野にその災神あり (てんぞー)
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壱話

 高天原にその災神あり。

 

 人には悪意があり、善意がある。そのバランスが人の心を生み出し安定させる。人という生き物は善意だけでも悪意だけでも生きられない。故に悪心を与える穢れは必要だった。だからといって理解されるわけではない。

 

 人という生き物は今を懸命に生きる。それは多くの神々に愛され、そして応援される事だ。だが、必ずもそれが全て報われるわけではない。なぜなら悪意が存在するから。人がどんなに頑張っても報われないのはそれが存在するから。アイツが存在するから、アイツが生まれたから、

 

 ―――そう思われ続けて来た存在がいる。

 

 禍津日神。

 

 災厄の神にして人の悪を司ると言われる神だ。

 

 神産みの際に黄泉から帰ったイザナギが禊ぎを行い、黄泉の穢れを祓った時に生まれたのが二柱の災厄の神である八十禍津日神(やそまがつひのかみ)と大禍津日神(おほまがつひのかみ)。その存在自体が災厄として認識され、あらゆる人の不幸、報われない事は全てこの神とされていた。

 

 だが二柱の禍津日神はそれを受け入れた。

 

 それがイザナギから生まれた意味で、それが生涯を通しての役割りだと生まれた瞬間から悟りきっていたからだ。既に悟っていたため、禍津日神に憎しみも恨みもそう言ったものは存在しない。純粋に災厄、そして悪を象徴する神格として存在していた。

 

 ただそれだけ。

 

 だが、それも永遠には続かない。

 

 長い時を経て、人は学習する。

 

 最初は神を信じ信仰していた世界でも、時を経るのと共に科学が復旧し、人の中から信仰心が消える。高天原の神々の多くはその力を失い、雲隠れしざるを得なくなる。それは何も人の生活を助けてきた善神だけではなく、禍津日神の様な悪意を象徴する神にも影響がある。人の悪意が時代の進歩と共に増えはしたが、それは禍津日神によるものではなく、純粋に人の中に悪心が芽生えた結果だった。

 

 本来は人の心の中に禍津日神の分霊が存在し、人を悪へ導くべきなのだが、

 

 科学の普及により悪心すら科学によって駆逐されていった。

 

 多くの神々が力を失う様に、禍津日神の兄弟もその力を失い始める。分霊を通し、人の悪意を生み出す事によって現れた絶大な力も年々減少するようになり、

 

 他の神々と同じ、力を残し生き残るために雲隠れせざるを得なかった。

 

 ただ、その力の大部分を人間に依存していた禍津日神の消耗は凄まじく、もはや動く事すらままならなかった。災厄と呼ばれ、蔑まれていた神はだれよりも人に依存し、現世に残っていたのだ。

 

 その結果、二柱、兄弟であった男神は一柱になって、力を結合することで乗り越えた。

 

 完全な災厄の神となった禍津日神は再びある程度の力を取り戻した。それは大昔、人が信仰心をもって神を目にしていたころと比べれば微々たるものだろう。だが、それでも現代の神としては十分すぎる力を持っていた。

 

 それでも、

 

 禍津日神は―――。

 

 

                           ●

 

 

「―――そうやって、天上の神々は高天原から降りてきました。信仰をなくした神々には高天原でいい空気吸いながらパジャマパーティーする余裕がなくなったのです。アメノウズメのポールダンスもなくなってしまった高天原は意気消沈し、地球の海にフリーフォールしたわけです。ですがスサノオは先にヒャッハーしすぎた結果全裸でハゲの刑に処されてハニワとお友達になる様に命令されて地上に捨てられていたので、高天原のバブル崩壊を味わずに済みました」

 

「ねえねえ」

 

 部屋にいる。

 

 ベッドの上に座る姿の膝の上に乗る様にする姿がある。

 

 部屋自体はそう広くなく。子供部屋と納得できる程度の広さになっている。子供サイズのベッドの上に座っているのは男だ。年齢は掴み辛い雰囲気を持っている。見た目からして約二十前後だろうが、男の持つ老成した雰囲気がそれを惑わす。燃えるような赤い髪を長くのばし、頭の横から前へと向けて曲がる二本の角を伸ばす、少々悪魔染みた姿を持つ男だった。服装は道士服なのだが、古めかしいものではなく若干近代風にアレンジされたものだった。膝に乗せる少女は年齢で言えば十にも満たないように見える。青いスカートに白のブラウス姿、切りそろえられた金髪を飾る青いリボンを付けた可愛らしい少女は男の膝の上で足を軽く振りながら、目の前で広げられている絵本を見ている。

 

 その中には嫌にリアルな空中都市で逃げ惑う嫌にリアルな神々たちが悲鳴を上げながら海へと落ちていく様子が描かれている。無駄に力が入りすぎて明らかに子供向けではない表現がいくらか含まれているが、少女は気にすることはない。

 

「なんで神様達は力を失っちゃったの?」

 

 少女の疑問に男が片手の指を持ち上げて答える。

 

「それはね、神々のほとんどがちょっとチョーシぶっこきすぎて”人間ってクソ弱いから俺たちが守らなきゃ何もできないはずプゲラ”とか科学は発達してきても言い続けてた結果、今の結果になっちゃったんだよ」

 

「じゃあ神道の神って結構バカなんだね!」

 

「グフゥ」

 

 少女の笑顔の言葉が突き刺さるが、男は気にしない様にする。

 

「いやいや、一部のアホが―――」

 

「調子に乗ってヒャッハーしたり、通り過ぎただけで孕ませたり、果てには無機物の子供産んだり極東ってすっごい未来にいきてたんだね!」

 

「グホォ」

 

 口から吐きそうになる血を堪え、それを飲み下しながら手を挙げたところで、

 

「神道ってアバウトすぎるよね。経典とかないし。そう言って滅んだのなら自業自得だよね! 神道なしでも現代日本人って生きてるし!」

 

 赤髪の男が白目をむき始める。普通に言われれば特に問題ないだろうが、無垢な少女に言われたのがダメージがデカすぎた。ノックアウト寸前のところで、

 

 コンコンと、軽い音が鳴る。

 

「失礼します」

 

 頭を一度下げて入ってくるのはオレンジ色のメイド服姿の女性で、

 

「アリス様、おやつの準備ができましたよ」

 

「はぁーい! またね、お兄ちゃん!」

 

 膝から飛び降りたアリスと呼ばれた少女が勢いよく相手扉を通り、廊下を駆け抜けて行く。廊下から入ってきたメイド服が赤髪の男に顔を向ける。

 

「禍津日神様も、お茶の準備ができていますので、どうぞ」

 

「最近の幼女は……辛いよ」

 

 そう告げると口の端から血を流し始める。その瞬間に部屋の中を覗き込んできた人物がいる。青髪、白い翼をもった存在だ。

 

「おや、禍津日神殿、お茶の準備ができているから……禍津日神殿ォ―――!!」

 

「あ、倒られました」

 

「いやいや、見てないだけで助けましょうよ夢子殿、あ、ちょ、禍津日神殿! 口! 口から血が吐いてます! 禍津日神殿ォ―――!」

 

「神道……アバウト……なんだって……」

 

「神綺様にはお茶に遅れると申しておきます」

 

「夢子殿冷静ですな!?」

 

 ―――高天原がなくなり、神々が様々な場所に散っても、禍津日神は今日も元気です。



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弐話

 魔界。

 

 それはまた幻想郷とは位相が異なる空間に存在する世界である。幻想郷が全てを受け入れると銘打っているように、魔界もまた幻想郷という楽園の一部として取り込まれている。ただ幻想郷が守護者をもって一定のルールを守らなくてはならない場所であるのに対して、

 

 魔界という世界は一切のルールを持たない。

 

 神綺。

 

 魔聖母、魔界の母、魔界神。

 

 様々な名を持つ彼女こそがこの魔界の王であり絶対の支配者。誰も彼女へと抗おうとしないし、和を乱すつもりもない。魔界は混沌としながらも、たまに神綺の言葉によってなだめられる、比較的平和な場所である。

 

 混沌としているが。

 

 混沌としているが。

 

 そう、混沌としているが。

 

 比較的平和なのだ。

 

「おはようございまぁ―――すだ、コォーン!」

 

 朝、家の前の道路を土下座したまま滑って行く姿がある。地面から数センチ浮かび上がって青いオーラをまき散らしながら進む姿はどこからどう評価しても変態以外の何でもないが、その姿に続いてまた数人少し弱めのオーラをまき散らしながら爆走する集団を交えて何時もの朝の風景だ。

 

「稲荷神は今朝も元気だなあ」

 

 商業神が土下座したままどこかへと走って行く姿は早朝のランニング的扱いだと既にご近所から理解されている。高天原からの流浪組が何割か魔界へ来ているが、

 

 ……皆、逞しいなあ……。

 

 素直にそう思う。高天原が来たときはガチで世界の終焉っぽいリアクションして遊んでいたもので、終わった後で今度こそヤバイって気づいたころにはマジの絶望コンボでネタを挟む余裕もなくなったが、高天原と同じ光景が見れる辺り十分平和なのだろう。多分そのうちチョーシぶっこきすぎてまた痛い目にあうかもしれないが、その時はその時で滅びるのが神々の運命だ。

 

「おはようございまーす」

 

 何かが飛びながら家のポストへと向かってものを入れてくる。此方に挨拶をしながら、紙の束を投げてくるのでキャッチする。

 

「おはようベルやん」

 

「おっはーマガっち」

 

「ベルやん今日も新聞配達?」

 

「うん。今月ピンチだからバイトを少しねー……」

 

「そっかぁ……」

 

 蠅の王が分身して新聞配達何て光景見れるのもこの魔界ぐらいだろう。ともあれ、日常風景なので頭から今見た光景を完全にカットアウトして、新聞を持って家の中に戻って行く。西洋式に発展した魔界の建築物は確実に西洋宗教から逃げ出してきた悪魔や魔王達の知識に大いに影響されている。外の世界は神聖四文字がノストラダムスの予言した恐怖の大王を粉砕したので二千年を過ぎていると聞いた。最新式の建築物は無理だろうが、最低でも三十年ほど前までの建築技術は出来上がっていると思う。

 

 まぁ、魔法を使って固定しているのでもはや技術も糞もない世界なのだが。

 

 扉を開けて入ってきたところで、

 

「おはよ―――!」

 

「オウフ!」

 

 腹に軽い衝撃を受けて軽く仰け反るが、踏みとどまって原の中に飛び込んで小さな姿を確認する。

 

「おはようアリス」

 

「お兄ちゃんおはよう! 早く行こっ!」

 

「あぁ、ちょっと待ってくれほら、ここに新聞があってさ」

 

「えい」

 

「あ」

 

 手の中の新聞をアリスが軽く奪うと、魔力を新聞に通し、それを片手で投擲した。魔力の込められた新聞が高速で自分の家の窓を突き破り、逆側の壁を貫通してどっかへ飛んでゆく。

 

「ま、マイホームが……!」

 

 知り合いをコキ使ってほぼタダ同然で作ったマイホームに穴が開いた。

 

「行くよー!」

 

 悪心の存在しないアリスにはどう足掻いても抵抗することはない。だから、アリス、そしてアリスの親である神綺の親子はどう足掻いても勝てない。悪意の欠片も存在しない存在には無理だ。

 

 そんなわけで、

 

 強引に引っ張るアリスに逆らう事は出来ず、さわやかな魔界の朝は幼女に引っ張り去られることで終わりを告げた。

 

「もっと悪心のある人たちと居たいよぉ……」

 

「ママ達が待ってるよ!」

 

 ズルズルズルズル。

 

 

                           ●

 

 

「はい、どうぞ」

 

 渡されたグラスの中には牛乳が注がれている。それをおそらくこの魔界でも一番人気の人物、神綺から受け取る。

 

「お兄ちゃん食べないの?」

 

「いや、それは食べるけど……」

 

 それはタダで貰えるものは貰う主義なのでそれは食べる。何よりメイドの目線が呪い殺すようで怖い。ナイフとフォークでイングリッシュ風の朝食に手を出しながら改めて周りを見る。明るいダイニングだ。ここも魔界全体と同じで西洋の建築様式を取り入れたスタイルだ。朝食の様に英国文化が強く出ているが、それにこだわっていいるわけではなく、所々謎の文字や絵が見える。魔界文化だ。

 

 兄弟で高天原にヒッキーしてたけど、自分はかなり人の生活に近い神だと思っている。何時も人の心の中にいたし。ある程度人間の文化は把握しているし、その成長を見てきた。だからそれを考慮して、魔界の文化を見て思う。

 

 なんなんだこれ……。

 

 人間が見たら確実にSAN値チェックを要求しそうなものがごろごろしてる。少し耐性を持っているものでも白目になって痙攣しながらブレイクダンスを踊りだしそうな勢いだ。というか朝の光景だけでその辺は十分だろう。この世界の進化はいったいどんな方向へと向かっているのだろうと悩むが。とりあえず、初心者にはオススメできない世界だよな、と納得したところで、

 

「お兄ちゃん?」

 

「あ、はいはい」

 

 アリスが悲しそうな顔をするので再び手を動かす。此方が食べるのを確認すると嬉しそうにし、

 

「今日も遊ぼうよお兄ちゃん」

 

「えー」

 

「遊んでくれないの……?」

 

 後ろで刃物が抜かれる音がする。

 

「いやいや、禍津日神ともあろう者がアリスちゃんを放置するわけなかろう!?」

 

 今の発言は自分でも結構狂ってると思った。でも基本的に悪心の存在しない人間なんて苦手だし、この小さな少女はこの姿でありながら既に数百歳なのだ。そう、数百年間このペースで振り回されているのだ。それはもう勘弁して欲しい。ついでに言えば、

 

「あら、マガさん、トーストのおかわりは……」

 

「いえ、あの、結構ですよ? 神綺様」

 

 これだ。たぶん人妻属性。いや、結婚もしてないらしいしそこらへんは属性怪しいが、この魔界神もまた全く悪心の存在しない稀有な存在だ。流石に背後で監視しているメイドは悪心が存在するが、情人と比べて圧倒的に少ない。なんというか、この母あってこの娘というか、この親子を見ているどうしても四文字とかイエスとかを思い出して駄目だ。苦手でしょうがない。そう考えるとルシファーやアザゼル達はすっごい落ち着く。悪心とか欲望とか否定しない辺りが。だからどこからどう見ても悪人で、悪神で、汚れ役な自分がここにいること自体が奇跡で場違いでしょうもない事態なのだが……。

 

「お兄ちゃん! 話を聞いてるの?」

 

「あぁ、ごめんごめん」

 

 何でこんなのになつかれたんだ。

 

 もはや慣れた事だが、この少女には何故か酷くなつかれている。

 

 出会いは何時だったか……そう、数百年と少し前の話だ。魔界へと移住して優雅な独身ライフを経験していたあの頃の話だ―――



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参話

 アレは昔、感覚から言えば数百年はそうでもないが、昔の話だ。

 

 魔界では独自文化が発達し、長年住んでいる自分もその魔界の一部によく馴染んでいると言える。長い年月で一番の敵は忘却と飽き、だから常に刺激を満ちた毎日を過ごそうとしている。

 

 だからその日も友人のサリエルと出かけていて―――

 

 

                           ●

 

 

「見ろよサリエル……”無価値文庫”より発売されている”超魔界勇者デビル・ヒーロー”のサイン入り最新刊ゲットだよ。これ、我としちゃあすっごい楽しみなんだけど。特に4395巻から続く真・宇宙勇者決戦編とかついにこの巻で完結らしいからめっちゃ読みかえって楽しみなんだけど……!」

 

「いやいや、禍津日神殿。毎回何で私をこんなイベントに誘うんですか……しかも作者がベリアルではないですか。思いっきり知り合いが書いててビックリですよ自分……というかそれ悪魔なのか勇者なのかどっちなんですか」

 

「はっきりしないところが無価値っぽくていいんじゃないか」

 

 初心者め。

 

 青髪六枚羽の女性、サリエルは魔界に墜ちた堕天使ではあるが、それでも天上にいたころと変わらぬ白い翼をもっているのは人の魂が汚れぬように監視する役目を天上より承っているからだろうか。そんなことは正直どうでもいい。

 

「ルシファーからお前を好きに使えって言われてるからお前、我の奴隷な」

 

「る、ルシファー、おのれぇ―――!」

 

 堕天使には力の差があって、ベリアルとルシファーはその中でも最上位に位置する存在だ。決してサリエルが弱いわけではない。そしてなぜだか堕天使には謎の弱肉強食ルールがある。たぶんこいつら頭が悪い。

 

 基本的に”悪心ある存在”にしか強くなれない存在としてはこうやってコキ使える自分よりも強い存在は嬉しい。気分がいい。使い潰したい。

 

「いやいやいや、凄い嫌な顔してますよ禍津日神殿」

 

「災厄神ですから。ほら、そこは適当な堕天使に雪崩とか」

 

「それピンポイントでこっちを狙っていませんか」

 

 と言っても信仰がなくなって力の大半を保存しなきゃいけない現在、戦闘に使える神力なんてたかが知れている。一度弱りすぎた結果、

 

「雪崩なんて無理だわ」

 

「昔は昔ですね……」

 

 現代人の信仰離れはかなり深刻だ。とはいえ幻想郷という場所が生み出されたおかげでほんの少しずつだが、信仰はまた集まり始めている。神道関係の信仰が強いらしく、神道系列の神としてはそこそこ嬉しい話だ。今更、昔に戻れるわけがないと知っている。

 

 だから外の世界の文化を真似して発展したこの魔界で、そこそこ刺激のある毎日を過ごしている。今日だってそうだ。最新刊を購入したからこれを家に持って帰ってゆっくりと時間を駆けながら何度も何度も読んで、新刊の発売に備えるのだ。

 

 そんな位置になるはずだったのだが、

 

「ままぁ……?」

 

 サイン会の帰り道、苦手な部類の存在を見つけてしまう。

 

 子供だ。

 

 サイン会となっていた会場から家のある住宅街までの間には広い公園がある。

 

 それこそたまに迷子になったらゾンビになって発見されるぐらい広い公園が。

 

 そのど真ん中で、迷子の様子の幼女がいた。見た目五歳前後、親か誰かと一緒に来てはぐれてしまったのだろうか。

 

 まぁ、俺には関係ないけど。

 

 非常ながらも魔界では珍しくない話だ。毎日どこかで誰かが無力で死ぬ。珍しくないどころか面白がられる類の話だ。何より無垢な子供には悪心が存在しない。この時は聖人の様で、非常に苦手だ。悪心の欠片も存在しない相手であればたとえ女子供であろうと指先ひとつで負ける自信がある。

 

 ともかく、

 

「さあ、帰ってさっそく読むぞぉー!」

 

「なんで私は付き合わされているのでしょうか」

 

「こんなイケメェンと一緒なだけで感謝するがいい」

 

「プ」

 

 あ、こいつ中々いい性格してやがる。

 

 そんなことを話しながら幼女の横を通り過ぎようとして、

 

 ガシ。

 

「うがふっ」

 

「あ、禍津日神殿」

 

 顔から地面に衝突する。が、それは昔スサノオに新技の事件されていた経験を生かし受け身を取ってダメージを最小限にとどめる。と言っても、微々たるもので顔は痛い。

 

「……」

 

 首を動かし視線を足の方へ向けると、何やら小さい生物が足を力いっぱい握っているのが解る。確実に今、通り過ぎようとした幼女だ。その手の人間だったら一日中ぺろぺろしていたいような可愛い幼女だ。だが斬えんなら好みのタイプはグラマラスなタイプなのでストライクゾーンから離れている。完全にボールだ。得に関わるつもりもないし、

 

「離せ」

 

 そう言うが幼女は手を離さない。それどころかより強く道士服の裾を握る。我がお気に入りの一張羅にしわを入れるとはこの幼女中々いい覚悟をしているものである。だからもう少し声に威圧感を込め、

 

「離―――」

 

「ままぁ、いないのぉ」

 

 無垢な瞳で見つめてくる幼女は本当に困った様子だ。しかし、この、災厄神、禍津日神は! 悪! 絶対的悪! 信仰なくしたからそれっぽい象徴の存在なのだ! 断じて幼女の涙目に負けるような陳腐な存在ではない! 故にここは、

 

「我が下僕サリエルよ―――」

 

「あ、私は先に戦利品を家に届けていますねー」

 

 六枚の羽根をはばたかせ空へと舞い上がっていた。

 

「裏切り者ォ―――!!!」

 

 飛び去って行くサリエルの背中はとても気持ちよさそうに見えた。

 

「ままぁ……」

 

 依然、涙目攻撃を続けてくる幼女はかなり手ごわい。何より幼女という存在のおかげで力が1%も発揮できないのがヤバイ。振りほどいて立ち上がるだけの力もない状態だ。こんな状況の為に溜め込んだ力を使うのも馬鹿らしいし、本当にどうするか待っていると、

 

「ままがいないのぉ……」

 

 目じりに涙をたまらせた幼女が、

 

 裾を引っ張り前へ一歩進んだ。

 

「っちょ、おま、こっちくんな!」

 

 さすがに幼女を蹴るなんてことは男の矜持が泣くので絶対にしない、それでも泣きそうな顔で少しずつ倒れた体を上り詰めてくる幼女の姿は軽いホラーがある。

 

「ままぁ……」

 

「っひぃ!」

 

 軽いを感じ始めたところで、これはもう受け入れなきゃここで幼女と一緒にゾンビになるまで出れないな、と確信して、

 

「あぁ、もうわかった、わかった。お母さんを探してあげるから上から退いてくれ……」

 

 ただ家に帰って”超魔界勇者デビル・ヒーロー”の最新刊を腐りながら読みたかったのに……。

 

 はぁ、と溜息を吐き出していると、手伝うと言った瞬間に幼女が顔を輝かせてこいつ演技してたんじゃないのかと疑うほどの笑みを浮かべる。そのまま、

 

「ありがと―――!」

 

「う、うわぁぁぁ!」

 

 そのまま高速で体を上りあがり、首に抱きついてくる。

 

「ぎ、ギブ、ギブ、ギブ! 頼むから降りてくれぇー!」

 

「おにいちゃんありがとぉー!」

 

 やっぱり子供は苦手だ。



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肆話

 道士服のズボン部分を握る小さな存在を見る。見た目五歳前後の少女だ。親と一緒にいるべきだ。特にこんな物騒な世界では。事実、子供の死亡率は高い。誘拐か強姦か食われたか普通に殺されたか、そんな事は特に興味がないから知らないが死亡率はかなり高い。それもそうだ、出なければ魔界などと呼ばれはしない。

 

 だからこんな年の少女が一人でいるのはあまりいい状況ではないのだ。

 

 放っておくのに放っておけなくなってしまった。

 

「はぁ……」

 

「おにいちゃん……」

 

 不安そうな表情を向けてくるが、一度助けるって宣言してしまったらそれを破るわけにもいかない。軽く少女の頭を撫でて、

 

「大丈夫、お母さんは見つかるって」

 

「ほんとうに?」

 

「あぁ、きっとな」

 

 こんな風に邪気を感じさせない存在は激しく苦手だ。聖人を相手するときの様にジンマシンがでないだけまだまだマシだが、それでもやっぱり子供は苦手だ。あぁ、苦手だ。家に帰ってココア飲みたい。

 

 軽く少女の頭を撫でて、手を差し出す。不安そうな表情を引込めた少女が手を取る。膝を折りながら少女と目線を合わせて、

 

「我の名前は禍津日神。オーケイ?」

 

「ま、まが、まがちゅ……」

 

 あ、結構可愛い。

 

 そう思うが子供に自分の名前を発音させるのは中々に酷な事だろうと思い、舌を噛んで泣かれる前に、

 

「まーくんでもマガっちでもマガやんでも禍津日神様でもまっちんでもなんでもいいぞ」

 

「おにいちゃん!」

 

 うん。大体オチは見えてたよ。世の中しょーもないなどと思いながら立ち上がると、

 

「うがっ」

 

「?」

 

 立ち上がろうとして伸びた腕が少女によって引っ張られて体が倒れそうになる。この邪気の欠片も存在しない少女に対してはいかなる暴力は通じない。筋力出さえも劣る。だから本来は結果として少女が腕を上に伸ばすはずだったが、逆に負けて引っ張られることとなった。

 

 超恥ずかしい。

 

 ささ、っと周りの光景を見る。

 

 超広大な公園は視界の限り、誰も存在しない。この恥ずかしい光景を誰にも見られていないことを確認―――

 

「おにいちゃん?」

 

 見られてたぁー!

 

 でもどうしようもないので、本日何度目となるかもわからない溜息を吐き出して、再びしゃがむ。手を放すととたん不安そうな表情をするが、自分の肩を軽くタップする。

 

「よし、お兄さんの肩に乗ろうぜ。高いところから見た方がお母さん見つかるかもしれないぜ?」

 

「うん!」

 

 子供は結構チョロイな、等と思いながら少女に背中を向けると、背中を伝って肩の上に小柄な体が座る。片腕で少女の膝を押さえながらゆっくりと立ち上がる。少女の手が軽く頭を握ってくるが……まぁ、特に問題はないので大丈夫だとして放置する。

 

 ただ暴れだされたら確実に首の骨は折れる。

 

 アレ? 俺もしかして自分からハードモードつっこんだ?

 

「すごいすごーい!」

 

「おぉ、んじゃ探すぞー」

 

「おー!」

 

 この年頃の子供は男も女もあんまりないなぁ、等と思いつつ人の多そうな方向へと歩き出す。顔を輝かせて普段は見れない景色を楽しんでいる少女に顔を向けないまま、

 

「お母さんはなんて名前なのかなー?」

 

 探すにしても情報が必要だ。とりあえず聞き出してみるが、

 

「ままはままだよ?」

 

「うん、まあ、期待してなかった」

 

「?」

 

 自分は生まれが特殊なケースだから参考にならないが、一般的に言って子供はそれなりに年を取らないと親の名前をはっきりとは憶えない。基本的にパパかママでとおってしまう分、覚える必要がないのだ。他人との付き合いができて初めて名前を覚え始めるものだが、インドア派の子なのだろうか。

 

 あーっと、それよりも、

 

「えーと、お母さんはどんな姿をしているの?」

 

「ままは、んー」

 

 少し悩むようにしてから、

 

「ながくてまっしろでかみがきれいなの!」

 

「ほうほう?」

 

「すごくきれいで、りょうりがへたなの」

 

「あら、下手なの……」

 

 予想外だ……人妻には料理上手イメージがあるのに。というかよく考えたら知ってる人妻属性がほぼ全員キチってるから参考にならない。神道は何でアバウトなんだ。

 

「いや、これは普段から言ってるよなぁ……」

 

「おにいちゃん?」

 

「あ、うん。気にしないで? まぁ、いっか」

 

 適当にこの子に叫ばせれば母親が駆け付けてくるだろう。愛情があって、捨て子でなければそうなるはずだ。捨て子だったとしたらその先はもう知らない。リリムのところに預ける以外に選択肢を知らない。子供が何千人もいるし今更一人増えても問題ないだろう、あの出産マシーン。

 

「おにいちゃん!」

 

「なんだい?」

 

 視線だけを少女に向けると、

 

「えへへへ」

 

 何故かそれだけで笑顔を向けられる。なぜこんなになつかれている。キャラからすればなつかれるどころか嫌われる方が順当なのに……。

 

 

                           ◆

 

 

 その時の俺は知るはずがなかった。俺が拾った少女が魔界神の愛娘で、俺の今後の人生における最大の地雷だという事に。これが魔界神一家との長い付き合いの始まりだと。そして俺のダメ人間ライフの終焉だという事も。

 

 そう、地雷とは見えないところにあるからこそ地雷なのだ。予測不可能回避不可能というやつだったのだ。

 

 ともかく、

 

 その時の事を思い出す度に俺の頭は痛くなってくる。

 

 恥ずかしさと自己嫌悪で。



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伍話

 ロリを肩に乗せて歩くというのは中々にシュールな光景だと思う。特に少女の名前―――アリスと、それを大声を出しながら公園で叫ぶというのは勇気が必要な行動だと思う。今更この程度で落ち込むほどのチキンハートを持っているわけではないが、苦手な部類の生き物に異様に懐かれながらその母親を探すのは結構精神的に来るものがある。

 

 半径100km以上はある超巨大な公園は魔界人からしてみれば飛んで抜ければいいという認識の場所だが、景色はそれなりにいいので歩くのにはいい場所でもある。ただ、歩きすぎると迷って出てくる頃にはゾンビになってるか十年単位で迷うか、どちらかだ。だから、

 

 

 こんな所で、

 

「アリスちゃんのお母さんはいませんかぁー」

 

「ままぁー!」

 

 こうやって叫び続けても見つかる可能性は低いのだが、やれやれと言うべきか、義理堅いというべきか、最後まで手伝う事としてしまっている。

 

 神道の神はアバウトだが、決して裏切らない。

 

 信仰をくれる人間には加護を与えるし、助けを求めれば助ける―――見返りを要求するが。どっかの宗教の神々と違って生活に密接にかかわっているために放置プレイはしない方向性なのだ我々は。とは言え、信仰がなくなった現在では加護を完全に与えられるわけでもないのだが。

 

 肩の上に幼女を乗せながら数時間歩いた結果、

 

 母親の姿は見つからなかった。それもまあ、仕方のない事だろう。ゴッドパワーか何かで探せればよかったのだろうが、そういう人探し関係の権能は全くないので地味に足で探しまわるしか手段はない。

 

 公園の中にある休憩コーナーで自動販売機から”初恋の味京都編”等という意味不明なジュースに買う衝動に駆られながらも、その横の比較的普通な”絶叫りんごのジュース”を二人分購入し、ベンチの上で待っているアリスに一つ渡す。

 

「いいか、この恩を絶対に忘れるなよ? 忘れるんじゃねぇぞ? いいか? いいな?」

 

「うん!」

 

「子供にネタを振っても意味ないよな……」

 

 芸能神でもないのに何をやってるんだ俺は。

 

 溜息を吐きながらアリスの横に座り、ジュースの蓋を開けて口をつける。名前はアブノーマルなのに味は普通だ。少女も飲めていることに安心し、

 

 ……どうしよう。

 

 このまま少女の親を探すのは決定打。父親の名前が出てこない辺りシングルマザーなのかもしれない。ともかく、

 

「お母さん見つからないねぇ」

 

「うん……」

 

 軽く頭をなでる。悪戯に心配させるのは良くない。少なくとも懐かれているという事は嫌われてないという事だ。それは、いいことかもしれない。たとえそれが天敵であろうと。いや、いい加減こういう思考もやめよう。まだまだ小さすぎる少女に視線を向けて、

 

「お母さんどこにいるんだろうねー?」

 

「うんー……」

 

 悩むようだが、答えは返ってこない。解らないという事だろう。

 

「まぁ、見つからなかったらウチで預かればいいか」

 

「おにいちゃんのおうち?」

 

「ま、見つからなかった時の話だよ」

 

「おにいちゃんのおうち……!」

 

 何やら目をキラキラさせてこっちを見てくるが本当にこれは何でこうも懐いているのだろうか。不気味で不気味でしょうがない。

 

「んしょっと」

 

「おい」

 

「えへへへ」

 

 膝の上にちょこん、と座る少女が嬉しそうに笑みをこぼす。当然そんなものに癒されるような神ではないので溜息しかもれず、

 

「―――そこ」

 

「んむ?」

 

 顔を持ち上げた視線の先には黒い服装の少女と、白い、天使の様な姿の少女がいた。両者とも魔界人であることを即座に見抜く。

 

「何か用か? 今忙しいから別を当たってくれるとありがたいんだが」

 

 と言っても視界が収まる範囲にいる生物は今、この場にいる四人だけなのだが。必然的に助けを求められる存在はいない。つまり言葉を変えればとっととここから消えてくれと言っているのだ。アリスと比べて遥かに多くの悪心を抱く存在は心地よいが、それでも正直色々と面倒なので関わらないでくれると助かる。というか関わるな。

 

 が、その願いは通じないようで、

 

「その子を渡してもらいましょうか」

 

 警戒した様子で視線をアリスへと向けてくる。頭をアリスの方へ向け、

 

「お知りあい?」

 

「ううん……しらない」

 

 ギュ、っと服の裾を掴んでくるアリスは否定した。つまり、

 

「誘拐は儲からないぞー」

 

「誘拐じゃありません!」

 

 昔メシに困った友人が誘拐に手を出したが予想外に金にならないって愚痴りながら返してたのを思い出す。始めたのならもうチョイ頑張れよって周りから言われてたな……。

 

 ともあれ、

 

「この子が知らないって言ってるのなら知らないんだろ。シッシッ」

 

 黒い服の少女の横の、白い少女の額に軽く青筋が浮かぶのが見える。多分普段は猫被ってるタイプだ。やだこわい。だからもうちょっと犬を追い払う様に手首のスナップを聞かせる。あ、更に青筋増えた。

 

「その子は―――アリス様はとある方のご息女様です!」

 

 言い方からしてかなり身分の高い相手なのだろう。貴族制度何て存在しない魔界だが、基本的に強さで偉さが決まる世紀末ワールドだ。といっても、腕力が強ければいいってわけでもないのだが。

 

「そうなの?」

 

 アリスに視線を向けると、

 

「わからない」

 

「解らないんだって」

 

「見てますよ!」

 

 やっぱりマジメ系相手にネタを振ると面白いリアクションが見れるのはいい。だが今の話を聞く分、どうやらこの少女はどこか良家のお嬢様の様だ。このまま関わるのも面倒だから差し出そうと考えて、

 

「……おにいちゃん……」

 

 子供には勝てないなぁ。

 

「まぁ、住所でもなんでも置いてってくれないか? 我が送り返すからさ」

 

 結局ここで妥協してしまうのは甘いからだろうか。ともあれ、初志貫徹は大事だ。うむ。四文字じゅごはなんだか頭が賢そうで実によい。学歴はないわけだが。

 

「そんな事できるわけないでしょ!?」

 

 と、もちろん予想通りの返答が返ってくる。

 

「あのお方がいなくなった娘を探しにもううろうろしちゃって……!」

 

 なんだか可愛い主の様だ。ともかく、

 

「アリスちゃん、家に帰りたくないのか?」

 

「おにいちゃんといっしょにかえりたい」

 

「アリス様、お願いですから従ってください……」

 

「なんでこんなにも懐かれてるんだろうなぁ……」

 

 うん、こうなったらあれだ。

 

「よいっしょ」

 

「わぁ」

 

 アリスを持ち上げ、再び肩の上に乗せると、ベンチから立ち上がり、

 

「アリスちゃん!」

 

「おにいちゃん?」

 

「高いところからお母さん探そうか!」

 

「ま、まさか……!」

 

 狼狽する黒の少女に対して、白の少女は既に魔力を攻撃の為に練り始めている。やはり予想通りに黒の少女よりも若干狡猾な性格をしている。それは特性上把握していたし、感謝もしている。

 

 おかげで存分に力が震える。

 

「トゥッ!」

 

「わぁっ!」

 

 少女を肩に乗せて空へと飛びあがる。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 まあ、たまにはこんな日も悪くない……かもしれない。



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陸話

「っわ」

 

「しっかりつかまってろよっ!」

 

 肩に乗るアリスを抑えつつ素早く空に飛び上がる。悪心を強く持つ存在が近くにいたおかげで少し余裕がある。スピードを上げて、公園の上空を飛ぶ。即座に背後から追いかけてくる姿がある。

 

「待ちなさい!」

 

 声を出して叫ぶのは黒い服の少女だ。手に魔力を集め、それを此方へと向けてくる。

 

「止まらなければ撃ちます!」

 

 脅迫ではないのだろう。魔界人の平均からすれば中々に高いレベルの魔力をあっさりとコントロールし、溜めている姿を見るとかなり高位の魔界人なのかもしれない。後ろにいる白い少女も同様に高いレベルで魔力を練っているが、

 

「アリスちゃん! ばんざーい!」

 

「わぁーい!」

 

 アリスを盾にするように突き出してみながら飛行を続ける。

 

「あ、あ、あ、ああああ、アリス様ぁー!?」

 

 やっぱり攻撃何かできない様子だった。ちょっと調子に乗ってアリスを空中で振り回してみる。上上下下左右左右。そこで一旦ストップして顔を見て、

 

「楽しい?」

 

 はちきれんばかりの笑顔を浮かべ、

 

「うん! もっとお!」

 

「よぉーし! 神様がんばっちゃうぞぉー!」

 

 なんだか慌てふためいている姿を見ているのが楽しくなった。決してこの幼女に心を開いたわけではない事を理解してもらいたい。ともあれ、

 

 アリスを全力で空に投げ上げる。

 

「アリス様あああああああああああああああああああああああああああ―――!?」

 

「きゃぁ――――――!!」

 

 楽しそうな悲鳴と普通の悲鳴が混じる凄まじい状況が出来上がる。だが白い方はこれを好機と見たか、迷わず魔力による弾幕を此方に放ってくる。隙間なく、此方を逃がさない様に放つ弾幕の壁だが、

 

「よっと」

 

 片手を振るう事で弾幕をの壁を破壊し、上から落ちてきたアリスを捕まえる。

 

「マイ!」

 

 マイと呼ばれた白い方の少女は舌を見せ、てがすべった的なジェスチャーをしてくる。もう片方の少女が説教している。木を取られているうちに、

 

「そぉい!」

 

「わはぁ――――――!!」

 

「アリス様ああああああああああ―――!?」

 

 喜びと普通の悲鳴がもう一度空に木霊する。やだこの子面白すぎるとか思いつつアリスを再びキャッチし、

 

「もう一回! もう一回!」

 

「止めてください、お願いします、もう本当に心臓に悪いですから、お願いですからやめてください」

 

「うん。そうか」

 

 その言葉に安心した様子を浮かべ―――

 

「そぉい!」

 

「アリス様ああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 もう一度空に投げる。楽しそうなアリスの悲鳴と、悲痛な少女の悲鳴が三度空に木霊する。いやぁ、美少女の悲鳴は聞いてもいつでも絵になるこれは是非ともどうやってか録音したい。そう言えば家に帰ればボイスレコーダーがあったはずだ。これは今すぐ家に帰ってボイスレコーダーを回収するべきか。

 

 そんな事を悩んでいると、

 

「わぁあ――――――……」

 

 アリスが楽しそうな悲鳴を上げながら下へと落ちてった。

 

「……おや?」

 

「おやじゃないですよおおおおお―――!!」

 

「キャッチ失敗しちゃった、てへっ」

 

「アリス様あああああああああ―――!!」

 

 段々と声が枯れてきて掠れ声になっているのが解る。流石にそろそろかわいそうなので一気に急降下し、落ちているアリスを掴みあげる。頭上で安堵の息と、特大の怒気を感じられる。流石に少し遊びすぎたかと思いつつも、

 

「おにいちゃんもういっかい!」

 

「えー……でもなあ……」

 

「あそんでくれないのぉ……?」

 

 当初の母親を探すって目的がテンションで忘れてしまっているようだ。個人的にはそれが最重要目標なのだが、

 

 アリスを二人の追っ手に向ける。

 

「お姉さんたちがアリスちゃんはもう遊んじゃ駄目だって……」

 

「え……」

 

 アリスが泣きそうな顔をする。

 

「あそんじゃ……だめなの……?」

 

 素早く両手を振りそれを否定に入る少女。

 

「いやいやいやいやいや、一緒に帰ろうってお話ですよ? ですよね? お願いですから泣かないで―――なんですかそのいかにもやった! って感じの顔は! あなた質が悪いですね!?」

 

「ぅ……」

 

 目じりに涙が溜りはじめ、そしてアリスが泣きそうな表情を一段階進める。目の前の少女が二人とも本格的に慌て始める。やっぱり相当高い身分なのかこの娘恐れというよりは畏れているというのに近い感じがする。失敗して怒られる事よりも、失敗して命令が実行できないことを恐れていにる様感じる。中々面白い。

 

 とりあえずアリスを肩に乗せる。

 

「嫌な事を言うお姉ちゃんは放っておいてお兄さんと楽し事をしようぜー」

 

「ま、まさか本当にガチでペドな人!? アリス様! 離れてください! それ生物としてヤバイ連中の一つです!」

 

「失礼な! 我はただの神道の神だぞ!」

 

「キャアア! 触っただけで相手を孕ます変態! 変態! まさかアリス様ももうすでに」

 

「豊かな想像力だぜぇ……」

 

 さすがにここまで来ると何も言えなくなる。というか俺はあのヒャッハーしてたアバウト神話の連中の中でも基本的に出番が少ないけどずっと働いてたタイプなのだが。ここまで言われるとさすがに……へこまない。もうすでに慣れた事だ。罵倒と暗殺は魔界の基本だ。

 

 というわけで、

 

「お母さん探しに行こうぜー」

 

「うん!」

 

「ま、待ちなさい!」

 

 もういい加減付き合うのも飽きたのでこのまま進もう。そう思った矢先、

 

「―――一体何をそこまで時間をかけているのですか」

 

 新しい声と気配がする。二人の少女よりも強く、そして濃密な気配だ。斜め上へと視線を向ける。そこには新たな姿が見える。オレンジ色をベースとした金髪のメイド服の女だ。

 

「あ!」

 

 アリスが敏感に反応する。メイドが一例を取り、

 

「お迎えに上がりましたアリス様―――さて、貴女達は仕事一つにどれだけ時間を―――」

 

 そのままメイドの女が説教に入り始める。その様子を遠くから眺め、パンツを見るにスカートが邪魔だなあ、等と考えつつ、顔をアリスへと向ける。

 

「お知り合い?」

 

「おてつだいさん!」

 

 あー。なんとなくアリスちゃんの正体解ったかも。

 

 あそこまでの力を持った魔界人のメイドは一人しかいない。そして、彼女が仕える主は一人だけ―――最強の魔界人夢子を従えられるのは魔界神・神綺だけだ。

 

 もしかしなくても俺の人生デッドエンド?



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柒話

 背中をだらだら冷や汗が流れる。

 

 この展開は予想できなかった。

 

 場所は変わって部屋の中にいる。ただの部屋ではない、豪華な装飾なされた部屋だ。一目見るだけでどこかの権力者が所有する家だということが解る。だが豪華な家だったら魔界であればどこでも見る事が出来る。基本的に能力とか魔法とか、そういうのに頼れば好きな家をつくるのには全く問題がない。

 

 問題は自分をここまで連れてきた人物の存在、そしてこの屋敷の主の存在だ。

 

 まさかあの少女、アリスが魔界神・神綺の娘だとはこの禍津日神の目でも見えなかったわぁ……体の中に神力が流れていたんだから気づけばいいのになぁ……。

 

 他にも神力を宿す少女はいるが、あそこまで過保護にされているのだからかなり偉い神の所の子だというのを気づくべきだった。ともあれ、

 

 禍津日神ちゃん超ピンチ……!

 

 椅子に座らせられ、目の前には業かなテーブルがある。そして後ろにはアリスを迎えにきたメイドがいる。アリスがかなり懐いていたことからかなり面倒を見てもらっているのだろうと思う。そしてアリスの面倒を見れる存在は必然的に信頼されている存在だ。つまり怒らせるとヤバイ。アリスがどこかへと連れていかれ、こうやって1時間ほど無言でテーブルの前で座っているが、まるで処刑前の死刑囚の様な気分だ。このままあと数年待たせられればマゾに目覚める自信を持っている。つまり何か会話をください。

 

「……」

 

「……」

 

 無駄な祈りだった。叶えてくれる神様はいない。いや、俺が神だ。俺が俺に祈ってどうする。

 

 背後のメイドの無言が怖い。最強の魔界人夢子は恐ろしい程に悪意等といった感情が感じられない。中身がないわけではないが、あのアリス同様に中身がかなり善人よりの存在だ。それでいてあれだけの力を持って仕えているのだ。正直凄いと思う。そして襲われたら絶対に勝てない。男なのに女に勝てない。

 

 もう落ち込むのにも慣れたなぁ……。

 

 ともあれできることなどビクビクしながら待つこと更に30分。処刑はまだかまだかと怯えながらいると、

 

「おにいちゃん!」

 

 声がして、部屋に入る入り口の扉が開く。そこから弾丸の様な勢いで飛び出し、向かってくる姿がある。すぐさまにそれが誰だかを把握し、椅子を横に動かして場所を開けると、

 

「オフゥ!」

 

「えへへへへ」

 

 腹に突撃をかましてきた幼女は突撃を食らった俺がそれで瀕死になっている事をお構いなしに抱きついて顔を摺り寄せてくる。数秒かけて復帰に成功すると、何かをする前に扉の奥から声がする。

 

「ごめんなさいね、アリスちゃんが世話になったみたいでー」

 

 その声でフリーズする。その隙にアリスが体をよじ登り、膝の上に座るが今はそんな事は大事ではない。問題なのは今、扉を潜って表れた人物、いやお方だ。長い白髪に赤いローブ風の衣装からはとても威厳らしい威厳は見られないが、その人物が魔性とも呼べる美貌の持ち主だという事は解る。全ての権力と親交を放棄していながら圧倒的支持を得ているこの魔界の創造者―――神綺の姿がそこにある。

 

 サリエルと一緒にあったらサイン貰おうなんて話をしていたが、そんな場合じゃない。

 

 ふいに有名人とあったら割とフリーズするものだと今学習した。

 

「私も久しぶりの散歩で少し気が浮かれていたの。アリスちゃんを見つけてくれてありがとう」

 

 ペコリ、と頭を下げるそこにいるのは魔界の髪ではなく、アリスの母としての姿だ。魔界神としてではなく、アリスの母として目の前にいる人物に対して、

 

 ……変に敬うのは失礼だろうな。

 

 もはや失礼だとかそういう概念からは遠くに存在しているが、あぶれものが平和に暮らせるこの魔界は一種のユートピアであり、神綺は住まうものからほぼ無条件の感謝と信仰を受けている。

 

「あ、いやいやー、困っている娘さんを見つけたら助けるのは当たり前ですよ? そう気にしないでください」

 

 うむ。こんな感じがいいだろう。そう思ったが胸に抱きついていたアリスが顔を持ち上げる。

 

「おにいちゃん、ことばへん!」

 

「ソンナコトナイデスヨー?」

 

「おにいちゃんのことばへん!」

 

「ワタシハイツモドオリデスヨォー?」

 

「へーん! あははははー!」

 

「ふふふ、どうやらアリスちゃんに懐かれたようね、お・兄・ちゃん」

 

 その姿とボイスでお兄ちゃんと言われると色々とヤバイので自重して欲しい。が、それを顔に異彩見せずにさわやかスマイルで乗り切るとする。

 

「いえいえ、自分でも解りませんけど何故か懐かれちゃいまして……此方こそ私の様にあまり良くない神格に拾われちゃって心配した事でしょう」

 

「そんなことないわよー?」

 

 神綺が近づいてくる。そして膝の上で胸に頬を摺り寄せるアリスの頭をなでる。気持ちよさそうに目を細め、神綺の手の気持ちよさを確かめるアリスの姿がそこにある。

 

「アリスちゃんは私にとても似ていて、邪念だとか悪意とか、そういう事に人一倍敏感な子なのよ? だから貴方に懐いたという事はそれだけ貴方が信用できる人物、っていうことなのよー」

 

 個人的には自分がとてもだがそんな真っ当な存在だとは思えないが、神綺の声にはどこか強い説得力がある。と、顔を寄せてくる。反射的に仰け反るが、椅子に座っているために逃げ場がない。

 

「あと敬語は禁止よ? アリスちゃんも変だって言っているし」

 

「あ、はい、そうです―――」

 

「禁止っ!」

 

「きんしー!」

 

 頬を膨らませて如何にも”怒ってますよ?”的なアピールしてくる神綺が可愛い。そして顔も近い。便乗してくるアリスはアリスで多分事態を理解していない。

 

「あ、うん、解った」

 

「うん、そうそう。素直なのはいい事よー」

 

「ことよー!」

 

「じゃあご飯にしましょうか。夢子ちゃんー! ご飯運んできてー、今日は三人で食べるわよー!」

 

 なんとぉー!?





正直地の文とかはそっちのけ

ロリスをprprするだけのSSです。あざとくていいんだよ


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捌話

prprしたいって言われたので。


 好意的だと解っても疑ってしまうというのが生物だ。そしてそれは実に真っ当な感性だと自分は思う。何故かと言えば―――それは生存本能から来る制への執着だからだ。死にたくない。生きたい。そんな思いから生物は疑いを持つ。だから俺、という神は割と疑い深く生きてきた。何せ禍津日神だ。それこそ恨まれたりさげすまれていた神だ。それももう昔のはなしではあるのだが。

 

 だから、基本的に平和に、慎重に、そして疑い深く生きている。具体的に言うと十数年は観察しないと安心できない。数百年経過して友人、千年経過した頃にはマブダチだと思っている。

 

 だから権力とか格上相手には絶対に逆らいたくないし、関わらない人生……いや、神生が最良だと思っている。

 

 だからどーしてこうなった。

 

 ご飯を神綺の館で食べるのは……まぁ、いいだろう。これは一時の恩だ。長い生の中では一瞬の出来事で、これも過ぎてしまえば忘れられる。どこかの誰かが逝っていたのを覚えている。生物とはやがて忘れてしまうものだと。実に的確だ。だから、なんだ。

 

「あーん」

 

「……」

 

「あーん」

 

「……」

 

「あ、ぁーん」

 

「は、はーい! あーん!」

 

 パク、と口元まで運ばれてきたフォークに突き刺さった肉を食べる。おそらく最高級の肉に違いない。だがそんなもの、今は味が解らない。ただただ後ろから睨んでくるメイドさんが怖い。そして膝の上に座って、代わりに肉を口へと運んでくれている幼女の姿が怖い。そしてその光景を笑顔デニコニコ見てらっしゃる我が魔界の神様が怖すぎる。

 

 ―――神よ、私は何かしましたか。

 

 あ、私が神だった。そういえばイエス君や仏陀君は元気にしているのだろうか……。

 

「おにーちゃん美味しい?」

 

 アリスがそんな事を不安げに伝えてくるので、笑顔で頷き美味しいよ、と答える。じゃあ、とアリスは言ってから、

 

「―――どんなふうに?」

 

 一瞬、一瞬だけ体を硬直させる。そこに、神綺の声が混ざる。

 

「あらあら」

 

 神綺がそんな事を言いながら此方を見る。もしかしなくても心を読まれているのではないかと、そう思った時、

 

「―――」

 

 ニコリ、と此方へと向けて神綺は笑った。そりゃそうだ、娘の気に入った人物が安全かどうかを調べないわけがないよなってそうではなくてあのこうやってめちゃくちゃ苦悩している事が解っているのであれば―――

 

「―――」

 

 笑顔だけ向けないでください、言葉をください……!

 

 そんな事を願うが、神綺は面白がってあらあらいうだけで、助け舟は出してくれない。この状況を完全に楽しんでいるものとみる。我が波風の立たない平和な余生とはいったいなんだったのだろうか。とりあえず、味を全力で思い出しつつ、口を開く。

 

「―――柔らかい肉が口の中で噛むたびに閉じ込められた肉汁が味と一緒に溢れ出し口の中を満たしてくれるだけではなく、この若干甘酸っぱく作られたソースが肉本来の味を引き出すような気がする……!」

 

「おいしい?」

 

「えー、うん、その……凄く美味しいです」

 

「えへへへ」

 

 それだけで良かったんですか……。グルメ雑誌でのっていたような言葉を用意して損した。というかそう言えばアリスはまだ子供だ。難しいコメントを伝えても解るわけがない。若干テンパリすぎかもしれない。もう少し、肩から力を抜いてもいいのかもしれない。もう少しだけ方から力を抜きながら、膝の上に楽しそうに座り、フォークとナイフを握る少女の姿を見る。確かにかなり上の者ではあるが、それでもまだ子供だ。こ、これぐらいのリアクション反動でありだろ……。

 

「お客様、声が上ずっていますよ」

 

 メイドの魔人・夢子がそんな事を注意してくれるから反射的に少しだけ頭を下げ、

 

「あっ、はい」

 

 と、答えてしまう。

 

 だが駄目だ。無理だ。膝の上で太陽の如く可憐な笑みを見せる少女は自分の様なものとはどうあっても隔絶された存在、同じ空間に存在しているというだけで緊張する。恐れ多い。声が上ずる。というか超苦手だ。穢れも悪意もない存在には心が浄化されてしまいそうなので関わりたくないのに……!

 

                    ◆

 

 

 ひたすら胃薬が欲しかったお食事は終わった。終始膝の上で楽しく過ごしていたアリスはそのまま膝の上で時間を過ごしている。一体自分の何がそこまで気に入ったのかが未だに理解できない。というかしたくない。が、これで最低限の義理は果たした。アリスを見つけた、という行動に対して食事という対価を得たはずだ。だとすればこれは等価の交換であり、お互いの負債は解消された。

 

 アリスを膝から降ろして、その小さな頭を軽く撫でる。

 

 そしてそのまま神綺へと向けて自分の頭を下げる。

 

「お食事にお誘いありがとうございました。長いこと縁のなかった豪勢な食事なだけに、色々と昔の事を思いださせていただきました。ありがとうございました」

 

「あらら、いいのよ? あと敬語はだーめっ」

 

 人差し指で額をとん、とされる。それをまねてアリスもだーめ、等と言いながらお腹を人差し指で突いてくる。それがちょっとくすぐったくて、笑い声が漏れてしまう。それが楽しくなったのか、あははと笑いながら何度もお腹やわき腹をつっついてくる。

 

「ちょ、はふっ、やめっ」

 

「あはははー! へんなこえー!」

 

「あらあら、アリスちゃんったら」

 

「実に微笑ましいですね」

 

 誰か止めろと全力で叫びたいが、止めてくれる人材が存在しない。非常に悲しい事だが、此処に味方は存在しない。早く家に帰って本日の戦利品のチェックを始はじめなくてはならないのに。だが、まあ、それもこれまでだ。

 

「アリス様、お持ちいたしました」

 

 そう言って夢子はカバンを持ってきて、それをアリスへと渡していた。激しく嫌な予感がしながらも、それはなんでしょうか、と恐る恐る夢子へと質問した。

 

「―――お泊りセットですが何か?」

 

 自分に拒否するだけの力と権力がない事は自覚済みである。

 

「おにーさんいこうよ!」

 

 笑顔を向けるアリスの前で、たぶん、確実に、白目をむいていた。




 妙にロリスに好かれる胃痛確定の神様と、妙に神様を気に入ったロリス。ロリあざとい実にあざとい。

 年ぶり? 数か月ぶり? に書いたので全く内容を覚えてない罠。たぶん妙に好かれているせいで胃痛確定って事だけは覚えてた。

<ドン!


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