神と呼ばれた少年は平穏な日常を夢見るか (さとう)
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ドキッネタバレだらけのあらすじ・キャラ紹介そして挿絵集

この作品のあらすじ
小学生の主人公・浦原輝夜が、あることをきっかけに10年前の出来事を知る。父・浦原喜助や母・四楓院夜一、仮面の皆さん、黒崎家の方々に見守られながら主人公が成長する、そんなお話。



浦原輝夜(うらはらかぐや)

小学生の普通の男の子。かわいい。そして弱い。

他の子より背が低く目が赤いことがコンプレックス。どのパーツ見ても両親と似てないから血は繋がってない気がしている。

性格はツン多めだが素直な子。ツッコミばかりしているのは周りにボケが多すぎるから。

黒崎(くろさき)家の双子の姉妹と仲良し。

 

実は昔隣村で血神(ちがみ)と呼ばれ崇められていた。当時の名は31代目血神『白蛇(しろへび)』。色々あって実の父親に殺されかけるが、吸血鬼の血由来の回復力で復活。なんとか赤ん坊の姿になったところを四楓院(しほういん)夜一(よるいち)に拾われた。

先祖返りで先代より全然強い。しかし、筋肉などのフィジカルがかなり弱いのですごいことはそんなにできない。できるのは回復と魅了。

 

 

狂犬(きょうけん)

現在は刀と同化しているが、高貴な純血の吸血鬼。目を合わせることによって相手を魅了し操る能力に長けていた。もちろん今は目という概念がないので力は発揮できない。

初代血神。吸血鬼にしては珍しく、人間と結婚した。その後、子孫には自分が吸血鬼だと明かしていない。

昔学校で教えられていたため、中堅より上の世代の死神には吸血鬼の中でも最強かつ最凶と恐れられているが、別にわざわざ危害を加えるつもりはない善良な吸血鬼。

身体がないのは身体だけ技術開発局(ぎじゅつかいはつきょく)に持っていかれたから。

実は狂犬と同化している刀は斬魄刀。狂犬は死神に殺されてから輝夜が産まれるまでの意識がなかったため実際は200年程度しか生きていない。

 

 

月夜烏(つきよがらす)

輝夜の斬魄刀。適当で快楽主義的な性格だが、持ち主の言うことは聞く。

能力は主人の血液を媒体とした爆発。使い方は空に浮かぶ雲を爆風で晴らしたり、手足の先で爆発させて高速移動したり。攻撃にも一応使えるが、炎が出るわけでもないので単体ではそんなに強くない。イメージは、誰しも昔理科の実験でやったであろう発生させた水素の爆発。めちゃめちゃに使わなければ貧血になることはない。

解号は『あかるき夜に目を覚ませ』。

 

 

浦原喜助(うらはらきすけ)

しがない駄菓子屋とは世を忍ぶ仮の姿、元十二番大隊長にして技術開発局局長である。胡散臭い帽子と下駄を愛用している。

輝夜のことは実の子のように可愛がっており、よくウザがられる。輝夜が中学生になって『お父さんの服と一緒に洗濯しないで!』って言われたときに耐えられるようにイメージトレーニングが日課。

 

血神のことは知らなかったが、吸血鬼『狂犬』についてはおおまかに知っていた。

 

 

四楓院(しほういん)夜一(よるいち)

食べて遊んで寝る猫とは世を忍ぶ仮の姿。元二番隊隊長にして隠密機動(おんみつきどう)の長、さらには四大貴族の娘さんだった。鬼ごっこが好きでめちゃくちゃ素早い。そしてよく食べる。

輝夜のことは可愛がっているが、ダイナミックかつアグレッシブなのであまり伝わっていない。

 

『狂犬』のことは知っていたが、輝夜を拾うときは気づかなかった。

 

 

・あの人

作中で『あの人』と呼ばれたら大体輝夜の実のお父さんのこと。輝夜はお父様と呼んでいた。

背は高く目はキリッとしていて真面目。血神についてはあまり信じていなかった。

輝夜の目を見るとぐわーってなることに気づいて監禁し殺害しようとした。

 

下の名前は千樹郎(せんじゅろう)。上の名前は浮竹(うきたけ)

 

 

・30代目血神『野兎(のうさぎ)

輝夜の実のお母さん。輝夜はお母様と呼んでいた。

髪はふわふわ、身長は低め。たれ目でおっとりとした印象。しかし昔はやんちゃもやんちゃ、その名の通り野を駆け回る兎のようだった。今は病弱でお外出たい欲がすごい。

 

息子に見つめられてもなんともない。息子は死んでしまったと聞かされて心を痛めている。

 

 

・32代目血神『川獺(かわうそ)

輝夜の実の妹。明るく元気を体現した性格で、動きにくい着物をものともせず暴れまくる。洗濯係のお父様泣かせの台風娘。

目は赤くない。

 

輝夜のことは知らされていなかった。のちに春陽(はるひ)と名乗る。

 

 

 

挿絵

 

浦原輝夜

【挿絵表示】

 

浦原輝夜

【挿絵表示】

 

浦原輝夜と紬屋雨

【挿絵表示】

 

血神『狂犬』

【挿絵表示】

 

輝夜・雨・ジン太の相関図

【挿絵表示】

 

第十四話後

【挿絵表示】

 

血神『白蛇』

【挿絵表示】

 

血神『川獺』

【挿絵表示】

 

 

随時更新予定です。




主要メンバーのキャラ紹介と挿絵集です。ネタバレがあるので本編未読でネタバレ過激派の方は読まないでください。遅い!
満を辞して書きました。本編で明かされた範囲のキャラ紹介なので都度更新していきます。


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第一章 10歳の誕生日の物語
プロローグ:少年はしばしば夢を見る/第一話:少年は起床する


※前半は主要キャラが出てきません。



物心ついた頃から、あるいはそれよりも昔から、同じ夢を何度も見る。厳密には同じ夢ではない、同じ少女が主人公の夢だ。

 

少女は大抵同じ部屋にいた。家具はそこそこあるが、少女以外誰もいない部屋。刀らしきものも部屋にはあった。

少女はいつも豪奢な着物を着ていた。重そうな服に苦しそうな帯だが、少女は特に気にすることもなく生活している。

幼い頭にはよくわからないが、現代というよりは江戸時代だか大正時代だか、そんな雰囲気の世界だった。

少女はいつも、本を読んだり舞を舞ったり、刀に話しかけたりしていた。僕のように、ゲームをする様子はなかった。それでも、少女はそこそこ楽しそうだった。

 

しかし、たまに見る夢では少女は辛い顔をしていた。大丈夫?と声をかけてやりたいが、いつも僕は声を出せない。夢の中には僕はいないのだ。

少女の気持ちが流れ込んでくる。どうやら、父親がどんどんおかしくなっているのを自分のせいだと思っているらしい。それはそんな表情をしているわけだ。

僕のお父さんはいつもふざけてはお母さんや他の家族に怒られているが、普通のお父さんだ。おかしいと言ったらちょっとオタク気質だというだけだが、それも嫌であるわけではない。

もしもあのお父さんが突然、この少女の父親のように狂気と殺意に満ちた目で接してきたら、なんて、想像すらできないが、それがあまりに辛く悲しいことだということだけはわかる。この子の痛みが自分のことのようにわかるぶん、なんとかしてやりたいと思うのは当然だろう。

歯痒い気持ちで彼女を見る。

少女の口は、『たすけて』と動いた気がした。

 

 

 

目が覚めた。

カーテンから光が漏れ出ている。この感じは朝だろう。寝ぼけている頭を起こすように伸びをした。

輝夜(かぐや)殿ォー! 朝ですぞ!」

「はあい!」

下の階から、よく響く低音が聞こえる。テッサイさんだ。

テッサイさんはお母さんでもお父さんでもないが、あの二人よりもお母さんらしくお父さんらしい。僕がまだ服を満足に着られない頃、服を着せる役割はテッサイさんだった。ご飯も作ってくれるし、僕と遊んでくれるし、叱られたことも片手では足りない。背が高くて怖い顔をしているが普段は温厚なテッサイさんは、しかし、怒るとビジュアルに違わぬ迫力がある。ジン太のせいで何度怒られたことか。

このまま二度寝をしたいが、そんなことをしたらまた『学校に遅れてしまいますぞ』とビリビリする声で怒られるだろう。ここはとっとと起きるのが吉だ。

 

「おはよう、テッサイさん」

「おはようございます」

今日の朝ごはんは、白飯に焼き鮭、味噌汁だ。絵に描いたような理想的な日本人の朝ごはん。朝起きるのは辛いけど、テッサイさんの作る朝ごはんのためならどうってことないくらいに美味しい。

「お父さんは?」

「浦原殿は夜一殿と共に出かけられました」

「そうなんだ、珍しいね」

僕のお父さん、浦原喜助は朝に弱い。僕が小学校に行く時間になっても起きてこないこともざらにある。お母さん、四楓院夜一は自由人で、猫に変身してはそのあたりを散策して帰ってくる。

変人二人でどこに行ったのやら。どうせ聞いても適当にはぐらかされるだけだから詳しく聞くことはない。しかし、もし二人がいつもの服で行ったなら、職務質問されたり不審者として通報されたりされないか心配だ。

ジン太と雨はもう起きて掃除などをしているようだ。いつものように二人が言い争っている音が聞こえる。たまにほうきの音もするから、テッサイさんがすぐに助けに行くだろう。

朝ごはんを平らげたら、顔を洗って歯を磨いて、服を着替えて家を出る。小学四年生の僕、浦原輝夜の日常だ。

「行ってきます」

「いってらっしゃいませ、輝夜殿」

「おー!」

「いってらっしゃい……!」




・浦原輝夜
この作品の主人公。
自分が拾われたことを知りません。しかし、両親と顔が似てない気はしているので、ほんのり疑惑は持っています。養子だとしてもはぐらかしてうやむやにされそうだから言わないけど。
10歳手前にしては大人なような、まだまだ子供なような、大人に囲まれて育った故の変にませた性格をしています。仮面の方々にも7歳頃からお世話になっています。
主人公の輝夜は専らツッコミ役。いじられたり天然でボケられたり。
顔立ちはつり目ですがきつい印象はあまりなく、ぱっちりおめめでかわいいです。女の子みたいって言われることもあるけど本人的にはそこまで気にしていません。みんなと違って目が赤いのが少しコンプレックス。
髪型は全体的に長めで大人しい男の子って感じです。格好もインドアっぽく長袖長ズボンがデフォルト。


見切り発車で書いてみたのですが、1話ごとに1000字以上って大変ですね。プロローグと第一話がつながってしまいました。既にストックがない、やばい。書いてる人すげえや、が初めて投稿した感想です。


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第二話:実家が駄菓子屋。あとはわかるな?

前回までのあらすじ
主人公、浦原輝夜は小学四年生である。

輝夜の身長変更しました。さすがに小さすぎる……。


「ただいま」

「おかえりなさい、輝夜さん」

家に帰ると、雨に出迎えられた。学校での話は、特別面白いこともなかったので割愛、だ。

「おはよう、輝夜」

「お父さん! もう夕方なんだけど」

「だって輝夜におはようって言われてないんスもん〜」

「……はいはい、おはよう」

「おはよう〜!」

「もう! ひげ痛いし苦しい!」

ぎゅうっと抱きしめられる。ランドセルも構わずまとめて抱きしめるものだから、ぐえ、と喉から潰れた声が出た。おまけに微妙に伸びた無精ひげのある頬で頬ずりされて、痛いったらない。

なんとか腕から逃げ、息を吐く。別に嫌いというわけではないが、愛情表現が過激すぎる。こう度々ぎゅうっとされたらいつか死んでしまうのではないだろうか。それでなくても、かわいい息子が苦しそうにしているのだから、加減というものを覚えてほしい。

 

家に入ると、居間の角になにやら包装された箱のようなものが見えた。隠しているつもりだろうが、最近背が高くなった僕から見ればバレバレだ。あの人たちは、未だに僕が120センチもないと思っているのか。もう僕の身長は126センチ以上もあるというのに。

お父さんは180を超えているようだから、似たようなことなのかもしれない。……それはそれでむかつくな。

このちらっと見える綺麗な箱は、僕への誕生日プレゼントだろう。何を隠そう、僕の10歳の誕生日は明後日に迫っているのだ。なるほど、今日朝から出かけていたのはこれか。

そうなると、これに気づかないふりをしていたほうがいいな。演技派輝夜の見せどころだ。見えてないように素通りして、自分の部屋にランドセルを置く。

今日のおやつは何を食べようかな。

浦原商店では、おやつは1日二つまで、売られている駄菓子から選べることになっている。昨日はスナック系を食べたから、チョコにしよう。

 

「おー、輝夜やんけ。背伸びたか?」

「真子さん! まあね、この前測ったら128.3センチだって」

「こないだは130センチ言うとらんかったか? 縮んどるやないの」

「縮んでない!去年は122センチだってちゃんと言ったでしょ」

せやったやせったと言いながら頭をガシガシ撫でてくるこの人は、平子真子さん。お父さんの友達らしく、たまに遊びに来ては僕にちょっかいを出してくる。

僕が怒っても『すまんすまん』と笑うから、真子さんは僕にとって、真面目に接してはいけない人の1人だ。よく撫でられるけどいつも痛いし。

真子さんは、駄菓子屋を物色してから奥に入っていった。お父さんに何か用事だろう。僕に聞かれると困る話をすることが多いから、僕はとっととお菓子を選んで自分の部屋に戻るとしよう。




テッサイさん以外の大人たちが出てきましたね。
平子さんをはじめとした仮面の方々は子供と触れ合う機会がないため、輝夜を見ると構い倒すことが多いです。これ食うか? 寒くないか? よしよしいいものをやろう。みたいな。元々自由人に見えて面倒見の良い人ばかりですから。


これで1000字! 大変ですね……。
次からはシリアスになると思います。なのでタグも追加してみました。大丈夫かな、どきどき、そわそわ。でもまだ一文字も書いていません。ちゃんとシリアスになるかなあ……。頑張ります。


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第三話:厨二病ではないですが

前回までのあらすじ
明後日は輝夜の誕生日。

今回は番外編です。第二話の続きは第四話で。



僕の両親は変人だが、常識人として振る舞っている僕も外から見れば変な人なのだろう。

 

あれは7年前。僕がまだ3歳だった頃だ。

そのときから目つきはきつかったが、別に森羅万象にガンをくれていたわけではない。……はずだ。それなのに、何故か同級生からよく喧嘩を売られていた。突き飛ばされたり、叩かれたり、そんなふうに暴力を振られがちだった。

身長がとりわけ低いでもなし。他の身体的特徴といえば、この赤い目くらいだが、目が赤いくらいなんだ。明るい茶色の子もいるし、たまに青い目をした子だっている。

暴力自体は痛いしできればやめてほしかったが、それよりかは原因を教えてほしかった。

向こうの言い分は大抵、『なんかよくわかんないけど頭がカッとなって』ばかりだ。よくわからないで済んだら警察はいらないんだぞと言いたいところだが、とにかく僕が何かをしたせいで殴られたわけではないようだった。

 

「幼稚園で叩かれたんだって?」

「どうして言わなかったんじゃ」

傷の治りは早いほうだったから、しばらくは両親にも気づかれなかったのだが、先生が見かねて連絡をしたようだった。

痛いのは嫌だけどわざわざ言うほどでもない、が本音だった。別に忙しい2人を捕まえて『なぜかいつも殴られるんだよね』など言えるものか。解決策もないというのに。

しかしそれを言うと怒られそうだ。既に怒っている様子だが。

どう言い訳しようか、でも僕は被害者では? そう考えていると、テッサイさんが助け舟を出してくれた。

「何故暴力を振われているか、わかりますかな?」

わからないんだよ、身体が勝手に動いちゃうんだって。と言ったつもりだった。しかし、僕の口から発せられ僕の耳に届いたのは、全く違う言葉だった。

「赤い目のせいだよ。この目は人間を惹きつけちゃうんだって」

いやいやちょっと待て。さっき目の色は関係ないという結論に至ったはずだろう。しかも人間を惹きつける? 3歳にして厨二病を拗らせているつもりはない。

聞き間違いだと思いたかったが、目の前の大人3人がみんな『赤い目……?』と微妙な顔をしていたので残念ながら合っているらしい。

「誰かに言われたの?」

お父さんが優しく聞いてくるけど、全然心当たりはない。思い出せる限り遡ってみるも、子供がそんなことを言うわけがないし、先生だってそうだ。そうなるとあとはこの3人しか関わりを持っていないから……。

いや、誰かが言っていたはずだ。

『私たちが持つ赤い目は、人間を惹きつける。だから気をつけなくてはならないの』

これは、誰が言ったんだ? 女の人の声で再生されたような気がする。でも、誰が。

ありそうなのは、夢くらい。このときはまだ本も読んでいなかったし、ゲームもしていなかった。

「……うん。言われたことある、かも。でも誰かはわかんない。夢かもしれないし」

「そうか。じゃあ明日からは眼鏡をかけてみたらどうじゃ? 気休めかもしれんが」

「ああ、試してみる価値はありますね。これから買いに行きましょうか!」

結局、眼鏡をかけるとほとんど殴られなくなったため、それから一昨年までずっと眼鏡をかけて生活していた。眼鏡が守ってくれたのか、全く別の要因で暴力が止んだのか。僕にはわからないが、小学校中学年になると同級生も安易に暴力を振るわなくなったので、眼鏡はお役御免になったのだった。

 

このように、言われた覚えのない言葉が頭に流れてくることが昔から多かった。例えば、『私も外に出たいわ』『そろそろ血を飲める時期ね』などだ。血を飲める時期ってなんなんだよ……。

それに加えて何度も同じ少女が出てくる夢を見るものだから、自分でも変な子だと思わざるを得ない。

そして2年後、5歳になった僕は『夢の少女はこの世界のどこかにいるかもしれない。きっと助けてほしいから夢に出るに違いない。絶対に見つけて助けてあげるんだ!』と言い出した。

思い出すだけで恥ずかしい。どこにいるかもわからないのに少女を探そうと家を飛び出すのを、両親に必死で止められたのだった。

実は今でも探しているが、これは2人にバレたら腹を抱えて笑われるので絶対に内緒である。




これ以外にも幼稚園や小学校で、今回のように受信した言葉を周りに言うという出来事は何度もありました。しかしどれも些細すぎて本人は気づいていません。
そんなこんなで輝夜は昔、幼稚園や学校の先生から『不思議ちゃん』認定されてました。幼少期特有の『お腹にいたとき声が聞こえたよ』的な発言だろうと思っている担任の先生たちは、私も昔あったわそんな時期、と温かい目で見守っていました。
声は今でも聞こえますが、喉で留める技術を会得したため不思議ちゃん扱いをされることはなくなりました。


ついに1500字を超したぞ! やったね。
第四話より前に書かなければならない話で、本編に強く関わってくる場面だったので、サブタイトルは番外編ではなく第三話としました。
もう第三話!? 更新かなりゆっくりって書いてたはずなんですけど……。なぜか、自分でも引くペースで書いております。勉強しないといけないのに。現実逃避かなあ……。
次回こそシリアスに、なります! よろしくお願いします。


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第四話:お父様、次は法廷で会おう

前回までのあらすじ
輝夜は昔不思議ちゃんだった。

第二話の続きです。10歳の誕生日の前々日の夜のお話。



その夜、僕はまた夢を見た。

いつもの少女は、今日は珍しく悲しいような顔をしていた。大きくて強気な赤い目が澱んでいるし、自慢だろう腰まである黒髪も心なしかツヤがない。同じくらいだった背丈も猫背気味になっていて、今は僕の方が高く見える。

「お腹空いた……。今日もご飯ないのかな」

彼女はお腹をさすりながら、たしかにそう言った。今日も、ということは何日も食べていないのだろうか。いつもは彼女のお父さんがご飯を運んできてくれるのに、出張とかでいないのか?

かく言う僕も、かなりお腹が空いていた。もっと辛いはずの彼女がいるのに、早く夢から覚めてテッサイさんの朝ごはんを食べたいなと思ってしまった。

空腹だけじゃなくて、胸がざわつく気もする。熱が出たときと似ているから、朝起きたら熱を測らなければ。変な汗も出てきた。あまり風邪をひかないけど今回は重症なのかもしれない。

「どう思う、狂犬。……やっぱり、そうなのかな。僕の聞き間違いじゃなかったのかな」

少女が刀に語りかける。どうやら、この部屋に大事に置かれている刀は狂犬という名前らしい。以前はぬいぐるみに話しかけている感じなのかと思っていたが、僕に聞こえないだけで会話は成り立っているようだ。

「うん、そうだよね。そんなことあり得ないもん、だってお父様だよ」

自分自身に言い聞かすみたいにそう言って、いつもみたいな優しい雰囲気に戻った。

 

白蛇(しろへび)、こちらへ来なさい」

「……はい」

少女が刀と会話してしばらく経つと、少女のお父さんが部屋に入ってきた。呼ばれた少女は、刀を持って立ち上がる。

白蛇とは少女の名前らしい。何度か呼ばれたのを聞いたことがある。

たまに見る少女のお父さんは、目がキリリとしていて利発そうだ。しかし今日は、いつもに増してギラギラとした表情を浮かべ、あまり見たことがない僕でも正気ではないと一目でわかるほどだった。

行っちゃダメだ、とは言えなかった。夢では声が出ない。しかし、わかってはいるが今だけは止めなければならないと本能で理解した。せめて、少女──白蛇に着いていこうと、見失わないように背中を追った。

 

白蛇のお父さんが足を止めたのは、初めて見るところだった。建物の外、裏山の少し開けた場所。

部屋から出てはじめて、今までいたのが神社の本殿のような建物だったと知る。お父さんの服装も神主さんぽいから、ここは白蛇一家の神社だろう。

それなら、白蛇も巫女さんの服を着て外に出た方が良かったのではないだろうか。よく見ればそれらしい女の人が数人、境内を掃除しているようだし、一人で部屋に籠るのは気が滅入るのに。

「おお、やっと来た。遅いっすよ」

「すまない。……これで本当にいいのか、考えていた」

さっきは木々に隠れて見えなかったが、他にも人がいたらしい。身体の大きな男が四人だ。

四人とも、それぞれ刃物を持っていた。もしかして、それで僕を……? いや、早とちりはよそう。どちらにしろここで逃げるという選択肢はない。白蛇がここにいるのだ。

「お父様……? こちらは、」

「白蛇……本当にすまない。しかし私もどうにかなりそうなんだよ。……いや、もうなっているのかもしれない」

頭がガンガンする。やはり今すぐにでも逃げたほうがいいと身体が告げている。この際、白蛇の手を取って神社に降り、巫女さんたちに助けを求めるしかない。

夢だとわかっているはずの僕がこんなに焦っているのに、白蛇は全くと言っていいほど動じていなかった。ただ悲しく目を伏せて、『やっぱり、そうなんですね』と呟く。

「知っていたのか、そうか……。私だって、こんなことしたくはなかったんだ。でも仕方ないんだよ、村のためだ。わかってくれるね」

やめてくれ。なんの話をしているんだ。帰ろう、浦原商店は白蛇みたいな子も歓迎してくれる。僕はまだ君を、現実で見つけられていないんだよ。だから──

 

「血神『白蛇』、君にはここで死んでもらおう」




白蛇のお父さん、台詞を書いてみるとヨン様みたいですね。でも違います。普通にオリジナルキャラクターです。
もしヨン様だったら、浦原さんはお父さんになってるしヨン様もお父さんになってて大変ですね。強キャラたちの弱みを簡単に握れそう。
夢はまだまだ続きます。とは言っても次回までかな? 輝夜起きて超起きて!


あ、輝夜のイメージ絵を描いてみました。あらすじの最後にあるのでよければご覧ください。作者欄から見ると見られるコメントも書いたのですが、誰にも見られそうにないのでここにコピペしておきます。
『「神と呼ばれた少年は平穏な日常を夢見るか」の主人公を描きました。
黒髪ショートに赤いつり目、服は大抵長袖長ズボンです。お父さんが用意するもんだから、「お父さんと色がお揃いっスよ〜〜!」と深緑を買ってきがち。』
ちなみに夜一さんが買ってくると膝上の半ズボンとか買ってきます。「動きやすいじゃろう」とか言って。色は紫かオレンジです。お揃いじゃ! テッサイさんは一緒に買いに行ってくれそうですね。いい人だ……。


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第五話:さようなら

前回までのあらすじ
輝夜と白蛇が危ない!

若干のグロ描写があります。苦手な人はこの回の後書きまで飛ばしてください。



「……どうして、ですか」

「君は人を惑わす力を持っている。君が神社から出て村民と出くわすと危ないだろう。もちろん村民が、だ。わけもわからず狂わされるのは、しんどい」

白蛇は、僕と同じなんだ。赤い目は、人を惹きつける。呪いにも似た力は僕たちには強すぎる。

「神社にいたら、大丈夫です」

「僕が大丈夫じゃない。野兎はなんともないらしいが、僕に君の存在は毒だ」

「そう、ですか……」

自分の存在が毒だなんて、実の父親から言われたらショックに違いない。きっと白蛇はうっすらわかっていたのだろうが、何もそこまで言わなくても……いや、殺すしかないところまで来てしまったのだから、配慮なんてものを求めるのは無理か。

ちなみに『野兎』とは、白蛇のお母さんだ。今まで一、二回しか見たことがないけど、穏やかで優しそうだった。

今日のことはお母さんには伝えたのだろうか。こんなこと、言えないか。白蛇のお母さんは、お父さんと違って正気のままなんだから。

「すまない。さようなら」

白蛇のお父さんは、眉間にしわを寄せたまま言った。

 

男たちの中の一人が白蛇の胸をひと突きしたのを皮切りに、残りの三人が飛びかかる。白蛇は諦めたように目を閉じたきり、自発的には動かなくなった。

目の前で人殺しが行われているという非日常に、目を瞑るのを忘れてじっと見た。見るだけで白蛇が斬られたところが痛むようだったが、信じられないことに斬られたそばから回復して、次の攻撃が来る前に五体満足元通りになっている。

彼女に何が起こっているんだ? 普通、腕を切り落とされたら二度と復活しないだろう。腕どころか小指すら切り落とされた経験がないのでわからないが、しかしそのくらい経験がなくとも常識なはずだ。

──彼女は、本当に人間なのか?

そのとき、頭を殴られたような衝撃が走った。

僕は何かを忘れている。重大なことだ。昔、何かがあった、何かがあったはずだ。

目の前では、脅威の回復能力をしても回復しきれなかった傷を抱える白蛇が這いつくばっている。

男たちは、何がそこまで駆り立てるのか、狂気に満ちた目で刃物を振り下ろしていた。ちょうど、僕をここまで連れて来たお父様と同じように。

こうしている内にも白蛇は弱っていく。既に右腕を再生できなくなり、男の一人が右腕だったものを熱心に輪切りにし始めた。次は左脚、右脚。

やめてくれ。僕はゲームが好きだがホラーゲームなんてしたことない。テレビでホラー映画が始まっても、いつもお父さんが消してくれる。

まして、こんなリアルな情景。目を瞑りたくても身体が言うことを聞いてくれない。白蛇とリンクしているみたいに、腕や脚の感覚がなくなる。全身が痛い。昔かかったインフルエンザなんて目じゃないくらい。

涙が出る。僕は滅多なことじゃ泣かないのに。歯がガチガチと鳴る。寒いんじゃない、恐怖と混乱で。

この夢はいつ終わるんだ。誰か起こしてよ、お願い、無精ひげの頬ずりも我慢する、朝ごはんなんてなくていい、だから。

違う、誰かになんとかしてもらうんじゃない。これはきっと、僕が思い出せない何かを思い出さなくちゃ終わらないんだ。

だから思い出せ、早く。身体の感覚が全部なくならない内に。

いつのことだ? 物心つく前、いや、それよりもっと前。

僕が、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

僕が、血神『白蛇』だった頃のことを。

 

 

 

 

 

 

足元では、白蛇(ぼく)だった肉片と宝刀『狂犬』が散らばっていた。




今回のあらすじ
夢に出てくる少女、血神『白蛇』の正体は、浦原輝夜だった。白蛇は、浦原輝夜が浦原輝夜になる前の姿ということです。本編読んでもわかりにくいかもしれません。そして、白蛇はお父さんたちによって殺されちゃいました。正確には死にかけですが。
あ、白蛇は女物の着物を着ていますが男の子です。これについては次回お話しできるかな。

さて、やっと輝夜が神と呼ばれていたころを書けました。こんなにグロくなるつもりはなかったのですが、どうにも文字数が足りず……。途中で、冒頭を増やせばいいんだと思いましたがせっかく書いたのを消すのもなと思い、まるまる載せちゃいました。
なんだか説明不足なところがたくさんありますが、これも次回なんとかします。頑張るぞ。


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第六話:話す覚悟、聞く覚悟

前回までのあらすじ
輝夜は昔、血神『白蛇』だった。



僕は飛び起きた。寝汗はびっしょりなのに暑いどころか凍えそうだ。

夢の中での出来事は全て覚えている。

何が『あの子は僕が助ける』だ、そもそもあの子は昔の僕なんだから無理に決まってるのに。

まだ動悸がおさまらない。胃から何かがせり上がってくるし、過呼吸でくらくらしてきた。寝起きは間違いなく人生で一番悪い。

そうだ、狂犬は? たしかお父さんの部屋に刀があったのを見たことがある。浦原輝夜になってからずっと会話してないのに、それより前を思い出してからは狂犬と話したくてしかたない。あのころは狂犬だけが唯一の拠りどころだったのだ。

今は深夜でお父さんを起こすのは忍びないが、狂犬と喋るだけで呼吸が落ち着きそうなんだ。それに、お父さんはまだ起きてるかもしれないし。

こうしてても苦しいだけだ、とにかく部屋に行ってみよう。

そうして、ベッドから足を下ろしたときだった。バンッと扉が乱暴に開かれる音が響く。

「輝夜! 大丈夫っスか!?」

「お、お父さん?」

部屋に駆け込んできたのは、お父さんだった。お母さんも続いて入ってくる。二人とも血相を抱えてどうしたんだ。何かあったのか?

「何かされたりしとらんか!? 外傷はないようじゃが……」

「えっと、いや、何もないんだけど……強いて言うなら、夢を見たくらいで」

よかった、と二人が胸を撫で下ろす。

下で何か起きたとすれば物音もするはずだが、聞き逃した? わからないことは多いが、それを聞いてもいいものか。

待っていてもこれ以上言うつもりはないようだし、聞かないでおこう。はぐらかされるのも聞いたことを後悔するのも苦手だ。

起きてすぐから比べると頭がスッキリしてきた。僕も夢の件で動揺していたが、この人たちの動揺ぶりを見て落ち着いてしまったようだ。

余裕が出てくると、今度は疑問が湧いてくる。お父さんとお母さんは、実の子供でもない僕をどうして育ててくれたんだろう。どこで出会ったのかすらわからない。そもそも、あそこまで細切れにされて、生きていたのか? 生きていたとして、なんで幼くなっちゃったんだ。浦原輝夜としての記憶で一番古いのは3歳くらいのものだから、身体が若返っているか、死んで生まれ変わったか、のどちらかなのか。

悩む前に、この二人には過去のことを言った方がいいだろう。何か知っているかもしれないし、なにより、僕のことを知っていてもらいたいと思った。

「……ねえ、話したいことがあるんだけど」

「夢の話、ですか」

「うん、そんな感じ。……いい?」

「悪いわけがなかろう。輝夜の話じゃったらなんでも聞く」

きっとこんなふうに言ったらどんな重大な話をされるのかと構えてしまうのに、お母さんはなんでもないみたいに即答してくれるんだな。なんだかそんな些細なことが嬉しくて、僕は意味もなくベッドに座り直した。




白蛇って名前は回復能力の高さからつけた名前だったんですが、スンスンさんが白蛇モチーフだったことを思い出して頭を抱えました。なんにも関係ないし、破面の皆さんが出る予定もありません……。
でも今更名前を変えるのも……というか、良い名前を思いつきません。不死身イメージの生物、フェニックス? 強そう(小並感)。


説明回にはなりませんでした。しかもなんだか輝夜の情緒がターン制でぐりんぐりん変わっていって大変です。ごめんね輝夜。
二人が血相を抱えて部屋に来たのは、輝夜の霊圧がかなり不安定で、何か不審者的な存在が危害を加えたんじゃないかと思ったからです。いつヨン様が一人息子とかいう浦原喜助の弱点をついてくるかわからないので。書くかどうか微妙なのでここで言っちゃいます。
次回、ようやく血神とは何か、輝夜は何者なのかが明らかになると思いますので、よろしくお願いします。


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第七話:むかーしむかしあるところに

前回までのあらすじ
お父さんとお母さんに昔の話をすることになった。

白蛇が女の子の格好をしていたことへの説明を付け加えました。3.25.2021



僕は昔、血神教(ちがみきょう)と呼ばれる、小さな村の小さな宗教の神様だった。初代は狂犬。なぜか今は刀に姿を変えているが、当時は強い力を持っていたそうだ。

血神の主な仕事は、村民に血を授けること。週に一度ほど、村民が捧げた湯呑み一杯の血を飲み干し、その湯呑みに半分程度自分の血を注いで元の場所に置く、というのがならわしだ。そういう決まりごとの一つに、10歳まで女物の着物を着るというのもあった。女性である初代を模して力を強めるとか、自分の身体を依代にして初代を降ろすとかの理由があるとされている。これが、夢で見た子が女の子だと勘違いした原因だった。

血神の血には回復能力があり、それを飲んだり浴びたりすると怪我や病気がみるみるうちに治る。だから村民は、授けられた血神の血液を患部にかけるなどして恩恵を得ていた。

しかし、2代目、5代目、10代目と、狂犬の血が薄くなっていくにつれて力も弱まっていった。

赤い目は血神の力の象徴とされている。実際血神の歴史書には、赤い目を持つ血神はその親や子より力が強く、特別にさまざまなことができたと記されていた。例えば、目を合わせるだけで人を惹きつけ、言うことを聞かせることができる。姿かたちを変えられる。赤目でなくても人間離れした生存能力や肉体能力を持つ者は多かったが、赤目は格が違うのだ。

しかし、ここ200年あまり赤目が産まれることはなかった。これは狂犬が言っていた話だが、初代は種族特有の赤い目を持っていたのが、世代を追うごとに赤目が産まれることが減っていったらしい。

そんな折に産まれたのが31代目血神『白蛇』、僕だった。僕は何世代かぶりに産まれた赤目で、しかもとりわけ力を持っていた。中でも回復能力が高く、再生の象徴である『蛇』が名前に入るほどであった。

人を惹きつける能力は赤目にしては弱かったが、制御の方法を教える者もおらず人と接する機会もなかったために暴走気味になってしまっていた。これは浦原輝夜になっても変わらず、幼少期には相手を無条件に惹きつけた。無理やり惹きつけられた人々は、自分の感情に頭がついていかず混乱し、しばしば暴力という形で処理しようとする。幼稚園で受けた理不尽な暴力は、つまりそういうことだったのだ。

最もこの力の餌食になったのは、僕の血の繋がった父親だろう。父は僕が産まれてすぐ、僕に人を狂わせる能力があることを悟っていた。だから僕を部屋に隔離して、村人にまで被害が及ぶのを防いだのだ。

これで万事解決かと思われたが、血神にだって食事は必要だ。そして、食事を僕の部屋まで運ぶ係として、父親は毎日僕に会いにきた。父は暴走したままの赤目にじわじわと侵されて、最後には実の息子を殺さなければならないという思考に至った。

そうやって部屋の外で僕を殺す計画を立てているのを、僕は扉越しに聞いてしまったのだった。

父は僕のことをまだ小さな子供だと思っていた。実際、当時も今と同じ9歳で父から見れば幼いだろうが、暇な時間のほとんどを読書に費やしていた僕の頭は大人の使う難しい言葉を理解できるようになっていたのだ。

それでも、僕は聞き間違いだと信じて過ごしていたのだが。

結局あの日、父に殺された。

それが10年前の今日の話。

 

僕の、本当の誕生日だ。




白蛇時代のお父さんも正しいことをしたといえばそうなんですよね。閉じ込めておかなければ村民が狂って全滅もあり得たことなので。だけど殺すのはやりすぎだぜ、旦那。彼もまた狂っていたからしかたのないことではありますが。
誰も目を見ると危ないということを知らないのが一番の敗因と言えるでしょう。200年も赤目が産まれていなかったのですから、そもそも誰も知り得ないんですよね。白蛇だけが狂犬から伝えられていましたが、閉じ込められていたため誰にも言えないという不運。
ちなみに、第五話で嬉々として白蛇を滅多刺しにしていた男たちも、白蛇の目を見てしまったゆえのオーバーキルでした。


これで輝夜から語れるほとんどのことを明かしました。次回からは視点を変えたり戻ったり、ついに狂犬が喋ったりします。次回かどうかはわかりませんが、とにかく頑張ります。


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第八話:秘技『二人喋り』

前回までのあらすじ
血神についての話をした。



「とりあえず、僕が話せる範囲は全部話したかな」

そうやって締めくくり、お父さんとお母さんの表情を見る。正直、深夜に突然やるような話じゃない気はしている。思い出したばかりでまとまってないし、実の父親に閉じ込められ殺される計画を立てられていましたなんて重すぎる。

「……そうだったんスね。辛い思いをして、大変だったでしょう」

先に口を開いたのはお父さんだった。ヘラヘラとした顔ばかり見ていたが、今は悲しげに眉をハの字に歪めている。お母さんもいつもはしゃんと伸びた背中が丸まっていて、項垂れているように見える。

「すまん。お主が拾い子じゃということを伝えられんかった」

「あ、それはちょっと気付いてた」

「ええ!? どうやって伝えようか悩んでたのに」

僕の言葉に、さっきまで真面目な顔をしていたお父さんがずっこける。

僕をまっすぐ見て何を言うのかと思ったら、二人ともそんなことを気にしていたのか。二人と僕とじゃ全然似てないから、血が繋がってないと知ってすっきりしたくらいなのに。傷つけないようにしようとしてくれたことに少し涙が出そうだった。

「ところで、お話に出てきた狂犬サンというのはこのくらいの刀でいいんスかね」

お父さんが手を前に出して『このくらい』を表現する。その大きさは間違いなく10年間ずっと一緒にいた刀だ。普通の刀の大きさは知らないが、狂犬は小回りが効いて手に馴染む気がして好きだった。

 

「あったぞ、輝夜」

いつのまにか席を立っていたお母さんが刀片手に戻ってくる。柄の装飾もあのときのままだ。何度も握り直して手触りを確認する。

『久しぶり、白蛇。……いや、輝夜かしら?』

「狂犬、久しぶり! ごめんね、忘れちゃって……」

『いいわよそのくらい』

10年も忘れていたというのに、狂犬は笑って許してくれる。この声だ、僕が浦原輝夜になってから何度も聞いたのは。ずっと一緒にいたのになんで忘れていたんだろう。

「あの日のあのあと、どうなったか知ってる?」

『知っているけど、いいの? そこの二人は』

え、とよくわからないままお父さんとお母さんを見ると、「ええと、狂犬サン? と話してるんスよね……?」と言われた。お母さんも刀に目を凝らすばかりで、声が聞こえたような反応はない。

「もしかして、狂犬の声は僕にしか聞こえてない……?」

「……そのようじゃな」

これは予想外だった。白蛇時代は、食事を届けに来た父に『この刀、口が悪いぞ』と嫌そうな目で見られたものだ。どうやら相性が悪かったらしい。父はあまり血神への信仰心がなかったようだから、おおかた悪霊扱いでもして機嫌を損ねたのだろうが。

しかしなぜこの二人には聞こえないのか。

『それはね、血が足りてないからよ。一週間に一度村人から血をもらっていたでしょう。血神はそれを力に変えていたの』

狂犬は昔のように気取った喋り方で教えてくれる。そういえばたしかに浦原輝夜になってからは血を飲むなんてしていてないけど、あれは儀式のためじゃなかったのか。

「血が足りなくて力が出せないんだって」

「ふむ、じゃあ飲みますか? アタシの血を」

「ううん。僕が代わりに言ったらいいことだし」

目を細めて首を差し出すお父さんにバッサリ言い切る。今まで人の身体から直接血を飲んだことがなくて怖いなんて、10年間湯呑みから血を飲んでいた僕が言っても説得力がなくて言えないが。

 

「『白蛇はあのとき、復元不可能なくらいに切り刻まれてしまったけど。白蛇の父親が肉片をまとめて袋に詰めて、隣町のゴミ箱に捨てちゃったのよ。私と一緒にね』」

狂犬から語られたのは、僕が白蛇として一度死んだ日の話の続きだった。急に話すものだから二人は一瞬なんの話かわからなかったようだが、次の瞬間には真面目な顔をして耳を傾けていた。

「『ただの肉片でも、近くにあったら少しずつ元あるように戻っていく。血神のなかでも特に回復能力の高い白蛇ならなおさらね。それでも全快には程遠い。それで完成したのが──』」

「記憶を失った乳児の姿、というわけか」

なるほど、僕は結局死んではいなかったのか。死にきれなくて、でも元の10歳のかたちにはなれなくて、なんとかギリギリ構築できる姿になったと。全部見ていたという狂犬が言うのだから本当のことなのだろう。

「儂が輝夜を拾ったのは、ゴミ箱の近くじゃった。赤ん坊は下半身にゴミ袋を巻いて、すうすう寝ておった。それが10年前の明日、名目上の浦原輝夜の誕生日のことじゃ」

狂犬とお母さんの話で、ようやく血神『白蛇』と浦原輝夜が繋がる。10年前、およそ現代日本では起こり得ない不思議な出来事が、それでもたしかに起きたのだ。

昨日までの、ただの浦原輝夜として生きてきた僕に言ったら、馬鹿馬鹿しいと一蹴されるだろうな。想像に難くないことを考えて、それから急に眠くなってきた。

「ああ、深夜だからね。今日はまた寝ちゃいましょ。それでまた明日、話せばいいんですよ」

瞼が重たくなっていくのに気づいたお父さんが、頭を撫でる。愛情表現が激しいいつもとは違って、ゆっくり労るような手だ。閉じた目にお父さんの優しい声が沁みていく。

「うん……おやすみ」

かろうじてそれだけは言えただろうか。言ったつもりで言えなかったかもしれないが、それでいい。今の僕には、ちゃんと明日が来るのだから。




本来血神の回復能力の原理は、『直す』ではなく『生み出す』です。例えば腕が捥がれた場合、くっつけるのではなくもう一度生やす、みたいな感じです。
だから白蛇がゴミ箱のなかで肉片同士をくっつけて〜というのは最終手段でした。身体を新しく構築することも難しいほど衰弱しているから、再利用するしかない。それでも赤ん坊の姿にしかなれないのでかなり危ない状態でした。あそこでもし白蛇だったものを全部一つのゴミ袋に詰めず、五つくらいに分けていろんなゴミ箱に捨てられていたら、少なくとも一日では復活できなかったでしょう。悪運が強いというか、なんというか。ともあれよかったとします。


さて、流石にそろそろ解説パートを書きすぎて『番外編:少年は授業参観で恥をかく』みたいな日常回を書きたくなっているのですが、皆さんはいかがでしょうか。しかし残念。もう一パートほど真面目な話が続きます。今度は保護者たちの秘密をお教えいただかなくてはいけませんからね。
ということで、いつになるかわかりませんがまた次回お会いしましょう。


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第九話:ハッピーバースデートゥーユー!

前回までのあらすじ
狂犬とお母さんに記憶の補完をしてもらった。



時は飛んで、次の朝。土曜日である。

テッサイさんが起こしてくれる時間は平日より遅めだが、僕はなんと平日よりも早く起きてしまった。昨日深夜にあれだけ長話した翌朝だから、それはもう遅起きの限りを尽くすものだと思っていたが。

しかたがないから顔を洗って寝癖を直し、居間を目指す。朝も早い、いるのはテッサイさんだけだろう。せっかくだからテッサイさんにも昨日話した内容を言ってしまうか。ジン太と雨にはまだ早いかもしれないし嘘だと馬鹿にされるかもしれないが、テッサイさんはちゃんとした大人だからきっと大丈夫だ。……見た目と口調だけは、ちゃんとしてるとは言いづらいけど。

 

「おはよう、輝夜」

「おお、早起きじゃのう」

「な、なな、なんで二人がもう起きてるの……!?」

全く予想していなかった人物が二人もいて、三歩後ろによろけた。そんな……。

眉をひそめたお母さんに「化け物でも見たような目をするな」とチョップを食らう。そういえばお母さんはそんなに寝坊常習犯じゃなかったことを思い出した。朝大抵いないからイメージがついていたのだ。

一方、お父さんは扇子で隠しながら笑っている。この時間に起きていることはまずないので、言われちゃった、程度なのだろう。

「おや、輝夜殿。おはようございます」

「おはよう、テッサイさん。うわ、それ今日の朝ごはん? でもなんでこんなに豪華な……?」

奥からテッサイさんが顔を見せた。手には皿が乗っており、いい匂いがしてくる。しかしそれはいつもの一汁一菜ではなく、しかも和風でもなかった。

レタスとトマト、卵にマヨネーズ、そして大きなトンカツ。それぞれが綺麗に挟まれたサンドイッチが並んでいる。それに、スクランブルエッグも。どれも、少し前に僕が食べてみたいと話した品だった。

「今日は輝夜殿の本当の誕生日だそうではありませんか」

どうやら、二人がテッサイさんにも話してしまったようだ。手間が省けたといえばそうなのだが、ちょっとした決意が勇み足になってつんのめる気持ちになる。

テッサイさんは僕の生い立ちを聞いたはずなのにいつもと全く変わらない。ほとんど動かない表情筋を、だけど少し緩ませている。普通の人ではない僕を、受け入れてくれたのだ。半分わかってたことだけど、僕だって未だ受け入れきれてないほどの過去をすんなり受け入れるなんて。

喜びのエネルギーを何かに変えたくてテッサイさんの持つ皿を代わりに運ぼうとしたら、後ろから手が伸びてきた。

「はいはい、今日の主役が働いちゃダメでしょ」

そのままお父さんがテーブルに置く。お父さん、いつもは箸より重いものなんて持てないとか言って全然手伝わないのに。そのままお母さんに肩を掴まれ、なすがままに座ってしまう。

「ダッセー、一人で座れもしないのかよ」

「気にしないでくださいね……。手伝わされてイライラしてるだけなので」

さらに台所からジュースを手にしたジン太とコップを持った雨がひょっこり出てきた。

みんな起きてたのか、僕を祝うために? 僕の本当の誕生日を知ったのは今朝だろうに。テッサイさんに起こされて寝ぼけ眼をこする二人を思い描く。

「あー! 笑ったなこの!」

「ジン太殿……!」

ジン太がテッサイさんにしばかれる。口が緩んでいたのがバレてしまった。今まで僕の誕生日は明日で、それで10年弱もやっていたのに。それなのになんで今日お祝いしてくれるんだろう。

「ほら、主役は笑って『ありがとう』っスよ」

「みんな……あ、ありがとう!」

 

あれから、昨日の隠しきれていなかったプレゼントをもらった。大きいから何かと思えば低めの本棚で、そういえばこの間本が入らなくなったと嘆いたことを思い出す。

しかし中身ではなく収納グッズかと少しがっかりした矢先、お母さんが持って来たのは10数冊の本だった。一ヶ月くらい前にあったアニメの原作だ。アニメ最終回よりあとの展開も載っていて、珍しく大はしゃぎした。

本棚は囮で、本命は小説だったらしい。せっかく演技までして驚いてあげようと思ったのに、素で驚いたし喜んでしまった。またこれでジン太あたりからいじられるのかと思うと憂鬱だが、『今日はすごく頑張ってた』と言う雨に免じて許してやろう。

 

ひとしきり騒いだあと、それぞれがやるべきことをするためにわかれる。ジン太と雨は掃除、テッサイさんは皿洗い。お母さんはいつのまにかいなくなっていた。僕も何かしようと自分の部屋に向かう途中、お父さんに呼ばれた。

「輝夜が頑張って秘密を教えてくれたので、アタシたちも秘密を教えます」

言える範囲でだけどね、とお父さんは緩く笑った。何度聞いても絶対教えてくれないだろうお父さんが、自発的に話をしてくれる。拾い子だということが判明する前から少し疎外感を感じていた僕にはとても嬉しいことだった。

どんな話をされるのか皆目見当もつかないが、たまにお父さんやお母さん、テッサイさんが暗い顔をして話しているところを見たことがある。もしかしたらそれを僕にも教えてくれるのかもしれない。そのときは、僕もみんなみたいに真摯に受け止めてみせよう。

今は持っていない狂犬が、よかったわねと笑った気がした。




輝夜はご飯派です。テッサイさんのご飯が美味しいので。でもたまにはパン派の朝ごはんも食べてみたいという欲張り心。
第九話は誕生日回でした。白蛇時代は狂犬にしか祝われなかったこともあって、例年より何倍もじーんときてしまったようです。
ジン太と雨は過去について知らされていませんが、輝夜が拾い子だということは知っていたので、『実は今日誕生日なんだって』と聞いても『そうなのか』くらいの反応でした。強い子たちだこと。


回を追うごとに後書きが長くなっている気がします。なので今回はこの程度で失礼しようかな。次は親の秘密を明かしてもらいます。秘密の多い家族だなあ。次回もよろしくお願いします。


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第十話:違う世界と罪の話

前回までのあらすじ
輝夜の本当の誕生日を祝った。



「来たか」

集合場所はお父さんの部屋。入ったことは数えるほどしかない。狂犬を握りしめながらもう片方の手で扉を開けると、お母さんが人間の姿で脚を組んでいた。奥の椅子にはお父さんも座っている。家の中でも被っていることの多い帽子を、いつもより目深に被っていた。

「あの、秘密って、」

「その前に、これを飲んでくれ」

「えっと、これは……血?」

「うむ、狂犬の話も聞きたいからの」

差し出されたのはコップ。中には暗い赤色の液体が半分ほど入っていた。この10年間で血を飲むのはおかしいという常識が確立されていたにも関わらず、僕はすんなりそれを手に取り口を当てた。

久しぶりに飲んだ血は、美味しかった。当時は味など関係なく義務として飲んでいたけど、10年も飲んでないと身体が欲しがるのか?

「狂犬サン、喋ってみてもらえます?」

「ええ。私が狂犬、初代血神『狂犬』よ」

聞こえるかしら、という問いに両親は頷いた。

 

どこから話しましょうか。そう言って切り出したのは、あの世に住む死神という存在の話。同じ神でも、死神は現世の平穏とバランスを守るための神らしく、虚という悪霊を倒すことが主な仕事だそうだ。

「アタシも夜一サンも、死神だったんです」

「テッサイさんも?」

「あやつも似たようなもんじゃ」

物語のなかの出来事としか思えないが、全て本当のことなのだろう。こういうところでふざける人ではないし、自分自身が作り物じみた過去を持っている。なにより、名前は知らなかったが悪霊のようなものを見たことが数回あったのだ。信じないわけにはいかない。

そこで、狂犬が初めて口を挟んだ。

「バランスをを守る、ね……。死神って黒い袴を着てたりするのかしら」

「はは……さすが狂犬サン。察しがいいっスね」

お父さんの話を先読みしたのか。あの意外と切れるお父さんの、しかも秘密の話を。まさに、さすが狂犬だ。……あれ、お父さんは狂犬と話したことがないはず。どうして『さすが』なんだ?

頭にハテナが浮かんでいたのが見えたのだろう、お父さんはその話はあとっスよ、と帽子を被り直した。狂犬もそれ以上追及するつもりはないようだから、大人しく聞くことに徹することにしよう。

「では気を取り直して、秘密のひとつ目。実はアタシたち、罪人なんです」

 

「100年ほど前のことじゃ。ある男の策略によって犯罪者に仕立て上げられ、儂らはあの世から追放された」

「放っておくと被害は確実に増えていく。それを防ぐために、100年経った今でも真犯人を捕まえる対策を練っています」

少し笑ってしまったのがバレていないだろうか。馬鹿にしているわけではない、似ているからだ。親子とも住む場所を追われていたなんて。顔も性格も似ていないくせに、変なところで似なくていいのに。

「ふうん。そんなこと教えて、私たちに何をさせたいの? 引きこもりの輝夜に戦闘員はお勧めしないわよ」

「せ、戦闘員? そんな物騒な……」

なぜかずっと機嫌の悪そうな狂犬が言う。たぶんお父さんと相性が悪いんだと思うけど、それは僕にもダメージが行くからね?

狂犬の言う通り、僕は引きこもりだ。幼稚園の頃はお絵かきばかりし、小学生になったら本を読みゲームをする。白蛇時代も部屋からほとんど出たことがなかったのもあって、おかげで今では立派な運動嫌いの運動音痴になってしまったのであった。

「大丈夫じゃ。輝夜にそんなことさせんでも儂らでなんとかする」

「物騒なのは否定しないんだ……」

「あっそ。輝夜に危ない真似させたらただじゃおかなかったけど、今のままでいいのね」

僕もそうだけど、両親にもあまり怪我するかもしれないことはしてほしくないんだけどなあ。でも100年の努力を無駄にもしてほしくない。

なら、狂犬が言うとおり僕にできることは今までと同じように普通に生活するしかないらしい。あとは、敵に見つからないように目立つことは避けるくらいならできそうだ。

「あと、できれば知らない人と話さないようにしてくれる?」

「は、話さないよ! 学校でも言われてるし」

「いつ輝夜に手を出すかわからないんだよ、手段なんか選ばないだろうから」

僕を子供扱いしてるのかと思ったが、真剣に言っているらしい。

知らない人とは話さない。学校で耳にタコができるほど聞く話だけど、今はお父さんの敵が僕を人質にするかもしれない。浦原商店のみんな以外の人たちは基本疑ってかかってもいいくらいだ。

僕が頷くと、お父さんは眉を下げて笑った。




お父さんは息子が心配なんです。ジン太も雨も戦闘能力を持っているけど、輝夜は同級生に比べても弱いので。
徒競走は常に下から二番目だし、重たいものは持てないし。頭は良いけど常識の範囲内です。回復能力だけはあるけど血をちゃんと摂取してないと満足に発揮されません。今回血を飲む前だと、たんこぶとか擦り傷とかは20秒で治るくらい。地味だ……。


とんでもない文字数になりそうだったので(当社比)、キリのいいところで切りました。結果なんと秘密ひとつ目で一話使ってしまうことに。お父さん、早くふたつ目も教えてくださいよ! とかいって狂犬がペースを乱している気もします。
ふたつ目のほうもほとんど書き終わっているので早めに投稿できそうです。次もよろしくお願いします。


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第十一話:実は私、

前回までのあらすじ
死神の存在と両親の過去を知った。



「さて、秘密ふたつ目です。──実は、過去に狂犬サンを見たことがあります」

え、と無意識のうちに口から音が出た。狂犬を見たことがある……? 死神は何百年と生きるのが常識で、お父さんも死神だ。狂犬も500歳をとうに超えていると聞くし、一回くらいは会ったことがあってもおかしくない、のか?

「……私は貴方に会ったことはないわ」

「そうでしょうね。アタシが一方的に知っているんスから」

「ああ、そういうこと。どおりで元の身体に戻れないわけだわ」

お父さんと狂犬が、僕にはわからない高次元の話をしている。同級生よりは大人びているつもりでいるが、まだ10歳になりたての僕が何百歳という二人の会話を理解しようなんておこがましいのかもしれない。

「ええ。でも本題に入る前に、昔話をしましょうか」

 

昔々あるところに、死神たちがおりました。いつものように現世に降りて虚を倒していたら、なにやら男が暴れているのを見つけます。

『何をしているんだ!』

『人を食ってるだけだ。俺たちにとってこれは食いもんだから当然だ』

『お前だって人だろう』

『何を言っている。俺は人じゃない』

男は自分をこう呼びました。

()()()、と。

バランスを重んじる死神は、上司に相談しました。これでは世界は吸血鬼に滅ぼされてしまう、と。吸血鬼と名乗る男はあまりに強かったのです。

出された結論は、吸血鬼を殲滅するというものでした。こうして、各地に散らばっている吸血鬼を探し出し、殺し、数十年後には目標は達成されたのでした。

 

「これが、700年前の話です。狂犬サンにも、心当たりはあるでしょう?」

「……どういうこと? 吸血鬼ってアニメに出てくるような人の血を吸う魔物でしょ。僕たち血神は似てるけど全然違うよ! だって、」

「いいわ、輝夜」

お父さんが何を言いたいのかわからない。僕が取り乱して問い詰めるのを、狂犬は一言で制した。突然吸血鬼の話をして、それを狂犬に振るなんて。まるで狂犬が吸血鬼だと言っているみたいじゃないか。

「みたい、じゃないのよ。私は紛れもなく純血の吸血鬼。……血神の一族は、本当は吸血鬼の末裔よ」

今まで騙してて、ごめんなさい。どんなときでも快活に笑っていた狂犬の、初めて聞く声。今までというのは、20年前に僕と出会ってからか。はたまた、血神教が始まったころからか。

どうして血神として生きたのかもわからない。何も知らない僕は、何を許せばいいのだろう。

現人神と吸血鬼で何が違うんだと思うかもしれないが、神と鬼だ。信仰してくれている人もいた。それを僕が裏切ってしまったのだ。

神を騙る鬼。なんて罰当たりなんだろう。

「狂犬サンをアタシが見たのは、あの世でのことです。アタシは技術開発局……研究室のようなところで働いていて、狂犬サンはその奥の奥に厳重に保管されていました」

狂犬がなぜあの世にいるんだ。ずっと宝刀として血神と共にいたはずなのに。本人の表情を読みたいのに、ちらと見ても血のように黒い鞘が光るだけだ。

「何百年も前のことだけど、私は死神に殺されたのよ。貴方みたいにね」

僕みたいに。執拗に切り刻まれて、ということだろうか。吸血鬼という種族が強すぎるから。

「正確には、殺されかけた。一命は取り留めたわ。だけど、目が覚めたときには身体はなかった。そのとき私が持っていた刀と同化していたのよ。……きっと、刀に血が染み込みすぎて、身体に戻れなかったのね」

「アタシは、『完全に死んだと判断し身体を回収したが、何故か腐らずそのままの状態を保っている』と聞いています。そして、現世で狂犬サンの血が生命活動を続けていたために身体もそれに応えようとしていたのではないか、というのがアタシの見解っス」

常識をまるっきり無視したとんでもない話が展開されて、僕は追いつくのがやっとだ。

ええとつまり、狂犬は昔吸血鬼だからという理由で死神に殺されかけたけど、精神は刀に移ってしまってその隙に身体をあの世に持っていかれ、戻れなくなった、ということか?

「それじゃ、お父さんは狂犬の本当の見た目を知っているってこと……?」

「……うん」

「どんなのだった? 僕、見たことがなくて」

これは、狂犬が昔は刀ではなかったと聞いたときから気になっていたことだった。何回聞いても『さあ。覚えてないわ』の一言ではぐらかされ、次にはもう晩ごはんの話にすり替わっていたのだ。

「似てたよ。輝夜にそっくりだった。……成長すればするほど、もしかすると血縁関係にあるんじゃないかと思うくらいに」

ただ見た目を答えるだけというのに、お父さんはあまりにも辛そうに目を細めた。しばらく口を開いていないお母さんも眉間に皺が寄っている。

「一つ聞いていいかしら。貴方たちが輝夜を拾ったのは、吸血鬼の血が入っていたとわかり次第殺すため?」

「違う! 最初は、刀を握りしめて眠る赤ん坊に興味を惹かれただけじゃった。特殊な霊圧を放っているとわかったのは家に連れて帰ってからじゃ」

こんなことになるとわかっていたら、僕のことは拾わなかったのだろうか。吸血鬼だと知っていたら、その場で斬り伏せていたのだろうか。二人の苦虫を噛み潰したような顔を見て、思ってしまった。

この10年で受けた愛情は本物だと思っていた。しかし、みんなは吸血鬼の力に怯えながら接していたのかもしれない。そんな疑念に支配される。あり得ない、そんなわけないのに。

僕の表情から何を考えているかわかったのか、お父さんが震えた声で言う。

「ボクは、君が何者でも君のお父さんだよ。大好きだ。じゃないと10年も一緒に生活なんてできないよ……」

「お父さん……本当、だよね? 僕は、お父さんの子供でいいんだよね……?」

「もちろん。君は浦原輝夜で、ボクと夜一サンのただ一人の息子だよ……」

優しく抱きしめられる。いつもはあんなに力いっぱいなのに。いつもはあんなに顔を埋めた羽織がじわじわ濡れていって、泣いていることを知る。

「……私の可愛い輝夜を傷つけたらただじゃおかないわよ。今日まで隠しごとがあったことも、許してないんだから」

「当たり前じゃ。我が子を護るのが親の役目じゃからの」




読者の皆様にいつツッコまれるかひやひやしてました。血を飲んで回復能力があって変身できる個体がいて、いやそれって吸血鬼だろ! そうです!


構想を練る段階で、思いつく主人公は性格はバラバラながらみんな吸血鬼だったので、厨二病と呼ばれるのを覚悟で吸血鬼にしました。
どうしたら人間と吸血鬼が関われるかな。あ、その血を活かしてギブアンドテイクの関係ならいけるのでは。でもそれってうっかり信仰されちゃわない? じゃあいっそ宗教を立ち上げてしまおう。→血神教の誕生、という流れでした。それがとてもしっくりきてこの物語を受信したのがこれを書き始めた理由です。

文章力が足りず表現しきれないことはたくさんあるのですが、輝夜の10歳の誕生日の物語はここで一旦終わりにしようと思います。ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
かといってこの連載が終わるというわけではなく、今後も本編または番外編という形で大人たちとわいわいする話を書こうと思っております。これからもよろしくお願いします。


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第十二話:ご飯に勝るものはなし

前回までのあらすじ
輝夜は吸血鬼の末裔だった。



「おー、よお来たな輝夜!」

「ひよ里さん! おはよ」

鞄を持って目的地のあたりを歩いていたら、いつもの赤ジャージを翻したひよ里さんに声をかけられた。財布を手にしているから、これから買い出しなのだろう。

「ハゲ真子、輝夜来たで! とっとと案内せえ!」

「おう! ってハゲちゃうわ!」

何もない空間から返事が返ってきた。真子さんのものだ。ドタドタと足音まで聞こえて、急がせて申し訳なく思ってしまう。

ひよ里さんは呼びつけるだけ呼びつけておいて、全く気にせずにどこかへ行ってしまったけど。

 

「ハイハイハイ〜っと、こないだぶりやな」

「うん。お邪魔します」

こっちや、と手を引かれて建物内に入る。結界のようなものが張られているらしく、入るにはこうするしかないそうだ。

「おー、輝夜ちゃんじゃねえか」

「『輝夜ちゃん』はやめてっていつも言ってるでしょ!」

「なんや、今日来るんやったんか。菓子あったっけ」

「あるよー、ここに酢昆布が!」

「酢昆布は小学生にやる菓子じゃねえよ」

僕が来たとわかると途端に騒がしくなる。頭を撫でてきたりお菓子を渡そうとしてきたり、親戚のおじさんおばさんみたいだ。親戚はいないから漫画の知識だけど。

お父さんといいここの人たちといい、周りの大人は頭を撫でるのが好きな人が多すぎる。子供扱いしないでほしいが、こう思っている時点で子供なのだろう。

「そういや聞いたで? 輝夜、前はカミサマやっとったらしいやんか」

「あたしも聞いたわ。血神やったっけ? 立場利用して民にあんなことやそんなことをしてたんやろ」

「してないよ!! なんでそうなるの!」

冗談や冗談。真顔で冗談言いなや、わかりづらいんやお前のボケは!

真子さんの話題に乗っかるようにしてリサさんが口を挟んで、本来話題の主役である僕そっちのけで話が進んでいく。

なんでその話を知ってるんだ。あの日から一週間しか経ってないぞ。どこから漏れたか考えて、あの胡散臭い帽子が過ぎった。僕になんの相談もなく教えるなんてまったくあの人は……!

でも、お父さんがわざわざこの人たちに教えたということは、この人たちは味方だということ。今まで仲の良かった人を疑うのは辛いから、そう考えるとありがたいとも言える。

……それでも勝手に話すのはあり得ないけど。

「私の輝夜を困らせないでくれるかしら?」

「うおっこれが狂犬かいな……」

僕の鞄から覗く扇子を見て真子さんが後ずさる。

あのあと、どうしても狂犬を持ち歩きたいけど刀を持ち歩くのは……と言ったらお父さんが扇子状にしてくれたのだ。どうやったのかはわからないが、狂犬が狂犬たらしめるのは刀と鞘をコーティングするように固まった血なので、それを扇子の形にするだけで良かったらしい。全部お父さんの言っていたことで、理解できないのが悔しい。

刀自体が元々脆く、網目状のひびの隙間にびっしり血が行き届いていたと言っていたから、『だけで良かった』という言葉とは裏腹にかなり難しかったのではないかとは思う。

何はともあれ、狂犬が持ち運びに適した大きさと形になって、僕は嬉しくてどこにでも持ち出すようになったのだった。

真子さんがビビりつつも狂犬に話しかけては辛辣に返されて撃沈しているのを眺めていると、いつのまにか奥の部屋に行っていた拳西さんが顔を出して言った。

「輝夜、昼メシできるけど食うか?」

「食べる!」

昼ごはんは家で食べたが、拳西さんのご飯も美味しいから仕方ない。育ち盛りの食べ盛りなのだ。




仮面の軍勢もたまに来る可愛い子供にはよしよししたくなっちゃうんです。構い倒す平子さん。とにかく食べさせようとする拳西さん。ダル絡みするラブさん。親戚のおじさん詰め合わせみたいな人たちですね。


本編のシリアスも終わり、書くのが楽しいギャグを書きました。楽しかった!
この小説は、八割大人に親戚のおじさんムーブさせるために書いています。この回が一番『神と呼ばれた少年は〜』を物語っているまである。
次回まで仮面の皆さんにわらわらされるのでお楽しみに。もう書き終わっているのですぐに投稿しちゃいますが。ではよろしくお願いします。


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第十三話:親の心を知る※実の子ではありません

前回までのあらすじ
仮面の軍勢と仲良く昼ごはんを食べた。


「今日は何するんだ? 輝夜ちゃん」

「だから輝夜ちゃんは……もういいや。今日は宿題やりに来た」

腹ごしらえも終わってのんびりしていたら、ラブさんが隣に腰掛けてきた。基本いい人だけど、僕を名前でいじってくるしゲームを勝手にやるからちょっと構えてしまう。

僕がここに来るのは、大抵浦原商店から大人がいなくなるときだ。お父さんとお母さんがいないのはよくあるが、テッサイさんまでいないことはほとんどない。外出しなければならない仕事はできる限り平日に済ませているらしいのだ。二人も見習ってほしい。

しかし今日はどうしても家を空けてしまうため、真子さんたちのところへ来たというわけだった。

ここに来てやることはバラバラだ。ゲームをやったり本を読んだり、今日みたいに宿題をしたり。そしていつも全く捗らない。ひよ里さんになんやそれと言われ、リサさんにからかわれ、ラブさんに奪われ、白さんに突撃され、真子さんに笑われる。

ハッチさんとローズさん、拳西さんは僕の邪魔をしない良い人枠だ。ローズさんはうるさいけど。

 

「なんや輝夜、まだおったんかいな」

「おかえり。お邪魔してまーす」

例によって全然宿題が進まず半ば諦めムードになっていると、ひよ里さんが帰ってきた。大きめのエコバッグを提げているから、やはり買い出しか何かだったのだろう。

「あ、あれ買うたからやるわ。苺大福」

「いいの?」

「あのハゲのやつやから輝夜は気にせんでええねん」

「よおないわ! あとハゲてへんわ!」

うわ、これは掴み合いの喧嘩になるやつ……! と思ったそのとき、真子さんが『まあ輝夜にやるならええわ』と言った。ひよ里さんもフンと鼻を鳴らして袋に大福を入れて僕に手渡す。嬉しいけど他のみんなはこれにお菓子を詰めるのやめてくれる?

「ねえ、なんでいつも優しくしてくれるの? 毎回なんか貰ってる気がするんだけど」

「それはな、ここにいるみーんな輝夜のことを可愛がっとるからや。親心っちゅーか、兄心っちゅーか……」

みんな、僕のことを息子だか弟だかだと思っている、ということか? ピンとこないな。兄弟みたいな存在はいるが、ジン太と雨にいつも何かあげようと思っているわけではない。特にジン太。

わずかに顔を赤くして答えた真子さんは、自分の頭をガシガシかいてそっぽを向いた。それから、ひよ里さんを見て口を開く。

「まあ、ひよ里は中身見たら輝夜の方がにーちゃんっぽいけどなグホァ!」

自分の発言に照れたのか、ひよ里さんをいじって自滅した。何してるんだか……。

「真子はああやけど、さっきの発言は大体本当」

「リサさん!」

「向こうにいたときはまだ子供と触れ合う機会もあったけど、現世に来てからは交流そのものをほとんど絶っとるから。あんたが来るってだけでみんないつもの1.5倍うるさくなる」

リサさんはうざいったらありゃしないといったふうにため息をついて腕を組んだ。しかしその表情は、あまり喜怒哀楽を顔に出さない彼女にしては非常に珍しい、穏やかな笑顔だった。

初めて見る顔に惚けていると、それに気づいたリサさんがまたいつもの無表情に戻る。

「ほらほら、もう暗くなるころやし帰り」

「そうだね、今日はもう帰ろうかな」

「お! 帰るんか。また来いや」

「じゃーねー!」

何人かに見送られて建物を出る。きっとみんなもお父さんやお母さんと同じように、騙されて裏切られてここまで来たんだろう。それでも明るくて楽しくて、すごい人たちだ。

「……ん?」

貰った袋から、お菓子以外の何かが見えた気がした。うっかり別のものも持って帰っちゃったかと思って慌てて袋を漁ると。

「エロ本……」

前言撤回。

あの人たちは変な人たちである。




実は仮面の皆さんの中で一番いいおじさんしてるのはひよ里さんです。変に構わずお菓子をあげたり頑張りやって言ったり。代わりに真子さん他が酷い目にあいます。何輝夜に絡んどんじゃ! って蹴られることも少なくないです。自分より小さい人が周りにいませんからね。そりゃ可愛がりますよ。輝夜が128センチひよ里さんが133センチで5センチ差しかないですが。
これは余談ですが、仮面の皆さんは輝夜を娘だと思っている節があります。息子ではなく。単純に可愛いし、生意気だけどやんちゃなクソガキではないし、インドアで大人しいし、あとは普通に可愛いからです。仕方ないね。


見やすいように番外編は別の章にしてみたのですが、どうでしょうか。しょうだけに。は?
仮面の皆さんを書くとき、似非関西弁が違和感ないか何度も首を傾げながら書いています。特にリサさん、愛知と関西の方言とか難しすぎる。
おかしかったら誤字報告とかで教えてください。お願いします。


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第二章 物語の裏で彼は何を思う
第十四話:脳内リサさんの言うことは大抵嘘


前回までのあらすじ
仮面の皆さんと遊んだ。
五年生になった。



僕の10歳の誕生日にあったあれこれから数ヶ月。季節は回って春になった。

小学五年生になってクラス替えもあったが、一番仲が良いといえる黒崎姉妹とまた同じクラスになれたのは嬉しい。知らない人ばかりだと○人組になれと言われたときに困るのだ。

ともかく。僕は特に問題もなく、五年生最初の一ヶ月を過ごしたのだった。

 

最近、お父さんが怪しい。

目つきや服装はいつも怪しいのだが、そうではなくて。

僕は、お父さんが駄菓子屋の店番をちゃんとしているところを見たことがない。なのに最近、誰かが店に来るたびにすっ飛んで応対するのだ。しかも、三日に一回来るか来ないかの客が、最近は二日に一回程度に増えている。

今日も、お客さんが来たとテッサイさんに呼ばれる前に、お父さんは立ち上がって店へと向かっていった。

誰も言及しないところを見ると、お父さんたちを陥れたという男の件を進めているのだとは思うが。しかし脳内リサさんが何度も『愛人やろそれは。ああいうタイプは巨乳に飽きて貧乳や男に走るんよ。あたしにはわかる』とほざく。脳内リサさん……。

そんなわけないとは思いながらも不安に思った僕は、一向に帰ってこないお父さんを見に行った。

 

「おい浦原。これはいくらだ」

「つうか、こんな駄菓子屋の店先で話してていいのかよ」

「だぁいじょうぶですって! 全く二人とも心配性なんスから〜」

そこには、貧乳と男がいた。

う、嘘だ……。そもそもお母さんとお父さんは結婚どころか付き合ってすらないけど、だからって貧乳や男が好きとは聞いたことがない。僕がリサさんから押し付けられたエロ本をあげたときも、胸の大きい人が表紙のほうが嬉しそうにしていた。表情はずっと焦ったような困ったようなものだったが、僕の目は誤魔化せない。つい先日もそうだったから、きっと性的嗜好は変わっていないはずだ。

「なあ、そこの。何してんだ」

じっと見て考えていたら、男の方が声をかけてきた。男は、景気の良い明るいオレンジ色の髪の毛をしている。他に特筆すべきは目つきの悪さだろうか。他は普通の高校生らしい。制服を着ているから、少なくとも学生なのは間違いないだろう。

じゃあお父さんは高校生に手を……? 

『そりゃあ高校生に手くらい出すで。100年以上生きてたら高校生の一人や二人、小学生の三人や四人普通や』

脳内リサさんがまた何か言っているが、さっきのこともありうっかり信じてしまいそうだ。いやいや輝夜、お父さんをよく見ろ。そんなことしそうに見えるか? ……見えるから困るのだ。

 

「おい、大丈夫か?」

「うわあ!」

気づいたらオレンジ頭が目の前にいた。驚いて飛び上がった僕を見て、奥にいるお父さんが笑っている。殴りたいのを我慢して、正面の男に向き直った。

「……あの、そこにいる人とはどのようなご関係ですか」

「ブッ」

つい頭が真っ白になってしまい、思っていることそのまま口から出た。吹き出したお父さんはあとで絶対殴る。ジン太が。

「は? いや、普通の客だけど」

あーでも、普通ではないっつーか……。

うまい言い方が思いつかないのか、そう言いながらその派手な頭をガシガシ掻いた。普通ではない。普通ではない……? やっぱりそれって、と思ったとき、ひとしきり笑い終えたお父さんがこっちに来た。

「この人は対死神のほうのお客さんだよ」

扇子で隠しているが、まだ目は笑っている。よく見たらうっすら涙の膜まで張られていて、どれだけ笑ったのかが窺えた。

「俺は黒崎一護。よろしくな」

くろさきいちご。聞き覚えがあるがどこで聞いたのか。身近な女の子が言っていたような……。雨じゃなくて、遊子、夏梨……?

「あーー! 『いちにい』さんだ!!」

「な、なんだ? その足したら6になりそうな名前は……」

思い出した。黒崎姉妹のお兄さんとしてたびたび話に挙がる人だ。目つきが悪くて、オレンジ頭で、よく喧嘩を売られやすい。見た目も聞いた通りで、逆になぜ気づかなかったのかと思うくらいである。

「で、お前はなんなんだ」

「僕は浦原輝夜って言います。遊子と夏梨とはクラスメイトで」

「浦原……って、もしかして」

『いちにい』さんは、元々しわの多い眉間をさらにひそめて横を見る。

「そうなんスよ〜! 実はこの子、アタシの自慢のむす」

「他人です」

即答した。




脳内リサさんとは:輝夜の脳内にある矢胴丸リサの情報に基づいて、本人が言いそうなことを予測したときに生み出された存在。本人との同一度は不明。
勘違い回です。本当はお父さんの敵かもしれないから慎重に接しようとする輝夜を書きたかったのですが……。どうしてこうなった。
うっかり『お父さん、やっぱり貧乳と男捕まえて愛人にしてる!!』って叫ばなくてよかったですね。お前自分の子供に何見せてんだって怒られちゃうので。

原作突入しました。大体こういう、お父さん何かやってんな〜という目線で進みます。というか進みません。お母さん一週間も帰ってきてないなとちょっと寂しくなるだけで、普通に黒崎姉妹と遊んだり仮面の皆さんと遊んだりすると思います。何にも考えていないので予定変更するかもしれません。とにかく、次回もよろしくお願いします。


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第十五話:おいしいご飯には勝てなかったよ……

前回までのあらすじ
黒崎一護に会った。



突然だが、今日は黒崎家にお邪魔している。

そこの娘さんたち──黒崎遊子と黒崎夏梨から誘っていただいたのだ。

僕が普段ゲームばかりしているのを知って、『ゲームならうちにもあるから来なよ』『一緒に遊ぼう』と。友達のいない僕にはストレートな言葉は刺激が強すぎて、とっさにオーケーしてしまった。

しかし、彼女たちとは友達ではない。よく言っても『そこそこ仲良しのクラスメイト』だろう。そんな僕が黒崎家に足を踏み入れていいのか。

『面倒臭いわね、とっとと行きなさいよ』

そうして断るかどうか悩んでいたら狂犬に喝を入れられて、結局思い切って行くことにした、というわけだ。ちなみに狂犬はお休み。定期的にお父さんやお母さん、テッサイさんに血をもらっている今、一般ピープルそうな双子の前でうっかり扇子が喋ると大事件になるからだ。

単身乗り込んだゆえの緊張で胃が痛い。目の前には美味しそうなハンバーグやコーンスープが並んでいるというのに。

「どうしたの? ご飯食べたくない?」

「あ、いや……他人の家でご飯食べるの初めてで」

「具合悪いなら言いなよ」

頷いて箸を進める。小学五年生にしてこのクオリティとは……。将来はテッサイさんと並んで凄腕の料理人になるだろう。テッサイさんはそもそも料理人ではないが。

「どうだ! 美味いだろう遊子の飯は」

全身で暑苦しいを表現したような二人のお父さんがこちらを見るが、僕の口にはご飯が詰まっていて頷くしかできなかった。それでも意図は伝わったのか、満足気に首を何回も縦に振った。

 

「そういえば、この前『いちにい』さんに会ったよ」

「『いちにい』さんって、お兄ちゃん?」

「うん」

所々はぼかして、駄菓子屋にクラスメイトっぽい人と来てたのを見たんだと言ったら、たいそう意外だったのか二人とものけぞって驚いた。二人のお父さんに至っては椅子から転げ落ちてしまって、強打した脇腹を庇って倒れている。

「大丈夫ですか!? ええと……遊子と夏梨のお父さん」

「一護のお父さんでもあるけどな……っと」

一心でいいよ、と起き上がりながら言われる。ありがたい。呼び方を決めあぐねていたのだ。おじさんと呼ぶにはあまりにもおじさんすぎて傷つくかもしれないし。

「そんなことよりも! お、お兄ちゃんが駄菓子屋に……!?」

「そ、そんなこと……?」

「そうだよ! 一兄が駄菓子屋なんて行ったらまた喧嘩売られるのにわざわざ行くわけない!」

一応、クラスメイトといたみたいだからとフォローしておく。

しかし、駄菓子屋に行っただけで家族にここまで言わせる黒崎一護、いったい何者なんだ。喧嘩を売られるって……。いや、喧嘩を売られるなんてヤンキー漫画だけだと思っていたけど、高校では普通なのかもしれない。それはそれで嫌だから、『いちにい』さんが特殊だと信じよう。

「ただいまー」

「おかえり!」

「一兄だ!」

先日聞いた声に、双子が同時に席を立つ。兄弟仲が良くてなによりだ。実は二人の一心さんに対する扱いを見て少し心配していたから、大丈夫そうで密かに胸を撫で下ろした。

「あ、こないだの」

「お、お邪魔してます……」

冷静に分析していたが、僕は人見知り。ほとんど初対面の人と満足に会話もできない。前回は勢いで喋れてしまったが、今は他人の家にいるという緊張も相まって全然舌が回らなくなった。

向こうも年下の対応に困っているのか頭を掻いている。妹と同じ年齢なんだから気軽に話してよ、お兄ちゃんなんだろ。

「輝夜っつったっけ。まあゆっくりしてけよ」

彼はそれだけ言って二階へ上がった。信じられない、この気まずい空気をそのままにして逃げるなんて。……もちろんこれは被害妄想で、相手の対応は特に問題ないのだが。

「もう、お兄ちゃんは愛想ないんだから!」

遊子が可愛らしく怒る。しかし後ろでは一心さんが悪い笑みを浮かべていて、なんだか背筋がぞくっとした。

「なあ、輝夜ちゃん」

「はい? あ、いや、ちゃん付けはちょっと……」

「一護にこれ届けてきてくんねえか?」

これ、と振った手にあったのは、手紙。真ん中にハートのシールが貼ってある。見た目は古き良きラブレターだ。

「なんですか、それ」

「俺が書いたラブレターだ! これをあいつに渡してやってくれ」

「は、なんで……?」

「ドギマギしてる息子をからかうため!」

暑苦しい顔で爽やかに歯を見せる一心さんに、変な帽子を被った父親の姿が重なって見えた。




輝夜くんは人見知りです。昔から仲の良い大人たちに囲まれて生活してしまったゆえの弊害ですね。だから遊子や夏梨といった同級生と仲良くなったという話を聞いた浦原さんは飛んで喜びました。夜一さんは放任主義なので『良かったな』で終わりましたが。


春休みも終わりに近づき、新入生用に部活のビラを配ったり、健康診断したり、履修登録したりで忙しくなりそうです。なので地味に続いていた毎日投稿は今日で最後になるかもしれません。お待ちいただいている方々すみません。でもゆるくやっていきますので、これからもよろしくお願いします。

前回の後日談的落書き描きました↓
【挿絵表示】


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第十六話:ぬいぐるみ趣味?

前回までのあらすじ
黒崎家に行って一心さんからラブレターをもらった。



「……黒崎一護、さん。今大丈夫ですか」

「え? ああ」

ノックを三回して、呼びかける。扉の向こうから返事があるのを確認してからノブに手をかけた。

「何か用か?」

「あ、えっと……これを、一心さんから」

しかたないから言われた通りラブレターもどきを渡す。しかし、ドギマギする様子はない。それどころか、苦い顔だ。

「悪いな、馬鹿親父のイタズラに巻き込んで」

大きく息を吐いて言われた言葉で得心いった。普通にバレていたのか。なんでも、すでに五回は同じ手口をしているらしい。流石に手口くらいは変えろよ。

そこで、ふと視界にオレンジが入った。もちろん黒崎一護ではない。

「……ぬいぐるみ?」

「あ」

彼は、目にも留まらぬ速さでぬいぐるみを引き出しにしまった。引き出しを戻すときに聞こえた断末魔のような声は、聞き違いだろうか。

「何すんだ一護ーー!!」

「喋んじゃねえ馬鹿!」

……気のせいではなかったようだ。

 

「俺はコンっつーんだ。よろしくな」

ライオンらしきぬいぐるみが、机の上に仁王立ちしている。可愛いけど偉そうだ。

「僕は浦原輝夜。浦原商店って知ってる? あそこに住んでるんだけど」

「俺もそこに──ってか、さては取り返しにきたのか!?」

僕が浦原商店と言うと、コンは目に見えて動揺しだした。俺もそこに、ということは同じところで寝起きしていた?

しかし、動くぬいぐるみを見た記憶はない。知らないものを取り返しにくるわけもなく、僕はよくわからず頭にはてなを浮かべるしかできなかった。

「あー、話せば長いんだけどよ」

見かねた一護さん(と呼ばせてもらうことになった)が説明してくれる。

コンはもともと違法に作られた魂魄で、廃棄寸前だったこと。一護さんたちが浦原商店で買って保護していること。適当にぬいぐるみに魂を突っ込んだら動いたからそのままにしていること。

事前に死神や吸血鬼といった非現実的な存在を知らなかったらふざけんなと言いそうな話だ。一文一文が意味不明すぎる。しかしこの世界はなんでもありだと知っている僕は、とりあえず信じることにした。実際ぬいぐるみが動いているわけだし。そして僕も喋る扇子を持っているのだから、信じないわけにもいくまい。

「えっと、別に廃棄するつもりはないから、安心して」

「……おう」

なんだよ、びびって損したわ。そう言ってコンは床に大の字になった。初対面の人の前で腹を晒せるとはなんとも肝が強い。人見知りの僕には真似できないな。絶対しないけど。




一護さん、153……。一護さんは口なじみが良くない気がしたので、最初は一護くんって呼ばせようと思ってました。他の案はお兄さんとか『いちにい』さんとか、色々考えて結局一護さんに。お兄さんは新垣あやせみが強いので却下。
ちゃんと一護はコンの出自をぼかしています。死神になるときは身体をコンに預けてることとか雨が間違えて売ったこととか。


毎日投稿できなくなると言った次の日に朝から投稿するし、次回の予告をしたら次の次の回になるし、嘘ばっかりじゃないですか! すみません。しかも次は何も決まってないので嘘予告すらできません。いろいろやりたい話はあるのですが……。とにかく頑張ります。


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第十七話:犬も怖けりゃ母も怖い

前回までのあらすじ
一護とコンと仲良くなった?



「わん!」

「あー、もう! くっつかないでよ!」

「わんわん!」

「だーかーらー!」

生ぬるい湿った舌が顔を這う。背中には一匹、足元には二匹、そして胸にも一匹。小型ではあるが、犬が二匹も身体にひっついていると重くてしょうがない。あと怖い。

足も動かせず、落とすわけにもいかず、しかたなくお母さんに助けを求めた。

「だっはっは、大人気じゃのう」

……これだからお母さんと一緒に出かけたくないんだ。

今僕がどこにいるかというと、普通に道路だ。具体的に言うと、ペットショップへの道中の、特筆すべき点のないただの歩道だ。強いて言うなら、この辺りにしては若干歩道が広くすれ違いやすいくらいか。

それなのになぜ、僕がすでにペットショップ並みの数の犬に群がられているのか。それは、僕の体質のせいだ。そしてそれをなんとかするために、僕は今こうして犬に囲まれていたのだった。

 

昔から、犬に好かれやすかった。大型犬に襲われて大泣きし、お父さんに剥がしてもらったこともある。おかげで今でも大型犬は大の苦手だ。

それが、最近になって酷くなったような気がするのだ。気がする、なんて軽いもんじゃない。鳥も猫も虫も関係なく近寄ってくる。

そして先日、なんで突然犬以外も集まってくるのかと烏にたかられながら思ったとき、狂犬が言った。

「ああ、それは赤目が原因ね。また血を飲むようになって力が戻ったみたい。今まで以上に動物も人間も惹きつけるのは当たり前よ」

あっさり、なんでもないふうに。狂犬にはこの目に浮かぶ涙が見えていないらしかった。

とにかく、原因がわかれば当然治す方向へ話が進む。僕だって動物に纏わりつかれるのはこりごりだ。治せるものなら治したい。

隠しきれず口の端を上げながら『どうしたら』と狂犬に聞いた。

わからないと言われた。

それきり、なんの反応もなくなった。ふざけんな純血の吸血鬼なら解決策知ってるだろとまくし立てても、酷いよ僕のこと大事に思ってないんだねと泣いてみても。狂犬は都合が悪くなると黙るのだ。わからないのは能力を当たり前に制御できていたからだろうけど、小学生の子孫の前で小学生みたいなことをしないでほしい。

そして、結局暇そうにしていたお母さんに助けを求めたら『能力を使わんようにするには、逆に使ってみたらどうじゃ』とそれらしい解決策を出され、僕は嫌々ながらも外に繰り出したのだった。

目指すはペットショップ。ふれあいコーナーで犬に目を合わせて命令し、従わせるという練習をするために。

 

「す、すみません! いつもは言うこと聞いてくれるんですけど……」

「大丈夫、です……犬に好かれる体質らしくて」

犬たちの飼い主のお姉さんに笑いかけようとしたが、無理な体勢をとっていたのもあって乾いた笑いにしかならなかった。それを見て、ようやくお母さんが助けに来てくれる。まったく、これからペットショップに行くっていうのに今ふれあっててどうするんだ。

「これじゃキリがないのう。こうなれば強硬手段じゃ、捕まっておれ」

僕に乗っている犬を降ろしては別の犬が乗るのを繰り返してストレスが溜まったのか、お母さんは大きく息を吐いて僕を抱える。お母さんに抱えられるのなんて何年ぶりだ。じゃなくて、え? もしかして、話に聞く瞬歩ってやつをするつもりじゃ。

親にお姫様抱っこされる恥ずかしさを感じる暇もなく、首に手を回した。その瞬間、とてつもないGを感じる。目なんか開けられない。こんなことをいつもやってるのか!?

そういえば、さっきの人からは僕たちが消えたように見えたのかもしれない。大丈夫なのだろうか。

現実逃避にも似た考えが過ぎったところで、やっと顔にばしばし当たっていた風が止む。

「到着じゃ」

整った顔でニッと笑うお母さんに、怒る気も失せた。




輝夜は犬が苦手です。道端で散歩中の犬にびびってガン見してしまい、飛びかかられる。それが日常ですから、そりゃ苦手になります。猫はそんなに苦手意識ないんですけどね。お母さんの基本スタイルが猫だし、猫はあまり目を見ないから能力が効かないのもあります。
白蛇時代は初対面の大人にも効くのに幼少期の輝夜は同世代と犬にしか効かなかったのは、飲んだ血の量が関係しています。月に何度も飲んでいたころと年単位で飲まなかったころの違い的な。


一護が死神代行になってからルキアが連れていかれるまでって2ヶ月もあったんですね。イメージより長くて驚きました。この間に赤目の暴走とかを解決していきたいな。
次はいつになるかわかりませんが、よろしくお願いします。


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第十八話:「ぐっと尻に力入れて」と悩んだby狂犬

前回までのあらすじ
ペットショップに瞬歩で行った。



お母さんに降ろしてもらい正面を見ると、ペットショップが目の前にあった。瞬歩、恐るまじ。

何もなかったように前を行くお母さんを慌てて追って入店する。買う気もないのにふれあいコーナーだけ行くのは失礼じゃないかと思ったが、お母さんは大丈夫の一点張りだった。儂に良い案があるとは言うけど、お母さんの『良い案』は経験上行き当たりばったりの悪い案であることが多い。本当に大丈夫なのだろうか。一発で出禁になってしまった、なんてことにならなければいいが。

「で、良い案ってなんなの」

「いいから見ておれ」

「いらっしゃいませ〜! どんな子をお探しですかぁ?」

接客業のプロが甘ったるく語尾を伸ばして話しかけてきた。反射的に挨拶しようとする僕をお母さんが手だけで止める。

「こんにちは。犬を飼いたいのですがこの子は動物と遊ぶのが怖いみたいで……。ふれあいコーナーで練習させてもらっても良いですか?」

「は、はい! もちろんです!」

誰だこの人は。気品があってお淑やかで、穏やかな笑みを浮かべている。野性味あふれる顔立ちも、こうして見れば落ち着いた美しさを感じさせた。

さっきまで『服なんか着てなんの得があるんじゃ……。窮屈でしかたないわ、儂は脱ぐぞ!』って言って暴れていたとは思えない。もちろん必死に止めたおかげで、今はちゃんと上下ともに外に出られる服装になっている。

言い訳も完璧だ。ふれあいだけさせてもらうが、犬を飼う予定ではある。僕はたしかに犬と接するのが苦手だし、実際にふれあっているところを見られても問題ない。

しかし、いつこんな振る舞いを覚えたのか。僕の知る10年と少しの間、一度もこんなお母さんを見たことはない。

「儂も昔はお姫様だったんじゃよ」

お母さんは、言い訳は喜助に考えてもらったがの、と豪快に笑った。どこぞの令嬢かと見間違えるようなさっきの笑顔は見る影もない。長い付き合いらしいお父さんからは、昔からこんなのだったって聞いてるんだけど。嘘をついたとも思えないから、お父さんをも欺いたというのか。

「どうぞ、こちらです」

案内された柵の中では、可愛らしい子犬が駆け回っていた。数は五匹程度。内側に入るとみんながこちらを見る。目が合ったそばからこちらに来てのしかかられた。さっきの二の舞だ。

「……降りて!」

しかしさっきのように一方的にやられるわけにもいかない。すでに脚の半分地点にいる犬に目を合わせて命令する。どうだ、身体が勝手に動くだろう。

「わふ?」

効かなかった。

他の犬でも試したし、違う言い方もしてみたが、どうしても言うことを聞いてくれない。重しのせいで僕の身体はほとんど横になっている。例えるなら、子猫に乳を飲ませている母猫のような姿勢だ。このままでは子犬すら恐怖の対象になってしまいかねない。

「狂犬、なんかアドバイスないの……」

潰れかけた声で必死に助けを求める。するとようやく狂犬が言葉を発した。

「そんなぬるい言い方じゃ相手を従わせられないわよ。こっちのほうが上位の存在だってわからせないと」

具体的なアドバイスが出てきちゃうのかよ!

 

「伏せ」

「わん」

僕の言葉に素直に犬が身体を伏せる。他の犬にもいろんな命令をし、全てが成功した。

「で、できた〜〜!」

「万事解決じゃな」

狂犬のアドバイスをもとにやってみるとコツが掴めたようで、能力をきちんと使えるようになった。もう少し慣れたら能力を完全に使わないことも可能だろう。

軽く拍手してくれたお母さんに、ありがとうと素直な感謝を口にする。すると、お母さんは一瞬真面目な顔をして、ふざけたことを言った。

「犬にできるということは、儂にもできるんじゃろうか」

「……お母さんより僕が上位だと思わなきゃいけないんだけど?」

何を言い出すのかと思えば。もしできたとしても、自分の母親が命令に従うのは心理的に嫌だ。

「いいじゃない。やってみたら? 吸血鬼としては弱いようだけど、どの程度か知っておかないと」

「そうじゃそうじゃ! 試しにやってみろ」

「はあ……。わかったよ」

騒がしい二人に押し負けて頷いてしまう。雰囲気は違うけど、この二人は結構似ているところが多いのだと実感した。こんなことで実感したくはなかったが。

一呼吸置いて、心を落ち着かせる。相手は格下、相手は格下。じゃあ行くよと言って息を吸った。

「座れ」

「……え?」

果たして。お母さんは力が抜けたように座った。うそ、どうして。お母さんは強くて一生かけても勝てないと思っているのに。お母さんも理解が追いついていないようだった。

「あら、やっぱり輝夜の魅了の能力は弱いみたいね。死神を座らせる程度なんて」

僕たちが何も喋れないところに一人、狂犬だけがうんうんと納得したように呟いた。




吸血鬼には、人の血を効率よく摂取できるように人を魅了する能力があると言われています。特に狂犬はその力が強く、目だけで簡単に同族が殺せるほどでした。魅了の力の効きやすさは、強い順に人間→死神→吸血鬼です。狂犬は産まれたときから能力の制御が上手でしたが、怒るとうっかり発動してしまうこともあったので輝夜に教えることは躊躇っていた、ということです。狂犬の名前の由来は、目を見ただけで狂犬のように狂ってしまうことから。


夜一さん、輝夜相手だと雑なお父さんみたいな接し方しますね。よーしどこどこに連れてってやろう。みたいな。浦原さんも溺愛する娘への対応の仕方なので、やはりテッサイさんがお母さん役……。
次はあの人に会います。残念ながらオリキャラです。そしておうちの問題を解決しに行きます。ほんとかな? 嘘かもしれませんがなんとか頑張ります。本当だったらシリアスまっしぐらです。よろしくお願いします。


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第十九話:私が私を見つめてました

前回までのあらすじ
赤目の能力を制御できるようになった。



事件は、学校からの帰り道で起きた。

事件というのは些か大袈裟かもしれないが、少なくとも僕にとっては大事件だったのだ。

 

「それでね、お兄ちゃんがね、」

「ねえ、あの子。輝夜にそっくりじゃない?」

遊子の話に割り込むことなんか滅多にしない夏梨が、あそこと指を指す。十字路の向こう側だ。

そこには男と、同世代くらいの少女がいた。男のほうは人に隠れてよく見えないが、少女ははっきり見えた。

背丈は同じくらい。少し垂れた茶色の目は大きく見開かれていて、活発な印象を受ける。他の顔のパーツはほとんど僕そのままで、目を隠したら僕でも判断がつかなさそうだ。また、長い髪を腰あたりで一つにまとめて着物を身につけているからか、道行く人にちらちらと見られていた。

僕が白蛇だったころと、ほとんど同じ装い。違うといえば、着物が少し薄手で動きやすくなっているくらいだ。

「本当だ。輝夜くんって目が赤くないとあんな感じなのかな」

「こっちのほうがミステリアスっぽいね」

「服は向こうのほうが珍しいのにね」

驚きで声が出ない僕の代わりに、二人が喋る。こんな偶然ってあるのか? 同じような服装で、髪で、顔立ちで。

そこで、隣の男の姿が見えた。

「あッ!? ……う、ぐ」

「輝夜!?」

「すごい汗! 大丈夫!?」

聡明そうなキリリとした目は眼鏡で覆われている。背は高く、細身。服装は袴のようだ。

吐き気がする。過呼吸のせいか視界も霞んで役に立たなくなる。尻が冷たいと思ったら、知らない間にへたりこんでいたようだ。手にコンクリートの感触がある。大丈夫、と言いたくても口が満足に動いてくれない。

僕はそのまま、意識を失った。

 

目が覚めて最初に見えたのは、見覚えのない天井。病院、か?

「おう、起きたか」

首を動かすと一心さんが座っていた。そういえば医者なんだっけ。知ったときは驚いたけど、こうして見るとちゃんと先生なんだとわかる。

「ここに来るまでのこと、覚えてるか?」

「えっと、うん」

段階を踏んで思い出す。学校から帰っていたこと、僕に似た子を見かけたこと、隣にあの男がいたこと。そして、具合が悪くなったこと。

「心因性の過呼吸だろうけど、心当たりはあるか?」

「……うん」

「そうか。……浦原も呼んでるから来るまでもうちょい寝てろ」

心当たりを聞かれたとき、きっと内容も話さなくちゃいけなくなると思ったが。聞かずにそっとしておいてくれるところに優しさが見えた。ありがとう、と小さく呟く。

気絶した僕を運んでくれたのは、遊子と夏梨だろう。僕のほうが小さいとはいえ、小さな身体で人一人を運ぶのは大変だったはずだ。二人にも感謝しなくては。まったく、黒崎家にはお世話になりっぱなしだ。

「輝夜!」

「お父さん」

ドアが遠慮がちにノックされ、ゆっくりと開けられる。入ってきたのはお父さんで、知らぬ間に強張っていた身体から力が抜けた。

「やっと来たか。んじゃ帰っていいぞ」

一心さんがベッドから僕を起こしてくれる。ずっと横になっていたから少しふらつくが、問題なく歩けるようだ。

もう一度ありがとうございましたと言って、本来帰る時間より二時間も遅く家に帰ったのだった。




輝夜が見た男の人、一体誰なんですかね。隣には謎の子もいるし、輝夜は気絶しちゃうし。
でも、普通の学校の帰り道で倒れたって連絡が来たお父さんは気が気じゃないです。藍染来ちゃった!? 起きたらキャラ変わってたりしない!? 体調は大丈夫!? おちゃらけてるように見えて心労絶えません。微弱ながら吸血鬼補正で病気とかほとんどしてこなかったので、輝夜が倒れたってだけで血相変えて飛んできちゃう。
Q.お母さんはどうしたんですか? A.大抵の場合連絡つきません。


今回からの話はたぶん結構長い回になると思います。五話とか十話とか……。こう言っちゃうと三話で済んじゃったなんてことになりかねないのでもう黙ります。次もよろしくお願いします。


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第二十話:家族が増えるね?

前回までのあらすじ
失神したが、お父さんが迎えに来て帰った。



「……原因を聞いても?」

帰り道では心配したよとしか喋らなかったお父さんが、家に着くや否や単刀直入に言った。静かに頷いて了承の意を示す。

一心さんには言いづらかったが、僕の正体を知っているお父さんが相手だ。なにより、家族に自分が倒れた理由を言うのは当たり前だから。

「街であの人を見かけたんだ」

「あの人……?」

「僕の本当のお父さんだよ」

詳細を話すと、お父さんが目を見開く。

あのとき見たのは、僕の昔の父親。あの人を見間違えるわけがない。なんたって、僕が白蛇だったころに一番長く接してきた人で、僕を殺した人だ。

最後に見たときから全然変わっていなかった。僕の記憶から出てきたと錯覚するほどに。少しくらい髪型を変えるとかしてくれれば、僕もあんなに動揺することはなかったかもしれないのに。

それに、隣にいたあの子供はなんなんだ。

「輝夜には妹や弟はいるの?」

「いないよ。……聞かされてないだけかもしれないけど」

当時の僕は監禁されていたから、親から伝えられなければ何も知り得なかった。父親が僕の能力を危惧して兄弟と会わせなかった可能性も充分にある。あの子は僕の兄弟だと思ったほうがいいな。

しかし、あの背丈。同年代の平均より低い僕と同じくらいだった。僕が殺される前に産まれていたら今の僕より肉体的には年上になるが、そうなると12歳以上であの身長は病気を疑われかねない。ならば、僕が殺された後か同じくらいに産まれたと考えるのが妥当か。

産まれた年は上でも肉体的には下なんてやりにくすぎる。喋ると決まったわけではないけど、向こうから話しかけられることも考えなければならない。

「これからはボクが送り迎えするよ」

何をしてくるかわからないからね。僕と同じように考えごとをしていたらしいお父さんが突然そう言った。

たしかに、相手からすれば殺したと思った人が目の前に現れたようなものだろう。監禁されていた僕が特殊なだけで、血神でも隣町になら行っても良いのかもしれない。今まで奇跡的に出くわさなかっただけだというほうが自然だ。

また昔のように怯えながら過ごさなければならないのか。そう考えると今から気が滅入る。次会ったときも同じように失神してしまったら。刃を向けられてしまったら。

それだけじゃない。僕は吸血鬼にしては力は弱いけど、目だけで人間を殺せるという話なのに。動揺して力が暴走してしまったらということも考えなければならないのだ。

つい、縋るようにお父さんを見てしまう。

「だぁいじょうぶ! お父さんがついてるんだから」

「……うん、そうだね。ありがとう」

「い〜え!」

お父さんは扇子を広げて満足そうに笑った。それだけで、身体が少し軽くなった気がした。失神も暴走も、しないしさせない。僕は覚悟を決めて、その日を終えた。




知ってた。
血神の村は空座町のおとなりなので、そりゃあ交流というか交通というか、そういうのはありますよね。でもかなり閉鎖的な村で往来はごく少数です。空座町の人たちからそんな村あったのと驚かれそう。


うーん。やはりシリアスになると筆の進みが遅いです。スマホのタップが遅いです? 内容はほとんど決まっているのですが……。
それに、そろそろ忙しくなりそうなので、一週間一回更新くらいを目安にしたほうかいいのかな。そんな感じでのんびり頑張ります。


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第二十一話:暴風域突入

前回までのあらすじ
お父さんが送り迎えしてくれることになった。



あれからきっちり一ヶ月。

僕たちは一度も、彼ら──僕の血の繋がった父親と隣にいた僕に似ている子供──を見かけることはなかった。毎日の登下校には宣言通りお父さんがついていてくれて、それでちょっとした騒ぎになりもしたけど、特に問題も起きなかった。

彼らと会わないように道を変えたことが功を奏したのだろうか。兎にも角にも、一安心だ。最初は夜も眠れなかったが、今はすんなり寝付けるようになった。

今日帰ったら、お父さんにもういいよと言おう。学校でそう決めて、靴箱からお父さんの姿を探した。

 

「ほんとに居たんですよ!」

帰り道もあと三分の一になったくらいのこと。近くで女の子の声がした。振り返る前に、別の声も聞こえることに気づく。

「こら、街中では静かにな。……別に疑っているわけじゃない。世界には似た人が三人いると聞くからね」

初めて聞く声音。だけどこの声質、喋り方は。

「……大丈夫だよ」

息が荒くなった僕を見てお父さんが察したのだろう、そう呟いて二人の壁になってくれた。しかしほっとしたのも束の間、相手が僕を見つけてしまう。

「この人です!」

女の子が大声で叫びながら僕のところに駆け寄る。突然のことで驚きすぎて、近くで見てもそっくりだな、なんて関係ないことしか考えられなかった。

「やっぱり! あたしたちすっごく似てると思いませんか? あたしに兄弟がいたらこんな感じなのかな。一人っ子だから兄弟欲しいんですよね、村の子には兄弟もたくさんいるのに!」

「え、えっと」

「でも妹とか弟が産まれたらあたしがたくさん我慢しなくちゃダメなんですよね。それはちょっと困るかも」

戸惑ってまともに言葉を発せない。横を見ると、お父さんも珍しく圧倒されて口をつぐんでいた。今までこんなに元気な子と接したことはない。クラスにだっていないだろう。

その後も、凄まじいエネルギーを持つ少女は反応が返らなくても喋り続けていた。

「外の人に話しかけては駄目といつも言っているだろう。すみません、……ッ!」

少女を追いかけてきた男は、僕たちを見て目を見張った。さっきはお父さんで見えなかったのだろう。やっと僕に気づいて、口に手をやって動揺を抑える。

僕も自分を殺そうとした男を目の前にすると手が震えるが、前回ほどのショックはなかった。事前に一応の心構えをしていたのが良かったらしい。

「……お久しぶりです」

「……ああ、そうだな」

また会えるなんて思ってなかったよ。少女の手前そう言うしかないのだろうが、とんでもない皮肉だ。貴方が会えなくしたのだから。

少女は『お父様、お知り合いだったんですか』と一層騒がしくなる。明るくて元気でわがままで、全く僕とはえらい違いだ。そして、お父様と呼んだということは、やはりこの子も血神か。

「ここで話すのもなんだから、村まで着いてきてくれないか」

「アタシ抜きに話を進めるのはやめてもらえますかねえ。現在この子の保護者はアタシなんで」

「貴方は……! そうか、そういうことか」

村に招かれるとは思わず狼狽える。しかし、お父さんが冷静に間に入って話を繋げてくれた。相手はお父さんを見て何か気づいたようだけど、自己完結するだけしてこの話を掘り下げる気はないらしい。

「明日は土曜日だ。予定がなければぜひ、うちの村に来てくださいませんか。もちろん、二人で」

「……わかりました。いつかはそちらに伺わなければと思ってたところっスから」

どうやら、明日村に行くことになったようだ。お父さんのことは信用しているが、本当に大丈夫なのだろうか。相手は我が子を手にかける男なのだ。

不安な気持ちが伝わったらしい。ゆっくり背中をさすってくれる。ちらと見上げると、お父さんはいつものように微笑んだ。




輝夜の『絶対こいつをお父様やお父さんとは呼ばないぞ』という意思のおかげで地の文が大変です。名前とか出たら言いやすいのにと思うでしょう。輝夜、彼の名前知らないんですよ。お父様と呼ぶことだけ知っておけば事足りるので、教えていなかったんですよね。野兎(お母様)との会話を聞いていればあるいは知っていたかもしれませんが、残念ながら一緒にいるところを輝夜は見たことがありません。なんちゅう人生送ってるんだ。


毎回『毎日更新できなくなるかも』と言っているのについやってしまう。今の話は当社比頭使って練らないといけない話なので、さすがに毎日更新するわけにはいかないんですけど……。次こそは明日ではない日に更新すると思います。代わりに質を高めるつもりです。ハードル上げちゃった……。


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第二十二話:駄々が有効だと覚えたらどうするの!

前回までのあらすじ
前の父親にうちの村に来てくださいと言われた。



翌日。僕とお父さんは、僕の産まれた村に来ていた。門番らしき人に言われた通り、その場であの人を待つ。

僕が案内できるならそうしていたが、監禁されていたためにこの村の地理がわからないのだ。たとえ知っていたとしても、案内させてくれたとは思えないが。

あの人が僕を警戒しているのは村に入ったときの警備の厚さで容易にわかった。村がどのくらいの規模かは昨日のうちにお母さんが調べて教えてくれたのだが、いつもは門番など在中させていないしもっと人通りも多いらしい。危険人物が来るからと家から出ないよう言っているのだろう。

そんなことをしなくても危害を加えるつもりはないのに。……いや、少し前まではその気はなくとも力の暴走が害となりえたんだった。あの人はそれを恐れているんだ。

 

「ようこそ、知上村(ちがみむら)へ」

30分ほどして、あの人はやってきた。なぜか少女を連れて。男は随分疲れているようで、娘を置いて出ようとしたら一緒に行くとごねられたのかと察する。……親子仲がよろしいようで何よりだ。

知上村とは、この村の名前である。昔は血神村という表記だったが、漢字の印象が良くないという理由で別の漢字が当てられたらしい。

「では中に入って話しましょう」

案内されたのは、僕がずっと閉じ込められていた神社。つい最近取り戻した記憶がちらつき、身体に少し力が入る。お父さんとこの男も同じようで、僕たちを取り巻く空気が冷たく重くなった気がする。

「あたし、この人と遊びたい!」

「駄目だ。知らない人と遊んではいけないよ」

空気を破ったのは、少女だった。小さいお姫様にはじっとしたままなんて我慢できなかったらしい。もちろんあの人が許すはずがなく、すぐに却下されて何でどうしてと地団駄を踏んだ。

それでもめげずに少女は主張する。何度もそんなやりとりを繰り返すうちに父親のほうも疲れたようで、結局は折れることになった。

あの人も普通の人のように怒ったり笑ったりするんだと驚く。僕は緊張と殺意の入り混じった顔しか見たことがなかったから、どの表情も新鮮に映る。

「一緒に遊びましょうね!」

後ろで親が疲労困憊の様相を見せているのには目もくれず、こちらに満面の笑みを向けてくる。似た顔でもこんなに違うのか。

天真爛漫で純真無垢を体現したような少女は、僕の手を引いて神社の中庭へと向かった。

 

「私たちはこちらへ参りましょうか」

「いいんスか、あの子たちを放っておいて」

「いいんです。私の妻、野兎には効かなかったそうですから」

完全に輝夜と少女の姿が見えなくなってから歩き出す。あっさりと娘を遊びに行かせるものだから何か仕掛けてあるのかと思ったが、同族には魅了の能力は効かないと知っていたからだったとは。

彼が襖の前で足を止めた。入ると中は八畳ほどの和室だった。奥の障子の向こうは中庭らしく、輝夜たちの話し声が鮮明に聞こえる。

なんだ、信用したふうに振る舞っておいて、全然警戒しているじゃないか。これは化かしあいになるかもしれないな、と得意分野ながら気を引き締めた。

出されたお茶には万一を考えて手を出さずに座る。これからが本番だ。

千樹郎(せんじゅろう)と申します。……名字はこちらに来る際捨てました」

「アタシは浦原喜助。隣町で駄菓子屋をやってます」

よろしく、と手を出すと千樹郎も同じように手を差し出した。意外と友好的だと思ったが表情は苦かった。握った手が冷たいから、緊張すると顔が強張る癖でもあるのかもしれない。なんのために相手が自分たちをこの村に呼んだのかわからないので、観察はいつもより丁寧にしておく。

千樹郎はしばらく何から話せばいいか決めあぐねた様子で視線を宙に浮かせていたが、ついに決まったのかこちらを真っ直ぐに見つめて口を開いた。

 

「もうご存知でしょうけど、私は死神でした。……だから()()()()()()()()()『狂犬』のことも」




あなた千樹郎って言うのね!
名字は捨てたとありますが、血神の家系は名字がない扱いなのでまあ当然といえば当然です。でも公には名字は知上とされています。下の名前はそのまま白蛇とか野兎とか。本当に登録されているんですかね? その辺はBLEACHでは気にしたら負けな気もします。
 

やっと目処がついたので更新再開できます。シリアスって大変ですね。
書き溜めたのでしばらくは毎日更新できるかな? とか言って五話もないかもしれませんが……。ということで、次回もよろしくお願いします。


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第二十三話:筋肉痛不可避

前回までのあらすじ
知上村に行った。



「ねえ、遊ぶって言っても何するの?」

一面芝生の庭に来たが、遊べるものはどこにも見えない。こんなことならゲームでも持ってくれば良かった。どう見ても田舎だし、この子にゲームを見せたら未来人扱いされそうだ。

「これです!」

にこにこしながら手にしたのは、その辺のボール。嘘でしょ、外で遊ぶなんていつぶりだよ。吸血鬼だからか、日光を浴びると少し具合が悪くなるのだ。だから僕は小学校の体育くらいでしか外にいない。

そういえば、彼女の持っているのは小学校で見るボールじゃない。和風の柄のような。も、もしかして……(まり)

「鞠つくのが好きなんです」

鞠だった。

「まあいいけど……。ええと、あれ? 名前聞いてなかったよね」

「そうでした!」

そう言って口に手を当てる。全ての動作が大きくて、見ているぶんには飽きないけどやってて疲れないのかな。

「僕は浦原輝夜。君は?」

「あたしは32代目血神『川獺(かわうそ)』って言います!」

川獺、かわうそ。可愛くて元気なこの子にぴったりだ。

しかし、僕の存在が書類上で無かったことにされている可能性も考えていたが、32代目ということはちゃんと僕も数えられていたのか。川獺は僕のことを知らないようだったけど、歴代血神に興味がないと先代なんか知らないだろうし。

「輝夜さん、あたしにそっくりですよね!」

「そうだね。目元はちょっと違うけど」

「はい! お母様に似てるんです」

ああ、誰かに似ていると思ったら野兎に似ているんだ。あの人のおっとりした雰囲気とは全然違うから気づかなかった。

「野兎さんは元気にしてる?」

「えっと、最近はちょっと具合が悪いみたいで……でも大丈夫って言ってました!」

「そうなんだ。あの人、昔から病気がちだったからどうなのかなと思ってたけど……そこまで悪くなさそうでよかった」

僕の覚えている限り、野兎は元気なときのほうが少ないほど身体が悪いらしかった。既に亡くなっているかもしれなかったが、ちょっと具合が悪い程度なら安心だ。

「あれ? なんで輝夜さんがお母様のことを知ってるんですか!?」

「僕も昔血神だったんだよ。31代目血神『白蛇』って名前でね」

「そうだったんですか! てことは、あたしのお兄様!?」

「そう、なるかな? 色々あって違う名前になったけど」

そうなんだ! と目をキラキラさせてこちらを見る。気恥ずかしいというか、申し訳ないというか。本当に兄弟ができるなんてと喜んでいるところに『僕は昔君のお父さんに殺されかけたんだよ』とは言えず、色々、と濁さざるを得なかった。

「じゃあ、お兄様って呼んでいいですか?」

「いいよ。妹だもんね」

僕の妹。ふふ、妹か。うちにも年下はいるけど、ジン太は弟というよりは近所の生意気なガキのイメージだから、なんというか新鮮だ。

「ねえ、川獺って今何歳なの?」

「あたしですか?」

背丈は変わらないから一個下かな。そう思って見ていると、川獺が右手をぱーに、左手をちょきにした。薬指まで伸ばしているから、厳密にはちょきではないが。

この村の流行りのポーズなのか? それともじゃんけんがしたいという合図?

「ふた月前に、8歳になりました!」




32代目の名前は本当に悩みました。蛇と対立する名前をつけるか、白に対して黒とつけるか、そのまま白を入れるか、そんなことは考えず性格に合った名前をつけるか。そして結局性格に合うものにしてみました。他にも、最後の最後まで31代目と名乗らせるかとか兄妹だと明かすかとか、この話にはたくさんの悩みポイントがあります。


更新できない間、絵を描いてました。
白蛇と川獺です。
【挿絵表示】

【挿絵表示】
狂犬と合わせてかなり似ている三人ですが、性格は全く違って三人寄ればやかましいって感じです。一番大人しいのは白蛇ですが、狂犬はご先祖なので周りをちゃんと把握しながら騒いでます。こう表現するとタチ悪いな?


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第二十四話:妹との遊びはほぼ育児

前回までのあらすじ
川獺は三つ歳下の妹だった。



「お兄様弱い!」

「か、川獺が強すぎるんだって!」

あれから十数分。鞠でどう遊ぶのかも知らない僕はなんとか見よう見まねで川獺と遊んでいた。川獺はぴんぴんしているというのに、僕は体力が無さすぎてとうとうしゃがみこんでしまった。目の前で飛び跳ねられるのを見るだけでも疲れる。

というか、君は着物着てて動きもかなり制限されるはずでしょ!? なんでそんなに動き回れるんだ。

「ごめん、ほんと待って、少し休もう……」

「えー……はーい」

座り込んでいる僕の隣に川獺も腰掛けた。川獺の着物の裾は開いてるし土も飛んでいる。どうやったらそうなるのかわからないが、髪の毛にまで芝が引っかかっていたのにも本人は全く気づかない。

女の子でしょ、と言いながら取ってやると、川獺はあどけなく笑った。ちょっとお小言でもしようと思っていたのにそんなふうに笑われると、全身の力が抜けて何も言えなくなる。あの人も、こんな気持ちなのだろうか。

 

「あたしも、お兄様みたいに普通の名前がほしいです」

「普通の?」

「はい。他の子は寛太とか由紀子とか、川獺とはなんとなく違う名前ばかりなんです」

村の子供と遊ぶことが多いと他の子と自分との違いがわかりやすい。僕にはなかった経験だが、多感な年頃だ。『名前変だね』と言われたこともあるのだろう。

「じゃあ、僕がつけてあげようか? ちゃんとしたところでは使えないけど」

「いいんですか!? 嬉しい!」

さっきまでも散々暴れたのに、喜びを身体中で表そうとしてまたぐるぐる回る。そんなに喜んでくれると僕も嬉しいけど……。何も考えてなかったから罪悪感がすごい。

何が良いだろうか。川獺だから海……いや川か。それよりも、明るくて元気だから太陽とか。太陽……?

春陽(はるひ)はどう? 春の太陽って書いて、春陽。春生まれで元気な君にぴったりだと思うよ」

「春陽! はるひ、はるひ、はるひ……すっごくいいと思います!!」

「気に入ってくれてよか、おわあ!?」

何度も口に出して響きを確認しているのを見て僕まで頬が緩んでいたら、急に抱きつかれた。衝撃を受け止めきれずに倒れ込む。

「あたし、これからは春陽って名乗ります!」

川獺──春陽はすぐに起き上がって名前を言う練習を始める。しかし、すぐにその輝く目を曇らせた。

「みょ、名字がありません! どうしよう」

「たしかに……」

そういえば血神には名字がないんだった。正式には知上というのが名字に当たるらしいが、それをそのままつけるのは躊躇われる。だからといって浦原姓にするのもおかしいし……。

「あ、あの人と同じ名字にしたら?」

「お父様ですね! なるほど、それは良いあんですね」

僕はあの人の下の名前すら知らないけど、仲の良い春陽なら知っているだろう。

「ではお父様の話が終わるまでまた鞠で遊びましょう!」

「え、なんで?」

「あたし、お父様の名字を知らないので!」

知らないのかよ!

しかたない。妹のわがままを聞くのも兄の役目だと自分に言い聞かせ、僕はまた立ち上がるのだった。




妹ができてご機嫌な輝夜は、川獺改め春陽のわがままをたくさん聞きます。そのほとんどが遊んでなので体力のない輝夜には酷ですが。妹のわがままならどうってことないよ! うそ、もう無理……。


そんなこんなで輝夜パートは終わりです。次は浦原さんパート。殺伐としてるのか意外と穏やかなのか。真相はきっと明日くらいに明かされると思いますので次回もよろしくお願いします。


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第二十五話:バトルはバトルでもレスバトル

前回までのあらすじ
川獺に春陽って名前をつけた。

※バトル要素はありません。



吸血鬼『狂犬』とは、恐れられている吸血鬼の中でも特に力が強いとされている個体です。

回復能力や具現化の力など全体的に他の吸血鬼よりも高い能力を持っていますが、特筆すべきは全てを思い通りにできる力でしょう。触れずに殺したい相手だけを殺すこの力によって、多くの死神が犠牲になりました。推定ではその数百五十人とも言われています。

狂犬は現在、技術開発局にて厳重に保管されています。

 

何百年も前の真央霊術院の教科書には、吸血鬼についての記述が載っていた。朽木ルキアは知らないようだったから今は教えていないらしいが。

狂犬は唯一名前まで教科書に載っていた吸血鬼だった。いかに残虐で残酷な存在かを知らしめるために。

実際の彼女が人間と共存していたと知らない者は、教科書で綴られていた極悪非道な化け物として認識しているだろう。

「尸魂界で謀反でもしようとしているんですか、あの化け物を連れて」

「あの子は化け物なんかじゃないっスよ。貴方の子でしょう」

千樹郎は、何の躊躇いもなく輝夜を『化け物』と言った。吸血鬼の末裔であることは確かだが、曲がりなりにも自分の血を継いだ子供だというのに。輝夜の親として怒るより前に、千樹郎の異常さに気持ち悪くなる。

「違いますよ。貴方も見たでしょう、あれは狂犬です。私の息子の身体を依代にして蘇った、化け物だ」

ああ、この人は。輝夜が白蛇として産まれたときからずっと、狂犬だと思って生きてきたというのか。人間を殺し、死神を殺し、同族すら殺せるという噂の正真正銘の万物の王だと。命を脅かすとされる存在だと思って10年も。ずっと赤目の魅了を受けながら、殺す機会を伺って?

「だから殺したんです。このままでは世界が滅びる。なのに、生きていたなんて……」

「……あの子は狂犬じゃありませんよ」

そう思って生きていたなら、輝夜を殺そうとしたのもわかる。しかし、あの子は狂犬とは違う。

それに、恐れられている狂犬だって実際は、人間と共存するために己の血を与えていたのだ。自分も当時直接会ったことはないが、噂のほとんどが嘘や誇張だということはわかる。

「刀はどう説明するんスか。刀の状態の狂犬サンと喋ったって聞きましたよ」

「きっと基本は白蛇本来の性格なんです。刀に封印されていた奴がそれを乗っ取って姿かたちまで自分そっくりにして、許せない」

「いい加減にしてください! あの子に、同族すら視線ひとつで殺せるあの力はない」

「でも、あの赤い目は……」

何を言っても千樹郎は頑なに認めない。証拠もないのにあの10年間を否定することを信じろと言っているのだから、無理もないか。

だけど、ここで真実を知ってもらわなければ、ここに来た意味がなくなる。

「見てください、本当のあの子を」

ボクは、二人の影が映る障子を開け払った。

 

そこに見えるのは、ぐったりした輝夜とまだまだ元気そうな少女。手には鞠を握っていて、それで遊んでいたことがわかる。

「ぜー、はー……うう、もう無理だって」

「ええー! やです、もっと遊びましょうよう」

無理と言いながらも、少女が日向に連れて行くと『じゃあもう一回だけね』と鞠をつき始めた。その姿は、見た目を除いても仲の良い兄妹のようだ。

 

「こんなになるまで遊んであげる優しい子が、人を殺すなんてできませんよ」

さっきまで苦しそうに眉根を寄せていた千樹郎は、その光景を見て初めて憑き物が落ちたように目を見開く。自分が我が子を手にかけなければあったかもしれない未来に想いを馳せているのだろうか。

「ああ、私は実の息子になんてことを……。白蛇、すまなかった。本当にすまなかった……」

「あの子、今は浦原輝夜っていうんスよ」

「そうか……いい名前だ。輝夜、輝夜か」

名前を噛み締めるように数回呟いて、初めて頬を綻ばせて笑った。その目には涙が溜まっており、目を細めたのを合図にこぼれ落ちる。

それからしばらく、千樹郎は輝夜から目を離さずに涙を流し続けた。まるで、あの10年間で凍った気持ちを解かすように。




白蛇が産まれてすぐ『あ、あれ? 顔のパーツが死ぬほど昔習った危ない化け物に似てる気がするんだけど?』となる千樹郎パパ。育っていくにつれて『いかん、こりゃガチだ……』となることを、当時の彼は知るよしもなかったのでした。教科書通り、接してると変な感じになるし……。千樹郎さんもかなり不幸な方でした。
ちなみに、輝夜が狂犬にそっくりなのは偶然です。赤目なのは死神の血が吸血鬼の血を呼び起こした結果かもしれませんが。適当なことを言ってます。
狂犬が大量虐殺したような表現もありますが、真っ赤な嘘です。狂犬はむしろ他の同胞に比べて人間と良好な関係を築いてるくらい。
代わりに死神は殺されかけたりかわいい子孫をいじめるし(千樹郎さん)、あんまり好きじゃないです。だけどそれも浦原さんたちのおかげで持ち直しつつある。よかったね。


誤解が解けた! 血の繋がった我が子への計20年と少しの誤解……。世界にはいろいろあるからねしかたないね。
ということで、書き溜めたのもこれで終わりです。知上村編はあと少し続くのでもうちょいお付き合いよろしくお願いします。


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第二十六話:おーい!

前回までのあらすじ
千樹郎の誤解が解けた。



「あ、お父様! おーい!」

「そんなところにいたんだ。全然気づかなかった」

ひとしきり鞠で遊んで何度目かの休憩をしていると、突然春陽が手を振った。その先にはあの人とお父さんが話しているのが見える。どこに行ったのかと思っていたが、こんなに近くだったなんて。

向こうもこちらに気づいたようで手を挙げたり扇子を扇いだりと何らかの反応を示す。わかれる前はもう少し殺伐とした雰囲気を纏っていた気がするけど、今は二人とも穏やかな表情をしている。

「どうだった? 輝夜くんと遊んだんだろう」

「はい! すっごく楽しかったです」

名前もつけてもらっちゃいました! とまたぴょんぴょん飛び跳ねながら報告する。

あれ。さっきこの人、僕のことを輝夜くんと呼ばなかった? 驚きと戸惑いでお父さんを見上げたが、いつもより楽しそうににこにこするだけだった。

しかも、大切な娘に勝手に名前つけて怒られると思ったのに良かったなとしか言わない。さっきまで娘の前でも僕への警戒心を隠してなかったはずだ。憑き物が落ちたようなすっきりした顔をしているし、お父さんとの話し合いで何かあったのだろうか。

「輝夜くん」

「は、はい」

彼は少し真面目な顔をして僕を呼ぶ。それがあの日のようで少し身体が強ばる。恐る恐るといったふうに近づく僕をお父さんが笑った。

「すまなかった」

「え、いや……あのときは僕もこの目の力が暴走してたみたいなので」

「本当に、すまなかった」

頭を深く下げる姿に焦ってやめてくださいと言う。あんなに恐ろしかった父が、今は小さく見えた。

ようやく顔を上げたその表情にはもうあの日の狂気はなくて、僕はやっとこの人と親子になった気がした。

 

「ええ! もう帰っちゃうんですか!?」

「ごめんね。また遊びに来るから」

そろそろ日も落ちようという時間、僕とお父さんは知上村の入り口まで見送りに来た二人と挨拶していた。ごねる春陽をあの人がなだめすかす。僕もなんとかフォローしたら、ほんとですか! とそれは元気にお返事された。

「好きなときに遊びに来ていいからね、輝夜くん」

「お父様……。わかりました」

「あー!! 輝夜のパパはこっちっスよ!」

久しぶりに呼んだ『お父様』に目敏く反応したお父さんがかなりの勢いで抱きついてくる。く、苦しい、と引き剥がそうとする僕を見て彼はひと笑いした。

「千樹郎でいい」

「え、」

「私の名前だ」

まさか、20年教えてもらえなかった実の父親の名前を今教えてもらえるなんて。名前は呪いとよく聞くというのに、呼んでもいいと言うのか。

「千樹郎、さん」

「ああ」

震える口でなんとか名前を紡ぐと、彼は幸せそうに笑った。お父さんも満足げに頭をかき混ぜたが、強めの力加減だったため丁重にやめていただいた。

「では、さようならっスね」

「お、お邪魔しました!」

春陽がばいばーいと手を大きく振るのにつられて控えめに手を上げた。飛んで喜んでいる姿を見てこちらも頬が緩む。

「ああ、そうだ。浦原さん」

「ハイ?」

「思い出したんです、名字」

 

「僕はかつて、浮竹千樹郎と呼ばれてました」

 

もし兄に会う機会があれば、元気にやっていると言ってやってください。千樹郎さんはぽかんとした顔をする父に、いたずらが成功したように笑う。お父さんはというと、すぐ理解したのか帽子を抑えてクツクツと喉を鳴らした。

意味のわからない父親二人に、子供二人は首を傾げる。どうせ僕たちが頭を使ってもわからないままだから何も聞かないけど。

 

こうして、長くて短い帰郷は幕を閉じた。

 

 

おまけ

「昔は輝夜もあんな着物着てたの?」

「うん。突然どうしたの」

帰りの道のりで、急にお父さんが話題を変えた。さっきまで今日の晩ごはんの話をしていたのに。

「いやあ、さぞ可愛かったろうな、と」

「……あんまり可愛いって言わないでくれる?」

「ええ!? なんで」

「世界一可愛いとか言われると、本当にそうなんじゃないかと思っちゃうでしょ」

「正しいじゃないっスか!」

「いや……そろそろナルシストになりそうで」

「ナルシストな輝夜も可愛いから大丈夫!」

また抱きしめられ、ぐえと潰れた声を出す。全く、こちらにとっては死活問題なんだが。

つい先日も、同級生から『可愛いって言われて喜ぶなんて変だぞ』と言われたばかりで。……まあ、可愛いは褒め言葉として使われてるんだから喜ぶのは喜ぶんだけど。

ちなみに、晩ごはんは唐揚げだった。わーいと春陽に影響されて大袈裟に喜ぶと、『お疲れでしょうから皆さんの好きな唐揚げにしました』と言われた。テッサイさんは気遣いの鬼なのだ。




浮竹千樹郎。浮竹家次男で、すでに勘当されています。長男の身体の弱さから、次男は千年生きる樹のように強くなれという意味で千樹郎と名付けられました。もちろん全部捏造です。
勘当された理由は……考えてません。兄の完璧さにグレたとかですかね。しかし現世に降りても元来の真面目さは変わりませんでした。お兄ちゃんはというと、なんで勘当されたんだ? と首を傾げてます。そんな感じ。


知上村編、終わり!
拗れた親子の和解もできて、妹もできて、なんとかハッピーエンドと呼べるものになったと思います。計九話かあ。頑張りました。えらい!
次は番外編かな。あとは時間とびとびであれこれしたいです。原作が手元にないのが痛いですね。代わりにオリジナル話とか色々書きたいです。頑張るぞー!


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第二十七話:せーの、ハンサムエロ店主ー!

前回までのあらすじ
実家とけりをつけた。

今回は、本編とは関係ないが時間軸はこの辺なので本編に挟まってるだけのギャグ回です。



「なあ輝夜、あのうさんくさ下駄帽子と一緒に暮らしてて本当に大丈夫か?」

「なんですか突然。ついに職質三桁の大台に乗ったとか?」

二桁もされてんのかよ。と引き気味で自身の身体を抱くように腕を巻きつけたこの人は、黒崎一護。僕の同級生であり友達の遊子と夏梨のお兄さんだ。人間ながら死神のお仕事もしているらしく、死神相手に商売しているお父さんのお得意様でもある。

いつものように朽木さんとうちに買い物しに来た帰り、僕を見つけた一護さんが冒頭のようなことを言ったのだ。

うさんくさ下駄帽子とはもちろん僕のお父さん、浦原喜助のこと。大変怪しい雰囲気を纏ってはいるが、すぐ抱きつくのと研究のために何徹もする以外は困ったところなど特にないのだけど。やばいのはむしろお母さんのほうだ。

何があったのかと話を聞こうにも、一護さんは言いにくそうにもごもごするだけだった。耳を澄ますと、実の息子にこんなこと言っていいのか? などと呟いているのが聞き取れた。……本当に何をしでかしたんだ!?

「あー、いや……。この前浦原さんが自分のことを『ハンサムエロ店主』って言っててよ。雨とかお前とか、危なくねえかなって」

「ハンサムエロ店主」

僕は頭を抱えた。どうやったら高校生相手にそんな自称を披露する機会があるというのか。ハンサムエロ店主って? セクハラからの流れでしか言えないでしょ。

というか、目の前で人の姿になったお母さんになんの反応もしないお父さんしか見たことなかったじゃん! エロ本をあげても困った顔でお母さんやテッサイさんに助けを求めていたものだから、むっつりなんだとばかり思っていた。ハンサムエロ店主ならエロ本もらえるとわかった瞬間喜びを表現した舞を踊っても良いくらいなのに。流石にそれはしないと思うけど。あと、エロ本をもらって踊るお父さんを純粋に見たくない。

「まあ、大丈夫そうならいいんだ。悪いな、変なこと言って」

「変なこと言ったのはお父さんだから気にしないでください! すみませんでした」

じゃあなと爽やかに手を振る一護さんを見送り、ため息を一つ。……高校生に迷惑どころか心配されるようなことをするなよ、何百歳。

 

「黒崎サンと何話してたの?」

「あ、ハンサムエロ店主」

「え?」

一旦部屋に行ってまた居間に戻ると、お父さんがいた。うっかりさっき聞いた謎の肩書きで呼んだ気がしたが、気のせいだろう。お父さんが聞こえるはずのないものを聞いたときのように目をぱちくりさせている。何があったんだ。

「な、なんで輝夜がそれを……?」

なぜか生まれて初めて見るレベルで動揺している。それってなんのことだろう。

「そんなことより、はい!」

「ええ、何かくれるの!? ありがとう一生大事に」

するね、とは続かなかった。理解の追いつかない表情で僕と包装のほとんど剥がれかかったそれを交互に見つめる。

「あれ、気に入らなかった? この前リサさんにもらった『つゆだく爆乳学園〜教師も生徒も──」

「よ、読まなくていいから!」

顔を赤だか青だかに忙しなく染めるお父さんが半ば叫ぶように言って口を塞ぐ。ハンサムエロ店主ともあろうお方が、まさか恥ずかしがっているというのか。

「ごめん、こっちのほうが良かったか。ええと、『電車に乗ったが運の尽き 初めてイタダキマス』」

「悪かった、ボクが悪かったからもうやめて!」

手で顔を覆ったのを見て、流石に可哀想になってきた。息子のAVタイトル音読はいろんな意味で刺激が強すぎたらしい。ぐったりと床に突っ伏して動かなくなったお父さんに喋りかける。

「もう変なセクハラ発言しない?」

「しない……」

「高校生に迷惑かけない?」

「かけない……」

うん、わかった。意地悪してごめんね。そう言って頭を撫でてあげた。

 

それから、AVは僕に渡した本人に突き返し、お父さんは変な肩書きを名乗ることをやめたのだった。その後しばらくお父さんの一護さんへの当たりが強くなったのは、また別のお話。




未成年の方はきちんと年齢制限を守ってアダルトな作品を読まないようにしましょう。見せた大人が怒られちゃうからね。
というわけで、輝夜は実際中身を見てはいないし、リサさんも『どうせ父親に渡るだろうな』と思いながら渡しています。やめなよ……。本当は英才教育させたい……ってコラ!


浦原さん、原作でも二人子供がいるのにエロ店主とか言って大丈夫なんでしょうか。名字も違うし戸籍上親子じゃないからいいのかしら。でも輝夜がいたらまずそうですよね。輝夜がいないところで適当に口走ってバレて引かれるという即オチ2コマが見える見える……。
次は決まってません。うっかり一年とか二年とか過ぎるかも。更新も一週間開いたらすみません。今のうちに謝っておきます。頑張りますのでなにとぞよろしくお願いします。


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第二十八話:さようなら、狂犬(語弊)

前回までのあらすじ
父親が変な自称を高校生相手にしていた。



雨続きのある日、扇子の形になっている狂犬がおもむろに呟いた。

「うーん、なんだか落ち着かないのよね」

喉に小骨が刺さったような不快感が声色から伝わってくる。ほんの少しの違和感も、ちりも積もればなんとやららしい。

表情がわからない狂犬だが、もとより感情表現がオーバー気味だったのだろう。声のトーンや間の取り方で細かいニュアンスもばっちりこちらに伝達される。

「いつから?」

「そうね……」

去年の今頃はそうでもなかったから、としばらく悩んで、とうとう顔を上げた。ように聞こえた。

「刀じゃなくなってからよ! やっぱり何百年もあの姿だったから、あれが一番落ち着くのね」

「そういうものなの……?」

まあ、そういうことならお父さんに直してもらおう。持ち運びが楽だからと扇子の形にしてもらったのは僕だから、少し罪悪感もある。……しかし直せるのだろうか。

直せるにしてもそうでないにしても、僕が考えてもわからないことだ。とにかくお父さんに相談してみよう。そう決めて扇子片手にお父さんの部屋をノックした。

 

「できますよン」

「あら、じゃあお願い」

できるんだ……。

にこにことマイ扇子で口を隠して笑うお父さんに狂犬を手渡す。そもそも刀が残っていたことが驚きだ。てっきり木っ端微塵に砕いて狂犬の血を取り除いたものだと思っていたんだけど。

明日には元通りの狂犬サンをお渡ししますね、とピースしながら自室に消えていった。

刀に戻ったらこっそり学校に持って行くことができなくなるのか。いつも鞄に入れていたからなんとなく心細く感じるが持っていないと死んでしまうほどではないし、そのくらいは我慢しよう。お気に入りのぬいぐるみを手放せない幼児でもあるまい。

そういうわけで、今日は久々に狂犬のいない部屋で一人眠るのであった。

 

「ねえ、貴方」

「なんスか?」

「何か隠しているでしょう」

ほう、とわざとらしくとぼけてみる。別に隠しているわけでもないのだけど、この扇子は勘がいいらしい。流石は死神の間で最も恐れられた吸血鬼だ。なんて、恐れられる本人(本鬼か?)も知らない事実無根の話もあるだろうが。

「ああ、嘘です嘘です言いますよ」

「ふん、もったいぶらないで早く言いなさいよね」

下手な口笛を吹いていると無言になった扇子から大量の殺気を感じ、慌てて手近な机に置く。気取ったお嬢様のような口調だが、案外気が短いのだ。700歳は超えていると聞いたのは気のせいだったかもしれない。

「何から話しましょうかね。……じゃあ、あの刀」

何百年も貴方の身体だったそれですが。

 

()()()()()()()()()()()()?」




狂犬がやったと言われている出来事はまあ大抵濡れ衣なのですが、そのほとんどは本当は同族がやったものです。
少女の姿でとても強いというのは人々の記憶に残りやすいものなので、何人かの死神の頭ではすでに吸血鬼=狂犬という数式が成り立っていたからです。また、変身能力のある個体が警戒されにくい少女に化けて人を襲ったことが原因の濡れ衣も少なくないです。かわいそう。
しかし、実際に狂犬がやろうと思えばできるものばかりなので恐れるのは正しいと言えます。短気ですが頭も回るし周りも見えているので全盛期に敵に回すとかなり厄介です。狂犬が主役の話を書いたらタグに「オリ主最強」「チート」を付け加えなければなりませんね。


お久しぶりです。え、3日も更新してなかったんですか? こう表記するとそんなでもなさそうですが。
ま〜今回はどこを書こうか悩みました。一応ネタのストックはあるし、浮竹家との繋がりを明らかにした以上尸魂界に早く連れていきたいのですが……なかなか進みません。まずは狂犬の話を片付けないとですからね。
次回はまだ一文字も書いていませんが多分解決します。問題が起きる予定はありません。……ないよね?
では、いつになるかわかりませんがよろしくお願いします。


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第二十九話:年上っぼい女に年齢は聞くな

前回までのあらすじ
狂犬は刀に戻りたい。



たっぷり十秒ためて、彼女が発したのは声ではなく息だった。ふん、と、鼻を鳴らしたのだ。ばつが悪そうに、言いづらそうに。

「死神から……もらったわ」

奪ったの間違いでは? 喉ぎりぎりまで出かかって、なんとか押し留めた。ここで彼女の機嫌を害するわけにはいかない。今は何もできないとはいえ()()()()()()()()()()()()()なのだ。何をされるかわからない現状、怒らせないのが得策だろう。

「死神が私を襲ったのは、一度や二度ではないのよ」

曰く、最初は学生らしき水色の袴を身につけた若者すらいたらしい。二回目からは比較的実力のある者ばかりが来るようになったが、それもまたあっけなく散り、そしてようやく、ある日弱点を突く形で死神たちに倒されたのだと。

「あの刀は、最初に来た若い男の持ち物だった。……はずよ」

「はずって……」

「うるさいわね。何世紀も前の話なのよ? 似たようなこともたくさん起きたのに、覚えているほうがおかしいでしょ」

なんとも老人くさくて疑わしいが、刀の出どころについては予想通りなのでおおかた確定だろう。

しかし、こちらが珍しく真面目に話そうとしているのに定期的にボケてくるのはなんなんだ。無自覚なのだろうが、うっかりこちらがツッコんでしまいそうになるからやめてほしい。ツッコんだらツッコんだで気分を悪くしてやりづらくなるんだから困ったものだ。

「それで? 死神が持ってるのは特別だったりするのかしら。刀に姿を変えた私を見る目がいやらしかったもの、そのくらいの理由がないと許さないわよ」

「いやらしいって……。まあ、そういうところっス。死神は皆、斬魄刀という刀で虚と戦ってるんスよ。所持者の心に呼応して、魂が宿るんです。そして、いろいろな姿に形を変えて主人を守り助ける」

ふうん、とわかったのかわかってないのか判断しづらい反応が返ってくる。さしずめ、早く本題に入りなさいというところだろうか。

「狂犬サンが手に入れたのは、いわば斬魄刀の子供である浅打っス」

浅打。まだ形の定まってないただの刀だ。斬魄刀は持ち主が死んだら勝手に壊れてしまうが、浅打はその限りではない。

戦うことの多かった彼女にとって目の前に落ちている武器を拾わない手はなかったはずだ。そのころすでにいたかどうかわからないが、彼女には子供という守るべきものがあったのだから。

「その、浅打とかいう魂の入っていない空っぽの器に私が入った、と?」

「はい。とは言っても、そのあたりはまだ断定できていませんが」

「そうね。同族が血液だけになっても生きたという話は聞かないし、一理あるように聞こえるわ」

聞こえる、とはどういう意味だ。含みのある、本当はそうではないかのような言い方。この鬼は何を知っている? 何を隠している?

「違うのよ。何も知らないし、何も隠してなんてない。ただ、貴方勘違いしてるんじゃない? そして、それが原因で矛盾が生じている」

 

「私、7()0()0()()()()()()()()()。せいぜい200年程度よ」




狂犬、ボケが素なのかわざとなのか微妙にわからなくて困りますね。輝夜なら思い切りツッコんでも怒られないのに、浦原さんだと『なんですって』と言われかねない。なんという理不尽……。

どこにも狂犬が自分で年齢を言っている場面無かったですよね? あったらごめんなさい。浅打のくだりもまあまあの捏造です。原作に矛盾する記述あったらどうしよう……。記憶の限り大丈夫だと思い、思いたいです。
最近気づいたんですけど、もしかして二つ三つ事件が並行したり謎があったりしたほうが面白いですか? もともと短編しか書けなくて長編書こうと思ったら一話完結みたいになってしまうんですよね……。同時進行ができない頭の弱さが露見しちゃった。たぶんいつかリメイクします。そのときはよろしくお願いします。


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第三十話:鬼に金棒:強い者が強い物を持つ例え

前回までのあらすじ
狂犬の刀は死神の刀だった。



「私が起きたのは、つい最近。目が覚めたら身体は刀になってるし500年も経ってるしで驚いたわ」

「最近って、」

「ええ。──2()0()()()()()のことよ」

ずっと、彼女は刀に血を吸わせてから今まで途切れず狂犬としてあり続けたのだと思っていた。しかし実際は、500年間意識のないただの刀だった、と?

そうなると話は変わってくる。20年前。およそ輝夜が産まれたころだ。死神を父親に持ち、今はほとんど人間ではあるものの吸血鬼の血を引く者を母親に持つ、輝夜が。

あの子の誕生によって狂犬が目覚めたということは、つまり。

()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

「……私は、そう考えているわ。私だって最近までこの血だけで動いていたと思っていたけれど、そんなのありえないもの」

つまりは、浅打が輝夜の斬魄刀になった。それが本当だったなら、大変なことになる。最強と言われる吸血鬼の血を引いた半不死身の輝夜が、どんな能力かもわからない斬魄刀を持つだって?

それだけでも危険で大問題と言えるが、問題はまだある。

自分や夜一サンが近くにいるから、あるいは吸血鬼の血が限界まで薄まっているから気付かれなかった輝夜の存在が、斬魄刀によって明るみに出る可能性が高くなるのだ。死神に見つかったら即座に捕まってしまう。そんな事態になったらもちろん全力で阻止するつもりではあるが、護廷十三隊が総力を挙げて向かってくると考えられる。一人二人ならまだしも、片手どころではない隊長格を相手にしては流石に守りきれない。

「刀をぶっ壊したらなんとかならないかしら」

「アタシも思いましたけど、狂犬サンがどうなるかわかりませんよ」

「いいわよ。本来死ぬはずだった私となんの罪もないあの子、どちらを取るのが賢明かなんて火を見るよりも明らかでしょ」

「……まあ、持ち主が生きていたら斬魄刀がどうなろうと元に戻っちゃうんスけどね」

「早く言いなさいよ」

怒られた。

それはさておき。兎にも角にも、斬魄刀をなんとかしなければならない。話している間に知り合いのほとんどに連絡したので、本格的な話し合いは彼らが集まってからになりそうだ。

と、そこでノックの音が聞こえた。

「はいはい〜ちょっと待ってくださいね」

霊圧からして輝夜だったために、一旦思考をストップしてドアを開ける。聞かれていなかったかだけが気がかりだったが、大人しく扉の前で待っていた輝夜の表情が重くなかったのを見てひとまずほっとした。

「どうしたの? あ、まさか一人で寝られなくて……」

「違うんだ。ちょっとお願いがあって」

珍しくマジレスされてしまった。いつもは元気にツッコんでくれる輝夜だが、こちらのほうがダメージが大きいのをわかってのマジレスだろうか。すっかり大人になってしまったようで少し寂しくなるからやめてほしいのだが。

……お願い? ショックで脳の処理が遅れてしまった。あの輝夜がお願いを? それも目を合わせて可愛くおねだりなんて。なんでも聞いてあげちゃうが、どんな無理難題を吹っかけようとしているんだ。

「あのね、()()が欲しいの」

「ああこれ? はい、どうぞ」

「ありがとう。じゃあね」

指された先のものを取って渡すと、満足そうに笑って部屋を出ていった。それにしても、夜にわざわざ取りに来るとは。なにかの宿題に使うのか?

「馬鹿!」

「え?」

手に持ったままの扇子が突然怒り始めた。いや、怒るなどという甘いものではない。正しく『怒鳴る』だ。意味がわからずきょとんとしていると、彼女は一つため息をついた。

「何をしたかわかってないの? さっき渡したのは何か言ってみなさい」

「それは、そこにあった刀でしょう? 貴方の身体だった」

あれ?

それって、さっきまで危険だなんだと言っていた斬魄刀では? なんで疑問も持たずに、それも一番渡してはいけない持ち主に渡してしまったのだろう。まるで身体が勝手にそうしたような。

()()()()()()

そんなの、一つしかないじゃないか。

「魅了、ね。全く、厄介なことになったわね」

「はい。……すみません。アタシが気を抜かなければこんなことにはならなかったのに」

「過ぎたことを言ってもどうにもならないわ」

とにかく追いましょう。そう言われて初めて、輝夜が家の外に出たことに気付いた。早くしないと本当に取り返しがつかなくなる。急いで再び連絡し、家を飛び出した。




変にサブタイトルに縛りをつけたせいで、すでにネタ切れです。最初はタイトルつけるの苦手だから縛りがあるほうが楽かも! と思っていたのですが……。ということで、あとで一新するかもしれません。『○は△か』で縛るかフリースタイルにするかはまだ決まってないです。
追記:タイトル変えました。


不穏な空気が立ち込めてきましたね。それにしてもやばい。面白そうな方向へ流れてしまって脳内プロットからどんどん遠ざかっていくものだから、まだどう片付けるかを考えていません。とにかくなんとか丸く収まるように頑張ります。


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第三十一話:見た目は輝夜、頭脳は他人。その名は

前回までのあらすじ
輝夜に斬魄刀(?)を持っていかれた。



輝夜は案外すぐに見つかった。家から程近い空き地でぼうっと佇んでいるのを、夜一サンが見つけていたのだ。輝夜に目立った外傷はなく、周りの建物にも被害は見受けられなかったためにひとまず胸を撫で下ろす。しかし、明るい月の光に照らされたその姿はどことなく正常ではないように見える。なんにしても、早くなんとかしなければ。

「おいおい、こりゃどないなっとるんや……」

自分たちが到着して間もなく、平子サン、ひよ里サン、そしてテッサイが順に駆けつけた。

平子サンが空を見上げて独り言のように呆然と呟く。なにせ、()()()()()()()のだ。ついさっきまで雨が降っていたのに。もう三日は太陽も月も見ていない。今朝の天気予報ではさらに三日三晩雨続きだろうとまで言われていた。

現在自分たちを煌々と照らす月は、本来見えるはずのないものなのだ。

輝夜の、あるいはその斬魄刀の仕業だと思って良いだろう。天候を操る能力か、風を操る能力か。雲も水であるから、水を操れるかもしれない。

「なんだ、もう来たの」

つまんない。そう言って振り向いた輝夜は、右手に持った刀を軽く振ってくつくつと笑った。

()()は輝夜じゃないわ」

「でしょうね。たぶん、斬魄刀に同調している」

同調とは、斬魄刀を扱い慣れてない死神が刀に近付いてしまうことだ。自分が尸魂界にいたころにもこの事例は良く聞いたが、斬魄刀の性格によっては事件に発展することもあり危険である。それも、始解の能力がわからないから特に、だ。

「どうするんじゃ、喜助」

「そうっスね……。気絶させて拘束、が一番良い案だとは思うんスけど、それができるかどうかってとこスかね」

相手の手の内がわからないとどうとも言えない、が本音だ。ほとんど不死身のために弱い技では死なないとは思うが、下手に攻撃して倍返しされないとも限らない。

「とにかく、今は様子見やな。被害が出そうになれば防ぐっちゅーことで」

「ハア!? どう考えてもさっさとなんとかすべきやろ!」

「ひ、ひよ里サン、相手は吸血鬼ですよ!? 純血でこそないですが先祖返りで──」

「うるさい! ウチは行くで」

一発殴って連れて帰る! そう言い切ったひよ里サンは輝夜のもとに走っていった。輝夜はそれを一瞥して、それから彼女を()()()()()()。小さい身体はなんの抵抗もなく簡単に飛んでいき、テッサイの放った縛道『吊星』でようやく止まった。

飛ばしたとなると、やはり風を操れると考えていいのだろうか。ひよ里サンは無事だったが、鬼道で助けなければ建物にぶつかって大怪我になるかもしれなかった。警戒して然るべきだろう。

思考を一旦整理して新たに対策を考えていると、輝夜であってそうでない彼が『あのさあ』とこちらに呼びかけた。

「どんな能力か気になるなら普通に聞けば良いじゃん。なんで聞かないの?」

「教えてくれるんスか?」

「んー、気分による。今はいいよ」

彼は間延びした喋り方をして首を傾げた。頭が重いかのように。合わせて動いた刀身が月光に反射してきらりと輝く。

「僕は『月夜烏(つきよがらす)』。明るい月が好きなただの烏だよ」

名乗りながらおもむろに手を挙げる。そして、空に浮かんだ月を指差した。逆光になって見づらいが、その指先には赤い何かが付いているように見える。

「──()()以外はね」

パァン。破裂音が聞こえると同時に強風が襲う。これは……爆発!?

目を開けることも叶わない状況で、なんとか輝夜の霊圧を確認する。場所は動いていない。己の能力を煙幕や閃光弾のようにして逃げるつもりかと思ったのだが。

「別に君たちに酷いことしようなんて思ってないよ。いい加減雨にも嫌気がさしたから晴らしたかっただけさ」

あ、でも。閃いたように手を叩いた彼は、脚を浦原商店とは反対に向けて足踏みした。そしてこちらを振り返る。

「やっと解放してもらえたんだ。僕だって遊んでもいいと思わない?」

「遊ぶ……?」

「うん。だからさ──僕と君たちとで、鬼ごっこしようよ」




月夜烏。明るい月夜に嬉しくなって鳴いちゃう烏のことらしいです。転じて夜遊びにうかれ出る人。イメージは気分屋で月が大好きな子供です。のんびりしてるけど、あっちのほうが楽しいと感じたらさっさとその選択肢を選んでしまう、みたいな。
輝夜も両親に影響を受けてか快楽主義者の気がありますけど、レベルが違うのであまり仲良くなれないかもしれませんね。輝夜、根が真面目だし。


今回、ついにタイトルに行き詰まってテンプレから変えてみました。全部変える予定です。毎回頑張って考えていたのでもったいないですが、突然傾向が変わるのも変な感じなのでもう一回頑張ります。
追記:全部タイトル変えました。


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第三十二話:ようい、どん


前回までのあらすじ
月夜烏と鬼ごっこをすることになった。



「儂が出よう」

「いいねえ、早そう。楽しそうだ」

夜一サンが一歩前に出る。表情は好戦的な笑みを浮かべていて、自分の息子相手にも負けるつもりは毛頭ないようだ。なんとも大人気ない。

「制限時間は5分。それまでに君が僕を捕まえられたら君の勝ち、できなければ僕の勝ち。これでいいでしょ」

「儂が勝ったら、精神の主導権を輝夜に渡してもらえるんじゃろうな」

「いいよ。ま、できたらの話だけどね」

「ほう……? あとで泣くなよ小僧」

完全に向こうのペースに乗せられている。瞬神の名は伊達じゃない、普通にやったら誰にも負けるはずはないのだが、こうしてカッとなってしまうとわからないのだ。手元にある短気仲間の狂犬サンもその乗せられやすさに流石に引いている。

そうこうしている間にも、月夜烏は鬼ごっこの準備を進めている。とは言っても靴紐を結び直すとか屈伸するとか、大層なことをしているわけではないが。

「それじゃあ──」

ようい、どん。彼はその気の抜けた声で言った。

こちらが10秒待つ前に、月夜烏は盛大に砂煙をたてる。数秒で煙は消えるが、すでにそこに彼の姿はなかった。

しかし手がかりがなくなったのではない。相手は霊圧を隠そうとしていないのだ。隠し方を知らないのかわざとか。どちらにしても、自分の信条は有利な手はなんだって使う、だ。

それは夜一サンも同じだろう。全神経を集中させて霊圧のある場所を詳細まで探索している。

「じゅう」

そして、カウントを終えた瞬間に一時の方向に飛んだ。

 

舐めた口をきくあの小僧を絶対に捕まえなければならない。儂の脳内はそれに埋め尽くされていた。やつは儂を揶揄うように霊圧をそのままにしていて、それがまた儂の神経を逆撫でさせた。

あんなに軽口を叩いていたわりに、思ったよりも早く姿が見えてくる。雑魚が。

「5分もいらないようじゃな……ッ!」

こちらに気づいてない様子の後ろ姿に近づいて肩を叩こうとしたが、直前に能力を使ったのだろう。衝撃ののちに儂はさっきよりも後ろに、やつはうんと前にいた。

それから、近くに来てもすぐに離されるのを何度か繰り返した頃。我々に残された時間はあと2分を切っていた。能力の制御もさることながら、反応速度が半端ではないのだ。これでは埒があかない、もっと頭を使わなければ。ようやく頭の血が若干降りてきて、作戦を立てねばと思い立った。

しかし、まだ頭に血が行き渡らない状態で立てた作戦など紙屑のようなもの。行き止まりに追い込んで袋の鼠にしようとしても上に逃げられ、回り込んで正面から突進しても下に逃げられ、失敗ばかりだ。もう1分しか残っていないのに。

やつの厄介なところは、霊圧を固めた足場を用意せずとも爆発をうまく利用して空中に逃げられるところ。……ということは、前と左右に上下を足した五面を塞ぐ何かがあるか、はたまた地上のみで戦わなければならなくなるか、どちらかさえクリアできれば勝てるということでもある、のか?

それなら打つ手はある。さっきまで忘れていたが、これはただの鬼ごっこではないのだ。斬魄刀の能力あり、瞬歩あり。ならば鬼道もありになってしかるべきだろう。

 

何? さっきまで忘れていたのかよこの間抜け……だと?

猫と夜道に気をつけろよ、小僧。





夜一さん、瞬神の名に誇りを持っていてそれを貶められるの嫌いなのかなあと思っています。それに、いつもからかってるのでからかわれるのも。月夜烏とは相性が悪いんじゃないかなあ。煽り耐性は普段ならもっと高そうなんですけどね。


もう少しで尸魂界編になるのでネタを考えているのですが、うっかり五話程度でいろいろすっ飛ばして藍染さんがお縄になりそうです。本当は藍染さんと輝夜の組み合わせを書いてみたいけど物理的に無理ですね……。普通に危険人物ですし。あ、でもそういうのは番外編でやっちゃえばいいんですよね。
では、まだいつかわかりませんが次回もよろしくお願いします。


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第三十三話:やったね輝夜、兄弟が増えるよ


前回までのあらすじ
輝夜の斬魄刀が暴れてる。



ゲーム終了15秒前。果たして、月夜烏はあっさり捕まった。4分間たっぷり苦戦していたようだったのに最後の1分でどうやったのかというと、普通に鬼道を使ったのだった。

しかし、その使い方は普通ではなかった。

月夜烏を捕まえるには少々心許ない『這縄』を、広範囲に緩く張り巡らせたのだ。次に適当に追って、彼にその縄でできた網を見つけさせる。だが、そのまま網を締め上げるのでは彼の能力で簡単に崩されてしまう。だから夜一サンは工夫をした。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

彼はその網を見て最初にこう言った。

「わあ、何これ! 面白そう」

直後、鬼ごっこをしていることさえ忘れて網に乗ったり跳ねたり登ったり、夢中になって遊びはじめたのである。罠だと警戒もせずに。

なんということはない。要は逃げたくなくなれば良かった。元々彼は遊びたくて鬼ごっこを提案したのだから、より面白そうな遊びを提案しただけ。鬼ごっこなど5分もすれば飽きるのだ。

 

「さあて、輝夜に意識を渡してもらおうかの?」

「ちゃんと元に戻れるんやろうな」

疑いの眼差しを向ける平子サンに、月夜烏は首根っこを掴まれながら大丈夫だよと言った。

「僕はあの子のお兄ちゃんだからね」

お兄ちゃん。輝夜が血神として産まれた頃から一緒にいた彼にとって、輝夜はまだまだ小さい弟なのだろう。……精神年齢は置いておいて。

目を閉じて少しすると、月夜烏が眩い光に包まれる。同調した死神が斬魄刀から完全にわかれるときに発生する光だ。

ゆっくりと光が消え、輝夜が目を開く。

「あれ、ここは……? ていうかなんでみんな」

「良かった! 戻ったんスね〜〜!!」

「うわ、ちょっと……!」

ちゃんと声のトーンや口調が輝夜だと確認して、ふざけたふりで抱きしめた。反応や霊圧などで本人かどうかの最終確認も兼ねて。同調した死神が戻らなかった例はほとんどないが、今回はイレギュラーなのだ。流石に少しは心配もする。

それは自分だけではなく、平子サンやひよ里サン、テッサイが輝夜を取り囲んで良かったと口々に言っている。なんとも暑苦しい光景である。自分はとっとと抜けたので高みの見物なのだが。

「えっと、よくわかんないけど……ただいま?」

人騒がせな彼の弟は、そう言って頭にはてなを浮かべたまま笑った。

 

「──ってことがあったんだよ」

あの夜の翌朝。お父さんが、記憶のない僕にことの顛末を教えてくれた。知らない間に何やらまたとんでもない事件が起きていたようだ。しかも僕の霊力が作り上げたとかいう刀がその犯人で、彼が今も刀の中にいると聞いて、我ながら訳の分からない経歴を持っているつもりだが全く話についていけなかった。

まあ、今はその刀に狂犬みたいな種類の存在が宿ってるという理解でいいと言われたので、なんとなくわかっていれば良いのだろう。刀の姿でないと調子が狂うと言っていた狂犬も元に戻してもらって、万事解決である。

そして数日後、やっと斬魄刀とやらの本質を理解することになる。

「ねえねえ、輝夜。遊ぼうよ〜」

「あのね、今宿題してるの! それにどうやって遊ぶんだよ」

「輝夜の身体を貸してもらって、またみんなに遊んでもらう! この前は楽しかったなあ。特に最後の網なんか、こっちにはないんだもん」

「輝夜を困らせたら承知しないわよ。あ、こら、待ちなさい!」

頭に直接流し込まれているらしく、こんなにうるさくしても周りには全く聴こえていない。それゆえに誰も助けてくれないのが大変困るのだ。狂犬だけは助けようとしてくれているが、より騒がしくなるだけというか……。

結局刀は僕の管轄になってしまったし、これからはこの二人とも上手くやっていかなければならない。幸い、お父さんたちもそれぞれの斬魄刀を持っているそうだから、コツを聞いて試行錯誤していくしかないだろうけど。

「じゃあ、それが終わったらおしゃべりしようよ。それだけなら良いでしょ?」

「ま、まあ……。終わったらね」

この強引さが、故郷の妹を思い出させる。春陽よりは聞き分けも良いが、話に聞くところだと自分を僕の兄だと表現していたそうで。これではどっちが兄だかわからない。

しかたない。家にいる間くらいは話し相手になってあげようじゃないか。

「はいはい、終わったよ」

「やったー! この前の僕すごかったんだよ、ばーんってね」

「ちょっと、話を盛らないでよ」

「それでね、それでね。あ、あれしようよ。精神世界で鬼ごっこ!」

「せ、精神世界……?」

「うん。目を瞑って力を入れたら行けるはずだよ」

「輝夜にこっちに来いって言ってるの!? だめよそんなの」

「えー、なんでだめなのー」

……話を聞いてあげると約束したのは、早計だったかもしれない。





月夜烏は輝夜には比較的従順ですが、面白いことを思いついたらその限りではありません。またボケ担当が増えちゃって本当はボケたい輝夜が常にツッコミせざるを得ない状況に陥ってますね。
あ、月夜烏の具現化した姿はまだ考えていません。精神世界での姿と具現化した姿は違うものっぽい? のでその辺もいろいろ考えていきたいなあ。


斬魄刀編はこれにて閉幕です。次は尸魂界編、ルキア奪還ですね。しかし輝夜は行きません。今回『例外だから心配』とか言ってたけど本当は『我が子だから心配』だった過保護お父さんが許してくれないので。
なんて、次回まだ書いてないのでわかりません。もしかしたら『番外編:藍染惣右介と浦原輝夜』かもしれないし。ということで、次回もお楽しみに。


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第三十四話:まあ主人公ですからね


前回までのあらすじ
弟っぽい兄ができた



ある日。夏休み中ながらいつもの時間に起こされた僕──浦原輝夜が、目を擦りながらダイニングへと向かったときのことだった。

庭がとんでもなくうるさいのだ。基本的に浦原商店をうるさくしている原因であるところのジン太は今目の前にいる。なら、誰が……?

「だあああ! もっかいだ!」

「一護さん!?」

「あ? 輝夜じゃねえか」

何故か、うちに一護さんがいた。今までも何度か朽木さんとかいう女の子と一緒に店に来たことはあるが、がっつり家の敷地に入っているのを見たのは今日が初めてじゃないか?

「黒崎サン、修行中なんだよ〜」

ついさっきまで一護さんとやりあって(一方的に叩きのめして?)たお父さんがスッと横に現れて軽くよろける。……というか、え!?

「しゅ、修行!? あの!?」

「どの、かはわからないけど……ま、それだよ」

ほへーという気の抜けた音が口から漏れでる。そんな、某ジ○ンプ漫画でよく見るような単語をまさか現実で聞くとは思わなかった。

一護さんは、黒い和服を纏い大剣を持っていた。この服が例の死覇装か。

「あれ、でもなんで? 急に主人公の器に目覚めたの?」

「なんだよそれ……。ルキアが連れ去られたんだよ」

それを連れ戻すためにやってんだ、とこっちに来た一護さんが言う。普段より眉間に皺を寄せているように見えるが、かなりとんでもないことを言っているような気がするのは僕だけだろうか。

「連れ去られ……え、一国の姫だったりするんですか」

「ちげーよ!」

「はっはっは、あながち間違ってもないっスけどね」

「俺のせいで犯罪者にされちまったんだ。俺が絶対助けなきゃいけねえから頑張んねえと」

一護さんが拳をぐっと握り込むのが見える。自分のせいで他人が被害を被るのは、自分がそうなるより辛い。一護さんは顔と喋り方は怖いが内面は優しいから、特に心にくるのだろう。

「でもそれなら、こんなところで呑気に特訓なんかしてないで早く行かないとダメなんじゃ……」

「今行っても一瞬でやられて終わりっスからね〜。ちゃんと瞬殺されない程度には鍛えないと」

誰に攫われどこに行ったのかすらわからず、当然そこにどんな人がいるのかもわからないけど、お父さんが言うならその通り、一護さんには朽木さんを助けられる力がまだないのだろうが。はたして敵は待ってくれるのか?

しかしなるほど、己の実力が足りないからすぐに助けに行けないのも一護さんがイライラしている理由の一つ、というわけだ。

「さ、輝夜は朝ごはんを食べないと」

「そうだった」

言われて初めて思い出す。それと同時にお腹がきゅうと鳴いて、修行がどんなものかもう少し見たかったなあと後ろ髪を引かれつつも本来の目的地へと向かった。

……あれ。もしかしたら僕も朽木さんを連れ戻しに行くことになるかもしれないのでは? 回復能力はあるし、斬魄刀とやらもある。お母さん相手にも通用した魅了だってあるのだ。そうなってもいいように特訓──修行したほうがいいのだろうか。

朝ごはんを食べながらちょっと考えてみるとしよう。





輝夜は朽木さんとは接点がほとんどありません。『一護さんの隣にいがちな背低い女の人』『浦原の息子らしい少年』どまりです。一護さんは妹と遊ぶ上で接点も増えるんですけどね。


今回は試験的に、プロット書いて慎重に書いています。あと文体を変えてみました。それ関係でちょっと輝夜がふざけ気味ですね。一護さんがツッコミに回ってくれるからかも。
次回は出発になるんじゃないかな。いつものごとく本編は一文字も書いてませんが。それではいつになるかわかりませんが次回もよろしくお願いします。


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第三十五話:出発

前回までのあらすじ
特訓をする一護さんを見た。



「出発したぁ!?」

「ハイ。昨夜のうちに」

朝起きると重大な作戦のメンバーに置いていかれました。(タイトル)

え、昨日いつ出発するか聞いたら翌々日だって言ってたよね? 日々可愛い大好き愛してるとか愛を囁いてる僕に嘘を教えたというのか。

「ハイ。嘘っス」

絶句するとはまさにこのこと。何も言えず空気ばかり吐き出す僕に、お父さんは冷ややかな目を向けた。

なんで嘘なんか。来てほしくないなら来るなって言ってくれればいいじゃん。

「いやあ、可愛い輝夜にお願いされたら負けそうだったから……ね?」

「え、ええ、でも、それなら先にはっきり言ってよっ……み、みたいな?」

お父さんに少し生意気な口調で話すのはこれが初めてでもないのに、初めてこんなに緊張している。目が怖くて咄嗟に誤魔化してしまった。いつもみたいに笑っているように見えて、なんの感情もこもっていないような目。

「だぁって、輝夜に傷ついてほしくないんスもん」

お前は足手まといだ、なんて言えません。

お父さんは、冗談めかしているのに嫌に冷めた声でそう言った。

 

「あ、ぶなかった……」

「そんな顔するくらいならそのまま言えばいいじゃろうが。『輝夜まで行ったら心配で心配で仕事が手につかないから連れてはいけないんだよ〜行かないで〜』とか」

「あのねえ、だからボクはそんなんじゃないですって」

輝夜と話したあと、自室に入るや否や扉に背を向けてへたり込んだボクを、映像付きの電話を勝手に部屋に繋いだ夜一サンがここぞとばかりにからかってくる。心配しているのが主な理由ではないとそのたびに返しているのにこうしてまた懲りずにからかいに来るのは、無視しているのか忘れているのか。歳なんじゃないのか?

「あ?」

「なんでもないです」

「儂が何度もこういうのは、なにもからかいたいからというだけではない。なーにが『回復要員はすでにいるし、魅了がきちんと効くかもわからない。斬魄刀だってまだまだ使いこなせないはずです。それを除くと一般人よりも弱いから輝夜は連れて行けないっスね〜』じゃ!」

全く似ていない物真似で再現された。悪意が節々に見えるが、ボクそんな言い方しました?

「……でも、その通りでしょう」

「まあの」

じゃが、と真面目な顔に戻り前置きをする。

「さっき輝夜が言っておった言葉を覚えておるか」

「さあ、なんでしたかね」

本当は覚えている。

『僕は弾除けになれる。他の人だと死んじゃうかもしれないけど、僕だったらちゃんと再生する……と思う。そりゃ、足手まといかもしれないけど、守ってもらわなくても大丈夫だよ。本当は僕も行ったほうが良かったんじゃないの!』

怒ったようにそう言われた瞬間、目の前が真っ暗になった。すぐに景色は戻ったが、ボクはショックを受けたことにショックを受けたのだった。

「情けないのう、子供にあんなことを言わせるなんて」

「ボクが言わせたんじゃないっスよ。ボクには思いつかなかったんだから」

「言っとる割には凹んどるのう。儂も同罪じゃから、人のことは言えんがな」

……どうしてあの子はあんなことを。嘘をついたのは悪かったと思っている。でも、あそこまで怒ることなのか?

「そんなに行きたかったんスかねえ、尸魂界に」

「頼られたいお年頃なんじゃろうよ」

「……はあ。我が子であれど情には左右されない自信があったんスけど」

「お、認めおったなこの頑固者が」




浦原さんの愛には作者もにっこり。敬語のときは他に人がいるか取り繕ってるかという非公式書き分けしてます。輝夜も薄々気づいてるんじゃないかな。
そんな感じで原作には参加しません。小学生を連れてはいけんでしょう。


輝夜は次回も現世でのんびり過ごす予定です。いつものようにいつ更新になるかはわかりませんが……。とにかく頑張ります、ほどほどに。


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第三十六話:小学生は見た!


前回までのあらすじ
父、息子に酷いこと言ってショックを受ける。



僕は今、真子さんやひよ里さんたちの住む家にいる。お父さんに『忙しくなるから平子サンのところにお泊まりに行ってきてくれる?』と言われたのだ。

それは、足手まといと言い放った数時間後のことだ。普通の顔をしてるようだったが、よく見るとちょっとやつれていた。僕に気を使っているのがバレバレである。どうせ『可愛い輝夜に痛い思いをさせたくないけどおねだりされたら絶対許してしまう……。いっそ厳しいことを言って諦めてもらうしかない!』みたいな思考だったんだろう。言葉も視線も怖かったからあのときは気づかなかっただけで、結構わかりやすいのだ、あの人は。

……間違えてたら恥ずかしいから『わかってるよ』みたいな態度は取らないけど。

 

「なんや、そんなこと言われたんか?」

「しばいたるわあいつ……!」

「い、いやいやいや、大丈夫だから」

どうしてここにと聞かれたからさっきあったことを話したら、ひよ里さんがものすごい形相で指をコキコキ鳴らし始めた。慌てて止めたが、真子さんや白さんは笑ってるし他のみんなも止めてくれない。ど、どうして……。

「あいつ、子供できてから急に不器用になったな」

「ええなそれ、なんか卑猥で」

「輝夜くんの前でそう言うのやめなよ……」

急に生えてきたリサさんをローズさんが嗜める。

実のところ、既にリサさんの下ネタには慣れてしまったので、そうやって常識人的な指摘を見ると何も感じなくなった自分に気づかされて恥ずかしくなる。

「あ、そうだ。頼みごとがあるんだった」

「頼みごとォ?」

ラブさんが僕の言葉を聞いて瞬時に面倒オーラを纏った。どうしようもなさすぎる。しかし『なに嫌そうな顔してんのや! 輝夜からのお願いなんやぞ!?』とひよ里さんが一発入れてくれたのでよしとしよう。よしとして良いのか?

気を取り直して、本題に戻るために軽く息を吸う。

「あのね、実は──」

 

「特訓してくれ、だァ?」

「う、うん……」

さっきのラブさんと似たような語尾の上げ方だったが、拳西さんが言うとすごまれたようで少し怖い。こめかみに血管が浮き出るなんて現実にあるんだ。

「やめときや。あいつはただ心配しとるだけなんやから真に受けんでもええんやって」

「あ、それはわかってる。あのあと落ち込んでたもん」

「喜助……」

いつの間に胡散臭いヘラヘラしたやつから内面ダダ漏れ野郎になっとるんや、と真子さんが頭を抱えた。一護さんにお父さんの話を聞くたびに『あれ? お父さんってそんな人だっけ』と思っていたのだが、やはり他人から見たら胡散臭いというイメージなのか。

僕の前で見せる表情が本当に本心かというと、そうとは断定できないけど。

「特訓はさておき、あんま危ない橋は渡んじゃねえぞ」

「ワタシもそう思いマス……。それで怪我でもしたら大変デス」

普通の子ならそうかもしれないが、あいにく僕は普通じゃない。今は定期的に血をもらっているから僕なら怪我してもすぐに治ってしまうのだ。みんな忘れているのか? でも、そもそもお父さんがどのくらいまで伝えているのかわからないから迂闊なことは言えない。

しかし、みんなの反対を押し切ってまで特訓がしたいわけではない。そこまで言うのなら、と素直に諦めて、ここにいる間は普通に遊ぶことにした。

 

 

 

「ふわ……」

寝て二時間程度で起きてしまった。暑くて寝苦しいというほどではないけど一度起きるともう一回寝るの難しいんだよな……。まあ、今は夏休みだし、少しくらい遅く起きても許されるだろう。

あれ?

台所に電気が付いている。まだ日付を跨いで何時間も経っていない時刻だから、不自然ではないのだが……。

なにせ声も聞こえるのだ。こんな夜中に何を喋っているんだ。僕がいたらできない話、ということか?

こっそり近づいてドアに耳を寄せる。

「うーん、聞こえづらいな……」

『……輝夜は…………』

お、少し聞こえたぞ。僕の名前? なんだなんだと耳を押し当てる。

しかし、僕は後悔することになる。なぜなら、僕がいない場所でしかできない話なんて、死神など僕が関わったら危ない目にあうかもしれない話と──

 

『あの吸血鬼『狂犬』の血を継いだ輝夜が、もし俺らの敵になったとき、誰が止められるんや。なッさけない話やけど俺は無理やで』

「……え?」

 

──僕の()()()()話くらいしかないのだから。





知ってた話、知ってしまった話。
輝夜のセコムになりがちなのは、死神のあれこれや藍染さんとのあれこれに巻き込みそうだからです。輝夜は『なんかされたら言えよ!』と口酸っぱく言われています。ほうれんそうは大事……。


さて、アホなのでアホな話を書きたくて別の連載も始めてみました。「十一番隊書記の日常」ってやつです。
ひとまず「神と呼ばれた〜」は尸魂界に行っていろいろするまでで本編終わり、あとは番外編とかで思いついたときにのんびり書いていこうかなと思っています。
なんて、どうなるかはまだ未定なんですけどね。
ということで、どちらもよろしくお願いします。


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第三十七話:一人と一匹で得られるものもあるってこと


前回までのあらすじ
聞いちゃいけないことを聞いた。



翌日。僕は真子さんに頼んで、黒崎家にしばらくお泊まりさせてもらうことになった。昨夜のこともあるが、単純に『夏休みお泊まりしよう』という約束を遊子としたからだ。

僕が複雑な心境を必死に隠しているのを白さんが『変な顔ー』と一発で見抜いたのは、白さん特有の不思議パワーだと思いたい。真子さんの目がめちゃくちゃ疑いの光を放っていたような気もするが、全て気のせいである。

 

さて、今朝までのことは置いておいて、今の説明をしよう。

一心さんはお仕事。夏梨と遊子はお夕飯の買い物に出かけた。一護さんは言うまでもなく朽木さんの救出。

……何をして囚われているのかもどうやって救出するのかもわからないが、うまくやれているのだろうか。巻き込まれ体質そうな一護さんのこと、やたらでかい案件に巻き込まれている気もしなくもないが……。

なんて、お母さんと一緒に行ってるんだから、楽勝とまでは行かずともみんな元気に帰ってくるだろう。

話が逸れた。

僕が言いたかったのは、黒崎家にお泊まりしに来たらみんないなくなってしまったということなのだ。

いや、みんなではない。一人と数えるのも躊躇われる者が、まだ家にはいた。

「俺様を一人と数えねえでなんて数えんだよ!!」

「なんだろう……一匹?」

「まあたしかに、今の見た目的にはそうだな。いやでも最近はよく一護の身体に入るから……なんなんだ?」

勝手に自問しているこのぬいぐるみはコン。なにやってんの。

中身はぬいぐるみではなく人造人間的なものらしい。よくわからないけど、この世界がなんでもありなことは身をもって知っているからもう何も考えず受け止めることにしている。

「おい! 輝夜、お前変な顔してんぞ。何かあったのか?」

「そんなわけないじゃん。コンのほうが変な顔だし」

「な、なんだとーー!!」

テンパっている状況でも声に動揺を出さず相手を自分のペースに乗せて操れるなんて、流石は浦原喜助の息子。コンが乗せやすいだけとも言う。

しかしこのぬいぐるみ、なかなかどうして侮れない。おバカかと思ったら鋭いところを突いてくるぞ。それもこれも誤魔化せたからもう関係ないんだけど。

「で?」

「ん?」

「何かあったのかって聞いてんだろ」

ダメだった。

白さんみたいに不思議パワーを持ってたりするの? 有り得ないと言い切れないのがこのなんでもありな世界の怖いところである。

 

「なるほどな」

仕方ないから全部説明したが、血神などの話をしても良かったのだろうか。

「狂犬……ええと、さっき言った僕の祖先で今は刀になってるんだけど、その狂犬は、本当に昔すごい吸血鬼だったらしいんだ。だから反応としては間違ってないし、僕自身死神みたいな能力を持ってるのもあって、未知数として恐れられるべきではあるんだけど……」

「寂しい、か?」

「ちが、……いや、違くない、のかな」

僕を見上げるその顔が、いつものおちゃらけたそれとは違って真剣だった。ぬいぐるみのくせに、愛嬌を振りまくだけじゃないのか。

「俺様はな、生まれたその日に廃棄が決まってたんだ」

廃棄。人工的に作られたものだから廃棄と呼んでいるが、それはつまり、動物でいう殺処分ということではないか。昔の吸血鬼と、昔の僕と同じ。

「ああ。それが嫌で逃げようとして、逃げられなくて。でもいろんな手違いと優しさがあって、俺はここにいるんだ」

「そうだったんだ……。大変だったんだね」

「おうよ! 俺様の言いたいこと、わかったか?」

「え、わかんない」

コンが見事にずっこけた。でもしょうがないじゃん、なんで説明もなく急に過去の話をするんだよ。どこに注目したらいいかわかんないじゃないか。

「だから! 俺様が言いたかったのは、『要らないと思うやつもいれば、いてほしいと思うやつもいる』ってことだ!! 現に、俺は姐さんと一護が守ってくれてここにいる。お前もあの下駄帽子たちが守ってんなら、それが答えだろ」

「捨てる神あれば拾う神あり、みたいなこと?」

「よくわかんねーけど、まあそういうことだ!」

「そっか……」

僕がどれだけ危ない存在だって、脅威になる危険性がある存在だって、お父さんもお母さんも我が子のように育ててくれているのだ。

それに、真子さんの言葉には『輝夜がもし俺らの敵になったら』という条件がついていた。つまり、今のままなら大丈夫だということ。

疑いを持たれているからなんだ、今までのように仲良くしてほしいなら変に強くならなければいいだけのことじゃないか。……強くなろうと思って強くなれるかは置いておいて。

「ありがと!」

「こら、ばか、ちょちょちょ、形が変わっちまう!!」

「揉んでよりかわいくしてあげよう」

「もうマックスかわいいから遠慮するぜ〜〜!!!」





コンさんと輝夜。
実は似た者同士の真逆同士で、とても相性がよいです。いらない子だと思われていた過去はあるけど今は楽しく暮らしている、甘やかされて生きてきた輝夜とお兄さんぶるコンさんという。


久々の更新です。シリアスが辛いのもあり、実生活がはちゃめちゃ忙しいのもあり……。
次もいつになるやらわかりませんが、のんびり書いていこうと思います。よろしくお願いします。


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三十八話:悩むは本人ばかりなり


前回までのあらすじ
コンがいいお兄さんムーブをかましてきた。



後日談。

僕は後日談という言葉のことを、物語だけで見る現実では使われていない言葉だと思っていた。現実の生活は常に続いており、前日も当日も、まして後日など存在しないだろう、と。

しかし、今回はまさに後日談としか言いようのない出来事があった。

 

黒崎家にお泊まりした初日から一週間、真子さんたちのアジト(?)に戻って2日目の昼のことである。

コンに言われた言葉を反芻(はんすう)し、大丈夫大丈夫と心を落ち着けてはいたものの、やはり少しわだかまりが残っていた。

だって、もしかしたら真子さんが僕と仲良くしてくれるのはお父さんに言われたからなのかもしれないし。あのときはたしかに、と膝を打ったけど、世の中良い人たちじゃない。……世の中を語るには、僕は子供すぎるけど。

ということで、僕は真子さんをはじめとしたみんなを気づかれない程度に避けていたのだが。

「そ、尸魂界に顔見せに行く!?」

「おー、ゴタゴタ片したらやけどな」

いつものようにご飯を食べたらさりげなく自分に割り当てられた部屋に戻ろうとしたとき、真子さんに呼び止められたのだ。それで聞かされたのがさっきの話。

初耳ですが!?

ちなみに、尸魂界についてはめんどいから教えたるわ、としばらく前に真子さんに教えてもらった。お父さんやお母さんの言うところの『あの世』のことらしい。

「えっと、それはもしかして、僕が危険因子だから何かあったときのために……みたいなこと!?」

「なんやそれ、自分危険因子やったんか」

「ち、違うけど……」

違うと、僕はそう思っているが。

まさに今そこにいる貴方が言ったんでしょうに。

しかし、当の本人は早めの厨二病かと怪訝な顔だ。まあ話だけ聞けばそうかもしれないけどさ……。

「いやほら、この前の夜に言ってたじゃん!」

「え? ……あー! あれ聞いとったんか」

「き、聞いとったんかって……」

あれ? 軽くない? 僕はそれで一週間弱も悩んでたっていうのに。

てっきり、もっとこう……『聞いてしもうたんやな。……そうや、輝夜の力はもう俺らじゃ抑えられんほどになっとる。隠しとってすまんかったな』みたいな、シリアスな空気になるものだと思っていたんだけど。

「そんなんちゃうわ。あれは『自分の身内、しかも子供に酷いことできるやつが誰もおらん』っちゅー話や」

「ど、どういうこと……?」

「まあ待てや。順番に説明したる」

 

曰く、お父さんは僕と会わせたい人物がいるらしい。正確に言うと、僕を見せたい人物、のようだが。

その人に会わせるために僕を尸魂界に連れて行きたいところだが、二つの問題があった。

一つ目。

今はお母さんたちが大暴れしている件で尸魂界は混乱を極めており、今行くとうっかり斬り殺されかねないこと。真子さんの口ぶりでは、落ち着くまで年単位でかかるかもしれないとの想定のようだ。そりゃそうだ、100年も前の悪事を白日の元に曝そうとしているのだから。

二つ目。

こちらは僕にも関わる問題だ。

大罪人の息子であり、殲滅対象だった吸血鬼の末裔の僕が、果たして手放しで尸魂界に遊びに行けるのかということ。大罪人の息子、というのは一つ目の解決とともになんとかなるとして、吸血鬼の血を引いていることはどうにかできることではない。

どうにかするには、周りが僕にきちんと首輪をつけて無闇に噛み付かないようにするしかないのだが……。肝心の周りの人間が、面倒を見ている子供の僕をどうこうなど考えられないと口を揃えて言うのだった。おいおい、それはどうなんだ……? 拳西さんや白さんあたりは拳で止めてくれそうだけどなあ。

そんなわけで、僕がまた変な力に目覚めると困るので、まだ暴力を使わずに解決できる今の弱い僕のままでいてほしい、と話していたのが先日の夜だった。

「しっかし、喜助のやつがとんでもないもんを作ろうとしててな」

「お父さんが?」

「一時的に斬魄刀の能力を使えなくさせる塗り薬、やったか。あんなんあったら藍染なんか一発やで」

僕のためにそんなすごいもの作ってる暇があるならラスボスを倒すためのものの開発に時間を割きなよ!

危うく叫ぶところだった。親バカすぎないか?

「それに、特殊な眼鏡も作る言うてたしな。あのときの言葉は忘れてええよ」

「え、あの『特訓するのは困る』ってやつ?」

「なんやったら俺らが特訓つけてやってもええで」

「遠慮します……」

ニヤニヤしながら声のトーンを抑えて言わないでほしい。元からものすごい胡散臭いオーラが5割増しになって、無意識にノータイムで断っちゃうから。本当は自衛くらいはできるくらいになりたかったのに……。

なんたって、見た目も精神年齢も10歳そこそこだけど、実年齢はもう20を超えているのだ。いつまでも守られるばかりではいたくない。

……仕方ない、身のこなしくらいは誰かに教えてもらうとしよう。ひよ里さんとか、白さんとかに。間違っても真子さんやラブさんには頼まない。変なこと教えられそうだ、必殺技とか。

 

ということで、無事仲直りをしたというか誤解が解けたというか、なんとも言えない疑念を払うことができた。

「「行ってきます!」」

「い、行ってきます……!」

「おう! 気をつけてなー!」

そして僕は、新学期を迎えた。





周りの大人たちは、目にさえ気をつければ輝夜なんてちょちょいのちょいなんですよね。なんたって腕力がない。目だって見なければいいだけなので、再生能力がなかったら最弱の名をほしいままにしちゃう系主人公です。狂犬も刀の姿では何もできないから、新入りの斬魄刀・月夜烏だけが頼りとかいう悲しさ……。


次回からは時間が飛び飛びになる予定です。一護さんが藍染さんをなんとかする間、現世では何もすることがないので……。ということで、次回もよろしくお願いします。


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第三十九話:狂犬は苦労人


前回までのあらすじ
新学期が始まった。



夏休みを終えて新学期が始まる日、僕は黒崎家で目を覚ました。

とは言っても、どこか怪我をして黒崎医院にお世話になったわけではない。僕なら怪我してもすぐ治るしね。

だから、普通に居候である。家事の一部も任されて、もはや客扱いですらない。いや、いいんだけど。むしろ最初の頃は何もしなくていいと言われて申し訳なかったから、仕事があるのは実はありがたい。

2週間前。『しばらく家にいられないかもしれないから』とお父さんに言われたので真子さんのところへ行くのかと思ったら、迎えに来たのは一心さんだった。一心さんがニコニコしながら僕の手を引くのに対して、お父さんはといえば歯を食いしばりながらなんとかにこやかに手を振っていた。

手、震えてますよ……。

そんなこんなでここに来た僕であるが、この生活はいつまで続くのだろうか。黒崎家では血が摂取できない。血がないと困ることもないが、1、2週間に一回血を飲むのはもはや習慣と化しているので少し寂しい。それに、飲まないと少しお腹が空く気がする。去年まで血を飲まなくても空かなかったのは感覚が麻痺していたんだろうなあ。

一心さんに話は通してあるようで無闇に昼連れ出すようなことはしないものの、流石に血はもらってない。そもそも一心さんは僕のことについて教えられているのかを僕は知らなかった。

 

「ねえ狂犬、どう思う?」

「……まさかしないとは思うけど、人目があるところで私に話しかけないでね。怪しい人だと思われるから」

家に帰り、こっそりリュックに入れて黒崎家に持ってきた狂犬に話しかけた。部屋は僕の提案で一護さんと同じ部屋になったため、そばにはコンもいる。

コンは、『それが話に聞く……』と引き気味にこちらを見ていた。

「ま、聞いてみるしかないんじゃない? それでなくともさりげなく探りを入れてみるとか」

「ぬ、抜き身じゃなくても話できるんだな……」

「何? ジロジロ見ないでほしいんだけど」

「アッすみません」

「な、仲良くしよう……?」

コンがベッドの上で体操座りして泣き出した。怖かったね……。

かわいそうに。虫の居所が悪い狂犬に話しかけるとは、なんてタイミングの悪い……。実は、お父さんをあまり良く思ってない狂犬は、『あの野郎私の大事な子孫を放っておくなんて!』と怒っているのだった。

狂犬、僕の斬魄刀『月夜烏』と話すようになってからどんどん口が悪くなっている気がする。僕に聞こえないように話すこともあるようで、たまにぐったりしているし……。実は苦労人なのかもしれない。

 

「あ、ごめんなさい一心さん、僕あんまそういうの得意じゃなくて」

毎日の日課の洗濯物を終え、晩御飯を作っている一心さんに言う。今日の献立はラーメンらしいが、なんとなく苦手なのだ。

ちなみに、今日は遊子に楽をしてもらう日だ。毎日小学生の娘にご飯を作ってもらっているのは、父親としてやはり思うものがあるのだろう。それでラーメンというのもどうかとは思うけど。

「そうなのか。すまねえ、じゃあ輝夜ちゃんだけうどんでいいか?」

「あ、うどんなら食べられます。ありがとうございます」

「おう! 他に苦手なものとかあるか?」

「苦手なもの……。そうですね、洋風のパスタとか、焼肉とかかな」

「そりゃまたうまそうなもんばっかを……」

一心さんが微妙な顔をする。お母さんも似たようなことを言っていた。人生半分損しとる! みたいな。

「あ」

「?」

「それって、もしかして吸血鬼的なやつか? ニンニクがダメ、ってことだろ?」

「う、嘘……そういうことだったのか」

たしかに、思い返せば苦手なもののほとんどがニンニクの入ったものだった。味や食感が苦手ってわけでもないからなんなんだろうと思っていたけど、臭いだったのか……。

って、え。

「きゅ、吸血鬼の末裔だって知って……?」

「あれ、言っちゃいかんやつだったか!?」

「あ、いや、大丈夫なんですけど……なんというか、知ってたんですね」

「おう、あいつからな」

思わぬところで気になることが確認できてしまった。やっぱりお父さんから伝えられてたのかよ!

それにしても、『吸血鬼の末裔』というワードの語感の恥ずかしさはなんとかならないものか。言う側も聞く側も少し気まずい。

『……ごめんなさい』

狂犬が僕にだけ聞こえるようにそう言った。

狂犬のせいじゃないよ……。





これから藍染さんを倒すまで、結構長い間黒崎家にお世話になります。
お金とかはちゃんと浦原さんから一心さんに流れてるのでご安心を。人一人養うのも馬鹿にならないお金と労力その他がかかりますからね……。
なんとか空座町に危険が及ばないように浦原さんも夜一さんも頑張っているので、輝夜は薄々今大変なんだろうなと思って迷惑をかけないように動こうとはしています。それがうまくいくかどうかは……どうでしょうか。


今回からどんどん時間が飛んで、半ば番外編のようになる予定です。輝夜の出番はお父さんが許さないぞ! 悲しいなあ……。
ということで、次回も頑張ります。


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第四十話:初めましてキャンセラー黒崎


前回までのあらすじ
輝夜は黒崎家にお世話になっている。



さて、このあと月単位で親に放っておかれ黒崎家に大変お世話になる僕であるが、その間何をしていたかというと、取り立てて特殊なことはしていなかった。

特訓してやると言った真子さんたちと全く連絡が取れなくなったのだ。多分お母さんと同じように、自分の持ち場についたってことなのだろう。

だから僕はいつものように本を読んだりゲームをしたり家事を手伝ったりと、学校に行く以外は安定の引きこもり生活を送っていた。

 

と、思っていたのだが。

「お、輝夜じゃねえか」

呑気に手を挙げて僕の名前を呼ぶ一護さんの他に、僕と同じくらいの背の男の子や目つきの悪い男たち、露出の多い女の人がそこにはいた。

……なんだこの状況は。

このときの僕の心情を表すならば、動揺。この二文字に尽きる。

「大丈夫か? ずっと固まってっけど」

「あの……変なもの買わされそうになってもちゃんと断らなきゃだめですよ。『俺はいらないです』ってキッパリ断るのがコツです」

「「ブフッ」」

耳打ちのようにして教えたのに後ろに聞こえていたらしい、赤い髪とスキンヘッドの男の人がゲラゲラ笑った。

「こいつらをなんだと思ってんだ!?」

「え、怪しいクスリとか売る人……?」

「クスリって……!」

一護さんまで笑い始めてしまった。もしかして違うのか……!?

 

「失礼しました……!」

「大丈夫よ〜! あー笑わせてもらっちゃったわ」

まさか死神さんだったなんて。黒い和服を着てなかったから、てっきりやばい人たちかと思って無礼なことを言ってしまった。

「ねえ、その子は誰なの?」

「ああコイツ? 妹の友達で、今お泊まり会らしい」

黒髪の人相が悪くないお兄さんの視線がこちらへ向く。うひゃあ、人見知りには効きすぎる攻撃だ。

自己紹介の流れか……。

浦原輝夜です、お父さんがお世話になってます。浦原輝夜です、お父さんがお世話になってます。浦原輝夜です、お父さんがお世話になってます。

よし、いける!

「えっと、うらは──」

「ああああああああああ!!!!!」

「親父!?」

「な、何事!?」

僕が名乗るのに被せて、一心さんが叫ぶ声がした。

一世一代の覚悟で挑んだ自己紹介は失敗に終わってしまったが、今は一心さんが先。

僕は急いで一護さんの後を追った。

 

なんだったんだ……?

結局あのあと、一心さんに怪我はなく何かが壊れたわけでもなく。

本人に聞いたら『なんでもないぜ!?!? それより、今日はずっとリビングで遊ばねえ? 寂しいよぉ〜』としか喋らなくなってしまった。『なあ知ってるか?』と言われてちょっと見栄張って『はい』と答えたら『そうか、だよな! あんなの知らないやついねえもん』としか喋らなくなったNPCみたいだ。

その割に、僕が二階に行こうとすれば慌てて力づくで引き止めるって……やっぱりあの人たち、やばい人たちなんじゃ?

 

 

危ねえとこだった。

浦原のやつに、輝夜には迂闊に名乗らせるなって言われてんだ。特に、誰もいないはずのうちでなんて、絶対死神相手だろ。

大体、浦原も浦原だ。なにが『知らない人には気をつけてって言ってるんで大丈夫だとは思うんスけどね〜』だよ! 全然危機感ないぞあの子、実の親に殺されかけたんじゃなかったのかよ!?

ふと目線を上げると、自分で出したらしいオレンジジュースをちまちま飲んでいた。

友人の親で親の友人だからってこんなに馴染むもんか? まあそうだよなあ、まだ小学五年生だもんなあ……。

まったく、これから心労がやばそうだ。

「……?」

「いや、なんでもねえよ……」





最近授業で習ったこと(クスリの断り方)を披露する輝夜と誤解されがちな先遣隊の方々、他人の子供を預かる大変さを身をもって知る一心さん。
いやほんとに大変ですよ、特に浦原さんと夜一さんの子供で元は吸血鬼の子って……歩く爆弾って言われても言い返せないですからね。本人が引きこもりだからまだマシってそういう話でもない?


次は多分もう藍染さん封印されてるかな?
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます(気が早い)。次は尸魂界編に突入ってほんとですか!? また気長に待っていただけると嬉しいです。
まだ一ミリもできてないですが、よろしくお願いします。


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第四十一話:知上村、再来!


前回までのあらすじ
輝夜は自分の心配をする一心に気づかない。



「お、お……せわに、なり……ま、」

「無理しなくていい。苦手なものはそうすぐには克服できないものだからね。……って、僕が言うことでもないな、すまない」

「いえ、そんなことは……!」

僕の目線の先には血の繋がった父、千樹郎さん。その距離は3メートルは離れていて、僕の情けない腰の引けっぷりに千樹郎さんは困ったように笑っている。

ああ、なんでこんなことに。

 

発端はつい2時間前、黒崎家でのことだった。何ヶ月と見てなかったお母さんが久々に顔を出したのだ。やっと帰れるのと聞こうとしたとき、お母さんはこう言った。

「お主が見つかるとまずい。これから別の場所に移るぞ」

次の瞬間にはもう知上村にいた。

以前経験したことがある、瞬歩だろう。前とは距離も速さも段違いで、あのときは加減してくれていたことを今更ながら知る。いや、今も加減してこれなのかもしれない。

……冷静ぶっているが、ただ驚きが一周回って変に頭が回っているだけだ。『久しぶり、元気してた?』みたいに大して仲良くなかった人とするような会話すらなく連れ去られたのだ。

しかしお母さんは全くそんな心の機微を感じさせない表情で口を開く。

「ここじゃったら安心じゃ。流石のあやつも空座町で手一杯じゃろう。じゃが万一もある、できれば斬魄刀の能力で緊急避難できるよう練習しておくように」

「え、ちょ、ちょっと!?」

「大丈夫、村には儂らが話してある。妹もおるんじゃろ? たまには水入らずで過ごしてこい」

「ねえ待ってって! ちょ、ふざけんなーー!!」

お母さんは、そのまま言いたいことだけ言って去っていった。

水入らずって言ったって、僕とあの千樹郎さんでは『よく来たね、大変だっただろ』『いやいや。最近帰れなくてごめんね父さん』みたいな会話はできないって知ってるだろうに。それに、どちらかというとその会話はさっきしたかったよ僕は。

 

そして今に至るわけだけど……。

向こうにも気を遣わせているようだからなんとかしたいが、それができたら苦労しない。いくら元々住んでいたとはいえ現在は他人の家にそんなに気軽にホイホイ入れるものでもなく。

そもそも僕はこの人が苦手なのだ。前は普通に話せたような気がするが、お父さんがいたからまだ安心できただけだったらしい。

せめて、誰かこの空気を壊してくれたら。そう思った瞬間、バタバタと大きな足音がした。

「お兄様! 遊びに来てくれたんですね!」

「は、春陽!?」

ぐえ、くるし……と息も絶え絶えに伝えると、千樹郎さんが引き剥がしてくれた。しばらくぶりに見た妹、32代目血神『川獺』は、おてんばが服を着たみたいに着物は着崩れ髪はぼさぼさで、全然変わっていなかった。

「だ、大丈夫かい……?」

「はー、はー……はい。ありがとうございます」

「お父様、お兄様がいます!」

「今日からしばらくうちで暮らすことになったんだ、今の親御さんの都合でね」

「あ、うん。いつまでかわからないけど、お世話になるよ」

「そうだったんですか!? また一緒に遊びましょうね!」

「まあ、ほどほどにね……」

春陽との鞠遊びを思い出してげんなりしたのを顔に出さないように笑う。あれは……大変だったから……。できればお兄ちゃん、家の中で大人しく遊びたいな……。

我ながら情けないことに、春陽に身体を揺らされて既に疲れてしまっている。どんどん遊ぼうね! とは言えないのが辛いところだ。

「では、輝夜くんの部屋を案内しよう」

「え、あの部屋じゃないんですか」

10年弱過ごしていたあの書物しかない部屋ではないのか。今では窓が一つもなく家具もほとんどないというのは珍しいと思えるが、あれはあれで慣れれば過ごしやすかったのに。

「いやいや、客人を書庫に泊まらせるわけにはいかないだろう。ちゃんと部屋もあるんだから、そっちで寝なさい」

「……あれ、書庫だったんですか」

「う、うん……。ごめんなさい」

「あ、そういう意味で言ったのではなく、ただ驚いただけで……」

「お二人とも、仲良くしてください!」

10年越しの事実を知りまた変な空気になってしまった僕たちに気づき、春陽が背中を叩いて喝を入れる。

まだ幼いくせにその手のひらはとても力強く、しばらく息ができなくなってしまった。それは千樹郎さんもそうらしく、変な姿勢で10秒ほどうずくまっていた。

変な空気になるたびこれを食らうなんて、この先やっていけるんだろうか……。僕は年末の笑ったら痛いお仕置きが待つテレビ番組に思いを馳せながら、案内を再開した千樹郎さんの後ろを歩き出した。





知上村はお隣の空座町の住人のほとんどが知らないような隔離された村なので、緊急避難には良いかもしれません。でも輝夜的には地獄ですよね。自分を殺そうとした父とおてんびすと(おてんばの最上級)な妹、自分は死んだと思っている母に囲まれて暮らさなければならないなんて……。ご両親とはこれから仲良くなっていってほしいです。


まさかの知上村編パート2。まだやっておきたいことがあったので、もうちょっとだけ続くんじゃ……。
今回悩みに悩んだので、次回もまた更新に時間がかかるかもしれません。でも頑張る! のでよろしくお願いします。


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最終話:おはなしにもならない

完結させることは難しいと判断しましたので、最後にやりたかった話を簡単にではありますがご紹介します。


知上村にて、本来の父である千樹郎と親子ではなくただの知人関係になることに決めた輝夜。どうしても微妙な空気になってしまうが、それを何度も緩衝材として繋いだのは妹の春陽だった。

春陽の助力もあって徐々に気まずくならなくなり、最後には一皮むけて一つ大人になる。

 

やっと浦原喜助曰く『ゴタゴタ』が終わったらしい、ということではじめての尸魂界編。

 

いろんな人にマジマジと見られるしみんな自分のこと知ってるしで困惑する輝夜であったが、両親の助けによってなんとか目的の場所に到着した。

そこは、十三番隊隊舎。伯父との対面である。

浮竹は、反抗期だった弟がいつのまにか父親になっていたことにいたく感動し、輝夜を可愛がる。輝夜が語る弟の話から自分に会いたくない、会えないと思っていることが見てとれるので、浮竹は元気にしているだけで良いと遠くにいる家族に思いを馳せた。

 

父親も母親もどこかに行ってしまったようだし散歩でもするかと外をぶらつくと、なにやらふかふかのものにぶつかる。

見上げると、大きな犬。声にならない叫び声を上げて逃げようとしても捕まってしまった。輝夜はこと大きい犬が苦手だった。暴れる輝夜、宥める狛村。まさにカオスな状況を打破したのは、扇子に姿を変えた狂犬だ。輝夜に喝を入れ、狛村に宥め方のアドバイスをし、見事輝夜を落ち着かせることに成功する。

しばらく尸魂界について話を聴きながら、抱き抱えられつつ散歩を楽しむ。大きい犬だけど良い人じゃんと認識を改め、苦手意識も薄れて懐いた。

一方浦原は「さっき子供が狛村隊長と一緒に歩いていた」という話を耳にして探し回る。あの子は大きい犬が苦手だったはず、そう考えてやっと見つけた輝夜は、狛村と仲良く散歩をしていた。心配して損したやら、元気にしててよかったやら。しかし、思い至る限り最悪なケースはビビって攻撃することだったため、そうなってなくて良かったのだろう。

 

他にも、マユリがその貴重な血を採取したり解剖したりしたいと言い寄ってきたり、ネムと仲良くなったり、瀞霊廷のたくさんの人に可愛がられる輝夜。

現世に帰るころにはすっかり疲れて親の背でぐっすり眠っていた。

 

本当は千年決戦編に参加して何度も四肢が千切れては再生したり、狂犬と斬魄刀が力を合わせて卍解したり(卍解したときの名前は血神『不死鳥(しなずのとり)』とか考えてました)、死にかける輝夜の命を繋ぐものとして狂犬が輝夜の心臓部に入りひとつになる展開まで考えてありました。




力不足でちゃんとした最終回が書けずこのような形での完結となりました。楽しみにしてくださっていた方々に、感謝とお詫びを申し上げます。
そして最後に、ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


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番外編 少年の日常
番外編:参観日→地獄


番外編なので時間軸めちゃくちゃです。



これは、輝夜が小学校3年生のときの話である。

今日は土曜日。普通は授業がない休日のはずだが、輝夜は教室にいた。後ろにはたくさんの大人たち。そう、三ヶ月に一度の授業参観日である。

科目は算数。苦手な科目だったが、幸いにも輝夜は先生に当てられることなく45分を終えた。

しかし、地獄はここからだった。

「あれお父さん? す、すごいんだね……」

「あっちは遊子ちゃんと夏梨ちゃんのパパだよね……?」

「えへへ、そうなんだ……」

「……さあ、知らない人だよ」

輝夜の父、浦原喜助と黒崎姉妹の父、黒崎一心が非常に目立っていたのだ。もちろん、悪い意味で。

二人とも、バッチリ決めたジャケットに革靴を着用している。それだけでこれでもかと主張しているのだが。

「はあ!? いくら一心サンでも許せません! 世界一可愛いのは輝夜でしょうが!!」

「なんだとこの野郎! 宇宙一可愛いのはうちの遊子と夏梨に決まってるんだよ!!」

「うるっせえよバカ親父!」

二人は、あろうことか狭い教室で言い争っていた。

 

「はあ……」

輝夜は、父親が大声で自分の名前を叫んだせいで他人のふりもできず悩んでいた。迷惑な二人に蹴りを入れに行った夏梨を見届けた遊子も憂鬱そうだ。

輝夜と遊子、夏梨は特段仲が良いわけではない。お互いに苗字で呼び合うし、同じクラスになったこともなかった。父親同士が顔見知りらしい程度の認識しかしていなかったのだが。

3年生になって同じクラスになると、二人は授業参観のたびにこのような言い争いをするようになってしまった。夏梨が他人の父親も関係なく制裁を加えてくれるのが唯一の救いだ。

「ねえ、浦原くん。なんとかできないかな……?」

「できるならなんとかしたいけど……あ、そうだ! 耳貸して」

遊子に耳打ちする。解決策が予想外のことだったのか、遊子はぱちぱちと瞬きしてそれから嬉しそうに笑った。

「すっごくいい案だね!」

「でしょ。これを言ったら絶対喧嘩やめてくれると思うよ」

 

「遊子と夏梨が一緒に寝てる写真を見ろ! 天使以外の何者でもないだろうが」

「あなたこそ見てくださいよ。あの愛くるしい瞳、素直になれない性格! クラスの子と話すのに恥ずかしそうに笑うんですよ!?」

作戦会議を終えて騒がしい中心に来てみると、さっきより悪化していた。最後の良心、夏梨はトイレに行ったようだ。

輝夜は遊子とアイコンタクトをする。呼吸を合わせて同時に口を開いた。

「「それ以上喧嘩するなら黒崎(浦原)さんちの子になるよ!」」

我が子の言葉を理解した二人は思った。

 

こいつにだけはこの子を渡しちゃいけない。

 

 

こうして、浦原喜助と黒崎一心のはた迷惑な口喧嘩は幕を閉じ、二度と行われることはなかったのであった。そして、輝夜と遊子、夏梨はお互いを下の名前で呼び合うことになった。




実は黒崎姉妹と同い年でした。親バカ二人が授業参観にジャケットを着て参加、しかも我が子がいかに可愛いかを熱く語られるなんて、子供からすると地獄な空間ですよね。しかも、二人とも髭を剃って来ています。本気度が違います。しかし次からはきっといつもの格好で来てくれると思います。柄シャツ白衣と羽織に下駄で……? それはそれでやめてほしい。


本編が行き詰まっちゃったのでやっぱり書きました。この連載を始めると決めたときから絶対書きたかったやつ。本来の文体はどちらかというと今回のように軽めなのですが、始まりで気取りすぎて本編では地の文多めです。自分で自分の首を絞めるだけなのでなんとか軌道修正したい……。でも本編は次回もシリアスになっちゃいます。もうちょっと頑張ります。


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番外編:静かに買い物もできない1

前回までのあらすじ
輝夜四年生の時間軸。ジン太7歳、雨10歳です。



「お三方。くれぐれも迷子にならないように」

テッサイさんの言葉に、僕と雨、ジン太の三人は頷いた。

今日はショッピングモールに来ている。右を見ても店店店、左を見ても店店店。14階まであるようだから、テッサイさんが言うように迷子になったら大変だ。

ここに来たのは洋服を買うため。半分引きこもりの僕には必要ないと思っていたが、少し前に話すようになった黒崎姉妹に言われてしまったのだ。

『なんでそんなおじいちゃんみたいな色の服着てるの?』

『つーか、いつも同じ服着てるよな。ちゃんと服持ってる?』

今ある服といえば、深緑のパーカーとジーパン、ちょっと柄が違うTシャツだけ。それぞれ同じものが何十着もあるから、一応毎日違う服着てるよ。

ドヤ顔でそう言うと、おしゃれさんな遊子と夏梨にたいそう怒られた。親が選んでるなら別の人に選んでもらえ。いやいっそのこと自分で選べ。二倍の勢いに僕ははいとしか言えなかった。

というわけで、ここにいるのはセンスは不明だが頼りになる保護者のテッサイさんと、女の子だからきっとセンスもいいはずの雨、勝手についてきたジン太、今回の主役の僕だけだ。両親はいない。仕事があって行けないとお父さんが半泣きで言っていた。僕の服はお父さんが選んでいるため、仕事がなくても連れて行くことはないが。

お母さんもなにやら用事があるようだったが、用事がなくとも長時間人間の姿でいなければならないとなれば行かないだろう。服を着たくないと公言するのはいいが、外でうっかり公然わいせつ罪で捕まらないようにしてほしい。

「最初はどこに行くの?」

「オレあそこ行きてえ」

「ふむ、靴屋ですか」

では参りましょう、と言ってテッサイさんは奥に消えてしまった。他の用事も効率よく済ますため行く順番はきっちり決めてあっただろうに、ジン太の適当な一言でまるっきり変わってしまった。

「靴屋なんて行く予定じゃなかったじゃん」

「オレが行きたくなったからしょうがねえだろ」

「しょうがなくない。そういうのは事前に言わないと」

「あの……早く行かなきゃ、はぐれちゃう……」

雨に袖をひかれて思い出す。こんなところで言い合いをしている場合じゃない。僕たちは慌ててテッサイさんを追いかけた。

 

なんとか追いつき、ジン太は軽くて速く走れるという謳い文句の靴を買ってもらった。速く走りたいという気持ちが僕には理解できないが、ジン太も雨もたまに虚退治をしているらしいと聞けば納得はできる。しかし、二人とも力が強いのは知っているがこんな子供に虚退治させなければならないなんて。あの世の人たちは何をしているんだ。

「つ、次は……どうするんですか……?」

「ええと、服屋にはいかなくちゃいけないから……」

ぐう。

お腹が鳴ってしまった。

「腹減ってんのかよ。じゃあ昼メシ食おーぜ」

「で、でも僕の目的は服を買うことで、」

「そこにフードコートがあるようです。参りますぞ」

僕の(お腹の)せいで、予定が変わってしまった。僕のほうがしかたなさは遥かに上だが、これではジン太と似たようなものだ。ちら、とテッサイさんを見上げると、いつもの無表情で前を向いていた。怒っては、ない、みたい? というか、逆に嬉しそうな気もする。嬉しい要素はなかったはずなので、気のせいだろうけど。

「お、ラーメンあんじゃん!」

「たこ焼きも……!」

……まあ、二人が嬉しそうだから良しとしよう。




黒崎姉妹に他意はありません。買ってるのは(人間年齢にすれば)おじいちゃん(どころか仙人、もはや人外)だから間違ってないしね。


今回は子供たちにクローズアップしてみました。二話以降まだ書けてないですが、既にプロットからズレにズレまくっています。浦原さんが出る予定だったところから違うので。プロット、初めて書いたのに……。


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番外編:静かに買い物もできない2

前回までのあらすじ
ショッピングモールでご飯を食べた。



腹ごしらえも終わり、僕たちはようやく服屋に向かった。

「すげー! これ全部服なのかよ!」

「このショッピングモールの目玉っぽいね」

店に入る前から、視界全部が服ばかり。冷静なふりをしているが、僕も圧倒されてテンションが上がる。興味のないものでもこんなに多いと楽しいんだな。

「どんなのがいいと思う? 雨」

「えっと……可愛い色が、似合うと思うよ」

雨が手にしたのは、ピンクと水色のトレーナー。僕が可愛いらしいのはいろんな人から言われて知っているが、ピンクと水色ときたか……。深緑ばかり着ていた僕に、明るい色はハードルが高い。

次に見せてくれたのは藤色のシャツ、その次は薄い青緑のパーカー。そういえば雨はいつも『浦原商店』と書かれた白いTシャツに淡いピンクの膝丈スカートを着ているんだった。おしゃれとかそうじゃないとか以前に、服をそれ以外知らないのかもしれない。

「ごめん、やっぱ自分で考えてみるね」

「ううん……! 役に立てなくて、ごめんね」

雨が傷つかないように気をつけて言ったつもりだが、どうやらまた傷つけてしまったらしい。そうじゃないよとフォローしてから別れる。

雨は、僕と同い年のわりに腰が低い。それに、下手なことを言ったら泣いてしまうこともある。きつい言葉を使うことの多い僕は特に気をつけるように、とテッサイさんに言われているのだ。もちろん、そうでなくてもわざわざ優しい雨を泣かせたいなんて思わないが。

「これ……は派手すぎるかな」

適当に目についたものを手に取ってみる。側面しか見えなかったからわからなかったが、表に大きなワッペンが五つも付いていた。急いで戻して、近くをうろつく。

良いと思うものは既に持っているようなものばかり。脳内の遊子と夏梨が首を振って哀れなものを見る目で見てくる。どうせなら二人にも来てもらえば良かった。

 

「あれ、輝夜くん?」

悩んでいると、後ろから声をかけられた。高い声、幼い喋り方にこの呼び方は。

「遊子!」

振り向くとそこには、やはりというか、黒崎遊子がいた。

「ねえねえ、輝夜くんがいるよ!」

「わ、ほんとだ」

しかも隣の棚の陰からは夏梨まで出てくる。噂をすればなんとやらとは言うが、本当にそんなことがあるのか。

「服選んでんの?」

「うん。でも全然わかんなくて」

だから選ぶの手伝ってほしい、と恥を忍んで頼んでみたら、二つ返事でオーケーされた。

ついでにメモに連絡先を書いて手渡された。これで服を買うときは電話で一緒に来てほしいと頼むことができる。携帯電話を持っていないから家からかけないといけないが。……からかわれる未来が見えた。しばらくはこの番号を使う機会はなさそうだ。




輝夜は携帯電話を持っていません。保護者ズは心配性ですが、外に出ることもほとんどない息子にわざわざ持たせるのもなあ、というか輝夜が『別にいらない』と言うからあげづらいなあ、って感じです。外に出るときだって誰かがついて行くし。


やっとお洋服選びパートになります。とか言って服のこと全然知らなすぎてなんとか誤魔化す方向へ向かいそうですが……。
あ、落書きですが絵も描きました。よければどうぞ。
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番外編:静かに買い物もできない3

前回までのあらすじ
遊子と夏梨に服選びを手伝ってもらうことになった。



輝夜が迷子になった。

本人に自覚があるかどうかはわからないが、少なくともテッサイ、雨、ジン太の三人が10分探しても見つからなかったのだ。

それでも、迷子センターにアナウンスしてもらう手は最後にしたい。三人の関係を疑われると困るためだ。それに、輝夜は目立つのを嫌う。10歳にもなって迷子センターなんて! と嘆く姿が三人の脳裏に過ぎった。

服屋は大きく、中で悩んでいるうちに遠くへ行ってしまった可能性は大いにある。それなら、三人で店内を探す方が良いはずだ。そう考えて探してみるが、やはり見つからない。

「どうでしたか」

「ダメだ、見つからねえ」

焦りは強くなっていく。特に雨は、最後に輝夜と会っていることもあって既に泣きそうだ。

「ごめんなさい……私が一人にしちゃったんです…………」

「そんなの言ってもしょうがねえだろ! 二手にわかれて探そうぜ」

珍しく真面目なジン太の提案で、雨とジン太、テッサイとわかれることになった。雨ジン太グループが迷子になっては元も子もないので、服屋のメンズだけを探すように決める。テッサイはレディース側だ。

事前に決めた集合場所に10分後に集まることを約束して、三人はそれぞれ持ち場についた。

 

「私のせいだ……」

「まだ言ってんのかよ! あの弱っちい輝夜から目を離したのはみんな一緒だろ」

まだ涙ぐんでいる雨を雑に慰めながら、ジン太はしかしかなり焦っていた。輝夜は歳上だが、細くて小さくて、腕っ節だって強くない。拐おうと思えば簡単にできてしまう。

思考は悪い方は悪い方へと流れて、もうこのショッピングモールにはいないかもしれないとまで思ってしまった。

「あの、ジン太くんのせいじゃ……」

「わかってる!」

自分のことで精一杯の雨にまで不安が伝わったのかと思うと、情けなくてしかたない。ジン太は手を握りしめて開いてを何度も繰り返し、大きなため息を一つついて一旦心を落ち着かせた。

一方雨はというと、涙の余韻をぐすぐす鳴らしながらもなんとか輝夜を見つけ出そうとしていた。

気の弱い彼女にとって人に話しかけるのは虚退治の何倍も難しいことだ。しかし、ほとんど兄弟のような存在である輝夜を見つけるためならばと勇気を振り絞って聞き込みを続けた。

それも五人になったところで心が折れそうになる。誰も輝夜のことを見ていないのだ。見ていても、小さな子のことなど気に留めていない。雨は、どうしたらいいかわからなくなってしまった。

「……そろそろ10分だ」

「うん……。もしかしたら、見つけてるかもしれないし」

 

「ねえ、本当にこれ着るの……?」

「うん! 絶対似合うよ」

僕の手には、どう見ても女の子用の半ズボン。膝上何センチだよ、とツッコみたくなる丈だ。

あれから僕は、黒崎姉妹の手で着せ替え人形にされていた。メンズからレディースから、本当にいろんな服を着せられて、僕の少ない体力はすでにほとんどなくなった。

「これは?」

「や、こっちのが似合うって」

二人は面白がってコーディネートバトルのようなことをしていて楽しそうだ。……本人そっちのけで。

早く帰りたい。三人置いてきちゃったから、みんな心配してるかもしれない。姉妹には悪いけど、そこそこ良い感じの服を何着か見繕ってもらって戻ろう。

「あのさ、そろそろ」

「次はこれ着て! 絶対似合うよ〜」

「ハイ……」

僕は、弱い。

 

三人が集まったのは、メンズとレディースの棚の境だ。両側に試着室があり、そこから輝夜が出てくることも考慮してのことだった。

「どうだった!?」

「いえ……。そちらもですか」

テッサイも、結局輝夜を見つけることはできなかった。10分前にわかれてから、保護者として不甲斐ないと自分を責めても意味がないと急いで探し回った。しかし初対面だと怖がられることの多い巨躯のせいで雨のように聞き込みができないこともあって、輝夜探しは難航していた。

「これもいいかも!」

そこに、声が聞こえた。輝夜のものではないが、同じくらいの女の子のものだ。ジン太には聞き覚えがあった。よく駄菓子を買いにくる女の子。彼女は輝夜と同い年で、仲が良かったはずだ。

そちらを見ると、やはり彼女、黒崎遊子だった。柔らかい茶色の髪を短く切っているタレ目の穏やかな少女。

「ジン太殿!」

テッサイの通る声も無視して走りだす。何か知っていると信じて。

「おい、お前!」

「あれ? あなたは、駄菓子屋の……」

「輝夜知らねえか!?」

彼女は、突然現れた顔見知りにキョトンとした。ジン太はその一瞬も待ちきれず、本題を叫ぶようにして伝える。すると、遊子の返事より先に、後ろからシャッとカーテンの音が聞こえた。

「え、ジン太?」

 

続いて聞こえたのは、間抜けな声。見なくてもわかる。三人が必死に探していた、浦原輝夜だ。

「う、うう……うわあああん」

「わ、ちょっと、雨!?」

最初に動いたのは雨だった。堪えていた涙をぼろぼろ溢して輝夜に抱きつく。輝夜の方が背が低いのもあってよろけるが、お構いなしだ。

「え、うぐ……」

そして、状況をようやく把握できたジン太も泣き出してしまう。なんとしても探し出さなくてはという使命感でピンと張っていた気が緩んでしまい、涙はしばらく止まりそうになかった。

二人を受け止めてはいるがよくわかっていない輝夜は、よくわからないながらもよしよしと背中をさすってみる。テッサイに視線を向けると、眉間のしわがいつもより多かった。わかりづらいが、かなり怒っている。

「あの、どういう状況……?」

「……心配いたしました」

「え、もしかして迷子だと思って探してたの」

ようやく状況が飲み込めたのか、輝夜は大きなため息をつく。双子に僕が振り回されてる間に、どうやら大事になってしまっていたらしい。輝夜は困惑の面持ちで頬をかいた。

「えっと、ごめん。心配かけちゃって」

「う、ひっく、ううん。ぶじで、よ、よかっ……」

「……ユーカイされたのかと思った」

「うん……。ごめん、ありがとう」

 

その後、輝夜は二人が泣き止むまでテッサイに叱られたのだった。

そして、試着中だった服は涙で汚れて買い取ることになってしまった。しかし幸か不幸か、父親が気に入って輝夜が定期的に着るはめになったため、それがタンスのこやしになることはなかった。




Q.雨は同い年だし、ジン太に至っては二つも年上なのになんで輝夜が迷子になってめちゃくちゃ心配されるの?
A.弱いから。
設定を考えていたときはこんなに弱そうな子になるとは思っていませんでした。吸血鬼はこの作品では最強種なので。なのになんでこんなに弱いの……? 一応回復能力はあるので、負けない・死なないという点では最強とも言えるのですが。それでも家族は安心できませんからね。
それと、プロットの段階では、『浦原さんは輝夜が大好きだけど、ちゃんと雨もジン太も好きなんです』という回にする予定だったんです。浦原さんどこ……ここ……?
ちなみに、子供たちの相関図描いてます。みんな仲良しです。
【挿絵表示】



次回はどうかな、本編の続きになりそうです。原作開始だー! でも輝夜は参加しません。戦闘力のない子はお留守番です。
それではいつになるかわかりませんが、次回もよろしくお願いします。


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番外編:かぐちゃん、そうちゃん

前回までのあらすじ
気づいたら謎空間にいた。

第一章読んでからのほうがいいと思います。
※かっこいい藍染さんはいません。



「ええと……藍染さん、でいいんですよね」

「ああ。君は浦原喜助の娘の」

「息子です。浦原輝夜」

面倒がって髪をしばらく切ってなかっただけで会う人会う人に言われるけど、れっきとした男です。まさか本気で娘だと思ってもいないだろうが、冗談かわからないポーカーフェイスで言われるものだから我ながら凄い勢いで訂正してしまった。父を嵌めた男だと聞いていたが結構緩いというかなんというか、誰から見ても第一印象が『良い人』になるような人だ。

そもそもなんで藍染惣右介と普通に会話しているのかというと、実は僕もわからない。気づいたら僕はこの家具もない四方が白い部屋にいて、それは藍染さんも同じようだったのだ。藍染さんの能力については少し前に聞いているけど、始解を見たことはないから術中に嵌っているわけでもなさそうだ。

「どうしたんだい? 浦原輝夜くん」

「フルネームで呼ぶのやめてもらえますか……? そんな警戒される存在じゃないですし」

「ほう、面白いことを言うね。あの『狂犬』の血を引く者なのに」

「ええ……狂犬は関係ないですよ。僕ができることってほとんどないんですって」

「ちなみに、何ができるんだい」

「えっとですね、」

おっと。

そういえばお父さんに、他人に能力を教えてはならないときつく言われてたんだった。危ない、これが藍染惣右介の恐ろしさか。

なんとかして誤魔化さないと。

「えっと…………屈伸とか」

「それは……日常生活が大変そうだね」

同情された。しかし、屈伸しかできない人を前にしたら僕もそう言わざるを得ないので怒るに怒れない。藍染惣右介、話術が巧みすぎる。

「それで、かぐちゃん」

「急に砕けましたねそうちゃん」

「吸血鬼には眷属という概念はあるのだろうか」

「え、何それ知らない……」

いや知っているけれども。あれだよね、よく物語に出てくる吸血鬼がコウモリや人の血を吸って手下みたいにするやつ。だけど何故突然……?

「文句なくこの世界で最強の吸血鬼の末裔である君の眷属になれば、死神や虚という枠を超えた存在になるための助けになれるんじゃないかと思ってね」

「そんなのになりたいんですか……」

「私はね、天に立つべきなんだ」

なんか語り出したぞ……。真子さんの話ではもっと当たり障りない会話しかしない上辺だけの人だと思ってたんだけど。

「私は才能のある子供だった。当時から周りの大人など簡単に殺せるほどの力を持っていたんだ。この私以外に、誰が天に立つというのか」

「そ、そうなんですね……?」

「わかってくれるか。やはり、私をわかってくれるのはただ一人君だけだと思っていたよ」

ごめんなさいわかりません適当に相槌打ってただけです! そんな心の叫びは通じない。さてはこの人、表面だけ取り繕うのは得意ってだけのぼっちだな!? それなら僕が理解者になるのもわかるけど、それはそれで失礼な話だ。

「ああいや、この話はいいんだ。それより今は眷属の話をしようじゃないか」

「だからわかんないですって……」

『血をギリギリまで吸って自分の血を少し入れたらできるわよー』

「きょ、狂犬!? どこから声が……」

「そうなのか! どういう仕組みで眷属にできるのか、実に興味深い。吸血鬼の血を取り込むだけではいけないのだろうか」

めっちゃ強引だーー! どんだけ吸血鬼の眷属とやらになりたいんだよ……。知らないものに対する反応がお父さんとほとんど同じで怖い。でもその割には、突然謎空間に響き渡る狂犬の声には動じてないのが不思議だ。

『でも主人には絶対服従で主人より弱くなるから結構不便だと思うわ。主人になるほうも大変だろうから私も作ったことなかったしね』

狂犬もそのまま続けるんだね……。

「ふむ……。では眷属になっても私の望みは叶わないのか。ならばこちらが吸血鬼の血を摂取するというのはどうだろう」

「あ、それは多分何も起こらないと思います。怪我があったら治りますけど」

「試したことがあるのかい?」

「昔少し……うーん、説明が難しいので割愛しますけど、普通の人が血を飲んでも凶暴化するとか力が強くなるとか聞かなかったので」

「なるほど。まだ死神に使ったらどうなるかわからないんだね。ではあとで試すとしよう」

「えっ」

試すって自分で? それとも他人で? というか誰の血を使う想定なんですか……?

「もちろん君の血だよ」

「ギャー! 思考が読まれてるし僕の血が狙われてる!」

「はは、冗談さ」

「怖い、もう帰りたい……」

距離をとりながらめそめそしてる僕に気づいたかきづかないか(どうせ後者だと思うが)、その笑みは絶やさずにその目に捕獲者の光を灯している。なんと器用な……。

そう思っていたら、急にその光を潜めて目を丸くした。

「おや」

「ひい、な、なんですか……」

「こんなところに扉なんてなかったはずだが」

「へ?」

藍染さんの目線の先、僕のほぼ真後ろを見やると、たしかにさっきまでなかったはずの扉があった。よくわからないが、これで外に出られる……のか?

「そうだね。名残惜しいが、出るとしよう。外で何が起きているかきちんと把握しなければならない」

「また思考を……。まあ、そうですね。心配かけちゃってるかも」

「また会おう、かぐちゃん」

「それ定着させるんですね、そうちゃん」

 

ふざけた台詞でわかれたはいいものの、同じドアから出るのだから同じ場所に出るのでは? それってめちゃくちゃ気まずいなと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。仕組みはまったくわからないが、謎空間から出た先に藍染惣右介はいなかったのだ。

扉は浦原商店の目の前に繋がっていた。

この不思議な出来事は、夢が現実かもわからないまま自分の胸にだけ残るだろう。それでも、何かが大きく変わるわけではない。これまで通りに僕にとっての普通の日常が続いていくばかりだ。起きて、ご飯を食べて、学校に行く。たまに真子さんのところに遊びに行ったり、黒崎家にお邪魔したり。そんな日常が。

変わるとしたらただ一つ。藍染惣右介の話題が出るたびに、『その人は僕のことをかぐちゃんって呼ぶんだよなあ』と思うようになるだけなのだ。

 

 

 

おまけ

「どうされたんです? 藍染隊長」

「ああ、少し……面白い子と話す夢を見てね」

「珍しいなあ、藍染隊長が夢やなんて」

「私もそう思うよ。私にわからないことはまだまだあるのだと気付かされた」

「はあ……? まあ楽しそうやからええですけど」




藍染さん、もしかしてギャグ要員じゃなかったりしますか?
こういう完璧なキャラクターほどボケさせたくなります。フルネームで呼ぶなと言われてあだ名で呼び始めるくらいボケてくれないとね。なんでそんなことに。


番外編なので自分の癖全開の文章と趣味マックスのネタです。めちゃくちゃふわふわしてる二人の会話、書くの楽しかった……!
次回は決まってません。また番外編かもしれないし、本編が進むかもしれません。そのときはまたよろしくお願いします。


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