流星のロックマン Arrange The Original 3 (悲傷)
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一章.レゾンと夢
第1話.電波ヒーロー、ロックマン


 ロックマンEXE、20周年おめでとうございます!
 EXEの発売日は2001年3月21日。
 今日は2021年3月21日。
 20周年なのです。

 というわけで、EXEの続編にあたる流星のロックマン。それの3を小説化した「流星のロックマン Arrange The Original 3」……略してアレオリ3の連載を開始します!

 いやあ、このままズルズルと先延ばしにして一生書かないなんてことになりそうだったのでね、この機会に「やるかああ!」と重い腰を上げました。
 ある程度まとまってから投降するので、不定期連載になると思います。

 今回は「後書き」機能を利用してちょっとした遊び心を加えていこうと思います。お知らせはこの「前書き」に集中させていくと思います。

 では、どうぞお茶でも飲みながら読んでいただければ幸いです。


 22XX年。電波技術の発展は目覚ましい物になっていた。自動車や空調の管理や、気候状態までもが電波によって遠隔自動操作されるようになり、人々の生活は豊かな物になっていた。

 その一方で、犯罪は凶悪かつ多様化していった。機械の暴走一つで、大きな事故や事件へと変貌する。

 それがこの電波社会が抱える問題点だった。

 

「だからこそ、僕たち一人ひとりの防犯意識が求められているんだよ」

『へ~……』

 

 少年が説明すると、携帯端末から気だるげな声が上がった。その様子に気づかぬのか、少年は天に向かって反り立つ後ろ髪を揺らした。

 

「明日から二学期でしょ? 楽しみだな~」

 

 公園で遊んでいる周囲の子供たちと異なり、少年はベンチに座ってウンチク語りをしている。赤い長そで服と紺色の半ズボン。特徴的な後ろ髪に、額には白いサングラス。首からは流星型のペンダントを下げている。

 彼の名は星河スバル。どこにでもいる小学五年生だ。

 

『……そうか。終わりか、お前のウンチク話?』

「え、つまらなかった?」

 

 スバルは携帯端末の液晶パネルを見た。ホーム画面には声の主がいた。それは一見すると青い犬のような、だがそうではない。そして足ではなく緑色の粒子を漂わせている。

 彼の名はウォーロック。電波の体を持った宇宙人だ。彼は眠そうに垂れ下がっていた目を鋭くし、相棒のスバルを睨んだ。

 

『あのな……世の中お前みたいなオタクばかりと思うなよ?』

「ごめんごめん、許してよロック」

『ったく……そんなことより、バトルしねえか?』

「嫌だよ」

 

 太い腕と鋭い爪を乱暴に振り回すウォーロックと違い、スバルは澄み切った空を見上げた。

 

「こんなに良い天気なんだし。事件なんて起きなくて良……」

 

 彼の言葉を吹き飛ばすように、大きな音が鳴った。公園の子供たちも一斉にそちらを見た。公園内にあるカードショップから火が出ていた。店長が中から飛び出し「救急車……じゃなくって、消防車的な!」と騒いでいる。

 スバルは立ち上がって目を凝らし、火の出どころを探った。室外機だ。室外機が爆発したのだ。壊れたまま激しく回っており、どんどん火が大きくなっている。まだ店には燃え移っていないが、時間の問題だ。至急止める必要がある。

 

『スバル!』

 

 ウォーロックに言われて、スバルは額にかけていたサングラスを素早くかけた。室外機の周りに、先ほどは見えなかったものが見えるようになった。

 黄色いヘルメットに、黒い体。甲しかない足に、手が無いのになぜかツルハシを振り下ろしている。

 

「やっぱり、電波ウイルスの仕業か!」

 

 電波ウイルス。この電波社会で悪事を働くお邪魔虫だ。

 この室外機は電波で制御、および使用頻度や効率、損傷具合などの情報管理を行っている。これも立派な、電波ウイルスの獲物だ。

 スバルは子供たちの群れから離れて近くの木陰に隠れ、携帯端末を手に取った。

 

「準備は良いね、ロック?」

『良いに決まってんだろ。待たせんなよ』

「了解!」

 

 ウズウズしているウォーロックに急かされるように、スバルは携帯端末を頭上に掲げた。そして、その言葉を口にした。

 

「電波変換 星河スバル オン・エア!」

 

 端末の画面からウォーロックの姿が消えた。同時に青い電波粒子がスバルの体を包む。次の瞬間にはそれがはじけ飛び、彼らの姿を変えていた。

 青を基調とした服と、肩と足の装甲。左手にはウォーロックの顔。頭にはヘルメットと赤いバイザー。少年は一人の戦士としてそこに立っていた。

 

「しゃあ、行くぜ!」

 

 左手のウォーロックの叫びに合わせて、スバルは木陰から飛び出し、子供たちの群れに突っ込んだ。スバルの体は最後尾の子供の背中にふれると、するりとすり抜けた。特別おかしなことではない。今のスバルは電波の体なのだから。

 他の子供たちの体も同様にすり抜けて、一直線に電波ウイルスの元へと駆け付けた。走る姿勢のまま、左手のウォーロックの顔をウイルスに向ける。

 

「ロックバスター!」

 

 ウォーロックの口から緑色のエネルギー弾が発射され、電波ウイルスを撃ち抜いた。電波ウイルスのヘルメットや黒い体に穴が穿たれ、「メット~」と高い声を上げながら消滅した。

 同時に、暴れ狂っていた室外機がみるみるうちに動きを止め、火は小さく燻る程度に治まっていった。

 

「後は消防隊に任せたら良いね」

「おう、歯ごたえが無かったな」

 

 事後処理までスバルが出しゃばる必要はない。店に燃え移らなくて良かったと安堵して、ふと視線に気づいた。振り向くと、子供たちの目が一斉に自分に注がれていた。

 

「あ……やば……」

 

 慌てて逃げようとしたが、遅かった。

 

「ロックマンだ!」

 

 一人が指を刺すと、連鎖的に爆発が起きた。

 

「ロックマンが来てくれた!」

「本当だ、前に動画で見たとおりだ!」

「世界を救ってくれたヒーローだ!」

「やったー! ロックマンが助けてくれた的な!」

 

 子供たちに続いて、店長までもが喜びで飛び上がった。あっという間にスバルは取り囲まれた。

 

「ちょ、あ……あの……そんな、また見えていただなんて……」

 

 電波は人には見えない。今のスバルも同様だ。だがたまに見えてしまう時がある。今回は運悪くその時だったらしい。

 

「ど、どうしよう……」

「良いから胸張ってろ。お前は英雄なんだぜ?」

「そ、そんなこと言われても……」

 

 握手を求める声を断れず、スバルはおずおずと沢山の手を順に取っていった。

 スバルとウォーロックが電波変換したこの姿を、人々はこう呼ぶ。世界の危機に流星のごとく現れ、人々を救ったヒーロー……ロックマンと。

 

 

 人々に囲まれるロックマン。その様子を遠くから窺っている者たちがいた。

 

「あれがロックマンか……試しに電波ウイルスを撒いてみたけれど、本当にこの町に現れやがったな」

 

 一人は小柄な少年だった。黒い髪は全て後ろへと流しており、紫色の上着を羽織っている。目は鋭く吊り上がり、常に何かを睨んでいるようだった。年齢はスバルと同じくらいだろう。

 

「ちやほやされて英雄気取りか……気に食わねえ。姉ちゃん、やっちまおうぜ?」

 

 もう1人は女性だ。紫色の服と特徴的な髪型が印象的だ。長い紺色のそれは、下ろすのではなく翼のように横へと広がっている。成人……というにはまだ幾ばくか幼さが残っている。

 

「ダメよ。まだ様子見だと言ったはずよ」

 

 姉の忠告に少年は舌打ちをした。

 

「あんなの、大して強くもねえだろ。俺一人でも余裕なのに……」

 

 そう言いながら、少年は屋根を蹴った。そう、2人がいるのは民家の上だ。それも3階建ての。

 

「まだロックマンの戦闘データは不十分。そう決めつけるのは早計よ」

「でもよ」

「同じことを言わせる気かしら?」

「……分かったよ」

 

 少年が承諾すると、姉は腕組みを解いて、片手を腰に当てた。

 

「ロックマン……せいぜい束の間の平穏を謳歌すると良いわ」

「ヘッ、ようやく準備が整ったんだ。俺たちが動いたら、こんな世界あっという間だ……」

 

 少年の目に映るロックマンは、ようやく人の包囲網から逃れたようで、ホッと息をついていた。実に間抜けな面だった。

 姉はそんなロックマンに目を細めた。

 

「あなたに止められるかしら? 私たちが、この世界を赤く染めるのを……」

 

 一陣の風が吹く。それは僅か数秒の事。民家の上にあったはずの姉弟の姿は、跡形もなく消えていた。

 

 

 星河スバルとウォーロック。

 ロックマンとしての新たな戦いが迫っていることを、2人はまだ知らない。




○ロックマン
 謎のヒーロー。
 「FM星人の襲来」と「ムー大陸の復活」から世界を救った英雄。
 事件現場に颯爽と駆け付け、多くの人々を救っていくその姿から、青い流星とも呼称されている。
 だが彼についての明確な情報はほとんどなく、我々WAXAですら謎のヒーローと呼称している有様である。
 現在は予測を立てるにとどまっている。その内の一部を下記に記す。

1.年齢と性別
 半透明の赤いバイザーで目元を隠しているため、明確な顔が判明してない。だが声と体の大きさからして10代前半の少年と思われる。

2.FM星人との融合
 FM星人とは電波の体を持った宇宙人である。彼らは地球人と融合することで力を増し、電波ネットワークのみならず、現実世界にも介入する力を得ることが判明している。
 ロックマンがまだ少年であるにもかかわらず、これほどの力を持っているのはこれが理由であると予測している。
 また、FM星人とほぼ同一種であるAM星人という者たちもいるらしい。力の正体はそちらである可能性もあるが、現状はFM星人と予測しておく。

 他にも多数の予測などがあるが、長くなるため割愛する。

 前述したとおり、ロックマンについては謎の部分が多い。だが地球や多くの人々の為に戦ってくれるのは確かなようである。
 我々WAXAは彼の正体を迅速に解明する必要がある。
 現在ニホン国では、最新型OS「ハンターVG」の配布が行われている。これが彼の正体を突き止める一手になることを祈るものである。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第2話.ハンターVG

 毎週日曜日の0時と言えば?
 そう、アレオリ3の更新時間です!

 ……いつまで続くかな?


 コダマ小学校。星河スバルが住むコダマタウンにある学校だ。今日は2学期の初日なので、当然教室には先生と生徒たちがいる。

 この5―A組も同様だった。スバルは自分の席で担任教師の説明を聞いていた。

 

「この2つの事件が、僅か半年で起きた地球の危機だ」

 

 担任教師の育田道徳は教室の前の壁に備え付けられている、巨大な電子パネル……ブラックボードを指で触った。「FM星人の襲来」「ムー大陸の復活」と大きな文字が映った。

 

「もう一度言う、僅か半年だ。電波ネットワークによって……最近はウィザードが普及したこともあり、私達の生活は大変便利で豊かになった。だがその一方で凶悪な犯罪も増えてきている」

 

 スバルはコクコクと頷いた。この2つに加えて並行世界からの侵略未遂があったので、実際は3度だ。それを救ったのがスバルことロックマンだということは、さすがの育田先生も知らない。

 

「これらに対抗するためには、サテラポリスの力に頼るだけではなく、我々市民一人一人が電波ウイルスに対抗する力を持つ必要がある。よって……皆待たせたな」

 

 ようやく、いつもの優しくて楽しい育田先生の顔になった。スバルたち5―A組の生徒たちも一斉に興奮したような顔になる。

 

『おいスバル……』

「どうしたのロック? 皆に聞こえちゃうから、あまり大きな声出さないで」

 

 携帯端末からウォーロックの声が聞こえたので、スバルは耳打ちする様に注意した。

 

『いや、皆ソワソワしてるからよ』

 

 教室を見渡せば、単純食いしん坊なゴン太が今にも走り出しそうな顔をしていた。彼のみならず、知識人のキザマロが今か今かと携帯端末を手に取っている。

 加えて学級委員長のルナである。手を口元で組んで静かに座っているようだが、あれは隠しきれない笑みをごまかすための仕草だ。他のクラスメイトよりも一回り精神が成熟している彼女ですらあれである。

 

『今日、なにか大きなイベントでもあるのか?』

 

 ウォーロックの質問に、スバルは不思議そうな顔をした。

 

「え、昨日言ったじゃん。ロックは興味無さそうだったけれど」

『昨日……あのウンチク話か?』

 

 スバルが言っているのは、昨日電波ウイルスを倒す前の話である。「防犯意識が……」というくだりで説明したはずだ。だがスバルのオタク話は長ったらしく、ウォーロックは半分聞き流していたのである。

 もう一度説明したほうが良いかと思ったが、遅かった。育田の準備が整うのが先だった。

 

「皆、携帯端末の準備は良いか」

 

 教室全体から「は~い」と返事があった。

 

「ではこれより、皆の端末を最新のOSにバージョンアップさせる。基本プログラムが丸ごと変更する大掛かりな物だ。それじゃあ更新データを送るぞ」

 

 そう言って育田が電子パネルに触れた時だった。

 

『ちょ、ちょっと待て!』

「なに?」

 

 突然ウォーロックが焦り出した。

 

『プログラムを丸ごと書き換えるだと!?』

「そうだよ、昨日説明したよ。何か問題でもある?」

『あるだろ!? プログラムと連動している俺はどうなる!?』

「……あ」

 

 ウォーロックはAM星人と呼ばれる宇宙人で、電波生命体だ。現在は携帯端末のプログラムと同化している。

 

「どうなるって……さあ?」

『さあってお前!!』

 

「無責任にもほどがあんだろ!」という言葉は続かなかった。育田が電子パネルの操作を終えたからだ。途端に端末がガタガタと暴れ出した

 

『うおおおお!! なんか大量のデータが送られてきたぞーーー!!!』

「え、ロックが悲鳴を上げるほど!?」

『なんで嬉しそうなんだてめええ!!?』

「これは凄そうだぞ」

 

 オタク魂に火が付いたのだろう。苦しんでいるウォーロックを気にも留めず、スバルは鼻息を荒らくしながら更新状態を表すメーターを凝視していた。20%……60%と増えて行き、やがて100%になった。

 そして液晶画面の様子が一瞬で切り替わった。背景は青色で、オレンジ色の四角いパネルがいくつも表示されている。

 

「す、凄いや! これが新しいOSの携帯端末! ディスプレイの見た目が今までと全然違うよ!」

 

 喜んでいるのはクラス全体だったが、席から立ち上がるほど興奮したのはスバルだけだった。

 

「はいスバル、席につけ~。……全員無事にバージョンアップが終わったみたいだな。その生まれ変わった携帯端末こそ『ハンターVG』だ!」

「ハンターVG……カッコいい……」

 

 うっとりとするスバルを気にかけることなく、育田は説明を続けた。

 

「先ほど説明した通り、今回の更新は皆の『電波ウイルスに対抗する力を上昇させるため』のものだ。簡単に、かつ個人でウイルスバスティングができるように改良されたのが、このハンターVGだ」

 

 育田は自分の端末から一枚のカードを取り出した。

 

「これが何か分かるな。そうバトルカードだ。電波ウイルスと戦うための唯一の武器であり、ウイルスバスティングの必需品だ」

 

 カードの表面には「キャノン」という文字と共に、大口径の銃のような絵が描かれていた。色は白で、形は四角い。

 

「これらの扱いが簡単になるよう改良されている。他にも色々な機能があるから、じっくりと試してみるように」

 

 育田の説明が終わると、ちょうどチャイムが鳴った。

 

「これで今日の授業は終わりだ。来週から本格的に2学期が始まる。皆、気を付けて帰るように」

 

 皆が返事をして、夏休み明け最初の一日が終わった。と言っても、明日は土曜日なのですぐに休みとなるのだが。

 

「さてと……早速色々と試して……」

 

 スバルが携帯端末……ハンターVGを手に立ち上がろうとした時だった。ハンターVGが再びガタガタと暴れ出した。

 

「うわ! ちょ、何……」

『スバル……』

「あ、ロック?」

 

 ハンターVGへのバージョンアップに興奮しすぎて、ウォーロックの存在そのものを忘れていたことに気づいた。

 

『外……外に……』

「外? う~ん、屋上でいいか……」

 

 どうやら人目につかないところに行ってほしいらしい。スバルは教室の外に出ると、エレベーターを目指した。

 

 

 エレベーターのドアが開いて、スバルは屋上に出た。周りを窺って誰もいないことを確かめる。植木に、授業の一環で栽培されている野菜、スプリンクラーが静かに回っている程度だ。

 

「誰もいないか。お待たせ、ロック。ウィザード・オン!」

 

 ハンターVGの液晶画面に並んでいる四角いパネルを見た。「パーソナルデータ」や「バトルカード」など、様々な項目が並んでいる。その中から「ウィザード」と書かれているボタンをタップした。

 するとウォーロックが転がるようにハンターVGから飛び出してきた。

 

「ブハアアアアア!! 」

「ど、どうしたのロック?」

「どうしたもこうしたもあるかぁ! さっきの更新のせいで、俺の体全体が書き換えられたんだよ。分かるか? なんの心構えも無く、不意打ちで無理矢理口の中に大量のデータを押し込まれた俺の気持ちが!? ベルセルクを飲み込んじまった時の比較じゃなかったぞ! ウップ」

「ご、ごめんごめん」

 

 元から青い顔を更に青くするウォーロック。彼がここまで弱るのも珍しい。背中をさすってあげた。

 

「まあいい。次、更新があったら事前に言ってくれよ?」

「言ったつもりなんだけれどな……」

「かいつまんで、要約して伝えてくれ。簡潔にだ」

「分かった、気を付けるよ」

「ならいい」

 

 大人しいスバルと、ちょっと熱くて怒鳴りやすいウォーロック。これがこのコンビのあり方だ。

 

「ったく、お前ってしっかりしてるようで時々抜けてるよな。大吾のやろうとは大違いだぜ。もやしだし」

「もー、そうやってすぐに父さんと比べないでよね」

 

 そう言いながらスバルはおでこにかけてある白いサングラスを手に取った。レンズは緑色だ。

 

「父さん、いつ帰ってくるかな?」

 

 このサングラスの名前はビジライザー。父親が使っていたものだ。それをかけると、スバルの視界にオレンジ色の道が見えた。電波の道、ウェーブロードだ。そして電波世界の住人達……デンパくんたちが行き交っているのが見えた。きっとメールでも運んでいるのだろう。

 

「そうだな、今も宇宙のどこかを彷徨っているのかもな」

 

 星河大吾。スバルの父親だ。宇宙飛行士であり、スバルの憧れそのものだ。そしてウォーロックの友人でもある。そんな大吾は3年前から宇宙で行方不明である。

 

「そんな顔すんな。あいつが帰ってくるまでは、俺が代わりにお前を守ってやるからよ」

「父さんに比べたら頼りないけれどね」

「お、言うようになったじゃねえか。不登校だったスバルのくせに」

「それは認めるよ」

 

 3年間登校拒否していた過去は否定できないし、友人もブラザーも作らないと決めていた時すらあった。もっとも、今はそれを乗り越えているが。

 それを証明する様に、ハンターVGがピピピと着信を告げた。

 

「あ、委員長からだ」

「ドヤされるんじゃねえか?」

 

 委員長とは、先ほど口元で手を組んで、興奮を隠していた白金(しろがね)ルナのことである。学級委員長の彼女は基本的には優しいのだが、頻繁に怒るおっかない面もある。今までの彼女を思い出してしまうが、振り払うように首を横に振った。

 

「そんなことないでしょ。怒られる理由が無いし。えっと……ポップアップだったっけ、これ?」

 

 ハンターVGの画面には、大きくて四角いタッチパネルが表示されており、ルナの顔が表示されている。有事に合わせて、必要な操作が自動表示されるこの機能を「ポップアップ」というらしい。

 今は「通話に出る」というパネルを選択した。ハンターVGから電波粒子が射出され、長方形のパネルを形どった。エアディスプレイと呼ばれるものだ。

 そこにルナの顔が映る。ドリルのような金髪縦ロールに、蛇のような吊り上がった目。だが顔立ちは可愛らしい。青い服を着た彼女はスバルを見るやいなや、待ってましたとばかりに勢いよく口を開いた。

 

『おっそーい! 電話に出るのが遅いわよ!! そしてあなた今どこにいるのよ!?』

 

 慌てて耳を塞いだ。

 

「やっぱりドヤされちまったな」

「な、なんて理不尽……」

 

 スバルのぼやきが聞こえなかったのか、無視したのか、ルナは勝手に話を進める。

 

『授業が終わるなりすぐに飛び出していくんですから。大事な話があるから、すぐに売店に来なさい。良いわね?』

 

 はいもいいえもYesもNoも言う暇もなく決定された。たじろぐスバルに、エアディスプレイがずいっと詰め寄った。ルナの顔が鼻先にまで近づいた。

 

『す・ぐ・に・よ?』

「……はい」

『よろしい』

 

 一方的に会話がきられて、エアディスプレイが閉じた。彼女が決めたことに逆らう権利など、スバルにはない。

 

「しかたない、行こうか」

「おうおう、尻に敷かれてんな」

「言わないでよ」

 

 ウォーロックをハンターVGに戻し、エレベーターの前に立つ。扉が開くと中に人がいた。眼鏡をかけた大人しそうな少年と目が合った。

 この出会いが新たな物語の幕開けになるとは、スバルは思いもよらなかったことだろう。

 




○星河スバル
 コダマ小学校5年生。A組。
 身長145cm。
 つい誰かの手助けをしてしまう優しい人。成績は優秀でクラスでは3番目の成績。運動神経も良くて学年でも上位(羨ましいです)
 趣味は天体観測と機械いじり。
 好きなスポーツは野球。
 好きな歌手は響ミソラ。
 嫌いな食べ物は人参とグリンピース。
 宇宙飛行士で科学者のお父さんと、美人で料理上手なお母さんが自慢。
 額のビジライザーと、首から下げている流星型のペンダントは、お父さんの遺品らしい。本人は生きていると主張している(僕も信じていますけれど)
 実は地球の危機を2度救ったロックマン。
 皆のヒーロー。ロックマンは誰にも負けません。
 将来の夢は宇宙飛行士。

○ウォーロック
 スバルくんの相棒。
 電波の体を持った宇宙人……AM星人。ただし、生まれと育ちは兄弟星のFM星らしい。
 FM星王、ケフェウスが地球への侵略を行った際に、地球に亡命してきた元FM星軍所属の軍人。
 スバルくんと出会って、FM星人たちと戦って地球を救ったもう一人のヒーロー。
 最初はAM星を滅ぼされた復讐を果たすつもりだったらしいけれど、今はケフェウス王とも和解して、スバルくんのウィザードとして暮らしている。
 好きな物はバトルと刑事ドラマ。
 趣味は戦うこと。
 嫌いな物は暇な時間。
 歌には興味ないらしい。
 スバルくんと違って喧嘩っ早い乱暴者ですけれど、良い人だと思う。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第3話.電波ウイルスとバトルカード

 エレベーターに乗ろうとして鉢合わせてしまった相手に、スバルは軽く頭を下げて一歩退いた。

 

「あ、すいません」

「いえ、こちらこそ失礼します」

 

 自分よりも少しだけ背が高い少年だった。多分年上……6年生だろう。眼鏡と少し大きな白衣が印象的だった。

 彼の後ろには少年と少女が一人ずつ。スバルより小柄なので、4年生くらいだろうか。

 彼らは3人がかりで何か大きな物が載った台車を慎重に引いていく。

 

「揺らさないように……傾けても駄目だよ。重いから」

「「はい、ぶちょー!」」

 

 コトコトと音を立てながら、ゆっくりと進んでいく3人。ウォーロックはハンターVGの中から、彼らの奇妙な行動を窺っていた。

 

『何やってんだ?』

「あの人たち見たことある。確か科学部の人たちだよ」

『科学部? だからか。お前好きそうだもんな』

 

 ウォーロックの指摘通り、スバルは科学部たちの行動を興味深そうに観察していた。

 3人は台車から緑色の円柱状の物を取り出すと、それを床に置いた。そしてハンターVGを取り出してエアディスプレイを展開した。

 

「噴射口に損傷無し。ノズル角度機構……異常なし。重心のずれもありません、ぶちょー!」

「風速は微風。気温は良好。上空に横断する物体無し。打ち上げに最適な環境です、ぶちょー!」

「エネルギー制御システム異常なし。こっちも大丈夫だよ」

 

 女の子が告げると、もう一人の男の子が続けた。部長と呼ばれた眼鏡の少年がエアディスプレイを閉じると、2人も閉じた。

 

「さて2人とも。本日の科学部の活動内容は、小型試作機型ロケットの打ち上げ実験だ。これまで3回連続で期待値以内に納めることができた。今回も同様の結果を出したい」

「了解です!」

「必ず成功させましょう!」

 

 ちゃんとした部活だなとスバルは彼らの行動を見て感心していた。あの大きさだと風の影響を大きく受ける。噴射口や重心のずれなどもっての他だ。あちこちに細かい傷がついている小型ロケットは、彼らの今までの努力を物語っていた。

 ぶちょーと呼ばれた少年は、部員たちの意思確認を行うと眼鏡をかけ直した。穏やかな目だが、そこには強い意志が見えた。

 

「では、早速実験を開……」

 

 それは突然のことだった。屋上菜園に備え付けられていたスプリンクラーが突然異音を発したのだ。スバルも含めた4人がそれに気をとられた。視線が集まったのを見計らったかのように、スプリンクラーは大量の水を噴射しながら、激しく回転し始めた。

 

「うわ故障!?」

『スバル、ビジライザーだ!』

 

 スバルがビジライザーをかけると、電波世界が見えるようになった。スプリンクラーの周囲にヘルメットを被った電波ウイルスがいた。ツルハシをこれでもかとひっきりなしに振り下ろしている。

 

「電波ウイルスの仕業だ!」

 

 スバルは科学部に向かって叫んだ。眼鏡部長と目が合った。

 

「2人とも、止めて!」

「「ラジャー!」」

 

 指示を受けた部員2人はスプリンクラーに駆け寄ると、ハンターVGと共にカードを取り出した。

 

「バトルカード、キャノン!」

 

 カードをハンターVGに読み込ませ、先端をスプリンクラーに向ける。

 ビジライザーをかけているスバルには全てが見えていた。対ウイルス攻撃プログラムが組み込まれたカードを、彼らのハンターVGが読み取る。すると先端に白くて四角い大砲のような物が召喚された。そこから大口径の弾が打ち出され、電波ウイルスを粉々に打ち砕いたのだ。

 ちなみに、ビジライザーをつけていない彼らには、電波ウイルスはもちろん、白い大砲も見えてはいない。

 

「やった!」

『どうやら、本当に性能が向上しているらしいな』

 

 ウイルスバスティングを行いやすくするためのOSだと育田先生は言っていた。あの程度の弱い電波ウイルスならば、誰にでも倒せるようになったらしい。

 電波ウイルスの消滅と同時に、スプリンクラーの回転は段々と遅くなっていき、水も少なくなっていった。

 

「終わったみたいだね」

『いや、まだだ!』

 

 ウォーロックが言うと、落ち着き始めていたスプリンクラーがまた暴走を始めた。いやさっきよりも悪い。水の量が桁違いだ。それは近くにいた2人の科学部に尻もちをつかせ、とうとう小型ロケットにまで手を伸ばした。

 

「さ、させない!」

 

 部長の行動に迷いは無かった。小型ロケットに覆いかぶさり身を盾にしたのだ。強烈な水が部長の背中に襲い掛かる。

 

「ぶちょー!」

「こ、この! バトルカード、ソード! エアスプレッド!」

 

 女部員が悲鳴を上げて、男部員がハンターVGのタッチパネルをタップしていく。ハンターVGはタップの数だけバトルカードを読み取り、スプリンクラーに向かって放っていく。だがスプリンクラーは加速度的に勢いを増していく。

 その惨事から少し離れたところで、スバルは冷静に状況を見ていた。

 

「ロック、これって……」

『ああそうだ。電波ウイルスのやつら、あのスプリンクラーの電脳にまで入り込んでやがる』

 

 それではどうしようもない。ハンターVGのおかげでウイルスバスティングが手軽になったとはいえど、所詮は素人の対処法だ。システムの根幹である電脳にまで侵食されれば、専門家たちの力でしか解決できない。

 この状況を前にしてスバルがとる行動は一つだ。

 

「ロック、行こう! 電脳空間に行って、ウイルスを退治するよ」

『そう来ると思っていたぜ』

 

 スバルとウォーロックが融合した姿、ロックマン。電波の体を持ったあの姿なら、電脳空間に直接乗り込むことができる。電波ウイルスを倒して、スプリンクラーの暴走を止めることなど朝飯前だ。

 それだけの力を持っているのに、困っている人を見過ごすなどスバルにはできない。盲目的に人助けに走ってしまう少年であることを、ウォーロックはよく理解していた。

 

『ほら、行こうぜ』

「うん!」

 

 スバルはハンターVGを頭上に掲げると、いつもの言葉を口にした。

 

「電波変換 星河スバル オン・エア!」

 

 融合するときの合言葉だ。ハンターVGから青い電波粒子があふれ出し、スバルを包み込み、一瞬後にはロックマンへと変身する。

 はずだった。

 

「……あれ?」

 

 何も反応が無い。ハンターVGの中からはウォーロックの『……ん?』という声が聞こえた。

 

「ロック?」

『いや、おかしいな。なんでだ?』

 

 ハンターVGの画面を見てみると、ウォーロックが首を傾げながら、近くのプログラムファイルの中を覗き込んでいた。どうやらプログラムのチェックをしているらしい。

 

「こんなこと今まで……OSがハンターVGに書き換えられたからかな?」

『そうとしか考えられねえな』

「昨日は普通にできたしね。困ったな、どうし……」

 

 ピロンという音が鳴った。ウォーロックの頭上から一通のメールが落ちて来たのだ。動じることなく受け止めるウォーロック。

 

「こんな時にメール?」

『タイミングが悪いな。後に……』

 

 ウォーロックがそれを放り捨てようとした時だった。メールがウォーロックの手から飛び出し、勝手に開いたのだ。

 

「え、ロック?」

『お、俺は触ってねえぞ? いや、触ったけれど開いてねえ!』

 

 彼の抗議空しく、メールの中身がハンターVG内にぶちまけられた。ウォーロックの姿を隠すようにメッセージウインドウが開き、自動音声と共に文章が刻み込まれていく。

 

―― 電波変換を確認……     ――

―― サテラポリスにアクセス…… ――

―― 認証中……         ――

 

 その一文を見て、スバルは驚愕に目を見開いた。

 

「さ、サテラポリスだって!?」




○電波ウイルス
 電波社会のお邪魔虫データ。電波に繋がっている機械に悪さをする。自動販売機が壊れたりする小さな事故から、車や飛行機が暴走するような大きな事件まで引き起こす。
 意志があるのか無いのかよく分からないけれど、群れて行動したりはする。
 元はFM星が地球を侵略するために送り込んできた電波兵士(地球風にいうと生物兵器?)
 だが地球の電波環境の影響や、電波ウイルスを改造して悪いことをしようとする人たちもいて、種類と被害は増加の一途を辿っている。

○バトルカード
 電波ウイルスに対抗する攻撃プログラム。ハンターVGに読み込ませることで、誰でも手軽に電波ウイルスを駆除することができる。
 様々な電波ウイルスに対抗できるようにするため、多種多様なバトルカードが世に出回っている。ほとんどが破壊された電波ウイルスのプログラムをサルベージ、及び編集したものであり、その電波ウイルスの特徴を捉えた物になっている。
 このため広く普及されている反面、まだまだ分かっていないことも多い。
 その最たる例が、最近報告されたギャラクシーアドバンスという現象である。

○ギャラクシーアドバンス
 複数のバトルカードがプログラム連動することによって起きる現象。攻撃性能が飛躍的に向上したり、その性質が変化したりするらしい。詳しい事は分かっていない。



 参照.マロ辞典より抜粋


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第4話.認証?トランスコード

 4月10日はシドウの日、おめでとうございます!
 いや、一日遅いってね……。

 この小説で出てくるのはいつかって?
 ……もう少し先かな……。


 サテラポリス。文字通り警察だ。その規模は強大で、ニホン国のみならず、世界一の大国アメロッパや、シャーロ、アジーナ、アッフリクと主な国々にも支部を置いている。世界中の事件を取り締まっている電波警察……いや、世界警察と言っても過言ではない。

 その治安組織からメールが送られてきたのだ。一介の小学5年生でしかないスバルのハンターVGにだ。

 

「ちょ、え? 何これ!?」

 

―― 電波変換を確認……     ――

―― サテラポリスにアクセス…… ――

―― 認証中……         ――

 

 もう一度同じ音声が繰り返されると、表記が変わった。

 

―― 認証完了…… ――

 

「何が認証されたの? な、なんかこれ、まずくない!?」

『な、なにも悪いことしてねえぞ俺ら!?』

 

 厳密に言うと、地球に不法入星している異星人がハンターVGに住み着いているので、無実とは言い難い。

 慌てる彼らを他所に、自動音声は勝手に物事を進めていく。

 

―― 星河スバルことロックマンを     ――

―― 電波変換ID「003」に登録……   ――

―― IDカードの発行終了         ――

―― 認証コードは「シューティングスター」 ――

 

 電子音が鳴り、「CODE VERIFIED」という表記が浮かび上がる。続いて、ハンターVGの画面いっぱいに大きな銀色のカードが表示された。

 右側にはロックマンの横顔が載っており、左側には黄色いマーク……上部が重なった三つの輪に、中央には十字星のエンブレム。間違いなくサテラポリスのものだ。

 

―― 電波変換の際は       ――

―― 認証コードの送信を要求する ――

 

 プツリとという音と主に、自動音声は無言になった。メッセージウインドウも閉じられ、ウォーロックの手には開封済みとなったメールだけが残った。

 

「……003? シューティングスター? な、何だったの?」

『いまいち事態が飲み込めねえが、サテラポリスに登録された……ということか? ……このメール、削除できねえぞ?』

「保護されているみたいだね」

 

 一体何が起きているのだろうか。だが一つだけ問題は解消された。

 

「ロック、試してみようよ、この認証コードっていうの」

『そうだな。細かい事考えてもしかたねえ。さっさと行くか』

 

 こうしている間も、科学部は暴走スプリンクラーと格闘中だ。早く助けに行ってあげたい。

 スバルは改めてハンターVGを掲げると、認証コードに書かれている言葉を読み上げた。

 

「トランスコード! シューティングスターロックマン!!」

 

 ハンターVGから電波粒子が発生し、スバルを包み込んだ。1秒にも満たないこの時間で、スバルはロックマンへと変身していた。青い服と装甲、頭にはヘルメットと赤いバイザー。そして左手には腕と一体化した銃。ハンターVGが連結されているのが大きな特徴だ。

 

「……あれ?」

 

 スバルは慌てて左腕を持ち上げた。ハンターVGと同化した銃のデザインが凄くカッコいい。のだが、無い。いつもここにあったウォーロックの顔が無くなっているのだ。

 

「ろ、ロック!? どこに……」

「ここに居るぜ」

 

 スバルの体から青い電波が飛び出し、ウォーロックへと変わった。

 

「あ、あれ?」

 

 スバルは左手とウォーロックを交互に見た。顔だけになって動けなくなる代わりに、口からエネルギー弾を放ったり、バトルカードを読み込んでくれたのが今までのウォーロックだ。

 だが今はどうだろう。電波変換する前と変わらない、いつものウォーロックが隣にいる。

 

「OSがハンターVGに書き換えられた影響だろうよ。どうやら、電波変換中もこの姿でいられるようになったらしい」

 

 ウォーロックが見るからに獰猛な爪を振り回して見せた。

 

「これならお前の戦いを援護することができるな。思いっきり暴れられるぜ!」

「っていうか、僕の体も少し変わってない?」

 

 肩や足の装甲に白い線が入っているように見える。前に比べると少々おしゃれな格好になったかもしれない。

 

「まあ細かいことは気にすんな。それよりも電波ウイルスだろ」

「そうだね、急ごう!」

 

 スバルとウォーロック……ロックマンは跳躍して、屋上からウェーブロードへと飛び移った。折れ曲がったオレンジ色の道の先には、今も部長に特大シャワーを浴びせているスプリンクラーがあった。

 ウェーブロードを駆けてスプリンクラーの側にやってくると、ロックマンは右手をそれに向けた。

 

「ウェーブイン!」

 

 ロックマンの体がスプリンクラーへと吸い込まれる。そして一面の景色が変わっていた。そこは水色の空間だった。一面が水色で、あるかどうかもあやふやな壁には、水滴が振りまかれる様が、繰り返し映し出されていた。そして四角くて、学校の運動場よりも広そうな足場が一つ。ロックマンはそこに着地した。

 

「いつ来ても変わったところだよね、電脳空間って」

「そうだな。現実世界と比べたら変わったところだろうな」

 

 四角い足場はなにも平坦なわけではない。電線や水道が一面に張り巡らされている。これはプログラムだ。全てスプリンクラーの機能を支えているプログラムだ。

 そんな大事なプログラムに、一所懸命にツルハシを振り下ろしている奴らがいた。例のヘルメットの電波ウイルスたちだ。5体もいる。

 

「よし、さっさと終わらせよう!」

 

 ロックマンは左手を前にかざした。銃口に緑色のエネルギーが凝縮されていく。

 

「俺がいなくてもできるか?」

「大丈夫だと思うけれど、練習!」

 

 いつもはウォーロックがやってくれていた仕事だ。感覚を思い出して、十分にエネルギーが溜まったところで、電波ウイルスの一体に放った。

 

「ロックバスター!」

 

 緑色の光弾は高速で直進し、ウイルスを的確に撃ち抜いた。ウイルスは「メット~」と叫びながら霧散していく。

 これで残りのウイルスたちもロックマンの存在に気づいた。ツルハシを掲げ、甲しかない足を小刻みに動かして近づいてくる。

 

「バトルカード……どんな感じかな?」

 

 左手に意識を集中させた。ハンターVGに登録しておいたバトルカードの情報が、スバルの頭に入ってくる。キャノンのカードを使おうと考えたとき、ロックマンの左手に変化が起きた。

 ロックバスターの形が崩れ、瞬きをする間も無く、白くて四角い大砲へと変わった。先ほど科学部が使っていた物と、まったく同じ物がそこにあった。

 

「バトルカード、キャノン!」

 

 ドカンという音と共に大口径の弾丸が発射され、ウイルスの一体を木っ端微塵にした。

 

「どうだ?」

「凄い! 物凄く使いやすいよ!」

 

 元々はスバルがバトルカードを選んで、ウォーロックがそれを食べるという面倒な作業をしていた。

 端末の改良によってその手間は省けるようになったが、ウォーロックに使いたいカードを指示するという手順は残っていた。

 だがこのハンターVGはどうだろう。ウォーロックへの負担を完全に無くし、スバルが考えただけでカードの力を引き出せるようになったのだ。

 

「よし、次は俺の番だな!」

 

 ウォーロックは近づいてきていた2体のウイルスに向かって、自慢の爪を大きく横に振った。

 

「ビーストスイング!」

 

 5本の太い爪が、ウイルスを6つに切断した。計12個の物体は床に落ちる前に塵となって消滅した。

 

「どうだ見たか!?」

「うん、凄い威力……!」

 

 そう言いながら、スバルはソードというバトルカードを使用していた。左手と一体化する形状で、色は薄緑だ。それを振り下ろしてウイルスを一刀両断した。

 スバルだってこのように接近戦はできる。だがウォーロックの爪は、並みのバトルカードを凌駕する威力があった。これからは傍らでその爪を振るってくれるというのだ。これ以上に頼もしい力があるだろうか。

 そうしている間に、水道管の形をしたプログラムの陰から、ヒョコヒョコと新たな電波ウイルスが出てきた。今度はヘルメットをかぶった奴らだけではない。鳥のような奴、炎の拳を纏った奴、くるくると回っているペンギンに、両手が電気の槍となったロボットのようなウイルス……。

 

「おいおい、より取り見取りじゃねえか。こりゃ暴れがいがあるってもんだ」

「ハハハ……僕は早く終わらせたいんだけれど……うん、練習にはちょうどいいか」

 

 せっかく素晴らしい力が手に入ったのだ。この機会に体に慣らしてしまおう。四方から襲い来る電波ウイルスの群れに、スバルとウォーロックは背中合わせになって迎え撃った。




○ウェーブロード
 電波で構成された、電波が通る道である。これらが世界中に張り巡らされたことにより、人は有線ネットワークから更に一歩前進することに成功した。
 優先ネットワークは、拡張の度に工事を行わなくてはならないが、電波ネットワークは半無限に広げていくことが可能だからである。
 電波人間を始めとする電波生命体にとっては、空に架けられたもう一つの道であり、あらゆる機械に入り込むための入り口でもある。

○電脳空間
 機械のシステムを司る空間。人間でも理解しやすいように、視覚情報化の処理が施されており、それぞれの機械を象徴する風景をしている。
 例えば車の場合、プログラムがハンドルやタイヤといった姿となって配置されている。冷蔵庫ならば床のあちこちが凍り付いていたりしている。古い機械の場合、プログラムが破損した影響で、床に穴が空いていることすらある。

○電波変換
 電波生命体であるFM星人、およびAM星人が、地球人と融合することである。彼ら異星人が発するZ波を応用したものであり、地球人を電波情報に書き換え、自身と融合する。
 これは彼ら異星人が、地球では本来の力を出せないという弱点を補強するための行為である。
 地球人に一方的に取り付いて操ることもできるらしいが、地球人との相性や了承なども問題になってくるらしい。
 詳しい事はまだほとんど分かっていないのが現実である。

○ゼット波
 電波生命体であるFM星人、およびAM星人の体から発せられている、特殊な周波数を持つ電波である。
 これを物体に浴びせると、電波化することが判明している。
 この効果は人間の体にも作用することが判明しており、彼らはこの力で地球人と融合……電波変換を行う。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第5話.オタクは惹かれ合う

 マナブのキャラがなかなか掴めず、めちゃくちゃ書きづらいです…。


「おうらあ!」

 

 ウォーロックのビーストスイングが、刀を持ったウイルスを切り裂いた。

 

「これで全部だね」

 

 今のが最後の一体だ。スバルは残りがいないことを確認し、この電脳世界で最も大きな物体……ハンドルに近付いた。全長はロックマンの2倍はありそうだ。中枢プログラムとみて間違いないだろう。

 異常が無いことを確認してからそれを回す。閉まっていく音が鳴り、やがて力を加えても動かなくなった。これでスプリンクラーの散水は止まったはずだ。

 

「これでよしっと」

「あ~、大したことねえウイルスたちだったな。暴れ足りねえぜ」

「そう? 良い練習になったと思うけど」

「練習にもならねえよ」

 

 喧嘩好きとしては歯ごたえが無さ過ぎたらしい。その不完全燃焼はスバルへの意地悪として形を変えた。

 

「そうだスバル。あの科学部とかいう連中に正体を明かしたらどうだ? 僕がスプリンクラーを止めたロックマンです! ってよ」

 

 スバルの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 

「や、止めてよ恥ずかしい!」

 

 スバルは世界の危機を3度救ったヒーローだ。だがそんな彼にも弱点はある。その一つが人前に出ることが苦手という性分だ。

 

「今まで何度も世界中に姿を見せてきただろうが。今さら恥ずかしがるなって」

「無理!」

「ったく、しゃいなヒーローもいたもんだぜ」

 

 首を全力で横に振るスバルをからかうように笑うと、ウォーロックは天井を指さした。

 

「ほら、ウェーブアウトするぞ」

「あ、そうだね。じゃあ……ウェーブアウト!」

 

 スバルは意識を電脳世界の外へと向ける。するとロックマンの体が青い電波となって、外へと飛び立っていった。

 

 

 電脳の外に出て、ウェーブロードに足をつける。屋上を見ると、スプリンクラーは無事に止まっていた。近くにはびしょ濡れになった科学部たちがいる。屋上の昇降口の影に隠れて電波変換を解くと、彼らに駆け寄った。

 

「あの、大丈夫でしたか?」

 

 と声をかけたが、改めて彼らの悲惨さが目に入った。髪と服はもちろんのこと、ズボンからも水が滴っている。靴の中には水が溜まっているようだ。

 

「やあ、さっきの」

 

 ぶちょーと呼ばれていた眼鏡の少年は穏やかな笑みを浮かべ、水浸しの眼鏡をクイッと上げた。

 

「一時はどうなるかと思ったけれど、スプリンクラーは無事に止まったよ」

「凄い水浸しですね……」

「うん。でもいいんだ。小型ロケットが無事だったから」

 

 ぶちょーは自慢げにロケットを見せた。科学部3人と異なり水の一滴すらついていない。

 

『いや、良いのかよそれで……』

 

 ウォーロックの突込みは的を得ていた。ロケットよりも自分の体の方が大事だろう。だが彼の相棒は違った。

 

「身を挺してロケットを守るだなんて……科学者の鏡ですね!」

 

 こっちも超ハイレベルの変人オタクであると言うことを忘れていた。キラキラと目を輝かせている彼に、ぶちょーは満面の笑みになった。

 

「分かるかい、僕たちの気持ち?」

「もちろんですよ」

 

 部長は嬉しそうに右手を差し出してきたが、びしょ濡れであることに気づいて引っ込めようとした。スバルは顔色一つ変えずに、水だらけの手を掴んだ。

 

「僕は星河スバル。5年生です」

「星河……? あ、僕は木野マナブ。6年生だよ」

 

 会って数秒で固い握手。オタクとオタクが惹かれ合うのに時間はいらないらしい。

 だが体は別だった。マナブがクシュンとくしゃみをした。

 

「部長さん、このままだと風邪をひきますよ?」

「そうだね。これじゃあレゾンどころじゃない。2人とも、今日の実験は中止。部室に戻るよ」

「「了解です、ぶちょー!」」

「それでは失礼」

 

 彼らは慣れた手つきで、かつ慎重に小型ロケットを回収して去っていった。

 エレベーターが静かに降りていくのをスバルとウォーロックは見送った。

 

「科学部か……あんな凄い人たちがいただなんて……」

『お前、顔は狭いからな……』

 

 大人しくて目立つのが苦手なことに加えて、3年間も登校拒否をしていたのがスバルだ。残念ながら校内での交友関係はさほど広くはない。

 

『……ところで、スバル。お前何か大事な用事を忘れてねえか?』

「え、なにかあったっけ?」

『……はぁ……ちょうど来たぜ、メール』

 

 ハンターVGを開くと、ウォーロックがメールの中身を広げた。読むというよりかは見た瞬間、スバルの全身から血の気が退いた。

 

「委員長に呼び出されていたの、忘れてたあああああ!!」

 

 

 コダマタウン。緑豊かな住宅街で、川にはメダカが住んでいる。町の特徴らしいものと言えば、コダマ小学校とその裏山にある展望台。そして公園くらいなものだろう。

 その公園を歩いている少年がいた。黒い逆立った髪と、鋭く吊り上がった目。木の側にある機械にハンターVGを翳した。エアディスプレイが開き「樹木健康管理装置」と表示された。それの下に表示されたボタンをタップしていく。

 数分後にエアディスプレイを閉じて、近くにいる女性に声をかけた。長い髪を、横へ広げるように結っている。

 

「姉ちゃん、この機械にもウイルスは居なかった。そっちはどうだ?」

「ようやく見つけたわ。けれど予想通り、とても弱いわ。この町のウイルス脅威度は最低ランク……というところかしら」

 

 紫色の服を来た女性は表情一つ変えることなく答えた。呆れているのか冷たいのか、我が姉ながら時々読めないと少年は思う。

 

「つくづく平和な町だな……ちっ、ムカつくぜ」

 

 公園の外を見れば、下校中の子供たち……少年と同じくらいの年頃だろう。呑気で馬鹿な顔がずらりと並んでいる。

 

「あいつらは知らねえんだろうな……」

「これがこの国なのよ……」

 

 女性は懐から一枚のカードを取り出した。いやトランプだ。裏面にスペードのマークが描かれている。だが表は毒々しい色をしており、どこか不気味さを感じさせる。

 

「実験も兼ねて、強い力を持ったウィザードにこれを使ってみろと言われているけれど、相応しいウィザードが見つからないわね。強いウイルスが湧くポイントがあれば、そこで見つけられるかと思ったのだけれど……」

 

 姉の呟きに、少年は不機嫌さに任せて石ころを蹴飛ばした。

 

「なあ姉ちゃん。やっぱりさっさとやっちまおうぜ。戦闘データをとるとか、まどろっこしいんだよ!」

「計画に逆らうことはしない。任務を……いえ、私たちの目的を忘れたの?」

 

 姉の言葉に少年は黙った。

 女性は先ほどのトランプをしまうと、別のトランプを取り出した。

 

「こっちの弱いノイズドカードを使って、小さい実験から開始するわよ。と言ってもこの町はそこまで人が多くないから、ウィザードの数もたかが知れているわ」

「じゃあ人が多い場所を選べばいいんだな?」

「ええ、ホテルに戻って休んだら、場所の選定をしましょう。実験は明日にするわよ」

 

 女性が歩き出すと、少年もついていく。ふと立ち止まって、ここからでも見えるコダマ小学校を睨みつけた。あそこに自分と同じ歳ぐらいの子供たちが集まって、毎日を楽しく暮らしているらしい。

 

「気に食わねえ……」

 

 そしてこれを守っているのがロックマンだというのなら。

 

「俺たちがぶっ倒してやる……邪魔なんだよ、お前は……」

 

 悪態をつくと、姉を追いかけて走り出した。




○コダマタウン
 TKシティにある住宅街。自然豊かで川が綺麗。コダマ小学校と公園と展望台以外には特に何もないけれど、平和な町。
 町の外れには天地研究所などもある。最近はスピカモールというショッピングモールができた。
 主な公共交通手段はバス。最近はウェーブライナーが主流。

○TKシティ
 ニホン国の都市の名前。ヤシブタウン、ロッポンドーヒルズ、ドリームアイランドなどの町が含まれている。
 主な観光名所はTKタワー。

○ブラザー
 今の世界で最も大切なもの。心から信頼できる親友のことをブラザーと呼ぶ。ブラザーと認め合った二人は、互いのハンターVGにブラザーとして登録しあう。これを「ブラザーバンドを結ぶ」と言う。
 開発者はスバルくんのお父さん、星河大吾博士。
 20XX年に光熱斗博士が提唱した「ココロネットワーク」を元に開発されたらしい。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第6話.レゾン

 お待たせしました。ついに彼らが本格的に登場します!


 エレベータに矢のごとく突進し、一階に降りてからは売店に向かって全力疾走。そんなスバルを待っていたのは恐怖の時間だった。

 

「おっそおおおおおおおおい!!」

 

 売店前に設けられた飲食スペースに、白金ルナの怒号が響き渡った。スバルのみならず、ルナの背後に控えている子分2人も縮こまった。

 

「すぐにって言ったわよね、私?」

「は、はい……」

「なんでこんなに遅れたのかしら!?」

 

 一方的に呼び出しておいて、遅れたら怒鳴る。なんという理不尽だろう。だがそれを受け入れなければならないのがスバルの立場である。

 そんな覇王たるルナは完全なるお冠モードになっていた。金髪の縦ロールが、紫色のオーラによって天に向かって逆立っている。

 スバルの中で警報が鳴りだした。それを察したのは分からないが、ルナの背後にいた子分2人のうち、大きい方が怯え切った顔で語り掛けてきた。

 

「スバル、委員長を怒らせたお前が悪い」

 

 そして小柄な方もそれに続いた。

 

「見てのとおりご立腹です。さあさあ謝罪を……」

 

 大きい方の名前は牛島(うしじま)ゴン太。いつも食べることを考えている食いしん坊だ。

 小柄な方が最小院(さいしょういん)キザマロ。スバルに負けず劣らずの知識オタクだ。

 この大中小と並ぶ3人組は、いつもスバルと一緒にいる友人であり、ブラザーだ。そしてスバルの正体がロックマンであることを知っている数少ない人物である。

 ルナがリードし、ゴン太とキザマロとスバルがついていく。これがこの4人の関係だ。だがこのリーダーであるルナには、少々ややこしい部分がある。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ルナの超ド迫力なお怒りオーラを前にして、地球を3度救ったヒーローは震える声で頭を下げた。こうなると急にしおれるのがルナである。

 

「ちょ、あ、あんまりションボリしないでよ。私が悪者みたいじゃない!」

 

 悪者でないのなら何なのだろうという話である。

 

「ま、まあ言い訳ぐらいは聞いてあげてもいいけれど」

「じ、実は……」

 

 ロックマンになってスプリンクラーを修理したことを説明した。すると下に降りていたルナの縦ロールが、また重力に逆らって浮き上がった。

 

「ロックマン()になっていたですって?」

「は、はい……」

「なんでそのまま来なかったのよ!?」

「いや、そんなこと言われても……」

 

 ややこしい問題とはこのことである。ルナは過去、ロックマンに何度か助けてもらったことがある。その経験から彼をヒーローと呼称し、様づけするほど焦がれていたのだ。

 その正体が星河スバルだと知った現在は、複雑な気持ちを抱えてしまっている。

 

「い、一応言っておくけれど、私はロックマン様のファンであって、あなたとウォーロックのファンではないのよ。まったく、なんでロックマン様はあんなに素敵でカッコいいのに、元のスバルくんはこんなに冴えないのかしら?」

「酷い言われようだ……」

 

 一応庇護しておくと、スバルの成績はクラスで3番目前後、運動ではほぼトップという万能っぷりである。

 

「それにあなたと融合するウォーロックだって、乱暴でがさつだし……」

『乱暴でがさつで悪かったな』

 

 ウォーロックが不満げにハンターVGから出てくる。突然ルナの顔から余裕が消えた。

 

「きゃああ! お、驚かすんじゃないわよ、ウォーロック!」

「相変わらず、委員長はウォーロックが苦手だね……」

「だ、だって、なんかその……怖いじゃない!?」

 

 どうもルナはウォーロックの見た目が怖いらしい。そのウォーロックはというと、ルナの反応が面白いようで「キシャー」と言いながら両手を上げて見せた。びくりとルナが後ずさる。どうやら昨晩、パニック物の映画でも見たらしい。

 涙目になっているルナを見かねたのだろう。ずっと黙っていたゴン太とキザマロが口を開いた。

 

「なあスバル、その辺にしておいてやってくれねえか?」

「委員長、結構辛そうですし……」

 

 ルナの腰巾着である2人の言うことは尤もだ。それにそろそろ本題に移りたい。とりあえずウォーロックをハンターVGへと戻した。

 

「ところで委員長。なんで僕を呼び出したの?」

 

 ロックマンのくだりで明後日の方向に飛んでいた話題を、元の路線に戻した。半泣きになっていたルナはコホンと咳払いをすると、いつもの高飛車な雰囲気に戻った。

 

「よくぞ聞いてくれたわね。ゴン太とキザマロもよく聞きなさい」

 

 男3人を並ばせるとルナは腰に手を当てた。それだけでどこか優雅さと頑固さが滲み出ている。

 ルナが先頭に立ち、男3人が子分として動く。いつものスバルたちの布陣ができ上がった。ボスのルナは3人の顔を見渡すと、ふんぞり返るように胸を張った。

 

「あなた達に集まってもらったのは他でもないわ。とっても大事なことを提案するわ」

 

 スバルは息を飲んだ。これだけ勿体ぶるということは、それだけ重大な事なのだろう。3人が沈黙する中、ルナは自分のハンターVGをとりだし、エアディスプレイを展開した。

 

「これよ」

 

 開いた画面の上部には、大きな文字で「レゾン」と書かれていた。スバルは察した。

 

「委員長、まさか……」

「その通り。私達もレゾンを作って、チームを組むわよ!」

 

 スバルとキザマロの目の色が変わった。拳を握りしめて、「おおお!?」と声を上げ始めた。

 

「ついに!」

「僕たちもレゾンを!」

「その通りよ!」

 

 興奮してついつい大きな声を出してしまうオタク2人。提案したルナも鼻を高くしている。

 そんな彼らと異なり、ゴン太とハンターVG内のウォーロックは首を傾げた。

 

『レゾンってなんだ?』

 

 ウォーロックたちからすると聞きなれない言葉だったらしい。

 

「レゾンって、美味いのか?」

「食べ物じゃないですよ」

 

 ゴン太の言葉を華麗に一蹴すると、キザマロは自分のハンターVGを取り出した。

 

「ブラウズ」

 

 キザマロの声に反応して、エアディスプレイが展開された。キザマロの手がそこに触れると、一冊の分厚い本が抜き出されるように召喚された。「検索、レゾン」と言うと、本はパラパラと自動でめくられ、あるページを開いた。

 

「僕のマロ辞典によりますと……レゾンとは目標のことです」

「目標? 例えば、牛丼を10杯食べるとか?」

「……ええ、それでも良いと思いますけれど……」

 

 付き合いが長いキザマロも、今のゴン太の発言には一瞬凍ったらしい。

 

「レゾンを掲げて、皆で共有して、その達成を目指す……と言うのが、現在流行っているんです。委員長もそう言いたかったのですよね?」

 

 キザマロがマロ辞典をエアディスプレイに押し込むと、それは電波粒子に戻って消滅した。

 

「その通りよ。事の重大さが分かったかしら?」

「おう、なんか楽しそうだな!」

 

 少し温度が違う気がしたが、スバルは流すことにした。

 

『その目標……レゾンだったか? それには何を掲げるんだ?』

「そんなの決まっているじゃない」

 

 ウォーロックの質問にルナはふんぞり返った。姿が見えていない限りは怖くないらしい。

 おおよその見当をつけていたが、今のでスバルは確信した。ルナはあれをレゾンにするつもりだ。

 

「あなた達、今日から2学期が始まるわけだけれど……大きなイベントがあるのは分かっているわよね?」

 

 スバルとキザマロは頷いたが、ゴン太はぼんやりと見当違いなことを口にした。

 

「修学旅行のことか? 俺美味いもん食いたいな……」

「結局そこですか、ゴン太くん……」

 

 ゴン太に構っていると、なんでもかんでも食べ物の話題にシフトしてしまう。ルナは小さく手を横に振った。

 

「それも大事なイベントよね。たしか来月だし。でも、それ以上に大切なイベントが私達にはあるでしょう?」

 

 頭上に牛丼を浮かべているゴン太に構うことなく、ルナはスバルを指さした。

 

「さあ答えなさい、スバルくん」

 

 待ってましたと言わんばかりに、スバルは言い当てて見せた。

 

「それはもちろん……生徒会選挙だよね!?」

「その通りよ!」

 

 やっぱりそうだった。ゴン太もようやく理解したらしい。

 生徒会選挙。5年生の中から次の生徒会長を選ぶ選挙。それが数ヵ月後に行われるのだ。

 これはスバルたちにとって最も大事なイベントである。なぜなら、その生徒会長に立候補する者がいるのだから。

 そう、目の前の少女である。

 

「あなたたち、喜びなさい。この白金ルナが生徒会長になる時が来たのよ!」

「「「おおお!!」」」

 

 今度はゴン太も一緒になって飛び上がって喜んだ。

 

「ついにこの時が来たのですね!?」

「委員長が生徒会長になったら、きっとコダマ小学校はもっと良くなるよ」

「ウオオオオ! 応援するぜ委員長!!」

「当然よ。オホホホホホ!」

 

 調子に乗ったルナはエアディスプレイを頭上に展開し、桜を舞い散らせた。これも電波で構成された偽物である。そこでポーズを決めれば子分3人は大盛り上がりだ。ウォーロックだけが乗りについていけず、苦い顔で静観していた。

 ルナが生徒会長になると言い出すのは今に始まったことではない。少なくとも、スバルがルナたちと関わるようになった今年の4月からずっとだ。

 

「と言う訳で私たち達は『白金ルナを生徒会長にする』というレゾンを掲げて、共有するわよ。異存は?」

「「「ありません!」」」

「よろしい!」

 

 こうして4人のレゾン作りが始まった。

 ルナはレゾンのページに必要事項を書き込んでいく。目標の欄に『白金ルナを生徒会長にする』と書き込んだ。その上にあるチーム名にはまだ何も書かれていない。

 

「僕、レゾンって初めてなんだけれど、チーム名が必要なんだね」

「ええ、レゾンを共有する仲間という意識を持つためにもね」

「名前か~」

 

 スバルは真っ先にへびつかい座の恒星の名前をいくつか思い浮かべた。どの星も素晴らしい響きの名前だが、ルナが気に入りそうなものは無かった。

 

「何が良いだろう?」

「牛丼チームとか?」

「こういう展開になると思って、もう決めてきているわ」

 

「無視かよ」というゴン太を無視して、スバルはルナに尋ねた。

 

「もう考えていただなんて、さすが委員長だよ」

「ええ、昨日何時間も……食事中も、お風呂の間も、寝るときも、ずっとずっと考えていたの。おかげで、最高に良い名前ができたわ!」

『……ほ~』

 

 興味なさげにウォーロックが呟いた。とりあえず牛丼チームよりかはマシだろう。

 

「どんなの?」

「フフフ……あなた達も気に入ると思うわ。その名も……」

 

 ルナは大きく深呼吸すると、その完成されたチーム名を口にした。

 

「ルナルナ団!」

 

 静寂がスバルたちを支配した。ゴン太ですら固まっていた。

 

「……なんて?」

「ルナルナ団! 素敵でしょう?」

 

 再び無音が場を支配した。売店の方から聞こえる「え~? うまい棒売り切れなの!?」という子供たちの声と、「ふぉっふぉっ、残念売り切れぢゃ! 男前のにーちゃんがぜ~んぶ買って行ったのぢゃ!」という売店のお婆ちゃんの声がやけに鮮明に聞き取れた。

 スバルたちはいっせいに背中を向けて、頭を寄せ合った。

 

「えっと……どう反応したら良い?」

「流石に俺もダサいと思うぞ……」

 

 牛丼チームなどと考えたゴン太ですらドン引きしていた。

 

「委員長のネーミングセンスが最悪なの、忘れていました……」

 

 知識人のキザマロに至っては、頭を掻きむしっている。

 

「前にもこんなことあったの?」

「はい、僕のペットの名前を考えてくれたことがあるのですが……ネコタロウ……でした」

『やめてやれよ。可愛そうだろ、その猫……』

「いえ、犬です」

『犬かよ!?』

 

 スバルは想像してみた。生徒会選挙で「ルナルナ団!」と名乗る自分たちを。恥ずかしくてまた登校拒否になりそうな気がした。

 

「どうしたのあなた達?」

 

 ビクリとスバルたちは飛び上がった。振り返るとどうだろう。先ほどまで威勢の良かったルナが悲しそうな目を向けていたのだ。この瞬間、3人の気持ちは一つになった。

 

「い、良いと思うよルナルナ団!」

「ええ、1周回ってシンプルで分かりやすいかと!」

「お、おう! なんか……その……い、言いやすいよな!」

 

 ここで別の案を出してもルナが悲しむだけだろう。この人についていく……というのは、鼻から決まっているのだ。

 

「そう!? やった、気に入ってもらえると思っていたのよ」

 

 3人の口から「は~」と息が漏れ出た。こうなれば恥という十字架を背負って、茨の中に飛び込むだけだ。

 そしてルナは高らかに宣言した。

 

「ルナルナ団。ここに結成よ!」

 

 文字通り火のごとく燃え上がるルナ。スバルたちは「オー!」と手を上げた。空元気だった。

 

 

 

―― レゾン結成 ――

 

―― チーム名:ルナルナ団 ――

―― レゾン :白金ルナを生徒会長にする ――




○白金ルナ
 コダマ小学校5年生。A組。学級委員長。僕たちのリーダー。
 怒ると怖いけれど、クラスの皆や、他のクラスの人も気にかける優しい人。
 成績は常にトップ。
 他にもピアノや「家族リッチ自慢コンテスト」とかでも優勝していて、たくさんのトロフィーを持っています。
 ロックマンの大ファンですが、スバルくんとウォーロックのことではないと本人は言っています。
 次期生徒会長になろうとしています。
 ネーミングセンスは悪いです。

○牛島ゴン太
 コダマ小学校5年生。A組。僕の親友。
 食べることが大好きで、最近は牛丼に夢中らしい。
 成績は常に最下位だけれど、力持ち。
 暴れん坊なイメージが強いけれど、本当は寂しがり屋で優しい人です。
 とりあえず、片づけをする癖は身に着けてほしいです……。
 僕と同じ、ミソラちゃんファンクラブのメンバーです。

○最小院キザマロ
 コダマ小学校5年生。A組。
 成績はスバルくんと同じくらいで、運動はからっきしです。
 身長も2cm誤魔化して120cmと言っています。身長のびのびセミナーに通っていますが、効果は出ません。
 誇れることが無いのがコンプレックスです。
 趣味は色々なことを知ることで、最近はそれをまとめたマロ辞典という物を作るのが楽しいです。
 宝物は、こんな僕を仲間に入れてくれるブラザーの皆……ゴン太くん、委員長、スバルくんたちです。
 ミソラちゃんファンクラブのメンバーです。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第7話.ウィザード

 ハンターVGの液晶画面には、ルナルナ団と書かれたオレンジ色の枠が表示された。

 

「これでレゾンを共有したことになるのか……初めてだから、なんだかドキドキするな……」

 

 パネルをタップすると、チーム名とレゾンの内容、そして参加者の顔と名前が表示された。リーダーにはルナが、その後ろにスバルたちが並んでいる。

 

「じゃあ皆、早速活動を開始するわよ」

 

 とルナは宣言したが、ここで呑気なゴン太が手を上げた。

 

「でもよ、委員長で決まりじゃね? 委員長に勝てる他の候補なんていねえだろ?」

 

 これにはスバルも同意したい。このコダマ小学校において、ルナほどリーダーが似合う人をスバルは知らない。だが選挙とはそんな生温いものではない。

 

「そうやって胡坐をかいていると負けるわよ。他の立候補者たちが一生懸命に活動をしているのに、自分は怠けてなんにもしない。そんな人を皆が選ぶと思う?」

「それもそう……か?」

 

 ゴン太はあまり分かっていないらしい。とりあえず活動をしなくてはならないということは理解してくれただろう。

 

「で、実際のところ支持率はどうなっているの?」

 

 尋ねながらスバルはキザマロを見た。眼鏡がキュピーンと光った気がした。

 

「フフフ、僕のウィザードの出番ですね」

 

 ハンターVGを取り出して、自分の隣に先端を向けた。

 

「ペディア、ウィザード・オン!」

 

 緑色の電波粒子と共に、一体の電波体が召喚された。角ばった体に、緑と黄の塗装。頭は開いた辞書のように横に広がっている。

 

「キザマロくんに呼ばれて飛び出た! 僕ペディア! 計算ならお任せあれ!」

 

 ペディアは両手を頭に当てて見せた。この頭脳に任せろと言いたいらしい。彼を隣に、キザマロは小さい体で胸を張って見せた。

 

「ペディアがいれば、あらゆるデータから統計を取り、数値化できます。これで委員長の支持率も大よそですが把握できますよ」

「なんかよく分からねえけれど、すげえな……」

 

 ゴン太は羨ましそうに言うと、口を尖らせた。

 

「良いよな、キザマロとスバルは。ウィザードを持っててよ……」

 

 ゴン太に釣られて廊下を見ると、何人かの生徒たちがそのウィザードを連れている様子がうかがえた。

 ウィザード。最近、急速に普及している電波体だ。

 電波技術の目覚ましい発展と共にその用途は複雑化し、管理が難しくなっていた。

 そんな折に開発されたのがウィザードだ。常に人の傍らにあり、ハンターVGの機能と連動し、機械の管理や操作を代行する。一人につき一体持つのが当たり前になるだろうと言われている、人類の新しいパートナー。それがウィザードだ。

 スバルには、ウィザードが開発される前からいた相棒のウォーロックがいる。キザマロにはペディアがいる。

 だがルナとゴン太にはまだいないというのが現状だ。

 

「そのうち私達にもピッタリのウィザードが手に入るわよ」

「そうだと良いけれど……」

 

 話もそこそこに、ルナはキザマロとペディアを見た。

 

「さてと、キザマロのペディアは情報処理が専門だったかしら?」

「そうだよ。大量のデータベースに一度にアクセスして、地球上のあらゆるランキングやパーセンテージを算出することができるんだ。僕に弾きだせない数値はない!」

「頼もしいわね。じゃあ早速、私の支持率を出してちょうだい」

「了解!」

 

 ペディアがそう答えた直後のことだった。

 

「算出完了!」

「はええ!?」

 

 ゴン太に同感だった。時間にして1秒もかかってない。

 

「コダマ小学校の生徒たちの会話記録などから算出。現状の支持率は5%」

「……ごっ!?」

 

 今度はスバルが驚きの声を上げた。

 

「え、低すぎない?」

「おかしいだろ、委員長がこんなに低いだなんて……」

 

 オロオロとしだすスバルとゴン太。そこに落ち着いた声が入った。

 

「いいえ、こんな物だと思うわ」

 

 ルナだった。当事者だというのに、2人と異なって落ち着いていた。

 

「キザマロ」

「はい。ペディア、支持者無しの割合はどれくらいです?」

「もう出してるよ。実に92%だね」

「あ~、そういうことか……」

 

 そもそもの話、生徒会選挙に興味を持っている生徒がもの凄く少ないのだ。今の彼等の興味と言えば、明日からの授業と、久々に会えた友人との会話や、来月の修学旅行と言ったところだろう。

 

「じゃあ、5%ってむしろ多い方じゃ……」

 

 残る3%は他の立候補者達の合計支持率となる。ルナが頭一つリードしているというところだろう。

 

「これで分かったと思うけれど……」

 

 3人を見渡すように、ゆっくりと首を動かした。

 

「この92%を少しでも取り込んだ人がこの選挙に勝てるわ。じっとなんてしていられない。すぐに行動を開始するわよ!」

「おう!」

 

 ゴン太が力強く答えた。そしてまたすぐに首を傾げた。

 

「って言っても、何をするんだ?」

 

 予想していたのだろう。ルナは動じることなく答えた。

 

「困っている生徒や、悩んでいる生徒を見つけて、助けるのよ。生徒の問題を解決するのも生徒会長の仕事ですもの」

 

 ご機嫌取りと言えば聞こえは悪いだろうが、それをしないような人はまず生徒会長には選ばれない。やらない善よりやる偽善だ。もっとも、ルナの場合は完全なる善意からだろうが。

 

「ペディア、すぐに困っている人の数を統計できます?」

「そうだね。困っているの定義にもよるけれど……バイタルが不調の人の統計を算出。うん、一定数いるね。もしかしたら困っているのかも。もちろん内容までは分からないけれど」

 

 ペディアはキザマロのハンターVGからエアディスプレイを展開すると、学校の地図を映し出した。

 

「バイタル不調の人の、現在地の割り出し完了。尋ねてみたらどうかな?」

『す、すげえな……』

 

 スバルのハンターVGからウォーロックが呟いた。ちょっとした捜査官である。

 

「じゃあ皆、手分けしてあたるわよ」

 

 そしてルナの号令がかかる。

 

「ルナルナ団、活動開始よ!」

 

 やっぱりこの名前だけはどうにかならないものだろうか。

 

 

 コダマ小学校の屋上にスバルはいた。ハンターVGにカードを読み込ませ、エアディスプレイのパネルをタップしていく。

 彼らの側には3人の生徒がいた。ペディアが見つけた、困っている生徒たちだ。

 

「準備完了。じゃあ行くよ!」

 

 スバルがハンターVGをタップして最後の操作を終える。するとどうだろ。屋上に植えられている一本の樹木が、一瞬で桜へと変わったのだから。

 

「うわあ、綺麗~!」

 

 3人のうち、真ん中に立っていた少女が、桜を見上げて手を叩いた。そんな彼女に、残る2人の少年が声をかける。

 

「マドカちゃん、今日誕生日でしょ?」

「だからさ、ハッピー・バースデー!」

「こいじくん、カタルくん……ありがとう! 最高の誕生日だよ!」

 

 そんな3人のやり取りを、スバルは少し離れたところで見守っていた。

 スバルが解決したのは誕生日プレゼントについての問題だった。先ほどの少年2人……こいじくんとカタルくんが、友人のマドカちゃんに誕生日プレゼントを用意したいと思っていた……という内容だった。

 

「このリアルウェーブの木を使って、季節外れの桜をか……素敵なプレゼントだな……」

 

 先ほどまで緑色だった木は、今は見事な桜に変わり、花びらを舞い散らしている。

 

『スバル、そのリアルウェーブってのは何だ?』

「文字通り、リアルな電波だよ」

 

 スバルが鼻息を荒くした。「あ、しまった」というウォーロックの声が聞こえた気がした。

 

「ウォーロックも知ってると思うけれど、AM星人と違って、地球人には電波が見えない。けれど技術の進歩によって、見えて、触れる電波が開発された。それがマテリアルウェーブ。そしてそれを更に改良して、細かい部分までリアルに再現できるようになったのが、このリアルウェーブさ!」

「……へ~」

 

 オタク特有の一人語りが始まってしまった。スバルはこうなると長いのだ。「ウォーロックたちウィザードもリアルウェーブだよね。他にもウェーブライナーって電車ができて……」と語っている時だった。

 

「おめでとう」

 

 後ろから声が聞こえてきた。振り返ると、ルナが優雅な足取りで近づいてくるところだった。

 

「素敵なお誕生日ね。私からもおめでとうと言わせてもらうわ」

「は、はい……」

 

 マドカちゃんたち3人は不思議そうな顔をしていた。

 

「あ、あの……」

「どちら様で……?」

 

 こいじくんとカタルくんが尋ねると、ルナは自慢の縦ロールをかきあげた。

 

「白金ルナ……そこにいるスバルくんと共に、ルナルナ団と言うレゾンを立ち上げている者よ」

「ルナルナ団?」

 

 3人の目が一斉にスバルを見た。痛い。凄く痛い。

 

「私、今度の生徒会選挙に立候補する気でいるの」

「あ……はい」

 

 それだけで3人は理解したらしく、顔を見合わせた。

 

「僕たちにこんなに協力してくれたんです」

「そんな人が生徒会長になったら、きっと素敵な学校になると思う」

「私達3人、ぜひとも白金さんに投票させていただきます」

「本当!? 嬉しいわ、ありがとう」

 

 一瞬だけ本音が出ると、また優雅な態度に戻った。

 

「それでは長居するのもあれなので。ごきげんよう……」

 

 そうしてルナは去っていった。

 

「なあ、スバル……」

 

 ウォーロックが顔だけをハンターVGから出した。

 

「なに?」

「良いとこ取りされたが、良いのか?」

「……まあ、良いんじゃない?」

 

 とりあえず3票手に入ったのだ。おそらくこれで良いのだろう。

 後は同じように人助けをして、票を一つでも多く獲得するだけだ。

 

「おっと、メールだぜ」

 

 ウォーロックがハンターVGに戻り、メールを開いた。キザマロからのメールで、困っている人がいるから来てほしいという内容だった。行き先にスバルの目が留まった。

 

「科学部?」

 

 屋上で会ったばかりのマナブ部長の顔が目に浮かんだ。




○星河大吾
 WAXAの前身、NAXAの宇宙飛行士にして科学者。
 20XX年に光熱斗博士が提唱した「ココロネットワーク」を元に、ブラザー理論を構築。その研究の正しさは現在のブラザーシステムの普及率が証明している。
 宇宙飛行士としてFM星人とのコンタクトをとる任務に就く。その後交信が途絶。現在は殉職として登録されている。
 妻に星河あかね。子息には星河スバルがいる。

○キズナプロジェクト
 FM星人とのコンタクトを取ることを目的としたプロジェクト。
 地球人類が初めて観測した宇宙人と、友好的な関係を築くことを目的とした。
 宇宙ステーション「キズナ」をFM星に向かわせ、通信を試みるという方法をとった。
 プロジェクトの総責任者は、うつかりしげぞうチーフ。
 船長は星河大吾。
 クルーはスティーブを初めとする数名によって構成された。
 地球近辺で建造された「キズナ」は、無事にFM星へ向けて旅立った。
 その後交信が途絶された。
 最後に得た情報はFM星人の危険性を示唆するものであった。これにより、うつかりチーフはプロジェクトの凍結を宣言。まだ生き残っていた可能性はあったが、星河大吾以下クルー全員の殉職を発表した。
 3年後にキズナの破片が地球の海に落下。クルーの生存を期待したが、無人であった。
 キズナクルーは現在も全員殉職扱いである。

○ココロネットワーク
 20XX年に提唱されたネットワーク理論。
 光正博士と、アルバート・W・ワイリー博士が原型を構築。
 アルバート・W・リーガル博士が犯罪に利用。
 光祐一朗博士がその危険性を解いた。
 その後、光熱斗博士が有用性を発表した。
 星河大吾はこれを元にブラザーバンドを構築したらしい。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第8話.ロケット開発

 コダマ小学校の2階の突き当り。そこに科学部の部室はあった。

 

「失礼します」

 

 3回ノックしてから中に入ったとたん、眩いばかりの光が目を射した。

 

「うわあ……」

 

 真っ先に目に入ったのは、ロケットだった。と言っても見上げるような巨大な物ではなく、せいぜい高さ3、4メートルほどだ。

 それに数秒ほど目を奪われてから辺りを見る。部屋の隅にはモニターが取りつけられており、様々な蝶が映し出されていく。どうやら標本らしい。

 その下には円筒状のケースがあり、何かを保存しているようだ。

 隣には化学薬品を混ぜた試験管が並んでおり、色とりどりの薬品が中で泡を立てている。「実験中。触らないように」と書かれている。

 部屋の一番奥にある巨大な電子パネル……ブラックボードを見るとロケットの細かい設計図が描かれていた。

 ロケットにケーブルで繋がれている高性能そうなパソコン。その隣にはなぜか人体模型が置かれている。

 そしてそれの頭上には横に長いモニターがあり、「とばすぞ! ロケット」という文字が表示されていた。

 

「楽園だ……」

 

 床に置いてある設計図を踏まないように歩みを進めると、聞き覚えのある声が近づいてきた。

 

 

「君ならそう言ってくれると思ったよ、スバルくん」

「あ、ぶちょーさん」

 

 先ほど屋上で会った、科学部部長の木野マナブだった。眼鏡の下にある目は、同士を得た喜びで輝いていた。服はもうとっくに乾いている。

 

「ここが楽園じゃないんだったら、なんなんだって話ですよ」

『いや、科学部だろ?』

 

 ウォーロックの正論に、スバルは大きなため息を吐いた。

 

「もう~、ロックは分かってないな~、ロマンってやつが」

「まあまあスバルくん。世の中、僕らみたいなオタクばかりではないから」

「流石部長さん、心が広いな~」

 

 言葉を交わした時間はごく短いというのに、この息の合いようである。

 ウォーロックと同じくらいめんどくさそうな顔をしたルナとゴン太がスバルたちの横に立っていた。キザマロだけは2人の会話に入りたそうにウズウズしている。

 

「部長さん、僕たち全員揃っ……」

「キザマロ、ルナルナ団よ」

「……ルナルナ団、勢ぞろいしました。改めて説明をいただいても?」

「ああ、そうだね」

 

 マナブは数歩後ろに下がって、待機していた科学部2人の前に立った。

 

「では、改めまして……科学部の部長、木野マナブです」

「ポン太です!」

「リカです!」

 

 屋上にいた2人だ。マナブが比較的落ち着いているのに比べて、どこか騒々しそうで声が大きい。

 続いてルナたちが自己紹介を行うと、早速本題に入った。

 

「さて木野部長さん」

「マナブで良いよ」

「え、いやだって6年生……」

 

 ルナたちは5年生だ。年上相手に名前呼びは少々抵抗がある。

 

「良いよ、気にしないで。それでも抵抗があるなら、部長で構わないよ」

 

 気さくだとは思っていたが、スバルが想像していた以上だった。スバルよりたった一つ年上なだけなのに、とても大人びた印象を受ける。

 

「……では部長さん?」

「はい」

「そちらの相談内容についてですが、改めて確認させていただきます……」

 

 ルナとマナブが会話をすると、まるで大人が仕事を受注しているようなやり取りにみえた。

 そんなルナの手は、この部屋の中央にドンと構えているロケットに向けられた。

 

「あちらのロケットを飛ばす手伝いをしてほしい……でよろしいかしら?」

「え、このロケットを!?」

 

 スバルは思わず大きな声を出してしまった。

 

「嬉しいでしょう、スバルくんは宇宙が好きですものね」

「うん、大好きだよ!」

 

 スバルはうっとりとロケットに触れそうになり、慌てて手を止めた。他人の作品に不用意に触れるなど、オタク失格だ。

 

「このロケット、どこまで完成してるんですか?」

「実は、もうほぼ完成しているんです」

「そうなんですか!?」

 

 これにはキザマロとゴン太も歓喜の声を上げた。

 

「す、凄い……! たった3人でロケットを造るだなんて!」

「じ、じゃあ、これもう、宇宙に飛べるのか!?」

 

 今にも自分が宇宙へと飛び上がっていきそうなゴン太。それとは対照的に、マナブは沈んだ顔で首を振った。

 

「いえ、飛べないんです」

「え?」

 

 ロケットなのに宇宙を飛べない。どういうことだろうか。スバルたちの疑問を読み取ったのだろう。マナブはゆっくりとした口調で説明を始めた。

 

「このロケットはほぼ完成しているのですが、ある部品だけが足りないんです」

「部品?」

「はい、ギガエナジーカードという物なんですが……」

「ギガエナジーカード?」

 

 聞いたことが無い名前だ。キザマロを見るが、彼も知らないようだった。

 マナブが説明をしようとした時だった。

 

『そこからはオイラたちが説明するッス!』

『完璧に説明して見せるッチ!』

 

 マナブの携帯端末から声がした。

 

「じゃあ、任せようかな。マグネッツ、コイル、よろしく」

 

 マナブは端末をかざすと「ウィザード・オン!」とパネルをタップした。すると端末から白い電波粒子が生まれ、2体のウィザードが召喚された。

 

「ウイッス! オイラ、マグネッツていうッス!」

「僕、弟のコイルですッチ!」

 

 両者とも白くて角ばったボディが特徴のウィザードだった。兄弟と言うだけあってデザインは同じだ。異なっているのは頭のラインと、サングラスのような目の色だけだった。

 マグネッツのラインは赤で、額に『M』と書かれている。目は黄色い。

 コイルのは緑色で、額の文字は『C』。目は青い。 

 

「おおおすげえ! 1人でウィザードを2体も持ってるのかよ!?」

「凄いだろう。2人とも優秀なウィザードなんだよ」

 

 ゴン太の興奮を見て、マナブは嬉しそうに眼鏡の中央を中指で押し上げた。眼鏡が一瞬だけ白く光った。

 

「じゃあマグネッツ、コイル。説明をお願いするよ」

「ウイッス! じゃあ説明するッス!」

 

 持ち主のマナブと違い、随分とテンションの高いウィザードたちだ。科学部で唯一大人しいのが部長1人とは、なんともアンバランスな構成メンバーなのだろう。

 マグネッツは踊るように回転しながら、スバルたちの前を飛び回る。

 

「このロケットが飛べない理由ッスけれど……単純に推進力が足りないんッス!」

「推進力?」

 

 ゴン太が頭上にハテナマークを浮かべた。するとコイルがブラックボードへと移動し、中に入っていった。ブラックボードに地球が表示された。

 

「地球には重力というものがあるッス。それに逆らって宇宙に飛び出すには、すごい勢いで空に向かって飛んでいく必要があるッス」

「おう、そうなのか!」

 

 ゴン太が納得した顔をした。たぶん理解してない。

 

「その推進力を得るために、ギガエナジーカードが必要なの?」

 

 ルナが尋ねると、マグネッツは頷いた。

 

「ウイッス! その通りッス。本当は今の燃料と、オイラの磁力で飛ばす予定だったんッス。けれど計算の結果、この重量を宇宙まで飛ばすのは無理だと分かったんッス!」

「本当はもっと軽量化するつもりだったんだけれど、思ったより重くなってしまってね……」

 

 マナブは心底残念そうな顔をした。

 

「これを軽量化するのは無理なんですか?」

 

 キザマロの質問に、マナブは首を横に振った。

 

「やろうと思えばできるよ。けれど、設計を一からやり直すことになる」

「そうなると、内部機構や積み込む装置の選定に……」

「電子基盤の作成やエネルギー回路の組み立て直し、打ち上げの実験も全部やり直しです!」

 

 ポン太とリカが大きく肩を落とした。

 

「お願いです。時間が無いんです!」

「部長の夢なんです!」

 

 その言葉で、スバルは察した。

 

「そっか、部長さんは6年生だから……」

「……うん、卒業までにはまず間に合わないね……」

 

 そんな大掛かりなことをもう一度最初から……絶対に間に合わないだろう。

 

「僕は宇宙が好きでね……将来は宇宙関連の仕事に就きたいんだ」

 

 マナブはスバルの隣に立ち、ロケットの表面を優しくなでた。

 

「このロケットに、マグネッツを乗せて宇宙に飛ばして、コイルと交信をさせる実験をしてみたかったんだ」

 

 そしてスバルに向き直った。いつもの大人しい雰囲気と異なり、目はキラキラと輝いていた。

 

「ワクワクしないかい? 自分が作ったロケットを宇宙に飛ばして、映像や写真を撮って……WAXAが撮った物ではない、他の衛星ではできない、僕の衛星からでしか見られない宇宙や地球の姿! 僕はやりたいんだ。絶対に!」

 

 そしてマナブはルナたちに振り返った。

 

「お願いです。ルナルナ団の皆さん。力をお借りすることはできないでしょうか!?」

「お願いするッス! オイラ宇宙に行きたいッス!」

「ボクも兄さんと交信したいッチ!」

 

 マナブ、マグネッツ、コイル。続いてポン太とリカが頭を下げた。

 だがそんなことをする必要はないのだ。ルナの答えなど、最初から決まっているのだから。

 

「分かりました。私達ルナルナ団、科学部のロケット打ち上げ計画を、全面的にプロデュースさせていただきます!」

 

 マナブたちの顔が一斉に上がった。歓喜に満ちた笑みで、マナブはルナの手を取った。

 

「ありがとうございます!」

 

 ゴン太とキザマロも、ポン太とリカの握手に応えた。スバルはマグネッツとコイルとだ。

 握手を終えると、ルナは早速と言わんばかりに口を開いた。

 

「では幾ら必要ですか?」

 

 ピシリという音が部屋全体に鳴り響いた。

 

「言われた金額をご用意……」

「ストーーーップ!!」

 

 キザマロが珍しく滅茶苦茶でかい声を出した。相棒のペディアも飛び出して来て、一緒になって手を振った。

 

「な、なにキザマロ? ペディアまで……」

 

 ルナがきょろきょろと周囲を見渡した。マナブですら衝撃で眼鏡がずれている。

 キザマロは手を前に突き出したまま、首を激しく横に振った。

 

「ダメ! ダメです委員長!」

「それ、賄賂になるよ!」

 

「あ」とルナが口を開いた。

 

「私費の投資はダメです。選挙活動はあくまでクリーンに!」

「そ、そうだったわね。ありがとう、キザマロ」

 

 危うく人の道を外すところだった。

 必死に頭を下げるルナに、マナブはまあまあと手で諫めた。

 

「ところで部長さん」

 

 ここは誰かが空気を換えるところだろう。スバルはそっと話題をふってフォローをいれた。

 

「ギガエナジーカードっていうのは、どこで手に入るんですか?」

 

 スバルが尋ねると、マナブは今までで一番難しい顔をした。

 

「それが、一般には出回っていない代物なんだ。内包されているエネルギーが膨大で、危険だから。サテラポリスとかでは普通に使われているらしいんだけれど……」

「サテラポリス……」

 

 世界最高最強の治安組織。そこに「小学生の部活で使うので譲ってください」というのは通らないだろう。

 

「現状の入手確率は1%……いや、それ以下かな?」

「絶望的ですね……」

 

 ペディアが叩きだした数値はとても現実的で、残酷だった。

 

「何か手は無いかな……」

 

 正直言って、ルナルナ団の……いや、小学生の手に余る事案だ。

 スバルは手を貸してくれそうな人がいないか思い出してみた。

 父の後輩で、天地研究所所長の天地(あまち)さん。それとその助手の宇田海(うたがい)さんだろうか。2人とも、スバルの正体がロックマンであることを知っていながら、黙ってくれている善人だ。彼らなら融通してくれるかもしれない。

 そう思った時、スバルのハンターVGが着信を告げた。

 

「ロック?」

『おう、担任の育田からメールだ』

 

 スバルがホーム画面を見ると「着信」というポップアップが映し出されていた。触れるとメールが開いた。

 

「えっと……僕に客?」

「あら、珍しいわね」

「玄関で待ち合わせか……。委員長」

 

 尋ねるまでも無く、ルナは承諾してくれた。

 

「良いわ、行きましょう。私達も作戦を練る必要があるようだし、今日のところは……」

 

 ルナが視線を送ると、マナブは頷いた。

 

「はい、それではお願いします」

 

 科学部たちに頭を下げて、スバルたちは部室を後にした。

 

「……あれ。なんで委員長たちまで?」

 

 ようやく違和感に気づいた。スバルの客であって、ルナたちの客ではない。

 

「どんな人か興味あるじゃない」

 

 良いのかな……と言う言葉をスバルは飲み込んだ。




○FM星人
 地球が初めて観測した異星人。地球人と異なり、電波の体を持っている。知能は地球人と同レベル。
 基本的に他人を信じない傾向があるらしい。
 現在はケフェウス星王によって治められており、AM星と地球との融和政策が進んでいるらしい。

○AM星人
 FM星の兄弟星の住人達。基本的にはFM星人と同じだが、細部で異なる部分があるらしい。
 FM星からの攻撃を受け、壊滅した。
 現在はFM星王ケフェウスの改心と償いの元、復興が進んでいるらしい。

○FM星人の侵略
 地球がFM星人によって侵略されかけた戦争。
 地球人類初の宇宙戦争である。
 FM星王ケフェウスからの一方的な宣戦布告と共に、強力なFM星軍の兵士たちが地球に投下され、各地で戦火が上がった。
 だが半日後に彼らは地球から撤退。FM星王ケフェウスからは謝罪と宣戦布告を撤回するメッセージが届き、終結した。
 ロックマンという者がケフェウスを倒し、改心させたのだという。
 サテラポリスとNAXA(WAXAの前身)はロックマンなる者を把握しておらず、確認も取れなかった。
 未だに確たる情報はつかめていない。
 電波変換の確認に成功。ロックマンの正体は判明した。

○FM星王ケフェウス
 FM星の王。地球に向かって宣戦布告し、侵略を行った。ロックマンに敗れた後、改心したようで、丁寧な謝罪文の受信を確認済み。AM星なるものの復興についても書かれていた。
 しかし、記載にあったロックマンについては現在も把握できていない。
 電波変換の確認に成功。ロックマンの正体は判明した。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第9話.来客

皆さん、お待たせしました!
ついにあの大人気キャラが登場します!


 コダマ小学校の玄関。ここの特徴と言えば、初代校長先生の銅像と、たくさん並べられたトロフィーという名の過去の栄光だろう。ちなみに夜になると銅像の髭が伸び、トロフィーが一つ増えるらしい。

 両方とも学校の七不思議らしいが、よくもまあこんな狭いところに7分の2も押し込んだものである。

 待ち合わせ場所はトロフィー置き場だ。ここにスバルの客人が来るらしい。だがスバルたちを待っていたのは無人の空間だった。

 

「ここだよね、ロック?」

『ああ、間違いねえ』

 

 ウォーロックが再度メールを開いて見せた。コダマ小学校の玄関にあるトロフィー置き場。やっぱり間違いないし、ここしかない。

 ルナたちも周囲を見渡した時だった。

 

「ああ、こっちだ」

 

 男性の声がスバルたちに投げられた。玄関近くにある売店から一人の青年が歩み寄ってくるところだった。

 白い上着と、藍色のズボン。青と紺が混ざったような髪。眉は太く、そして凛々しい目が特徴的だった。年齢は20手前といったところだろうか。すらっとしたその体系もあり、スバルは思わず見とれてまった。

 そんなカッコいいお兄さんはスバルたちの前に立つと、持っていた鞄に手を突っ込み、何かを取り出した。

 

「うまい棒食べるかい?」

 

 キリッとした目で、歯を爽やかに光らせ、五指の間に一本ずつ……スバルたちの人数分のうまい棒が挟まっていた。

「あ、残念な人だ」とスバルたちの思いが一致した。ただ1人を除いては。

 

「うまい棒! 食う食う!」

 

 ゴン太だけが満面の笑みで受け取っていた。

 

「お、君も好きみたいだな」

「おう。すげえよな。うまいのに一本10ゼニーだなんて」

「分かる。ついついたくさん買っちゃうよ」

 

 たぶん大人買いと言うものなのだろう。

 

「あの、あなたが僕に用事がある人ですよね。どちら様でしょうか?」

 

 天国にいるような顔でほお張っているゴン太を他所に、スバルは尋ねた。男もゴン太に負けじと、うまい棒をサクサクサクと吸い込むように完食した。

 

「ああ、俺は(あかつき)シドウ。好物はうまい棒だ。この前空港で買って以来、はまっちゃってね」

 

 そう言って鞄の中身を見せた。うまい棒がぎっしりと納まっていた。

 

「……はい」

 

 初対面の自己紹介でうまい棒の山を見せられたとき、どんな反応をするのが正解なのだろうか。きっと誰も知らない。

 反応に困っているスバルに構うことなく、暁シドウと名乗った男は爽やかな笑顔で尋ねてきた。

 

「君は星河スバルで間違いないな?」

「え!? どうして僕の名前を……」

「ハハハ、すでに調査済みさ。名前はもちろん、ロックマンのこともね」

 

 この時のスバルの反応は仕方のない事だったのだろう。一瞬でポケットの中にあるハンターVGへと手を伸ばし、片足を後ろへと引いた。右手は胸より少し下で、軽く拳を握る。肩に力が入っていないのが重要で、上下左右へと柔軟に素早く動かせる。攻撃を捌くことも、踏み込んで攻撃に移ることもできる、攻防に長けた姿勢だ。

 

「その反応……どうやら俺の調査は間違っていなかったみたいだな」

 

 スバルだけでなく、ルナもキザマロも、呑気なゴン太までも口を閉ざしていた。皆の思いは確かめるまでもなかった。4つの警戒の目を受けながらも、暁シドウと名乗った男は明るい笑みを崩さなかった。

 

「そう警戒することは無い。俺は敵じゃないよ」

 

 そんなことを言われて「はいそうですか」とは言えない。両眼は暁シドウを睨んだまま動かず、ハンターVGと共に汗が握られる。

 

『スバル、そう身構えるな。ここで戦いにはならねえよ』

「……ロック?」

 

 意外な言葉だった。こういう時、相手を信用しないのがウォーロックだ。そんな彼がスバルを諫めたのだ。

 

「どういうこと?」

 

 尋ねた直後にしまったと思った。謎の男が目の前にいるのに、ウォーロックに話しかけてしまった。

 

『気にするな。こいつは俺の存在にも気づいてるだろうよ』

「ああ、知っているとも。AM星人のウォーロックだろう?」

『そこまで調べていたのか』

 

 ウォーロックはFM星人ではなく、その兄弟星のAM星人だ。FM星人については地球人に広く知られているが、AM星人の方はそうでもない。それにも関わらず、暁はウォーロックの情報を正確に掴んでいた。

 

「……ロック、戦いにはならないって?」

『ああ。俺が敵の立場なら、のこのこと敵の目の前に出て来て、お前の正体を知っているなんて言わねえ。わざわざ呼び出したってんなら、不意打ちで息の根を止めるか、何も知らないふりをして騙すか……のどちらかだ。ロックマン様の実力を知っているなら、尚更な』

 

 そしてこう付け加えた。

 

『俺たちを利用しよう腹だろ?』

「早く要件を言ってほしいということか? まあ、すぐに信用して欲しいっていうのは無理のある話か」

 

 動じることもなく、暁シドウはまた鞄からうまい棒を取り出した。飽きないのだろうか。

 

「単刀直入に言おう。明日、俺と戦って欲しい」

「結局戦うんですか。でも明日?」

『今じゃダメなのか?』

 

 ウォーロックがスバルの気持ちを代弁してくれた。警戒心むき出しのウォーロックの態度に、暁シドウはその笑みを少したりとも崩すことは無かった。

 

「駄目。明日だ。場所はスピカモール」

「最近できたショッピングモールね。おしゃれな服やアクセサリーのお店も多いとか」

 

 流石おしゃれに気をつかうルナだ。すでにチェックしていた。

 

「その通り。実は明日、そこで大会が開かれるんだ」

 

 暁はハンターVGを取り出し、エアディスプレイを展開した。ウィザードが激しく戦っている映像が映った。上には「ウェーブバトル大会」と大きな文字で書かれている。これはポスターだ。

 

「見てのとおり、バトルウィザードを集めたトーナメント戦なんだ。そこにロックマンが来たら、盛り上がるだろう?」

『それだけの理由か?』

「ああ。だって楽しいだろう?」

 

 スバルは何も反応を示さなかった。いや、この暁シドウという男を睨んでいた。

 わざわざ学校にまで来て、スバルを呼び出して、ロックマンだと突き止めているとまで宣言して、目的がただの大会への参加。あまりにも不自然だ。

 ただ大会に誘いたいだけなら、初めからこのポスターを見せればいいだけの話だ。ロックマンと戦いたいだけなのなら今からでも良い。楽しいと言うだけの理由で、わざわざここまでするとは思えない。

 そもそもこの男は何者なのだろう。スピカモールの営業職員とは思えない。そんな人にスバルの正体を突き止められるとはとうてい考えられない。

 

「スバルくん、そんな話乗る必要はありませんよ」

「キザマロの言う通りよ。怪しいわこの人!」

「俺もなんか駄目な気がする」

「酷い言われようだな……」

 

 シドウが心から悲しそうな顔をした。これは本心なのだろうか、演技なのだろうか。

 

「スバルくん、こんな人よりもギガエナジーカードよ。なんとかして手に入れないと……」

「ギガエナジーカード? なら俺が用意しよう」

 

 ルナの動きが止まった。いや、スバルたち全員のだ。4人は一斉に、そしてゆっくりと言葉の主を見た。

 

「今、なんて?」

 

 スバルの問いに、暁シドウはニッコリと笑みを見せた。一見すると、とても親切で優しいお兄さんだ。

 

「俺が用意するよ、ギガエナジーカード。必要なんだろう?」

「いえ、用意するって……一般人には手に入らないって……」

 

 しどろもどろとするルナに、暁シドウは白い歯を光らせた。

 

「それができちゃうんだな~。おっと、入手手段は話せないけどな。スバルくんには、大会に出てもらわなきゃならないし。俺に勝てたらあげるよ」

「勝てたら……ですか?」

「ああ。出るだけ出て、手抜きをされたらつまらないしね」

 

 スバルは歯噛みした。大会でこの男に勝てば、ギガエナジーカードという希少な物を贈呈してくれるという。すぐにでも飛びつきたい話だが、それは危険だ。

 この暁シドウ。何も自分のことを語っていない。正体は不明で実力も未知数。何が狙いなのかすらはっきりしていない。

 怪しい。怪しいしかない。

 うまい話には必ず裏がある。断るしかない。参加するなどという選択肢はありえない。

 

「参加しなさいスバルくん」

「ほえっ!?」

 

 今日一番デカい声だった。少々裏返っていた。

 

「決まりだな」

「いや、ちょ……」

 

 動揺するスバルの肩に、ゴン太とキザマロの手が置かれた。2人の目は座っていた。あ、これは思考停止したやつだ。諦めろと言う合図だ。

 

「じゃあ、明日スピカモールにて、ウェーブバトル大会で会おう。俺に勝てたらギガエナジーカードをプレゼントしよう。それじゃ」

 

 スバルの参加が決まるないなや、暁シドウはさっさと歩きだした。そしてスバルとすれ違う際、足を止めた。

 

「明日を楽しみにしているよ。スバル……いや、ロックマン」

 

 沈黙を貫くスバルに軽く笑うと、暁シドウはすたすたと去っていった。サクサクサクという音が小さくなっていく。

 

「歩きハンターVGならず、歩きうまい棒ですか……」

「良いなあ……」

「いや真似しないでくださいよゴン太くん。行儀悪い……」

 

 ゴン太とキザマロの後ろでは、スバルがルナに抗議をしていた。

 

「どういうこと委員長? 大会に参加しろなんて……」

「ギガエナジーカードが手に入るのよ? 断る理由なんてないでしょ。それとも、私が生徒会長になれなくていいっていうの?」

 

 それを言われるとなんの反論も許されない。黙るしかなかった。

 

「ロック、あの人をどう思う?」

 

 だがあの暁シドウが信頼できるかは別の話だ。今のところ怪しいとうまい棒以外に情報が無い。画面内のウォーロックは腕組みをしながら、明後日の方を見上げていた。

 

『似ているな』

 

 てっきり、気に食わないとか胡散臭いとか悪口を並べると思っていた。それだけに予想外な言葉だった。

 

「似てるって、何が?」

『あの暁ってやつ……お前に似ているなと思ってな』

 

 スバルは目を(しばたた)かせた。

 

「僕、あんなにかっこよくないよ」

『当たり前だろ。そこじゃねえよ。雰囲気と言うかこう……』

「……いや、自分で言っておいてなんだけれど……傷つくよ……」

「とりあえず……」

 

 ルナがパンと手を叩いた。

 

「明日はスピカモールに行くわよ?」

 

 そう、とにかく行くしかないのだ。

 ギガエナジーカードを手に入れるのもちろんだが、なぜ暁シドウがロックマンの正体を知っていたのか、あの男が何者なのか……それも明らかにしたい。

 全ては明日のスピカモールに行くしかないのだ。

 

「明日はウェーブライナーの駅前で集合。時間は……キザマロ」

「はい、大会開始時間と時刻表を見て、後でご連絡します」

「ええ、お願いするわ。じゃあ皆、今日は解散!」

 

 ルナの鶴の一声で今日は下校となった。スバルは3人と途中まで一緒に帰宅し、家路へとついた。




○ムー大陸の復活
 ドクター・オリヒメが起こした世界戦争。
 超古代文明、ムー大陸の技術を手に入れたオリヒメは、世界に対して降伏勧告を行い、人類の選別を行った。
 目的は「一つの強大な力が世界を支配すれば、争いは無くなる」という狂気にも似たものだった。
 ロックマンの手によって腹心のエンプティーを倒され、その野望は砕け散った。ムー大陸も再び海中へと沈んでいった。

○ムー大陸
 今は亡き古代文明。現代にも勝るとも劣らぬ技術力を有しており、大陸を空に飛ばしていた。オリヒメが研究していたマテリアルウェーブは、ムー大陸の技術を元に開発した物らしい。
 海底に沈んでいたが、オリヒメの手によって再び空に浮かぶ。
 ロックマンの手によって崩壊し、海の底で眠りについた。

○オーパーツ
 ムー大陸が残した古代遺産。
 ・大剣の形をしたベルセルク
 ・獣の頭部に似たダイナソー
 ・手裏剣の形をしたシノビ
 が確認されている。
 手にした電波体に強大な力を与える武器だったらしい。
 詳細はWAXAも把握していない。

○ドクター・オリヒメ
 先の世界戦争の首謀者であり、マテリアルウェーブ研究の第一人者。
 元は軍事大国「アマノガワ国」の女性研究者である。婚約者のヒコを戦争で失い、後に姿を消した。
 オーパーツを集め、ムー大陸を復活させ、その超技術をもって世界に宣戦布告をした。
 ロックマンに敗れた後は改心したのか、サテラポリスに出頭。現在はアメロッパ本部にて収監されいる。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第10話.マナブの夢

今回はオリジナル展開です。
マナブには、原作にはない設定を追加しております。


 ルナルナ団を結成した日の夜。夕飯も食べ終わってしばらくすると、スバルは外へ出た。夜空の下、見慣れた町並みを歩いていく。

 近くにある大きな公園の側を通り、中にある店を確認する。この前火事があった店だ。新しい室外機が置かれている。どうやら大事は無かったらしい。

 

「ロッポンドーヒルズとかは大分発展したけれど、この町はあまり変わらないね」

 

 ここは郊外なこともあり、あまり都市開発が行われることは無い。最近変わったことと言えば、案内所ができたことくらいだろう。

 その案内所が見えてきた。道の脇に灰色の装置が置かれている。その装置の前にはサラリーマン風の一人の男性がいた。

 

「もしもし、ちょっといいですか?」

 

 男性が装置に向かって話しかけると、台の上に電波体が召喚された。犬のような顔に、頭には青い帽子をかぶっている。

 

「ぼくコダマタロウくん! コダマタウンへようこそ! ……だわん!」

 

 このコダマタロウくんもウィザードだ。彼は道を尋ねられると、男性のハンターVGに目的地への道順データを送り、途中の道の特徴を細かに伝えている。

 

「電波世界は賑やかになったけれどね」

 

 ビジライザーをかければ空にはウェーブロードが見える。そこには灰色の体をしたデンパくんと、赤色の体をしたデンパちゃんたちが忙しそうに駆け回っていた。メールや画像、計算ファイルや測定結果など、電波でやり取りできる様々な情報を運ぶのが彼らの役目である。

 

『変わらねえっていや、お前もだよな』

「そんなに?」

『ああ。ほんと飽きねえよな、そのつまらねえ趣味』

「ロックも分からないかな、天体観測の面白さが」

 

 これからスバルは展望台に向かうのである。コダマ小学校の裏山にある寂れた場所で、一時間ほど星空を眺める予定である。

 

『分からねえよ。宇宙人の俺からしたら、町を散歩するのと大して変わらねえ。お前だって電波変換して、宇宙に行った事あるだろ?』

「それとこれとは別だよ。地球から見る宇宙って、また格別の面白さがあるんだよ」

『分からねえよ……』

 

 体を動かすのが好きなウォーロックからすれば、ほとんど止まっている星空を眺めることは暇でしかないのだろう。

 

『ったく、明日はあの暁てやつと戦うんだろ。早めに休めよ?』

「だからこそだよ……」

 

 先ほどまでとは打って変わって、スバルの目は闘士のものへと変わっていた。

 

「気が張っちゃって、少し眠れそうにないんだよ」

『そうか、お前なりの息抜きか』

 

 戦いの前に体調を整える。当たり前のことだ。星空でも見上げれば少しはリラックスできると考えたのだろう。

 学校の門が見えてきた。ここから少し離れたところに展望台へと繋がる階段がある。門の前を通り過ぎようとして、スバルは気づいた。門から校舎への間にある運動場。そこに誰かいる。

 思わず立ち止まると相手もこちらに気づいた。眼鏡をかけた大人しそうな顔つきに、スバルは軽く頭を下げた。

 

「あ、部長さん」

「スバルくんかい?」

 

 科学部部長の木野マナブだった。

 

「どうしたんだい、こんな時間に?」

「いや、こっちの台詞ですよ」

 

 マナブは校門に近付いてハンターVGをかざした。リアルウェーブでできた門が電波粒子となって消滅した。

 

「僕はあれ、打ち上げるとしたやっぱり運動場しかないよなって、下見をね」

 

 マナブが外に出ると、再びリアルウェーブの門が出来上がった。

 

「そんなことまで……」

「まあ、これは気晴らしみたいなものだよ。ギガエナジーカードが手に入らないと、結局打ち上げられないからね」

 

 マナブが肩を竦めた。笑おうとしているようだったが、その顔は疲れ切ったと訴えるようなものだった。

 スバルに一つの提案が生まれた。

 

「部長さん。今から展望台に行きませんか?」

「展望台?」

 

 マナブはここから少し離れたところにある階段を見た。展望台への入口だ。

 

「そう言えば、行った事なかったな」

「僕のお気に入りの場所なんです。良かったら、一緒に天体観測をしませんか?」

「いいね。気分や思考を切り替えるのに丁度いい」

 

 やっぱりこの人はスバルと同じ毛色の人物らしい。こうしてスバルの同行者にマナブが加わった。早く帰りたそうにしているのはウォーロックだけだった。

 

 

「良いなあ、ここ。学校の屋上とは全然違う、星が近くに感じる……」

「そうでしょう。気に入ってもらえると思ったんです」

 

 思った通り、マナブは展望台を気に入ってくれた。スバルも隣に並んで空を見上げた。

 

「よくここに来るのかい?」

「はい、そうなんです。コダマタウンで一番宇宙に近い場所ですから」

 

 それはつまり、大吾と最も近い場所に居られるということだ。夜空には、秋の正座を代表するアンドロメダ座があった。スバルは目を細める。

 

「ねえ、スバルくん」

「なんですか?」

「その……君の苗字って、星河で合ってたよね?」

 

 マナブの言い出し辛そうな顔を見て、スバルは意図を察した。

 

「そうです。僕の父さんは星河大吾です」

 

 やっぱりとマナブは頷いた。

 

「よく知っていましたね?」

「知ってるよ。僕ら宇宙好きの間ではヒーローみたいな人だから」

「そうですか……」

 

 父親が偉大な事くらいスバルはよく知っている。だがその名前を他人から語られるのは初めての経験だった。

 

「父さんは僕の憧れなんです……」

 

 スバルは夜空を仰いだ。今日は月の光が強めで、星の数はさほど多くはない。

 

「ブラザーの開発に、キズナクルーの船長……凄い人だものね」

「はい。父さんを探しに行くのが、僕の夢なんです」

「信じているんだね?」

「もちろんです」

 

 マナブは知る由もないが、星河大吾は今も宇宙を彷徨っている。ウォーロック曰く、ゼット派の力で電波の体となり、宇宙で迷子になっている。どこにあるのかも分からない地球を探してだ。

 そんな彼を迎えに行く。それがスバルの夢だ。

 

「驚いたな。僕と同じような夢を持っている人がいただなんて」

「部長さんも、やっぱり宇宙の仕事に?」

「うん、僕はね……」

 

 マナブは星空を見上げた。

 

「君のお父さんが乗った、宇宙ステーション『キズナ』。あれに憧れてさ……」

「部長さんが……?」

 

 素直に驚いた。同じ学校に、同じものを見ている人がいたことに。

 

「今はまだ通信できる装置をロケットで飛ばすことしかできない。けれど将来は、色々な星に向かってロケットを飛ばしてみたいんだ。なんなら『キズナ』みたいな宇宙ステーションを作る部品や機材を運ぶのも面白そうだし。なにより……」

 

 スッと、遠い空に向かって手を伸ばした。

 

「僕は宇宙と通信がしたいんだ」

「通信?」

 

 マナブは隣のスバルを見た。

 

「改めて考えてみると、通信って凄くないかい? 遠く離れている人と、こうして隣にいるように会話ができるんだ」

 

「……そうですね!」

 

 スバルはそれが持つ力の大さをよく理解している。宇宙で迷子になった時、ルナたちとのブラザーバンドがスバルを見つけてくれたのだ。

 

「自分で作ったロケットを宇宙の遠くへ飛ばして……まだ僕たち地球人が見たことのない映像や、乗り込んでいるウィザードとの通信……ワクワクしないかい?」

 

 するとハンターVGからマグネッツが出てきた。

 

「オイラも宇宙に行ってみたいッス! そしてマナブくんとコイルに、オイラがみた宇宙の光景とかを教えてあげたいッス!」

 

 続いてコイルがマナブを挟んでマグネッツの反対側に出てきた。

 

「その通信を受け取るのが僕の役割ですッチ!」

「ありがとう、2人とも」

 

 ウィザード2体に挟まれて夢を語るマナブ。スバルは自然とはにかんでいた。

 

「凄いな、部長さんは……」

「それほどでもないよ」

「いえ、凄いですよ本当に」

 

 自分の夢を持ち、具体的に思い描き、それに向かって全力で進む。そうそうできることではない。

 だからこそだろう。スバルは心に決めた。

 

 

「今日は誘ってくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ楽しかったです」

「それじゃあ」

 

 展望台を後にすると、マナブとマグネッツたちとは手を振って別れた。そしてスバルは帰路へとつく。走ってだ。

 

『おいおい、珍しく熱くなってるじゃねえか』

「なるよ、あんな話聞かされたら」

 

 自分と似たような夢を持ち、同じ人に憧れ、邁進している。そんなマナブを前にしたのだ。

 

「ロック!」

『なんだ?』

「明日、絶対に勝つよ!」

『おうよ!』

 

 決意を秘めて少年は走った。今日は明日に備えて、早く寝よう。




○デンパくんとデンパちゃん
 情報伝達を担う電波世界の住人。プログラムの一種である。
 丸みを帯びた形状をしており、手足は無い。デンパくんは灰色で、デンパちゃんは赤色。
 個体ごとに人格が設定されており、働き者も居れば迷子になるうっかり者や、仕事を覚えようと必死になっている新人もいる。これは設定されたプログラムの違いによる影響である。
 情報伝達に特化しているため、戦闘能力は無い。電波ウイルスに襲われるとひとたまりもないという弱点がある。

○ナビ
 電波世界の住人。デンパくんとは異なり、何かの作業に特化した者たちをさす。車の運転や機械の操作、学習の補佐など、多岐にわたる。
 200年前は1人1体のナビを持っていたらしい。その形が崩れて久しいが、人類は再びウィザードという新たなパートナーを得ることになった。
 デンパくんの発達とウィザードの登場により、彼らは役目を終えつつある。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第11話.スピカモールへ

チュートリアルはまだもう少し続いたりする……。


 ここはどこだろう。ふわふわとしていて気持ちいい。何も見えないのにとても明るい。真っ白な世界に自分はいる。

 

「……ね……さん」

 

 声が聞こえた。誰だろう、女性のものだ。

 

「この…………前、決め……れた?」

「ああ、決め……よ」

 

 今度は男性のものだった。なぜだろう。声が聞こえない。ところどころが聞こえない。

 

「…………だ」

「フフ……宇……が好きな、……さんらし……わね」

「無……に広がる……宙のように……限り……強さ……しさを………………だ」

 

 2人は楽しそうに笑っている。それだけは雰囲気で理解できた。

 

「………………ん、良……前……」

「よろ……くな、……」

 

 自分の頬に暖かいものが触れた。固いようで逞しく、力強くて優しい……。

 

「俺が、お前の……」

 

 

 ピピピという電子音が鳴り、少年は勢いよくベッドから身を起こした。

 

「おはよう!」

 

 スバルは布団を跳ねのけるようにして起床すると、ハンターVGを手に取った。中ではウォーロックが腕を何度か振っては身を捩じり、時には爪を前に翳していた。

 

『おう、起きたかスバル。外に出て良いか?』

「良いよ。物は壊さないでね?」

『言われなくても分かってるっつの』

「なら良いけれど。ウィザード・オン」

 

 ウォーロックはハンターVGの電脳世界から、現実世界に移動すると、再び先ほどの動きを再開した。

「シッシッ!」というウォーロックの掛け声を聞きながら、スバルはクローゼットを開けた。赤い長袖服がずらりと並んでいる。そのうちの一番右……一番最後に洗濯した物を手に取って、パジャマから着替えていく。

 

「シャドーボクシング?」

「おう、今はウルフが相手だ。次はオックスでやってみる」

 

 ウォーロックは今まで戦ったことのある強敵たちの動きを思い出し、自主トレーニング中だ。こうしている間にも、スバルはタンスから紺色の半ズボンを取り出した。これもいくつも並んでいるうちの一番右を手に取った。

 

「暁さんのウィザードって、どんなのだろう?」

「さあな。けれど俺たちの敵じゃねえよ」

 

 それについてはスバルもある程度同感だった。オックスもウルフも強力なFM星人だ。彼らを上回る電波体など、そうそういないはずだ。

 だが暁シドウのあの自信は何なのだろうか。油断はしない方が良い。ウォーロックのように驕るつもりも、相手を下に見るつもりもない。だが負ける気だけは一切なかった。

 

「待っててくださいね、部長さん……」

 

 スバルが着替え終わると、タイミングよく部屋がノックされた。

 

「スバル、起きてる? 入っても良いかしら?」

「良いよ母さん」

 

 入って来たのは、母親のあかねだった。細い体に、若々しさを保っている顔つき。長めの髪は後頭部で結っている。

 

「今日出かけるんだったわよね。朝食作ってあるから」

「ありがとう」

「じゃあ、母さんは仕事に行ってくるから」

 

 そしてあかねの視線はウォーロックに移った。

 

「ウォーロックくんもよろしくね」

 

 シャドーボクシングをしていたウォーロックは動きを止めて、スバルの隣に並んで自分の胸を叩いた。

 

「おう、お袋。スバルは俺がしっかり見てるから、安心してな!」

「そう、頼もしいわね」

 

 ウォーロックの様子にスバルは少しだけ目を細くした。いつもはぶっきらぼうな彼だが、あかねと話すときだけは凛々しく振る舞うのだ。

 

「それにしても、天地くんに感謝しないとね。こんなにカッコいいバトルウィザードを作ってくれるだなんて」

「うん、本当にね」

 

 スバルは極力明るく答えた。

 

「それじゃあ気を付けてね」

「母さんも」

 

 そうしてあかねは出て行った。スバルの部屋が静まり返る。

 

「ねえ、ロック……」

「今はこれで良い。お前は間違ったことはしちゃいねえよ」

 

 あかねはスバルの正体がロックマンであることを知らない。ウォーロックがAM星人であり、大吾の友人であることもだ。

 ブラザーたちには話せていても、あかねにだけはずっと打ち明けられずにいる。

 

「……そう、これで良いんだ……」

 

 大吾が行方不明になって3年。あかねは不登校になったスバルを女一つで育ててきてくれたのだ。そんな息子がロックマンで、命がけで戦っていると知れば、どうなるだろう。心中穏やかでいられないことだけは確かだ。

 

「それに俺も居心地悪くなっちまうしな。助かってるぜ」

「……うん」

 

 自分のためだけではない。あかねとウォーロックの為に黙っている。そう思うと少し気分が楽になった。

 

「ごめんね母さん。いつか……必ず話すから」

 

 そして大きく息を吐いた。

 

「朝ごはん食べてくるよ。その後ウェーブロードに行くよ」

「トレーニングだな。よっしゃ、早く済ませろよ!」

「……くれぐれも、物は壊さないでね」

 

 激しく体を動かしだしたウォーロックに一言注意をしてから、スバルは一階へと下りた。

 

 

 ウェーブロードで電波ウイルスを退治したりと、体を動かしたスバルとウォーロック。待ち合わせ時間が迫って来たこともあり、スバルはウェーブロードを伝って目的地へと足を向けた。

 

「どうだスバル?」

「う~ん、準備運動としては物足りないかな?」

「俺もだ。尾上とウルフを誘えば良かったかもな」

「それは止めよう」

 

 地球人の尾上十郎と、FM星人のウルフ。FM星人襲来の際、スバルと共に戦った頼もしい仲間だ。電波変換した時の名前はウルフ・フォレストという。

 尾上は基本的には良い人なのだが、戦闘狂な側面があり喧嘩っ早い。手加減とかできるような人ではないため、模擬戦のつもりが命のやり取りにまで発展してしまう。相棒のウルフも似たようなものだ。

 血に飢えた狼人間。それがウルフ・フォレストのイメージだ。スバルは軽く身を震わせると、頭を横に振った。こういう時は思考を切り替えるのだ。

 

「……そういえば、今日夢を見たよ」

「夢、どんなのだ?」

「えっとね……」

 

 5秒ほど黙ってから、スバルは首を傾げた。

 

「どんなのだったかな……なんか白い世界にいた気がするんだけれど……」

「お前、普段からボーっとしてるからな……」

「何が言いたいのさ?」

 

 そうしている間に小川が見えてきた。川沿いには赤くて四角い機械が設置されている。その装置の真ん中には細長い棒状のものが突き出ており、先端には丸い電光案内板がついている。

 ここが待ち合わせ場所だ。赤い装置の側には、すでにルナがいた。

 

「お、委員長が一番乗りか」

「流石だね」

 

 スバルはウェーブロードから飛び降りようとして、ふと気づいた。直前までロックマンになっていましたとルナに知られれば、また昨日のやり取りの繰り返しになる。

 ここから少し離れていて、かつ自宅がある方角で、そして人目につかない場所に飛び降りて、電波変換を解いた。

 

「おはよう、委員長!」

 

 そして何食わぬ顔で戻って来た。ルナもスバルに気づいて手を振った。いつもの青い服装だ。

 

「スバルくん、調子はどう? ウォーロックも」

『ついでみてえに訊くなよ。そんなもん、絶好調に決まってんだろ!』

 

 ハンターVGの中から不機嫌そうに、ウォーロックが答えた。

 

「僕も問題なさそう」

「そう、なら良いわ。今日の勝負、負けられないわよ!」

『当たり前だろ。俺たちが負けると思ってんのか?』

「そうだね。僕も勝ちたい」

 

 ロックマンは世界を救ったヒーローなのだ。人前に出るのは苦手ではあるが、自分が背負った看板の重さを、スバルは理解しているつもりだ。負けは許されない。

 

「キザマロはともかく、どうせゴン太が遅刻するでしょうから、あれでも聞きましょう」

「そうだね。ゴン太はどうせ遅れてくるし」

 

 ルナが指さした先は道の脇だった。そこには白い機械が設置してある。中央には緑色の電光板。

 スバルとルナがそれの正面に立つと、ピロンという音が鳴り、音声が再生された。

 

― WAXA管理     ―

― ウェーブステーションへようこそ! ―

― メニューを選んでください    ―

 

 この機械は情報発信端末だ。今は電波ネットワークでいくらでも情報を探せるが、その分嘘も多い。信頼できる機関から発信される情報には、大きな価値がある。

 スバルとルナのハンターVGに、オレンジ色のパネルがポップアップされた。バトルカードの無料配布、付近で出没する電波ウイルスの情報、周囲の地図情報などと書かれている。だが今回はニュースの項目を選んだ。

 

― スピカモールでニホン初めてとなる ―

― バトルウィザードによる『ウェーブバトル大会』が開催されます ―

― 果たして優勝は誰の、どんなウィザードか? ―

 

「あら、話題になっているのね。今日の大会」

「うわあ、人が沢山来るんだろうな……」

「しっかりしなさいよ」

 

 落ち込んでいくスバルと異なり、ハンターVG内の異星人はヒートアップしていた。

 

『おうおう、早く戦いてえぜ!』

「……あまり言いたくないけれど、ウォーロックを見習ったら?」

 

 ルナがそう言うと、ウェーブステーションが次のニュースを再生した。その内容に2人の耳が釘付けになった。

 

― 大人気ドラマ、ソングオブドリームの瞬間最高視聴率が40%を突破 ―

― 主演の響ミソラちゃんは ―

― 『すごく嬉しい! これからも応援よろしくお願いします!』 ―

― と元気溢れる喜びのコメントをよせてくれました ―

 

「さすがミソラちゃんね」

 

 響ミソラ。スバルたちのブラザーであり、国民的人気アイドルだ。スバルたちと同じ小学5年生でもある。加えてFM星人のハープと電波変換してハープ・ノートになれる。スバルの最初の戦友であり、最初のブラザーでもある。

 

「うん。大人気だもんね」

「その通り、ミソラちゃんファンクラブの一員として誇らしいです」

 

 スバルが振り返ると、いつの間にかキザマロが後ろにいた。

 

「そうだよね。僕たちも誇らしいよ」

 

 うんうんと頷く3人。キザマロは眼鏡をクイッと上げた。

 

「それにしても……このウェーブステーションは酷いですよ。キング財団が孤児院に多額の寄付をしたことを放送してないんですから」

「またキング財団が?」

 

「そうです」とキザマロが頷くと、彼のハンターVGからペディアが出てきた。

 

「キング財団の寄付について報道するウェーブステーションの数を検索……ゼロ件」

「ゼロは酷いね……」

 

 ペディアの演算能力は本物だ。少々信じられないが、疑いようもない事実なのだろう。案外、WAXA管轄のウェーブステーションも当てにならないのかもしれない。

 

「放送しないって言ったら……」

 

 スバルにつられるように、ルナとキザマロも空を仰いだ。

 

「あの赤い星は何だろう?」

 

 まだ午前中の青い空。その1点に、赤い星が瞬いていた。肉眼で把握するにはやや小さいが、望遠鏡を使えば輪郭くらいは見れる。そんな小さな星だ。

 

「スバルくんが知らないのなら、僕にも分からないですね」

 

 キザマロが首を横に振った。

 

「集計完了。あの星についての情報は一切ないみたい」

 

 ペディアの実力を理解している分、これは怖い事実だった。

 

「情報規制でもかかっているのかしら?」

「僕も機密事項には検索をかけられないからね。捕まるし」

「ええ、それだけは止めてくださいね」

 

 キザマロは自分のウィザードに忠告をしておいた。

 そしてようやく最後の一人が到着した。

 

「遅れちまった。面目ない!」

 

 ゴン太が走ってやって来た。歩いていなかっただけマシというものだろうか。

 

「遅いわよ。一本逃しちゃったじゃない!」

「そう言っている間に来ましたよ、ウェーブライナー」

 

 キザマロが言うと、スバルたちの目の前にある小川で変化が起きた。小川の側に設置してある赤い機械から、電波粒子が放出された。それは1本のレールへと姿を変え、小川の上を覆うように敷かれた。

 そしてスバルたちから見て右側……小川の向こうから、風をかき分ける音を立てて、オレンジ色の電車がやってきたのだ。電車は電波のレールを走り、徐々に速度を落として、スバルたちの前で止まった。

 

「いつ見ても凄えな、これ!

「凄いでしょう、これもリアルウェーブなんだよ」

「マテリアルウェーブはこんな細部まで作りこめませんでしたからね。技術の進歩は凄いです!」

 

 物質化が可能な電波、リアルウェーブ。乗り物だけではなく、ちょっとした建物も作れるようになったらしい。その代わり、リアルウェーブを生成するプロジェクターが必要になる。先ほどの赤い機械がそれだ。

 盛り上がりだす男3人を他所に、ルナは一足先にウェーブライナーへと入っていく。

 

「さあ行くわよ」

 

 スバルたちも乗り込んだ。

 

『では出発しま~す』

 

 アナウンスが流れた。これを操作しているのはウィザードだ。リアルウェーブできているだけあって、人間よりもウィザードの方が適任なのだろう。

 ウェーブライナーは電波のレールの上を高速で走り出した。目指すはスピカモールだ。

 

 

 約10分後、ウェーブライナーから降りたスバルは目を輝かせた。

 

「ここがスピカモール。凄い、色々な店がある!」

「そうでしょう、服やアクセサリーのお店も沢山あるんですから」

 

 駅から一歩前に進めば、そこには店舗の群れが広がっていた。服やアクセサリー、靴専門店、電化製品、美術館に絵画展、ファーストフード店と喫茶店、歯医者もある。駄菓子屋は開店準備中らしい。

 早速ゴン太が牛丼屋に歩み出そうとしていたので、背中を掴んで止めておいた。

 

「僕のマロ辞典によると……ここは『子供たちが心踊る空間を』というコンセプトで、キング財団の全面サポートによって造られたそうですよ」

「ここもキング財団が支援しているんだね」

「最近、パパからよく話を聞くわ。ミスター・キングは子供たちの幸せのめには資金援助を惜しまない、素晴らしい人だって」

 

 ゴン太も含めて、男3人は「えええ!?」と声を上げた。

 

「すげえ。委員長のお父さん、そんな凄い人と会ったことあるのかよ!?」

「会ったって言っても、パーティーでミスター・キングの演説を聞いて、少しお話ししただけらしいけれど」

 

 スバルにはキングの凄さがあまり想像できない。どうしてもふんわりとしか把握できないのだ。だが小金持ちであるルナの父親ですら、少し顔を合わせた程度でしかない。と考えるとよく理解できた。

 

「凄い……なんか、凄いしか言えてないけれど、とにかく凄いんだね!」

 

 そこに耐えかねたかのようにウォーロックの声が入った。

 

『スバル、そんなことよりも早く会場に行くぞ』

「そうだった。行こう!」

 

 キザマロがブラウズ画面で地図を開いていた。

 

「会場は広場ですね。バンドグループが公演をすることもあるみたいです」

「じゃあ早速行きましょう」

 

 ルナの号令を受けて、スバルたちは人ごみをかき分けるように進んでいった。なので気づく事なく……そもそも気にかけることすら無かった。ある一人の少年とすれ違ったことに。

 

 

 その少年もスバルたちには一瞥くれることすらなかった。彼にとって、スバルたちは特別でも何でもない。ただ同じだった。側を通り過ぎていく、幾つもの顔。顔、顔顔顔……顔。どれも憎らしい。どいつもこいつも平然とした顔で、他人の側を通り過ぎていく。

 すぐ側にいる人間が突然襲い掛かってくるとか、この場所で事件が起きるとか、微塵も心配していないのだろう。

 これがこの国か。平和な国の住民様というやつか。

 

「腹が立つ……」

 

 オールバック……というには、パンク風に遊ばせている髪。紫色の上着。スバルと同い年くらいの年齢。昨日、姉と共に公園にいた少年だ。

 

「こいつらは知らないんだろうな……」

 

 そう思うと、少年の胸に黒い炎が灯った。吊り上がった目がギョロギョロと周囲を見渡す。そこに運悪く、目に止まった者がいた。一体のウィザードだ。何の変哲もない、量産型の青いウィザード。量産型と言っても、見た目、人格、能力など、ある程度は個人の好みでカスタマイズされている。

 だがウォーロックのような戦闘特化型でもなく、ペディアのように情報処理特化型でもない。汎用性を求められた、ごくごく平凡なウィザードだ。

 彼が少年の目に留まったのは、本当にただ運が悪かっただけだ。機嫌を悪くしている少年の側を主人が通り、その後ろに付いていっていた。それだけだ。

 少年は懐から一枚のカードを取り出した。バトルカードとは違う、トランプのようなものだ。軽く手首を振って、先ほどのウィザードの背中に投げつけた。すれ違いざまの一瞬。互いに歩く速度を緩めることすら無く、人ごみの中での所業だった。

 

「……ん? ジ……あれ?」

 

 ウィザードが立ち止まった。すると彼の主人と、その恋人の女性も足を止めた。

 

「何?」

「いや、俺のウィザードが急に……おい、どうかしたのか?」

「いえ、ジ……何か体が……ジ、ジジ……熱く……ジ……ジジジ……」

 

 ウィザードの呂律が回らなくなっていく。そして段々と手や首がガクガクと痙攣していく。心配して慌てだす男性と女性。周囲も異変に気づいて集まりだす。

 そんな喧騒から離れながら、少年はニヤリと笑った。

 

「さてと、テストと行こうじゃねえか。ノイズの力ってもんのな……」




○星河あかね
 スバルくんのお母さん。
 スバルくん曰く、美人で料理上手で自慢らしい。
 スバルくんの正体がロックマンであることは知りません。

○天地守
 天地研究所の若き所長。年齢はたぶん30前後。
 肥満気味の丸い顔が特徴的で、優しい人。
 スバルくんのお父さんの後輩で、スバルくんとも親しい。
 スバルくんがロックマンであることを知っている人の1人。
 助手には宇田海(うたがい)深祐(しんすけ)さんがいる。

○天地研究所
 コダマタウンから少し離れたところにある研究所。
 宇宙の研究や、電波の技術開発などを行っている。
 展示品の目玉は疑似宇宙体験ができる無重力室。
 シンボルはロケットを再利用した電波通信装置。なんでも、宇宙に信号を送って、スバルくんのお父さん……星河大吾さんに向けて送っているらしい。
 一つ前の携帯端末「スターキャリアー」の開発にも携わっている。



 参照.マロ辞典より抜粋


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第12話.その名はアシッド

 スピカモールの混雑ぶりは予想以上で、前に進むほど人口密度が上がっていく。ウェーブバトル大会の会場近くになるとそれはより顕著になった。

 

「うわ、凄い人……」

「ゴン太、出番よ」

「おう、任せろ!」

 

 一番大きな、質量でいうなら大人にも負けないゴン太が先頭に立った。人ごみをかき分けながら、ルナ、スバル、キザマロという順番で進んでいく。ちょうど身長が高い順に並ぶ形となった。

 

「スバルくん、絶対に手を離さないでください!」

「任せて!」

 

 小柄なキザマロにとっては激流に飲まれている気分だろう。スバルはがっしりと掴んで、ルナの後についていく。

 

「委員長、時間は大丈夫かな?」

「少し遅れたけれど、10分くらいだから、大丈夫よ」

『計算完了! 参加者の数と、戦闘にかかる時間を考えると、約2時間くらいはかかると思う』

「それなら余裕ですね!」

 

 スバルの腕を命綱のように掴んでくるキザマロ。彼に気をとられていたため、スバルは気づかなかった。ルナの手に少し力が込められたことに。

 

「……ねえ、スバルくん。暁さんって強いのかしら?」

 

 スバルはキザマロの手を引きながら答えた。

 

「たぶん強いと思うよ。凄い自信があったし」

 

 暁シドウと会話した時間は10分程度だったと思う。それでも、あの燃える様な目は忘れられない。

 

「ねえ、スバルくん。危なくなったら……」

 

 ルナが言いかけた時、先頭のゴン太が振り返った。

 

「着いたぜ」

 

 ルナの手を引いて引っ張ってくれる。スバルはキザマロの手を握ったままそれに続き、人の密集地帯を抜けた。

 会場の2階……会場を上から見下ろせる場所だった。手すりから身を乗り出すと、大勢の参加者たちが整列していた。戦いは行われていない。

 

「良かった。まだ開会式の途中みたいね」

 

 参加者が一同に並ぶのは開会式と閉会式だけだ。時間を考えると開会式だろう。

 

「10分も続く開会式って長いな。俺だったら腹減って牛丼食いに行くな」

「ゴン太くんは行列に並べないタイプですね」

「なんだと、牛丼屋になら並ぶぞ!」

「……ですか」

 

 2人が会話している間に、参加者たちの前に立った女性司会者がマイクを手に取った。

 

「は~い、というわけで。数々の猛者たちが集った、このウェーブバトル大会。見事優勝したのは、アシッドのオペレーター、暁シドウさんでーす!」

 

 参加者の列の一番前に立っていた暁シドウが前に出て、女性司会者の横に並んだ。優勝記念のトロフィーと賞状を受け取る。

 この一連の流れを前に、スバルは言葉を失っていた。

 

「え……終わって……いるの? これ、閉会式?」

 

 呟くように言うルナの目は丸く開かれていた。

 

「だ、だってよ……電車一本だろ? まだ10分くらいしか……」

「ぺ、ペディア?」

『ま、待ってキザマロくん……今、データベースにアクセスするから』

 

 0.5秒ほどでペディアは解析を終えた。

 

『し、信じられない……』

「何が?」

『あの暁シドウとアシッドっていうウィザード……60体のウィザードと戦って、全ての対戦相手を5秒以内で倒しているよ』

「5……秒?」

 

 スバルがロックマンになって、電波ウイルスを倒すまでの時間。種類や状況にもよるが、5秒はなかなか出せる数値ではない。それを電波ウイルスよりも強いウィザード相手に、60回連続でやって見せたというのだ。

 戦慄で身を震わせるスバル。だが相棒の方は違った。

 

『ほう……どうやら普通じゃねえみてえだな……』

 

 獰猛な獣を思わせる声だった。紛うことなき強者を前にして、彼の闘争本能が騒いでいるらしい。

 落ち着かせようかと思ったが、それは次の言葉で阻まれた。

 

「それでは、本日のメインイベント。優勝者の暁シドウさんとアシッドのペアと、世界を救ったヒーロー、ロックマンとのスペシャルバトルでーす!」

 

 いや油を注がれた。ウォーロックのみならず、大会を見ていた観客全員にだ。

 

「ロックマンだって!?」

「あの世界を救った?」

「ムー大陸を落とした、あのロックマンが!?」

「いや、FM星人の襲来を止めたのもロックマンだろ?」

「来るの? ここに!?」

 

 スバルの周囲にいる観客たちもザワザワと騒ぎ出す。静かに固まっているのはスバルたちだけだ。

 

『ヘヘヘ。やってくれるじゃねえか。こっちの逃げ道を塞いで来やがったぜ、あいつ』

 

 スバルとウォーロックの視線の先では、暁シドウがサクサクサクとうまい棒を食べていた。「本当に来るのだろうか?」と不安そうな隣の女性司会者と違って、楽しそうな笑顔をしている。

 

「スバル、あいつらヤバいんじゃねえのか?」

 

 いつも呑気なゴン太が、珍しく不安な顔をしていた。

 

「紛れもなくヤバいね……」

 

 スバルは今まで、電波人間のみならず、強い電波体と戦ったこともある。その良い例がオリヒメの腹心だったエンプティーだろう。電波人間に勝るとも劣らぬ強敵だった。

 暁シドウのウィザードとして名前の挙がったアシッド。もしかしたら、エンプティーに匹敵する力があるのかもしれない。

 

「どうするの、スバルくん?」

 

 ルナが顔を覗き込むように尋ねてきた。そんなの決まっている。

 

「行くしかないよ」

 

 期待に満ちている観客たちを見渡す。会場に出て行けば、この人たちの視線が一斉に向けられることになる。無数の銃口を向けられるような気分だ。想像しただけで、胸の奥が痛くなる。

 だがそれ以上にマナブ部長の顔が浮かんだ。昨日の展望台での会話が脳裏に浮かぶ。あの思いを胸に秘めれば、臆する理由は無くなっていた。

 そんなスバルの腕をルナの手が掴んだ。小さくて細い指は少し震えていた。

 

「あ、危なくなったら逃げるのよ。ギガエナジーカードは確かに大切だけれど……私」

 

 ルナは唇を少しだけ噛んだ。

 

「あなたは私の大切なブラザーなの。あなたが私の為に戦って、傷ついて怪我して……そんなことされて生徒会長になれても、私、嬉しくなんてないわ」

 

 すぐに怒るし人使いの粗い彼女だが、根っこはこれである。だからこそ、スバルたちは彼女についていくのだ。

 

「大丈夫、何とかなるよ。任せておいてよ。委員長の為にも、ギガエナジーカードを貰ってくるから」

 

 彼女の不安をかき消すために、笑って応えておいた。

 

『へっ、俺たちがあんな奴らに負けるかってんだ』

 

 ウォーロックの言う通りだ。この相棒と一緒に、今まで数々の強敵と戦ってきたではないか。慎重になることはあれど、臆する理由などない。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 

 スバルはザワザワと騒ぐ人ごみへと戻り、一度会場から離れた。人目のつかない場所を選んでハンターVGを取り出した。

 

「トランスコード! シューティングスターロックマン!!」

 

 電波人間になれば、後はすぐの出来事だった。

 一度ウェーブロードに上がり、駆け抜けて会場の真ん中……暁シドウの前に降り立った。

 その瞬間、会場がひっくり返るような歓声に満ちた。

 

「うおおお、ロックマンだ!!」

「見ろよ、動画で見たとおりだ!」

「本当に来た!!」

 

 世界を2度救った英雄。そのうちの一度は世界に生中継されたのだ。この盛り上がりは仕方のない事だった。

 それでも、スバルの恥ずかしいという気持ちは変わらない。

 

「うう……すごく目立ってる……」

「お前なあ、さっきの威勢はどうしたよ?」

「いや、それとこれとは話が別で……」

 

 いざ人前に出ると羞恥心が勝ってしまったらしい。めんどくさいとウォーロックはため息をついた。

 

「ったく、ピースぐらいしてやったらどうだ?」

「嫌だよ恥ずかしい!」

 

 小さく縮こまるロックマン。そんな彼の前に歩み寄ってくる人物……暁シドウだ。

 

「君なら来てくれると信じていたよ……」

 

「ほ、ほほほ本当に来てくれたーー!」と騒いでいる女性司会者の方が遥かに声が大きい筈。なのに、スバルには彼の言葉が不気味なくらいはっきりと聞き取れた。

 今も彼の口はサクサクサクとうまい棒を齧っている。戦いの前とは思えない気の抜けた態度。なのになぜだろう。こうも息苦しく感じるのは。スバルの頬に一滴の汗が浮かんだ。

 シドウは食べ終わったうまい棒の袋をポケットにしまうと、白いジャケットを翻すようにしてハンターVGを手に取った。

 

「さあ、早速バトルと行こうか!」

「ま、待ってください!」

 

 慌てて手を振った。羞恥心を振り払うためにも一度落ち着きたい。

 なにより訊きたいことがあった。

 

「なんでこんなことをするんですか!?」

 

 昨日、暁シドウはこの場所で戦いたいと申し出てきた。

 理由は何故なのだろう。面白いとか、盛り上がるとか、本当にそれだけの理由なのだろうか。

 

「なんでこの大会に僕を呼んだんです?」

「え、面白いだろう?」

 

 あっさりと、そしてけろっとした顔での返答だった。

 スバルは理解した。本当に、ただそれだけの理由で彼はこの場を選んだのだろう。

 

「ヘヘヘ、良いじゃねえか。俺は好きだぜ、そう言うの」

「ロック……」

 

 ウォーロックはスバルと違って騒がしくて目立つことが大好きだ。彼の予想通りの反応に肩を竦めると、スバルはもう一つの問いを口にした。

 

「そもそも、なんで僕と戦いたいんですか?」

 

 この質問に、暁シドウはすぐには答えなかった。

 口は笑みを作り、ハンターVGを手にして佇んだまま。だがなぜだろう。彼の纏う雰囲気が変わったのを、スバルは感じた。

 

「夢があるんだ……」

 

 小さくて、それでもしっかりと耳に届いてくる。そんな言葉だった。

 

「……え?」

「ああ、叶えたい夢があってね……」

「それと今日の大会と、何か関係が?」

「まあ、布石みたいなものさ」

 

 暁の夢と、スバルと戦うことがどう関係するのだろう。

 

「まあ、いずれ分かるさ」

 

 質問時間はそこまでだった。暁シドウは左手を大きく振るい、再び白いジャケットをなびかせた。

 

「さあ、構えるんだロックマン!」

「……分かりました!」

 

 暁の夢がなにかは分からない。だがスバルの両肩にも夢が載せられているのだ。

 

「僕には負けられない理由があります!」

「ああ、分かるとも!」

 

 ロックマンは左手のバスターを向けた。暁がハンターVGを前に掲げる。2人に呼応するように会場からヒートアップした歓声が上がる。

 

「行くぞロックマン!」

「ウェーブバトル! ライド・オン!」

 

 ロックマンが叫ぶのと同時だった。ジリリリリリリとけたたましい音が周囲に鳴り響いた。

 

「な、なに!?」

 

 シドウと同じく、ロックマンも動きを止めて辺りに目を走らせた。動揺する観客たちの頭上からアナウンスが流れてきた。

 

―― ピカモールのお客様にご連絡いたします         ――

―― 現在、スピカモール内にてウィザードが暴走しております ――

―― お客様は係員の誘導に従い、速やかに避難してください  ――

―― 繰り返します                     ――

 

 同様に悲鳴が混じりだした。パニックの前兆だ。女性司会者が慌てて落ち着くよう声を上げる。

 

「ウィザードが暴走?」

 

 聞いたことのない話だ。だが事件が起きているというのなら、スバルとウォーロックがとる行動は一つだ。

 

「暁さん、勝負は後で!」

 

 それだけ言い残して、スバルはウェーブロードへと飛び上がった。ウェーブロードではたくさんのデンパくんとデンパちゃんが逃げまどっていた。一見バラバラに動いているように見えるが、彼らが落ちのびてくる方角がある。そちらに向かって走りだした。

 デンパくんたちの集団を抜ければ目的地はすぐそこだった。眼下の現実世界には一体の電波体がいた。

 目を疑った。あれは本当にウィザードなのだろうか。穏やかだったであろう目からは瞳が消え、何を映しているのか分からない。体から漂わせていた青い電波粒子は、燃え上がる炎のように激しく噴き出している。そして左手にはバトルカードのマッドバルカンが、右手にはソードが召喚されている。

 

「あれ、ウィザードなの?」

「本当に暴走してやがるな」

 

 ウィザードの形に似た別の何かだと思いたいが、見た目の特徴は量産型ウィザードのものだ。

 

「聞いたことないよ、こんな事件……」

 

 スバルとウォーロックが戸惑う時間はここで終わりだった。

 既に人は避難していて、周りに人影は無い。この位置からだと死角になっていた。なので気づくのが遅れてしまったのだ。道の角に、まだ人が残っていることに。

 

「どうしたんだよ、俺の相棒!」

 

 1人の男性がいた。いや、戻ってきてしまったのだろう。自分のウィザードを取り戻そうと考えてしまったらしい。そんな彼の背中を掴んで、慌てて引き戻そうとしている女性がいた。

 

「何してるんだよあの2人、早く避難させないと……」

 

 スバルが危惧していたことが起きた。

 暴走ウィザードの顔がぐるりと先ほどの男女に向けられた。そして発せられる不快な声。

 

「グ、オオオオオ!!」

 

 暴走ウィザードは声にならない声を上げて、主人とその女性に体を向けた。後ずさる男性と女性。

 

「まずい!」

 

 素早く飛び降りた。予想通り、暴走ウィザードは主人と隣の女性に向かってソードを振り上げ、斬りかかっていく。上がる二つの悲鳴。その間に体を滑り込ませた。

 

「シールド!」

 

 ロックマンは左手を自分の顔の前に掲げた。ハンターVGと一体化している左手から緑色の電波粒子が放出され、硬質化した。腕と一体化した盾だ。暴走ウィザードのソードをそれで受け止めた。

 

「下がってください!」

 

 女性を庇っていた男性が顔を上げ、女性が遅れて続く。

 

「え、あ、ろ、ロックマン……?」

「早く!!」

 

 2人は慌てて立ち上がると、脱兎のごとく逃げ出した。だが男性だけが途中で立ち止まった。

 

「俺の大切な相棒なんだ。頼む、殺さないでくれ!」

「分かりました!」

 

 答えながら全体重をかけて、暴走ウィザードを突き飛ばした。相手がよろめく間に、バトルカードを使用した。

 

「ブラックインク!」

 

 ロックマンの銃口から墨のような黒い弾丸が発射された。威力こそ低いものの、この弾丸にはある妨害プログラムが組み込まれている。命中した相手の視覚情報に侵食し、短時間ではあるが暗闇に閉ざすことができる。

 簡単に言うと目潰しだ。

 ブラックインクは暴走ウィザードの胸に命中した。最初こそはロックマンを見ていたが、すぐに慌てたように頭を右に左にと動かし、右手のソードを振り回している。

 

「スバル、どう戦う?」

「どうって……」

 

 スバルは先ほど受け止めた攻撃を思い出した。量産型のウィザードとは思えないほど重い一撃だった。あれはどう考えても、本来設計された規格を超えている。

 

「そう手加減できないよ?」

 

 相手が強ければ、その分生かして捕えるのは難しくなる。加減を間違えれば、怪我をするのは自分の方だ。

 だが考えている時間は無かった。暴走ウィザードが左手のマッドバルカンを乱射し始めたからだ。まだブラックインクの効果は残っているようで、狙いを定めることなく、周囲に弾丸をばら撒いていく。店の窓ガラスが割れ、新築されたばかりの壁や床に傷がついていく。

 

「いけない!」

 

 このままでは周囲に被害が及んでしまう。暴走ウィザードの左手に組みつき、銃口を下に向けた。床が穴だらけになってしまうが、天井に穴が空くよりかはマシだろう。

 だがこれで暴走ウィザードはロックマンの位置を把握してしまった。自分のすぐ傍にいるロックマンに向かってソードを振った。

 

「させるか!」

 

 ウォーロックが飛び出した。自慢の爪でソードを受け止める。

 

「ありがとう、ロック!」

「かまいやしねえ。だがどうするよ、ここから」

 

 マッドバルカンの乱射は止まったが、またいつどこに向かって銃弾をぶっ放すか分かったものではない。抑えておくしかない。

 もう片方のソードはウォーロックが抑えてくれている。

 相手の攻撃には対処ができた。だがそれだけだ。ここから動きようがない。

 この暴走ウィザードを倒すだけなら幾らでも手がある……というか、とっくの昔に倒している。だがあの男性の為にも生かしておかなくてはならない。

 暴走ウィザードの両腕を斬りおとすべきだろうか。ウォーロックに頼めば一瞬でやってくれるだろう。可愛そうではあるが、相手はウィザードだ。修理すれば元通りになるだろう。

 だが本当に大丈夫なのだろうか。この異常状態では何が起きるか分からない。ちょっとした事が原因で体が崩壊してしまったりないだろうか。

 

「ど、どうしよう……?」

「どうしようって、お前……どうすんだ?」

 

 こうしている間にも、暴走ウィザードは怒号のようなものを上げて、スバルとウォーロックの拘束から抜け出そうとする。

 攻撃できない。打つ手がない。八方ふさがりだ。

 打開策が思い浮かばないまま膠着するしかないロックマン。そんな彼の耳に、場違いな音が混じって来た。サクサクサクという軽快な音だ。

 

「うん、実にヒーローらしいな」

 

 うまい棒を食べ歩きしている男性が1人。言うまでもなく暁シドウだ。

 

「あ、暁さん。何してるんですか!?」

「見てのとおり、見学さ」

 

 まるで「公園を散歩しています」と言うかのような返答だった。渦中の真っただ中にいるというのに、その足取りに動揺は見られない。焦って早くなることもなければ、緊張で遅くなることもない。

 加えてまた別のうまい棒を食べ始めるというのだから、緊張感の欠片も見受けられない。

 

「どうした、続けて良いんだぞ?」

「続けろって……いや、続けますけれど……」

「てめえ、冷やかしにきたのか!」

「ハハハ、だから言っただろう。見学だよ」

 

 何一つ悪気のない笑み。それがウォーロックの神経を逆なでしたらしい。彼の気がシドウに向けられてしまった。だから一瞬だけ隙が生まれてしまった。暴走ウィザードが突然激しく体を動かした。

 ウォーロックの顔に向かってソードが振られた。慌てて飛びのくウォーロック。その反動で、スバルの腕から暴走ウィザードの手がすり抜けてしまった。

 

「あ!」

 

 気づいたときには、暴走ウィザードは標的を変えていた。この場で最も無防備な人間……暁シドウへと向かって行ったのだ。

 

「逃げて暁さん!」

 

 ロックバスターを構えるスバル。走って追いつけるとは思えない。暁が横に飛んでくれればバスターで倒せる。あの男性には悪いが、人命第一だ。

 だがスバルの期待は外れた。逃げるどころか、シドウはうまい棒を口いっぱいにほお張って、幸せそうな顔をしている。それをごくりと飲み込むと、整った目と眉を吊り上げた。

 

「逃げる? そんなの……かっこ悪いだろう!」

 

 そう言うと、シドウは腰に手を回した。取り出したのはハンターVGだ。白いジャケットが横に靡く。そしてそれを急速接近して来る暴走ウィザードに向けた。

 

「ウィザード・オン! やれアシッド!」

『了解しました』

 

 シドウの掛け声と異なり、ハンターVGから静かな返答があった。次の瞬間には全てが終わっていた。

 ハンターVGから放出された白い電波粒子。一瞬で形が整えられ、一体のウィザードに変わる。そして暴走ウィザードの側をすり抜けて、いつの間にかその背後へと回り込んでいた。

 

「……え?」

 

 スバルが瞬きをすると、暴走ウィザードは線が切れた人形のように、バタリとうつむけに倒れた。背中から一枚の、トランプのようなカードが剥がれ落ちる。体の崩壊は起きていない。止めはさしていない。殺さぬよう手加減をしたのだ。

 

「い、一瞬で?」

 

 見えなかった。暴走ウィザードがいつ倒されたのか、スバルには全く分からなかった。

 

「対象の沈黙を確認。ミッション・コンプリートです、シドウ」

「ご苦労、アシッド。これで事件解決だな」

 

 振り返ってシドウに報告するアシッド。スバルとウォーロックはそのウィザードを無言で見つめていた。

 全体的に白いボディ。だがところどころが黒や灰色になっている。二の腕は赤い電波が点線のように連なっており、その先には白い腕と5本の黒い爪。

 なぜだろう。スバルにはウォーロックと似ている気がした。そして生き物と言うよりは、なぜか機械のように思えた。事実、アシッドの顔には口が無く、表情の変化はほとんど見られそうになかった。

 

「どうだい。これが俺とアシッドの力だ」

「まあ、大したことはしておりませんが」

 

 スバルとウォーロックは何も言えなかった。自分たちができなかったことを、この2人はいとも簡単にやってのけたのだから。




○エンプティー
 ムー大陸の復活を目論んだ、ドクターオリヒメの腹心。
 その正体はマテリアルウェーブ。
 姿はオリヒメの亡き婚約者、ヒコのものである。
 ヒコを生き返らせようとした彼女によって作られた、世界初のマテリアルウェーブである。
 しかし、生前のヒコの記憶は持ち合わせておらず、人格は全くの別物である。
 名前の意味は「空っぽ」。
 ロックマンに敗れ、ヒコになれなかった事をオリヒメに詫びながら消滅した。

○マテリアルウェーブ
 リアルウェーブの前身。
 世界初、実体化ができる電波。元はムー大陸の技術である。
 電波体のように意志を持つものもあり、ウィザードの元となった。
 開発者はムー大陸の復活を試みたドクター・オリヒメである。

 
 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第13話.サテラポリス特殊部隊

 暴走したウィザードは、すぐに駆け付けたサテラポリスに引き渡されていった。持ち主の男性と連れの女性が心配そうにそれを見送る。

 そんな現場から少し離れたところにスバルはいた。隣には暁シドウもいる。

 

「これじゃあ大会のスペシャルマッチは無理だな」

「そういえばそういう話でしたね……」

 

 こんな騒動が起きた後だというのに、試合を再開しますなどとお気楽な対応はできない。スピカモールは今日一日閉鎖されるだろう。

 シドウのハンターVGから白い電波体が姿を現した。先ほど、暴走ウィザードを一蹴したアシッドだ。

 

「残念です。今日はあなたと戦えるのを楽しみにしていたのですが……」

 

 どうやらこのアシッド、サッパリとしたシドウと異なり、物腰丁寧な人格のようだ。それがウォーロックの鼻に付いたらしい。

 

「楽しみだあ? テメエ、小さな大会で優勝したからって、調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 

 品性のない恫喝。たいていの人はこれでビビるのだが、アシッドは変わることのない顔で平然と応えた。

 

「調子にはのっていません。私の素直な気持ちを伝えたまでです。まあ戦ったとしても、優勝は私だったでしょうが」

「よおおしっ! 表に出ろてめえええ!!」

「落ち着いてロック」

 

 行動も言動も完全なるチンピラである。

 

「すいません暁さん。ロックは喧嘩っぱやくって……」

「てめえは何落ち着き払ってんだああああ!!?」

 

 今度はウォーロックが暴走しそうな勢いだった。

 

「まあまあ、熱くならないでさ。アシッドも、戦いたい気持ちは分かるけど、挑発しちゃダメだ」

 

 シドウがそう言うと、アシッドは丁寧に頭を下げた。まるで執事のような、一片の無駄も無い完成された動作だった。

 

「すみません、シドウ。ウォーロックがあまりにもストレートな性格なので、ついからかってしまいました」

 

 だが言動は全く改まっていなかった。

 

「うおおおおお! いちいち癇に障るなぁテメエはーーーー!!」

 

 今にも爪を振り上げそうなウォーロックを、スバルはハンターVGの中に押し戻した。この2人は徹底的にかみ合わないだろう。

 

「あ、そうだ。これ渡しておくよ」

 

 思い出したようにシドウがカードを渡して来た。受け取ろうとして、手を止める。

 

「あの、これって……」

「ギガエナジーカードだ。約束のね」

「良いんですか!?」

 

 これを貰う条件は「シドウに勝ったら」だったはずだ。戦うことすらできなかったというのに、貰ってしまっていいのだろうか。

 

「良いよ。どっち道渡すつもりだったから。今日、ここに来てくれたお礼としてね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ここは素直に受け取っておいた。これでルナも喜んでくれるだろう。

 

「それじゃ、俺はこれで」

 

 シドウは軽く手を振って踵を返した。貰う物を貰ってさようならと言うのはなんだか悪い気がして、背中に声をかけた。

 

「あ、あの……」

「なんだい?」

 

 シドウが立ち止まる。ここで言葉に迷ってしまった。何を言えばいいのだろう。

 

「えっと……ま、また会いましょう。バトルはその時に……」

「ハハハ、嬉しいな。けど大丈夫、きっと近いうちにまた会うことになるよ」

「……そうですか?」

 

 なんだか意味深そうな言葉だった。理由を尋ねようと思ったが、そんな空気を消し飛ばす余計な一言が起きた。シドウの隣にアシッドが出てきた。

 

「再会を楽しみにしていますよ、ウォーロック」

「うるせえ! とっとと消えやがれ!」

 

 

 また喧嘩になりそうな雰囲気だった。シドウには会釈して別れておいた。

 

 

「スバルくん! 良かった、無事だったのね」

 

 会場に戻るとすぐにルナたちと合流できた。ギガエナジーカードを見せると、ルナが飛び上がって喜んでくれる。と思っていた。

 

「これがギガエナジーカード? 何の変哲もない見た目ね」

「いや委員長、これ珍しい物なんだよ?」

「と言われてもね……」

 

 どうもオタクでないルナには、希少品と出会えるという喜びは分からないらしい。

 

「とにかく、目的の物を手に入れたわね。スバルくん、ご苦労様」

「どういたしまして」

「……無事だったしね」

「約束したしね」

 

 ルナからするとそっちの方が心配だったのだろう。彼女はそう言う人だ。

 

「こんなちっこいので、本当にロケットが飛ぶのか?」

 

 ゴン太はスバルの手からギガエナジーカードを摘み上げ、天井の光に翳すようにした。別に光を通したからと言って中身が見えるわけではないのだが。

 この小さなカード一枚で、マナブ部長たちのロケットを宇宙にまで飛ばすとは、確かに想像し辛いだろう。

 

「ゴン太くん。確かに小さなカードですが、その中には物凄くたくさんのエネルギーが凝縮されているんです。下手したら辺り一帯ドッカーンですよ?」

「ひっ!」

 

 小さく飛び上がるゴン太。その手からギガエナジーカードがポロリと落ちた。爆弾レベルのエネルギーが詰まったそれは、あっという間に床に向かって落ち……華麗なヘッドスライディングをしたスバルの手に収まった。

 

「気を付けてよねゴン太。これ希少な物なんだから」

 

 服の埃を払いながら立ち上がる。ゴン太はルナと共に軽く5メートルほど離れていた。

 

「大丈夫だよ。これぐらいじゃ壊れないし、爆発なんてしないから」

「そ、そう……なのか?」

「ゴン太くんも委員長も、心配し過ぎですよ。扱いを間違えたら……ですから。めったなことじゃ爆発なんてしませんよ」

「……そうか……」

 

 キザマロの説明を受けてゴン太が胸をなでおろした。

 

「コホン。スバルくん、それはあなたが手に入れた物なのだから、あなたから部長さんに渡してあげてちょうだい」

 

 ルナは普段通りの振る舞いに戻ったが、声は若干震えていた。

 

「分かったよ」

 

 ギガエナジーカードは確かに膨大なエネルギーを持っているが、安全に使えるよう最先端の技術が施されている。落としてしまったら大爆発などいう繊細な爆弾ではないのだ。

 スバルはきちんとポケットに入れておいた。

 

『今現在、部長さんが科学部の部室にいる確率、99%』

「らしいですよ、委員長」

「分かったわ。じゃあ早速渡しに行きましょ」

 

 後は学校に戻ってマナブ部長にこのカードを渡すだけだ。長居は無用と4人はスピカモールを後にしようと決めた。

 そんな時、スバルがあるものを見つけてしまった。会場の入り口から数名の人影が入って来たのだ。目立つ服装をしていて、他の客たちからも視線を浴びていた。

 

「あ、あれは……」

 

 キザマロも気づいたようだ。六角形の眼鏡の奥では、小さな目が爛々と輝いていた。

 

「どうした、キザマロ?」

「どうしたもこうしたも無いですよ、ゴン太くん。あれ、サテラポリスの特殊部隊ですよ!」

「特殊部隊!?」

 

 カッコいいキーワードにゴン太が反応した。だがそれ以上に大興奮したのがスバルである。

 

「キザマロ、それ本当!?」

「間違いありませんよ。生ですよ。生特殊部隊ですよ!!」

 

 スバルとキザマロは齧りつくような目で、サテラポリスの特殊部隊を見ていた。

 第一印象は物々しいだった。紺色の防護服の上に、肩から腰にかけて灰色の装甲がついている。目にはオレンジ色のサングラス、帽子は濃い緑色で、ツバは黄色だ。腰には何らかの道具が入っているのだろう、白いポシェットがついている。

 男性の方は肩幅が広く、車一つくらいなら押して動かせそうだ。女性の方は細いが、スラッとしたかっこよさがある。

 多くの視線の中、黒いブーツで堂々と歩く様は、まさにエリート。

 

 

「凄い、凄い凄い凄いよ!」

「しゃ、写真を撮りたいです!」

 

 これを見て、オタク2人が落ち着いているわけがないのだ。ゴン太ですら「なんかカッコいい」と興奮してるくらいなのだから。

 

「はぁ、男の子って好きよね、こういうの」

 

 まったくついて行けないのが女の子のルナである。だが彼女は一つ失敗をしてしまった。そう言う事は、思っても口にしてはいけない。それがオタクの前だったらなおさらだ。

 

「分かってないな~、委員長は」

「特殊部隊ですよ? WAXA直属で、エリートだけが入隊を許される、正に最強の部隊!」

「おお、やっぱりなんか凄いんだな!?」

 

 ルナは思いっきり大きなため息を吐いた。

 

「だから、私にはよく分からないわ」

 

 これが止めだった。スバルとキザマロの目がキラリと光った。

 

「キザマロ、委員長は分からないなんて言ってるよ?」

「ならば、ぜひとも分かってもらわないといけませんね」

 

 ルナはようやく過ちに気づいたらしい。魂に火のついたオタクほど、めんどくさいものはない。

 

「い、いいわよ! 全力で遠慮するわ」

「いいえ、委員長に拒否権はありません」

「ルナルナ団のリーダーとして知ってもらわないと!」

「チーム関係ないじゃない!」

 

 全くの正論である。

 

『委員長、逃げた方が良いぜ。長いぞ、スバルのウンチク話は』

「そうさせて貰うわ!」

 

 珍しくルナとウォーロックの気が合った。

 全力疾走するルナ。慌ただしく追いかけるスバルとキザマロ。最後にゴン太が続いた。

 

 

 最後尾のゴン太が会場から去った頃、ウェーブバトル大会の会場だった場所に1人の人物がいた。スバルと戦う予定だった暁シドウだ。彼は会場の中央を、ただ黙して見つめていた。

 そんな彼の元に来訪者が一人。暁シドウは軍人のような回れ右をして、丁寧な敬礼をした。

 

「無事か、暁。すまない、到着が遅れてしまった」

 

 装甲服にオレンジ色のサングラスを付けた、肩幅の広い男性。先ほど、スバルたちが見たサテラポリス特殊部隊の隊員だった。彼も姿勢を正して暁に敬礼を返した。

 

「いえ、そんなことありません」

 

 スバル達と話していた時とはうって変わって、気さくな様は見うけられない。

 

「それよりも……」

 

 暁はポケットからある物を取り出した。うまい棒ではなく、一枚の薄っぺらいカードだった。

 

「鎮圧した暴走ウィザードから、こんなものが……」

「これは……!?」

 

 隊員の顔に緊張が走った。サングラスをかけていても分かるほどにだ。

 

「例のカードか?」

「はい、ノイズドカードです」

 

 苦味を噛みしめるように口を歪ませ、隊員はハンターVGの画面を見た。

 

「周囲のノイズ率が跳ねあがっているのは、これが原因か」

「ええ、これも奴らの狙いですよ。また、どこかで似たような事件を起こすでしょうね」

「……分かった。暁、君の方から長官に報告してくれ。ここの調査は我々が引き継ごう」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 シドウは再度敬礼をして去ろうとしたが、ふと男性に呼び止められた。

 

「そう言えば、ロックマンとは戦えたのか?」

 

 シドウは振り返って両手を広げて見せた。

 

「いや、戦おうとしたら事件が起こったもんで……」

「そっちの任務は失敗か」

「面目ない」

「なに、お前のことだ。優先順位を履き違えなかっただけだろう。星河スバルのマークは引き続き行うとしよう」

 

 男性に頷くと、暁は会場の出入り口に目を移した。もうとっくにスバルたちは去っている。見えぬその背中に、シドウは一度だけニヤリと笑った。

 

「星河スバル……見せてくれよ、俺達に……」

『私はウォーロックに負ける気がしませんけれどね』

 

 相棒の頼もしい言葉。シドウはハンターVGをそっと撫でた。




○WAXA
 地球最大の組織。前身は世界最大企業のNAXA。
 最近の電波社会の治安の悪化から、サテラポリスと合併して今の形になった。
 他の企業や組織の追随を許さない技術力を持っている。
 日本のWAXAは支部であり、本部は別にある。
 スバルくんのお父さんが勤めていた組織でもあります。

○サテラポリス
 電波警察。世界警察とも呼べる組織。
 電波社会の治安を守っている。
 最近NAXAと合併した。
 FM星人が襲来したときは、侵攻して来た電波ウイルスを撃退しようと奮闘した。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第14話.レゾン共有

 スピカモールを後にしたスバルたちは、その足で学校の門をくぐった。科学部は土曜日の朝から実験やロケットの改良を試みていたようで、難しい顔で図面やエアディスプレイとにらめっこをしていた。

 だがそんな疲れた彼らの顔は、スバルが差し出した一枚のカードで一変した。

 

「こ、これ……ギガエナジーカード!?」

「はい、そうです」

「す、凄い! ほ、本当に手に入れてくれるだなんて!!」

 

 マナブ部長はスバルからカードを受け取ると、宝物を崇めるかのように頭上にかざした。部員2人もマナブの肩に抱き着くようにして見ている。

 ちなみにルナとゴン太は少しだけ出口の方へと後退した。

 

「だから大丈夫ですよ。よっぽど変な使い方をしない限りは」

『現状、ギガエナジーカードが爆発する可能性は0%』

「そ、そうなのか。なら大丈夫だな」

 

 キザマロとペディアの解説で、ゴン太はようやく安心して戻ってきた。ルナが遅れて少しだけ近づいてきた。

 

「ありがとう、皆さん」

 

 マナブはルナの顔を見てから、近くにいるスバルたちの顔を順番に見ていった。

 

「これがあればロケットはすぐに完成します」

「すぐにってことは、今から打ち上げが見られるのか!?」

「えっと……」

 

 ゴン太の質問に、マナブは目を上に向けた。

 

「取りつけて、試運転してエネルギー回路の負担に問題が無いか確認して、シミュレーター実験を行って……数時間あれば!」

「部長さん、すぐにやりましょう!」

「そうだね! やるよ2人とも!」

「「ラジャー!」」

 

 スバルの威勢に応えるように、マナブは部員2人ともにすぐに作業を開始した。

 

 

 それから数時間後のことだった。

 難しい顔をしていたマナブ部長たちの表情が、段々と希望に満ちたものになり、笑みに変わっていく。だが目は笑っておらず、エアディスプレイを凝視している。そして何度目になるであろうかという実験が終わった時、それは安堵に変わった。

 

「計測数値……全てが規定値以内です。ぶちょー」

「……模擬実験成功です! ぶちょー」

「ああ……」

 

 マナブの声が震えていた。ロケットの中からはマグネッツが、マナブのハンターVGからはコイルが出てくる。2人と2体、そしてスバルたちはマナブの次の言葉を待ち構えた。

 そして、マナブはゆっくりとその手を頭上に掲げて、力の限りに叫んだ。

 

「やった、やったぞ! 完成だ!!」

「「ぶちょー!」」

 

 部員2人が泣きながらマナブに抱き着いた。マナブも涙をこぼしながら、全力で彼らを抱きしめる。彼らの頭上では、マグネッツとコイルが手を取り合って飛び回っている。

 

「部長さん……ついにやり遂げたんだ……」

 

 スバルももらい泣きをしていた。ちなみに、なぜかゴン太が「うおおおん」と一番号泣していた。対して、ルナは感動するというよりは感心していた。

 

「ロケットて、こんなに早く完成するものなのね」

「部長さんたちの準備がそれだけしっかりできていたんだよ」

「そう言うものなのね」

 

 喜びをひとしきり共有したのだろう、マナブは涙をふきながらルナに歩み寄った。

 

「ルナルナ団の皆さん、本当にありがとうございました……おかげでロケットを飛ばせます」

「いえ、私たちは少し手伝っただけです。早く飛ばせると良いですね」

「そうですね……今から申請したら、明日にも飛ばせるかな?」

「え、明日? ま、また早いんですね」

「それはもちろん、早く飛ばしたいですから!」

 

 マナブの後ろにいる部員2人が「うんうん」と頷いた。

 

「……ところで部長さん、一つお願いしたいことがあるのです」

 

 ルナのお願いなど言うまでもない。選挙のことだ。清き一票をと言い出すのだろう。

 マナブ部長も分かっていますという顔をした。

 

「はい、生徒会選挙の際には僕ら3人、ルナさんに投票させていただきます」

「ありがとうございます。ただ、そちらとは別件ですの」

「別件……ですか?」

 

 これは予想外だった。これ以上、一体何を望むというのだろう。

 ルナの手はスバルの肩に置かれた。

 

「ギガエナジーカードを手に入れるために、一番奮闘してくれたのがこのスバルくんなんです。よろしければ、皆さんのレゾンにスバルくんも入れてあげてくれませんか?」

「委員長!?」

 

 予想外過ぎる発言だった。ゴン太とキザマロも同じく驚愕に満ちた顔をしていた。

 

「い、委員長。良いのかよそんな事して!?」

「それって、スバルくんがルナルナだんのレゾンから抜けるってことですよ!?」

 

 レゾンは一つしか設定できない。これはスバルがルナ達とは別の志を掲げるということになる。

 だがルナは平然とした顔で答えた。

 

「だってスバルくん、宇宙大好きでしょ?」

「……委員長……」

 

 スバルの手が加わったロケットが宇宙に行く。宇宙大好きオタクにとっては感無量だろう。

 そんなルナの提案に、マナブは快く答えた。

 

「良いですよ。というか、そちらさえよろしければ、僕たちのレゾンに加わって欲しいくらいです」

「え、私たちも?」

 

 ルナが驚いた顔をしたので、マナブは申し訳なさそうな顔をした。

 

「あ、流石に失礼でしたかね?」

「いえ、そんなことありません」

 

 ルナが手を横に振った。

 

「ルナルナ団と科学部の志を同じにするということですね?」

「はい。ギガエナジーカードを手に入れてくれた皆さんも、立派な一員と僕は思っています。なので、ロケットを飛ばす明日までの間だけ、レゾンを共有できないかと……」

「願っても無い事ですわ!」

 

 リーダー2人の間で、トントン拍子に事態が決まった。スバルにとっては大歓迎な話だ。

 

「ルナルナ団、一時レゾンを解散。科学部に加えてもらうわよ」

「了解。ロック」

「おうよ」

 

 ウォーロックが端末内で操作し、レゾンを変更した。

 

―― レゾン結成 ――

 

―― チーム名:科学部×ルナルナ団 ――

―― レゾン :ロケットを打ち上げる ――

 

 

 メンバーの中に、マナブ部長と部員2人に加えて、ルナルナ団のメンバーの顔が並ぶ。目的を共有する仲間がこんなにもいる。そう思うと胸が熱くなった。

 

「打ち上げ式には、皆さんはプロデューサーとして参加してください。ぜひとも紹介させていただきます」

「あら光栄ですわ」

 

 そうなればルナの支持率も爆上がりすること間違いないだろう。ありがたい申し出だった。

 

「皆さん、本当にありがとうッス! オイラ、これで宇宙に行けるッス……」

 

 マグネッツが泣き出した。コイルが兄の背中をさする。

 

「嬉しいんだったら、泣くことじゃないでしょ?」

「その通りッス。けれど、皆さんとお別れだと思うと……」

「あ、マグネッツは……」

 

 明日には宇宙に旅立ってしまう。こうして会うのは最後かもしれないのだ。

 スバルは彼の手を取った。

 

「マグネッツ、明日ロケットを飛ばす前に、一度会おう。何かプレゼントとか用意するよ」

「本当ッスか? 楽しみにしてるッス!」

 

 その後、マナブの言葉でスバルたちは解散した。明日はきっと思い出深い日になることだろう。

 




○トランサー
 二世代前の携帯端末。つい半年くらい前まで使われていました。
 腕に装着して使うタイプ。
 宇宙に浮かんでいる3つのサテライト「ペガサス」「レオ」「ドラゴン」のどれかによって管理されていました。
 現在は使われていません。

○スターキャリアー
 一世代前の携帯端末。つい一週間ほど前まで使われていました。
 ポケットに入るほどの小型。
 トランサーとの最大の違いはカードの情報を記録できる点です。このおかげで、電波ウイルスを退治する際に、バトルカードをいちいち読み込ませる必要性が無くなりました。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第15話.スペード

 次回より、不定期更新とさせていただきます。
 遅筆で申し訳ありません。


 コダマタウンに眠りの時間が訪れた。道に人の姿はほぼ無く、昨日はスバルとマナブがいた展望台も無人だ。信号機も全て赤で統一されている。人や車が通るときに、感知して青色に変更してくれる。これも電波での情報通信によるものなので、デンパくんたちの仕事だ。電波世界は夜も絶賛大賑わいの大忙しなのである。

 そんな町の小学校の一室……科学部と書かれた部屋。今日は月明かりが強い筈だが、生憎と雲が多い。当然灯りは消えているので、部屋は真っ暗だ。

 そんな科学部室の中央には緑色の大きなロケット。それを一体の電波体が見上げていた。

 少し移動してロケットを別の角度から見て、次に上から見下ろして、少し離れた所から全体を見て……これをもう何時間も繰り返している。

 

「このロケットが明日……オイラを宇宙に連れて行ってくれるッス……」

 

 マナブの予想通り、学校からの許可はすぐに下りた。明日は運動場でこれが打ち上げられて、自分は宇宙に行く。

 そう考えると興奮してしまい、どうしても落ち着けなかった。マナブに頼んで、今日はここに残らせてもらっている。

 

「楽しみッス……」

 

 宇宙はどんな景色なのだろう。映像とかで見るものとは、まるで別物なのだろう。どんな星が見えて、どんな人工衛星とすれ違ったりするのだろうか。

 そしてそこからマナブとコイルと通信する。なんなら、科学部の2人やルナルナ団とだって通信できるだろう。

 

「マナブくんの夢は、オイラの夢でもあるッス……」

 

 いつもロケットを触っていた。いつも宇宙を夢見ていた。いつも大変だったけれどめげなかった。そんなマナブをマグネッツは見てきた。だからこそ応えたい。

 

「マナブくん、頑張ろうッス。オイラ達の夢、叶えようッス!」

「残念だけれど……」

 

 無人であるはずの空間に、突然訪れた他人の声。マグネッツはビクリと背中を反らした。振り返った先にあるのは暗闇。壁に窓はついておらず、ドアもない。そこから声がしたのだ。

 

「だ、誰ッス……?」

 

 自分の聴覚プログラムに故障でも起きたのだろうか。いや、それはないはずだ。明日に備えてフルスキャンを行ったのが、つい数時間前の話。マナブのみならず、科学部2人も加わった厳重なチェックだったのだ。あの3人が揃って検査ミスをするとは考えづらい。

 つまり……。

 

「だ、誰かいる……ッスか?」

 

 暗闇に疑問を投げかける。するとどうだろう。何かが動いた。コツコツと足音が聞こえる。それも一つではない、二つだ。そしてこれはマグネッツにとって運が良かったのだろうか、もしかしたら悪かったのかもしれない。ちょうど雲の合間から月が顔を出し、光が部屋に差し込んだ。

 2人の姿があらわになる。髪を横に広げるように結った物静かな女性と、逆立った髪をしたガラの悪そうな少年。なぜだろう。不敵な笑みを浮かべている少年よりも、無表情な女性の方に寒気が走った。

 

「ヒッ! ひ、人!? な、なんで……?」

 

 今の時間、学校は立ち入り禁止だ。入ろうとしても警備ウィザードが監視をしている。彼らは何をやっていたのだろう。いやそれ以前にどこから入ったのだ。入口は彼らがいた場所の反対側だ。窓もだ。

 

「どうやって入ったんッスか!?」

 

 女性は答えない。一言も話すことなく、ただマグネッツを直視していた。そのオレンジ色の瞳は静寂で、まるで全ての音がそこに吸い込まれているかのよう。

 

「しし、質問に答えるッス! それと、残念って何がッスか!?」

 

 マグネッツの動揺が面白かったのだろうか。少年の方がクツクツと笑い出した。

 

「スピカモールの次はロケットか。さっすが姉ちゃん、目の付け所が違うぜ」

 

 少年がハンターVGからエアディスプレイを広げた。反対側からでも分かる。あれは学校のホームページだ。このロケットの打ち上げについて、大きく書かれていた。

 

「こ、このロケットをどうする気ッスか!?」

 

 マグネッツの得意分野は磁力を応用した通信だ。戦いは得意な方ではない。それでもこのロケットを後ろにして、退く気は無かった。謎の2人組相手に半歩だけ前に出た。

 

「このロケットはマナブくんの……そしてオイラの夢が詰まってるッス! 触らせないッスよ!」

「……質問に答えてあげるわ」

 

 女性が懐から何かを取り出した。あれはトランプだ。薄っぺらいカードが白くて細い指に挟まっている。ただの遊具だ。なのになぜだろう、酷く不気味に感じられた。

 

「やや力不足な気がするけれど、特別よ。あなたにスペードの称号をあげるわ」

 

 女性が指を素早く動かした。そう思たっ時にはトランプは消えていた。いや違う。胸に違和感がある。マグネッツの胸に、先ほどのトランプが貼りついていた。表には青いスペードのマーク。

 

「ヒッ! な、なん……ジ……なんナんッスか、これ……ギ……」

 

 トランプに描かれていたスペードのマークが浮き上がり、大きく広がった。加えてトランプから電流が発せられた。それはマグネッツの体を走りだし、勢いを増して全身へと駆け巡った。

 

「うぎゃああああああ!!?」

 

 激痛、悲鳴、身もだえる一体のウィザード。悲惨な光景を前に少年は歯をむき出しにして笑っていた。

 

「昼間のものとは違うぞ。これは3枚しかない特別製のカードだ。もちろん強力だぜ」

「出力制御の改竄、倫理プログラムの無効化、加えてそのウィザードに設けられた特殊関数の検索と活性化……あなたの場合は磁場操作ね。エネルギーのほとんどをそこに流入するよう、外骨格も書き換えてしまうわ」

 

 彼らの説明はマグネッツにはほとんど届いていなかった。彼の体内には規格外のプログラムが注入され、勝手に書き換えられていく。ウィザードは電波だ。データの……プログラムの塊だ。

 変わっていく。いらない変数が追加され、不要な関数が加えられ、必要なデータが無効にされていく。

 そして、彼の記憶データにもそれは及んでいく。

 

「や、やめて……」

 

 マナブがいる。目の前にマナブがいる。自分とコイルを見て嬉しそうにするマナブ。実験に失敗して落ち込むマナブ。それを励ます自分とコイル。科学部の2人。変だったけれど協力してくれたルナルナ団。

 彼らの記憶が、マナブとの記憶が、消えていく。千切られて、破られて、消えていく。

 

「オイラ……オイラ……は……」

 

 手を伸ばす。

 

「オイラには、やりた……こと……が……」

 

 何だっけ。何をしたいんだっけ。何をしたかったんだっけ。あれ、自分はなぜ手を伸ばしているのだろう。

 

「オイラ……は……」

 

 視界が真っ黒に塗りつぶされた。

 

「あなたはマグネッツよ。スペード・マグネッツ」

 

 目を開く。そこには一人の女性と一人の少年。スペード・マグネッツは仰々しく二人に頭を下げた。

 

「フウウウウ……」

 

 肩が震える。漲る力が自分の胸を内側から叩いてくる。

 

「どう、生まれ変わった気分は?」

「ウイッスウウウ!!」

 

 両手を横に広げた。いや剣だ。右手は赤色で、左手は青色の長剣に変わっていた。肩も同じだ。円錐を半分に割ったような形をしていて、右側が赤、左側が青色だ。

 そして彼の躍動を感じさせるように、下半身は丸くて紫色のエネルギーの塊。

 物々しくなった目は獲物を探すように左右を見渡し、口からは蒸気のような白い煙を吐いた。

 

「俺は……無敵だあああ!!」

 

 暴れたい。この力を何かにぶつけたい。破壊だ。破壊。破壊破壊破壊破壊破壊……破壊。

 

「その衝動、今しばらくは抑えなさい」

「……ウイッスウウ……」

 

 主の命令ならば仕方ない。スペード・マグネッツは両手の剣を下して、今一度2人に頭を垂れた。

 

「明日の、このロケットの打ち上げ式。その時に暴れなさい。そう、その力を本能のままに使ってね」

「ウウウ、オオオオ!!」

 

 ならば楽しみ待とう。その時を。明日、人々が阿鼻叫喚する様を、我が主たちにお見せしようではないか。

 狂乱の電波体は吠えた。まだ見ぬ、明日集まるであろう人間たちに。そして、空高く飛び立つはずの、希望のロケットに向かって。




○コダマ小学校
 コダマタウンにある小学校。
 校則は「よく学び、よく食べ、よく寝る」。
 年間行事が充実していて、文化祭や修学旅行がある。
 二学期には生徒会選挙がある。
 学校の総責任者の理事長先生は、普段は購買のおばちゃんをしている。
 最近、校長先生が代わりました。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第16話.レゾンは絶望へ

お久しぶりです。
どうにか3話ほど完成したので、投稿します。
このまま執筆が続けられればいいな……


 その日は晴天だった。コダマタウンには、いつもとは少しだけ違う光景があった。日曜日だというのに、コダマ小学校へと向かう人々の姿が見られたのだ。子どものみならず、もう小学校を卒業したであろう少年や、中年の男女たち、はてはつえをついた老人までいた。

 なぜ彼らが小学校へと足を運ぶのだろうか。その理由は案内所のウィザード、コダマタロウくんが説明してくれていた。

 

「ぼくコダマタロウくん! 今日は嬉しいお知らせがある……わん! なんとコダマ小学校でロケットが打ち上げられるわん! 作ったのは6年生の生徒だわん! もう間すぐ打ち上げが始まるから、見たい人は急いでほしい……わん!」

 

 学校へと向かう者たちの目的は、一様にこれを見るためである。それもあってか、コダマ小学校の校庭には大勢の人々が屯していた。校庭の真ん中には大きなロケット。その周りには今回の主役の木野マナブ部長と、科学部の二人。そして傍らに控えているルナルナ団の面々。

 ちなみに、今学期からの新校長として雇われた、こうちようすけ先生がなんか演説している。観客たちを退屈させないようにとの配慮だろうが、そんなものは騒音でしかない。ウォーロックがめんどくさそうな顔をしている。

 

「ったく、うるせえなあの校長も」

「校長先生なんて、皆あんなものらしいよ」

 

 前任のおおごえねっしょう元校長先生よりかはマシだと願いたい。理事長のクルスガワカオリ先生が採用したのだから、悪い人ではないと思うのだが。

 そんなことよりもと、スバルはパソコンをにらんでいるマナブに尋ねた。

 

「部長さん、もうそろそろ打ち上げ予定時間ですけれど、どうですか?」

「う~ん、大丈夫だと思うんだけれどね……」

 

 マナブの返答はどうも歯切れの悪いものだった。

 

「ロケットの電脳内にいるマグネッツに、交信を試みてるんだ。けど、声だけしか返ってこないんだ」

 

 スバルは横からパソコンを覗き込んだ。「SOUND ONLY」と書かれていた。マグネッツの顔は見えない。確かにこれは気になる。

 

「ねえ兄さん、どうしたッチ?」

 

 マナブのもう一人のウィザード、コイルがハンターVGから出てくると、兄のマグネッツに呼びかけた。すると……

 

『……ウイッスウウ……大丈夫、だよマナブくん。心配しないで』

 

 マグネッツの声だった。だが何だろう、違和感を覚える。

 

「おい、なんかおかしくねえか?」

「部長さん、もう一度チェックしたほうが……」

「そうだね……昨日の隅々までやったから、大丈夫だと思うけれど、念のため……」

 

 だがそれは叶わなかった。彼らの耳に、こうちようすけ校長の声が届いた。

 

「では、そろそろ打ち上げ予定時刻となります。今回の主役、科学部の部長、木野マナブくんに登場してもらいましょう!」

 

 歓声が上がった。こうなると、マナブが出ていかないわけにはいかない。

 

「どうしよう、部長さん。時間が……」

「今からでも中止にすべきかな?」

『大丈夫だよ、マナブくん……』

 

 戸惑っている2人にマグネッツの声が届いた。

 

『昨日、フルスキャンしてもらったからね。僕の体は万全さ。それより、早く打ち上げようよ。君の夢の第一歩だよ。レゾンを達成しようよ』

「……うん、そうだね!」

 

 ウィザードは人間のパートナーである。そこにはシステムやプログラムを超えた、信頼と友情がある。マナブがパイロットとも言えるマグネッツを信用したのは、ある意味当然だったのかもしれない。

 彼らの間に、スバルが入る隙間はない。

 マナブは立ち上がると、手招きしている校長先生の隣に立ち、観客への感謝と、今回の打ち上げの目的を簡潔に話した。そして今回の協力者としてルナたちを紹介してくれた。「ルナルナ団の皆様です」と、トンチキな名前を大勢の人たちに紹介されて、ルナは満足げに胸を張った。

 ルナたちの少し後ろの方では、ゴン太とキザマロがペディアと共に飛び跳ねていた。

 

「凄いよキザマロくん。委員長の支持率がうなぎ上りだ!」

「打ち上げが成功すれば、支持率40%越えは間違いなしです!」

「よっしゃあ。これもう委員長の勝ちじゃねえか?」

 

「呑気すぎじゃないかな?」という感想が浮かんだ。先ほどのマナブと、現在の科学部の二人を見ているからだろうか。

 科学部の二人は、打ち上げ直前となった今でもパソコンのデータとにらめっこをしている。打ち上げ中の、データ確認のやり方などをおさらいしているらしい。

 少し悩んだ結果、スバルはもう一度だけマグネッツに話しかけた。

 

「ねえマグネッツ、昨日帰宅する前に言ったこと、覚えてる?」

『……なんだっけ?』

「ほら、宇宙に行く君が一人で寂しいだろうからって、お守り渡すって……」

「ちゃんと考えてきてやったぞ」

 

 ウォーロックがハンターVGのディスプレイ画面に手を突っ込み、何かを操作しようとした。

 

『ああ、言ってたね。けどもう大丈夫だよ、ありがとう』

「あ?」

「……そう?」

 

 本人がいらないと言うのなら、無理に渡すのは違うだろう。ちょうどマナブが戻ってきたので、スバルも下がることにした。

 そしてとうとうこの時が来た。スバルたちは科学部と共に、必要な備品を回収して、観客たちとは反対側となる安全テープの後ろにまで下がった。ロケットの周囲から人がいなくなる。

 

「では、カウントダウン開始!」

「はい! カウントダウン、10……9……」

 

 科学部のリカが秒読みを始める。もう一人のポン太はパソコンでデータを見ている。スバルたちは観客たちと共に固唾を飲んで見守っている。隣のマナブがハンターVGへと話しかけた。

 

「マグネッツ……しばらくの間お別れだ。行くよ!」

『うん、任せてね……ククク』

 

 リカの声があたりに響く。

 

「3……2……1……」

「発射!」

 

 マナブの掛け声。ゴゴゴという爆音。噴射口から吹き出る熱とエネルギー。見守る人々の……中でもマナブの胸は最高潮に達していただろう。

 それを引き裂くように、雷のような音が鳴った。ロケットの周りに、バリバリと稲妻が走り出す。そして何かが爆発するような音が周囲に響いた。

 

「ぶ、部長さん。なんかおかしくない!?」

 

 言い切る前に、スバルは事態をあらかた理解した。マナブはとっくにハンターVGを必死にタップしていたのだ。

 

「どういうことだ、コントロールを受け付けない!」

「え?」

 

 顔面蒼白となった彼は叫ぶように呼びかけた。

 

「マグネッツ。応答してマグネッツ。どうしたんだ!?」

 

 だがそれは必要なかった。ロケットの中から、とうのマグネッツが出てきたのだから。

 

「ウィッスウウウ。俺は無敵だああああ!」

 

 真っ先に目に入ったのは剣だった。データ通信に性能を割いているウィザードには似つかわしくない、赤と青の二振りの長剣。隆起した物々しい肩の装甲。下半身は紫色の禍々しいエネルギーの球体。そして獰猛さに満ちた目と口。

 あれがマグネッツなのか。違うと思いたいが、スバルは現実をちゃんと見つめていた。あれはマグネッツだ。なにがどういう理由でああなってしまっているのかは分からないが、あれはマグネッツなのだ。

 

「昨日からずっと待っていたんだ。壊す。全部全部全部、ぶっ壊すううううう!」

 

 言葉を失うスバルたち。おびえる先生と観客たち。そんな中、ポン太が声を絞り出した。

 

「大変です、ぶちょー!」

「え、エネルギーの膨張が止まりません!」

 

 リカの言葉に、マナブの手が一瞬震えたのをスバルは見た。

 

「それってつまり……」

「爆発する!」

 

 この時のマナブの行動は早かった。

 

「先生、皆さんを逃がして!」

 

 校長先生が即座に指示を飛ばす。教師たちは迅速に配置につき、観客たちを避難誘導した。だが、何人かがその場に立ち尽くしている。ロケットに背を向けてだ。

 

「何をしているのです、早く!」

 

 育田先生が気づいて一人の女性に駆け寄った。

 

「ち、違うの。引っ張られてるの!」

 

 女性の首飾りが、ロケットに向かって真っすぐに伸びていた。育田は「失礼!」と言って彼女の背中を押した。少しずつだが離れていく。他の先生たちも協力して、引っ張られている人たちの救出にあたった。

 

「ウィッスウウウ。見ていけ人間たち。今から起きるのは打ち上げじゃない。大爆発だあああ!」

 

 変貌したマグネッツは、ロケットの電脳内へと姿を消した。周りに走っていた電流が勢いを増していく。

 

「部長さん、これは!?」

「マグネッツの磁力だ。あの人たち、金属のアクセサリーをつけてるから、引っ張られてるんだ!」

「それよりどうすんだよ。爆発したら、どうなっちまうんだよ!」

 

 ゴン太の質問はもっともだった。彼は昨日聞いているのだから。スピカモールで、スバルが暁シドウからもらったギガエナジーカード。これには、あたり一面を吹き飛ばすだけのエネルギーが詰まっているのだと。

 そして最悪の予想をペディアが口にした。

 

「キザマロくん、被害予想の統計解析完了。コダマ小学校は100%消滅。コダマタウンも壊滅的な被害を受けるよ!」

「だ、大惨事じゃないですか!」

「そ、そんな……なんでこんなことに……」

 

 今度こそ、マナブは頭を抱えた。レゾンを達成できる直前から、生まれ育った町の危機だ。いくら彼がしっかり者であろうとも……いや、だからこそこの現実が受け止めきれないのかもしれない。

 

「スバル!」

 

 ウォーロックがハンターVGから飛び出してきた。

 

「原因はあれだ。昨日のスピカモールのやつだ!」

「あれか!」

 

 昨日起きた、ウィザードの暴走事件。直前までは、ウィザード自身になんの問題も起きていなかったという共通点。原因は一緒とみていいだろう。

 なら解決する方法も同じだ。暁シドウとアシッドがやったのと同じように、暴走ウィザードを力づくで倒す。昨日のウィザードは倒れこそしたものの、消滅することはなかった。なら今回のマグネッツも消滅することはないだろう。彼の暴走をとめ、かつ救出するにはこれしかない。

 単純にして明快。だが危険な作業であることには変わりない。そしてこの場でそれができるのは、スバルとウォーロック……そう、ロックマンしかいないのだ。

 ハンターVGを手に取るスバル。だがその肩を白い手が掴んだ。

 

「駄目よ!」

 

 ルナだった。

 

「危険過ぎるわよ!」

「委員長……でも、僕にしか止められそうにないし。学校や町がふっとんじゃうのも嫌だし……それに……」

 

 マナブを見た。ハンターVGに向かって必死に呼び掛けている。二日前の夜、彼と展望台で話したのだ。夢と宇宙について語っていた彼が、今は絶望に打ちのめされそうになっている。似た夢を持つ仲間として、動かないわけにはいかない。

 スバルの様子を見て、ルナは大きく息を吐いた。

 

「あなたはいつもそうやって……分かったわ」

「ありがとう。さあ、委員長と部長さんたちは避難を……」

「残るわよ」

「え?」

 

 さっきまでの勇ましい姿勢はどこへやら。高い声が漏れた。

 

「あなたが戻るまで、ここで待ってるわ」

「な、何言って……」

「汗くせえこと言うなよ」

「水くさい。ですよ」

 

 ゴン太とキザマロがルナの後ろに立つ。

 

「同じレゾンを持つ仲間です」

「待ってるぜスバル!」

「二人とも……」

 

 そんな彼らの隣に、マナブが並んだ。

 

「……あの、よく分からないけれど、スバルくんはどうにかできるの?」

「ええ、任せてください」

「……分かった、信じるよ。僕たちも残って、最後までマグネッツに呼び掛けてみる。製作者としての責任もあるしね」

 

「同じレゾンチームだし」と付け加えた。彼の中では、ギガエナジーカードを手に入れてきたスバルのことは、万全の信頼をおける相手となっているのだろう。科学部の二人も力強く頷いた。

 

「ヘヘっ、さっさと済ませちまおうぜ、スバル」

「うん、行こう!」

 

 マナブたちはスバルに背を向けて、再びマグネッツに呼び掛けた。その隙に、スバルはハンターVGを掲げた。そしていつもよりかは小さい声で、合言葉を口にした。

 

「トランスコード! シューティングスターロックマン!!」

 

 青い電波戦士へと姿を変え、人には見えない周波数となって、二人はロケットの電脳へと飛び込んだ。

 

 

 学校の校門から逃げ出す人々。それを眺めている人影があった。学校近くの、民家の屋根の上。髪の長い女性と、目つきの悪い少年だ。恐怖に陥れられた人々を見て、少年は心地よさそうに笑っていた。

 

「スペード・マグネッツのやつ、それなりに面白いことしてくれるじゃねえか」

「三つしかない称号の一つを与えたのよ、これぐらいしてもらわないと困るわ」

 

 髪をかき上げながら、女性はカバンから筒状のものを取り出した。

 

「あとは、クリムゾンがどれだけ手に入るか……ね」

「町一つふっとぶんだから、きっとたくさん手に入るぜ、姉ちゃん」

「それは期待しないほうがいいわね」

「え?」

 

 意外そうな顔をする弟に、姉は尋ねた。

 

「忘れたのかしら?」

「……あ、ロックマンか!」

 

 このちっぽけな町には、地球の危機を二度救った英雄、ロックマンとやらがいるのだ。この一大事に駆けつけないわけがない。いや、自分たちには姿が見えていなかっただけで、もうロケットの中にいるかもしれない。

 

「スペード・マグネッツ程度では勝てないでしょうね」

 

 ロケットの大爆発は確かに良い見物だ。だが、マグネッツの元の戦闘能力はかなり低い。いくらあのカードで強化しているといっても、たかが知れている。そんなスペード・マグネッツごときが、FM星人を退け、ムー大陸の復活を阻止した英雄様に勝てるとは思えない。

 今回の目的はあくまで実験。ボスから渡された、あのスペードのカードの性能実験なのだ。スペード・マグネッツが倒されるのは予想の範囲内。いや確定事項と言っても良い。

 

「そっか、ならクリムゾンはそんなに取れねえな」

 

 つぶやくと、少年はにやりと笑った。

 

「ええ、だから後は様子見だけに……」

 

 ふと気づいて隣を見た。この数秒の間に、弟の姿は忽然と消えていた。

 

「まさか……」

 

 弟のことは熟知している。彼がどこに向かったのか。考えるまでもなかった。

 

「ほんと、勝手なことをする弟ね……」





〇属性
 ウィザードと、バトルカードと、電波ウイルスには属性があります。
 炎、水、電気、木、無の五種類です。それぞれに相性があり、有利属性は、不利属性に対して大きなダメージを与えることができます。不利から有利へのデメリットはありません。
 例えば、木属性のバトルカードで、電気属性の電波ウイルスに攻撃すると、大きなダメージとなります。
 電気属性のバトルカードで、木属性の電波ウイルスに攻撃しても、ダメージが小さくなるとかはありません。
 相性関係は有利→不利という順で表すと、炎→木→電気→水→炎となります。
 無は有利不利がないです。
 ちなみに、ロックマンは無属性です。
 ゴン太くんが以前に電波変換してしまったオックス・ファイアは炎、委員長のオヒュカス・クイーンは木属性でした。
 属性相性を理解することが、バトルを制することらしいです。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第17話.磁力の怪物

次回更新は6/9です


 ロケットの電脳内に飛び込んだロックマン。こんな精密機械を制御しているプログラムなのだ。本来は高密度かつ整理整頓された光景が広がっているはずだろう。だがスバルとウォーロックの目に飛び込んできたのは、荒れに荒れた物だった。

 激しい電流が空中に漂っている。いや磁力だろう。デンパくんが、白い粒子のようなものに流されていた。先ほど、ロケットから逃げられなかった人たちとよく似ている。デンパくんはNと書かれた赤い箱に当たると動きを止めた。痛そうにしているが、消滅することはないだろう。N箱の反対側には、Sと書かれた箱がある。

 他にも、断線されて火花を散らしている配線や、燃料制御を行っているはずのエンジンが異常なほど蒸気を噴出していた。

 そして電脳の中枢。コントロールパネルと思われる場所。そこに彼はいた。

 

「ウォオオオオオオ!!」

 

 雄たけびを上げ、両手の剣を広げるその姿には、怪物という言葉が相応しい。

 見るものを怯えさせる彼に、スバルは臆することなく近づいた。

 

「マグネッツ。すぐやめるんだ、こんな事!」

 

 呼びかけられて、マグネッツのほうもようやくロックマンを認識した。

 

「ウウウウ、違う!」

「え?」

「俺様の名前はスペード・マグネッツ。俺は生まれ変わったんだあああ!」

 

 どうやらそれが今の彼の名前らしい。額にスペードのマークが書かれていることから命名しているのだろうか。

 

「スバル、悠長に話してる暇はねえぞ!」

 

 ウォーロックの言うとおりだ。一刻でも早く爆発を止めなくては。できればマナブのウィザードを傷つけたくはないが、そんなことも言っていられない。

 

「行くよ、マグネッツ。バトルカード、キャノン!」

 

 ロックマンの左手が大砲へと変わり、火を噴いた。大口径の弾がスペード・マグネッツの顔面に直撃する。顔が少しのけぞった。ダメージは確実に入ったようだ。

 

「無敵の俺に挑むか。グラビティロケット!」

 

 スペード・マグネッツの前に、三つのミサイルが召喚された。ロックマンに向かって真っすぐに飛んでくる。

 ロックマンは横っ飛びで躱そうとした。だが最後の一発は避けきれそうになかった。

 

「ガード!」

「任せろ!」

 

 ロックマンが左手を掲げると、緑色の盾が出来上がった。ウォーロックの体の、緑色の部分を硬質化させたもので、たいていの攻撃はこれで防ぐ、もしくは緩和させることができる。今回も予想通り、衝撃も爆風も防ぎきることができた。

 だがこのミサイルにはもう一つ、あるものが込められていた。ロックマンの体に黒いものがまとわりついた。

 

「うわっ! なにこ……れ?」

 

 慌ててその場から離れようとして気づく。足が動かない。厳密には、足の裏が床にぴったりとくっついて離れない。

 足元を見ると、黒い円状のものが広がっている。二度、三度と足を動かそうとするが、しっかりと吸着されていて微塵たりとも動かない。磁力を利用した重力空間だろうか。

 

「かかったな。粉砕してやる!」

 

 スペード・マグネッツに動きが……いや、変化があった。両肩の赤と青の突起。それが上にスライドし、両手が格納される。上半分は細く、下半分は太い円錐。その姿はまさしくロケット。

 

「アクシスジェット!」

 

 そのまま回転し、炎を吹き出し、高速で突っ込んできた。

 

「逃げっ!」

 

 躱そうとするが、まだ足は離れてくれない。

 

「ガード!」

 

 ウォーロックが自ら盾を展開した。盾とスペード・マグネッツが触れる。その次の瞬間には、ロックマンは大質量に撥ね飛ばされていた。

 

「うわあああ!」

 

 数回ほど回転し、壁に体を打ち付けた。ガードは便利だが、これはさすがに防げなかった。

 

「スバル、この程度でくたばっちゃいねえよな!?」

「当たり前でしょ!」

 

 痛いといえば痛いのだが、動けないほどではない。ロックマンは立ち上がり、ロケットの状態で再び突っ込んでくるスペード・マグネッツに向かって、キャノンを連続で放った。確かに威力は高いが、しょせんは真っすぐ突っ込んでくる体当たりだ。ならば高威力の遠距離攻撃を当ててやればいい。効いているようで、少し速度が落ちた。

 

「スバル、このバトルカード使ってみたらどうだ?」

「あ、なるほど。バトルカード、シュリシュリケン!」

 

 ロックマンの背後から手裏剣が突然飛んできた。両手で抱えれそうなほどの大きさだ。それは正面から突っ込んできていたスペード・マグネッツに見事に刺さった。

 

「グワアアッ!」

「効いた!」

「へっ、やっぱり電気属性だったな!」

 

 磁力を操れることから、スペード・マグネッツは電気属性であると、ウォーロックは予想したのだ。木属性であるシュリシュリケンは、電気属性の相手にダメージが大きい。スペード・マグネッツはたまらずロケット形態を解除すると、突っ込んでくる勢いのままロックマンに接近し、赤い右手の剣を振り上げた。

 

「マグネットソード!」

 

 大きく横に一薙(ひとなぎ)してくる。だが大振りだ。反対側……スペードマグネッツの左手側に移動すれば容易に躱せる。スペード・マグネッツもそれは理解していたのか、立て続けに左手の剣を振り下ろしてきた。

 

「ソード!」

 

 ロックマンの左手が一本の剣に代わり、その剣を打ち払った。そのまま後方に飛び退いて距離をとる。

 

「どうだ、スバル?」

「うん、確かに力はある」

 

 左手には少しだけしびれが走っている。動きを封じてくるミサイルは厄介だし、ロケット形態の突撃もかなりの威力だ。スペード・マグネッツの実力は確かに高く、並みのウィザードでは相手にならない。FM星人たちや、ムー大陸の電波体たちに匹敵するだろう。

 だがロックマンは彼らを倒してきた。そいつらを上回る強敵とも戦ってきた。この程度の相手なら、もう攻略法は見えてきている。

 

「グレートアックス!」

 

 巨大な斧を召喚した。破壊のみに特化したその形状からは、高い攻撃力を秘めているのが一目で分かる。問題点は形状だ。斧は長い柄の先端についているため、取り回しが難しいのだ。なにより、まだ小学五年生のスバルの体格にまるで合っていない。ちなみに木属性の武器なので、ただでさえ高い攻撃力は、スペード・マグネッツ相手にはさらに跳ね上がる。

 もちろん当たればの話だ。

 

「フウウウ、それで俺を倒そうっていうのか!」

 

 ロックマンは大きく振りかぶってから走り出す。スペード・マグネッツがグラビティロケットを放ってきた。重い斧を持っているロックマンに避けるすべはない。右手と右肩で斧を支えて、自由になった左手でシールドを展開して防ぐ。重力場が足元に形成され、動けなくなる。

 だが動けなくなっただけだ。ロックマンにダメージはない。スペード・マグネッツからすれば、近づく以外に攻撃手段がないのだ。

 

「切り刻む。マグネットソード!」

 

 両手の剣を広げて近づいてきた。グレートアックスの射程内に入る。

 

「今だ!」

 

 ロックマンがグレートアックスを縦に振り下ろした。だがこんな大振りな攻撃、スペード・マグネッツも分かっているはずだ。案の定、横に動いて軽々と躱された。

 

「終わりだ!」

 

 スペード・マグネッツがロックマンに接近する。(かた)や斧を振り切って隙だらけのロックマン。片や右手の剣を振りかぶっているスペード・マグネッツ。勝敗は決していた。戦っているのが彼らだけならば。

 

「ビーストスイング!」

 

 ロックマンとスペード・マグネッツの間に、青い影が割り込んだ。ウォーロックは自慢の爪で、スペード・マグネッツの右腕を斬った。右手が大きく後ろに下がる。

 

「ぐわ!? こ、この!」

 

 隙だらけの攻撃を見せてスペード・マグネッツを誘い込み、ウォーロックで対応する。それがスバルとウォーロックの作戦だった。

 スペード・マグネッツは無事な方の左手で切りかかろうとするが、もう遅い。眼前に敵がいる状態で無防備をさらしてしまったのだ。

 

「バトルカード、ウッドスラッシュ!」

 

 木属性の剣をスペード・マグネッツの懐に突き刺した。彼の口から「ガ、ア……」と苦痛の声が漏れる。

 

「ごめんね、マグネッツ。これは君を助けるためなんだ」

 

 そしてそのまま胴を切り裂いた。ウォーロックももう一発、顔にビーストスイングを叩き込んだ。完全な致命傷。

 

「こ、こんな馬鹿な……お、俺は無敵じゃ……」

 

 グルンと仰向けに倒れるスペード・マグネッツ。巨体は床に叩きつけられると、赤色の電波粒子をまき散らし、霧散した。赤い電波粒子は集まりだし、幾つかの赤黒い球体へと変わった。その中央で横たわっていたのは一体のウィザード。白い体に、頭には赤いラインと、サングラスのような黄色い目。額にはMの文字。昨日見たマグネッツの姿だった。

 

「大丈……ウッ!」

 

 駆け寄ろうとしたとき、体に痛みが走った。たまらず膝をつく。

 

「どうしたスバル?」

「いや、なんでも……」

 

 体のあらゆる場所から、何かに突き刺されたような痛みだった。だがすぐに治まった。たぶん気のせいだろう。

 

「それより……!」

 

 マグネッツは横たわったまま動かない。慌てて抱き起こす。

 

「無事だよなおい? 返事しろおい!」

 

 ウォーロックはペチペチとマグネッツの頬を叩く。顔が右に左にと往復される。

 

「ちょ、ちょっとロック。乱暴だよ!」

 

 だがそれが効いたらしい。マグネッツの腕がピクリと動いた。

 

「う、う~ん……」

「気づいた!?」

「こ、ここは……どこッスか!? あれ、ロケットの中ッスか?」

 

 飛び起きて、あたりをうかがうマグネッツ。どうやら無事らしい。暁シドウとアシッドが、暴走ウィザードを倒したことから大丈夫だろうとは思っていた。だがこうして彼が生還したのを確認して、初めてスバルは胸をなでおろした。

 

「良かった……」

 

 その時、左手のハンターVGがピピピと音を立てた。

 

「あ、電話だ」

 

 エアディスプレイを開くと、ルナが映った。

 

『どうやら上手くいったみたいね』

「委員長、そっちは?」

『大丈夫、暴走も磁力も止まったわ』

「ならもう大丈夫だね」

 

 これでロケットが爆発することはない。電脳世界を直したら、ロケットはすぐにでも飛び立てるだろう。ここからはマナブたちの仕事。これで一件落着だ。

 

「上だスバル!」

「え?」

 

 見上げる。黒い。いや紫か。物体? 何かが迫っている。それが顔に直撃して、ようやく炎だと気づいた。熱がロックマンの顔を焦がす。

 

「うわああ!」

 

 床を転がり、慌てて顔の炎を消す。

 

「まだ来るぞ!」

 

 続いて降ってくる紫色の炎の集団。一つは床を穿ち、一つはロックマンの足元に着弾した。

 

「隠れてマグネッツ!」

 

 第一優先したのはマグネッツの安全確保だ。未だに状況を飲み込めず、右往左往している彼を抱えて、物陰に隠れた。

 

「な、ななな何が……」

「静かに!」

 

 申し訳ないが、彼には黙っていてもらおう。対応している余裕などない。物陰から顔を出して、様子をうかがう。

 襲い掛かってきた炎の一つは箱状のプログラムに着弾したらしい。よく見ると、炎は髑髏の形をしていた。燃え移った物体を糧に大きくなったようで、髑髏が口を開けてロックマンを見ているような気がした。

 

「スバル、敵はあそこだ」

 

 ウォーロックが指さした。ロックマンたちがいる場所より少し上の階層。そこに黒い影がある。ここからではよく見えないが、翼を広げているようにも見える。

 いったい何者なのだろうか。なぜ攻撃してくるのだろう。いやそんなことは関係ない。攻撃してくる以上は応戦しなければならない。

 

「ここにいてマグネッツ!」

 

 震えている彼にそれだけ告げて、物陰から飛び出した。途端に炎の弾幕が降ってきた。

 

「シュシュリケン、ワイドウェーブ、ギザホイール!」

 

 遠距離攻撃系のバトルカードを三枚も使った。

 木属性の手裏剣と、横に幅広い水の塊と、ひらべったい円状のカッターだ。

 一枚目は速度重視で、二枚目は属性相性……敵が炎属性であると考慮して選んだ。だが本命は三枚目だ。一度だけ敵を追尾して曲がってくれる効果がある。威力は低めだが、今は戦いの序盤。敵に少しでも傷をつけて、弱らせるのが優先だ。

 三つの攻撃が、黒い影に三方向から襲い掛かる。どれか一発は当たるはずだ。そんなロックマンの淡い予想は外れた。

 黒い影は掌から炎を一発だけ放った。それは素早いシュシュリケンを正確に撃ち落とした。続いてその大きな翼を振った。いや剣のように振り下ろした。ワイドウェーブを真っ二つに切り裂いたのだ。当たれば高いダメージが期待できたが、目の前で破壊されれば当然傷はつけられない。

 だがその間にギザホイールが敵に到達した。当たると思った時には、黒い影は空高く跳躍した。ギザホイールが90度角度を変えて追いかける。だがそれも、空中で軽く羽ばたいて横にずれることで避けて見せた。

 

「嘘っ!」

「隠れろスバル!」

 

 ロックマンは転がるように、別の物陰に身を潜めた。これはまずい。敵は相当の手練れだ。すぐに撃退なんて無理だ。これは観察と対策をしっかりしなくては、返り討ちにあう可能性すらある。だが一番の問題点はマグネッツだ。彼は今も震えて縮こまっている。まずはどうにかして彼を逃がさなくては。

 

「考えてる暇ねえぞ!」

 

 見ると、黒い影は両手に炎を召喚していた。またあの攻撃が来る。とにかくここから離れるべきだ。敵を引き付けて、マグネッツの安全確保が第一優先だ。

 だがそれは必要なかったらしい。黒い影は突然動きを止めた。手の炎が少しだけ小さくなった気がする。何秒間かその場で佇むと、舌打ちして手の炎を消した。そして空高く飛び立っていった。おそらく、電脳世界から出て行ったのだろう。彼に続いて、あたりに漂っていた赤い球体も空へ昇って行った。まるで何かに引き寄せられているかのよう思えた。

 この場には静寂だけが残った。

 

「……帰っ……た?」

「みてえだな……ちっ、何だったんだあの野郎……」

「……さあ?」

 

 予測するには情報が少なすぎる。

 

「あ、あの……一体、なにがあったんッスか?」

 

 それでも、マグネッツを助けることはできたのだ。今はそれで良しとしよう。




育田(いくた)道徳《みちのり》
 コダマ小学校5年A組の担任の先生。僕たち皆の人気者。7人の子供を持つお父さんです。
 アフロと、首から下げた二つのフラスコが特徴。それぞれにはコーヒーとミルクが入っており、いつでもコーヒー牛乳が飲めるらしいです。お腹を壊さないのでしょうか?
 学校の教科書通りの授業はあまり好きではなく、様々な面白い話をしてくれる。そのせいで、一度学校ともめたことがあります。
 育田先生はほとんど覚えていないみたいですが、FM星人のリブラに取りつかれて、事件に発展しました。まあこれ、後でスバル君から聞いた話なんですけれどね。

〇こうちようすけ
 二学期から新たに就任した校長先生。校歌を変えようと意気込んでいる。まだ就任したばかりで、あまりよくは分からないです。悪い先生ではないみたいなんですが、前の校長先生がアレだったから不安です。

〇おおごえねっしょう
 前の校長先生。成績第一主義で、学習電波を導入しようとして、事件に発生しました。(事件を起こしたのは、リブラと電波変換していた育田先生ですが)
 その後、育田先生を解雇しようとして、理事長先生に拒否され、自分が解雇されました。
 今では演歌歌手として活動していて、それなりに成功してるみたいです。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第18話.空にレゾンを

今日はロックマンの日ですね!

これにて第一章が閉幕です
第二章、近日中に公開出来たらいいな……


 コダマ小学校のロケット打ち上げ式。トラブルこそあったものの、怪我人一人出ることもなく治まった。マナブたちは急いでシステムを復旧させた。といっても、ウィザードのマグネッツとコイルがいるので、さほど時間はかからなかった。

 点検が終わり、とうとうその時が来た。

 

「ほらよ、マグネッツ」

 

 ウォーロックはマグネッツにある物を渡した。電子データだ。

 

「これは……」

「昨日、スバルのやつがプレゼントするって約束したの、忘れたか?」

「あ、あれッスか。ありがとうッス!」

 

 マグネッツは中を見てみた。それは集合写真だった。マナブと科学部二人、スバルたちルナルナ団。コイルにウォーロックにペディア。皆が映っている。

 

「オイラは一人じゃない……」

「そういうこった。がんばれよ」

「はいッス!」

 

 マグネッツは喜んで受け取ると、ロケットの中に入った。

 

「じゃあ、マグネッツ。今度こそ行くよ?」

「はい、了解ッス!」

 

 マナブが合図を送る。カウントダウンが始まる。そして発射の合図。噴射口が火を吹き出し、徐々にロケットが持ち上がり……勢いを増して空へと飛び立っていった。

 歓声。町のあちこちから見守っていた人々が手を叩き、手を振る。だが間違いなく、一番胸躍らせていたのはマナブだろう。やがてロケットは見えなくなる。そしてハンターVGに送られて来たデータ。マグネッツが撮影したその画像には、見渡すばかりの星の海。

 

「やった……やったあああああ!!」

 

 両手を上げるマナブ。彼らのハンターVGが電子音を鳴らした。

 

 

―― チーム名:科学部×ルナルナ団 ――

―― レゾン :ロケットを打ち上げる ――

 

―― レゾン達成 ――

 

 

 告げられたのは文字の羅列。だがスバルを有頂天にするには十分すぎた。たまらずマナブの手を取った。

 

「おめでとうございます。部長さん!」

「うん、ありがとう!」

「ぶちょ~!」

「ええん、ぶちょ~!」

 

 ポン太とリカがマナブに抱き着いてきた。ルナたちも涙を流していた。

 

「僕たち、すごい場面に出会っていますうう!」

「うおおおお! がんどうじだぜえええ!」

「ええ、ほんとすごいわ。これがレゾンなのね」

「……そうだね」

 

 スバルは皆から離れて、もう一度空を見上げた。相変わらず、赤い星が瞬いている。

 今、マグネッツは宇宙にいるのだ。それはつまり、今最も大吾に近い場所にいるということだ。

 

「もしかしたら、父さんとすれ違ったりしてるかもね」

「そうだな、これからのマグネッツの活躍が楽しみだぜ!」

「父さん、僕もいつか……」

「じゃあその夢、協力させてくれないかな?」

「え?」

 

 肩を叩かれた。目に涙を残していたが、マナブは満面の笑みだった。

 

「スバルくんは僕の夢を叶えるのに協力してくれた。なら、今度は僕の番だよ」

「部長さん……」

「僕がWAXAのロケット開発部門に、君は宇宙飛行士に。そうしたらさ、二人で星河大吾さんを探しに行けるよね?」

「……はい!」

 

 なんて頼もしいのだろう。志同じくしてくれる人がいてくれる。これほど嬉しいことはない。

 

「というわけでスバルくん……」

 

 マナブがハンターVGを取り出した。それだけで意味は伝わった。スバルも取り出し、向け合った。通信音が鳴る。ブラザーリストには新しい人が一人。

 

「お願いします。部長さん!」

「ああ、よろしく!」

 

 

 そんな二人の光景をにこやかに観察している者がいた。場所は学校の屋上。貯水タンクの上に腰かけている一人の青年。

 

「うんうん、さすが星河スバルとウォーロック。俺が見込んだ男だ」

「ウォーロックは評価に値しないと思いますが」

 

 暁シドウの隣にアシッドが顔を出した。

 

「良かったのですか、私とシドウならもっと早く効率的に解決できたはずですが」

「今回は彼らの実力を確認したかったからな。サテラポリスにある記録は、あくまで間接的に得た情報だろう?」

 

 つまり不確かだと言いたいらしい。

 

「それに、あの二人でどうにもできそうになかったら、その時に初めて俺たちが動けばいい。スピカモールの時のようにな」

「はぁ、まあ無事に解決できたから良かったのですが……ウィザードの暴走のせいで、大量のノイズの塊であるクリムゾンが発生してしまいました。加えてキング財団に持ち去られたようです。今後、奴らの活動は本格化してきますよ」

「そのための、今回の戦力調査だろ? スカウトに値するか、見極めないとな」

 

 そう言って、暁シドウは立ち上がった。

 

「とりあえず、ロケット打ち上げ成功をお祝いして、一服!」

 

 胸ポケットからうまい棒を取り出すと、サクサクサクと軽快に食しだした。

 

「……食べすぎではありませんか、シドウ?」

 

 

 ロケットの打ち上げに、お祝いムード一色となる町。姉と弟はそれを冷ややかに眺めていた。

 

「けっ、さっきまで危なかったってのに、呑気な奴らだぜ」

「呑気はあなたよ」

 

 姉の言葉に、弟は首をすくめた。

 

「だってよ、スペード・マグネッツじゃ勝てねえっていうから……姉ちゃんが止めなかったら、今頃この町は吹っ飛んでたのによ」

「ロックマンは私たちの最大警戒対象よ。無計画に電波変換した姿をさらしたこと、反省しなさい」

「……ちぇ、分かったよ」

 

 弟が観念したとき、タイミングよく姉のハンターVGが着信音を告げた。

 

「そろそろ来ると思っていたわ」

「けっ、まためんどくせえ報告かよ」

 

 姉がエアディスプレイを開くと、SOUND ONLYと表示された。

 

『報告を聞こうか』

「はっ!」

 

 姉は恭しく敬礼した。相手にも姿は見えていないはずなのだが。弟はというと、ポケットに手を突っ込んで、背中を向けている。

 

「……以上です。ノイズドカードの性能テストと、クリムゾン生産回収の結果は上々です」

『だが、報告にあったロケットの爆発は失敗したのだな?』

「……はい」

『ふん、そんなものか』

 

 その態度は、弟を怒らせるのに充分だった。

 

「おい、言っとくけれどな……!」

「やめなさい!」

 

 姉のピシャリとした声。弟はすぐに口を閉じた。

 

「ロックマンの邪魔さえなけりゃ……」

『そう、そのロックマンだ。お前たちの次の任務だ』

「は?」

「どういうことです?」

 

 これには姉も眉をしかめた。

 

『ロックマンの正体は、コダマ小学校の11歳の生徒であると情報をつかんだ』

「は、まじかよ。俺と同い年かよ!?」

『もう分かるな。お前たちにはコダマ小学校へ潜入調査してもらう』

 

「了解しました」と言おうとした姉の言葉を遮り、弟は反論した。

 

「あんな奴、大したことねえよ。俺が一人でぶっ倒してやるよ!」

『ならん。私は今すぐロックマンを倒そうとは思っていない。あれは研究対象として非常に興味がある。強さの秘密と、弱点を徹底的に探り出すのだ』

「……ちっ!」

 

 弟を手でいさめて、姉はコホンと咳払いした。

 

「了解しました」

『うむ……クインティア』

「は!」

 

 姉が姿勢を正す。

 

『ジャック』

「おう」

 

 弟が不機嫌に返答する。

 

『失敗は許さん。お前たちは私の手足となって働いていればそれでよいのだ。分かったな?』

「はい、すべてはミスターキングの仰せのままに」

『よろしい』

 

 ねぎらいの言葉一つかけることなく、ブツリと通話が切られた。

 

「姉ちゃん……いつまでこんなこと続けるんだよ」

「ジャック、我慢しなさい。せっかくここまで来たのだから。あと少しよ」

 

 クインティアはそう言って、空を見上げた。そこには赤黒い不気味な星。

 

「そういえば姉ちゃん、知ってるか? 流れ星の話。消えちまう前に3回願い事を言うと叶う……だってよ。馬鹿みてえだよな」

「ええ、そうね。でも、もしそれが本当なら、私たちの願いは叶うわ。だって、あの赤い流星は消えることがないのだから」

 

 姉はそれに向かって手を伸ばした。

 

「この星が終わる、その日まで……」

 

 赤い流星は、ただ不気味にたたずんでいた。

 

 スバルとウォーロック。二人の戦いは、まだ始まったばかりである。





〇クルスガワ カオリ
 コダマ小学校の売店のおばちゃん…と見せかけて、その正体は理事長先生です。校長先生よりも偉いです。普段は売店で子供たちの成長を見守っているのだとか。
 理事長先生が作る焼きそばパンは絶品で、学外から買いに来るおじいちゃんがいるくらいです。
 ちなみに、最近はうまい棒を買い占めていくイケメンの兄ちゃんがお気に入りだと言っていました。誰のことなんでしょうね~。

〇うつかり しげぞう
 コダマ小学校に焼きそばパンを買いに来るお爺ちゃん。その正体は、キズナプロジェクトの元開発チーフ。スバルくんのお父さん、星河大吾さんの元上司です。天地守さんの恩師でもあります。
 スバル君のお父さんたちを切り捨てる決定を下したことは、ずっと後悔していたみたいです。
 FM星人との戦いの際には、スバルくんを宇宙に送り出すために協力してくれました。
 お酒好き。


 参照.マロ辞典より抜粋


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二章.流星ソング
第19話.WAXA壊滅


 フジ山なのか、フジヤマなのか、フジマウンテンなのか、調べるのに苦労しました。
 流星のロックマンの用語辞典とか欲しい。

 ちなみに、今回登場するキャラは公式でも名前が明かされていません。重要キャラなのにね……。明らかになる日は来るのかな?


 WAXA。それはサテラポリスとNAXAが合併してできた組織。凶悪化する電波犯罪に対抗するため、この二つの組織は連携する道を選んだのである。

 そんなWAXAニホン支部はフジ山の頂に設けられている。厳重な審査を通った優秀な職員たちが、ニホンや国際社会の治安維持のために、日夜働いているのだ。

 そして今日も……いやこの日は特別だった。基地内に設けられた指令室。ずらりと並ぶコンピューターに、厳しい目をした職員たち。

 彼らの中に、一人だけ違う階級章をつけた男性がいた。役職は長官。そう、このニホン支部のトップに立つ男だ。年齢は50代くらいで、白みがかかった髪と、穏やかそうな目に、口髭を蓄えている。

 

「長官……」

「うむ」

 

 女性隊員の一人が展開したエアディスプレイ。そこには宇宙に浮かぶ赤い星が映っていた。横に並ぶデータを見て、長官は苦い顔をした。

 

「メテオGの速度が上がったか……」

「はい、しかも進行方向を地球へと、さらに変えました。これにより、地球に衝突する可能性は67%にまで上昇しました」

 

 彼の隣にいた、緑色のウィザードも腕を組んだ。体が量産型に比べると少し大きい。長官のウィザードだ。

 

「昨日のコダマタウンでのウィザード暴走事件ですが、やはりクリムゾンの反応があったようです」

「やはりか。それで回収はできたのか?」

「いいえ。残念ながら」

「そうか。キング財団に先を越されたか……」

 

 本当に忌々しいと、長官は歯をかみしめた。

 

「クリムゾンの発生が確認されるたびに、メテオGと地球の衝突率が目に見えて上がる……本当に何なのだ、あれは」

 

 女性隊員がエアディスプレイを操作しながら答えた。

 

「元素素性など、あらゆる情報が不明となっております」

「ヨイリー博士の力をもってしても……か」

 

 あの人にできないのなら、他の誰にもできないだろうと長官は結論付けた。むろん、もう少しすれば分析してくれるだろうが。

 

「とにかく、これ以上クリムゾンが発生すると危険です!」

「長官、早く対策を立てないと……」

「落ち着くんだ、二人とも」

 

 ウィザードと女性隊員に、できる限りゆっくりと、声を和らげて告げた。こういう場合は大きな声を出したり、強い口調で言うと逆効果だ。

 

「慌てることはない。君たちも知っているな、現在何が行われているのか」

 

 女性隊員が姿勢を正した。

 

「WAXAのアメロッパ、シャーロ、アッフリク、そしてニホン支部による同時作戦ですね」

「そうだ。他にもいくつもの支部が参加している。アメロッパが中心となった、メテオGの軌道変更作戦だ」

 

 アメロッパのサテラポリスは世界一優秀だ。その地位はWAXAとなった今でも揺るがない。加えて、自分たちを含めた組織が協力しているのだ。部下たちの頼もしさを、長官はよく理解している。

 空に浮かぶあの赤い星はさっさと駆除してしまいたい。緘口令(かんこうれい)を出して情報を隠蔽しているが、限界がある。不安を抱える民間人も多く出てきている。

 だがそれももうすぐ終わる。

 

「このミサイル作戦が成功すれば……」

 

 そんな期待を裏切るように警報が鳴った。

 

「な、なに!?」

 

 驚く女性隊員のとなりに、男性隊員が駆け寄ってきた。

 

「大変です!」

「どうした!?」

「アメロッパ、シャーロ、アッフリク、その他のWAXA主要支部の機能停止を確認。壊滅状態です!」

「な、なんで……」

「リンクを切断せよ!」

 

 うろたえる女性隊員を遮り、その場にいる部下たちに命令を下した。世界中にあるWAXA支部がほぼ同時に壊滅するとなると、無線ネットワークを通じたハッキング攻撃の可能性が高い。ここは各支部とのリンクを切断し、安全を確保するしかない。

 隊員たちは即座に操作パネルに手を伸ばした。機械音が鳴りやみ、静かになる。

 

「……どうだ?」

「……大丈夫です!」

 

 少し離れたところにいる隊員と、彼の相棒のウィザードが答えた。

 

「ギリギリで間に合いました。リンク切断完了。ニホン支部の機能に被害はありません」

「ご苦労。皆よくやってくれた」

 

 隊員たちからホッと声が上がった。

 

「ところで、原因は?」

「メテオGに向けて発射されたミサイルです。メテオGに接近したことにより、大量のノイズを浴びてしまったのが失敗でした」

 

 ミサイルの状況把握のため、アメロッパ支部はミサイルから送られてくる情報を受信していた。それがノイズの侵略経路になってしまったのだろう。リンクをしていた支部にも伝染してしまったのだ。

 

「ニホン支部が助かったのは運だな。地球の反対側に位置していたのが幸いした」

「ですが……他の支部はもう……」

「これではメテオGへの対抗戦力が……」

 

 男性と女性隊員が肩を落とす。他の隊員たちも意気消沈を隠せないようだった。

「パン!」と掌を叩く音がした。長官に皆の目が集まる。

 

「皆……メテオG破壊ミッションは我々に託された。嘆いている暇はない」

 

 隊員たちの目が険しくなった。

 

「今、メテオGに対抗できるのは、このニホン支部にいる僅かなメンバー……我々の双肩にかかっているのだ。この地球に住まう全ての人々の命運は、我々の決意によって決まるのだ。総員、奮闘してもらいたい!」

「……はっ!」

「はいっ!」

 

 隊員たちの顔から不安が消えた。

 

「よし。科学チームはメテオGの素名分析を進める。ヨイリー博士の指示に従え!」

「了解です!」

「データ分析班はメテオGの軌道を再調査せよ!」

「はっ!」

「サテラポリスにはバトルチームの増員を要請してくれ。作戦実行班は彼らになる可能性が高いからな」

「分かりました!」

 

 隊員たちが忙しく動き始める。作戦室には喧騒に包まれた。

 

「……長官」

 

 ウィザードが顔色をうかがってきた。長官は「分かっている」と頷いた。

 

「今はこれでいいのだ」

 

 部下の前では勇ましく振舞ったつもりだ。だが現実は残酷だ。多くの支部が壊滅してしまった今、孤立無援となったニホン支部だけでどうやって対抗しろというのだろう。絶望的という言葉が生ぬるくすら感じる。

 それでもやるしかないのだ。長官たる自分が折れるわけにはいかないのだ。それが例え、奇跡に縋りつくようなことだとしても。




〇スティーブ
 NAXA所属。キズナプロジェクトのメンバー。
 星河大吾さんと共に、宇宙ステーションキズナに乗り込んだ宇宙飛行士の一人です。
 現在は宇宙で行方不明扱いになっています。

 参照.マロ辞典より抜粋


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第20話.レジェンドマスター・シン!登場!!

 ついに!流星のロックマンの1作品目から登場していたあのキャラが、満を持しての登場です!

 あ、再登場の予定はないです。


「暴走ウィザードの事件についてですか?」

 

 登校の途中、スバルは偶然キザマロに出会った。おはようとあいさつを軽くかわすと、すぐに本題を切り出した。

 

「そう。ずっと調べてるんだけれど、全然分からなくってさ」

 

 スピカモールに続いて、マグネッツの暴走。スバルの身近で二件も事件が起きているのだ。それも二日連続。このオタク少年が気になって調べるというのは、餌を前にした小動物が、わき目も振らずに突っ込んでいくのと同レベルの話である。

 

「う~ん、なるほど……」

 

 キザマロは腕を組んで悩みだした。意識がそっちに取られるため、歩幅が狭くなる。小柄なキザマロの歩行速度がさらに遅くなった。スバルもそれに合わせる。

 

「あ、それってノイズかもしれませんよ」

「ノイズ?」

 

 聞いたことのない言葉だった。

 

「なんだそりゃ?」

 

 スバルのハンターVGからウォーロックが出てきて尋ねた。

 

「僕もあまり分かってないんですけれど、なんか悪い電波みたいなものらしいですよ」

「悪い電波?」

「電波に良いも悪いもあるのか?」

「えっと……僕が説明するよりも、この前見た動画の方が分かりやすいですね」

 

 キザマロは少し首をひねると、エアディスプレイを出した。

 

「ペディア、シンさんの動画を開けてください」

『任せて』

「僕が見たのはこの人の動画です。確か……」

『これだね』

「そう、これです!」

 

 ペディアが開いたのは動画配信サイトだった。さっそく動画が流れ出す。

 

『イッツ、レッジェエエエエエンド!!』

 

 バカでかい声に、画面いっぱいに男性の顔がデカデカと映った。たぶん年齢は20前後。キラキラした目がやけに特徴的で、服も上着もズボンもほぼすべてが白だ。赤いネクタイと、アンテナがついた黄色いサングラスをつけている。髪は茶色っぽい。

 

「……誰、この……」

「変な奴だな、こいつ」

「うん、ロックにだけは言われたくないと思うよ」

 

 自分も言いそうになったことを棚に上げておいた。

 

「この人はレジェンドマスター・シンさん。電波テクノロジーの研究者で、世界的に人気な動画配信者なんですよ?」

「え、この人が?」

 

 世も末という言葉を飲み込んだ。そうしているうちに動画が本題に入っていく。シンの隣にウィザードが出てきた。おそらく彼のだろう。量産型のノーマルウィザードだ。

 

『シンさん、今日ん話題はなんね』

 

 なんかすごい訛ってる。

 

『今日はノイズについて説明しようか』

『ノイズってなんか?』

『そうだね……一言でいうと!』

 

 シンは画面手前に向かって指さすと、早口でまくし立てた。

 

『極限まで発達した電波テクノロジーが産んだメリットの代償として出現すべくして出現してしまったデメリットでありそして今我々が最も注目しそして立ち向かわなければならない人類に突き付けられた究極の課題なのさ!』

『いっちょん一言やなかなあ』

 

 スバルの目が線になった。

 

「今なんて言ったの?」

「字幕つけます?」

「いや、なくていいと思う」

 

 とりあえず続きを見よう。

 

『そうかい、じゃあ詳しく解説していこう』

 

 シンとウィザードの姿が小さくなり、それぞれ画面の端に移動した。背景が黒くなり、そこにハンターVGがポツンと置かれている。

 

『まず大前提として……ノイズっていうのは最近出てきたものではないんだ』

『そうと?』

「そうなの!?」

 

 スバルと、シンのウィザードの言葉が被った。

 画面内のハンターVGの周りに、緑というか、黒というか、角ばった線のようなものが描かれた。

 

『僕たちが使っている様々な機械……例えば最も身近なのがハンターVG。他にも車やら自動販売機やらエアコンやら電灯やらモニターやら、それら全てからノイズは産まれているんだ。それも常にね』

「そうなのロック?」

「いや、俺も知らなかった」

「頼りないな……」

「お前にだけは言われたくねえよ!」

 

 コンビ漫才など関係なく、シンの解説は続く。

 

『このノイズがウイルスを引き付けたり、機械や電脳に障害を起こしたりしてたんだよ』

『つまり、ノイズは昔から機械ば狂わしぇとったんやなあ』

『イッツ・その通り!』

『ばってん、なんで最近になって問題になってきたと?』

 

 スバルもそれは疑問だった。人類が機械を使うようになって300年近く経とうとしている。なぜこの22XX年になってノイズが問題視されてきているのだろう。

 

『うん、当然の質問だね。最近になって変わったことって何かな?……そう、ウィザードの登場だ!』

 

 シンがパチンと指を鳴らすと、画面に変化が起きた。ハンターVGに変わって、ウィザード……訛っているウィザードの写真が映った。彼の周りにも、黒緑いろの角ばった物が漂っている。

 

『僕らのパートナーなった新しき存在、ウィザード。君には言いづらいんだけれど、原因はここにあるんだ』

『僕に問題があると?』

『……最近の研究で分かったことなんだけれど、ウィザードは今までの機械とは比べ物にならないくらい、たくさんのノイズを生成していることが分かったんだ』

 

 ウィザードの周りにある黒緑の線が多くなった。

 

『ぼ、僕らがノイズをば?』

 

 シンの表情は真剣なものだった。かなりデリケートな部分だと分かっているのだろう。ふざけているようだが、根はしっかり者なのかもしれない。

 

『そして最初の話……ノイズは周りにある機械などに障害をもたらす。そう、ウィザード自身にも悪影響を与えてしまうんだ。その結果、暴走してしまうことだってある』

「暴走!?」

 

 スピカモールのウィザードと、マグネッツを思い出した。

 

『その暴走が起きてしまうと……』

 

 画面に映っていたウィザードの写真が赤くなった。暴走しているという表現なのだろう。その周りにあった黒緑色の角ばった物。それらの量が大幅に増えた。

 

『このように、とてつもない量のノイズが生まれてしまう』

『悪循環やなかと!?』

『そして大量に集まってしまったノイズは……』

 

 緑色の角ばった物が集まりだし、赤色の塊に変わった。

 

『こうして塊……結晶となってしまうんだ。これを学者たちの間ではクリムゾンと呼んでいるんだ』

「クリムゾン……」

『クリムゾンがどんな害をもたらすのかはまだ分かっていないんだ。だけど、人類にとって良くないことだけは確かだね』

 

 画面の背景が消えた。画面端で小さくなっていた二人が元の大きさに戻る。

 

『ウィザードは僕ら人類の新しいパートナーだ。電波テクノロジーが産んだ最高の発明品とっても過言ではないと思う。その一方で、ノイズやクリムゾンという新しい問題が生まれてしまったのも事実。僕たちは人類は、この問題としっかりと向き合っていかなくてはならないんだ』

 

 最初の「イッツレジェンド」と騒いでいた時は、まるで別人のような振る舞いになっていた。となりの彼のウィザードは、しょんぼりと肩を落としていた。

 

『ごめんね、シンくん。僕らが生まれてこな、こげん問題は起きんやったとに……』

『それは違うよ!』

 

 大きすぎる声に、スバルとウォーロックは思わず耳をふさいだ。

 

『良いかい、問題っていうのはね。消していくものじゃない。解決していくものなんだ。何かを解決したら、次に新しい問題が生まれていく。それの解決方法を探して、また新しい問題が生まれて……それを繰り返してきたからこそ、今の文明社会があるんだ』

 

 シンは視聴者に顔を向けた。

 

『ウィザードはノイズを生み出す害なんかではない。僕らの大切なパートナーだ。僕たちがすべきことは、人間とウィザードが共に生き、ノイズやクリムゾンを克服した社会を築く。それが僕たちが目指すべき場所だ。だからこそ、君も僕に力を貸してほしい。相棒!』

 

 そう言って、相棒のウィザードの肩を叩いた。

 

『シンくん……分かったばい。僕、頑張るばい』

『ありがとう』

 

 シンとウィザードは笑みを浮かべて、固い握手を交わした。

 

『さて、今回の動画はここまで』

『高評価してくれると嬉しか』

『じゃあ皆……次の動画で会おう。イッツ、レッジェエエエエエンド!!』

 

 そうして動画は終わった。それなりに良いっぽい話を聞いたはずなのに、なぜだろう。感想は「うるさかった」が半分を占める。

 

「ありがとう、キザマロ」

「いえいえ。お役に立てて何よりです」

 

 ノイズ……スピカモールのウィザードとマグネッツの暴走の原因はおそらくこれだろう。

 クリムゾン……マグネッツと戦ったときに出てきたあの赤い塊がそうだったのだろうか。

 

「まあ安心しろスバル。俺はノイズなんかにゃやられねえよ」

「いっつも暴走してるけれどね」

「んだとこら!」

「ほらね」

 

 そうしているうちに学校についた。

 

「急ぎましょう、スバルくん!

「そうだね。なんたって今日はあの日だもんね!」

 

 スバルとキザマロは教室へと向かった。意気揚々とだ。今日は特別なイベントがあるからだ。

 




〇レジェンドマスター・シン
 電波テクノロジーの研究者。とりあえずレジェンドという言葉が好き見たいです。
 他にも、バトルカードを立て続けに使って敵を鮮やかに倒すという、ベストコンボの紹介や収集なんかもしていたらしいです。
 なんとういか、ユーモアと元気でいっぱいの人だと思います。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第21話.転校生と教育実習生

 スバルのクラスのモブキャラ達って、個性的なの多いんですよね。
 個人的には、今回登場するあの子が最強だと思ってます。なぜあんな濃いのをモブにした?

 あ、今回のあとがきはNGシーンです。魔が差して書いたのですが、本編がぶっ壊れるので……。本編とは一切関係ないです。


 5-A組の教室に入ると、いつも以上に賑やかな空気になっていた。生徒たちの話題は皆同じものらしい。

 キザマロと別れて自分の席に座ろうとすると、隣の少女が話しかけてきた。

 

「スバルくん、転校生ってどんな子だと思う。頭いいかな?」

「ひとみさん。もしかして、もう対抗意識燃やしてる?」

「もちろんよ。ルナちゃんには勝てないけれど、No.2は譲れないわよ」

「僕も負けてられないな」

 

 ちなみにスバルはクラスで3番目だ。と言っても、この少女と大差ない成績なのだが。

 椅子に腰かけると、歩み寄ってきた男子にとんでもない話題を振られた。

 

「星河よ。転校生を俺のレゾンに誘おうと考えてるのだが、どう思う?」

「やまもりくん。確か君のレゾンって……」

「もちろん『委員長に思いっきり怒られる!』だ!」

「それはやめとこ、冗談抜きで……」

 

 ひとみもうんうんと頷いている。こんなレゾン、掲げられるのは宇宙広しといえど彼くらいだろう。将来は大物になるとスバルは見ている。

 

「まあいきなり誘うんじゃなくて、徐々に誘う感じでいいんじゃないかな?」

 

 スバルが不登校をやめて、もうすぐ半年になる。こうして、ルナたち以外のクラスメイトと話す機会も増えた。このクラスに入れて良かったと常々思っている。ツカサが転校してしまったのは残念だが、それはもう仕方ない。代わりに入ってくる生徒が、このクラスに馴染めるように協力する。それが今の自分にできることだろう。

 そうしているうちに始業のチャイムが鳴った。ドアが開き、アフロヘッド……育田先生が入ってきた。

 

「皆、席に……ついてるな。そんなに楽しみか?」

「物凄く楽しみでーす!」

 

 つい1分前に、ギリギリ登校してきたゴン太が両手を上げた。

 

「じゃあ、前置きはいらないな。さっそく転校生と教育実習生を紹介しよう。二人とも、入ってきてくれ」

 

 ドアが開き、一人の少年と一人の女性が入ってきた。

 少年のイメージは黒だ。黒い服に、逆立った黒い髪。目つきは鋭く、何かを睨んでいるように見える。身長はスバルより少し低いくらいだろうか。

 女性の方はスラっとした高めの身長。長い髪を横へ広げるように結っている。笑ってもおらず、怒ってもいない、読めない目をしていた。とりあえず美人だ。年齢は20前後だろうか。

 二人は育田先生の隣に立つ。

 

「さあ二人とも、自己紹介を」

 

 女性が一歩前に出た。

 

「クインティアです。今日から教育実習生として皆さんの授業の一部を担当させていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げた。丁寧な人だ。だがなぜろう、声に抑揚が無く、冷たい印象を受けた。だが一部の男子には受けたらしい。

 

「クインティア先生、何歳ですか?」

「17歳よ」

 

「うそっ?」と声を出しそうになった。思ったよりも若かった。

 別の生徒が手を上げようとしたが、育田が手で制した。

 

「まあまあ皆、質問は後だ。待たせて悪いね、君もどうぞ」

 

 隣の少年の番が来た。彼は前に進み出ることもなく、ただ一言「ジャックだ」とぶっきらぼうに告げた。愛想のかけらもない。それにしても気のせいだろうか。ジャックは一瞬、スバルをにらんだような気がした。

 

「ジャックくん、もっと色々と話してもいいんだぞ?」

「……別にいい……」

「そ、そうかい?」

 

 育田は軽く咳払いをした。

 

「ジャックくんとクインティア先生は姉弟だそうだ。皆、仲良くするんだぞ?」

 

「はーい」と返事が上がる。

 クインティアは教室の端に移動した。授業風景を見学するためだろう。

 ジャックは育田に指さされた席へと移動した。前はツカサが座っていた場所……スバルの隣だ。

 

「よろしくね、ジャックくん」

 

 話しかけた。が、無視された。スバルの方を見ることもなく、めんどくさそうに椅子に座った。

 

『なんだ、あいつ?』

「まあまあ」

 

 多分緊張しているのだろう。そう思うことにした。

 

 

 授業中、クインティアとジャックはずっと静かだった。クインティアは授業を見学しているのだから当然だろう。だがジャックの方には問題があるように見えた。授業は退屈そうに聞き、質問も一切しない。

 それだけならまだ良い。休み時間になると決まって姿をくらませ、お昼ご飯の時も一人で黙々と食べていた。ゴン太が外で遊ばないかと誘おうとしたが、華麗なスルーを披露した。

 他のクラスメイトから尋ねられた、どんな物が好きなのとか、クインティア先生と姉弟なのは本当なのかという質問には一切答えなかった。どこの国出身なのかという問いには舌打ちしていた。

 今日一日、ジャックは誰とも会話をしていない。全身から話しかけるなというオーラが出ているのだ。最初は話しかけていたクラスメイトたちも、今は少し距離を置いているようだった。

 それを見て心配してしまうのがルナという少女である。

 

「ジャックくん、一切馴染んでいないわね」

「というか、どっかの誰かに似てる気もするんだよね……」

 

 黒っぽい見た目に、他人を寄せ付けない雰囲気。どこかあいつに似ている気がした。

 

「なあ委員長。あれじゃあ寂しくねえかな?」

 

 体は大きいが、根は寂しがり屋のゴン太らしい見解だった。

 

「こういう時こそ、委員長の出番です!」

「そうね、次期生徒会長として当然の務めよね。それに、私たちには引きこもりを復学させたっていう実績があるのですから!」

「誰の事だよ」

『てめえだよ』

 

 ルナルナ団は4人そろって、つまらなさそうに座っているジャックに近づいた。彼も気づいて、めんどくさそうにルナたちを睨んだ。

 

「ジャックくん、学校はどうかしら?」

「別に……」

 

 ジャックの目がスバルを捉えた。やはり、彼は自分に興味があるらしい。

 

「おいお前、星河スバルだな」

「え、僕のこと知って……」

「スバルくんに興味があるの? なら話は早いわ。彼はルナルナ団の一員なの」

 

 スバルを話題のきっかけにしようとしたらしい。ルナが話を始める。

 

「ルナルナ? まあ良い。それより星河スバル……」

「そうルナルナ団。リーダーが私、白金ルナよ。この5-Aの学級委員長にして、次期生徒会長の最有力候補なのよ」

「知るか」

 

 ジャックが口を曲げた。スバルでもイラっとしているが理解できたが、ルナは珍しく気づけていないらしい。善意で動いている時こそ、人は己の間違いに気づきにくくなるのだ。

 

「まあそういわずに。ルナルナ団の活動に興味ないかしら。入団したらスバルくんとも……」

「興味ねえよ。俺は今星河スバルに……」

「この前のロケットをプロデュースしたときとか凄か……」

 

 さすがにスバルが止めようとしたが、遅かった。ジャックが勢い良く立ち上がった。

 

「お前うるせえええ!!」

 

 教室がシンと静まり返った。さすがのルナも面食らっていた。

 

「なんなんだお前さっきから! 委員長だがなんだか知らねえけれどよ。ペラペラペラペラと口やかましい。俺が話そうとしてんだ、邪魔すんじゃねえよ!」

「な、なによ……」

 

 ここで反論してしまうのがルナの強気で良いところであり、悪いところである。

 

「私は親切にしようと思って……」

「余計なお世話だ!」

 

 ジャックは踵を返すと、乱暴な足取りでドアへ向かい、力任せに開けた。そして振り返った。

 

「バーカ、ドリル女!」

「ド、ドリッ!?」

 

 確かに硬質化したら掘削機になりそうな、委員長自慢のツインドリル。それを馬鹿にして、ジャックはさっさと出て行ってしまった。

 後には、静かになった5-Aの教室が残った。

 

「ねえ、私間違えたかしら?」

「いやまあ……」

 

 正直に言うと、ちょっと出しゃばりすぎたと思う。だがジャックもあそこまで怒る必要はないはずだ。なのでここはごまかすのがいいだろう。

 

「僕、ちょっとジャックを探してくるよ」

「もういいんじゃね?」

 

 次に不機嫌になったのはゴン太だった。

 

「あんな乱暴な奴、気にしないでもよ」

「そうです。委員長がせっかく声をかけているのに」

 

 キザマロも頷く。二人にとってルナは恩人だ。なのでジャックのさっきの態度は許せないのだろう。

 それを承知で、スバルは首を横に振った。

 

「いや、僕は行くべきだと思うんだ」

「それって、彼がスバルくんに興味がありそうだったからですか?」

 

 キザマロの質問に首を横に振った。

 

「ううん。そうじゃなくて……昔の僕を見ているみたいだなって」

 

「あ……」とゴン太とキザマロの声がそろった。

 5年生になったばかりのころ、スバルは誰も寄せ付けなかった。学校に誘ってきたルナたちを無視して、邪険に扱っていた。だが彼らはしつこく絡んできた。天地研究所に遊びに行くとき、どこから情報をつかんだのかは知らないが、後をつけてきたくらいだ。だが気づけば彼らのペースに巻き込まれ、だまされる感じで学校に連れてこられ……学校に通うようになり……そして今のスバルがいるのだ。

 

「スバルくん……」

「だからさ、僕はもう少しだけ頑張ってみるよ」

「……分かった。悪かったな」

「そうですね、失礼しました」

 

「良いよ」と軽く手を振った。

 

「というわけでロック、ちょっと付き合ってね」

『はあ、子供のお守りは苦手なんだがな』

 

 そういいながらも付き合ってくれるのがウォーロックである。スバルは教室の外へと歩みだした。




NGシーン

「は~い、皆! 私の名前はクインティア。クインティア先生って呼んでくれると嬉しいな。よろしくね♪」

 そこで動画は終わった。

「というキャラ作りした方が良いかと思うのだけれど、どうかしら?」
「絶対にやめてくれ……」

 ジャックが青い顔をしていたのは言うまでもない。


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第22話.誰だ?

 皆さんお待たせしました。
 いやあ、私も書くのが久々すぎて、キャラの動かし方に戸惑いました。
 とりあえず、この二人は永遠に爆発してください。


 ジャックを追いかけてやってきたのは、コダマタウンの公園だった。緑豊かで、子供たちのみならず、大人にとっても憩いの遊び場だ。公園内にあるバトルカードショップ『BIGWAVE』は開店準備中らしい。看板に電気が灯っていない。

 

「おかしいな、こっちに来たはずなんだけれどな……」

 

 ブランコや滑り台はあるが、人の影は見当たらない。今日は珍しく、学校帰りに立ち寄る子供たちの姿もない。

 

『ったく、あのジャックって野郎、世話が焼ける奴だな』

「ロックも探してよ」

 

 

 ジャックはそのBIGWAVEの屋根の上にいた。逃亡者のようにこっそりと覗き見ている。

 

「なんで追っかけてくんだよ、めんどくせえ……」

 

 腹が立つ。本当に腹が立つ。今日は朝からずっとイライラが止まらなかった。なんであんなヘラヘラ笑っている連中と、同じ空間にいなくてはならないのだ。学校の勉強内容もレベルが低い。何もかもがお遊戯に見える。

 

「ん、なんだコーヴァス?」

 

 ジャックはハンターVGに声をかけた。

 

「……なるほど、ここで電波変換して襲っちまおうってわけか……それもありだな」

 

 なぜ自分がこんなしょうもない時間を過ごしてストレスを貯めなくてはいけないのか。理由は簡単だ。ロックマンだ。星河スバルがロックマンだったのが原因だ。だったらそれを取り除いてしまえばいい。

 とうのロックマン様は、人間の姿で明後日の方向を見ている。

 

「やっちまうか……」

 

 一瞬だ。明日からも続くあの地獄の時間が簡単に取り除けるのだ。迷う理由なんてない。ハンターVGを頭上に掲げようとした。その手がガシリと掴まれた。驚いて振り返る。クインティアだった。いつもの無表情だが、弟には姉の怒りの色が見えた。

 

「いい加減にしなさい」

「ね、姉ちゃん……けれど……」

「それに人が来たわよ」

「あ……」

 

 見ると、スバルの後ろから人が近づいてくるところだった。これはもう不意打ちできるタイミングではない。ジャックはクインティアに促されるままその場を後にした。

 

 

「ん?」

 

 スバルはBIGWAVEの看板の方を見た。

 

『どうした?』

「今、誰かいた?」

『猫の間違いじゃねえか?』

「それもそうか」

 

 わざわざ店の屋根の上に昇る理由なんてない。店長の南国ケンならいざ知らず、この町に来たばかりのジャックがそんなことをする理由はないだろう。

 

「にしても、ジャックはどこに……」

「えいっ!」

「え?」

 

 突然視界が真っ暗になった。目の周りに温もりがある。

 

「ふっふっふ……動くなスバルくん。動けば命はないぞ―」

「え……え?」

 

 背後から聞こえてくる声。どうやら自分はこの人に目隠しされているらしい。

 

「さあ、私が誰か当ててみたまえ!」

 

 得意げな声。どうやら声の主はこの問題に自信満々らしい。でも簡単すぎる。

 

「え、いや誰って……ミソラちゃんでしょ?」

「ふえ……?」

 

 視界が開けた。白い手がスバルの視界から消えていく。背後の人が一歩離れたのを確認してから、スバルは振り返った。

 

「あ、やっぱりミソラちゃんだ」

 

 ピンク色のパーカー。大きなギターを背負った緑色の目をした少女がいた。だがなぜだろう、頬を思いっきり膨らませている。

 

「違うよスバルくん……」

「はい?」

「こう……なんかあるでしょ?」

 

 両手を少し上にあげて、右左へと迷うように動かしている。

 

「分かっててもわざとボケるとか……こう……ね?」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ……」

 

 思いっきり溜息を吐かれた。どうやらスバルの反応にご立腹らしい。だが次の瞬間にはコロッと笑みに変わった。

 

「ま、いいや」

「良いの?」

「良いの。だって覚えててくれたもん。忘れられちゃってたら、どうしようかなって思ってたから」

「忘れるわけないじゃないか!」

 

 彼女の名前は響ミソラ。スバルと同じ11歳で、国民的人気アイドルだ。だがそんなことよりも重要なのは、スバルの初めてのブラザーだということである。そしてスバルにとって……彼自身、顔が少し熱くなっているのを自覚した。

 そんなスバルの隣に、ゆっくりとウォーロックが出てきた。いつもと違って、目が斜め下へと降りている。

 

「お、ロックくんじゃん。君もやっぱりスバルくんのウィザードになったんだね」

「おう。……で、『君も』って言うことはよ……いんのか、あいつ?」

『あら、あいつ呼ばわりはないんじゃないかしら?』

 

 ミソラがハンターVGを取り出すと、そこから水色の電波粒子が飛び出した。それは竪琴に目と口と手がついたような姿へと変わる。

 

「ポロロン、ご期待通り登場よ」

「げっ、ハープ!」

「ちょっと、『げっ』はないんじゃないの、『げっ』は!?」

「いやお前めんどくせえんだよ」

「どの辺がよ。私は尽くす女よ!」

 

 さっそく痴話喧嘩が始まった。

 

「相変わらずロックくんはハープが苦手だね」

「ロックも仲良くしたら? 同じ異星人同士なんだし」

 

 彼女の名前はハープ。ウォーロックの出身地であるAM星の、兄弟星であるFM星人だ。FM星人侵略の際に戦闘員として地球にやってきて、そのままミソラのパートナーになった。先ほどの会話からすると、今はミソラのウィザードになったらしい。

 ちなみにミソラとハープも電波変換ができる。

 

「スバル、てめえ楽しんでんだろ!」

「もちろん!」

「あああー! 腹立つー!」

 

 思わず笑いあうスバルとミソラ。そんな二人の時間は一瞬にして掻き消えた。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 絶叫が聞こえた。振り返ると、公園の入り口付近に一人の少年がいた。スバルは見覚えがないが、この街の住人だろう。

 

「ミソラちゃんだ! ほ、ほほほほ本物のミソラちゃんがいるうううう!」

 

 そのバカでかい声は大勢の人に聞こえてしまったらしい。

 

「やばいぞ!?」

 

 ウォーロックが空へと飛んだ。その間にも公園の周囲から声が聞こえてくる。

 

「ミソラちゃん、ミソラちゃんだって!?」

「あの大人気アイドル、ミソラちゃんが……!?」

「コダマタウンに来ているじゃとおお!?」

 

 ざわめきがどんどん大きくなっていく。それだけではない。足音だ。人々の足音が集まって、でかくなっていく。ちなみに、先ほどの少年は興奮しすぎたのか仰向けに倒れている。

 

「な、なに!?」

「スバル!」

 

 ウォーロックが戻ってきた。

 

「大勢の人間が押し寄せてきてるぞ。すげえ数だ!」

「大勢って……20人くらい?」

「100超えてるんじゃねえか?」

「嘘でしょ!?」

 

 ちょっとしたお祭り騒ぎである。そんな中、混乱している人が一人。

 

「うわわ、どうしよう……」

「ポロロン! だから変装しなさいって言ったじゃない」

「だ、だって……変装しちゃったら、スバルくんに気づいてもらえないかもしれないし……」

「私の忠告を無視したあなたが悪いのよ。ま、頑張りなさい」

 

 ハープはそれだけ言うと、さっさとハンターVGの中へと戻っていった。

 

「俺もそうすっかな」

 

 ウォーロックも同様にだ。なんだかんだ言って、こういう時は気が合うウォーロックとハープである。

 

「そ、そんな……見捨てないでよハープ!」

 

 こうしてみて改めて思う。目の前で話している自分のブラザーは、とんでもない人物なのだということをだ。あまりにも一緒にいるのが当たり前すぎて、つい忘れてしまう。

 

「なんて考えてる場合じゃない!」

 

 こうしている間にも、ミソラファンたちによる進撃は近づいてくる。半泣き状態になっているミソラ。スバルの気持ちは最初から決まっている。

 

「ロック、付き合ってもらうよ!」

『はぁ、しゃあねえな』

 

 ハンターVGを頭上に掲げた。

 

「トランスコード003! シューティングスターロックマン!!」

 

 ロックマンに電波変換すると、ミソラを抱きかかえた。

 

「ごめんよ!」

「きゃっ!」

 

 そして頭上にあるウェーブロードの一本へと飛びあがった。

 ここからだと公園の様子がよく見えた。幾つかある公園の入り口から、大量の人が押し寄せていた。同年代の少年少女はもちろん、青年や大人、老人まで。幅広い年齢層の人たちがミソラを探していた。中にはウィザードを出して、一緒に探している者たちまでいる。ウィザードたちにもミソラファンが多いようで、嫌々というよりは必死に探しているように見えた。

 そのミソラが、まさか頭上にいるとは思いもしないだろう。

 

「あ、ありがとうスバルくん」

「う、うん……」

 

 これが最適解だと考えて実行したが、少々まずい形になった。

 スバルの両手はミソラの背中と膝裏に、ミソラの両手はスバルの首に回されている。お姫様抱っこだと気づいて、思わず手放しそうになる衝動を抑えた。

 

「あ、あのミソラちゃん……電波変換してくれると助かるんだけれど……」

「あ、そそそ、そうだね!」

 

 なぜかミソラが顔を真っ赤にしている。

 

「ね、ねえハープ……」

『仕方ないわね。スバルくんに迷惑かけるわけにはいかないものね』

「ありがとう。電波変換!」

 

 ハンターVGを取り出して合言葉を唱えた。だがミソラに変化は起きない。

 

「……あれ?」

『どうしたのかしら?』

 

 スバルにはすぐに分かった。

 

「ミソラちゃん。ハンターVGに更新してからの電波変換は初めて?」

「え、どうして分かったの?」

 

 答える前にミソラのハンターVGが着信音を告げた。

 

『メールだわ。開くわよミソラ』

「うん。えっと……サテラポリス? 認証コード……004?」

「ミソラちゃん。そこに書いてる言葉を読んで」

「これ? えっと……トランスコード004。ハープ・ノート」

 

 ようやくミソラの体に変化が起きた。ピンク色の粒子がミソラを覆う。ピンク色のボディとヘルメットに、水色のバイザー。手には水色のギター。ちなみにギターの頭には顔がついている。これはハープがギターと一体化したものだ。

 

「あ、なれた」

「よく分からないけれど、電波人間はサテラポリスに登録されるみたいだね」

 

 そんな会話をしながらハープ・ノートをウェーブロードへ下した。ちょっと名残惜しかった。

 

「スバルくん、これからどうしよう?」

 

 下では今でもミソラの大規模捜索が行われている。

 

「電波世界なら安心だから、このまま展望台か、学校の屋上へ行こう」

「なら学校の屋上が良いんじゃないかな。ルナちゃんたちもすぐに呼べるよね?」

「良いよじゃあ……」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 絶叫が聞こえた。振り返ると、ウェーブロードに一体のデンパくんがいた。

 

「ハープ・ノートちゃんだ! ほ、ほほほほ本物のハープ・ノートちゃんがいるうううう!」

 

 そのバカでかい声は大勢の電波世界の住人達に聞こえてしまったらしい。

 

「ハープ・ノートちゃん、ハープ・ノートちゃんだって!?」

「あの大人気アイドル、ミソラちゃんが電波変換した……!?」

「コダマタウンに来ているだとおお!?」

 

 さっきの繰り返しが起きてしまった。

 

「に、逃げよう!」

「う、うん!」

 

 どうやら電波世界も安全ではないらしい。2人はウェーブロードを飛び移って、慌てて逃亡した。

 後に分かったことだが……この時、コダマタウンでのみ電波通信障害が起きていたらしい。




〇響ミソラ
 僕たちのアイドル。国民的人気歌手でその実績は(中略)。
 背負っているギターは、トランサーの機能も付いています。と言っても、機種がハンターVGになった今は使ってないらしいですが。
 FM星人のハープと電波変換ができます。今までスバルくんと一緒に、色んな戦いに参加してきました。
 なんかもう色々と凄すぎます!

〇ハープ
 ミソラちゃんのウィザード。FM星人らしいです。
 ウォーロックとは仲が良いのか悪いのかよく分からないです。

 参照.マロ辞典より抜粋


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第23話.お誘いと約束

 次回の更新日は、7月12日(水)です。


 追跡を振り切って、何とかコダマ小学校の屋上についたスバルとミソラ。ルナたちにメールを送ると、数分と経たずに来てくれた。

 

「うおおおお、ミソラちゃあああん!」

「ミソラちゃん、会いたかったですううう!」

「ありがとう、ゴン太くん、キザマロくん」

 

 ミソラちゃんファンクラブの二人をいないものとして扱って、ルナは普段通りの対応だった。

 

「ミソラちゃんの方から来てくれるなんて、珍しいわね」

「それそれ、今日はルナちゃんたちを招待しに来たの」

「招待?」

 

 これはスバルも聞いてない話だった。あいさつも早々に、さっそく本題に入るらしい。

 

「皆、オクダマスタジオは知ってる?」

「知ってるわよ」

「え、なにそれ?」

 

 スバル一人だけが分かってなかったらしい。スバルの質問に、ゴン太とキザマロがあからさまに不機嫌な顔になった。

 

「お前知らねえのかよ」

「ミソラちゃんの主演ドラマ、ソングオブドリームが収録されているところですよ」

「あ、そうなんだ」

 

「やれやれ」「これだから素人は困るんです」とでかい溜息をしている2人は無視することにした。

 

「そこでやってるんだ?」

「そうだよ。で、皆にも出演してもらいたいの」

 

 3秒ほど時間が止まった。

 

「え?」

「だから、ソングオブドリームに出てほしいの。背景のエキストラで」

 

 さらっと発言されたとんでもない内容。スバルたちが理解するのに、さらに5秒ほどかかった。

 

「な……!」

「なっ……!」

「なんですってええええええ!?」

 

 ルナの一番でかい声が、3人の声をかき消した。

 

「で、出れるの? 私が!? ドラマに?」

「そうだよ。ルナちゃんは可愛いから、そのままスカウト来るかもね?」

「なななななな何言ってるのよ。私は学級委員長で生徒会長でルナルナ団のリーダーなのだからそんな全国デビューなんて……」

「委員長、色々すっ飛ばしてるよ」

 

 でも、とうのルナはまんざらでもない顔をしていた。

 

「というわけで、収録日が明日っていう急な話なんだけれど……出演してもらっていいかな? あ、その後はライブもあるから、特等席用意するよ」

「もちろん!」

 

 これはルナのみならず全員の回答だった。大人気ドラマに出られるだけでなく、ライブに招待されるだなんて、断る理由などない。

 

「よし! じゃあ来たばかりで悪いけれど、私はそろそろ行かないとだから」

 

 どうやら、相当忙しいらしい。

 

「皆明日ね」

「うん、また明日」

 

 そういってミソラは屋上のエレベーターの前へと進んだ。違和感を覚えるのに1秒ほどかかって、スバルは慌てて止めた。

 

「ミソラちゃん、ストップ! そこから降りたら、学校がパニックになる!」

「え……あ、そっか!」

「もう、おっちょこちょいだなミソラちゃんは」

「あはは……」

 

 ルナも呆れて首を横に振った。

 

「もう、ミソラちゃんったら……大人気アイドルって自覚あるのかしら?」

『ポロロン。その通りよ。ルナちゃん、もっと言ってあげてくれるかしら。私もマネージャーとして大変なんだから』

「あはは、ごめんごめん。じゃあね、電波へ……トランスコード!」

 

 ミソラは電波変換して去っていった。

 

「そっか、僕たちがドラマに……」

「今日は早く寝ないとな」

 

 寝坊魔のゴン太も、明日ばかりは遅刻しないつもりらしい。台風が来ないか心配だ。

 ふとスバルは思い出した。

 

「あ、ちょっと追いかけてくる!」

 

 スバルは電波変換すると、慌ててウェーブロードへと飛びあがった。あたりを見渡すと、それなりに離れたところにピンク色の姿が見えた。

 

「ハープ・ノート!」

 

 気づいて振り返ってくれた。向こうも駆け寄ってくる。

 

「どうしたのスバルくん」

「明日なんだけれどさ、もう一人……ジャックって子も連れて行っていいかな?」

「新しいお友達?」

「になりたい人かな」

 

 スバルは今日のことを話した。転校生と教育実習生の姉弟のことをだ。ジャックが他人を寄せ付けず、皆と距離を置いてることも話した。

 

「そっか……ほっとけないんだね」

 

 これだけでスバルの気持ちをおおよそ理解してくれたらしい。

 

「いいよ。ぜひ来てよ!」

「やった。きっとミソラちゃんのライブも見たら喜んでくれるよ。皆ミソラちゃんのこと好きだもの」

 

 スバルとしては至極当然の発言のつもりだった。少なくとも、ミソラのことを嫌いと言っている者を見たことがない。ミソラも笑って頷いてくれると思った。

 

「……うん、そうかな!」

「え?」

「い、いやなんでもないよ!」

 

 なんだろう、少し変な間があった気がする。心なしか、笑みに影があるように見えた。

 

「……あ、それともう一つ」

「なあに?」

 

 もういつものミソラに戻っていた。ジャックのことも本題だが、実はこっちの方が大事だったりする。

 

「前にミソラちゃんに頼まれた物、用意できてるよ」

「ほんと?」

 

 ミソラが目を輝かせた。待望していたらしい。

 

「うん、直接手渡した方が良いかなって……」

「それは当然だよ。宅配で送られたら、私すねちゃうよ」

「それはまずいな。フジヤマパフェ何杯おごらされるか……」

 

 以前、フジヤマのようにでっかいパフェをおごらされた時のことを思い出した。ミソラはペロリと食べていたが、スバルはかなり限界だった。

 

「3杯行っていい?」

「勘弁してよ~。ってかさすがに無理でしょ」

「チャレンジは大事でしょ」

 

 軽く雑談を交わして、ミソラと手を振って別れた。明日は絶対忘れないようにしよう。フジヤマパフェ3杯はさすがに子供の財布には重すぎる。

 

 

 屋上で待っていたルナたちと合流して、スバルたちは5-Aの教室がある二階に戻ってきた。もう放課後だが、まだ生徒たちはだいぶ残っている。

 

「キザマロ、いつも通り……」

「はい委員長。オクダマスタジオまでのウェーブライナーの時刻表を調べておきます」

「よろしくお願いするわ」

 

 と、そんな会話をしていると、通りかかった女生徒がスバルたちに突撃してきた。

 

「ちょっと白金さんたち! 今、オクダマスタジオって言った?」

「あら、マスミさんじゃない」

「確か、5-Bの?」

 

 隣のクラス所属のマスミは「そうそう」と頷き終わるが早いか、まくし立てるように詰め寄ってきた。

 

「お願い、スズカちゃんのサインもらってきて!」

「スズカ?」

 

 スバルたち4人は顔を合わせた。スズカなんて名前、聞いたことがない。

 

「あ~、知らないか……」

「ペディア」

『了解だよ、キザマロくん。検索……えっと……ひじょうに申し上げにくいんだけれど……』

 

 どうやら芳しくない検索結果だったらしい。

 

「良いのよ。残念だけれど、今は知名度すごく低いから。けどね、あの子は将来絶対大物になるわよ。演技力ではミソラちゃんを凌ぐレベルなんだから!」

「それは凄いね!」

 

 大人気ドラマの主演を務めるミソラを超えるという。なぜそんな逸材が埋もれているのだろう。

 

「というわけで、これお願い。あ、選挙は白金さんに投票するから」

「引き受けたわ」

 

 ルナはサイン色紙を受け取ると、流れるようにスバルに押し付けた。まあマスミが上機嫌で帰っていったので、良しとしよう。

 

『また面倒押し付けられたな』

「まあ、運よく会えたらの話だし。人もたくさんいるだろうから、会えない可能性だってあるしね」

 

 そのスズカと深く関わることになるなど、この時のスバルは知る由もなかった。

 

 

「はぁ? なんだこりゃ……」

 

 ジャックは心から呆れた声を出した。先ほどルナから届いたメールをエアディスプレイで開いて、中身を見たところだ。

 

「ドラマのエキストラに参加して、おまけに夜はライブだ? ふざけんな。誰が行くかよ」

 

 行かないと送ろうとすると、エアディスプレイがひょいと取り上げられた。

 

「私が返信しておくわ」

「え、ちょ待って姉ちゃん!」

「……はい、行ってきなさい」

「はあっ!?」

 

 クインティアからエアディスプレイをひったくる。だがすでに返信は送信済みになっている。

 

「な、なんてことすんだよ姉ちゃん!」

「良いじゃない。行きなさい。星河スバルと仲良いふりをしておいて、損はないわよ」

 

 ジャックはギギギと歯をかみしめた。

 

「俺がああいう騒がしいの、嫌いって知って……」

 

 そこで言葉を止めた。クインティアは相変わらず無表情だ。だが分かる。付き合いの長い弟だから分かる。今の姉は怒っている。

 ロケットの打ち上げ、今日攻撃しようとしたこと。任務違反を二回もしている。三回目となるとどうなるだろうか。

 

「畜生、分かったよ……」

 

 観念した弟に、クインティアは静かにうなずいた。

 

「そう。それでいいのよ」

 

 そしてねぎらうように言った。

 

「私だって、好きでこんな任務をしているわけではないわ。あんなレベルの低い連中と一日中一緒だなんて、うんざりよ」

 

 きっと、彼女の頭の中では育田や5-Aの生徒たちの顔にバツ印でもつけているのだろう。

 

「けれどこれはミスター・キングの命令なのよ。今はまだ我慢しなさい」

 

 そう、今は耐える時なのだ。自分たちの目的を果たすためにも……。




〇ハープ・ノート
 響ミソラと、FM星人のハープが電波変換した姿。
 トランスコードは004。
 響ミソラのハンターVGのデータを傍受したところ、星河スバルとウォーロックが電波変換した姿、ロックマンと共に戦ってきた記録を確認。
 来たる作戦の戦力候補に抜擢するか見極める必要あり。
 今後、接触を図ることを検討中。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第24話.ルナのウィザード、モード

 今回出てくる新キャラですが、原作で語られている得意なことは「おしゃれスポットの検索」なのですが、作中で活かされるシーンはほぼありませんでした。なので、この作品では設定を加えています。

 次回更新日は、7月14日(金)です。


 ドラマ撮影の当日。スバルは忘れずにミソラに渡すものをカバンに入れ、キザマロに指定された時刻にウェーブライナー乗り場に向かった。そして驚愕の光景を見ることになる。

 

「ゴン太。もう来てたの!?」

 

 そこにはゴン太がいたのだ。隣にはキザマロもいる。

 

「聞いてくださいよスバルくん。ゴン太くんったら、今日は一番乗りだったんですよ」

「おう、目覚まし三つぐらいかけたぜ!」

『いつもそうしろよ』

 

 ほんとうになとスバルはウォーロックの発言に頷いた。それならルナのお怒りだって減るのだから。

 

「ところで、その背中のリュックは?」

 

 ゴン太とキザマロの背中にはリュックサックがある。大体予想はしていたが、一応聞いておいた。

 

「そんなの決まっているでしょう?」

 

 二人が中を取り出して見せる。予想と寸分違わぬ結果だった。

 

「ミソラちゃん応援グッズです!」

「ミソラちゃんファンクラブとして当然だろ!?」

「……そう」

 

 ミソラのことは好きだが、ファンというわけではないスバルには、理解できない領域だった。

 

『で、後は委員長とジャックか?』

『ジャックくんは先にオクダマスタジオに行ってるってメールが来てたから、後は委員長だけだね』

「委員長ってば、珍しく遅いよね」

「俺、頑張って早く来たのにな……」

「たぶんあれですよ。昨日帰る前に行ってた、あれ」

「あれか~」

 

 昨日下校する際、ルナのハンターVGにメールの着信があったのだ。彼女は飛び上がって喜ぶと、勿体つけるように宣言したのだ。「明日、皆に見せたいものがあるの。楽しみにしていてね」と。

 

「一体何なんだろうね」

『統計的にはそろそろ来るはずなんだけれどね』

『そんなことまで分析してんのかよ』

 

 ペディアの分析力に脱帽していると、そのルナがやってきた。その姿を見て、スバルは目を細くした。

 

「ごきげんよう、皆」

「……委員長、僕たちエキストラ役だよ?」

「あら、私の格好がどうかしたかしら?」

 

 大ありである。黒いドレスをイメージさせる服を着ているのだから。女優にでもなったつもりなのだろうか。

 

『おい、頭大丈夫か?』

「なんですって!」

「あ、うっすらと化粧してる」

 

 顔を真っ赤にしてルナが数歩下がった。

 

「そ、そんなことより、あなたたち……昨日言ったことを覚えているかしら?」

 

 覚えてるも何も、ちょうどその話をしていたところである。

 

「なにか見せてくれるんだっけ?」

「フフフ、よく訊いてくれたわね」

 

 本当に頭は大丈夫だろうか。いつもよりテンションがおかしい。

 

「さっそく紹介するわ」

 

 そういって、ハンターVGを取り出した。

 

「ウィザードオン!」

「え?」

 

 ハンターVGから緑色の電波が飛び出した。それは耳の長い兎だった。緑色で、目は黄色い。さかさまになった赤い帽子にすっぽりと収まって、ちょこんと手だけを出している。

 

「かわいい~」

「かわいいですね」

「いいんじゃねえの!?」

 

 スバルたちの賛辞を受けて、緑の兎は帽子ごとくるりと一回転して見せた。

 

「こんにちは。私、ルナちゃんのウィザード。名前はモードです。よろしくお願いします」

 

 最後に一礼。とても丁寧なウィザードだ。

 

「委員長、ついにウィザードを持ったんだね!」

「なんとも委員長にお似合いのウィザードですね」

「当然よ。大事なパートナーですもの。じっくり時間をかけて設計したし、お小遣いもつぎ込んだわ。お父様とお母様のお手伝いをして、ちょっと融通してもらったし」

 

 そこで買ってくれるのではなく、対価として労働をさせるところがルナの両親らしい。厳しさと優しさを持っていると言える。

 

「得意なことはおしゃれスポットの検索と、ファッション情報の情報収集です。今日は私がコーディネートしてみました!」

「ああ、だからか……」

 

 なのでこんなトンチキな格好をしているらしい。

 

「ルナちゃんのクールさを出すために、まずはメインカラーを黒に設定。白いブラウスに黒いジャンパースカートです」

 

 長袖の白い服。フリルなどはついておらず、シンプルだ。ジャンパースカートは胸元からひざ下までの長いものだった。

 

「ルナちゃん、丈はもっと短いほうがよかったですか?」

「い、いえ。これで充分よ」

「白色のソックスと、黒いブーツ。今回はツインテールの止めリボンも黒っぽいのに変えました」

 

 配色が黒と白しかない。だがルナの金髪を考えると、これ以上色を足すのはよくないかもしれない。カラフルというよりは落ち着きのなさにつながりそうだ。まじめなルナにはかえって合わないだろう。

 

「ど、どうかしら?」

「良いと思います」

「ばっちりだぜ委員長!」

 

 ゴン太とキザマロからは好評だった。スバルもたぶん良いと思う。

 

「うん、いいんじゃないかな?」

「そう、よかった!」

 

 スバルが称賛すると、ルナはようやく緊張した顔を崩した。

 

「さすがモードね」

「やった。ルナちゃんの役に立てました!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるモード。愛くるしいことこの上ない。

 

「そっか、これで俺だけか……ウィザード持ってないの……」

 

 ゴン太がしょんぼりと項垂れた。量産型のウィザードですら予約が殺到しているのだ。ゴン太の番が回ってくるのはだいぶ先のことかもしれない。

 

「まあまあ、そのうち持てますよ」

「そうそう、私だってオーダーメイドだけれど、こうしてモードが来てくれたわけだし」

「それに、いても煩いだけってこともあるよ」

『おい、それは俺のことかスバル!』

 

 ハンターVGからウォーロックが飛び出してきた。

 

「他に誰かいる?」

「てめえ、本当に一度いなくなってやろうか!」

「ロックがいない、静かな暮らしか。それも良いな~」

「おい、家出していいかまじで?」

 

 言うまでもないことだが、これはスバルとウォーロックのじゃれあいである。互いに本気で言ってはいない。

 そんな他愛ない話をしているとウェーブライナーが来た。

 

「さあ行きましょう。ジャックと合流しないと」

 

 四人とウィザード三体が乗り込むと、すぐに発車した。目指すはオクダマスタジオだ。




〇白金ナルオ
 委員長のお父さん。企画開発の仕事をしている。結構なお金持ち。
 厳しい人らしい。でも委員長は良い人だと言ってます。家族リッチ自慢コンテストとかに出て、優勝してきたとか。

〇白金ユリ子
 委員長のお母さん。三角形の眼鏡が似合う。委員長のお父さんと一緒に働いている。
 こっちも厳しい人らしい。最近は委員長のために料理を勉強してるらしいです。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第25話.ミソラへのプレゼント

 次回更新日は7月16日(日)です。


 ウェーブライナーから降りたスバルたち。目の前には大きな建物がある。

 

「ここがオクダマスタジオか!」

「そうですよ、ここでソングオブドリームが撮影されているんです!」

 

 目を輝かせるゴン太とキザマロと異なり、スバルの反応は希薄なものだった。

 

「なんか、普通の建物だね」

「ここで『危ない暴れん坊ウルトラ将軍様』も撮影されてるのか。実感わかねえな」

 

 ウォーロックも同様という感じだった。

 四角い建物。という感想以外何も出てこない。あとは撮影に使う屋外の敷地が多いことくらいだろうか。有名なドラマで使われた池や、壊れた車なんかが置いてある。

 

「おいスバル、反応薄いぞ!」

「オクダマスタジオって凄いんですよ。今はミソラちゃん専用のライブ会場まで作られているとか!」

「へ~」

 

 スバルの反応はやっぱり薄かった。ミソラの人気を考えたらそんなものだろうというのが、彼の考えだった。

 

「キザマロ、こう言わないとスバルくんは反応しないわよ」

 

 ルナが呆れたように口をはさんだ。

 

「その会場、ものすごく大きなリアルウェーブで作ってるらしいわよ」

「えっ、リアルウェーブで!? それ本当なの。見てみたい!」

 

「ね?」とルナトリオの目があった。ウォーロックがやれやれと首を振った。

 そんなやり取りをしながらオクダマスタジオの入り口へと向かうと、途中に黒い服を着た少年がいた。どうやらすっぽかすことなく来てくれたらしい。

 

「ジャック!」

「……おう」

 

 相変わらず不機嫌そうだ。だがこうして来てくれたということは、ミソラや撮影現場に興味があるのかもしれない。

 

「今日は来てくれてありがとう」

「……ああ……」

「僕が提案して誘ったんだけれどさ、本当に来てくれると嬉しいよ」

「……そうか」

 

 どうもそっけない。スバルが対応を模索していると、ルナがスッと隣に立った。

 

「どうかしらジャックくん。私の服装は。ウィザードにコーディネートして貰ったんだけれど?」

 

 ツインドリルの片方を優雅にかき上げながら見せびらかしに行く。ジャックは目を細くした。

 

「……お前、あたまおかしくなったか?」

「ちょっと、昨日今日の関係で随分な言い草じゃないかしら!」

 

 そのツインドリルが重力に逆らって持ち上がった。般若のような顔に、ジャックが思わずビクリと肩をすくめた。

 

「え、あ……おう、悪かったって……いいと思うぜ」

「そう? 分かってくれたのなら良いのよ」

 

 ケロッと笑みに戻った。ほめられたのが嬉しいのか、ルンルンとスキップするように建物へと向かっていく。

 

「……お前ら、よくあんなのと一緒にいられるな?」

 

 ジャックの言いたいことは一理ある。確かにあれはルナの欠点かもしれないが、スバルたちにとっては大きな問題ではないのだ。

 

「まあ、委員長と一緒にいたら分かるよ」

「そうそう、委員長と一緒にいると楽しいぜ」

「あれが委員長の良いところでもあるんです」

「……お前ら、全員頭おかしいのか?」

 

 とりあえずルナの後を追いかけることにした。

 

 

 そして彼らの進行は突然止まることになる。オクダマスタジオの入り口でだ。

 

「入館証を拝見しますバウ!」

 

 犬型の警備ウィザードが陣取っていたのだ。

 

「入館証? スバルくん、知ってるかしら?」

「いや、そんな話聞いてないけれど……」

「ならば通せないバウ!」

 

 これは困った。ゴン太とキザマロが「そんな~」と涙を流している。

 

「ぼ、僕たちミソラちゃんのお誘いで……」

「そうそう」

「ミソラちゃんが君たちみたいなのを? ありえないバウ!」

 

 これは聞く耳持たないらしい。

 

「入れねえんじゃ仕方ねえな」

 

 ジャックが早々に踵を返そうとした。これはよくない。今日の目的の一つは「ジャックに楽しい時間を過ごしてもらう」だ。彼の手を慌てて掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと待っててジャック!」

「な、なんだよ!」

「お願い、もう少し時間を頂戴。なんとかするから!」

「……あ、ああ。分かったから、そんな必死になんなって」

「ありがとう。けど必死になるよ」

 

 ルナたちにここで待っているようにお願いすると、人目のないところへ移動した。

 

『電波変換だな?』

「うん、お願いしていいかな?」

 

 たぶん、ミソラが入館証を渡すのを忘れていたのだろう。直接会いに行ってもらってくるしかない。

 

「トランスコード!」

 

 ロックマンになって、ウェーブロードを通じて、オクダマスタジオの中へと入った。

 

 

 途中、デンパちゃんに道を尋ねて、ミソラの楽屋へと向かった。中に入った最初の感想は「高そうなカーペットが敷かれているな」だった。鏡は横にとても大きく、ハンガーラックにはたくさんの服が吊り下げられている。テーブルとふかふかしてそうなソファまで置いてある。それとシャワー室。

 これ全てがミソラのために用意されているのだ。

 ミソラが鏡の前にいるのを確認して、電波変換を解いた。

 

「ミソラちゃん!」

「え、スバルくん!?」

 

 飛び跳ねるようにミソラが振り返った。

 

「なんでいきなり楽屋に?」

「なんでって……」

 

 そこでスバルは昨日のことを思い出した。そういえば、目隠しされていたずらされたのだ。ここは仕返しといこう。

 

「ミソラちゃん、な・に・か! 忘れてない?」

「え? ……………………あっ、入館証!?」

「正解~」

「ご~め~ん、忘れてた!」

 

 両手を合わせて謝罪してくる。スバルはちょっと調子に乗った。

 

「良いけれどさ、ちょっと焦っちゃったかな~」

「お? ひょっとして今のスバルくんは意地悪モードかな?」

「そんなことないよ。いや、ちょっとだけそうかも」

 

 ここは別にとりつくろわなくてもいいだろう。

 

「ふふ、正直だね。はい、それじゃ入館証」

 

 といっても入館証も電子データだ。スバルのハンターVGに送られる。

 

「よし。それじゃあ僕からは……」

 

 スバルはカバンからあるものを取り出した。

 

「昨日、渡すって約束したやつ」

「あ、持ってきてくれたんだ!」

 

 スバルは中身を取り出した。小さな箱だった。と言っても装飾もない武骨で安っぽいものだ。受け取ったミソラはそれを開く。

 

「わあ……本当に作ってくれたんだ。ありがとう!」

「ミソラちゃんのお願いだからね」

 

 中に入っていたのはペンダントだ。それもスバルが首から下げているものと同じ、流星型だ。色はスバルの金色と対になる銀色だ。ちなみに天地さんに頼んで、天研の施設を借りて作ったのだ。

 

「でも本当にこの形で良かったの? 新しいのくらい買ってあげるよ」

 

 以前、スバルはミソラにハート型のペンダントをプレゼントしたことがあった。だがそれはムー大陸復活事件の際に、なくしてしまったのだ。新しいのを買ってあげるといったが、その代わりにとミソラが求めてきたのがこれである。

 

「これじゃ僕のと……」

「良いの、これが欲しかったの……」

 

 ミソラはスバルの方を見ずに言った。だからスバルは気づかない。ミソラの顔が赤くなっていることに。

 

「あの……これ、ブラザーバンド機能が入ってるんだよね?」

「そうだよ。ミソラちゃんのギターに入ってた部品を流用したんだ」

 

 ミソラが背負っているギターは通信端末でもある。といっても二世代前のトランサーだ。スターキャリアー、ハンターVGと機種が変わったため、もうトランサーとしての機能は使われていない。スバルはその部品を預かって、この銀色の流星型ペンダントに組み込んだのだ。

 

「あのさスバルくん……」

「何?」

「こ、こっちの方でもブラザーバンド結んでいいかな?」

「……ああ、ペンダント同士でってことだね?」

 

 スバルのペンダントにもブラザー機能は備わっている。そもそも、これはスバルの父である大吾が、AM三賢者と通信をするために作った物なのだから。

 スバルとミソラは互いのペンダントを向けた。二つのペンダントは淡い光を灯した。ブラザーバンドが結ばれたのだ。

 

「フフ、二人だけの秘密って感じだね?」

「な、なにか照れくさいね……」

「そ、そうかな? うん、そうだね……」

 

 互いに互いの顔が見れない。なんだろう、すごくソワソワしてくる。

 

「そそそ、そ、それじゃあ、戻るね!」

「う、うん! また後でね!」

 

 スバルは足早に楽屋の入り口へと向かった。その肩をウォーロックの手がガシリと掴んだ。

 

「スバル、そっから出ると芸能スキャンダルになるぜ」

「へ? ……あ!」

 

 するとどうだろう、ミソラがしゃがみ込むように悶絶した。

 

「す、スバルくん! 昨日の私と同じことしてるよ」

「本当だ。ミソラちゃんのこと言えないね」

「もう、おっちょこちょいなんだから」

「あはは、かもね」

 

 少しだけ笑うと、ミソラは改めて銀色のペンダントに触れた。

 

「ペンダント、本当にありがとう。宝物にするね」

「うん、喜んでくれてよかった。じゃ、後で!」

 

 そして、電波変換をしてスバルは楽屋から退出した。途中、一度だけ振り返ると、急いでルナたちの元へと向かった。




〇ペンダント
 星河スバルが所持しているペンダントについて記す。
 形状は流星を思わせる。ブラザー機能がついており、簡単な通信ならば可能。
 元NAXA職員の星河大吾が使用していた。
 地球に来訪していた強力なAM星人……AM三賢者と通信するために使用していたらしい。
 WAXAも現在の緊急事態下の中で、元職員たちへの情報開示権限を拡大。星河大吾が残したシークレット情報を開封して、把握した。

〇AM三賢者(ペガサス・マジック、レオ・キングダム、ドラゴン・スカイ)
 星河大吾が残したシークレット情報より抜粋。
 AM星より来訪した三体のAM星人……
 ペガサス・マジック
 レオ・キングダム
 ドラゴン・スカイ
 のことを指す。彼らは星河大吾に様々な技術と知恵を与え、ブラザーバンドシステムの基礎作りに貢献したとされる。
 また、ブラザーバンドシステムの円滑化のために、サテライトステーションの管理人も勤めたらしい。

〇サテライト
 ブラザーバンドシステムの運営に使用された、三つの宇宙ステーション……
 ペガサス
 レオ
 ドラゴン
 のことを指す。現在は役目を終え、地上に降ろされている。
 これらがもつ超高性能処理能力を再利用し、サテライトサーバーの運営に使用している。
 このサテライトサーバーは我々の切り札になる可能性が高い。三つのサテライトの性能に期待するものである。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第26話.スズカとアイス

 次回更新日は7月19日(水)です。


 入館証を見せると、警備ウィザードは謝罪と共に中へと入れてくれた。玄関ホールの壁には、ここオクダマスタジオで撮影された、番組のパンフレットが飾られている。

 

「見ろよキザマロ。ソングオブドリームのパンフレットだぜ!」

「持ち帰り自由ですって、布教用に10冊ぐらい……」

「あなたたち、さすがにそれはやめなさい」

 

 それは独占というものだ。ルナに怒られる二人を見て、ジャックはあからさまにため息をついた。

 

「何が面白いんだ、あいつら?」

「ジャックは見てないの、ミソラちゃんのドラマ?」

「見てねえよ……」

 

 スバルの方を見ることもなく答えた。

 

「もしかして、ミソラちゃんの曲も?」

「ああ」

「そっか……」

 

 ミソラを知らないなんて……とは思わなかった。自分も半年前までは知らなかったのだから。

 

「今日はミソラちゃんのライブもあるしさ、聞いていくといいよ。凄いよ!」

「……煩いのは苦手だ」

 

 今日もずっとテンションが低い。今回の企画は楽しんでくれるだろうか。そんなことを考えていると、廊下の方から声が聞こえた。

 

「お~い、皆~!」

 

 ミソラだ。わざわざ出迎えに来てくれたらしい。手を振り返そうとして、スバルは言葉を失った。

 ミソラはいつものピンク色のパーカーではなく、学生服を着ていた。中学生が着るようなやつだ。セーラー服だろうか? 彼女にしては珍しくスカートを履いている。

 

「来てくれてありが……」

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 突然ゴン太が吼えた。

 

「ど、どうしたのゴン太くん?」

「ミソラちゃん、可愛すぎるぜその衣装!」

「す、素晴らしいです!」

「キザマロくんまで? そう……かな?」

 

 ミソラは両手を広げて、体を少しだけ左右へと揺らして見せた。短いスカートがふわりと揺れる。ゴン太とキザマロから歓喜の声が上がった。

 

「ど、どうかな……スバルくん?」

「ふえっ!? あ、え……えっと……い、いいんじゃないかな!?」

「そ、そっか。ウフフ……」

 

 照れくさそうに笑うミソラをみて、スバルは胸を締め付けられた気がした。

 

「す、すごいわね……さすがアイドル……」

『ルナちゃんも負けていませんよ』

 

 ミソラがようやくルナを見た。というより、ゴン太の後ろにいたので気づくのが遅れた。

 

「うわっ、ルナちゃん! その恰好どうしたの? すっっっごく可愛い!」

「そ、そうかしら?」

 

 ルナは調子に乗って、その場で一回転して見せた。長いスカートがゆったりと揺れる。

 

「うんうん、ルナちゃんの大人っぽさがすごく出てると思うよ」

「ほんと? あ、紹介するわ。私のウィザードよ」

 

 モードが出てきた。

 

「こんにちは、モードです」

「うわ、こっちも可愛い!」

「ポロロン、よろしくね」

 

 ハープも出てきて自己紹介をしている。男四人は完全に蚊帳の外だ。

 

「にしても、さっすがミソラちゃん。男どもとは言うことが違うわね。見習いなさいよ。特にジャックはね」

「なんで俺ピンポイントだよ!」

 

 頭おかしいとか言ったからだろうとスバルは予測した。

 

「君がジャックくん? スバルくんから話は聞いてるよ。今日は楽しんで行ってね」

 

 ミソラはスッとジャックに手を差し出した。握手券が高値で取引されていることを考えたら、とんでもない機会だろう。

 だがジャックはその手を払った。パシッと軽い音が鳴る。

 

「あ……」

「ちょっと!」

「おい。ミソラちゃんになんてことすんだよ!」

 

 ハープに続いて、ゴン太が珍しく怒りの声を上げた。

 

「ジャックくん、今のはないんじゃないですか?」

 

 キザマロもだ。ルナも目を吊り上げている。スバルも同じ気持ちだが、気持ちを抑えた。

 

「待って皆!」

 

 ここは皆を落ち着かせる側に回った。

 

「ジャック。なんで、こんなことをしたの?」

 

 ハープと同じくミソラの隣に立ちつつも、ジャックに尋ねた。ここはミソラの味方をすべきだが、ジャックにだって理由があるはずだ。そこは訊いておきたい。

 

「……むかつくんだよ」

「え?」

 

 ミソラが面食らった顔をした。

 

「お前みたいに、誰にでもいい顔をしてるような奴が、俺は嫌いなんだよ」

 

 ジャックは鋭い目でミソラを見ていた。

 

「やい、ミソラちゃんになんてこと言うんだ!」

「良いじゃないですか、アイドルは皆に笑顔を与える者なんですよ!」

「そこがミソラちゃんの良いところだと、私は思うわよ」

 

 ルナはジャックにというよりは、ミソラを励ますように言った。

 

「そういうのはな、どうせ大した苦労もしてないやつがするんだよ。辛い目にあって、嫌なことされて、そこから這い上がったやつには絶対できねえよ。むかつくんだよ、お前……」

 

 スバルはミソラを横目で見た。悲しんでいるのが一目で分かった。拳を握りしめて、それは違うと言おうとした。

 

「そうそう。優しさを、大人気アイドル様の貫禄と間違えているのよね~」

 

 スタジオの奥から聞き覚えのない声がした。見ると、一体のウィザードが近づいてくるところだった。青色の女性型。オーダーメイド型らしい。頭には氷柱を思わせる青い塊、目には黄色のバイザー。手には緑色の本を持っている。あれは彼女が管理している情報データだろうか。顔が丸いこともあってか、30前後の女性という印象を受ける。

 

「ミソラは表向きニコニコして、本当は他人を見下しているのよ。よく化けの皮を見破ったわね、あなた」

 

 このウィザードはジャックの味方らしい。

 

「……誰だお前?」

 

 ジャックが眉をしかめた。するとそのウィザードの後ろからバタバタと走ってくる少女がいた。

 

「アイス、なにしてるの!」

 

 この青いウィザード……アイスの持ち主らしい。ウィザードの隣に立つと、深々と頭を下げた。横に伸びたでっかいサイドテールが床に触れそうになる。

 

「ごめんなさい、私のウィザードが迷惑を……」

 

 それを決めるのはスバルたちではない。ミソラだ。そのミソラはというと、顔を輝かせていた。

 

「スズカ。大丈夫だよ、気にしてないから」

「ほんと、ありがとうミソラ……」

「何言ってるの、これくらい気にしないよ」

 

 ミソラはスズカと呼ばれた少女の隣に立ち、スバルたちに紹介した。

 

「この子はスズカ。私のブラザーなの」

「こんにちは。いまいち売れてない俳優のスズカです」

 

 どう考えても首が斜めに傾いて痛めそうな髪型だ。ただ、クリっとした目をしていてかわいらしい顔立ちをしている。

 スバルは、ミソラとスズカを交互に見た。

 

「スズカ? この子がスズカちゃん? え、ミソラちゃんはスズカちゃんとブラザーなの?」

 

 スバルの発言に、スズカは目を見開いた。

 

「え、私のこと知ってるの?」

「いや、知ってるっていうか……君のファンの子から、サイン頼まれてて……」

 

 スバルはカバンからサイン色紙を取り出した。昨日預かったやつだ。

 

「さ、サイン!? 私の……? そっか……私のこと、見てくれてる人がいるんだ……初めてだよ、サイン書くの……」

 

 スズカは両手を合わせると、一筋の涙を流した。ファンの子のフルネームを伝えると、いそいそと書き出した。ペンが全然走ってない。どうやらサインを書くのは本当に初めてらしい。

 

「あの、これからもよろしくお願いします。って伝えてもらって良いかな?」

「いいよ、任せて」

 

 受け取って、大事にカバンにしまっておいた。と、一連のやり取りが終わると煩くなるウィザードがいる。

 

「もう、スズカったら……この程度で喜んでどうするの。あなたは大女優になれる子なのよ。それこそ、そこにいるミソラなんかと違って!」

 

 妙にミソラにケンカを売るやつだ。ここまであからさまにされると、スバルとしても機嫌が悪くなってくる。

 

「あのさ、ミソラちゃんになんの恨みがあって、そんなこと言うんだよ」

 

 すると、アイスは悲鳴のような声を上げた。

 

「キー! あるに決まってるわ。ソングオブドリームの主演は、本当はスズカがなるはずだったのよ。なのに、アイドルだからって理由でかすめ取って……演技力なら、スズカの方がずっと上なのに!」

 

 これは逆恨みにもほどがある。それは監督の決定で会って、ミソラに責任はない。そのミソラはというと、当然という顔をした。

 

「そんなの知ってるよ。スズカが一流の俳優だってことは、ブラザーの私がよく知ってるもの」

「そうやってまたいい子ぶるのが腹立つのよ!」

 

 スバルには分かる。ミソラは悪意一つなく、ただスズカを素直に称賛しているのだ。ただ、アイスには調子に乗ってるように見えるらしい。そんなアイスをスズカが宥める。

 

「それはアイスの考えすぎだよ。ソングオブドリームは、元々ミソラを主演にすることで企画が始まったんだから。それに、私の知名度で主演は絶対に無理だよ」

「そんなことないわ。皆見る目がないのよ!」

 

 これは会話にならない。相手にしない方が良いタイプだ。スズカはスバルたちに頭を下げた。

 

「ごめんなさい。アイスに悪気はないんです。私のマネージャーだから必死になってくれてるだけで……。あ、今日の撮影、私もミソラの友人役で出るんです。よろしくお願いします」

 

 もう一度深々と頭を下げると、未だにヒステリーを起こしてるアイスを連れて廊下へ。そしてある部屋へと入っていった。スバルからもかろうじて部屋の名前が見えた。

 

「大部屋?」

「説明しましょう。ミソラちゃんのような大物には個室が、そうでもない人たちには共用の大部屋が与えられるんです。皆の荷物とかごちゃごちゃになって、大変らしいですよ。椅子もパイプ椅子だとか」

「そっか……」

 

 どうやら、結構苦労しているらしい。

 

「皆ごめんね。スズカはいい子なんだ」

「うん、そうだね」

 

 会った時間は短いが、それくらいは分かる。

 

「アイスも悪い人じゃないの。スズカのことが大切なだけなの」

「……だろうね」

 

 それでも、もう少し見境はつけてほしいところである。

 

「さてと皆!」

 

 ミソラは明るく振舞って見せた。

 

「撮影まで、まだ少し時間があるから見学していってよ。私、監督さんと打ち合わせがあるから」

「分かったわ。じゃあ皆、自由行動と行きましょう」

「おー!」

「了解です」

「……おう」

 

 皆それぞれの方角へと歩き出した。道案内板を見ようとしているスバルに、ミソラが声をかけた。

 

「スバルくん、この道真っすぐ行ったら、ライブ会場だよ」

「なんで、僕の行きたい場所が分かったの?」

「分かるよ、それくらい」

「あはは、お見通しか……」

 

 ミソラと別れて、スバルは小走りで駆け出した。物すっごく大きなリアルウェーブで作られたライブ会場。ぜひとも拝見しなくては。




〇危ない暴れん坊ウルトラ将軍様
 200年以上前から続く、超人気大河ドラマ。
 民に扮した将軍様が「この紋所(もんどころ)が目に入らぬか!」と言いながら『もんどころニウムレーザー』で宇宙から侵略してきたエイリアン達をズバババーン!となぎ払うシーンがお約束であり、大人気です。
 昔っから、こんな感じだったのでしょうかね。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第27話.裏方職人、浦方マモロウ

 次回更新日は7月21日(金)です。


 オクダマスタジオの中は色々とごちゃごちゃしていた。収録室に、編集室にといろいろある。そんな所を抜けると屋外に出た。広い平地で学校のグランドくらいはあるだろう。

 その中央にマンホールのようなものがある。丸くて黒い。

 

「これがプロジェクター!? 大きい!!」

 

 リアルウェーブを生成する機械だ。ウェーブライナーの駅にもあるが、それよりもずっと大きい。直径はスバルの身長くらいあるだろう。

 

「で、肝心のリアルウェーブはどこなんだ?」

 

 ウォーロックが出てきた。心なしかくたびれているように見える。

 

「どうしたの、さっきは全然しゃべらなかったのに」

「いや、女が多い空間って苦手なんだよ」

「あ~」

 

 ミソラとハープに、ルナとモードに、スズカにアイス。確かに女性が多くいた。

 

「ロックって意外と繊細?」

「あのな、俺にも苦手なもんくらいあるからな」

 

 その最たるものがハープなのかもしれない。スバルから見たら仲良いようにしか見えないのだが。

 

「ところで、リアルウェーブだけれど……このプロジェクターが動けば見れるはずなんだけれどな」

「中に入れねえか?」

 

 ハンターVGを操作して、エアディスプレイを開いた。

 

「……無理っぽい、アクセス権限が必要みたい」

「なら諦めるしかねえな」

 

 こうなるとウィザードでもお手上げだ。

 

「あ~、見たかったな……」

「仕方ねえよ、他のところに……おい、誰か来たぞ?」

「え?」

 

 ウォーロックが指さした先には一人の男性がいた。上へ下へと伸びた八本の髪が真っ先に目に入る。ドレッドヘアーというやつだろうか。オレンジ色の作業ベルトを両肩にかけている。作業着はズボンのみ。上半身は水色のシャツだ。いや、よく見たら作業着の上着は腰に巻き付けている。年齢は30代だろうか。

 

「よう、プロジェクターに興味があるみたいだな?」

 

 気さくというか慣れ慣れしいというか、距離感が近いタイプの人らしい。だが悪い気はしなかった。

 

「はい。凄く大きいですよね」

「製作期間も費用も、目ん玉が飛び出すほどかかってるぜ」

「へ~、ミソラちゃんすごいな……」

「ああ、ほんとな。で、ちょっと退いてもらって良いか。今から作業するからよ」

「あ、はい。見学してもいいですか?」

「ああ良いぜ」

 

 男性はプロジェクターの前に座ると、エアディスプレイを展開した。両手の十指を軽く折り曲げすると、素早く画面を叩くようにタイピングを始めた。プログラムコードの羅列が見る見るうちに出来上がっていく。

 

「す、すごい!」

「へ~、こんな早いタイピング? 見たことねえぜ。職人技ってやつか?」

 

 二人の賛辞の言葉にも、彼は特に反応することなく、淡々と仕事をこなしている。

 

「あの、リアルウェーブ技師さんですか?」

「ああ」

「もしかして、これ全部ひとりで」

「う~ん……プロジェクターの作成はさすがに外注だけれど、ライブ会場の設計は俺がメインで担当してるよ」

「こ、これは本物だ。本物だよロック!」

「あ~、はいはい」

 

 オタクスイッチが入ったことに気づいて、ウォーロックはめんどくさそうな顔をした。

 

「ロック……なるほど、君が星河スバルくん。そしてウィザードのウォーロックか」

「え?」

 

 男性はスバルの方を見ずに語り掛けた。初対面の人に名前を呼ばれるとは思ってもみなかった。

 

「知ってるんですか、僕のこと?」

「ああ。ミソラからよく話を聞いてるんでな。自慢のブラザーだって」

「そ、そうですか……。ミソラちゃんと仲いいんですね」

「つっても、仕事の関係だけれどな。っと、忘れてた」

 

 男性は作業の手を止めて、スバルとウォーロックに手を差し出した。

 

「俺は浦方(うらかた)マモロウ。ミソラのライブスタッフをまとめる現場責任者だ。よろしくな」

「はい、星河スバルです」

「ウォーロックだ」

 

 スバルたちは握手に応えた。ゴツゴツとした指の感触。職人として生きてきた者の手だった。

 

「後ついでだ。こっちも紹介しておこう」

 

 浦方はエアディスプレイをもう一つ展開した。そこにはレゾンが書かれている。

 

「レゾンチーム名……ミソラサポーターズ?」

「ああ、俺たちスタッフは皆ブラザーでな。今回の、ミソラの久々のライブを成功させるというレゾンを掲げてるんだ」

「マモロウさんみたいな方がスタッフなら、ミソラちゃんも心強いですね」

「そう言ってくれると嬉しいぜ」

 

 この時、初めて浦方は笑ってみせた。

 

「裏方の職人ってのは、いちいちそんなレゾンを掲げるものなのか?」

 

 ウォーロックの質問は的を得ている。仕事とはいえ、こんなレゾンなどといちいち立ち上げるのだろうか。

 

「いや、俺たちが自主的にやってることだ。ミソラのやつを応援してやりたいんだよ」

「ファンなんですか?」

「う~ん……」

 

 どうやらゴン太やキザマロとは路線が違うらしい。

 

「いや、あの子さ……家族を亡くしてるだろ」

「……はい」

 

 ミソラは天涯孤独の身だ。母親は去年亡くなったと聞いている。そのショックは大きく、アイドルを一時期引退したほどだ。父親については話を聞いたことはないが、似たようなものだろう。

 

「あれだけ辛い過去背負ってるのにさ、あの子はいつも明るく振舞ってるだろ。自分と同じように、辛い目にあってる人たちにも笑顔を届けたい……って理由で」

「ですね……」

 

 分かる。スバルも同じ気持ちになる。

 

「あの子な、いつも俺たち裏方のやつらにも丁寧に対応してくれるんだ。この前は、ミスしちまった新人を励ましてたな」

「目に浮かびます」

「浮かぶな……」

 

 ウォーロックも頷いた。

 

「まあ、そんな理由だ。俺たちはスタッフとしてミソラを支えるから、お前は友達として側にいてやってくれ」

「……はい!」

「頼もしいな」

 

 浦方は作業を再開した。エアディスプレイをタイピングし始める。

 

「完成にはもう少し時間がかかる。そろそろ収録現場に行ったらどうだ。エキストラで参加するんだろ?」

「それもミソラちゃんから?」

「ああ」

「そうですね。分かりました」

 

 浦方と別れて、スバルは元来た道を戻った。遅れると、また委員長がうるさくなりそうだ。

 

 

 スバルと浦方が話していた場所から少し離れたところ。物陰にジャックはいた。

 

「……嫌な話聞いちまったな」

 

 エアディスプレイを展開し、検索する。ミソラのプロフィールが表示される。母親を亡くしてることが書かれていた。

 

「……そうか。あいつ、俺たちと……」




〇金田金太郎
 ミソラちゃんの元マネージャー。
 母親を亡くしたばかりのミソラちゃんを無理やり歌わせようとしました。その後事故に巻き込まれて病院へ。ミソラちゃんの引退と共に、マネージャーから外れました。
 正直言って良い気味です。
 でも……これには、当時のミソラちゃんの気持ちを考えていなかった、僕たちファンにも問題はあると思います。


 参照.マロ辞典より抜粋


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第28話.撮影開始

 次回更新日は7月23日(日)です。


 撮影現場は並木道だった。整備された道。柵を隔てた脇には樹木が並んでいる。

 学生服を着たミソラとスズカ。その周りにはたくさんのスタッフがいる。

 

「ねえキザマロ。あの人が監督さん?」

「ですです」

「……ウィザードじゃねえか?」

 

 ウォーロックの言う通り、監督はウィザードだった。

 

「そうなんです。オクダマスタジオではウィザードも人間と同じようにして働いているんですよ」

「へ~」

 

 目は赤いバイザー、口はメガホンのような形をしている。ボディは黄緑色だ。手には黒と白の縞々模様の、「カット」とか言って鳴らす道具。

 

「あれ、なんていうんだっけ?」

「カチンコっていうんですよ」

「そのまんまだね」

 

 その時、スタッフの一人がスバルたちに駆け寄ってきた。先ほど、ミソラのメイクを担当していた女性だ。

 

「君たち、そろそろ出番よ。心の準備は良いかしら?」

「は、はい!」

 

 急に緊張してきた。ウォーロックがヒソヒソと呟いた。

 

「いい加減にその緊張しやすい体質治せよ」

「いや、治すとかの話じゃ……」

「もっとでかいことしてきただろお前は」

 

 それはロックマンとしての話だ。確かに、エンプティ―との戦いを世界生中継されたことだってある。

 

「それとこれとは話が……」

「あれ、一人足りなくない?」

 

 女性スタッフに言われて気づいた。ジャックがいない。

 ゴン太が小さく手を上げた。

 

「ジャックの奴なら来ないぜ。さっき自由行動の時に声かけたんだけれどよ。なんか、興味ねえって」

「あ~。そっか」

 

 本人が嫌がるのならば仕方ない。ゴン太もなんだかんだ言って、気にしてくれているらしい。

 

「じゃあ、後は委員長だね」

 

 隣のルナを見ると、緊張で顔が真っ青になっている。魂だけどこかへ飛んでるみたいだ。

 

「このドリル女、生徒会長を目指すとか言ってなかったか?」

「うん、さすがに今回ばかりは……」

 

 気づいて振り返った。

 

「ジャック? 来ないんじゃ……」

「いや……まあ、これも経験つうか……出てやってもいいっていうか……まあ、誘われたし」

 

 ジャックの目が、ちらりとミソラの方を見た。さっきのことを気にしているのだろうか。

 

「良かった。一緒に出ようよ」

「……ああ」

 

 そしてちょうどお声がかかった。さっきのウィザード監督が手を上げた。

 

「よし、じゃあエキストラ役の人たち、入って!」

 

 ビクウッとスバルたちの背中が飛び上がった。ジャックだけは平然としてる。肝っ玉がでかいのだろうか。

 

「よよよよよ、良し! いいいい、行くわよ!」

 

 珍しく動揺しまくっているルナだった。声が震えている。

 女性スタッフに案内されて、ミソラとスズカを挟んだカメラの反対側。ゴン太とジャックは右側に、スバルとルナとジャックは左側に集まった。談笑しているようにと指示をもらった。

 

「それじゃあ本番行くよ。スズカちゃん、ミスはしないでね」

「は、はい!」

 

 スズカの手に汗が握られているのが見えた。周りのスタッフたちに混じっているアイスから「いつも通りにやりなさい!」という声が聞こえた。スズカが目を閉じる。

 

「よし、シーン17、カット1。テイク1、スタート!」

 

 スバルはルナとジャックと他愛ない会話をしているふりをする。ルナは顔が引きつってるが、ジャックはいつも通りの仏頂面だった。緊張はしていないらしい。

 そんな彼らなど置き去りにして、ミソラとスズカの演技は進む。

 

「どうしよう、スズカ……?」

「どうしたのミソラ。なんでそんなに思いつめた顔をしているの?」

「そ、そんな顔してる?」

「してるよ。せっかくの念願の歌手デビューが決まったのに、どうして?」

 

 スバルは横目で、ちらりとスズカをうかがった。先ほどまでの自信のなさそうだった彼女はどこにもいない。素人の目のスバルでも、確かな演技力があるのは見て取れた。

 

「うんとね……このままでいいのかなって」

「このまま……どういう意味?」

「……不安になっちゃうの。歌うことは好きだよ。私が歌うと、皆が笑顔になってくれるから。……そう、聞いてくれる人たちの笑顔が、私が歌う理由だったの」

「……それとデビューと、何か関係があるの?」

 

 スズカの演技力に負けじと、ミソラも会心の演技をする。目にうっすらと涙を浮かべる。

 

「デビューするってことは、大勢の前で歌うってこと。それって、今まで笑顔をくれた人たちが遠くに行ってしまうような気がして……」

 

 スズカは首を横に振った。

 

「ミソラ、それならなおさら、デビューすべきだよ」

「え?」

「大勢の人たちがミソラの歌を聞いてくれる。それはたくさんの人を笑顔にできるってことだと、私は思うよ。そこに距離なんてないんじゃないかな?」

「距離なんてか……」

「カーーーーーーーーーーーット!!」

 

 監督の大きな声と共に、カチンコが鳴った。まだミソラが台詞を言ってるときにこれだ。つまり、これはリテイクの要望。先ほどのシーンで何か問題があったのだ。

 ビクリとスズカが肩をすくめた。

 

「あ、あのごめんなさい。私、何かミスを……」

 

 オドオドとしているスズカ。スバルから見ると、何かミスがあったようには見えなかった。

 

「いや、スズカくんにミスはないよ。よくやってくれた。名演技だったよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 どうやら問題はスズカではなかったらしい。

 

「問題は……」

 

 監督は空中を滑走するように、スバルたちの元へ来た。

 

「え、僕!?」

 

 ミソラとスズカの演技を凝視し過ぎてしまったのだろうか。

 

「違う。君もいい」

 

 ほっと胸をなでおろした。

 

「君たちだよ!」

 

 監督が指さしたのは、ルナとジャックだった。

 

「え?」

「あ?」

 

 今度はルナが面食らう番だった。

 

「君たち、二人とも服が黒じゃないか。背景のエキストラだからって、黒がこう多いと画面が暗くなるんだよ」

「あ~、そういうことか」

 

 今日に限って、ルナは黒い服を着てしまっている。ジャックの普段着と被ってしまっているのだ。黒色は目立つ。それが背景で並んでいるとなると、無意識に目を向けてしまうだろう。

 

「というわけで……そうだね、君抜けて」

「……は!?」

 

 いらないと言われたのはジャックだった。

 

「おい、こっちは出てやって……」

「なら良いよ。エキストラはおまけみたいなものだから」

 

 厳しいようだが、これも職人肌というものなのだろう。監督の決定は絶対だ。けれど、ここは黙って見ていることはできない。

 

「あの、ジャックは出させてあげてください」

 

 せっかく来てくれたのだ。なのに除け者扱いなんてひど過ぎる。スバルが頼むと、離れたところにいたゴン太とキザマロも駆け寄ってきた。

 

「お願いだ。ジャックを出させてあげてくれよ」

「お願いします」

 

 キザマロが頭を下げると、ゴン太も慌てて頭を下げた。ジャックがスッとゴン太の後ろに回った。

 

「あの……よろしければ、予備の衣装とか貸してもらえませんか。私、着替えてきますから」

「そんな時間ないよ」

 

 ルナのお願いにも、監督は首を横に振った。いてもいなくてもいいエキストラ役のために、貴重な時間は割けないのだろう。ルナが目をつぶった。そして力強く告げた。

 

「分かりました。なら私が抜けます」

「え?」

 

 驚いたのはスバルだけでない。キザマロと、ゴン太の後ろから出てきたジャックもだ。

 

「おいドリル女。お前何言って……」

「委員長、今日出れるの楽しみにしてたじゃないですか」

「そうそう、わざわざお化粧とおめかしまでして……」

「スバルくん、それ余計だから!」

 

 ルナの一睨みで、スバルはカエルのように縮こまった。

 

「監督さん……ジャックくんは昨日転校してきたばかりで……今日は彼に、楽しい思い出を作っていってほしいんです。だから私が抜けます。ジャックくんを出させてあげてください」

 

 深々と頭を下げた。スバルとキザマロも続けてだ。そしてミソラが監督の後ろに立った。

 

「監督、私からもお願いします」

 

 とどめに主演俳優からの懇願。監督も無下にはできないようだった。

 

「う~ん……まあ、どっちかが抜けてくれたら、こっちはそれでいいしね。分かった。じゃあ金髪の君が抜けてね」

「分かりました」

 

 顔を上げたルナには笑みがあった。

 

「ドリル女……」

「良いのよジャックくん。私の分も楽しんでちょうだい」

『ごめんなさいルナちゃん。私が黒なんて選んじゃったから……』

「モードは悪くないわよ。ありがとう」

 

 ウィザード監督が元の場所へと戻る。

 

「じゃあテイク2始めるよ。皆元の場所へ……ん? そこの大きいの、どうした!?」

「大きいの?」

 

 というとゴン太だろう。そういえばさっきから静かで動きがない。見ると、ゴン太の顔が真っ赤になっていた。

 

「ぐ……ウググ……」

「ゴン太くん!?」

 

 頭を抱えるゴン太。ふらついて後ずさりする。ジャックが「あ……」と声を上げた気がした。

 

「グウウ。ブルオオオオオ!!」

 

 ゴン太が雄たけびを上げた。同時に赤い光を放つ。次の瞬間には姿が変わっていた。

 2メートルを超えるであろう巨体。大きなお腹に太い腕。頭には二本の巨大な角。

 

「ロック、これって……」

『オックスだ。オックス・ファイアになりやがった!』

 

 オックス。FM星人の一人。FM星の地球侵略の時にやってきた戦士だ。ゴン太に取りついて、オックス・ファイアとなって暴れた。ロックマンが最初に戦った相手でもある。どうやら、ゴン太の中に残っていた残留電波が蘇ってしまったのあろう。それにしても、なぜこのタイミングで……。

 などと考えている暇はなかった。オックス・ファイアがある人物に目を付けた。彼の正面……直線状にいた一人の少女。ミソラだ。ミソラに目をつけてしまった。

 

「ブルオオオオオ!!」

 

 突っ込んでいく。無防備に立ち尽くしているミソラに向かって……。

 

「させない!」

 

 スバルの体が青く光る。飛び出す。ミソラの正面に立ち、オックス・ファイアを迎え撃った。

 

「ドリルアーム!」

 

 ロックマンは左手をドリルへ変え、オックス・ファイアのお腹に突き刺した。オックス・ファイアの突進力はそのまま威力に変換され、体を穿った。

 

「ブオオ!」

 

 衝撃で後ずさりしようとするオックス・ファイア。だがそれも許さない。

 

「マミーハンド!」

 

 地面からミイラの手のような物が出てきて、オックス・ファイアの足を掴んだ。電流が流れて体をしびれさせる。足が止まった。一気に決めにかかる。

 

「フリーズナックル!」

 

 右手に、水色の巨大な拳が装着される。力の限りにオックス・ファイアの顔を殴りつけた。巨体が大きくのけぞり、仰向けに倒れる。赤い電波粒子が舞い、ゴン太の電波変換が解けた。隣では牛のような赤い電波体……オックスが地面に倒れている。

 

「よし、終わり!」

『俺が出るまでもなかったな』

 

 オックス・ファイアの戦い方は熟知している。その巨体から繰り出されるパワーは、確かに圧倒的だ。だが最初の突進さえ止めてしまえば、後はただの大きな的にすぎない。

 

「大丈夫、ミソラちゃん!?」

「ロックマン、ありがとう!」

 

 どうやら無傷らしい。撮影にライブまであるのだ、ここで擦り傷一つしようものなら、大問題になるところだった。

 

「良かった、君が無事で……」

「いいねえ君!」

「うわっ!」

 

 ロックマンとミソラの間に、ズイッと割り込んできた者が一人。ウィザード監督だ。

 

「いいね、いいね、いいね、いいねええええ! 今の最高だったよ。君、ロックマンだよね! あの有名な、世界を二度救った英雄の!」

「え……っと……い、一応そうです……」

「いやあ、私の撮影現場に来てくれるだなんて思いもしなかったよ」

 

 どうやら、このウィザード監督はロックマンの正体がスバルだと気づいていないらしい。周りのスタッフの中でも指摘する人がいない。どうやら、スバルが電波変換するところは運よく見られなかったらしい。皆、オックス・ファイアに視線が集まっていたのだろう。

 静かにホッとするロックマンに、ウィザード監督はとんでもない爆弾を投下した。

 

「どうだい、このままドラマに出てくれないかな?」

「……はっ!?」

 

 待ってほしい。スバルはエキストラとして背景に少しだけ出る予定だったのだ。それが主演のミソラと共演。たまったものではない。心臓が虫のように小さなスバルに向かって、羞恥を全国にさらせと言ってるようなものだ。

 

「歌うことに悩むヒロイン。そこに颯爽と現れるヒーローのロックマン。ヒロインを勇気づけて、去っていく……! 最高だ! これは視聴率大幅アップ間違いなしだあああ!」

 

 ロックマンの気持ちなど微塵も気づいていないようで、ウィザード監督は一人盛り上がっていく。

 だがこれに黙っていない者がいる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 ずっとスタッフたちと様子を見ていたアイスだ。慌てて監督に駆け寄った。

 

「その役は、スズカがやるとこちらはうかがって……」

「うん、まあそうなんだけれど……ロックマンの方がインパクトあるからね」

 

 ウィザード監督は平然とそう告げた。

 

「お詫びに今度なんかのCMに、メインで出演させてあげるから、それで手を打ってよ」

「そ、そんな! ドラマとCMでは待遇が全然違うじゃありませんか!」

 

 アイスとしてはもっともな抗議だろう。スズカのマネージャーとして、引き下がるわけにはいかないのだ。

 

「もう良いよ、アイス」

 

 そのスズカがアイスの背中に触れた。

 

「CMの件、よろしくお願いします」

「うん、できる限り良い話持ってくるから」

「ありがとうございます」

 

 アイスは悔しそうな顔で頭を下げた。

 

「良いの、スズカ……?」

「仕方ないよ、さすがにロックマンを差し置いて私……というのは無理がある話だし。それにね……」

 

 スズカはミソラとロックマンに輝く目を向けた。

 

「ミソラとロックマンの共演だよ。私も見たいんだ!」

「くぅ……!」

 

 アイスには悪いが、これは期待に応えないわけには、いかなくなってしまった。腹をくくることにした。




〇オックス
 FM星人。FM星人侵略の際に、この者と酷似(こくじ)した個体の映像データあり。同一個体と推測される。

〇オックス・ファイア
 牛島ゴン太とオックスが電波変換した姿。トランスコードは005。
 戦闘データはほとんど得られなかったが、類まれな破壊力を持っていると推測される。
 来たる作戦の戦力候補に抜擢するか見極める必要あり。
 今後、接触を図ることを検討中。


 参照.ヨイリーレポートより抜粋


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第29話.ヒーローとヒロイン

 次回更新日は7月26日(水)です。


 人が意識を失いかける時とはどういう時だろう。頭に大きな衝撃を受けたとき? 委員長のような怖い人を前にしたとき? 色々とあるだろう。

 だがこれだけははっきりと言える。

 星河スバルの11年という短い生涯において、今が一番やばいと。

 向けられるカメラ。集まるルナたちとスタッフたちの視線。なにより、これはしばらく経ったら全国に放送されるのだ。自分の顔が全国にさらされる。まだ良い。もうとっくに世界に知れ渡っているのだから。辛いのは、自分の素人演技を大勢の人たちに見せることの方だ。復学したばかりのころに参加した、学園祭の劇とは違う。ロックマンVS牛男とかいう茶番劇とは規模が違うのだ。

 

「大丈夫だよ、ロックマン。緊張しないで」

「あ……うん……」

 

 ミソラは励ましてくれるが、緊張とはそれでとれるようなものではない。

 

「ロックマン、台本は読んだね。じゃあシーン17改変版。シーン1、テイク1。スタート!」

 

 息をつく間もなく始まってしまった。カチンと、カチンコの音が鳴る。その瞬間には、目の前のミソラは役者になっていた。

 

「どうしよう、ロックマン……?」

「ど、どうしたんだい?」

 

 噛んでしまった。リテイクが来るかと思ったが来なかった。これはこれで良いと判断されたみたいだ。次の台詞を思い出す。

 

「思いつめたような顔をしているよ?」

「そ、そんな顔してる?」

「してるよ。念願の歌手デビューなんだってね。君の夢なんだろう、どうしたんだい?」

 

 今度は噛まずに言えた。

 

「うんとね……このままでいいのかなって」

「……どういう意味だい?」

「……不安になっちゃうの。歌うことは好きだよ。私が歌うと、皆が笑顔になってくれるから。……そう、聞いてくれる人たちの笑顔が、私が歌う理由だったの」

「……それとデビューと、何か関係があるのかい?」

 

 良いぞ、のってる。だんだんと調子が出てきた気がする。

 

「デビューするってことは、大勢の前で歌うってこと。それって、今まで笑顔をくれた人たちが遠くに行ってしまうような気がして……」

 

 ここで先ほどのスズカのように、ミソラを励ますのがロックマンの役目だ。だがそれでいいのだろうか。スバルに疑問が生まれた。

 

「歌いたくないのかい?」

 

 思わずその言葉が出てきた。ミソラが驚いた顔をする。

 

「歌いたくないって……そんなことないよ」

「なら……」

 

 後は自然と言葉が出ていた。

 

「歌ってみたらいいんじゃないかな。もし違うと思ったら、歌いたくないって思ったら、その時は歌わなくっていいよ」

「え……?」

「無理して歌うことなんてないんだから。そしてまた歌いたいって思ったら、再開したらいい。皆に笑顔を届けたいって君の気持が本当なら、きっとそれは多くの人に届くはずだから」

「……うん……」

 

「あ……」とスバルは思った。やってしまった。台本とは全然違う台詞を言ってしまった。

 カチンコが鳴った。

 

「ロックマン!」

 

 ウィザード監督がものすごい勢いで突っ込んでくる。申し訳ないと謝罪しようとしたが、両肩をガシリと掴まれた。

 

「素晴らしいいい!!」

「……え?」

「すごいアドリブだったよ! そうか、確かにそうか! 悩んでる子に歌うよう応援するよりも、選ぶように促す……確かに、こっちの方が良い!」

 

 どうやらウィザード監督はいたく気に入ってくれたらしい。

 

「よし、このまま収録! 後はミソラがお礼を告げて、ロックマンが去るシーンだけだ!」

 

 こうして、さっきのシーンがそのまま使われることになった。別れるシーンの撮影もすぐに終わった。撮影スタッフが撤収を開始する。

 

「お、終わった……」

「いやあ、本当にありがとうロックマン!」

 

 ウィザード監督がねぎらいに来てくれた。

 

「ど、どうも……」

「おかげで良い絵が撮れたよ。君のおかげでね」

 

 そして、ロックマンの耳元で呟いた。

 

「赤い少年」

「……え?」

 

 ウィザード監督は親指と人差し指で丸を作ると、手を振って去っていた。

 

『あの監督、気づいてやがったのか』

「あの人の方が役者じゃない?」

 

 

 大部屋。オクダマスタジオの役者たちが詰める場所。パイプ椅子の上で、スバルはぐったりと天井を仰いでいた。

 

「お疲れ様ね、スバルくん」

「かっこよかったぜ、スバル!」

「すごい演技っぷりでしたよ!」

「……ありがと……」

 

 ルナ、ゴン太、キザマロへの返事にも力が入っていない。

 

「ミソラちゃんもスズカちゃんも、いっつもこんな神経使うことしてんの?」

「そうだよ、大変なんだよ役者って」

 

 ミソラが答えた。なお、スズカはここにはいない。

 

「うん、ほんと凄いと思う……」

「スバルくんとウォーロックくんほどじゃないと思うけれどな」

「あ、ロックで思い出した!」

 

 スバルは重い体をなんとか起こした。

 

「ゴン太!」

「おう、オックスか? ウィザード・オン!」

 

 彼のハンターVGから赤い電波粒子が出てきた。それは赤い牛へと姿を変える。

 

「ブルル……、久しぶりだなウォーロック」

「おう、そうだな」

 

 ウォーロックも出てきた。ハープも同じように出てくる。

 

「オックス、あなたミソラに……」

「ハープ、さっきは悪かった」

 

 ハープがビクリと飛び上がった。オックスが謝罪をしたのだ、無理もない。

 

「どどど、どうしたのあんた……頭でも打った?」

「ああ、スバルのやつが思いっきり殴ってたな……」

 

 ウォーロックも目を見開いて、数メートル飛び退いた。ハープに至っては、ウォーロックの腕にしがみついている。よっぽど恐ろしいものを目にしてしまったらしい。

 

「そう怯えるな。同郷のよしみ……ってやつか? 同じウィザードになったんだ。まあ、仲良くしてくれ」

「……ウィザードになった?」

 

 そういえば、ゴン太がウィザード・オンと言っていた。

 

「おう、さっきオックスと話してな。俺のウィザードになってくれたぜ!」

 

 モードとペディアも驚いて飛び出してきた。

 

「ほ、ほんとうですか!?」

「び、びっくりした!」

 

 オックスはブルルと笑いながら答えた。

 

「今まで、ゴン太にはさんざん迷惑かけちまったからな。これからはお詫びってやつも含めてゴン太に力を貸すぜ」

「よろしくな、オックス!」

「ブルル!」

 

 オックスはゴン太に応えると、モードとペディアに自己紹介をし始めた。

 

「ねえ、ウォーロック……スバルくんも良いの?」

 

 ハープが尋ねてきた。スバルとウォーロック、ミソラが集まる。ルナたちはオックスの周りに屯している。

 

「あいつFM星人よ。いえ、私もだけれど……」

「う~ん、悪い人には見えないけれど……」

「っていうか、別人のように見えるわね……」

 

 ミソラとハープが頷きあっている。

 スバルとウォーロックに至っては、あいまいな顔をしていた。

 

「……スバル、お前が決めろ」

「え、何を?」

「あいつをここで消すか、見逃すかだ……」

「……あ」

 

 ウォーロックが何を言いたいのか、スバルは理解した。

 スバルの父、星河大吾。大吾は宇宙ステーション「キズナ」から脱出するとき、オックスの襲撃を受けた。とウォーロックから聞いている。その時の衝撃で、宇宙の彼方へ飛んで行ってしまったのだと。他の乗組員たち、スティーブたちもだ。

 言わば、オックスは大吾の仇と言っても過言ではないのだ。

 スバルはオックスを見た。オックスはモードやペディアと親しそうに話している。数秒ほど見つめて、スバルは首を横に振った。

 

「ロック、あれはオックスであって、オックスじゃないよ。ゴン太の優しさに触れた影響かな?」

 

 見た目はオックスだが、中身は別物なのだろう。以前戦ったオックスと比べて、温厚で丁寧すぎる。記憶を維持したまま、ゴン太の性格の一部をインストールし、別人格になったようだ。

 

「なら、今のオックスを責めるのは間違いだよ」

 

 それがスバルの答えだった。

 

「そうか、なら俺もそうするぜ」

 

 ウォーロックは答えると、オックスの方へと向かった。

 

「おいオックス。さっそくウィザードバトルしようぜ」

「良いぜ。俺もバトルは大好きだからよ」

「知ってるっての。何年の付き合いだと思ってんだよ」

 

 ウォーロックもオックスを受け入れるつもりらしい。大吾のことで心残りがあるのは彼も同じだろうに。

 

「ポロロン、あいつも変わったわね……」

 

 ハープはウォーロックを見て、クスリと笑った。

 

「あれ、どうしたのハープ?」

「なんか怪しいよね?」

「ちょ、違うわよ。勘違いしないでちょうだいね?」

 

 別に何も言ってないんだけれどな~。とスバルはミソラと小さく笑いあった。

 そんな大部屋に一人の来客が訪れた。スズカだった。

 

「ミソラ。アイスを見なかった?」

「アイス? ううん、見てないけれど……」

「そっか……どこ行っちゃったんだろう……」

「一緒に探そうか?」

「良いよ。ミソラはこの後ライブでしょ。ちゃんと準備しないと。それじゃあね」

 

 スズカはすぐに出て行った。アイスを探しに行ったのだろう。 

 

「そういえば……」

 

 スバルは周囲を見渡した。

 

「ジャックもどこに行ったんだろ?」




〇ミソラちゃんファンクラブ
 ミソラちゃんのファンクラブ。会員数は現在進行形でどんどん増えています。
 委員長とスバルくんも入ってくれないでしょうかね。
 
 参照.マロ辞典より抜粋


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第30話.ダイヤ

 ミソラ生誕祭2023!
 のカウントダウンを始めます!
 今日から一週間毎日更新です!!
 残り7日!

 あとがきネタが無くなって来たので、新しいネタを始めます。いや、まだ出してない流ロクの専門用語とか登場人物とかあるんですけれど、今出せる奴は少ないなという。


 オクダマスタジオの屋外。あまり人目につかない場所。ここはスタッフたちもあまり立ち寄らず、普段は使わない道具がまとめられている場所だ。

 その近くの木陰に一人の女性がいた。彼女の視線の先では、青いウィザードが張り裂けんばかりの声で吼えている。彼女の後ろから、ガサリと音が聞こえた。

 

「来たわね」

「ああ、急に呼び出すだなんて……どうしたんだよ姉ちゃん」

 

 ジャックは疲れた顔でクインティアに尋ねた。

 

「任務に決まっているでしょう。星河スバルと仲良いふりする時間は終わり。今からアレを利用するわよ」

 

 クインティアは先ほどから喚いているウィザードを指さした。

 

「アイスのやつ、こんなところで何やって……いや、そうなるか」

 

 スズカの出番をロックマンに取られたのだ。呪いの言葉の百や千は吐きたくなるだろう。

 

「あら、知ってるの?」

「ああ。響ミソラの友人……いや、ブラザーだったな。そいつが持ってるウィザードだ」

「スズカっていう名前かしら?」

「知ってるのかよ、姉ちゃん」

「本人が言ってるわよ」

 

 よく聞くと「スズカの才能を潰された!」と嘆いていた。

 

「あのアイスってウィザード、マグネッツのように力は大したことないわ。けれど、怒りは大きなエネルギーになる。星河スバルのブラザーである響ミソラが狙われれば、ロックマンは必ず動くでしょうね」

 

 ようは戦闘データを取りたいと言っているのだ。

 

「さあジャック。このノイズドカードをアイスにつけるわよ」

 

 クインティアがカードを取り出した。表面にはダイヤのマークが書かれている。3枚しかない、特別製のノイズドカードだ。歩き出そうとするクインティアの手を、ジャックは掴んだ。

 

「姉ちゃん、今日はやらなくてもよくねえか?」

 

 クインティアが勢いよくジャックに振り返った。異常なものを見る目をしていた。

 

「どうしたの、ジャック?」

「いや……その……」

 

 あのドリル女の顔が浮かんだ。星河スバルと、ゴン太とキザマロ、ミソラは自分のために頭を下げてくれた。おせっかい極まりないが、それでも彼らは自分のためにしてくれたのだ。

 

「あなた、さっき牛島ゴン太にノイズドカードを使って、オックス・ファイアを暴れさせたじゃない」

 

 ジャックはポケットを抑えた。そこには、先ほどゴン太の背中に張った使用済みのノイズドカードがある。どさくさに紛れて回収しておいたのだ。

 

「いや、そうなんだけれどさ……」

 

 今アイスが不幸な目になってるのは、元を正せば自分のせいである。あのウィザード監督に「撮影から出て行け」と言われて、むしゃくしゃしてやった結果が、ロックマンの活躍とスズカ降板である。

 それで怒り狂ってるアイスを利用するのは、どことなく気が引けた。

 

「ま、まあ今回くらいは星河スバルたちを見逃してやっても……」

「ジャック……」

 

 姉の静かな声。ジャックは思わず視線を足元に逃がした。また「任務以外に勝手なことをして、任務を放棄するのか」と怒られるのだろう。

 

「あなた、私たちの目的を忘れたの?」

「え?」

 

 違った。別のところだった。そして姉は怒ってなどいなかった。氷のようにいつも無表情だが、弟のジャックには分かる。これは不安になった時の声色だ。

 

「私たちが目指すものは何かしら?」

「そんなの決まってんだろ!」

 

 この胸に灯った憎しみの炎。あの時から一度たりとも消えたことはない。今も燃え盛っている。

 

「俺は……」

「それでいいわ」

 

 皆まで言わずとも、姉には伝わった。そしてダイヤのノイズドカードを手渡された。

 

「ジャック、あなたがやりなさい」

「ああ……」

「それでいいのよ。私はMr.キングに連絡を入れて、ヒールウィザードを何体か派遣してもらうわ」

 

 そうだ、何を言っていたのだ自分は。しょせん、友達のふりをしているだけだ。あいつらの能天気に巻き込まれるところだった。

 自分の目的は変わらない。目指すべき場所は不変。あいつらはそのための障害でしかないのだ。

 

「安心してよ姉ちゃん。俺は、いつだって姉ちゃんの味方だからさ」

 

 そうだ。姉に比べたらあいつらなんて……。

 ジャックはダイヤのノイズドカードを投げつけた。アイスの背中にカードが張り付く。アイスの動きが急に止まる。そして悲鳴。ノイズがウィザードの体を侵食し、プログラムを書き換えていく。アイスの体が変化し、大きくなっていく。

 

「そうだ……これで良いんだ」

 

 自分がそう呟いていることに、ジャックは気づいていたのだろうか。




〇ハープ・ノート
 メテオサーバーの情報解析に成功。
 ロックマンの味方の一人。地球人の響ミソラとFM星人のハープが電波変換した姿。
 音を操る力を持ち、音符型の弾丸を放ったり、ギターの弦を絡ませる戦いをする。遠距離型の戦闘スタイル。体重は0キロらしい。
 戦闘能力は大して高くないと見られる。

 参照.ハートレスの書記より抜粋


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第31話.結成、ミソラサポーターズ

 ミソラ生誕祭2023!
 カウントダウン!
 残り6日!


 スバルたちはミソラと別れて、ライブ会場へと移動した。ミソラはライブの準備があるらしい。浦方マモロウと会った場所に向かう中で、スバルはその時のことを話していた。

 

「大きなプロジェクターでさ、ミソラちゃんのライブ会場になるんだって。それを作っていたマモロウさんって人がすごくってさ!」

「そうなんですか。ぜひ会ってみたいです!」

「うん、タイピングがすごく早くって、見る見るうちにプログラムが……」

「分かった、分かったから……」

 

 盛り上がりだすスバルとキザマロを、ルナがげんなりとしながら抑える。ゴン太はというと、歩きながらレトルト牛丼を食べている。オックスと一緒にだ。レトルト牛丼を携帯していることにも、ウィザードが人間の食べ物を食べれることにも驚いたが、突っ込まないことにした。

 そうしているうちに、ライブ会場に着いた。

 

「で、スバルくん。そのマモロウさんてどんな人なの?」

 

 なおも止まりそうになかったオタクコンビの話を遮るように、ルナが尋ねた。

 

「えっと、ドレッドヘアーが八方向に伸びてて……」

「あの人ですか?」

 

 モードが実体化した。指さす方を見てみると、八本のドレッドヘアーの男性がいた。例のプロジェクターの前でかがみ、必死にエアディスプレイを操作している。スバルはそれを見て違和感を覚えた。

 先ほどのスムーズなタイピングとは違う、何か苦戦してるような印象を受けた。

 

「マモロウさん!」

 

 浦方は振り返ることもなく答えた。

 

「スバルくんか。今手が離せなくて……この!」

 

 エアディスプレイの画面がちらりと見えた。電波ウイルスの姿が見えた。

 

「もしかして、プロジェクターに?」

「ああ、そうなんだ!」

「すいません、アクセス権限をください」

 

 浦方は驚いたように振り返った。だが隣に出てきたウォーロックを見て、頷いた。

 

「本当はよくないんだが、それ!」

 

 スバルのハンターVGにアクセス権限が贈られた。タッチして承認。そしてウォーロックに告げる。

 

「ロック!」

「任せておけ!」

 

 スバルのエアディスプレイにプロジェクター内の様子が映された。電波ウイルスたちが右へ左へと闊歩している。そこに、電脳内に飛び込んだウォーロックが映る。

 

「バトルカード、マッドバルカン!」

 

 ウォーロック手がバルカン砲に変わる。銃口から多数の弾が飛び出し、ウイルスたちを次々に砕いていく。脅威を覚えたのか、生き残った何匹かが逃げようとする。

 

「スカルアロー!」

 

 ウォーロックが手に弓矢を持った。斜め上に向かって、弧を描くように放つ。逃げようとしていたウイルスたちを奇麗に射抜いた。

 

『他にはいねえみたいだぜ、スバル』

「ありがとう」

「助かったよ、スバルくん」

 

 浦方は肩の荷が下りたという顔でスバルに礼を言った。

 

「俺もウイルス退治は苦手ではないんだが……やはり今はウィザードがいないと難しいな」

「そうですね、ウイルスも強力になってきていますし」

 

 どうやら浦方はウィザードを持っていないらしい。

 

「これで、最終チェックさえ終わらせれば完成だ」

 

 浦方がプロジェクターに触ろうとした時だった。ウォーロックが中から出てきた。険しい顔をしている。

 

「スバル、倒したウイルスからこんなのが出てきたぜ」

 

 手には一枚の手紙があった。どうやら文章データらしい。

 

「なんでウイルスが?」

 

 データをハンターVGに読み込み、開く。

 

「……え?」

 

 中身を見て、スバルは言葉を失った。

 

「どうしたんだ、スバル?」

「何が書いてあったの?」

 

 ルナも覗き込んでくる。そしてスバルと同様に青ざめた。

 

「響ミソラのライブを中止にしろ。中止にしなければ、観客は無事では済まない……」

 

 スバルはゆっくりとマモロウを見た。

 

「これって……」

「脅迫状……だな」

「そ、そんな!」

 

 ルナの言葉を最後に、沈黙が下りた。だが浦方がすぐにそれを破った。エアディスプレイを開いて、何人かに同時に回線を繋げた。

 少々早口で分かりづらかったが、彼らは『ミソラサポーターズ』のメンバーらしい。この脅迫状に対抗するよう指示を出しているようだ。

 

「以上だ。皆、俺たち『ミソラサポーターズ』の結束力が試される時だ。ウィザード監督たちにも伝えておいてくれ」

『分かった。任せておいてくれ』

 

 そこで通信は終わった。

 

「というわけだ、スバルくんたちは大部屋に避難しておいてほしい」

 

 これはオクダマスタジオの問題だ。スバルたち小学生を巻き込むのは違うだろう。だが、はいそうですかと下がれるスバルではない。

 

「マモロウさん、僕にも手伝わせてください」

 

 浦方は面食らったようだが、すぐに手を横に振った。当然の対応だろう。

 

「スバルくん、これは俺たち大人の仕事だ。さすがに任せられない」

「お願いです。ミソラちゃんが危険なのに、じっとしているなんて無理です!」

「いや、けどな……」

 

 するとウォーロックが口をはさんだ。

 

「そうか、ならスバル。俺たちは勝手にやらせてもらおうぜ」

 

 そう言いながらも、目は浦方を見ていた。つまり、スバルを目の届く範囲に入れておくか、勝手に行動させるかのどちらかを選べと言っているのだ。勝手に動かれる方が困るのだが、だからと言って前者も選びづらい。

 困った顔をする裏方。あともう一押しといったところだろうか。どう手を打とうか。

 

「裏方さん……」

 

 そこで援護を入れてくれたのはルナだった。

 

「私はスバルくんのブラザーで、白金ルナと言います」

「ん、ああ……そうなのかい」

「私からもお願いします。スバルくんを『ミソラサポーターズ』に加えてあげてください」

 

 ルナの後ろで、ゴン太とキザマロが飛び上がった。

 

「先ほども見た通り、スバルくんの電波ウイルスを退治する力は本物です。これまでも、いくつもの大きな問題を解決してきた実績もあります。きっと力になってくれると思うんです」

 

 浦方がプロジェクターの方を見た。先ほどのウォーロックの戦いぶりを思い出しているらしい。

 

「裏方さん、さっき言ってくれましたよね。僕に、ブラザーとしてミソラちゃんを支えてあげてほしいって。僕にとっては、今がその時なんです」

 

 スバルは小細工なしに、ただ自分の気持ちを伝えた。浦方が目をつぶる。そして意を決した。

 

「分かった。ただし、俺が常に同行する。俺が危ないと思ったら、すぐに引く。約束してくるか?」

「はい、もちろんです!」

 

 ようやく浦方は認めてくれた。浦方がハンターVGを操作する。スバルのハンターVGに『ミソラサポーターズ』への勧誘が来た。承認ボタンを押すと、レゾンが書き換わった。

 

―― レゾン結成 ――

 

―― チーム名:ミソラサポーターズ ――

―― レゾン :ライブを成功させる ――

 

 メンバーには、スバル、浦方……それと何人かのスタッフたちがいた。

 

「い、良いのかよ委員長!?」

「見てくださいよ。ルナルナ団のメンバーから……」

 

 キザマロのエアディスプレイにはルナルナ団のメンバーが映っている。ルナ、ゴン太、キザマロはいるが、スバルがいなくなっている。レゾンは基本一つしか設定できないため、スバルが外れてしまったのだ。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。ミソラちゃんが大変な目にあっているのよ」

 

 ゴン太とキザマロと異なり、ルナは何一つ動じていなかった。

 

「ごめんね、委員長。終わったらすぐに戻るから」

「馬鹿ね、ここはお礼を言うところよ」

「そうだね、ありがとう」

 

 ちょうど裏方のハンターVGが着信を告げた。メールらしい。

 

「……スバル、倉庫のオートロックが動かないらしい。ライブに使う機材が取り出せない状態だ」

 

 ウォーロックが鼻を鳴らした。

 

「ほ~、さっそく妨害をおっぱじめやがったか!」

「ウイルスかもね。マモロウさん、行きましょう!」

「ああ」

 

 浦方が先に走り出した。スバルの道案内をするためだろう。後を追うように、スバルも走り出した。

 

 

 ルナは黙してスバルを見送った。とんがり頭が角を曲がって見えなくなる。そして、大きくため息をついた。

 

「私って、ほんとおせっかいね……」




〇オックス・ファイア
 メテオサーバーの情報解析に成功。
 ロックマンの味方の一人。地球人の牛島ゴン太とFM星人のオックスが電波変換した姿。
 口から吐き出す炎が強力。また、巨体を生かした拳や体当たりも脅威である。単純な攻撃力のみなら、ロックマンを凌駕する。
 しかし、力任せの攻撃が多いことと、巨体ゆえの鈍重さが目に付く。
 総合的な戦闘能力はそれなりと見られる。


 参照.ハートレスの書記より抜粋



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第32話.ヒールウィザード

 ミソラ生誕祭2023!
 カウントダウン!
 残り5日!

 エグゼのころから思っていましたけれど、ヒールナビや、ヒールウィザードって、どういう経緯で販売されたんでしょうね。
 私なりに考えた設定を今回は出します。非公式設定なので、あしからず。

 明日も更新します。


 スバルは浦方の後ろについて、オクダマスタジオを駆けた。案内されるような形で、トラブルが起きている倉庫の前に来た。一人の男性スタッフが浦方に説明をする。どうやら電子ロック式で、操作を受け付けない状態らしい。

 

「俺のウィザードを中に入れたんですが、応答がなくって……」

「僕に任せてください!」

 

 スバルとウォーロックが前に進み出た。ここは二人の出番だろう。

 

「ああ、任せたぞスバル。こいつがアクセス権限だ」

 

 浦方からアクセス権限を借り、スバルはウォーロックを中へと送り込んだ。エアディスプレイにウォーロックと電脳世界が映る。電脳内を少し進むと、大きな物体を見つけた。ウォーロックが近づくと、画面が鮮明になってくる。

 

『なんだこいつは!?』

 

 スバルも驚いた。それは氷の塊だった。高さはウォーロックの2、3倍はある。その中には一体のウィザード。

 

「俺のウィザードだ!」

 

 先ほどの男性スタッフが悲鳴を上げた。

 

「氷なら溶かすしかない。バトルカード、マシーンフレイム!」

『おら食らえ!』

 

 およそ救出とはかけ離れた掛け声を上げて、ウォーロックは腕に付いた火炎放射器を向けた。氷が炎に包まれる。これで氷が溶けるはずだった。5秒ほど経った頃、ウォーロックが手を止めた。

 

『……駄目だスバル。火力が足りねえ!』

 

 氷は平然とその場に居座っていた。小さくなったようにすら見えない。マシーンフレイムの威力は確かで、電脳内の床にはヒビが入っている。

 

『こいつは一点集中の火力がいるな。それも、バトルカードを上回るくらいのやつだ』

「そんなこと言われても、バトルカード以外に炎なんて……」

 

 そこまで言って思い出した。スバルは別のエアディスプレイを開いて、電話を開いた。これでウィザードは救出できる。一件落着だろうと安堵していた。だがそういう時にトラブルは起きるのだ。

 

『スバル、敵だ!』

 

 ウォーロックが叫びながら後ろに飛び退いた。ウォーロックがいた場所を、電気の鞭が激しく叩いた。

 

「誰!?」

 

 エアディスプレイの画面角度を変える。ウォーロックの前方には一体のウィザードがいた。赤紫色のボディに、吊り上がった黄色い目。側頭部と肩には小さな角。そして手には先ほどの電気の鞭。

 

『こいつは確か……』

「ヒールウィザードだ!」

 

 ヒールウィザード。こちらも一般的に販売されている、量産型ウィザードだ。だが今までスバルが目にしてきた量産型ウィザードとは異なる種類だ。

 スピカモールで暴走したウィザードや、今氷漬けにされているウィザードは、ノーマルウィザードと呼称される。それに対し、この鞭を持ったウィザードはヒールウィザードと呼称する。量産型でありながら戦闘に長けた性能を持っている。

 どちらも開発販売メーカーが使う正式名称ではない。あくまで世間一般的な呼び方だ。ただこのヒールウィザード、少々問題点があるのだ。

 

『ヒッヒッヒ、その氷に用があるのか? 悪いがそいつはできねえな。お前はここでおしまいだ!』

 

 言い終わるが早いか、また鞭を振るってきた。ウォーロックは、自分の緑色の(たてがみ)のような物を前方に伸ばし、広げて硬質化させた。シールドだ。それで鞭を防ぐ。

 

「バトルカード、グランドウェーブ!」

『オラッ!』

 

 ウォーロックの手にツルハシが握られた。それで地面をたたくと、一本の衝撃波が波を立てて走った。ヒールウィザードに直撃した。

 

『ギャヒィ! やりやがるな。なら……来い、ウイルス共!』

 

 ヒールウィザードが手をかざすと、二体の電波ウイルスが召喚された。指示に従うように襲い掛かってくる。

 

「やっぱり使ってきた……」

 

 ヒールウィザードには一つ、大きな特徴がある。それが電波ウイルスの使役だ。人間にとって害悪でしかない電波ウイルス。それを退治するのではなく、従えて戦力してしまおうという目的で開発されたのだ。実際これは強力で、電波ウイルスと戦う際に大きな効果をもたらしてくれる。

 だがそのウイルスによる悪影響なのか、戦闘に長けているゆえの弊害なのか、ヒールウィザードはどうも人格が好戦的なのだ。中には人間に反旗を翻し、こうして悪事を働く者もいる。なんでも、開発元の会社がやらかしてしまったとか……。

 今は改善されたプログラムがアップデートされており、その後に販売されたウィザードにもきちんと組み込まれている。しかし、アップデートを受けていない初期型のヒールウィザードは、こうして人間の元を離れて、悪事を働いているに至る。

 そんな彼らの世間的な扱いは、電波ウイルスと同じだ。

 

『ぶっ倒すぞスバル!』

「うん、行くよ!」

 

 元は人間に作られた存在ゆえに、少々かわいそうではある。だが彼らを放置しておくことはできない。

 

「バトルカード、エアスプレッド!」

 

 ウォーロックの手が銃に変わった。高速の弾丸が正面のウイルスに命中した。そこから複数の弾が当たりに飛び散り、もう一体のウイルスとヒールウィザードを巻き込んだ。彼らの動きが止まる。

 

「ボボボンボム!」

 

 スバルはちらりともう一つのエアディスプレイを見ると、別のバトルカードを送信した。ウォーロックの手には黒い塊が握られる。一本の導火線がついた爆弾だ。

 

『行くぜ!』

 

 ヒールウィザードとウイルスの中央あたりに、それを投げつけた。これは少々使いづらいバトルカードで、敵に当てる爆弾ではない。床などにおいて、その後に炎属性の攻撃を当てると爆発するのだ。手間がかかる分、威力は高い。

 ここでスバルは炎属性のバトルカードを送るべきなのだが、そうしなかった。必要がないのだ。代わりに火をつけてくれるものがいるのだから。

 

『ファイアブレス!』

 

 ウォーロックが後ろへと飛び退くと、頭上から炎が降ってきた。それはボボボンボムの導火線に触れ、爆発させた。

 

『ギャアアア!』

 

 悪事に手を染めたヒールウィザードは、二体のウイルスと共に跡形もなく消滅した。終わってみれば、無傷のウォーロックがそこにいた。

 

『へっ、よく分かったな。お前にしちゃ察しが良いじゃねえか』

『ブルル、俺を当てにしておいて、その言い草はねえんじゃねえのか?』

 

 ウォーロックの前に赤いウィザード……オックスが下りてきた。

 

『へっ、そうだな。ありがとうよ』

『お、おう……お前が礼を言うとはな。悪いもんでも食ったか。牛丼食うか?』

『お前にだけは言われたくねえよ。ってか、さっそくゴン太に感化されてんじゃねえか!』

 

 そんな二人を置いておいて、スバルは電話相手にお礼を言った。

 

「ありがとうゴン太」

『おう、そのままオックスを連れてってやってくれ』

 

 炎のスペシャリスト、オックス。彼がいれば心強い。さて、さっさと本題を済ませてしまおう。

 

「ケンカしてる場合じゃないよ。オックス、そのウィザードを助けてあげてほしいんだ」

 

 バトル中、ずっと忘れされられていた氷漬けのウィザード。これ以上の放置はかわいそうというものだ。

 

『おう、任せておけ。オックスフレイム!』

 

 オックスは口から炎を吐き出した。先ほどのファイアブレスとはどう違うのかは分からないが、彼にとっては違う技らしい。氷が見る見るうちに溶けて、びしょ濡れになったウィザードが息を吹き返した。

 

『た、助かった。ごっつ寒かったわ。どないなっとんねん、ほんま!』

 

 今度はアキンド弁のウィザードだった。ウィザードに訛りを持たせるのが流行っているのだろうか。

 

『良かったな』

『ブルル、俺様に感謝しろよ』

『ほんまおおきに!』

「あのさ、ちょっと良いかな。君を氷漬けにした人はどんなウィザードだった?」

 

 これだけの氷だ。ウイルスの仕業とは考えられない。それに先ほどのヒールウィザードとも考えづらい。あいつにはこれほどの氷を生成する力はないはずだ。スバルの予想は的中した。

 

『女のウィザードやったな』

「女……」

 

 さっきのヒールウィザードはどう見ても男型だった。やはり別にいるみたいだ。

 

「特徴は?」

『見たことないやつやったな。あと、どえらい別嬪やったで。ワイの好みやわ~』

「……そう?」

 

 と言われても、人間のスバルにはウィザードの容姿端麗というものが分からない。

 

「他には?」

『知らん』

「……そっか」

 

 手掛かりはほぼ無しだ。女ということくらいしか分からない。さっきのヒールウィザードを生かしておけば、情報を聞き出せたかもしれない。思った以上に弱すぎて、勢い余って倒してしまったことが悔やまれる。眉をしかめるスバルの肩に手が置かれる。浦方だった。

 

「とりあえずスバル、よくやってくれた」

「ありがとう、俺のウィザードを助けてくれて」

 

 浦方と男性スタッフから感謝された。それにこれでミソラのライブ道具を取り出すことができるのだ。今はこれで良しとしよう。

 そう思った時、浦方のハンターVGが鳴った。浦方がメールを開く。

 

「スバル、またトラブル発生だ!」

「分かりました!」

 

 犯人の妨害は続く。今はできることに専念しよう。




〇アキンドシティ
 ニホン国の西の方にある都市。商いが盛んです。方言が結構きついです。

 参照.マロ辞典より抜粋


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第33話.密室の二人

 ミソラ生誕祭2023!
 カウントダウン!
 残り4日!


 スバルが浦方と事件解決に赴いているころ、ルナはオクダマスタジオの中を移動していた。ゴン太とキザマロはいない。

 キザマロはスズカと一緒だ。スバルと別れた後、アイスを探しているスズカと再度遭遇。この状況下で見つからないとなると、事件に巻き込まれた可能性が出てくる。キザマロはペディアの統計力を利用しての捜索に名乗り出た。

 ゴン太はというと、ジャックが見つからないことが気になって、一人行動中である。

 ルナもどちらかに加わろうかと思ったのだが、スズカに頼まれたのだ。ミソラの側にいてあげてほしいと。ルナはすぐに察した。本当にミソラの側にいてあげたいのはスズカのはずだ。ブラザーに脅迫状が届いているのだから。だが彼女は自分のウィザードを探さなくてはならない。きっと断腸の思いだろう。

 それにルナも気にはしていたのだ。ただ、ライブ前に訪問するのは邪魔かもしれないと考えて、二の足を踏んでいた。だがスズカに頼まれたというのなら、話は別だ。ためらう理由などない。

 そしてミソラの個室の前に来るに至る。

 

「ミソラちゃん、入って良いかしら?」

「ルナちゃん? 良いよ入って!」

 

 自動ドアが開いて、中に踏み入れる。ミソラはとっくに着替えており、いつものパーカー服だった。

 

「よく来てくれたね。ゆっくりして行ってよ」

 

 明るく振舞っているが、ルナにはすぐに分かった。

 

「ミソラちゃん、無理しなくていいのよ」

「……そっか、ルナちゃんには分かっちゃうか」

「当たり前でしょ」

 

 脅迫状が来ているのだ。ライブを見に来るファンたちに危害が及ぶかもしれない。スタッフたちが懸命に対応している。

 

「なにより、スバルくんもいるものね」

「うん……」

 

 この状況下で、ミソラが心中穏やかでいられるわけがないのだ。それに気づかないようなルナではない。ただ、それでもルナは言いたいことが一つだけあった。

 

「皆の心配するのも良いけれど、心が疲れちゃうわよ。今は自分の心配だけしておきなさい」

「あ、それはね……クシュン!」

 

 ミソラがくしゃみをした。小さく体を震わせる。

 

「なんか、冷えてきたかな?」

「変ね、今日はそんな予報なかったと思うけれど」

 

 ルナはハンターVGを開いて、今の気温を確認した。天候制御システムの予定通りで、秋に相応しいものだった。

 

『ルナちゃん、室温はどうですか?』

「室温……」

 

 モードに促されて室温を見た。そして目を見開いた。

 

「え……待って、なにこれ!」

 

 室温が低い。そして秒単位で下がっていく。見上げる。エアコンがうねる様な音を立てている。冷房が全力で稼働しているのだ。ルナも足から寒気が走ってきた。

 

「で、出ましょうミソラちゃん!」

「そうしよう!」

 

 ルナにも分かる。これは脅迫状を送ってきた犯人の仕業だ。室温を下げる嫌がらせか何かだろう。だがルナの読みは甘かった。

 自動ドアの前に立つ。だが何も反応がない。センサーの前にルナが立っているのに、なにも作動しない。開錠されない。ドアが開かない。

 

「ちょ、どういうこと!?」

『きっと犯人の仕業よ』

 

 ミソラのハンターVGからハープが声を出した。

 

『ミソラをここに閉じ込めて、寒さで苦しめるつもりなのよ』

「嘘っ。そこまでするの!?」

 

 ルナが思っていた以上にこの犯人は凶悪らしい。このままでは自分とミソラの命にかかわる。

 

「ルナちゃん、これ!」

 

 ミソラはある物に手を伸ばした。先ほどミソラが来ていたセーラー服だ。ハンガーラックには他にもたくさんのステージ衣装が吊り下げられている。一つ一つがかわいらしく、ミソラが着るためにデザインされて、オーダーメイドされた一品ものだ。それを無造作にルナに被せた。

 

「これで少しはマシになるはずだよ」

「ありがとう、ミソラちゃん。モード、スバルくんに連絡して!」

『分かったよ!』

 

 そうしている間にも、どんどん室温は下がっていく。床にうっすらと白い靄がかかった気がしたのは、きっと見間違いだろう。

 確かに体は少し暖かくなったが、気休めだ。エアコンからは強風が吹き荒れて、部屋の空気をかき混ぜる。冷たい風がルナの体温を奪っていく。

 ロックマン様が来てくれるまでの辛抱だ。すぐに来てくれるはずだ。だがその期待は裏切られた。

 

『た、大変だよルナちゃん。この部屋の通信も壊れてる!』

「え、そんな!」

 

 人間のルナには分からないことだが、電波世界には異変が起きていた。ミソラの部屋につながっているウエーブロードの入り口。そこには巨大な氷塊ができあがっていた。デンパくんたちでは通ること叶わず、外に連絡ができなくなっていたのだ。念を入れたのだろう、氷塊の隣では一体のデンパくんが氷漬けにされていた。

 

「どうしたらいいかしら……このままじゃ……」

 

 助けが来るのを待つしかない。外の人が、この状態を察知してくれるのを祈るしかない。だがいつまでこうして耐えていられるだろう。時間の問題だ。

 こんな時にロックマン様は何をしているのだろう。来てくれるとしたらいつだろう。何分後だろうか。何十分とかかるだろうか。もしかしたら……。

 唇を震わせるルナの肩に、手が置かれた。温かみを感じた。

 

「大丈夫だよ、ルナちゃん」

 

 ルナと同様に、ミソラは服を羽織っている。その下から覗いた表情に、不安の色はなかった。

 

「必ず助けに来てくれるよ。スバルくんがいるから、大丈夫」

「ミソラちゃん……」

 

 でも、知らないことには対処できない。それはロックマン様だって同じはずだ。耐えて待つしかない。

 そう思った時だった。部屋の外に人の気配を覚えた。何かピッピッと機械音が聞こえる。誰かいるのだろうか。ドアに手を伸ばそうとする。そのドアが横に開いた。部屋の冷たい空気が漏れ出し、入れ替わりに暖かい空気がルナたちを包んだ。

 ドアの前には、一人の少年。

 

「ミソラちゃん、大丈夫!?」

「スバルくん!」

 

 ミソラが立ち上がった。可愛い衣装を放り投げ、スバルに駆け寄る。

 

「ありがとう、助けてもらっちゃって」

「良いよ。それより、大丈夫みたいだね」

「そういうスバルくんは大丈夫なの。私、お客さんやスタッフさんたちもだけれど、スバルくんが怪我してないかって……」

 

 今もかがんでいるルナの前で、ミソラは何事もなかったかのように話していた。今さっきまで、寒さで震えていたはずなのにだ。ドアが開く少し前に、ミソラが言った言葉。それがルナの頭で反芻した。

 

「必ず……か」

「……え、委員長!?」

 

 呟きが聞こえていたらしい。スバルは足元を見て、ようやくかがんでいたルナに気づいたらしい。こうなるとルナも何か一言言ってやりたくなる。勢いよく仁王立ちした。

 

「な、なんでここに委員長が!?」

「あら、私に対して言うことがそれかしら?」

「あ、えっと……大丈夫?」

「おかげ様で、この通りピンピンしてるわよ。お・か・げ・さ・ま・で!」

「はい……」

 

 そうしている間に、エアコンからウォーロックとオックスが出てきた。エアコンからは暖かい空気が出てきていた。

 

「スバル、ウイルスは退治しておいたぜ」

「ブルル、エアコンとウェーブロードの氷も溶かしておいたぜ。デンパくんも無事だぞ」

「ありがとう、二人とも」

 

 オックスの言葉を聞いて、ルナはふと疑問に思った。

 

「そういえばスバルくん、私たちが閉じ込められているって、なんで気づいたのかしら?」

「ああえっと……たまたまだよ」

 

 スバルはごまかしたが、理由はちゃんとあった。犯人のウィザードを探すために、ウォーロックにはウェーブロードを探索してもらったのだ。その途中、ウォーロックは右往左往しているデンパくんとデンパちゃんを発見。事情を聞くと、ミソラの部屋に繋がる道に、氷塊ができていることを知った。すぐにスバルの元へと取って返すウォーロック。スバルは全速力でここへ駆けつけた。というわけである。

 スバルにとってはややこしい話を省いたつもりだった。

 

「そう……」

「委員長?」

「なんでもないわよ」

 

 ルナは平然を装った。すると、ずっとスバルの後ろにいた浦方が声をかけてきた。ミソラにだ。

 

「ミソラ、大変な目にあったばかりで悪いが、そろそろライブ準備だ。会場に行った方が良いと思うぞ」

「あ、そうですね。じゃあねスバルくん気を付けてね」

「うん、ありがとう」

「ルナちゃん。また後でね」

「ええ。ライブ、楽しみにしているわ」

 

 先ほどまで凍えていたのがウソかのように、ミソラは別のスタッフに連れられて走っていった。

 

「っと、スバル。新しい脅迫が来た!」

 

 浦方がスバルにエアディスプレイを見せた。スバルの顔色が変わる。

 

「急ぎましょう。じゃあね、委員長!」

「良いから、さっさと行きなさい。ミソラちゃんを必ず守るのよ!」

「了解!」

 

 スバルと浦方も、慌ただしく走り去っていった。後には、ルナだけがぽつんと残された。モードが出てくる。

 

「ルナちゃん、かっこよかったですよ」

「……ありがとう。モードにはお見通しなのね」

「はい。だって、ルナちゃんのパートナーですから」




〇天候制御システム
 天候を制御しているシステム。晴れにしたり、雨にしたり、気温を変えたりできます。
 ただ、悪用されると危険です。200年ほど前には、震度10の地震が起きかけたこともあるらしいです。

 参照.マロ辞典より抜粋


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第34話.ライブ開始

 ミソラ生誕祭2023!
 カウントダウン!
 残り3日!

 あとがきネタは、ボツネタ解説です。


 オクダマスタジオには熱気が集まっていた。ミソラのライブ目当ての観客たちが、入館手続きを終えて入場してきたのだ。その様子を、スバルは浦方と共に見ていた。

 

「脅迫状に『爆弾を仕掛けた』って書かれていた時は驚きましたけれど、嘘で良かったですね」

 

 その現場に駆けつけて、電脳を探索したがそんなことはなかった。嘘で中止に追い込みたかったのだろうか。

 

「とりあえず、ありがとうよスバル。おかげで起きたトラブルは全部解決出来たぜ」

「いえ、ミソラちゃんのライブを守れて、僕も嬉しいです」

 

 今のスバルは『ミソラサポーターズ』の一員だ。その一翼を担えるなど、名誉でしかない。

 

「お前さんは凄いやつだな」

「え、そうですか? あんなプログラミングができる浦方さんのほうが……」

「そうじゃない。友達のためにそこまでできるってことがだ」

 

 浦方の言っていることが、スバルには理解できなかった。彼にとっては当然のことなのだ。

 

「普通じゃないんですか?」

「ああ、大人になったら分かるぜ」

「そうですか……?」

「ところで」

 

 浦方は話題を変えることにしたらしい。

 

「お礼に何かしたいんだが、俺にできることはないか?」

「いいですよそんなの。けれど……もし良かったら、ブラザーになってください」

「そんなの、こっちからお願いしたいくらいだ」

 

 リアルウェーブのプログラム技術。あれを見た時から、スバルにとって浦方は尊敬の対象だ。そんな人とブラザーになれる。胸躍る話だ。

 二人はハンターVGを向け合って、ブラザー登録を済ませた。スバルのブラザー一覧では、木野マナブの下に浦方マモロウが登録された。

 

「よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな。というわけで、記念というわけではないが、見せてやろう」

「なんですか?」

 

 浦方に手招きされてついていくと、ライブ会場だった。例の、あのでっかいプロジェクターの元までくる。

 

「じゃあ、最終チェック……うん、問題ないな。じゃあ行くぞ!」

「はい!」

 

 鼻息荒くするスバルに微笑んで、浦方はエアディスプレイを操作した。

 

「リアライズ、ライブ会場!」

 

 プロジェクターが音を立てると、ピンク色の電波粒子を吐き出した。するとどうだろう。まるで空中要塞のようなライブ会場が出来上がったではないか。

 プロジェクターからは、一本のぶっとい柱が伸びている。大きく見上げると、そこにはピンク色の直方体の塊……あれがライブ会場だ。

 

「ちなみに、上の様子はこんな感じだ」

 

 浦方がエアディスプレイを見せてくれた。ここからでは見れない、ライブ会場の様子が見れる。ピンク一色の大きなステージ、お客さんをたくさん入れれるスペース、超大型のスピーカーが四つ。ミソラを照らす照明。

 

「ライブに必要なものが全部そろってる……すごい、全部リアルウェーブなんですね!」

「ああ、そうだ。つっても、機材が少し足りないから、今から持ち込むんだけれどな」

 

 つまり、まだ仕事が残っているということだ。ここからのスバルはお邪魔でしかないだろう。

 

「分かりました。じゃあ僕は近くで待機しています」

「ああ、また妨害が起きたら連絡するぜ」

 

 浦方が踵を返す。と思ったら、また180度方向転換した。

 

「おっと、忘れてた。スバル、ミソラのライブなんだが、最後に新曲を発表するんだ。何が起きても、それだけは絶対に聞いてやってくれ」

「新曲を? 分かりました」

 

 スバルが頷くと、浦方は忙しそうに走っていった。ほんとうに大変そうな仕事だ。

 

『妨害が起きたら、それどころじゃねえと思うがな』

「だよね。なにか理由があるのかな?」

 

 ウォーロックの言うとおりだ。できれば全部聞いていきたい。だが妨害が起きてしまえば話は変わる。何を差し置いても、皆の安全が第一優先事項となる。ミソラと浦方には悪いが、新曲は聞けないだろう。その覚悟は決めておいた。

 

 

 それからは平穏な時間だった。お客さんたちはリアルウェーブのエレベーターで、高い場所にある会場へと入場。ルナたちとも合流し、スバルたちも中へ入る。

 一つだけ残念だったのは、アイスが見つからなかったことだろう。キザマロとペディアの力をもってしても、見つけることは叶わなかった。ペディア曰く、いくつもの監視カメラが動作不良を起こしていたらしい。きっと犯人の仕業だろう。いくらペディアの分析能力が優れていても、分析すべきデータが無いのならどうしようもない。

 スズカは引き続き探すらしいが、キザマロは気持ちを切り替えてライブに来たのだ。終わったら、改めて一緒に探そうと四人で約束した。

 

「スズカちゃんには悪いのですが、ミソラちゃんのライブは外せませんからね」

「これが一番の目的だもんな!」

 

 キザマロとゴン太はリュックからたくさんのミソラ応援グッズを取り出した。鉢巻きにメガホンにサイリウムと、色々と出てくる。スバルもミソラの曲は好きだが、このノリだけは共感できない。

 ミソラが用意してくれた特等席は、人込みから少し離れたところに区切られていた。ミソラが立つステージにも近いので、迫力満点だ。

 そして、とうとうその時が来た。

 ライブ会場の照明が落とされる。ピンク色のステージの上に一つのスポットライト。そこに走り出てくる一人の少女。会場が沸騰した。

 

「皆~、今日は来てくれてありがとう!」

「うおおおおおおお!」

「ミソラちゃあああああん!!」

 

 ちなみに、スバルの隣ではゴン太とキザマロが似たようなことをしている。スバルとルナも楽しくはあるが、間近でされるとちょっと辛い。

 

「オックス、このノリ分かるか?」

「ブルル、分からん。俺は牛丼の方が良い」

「僕もです。あ、牛丼がじゃないですよ」

 

 男ウィザード三人衆は冷めたようだった。モードはルナの隣でキャッキャと飛び回っている。

 そしてミソラのライブが始まった。

 

「じゃあ、さっそく飛ばしていくよ!」

 

 ミソラがギターを弾く、声を弾ませる。激しさで空気が揺れる。スバルもゴン太から無理やり渡されたうちわを振った。胸が高鳴って、汗が滴ってくる。こんな時間が続けばいい。脅迫状を送ってきた犯人も諦めて、このまま何事もなく終わればいい。

 しかし残念なことに、この時間は長くは続かなかった。

 

「あの、皆」

「あ、スズカちゃん?」

 

 ミソラの曲の途中だが、スバルはすぐに振り返った。

 

「アイスは見つかった?」

「それがまだなの。で、その話じゃなくて……なんか変じゃない?」

「変?」

 

 会場を見る。皆が盛り上がっていて、なにもおかしいことは起きていない。ルナたちも同じように客席を観察した。

 

「何か変かしら?」

「その、寒くない?」

「え?」

 

 狙ったかのように風が吹いてきた。この会場はそれなりに高い場所にある。その分、周りには遮るものが無く、風が吹きつける。それは構わないのだ。問題は、ひどく冷たく感じられたことだ。

 

「うわ、なんだこれ。寒いぞっ!」

「ぺ、ペディア、これは!?」

「温度が下がってる! この会場の温度がものすごく下がってるよ!」

「さ、さっきと同じです!」

 

 モードが言っているのは、ミソラとルナが閉じ込められた件だ。同じ方法で妨害に来たらしい。さらにたちが悪いのは、大勢のお客さんを巻き込んでることと、ライブで汗をかいていることと、高いところにいるという三点だ。

 

「スバルくん、浦方さんに連絡して。お客さんたちをすぐにエレベーターで下に降ろすようにって!」

「止まっちゃったよ、エレベーター」

「止まった?」

 

 スズカは残酷な現実を告げた。

 

「さっき私が使って来た時に、止まっちゃって……。なんとか這い上がれたんだれど」

「よく昇れたね」

「会場の床が、私のお腹当たりの高さで止まったから……ってそれは良いんだった。どうしよう?」

 

 これはまずい。お客さんを逃がすことができない。高い場所に閉じ込められれば、必ずパニックになる人が出てくる。その後に起きるのは惨事だ。

 

「お客さんに知られないように……」

 

 だが遅かった。風がより一層冷たくなった。その風がきっかけだったのだろうか、ライブ会場に変化が起きた。ピンク一色だったそれが、突然水色に変わったのだ。リアルウェーブの色彩設定が書き換わったのだろう。

 突然の変化にどよめく会場。ここからでも、ミソラが目を見張ったのが分かる。

 

「やばい!」

 

 客が異変に気付いてしまった。風が異様に冷たいことに気づくのに、数秒とかからないはずだ。次の瞬間にはパニックが始まる。

 

「皆、大丈夫だよ!」

 

 身構えるスバルたちに届いたのは、ミソラの明るい声だった。

 

「シチュエーションを変えてみたの。ね、水色も合うでしょ?」

 

 これで観客たちは納得した。曲に合わせてライトを変えるなど常套手段。これはリアルウェーブの会場なのだ。ライトではなく、会場の色を変えてしまおうという試みなのだ。と、勝手に解釈したみたいである。

 

「さあ、続けて盛り上がっていくよ。今日はノンストップで歌い続けるから、ついてきてね!」

 

 客たちは各々雄たけびを上げて、ミソラの曲に合わせて手でリズムを取り出した。たくさんのサイリウムが一斉に揺れる。

 

「ミソラ、お客さんたちを守るために……すごい、本当にすごいよ、ミソラは……」

「うん、そうだね……」

 

 だがこれも長くはもたない。早く根本的な原因を解決しなくては。スバルがここでやるべきことは一つだ。

 それを後押しするように、スバルのハンターVGが鳴った。

 

「浦方からだぜ、スバル」

「ちょうどよかった!」

 

 電話に出ると、浦方の顔がエアディスプレイに映った。

 

『スバル、ライブの途中で悪いんだが……』

「マモロウさん、プロジェクターにアクセスさせてください!」

『状況を把握していたか。ああ、頼む。そのために電話したんだ。アクセス権限は渡したままだったな』

「はい。任せてください」

 

 そうして電話は切れた。

 

「あの、スバルくん……」

 

 スズカは申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「もしかしたら今回の事件、アイスが関係してるかもしれないの」

「アイスがか……」

 

 実は、スバルもその可能性は考えていた。ミソラに恨みがある、氷を使う者。そしてウィザード。アイスの可能性が高い。

 

「アイスってそんなに強いの?」

「ううん、正直言ってバトルはそんなに……」

 

 となると、マグネッツと同じパターンかもしれない。ノイズによる暴走だろうか。

 

「任せておいて、もしアイスが犯人だったとしても、無事に連れて帰ってくるから」

「うん。ありがとう」

 

 頷くスズカの手に、ルナがそっとサイリウムを持たせた。

 

「スズカちゃんはここで、ミソラちゃんのライブが盛り上がるように努めましょう」

「おう、皆が寒さに気づけないくらいにな」

「なんか、僕たちがやってることは変わってないですね」

 

 ルナはスズカの肩を叩いて、ステージの方を指さした。スズカがスバルに背を向けた。スバルとスズカの間に、体の大きなゴン太と、オックスとペディアが入る。スバルを隠すようにだ。

 その間に、スバルはステージの端っこへと駆け出した。

 

「行くよロック!」

「おう、やってやろうぜ!」

 

 ハンターVGにウォーロックが入る。それを手にとり、スバルは一度だけステージに振り返った。汗を流して歌っているミソラを見た。

 

「待っててね、ミソラちゃん。君は僕が守るから」

 

 そして、スバルはライブ会場から飛び降りた。風を見に受け、空中で身をひるがえしながら、ハンターVGを掲げた。

 

「電波変換!」




〇ボツネタ①
 スペード・マグネッツとの戦いでは「ノイズドカードがあるところを攻撃しなくては助けられない」という条件を設定しようと考えました。そうしなくては、今のロックマンが苦戦することはなく、何一つ盛り上がることのない戦闘になってしまうと考えたからです。
 ですが、原作にはない設定を用意してまで苦戦させる必要性があるだろうか。いや、そんなの面白くない。必要性がない上に、この設定を入れてしまうと、3章のあのボス戦ではより面倒になってしまう。
 そう考えて、ボツにしました。
 なくてもそれなりに面白く描けたし、最後にジャックを乱入させて盛り上げて、因縁も作れたので、これで良かったと今は思っています。


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第35話.氷のダンサー

 ミソラ生誕祭2023!
 カウントダウン!
 残り2日!


 電波変換したロックマンは、そのままプロジェクターの電脳へと入った。ミソラのライブ会場をイメージしてか、楽器のようなプログラムが並んでいた。それらのほとんどが凍り付いていた。この氷プログラムがライブ会場を冷やしているのだろう。

 そして電脳の中枢に一体のウィザードがいた。

 

「あれがアイス……!?」

 

 アイスの見た目はせいぜい3等身くらいだ。足がなく、宙に浮いているのだから当然かもしれない。だがこのアイスと思わしき電波体には、すらっとした長い脚があった。手も細長い。スカートのような腰回りに、頭には大きな二つの角……耳だろうか。額には赤いダイヤのような物……揺れているから髪の毛だろうか。なにより、切れ長の青い目が印象的だった。全体的に、フィギアスケーターという印象を受ける。

 アイスと思わしき電波体はロックマンと目が合うと、サドスティックな笑みを浮かべた。

 

「やっぱり邪魔しに来たわね、ロックマン!」

「君はアイスなんだね?」

「少し違うわ。アタシは生まれ変わったのよ。ダイヤ・アイスバーンとしてのこの強大な力で、スズカの邪魔をするミソラを抹殺してやるの!」

「それを僕が許すと思っているのか!?」

 

 腹の底から熱が沸騰するような感覚に陥った。それに促されるままにロックマンは攻撃を仕掛けた。

 

「プラズマガン!」

 

 威力は低いが、確実に相手の動きを止めることができる単発銃だ。弾速も早い。アイスが水属性と考えて選んだ、電気属性のバトルカードだ。これなら確実に当たると思っていた。

 だが残念ながら、ダイヤ・アイスバーンには届かなった。

 

「アイス・ブロック!」

 

 ダイヤ・アイスバーンの前に二つの氷塊が生成されたからだ。床から少し離れたところで浮いている。電気の弾丸はそれにあったって、乾いた音を立てて弾かれた。

 

「氷の盾!?」

「と、思うのかしら?」

 

 ダイヤ・アイスバーンがひらりとその場で一回転した。するとどうだろう、アイス・ブロックがロックマンめがけて飛んできたのだ。真っすぐ突っ込んでくる。

 つまりそれは単調。躱すのは容易だった。

 

「さあ踊れ踊れ踊れ!」

 

 そういうダイヤ・アイスバーン自身が回って踊る。どうやらそれがキーになっているらしく、氷塊の動きが変わった。90度曲がってきたのだ。片方の氷塊がロックマンの肩をかすめた。大したダメージではないが、少し痛みが走る。

 

『スバル、こいつはちょっと厄介だぜ』

「そうだね……」

 

 自在に変えれるとなると、途端に難易度は跳ね上がる。氷塊の動きを見つつ、自分に当たる直前で大きく跳躍して避ける。きっと今のロックマンは、氷塊と共に舞を舞っているように見えるだろう。

 

「ロックマン……お前さえいなければ、ミソラはあの時いなくなっていた。スズカだって幸せになれたのよ!」

 

 オックス・ファイアが暴れた時のこと言っているらしい。ロックマンはなおも避けながら、ダイヤ・アイスバーンに語り掛けた。

 

「君は、今自分がしていることを分かっているの。君のせいで大勢の人が大変な目に合おうとしている。ミソラちゃんが一生懸命頑張っている。それを見て、スズカちゃんがどれだけ心を痛めていると思っているんだ!?」

 

 少しは考え直してくれるかもしれない。そんな期待は叶わなかった。

 

「スズカは甘いのよ。芸能界は邪魔ものを排除することから始まるのよ。その考えがなければ、トップにはなれないわ。だから、私が代わりにその役目を担うのよ!」

『スバル、説得は通じねえみてえだな』

「……そうだね」

 

 さほど落胆はなかった。これだけの悪事をしでかしたのだ。よっぽどの覚悟か、頭のねじが飛んでいなければ、できるわけがない。だがもう一つの目的は果たせた。

 ダイヤ・アイスバーンと会話し、時間を稼いで、肩の痛みが抜けるのを待った。この間にも、アイス・ブロックの攻撃パターンを観察していた。パターンが読めてきた。動きの角度を変えれるといっても、90度の直角の動きしかできないようだ。ならば円を描くように動いてやればいい。

 向かってくる氷塊の真横に回り込むように動いて躱した。ダイヤ・アイスバーンが「あ?」と声を上げた。この位置では、氷塊はただの的だ。もう一つ、試したいことがあったのだ。

 

「デストロイアッパー!」

 

 ロックマンの手が鉄の拳に変わった。それを下から突き上げる。拳が当たると、氷塊は激しい音を立てて粉々に砕けた。

 

「よし、壊せる!」

 

 確かにこの氷塊は固い。だが全ての攻撃を防げる万能というわけではない。そして氷塊が一つになれば、後の対応は簡単だ。突っ込んでくるもう一つの氷塊に正面から向き合い、デストロイアッパーで粉砕した。

 

「プラスキャノン!」

 

 丸腰となったダイヤ・アイスバーンに攻撃を浴びせた。ダイヤ・アイスバーンが悲鳴を上げる。

 

「アイス、降参してほしい!」

「嫌よ。諦めてたまるもんですか。ダイヤモンド・ダスト!」

 

 ダイヤ・アイスバーンが両手を上にあげて、その場で激しく回転し始めた。その手には雪の結晶のようなものが見えた。

 

「横だスバル!」

 

 ウォーロックがロックマンの右隣りに飛び出した。そしてロックマンの体を力任せに突き飛ばした。倒れるように移動しながらも、ロックマンは前方を確認した。ダイヤ・アイスバーンの、向かって右側から吹雪が襲い掛かってきたのだ。

 

「まずい!」

 

 ウォーロックが突き飛ばした理由はすぐに理解した。近くに箱状のプログラムがあったからだ。その物陰に隠れてやり過ごした。だが問題も起きた。吹雪が通った後の床が凍っていたのだ。

 

「そういう作戦か……」

 

 床が凍っていれば、当然ロックマンの動きには支障が出てくる。先ほどのアイス・ブロックを躱すのは困難になるだろう。

 

「これで俺たちをどうにかできると思ってんのか?」

「まあ、戦いなれてない割には、考えてるんじゃないかな?」

 

 相手の足を奪うなど、戦闘の基礎だ。そんなのロックマンは何度も経験済みだ。ここは相手の作戦にあえて乗った。凍った床の上に立つ。

 

「今よ、行きなさい!」

 

 ダイヤ・アイスバーンが再度踊り出す。アイス・ブロックが二つ生成され、ロックマンに襲い掛かってくる。氷塊が両脇から突っ込んでくる。

 

「バトルカード、ローリングナッツ」

 

 木の実のような爆弾を手に取った。それを足元に置き、自分はシールドを展開した。これはリモート爆弾で、自分の意志で爆発させることが可能だ。ローリングナッツが爆発する。そして追加効果が発動した。床に草原が広がったのだ。当然滑ることなどなく、ロックマンは氷塊を軽く躱して見せた。ちなみに、一つはヒートアッパーというバトルカードで破壊しておいた。

 

「そ、そんな!」

 

 こうなったら、もう一つの氷塊なんて気にする必要すらない。あっという間にダイヤ・アイスバーンとの距離を詰める。焦りに染まった彼女は、手に巨大なハンマーを召喚した。

 

「ぶ、ブレイクアイスハンマー!」

 

 巨大な氷のハンマーがロックマン目掛けて振り下ろされた。それだけだ。

 こういう武器は、どうしても攻撃前後に隙ができる。なので、敵の動きを封じてから使うのが鉄則だ。接近されて、破れかぶれに振るったこんな攻撃に、ロックマンが当たるわけがない。問題なく避けて、側面に回り込んだ。

 

「スタンナックル!」

 

 電気の拳をダイヤ・アイスバーンの横腹に叩きこんだ。弱点属性をつかれ、悶えるように転がった。

 

「アイス、君の攻撃は僕には届かないよ」

 

 ちょっときついかと思ったが、告げておいた。相手の戦意を少しでもくじいておきたい。その分戦闘は早く終わり、ミソラたちを救出できるのだから。

 

「さあ、おとなしく僕に倒されて!」

 

 そしてバトルカードのフラッシュスピアを使った。電気を帯びた槍を手に、ロックマンはダイヤ・アイスバーンに歩み寄る。未だに立てずにいる彼女の顔が怯えと焦りで歪む。

 だが次の瞬間に顔を歪ませていたのはロックマンだった。

 

「うわっ!」

 

 何が起きたのだろう。敵は正面にいる。彼女の不意打ち。違う。彼女自身が状況を理解していない顔をしている。視線は後ろ。

 振り返った。

 

「ウイルス!?」

 

 雫のような形をしたウイルスがいた。確か、三日月型の水を飛ばしてくるやつだ。背後から撃たれたらしい。それだけではない、他にも何体ものウイルスがいる。

 

「前だスバル!」

「え? あ!」

 

 ダイヤ・アイスバーンがロックマンから距離とろうとしているところだった。鳥のようなウイルスに捕まり、高速で離れていく。

 

「こんな時に、ウイルスが邪魔してくるだなんて……」

「違うぞスバル」

 

 ウォーロックがビーストスイングで先ほどのウイルスを処理しながら、顎で物陰を指した。そこにはヒールウィザードがいた。まさかと思って周囲をうかがうと、合計三体のヒールウィザードが隠れていた。どうやら、安全なところからウイルスだけをけしかけているらしい。

 先ほどの鳥のようなウイルスは、ダイヤ・アイスバーンを救出するために遣わしたのだろう。

 

「どうするスバル。囲まれてるぜ」

 

 さらに4体のウイルスが加わった。どうやら、ヒールウィザードが一度に使役できるウイルスは、二体が限界らしい。そしてダイヤ・アイスバーンは笑みを浮かべながら氷塊を二つ召喚した。

 

「どういう理由でウイルスが味方してくれているのは分からないけれど、好都合だわ。行きなさい!」

 

 ダイヤ・アイスバーンの声に合わせて、一斉攻撃が始まった。5体のウイルスと、氷塊二つが一斉に襲いかかってくる。こちらはロックマンとウォーロックの2人に対して、相手の手数は7。単純な戦力差は3.5倍だ。圧倒的な無勢。数に気おされ、恐れおののき、とりあえず逃げる。それが本能に従ってとるべき行動だろう。だがそれは凡人がすることだ。

 彼らは分かっているのだろうか。今相手にしているのが何者なのかを。

 

「おうおう、数だけ揃えやがって」

「とりあえず、ウイルスから処理しようか」

 

 この程度、窮地でも何でもない。もっと多くの敵を一度に相手にし、突破してきた経験がある。しかもご丁寧に、敵は7方向から真っすぐに突っ込んでくるだけなのだ。こんな状況、バトルカード1枚で打破できる。

 

「アイススピニング!」

 

 ロックマンが召喚したのは、一体のペンギンだった。といっても結構大きい。ロックマンの身長の半分くらいはある。太っているのか、横幅がでかくて重い。それを両手で抱え、回すように送りだした。

 ペンギンはコマのように回転し、床を滑っていく。氷塊の一つにぶち当たって粉砕した。勢いを衰えることなく、近くの壁に当たった。そしてこのバトルカードの効果はここからが本番である。壁を砕くことなく、音を立てて跳ね返ったのだ。ホッケーのようにだ。今度は二体のウイルスを破壊した。そこからのロックマンは、ほぼ見ているだけだった。ロックマンの周囲をアイススピニングが跳ね回り、ウイルスたちにダメージを与えていく。

 ようやくペンギンが止まって消滅したとき、残ったウイルスは二体だけだった。それも瀕死状態だ。ウォーロックが自慢の爪で軽く始末した。

 

「ロック、ヒールウィザードは?」

「逃げたみてえだな」

「そっか……」

 

 いったい何だったのだろう。今はどうでもいい。早くダイヤ・アイスバーンとの決着をつけるべきだ。そのアイスはというと、顔を引きつらせていた。目をむき出しになるほど大きく開いている。

 

「私は……私は、負けられない。負けられないのよおおお!」

 

 ここまで来てもあきらめないアイス。彼女のスズカを思う気持ちの大きさが推し量れるというものだ。

 ダイヤ・アイスバーンはまたその場で舞を舞った。途端に吹いてくる吹雪……ダイヤモンド・ダストだ。最大の必殺技のようだが、それはもう見た。対策も考えてある。

 

「ダブルストーン!」

 

 バトルカードの一種だ。ただ四角い岩の塊を二つ召喚するだけの効果だ。その後ろに隠れて、ダイヤモンド・ダストをやり過ごす。

 

「イナズマヘッドをここに……と」

 

 そして遮蔽物に隔てられたこの状態でも、できる攻撃はある。角度は上からだ。ロックマンはもう一つの岩の後ろに、黄色い竜の頭を置いた。これは雷を降らせる装置だ。数秒後に、竜の頭に帯電が起きた。だんだんと電気が大きくなっていく。最大までたまった時、口を大きく開いて電気を空へと打ち上げた。

 ダイヤ・アイスバーンの頭上から。轟音と共に特大の雷が襲い掛かってきた。その場で踊っていた彼女が気づいて避けるなど、到底無理な話だろう。

 吹雪がやんだと同時に、ダブルストーンを乗り越えて、ダイヤ・アイスバーンに接近した。なんとか起き上がろうとするダイヤ・アイスバーン。だがダメージが大きいらしく、すぐには動けないようだ。なので、ここはこのバトルカードが良いだろう。

 

「ハンマーウエポン!」

 

 巨大なハンマーだ。その使用目的は単純にして明快。結果もだ。それを大きく振りかぶった。

 

「や、やめ……」

「痛いけれど、これで最後だから!」

 

 力の限りにハンマーを振り下ろした。ダイヤ・アイスバーンの体が砕ける。彼女の手はとうとう力なく床に落ちた。同時に弾ける電波粒子。そこには元の姿に戻ったアイスが横たわっていた。背中には黒いカードのようなものが張り付いている。彼らの周りには赤い電波……ノイズが漂っていた。

 

「……終わったな、スバル」

「うん。これでステージの異変も戻ってると……うっ!」

「スバル!?」

 

 ロックマンが膝をついた。呼吸が荒い。

 

「大丈夫か、おい。なにか食らったか?」

「いや、たいして受けてないはずなんだけれど……」

 

 思ったよりも時間がかかったが、結局ロックマンが攻撃を受けたのは二回程度だ。それも大きなダメージとは言い難いものだ。

 

「どっちかというと……痺れる?」

「痺れ……もしかして、ノイズの影響か?」

 

 ウォーロックがノイズに手を近づけた。そしてすぐに引っ込めた。

 

「スバル、やっぱりこれだ。俺も少し痺れた」

「さ、触らない方が良いよ。それに前回と同じなら、もうすぐ……」

 

 スバルが言い終わる前に、ノイズは集まりだし、赤黒い塊……クリムゾンへと姿を変えた。スバルの予想通り、何かに吸い寄せられるかのように、電脳世界の空……外へと飛び立っていった。

 結局、あれはどこに行くのだろう。

 

「今は考えても仕方ないか」

 

 とりあえず、気絶しているアイスを連れて行こう。スズカが心配しているはずだ。




〇ボツネタ②
 マナブの、もう一体のウィザードであるコイル。彼は原作では、スペード・マグネッツのステージでのギミック対策要員になって活躍してくれました。その設定を流用して、彼がロックマンの戦闘を補助するという展開も考えました。
 設定としては……マグネッツが磁場操作をしてロックマンの体の自由を奪う。コイルがやってきて、ロックマンを補助する。コイルの思いを受け取って、ロックマンが倒す。
 という展開です。ですが、ロックマンはジェミニ・スパーク、ブライ、エンプティーという強敵たちと戦ってきました。そんな彼が、スペード・マグネッツごときに磁場操作されたぐらいで苦戦するだろうか。そして、戦闘能力ほぼ皆無のコイルに助けられるってどうなのだろう。それはロックマンという格を落とす行為ではないだろうか。
 戦う力のない者が、意外な活躍をするというのは面白いし、私も大好きな展開です。ですが、これまであまり出番のなかったコイルに焦点を当てても、盛り上がらないだろうなと考えて、やめました。
 コイルは、今後はマナブのウィザードとしてちょいちょい出てくる程度に収めようと思います。


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第36話.スズカの想い

 ミソラ生誕祭2023!
 カウントダウン!
 残り1日!


 ロックマンがダイヤ・アイスバーンを倒したころ、この事件の仕掛け人たちはオクダマスタジオの屋上にいた。基本的に人が立ち入らないことと、時間が夜になりつつあることもあり、人気はない。悪事の顛末を見届けるにはうってつけの場所だろう。

 クインティアは右手に持った白いカプセル状の物を高く掲げた。それに吸い寄せられるように、赤い塊……クリムゾンが集まりだした。そう、これは発生したクリムゾンを収集する道具だ。優に50センチはあろうというそれはすぐに満杯になった。

 

「どうだ姉ちゃん?」

「まずまずと言ったところかしらね。スペード・マグネッツが発生させた分より、少しだけ多いくらいかしら」

 

 クインティアの声には落胆の色が見えた。3枚しかない特別製のカードを使ったことを考えると、もっと欲しかったというところだろう。

 

「まあ仕方ないわ。今回は期待外れだったと思いましょう」

「おい、それはどういう意味だ?」

 

 クインティアとジャックの後ろから声がかかった。そこには3体のヒールウィザード。ロックマンとダイヤ・アイスバーンとの戦いに横やりを入れた連中だ。

 

「あら、答えないと分からないかしら?」

「ふざけんな! キング様からの指令で来てみれば、いきなり任務を言い渡されて、戦わされて、俺たちは手持ちのウイルスが全滅だ!」

「それだけじゃねえ、最初は4人もいたんだぞ」

「1人やられちまったじゃねえか!」

 

 その1人とは、ウォーロックとオックスの手によって倒されたやつのことだろう。

 

「あら、何を怒っているのかしら。ダイヤ・アイスバーンの計画の補助要員が欲しかったから呼んだ。ロックマンの集団戦のデータが欲しいから、あなたたちに指令を与えた。あなたたちはどちらもろくにこなせなかった。弱いからやられた。それだけの話でしょう?」

「なんだと……」

 

 ヒールウィザードたちが前に踏み出した。

 

「おいこのアマ……ディーラーの幹部か何か知らねえがな、ここまでコケにされる理由はねえんだよ」

 

 先頭の一人が電気の鞭を取りだすと、残る二人も同じようにした。これを見て、黙っているジャックではない。クインティアとの間に立つ。

 

「お前ら、姉ちゃんに手を出してみろ。俺が……」

『キャハハ!』

 

 この緊迫した空間に、無邪気な声が響いた。場違いな高い声に、二人と三体は静まり返った。

 

『ねえティア~。最近バトルしてないからご無沙汰なの。いいでしょ、ねえ!』

「はぁ、良いわよ。付き合ってあげるわ」

 

 クインティアはポケットからハンターVGを取り出した。どうやら彼女のウィザードのおねだりらしい。

 

『ありがとう、ティア大好き!』

「どうも」

 

 クインティアはそっけなく答えると、ハンターVGを手に掲げた。

 

「電波変換……」

 

 トランスコードではなく、その合言葉を口にした。クインティアの体が赤と水色の電波粒子に包まれた。

 

「構えろ!」

 

 ヒールウィザードたちが気合を入れなおし、構える。その腕が飛んだ。頭から腕にかけて無数の穴が穿たれる。おそらく、彼らは頭上から無数の弾丸に撃ち抜かれたことにも気づかなかっただろう。体が崩壊し、跡形もなく消滅した。

 

「思った以上に使えなかったわね」

 

 電波変換を解き、クインティアは数秒前と変わらぬ口調で呟いた。

 

「良いのか、姉ちゃん?」

「良いのよ。この程度の手駒はいくらでもいるわ。ヒールウィザード以外にも戦力はあるし」

 

 クインティアはエアディスプレイを開いた。そこにはロックマンとウォーロックの姿と、いくつも数値の羅列があった。

 

「この程度の損耗でロックマンのデータが取れたのよ。ミスターキングも満足するでしょうね。特に、ウォーロックのデータがたくさん取れたのは僥倖よ」

『ウォーロックねえ、懐かしい名前だな』

 

 低い男性の声が、ジャックのハンターVGから聞こえたきた。中から一体のウィザードが出てきた。

 黒い翼に、折れ曲がった鋭い嘴。ナイフのような爪に、背中の翼からは炎のような赤い電波粒子が放出されている。その姿を例えるなら、炎のカラスというところだろう。

 

「コーヴァス、ウォーロックってやつとは知り合いか?」

『キャハハ、知り合いっていうか~』

 

 今度はクインティアのウィザードが出てきた。

 水色の胴体と、頭と肩と腹部の下には赤い装甲。頭からは水色の電波粒子が両サイドから出ている。そして左手には一本の杖。腹部には水が入っているのだろうか、白い泡のようなものが見える。

 

「長い付き合いっていうか~。ねえコーヴァス?」

「ヴァルゴの言うとおりだ。昔馴染みってやつだな。俺たちがFM星にいたころの話だから、結構前だな」

 

 勝手に二人で懐かしんでいる。といっても、ろくなものではないだろうとクインティアは予想はしていた。このコーヴァスとヴァルゴを知っていたら、当然のことだ。

 

「ティアのウィザードになって良かったわ。全然退屈しないんだもの!」

「で、ジャック。次はどんな事件を起こすんだよ」

「計画は姉ちゃんに任せてるからな」

 

 だったら、もう少しいうことを聞いてほしいところだ。クインティアは別のエアディスプレイを開いた。学校のスケジュール表だ。

 

「もうすぐ、修学旅行が始まるわ。行先はここよ」

 

 ジャックと、コーヴァスとヴァルゴが行先を見て首を傾げた。

 

「ここに何かあるのか?」

「ええ、三枚目のカード……クラブの称号に相応しい者がいるわ。マグネッツやアイスとは大違いのね」

「そうか、そいつは楽しみだぜ!」

「ティアって、ほんと面白いこと思いつくよね~」

 

 ウィザード二人の称賛を軽く受け取っておいた。

 

「というわけで、今日の活動はここまで。帰るわよ」

「分かったわ」

「おうよ」

 

 ヴァルゴとコーヴァスはハンターVGへと戻っていった。するとジャックは踵を返した。

 

「じゃあ姉ちゃん。俺、ライブに行ってくる」

 

 その日、クインティアはもっとも険しい顔をした。

 

「ジャック……行かなくてもいいのよ。もう計画は終わったのよ」

 

 呼び止められたジャックは、気まずそうに頬を掻いた。

 

「いや……ほら、修学旅行のとき、その……自然にふるまっていた方が良いだろ?」

 

 どうやら、スバルたちの友人のふりをして、できる限り油断を誘う作戦らしい。

 

「……そう、あなたにしては仕事熱心ね」

「ああ、だから先に帰っててくれ」

「ええ。そうするわ」

 

 弟は電波変換をしてこの場を去った。適当なところで解除して、ライブ会場に紛れ込むつもりなのだろう。

 

『キャハハ。ティアったら、何を心配してるの?』

「……そうね、きっと杞憂ね」

 

 この抱いた違和感は気のせいだろう。ジャックの心の闇は自分が一番理解している。友情、絆、ブラザーバンド……彼がくだらないと思っている物だ。それにうつつを抜かす、星河スバルとその友人たち。ジャックにとって、この世で最も嫌いなもののはずなのだから。

 

 

 スバルとウォーロックはライブ会場の下にいた。彼らの前には言い争いをしているスズカとアイスと、それを見守っている浦方がいる。ダイヤ・アイスバーンとの戦いが終わった後、気を失っていたアイスをプロジェクターの外に運び出した。電波変換を解いた後に、何食わぬ顔でスズカと浦方に連絡を入れたのだ。

 運がいいことに、アイスは暴走していた時の記憶はほぼ忘れているらしい。自分が悪事をしていたところをウォーロックにとっちのめされ、こうして連行されたと勘違いしてくれた。

 そして、今はスズカから説教をもらっているところだ。

 

「アイス、なんでこんな事をしたの!?」

「決まってるでしょ。スズカ、あなたを一流の女優にするためよ。そのために、ミソラは邪魔なの!」

 

 アイスの言うことも一理あると思う。邪魔な人は排除してでも自分の目的を叶える。それが芸能界のような競争激しい世界ならなおさらのことだろう。

 

「だからと言って、ミソラをけなしても良い理由なんてないよ!」

「甘いのよあなたは。自分が上に立つためには、誰かを蹴落としてでも這い上がる必要がある。それをしなければ絶対に勝てないのよ!」

 

 スズカは首を横に振った。

 

「アイスはミソラの何を見ていたの?」

「何をって、いつもあなたの出番を横取りして……」

「そうじゃないよ。ミソラが誰かを傷つけたことがあるかって訊いてるの」

 

 その言葉にアイスは押し黙った。スバルはスズカの言葉に頷いていた。

 

「ミソラはいつだって、誰かのためにって歌ってるんだよ。アイドルとしてのし上がりたいからって、他の誰かを攻撃したりしたことなんてある?」

「僕は……」

 

 そこでスバルは口をはさんだ。

 

「僕はミソラちゃんのアイドル活動についてはそこまで詳しくいないんだけれどさ。そんなことしないと思うよ」

「し、知らないのならなんで……」

「これでもミソラちゃんのブラザーだからね」

 

 ミソラとは今まで何度も一緒に戦ってきた。二度ほど仲違いしたことはあるが、ミソラは己を投げうってでもスバルの力になってくれた。なによりも彼女が歌う動機を知っている。亡き母親を悲しませるような過ちを、彼女が繰り返すことはないだろう。

 

「ミソラちゃんは皆を笑顔にしたいから歌ってるんだ。その皆の中には、同業者のアイドルや、自分を嫌っている人も入ってるんじゃないのかな?」

 

 スバルの隣では、ウォーロックが首を掻いた。

 

「まあ、ミソラが暴走しようもんなら、ハープが止めるだろうな。あいつはそういう女だ」

「そうなの?」

「尽くす女らしいぞ、本人曰くだがな」

 

 ウォーロックは肩をすくめて見せた。

 

「そんなミソラだから、俺たちも手を貸したいと思うんだ」

 

 傍観に徹していた浦方も加わった。ミソラサポーターズの働きは、ただの仕事以上のものだったのが良い証拠だろう。

 何も言えなくなるアイスに、スズカは告げた。

 

「そんなミソラだから、私は好きなの、憧れで、目指すべき目標で、ライバルなの。だからお願いアイス、今回みたいなことは二度としないで。そして、私を支えてほしいの」

「スズカ……」

 

 これだけの事件を起こしたウィザードはヒール認定され、処分されるのが常だ。だがスズカはそんなことするつもりはないらしい。

 

「ね、お願い。私のマネージャーが務まるのは、アイスだけなんだから」

「……分かったわ。ありがとう。そして……」

 

 スバルと浦方に頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「いいよ、もう」

 

 スバルとしては特に思うことはない。ミソラが無事だった。それだけで十分だ。裏方はまだ不満がある顔をしていた。

 

「正直言うと、まだ文句を言ってやりたい気分ではある。けれど今回の立役者が許すって言うのなら、もう俺も何も言わねえよ。コンサートも無事に……」

 

 その時、スバルは初めて見た。裏方が「あっ!」と大声を上げているところを。

 

「しまったスバル。もうラストソングだ!」

「あ!」

 

 そういえば裏方に言われていた。ラストソングだけは聞いてほしいと。観客たちをヒートアップさせるために、ノンストップで歌っていたのだ。スケジュールが前倒しになってしまったのだろう。

 

「エレベーターは動くようになった。急いでくれ!」

「は、はい!」

 

 スバルは慌ててエレベーターに乗った。裏方とスズカと共にライブ会場へと向かう。大きくなってくる歓声。降りると、異常に熱した会場と観客たち。その最後尾にジャックがいた。

 

「遅かったじゃねえか、スバル」

「ジャック、来てくれたんだ」

「……まあ誘われたしな。最後だけは聞いていこうと思って」

「ありがとう。きっといい曲だよ」

 

 ステージの上には汗をぐっしょりとかいたミソラ。彼女が皆に手を振る。

 今日のライブの、最後の曲が始まろうとしていた。




〇ボツネタ③
 2章では、キング・ルーツを登場させようかと考えていました。あ、でっかいデンパ君のことです。
 彼の一声で、多数のデンパくんが動き出し、ミソラのライブ妨害を食い止めるために、情報収集に一役買ってくれるような展開です。
 ですが別に登場させる必要ないなと考えて、やめました。
 なんていうか……存在がギャグみたいなやつなので、シリアス展開に出したらあかんなと……。


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第37話.シューティングスター

 ミソラ生誕祭2023!
 おめでとう!
 この話は、この日に投稿したかったのです!

 次回の更新は8/6(日)です。


 ミソラのライブ、最後の曲。観客たちの視線は、ステージに立つ一人の少女へと向けられる。シンと静まり返る会場。その中で一人歌うのだ。それはどれほどのプレッシャーなのだろうか。見ているスバルの方が手に汗を握ってしまった。

 だが、そんな緊張など飲み込んでしまう少女らしい。ミソラはギターを持ち直すと、体でリズムを取り出した。そして手が動き出す。流れ始める軽快な曲。音が弾み、人々の胸が高鳴る。そして歌い出した。

 

――ウェーブロード 広い世界――

――夜空見上げ 独りぼっち――

――キズナ 探して ただ彷徨う――

 

 観客たちのサイリウムが一斉に動き出す。

 

――うそに怯え 逃げ続けて――

――こどくにさえ 気がつかずに――

――ただ 唄い続けていたの――

 

 曲はより高く、大きく飛び上がる。

 

――星の 光が 輝く――

――私の 心に 降り注ぐ――

――そして あなたと 巡り会えたんだ――

 

 ようやく、スバルは理解した。

 

――アワ・バンド・ワズ――

――ディスカバード・ゼン――

 

 ミソラの汗が滴るのが、この距離からでも見えた。

 

――震えて 泣いていた 私を 見つけてくれたね――

――シューティング・スター――

――くらやみ 照らし かけてく――

 

 上がっていく観客たちのボルテージ。曲も、ミソラの歌声もより力強くなっていく。

 

――その 笑顔に 力貰うんだ――

――こわいものなんか 何もない――

――振り返らない ずっと 前を見て 光 つかむ――

 

 この中で、たぶん顔を赤くしてるのは自分だけだろう。そして、ミソラと目があった。

 

――キミの笑顔――

――それが 私の ハートなんだよ――

――シューティング・スター――

――くらやみ てらし かけてく――

 

 最後のウインクは、きっと一人に向けられたものだろう。

 ミソラの曲が終わる。歓声。絶賛の声。ミソララブと叫ぶ大勢の人々。

 こうして大盛況の中、ライブは終わりを告げた。

 

―― チーム名:ミソラサポーターズ ――

―― レゾン :ライブを成功させる ――

 

―― レゾン達成 ――

 

 

 

 観客たちが帰り、ミソラのライブ会場には誰もいなくなっていた。今はライブを作っているプロジェクターの出力テストのため、ライブ会場は展開したままだ。というのが表向きの話。今、そのライブ会場は二人の貸し切りとなっている。

 

「あの、どうだったかな?」

「す、すごく良かったと思うよ!」

「そ、そう!?」

 

 ステージ上での活発な彼女はどこへやらだ。ミソラは顔面どころか、手や足まで真っ赤にして手をモジモジとさせている。負けじとスバルも全身真っ赤になっている。

 数秒の沈黙ができてしまった。耐え切れず、話し出そうとする。

 

「あ、あの……」

「あ、えっと……」

 

 だが同時だ。声が重なって、互いに遠慮してしまって、また無言になってしまった。

 

「ええと、ミソラちゃんからどうぞ」

「あ、うん……え、えっとね……ブラザーになった時のこと、覚えてる?」

「もちろんだよ。展望台で……」

 

 ふとスバルは思い出した。

 

「あの時の約束かな?」

「あ、覚えて……はないね、スバルくん?」

「すいません、今思い出しました」

「フフ、良いよ。もう半年くらい前の話だもんね」

 

 ブラザーバンドを結んだあと、ミソラはギターを弾きならしたのだ。今の気持ちと、スバルをテーマにした曲を思いついたと。

 

「一番に聞かせてあげるって話だったけれど、新曲として発表しようって、いろんな人たちに言われて……」

「そうだったんだ……」

 

 たぶん、曲を作っているところを聞かれてしまったのだろう。音楽関係者の偉い人たちからの提案で、こうして世間に公表することになったわけである。

 浦方が「ラストソングだけは」というはずだ。

 

「ありがとう。最高の曲だったよ」

「ほんと? スバルくんへの良いプレゼントになったかな?」

「もちろんだよ」

「良かった……」

 

 目を細めて微笑むミソラ。胸を掴まれるような感覚に襲われた。

 

「あ、あの……そそそ、そういえば……」

「なあに?」

「ミソラちゃん、すごいよね。あれだけ妨害が起きていたのに、ステージの上で歌って……」

「あ、それは……」

 

 ミソラは自分の胸元に手を入れ、何かを引っ張り出した。ペンダントだった。スバルがプレゼントした物だ。

 

「スバルくんが一緒だって、守ってくれるって、分かってたから……だから、私がその分お客さんたちを守らないとって……」

「そっか……任せてよ。ミソラちゃんは僕が守るから」

「うん、知ってる」

「そっか、知ってるか……」

 

 それだけ信頼があるということなのだろう。自分の胸にある父のペンダント。それが別の意味で誇りに思えた。

 と、その時だった。スバルのハンターVGが鳴った。電話だ。出ると、ゴン太とキザマロの顔がデカデカと映った。

 

『大変だスバル。スズカちゃんがやばい!』

「え?」

『オクダマスタジオの入り口です。すぐに来てください!』

「分かった!」

 

 エアディスプレイを閉じるが早いか、ミソラとアイコンタクトを交わして、電波変換をした。今は一秒でも移動時間が惜しい。




〇ボツネタ④
 この2章では、キャンサー・バブルと、クラウン・サンダーの登場も考えていました。ムーン・ディザスターもです。
 経緯は……ミソラの控室に行く→ウェーブロードで言い争っているキャンサー、クラウン、そしてムーン・ディザスターを発見→ムーン・ディザスターは「ミソラとかいうアイドルと歌勝負するYO!」とやってきて、それをミソラちゃんファンクラブのメンバーであるキャンサーたちが止めていた→ロックマンがやめてほしいというと、力づくで来る→ロックマンが勝つ→せめてミソラの曲を聞いていってほしいという→ライブの妨害中、ロックマンと共に電脳へ来る3体。周りのウイルスたちを抑える働きをする→ライブ後、ムーン・ディザスターはミソラのファンになっており、意気揚々と帰っていく→ミソラ「スバルくん、あの人だれ?」スバル「……えっと……どう説明しよう?」
 という流れを考えていました。
 ですが、ただでさえ2章は……スズカ、アイス、浦方と新登場キャラが多く、彼らを入れて無駄なやり取りさせても蛇足である。むしろ物語がごちゃごちゃしてきてテンポが悪い。なにより、ムーン・ディザスターのキャラが崩れている。
 という理由からボツにしました。
 この3人は別の形で出してあげたいですね。


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第38話.動き出すサテラポリス

 これから、また日曜日更新に戻ります。
 今回のあとがきは未収録シーンです。ネタとして思いついたけれど、本編に入れる内容ではないなと判断したけれど、書きたかったシーンです。けど、思ったよりも面白くならなかったな~。

 次回更新なのですが、9月くらいになるかもしれません。現在、執筆中です。しばらくお待ちください。


 スバルとミソラはオクダマスタジオの入り口近く、人気のない場所で電波変換を解いた。何が起きているのかはすぐに分かった。

 

『こいつは確かにやべえな』

『サテラポリスが来ているじゃない!』

 

 考えてみれば当然だ。爆破予告までされていたのだ。オクダマスタジオとしては通報しないわけにはいかない。しかも来ているのはサテラポリスの特殊部隊だ。

 

「なんで特殊部隊が?」

 

 彼らはとても危険な任務や、凶悪犯罪が担当のはずだ。いくらミソラが全国区の有名アイドルだからと言っても、起きた事件はオクダマスタジオの運営妨害程度だ。彼らが出てくるような大事には程遠い。

 

「考えている暇はないよ!」

 

 ミソラが駆け出した。スバルも後に続く。

 サテラポリスに対応している浦方の声が聞こえてきた。

 

「ですから、爆破予告はこちらの勘違いでした。トラブルこそありましたけれど、全部解決しましたし……」

 

 サテラポリス特殊部隊は二名いた。男性と女性が一人ずづだ。男性は浦方の事情説明に首を横に振った。

 

「いえ、事件性がある以上は調査させていただきます」

「また、大量のクリムゾンの発生も感知しました。ここは引き下がれません」

 

 治安を守る者として当然の対応だろう。だが「はいそうですか」というわけにはいかない。浦方やスタッフたちの後ろには、スズカとアイスがいるのだから。事件当事者として、浦方たちにお任せして帰るわけにもいかず、成り行きを見守っているのだろう。ルナたちも一緒だ。ジャックだけはいないようだ。

 アイスが前に進み出ようとして、スズカが止める様子が見えた。アイスは自首しようとしているらしい。

 何とかしてあの二人を助けなくては。だがこうして走ってはいるものの、どうすればいいのだろうか。

 

「ちょっと待った~!」

 

 悩むスバルをよそに、ミソラが叫びながら浦方とサテラポリスの間に滑り込んだ。

 

「あの私、響ミソラと言います」

「はい、知っています」

「毎週、ソングオブドリームを録画していますから」

「あ、どうもです」

 

 ミソラとサテラポリス隊員二人がそろって頭を下げた。何を見せられているのだろう。それにしても、さすがミソラだ。ドラマに出演しているだけあって、アドリブ力が鍛えられているようだ。彼女の中ではちゃんと言い訳が出来上がっているらしい。

 

「それで、あの……トラブルというのは、私のライブのときで……えっと、ほら! あれです! ステージの演出で……雪! 雪を降らせようとしたんですよ。ね、浦方さん!」

 

 そんなことはなかった。めっちゃくちゃ目が泳いでいた。右へ左へとバタフライしている。

 

「……あ、ああそうそう! その装置が故障してしまってね。いや~、ちょっと寒くなっちまって……ノイズはその時に出たんじゃねえのかな?」

「というわけなんです。お仕事ご苦労様でした!」

「……いや、今の考えながら話していましたよね」

 

 さすがに無理がある。女性隊員が、咳払いして自分のサングラスを少し持ち上げた。

 

「響ミソラさん。私たちはプロです。嘘はすぐに見抜けます。そして……」

 

 女性隊員は素早く、ある人物を指をさした。

 

「隠し事をしている人もです」

 

 指先にいたのはスズカだった。ビクリと怯えるスズカ。側にいたルナたちは素早くスズカを後ろに隠そうとした。だがもう遅い。スズカに歩み寄ろうとする二人の隊員。その間にミソラが割り込んだ。

 

「だから、なにもなかったんです!」

 

 こうなるとなりふり構ってなどいられない。スバルはミソラの隣に並んだ。

 

「僕はライブの客です。何も問題なんて起きていませんでした!」

 

 続いて、ゴン太とキザマロだ。

 

「そうだ、何もなかったぜ!」

「ミソラちゃんの熱唱で、むしろホットなステージでした!」

 

 だがそれでも動じないのがサテラポリスというものだ。

 

「一般市民の証言は確かに参考にしよう。だが証拠にはならない」

「取り調べには応じてもらいます」

 

 不動。それが今の二人に相応しい言葉なのだろう。このままではアイスは連れていかれる。最悪の場合はヒール認定を受けて、廃棄処分されるだろう。

 ここで引けない。どう追い返せばいいのだろうか。

 

「オホン」

 

 その空気を消し飛ばす咳払いが一つ。スバルたちのみならず、隊員二人も足を止めてしまった。

 

「よろしいでしょうか」

 

 悠々と歩みだしてきたのはルナだった。

 

「被害を訴えている人がいない以上、事件として成立していないのではないでしょうか」

 

「あ……」とスバルは声を漏らした。そうだ。サテラポリスは事件を解決する組織だ。そして事件とは被害が出て初めて認定される。ルナの言葉はたったの一文。それだけで、この隊員二人の勢いを完全に止めた。

 

「ううむ……」

 

 初めて隊員たちが唸った。これは相当効いたらしい。ルナがもう一歩前に進み出た。

 

「わざわざ来ていただいて恐縮ですが、どうぞお引き取りください」

 

 そして丁寧に頭を下げた。まるで仕事ができるOLだ。ちなみに迫力が強すぎて、スバルもミソラも、ゴン太もキザマロも、そしてスズカも身を寄せて固まっていた。

 それでも、隊員二人は未だに渋っていた。

 

「だが、ノイズが発生したのは事実だしな」

「それを理由に、上に申請して、より強力な捜査権限を所得するしか……」

 

 どうやらまだ粘るらしい。その時だった。サクサクサクという軽快な音が聞こえてきた。

 

「あれ、この音……」

 

 最近聞いた、忘れたいが耳に焼き付いていしまった音だ。サテラポリスの隊員二人の後ろから、藍色の髪をした青年が近づいてくるところだった。

 

「もういいんじゃないですか?」

 

 隊員二人は振り返ると、姿勢を正して敬礼した。青年も、うまい棒をポケットにしまって同じく敬礼をした。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様です。で、暁……もう良いとは?」

「ここは俺に任せていただけないでしょうか。サテラポリスの一員として、間違ったことはしませんから」

 

 隊員二人は顔を見合わせると、頷いた。

 

「いいわ、暁がそういうのなら任せましょう」

「我々は先に本部に戻る」

 

 あれほどスズカに執着していた二人が、あっさりと引き下がった。暁に再度敬礼をすると、何事もなかったかのように去っていった。

 暁シドウも二度目の敬礼を終えると、さっそくうまい棒の続きを食べ始めた。

 

「久しぶりだな、星河スバル」

「あ、暁さん……サテラポリスだったんですか!?」

 

 呆気に取られてポカンと口を開いていたスバルが言えたのは、それだった。

 

「うん、そうだよ」

「本当に?」

「ほら、隊員証」

 

 ハンターVGを取り出し、エアディスプレイを展開した。間違いなく、サテラポリスのマークだった。

 

「普通の人ではないと思っていたけれど……まさかサテラポリスだったんですね」

 

 ルナも心から驚いた顔をしていた。ギガエナジーカードをあっさりと提供してくれたのだ。WAXAあたりにでも伝手があるとは思っていたが、提携しているサテラポリスだというのなら納得だ。

 ゴン太とキザマロは「すげえ~!」と目を輝かせている。

 そんな中、きょろきょろとしているのがミソラだった。

 

「スバルくん、知り合い?」

「うん、暁シドウさん。前に会ったことがあるんだ。アシッドっていうすごく強いウィザードを連れていて……」

『チッ!』

 

 ハンターVGから、ウォーロックの舌打ちが聞こえた。

 

『おやおやウォーロック、不機嫌そうですね』

 

 すると暁シドウのハンターVGから白い電波粒子が飛び出してきた。すぐにアシッドの姿へと変える。

 

「そんなに、私に負けたのが悔しいのですか?」

『んだとこら!』

 

 ウォーロックが颯爽と飛び出した。

 

「いつ俺がてめえに負けた!?」

「スピカモールで。私があの暴走ウィザードを倒しましたよね」

「あれは倒して良いか分からなかっただけだ。今ここでウィザードバトルして、俺が強いって証明してやボドウ!?」

 

 そんなウォーロックの口が弦で固く結ばれた。

 

「ポロロン、サテラポリス相手に喧嘩売ってどうすんのよ。オックスみたいに脳筋なんだから」

「おや、これは助かりましたレディ。美しいだけでなく、優しいのですね」

「ポロロロン! いやねえ、口がうまいじゃない。誰かさんと違って」

「ハープ、てめえどっちの味方だこら!」

 

 ウィザードたちが勝手に喧嘩し始めた。長くなりそうなので、無視することにした。

 

「あの、暁シドウさん……? 先ほどはありがとうございました」

 

 ミソラが暁にお礼を告げた。すると、暁はカバンから何かを取り出した。

 

「これ、良いかな?」

「え?」

「君のアルバム。サインしてくれたら嬉しいんだけれど」

「あ、はい!」

「それとこっちのサイン色紙にも、さっきの二人の分ね」

「は、はい!」

 

 サラサラとかき上げた。すごくなれているらしい。

 

「ありがとう。あ、事件の方は何も問題なかったって報告しておくから」

「良いんですか、それで……」

 

 大変ありがたいことだが、さすがに突っ込んだ。

 

「良いんだよ。誰も困らないんだから、ハッピーエンドだろ?」

 

 暁シドウは親しみやすそうな笑顔で、スバルとミソラの肩に手を回した。スバルたちは彼の胸元に引き寄せられる形だ。そんな二人の耳元で、暁シドウは小声でつぶやいた。

 

「ハープ・ノート」

 

 背中に悪寒が走った気がした。ミソラの顔を見る。顔が少し青くなっているように見えた。

 

「君の力を貸してもらうときが来るかもしれない。もちろん、ロックマンと一緒にね」

 

 暁シドウは柔らかくスバルたちを解放した。

 

「サインありがとう。それじゃあね」

 

 いつもの笑みを浮かべて、暁シドウは軽く手を振って去っていった。サクサクサクという音が聞こえる。

 ちなみに、アシッドはハープと親しげに手を振って後を追った。頬を赤くしているハープと、物凄く不機嫌そうなウォーロックがいた。オックスが「あいつそんなに強いのか!?」と余計なことを言って、ウォーロックとリアルファイトをしそうになっていた。

 

「あの、ありがとうミソラ!」

「ごめんなさい。いえ、ありがとう」

 

 スズカと一緒にアイスもお礼を告げた。彼女も完全に反省したらしい。

 

「ってミソラ、どうしたの。なんか顔色が……」

「え、そんなこと……いや、ちょっと疲れちゃったかな~。なんて!」

「ミソラちゃん、休んだ方が良いよ」

 

 スバルも横から補助を入れておいた。とにかく、スズカとアイスは守れたのだ。暁シドウの言う通り、ハッピーエンドなのだろう。

 

 

 サクサクサクと歩きうまい棒をしながら、暁シドウはエアディスプレイを見ていた。

 

「シドウ、食べ歩きのみならず、歩きハンターVGは感心しませんね。サテラポリスとして特に」

「いやあ、うまいしなこれ」

「どちらかというとエアディスプレイを見ることをやめていただきたいのですが」

「そうか」

 

 立ち止まり、近くにあったベンチに座った。まあこれは悪いことではないかとアシッドは目をつぶった。

 

「それにしても、この短期間で3人か」

 

 エアディスプレイには3人の電波人間が映っていた。

 

 トランスコード:003 シューティングスター・ロックマン

 トランスコード:004 ハープ・ノート

 トランスコード:005 オックス・ファイア

 

「うん、順調順調。これで長官から言われていた、バトルチーム増員の充てができたな」

「後は、彼が間に合うかどうかですね」

「……難しいだろうな。まだ電波変換の許可すら降りていないからな。彼には特別枠で、トランコードナンバーは用意しているが……使うことになるかどうか……」

「高い戦力になることは確証が取れています。シドウ、あなたの采配次第ですよ」

「そうだな、一応師匠のようなものだしな」

 

 エアディスプレイに映る3人。下から順番に見ていき、そして003の顔を見た。

 

「期待しているよ、特に君には……」

 

 エアディスプレイを閉じて立ち上がった。手には新しいうまい棒がある。

 

「じゃあ帰るか」

「シドウ、だから食べ歩きはやめてください」

 

 サクサクサクという軽快な音が響いた。




〇未収録シーン

「う~ん……」
「なに見てんだスバル?」

 ウォーロックはエアディスプレイを覗いた。

「スズカのホームページか?」
「うん」

 大きく映っているスズカを見て、スバルは首を傾げた。

「いや、スズカちゃんて演技力はあるんだよね。それに……」
「それに?」
「普通に可愛いと思うんだよね。なんで人気でないんだろう?」
「あ……」

 これをばっちり聞いていた人が二人。

「……ふ~ん」
「そうなの……」
「え、あ!?」

 振り返ると、ミソラとルナが仁王立ちしていた。

「そっか、スバルくんはスズカちゃんが好みなんだ~?」
「どう思うミソラちゃん?」
「いやあ、スズカが可愛いのは認めるけれどさ、あの反応はないよね~」
「ね~」

 頷きあう少女二人。

「いや、えっと……ロック?」
「俺知らね」

 ウォーロックはふっと消えた。ウェーブロードに逃げたらしい。

「ちょ、どうにかしてよ!?」

 その後、ネチネチと聞かされることになるのだが、それはまた別の話。


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