殺された。

 

 「で、相手の呪術師はどうした?」

 「どうかな。一度退くと言ってたけど瓦礫の下かも?」

 「ふぅん、どんなやつだった?」

 「金髪七三面白眼鏡。あ、布巻いた鉈が武器だったよ。」

 「あー、七海か。

 なるほど、そりゃそうなるか。」

 

 「知り合い?」「まあちょっとね」と真人と吉野が笑い会う。

 それを「まあいいや」の一言で終わらせて、真人がニィッと悪辣に笑う。

 

 「で、さ。そろそろ教えてよ、吉野。」

 「ん?」

 「順平だよ順平。

 あれ、()()?」

 「ふ、ふふ、ふふふふふっ!」

 

 腹を抱えた吉野に、真人が「何笑ってんだよ」と頬を膨らませて尋ねる。吉野は目尻の涙を拭いながら「ごめんごめん」と軽く謝る。

 

 「君、もうわかってんじゃないの?」

 「やっぱ、俺の生まれた場所(じっか)の関係?」

 「正解! 花丸あげるぜ。」

 「わーい!」

 

 軽口の応酬。どこか仄暗さを匂わせる会話。ドブ川から漂うヘドロ臭が、血の匂いと肉が腐った甘ったるいような匂いと混ざり合って悪臭を放つ。

 

 「じゃあさぁ、なんであいつの脳みそ非術師のだったの。

 あの実験って呪術師を呪霊にするってやつじゃなかったっけ。」

 「あー、やっぱ弄られてたか。どうりで見つからないわけだよ。」

 「ふぅん?

 まあ、俺が弄ったから今は関係ないけどさ。」

 「そうかいそうかい。 ……ぷ、ぶははははっ!!」

 

 なんでもないように告げた真人に、とうとう吉野はバンバン床を叩き出す。

 

 「そっかそっか、真人は順平の『術式の解放』をやったんだね。」

 「なに、ダメだった?」

 「いいや?

 大正解すぎて笑えてくるってだけ。 」

 

 「残念だったね夏油傑。」と、吉野はそこにいない男を嘲笑う。

 ふぅん。と真人は呟き、わらった。その笑い方は「笑う」という言葉で形容するにはあまりに邪悪で、「嗤う」という言葉を当てるにふさわしい。

 とろりと愉悦でとろけた瞳で、真人がため息をつく。

 

 「俺、楽しみだな。『人間が呪霊に生まれ変わる瞬間』を見るの。」

 「……ダメだよ、真人。」

 

 小さな人影がひょこりと顔を出す。真人はその存在を視界の端に捉えて、「ああ」と興味なさげに吐き捨てる。

 

 「居たんだ(かわる)。」

 

 吉野との会話に水を刺されて、鼻白んだ真人。そんな彼をを見ないふりして、替は続ける。

 

 「呪霊になんてさせない。お兄ちゃんには、呪術師になってもらわないと困るんだ。

 だからお兄ちゃんを刺激して、わざと呪霊化させるようなことはやめてほしーーー」

 

 い、と。言い切った瞬間、替の顔面がコンクリートの地面に叩きつけられる。ごしゃりと、ひどい音が鳴り響き、子供の頭がコンクリートに陥没した。

 替の後頭部を鷲掴んだまま、吉野がにこりと笑う。

 

 「ああ、気にしないでね。『これ』が勝手に言ってるだけだから。」

 「知ってるって。」

 「……突然の暴行はやめてください。」

 「どうせ怪我しないんだからいいじゃん。」

 

 むくりと、無傷で起き上がった少年が静かに告げる。ついでとばかりに投げつけられた瓦礫は、「ビタリ」と空中で止まった。

 

 「それじゃ、コレ渡しておくよ。

 吉野順平の家に放り込んでおいてくれ。」

 「宿儺の指じゃん。」

 「そ、これで呪霊を誘き寄せて、吉野凪を殺す。」

 吉野がそう言い切った瞬間、指を握っていた右手が「メキッ」と力を込めた。

 指をもらおうとしていた真人が「なに、くれないの?」と首を傾げ、吉野は「いいや?」と笑う。

 「替、真人に宿儺の指あげて。」

 「……。」

 「あーげーてー。」

 「……はい。」

 

 不服そうに、子供が小さな声をあげる。真人は首を傾げた。

 

 「いや、それでいいじゃん。」

 「これはちょっと渡せなくなっちゃったんだ。」

 「あっそ。」

 

 どーでもいいや、と替から指を奪った真人が立ち去る。それを最後まで見送って、吉野は浮かべていた薄ら笑いを「すん」と消した。

 真人が立ち去った溝の中で。未だにギリギリと宿儺の指を握る右手を眺めた吉野は「オエッ」と舌を出す。

 

 「はー、キッショ!」

 

 そんな吉野の姿を、替だけが人形のような冷めた瞳で見つめていた。

 

 

■■■

 

 「そんで、そんで!?」

 「そんでね!

 たかしくんが自信満々に『外来種の幼虫だ』っつーから拾ってみたら給食の糸こんにゃくだったんすよ!」

 「ぶははは!!」

 

 順平は、少し遠い目をしてその光景を見ていた。母が、さっき出会ったばかりの虎杖君に盛大にからみ酒をしている光景を。

 

 「糸こん!

 糸こんにゃくだってぇーー!」

 「母さん、飲み過ぎ。」

 

 赤い顔で呂律が回っていない上に、ぐわんぐわん頭が揺れている。下手したらそのまま寝るな、これ。

 絡まれてる虎杖君はニコニコ笑って許してくれてるけど、これは酷い。

 いつもよりハイペースで飲んでる上に二缶目だ。

 酔いででろっと緩んだ顔で、お盆を持ってきて虎杖君に差し出して、「ほら虎杖くん。モノボケモノボケ」と無茶振りする有様。

 

 「(最悪の酔っ払いだ……)」

 

 我が母ながら恥ずかしい。お盆を受け取った虎杖くんが「じゃあ渾身の一発ネタを!」とお盆を持って床に跪く。

 居た堪れなさに水を飲む……

 

 「ウィルソーン!!

 ウィルソーーーン!!!」

 「ぶほっ!!」

 

 吹き出した。

 

 「それ『キャストアウェイ』だろ!!」

 「正解〜!」

 

 げっほげっほと咳き込みながら言えば、虎杖君がすごくいい笑顔で笑って親指を立てる。

 

 「順平ならネタわかると思ったんだよね。」

 「普通知らないって、10年以上前のネタじゃん!」

 「私わかんなーい、映画ネタ?」

 

 現に母さんは分かってないし。虎杖君洋画好きなのかな。

 それからやることなすこと面白くって、目尻に涙を浮かべながら大爆笑した。

 そして、散々絡んだ挙句寝落ちした母さんを最後に夕飯会は終わった。

 

 「母ちゃん、いい人だな。」

 「うん。」

 

 テーブルで爆睡する母さんの背中にブランケットをかけながら、頷く。

 そうだとも、母さんはいい人だ。

 

 『学校? 

 いいんじゃない、行かなくても。

 アンタぐらいの年頃はなんでも重く考えすぎるからね。』

 

 僕が学校に行きたくないと言った時、母はそう言って笑った。

 

 『学校なんて小さな水槽に過ぎないんだよ。海だって他の水槽だってある。好きに選びな。』

 

 引きこもりの息子を肯定して、自由に生きろと笑える母親が世の中にはどれだけいるのだろう。自分はシングルマザーで苦労してるのに。

 わざわざ水族館に連れて行って、「海の生き物だって水槽で環境分けてるんだから、人間だってそれでいいんだよ」なんて言って微笑んでくれる人。

 

 「虎杖君のお母さんはどんな人?」

 「あー、俺会ったことねーんだわ。

 とうちゃんはうーっすら記憶あんだけど。」

 

 「俺にはじいちゃんがいたから」と照れ臭そうに頬を描く虎杖くんは、これ以上ないほど善人に見える。

 

 「虎杖君は呪術師なんだよね?」

 「おう。」

 「人を……殺したことある?」

 

 目を見開いて、虎杖君が少し息をのむ。「ない……。」と首を振る彼に、僕は続け様に疑問を投げかける。

 

 「でもいつか悪い呪術師と戦ったりするよね。その時はどうするの?」

 「……それでも、殺したくはないな。」

 「なんで?」

 

 虎杖くんは、真面目な顔で言葉を連ねる。なんつーか……。」と、言葉を考えながら音にする横顔は真剣で、声音は柔らかいのに言葉は強い。

 

 「一度人を殺したら、「殺す」っていう選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ。

 命の価値が曖昧になって、大切な人の価値までわからなくなるのが、俺は怖い。」

 

 虎杖君の言葉は、なんだろう。心臓が痛くなる言葉なんだ。

 いちいち心隙間を縫って、こじ開けて、深いところに突き刺さっていく。

 窓ガラスに映った僕が、泣きそうな顔でこちらを見ていた。

 

 虎杖君は「じゃあ、そろそろ帰るわ。お邪魔しました!」と言って帰っていった。僕はそれを見送って、それから自室のベットで寝転がる。

 

 【人に心なんてない。】

 

 その考えに救われた。

 ()()()()()()()()()

 でも僕が人を殺すことで、母さんの魂が穢れてしまうなら……

 

 「(僕に人は、殺せない。)」

 

 これは、僕が母へと抱くこの感情は。魂の代謝によるまやかしなんかじゃないと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 ぱち、と。テーブルで目を覚ます。どうやら飲み過ぎて寝落ちてしまったらしい。

 

 「うーん、悠仁くん帰っちゃったかな。」

 

 んー、と伸びをしながらみまわす。もしかしたら順平の部屋にいるかもしれないけど、どうだろう。

 今何時かな、と時計を見ようとして……

 

 「ん、なにコレ。」

 

 テーブルにころりと、変なものが乗っかっている。手に取って確認してみて、首を傾げた。謎の既視感。

 

 「……指?」

 

 拾いあげて、まじまじと見る。なんでだろう、私、コレ知ってる気がする。

 

 『凪さん、この指を見つけたらね……』

 

 ざざっと。砂嵐がかかったような朧げな記憶が、私を呼んでいる。

 山の、森の匂い。ネギ。

 取り止めのない記憶がポロポロと断片的に蘇る。思い出の波。

 

 「どこだっけな……?」

 

 唸る。悩む。思い出そうとする。誰かに見せてもらったんだった。どこでだっけ、忘れた。

 

 

 『なにがなんでも、逃げるんだよ。』

 

 

 「あ、」

 

 そして、背後に妙な気配を感じて振り返る。不気味なバケモノが、口を開けてそこにいた。




*ご安心ください、生きてます(誰とは言いませんが)

次回番外編・『あなたと同じ水槽で生きたい』
凪さんとパパの馴れ初めです。
私の当初の想定よりも凪さんの人気があったので皆さんの需要に添えていたら幸いです。
今のところ、番外編ネタが何個かあって、

・吉野公平がいない世界との交流(つまりは原作トリップ)
・脳がいない幸せな世界(誰かの夢オチになるかもしれない)
・2部のメンツがタイムスリップ的に1部軸に行く

みたいなのが頭の中にあります。まああるだけなんですが
番外編リクエストとかあったから活動報告のコメ欄に送ってください
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=257908&uid=246858


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人間の美徳とは無関心です①

これは順平物語が始まるために必要なことなんです。断じて愉悦じゃありません。みなさん、俺を信じてください!
これはあくまで!!王道救済物語なんです!!
一部にだって希望()はあったじゃないですか!!
どうか二部の希望も信じてください!!!





 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 2018年、9月。神奈川県川崎市。

  里桜高校での事件後、吉野順平の自宅から実母・吉野凪の血痕と剥き出しの宿儺の指「副左腕小指)が見つかる。

 吉野凪の遺体は見つからず、血痕からは1000cc程度の血液が流れたと推測できる。

 現場には呪霊の残穢が残存しており、これにより当事件を呪霊による被害だと結論づけた……。

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊祓え。」

 

 どどど、と黒いインクのようなものがドーム状に広がる。それを眺めながら「おー、できたできた」と真人が笑った。

 

 「悪いね真人。僕の残穢を残すわけにはいかないからさ。

 で、帳の効果は?」

 「・内からは出られない。

 ・僕の外からは入れる。

 あくまで呪力の弱い人間は、だけど。」

 「ん、十分だね。

 住宅地での事前告知のない帳……すぐに“窓”が通報するだろうさ。

 真人が考えている絵図が描けるといいね。」

 「大丈夫じゃないかな。

 順平が宿儺の器を引き当てた時点で流れはできてるんだ。」

 

 薄ら笑いを浮かべ、真人は立ち尽くす。

 

 「二人をぶつけて、虎杖悠仁に宿儺優位の“縛り”を科す。

 あと、順平の中に寝ているやつを起こすんだっけ。」

 「そうそう。後半ちょー重要ね。

 ……あーあ、漏瑚も君くらい冷静だと助かるんだけどなぁ。」

 「あれはあれで素直で可愛いじゃない。

 それよりよかったの?」

 「んー?」

 「指、回収しないでさ。

 貴重な呪物なんだろ?」

 「ああ、それね。」

 

 吉野が「けひっ」と引き笑う。企み事をしている、いやらしい表情で。

 

 「いいんだよ。あれは高専に回収させるのが目的だからさ。少年院のは虎杖悠仁に取り込まれちゃったからね。」

 「悪巧み?」

 「そゆこと。それじゃ、僕はお暇させてもらうよ。夏油傑の足止めもこれ以上は無理そうだし。」

 「えー、吉野も見ていけばいいのに。きっと楽しいよ。」

 

 ひらりと身を翻した吉野の背中に声をかけて、真人はうすら笑う。

 はるか数十メートル先。学校の中にいる【オモチャ】を見つけて、目を細める。

 

 「愚かな子供(ガキ)が死ぬところは。」

 

 つぎはぎだらけの顔を愉悦に染めて、真人は楽しそうに嗤った。

 

 ■■■

 

 黒い服は持ってなかったから、母のクローゼットを開けて初めに目についたものを羽織った。

 嗅ぎ慣れた朝の空気も、見慣れた通学路も。今日は違って見えた。

 思い出すのは昨晩のこと。足だけになって消えた母。足を食べている呪霊。机の上には人間の指みたいなのが置いてあって、今まで感じたことのない非日常に泣き喚いた。

 澱月で呪霊を溶かして殺した。残った母の足を抱えながらわんわん泣いてたら、真人さんが家にやってきて、「なんてことだ」と口を押さえる。

 テーブルの上の指を持って、「一度落ち着こうか、順平」と声をかけて、僕を僕の部屋まで連れて行く。

 

 「これは呪いを呼び寄せる呪物なんだ。」

 

 真人さんの手のなかにある指が、おどろおどろしく見えた。

 

 「なんでっ、そんなものが家に……!!」

 「人を呪うことで金を稼いでいる呪詛師は多い。そう言う連中の仕業だろう。」

 

 真人さんの声がふわふわと、どこか遠くから聞こえてるような気がして、縋り付く。そこに確かにいるのだと確かめたかった。

 

 「コネと金さえあれば人なんて簡単に呪い殺せるんだよ。

 心当たりはないかい? 君や母親を恨んでいる人間。

 ーーーーもしくは。」

 

 校門の前。嫌な思い出ばかりの校舎を睨む。

 

 『金と暇を持て余した薄暗い人間に。』

 

 ああ、心当たりありますよ真人さん。だからそいつを殺すことにします。

 学校に到着した。学校集会で全校生徒が体育館に集まっていた。

 後ろから体育館に入った。誰も僕に気が付かない。気付こうとしない。

 

 《表彰状。

 全国読書感想文コンクール最優秀作品賞、伊藤翔太。》

 

 金と暇を持て余したクズが、舞台に立っている。もう僕の代わりを見つけたみたいで、舞台袖に陰気な生徒が怯えていた。

 ああ、やっぱりあいつは変わらない。

 

 「……やれ、澱月。」

 

 どぷん、と。膨張したクラゲが体育館を飲み込んだ。面白いくらいバタバタと人が倒れていく。

 澱月に飲み込まれ、捕らえられた奴から順に、死ぬように眠っていく。

 澱月が大気中に吐き出した「高濃度の毒」は、人を選んで侵食していく。毒に侵すものと侵さないもの。

 前者はその他大勢。後者は……

 

 「おい!!

 どうしたオマエら!!」

 

 しっかりしろ、大丈夫か、と。豚が騒いでいる。うるさい。僕は無関係な人は殺さない。

 

 「死にはしないよ。」

 

 僕がいるのに気づいて、豚が目を見開く。信じられないと言いたげなその目が腹ただしい。僕が学校(ここ)にいるのが信じられないと言いたげに。

 一体、僕をなんだと思ってるのだろう。

 

 「■■■(吉野)……■■■(なんで)■■(いや)……。

 ■■■■■■■(知っているのか)■■■■■■■■■(何が起こっているか)……?」

 

 言葉は理解できないけれど、戸惑っているのはわかる。

 

 「先生。」

 

 一言。これ以上は正直話したくない。でも、今からやることを忘れさせないために言葉を連ねる。額に手を添える。前髪をするりと持ち上げて、ずっと隠していた「恥」を晒した。

 

 「ちゃんと見ててね。」

 

 額に残る、タバコの痕。知っているくせにひゅっとわざとらしく息を飲んで、何か言っていた。

 

■■■(オマエ)■■■(その傷)!! ■■(それ)……!!」

 「これまでのことも、これからのことも……。」

 

 目を逸らすことなんて、僕は許さない。全部見て、生き証人となれ。

 

 生徒(ぼく)が、生徒(伊藤)を殺す瞬間を。

 

 「聞きたいことがある。

 アレを家に置いたの、オマエか?」

 「……?

 なんの話?」

 

 「吉野…」と壇上から僕を見下ろしたゴミが、素知らぬ顔で(とぼ)ける。これでは話にならない。

 澱月の触手を伸ばして、毒針を腕に刺した。ドチュッと肉が破ける音。腕に空いた小さな穴。

 腕からじくじくと痣が全身に広がる呪毒。痛みと恐怖で顔を歪めた豚が唾を撒き散らしながら叫んでいた。

 

 「なんだよ! 何したテメェ!!」

 「なってないな。」

 

 ドーピングによる身体能力が向上のさせる。顔面を殴るだけで、伊藤は簡単に吹き飛んだ。

 僕の術式は応用が効く。だから、こんなことも楽勝だ。

 

 「まだ自分が質問を質問で返せる立場だと思っているのか。」

 

 おもちゃみたいに「ぽーん」と人間転がる様を見ても、なにも思わなかった。心は1ミリも揺れ動かない。

 

 「オマエは死ぬんだよ。質問の答えがイエスでもノーでも。だって僕にお前の嘘を見抜く術はないし、そうされるだけのことをオマエはしてきたからね。」

 

 腹を蹴り付けて、踏みつける。過去に自分がそうされたように、何度も何度も何度も。

 

 「最期くらい誠意を見せてくれ。」

 

 澱月の触手に絞められ、持ち上がる肉体。

 血反吐を吐きながらみっともなく涙を流して……

 

 「ごめんなっ、さい…!!」

 「で?」

 

 ここまでしても、僕の心は凪いでいる。いっそ清々しいほど、無風だ。

 

 「だから?」

 「なにしてんだよ、順平!!」

 

 だん!!と。体育館の扉を勢いよく開けた虎杖君が叫ぶ。ほんの少し、風が吹いた。僕は冷めた心地でそれを眺めた。

 

 「引っ込んでろよ、呪術師。」

 

 だって、全てはまやかしだ。

 




*次回も引き続き逆罰回ですが順平の結末は希望に満ちているはずです。最近のブラックファンタジー的な覚醒回があるだけです。
*次の次ぐらいにちゃんと凪さん回挟むので今話と次話は勘弁してください(by.作者)







p.s.
アンケートの結果、①ルートに投入が決定しました。


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人間の美徳は無関心です②

[現在の伏線]
・術式発覚して二、三日なのに術式使うのが上手い順平
・替くんのセリフ「お兄ちゃんは僕の希望」
・人造呪霊はなぜ必要?
・吉野パパの本気(一部夏油の「背後霊でも〜」)
・凪さんの生死
・順平の頭痛と失われた記憶
・キャラシートに最初から領域展開が記載されてる
・一般家庭出身は基本的に「吉野塾」上がり




 「澱月!!」

 

 巨大なクラゲが触手を伸ばす。僕は虎杖君を殺したいわけじゃない。せめて終わるまでの間寝ていてくれ、と願いながら呪力を眠り毒に変えた。

 

 「もう一度言う、引っ込んでろよ呪術師!!

 関係ないだろ!!」

 「それはオマエが!! 決めることじゃねぇ!!」

 「無闇な救済になんの意味があるんだ!!」

 

 拳に呪力を纏わせた虎杖君に対抗するように、片手で印を組む。さっきから、鈍い頭痛が波のように押しては引いてを繰り返す。

 わかない。さっきから、よくわからない情景がフラッシュバックしている。

 大きな鳥居、長い階段。抜けた先にある寺のような建物。

 

 「命の価値を穿き違えるな!!」

 

 澱月の触手の檻に封じ込め、無力化。これで彼は「詰み」だろう。

 澱月の触手に囚われるということは、僕の毒を受けるということ。

 僕の澱月の毒は「僕のイメージ」通りのものになる。僕が「そう言う毒」だと思ったら「そうなる」、それが僕の呪い。

 解毒の方法はない。というか、検証してないからまだわからない。

 けど、多分……解毒剤は僕の血液なのだと思う。

 

 「霊長ぶってる人間の感情……心は!!

 全て魂の代謝、まやかしだ!!

 まやかしで作ったルールで僕を縛るな!!」

 

 食堂。銀髪。変な前髪。タバコの匂い。ネギと、親子丼。サングラス。

 土の匂い、枯葉の香り、大きな手のひら。苦しい抱擁。

 激しい頭痛に頭を押さえる。ドクンドクンという血液の脈動。

 ひとつ脈打つごとに、一つの情景が強烈に甦る。

 

 『愛は、無敵の呪いだよ。』

 

 ーーーーオマエは、誰だ。

 

 「奪える命を奪うことを止める権利は誰にもない。

 そこで寝ててよ、僕は戻ってやることがある。」

 

 雨の匂い。泣き声。水族館。

 腐った卵のような、嫌な匂い。怖いと泣いた僕を慰めたのは……

 

「誰に言い訳してんだよ。」

 

  背後から伸びてきた手に襟首を掴まれて、窓に叩きつけられる。ガラスが割れて、四階の窓から外へ放り出された。

 

 「(なんで、何が起こった…!?)」

 

 4階の廊下から身を乗り出して、虎杖君が僕を見下ろしている。

 

 「(なんで、澱月の毒が効かない……!?)」

 

 効かなかった? そんなはずない。僕の毒は「絶対」だ。じゃあ、最初から毒を注射できなかったのか?

 でも確かに、毒針は彼を刺した。

 

 「来い、澱月!!」

 

 澱月を召喚して、駐輪場の屋根の上に降りる。転がり、体勢を立て直す。なぜ虎杖君に毒が効かなかったのかわからない。

 でも、効かないならさらに濃度を上げるまで!

 

 「(なんで邪魔をする。

 なんで!)」

 

 窓を見上げた。睨みつけた。虎杖君が窓枠に足をかけて、飛び降りた。

 

 「(なんで!!!)」

 

 一瞬浮かんだ、母さんの顔。死体すら残らなかった。残った足も全部食われた。ただ、血だけが残るリビング。未だに生きてるんじゃないかと期待する。

 ーーーそんな、僕の心だってまやかしなのに。

 

  「(なんで!!)」

 

 澱月を背後に呼び寄せる。空中、身動きが取れない。

 やるか? 否だ。

 潰すなら……着地寸前!!

 澱月の触手をけしかける、その直前。

 虎杖君の手に呪力が集まり地面、否、ベニヤ屋根を殴りつけた。

 叩きつけられた拳でベニヤの屋根を大きく揺れて、姿勢が崩れる。

 

 「順平が何言ってんだか、ひとっつも分かんねえ。」

 

 足元に意識がそれた一瞬。明確な隙。

 虎杖君が、懐に入り込んでいた。距離を詰めて拳を引いて……

 

 「それらしい理屈こねたって、お前はただ

 自分が正しいって思いたいだけだろ!」

 

 突如、順平の脳裏に蘇った()()()()()()()()()()

 顔のわからない男が、チンピラっぽい二人をボコボコにのして僕の頭を撫でている状況がよくわからない光景。

 低い視界、背の高い大人に僕は囲まれていた。母がネギを振りまわし、何かに気づいて、そして。

 ……母さんが、とても幸せそうに笑うんだ。

 

 「(誰だよ、誰だ!なんなんだよさっきから! 

 誰なんだよオマエ、オマエは僕の何なんだ!)」

 

 頭が痛い、痛い。割れるように痛い。

 頭を抱えたその瞬間、腹を殴られ、2階の窓に叩きつけられた。

 割れるガラス。殴り飛ばされた僕は、ガラスを突き破って廊下に転がっていた。

 

 「順平の動機は知らん、何か理由があるんだろ。

 でもそれは本当にあの生活を捨ててまでのことなのか?」

 

 しっかりとした足音が、順平の前で止まった。

 

 「人の心がまやかしなんて、あの人の前で言えんのかよ!!」

 

 座り込んだままの僕の胸ぐらを掴んで、虎杖君が叫ぶ。それでも、僕は言わなければならない。言い張らないといけない。

 

 「人に心なんてない。」

 「お前、まだ……」

 「ないんだよ!!」

 

 鼻の奥がツンと痛んで、目頭に熱が集まる。込み上げてくるものを堪えて、唇を噛んで。

 

 「そうでなきゃ、そうでなくちゃ……。」

 

 死体すら残らなかった。足と血だけしか残らなかった。そんな、そんな死に様が、誰かに、呪詛師に呪われたんじゃないなら……

 

 「母さんも僕も、人の心に呪われたって言うのか?」

 

 そんなの、あんまりじゃないか。

 

 心の声が、唇から溢れていく。もう、何が正しくて何が間違っているのかもわからない。

 僕にできるのはただ、呪うことだけ。

 

 澱月に虎杖君を攻撃させた。勝ち筋なんて見えてないのに、無鉄砲に。単調な攻撃は戦略も何もなかった。

 

 「なんで、避けないんだよ……っ!」

 

 歯を食いしばって、血を流して。虎杖君に澱月の毒針が刺さる。

 

 「ごめん。」

 

 なんで、()()()謝るのか分からなかった。わかってるんだよ、僕だって。意味のないことしてるんだって。でも認めたくないんだ。

 

 「何も知らないのに偉そうなこと言った。」

 

 だから、君がそんな泣きそうな顔して、謝らなくていいんだよ。歩み寄らないで。心の隙間をこじ開けないで。

 

 「何があったのか、話してくれ。」

 

 僕はもう、誰かを好きになりたくないんだ。「好き」と言う脳みその錯覚に、魂の代謝に、振り回されたくないんだ。

 愛したくないんだ。愛してしまったら、失った時どれだけ心臓が苦しくて、痛いのか、身をもって実感したばかりなんだ。

 僕は、無関心でいいんだ。無関心でいたいんだ。いさせてくれよ。

 

 「俺はもう、絶対に順平を呪ったりしない。」

 

 無関心が、反転した。好きになってしまう。

 君と言う人間に、救いを見出してしまいそうになる。

 どうしようもないこの感情に、友情と名付けて依存してしまいたくて、縋りたい。泣きたい、吐き出したい。

 そんな感情は、涙と一緒に言葉になって、濁流として心の内側から身の外側に止めとなく溢れていく。

 

 「そんな……母ちゃんが……」

 

 そんなに親身にならなくていいんだ、ならないで欲しい。僕は他人に見切りをつけたい、それなのに。

 君があんまりにも悲しく呟くから、僕も苦しくなって泣く。

 緩くなった感情の蓋。唇から滑り落ちる僕の弱さ。

 

 「順平、高専に来いよ。

 バカみてぇに強い先生とか、頼りになる仲間がいっぱいいるんだ。

 みんなで協力すれば、順平の母ちゃんを呪ったやつもきっと見つかる。」

 

 居場所を失って、やけになっているなんて。そんな軽い言葉で僕の行動は言い表せてしまう。客観的な僕は、自分の行動についてとっくの昔にそんな判断を下していた。

 だから、こんなにも自暴自棄になって暴れて、泣いて、泣いて。

 罪に塗れて、何もかも終わらせてしまいたい。

 ーーーーそれでも。

 

 「必ず報いを受けさせてやる。」

 

 新たな居場所を作るとするならば。

 

 「一緒に戦おう。」

 「……うんっ」

 

 僕は、君の隣を居場所にしたいよ、()()

 

 「順平くん!!」

 

 そんな僕と悠仁の世界の中に、知らない声が割り込んだ。



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人間の美徳は無関心です③

順平のイメソンはRADWIMPSの「有神論」だと考えてる。
「明日を呪う人間不審者は、明日を夢見る人間信者に」ってフレーズ大好き。まさに順平ってかんじ。
吉野公平は「愛にできることはまだあるかい」
これに尽きる。
替くんは「だから僕は不幸に縋っていました。」
とても不幸な替くん。その出生すら不幸にみちているショタ…
君の現在は変えないけど、幸福な結末を夢見て反逆して、人生変えて見せようね。





 「順平くん!」

 

 血塗れの男が髪を振り乱して名前を呼んでいた。「間に合った……っ」と安堵するその人に、見覚えはない。

 

 「誰だよ。」

 「夏油先生!?

 どうしてここに……!」

 「なんで虎杖が生きてるのかは今はいい。どうせ悟の仕業だろう。

 今は、順平くんだ。」

 

 血がベッタリと付着した顔。ボサボサの長い髪に大量の血が付着して、固まってる。無理やり掻き上げたみたいなオールバックのワックス代わりに血を使ってるの? というのが順平の感想だ。

 高そうな袈裟はどす黒く変色していて、長い髪と相俟ってまるで破戒僧。

 そんなやばい男の前に悠仁が立って、ばっと両手を広げた。

 

 「先生、順平は悪いやつじゃないんだ!」

 「ああ、知ってるよ。」

 「だよねぇ。」

 

 4つ目の声。一斉に振り返り、踊り場を見つめた。

 ゆったりと階段を降りてくる、つぎはぎの男。順平の恩人にして教師のような人。

 

 「はじめましてだね、宿儺の器。それと、夏油傑。」

 

 ぼこぼこと真人の左腕が膨張し、二又に別れる。なにをするつもりかわかって、声を張り上げる。

 

 「待って真人さん!!」

 

 間髪入れずに悠仁と夏油と呼ばれた男へ襲いかかった腕。

 ものすごい勢いで窓ガラスに押さえつけられた悠仁が「逃げろ、順平!」と叫んだ。

 

 「よくもまあ余計なことをしてくれたね、呪霊。」

 

 腕から逃れていたらしい長髪の男が、僕と真人さんの間に立つ。真人さんをギロリと睨みつけて、男が腕を突き出す。

 

 「随分過保護じゃないか、順平の知り合いだったりする?」

 「ああ、とても()()()()()()さ。」

 

 鋭い眼光、釣り上がった眉、そして盛大な舌打ち。

 知っているという割には、僕の記憶には一切存在しない男が放つプレッシャーに思わず震えた。

 

 「本当に、術式を自覚せずに一生非術師として生きて欲しかったよ。」

 「あは、やっぱあんたが封印したんだ。順平の()()。」

 「……え?」

 

 予想だにしない発言に、緊迫した状況だというのに一瞬(ほう)ける。

 

 「(僕の術式を封印した?)」

 

 それって、どういうことだ。僕は、脳が非術師だったから術式が使えなかったんじゃないのか?

 だから真人さんに脳を弄ってもらって、術式を発現したはずだ。

 当事者の僕の困惑なんて知ったことかと状況は進展し続ける。真人さんと夏油とか言う人は喋り続け、内容は衝撃の結末へ移行していく。

 

 「でも残念、順平はもう呪術師だ。」

 「まだ封印は解けきってない。かけなおせばいい話だ。

 お前を祓った後にでも、ゆっくりと。」

 「なんでわざわざそんな事すんの?」

 

 真人さんが「ニィ」と笑った。目元も、唇も、三日月型に歪めて、答えられない夏油を嘲笑う。

 

 「いいよ、答えを言ってあげる。

 ()()()()()()()()()が、術式に連動してるからだ。」

 

 

 

 「「……は?」」

 

 

 

 「そうだろ?」と。夏油の返事なんて求めてないくせに、真人さんは尋ねた。

 その解答は()()。言葉はなくても、紛れもない肯定。

 未だ壁に押し付けられたままの悠仁が「信じられない」と言いたげに僕を見下ろしていた。僕だって、そうだ。

 

 「(僕の中に、呪霊?)」

 

 母さんを殺した奴らと一緒?

 うそだ、そんなことはない。僕は今まで生きてきて「そう」だと思ったことはないし、それらしいこともなかった。

  何より僕は人間だ。人間の母さんから生まれて、人間として生きてきた。

  そう、()()()()だ。

 

「順平って面白いよね。人間でも呪霊でもない。何から何まで中途半端なんだ。

 魂がふたつに分裂してるし、片方は鎖で雁字搦め。

 よく見てみれば、呪霊じゃないか!」

 

 ゲラゲラ笑って、可笑しそうに片手で口を覆って。真人が全てを嘲笑う。

 

 「宿儺みたいに受肉してるのかとも思ったんだけど、そうじゃない。呪霊でも呪物でも、人間でもない。

 本当、めちゃくちゃで不完全で、面白い。」

 「真人さん、それってどういう……」

 

 言葉は、不自然に途絶えた。

 

 「なあ、言っただろう順平。

 君は、もっと自由になるべきなんだよ。魂の赴くままに生きるべきなんだ。」

 「……呪霊として生きろと、そういう事ですか?」

 

 にこりと、真人は笑う。そうだよ、なんて微笑んで。

 残酷な真相に僕は「ひっ」と息を呑む。

 ずっと、真人さんは悪い人じゃないと思っていた。僕を救ってくれたから。

 でもそれこそがまやかしで、そもそも真人さんは、最初から……

 

 「可哀想に、人間だって思い込まされてさ。

 でももう、わかっただろ?  ()()()()()()。」

 「(人じゃ、ない。)」

 

 最初から言っていた。この人は、呪霊だ。

 

 「黙れ……!!」

 

 振り絞るように出された夏油の声。怒気が膨れ上がり……

 

 「はは、でも残念。もう遅いよ。」

 

 怒りが形になる前に、不意打ちでやられた奇襲。普段の夏油傑ならば決して犯さなかったミス。

 吉野家に接近する呪霊の影を確認してから今日で丸二日。その間休みなく行われた呪霊の祓除。何度要請しても辿り着かない救援。呪霊の中に混ざる改造人間の数々。

 夏油傑を足止めし、疲労を蓄積させるためであろう襲撃の数々。

 ちらちらと見え隠れする保守派の影と、自分の怨敵。

 

 「ーーーーじゃあね、順平。生まれ変わったらまた会おう。」

 

 順平の体に、真人が触れた。

 

 【無為転変】

 

 その術式を見た瞬間、夏油はその呪霊の()()が分かった。そして、絶対に避けたかった【最悪】が起きてしまったことも。

 ーーー順平の魂の形が変わる。魂の楔が、外される。

 

 「あ……れ?」

 

 突如順平の脳内に溢れ出したのは、7歳以前の記憶。

 父の記憶。母の記憶。家族三人で暮らしていた頃のーーーー!!!

 

 「う、わぁぁぁぁぁあ!!」

 「やめろ、順平くん! 思い出すな! 忘れろ!

 全部忘れて閉じ込めろ!」

 「あーそういうことか。“忘れる”ことがトリガーだったんだ。

 じゃあ残念。もう無駄だよ。」

 

 完全に目覚め始めたからね、と真人が邪悪に笑う。

 それどころじゃなかった。ぐるぐると脳が回転している。頭蓋骨の内側で小人が暴れまわっているような衝撃と激痛。記憶の濁流。

 

 父に対する人質のために呪詛師に狙われた記憶。

 父が信頼する術師に保護してもらうからと恩師という人に僕らを預けた瞬間。

 別れの際の涙。父の嘆き。

 実験場。研究者。呪霊の餌にされる子供達。毎日人が死んでいく。

 悲鳴。嘆声。断末魔。

 そして、そしてそしてそしてーーー!!!

 

 「あ、あああああああっ!!!」

 

 ぐにゃりと。順平の体がかわる。体積が膨張していき、毒の涙を流す。呪霊が、産声の代わりに慟哭をあげる。

 ーーーー差別的に人を殺害した最悪の呪詛師。その男の能力を忠実に再現させた「クソども」の力作。産まれることも許さず、眠らせたはずの兵器。最低で最悪の大災害。人間の罪の集大成。

 

 

 【特級人造怨霊】が、目を覚ました。



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人間の美徳とは無関心です④

視点変更)語り手夏油傑モード
一部が終わっても夏油さん、あなたには語り手を続けてもらいますよ……!!


 わざと、呪霊の手が虎杖を解放する。まるで虎杖と順平くんを争わせようとでもいうように。

 

 「(ああ、最悪だ。)」

 

 たった、コンマ1秒だった。いつもならば反応できた。

 疲労があった。処理能力がおくれた。そんなのただの言い訳だ。

 私は、()()()()()()()()()()()()()

 

 「順平、順平っ!」

「順平くん、押さえ込め!

 このままだと全員死ぬぞ!!」

 

 虎杖が異形へとカタチを変えていく順平くんの肩を揺らし、語りかけ続ける。全身毒と化した彼にああやって触れられるのは宿儺の毒すら耐えられる特異体質の虎杖悠仁だけだろう。

 そんな風に、理解を遠ざけたいと思ってしまうほどに、世界は残酷に回っている。

 

 「夏油先生、ナニが起きてんの?

 順平は大丈夫なのか!?」

 「私がなんとかする! だからそのまま語り続けろ虎杖!

 順平くんの意識を落とすな!」

 

 泣きそうな顔で、嘆くようにそう叫んだ虎杖に私も叫ぶ。

 封印しようにも、私一人では限界だ。忌まわしい研究所から生まれたであろう特級呪霊と特級人造怨霊を同時に相手取るのはいくら私でも無理がある。

 

 「ねえ、呪術師。アンタが教えてよ。

 順平の本性をさ!!」

 「だまーーーーっ」

 「最悪の呪詛師、吉野公平の息子でしょう。」

 

 鉈を持った男が、廊下の先に立っていた。眼鏡を押し上げて、悠然と。

 

 「やっぱり、この子は順平くんだったんですね、夏油さん。」

 「七海……。」

 

 静かな怒気。「なぜあなたがここに居る」という疑問すら怒りになっている。

 しかしそれは付属品。七海の怒りの正体は私の不義理にある。

 

 「どういうことでしょうか。順平くんは“あの日”、死んだのでは?

 だから、吉野先輩はあんなことを……。」

 「それは後で話す。

 だから七海と虎杖はあのツギハギを追え。」

 「……わかりました。」

 

 必ず聞き出す、という意思が込められた瞳。

 それでも、今はそれでいい。このテロが起きた時点で順平くんの正体は隠し通せない。

 なら、どのみち全て白状するしかない。

 「二人を二度と呪術の世界(こっち側)に関わらせたくない」という先輩の遺志を遂げることができなかった後悔はある。

 しかし、それよりも優先すべきことは「凪さんと順平を守れ」という愛の呪いだ。

 だから、私は特級人造呪霊と対峙する。

 

 「(順平くんをどうにかするには、もう一度眠らせるしかないーーーっ!!)」

 

 覚醒の鍵となる記憶をもう一度底に沈める。順平君を殺さずにどうにかする方法なんてそれしかない。

 しかし、それだってリスキーだ。

 私が使役する封印呪霊は、何かを封印するために「楔」を打つ必要がある。

 今回の場合それは記憶で、楔となった記憶は消える。消えると言うより、【記憶の奥底に沈み込められる】と言うのが正しいか。

 だが思い出さなきゃそれは記憶の削除だ。その記憶が大切なものであればあるほど、封印の強度は上昇する。

 

 ゆえに前回は()()()()()()()()()()()()を楔にした。忌まわしい研究所での記憶も消せたからそれでよかった。

 

 「(今回も、吉野公平の記憶を楔として再度封印をすることはできる。)」

 

 しかしあくまでそれは応急処置。

 現在の半覚醒状態を維持すると言うだけ。つぎはぎの呪霊が言ったように()()()()

 一番消したい研究所での記憶にプロテクトがかけられていて消せない。

 特級呪霊になった原因の記憶が消せない。魂を丸ごといじられて、それができない。

 と言うことは、再び封印してもきっかけひとつでいつでも目覚められる状況になると言うこと。

 

 「ああ、ちくしょう!!」

 

 本当に、あの呪霊(研究所)は余計なことしかしないな! と怒りの声をあげた。傑の怒りに呼応するように、順平の呪力も一気に膨張する。

 

 「あ、ああ……。ああああああーー!!!」

 

 聞いているだけで苦しくなる声が、学校という小さな世界に響き渡る。

 蜃、氷月、織姫。先輩の式神そっくりのそれらが、呼ばれ続ける。

 先輩そっくりの順平君がやっているから、まるで先輩がそこにいるように見える。

 

 「ゔああああ!!!

 どうして! なんで!! やだ、嫌だ、悠仁が!

 悠仁、悠仁、悠仁悠仁悠仁!!!」

 

 でも、まだ大丈夫。虎杖が順平くんの最愛になってくれていて助かった。だから、まだ「詰んで」ない。

 順平くんには「愛」がある。

 

 「ごめん、順平くん。眠ってくれ。」

 

 封印呪霊で無理やり押さえ込み、眠らせる。

 ふ、と。順平くんは力を失い崩れ落ちる。それを低級呪霊で受け止めた。

 涙の跡が残る寝顔は幼く、あどけなく。かつての順平くんそのものだ。

 

 「ごめんね。」

 

 守れなくてごめん。君を、君たちを守ると誓ったのに、私は失敗した。

 

 「それでも、君を助けるから。どんな手を使ってでも、君を救って見せる。」

 

 人造呪霊は覚醒した。もう取り返しはつかない。このまま呪術師になるとして、術式を使えば使うだけ呪霊の眠りも浅くなり、覚醒へと至るだろう。

 しかし、順平くんが生き残る道がたった一つだけ残っている。茨の道でチキンレースをするような、酷い解決方法だけれど。

 それができたら順平くんは【いつ爆発するかわからない不発弾】ではなく特級呪術師として表舞台に立てる。

 

 「君を、殺したりなんてしない。」

 

 最後にそっと、順平くんの頭を撫でた。そして、その交流を最後に。

 私は、順平くんを格納呪霊に飲み込ませた。

 

 

■■■

 

 「ん、なんだここ?」

 

 ぱちり。目を開けた瞬間、違和感に気づく。

 

「(なんで私、何故か純和風な木造住宅の一室に寝ているのだろう。)」

 

 梁が見える天井。畳の匂いと障子越しの朝日。

 

 「夢?」

 

 こてり。首を傾げる。こんな純日本家屋みたいな場所、見覚え無いんだけどな。

 まあ、夢だからそんなもんだろう。変な夢だなと思いながら、布団から抜ける。が、体を動かした瞬間走る激痛。体が痛い。腰、特に右足の膝下がありえないぐらい痛みを訴えていて、立ち上がれない。

 恐る恐ると布団の中を除いて、「ひっ」と声を上げた。

 足がない。血は止まってるみたいだけれど、布団の中は赤く濡れている。

 そうだ、思い出した。私は、見えないなにかに食べられてーーーっ

 

 「大丈夫ですか、凪さんっ!」

 

 からりと扉が開いて、入ってきた男も見覚えがない。長髪をハーフアップのお団子にした着物姿の男の知り合いなんぞ凪は知らない。だがらどこか懐かしく感じている自分がいる。

 

 「は、えぇ?

 いや、アンタ誰よ。」

 

 パニックは第三者の登場で一時的に静まる。長髪の男は、グッと息を呑んで瞳を動揺で揺らした。

 

 「私は……。」

 

 沈黙。一拍置いて決意。覚悟。

 

 「私は、夏油傑。呪術師です。」

 「ああ、公平の後輩……ん?」

 

 なぜか、するりとそう言葉が飛び出た。

 公平って誰だっけ。知らない名前に首を傾げる。

 自分で言ったはずの言葉なのに、ひどく悲しかった。

 

 

 





悠仁の師匠(先生役)が五条悟なら、順平の師匠が夏油傑なのは是非もないよネ!
明日が一章最終話!


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みんな愛に呪われている。


2部一章最終話、吉野順平覚醒編「鳶飛魚躍」、これにて終了。
書き溜め、前半山場終了。しばらく書き溜め作業になるので更新不定期になります。


 「()()って、誰だっけ。」

 するりと出たその名前に、心臓が握りつぶされたような心地になる。

 先輩の遺言通り実行したのは私だ、記憶は確実に消えている。それなのに、凪さんは吉野先輩の名を口にした。

 

 「(凪さんまで封印が解けた?)」

 

 いや、まさか。封印に未だ綻びはない。それなのにどうして。

 一度はこちらの世界から切り離したはずの存在を、再び引き込むことになるどころか、消したはずの記憶まで甦ってしまったら。

 

 「(私は、先輩に顔向けできない……)」

 

 いや、まだ大丈夫だ。多少思い出しても、まだ記憶を消せばいい話。凪さんが呪霊に襲われることになったのか分からないが、その原因を取り除き、呪術(こちら)に関わりのない日常をーーー

 

 「そういえばここ、見たことあるな?」

 

 凪さんが、キョロキョロとあたりを見回して言った。

 

 「そうだ、こっちの方に食堂があって……。」

 

  ふらりと、立ち上がり壁に手をついて歩く。「私、ここ知ってる。」と繰り返し呟く。

 

 「なんか、()()()()。」

 

 決定的な一言ではない。なのに、心臓が嫌な音を立てて騒がしい。

 だめだ、だめなんだ凪さん。このままではいけないと思っているのに、止められない私はなんなのか。

 まさか、思い出してほしいとでも思っているのか。【凪さんが記憶を思い出す】とはつまり、先輩の遺志を踏み躙る行為だぞ。

 だめだだめだと脳内で声が響く。なのに、体は金縛りにあったように動けない。

 ふと、凪さんが振り返る。ーーーあ、ダメだこれ。

 

 「は、はは。そうだ、君、夏油くんだ。

 入学早々、食堂で喧嘩して旦那に怒られた子。あはは、おっきくなったね。」

 

 とうとう決定的な言葉を告げられて、項垂れる。ああ、最悪だ。

 

 「覚えてるんですか。」

 「うーん。思い出した、かな。」

 

 死刑囚が死刑台に登るような表情で尋ねた傑に、凪さんが「暗い顔しないの!」と背中を叩いた。

 ああ、凪さんだ。この人は、どうしようもないほど吉野凪だ。

 かつてこの場所で、青春のページを彩った彼女は、歳をとっても変わらない。

 ほろりと大きな瞳から一筋、大粒の涙を流す。凪は名前の通り、凪いだ水面のように静かに泣いた。

 

 「なんで忘れてたんだろう。なんで、今の今まで公平のこと覚えてなかったんだろう。」

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 全部私が悪いんです。だからそんな、そんな顔をしないでください。

 あなたにそんな顔をさせるなんて、吉野先輩に殺されてしまう。

 

 「記憶を消しました。忘れるように。」

 「なんで?」

 「それが、先輩の望みでしたので。」

 「はー、なにしてんだか、アイツ。」

 

 後輩に迷惑かけるな! と凪は怒り、そしてくしゃりと。眉毛を八の字に寄せて、「ねえ」と声を絞り出す。

 震えた声は小さくて、しかしはっきりと、しっかりと聞こえた。

 

 「ねえ、夏油くん。

 公平、死んだの?」

 

 無理矢理作った悲壮な作り笑いに、胸が締め付けられる。舌の付け根がからから渇いて、ひび割れた唇を噛んだ。思い出すのは先輩と過ごした三年間の記憶。10年前の死闘。死の間際に見せた、優しい笑顔。

 

 「私が、殺しました。」

 

 沈黙。泣きそうに「ぐしゃ」と顔を歪めて、凪さんは俯く。

 

 「そう、そっか。なんとなくそうじゃないかと思った。」

 「どこまで思い出したんですか。」

 「あはは。

 思い出したのはちょっとだけだよ、高専で過ごしたほんの一部。

 君たちが二年の春ぐらいまでは割と覚えてるんだけど、そっからがなー」

 「絶対に思い出さないでください。」

 

 言葉を遮るように、食い気味で言葉を紡ぐ。私たちが高専二年で、春。つまり思い出せないのは星漿体護衛任務があった時期以降で、その時期、凪さんと順平くんは……。

 

 「それは、一番思い出して欲しくない記憶なので。」

 「うーん、そっか。なら思い出さない。」

 

 そう言いながら、「でも他は思い出したい。」と凪さんが繋げた。

 

 「ぼんやりじゃなくて、はっきり。

 どんなに辛い記憶でもいいよ。それよりも,私は公平を忘れてる方が嫌だ。」

 「……保証はできません。」

 「今はそれでいいよ。」

 

 ただ、いつかは全部返してもらうと凪さんは宣言する。

 

 「(ああ。)」

 

 どうしたらそんなに強くあれるのだろう。彼女は今でも、吉野公平の女神のままそこにいる。

 

 「それで、なんで私はここにいるのかな?」

 「凪さん、あなたは死にかけたんです。」

 

 呪霊に襲われて、と。繋げた言葉に「へ?」と凪さんは驚いて、「まじかぁ」と頭を掻いた。

 

 「私は、吉野先輩からあなたを守るように頼まれています。

 だから、あなたをここに連れてきました。」

 「あー、もう。あの家族バカの心配性が迷惑かけてごめんね。」

 

 あー、もう。なんて、頭を抱えて、困ったような。それでもどこか嬉しそうな表情。

 

 「あの指、今思えば公平が「絶対に見つけても触らないでっ!真っ先に逃げて!」て言ってたやつと似てたもんね。」

 

 ジロジロ見てるんじゃなかったなー、と。凪さんが頭を掻いた。けれど「はっ」と、

 

 「ねえ、順平は?」

 「それは……。」

 「順平は、大丈夫なの?」

 

 母親の顔になった凪さんが問い詰める。

 

 「順平くんは……。」

 

 何と言えばいいのだろうか。吉野順平は呪霊になりましました。今は、秘匿死刑を裏で打診される危険人物として呪術師になりました。なんて。

 そんなこと、言えるわけがない。

 

 「順平君は、呪術師になりました。」

 「それだけじゃないんだね。」

 

 だから事実を隠して伝えたというのに、凪さんはさらりと裏を見破る。

 

 「ねえ、私わかんないんだけどさ。順平が今大変なのと公平が殺された理由、関係あるの?」

 「……。」

 「そうなんだ。」

 「なんで、わかるんですか……。」

 「うーん、母親の勘?」

 

 勘。そう言いながら、確信しているのだろう。彼女の瞳に迷いはない。

 

 「お願いだよ、夏油くん。私はどうなってもいいから、順平を助けてよ。」

 「言われなくても、助けます。でもまずは、あなたの安全を確保するのが先だ。」

 「順平は?」

 「今は、安全なところに居ます。いつ会えるかはまだわからないけれど……。」

 「分かった。順平をよろしくね。」

 

 凪さんに「心配じゃないんですか?」と聞いたら、「だって、私と公平の息子だよ?」と自信満々に胸を張られた。

 凪さんを呪霊に乗せて、連れて行ったのは地下。そこにいる()()は嫌そうな顔で私を流し見て、しかし次の瞬間目を見開く。

 

 「……え、凪さん?」

 「お、硝子ちゃん!」

 

 おひさー! と手を振った凪に近寄って、硝子が凪さんの顔をぺたりと手で挟む。

 

 「本物?」

 「本物だよ。」

 「硝子、凪さんをお願いしてもいいかな。」

 「……ああ、そういうこと。」

 

 順平くんのことをまだ知らないのに、硝子は全てを理解したように頷く。女というものは勘がいい生き物なのかもしれない。

 けれど、ひとつ確かなことがある。

 

 「後で、私にも全部教えてもらうから。」

 「わかってるさ。」

 

 私たちはみんな、愛の呪いに侵されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やあ、みんな集まってるね。」

 「五分の遅刻だよ傑、責められない程度の遅刻しないで欲しいね。」

 「いつも遅刻する悟に言われたくはないかな。」

 

 私の言葉に一斉にこちらを向く。真っ先に口を開いた悟を笑顔で牽制しつつ、集められたメンバーを見回した。

 

 個室に集められたメンバーは5人。

 悟、硝子、七海、灰原、それから不可抗力とは言え知ってしまった伊地知。

 硝子は久しぶりにタバコを吸って待っていて、私が部屋の中に入った瞬間中指を立てた。

 

 「よお、凪さんの足治ったぞクズ。」

 「どうでもいいですから、はじめましょう。」

 「また眉間に皺がよってるよ、七海。」

 

 灰原が自分の眉毛を左右に引っ張りながら言って、それに七海が長いため息を吐く。伊地知は端っこの方で腹を押さえていた。いつも通りな彼らにちょっと眉毛を下げて、それから真面目な顔で「灰原」と名前を呼ぶ。

 

 「帳を下ろしてくれ、密談用のやつ。」

 「了解です!」

 

 灰原が詠唱を唱えて帳が下りる。真っ暗となった部屋はランタンと蝋燭で照らされて薄暗く、不気味な様相。

 

 「それで、全部説明してくれんだよね、傑。」

 「……ああ。」

 

 ここに来るまでに、覚悟はとっくに決めてきた。先輩と共に調べた一年と、この十年間単独で調べ続けた実験所の資料を人数分印刷して配る。

 「これを見れば大体わかる」と言い、薄暗闇で文字を読ませる。字を追うごとに灰原以外の表情が険しくなって行って、最終ページに至っては灰原までも表情を強ばらせた。

 

 「……なんだ、これ。」

 

 悟の呟きが静寂を揺らす。私は小さく息を呑んでから、言葉を作った。

 

 「人造怨霊創造計画、成功事例A。

 特級人造怨霊プロトタイプ、それが順平くんのもう一つの名前だ。」

 

 私が、先輩が、この世から抹消しようとしたデータ。順平くんに何かが起きた時のためだけに残していた研究資料。

 たった一年。それだけの期間でこれだけの悪徳を積めるのかと、いっそ感心してしまうほど。内容は不愉快極まりない。

 

 「順平くんは、吉野先輩と同じ術式を持っていた。だから、それを狙われた。あのクソみたいな連中に。」

 「なんの話だ、傑。」

 「話すよ、全部。

 十年前、私と吉野先輩が何をしたのか。それを含めて全部、最初から話す。」

 

 ことの始まりは十年前の六月。忘れもしない地獄の始まり。

 私たちが運命を共にした日、道を踏み外した日。

 

 「私と先輩は共犯者で、運命共同体だった。」

 

  さあ、教えてあげるよ悟。私の革命思想の根本を。

 

 ■■■

 

 「クソだな。」

 「ああ、本当に。」

 

 悟が吐き捨てる。硝子も唸るように言葉を吐き出した。

 

 「これが本当なら、最悪ですね。」

 「……。」

 「(なんで私まで……)」

 

 七海が眼鏡を押さえて「ふー」と長く息を吐いて、伊地知が腹を押さえる。灰原はすでに知っている話だから何も言わないが、表情は固い。

 

 「つーか、傑が言ったことほぼ嘘じゃん。先輩の遺言無視ってんじゃねーぞ。

 何が「五条悟のクローンを作る計画をしてた研究所」だよ。全然ちげーじゃん。」

 

 俺、凪さんと順平のことなにも知らないけど。

 悟がぐしゃりと、片手で髪の毛をかき混ぜた。「んぁー」と髪を混ぜていた手で顔面を覆って、言う。

 

 「でも納得した。そりゃ、公平も五条家潰すよ。凪さんと順平を傷つけられて、あいつが怒らないわけがない。

 それでも、教えて欲しかった。」

 

 とん、と拳で軽く、心臓のあたりを押される。それで手打ちだ,と言いたげな行動に私はなんだか苦しくなって、「言えなかった」と首を振る。

 

 「全て話すとなると、私と吉野先輩の犯した罪も言わなければいけない。

 あの時、私は先輩の革命を引き継ぐと決意した。全て話すことで、あの時の私の立ち位置を変えることはできなかった。

 だからーーー」

 

 「僕は、知ってました。」

 

 割り込む、一つの声。視線が一斉に灰原に集まって、それでも灰原は凛としてまっすぐ前を向いていた。

 

 「僕と夏油さんは吉野さんの弟子だったんで。

 二人が何か隠してるのは気がついていました。

 だから、十年前の研究所のことは教えてもらったんです。下手に首を突っ込む前にって。」

 

 あの初夏の日の記憶が蘇る。全て語れと迫った灰原。吉野先輩が仕方なさそうに「帳を下ろせ」と私に言って、そして秘密を共有した日。

 運命共同体だ、共犯者だと、そんな言い回しが好きだった遠い日の記憶。

 まさか、あんなことが起こるなんて誰も考えてなかった。

 

 「その時、吉野さん汚れ役をやるって言ってたから。

 何か理由があって、吉野さんが汚れ役をやったんだと思ってました。

 実際、革命は吉野さんが風通しをよくしてくれたおかげでだいぶ楽に進みましたし。

 非術師出身の術師が呪術を学ぶ予備校を作れたのもそのおかげです。」

 「理性が吹っ飛んでても、やりやすいように権力だけ振りかざしてる老害を殺したって言ってたからね。

 本当にその通りでびっくりしたよ。」

 「やっぱり、吉野さんはそのうち全員殺すつもりだったんでしょうね。

 だって吉野さん、残穢残さずに呪殺できましたから。」

 「それで年と経験だけは豊富な呪術師100人以上を暗殺したわけだしね。」

 

 吉野先輩の誤算は、片っ端からクズを潰したら今まで穏便派だったクズが唐突に傲慢になり、台頭し始めたことぐらい。

 紆余曲折あったけれど、予備校を五年そこらで完成させられたのは比較的下地が整っていたから。吉野先輩の【均し】があったからであるのは間違いがない。

 

 「でも、凪さんと順平くんことは知らなかった。教えて欲しかったです。」

 「「言えるわけない」よな。」

 

 悟と言葉が重なる。私の言葉を引き継いで、悟が考察を続ける。

 

 「白状したら、凪さんは胎盤として使いまわされるし、順平は秘匿死刑ですぐに消される。

 はは。なんだよ、改造人間計画って。

 人造怨霊? 術式を呪霊にして、呪霊を人間に移植? 

 ーーーふざけんなっ!」

 

 バキッ、と。鈍く、どこか高い音が響く。

 

 「あーごめん。壊したわ。」

 

 拳がデスクに叩きつけられ、真っ二つに割れた。軽い口調で重たい響きを持たせた悟が、ばさりと資料を投げて、息を吐く。深呼吸。

 悟が「ちょっと頭が冷えた」と語り、目隠しを外して私の瞳をじいっと見つめた。

 

 「傑、教えてくれてありがとう。

 今までよく一人で耐えてきたな。」

 

 大事な話は目を見て話せと学生時代に散々言ったから、きっとそれが理由だろう。悟は青い瞳に真剣な色を乗せて、「お疲れ様」と労り、笑う。

 

 「耐えるさ。」

 

 私もそれにつられて笑って、言葉を舌にのせる。

 

 「私達は呪術界をひっくり返すと誓った日から、私と先輩は運命共同体なんだ。」

 

 久しぶりに言ったワードに、記憶がひりつく。連想ゲーム的にチリチリと燃え残った呪詛師じみた思想も思い出して、苦笑。

 

 「非術師に失望した時もあった。こんな連中を守る必要があるのかと悩んだ時もあった。

 非術師がいなければ呪霊が生まれないと考えたこともあったよ。あの日のように、皆殺しにしてしまおうかって。

 ーーーーでもね。」

 

 私は、あの村での任務を忘れない。ぐらぐら揺れっぱなしだった私の天秤が傾いたあの瞬間を、忘れることはないのだろう。

 呪詛師になっても、私たちの革命は成し遂げられるのではないか。

 いいや、呪術師でなければ意味がない。

 非術師は嫌いだ。でも善良な非術師も確かにいる。

 術師は好きだ。でも外道畜生にも劣る輩も確かに存在する。

 あっちに傾き、こっちに動いて。そして、ぴたりと。

 

 「私がいなくなったら誰が呪術界を変えるんだ。

 非術師家庭出身の、特級呪術師が必要なんだ。呪詛師じゃダメだ。

 私じゃないと、ダメなんだ。」

 

 天秤が傾いた。

 

 「私たちは、やり遂げなければならない。息がしやすいように、私たちのための水槽を作らなければならない。

 吉野先輩の理想を、遺志を、無駄になんてしてやるものか。」

 「ーーーよしっ!」

 

 ぱん!

 悟が両手を打ちつけて、拍手を打ち鳴らす。ニヤリとイタズラっぽく笑う。青い目が瞬く。

 

「順平を一週間で鍛え上げる。先輩の息子ならやれる。」

 

 提案自体には、賛成。

 苦言を呈するならば、その提案のスケジュールに無理があることくらい。

 

 「今回のテロで順平の存在はもう隠せねー。隠せてもせいぜい一週間がいいとこだろ。

 人造呪霊計画(コレ)知ってるやつは絶対に順平を秘匿死刑にする。

 なら、その間徹底的に鍛え上げて特級……は、むりでも、最低でも準一級程度にはなってもらう必要がある。そんで、人造呪霊を調伏させる。

 それが、順平が殺されないための最低ラインだ。」

 「無茶だ。」

 「無茶でもやるしかねーんだよ。」

 

 七海の言葉に、悟は言った。それしか道はないと。

 

 「呪霊が術式と連動してるなら、順平が術式を使えば使うだけ呪霊が目覚めるリスクがあがるし、術式使わなくても記憶を思い出すことが封印解除のトリガーなら、いつ順平が暴走してもおかしくない。

 そうならないためには、順平本人が自分の中の呪霊を調伏して支配下に置く必要がある。」

 「彼は術式に目覚めて二、三日しかたっていないんですよ。」

 「できないなら死ぬだけだ。」

 

 冷徹な言葉だが、悟の言っていることは正しい。

 乙骨憂太しかり、虎杖悠仁しかり。

 死刑には死刑になるだけの理由があり、それを回避するには並大抵の努力では足りない。

 

 「凪さんと公平の息子ならやれんだろ。凪さんの『胎盤』の話が本当なら、順平のポテンシャルは公平以上だ。

 あいつお得意の「愛」ってやつで、順平を引き上げるんだよ。

 僕と相性最悪の呪術師にね。」

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 「と、いうわけで。君に残された道は二つだ。

 一つは死刑になって死ぬ。

 もう一つは呪術師になって死ぬ。

 どっちがいい?」

 

 札だらけの部屋。椅子に縄でぐるぐる巻きにされながら、白髪の男が二本、指を立てた。

 

 「死刑は嫌です。」

 「じゃあ、呪術師になるしかないね。」

 「……僕が呪術師になったら、それは悠仁のためになりますか?」

 「ん?」

 

 今の順平には()()()()()()()()()()()()。再び呪霊を封印するための楔に使われた。

 

 「(そのはずなんだけど、ね。)」

 

 「僕が強くなれば、悠仁を守れますか?

 僕が強くなれば、両面宿儺を殺せますか? ()()宿()()()()()祓え(ころせ)ますか?

 僕が強くなれば、母さんは守れますか?」

 

 目の前の少年を見つめる。姿形も、術式も、掲げる行動理念さえ、父そっくりな少年は椅子にぐるぐる巻きに拘束されていると言うのに力強い瞳で()()()を見据えていた。

 

 「本当に先輩そっくりだよ、そういうとこ。」

 

 僕の持論とはちょっと違うんだけど。ある人が言うにはそうらしい。そう、前置きを置いて。楽しそうに唄った。

 

 「愛は無敵の呪いらしいよ?」




鳶飛魚躍
読み方 えんぴぎょやく
意味 全ての生き物が生まれた時から持っている性質に従って、その性質を楽しみながら自由に生きること。
または、そのような天の摂理のこと。
または、よい政治が行われ、世の中が平和なことのたとえ。
「鳶飛び魚躍る」を略した言葉で、鳥の鳶が自由に空を飛びまわり、川の淵で魚が躍るという意味から。
[四字熟語辞典より参照]


次章、「縁木求魚」
順平くん修行回?です。
四字熟語の意味が内容を物語っている……!


?「一週間で最低準一まで強くなれとか何その無理ゲー。
まあ、僕も陰ながら支援するか!」


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2部2章:縁木求魚-エンボクキュウギョ-
たとえ無茶でもやるんです


先にできてるところだけ
一括予約投稿じゃなくてごめんなさい


 「やあ、久しぶりだね順平くん。改めまして、私は夏油傑。今日から一週間、君をみっちり鍛える師匠役だ。」

 「えっと、よろしくお願いします……?」

 

 見たことがある人に「あ」と小さく声を上げた。

 あの日、真人さんの真の目的を知った日に遭遇した破戒僧のような人。あの時は全身血まみれで形相も仁王のようだったけれど、今日はそんなことは全くない。二度目ましてという実感は薄い。()()()()()()()()()()()()()()()僕は会釈する。

 

 「(まあ、初対面のような、というのも妥当だろう。だって、あの時の記憶が薄ぼんやりとしていて、はっきり思い出せないのだから。)」

 

 僕が曖昧に言葉を濁したからか、表情に出ていたのか。夏油さんが苦笑う。

 そしてパチンと軽く手を叩いて、「本題に入ろう」と。部屋のおどろおどろしさとは真逆に穏やかに告げた。

 

 「悟から聞いていると思うけど、君は早急に強くなる必要がある。

 それは君が一番わかっていると思うけれど……君は、自分のことをどれだけわかってる?」

 

 どれぐらい、と言われても。僕が知ってることなんてほとんどない。0と言ってもいいくらいに。

 だけど唯一知っていること、それは……

 

 「……僕は、呪霊なんですよね。」

 「ああ、そうだ。」

 

 肯定。知っていたけれど、落胆する。

 夢だと思いたかった。悪夢だと断じたい、幼少期の薄ぼんやりとした記憶。それが真実であるのだと断言されてしまって。

 悔しさで、唇を噛む。なにがそれほど悔しいのかわかってないのに。

 

 「正確には半呪霊、最初から受肉している呪霊。例えるならば、呪霊と人間のハーフに似てるかな。

 正式名称は()()()()()() ()()()()()、地獄の底で生まれた唯一無二の存在。それが君だ。」

 「……。」

 

 地獄の底。言い得て妙だ。あれは確かに地獄だった。詳しいことは覚えていなけれど、地獄ということだけは確かなんだ。

 記憶になくても恐怖が、怒りが、激情が。深く、深く。魂まで刻まれている。魂が覚えている。

 許してはいけない、誰かの存在を。

 

 「で、僕はいつまでこうしていればいいのでしょうか。」

 「現状が不満かい?」

 「そりゃあ……。」

 

 不満だ。昨日の晩からずっと札だらけの部屋に閉じ込められて、不満を抱かないわけがない。

 「そっか」と微笑む目の前の男も、言葉だけで僕を解放する気はないらしい。

 

 「お互い座って話すには、こうしてるのが一番安全なんだ。君にとっても、私にとっても。」

 「はあ、僕に。」

 

 どこがだ。意味がわからない。不満に眉を顰めて首を傾げる。夏油が目を細めて、「ああ、そうだ」と。例え話に興じる。

 

 「今の君を喩えるちょうどいい言葉がある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 使い古された表現だけど、これが一番的確だ。」

 「不発弾……。」

 

 あまりにも物騒な物言いにちょっと気を悪くする。でもそれが僕に対する正当な評価であるのだと態度でわかって、拳を握る。

 

 「君の術式は呪霊と連動していることは知ってるね?

 今は私が無理矢理封印しているが、一度解けた封印は脆い。

 君がこの先術式を利用すればするほど、封印が解ける可能性も上がる。

 つまり、だ。君が呪術師として活動を続ける限り、特級呪霊が目覚めるリスクが常について回る。」

 

 夏油に気を使う様子はない。さらさらと流れるように言葉が羅列していく。

 

 「次、君が呪霊に覚醒した時。その場に私がいる確証はない。悟がいる確証もない。その時の状況だってわからない。

 君の最愛のすぐそばで覚醒してしまったら? ()()()()()()()()()()()()()()。」

 「殺してください。」

 

 即答。迷うまでもない。一言目を聞いた時点で答えは出ている。

 

 「僕を殺してください、今すぐに。」

 「何を言ったか、理解しているのか?」

 「はい、これ以上なく。」

 

  僕を、殺してください。三度目同じことを告げた。夏油の目をしっかり見据えて。

 

 「僕が母さんや悠仁を殺す可能性がある。その事実があるだけで、僕は自分が生きているのを許せない。たとえ可能性の話でも、あってはならない。

 その『もしも』が現実に起こったらと考えるだけで怖気が走る。僕は、絶対に僕を許せない。だからーーー」

 「却下だ。」

 

 すぱり、と。一刀両断。

 

 「よりによってこの私に、吉野順平(きみ)を殺せだなんて、よく言えたものだな。」

 

 胸ぐらを掴まれた。無理矢理視線がかち合わされて「ぐえ」と小さく呻く。

 激しい感情の波に晒される。夏油の瞳の中で狂気的なナニカが、轟々と渦潮のように渦巻いている。

 轟々と、赤く燃えているようにも見える。

 

 「私は、君を殺さないよ。何があっても君たちを生かす。」

 

 その正体は、愛だった。おぞましいほど変質した、愛だった感情だ。

 付随する感情が混ざりすぎて、訳がわからなくなった感情群。

 その末路、とも言える男が順平の頬を精気を感じさせない手のひらが伸ばされて、無理矢理顔を上げさせる。指先が、指の腹が。頬肉に食い込むほど強く。

 

 「順平くん。私はね、君のお父さんの後輩でね。あの人の遺言の受け取り人なんだ。まあ、簡単に言えば呪われた。

 『君と凪さんを何がなんでも生かしてくれ』って、ね。

 だから君を殺さない。私は私のために君を生かす。【敬愛】を証明するために。」

 「でもっ!!」

 

 それで母さんや悠仁を殺してしまったら……。

 さっきまで頬に伸ばされていた手が一瞬離れて、頬に感じる衝撃。

 「バチン!」と見事な音を立てた鋭い一撃。強烈なビンタをかました夏油を呆然も見つめる。

 

 「嫌なら強くなれ。」

 

 不安しかない脳みそに、すっと入り込む。その回答はシンプルだ。単純だからこそ正しいのだ。

 

 「順平くん。

 さっき言った『もしも』を、全てただの杞憂にする方法がね、たった一つだけある。」

 

 え、と小さく声をあげる。地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸。掴むには、魅力的すぎるソレ。

 ごくりと唾を飲み込む。言葉を待つ。

 

 「君の中にいる呪霊を【調伏】しろ。」

 「呪霊を、調伏……?」

 「()()()()()()()()()()ってこと。」

 

 こんなふうにね、と夏油が呪霊を呼び出してみせる。特級仮想怨霊、化身玉藻前。

 高専に登録される16体の特級呪霊のうちの一体。最近、未登録の特級(火山の呪霊や真人とか)が確認されたから、16体以上になっているけれど。

 戯けるように、興じるように。夏油は言葉(のろい)を紡ぐ。

 

「うまく調伏出来たら、君は呪霊がいつ覚醒するかなんて言う恐怖に怯える必要は一切無くなる。

 それどころか、逆に呪霊の力を手中に収めることができるし、呪術師としてかなり強いっていうことになるだろうね。」

「!!」

 

 その言葉がただの不可能たなんて、僕は知らなかった。ただ、知っていても同じ選択をするだろう。

 だって、【不可能】を【可能】に変えることができれば、それは……。

 

 「だがそれは茨の道でチキンレースをするようなものだ。

 君が特級呪霊に勝てるようになるのが先か、君の呪霊が目覚めるのが先か。

 ……さあ、吉野順平。」

 

 頭上に垂らされた希望の糸。それを垂らしたお釈迦様(げとうすぐる)は、無慈悲を告げる。

 

 「一週間だ、一週間以内で調伏しろ。

 時間が切れたらゲームオーバー、君も虎杖も死ぬ。」

 「は?」

 

 言われた言葉を反芻する。頭蓋骨の内側でわんわん反響する。エコーがかかった「その言葉」が、順平を呪う。縛る。

 

 「悠仁が、死ぬ?」

 「そうだよ、虎杖が死ぬ。」

 「なんで」

 「危険だからだ。」

 

 即答、即答即答即答。言葉を言い切る前に被せられる。

 初めから決められてた台本を諳んじるように、夏油傑がすらすら流れるように言葉を吐き連ねる。呪いが積み重なっていく。

 

 「私も本意じゃないんだが、君の()()()()()()()()()。執行は一週間後。

 君に残された生存期間はたった一週間だ。

 そして虎杖はすでに秘匿死刑が確定している死刑囚、執行猶予期間中だけどね。」

  「どうして……。」

 

 まったくどこから情報が漏れたのか、なんて言って。大袈裟に腕を広げて肩をすくめて。

 ああ、そうか。そうなのか。僕は一週間後に死ぬのか。よかった、悠仁と母さんを殺す前に死ねる。

 未練はあるけど仕方ない。まあ別にいいんだ、僕のことなんて。死刑だなんて。

 ()()()()()()()、許しがたく信じがたい言葉があるじゃないか!

 

 「なんで、なんでだよ。なんで悠仁が殺されるんだよ!

 僕が死ぬのは()()()()、だけど悠仁が殺されるなんておかしい。間違ってるだろ!!」

 「おかしくも間違ってもないんだよ。

 濁った水槽(セカイ)で生きる連中にとっては、ね。」

 

 私たちとは生きる水槽が違うんだと言った夏油が、「ふう」とわざとらしいため息を吐く。小さな動作にすら腹が立つ。

 

 「虎杖悠仁は両面宿儺の器だ。常にその死を願われているし、実際一度誅殺されている。」

 「あ"?」

 

 ドスの効いた低い声。地獄の底を這いずるような声。「懐かしい」と夏油が微笑んだ。

 重たい殺気も、焼けつきそうな怒りも、君のお父さんそっくりだと。

 父の情報を知れて嬉しいが、今はそれどころじゃない。いまは、そんな些細なことはどうだっていい。

 

 「教えてください。どういうことですか。悠仁が殺されたって、なんで、そんな!

 じゃあ今、悠仁はどうなってるだよ!!」

 「落ち着いて、順平くん。

 全部教えてあげるから。」

 

 いやらしく笑う夏油傑に唇を噛んだ。屈辱だった。手のひらの上で転がされていると、深く考えずともわかる。

 この男の策略に嵌っている。だけれど、わかっていても。

 その手のひらの上で僕は踊らねばならない。墓穴に自ら飛び込まねばならない理由があるから。

 

 「虎杖はね、生きてることを疎まれているんだ。」

 

 それこそ、信じ難い言葉だ。なぜそんなことになっている。虎杖悠仁だぞ?

 善良を捏ねて形にしたような男じゃないか。あんなにも素晴らしくて眩しくて愛おしい人間がどうしてその生存を疎まれるのだ。

 生存を疎まれる奴っていうのは僕を虐げ喜んだクズみたいな人間であって、悠仁のような誰がどう見ても「善人」のような人間のことでは断じてない。

 夏油は話を進める。台本通りに進む現実に内心ほくそ笑みながらも、表には出さずに。

 言い聞かせるように、「愛」を煽るように。

 

 「あんなに善良で、善人で、愛おしい呪術師なのに。

 【両面宿儺】という呪霊の器だというだけで常にその死を願われている。」

 「なんだ、それ……っ!!」

 

  悠仁と、なんの関係もないじゃないか…っ!!

 

 その慟哭を聞いて、夏油は薄く唇を引き上げた。それは確信だった。やはりこの子は()()()()()()()()、と。

 ゆえに、糸を垂らす。

 

 「だけど、君が呪霊を調伏できたら話は別だ。」

 

 それは、まさしく()()。身を蝕む毒の言葉。

 

 「君が特級呪霊を調伏できたら、君は特級相当の実力を持つ呪術師という証明になる。

 強さは力だ。虎杖を守るのにも役に立つ。

 虎杖だけじゃない、君のお母さんだって守れるよ。」

 「……。」

 

 沈黙。もしくは熟慮。わずかに震える指先と、期待で熱を帯びた吐息。

 

 「ねえ、夏油さん。」

 

 ハイライトの消えた昏い瞳。闇落ち寸前の、限界に近い人間の表情(かお)

 自分自身、ヤバい顔してるのがなんとなく分かってる。

 ()()()()()()()。今の僕は、蜘蛛の糸にだって手を伸ばす。

 

 「僕が呪霊を調伏できたら、悠仁の死刑を撤回できますか?」

 「難しいね。でも、君が虎杖の中の宿儺だけを殺せたらそうなるだろう。」

 「殺せますか?」

 

 僕は、殺し方がわからない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()毒殺ならば、人間の殺し方なら人並み以上に知識がある。でも呪霊の殺し方はわからない。

 知りたい。欲しい。喉から手が出るほど。

 

 「僕が強くなれば、両面宿儺を殺せますか? ()()宿()()()()()祓え(ころせ)ますか?

 僕が強くなれば、悠仁を守れますか? 救えますか?

 僕が強くなれば、母さんは無事ですか? もう二度とあんなことにはなりませんか?

 僕が強くなれば、大切な人を守り通して、寿命いっぱいまで生きて、生きて、生きて。僕たちの人生を謳歌できるでしょうか?」

 「はは!本当に先輩の子どもだよね。」

 

 どこで芽生えたのかわからない愛情至上主義。天然物の狂気。

 可愛く幼な気な少年などどこにもいない。いるのは愛情信仰の狂信者が、一人。

 

 「守れるよ、全部。順平が特級呪術師になれば、だけどね。」

 「じゃあなります。特級呪術師。」

 

 軽々しく吐かれた音は、聞くものが聞いたら激怒するだろう宣言。

 しかし、夏油傑は激怒する側ではなく笑って歓迎する側の人間で、もう1人の親友も右に同じだ。

 

 「覚悟はあるんだね?」

 「はい。」

 

 覚悟なんて、とっくの昔に。

 

 「僕は悠仁を守りたい。

 僕は悠仁に救われた。今度は僕が悠仁を救う。」

 

 傲慢な宣言。世界を舐め腐ってる若造の蛮勇。一般社会不適合者。

 ____だが、それでいい。呪術師なんてみんなそんなものだ。

 

 「一週間で調伏します。そのための力を、僕にください。」

 「うん、いい返事だ!」

 

 愛の名の下に傲岸に主張しろ。

 愛の名の下に無鉄砲に行動しろ。

 愛の名の下に囲い込んで、

 愛を免罪符に暴虐に振る舞え。

 そっちの方が、()()()()()()

 

 そう言って、愛の紳士は吉野順平を歓迎した。

 

 

 

 

 【死刑執行まで後七日】

 



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たとえ無茶でもやるんです②

お待たせしました、 久しぶりの投稿です!!
今回は端的にいうと、【おれのかんがえたさいきょうのじゅつしき】の設定披露回です。



 「でも、同じ術式を持った呪霊相手をどうやって倒せばいいんでしょうか。」

 「ふふ、簡単だよ。

 技術(テクニック)で上回る、たったそれだけさ。」

 

 あっさりと告げられた解決法は、とても簡単なものじゃなかった。さらりと聞き流しそうになるが、テクニックで上回るとか言わなかったかこの人?

 困惑する僕に、夏油は愉快に笑う。

 

 「断言しよう。吉野公平ならば君の中にある()()()()()()()()、片手間で祓除できたよ。

 一級以下なら術式を使うまでもなかった。」

 「そんなに、お父さんは強かったんですか。」

 「強かったよ。」

 

 一級以下、という基準がどれほどすごいのかはまだ僕にはわからない。だがきっと、それはすごい事なのだろう。

 

 「彼も私や悟と同じく特級呪術師。並外れた実力を持つと認められたが故に与えられる称号だ。

 安心しな順平くん。私は()()()()()()先輩の戦闘スタイルは知り尽くしていてね。

 君の術式についていくつかアドバイスができる。同じ高みに君を導くさ。」

 

 夏油の瞳に映るのは多分僕じゃない。真っ黒な糸目は、僕を通して父さんを見ているのだろう。

 でもそんな懐古の色も瞬きひとつで隠される。胸元に一本、指を立てる。続けて二本、三本と数を増やす。

 

 「呪毒操術は汎用性が高い術式だ。

 基本となるのが式神の使役。種類は三つ。

 

 ① 毒の霧を大気中に散布して体の内側から腐らせる式神の『蜃』

 ② 肉体そのものが毒の塊で体の外側から攻撃する式神の『氷月』

 ③ 物理攻撃や空中戦を可能にするだけではなく、形態変化により武器化する式神、『織姫』

 君の澱月は②の氷月と同じ役割だろう。」

 

 夏油による呪毒操術の術式開示。解説される術式の本質。

 極論を言えば、弱点知らずのオールマイティーな万能型。僕が父から受け継いだたった二代の相伝術式。

 

 「式神の武器化って、そんなこと可能なんですか?」

 「可能だよ、鉱物毒を利用するんだ。

 吉野先輩は硫砒鉄鉱の刀身の刀を使っていたかな。」

 「なるほど……。」

 

 ーーーそうか、鉱物毒か。盲点だった。

 それなら武器化して運用することもできるだろう。

 納得と同時に、考える。

 

 『式神の武器化』

 

 奇抜で巧妙な術式だが、それやるには優れた技術が必要になるだろう。

 呪霊の調伏の鍵となるのが技術(テクニック)という夏油の言葉に納得した。

 しかし体術の訓練を今から積むとして、短期間の付け焼き刃でどこまで通用するだろうか。

 

 「それから……」

 「え、まだあるんですか?」

 「こんなの序の口だよ。」

 

 夏油は4本目の指を立てる。続けて5本目。手のひらを広げてから、「6」と親指を折りたたむ。

 

 「④で肉体のドーピング。

 強制的に興奮状態にさせることで、肉体の枷を外す。身体能力を爆発的に向上させる代わりに視野狭窄になる。

 多分、これは術式反転を応用していたのかもしれない。

 

 ⑤が拡張術式。

 先輩の拡張術式は()()()()

 【毒を以て毒を攻む】という諺をもとに行われる、【自分の式神(どく)を捕食した呪霊(どく)も己の毒と認識する】と言った術式の応用。大量殲滅に向いている。

 

 ⑥は術式反転。毒を薬に変える。

 

 たった一つの術式でここまで多くのことが出来る。シンプルでわかりやすいからこそ、応用の幅も広い。

 自由度は加茂家の赤血操術に並ぶ……いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 極めれば他人に対する反転術を使える可能性だってある。現に、吉野先輩は高専襲撃事件の際に反転術式を使っていた。」

 

 反転術式という耳慣れない言葉に首を傾げる。

 夏油がふむ、と視線を斜め上に向けて、顎に拳を当てて考えるポーズをする。

 「まあ、簡単に言えばゲームの回復技だね」と考え込んでいた割にはさらりと流した夏油が、脱線した話を無理やり元に戻した。

 

 「呪毒操術の最大の利点は『これらの呪毒の解毒方法は基本的に術師本人の血液でしか行えない。』ということだ。

 解毒手段のない呪毒は対術師戦でも高いアドバンテージが取れる。」

 「すごい……。」

 「まあ、だからこそ君は体術を磨く必要があるのだけどね。せっかく相手を毒で侵しても、接近戦で負けたら全部パァだ。」

 

 戯けるように肩をすくめる。暗に「お前はもやしだ」と言われて、今までのインドア生活を思い出して視線をさっと床に落とした。

 

 「顔をあげな。体術もおいおい私が仕込んでやるから。」

 

 肩を叩かれる。顔を起こす。

 「強くなれるでしょうか」と尋ねた。夏油の唇がゆるりと弧を描く。目元が狐のように細まって、短く漏れ出る息。

 真剣に聞いているというのに笑われたことが癪に触って、こめかみに血管が浮かぶ。

 一拍。一呼吸分の間隔を置いてから、パチン。

 

 「それが私の仕事だ。」

 

 指を鳴らして、ウインクを一つ。ギザったらしい態度が大変胡散臭く、しかしながら一級品の顔面力でゴリ押ししたポーズはそれなりに似合っている。

 明らかに己の容姿に自信を持つ男のする行動だ。実際にやる奴なんて、僕は海外映画の俳優以外に見たことがない。

 

 「と、いうことで順平くん。君には一週間、ひたすら呪力操作の技術をあげてもらう。」

 「……呪力の操作、ですか?」

 「ああ。」

 

 まあ、なんと言うことか。切り替えが早いと言うか。

 突然に話が切り替わるから、一瞬タイミングが遅れて間抜け面を晒してしまう。

 うざったらしい気取った態度から一変、真面目な教師面に変わり身を遂げた夏油がつらつらと言葉を連ねる。

 

 「呪毒操術という術式は呪力の緻密な操作を行うことで初めて真価を発揮する。

 実際、吉野先輩は気持ち悪いほど精密に呪力の制御をしていたさ。

 君が今すべきことは術式の応用でも必殺の技の開発でもなく、地味で冴えない技術の積み重ね。術の理解は実際に先輩が戦っているところを見れば勝手に身につく。

 納得した?」

 「はい、とても。」

 

 必殺技一つで急に強くなるなんて漫画じゃあるまいし、夏油の理論には納得だ。甘い言葉で騙されて痛い目を見たことがあるから、余計に。

 

 「でも、実際に戦っているところって……父さんは死んでるのにどうやって?」

 「ここは高専だよ、順平くん。」

 

 質問の答えになっているんだかなっていないんだか、よくわからない解答。夏油が芋虫のような呪霊を呼び出し、それがゲプッと分厚いファイルを吐き出した。一つ、二つ、三つと山になっていく紙媒体。

 この時代ではとんと見かけなくなったビデオテープ。

 「これは?」と聞いたら、意味深な笑みが帰ってきた。

 

 「呪術師は任務終了後、討伐記録として報告書の提示が義務付けられている。

 紙面での報告になるけれど、使用した術式や詳しい状況が記載されている。

 そして姉妹校交流会に限り、呪具を用いて撮影した戦闘記録が動画として残される。

 先輩が高専生として出場した5年分の記録がらここにはある。

 参考資料にはもってこいじゃない?」

 「それ、僕が勝手に見てもいいやつですか?」

 「バレなきゃ無実さ。」

 「犯罪者の考え方ですよ、それ。」

 「ふふ、君のお父さん直伝だ。」

 「何言ってんだよ父さん……。」

 

 夏油の返しに思わず頭を押さえてため息をついた。

 まったく、我が父ながら頭が痛い。

 


 

 

 「で、はい。」

 

 ぽん、と手渡されたものを思わず両手で受け取る。もふっとした質感と、そこそこの重量。

 まじまじと【それ】を見つめて、首を傾げる。

 

 「なにこれ、ぬいぐるみ……?」

 「そ、悠仁から借りて(パクって)きた。

 (まあ、もともとは悟が夜蛾からパクってきて、さらに虎杖が借りパクしたやつをさらに私がパクったんだけど。)

 名前はツカモトくんらしい。」

 「はあ……。」

 

 名前ついてんのかよ。しかも絶妙にダサい。つーか人名。

 

 「(というか、悠仁ってこういうの好きなの? なんか意外だ。)」

 

 悠仁の意外な一面を知れたことにちょっと嬉しくなりながら、掲げるように持ち上げる。

 ……うーん。僕にはブサイクな人形にしか見えないけど、どこが気に入ったんだろう? ブサかわ系とか言うやつ? 

 いや、可愛くないな。オッサンみたいないびきかいてるし。クレーンゲームの景品押し付けられたとかそういうオチだったりする? いらないやつ。

 悠仁はお人好しだから、そういうの拒否しなさそう。

 ぼそぼそ独りごちる僕。夏油の唇がうっすらと、愉悦に歪む。

 

 「あ、そうそう」

 

 その声につられて視線をずらした、その瞬間___人形がブレた。

 

 「は……ぶふぉ!?」

 

 顎に強力な痛みを感じで、浮き上がる。跳ね上がり、地面に無様に落下する我が身。ボクサー並みのアッパーカット。なんだこいつ!?

第二波とも言えるぬいぐるみの暴行から逃げるために式神を出して応戦。

 1秒たらずで行われた超速の攻防戦。攻防の割合は8:2ぐらい。もはや一方的な暴力で、攻撃封じが精一杯。

 

 「そいつ、一定量の呪力を流し続けないと殴ってくるんだ。

 それに呪力流しながら、吉野先輩の資料読み漁りな……と、少し言うのが遅かったね。」

 「早く言ってくれません!?」

 

 まあいいか、と興味をなくしたようにあくびをする夏油に血管がいくつか切れそうだ。

 ぎぎぎ、とさっぱり可愛くない人形が澱月の拘束を突破しようと動いてる。手足を使って人形を羽交締めにする。

 必死に呪力を流すのをイメージして、実際に流してみて、ようやく人形は動きを止めた。

 大人しくなった人形にほっとしつつ、ふさがった両手に「ん?」と眉間に皺を寄せる。

 

 「でも、これ持ちながら資料読むってどうやれば……?」

 「ははは、何あまっちょろいこと言ってるんだ順平くん。」

 

 笑い声がやむ。すん、と冷えた視線と薄ら笑い。

 

 「手が使えないなら足でやれ。以上。」

 

 ふざけんなクソ教師。

 

 「足で紙をめくれと!?」

 「そっちじゃない。足で呪力を流せって言ってんの。

 手より足の方が難易度は高めだし、君にはちょうどいいだろう?」

 「は?」

 

 足で流せるようになれば手も出来る。コレぐらい少し考えればわかるだろ? などと、ふざけたことを()かして胡散臭く微笑む夏油。思わず頬が痙攣した。

 

 「無茶苦茶だ……。」

 「無茶しないと君が守りたいものも守れないけど、いいの?

 君の愛はそんなものかい?」

 「‼︎」

 

 守りたいものが守れない。母さんと悠仁の顔が思い浮かぶ。

 それだけで、あっさりと闘志は膨れ上がる。

 僕は単純なのかもしれない。だけれどそれ以上に、夏油が僕の動かし方を熟知しているのが気色悪い。赤の他人のくせに。

 行動哲学から掲げる倫理まで。いっそ気持ち悪いほど、僕という人間を知っている。

 

 「(一から十まで、全部手のひらで転がされてる。)」

 

 腹立たしい。ムカつく。ふつふつと腹の底から不快感が迫り上がってきて、嘔吐きそうになる。

 気に食わない。それでも、僕はこの男に学び乞わねばならない。

 僕に残された道は他にない。僕の目の前にあるのは、夏油が作った茨道だけ。楽な道なんてありっこない。

 

 「(歩かないとダメだ。)」

 

 泥に塗れようが、傷だらけになろうが、死にかけようが。その果てにしか僕の幸福がないと言うのなら。

 

  「夏油先生、父さんの報告書全部ください。あと、映像資料も5年分。」

 「ご自由にどうぞ。」

 

 夏油が手のひらを広げた。

 テーブルに山積みの資料。木が遠くなるような細かい文字と、手書きゆえに癖が強い十人十色の手書き文字。

 「報告書」のテンプレートだけがゴシック体。見やすさ・わかりやすさ度外視の、もはや暗号文の数々にくらりとした。

 

 「先輩が呪術師として活動を始めた15歳から21歳で死ぬまでの七年分、その数驚異の一万件。先輩が戦ってるビデオ見ながら全部読破して理解しな。

 できないなんて言わないよね?」

「もちろん。」

 

 だけどそれがなんだ。僕は強くならねばならなのだ。

 真人さんの時と同じ? 学習しない?

 うるさい知るか。そんなのどうでもいいんだよ。

 僕は、僕の愛のために最強にならないといけないんだ。()()()くなねばならないんだ。

 その過程がなんだろうと、結果的に強くなるならなんでもいい。

 必要ならば這いつくばって靴を舐めてやる。それぐらい、僕の覚悟は決まってる。

 

 「僕が、愛を貫くために。」

 

  廃車でチキンレースだろうが、なんだってしてやる。





p.s.
替くんの設定増えたのでキャラ設定に追加しときました


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胡蝶の夢とかいうやつですか?

今回のあらすじ。
教育熱心で親バカなスパルタな親は大体子供に過度の期待を抱いてる。


お待たせしました、再登場です!






 ()()()()()と同時に、状況を把握する。

 なんだかよくわからない場所だ。どこまでも敷き詰められた石畳。不自然に乱立する()()()()()。ぐるりと囲うように立ち並ぶ白い壁。

 しかし天井はなく、吹き抜け窓がひろびろとアーチを描いて広がっている。

 剥き出しの空。西に太陽、東に月。浮かぶ満月は異常な速度で満ち欠けを繰り返す。

 

 「やあ、順平!」

 

 その人を見た瞬間、「ああ、夢だ」と理解した。知らないけれど、知っていた。

 目元に涙ぼくろがある、両耳にピアスを開けた少し歳をとった僕そっくりな人。

 瓜二つの顔。僕よりほんの少しだけ垂れ目がちな瞳を彩るのは、とろりと恍ける蜂蜜のような愛。抱擁。

 耳元に息がかかってくすぐったい。感極まって僕を鯖折りにする男が、ぐすりとしゃくりあげる声を鼓膜が拾った。

 

 「ああ、ずっとこうやって会いたかった。会いたかったんだ、順平!

 大きくなったね、よくがんばったね。顔を見せて、君をもっとしっかり目に焼き付けたい。」

 

 まだ思い出してはいけないから記憶にはないだけで、僕はこの不審者(ひと)を知っている。記憶にないけど記録で知ってる。

 この人は、この人こそが……

 

 「……父さん。」

 「ん?」

 

 ぽつりとこぼれた吐息混ざりの声に、「なぁに」と首を傾げる。

 ああ、やっぱりそうなんだ。この人が、僕の父。僕と母さんを世界で一番愛していた人。

 

 「父さん、父さん……お父さんーーーっ!!」

 

 僕は父さんに離すようにお願いして、自分から父さんの胸の中に飛び込んだ。

 父の腕の中にぬくもりはない。でも、確かな愛を感じた。

 

 「うん、順平。僕はここにいるよ。」

 「なに勝手に死んでるんだよ。僕と母さんおいて何してんだよ!」

 

 背中をリズム良くポンポンと、優しく叩かれる。久しぶり(はじめて)のぬくもりに鼻の奥がつんと痛んで。

 こぼれ落ちそうになるものをグッと堪えて、喘ぐように叫ぶ。

 

 「僕は、復讐してもらうよりも父さんと一緒に生きたかった。」

 「ごめん。言い訳もできないや。」

 

 優しく、壊れ物を扱うように。

 父さんが僕を抱きしめる。夢なのに痛みを感じる不思議な夢。圧倒的不自然な中に存在する、生々しい感触(リアル)

 頭がバグりそうになる。満月は一周回って上弦の月。

 僕の頭をゆっくり撫でていた父さんが、はっと。

 何かを思い出したように目を見開いて「ああ、いけない!」と拍手を一つ。

 

 「やばいやばい、感動の再会のあまり本題を忘れていた。

 ごめんね順平、あんまりゆっくり話してる時間はないんだ。」

 「なんでだよ。時間なんて気にしなくてもいいじゃないか。

 ……どうせ、夢なんだし。」

 「ところがどっこい、夢だけど夢じゃないんだ。」

 

 静かだけれど、愉しそうに弾む声。父は笑った。国民的アニメのワンフレーズを引用して、「ニヤリ」と。

 

 「うーん、なんで説明したらいいだろう?

 より現実に寄せた非現実、と言ったところかな。」

 

 手のひらが丸い頭に沿うように動く。髪を手櫛で梳きながら、聴き心地のいい、優しげで穏やかな声が「しとしと」と降り注ぐ。

 

 「順平、君は強くなりたいんだろう?

 でも一週間で特級に打ち負かして調伏するなんて、無理だ。ゲームならクソゲーだってコントローラー放り投げるレベルでね。」

 「でも!」

 「まあまあ待ってよ。無理とは言ったけど不可能とは言ってないだろう?

 だから、裏技を使おうと思って。」

  「裏技?」

 

 予想外の言葉に、思わず聞き返す。「そう、裏技」とさらに鸚鵡返し。

 朗らかに細まった目元と、ゆるりと弧を描いた唇。両手が僕の頬を包み、視線が交わる。

 焦げ茶の瞳に僕が写っていた。

 

 「ここは夢だよ。無限に引き伸ばされた一瞬。瞬きの時間が1年にも2年にもなりうる世界。

 現実の時間を呪力の制御に使うなら、夢の時間は術式の理解に使おう。

 ねえ、順平。僕が、君を鍛えてあげる。僕の全てを使って特級呪霊を調伏させてあげる。」

 

 言い切った瞬間、一変。

 表情は残虐に。

 態度は軽薄に。

 言葉を愉しそうに弾ませて、大袈裟な身振りで腕を広げる。

 

 「と、いうことだ!

 早速訓練を始めよう。まずは調伏の練習だ!

 僕の式神の蜃と織姫を伝授するから調()()しろ、今晩中に両方を。」

 「は?」

 

 意味不明すぎて、単音が唇からこぼれ出る。世界が変わる。変わってないけど、空気が変わる。

 世界の支配者気持ち一つでくるりと、がらりと。

 

 「ここは夢だからさ。非現実なことも可能になる。今から順平の脳に蜃と織姫の情報を送り込む。

 いきなり知らないことを大量にぶち込まれて脳が混乱すると思うけれど、順平ならやれるよな。」

 「ちょ、ちょっと待って。父さんが何言ってるか全然理解出来ないんだけど……⁉︎」

 

 とてつもなく、嫌な予感がする。

 

 「理解なんてしなくていいんだよ、順平。

 ただ、これだけは覚えておきなさい。

 愛は無敵の呪いだよ。愛さえあればなんでも出来る、それはどんな無茶でも愛の力で押し通すって意味だけどね!

 さあ、がんばれ息子。愛があるなら気合いでやれ。

 道理をねじ伏せろ、無理が通れば自ずと道理は引っ込むもんだ!!」

「待っ……!!!」

 

 カァン! と金属をぶつかり合わせたような甲高い音。ぐるりと逆回転する脳みそと、いきなり詰め込まれた術式の知識。急速な記憶の奔流に目眩と頭痛がして、膝をつく。

 蜃と織姫の運用方法と、術式の数々。

 そして、理解してしまったからこそわかる。今から始まる()()の意味。その無茶振りの内容が。

 

 「さあ、調伏の儀を始めよう。まずは蜃から行くぞ!

 気張れよ愛息子!」

 「ふっざけんなクソ親父ーー!!」

 

 なんの準備もできてないのに、突如始まる儀式。悲鳴まじりの怒声が響く。

 荒ぶる心。乱れる呪力。コンディションは最悪だ。

 それでも、式神は待ってくれない。有名忍者漫画の口寄せの陣みたいなのが地面に浮き上がり、泥が吹き上がる。

 無形の泥が一塊(ひとかたまり)になって、形になる。

 

 「澱月!!」

 

 泥が巨大な蛤になる前に、僕は咄嗟に叫んだ。

  ぼよん、と巨大な澱月が顕現する。澱月の体内に飛び込んで、蜃が吐き出す毒霧から逃れた。

 とうとう顕現してしまった凶悪な貝。僕は盛大に舌打ちをする。ああ、くそっ! 準備不足だ、作戦も何も練れてない!

 

 「(どうする、調伏する条件は()()()()()()()()()()()()()()()()

 蜃に勝つのに必要な条件は()()()()()。でも澱月の力では貝を壊せないし、何より貝はクラゲを食べる!!)」

 

 つまり、蜃を調伏するには自分の力で蜃の貝殻を破壊する必要がある。

 

 「(くそ、これなら先に織姫を調伏したかった!)」

 

  可能といえば、可能だろう。術式でドーピングして思い切り殴ればいける。ドーピングせずとも、呪力を手に集めて力任せに殴っても破れなくはない。

 それでも、それをするには至近距離まで接近する必要があり、接近したとしても毒の霧を吸わないようにしなければならない。

 

 「(わかってる、呪力で鼻と口をコーティングすればいいだけだ。もしくは、肺を守ればいい。

 でも、僕まだそこまで呪力をコントロールできない!!)」

 

 そもそも、呪力の制御を始めて1日目でこんな試練を課すか普通!

 

 「(くそ、このまま澱月の中にいても息ができないからいずれ窒息してしまう。

 時間をかけるわけにはいかない……!!

 やるしかないのか、コーティング……っ!)」

 

 付け焼き刃のあやふやな知識で出した「答え」は、どうも的外れなように感じる。

 もやもやとまとまらない思考回路に、気持ちの悪さすら感じる。

 

 「いや、父さんは僕にできると確信したからこの試練を与えたんだ。なら、あるはずだ。

 なにか、突破口が……。」

 

 時間はない。でも観察しなければ始まらない。

 こうしている間にも、大気が蜃の毒に侵食されている。焦る気持ちを飲み込む。汗がツゥー、とこめかみを流れた。

 澱月の中で息を潜めるのも時間の問題。早く、早く、なにか解決策を_____!!

 

 「蜃が毒霧を吐くのをやめる時間がある……?」

 

 気づいた瞬間、「カチ」と何かがハマったような感覚があった。

 例えるならルービックキューブを全面揃えた瞬間とか。

 新しい数式の解き方を閃いた時とか。

 

 「(そうだ、人間が呼吸するように、貝だって呼吸をする。吐き出したら、その分取り込まなければいけない。

 報告書を読む限り、父は蜃を運用する時は必ず複数匹使っていた。それは、呼吸によるタイムラグを消すため。)」

 

 それなのに、今回はたった一体。手加減されているんだと理解した。

 それがフェアな儀式かと言われれば「否」だろう。だがアンフェアだろうが勝てば官軍。文句は言わせない。

 

「(その一瞬を狙えば……)」

 

 でも、それは蜃との距離を詰める時間で消費される。せっかくの隙も接近で消費されるのでは意味がない。

 

 「(……なら、毒を吐けない状態にする?)」

 

 蜃に麻痺毒を投与するとかはどうだろう?

 触手を突っ込むだけじゃ食べられておしまいだけど、蜃が吸い込む瞬間に合わせて毒粘液の爆弾を打ち込むならその限りじゃない。

 

 「……澱月。」

 

 一か八かだ。勝率はすこぶる低い。ほとんと「賭け」だ。それでもやる。

 体をドーピングして限界まで昂めつつ、蜃が呼吸を吸い込む瞬間を見極める。

 

 「(……今だ!)

 やれ、澱月!!」

 

 叫んだ瞬間、僕も駆け出す。術式で強化された肉体なら50メートルを3秒で走り切ることだって理論上可能だ。

 

 0秒。蜃が毒霧を吐くのを停止する。

 

 1秒。澱月の毒爆弾。同時に僕は澱月の中から飛び出して駆け出す。

 

 2秒。毒はまだ蜃に届かない。僕と蜃の距離は残り10メートル。

 

 3秒。澱月の毒爆弾が蜃に直撃する。

 

 空気と一緒に毒を吸い込んだ蜃は、痺れて行動を停止する。霧は吐き出さない。

 それでも、まだ僕の勝ちは確定していない。

 助走の勢いのままに飛び上がる。対空した状態で身を翻し、拳を引く。

 

 「ぶっ壊れろ!!」

 

 4秒目。重力による加速も加算された一撃で、貝殻を殴りつけた。

 

 ガシャン!

 

 陶器のお皿が割れたような音。限界値まで強化された膂力でパンチラッシュを繰り出す。型も何もあったもんじゃない喧嘩戦法。

 何度も何度も拳を打ちつけ、殻をぼこぼこに壊す。ドーピングが切れて、腕がだるくなり、だらりと両腕をおろす。

 目の前にはすっかり殻が壊れた貝の残骸。

 

 「お見事!」

 

 持ちうる限りの全てを出し尽くして、地面に倒れ伏して喘いでいる。

 「ゼェー、ヒュー」と肺に穴が空いたようなひどい呼吸音。体力のなさが浮き彫りになる。

 

  「でも時間をかけすぎだ。蜃一体に手間取るから、織姫を調伏する時間がなくなった。今晩で二体は無理だったか。

 仕方ないから織姫は明日に回すとして、()()()呪力コントロールしながら戦略考えておきな。」

 

 暗くなっていく視界。呑気なわりにスパルタな声に中指を立てながら。

 僕は、微睡の淵に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、順平くん。朝だよ。」

 「……おはようございます、夏油先生。」

 

 夢で眠りに落ちて、現実で目覚める。

 全く休まった気がしない中、問答無用で渡される人形。

 

 「さあ、今日もキビキビやろうね。」

 

 鬼か悪魔にしか見えなかった。



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それは少しずるいでしょ

 二日目、昼。状態:満身創痍。

 

 「ふざけてるのかな?」

 「ふざけてないです……。」

 

 足で人形を踏みつけながら(というか暴れないように足で締め付けながら)必死こいて資料を読もうとする僕をみて、夏油が言った一言がそれ。

 ゴミを見る目だった。

 

 「全然集中してないよね。君、ほんとに強くなる気ある?」

 「あります、ありますけど……っ!!」

 

 足の拘束から抜け出した熊が腹を殴打した。吐き気が込み上げるが必死で耐えた。ちょっと迫り上がってきたものを無理矢理飲み込む。文字通り『ゲボまずい』

 

 「裸足になって、足の裏で押さえな。殴られるのを前提にして封じ込めにかかるようじゃ、いつまで経っても上達しない。

 恐れるな、殴られろ。それで痛みで学習しろ、呪術の感覚を。」

 「(無茶苦茶言ってるのわかってんのか……っ!)」

 

 返事は「はい!」と叫んでみるけど、内心は不満でいっぱいだ。ただでさえ無茶苦茶なのに、今夜の調伏の儀に備えて作戦も考えなくちゃいけない。

 僕の脳みそは並列演算できるほど高性能にできてないのだ。

 

 「(資料を読むのは一回やめて、呪力を流すのに集中しよう。

 このままじゃいつまで立っても上達しないっ!)」

 

 僕の術式の理解度は未熟だ。でも無理矢理詰め込まれた知識はある。応用どころか基礎すら危ういが、理論だけは全部入っている。

 

 「(蜃は調伏できた。なら、織姫だって可能だ。)」

 

 ……理論上、は。

 

 「(それに、夏油が言っていた通り、僕の術式の要となるのは呪力のコントロールだ。

 いろんなものを一気にやろうとして、『全部中途半端になりました』なんて目も当てられない。

 

 「(乱さない乱さない、呪力を意識しながら考えろ。)」

 

 今晩をどう乗り切るのか。どうすれば『朝』を向かえられるのか。

 凶悪ゆえに頼りになる、父が作った式神を継承する方法を。

 

 ■■■

 

 「夢の中でおはよう順平!

 この世界も2回目だ。前回の反省も踏まえて、早速織姫の調伏を始めるよ!」

 「展開が早い……っ!」

 

 やはり始まった正夢。現実のような非現実で夢のような現実。

 昨晩のように地面に浮かび上がる陣。泥が吹き上がり形を作る。

 

 「□□□□□ーーーー!!」

 

 音のない不協和音。人間の耳には届かない音域の咆哮。

 「ああ、もう!」と自棄っぱちにさけんで掌印を組む。

 

 「闇より出て闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え!!」

 

 初めて展開する帳はひどく不恰好で狭かった。

 

 「(くそ、もう少し広くしたかったのに……っ!)」

 

 呪力のコントロールがうまくいかない。下手に穴が開かなかったのは、一朝一夕の付け焼き刃にしては上等かもしれない。掌印を組み直す。泥のような不形の呪力が形を作る。

 

 「澱月、蜃!!」

 

 二体の式神は問題なく現れる。昨日調伏したばかりの蜃も呼べて、内心安堵する。

 織姫の情報は頭に入ってる。無数に生える歯、銀白色の鱗、触手のような鰭。

 それこそが奴の本質。鉱物毒。噛まれただけで被曝/被毒する。

 体長は通常状態で2メートルほどだが最大限13メートルほどまで伸縮可能。頭の鰭も触手のように動く。そして毒。

 蜃のようにぶん殴って勝つ戦法は無理。近距離・中距離戦に向いている式神。サポーターとしてならば遠距離戦にも優れる。しかも呪霊を食べる。(対毒もバッチリ)

 澱月(氷月)が近・中距離型で蜃が距離が関係ない特殊タイプだとすれば、織姫は近接特化。

 

 「(戦うならば蜃の毒霧と澱月の毒針による遠隔攻撃。)」

 

 「やれ、蜃」と指示を出した。薄く開いた貝殻から、毒の霧が吹き出した。

 呪毒操術の強みは【応用力】

 戦闘スタイルは父さんがよくやってた定番殺法が一番有効打だろう。でも今の僕では決定打が足りない。織姫を倒す、決定的な一撃が。

 だから、僕は考えた。たった1日、資料を読み込みながら考えた。熊にはひたすらボコられた。

 ボコられながら齧り付くように報告書を読んで、そして見つけた。

 2006年の、六月の任務。報告の上では呪霊襲撃により壊滅していたという研究所。僕は真相を知っている。

 脳が逆回転して得た知識。その中に一つ、父と夏油傑が共に犯した原罪の日の記録。

 あの時、夏油が僕に語った拡張術式を思い出したのは偶然か必然か。

 

 「やれ、澱月。」

 

 巨大なクラゲが一度バラバラに分解されて、ミニサイズのクラゲが無数に現れる。

 ふよふよ浮いていたクラゲ軍団は僕の視線に「心得た!」と頷いて(そのように見えるというだけだけど)、織姫目掛けて特攻していく。

 織姫の巨大を覆うように、張り付くように展開する澱月の群れ。

 織姫(リュウグウノツカイ)の口が「ぐぱり」と大きく開いた。見えたのは針のように鋭く尖った毒の歯。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 織姫を囲んでいた澱月がどんどん減っていく。

 いつのまにか帳の中いっぱいに充満していた毒霧に、僕は思わず笑ってしまった。喉が閉じたまま、息を吐くような。

 「クク」と、悪役同然の笑い声が。

 

 「食ったな?」

 

 澱月を。

 

 「毒を吸ったな?」

 

 蜃の霧を。

 

 「僕の毒に侵されたな?」

 

 内側からも外側からも、織姫の肉体は僕の毒にどっぷり浸かってる。

 効果がないって? わかってるさ。こいつに毒殺攻撃は対して効かない。でも、故に、()()()()()。僕の術式が真価を発する。

 織姫(どく)が僕の式神(どく)を食べたら、より強い毒が勝つ。

 

 「毒を持って毒を攻める。お前という毒よりも、僕の毒の方が質としては弱いかもしれない。

 だけど、それがどうした。質を上回るだけの量で攻めれば僕の勝ち。

 僕の毒に侵されている織姫(お前)は既に僕の毒、僕の式神だ!!」

 

 【強制調伏・以毒攻毒!!】

 

 搦手を使わないと勝てないなら、卑怯でもなんでもやっちまえばいい。

 力量差を無理やりねじ伏せる。それしか僕に勝ち筋はない!

 

 「うん、今回は早速正解してくれてよかったよかった。」

 

  倒れ込む僕の顔を、父が覗き込んだ。昨日と同じくゼェハァ病人みたいに息をする僕を無理矢理起こして、悪魔のように微笑んだ。

 

 「じゃ、式神使って上手に戦ってみよう。

 調伏したからには使い慣れないとね!」

 「僕、調伏終わったばっかりなんだけど。」

 「でも、弱いぜ?」

 「……。」

 

 あんまりな言葉に、思わず父を睨む。なんか、もっという言葉はないのか。

 むすっと、気持ち頬を膨らまして沈黙する僕。上から、「うぁー……」と微妙な声が降って来る。

 

 「あー、一つ忘れ物してたかもな。」

 「何?」

 

 なんとか息を整えようとする僕の頭を、押さえつけるようなちょっとした衝撃。ぐしゃぐしゃとかき回す指の感触。

 

 「よく頑張りました、順平。もう少し頑張れるな?」

 「_____うん。」

 

 それは、なんかずるいと思う。



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僕は強くなれますか?

 【三日目】

 

 「……。」

 

 夏油傑は考えていた。己の新たな弟子の凄まじい成長速度について。

 

 「(呪力の制御を始めて三日目で新たな式神が二体、か。蜃はともかく、高度な術式理解が必要な織姫までも、だ。

 術式に対する理解が早すぎる。いくらなんでも不可能じゃないか?)」

 

 昨日と今日でえらい違いだ。順平の中の人造呪霊の影響だとしても異常だ。

 何か裏があるとしか考えられない。

 そもそも、先輩の資料を読んだからと言って式神を新しく構築・設計するなんて不可能だ。

 順平が式神使いとして異常なセンスを持っていたからとしても、式神が強すぎる。すでに三級程度の実力があるだろう。

 

 「そもそも本当に自分で一から作成(デザイン)した式神なのか?」

 

 思い浮かんだのは伏黒恵の術式。十種影法術。

 すでに「相伝」として存在する強力な式神を調伏し、使役する術式。

  なんらかの方法で先輩の式神を調伏して、まるごと引き継いだとすればあの完成度にも納得がいく。

 

 「……考えすぎか。」

 

 引き継ぐといっても、すでに元の所有者が死亡している。

 先輩が順平に式神を継がせるための準備をしているところなど見たことはないし、そもそも過去の時点で順平が先輩と全く同じ術式を継いでいるとは明らかではなかった。

 ……あ、いや。悟なら知っていてもおかしくはないな。悟経由で吉野先輩が順平の術式を知っていたなら、己の式神を順平に引き継がせる準備くらいしていてもおかしくはないな。

 

 「(まあ、悪いことではないのだし。あまり考え過ぎなくてもいいか。)」

 

 順平の呪力制御はメキメキと上達している。たまに気が抜けて殴られてるようだけれど、集中力は申し分なし___あ、殴られた。

 でも足でこれなら手を使った呪力の制御ならほぼ完璧だろう……と、また殴られた。

 さっきも殴られていたというのに。集中が切れたか。

 

 「はい、休憩。」

 

 ぽん、と肩を叩く。気が抜けたのか、驚いたのか、ビクッ! と大袈裟に体を跳ね上がらせて、熊が順平の顎に強烈なアッパーカットをお見舞いする。

 流石に可哀想だったので、人形を持つ役は私が変わってやる。差し出した麦茶を一気飲みした順平が、ギラギラした瞳でこちらに向けて手を差し出す。

 

 「はぁ……っ、まだやれます!」

 「効率が悪いって言ってるんだ。最短で強くなるって言ったくせに遠回りするのか?

 時間としてもちょうどいい。昼休憩だ。」

 「……わかりました。」

 

 ようやく肩の力を抜いた順平に、微笑む。

 

 「話の種に、君が今一番聞きたいことを教えてあげよう。

 凪さんは無事だよ、五体満足。高専で保護して、今は食堂でパートしてる。

 私の養い子を護衛につけているから安心だ。二級呪術師なんだ。」

 

 美々子と奈々子の顔が「ぽん」と浮かぶ。そろそろ順平も体術を学んだ方がいいだろう。呪力コントロールもなんでか知らないけどできてるし。

 

 「虎杖は療養中。今は元気にしるよ。最終調整がてら実戦訓練をしてる。

 ね、順平。君が思うほど、事態は深刻じゃないんだ。

 明日世界が終わるってわけじゃないんだから、ほどほどに肩の力を抜きながら死ぬ気でやれ。」

 「矛盾してるじゃないか。」

 「でも、不安は無くなっただろ。」

 

 ぱちり、目を大きく見開く。予想外の回答だったのか、ぽかんと間抜け面を晒して、「……は?」と疑問の色しか乗ってない単音が空虚に響く。

 

 「不安は余裕を奪う。余裕がなくなると視野狭窄に陥る。術式を理解するために机に齧り付いているのに、それじゃ意味がない。

 呪術は君が思うより自由だよ。先輩の運用方法は【最適化された運用方法(モデルケース)】ぐらいに考えておけばいい。

 順平は、順平の呪術を見つけな。」

 「僕の呪術……。」

 

 軽い気持ちのアドバイスなのだが、やけに深刻に受け止めている順平に「ん?」と首をかしげる。

 映像でしか先輩のスタイルを知らないはずの順平がどうして……?

 

 「見つけられるでしょうか?」

 「好きにすればいいさ。

 なんでも出来るように見える先輩だって、できないことはあった。」

 

 これも、考えすぎなのだろうか。それでも考えてしまう。

 もしかしたら、順平の特異性は「人造呪霊」だけではないのかもしれない。

 

 「例えばだけど、【領域展開】

 術式を付与した生得領域を具現化すること。術式の最終段階で呪術戦の極地だ。自分の呪術の理解を極めて初めて行使できる。

 これができる呪術師はほんの一握りしかいない。

 あとは【極の番】

 領域展開を除いた呪術師の奥義みたいなものだ。領域展開が術式の()()なら極の番は()()。これが出来る者も限られる。」

「……それができたら、勝てるでしょうか。」

 「勝てるんじゃない? 

 でも呪術習い始めて三日の順平じゃ無理だろう。()()()()()って奴さ。」

 

 一度、全て調べ直してみようか。見落としている部分があるかも知れない。

 調べ物は灰原に投げることにして、私は手を叩いて立ち上がった。

 

 「さあ、休憩も終わりだ。続きをやるよ。」

 「はい!」

 

 

 


 

 

 ぐちゃり。肩の肉が抉られる。必死に飲み込んだ悲鳴が喉に残る。

 圧倒的不利な状況。反撃のために脳みそを回す時間すらなく、大量のクリオネにまとわりつかれた僕の視界は暗転する。

 

 「はい、また死んだ。

 ほら、回復したなら起き上がって。時間は待ってくれるけれど、僕は待ってくれないぜ。」

 「くそ……っ!!」

 

 休憩する? と手が伸ばされる。僕は「必要ない」とそれを振り払った。

 ああ、今晩だけで3回も死んだ。夢の世界だから死んでも何度も甦る。回復する。夢だから痛くもない。でも恐怖はある。

 何回やっても何回やっても僕は負け続ける。氷月しか召喚してない父に、だ。

 僕は式神を総動員しているというのに。

 

 「順平はまだ式神の運用に慣れてない。無駄な指示や意味のない攻撃。

 式神使いのイロハが圧倒的に不足している。要は実践不足だね。

 考え込む癖もなおした方がいい。判断が遅れる。

 ……焦っても仕方ない、こればっかりは慣れだからね。」

 

 だからこうして戦ってるんだ、と微笑む父。普通にやってる事はサイコパスじみているのに、そこに溢れるほどの愛があることを知っているから憎めない。

 

 「式神運用の知識はあるのに、なんで勝てないんだろう。」

 「そりゃ、知識があるだけだからだ。

 知識のinputだけじゃ強くなれないよ、outputをしていこう。」

 「勉強でも同じこと言われた。」

 「あっはっは! 結局、世の中の法則なんて大体共通してるのさ。」

 

 つん、と額をつつかれる。痛くはないけどなんか痛い気がして、「痛い」と言ってみる。

 ケラケラ笑われた。でも、なんか嫌な気はしない。

 

 「どんどん戦おう。たくさん戦おう。

 僕に立ち向かえ。僕を屈服させてみな。殺すつもりで襲ってこい。

 そしたら僕は、全力で順平を叩き伏せるから。」

 

 子獅子を崖下に突き落とすようにね。なんて、肩をすくめる。

 

 「殺すって……。」

 「僕は順平を今日だけで3回殺してる。どれだけ心苦しくても、それが順平に必要だとわかってから。

 死線というものは、超えた数だけ強くなれる。殺されなれるのもダメだけどさぁ。」

 

  ようやく息が整ってきた僕と、最初から汗ひとつ書いてない父。

 どうしようもない実力の差は、死線を超えた数のせいなんだろうか。

 

 「どうせこれは泡沫だ。目覚めれば全て無かったことになる。

 本能を鈍らせるな、危機感を鍛えろ。死闘の果てに強くなれ、順平。」

 「もういいよ、何度も言わなくたってわかってる!」

 

 僕はどれだけ危機感がないと思われているのだろう。耳タコだ、とため息ついて、肩を落とす。

 体育座りになって、膝に頬を押し付けた。下から覗いた父は、やっぱり僕の顔に似てた。

 

 「ねえ、父さん。僕は呪霊を倒せるかな。」

 「倒せるさ、だって順平は凪さんと僕の息子なんだから。」

 

 吐いた弱音は、力強い言葉で肯定されてどこかに消えた。

 ああ、そうだ。そうだよなぁ。

 僕は、吉野順平だ。母さんと父さんの息子だから、強いんだ。

 根拠もないのに自信が湧いてくる。

 不思議だ、大した褒め言葉でもないのに、やたらとやる気が湧いてくる。

 

 「僕、頑張るよ。悠仁と母さんを守るために、父さんを殺してみせる。」

 「うん、いつか本気の僕を殺してみせな。」

 

 殺すよ、と歯に噛むと父が「頑張れ!」と頭を撫でる。

 「続きをやろう」と手を引かれて、僕は「次こそ殺す」と大口を叩いてみた。

 普通の親子では考えられない、限りなく物騒な会話だけれど。

 そこに親子愛が確かに存在していた。



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女だからと舐めてますか?

*今日から3話連続投稿です。





 「順平もだいぶ呪術の扱いに慣れてきたね。」

 「そうでしょうか?」

 

 人形を踏み付けにしながら、食い入るように書類を読み込んでいた順平が顔を上げる。夜蛾が知ったらキレそうな雑な扱い。それでも呪骸は大人しいままだ。

 

 「(本当、飛んだ()()だよ。)」

 

 「足でやれ」と自分で言っておきながらではあるが、手のひらと比べて足の裏では繊細なコントロールが難しい。

 それをここまで上達させるとは、師匠として鼻が高い。あんまり鍛えたっていう実感薄いけど。

 

 「コツでも掴んだのかな?」

 「コツっていうか……なんなんでしょうね……?」

 

 「やらなきゃ死ぬというか……殺せないというか」と口籠る順平。そこまで特級呪霊に殺意をみなぎらせていたのかと感心する。

 同時に感じたほんの少しの違和感。言葉に滲む高濃度の殺意。

 あれは、死線をいくつも潜ってきた人間の、さらりとしているがどす黒く洗練された……。

 

 「(いや、流石にそれは()()()()だろう。)」

 

 つい先日まで一般人だった順平だ。殺人経験なんてあるはずない。

 だけど彼の愛の重さは一級品だから、洗練された殺意もそれゆえだろう。愛とは大概そんなものだ。

 そう、自分を納得させて笑ってみせる。次のステップに進むために何が必要か考えながら。

 

 「呪力のコントロールはもう言うことがないね。いつのまにか式神も使えてるし術の理解も申し分なし。

  ()()も含めて、実戦形式の勉強をしようか、 ちょうどいい先生役もいることだし。」

 「え!」

 

 体術のワードに順平が反応した。何を考えたのかなんて、あっさり分かる。

 おそらく、というよりも確実に「虎杖」のことだろう。全く、好悪の激しいことだ。

 

 「(まあ、期待に添えるとは言ってないけどね。)」

 

 この子は、そうそう甘い話はないといい加減理解した方がいい。

 

 

 

 


 

 

 

 「(体術の授業……多分悠仁も一緒だよね。)」

 

 体術の練習と聞いたときから期待していた。

 ちょうどいい先生役、それが悠仁だったりしないかと。

 悠仁のバトルスタイルはゴリゴリの近接だし、体術の授業に力を入れてるとか聞いたような気がする、記憶を捏造したわけじゃなければ。

 先生が悠仁じゃなくても、一緒に練習とか、そういうのできるかもしれない。

 

 「悠仁に会いたい……。」

 

 はあ。ため息混じりの声はどうしようもないほどの渇望の色。一度口に出したら欲というものはどんどん湧き上がってくるもので。

 

 「(無事をこの目で確かめたい。君が生きてる姿を目に焼き付けたい。君の幸福のために生きたい。

 悠仁、悠仁悠仁悠仁悠仁悠仁悠仁。

 生きてるよね、生きてるに決まってるけど。でもこの目で元気な姿が見たい。せめて写真だけでも撮っておくべきだった……。)」

 

 何から話そうか。ああ、でもそんな時間ないかなぁ。でも、休憩時間がないわけじゃないしその時にでも……。

 

 「……!」

 

 扉の向こうから足音が聞こえる。二つだ。ああ、やっぱりそうなんだ!

 期待を込めて、扉に熱い死線を送る。コレだけ感情が乱れてるのに熊が暴れないのは順平の特訓の賜物だ、主に夜(夢)

 そして扉が、開く!

 

 「いらっしゃい、ゆう……じ………。」

 

 弾んだ声が萎んだ。

 聞こえた声は悠仁の声も夏油の声でもなく、なんか知らない女の声。

 

 「ねえ、あんたが吉野順平?」

 「うわ、マジで足だけで呪力操作してる。キモっ!」

 「誰だよ、お前ら。」

 

 ギャルだ。同じ顔のギャルが二人いた。制服的にこの二人も高専生なんだろう。

 「夏油先生は?」と聞いてみたら、カメラと怪しい人形抱えた二人が僕を睨んだ。

 

 「誰って、アンタのセンセーだけど。

  てか、敬語使えよ。」

 「仕事に決まってるでしょ。

 夏油様はお忙しいの、身の程を弁えろ。」

 「本当ならあんたに構ってる時間なんてないんだよ。

 毎日つきっきりで面倒見てくれるとか、そんな暇人呪術師はどこにもいないっての。

 あと、口の聞き方には気をつけな。うっかり殺したくなるでしょ?」

 

 ちぃ! と二つ重なった舌打ちの物騒なユニゾン。今のではっきりわかった。こいつら、僕の嫌いなタイプの女だ。

 

 「もうわかってると思うけど、今日私たちがここにきたのは夏油様に頼まれたから。アンタに呪術師との戦い方を教えてやってくれって。」

 「ま、よーはウチらが稽古つけて(しごいて)あげるよってコト。理解した?」

 「つーか、理解しろ。」

 

 理解はした。したけど、嫌だ。完全に悠仁の気分だったから、落差で苛立つ通り越して泣きそうだ。

 

 「……悠仁は?」

 「宿儺の器は今神奈川。」

 「前の任務の後始末してるってさ。」

 「「つまり、ここには来ない。」」

 

 最終告知。僕の気力がどっと減った。項垂れる僕をお構いなしに、女どもは姦しい。

 

 「じゃー、はじめよっか。ーーー美々子!」

 「おっけー奈々子。」

 「「はい、ピース!」」

 

 両サイドにサンドイッチするみたいに囲まれて、パシャ!と聞き慣れたシャッター音。記念撮影とか?

 「女子のやることは意味わからない」と呆れた瞬間、世界が変わる。

 宙に浮いたままのぬいぐるみ。ひっくり返して、溢れそうな状態で静止したペットボトル。進まない時計、聞こえない環境音。

 

 「(ーーーー時間が、止まってる。)」

 

 まるで、()()()()()()切り取られた空間。止まった時間の中で、新しく発生した音だけは響く。

 そう、二人の足音や、呼吸音のように。

 

 「時間止まってるんだけど、何をしたの?」

 「べつに、時間が止まったわけじゃない、ウチらが()()()()()()()()()()

 止まったように見えるけど、写真の外は普通に時間が流れてる。

 まー、体感時間はバグるけど?」

 

 黒髪の陰湿そうな方が「はっ」と鼻で笑う。金髪の方がスマホを見せびらかすようにひらひら振った。

 

 「ウチの術式は『呪撮』、写真に映った空間を支配ができる。

 術式は発動のステップはたった一つ。

 一つ。呪いたい相手を被写体として写真を撮影する、以上。」

 

 スマホに映った写真を見せつけながら、軽薄に笑う。

 うっすらと細まった目。バカにするように寄せられた眉。しかし瞳には恐ろしいほど色がなく、細い5本の指がスマホをゆるりと掴んでいた。

 足を開いて、重心を片足に乗せて。スマホを持ってない方の手は「美々子」と呼ばれた黒髪の女の肩にまわっていた。

 黒髪の方も、人形を手慰みに弄んでぼーっとしてるだけで、順平に興味をカケラも示していない。

 勝敗が決まったゲームを眺めるみたいに退屈そうな表情(カオ)

 

 「写真の世界は撮影者(ウチ)がルール。撮影した瞬間、切り取られたこの世界は私の世界。どんなことでも自由自在。ま、領域展開の紛い物、みたいな感じ?

 呪霊だったら単純計算でウチの実力よりも二級以上の差があればほぼ無条件で支配できる。

 【存在する事を許可しない】とか、【生きる事を許可しない】とか言ってね。

 つーか、チェキなら写真破くだけで低級は祓えるし、なんなら写真撮るだけで行動不能(スタン)とかもできる。」

 

 なんだそれ、チートかよ。思わず口に出しそうになった言葉は飲み込む。この二人は、二級以上だって言っていた。

 僕がならなきゃいけないのは特級で、夏油も特級。

 この二人に余裕で勝てるようにならなければ特級を倒すなんて夢のまた夢、口先だけで終わってしまうということだ。

 

 「(僕だって、強くなってる。)」

 

 夢の世界で死んだ数だけ、僕の呪術は研ぎ澄まされていく。父のお墨付きだから、これは確かな事実。

 あっさり負けるほど弱くない……はずだ。

 

 「今日なら、そうだなぁ……

 【ノルマ達成するまで世界から脱出することはできない。】

 【ノルマは敵を戦闘不能にした回数とする。

 今回の場合、枷場奈々子・枷場美々子が吉野順平を戦闘不能にした回数。

 吉野順平は枷場奈々子・枷場美々子を戦闘不能にした回数の合計とする。】

 【このゲームが実行されている期間、枷場奈々子、枷場美々子、吉野順平の3名は何があろうと命を落とすことはない。】ってことで。

 対呪術師戦のオベンキョーだし、ちょうどいいっしょ。」

 「戦闘不能の基準は?」

 「うーん、マウント取ったらとか?

 まあ、勝ち負けなんてシンプルにわかるっしょ。

 写真の世界から出れたら今日のところは終了。時間もちょうどいいだろうし。

 ノルマは……何回にする?」

 「20回で終わりでいいんじゃない?

 あ、ハンデつけとく?」

 「ウチら20回、アイツ5回ぐらいがちょうどいいんじゃね?」

 「じゃーそれで。

 なんでもいいけどさ、早く終わらせようよ。さっさと伸して野薔薇と原宿行こ?

 ジャージ買いに行くって約束したし。」

 「あー、そういえばあいつ、昨日穴だらけになったんだっけ?

 やっぱ気に食わないわ、禪院真依(あのオンナ)。」

 「育ちの悪さが性格に出てんだよね。これだから御三家は。」

 「だめじゃん、美々子。それだと真希まで性格腐ってることになるよ。」

 

 ふざけた態度にふざけた会話。ノルマもなにもがめちゃくちゃだ。僕をバカにしきっている二人に苛立ちが募る。

 

 「ずいぶん余裕だね、僕のノルマの方が先に終わるとか考えないの?」

 

 怒りを押し殺して笑顔を作って見せる。が、隠しきれない苛立ちが低く唸るような声に変わって現れた。

 

 「かっちーん。

 何あいつ、ゲロムカつくんですけど。なに、ウチらのこと舐めてる?」

 「奈々子ぉー、ノルマ50回に変更しよ。

 そんでー、条件追加。」

 「【戦闘中は両者呪術の使用を禁止する。】

 術式頼りの貧弱式神使いにはちょうどいいお灸っしょ?」

 「ははは、ウケんね。ナイス美々子!」

 「やれるものならやってみなよ!」

 「ふぅん……じゃあ、やろっか?」

 「来なよ、転がしてあげる。」

 

 僕の啖呵に口角と眦を釣り上げて、双子が凶悪に笑った。





【追加設定】
枷場奈々子
「口の聞き方には気をつけな。うっかり殺したくなるでしょ?」

[術式]
呪撮
[備考]
『呪撮』…被写体となったものを同行する術式→写真版マン・イン・ザ・ミラーな術式になった
「写真(インスタントカメラのネガでも可能)」を出入り口にして対象を写真の世界に引き摺り込む能力
写真の世界は「全てが止まった世界」になっており、全て保存された状態。故に、その世界に秩序(ルール)は存在せず、全て術者:枷場奈々子の宣言により決まる。
写真の世界で起きたことは術者の任意で現実に反映可能。
しかし、一度使った写真は二度と使えないし、対象となる相手がぶれたりせずしっかりと撮影できていない(ぶれたり、見切れたりしてるとNG)と術式は発動できないので取り直す必要がある。
つまり強制縛りプレイ


枷場美々子
「夏油様はお忙しいの、身の程を弁えて」

[術式]
絞霊呪法
[備考]
絞霊呪法…呪具である人形に相手の「一部」を入れることで絞首が可能。超遠隔タイプ。
速い話が釘崎野薔薇の首吊り人形版である。(*呪い返しはできない)
釘で打つより紐を引く動作の方が早いのでスピードでは野薔薇に勝るけれど一撃のインパクトでは負ける。


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愛には責任が伴います

【注意喚起】
この後なのですが、ミミナナと順平が喧嘩します。結構クズめな理由で喧嘩します。
ミミナナもそれに応戦するし、二人は愛情理論に洗脳されてます。

*なお、今話はアニメ版みて、「順平ってつばささんのせいで女に対して超偏見持ってそう」「潜在的無意識で女見下してそう」と言う感想を抱いた作者が、その前提をもとに書いてます
心の準備をよろしくお願いします。



 「『女に腕力で負けるわけない』、とか考えてんならマジ草だわ。」

 「私たちは二級呪術師。でも準一級から一級の呪霊の祓除経験もある。夏油様付き添いでだけど、特級だって祓った。」

 

 何分、何時間経ったんだろうか。もしかしたら僕が思っているよりもずっと短い時間かもしれないし、それより長いかもしれない。時間が流れない世界では時間経過が分からない。わかりやすい指標たる太陽すら停止している。

 ああ、関係ないことばかり頭に浮かぶ。ゲホゲホと蹲り、咳き込みながらここ数日を振り返った。

 三日。日数にしては「たったそれだけ」だけれど、僕は確かに強くなった。でも、そんな自信も崩れるほどに圧倒的に負けた。手も足も出なかった。

 

 「呪術師始めたばっかのアンタに負けるわけないじゃん。

 呪術も、体術の扱いも。小細工抜きで、格上と戦ういい機会だったでしょ?」

 

 クスクス、女の密やかな嘲笑が耳の奥で響いく。

 勝負は、「勝負」などと呼ぶのも烏滸がましいほどあっさりついてしまった。

 まず、大前提から僕は間違えていた。僕は確かに強くなった。これは絶対に間違いではないけれど正しくもなかった。

 僕ができるようになったのは呪力の操作と式神の運用方法だけ、体術は一切訓練していない。

 ドーピングしていない、僕の身体能力の素のポテンシャルは引きこもりしていた頃のまま。見切れないし、思うように動けない体。

 それゆえの蹂躙。一方的な暴力。

 

 「はぁーい、これで50回。ウチのノルマ終了!」

 

 頭を踏まれて嘲笑われる。僕のノルマは5回。彼女の十分の一。なのに、一度も勝てなかった。僕は彼女を戦闘不能にするどころか、傷ひとつつけることもできずに完敗したのだ。

 屈辱がないなんて、そんなわけない。屈辱で打ちひしがれている。

 「呪術さえ使えれば」と戦いの合間に思うたびに僕は自分の甘さを思い知り、女に勝てない現実に失望する。

 

 「美々子、こうたーい!」

 「ん、思ったよりペース早いね。」

 「だって弱すぎんもん。今まで術式に頼りっぱなしだったのがよくわかるわ。

 こんなんで特級になるとかギャグ?」

 「威勢がいいのも最初だけだったしね。」

 

 髪を掴んで、引っ張られた。ぶちぶち何本か髪の毛が抜ける。

 無理やり見上げた頭上では、加虐的な笑みを浮かべて双子が僕を見下(みくだ)している。

 

 「女なら勝てるとか考えてるなら大間違いだっての。鍛え方が違うんだよ。

 呪術師の女舐めてんじゃねーぞ?」

 

 顔を覗き込まれた。ヤンキー座りの彼女と強制的に視線が交わる。

 それが以前、()()()()()()()()()()とダブって見えて、反射で睨んだ。内側で弾けた感情は『不愉快』、ただ一つ。

 

 「あ? なにその目、ふざけてんの?」

 

 フラッシュバック。トラウマになり果て、僕の中心にズドンと座る忌々しい記憶の数々がカチカチテレビのチャンネルを変えるように切り替わって。

 それがどうしようもなく僕の今の状況に重なるのは、彼女たちの言動のせいだろうか。

 ああ、吐き気がする。現実なのか幻覚なのかだんだんわからなくなってきた。僕の頭はイカれたのか。それとも、この女どものせい?

 これは【稽古】で、対等な条件での勝負だろう……本当に?

 

 「ふざけてるのは君じゃないか……」

 「あ"?」

 

 思わず飛び出た反逆の言葉は、かすかにふるている。

 こんなことが、前もあったような気がする。前も似たようなことをして、その結果なにがあったかも鮮明に覚えている。

 それでも、不満の言葉は脳みそをぐるぐる回っていて、 「言うんだ、言ってやるんだ」と自分に言い聞かせて。

 爆発したように飛び出る言葉は濁流のように溢れ出る。

 

 「だってそうだろう!?

 こんなのが稽古なわけない、こんなリンチみたいなことされて、強くなれるわけないじゃないか!

 夏油先生も、なにを考えて君たちなんかーーーっ!」

 

 奈々子の顔が、怒りに染まる。ぼくのことなんてどうでもいいと言いたげな無感情で流していたくせに、唐突に。

 無言で胸ぐらを掴まれ、押し倒される。後ろに大きくひかれた腕は「ぱしん」と背後の人物に掴まれて止まった。

 

 「やめなよ、奈々子。意味がないよ。」

 「……ああ、うん。そうだね。

 ありがと美々子。」

 

 どさり。離されて、浮いていた体が地面に打ち付けられた。受身に失敗して、背中を打つ。鈍痛に眉を顰めた。

 

 「謝ったりしないのかよ。」

 「なんで奈々子がアンタに謝んなきゃいけないんだよ。

 逆だろ、お前が私らに謝れ。」

 

 上から、芋虫でも見るような眼差しで美々子が僕を睨む。

 顔の横スレスレに叩き込まれた足。角度でスカートの中が見えそうだとか、そんなことを考える余裕は無かった。余裕なんて奪い尽くされていた。

 この強烈なプレッシャーに。殺意一歩手前の嫌悪や、怒りから生まれたどす黒い呪力に。

 全身に叩き込まれる二つの目には見えない力。喉の奥が締まって、カラカラと喉が渇く。

 それなのに体は、特に手足が冷たく感じる。なんだ、これ。こんなの僕は知らない。

 

 「夏油様の選択が間違ってた?

 ふざけんなよ、お前。こんなことしてんのも、お前が私らに教わるつもりがないからじゃん。

 アンタは「見下されてる」とかいうけど、そもそも私を見下してるのはお前だろ。」

 「そんなことは……」

 「あるだろ。」

 

 断言。決めつけは嫌悪すべき悪徳であるはずだ。なのに、今回に至っては何も言えない。

 だって、それは図星だ。無意識の嫌悪と侮蔑が見抜かれて、心臓が嫌な音を立てる。ギリギリと握りつぶされるみたいな、鈍い音。

 

 「ウチらだからってゆーか、女だからやなんでしょ?

 なにがあったか知らないけど、女だからって一括りにすんな。

 ウチらは呪術師だ、そこらの猿女とは違う。」

 

 ぎりぎりと、首を絞めるような。二人は直接手を下してない。呪術は未だに使用不可。

 ゆえにこの圧迫感は美々子の術式でもなんでもなく。ただの錯覚。ただの殺意。

 

 「呪術師に女も子供も関係ない。弱けりゃ死ぬ、強くても死ぬ。

 呪術師に高尚な倫理とかねーんだよ。潰されたくなきゃ強くなるしかないの。

 男尊女卑が跋扈するクソみたいな業界だ。

 御三家の連中なんて、未だに女に人権なんて認めてない。

 なにをしても許されると思ってる。」

 

 言葉が刃のように、僕の内側をグサグサ突き刺す。愛せないクズと同類だと、遠回しに言われている。

 屈辱だ、これは何よりも耐え難い屈辱だ。でも、そんな弱さを突きつけられて屈辱に感じる僕こそが忌むべき対象だ。

 

 「私たちは、夏油様の弱点なんだよ。

 私も、美々子も、それからアンタら親子もそうだ。

  私たちが弱いと夏油様に迷惑をかける。夏油様はお優しいから、私たちが人質に取られたりしたら助けてくれるの、見捨てたりしない。

 夏油様の慈愛に胡座をかいているだけじゃダメなんだよ。」

 

 夏油に対する二人の愛は清く、まっすぐで。僕の悠仁への愛とはまた別のエゴイズムに塗れている。

 どこか歪んでいて、しかし正しい。強い衝動で段々と声量が増していく。

 

 「強くなるしかないんだよ!

 私たちが夏油様の弱みだって誰もが理解してんなら、誰も手出しできないぐらい強くなんなきゃ大好きな人が困るって自覚しなきゃ始まんないの!

 たとえ昇級を妨害されようが、見くびられようが、実力で屈したら終わりなの、私たちは!!」

 「だからアンタも自覚しろ。夏油様に守られるという意味を、慈愛されているという事実を、もっとちゃんと真剣に考えて理解しろ。」

 「あのお方の優しさに漬け込むな。あの方に愛されるというのなら、誠意を見せろ!」

 

 交互に言葉を回す。双子の神秘と片づけるには生ぬるい、愛ゆえの言葉。

 

 「私たちは夏油様を愛してる。あのお方のためなら、命だって捨てられる。

 でもそれを夏油様は望まないから、私たちは死ねない。

 アンタもさ、愛のために強くなるっていうなら、愛してる者のためだけじゃなくて、愛してくれてる誰かのために強くなりなよ。」

 「アンタの中に残るくだらないプライドなんて捨てて、私たちに教えを乞え。」

 「……ごめんなさい。」

 

 謝罪の言葉はするりと飛び出る。「ごめん、僕が間違ってた」と。似たような言葉しか言えない。

 情けない、本当に、情けなくて涙が出る。

 僕は強くなったはずなのに、精神ではなにも変わってないじゃないか。

 それどころか、教師として夏油が選出した人選を疑って、内心女だと見下して、向こうにそれを見抜かれてて。

 

 「(……僕は、変わらなきゃダメだろうっ!)」

 

 いつまで過去に囚われているつもりだ、吉野順平。今の僕はあの頃の僕とは違う。愛を知らない愚かな人間不信者には、最愛(ゆうじ)の隣に立つ資格はない。彼女たちは正しい。

 彼女たちを僕が愛せるかどうかなんてまだわからない。愛せないという第一印象は変わらないし、覆すのも難しい。が、だからと言って曇りきった色眼鏡をかけて、現実を捻じ曲げていいわけがない。

 でも、それでも。僕は、僕を愛してくれる人のために強くなる責任がある。

 

 「ごめん、僕が間違ってた。」

 

 二人とも、誰かのために強くなろうとしている。愛に生きてる。僕と同じだ。なにも変わらない。

 それを、僕は「女だから」なんてゴミ屑と一括りにして……。ほんと、最低だ。

 

 「だから、今度はちゃんと、僕を鍛えてくれないかな……?」

 「はー、今更かよ。てか、敬語使えって。」

 「でもま、ちょっとマシになったんじゃない?」

 

 誠意を持って謝った僕を、双子は「やれやれ」なんてわざとらしく肩をすくめて許す。その演技くさい仕草は夏油のふとした拍子に見せる仕草にそっくりだ。

 

 「ウチらの教えは厳しいよ?」

 「吐いても泣いても止めないから。あと、教わる気がないって思ったらすぐやめるから。」

 「よろしくお願いします!」

 

 清々しい気分だ。また一つ、僕は愛を知った。愛に伴う責任を理解した。

 女に対する嫌悪は、多分ずっと僕の中に残るだろう。しかし、偏見は瞳を曇らせ愛を濁す。

 枷場美々子と、枷場奈々子。

 この二人はどこぞのビッチとは違う。呪術師の女はあいつとは違う。

 ようやく訓練らしい訓練になるって、双子は楽しそうに、そして性格悪そうな顔で笑った。

 

 

 


 

 

 体感、三日。休憩含めて、あれだけ長いこと写真の世界にいたのに日付は変わっていなかった。それどころかまだ昼間と言っていい時間帯だ。

 時計の針が指しているのは、かつて「放課後」と呼んでいた昼下がりの時間帯。

 

 「たった六時間……。」

 「なに、バグった?」

 

 髪をくるくる弄りながらスマホを操作している奈々子が尋ねる。

 地獄耳か? なんてことは言わない。言わぬが仏、雉も鳴かねば撃たれない。

 散々上下関係を叩き込まれた成果は確かに出ている。

 

 「休憩終わったらまた【写真の世界】で実践ね。」

  「私たち原宿行ってるから。三時間ぐらいで戻ってくるけど、筋トレメニュー置いてくから呪力操作の練習と並行してやっといて。」

 「6時くらいには帰る。あ、あんたのスマホに写真送るから絶対ファイル開けよ。」

 「「じゃ、行ってきまーす!」」

 

 ぱたん。一気に静かになった部屋。さっきまでいた写真の世界と似たような風景だけれど、瞬間ごとに経過する時間の風景に安心する。

 慣れた呪力操作と同時進行で筋トレをして、久々に殴られた。

 そんなことをしていたら、気づけば時計の針は6時手前まで回っている。

 ぴろん、とスマホが鳴った。メッセージアプリに通知が一つ。自撮り写真のトプ画と【ななこ】の文字。

 ……いつの間に登録していたんだろう。

 

 「写真開けとか言ってたっけ。」

 

 写真のフォルダファイルを開く。買い物袋をぶら下げた美々子と奈々子が何やらポーズを決めて写ってる。

 なんでいきなり、と呆れと苛立ちがゆらりと胸の奥で揺れる。

 

 「……って、うわ!?」

 

 ぐにゃりと一瞬歪んだ写真。スマホの液晶が黒くなり、水面に水滴を垂らしたような同心円が広がる。

 スマホが一気に重たくなり、思わず放り投げる。

 

 「はい、到着(とーちゃく)っと。」

 「ん、6時ぴった。」

 「おい……」

 

 スマホを踏み、重そうな荷物共に現れた二人。なにが起こったのか理解した。理解はしたが、納得はしない。

 ガラスの保護フィルムをしていたとはいえバキバキに割れた画面のこととか、色々と。

 

 「スマホ、弁償してくれんだよね?」

 「フィルム割れただけじゃん。」

 「ほらこれ、予備のフィルム。買ってきてあげたんだからいいでしょ?」

 「百均のじゃないか。」

 「別になんでもいいじゃん、気に入らないなら買い換えれば?」

 

 悪びれることなく、続ける二人。荷物を部屋の隅に積んで、「それじゃ」と告げる。

 

 「夜パート始めよっか。」

 「はー、たるぅ」

 「……。」

 

 気だるそうに、ごきりと首をならした奈々子が言った。美々子があくびと共に言葉を漏らす。

 やっぱり僕、こいつら()()だ。



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愛は無敵の呪いです


これで修行編最終話です
各話投稿にするとだらけてしまうのが今回よくわかったので、書き溜め投稿に戻します。
更新頻度は落ちますがこれからもよろしくお願いします!





 「さあ、とうとう最終日だけれども。やれるよね。」

 「はい。」

 

 目の前には特級呪術師。一週間師匠として僕を鍛えた夏油先生が悠然と佇んでいる。

 

 「決戦の場は君の内側、呪霊の領域内。

 本来なら無謀極まりない調伏の儀だけれど、封印の影響もあって君の中にいる呪霊は()()()()、勝機はある。

 今から君を眠らせて生得領域に強制送りにするけど……覚悟は出来てる?」

 「とっくの昔に。」

 

 一週間、一週間だ。たった、一週間だ。思えば濃密な時間だった。今までの人生でここまで濃い日常があるか? というほど濃厚だった。たったの七日がここまで長く感じたことなど、未来も含めてきっとこれだけだろう。

 昼間は呪力の制御を。夜は夢の中で父と実戦バトル。ミミナナと写真の中で体術縛りで戦ったりと……正直、休んだ気にならないどころか、寝た気にもならない一週間だった。

 それも、今日で全て終わる。今日の結果で、僕の人生全てが決まる。

 

 「勝ってきます。」

 「うん、勝ってきな。」

 

 夏油が笑う。祓って(ころして)こいとにこやかに。

 封印呪霊が体に巻きつく。夏油が手印を構えた。

 

 「解。」

 

 僕の影から闇が溢れる。おぞましいものか腹を食い破ろうと牙を剥く。

 ___暗転。

 

 

 ■■■

 

 

 闇の中に立ち尽くす。

 赤紫、ドキツイピンク、青紫と黒紫。黄土色っぽい色。殴られてできた痣のような、マーブルカラー。土留色の空。

 太陽を殺したような、不気味で暗い色合いの(カンバス)を汚す、血色の雲。

 ああ、気持ち悪い。

 

 「ここが、生得領域……。」

 

 僕の負の感情の集大成。心の中とも言えるその空間は、空と沼しかなかった。

 深い深い毒の沼だ。足場は巨大な蓮の葉しかない。それも、一箇所に立ち続ければ徐々に沈んでいく。

 侵入を拒む。他の存在を拒んでる。

 沼の中央に紙垂が巻かれた枯れた大木。それを取り囲むは、ほのかに発光している蓮の花。

 沼底からガスが吹き出していて、ぶくぶくと汚い泡が浮かぶ。

 そして、大木の上で眠る……巨大な鳥。

 見た目は鷹ようだけれど、少し首が長めで水掻きを持っていて、雁にも似ていた。

 

 「(ーーーーあれが特級人造怨霊。その、呪胎。)」

 

 僕の術式そのもの。

 僕から奪った術式から作られたそれ。知能のかけらは見えないのに、自我だけはあるようで。

 僕の存在を視認した瞬間、黒板を爪で引っ掻くような、不愉快な声で鳴いた。

 音響攻撃の可能性アリ。判断する前に僕は耳を塞いで(コーティングして)いた。

 これも父との訓練の賜物だ。

 

 「それにしても………鳥か。」

 

 唾で渇きを誤魔化す。正直予想外だ。

 なんとなく、呪霊として存在するなら魚型の呪霊だと思っていた。まさか鳥とは思わなかった。

 だって父さんも、僕も、式神は基本的に海洋生物で。だから術式を切り取ったら魚か、そうじゃなくても水生生物だと思っていた。

 

 「飛ばれると、厄介だな。」

 

 夢で調伏したことで澱月に加えて蜃・織姫も使用可能。しかし僕は父と違って式神の能力に制限がかかっている。使いこなせてないから。

 

 「(術式を理解したからと言って、それが技量とイコールにはならない。悔しいけど今の僕じゃ蜃を一体出すのが限界だし、織姫の本領と言える形状変化ができない。

 空を飛ぶのだって、時間制限がある。)」

 

 一週間でできることは限られていて、今できることを最大限伸ばすことしかできてない。僕は強くなった。それでもまだ最強ではない。

 

 「それでも、僕はお前を祓う。」

 

  順平の侵入を嘲笑うように、鳥が鳴き声を上げた。

 ゲラゲラ、ゲラゲラ。笑うような不快な音は、これから起こる未来を示唆しているように響いた。

 

 

 


 

 

 「かはっ!」

 

 水面に叩きつけられて、順平は二重の意味点息が詰まった。一つは、水面に叩きつけられた衝撃。溺れたことによる窒息。

 もう一つは、あまりの力量差に対する絶望感。

 水から這い出て、蓮の葉の上に立つ。新たに呼び出した小型の自爆用澱月は食われることなく墜落していく。

 

 「ああああ!!!」

 

 意味がわらなくって、腹の底から叫ぶ。獣の遠吠えみたいに。

 

 「ふざけるな、何なんだよコイツ!」

 

 ありとあらゆる想定していた毒攻撃は全て空振り。降り注ぐのは暴虐の塊のような絶対的な力。呪力のコーティングも肺の保護も意味をなさない。ここまで心が荒ぶっているのに、呪力に乱れはない。けれど、通用しない。呪術も体術も、あの呪霊にかなわない。

 「一週間の努力が空振っていたのではないか」という絶望に、ただ打ちのめされる。

 

 「(なんでこんなふざけた鳥に勝てないんだよ僕っ!

 コイツはまだ呪胎とか言うやつなんだろ、弱いんだろ!?)

 _____どこが弱いんだよ!!」

 

 目の前の、理不尽の塊に向けて叫んだ。なんだよコレ。なんで毒を使わない? 僕の術式から生まれたくせに、想定通りに動けよ。なんでこんな、理不尽に強いんだよ!

 本当、なにコレ。超音波? ビーム撃つとか聞いてない。父さんの戦闘映像が参考にならない。勝ち筋が見えない。

 

 「くそ、痛い、痛い、痛い……っ!」

 

 頬の内側の肉を噛みながら、涙を堪える。

 正直、自惚れてた。僕は強くなったと思っていた。呪力の操作を褒められて、奈々子と美々子にも「マシになった」と認められて。

 誰かを守れるくらい、強くなったと。……それなのに。

 

 「(でも、違った……!)」

 

 僕は、弱い。こいつに、勝てない。こいつに負ける。

 _____ここで死ぬ。

 

 「やだ」

 

 漏れたのは弱音。どうしようもないほど情けないか弱い音が、不気味なほど静かな泥沼の領域に響く。心の底から恐怖する。どうしようもないほどの絶望に喘ぐ。

 

 「嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 嫌だ、死にたくない!」

 

 言葉が、空回る。情けない僕は両手で目を隠して、耐え難い現実から目を逸らす。逃避(こんなこと)しても現状は変わらない。でも、こころが折れそうで仕方がなかった。

 【死にたくない】ばかりが頭蓋骨の中でわんわん響いて、思考回路が停滞する。

 

 「(やっと、誰かを愛してると言えるようになったんだ。人間に希望を持てたんだ。

 明日を夢見て、未来に行きたいと思ったんだ、願ったんだ。)」

 

 僕という人間不信者は、悠仁に出会って変わった。真人さんの奸謀の末に呪霊に堕ちたのに、僕を信じて名前を呼んだ。僕が君を愛する理由なんてそれだけ十分なんだ。

 

 「(僕は、悠仁の優しさに漬け込むクズだ。僕は以前となにも変わってないし、変わる必要性を感じてない。

 でも、悠仁、僕はね。君という善人の隣に立つためならなんだってできる。)」

 

 悠仁、悠仁、僕の最愛。僕の親友。僕は君がいたからあの時死ななかった。君が必死に肩を揺さぶって、語りかけてくれたから、僕は呪霊に落ちなかった。

 大好きなんだ。君のそういう、優しくて誰かのために動けるところ。やけになって、腐った僕にすら手を差し伸べてくれるところ。自己犠牲的に人を救う君の善性が。根っからのお人好しなところが。

 

 「___好き、好きだよ、愛してる……愛してる、愛してる。」

 

 僕は、虎杖悠仁という人間を、心の底から愛してる。

 言葉にを区切って、声に出して、音にして。語りかけるように繰り返す。

 好きだ、愛してる。君と僕が出会ったきっかけが僕の破滅の形をしてたとしても、何度だって僕は君と出会いたい。君と同じ世界を見たい。

 好きだよ、大好き、愛してるんだ。

 僕は、悠仁と一緒に()()()()()()()()()()()

 

 「だから、僕は諦めたりしない!」

 

 澱月の毒針を自分自身に刺す。呪力を体内の中で「鎮痛薬(モルヒネ)」に変換させる。鎮静作用もあって、恐慌状態から冷静を取り戻して「ふーー」と荒い息を吐く。

 

 「ドーピングの応用でやってみたけど、案外うまくいくんだ。」

 

 術式反転、とかいうやつ。

 

 夏油先生の言っていた通り、ドーピング術式は術式反転の応用で正しかったのだろう。オピオイド鎮痛薬の中でも、モルヒネを選択してよかった。*1

 強力な鎮痛作用と興奮作用(麻薬作用)で、恐怖を誤魔化せる。

 

 「(映画を理解するために、薬学かじっててよかった。)」

 

 今思えば、家に不自然に置いてある薬学関係の書籍は父さんの持ち物なんだろう。()()()()()()、もっとしっかり読み込もう。

 

 「……はは、また生きる理由が増えた。」

 

 ぱん! と自分の頬を張る。自分が与えた痛みは鈍く感じた。

 

 「(落ち着け、落ち着け、落ち着け僕。自分を見失うな、冷静になれ、見極めろ。)」

 

 あれは、僕の術式から生まれた呪霊。それは絶対の法則だ。

 ビームなんて撃てこっない。バリアだってそうだ。そう決めつけるから見えることも見えなくなる。

 なら、なんでそんなことできたか。答えは一つ。()()()()()()()使()()()()()

 純粋な呪力だけの攻撃だった、そう言うことだろう。それであれだけの威力を出せるのは恐ろしいが、逆に考えれば正しくチャンス。

 きっと、どこかに勝ち筋はきっとある。

 

 「(やれ、見つけろ吉野順平。僕は、負けるわけにはいかないだろ……っ!!)」

 

 最愛の顔が脳裏に浮かべる。きついときほど、しんどい時ほど。愛を確かめる。

 

 「怯むな、躊躇うな!」

 

 茨の道のチキンレースに勝てと、夏油先生は僕に言った。そして、「机上の空論」と言いながらも勝ち筋を示してくれた。

 

 「(生きるか死ぬかのギリギリを攻めないと、僕は絶対に勝てない。)」

 

 いいじゃないか、上等だ。やってやるさ。背筋を伸ばして、腕を真っ直ぐに伸ばす。ホームラン宣言でもするように、呪霊を睨んで指を差す。

 

 「お前は僕から生まれた呪霊だ。僕の術式と負の感情から生まれた、もう一人の僕だ。

 でもお前には愛がない。

 愛なきものに価値はなく、故に僕はお前を愛さない。」

 

 宣誓。コレは決意表明だ。僕が、コイツに勝つと言う勝利宣言。必ず調伏するという強い意志。

 

 「そもそも、大前提を忘れていた。最初から間違ってたんだ。

 ここは、【君の領域】だって思い込んで、肝心のことを忘れた。」

 

 打ちまかして勝つことばっかり考えて、戦い方を間違えてたんだ。

 最初から言われてただろ、「特級に勝つことなんてまず不可能」だって。「無茶な戦い」だって。

 

 「正攻法じゃなくないい。卑怯でいい。」

 

 この世は卑怯な奴ほど強いから。

 ()()()()()()()()()()()()()。だから多分、これはきっと父の言葉なんだろう。

 そうだよね、父さん。僕は頑張ります。

 この世界を愛で呪って呪って呪って、無敵に卑劣に泥臭く戦ってやるよ。

 

 「そしてここは君の領域である前に、()()()()()()だ!」

 

 頭の中に思いついた形に、両手を組む。指が無茶苦茶に絡まって、手が攣りそう。でもどうでもいい。形は整った。

 あとは、腹の底から叫ぶだけ。

 

 「ーーー領域展開!!」

 

 抜けてく呪力、朽ちていく何か。僕の中にあるふたつの魂が、ボロボロに崩れては蘇る。

 自己崩壊しそうになるのを脂汗を流して根気で堪えて。自分を奮い立たせるために「あっはっは!!」と母さんのように大袈裟に笑ってみた。

 

 「さあ、呪霊。僕とお前、どっちが勝つか勝負しようよ。」

 

 陣取りゲームだ、生きるか死ぬかの。両手の印を崩さないように意識しながら、限界ギリギリを見極めてぶっ飛ばす。

 認識を広げる。領域の支配権を争い、睨み合う。

 象が癇癪を起こして暴れてるみたいに、グラグラ揺れる世界。なのに静寂すぎて、気持ち悪くなる世界。この生存競争(チキンレース)には終わりがない。どちらかが折れるまでずっと続く。

 それでも、僕は勝つ。勝たなきゃいけない。愛は無敵の呪いだ。愛さえあればなんでもできる。道理をねじ伏せ進んでやる!

 

 「いいか、覚えておけ。()()()()()()()()()()!!」

 

 

 【領域展開・飲鴆攻毒宮(いんちんこうどくきゅう)

 

 

 未だ呪胎の、もう一人の自分の生得領域を乗っ取る。乗っ取ろうとする。意思と意思のぶつかり合い。根負けした方が負けで、死ぬ。

 

 「う、わあぁぁぁぁ!!!」

 

 声を張り上げた。汗をダラダラ垂れ流しながら、魂で叫ぶ。負けない、負けない、負けない。こいつにだけは絶対に負けない。

 負けられない理由がある。負けてはならない意味がある。

 母さん、悠仁。心の底から愛してる。二人を守るためならなんでもできる。だからアイツは調伏しなければならない。勝たないと。

 

 「(ただ生きてるだけの、破壊衝動の塊になど負けてなるものか!)」

 

 耐える、耐える、ひたすら耐える。際限のない呪力の侵略から必死に耐える。

 侵攻して、侵入して、侵撃して、侵害して、侵奪して、侵犯する。

 

「君、本当に生まれたばかりなんだね。」

 

 どれだけ経ったかわからない。しかし終わりが見え始めたレースに僕は笑った。

 

 「ずっと眠っていたから、愛を知らない。

 ただ強いだけで、誰かを愛すると言う強さを知らない。

 愛は無敵の呪いだ。愛の呪いを打ち破るにはそれを上回る愛が必要で、愛以外が愛を打ち破ることはできない。何人たりとも、無敵の呪いに勝てない。」

 

 崩れ落ちて、膝で体を支えているだけの満身創痍な現状。しかし組んだ印は絶対に崩さない。

 沼の泥水が形を持って鳥の呪霊に絡まる。ずるずると、沼の下に引き摺り込もうとしている。

 濁った水が少しずつ澄んでいくのを、僕は確かに感じていた。

 

 「愛を知らないお前なんかに、僕が負けるわけがないだろ!!」

 

 叫ぶ。虚勢を張って、絶叫する。

 何度だって言ってやる、言い張ってやる。

 負けられない理由がある。勝たねばならない理由がある。

 僕は、僕の愛のために絶対に勝たなければならない。守るために、傷つけないために、愛のために。僕は、お前を調伏する。

 

 「愛は無敵の呪いなんだよ、だから……っ!!」

 

 最後。消え失せそうになる意識を根気で留めて、踏ん張る。よろりと立ち上がって、最後の一歩を踏みしめる。

 

 「僕の愛のために死ね!!」

 

 何かを、掴んだ。そんな気がした。僕の意識が「ふっ」と一瞬消えて、目を覚ます。風の匂い、空の色、水の清らかさ。さっきまで僕が戦っていた生得領域とは違う世界。

 

 「これが、僕の心の中……。」

 

 ()()()()()という奇妙な実感。ゆえに、そう推理した。脳みそから爪先まで。ドロドロに溶けて、呪霊(術式)と僕が混ざり合う。融合というより、復元という気分。

 

 「(そうか、復元してるのか。)」

 

 寝っ転がって、ぼうっと世界を眺める。黒一辺倒のこの世界は明らかに未完成で、不明瞭で。無垢なる闇とは、このことを言うのかもしれない。

 じわじわと混ざる。戻る。僕が僕に(もど)っていく。

 混ざり合った、その果て。

 

 「あ、うぁ……。」

 

 脳みそがぐるりと逆回転する。懐かしい感覚だ、つい先日にも同じように脳が逆回転した。

 ______記憶が遡行する。戻る、モドる、喪留(もど)る。

 

 「あああああ……っ!」

 

 僕の中でポッカリかけていた穴が、塞がるように。最後のパズルのピースがはまるように。

 ありふれた表現だけど、そんな感じだった。穴抜けた記憶が埋まって、満ちて。

 全てを取り戻して、僕は泣いた。

 父の記憶は暖かかった。涙が出るほど優しかった。

 暖かくて、優しくて、穏やかで。あまりにも日常で。

 それが壊れた瞬間が、痛くて痛くてたまらない。

 全部、カモガワとかいう男のせいだ。あの悪魔のような男。

 幼い僕の記憶の底で、僕らを嘲笑っている。一番古い記憶の中で、「吉野くんの息子なら僕の孫みたいなものか。おじいちゃんってよんでいいよ。」と朗らかに笑っていた。

 次の記憶は僕らを檻に閉じ込め薄ら笑う不気味な笑み。

 騙された。全部嘘だった。苦しいほどに悔しい。悲しいほどに恨めしい。

 クスクス笑って死体を甚振り、己の額の傷を見せびらかすように撫でて。

 あの、実験動物を見るような瞳。

 殺意もやがて諦念に変わり、父を絶望させる(のタマシイを殺す)ための道具に成り果てた地獄の記憶が、

 

 「はい、そこまで。」

 

 目を手のひらが覆う。

 

「忘れなさい、それをお前が背負う必要はない。」

 

 瞼を撫でられる。底に落ちるように、泥の眠りに沈む。殺意は安寧の檻に押し込められる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、順平。あとは僕に任せなさい。」

 

  暗闇の中で、そんな声を聞いた気がした。

 

 

 


 

 

 「おかえり、順平。」

 

 瞼が揺れて、かすむ視界に一つの人影。ゆるりとした弧を描く唇。優しげに細まる黒い瞳。穏やかな笑みを携えた男が、僕を見下ろしている。

 

 「完全なる調伏とは言えないけれど……うん。

 ()()()。」

 

 だんだんと意識が覚醒していく。合格、の単語が頭蓋骨の内側を反響して、意味を飲み込めずポカリと開いた唇。繰り返し唱えて、ようやく理解して。

 じわじわと興奮で顔が熱くなる。

 

 「おめでとう、君は偉業を成し遂げた。自分を誇れ。」

 「それじゃあ………!」

 

 期待に弾む声。顔まわりの筋肉が緩んで、両手は自然と拳を握った。

 

 「特級人造怨霊の調伏、おめでとう。

 君は愛を証明した。」

 

 夏油先生の言葉に、弾かれるように駆け出す。どうしても会いたい人がいた。どうしても伝えたい人がいた。

 同じ地下空間の中に、感じる愛の気配。

 

 「悠仁っ!!」

 

 宍色の髪。琥珀の瞳。愛しい最愛の悠仁(ゆうじん)が「順平っ!」と僕の名を呼び微笑む。

 じわりと、瞳に水の膜が張った。僕は衝動で抱きついた。

 達成感や、安堵や、歓喜も全部ごちゃ混ぜにして。

 ただ、今は。この笑顔を守れたと言うことが、どうしようもなく嬉しかった。

 

 

 

 

 [2018年9月某日。 吉野順平の特級人造怨霊調伏完了。

 見届け人:夏油傑。]

*1
オピオイド鎮痛薬とは麻薬性鎮痛薬のこと。オピオイド受容体(モルヒネの結合部位)に結合して中枢神経系を抑制する。

 モルヒネは特に強力なオピオイド鎮痛薬で末期癌の患者に利用されるほど。

 鎮痛作用のほかに鎮咳作用、呼吸抑制作用、鎮静作用、中枢興奮作用(催吐・縮瞳・脊髄興奮)、抹消作用が見られる。




縁木求魚
読み方 えんぼくきゅうぎょ
意味 実現することが無理なことのたとえ。
木に登って魚を捕ろうとするという意味から。
方法が間違っているために、どれだけ苦労しても目的を果たせないということをたとえた言葉。
「木に縁りて魚を求む」とも読む。
[四字熟語辞典参照]


飲鴆攻毒宮(いんちんこうどくきゅう)
止渇飲鴆
読み方 しかついんちん
意味 後のことは何も考えずに目先の利益を得ること。
または、一時逃れをして後に大変な災いを招くこと。
「鴆」は羽に猛毒をもつ鳥の名前で、その羽が入っている酒を喉の渇きを止めるために飲むということから

攻毒
読み方 こうどく
意味 毒邪を攻撃する方法。一般に毒性のある薬物や薬性の激しい薬物を用いて治療することをいう

・熟慮を捨てて、後のことは考えず目先の利益(調伏して呪霊を支配下におく)ことだけ考えて行動した順平がたどり着いた境地
・毒をさらに強い毒で攻撃する初見殺しの生得領域(に、なる予定)




【追記】
順平の術式使いこなすの早すぎる点や領域展開ができた理由は「ご都合主義チート主人公だから」などと言う理由ではなく、ちゃんと理由があります。
ちなみにその理由は「ズル」です。
この伏線の回収はだいぶ後になる予定なので、よろしければ考えてみてください!


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2部3章;水魚の交–スイギョのコウ-
それでは各自、謀略たてて


みなさん、大変お待たせしました
新章、水魚の交____交流会編始まります


 薄暗い廊下に軽い足音が響く。その軽さの割には落ち着いているそれは、薄ら寒い(コンクリート)の中に反響して、新たに生まれる音に重なって無数に聴こえる。

 

 「こんにちは、___さん」

 

 都立呪術高等専門学校京都校。仮にも呪術師たちの二大本拠地のうち一つのこの学校に、土足で足を踏み入れる子どもが一人。

 

 「僕と取引しませんか?」

 

 神が作った芸術品の如き美しい容貌の子どもが、丸みを帯びた滑らかな手を差し出す。

 その手を、___は取った。

 このクソッタレな現実に叛逆するために。

 

 

 


 

 

 「ななみぃー、なんか面白い話してぇ〜」

 「お一人でどうぞ」

 

 ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん……。8回鳴る掛け時計の音を聞きながら七海建人は新聞を眺める。

 場所は高専の一室。外部からの依頼者と依頼の話をする際にも使う客間の一つに七海と五条と、あと二人。合計四人が待機していた。

 間違っても、仲が良いわけではない。人を待っているのだ。このでかい子どもみたいな厄介男の手綱を握れる別のベクトルで厄介な男と、あと2人。こちらをちらりとも見ようとしない少女たち。

 だが大人として、自分より一回り年下の彼女らに頼るわけにはいかないだろう。この迷惑 OF THE 迷惑男を上手く操縦できるのは一人だけだ。

 なので、もうしばらくは一人でこの面倒くさい男を相手しなければならない。

 再度時計を確認する。約束の時間を過ぎているが、律儀なあの人のことだ。短くて数分、長くて十数分もすれば来るだろう。それまでの辛抱だ。

 

 「よし、わかった!

 じゃあ廃棄のおにぎりでキャッチボールしながらぁ、政教分離について話そうぜ〜!

 動画あげて炎上しようぜ〜!」

 「お一人で」

 

 何がわかったのですか、とは七海の心の一言。全くもって度し難い。頭の中身が常人とは違いすぎるのだろう。全く良い迷惑だ。

 「なんだよケチー!」とひとしきり喚いたところで、「じゃあこうしよう!」と無駄にキメ顔で指を向けてくる。人差し指で人を指すな。

 

 「五条悟の大好きなところで山手線ゲーム!」

 

 パンパン

 

 軽快に打ち鳴らされる拍手の音にうんざりしながらぱらりと一枚、新聞の頁を捲る。至極楽しそうで声で「全部!」と言えるこの男は自信しかないのか。己の欠点を自覚した上で言っているのなら大したものだ。

 パンパン、パンパン。続きを探すように打ち鳴らされた拍手の音。「はーやーくー」、駄々をこねるな。

 繰り返されること数回。「はいせーの!」の掛け声と、急かすような拍手の音。

 

 パンパン

 

 「皆無」

 

 無視を決め込んだ七海の代わりに、スマホに視線を落としていた少女が吐き捨て打ち切る。それ以降五条がどれだけ掌を叩いても誰も乗っかってこない。

 

 「みんなノリ悪くない?

 暇すぎて死にそうなんだけど」

 「一人で死んでろよ」

 「あっ、いっけないんだ〜! 今回の一番の功労者に対していう言葉じゃないからね?」

 「シンプルにウザい」

 

 鋭い舌打ち。上がった眦と寄る眉間。不機嫌な態度を隠そうとしない二人が五条悟の後頭部に冷ややかな視線を送る。

 

 「つーか、今回あんたなんもしてないだろ五条悟」

「ひっどいなー、僕色々頑張ったんだけど。傑の任務変わってやったり、順平の執行猶予もぎ取ったりね。

 さて、ここでクエスチョン! 今回の一番の功労者は誰だ! 

 僕で〜〜す!!」

 

 ウザ絡みの極みのようなテンションで喋り倒す五条に七海が向ける視線は厳しい。だめな大人の見本に、呆れて物も言えない。

 

 「はいはい、お疲れお疲れ」

 「いつも夏油様に押し付けてるんだから当然だろうが」

 「夏油様に甘えてんじゃねーよ、このクズ」

 「うっわー、口悪ぅ〜。

 で? ()()()()は僕になんかいうことないの?」

 「どうしたもこうしたも、二人の言う通りだろう」

 

 ふと、窓の外に顔を向けた上司がうすら笑いを浮かべて語りかける。誰もいない『其処』、しかし地面に不自然な影が落ちる。上空から聞こえた声は待ち人のそれ。

 

 「やあ、遅れてしまったかな?」

 「うんうん、大遅刻だよ傑」

 「これでも呪霊を飛ばしてきたんだけどね」

 

 とん、とテーブルにケ○タッキーの大袋と、馬鹿みたいにでかい箱(四角い持ち手のついた小綺麗な箱。おそらく中身はケーキだろう)を置く。

 きゃいきゃい騒ぎながら、紙皿やフォークをローテーブルに並べて準備していく二人に「こんなのが私の上司……」と頭を抱えた。

 頭の中で、親友が「それが二人のいいところだよね!」と拳を握ってなんかほざいていた。どこかだ。

 

 「それで、なんの話をしてたの?」

 「んー、今回の任務の話ね」

 

 声のトーンを少し変えて、五条が告げる。一息の沈黙。何かを思い起こすような、そんな重たい静寂。

 

 「重めって、そういう意味じゃなかったんだけどなぁ」

 

 どちらにとっても。言葉の外側の副音声は己の耳にも重く響く。かさりと、持ち直した新聞が音を立てた。

 

 「で、七海。順平の家にあった指について悠仁にーーー「言ってません」」

 

 食い気味に答える。

 

 「彼の場合、不要な責任を感じるでしょう」

 「お前に任せてよかったよ」

 

 唇がゆらりと弧を描く。座り直し、少し前屈みになって指を組んだ五条さんが「で、指は?」と尋ねてきたので「ちゃんと提出しましたよ」と返す。

 

 「あなたに渡すと虎杖君に食べさせるでしょ」

 「チッ」

 

 不機嫌を隠そうともしない舌打ち。もう一人のろくでなしが自分を指差して「じゃあ私は?」だなんて聞く物だから鼻で笑ってやる。

 

 「あなたはそもそも高専の方が副業でしょ。何に使われるかわかったもんじゃない」

 「チッ」

 

 二人揃って、似たような仕草で唇を尖らせ拗ねる。似た物同士も行きすぎればなんとやら。まったく、普段は全然似ていないのに、ごくたまに「あなた方は双子か何かですか?」というほど同じことをするし、気があった時はとことん同じ方向に突き抜ける。

 まさに悪友。あの歳になってまで親友だと恥ずかしげもなく言い切れるのはいっそ清々しいが。

 

 「あ、先生ーー!」

 

  少年の声に顔を上げた。案の定元気溌剌な虎杖くんが手を振っていて、パタパタ走ってくる。その後ろを追う吉野くんは少し疲れてるのだろうか、こめかみが少し濡れていた。

 

 「集合場所分かりづれーよ!」

 「お、来たねー悠仁」

 

 ひらりと手を振って、手招き。とことこと幼女めいた仕草で近寄ってきた虎杖君に危機感を持てと言いたい。体格は普通の男子校生よりも立派だから誘拐をされることはなかろうが……いや、彼の場合はあるかもしれない。

 

 「言われた通り順平連れてきたけどさ……って、何してんの?」

 「ふっふっふ……」

 

 少し目を離した隙に不審者はパーティー帽子を被り、鼻眼鏡をかけていた。流石の虎杖くんも苦笑いで首を傾げる。

 テーブルの上にはいつの間にか、大きなケーキと○ンタッキーのファミリーパックがパッケージのまま雑に並べられていて、これで食えと言いたげに紙皿の上にフォークが置いてあった。

 席に座るように促された虎杖くんが私の隣に座り、吉野くんもその隣に座る。三人がけのソファが定員いっぱいになったところで、五条さんが音頭をとった。

 

 「と、いうわけで!

 順平調伏成功おめでとうパーティーだ、好きなように食べて良いよ!

 あ、ホールケーキは僕の分ね」

 「台無しだよ、悟」

 パーン! とクラッカーを鳴した私の上司と、『生還おめでとうパーティー』の襷をかけた親友の上司(兼、上司の親友)。

 高校生の少年らの困惑があまりにも可哀想で、その原因たる年上二人の姿に七海は大袈裟にため息を吐いた。

 が、困惑も喉元過ぎればなんとやら。虎杖君が吉野君と肩を組んでピースを決めて、奈々子さんがパシャリと写真を撮った。

 

 「イェーイ! サンキュー先生!」

 「夏油さん、これ食べて良いやつですか?」

 「それは、どういう意味で聞いたのかな?」

 

 ちゃんと麓のケンタで買ったやつさ、とレシートを見せられてようやく納得した吉野君の姿に「あの人は一体何をしたんだ」と一人苦い顔になる。

 普段はまともな女子高生二人も、この男を前にしたら「夏油様!」が鳴き声のポンコツに成り下がる。

 

 「いやぁ、それにしても驚いたよ。まさか順平が生きてるなんてね。

 あ、どうどう? 僕のこと覚えてたりすんの?」

 「……なんか僕の記憶の中の人と違うんだけど。

 まあ、覚えてはいます」

 「固い(かったい)ね〜、昔みたいに『悟くん♡」って呼んでも良いんだよ?」

 「絶対呼んでないし、呼ばない」

 「ん?

 順平、五条先生と知り合いだったんだ」

 「そうだよ〜!

 僕らが学生時代の時ね、順平高専にいたから」

 「へぇ〜」

 「あんまり実感ないけどね」

 

  会話を盗み聞きながら、過去に想いを馳せる。あの頃は平和はなかったが平穏はあった。私たちははちゃめちゃな先輩たちに振り回されているだけでよかったし、無駄に考えなくてもそれなりに生きていけた。

 今になると、それがどれほど得難いものだったのか理解する。大人になるとはこういうことだ。

 宴もたけなわ。フライドチキンは開始数十分で姿を消して、宣言通り五条さんがホールケーキの3/4を完食した(残り1/3は子どもたちが食べた)後。虎杖くんが指についた肉の油を舐めとりながら「そういやさ」と切り出す。

 

 「この後こーりゅーかい?ってやつなんでしょ?

 早くみんなのとこ行こーよ」

 

 時計に視線を向ける。少し早いが、集合を考えればちょうどいい時間。私が「そうですね、遅刻しないように気をつけて」と言う前に余計な横槍が入る。

 

 「悠仁……もしかしてここまで引っ張って普通に登場するつもり?」

 「え、違うの!?」

 

 何を言い出すんだこの人は。なにも違くないですよ虎杖君、と突っ込みつつ、言葉に出してまた絡まれるのは勘弁して欲しいので雄弁の銀より沈黙を選ぶ。

 

 「死んでた仲間が二月後、実は生きてましたなんて術師やっててもそうないよ」

 「ああ、殺した敵キャラがラスボス戦後に現れて真ラスボスになるぐらいレアだね」

 「それってレアなん?」

 

 きゅぴーーん! と視線(?)で通じ合った悪ノリ二人が、初心で純心な少年を騙くらかすのを白い目で見つめた。やはりこの二人は一緒にすべきではないな、と改めて理解したところで、楽しげに、そして高らかに響く。

 

 「「やるでしょ、サプライズ!!」」

 「「サプライズ……」」

 

 重なる声が2回分。上のは28歳、下が16と17歳。10歳以上の差があるのに、対応がまるで逆。

 虎杖君はぽかんとしているだけだけれど、吉野君は呆れ返って今にも舌打ちし始めそうだ。

 ちらりと枷場さんたちに視線を向けてみたが、謎に目を輝かせている。夏油さん全肯定botに期待するだけ無駄だった。

 彼女たちの目が覚める日を心から願う。




水魚之交
読み方 すいぎょのまじわり(すいぎょのこう)
意味 とても仲がよく、離れがたい交際や友情のこと。
その関係を魚と水にたとえた言葉。
三国時代、蜀の劉備が仲の良かった孔明を軍師に迎えたときに、古参の武将は不満をもらしたが、魚に水が必要なように私には孔明が必要だと言ったという故事が由来。


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多分これは黒歴史

 「じゃ〜〜〜ん!

 故人の虎杖悠仁くんと、新入生の吉野順平くんでぇ〜〜〜〜っす!」

 「はーいおっぱっびーー!」

 「……おっぱっぴー」

 

 うっわ、悲惨。美々子と菜々子は双子特有のシンクロで同じことを考える。まあ他人事だけど。

 しぃん、と恐ろしいほどの沈黙に支配された現場。重たい空気に押し潰されそうなのは主役に立たされた悠仁と順平の二人。芸人がスベッたとき以上に重い空気。

 見てるこっちまで息苦しくなる空気だ、当事者二人には同情する。

 根暗の順平なんて、耐えきれずに箱の中に引き戻ってる。虎杖はいまだ固まったまま動かないけど。

 

 「「(あーあ、かわいそ)」」

 

 どれもこれも、全部五条悟のせい。夏油様発案のサプライズ企画ならこうはならなかった。*1

 元凶はテコ入れでもするように拍手を鳴らして沈黙を引き裂く。

 

 「ちょっと順平、ノリ悪いよ〜。もっと勢いよく出てこないと! 

 悠仁見習って!」

 「ほんとやめてほしい」

 「あ、もしかしてもっと派手なのが良い感じだったりする?

 お姫様抱っこしてあげようか?」

 「だれが好き好んでそんな地獄に飛び込むかよ。

 ……いや、あの、こっち来ないでください、冗談じゃなく」

 「遠慮すんなって」

 「いや、ほんと、真面目にやめてください。来るな、やめろ!!」

 「順平は人見知りだからね、私がやってあげよう」

 「やめろ!」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、「ああもう! 出ますよ出ます!」とらしくもなく大声を出して箱を跨いだ。

 ファスナータイプの学ランにカスタムされた制服。順平の希望で両開きとなったファスナー。

 本人は「機能性重視」とか言ってたけど絶対オシャレ的なこだわりとかそんなんだろ。下側の部分をちょこっと開けて、ベルトとシャツがのぞいてる。

 襟に二つ並んだ高専のボタン。苛立たしげに掻き上げる前髪。

 その拍子に、俯いていて見えなかったそいつの顔が露わになって、息を呑んだものが多数。教員たちの顔面が蒼白に変わっていく。

 そのまま虎杖の隣に立った順平の背中を、五条が思い切り叩いた。

 遠慮もクソもなく「ほら、自己紹介して」とバシバシぶっ叩かれる(促される)様はいじめっ子といじめられっ子。

 睨むような鋭い目つきでぐるりと見回して、苦々しく顔を顰めた。

 ボソボソと小さな声で、ようやく行われた自己紹介は静まり切った空間にはよく響いた。

 

 「……吉野順平です。今年で17歳だけど一年に編入しました。よろしくお願いしま「なぜ、生きてる」」

 

 強烈な圧力(プレッシャー)

 ほとんど同じタイミング、否。食い気味に被せられた言葉が重く響く。

 呪力のこもった言葉と勘違いするほど、おどろおどろしい低い声。楽巌寺学長が目を見開いて睨んでいた。

  ……なぜか、宿儺の器たる悠仁ではなく術式をもった一般人でしかない順平を。

 

 「なぜ生きてる、吉野()()!!」

 

 (しゃが)れた声で、近代で一番呪わしい名を叫ぶ。「そんな声どこから出した?」と疑問に思う間もなく、怒声が脳味噌を揺らした。五条先生と夏油先生が面白そうに笑っている。

 最悪にして最恐の呪詛師の名に「え」とを声を上げて身を固まらせたものが若干名。

 知っていてなおどうでもいいとあくびするのが二名、「だれ?」と首を捻るのが一名。

 

 「その公平の息子くんだよ、おじいちゃん」

 

 見覚えあるっしょ、なんて言って吉野を前に押し出した。順平は心底嫌そうに顔を歪める。不本意だと表情が語っていた。

 

 「吉野公平って、冗談でしょ」

 

 禪院さん……真衣さんの方が、うっすらと青ざめながら吉野を指さした。指はかすかに震えている。

 

 「だってそれ、最悪の呪詛師の名前じゃない」

 「そうだよ、その吉野公平」

 

 夏油先生まで五条先生と一緒になって、また俯き出した吉野の顔を強引にあげる。頭部を鷲掴みにされた吉野はものすごく嫌そうに顔を歪めた。

 

 「十年くらい前に派手に上層部ぶち殺がした最悪の呪詛師。

 その吉野公平の息子で、公平と全く同じ術式受け継いじゃってるのが順平ね。

 ホラ、色々危険だから(傑の独断で)存在を隠してたんだけど、前の学校で盛大にテロって呪殺未遂!

 で、高専預かりになりました〜、はい拍手!」

 

 拍手の音はたった一つ。律儀な虎杖だけが「わー!」と場を盛り上げるように声を上げて、究極に空気の読めない拍手を送っている。

 

 「ちなみにテロの理由は【吉野先輩とほぼ同じ】って言ったら通じるかな。

 あ、テロって言うけど大丈夫。被害者死んでないからセーフってことで」

 「うんうん、セーフセーフ」

 

 特級二人に挟まれて、居心地が悪そうに身を縮こませる順平。虎杖が「先生たち順平いじめないでよ」と仲裁する。

 

 「どこがセーフだ、完全にアウトだろ」

 「殺さなかったんだからいいじゃないか。非術師家庭出身によくある()()()()というやつだよ。

 それに、テロった時は呪術師じゃないんだからノーカンさ」

 「愛せない輩に慈悲なんてかける必要ないですしね。誰も殺してないなら脱法です!」

 「呪術規定の穴を突くようなこと言うんじゃない!」

 「こいつらが一番吉野(アイツ)に毒されたわね」

 

 夜蛾学長が腹を押さえて怒鳴る。きっと胃に来てるんだろう。京都の庵さんは額に片手を当てていた。

 

 「憂太よりやべぇやつ来たな」

 「しゃけ」

 「親が親なら子も子ね」

 「イかれてんな、お前」

 「一斉攻撃じゃん、ウケる」

 

 パシャー、と撮影する奈々子の肩を、野薔薇が「おい」と声をかけて掴む。

 

 「なに、痛いんですけど」

 「あれ、知ってただろ」

 

 親指が横を向く。視線を流さなくてもなにを指してるのかわかって、「ああ」と一言ぼやいた。

 

 「悠仁のこと? まあ知ってたけど」

 「教えなさいよ」

 「だって夏油様が秘密にしろって言ってたから」

 「ちっ」

 

  ファザコンがよ、だからなんだよ。バチバチガン付け合う野薔薇と奈々子から一歩距離をとって、他人のふりをする美々子。一年女子の様子に苦笑いして、甘く穏やかな声が二人を呼ぶ。

 

 「美々子、奈々子、おいで」

 「「はーい」」

 

 素直な返事と、華麗な猫被り。ぶりっ子二人に毒気を抜かれて、野薔薇は新たに湧いた疑問をぶつける。

 

 「は? なんで教師側(そっち)?」

 「なんでもなにも、うちら交流会参加しないし」

 「一年で出るのは野薔薇と恵と悠仁だけだよ」

 「吉野は?」

 「さあ、補欠?」

 「あいつは参加するでしょ、悠仁でるし」

 

 わいのわいのと生徒(こども)達が駄弁る一方、大人たちの睨み合いは苛烈を極める。

 

 「そいつは秘匿死刑が確定している。宿儺の器のように執行猶予期間などない」

 「あー、そうそう、あったねー秘匿死刑(そんなもの)

 もうとっくに無効(ナシ)になったからね、忘れてたよ」

 「なに……?」

 

 楽巌寺(京都の学長)が目を見開く。悟が意地悪く「くつり」と笑う。夏油様も、順平の肩に腕を回して意味深に微笑む。お優しそうな笑顔に京都の女教師が「うげ」と失礼な声をあげた。

 

 「言わなきゃわかんない?

 調伏成功したんだよ、あの特級呪霊。一週間でキッチリね。

 これで提示された条件もクリア、自由の身ってワケ」

 「馬鹿な、不可能だ」

 「だっよね〜〜!

 でも実際やっちゃったんだから諦めなよ、()()()()()()

 「私からも保障しますよ。なんなら証拠を見せましょうか?」

 

 今にも中指を立てそうな悟を制しながら、夏油様が笑う。ギリギリ歯を噛み締める音がこちらにまで聞こえてきそうな憎ましげな顔。

 

 「糞餓鬼どもが……」

 

 京都姉妹校交流会は始まりから波乱の予感しかなかった。

*1
夏油は楽し○ごをやらせようとしていた。○島よしおよりも白ける可能性があるとは誰も突っ込まなかった



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だから頭がイカれてる

「おい、特級呪霊ってなんのことだよ。」

 

 長い髪の女の人がじろりと僕を見ながら、五条さんにそんなことを聞いた。僕はなんか居心地が悪くてこっそり悠仁の背中に隠れる。うわ、なんか視線増えた。ギャルっぽい茶髪の人とヤンキー臭するイケメン。……どうしよう、外見が地雷なんだけど。悠仁の友達だから多分いい人なんだろうけど、現段階ではちょっと……うん。

 悠仁は「どしたん?」と首を傾げつつも背中を貸してくれた。ありがとう悠仁、愛してる。

 

 「ん? なに、気になるの?」

 「そりゃなんだろ。憂太と同じか?」

 「いいや、違うよ」

 

 僕が喋らずとも進んでいく会話を聞き流す。「このまま有耶無耶にならないかな」と心の中で唱えてやり過ごそうとしていたけれど、やはり現実はそううまく行かない。

 

  「ま、簡単に言えば悠仁と同じだ。順平は()()()()()()()()

 

 結論として言えば、僕の敗因は五条悟という人間に全てを任そうとしたことだろう。あっさりと暴露された僕の秘密に顔が引き攣る。

 二の句が紡げずパクパクと口を開閉する僕。「ちょっと先生!」と抗議する悠仁。しかし夏油先生まで「まあまあ、悟に任せておこう」なんていって五条の味方をしだす。

 同じ東京の級友(予定)も僕らを流し見するだけで拝聴の姿勢を崩さない。他人に対する配慮が足りないんじゃないのか?

 僕が言えたことではないけど。

 

 「厳密にはちょい違うんだけど、其処ら辺は今関係ないしいいよね。

 で、受肉した呪霊なんて上の連中はおっかなくて仕方がない。それに順平はあの公平の息子だ。

 存在がバレた瞬間秘匿死刑が確定してしまった訳ですけれどもね。

 そこは(わーたーくーし)、五条悟が人肌脱ぎまして。

 めんどくさいの抜かして簡単に言えば、執行猶予の一週間で呪霊調伏したら死刑は無効。出来なかったら有無を言わさずに殺せってなったわけ。」

 「無理だろ」

 「そう、誰もがそう思ってた」

 

 ピタリ。すらすら動いていた口が止まり、アイマスク越しの瞳が僕に向けられる。すこしビビる。

 

 「でも順平の呪霊の場合、宿儺とちがって()()()()()()()()()だったからね。

 無理矢理生得領域奪って、呪霊(そいつ)を調伏できたんだよ。

 公平といい順平と言い、マジで愛の呪い体現してるよなコイツら。」

 「まあ、僕は運が良かっただけなので。」

 「まったまた〜、魂すり潰されて復元してを繰り返して領域争いに勝ったんでしょ?

 呪術学んで一週間ちょいでよくやるよ」

 「一週間!?」

 「そそ、キッショいよね〜!」

 「こら、悟」

 

 五条の軽口を夏油が裏拳叩き込んで黙らす。教師までガラが悪い。

 

 「本格的に学んだのが一週間ってだけで、最初からちゃんと術式は使えてたんだよ。

 そもそも順平は呪霊(まひと)に脳をイジられて術式に目覚めたクチだからね、ある程度調整されていたんだろう。

 一日二日ですでに式神を出せてたし、術式反転もどきのドーピングも出来てたしね。」

 

 呪霊にいじられた、と言われたあたりで目を逸らした。「ありえねぇ」と言いたげな複数の視線で針の筵だ。僕の愚かさを改めて実感してしまい気まずくなって、身を縮こまらせる。

 

 「それを抜いてもセンスがいいよ、順平は。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()どんどん学習してね。見ていて気持ちがよかったよ」

 「あ、そうそう。最近食堂のパートの人増えたでしょ? あの人順平のお母さんね。」

 「食堂の人って、凪さんのことですか?」

 「そーそー、恵は会ったことあるんだ」

 「そりゃあるでしょ」

 

 母さんの話になって、ようやく顔を上げた。なんの料理が上手いとか、善人らしい善人だ、とか、母さんが褒められるのは気分がいい。

 逸れた話を戻すように、夏油がパンパンと2回拍手を鳴らす。集まった視線に臆することなく「にこり」と笑い、「ま、そういうことだから」と穏やかな口調で切り出す。

 

 「ま、そういうことだから、仲良くしてあげてよ。

 別に順平だって悪いやつじゃない」

 「悪い奴とヤベー奴は別物だろ」

 「吉野先輩をヤバい奴みたいに言うなよ。

 実際にヤバい人だったけどさ」

 「ぶははっ! 認めてんじゃん! これどうなの順平ー?」

 「まあ、客観的に見たらそうなんでしょうね……。

 どうしようも無いゴミ共だとしても、父さんが人を殺したのは事実ですから」

 「おう、よくわかった」

 

 メガネの女の人がうんうんと頷く。「こういう感じにイカれてんのね」と茶髪の人が追従し、マッシュルームヘアの人が「明太子」と頷いた……いや、明太子って何?

 

  「それで、どうする順平」

 「何がですか?」

 「交流会のことに決まってんでしょ。出るの、出ないの?」

 「ーーーー……」

 

 五条の言葉に疑問で返す。その疑問に奈々子が答えた。僕は熟慮する。母さん、悠仁、真人さん。あの学校での出来事や、夏油や枷場姉妹の指導。夢の中で父に教わったことと、僕の中の特級呪霊。いろんな場面と景色が浮かんでは消えた。

 考えて、たどり着く。

 

 「……僕が強い呪霊を殺したら、悠仁の役に立てるかな。」

 「あ、やっぱり基準俺なのね」

 

  呆れたような悠仁の言葉に、「そりゃそうでしょ」と僕は内心答えた。気味悪そうに僕を見る女性陣の視線が痛い。

 でも、関係ないと僕はそれを無視する。そして返答待ちの五条の目を覗き込んで(アイマスクで目は見えないから、実際はそういう振りになるけど)、僕は告げる。

 

 「出ます、交流会」

 「言うと思った」

 

 語尾に音符がつきそうなほど、弾んだ声音。男がやっても不気味だ、というのが僕の感想だ。

 

 



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とはいえ「おいた」は許さない

*一部のパパについて掘り下げてみました








 『開始1分前でーす。

 ではここで歌姫先生にありがたーい激励のお言葉を……もらってもしょーがないので夏油先生よろしくお願いします』

 『どういう意味よそれ!!』

 『マイクありがとうございます五条先生。はい、それではみなさん死力を尽くして頑張ってください。

 死にさえしなければ脳みそ吹き飛んでても家入先生が直してくれます。両校、瀕死になるまで競いましょう』

 『ダメにきまってんでしょーーが!!

 ある程度の怪我は仕方ないとしても瀕死に追い込む必要はないでしょ!

 必要なのはそう、あれよ。助け合い的なアレが……『はいスタートォ!!』

 『まだ喋ってんだろうが!』

 

 『先輩を敬え!!』という絶叫と、機械の雑音(ノイズ)。ぐだぐだのアナウンスにみんな白けた顔をして走り出して、僕もそれに続く。

 

 「(……何してんだろ、あの人たち)」

 「アホくさ」

 

 僕がそう考えたのとほぼ同時に、釘崎さんが呟く。全力疾走に合わせて走ってるけど、このままのペースを続けたら息切れして倒れそうだな、となんとなく考える。

 体力は節約しないと。

 

 「ボス呪霊どの辺にいるかな?」

 「放たれたのは両校の中間地点だろうけど、まあじっとはしてないわな」

 「(……四足歩行じゃない)」

 

 パンダが二足歩行で動いて喋るのを、未だ受け入れ慣れてない僕はなんとなく白黒の巨体を目で追ってしまうが、悠仁はそんなことさっぱり気にしてないようで己の右側には目も暮れずにまっすぐ前を見ている。

 僕は無理だ、めちゃくちゃ気になる。C級映画に通じる()()()をなんとなくパンダ先輩から感じてしまう。……いや、それは失礼だろ僕。

 

 「()()()()()()()で索敵に長けたパンダ班と恵班に分かれる。

 あとは頼んだぞ悠仁」

 「オッス!」

 「順平は棘とはぐれんなよ!」

 「はい…」

 「高菜!」

 

 真希さん(名前で呼べと言われた)の言葉に僕は頷き、狗巻さんが「俺に任せな!」とでも言いたげに自分の胸を拳で叩いた。高菜にどんな意味があるか知らないけど。まあTPO的にも、この解釈であってるだろう。

 おにぎり語で喋る不思議キャラの先輩が「こっち見ろ」とダブルピース決めて真横を走る。

 

 「よろしくお願いしますね」

 「しゃっけ!」

 

 きらりーん、アイドルウインクで横ピース。走っているのに元気だな、と辺なところに感心する。

 何かを期待する瞳がだんだんと光を失い、ため息のテンションで「……ツナマヨ」

 ……ごめんなさい、意味わかんないです。

 いやでも僕、返事するだけでも苦しい元引きこもりのもやしなんです。だからノーリアクションなのも仕方がないわけで。

 決してウザがってるわけでも疎んでるわけでもないので悲しそうな顔しないでください。後で弁解するので聞いてください。流石に罪悪感を感じる。

 

 「バゥッ!」

 

 先頭を走っていた黒い犬の式神が吠えた。正面に呪霊が現れる。足を止めないまま、真希さんが大刀を構えて、そして……

 

 「先輩ストップ!」

 

 伏黒くんの言葉とほぼ同時、パイナップルみたいな髪型の半裸ゴリラが森林破壊しながら現れ、ついでみたいに呪霊を祓う。

 

 「ぃよぉーーーし!!

 全員いるな!」

 

 まるで獣が吠えたみたいな大声で、瞳孔かっぴらいて明らかにイカれた表情で笑って。

 す、と視線が右へと逸れた。空白。そこにいた()はもう動いてる。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 パイナップル男が「まとめてかかってこい!!」と言う次の瞬間には、悠仁の膝が顔面に叩き込まれる。

 

 「散れ!!」

 

 指示に従い、走る。狗巻さんを一瞬見失ったけれど、薄いクリーム色みたいな髪は目立った。森の隙間に見える明るい色目指して全力で走る。

 

 「東堂一人でしたね」

 「やっぱ悠仁に変えて正解だったな」

 「わかっちゃいたけどバケモノね」

 「そ、だから無視無視」

 「ツナ」

 「ぜぇ……ゆうじは、ハァ、つよい、から……」

 「いや、知ってるし。

 あんたさ、しんどいなら無理して喋んないほうがいいわよ」

 

 東堂とか言う人の登場シーンのインパクトは強烈だったけど、悠仁だって十分強い。保険も置いてきたしどうにかなることはないだろう。

 

 と、いうことを言いたかったけれど、「もう喋んな」的なことを釘崎さんに言われて、背中をさすられた。

 

 「(……優しい)」

 

 悠仁の言う通り、高専はいい人がたくさんいるみたいだ。

 しばらく全員纏まって走っていたけれど、ふと伏黒くんとパンダが立ち止まって背後を振り向く。

 

 「「変です/変だな」」

 

  僕は止まった表紙にずしゃりと倒れ込む。横にいた狗巻さんにびっくりした顔で「こんぶぅ!?」と叫ばれた。

 あまりの体力のなさに呆れられたのか、真希さんに「もうお前式神使えよ」と言われた。早速織姫を出した。なんか、織姫にも呆れられてる気がする。

 脇腹を労りながらうつ伏せに乗っかる。そんな僕をよそに、伏黒君たちの話し合いは進む。

 

 「京都校が纏まって移動してる……悠仁と別れたあたりだな。

 これ、京都校全員揃ってないか?」

 「二級呪霊(ターゲット)がそっちにいるってことか?」

 「いや、二級なら余程狡猾でないかぎり玉犬が気付きます」

 

 ふと、右肩に手を置いて、伏黒くんが目を瞑る。一瞬の熟慮。足元の黒い犬が肯定するように一つ吠えた。

 

 「……京都校(アイツら)、虎杖殺すつもりじゃないですか?」

 「は?」

 

 「なんで?」と言う疑問と「ふざけるな」と言う怒り。

 「敵がまとまって悠仁のところにいるなら、視界でも共有して様子を見てみようかな」なんて、そんなこと考えていた脳みそに伏黒くんの出したアンサーがガツンと響く。

 冷え込んで、カチンと凍結(フリーズ)したのは一瞬で、次にはガソリンに火種を落としたように一気に燃え上がる。

 

 「何ソレ!

 意味わかんない!!」

 「……ありえるな。」

 

 怒りすぎて、一周回って冷静だ。

 

 「確かにそこまでの敵意は感じなかったが、ありゃ悠仁生存と順平新加入サプライズの前だろ?

 楽巌寺学長の指示なら全然ありえる。」

 「こんぶ」

 「考えすぎだって言いたいところだが

 ……なくはない」

 

 でも、と。紫色のフレームに縁取られたレンズの向こう側がすっと動いて、琥珀色が僕を射抜く。

 

 「だが、それなら奴らの本命はお前だ、順平」

 

 時が一瞬、止まった気がする。

 

 「……え、なんで僕?」

 

 疑問の答えは実にシンプルで、「吉野公平の息子だから」の一言で終わる。

 誰もそれに疑問の声を上げず、逆に「ああ」と納得すらしてた。

 どう言うことだかわからない。封印の弊害で未だ薄ぼんやりとした父との記憶が、古いビデオテープを見てるかのように再生される。

 ざざ、ざざ、と。画質の悪い映像が繰り返し繰り返し頭の中の映画館に上映されている。

 必死になって思い出した父の顔は、上半分が隠れて口元だけ。母さんそっくりの豪快な笑い方が……あれ?

 

 「吉野公平の存在はタブーなんだよ。老害とはいえ百戦錬磨の呪術師を鏖殺した上にあの悟を殺す一歩手前まで追い込んだ男だ。

 しかもお前は父親に思想が似てる元呪詛師。危険分子として排除されるには十分だ」

 「じゃあ直接僕を狙えばいいじゃないか!」

 

 今、一瞬。何かを思い出したのに。砂浜(記憶)なぞって(振り返って)書いた(見つけた)何かは波に攫われて消えてしまう。頭が、痛い。

 

 「お前と戦う前に、まず邪魔な宿儺の器(ゆうじ)から殺そうとしたんじゃねーの。

 まあ、これも全部推測に過ぎねえ。今私たちがやるべきはさっさとこのふざけた団体戦を終わらせること___」

 「(そうだ、澱月!)」

 

 そんなはずはないと、信じたくなくて僕は片目を手で覆う。どうか、間違っていてくれと懇願する。そして、澱月が送ってきた映像を見て、僕の頭は再び冷えた。

 

 「______。」

 

  水鏡のような歪んだ視界。血塗れの悠仁が倒れている。

 ああ、そうかそうか、確信した。

 悠仁は、僕の最愛は、クソほど愛せないゴミどもに害された。

 

 「おい、聞いてんのか順平」

 

 どっど  どどどうど  どどうど  どどう

 暴風によく似た衝動が、僕の中でバチンと弾けた。

 

 「殺す」

 「おい!」

 

 何か言われた、でも今は聞こえない。

 今、僕はただ己の正義(あい)のために行動する。

 





というわけで、愛情バーサーカー2世な順平が呪術の世界で頑張る話が本格的にスタートします


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さすがに僕も怒ります

訳)激おこぷんぷん丸




 

 [呪術高等専門学校東京校、上空]

 

 織姫の上から森を見下ろす。京都の連中に囲まれている悠仁を見た瞬間、脳みそが沸騰した。

 

 「澱月」

 

 すでに容赦は残ってない。

 悠仁を守るためにつけていた澱月を膨張させて、その内部に悠仁を取り込む。

 こうすれば澱月の肉体でバリアとなるから、これ以上悠仁が怪我をすることはないし毒をばら撒いても無事だ。

 悠仁の安全を確保し、自分は織姫に乗り上空から大量殲滅兵器たる蜃をばらまき、いざ散布______……。

 

 「は?」

 

 澱月の中に取り込んだ悠仁が狩衣の男に変わっている。なんで?

 これでは悠仁まで巻き込んでしまうので、慌てて蜃への命令をキャンセルする。澱月の中に異物が混ざっているのは不愉快なので吐き出した。

 どこに行ったと悠仁を探す。悠仁は少し遠い木の上に立っていた。よかった、怪我してない。

 

「(でも、なんで一瞬で居場所が入れ替わったんだ?)」

 

 まあ、いいか。何だかよくわからないけど、悠仁が無事ならそれでいい。

 

 「「おい」」

 

 だが、京都校(こいつら)は別だ。

 掌印を結び、呪力を巡らす。

 

 「言ったよな、邪魔をすれば殺すと」

 「悠仁になにしてるんだよゴミが」

 

 ……なんか今、言葉が被ったな。

 視線を逸らせばなんか京都のゴリラが陰陽師っぽい人に喧嘩売ってる。仲間割れか? なんでまた急に……

 

 「(ま、いいか。)

 悠仁、大丈夫?」

 

 反転術式の付与を試みてみるがうまくいかない。くそ、傷ついてる悠仁を癒すことができないとは。肝心なところで役に立たないな。

 己の術式の改良点を探しながら悠仁の手当てをする。

 

 「いや、別に見た目が派手なだけだから大丈夫。

 それより順平は……」

 「うん、森中に蜃バラまいたから仲間が撤退したら即発動するよ。呪霊と一緒に京都の奴らみんな鏖殺できる」

 「いやそれダメじゃねぇ!?」

 「あっ、鏖殺は言葉の綾だよ。一網打尽、一網打尽…」

 

 危ない,何普通に殺そうとしたんだろう僕。しかも、悠仁に言われてようやく気づくなんて。

 無意味な殺人なんて、(そんなこと)したら悠仁と母さんに胸を張って生きられないじゃないか、と自制する。

 あの夜の悠仁を鮮明に思い出して胸の奥がぎゅうっとしまった。

 殺しはしない。魂が汚れるから、不必要な殺人はすべきではない。悠仁を傷つけられたという正当性はあれど、便宜上あいつらも同じ術師の仲間だ。

 でも、何もしないなんて選択肢はない。僕の最愛を殺そうとしたんだ、制裁を下さなければ。

 

「ちゃんと殺せよ」

 「それは虎杖次第だ」

 

 なんか話し合いが終わったらしい彼らが撤退しようと逃げの姿勢を見せる。僕は彼らへ与える制裁を考える。

 悠仁一人をこのゴリラと一緒に残すのは気が引ける。でも他ならぬ悠仁が「俺は大丈夫!」と笑うから、僕は制裁を下すために京都校生のあとを追う。体力はまあできた方だと思うけれど、彼らとの差が激しい。このままだと体力切れを先に起こして追跡できなくなる。

 ……となると、僕が取れる手段は二つ。一つは足止め。彼らに追いつくまで物理的に止める。

 二つ目は足を使うこと。織姫に跨がれば、呪力が尽きぬ限り移動は可能。

 でも、別にどちらか一つだけしか選択肢がないわけではない。

 僕は織姫を呼び出して、一直線に真上を指差し命令する。

 

 「ーーーーやれ、織姫」

 

 まずは、頭上から見下ろして索敵する敵を潰す。毒の牙を持つ巨大な深海魚が、小柄な少女に牙を剥いた。墜落したのを見届けて、織姫を僕の元へ下ろす。

 深追いはしない。どうせ、あの高さから落ちたらタダでは済まないだろう。

 

 「ありがとう織姫。もう少し頑張ってくれるかな」

 

 そう囁いて、織姫にまたがる。冷たい鱗の感触。「さあ」と声を変えて、残りの四人の後を追う。

 

 「鬼ごっこしようか」

 

 我が声ながら、馬鹿みたいに低い声だった。

 

 ■■■

 

 

 上空に吉野公平の息子(元呪詛師の疑惑あり)。付近にさらなる呪術師の存在。

 吉野順平の暗殺について話し合っている先輩たちに血の気が引いていく。

 頼みの綱は先輩たちだけど、上空で巨大な式神(リュウグウノツカイ)(多分あれ吉野順平の式神)に西宮先輩が撃墜されたのを目撃した瞬間、「あ、死んだ」と思った。

 

 「真依、メカ丸、西宮のカバー」

 「まあ、あの人いないと困るしね」

 「御意」

 「三輪は私についてこい」

 「はい」

 

 冷静に「はい」なんて言っときながら、私の内心は冷や汗でダラダラだ。表には出さないけど「ヤバイヤバイヤバイって!」と内心悲鳴をあげている。

 何を隠そう、三輪霞(わたし)は予備校上がり。つまり革命派よりの術師だ。気分的に派閥とかよくわからないから中立だと思ってるけど。でも、一般的に見れば私は革命派。

 だから、ある程度知っている。吉野公平という()()()のことは、割と結構。

 いや、少し謙遜した。ほぼ知ってると言っても過言ではない。吉野公平の偉業も悪業も、あらかた知り尽くしているとも。

 これは三輪だけに限ったことじゃなくて、塾生ならたぶん誰でも知ってるだろう。

 別に授業で聞かされるとかそういう訳じゃないんだけど、予備校で過ごしていたら知らず知らずのうちに知ってる革命派のプチ・常識みたいなもの。教師が革命派なんだから仕方ないだろう。あの人たち吉野公平大好きだもん。

 なので、実の所吉野公平のことを「ドン引きレベルでやばい呪詛師」とは思えないのだ。悪い人だとは思うけど、極悪人ではないと思う。

 保守派が多い京都校の中で革命派を名乗るほど私のハートは強くないからそんなこと言わないけれど。真依なんて御三家だから吉野公平のこと、死んだ今でも怖がってるし。

 閑話休題。

 でも、鈍感と噂な超絶一般人の私ですらちょっと「あ、染められてるかも」と思うわけですので、保守派の人たちにどう見えているのかなんてお察しというところ。

 まあ、ようは非術師出身はほぼ自動的に革命派所属的に認識されてしまうのだ。

 仕方ないけど、そもそも予備校の名前が吉野塾であることからお察しだよね。あらゆる方向に喧嘩売ってる名前だし。

 

 「(呪詛師を英雄のように崇める塾長は確実にヤバい人だけどさ。まあ、私たちにとってみれば実際救世主みたいなものなんだよね)」

 

 塾ができた背景を考えると、なんとも言えない。非術師生まれの使い潰しとか他人事ではない。

 だから吉野公平は悪人だけど極悪人ではない、なんて。

 ちょっと己に施された洗脳教育の気配を感じて、頭を抱える。

 とにかく、塾生は吉野公平を大なり小なり尊敬してる部分がある。尊敬までいかなくても、「やつはどうしようも無い極悪人だ」と言われていたら「たしかに悪いけど、一概にそうとは言えない」と口を挟みたくなる程度に気にかけている。

 吉野公平が動いたからこうやって予備校ができて、何も知らない自分たちが本格的な呪術師になる前の下準備ができることを知っているから、感謝してる。

 ある程度呪術師として働けば、この世界の残酷さが見えてくるから。

 下積みがなければ本当に使い潰されていたかもしれないと考えて、ゾッとするのは通過儀礼だろう。

 というか、革命派リーダーの夏油傑や塾長の灰原雄が「心底尊敬してる先輩」だと公言してるのだから、影響受けちゃうのも仕方なくない?

 なにかと話題には事欠かないし、私たちの人権はある程度保障されてるのは彼の唱えたという愛情理論のお陰だし。

 まあ、私としてはちょっと行きすぎてると思わなくもないけど、「生きるために必要な心構え」的な捉え方をしてるけど。

 でも、思想自体は悪く無いと思う。

 愛してるから守りたい、愛されてるから守りたい。

 愛の内側にいるものたちは一致団結するし仲間意識が生まれてチームワークに磨きがかかるし、メリットが多いのは理解してる。

 

 「(でもそれって()()()()()()()()()、なんだよね!)」

 

 が、それが裏返った時が怖い。ノーリスクハイリターンなんて上手い話はない。

 可愛さあまって憎さ百倍、愛と憎しみは紙一重、愛してなければ価値などない。

 吉野公平の愛情理論を推している人間たちは、愛の内側にいる人にはとことん優しいけど、外側にいる人間に対して一切の容赦がないのだ。

 そもそも、愛情論者(かれら)の理想を体現する人間こそが吉野公平。

 家族を殺されて呪詛師に堕ちたと聞いていたのだが、先ほど聞かされた【人造呪霊】という凄まじいパワーワードから察するにもっと酷いことされてそう。

 つまり、ここまで長々と三輪が何を言いたいかというと……

 

 「逃げるな、呪術師!」

 「(やっぱりーーー!!)」

 

 吉野公平の息子たる吉野順平の過激報復の可能性。雨のように降り注ぐ貝がまさにそれ。瀕死なんてもんじゃない、殺しにかかってる。

 

 「鼻と口ふさいで!!」

 

 吉野順平の術式がどれだけのものか知らないけど、吉野公平と同じならこの貝は【蜃】に違いない。

 毒の霧を吐いて体の内側から腐らせる毒ガス兵器。吉野公平により殺害された呪術師112人のうち、半数以上がこれにより殺された。

 

 「僕が目的なら、最初から僕を殺しにくればいい。そうしたら、僕だって誠実に対応するさ。

 でも、悠仁を巻き込んだら話は別だ」

 

 濃厚な毒の霧。咄嗟に呪力でコーティングして鼻と口を守ったけれど、いつまで持つのか。

 目の前にいるのは本当に吉野順平なのか。吉野公平なんじゃないかと、ありえない錯覚に襲われる。

 

 「悠仁は僕の最愛だ。人の最愛に手を出しておいて、ただで済むと思ってるのか?

 僕はオマエらを愛さない。愛せない人間に慈悲はない」

 「(終わった……)」

 

 もうだめだ。私たちに慈悲はない。夏油傑が最初に言っていた通り、死ななければ家入さんがなんとかしてくれるだろう。

 なら、私は瀕死でもいいから生き延びることだけを考えよう。

 諦観に身を任せる。今の私にはそれしかできない。

 

 「おい、勝手なことしてんじゃねーぞ。

 棘から離れるなって言っただろうが」

 

 真依によく似た人が、守るように私の前に立っている。その人を見て吉野順平がぴたりと止まって、苦い顔をして目を逸らす。

 

 「離れたのは、すみません」

 「おう。

 ならここは私らに任せて、お前は棘と一緒にボス呪霊殺れ」

 「……別に、殺す気はなかったんですけど」

 「そーゆーのは毒ガス兵器回収してから物を言え」

 「……」

 

 無言で蜃を引っ込める。それでようやく、私はほっと息をついた。足の力が抜けそうになって、でもそれはダメだと自分を奮い立たせて両足に力を入れる。

 手だけはずっと刀に添えられていた。

 

 「さっさと団体戦終わらせるのがいいってお前、さっき納得したよな?

 虎杖守りたいんだろ?」

 「……わかりました」

 

 名残惜しそうに私たちを睨みつけて、吉野順平が姿を消した。

 コンマ数秒後、なんか東堂先輩の雄叫びが聞こえた。なんか楽しそうですね、はあ……。

 

 ■■■

 

 「いてて……あれが吉野()()の織姫か……。毒の牙、厄介だな」

 

 噛まれた肩が熱を持ってジクジク痛む。毒のせいだろうか、手が小刻みに震えてる。これ、ちゃんと抜けるかな。解毒薬とか持ってないから、このままだと少しまずいかも。

 

 「!!」

 

 木の上で休んでいたら、突然揺れた。木の下を見る。

 ……なんか、居るんだけど。

 

 「「にーしーみーやーちゃーん。

 あーそーぼーっ」」

 「(ガラ悪っ! 可愛くない)」

 

 まじで勘弁してほしい。



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ほのぼのするのもアリだろう

ほのぼの()してます




 元気に京都校を追い回す順平を映像越しに見て、冥冥はくすりと笑った。

 

 「フフフ、吉野くんにそっくりだ。面白く育てたね夏油くん」

 「悠仁を凪さんと順平に変えればまんま公平だよね〜。 どうやったらあんな風になるわけ?」

 「吉野先輩が戦ってる映像資料をみせたらいつのまにか、ね」

 「洗脳は良くないよ」

 「そんなのしてませんよ。

 ああでも、たまに家でも凪さんとみてるって言ってたな」

 「あー、あのビデオね。ビデオデッキなんてうちになかったからさ、中古ショップで買ってきたんだよ」

 「ホームビデオじゃん」

 「よくドン引かないわね」

 「むしろ、順平は全力で自分達に愛を叫びながら戦う先輩の姿見て喜んでましたよ」

 「こっわ」

 「きっも」

 「嘘でしょ……」

 

 夏油の言葉に五条が軽く返す。ニヤニヤ笑って肩をすくめあう二人を流し見て、声をあげたのは歌姫だ。最悪だわ、と顔を覆って悲観に暮れている。

 歌姫にとって順平はすさんだ高専時代での唯一の癒しだったのだ。死んだと思ってた子が大きくなって再び己の前に現れたことに感動すらしてる。

 あんなにいい子だったのに、なんでイカれてしまったのだ。ネギを抱えて満面の笑みを浮かべていた頃は純粋だったのに……などと、過ぎた過去(モラトリアムのカケラ)を思い出してうっかり涙ぐむ。

 だって、歌姫にとってまともな感性を持って歌姫個人を尊重してくれたのは硝子と凪、順平の3人だけだ。

 よって、歌姫は砂漠で見つけたオアシスの如く3人をありががり可愛がった。

 特に順平は将来的にイカれないように、五条・夏油・吉野(父)の3人を指差しては「ああなっちゃだめよ」と言い聞かせていたものだ。

 ゆえに、衝撃ビフォーアフターを果たした順平は絶望以外の何者でもない。地道な教育(せんのう)も無駄だった。

 二度目のため息。歌姫はビフォアフを嘆く権利がある。

 忘れがちだが、庵歌姫の同期は吉野公平。一年の頃から吉野公平(あのおとこ)のイカれっぷりを間近で見てきた。愛情理論(ぼうろん)を垂れ流して敵を半殺し(ボコボコ)にする狂人。まじめにナイ。

 だからまだ純粋な順平くんだけでも守ろうと……。

 嗚呼。それなのに、それなのに…

 

 「(吉野公平(クソバカ)二号なんて冗談じゃないわ!)」

 

 ああ、忌々しい。諸悪の根源(後輩のクズども)を殺気を込めて睨む。

 頼みの綱の凪まで「いーじゃん、父親似ってことで」などと笑って許してしまってる。今更性格矯正は無理。

 

 「順平だけは、まともな呪術師になって貰いたかったのに……っ!」

 「んー、そんなもんかな?

 過保護拗らせて盗聴とGPSとか使い出してからが本番でしょ」

 「凪さん感覚狂ってない?」

 「ストーカーかよ吉野公平……」

 

 凪さんの護衛役として待機してるミミナナの二人がドン引きしてた。

 

 「どうよ、楽巌寺学長(おじいちゃん)

 順平強いでしょ」

 

 ガタン。パイプ椅子に勢いよく体重を預けてやや後ろに斜める。微妙なバランスで静止するスチールの枠組みがギシギシ悲鳴を上げる。

 老人は沈黙する。何も言わない。その様に何を思ったのか。

 アイマスクで隠れた目元をいたずらに細め、口角を引き上げる。

 ガタン。

 後ろのパイプ一本で支えられていた椅子が元に戻り、日本のパイプが五条の体重を支える。

 

 「あいつはなるよ、特級」

 「……………」

 

 言葉の真意も読めない鈍感な人間など、当然ながらこの場に一人だっていない。重たい沈黙がずしりと肩に乗る。

 

 「ところでさ、冥さんってどっち側?」

 

 ■■■

 

 「……ここにいる中で一番強いの、あなたですよね」

 

 帳の闇は時間感覚を狂わせる。団体戦が始まってどれほどの時間が経ったのだろう。

 腕時計はぐるぐると激しく回って意味をなさない。明らかな異空間。森が終わるスレスレ。

 強い呪霊を探していたら、確実に会場ではない場所に迷い込んでしまった。

 道中見つけた低級呪霊を祓除しつつ進んだその先。濃厚な血の匂い。肉塊に変わり果てた呪術師を一瞥して、順平は静かに告げる。

 そも、悠仁のためと念仏のように唱え、帰りのことを考えずにがむしゃらに進んでしまったのがことの始まり。変なところに迷い込んだと気づいた時点で引き返さなかったのがここまでの過程。

 狗巻さんと別行動になってしまったのはちょっとした理由があって、先輩はなにかやることがあったらしい。なので、しばらく僕一人で祓除してくれと頼まれた……のだと、思う。

 はっきりいうと、行動に至るまでの理由づけは僕が考えた憶測である。より詳しく言えば狗巻さんのジェスチャーから僕が判断した内容だ。

 「ツナマヨ」にどんな意味が込められていたのか。わかるわけがない。

 ニュアンスで理解するしかないので相互不理解が起きた可能性は多分にある。僕にあの言(おにぎり)語は難解すぎた。

 で、最初の話題に戻る。この場にいる一番強い呪霊。僕は正直、この人以上に強い存在があるとは思えない。でも、課題用の呪霊ではないというのはわかる。

 悪意を持って人と関わる筆頭とも言える存在(ジュレイ)。でも、だからといって放置するわけにはいかないし、向こうも僕を見逃してくれるとは思わない。

 だから、僕はその人の前に姿を現した。

 

 「こんなところで会うなんて奇遇ですね、真人さん。」

「やあ、久しぶりだね順平。」

 

 ふわりと微笑んだその表情は、見慣れた顔だ。優しげな表情。その裏にある醜悪すぎる好奇心。

 思い出すのは忌まわしい記憶。彼に心酔しきった自分がたどったかもしれない結末を想像して、同時にこれから辿るかもしれない僕の未来を連想する。

 無傷で帰れるなんて、そんな甘い考えは最初から抱いてない。無意識に膨れ上がる呪力を制御して、均一に整える。

 

 「わあ、ずいぶん呪力の操作が上手くなったね。

 ()()()だよ、順平」

 「それはどう言う意味でしょうか」

 「さあ、なんだと思う?」

 

 耳まで裂けた悪辣な表情(かお)。左右で色の違う目があざけるように細まって、()を見下す。

 見えないように体で右手を隠し、そっと掌印を握る。いつでも呼び出せるように準備をして睨みつける。

 

 「僕の中の呪霊ならもういません、調伏したので」

 「へえ、それはずいぶん無駄な努力をしたね。

 調伏したところで二つの魂が一つに戻るわけでもないのに」

 「それでも僕は呪霊じゃない」

 

 膨れ上がった呪力で髪が浮き上がる。怒髪天をつくというが、身の毛がよだつというのはこう言うことなのかもしれない。

 

 「今から証拠を見せますよ」

 「へえ、やってみなよ」

 

 いやらしく笑って、長い舌で唇を舐めた。それを合図に僕は術式を放った。

 



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愛を証明するために

バトルパート開始です
頑張ります


 余裕ぶって棒立ちをする真人と対象に僕は掌印を組んで臨戦体勢に入る。

 相対した視線。先に動いたのは僕だった。

 

 「澱月!」

 

 巨大なクラゲの式神。無数の触手が真人に向かって槍のように突き刺さる。歪んだ口元。地面が抉れて、砂埃が立つ。轟音。

 

 「……これでやられてくれるほど、甘くなんてないですよね」

 「そりゃね」

 

 もくもくとたつ砂色のベールの向こう側。一歩も動かずに悠然と立つ人影に唾を飲み込む。

 間髪を入れずに第二波。先程の澱月の攻撃と同時に撒いた小型の蜃(*さっき回収したやつ)が毒霧を吐き出す。草木は枯れ落ち、たまたま上空を飛んでいたカラスが腐り落ちる。

 僕は両足に力を入れて、少し腰を落として、そして汚染地帯に飛び込む。僕に僕の毒は効かない。

 拡張術式(ドーピング)で身体強化。一気に脈拍を上げた心臓、狭まる視野。

 体が軽い。クラクラするほどの万能感。脳が興奮してる。

 爽快、多幸、酩酊、そして万能感。

 今の僕ならなんでもできる。戦闘に対する恐怖はない。

 拳に呪力を纏わせて、思い切り殴る。

 

 「たった二週間ちょっとでずいぶん上達したね、順平」

 

 ________渾身の一撃は、いとも簡単に受け止められる。片手で受け止められた拳を握り返し、真人が片手で僕を持ち上げる。そして、投げた。

 木に激突して、そして折れた。樹の幹も、僕の肋骨も。

 息が詰まって、「かはっ」と喘ぐ。立ち上がろうと四つん這いになったその背を踏みつけられる。背骨が軋む。

 ぐしゃりと地に崩れ落ちる。腹を蹴られてまた吹き飛ばされた。まるでサッカーボールだ。

 状況把握のためにあげた両目に映り込むのはドアップのつぎはぎ顔。

 

 「はい、残念」

 

 俺の勝ち、と。手のひらが僕の頭蓋を覆う。ぐわんと激しい衝撃。内側から心臓を握りつぶされたような埒外な苦痛。

 

 「(くそ、術式を使われた……っ!)」

 

 何をどう変わったのかわからない。ただ、僕が数分前の僕とは別の何かになってしまったと理解する。

 だって、だって、こんな。魂が物理的に分たれたとしか思えない。思考が両立しない。もう一つあった僕が別の何かに飲み込まれる。

 ずいぶんと昔にふたつに分かれて、ようやく融合し始めていたであろう片割れがもう永遠に届かなくなった。

 そんな感想を抱く。残るのは漠然とした不安感。

 

 「なあ順平、もっと正直に生きなよ」

 

 意気がって始めた戦いは見るも無惨な敗北だ。

 ボロ雑巾みたいになっている僕と、つけたそばから傷を治され無傷な特級呪霊。悔しいほど突きつけられる力量差。

 

 「君は選ばれた側の存在だ。

 俺は君が作られた目的を知ってるよ、今こうして生かされてる理由もね。

 でもその過程を楽しんで生きてもいいと思うんだ」

 

 しゃがみこんで、僕の顔を覗く。楽しそうに笑ってやがる。構図にフラッシュバックするトラウマ。口の中は血の味だった。

 

 「……全部、最初から知っていたんですか。

 だから、僕に近づいたんですか?」

 「記憶の改竄はやめろよ、最初に近づいてきたのは順平だろ?」

 「……そうですね」

 

 正論だ。でもそれが耳に痛くて、塞ぎたくて仕方ない。

 

 「なあ、こっちに来いよ。虎杖悠仁は本当の順平を理解してくれないよ」

 「黙れ、お前が僕の何を知っている」

 「順平が人造呪霊になった理由とその後の目的、かな」

 

 だからこうして誘ってるんだ、なんて。手を差し伸べる呪霊は傲慢だ。「排泄物」といって人の心を理解しないこいつに僕の何がわかるんだ。

 理由がなんだ、目的がなんだよ。お前に僕は理解できない。

 そう、言いたいのに。言葉にならなくて口をモゴモゴさせるだけで終わってしまう僕が情けなくて、強く拳を握りしめる。

 

 「これは俺の仲間にも言った事だけどさ。人間が食って寝て犯すように、呪霊は欺き、誑かし、殺すことでいつの間にか満たされる。これが呪いの本能なんだ。

 魂は本能と理性のブレンド、その割合は他人にとやかく言われるもんでもないけどさ……順平の魂は窮屈すぎて見てられない。

 人間の理屈で本能を抑えるなんてナンセンスだ。

 理性を獲得したところで俺たちは呪霊、本能的に生きろって」

 

 ケラケラ、ゲラゲラ。不愉快な笑い声が鼓膜に反響してる。頭を上げろと髪を掴まれ、覗き込まれた瞳の奥は洞穴。

 

 「順平はさ、本当は全部ぶっ壊したいんだろ」

 

 どきりとしたのは一瞬。図星をつかれて取り乱す段階はとうの昔に超えている。

 

 「……たしかに、何もかも壊してしまいたいと思う気持ちがないとは言えません」

 

 無理矢理、立ち上がる。なけなしの呪力を回して反転術式を使う。ある程度回復したらそれもやめた。

 

 「でも、だからと言ってあなたにとやかく言われる筋合いもないんですよ」

 

 もう一回、立ち上がれ。そうしないと僕は()()()()()

 

 「……順平、なんか変わった?」

 「変わりたいと思ってます。けれどそんなすぐに変われるほど、僕は優れた人間じゃない」

 

 そう、真人さんと共にいる時から僕は何も変わってない。

 今も、僕が嫌いな人間が死ぬボタンは押せない。でも僕のことが嫌いな人間が死ぬボタンは押せる。

 その行為に罪悪感も嫌悪感も存在しない。今も昔も同じだ、人は簡単に変われない。

 

 「それでも、()()()()()から!」

 

 今の僕は、愛してる人が寿命以外で死ななくなるボタンがあるなら血反吐を吐いたって押す。それを押したせいで僕のことが嫌いな連中も生き続けてしまうとしても、絶対に押す。

 そう決めたから、そうする為に生きる。

 

 「もう、弱いのは嫌なんだ。目を逸らすのは嫌なんだ。

 変わりたいんだ、変わりたいと思ってるんだ」

 

 だったら、行動するしかない。愛を口先だけの軽い言葉にしない為に、行動を伴ったものにする為に。

 だって愛情論者(ぼくら)は愛を証明する義務がある。

 嗚呼、あまりの変わりように我がことながら笑ってしまう。でも、友情(あい)を抱いてしまったから仕方ない。

 僕の変わるきっかけなんて、悠仁にしてみたら些細なことなんだろう。でも僕にとっては世界がひっくり返るほど衝撃的だった。

 だって友情なんて嘘っぱちだと思ってたんだ。少しのことで簡単に崩れ落ちることを知ってたから。

 そんな僕にとって、君がどれだけ衝撃的だったか。

 呪霊に堕ちる僕を必死に引き留めた悠仁。僕を守ろうとした悠仁。僕のために涙を流した悠仁。

 封印の楔に使われても鮮明に残り続ける光景(きおく)

 君のおかげで、僕は決めた。

 母さん以外の誰にも愛されてないと思ってた。でもあの時、たしかに僕は悠仁の『愛』に引き止められた。

 悠仁の友愛が僕を人間に留めた。なら、僕はその愛に報いるために精一杯を尽くす。

 

 「真人さん、僕はかつてあなたにこう言いました。

 『好きの反対が無関心だと最初に言った人はちゃんと地獄に行ったでしょうか』、と。

 やっぱり日本人の意訳は間違ってると思うけど、でも。今は元ネタの方に共感してます」

 「ああ、そう言えばそんなことも言っていたね。

 好きの反対じゃなくて、愛の反対が無関心ってやつ?」

 「……覚えてたんですね」

 

  渦巻く呪力。僕の中に生まれたもう一つの(ナニカ)

 全部利用して、全力を尽くす。

 

 「好きの反対は嫌いです。コレは絶対に変わらない。悪意を持って人と関わることが関わらないより正しいなんてあり得ない。

 でも愛の反対は無関心で正しい。

 まあ、厳密には愛の反対が無関心なんじゃなくて、無関心の反対が愛なんですけれど」

 「何が違うの?」

 「ニュアンスの問題です。

 だってそうでしょう。自分に無関心な人間が何人死のうが、誰も何も思わない。せいぜい上から目線で「可哀想」だとか同情(マウント)をとるだけですよ。

 でも、関心がある人が死ねば何かしら思うところがある。

 嫌いな人が死ねば胸がすく。

 好きな人か死ねば胸が痛い。

 愛とは、この心の変動の最上級だ。愛のためならば、人は他人(だれか)のために死ねる生き物だから」

 

 僕が魂を意識すればするほど、分かれていく。作り変わる。力の塊だったかつての呪胎(ぼく)が孵化する。より呪霊らしく、意思を持つ。

 成り代わられるのだけは阻止しなければ。僕と呪霊(ぼく)を引き離す為、より精緻な呪力操作を意識する。

 

 「関心を寄せる必要のない有象無象はどうでも良い。愛せないゴミは消せばいい。

 真人さん、僕はあなたを愛せない。あなたが生きてる限り、僕はさっぱり安心できない。

 だからここで排除します」

  「ははっ!」

 

 真人が笑った。思わずでた、吹き出し笑い。目がつぃっと細まって繊月みたいだ。厭らしく、悍ましい。人間臭い笑い方。

 

 「やっぱり順平は呪霊だよ。

 愛だなんて綺麗に飾ってるけど、順平の本質(それ)はただの執着だ。呪霊(おれら)と何も変わらない」

 「違いますよ」

 「違わないさ」

 

 だって、と。

 

 「順平の理論だと、俺だって人を愛してることになるよ」

 

 吐き出す言葉は嘘くさい。本人も不本意っぽくて、「オエ」とわざとらしく嘔吐く。

 

 「俺は人間を知りたくて仕方がないんだ。興味深いから人間で遊ぶし、理解したいから人間で実験する。この世の全ての人間に対して関心を持ってるからそうするんだ。

 そんな俺は、全人類を愛してるってことになるのかな?」

 「___そう思うなら、真人さんのそれは愛なのでしょう」

 

 真人の言い分は正しい。僕の提唱する理論に則れば、それは「愛」といえる。

 ________でも、そうだとしても。

 

 「僕はあなたの愛し方が嫌いだ。

 正しいと思えないし、僕の美意識に反するので。

 どの道、僕の心は決まってる」

 「愛とかどうとか、取ってつけた理由で衝動を誤魔化すなよ!」

 「取ってつけただなんて言い方はやめてください。心の底から、本心です」

 

 ぶちり。太い縄を力任せに引き裂く音が耳の奥で聞こえた。一際激しい痛覚刺激を最後に、ずっと続いていた激痛が嘘のように消える。完全に分たれた魂。喪失感は嘘みたいになかった。代わりにあるのは理由の分からない穏やかな安堵。

 

 「愛の呪いは同じ愛の呪いで倒します。

 僕の限られた人間への愛のほうが、真人さんの全人類への(きょうみ)より固くて強いし大きい。

 ________僕は、僕の愛の為なら死ねる!!」

 

 宣誓。僕は僕に誓おう。僕は全力で愛を体現すると誓おう。

 

 「愛は無敵の呪いです。だから、僕の愛の為に死ね!」

 「ぷ、あははっ!

 ______あー、キッショ」

 

 真人が冷めた目で僕を見下ろしていた。僕は激情(あい)で視界を赤くしながら睨んだ。

 一回戦目、僕は言い訳のしようがないほど真面目に負けた。

 なら、挽回するまでだ。

 

 「何度だって言うよ、順平。

 お前は呪いだ、どうしようもないほどにね」

 「僕は人だ、お前らとは違う」

 

 負けられない。なら負けなければいい。勝て、吉野順平。愛の為に勝て、(ころ)せ。

 

 「順平程度じゃ俺に勝てないよ。魂の格が違うんだ。

 本当なら次会った時は順平を本当の呪霊にしてやろうと思ってたんだけど……俺もいろいろ忙しいからさ。

 邪魔しないなら、見逃してやるよ」

 「お前の言うことなんて誰が聞くかよ」

 

 虚勢だ。何度目になるかわからない強がり。だけど、それがどうした。

 恐怖は飲み込む、殺意は吐き出す。勝てるだ負けるだはどうでもいい。愛は道理をねじ伏せる。

 

 「お前は、ここで僕に祓われるんだ」

 「……はあ、まだわかんないのかなぁ。だから順平は馬鹿なんだよ」

 

 順平如きが俺に勝てるわけないだろ。

 直接的な言葉は初めてだ。確かにそうだろう。突貫呪術師の僕が歴戦の特級呪霊に敵うだなんて誰も思わない。

 

 「(_____それでも。僕は、真人(アンタ)を祓わないといけないんだよ)」

 

 理由なんて無限にある。生かす理由はどこにもない。

 

 「ここで祓わないと、いつかまたお前は悠仁と母さんに危害を加える。僕を絶望させるためだけにそうする。

 少しの間とはいえ近くで見てたんだ___あんたの悪趣味は十分理解してる」

 「なぁんだ、バレてたんだ」

 

 隠すつもりもないくせに白々しい。また一つ、愛せない理由が増えた。

 

  「僕は、母さんを愛してる。悠仁を愛してる。

 愛してるから守り抜くし愛してるから頑張れる。

 愛してるからなんでもできるし愛してるから僕はブレない。

 愛されてる限り、僕はその愛に報いる義務がある。愛があるから僕は無敵だ。

 愛という崇高な感情を理解できない呪霊(けもの)になんて、僕はならない。

 僕が前に進むために、過去を清算する」

 

 お前と関わったのが間違いだとは言わない。この呪霊(まひと)に関わらなければ、僕は一生愛を知らないままだった。

 同時に、自分の運命も宿業も知らずに済んだだろうけれど。そんなのはマイナスに成りさえしない。

 

 「僕の最愛を傷つけるお前を僕は愛さない。愛なきゴミに価値などない」

 

 ____領域、展開。

 

  「だからいい加減死ねよ、呪霊(まひと)

 

 【飲鴆攻毒宮】

 

 そして世界は【毒】に変わった。



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「愛のためだ、お前は死ね」

 _人人 人人 人人_
>  伏線回収回  <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

※順平の成長の速さとひっぱりに引っ張り続けた某人物が再登場します


 「僕の最愛を傷つけるお前を僕は愛さない。愛なきゴミに価値などない」

 

 ____領域、展開。

 

  「だからいい加減死ねよ、呪霊(まひと)

 

 世界が切り替わる。帳のように呪力が広がり、その内側に生得領域が広がる。

 毒の沼と咲き誇る蓮の花。沼の中に一本、聳え立つ紙垂の巻かれた大木。

 順平が呪霊から奪った領域。術式が付与されぬ未完成な生得領域。未だ完成にはいかない不完全な奥義。

 その空間にいるだけで毒に侵される毒の宮殿の上で順平は全てを見下ろした。

 出せる限りの式神を呼ぶ。いつもなら環境や僕以外の人に配慮して出さない特大サイズの蜃を複数体。

 僕の傍には僕を守るように、そしてカウンター攻撃を与えられるように侍る澱月。

 必中となった毒攻撃は真人を内側から攻撃する。

 腐敗しろ、壊死しろ。壊れて崩れて死んじまえ。

 人間ならばとうの昔に致死量を超えている毒に侵されながら___真人は「ひゅう」と口笛を鳴らす。

 

 「へー、やるじゃん」

 

 多少なりとも攻撃を受けている。自分も、何もしないでこの場にいたら消滅するだろうとは思う。そう、()()()()

 

 「でも残念」

 

 【領域展開、自閉円頓裏】

 

 「これ以上、君に構う時間はないんだ」

 

 形勢逆転。せっかく展開した領域が押し返され、一気に崩壊する。それこそが不完全たる証明であり、同時にそれは敗北を意味する。

 崩れかける自分の生得領域を必死に維持するために呪力を回して奥歯を噛み締めた。じっとりと背中が濡れていた。冷たい汗が米神を伝う。

 

 「まだ、まだだ……っ!

 僕は、まだ……!!」

 「いい加減うざい」

 

 接近されて、腹を殴られる。倒れたのと同時に顔を踏みつけられた。鼻血が吹き出る。

 

 「いい加減理解しろよ、何もかも無駄なんだよ。人間のままじゃ俺には勝てない。

 呪霊になれよ、順平。あの時みたいに本当の自分を曝け出せよ、ホラ」

 

 ダメ押しのように鷲掴まれた頭部。指先から伝わる圧力。多分頭蓋骨にヒビが入ってるかもしれない。いつのまにかできていた頭の傷から大袈裟に血が流れる。

 反転術式でなんとかしようとした。いまだ僕の魂に触れる真人が何かを確信して「ああやっぱり」

 引き伸ばされた唇。顔を覗き込む。蔑みを煮詰めた侮蔑の塊に、血まみれの僕が映ってる。

 

 「順平さ、それ反転術式とかいってるけど違うよ。順平が反転術式って言ってる回復(それ)はただ、呪力で肉体の補填をしてるだけ。やってることが呪霊なんだよ。

 反転術式なら術式反転が使えるはずなのに、使えないのがいい証拠。そもそも呪力の核心もつけてないくせにできるわけないだろ。

 そんなこともわからないなんてさ、順平は本当にバカだね」

 

 突然、夜が来た。新月の夜だ、真っ暗な夜だ。黒いヴェールが僕を起点に周囲を覆ってた。相手の顔すら見えないぐらいの真っ暗闇の中で、声だけやたらと響いてる。「だから死ぬんだよ」と、ありもしない声が聞こえる。

 自分の心臓の音が耳の奥から聞こえる。心臓は早鐘を打っているのに、手足の先は冷え込んで冷たい。

 

 「……僕が、呪霊」

 

 すとん。自分でも心のどこかで疑問に思っていたものが、たった一言で埋まってしまった。理にかなってしまった。解決してしまった。

 ああ、そうなのか。拍子抜けするほど納得してしまった。でもそれを受け入れるわけにはいかない。その答えは受容できない。

 

 「ちがう。そんなのは間違ってる」

 

 だって、だって、だって。吉野順平(ぼく)は人間でなくてはならないのだ。

 たとえ僕の半分が既に呪霊だとしても、もう半分に偏っていなければいけないのだ。そうでなければおかしいだろう。僕の、僕のこの、想いも、気持ちも、そういう人間らしい衝動が全部嘘になってしまう。

 

 「違わないさ。術式の習得が早いのも歪ながら領域展開が出来たのも、順平がもうほとんど呪霊だから」

 「僕は人間だ! 呪霊じゃない!」

 「いい加減認めろよ。お前は呪霊、人間じゃない。

 大体さっきから愛だのなんだの言ってるけどさ、理由が嘘っぽいんだよ。順平は自分の衝動(ほんのう)に理由をつけたいだけだろ?

 感情なんてただのまやかしだって教えたじゃないか、排泄物を特別視するなよ。

 順平はそれがわかってるのに、わざと振り回されてる」

 「違う、違う、ぢがゔ!!」

 

 ああ、嘘だ。嘘に違いない。そうであって欲しい。どんどん暗くなっていく。どんどん黒くなっていく。

 もう、一寸先すら見えない闇。

 

 「違わない。順平がどんだけ否定しようが、俺はもう知ってるんだよ。

 何を言ったってそれは変わらないし、俺を納得させることなんてできない。

 現に、ほら。無敵だなんだって言いながら俺に負けてんじゃん」

 

 ごしゃりと後頭部を掴まれ地面に叩きつけられる。僕は抵抗すらできなかった。

 完全に沈黙したのを確認して、パッと手を離す。ピクリとも動かなかった。

 ぐるぐる肩を回して、腕を上げる。グゥー、と伸びをして、ため息を一つ。

 

 「あー、意外と時間がかかったな。

 まあ()()()()()()()し、あとは帰るだけなんだけどさ」

 

 誰に聞かせるわけでもない話。順平如き(ザコ)に手こずらされたという事実がなんとも気に食わなくて、舌打ちをする。

 ああ、不愉快だ。あれだけやったのに何も面白くない。あの不良品、何をやっても魂が変わらない。あれだけつまらない玩具はそうそうない。

 

 「ちぇ、遊ばなきゃよかった。

 さっさと殺しとくん「ごちゃごちゃ五月蝿(うるせ)え」

 

 さくり。軽い音が真人の腹を貫く。言葉を遮られ、それどころか反撃まで喰らうとは。

 意味がわからなくて「は?」と惚ける。状況把握のできてない真人を一瞥して、()()は剣を握る手を真横に薙いだ。

 半分残して切断された肉体。ついでに切り落とされた右腕。

 焼けるような熱さ。これは脳の錯覚ではない。というか、呪霊は人間のように思い込みで体が反応する事などない。ならこの熱さ(いたみ)はなんだ? 

 

 「(……まさか、毒!?)」

 

 これは魂から腐り落ちる、神すら屠る猛毒だ。慌てて毒に侵された部分を切り落とす。

 大幅な損傷、補填が追いつかない。しばらくまたこどもサイズでの生活か、なんて余裕ぶって考えることすらできない。理解不能(エマージェンシー)理解不能(エマージェンシー)。魂が警報を叫んでる。

 

 「(何が起きた?)」

 

 さっぱりわからない。魂を知覚しなければ攻撃が当たらない自分を順平が攻撃できる、ここまでなら理解できる。

 順平の証言が正しければ、彼は己の中にいたもう一つの魂と戦い調伏したという。だからさっきも攻撃を受けた。

 でも順平はまだ未熟。術式の理解も毒の理解も、なんなら呪力の核心すら掴めてない初心者だ。

 生得領域だって、呪霊の順平(もうひとり)から奪い取ったものだから使いこなせてない。

 そんな奴が、生まれてからずっと呪霊として存在し続けた上に呪力の核心まで掴んだ自分を下せるわけがない。

 ______そのはずだ。そのはずだった。

 それがなんだ、このザマは。毒に侵されて息も絶え絶えな現状は。

 先程の攻撃とは比べようにならない熱さ(いたみ)。この毒は己の術式も毒のことも呪力の核心も、おまけに魂まで理解してる別人(だれか)のものだ。

 目を凝らせば、ありえないことに《三つ目》が見える。

 否、三つ目というのは正しくないかもしれない。

 新しく見えたその魂は……魂とも呼べないよくわからない思念のような何かは、今まさに呪霊の方の順平の魂を飲み込んで成り代わろうとしている。

 順平の魂に傷一つつけずに呪霊の魂(もう一つ)を侵略する。

 

 「愛は無敵の呪いだ。愛っていうのは道理をねじ曲げてでも通すべき人間の原点だ。

 愛があれば術式だろうが毒だろうが呪力だろうが核心程度簡単につけるし最短で究極に至れるもんだ。

 だから無敵なんだよ」

 

 再び展開された生得領域。思わず顔が引き攣る。術式の付与のされていないのも、未完成なのも変わらない。でも、目の前の【順平】が領域の主というだけで難易度が変わる。

 くるくると金色の刀を振り回して、「久々だから鈍ったかな」なんて呑気なことを言う順平は明らかに自分の知ってる順平ではない。

 それに、真人はその黄金の刀身に見覚えはある。己の協力者が使う式神の形態の一つであり、毒の術式が込められた悪意の結晶とも言える呪具。

 

 「お前、何?」

 「よく知ってるだろ、僕は()()だ」

 

 吉野。そう、ただ一言だけ。

 五条悟が放った茈の閃光を背負って、順平の皮を被った誰かは真人の真正面に接近して答える。

 簡単に間合いを取られて、首を刎ねられる。「あ」と慌てて首を掴んで、くっつける。

 切られた首が熱い。断面が爛れて溶けて腐敗してる。接合部分がぐらぐら揺れて安定しない。内側から腐っていくという異次元の苦痛に俺の魂が悲鳴をあげている。

 

 「は、マジかよ」

 

 意味がわからない。こいつは俺の知ってる【吉野】ではないけれど、実力は俺の知ってる【吉野】そのものだ。

 マジで意味不明。しかも五条悟まで出張ってきてるし。帳で侵入妨害してるのになんで入ってるんだよ。これで夏油傑まで出てきたら最悪だ。今の自分だと、呪霊操術で無条件調伏コースだろう。流石にきつい。

 

 「(にげよ)」

 「あ、待てコラ!」

 

  領域を術式展延で中和し、脱出。

 やはり、【吉野】は生得領域の外には出られないみたいようで追ってこない。

 待ちやがれ! と怒号を浴びながら、真人はチーターになって呪術高専を駆け抜ける。

 

 「はは、前言撤回」

 

 突然の豹変。呪力の質まで変わった。残穢もよく似てるが違ってた。()()()()()()()()()()()

 一つの体に二つの魂。元々そうだったけれど、前は一つの魂が分断されてそう見えていただけ。

 ________でも、今のは違う。あれは順平とは完全に別物だった。

 たまたま見かけたから遊んでみただけだったのだが、想像以上の成果だ。

 

 「やっぱ順平は面白い」

 

 乙骨憂太よりもタチが悪い元秘匿死刑対象。もっとあの魂で遊んでみたい。

 瞳の裏に映るのは今回の件の首謀者にして俺らの共犯者。

 

 「絶対に成功させなきゃね」

 

 あいつの本当の目的とやらはどうでもいい。でもその過程に全力で協力してやろう。

 考えるだけでワクワクする、今度はどうやって遊んでやろうか。

 

  「渋谷で会おう、()()()()

 

 それまでどうか、壊れてくれるな。

 

 

 

 


 

 

 

 

 「あーあ、仕留め損なった」

 

 愛しい少年の体を労りながら、深々とため息を吐く。愛に任せてちょっと無茶をしたせいだろう、先程から目眩がひどい。「これはもう数秒とせずにぶっ倒れるな」と自己分析した()は芝生の上に寝転がる。

 もちろん、ただ寝っ転がったわけではない.寝違えたり、首を痛めたりしないように最新の注意を払って服を丸めて枕にしてみたり、芝生が比較的ふかふかな場所を厳選してみたりした。

 少し遠くにある、向かいの木の幹に足先がぶつかる。膝を曲げて、少し体を丸める。

 

 「ああ、本当にでかなったなぁ」

 

 自分の両肩をさする。柔かな表情で手のひらを眺めて、両手をそっと握り込む。

 

 「これからは、僕が守るよ」

 

 慈愛の表情。その中にはたしかに父性を感じた。

 「おやすみ、順平」と、はちみつのような言葉を肉体に投げかける瞬間を、たった一羽のカラスが見てた。

 

 ()()()は、みていた。

 

 

 

 

 

 





*順平は呪霊だから反転術式使えない〜のところ書き換えました!


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そして愛は形になった

交流会編最終回です
地味に難産で時間かかりました。
次章は完全オリジナル編、ミミナナ+順平の三人がトリオになってとある「施設」の調査に行き、呪霊を祓除しにいく原作でいう八十八橋編の裏側の章、「 涸轍鮒魚(こてつのふぎょ)」です
時間がかかるかもしれませんがよろしくお願いします






 こんにちは、クソ雑魚の順平です。

 自分で雑魚とか言いつつも「まあそこまででもないでしょ」とか思っていました。 嘘です。だいぶ調子に乗ってました。

 でも昨日(さくじつ)、自分から真人に挑んでおいてボロ負けしてしまい羞恥に震えてます。

 カッコつけて第二ラウンドとか言って領域展開(おくのて)使ったのに速攻破られるとか赤っ恥以外の何物でもないです。

 おまけに野外で爆睡*1してたとかあり得なさすぎる。服丸めて枕にする余裕あるなら寝ないで帰れよ……。

 というか、よく殺されなかったな僕。確実に情けかけられてるな僕。京都のメカの人(ドローンver.)に発見されなければ今頃遭難してたかもしれないっていうのも笑えない理由の一つ。

 そんなこんなで中止になると思われた交流会。

 とりあえず一日挟んで……僕たちは今、野球をしてます。

 

 


 

 [AM 8:00、東京校応接室にて]

 

 「っつーわけでさ、いろいろあったし人も死んでるけど。

 どうする? 続ける? 交流会」

 

 突然収集がかかり集められた僕たちに五条先生がそんな言葉を投げかけたのがことの始まり。

 悠仁が「どうするって言われてもなぁ」と腕を組む。その隣に立つ僕は「(どっちでもいいな)」と思いつつ、悠仁に合わせて神妙な顔をつくる。

  なんとも言えない微妙な空気。打ち破ったのは低い声。

 

 「当然、続けるに決まっているだろう」

 「東堂!!」

 

 悠仁がちょっと後ずさる。僕は一歩前に出た。それを面白そうに東堂が観察し、ふん、と大きく息を吐いて胸を張る。

 夏油先生が面白がって「その心は?」なんて問いかけたら東堂はビシッと指を一本立てて眉を釣り上げる。

 

 「一つ、故人を偲ぶのは当人とゆかりのあるものたちの特権だ。俺たちが立ち入る問題ではない」

 

 2本目、ゴツい指が裏ピースの形で固定される。

 

 「二つ、人死が出たのならば尚更俺たちに求められるのは強くなることだ。

 後天的強さとは結果の積み重ね、敗北を噛み締め勝利を味わう。

 そうやって俺たちは成長する。結果は結果としてあることが1番重要なんだ」

 

 ……くそ、粗を探してるのに見当たらない。全くもって正論だ、反論のしようがない。

 3本目、指を立てて目を瞑った東堂が笑みを作る。

 

 「三つ、学生時代の不完全燃焼感は死ぬまで尾を引くものだからな」

 「オマエいくつだよ」

 

 これは五条先生に同感だ。夏油先生が「ああ、あるある」と実感のこもった一言を言ったせいで余計に「コイツいくつだよ」という気持ちが高まる。

 年齢詐欺ってるのかな、見た目的にもそんな感じする。

 そんなこんなで話は流れ、個人戦の話は流れてくじ引きとなり。そして結果はまさかの野球。(くじのはしっこには さ⃝ とかかれてた) *2

 

 そして現在だいたい正午。

 生徒教職員一同、ユニフォームをきてグラウンドに立っていた。

 

 

 【京都姉妹校交流会、二日目:野球(一回目表)】

 

 

 2番セカンド、三輪。大きくスイング。ヒット。ボールは高く打ち上がりフライ。

 

 「打ち上げた!」

 「西宮まだ走るな!」

 「え!? なんで!?」

 「ルール知らないなら先に言いなさい!」

 「知ってるわよ、打ったら走るんでしょ!!」

 

 呪術師家系出身の多い京都校のベンチはまあまあ混乱してる。速攻三振取られてたり呪具が出てきたりピッチングマシーンが出てきたりして一回表終了。

 

 「フッ……キャッチャーか。捕球、送球らリード、フィールディング、etc……。

 虎杖(ブラザー)に相応しい役割と言えよう」

 

 2回目表、バッターボックスに立つは東堂葵。

 

 「だが俺が望むのは投手(ピッチャー)虎杖との一騎打ちだ!」

 

 バットを肩に担ぐ姿は最高に柄が悪い。「お前がピッチャーやればいいじゃん」という至極真っ当な悠仁の意見もピッチングマシーンのせいで拒否される。

 

 「ピッチャーにはキャッチャーが不可欠……。

 そこでお前だ、吉野順平!」

 

 ズビシィ!と効果音がつきそうな勢いで東堂が僕にバットを向ける。キメ顔と決めポーズは必要か?

 東堂の演説は佳境に入り、やたらと熱と唾が飛ぶ。……おかしいな、僕、だいぶ離れた距離にいるはずなんだけどなんか近い。

 

 「聞いたぞ、お前はブラザーの親友を名乗っているそうだな。

 「そうだね。

 (自称親友の君とは違って)正真正銘、悠仁は僕の親友だ」

 「そうか、ブラザーの親友もまた俺の親友……。

 しかし、これを聞かねば俺たちは真の親友にはなれない。」

 

 バットの先端が僕に向けられる。謎の緊張感。飽きた様子の真希さん(ピッチャー)

 

 「吉野順平、お前の好きな女のタイプはなんだ!!」

 「は?」

 

 静まり返る空気。背後で棒立ちの釘崎さんがゲボ吐きそうな表情してた。

 

 「聞こえなかったのか?

  好きな女のタイプはなんだと聞いたんだ。男でもいいぞ」

 「それ今聞くか普通」

 

 空気読めと野次(ブーイング)が飛ぶ。しかし「答えを聞くまで意地でも動かん!!」と仁王立ちされてはゲームが進まない。

 よって、僕は渋々答えを返す。

 

 「女は別に……強いて言うなら、好きなタイプは悠仁かな」

 「俺!?」

 「うん、見るからに善人って感じで」

 

 即答、驚愕、納得(当事者)

 男三人、誰も得しない三つ巴。周囲の反応も白けてる。「(クッソどうでもいい〜〜)」って感じで。

 女じゃねぇんだけど!と叫ぶ悠仁に僕は苦笑いを浮かべる。それくらい流石にわかるよ。

 

 「僕、女の人ちょっと苦手だし……胸がでかいだけの脳空(のうから)女とか吐き気がするほど嫌いなんだ。

 僕の最愛は悠仁と母さん、それから今は亡き父さんだよ。

 夏油先生は敬愛してるけど最愛ではないし。五条先生は助けてくれたことは感謝してるんだけど……まあ、うん。

 ミミナナの二人もなんか違うし。友愛と言うわけでもないし、恋愛なんかもってのほかって感じで例外というか…………論外?」

 「誰が論外だ! こっちもアンタなんか願い下げだし!」

 「ムカつく……! 吊る!!!」

 「(外野がうるさいな……生理かな?)」

 

 口に出したら女子生徒全員の反感を買って半殺しにされるようなことを考えても雉も鳴かずば撃たれまい。

 余計なことは言わないでおくに限るとよく知ってるので、思うだけにとどめて言葉にはしなかった。英断である。

 ……まあ、短い付き合いだが濃い関係を築いたゆえに考えてることを察した某双子は同じタイミングで中指を立てたけれど。*3*4

 

 「ふ、よくわかってるじゃないか吉野順平、いやマイフレンド!」

 「いやお前もどうした東堂」

 

 悠仁が真顔でツッコミを入れる。東堂は無視って無駄に白い歯を輝かせた。

 

 「女ではなく、男。ならばブラザーを選ぶのも当然だ。お前もまた俺の親友だ!!」

 「よくわかんないけどこれも愛なのか……?

 悠仁の親友は僕だけど親友は一人じゃなくてもいいわけだし、悠仁を親友に選ぶあたり人を見る目がありすぎる……。

 友達と友達は友達理論的に、親友の親友も僕の親友になるのかもしれない。そんな気がしてきた。

 ……うん、よし。よろしく葵くん」

 「落ち着け順平!!」

 

 差し出された手に己の手のひらを重ねようとして、悠仁がチョップでそれを叩き斬る。「エンガチョ!」 効果音係(五条悟@審判)がウルセェ。

 肩を掴まれて「オマエまで洗脳されてんの!?」と聞いてくる悠仁も愛おしい。

 「おい! キャッチャーが動くな!」と真希さんの怒声。ようやくバッターボックスに立つ葵くん。

 

 「約束してくれ虎杖(ブラザー)、そして吉野(マイフレンド)

 この打席、俺がホームランを打ったら……

 次回はお前らが」

 

 振りかぶる真希さん。黄金の肩により放たれた送球は「ギュン!!」と加速し一直線に目標(ゴール)に向かう。

 

 「バッ!!」

 

 顔面にめり込むボール。裏返った声。「テリー……」と、かぼそく続けられた言葉とともに倒れる葵くん。

 

 「と、東堂!! しっかりしろ!」

 「葵くん!!」

 

 まあ、つまり、何が起きたかというと。ごちゃごちゃ言ってるうちに葵くんの顔面にデッドボールがめり込んで話は流れてしまったので有耶無耶なのである。

 

【東堂葵、デッドボールにて退場】

 

 そのあとどうなったかというと、割と接戦であった。

 結局、個人戦より白熱したと思われる野球戦は2-0で東京校の勝利で終わった。そのあとにリベンジ戦をやって再リベンジ戦までやって、新幹線の時間が来て京都勢は帰って行く。

 試合が終われば、そのあとやってくるのはグランド整備。夕暮れを背負い、トンボを持ちながら土を(なら)すのは一年、後片付けを押し付けられたとも言う。ちっ、これが日本の悪いところだ、年功序列なんて古臭い制度を律儀に取り入れやがって。

 ……なんて、実際に言葉に出すわけにはいかないので、心の中でぶちぶち文句を言う。

 

 「てか、一昨日(こないだ)から思ってたんだけど。あんたゲイ?」

 「は?」

 

 突然尋ねられた質問にちょっと殺気が漏れる。気にすることなく釘崎さんは「いや、だってさぁ」とトンボで地面を均しながら言う。

 

 「虎杖(コイツ)に愛してるだなんだの言ってたじゃない。

 モヤモヤするからはっきりさせたいのよね。あ、別に偏見あるわけじゃないから」

 「いや、違うよ……」

 

 即座に否定。でもその後が出てこなかったのは、少し考えてたからだ。

 不名誉な勘違いを正すための説得力のある理由についてを。

 

 「なんか勘違いしてるけどさ、僕別に悠仁のことを恋愛的な意味で好きなわけじゃないからね。

 僕の悠仁への愛はそういう愛じゃないんだよ。移ろい変わる程度の想いじゃないんだ。

 未来永劫悠仁の友達として見守りたい。すぐそばで悠仁が紡ぐ愛の軌跡を見守りたい。

 悠仁の恋愛相談乗ったり、結婚式で親友代表スピーチをしたり、悠仁の血を引く赤ちゃんをたまに預かったり、そういう家族ぐるみの付き合いをしたいとか、そういう純粋な感じなんだよ」

 「いや重すぎだろ、引いたわ」

 「あれ!?」

 

 ドン引きされたことに驚く僕。助けを求めて伏黒くんを見るが目を逸らされた。嘘だろ、同類だと思ってたのに……!

 

 「そこら辺、虎杖(アンタ)はどう思ってるわけ?」

 「んー?

 まあ、重いか軽いかで言ったらちょい重いケド。でも順平がやりたいならいーんじゃねぇの?」

 「心広いなお前」

 

 それは本当に同意だ。悠仁の心は青空よりも広いしマリアナ海溝よりも深い懐の持ち主なのだ。

 僕がこうしてここにいるのも全部悠仁がいたからであるし、僕が人間として生きているのも悠仁がいてこそだ。

 

 「(……人間、か)」

 

 一昨日の死闘を思い出す。僕は、何もできなかった。僕は泣きたいほど弱い。弱くて弱くて、吐き気がするほど弱い。

 

 「(強くなりたい。悠仁と母さんを守り切れるぐらい、強く)」

 

 愛の力で、理不尽と困難を押しつぶすことができるのは強者だけだ。

 真人の言う通り、僕は人間の皮を被った呪霊なのかもしれない。

 とっくの昔に魂のバランスは呪霊側に傾いていて、あと一足があれば簡単に転がり落ちるような貧弱な命なのかもしれない。

 それでも、僕は人間でありたい。

 白線ギリギリでも、踏みとどまりたい。

 

 「(それこそ、きっと愛の力で乗り越えられる困難だ)」

 

 ざり、と砂を蹴る音がやたらと耳について、頭を上げる。夕日を背後に、真っ黒な顔のシルエットだけの男が「や!」と手を挙げる。

 

 「そろそろ終わったかな?」

 「「夏油様!!」」

 

 観客席で雑に応援してた美々子と奈々子の二人がぱっと顔を上げる。「差し入れ持ってきたよ」とコンビニのレジ袋を腕にぶら下げた夏油がにっこり笑う。

 

 「夕日に照らされるグラウンド。吹き出す汗と深まる絆、確かめ合う友愛……いやぁ、青春だね!」

 「アンタが言うと急に胡散臭くなるのよね……」

 

 夏を生き損ねた秋蝉の鳴き声も今日は不快じゃない。なんだか僕のようだと思った。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まだ、虎杖と吉野(あの二人)が嫌いですか」

 「好き嫌いの問題ではない」

 

 ベンチに腰掛ける大人が二人、徐に話を始める。切り出したのは俺であり、巌楽寺学長はそれに続く。

 年寄りの口数は多いと言うが、この翁もそれに該当するらしく。一を聞けば十が返ってくる。俺は口を挟まずに静かに聞く。

 

 「呪術規定に基けば虎杖は存在すら許されん。吉野順平もまた同じ、やつはそもそも呪霊なのだろう? そうでなくとも元は呪詛師。

 あいつらが生きているのは五条のわがまま。

 個のために集団の規則を歪めてはならんのだ。何より虎杖と吉野が生きていることでその他大勢が死ぬかもしれん」

 「だが彼らのおかげで救われた命も確かにある。

 現に虎杖は今回東堂と協力し特級を退けた。

 吉野もまた、一人でそれを成し遂げた」

 

 反論。黙ったご老体に今度は俺の口数が増えた。思い起こすのは九年前に死んだあいつだ。

 いまでも、ふとした時にあの時代を思い出すだけで強烈な印象を与える男。

 あの唇から吐き出される強烈な愛情理論にどれだけの生徒が影響されたことか。

 その代表といえるのが夏油と灰原で、次が……意外かもしれないが五条だろう。

 あいつの場合はあいつの思想を「人間の基準」にした節がある。

 夏油が五条にとっての善悪の指針になったのならば、吉野は行動指針だったのだろう。

 愛があるから人は無茶な行動をとる、愛が裏返るから人間は残虐になる、愛があるから他人を信頼する、愛が裏返るから人は裏切る。

 ……それが良い影響かといえば確実に悪影響だろうが。

 だが、歪んでようが歪だろうが、五条悟に愛を教え込んだのは吉野公平だった。

 

 「学生に限った話ではありませんが、彼らはこれから多くの後悔を積み重ねる。

 ああすればよかった、こうして欲しかった。

 ああ言えばよかった、こう言って欲しかった。

 あの二人についての判断が正しいかどうか正直私にもわかりません。

 ただ、今は見守りませんか」

 

 もしも、俺があいつにとって頼れる大人ならば、今は違っただろうか。

 鴨川ではなく、彼女たちを託されたのが俺だったなら。吉野は今もここにいたのだろうか。

 

 「大人の後悔はそのあとでいい」

 

 ……なんて、救えない大人の妄想だ。

 少し先を立ち、物陰で煙草をふかす。久しぶりに、なんだかニコチンが欲しくなった。背後に何かの気配。がさりと草が揺れて、振り返って、目を見開く。

 

 「夜蛾さん」

 「……なんだ、吉野」

 

 一瞬、()()と空目した。顔も背格好もそっくりで、雰囲気まで似てる。でも彼は吉野公平ではない。その息子の吉野順平。

 かつては俺も面倒を見た覚えのある子供が大きくなって、呪いとともに忌まわしいこの地へ帰ってきた。

 

 「さっきの話を聞いてたんです。で、少し聞きたいんですけど」

 「あ、ああ……」

 

 どこで聞いていたのか。まあそれはいい。聞かれて困るような話でもないのだし。だが、なぜか居た堪れなくて目を逸らす。「なあ、夜蛾さん」吉野が尋ねる。「なんだ」と答えた。

 

  「あなたは、吉野公平を後悔してるのか?」

 

 ……口調まで似ると、一瞬どうすればいいのかわからなくなる。口籠る俺に吉野が「教えてくださいよ、夜蛾さん」と。その一言にハッとする。同じようなことを昔、言われた気がする。

 

 「そうだな、してるよ、後悔」

 

 ふと、飛び出たのは紛れもない本音。ああ、思い出した。吉野の進路調査の時に同じことを言われた。

 呪術師以外の道も考えろと言う俺に、吉野が「家族を養う父ですよ、僕」と苦言を呈した時の言葉。

 

 『お前は他の道もある』

 

 あいつに世界を広げてほしいと思って告げたそんな一言も結局、「僕は他の道を望んでないし、それを言うなら五条はどうなんだよ」と返されてしまって有耶無耶になり、「教えてくださいよ」と吉野が聞く。

 なのに言った本人たる俺自身が言葉に詰まって押し黙る。吉野はそのまま教室を出て行って、それから二度とその話をすることはなかったのだけれど。

 あの時はまだ俺も青くて、理想主義的なところが残っていたのかもしれない。もしくは、吉野の危うさに気づいていたのかもしれない。……何を今更。

 

 「あいつに何があったのかは、今でもわからない。だが理由がなかったとも思わない」

 

 馬鹿な生徒だった。問題児だった。でも悪い生徒ではなかった。

 

 「革命も、間引きも、処刑も。

 俺は全て生徒にさせてしまった。

 あいつに恩師を殺させてしまった」

 

 結論として、俺は困った時に頼れる大人ではなかったのだ。だから肝心な時に吉野に頼られなかった。 

 彼を気に掛ければ、気が付けば、救えたはずだった。そんなどうしようもないIFを思い浮かべては自嘲して。

 ……あいつを助けられなかったことを、ずっと後悔してる。

 

 「そうか……そうですか」

 

 俯く吉野。数秒の静寂。さらさらと流れる水の音だったり、木の葉を揺らす風の音が響く。

 吉野が、顔を上げた。

 

 「少し、安心しました。吉野公平の敬愛は嘘ではなかったと」

 

  笑顔だ。どうしてかわからないけれど、吉野公平にしか見えない笑い方で吉野順平が微笑む。ぞわりと背筋が凍る。ありえない、ありえないけれど、そこにはたしかに()()が立っていた。

 

 「(いや、違う。彼は吉野()()だ)」

 

 悲しいくらい生写しで瓜二つ。重ねてはならないと変わっているのに嫌でも重ねてしまう。涙は流さない。けれど心臓が痛む。

 

 「だから、これはほんの保険です」

 

 手が伸ばされる。吉野の掌が体に触れる。

 伸ばされた手は()()()()()()。心臓を通して魂に直接触れているような、悍ましい気配。

 息を呑む。

 微笑まれる。

 なんとなく、視線を落とす。いつのまにか、落としていたタバコに気づく。

 まだ先端が赤い。ジリジリ燃えて、燃えて、根元まで燃え尽きたそれが、枯葉に燃え移りそうになっていて、慌てて足で踏みつける。

 吉野の手は離れてた。意味ありげに緩く拳を握って、「夜蛾さん」

 口角を引き上げる吉野を、見ることしかできない。

 

 「夜蛾さん、僕はあなたを敬愛します。だから……裏切らないでくださいね」

 

 そして、吉野は身を翻す。グランドに向かって小走り気味に歩いて、「悠仁ー!」と元気に手を振っている。

 もう、先程感じた薄ら寒さは彼にはない。吉野の雰囲気はどこかおさなげで、どれだけ似てても違う存在なのだと線引きされているのだと感じる。

 失礼なことだろうけれど、俺はそれに安心した。もうタバコを吸う気にならなくて元いたベンチに向かう。

 きっと、気のせいなのだろう。錯覚していただけだ。

 ___先程話していたのは()()()()()()()()()()()()()()()など、そんなことあるわけないのだ。

*1
×爆睡→○気絶

*2
ちなみに箱の中にはあと二枚ほどくじが残ってて、それらの内容は「サッカー す⃝」と「格付けチェック し⃝」だった

*3
クソ失礼。土下座で謝れ(by N)

*4
デリカシーがないにも程がある(by M)




水魚之交
読み方 すいぎょのまじわり(すいぎょのこう)
意味 とても仲がよく、離れがたい交際や友情のこと。
その関係を魚と水にたとえた言葉。
三国時代、蜀の劉備が仲の良かった孔明を軍師に迎えたときに、古参の武将は不満をもらしたが、魚に水が必要なように私には孔明が必要だと言ったという故事から。


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1.5部:盈盈一水-エイエイイッスイ-
8月某日、■■県□□山での産土神祓除の記録。


二級呪術師(高専所属)二名派遣。うち一名は下半身を大きく損傷。現在昏睡状態で医務室で療養。

備考:両名共に革命派所属。吉野公平のフリークと思われる。

追記:等級審査の意図的な改竄の可能性あり。実行者へ厳格な処置を求める。
報告者:五条悟

【*注:灰原の術式捏造してます。それでもいいよという方だけご閲覧ください】


 茹だるような暑い、暑い夏の昼だ。蝉が馬鹿みたいに鳴き叫び、陽炎が立ち上る。我が高専が山の上にあるせいで太陽が高い気分になって、余計に暑い。

 かといって、山を降りれば光化ガススモッグ警報が鳴り響いているだろう。夏休みの小学生に向けられた町内放送を思い出し、憂鬱な気分になる。

 おまけに自分の格好は制服。黒色は太陽の光を吸収する。おまけに防御力重視で通気性最悪な服装は中身が蒸れて仕方がない。日陰に入りたいがこの学校には碌な日陰がない。

 かといって、鳥居の下に停めてある車に入るのはごめんだ。誰もわざわざ地獄のサウナに入りたくなどない。

 そして、こんなにもクソ暑い中外で突っ立ち続ける原因がヘラヘラ笑って手を振ってるもんだから、舌打ちがこぼれてしまうのも無理はなかろう。

 「お待たせ〜」とこちらのことなど知ったことかとばかりに脳天気な男に「遅刻だぞ」と苦言を呈す。ようやく乗り込んだ車の中はぬるい冷房が効いていて快適とは到底言えない。

 ああ、暑い。死ぬほど暑い。日本終わるんじゃないかってぐらい暑い。暑いというだけで人間は百も千も不満を言えるのだから、夏は呪霊が大量発生するのかもしれない……なんて。

 とりとめのないことを考えをたどりながら、今日の任務の資料を眺める。

 「ごめんって」などとちゃっかり持ってきた扇子を私に向けてパタパタ扇ぐのがなんとなく腹が立ったので、扇子をぶんどって自分で扇ぐ。

 「ああ!」と抗議を上げる灰原など無視だ。しばらくすれば「やれやれ」などと年上ぶって諦めることを、私はよく知っていた。

 扇子を仰ぎながらぺらり、ぺらりと資料をめくる。討伐対象の簡単な情報と被害者の推定人数。それらを精査して、ちいさく頷く。ふむ、これはたしかに二級案件だ。少し高く見積もっても準一級に手が届くか、といったところだろう。

 ふと。横隣から物音がして、視線をずらす。視界いっぱいに今日行く地方の名前がデカデカと乗ったカラフルな雑誌が目に入る。

 

 「ん? どうしたの七海」

 「灰原、お前な……」

 

 「車の中で文字読むと酔う!」なんて言った口で観光ガイドを眺める矛盾に呆れてものも言えない。苦言を呈すのも疲れる。何を勘違いしたのか、灰原が「七海もなんか気になるとこある?」なんて雑誌を広げて見せてくる。

 

 「夏油さんにお土産は甘いの買ってきてって頼まれてさ。あ、七海はしょっぱい方が良かった?」

 「そんなのなんでもいいですよ……。それより灰原、任務の確認は?」

 「任せた、七海!」

 「はあ……」

 

 調子のいい友人が親指を立ててウインクを一つ。まったく、この男は……。

 いざ任務になれば頼りになるが、少しばかり雑な部分が目に余る。まあ、そんな態度をするのが自分の前だけだとわかっているから、なんとなく文句を言えないだけで。

 

 「あ、結構大きめな神社あるんだ。帰りにお詣りする?」

 「行きたければ一人でどうぞ」

 「えー、行こうよ七海!

 交通安全のお守りとか買おう!」

 「なんで交通安全……そこは開運とか厄除けとかでいいでしょう」

 「渋滞回避とか祈ればいいと思うよ!」

 「いや、関係ないだろ」

 

 冗談なのか本気なのかいまいちよくわからない言葉になぜか笑ってしまう。お詣りって、呪術師がどの面さげていくんだ。呪霊におちれば神すら祓うのが仕事なのに。

 

 「到着です」

 

 補助監督に促されて車を降りる。

 灰原と話しているだけで、時間はあった今にすぎる。遠いと思っていた道のりも早く感じる。

 「ここから先は歩きです」と案内されて、人気のない山奥へと進む。しばらくすれば、不自然に安全テープが貼られた木々が見えて、「ああ、あの奥か」と内心つぶやく。

 

 「それでは、帳を貼ります」

 「帳を? こんな場所にですか?」

 「ええ、念のためですが。

 呪霊の被害を熊ということにしたので猟友会の方々が山を巡回しているんです」

 「ああ、なるほど」

 

 疑問に対して納得のいく答えが返ってきたから、それで追求をやめた。今思えば、これは外部との連絡を遮断するためだったのだろう。

 

 「それでは、ご武運を」

 

 だから、きっと。ありふれた言葉が妙に白々しいのが耳についたのだ。 

 


 

 【記録ーーーー2007年8月。

  ■■県○○山山頂付近。

 任務概要

 山内での地元住民の変死、およびその原因とされる呪霊の祓除

 追記

 ・当初、当該呪霊は二級と推定されていたが地元住民の話から産土神と発覚。

 信仰を失い、呪霊に堕ちたと見られる。

 ・当該呪霊は当時派遣された二級呪術師二名(七海建人、灰原雄)により祓除済】

 

 


 

 「……嘘でしょう」

 

 山林の奥。朽ちた鳥居を目にした時からなんとなく嫌な予感かしていた。

 断崖絶壁。人為的に造られたような洞穴。小さな洞窟のその奥にあったのは鳥居と同じく朽ちた祠と巨大な塊。悪意を煮詰めて形にしたような悍ましい異形。

 

 「産土神……」

 

 ポツリと、灰原がつぶやくのをどこか他人事のように聞いている。ああ、現実逃避か。敵は完全にこちらに狙いを定めている。私たちはすでにこの呪霊の領域に囚われている。

 理由は……ああ、そんなのわかってる。私たちが、()()()()()()()()()()()()()だから。

 疑問に思ったときに引き返せば、などと。自ら虎穴に入った愚行を思い返しては後悔する。が、もう遅い。すでに賽は投げられた。鉈をにぎる手に力が篭る。

 

 「……やるしかない」

 

 灰原が独特の構えをとる。腰を低くして、片方の拳を突き出し、肘を引く。この一年で見慣れた八極拳の構え。「倒そう」と低く囁く彼に「無理だ」と反射的に言う。

 

 「無謀だ、死ぬぞ」

 「でもあの呪霊をどうにかしない限り、僕たちはこの領域から出られないよ。戦わずして死ぬか、戦って死ぬかのどちらかしか選べない。

 ……大丈夫、僕たちはあの吉野公平の弟子なんだから」

 

 一瞬、動揺で身が固くなる。吉野公平。久しく聞いてない名前だ。あの、七夕の日以降、禁句になってしまった名前だ。

 それから、私たちを夏油さんとまとめてボコボコにしては高笑いしていた悪魔の名前だ。ここ一年ほど、妻子に会えないストレスを授業なんて言っては後輩をなぶって晴らしてた()()()()みたいな男の名前でもある。どちらも同じ人を指す名前である。クソが。

 

 「……あの人の授業に比べたら産土神の方がまともですね」

 「死んだ端から蘇生されてたもんね」

 

 タバコを蒸しながらダブルピースする家入先輩が「ぽん」と頭に浮かぶ。あの人はあの人でいけ好かない同級生(彼女がいう屑ども)が先輩にボコられるのを見てストレス発散してた。おまけで瀕死の私たちを蘇生してた悪魔の同類。

 ……ああ、そうだ七海建人。絶望なら、もう一月前に散々しただろう。まだ記憶に新しい、二度と会えない狂人な先輩(リーダー)を失った時の絶望感を思い出せ。

 

 「絶対に生きて帰ろう、七海」

 「ええ。生きて帰りますよ、灰原」

 

 呪力を纏う。

 灰原がすうぅ……と息を吐いて/私は術式を発動させて……

 

 「シン・陰流八極拳……」

 先に動いたのは灰原。地面を蹴る。それだけで爆発したような轟音が鳴り響き、小さなクレーターの完成だ。強烈な踏み込みによる急接近。次の瞬間には呪霊の目の前に灰原がいて、不定型の肉体に呪力を纏った拳が迫る。

 

 「震脚!」

 

 ズドン!

 踏み込みにより強化された強烈な発勁が呪霊にぶち当たる。くるりと身を翻して膝蹴りを食らわせて、次は掌底が。一度流れができてしまえばあとは格闘ゲームのコンボを決めるように止まらない連続攻撃に翻弄されるのみ。

 

 「発勁! 頂肘! 白馬翻!」

 

 体制を崩し、倒れた呪霊。動きが止まっている今なら迷いなく狙える。

 

 「十劃呪法……」

 

 静かに、己の術式の名を告げる。7:3のメモリが見える。対象物は動かない。なら、外さない。振るった鉈が分割点にぶち当たる。ぶった斬られた腕が遥か彼方に飛んでいく。

 

 「ナイス、ななっ」

 

  七海、と。私の名前を言いかけた途中で灰原が目の前から消えた。吹き飛ばされたのだと、轟音を聴いて初めて気づく。石壁に激突して呻く灰原に駆け寄った。背中の打撲。呼吸のたびに強ばる表情。多分、肋骨も折れてる。

 

 「こうならないように、はじめから、全力でかかってるんだけど……な……」

 

 げほ。明らかにおかしな咳だ。明らかに悪い顔色で、明らかに悪い形勢で、それでもなお虚勢を張って「大丈夫」という馬鹿。虚勢を張れる元気があるなら静養に回せ、もう少し怪我人らしくしてほしい。

 

 『*******(どうして、どうして)……ーーー!!』

 

 意味がわからないのに意味がわかる、呪霊の鳴き声。頭の中で目の前の産土神の思念がうるさいくらい反響してる。呪霊の術式が暴威を振るう。堕ちたとはいえ神の御業、上から押さえつけられるような圧力で潰されそうになるのを必死で耐える。

 

 「(ああ、最悪だ……)」

 

 敵の呪霊は体積が大きい。普通の呪霊なら一撃で爆散させる灰原の八極拳を受けてもまだ平然としているのも、巨体ゆえにダメージが分散してしまったのだろう。

 かといって、近づこうにも重力操作と思われる術式のせいで接近は難しい。私も灰原も両者共に近距離戦闘タイプだ、近づけなければ話にならない。そして二人とも点攻撃はできても面攻撃はできない。ゲームでいうなら、HPをちまちま削りながらの耐久戦。そして私たちに回復アイテムなんていう便利なものはない。つまり、絶望的に相手が悪い。

 

 「七海、【例のアレ】ならあの呪霊倒せる?」

 

 例のアレ、と灰原がいうものを思い浮かべて唇を噛む。まだ未完成な上に、そもそも呪力が足りないので極わずかな空間でなければ行使不可能。しかし、それができれば目の前の呪霊も十分祓除できる。

 

 「……まあ、やれなくはないでしょう。しかしこの洞窟全域でやるには……」

 はっきり言って、呪力が足りない。五条さんや夏油さんぐらい呪力があれば難なくできるだろうが、自分では多少無理をしたところで半径2メートル程度が限度。悔しいがこれが現実だ。

 

 「なら、僕が足止めしてたらやれる?」

 「はーー?」

 

 灰原は少し悩んで、そして呪霊から目を離さずにそう聞いてきた。灰原が言わんとしていることはわかる。()()()()()()()()()()()()。だがそれをやるとどうなるのかぐらい、灰原だってわかってるはずだ。

 

 「僕があの呪霊の動きを止める。だから七海は僕ごと呪霊を()って」

 「自殺を認めろと?」

 「自殺にはならない。僕だって生きて帰りたいからね」

 

 だが、しかし。私はその提案を棄却したいのに灰原は「やれ」という。暖簾に腕押し。糠に釘を刺すとはこのことか。話が通じない。

 

 「大丈夫、僕は愛がある男だからね!

 親愛なる七海の術式で死んだらなんかしないさ」

 

 愛があるから僕は無敵さ!とどこかの誰かみたいなことを言い出す灰原に、当てられた。そうだな、灰原。なら私も腹を括る。

 

 「……わかりました、灰原を信じます」

 

 愛を、信じる。そうやって誤魔化さないと立ってられない。目の前の呪霊を倒さなければ生きて帰れないし、灰原が足止めしないとあの呪霊は倒せない。

 親愛(あい)してる、友愛(あい)してる。私は君を、信頼(あい)してるんです。

 だから、裏切らないで。死なないで。そんな風に、自分の不甲斐なさを棚に上げて懇願する。

 

 「……いくよ」

 「はい……」

 

 まずは、私が洞窟の破壊を始める。術式で破壊した瓦礫からまた瓦礫を作って、材/罪(ざい)料を積み上げる。その間、灰原は一人で呪霊を相手に取る。

 急げ、急げ、急げ急げ急げ急げ!!早くしろ七海建人、このノロマが!

 いくら内心で焦ってても表面上は冷静さを保つ。7:3の分割点に鉈を当てまくってとにかく岩を削る。

 

 「灰原!!」

 「シン陰流簡易領域……」

 

  準備ができて、振り返った頃にはすでに灰原はズタボロで、これからさらに足止めさせるのかと自分が不甲斐なくてたまらない。弱さが憎い。返事をする余裕すらない灰原が生み出す弱者の領域は、帳のように広がって呪霊を飲み込む。

 

 「猛虎硬爬山!」

 

 絶技。それしか思い浮かばない。簡易領域の狭い空間でも可能なように調整された一連の技の流れ。型が流れるように進行し、一巡したらまた最初から巡回する。

 一度始まれば理論上は体力が尽きるまで終わらないとされる攻撃。

 そして、灰原に続くように己も術式を……拡張術式を展開する。

 

 「十劃呪法拡張術式……瓦落瓦落」

 

 己の術式で破壊した対象に呪力を込めて行う面攻撃。いずれ広範囲での攻撃に変えたいと話していた……後輩思い(はた迷惑)吉野公平(せんぱい)のアドバイスで生まれた技。降り注ぐのは7:3クリティカルヒットにより生まれた瓦礫。それらによる攻撃はどこに当たっても強制クリティカルヒットとなる。

 呪霊は押し潰されて消滅した。それは見届けるまでもなくわかってた。

 

 「灰原!」

 

 なら、肉壁(じゅれい)を失った灰原はどうなる。灰原だって瓦礫はクリティカルヒットとなる。だから、そうなる前に助けたかったのに。

 

 瓦礫にあたって目を負傷した。そんなのどうでもいい。自分の術式から救い出した灰原は……生きていた。死んでない。潰れた視界はそれしかわかっていなくて……灰原の下半身が己の術式のせいで潰れたことを知ったのは、高専に帰還した次の日。昏睡の灰原を見て、私は思う。

 呪術師なんてクソだ。親愛した人(しんゆう)を守るどころか殺しかけた。

 呪術師なんてクソだ。敬愛した人(せんぱい)は理想の果てにテロリストとなった。

 こんな世界じゃ守れるものも守れない。生きることすらままならない。

 だから私は、私は呪術師をやめると決意した。

 


 

 灰原雄

術式:なし

技:シン・陰流八極拳

 

家から一番近い格闘技の習い事が八極拳であり、八極拳を始めるが、そこの師範がシン・陰流八極拳をおさめてた。

呪力はあれど術式がない灰原を見込んだ師範が妹を人質に取るような形(「君が弱いままだと妹が殺されるけど、どうする?」)で弟子入りさせるなどをしてのちに灰原は高専に進学。

シン・陰流を見て簡易領域を盗んだ開祖(師範)が勝手に名乗り出した派閥であるが、まあ門外不出の縛りがあるので、一悶着あったが渋々流派分けみたいな形になっている。

接近戦最強と名高い八極拳とシン陰の組み合わせは強いと思う

「八卦」

八極拳派閥の簡易領域。

簡易領域の中に入ってきた相手をはめ殺しにするカウンター攻撃。

「頂肘」

肘を使う超強力な攻撃。

 

「震脚」

八極拳独特の脚法。敵に思い一撃を喰らわせる

「長拳」

八極拳のリーチの短さを補う遠距離戦法。「二の打ちいらず」の一撃必殺

 

 

 




盈盈一水
読み方 えいえいいっすい
意味 愛する人に言葉をかけることが出来ない苦しい思いのこと。
「盈盈」は水が満ちている様子。
「一水」は一筋の川のこと。
牽牛と織女の七夕伝説を題材に、一筋の天の河で隔てられているために、見つめるだけで会話することが出来ない切なさをうたった詩。
「盈盈たる一水」とも読む。
出典 『文選』「古詩十九首」


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鴨川俊則の記録

今作品の中で一番可哀想な人こと鴨川俊則先生の章です。
*閲覧注意!
*閲覧注意!
*閲覧注意!
開幕一番で例の脳みそ出てきます。ほとんど鴨川先生の走馬灯というなの回想ダイジェストです。
なんか描きたいところだけ書きました。鴨川俊則のイメージが壊れるかもしれません。読みづらいところもあるかもしれません。
が、それでもよければ覚悟を決めてどうぞ!












 「あなたに恨みはないんですが、あなたの死体が欲しいんです」

 

 いつか死ぬとは思っていたが、死とは何でもない日常の中に隠れていたらしい。そんな呑気なことを、腹に突き刺さる包丁を見ながら考えてた。柄までぐっさり、深々と。おまけとばかりに柄を十字に動かして刀身で腑を攪拌。

 「ああ、これは死ぬ」と激痛の中でため息を吐く。都合よくこの場に反転術式使いでも現れない限り私の命は掬えないだろう。まったく、なんだってこうも急なのだ。何の準備もできてきない。

 いつものように任務に行って、呪霊を祓い、ついでに襲われていた非術師を救う。そして任務後に土産屋で土産を物色していたら【コレ】だ。

 いやはや、誰が想像できるものか。可愛い孫(みたいな子)と頭がアッパラパーな息子(みたいな奴)と、そのアッパラパーがいつも苦労をかけてる嫁さんのことを思い出しながら「うーん、名産とはいえ青菜漬けを4歳のガキが食べるか?」だなんてぼやいていたら、後ろから声かけられてザクッ! いや、こんな死に方思いつくか普通。

 もっと他に死にそうな場面たくさんあっただろうよ。呪霊でも呪詛師でもなく一般人に殺害されるのか、私は。

 現実味なさすぎて悲鳴も出ない。いや、悲鳴が出ないのは死にかけるのに慣れすぎてしまったせいでもあるかも?

 あーーー、だめだ。もっと走馬灯みたいなのがあると思ったんだけど、この30年ちょっとで見過ぎて在庫切れっぽい。ようやく見えたのは息子(みたいなもの)一家の顔。これじゃ、土産は渡せねぇなぁ。

 

 「さよなら、鴨川俊則。恨むなら吉野公平(あなたの弟子)を恨んでください」

 

 どうやら、私は弟子のせいで死ぬらしい。ぼたぼた床に腑を落としながら回想していく。そうして、私は何度目かの走馬灯に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

  「相伝どころかろくな術式も持たない」

 

 「呪力の量だって、非術師とそう変わらないじゃないか」

 

   「おい、術式をたった一度使うだけで呪力切れを起こすなんて聞いてないぞ」

 

 「コレが嫡男だなんて恥ずかしい」

 

  「みんな、トシノリの真似をしちゃダメよ」

 

 「何の価値もない落伍者め」

 

 

 

 「「「「「お前なんて、産まれなきゃよかったのに……」」」」」

 

 

 

 

 ーーーー色褪せた公園の風景(きおく)。いまよりも大分ちみっこくてペラペラな身体の少年。ああ、これはあいつとの初対面か。走馬灯で見るほどのものか?と、自分自身につっこむ。あのアッパラパー野郎との初対面は決していいものではなかったと思うし、正直ちょっと誘い文句が痛々しくて恥ずかしいんだが。

 が、体は過去の記憶に従って動く。砂場でなにやら式神を作ろうとしている少年の肩を後ろから叩いて、振り向いた彼の頬に人差し指を突き刺す。

 知らない人に絡まれた、まだランドセルを背負った少年が、瞳に恐怖を宿して「誰ですか」と尋ねる。

 

 「ねえ君、その力のこと詳しく教えてあげるからウチ来てよ。」

 「え、嫌です」

 

 

 そう。“私”と吉野公平の交流は、胡散臭い誘拐犯のような台詞から始まった。断られるとは思っていなかった当時の()は理由がわかんなくて「ええ!?」と大袈裟に驚いたり。まあ、なんというか。呪術の世界しか知らない私は常識知らずだったのだ。

 いまならこの少年の返答がとても見事な模範解答だとわかる。だってこれ、完全に誘拐犯が子どもを誘拐する時の文句だし。

 警戒して後退る少年にジリジリ迫る様は通報必須。防犯ブザーに伸びる手にもに付かず、己が不審者だと目の前の少年に認識されていることにも気づかず、私は「まあ聞き給え」などと余裕ぶって喋り倒す。

 

 「君、今呪術使ってただろう? でも基礎ができていないから失敗してる。

 ちょっと見ただけだけど君はかなり将来有望だ。実力を腐らせるには惜しいと思ってね……だから、私が君に手解きをしてあげようと思って」

 「はあ? 意味わからないし……呪術ってなんだよ。

 もしかしておっさん、厨二病?」

 「いや、別に病を患ったりはしてないよ。呪術っていうのは……そうだね。君がそこの虫を殺したような、科学では証明のつかない力のこと、かな」

 「……知らない、そんなの」

 

 いや、嘘だろ。さっぱり誤魔化せねない小学生をどう言いくるめようかと悩み出す私。……ああ、そういえばこの後が問題だったか。

 悩んだ私は「そうだ」と言って、公園の一画に蠢く「もの」を指差す。

 

 「それはおかしいな。だって君、あれが見えてるだろう?」

 「あれ……って」

 

 そこら辺にいた呪霊を指差して言う私。少年は指の先を視線で追ってかちんと固まり、パッと視線を逸らす。そして絞り出すようなか細い声で「何もないじゃん」と早口で一言。怯えを怒りで隠した少年が「もう良いでしょ」と捲し立てる。

 

 「もういいでしょおじさん。僕、もう帰るから。どいてよ」

 「うーん、どうしようか」

 

 しらをきる少年に頭を抱えた私は「あ、そうだ」と、そこら辺を飛んでいる低級呪霊に手を伸ばし、掴む。そして彼の顔面にそれを押し付けて「コレでもまだシラをきるかい?」なんて尋ねてみた。

 

 「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 それはそれは悲痛な悲鳴だった。あんまり大きな声を出すから驚いて、その隙に私の手を振り払って逃げる。

 そのまま逃げ帰って仕舞えば良いものを、少年は公園の水道で執拗に顔を洗っていた。私は特に急がずに彼の背後に立つ。おそるおそる、振り返る少年に、「これで言い逃れはできないぞ」と胸を張って言い放った。当時23歳、現役呪術師(臨時講師兼任)

 殺意を漲らせ、睥睨する少年。

 

 「何すんだジジィ!」

 「ほぉら、やっぱり見えてるじゃない」

 

 カラカラ笑う私の脛を蹴り付ける。ちょっと泣いている少年が「そうだよ、見えてるよ。コレで満足かよ!」と喚く。

 ……改めて、そして客観的に見た自分が異常者すぎて涙が出てきた。もういやだ、この黒歴史(そうまとう)

 走馬灯ってなんかもっとほっこりする系のアレでしょ。なんで私のは黒歴史上映? なんなの、嫌がらせか?人の気持ち考えてくれよ。死に際の走馬灯のくせになんか厳しくないか? 時期に死ぬんだからもっと優しくしてくれ。マイルドな感じに捏造して。

 が、願ったところで映像は記憶通りに進んでいく。救えなさすぎる人間失格男(自分)がニヤニヤと○学生に絡む様を淡々と見続けるのはもはや拷問。自分の過去だとしても認めたくない。

 

 「あれはね、呪いだ。私たちは呪霊と呼んでいる」

 「呪いに、じゅれい……?」

 

 惚ける少年。ようやく名前がついた不可思議な現象を確かめるように口ずさむ。なんだか微笑ましくなって、私はにこにこ(ヘラヘラ)笑顔で様子を眺める。

 

 「呪術師はああいう呪霊を呪い殺す仕事だよ。君がやろうとしていたことの専門家だったりする。」

 「!」

 

 衝撃を受けて、顔をあげる少年。無垢なその子を蜘蛛の糸で絡みとるように、私は手を伸ばす。

 

 「大切な人を助けたいかい? それとも、もっと強くなりたいかな?

 大丈夫。私の元に来ればいい」

 

 ーーーーほんとうに?

 

 不信の中に期待を込めて、少年は私の顔色を窺う。私は一貫として表情を崩さず、微笑みを携えて彼に手を差し伸べる。

 

 「さあ、少年。手始めに名前を教えてくれるかな?」

 「……こうへい。吉野公平」

 

 あなたの弟子にしてください。少年は私にそう懇願し、私はその手を握った______瞬間。

 視界がぐにゃりと回り、暗転。ぱちん、場面が変わる。

 次の光景は制服を着た中学生が赤ちゃん抱えてはしゃぐ姿。ああ、覚えてる。コレは公平くんが14歳の時の記憶だ。

 

 「あ、俊則せんせ! 

 どう、みてみて! かわいいでしょ〜!」

 「いやぁ、可愛いけど衝撃の方が強いなぁ」

 

 すこしだけ成長した、しかしまだ幼い公平くんがふにゃふにゃの赤ちゃんを抱きしめている。コレは初めて順平にあった日のことだな。

 この時の私は公平に年上の彼女がいることは知っていても、まさか妊娠して子供が産まれるとは思ってなくて「そういえば先生、僕子供できたんだよね」とカミングアウトされてめちゃくちゃショッキングを受けた経験が……いやまあ誰でも自分より一回りも年下の教え子が急にパパになったって言ってきたら衝撃的だろうよ。

 

 「まさか先生より先に僕がパパになるなんてなぁ。あ、入籍はまだできないから、結婚するのは先生の方が先かも!」

 「いや、それも多分公平くんの方が早いでしょ」

 

 突然赤ちゃんをパスされて、恐る恐る抱っこする私に変なことを聞かないでくれ。

 

 「僕、先生の息子に会いたいんだけどな。僕の子供と先生の子供が幼なじみになったら最高に素敵だろ?」

 「ははは、随分残酷なこと言うね君」

 

 カラカラと。死んだ目で笑う私は「君が私の息子みたいなモノじゃないか」と軽口を叩き______暗転。

 

 

 ぱちり。次の光景は高専の制服を着た公平くん。赤い夕日が差し込む教室で苦虫を噛み締めるような表情で私のめをまっすぐ見てた。

 ___ああ、この日か。公平くんの同期が殺された日。

 一緒に任務に行った呪術師に囮にされて、頭だけになって帰ってきた日。

 

 「先生の言ってる意味がよくわかった。この世界は腐ってる」

 

 少年期を終えて、青年になろうとしているまだ青い子どもが、私の目を見て淡々と告げる。絶望を孕んだ重たい言葉がずしりと私にのし掛かる。

 

 「先生。僕は先生が好きだ。僕たちを差別せずに導いてくれて、強くしてくれた。生き方も教えてくれた。

 だからね、先生。僕はこの世界を理解しようとしたよ。先生が生まれて、ずっと生きていた世界を好きになろうと努力したぜ。でも、無理だって、こんなのさぁ」

 

 非道も、外道も、裏切り者も。呪術の世界で生きるならば嫌と言うほど見てしまう。見なくて良いものばかり見て、そして関わって。

 

 「僕さ、俊則先生や同期たち(ぼくのたいせつなひと)を認めない世界を許したくないんだ。俊則先生はすごいのに、強いのに。僕たちだって努力して強くなったのに。

 それを【落伍者】だとか、【非術師生まれ】とか言って認めない奴らが許せない。

 先生の生徒が優秀だと困るからって、邪魔だからって、訳わからないこと言ってさぁ。クソみたいな理由であいつを殺した世界が憎い。僕や僕の大切な人たちを殺そうとするあいつらが嫌い。

 僕の友愛(ともたち)殺して(うばって)おいて、まだ足りないのかよ……!」

 

 暗く、濁った瞳。しかし私に向ける純粋な尊敬の眼差し。それが重いと私は思わなかった。むしろ、私だけに向けられる「特別」な感情が嬉しかった。私は今まで誰にも見てもらえない透明人間みたいなものだったから、「見られる」ことが嬉しいと、そう思って……。

 

 「僕は知ってますよ。先生が凪さんと順平守ってくれてるの。知ったの、つい最近だけど。

 いつからこうやって、僕のこと守ってくれてたんですか」

 「さぁね」

 「しらばっくれて。順平が生まれる前からずっとでしょ」

 「知ってるなら聞くなよ」

 「うるさい、馬鹿」

 

  ごめんなさい、そう泣いた公平くんの頭を撫でた。子どもみたいに泣きじゃくる彼に、「革命をしようか。優しい世界を作るために」と語りかける。

 もっともっと、尊敬されたくて。私を、もっと見て欲しくて。敬愛(あい)して欲しくて。

 そして、そして……______。

 

 

 「あなたを愛したことが間違いだった」

 

 

 ぱちん。

 最後に見えた光景は、憎しみの目で僕を見つめる君。おかしいな、こんな記憶はないんだけど。

 ……ああ、いや、ちがう。コレ、今起きてることなんだ。私の死体を利用するとか言ってたあいつが、私の体で何かをしたんだろう。

 でも、ああ。公平くん。それは君が泣いてしまうほど、非道なことなんだろうね。

 私の体は君にどんな酷い(ひどい)ことをしたのだろう。泣いている君を慰められなくてごめんね。本当にごめん、弱くてごめんね。

 私が死ななければ、あんな奴に殺されなければ。()()()()()にはならなかったのに。

 やだな、こんな終わり方は。こんな最後になるなら、君に言っておけばよかったよ。

 

 「君が少しでも私に違和感を感じるならすぐに殺せ」って。「君がおかしいと思うならそれはもう私じゃないから、すぐに殺せ」と。

 

 君は優しいからさ、どれだけ世界に失望しても、それでもこの世の優しさを信じてた。でも、だからこそ。君に教えてあげるべきだった。

 人間っていうのはっていうのはどいつもこいつも醜くて、救いようがなくて、頭の逝かれたエゴイストだって。

 その頂に立つのが私なんだけどさ。

 ねえ、吉野公平くん。私はずっと、君のことをね、息子のように思ってたんだ。だからかな。君の成長をもっと見たいと思ってしまったのが間違いだったのかも。もっと早く死んでおけば、こんなことにはならなかったのに。

 でも、仕方ないじゃないか。私は君の人生になりたかったんだから。この先もずっと、敬愛されると確信を持つまで死にたくなかったんだ。君が成長しきって、成熟して。君のような偉人を作り上げたのが私のような凡俗だと。そう、確信するまでは死にたくなかったんだよ。

 公平くん、公平くん。わたしはね、君に敬愛されるような素晴らしい人間じゃないんだ。

 そもそもの話だよ。なんで私があの日、あの公園にいたかわかるかい? なんでただ、術式を使っただけの君を見初めたんだとおもう?

それはね、公平くん。私が非術師の家庭で生まれた、呪術師の才能を持つ子どもを探してきたからだよ。不用意に残る残穢を追って、いろんなところを駆けずり回って。そうやって君を見つけたんだ。

 私はさ。ずっと、【誰かの特別】になりたかったんだ。私を特別にしてくれそうな子を、私を優先順位の一番にしてくれる人を作るために君を育てたんだ。酷い奴だろう?

つまり私は光源氏の真似事をして、私に都合がいい紫の上を作ろうとしたんだよ。

 君を選んだのは偶然だけど、君に呪術の基礎を教えたのも打算なんだ。君へ向けた感情は本当だけど、それだって元を正せば打算で。

 それでも、それでも私は、君を愛していたんだ。息子のように愛してた。特別に思ってた。君は私を一番上にはしてくれなかったけれど、君が一番大切な家族と私を、同等に扱ってくれたから。

 私を特別にしてくれる君が、心の底から好きだった。

 

 ……まあ、こんな打算、絶対に告げるつもりはないけれど。死んでも言うつもりはないけれど。死んだ後も言わないけれど。

 ……それでも、コレだけは言っておけばよかったなぁ。

 

 公平くん、私はさ、君に尊敬されて嬉しかった。烏滸がましいけど、君を息子のように思ってた。

 できるなら、本当は。君が死ぬその時まで、君の先生でいたかったな。



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少年モルモットの記録

*閲覧注意
*胸糞展開
*脳味噌出現
*児童虐待描写があります(人体実験を思わせる表現あり)

1.5部のストーリーは基本的に読み飛ばしていただいてもストーリー上問題はありませんので、以下の注意事項に地雷を感じた方はご遠慮ください。

*五条替くんのサイドストーリーになります
いつものように替くんのストーリーは胸糞展開になります。替くんの精神破壊や脳破壊シーンがございます
替くんの友人キャラが登場しますが救いはありません。
以上の注意事項に同意していただいた方のみご閲覧ください


 「ねえ、キミはだれ?」

 

 ガラスドームみたいな、透明な檻の中。そこで僕たちは出会わされた。

 

 

 

 _______少年モルモットは夢を見る。

 

 

 

  僕が名前を聞いたその子は、自分のことを「S」だと言った。たくさん兄弟がいるらしくて、彼らはAとかBとかアルファベットで呼ばれてる。記号が重複していない兄弟の方が珍しくて、つまり、彼らは動物だ。S.A.B.C.Dの中でS、個体名ですらない識別名を己の名前と勘違いする人間の形をしたラット。あまりにも酷い(むごい)有様だろう。

 でも、しかし。僕は、その、本当にひどいことなんだけど。それに安堵してみたり。結論を言うと、僕より酷い扱いのその子を……自分より下にいる実験動物(モルモット)を見て安心したのだ。「ああ、僕ってこの子よりか可哀想じゃない」って。

 お母さんとお兄ちゃんから引き離されてその存在を認知されることもなく、意味のわからない研究とやらで目や体を弄くり回される日常を送る僕より、兄弟まとめて一括りに記号呼ばわりされて研究され、時にはDの兄弟がいなくなっていたりするらしい「S」のほうが可哀想だった。

 しかも、よく聞けば兄弟たちはみんなみんな同じ顔で、同じ体格で、違うのは呪力の量ぐらいだという。そしてここはバイオ研究施設。モルモットになるために作られたクローン人間。それが S たちの正体だ。ああ、可哀想。本当にSは可哀想だ。

 だって愛された記憶もないんだ。僕にはある。お腹の中にいた時と、生まれたあとの数分だけだけど、お母さんとお兄ちゃんに祝福されたことがある。だから、それすらないSが可哀想だって、見下して安心してた。

 僕より酷い子がいるんだから、僕の方がマシ。僕よりSの方が可哀想だから、僕の方がマトモなんだ。醜い思想。でもそれに僕は救われた。

 多分、僕をSに引き合わせた研究者はそういう目的でSを連れてきたし僕もそう言う目的でSと話してた。

 便利な愚痴袋だったし、鑑賞物だった。Sもそれをわかってた。

 

 「俺は、替が好きだよ。」

 

 だと、いうのに。ある日Sははにかみながらそんなことを言う。「友達だと思ってる」と。

 どんな目的があろうと、君と会う時間が好きだと。クソみたいな理屈に巻き込まれて、それを知ってるのにSは「君と話す時間はかけがえのないものだから」という。意味がわからない。憐れまれるのが好きというわけでもなさそうなのに。

 Sと一緒にいると自分が劣っているように感じた。僕がすごい嫌なやつに思えてくる。

 だから会うのをやめた。ら、今度はSのほうから僕に会いにきた。

 

 「俺のこと、嫌いになった?」

 「……べつに」

 「じゃあ、無視するなよ」

 

 黙って俯いてたら、腕を引かれた。びっくりして顔を上げたら目の前にSの顔があってーーー久しぶりに見た顔は、泣き顔だった。

 

 「俺には、替しかいないのに。替だけが俺を俺にしてくれるのに、替にまで無視されたら、俺……俺……っ!」

 「S……」

 「俺を有象無象に戻さないで、俺を個人として見てよ。替の目的とか心象とかどうでもいいから、無視だけはやめて……」

 

 言葉に詰まって、しゃくりあげて。Sらしくない態度だけど、吐き出された慟哭には既視感がある。お前も僕のことを利用してたんだなとか、そういうの。

 Sが聖人君子? とんでもない。こいつだって僕と同じ穴のムジナだ。僕を自分のための道具にして、己の虚を満たしてる。だから、僕も安心してSを利用していいんだって、醜悪な思想を抱く。

 

 「ねえ、S。僕たち、似てるね」

 

 「だから僕の友達になって」、なんて。全く、クソみたいな理論だ。クソみたいな関係性だ。それに頷くSもSだよ。提案した僕が言えた義理でもないけどさ。

 僕たちが普通に生きてて、そんなふうに言われたらさ、中指立てて「そんなのごめんだね」と吐き捨ててるよ、絶対。でも僕たちは普通じゃないから。そんな関係もアリなんじゃないか。友達と言ってもいいんじゃないか? ねえ、そうでしょう。

 自分の同位体を「有象無象」とか言っちゃうお前と、生まれて間もない頃の数分だけを大切にしてその他はゴミだと見下す僕は、実にお似合いな二人だろう。

 喧嘩して、数日開けて、仲直りして。なのに僕たちの友情は長く続かなかった。

 忘れもしない2013年の九月。外は雨が降っていたらしい。僕たちはそんな「外界」の変化に気づけないほど徹底して管理されていた。

  Sは死んだ。最後の会話もなかった。予兆も感じなかった。厳密には死んでないのかもしれないけど、僕の友達のSは死んだ。

 

 僕たちは忘れていた。所詮僕らはモルモットで、研究のための「道具」であると言うことを。

 

 


 

 

 そもそも、Sは実験素材として利用するために作られたクローンだ。特別検体として優秀な性能を持っていたから取って置かれていただけで、いつかは彼が有象無象と呼んでいた「同位体(きょうだい)」と同じように消費される運命(さだめ)だった。

 僕たちはそれをわかっていながら「自分なら大丈夫だろう」と根拠のない自信を抱いていただけで、それをへし折られてしまったと言うだけ。勝手に信じて、慢心していた。それだけ。

 

 「やあ、替。久しぶりに友達に会いに行く?」

 

 久しぶりに会った創造者(生みの親)に連れていかれた研究棟。嫌な予感はずっとしていた。円柱型の水槽に詰められている大量のクローン体。同じ顔がずらっと並んでいるのは悪夢そのもの。中には人間としての形を放棄しているものすら存在してる。

 なるほど、Sが彼らを兄弟と呼びたがらない理由も分かる。赤の他人の僕からしても気分が悪くなる光景だ。S評価を受けているとはいえ彼らと同じクローンであるSが、自分を「コレ」と同じなのだと認めるのはきっと苦しい。

 でも、現実はもっと苦しい。

 

 「S……」

 

 久しぶりに見た彼は、もうSじゃなかった。人形のようにしんと静かで、僕が目の前にいると言うのに黙りこくって会話の一つも交わさない。僕がSから目を逸らしても、「無視しないで」と喚かない。

 もしかしたら、コレは僕がよく知るSじゃないのかもしれない。Sはどこか別のところにいるんじゃないか。そう、きっとそうだ。だって、僕のこの忌々しい六眼が教えてくれている。本来なら彼の体に刻まれていない()()が存在を。

 ……そんなわけない。こいつはSだ。僕がSの呪力を間違えるわけないじゃないか。他のクローンをみても動かなかった僕の魂が、目の前の肉人形こそがSなのだと、涙を流して震えてる。

 

 「ああ、気づいた? 術式を移植したんだ。さすがS評価の個体、拒絶反応で半呪霊化せずに人間としての形をとどめてる。

 ま、ちょっと脳が破壊されたみたいだけどそんなのは()()()()()()しね。むしろ都合がいい」

 

 飄々と、悪びれもなく僕に語りかける、()()()()()()()()()()()()。聞きたくもないのに、Sに行った残虐非道な実験内容を僕に語り聞かせるのは嫌がらせだろうか。嫌がらせだろうな。

 耳を塞ごうとしたら両手を纏めて掴まれて「ダメだ」と嗤う。残忍で下劣な男。

 

 「替、君さ、なんか勘違いしてないか?

 君たちは僕の野望のために生かされている資源なんだよ。

 君の飼育員から報告があった時は驚いたよ」

 

 ーーーーダメじゃないか、実験拒否なんて。

 

 耳元で囁かれた言葉に絶句する。不愉快な声、内容、そして恐怖。

 

 「なん、で……なんでSなんだよ。僕が気に食わないなら僕の脳を壊せばいいじゃないか!」

 「いやだな、そんなことするわけないじゃないか。君は本来ならあり得ない()()()()()()だよ。唯一無二と言ってもいい。

 その点、Sは千体のクローンの中でたった1体しかいないS評価クローン。貴重ではあるけれど、彼でなくてはいけない理由もない。彼の代わりは文字通り()()いる」

 

 視線が思わず水槽に向かう。もういやだ。何も見たくない、耳を塞ぎたい。でも塞げない。耳触りの悪い言葉ばかり羅列して気分が悪い。うるさい、どうでもいい。

 

 「それに、替に会わせた時にはすでにSの術式移植は決まってたんだぜ。君らが反抗的だからちょっと予定を繰り上げたけど……まあ誤差ってもんでしょ」

 

 ………?

 

 「……は?」

 

 言われた言葉が、うまく頭に入ってこない。僕に会わせたときにはもう決まってたって、じゃあなんで僕に会わせた?

 知らない、知らないよ。最初から知ってたら、僕だって身構えてたさ。心の半分をあげたりしなかった。なんで、なんで、なんで、どうして?

 

 「僕だって人の心はある。だから楽しい時間を増やしてやろうと気を回してやったと言うのに、君はーーー」

 「そうじゃない!」

 

 声を荒らげたのは初めてだ。腸がぐつぐつ煮だって、頭が沸騰する。まだ不完全な蒼で吉野の腕を弾き飛ばし、無限を張って拒絶する。呪力をコントロールできない。憎しみの炎が身を焦がす。

 

 「なんで、なんで、なんでSと僕を引き合わせた! なんで今Sに移植した!? いつかやるって決まってたならもっと前にやれよ! なんで時間を開けたんだよ!

 僕が心を許すのを待ってたってたとでも言うつもりか!」

 「ああ、そうだ」

 

 冷たい瞳が僕を見下す。背中に氷を入れられたような寒気がして、全身に鳥肌が立つ。

 届くわけないのに、無限に触れる吉野の手が恐ろしくて仕方ない。

 

 「そうだよ、Sは替を精神崩壊させるための生贄だ。ねえ、替。君はラットなんだよ。君を飼育してるのは僕だ。君を使用するのも僕だ。

 君に自由なんてものはないし、君に安寧なんてものはないんだ。君に人生なんてものはないし、権利もない。尊厳なんて高尚なものもない。君の人生はすべて僕が掌握してる」

 

 手が、手が、手が。僕に近づいてくる。僕に触れようとしている。なんで、どうして。僕の無限が破られる?

 この男の術式は術式を強制解除するような物じゃないし、それができる呪具も持ってない。

 じゃあなんで、なんで、なんで、なんで、なんで!?

 僕が五条悟じゃないから? 不完全だから? だから無下限呪術が上手く使えない? ちょっと生まれが違うだけで、こんなにも違うのか、こんな目に遭わなきゃいけないのか?

 五条家に生まれなかったから、悟じゃなくて替だから、所詮代替え品でしかないから、だから僕はモルモットとしての人生しか用意されてないの?

 自由じゃなくて権利もなくて尊厳を凌辱されてせっかくできた友達もぐちゃぐちゃにされて。

 僕だって六眼を持つ無下限呪術師なのに、なんでこうも違うんだ。どうして僕だけこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……っ!

 

 「ここにいる動物(にんげん)はすべて僕の所有物。

 全て僕が管理してるし、生かすも殺すも僕の自由。

 だから君の無限は僕を阻むことができない」

 

 ……そう、なのかもしれない。 僕は人間じゃないから、モルモットだから。

 ……そもそも僕がいなければお兄ちゃんたちは苦しい目に合わなかったんだ。吉野公平が脳に寄生されることもなかったし、お兄ちゃんは呪霊にならなかった。吉野一家はいまも幸せに暮らしてたんだ。

 Sだって、僕に会わなきゃそもそも生まれなかったかもしれない。僕という五条悟の代替え品なんかが生まれなかったら、Sは___■■■のクローンなんて最初から作られなかったんじゃないか。

 

 「(……なぁんだ、全部僕のせいじゃないか。)」

 

 お母さんの不幸も、お兄ちゃんの不幸も、吉野公平の不幸も、Sたちの不幸も、全部僕のせいだ。

 僕が生まれたせいで、そうなった。だから僕に自由なんて合っちゃいけない。

 

 「なあ、替。君は幸せになる権利なんてないよ」

 

 べきり。心が折れる音と同時に、生暖かい掌が僕に触れる。吉野公平の皮を被った寄生虫がニコニコ笑って僕をみてる。僕はただ、大人しく撫でられる。抵抗する自由なんてものも、僕にはないから。Sはそんな僕らを見てる。きっと僕を恨んでる。

 全部、全部、僕のせい。僕が悪い。僕の自由はどこにもない。権利がない。だから僕は自殺することもできなくて、ただいつかくる終わりを待つことしかできない。死にたい、死ねない。

 ……ああ、でも。お兄ちゃんなら。お兄ちゃんなら僕を殺す権利がある。お兄ちゃんは僕のせいで人生を壊されたから、僕を殺す権利がある。

 五条悟を殺しかけた吉野公平の術式を持つお兄ちゃんなら僕を殺すこともできる。お兄ちゃんが僕を殺してくれるなら、僕は「死ぬ」自由だけ得ることができる。

 顔を上げれば、額に余計な傷があるけれど吉野公平の顔がある。お兄ちゃんそっくりの、吉野公平の顔がある。歪に嗤う表情は「らしく」ないけれど、面影を追うことができるのは幸せなことだろう。

 ……お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。どうか僕を殺してください。お兄ちゃんは僕を殺す権利がある。お兄ちゃんだけが僕を殺せる。

 お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。僕はあなたと一緒に生きたいなんて図々しいことは言いません。なので、たった一つの自由をください。僕に死に様の選ばせてください。過ぎた我儘だけど、これだけでいいから自由をください。

 僕はこれから、そのためだけに生きるから。どうか、その時は僕を惨殺してください。




S…()()()()()()のクローン。(あまりにえぐいので活動報告にのせた日記風ストーリーに詳細があります。)
術式移植で脳を破壊されてしまった。しかし術式に適合してもクローン最大の問題である「同一視」問題が待っている。
再登場の予定は……?

五条替…精神的に敗北してしまったので「側だけ吉野(けんじゃく)」に逆らえなくなった。替くん風にいうなら「調伏された」
これが某31話(君には期待してるんだ)で脳野郎が行った無限貫通虐待現象のトリックである

ここで予告ですが、次章でミミナナと順平が今話でSや替のいた実験施設に凸ります。


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吉野公平の記録

*自分の原作に対する考察も含む内容になります。
*呪霊の発生に対するオリジナル要素含みます。
*本誌で追えてないので内容が矛盾する可能性があります、すみません
今回は胸糞悪くならない一部主人公の一人語り的な内容になりますのでご安心ください


 あなたは、死ぬほど人を好きになったことがあるだろうか。好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで胸が物理的に張り裂けそうになったことがあるだろうか。僕はある。

 好きが過ぎて呪力の制御を失い術式が暴走して無意識に体内の呪力を呪毒に変貌させ本来製造者特権により無効になるはずの自家製の毒に殺されかけるというある種の自己免疫疾患を患ったことがある。これには俊則先生もドン引き大層驚いて、「呪力のコントロール身につけないといつか「凪さん」に悩殺(物理)されるぞ」と真顔で忠告されたことがある。

 僕的には凪さんに殺されるなら全然ありなのだが、それで凪さんが泣くのも悲しむのも苦しむのも自分自身をぶち殺したくなるほど嫌なので一()懸命頑張ることにした。文字通り命懸けだ。凪さんの生を守るために僕が懸命するのは自然の摂理。小学六年生の決意にしてはあまりにも気持ちが悪いとほうほうに不評なのだが知ったことではない。

 とにかく、僕は凪さんが大好きであるということを知ってもらえればいい。

 世の中には「好き過ぎて殺したい」とかほざくボケがいるらしいが僕には理解できないね。好きな相手殺すとか意味不明だ。好きな人を幸せにできないならお前が死ね。好きな人に危害を及ぼすありとあらゆる有機物無機物を排除してからひっそりと自殺するのがベストだと思う。

 

 

 

 ……ん? ああ、これ僕の持論だから君たちは気にしなくていいよ。僕はありとあらゆる「愛」を肯定するけど愛し方にはこだわるタチでね。僕も人間だから、気に食わない愛し方というのもあるさ。『愛』とはすなわち人間の価値。DVだってストーカーだって「愛」という形は肯定してやろう。だが僕はその愛し方が嫌いだから、僕の愛し方で打倒するまでのことさ。

 ああ、そんなのどうだっていいんだよ、僕の凪さんへの愛の方が重要だ。もっと聞いてくれ、僕がどれだけ彼女を愛しているのかということを。

 そしてもっと愛を確かめさせてくれ! 僕の愛を語り尽くしたら君の愛を聞き尽くそう! そして愛情論を遍く世界に広め、愛情論者で地球を埋め尽くすのだ! ああ、愛は素晴らしい! 愛こそ絶対無敵の法則! この呪いで穢れた世を愛の力で浄化するのだ!!

 

 

 

 

 ……え? 今度は愛の力で呪霊が生まれる? それならいいだろう、愛の呪いは愛の力で打倒しよう。とても素晴らしいことだね、世界平和かな?

 

 

 

 ……いやいや、呪霊が生まれない世の中になるのは僕的に困るよ。呪いってある種の防衛機構だぜ?

 非術師だけが呪いを生むのだとすれば、それは呪いを外に昇華したということ。ようは、呪いを溜め込んで暴走せずに済んだということたろう。

 だって呪いが生まれないということは負の感情を溜め込むということで、「負の感情」をなんらかの行動に起こす人間が多いということだ。

 海外に目を向けてみろよ、呪いの発生が少ない分人的災害が多いだろ?

 呪いが生まれない土地ってのは犯罪者が多いってこと。僕ならそう推測するね。

 世界的に見て日本の呪霊の発生率が高いというのは、それだけ日本の治安がいいということだろう?

 だからね、呪いが生まれないということはいつ、どこで、だれが、どんな理由で犯罪者になるかわからない世界になるってことさ。全世界米花町化なんて笑えなくない? 僕は嫌だね、そんな世界。ハンガーが原因で殺されるなんて冗談じゃない。

 かといって、全人類を術師にするっていうのもおすすめしないな。だってさ、呪術師ってのは当号(イコール)で人間失格イカレ野郎って意味だよ? 

 全人類キチガイっていうのは……ちょっと……なぁ?

 じゃあ呪力から脱却すればいいって? どうやんの、それ。

 

 

 あーうん、なるほど。でも無意味じゃないか?

 全人類が例の術師殺しになるならまだしも、そうじゃなければ多少の呪力は残るんだろう? じゃあ結局、呪霊は生まれる。

 一定以上の呪力を持つ人間を作らないようにするなら呪術師が生まれないってわけだし、呪霊に対処できる人間が皆無になるから不審死とか怪死事件増えるだろ。世の中にはどうにもならないことがある。

 つまり、世界のシステム的には現状維持が一番最善。というか、長い年月の中で最適化した形が今のシステムなんだから下手にいじらない方がいいと思うぜ。

 肝心なのはトップだよ。屋台骨が腐ってるからこんなことになる。まず、上が誠実な対応をする、これが基本だろ。

 呪詛師に離反する輩を減らせば人材だってそれなりに確保できるし、まだろくに育ってない学生のうちから任務に派遣なんかするから人材不足になる。

 だから僕的には革命しかないと思うんだけど、あなたはどう?

 

 

 

 ■■■

 

 

 「……なるほど、君とは致命的に思想が合わないみたいだね」

 「僕もそう思うよ、九十九由基」

 

 同じ特級同士仲良くしたかったんだが、と肩をすくめる女に僕も苦笑いを浮かべる。ビリビリと、殺気じみた呪力の応酬をしながら。

 気づけば周辺に人は誰もおらず、遠巻きに僕らを見ている。

 

 「君の言うことも一理ある。だが、ただの推論だ。呪力の介在しない世界こそ本当の平和といえるだろう」

 「そうだろうね。じゃあ統計データをまとめて貰おうか。手っ取り早く決着がつくいい方法だ」

 「なら、私も作ろうか。呪力から脱却した世界を作るための研究論文とか……ね」

 

 致命的に価値観が合わない。出会って早々に感じたこと。彼女と僕が同じ道を歩くことはないだろう。だって、ありとあらゆることが噛み合わない。

 世界に関する認識の違い。非術師への関心の違い。呪霊に対する考察。変革か現状維持か。人類という概念を愛するか、個人を愛するか。

 彼女が「呪力から脱却した世界のほうが幸せだろう」と僕に愛を押し付けてくるなら、僕は「んなもんごめんだね」とその愛を突っぱねる。

 相容れない「愛」の形をもつもの同士だ、他人の愛を良しとできない。愛と綺麗に飾っても、結局は誰かに押し付ける「エゴ」にそれっぽい名前をつけただけなのだし。

 でも、まあ。僕はもう二度と彼女会うことがないだろう。そう、思いながら。僕は彼女を見送った。

 

 

 


 

 

 非術師からしか呪いが生まれないなら、僕は一体なんなのか。可愛い息子の魂に寄生する己を自嘲する。

 僕は呪いだ。紛うことなく呪いだ。術師により呪い殺されたにも関わらず、死後呪いとして生まれ変わった。多少のタイムラグは空いたけれど、僕は呪いとして生まれ変わった。

 そしてきっと、僕は純粋な吉野公平(ぼく)でもない。僕という個人を恐れた人から生まれた仮想怨霊に死体が動かされてるせいで死に切れてなかった自我の残り滓みたいなのが寄り付いたよくわからない呪いだ。

 

 「(そうなると、僕という呪霊の鋳型を作った「恐れ」はきっと……)」

 

 考えるまでもないが、そういうことだろう。なあ、これをあなたはどう思う?

 どのみち、僕もあなたも、「愛した」人には声が届かないんだろうけど。



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2部4章:涸轍鮒魚-コテツのフギョ
「前日譚は悲劇と決まっているんだよ」


四章プロローグ
事件だけ放流します。
軽率に人が死ぬので閲覧の際は注意してください。


 【○○県藤見山】

 

 「そんな、無理ですよ!」

 

 まだ日は高いのに、鬱蒼と伸びる木々のせいでまるで夜のように暗い。かつては整備用に整えてあった道も、今は凸凹のコンクリートの残骸を残すだけで荒れ果てている。

 ガタガタ揺れながら、樹木を切り開いて進んで。やっと着いてこのざまだ。

  ああ、なんでこんなことに。頭を抱えながら、男が電話越しに叫ぶ。

 

 「もうこれで三回目ですよ!

 1度目は瓦礫、二度目は社用車、そして今回はトラックだ!

 こんなの人間にできるわけない!」

 

 目的地である廃墟の前で、くたびれたスーツにヘルメットを被って。()()()()な姿の男は、はっきりしない向こう側にとうとう怒声をあげた。

 背後には不気味なオブジェ。そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()金属の塊は、近代美術館にあれば違和感はないだろうが廃墟の前には不相応で、この異常事態の象徴に見える。

 土に染み込んだ黒い液体と異臭。つなぎを着た男たちがざわめきながら遠巻きに鑑賞する悪趣味極まりない物体が、ぞわりと動く。

 

 「おい、なんだあれ……」

 

 恐怖に人は抗えない。生存本能に突き動かされ現場主任を置き去りに逃げ出す人。

 「逃げろ!」と声を上げる人。そして頭の中が怒りに染まって周囲の異変に気づかない人。

 

「運良くまだ誰も死んでないだけで、次は死人が出るに決まってる!

 近隣住民の言う通り、この地に手を出してはいけなかったんだ! 

 ……あんたらは現場を見てないからそんなことが言えるんだ。ああ、もううんざりだ!」

 

 ヘルメットに爪を立てて、ツルツルと指を滑らせながら掻きむしる仕草。なんとなくかかった影に、上を見上げる。

 

 「こんな場所にはいられない、県にもそう言ってやって……」

 

 「ください」と。反射で、最後に吐き捨てる予定の言葉を飲み込んだ。交通事故でも起きたような騒音がすぐ隣から聞こえた。視線だけ横に向ける。喉の奥が「ヒュ」と詰まり指先が震える。

 視線の先にあったのはアームの千切れたショベルカー。アーム部分は不自然に宙に浮いていた。そして子供が何度遊びでもするように丸められたり押しつぶされたり、引き伸ばされたりと形を変えている。無人だったからよかった物の、人が中に乗っていたら……。

 

 「今すぐここから逃げろ!!」

 

 背筋が凍る。何か恐ろしいものがそこにいると本能で理解する。なりふり構ってる場合じゃ無い。取り落としたスマホに目もくれず、己の部下に撤退を指示した。咄嗟だった。自分は現場監督の責任として、部下の安全を守らなければならない。バケモノが七百万の金属で遊んでるうちに逃げなければ全員殺されてしまう。軽油まみれになった地面に足を取られながらも逃げ出す男たち。

 自分は全員の避難ができたことを確認するまで逃げるわけにはいかない。そしてぐずぐず残ってた最後の1人を怒鳴り、腰が抜けた奴の尻を蹴り飛ばし並走をする。

 あと少し。山の入り口がすぐそこまで見え____

 

 「は?」

 

 何か壁のようなものにぶつかり、たたらを踏む。不自然に体が持ち上がる。つま先が地面から離れる。

 並走していた部下が尻餅をついて目を極限まで見開いた。ずりずりと尻を引きずり後ずさる青年に手を伸ばし、腕がボカンと見当違いな方向に折れ曲がる。

 恐怖で「ひっ」と引き攣った声が飛び出て、少し遅れて激痛が体を襲う。

 全身に感じる圧迫感。ぶちぶち、みしみしと嫌な音を奏でる骨肉。じわじわと手足が中心に集まって、首が曲がる。

 

 「(死ぬ、死ぬ、死んでしまう!

 嫌だ、俺はまだ死にたくなーーーーっ!)」

 

 ぎゅるん。そんな効果音が聞こえてくるような惨状だ。

 雑巾搾りでもするように体がねじ曲がる。内臓が捻れて潰れて、血と肉片を吐く。手足の末端は血が滞り真っ青。反対に、顔は血が上って真っ赤で。圧迫され、圧縮され、陸に打ち上げられた深海魚のように目玉が浮き出て、顔が不恰好に膨れる。肉を、皮膚を突き破り砕けた骨が露出する。

 ばき、ぼき。静かな森に響く骨が砕ける音。背骨が逆方向に捻られ、軋み……………

 

 「ごぴゅ」

 

 熟れきった果実を潰すように、万力に挟まれた小枝のように。

 尿と土が混ざった泥にまみれた男が最後に見たのは肉片を撒き散らし、全身の骨が粉々に砕けた状態で絶命した上司の死体だった。


 

報告書 ○○県 藤見山

山腹にある研究施設(現在非稼働)撤去作業中、重機の破壊等の呪霊被害を受ける。

トラクター一台、ショベルカー一台が大破。現場監督一名が死亡。

二級相当の呪霊と見做し祓除を命ずる。

 

 




涸轍鮒魚
読み方 こてつのふぎょ
意味 危険や困難が迫っていることのたとえ。
また、切迫した状況にある人のたとえ。
「涸」は水が枯れること。
「轍」は車輪の跡、わだちのこと。
「鮒魚」は魚の鮒(ふな)のこと。
水がなくなった車輪の跡にいる鮒という意味から。
荘子が監河侯に米を借りに行ったが、監河侯から「近々年貢が入るのでその後に貸しましょう」と言われた。
それを聞いた荘子は、「ここに来る途中で水が枯れた車輪の跡にいる鮒に水をくださいと助けを求められました。そこで私は、後で川の水を持ってきてあげようと答えました。しかし鮒は、水が欲しいのは今だと言って怒ってしまいました」というたとえ話をして窮状を訴えたという故事から。
出典 『荘子』「外物」


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お久しぶりです。
前回の更新から軽く一年経ちそうですね。思いつき突発衝動ネタから始まったこの呪術廻戦二次創作もとうの昔に50話を超えて59話目。
死滅回遊の展開がいい感じに落ち着いたら続き書こうかな、とか思ってたら全然死滅回遊終わる気配がないので当初考えてた「ある程度原作を意識しつつ、順平が生きてたらどうなったかを妄想する」というルートから大きく外れて完全オリジナルルートに突き進むことにした次第ですが、これがまた大変で。
プロット組み立て直しからの書き直しからの矛盾の嵐で死にそうになったり。筆投げようかと思いましたね。
ですが私は思い出しました、「二次創作はなんでもあり」、素晴らしい呪文です。
と言うことで渋谷事変からの死滅回遊ルートはキャンセル、こっちはこっちの独自ルートに舵を切らせていただきます。
*なお、今章はちょっとSCP要素入ってますがぶっちゃけSCP関係ないです。


 ただただ、道幅の広い一本道。無限に広がる田畑が窓越しに見える。

 

 「○○県の山奥にある廃墟を撤去しようとすると事故が起きるって言うのは、だいぶ昔からわかってたみたいなんですけどねぇ〜。

 なんかぁ、県から廃墟の取り壊すように条例が出たらしいんですよねぇ」

 

 ピンクのパッソに乗ってそうな雰囲気の補助監督が地味なセダンを運転しながら妙に間延びした甘ったるい声で説明する。

 後部座席は二列。前列に双子が座り、僕は後列。席と席の間から顔を出して、奈々子が持つiPadを覗く。

 

 「そんなわけだから、八月の頭あたりから三回業者が取り壊しに向かってるんですけどぉ〜、やっぱ事故起きたみたいでぇ。

 怪我人が出ても死人は出て無かったけどぉ、とうとう先週現場監督が死んで……って感じですかねぇ〜

 えへ、その写真よく撮れてません? わざわざ撮りにいったんですよぉ。3回も!

 めるぅ、偉くないですか?」

 「はいはい」 「そーだね」

 

 喋り方に相応しい、ふわふわした外見でまあまあ残酷なことを言う。現場検証用の写真の中に紛れる自撮り写真に狂気を感じる。

 「がんばりましたよ」の言葉に合わせてハーフアップのツインテールと髪飾りのピンクリボンが揺れる。赤信号で停車してれば後部座席に顔を出していたであろう。

 彼女の名は岡田佳代子(おかだかよこ)。「めるぅ」と本名と掠りもしない一人称を使うだいぶヤバめの人だ。

 双子が言うには「性格、外見、年齢全部NGのスリーアウト地雷女」……らしい。よくこの人に送迎してもらうとかでちょっと詳しいとかなんとか。

 補助監督としてはベテランで伊地知さんの後輩。アタオカで地雷だが仕事はちゃんとするとのお墨付き。ちなみに結婚願望はあるらしく狙ってる男は伊地知さんだとか。

 確かに資料はまとまってて見やすいし、安全運転で快適なのだが……本人の癖が強いのが難点だ。

 

 「なんかぁ、すごい死に方なんですよ。

 こう、ぎゅっと、巨人の手で丸めまれたみたいに丸められたみたいな」

 

 美々子の呟きを拾い、おにぎりを握るみたいに「ぎゅ」とハンドルから手を離して空気を握った彼女に「ハンドル離すんじゃねーよ」と奈々子が注意を飛ばす。

 

 「んでさ、佳代子。なんでこれ準一級案件に設定したの?

 被害者の数的にニ級が妥当じゃない?」

 「あれれー? めるぅって呼べって言ってるよね?」

 「あーうん。はいはいめるぅ。んで?」

 

 液晶画面に映る画像をみて、生返事。報告書に貼り付けられた写真は原型を失った 赤黒い塊……人間団子が鎮座する。

 

 「えぇっとぉ、なんで準一にしたのかでしたよねぇ?

 たしかにこの呪霊、噂の割には被害者数が少ないです。

 直接的な被害で死人が出たのも最近からでぇ、先週の三人が初めてみたいですぅ」

 「へえ」

 「でもぉ、おかしいですよね?」

 

 赤信号。黄色い旗を上げた小学生の集団がワイワイ騒ぎながら横断歩道を渡るのをフロントミラーの向こうに見えた。

 

 「噂の広がり方に対して被害者の規模が釣り合わない。被害者が大袈裟に噂を流したにしてもその痕跡はない。

 誰が言い出したかもわかない、でも誰もが知ってる噂。

 口裂け女やメリーさんのような都市伝説系の特徴がまさにこれです。

 これで二級なんて軽すぎる、三級なんて尚更。なんならもっと等級が高い可能性すらあります」

 

 ハンドルを硬く握りハキハキ喋る。うざったらしい喋り方も鳴りを潜め、聞き取りやすい少し低めのトーンで流れるような語り口。青信号、動き出す車。殺伐な空気感か漂う車内。

 

 「あんたの予測だと何級?」

 「最低二級、妥当が準一級、……最悪一級以上」

 「あー、だからうちらね」

 「とーくーにー、吉野くんは特級呪術師に認定されたそうじゃないですか。(乙骨さんみたいな特例とも聞きましたが。)

 暴走しても枷場さん達ならどうにかできると夏油さんからのお墨付き貰ってます」

 「「え!!」」

 

 夏油の名前に、ミミナナの瞳がきらりと光る。バックミラーに極悪な表情で笑う岡田さんの顔が映っていた。

 

 「とりあえずぅ、当時事件現場を目撃した社員さんにアポとってあるんでぇ、キキコミよろ⭐︎」

 「「語尾うざい」」

 「えぇ〜〜」

 

 ぷく、とわざとらしく頬を膨らませ、路肩に車を止めて停車する。

 菜々子たちが降りてから後部座席から降りる。田園風景が広がる田舎の駅。東京と比べて少し肌寒い。

 視線をずらせばコインロッカーに野菜を入れた直売所とパンの自動販売機が隣り合い、横断歩道を挟んで自動販売機。ロータリーの一部で青空商売をしている雑貨屋もいる。

 無人改札を通りぱらぱらと人が出てくるが、現時点で学生がわずか三人だけ。女が1人、男が2人。頭の中でそれぞれを少女A(紅一点)、少年B(見た目的に不良)、少年C(いじめられてそう)と仮称することにする。ちょっとした区別にはなるだろう、B級映画の登場人物みたいで少し面白いし。

 …僕の内心を見透かした美々子が「なんか変なこと考えてるでしょ」とぬいぐるみを腕に抱きながら見咎める。別に、と僕は目を逸らして田んぼに視線を移す。

 

 「てか、ヒト(すく)なすぎるっしょ。これでキキコミなんて絶対無理。せめて学校で降ろせよ」

 「学校も微妙じゃない? 限界集落っぽいし生徒数少なそう」

 「まあ、実際少ないですしぃ〜。

 でも、まいったなぁ、事前調査では学校より駅の方が人いるってきいたんだけどぉ……」

  「あんまりdisらない方がいいんじゃない? どこに耳があるのかわからないんだから……ま、内容には同感だけど」

 「人のこと言えないじゃん。

 ……はー、しゃーない。とりまあいつらに聞くか」

 「いってらっしゃい、菜々子」

 「お前も行くんだよ。

 あ、順平(コミュ障)には期待してないから。いい感じのタイミングで周り固めといて」

 

 「壁役よろ」と吐き捨て、たらたらとかったるそうに歩いて学生に近寄る奈々子。その隣を肩で風を切りながら進む美々子。風貌と合わさり完全にカツアゲをするギャルにしか見えない。

 手をカーディガンのポケットに突っ込み、道のど真ん中に仁王立ちする様は堂に入った不良(ヤンキー)だ。

 

 「ねえ、ちょっと聞きたいことあんだけど」

 

 少し首を傾け、下から舐めつける。バラバラに歩いていた田舎っ子三人が恐怖と困惑の声を上げる。逃げようと後ずさるのを「聞いてるだけじゃん、逃げんなよ」と美々子がカバー。僕もなんとなく、美々子の対面に立ち三人を囲む。壁役ってこれでいいのかな?

 アイコンタクトで聞いてみたら頷かれたので多分これであってるのだろう。囲まれた三人はたまったもんじゃないだろうけど。

 

 「はぁ?

  余所者がこの街になんのようだ。てか邪魔、どけよ」

 「だーかーらぁ、話聞かせてって言ってるだけだっての。

 怖いことはしないから落ち着きなって」

 「知ってること素直に話せばいいだけ」

 「はは……まあ、そう言うことだから……」

 

 せめてものフォローでできるだけ優しい声で語りかけるも三人組は口を固く閉ざしたまま。むしろ心なしか警戒が増した気がする。……いや、普通にカツアゲ風景だな。最悪すぎる。

 

 「……何が知りたいんだよ」

「藤見山。あそこで起きた事故について」

 

 代表してしゃべっていた不良くんが眉間に思いっきり皺を寄せ、菜々子*1を睨みつけた。対抗するようにガン飛ばす美々子と睨み合いをしていた少年Bだが、ふと口を閉ざす。地元民なのに聞いたことがないのだろうか、「ふじみ……?」と言葉を繰り返す。

 

 「淵見山のこと言ってんのか?」

 

 口籠もり、何かを思案して。そして冷ややかな敵意を瞳に宿す。

 

 「やめとけ、何も知らずに帰ったほうがいい」

 「あ? なんか知ってんの?」

 「……しらねぇよ」

 

 俺は何も知らない。知らないし、知ろうと思ったこともない。だから、勘弁してくれ。

 苦い顔でそう、言い切る。ヤンキーみたいな面構えをしてるくせになかなか律儀な性格のようで口調以外態度も悪くない。ちょっと拍子抜けをする。

 

 「その反応はなんか知ってんでしょ。なんでもいいから教えてくれない?

 ちょっと聞いたらうちら帰るしさ」

 「ほら、一週間前に人が死んだって山。この辺なんでしょ?」

 「……逆に、なんでそんなに知りたいんだよ、アンタら」

 「……あー、あれだよ。えっと___」

 「お参りだよ」

 

 菜々子が下手なことを言う前に、食い気味に口を挟んだ。「お参り?」と聞き返すBに「そう、知り合いなんだ」と息を吐くように嘘をつく。

 

 「それは、なんつうか……運が悪かったな」

 「運が悪いって何? あれは明らかに事故として処理されていいものじゃない」

 「だろうな。

……山調べてるって言うのも、それで?」

 「警察に聞いても無駄だし。理由は話せないのにそれで納得しろだなんて言われても、さ」

 「……そー言うこと、だから私たちで調べてやろうと思ってここまできたの」

 

 よくもまあ、こんなにするする嘘がつけるものだ。あっという間にできたでまかせ(カバーストーリー)に感嘆の声を(口に出さずに)あげた。

 双子の嘘に完全に騙されてるBは痛ましそうな眼差しで「そうか」と一言呟いたけれど、「でも、やっぱり俺からは何も言えねぇ」と口を閉ざした。

 

 「ちっ、つかえねぇ……」

 「納得できないかもしれないけど、山に入るのだけはやめとけ。 これ以上は禁忌に触れる」

 「……禁忌?」

 「だって、あの山は……」

 

 また、口籠る。するとさっきまでずっと黙っていた少女が舌打ち混じりに吐き出した。

 

  「行きたいなら行かせてやればいいじゃん。私たちは別に何も教えてないんだし」

「おい」

 

BがAを咎める。やたらと「禁忌」という言葉が出てくる。これは、何かがおかしい。

 「……それ、どういうこと?」

 「は、だれがよそ者に教えるか。勝手に入って勝手に死ね」

 「ふぅーーん、あっそ」

 

 菜々子がたまらそうに舌打ちし、そして……急に腕を振り上げたかと思ったら少女Aの背後のコンクリ塀を破壊した。障子にでもするように、コンクリートの分厚い壁に拳サイズのまあるい穴が開く。

 呪力で腕力を底上げしたのだと僕はすぐに理解したが、カラクリのわからない彼女には突然の暴力にただただ恐怖しかないだろう。強気な態度から一変、ぱらぱらと舞う粉塵を目で追いながらカタカタと震えている。

 

 「あのさー、さっきから何度も言ってるけどさ、うちは知ってること教えろって言ってんの、言葉わかる?」

「同じこと何回も言わせないでくれない?」

 「まあ、難しい質問してるわけじゃ無いんだからさ。

 優しく聞いてるうちに喋った方がいいと___」

 「あ、あのっ!」

 

 恐怖に青ざめ震える少女。その子を庇うように………と、言うわけではなく。一歩前にでて僕に近づいた彼は青いような赤いような顔色で詰め寄る。

 

 「あの、もしかして貴方達は()()()ですか?」

 

 ボタンを見ても無反応だったのに、菜々子のコンクリ粉砕パンチをみて何か思い至ったのか。Cの顔はなにかを確信している顔だ。

 

 「そうだと言ったら?」

 「そうですか。なら、いいですよ。

僕が知ってること、全部教えます。だから、山に行くなら僕も連れて行ってほしい」

 「はあ?」

 

 唐突な質問に一瞬呆ける。何で今それを聞くのかと内心首を傾げる僕をよそに会話は進む。

 少年Cの急な変化対応にBとAが「何を考えてるんだ」「考え直せ」と言い募っているが彼の瞳は変わらない。

 

 「足手まといとかいらないんだけど」

 「てか、邪魔すんなし」

 「……同行させてくれないなら、僕も何も話しません」

 

 ……。

 ふー、と片目を瞑り、親指を眉間に当ててため息をつく。舌打ちをして、不遜に鼻を鳴らす。

 

 「じゃあ、とりあえず座って話せる所に行きましょう」

 

 

■■■

 

 

 この町は呪われている。

 この街の人間なら、きっと一度は考えたことがあるはずだ。そして今は、みんながそう思ってる。一度思い浮かんだ考えは脳にべったりと染み込んで離れなくて、芯から冷え込むような恐怖に代わる。

 そういうのは必ずしも、根拠要因があるから思い浮かべてしまうのだ。

 根拠のない偶像めいたものならばここまで恐れない。呪いというのは大抵、そういうふわふわした不明確なものなのだろう。でも、この町では違う。そうではない。

 この町に住む九割近くの住民が、呪いのものとしか思えない実害を受けたことがあるから、そう思うのだ。

 ……昔からよく人や動物が死ぬ山だったらしい。いや、昔と言っても二十年くらい前までは時々そんな話が出るくらいで、ひどくなったのはここ十年だという。「山向こう」に関わらなければちゃんと無事だった。それに、死ぬというのもあくまで予想で、正確には行方不明だったから。

山の頂上に研究施設ができた後だ、と親の世代の人間は言う。なんでも、祠を潰して、その上から建てたらしい。

……そのせいで、「境」が広がってんじゃないかとみんな噂している。

なんでそんな無礼なことをしてしまったんだ、なんで止めなかったんだといえば、年寄りも比較的若い人も、口を揃えて同じことを言う。「気づいた時には建てられてきた」と。

 それが、ひたすらに怖いと僕は思っていた。街のみんな、誰も気づかずに造られた失礼極まりない研究所。何を研究してるのかすらも知らない、怪しい場所。

 曰く、生態系を調査していた、とか。

 曰く、星の観測をしていた、とか。

 施設が閉じるまでの7、8年間、誰も気にしたことがなかったと言うことが不気味で不気味で仕方がない。

 不気味といえば、あの荒れ方もそうだ。廃墟になってせいぜい2、3年しか経ってないくせに、十年以上経過してるとしか思えない風化の仕方をしてる。あの山は何かがおかしい。そんなのみんな分かりきってるから山に近づきたがらない。子どもなんて山の近くを通ることすら禁止されてる。まあ、それは元からだけど。神社の爺さんはあの森を「禁足地」だと言っていた。山から悪いものが流れ込んでこないように結界を張ってるから、封印をして()()()()()から、絶対に足を踏み入れてはいけないよと。封印を破るなどあってはならないと、耳にタコができるほど聞かされた。そもそも有刺鉄線で囲んであるから入れないじゃないか。

 状況が変わったのは大体ひと月ぐらい前。

 県の政策とかで、山に工事の人が立ち入るようになった。それ以来、街がおかしくなっていく。僕は見ていた。だから知ってる。

 最初は、比較的山の近くの珈琲屋のおじさん。両腕を残して失踪した。

 次は神社の爺さん。「背中に手がみえる」と数日間言い続けてから、珈琲屋のおっさんとおなじく失踪。死体の代わりに小さな土の山が一つ残ってて、たったそれだけで警察は爺さんを死亡扱いにした。

賽銭泥棒が入ったのだと警察は言っていた。爺さんは驚いて死んでしまったのだと。

 次は校長。次はスーパーの店員。次は、次は、次は……。

 じわじわ、じわじわと。死体が残らない死人が増え続ける。腕だけ残ってればまだマシで、人型にみえる黒いシミと砂の山を残してみんな消える。山から溢れ出した瘴気が街に流れ込んできてるような悍ましい感覚。不自然が積み重なっていく異常に誰も、何も言わない。

 神様を怒らせたせいだと、みんな噂していた。

 ……そうじゃない。怒らせたとか、神様だとか、的外れだ。そんなじゃない。もっと怖くて、悍ましいものだ。きっと僕しか知らない。いや、僕だって覚えてなかった。かつてそれに巻き込まれて、そして今まで忘れていた。綺麗さっぱり。封印してもらったのだと今ならわかる。

 なぜ今かって言えば、思い出してしまったから。言われたことがある。封印の鍵は一回緩んでしまうとたちまちのうちに崩壊すると。だからきっかけから離れて暮らすようにと言い含められていたから。

 まあ、僕はその教えすらさっぱり忘れていたわけだけれど。なんなら、あいつのことすらイマジナリーフレンドか何かだと思ってたんだから最高にクソッタレだ。

 話を戻そう。この封印が緩んだ原因はもうわかってる。一週間前のニュースだ。

 なんとなく、朝、テレビをつけていたらふと耳に入ってきた言葉。

 

 「藤見(ふちみ)山」「死亡」「変死」

 

 ニュースキャスターの言葉ひとつで思い出した。たぶん、キーワード的なやつだったんだと思う。薄ぼんやりとした「恐怖」の記憶。そして緩んだ封印は最後の鍵だった『仲間』との遭遇で完全に破られた。

 

 とある少年との会合。

 巡り合った醜悪な運命。

 繋がったまま別れた手と手。

 血と骨と臓腑と、それからテラテラと光る脂肪の色。

 怨嗟と悲嘆に彩られた日々。

 意図的に消し去った忌まわしい記憶。

……あの街に奪われてしまった、大切な人の記憶。

 

 『協力ありがとう、君たち兄弟のおかげで次のステップに進めるぜ』

 

 『……君が生きていくのに、この記憶は重すぎる』

 

 伸ばされた、血に汚れた手。うっすらと微笑む唇の形が、今も鮮明に思い出せる。

僕と兄さんが過ごした、死臭に満ちた研究所での記憶。救い出されたのは僕だけだった。

 

 『■■■■■■■』

 

 悍ましい記憶の蓋が開いてしまった。勝手に消された苛立ちよりも、今は仇に対する憎しみの方が強い。許せない、絶対に殺してやる。大切な大切な、僕の片割れ。僕の半身を奪った奴ら全てに報復する。

 今度こそ、僕は逃げたりなんかしない。

*1
多分一番ギャル/不良っぽいから



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急転

 

 

 【PM3:30、割とよくある作りの住宅街】

 

 「ここ、僕ん家です」

 

 少年C……もとい馬酔木(ませぼ)君が口を開く。案内されたのは彼の自宅。広い敷地の割にこじんまりとした一軒家のリビングは殺風景で、ダイニングテーブルと四脚の椅子がぽつんと佇んでいる。

 「何もないですが」と、麦茶を用意しながら好きな席に座るように馬酔木が言う。

 まず初めに姉妹が並んで座り、二人に向き合うように僕が、配膳を終えた馬酔木が残った席ーーーつまり、僕の隣に座る。

 

 「それで」

 

 とん、からん。菜々子が人差し指でテーブルを叩く音と、グラスの氷がとける音はほとんど同時。馬酔木が思い出すように目を細め、唇を重々しく開く。

 

 「事件があった藤見山……ここら辺では淵見山って呼ばれてるんだけど、昔からあそこは【境】とよばれてます」

 「境?」

 「はい」

 

 麦茶を飲む。一呼吸置く。

 

 「禁忌っていうのは山に入ることじゃなくて、原則には山を超えて向こう側へ降りること。境を超えてしまうことなんです。

 だから山には立ち入り禁止。まあ、簡単に言うと山に入ると死ぬんですよ」

 「それは、随分と物騒な話だ」

 

 ええ、まあ、そうでしょうね。馬酔木が言葉を濁す。僕が「それで」と続きを促したら彼は唇を振るわせた。言いにくそうな、口に出したくもないと言うような。

 覚悟を決めた瞳とは正反対な陰鬱な表情で彼は「……まあ、死ぬって言うのも正しくないか」と独り言ちる。

 

 「最終的に失踪するんです、境を超えた人たちは。

 山の麓までならセーフなんだけど、山頂から向こうに行ったらもうアウト。

 禁忌を破った(山を超えた)人間は捌縁者になって、ぐちゃぐちゃの肉片になって死ぬ。もうそれが決定事項って感じで、ハイ。

 儀式の関係で仕方なく山に入っても、絶対に1人は死ぬ。死ななくちゃいけない。

 逆に、死なずに山から帰ってきたらバチが落ちると言われてるほどで。山の入り口あたりまで帰ってきても誰も死んでなかったら多分、身内に殺されてるんだろうな。

 因習ってやつです」

 よくあるホラー小説の設定みたいでしょ、と馬酔木の空笑いが室内に響く。「あは、あはははははは、あは……はぁ」、見事な三段活用ののち、ため息で締められた不気味な笑い。引き攣った顔で「やばいですよね」と告げる。

 

 「でも、仕方がないんです。捌縁者が山で死なずに下山すると、捌縁者になったやつの身内まで捌縁者になってしまう。

 血縁が途絶えるまで続々と死に続ける、そういう連鎖的な呪いにかけられて、1人残らず死んで天涯孤独になってから、最初の1人目が自分を滅多刺しにして自殺するんです。

 なんでしょうね、()()()()()()()()()()()()()()、この街もイカれたルールに縛られてる。」

 「あのぉ、さっきから出てくる捌縁者ってなんですかぁ?」

 「え? ……あ、そっか。知らないに決まってますよね。忘れてた……」

 

 めるぅさん(*岡田さんと呼ぶと睨まれるからこう呼ぶことにした)の質問に馬酔木が虚を突かれたように目を見開いた。数秒フリーズして、納得したのだろう。彼は「気が回りませんでしたね」と前置きを置いてから語る。

 

 「捌縁者は禁忌を破った人のことのことを言うんです。山向こうの町の名前が()()()って言うんですけど、あの町の禁忌から流れてきてるんでしょうね。

 山向こうの禁忌については詳しくはないんですけど、元々はそっちの禁忌を破った人の呼称です。

 捌縁町は普通に人が住んでる町だよ。でも入ることは許されない。禁忌に支配されてるから。生活の中心が禁忌で、普通に生きることができない人たち。

 あの街は穢れで満ちてる。死が充満してるんだ。だから、山を超えて界に踏み入ってしまった捌縁者はあの町のルールで殺される」

 「……禁忌に、捌縁者。田舎の因習という前はないの?」

 「あれが人間業に見えるなら」

 「それもそうだね」

 美々子の目が暗く澱む。「つづけて」の声が重い。

 「ああ、そうだな。本題はここからだ」

 「僕は昔、淵見山で遊んでたんですよ」

 「きっかけは、()だった。弟が山で遊んでるのを見たって言う人がいて、注意されたんだ。弟を見たって人はあまり迷信とかを信じないひとで、山で迷うと危ないからって言って教えてくれた。

 ()は弟を追いかけて山に入った。弟が山頂まで行ってたら諦めるつもりだったんだ。だけど、あいつは俺が支度してる間にひょっこり帰ってきた。」

 「山の中に研究所があるんです」

 「弟は研究所に住んでる子の友達になったんだって。その子はかなり小さい子でさ、遊び相手がいなくて寂しいっていうんだ。俺は信じてなかったんだけど、次の日弟の友達ってやつが大人連れて俺の家まできてさ」

 「まあ、保護者代わりの所長だったんですけどね。」

 「その所長がちゃんとした人なんだよ。

 『辺鄙なところに住んでるせいで友達がいなかったから、友達ができたって聞いていてもたってもいられなかったんだ。どうか()()()()と仲良くしてほしい』って菓子折り付きで挨拶に来て。うちの親も迷信とか信じてない人だったから、『仲良くしてあげ成さないよ』って。

 でも、それがダメだったんだろうな。」

 「杏は殺されたんだ」

 「捌縁者になっちまんだよ、俺は。全部俺のせいだ。なのに弟は……いや、なんでもない。

 それで、この間のニュース。不審死だって報道された死に方が……そっくりだったんだ。

 圧縮されて、引き伸ばされて、捩じ切られる。遊ぶように殺される。

 あれは……」

 

 一瞬、淀んだ言葉。先ほどまでの長文が嘘のように沈黙が続く。かち、こち、かち、秒針の音がやけに耳につく。だんだんと大きくなる蝉の鳴き声。それに混じってサイレンの音が遠くから聞こえた。救急車か、パトカーか、それとも消防車か。耳から入って、頭蓋骨の中で反響して鬱陶しい。サイレンの音なのか、それともツクツクホウシの鳴き声なのか。もう何がどれだかわからない。

 混ざり合った不協和音。じわりと湿った空気。バカみたいに明るい室内に悍ましい何かが渦巻いているような錯覚。

 

 「(息が、詰まる)」

 

 みーんみーんみんみんみんみんみーーーんみんみんみんみんみーーーーーーんみんみんみんみんピーポーピーポーみんみんウゥーーーー

 「あれは、■■だった」

  みーんみーんみんみんみんみんみーーーんみんみんみんみんみーーーーーーんみんみん

 

 「(きょう)は捌縁者にされて殺された。親もとっくに失踪した。でも僕は?僕だって杏と一緒に山に入った。でも、今もこうして生きてる。僕が死ぬのも時間の問題でしょう。だから、その前に知りたい」

 

 騒音に紛れて、肝心な何かを聞き漏らす。多分、どのみち僕たちに聴かせる気がなかったのだろう。聞き返す前に捲し立てるような早口で、一度も聞き返す隙を与えない。ようやく言葉が途切れたけれど、こちらから提示する質問は初めから彼に用意されているもの。

 

 「……なにを?」

 「なんで、()()()()()()

 

 あいつにあって、聞きたい。馬酔木はそう言って……

 

 「あなたたちが呪霊と呼ぶバケモノはきっとあいつです。

 スグル、かつて僕の友達だった……杏を殺した元凶です」



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降下

お久しぶりです
しばらく投稿してないなと思って最終更新見たら去年の12月で驚きを隠せない
大変お待たせしました



 

 

 「俺と弟は一時期山の研究所に捕まってたことがある。一ヶ月だけだったけれど。」

 「誘拐監禁というやつですよ」

 

 何となく、先ほど終えた会話を思い出した。今回の事件について根掘り葉掘り聴取したアイツが知りうる限りの全てとやらを。

 

 

 【馬酔木の証言、または狂言】

 

 

 「スグル……ね」

 「アイツを知ってるんですか?」

 「は? あんたの()を殺したヤツのことをなんて私が知るわけないじゃん」

 「同じ名前の人を知ってるってだけ。関係ないから」

 「はは、態度悪くてごめんね」

 

 順平が「で、続きは?」と無言で先を促す。馬酔木は「特にありません」と言う。

 

 「アイツのせいで杏が死んだ。それに間違いはありません。それだけでいいでしょう?」

 「今回の被害者と同じ死に方って言ってたけど、スグルってやつの術式?」

 「ジュツシキ……多分、そうなんじゃないですか?

 アイツ、()()()()()()()()()()()()

 「スグルに親玉、ね……」

 「誘拐って、親は?」

 「言いくるめられました。ちょうど夏休みだったんです。

 まあ、僕らが研究所によく遊びに行ってたせいですけど。一ヶ月ほど研究所で過ごしてみないかって、僕がスグルに頼まれたのがきっかけでしたね」

 伸びっぱなしで子供の身長ほどになった野草を分け入り山を登る。先頭を歩く馬酔木の足取りに迷いはない。こちらを気にせず淡々と、前だけを向いて語る癖に彼の言葉は妙に耳に残る。

 

 「親も研究所がちゃんとしてると思ってたので。研究員たちも高学歴揃いだし、期待してたんじゃないですか? 

 幼少期に頭がいい人たちに囲まれて育てば高学歴を目指せるとかそんな感じで。思考誘導でもされてたのかもしれませんが」

 「まあ、そういう理由(わけ)で研究所で一夏を過ごすことになったのですが。僕らの期待は一日目で裏切られました。僕らはいきなり眠らされて個室に詰められたんですよ」

 「毎日毎日悪い夢みたいだった」

 「あの場所には、今も悲鳴と苦痛と嘆きしかない」

 

 突然、自然が途絶える。生命がみなぎる青々とした山から雑草すら一本も生えない不毛の大地へと。くっきりとわかる不自然さ。生と死の境界線。そのちょうど真ん中に、【それ】はあった。土埃で汚れた灰色の壁。元は白かったとわかるくすんだ箱。

 

 「ここですよ、()()くん」

 

 なぜか、僕を名指しして。何かを睨みつける馬酔木の表情。僕を通して何かを見ている。でも、僕は何もしなかった。何も言わなかった。

 馬酔木の妙な敵愾心(てきがいしん)を察していたけれど、それどころではなかったから。

 僕の心を塗りつぶす果てしない憎悪と嫌悪。汲めどもつきぬ憤怒の情。それだけで、理解する。研究所(ここ)は、僕のルーツに関与していると。

  「ああ、最悪だよクソッタレ。僕がトシノリ先生殺した場所じゃん」

 呪霊となった僕が囁く/吉野公平(父さん)が語りかける/馬酔木が語る。

 

 「「絶対に存在してはいけない、僕/俺のルーツ」」

 「ーーーはは」

 

 思わず笑う。奇遇だねと、そう言って。

 今日、僕は僕のルーツを知るのだと。父の憤怒を知るのだと。

 

 「奇遇だね、僕も同じことを考えてた」



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倫理/崩壊

それを見た瞬間、言語化できないめちゃくちゃな感情が僕を内側から焼いた。

【PM.9:00】

 

「ここ……」

 

既視感。そう、多分、これは既視感だ。デジャヴとも言うそれは多分僕にとってどうでもいい軽い何かか、もしくは思い出したくもない悪い思い出のどちらかだろう。そしてそれは後者だと、耳元で誰かが教えてくる。

ずきずき痛むこめかみを押さえる。ああ___吐き気がする。

 

「なに、なんか知ってんの?」

「いや、なんでもない。多分オカルトサイトとかで見たんだろうな」

 

無骨な裸コンクリートの塀と金属のフェンス。コンクリの中に嵌め込まれたプレートをなんとなく拭いてみる。

 

「……バイオ研究所」

 

そんな物ではないと脳みそが揺れた。僕の中にいる誰かが怒鳴り声をあげている。その怒りに釣られて、僕の憎悪も強く燃えた。

 

「なんでわかるの?」

「ほらここ」

 

塀に埋まる金属板ーーーおそらく表札か何かだろう。錆が酷くて読み辛いが、かろうじてバイオと研究所という文字が読み取れる。馬酔木が「まあ、バイオと言えばバイオですね」と歯切れ悪く答えた。

「そういや、アンタは昔ここで遊んでたんだっけ」

「はい。スグルに連れて行かれた場所だけですけど」

「……ふぅん」

キッズルームみたいなやつですよ、と思い出し笑いを浮かべる馬酔木に苦虫を噛んだような顔で「そうなんだ」とだけ言う美々子。多分、彼の友人で全ての元凶だとかいう少年の名前に引っ掛かっているのだろう。その名前は彼女らが敬愛してやまない恩師と同じという一点のみに。

 

「研究所ってキッズルームっておかしくね?

フツーないでしょ、そんなもん」

「まあ、それだけココが特別だったんじゃないですか。知りませんけど」

「何か心当たりとか?」

「……ありませんよ、そんなもの」

 

舌打ち。嫌悪に満ちた表情で、馬酔木が研究所の廊下を歩く。一歩一歩、恨みつらみを込めるように丁寧に、踏み躙るように。

 

「行きましょう、早く。僕たちの目的は化け物でしょう?」

「……そうだね」

 

捌縁。縁が捌かれる街。境界線を超えた山向こうの死んだ土地。

 

「(……痛い)」

 

苦しい。さっきから心臓がバクバクいって息苦しい。呼吸がしずらい。生きているのか死んでいるのかわからない。ぐちゃぐちゃにされて、蘇って、嗚呼、本当に……

 

「(生き苦しいよ、■■さん。どうしてこんなことするの!)」

 

……あれ、今誰のことを考えたんだっけ?

目の前に浮かぶ白衣の人影。聞こえてくる悲鳴、荒ぶる鎖に鉄格子。僕は何かを見上げてる。

 

「散々禁忌がどうこう言ってたくせに、あんま気にしてないんだね」

 

美々子の声。意識が現実に戻る。まずい、トリップしていた。任務中に何をしていると両頬をを叩く。

 

「淵見山の禁忌はたくさんありますが、要約すると『山向こうに関わることを禁止する』って内容に収まるんですよ。山さえ越えなければ禁忌を破ることはほぼないんです」

「人、死んでるんじゃないの?」

「ああ。あれは捌縁町とは関係ありません。今山の下で起きてる失踪の原因は全部この研究所から沸いてくる化け物どものせいなので」

「さっきと言ってることが違くない?」

「え、そうだったかな……そうかもしれない。僕の目的はあなたたちを連れて研究所(ここ)に来ることだったので」「嘘ではないけど本当でもないってところ?」「や、まあ、狂言回しですよ」

「は?」

 

ぴきり。美々子の顔に血管が浮き上がる。日本人形みたいな清楚な見た目に似合わぬ凶悪な表情。そんな美々子を至近距離で見たというのに、馬酔木は飄々とした態度を崩さない。

 

「だったら、最初から1人で行けばいいじゃん」

「そう簡単な話じゃない」「……けど、僕の個人的な理由ですよ」

「あっそ」

違和感。馬酔木は1人で喋っている。それは確かだ。でも、なぜか2人が交互に喋っているように感じる。意味がわからない。

僕の感じた違和感を美々子も感じたのだろうか。首を捻る彼女に語りかける。

「ねえ、君も何か感じる?」

「……なんか、変」

 

小さく頷く。「綺麗すぎる」と美々子がぼやいた。なんだ、馬酔木についてじゃなかったのかと内心がっかりしながら、「確かにね」と彼女に同意を返す。

白い壁は煤けているがまだ白いとわかる程度の汚れ方で、全面ガラス張りの廊下は夜だというのに月明かりで明るい。それは窓が砂ぼりで汚れていないからで、山奥なのにこんなにも窓ガラスが綺麗なのは人の手を感じさせる。

 

「本当はまだここ、使われてるんじゃないの」

「そんなことは……」

 

馬酔木が「そんなのはありえない」と小さく言った。

 

「ありえません。だってここの研究者たちはみんな死んでます」

「言い切るね」

「知ってますから」

やはり、何かおかしい。はじめは小さな違和感の積み重ね。でも今の言葉で確信した。

馬酔木陽太は何かを隠してる。

 

 

 

【代表者:■■の証言】

 

「あそこはほとんど根の国みたいなものだから。捌縁町はどこもかしこも死という穢れで満ちた町だ。禁忌で縛ってギリギリ人が生きられる程度の地獄。呪術連が禁足地に指定するのも当然だよ。しかし、死んだ土地から生まれる呪いを一つの町にだけ押し込めるなんて天元も残酷なことをする。

その分、町に入るのはめんどくさい。境目ギリギリにこの施設を立てるのには苦労したよ。その分重宝したけどね。

あの頃はまだ、呪毒操術術式の解釈が上手く行ってなかったんだ」



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