ガールズバンドとシチュ別で関わっていく話 (れのあ♪♪)
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1.部活中に弦巻こころが乱入してくるシチュ

 花咲川学園、新聞部の活動内容は至ってシンプルなものだ。校内の掲示板に作成した記事を掲載する。ただそれだけ。記事の内容は学園側の連絡事項や近辺の他愛ない情報に加え、学園内の面白いネタを書いている。大した活動内容でもないが、問題があるとすればその面白いネタがそうそう転がっていないこと、そして

 

「まさか今年も部員が俺一人とは・・・」

 

 この圧倒的な人手不足である。相談できる先輩もいないし、共に切磋琢磨できるような同輩もいないし、一緒に作業を手伝ってくれる後輩も入ってはこなかった。放課後の殺風景な部室でPCに記事を打ち込んでいるのはいつも俺、『今井 レン』ただ一人だ。

 取り敢えず紗夜さんが風紀強化週間のお知らせの記事の依頼をしてきたからそっちを片付けることにしよう。生徒会側が全校生徒に渡すためのプリントはすでに用意されているからそれを参考に組み上げればすぐに終わるだろう。

 問題は記事のネタの方だ。去年の1年間の活動で大抵のことはネタとして取り上げてきた。刺激には事欠かない場所ではあるがやはりネタ切れ感は否めない。

 なんか面白いことでも転がりこんでこないかな・・・

 

「レーーン!!遊びに来たわよー!!」

「うるせえ後にしろ。お前は呼んでねえ」

 

 転がり込んできたのは花咲川の異空間こと弦巻こころ。突発的な言動と持ち前の明るさで周囲を楽しませてくれるトラブルメーカー。話はちょくちょく通じなくなったりするがとてつもなくいいやつではある。

 頭の栄養を胸と運動神経に吸い取られてしまったのではないかと、たまに心配になる。

 

「てか、本当に何しに来やがったんだ。バンドの練習はどうした?」

「今日はお休みだから、心配はいらないわ」

「休みなら美咲のとこ行けよ。お前らいつもセットだろうが」

「そうしようと思っていたのだけど、「レンが最近元気ないから笑顔にしてあげて」って美咲が言ってたの。美咲はミッシェルと2人で大事なお話があるから、せめてあたしだけでもって」

「あの女、押し付けやがったな・・・」

 

 てか、嘘ついてまで押し付けてくるとかどんだけ嫌だったんだよ。いや、美咲のことだし嫌とかじゃなくて、単純に一人の時間が欲しかったとかそんなところだろう。全幅の信頼をよせる友人とは言え、あのこころを毎日相手取っているのだ。そういう日だってあるだろう。まあ、作業妨害の火種を許す気にはならないが。

 

「でも、美咲の言う通りだったわね。本当に元気がなさそうじゃない。」

「いつも通りだよ」

「いつも通りならなおさらダメよ。そんな肩に重りを乗せたような顔をして」

「お前の相手するぐらいなら重り乗せながら作業した方がまだマシだよ。」

「あら、どうして?」

「ぜひ、胸に手を当てて聞いてみてくれ」

「ええ。分かったわ!」

 

 そう言うと、彼女は俺の隣の椅子に座り、こころに向き直った俺の胸の真ん中にドヤ顔で右手を置いた。

 

「・・・それで、どうしてかしら?」

「いや、こっちのセリフなんだけど・・・」

 

 なにが「ええ。分かったわ!」だよ。全然分かってないぞこいつ。やっぱ常識をどっかに忘れてきたんじゃないのか?なんでこんな笑顔で俺の胸触ってんだこいつ。

 

「いや、俺の胸じゃなくて、お前の胸って意味なんだけど」

「ああ、そっちだったのね。」

 

 そういうと、彼女は空いている左手を使い、自分の左側の乳房に手を置いた。

 

「いや、お前!ホント何考えてんだ!!俺の時は真ん中に当てただろうが!」

「柔らかいわね」

「そのまま揉むな!男の前で自分の胸をワシワシ揉むな!!ツッコミ無視して自分の胸のポテンシャルを確認するな!!」

「あら?レンの胸の鼓動が速くなってるわ。顔も赤いし、どうしたの?」

「あーもう、この女はあああぁ!!!!」

 

 この女、これ全部を天然でやっているのだから困る。正直こんなに可愛い顔をした女の子に正面からボディタッチされるだけでもヤバいのに、その女の子が自分の胸を揉みしだく光景なんてものは心臓に悪すぎる。さらにその女の子の胸は大きい。

 なにキョトンとした顔してんだこいつ・・・

 

「こころ!もう俺が悪かった。そもそも「胸に手を当てて聞いてみろ」って言われて本当に手を胸に当てようとした時点で間違いなんだよ。お前には難しい表現だったと思う。だからもうやめろ!」

「あら、そうなの?ちょっと面白かったのに。」

 

 取り敢えずこころの暴走は止まったが、作業は欠片も進んでいない。さすがにこれ以上はダメだ。「元気がない」なんて理由で作業の手を休めることはできない。締め切りだってあるし、最近になって掲載した記事を読んでくれる生徒も増えたのだ。一人でも楽しみにしてくれる人がいるなら妥協はできない。

 俺の体調なんて二の次だ。

 

「でも、元気が無さそうなのは本当よ。目の下にクマもあるし、あなた、ちゃんと寝てるの?」

「まあ、確かに作業が夜まで残るから満足な睡眠は確かにとれてないけどな。作業が終わらないのは俺の要領の悪さが原因だし、そこに不満はないよ」

「でも、やっぱり心配だわ。あなたの記事は学校中を笑顔にしているのに、肝心のあなたが浮かない顔してるなんて嫌よ」

「別にいいだろ。新聞部の活動自体は俺も好きでやってるんだ。まあ、体調が崩れようが精神を病もうが記事は仕上げてやるから安心しろ」

「もう。記事の心配なんてしてないわよ。あたしや美咲が心配してるのはレン自身のことなのよ?」

「それこそ別にいいだろ。それで倒れたって俺の自己責任だ。お前らには関係ない。」

「関係なくないわよ!!」

 

「こころ・・・」

 

「関係なく・・・ないわよ・・・」

 

 どうやら思ってた以上に心配をかけてしまっているらしい。明るい笑顔が持ち味のこころがこんなにもしょんぼりしている。さっきの胸に手を当てるやり取りだって、こころは俺を元気にしたかっただけなのだ。

 本当にこころは優しくていいやつだ・・・。さすが世界を笑顔にしようとしてるだけある。

 こころを突っぱねて作業を再開することも出来なくはないが、それも酷だろう。どうせ今日はバイトも無いし、今回はこころに付き合おう。なんだかんだ言ってこいつとの時間は楽しいのだ。楽しくあるべきなのだ。

 

「よし。もういい。作業はやめだ。」

「えっ?いいの?」

「まあな。こんな美少女ほっといて部活に打ち込むのももったいないしな。せっかく来てくれたんだ。何か楽しいことでもしよう」

「レン・・・ええ!そうしましょう!」

「元気なやつだな。」

 

 

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「と言っても、どうしようかしら。」

「「楽しいこと」ってのはざっくりしすぎたな。うーん。何か俺の好きなものでも挙げていけばいいのか?でも好きなことは部活なんだよな。」

「好きなもの・・・そういえばレンはおっぱいが好きなの?」

「なんだお前、いきなり答えにくい質問を。絶対答えないぞ。」

「でも、あたしやほかの女の子と話す時とか、ちらちら見てたりするわよね?」

「えっ。マジかよ。俺そんなに見てるのか?」

「ええ。そしてちょっと見たかと思えば、歯の間に鶏肉が挟まったような顔をして目を逸らすの。好きなものなのに顔や目を逸らしたりする・・・これってツンデレって言うのよね。」

「いや、それは普通に自分で見ちゃってることに気づいて申し訳なくなってるだけというか・・・そうか。今後は気を付ける」

「気にしなくていいのに・・・。でも、レンはどうやったら喜ぶのかしら。うーん。そうだ。膝枕はどうかしら?」

「膝枕?ああ、そういや寝不足な俺を心配してきたんだったな。誘いは嬉しいけどこの狭い部室にそんなスペースは無いぞ。」

「残念ね。あたし、ハロハピのベスト膝枕決定戦で2位に選ばれてるのに」

「お前らハロハピで集まってる時ちゃんと練習してるんだろうな?」

「ちなみに1位は花音よ」

「うわ、めっちゃ想像できる。絶対寝心地いいじゃん。花音先輩の膝枕」

 

 しばらく話してると瞼が重くなってきた。思っていたより俺の体は休みたがってたようだ。張っていた意地も捨てて隣に腰掛けるこころに体重の何割かを預ける。

 

「レン・・・?」

「肩借りるぞ。」

「レン・・・ええ、おやすみなさい。」

「おやすみ。重くなったら起こしていいから。」

 

 こころの人肌の温もりに寄り添いながら、俺の意識はあっさり落ちた。

 

 

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「なにも完全下校時刻まで寝かせなくてもいいだろうに」

「可愛い寝顔だったわ。」

「はぁ。まあいい。とっとと帰るぞ。外も暗いし家までは送ってやる。じゃあ俺、鍵返してくるから」

「ええ。先に外で待ってるわね」

「ああ、それと・・・」

「?」

 

 今日の作業は進みこそしなかったが、頭は随分すっきりしている。結局はこころのお陰だ。

 

「ありがと。来てくれて嬉しかった」

「・・・!どういたしまして」

 

 やっぱりこころは笑顔が似合う。彼女との楽しい時間を過ごしながら、俺は帰路につくのだった。

 ちなみに部室で寝すぎて、いざ夜になると全然眠れなかったのはまた別のお話。




 もしも読みにくいとか感想あったら下さい。待ってます。


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2.倉田ましろと真夜中の散歩をするシチュ

 
 前回の作品を読んでお気に入りにしてくれた人、前回の作品を読んで★9に投票してくれた心優しい人、ありがとうございます。



 深夜徘徊をしたことはあるだろうか。別に悪い意味ではない。単純に徹夜作業の合間に夜食を買いに行くとか、そういう感じ。車の往来も無く、人とのすれ違いも無い。暗闇の中、ひたすら静かな道を歩く、微量の恐怖とちょっとした楽しさがある非日常な時間。

 ましてや知り合いに遭遇するなんてことは基本的に無い筈なのだが・・・

 

「あっ、レンさん。こんばんは」

「よう、ましろ。奇遇だな」

 

 夜食の買い出しは、真夜中の散歩になった。

 

「それにしても、こうやってしっかり話すのは久しぶりですね。」

「そうだな。しっかり話すのはガールズバンドのお花見会の手伝いの時に会った時以来か。CiRCLEのバイトの時にちょくちょく話すことはあったけど」

「ですね。この時間はよく出かけるんですか?」

「たまにな。徹夜作業が長引くと夜食とか買いに。まぁ、今回は夕方にがっつり寝たせいで眠れなくなっただけなんだけど。ましろは?」

「ああ、私もなんとなく眠れなくて・・・」

「あんまり良くないぞ。こんな時間に女子が1人なんて危ないだろ」

「そうですか?」

「そうだよ。襲われたらどうすんだよ。お前可愛いのに」

「ふえっ!?あっ、そうでしょうか。そ、それは・・・どうも・・・」

「照れるなよ・・・」

 

 でもお世辞抜きにこいつは可愛いと思う。髪はサラサラで綺麗だし、ふとした拍子に出てくる上目遣いや仕草、そして身長の割に大きく膨らんだ胸、俺がその手の悪い人だったら確実に襲っている。

 

「まあでも、最近頑張ってるよなお前。変わりたいなんて理由でバンド始めて、本当に変わっちまうんだから」

「そんなことないですよ。根暗だし、性格は後ろ向きだし、責任から逃げたくもなりますし、結局本質は変わってないんです。私」

「別にいいと思うけどな。むしろ周りに前向き過ぎる奴らが多い分、お前みたいに若干ネガティブなやつがいるとなんか安心できる」

「その捉えられ方は、それはそれで複雑なんですけど・・・」

「でも、お前みたいなやつが必死に頑張って、マイクを持ってステージに立ってると思うと、勇気が出るというか、「俺も頑張ろうかな」って思えるんだよな。」

「なんか、そういう感想をもらえるのは、私もうれしいです。ボーカル冥利につきますね。」

 

 それにしても、こうして話してみると本当にただの大人しい普通の女の子だ。そんな大人しい女の子が、ライブの感動に突き動かされて、バンドを始めて、挫折して、それでもなお音楽と向き合うことを決めたのだ。

 何かを始めること、挫折してもう一度立ち直ること、どちらもそう簡単にできることではない。音楽を通して彼女の中でどのような成長があったのだろう。

 倉田ましろという一人の人間に対して少し興味が出てきた。

 

「なあ、まだ帰るつもりが無いなら、そこの公園のベンチで話さないか?コーヒーぐらいなら奢ってやる」

「それは、構いませんけど・・・どうして?」

「もう少し、話をしたくなった」

 

 

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 ましろはおずおずと俺の隣に座りながらホットココアを飲み始めた。

 ・・・コーヒー、飲めないんだな。

 

「と言っても、何から話そう。話題とか全然考えてなかった。・・・好きなものとかあるか?」

「好きなものですか?えっと・・・」

 

 話に誘っといてこの始まり方は自分でもひどいと思う。甲斐性なしで本当に申し訳ない。

 

「夜とかは、好きです」

「・・・ほう」

「特に深夜が好きなんです。街を照らしてた太陽が忽然と姿を消して、そこら中にいた人がぱったりといなくなって、誰もいない場所に私だけが取り残されたような感覚。寂しいのにどこか安心して落ち着くような、そんな感覚がどうしても嫌いになれないんです」

「随分と詞的な表現をするんだな。さすがは作詞担当」

「え?わかりませんか?この感覚」

「夜は好きだけど「取り残されて寂しい感じが落ち着く」みたいに感じたことはあんまりないかも。誰もいない町は自由な感じがするから気楽なんだよな。信号無視しようが道路の真ん中を歩こうが誰も咎めないし、車も通らないから轢かれることもない。まあやらないけど。」

「ある意味王様気分ですね。でも、人によって感じ方ってこんなに違うんですね。なんだか不思議な感じ」

「ましろの夜の捉え方は性格が出てていいな。俺はお前の考え方、好きだぞ。」

「私も好きですよ。レンさんの考え方」

 

 やっぱり不思議な少女だと思う。俺とは全く別の世界を生きているようで、俺に近しいものも持っているような気がする。

 

「そういえば私、レンさんのことをあまり知らないです。」

「俺のこと?まあ確かに詳しく話すようなことは無かったけど」

「はい。レンさんが花咲川で新聞部をやってることや、CiRCLEでバイトをしてること、その関係でガールズバンドの人たちと仲がいいことぐらいしか知らないんです。レンさんと深く関わる機会は無かったので。」

「というかCiRCLEでバイトしてるのも、ガールズバンドの取材のためだったんだけどな。ガールズバンドが熱い時代になって、花咲川にもバンドが新しく出来たりして。だから少しでも近い場所でその世界を見ようと思ったのがきっかけ」

「そうだったんですか。やっぱりレンさんの記事はガールズバンド関係のものが多いんですか?」

「どうだろう。多分それなりの割合は占めてると思う。やっぱり流行りに乗ったバンド関連の記事はみんなよく見てくれるんだよ。機会があればお前らの取材もするかもな」

「いいんですか?私たち、花咲川のバンドじゃないですけど」

「大丈夫だよ。みんなガールズバンド好きだし、薫先輩の記事とかすげー人気だぞ?花咲川のファンにとってあの人は羽丘まで行かないと会えない存在だからかなりの量の感謝の言葉が飛んでくるよ。掲示板の横に置いてある記事の縮小コピーだって朝のうちに消し飛ぶし」

「そ、そんなに人気なんですか。あの人・・・」

「仕方ないよ。そこらの男よりイケメンなんだもん。あの人」

 

 しかも、あんなに大多数のファンに囲まれておきながらその一人ひとりに真摯で誠実に対応するのだ。誰かを蔑ろにしたりはしない。まあ、それこそがファンが多い理由なんだろうとは思うが。

 

「さて、時間も遅いしそろそろ帰るか」

「そうですか?私はまだ帰る気分じゃないんですけど」

「・・・真夜中に年下の美少女から「まだ帰りたくない」って言われること自体は男としてすごく嬉しいけど2時半はまずいだろ。ほら、送ってやるから。」

「はい・・・そうですよね・・・」

 

 なにちょっとしょんぼりしてるんだよ。可愛いなこいつ。

 

「ましろ」

「はい」

「薫先輩みたいな王子様じゃなくて申し訳ないけど」

 

 呼びかけて、右手を差し出す。知り合いの王子様な先輩を必死に真似て、自分に似合わないセリフを夜のテンションに任せて紡ぎ出す。

 

「エスコートは任せろ。お姫様」

「・・・!はい。喜んで」

 

 不格好な誘いにも、ましろは笑顔で応えてくれた。

 

「ちょっと、恥ずかしいですね。これ」

「たまにはいいだろ。誰も見てないんだから」

「ふふっ、そうですね」

 

 俺とましろはお互いに恥ずかしがりつつも、しっかりと手をつないで公園の外へ出たのだった。

 そうして俺たちは知り合って間もない間柄であることも忘れて、恋人たちのデートのように、帰り道という真夜中の散歩へ駆り出すのだった。

 

 

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 その後、冷静さを取り戻した時にお互い恥ずかしくなって途中から手を放して歩いたのは言うまでもない。

 やっぱり深夜テンションは恐ろしい。「エスコートは任せろ。お姫様」なんてセリフは少なくとも素面で言えていいセリフではない。

 

 向こうがどう思っているかはわからないが、個人的に気まずいのでましろとはしばらく会いたくない。




 もしも読みにくいとか感想あったら下さい。待ってます。

 女の子と手をつなぐのってドキドキしますよね。細くて冷たい指先、妙に手汗が気になったりとかしちゃったりして。お互いにしかないものを絡め合う。
 そう考えると手をつなぐっていうのは、ベッドインと同等かそれ以上にえっちなことなのかもしれませんね。


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3.奥沢美咲に罰ゲームをしてもらうシチュ

 前回の作品を読んでお気に入りにしてくれた人、前回の作品を読んで★9に投票してくれた心優しい人、ありがとうございます。

 嬉しいです。


 俺のクラスである2年A組は基本的に平和なクラスだ。香澄と有咲がいちゃついていたり、美咲目当てでこころが遊びに来る光景が見られたりする、そんなクラスだ。男子は少ないが、話し相手には困らない。このクラスでは基本的に穏やかな気持ちで過ごすことができる。

 爽やかな朝の時間、そんな穏やかな教室の片隅で俺はというと

 

「さて、落とし前をつけてもらおうか」

「穏やかじゃないセリフだなぁ・・・」

 

 クラスメイト、奥沢美咲への報復に勤しんでいた。

 

「というか、何が落とし前なのさ。確かにこころは作業の邪魔しちゃったんだろうけど、結局こころに肩枕してもらってぐっすり寝落ちしたんでしょ?男としてそれなりにいい思いした挙句、寝不足までケアできたんだから責められる筋合いなんて無いじゃん。寧ろ感謝して欲しいぐらいなんだけど」

「ぐっすり眠って寝不足が軽減したのは認める。男としていい思いをさせてもらったのも事実だし、なんなら役得だとも思った。ただ、その話とお前がアポなしで勝手にこころを送り込んできたのとは話は別だ」

「いや、仕方ないじゃん。こころに内緒で済ませておきたい用事とかあったんだよ。」

 

 美咲側の事情は知らなかったけど、サプライズの企画でもあったのだろうか。

 

「まぁ、悪意があったとは俺も思ってないけど、でもアポなしで突撃されて不都合があったのは事実だ。今言った通り落とし前はつけてもらう。罰ゲームだ。」

「まあ、そっちの都合も考えずに勝手にやったことに関してはあたしも悪かったと思うし、こころの相手してくれたお礼も兼ねてお昼ご飯ぐらいは奢らせてもらうから」

「わかった。取り敢えず猫耳メイドさんの刑な」

「うんなるほど。ちょっと待って!?」

「今から授業サボって衣装買ってくるから待っとけ。やっぱ裾の短いやつがいいよなぁ~」

「いや、ちょっ馬鹿!!ほんとふざけんな!何なの猫耳メイドの刑って!!」

 

 美咲の顔がこれ以上ないくらい赤くなってる気はするけどそんなことは知らない。

 

「言葉通りだよ。お前が猫耳メイドさんになって俺に写真を撮られるんだ」

「罰ゲームの度合いを明らかに超えてるよ!なんであんたの娯楽に巻き込まれなきゃいけないの!」

「別に俺だけの娯楽にするつもりはない。然るべき手順で生写真にした後、きっちり全校生徒に配布する」

「そういう問題じゃない!寧ろもっとタチ悪くなってるから!」

「『奥沢美咲、心も体も癒します』っと」

「メモるな!写真のタイトルに使えそうな案を書き留めるな!」

「10枚ぐらいプレミアで美咲のサインを書いてもらうのもアリだな・・・」

「わかった!1週間分、いや、1か月分お昼ご馳走する!これで勘弁して!」

「問題は撮影場所だよなぁ。背景が世界観を壊すのは避けたいし・・・」

「ああもう、こうなったら奮発してやる!1年分だ!」

「いや待て。そんなに嫌か?」

 

 半分冗談だった手前そこまでしっかり拒絶されるのも困る。美咲の猫耳メイドさんコス、絶対可愛いだろうに。

 

「とにかく、あたしの猫耳メイド姿を全校生徒に晒すなんて絶対に嫌」

「美咲、重要なことだからこれだけは言っておくぞ?」

「何?」

「・・・猫耳メイド『さん』な?」

「どうっでもいい!!猫耳メイドへの敬称の話なんか心っ底どうでもいい!!」

 

 こころとの関わりでその辺りのことにも寛容になったと思っていたが、やはり美咲のガードは堅い。でも、ちょっと楽しくなってきたな。

 

「ねえ、もっと別のものは無いの?メイドよりマシなやつ」

「あるぞ。というか最初からこっちをやってもらう予定だった」

「なんだよかった。それで、内容は?」

「今ここで、こころの好きなところを5個挙げてもらいます」

「・・・ほう」

「ハロハピの取材をすることも増えたからな。メンバー内の絆の一部を見ておこうかと」

「いや、メイドよりマシなだけじゃん。普通に恥ずかしいんだけど。」

「聞き捨てならないな。お前にとってこころへの好意は『恥ずかしいもの』なのか?ハロハピで培ってきたお前とこころの絆を『恥ずべきもの』で片付けるのか?まぁ、『恥ずかしくても仕方ないよな』あの常識外れのこころの好きなところ、なんて」

「いや、そうじゃなくて、単純に照れくさいんだよ。友達の好きなところとかそういうの。」

 

 目を逸らしてそんなことを言った美咲だったが、すぐに鋭い目つきで俺を見据えた。

 

「・・・でも、さっきのあんたの言い方はムカついた。言ってやろうじゃん。こころの、・・・大好きなところ」

「いいねえ」

 

 これもやってくれるか不安なものだったが、ちょっと煽ったらすぐに乗ってきた。やっぱりこころのことになると弱いんだよな。こいつ。

 そうしてると、またもや顔を赤らめながら話し出した。うん。恥ずかしいよな。こういうのって。

 

「まず、・・・えっと、可愛いところ?うん、こころの可愛いところが好き」

「初手から抽象的だけど大丈夫かお前。まぁ分かるけどさ」

「うん。服装もおしゃれだし、髪も綺麗だし、女子として憧れる部分はあるかな。」

「で、2つ目は?」

「じゃあ、放課後になると一緒に帰ってくれるところ、とか?」

「確かに。お前らいつも一緒だもんな」

「そうなんだよね。いつもいの一番に「美咲美咲ー」って飛びついてくるの。あたしと一緒ならどんな場所でも楽しいんだってさ。まぁ、そんなあたしもこころが一緒なだけで楽しいんだけどさ」

「いきなり惚気出したなこいつ・・・で、3つ目は?」

「前向きなところ、かな。どんなに周りがネガティブな空気でも、こころはその周りを巻き込んで楽しい空気に変えちゃうの。こころがいると、こっちまで何でもできちゃいそうな気がしてくるんだよね。まぁ、本人としてはただ楽しいことをやってるだけなんだろうけどね。」

「確かに、こころのポジティブに救われてるやつは多いだろうな。取材先でもよく耳にするし」

「その話、こころが聞いたら喜びそう」

「じゃあ、その勢いで4つ目も頼もうか」

「そうだなぁ。こころと言えば、やっぱり笑顔でしょ」

「最初照れまくってたくせにすげーいい顔で話すじゃん」

「いやいや、仕方ないよ。もう、理屈抜きで好きなんだもん。こころの笑顔。こっちまで笑顔になっちゃうし、ハロハピ関係でそれなりのハードワークこなしてる筈なのに、こころが楽しそうに笑ってくれるだけで、疲れが吹っ飛んじゃうんだ。ハロハピとして世界を笑顔にしようって気は当然ちゃんとあるけど、最近はこころの笑顔が見たいからやってる部分もあるかも」

「思ってたよりアツアツな想いでちょっとビックリしてるんだけど、そんなに好きなのか」

「そうだよ。あたしはこころの笑顔が好き。大好きなこころの笑顔があればいくらでも頑張れる。これは偽りない本心だよ」

「・・・(からかい半分で聞いた手前、想像以上の思いの丈を聞いて申し訳なくなってる)」

「じゃ、5つ目で総括しようかな。こころの存在そのもの、って言うとスケールが大きすぎるけど、でもこころの生き様というか、在り方というか、そうゆうところがやっぱり大好きなんだ。誰よりも素直で、元気で明るくて、そんなこころが突っ走ってくれるから私はハロハピでやっていけるんだと思うし、あの子の力になりたいって思う。・・・これからも、仲良くしたいな」

「・・・」

 

 気づいたら無言で小さく拍手していた。美咲のこころやハロハピに対する愛情に対して、ここまで感銘を受けてしまうとは

 

「はぁー、思ってたより熱く語っちゃったな。で、これで満足?」

「いやいや、これ聞いて満足かを判断するのは俺じゃないだろ。なあ?こころさん?」

「は?」

 

 そうして俺が美咲の背後にいた人物に話しかけると、不自然な動きで美咲は後ろを確認した。

 

「美咲!あなた最高よ!」

「ちょ、待って。抱き着いた挙句に頬ずりをするな!というか、いつから聞いてたの?」

「あたしの可愛いところが好きって言ってくれた辺りかしら」

「最初からじゃん!もう、なんでこんなタイミングで私の後ろにいるのさ」

「だってレンにチャットで呼ばれたんだもの。物音を立てずに美咲の背後に忍び寄って欲しいって」

 

 もう美咲は完全に手で顔を隠してしまっている。そして目の部分だけ指を開いてこちらを睨みつけてきた。

 

「こころがいるなんて聞いてないんだけど」

「罰ゲームの内容は『今ここで、こころの好きなところを5個挙げてもらう』だから、こころの存在は関係ない。「こころがいない」なんて言ってないし、そのことを確認もされてない」

「このゲス男!!」

「そもそもこれは罰ゲームなんだ。ただ語らせるだけじゃ意味ないだろう」ピコンッ!

「待って。何今の小気味の良い電子音?・・・あんたまさか・・・」

「美咲さんの本音、無事に録音完了しましたー」

「うわああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 まぁ、録音はこころに送ってからさっさと消すんだけど。

 

「ねぇ美咲、いつまで顔を隠しているの?そろそろ笑顔を見せてほしいわ」

「そうだぞ美咲、こころを困らせてやるんじゃねえ。こころの笑顔のためにハロハピやってるんじゃなかったのか?」

「次そのいじり方したら本気で殴る」

 

ピコンッ!(美咲の録音データ再生)

『こころの生き様というか、在り方というか、そうゆうところがやっぱり大好きなんだ』

 

「あーもう!あんたたちなんか知らない!授業サボって帰る!!」

「おい美咲!・・・ちょっとからかい過ぎたな。」

 

 

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 この後、俺とこころでなんとか美咲を連れ戻し、全力で謝った。

 

 許してはくれたがしばらく俺とこころに口をきいてくれなかったのは言うまでもない。

 ・・・いや、俺はともかく、こころには口をきいてやってもいいだろうに。

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを出してほしい」などのリクエストがあれば感想にお願いします。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。




 「好きだ」という気持ち、「嫌いだ」という気持ち、どちらもほいほい人にぶつけるようなものではありませんが、たまにはぶつけるのも大事ですよね。
 ちゃんとぶつけ方を考えられるなら、の話ですが。

 後書きの最後に本文書いてて思ったことを書くやつ、やめた方がいいですかね?


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4.公園で今井リサ(姉)とキャッチボールするシチュ

 前回の作品を投稿してからアクセスしてくれる人、お気に入りにしてくれる人、評価してくれる人が増えてちょっとびっくりしてます。☆10に入れてくれた人もいてちょっとアガりました。
 感想も頂いちゃったりしてニヤニヤしてます。
 
 あくまで日常系の話で恋愛要素もストーリー性も大して強くない作品なので、誰も見向きしない可能性も考えていたのですが、嬉しい反響です。

 今回の話は姉弟の話です。やはり、主人公に『今井レン』と名付けたからにはこのキャラとは絡ませたかった。


 姉弟というのは年齢を重ねると会話が減ってきたりするものだ。仲が悪くなるわけではない。ただ会話が減るのだ。いかなる時も一緒にいて、些細なことですぐに喧嘩をしたりしていたのが、いつの間にか衝突を避けるように関わりを減らすようになる。必要最低限の会話しかしなくなり、お互いに干渉をしないようになるのだ。

 姉弟に限らず、兄妹や兄弟、姉妹の組み合わせでも多くの場合はそうゆうものだ。しかし・・・

 

バタンッ!

「磯野ー!野球やろうぜ☆」

 

 うちの姉に関して言えば、全然そんなことはないようだ。

 

「姉さん・・・休日の朝から個性的なボケかますんじゃねえよ。その誘い方するのサザエさんの中島君ぐらいだぞ。」

「もうレン?言い方には気を付けな?アタシの中の人は中島くんじゃなくて中島さんだよ?もしくはゆっきーって呼ばなきゃ。」

「やめろ。中の人とか言うな。」

「まぁ、冗談はこの辺にしてさ。久しぶりに一緒に遊ばない?二人だけだから野球じゃなくてキャッチボールだけど」

「別にそれはいいけど今7時半だぞ?どんだけやりたかったんだよ・・・」

「いやー、昨日掃除中にたまたまグローブ見つけちゃってから興奮しちゃって・・・とにかく、朝ごはん食べたら一緒に公園行こ。今のレンなら父さんのグローブでピッタリだろうし」

「了解。さっさと動きやすい服に着替えるから待っててくれ」

 

 着替えてリビングに下りるともう朝食は用意されていた。

 ちなみに朝食は気合の入ったフレンチトースト。高カロリーなだけでなく、短時間で胃袋に入れることができる。どんだけキャッチボールしたかったんだよ・・・

 

 

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「さて、公園にもついたことだし、さっさと始めようぜ。」

「待って。ちゃんと準備運動してから。」

 

 楽しみにしまくってたくせにこうゆうのはしっかりしてるんだよな・・・

 

「にしても父さんのグローブ、本当にピッタリだとはね」

「確かに。昔はあんなにでかく感じたのに」

「レンもおっきくなったよねぇ。」

「親かよ・・・」

「ひと昔前まではちんちくりんだったくせに」

「親か!」

 

 こうして話しているうちに準備運動も終わり、お互いにグローブをはめる。

 

「まぁ久しぶりだし、最初はちょっと近いぐらいでいいよね。」

「だな。よし、いつでも投げてくれていいぜ」

「オッケー。それっ!」

「よっと」

 

 久しくやっていなかったから動きが心配ではあったが、やっぱり体が覚えているのか慣れるのに時間はかからなかった。しばらく会話なしで投げ合い、慣れてきたら距離を離す。ある程度離れたあたりで姉さんが話しかけてきた。当然、お互いボールは投げ続けたままだ。

 

「そいえばレン。最近どうなの?学校生活とか」

「どうって、別に普通だよ。友達と適当に過ごして、放課後は部室に籠って記事書いて」

「そっか。部活は楽しい?」

「相変わらず部員は俺一人だけど、まぁ楽しくやってるよ。ガールズバンドの連中との交流はあの部に入ってたから生まれたものだし」

「そっか。うまくやってるようでお姉ちゃん嬉しいよ。」

 

 ボールを投げ合いながら、そんな他愛ない話を交わす。この手の会話なんていつでも出来るのだが、体を動かしてるお陰でそんな会話にも楽しさが出てくる。

なんでもかんでもそつなく上手いことこなす姉に対して少なからず苦手意識を持っていた時期があったりもしたのだが、やはりこうして一緒に過ごしていると心が温まってくる。

 

「あ、でも女の子と絡む時はちゃんと気を付けた方がいいよ?この前、美咲からクレーム来たし。」

「余計なお世話だって言いたいけど、確かにあれは俺もやり過ぎたと思ってるよ。そこはちゃんと謝ったし許してもらえたよ」

「今は元通りに雑談できるようになったってことはちゃんと美咲から聞いてるよ。でも悪戯はほどほどにね。」

「わかってるよ。でも美咲みたいなやつって、なんかイジり倒したくなるんだよな。」

「あー、確かに。真面目できっちりしてる人ほどやりたくなるよね。アタシも紗夜とか友希那が照れてるところとか見たくなってついついそうゆう絡み方したくなるんだよね~。褒めちぎられて恥ずかしがってる燐子も可愛いし、気持ちは結構わかるよ」

「そうなんだよなぁ。ちょっと困った顔してるのとか見ると楽しくなっちゃうんだよ。まさか共感されるとは思ってもなかったけど」

「やっぱ姉弟だなぁ。アタシら」

 

 特別なことがある訳じゃない。ただひたすら手のひらサイズのボールを投げ合っているだけだし、姉弟らしく生産性のない雑談をしているだけなのだが、なんだかとても大事な時間をすごしているような気持ちになる。

 姉だから主観的にそう感じているのもあるが、やっぱり今井リサという一人の人間には、それなりの強い人徳があるように思う。

 

「なあ、姉さんは最近どうなんだよ。友希那さん、一緒のクラスなんだろ?」

「そうだなぁ。お陰様で毎日楽しいよ。授業中に友希那の寝顔も見られるし」

「うちのRoseliaファンが衝撃受けそうな情報だな・・・」

「あ、そうそう。たまには友希那にも会ってあげてよ。顔見たがってたし」

「俺に?いや、別にいいけど苦手なんだよな。あの人。」

「なんで?昔はあんなにベッタリくっついてたじゃん「ゆきちゃん大好きー」って」

「今そこ蒸し返さなくていいだろ。ていうか、だからこそ距離感が分からないというか・・・。そりゃ去年よりはマシになったと思うけど、まだ気持ち絡み辛いぞ」

「そう言わずご飯でも誘ってあげたら?どうしても気まずいならアタシもついてってあげるからさ」

「考えとく」

 

 昔は友希那さんと姉さんの遊びに、俺も混ぜてもらったりしたものだ。引っ込み思案だった俺を姉さんはよく外へ連れ出してくれたし、友希那さんも姉さんにくっついていた俺を可愛がってくれた。幼少期の二人が公園で歌を歌っていた時も、俺は二人のお客さんとして参加していた。

 しばらくすると、病的に音楽ができなかった俺は、本格的に音楽へ打ち込むようになった二人に置き去りにされて疎遠になった。今思えば、置き去りにされたとは言っても、優秀過ぎる二人に距離感を感じた俺が一方的に逃げただけなのだが。

 

「なぁ姉さん。俺、音楽が好きだよ。ちっちゃい頃は何にも分からなかったし、今も楽器やりたいみたいなことは考えられないけど、聞く分には好きだし、ライブに行けば力が溢れてくる。新聞部の取材でガールズバンド達の夢や情熱に触れてから、本当に好きになった。」

「お、どうしたいきなり?そんな嬉しいこと言ってくれなくても、お昼ぐらいちゃんと奢るよ?アタシお姉ちゃんだし」

「別にご機嫌取りで言ったわけじゃない。俺は本気で――」

「冗談だって。何年も一緒に過ごしてきたんだからそのぐらいわかるよ。でも、嬉しいな。レンがそこまで言ってくれるなんて。」

 

 確かに、ここまで音楽が好きになるとは自分でも思っていなかった。そもそも音楽の力が凄いのだ。最初こそ何も理解できなくて嫌いですらあった音楽だが、その音楽のお陰で深く落ち込んだ時も立ち直れたし、新聞部の活動もガールズバンドの音楽に助けられている部分が多い。

 何ならこうやって姉さんと仲良くキャッチボールが出来るのだって音楽のお陰だ。音楽が繋いでくれた数多くのものがあるから今の俺がいると言ってもいい。

 

「・・・おい、弟よ」

「何事ですか姉上?」

 

 感慨に耽っていると姉さんが古風に話しかけたので取り敢えず乗っておく。結構真剣な表情だ。

 

「・・・あのさ、そろそろ肩痛くない?」

「え?・・・あっ、本当だ。そう言えばもう昼じゃねえか。俺たちずっと投げてたのかよ」

「しかも一切の休みなしでね。うーわ。やらかしたーこれ、ベース弾けなくなったらどうしよ。筋肉痛で右腕全滅とか笑えないんだけど・・・」

「そこは大丈夫だろ。ピックさえ持てるなら。」

「いやいや、友希那って耳いいから調子悪いと演奏で気づかれるんだよ・・・。どうやって言い訳しよう?「レンとキャッチボールしてたらやり過ぎて右腕壊れちゃった☆」ヤバい。怒られるどころじゃ済まない気がする。」

 

 比喩表現なしで姉さんは頭を抱え始めた。まさかこんな風になるまで雑談に夢中になるとは思ってもみなかった。現に俺も右腕を少し痛めている。

 取り敢えず、流石にこのまま公園に入り浸っても仕方ない。

 

「・・・家帰って湿布貼りまくろう」

「・・・うん」

「・・・お昼、好きなもの奢るよ。バイトで貯金多いし」

「・・・うん」

「・・・帰ろう」

「わかった・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 後日、筋肉痛は残ったものの演奏に支障はなかったらしく、姉さんは無事に練習を終えて帰ってきた。ただ、終始友希那さんに筋肉痛を勘づかれるかどうか気が気ではなかったらしく、帰って早々に泣きついてきた。

 

「レ――――ン!聞いてよもうめっちゃ怖かったああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを出してほしい」などのリクエストがあれば感想にお願いします。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


 見た目が変わろうと、体格が変わろうと、性格が変わろうとも、変わらないものが確かにそこにある。
 人が変わっていってしまう理由は、変わらないものの大切さを見つめなおすためなのかもしれませんね。


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5.市ヶ谷有咲が新聞部に顔を出しに来るシチュ

 うーん。割と最初の部分で迷走して、迷走したまま書き上がってしまった。

 コレジャナイ感というか、不完全燃焼感というか、手応えが無いというか・・・

 自己満足で書いてるやつなので投稿はするのですが。


 活動の内容が内容なので、新聞部には客人がよく来る。校内でイベントをやるから詳細を記事にして欲しいだとか、近いうちにライブをやるから宣伝を記事に書いて欲しいだとか、次の薫様の記事を早く書けだとか、そんな用事で新聞部に依頼をしに来るのだ。

 薫先輩の記事は先週にも書いただろうが。薫先輩のモーニングルーティンの紹介書いただけで掲示板に人だかり作りやがって・・・。

 

「さてと、そろそろ来る頃合いか?」

 

 作業の手をいったん止めて時計を見上げると、ちょうど扉がノックされた。

 今回の客人は朝のうちに自分が来ることを伝えてくれる、かなり良心的な客人だ。しかも入る時にノックまでしてくれる。こころには是非とも見習ってほしい。

 

「おいレン。今、大丈夫か?」

「ああ、どうぞ」

「失礼しまーす」

「ああ、好きなところに座ってくれ。今からお茶出すから」

 

 そうして入ってきたのはクラスメイトの市ヶ谷有咲。相変わらずツインテールが良く似合っている。

 俺は早速PCの画面を見ながら正面に座る有咲に話しかけた。

 

「まぁ、来てない奴らがいることも気になるが、お前が来たってことは、またライブの告知だろ?で、次はどんなドでかいことをやるつもりなんだ?」

 

 有咲が来たことによって俺は少し興奮していた。ポピパのライブはいつも驚きと楽しさが入り混じっていて評判がいい。ハロハピとは違った変則性があってライブの翌日は学園中がポピパの話題で持ちきりだ。ただでさえ自分達の先輩が出演するライブに乱入して『きらきら星』を決め込むようなやつがリーダーをやっているようなバンドだ。今回も何かドでかいことをしてくれるに決まってる。

 ・・・いい記事を書けそうだ。

 

「いやレン。いい表情してるところ大変申し訳ないけど、今回は告知の依頼に来たわけじゃないぞ?」

「・・・はぁ?」

 

 その一言で自分の興奮が一気に冷めるのがわかる。何だよこいつ。「放課後、新聞部に顔出すから」とか言っといて本当に顔出しに来ただけかよ。

 

「おい有咲、出口なら向こうだぞ?」

「露骨に嫌な顔してんじゃねえぞ。そもそも依頼なんて一言も言ってないだろうが」

「うるせえ。依頼じゃないならお前なんてただの良心的なこころだ」

「おいそれどうゆうことだコラ。」

 

 いや、勝手に期待のハードル上げまくったのは俺だし、こいつがこんな対応されるのは明らかにおかしいんだけど。でも、そっか。依頼じゃないのか・・・。

 

「まぁ依頼は無いけど用事はちゃんとあるんだよ。大事な用事」

 

さっきまでとは打って変わって真剣な雰囲気になる。そして有咲が口を開いた。

 

 

 

「最近、私のこと避けてたりしないか?」

 

 

「・・・!いや、そんなことは無いけど」

「そんなことあるだろ。最近そっちから全然話しかけてこないし、こっちから話しかけてもすぐに適当な理由付けて切り上げる。今のやり取りだってそうだ。喋り方は普段通りのくせにPCの画面ばっか見てさっきから全然目も合わせてくれないじゃねえか。・・・ほかの子とは普通に喋ってるくせに。」

「それは・・・」

「なあ、レン。もし私が何かしちゃったとかなら理由ぐらい教えてくれ。理由も分からず避けられるのって、結構ダメージくるんだぞ?」

「違うんだ。有咲は何も悪くない。悪いのは俺だ」

「・・・私のこと嫌いになっちゃったのか?」

「待ってくれ。それは本当に違う!有咲のことは大事だと思ってる!」

「じゃあちゃんと説明してくれよ。嫌いになってないならなおさら」

 

 避けていたつもりはないが、確かに有咲とのコミュニケーションは上手く取れてなかった気がする。元はと言えば有咲の気分を害さないようにと心掛けてのことだったんだが、本人からここまで言われてしまった以上は仕方ない。

 嫌われる覚悟ぐらいはするとしよう。

 

「理由は・・・ある。」

「なんだよ」

 

 女子の前でこれ言うのにはそれなりの抵抗があるが仕方ない。

 

「・・・有咲の胸だ」

「は?」

「有咲の胸部だ」

「うん?」

「有咲のおっぱいだ」

「何回も言いなおさなくたって分かってるよ。そこじゃねえ!えっ、・・・いやマジでなんで?」

 

 そういいながら有咲は腕をクロスして胸を隠すような動きをする。表情もなんか引いてるのがわかる。

 

「いや、この前こころに言われたんだよ。なんか、俺が女の子と話す時に胸をちらちら見てる、みたいな」

「ああ、確かに見てるな」

「待って。そんなサラッと納得されるレベルでガン見してたのかよ俺!」

「いや、ガン見ってほどじゃねえよ。レンは寧ろ見て無い方だと思う。でも、目を逸らす時の顔とか表情が申し訳なさそうなのは分かりやすいな。たまにそれで「見てたんだな」って気づく時もある」

「最悪だ。普通に気づいてた上で許されてただけだったのか・・・。こころの感覚がたまたま超人的だったわけじゃなかったのか・・・。」

「男が思ってる以上に女子ってその手の視線には敏感だからな。胸が大きい人は特に。」

「いや、あの、有咲さん。ほんっとすいませんでした・・・。」

「何?お前まさか、普段私の胸見てるのが後ろめたくて、それで避けてたのか?」

「仕方ないだろ。嫌われたくなかったんだ。」

「別に嫌ったりしねえよ。その程度のことで」

「いやちょっとは嫌えよ。胸見られてんたぞ!」

「どっちだよ・・・」

 

 待て。俺がおかしいのか?女子ってこうゆうの嫌がるもんなんじゃねえのか?最初こそ引いた表情してたのになんだこのサラッとした反応。こっちは絶交の覚悟すらしてたと言うのに。

 

「別に嫌じゃないって訳でもないけど、その辺はちゃんと割り切ってるよ。男にとっちゃ仕方ないもんなんだろ?それにさっきも言ったけどレンはそんなに見てない方だから安心しろ。下心抜きで仲良くしてくれてるのは分かってるから」

「有咲・・・」

「自分で言うのもなんだけど、中学の頃から結構大きかったし、そうゆう目で見てくるやつは大人も含めて山ほどいたからな。今更お前に見られた程度で揺さぶられるわけないだろ。何年巨乳やってると思ってんだ」

「そうか、・・・お前の気も知らずに避けたりして悪かったよ。有咲のことをあんな目で見てしまう自分がどうしてもどうしても許せなかったんだ。」

「とか言いつつ今も許せてないだろ。まだ目逸らしてるし」

「いや、それは後でどうにかするよ」

「はぁ、しょうがねえな」

 

 そう言うと有咲は席を立ち、俺の隣まで歩み寄った。

 

「よかったら、その、・・・見せてやろうか?」

「え?有咲の胸を?」

「そうゆうこと。あ、勘違いすんなよ?脱いだり触らせたりとかはしないからな?この状態で見るだけ!この際だから、今だけはいくらガン見しても許す」

「待て落ち着け有咲。一体こんなことしてどうする気だ?」

「どうもこうもない。こうすればお前に見られても気にならないって証明できるし、ここでお前が飽きるほど見まくったら、ちょっとは胸に目移りするのも減るだろうと思ったんだ。」

「・・・本当にいいのか?」

「いいって言ってんだろ。ほら、見せなくてもいいのか?」

「・・・見たい」

「素直な奴だな」

 

 

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 隣に座る有咲の胸を見続けて10分が経過したが、全くと言っていいほど飽きない。

 

「なぁ、レン。まだ飽きないのか」

「あぁ。正直自分でもびっくりしてる」

「嫌だとまでは言わないけどさ。流石に恥ずかしいぞ」

 

 有咲の胸は制服の上からでも分かるほど大きい。そして綺麗だ。大きいだけじゃない、このふっくらとして柔らかそうな感じ、意図的に見ないようにしてたせいか、かなりじっくりと見てしまう。

 

「なぁ有咲、横から見てもいいか?」

「ちょまっ、なんでそんな・・・ああもう!わかったよ。今回だけだぞ?」

 

 そう言って有咲は手を後ろで組んだ。その影響でさらに胸の主張が強くなる。横から見ると有咲の胸を大きさはさらによく分かる。しかもこの大きさで垂れてすらいない。ヤバい。横乳ってこんな破壊力強いのか・・・。

 

「あ、ありがとう有咲。結構堪能した」

「やっとかよ・・・」

 

 有咲の顔はかなり赤くなっている。本当は腕で胸を持ち上げたりしてもらおうという考えが浮き上がったりもしたが、あれ以上は理性が保たないと判断してやめた。

 

「で、これで次からは元通りに絡んでくれるんだな?」

「ああ。もうあんな態度は取らない」

「ならよし」

 

 こうして俺は有咲の胸をガン見することによって仲直り?を果たした。本当なら仲直りついでに雑談の一つでもしたいが、そろそろ帰る時間になったので、俺たちは荷物をまとめて部室を出たのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「そういえば有咲」

「どうした?」

「いや、今度の取材、ちょっと人手がいるんだけど、よかったら一緒に行かないか?香澄とかも連れてさ」

「それはいいけど。なんで?」

「深い理由なんかねえ。・・・『友達』だろ?」

 

 『友達』、この言葉を聞くと、有咲は嬉しそうにため息をついた。

 

「・・・そうだなっ」

 

 

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 翌日、俺が避けてたことで有咲が泣く一歩手前ぐらいまで思い詰めてたことを香澄から聞かされた。新聞部に顔を出したのも、ポピパのメンバー内で相談した後に勇気を振り絞って来てくれたらしい。

 

「有咲、そこまで俺のことを考えてくれるほど大事にしてくれてただなんて嬉しいよ。今度一緒に飯でも食いに行こうぜ」

「うるせぇし行かねえー!!!!!!」

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを出してほしい」などのリクエストがあれば感想にお願いします。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。





 女の子のおっぱいって視線限定の重力があると思うんです。

 質量が大きいものほど物体を引き寄せる力が強くなるように、サイズが大きくなるほど視線を惹きつける力は強くなる。この比例関係、つまりそうゆうことなんです。


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6.湊友希那とお茶するシチュ

 「ポピパやロゼリアのメンバーの話が見てみたい」とのリクエストが感想で来たので試しに応えてみました。

 前回の有咲の話、個人的には手応え無かったんですけど投稿してから30人ぐらいお気に入りが増えてるんですよね。やっぱ需要ってわかんないっすわ。

 


 休日になると、記事が仕上がっている場合に限り、俺はよく羽沢珈琲店に立ち寄る。家からも遠くないし、内装は綺麗で、食べ物も美味しい。店員さんの羽沢つぐみは天使のような笑顔を振りまいてくれるし、運が良ければ現役アイドルの若宮イヴの姿まで拝める。徹夜続きの俺にとってはこれ以上ない癒しだ。

 さらに、今日は贅沢なことにもう一人の美女が俺の連れとして正面に座っている。長い髪を靡かせたクールな美女である。

 そして俺はその正面の美女と・・・

 

「レン。もう食べ物届いてるわよ?」

「あ、はい。すいません」

「謝られても困るわ・・・」

 

 重々しい空気をひしひしと味わっていた。

 

 

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 湊友希那はお隣に住む幼馴染のお姉さんだ。最近までは疎遠になっていた人でもあるが、取材を通したり、CiRCLEのイベント関係の用事で関わるようになってからは低頻度で連絡を取れるようになっていた。ただ、逆に言うと取材やイベント以外の用事で話をすることは全く無い。

 つまり、大事な連絡事項の一つでもない限り、友希那さんとはまだ気まずいのだ。

 

「はぁ。そんな調子でどうするのよ。わざわざ休日に誘ってきたのはあなたでしょう?」

「いや、もう、本当にすいません」

「だから、私は謝ってほしい訳じゃないのよ・・・」

 

 姉さんとキャッチボールをした際、友希那さんが俺に会いたがっているというのは聞いていた。俺としても友希那さんといつまでも気まずいのは嫌だったので、昔のように、とまではいかなくても、軽い雑談が出来る程度には関係を戻したいと思って誘ったはいいが、全くうまくいかない。そもそもどうやって会話してたかも思い出せない。

 姉さんと一緒に来てもらうというのも考えたが、この件はどうしても俺一人で片を付けたかった。

 ・・・友希那さんから逃げたのは俺なのだから。

 

「それにしても、こうしてレンと食事をするなんていつ以来かしら?」

「確かに、大人数の打ち上げとかは何回かありましたけど、二人きりで行くことなんて無かったですからね」

「はぁ・・・」

 

 返事をすると友希那さんからため息をつかれた。何か気に障ることを言ったのだろうか。

 

「レン。いい加減、敬語を抜いてくれないかしら?」

「え?いや、でも、いいんですか?」

「あなたからここまでよそよそしくされるとこっちの調子まで狂うのよ。それに・・・」

「・・・」

「寂しいじゃない。昔はあんなに一緒に遊んだのに、こんな他人行儀な態度なんて嫌よ。あなたが誘ってくれて・・・ちょっと嬉しかったのに。」

 

 友希那さんは恥ずかしそうに目を逸らしてそう言った。

 そうだ。友希那さんだって俺に会いたがってくれてはいたのだ。この状況で俺から壁を作ってどうする。最近の話でも何でもいい。とにかく友希那さんに話しかけなければ。

 

「そうだな。さっきは悪かったよ友希那さん。せっかく休日なんだ。楽しい話をしよう」

「ええ。そうね」

「ああ、そう言えば最近の学校はどうなんだよ?姉さんから授業中寝てるとか聞いたけど」

「まったくリサったら余計なことを・・・赤点も追試もちゃんと回避してるわよ・・・。レンの方はどうなの?勉強、今も苦手なんでしょう?」

「要領が悪いのは相変わらずだからな。最近は有咲とか紗夜さんに見てもらってる。」

「紗夜に?随分仲がいいのね?」

「部活で絡むことも多いしな。教え方も分かりやすいし、頼れる先輩って感じ。」

「私とは気まずくなってたくせに、紗夜には勉強まで見てもらってたの?・・・なんか腹立つわね。」

「えぇ・・・」

 

 コーヒーに大量の角砂糖を入れながら、友希那さんはそうぼやいた。相変わらずブラックのコーヒーは苦手らしい。

 それにしても、敬語抜いたら随分話せるようになった気がする。友希那さんとの会話の感覚は確実に戻ってきている。

 

「そういえば、友希那さんが食べてるパンケーキ、結構美味そうだよな。」

「ああ、これ?確かに食べやすい味ね。コーヒーの苦みともよく合うし」

「あんだけ角砂糖ぶち込んどいてまだコーヒーに苦み感じてんのかよ・・・」

「うるさいわね。でもパンケーキ、気になるなら食べてみる?」

「いいのか?」

「ええ、元々多かったし問題無いわ。ほら、あーん」

「じゃ、遠慮なく」

 

 そう言って差し出されたフォークからパンケーキを頂く。昔はこうやって姉さんや友希那さんから美味しいものを分けてもらったものだ。「あーん」をする時、友希那さんはいつも優しく微笑んでくれる。それは今でも変わらないようで嬉しい。まぁ、いい年をして幼馴染からの「あーん」を抵抗なく受け入れてしまえる自分のことは少し問題だとも思うが。

 いや、それにしても美味いなこのパンケーキ。

 

「本当に美味しそうに食べるわね。さっきのより大きいやつ、もう一切れあるけど食べる?」

「マジで?そっちもくれるのかよ。超欲しい」

「まったく、慌てないの。ほら、あーん」

「あむっ」

 

 そうしてまたパンケーキを口に入れる。もう生地そのものが美味しい。程よくかかったハチミツも良い味を出している。ここまで美味しいと頬が緩んでしまいそうになる。

 

「成長したレンを見て、大きくなったとか、昔はあんなに可愛かったのにとか、色々考えていたのだけれど、食べる姿が可愛いのは相変わらずなのね」

「・・・姉さんもちょくちょくそうゆうこと言うけどさ、俺は別に可愛くないだろ」

「そんなこと無いわ。パンケーキ1つでほっぺをあんなに大きく膨らませて、すごく幸せそうに食べるのよ?見てるこっちまで幸せになりそうだわ」

「なあ、俺はあんたの息子か何かなのか?そんな慈愛の笑みで言われたって困るんだけど」

「息子と言うより、弟かしら。実際そんな風に接していた訳だし、リサの弟だったら私の弟も同然よ」

「友希那さん。少なくとも俺、あんたを姉だと認識したことないんだけど」

「そうだったかしら?昔は「ゆき姉」って呼んでくれたじゃない」

「まーた懐かしい呼び方だなおい」

「そうね。確か少し成長して、「ゆきちゃん」って呼ぶのが恥ずかしくなったのよね。」

「友希那さん。そろそろやめよう。俺の黒歴史を暴露する流れになってる」

「昔のレンは本当に可愛かったわ。いつも私たちの後ろにくっついてきて、「ゆきちゃん大好きー」って」

「あの、この間の姉さんと同じ場所を掘り返すのやめてもらっていいですか?流石に外でこの話されるの拷問なんですけど」

「お祭りで私と迷子になった時なんか」

「友希那さあぁぁぁぁん!!!!!?????」

 

 

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 しばらく話し込んでいると、既に夕方になっていた。今は退店し、羽沢珈琲店の入り口から少し歩いたところで留まっている。

 友希那さんとの話すのは楽しかったが、油断すると俺の恥ずかしい話が始まりそうになるので少し疲れた。

 

「レン。今日は誘ってくれてありがとう。久しぶりにあなたと楽しく話せた気がするわ」

「ああ。俺も楽しかったよ」

 

 二人でそんなことを言いつつもお互い帰ろうという雰囲気にはならない。多分、俺も友希那さんも名残惜しいのだ。あまりにも気持ちよく話せたものだから、もっと一緒に居たくなっているのだ。

 

「・・・」

「・・・」

 

 時間稼ぎの会話もできなくなった。

 まぁ、今回は俺から誘ったんだし、別れの挨拶ぐらいは俺がやろう。友希那さんが満足して帰ってくれそうな挨拶は思いついている。

 俺のことを気にかけてくれて、俺にパンケーキを分けてくれて、会計で財布を出そうとした俺に「私がお姉さんなのよ?」と言いながら俺の分まで払ってくれた、幼馴染のお姉さんへの感謝ぐらいはちゃんと伝えよう。

 

「今日は会ってくれて本当にありがとう。じゃあな。『ゆき姉』!」

 

 挨拶を聞くとゆき姉は驚いた表情をしていた気がするが、気にせずに早歩きで帰り道を急ぐ。結構恥ずかしかったが後悔はしていない。

 しかし、ゆき姉は空気を読まずに走って追い付いてきた。

 

「ちょっとレン。待ちなさいよ」

「何の用だよ。結構恥ずかしかったんだぞアレ」

「何の用も何も、私たち帰り道一緒じゃない。忘れたの?」

「あっ・・・」

「ほら、お隣だし」

「・・・帰りますか。一緒に」

「ええ。そうね」

 

 帰り道は当然ゆき姉に呼び方のことで弄られた。そして店員だったつぐみからはゆき姉とのやり取りの一部始終をばっちりと目撃された。

 

 

 前言撤回。恥ずかしかったし、後悔もしている。

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを出してほしい」などのリクエストがあれば感想にお願いします。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。



 おしゃれやと感じるからなのか、みんな喫茶店行く時に「お茶する」って言い方しますよね。お茶を飲むわけでもないのに。
 コーヒーを飲むぐらいの誤差ならわかりますが、最近やとマクドナルドで友人たちとハンバーガー食べに行く時にすら使われてますからね。

 着飾ることを意識した結果として本質を見失う。人間もこうゆうとこありますよね。


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7.松原花音を取材するシチュ

 送ってもらったリクエストには応えたいけどここいらで新聞部っぽいことやらせとかないとレン君の設定が死にそうな気がしたので・・・。
 今はパスパレの子の妄想をコネコネしてる段階です。



 改めてここに示しておくが、俺は新聞部に所属している。ガールズバンドの連中と平穏に日常生活を過ごし、CiRCLEでなけなしのバイト代を稼ぐ傍ら、取材で学園内や街中を駆け回り、部室に引きこもって取材内容をまとめ、記事に落とし込んだりしている。

 今回は助っ人を引き連れつつ、取材目的で茶道部の部室に足を運んでいた。そして今回の取材を手伝ってくれるメンバーがこちら。

 

「おい香澄。これはあくまで取材なんだから、あんまり失礼なことしなようにな。」

「もう、有咲ってば肩肘張り過ぎだよー。レン君だって「軽い気持ちでいい」って言ってたじゃん」

 

 そう、俺のクラスメイトであり、学園内でいちゃついている現場が度々目撃されるポピパの名コンビ、戸山香澄と市ヶ谷有咲である。

 

「でも有咲、今回は本当に軽い気持ちでいい。失礼ってことを言うなら取材内容自体がそれなりに失礼だからな。まぁ、花音先輩は優しいから快く受けてくれたけど」

「内容自体が失礼って、それ大丈夫なのか?」

「そう言えば何の取材するのかって聞いてないよね」

「それは後で説明するよ。お前らを呼んだ理由もな」

 

 俺は改めて頭の中を取材に切り替えて、茶道部の扉を開くのだった。

 

 

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 茶道部の部室の雰囲気は好きだ。畳が敷かれて、お茶の残り香が楽しめる。掛け軸に掛けられた『花鳥風月』の字も良い味を出している。THE和風って感じだ。

 和室の雰囲気に和みつつ、俺は今回の取材相手に向き直る。

 

「今日は時間を取らせてすいません。部室まで借りて頂いて」

「大丈夫だよ。取材だって言ったら普通に開けてくれたし」

 

 松原花音、ハロハピのゆるふわ系美少女であり、今回の取材相手だ。ゆるふわ系美少女とは言ったものの、彼女には年上特有の風格と言うか、頼りがいを感じる相手でもある。花音先輩にはお世話になることも多い。

 

「うぅ・・・足しびれてきちゃった。ねぇレン君、まだ正座しなきゃダメ?」

「当たり前だろ。ただでさえこっちが協力してもらってる立場なんだから」

「もう!軽い気持ちでいいって言ったじゃん!嘘つき!」

「あはは・・・別に崩して大丈夫だよ?今日はお茶点てる訳でもないし」

「花音先輩優しい・・・」

 

 そう言って香澄は遠慮なく足を崩す。有咲も崩しているが俺は正座のままだ。流石に俺は正式な新聞部として来てるので今ぐらいはその体裁を保つ。

 

「で、今回の取材内容なんですが」

「うん。聞いてるよ。私の膝枕を取り上げたいんだよね。最初は冗談だと思ってたけど」

 

 ただでさえ突飛な内容なので香澄たちも反応する

 

「えっ、花音先輩の取材って膝枕のことだったの?」

「お前まさか、花音先輩の膝枕だけで一本書くつもりなのか?」

「そうだ。こころからのタレコミや花音先輩の人柄があらゆるところで愛されまくってることを見越していけると判断した。記事にはなるし、多分みんな読んでくれるはずだ」

「じゃあ、私たちがレン君に呼ばれたのって・・・」

「ああ、お前ら二人には花音先輩の膝枕を実際に体験してもらう」

「本当に軽い気持ちで良かったんだな・・・」

「でも、感想とかは言ってもらうぞ。具体的だと助かる」

 

 でも有咲はともかく香澄に具体的な感想を求めるのは不安だな。花音先輩の膝枕でもキラキラドキドキしだしたらどうしてやろう。

 

「ねぇレン君、二人に膝枕をするのは構わないけど、これで記事一本書くのは難しいと思うよ?私の膝枕なんて、全然大したことないと思うし」

「花音先輩、しらばっくれても無駄ですよ。証拠は揃ってるんだ。あなたがハロハピのいつもの悪ノリで開催されたベスト膝枕決定戦で1位になっていることはこころから聞いてますし、同率3位の美咲やはぐみ、薫先輩まで虜にしたそうじゃないですか。言い逃れはできませんよ・・・!」

「ふえぇ・・・」

 

 お決まりのセリフを聞きながら、俺たちの取材は始まった。

 

 

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「いつでもいいよ」

「じゃあ、有咲から」

「お、私からか」

「いつも忙しそうだからな。遠慮なく休め」

「「休め」は私のセリフじゃないんだ・・・」

「じゃあ花音先輩、失礼しますね」

 

 早速有咲が花音先輩の太ももに頭を乗せ、その様子を取材用のちびっこいカメラで撮影する。許可は取ってるので様々な角度から有咲を捉える。

 

「有咲、そろそろ感想とか聞きたいんだけど、どうだ?」

「そうだな・・・」

 

 花音先輩の太ももに後頭部を乗せながら、有咲はゆっくりと目を閉じる。そしてそのままとても満足そうな声と笑顔で

 

「すげーいい匂いする」

「おいてめぇ、膝枕の感想はどうした?」

「あはは・・・」

「いや、花音先輩の太ももはちゃんと気持ちいいんだ。ただ、なんて言うか、感想は後にして欲しい。もうちょっと堪能させてくれ」

「まぁそれなら仕方ないか。あと5分だぞ?」

「了解」

 

 

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5分後

「すぅ・・・すぅ・・・」

「レン君、有咲もう寝ちゃってない?」

「こいつ、感想も言わねえで夢の世界へ飛び込みやがった」

「まあまあ。有咲ちゃんを責めないであげて?気持ちよく寝ちゃうのは、頑張り屋さんな証拠だよ?」

「分かってるんですか?先輩のそういう優しさや包容力が、有咲をこんな風に寝かしつけてしまったんですよ?」

「あれ、もしかして私怒られてるの?」

「まぁいいです。こんな時の保険として香澄も連れてきてるんですから」

 

 花音先輩の膝枕で寝落ちした有咲の写真を撮った後、座布団のある場所へ運び、今度は香澄を投入する。

 枕が座布団にすり替わってもなお、有咲は気持ちよく眠っている。

 

「で、香澄。花音先輩の膝枕はどうだ?」

「そうだね。すっごくいい匂いするよ!」

「お前ら・・・」

「あ、膝枕も気持ちいいよ。なんか丁度いい高さだね。あと感触は柔らかいんだけど、柔らかすぎず硬すぎずって感じかな。」

「へぇ。花音先輩のことだし、太ももは柔らかさの極致だと思ってたんだけど」

「それは多分、私がドラムやってるからだと思うな。ドラムって足腰使うし、自然と太ももにも筋肉ついてるのかも。スネ周りの筋肉痛はドラマーなら必ず通るし」

「「ほへ~」」

「でも、気に入ってくれたなら良かった。香澄ちゃん、どうかな?」

「気持ちいいですけど、私はあっちゃんの膝枕の方が好きですね。有咲みたいな寝落ちはなさそうです」

「そっか。妹さんと仲良くできて偉いね。いい子いい子・・・」

「あっ、頭なでるのはダメっ・・・」

 

 

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1分後

「すやぁ・・・」

「香澄ちゃん。寝ちゃったね」

「先輩が頭なんて撫でるから・・・」

「香澄ちゃんも活発に動き回るからね。こころちゃんみたい。いい子いい子」

 

 花音先輩は香澄を撫でたまま優しいく微笑んでいる。その様子を撮っていると花音先輩はこっちを向いた

 

「あとは君だけだね」

「いや、俺は撮影が仕事なんで」

「記事を書くのも仕事でしょ。実際に体験した方がいいと思うけど」

「いや、ダメですよそんな。俺男なんですよ?」

「ほら、私は大丈夫だから遠慮しないで?」

「・・・はい」

 

 ダメだ。先輩の膝枕の誘惑に抗えない。抗おうという気すら起きない。俺は寝落ちした香澄を有咲の隣に寝かせ、先輩の膝枕へ身を任せた。

 

「レン君、どうかな?」

「めっちゃいい匂いします」

「私、そんなにいい匂いする?」

「はい。すごく落ち着きます。膝枕も、最高です」

「よかった。このまま寝ちゃう?」

「いえ、流石にそれは・・・」

「遠慮しないで?先輩としてご褒美ぐらいあげなきゃ」

「いや、本当に大丈夫ですから」

「いつも頑張ってて偉いね。いい子いい子・・・」

「あっ、これヤバい・・・」

「いい子いい子・・・」

 

 先輩に優しく撫でられて、俺の意識はあっけなく落ちた。

 しばらくした後に有咲に起こされた俺は、香澄と三人で挨拶をした後、茶道部の部室を退出し、膝枕の感想を語り合いながら二人と帰路についたのだった。

 

 

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 後日、花音先輩の膝枕を題材にした記事は瞬く間に話題となった。元々学園内で人気の人だったため、話題となった瞬間に膝枕を頼みに来る生徒が大量に押し寄せたらしい。花音先輩からいい匂いがするという話も広まり、抱き着かれる回数も増えたそうだ。

 

「待って。そんなに大人数で来られても困ります!ふえぇ~!!」

 

 思った以上に花音先輩への被害がすさまじかったので、今度ケーキでも奢ろうと思う。

 

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを出してほしい」などのリクエストがあれば感想にお願いします。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。



 花音さんの膝枕、絶対に寝心地いいと思いません?


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8.月島まりなと一緒に若宮イヴの話を聞くシチュ

 リクエストにあったパスパレのメンバーで話を書いてみました。
 
 CiRCLEでバイトをしているという設定もそろそろ活かしておかないとなという気持ちとも相談し、こうなりました。


 ライブハウスCiRCLE、この街のガールズバンドの多くが練習場所やライブ会場として使い、交流の場の一つとして挙げられる場所であり、また俺のバイト先でもある場所。

 最初はガールズバンドの取材の一環として選んだ職場だったが、今となってはやりがいのある労働のひとつだ。

 

「あ、レン君、掃除お疲れ。」

「どうも。まりなさん、次の仕事は?」

「今日はもう特に無いかな。お客さんもほとんど居ないし」

「了解っす」

 

 今日は随分と仕事がサクサク終わった。こうなると後はお客さんを待ちつつまりなさんと雑談するぐらいしかやることが無い。

 

「レン君もここの仕事が板についてきたね。新人君って呼んでた時が懐かしいよ」

「といっても働いて1年とかですよ?俺」

「でも助かってるのは本当だよ?男手って貴重だし」

「まぁ、確かに。男少ないですもんね。この街」

 

 仕事中とは思えないほど普通に雑談しているが、お客さんが少ないとこんなものだ。

 

「あ、外から歩いてくるあの子。お客さんじゃない?」

「本当だ。あれはイヴですね。」

「だね。対応は私がやるから、3番の鍵の用意お願い」

「了解」

 

 そうしてると、イヴが扉を開けて入ってくる。

 足取りが重いような気がするが、疲れているのだろうか?自主練だったらあまり無理をしないで欲しいが・・・

 

「あ、イヴちゃん。いらっしゃい。今日も自主練?頑張るね」

「はい・・・」

「3番スタジオ空いてるから、レン君から鍵もらってね」

「はい。ありがとうございます・・・。それでは・・・」

 

 そのままイヴはお通夜のように落ち込んだテンションで鍵を受け取って歩き去っていった。

 そのすぐ後にまりなさんを見るとこちらを見て無言で頷いてきた。どうやら考えていることは同じらしい。俺はそのまま頷き返して、まりなさんと共にイヴの後を追った。

 ・・・さすがにあんな状態のイヴを放ってはおけない。

 

 

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「ねぇイヴちゃん。大丈夫なの?顔色悪いよ?」

「!・・・大丈夫です。本当に大丈夫ですから」

「大丈夫なわけないよ!せめて話だけでも———」

 

 追い付いてまりなさんが声をかけるが、イヴは碌な反応を返さない。そしてまりなさんがイヴの肩を掴もうとした瞬間

 

「近づかないで下さい!今だけは本当にダメなんです!」

 

 イヴの悲痛な叫びが響いた。

 

「近づくなって・・・おいイヴ、まりなさんにそんな言い方、」

「私だってこんなこと言いたくありません!!マリナさんもレンさんも大好きなのに・・・うぅっ・・・」

 

 そう言ってイヴはその場にうずくまった。「取り敢えず訳を話してもらおう」というまりなさんの案のもと、俺たちはラウンジの長椅子に移動したのだった。

 

 

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 自販機で飲み物を買いつつ、3人で長椅子に並んで腰掛ける。俺とまりなさんでイヴを挟むような並びだ。

 まりなさんとイヴの分の飲み物を渡していると、イヴは訳を話し始めた。

 

「実は先日、チサトさんに1週間のハグ禁止令を出されてしまったんです・・・」

「なるほど・・・・・・・・・なるほど?」

「あの日はチサトさんへのハグ欲が特に強くて、休憩時間ができるとすぐにハグをしに行っていました。最初は「暑い」と言いつつも受け入れてくれたのですが・・・」

「ハグ欲・・・うん。それで、千聖さんに怒られたと」

「はい。「誰にでもハグをし過ぎだ。これから芸能界でやっていくためにも、もう少し日本人としての距離感を覚えてもらわないと困る」と」

「そうか。でも、千聖さんは理不尽に怒りをぶつけたりするような人じゃないからな・・・。お前、どんだけ抱き着いたんだよ?」

「26回です」

「リアルな数字だなおい」

「あんまり言いたくないけどさ。千聖ちゃん、割と我慢した方じゃない?」

「確かにあの日はやり過ぎたかもしれません。でも、本当に千聖さんが大好きな気持ちが抑えられなくて・・・」

「あまりにも悪気が無いもんだから怒るに怒れなかったんだろうな。今まで。」

「全部私が悪いのは分かってます。でもあそこまでするのは本当に大好きな人にだけです。誰にでもするわけじゃありません・・・」

「お前が千聖さんラブなのは十分わかったよ。誰が悪いとかじゃないってこともな」

「でも、しばらく誰ともハグしてなかったせいで、少し近づかれただけでその人に抱き着いてしまいたくなるんです・・・」

「ああ、さっき「近づくな」って言ったのはそれが理由か」

 

 別にイヴだって四六時中誰かにくっついてる訳じゃない。・・・いや、結構くっついてることが多いが、基本的にはただの元気で明るい女の子だ。誰にもハグをせずに1日を終えたことぐらいはあるだろう。

 イヴがここまで取り乱しているのは、多分戸惑っているのだ。ハグにはストレスを低減し、安心感を得られる効果がある。いつも問題なく得られていた安心感が消えて、不安になったりネガティブな感情が出ているのだろう。

 さらに、ハグを『してはいけない』という強迫観念めいたものがプレッシャーになっているのだ。千聖さんに対して悪いことをした後ろめたさも相まってイヴを追い詰めているのかもしれない。

 

「ねえイヴちゃん。取り敢えず、ギターでも抱いてみる?人じゃないならいいでしょ?」

「・・・はい」

「レン君」

「わかりました。レンタルのやつ持ってきますね」

 

 そして、CiRCLEで貸し出されているもので一番抱き心地がよさそうなギターを選んでイヴに持っていった

 ・・・なんだよ抱き心地がよさそうなギターって

 

「イヴちゃん、どうかな?」

「すいません。やっぱり人の温もりじゃないとダメです」

「そっか・・・」

「うぅ、チサトさん・・・アヤさん・・・ヒナさん・・・マヤさん・・・」

 

 こうしてる間に、イヴは今にも泣きそうな顔になっている。預かったギターを戻しながら、俺はイヴを元気づける方法を考える。

 でも、人の温もりか・・・あ、そうだ。ハグでさえなければいいのか。それで尚且つイヴがハグ欲に負けてもハグが出来ない状況さえ作れば・・・。

 よし、まりなさんにチャットするか☆

 

「あれ、チャット?ああ、ふむふむ。なるほどね。」

「ただいま戻りましたよっと」

「お帰り、チャットなら読んだよ」

「そりゃよかった。話が早くて助かりますよ」

「・・・レンさん?」

「イヴ。ちょっと目を閉じてて欲しいんだ。10秒でいい」

「目を、ですか?はい。10秒ですね」

 

 イヴが目を閉じ切ったことを確認して、まりなさんとアイコンタクトをとる。あとはタイミングを合わせるだけだ。・・・せーのっ!

 

「えいっ」

「てりゃ」

「ほわっ!?な、何を?」

 

 俺たちがしたことは簡単、二人で片方ずつイヴの手を握っただけだ。ただ、仲のいい人間との接触をずっと避けていたイヴはこれだけで照れているようだが。

 

「ダメです!こんなことをされたら私のハグ欲が・・・!」

「ふーん?じゃあやってみたら?腕は両方私たちが抑えてるよ?」

「あっ・・・」

「寧ろこの状態ならもっと近づけるよね?」

「お二人とも・・・いいんですか?」

「問答無用!レン君、3人でおしくらまんじゅうだよ。」

「了解!」

「ひゃーっ!!」

 

 イヴの嬉しそうな悲鳴と共にしばらく3人でイチャつきまくった。

 

 

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「なんか久しぶりにはしゃいじゃったなあ。イヴちゃん。満足した?」

「はい!日本の伝統おしくらまんじゅう、楽しかったです」

「そうだな。おしくらまんじゅうに関しては、今度ちゃんとしたルールの遊び方を教えよう」

 

 お客さんがいないことをいいことに俺たち3人は普通にはしゃぎ、満足感に満たされた疲労を味わっていた。

 ただイヴの手を上からそっと握るだけだった俺とまりなさんの手も、いつの間にかイヴと恋人つなぎをしている。どうやら彼女を元気づけることには成功したようだ。

 

「そうだ。せっかくだし、この状態で写真撮ろうよ。」

「いいですね!ほらレンさん、もっとこっちへ寄ってください!」

「さっきまで近づくなって言ってたくせに・・・」

「ほら二人とも、撮るよー?」

「「はーい」」

 

 そうして俺たちの思い出の1枚は、まりなさんの携帯に収まるのだった。

 

「これでよし、後で二人にも送るね。あ、千聖ちゃん達パスパレのメンバーにも送っておいた方がいいかな?」

「ですね。画像送った後に『若宮イヴはCiRCLEが頂いた!』って送りましょう」

「レンさん!?そんなことをしたらチサトさんたちが心配してしまいますよ?」

「じゃあ、レン君の案採用で」

「マリナさん!?」

「いっそのことイヴちゃんを本当に頂いちゃうのもアリかな?」

「あ、いいですねそれ。一発で看板娘ですよ」

「レンさん!?早く逃げないと・・・手が、2つとも封じられてます・・・!」

「じゃあイヴちゃん。ちょっと事務所でイイコトしようか?なに、簡単な作業だよ」

「そうそう。ちょーっとサインとかしてもらうだけでいいからなぁ?」

「お、お二人とも、どうか正気を!!チ、チサトさーん!!助けて下さーい!!!!」

 

 結局イヴを看板娘にすることはできなかったが、この日をきっかけに俺とまりなさんは少しだけ、今までよりもイヴと仲良くなった。

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを出してほしい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。



 ハグは保有ストレスの約30%を解消することが出来るらしいですね。
 まぁ、イヴちゃんとハグできたら30%じゃ済まないと思いますが。


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9.二葉つくしにあーんするシチュ

 リクエストにあったモニカのメンバーを書いてみましたが・・・有咲書いた時みたいな不調です。

 妄想がある程度まとまったと思ったら書いてる途中で迷走しました。

 やっぱりコレジャナイ感というか、不完全燃焼感というか、手応えが無いというか・・・

 でもやっぱり自己満足で書いてるやつなので投稿はします。


 CiRCLEのすぐ外にはカフェテリアがある。練習の合間の休憩で腹をすかせた客がよく使っているのをよく見かける場所であり、また俺もシフトが昼までしか入っていない場合は香ばしい誘惑に負けてよく利用する。

 基本はいつも一人で大盛りのパスタ食べてさっさと帰るのだが、ついさっきその頭数は二人になった

 

「すいませんレンさん。向かいの席、譲ってもらっちゃって」

「別にいいよ。今日は特に混んでるからな」

 

 二葉つくし。モニカのドラム担当であり、その傍らでリーダーも務める結構すごいやつだ。パンケーキとでっかいパフェをトレーに乗せながら満席の店内できょろきょろしていたところを俺が呼び止めた。相席なのは申し訳ないが俺も食べ終わっていないのだ。

 きょろきょろする度にツインテールがぴょこぴょこ動いてちょっと可愛かった。

 

「それにしてもメンバーがいないってことは自主練か。相変わらず頑張るねえ」

「はいっ!モニカの頼れるリーダーとして、まずは私自身が頑張らないと」

「そうか。つくしは偉いな」

「えへへ。あっ、パンケーキ食べなきゃ。」

 

 なんだこの可愛い生き物。

 そしてつくしはパンケーキを食べるべくナイフとフォークを・・・取れなかった。正確には持ってからすぐにトレーに落とした

 

「あれ?」

「何やってんだよ」

「ああ、ごめんなさい」

 

 そう言ってつくしは震える腕でフォークを握り、また落とした。様子がおかしい。

 

「おいつくし。手、見せてみろ」

「え?あっ、ちょっと!」

「やっぱり・・・」

 

 つくしの手を見てみると、普段の色白で綺麗な状態からは想像できないほどの血豆ができていた。

 ドラマーの血豆自体はそこまで珍しくない。初心者が力加減や持ち方のせいで作ってしまうことがあるというのは聞いたことがある。だが、つくしのレベルなら経験者の部類だと思うし、そんなところで失念するとは思わない。となると・・・

 

「お前、休憩無しのままぶっ続けで練習したな?」

「いや、ち、違います。休みはちゃんと」

「嘘だ。昨日だって朝から入ってずっとやってたじゃないか。まさかその時から・・・」

「・・・はい。さっきまでは大丈夫だったんですけど。」

「アドレナリン出まくってそう思い込んでただけだ。今はもう筋肉痛で腕の力も入らないんだろ?」

「うぅ・・・はい。面目ないです」

「少なくとも明後日まではゆっくり休むこと。いいな?今日はとっとと帰れ」

「わかりました。・・・取り敢えずパンケーキとパフェは・・・」

 

 食べようとフォークを持って、また落とした。様子を見かねたので、俺は自分の椅子をつくしの隣に持っていき、トレーへ無造作に落とされたナイフでパンケーキを切っていく。

 

「レンさん、何を?そのぐらい自分で———」

「出来てないからやってんだよ。お、よく切れた。ほら、あーん」

「なっ!やりませんよそんな恥ずかしいこと!ちゃんと自分で———」

「出来ない筈だぞ。握る、持つという動作は特にな」

「うぅ・・・」

「さっさと食え。美味いぞ」

「むぅ・・・あ、あーん」

 

 照れた表情でつくしは俺からパンケーキを受け取る。すごく可愛い。

 

「私ダメかもしれない。リーダーとしての威厳が・・・」

「こんなので損なわれたりしないだろ。誰も見て無いんだし。ほら、あーん」

「あむ。・・・美味しい」

「そんなに恥ずかしいかね?これ」

「そうですよ。私、お姉ちゃんなのに・・・」

「そんなこと言い出したら俺だって弟だよ。」

「それに、やっぱり男の人とこんなこと・・・」

「それは、・・・悪かったよ」

「あっ、違うんです!レンさんが嫌だとかそうゆうことじゃなくて!」

「わかってるって」

 

 こんな調子で食べさせていると、パンケーキが片付いた。後はこのでっかいパフェをどうにかするだけだ。

 

「それにしても、つくしって家では姉さんなのか」

「はい。小さい妹が二人です」

「いいなぁ・・・」

「そうですか?可愛いですけど、大変ですよ?」

「でもやっぱ可愛いんだろ?俺だって頼られたり甘えられたりしてみたい。」

「その感覚はよくわからないですね。私は寧ろお兄ちゃんやお姉ちゃんの方が羨ましいですよ?甘えたり、お買い物に付き合ってもらったりしてみたいです」

「やっぱ立場が違えば考えも違うか」

 

 パフェを餌付けしながら、他愛もない話を繰り返す。つくしも諦めたのか、もう恥じらいも無く俺からのパフェを受け入れている。

 穏やかな昼下がり、バイト上がりに小柄な美少女にパフェを食べさせる。なかなか出来ない贅沢だ。

 

「周りから見たら、俺たちは兄妹に見えていたりするのかな?」

「いやそれ、普通は恋人に見えるかを考えるんじゃ・・・?」

「でも、見えてたら面白くないか?」

「ふふっ、確かに。・・・『レンお兄ちゃん』ですね。」

「うおっ・・・」

「あっ、照れた!」

「いや、違う!これは・・・」

「もう。顔背けないで下さいよ。あーあ、私、腕動かないかないからレンお兄ちゃんに食べさせてほしいなー?」

「こいつ・・・」

 

 まさかつくしのお兄ちゃん呼びでこんなにも揺さぶられるとは。あこに『レン兄』って呼ばれた時とは訳が違う。

 ただでさえ小柄でツインテールという俺好みの見た目をしているのに、普段真面目な女子がいたずらっ子な笑みでからかってくるギャップ萌えなんて心臓に悪い。その上でお兄ちゃん呼びなんてまずい。このままパフェのあーんまでこなすなんて無理だ。可愛すぎる。

 流れを変えるべく、俺はパフェ用のスプーンを置いた。俺もさっきのつくしのように、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「あ、あれ?あの、怒っちゃいましたか?いきなりお兄ちゃん呼びして」

「いや、寧ろ嬉しかったよ。ただ、兄として妹のいたずらにはちゃんと応えようとしてるだけだ。」

「あの、お許しを・・・」

「なんだよ。先に『お兄ちゃん』って呼んできたのはそっちだろ?だから俺も兄らしい行動を取るだけだ」

「あの、その広げられた手はなんですか?あの、お願いですから脇腹だけはどうかご勘弁を!」

「そうかそうか。お前は脇腹が弱いのかぁ。墓穴を掘るのが上手いなぁ。妹よ」

「あっ!」

 

 つくしは全力で俺の手を押し戻そうとしているが、力が入っていないので簡単に押し返せる。涙目で嫌がっているつくしの顔も可愛い。

 

「あのっ、ちゃんと謝りますから・・・」

 

 そして俺は・・・

 

「レンさん。お願い・・・」

 

つくしの・・・

 

「お兄ちゃん!そこはっ、本当にダメ・・・!」

「ていっ」

「あれ?」

 

 頭に手を置かせてもらった。

 

「あの、脇腹はしないんですか?」

「『いたずらに応える』と『兄らしい行動を取る』とは言ったけど、いたずらするとは言ってない」

 

 そう言ってつくしの頭を撫でる。訳が分からないって感じの顔だ。

 

「あの、レンさん」

「なんだ。さっきみたいにお兄ちゃんって呼んでくれないのか?」

「いや、さっきのは咄嗟に。お兄ちゃんって呼んだらやめてくれるかなって・・・」

「撫でられるの、嫌か?」

「あっ、それは・・・嫌じゃない、です」

「よかった」

 

 少しからかい過ぎた気もするけど、嫌がってはいないようだ。可愛い妹がいるなら、撫でてやるのが兄の役目だ。

 

「いつも偉いな。つくしは」

「えっ?レンさん?」

 

 そして、頑張り屋な妹ががいるなら、褒めてやるのも兄の役目だ。頑張りすぎな妹を心配するのも・・・

 

「そんなボロボロになるまで自主練して、お前は凄いやつだ。尊敬するよ」

「も、もう!何なんですかいきなり!」

 

 こう言いつつも、つくしは抵抗をしない。俺は頭を撫でながら言葉を続ける。

 

「お前は天然だしドジだけど、バカじゃない。練習をやり過ぎたらそうなることぐらい分る筈だ」

「・・・別に大したことじゃないです。最近のライブで大きめのミスをしちゃって・・・みんな「気にしないで」って言ってくれたんですけど、どうしても引き摺っちゃって。でも、リーダーだからこんな後ろ向きな姿は見せられないし、家でも私はお姉ちゃんだから、沈んだ姿なんて見せたくないし」

「だから、練習を?」

「はい。リーダーだから、もっと頑張らなきゃって」

 

 まったく、姉属性の人間はいつもそうやって抱え込んで無理をする。美咲も、紗夜さんも、うちの姉だってそうだ。

 

「頑張りすぎ」

「・・・はい」

「ちょっとずつでいいんだから。次から無理しないこと。いいな?」

「お説教・・・されちゃった」

 

 そう言いつつもつくしはどこか嬉しそうに見えた。普段は姉で、説教をする側のつくし。性格上、甘えるのが苦手なのだろう。と言うより、甘え方そのものがよくわからないのかもしれない。

 

「ねぇ、お、お兄ちゃん」

「なんだよ」

「もう少し、撫でて欲しいな」

「了解」

 

 俺はしばらく、慣れない手つきで『妹』の頭を撫でた。うちの姉には遠く及ばないが、ちょっとした安らぎぐらいなら渡してやれるだろうか

 

 

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 あの後、つくしへのパフェの餌付けも無事に終わり、今は一緒に帰り道を歩いてるところだ。

 

「なんだか、恥ずかしいところを晒してしまいましたね・・・」

「そうか?可愛かったぞ」

「うぅ・・・」

 

 本人が気まずそうにしてるところを見ると少し申し訳ない気持ちも出てくるが、まぁ、無理して自分の腕をぶっ壊した罰だと思って頂こう。個人的にはいい思いをしたが、あれは罰だったのだ。

 

「あの・・・」

「ん?」

「また・・・機会があれば、「お兄ちゃん」って呼んでも、いいですか?」

「マジかよ」

 

 バイト上がりの穏やかな昼下がり、罰を与えたら結果として、可愛い妹が出来たのだった。




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


 
 小柄でツインテールって何気に最強ですよね。


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10.丸山彩と晩御飯を一緒するシチュ(パロディ回)

 アフロとりんりんのリクエストは妄想を練ってる段階なので後回しです。
 
 今回は某ゲームの食事シーンを少しばかりパロってみました。ちょっと悪ノリなので批判がもしあれば削除します。

 タグに「他作品ネタ」とか追加した方がいいですかね?元ネタは知らなくても問題ないようにはしてますが・・・


『ねぇレン君。今日の晩、ちょっと時間が空いたんだ~。よかったら一緒にご飯にでも行かない?いい場所、連れてっちゃうから!』

 

 休日の昼過ぎ、突如として彩さんからこんなチャットが送られてきた。お世話になってる先輩だし、予定もないので二つ返事でOKを出した。

 丸山彩、俺も何かと相談に乗ってもらったり、個人的な雑談をしたりするぐらいには仲がいいと思っている学園内の先輩。年上で芸能人なのだが、何か親近感が持ててしまうという不思議な魅力の持ち主であり、また、俺が先輩としての肩書を抜きにして人として尊敬する人間の一人だ。

 しかし、あの人と二人きりで食事というのはしたことが無い。

 彩さんは俺をどこに連れていくつもりなのだろうか。彩さんは芸能人だし、とてつもない豪華なところだったり・・・いや、彩さんは今をときめく女子高生だし、SNS映えしそうなすごくおしゃれなところだったりするかもしれない。どちらにしても俺が苦手な感じの雰囲気の店だし、心の準備が必要そうだ。

 そう思いつつ、俺は心を躍らせながら家を出るのだった。

 

 

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——某所、焼肉店にて——

 

「いや、なんでここなんすか?」

 

彩さんは夢中で白飯をかき込んでいる。連れてっといてもらって言うのもなんだが、現役アイドルとの食事が焼肉って・・・しかも結構安いところだ。

 

「晩飯だったらもっといい店あったでしょ?CiRCLEのカフェテリアとか、羽沢珈琲店とか、それこそ駅前のカフェとか」

「あれ、嫌だった?変に着飾った店よりこうゆう店とか、小汚いラーメン屋さんの方が好きなのかと」

「いや、全くもってその通りなんですけど、彩さんの誘いだからどこに行くのか、緊張して心の準備してたのに、なんか身構えて損したというか」

「もしかして幻想を壊しちゃったかな?アイドルはおしゃれで綺麗なものしか食べてない方が良かった?」

「いや、俺はこうゆう店の方が好きですし、誘ってくれた彩さんには寧ろ親近感が湧きましたよ」

「じゃあ問題ないよね。ほら、塩タン焼けたよ。」

「どうも」

 

 そう言って渡された塩タンで白飯を巻いて食べる。・・・やっぱり好きな味だ。彩さんには感謝しないと。

 

「そういえばイヴちゃんのこと、ありがとね。ハグ禁止の時、結構落ち込んでたからさ。」

「別にいいですよ。俺はまりなさんと一緒に話聞いただけですから」

「まぁ、元気にしてもらったのは変わらないし、今回はそのお礼ってことで」

「なるほど、じゃあ遠慮なく頂きます」

「よし、今日はジャンジャン食べよう。お姉さーん!ホルモン追加で!」

「ハーイ!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺の前で機嫌よくホルモンを焼いているが、彩さんはアイドルで、成功者だ。彩さんだけじゃない。俺の周りのガールズバンドの連中はみんな充実している人間だ。目標を持ち、まっすぐ突き進んでいる。

 それに比べて俺はどうだろう。俺は音楽と真剣に向き合ってきた訳じゃない。目標も、特技も、誇れるものも、これと言ってある訳じゃない。普段は全然気になりもしないが、たまに彩さんみたいなすごい人がいると、そんな考えが浮かびもする。

 

「彩さんは、なんで俺なんかと仲良くしてくれるんですか?」

「・・・どうゆうこと?」

「俺みたいな何の取り柄も無いような男に、なんで彩さんみたいな凄い人がここまでしてくれんのかなって、ちょっと思っただけです」

「逆に聞くけど、レン君は私が凄い人だから仲良くしてくれるの?」

「いや、それは違います。俺は——」

「そうゆうことだよ。私がここにいるのは、仲のいい後輩とご飯を食べるためであって、アイドルとしての営業のために来たわけじゃないんだよ?」

「まぁ、頭ではわかってるんですよ。ただ、周りに凄い人ばっかりいると、ちょっと・・・惨めになる時もあるというか、俺に生きる意味ないんじゃないかって思ったりとか・・・。あぁいや、すぐにいつもの調子に戻るんで、気にしなくていいですよ。」

「気にしなくていい、か。・・・・・・これ、食べな」

 

 彩さんはそうゆうと網の上のホルモンを俺の皿に置いてきた。でも、これは・・・

 

「ちょっ、彩さんこれ。丸焦げじゃないですか」

「そのホルモンと同じだよ。私も、レン君も」

「?はぁ・・・」

「焼き過ぎたお肉は硬くなって食べられなくなる。でもホルモンは違う。焼かれてこそ真の価値が出てくる」

「はぁ・・・」

「焼かれて焼かれて、真っ黒焦げになって、脂を落して味を磨くの」

 

 彩さんは落ち着いた様子で俺のホルモンを見ている。一度彩さんの方を見てから、俺はそのホルモンを食べた。

 

「あ、美味い。結構いけますね」

「ふふ、そっか。じゃあこれはどう?」

 

そう言って、彩さんはまた網の上のホルモンを俺の皿に置いた。食べてみると

 

「うげっ。ちょっ、これ生焼けじゃないですか!食えないっすよこんなの!」

「だよね。生焼けのホルモンなんて食べられないもん。もっと焼かれなきゃいけない人間なんだよ。レン君も、私もね・・・」

「彩さんも・・・ですか?」

「当たり前だよ。アイドルとしてデビューもして、妹分のグループもできて、ちょっとした焦げ目ぐらいはついたかもだけど、まだまだって思うことはいくらでもあるし」

「彩さん・・・」

「私は育ちのいいお肉とは違う。千聖ちゃんみたいに裏打ちされた経験も無いし、日菜ちゃんみたいにすぐに何でもできちゃう訳でもない。だから、もっと焼かれなきゃいけないの。周りにいいお肉があるからって、諦める理由になんかならないよ」

「・・・惨めになってる暇があるなら、もっと自分を焼いてみろ、ってことですか?」

「そうだね。焼かれてないホルモンなんて誰も食べてくれないんだもん。焼かれて焦げて、真っ黒になって、初めて意味が出てくるの。」

 

 彩さんの言い方をすれば、俺は育ちのいい肉じゃない。だが、焼かれて味を磨くぐらいはできるかも知れない。自分に不安を抱きながらもアイドルの夢を諦めず、養成所で自分を焼き続けた彩さんのように

 

「まぁ、育ちの悪いホルモン同士、頑張っていこうよ!レン君は新聞部で、私はアイドルとして、丸焦げのホルモンを目指そう!」

「はい・・・!そうですね」

 

 そうだ。高校に入ってガールズバンドのみんなと出会って、俺は少なからず変わった。生焼けの過去を気にしても仕方がない。

 

「よし!なんか食欲出てきたな。」

 

 そうして俺は網の上のホルモンを・・・取れなかった。いや、盗られた。

 

「あっ・・・」

「早く食べないと燃えカスになっちゃうからね」

「なっ・・・!人がせっかく元気になったのに・・・お姉さん!ホルモン10人前お願いします!」

「えっ!?そんなに食べるの?」

「当たり前でしょ。育ち盛りなんですから」

「うわぁ。やっぱ男子高校生の食欲って凄い・・・」

 

 しばらく焦がしホルモン祭りが続き、彩さんとの焼肉は結構盛り上がった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「いやー、食べたねぇ。明日まで残っちゃいそう」

「ですね。・・・彩さん。ありがとうございました」

「えっ?どうしたのいきなり」

「いや、なんか話聞いてもらっちゃったんで」

「ああ、気にしなくていいよ。先輩としては後輩に頼られて嬉しいし、レン君が私の話ですっきりしたようで何よりだよ」

「俺自身、そんなに気にしてるつもりは無かったんですけどね。なんかすっとしました」

 

 やっぱり、彩さんは尊敬できる人だ。俺もこんな風になりたい。

 

「じゃあ帰ろっか。しばらく一緒だよね」

「はい。送っていきます」

 

 そう言った途端、携帯に着信が入った。・・・姉さんからだ。彩さんから出ていいと許可をもらったので、早速出た。

 

「もしもし。姉さん?」

『ちょっとレン?いつまで外で遊んでるの?夕飯の準備終わっちゃったよ?』

「・・・ゆうはん?」

『今日気合い入れてアタシが唐揚げ作りまくるって朝に言ったでしょ?もしかして忘れてたの?』

「あっ・・・」

『アタシ帰るまで待ってるから。じゃあね』

 

 その言葉を最後に、通信は途絶えた。

 

「ヤバい。焼肉行くって言い忘れてた」

「あの・・・レン君。今日は私がいきなり誘っちゃったし、一緒に謝ろうか?」

「いえ、・・・大丈夫です」

「そっか・・・」

「あー、なんて言い訳しよっかなぁ?」

 

 こうして俺は、彩さんのありがたい話を聞いた後に、姉から物理的に焼かれないことを祈りながら帰路についたのだった。




 あの焼肉シーンのホルモンの話の元ネタ、大好きなんですよね。
 

 ノリと勢いで10話ぐらいまで書きましたが、10話の中で好きな話とかありますか?「この話が一番好き」みたいなのがあれば感想に書いて欲しいです。参考にして次に活かしたいので。


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11.図書室で白金燐子に勉強を見てもらうシチュ

 彩ちゃん回のパロディ元、思ってたより知ってる人からの反応あって驚きました・・・。

 あと、ちょくちょく「読みやすい」という感想を頂くのですが、そんなに読みやすいですかね?なんか嬉しいな。

 
 今回はリクエストのりんりんを書いてみました。


 俺は勉強が得意ではない。要領が悪く、物覚えも悪い俺にとって勉強は苦行でしかない。なので俺は定期的に有咲や紗夜さんに図書室で勉強を見てもらうことがある。特に紗夜さんは勉強のやり方そのものまで教えてくれたりするので本当にお世話になっている。

 今日も本当は紗夜さんに見てもらう予定だったのだが・・・

 

『レンさん、大変申し訳ありません。今日はどうしても外したくない用事ができたので、本日の勉強会は参加できません。代わりの人を寄越したので、ちゃんとその人の指示に従うこと。いいですね?』

 

 とのことなので、図書室に紗夜さんは来ない。それにしても「外せない用事」ではなく「外したくない用事」か。・・・日菜さんとのデートだろうか?

 そんなことを考えながら、俺は代わりの人を待ったのだった。

 

 

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「で、今日は燐子さんが来たと」

「うん。氷川さんからやる予定だった範囲は教えてもらってるから。問題集を解いて、答え合わせして解説、でいいんだよね?」

「はい。いつもはそんな感じです」

「そうだね。じゃあ、早速始めようか」

「了解っす」

 

 

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 燐子さんの指示のもと、俺は問題集に取り掛かっていたのだが、あまり集中できずにいた。

 要領が悪いのも理由の一つだが、今回はそうじゃない。寧ろ定期的に紗夜さんから基礎を叩き込んで貰っているお陰で問題自体はほとんど苦戦せずに済んでいる。紗夜さんのことだから、飛び入りで巻き込ませた燐子さんに負担がかからないように解説が要らないような範囲を選んだのだろう。

 ではなぜ、俺の集中が途切れるのか。それは・・・

 

「・・・?」

 

 可愛らしく首を傾げる燐子さんと、その顔の少し下を見て確信する。

 

「ふぅ・・・」

 

 この人、ちょくちょく机の上におっぱいを置いて休憩しているのだ。

 いや、大きいし重いんだろうけどさ・・・。もう少し自分の前にいる後輩の性別を意識して欲しい。有咲のお陰で耐性はついてるとは言え、有咲に匹敵する大きさの胸が机に置かれている状況に何も感じずにいられるほど、俺は悟った人間じゃない。あまり自分の先輩に対してこんなことを言いたくはないが・・・ちょっとエロすぎる。

 

「あの、レン君?あんまり集中できてない感じだけど、大丈夫?」

「いやっ、大丈夫っすよこんなの!いやー、手ごわい問題だなぁ・・・」

「その割に、解く時はスラスラ解いてる気がするけど」

「・・・気のせいっすよ」

「なら・・・いいんだけど・・・」

 

 本当によく見てるなこの人。気を付けないと。まったく何をやっているんだ俺は。女子は視線に敏感だって有咲も言ってただろうが。

 そもそも俺の頭の悪さが原因で巻き込んでるのにこんな集中の欠き方なんて失礼過ぎるだろ。わざわざ、放課後の時間まで割いてもらってるのに・・・。こんな問題集なんてさっさと片付けて、燐子さんを帰してやらないと。

 そう思い、両手で頬を叩いて気合を入れる。燐子さんが驚いているのが見えたが気にしない。俺は再び問題に向き直る。

 

「レン君、解くスピード上がったね。やっぱり集中できてなかったんじゃ・・・」

「なんか調子上がったんです。それだけですよ。ホント」

「ふふっ。そっか・・・。でも、本当に勉強苦手なの?見た感じ・・・ちゃんと解けてるけど・・・」

「紗夜さんがしっかり教えてくれてるお陰ですよ。本来なら勉強みたいな細々した作業はやろうって気すら起きません」

「細々した作業が苦手なのに・・・新聞部に入ったの・・・?」

「まぁ、取材は楽しいですから。取材内容まとめる作業は今でも嫌いですけど。上手くいかないと徹夜だし。」

「でも・・・苦手なことにちゃんと向き合えるのは立派だよ。」

「そんなこと言ったら、あんたが生徒会長になった理由も似たようなもんでしょうが」

「今でも、無理してる部分はあるけどね・・・」

 

 会話は弾むが、手のスピードは決して緩めない。静かな図書室には俺たち以外の生徒はいない。さっきの気の散り方が嘘のように集中できる。今なら何があろうと心を乱されない自信がある。

 こうして、俺は今まで以上のスピードで問題集の問題を片付けていったのだった。

 

 

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「うん。ちょっとしたケアレスミスはあるけど、これなら大丈夫そうだね」

「そりゃどーも」

 

 なんだかいつもよりも頭を使ったせいか、どっと疲れた気がする。

 

「時間余っちゃったし、お話でもしようか。」

「ですね。なんかゆったりしたい気分です」

「じゃあ、そんなレン君にはホットココアをあげちゃいます。頭を使った後は、糖分を取らないとね」

「・・・いつの間に」

 

 買ってから時間が経ってるのか、少しぬるくなっている。いつもは遠慮の一つぐらいはするが、今回はありがたく頂く。

 机の上にぐでっと突っ伏しながら脳に糖分を送っていると、燐子さんが口を開いた。

 

「ねぇ、レン君・・・」

「何です?わからない問題ならありませんよ。」

「いや、違うの・・・。そう言えば気になってることがあったのを思い出してね」

「気になってること・・・?」

「そう。レン君のことについて」

「はぁ・・・」

「レン君って最近・・・」

「・・・」

「女の子の胸を見なくなったよね?」

「・・・別に、普通でしょ」

 

 燐子さんには申し訳ないが、今更この類の追求で俺の精神は揺らいだりしない。こころが気づいていたり、有咲にバレていたりして耐性はついたのだ。優雅に渡されたココアを味わう余裕もちゃんとある。

 

「下心が無いのはわかってるし、見ないように努力してることもわかってた。でも最近は、まず見てすらいないように思えて・・・」

「そもそも俺って小柄であざとい感じの子がタイプなんですよね。子供っぽくて妹感がある感じの・・・。だから、お姉さん系の象徴たる大きな胸なんて、もう逐一見たりなんかしないって言うか・・・あくまで視界に入ってるだけですよ」

 

 まぁ、小柄な女子がタイプなのは事実だし、即席の言い訳としてはかなり上出来だろう。俺はココアを飲み終えて空き缶を置いた

 

「じゃあ、どうしてさっき私の胸を見てたの?」

「えっ・・・?」

「レン君は私の胸から目を逸らす時、バツの悪そうな顔で、顔がちょっと赤くなるの。気付いてない?」

「赤くなってるのは・・・知らなかったです」

「さっきもそうだったから分かりやすかったよ?」

「・・・あの、もう、ほんっとすいません」

「いや、いいんだよ。寧ろ前よりそれが減ったから気になったの」

「減った理由は言えません。取り敢えず、心の変化があったとだけ」

 

 有咲の立場もあるし、女子の胸に耐性がついた詳しい理由は伏せる。しかし、有咲にあそこまでやってもらったのに燐子さんに気付かれる始末。もう、俺の意思じゃ限界があるのかもしれない。仲のいい人をそんな目で見たくはないのだが・・・

 

「燐子さん、俺はもうダメかもしれません」

「レン君・・・?」

「俺だって頑張ってる方なんだ。だってそうでしょう?そもそも男は本能として女性を求めてしまうものなんです。それも人類が二足歩行を始めるよりも前からプログラミングされてずっとだ。この何万、何億年に渡って築き上げられてきた強大なものを俺はずっと敵に回してるんだ。

 確かに俺はさっきあなたの胸に目を奪われた。それはもう変えようが無い事実だ。でも、その後の数分は見向きもしなかったんですよ?あのたった数分の間、俺は確かに人類が築き上げた強大な摂理に抗ったんだ。ここ最近なんてもうずっと抗い続けている。でも、だれも理解なんてしてくれないんだ。俺が変態なのはもう変えようの無い事実だ。

 でもこれだけは言わせて欲しい。俺は・・・いや、女性の胸への視線をセーブする全ての変態たちは、「変態」というレッテルを背負いながら、それでも勝ち目が無い強大な敵に挑み続ける・・・

 

 

 

哀しくも孤独な戦士(グラディエーター)なのだと」

 

 

 

 涙ながらに、俺は真剣な表情で言い訳を並べる。正直「本能」なんて単語を持ちだした時点で言い訳でしかないのだが、もう色々限界だった。いつの間にか大きな胸に目を奪われて、そんな自分に気付く度に罪悪感を抱いて・・・。

 女性陣が妥協して割り切ってくれているのは有咲から聞いているが、やはり全く気にせずにいられる訳じゃない。

 

「レン君・・・」

「燐子さん、さっきも言いましたが俺はもうダメです。俺は——」

「レン君・・・イイコト、しよっか・・・?」

「はい?」

 

 そう言って燐子さんは向かいの席から俺の隣に移動した。普段は弱々しい印象のある人だが、今は有無を言わせぬ圧を感じる。

 

「背中、向けて」

「・・・はい」

 

 俺は背中を向ける。なんだかゾワゾワして怖い。

 

「じゃあ・・・失礼するね」

 

 その言葉の後、俺の背中を二つのふにっとした柔らかい感触が襲った。燐子さんは俺の背中に胸を押し当て、そのまま俺にバックハグを仕掛けたのだ。

 

「あの、・・・まずいですって燐子さん。俺なんかにこんな」

「・・・嫌だった?」

「最っ高です」

 

 胸の感触もだが、俺を包む全てが柔らかい。心が温かくなる。

 

「レン君は女の子に気を遣おうとし過ぎなんだよ。レン君が女の子をやらしい目で見てくるような人じゃないのはみんな知ってるよ?私はもっと自然体なレン君とお話がしたいな」

「・・・そう、ですよね。結局、無駄な努力だったんでしょうか」

「ううん。気持ち自体は嬉しいからちゃんと受け取るよ。このハグはそのご褒美だから」

「ご褒美・・・ですか。ハグだけのつもりなら申し訳ないですけど、胸、当たってますよ?」

「当ててるんだよ?ああ、それとも・・・」

 

 燐子さんは俺の耳元に口を近づけ、そっと囁いた。

 

「もっと・・・押し当てて欲しい?」

「・・・!」

「どうして、欲しい・・・?」

 

 脳が溶かされる。そんな感覚が確かにあった。

 

「燐子さん」

「どうしたの?」

「ぎゅって・・・して欲しいです。燐子さんの温もりをもっと感じたいです」

「ふふっ。いいよ・・・」

 

 そう言って燐子さんは抱く力を強めた。胸はさらに押し当てられ、燐子さんとさらに密着する。

 抱き返すことは出来ないが、首に回された燐子さんの腕をそっと握ることは出来た。

 

「贅沢なご褒美ですね。気遣いの気持ちだけでここまでしてもらえるなんて」

「まぁ、実を言うとそれだけでやってる訳でもないんだよ?レン君には日頃からお世話になってるし」

「そこまでのこと、燐子さんにしましたっけ?」

「してくれてるよ?生徒会の仕事を手伝ってくれたり、ライブのお手伝いをしてくれたり、後は・・・私と仲良くしてくれたり」

「燐子さんと仲良くしてるのは俺だけでもないでしょ」

「確かにそうなんだけど、ここまで砕けた話し方が出来るのはあこちゃん以外だとレン君だけだよ?」

「流れがそうだっただけでしょう。姉さんと被るから「レン」って呼んでいいってなった後、年下だから敬語も要らないって言って、それで・・・」

「うん。そして仲良くしてくれて・・・一緒に買い物に付き合ってもらったこともあったっけ?とにかく、そうゆうことも含めた感謝のハグだから」

 

 燐子さんはまた俺を抱く力を強めた。

 

「面と向かってだと恥ずかしいから、なかなか言えないんだけど・・・」

「この状態も結構恥ずかしくないですか?」

「顔を見られないなら、まだマシかな」

「そう、ですか」

「うん。だから、いつもありがと・・・」

 

 そして燐子さんは、また俺の耳元に口を近づけて囁いた。

 

「大好きだよ」

 

 鏡は無いが、俺の顔が一瞬で赤くなったことは分かった。

 

「レン君、心臓すごく鳴ってる・・・」

「燐子さん、顔、見たいです」

「やっ、今は・・・恥ずかしいからダメ・・・」

「さっきの、もう一回言って欲しいです」

「もうっ。ホントに恥ずかしいからダメ・・・!」

 

 俺はそのまま、帰る時間になるまで燐子さんのバックハグに拘束され続けたのだった。

 

 

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「思ってたより、遅くなっちゃったね・・・」

「ですね。もう暗いですし、早く帰りましょう」

「うん。じゃあ、またね」

「はい、また明日」

 

 帰り道の分岐から、燐子さんの後ろ姿を見送る。・・・いや、そう言えば忘れていた用事が一つあった。そう思い立って、俺は燐子さんを呼び止めた。

 

「燐子さん!」

「レン君?どうしたの?」

 

 すぐに振り向いてくれたので、さっさと用事を片付ける。

 

「大好きです!!」

「ほあっ!?」

 

 バックハグという体勢のせいで拝めなかった燐子さんの照れ顔をバッチリと確認し、俺は家路についたのだった。




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 もう既に出してるキャラのリクエストでも構いません。ただ、未登場のキャラがいれば優先順位は若干下がります。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


 
 恋人じゃない距離感で言う「大好き」って、付き合って相手のありがたみが薄れた状態よりも破壊力ありますよね。


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12.美竹蘭にライブの感想を言いに行くシチュ(過去編)

 リクエストのAfterglowを書いてみたのですが、巴とラーメン食べに行くとモカとパン食べる話が浮かんで・・・流石に食べ物系の話ばっかりになるとまずいのでこうなりました。
 


 今回のお話のレン君は高1で新聞部に入って少し経ったぐらいです。


 俺はCiRCLEというライブハウスに来ている。無論取材のためだが、取材に来たわけじゃない。理由は前に取材した市ヶ谷から言われたこの一言。

『音楽に興味は無いくせに、バンドの記事は書きたいのかよ。なんか矛盾してね?』

 ・・・まぁ、いずれ向き合わなきゃいけない問題ではあった。ガールズバンドは当然流行りだし、注目も集めている。だが俺は音楽のセンスが絶望的に無い。何が楽しいのかは正直よくわからないし、戸山たちの前では「興味が無い」なんて言い方をしているが、寧ろ音楽は苦手だ。「嫌い」とかではなく、「苦手」なのだ。どうしても好きになれない。

 だが、そんな甘えたことを言い訳にするのも違う気がする。魅力も分かってないくせに記事を書こうなど、全力で音楽をやってる人間にも失礼だ。

 

 ~♪ ~♪ ~♪

 

 ステージでは知らないバンドが知らない曲を演奏している。素直に凄いとは思う。俺には無いものを持っていて、俺にできないことをやってのける。それも、凄く楽しそうに。だが・・・

 

「わっかんねえなぁ・・・」

 

 なんだかパッとしない。周りの観客の盛り上がりがどうしても理解できない。病的に音楽ができない俺は、音楽を聴いて楽しむこともできないのだろうか・・・?

 いつの間にか演奏していたバンドもステージから移動し、次のバンドの出番になった。現れたのは・・・

 

「パンクなお姉さんだ」

 

 髪の毛に赤メッシュを入れた、いかにもバンドをやってるって感じのボーカルとそのメンバー達。バンド名を告げ、マイクに向き直る。

 

「それでは聞いてください。That Is How I Roll!」

 

 ・・・凛とした歌声だった。曲調はアップテンポで激しいものだが、乱暴じゃない。不器用だけど真面目で、全力で、一生懸命なのが伝わってくる。音楽のことなんて何もわかっちゃいない俺がこんなことを考えてしまう理由は分からない。でも、そんな風に感じてしまう。

 この感情は何なのだろうか・・・?

 

「それでは、次の曲で最後になります。True color」

 

 夢中になって聞いていると、いつの間にかライブも最後になっていた。そして、優しいギターの音色と共に聞こえるボーカルのまっすぐな歌声を聞いて、

 ・・・震えた。

 

『本当の声を届けたいんだ 素直に君へと言葉で』

 

 楽しいとかではない。でも、確かに心に届いて、染み渡っていく。彼女の歌に魅了されていく。音楽を聴いてこんな気持ちになったのは初めてだ。いや、音楽以外でもこんな気持ちにはなったことがない。

 俺はこの感情の名前を知らない。

 

 俺は音楽を聴いて、初めて時間が短いと感じた。

 

 

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「君、大丈夫?おーい!君?もうライブ終わったよ?」

「はっ!?ごめんなさい。俺、ぼーっとしてて・・・」

「もしかして、あまりにもライブが凄かったから感動しちゃった?」

「感動?」

「ほら、目とか充血してるし、・・・泣いてる自分にも気付けなかったんだ」

「?・・・ホントだ」

 

 顔に触れると確かに涙の跡があった。

 感動・・・そうか。俺は感動したんだ。音楽が苦手な俺が、彼女の歌声を聴いて・・・あの歌を聴いて・・・感動した。

 時間の流れも分からなくなるぐらい・・・涙も忘れて・・・。

 

「あの、彼女たちに感想を言いたいんですけど・・・」

「ああ、それなら入り口の近くのノートに——」

「違う!それじゃダメだ!どうにかして直接言いたい!」

「えぇ・・・?」

「頼む・・・!」

 

 迷惑なのは分かっている。普段の俺なら絶対にこんなことはしない。敬語も忘れて自分勝手になことを言うなんていつぶりだろうか。

 

「うーん。気持ちは尊重したいけど、みんな帰っちゃったと思うし・・・流石に連絡先は個人情報だから教えられないし・・・」

「そうか・・・。最後に演奏したあの人たちに、どうしても伝えたかったのに・・・。」

「最後?ああ、あの子たちか。・・・ねぇ君」

「はい」

「あの子たち全員、商店街の方に住んでるって言ってた気がするんだ。もしかしたら、あの周辺を探せば——」

「ホントか!?ありがとう!すぐに行ってくる!」

「あっ、ちょっと!?ホントに探す気?・・・行っちゃった」

 

 

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 商店街を何周したのか、もう自分でも覚えていない。日も傾いてきた。暗くなるまで時間も無い。流石に疲れて頭も冷えていた。

 そもそもあのバンドの手掛かりはほとんど無い。バンドの名前も、曲の名前も、メンバーの顔も覚えていない。ただ、ボーカルに赤メッシュが入ってること、そのボーカルの歌声に感動したこと、鮮明に記憶に残っているのはそれだけだ。

 まったく、自分の記憶力の無さに腹が立つ。

 だが、足はもう動かない。もうずっと何も食べてないし、喉もカラカラだ。適当な喫茶店で夕食を済ませて大人しく帰ろう。少し疲れた。

 

 

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 ——羽沢珈琲店にて——

 喫茶店に入った俺はサンドイッチを注文してから、もうずっと机に突っ伏していた。どうやら思ってたよりも体は疲労を訴えていたらしい。

 ・・・水めっちゃ美味い。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「ん?ああ、すいません。突っ伏しちゃって」

「いや、構わないんですけど、体調優れないなら無理しないで下さいね?」

 

 なんか、茶髪の可愛い店員さんが来た。エプロンがすげー似合ってる。

 

「今日、ガールズバンドの合同ライブみたいなのを観に行ってさ、感想の一つでも言おうかなって、その人たちを探したんだけど、全然見つかんねえの」

「バンド・・・ですか。バンド名は分かりますか?」

「わかんね。バンド名も演奏してた曲の名前も、もうちょっとで思い出せそうなんだけど・・・やっぱ思い出せねえ」

「そうですか・・・お力になれればと思ったんですけど」

 

 残念そうに項垂れる店員さん。真剣になってくれているのに申し訳ないが、そんな姿もすごく画になる。夕焼けに照らされて物憂げな表情を浮かべている姿がすごく綺麗だ。

 夕焼け・・・黄昏の色に染め上げられる店内を見ながら、ふと口から言葉が零れた。

 

「Afterglow・・・」

「えっ?」

「そうだ。Afterglowだ!やっと思い出せた」

「Afterglow、ですか?」

「そうだよ。何か知らないか?なんでも良いんだ。詳しいなら、色々教えて欲しい!」

「それは、えっと・・・」

「感想言いに来た割に随分と失礼な奴だね」

 

 店員さんを問い詰めてると、店の奥の席から声が掛けられた。そしてこちら側に歩いてきたのは・・・

 

「蘭ちゃん・・・」

「Afterglowボーカルの・・・パンクなお姉さん」

「その呼ばれ方は気に入らないけど、いったん流す。取り敢えず、あたしはAfterglowボーカルの美竹蘭。そしてあんたが絡んでるその子は、Afterglowのキーボードだよ」

「・・・マジで?」

「はい・・・。キーボードの、羽沢つぐみです」

「・・・いたっけ?」

「あはは・・・そんな影薄いかな?私」

「・・・マジごめんなさい」

 

 その後、別の人の接客で羽沢さんは離れ、警戒心むき出しの美竹さんと楽しくお喋りすることになった。

 ・・・目が凄く怖い。

 

 

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「・・・なるほど、それで何も考えずに勢いだけでライブハウス跳び出して、ここまでたどり着いたと」

「まぁ、そうゆうことだよ。取り敢えず、信用はしてもらえた?」

「何か企んでたらどうしようかと思ってたけど、あんたが警戒する必要も無いぐらいのバカだってことはわかった」

「複雑だなぁ・・・」

「でも、感想言いに来てくれたことは普通に嬉しいよ。どうだった?ライブ」

「うーん・・・」

「何?言いに来たのは文句だった訳?」

「いや、そうじゃない!言葉が上手くまとまってないんだ。俺、音楽で感動したの、初めてだからさ・・・」

「今井・・・」

「音楽のことなんて全然詳しくないのに、美竹さんが一生懸命、全力になってるのが伝わってきたと言うか・・・。心に沁み込んでくるような、そんな歌だった」

「そっか。あたしたちの全力は、あんたの心に届いたんだね」

「あぁ。泣くほど震えた」

「えっ、泣いたの?」

「そうだよ。スタッフさんに言われてから気付いたけど」

「それは本当に嬉しいな。あたしたちの音楽が、ここまで人の心を動かしたなんて・・・」

「あと、美竹さんの歌声が好きだ」

「いや、ちょっと。何なのいきなり?」

「美竹さんの素直でまっすぐな歌声が好きだ」

「待って。そうゆうお世辞はいいから」

「良くない。他のものが何も見えなくなるぐらい、俺はあんたの歌声に惚れたんだ!」

「なっ・・・!」

「そうだったんだ・・・。なら私のことが見えなくなっても仕方ないね」

「つぐみ?」

「今井君が私のことを覚えてなかったのは、今井君のせいじゃなくて、蘭ちゃんが視線を独り占めしちゃったせいだったんだよ」

「待って。そんなこと・・・」

「羽沢さんの言う通りだ。ステージで歌う美竹さんは、片時も目が離せなくなるほど・・・マジでかっこよかった」

「~~~~~!!!!」

 

 美竹さんの顔が赤くなっているがもう気にしない。そのぐらいかっこよかったのだから。

 

「そうだよ。蘭ちゃんはすっごくかっこいいんだ。」

「ああ。俺もかなりの衝撃を受けた。あの時のことを思い出そうとすると、今でも鳥肌が立つんだ。」

「待って!!もう十分だから!それ以上はただの褒め殺しだから!」

 

 普通に楽しくなった俺と羽沢さんは、しばらく美竹さんのことを褒めて、褒めて、褒めちぎった。あんなにかっこよかったのだから仕方ない。

 

 

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 話し込んでいると、辺りもすっかり暗くなった。照れたり怒ったりしていた美竹さんだったが、今は優しい笑顔だ。

 

「今井、今日はありがとね。感想、照れくさいけど嬉しかった」

「感謝するのはこっちだ。あんたらの音楽で、何か大切なものが見つかった気がするし」

 

 帰り道の分岐で少し止まった。

 

「ライブ、またおいでよ。今度はまた、別の曲も聞かせてあげるからさ」

「いいのかよ。好きになったらどうするんだ?」

「もう惚れてるんでしょ?あたし達の歌にさ」

「そうだった・・・。絶対に行くよ。美竹さんのライブ」

「ありがと。あと・・・」

「・・・」

「『蘭』でいいよ。同い年だし」

「いいのか?」

「苗字で呼ばれるのは好きじゃない」

「そっか。じゃあ蘭、次も楽しみにしてるよ」

「うん、見逃さないでね。あたし達の全力」

 

 お互いに拳をぶつけ合い、暗い夜道の中、晴れ晴れした気持ちで帰路についた。

 

 ・・・ライブに行っただけなのに、最高にロックな友人ができた。

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。



 「みたけ」って打っても「美竹」ってなかなか出ない。


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13.部屋の中で大和麻弥と演技の練習をするシチュ

 前の話で感想やリクエストが来なかったのを見るに、みんな主人公の掘り下げとかそうゆうのは求めてない感じですかね。

 ・・・にしても、今回も不調気味。


 俺の部屋は片付いていてシンプル・・・と言えば聞こえはいいが、割と殺風景な部屋だ。勉強机とベッドが並び、小さい本棚と引き出し付きのハンガーラックがあり、敷かれたカーペットには小さなテーブルが置かれて・・・それだけだ。部屋として最低限のものはあるが、最低限の物しか無い。物がなさ過ぎて散らかることすらない、飾り気のない部屋だ。

 そんな殺風景な部屋にメガネを掛けた美人が一人。

 

「姉さんみたいなオシャレな部屋じゃなくてすいません」

「いえいえ。ジブン、こうゆう部屋の方が落ち着くので」

「だったらいいですけど。・・・お茶です」

「あぁ、これはどうも」

 

 部屋の中にアイドルがいるというのは中々に異様な光景だが、俺が連れ込んだ訳じゃない。寧ろ言い方的には向こうが上がり込んで来たという表現の方が近い。

 ドラマ台本の読み合わせで俺に協力して欲しい。とのことだったが・・・

 

「で、今日の目的は読み合わせの練習ってことでしたけど、・・・俺、演技とかやったことないですよ?演劇部の人たちとか、それこそ千聖さんが男役やった方がいいんじゃ?」

「いえ、その千聖さんから言われたんです。「ある程度のセリフは問題無いから、後は気持ちを作る方が大事だ。だからまず男に触れてこい」と。・・・それに、千聖さんも忙しい方ですから」

「気持ちづくりのために男に触れてこい?麻弥さん、今回どんな役なんですか?」

「はい。今回のドラマは高校生の恋愛を描いた短編もので、そのうちの1話を担当させて頂くことになってまして」

「あ、それうちの姉さんも見てるやつだ。・・・それで、麻弥さんの役は?」

「ジブンの役は主人公の幼馴染の役なんですが、自分への好意に無頓着な人なんです。それ故に主人公のアプローチに鈍感だったり、思わせぶりな態度で主人公をモヤモヤさせたり・・・なんて言うか、「自分のことを好きになっちゃうような人なんている訳ない」って思ってるんですよね」

「ネガティブ抜きでそう思ってそうな辺り、麻弥さんのハマり役ですね」

「そうですかね?でも、役の喋り方とか雰囲気はジブンに寄せて書いてくれたそうなので、それはあるかもしれませんね。オファーを頂いた時は驚きましたが・・・」

「パスパレで主演映画に出たことだってあるんですから、可能性は十分ありましたよ。時代が麻弥さんに追いついただけです」

「だったらいいんですけどね・・・。では、そろそろ練習にしましょうか」

「了解です。どのシーンをやれば?」

「はい。この台本の付箋のところなんですけど・・・」

 

 こうして俺たちの読み合わせの練習は幕を開けた。

 

 

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「麻弥さん、今のはどうでしたか?」

「うーん。もう少しで掴めそうな気はするんですが・・・」

「一旦休憩にしませんか?ずっとぶっ通しでやってますし」

「そうですね。すいません。ジブンが不甲斐ないばかりに・・・」

 

 読み合わせは何度もやっているが、やはり気持ちを作るというのがどうも上手くいかないらしい。麻弥さんの人間性に合わせた脚本なだけあって、大体のセリフ自体は問題ないらしいが、後半でセリフに気持ちが乗らなくなるのだと言う。

 

「そもそも、異性の好意に気付いて恥ずかしくなるというのがよく分からなくて・・・。ジブン、そんな経験無いですし。そもそもそこまでモテたこともないですし・・・」

「麻弥さんを部屋に連れ込んだ主人公が、麻弥さんの手を握ってアプローチを仕掛けるシーンですよね。今まで鈍感ムーブだった麻弥さんがようやく照れ始めて、主人公に恥ずかしがった反応を見せる・・・」

「そこなんですよね。どんな感情なのか、ジブンも分からなくて・・・」

「やっぱり俺の演技じゃ引き出せないんですかね?麻弥さん自身すらも知らない感情は」

「いえ、問題があるのはジブンの方なんです。レンさんがどんな行動を取るかは台本に書かれてるし、これが演技の練習であって、レンさんが私を好きになった訳でもないと、頭でわかってしまっているので、やっぱり未知の感情を引き出すのは難しくて・・・。もっと頑張らないと・・・」

 

 ベッドに腰掛け、休憩用に用意したレモンティーを飲みながら、二人で長いため息を吐く。

 どんな感情でやっていいのか麻弥さん自身も分かっていないのに、読み合わせなんてしても意味なんか無いんじゃないだろうか・・・?

 いや、こんなこと考えちゃダメだ。本人は真剣に悩んで俺を頼ってくれたのに。いや、麻弥さんに俺を頼るよう指示を飛ばしたのは千聖さんだが・・・。

 

「ん?千聖さん?」

「あれ、どうかしました?」

 

 麻弥さんの反応をスルーし、俺は記憶を辿る。麻弥さんが、演劇部や千聖さんを頼らず、わざわざ俺に助けを求めた理由。

 

『その千聖さんから言われたんです。「ある程度のセリフは問題無いから、後は気持ちを作る方が大事だ。だからまず男に触れてこい」と。』

 

 ・・・そうゆうことか。まったく麻弥さんめ。頑張らなきゃいけないのは俺の方じゃないか。

 

「麻弥さん、確認ですけど、異性に恋愛的な好意を向けられたことは本当に無いんですね?」

「ええ。まぁ、地味で目立たない感じの人種だったので」

 

 そうやって自嘲的に笑う麻弥さん。本当にモテなかったのか、それとも台本の中のヒロインのように自分への好意に無頓着なのかは分からないが、麻弥さんが初心なのはわかった。

 

 

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「麻弥さん。そう言えば、思い出したことがあるんです」

「思い出したこと、ですか?」

「はい。ちょっと耳を貸してほしいんですけど」

「はいはい。それでは失礼して・・・」

 

 そう言って麻弥さんは俺に寄り添い、耳の後ろに手を当て、横顔を近づける。麻弥さんは完全にリラックスしている。その綺麗な横顔を見て、覚悟を決める。

 そして・・・

 

 ちゅっ

 

 ほっぺにキスをした。

 

「・・・」

「・・・」

「ぬええぇぇっ!?ちょっ、なんてことしてるんですか!?」

「ほっぺにキスしました」

「そうゆうことを聞いてるんじゃありません!ダメですよ。好きでもない人とこんな——」

「好きですよ?」

「・・・へっ?」

 

 麻弥さんの顔が赤くなっているのがわかる。でも、まだ足りない。

 

「麻弥さんのことはずっと前から好きですよ?気さくで優しくて、いつも俺の話を真剣に聞いてくれて、笑った顔が可愛い麻弥さんが・・・女の子として大好きです」

「いやっ、待ってください。なんでそんないきなり——」

「俺だって我慢してたんです。あなたはアイドルだし、こんなことしちゃダメなのは分かってる。でも、もう限界なんです。日に日に麻弥さんへの気持ちは強くなるし、諦めようとしてるのに麻弥さんのことが嫌いになれないんだ!」

「レ、レン、さん・・・?」

「それなのに、男の部屋に一人で上がり込んで、綺麗な横顔まで晒して・・・無防備すぎますよ。人の気も知らないで」

「レンさん。勢いだけでそんなこと言っちゃダメですよ。少し冷静に——」

「勢いだけでこんなことを言ってるんじゃない!俺は本気で——」

「うわぁっ!?」

 

 俺が迫ると麻弥さんはそのまま後ろに倒れ込んでしまった。勢い余って俺も麻弥さんを覆うように倒れ込む。・・・俺が麻弥さんをベッドに押し倒したような体勢だ。

 

「痛てて・・・すいませんレンさん。大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。・・・ごめんなさい」

 

 事故とは言え、自分に言い寄ってきた男に押し倒されているのに、相手の心配をするなんて・・・麻弥さんは本当に優しい人だ。

 

「あの、ではなぜ謝っているのに退いてくれないのでしょうか?それどころか両手首まで抑えられているのですが・・・」

「麻弥さんが大好きだからです」

「うぐっ!まだ言いますか・・・」

「このまま襲って食べてしまいたいぐらい好きです」

「も、もう!本当にダメですってば!もう少し冷静に——」

「嫌です」

「ううぅ・・・せめて少し整理する時間を——」

「あげません」

 

 ただでさえ頭が回る人だ。冷静になる時間なんて与える訳にはいかない。顔を真っ赤にして、息も荒く、涙目でこちらを見つめる麻弥さん。かなり動揺しているのが分かる。

 

「・・・本気、なんですか?」

「愛しています」

「はうぅ・・・」

「好きです麻弥さん。大好きです。その綺麗な髪も、澄んだ瞳も全部独り占めしたいぐらい好きです。あなたの全てが好きです。大好きです」

「むぅ・・・今日のレンさんは何かおかしいです。その気持ちだってきっと何かの勘違いですよ」

「じゃあ、勘違いじゃないって証明します」

「証明?」

「キスしましょう」

「へっ・・・?」

 

 麻弥さんの両手首は抑えている。抵抗されても問題は無さそうだ。

 俺は真っ赤になった麻弥さんに顔を近づける。

 

「あの、レンさん?ダメですよ。ジブン、アイドルなんですよ?」

「そんなの知らないです。麻弥さんが悪いんですからね?」

 

 もう鼻先が触れ合う距離まで近づいた。

 

「レンさん・・・。これ以上はほんとに、恥ずかしい・・・」

「恥ずかしがってる麻弥さんも可愛いですよ」

 

 麻弥さんに見つめられながら、顔の距離を更に近づける。麻弥さんのファーストキスがすぐそこにある。

 

「・・・!」

 

 ぎゅっと麻弥さんが目を瞑った。そのタイミングを見計らった俺は・・・

 

 ペチッ!

「ふぎゃっ!」

 

 麻弥さんに軽めのデコピンをお見舞いした。訳も分からず間抜けな声を出す麻弥さん。その後も状況が分からないのか、俺の顔や辺りを見回している。

 

「麻弥さん」

「はい?」

 

 いたずらに成功し、俺は笑顔で麻弥さんに言い放った。

 

「ばーか☆」

 

 ・・・めっちゃ怒られた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「・・・なるほど。つまり私たちは最初から勘違いをしていたと」

「そうゆうことです。そもそも千聖さんは読み合わせをしてこいだなんて言っていない。千聖さんから「気持ちを作る方が大事で、男に触れてこい」という指示が飛んでいるのなら、麻弥さんに必要なのは練習ではなく「体験」だったんですよ。」

「それで、その「体験」がアレだと?」

「悪かったですよ・・・。でも、俺がやるべき仕事は、麻弥さんを照れさせることだったんですよ?ただでさえ精神的に落ち着いた、あの麻弥さんを。それも褒めちぎるとかじゃなく、自分の「好き」という感情でだ。手心加える余裕なんて無かったんです」

「だからってあんなやり方・・・せめてやろうとしてることを前もって言うぐらいしてくれても・・・」

「やる事が練習だってわかってると難しいって言ったのは麻弥さんですよ?」

「うぅ・・・流石はリサさんの弟。人をからかうのが上手い」

「で、どうです?異性の好意に気付いて恥ずかしくなる気持ちはわかりましたか?」

「レンさんが乙女の純情を弄んでくれたお陰でバッチリですよ・・・」

「いやもう、それは本当に悪かったですって・・・申し訳ないと思ってますよ」

「アレ程のことをしておいて、「申し訳ない」の一言で済むと?」

「じゃあ、どうすればいいんです?」

「ああ、別に大したことじゃないですよ。取り敢えずその場に正座して、歯を食いしばって頂ければ」

「やだ、超怖い☆」

「正座」

「あ、はい」

 

 言われた通り、正座をして歯を食いしばる。すごく怖い。

 

「目はちゃんと閉じましたね?」

「はい。真っ暗で怖いです」

「よろしい。では、いきますよ?」

 

 そして・・・

 

 ちゅっ

 

 ほっぺにキスされた。

 

「なっ!?麻弥さん!?」

「フヘへ・・・いい照れ顔ですね。これでチャラにはなりませんが、仕返しの一つにはなりました」

「あ、あの・・・」

「では、そろそろ帰りますね。あ、お見送りは結構です。外もまだ明るいですし。今日はありがとうございました。」

 

 そして、麻弥さんは部屋の扉を静かに閉めた。残されたのは顔を熱くした俺一人。

 

「不意打ちって・・・こんなにヤバいのか・・・」

 

 その後、麻弥さんから

『最後はあんな感じになってしまいましたが、今日は本当にありがとうございました。恥ずかしいですが、今回の出来事はちゃんと自分の演技に落とし込んでみせます。』

 との連絡が届いた。相変わらず律儀な人だ。

 

 そしてこの連絡以降、しばらく口を聞いてくれなかったのは言うまでもない。

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。

 

 なんか、中々すっきりした状態で書けない。誰か、迷走の抜け方とか知りません?


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14.戸山香澄と客席で雑談するシチュ

 「ポピパの第3章が始まった記念にメンバーの誰かを見たい」とのリクエストを貰ったので短めのちょっとした小話を書いてみました。

 ネタバレ要素ってほどの物は無いと思いますが、一応ポピパ3章見てきてから読んでくださると安心です。


 ライブハウスで働いていると、ライブそのものの運営に関わることが多い。受付や、案内、そしてライブ後の会場の掃除もだ。

 今回のライブも無事に成功し、掃除もあらかた終わり、今は掃除の最終チェックを一人でやっているところだ。

 しかし、ライブが終わった後のライブ会場とは何故こんなにも寂しく感じるのだろうか。そこら中を埋め尽くしていた観客の歓声は無く、ステージ上のバンドマンの歌声も無い。特に、今回のライブ内容はPoppin'Partyの主催ライブだったのだ。盛り上がりが激しかった分、終わった時の静寂もより強く感じる。

 

「にしても、こんなに広かったか?この会場」

 

 耳にはまだ彼女たちの音楽の余韻が残っている。頬を滑り落ちる汗をタオルで拭いながら、そんな感想を零す。胸の内の寂しさをそのままに、作業を再開しようとした時、会場の扉が開かれた。

 

「あっ、レン君・・・」

「香澄・・・」

 

 扉の方にはなぜか、ライブをやり切って帰ったはずのボーカルの姿があった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「じゃあ香澄。取り敢えずライブお疲れ!」

「レン君もね!」

 

 お互いに言葉を交わし、ペットボトルのスポーツドリンクをぶつけ合う。

 今はライブ会場の後ろの壁にもたれながら、二人で地べたに座り込んでいる。バンドのボーカルに裏方、本来交わることのない正反対な存在の俺達だが、香澄にとってはそんな常識は壁にすらならない。

 ・・・それにしてもスポーツドリンクが美味い。やはり運営で汗を流しまくったからだろうか?余った差し入れを譲ってくれた香澄には感謝しなければ。

 

「にしても、どうしてここに?忘れもの、って訳じゃないんだろ?」

「いやぁ、ライブの余韻が忘れられなくて・・・なんとなく?」

「なんとまあ香澄らしい理由」

「えへへ。だから有咲たちには先に帰ってもらって、そのまま来ちゃった。」

「思い切りが良過ぎる・・・」

 

 まぁ、その思い切りの良さが香澄のいい所でもあるのだが・・・

 

「レン君ってさ、私がSPACEできらきら星歌った時のことって覚えてる?」

「なんだよいきなり?・・・まぁ、忘れる訳ないわな。すげえ衝撃だったし、俺が新聞部として作った最初の記事の内容だからな」

「ああ、そうだったね。最初はグリグリの取材だったのに・・・」

「で?そんな昔話なんか持ち出してどうしたよ?センチにでもなったか?」

「どうだろ?でも、成長したなーって」

「なるほど。確かにな。有咲とカスタネット一個で先輩のライブに飛び入り参戦したお前も、今となってはデカい会場でライブするようになったもんな」

「まぁ、そこも成長したんだけどさ。人間としても成長させてもらってる気がするんだ。ポピパの団結も強くなったし、前まで見えてなかったものが見えるようになった気がするの」

「そうだな。周りの人間まで巻き込んで、みんなお前の熱にやられていくんだ。・・・凄いやつだよ。お前は」

「そうかな?でも、それも音楽が私を成長させてくれたお陰なのかも」

 

 普段はバカでお調子者な香澄だが、有咲やほかのポピパのメンバーも皆、香澄は凄いやつだと言う。ポピパのライブが盛り上がる理由も、こいつのカリスマ性を見ていると何となくわかる気がする。

 

「・・・ライブが終わるとさ、ちょっと寂しくなるんだ」

「寂しく?」

「あぁ。あんなに会場を埋め尽くしていた声が、今はどこにもない。なんか、何も無くなっちまったように感じてくるんだ。ライブなんて、無かったんじゃないのかって・・・」

「ううん。レン君、それは違うよ。ライブはいなくなってなんかないし、寂しく感じることもないんだよ?」

「香澄?」

「ライブはね、今もここに居るの。今は休んでるだけ。次のライブで盛り上がるために、ワクワクしながら息を潜めてるんだよ」

「楽しい表現だな」

「そうかな?でも、私はライブが終わると楽しい気持ちになって、「またやりたい」って思うの。そして次のライブのことを考えてワクワクする。そんな感情がライブそのものにだってあるんじゃないかって思うの。なんてったって、「ライブは生き物」なんだから」

「前のイベントの時も言ったけど、「ライブは生き物」をそんなトンデモ解釈してるのはお前だけだぞ?でも、でもお前の考え方って嫌いじゃないんだよな・・・」

「まぁ、今は終わったばっかりだし、「疲れたー」とも言ってそうだけどね」

 

 ライブで流れた汗も乾き、空調の影響で涼しさが出てきた。ライブに出演したわけでもないのに、なぜか達成感のようなものを感じる。

 スポーツドリンクを飲んで一息つくと、香澄が肩をくっつけてきた。普段なら離れようとするのだが、そこまでの体力もないのでそのままにする。

 

「レン君も、音楽の力で成長したんじゃない?」

「どうだかな。俺は楽器を弾いてる訳でもなければ、マイクの前で歌ってる訳でもないからな」

「関係ないよ。音楽やライブを通して、レン君は確かに色んなものと繋がったはずだよ?」

「自分自身の成長とか言われてもパッとしないんだけどな・・・」

「でも、「ライブが終わって寂しい」なんて、昔のレン君じゃ言えなかったと思うよ?音楽、前よりも好きになったんじゃない?」

「・・・確かに、昔よりも音楽は好きになったかもしれない。でも、こんなの成長って言っていいのか?」

「いいんだよ!そんなレン君もっと出していけばいいんだって。音楽が好きって言ってるレン君の方が絶対に良い!」

 

 確かに、音楽を好きになって良かったと思うことは多い。俺自身、中学の頃の自分よりも今の自分の方が好きでいられる気はする。

 

「なぁ香澄。すごく小さいことなんだけど、自慢したいことがあるんだ。聞いて貰っていいか?」

「自慢?」

「前にさ、姉さんに音楽の話を振ったんだ。「この歌かっこいいよな」って。ただそれだけなんだけど、でも、初めて音楽の話で盛り上がれたんだよな。小さいことだし、ほとんどの人にとっちゃ大したことでもないんだけど、幸せだった」

「なんだ。パッとしないなんて言ってたくせに成長してるんじゃん。レン君の嘘つき」

 

 そう言って香澄は笑う。だだっ広い会場の端っこでは、俺たちの話し声がしばらく響いていた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 誰もいないステージを二人でぼうっと眺めていると、時間はあっという間に過ぎた。

 

「なぁ、香澄」

「んー?」

 

 眠たげに返事を返す香澄。

 

「ありがと」

「ふふ。何のことか分からないけど、どういたしまして」

 

 最初にこいつを取材して、本当に良かった。こいつのきらきら星を聞いて、何かが動いたのだ。俺がわざわざガールズバンドを取り上げようと思ったのも、そのためにAfterglowのライブに行ったことも、CiRCLEで働くことになったのも、それで色んな人と関わりを持てたのも、音楽が好きになるきっかけの源流は全て戸山香澄という一人の人間に集約している。そのこと全てに対する感謝だったのだが・・・

 

「すやぁ・・・」

 

 それを伝える前に、香澄は俺の肩を枕にして寝てしまった。まぁ、ライブの後だし、疲労も溜まっていたのだろう。

 

「・・・お疲れ様」

 

 それだけを香澄に伝え、俺はまたステージをぼうっと眺めるのだった。

 

 

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 その後、香澄につられて寝落ちした俺は、掃除のチェックを放棄して寝落ちしたことをまりなさんにたっぷり叱られた。

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


 ポピパ3章を見てオーナーがめっちゃ好きになりました。ただでさえブラッ〇ラグーンのバララ〇カさんみたいな声でかっこいいなーとか思ってたのにもう、なんか普通に好きになりましたね。

 相変わらず迷走しながら書いてます。誰か迷走の抜け方とか知りませんか?


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15.今井リサと背徳の夜食をキメるシチュ

 蘭編や香澄編みたいな小話書いた時は毎回反応が無いので、ちょっとどんな感じかアンケート取ります。回答のお気遣いは無しで大丈夫です。

 
 今回はリサ姉の話です。


 新聞部の作業が家に持ち帰りになることは珍しくない。そして、持ち帰りをしなければならないほど滞るような作業は大抵徹夜が確定する。

 今回も徹夜は確定していたが、徹夜にしては早めに作業が片付いた。ブルーライト対応のメガネを外し、背骨を鳴らして伸びをする。夜食やエナジードリンクに頼らずに作業が完了し、一安心といったところだ。

 時刻は深夜1時半。徹夜の割にそれなりの睡眠時間も確保できた。後は電気を消してベッドに飛び込むだけの簡単な仕ごt

 

バタンッ!

「突撃☆ 隣の夜ごはーん!!」

 

 面倒な仕事が増えた。

 

「帰れ。俺はもうやる事を終えてるんだ」

「そうなんだ。アタシもちょうど課題終わったんだ~」

「だったら猶更帰れよ!お互いやる事ないなら起きる意味も無いだろ」

「え~。たまにはいいじゃん。アタシはレンと夜食が食べたいの」

「俺はさっさと寝たいんだよ。姉さんだってこんな時間に食べたら後悔するぞ」

 

 そう言って俺はベッドに向けて歩き出す。しかし簡単には逃げられず、後ろから姉さんに抱き着かれる。緩い力だが、抵抗も出来ない。

 色気を孕んだ声で、姉さんは俺の耳元に口を近づけて誘惑する。

 

「ねえ、本当にいいの?」

「いいよ。珍しく順調に作業が終わったんだから解放しろ」

「じゃあ、レンはお腹空いてないんだ?」

「それは・・・」

「空いてない訳ないよね?だって一時半だよ?頭も使いまくってさ・・・ほら、お腹にも全然力入ってない。体は正直だね♡」

「違う。俺は・・・」

「それにね。お姉ちゃん知ってるんだよ♡男の子ってこうゆうのが好きなんでしょ?」

 

 そう言って姉さんは携帯の画面を俺に見せる。そこに書いてあったのは・・・

 

 シーフード味のカップラーメンに鷹の爪を入れて、牛乳とお湯を入れる工程が丁寧に説明された、禁断のレシピが写っていた。

 

「それはっ、呪術〇戦で西〇ちゃんが紹介してたヤツ・・・!」

「あっ、ちょっとお腹鳴ったよね?ほら、正直に言いなよ。・・・食べたいって♡」

「いや、これやるためにわざわざコンビニまで買いに行くなんて面倒じゃないか?この時間は外も冷える。ここにカップ麺がある訳でもないのに——」

「あるよ?」

「嘘だ・・・」

「2つあるよ。おっきいの♡」

「・・・!」

「どうしよっかなぁ?お姉ちゃんが・・・全部食べちゃおっかなぁ?」

「・・・べたい」

「聞こえないよ?男の子の主張は大きな声で、ね?」

「姉さんの夜食が・・・食べたいです。・・・食べさせてください」

「ふふ。道連れ確保♡」

 

 こうして俺は、姉さんの甘い誘惑にまんまと引き込まれたのだった。悪いことだと分かっているのに、イケナイことだと分かっているのに、俺はその誘惑に逆らうことが出来なかった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「はい。という訳でキッチンにやって参りました!」

「いやー楽しみですねぇ」

 

 正直、本当に楽しみだ。アニメや漫画で見る美味しそうな料理のレシピって「やりたい」とは思いつつ何かと理由付けて結局やらないことが多いから、なんだかんだいい機会だったのかもしれない。

 

「よし、それではレン君、早速ビンの牛乳を二本取ってくれたまえ」

「え?今井先生、牛乳パックから計量カップに注ぐんじゃないんですか?」

「今回のカップ麺はビッグサイズのものを使ってるからね。ビンの牛乳1本ででちょうど容器の半分ぐらいになるんだ」

「なるほど、今回の工程は、牛乳を容器の半分まで入れた後にグツグツのお湯を線まで注ぐ方法だから、それで手間が省けるんですね」

「そう。少な過ぎたり入れ過ぎたりする心配も無いからね」

「さすが今井先生!」

「そしてここでワンポイントアドバイス!」

「何!?深夜テンションでふざけてやっていた筈の小芝居なのにそこまで料理番組じみたことを!」

「本来は牛乳の冷たさはお湯で補うというやり方なんだけど、今回は牛乳をコップに入れて電子レンジで温めます」

「なんだ?紹介されてたやり方じゃダメなのか?」

「確かに悪くはないけど、温度に違いがあり過ぎると、牛乳に浸かってた麺とお湯に浸かってた麺が上下で分かれちゃって、上下で麺の硬さにムラが出てくるの。それに、冷たい牛乳と熱いお湯が温度を打ち消し合ってちょっとぬるくなるんだよね・・・。ぬるいって言っても全然あったかい状態で食べられるし、寧ろ火傷の心配が減るというお釣りがつくんだけど・・・」

「やだ。カップ麺は熱々の麺をフーフーしながら食べるから美味いんだ」

「ま、付き人がこうゆう奴だから今回は牛乳を温めます。温めた牛乳とお湯を同時にカップへ流し込めば、味や温度のムラも心配要らないと思うよ」

「姉さん、さっきから説明があまりにも説得力が強いんだけど。さてはやったことあるな?」

「ああ、このレシピ?アタシは無いんだよね。やったことがあるのはこの小説の作者さんだよ?」

「おいコラ」

 

 そうこう話しているうちにお湯も沸き、牛乳も温まった。キッチン用のハサミで鷹の爪も切り刻んでいる。

 切り刻んだ鷹の爪を容器に放り込み、姉さんと息を合わせてお湯と牛乳を注ぎ込み、フタを閉めて、温度を閉じ込めた。

 

 そして、3分が経った・・・!!

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「なぁ姉さん。もういいよな?」

「よし、開けよう・・・!」

 

 開けた瞬間、とてつもなく良い匂いが鼻腔を襲う。これは、深夜に嗅いでいいものじゃないのは分かっていたが、それを理解する頃にはもう俺たちは麺をかき混ぜ終わっていた。

 

「「頂きまーす!!」」

 

 まぁ、美味しかったかどうかは言うまでもない。

 

「ねえレン、これヤバくない?すっごいまろやかなんだけど。少なくともアタシが知ってるシーフード味じゃない」

「ああ、しかも通常形態よりまろやかになった分、ちゃんと鷹の爪が良い仕事してるぞ。」

「凄いよね。シーフード味が持ってる本来の旨味がちゃんと活かされてる」

「考えた人天才だろこれ・・・」

 

 その後も俺たちは夢中になって麵をすすった。そして姉との夜食会は、二人ともスープを飲み干す形で無事に大成功を収めた。

 

 

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「いやー、両親に黙って夜な夜な食べるカップ麺の味は最高だね。この背徳感がたまらないと言うか。やっぱレン誘って正解だったな~」

「背徳感云々はともかく、カップ麺の味は確かに最高だったな」

「レンとこうしてインスタント食材を頂くなんて、いつぶりだろ?」

「確かに、姉さんはいつも手作りだもんな。」

「そうだね。あっ、でも手作りを当たり前だって思ったりしない方がいいよ?アタシは面倒見いい方だから構わないけど、他の女の子に当たり前のように求めたりしたらダメだからね?」

「何を分かり切ったことを。あんたのレベルをそこらの女子に求める方が酷だろうが。」

「どうだか。これから先結婚とかした時に、「手作り以外は料理じゃない」みたいなことを奥さんに言っちゃったりするタイプの大人になってたらイヤだからね?」

「なんでこの年で自分の姉に結婚後の心配なんてされなきゃいけないんだよ」

「いやいや、もし結婚相手が友希那みたいな人だったらどうするの?」

「あのレベルだったら猶更やらせたくねえよ。まだ俺がやった方がマシだ」

「アタシからしたらあんただって酷いもんだよ?ただでさえ手先不器用なのに・・・」

「まぁ、どうせ結婚なんて先の話だろ?結婚だったら、姉さんこそ大丈夫なのかよ?」

「えぇ?アタシは大丈夫でしょ?料理も家事も得意だし、面倒見も良い方だし、自分で言うのもなんだけど、それなりにいい奥さんになると思わない?」

「そうか?姉さんみたいにしっかりした人間に限ってダメ男好きだったりするんだよ。相手を不幸にする心配は無くても、自分が痛い目見る心配はあるんじゃねえの?」

「うわぁ、ヤだなぁ・・・。それなりに当たってそうなのも嫌だし、それを他でもない弟に言われるのも嫌だ・・・」

「まぁ、どうせ先の話だけどな・・・」

 

 二人で寝ようともせず、だらけながら、そんな生産性のない会話をする。姉さんが結婚したら、こんな時間もなくなるのだろうか・・・?

 

「ねぇレン?」

「なんだよ?」

「もしアタシが結婚した後、その相手から酷いことされたら、守ってくれる?」

「どうだろ。姉さんの問題だし、俺が首突っ込んだりしちゃいけないかもしれないからな。でも・・・」

「・・・?」

「手の届く範囲にさえ居てくれたら、まぁ、体張るぐらいはしてやるよ。」

「なんだ。心配なんて要らないじゃん。頼もしい弟で嬉しいな」

「うるせえな」

「愛してるぞ」

「むっ・・・」

「大好き」

「・・・知らねえ」

 

 この程度の言葉でドキドキして、恥ずかしくなってしまうのだから、俺も単純なのだと思う。

 ・・・姉さんが悪戯する時の悪い顔してるのは気がかりだが。

 

「もう。照れるな、よっ!」

「ちょっ!やめろ!抱き着くんじゃねえ!」

「やめないもん。レンがかっこいいこと言っちゃうのが悪いんだぞ」

「ふざけんな。香澄みたいなことするんじゃねえ!」

「なに~?香澄みたいにして欲しいの?じゃあほっぺにチューも追加だ!」

「だからホントにやめっ・・・力強えなおい!どこで鍛えやがった!?」

「愛の力!」

 

 ほっぺにチューだけは避けたが、俺はそのまま姉さんに押し負け、しばらく抱き枕にされたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 翌朝、俺が寝不足気味の体に鞭を打っていると、姉さんの叫び声が聞こえた。

 

「体重増えてるううううぅぅぅぅぅ!!!!!!!」

 

 悲痛な叫びだったし可哀想だとも思ったが、誘ったのは姉さんだし責任は取れない。

 

「俺知―らね」

 

 今日も、爽やかな朝が始まる。

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


 
 牛乳入りのシーフードカップ麺はマジで試しました。結構イケますよ。


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16.氷川日菜からお悩み相談を受けるシチュ

 アンケートの結果、思ってたよりあの手の小話は書いても大丈夫そうだったので、これからも思いついたりしたら書くかもです。
 また別のアンケートを始めます。

 いやー、この季節は忙しくていけませんね。執筆もなかなか進まない( ;´Д`)


 休日の昼前、日菜さんから呼び出しを食らった。

『ねぇ、今日のお昼なんだけど、一緒にポテトでも食べない?どーせ暇でしょ?』

 「ハンバーガー食べよ」じゃない辺り、すごく日菜さんらしいと思う。日菜さんから急に呼び出されるということ自体は珍しくもないが、他に誘う人いなかったのだろうか・・・?

 まぁ、日菜さんと喋るのは楽しいし、急ぎの用事も無いから付き合おう。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「日菜さん」

「なーに?」

「怒ってますか?」

「えっ?違うけど、なんで?」

「ストローめっちゃ噛んでます」

「あっ・・・」

 

 合流してからも日菜さんとはいつも通り楽しく話していたのだが、何か様子がおかしい。話が切れると窓の外をぼーっと眺め、無意識にストローを嚙み潰す。普段はもっと美味しそうにポテトを食べるのに、浮かない顔だ。

 

「何かあったんですか?」

「ちぇー、やっぱりバレちゃったか」

「俺がなにかしちゃったなら——」

「いや、レン君は悪くないよ。寧ろ今は人肌恋しい感じだから、なるべく傍にいて欲しいな」

「それだったら紗夜さんに・・・もしかして紗夜さん絡みですか?喧嘩したとか・・・」

「リサちーと言いレン君と言い、こうゆう時になるとホント察しよくなるよね・・・」

「まぁ、話ならいくらでも聞きますよ。姉を持つ者同士、共感ぐらいは出来ると思いますし」

「ありがとね。まぁ、不機嫌になってる訳でもないし、喧嘩した訳でもないんだけど、おねーちゃん絡みなのはアタリだよ」

「本当にどうしたんですか?最近まで凄い仲良かったじゃないですか」

「うん。確かに最近おねーちゃんとは仲良くなったよ?一緒にお買い物したり、テレビ見たり、長電話とかしたり。おねーちゃんがあたしの相手をしてくれることがいっぱい増えたんんだ」

「紗夜さんが日菜さん絡みでピリピリすることもなくなりましたからね。でも、それならなんで?」

「いやー、おねーちゃんに受け入れて貰えるのがあまりにも嬉しくって、今まで遠慮してた分のスキンシップを余すことなくぶつけてたら・・・」

「ぶつけてたら?」

「ハグ禁止令出されちゃって」

「あんたもかよ・・・」

 

 なんだろう。アイドルって抱きつかないと愛情表現できないのだろうか?

 

「でもおねーちゃんも酷いんだよ?「人前は恥ずかしいからやめなさい」なんて・・・」

「酷いどころか至極真っ当じゃないですか。せめて二人だけの時に抑えましょうよ」

「無理だよ。だって大好きなんだもん・・・」

 

 でも、どうしたものか。元気づけてやりたいとは思うが、イヴの場合とはまた別問題だ。イヴは人肌が恋しくなってただけだから俺とまりなさんでくっつけば解決だったが、日菜さんの場合は完全に紗夜さんに対しての気持ちだから、他人からのアプローチは効かない。

 

「ねぇレン君、私の気持ちって迷惑なのかな?」

「それは無いと思いますよ。紗夜さんだって日菜さんと仲良くしたい筈だ」

「うん。優しいおねーちゃんがそんな簡単に嫌がったりする訳ないのは分かってるんだけどさ。なんか不安になっちゃって・・・」

 

 何か、出来ることは無いだろうか?俺もこんな日菜さんは見たくない。

 

「俺、紗夜さんの気持ちが分かるかも知れません」

「どうゆうこと?」

「いや、俺も姉さんに対して素直になれるタイプではないので・・・」

「リサちーもあたしみたいにグイグイ行くタイプなの?」

「グイグイ行くタイプって自覚はあるんですね・・・まぁ、日菜さん程じゃないですけど、素直に気持ちを打ち明けてはきます。でも俺はそれに上手く応えてやれないので」

「じゃあ、そんな素直じゃないレン君はおねーちゃんの気持ちが分かるの?」

「はい。少なくとも迷惑だったり嫌がったりしてないのは分かります」

「じゃあ、おねーちゃんはどんな気持ちなの?」

「だから、照れてるだけなんですよ。身内から必要以上に抱き着かれたり、「大好き」って言われたりするのに」

「えー?そんなにダメなの?好きな人からだったら嬉しくない?レン君はリサちーからそうゆうことされて嬉しくないの?」

「いや、限度と言うか、許容量みたいなのがあるんですよ。確かに俺も姉さんからの好意が嫌なわけじゃないですけど、やられ過ぎたり、人前だったりすると恥ずかしいんですよ」

「そっか。あたし、自分の気持ちばっかりでおねーちゃんのこと何も考えてなかった。ダメだなぁ・・・」

 

 嫌がってる訳じゃないってのは分かった筈なのに、日菜さんは落ち込んだままだ。

 

「日菜さんらしくないですね」

「どうゆうこと?」

「だから、紗夜さんは恥ずかしがってるだけなんですから、急に抱き着いたりしなければいいだけなんですよ。日菜さんが暗くなる必要はないんです」

「抱きつかなきゃいいだけって・・・それが難しいんだよ。」

「・・・日菜さん、あんたのことだから「やめて」って言われてるのにやめなかったんでしょ?問題はそこなんだ」

「だっておねーちゃん成分が足りなかったし・・・」

「何故足りなくなるのかが分かりませんね」

「え?」

 

 日菜さんめ、ハグを拒否されたことに気を取られていて大事なことに気付いてなかったようだ。最大の紗夜さん成分に・・・

 

「照れくさくなって素直になれない紗夜さんの可愛さに、なんで他でもないあんたが気づいてないんだ」

「・・・!」

「・・・」

 

 静寂。そして・・・

 

「あああぁぁっ!!」

 

 その後、日菜さんは無事に吹っ切れた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「いやー、あたしとしたことがスキンシップに夢中でツンデレモードのおねーちゃんの可愛さを見逃すとはね!そう言えばあたしにハグ禁止を言い渡した時のおねーちゃんも顔を赤らめて「もうっ!」とか言っちゃって、あーもう今思い出しただけでもるんってする!!ヤバいよぉ!うちのおねーちゃんが可愛すぎるよぉ!!」

「知り合いのアイドルが限界オタクみたいになってる・・・」

 

 こんな調子でもう何分経っただろうか?やっぱり相談になんて乗らずにもうちょっとしおらしくしておいてもらった方が良かったか?でも、日菜さんは元気になったし、まぁ良しとしよう。

 

「いやー、スッキリした。ポテトの味もいつもより美味しく感じるよ。あと2個ぐらい頼んじゃおっかなー?」

「やっぱり姉妹ですね。紗夜さんみたいだ」

「なに?ポテト好きなこと?」

「それもですけど、性格的な部分もです」

「そう?正反対もいいとこじゃない?」

「いいえ?普段は頼もしいくせに意外と繊細な部分があるところとか、そっくりじゃないですか」

「そっか。性格も似てるんだ。えへへ・・・」

 

 姉妹絡みの話題に弱いところもそっくりだ。やっぱり姉妹なのだなと感じる。

 

「それを言うなら、レン君も姉弟だよね」

「そうですか?なんでも器用にこなす姉に、不器用な弟ですよ?」

「でも、レン君には何でも話せちゃうんだよね。気軽に相談もできるし、愚痴だって聞いてくれる。話してると安心するし、すっごく優しいの。ほら、リサちーそっくり」

「いやっ、そこまでじゃないと思いますけど・・・」

「案外褒められたら弱いのもそっくりだね。ほれほれ、この照れ屋さん姉弟め!」

「ちょっ、足でスネなぞらないで下さい!日菜さん!」

「ほれほれ~!」

 

 その後、俺達は二人で足をぶつけ合いながら、しばらく姉トークに花を咲かせるのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「今日はレン君誘って正解だったなー!ホントにありがと」

「俺は話聞いただけですよ。テンション低い日菜さんとか嫌ですから」

「確かに、ウジウジ悩むなんてあたしらしくないもんね」

 

 姉トークは想像よりも長引き、外はもう日が沈もうとしている。

 

「じゃあ、そろそろ帰ろっか。あたし、こっちだから」

「じゃあ、また今度」

「うん。リサちーと仲良くね!」

「そっちこそ、紗夜さんにくっつき過ぎたら駄目ですよ?」

「はーい!」

 

 

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 帰って夕食を終えた後、日菜さんからチャットが届いた。

『今日、おねーちゃんと一緒の布団で寝るんだ~!』

 

 姉妹仲良しで大変結構だが・・・あの人、反省してるんだろうか?




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。

 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


 学生も社会人も忙しいですが、頑張っていきましょう。


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17.氷川紗夜に共感してもらうシチュ

 アンケート結果

1位 28% R18
2位 25% 日常系
3位 16% 胸絡み
4位 15% 可愛さ重視
5位 11% ↑よりもエッチに
6位 6%  小話や掘り下げ

 ふざけてねじ込んだ選択肢がまさかの1位に・・・
 取り敢えず今回は得票数の多かった日常系でリクエストの紗夜さんを書いてみました。

 ・・・R18は、ちょっと考えさせてください。


 自分で言うのもなんだが、俺と紗夜さんは結構仲が良かったりする。少なくとも、自分から遊びに誘う連絡を入れたりする程度には。

『紗夜さん。次の終末、一緒にポテトでも食べに行きませんか?都合が良ければですが』

 そして、送信してから気づいた。

 

「やべ、誤字ってる」

 

 「週末」と打ちたかった箇所が「終末」になっている。でも送った相手が紗夜さんならまだマシだ。相手がモカや日菜さんだったら茶化してくるに違いない。

 でも誤字の放置も嫌なのでメッセージの削除を押そうとした瞬間、紗夜さんから返信が届いた。

 

『アルマゲドンの当日ぐらい、お姉さんと一緒に過ごしてあげて下さい』

 

「いや真面目か!!」

 

 その後チャット内で誤解を解き、俺と紗夜さんの予定は無事に決定した。

 

 

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「それで、話を聞いて欲しいということでしたが、何か悩み事ですか?」

「いや、悩み事ってほどでもないんですけど、最近になって姉さんのスキンシップが激しくなったんです。」

 

 まぁ、姉さんのことを避けていた時期もあったし、多少なら受け入れてやろうとも思うのだが、やはり身内とくっついたりするのは恥ずかしい。

 

「そのスキンシップが恥ずかしいのが悩みだと?」

「いや、恥ずかしいのもそうなんですけど、この恥ずかしさを分かってくれる人が周りにいないんです。例えば——」

 

 

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牛込りみの場合

「うーん。お姉ちゃんとは仲いいけど、そこまでくっついたりはしないからなぁ・・・」

 

山吹沙綾と奥沢美咲の場合

「うーん。うちは妹も弟も小っちゃいからなぁ。年が離れてると恥ずかしいとかは・・・」

「山吹さんに同じく」

 

戸山香澄の場合

「うーん。私、抱き着いたりする側だからそうゆうのわかんない!」

 

 

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「こんな状態で・・・」

「なるほど。皆さん仲が良いですからね」

「紗夜さん。俺の気持ちっておかしくないですよね?身内にくっつかれたりするのって恥ずかしいもんですよね?」

 

 聞かれて、紗夜さんは眉間を抑えて息を大きく吸い込んだ。そして

 

「・・・わかります」

「ですよね!反応とか困りますよね!」

「ええ。人前とかだと特に対応が・・・」

 

 うん。やっぱり紗夜さんなら分かってくれると思ってた。

 

「一緒に歩いてる時とかいきなり手繋いでくるんですよね。街中でそこら中に人いるのに」

「ウチなんて腕組んできますよ。「こっちの方がるんってするでしょ?」とか言いながら」

「日菜さんらしいですね」

「私が照れてる顔も含めて楽しんでるんです。間違いありません」

「超わかります!「恥ずかしがるなよ~☆」ってすげえ楽しげに言ってくるんですよね」

「何が「こっち向いて」なのよ!向ける訳ないじゃない!」

 

 そしてお互いに心の内をさらけ出し、ジュースを飲んだ。そして

 

「「大変ですよねぇ・・・」」

 

 窓から入ってくる爽やかな日差しを浴びながら、俺たちはため息交じりに呟くのだった。

 

「それにしても、今井さんとはちゃんと仲良くやれてるんですね。愚痴を聞かされてこんなことを言うのも変な話だけど、少し安心しました」

「安心?」

「ええ。去年の今頃だったら考えられません。あなたも今井さんも、どこか遠慮していましたから」

「そんなこと言ったら紗夜さんだって去年は日菜さんと険悪だったじゃないですか。今でこそラブラブですけど」

「だっ、誰がラブラブですか!そんなことを言ったらあなた達だってそうでしょう!その年で歩く時に手なんて繋ぎませんよ!」

「ついさっき腕組んだって話してたあんたにだけは言われたくねぇよラブラブ姉妹!」

「なっ・・・!」

 

 

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 あの後も言い争いは続いたのだが、しばらくしてお互いに疲れたので、どちらから言い出すでもなく戦いは終わった。

 今は二人で仲良く追加した山盛りポテトを食べているところだ。

 

「そう言えば、この間は日菜がお世話になったそうですね。まったくあの子ったら・・・」

「いえ、日菜さんと話すのは楽しいですから。でも結構落ち込んでましたよ。ハグ禁止されて」

「そうみたいですね。あの子の仕事に影響があっても困るし、もう少し慎重になるべきだったわ」

「悪いのは日菜さんだと思うけどなぁ・・・」

 

 しかもあの後一緒の布団で寝たらしいし、紗夜さんもそれなりに苦労してると思う。

 

「レンさんにはお世話になりっぱなしね」

「えっ?俺がですか?」

「ええ。日菜のこともそうですし、生徒会の仕事やRoseliaのライブの告知も手伝ってくれますし」

「まぁ、それが俺の仕事ですからね」

「それに日菜と同様、私もレンさんに話を聞いて貰って助かったことがありますからね。日菜とうまくいってなかった時に共感してくれたり」

「あの時は俺も姉さんとうまくいってなかったですし」

「仲良くなってから日菜がくっついてきた時も共感してくれますし」

「俺も姉さんがくっついてくるので・・・」

「なんだか似ていますね。私たち」

「ですね。でもお世話になってるのは俺ですよ。そもそも今回、共感してもらおうと思って呼び出したのは俺ですし。後、いつも勉強見てくれるのも助かってるんですよ?俺、要領悪いし・・・」

「成績は上位を保ってこそいますが、私は日菜のように天才ではありません。私も要領が良い方ではないので、レンさんの躓き方もなんとなくわかるんです」

「やっぱ似てるんですかね?」

「境遇が似てるからこそ、こうして仲良くできるのかもしれませんね」

 

 紗夜さんそう言いながらポテトを平らげていく。

 確かに俺も紗夜さんとここまで仲良くできるとは思っていなかった。お堅い風紀委員だし、絶対合わないと思っていたのに。

 そして理由を考えてみると、一つ思い当たった。

 

「紗夜さんって、姉力ありますよね」

「姉力・・・?まぁ、確かに家でも姉ですからそうかもしれませんが、それが何か?」

「ほら、案外仲良くできる理由の話ですよ。俺、家では弟なんで」

「確かにそうですが、それだけですか?」

「でも大きいと思いますよ。小っちゃい頃に姉さんや友希那さんに甘やかされまくったからなのか、どうにもお姉さん系の人に弱いんですよね」

「好きなタイプの女性は小柄な人ではなかったのですか?」

「そうなんですけど、なんか懐いちゃうって言うか・・・わかりません?」

「なるほど。つまりレンさんは私に懐いているということですね。犬のように」

「最後のは余計ですけど、そんな感じが近いような気がします」

 

 振り返ってみると、彩さんや燐子さんにも仲良くしてもらってるが、懐いているという側面がどこかにあったかもしれない。

 そう考えているうちに、最後のポテトを食べ終わった紗夜さんが指を拭きながら口を開いた。

 

「レンさん。良ければでいいのですが、頭を撫でてもよろしいでしょうか?」

「頭を?どうして?」

「いえ、懐いていると言われると、なんとなく撫でたくなって・・・嫌ならいいのですが」

「俺は、別にいいですけど・・・」

「ありがとうございます。では失礼しますね」

 

 そう言うと紗夜さんは俺の隣に移動し、座って俺の頭を優しく撫で始めた。

 

「で、男の頭なんか撫でて楽しいですか?」

「楽しい・・・かどうかはわかりませんが、なんだか弟ができた気分です」

「はぁ・・・」

 

 正直、ちょっと気持ちいい。キレイなお姉さんに撫でて貰うというのもそれなりにご褒美なのだが、なんだろう。すごく安心する。

 

「昔、日菜が泣いていた時も、こうやって宥めていたことを思い出します」

「俺は姉さんが褒めてくれる時にこうやって撫でてもらってましたよ?「偉いね」って」

「本当に仲が良かったのね。私も褒めた方がいいですか?」

「じゃあ、せっかくなんでお願いします。撫でる力、もうちょっと強くてもいいですよ」

「ふふ。サボらずに勉強できて偉いわね。私も教えがいがあるわ」

「・・・なんか思ってたよりいいですね。もっと褒めてください。今みたいに敬語抜きで姉っぽく」

「甘えん坊なんだから。ほら、いつも頑張ってて偉いわ。私たちも助かってるから」

「ヤバい。クセになりそう・・・」

 

 それからも紗夜さんは俺のことを優しく撫でながら、たくさん褒めてくれた。

撫でられて気持ちよくなり、大量にポテトを食べた満腹感や窓からの日差しの温かさが重なったせいか、しばらくして俺の瞼は重くなった。

 ある程度抵抗はしたがそれも無駄に終わり、俺は紗夜さんの肩を枕にして日々の疲れを癒すように眠った。

 

 

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「すいません。褒めろって言った挙句、寝落ちなんかしちゃって・・・」

「いえ、可愛い寝顔でしたよ」

「姉さんみたいなこと言わないでくださいよ」

「なんというか、姉として振舞ってみると、男性相手でも愛嬌を感じるものですね。今井さんの気持ちもわかる気がします。」

「勘弁してくれよ・・・」

 

 夕暮れの帰り道を歩きながらそんなくだらない会話を続ける。そしてそんな時間も紗夜さんとなら楽しいと思ってしまう。

 やっぱり俺は紗夜さんに懐いているのだろう。日菜さんが好きになる理由もよくわかる。

 

「では、帰りましょうか。私はこちらですので」

「ですね。じゃあ、また明日」

「はい。後、今日のことは日菜や今井さんには秘密ですよ?」

「わかってますって。後で大変ですからね」

「はい。ではまた」

 

 こうして二人で小さな約束を交わし、俺たちは帰路についたのだった。

 

 

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 帰ってしばらくすると、日菜さんからチャットが届いた。

 

『バイト中の彩ちゃんからおねーちゃんがレン君をなでなでしてたって報告を受けたんだけど、どうゆうことか説明してくれない?

 怒ってる訳じゃないんだよ?ただ訳を聞きたいの。なでなでなんて最近のあたしですらしてもらったことないのに、なんでレン君はしてもらっちゃったりしてるのか凄く気になるんだ~!

 あ、説明するのは強制ね☆現役アイドルとたっくさんお話できるよ!

 るんって・・・するよね?』

 

「いや、怖っ!」




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。
 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


 アンケートの結果を見ると香澄編や蘭編みたいな小話や主人公の掘り下げが読みたいって人も少数ながらちゃんと居てびっくり。
 また別のアンケートも作りました。毎度応えて貰ってありがとうございます。


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18.キッチンでチュチュと夕食を作るシチュ

 週1を目標にしてましたが遅れました。

 リアルが忙しかったのと、リクエストのRASの話を書くのに手間取ったのと、R18に挑戦しようとして執筆中に顔が熱くなって「無理!」ってなったりしてて色々ありました。

 前のアンケ―ト
【続き物の話はどうか?】
今のままで 46%
見てみたい 54%

 やるかどうか迷いどころの結果でしたね

 今回はリクエストのRASの話です。ちょっと趣向を変えてみた部分もあります。


 ここまでスーパーが似合わない少女がいるだろうか?

 夕飯用の弁当とエナジードリンクを買いにスーパーで買い物していた俺が、その少女を見て最初に抱いたのはそんな感想だった。

 

「チュチュ・・・何やってんだ。こんな所で」

「見てわからない?夕飯の買い出しよ。やったことないけど」

 

 「買い出し」、こんなありふれた単語すらも、彼女には似合わなかった。

 

 

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 訳を話すとこうだ。

 今日に限って家に夕食を作れる人間が不在、パステルカラーの飼い犬もいない上、「チュチュ様は栄養が偏りすぎです。たまにはご自分で料理の一つでもなさって下さい。今日だけはジャーキーも没収です」とまで言われた始末。生活力の無いチュチュはスーパーには寄ってみたものの、食材のコーナーで途方に暮れていたという訳だ。

 「今井リサは料理が得意」という情報は得ていたらしく、チュチュは予定を変更し。今は俺の家のキッチンにいる状態だ。

 

「といっても、姉さんは遅くなるから帰ってこないんだけどな。」

「本当に大丈夫なんでしょうね?調べて材料は買い揃えられたけど、ワタシ達のスキルでどうにか出来るの?」

「どうだろ?でも親子丼は簡単だって美咲から聞いたことあるし・・・まぁ、ベストを尽くそう」

「Sorry あなたまで付き合わせちゃって。簡単に済ますつもりだったんでしょ?」

「別に、俺もお惣菜ばっかりは味気ないとおもってたし・・・」

 

 チュチュと同様、俺も料理が出来る訳ではない。

そう、今井リサの弟であるにも関わらず、俺は料理が出来ないのだ。いや、俺が遺伝で受け取る筈だった分の手先の器用さまで姉さんに搔っ攫われたと考えるなら、今井リサの弟であるが故に出来ないという方が正しいのかも知れない。そうだ。俺が下手なんじゃない。姉さんが上手すぎるのだ。

 

「あとこれ、エプロンな。姉さんのやつだからちょっと大きいかもだけど」

「今井リサ・・・ベースも赤だけど、エプロンも赤なのね」

「ああ。姉さんの趣味だからな。「可愛いの売ってなかったから作っちゃった☆」って言ってた」

「これ作ったの!?」

 

 ・・・うん。姉さんが上手すぎるのだ。

 

 

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 手も洗い、親子丼のレシピが開かれたチュチュのタブレットをキッチンの端に置き、材料の準備も整った。後は楽しく隣の少女と夕食を作るだけだ。

 

――まずは玉ねぎを薄切りにし、鶏もも肉を一口サイズに切り分ける――

「じゃあ、俺が鶏肉やるからお前は玉ねぎを頼む」

「なんでワタシが玉ねぎなのよ!目も痛くなるし、あんたが切りなさいよ!」

「なんだてめぇ、キッチン貸してやってんのはこっちだぞ?」

 ※料理音痴あるある 玉ねぎの押し付け合いが始まる

 

 流石に年下の女子につらい役目を押し付けるのは違う気がするので玉ねぎは俺がやることになった。まぁ、皮をむいて切るだけなら大した手間もないだろう。

 

「なぁチュチュ、玉ねぎ、どうしろって書いてある?」

「えーと、薄切りにしろって書いてあるわ」

「薄切り・・・?うーん、取り敢えず細切れにしとけばいいか。食べたら一緒だと思うし」

「そうね」

 ※料理音痴あるある レシピの言うことを聞かない

 

 それにしても本当に目が痛い。涙はなんとか堪えているが、そろそろ限界そうだ。残りも多い訳じゃないからさっさと済ませてしまおう。それにしても、この玉ねぎ特有の反撃システム、どうにかならないのだろうか?

『↑ちなみに、玉ねぎは繊維に沿って優しく切ったらちゃんと目を守れるよ。まっ、うちの愚弟はがっつり逆らったっぽいけどね☆』

 

 

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 玉ねぎは無事に切り終えた。いや、完全に無事とも言えないが大したトラブルは無かった。だが、問題はまだある。

 

「~~~っ!shit!」

「どうした?玉ねぎはもう終わったぞ」

「切れないのよ。この鶏肉、刃は通っても最後まで断ち切れない」

「仕方ねえな。ほら貸してみろ。大体お前は食材への感謝が足りないんだよ。ちゃんと俺たちの栄養になってくれるニワトリさんへの感謝を抱いていれば簡単に切れ・・・切れ・・・簡単に切れ――」

「切れてないじゃないの」

「まぁ、それでも切れないとなると――」

 

 この素手で引きちぎるッ!!

 

「ニワトリの分際でえぇ!!」

「いや食材への感謝は!?」

「知るかそんなもん!一口サイズになってたら問題ねえんだよ」

「crazy・・・」

 ※料理音痴あるある 「過程や・・・!方法なぞ・・・!どうでもよいのだァーッ」

『↑いや、良くないからね?鶏肉は皮をはぎ取って引くように切ればスパッといくんだから。もしくは包丁を研いで切れ味を良くするとかさぁ・・・』

 

――次にボウルなどの容器に卵を入れて溶く――

「よしチュチュ、準備はいいか?」

「ええ。いつでもいいわ」

「やってやろうぜ!」

「「せーの!」」

パキャッ!

「「(*´Д`)はぁ・・・」」

 ※料理音痴あるある 卵を割ると絶対に殻が混入する

 

――フライパンに水3/4カップ、白だしを小さじ1/2を入れ、砂糖を大さじ1/2、醤油を大さじ2、みりんを大さじ2加え、煮立てる――

「チュチュ!緊急事態だ!計量カップがどこにあるかわかんねえ!!」

「あんたの家のキッチンじゃない!しっかりしなさいよ!」

「そもそも3/4カップって何なんだよ!どのカップ基準でモノ言ってやがるんだ!」

 ※料理音痴あるある キッチンに用事が無さ過ぎて器具の場所を全然把握してない

 

「詰んだ・・・なんて言う訳にもいかないよな。それなりに準備しちまった訳だし」

「どうするの?ここまで来て引き下がるなんて出来ないわよ?」

「だよな・・・時に、チュチュプロデューサー」

「何よ?いきなりプロデューサーなんて」

「お前、RASでは作曲とかしてるんだよな?曲を作る時に、直感とかは大切にするのか?」

「直感?そりゃあ大切にするわよ。作曲ってアイデア勝負なところもあるし。作曲中に浮かばなかったメロディが、歯磨きをしてる時にいきなり浮かんだりするもの。寧ろ直感があってこそとすら言えるわ」

「なるほど。曲作りで直感を・・・・・・よし、それでいこう!」

「待てや!」

「どうした。何故止める?」

「なんで止めないと思ってんのよ。思わず使いもしない関西弁でツッコんじゃったじゃない!少なくともこの話の流れ、絶対直感で調味料いれる気だったでしょ!」

「仕方ないだろ。計量器具も無いんだし、お前も曲作りで直感は大事って言ったじゃねえか!」

「料理作りにまで反映されるわけないでしょ!」

 

 まぁ、チュチュの言い分はもっともだ。俺だって調味料はちゃんと計って入れたい。でも無いものを嘆いたって仕方ない。これ以上時間をかける訳にもいかないのだから。

 

「なぁチュチュ、もう選択肢は無いんだ。これ以上時間かけてたら食材がダメになる」

「無いこともないでしょう?急いでその器具を探すとか・・・」

「じゃあ見つけられるのか?家主の俺ですら見つけられてないのに」

「見つけられないのはあんたが普段かけらも料理しないからじゃない。・・・でも、確かにこれ以上待てないのは事実。やるしかないようね・・・!」

「よっしゃ!やったろうぜ!」

 ※料理音痴あるある 最後の頼みは己の感覚

 

 

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 チュチュと俺の連携によって作られた親子丼の出汁は、想像よりも順調に煮立っていた。

 

「なんか、思ってたよりマシな感じね?」

「うん。なんか普通に良い匂いするよな。すげー食欲そそられるんだけど」

「ワタシ達、実は料理の才能あったんじゃないかしら?」

「だよな。これ、俺達の直感だけで出来上がってんだぜ?もう天才だろ」

 ※料理音痴あるある 出どころ不明の自信

 

――切った鶏肉、玉ねぎをフライパンに加え、色がつくまで3~5分煮た後、溶き卵を加え、半熟状になるまで煮る――

「本格的に良い匂いしてきたんだけど・・・」

「そうね。料理に苦戦したせいか、もう普通にお腹空いてるし・・・というか、キッチンの視界が悪いのは気のせい?なんか目がシャバシャバするわ」

「確かにちょっと煙たいな・・・。まぁでも、もうすぐ出来上がりっぽいし、それまでの辛抱だ」

 ※料理音痴あるある 換気扇を回すという基本すら頭に無い

『↑いや、そこは気を付けなよホント・・・。メニューによっては家中に匂い残っちゃうんだからさ・・・』

 

 チュチュとは紆余曲折がありはしたが、親子丼作りは無事に終了の兆しを見せていた。出汁によって煮立てられた鶏肉と卵の匂いが俺とチュチュを包む。

 良い時間だ・・・。

 

「上手くいってよかったわね。あなたまで料理が出来ないって知った時は絶望したけど」

「そうだな。姉さんがいればもっと楽だったと思うけど」

「まぁいいじゃない。ワタシ達の成果はこうしてフライパンの中にちゃんとあるんだから」

「ホント上手くいったよな・・・」

「さぁ!料理はまだ終わってないわよ!これをライスに乗せてしっかり頂くまでが夕食なんだから!」

「そうだな!さっさとこいつをホカホカのご飯に――」

 

 ん・・・?

 

「なぁチュチュ」

「何よ?」

「ご飯・・・炊いてたっけ?」

「あっ・・・」

 ※料理音痴あるある 詰めが甘い

 

 

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「いやー、ご飯の作り置きあって助かったな。やっぱ流石だよ姉さんは」

「ポテトサラダの作り置きまであることを除けばね」

「野菜嫌いは分かるけどちゃんと食えよ?ドレッシングとも合うし、美味いぞ?」

「普段なら断るところだけど、善処するわ。ドレッシングがあるならマシだし、今は作る側の苦労を知ったばかりだしね・・・」

「そうだな・・・。よし、せっかくだし写真でも撮るか。すげードヤ顔してやろうぜ」

「写真?せっかくなら平然とした顔で撮りましょう。変に頑張った感を出すよりも、すまし顔で難なくこなしたって感じの方がパレオに見せやすいわ。」

「確かにそれもそうだな・・・よし、2パターン撮ろう」

 

 そして二人ですまし顔で親子丼の前に座り、ピースで自撮りを撮った後、二人で肩を組み、親子丼と不敵な笑みを浮かべた自撮りが俺の携帯に収められた。

 

「さて、ようやくこの時が来たわね。」

「おいチュチュ、ちゃんとあの儀礼はやれよ?」

「分かってるわよ。」

 

 エプロンを取り除き、腹を空かせた男女が二人、二人の前には綺麗に並べられた夕食たち。もうやる事は決まっている。

 俺たちは日ノ本の伝統に則り、大きな破裂音を鳴らしながら手を合わせた。

 

「「いただきます!!」」

 

 

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 結論、めちゃくちゃ美味かった。

 出来は特別いいものではない。卵はトロトロじゃないし、玉ねぎの大きさもあまり統一されてないし、姉さんが作る親子丼の方が風味があって美味しいのは言うまでもない。

 でも、苦労し、仲間と一緒に頑張って作った達成感が、代えがたい美味しさを与えたのだった。

 

「美味しかったわね」

「確かにな。茶碗にご飯粒も無いし、ポテサラも残さず食べてるし、偉いじゃん」

「あんなに頑張って作ったのに残したくないもの」

「だな。小っちゃい頃に残さず食べろって言われた理由、今なら分かる気がする」

「そうね。ワタシ、今度パレオに会ったら「ありがとう」って言おうと思うの。野菜だって・・・完食は無理でも、なるべく頑張ろうと思う」

「へぇ、そいつはいい。多分びっくりするぜ?あいつ」

 

 そうやってケラケラと笑った後、俺たちは満たされた気分で他愛もない話を繰り返し、最後にチュチュの携帯にさっき撮った写真を送り、友情の証に拳をぶつけ合い、「また今度ライブに行く」という約束と共に、暗くなった夜空の下で解散したのだった。

 

 

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「ただいま~☆いやー、ごめんね遅くなっちゃって」

「大丈夫だよ。風呂も沸かしといたからさっさと入ってこい」

「ありがと助かる~・・・って、ん?なんか凄い親子丼の匂いしない?しかもリビングめっちゃ煙たいんだけど」

「あっ・・・」

 

 今度料理するときはちゃんと換気扇を回そう。俺は姉さんに怒られながら、静かにそう誓うのだった。




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。
 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。

 アンケートは毎度のごとくあります。反映するかは分かりませんが参考にはなるので。


 換気扇、マジで忘れちゃいますよね。


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19.パレオに取材するシチュ

 お久しぶりです。最近リアルが忙しくて・・・この時期はみんなそうか。


 新聞部の取材範囲は花咲川の外にも及ぶことが多くある。外部にある話題の物を花咲川の生徒に伝えるための記事も書くことが多いので、花咲川の人間だけが取材対象になる訳ではない。薫先輩なんかは本当によく取材させてもらっている。

 今回は休日を返上して取材だ。姉さんが用意してくれた朝食で活力を得た後、俺は愛用しているカメラやレコーダーなどの荷物を取材用のバッグに詰め込み、取材場所へと足を運ぶのだった。

 

 

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 チュチュのマンションはかなり大きい。ただでさえ広い生活スペースに、スタジオまであり、家具はどれも真新しい印象を受ける。

そして今回の取材にあたり、チュチュのマンション内で撮影用のスペースを設けてもいいと家主本人から申し出てくれたのだ。

 今回の取材は撮影の方がメインになるので本当に助かる。家主の懐の広さに感謝をしつつ、俺は取材相手に向き直った。

 

「今日は取材を受けてくれてありがとう。」

「いえいえ。こちらこそ、遠い場所から来ていただいてありがとうございます。お茶、入れてきましょうか?」

「いや、お気遣いなく。早速取材したいから、撮影スペースまで案内してくれないか?」

「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」

 

 パレオ、RASのキーボードメイドであり、髪の毛をパステルカラーのツートンに染めたツインテール美少女だ。彼女は演奏もさることながら、ファッションセンスにも目を見張るものがあり、メンバーやファンからも絶賛の声を受けている。

 そして、今回の取材ではそのファッションセンスに焦点を当て、彼女がどのような服装を着こなし、どのような点にこだわってコーディネートを行っているのか、それを撮影会のような形で取材していく。RASのファンは花咲川にも多く、パレオのような女の子らしく可愛さに振り切ったファッションに憧れを持つ生徒は多い。いい記事になる筈だ。

 

「そう言えば俺、肝心の家主に挨拶とかしてないけど、勝手に入っていいのか?」

「はい。チュチュ様は作曲があるので、撮影、取材は勝手にやっておけとのことです。終わったら報告するように言われていますが、これは取材後にパレオがやっておきますので問題ありません。レンさんは帰りにチャットで一言お礼のメッセージでも入れて頂けたら十分です」

「わかった。じゃあ、そろそろ取材を始めよう」

「はい。撮影して、着こなしのポイントやこだわりを答えて、また別の服に着替えて、撮影して・・・これの繰り返しですよね?」

「ああ。他にも別のことを質問したりするかも知れないけど、基本はそんな感じだ。」

「では、早速着替えてきますね。あっ!パレオの着替え・・・覗かないで下さいね?」

「覗かねえよ」

「とか言いつつそのカメラでパレオの無防備な下着姿を・・・」

「撮る訳ないだろうが!さっさと着替えてこい!」

「はーい♡」

 

 まったく出鼻から調子が狂う。

 それにしてもパレオの下着姿か・・・。やっぱり下着もパステルカラーなんだろうか?優しいピンクや水色なんかは彼女によく似合うと思う。デザインもきっと可愛らしい感じなんだろう。しかも彼女はスタイルが良い。パステルカラーのパンツから彼女の細い脚がスラッと伸び、可愛らしいデザインのブラが年相応の小振りながらも膨らんだ乳房を包む。高めの背丈に、整った顔立ちによる大人らしさのギャップもあり、背徳的で煽情的な・・・

 

 バチンッ!!

 

 途中で思考が犯罪者みたいになりそうだったので自身で両頬をぶっ叩いた。

 

「何考えてるんだ俺は。相手は中学生なんだぞ・・・」

「レンさん!お待たせしましたー!」

「ん?おぉ・・・!」

 

 振り返ると、そこにいたのはキャラクターの描かれたシャツにピンクのパーカーを羽織り、フリフリのミニスカートを着こなしたパレオだった。

 

「お前・・・可愛いな」

「マッスーさんみたいなこと言わないで下さいよ。でも、良かったです。お気に入りなので」

「ああ、早速撮影に移ろう。」

 

 撮影は凄く順調に進んだ。あらかじめポーズは何パターンも考えてくれていたらしく、パレオはモデルさながらの手際で悩殺必至のポーズを決め込んできた。

 この中学生、カメラ慣れし過ぎだと思う。

 

「なぁパレオ、その着こなしのポイントとかってあるか?」

「はい。今回はいつもよりもあざとい感じを演出してみたんです」

「あざとい感じか。確かにピンクのパーカーってそんな印象あるな」

「色合いだけじゃありませんよ?大きさももワンサイズ上のものを着ていますから」

「それ、いいのか?サイズ合ってないんだろ?」

「着る分には問題ありませんよ。それにダボッとした上着を着るだけで小柄で小さい印象を与えることができますから。更にあざとい感じが出ます」

「なるほど、上着1つでここまで計算されているのか・・・」

「そして最大の利点がこちらです。」

 

 パレオはそう言うと長い袖を更に伸ばし、その手を軽く握りながら口元に近づけた。そう、萌え袖×ぶりっ子のポーズだ。俺はすぐさまシャッターを切った。

 

「お前、なんだその反則的なポーズは!あざとい!あざと過ぎるぞ!」

「あら?お嫌いでしたか?」

「大好きに決まってんだろ!」

 

 カメラに対して上目遣いやウインクまでサービスしてもらい、上機嫌でシャッターを切りまくった。なんだろう、モデルさんの撮影とかやってるプロのカメラマンがハイテンションでシャッターを切る気持ちが今ならわかる気がする。

 

「パレオ、他に工夫したところはあるか?」

「後は、ミニスカとニーソックスの長さですね。その狭間から見える太ももがどれだけ露出されているのかも、しっかり考えていますよ」

「ああ、それなら知ってるぞ。俗に言う絶対領域ってやつだな?」

「はい。そして、その絶対領域をどれだけ見せるのかもしっかり計算されているんですよ」

「どれだけ・・・って、出してりゃ可愛いって訳にはいかないのか?」

「はい。絶対領域を使いこなすためには、スカート丈、露出された絶対領域、膝から上のソックスの比率がそれぞれ、4:1:2.5になっていなければなりません」

「これ、そんな緻密な計算されてたのかよ・・・!」

「まぁ、ケースバイケースではありますが。やっぱりこの比率が理想だと言われています」

「じゃあ、今もその比率になっているのか?」

「はい。あぁそうだ。今から・・・測ってみますか?」

 

 そう言うと、パレオはスカートの裾をたくし上げるような動作をして俺の目を見つめてきた。

 太ももの露出がさっきよりも増える。心臓に悪い光景だ。ここで「測る」と言えば、メジャーを彼女の太ももに当てて、今よりも近距離で彼女の絶対領域を拝めるだろうか・・・?

 

「いやっ、測らないからな!後で写真とか確認したらわかるし!」

「あら。紳士なお方♡」

「頼むから年上の男をからかうのはよせ」

 

 この後も、パレオのコーディネートのポイントを答えてもらい、他の服に着替えて貰って同じようなことを行い、それを何度か繰り返した。取材中、アクセサリーの選び方やバッグの配置などの話を彼女は楽しそうに、活き活きと話してくれた。

 細かい部分にまで配慮を怠らず、ストイックにオシャレと向き合うパレオ。取材の最後になぜここまで余念なくこだわり続けるのか、個人的な興味を抱きながら聞いてみた

 

「「可愛い」の追求に終わりはありませんからね。極めれば極めるほど限界が無いのが「可愛い」というものです。」

 

「だから、女の子はどこまでも可愛くなれるんです!」

 

 そう語る彼女の笑顔は、今日の取材で撮影したどの笑顔よりも眩しかった。

 

 

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 パレオの手際が良かったのもあり、取材は予定よりもずっと早く終わった。今はパレオのご厚意に甘え、早めのお昼として作り過ぎたジャーキーおにぎりを片手で頂きながら、もう片方の手で記事の構成を練るべく、手帳にボールペンを走らせている。

 それにしても美味いな。このおにぎり。

 

「それで、いい記事は書けそうですか?」

「ああ、思ってたよりずっとな。今日は本当にありがとう」

「いえいえ。花咲川のRASのファンのためでもありますし、私自身も楽しかったので」

「それならよかった。・・・っと、そうだ。報酬をまだ渡してなかったな」

「ほっ、報酬だなんてそんな!滅相も無い!」

「まぁそう言うなって」

 

 そして俺は取材用バッグの中から茶封筒を取り出した。思ってたよりもいい取材内容になったのだ。本当はもっと用意しても良かったぐらいだが・・・

 

「あの!流石にそれは違いませんか!?パレオは金銭が目的でレンさんの取材を受けたわけではありませんよ!!こんなものは受け取れません!!」

「ばーか。もうちょっと確かめてから物言えよ。俺に札束出せるような甲斐性なんてあるわけ無いだろ」

「・・・?確かにお札にしては細長さがないですね?それにどこか硬いような・・・?」

「中、見てみ?」

「はい。どれどれ・・・なぁっ!!ななな・・・これはっ!この写真は!!」

 

 そう。俺が用意したのは生写真だ。それも、『花咲川の中庭で木漏れ日に照らされた彩さんの寝顔with千聖さんの肩枕』だ。そしてそれを始めとするとするパスパレのオフショット達である。

 

「レンさん、あの、本当にいいんですか?これ・・・」

「彩さん達からはちゃんと許可貰ってるから大丈夫だ。パレオに渡すってことも伝えてある。不用意に周囲へバラまいたりしなければ問題ない」

「バラまきませんよこんな貴重品!ああ、何という可愛さ・・・無防備な寝顔を晒す彩ちゃん・・・彩ちゃんに肩を貸しながらカメラ目線で人差し指を口に当てる千聖ちゃん・・・はわわわ・・・」

「ちなみにそれの次の写真は剣道着で素振りしてるイヴがいるぞ」

「マジですか!?」

 

 夢中になって写真を見ては悶えるパレオ、どうやら報酬はお気に召したらしい。

 

「それにしても、どうしてレンさんがこのような写真を?」

「簡単な話だよ。いつ面白いことが起きてもいいようにカメラは常に携帯してるんだ。だからなのか、花咲川のガールズバンドの連中からオフショットの撮影とかをよく頼まれるんだ。香澄とかこころは特によく頼んでくる」

「なるほど。それだけでこれほどの写真が?」

「後は取材した時に撮ったやつが殆どだな。大量に撮っても全部の写真が使える訳じゃないから。ボツになったやつはこうやって記事になったものも含めて誰かの手に渡ったりしてる。薫先輩の写真とかはりみやひまりへの交渉材料にもなるしな」

「なるほど。日菜ちゃんや麻弥ちゃんの写真はそうやって撮られたものなんですね」

「で、なんだっけ?さっき言ってたこと・・・「こんなものは受け取れない」だっけ?」

「そんな殺生な・・・(泣)」

「冗談だよ」

 

 こうしてパレオに報酬をきっちりと渡し、次に取材する機会があればまた協力してもらえるように約束を結び、俺はチュチュのマンションを後にした。

 

 

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 パレオの記事は、思い切ってファッション雑誌のような構成を参考に、パレオの特集を組んでみると、かなり良い反応が学園中で見られた。要望が強ければ、ファッションにこだわりを持った別の誰かで第2弾を組んでみてもいいだろう。

 

 ちなみに、女性用のファッション雑誌を参考にするためにコンビニで買ったものをそのまま部屋の机に置いてしまったため、部屋の掃除に来た姉さんに女装への目覚めを疑われたのはまた別の話。

 

「ねえレン。本気でやりたいなら・・・アタシ協力するよ?」

「だから誤解だって何回も言ってるだろうが!」

「なんなら服選びやメイクだって・・・」

「やめろおぉ!!!!」

 




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見があれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。
 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


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20.上原ひまりとつぐイヴを尾行するシチュ

 忙しすぎて現実逃避に書いた。


 駅前の繁華街にはちょくちょく立ち寄ることがある。喫茶店やクレープの屋台などの色んな店が立ち並び、気分転換にはうってつけだ。それに、運が良ければ暇な知り合いと出くわしたりもするので、そのまま知り合いと落ち合って一緒に遊ぶこともできる。

 休日の昼前、その運の良さを引き当てて上原ひまりと出会って声をかけたのだが・・・

 

「しーっ!おっきな声出さないでよ!ほら早く隠れて!」

 

 慌てた様子で人差し指を口に当て、抑えた声で責められた。普段ならもう少し機嫌よく返事をしてくれるのだが・・・

 取り敢えず俺は指示通り、電柱の影に立つひまりの後方へ身を隠したのだった

 

「で、なんで隠れなきゃいけないんだよ?」

「見てわかるでしょ?尾行だよ。ビ・コ・ウ!」

「尾行?」

「そうそう。もしかしたら熱愛発覚の現場が見られるかもしれないの!レンも気になるでしょ?」

「熱愛発覚って・・・恋愛絡みはプライバシーがあるから記事になんかならねえし、そもそもしないんだけど」

「じゃあ、気にならないの?」

 

 答えは当然・・・

 

「そうは言ってないだろ。どの2人だ?」

「ほら、前の方歩いてるあの2人・・・」

「あいつらか・・・」

 

 ひまりが指さした先にいたのは若宮イヴと羽沢つぐみ、別段意外性はない組み合わせだ。羽沢珈琲店に行くとちょくちょく見かける。一見ただの友達同士のお出かけだと思ったが、気になる点が一つ。

 あの2人、手を繋いでいる。しかもあれは・・・

 

「おい!アレ『恋人つなぎ』じゃねえか!」

「だよね!?私も最初は普通に声かけようと思ったけどあの距離感見て撤退したもん!」

「その判断は正解だったようだな。完全に2人だけの世界だぞアレ・・・」

「うん。やっぱりアレは・・・友達の距離感じゃない」

 

 その後も俺たちは前方の2人に付かず離れずの距離を保ちながら尾行を続けた。そして、曲がり道を曲がった辺りで、変化は起こった。

 

「あれ?つぐとイヴの位置が入れ替わった。手もさっきとは別の手で繋ぎ直してる。なんで?」

「おいおい。恋愛脳のクセになんで気付いてないんだよ?あれは入れ替わったんじゃない。イヴが移動したんだ」

「イヴが?」

「そうだ。イヴの位置をよく見てみろ」

「位置を?えーと、つぐがいて、手を繋いだイヴがいて、そしてその横は車道で・・・まさか!?」

「そうだ。イヴのやつ、さっきからさりげなくつぐみに車道側を歩かせないようにしてたんだ」

「イケメンだ・・・!」

「それだけじゃない。イヴはモデル体型で背丈も足も長い。小柄なつぐみとは歩幅が違うはずなのにつぐみの足取りは欠片も乱れていない」

「まさか・・・!」

「そう。小柄なつぐみに気を遣って歩幅を合わせているんだ。」

「イケメンだ!」

「ああ。今回のデート、イヴがリードする流れのようだな」

「ヤバいよ。これは見逃せない・・・!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 しばらく2人を付け回していると、お昼時になった。ちょうど噴水前で何かを話し合っているようだが、何か様子がおかしい。

 

「もうちょっと近づいてみる?何を話してるかわかるかも・・・」

「だな。フード被って噴水の死角に行けばバレない筈だ。幸い、俺たち2人ともパーカーだし」

「了解!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「ツグミさん、ごめんなさい。もう我慢できそうにないです・・・」

「えっと・・・今?」

「はい。あまりにもデートが楽しくてハグ欲が・・・」

 

「(イヴのやつ、かなり積極的だな・・・!)」

「(待って。イヴ、『デート』って言ったよね?もうこれ確定じゃん!)」

 

「うーん。でも人前だしなぁ・・・」

「ううぅ・・・」

「・・・」

 

「(頑張れイヴ!あと少しだ!泣き落とせ!)」

「(つぐ・・・やっぱりガードは堅いね)」

 

 そうやって2人のやり取りに一喜一憂していると、つぐみが深呼吸を終え、意を決したようにイヴに向き直った。

 

「イヴちゃん、わたしがくっつかれたりするのが得意じゃないのは知ってるよね?」

「はい。恥ずかしいからと・・・何度か断られたりもしたので」

「駅前は人通りが多いから人目も気になるよね?」

「はい・・・」

「でも、最近イヴちゃんが忙しかったし、抱き着く機会もなかったよね?」

「それは・・・まぁ・・・」

「イヴちゃん。だからね・・・」

 

 つぐみはそうゆうと照れた表情で微笑みながら、両腕をイヴに向けた。

 

「おいで・・・!」

 

「「(・・・!!)」」

 

「ツグミさん!!」

「うわっ!ちょっとイヴちゃん力強いよぉ」

「ツグミさんツグミさんツグミさん・・・!!本当に大好きです!ハグハグ~!」

「あっ・・・!もう頬擦りまで・・・甘えん坊さんなんだから・・・」

 

「(ねえレン。もうヤバくない?「おいで」からもう反則の嵐だよ・・・レン?)」

「(・・・)」

「(尊過ぎて、死んでる・・・?)」

 

 俺は自我を保てるのだろうか・・・?

 そんな疑問は、イヴに「力が強い」と苦言を呈しつつもしっかり相手を抱き返しているつぐみを見た瞬間、自我と一緒に消し飛んだ。

 

 

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 噴水でのイチャつきを終え、つぐみとイヴは喫茶店で昼食を取るらしい。オープンカフェらしく、テント付きのテーブルに2人で腰掛けている感じだ。・・・観察しやすくて助かる。

 そして、俺たちも同じく昼食の準備をしていた。近くのコンビニで、だが

 

「ひまりー。昼飯買ってきたぞ」

「おっ、どれどれ?」

「あんパンだけどな。あとこれ、牛乳な」

「チョイスが完全に刑事の張り込み・・・」

「一人が見張ってもう一人が飯買うって構図になった時点でもう張り込みだよ」

「まぁでも、実際に腹持ち良さそうだもんね。この組み合わせ」

「それで刑事(デカ)長、ホシの様子は?」

「誰がデカ長か!・・・まぁ、変わった様子は無いかな。料理の待ち時間、お互いニコニコしながら見つめ合ってる」

「なんだその天国みたいな光景・・・」

 

 そんな天国みたいな光景を、牛乳であんパンを流し込みつつ見守る。

 

「ツグミさんツグミさん」

「んー?どうしたのイヴちゃん?」

「えへへ・・・呼びたくなっちゃいました」

「もう。何それ~!」

 

「・・・・・・・・・めっちゃ写真撮りてえ」

「ダメだからね?あれは2人だけの花園なんだからね?」

「わかってるよ・・・」

 

 そうこうしてるうちに向こうの料理も届いたようだ。さて、油断できない状況になってきた。こうなってくると「あーん」のイベントが確実に起きる。問題は・・・

 

「どっちから仕掛けるか・・・でしょ?」

「ああ。イケメンムーブでリードしようとするイヴか・・・」

「ガードの堅いつぐが虚を突くか・・・」

 

 そして時は訪れた。

 

「もうイヴちゃん?ほっぺにクリームついてるよ?ほら。顔出して」

「本当ですか?お願いします」

「はい。もう取れたよ」

 

 つぐみはそう言ってイヴの頬からクリームを指で掬い取ると、そのまま指に付いたクリームを舐め取ったのだ。

 

「うん。美味しい」

「好きな味なら、もう少し食べてみますか?」

「えっ、いいの?じゃあわたしのケーキも後でよそってあげるね」

「はい!」

 

 こうしてイヴとつぐみは仲良くお互いのケーキを食べ合った。「あーん」は無かったが十分過ぎるほどのものがそこにはあった。

 

「どうしよう?なんか、2人の周りに百合の幻覚が見え始めたんだけど・・・」

「何言ってんだ。百合ならそこら中に咲き乱れているだろうが。ここは天国だぞ?」

「ダメだ。光景が尊過ぎてレンが手遅れに・・・」

 

 その後もこんな調子で俺とひまりはひたすら友人たちのイチャつきを見守ったのだった。

 

 

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 あの後、2人は喫茶店でしばらくお喋りをして退店し、また仲良く手を繋ぎながら駅前を歩いていた。

 

「せっかくの休日なのに、俺達は一体何をやってるんだろうな?」

「急に冷静になるのやめてくれない?」

「いや、オープンカフェで優雅にお茶してる知り合いを眺めながらコンビニのあんパン食うって中々の奇行だぞ?」

「いや、そんなこと言い出したら、デート中の知り合いを付け回してる時点でもう怪しい人たちではあったよ?私たち・・・」

「だよな・・・」

 

 頭を冷やして思い返す。目に焼き付けた天国のような光景・・・ではなく自分たちの行動を。ある程度の客観視を用いて。

 

「なぁひまり、尾行・・・もうここまでにしないか?」

「奇遇だね。私も同じこと思ってた。」

「興味本位で付け回すなんて無粋だし、そもそも下世話だったんだ」

「「見守る」とか言ってたけど、それがそもそも間違いだったんだね」

 

 見てて眼福ではあったが、流石に2人だけの時間をこれ以上侵害する訳にもいかない。ここからは本当に2人だけの時間を楽しんでもらおう。

 

「よし。せっかく駅前まで来たんだ。ゲーセンにでも行こうぜ。近くにあったよな?」

「いいねそれ!そういえばしばらく行ってなかったんだ~。久しぶりにはしゃごうかな!」

 

 これからの予定も決まり、俺達はイヴとつぐみに背を向けて軽やかに歩き出した。

 ・・・その時だった。

 

「ねぇ君たち、今から俺達と遊ばない?」

「あれ、君ってパスパレの若宮イヴちゃんだよね?」

「あの・・・すいません。今はプライベートなのでご容赦を・・・」

「うわ、生の声も可愛い。大丈夫だって。絶対楽しいって保証するからさ」

 

 ザッ・・・!

 軽かった俺とひまりの足取りはそんな音と共に急激な停止を見せた。

 

「・・・レン」

「あぁ。結果論ではあるが、見守るって選択は・・・どうやらアタリだったらしい。」

「あーあ。私いつもは温厚な性格なのになぁ・・・」

「あの野郎、掛け値なし、言うことなしのどデカ地雷を踏んだぜ・・・!」

 

 この世を生きるすべての男たちにとって百合に挟まる男なんて地雷もいい所だ。

 もう鏡を見なくても分かる。アウトローでもないのに、俺はかなりの殺気を放っている。それは2人の良い雰囲気をぶち壊された恋愛脳のひまりも同じだろう。

 

 

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 道行く人たちがなぜか俺達を勝手に避けていくので野郎どもの場所にはまっすぐたどり着けた。

 あいつら・・・身の程も弁えずにまだイヴ達にウザ絡みしてやがる。取り敢えず俺は片方の男の肩に手を掴んだ。

 

「おい・・・!」

「ん?何の用―ヒイィ!!」

「なっ、何なんだお前ら!」

「「何なんだ」だぁ・・・!?」

 

 反対側で別の男の肩を掴んでいたひまりが殺意全開で応える。

 ・・・口調変わってんぞ

 

「「何なんだ」はこっちのセリフだよこの〇〇〇(ピ――)が・・・!」

「ヒイィ・・・!」

「そもそもてめえら野郎の分際でなに百合の間に割り込もうとしてんだよ(タマ)盗んぞこの〇〇〇(ピ――)が・・・!」

「「うわあぁぁ!!!」」

 

 男たちは情けない叫び声を上げながら逃げ出した。一人には逃げられたがもう一人はもたついたまま転倒したので二人掛かりでその男に詰め寄る。

 

「あぁもう。なんで逃げようとしちゃうかなぁ・・・!?」

「お前が殺気出しまくるからだろうが。マックイーン抜かした時のライスシャワーみたいなドス黒いオーラしやがって」

「そっちだって今にも食い千切りそうな目つきしてるじゃん。よく言うよ」

 

 そして二人で立ち上がれなくなった男を見下す。

 

「あぁっ、あの・・・」

「あぁ、ムカつくだけだから余計なことは喋らなくていいよ?私の友達に手出してただで済むと思わないで」

 

 いつもとは考えられないほどドスの効いた声で、相手を黙らせるひまり。俺も続き、男を睨みつける。

 

「なぁ、お兄ちゃん。取り敢えず聞きたいことは一つだ」

 

 

 二人のいい雰囲気を平気でぶち壊す第三者が地雷なひまり

 百合の間に挟まる男が地雷な俺

 俺達の怒りは既に怒髪天をぶち抜いていた。

 

 

「「墓にはなんて書けばいい?」」

 

 

「すいませんでしたあぁ!!」

 

 今度こそ俺達から逃げた男、脱兎の如く駆け抜けた男を追いかけるのは無理そうなので追うのは諦めた。

 

「おいてめぇ!次こいつらに絡んでみろ!二度と太陽の下歩けなくしてやるからな!!」

 

 返事はなく、情けない悲鳴と足音が響いていた。

 

「お疲れ」

「おう。お前もな」

 

 最悪の休日だ・・・なんて思っていた所で何かを忘れていることに気付いた。

 

「まさか、レン君とひまりちゃんにあんな一面があったなんて・・・」

「はい。ブシの一騎打ちのような殺気でした・・・」

「ねぇ2人とも、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・」

 

 そうやって鬼人のような殺気を解いた俺達に問いかけてくるつぐみ、答えてやってもいいが、この追求は面倒な予感がする。ひまりの方を見ると、どうやら同じことを考えているようだ。

 ならあとは2人で同時に親指を立て・・・

 

「「後は二人でごゆっくり☆」」

 

 さわやかな笑顔のまま俺達はその場から逃走した。

 

 ・・・まぁ、すぐに捕まったが。

 

 

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「もう。見かけたんなら声かけてくれたらよかったのに・・・」

「いやー、あまりにもいい雰囲気だったからさ」

「そんなに恋人っぽかったでしょうか?」

「あんなにイチャついといてよく言うぜ・・・」

 

 結局逃げ切れなかった俺達はこうして訳を話していた。今は合流した4人でゲーセンに向かっている。

 

「でも、確かに今日はイヴちゃんが積極的だったような気がするなぁ。集合した時も服とか褒めてくれたし、手も恋人つなぎだったし、ドキッとはしたかも」

「・・・ねぇ、つぐ。本当に付き合ってないんだよね?」

「付き合ってないよ!」

 

 そうやって顔を顔を赤らめてひていするつぐみ、しかし気になる点はまだある。

 

「でもさ、お前らこのお出かけのこと「デート」って言ってたじゃないか。そりゃ勘違いもするだろ」

「?女の子と一緒にお出かけすることを、デートとは呼ばないのですか?」

「友達の女の子同士ではそうは呼ばないかな?イヴちゃんがあまりにも楽しそうにしてたから乗っかったけど・・・」

「そうですか・・・」

「でも、じゃあイヴのあのイケメンムーブは何だったの?車道側歩いたり、歩幅合わせたり・・・それこそ恋人つなぎだってイヴからし始めたんでしょ?」

「はい。ツグミさんとデートをすることになったことを相談したら、こうするようにと。「ちゃんと相手を思い遣るように。そして自分も楽しめるようにと」と」

「相談相手の案だったのか・・・。ちなみに誰に相談したんだ?」

「常連のカオルさんです!」

「なるほど。すげーしっくりきた」

 

 確かに、薫先輩にデートの相談なんかしたらそうなるだろう。何なら薫先輩も女の子相手のデートだったら同じことをしそうだ。・・・ハグまではしなさそうだが。

 そんなことを思ってるうちに俺達は目的地のすぐそばまで来ていた。

 

「さぁ!ゲーセンに着きましたよ!休日最後に思いっきり弾けましょう!」

「そうだな!今日一日遊び足りない感じしてたし!」

「私エアホッケーやりたい!」

「わたしも弾けようかな。ゲーセンなんていつぶりだろ?」

 

 そんな会話をしながら俺達はゲーセンに足を踏み入れたのだった。

 

 

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 結論、ひたすらにはしゃぎ倒した。・・・主に俺とひまりが。今はその帰り道である。

 

「思ってたよりいい汗かいたな」

「だね。つぐのデートの尾行が最後にこうなるとは」

「もう!デートじゃないってば!イヴちゃんもただのお出かけをデートって言っちゃダメだよ?ああゆうのは好きな人としかしちゃいけないんだから」

「ダメなのですか?私はツグミさんが大好きですよ?」

「うっ。いや、そうじゃなくてね・・・?」

「ツグミさんは私が好きじゃないのですか?」

「いやっ、大好き・・・だけどぉ・・・」

 

 そうやってイヴとつぐみはまたイチャつき始めた。・・・あの、俺達すぐ傍にいるんだけど

 

「ああほら!イヴちゃん家この辺でしょ?私たちと方向違うし、そろそろ別れなきゃ」

「ひまりー。つぐみのやつ「別れなきゃ」だってさ。まだ付き合ってもないくせに」

「ホントだよねー」

「そこ2人ちょっと黙ってて!」

 

 でもつぐみの言う通り、イヴの家はこの辺りだ。別れなきゃなのは本当らしい。

 

「確かにそろそろお別れですね・・・それはそうとツグミさん。前髪に花びらがついていますよ?」

「え?どこ?」

「取ってあげます」

 

 そう言ってイヴはつぐみに近寄るが、目を凝らしても花びらなんて見当たらない。ただの綺麗な前髪だ。

 そしてイヴはつぐみに前髪を押し上げ、つぐみの小さな額を見つめ・・・

 

「じゃあ、最後に頂きますね」

「え?」

 

 chu-♡

 

 おでこにチューを決め込んだ。

 

「「「・・・・・・」」」

「では皆さん、また会いましょう。それでは~!」

 

 イヴの元気な挨拶が過ぎ去りった。

 現場には恥ずかしさのキャパを超えて顔を両手で隠すつぐみと・・・

 

「「イケメンだ・・・」」

 

 俺とひまりから漏れた心の声だけが残っていた。




 「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
 後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。質問とかでもいいですよ。
 
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。

 あと、ハーメルンのアンケートって20択が上限らしいので20択のやつを作ってみました。せっかくなので・・・。
 感想はハードル高くてもアンケートならみんな答えてくれるんよな・・・。


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21.瀬田薫と雨に打たれるシチュ(過去編)

 20話も更新できた記念に、またも小話。


 梅雨も収まってきたからね。


 周りから見れば取るに足らなくても、自分の中ではウェイトの大きなものというのは存在する。そんなことを俺は改めて認識していた。

 

 とある、梅雨の日だった。

 

 

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 別段、大したことがあった訳じゃない。

 新聞部の記事は掲示板に貼られた大きなものと、内容が気に入った時に持っていってもらうため、掲示板の横の箱に入れられた数十枚ほどの小さな記事がある。

 最初は余るだけだった小さな記事も徐々に減ることが増え、内心舞い上がっていた矢先、校舎で紙飛行機が落ちているのを見つけた。

 ・・・広げて見るとそれは俺が書いた小さな記事だった。

 

「・・・ったく。マナーの悪いお客様だ」

 

 俺だって万人受けすると思って記事を書いている訳じゃない。中学の頃の俺だって、学級新聞に逐一目を通すタイプではなかった。見向きされないことの方が多いとは思うし、学園のゴミ箱を漁れば丸めて捨てられているものだってあるだろう。

 でも、「よくある話」で片づけられることはなかった。高校でようやく出会えた夢中になれるもの、全力でやってきた仕事が報われなかったのもそうだし、何より取材相手に申し訳が立たない。

 別にショックだった訳じゃない。ショックだった訳ではないが、

 

「なに熱くなってたんだろ。俺」

 

 冷めた。この一言に尽きる。

 

 この日、俺は入部してから欠かさず向かっていた新聞部を初めてサボった。

 

 

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 部活をサボったはいいが、家に帰る気にもなれなかった。どうせ姉とは気まずいし、歩く気力もない。予定外の雨の中、俺は傘も差さずに公園へ向かい、雨のせいで誰もいないのをいいことにベンチへ寝そべったのだった。

 

 ザアーッ・・・

 

 雨脚は更に強くなる。もう既にびしょ濡れなせいか、土砂降りの雨はシャワーのようで気持ちいい。もう起き上がる気にもならない。何もしていないのになんだか今日は疲れた。体が重い理由も、服が濡れて重くなったことだけではないだろう。

 もう、泥のようにひと眠りしてしまっても—

 

「そんな所で寝ていたら風邪を引くよ?少年」

 

 そんなことを考えていたら声を掛けられた。傘を差した美青年・・・いや、スカートと髪型を見るに相手は女性のようだ。

 俺は体を起こし、ため息交じりに返した。

 

「消えろ。お呼びじゃないんだ」

「そのようだけどそうもいかない。君が酔狂で雨に打たれているならともかく、浮かない顔で落ち込んでいるなら放っておけないんだ。訳あって最近、世界を笑顔にするためのバンドに入ってしまったたからね」

「バンドねぇ・・・」

 

 この人も音楽に関心のある人間らしい。合唱祭ですら碌にこなせない俺からしたらバンドマンなんてみんな超人の集まりだ。

 初っ端から分かり合える気がしない。そもそもオーラが違う。なんかキラキラしてるし。

 

「取り敢えず、君の話を聞かせてくれないかい?元気がないままの君をそのままにはできない」

「話すわけないだろ。俺とあんたじゃ住んでる場所が違うんだ。話す気になんてならないし、話したってあんたには分かんねえよ」

「なるほど。分かるかどうかはともかく、確かに立っている舞台は違うようだ」

「あぁ?」

 

 立ってる場所が違う。いざ向こうからハッキリ言われるとそれはそれでムカつく。

 

「まぁいい。用が済んだらとっとと帰れ」

「いいや帰らないよ。立ってる舞台が違うなら、こちらから上がり込むまでさ」

「?」

「では・・・とうっ!!」

 

 そう言うと彼女は、自分が差していた傘を明後日の方向へ投げ放った。

 

「いや、何考えてんだお前!頭おかしいのか!?」

「舞台に上がると言っただろう?雨に打たれる者同士、これで舞台も立場も同じになった」

「全然なってねえよ。風邪でも引いたらどうするんだ」

「君がそれを言うのかい?自分より赤の他人の方が大事だなんて・・・君は本当に優しいね」

 

 ダメだこの女。クセが強すぎて手に負えない。

 

「それにもう遅い。この時期の雨脚は特に強いからね。傘を持ち直しても濡れ鼠は避けられない」

「どうしてそこまで・・・?」

「言っただろう?放っておけないんだよ。君を笑顔にするまでね」

「・・・」

 

 俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、彼女は俺の隣に腰掛け、優しく続けた。

 

「ゆっくりでいい。君のペースで構わないから、話を聞かせてくれないかい?」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 瀬田薫、彼女はそう名乗った。面識の無い彼女に、俺は全てを打ち明けた。彼女の雰囲気がそうさせたのかも知れないし、俺自身が誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。

 

「なるほど、そんなことが・・・」

「話してみると、全然大したことないんだけどな」

「・・・」

「別にショックだった訳じゃない。誰にも見向きされてないことなんてとっくにわかってたし・・・ただ気持ちが冷めただけなんだ」

「勘違いをしているようだけど、君の気持ちは冷めてなんかないし、相当なショックを受けている筈だよ」

 

 俺のことを優しく見つめながら、彼女は続ける。

 

「気持ちが冷めるとね、もっと色々どうでもよくなるんだ。少なくとも、今の君みたいに陰鬱な表情を浮かべたりはしない。・・・本当に、何も感じなくなるからね」

「俺だってそうだ。あの程度で辛くなったりなんか—」

「レン君、それ以上はいけない」

 

 俺の言葉を遮った彼女の表情はさっきよりも真剣だった。

 

「自分の感情は大切にするものだよ。辛い時ぐらい、ちゃんと「辛い」と言うべきだ」

「いや、だから俺は—」

「レン君」

 

 彼女の凄みに押し負け、俺は自分の感情を反芻した。頑張って書いた記事、読まれもせずにゴミにされた記事、取材させてもらった人たちの気持ち、読まれもせずに踏みにじられた取材相手の気持ち・・・

 

「薫さん」

「なんだい?」

「ちょっと、悲しかった」

「・・・そうかい」

「俺のことなんて、誰も見てくれてなかった」

 

 薫さんはこれ以上の追求をしなかった。

 雨脚は強くなるばかり。見上げた空の雲はどこまでも厚い。

 

「時にレン君、悪行とは後で必ずバレる。そうは思わないかい?」

「なんですかいきなり?・・・まぁ確かに、なんだかんだ最後にはバレるものだとは思いますが」

「でもそれは、逆も然りだとも思うんだ」

「逆も?」

「そう。自分の悪い行動は常に誰かに見られてる。でも、自分の頑張りもどこかで誰かが見てくれる。気付きにくいことではあるけどね」

「薫さん・・・」

「君の最後の勘違いを直しておこうか。君は誰にも見向きされてない・・・なんてことはないとね」

 

 そうだ。横に置いた記事を取って行ってくれた人間は他にもいた。記事を読んだ感想をわざわざ直接言いに来る猫耳ヘアーのクラスメイトだっていたじゃないか。捨てられたショックが大きすぎて、大事なものが見えなくなっていた。

 

「おや?雨脚が弱くなってきたようだね。晴れることはなさそうだが、帰るタイミングとしては丁度良さそうだ」

「ホントだ」

 

 彼女は濡れた髪をかき上げて呟く。・・・いや、濡れた髪かき上げたこの人、めちゃくちゃカッコいいんだけど。イケメンか?

 でもそうか。この人、演劇部で王子様やってる上に花咲川にもファンがいるとか言ってたっけ?名前と一緒にそんなことを教えてもらった気がする。

 なるほど、花咲川にまでファンがいるのか・・・。

 

「なぁ、あんた。花咲川への公演の告知で不便してたりはしないか?」

「あぁ。確かに離れている分、羽丘の小猫ちゃん達よりもおろそかになってしまう事が多くてね・・・」

「じゃあもう一つ聞かせてくれ。あんたに取材がしたいっていう新聞部の人間がいるんだが、一つ受けてみる気はないか?そいつ、花咲川の人間だから告知には困らないと思うんだが」

「なるほど儚い提案だ。その部員君には、いつでも歓迎すると伝えなくてはね」

「決まりだな・・・!」

 

 冷めたと思っていた気持ちに、再び熱が入る。

 

「いい顔だ。笑顔にできたようで何よりだ」

「ああ。いい記事にしてやるよ」

 

 小雨の中、合図も無く二人で同時に立ち上がり、目線を交わし合う。そして、お互いの帰路に向けて歩き始めた時だった。

 

「そうだ。君にはこれを渡しておこう」

「?・・・これ、あんたの傘だよな?流石に悪いだろ」

「そうだね。だから君が羽丘に来ることがあれば、私に返しに来て欲しいんだ。例えば、・・・取材の時とかね」

「この傘が約束の証ってことか?」

「あぁ。いつまでも無いままだと困るから、早めに返しに来てくれたまえ」

「言われなくてもすぐ持ってってやるよ」

「それは、楽しみになってきたね」

 

 軽口を叩き合いながら、俺たちは分かれ道に差し掛かり、そのまま別々の帰路へ進むのだった。

 

「あぁ、そうだ。最後にいいかい?」

「ん?」

 

 

「風邪、引かないようにね」

 

 

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 後日、彼女の取材内容を掲載した記事を書いたのだが、その人気は想像よりもはるかに凄まじかった。掲示板は人の群れができ、新聞部には彼女のファンが押し寄せた。

 

「人気にも程があるだろ・・・・・・薫先輩」




・「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、
・「このキャラ、シチュを見てみたい」などのリクエスト
・「この話が一番好き」などの感想
・「このキャラまた書いて欲しい」みたいなリクエスト
 
 気軽に書いて下さい。

 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。


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22.湊友希那にお呼ばれするシチュ

 6月最後に。今回も調子は出なかったけど自己満足で出した感じ。


 

『もし明日、時間があるなら私の部屋に来て欲しいの。誰にも内緒で』

 

 来週分の記事を書き終えた俺のもとに、友希那さんから突如としてこんなメッセージが届いた。予定なら空いているが、『誰にも内緒で』と来たか。姉さんにも相談できないような悩み事なのだろうか・・・?

 俺は幼馴染の腹の内を考えながら、部屋に行く時間を伝えたのだった。

 

 

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 久しぶりに訪れた湊友希那の部屋は相変わらず音楽の要素で溢れている。自分の姉とは違ってあんまり女子女子しておらず、幼馴染の部屋だということもあってか、どこか安心する。

 俺は友希那さんのベッドに腰掛けながら特に緊張することなく過ごしていた。

 

「で、なんで内緒で来なきゃいけなかったんだよ。姉さんとか誘っちゃまずいのか?」

「リサには・・・ある意味頼みにくいことではあるわね」

「頼み・・・」

「実を言うと、最近疲れが取れないのよ。1日中、作曲のことばかり考えてしまって・・・」

「それ大丈夫なのかよ。ちゃんと寝てるのか?」

「そこなのよ。私、いつも作曲って寝転がりながらしてるから、ベッドに入ったら頭が作曲のモードに切り替わってしまって・・・」

「で、寝不足気味になってるってことか?」

「そう。お陰で日中は頭が上手く働かないし、授業中でリサに起こされたりするし・・・」

 

 そう語る友希那さんは今も眠たそうだ。本当に寝不足が酷いらしい。しかし・・・

 

「その理由で、なんで俺が呼ばれたのかがわからないんだけど・・・」

「そうね。だからつまり・・・」

 

 友希那さんは俺の手をそっと握り、俯きながら、少し恥ずかしそうに答えた。

 

 

「その・・・添い寝、して欲しいんだけど・・・」

 

 

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 俺は今、友希那さんとベッドで横になっている。「添い寝して欲しい」と言うものだからてっきり俺が寄り添う形になるかと思っていたがそうではない。今の俺は友希那さんに後ろから抱きつかれており、寧ろ俺が添い寝してもらっているような体勢だ。

 

「あの、友希那さん」

「ゆき姉って呼びなさいよ」

「いや、これ添い寝じゃなくて抱き枕だよな?」

「何よ。悪い?」

「なんか・・・思ってたのと違うと言うか・・・」

 

 そもそもこれで本当に寝れるのだろうか?

 

「抱き枕ならもっと良い人いただろ。姉さんとか」

「嫌よ。恥ずかしいし、「眠れないから一緒に寝て欲しい」なんて言ったら絶対からかってくるわ」

「俺なら恥ずかしくないのかよ」

「いいのよ。弟みたいなものだし、少なくとも頭が作曲のことで一杯になったりはしてないから」

「俺、男なんだけどな」

「知らないわよ」

「知っとけよ頼むから・・・」

 

 俺の言葉を意にも介さず、友希那さんは腕の力を強める。体も密着し、お互いの体温が伝わってくる。

 

「ねぇ、もう少しこっちの方に向いてくれないかしら?あなたの背中、腕が回し辛いのよ」

「やだよ。恥ずかしい」

「・・・」

「わかったよ。仕方ないな」

 

 そう言って正面を向いたはいいが、やっぱり彼女の顔を直視することはできない。幼馴染とはいえ、美人の顔が至近距離にあるというのはやはり男としては心臓に悪いものがある。

 しかし友希那さんは俺を意識してないのか、容赦なく俺を抱き締めてくる。

 

「なぁ、こんなんで睡眠不足がどうにかなるのか?顔とか近いような・・・」

「すぅ・・・・・・・・・っ!!えと、何かしら?」

「ちゃんと安眠効果出してんの腹立つな」

「ええ。本当に助かってるわ。温かいし」

「本当か?」

「本当よ。あぁでも、心臓の音がうるさくて若干気が散るから、今すぐに止めて頂戴」

「死ねってのか?」

 

 というか心臓に関してはあんたのせいだろうが・・・

 

「そんなに意識するほどのこと?小さい頃はリサも含めて昼寝とかしてたじゃない」

「今まで疎遠だったんだから仕方ないだろ。知らないうちに可愛くなりやがって・・・」

「あなただって知らないうちに大きくなってるじゃない。身長、もう私より高いでしょ?」

「胸だって体に当たってるし・・・」

「ここまでくっついてるんだから当たり前よ」

「顔とか、もうキスできるぐらい近いし」

「したいの?」

「いやっ、そ、そうは言ってないだろ!」

「初心なんだから」

 

 落ち着くわけがない。年頃の男女が同じ布団の中なのがそもそもマズいのだ。

 もう出て行ってしまおうかと考えたあたりで、友希那さんの手が俺の頭に乗せられた。

 

「何すんだよ?」

「撫でてるだけよ。昔はよくやってたでしょ?」

「やってないだろ」

「そうだったかしら?レンが怖い夢を見た後に泣きついてきた時—」

「わかったもういい。やってもらった。やってもらったからこの話は止めよう」

「そう」

 

 そう言って友希那さんは俺を撫で続けた。さっきまで散々文句ばかり言っていたのに、こうされてちゃんと眠気が来てしまうあたり、やっぱり俺は単純なんだと思う。

 

「こんなことしてていいのか?そっちが寝れなくなるだろ」

「あなたが寝た後で寝るから大丈夫。寝ない弟をあやすのは姉の役目だし」

「姉じゃないだろ。あとあやすって言うなし」

「それにあなた、こうしてしまえばすぐに寝ちゃうもの」

「・・・確かに」

「ほら、あなたも普段忙しいでしょ?ゆっくりお休み」

「・・・ゆき姉」

「何?」

「抱き返していい?」

「甘えん坊なんだから。ほら、おいで」

「ありがと」

 

 頭も働かなくなり、眠くなって甘えた口調になってしまっていると気付く前に、俺たちはお互いの温もりに包まれながら眠りについた。

 

 

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 目を覚ますと、時間は既に夕方だった。目の前で寝顔を晒している歌姫は上着をはだけさせて、ノースリーブから肩を露出している。・・・ホント綺麗だな。この人。

 そんなことを考えながら頭を撫でていると、友希那さんは目を覚ました。

 

「・・・レン?」

「起きたかよ。寝坊助」

「ええ。久しぶりによく寝たわ」

「じゃあ、そろそろ帰っていいか?」

「いや・・・」

「わかったよ」

 

 珍しく向こうから甘えモードになっているので、俺はこのまま頭を撫で続けた。

 ・・・可愛い。普段は大人っぽくて綺麗な人をこうして撫でることができるようになるギャップは正直たまらない。こうして触れて見ると顔は小さいし、髪だってサラサラだ。

 

「ねえレン」

「んー?」

「好きよ」

「・・・俺もだよ」

「ふふっ・・・」

 

 寝起きなのをいいことに、抱き合い、時には頬ずりをしたりして、俺たちは2人で甘い時間をひたすらに味わった。

 そしてこんな時間が永遠に続けばいいと思った矢先・・・

 

 

 Prrrrrrrrr・・・・・・

 

 

 俺の携帯が音を鳴らした

 

「うるさいわね」

「姉さんからだ」

「リサから?」

 

 俺は寝ころんだまま通話を開始した。

 

「何の用だよ?」

『ああ、レン?今どこにいる?』

「ゆきね・・・友希那さんのとこ」

『ああ、友希那と一緒か。ちょっとスピーカーにしてくれる?』

「?まぁ、いいけど」

『ねぇ友希那。元気してる?』

「してるけど・・・何の用?」

『いやー、大した用でもないけど、忠告的な?』

「忠告?」

『まぁ、簡単に言うとさ・・・』

 

 

『カーテン、ちゃんと閉めた方がいいよ?』

 

 

「カーテン?」

 

 聞いて、ふと思い出した。そう言えば、この部屋と姉さんの部屋の立地って・・・

 

「「はっ!?」」

 

 ガバッ!っと起きて窓の外を確認すると、耳に携帯を当て、ウインクをしながらこちらに手を振る姉がいた。

 

『いやー、2人がちゃんと仲良くできてるようでよかったよ~。さっきはお楽しみだったね☆』

「おたっ・・・軽く寝てただけよ!」

『あれぇ?さっきうちの弟に頬ずりしてたのは誰だったの?』

「うっ・・・」

『アタシも誘ってくれたらよかったのに。リサちゃん寂しい~!』

「その、ごめんなさい」

『いやいや、面白いもの見れたから大丈夫。あとレン、帰ったら詳しい話聞かせてね』

「えぇ・・・」

『じゃ、そろそろ夕飯の時間だから、またね~☆』

 

 通話が切られ、部屋から出ていく姉を見送り、俺たちはかなり大きなため息をついた。

 

「レン・・・本当にごめんなさい」

「いや、俺も油断してたし・・・」

「夕飯もあるだろうし、今日はもう帰りなさい」

「・・・帰りたくねえ」

「ダメよ。訳なら私からも話すから」

「・・・わかった」

 

 

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 そうして俺は家に帰った後、ニヤついた姉からの質問攻めを受けたのだった。

 

「アタシも友希那と添い寝したかったなぁ。友希那の抱き心地はどうだった?」

「そこまでは答えなくていいだろ!」

 

 追及は遅くまで続いた。




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23.今井リサとソファで寝そべるシチュ

 レポートがアホみたいに多くてすげー大変でした。執筆の感覚ほぼ消し飛んでたのでこの話書いた時の調子はまたもや悪いです。

 そう言えばこの前のアンケートの結果
【全20話、どの話が好き?】
1位 燐子編
2位 こころ編、ましろ編(同率)
3位 有咲編

 上位3位、全員巨乳キャラなのは気のせい?


 俺は・・・いや、俺たちは今、姉弟でリビングのソファに寝そべっている。ソファ自体はそこまで大きいものでもないので二人で足を向け合いながら上手いことポジションを取っている。

 お互い忙しいので中々休みが合う訳でもないが、休みが合ったところで特別なことなんて別にしない。姉弟なんてそんなもんだ。一緒の空間にこそいるが姉さんは最近買ったという恋愛小説に夢中だし、俺も惰性でSNSを漁っているところだ。

 

「ああぁー・・・」

 

 恋愛小説を読み終えたのか、パタンと本を閉じた姉さんが天井に向かって呟いた。

 

「恋したいわぁ・・・」

「結局恋しない奴の代表格みたいなセリフ吐くやん」

「いや違うから。したいとは思ってるんだって。マジ出会いが無いだけだもん」

「結局恋しない奴の代表格みたいな言い訳するやん」

「いやホント違うって。だからさ・・・そのー・・・ほらアレだよ。うーんと、まぁ簡単に言うとさ、えーっと・・・すぅー・・・、分かって?」

「無茶言うな」

 

 いくら身内だからってコミュニケーションの取り方が雑過ぎると思う。

 

「そもそもRoseliaだけでも忙しくなってきたってのに、学業もそつなくこなして、部活にも参加して、その上バイトまでして、今の大変で忙しい姉さんのどこに恋愛にうつつを抜かしてる暇がある?」

「いやいや、大変で忙しいからこそだよ。数多くのハードワークをこなして、家に帰ってお風呂に入って、ベッドの上で大好きな想い人との通話で疲れた自分を癒してもらいたいもんなのよ」

「疲れた自分を癒したいならさっさと寝ろよ。なに疲れた体に鞭打って夜中に通話なんてしてやがんだ」

「えぇー、寝落ち通話とかしたくないの?」

「途中で寝落ちしちまうレベルで疲れてるなら猶更寝ろよ。明らかに癒されてねぇだろうが」

「わーかってないなぁ・・・」

 

 別に心配してる訳じゃないが、弟としてはやはり自分の姉にこれ以上の無理はしてほしくない。特にこの姉は自分よりも他人のことばかりを優先してしまうところがあるから猶更だ。

 

「そんなに彼氏欲しいのかよ?」

「いや、「彼氏が欲しい」ってのは違うの。さっきも言ったけどアタシは恋したいの。恋人が欲しいというより、恋愛していく中で味わっていく甘酸っぱい気持ちやドキドキする感情を体験したい感じなんだよね。だからアタシの一方的な片思いとかでもいいんだ。」

「人生で一回も無かったのかよ。そういう経験」

「無いね。友達の恋バナとか聞く分には楽しいんだけど、自分の事となるとどうも厳しくて・・・」

 

 少し意外だ。顔も性格も抜群に良い姉さんのことだし、もう少し浮ついた話題はあるものだと思っていたが、結構ピュアだったらしい。

 取るに足らない威力でお互いの足をゲシゲシ蹴り合っていると、今度は姉さんから切り出してきた。

 

「で、かく言うあんたはどうなのさ?好きな子や気になる子の一人でもいないの?」

「いないいない。確かに知り合いはみんな可愛いけど、恋愛的に好きなるかって言われると話は別だ」

「そうなの?みんないい子たちなのに・・・」

「そりゃ違いないけど」

「レンのストライクゾーンが狭いのかな?確か、小柄でツインテールのあざとい子がタイプなんだよね?あことか紹介しようか?」

「紹介なんてされなくてもあことは仲良くやってるよ。この前ゲーセンで遊んだし」

「えっ、そうなの?この小説、今まで20話ぐらい連載してるけどそんな話あったっけ?」

「いい加減メインで登場する度にメタ発言差し込もうとするクセ治せよ。これでも「レン兄」って呼んでくれてたりするんだよ」

「「宇田川あことゲーセンで遊ぶシチュ」・・・あ、やっぱり無いね」

「おい」

 

 そもそも、別に魅力を感じないとかじゃなくて、単純に恋愛対象じゃないだけなんだよな。香澄とか有咲はただの良き友人だし、紗夜さんや彩さんだってただの頼れる先輩だし。

 

「いやぁ、でもお姉ちゃんは心配なんだよ。その年の男子高校生が浮ついた話の一つもないなんてさ」

「姉さんだってその年の女子高生のくせに浮ついた話無いだろうが」

「浮ついた噂なら立ったことありますー!一時期、友希那にベタベタし過ぎて「湊さんと付き合ってるの?」って言われたことありますー!」

「それ平常運転が周りに誤解されただけだろうが・・・」

 

 いや、でも・・・

 

「そんなに恋したいなら本当に友希那さんと付き合えばいいじゃねえか」

「いやいやいや無いって。いくらいい子って言ったって相手は女の子だよ?」

「じゃあ告白されたらフるのかよ」

「えっ・・・」

「「今まで黙っていたけれど、ずっと前からリサのことが好きだったの」って言われてフれるか?」

「いやそりゃそう・・・いや、でも友希那だもんなぁ・・・うーーーーーん「考えさせて下さい」!」

「おぉ・・・」

 

 なんだかんだ冗談のつもりで言っているのだろうが、結構お似合いだとは思う。

 

「でもさ、レンもそういうことに興味持っていいと思うんだよね。部活とバイトばっかりじゃ味気なくない?」

「そんなもん無くても俺の生活は充実してるんだよ。そもそも恋愛なんて絶対にしなきゃいけない訳でもないじゃないか。それとも人間は何かにときめいてなきゃ死ぬのか?少なくとも今の俺には必要じゃない。」

「その結論、もう「悟ってる」じゃ済まないレベルのこと言ってるよ?何?レンは愛情を失った哀しいモンスターなの?」

「誰が哀しいモンスターか!」

「哀しいモンスターでしょ。少なくともアレは思春期男子のセリフじゃない」

「えぇ・・・」

 

 なんで女子ってこう、浮ついた話題を好むのだろうか。

 

「まぁ、恋愛だけが全てじゃないってのは、アタシも賛成だけどね。それ以外で楽しいことなんていっぱいあるんだし。」

「そうそう。結局俺が言いたいのはそこなんだよ」

「だよね。それに、恋愛は100%良いものって訳でもないもんね。恋愛してからダメになる人だっているし」

 

 姉さんは小説を端へ置いて天井を眺める。

 

「それこそ、姉さんだって恋愛を必要とはしてないだろ」

「そうなのかなぁ?まぁ、確かに恋愛に興味はあるけど、別に渇望してるって程でもないし、必要かと言われると・・・」

「結局姉さんも哀しいモンスターなんだよ。「恋がしたい」なんてセリフは、裏を返せば自分が恋からほど遠い証拠だ。姉さん、誰かを愛したことなんてないんだろ?」

 

 まぁ、恋にかまける姉さんは見てみたい気もするが。

 

「でもさぁレン。アタシ、恋愛経験は無いけど愛してる人ならいるよ?」

「えぇっ!?」

「うん。大好きな人」

「待って。本当に誰!?」

「まったく鈍いんだから・・・それっ!」

 

 そう言うと姉さんは起き上がって俺に跨ってきた。

 なんか押し倒されたみたいな体勢になっている。顔も妙に近い。

 

「・・・なんだよ」

「あれ?伝わんなかった?」

「いや、まぁ、なんとなく分かったからさっさと離れてくれ。いちいち言わなくてもいいから」

「愛してるよ」

「い、言わなくていいっつったろうが!」

「もー、ただの家族愛じゃん。なに恥ずかしがってんの?」

 

 ダメだこの女。完全に悪い顔してる。

 

「最近、ちょっと積極的過ぎじゃないか?」

「そうかな?アタシはレンを愛してるだけだよ?」

「まだ言うか貴様・・・」

「最近仲良くしてくれて嬉しいよ。恥ずかしがってるけど嫌がってないのは分かるし」

「・・・」

 

 恥ずかしくなってることが分かるならやめて欲しいのだが

 

「レンといると安心するんだぁ」

 

 俺にのしかかり、両手で俺の頭をワシャワシャと撫でながら姉さんは続ける。

 

「優しいところも照れ屋さんなところも大好きだよ。人として」

「しつこい。逐一言わなくてもいいだろうが」

「アタシは言いたいのー!」

 

 自分の体勢が上にあるのをいいことに、姉さんはハグをしてくる。抵抗はできないが、ここまでされると引っぺがす気にもならない。現に俺だって文句を言いながらもこうされることで安心感を得てしまってる。

 ・・・姉さんがしばらく離れる気配も無かったので、そのまま抱き返した。

 

 

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 しばらくして、姉さんが背中を伸ばしながら起き上がった。

 

「よし、弟とイチャついて元気も出たし、バウムクーヘンでも食べようかな。レンもどう?」

「え、いいの?」

「差し入れで貰ったはいいけど大きくてさぁ。むしろ手伝ってくれると助かるんだけど」

「やった。超欲しい」

「じゃ、お皿の用意お願い☆」

 

 食器を出そうとした時、ふと思った。

 自分の愛情を素直に伝えてくれて、差し入れのバウムクーヘンまで分けてくれて、なんなら料理も美味くて、おまけに顔が良い姉。

 女子としてはかなり出来る人間だと思う。それこそ、周りの美少女たちの魅力が霞むほどに。もしかしたら俺は既に感覚を麻痺させていて、恋愛対象に姉さん以上のものを求めてしまっているのではないだろうか。

 じゃあ、俺が恋愛対象として誰も好きにならないのって・・・

 

「原因、姉さんなのでは・・・?」

「あれ、何か言った?」

「あぁいや、何も?」

 




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24.松原花音と水族館を歩くシチュ

 今回はリクエストの花音さんです。

 言い訳にはなりますが、まだ執筆感覚が鈍ってる感じがします。

 シチュの難易度も高かったですね。自分の経験と文才の無さが悔やまれます。マジ調子出なかったです。・・・まさか3000文字を切るとは。

 あと、感想欄のご意見を反映し、活動報告にリクエストボックスを置きました。リクエスト等は報告へのコメントへお願いします。


 俺は今、花音先輩と水族館に来ている。誘われた時は「これってデートなのでは?」と思い至り、美人な先輩とデートなんて緊張でおかしくなるんじゃないかと考えていたが、そうはならなかった。

 いや、先輩はちゃんと美人だし、白のワンピースを身にまとった花音先輩は水族館の雰囲気とのベストマッチを果たしている。問題はそんな最強のコンボを目の当たりにしているにも関わらず、俺が緊張でおかしくなっていないこと。その理由は・・・

 

「今私たちが見てるベニクラゲ、不老不死って知ってた?」

「えっ!?そうなんすか!?」

「うん。あと不老不死と言えば、高級食材の伊勢エビも不老不死なんだよ」

「伊勢エビも!?」

「脱皮する時に内臓も新しくなるらしくてね。新陳代謝が落ちないらしいから、外的要因か脱皮不全以外じゃ死なないんだよ。ロブスターもそうなんだって」

「へぇ~!」

 

 この人、水族館において知識の宝庫なのだ。行く先々で雑学が披露されてしまうため、美人による甘酸っぱさが薄れて、なんかもう、普通に楽しくなっていた。

 

「レン君大丈夫?私、楽しくなっちゃって割と一方的に喋っちゃってるけど・・・」

「いえ、俺の方こそ楽しませてもらってますし・・・ホントに詳しいですね」

「ここはよく来るから、自然とね。ここに居るクラゲさんだったら、全員分の雑学言えると思うよ?」

「マジすか?じゃあ、ここにいるアカクラゲってやつは?」

「アカクラゲさんかぁ。じゃあ、アカクラゲさんは戦国時代に武器として活躍してたって知ってる?」

「武器って、クラゲがですか?」

「うん。乾燥させて粉末にして、毒霧みたいにしてたんだって。確か真田幸村が使ってたんだっけ」

「へぇ~。そこそこ有名な武将じゃないですか。イヴが聞いたらびっくりしそうですね」

「まぁ、武士道とはかけ離れた戦法だし、言わない方がいいかもだけどね・・・」

 

 やっぱり普通に楽しい。水族館にはまだまだ入ったばかりでここから先にも見どころは山ほどあるが、もう既にそれなりの満足感を得てしまっている。

 この調子なら俺の心臓も安心でき

 

「じゃあレン君、そろそろ手繋ごっか?」

 

 そうではないらしい。

 

「あの・・・なんで?」

「ほら、人も増えてきたし、ここから先はもっと暗い道を進むことになるから、このままだと迷子になっちゃうよ?・・・私が」

「そりゃあ、ごもっともですけど」

「私と出かけるときは3m以上離れたらダメって、美咲ちゃんから教わらなかった?」

「この方向音痴め」

 

 まぁ、実際目を離すとどこに行ってしまうかわからないのでここは素直に手を繋ぐことにした。

 

「先輩の手、小っちゃいですね」

「うーん、そうかな?」

「はい。柔らかくて、指も細いし、女の子だなって感じがします」

「君の手も、硬くて男の子って感じがするよね。美咲ちゃんとは違った頼もしさがあるよ」

「そりゃどうも」

 

 花音先輩の手は少し冷たくて、繋いでいて心地が良い。不思議とあまり緊張感は無くて、なんだか姉と手を繋いでいる気分だ。

 ・・・落ち着く。

 

「いやぁ、熱帯魚コーナーもいいもんだね。可愛いよね・・・イソギンチャク」

「クマノミじゃなくて?」

「だってほら、あのゆらゆらしてる触手、可愛くない?」

「触手って・・・」

 

 この人、クラゲっぽいから取り敢えず「可愛い」って言ってるだけなんじゃないだろうか?

 

「そんな可愛いですか?コレ」

「可愛いもんっ・・・」

 

 俺からしたら頬を膨らませて「もんっ」とか言っちゃう先輩の方が可愛いのだが。

 そしてそんな先輩は水槽の中を見つめながら続けた。

 

「お魚さんを見てるとね、現実から引き離されたような気分になるんだよね」

「?まぁ、確かに幻想的なイメージはありますけど」

「うん。だから現実逃避にはうってつけなんだよねぇ。水族館って」

「先輩・・・?」

「嫌なことがあるとね、よくこうしてお魚さんやクラゲさんを見てたの。ひとりぼっちで、いつもね」

「・・・」

「あの、レン君。別に手を握る力を強めなくても、私はどこにも行かないよ?」

「いや、そんなつもりじゃないですけど、何か嫌なことでもあったのかなって」

 

 水槽を見つめる彼女の顔は、どこか物憂げに見えた。

 

「嫌なことは別にないけど、なんとなく日常に疲れちゃってね」

「・・・」

「君の腕、ぎゅってしていい?」

「お好きなように」

 

 手を繋いだまま、花音先輩のもう片方の手が俺の腕を掴み、膨らんだ胸が押し当てられる。

 

「水族館って、デートに最適の場所って知ってる?」

「最適?」

「うん。室内は天候に左右されないし、靴も服装も自由度が高いし、暗いからお互いの顔が少し魅力的に見えるんだよ?」

 

 確かにほの暗い場所で見る先輩の表情は、どこか大人びた印象がある。

 

「多分ここのお客さん、みんな私たちのこと恋人同士だって思ってるよ?」

「知り合いもいないし、大丈夫ですよ」

「じゃあ、肩に頭も乗せていい?」

「歩きづらくなるからダメです」

「むぅ・・・」

「・・・分かりましたよ」

「やった」

 

 花音先輩はなにかと他人への気回しをよくする人だ。「日常に疲れる」と言っていたのも、その辺りの心労があったのだろう。

 俺もお世話になることは多いし、この程度のわがままぐらいは黙って聞くべきだろう。

 

「レン君は本当に優しいね」

「いや、俺も先輩とこんなことができて嬉しいですし・・・」

「そっか・・・レン君」

「はい?」

「もう少しだけ、このままでもいいかな?」

「・・・いいですよ」

 

 大きな水槽を眺めながら、俺は片腕を包む体温を感じ続けた。

 

 

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 あの後も俺たちは手を繋ぎながら水族館を歩き回り、2人で何枚かの写真を撮りながら建物を後にした。

 水族館を出るともう夕方になっており、俺たちは帰り道の電車に揺られていた。

 

「私は大満足だけど、レン君は楽しめたかな?」

「お陰様で凄く楽しかったですよ。まさかサメやペンギンの雑学まで聞けるとは」

「そうだね。珍しくお姉さんぶっちゃった」

「その割には「ぎゅってしていい?」なんて可愛いことを言っていた気もしますが」

「あっ、アレは忘れてよぉ・・・」

「すっごく可愛かったです」

「もぉ・・・」

 

 車窓から入り込んだ夕日のように、花音先輩の頬も赤く染まる。よほど恥ずかしかったのだろうか。

 

「でも、楽しんでくれたならよかった」

「はい。花音先輩のお陰です」

 

 でも、楽しい時間がもうすぐ終わってしまうと思うと、寂しい気持ちもあった。

 そう思うと、いつの間にか俺は先輩の手を握っていた。

 

「レン君?」

 

 先輩は少し驚いた様子だったが、嫌な顔もせずに優しく握り返してくれた。

 

「またデートしようね」

 

 俺たちは最寄りの駅に着くまで、ほんの少しだけ肩を寄せ合ったのだった。

 

 

 歩き疲れてたせいで二人ともそのまま寝落ちしたのはまた別のお話。

 




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 前書きでも書いていますが、もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。


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25.二葉つくしに取材するシチュ

 

※今回はアプリで設定に関わってくるイベントが始まったのでこの話をねじ込みました。ガルパの中で今やってるイベントスト―リーを見てない方は、一旦イベストを見ることを勧めます。

 ましろちゃんとりんりんのリクエストくださった方、申し訳ないですがもうしばしお待ちを。

 あと、だいぶ前の話にはなるのですが、いつぞやのアンケートでどんな話が見たいかって集計を取った時に「R18の話が見たい」が1位になってしまってたのですが、実は1か月以上前にさくっと投稿してたりします。
 駄文だし恥ずかしかったので言ってませんでしたが、報告無しってのも不誠実な気がしたのでここに書いときます。


 俺は今、つくしとカフェテリアで向かい合っている。いるのだが、優雅に楽しくお茶を楽しんでいるかと言われるとそうではない。

 届いたコーヒーに口すら付けずに俺は正面の相手を見据える。

 

「二葉つくし、俺は今怒っている」

「はい。たまたま遭遇して「話がある」って言われた時点でそんな感じはしてたんですけど・・・どうしてですか?」

 

 はぁ・・・。

 

「しらばっくれても無駄だぞ。モカのやつからネタは上がってるんだ。まさかあんな特ダネを黙っていたとはなぁ・・・」

「待ってください。本当に身に覚えがない・・・え?モカ先輩から?」

 

 そう、モカからチャットで飛んできた羽沢珈琲店の新スイーツの情報と共にリークされた情報。

 

「もしかして、羽沢珈琲店でバイトし始めたことですか?いや、そんなことは別に大したことじゃないし、どうだっていいよね?うーん・・・」

「いやいやお前さぁ」

 

 そんな極上の情報(ネタ)をよぉ・・・

 

「どうしてこの俺に黙っていやがったんだお前ぇ!明らかに大したことある情報だろうが!」

「えっ!?これのことだったんですか?大したことないでしょ。近所の喫茶店にバイトが増えただけじゃないですか!」

「その近所の喫茶店が羽沢珈琲店だから言ってるんだよ。いち早く記事にしなきゃいけない非常事態じゃねえか」

「なんでただの女子高生がバイト始めただけで記事に・・・」

「そのただの女子高生がお前だからだ」

「えぇ・・・」

 

 寧ろ近所の喫茶店でこんなに可愛い新入り店員が入ってきて話題にならない方がおかしいだろう。何を思って「大したことない」などと(のたま)っているのか。

 

「まぁ茶番はここまで・・・いや、俺の感情的にはそこまで茶番でもないが、そろそろ本題に入ろう」

「本題・・・?」

「端的に言うと、今ここで取材したい。バイトしてみてどんな感じか・・・とか」

「取材かぁ。個人的には受けたいですけど、流石に私一人で勝手に決める訳にはいかないし・・・」

 

 

 すっ(つぐみとのチャット画面)

 

『つくしちゃんへの取材?あぁ、本人が良いなら大丈夫だよ!お店の宣伝にもなるし、つくしちゃんの自信にも繋がると思うから。

 なんならお店まで取材に来て欲しいぐらいだよ。スイーツの紹介もできるし、制服着て働いてるつくしちゃんの画とか、あった方がいいでしょ?お父さんの撮影許可も下りてるし』

 

 

「レンさん。用意周到すぎません?つぐみ先輩も完全に準備してるし・・・」

「交渉で外堀を埋めるのは基本だ。それで・・・どうだろう?」

「・・・・・わかりました」

「よっしゃああ!!!」

 

 ガッツポーズを取りながら、俺はメモ帳とボールペンを取り出す。

 

「取材って言っても、何するんですか?」

「今日は色々聞くだけだよ。撮影とかは別の日に羽沢珈琲店でやる予定。取り敢えず、バイトすることになった経緯から教えて欲しいんだけど」

「きっかけはつぐみ先輩からスカウトされたからです。イヴ先輩がシフト減らさなきゃいけないからって」

「あー、そう言えば人手が足りないとか言ってた気がするな・・・。それでそのまま採用?」

「はい。私もバイト始めたかったし、ピッタリだと思って」

「でも、飲食のバイトって大変だろ。キツくなかったのか?」

「正直、最初は出来ないことが多くて大変でした。いや、出来ないことが多いのは今もなんですけど、最初は特に酷くて、イヴ先輩からいっぱいダメ出しされました」

「あのイヴが人にダメ出しか。なんか想像つかないな」

「ダメ出しって言っても優しい指摘でしたし、その後つきっきりでトレイの持ち方の特訓までつけてくれて・・・」

「へぇ、特訓はイヴから言い出したのか?」

「いえ、特訓は私から言い出したんです。お客さんを不安にさせたくなかったので」

「・・・偉いな」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺もCiRCLEでバイトを始めた頃は失敗を繰り返したものだが、改善するにあたってここまでの向上心は持ち合わせていなかった。根が真面目で頑張り屋なつくしの性格がよく出たエピソードだと思う。なんだろう。自分のダメさ加減が恥ずかしくなってくる。

 ・・・偉いな。

 

「個人的には、少し心配なところもあるけどな」

「心配・・・ですか?」

「つぐみもそうだけど、頑張り屋なお前はどこかで頑張り過ぎてしまう気がしてな」

「・・・実は、似たような話題でつぐみ先輩とお話してたりするんです」

「つぐみと?」

「はい。レンさんの想像通り、自分の限界も考えないで、完璧にやろうとして、出来ないことまで無理してやろうとしちゃったりして・・・失敗して・・・すぐに落ち込んで・・・」

「・・・」

「でもそんな時、つぐみ先輩が言ってくれたんです。「少しずつでいいんだよ」って。それからは焦らずに、出来ることを一つずつ増やしていこうって思えるようになったんです。今はモヤモヤも晴れて、仕事にもやりがいが出てきて・・・」

 

 それからもつくしはアルバイトの経験談を活き活きと語ってくれた。まるで自分が取材されていることを忘れたかのように、つくしは純粋な瞳で自身のアルバイトの魅力を話し続けた。

 そして取材の最後、俺は分かり切ったことを、敢えて聞いてみることにした。

 

「なぁつくし、仕事は・・・楽しいか?」

 

 答えは決まりきっていた。そして・・・

 

「はい!とっても!!」

 

 その決まりきった答えを、彼女は今日一番の笑顔で応えた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「取材、あんな感じでよかったんですか?」

「あぁ。後は羽沢珈琲店でつぐみとイヴ、あとお客さんからもつくしの話が聞けるといいな。新スイーツの話も含めて」

「その時、バイトの制服姿の写真も撮られるんですよね?やっぱり緊張するな・・・」

「俺は楽しみだけどな」

「もう、なんかレンさんだけ得してませんか?」

 

 つくしのバイト制服、絶対似合ってると思う。

 

「でも、俺だけが得してるのは確かな気がする。取材協力してくれたし、ここのお代、俺が持とうか?」

「いいんですか!?私、ただ聞かれたことに答えてただけですけど・・・」

「それで助かってるのは事実だからな。あっ、でもあんまり高いやつは頼むなよ?俺だって今月は厳しいんだ」

「じゃあ、このデラックスパンケーキってやつにしますね☆」

「おい待て。その法外な量と値段はなんだ?明らかに限度を超えてるだろ」

「だって学業とバンドにバイトまで両立してるから、体力の使い過ぎですぐにお腹が空いちゃうんです」

「量の心配もそうだけど俺が言ってんのは値段の話だ」

「でも、レンさんが奢ってくれるって言いましたよね?」

「高いものは頼むなとも言った筈だ」

 

 両者、睨み合い。

 

「私バイト始めたばかりだから、まとまった給料とか無いんですよねぇ・・・」

「俺も今月は厳しいと言った筈だが?」

 

 両者、膠着。

 

「レンさん・・・」(あざとい猫なで声)

「ダメだ。というか無理だ。俺だって出来ることなら年下の女子にパンケーキを奢る甲斐性ぐらい見せたいさ。でも本当に厳しいんだ」

「せんぱい・・・」(上目遣い)

「くっ・・・」

 

 つくし、優勢。

 

「・・・」

「・・・」

 

 両者、再度膠着。

 

「・・・お兄ちゃん♡」

「好きなだけ頼みなさい」

「やったぁ!」

 

 今井レン、陥落。

 

「お兄ちゃんありがとっ♡」

「卑怯だぞ・・・!」

 

 今回の取材で得たもの多かったが、同時に失った金額も相当なものとなった。

 しかし、満足そうな顔でパンケーキを頬張る姿を見ると、失った金額も、寒くなった財布の中身も気にならなく・・・いや、やっぱり腹立つな。

 うん。可愛いけど腹立つ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 あの後、つくしは届いたパンケーキを無事に完食し、俺たちはそのまま帰路についていた。

 

「ヤバい。もう財布の中に小銭しかない・・・」

「あの、やっぱりお金返しましょうか?ちょっと調子乗っちゃったし」

「いや、別にいいよ。取材のお礼だし、可愛い妹にご馳走するのは兄の役目だ」

「いもっ・・・」

「「お兄ちゃん」、なんだろ?」

「ううぅ。今思い出すと恥ずかしい・・・」

「へぇ?」

 

 照れ顔で目を逸らすつくしが可愛かったので、俺は頭を撫でる。

 

「ふえ?あの、レンs」

「んー?」

「・・・お兄ちゃん?」

「ごめん。なんかこうしたくなった。嫌だった?」

「むぅ、すぐ子ども扱いして」

「じゃあ、やめるか?」

「そうは言ってないでしょ。お兄ちゃんの意地悪!」

 

 正直嫌がられるかどうかは不安だったが、つくしから敬語が抜けて妹口調になっているなら大丈夫そうだ。

 道の端により、歩くのをやめて「妹」に向き合う。

 

「お兄ちゃんから撫でられるの、好き」

「俺もつくしを撫でてると幸せだったりする」

「なんか、こうされると安らいじゃうんだ。」

「つくしは普段から頑張ってるし、たまにはいいだろ」

「頑張ってる・・・のかな?」

「そりゃあもう」

「じゃあ、もっと撫でて?」

「急に甘えてきたな」

「だって頑張ってるんだもんっ。お兄ちゃんはもっと褒めてくれてもいいと思うけど」

「そうだな。よしよし」

「えへへ・・・」

 

 夕暮れの帰り道、俺はつくしを撫でて、いっぱい褒めた。そして撫で終わってから分かれ道に差し掛かるまでの間にも、俺は「お兄ちゃん」と呼ばれ続けるのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 後日、羽沢珈琲店での取材は滞りなく進んだ。つぐみやイヴからつくしの働きっぷりを聞き出し、バイト初日のつくしの様子を千聖さんから教えてもらうこともできた。つくしの制服姿も様になっており、いい画が撮れた。

 強いて問題を挙げるとするなら・・・

 

「おにい・・・じゃなかった。レンさん、こちら新スイーツのパン・デ・ローになります」

 

 若干俺の呼び方が危なかったことぐらいだろうか。

 

 

 しかし、イヴやつぐみに仕事を学び、お客さんから優しく見守られ、出来ることを増やすべく、積極的にアルバイトへ打ち込んでいくその姿は、年下ながらも尊敬できる姿であり、小柄な少女ながらもカッコいいと思えた。




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26.今井リサの誕生日を祝うシチュ

 誕生日記念とか、基本書かないのですが、流石にこのキャラぐらいはやっとこうと思って書きました。

 10分とかでサラッと書いてるので分量はかなり短いし、内容も杜撰なところがあります。
 まぁ、この小説はリサ姉ちょっと出し過ぎてるし、短いのは・・・お許しを


 

 8月25日、夏休みが終わりの片鱗を見せ、うるさかった蝉の鳴き声が衰退の一歩目を踏み出し始める頃合いであり・・・

 

 そして何より俺の姉、今井リサの誕生日である。

 

 去年までは気まずかったから結局祝ってやれてなかったが、最近はかなり仲良くできているから祝うことにした。

 そして、外も暗くなった頃、俺は姉さんが待つ姉の部屋を訪ねたのだった。

 

 今まで素っ気なかった分、今年ぐらいはしっかりと祝わせて貰おう。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「姉さん。入るぞ」

「どうぞ~」

 

 部屋着姿で出迎えてくれた姉さんは風呂上がりだからか、湿った髪を下ろし、少し顔を火照らせている。

 そして姉さんはベッドに腰を下ろし、隣のスペースを軽く叩いた。

 

「ま、立ち話もアレだし座りなよ」

「あぁ。じゃあ遠慮なく」

 

 ベッドに座ると、姉さんが肩をくっつけてきた。

 ・・・温かい。安心して緊張も解けてくる。

 

「姉さん。今日は何の日かは分かるよな?」

「えっと、哲学者ニーチェの命日だったっけ?」

「えっ、そうなのかっ!?・・・ってそうじゃないだろ。わざとだな」

「じゃあ、チキ〇ラーメンの発売記念日とか?」

「おい。その答え本気なんだろうな?神に誓ってその考えしか無いと言えるんだろな?」

「ちょっとレン?『神は死んだ』よ」

「まだニーチェのネタを引っ張るか貴様・・・」

 

 というか外でRoseliaのメンツやほかの知り合い達から散々祝われたんじゃないのかよ。

 

「わかってるって、アタシの誕生日でしょ?「こうゆうのはすぐに答えたりするもんじゃない」って今日モカに言われたもんだから、ちょっと意地悪しただけだって」

「まったく・・・」

「で、こんなやり取りを持ち掛けてきたってことはもしかしてレンもアタシのことを祝ってくれるのかな?」

「まぁ、そうゆうこった」

 

 と言っても渡すものは大したものじゃないし、サクッと渡してしまうのだが。

 

「これ・・・リストバンド?」

「部活とかで使うかなって思ってさ。誰かと被ってないといいんだけど」

「それなら大丈夫。でもありがとう。コレ、大事にするからね」

「あぁ、あとさ・・・」

 

 まぁ、リストバンドだけでも姉さんは十分嬉しそうではあるが、今まで素っ気なくしていた分の詫びも兼ねるとなると、やっぱり物足りない気もする。なので

 

「何か、俺にして欲しいこととか無いか?」

「して欲しいこと?」

「あぁ、あまりに不可能じゃない限りは何でもしようと思ってるんだけど」

「うーん。お姉ちゃんとしては年上の威厳もあるから、あんまり弟に甘えたことは言いたくないんだけど・・・」

「別にいいだろ今日ぐらい。特別なんだし」

「そうだよね。じゃあ、一ついい?」

「・・・」

 

 目を合わせ、肯定の意を伝えると、姉さんは少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

「・・・その、「好き」って言って欲しいな」

「えっ・・・?」

「うん。一言でいいし、ダメかな?」

「・・・」

 

 そう言えば、最近は姉弟で話すことも増えたが、「好き」といった言葉はいつも姉さんからの一方通行で、俺からは発したことが無かった気がする。

 ・・・そう、一度も。

 

「まぁ、アタシの事が好きじゃないなら、別にいいんだけどさ」

「その言い方はズルいだろ・・・」

 

 困った姉だ。いや、どんなに好意を伝えてもそれを言葉で返そうとしなかった俺が困った弟なだけだったのだろう。

 ・・・流石にやらないという選択肢は取れない。なので・・・

 

「なぁ、姉さん」

「何?」

「それっ」

 

 不意打ちで抱き締めた。

 

「うわっ!えっ、レン・・・?」

「好きだよ。姉さん」

「ちょっ、卑怯だよそれ・・・!」

「そっちが言えっていったんだろ?」

 

 姉さんの胸の膨らみの奥から姉さんの心臓の動きが伝わってくる。

 

「あの、レン?もう良くない?アタシは満足したし、もう離してもいいと思うんだけど」

「いや、俺が姉さんを抱き締めたいから続けさせてもらう」

「へっ・・・!?」

「姉さんって攻めるのは得意なくせに攻められるのには弱いよな」

「うぅ・・・分かってるなら離してよ。心の準備させてくれなかったせいでなんか恥ずかしいんだからぁ」

「俺が「離せ」って言った時は離さないくせに」

「いや、それは・・・」

 

 まぁ、流石に可哀想になったので離れよう。姉さん、珍しく顔赤いし。やっぱり姉さんとは目を合わせて話したい。

 

「・・・姉さん」

「ん?」

「生まれてきてくれて・・・俺の姉さんでいてくれて、本当にありがとう」

「・・・もう」

 

 顔まで逸らされた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 一悶着はあったが、プレゼントは渡せたし、普段なら飲まないような要求を叶えてやることもできた。そして、最後に姉さんからの要求によって俺たちは一緒の布団で眠ったのだった。

 

 ・・・朝起きた時、友希那さんに『二人とも、随分と仲が良くなったのね』なんて内容のチャットが送られるのは、また別のお話。




 リサ姉、誕生日おめでとう。

 


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27.倉田ましろと通話するシチュ

 今回はリクエストのましろちゃんです。

 キャラのみのリクエストやシチュだけのリクエストではなく、キャラもシチュも指定されたリクエストはやれることが限定されて難しいですね。自分の文才の無さが悔やまれます。
 で、その文才と妄想力が足りずにキャラ崩壊を起こした部分もあるって注意をしたいけど、まぁ、アイドルに『龍〇如く』のおっさんのセリフを言わせた回もあるし、それは今更か・・・。

 りんりんとはぐみちゃんのリクエストは、今考えてるところです。遅くてすいませんっ!


 つい先日、俺は羽沢珈琲店の新しい店員、二葉つくしの取材を敢行し、期待以上の成果を持って帰った訳だが、当然俺の仕事はあれだけでは終わらない。それらの素材を駆使して記事の構成を組み上げ、読者が読みやすいように書き上げなければならない。

 それに、つくしへの取材は急遽決定したので、既に出来上がりかけていた記事をボツにして、つくしがメインの記事に書き直す必要がある。

 そんな予定外の作業量を、要領の悪い俺が短期間でサクサクと片付けられる筈もなく、今夜は徹夜コースでPCと睨み合っていた訳だが、

 

『レンさん、今日、少しだけ通話に付き合ってくれませんか?』

 

 深夜12時半を過ぎたあたり、ましろからこんなチャットが届いた。正直、俺としては残った作業に集中したいのだが。

 

『付き合えないことはないけど、何の用事だ?』

 

 大事な用事じゃないなら、仕事を優先しよう。

 

『用事とかは無いんですけど』

 

 無いのかよ。じゃあもう仕事を・・・

 

『レンさんの声、聞きたいな』

 

・・・

『イヤホン取ってくるから待ってろ』

 

 年下の女子からこんな誘われ方されて、通話の拒否なんて出来る訳がなかった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「もしもし。ましろ?」

『あっ、レンさん、こんばんは・・・あの、PCのキーボードを叩く音が聞こえるんですけど、もしかして仕事中でしたか?』

「がっつり記事書きながらだけど、お前と話をするぐらいなら問題ないよ。あ、でも気の利いた話題を振ったりしてやれるほどの余裕は無いからな?脳のリソースの大部分は記事の作成に割いてるし、通話したいって言いだしたのはお前なんだから、お互いに話すことがなくなって気まずくなっても責任は取れないぞ」

『大丈夫ですよ。返事してくれるだけでもありがたいですし』

 

 PCと向き合いながら、俺はイヤホンの向こうのましろに少しだけ意識を傾ける。

 

『でも、どうしようかな?私も衝動的に連絡しちゃったから、話題とか考えてなかった・・・』

「話したいこと、本当にないのか?俺に聞きたいこととか」

『聞きたいこと・・・あ、そう言えば一つありました。あの、つくしちゃんのことなんですけど』

「つくしの?」

 

 今、まさにそいつの記事を書いてるところだ。

 

『はい。実は私、見てしまって・・・』

「見たって、何を?」

『その、自主練の帰りに・・・レンさんとつくしちゃんが一緒にいるところ』

「・・・ほう」

『普段目上の人にはちゃんとしてるつくしちゃんが、敬語も無しでレンさんのことを「お兄ちゃん」って呼んでて、レンさんも優しい表情でつくしちゃんの頭を撫でてて・・・』

 

 まずい。一番見られたくない部分をしっかり見られている。

 

『それにMorfonicaのメンバーで集まった時も、レンさんの話題でたまに「お兄・・・じゃなくてレンさんが・・・」みたいな言い間違えをするんです』

「そうか・・・」

 

 つくし、お前隠しごと下手過ぎだろ・・・。

 

『それで、本題の聞きたいことなんですけど』

 

 どうしよう。お互いの欲求を満たし合うためになんとなくノリでやっていた兄妹プレイがこんな事態を招くとは。

 というか、傍から見たら俺って年下の女子に「お兄ちゃん」って呼ばせてる変態なんだよな?

 そんな変態の趣味に友人が巻き込まれてると知ったましろ・・・

 

『レンさんとつくしちゃんって・・・』

 

 まずい。どうにかして真実の隠蔽を・・・

 

 

『生き別れた兄妹なんですか?』

「待って。曲解してる!曲解してるから!!」

 

 隠蔽した方が話の複雑化を起こしそうだったので、俺は真実を話すことにした。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 それから俺はつくしから「お兄ちゃん」と呼ばれるようになった経緯を話した。

 

『なるほど・・・私が見たのは、2人の遊びだったんですね?』

「遊びって・・・まぁ、そうなんだけど」

『でも安心しました。一人で勝手にすごい複雑な家庭の事情とか想像しちゃって・・・』

「それは無い。俺には姉さんしかいないし、つくしは赤の他人だ」

『はい。でも、やっぱり解せない部分があって・・・』

 

 「解せない」って・・・解せないのは今井リサを姉に持っていながら二葉つくしを妹にしていて、それで尚且つ妹とだけ生き別れてるお前の脳内の俺だろう。

 

『その、楽しいんですか?レンさん達の遊び・・・』

「楽しいとかではないよ。なんというか、新鮮な気分ではあるけど」

『そうなんだ・・・』

「あ、念のため言っとくけど、このこと誰かに話したりしないでくれよ?俺の評判が落ちるのは構わないけど、つくしの立場が無くなるからな」

『はい。それは分かってます。でも、あんなつくしちゃん見たの初めてで・・・』

「確かに、普段はしっかり者だからな。まぁ、もしつくしが頑張りすぎちゃったりしてたら、その時は支えてやってくれ。あれでも大事な妹だからさ」

『ふふっ・・・そうですね。任せてください。「お兄さん」』

 

 

 薄暗い部屋の中、記事を書き上げながらも、俺とましろの会話はそれなりに弾んだ。つくしの話以外にも、ましろはメンバーの話や学校生活の話を楽しそうに話してくれた。

 そして時計の針が二時を知らせようとした頃・・・

 

『・・・・・・・・・』

「ましろ?」

『はっ・・・!ごめんなさい。私・・・』

「眠いなら寝ていいぞ?」

『だいじょうぶでしゅ・・・』

「本当か?」

 

 心なしか、ましろの声がふわふわしてきたような気がする。呼びかけて一瞬は意識が戻ったのかもしれないが、すぐに力が抜けたような声になってる。流石に年下の女の子をこれ以上起こすのはまずい。

 

「もう寝とけって。明日にも響くし、肌にも悪いぞ」

『・・・いやです』

「可愛く言ってもダメだって。ほら、いい子だからもう寝な?」

『もっとお話したい・・・』

 

 ・・・ちょっと可愛いな。どうしよう。

 

『レンさん』

「何?」

『私、レンさんの声聞くと安心するんです。女の子とは違うちょっと低い声で、それでも優しい気持ちが伝わってきて・・・』

「それは・・・ありがとう?」

『はい。だから私が眠くなっちゃうのはレンさんのせいなんです』

「えぇ・・・」

 

 反論しようとは思ったが、そう言えば「通話相手が安心して眠くなってしまう」という話は姉さんからも聞いたことがある。てっきり優しい声質と包容力からくる姉さん特有のものかと思っていたが、もしかしたら似たようなものを俺も持っているのかもしれない。

俺たち姉弟って変なところで似るんだよな・・・。

 

『レンさん』

「んー?」

『なまえ、呼んでください』

「・・・?ましろ」

『えへへ・・・』

「???」

 

 眠くなって判断力が著しく落ちているのか、ちょっと壊れてるか心配になる。

 

「ましろ、本当に寝なくていいのか?」

『ねむくないもーん』

「ましろ・・・」

 

 ダメだ。だいぶ頭悪くなってる・・・。ここまでキャラが変わるとは思ってなかった。

俺の声で眠くなるなら、いっそのこと話しかけまくった方が寝てくれるだろうか?記事ならもう9割ぐらい仕上がってるし、後は明日に回しても問題は無いか。

 

「ましろ」

『・・・はい?』

「俺も、ましろと話したいな」

『・・・しょうがないなぁ』

 

 まったく、しょうがないのはどっちだ。嬉しそうに言いやがって。しかも眠たくなってふわふわした口調になっているせいで可愛さが倍増している。

 

「でも知らなかったな。ましろって眠気を限界まで拗らせたらこんな風になるのか」

『?ちょっと素直になっただけですよ?レンさんとお話したいなぁって』

「そんなに話したかったのか?別に避けてたつもりもないんだけど」

『だって・・・いつもは忙しそうだし、一人で男の人に話しかけるのは恥ずかしいし・・・勇気出した頃には別の女の子と話してるし・・・』

「そんな片思い中みたいな・・・」

 

 でも、そう思ってくれる程度には俺のことを慕ってくれているのかと思うと、悪い気はしない。

 

『ねぇレンさん』

「何?」

『すき♡』

 

 !?!?!?!?!?!?!?!?

 

「えっ?いや、あの」

『優しくてカッコいいレンさんがね?』

「・・・!」

『だい、だい、だーいすき♡』

「ほあっ!?」

 

 待て、頭が追い付かない。どうゆうことだ。心臓とか、もう色々おかしい。

 

「あの、ましろ?えっと、理解が本当に追い付かないっていうか、いきなりそんなこと言われてもわからないっていうか、取り敢えず心の整理を・・・」

『・・・・・・』

「・・・ましろ?」

 

 

『すやぁ・・・』

 

 

 ましろの寝息を聞いた途端、かなり大きなため息がこぼれた。あいつ、最後に特大の爆弾だけ放り込んでそのまま寝落ちしやがったのだ。

 まったく、年下の女の子が眠気を孕みながらふわふわボイスで無邪気に放つ言葉の威力が男にとってどれだけ強力無比なものか、ましろは理解してないのだ。・・・しかもあんな不意打ちで「好き」だなんて。

 あのドキドキを返せと今すぐに言ってやりたいが、気持ちよく寝息を立てる彼女にわざわざそれを言うのも野暮だろう。・・・仕方ない後輩だ。

 

「おやすみ。ましろ」

 

 最後にこれだけを言い残し、俺は通話を終了したのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 その後の朝方にチャットを見ると、ましろから矢継ぎ早にメッセージが届いていた。

 

『あの、昨日は本当にすいません!眠くなった深夜テンションというか、頭が働いてなくて変なこと言っちゃって・・・』

『私、レンさんのことは好きじゃないですから!』

『いや、嫌いとかではないんですけど、あくまで恋愛的な「好き」ではないというだけで、人としてはちゃんと尊敬していますから』

『とにかく、昨日は本当にごめんなさい!』

 

 どうしてやろう。別に許すことも責めることも楽なのだが、うーん。

 そして、少し悩んでメッセージを打ち込み、送信した。

 

 

『おはよう。俺もましろのことが大好きだよ』

 

 

 少しはあの時の俺の気持ちを味わってくれることを祈ろう。

 

「仕返しだ。少しは恥ずかしがれ」

 




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28.白金燐子が新聞部に遊びに来るシチュ

 今回はリクエストのりんりんです。

 今回もキャラやシチュだけのリクエストではなく、両方指定されたダブルバインドなリクエストでしたので前回同様やれることが限定されて難易度が高かったです。私にもう少し文才があればいいのに・・・。

 あと、気付いたのですが、リクエストボックスを置いてからというもの、「○○が甘えてくるシチュが見たい」系のリクエストが3件も来てるんですよね。
 これ読んでる人、巨乳の女の子と甘える女の子が好きな人が多いのでしょうか?

 よかったら感想とかで教えて欲しいのですが、私の書く「甘える女の子」って、今までのあの感じいいのでしょうか?シンプルに分からないことが多いです・・・。


 新聞部の部室には客人が来ることが多い。大抵は取材の依頼などの仕事関係が多いが、ただ遊びに来るだけの客人もいない訳ではない。こころが乱入して来たり、彩さんがロケ地のお土産を差し入れに来てくれたりと、その内容は様々だが、部員が俺しかいない新聞部にとって、寂しい部室が賑やかになるのは嬉しいことだ。

 

 そして外も夕方に差し掛かろうとしていた頃、部室でデータの整理をしていた時、

扉がノックされた。

 

「レン君・・・今、大丈夫?」

「・・・燐子さん?はい。大丈夫ですけど」

「お邪魔するね」

 

 返事をすると、燐子さんは丁寧に扉を開けて入ってきた。そして部室に入ってきた燐子さんは俺の向かいに座った後、がっつり机に突っ伏していた。

 

「それで、どうしたんです?アポなしで押しかけてくるなんて珍しい」

「ふあぁ・・・。あぁ、ごめんね。本当は来る予定も無かったんだけど、生徒会の会議が思ってたよりも長引いちゃって、それ以外でも今日は全体的に忙しいから疲れちゃってね・・・」

「まぁ、疲れてるのは見たらわかりますよ。顔色も良くないし」

「うん。だからレン君に癒してもらおうかなって・・・」

「癒し、ですか・・・」

 

 よりにもよって俺にそれを求めるのか。俺にできることなんて限られてるけど・・・。

 

「肩でも揉みましょうか?」

「いいの?」

「実は練習帰りの姉さんによく頼まれるから得意なんです。もし燐子さんが大丈夫なら・・・」

「じゃあ、お願いしようかな・・・」

 

 許可を得て、俺は早速向かいに座る燐子さんの後ろへ回り込み、合図をして燐子さんの肩に触れたのだが・・・。

 

「硬った・・・」

「そう?」

「いや、凝り過ぎでしょ。練習帰りの姉さんより凝ってますよ。俺、結構強めにやってるのに、親指が肩に入っていかないというか・・・」

「そんなに?私、欲を言うならもう少し強くして欲しいんだけど・・・」

「嘘だろ・・・」

 

 じゃあもう全力で親指を押し込むしかない。痛くないといいが・・・。

 

「あんっ・・・!レン君、そこ・・・気持ちい・・・」

「変な声出さないでくださいよ。痛くはないんですね?」

「それは大丈夫・・・あ、でも慣れてきたかも。もう少し続けて欲しいな」

「了解っす」

 

 本当は親指の負担が大きいからそろそろ離したいのだが、せっかく来てくれた燐子さんへのもてなしを放棄する訳にもいかない。

 どうにかして話題の一つでも持ち出さないと・・・。

 

「でも燐子さん、本当に凝ってますよね。やっぱりデスクワークし過ぎてませんか?」

「いや、これでもストレッチとかはこまめにしてる方なんだよ?ただ・・・」

「ただ?」

「その・・・胸が大きいとね、重くて・・・肩の負担になっちゃうっていうか・・・」

「なるほど、どうりでこんな硬さに・・・・・・・・・なんか、ごめんなさい」

「いや、大丈夫だよ。男の子は分かんないもんね・・・」

 

 肩を揉んでる途中だというのに、つい余計なことを考えてしまう。

 そうか。燐子さんの胸って、やっぱり肩がこうなってしまうぐらいに大きいのか・・・。

 

「それにしてもレン君、肩揉むの上手いよね・・・。今井さんにはよくやってるの?」

「まぁ、部活とか練習の帰りが遅かった時とかは「レ~ン肩揉んでー!」ってよく言ってくるので、酷いときは背中と足のマッサージまでやらされますけど」

「ベース、ずっと肩にかけてると重いからね。部活はダンスで全身運動だし、バイトはコンビニで立ち仕事だし・・・」

「帰ってくるときは大体ボロボロなんですよね。身内としては見てられないと言うか・・・」

「確かに心配にもなりそうだよね・・・。でも、そっか・・・」

「燐子さん?」

「私、今井さんが羨ましいかも・・・」

「えっ!?」

 

 姉さんがこなしてるあの量のハードワークを振り返って「羨ましい」とは・・・

 

「いや、今井さんが大変そうだって思うのは変わらないよ?でも、疲れて家に帰ったら、レン君みたいな弟がいるっていうのはやっぱり羨ましいかな。私、一人っ子だし・・・」

「こんな生意気な弟でも?」

「そんなことないと思うよ。今井さんは「可愛い」って言ってたもん。レン君のこと・・・」

「姉さんが特殊なんですよ」

「友希那さんも「可愛い」って言ってたよ。氷川さんも「愛嬌がある」って言ってたし、あと私もレン君のこと可愛いって思ってる・・・」

「嘘でしょう?」

「ホントだよ?レン君と仲が良いほかの3年生も同じこと考えてるんじゃないかな?松原さんとか・・・」

「言っときますけど俺、男ですからね!?「可愛い」とか言われたって嬉しくなんかないんですからねっ!」

「ツンデレ?」

「違います!!」

 

 「可愛い」・・・俺、そんなに頼りなく見えるのだろうか?

 

「うん。やっぱりレン君みたいな弟がいるのは憧れちゃうかも。帰って寂しい時もあるし・・・」

「燐子さん・・・」

「・・・レン君、もう少しこのまま、君に甘えていいかな?思ってたより疲れてるみたい。」

「疲れてるのは頑張り屋さんな証ですよ。今日はなんでもしてあげます」

「じゃあ、このまま私と話そ?」

 

 燐子さんは少しだけ微笑んで答える。燐子さんみたいな美人だと、くたびれた笑顔も素敵に見える。・・・綺麗だ。

 

「そう言えばレン君って、今井さんのこと「姉さん」って呼んでるんだね」

「そうですけど・・・変ですか?」

「いや、そうじゃないんだけど、レン君の性格なら「姉ちゃん」とか「姉貴」って呼びそうな気がして」

「「姉貴」って呼ぼうとしたことはありますけど、全力で止められました。その時に2人で交渉して「姉さん」って呼ぶようになったんです。向こうは「お姉ちゃん」って呼んで欲しかったみたいですけど・・・」

 

 なんなら今でもたまにお姉ちゃん呼びを要求してきたりはするが、これは言わないでおこう。

 そうして肩を揉み続けていると、燐子さんは呟いた。

 

「いいなぁ・・・」

「そんなに羨ましいやり取りでしたか?コレ」

「うん。レン君と今井さんのやり取り、聞いてるだけで温かい気持ちになるし・・・ねぇレン君、もう今井さんの弟なんかやめて私の弟にならない?できればそのままずっと私の肩を揉んでほしいんだけど・・・」

「燐子さん、やっぱあんた疲れてんだよ。ちゃんと寝てないでしょ?」

「疲れてるのは認めるけど、さっき言ったことも一割ぐらい本気だよ?」

「えぇ・・・」

 

 困ったな。でも忙しくしてるのは本当だし、生徒会長の重圧に1人で耐え抜いているのだ。そもそも人前に出ていくのも得意な人では無いのに・・・。

 こんなに頑張ってる人がここまで疲れ切っているのに何もしないのも違うとも思うが、・・・でも、「弟になれ」ときたか。

 

「燐子さん」

「なぁに?」

「・・・一回だけですからね」

 

 それだけ言い残し、俺は燐子さんの肩から手を離した。

 

「レン君・・・?」

 

 そして、俺はいつぞやの図書室で燐子さんにされたように、後ろからバックハグしかけ、燐子さんの耳元で囁いた。

 

 

「燐子お姉ちゃん・・・」

「ひゃわっ!?」

 

 思ったよりいい反応をしてくれる。耳、弱かったのだろうか?

 

「はい。もう終わりです。そろそろ遅くなるからもう帰りましょう」

「えっ・・・!?えぇっ・・・?」

 

 さすがにあれ以上は恥ずかしかったので、混乱しながらちょっと名残惜しそうにしている燐子さんをよそに、俺は帰る準備を始めたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 完全下校時刻ギリギリで学園を出た俺はそのまま燐子さんと一緒に帰路についていた。

 

「今日はありがとね。肩、だいぶ軽くなったかも」

「俺の親指はクタクタですけどね。特に付け根の辺りが」

「あとは、またさっきのアレをやってくれたら嬉しいんだけどな・・・」

「流石に無理ですって。やる方も恥ずかしいんですからね?」

「・・・今井さんには毎日やってるくせに」

「それは仕方ないでしょ。本当に姉なんですから」

「・・・いじわる」

「えぇ・・・」

 

 ほっぺたを膨らませながら、燐子さんは俺に非難の目を向ける。・・・いや拗ねた表情も可愛いなオイ。

 

「そこはもう許してくださいよ。頼みますから」

「・・・やだ。100回「お姉ちゃん」って言うまで許さない」

「めんどくさい彼女か・・・」

 

 この人、こんなにわがままを言う人だったか?疲れすぎて幼児退行の手前まで来てたりしないだろうか?

 しかしこのままにしておく訳にもいかないので、そっぽを向いた燐子さんにそのまま話しかける

 

「でも燐子さん、俺があの呼び方するのって本当に貴重なんですよ?何せ今となっては自分の姉にすら「お姉ちゃん」なんて呼び方をしてない訳ですし」

「それは・・・そうだけど・・・」

「にも関わらず俺があんな呼び方をしたのは、優しくて、俺の相談にも乗ってくれる燐子さんに親しみを感じていて・・・それでいて、何事にも全力で頑張る燐子さんのことを尊敬していて・・・俺が本当に燐子さんをお姉ちゃんみたいに慕ってるからなんですよ?」

「そ、それは・・・」

「バックハグも含めて、それなりに特別な気持ちを込めてたんです。だからこれで許してください」

 

 結構恥ずかしいことを言っている気はするが、もう気にしてはいけない気がする。別れ道も近いし、そろそろ満足してもらわないと。

 

「・・・そうだよね。レン君と話してると気が抜けちゃうから、ちょっとわがままになってたかも」

「まぁ、それだけ肩肘張らずに安心できる時間が過ごせたなら何よりですよ」

「うん。やっぱり相当疲れてたんだろうね。私・・・」

 

 燐子さんと話してると、別れ道へ差し掛かった。でも、少しだけわがままモードになってしまったことに対して申し訳なさそうにしているのは気がかりだ。立ち止まってから燐子さんの顔を覗くと、少し暗く見える。

 ・・・まぁ、もう少しサービスするぐらいならいいだろうか。先輩がこんなに頑張っているのなら、ちゃんと労うべきだ。なんだかんだ言ってこの人には本当にお世話になっているのだから。

 

「燐子さん、こっち向いて貰っていいですか?」

「いいけど、何?」

「よしよし・・・」

「・・・あの、レン君。なんで私の頭を撫でているのかな?」

「お仕事お疲れ様です。燐子さん」

「そ、それは・・・どうも・・・」

「生徒会にバンド・・・これからも、頑張ってください」

「うん。それは・・・そのつもりだけど・・・」

 

 燐子さんは頭に「?」を浮かべたまま俺に頭を撫でられている。

 

「頑張って頑張って・・・たくさん頑張って、また疲れちゃったらその時は・・・」

 

 俺は無防備な燐子さんの耳元に再び口を近づけた。

 

 

「また遊びに来てくださいね。お姉ちゃん☆」

「ほあっ!?」

「じゃあ俺こっちなんで、また明日!」

 

 最後に燐子さんが顔を赤くしたのを確認して、俺はイタズラが成功したような笑みを浮かべて家路についたのだった。

 




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29.北沢はぐみと買い物するシチュ

 今回はリクエストのはぐみちゃんです。今回もキャラとシチュのダブルバインド系のリクエストでしたが頑張りました。ンン~ッ!文才!!
 


 

 ・・・今日の新聞部の部室は静かだ。まぁ、部員は俺一人しかいないし、今日に限らず新聞部の部室は来客が無い限りは基本的に静かなものなのだが、それでも作業が順調に進んでいる時はキーボードを叩く音が響き渡っているものだ。

 そして、そのキーボードを叩く音すらしないぐらいに静かだということはつまり・・・

 

「作業進まねぇー・・・」

 

 全然集中できていないのだ。確かに元々俺は要領よく作業をこなせるタイプの人間ではないが、もはやこれはそんな問題じゃない。

そもそも今日のこの状態は部活中に限った話ではない。授業中ですら集中力がほとんど続かず、ろくに話も聞けなかった。

 ・・・なんか今日は、ひたすらに調子が悪い日だった。

 

 そして、作業を投げ出して天井のシミを数え始めたころドタドタと落ち着きのない足音が聞こえてきた。

 おそらく香澄かこころ辺りだろう。作業がよほど切羽詰まってない限り客人は嬉しいのだが、今は誰かの相手をする気力も無い。香澄やこころみたいな連中だったら猶更だ。

 別にあいつらのことは嫌いじゃないし、好きか嫌いかで言うならぶっちぎりで大好きな部類に入るのだが、でも・・・

 

「今だけはちょっと・・・めんどくさいかなぁ・・・」

 

 我ながら狭量だと思うが、もうそんな気分になってしまっている。遠くからだんだん近付いてくる足音に「来るな」と念じてしまっている自分がいる。いっそのこと居留守でも使ってやろうか・・・?

 しかし念は届かず、その足音は俺の部室まで襲来し、かなりの勢いで扉を開け放った。

 

バタンッ!

 

「すいません!!れーくん居ますか!?」

「居ないよ」

「そっかぁ、残念。ありがとねー!」

 

バタンッ!

 

 俺のことを「れーくん」と呼んだ少女は、そのまま勢いよく扉を閉め、ここに来た時と同じように、落ち着きの無い足音を鳴らしながら走り去っていった。

 

「・・・」

 

・・・

 

「えっ、あいつマジで行っちゃったの!?」

 

 今井レン、焦る。

 

 

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 北沢はぐみ、ハロハピでベースを担当するスポーティでボーイッシュな元気っ子であり、美咲が言う『3バカ』の一人である。こころと同じく持ち前の明るさで周りの雰囲気を持ち上げてくれる存在だ。・・・あと、仲良くなった人に変わったあだ名をつける奴でもある。

 そして今は部室から走り去ってしまった彼女を連れ戻して向かいの椅子で休ませているところだ。

 

「もー!れーくん酷いよ!遊びに来た友達をだまして追い返すなんて!」

「いや、あれはもうだますとか追い返すでもないだろ。俺がいないならそもそも返事すら返ってこないことが何故わからない?」

「で、でもれーくんが「居ない」って言ったんだもん・・・」

「俺、もうお前の純粋さが怖いよ」

 

 本来、「居ない」って言われたら「居るじゃねえか!」ってツッコんで欲しいものなんだが・・・。

 

「で、はぐみ。今日はどうしたんだよ。何か用事があったんだろ?」

「あ、そうだった。実はちょっと、お買い物に付き合って欲しくて」

「買い物って、一人じゃだめなのか?」

「うん。はぐみが買いたいのはぬいぐるみなんだけど、その・・・結構フリフリの可愛いやつでね。置いてあるお店もファンシー全開で一面ピンクの大きいお店なの・・・」

「もしかしてそれって、駅前のショッピングモールで新しくオープンしたファンシーショップ?」

「そう!そこなの!なんていうか、お店の雰囲気が可愛すぎて一人だと入る勇気が出なくて・・・」

「なるほどなぁ、確かにあれは一人だと躊躇うよな・・・」

 

 特にはぐみは心のどこかで「自分に可愛いものなんて似合う訳がない」と思ってしまっている節がある。その辺りも関係しているのだろうか。

 

「うん。他の仲良い子も誘ったんだけどみんな忙しいみたいで・・・。れーくんが忙しいなら、もう諦めようかな・・・」

 

 正直、俺の気分は未だに優れはしないが、女の子が困っているのを放置することは絶対にしたくない。友達だし、「諦める」と口にした時にこんなに落ち込んでしまうのなら猶更だ。

 

・・・ま、どうせ部活にも集中できてなかったし、気分転換も必要か。

 

「おいはぐみ、ちょっと外出て待ってろ。40秒で支度する」

「え?」

「だから、行くんだろ?ショッピングモール」

「いいの!?ありがとう!!」

 

 やっぱりはぐみは落ち込んだ姿よりも、元気に笑ってる姿の方が似合う。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 はぐみと学園を出た後、俺たちはそのまま制服姿でショッピングモールへ直行した訳だが、建物に入って件のファンシーショップの前まで来てから歩みは止まっていた。

 

「・・・可愛いな」

「うん。はぐみ、浮いちゃわないかな?」

「お前は大丈夫だろ。寧ろ心配なの俺じゃないか?今更だけど男だぞ?もうお前だけ放り込んで外で待ってた方がよくないか?」

「待ってよ。一緒に来てくれるって言ったじゃん!」

 

 なんだろう。彼女の付き添いでランジェリーショップに連れられてしまった彼氏って、こんな気持ちなんだろうか。

 

「でも、ここまで来て帰るって選択も無いよな。まぁ、気楽に行こう」

「そうだね。多分入っちゃえば楽しいもん」

「よし、突撃だ!」

「了解だよっ!」

 

 ファンシーショップの内装は相変わらずのピンク一色だが、ぬいぐるみを始めとしたグッズが多く、その界隈に明るくない俺でも本格的なことが分かる。店の規模も大きく、つい俺も辺りを見回してしまう。

 そして何より・・・

 

「わぁ~~っ!!すごいよれーくん!見てよあのクッション!すっごい可愛い!」

 

 連れのはしゃぎ方がすごい。そう言えば可愛いものとか大好きだったな。こいつ。

 

「あんまり走り回るなよ。ここ結構広いし、はぐれたら後が大変だ」

「わかってるよー。れーくんも早く!」

「はいはい。わかってるからもうちょっとゆっくり行こうぜ。な?」

 

 それにしても品揃えが凄い。ぬいぐるみもそうだが、ポーチやメイク道具みたいな日用品までファンシー色に染まっていて、そこらじゅうの棚に並んでいる。

 ただ見て回るだけなら楽しいが、探し物をするともなると骨が折れそうだ。

 

「なぁはぐみ。お目当てのものは見つかりそうか?」

「うーん。ちょっと難しいかも・・・どこにあるんだろ?ふわウサギ」

「ふわウサギ・・・いかにもモフモフしてそうな名前だな」

 

 俺たちは店内を見て回りながら、目当てのウサギを探すのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 店内に入り、俺たちはかれこれ30分近く彷徨い歩いたが、結局目当てのぬいぐるみは見つけ出せずにいた。

 

「ねぇ、れーくん。やっぱりはぐみがこの店にいるのって変かな?」

「別に変じゃないだろ。どうしたよ藪から棒に」

「えと、なんて言うか、あんまりにも見つからないから、神様に「はぐみには似合わないからやめろ」って言われてるのかなって」

「それホントなら神様の性格悪すぎだろ。それにはぐみ、似合うと思うけどな。店にも馴染んでるし」

「でもはぐみ、そんなに可愛くないし・・・」

「可愛い方だろ」

「可愛くないもん!どうせ気を遣ってるだけなんでしょ?」

 

 困ったな。見つからな過ぎてネガティブになってる。このままだと一人で帰ってしまうこともあるかもしれない。

 ・・・というか、はぐみが「可愛くない」って言われてるのは単純にムカつく。たとえそれを言った人間がはぐみ自身であっても。

 

「はぐみ、ちょっと手貸せ」

「手を?」

「あんまりこうゆうことはしたくないんだけどな」

 

 困惑しながら差し出された小さな右手、俺はそれをそっと両手で持ち、そのまま自分の胸の中心へと、はぐみの手を押し当てた。

 

「あの、れーくん。もしかしてドキドキしてる?」

「男って可愛い子に触られるとこうなるんだけど、知らない?」

「これって、はぐみで?」

「なんなら学年の可愛い子と制服着たまま放課後デートって時点で結構ヤバかった」

「・・・!」

 

 「放課後デート」という単語に反応してか、少し照れた表情を見せるはぐみ。

 

「今日つけてるヘアピンも似合ってるし、店の中で可愛いものに囲まれてるはぐみにも・・・ドキドキした」

 

 そして最後にはぐみの目を見て大事なことを伝える。

 

「はぐみは可愛いよ」

 

 恥ずかしい・・・。

 

「そう、なんだ・・・」

「ようやくわかったか」

「うん。わかったから、手、離していいかな?流石にはぐみも、恥ずかしいかも・・・」

「もう「可愛くない」なんて悲しいこと言わないって約束できるか?」

「約束する。はぐみ、可愛いもん」

「よろしい」

 

 はぐみの元気も戻ったし、もう大丈夫そうか

 

「よし、じゃあウサギ探しの再開と行こうか!」

「そうだね!張り切っていこー!」

 

 そして早々にはぐみの手を解放した。

 さて、こうなったら隅々まで探しぬいてやろう。ウサギの一体や二体、この俺が見つけ出して――

 

「あのー、お客様?」

「「はい?」」

「何かお探しでしょうか?」

「「・・・」」

「お客様?」

「その手があったか・・・」

 

 抜かってた。ウサギの一体や二体、店員さんに頼んだら一瞬じゃないか。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 あの後、はぐみの目当てのふわウサギは無事に確保が完了し、その後は二人で屋台で買ったたい焼きを食べながら帰った。

 

 そして夜も更けた頃、はぐみからチャットが届いた。

 

『見て見て~!この子すっごく抱き心地いいんだよ!』

 

 一緒に送られてきた写真にはふわウサギを抱きしめてご満悦の表情を浮かべるパジャマ姿のはぐみ

 

「パジャマ姿のはぐみ、可愛いな」

 

 ・・・

 

「保存しとこ」

 

 はぐみとの買い物の後、俺の画像フォルダに新しい宝物が追加されたのだった。

 




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30.湊友希那にライブの感想を伝えるシチュ(注.フィルムライブ2のアンコールネタ有)

※この話はタイトル通り、FILM LIVE2のアンコール(Roselia×Afterglow)のネタが含まれます。もう見たよって人、見る予定無いよって人じゃないなら見ないことを勧めます。

 今回のリクエストはFILM LIVE2にちなんだシチュがリクエスト内容でした。

 そして間違えて思いっきり歌詞を書いてしまうミスをしたので上げなおしです。危うく規約違反をやらかすところでした。


 俺は今、CiRCLEのライブ会場にいる。ただ、スタッフとしてではなく、お客さんとしてだ。基本的に俺は客としてのライブ参加はほとんどしないのだが、

 

『弟よ。ちょうど一週間後にRoseliaとAfterglowが対バンするのですが、偶然、たまたま、神のいたずらとか運命的な何かの導きのように、アタシの手にはそれのチケットが握られています。・・・良かったら来る?』

『嘘だろ!?ぜってー行く!』

 

 こんな熱い誘惑に俺が抗えるはずもなく、のこのこと誘われて来てしまった訳だが・・・。

 

『CiRCLE、まだまだ暴れるわよ!』

 

『みんな、最後までついてきて!!』

 

「「「「「「ウオオオオオアアアアアァァァ!!!!!!!」」」」」」

 

 当然俺も含め、会場の盛り上がりは最高潮だ。もう、何もかもがカッコよすぎて正直さっきから叫びっぱなしだ。

 なんで普段話す時は何も感じないのに、ライブの演奏を見た時はこうもカッコよさで引き込まれてしまうのか。

 だが、ライブももう終わりだ。そろそろ喉も潰れそうだが、RoseliaもAfterglowもステージから捌けた。あとはもうタオルで汗を拭いながら帰るだけの楽な仕事・・・

 

 ・・・いや、そんな訳ないか。

 

 ~♪ ~♪

 

 そう思った矢先、火花と共にアップテンポの演奏が響き渡る。しかもさっきまでとは違う、2バンドの同時演奏。赤と紫の鮮烈な光がステージから飛び交う。

 あれ、もしかして一緒に歌うパターン・・・!?

 

 そして流れたのは、『競宴Red×Violet』

 

「「「「ウオオオオオアアアアアァァァ・・・!!!!!!!」」」」

 

 友希那さんと蘭の共演・・・いや、競宴に観客席全てが引き込まれていく。両者一歩も譲らず、睨み合い、ぶつかり合い、火花を散らす。

 もうここは、彼女たちだけの戦場と化した。

 

そしてRoseliaとAfterglowの対バンは最高のボルテージを残したまま、ボーカル2人の強烈な睨み合いを見守る形で終宴を迎えた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【二日後、友希那の部屋】

 

「もうめっちゃ鳥肌立ちまくった!最後にあんなにカッコいいことするなんて反則だろ!」

「ええ。わかったわ。わかったから少し落ち着きなさい。あなたの興奮は伝わったから、一回お茶でも飲みなさい」

「んぐ。んぐ・・・。はぁ。もう、ホントヤバかったんだよ」

「もうライブが終わって二日後だというのに、そこまで興奮が残ってるなんて、最早心配になってくるのだけど」

「これでも落ち着いてる方だ。ライブが終わった直後なんか、そのまま控室に突入してやりたかった程なんだからな!」

「あなた、いくら関係者でもそれやったら捕まるわよ?」

「だから自重したって・・・。当日は姉さんにだけ感想を言って、その翌日は会えそうにないメンバーにチャットで感想を伝えた後に、直接会えた蘭を褒め殺して、で、今日に至るって感じだな」

「美竹さん・・・なんだか申し訳ないわね」

「でも、ホントカッコよかったなぁ。特に最後、みんな鳥肌立ちまくってたんじゃないか?」

「『競宴Red×Violet』ね。確かにあれは特に事前の話し合いが多かったから、私にとっても印象深いわね」

「え?何?まさかの裏話?最高じゃん。そうゆうのめっちゃ欲しかったんだけど!」

「そんな大層なものでもないわよ。Roseliaだけでやるのとは違って、普段一緒にやらないメンバーとの共演は単純に考えなきゃいけないことが多いだけ。パート毎の位置関係とか、私と美竹さんの動き方とか、色々ね」

「へぇぇ・・・!」

「あの、そんなに目を輝かせてもらっても困るのだけど・・・聞きたい?裏話」

「聞きたい!」

「即答・・・でも、どんな話がいいかしら?でもあの曲だと・・・実は普段のRoseliaとは趣向を変えているのよね。あれ」

「趣向?」

「ほら、基本私たちって、歌うときはお客さんに向けて歌うでしょ?どの歌でも「お客さんにこの歌を届けよう」って意識は必ずしてるのだけど、あの歌だけは少し違うのよね」

「言われてみれば・・・歌ってもらってるって感じはしなかったかも。なんか蘭とバチバチやってんのをひたすら見せつけられた感じ」

「まさにそこよ。美竹さんとはライバルのような感じだし、それはファンの中では知られてる。だからそれを全面に押し出すことにしたのよ」

「だからあんなにバチバチしてたのか・・・」

「そうね。あの曲はお客さんに向いてる時間よりも、美竹さんと向き合ってる時間の方が長いのよね・・・それで、裏話らしいところはここからなんだけど」

「今の話も充分聞きごたえあったのに、ここから?」

「えぇ。あの曲は本当に美竹さんと向き合う時間が長くて、練習やリハーサルも含めると、もう一生分くらい美竹さんと見つめ合ってるの」

「ほう」

「演奏中は夢中で気にならないのだけど、学校とかですれ違った時に目があったりすると、その、お互いちょっと恥ずかしくなるのよね・・・」

「なんだその可愛いエピソード」

「仕方ないじゃない。なんなら今でもちょっと照れるもの・・・」

「おいそこ。顔赤くしてんじゃねーぞ」

 

 ライブ中の、ギラギラした表情で汗を流しながら歌う蘭でも想像したのだろうか?

 

「でも、聞いてて楽しいな。こうゆうの。なんかもっと無いのかよ?」

「そうね。じゃあ、次は練習中に起きたことよ。あれは、私たちの演奏が形になってきて一曲を通しで練習していた時のこと・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 あの時は、特に全体的に演奏もキレがあって、私も美竹さんもすごく調子が良かったわ。そしてそのまま、私たちは歌いながら曲の雰囲気に取り込まれていったわ。

 私は強く美竹さんを意識した。美竹さんも強気の笑みで私を意識していたと思うわ。

 

「(この曲に賭ける想い、美竹さんに全力でぶつけて見せる!)」

「(このライブに賭ける情熱、湊さんにだって負けやしない!)」

 

「「(この気持ちは・・・)」」

 

 そして曲の最後の最後の見せ場、私と美竹さんが闘志を剝き出しにして顔を一気に近づける時、事件は起こったわ。

 

「「(譲らないっ・・・!!)」」

 

 ゴンッッ!!(頭突き)

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「・・・あれは痛かったわね」

「距離感まで見失うって、どんだけ夢中だったんだよ」

「仕方ないじゃない。お互いを意識しすぎて近づきすぎたのよ。しかもあの時、相当勢いつけたのよね・・・」

「あの時に見たカッコよさの裏にこんな苦労話があったとは」

「美竹さん、あの後すっごい睨んできたのよね。「頭かち割れるかと思いましたよ・・・!」って」

「蘭・・・」

 

 

 この後も、友希那さんは俺にライブや練習の話、『競宴Red×Violet』以外の裏話もたくさんしてくれた。そして、俺が昂ぶりながら話すライブの感想を、友希那さんは嬉しそうに聞いてくれた。

 

「レン、あの時はライブに来てくれて、本当にありがとう。嬉しかったわ」

「?なんだよいきなり」

「私、レンと音楽の話が出来て嬉しいの。ライブで私たちの音楽を聴いてくれたのも嬉しいし、その後にこうしてあなたが楽しそうに感想を伝えてくれて、私の音楽の話を楽しそうに聞いてくれる。昔みたいに音楽の話で盛り上がれたあの時のようで、心が温かくなるわ」

「・・・」

「ねぇレン、「ゆき姉」って呼んでくれる?」

「・・・ゆき姉?」

「ありがと」

 

 しばらくして、二人の間に沈黙が流れるが、気まずさは感じない。

 不思議なものだ。ゆき姉とは音楽を理由に疎遠になったのに、こうして話せるようになった理由も、また音楽なのだ。

 

「なぁゆき姉」

「何?」

「もし良かったら、またRoseliaのライブに誘って欲しい。もっとゆき姉の歌が聞きたいって言うか、その・・・」

「レン・・・」

 

 ゆき姉は少し目を見張った後、優しい表情で俺の頭を撫で始めた。

 

「・・・なんだよ」

「うるさいわね。大人しく撫でられなさい」

「ん・・・」

「そんなに心配しなくてもライブぐらいいつでも誘ってあげるわよ。私だってあなたに来て欲しいんだし」

「そっか・・・」

 

 

 その約束の後は、特に大した話はしなかった。窓から差す夕暮れに照らされながら、昔のように楽しい時間を過ごした。

 この人と過ごして、ここまで帰りたくないと思ったのはいつぶりだろうか。

 

 そんなことを考えながら、俺はゆき姉と話し続けたのだった。




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31.喫茶店でレイヤに絡まれるシチュ

 今回はリクエストのレイヤ回です。

 今回はダブルバインド系のリクではなかったですが、やっぱRASとモニカは難しいですね。

 私、リクエストの話書き終わった時は「リクエストありがとうございました」って精神なのですが、あまりにも書くのが難しかった時は「対戦ありがとうございました」のスタンスの方が強い気がします。

 この話、面白く書けてるやろうか・・・?

 あと、少し前に非ログインユーザーの方でも感想を書いていただけるように設定しました。よろしければドシドシ感想書いて下さい。


 羽沢珈琲店の時間の流れは随分と穏やかだ。お客さんの話し声、注文を取って回るつぐみ達、店の外のかすかな物音、窓から入り込むちょうどいい日差し、そして素材の味を活かした美味しいサンドイッチ。

 課題の締め切りや記事の締め切りなど、時間に追われやすい身としては、凄く落ち着く場所だ。落ち着き過ぎてウトウトしてしまうのは難点だが、やっぱり休日に余裕ができると来てしまう。

 サンドイッチも美味しいし、眠気覚ましにコーヒーの一つでも頼もうかと思ったところで、

 

「お待たせしました。こちら、ご注文のカフェラテになります」

 

 つぐみが飲み物を持ってやってきた。しかし、

 

「いや、俺、頼んでないぞ?別のお客さんの注文じゃないか?」

「いや、レン君の席で合ってるよ。このカフェラテは正真正銘レン君のものだから」

「それ、どうゆう・・・?」

「あちらのお客様からです」

「えっ?」

 

 つぐみが指した場所を向くと、微笑みながら手を振るレイヤさん。

 ・・・いや、真夜中のバーならともかく、真っ昼間の喫茶店で普通これやらないだろ。

 

「ありがとう、つぐみ。もう行っていいぞ。あと、席移動していいか?」

「ああ、それならご自由にどうぞ。じゃあごゆっくり」

 

 そして俺はつぐみが持ち場に戻るのを確認した後、絡んできたレイヤさんのもとへ向かったのだった。

 

 

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「不意打ちでカッコいいことしないでくださいよ。惚れちゃったらどうしてくれるんですか」

「ごめんね。せっかくレン君がぼーっとしてるからやってみようと思って」

 

 この人、こんなにユーモアのある人だったか?

 

「で、何の用事です?仕事の依頼なら部活中にして欲しいんですけど」

「そうじゃないよ。単純にレン君とは落ち着いて話してみたかったんだ。RASが全体で揃ってる時に軽く話したことはあるけど、こうして2人で話す機会は無かったでしょ?」

「言われてみると、CiRCLE以外の場所で話したことは無いですね」

「それに、他のメンバーとは連絡取り合ってるぐらいには仲良いんでしょ?チュチュとは親子丼作ったって聞いたし」

「・・・確かに」

「だから、私も仲良くできればなって。レン君のことはどんな子か気になってたし。取り敢えず、敬語抜きで話してもらえる程度の関係にはなりたいかな」

「いやいや。俺、仲良くなっても年上には敬語使いますからね?」

「えっ・・・?」

「えっ・・・?」

 

 場が冷風が通る感覚。少し俯くレイヤさん。

 

 

「私、二年なんだけど・・・」

「えっ!?タメかよ。大人っぽいから年上だと思ってた・・・」

「うん。よく言われる。あははは・・・」

 

 ガールズバンドを追いかけている新聞部が大注目バンドのボーカルの年齢を間違えるという失態。自分のリサーチ不足を悔やみたいところではあるが、それより先にやる事をやるか。

 

「その・・・ごめんな?」

 

 

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 レイヤさん、改めレイヤとの会話は実はタメだったことを知ってからは随分気軽なものになっていた。

 せっかくの機会だ。今後RASに取材する機会があるかも知れない。そのためにも彼女のことはもっと知っておきたい。俺はスマホをテーブルに置いて、話を聞き出す体勢に入った。

 それにしても・・・

 

「やっぱり・・・カッコいいな」

「そうかな?」

「そうだよ。何食ったらそんなにカッコよくなんの?」

「私は普通にしてるつもりなんだけど・・・」

「その普通がデフォルトでカッコいいから言ってんだって。お前アレだろ?女子でありながら女の子に告白とかされたことがあるタイプの女子だろ?」

「いやいや、さすがにそれは・・・」

「正直に答えろ。何人から告白された?」

「だから、それは無いって。女の子相手なんて――」

「ダウト」

「・・・・・・4人くらい、だったかな」

「ヤッバいなこいつ・・・」

「いや、待って!私としては本当にそんなつもりは無いんだよ?でもなんか普通に話してたら、いつの間にか向こうが好きになってて・・・」

「それ一番カッコいいパターンじゃねえか!ふざけんなよお前!!」

「「ふざけるな」って・・・本当に大したことはしてないんだよ?落とし物拾ってあげたり、ナンパされてるところを助けてあげたりしただけなのに」

「なんだよそれイケメンじゃん・・・」

 

 もう確信犯だろこいつ。私服もクール系だし・・・。

 

「一体何がお前をそこまでカッコよくさせるんだ。もう単純に気になる」

「どうだろう?でも、バンドを組んでからは意識が変わったかも。RASのボーカルになった以上、カッコ悪いところは見せられないしね」

「なるほど。確かにRASってカッコよさ全開のバンドだもんな。そもそもバンド名にRAISE A SUIREN(御簾を上げろ!)って。カッコいいにも程があるだろ・・・」

「そうだね。やっぱりチュチュは凄いよ」

「バンド名、チュチュが考えてたのか」

「バンド名だけじゃないよ。私たちのアーティストネームだってチュチュが考えてくれたものだし、RASの音楽の作詞作曲も全部チュチュがこなしてる訳だから」

「嘘だろ。RASのカッコよさの構成要素の大部分ってアイツの働きだったのか。マジでセンスの塊だな・・・あのチビ。プロデューサー名乗ってるだけはある」

「さっきのレン君みたいに、ファンのみんなは私をカッコいいって言ってくれるけど、私がカッコよく在れるのは、チュチュやRASのみんなのお陰なんだ」

「そうか・・・」

「うん。RASのみんながいるから、私はレイヤでいられるの」

 

 そう語るレイヤの顔は、本当に嬉しそうだった。自分のバンドに対する思い入れの強さが、嫌でも伝わってくる。

 

「レイヤにとってRASって何?」

「自分が自分らしく在れる場所、かな。だからこそメンバー全員が本気でぶつかり合える。私以外のメンバーもそう感じてると思うよ」

「確かに。ますきも似たようなこと言ってたな」

 

 まったく、随分いい話が聞けたものだ。

 

「なんだか、こっちから一方的に語っちゃったね。私がレン君のことを知りたいって思って声を掛けたのに・・・」

「大丈夫だよ。俺もレイヤのことを知りたいと思ってたからな」

「それならよかった。やっぱり今井さんの弟なだけあって、聞き上手というか、すっごく話しやすかったんだよね」

「うん。だってそう仕向けたんだもん」

「えっ?」

 

 俺はそう言いながら、「録音アプリを停止させた」。画面には録音完了の文字が浮かんでおり、俺はそれをレイヤに見せた。

 

「これって・・・」

「俺は取材をする時にこだわりがあってな。取材をする時は「取材らしくしない」ようにしているんだ。形式じみた質問なんて論外。自然体で聞いた方が相手も自然体で返してくれるし、聞いてないことでも勝手に喋ってくれる」

「え?でもこれ、取材じゃないよね?話しかけたのは私からだし・・・」

「確かにこれは取材じゃないけど、RASの記事を書いて欲しいってリクエストは多かったんだ。いずれチュチュに話をつけようと思ってた案件だったし、せっかくだから仲良くなるついでに面白い話を聞けたらなって思ったんだ。結果は大成功」

「すごいや。気付かないまま完全に乗せられた・・・」

「あ、でも完全に無許可で聞いた話だし、録音だってそっちが嫌なら消すぞ」

「いや、それなら遠慮なく使ってよ。花咲川の子たちに私たちを知ってもらうチャンスにもなるからね」

「やったぜ☆」

 

 さて、ここまでいい話が聞けた以上、RASへの取材も本腰を入れて考えていく必要が出てきた。

 どんな記事にしよう?今日の会話を活かすならレイヤをメインに構成を練っていけばいいものが書けるかもしれない。

『RAISE A SUIRENボーカルの素顔に迫る! ~RASのみんながいるから~』

 ・・・うん。我ながら良いタイトルだ。

 

「じゃあレン君、そろそろお店を出ようか。これ以上長居しちゃうのも悪いし」

「そうだな。あ、さっきご馳走になったカフェラテいくらだった?流石にその分は俺が出すよ」

「え?カフェラテ代だけ?ついでに私が食べてたパンケーキの分も払って欲しいんだけど」

「はぁ?なんで俺がそこまで—」

「取材料金♡」

「・・・・・・ホントいい性格してるよ。お前」

 

 本人は冗談のつもりだったらしいが、無許可で会話を録音した負い目はあったし、かなりいい話を聞けたのは事実だったので、会計時には俺がレイヤの分までしっかりと払った。

 

 

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 家に帰った後、「やっぱり情報に目が眩んで会話を録音したのは失礼すぎたか。これからレイヤといい関係を築きにくくなることをしてしまったのではなかろうか」とちょっとした不安を掛けていた頃、レイヤから画像と共にチャットが届いた。

 

『何日か前に撮ったものなんだけど、これ、ソファで居眠りしちゃったチュチュの寝顔の写真。送ったこと、本人には内緒だよ?』

 

 ・・・いい関係、割と築きやすいかもしれない。

 




 対戦、ありがとうございました。

・「読みにくい」「良かった」などの感想、意見
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32.若宮イヴから手紙で屋上に呼ばれるシチュ(上)


 リクエストのイヴちゃん書こうと思ったら文字数えげつなくなったので分けました。(下)は明日にでも投稿します。

 しかも今回、結構ふざけました。文章書く時は「読者様が読んでて楽しいように」と意識しますが、今回は「自分さえ楽しければいい」と思って書きました。
 まぁ、再三言ってはいますが、作者の自己満足で書いてますからね。この作品。


 

「あのっ、レンさん。これ、受け取ってください!」

 

 いつもより少し早めに教室にたどり着いて一限の準備をしていた頃、そわそわした様子で教室に入ってきたイヴから封筒を手渡された。

 イヴの両手で丁寧に差し出された封筒は白く、封の部分にはハート形の可愛らしいシールが貼られている。

 

「それでは、また!」

 

 戸惑いつつもその封筒を受け取ると、イヴは緊張交じりの真剣な表情のまま、教室から走り去ってしまった。

 突然のことで俺も頭が上手く回らず、教室内の注目を集めているにも関わらず、ただ茫然と封筒を片手に立っていることしか出来なかった。

 

「ちょっとちょっとレンさん。朝から随分おアツいところ見せてくれるじゃんか」

「あぁ、美咲。おはよう」

「はい、おはよ。それで、さっきの現場はどうゆうこと?あの空気感のせいで教室入るのかなり渋ったんだけど」

「えっと・・・ごめん?」

「いや、これに関してはあんたに非は無いんだけどさ」

 

 教室に入ってきた美咲は挨拶を交わした後、鞄を机に置いてそのままこっちへ話しかけてくる。いつもならそのまま他愛もない雑談タイムなのだが、今回はそうもいかない。

 

「で、その手紙、もしかしなくてもアレだよね?」

「だよな。ひと昔前の人たちが「恋文」と呼んでたアレ・・・」

「いやー、でも若宮さんがかぁ。レン、何かしたの?」

「いや、してないと思うけど」

「どうだか。レンって人たらしなところあるじゃん?リサ先輩と一緒でさ。あんたのこと気に入ってるって人は多いし、それで若宮さんがそのまま好きになっちゃったり・・・」

「えぇ・・・。そんなことある?」

 

 そりゃあイヴとは同期だし仲良くやってはいるが、こんなものを渡される程のことをしたかと言われると、やっぱりそうは思えない。それに・・・

 

「そもそもイヴはアイドルだし、告白を受けたとしてもいい返事をしちゃいけないんだよな・・・」

「え、断るの?もったいない。相手は若宮さんだよ?」

「俺だってあんな可愛い子フりたくないよ。でも仕方ないだろ。・・・でも、どうしようかちょっとだけ悩んでる部分も、無い訳じゃないんだよな・・・」

「贅沢な悩みにも程があるでしょ。なんだかんだこの状況自体は嬉しそうじゃん?」

「まぁな」

「いやー、世の男子はみんな羨ましがると思うよコレ。レンさんってばモテモテ」

「・・・おい美咲。今のもう一回言ってみろ」

「え?」

「ほら、さっきの」

「レンさんってば・・・モテモテ?」

「まぁな☆」

「腹立つわぁ」

 

 俺がウインクをしながら答えると、美咲は笑いながら返してくれた。

 考えることは色々あるが、嬉しいのは事実だ。今ぐらいは調子に乗って舞い上がってもいいだろう。

 

「それで、封筒の中身はなんて書いてあるの?ここまで来ると気になるんだけど」

「確かに俺も気になってた。でも、美咲に見せてもいいのかな?」

「これだけの人に見られながら渡したんだし、今更でしょ」

「それもそうか。よし、じゃあ見てみよう・・・お、良い手触り」

 

 ハート形のシール剥がし、封筒の中身を取り出すと、丁寧に蛇腹で折り畳まれた手紙。平静を装い、俺は意を決して手紙を広げた。

 

「・・・」

「・・・」

 

 両者、沈黙。

 

「あの、美咲」

「うん」

「『果たし状』って書いてあんだけど・・・」

 

 

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果たし状

 

 略啓 今井レン殿

 

 本日、貴方に決闘を申し込みます。

 放課後、屋上にて貴方を待ちます故、逃げぬよう、お覚悟を決められてから臨まれるように。誠に手前勝手な申し出とは存じますが、何卒ご容赦を。

 ご自愛専一にて精励くださいますよう、お願い申し上げます。

 

 草々 若宮イヴ

 

 

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 上等な毛筆で書かれたであろうソレは、蛇腹折りで畳まれた紙に良く似合っていた。やけに手触りが良かったこの紙も、よく見たら和紙だ。・・・なるほど、随分手の込んだイタズラじゃあないか。

 言いたいことは山ほどあるが、取り敢えず今言えることは

 

「いや、果たし状に『略啓』と『草々』使うなよ・・・」

「うわ。若宮さんすごい達筆。ただでさえ筆で書くのって難しいのに」

「しかも見てくれよこの最後の文。果たし状なのにご自愛専一にて精励くださいますようお願い申し上げちゃダメだろ。もう性格出ちゃってるもん。ホントは良い奴なのバレバレじゃん」

「あたしのイメージだと果たし状ってもっと高圧的な感じじゃなかったっけ?少なくともここまで丁寧ではなかったような」

「なに冨岡義勇みたいな手紙の書き方してんだよアイツ・・・」

 

 まぁでも、ツッコんでたら少し冷静になってきた。それにしても決闘ときたか・・・

 

「行かなくてもいいかな?」

「いや行きなよ。流石に可哀想だって」

「可哀想だと!?だったらラブレターだと思ってた手紙が果たし状だった俺の気持ちはどうなるんだよ!」

「うん。まぁ見事なまでに上げて落とされてたけどさ。もし行かなかったら若宮さん、ずっと来ないあんたを待つことになるんだよ?」

「まぁ、そうだよな・・・」

 

 果たし状にツッコミどころが多くて気にするのを忘れてたが、結局手紙はラブレターでも何でもなかったんだよな。

 「なんだかんだ俺ってモテてたのか」という幻想も砕けた。

 別に気にしてはない。何とも思っていない。思ってはいないが、テンションが著しく低下しているのは確かだ。

 

「美咲」

「んー?」

「泣いていい?」

「まぁ、それぐらいならいいと思うよ。盾になってあんたの泣き顔をクラスのみんなから隠すぐらいはしてあげる」

「ありがとな。まぁ、本当に泣き叫んだりはしないけど・・・うん。でも凹むわ・・・」

「お昼、コーヒー奢るよ」

「うん。なんかもう、ホントごめんな」

 

 俺は美咲の優しさに触れながら、手紙を封筒にしまったのだった。

 それはそれとして紛らわしい渡し方をしたことは許さん。

 

 

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 放課後、屋上へ行くと彼女はそこに立っていた。髪型もいつものイヴ編みではなく、無造作に後ろで括っているだけだ。

 

「レンさん。遅かったですね」

「終礼終わってから直で来たのになんでお前の方が早いんだよ・・・」

 

 しかしイヴの表情は真剣そのもの。あの髪型も剣道部の時にしているものだ。・・・本気で俺とやり合うつもりらしい。

 でもそれは聞くことを聞いてからだ。

 

「なんで俺と決闘を?」

「理由ですか。確かに知らせてはいませんでしたね」

「あぁ。申し込まれてここに来た以上、知る権利はあるはずだ」

「単純です。あなたにお願いがあるからです」

「お願い?」

「はい。私は大好きな人や仲良くなったお友達にはハグをするのは知っていますよね」

 

 それは、最早言うまでもないことだろう。

 

「だと言うのにレンさん。あなたという人は・・・!」

 

 わなわなとイヴが震える。そして堰を切ったようにイヴは言い放った。

 

「私と全然ハグをしてくれないじゃないですか!!」

「当たり前だろ。自分の立場わかってんのかお前!!」

 

 イヴとは仲良くしているし、ハグを要求してきたことはあったが、流石にアイドルにそんなことをするわけにもいかなかったから俺はずっとやんわり断ってきたのだ。バリバリ人前で「ハグハグ~!」とか言ってくるもんだから俺も困っていたのだが。

 

「確かに私はアイドルです。それはゆるぎない事実です。でもアイドルである前に私はレンさんのお友達です!」

「違うんだよ。友達である前にアイドルなんだよ!」

「むぅ~~~ッ!!」

 

 いくら頬っぺたを膨らませて可愛く抗議したって無理なものは無理だ。

 

「私はこんなにもレンさんが大好きなのに、レンさんは私のことが嫌いなんですか?」

「そんなこと言ってないだろ。ちゃんと大事だと思ってる」

「お互い好きならいいじゃないですか!どうして私を抱いてくれないんですか!」

「いや言い方ァ!!」

 

 イヴのやつ、思ったより困った状態かもしれない。

 

「イヴ、出来ることなら俺だって抱き返してあげたいよ。でも何度も言うけどお前はアイドルじゃないか。だからもう、やめてもらうしかないんだよ」

「・・・この私に、アイドルを辞めろと?」

「いやハグの方をやめろよ。なんでそうなる」

 

 お互いにため息がこぼれる。どちらかが折れるという道は無い。イヴは俺をまっすぐに見据える。

 

「埒が明きませんね」

「こっちのセリフだよ」

「ですが、こうなることは分かってました。だから決闘なのです」

「・・・なるほど。話が見えてきたぞ。つまりこの押し問答の決着を決闘で無理矢理決めようって腹だな?」

「はい。もし私が勝てばレンさんを抱きます」

「あのさ。取り敢えず「抱く」って言い方やめろって。ホント危ないからな?・・・それで、勝負方法はなんだよ?流石に友達と殴り合い・・・とかだったら嫌なんだけど」

 

 そう聞くと、イヴは2本のウレタン棒を取り出し、そのうちの1本を投げ渡してきた。

 

「内容は単純です。先に相手へ一発当てた方が勝ち。いかにも決闘らしいでしょう?」

「なるほど。取り敢えず武器がウレタン棒で安心したよ。お前なら竹刀とか持ち出しかねないし」

「持っていこうとしたら剣道部の顧問の先生に止められました。「決闘する」なんて理由での持ち出しは許可できないと」

「持ち出そうとはしたのかよ・・・」

「それと「勝負内容が本格的すぎると決闘罪が成立して法の裁きが下り、シャレにならないので本当に気を付けるように」と釘を刺され、コレに落ち着きました」

「ナイスです。顧問の先生」

「ですがこのウレタン棒もかなり硬い作りをしています。当たっても「痛い」で済みますが・・・本当に痛いですよ」

 

 正直、向こうが剣道経験者な時点でこちらが不利な気もするが、女子を相手にこれ以上文句を言うのも良くないだろう。

 ・・・いい加減、覚悟も決まった。

 

「わかったよイヴ。いいよ。殺ろう」

「・・・はい」

 

 俺の殺気を読み取ってか、イヴの表情にも緊張が走る。

 誰が言い出すでもなく、俺たちは屋上の中央で睨み合う。

 

「・・・」

「・・・」

 

 若宮イヴは剣道経験者だ。素人の俺ではまともに打ち合っても、まず勝てない。長期戦や鍔迫り合いになった瞬間、俺の首はヤツの剣閃に飛ぶだろう。

 この勝負、始まった直後の一瞬一撃で殺るか、一瞬一撃で殺られるかのどちらかだ。故に守りなどという甘い考えは早々に棄てる。

 例え相打ちになろうと、俺の刃が先に相手へ届けばこちらの勝ちだ。

 

ヤツと同じ土俵には、なんとしてでも立たない。

 

「!その構えは・・・」

「『牙突(がとつ)』って言うんだぜ」

 

 だから俺は、イヴのような中段の構えを取らない。俺はビリヤードのキューを構えるようにウレタン棒を水平に持ち、刀身にもう片方の手を添え、狙いを定める。

 イヴが使う剣道のスタンダードな中段の構えは、剣を持ち上げて相手の頭へ振り下ろすまでの僅かなラグが発生する。

 対して俺の構えは片手一本の突き技を前提としているため、最短ルートで相手の額を狙うことができる。

 ヤツがウレタン棒を振り下ろす前に、最速で俺の一撃を当てる、完全な瞬発力頼みの戦法。ただでさえ負け筋が多すぎるこの勝負で、俺に残された勝ち筋は、これ以外に無い。

 殺す気でやらなければ、負けるのはこっちだ。

 

「「・・・」」

 

 吹き抜ける風の音と、2人分の呼吸の音だけが、その場の静寂に在る。

 

 

 スゥ・・・

 

 心音が加速する。

 

 ハァ・・・

 

 汗が滴る。

 

 スゥ・・・

 

 そして

 

「「フゥ・・・ッ!」」

 

 踏み込みは同時。自らに内包した殺気を隠すこともせず、俺たちは敵へ刃を振るう。

 離れていた間合いを一気に詰め、一閃。

 

「面ッ!!」

「セアアアァァァ!!!」

 

 パアァァーン!!

 

 一瞬一撃。

 

 踏み込みから1秒も掛からぬ刹那、鮮烈な破裂音と共に、俺たちの決闘は勝敗を決した。

 





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・「この話が一番好き」などの感想
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33.部屋で若宮イヴとギュ~♡ってするシチュ(下)

 ようやく胸を張って言えます。リクエストのイヴちゃん回です。

 びっくりしましたよ。私、文字数の目安は少なくても3000文字、多くても5000文字ぐらいを目標としているのですが、今回のイヴ編の文字数(上)と(下)を合わせるとなんと8000字強。
 やっぱ分けて正解やったかなと。


「ここが俺の部屋だ。入ってくれ」

「はい。お邪魔しますね!」

 

 このタイトルと状況を見れば言うまでも無いが、素人の俺はやはり剣の勝負で勝ち星を挙げられる筈もなく、決闘はイヴの勝利となった。

 イヴの渾身の一撃は見事に俺の脳天を撃ち抜き、俺の突き技はイヴの額を穿つことなく、ただ頬を少し掠るだけに終わった。

 決着の後、息を整えながら「さぁ、約束は守ってもらいます」と詰め寄るイヴに対し、流石に学園内であの約束内容を果たす訳にもいかず、俺は尻餅をつきながら「場所だけ・・・変えさせてくれ・・・」と懇願することしか出来ず、今に至る訳だ。

 

「ほら、レンさんも早くベッドに座りましょう。さぁ!」

「いや、別にいいけど、ここ俺の部屋だからな?」

 

 隣の場所を叩くイヴに誘導され、俺はイヴの傍に座る。

 

「・・・少し、ドキドキしますね」

「おいイヴ、なんでお前が赤くなってるんだよ。言い出したのはそっちだろ」

「そうなのですが、改めてレンさんが男性だと意識すると緊張してしまうというか。・・・私たち、今から本当にハグ・・・しちゃうんですよね?」

「やめろ。初夜みたいな雰囲気を出すな。ちょっとウルウルした瞳でこっちを見るな」

 

 まずい。イヴがいつもより綺麗に見える。外の時間帯も影響してか、部屋は少し薄暗い。そう言えば「暗いとお互いの顔が魅力的に見えやすい」って花音先輩が言ってたっけ。

 ベッドの上に座って向き合ってみると、イヴの魅力がさらに伝わってくる。

 

「レンさん・・・ギュって、したいです」

「分かってる。約束は約束だ。決闘に負けたのは俺だし・・・ほら、おいで」

「では、失礼します」

 

 俺が手を広げると、イヴは俺の首の後ろへ手を回す。いつも友達とやってるみたいにがっついては来ない。体をホールドされて、顔だけが近づく。今までイヴとは仲良くしてきたが、ここまで至近距離で見つめ合ったのは初めてだ。

 イヴ・・・まつ毛、長いなぁ。

 

「レンさん、これって、まだハグじゃないですよね?」

「まぁ、抱き合ってるとは言えないけど。続きはしないのか?」

「恥ずかしぃ・・・」

 

 どうしよう。ますます初夜みたいな雰囲気になってる。大丈夫だろうか?ただでさえこの状況、この前ドラマで見たキスシーンに近いんだけど・・・。イヴも俺の首から手を放して赤くなった顔を両手で隠している。

 流石にこれ以上ともなるとイヴには酷だろう。そもそも同年代の男とハグをしたこともないのかもしれない。

 ・・・仕方ないか。ちょっとは俺からも動こう。

 

「イヴ」

「なんでしょう?」

「それっ」

「わぁっ!」

 

 照れる隙も与えず、俺はイヴの制服の裾を引き寄せ、倒れ込むイヴを抱きとめる。

 イヴの柔らかな体躯が俺の体に収まり、程よく膨らんだイヴの乳房が俺の胸板に押し当てられる。

 

「・・・」

「あの、イヴ?大丈夫か?」

「はい。その、レンさんも、男の子なんだなぁ・・・と」

「・・・そうか」

 

 突然の抱擁からの慌てようも落ち着き、イヴは俺を抱き返してきた。緊張していた割に、いざハグをしてみると気が緩んだのか、今は俺の肩に体重の一部を預けている。

 

「不思議ですね。ドキドキするのに、なんだか心がポカポカして、すごく安心します」

「満足した?」

「いえ、今までずっとしてこなかったんですから、その分はこの状態でいたいです。・・・ダメですか?」

「別にいいよ。人前じゃないし、誰も見てないし。今ぐらいは好きにしてくれ」

 

 実際この部屋で麻弥さんの読み合わせに付き合った時なんて頬にキスまでしてるし、個人的には今更な感じだってあるのだ。

 まぁ、ハグや言葉攻めだけであの落ち着きのある大人な麻弥さんを照れさせるなんて出来る訳ないし、出来たとしてもちょっと驚く程度で終わるだろうし、あの時はあんなことでもしないと麻弥さんを照れさせることはできなかったと思うと、仕方なかった部分は多いが・・・。

 

「レンさん」

「何?」

「もっとギュってしてください♡」

「・・・甘えんぼさんめ」

 

 俺は抱き締める力を強める。イヴも抱き返すことに遠慮が無くなっていることがわかる。

 ・・・ちょっと楽しくなってきた。

 

「ハグハグ~!」

「ちょっ、やめろ。頬ずりまで追加するなって!猫かお前は!」

「ふふっ、ちょっと大きい甘えんぼ猫さんです!」

「だったらお望み通り甘やかしてやるよ。一生分撫でまわしてやるから覚悟しろ!」

「ひゃあ~~っ!!」

 

 訂正、ちょっとじゃない。かなり楽しい。

 

「レンさ~ん!」

「うおっ!お前、押し倒すのは反則―」

「てーい♡」

「ごふっ!」

 

 後半はもはやハグとかですらなくなっていった。押し倒して腹部にダイブまでされた時点で少し前までの気恥ずかしさは見る影も無くなり、俺は巨大な猫と遅くまでじゃれ合いながら過ごしたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 外は完全に暗くなった頃、どちらが言い出すでもなく、お互いに疲れた表情でベッドから立ち上がった。

 大人げないはしゃぎ方をしたせいか、体力もあまり残っていない。

 

「レンさん、ハグしましょう」

「お前、まだ言うのか?」

「いえ、今回はさっきのものとは違います」

「違う?」

「はい。さっきのハグは恥ずかしかったり楽しすぎたりしたので。あと、座りながらのハグもやり辛かったですし・・・」

「それじゃ、ダメだったのか?」

「あれはあれでいいのですが、私が一番求めているものではありません。そもそも私が仲良くなった人にハグをする理由は感謝や親愛を伝えたいからです」

「じゃあ、イヴが決闘を申し込んでまでハグをしたがったのって・・・」

「はい。レンさんにだけ私の気持ちを伝えられていないのがどうしてもイヤで・・・」

「イヴ・・・」

「はい。だからレンさん」

 

 俺に呼びかけ、イヴは両腕を広げる。

 

「親愛のハグです」

「ホント優しいのな。お前」

 

 俺は吸い寄せられるようにイヴの親愛を受け入れた。

 

「レンさん」

「何?」

「大好きです!」

「ありがと」

 

 イヴがハグをしたがった気持ちが、今なら少しだけわかる。こうして触れ合っているからこそ伝わってくる気持ちだってあるのだ。イヴの素直過ぎる言葉も、今なら照れずに正面から受け止められる。

 そろそろ離れてもいい気がするが、出来ることならもう少しこのまま・・・

 

 ガチャリ・・・

 

 そんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。

 そう言えばこの時間って、そろそろ練習終わりの姉さんが帰ってくる時間だったような・・・

 

「レンー、今日の晩ご飯なんだけ・・・ど・・・さ・・・」

 

 うん。姉さんも可哀想だと思う。晩飯の相談しに来たら弟が同級生と抱き合ってるんだから。

 

「待って!ごめん、申し訳ない!今のはアタシが悪かった!あの、マジごめん!」

「いや姉さん、誤解だ。頼むから落ち着いて—」

 

 バタンッ!

 

 よほど焦っていたのか、俺の弁明は姉さんの耳に届くことなく、部屋の扉が閉められた。

 

「どうしよう」

「・・・?」

 

 俺の気も知らず、事態をうまく理解してないイヴは俺の顔をみつめながらキョトンと首をかしげていた。

 なに可愛いことしてやがるんだコイツ。

 

 

 ちなみに姉さんの誤解は後ですぐに解けた。なんならそのままイヴも一緒に今井家で夕飯を済ますことになった。

 ・・・筑前煮、美味しかったなぁ。

 

 

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【後日談1】

 

 新聞部の作業中、紗夜さんが訪ねてきた。

 

「すいませんレンさん、生徒会からの連絡事項の件ですが、記事に反映できそうでしょうか?」

「はい。それなら問題なさそうです。あ、そうだ。見てくださいよ。この写真」

「これは・・・レンさんに若宮さん?もしかしてこれ、『今井×若宮 果たし状事件』の?」

「アレ、そんな呼ばれ方してんのかよ・・・。」

 

 俺が見せたのは屋上で俺の突き技を正面から迎え撃っているイヴの写真。

 実はあの時、イヴは俺たちが同時に相手へのクリーンヒットをした時の場合にビデオ判定ができるよう、俺たちのすぐ横でスマホの動画を撮っていたらしいのだ。そしてそれの画質がとてつもなく良く、こうして動画のデータを貰った後、一番見栄えが良いシーンをそのまま写真にしたのだ。

 

「もしかして、自分で記事にするんですか?あの事件」

「噂に変な尾びれがついても困りますからね。そうなる前に自分で」

 

 それに深く追求されてハグ云々の話が漏れても困る。その辺りにたどり着かないように嘘を交えて報道した方が良いと判断した。

 

「それで、この写真に龍と虎のオーラを足したのがこれです。記事の見出しがこれなら映えると思いません?」

「いや、ダメでしょうレンさん、全校生徒が見る真面目な記事にこんな・・・!こんな・・・」

 

 紗夜さん、批判しようとしたのを止め、熟考。

 

「・・・背景に炎とか追加できますか?」

「あ、それ採用で!」

「折角ですからもう少し屋上感を消したいですね。屋上の柵と青空が気になります」

「取り敢えずこの青空、雷雲にでもしときます?」

「そうなると、またバランスを考えないと—」

 

 俺と一緒になってふざけだした紗夜さんとのコラ画像作成はかなり楽しい時間になった。

 

 

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【後日談2】花咲川で昼食を囲む彩、千聖、イヴ

 

「イヴちゃん、そう言えば聞いたよ。レン君と決闘したんだって?」

「ああ、そう言えば3年まで噂が届いてたわね。イヴちゃん、念のため聞くけど、危ないこととかしてないわよね?」

「はい。確かに果たし状を送った後はお互いに叩きのめし合いましたが、凶器はウレタン棒でしたので、怪我などは特に」

「それならよかったわ。傷つけあって仲違いなんてしてたら大変だもの」

「そんなことありません!寧ろ戦いを経たことによって、レンさんとは更に仲良くなれた気がします!」

「仲良く?イヴちゃん、その後レン君と何かしたの?ラーメンでも食べに行った?」

 

 そう聞いてお茶を飲む彩、箸でおかずを口に運ぶ千聖に向かい、イヴは満面の笑みを浮かべ、胸を張って言い放った。

 

「はい!レンさんを抱きました!」

 

「ブフォッ!!」(後輩の爆弾発言で飲んでたお茶を思いっきり噴き出す丸山)

「えっ・・・?」(おかずを箸ごと落とした挙句、開いた口が塞がらない白鷺)

 

「?」(またしても何も理解っていない若宮)

 

 2人から「抱く」の別の意味を教えられて赤面するまであと3分。

 




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34.今井リサと湊友希那を揉みほぐすシチュ

 【リクエストは答えるべきか?】のアンケート、9割以上の方が「好きにしろ」って意見だったので一回好きに書いてみました。
 書きすぎやとは思うんですが、主人公の設定上、リサ姉と友希那さんがやっぱり書きやすいんですよね。まぁ、リクエスト以外の話が久しぶりで、かえって感覚掴めなくて大変でしたが。取り敢えず自己満足でサクッと書いてみました。

 アンケートはまた別のものを貼りました。よかったら答えてください。


 休日の夕べ、特に部活に行くこともなく、学業の課題を済ませていた頃に姉さんから『今日かなり遅くなる。夕食はこっちで済ますからそっちも適当にやっといて』と連絡が入った。

 夕食を済ますように言われるのは珍しくないが、「遅くなる」ではなく「かなり遅くなる」か。それにメッセージが普段より無機質に感じる。普段ならもう少しご機嫌な文面に「☆」だの「♡」だの「♪」だのが語尾にくっついていたりするのだが・・・。

 

「何かあったのか・・・?」

 

 

 そして簡単に夕食を済ませた後に玄関で靴を並べていると、ちょうど今井家の扉が開かれた。

 

「あ、おかえり姉さん。遅かっ、た・・・な・・・?」

 

 しかし、帰ってきたのはやつれ切った顔でお互いの肩を貸し合って入ってくる姉と幼馴染だった。

 表情は死に、目は虚ろになり、足取りはおぼつかず、心なしか髪も乱れている気がする。満身創痍であることは一目でわかった。

 

「おい!大丈夫か!?何があった!?何だよコレ!誰にやられた!?」

 

 大声で呼びかけているにも関わらず、2人はこちらに見向きもせず玄関を歩く。そして靴も脱がずに姉さんはたった一言。

 

「ぴー、ぶい・・・」(ガクッ)

「姉上ええええぇぇぇぇ!!!!」

 

 それだけを言い残し、姉さんは友希那さん諸共そのまま玄関口へ倒れ込んだ。

 ・・・背に背負ったベースケースを上手く庇いながら。いや、どんなバンドマン根性してんだよ。この女。

 

 

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「それで、その音楽事務所のPV撮影があまりにも長引き過ぎた結果、一人残らず力尽きてこのザマって訳か」

「うん。まぁ、そんなところ」

 

 リビングのソファでうつ伏せになった友希那さんの体をマッサージしながら、俺は座布団を並べただけの簡易ベッドで力尽きてる姉さんに訳を聞いた。

 簡単に言うとPVの撮影で撮り直しをしまくったらしい。誰かがヘマをしたとかではなく、Roseliaメンバーを含む現場の全員がひたすら妥協を許さず、限界まで高いクオリティを同日中に追い求め続けた結果として予定の終了時間を遥かにオーバーしたのだそうだ。

 まったく、いくら何でも無理をし過ぎだ。姉さんはまだ体力がある方だからマシだが、問題は・・・

 

「ゔっ・・・!」

「あ、ごめん」

「レン。もうちょっと優しくしてあげて。友希那痛がってる」

「いや、それは分かってるけど大丈夫なのか?さっきから全然喋ってないぞこの人。帰ってきてからの第一声が「ゔっ!」って」

「まぁ、ただでさえ体力無いからね。スタジオにいた時はアドレナリンもドバドバで平気だったんだけど、終わったらこんな調子でさ。喋る気力も尽きてるんじゃない?」

「そうゆう姉さんもさっきから全然動けてないけど・・・」

「そうだね~。もう足腰立たん☆」

「うん、もうマジでお疲れ。友希那さんのマッサージが終わったらすぐ姉さんの分もやるからな」

「おーう・・・」

 

 姉さんはうつ伏せの体勢を一切変えることなく、ただ力なく右手をひらひら振って答える。

 それにしても友希那さんの体の状態が酷い。肩も背中もバキバキだし。

 

「ふくらはぎの張り方なんか凄いことになってるぞ。マラソンでも走ったのか?」

「どうだろ。冬のマラソンの方が良心的なんじゃないかな?」

「まったく・・・。友希那さん、ちょっと強めに押すぞ。・・・それっ」

「ゔあぁっ・・・!」

「ねぇレン?もうちょっと緩くできないの?アタシ友希那のこんな声聞きたくないよ・・・」

「俺だって歌姫の呻き声なんて聞きたくないよ・・・」

 

 そして俺はしばらく、普段は凛とした声のはずの幼馴染からゾンビのような声を聞き続けることになった。

 

 

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 友希那さんのマッサージも無事に終わり、俺はそのまま姉さんの背中をグリグリしている訳だが、いい加減親指が死にそうだ。さすがに2人連続はキツかったか・・・?

 

「レン、大丈夫?ちょっと辛そうじゃない?」

「どの口で言ってやがる。あんたが一番キツそうだろうが」

「いや、一番は友希那でしょ。キツそうだからマッサージの順番譲ったんだし」

「キツそうじゃなくても姉さんは友希那さんファーストな気がするけど。まぁ、そっちなら大丈夫だろ。ほぼ全身マッサージしたし」

 

 親指で友希那さんを指すと、友希那さんの声が微かに聞こえた。

 

「ミケ・・・タマ・・・マカロン・・・すあま・・・」(チーン)

「ちょっと、大丈夫じゃないかも・・・」

「いやダメじゃん。心失っちゃってるじゃん。年頃の女子高生がうつ伏せでソファに転がされてる上に虚ろな目で虚空見つめてる絵面はもうアウトだよ。絶対に今ネコの幻影見てるよアレ・・・」

「アレでも血の巡りはよくなってる筈だ。そろそろ眠りにつくと思う」

「その眠り、「永遠に」って意味じゃないことを祈るよ」

「友希那さんの心配もいいけど、姉さんの体もかなり悲鳴上げてるんだからな?特にこの辺りとかな・・・それっ」

「痛っ!ちょっ!待あぁっ・・・!おおっ、鬼かあんたは!」

 

 やっぱり肩回りの凝りは友希那さんより酷い。何時間ベースを引っさげていたのだろう。アレ、結構重たかった気がするのだが。しかもこの状態で帰り道も友希那さんに肩を貸し続けたのだと思うと・・・湿布、家の分で足りるだろうか?

 

「ありがとね。今日はレンが家に居てくれて助かったよ」

「まったくだ。俺が居なかったらどうする気だったんだよ」

「どうするも何も。こんな状態じゃ友希那と一緒に玄関で一泊しか無いでしょ。今日は父さんも母さんも居ないんだし」

「ばか」

 

 ヘラヘラ笑って軽く言ってくれてるが、身内がそれを聞いて何も感じないとでも思っているのだろうか?最近はマシになってきたと思っていたが、やっぱりこの人は他人のことばかりで自分に気を遣わない節がある。

 

「本当に大丈夫なのかよ。音楽事務所に所属してからというもの、ずっと忙しそうじゃないか。これからPV撮る度にこんな状態で帰ってくるんだったら嫌だぞ」

「むぅ。今回は色々慣れてなかっただけだもん。事前にどれだけ打ち合わせしてもいざ撮ってみると「違うな」ってことは多いし、撮影中にもっといい見せ方が出たりするし、現場の全員が意見を出し合ってる以上は仕方ないよ。次はもっと上手くやれるから大丈夫。もうレンに迷惑もかけないからさ」

「・・・そうゆうことを言ってるんじゃないんだけど」

「何?」

「なんでもない」

「ふーん?」

 

 相変わらず気にも留めてない態度・・・。

 

「てっきり心配でもしてくれてるのかと思った」

「心配だって言ったらあんたは休むのかよ。数少ないオフにすらバイトのシフト入れてるくせに」

「バイトは楽しいからいいの。音楽は当然大事だけど、音楽以外のことだって、アタシの中にある大事モノだからさ」

「・・・その「大事なモノ」の中に、俺の心配は無いのかよ」

「レン?」

「そもそも俺に迷惑かけないとか、そんな寂しいこと言うなよ」

「それは・・・ごめんなさい?」

「迷惑ぐらいかけろよな。俺は弟だぞ」

 

 姉の背中を親指で押しながら、つい本音を言ってしまう。分かっている。こんなことが言えてしまうのは、姉がこの状態から動けないと分かってるからだ。とても正面切って目と目を合わせながら言えるものじゃない。

 そもそも俺、内心ではこんなこと思ってたのか。事務所への所属が決まったことを聞いた時は普通に応援の感情しか無かった筈なのに。

 

「今の姉さんが活き活きしてるのは分かってる。傍から見てる俺でも幸せそうだって思う。辛いことなんて無いのかもしれない。でも、姉さんが危なっかしいのは嫌だ」

「レン・・・」

「身内が倒れる瞬間って、ホント心臓に悪いんだからな」

「・・・」

「ちょっとぐらい元気に帰って来いよ。バカ姉貴」

 

 そう言った頃に姉さんの全身マッサージも終わり、俺は姉さんから離れた。そしてそのまま湿布を取りに行くべく立ち上がろうとした時、姉さんに袖を掴まれた。

 

「まったく。好き勝手言ってくれちゃってさ・・・」

「おい。まだ寝とけって」

「うっさいな。アタシはお姉ちゃんだぞ。いいからアタシの隣に座る!」

「なんだよいきなり」

 

 そして姉さんの隣に座ると、疲れ切ってるにも関わらず、優しい笑顔で俺の頭を撫で始めた。

 

「お姉ちゃんの「大事なモノ」の中に、弟が入ってない訳ないでしょ。レンのおたんこなす」

「うるさいな・・・」

「でも今日は心配かけ過ぎたかな。ちょっと無神経なこと口走ってたし。だからその点は、ごめんなさい」

「姉さんは謝らなくていいだろ。俺が勝手なこと言っただけだし」

 

 ダメだ。もっと色々と言いたいことがあるのに、こうして頭を撫でられると何も言えなくなってしまう。

 

「ねぇ、レン。じゃあこうしよう」

「何?」

「アタシ今は辛くないけど、やっぱりメジャーの世界だから、そのうち辛くなっちゃうこともあると思うんだ」

「そうか」

「だからさ。その時はまた今日みたいにいっぱい迷惑かけることにする。体が痛くなったらマッサージしてもらうし、寂しくなったら構って欲しいし、泣きたくなったら・・・そっと抱き締めて欲しい」

「姉さん・・・」

「お姉ちゃん失格かも知れないけど、いいよね?迷惑ぐらいかけて欲しいんでしょ?」

「・・・言ったからには、ちゃんとそうしてもらうからな」

「分かってるって。弟相手に取り繕っても仕方ないもん。約束する」

 

 俺の前でぐらい姉という体裁を保ちたいのか、姉さんは基本的に俺に頼ったり甘えたりはしないのだが、姉さんも色々変わったのだろうか。

 

「アタシのこと、ちゃんと甘やかすんだぞ?」

「頭撫でながら言うなよ。なんなら今の流れだと俺が撫でるべきなんじゃないのかよ」

「うるさい。アタシはお姉ちゃんだぞ?」

「約束、する気あるのか?」

「うん。頼りにしてる」

「・・・!」

「好きだぞ」

「ばか・・・」

 

 その後、姉さんはしばらく俺の頭を撫でた後、そのまま俺の膝枕に頭を預けて力尽きた。

 

 Roseliaのメジャーデビューによってただでさえ遠い存在だった姉が更に遠い存在のように思えたりもしたが、そんな姉に「頼りにしてる」とまで言われたのは、なんだか姉に認めてもらえたような気がして嬉しかった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「リサは、寝ちゃったの?」

「あぁ、友希那さん。起こしたか?」

「別に。少し寝て体力が戻っただけ。また眠くなったら寝るわ。体も痛いし」

「そっか」

「あと湿布、貼ってくれてありがとう」

「それ貼ったの姉さんだよ。俺が友希那さんの服まくるのはマズいから最後の力振り絞ってもらったよ」

「別にあなたが勝手にやってくれて良かったのに。どうせ服の中なんて色気の無いキャミソールなんだし」

「見せるな見せるな。いくら腹の部分とは言え男に自分の下着を見せるんじゃない」

「今更気にしないわよ。胸でもないんだし。・・・それにしても、随分面白い光景が広がっているわね」

 

 友希那さんはそう言いながら、俺の膝枕で眠る姉さんを見る。

 

「・・・可愛いわね」

「うん。寝顔だとなんか、ちょっと子供っぽいよな」

「えぇ。リサも疲れていたのね」

 

 友希那さんは労わるように姉さんの頭を撫でる。

 

「リサのこと、よろしくね」

「こっちのセリフだ。あんまり無茶させてくれるなよ?」

「そのつもりだけど、結局それはリサ次第よ」

「だろうな」

 

 まぁRoselia全員で挑戦する無茶なら、喜んで身を粉にするのだろう。姉さんはそうゆう人だし、俺にできることなんて黙って応援することだけだ。

 遠く、遠く、俺の知らない場所へ羽ばたいて、そのまま音楽の頂点に登りつめて、そこから広がる景色が見えたなら、その時は土産話の一つでも聞かせてもらおう。病的に音楽ができない俺に、音楽の頂点の話をして欲しい。

 不思議だ。あんなに姉のことが心配だったくせに、今はRoseliaの成長が、Roseliaの行く先が、楽しみで仕方ない。どう頑張っても頬が緩んでしまう。

 

 ニヤつく自分が変に思われないかは心配だったが、友希那さんも、俺に微笑みを返してくれていたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「あ、そう言えば友希那さん。俺、チャットでは言ったんですけど、直接は言ってなかったことがあるんです」

「何?」

「今更ですけど、メジャーデビューおめでとうございます」

「・・・本当に今更ね」

 

 




・「読みにくい」など、感想、意見
・何か気になったことなど、質問

 気軽に書いて下さい。参考にしたいので。
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。推薦とかしてくれる神様もいればいいな。

 
 そう言えばこの小説って、なんとなく衝動で突発的に書き始めた者なので、この小説の終わり方とか、まったく考えてなかったんですよね。だから今回のテーマはこれです。
 一応書いとくのですが、今のところは終わらす予定とかは無いです。


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35.月島まりなと一緒にチュチュを散歩に連れ出すシチュ

 リクエストのチュチュとお出かけのシチュですが調子出なかったです!また迷走しました。ごめんなさい。

 で、この間のアンケートの結果
【この小説の終わり方の理想】

1.いきなり終わっていい 16% 
2.特大のイチャつきを… 29%
3.主人公を成長させよう 12%
4.誰かと付き合わそう! 42%

 「付き合わす」が一番ではありましたが、結構票が割れましたね。
 


 ライブハウスCiRCLEは俺のバイト先だ。今日も今日とて朝から与えられた仕事をサクサクとこなし、今は午後の3時頃。スタジオの掃除も終えて受付の近くまで戻ってきた訳だが。

 

「まりなさーん。スタジオの掃除終わり・・・何やってるんですか?」

「あぁ、レン君。お疲れ様。ちょっと、声のボリュームだけ下げて欲しいんだけど」

「Zzz…」

 

 俺の目に飛び込んで来たのはラウンジの長椅子に座るまりなさんと、その隣でまりなさんの肩に寄りかかって眠るチュチュの姿だった。

 

「まりなさん、いつからそんなに仲良くなったんですか?」

「いや、これは偶然だよ。座って寝落ちしてるのを偶々私が見つけて、心配で声かけようと思ったらそのまま寄りかかられちゃって・・・。自主練で疲れちゃったのかな?」

「すぐ傍にチュチュが買ったと思われる飲みかけのスポドリが置かれてるのを見るに、本人は軽く休憩するだけのつもりだったんでしょうね」

「やっぱり起こした方がいいかな?結局起こすタイミング掴めなかったんだよね。疲れてそうだから無理に起こすのも申し訳ないし、あとチュチュちゃんの寝顔、結構可愛いし」

「絶対に後者が本音でしょ。・・・写真でも撮ります?」

「あ、いいね。それ撮ったらチュチュちゃんにも送ろうよ。私に寄りかかってる自分の寝顔見たらどんな反応するかな?」

「いいですね。ちょっと面白そう」

 

 そして俺はまりなさんとチュチュのツーショットを撮り、そのままチュチュを起こすべく、しばらく人指し指で彼女の頬っぺたをつついたのだった。

 にしてもこいつの頬っぺた・・・

 

「まりなさん緊急事態です。すげープニプニ」

「レン君、起こしてあげなって・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「Sorry.起こしてもらって悪いわね。ふあぁ・・・」

 

 チュチュは少し声をかけたらすぐに起きたが、まだ少し眠そうに眉間を抑えている。なんだかやつれているような気もするし、よく見たら目元にはクマも見える。

 

「チュチュちゃん、寝不足?体調は大丈夫なの?」

「問題は無いけど、でも昨日は作曲が捗り過ぎたせいで殆ど寝てないのよね。そのせいか寝起きなのにちょっと頭痛いし・・・」

「裸眼のくせにブルーライト見過ぎなんだよ。しかも作曲の時、ほとんどPCの前から動かないんだろ?お前」

「そうね。一応食事はしてたけど、しばらく作業に没頭して気付いたらもう夜明け。そして久しぶりに外へ出てみたらずっとこんな調子」

「久しぶりって・・・もしかしてずっと外出してなかったの?ダメだよ。ちょっとはお日様の光浴びなきゃ・・・」

「余計なお世話よ。ワタシ、そろそろ練習にも、ど・・・」

「危ない!」

 

 練習に戻ろうと立ち上がったのもつかの間、チュチュはすぐにバランスを崩した。今回はなんとか俺が支えられたが、このまま放っておくとさらに練習で負担をかけそうだ。

 

「ったく、急に立ち上がったりするからだぞ。ほら、いったん座れ」

「もう。なんで立ち眩みなんか・・・」

 

 いや、でもどうしよう。本人の意思にガン無視決め込む訳にもいかないし、だからといってこのまま練習してもダメな気がする。

 そう考えている時、まりなさんが立ち上がった。

 

「よし、チュチュちゃん。今からお姉さんとお出かけしよっか」

「はぁ!?なんでそんないきなり!ワタシ今から練習・・・」

「ダメです。練習も作曲も禁止。これ以上の無理はさせません!」

「ちょっと!」

「レン君、チュチュちゃんの荷物、スタジオから持ってきてもらいたいんだけど、いいかな?」

「あ、はい。でも、いいんですか?」

「いいの!自分のことも大切に出来ない人にスタジオは貸せません!」

「ちょっとマリナ!何をそんなに怒ってるのよ!」

「私、チュチュちゃんと外で待ってるから、荷物持ったらそのまま来て」

「マリナ!もう、分かったから引っ張らないでー!」

 

 それだけを言い残し、まりなさんはチュチュを連れて行ってしまった。

 

「え?もしかして俺も参加するの?」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 チュチュの荷物を持って外へ出ると、そのまま3人で近くの川沿いを散歩することになった。まりなさんは体を伸ばしながら気持ちよさそうに俺たちの先頭を歩いている。

 

「んーっ!風が気持ちいいね。気温もちょうどいいし」

「そうね・・・」

「そう、ですね・・・」

「あれ?テンション低くない?大丈夫?こんなにお散歩日和なのに」

「いやだって、俺バイト勝手に抜けてますし、まりなさんまでここにいるし・・・」

「事情は別のスタッフの子に話したから大丈夫。今日はお客さんも多くないし」

「それならいいですけど・・・」

 

 まぁ、俺のことは別にいい。これで誰かに咎められたりする心配は無さそうだ。問題は・・・

 

「おいチュチュ、いい加減に俺を盾にしてまりなさんから距離を取るのを止めろ。まりなさん凹んでるから」

「イヤよ。今日のマリナ、なんか怖い」

「ふぐっ・・・!」

「おいやめろって。まりなさん傷ついちゃうから」

 

 先頭を歩くまりなさんの顔は見えてないが、なんとなく泣きそうになってるのはわかる。

 

「でも、まりなさんもまりなさんですよ。あんな強引に連れ出すなんて、まりなさんらしくないです」

「そうだね。珍しく怒っちゃったかも・・・」

「マリナ・・・」

「なんて言うかさ。自分を追い込んで練習する子っていっぱいいるんだけど、そうゆう子は大抵次の日には体調崩したりするし、それが原因でバンド内の仲がもつれちゃうことが多いんだ。仕事柄、そんな場面をいくつも見てきたの」

「まりなさん・・・」

「口で止めても振り切られちゃうし、立場上、無理やり練習をやめさせたりもできないんだけど、チュチュちゃんの立ち眩みを見てから我慢の限界が来ちゃって」

「余計なお世話よ。本気で挑戦してることを死ぬ気で頑張るのは当然でしょ」

「うん。チュチュちゃんの言い分も正しいと思う。でも、世の中には「死ぬ気で頑張る」って言って、本当に死ぬまで頑張っちゃう子もいるんだよ」

「「・・・」」

「まぁ、そこまで悲しいことは私の周りで起きてないけど。でもメンバーの一人だけが無理した後って、必ず悲しいことが起こるんだ。

 自分でもどうしてかわからないけど、チュチュちゃんがそうなるって考えると、なんだか凄く嫌になって・・・気付いたら無理やり連れてきちゃった」

 

 理由を聞くと、さっきのまりなさんの行動も納得ができる。頑張り過ぎてしまう知り合いを心配してしまう気持ちは痛いほどわかる。

 

「マリナ。その、ごめんなさい。さっきは考えが足りなかった・・・」

「いや、私もアレは強引過ぎた。本当にごめんなさい!」

 

 頭を下げるチュチュに、さらに深く頭を下げるまりなさん。別にケンカしてたって訳でもないが、仲直りはできたようだ。

 

「よし。せっかくだし、歩きながらあの屋台のクレープでも食べようか。お金なら私が出すし」

「いいの?」

「うん。元はと言えば私が無理やり連れ出したわけだしね。レン君もどう?」

「良いんですか?俺の分まで」

「うん。巻き込んじゃったお詫びだし。たまにはね」

 

 場の雰囲気も和やかになった。愉快な甘みを加えて散歩は続く。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「太陽の光、なんか久しぶりに浴びた気がするわね。ちょっと気持ちいいかも」

「そう言えばチュチュちゃん、ずっと部屋で作曲してたんだよね?」

「えぇ。パレオにも心配かけてたし、いい気分転換になりそう」

「もー!私も心配してたんだけど!」

「わかってるわよ。ありがと」

 

 クレープを食べながらチュチュとまりなさんはかなり打ち解けている。そんな仲良しの2人を横目に、俺は川の上流の方を眺める。

 わざわざ2人の会話に割って入ったりはせず、歩を進め、クレープを頬張り、仲良し2人の会話を聞き流す。木漏れ日は温かいが、吹き抜ける風は涼しい。

 のどかで、どこまでも穏やかな時間が流れる。

 

「今思うとワタシ、ちょっと焦ってたのかも」

「焦るってチュチュちゃんが?」

「えぇ。前にハロハピと共演した時に色々刺激を受けてね・・・」

「ハロハピなぁ。確かに刺激には事欠かない連中だけど・・・それで、焦り?」

「そうよ。演奏やそれ以外のポテンシャルも含めて、ハロハピには目を見張るものがあったわ。特にミサキ・オクサワ、着ぐるみを着た状態でステージ上の熱気に当てられ続けている状態にも関わらずDJをこなして、尚且つ前で踊って、ボーカルとのめちゃくちゃなパフォーマンスまでこなす・・・正気じゃないわ」

「正気じゃないとか言ってやるなよ。あいつが一番正気なんだから」

「そもそも頭おかしいのよアイツら。会議中に隙あらば「空飛びたい」とか言い出すし、そもそもDJを前で躍らすんじゃないわよ・・・」

 

 苦労してんな・・・。

 

「まぁ、それでRASに無いものを持ってるハロハピを見て不安になったりもしたけど、それもスッキリしたわ。連れ出してくれたことは感謝しないとね」

「まぁ、他のバンドから刺激を受けるのも悪いことじゃないけどね。いっそのことハロハピを全力で真似てみるのもいいかもだよ?」

「あ、それいいですね!おいチュチュ、今度ライブの時に前で踊れよ。絶対盛り上がるぜ!」

「却下」

「レン君、最初でそれはハードル高いよ。まずは風船配りから・・・」

「始めるわけないでしょ!」

「じゃあ、ワイヤー使って客席の上をカッ飛んだり・・・」

「しないから!」

「じゃあ、巨大バズーカで大量のクッキーを客席にブチまけるアレはどうかな?」

「無理に決まってるでしょ!」

「なんだよ。なんでもかんでも無理とか言いやがって。それでもDJかよ!」

「そうだよ。DJなんだからブッ飛んだパフォーマンスは基本でしょ?」

「あんた達ミッシェルに毒され過ぎなのよ!!」

 

 その後も、俺とまりなさんによるパフォーマンスの案は全て却下され続けたのだった。

 

 そしてこの日以降、チュチュとは少しだけ仲良くなったのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 外も暗くなり、仕事が残ってるまりなさんとCiRCLEで別れ、チュチュを無事にマンションまで送り届けた後、帰宅。

 疲れた体を休め、部屋でくつろぎながら俺はチュチュにある画像を送信した。

 ・・・返事は早かった。

 

『これワタシの寝顔じゃない!いつ隠し撮りしたのよ!!よりにもよってマリナにもたれかかってる瞬間を!!』

『可愛かった』

『そんなことは聞いてない!』

 




 対戦ありがとうございました。


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 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。推薦とかしてくれる神様もいればいいな。
 もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。反映できるかは不明ですが、確認はしますので。

 今回のアンケートはこんな感じで。前にもやったけど、話数も読者もあの頃より増えたのでもう一回やってみます。


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36.白鷺千聖とお話するシチュ(上)

 今回もリクエストに応えようとしたのですが、内容が

1.麻弥さん
2.演技練習という名の恋人ごっこ
3.千聖さんに言われて・・・

 の3つです。『ガルシチュ』でリクエストを募集して以来、初めてのトリプルバインド系のリクエストです。

 挑んではみたものの、私の文才ではやはり1話分のボリュームで収められそうにもなく、また前のイヴ編の時みたいに分割することにしました。
 (下)は明日のこの時間帯に出します。


『ねぇレン。少し頼まれて欲しいことがあるのだけど、今から部室にお邪魔してもいいかしら?』

 

 いつも通りの放課後、新聞部で記事を書いていた頃に千聖さんからチャットが届いた。

 別に断る理由も無かったので応じたはいいが、承諾の返事を送ってからというもの、なんだか背筋に悪寒というか、妙に嫌な予感を感じ取っていた。

 千聖さんは常識も良識も備えた人であることはちゃんと分かっているのに、なぜか小さな胸騒ぎを抑えられずにいた。

 

 

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 新聞部までやってきた千聖さんの相談内容は麻弥さんに関することだった。

 聞くところによると前に麻弥さんが出演した短編恋愛ドラマの評判が良かったらしく、また恋愛ドラマの出演が決まったらしい。それでまたも男性経験が足りないと判断された麻弥さんのため、街中でデートするシーンの練習に協力して欲しいというものだった。

 だが、アイドルが男と街中を歩くわけにもいかない。麻弥さんが変装してもバレる可能性は0ではない。人通りが多い場所でデートシーンの練習をするには、「隣の人間が男である」という前提をどうにかするしかない。

 そこで向かいに座る千聖さんが笑顔を浮かべて凶悪に言い放った内容がこうだ。

 

「女装しなさい」

 

 っ・・・!!

 

「千聖さんっていつもそうですよね!俺のことをなんだと思ってるんですか!?」

「あなたのことは薫の次に雑に扱っていい人間だと思っているわ」

「もうちょっと大事にしてやれよ薫先輩を!そしてついでに俺も!」

 

 いや、理屈としては正しいのかもしれない。麻弥さんの立場を考えたら致し方ないのかもしれないが・・・

 

「とにかく女装はダメです。いくら千聖さんのお願いでも限界はあるんですから」

「「お願い」・・・ねぇ」

 

 俺の拒絶を聞いた瞬間、千聖さんはスッ・・・と俺を見据え、机に身を乗り出しながら俺の首筋に指を這わせる。

 

「レン・・・」

 

 そしてそのまま千聖さんの細指が俺の顎を持ち上げる。俗に言う「顎クイ」によって、俺は千聖さんの眼光を見せつけられる。

 

「カン違いしないでね?お願いじゃないの、命令」

「拒否権は?」

「面白いことを言うわね。レンの分際で拒否をする「権利」だなんて」

「うっわ。すげー横暴・・・」

 

 しかもこの人、面白いとか言ってる割に圧が凄い。俺の委縮を感じ取ってくれてか、千聖さんはすぐに座りなおしてくれたが、雰囲気はそのまま。千聖さんは思ったより真剣なようだ。

 

「でもレン、私は本気よ。麻弥ちゃんが持つアイドルとしての新しい可能性を、ここで無下にはしたくないの。世間の注目だって集められるようになった今、麻弥ちゃんの演技に妥協は許されない。だから力を貸してほしい。・・・お願いよ」

「千聖さん・・・」

 

 千聖さんの目は真剣だ。おふざけや嫌がらせでこんな表情なんて出来る訳がない。

 ・・・まったく、最初からこんな風に頼んでくれればよかったのに。

 

「そこまで言うなら・・・」

「よかったわ。こんなこと、他の人には頼めないから」

「まぁ、千聖さんの本気は伝わったから女装は構わないですけど、俺が女装なんかしても男だって見破られませんか?」

「大丈夫よ。あなたの顔って割と中性的な方だし」

「そうですか?」

「えぇ。目鼻立ちも整ってるし、髪も男子にしては長い方だし、メイクと帽子で問題なく誤魔化せると思うわ」

「でも、じゃあそのメイクはどうするんです?俺はメイクの経験なんて無いし、服だって女物の持ち合わせがある訳じゃない」

「それも大丈夫よ。信頼できるスタイリストに相談したから」

「スタイリスト・・・?」

 

 千聖さんの人脈ならその手のプロの知り合いがいてもおかしくはないと思うが、このことって業界関係者にバレちゃいけないのでは・・・?

 

「えぇ。とっても信頼できるスタイリストさんよ。オシャレさんだし、メイクだって得意だし、誰よりもあなたに似合う服装を考えてくれそうで、そして何よりあなたの知り合いでもある」

「いやいや、千聖さん。俺の知り合いにそんな都合の良い人なんているわけ・・・」

 

 いや、待て。その条件に当てはまりそうな知り合いなら心当たりがあるかもしれない。確かにあの人はライブ前のメイクを自分の分だけじゃなくメンバーの分までこなすこともあるし、何より秋服の買い過ぎで「自分の弟に」少量の借金をする程度にはオシャレにこだわる人だ。

 

「あの、千聖さん。できたらこのこと、身内にはバレたくないんですけど・・・」

「ごめんなさい。このことはもうあなたのお姉さんに打診したわ」

「どうしてだよおおぉぉぉぉー!!!」

 

 なんでよりにもよって自分の姉に女装の協力なんてしてもらわないといけないのだ。・・・絶対からかわれる。

 

「ちくしょう・・・。あれもこれも全部、わざわざ男性経験の無い麻弥さんをヒロインにしたドラマのプロデューサーが悪いんだ。もし会うことがあったら、一切の前触れもなく俺の『牙突』でぶちのめしてやる・・・」

「「俺の」って・・・そもそも『牙突』はあなたの技でもないでしょ。まぁでも、仕方ないことよ。麻弥ちゃんには麻弥ちゃんにしかない魅力があって、それがプロデューサーにとって最大の需要だったのよ」

「麻弥さんだけの・・・需要?」

「えぇ。あれは紛れもなく麻弥ちゃん特有のものよ。分からないかしら?」

 

 確かに麻弥さんは魅力あふれる人だと思うが、ドラマを監督する人間にとっての最大の需要・・・と言われるとパッとしない。麻弥さんは美人だが、ただ美人なだけでいいなら他の人でもいい筈だ。それこそ、美人で演技の経験も豊富な千聖さんとか。

 

「パスパレのメンバーを想像すると分かりやすいかしら」

「パスパレの?」

「えぇ。まずは彩ちゃん。研究生として努力を積み重ね、アイドルとして花開いていくシンデレラストーリーを体現した女の子。その経歴を持つだけあってナチュラルボーンアイドルとしてのオーラが強いでしょ?」

「確かに。彩さんはいかにも「アイドル!」って感じはしますけど」

「じゃあ次は私、幼少期から子役をこなして、今でも女優として活動中。芸歴も長い方だし、どこか近寄りがたいイメージがあるみたいなのよね」

「千聖さん、芸能人オーラすごいですもんね。初見だと敷居が高い感じはあるかも」

「次のイヴちゃんはフィンランドと日本人のハーフ。あの真っ白で純粋な雰囲気には汚しがたい印象を受けるわよね。

 日菜ちゃんは言わずもがな、天真爛漫の天才肌で、言動から見ても常人が理解できる範疇を超えた「領域外の生命」だし」

「自分のバンドメンバーに「領域外の生命」って言うなよ・・・」

「でも日菜ちゃんの頭の中がどうなってるかなんて、想像つかないでしょ?」

「確かに・・・」

「そして今言った4人と比較して、麻弥ちゃん。素朴で謙虚で、ガツガツしてない、メガネをかけた大人しい女の子」

 

 ・・・

 

「なんか手の届きそうなイメージしない?」

「あ、すげーわかる」

「そうゆうことよ。今回のプロヂューサーはリアルさだけじゃなく、視聴者にとってより身近で、親しみやすい恋愛を見せたいのね。直接聞いたわけじゃないから推測の域は出ないけど」

「ほへー」

 

 確かに、彩さんや千聖さんみたいな風格の美人はどこを探したって見つかりやしないだろう。

 でも、麻弥さんみたいなタイプの美人なら頑張れば見つけられそうな気がしてくる。学校の図書室で見かけたり、登校中の電車とかでたまたま遭遇したり、廊下を歩いてる時にそんなこんなで偶然目が合ったりとか・・・うん。可能性は0じゃないと思えてくる。

 

「なるほど。まぁ、麻弥さんの抜擢理由には納得しましたけど・・・」

「気になること、まだある?」

「はい。前に麻弥さんを手伝った時(※本作13話参照)も思ったんですけど、千聖さんが男役をするのはダメなんですか?」

「今回はダメね。麻弥ちゃんに足りないのは恋愛経験というより男性そのものの経験だし、それに・・・」

「それに?」

「実は私、彩ちゃんと似たようなことをして失敗したのよ」

「彩さんと?」

「えぇ。前にパスパレでラブソングのカバーをすることになったのだけど、彩ちゃんもそうゆう経験無かったから、曲の理解を深めるために軽い恋人ごっこをしたのよ。さっきのレンと同じ発想でね」

「でもそれで、失敗だったんですよね・・・」

 

 そう。あの千聖さんですら失敗・・・。やっぱり同性同士だと上手くいかないものなのだろうか。

 

「そうなの。加減を間違えてメロメロにし過ぎたのよね」

「は?」

「ちょっとドキドキしてもらうだけのつもりだったのに、3日間ぐらい私がいないと生きていけない体になっちゃったのよね。『思考回路はショート寸前』ぐらいにしておきたかったのに、もう完全にショートしちゃって・・・」

「失礼承知で言いますよ。テメェ彩さんに何しやがった!」

「「何を」って・・・ただの恋人ごっこよ。耳元で愛を囁いたり」

 

 なんだろう。この聞いてはいけないもの聞いてしまっている感覚。

 

「いいコトを教えてあげる。彩ちゃんって耳が弱いのよ♡」

「あの、千聖さん?」

「少し長めに放置しちゃった時なんて大変だったのよ?2人きりになった途端すぐに顔を赤らめて、上目遣いでおねだりしてくるんだもの。『ねぇ千聖ちゃん。なんで意地悪するの?もっとナデナデしてよ・・・』なんて。すっごく可愛かったわ」

「・・・もう一度聞きますよ。彩さんに何をした?」

「安心しなさい。彩ちゃんはああなったけど、危ないこともディープなことも無かったわ。取り敢えず「唇へのキス」以上のことはしてないと言っておくわね」

「逆にそれ以下のことはしたと・・・」

「そうね。太ももを軽くなぞったり、頬にキスをしたり・・・耳たぶを甘噛みした時に弱点が耳だって分かってからはずっと耳を攻め続けたわね。それからはバックハグで逃げ場を奪って、後ろから耳元で「好き」とか「可愛い」とか「愛してる」みたいに甘い言葉を言い続けてたら、後は勝手に彩ちゃんが堕ちたわ」

「何が「勝手に堕ちた」だよ。確信犯じゃねえか」

「胸を触られた訳でもないのにあんなに顔を赤くして・・・あの時の恥ずかしがる彩ちゃん、本当に可愛かったわぁ♡」

「えぇ・・・」

 

 もう怖いんだけどこの人。なんかちょっと恍惚としてるし・・・。

 

「あの、彩さんは無事なんですよね?」

「あぁ、それなら心配ないわ。さっきも言ったけど彩ちゃんの調子がおかしかったのは3日だけよ。その後はちゃんと正気を取り戻したし。でも彩ちゃん、おかしかった時のことをよく覚えてないらしいのよね」

「え、どうして?」

「ほら、人間の記憶って睡眠中に整理されるものでしょう?彩ちゃん、私のことで頭がいっぱいになったせいで夜も眠れなかったらしいのよね。」

「千聖さん・・・」

「で、正気を取り戻した後にその時のことを聞いても、「ごめん。千聖ちゃんに対してドキドキしたりしたのは覚えてるんだけど・・・なんだろう。悪い夢を見ていた気がする」としか答えてくれなくて・・・」

「もうそれ洗脳が解けた人のセリフじゃないですか・・・」

「まぁ、そんな失敗もしたからそう気軽に麻弥ちゃんに同じことはしたくないのよ。まぁ、レンの気持ちを優先して麻弥ちゃんが百合堕ちしてもいいのなら、それでもいいけど」

「百合堕ちはもう確定なのかよ・・・」

 

 麻弥さんの百合堕ち・・・それはそれで見てみたい気もするが、彩さんが陥った惨状を聞いておいそれとその選択を踏むことはできない。

 

「やるしかない、か」

「面倒かけるわね。前にも協力してもらったのに・・・」

「ホントですよ。今度奢ってもらいますからね?」

「えぇ。予定が合えばそうさせてもらうわ。牛丼でもラーメンでも好きに頼みなさい」

 

 こうして俺は千聖さんの奢りと引き換えに麻弥さんとの練習に付き合うことを承諾した。

 千聖さんに奢ってもらえる上に麻弥さんとのデートまでできるだなんて、普通なら贅沢の極致なのだが・・・

 

「女装なぁ・・・」

 

 それだけを呟き、天井を眺め、俺は千聖さんに見守られながら、そっと腹を括ったのだった。

 




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 期待せずに、「採用されたらいいな」ぐらいのサラッとした気分でお願いします
 書けなかったらごめんなさい。


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37.大和麻弥と恋人ごっこするシチュ(下)

 今回はリクエストの麻弥ちゃんです。ガルシチュを書き始めて以来のトリプルバインド系のリクエストですが、取り敢えず書き上げました。
 聞いて下さいよ。今回のシチュ、(上)と(下)合わせて11000字!一万字っすよ。前回の2話構成のイヴ編より長いっすよ。アレより長いのなんかもう書くことないと思ってたのに。
 ・・・リク主さん。対戦ありがとうございました。

 ちなみに、前回のアンケートはこんな結果でしたが、もう少しちゃんとしたジャンル分けをした方がいいかなって思ってるので、また近いうちにこのアンケートの改良版とかするかもです。

 可愛さ重視→45%
 日常系の話→35%
 おふざけを→9%
 小話過去編→5%
 カッコよさ→4%
 百合要素を→3%

 それにしても可愛さ重視ですか。30話近く投稿してやっと気づいたんですけど、私、デートのシチュ書くのが一番苦手なんですよね。・・・文才ィ。


「なぁ姉さん、まだメイク終わらないのかよ」

「もうすぐだからじっとしてなって。女の子なんだからデート前のメイクぐらいちゃんとやらなきゃ」

「女の子って言うな」

「アタシの手で可愛くコーディネートされた状態でそんなこと言われてもねぇ」

「やめろ・・・」

 

 だが悔しいことに、今の俺は姉の手によってかなり愉快な見た目になっている。体格や肩幅はもともと大きい方ではないが、その体格を隠すように上半身にはダボダボのパーカーを身に着け、下半身にはロングスカートときた。

 

「せめてスカートだけでも勘弁してくれないか?」

「いやいやスカートが一番大事でしょ。これが一番女子感出るんだから。麻弥が男といるって思われたらマズいの、もう忘れたの?」

「そりゃそうだけど、なんかスースーするというか、防御力が不安になるというか、女子っていつもこんなの履いてんのかよ・・・」

「もっと短いやつ履いてる子だっているんだぞ。この際だし女子の苦労を知りな。よし、メイク終わりっと。もう動いていいよ」

「ありがと」

 

 立って鏡を見てみると、自分の姿は思ってたより女子の見た目になっていた。ダボダボパーカーとロングスカートのお陰か、落ち着きのある女子みたいな、そんな印象を持つ。

 

「これで適当に帽子被れば完成だけど、うん。可愛いけどクールな印象もちゃんとある。我ながらいいコーデだ」

「姉さん、気のせいだと思うけど、ちょっと面白がってないか?」

「ねぇレン、自分の弟が女装しててさ、なんかよく分かんないけど無駄に似合ってんだよ?」

「結論は?」

 

「超面白い☆」

「帰ったら覚えとけよ・・・!」

 

 俺は最後に自分をこんな風にした張本人に踵を返し、乱暴に帽子を被りながら自宅を後にしたのだった。

 

 

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「お待たせしましたー!」

 

 駅前で待っていると、麻弥さんの快活な声が聞こえてきた。

 ・・・ヤバい。あの麻弥さんがミニスカ履いてる。可愛い。

 

「大丈夫ですよ。俺も今来たところですし、時間も間に合ってます」

「ならよかったです。思ってたより準備に手間取ってしまって・・・そしてさらに駅に着いてからレンさんを探すのにも手間取って・・・」

「あぁ、この格好・・・」

「はい。似合い過ぎてて普通に女の子だと思いました」

「はは・・・でも、そういう麻弥さんも可愛いですよ。見惚れそうです」

「そうですかね?ありがとうございます。フヘへへ・・・」

 

 集合は予定時刻より少し早いが、問題は無いだろう。本題はここからだ。

 

「それで、今回の麻弥さんはどんな役だったんですか?もしかしてまた鈍感ヒロインですか?」

「いえ、今回は恋愛絡みで辛い過去を持っていて、そのせいでうまく恋愛に踏み切れないヒロインの役です」

「それで、今日のシーンは?」

「主人公の積極的なアピールが功を奏して、どうにか交際までは漕ぎつけるのですが、その後日のデートで主人公のいい所を見せつけられたヒロインが・・・」

「前向きになってハッピーエンドですか?」

「いえ、「やっぱり自分なんかがこの人と付き合ってはいけない」と思い詰めてしまって・・・本当は主人公が好きで堪らないのに、デートの最後で主人公をフります」

「なるほど、つまりデート中は恋人同士として振舞えと」

「はい」

「そして、デートの終わりに麻弥さんにフられなきゃいけないと」

「そうですね」

「フられると分かっているのに麻弥さんの彼氏を演じ続けろと。それも恥を忍んで女装しながらであるにも関わらず・・・」

「申し訳ないです。ジブンが不甲斐ないばかりに・・・」

「ま、フられるのが前提のデートってのはきついですけど。一度乗りかかった船ですし、役目は最後まで果たしますよ」

 

 こんな格好ではあるが、麻弥さんは俺を彼氏として認識してくれているのだ。なら俺も、俺の「彼女」を目いっぱい楽しませなければ。

 

「麻弥さん、俺をどこかに連れていくか、俺にどこかへ連れていかれるか、どっちがいいですか?」

「そうですね。ジブンは消極的な役なので、ここは男性からのエスコートを」

「了解です。じゃあ早速行きましょうか」

「ほえ?」

 

 こうしてエスコートを任された俺は、特にためらいもなく、不意打ちで麻弥さんと手を繋いで駅前を駆け出したのだった。

 いきなり手を繋がれてびっくりしてる麻弥さんの表情はかなり可愛かった。

 

 

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 デートのエスコートを任されたといっても、基本的には駅前の街をぶらつくだけだ。だから今回はがっつり決められたコースを巡ると言うよりは、気になった場所があれば寄る程度の散策に近い。

 歩く方がメインになりつつあるので、オシャレな喫茶店にも入らず、俺たちは屋台で買ったたい焼きを噴水の傍に座って食べることになった。

 

「はい麻弥さん。あーん」

「あの、本当にやらなきゃダメですか?」

「そりゃそうでしょ。せっかく2人で違う味にしたんですから。あれ?カスタード苦手でしたっけ?」

「そうじゃないですけど・・・やはり男性相手だと慣れないというか・・・やっぱりやめません?」

「えー。折角こうしてお出かけできてるんですからイチャイチャさせてくださいよ!俺はこんなにも麻弥さんが大好きなのに!」

「うぅ・・・」

 

 本来の俺は女性相手にここまでグイグイしたりはしないが、ヒロインが消極的ならば主人公は積極的になるべきだ。

 ・・・と思っていたのだが。

 

「男に迫られるの、苦手ですか?」

「・・・すいません。恥ずかしかったり、どうしたらいいか分からなかったりで・・・レンさんが彼氏だって思うと」

「そうですか・・・」

 

 麻弥さんが男に慣れるためのデートとはいえ、あんな迫り方では逆効果なだけだろう。他にできることと言えば・・・

 

「そうだ麻弥さん。ちょっと手のひら出してください」

「こう、ですか?」

「後は指を広げてもらって」

「はい」

「ここで俺が指を絡ませて・・・はい。後は麻弥さんが握り返してくれれば完成です」

「あの、待ってください!これ恋人つなぎでは!?」

「当たり前でしょ。だって恋人同士なんだし」

「う・・・」

「ただつなぐだけです。この状態で歩いたりもしないですから」

「まぁ、このぐらいなら・・・」

 

 しばらくすると、麻弥さんの細指が俺の手を握り返してくれた。顔は逸らされているが、嫌がられてはいないのだと思う。

 

「最初はこうやって、ちょっとずつ始めていきましょう。俺達、ついさっき恋人同士になったばかりなんですし」

「そうですね。彼氏のたい焼きすら受け取れないのは初心が過ぎるかもしれませんが・・・」

「いえ、俺の方こそ順序を飛ばし過ぎた気がします。麻弥さんと仲良くなりたいあまり、ついがっついちゃいました」

「なんか初々しいカップルみたいですね」

「「みたい」じゃなくて、初々しいカップルですよ」

 

 そうゆうと麻弥さんはまた顔を赤くした。可愛い。いっそ本当に彼女にしたいぐらいだ。

 

「麻弥さん、もう少し近寄りましょうか。このつなぎ方、離れてると手首痛いですし」

「そうですね。ジブンも辛かったので」

 

 麻弥さんの肩が俺の肩に触れる。ただイチャつくのではなく、お互いに探り合いながら、ゆっくり、心地の良い距離感を確かめ合う。確かに今の俺たちは初々しいカップルだ。

 

「レンさんは優しいですね。ジブンの経験値の無さにまで合わせてくれて・・・」

「そりゃあもう。彼氏ですから」

「レンさんのそういう所、好きですよ」

「・・・!」

「まぁ、レンさんが優しいのは、恋人とかそういうのを抜きにして好きなところなのですが」

「それは、どうも」

「はい。ですので、いつも優しいレンさんへのお礼、と言ってはなんですが・・・」

 

 そう言うと、麻弥さんは照れくさそうに目を逸らしながら、自分のたい焼きをこちらに差し出してきた。

 

「つぶあんのお裾分けを」

「いいんですか?」

「はい。ジブンが食べに行くのは恥ずかしいですが、レンさんから来る分には受け止められるかと」

「・・・たい焼きを差し出してる麻弥さん、ラブレター渡す時の女の子みたいになってますよ」

「もう!いいから早くパクッといってくださいよ!これでも頑張ってるんですから!」

「じゃあ、頂きますね」

 

 さっきのやり取りのせいか、たい焼きは少し冷めていたがこうして食べると美味しく感じる。・・・なんだか幸せだ。

 

「あの、レンさん。もしジブンがこのたい焼きをそのまま食べちゃうと・・・」

「はい?」

「いえ、なんでもないです!気にしないで下さい!」

「あぁ、間接キスですね☆」

「ちょっ、なんで言っちゃうんですか!?」

「だって麻弥さん可愛いんだもん。年上のくせに俺より初心なんだから」

「はうぅ・・・」

 

 その後も麻弥さんはたい焼きに口をつけたが、間接キスを意識したせいかその一口も小さい。

 

「可愛い」

「・・・レンさんは優しすぎると思います」

「そうですか?」

「一つひとつの行動でわざわざここまで恥ずかしがってる女なんて、めんどくさいだけじゃないですか。それなのに」

「でも麻弥さん、そんなに恥ずかしがってるのに、手を繋いでくれたり、たい焼きを分けてくれたりはしましたよね?俺、麻弥さんのそういうところが大好きなんです。」

「へっ・・・!?」

「あと恥ずかしがってる麻弥さん、可愛いですよ」

「・・・!」

「あ、麻弥さんの顔、真っ赤になってますよ。」

「言わないで下さい・・・」

「その反応も可愛いですね」

「うぅ・・・」

 

 白状すると俺も恥ずかしいが、彼氏は彼女に「好き」って言うものだ。それに、今はなんだか、もっと麻弥さんに「好き」って言いたい。

 これまで見てきた中で一番恥ずかしがってるこの彼女が、今は可愛くて、愛しくて仕方ない。

 

「ねぇ麻弥さん。俺、麻弥さんのこt・・・」

 

 「好き」とは言えず、俯いた麻弥さんは人差し指を俺の唇に押し当てた。

 

「レンさん。それ以上はダメです」

「なんで・・・?」

「これ以上は、本当に好きになっちゃいます」

「え・・・?」

「恥ずかしいって言ってるのに「好き」とか「可愛い」とか言ってくるから・・・おかしくなっちゃったんです」

「あの、麻弥さん?」

「恋愛感情が「キスしたいぐらい好き」なら、今、レンさんを抱きしめちゃいたいぐらい好きです」

 

 お互いにたい焼きを食べ終わってしまったせいか、お互いへの意識は更に強くなっている。

 麻弥さんは空いた片手で俺のパーカーの首元を掴む。言外に「逃がさない」と言われているような、そんな感覚。

 

「このままレンさんとキスしちゃったら、どうなるんでしょうね?」

「麻弥さん、雰囲気変わってませんか?なんか目もトロンってなってるし・・・」

「忘れちゃったんですか?今目の前にいる女の子は、レンさんのことが好きで好きでたまらないってこと」

「確認ですけど、それは仮定の話と言うか、設定の話ですよね?」

「確認ですけど、自分が誰とでもデートしちゃう女だと、本気で思ってますか?」

「えっ・・・?」

「判断を誤りましたね。ジブンは誰でもいいと思えるほど、好き嫌いの無い人間じゃないというのに・・・」

 

 繋いだ手の力が、更に強くなる。

 

「やっぱり我慢できないです。せっかく今は恋人なんですし、キスまでしちゃいましょうか」

「何考えてるんですか?いくら見てくれは女の子同士でも、キスなんてしちゃったら目立ちますよ?目立って周りに麻弥さんだってバレたら・・・」

「その言い方、まるでバレなければキスはしてもいいかのような口ぶりですね?」

「いや、それは・・・」

「「イヤ」って言わなきゃ、本当にしちゃいますよ?」

「あの・・・」

 

 不思議と嫌ではない。やったらダメなだけで・・・。

 

「目、閉じてください」

「・・・ダメですよ」

「やっぱり「イヤ」とは言えないんですね。可愛い彼氏さんです」

「う・・・」

「大丈夫ですよ。力いっぱい抱き締めた後、優しいキスをしてあげます」

「麻弥さん・・・」

 

 気付いた時には完全に麻弥さんのペースにされていた。ゆっくり近づいてくる麻弥さんから、俺は逃げられない。

 そしてペースに流されて、俺はどうすることもできなくなって・・・そのまま目を閉じた。

 

 

 ペチッ

 

「痛・・・」

 

 しかし、俺を襲ったのは額の鋭い痛みだった。・・・デコピン?

 

「あの、麻弥さん。これって・・・」

「いつぞやの仕返しです」

 

 そう言うと、麻弥さんはいつもの調子で笑ってみせた。

 なんだろう。安心したような、ちょっと残念なような・・・

 

「して、くれないんですか・・・?」

「本当にして欲しかったんですか?ダメですよ。アイドルにそんなこと言っちゃ」

「いや、それはそうなんですけど・・・」

 

 モヤモヤする。「好き」って言ってくれたのも、全部嘘だったのだろうか。

 なるほど。ただの練習とはいえ、これは堪える。前の練習の時にも似たようなことを俺は麻弥さんにしたわけだが、そりゃあ口も聞いてくれなくなる筈だ・・・。

 

「レンさん。やっぱり別れましょう。ジブン、アイドルの立場やそれに関わる色々な人々の想いを全て投げうってまでレンさんにキスしたいとは思えませんでした。レンさんとはお友達でいるのが一番な気がします」

「まぁ、そうなりますよね・・・」

 

 分かっている。これはあくまで練習だ。麻弥さんにフられることは分かっていた。でも、どうやら俺はこのごっこ遊びに入れ込み過ぎたのかもしれない。

 

「麻弥さん・・・」

「そんな寂しそうな顔してもダメですよ」

「はい・・・」

「すいません。身勝手なことにばかり付き合わせて・・・」

「まぁ、そうなる予定でしたし」

 

 そして気まずくなった後、麻弥さんは何でもないように立ち上がった。

 

「では、少し早いですがもう行きます。今日はありがとうございました」

 

 そして麻弥さんは何でもないように言い放った。

 

「さよなら」

 

 

 彼女のことが好きだった訳じゃない。デート中だって、麻弥さんが可愛くて、恋人として振舞っていたから麻弥さんを好きになったのだと勘違いしただけだ。

 いざ自分をフって去っていった麻弥さんを見てみると、あまり寂しく感じていない自分もいる。

 ただ、「フられた」という事実だけは、いつまでも俺をモヤモヤさせたのだった。

 

 

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 Prrrrrr・・・

 

『もしもし。麻弥ちゃん?』

「あぁ、千聖さん?デート終わりましたよ」

『早いわね。それで、どうだった?』

「知らなかったです。男の子をフるのって辛いんですね。すっごい寂しそうな顔されました。フられる側ならともかく、フる側までメンタルがしんどいとは・・・」

『なるほど。必要な経験は得てきたみたいね。「レンに麻弥ちゃんを意識させた状態でフれ」なんて、自分でも無茶な指令だと思ってたのだけど』

「レンさん、攻めるのが得意な割に攻められるのは苦手みたいで、意識してもらうのは簡単でしたよ。ただ・・・」

『ただ?』

「ジブンも一瞬レンさんを好きになっちゃって、ちょっと暴走しました」

『・・・一応聞くけど、一線超えたりはしてないわよね?』

「そこはなんとか踏みとどまりましたが、多分レンさんが普段の姿だったら間違いなく超えてたと思います。レンさんの見た目が可愛くて助かりました・・・」

『ならいいわ。それにしても、思ってたよりレンには酷なことをさせたかもしれないわね。お礼は奢り一回のつもりだったけど、それにプラスで新聞部に八つ橋の差し入れでもしようかしら?今度ロケで京都まで行くし』

「あぁ、それならジブンも」

『ダメよ。そもそもこれは私が言い出したことだし、麻弥ちゃんはドラマの練習とかあるでしょ。あなたの成功が一番のお礼になるわ』

「そうですね。チャットで感謝の言葉を送る程度にとどめます。あ、そろそろ家に着くので、これで失礼しますね」

『えぇ。今日得た経験、忘れちゃダメよ。ただでさえ後輩に失恋の疑似体験をさせてまで得た経験なんだから』

「それは重々承知してますよ。それではまた」

『えぇ。またね』

 

 

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 麻弥さんにフられ、どことなく凹んだ気持ちで帰り道を歩いていると、見覚えのある人影が、スマホを弄りながら電柱にもたれていた。

 

「あ、来た」

「姉さん・・・?なんでここに?」

「最後にフられるってこと、千聖に聞いてたからさ」

「そっか・・・」

「いやー、にしても見れば見るほど女の子だね。一瞬誰か分かんなかったよ」

「この愉快な服も顔面もやったの全部姉さんだろうが・・・」

 

 いつものノリで話そうとは思うが、今は軽口を叩く元気もあまりない。

 

「姉さん、俺、今日は夕飯いらないよ。なんか食欲も・・・」

 

 ガッ!

 

 俺の言おうとしたことを察してか、俺が言い切るよりも先に、姉さんは俺の隣まで歩み寄り、そのまま乱暴に肩を組んできた。

 そして有無も言わさず

 

「飯行くぞ。弟」

「・・・うん」

 

 そしてそのままファミレスに連行された俺は、心のモヤモヤを晴らすようにヤケ食いを決め込んだのだった。

 

 会計の時に財布の中身を確認して「いくら何でも食べ過ぎでしょ思春期男子・・・」と呆れかえる姉の姿はちょっと面白かった。

 




 入れたくなったセリフを無理して全部ぶち込んだらこうなりました。多少の後悔はありますが、自己満足で書いてる小説なので反省はしません。

・「読みにくい」などの感想、意見
・何か、気になったことなどの質問

 気軽に書いて下さい。参考にしたいので。
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。推薦とかしてくれる神様もいればいいな。
 もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。反映できるかは不明ですが、確認はしますので。


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38.【幕間】今井レンが夢を見るシチュ(供養)

 

 今日は10月25日です。

 バンドリが好きな皆さん。この日が何の日か、覚えていますか?


 「自分が見ている者は夢である」と自覚できる夢を「明晰夢」というらしいが、今俺が見ているものはまさにそれだ。

 だからといって何が出来るという訳でもなく、俺はただなんとなく、近所の公園への道を、ただぼうっとした思考で歩くのだった。

 

 そして公園に着くと、既にベンチに先客が座っていた。髪を後ろで結んいるが、顔立ちは男性とも女性とも取れる。大学生ぐらいだろうか?見た目は若いように見えるが、メガネをかけたその人の顔は少しやつれているように見えた。

 そしてしばらくその先客を見ていると、その人はベンチから立ち上がり、こちらを向いて大きく手を振ってきた。

 

「待ってたよ」

 

 

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 その人は喜んで俺を隣に座らせた。俺の知り合いにこんな人はいなかったと思うが、不思議と信用はできた。

 

「あの、あなたは?」

「私かぁ。うーん。まぁ、夢の中でしか会えないような、愉快な大学生だとでも思ってくれたらいいよ」

「いや、名前とか、そういうのを聞いてるんだけど」

「あぁ、名前か。えっと・・・『れのあ♪♪』って言ったらわかる?」

「・・・なんとなく?」

「そっか」

 

 聞き覚えも耳馴染みも無い名前だけど、しっくりとはくる。よくわからないけど。

 

「それで、どうして俺を呼んだんだ?」

「そうだね。簡単に言うと、今日が10月25日だから。かな」

「・・・誰かの誕生日とか?」

「お、発想は近い」

 

 10月25日・・・何か因縁を感じるような。

 

「簡単に言うと、どこかの世界のお姉さんから、弟くんが居ないことにされた日だね」

「居ないことに?」

「うん。居るってことにされた後に、しばらくしてやっぱり「居ないよ」ってなった日」

「なんだよ。その訳わかんねえ話」

「そりゃあ私だってそう言いたいよ。まぁ、仕方なかったことだと思うけどさ」

 

 そう言った後、その人は本題を切り出した。

 

「そしてその訳わかんない話こそが、私がこの世界を作ったきっかけなのさ」

「・・・?じゃあ、あんたがさっき言ってたその「弟」って―」

「おーっと。そこまでだよレン君。なんとなくだけど君がそれを直で言っちゃうのはまずい気がする」

「そうか」

「うん。まぁでも、本当に可哀想な奴だったんだよ。その弟くん、ホント一瞬で消えたからね。マフラーの押し付け先も、その弟くんから「周りの人」に変わったわけだし・・・」

 

 なんだろう。やっぱりどこか他人事と思えないものを感じる。

 

「誰かに愛される暇もなく消えた。だから原作とは隔たれた二次創作の世界でぐらい、みんなから愛される権利があったっていいだろう?」

「・・・確かに?」

「うん。なにせ存在すらも拒絶されたぐらいだ。だからその分、ガールズバンドのみんなと関わっていって欲しいと思ったんだ。そりゃあ私は文才がある訳でもないし、「あの子」の弟モノの二次創作なんて、何番煎じだって話だけどさ・・・」

 

 その人は、そう言うと、また少し笑った。

 

「でも私の作品の主人公は想像よりも愛されちゃったみたいでね。更新するとなんだかんだ1000人近くの読者が見に来るし、600人ぐらいの人間がお気に入りまでしてくれている。この間の感想なんて、「面白いキャラしてる」って言われてたんだよ?原作キャラではなく主人公がだ。

 誰からも愛されなかった彼が、曲がりなりにもこんな形で受け入れられている・・・それが思ってたより嬉しくてね」

「・・・そうか」

「あぁ。だからつい、こうして声を掛けちゃったんだ。とんちんかんな話だったろうに、ちゃんと聞いてくれてありがとうね」

「いや、お礼なら、俺も言うべきかもだし・・・」

「別にいいよ。全部全部、私が自己満足で勝手にやったことなんだから」

 

 この人はまた満足そうに笑った。

 

「なぁ、最後に聞いていいか?」

「え、何?エッチなリクエスト?ダメだよ。そりゃあ年頃だろうし気持ちはわかるけどさ・・・」

「「俺が登場するR18書いて下さい」とかじゃないんだよ。なんで最後にあんたまでボケるんだ」

「はは。まぁ冗談はさておき、質問は何?」

 

 ・・・

 

「あんたは・・・これからもその小説を書くのか?」

「さぁね?流石に永遠には書けないよ。飽きたらやめるし、忙しくなったらやめるし、それでも尚、何となく書きたくなったら書く。言ってるだろ?この執筆は自己満足だって。だから更新が止まれば・・・まぁ、つまりそうゆうことだよ」

「そうか」

「まぁ、まだしばらくは書くつもりではあるけど」

「それが聞ければ十分だよ」

 

 それを言ったと同時、姉さんの声が聞こえた気がした。どうやら隣のこの人にもそれが聞こえたらしい。

 

「今更だけど、君ってリサ姉の弟だから、寝坊したらリサ姉が起こしてくれたりもするのか。・・・なんというか、いいご身分だよね」

「うるせえ」

 

 姉の呼び声はさらに大きくなる。そろそろ目覚めの時だ。

 

「また、会えるかな?」

「いや、それはダメでしょ。でも、そうだな。もう会うこともないだろうけど、何か言い残しとかあったら聞くよ?」

 

 俺からこの人へ送る言葉なんて、これといってある訳じゃないけど。

 

「じゃあ、お元気で」

 

 そう言うと、少し驚いたような表情を返されたが、それでもすぐに穏やかな笑顔に戻って・・・

 

「そっちも達者でね。君の道行きが、真夏の太陽のように明るいことを祈るよ」

 

 最後に2人で軽い握手が交わされた後、今井レンは夢の世界から姿を消した。

 

 

「うーん。なるほど。今のレン君とのやり取りで2000文字ちょっとか。この話に関しては見る人もほぼいないだろうけど、ちょっと物足りないな・・・」

 

 

「よし、後書きの部分もここで言っちゃうか。それでは読者の皆さん。「読みにくい」などの感想、意見。参考にしたいので良ければ気軽に感想欄に書いて下さい。もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。絶対に書けるとは言えませんが、確認はしますので」

 

「あ、それともう1つ、この小説で「〇話のこのシーンが良かった」など、印象の良いシーンやお気に入りの場面があればそれも感想欄にお願いします。読者の皆さんがどんなシーンが好きなのかも参考にしたいので、これも気軽に書いて下さい」

 

「茶番回もいいところですが、お付き合いありがとうございました。それでは皆さん、お元気で」

 




 

 リサ姉の弟くんに、黙祷。




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39.教室で奥沢美咲と駄弁るシチュ

 アンケートの結果、クラスメイトと駄弁るだけのシチュ、9割近くの方が望んでたので書いてみました。箸休めとでも思ってください。


 2年A組は俺の他に香澄、有咲、美咲といったクラスメイト達がいる訳だが、教室で一番よく喋るのは美咲だ。香澄や有咲とも当然喋る時は喋るが、あいつらは基本2人で話し合うか、課題をやり忘れた香澄を有咲が急かしてるかのどちらかなので、自然と美咲と話すことが多くなる。席も近いし、授業の合間にできる10分間の休み時間は大体こいつが相手だ。

 まぁ、当然話す内容なんて大したことないし、生産性など度外視だ。

 

 前の席の美咲がこちらを向き、後ろの席の俺が机に突っ伏しながら顔だけを美咲に向けて目を合わせる。これが普段の雑談スタイルだ。

 

「レンー。すっごい暇なんだけど」

「それな」

「そもそも10分って時間がダメだよね。何もしないでぼーっとするには長すぎるし、ぐっすり眠りに入るには短すぎるし・・・」

「アレだよなぁ。香澄みたいに課題をやり忘れて急ぎ足でやらなきゃいけないほど不真面目でもないけど、わざわざ授業の予習復習なんてやるほど真面目でもない奴ら特有の退屈」

「わかる。もうホントそれなんだよ」

 

 そりゃあ平穏に越したことは無いし、この何でもない退屈だって喜ばしいことなのだが、なまじ変に付き合いがいいお陰でガールズバンドの連中と忙しい日々を過ごす俺も、言わずもがな退屈とは無縁のバンドで活動する美咲も、刺激的な日々にある程度の慣れを持ってしまってる身だ。

 もう「普通の高校生らしい日常」の過ごし方が、逆によく分からないのだ。

 

「なぁ美咲。なんか面白い話とか無いのかよ?」

「「面白い話」て・・・。もうそれ対人コミュニケーションにおいてしりとりの次ぐらいの最終手段だよ?しかも振られた側がめっちゃ困るやつ・・・」

「仕方ないだろ。俺とお前で話すようなことなんて今更ないんだし」

「てかそうゆうのは男の役目なんじゃないの?目の前の女の子を退屈させない甲斐性ぐらいは見せて欲しいもんだけど」

「はぁ?なんでお前と話す時までそんな気の回し方しなきゃいけないんだよ。めんどくせぇ」

「なんだぁ?こいつ~・・・!」

「うおぉぉ。やめろっ。眉間をグリグリするな」

 

 美咲の人差し指が眉間に刺さるが別に痛くはない。俺の扱いには不満を持ってないようだ。

 美咲の場合は変に女の子扱いをされ過ぎる方が嫌だと思いそうな気がしたのでなるべく自然体で男子と絡む感じのノリで話すようにしている。嫌と言われればやめるつもりだが、結果的にその方が美咲の気が楽そうな気もするし、単純にこいつとはそんなノリで話す方がこっちも楽なのだ。

 同期の連中と話す時は基本的に砕けた話し方をしているが、美咲とは特にその辺の遠慮をしていない。せいぜい最低限の節度を守る程度だ。

 

「でも本当に無いのかよ。面白い話。なんなら面白くなくてもいいからなんかイイ感じの話聞かせろよ」

「無茶ぶりすら雑にするのやめなよ・・・。うーん。まぁ、無いことはないけどさ」

「あんのかよ」

「うん。まぁ、面白い話かって言われると微妙かもだけど」

「この際だから面白さは二の次でいいよ」

 

 そして美咲は少し間を置き、頭で話の内容を整理し、切り出した。

 

 

「薫さん、羽丘でウインク禁止になったって知ってる?」

「面白過ぎるだろ!なんだそのぶっ飛びエピソード」

「いや、なんでも学園内で失神者が続出したとかで」

「確かにファンの人みんな倒れるけど。どんだけ乱発したんだよあの人・・・」

「それで、生徒会に苦情が来て、珍しくあの日菜さんが真面目に注意したらしいよ」

「えっ!?あの日菜さんが?」

「うん。『薫くん、大変心苦しいんだけど、保健室のベッドって有限なんだよ?』って」

「薫先輩がぶっ飛び過ぎて相対的に日菜さんがまともになってる・・・」

「羽沢さん曰く『日菜先輩が頭抱えてるの、初めて見たかもしれない』とのこと」

「よほど深刻なクレームだったんだろうな・・・」

「そりゃあ保健室が病床不足って異常だもん。災害レベルの疫病が流行った時の病院とかじゃないんだよ?」

「なるほど。つまり薫先輩は災害レベルの危険分子だと判断された訳か・・・。難儀な生活してるよなぁ。あの人」

「だね~」

 

 でも、薫先輩だって悪気があってウインクをした訳じゃないだろう。いや、そもそも悪意を持ってウインクする奴の方がいないと思うけど。それでも・・・

 

「ちょっと、可哀想じゃないか・・・?」

「仕方ないよ。保健室が埋まるのは流石にね・・・」

「でも薫先輩だって、ただファンの子に喜んで欲しかっただけだろ?失神者の続出はあくまで結果論だ」

「その結果が無視できないレベルになってるからそうなってるんだよ。実際に羽丘以外でも迷惑かけちゃうことだってあるし、それこそライブハウスなんかもその筆頭だよ?レンだってハロハピのライブで運営手伝ってくれてる時に、失神したお客さんの応急処置したりするじゃん。大変でしょ?」

「大変じゃねえよ。5回目あたりからCiRCLEのスタッフみんな慣れてんだよ。舐めんじゃねぇぞ」

「あーーー!そうだった!いつもお世話になってます!」

「ちなみにハロハピのライブ前日、まりなさんと一緒に応急処置のおさらいをするのはスタッフの間では恒例になっているぞ」

「うっわ。何それ本格的に頭上がらないやつじゃん・・・」

 

 まぁ、失神の処置自体は大して難しくない。そもそも数十秒とか数分もあれば倒れた人も復活する。ただしばらく安静にさせとかなきゃいけないだけだ。その場で放置とかしない限りは問題ない。

 ・・・正直、わざわざ保健室まで連れて行かなきゃならない程のものでもないのだ。ライブ中なんかは客席が熱狂的になってて危険だから、その場から引っ張り出す必要があるが、学園内であればよほど酷い気絶をしてない限り、その場に座らせて深呼吸でもさせておけば復活する。

 それでも保健室が埋まるのは、たぶん周りの人間が失神して倒れるというのが、そもそも非日常であり、対処も分からない人が多いからだろう。

 

「失神の応急処置マニュアル、羽丘の人用に作ってもいいかもな。『急に頭を上げるな』とか『起きても10分とか20分ぐらいは休ませろ』とか」

「あぁ、それいいかも。なんなら今度ハロハピで講習会でも開こうかな?失神の原因、そもそもうちのメンバーだし」

「まぁ、薫先輩のことを抜きにしても、この手の応急処置は覚えてて損はないだろうしな」

「そうだねぇ。ただ禁止されるだけじゃ、薫さんもファンの子も不憫だし・・・」

 

 それにこうして応急処置のやり方が全生徒に普及すれば、ファンの子たちも安心してぶっ倒れることが出来る。

 ・・・俺と美咲の間で、1つのプロジェクトが立ち上がった瞬間だった。

 

「あたし、今度こころに相談してみるよ」

「わかった。俺もマニュアルの掲載、日菜さんに掛け合ってみる」

「問題は内容だよね。もし講習会もマニュアルの掲載もOKが出たとしたら、大まかな内容は統一したい」

「だよなぁ。順序も要点もほぼ同じようになるとは思うけど、万が一食い違いがあってもダメだし・・・」

「これもまた後から決めていく感じになりそうだね」

「よし、じゃあ今からでも決められそうなことは――」

 

 作戦会議も温まってきた頃、2人してがっつり話の内容にのめり込んでいた、まさにその時だった。

 

「奥沢さん!!今井君!!」

「「うあぃ!!!」」

 

 いつの間にかすぐ傍に詰め寄っていた数学の教師からお叱りを喰らった。

 時計を見るともう授業の開始時刻。どうやら話に夢中になり過ぎたらしい。騒がしかったクラスメイト達も、知らぬ間にみんな着席して静まり返っている。

 

「大変殊勝な心掛けの話だとは存じますが、もう休み時間は終わっています」

「「はい。すいませんでした・・・」」

「次やったら課題増やしますからね?」

 

 最後に脅しをかけた後、数学教師は教卓に戻っていった。

 でも夢中になったのは仕方ないと思う。話の内容が内容だったし、そもそも「瀬田薫、羽丘でウインク禁止」とか誰でも引き込まれる話題じゃないか。つまりこれは・・・

 

「美咲のせいだ」

「いや、それは意味わかんないでしょ」

「あんな面白過ぎる話するから・・・」

「あんたが『面白い話しろ』って言うからお望み通りしてやったんじゃん!文句なら受け付けないよ」

「・・・今度の記事で『こころとデキてる』って誤報流してやる」

「いくらなんでもゲスすぎるでしょあんた・・・」

「へっへっへ。この際だから見せてやるぜ。ジャーナリストのちか―」

 

「今井君!!本当に課題増やしますよ!!」

「えっ!ちょっと待ってくださいよ!なんで俺だけ!?」

 

 その後、俺の課題はなんとか増えずに済んだ訳だが、先生の視線は授業の終わりまでずっと痛かった。




 「読みにくい」などの感想、意見。参考にしたいので良ければ気軽に感想欄に書いて下さい。もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。絶対に書けるとは言えませんが、確認はしますので。
 
 あと、この小説で「〇話のこのシーンが良かった」など、印象の良いシーンやお気に入りの場面があればそれも感想欄にお願いします。読者の皆さんがどんなシーンが好きなのかも参考にしたいので、これも気軽に書いて下さい。


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40.倉田ましろに手料理を振舞うシチュ

 今回はリクエストのましろちゃんです。キャラ、シチュ、それに加えてセリフまで指定してくる、トリプルバインドリクエストでした。
 縛りは多かったですが性癖には刺さったので書くだけ書きました。

 ちなみに前回のアンケート

 羽沢珈琲店の日常・・・33%
 今井家の日常・・・・・31%
 クラスの日常・・・・・20%
 部室での日常・・・・・15%

 今回はかなり拮抗してましたね。特に上位2つ。デッドヒートでした。
 毎回、回答ありがとうございます。ちゃんと参考にしますからね。


 倉田ましろは可愛いと評判だ。ルックスは言うまでも無く、性格もなんだか庇護欲をそそられて、守ってあげたくなる衝動が生まれる。

 しかし、ただ可愛いだけでもなく、覚悟を決めてステージで歌う姿は凛々しく、歌っている時のましろの歌声はむしろ「カッコイイ」部類だ。そんなギャップも重なり、モニカの倉田ましろはファンからの人気が強い。

 そしてそんな人気者のましろは、現在・・・

 

「お邪魔します。ここがレンさんの家・・・」

「あぁ。遠慮せず上がってくれ」

 

 俺と一緒に今井家の玄関を跨いでいた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 倉田ましろは言わずと知れた野菜嫌いだ。ほうれん草、グリンピース、にんじん、etc…、挙げていけばキリがない程だ。

 しかし、いつまでも好き嫌いを通す訳にもいかないとは本人も考えているらしく、つい先日、俺に野菜の克服について相談してきたのだ。

 そして、その解決方法として今井家で俺と特訓することになったのだ。

 

「でも、レンさんって料理しないって聞いたんですけど、大丈夫なんですか?」

「あいにく姉さんも含めて家の人間は出払っててな。でも料理のメモ書きはちゃんと預かってるから大丈夫だと思う」

 

 ちなみにメモ書きは姉が書いたものだ。後輩の野菜嫌いの克服について相談したら「あんたが作ってやんな」とだけ言い残し、これを渡された。

 姉曰く、「普段料理をしない同年代の異性が自分のためだけに頑張って作ってくれた料理なんて、アタシだったら嬉しくて完食しちゃうなぁ」とのこと。

 

「それはいいんですけど、お手伝いとか、しなくていいんですか?」

「あぁ。今日はただリビングで待っててくれ。俺の手料理なんて本当にレアだからな」

「はい。楽しみにしてますね」

「おうよ。話しかけてくれたら会話にも乗るし、退屈はさせないから安心しろ」

 

 食材の準備は万全、エプロンは着た、手も洗い、キッチンから少し離れたテーブルには俺の手料理を楽しみに待つましろが見える。

 ・・・さ、料理開始だ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 早速姉から預かったメモを確認し、復唱する。

 

「えっと、『STEP1.まずは忘れないうちにさっさと換気扇をつけろ』か」

「待ってくださいレンさん。レシピ以前にそこからなんですか?」

「うん。前に一回やらかしてるからだろうけど、めっちゃ警戒されてる」

※料理音痴あるある 普段キッチンを預かってる人間からの信用はほぼ無い。

 

 警戒はされているが、今回作るのは野菜炒めだ。姉曰く「いきなり生野菜食べさせても無理があるからね。まずは火を通して豚バラも入れて、味も誤魔化しが効きやすい野菜炒めにしよう。切って炒めるだけだから作る側も楽だと思うし。・・・楽だよね?レン、大丈夫だよね?なんで目を逸らそうとするの?えっ、待って?本当に大丈夫?」とのこと。

 ・・・丁度いいくらいの料理があるじゃねえか。こんな簡単料理なら俺でもやれるぜ。

 

『STEP2.キャベツ、ニンジン、玉ねぎ、ピーマンを食べやすいサイズに切る』

 

「いや、すげー野菜切らすじゃん。てか切る野菜多すぎだろ。そもそも『食べやすいサイズ』ってなんだよ。もっと具体的に書けよあのバカ姉貴め・・・」

※料理音痴あるある レシピに文句を言い出し、挙句製作者にも苦言

 

「あの、レンさん。今まな板に置いてあるのってニンジンですか?それにピーマンも見えたような・・・」

「そりゃあ、好き嫌い克服のための料理だからな。当然こいつらは外せない」

「わかってはいますけど、見てるだけで鳥肌が・・・」

「目瞑っとけ。しばらく野菜切るから」

「はい・・・」

 

 後輩にそれだけを言い残し、俺は野菜を切り始めた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ざく、ざく、ざく・・・野菜を切る。

 

「・・・」

 

 ざく、ざく、ざく・・・野菜を切る。

 

「・・・」

 

 ざく、ざく、ザシュッ!・・・野菜と一緒に指も切る。

 

「~~~っ!」

※料理音痴あるある 事故って流血沙汰。

 

「あの、レンさん?大丈夫ですか?もう目を開けても―」

「いや、ダメだ。もうちょっと待ってろ。・・・これは見せられない」

「・・・はぁ」

 

 ましろが目を瞑ってて幸いした。指を切った悲鳴を上げなかったのは我ながらファインプレーだと思う。

 思いっきりやったから傷は想像よりも深い。取り敢えず絆創膏は貼ったが、キッチンの所々には血痕が残る。

 鋭利な包丁と木目のまな板には深紅の鮮血・・・。なんなら手先にも赤く迸った痕跡。

 

「ヤバい。ヤクザが落とし前つけたみたいになった・・・」

※料理音痴あるある まな板が悲惨なことになる。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『STEP3.豚バラ肉と一緒に切った野菜をフライパンに入れて炒める。少ししてからキャベツともやしを追加。あ、炒める前にちゃんとサラダ油は引いたかな?もし食材が焦げ付いてフライパンがダメになったらレンが弁償することになるからね☆』

 

「舐めやがって・・・」

「とか言いつつさっき、「そうだ油だ。危ない危ない」って聞こえたのは・・・」

「気のせいだ」

※料理音痴あるある フライパンに油を引くという基本すら頭に無い

 

 さて、油はちゃんと引いた。点火開始といこう。

 気を取り直し、呼吸を整える。

 

「『炎の呼吸』・・・!」

「レンさん・・・(引)」

※料理音痴あるある 火を扱う時に取り敢えず炎系の技名を言っちゃう

 

「『奥義、玖の型』!」

「いやダメですって!キッチン粉々になりますよ!」

※料理音痴あるある そしてチョイスする技は取り敢えず火力が高い

 

 

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『STEP4.キャベツがしなってきたら火を切る。ここでダメ押しに塩コショウ、ごま油を入れてかき混ぜることにより、更に野菜の味を誤魔化す。あとは盛り付けて完成。

 ね?簡単でしょ?冷蔵庫にご飯も冷やしてあるから、仲良く食べてね☆』

 

「『簡単でしょ?』じゃねえよ・・・」

「あ、完成ですか?すごくいい匂い」

「あぁ。すぐ持ってくから待ってろ」

 

 大皿に盛りつけられた野菜炒めに、白米が盛られた茶碗を2つ、テーブル上の光景を見て既に達成感が出てきているが、本題はここから。

 そう。ましろが食べてくれるか。だが、それはひとまず頭の片隅に追いやり、2人で手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 結論、普通に美味い。

 ごま油と塩コショウで味は濃くなってはいるが、野菜が味の濃さをセーブしていてバランスが取れている。野菜もいい仕事をしている。もやしとキャベツもいい感じにシャキシャキして、食べていて幸せな気分になる。

 

「ましろ、お味はどうだ?」

「はい。ご飯に合う味付けで、すっごく美味しいです!」

「そいつはよかった」

 

 ましろも満足そうに食べている。食べてくれてはいるが、気がかりな部分が少しある。

 ・・・あまり追求したくはないが。

 

「あのさ。ピーマンとニンジンだけ、減ってなくない?」

「うっ・・・」

「美味しくなかった?」

「ごめんなさい!レンさんが作ってくれたのに・・・」

 

 申し訳なさそうに深く頭を下げるましろ。食べないことを責める気は無いが、ましろの為に作っただけに、残されるのはやはりショックだ。

 ・・・世のお母さん方の苦悩と悲しみが少しだけ理解できる気がする。

 

「まぁ、気にすんなよ。残った分は俺が食べるし、食材は無駄にはならないから」

「本当にごめんなさい・・・」

「いいっていいって。それにしても思ってたより筋金入りの好き嫌いだな。やっぱり別の方法を考えた方がいいか・・・?」

 

 眉間を抑えて考えていると、ましろが反応してきた。

 

「あの、レンさん」

「何?」

「いや、その指の傷、どうしたんですか?さっきは無かったですよね?」

「あぁ、これ?ちょっと包丁で切ってさ。ほら、野菜切ってる時。ましろは目瞑ってたけど」

「レンさん・・・どうして言ってくれなかったんですか!こんなに深く切ってるのに」

「そりゃあ、女の子に血は見せたくないだろ。あぁ、でも今つけてる絆創膏も、思ったより血が染みてるな。ちょっと取り替えてくる」

 

 絆創膏に染みただけのものとは言え、食事中の女の子相手に血を見せるのは、少し悪いことをしたかもしれない。

 後で謝らないと。と思いながら戻ってくると、ましろの表情は変わっていた。

 

「レンさん」

「ましろ?」

「あの、私に・・・あーんしてくれませんか!?」

「えっ・・・?」

「私、レンさんがそんなになるまで頑張って作ってくれた手料理を残すなんて・・・やっぱり嫌です!」

「ましろ・・・」

「でも、自分で食べるのは・・・やっぱり体が抵抗しちゃって・・・」

「だから、自分以外の誰かにして欲しいってこと?」

「はい。お願い、できますか・・・?」

 

 不安げに、上目遣いで頼み込んでくるましろ。・・・こんな頼み方をされて拒めるやつなんかいないだろう。

 

「ましろ」

 

 ましろの箸を借り、手近なピーマンを取る。

 

「ほら。あーんして」

「あっ・・・。はい・・・」

 

 あ、これは自分のお願いが思ってたより恥ずかしいものであることにたった今気づいたって感じの顔だ。

 しかし、引くに引けないのか、途中でやめたりはしない。

 

「どうぞ」

「あ~ん」

 

 ピーマンは彼女の口に運ばれた。後はましろ次第。

 

「んっ・・・んん・・・!」

 

 咀嚼の度、苦しそうにしていたが、しばらくしてましろは見事、ピーマンの一かけらを飲み込んだ。

 

「お、食べたじゃん。お味はどうだ?」

「恥ずかしいのに気を取られて・・・そこまで味を気にせずに済みました」

「食べてくれて嬉しいぞ。偉い偉い」

「えへへ・・・」

 

 頭を撫でると、嬉しそうに微笑んでくれた。まだ野菜炒めは残っているが、これはましろにとって大きな一歩だ。

 

「もう一個、いける?」

「・・・まだ抵抗が」

「そっか」

「あれよりも気が逸れるような食べ方ならいけるかも・・・」

「と言うと?」

「だから、さっきよりも恥ずかしい感じで、レンさんにあ~んしてもらえたら・・・く、口移し・・・なんて・・・」

 

 可愛い顔して随分と大胆なことを言う。

 口移し・・・ポッキーゲームみたいに、俺が野菜の片方をくわえて、もう片方をましろが・・・といった感じだろうか?確かに恥ずかしくて野菜の味を感じる余裕なんてなくなるかもしれないが・・・

 

「いや、何言ってんだろ私。レンさん、さっきのは忘れて―」

「いいよ。やろうか」

「へっ?」

 

 ニンジンは長めに切ってある。出来ないことはないだろう。

 俺は手近なニンジンをくわえる。・・・ちょっと喋り辛いな。

 

「はい。どーぞ」

「えっ、いや、流石にそれは・・・」

「?」

「ダメですって!もし、その、キ・・・キス、とかしちゃったらどうするんですか!?」

「んー?」

 

 消極的になったましろを急かすように、一層顔を近づける。

 

「ねぇレンさんお願い。恥ずかしいよ・・・」

 

 くわえたニンジンの先端を、ましろの唇に近づける。

 

「レンさん・・・」

 

 そして・・・

 

「はい。時間切れ」

 

 触れる寸前、そのままニンジンを頂いた。うん。美味しい。

 

「・・・しないんですか?」

「ニンジンも食べられないようなお子様に口移しは100年早い」

「お子様って・・・」

「あーんしてもらわなきゃピーマンも食べられないのに?」

「うっ・・・」

「やっぱり年下をからかうのが楽しいなぁ。照れ顔も間近で見れたし、顔も赤くして・・・」

「むぅ・・・」

「ざぁこ♡」

 

 そう言ってましろの頬をつつくと、ましろは俯いた。表情はよく見えない。

 

「レンさん。さっきのニンジンのくわえ方、もう一回してください」

「なんで?」

「いいから」

 

 そう言われ、またニンジンをくわえて向き直ると・・・

 

 ノータイムで顔をホールドされた。両手で抑えられて逃げられない。ましろを見ると顔は赤くなり、ぷくーっと頬を膨らませ、涙目でこちらを睨んでいた。

 そして開口一番

 

「私・・・ざこじゃないもんっ!」

 

 ヤバい。こいつ煽り耐性0だ。ちょっとからかい過ぎたかもしれない。

 

「あの、ごめん。さっきは悪かったから・・・」

「絶対許さない。お子様じゃないって分からせてやる・・・!」

「あの、ましろさん・・・?」

 

 俺の言い訳など欠片も聞かず、ましろはニンジンに噛り付く。

 

「はむっ!・・・はむ、はむ・・・!」

 

 そしてガツガツ食べ進め、涙目のましろの目元しか見えない距離まで近づき・・・

 

「はむっ!」

 

 最後の一口を終え、俺から離れた。・・・ましろは怒りに任せてニンジンを噛み、飲み込んだ。

 

「ふぅ・・・これでもまだ、お子様って言いますか?」

「いや、お子様とかそれ以前に・・・。おめでとう。ニンジン食べられたじゃん」

「あっ・・・!」

 

 ちょっと調子は狂ったが、結果的に最大の目的は達成された。

 

「えっと、ありがとうございます?」

「作戦成功だな。嫌いなニンジンも口移しなら食べられたわけだし・・・。問題は残りの野菜だけど。どうする?また口移し?」

「いや、やっぱり恥ずかし過ぎたので、その、またあーんする方向でお願いします・・・」

「りょーかい」

 

 この後、ましろは野菜炒めを見事に完食した。一つひとつを食べるのに時間は掛かったが、ニンジンとピーマンを食べたという事実は、ましろにとっても大きいはずだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ここまで達成感の強い食事も、今までなかった気がする。食器の片付けも終え、解散の雰囲気になり、今は駅前までましろを送っているところだ。

 

「レンさん。改めて、ごちそうさまでした。すっごく美味しかったです」

「はい。改めてお粗末様でした。気に入ってもらえて何よりだ」

 

 今回の特訓、成果としては大成功だと思う。味付けは強かったが、嫌いな野菜を残すことなく食べたのだ。

 このまま味付けを薄めていき、いずれは生野菜も口にできるといいが・・・まぁ、それは将来に期待だ。

 

 そして、そうこうしているうちに駅前にも着いてしまった。

 

「ここまで来たら、もう1人で帰れるよな?」

「あぁ、はい。・・・大丈夫です」

「本当か?なんか歯切れ悪いけど」

「・・・強いて言うなら、もう少し一緒にいたいです」

「その気持ちは嬉しいけど、流石にな・・・」

「ですよね」

 

 ・・・

 

「レンさん。頭、撫でてください」

「いいのか?」

「はい。野菜、頑張って食べたし・・・」

「ましろ」

「はい」

「・・・おいで」

 

 ましろの綺麗な髪をなぞるように、ただ優しく撫でる。

 

「偉い偉い。よく頑張ったな」

「えへへ・・・」

「残さず食べてくれて嬉しかったぞ」

「レンさん。もっと・・・」

「甘えんぼさんめ」

 

 その後も、俺は帰る予定の時間を超えて、ましろの頭を撫で続けた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ましろと別れた後、しばらくしてましろからチャットが届いた。

 

『レンさん。今日は本当にありがとうございました。

 今日のレンさん、真剣な表情でキッチンに立ってて、ちょっとカッコよかったです。

 あと、頭撫でてくれた時、すごく優しくて、お兄さんみたいって思っちゃいました。

 

 言葉はまとまらないけど、好きです。レンさんのこと』

 

「ホント魔性の女だな。あいつ・・・」

 

 向こうは素でやっているのだと思うが、もしこんなメッセージを世の男子にでも送ってみろ。絶対みんな勘違いするだろ・・・

 

『あまり男子に向かってそんなことホイホイ言うなよ』

 

 警告のつもりで送ったが、それに対する向こうの返信は早かった。

 

『こんなこと、レンさんにしか言いませんよ?』

 

 ・・・(深呼吸タイム)

 

「うん。風呂入ってさっさと寝よう。なんか頭沸きそう」

 

 冷静さを取り戻すにはそれなりに時間を要した。

 




・「読みにくい」などの感想、意見
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41.今井リサと休日を過ごすシチュ

 今回はリクエストのリサ姉です。ボリュームは少なめ。

 そして前回のアンケート、読みやすいか読みにくいかですが、なんと読みやすいが100%でした。他作品の漫画、ゲームのネタやセリフをおふざけでぶち込むこともあるので、読みにくく感じてる人もいるかと思ったのですが、40話近く読み続けて下さってる読者様に今更聞くことでもなかったようですね。


 新聞部のデスクワークは部室以外で進められることもある。作業量が多すぎて部室で片づけられなかった時や、休日に顧問の教師がいない時は自室で進めることになる。

 今日も休日の昼から外にも出ずに、自室でPCと睨み合っている。

 

「今日中には片付けたいよな・・・」

 

 そんなことを呟いていると、部屋の外から足音が聞こえてくる。

 たぶん姉さんだろう。そのまま姉さんの部屋に向かうならスルーだが、たまに面倒事を持ってきたりすることもあるので油断は出来ない。「一緒にお出かけしよ♡」なんて言われて付き合ったりしたら間違いなく荷物持ちだ。いや、荷物持ちだけならまだいいが、あの女は買い物の道中で隙あらば手を繋いでくる。人前ではやめろと何度も言っているのに。

 

「よし。とにかくこの部屋の扉を開けてこようものなら間髪入れずに無視とスルーと拒絶を―」

 

 バタンッ

 

「レン~。さっき調子乗ってチャーハン作り過ぎちゃったんだけどさ~、食べる?」

「えっ、マジ!?ぜってー食べる!」

 

 ・・・休日昼過ぎの男子高校生にチャーハンの誘惑は卑怯だと思う。

 

 

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 リビングに置かれたチャーハンは時間が経って少し冷めてはいた。だが、

 

「美味いんだよなぁ・・・」

 

 姉さんが作るチャーハンなんて、そもそも美味いに決まってるのだが、やはり実際に食べてみるとより美味しさが押し寄せてくる。

 分かりにくいとは思うが、「あ、俺、チャーハン食ってるわ」ってなる。

 

「・・・で、チャーハンは美味しいのは結構なことだけど、姉さんは食べないのか?」

「え?だってアタシもう食べたもん。」

「・・・そうか」

「心配しなくてもチャーハンのおかわりはレンのものだよ?」

「・・・おう」

「?」

 

 チャーハンは美味しい。おかわりも嬉しい。でも俺は少しモヤモヤしていた。違和感と言うか、なんだかスッキリしないような・・・。

 しかし、そんな俺など目もくれず、姉さんはソファで恋愛小説を読みふけっている。

 

「おかわり貰お」

 

 ・・・もしかして俺、姉さんと一緒に食べられなかったのが嫌だったのだろうか?

 

 

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 チャーハンを完食し、洗い物も済ませ、リビングに戻っても姉さんは相変わらずソファで読書に耽っている。さっきまで背もたれに三角座りをしていた姉さんも、今はうつ伏せでソファの大部分を占領している。

 ・・・そう言えば、こうして姉さんと休日を家で過ごすのも久しぶりな気がする。今までもお互い忙しい身ではあったが、最近Roseliaがもっと忙しくなるにしたがい、同じ時間を過ごす機会は更に減っていた。

 今までの俺ならこのまま姉さんをスルーして部屋に戻っていたが、この機を逃すと次にいつ姉さんと過ごせるかは分からない。最近も何かと姉さんには素っ気ない態度を取っていたし。

 なんか、寂しくなって甘えるみたいで嫌ではあるが・・・

 

「(まぁ、たまにはいっか)」

 

 小さい頃はどうやって姉さんと接していたか。そんなことを考えながら、俺は姉さんに近づき、

 

「何読んでんの?」

 

 うつ伏せの姉さんに重なるように、そのまま背中に乗っかった。

 

「重たっ!」

「無視かよ。何読んでるかって聞いてるだろ」

「いや「無視かよ」はこっちのセリフだって!重いって言ったじゃん!」

「そうか?別に太ってる方ではないと思うんだけど」

「太ってなくてもJKに男子の体重は重いんだよ!ほーら離れた離れた!」

 

 ・・・怒られた。今回はさっさと部屋に戻ろう。やっぱ慣れないことはするもんじゃない。小さい頃はよくやってたんだが。

 そう思って離脱しようとすると、姉さんが服の裾を掴んできた。

 

「どこ行くの?」

「いや、離れろって言うから・・・姉さんも嫌がってたし」

「乗っかられるのはイヤじゃないよ。重いのがイヤなだけ。まったく、全体重乗っけてくるバカがどこにいる・・・」

「・・・ごめん」

「ほんっと不器用なんだから。ほら、腰回りは体重乗っけて大丈夫だから。後はいい感じに分散させて」

「わかった」

 

 あまり負担を掛けないように少しずつ体重を乗せ、姉さんの温もりを感じ取れるようになって、ようやく落ち着いた。

 

「それで何読んでるか、だっけ?例の如く恋愛小説だよ。思ってたのとは違ったけど」

「違ったの?」

「いやぁ、『ちょっと大人な恋愛小説』みたいな売り文句で本屋に置いてあってさ・・・たまにはこんなのもいいかなーって思って買ったらさ、なんて言うか、ちょっとどころじゃないぐらいオトナな感じでさ」

「オトナな感じね・・・」

「この際だからハッキリ言ってやるよ。今がっつり濡れ場読んでる」

「最初に何読んでるか聞いた俺がいうのもアレだけどさ。あんた家族の前でなんてもん読んでんだよ」

「仕方ないじゃん。思ってた感じじゃなかったのはアタシなんだから」

「まぁ、本の内容が思ってたのと違うのはよくある話だけどさ」

「ホントだよ。ヒロインの喘ぎ声に鉤括弧つけんなよな・・・」

 

 とは言いつつもページをめくる手は止まらない。想定外の要素はあれど、内容自体は気に入っているようだ。

 

「レンってさ」

「んー?」

「甘えるの下手になった?」

「・・・どうだかな?」

 

 これでも年上からは可愛がられる方ではあるが、手放しで上手いコト甘えられるかと言われると、微妙な気はする。少なくとも昔のような絡み方はもうできない。

 

「下手になったかどうかは分からないけど、好みの問題ではあるかな」

「好み?」

「俺は誰かに甘えるよりも、甘えられたり、頼ってもらえたりする方が好きなんだよ。小さいときは姉さんしかいなかったけど、最近は年下の連中から慕われるようにはなったからさ」

「なるほど、アタシの背中にくっついて回るだけだったレンも、頼れるお兄さんになった訳だね。流石アタシの弟だ」

「姉さん程じゃないよ」

「別にレンはそれでいいって。年上に可愛がられて、年下に慕われて、同期からも話しやすい存在でいられる人間性は貴重だよ。・・・こうして整理するとレンって上手いこと生活してるよね。付き合いの良さはアタシ譲りか?」

「かもな」

「アタシに対してはツンデレなくせに」

「ツンデレじゃない」

「ツンデレでしょ。普段は絡んでも素っ気ないくせに、放置したら背中乗って甘えてきて・・・猫かお前は」

「うるせぇ」

 

 人にもよるとは思うが、ある程度成長すると身内に甘えるのが一番難しいのだ。

 

「よし、弟。ちょっとだけ離れて。ちょっとでいいから」

 

 小説を閉じて端に追いやった姉さんの言う通りに体を離すと、姉さんは仰向けでこちらに向き直った。

 

「よし、もういいよ」

「いや、もういいって・・・」

「言わなきゃわかんない?」

 

 姉さんは両腕を広げる。

 

「ハグ、しよ♡」

 

 ・・・ちょっと可愛いと思ってしまえるのが悔しい。でも今更、この人に甘えないなんて選択は取れない。

 

「ん・・・」

 

 さっきよりも温かい姉さんの体温が伝わってくる。姉さんの乳房に顔を乗せ、女の子特有のいい匂いを感じた頃には、姉さんの腕は俺の背中に回され、片手が頭に乗せられた。

 

「いい子いい子」

「んん・・・」

 

 姉さんに全てを受け止められ、何もできずにただ頭を撫でられる。

 

「姉さん、やめてくれ。眠くなる」

「ご飯食べたばっかりだもんね。じゃあ、このまま姉さんとお昼寝しよっか」

「子供扱いするな・・・」

「ヤダ。だって可愛いんだもん」

「いじわる・・・」

「そんなに寝たくない?」

「もっと話とかしたいんだよ。今日ぐらい姉さんと・・・」

「お、眠くなって素直になった。最近は2人でゆっくりすることもなかったもんね。もしかして寂しかった?」

「ちょっとしか寂しくなかったし・・・」

「そうかそうか。ちょっとは寂しかったのか」

「だから、もう撫でるな・・・」

「ダーメ☆もうレンはアタシの可愛い抱き枕になるしかないの」

「むぅ・・・」

「はい。お休み」

「・・・・・・・・・」

 

 姉さんの優しさに包まれ、頭を撫でられた俺は、陽だまりのような微睡みに沈むことしかできなかった。

 

「・・・可愛い弟だな。まったく」

 

 ・・・

 

「・・・」

 

 ・・・

 

 

「・・・やっぱ、ちょっと重たいなぁ」

 




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・この小説で好きな話、あるいは好きなシーン

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42.RAISE A SUILENを誘惑するシチュ

 ストレス発散で書きました。そのせいで雑やしふざけてますが、自己満足で書いてるので反省も無いです。
 今回は1バンド全部出しに挑戦してみました。やっぱメインは1人、多くても2人の方が書きやすいですね。

 ちなみに、アンケート
【修羅場はみたいか?】
見たい・・・・・64%
見たくない・・・36%

 やっぱレン君は痛い目に遭って欲しい人が多いのかな?


 CiRCLEでバイトをしていると、まりなさんの買い出しに付き合うことも多い。ただでさえ男手が多くない街なので、荷物持ち要員として丁度いいのだそうだ。

 そして不思議なことに、こうしてまりなさんの付き添いをしていると、かなり高確率でガールズバンドの誰かしらと出会うことになる。・・・本当に不思議なことに。

 そして今回は・・・

 

「こんにちは。まりなさん。レン先輩も」

「よう、ロック。元気そうだな」

「こんにちは六花ちゃん。今日はおでかけ?」

 

 朝日六花。RASのギター担当であり、俺のことを「先輩」と呼んでくれる唯一の年下女子である。今日はRASのメンバー全員で遊んでいるが、今は別行動中だったらしい。

 そしてそれをいいことに、現在まりなさんに絡まれているところだ。

 

「ねぇ六花ちゃん。たまにはCiRCLEにも遊びに来てよ」

「いえ、その、気持ちはありがたいんですが、今はそこまでお金に余裕がある訳でもないですし。練習はチュチュさんのスタジオやバイト終わりのGalaxyの方が・・・いや、CiRCLEも雰囲気が良くて好きなんですけど!」

「えー。ウチだって飴ちゃんの用意とかしてるよ?六花ちゃんだったらお煎餅だってサービスするし・・・」

「そんな公民館みたいな・・・」

 

 そりゃあライブハウスのスタジオもただで借りられる訳じゃない。上京して大変な生活をしているロックに負担を掛けたくない気持ちはあるが・・・。

 

「俺もロックには来て欲しいけどな。CiRCLE」

「えっ、先輩も?」

「まぁ、個人的に「来てくれたら嬉しいなー」ってだけだけど」

「そうだね。練習場所も間に合ってるだろうし、ライブもRASの拠点があるっていうのは分かってるけど、やっぱり六花ちゃんとお話もしたいし、頑張ってる姿を近くで応援したいからさ」

「そうそう。スタッフ一同、歓迎するぜ?」

「まりなさん・・・レン先輩・・・」

 

 感極まり・・・かどうかは分からないが、俺たちの応援の気持ちは響いてくれたらしい。実際ロックの演奏が好きなのは事実だ。ギター引っさげてるとめっちゃカッコいいし。

 

「そうですね・・・。CiRCLEは好きですし、生活に余裕が出来れば、私も常連に―」

「ちょっと待ちなさい!!」

「「誰!?」」

 

 このちょっと生意気な印象を覚えるこの声は、RASのプロデューサーことチュチュ、そして後ろにはRASの他のメンバーが控えている。

 ・・・そう言えば一緒に来てるって言ってたっけ。街中でRASが全員集まってるのなんて、なかなか見ないけど。

 

「こんなに白昼堂々RASのギターを誘惑するだなんていい度胸じゃない。せめてワタシに許可の1つでも―」

「あ、ますき!おたえから聞いたぞ!お前ラーメン屋でウサギのコスプレしてるってホントなのか!?ラーメンも新しいやつ作ったんだろ?今度取材させてくれよ!」

「いいぜ。宣伝効果に繋がるんなら願ったり叶ったりだ」

「サラッと無視キメてんじゃないわよ!マスキングも反応しないで!まったくもう。レイヤ!」

「あ、まりなさん。いつもお世話になってます」

「こんにちはレイヤちゃん。みんな元気そうで何よりだよ」

「ちょっと!!」

 

 なんか知らないがチュチュに怒られた。そしてついでに俺たちのもとからロックが引っぺがされた・・・。

 

「まったく。マリナもレンも困るわね。こんなに白昼堂々RASのギターを誘惑するなんて」

「誘惑って・・・ちょっと常連になってくれたら嬉しいなーってだけだったんだけど」

「常連?悪いけどその辺りのことは間に合ってるの。あなた達に用事がある時は練習の空気を変えたい時とライブの時だけよ」

 

 なんだろう。チュチュのやつ、いつもよりピリピリしてる気がする。RASもCiRCLEとの交流はそれなりにあるというのに・・・。それにいつもなら俺やまりなさんとももう少し仲良く話してくれるのに。

 あ、分かった。多分こいつ、RASのみんなで仲良くお出かけしてたところを俺たちに水を差されたように感じたんじゃないだろうか?別行動が終わってメンバーが集まり出したところに、俺たちがロックと話してるところを見つけて、内容がCiRCLEの常連になれって感じだったから、「CiRCLEにロックが取られちゃう!」とか無意識に思ったんじゃないだろうか?

 チュチュはメンバーに対して好き好き言ったり独占欲を出したりするタイプの人間性ではないし、俺の考えすぎの可能性もとことん高いが。

 ・・・もしそうだとしたら、ちょっと可愛いな。

 

「とにかく、あなた達CiRCLEにロックは渡さないわ」

「あの、チュチュさん?」

「あなたもあなたよロック。簡単に絆されるんじゃないわよ」

「・・・は、はい」

「あの、チュチュ様?何もそこまで言わなくても・・・」

 

 チュチュはロックの腕をホールドして、こちら牽制してくる。

 ・・・いや、好きじゃん。レイヤとますきに関しては完全に保護者ヅラしてるし。

 

「レン君、もしかして私たち、悪者みたいになってる?」

「そうですかねぇ・・・」

 

 確かにそうかもしれない。今のチュチュの目線からは敵意に近いものすら感じるレベルだ。だが・・・

 

「(この手のいじらしい顔されると、ちょっと意地悪したくなるんだよなぁ・・・)」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「ロック。ちょっと集合」

「へ?」

「レン、あなた。どうゆうつもり?」

「ちょっと話すだけだって」

 

 半ば強引にロックを引きはがし、こちらの陣営に引き寄せ、ガッと肩を組んで逃げ道を封じた後、小声での会話を始める。

 

「あの、レン先輩?」

「ねぇ、レン君、連れてきて大丈夫なの?」

「問題無いですよ。すぐに終わりますから」

 

 まりなさんにそう告げた後、俺は「交渉」に乗り出した。

 

「先輩、チュチュさんもああ言ってますし、CiRCLEに立ち寄るのはまた今度の機会に・・・」

「そう硬いコト言うなよ」

「でも・・・」

「喚くなよ。人生は楽しまなきゃ、損だぜ。ロック」

 

 俺は悪びれた顔で懐から茶封筒を取り出し、ロックの前でちらつかせる。

 

「これは・・・?」

 

「ちょっとマリナ!どきなさいよ!ロックに何するの!?」

「ごめんねチュチュちゃん。すぐ終わると思うから・・・」

 

 外野が騒がしくなってきたが、もうロックは俺の封筒を受け取ってしまった。

 

「・・・?」

 

 ロック、封筒の中身を取り出す。

 

「・・・!」

 

 ロック、中に入っていた香澄の生写真を確認。

 

「・・・・・・」

 

 ロック、呼吸を整えてRASの陣営に向き直る。

 

「私、もうCiRCLEにしか通いませんっ!」

「ちょっとレン!一体ロックに何を渡したの!?」

「残念だったな。もうお前らのギターはCiRCLEのものだ!」

「こいつ・・・!」

「待ってチュチュ!今レン君に近づいちゃいけない!」

「どうして!?」

「いや、レイの言う通りだ。誘惑をくらいたくないなら離れた方が良い。あたし達はもう、こいつの間合いに入っちまってる・・・」

「間合い・・・ですか?」

「ああ。こいつの・・・能力のな」

 

 おっと。他のメンバーは思ってたより勘が鋭いらしい。この調子で他の連中も常連にしてやろうと思ってたのに。

 

「よく見破ったなますき。その通りだ。俺は茶封筒からガールズバンドの生写真が出せるし、何もないところから茶封筒が出せる!」

「そんなフジキセキみたいな・・・」

「これこそが俺のオーバーソウル。スピリット・オブ・茶封筒の力だ!」

「「「(能力名ダサっ・・・!)」」」

 

 俺の能力は確かに見破られたが、俺の優位は変わらない。一人ずつ沈めるとしよう。

 

「みんな。とにかく距離を取ろう。これ以上レン君の間合いに居るのはマズい」

「ほーう。いい判断じゃないかレイヤ。だが一手遅い」

「ハッタリでしょ?」

「と、思うじゃん?」

 

 まさかコイツ、自分が攻撃されるとでも思ったのだろうか。攻撃など、とっくに終わっていると言うのに。

 そう思いながら、俺は指を鳴らし、レイヤの胸元を指さす。

 

「ポケット」

「えっ、なっ!?いつの間に!」

「レイヤさんの胸ポケットに例の茶封筒が!」

「いつ入れたんだよ!」

「もう頭おかしいでしょアイツ!」

「おいレイ!絶対それ開けるんじゃねえぞ」

 

 俺の先制攻撃で向こうはかなり動揺しているらしい。一度混乱した組織は潰すのも容易い。

 

「いや、大丈夫だよ。私は写真を渡されて向こうに靡くような推しのメンバーもいないし」

「ちょっとレイヤ、まさか開ける気?」

「だって茶封筒のままそこにあると、やっぱり中身が気になるし・・・」

「レイヤさん!」

「バカ!よせ!」

 

 組織の一大事は愚者が愚行をやらかすことではない。普段まともなやつが、愚行をやらかす時こそ、真にヤバい事態なのだ。

 

 パサッ・・・(レイヤ、開封)

 

「・・・!」

 

 中身、花園たえのキメ顔ポニーテールwithライブ衣装

 

「・・・・・・」

 

 レイヤ、写真をしまってCiRCLE陣営に移動。RAS陣営に向き直る。

 

「ロックがどこの常連になるかはロックの自由だと思う。あと、私もCiRCLEにしか通わないことにしたから」

「レイヤさん!」

「レイヤ!」

「レイ!・・・くっ、こいつはまずいな」

 

 さて、数の上でもこちらが優位になった。4対3、RAS陣営はチュチュとパレオをますきが庇うような形になっている。

 ヤバい。なんか楽しくなってきた。

 

「ますきー、お前って可愛いもの好きだよなぁ?」

「レン、そんな脅しがあたしに効くとでも思ってんのか?本当はもう封筒なんざどこにも無いんだろ?日常的に過ごしてて茶封筒を3枚も4枚も常備してるなんて常識的に考えてありえない」

「本当にそんなこと言っちまっていいのか?そのセリフ、取り消すなら今のうちだぞ?」

「いいや取り消さない!あたしが言ったことは間違っていない!間違っているのはお前だ!さっきの封筒だってお前は偶然持っていただけなんだろ!?そしてそれもレイに渡した分で尽きた。違うか!?」

「なるほど。じゃあ、質問を変えようか」

 

 俺はトランプの手札を広げるように、大量の茶封筒を手に取って見せつける。

 

「どんな女がタイプだ?」

「何ィ!?」

「いや、どっから出したのよ!?」

「気のせいでしょうか?パレオの目には虚空からいきなり現れたように・・・」

「ご生憎だったなぁ!ありえないなんて事はありえないんだよ!」

 

 悪役ムーヴは楽しいが油断はしない。俺は追い打ちを掛けるようにラインナップを説明する。

 

「バイト中に頑張ってトレーを運ぶ二葉つくし」

「くっ・・・!」

「すごい幸せそうな顔でチョココロネを頬張る牛込りみ」

「ぐうぅっ・・・!」

「あと、ついでにその辺で撮影した近所の野良猫」

「ウオオアアアアアァァァ!!」

 

 ますき、昏倒。

 

「さて、あとは中学生2人か。お前らもロック共々CiRCLEの常連にしてやる」

「チュチュ様!ここはパレオが!」

「ダメよ!あなたまで誘惑されちゃう!」

「いいえ。パレオには効きません!なぜなら前に取材を受けた報酬として、既にパスパレの皆さんのオフショットを頂いているから!」

「パレオ・・・!」

 

 確かにパレオの言うことは理にかなっている。俺は既に自分のコレクションの一部を報酬として献上した。しかし・・・

 

「なぁ、パレオ。まさかとは思うが、俺の宝物庫の中身が・・・あの時に渡したもので全部だと思ってるのか?」

「えっ?違うんですか?」

「当たり前だろ。今までに俺が何回パスパレ取材したと思ってんだ」

「・・・いえ、関係ありませんよ。パレオはチュチュ様に忠誠を誓った身。CiRCLEに靡いたりなんかしません」

「そうか・・・」

 

 パレオの意思が硬いのは目を見れば分かる。一筋縄ではいかないだろう。

 

「ところでパレオ。いい鞄だな。それ」

「なぜ唐突にパレオのバッグの話を?確かにいいものではありますが・・・」

「本当にオシャレな鞄だよな。何が入ってるんだ?」

「別に、大したものは入っていませんよ?えーと、どれどれ。まずはお財布に・・・スマホに・・・そして謎の茶封と・・・って謎の茶封筒!?いつの間に!?」

「何なのよ!?もうアイツ怖いんだけど!」

 

 さて、仕上げといこう。

 

「素晴らしい提案をしよう。お前も常連にならないか?」

「なりませんっ!ロックさんもRASのメンバーも渡さない!誰にも!」

「パレオ・・・」

「残念だな。その封筒の中、日菜さんが麻弥さんに頬擦りしてるんだけど」

「・・・!」

「いいんだな?」

「・・・ッ!!」

 

 沈黙、そして・・・

 

「ゴフッ!」

「パレオ!?」

 

 パレオは最後まで洗脳に屈することはなく、CiRCLE陣営の誘惑に吞まれる前に昏倒した。

 

「さぁ、この戦争もフィナーレといこう。最後はお前だ」

「くっ・・・!」

 

 と言っても決着はさっさと着けられそうだ。こいつに有効なカードは揃っている。

 

「さぁ、これで終わ―」

 

 り。と言いかけたところで、後ろから誰かに肩を掴まれた。

 

「まりなさん?」

「・・・レン君」

「はい」

「ていっ」

 

 ベシッ!

 

 振り返ったのも束の間、俺はまりなさんに強めのチョップを喰らった。

 

「痛っ!まりなさん、何を・・・?」

「レン君、冷静に周りよく見て」

 

 こちら側にいるのはまりなさん、それに息を潜めて待機するロックとレイヤ。こいつらは良いとして前方には昏倒した女の子が2人。そして仲間に散々なことをされて涙目の小柄な中2女子が1人。・・・よく見たら人も見物人もちらほらいる。

 あ、冷静になるとヤバい絵面だ。しかも完全に俺が悪者だし。

 

ベシッ!

 

 もう一度チョップを喰らった頃には、俺も反省の念でいっぱいだった。まりなさんも、結構強めに怒ってる。

 

「やりすぎ」

「すいませんでした」

「謝る相手は私じゃないでしょ。このお馬鹿さん!」

 

 休日の昼下がり。俺はチュチュを含めるRASのメンバーに、盛大な土下座を決めることになった。

 

「本っ当に申し訳ありませんでしたあぁぁ!!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「ごめんね。ウチの従業員が・・・」

「別にいいわ。ロックもレイヤも正気に戻ったし、マスキングもパレオも回復したし」

「チュチュ、本当に悪かった」

「いいわ。最初はワタシもムキになった所があったし。でも・・・」

 

 4人で談笑する他のRASのメンバーをよそに、正座したままの俺を見下ろしながらチュチュは聞き込んでくる。

 

「どうして、そこまでしてロックを常連にしたかったの?ほかのメンバーまで巻き込んで・・・」

「確かに、それは私も気になるかな。あんな強引なやり方、レン君らしくないよ」

「理由か・・・」

 

 ここまで騒ぎを起こして言わないのも違うよな・・・。

 

「ロックが常連になってくれたら、文化祭のステージでやってたカッコいいやつが聞けると思ったんだ・・・」

「それだけ?」

「大まかにはそれだけだ。それでRASのみんなが、練習やライブでもっとCiRCLEを使ってくれたら・・・もっとカッコいい曲が聞けると思って。・・・その、RASの曲、大好きだから」

「なるほど。確かに中高生男子が好きそうなサウンドだもんね。RASの曲って」

「俺も忙しくて、簡単にライブ行ったりも出来ないからさ・・・でも、今回は明らかにやり過ぎた。マジで反省してる」

 

 正座のまま頭を下げると、そっと頭を撫でられる感触。

 

「あの、チュチュ?流石に正座したまま女子中学生に頭を撫でられるのは、その、威厳と言うか・・・」

「RASの曲が聞きたいなら言ってくれたらよかったじゃない。毎回って訳にはいかないにしろ、ライブの招待ぐらいするわよ。知らない仲じゃないんだし・・・」

「チュチュ・・・」

「それにしても随分欲しがってくれるじゃない。年下の前ではカッコつけようとするくせに、結構可愛いことも言えるのね」

「それは・・・」

 

 チュチュのやつ、凄く悪い顔してる。

 

「ま、いいわ。あんたもいい加減立ちなさい。膝、痛いでしょ?」

「?ありがと・・・」

 

 他のメンバーも待ちくたびれてる様子だ。そろそろ解散になるだろう。このままさっさと帰ってしまうのもいいが、チュチュには迷惑をかけた。

 ・・・もう少し、色々言おうか。

 

「なぁ、チュチュ」

「What?」

「いや、さっきRASの曲が大好き・・・みたいなこと言ったけどさ・・・」

「えぇ」

「実は、特にチュチュのラップパートがめちゃくちゃ好きなんだよな。聞いてる人間を煽ってくるあの感じとか・・・えっと、バカだから上手く伝えられないけど・・・心が熱くなるって言うか・・・とにかくカッコよくて・・・その、大好き」

 

 ダメだ。何か言ってて恥ずかしくなってきた。

 

「そう。ありがとね」

 

 しかし、チュチュはそんな俺をからかったりはしなかった。1ファンからの想いを、ただ真摯に受け止めてくれた。

 ダメだ。微笑みがいちいちカッコいい。好きになりそう・・・。

 

「レン、ちょっとこっち来なさい」

「何?」

「いいから」

 

 手招きされるがままに近寄ると

 

 ガッ!

 

 俺の服の襟を掴み、そのまま俺を抱き寄せてきた。そしてそのまま耳元で・・・

 

「ライブの時は気を付けて。アナタのコト、骨抜きにしちゃうから」

「・・・!」

「じゃ、その時を楽しみにしてるわ。Bye」

 

 最後に俺の耳にイケナイ刺激を与えたチュチュは、そのまま他のメンバーを連れて去ってしまった。

 俺は近くにいたまりなさんも気にせず、ただその後ろ姿を茫然と眺めていることしか出来なかった。

 

 

「・・・きゅん」

「「きゅん」じゃないでしょ。私たちも帰るよ」

「・・・抱かれてぇ」

「コラッ!」

 

 こうして俺は、本日最後となるまりなさんのチョップを受けたのだった。

 




・「読みにくい」などの感想、意見
・この小説で好きな話、あるいは好きなシーン

 参考にしたいので気軽に感想欄へ書いて下さい。特に好みのシーンとかは参考にしやすいのでお願いします。
 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。推薦とかしてくれる神様もいればいいな。

 もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。採用できるかは不明ですが、確認はしますので。期待せずに気軽に送ってください。


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43.今井レンが過去を語るシチュ(過去編)(上)

 アンケートを実施した所、多くの割合で主人公は好感が持てるって感じだったので、今回は主人公の掘り下げです。
 おふざけやイチャつきが続いてたのもあるし、この設定だけが出力されずに頭の中をぐるぐるしてるのも嫌だったので、自分のために書きました。

 取り敢えず、頭の中にあったものを出せて一息、といった感じ。

 


 幼少期の俺は、根暗という程でもないが、引っ込み思案で積極的に外へ出て遊ぶタイプではなかった。

 しかし、姉さんはそんな俺をよく外へ連れ出してくれた。どんな場所に行くとしても、姉さんが一緒なら怖くなかった。

 友希那さんと出会ったのもそんな幼少期の頃。小さかった俺はまだ舌足らずだったのでうまく「ゆきなちゃん」とは呼べず、うまく言えなかった「な」の部分を抜き、

 

「ゆきちゃん」

 

 と呼んでいた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 少し大きくなると、友希那さんの家族の影響もあり、俺たち3人は音楽に触れることとなった。友希那さんはメキメキと才能の一角を現し、姉さんもそれに続いて楽しく参加していたが、俺の場合、そうはいかなかった。

 音程もリズムもまるで取れない。前提として音楽の楽しさが理解らなかった。

 

「レンは下手っぴだなぁ」

 

 なんて言われてからしばらくして、俺は音楽を「やる側」から身を引き、公園で姉さんと友希那さんが歌うのをお客さんとして「見る側」となった。

 自分は音楽ができないことを早々に理解した俺だったが、大して気にはしていなかった。

 2人に歌を聞かせてもらう時間は、本当に楽しかったから。

 でも、今になると理解る。あの時の俺は、大好きな2人が笑顔で幸せそうにしているから楽しかったのであって、結局のところ、俺は音楽を楽しんでなどいなかったのだ。

 

 

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 小学生になってしばらくして、ようやく自分の音楽適正の無さが病的で、少しばかり異常なものであることに気付いた。「音痴」なんて言葉では片づけられに程に

 音楽を担当していた教師も熱心に指導してくれたが、何度指導しても成長を見せない俺に対して、次第に敬遠する姿勢を取るようになった。

 

「やる気が無い」

 

 その一言で片づけられたのを最後に、俺を指導する教師は1人も居なくなった。

 合唱祭なんかがある時は特に大変だった。俺はただ、足を引っ張ることしか出来なかったから。

 

「ちょっとは真面目にやってよ!」

 

 真剣に何度も練習をした後に、クラスメイトの誰かから言われた一言はそれだった。

 当然俺は真面目だった。

 

 しかし、どこがどのように間違っているかすら、俺にはてんで理解らなかった。

 分かったのは取り敢えず俺が悪いということだけ。

 

 学年も最後辺りに差し掛かると、「もう今井は口パクでいい」と言って見限られた。「楽そうで羨ましい」とも言われたが、出来ることなら俺だって普通に歌いたかった。

 でも、得体も知れない何かに、訳も分からないまま首を絞められ続けるような責め苦を味わわなくていい事実に対して、どこか安心してる自分も居た。

 

「幼馴染の湊さんはあんなに上手なのに・・・」

「お姉さんは普通に歌えるのに・・・」

 

 そんな声を聴かなくて済むのは、寧ろありがたかった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 中学に上がる頃には、姉さんや友希那さんとも折り合いが悪くなった。

 2人が悪かった訳ではない。音楽で更に才能を磨き上げる友希那さんに、何でもかんでもサラりとこなして、一種のカリスマ性を発揮する姉さんに対して、何の個性も持ち合わせなかった俺が、醜く一方的にコンプレックスを感じただけだ。

 

 ずば抜けてデキた人間が身近に2人も存在するという環境は、ただ俺を惨めにするだけだった。

 

 2人を避けるようになった俺だったが、他人には優しくしようと努めた。誰かに優しくすれば、

 

「今井君は優しいね」

 

 なんて誉め言葉が返ってくることを知った。

 ・・・何の才能も個性も持ち合わせていなかった俺は、誰かに優しくする以外の褒められ方を知らなかったのだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 しかし、中学に上がってしばらくすると、近いうちに合唱祭があることを担任の教師が知らせた。

 クラスは大盛り上がり。合唱曲はどんな歌にするかでクラス中が白熱の議論を交わす中、俺の中に沸き上がったものは絶望だった。

 小学校の6年間で失敗を続けてきた俺に、「次こそ歌えるようになろう」などと前向きに考えることが出来るようなメンタルは残っていなかった。

 「またあの苦行を強いられるのか」そんな気持ちでいっぱいになって、どんどんネガティブに陥っていく俺は・・・

 

「先生、具合悪いんで保健室行ってきます」

 

 逃げることしか出来なかった。

 

 もう、何も見えない。何も聞こえない。何も響かない。

 気付いた時には、俺の心から光は消え失せていた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 「一度逃げると逃げ癖がつく」なんてよく言われたりするが、それは俺も例外じゃなかった。

 学校には通うが、合唱祭の練習には意地でも参加せず、校内の人気のない所で過ごす生活。

 最初はバッシングを受けたものだが、3日もすると同じ小学校だった奴が広めたのか、「今井レンは歌えない」ということは常識になっており、練習で俺に構う生徒は居なくなった。しつこく説得を試みる教師も中にはいたが、全て無視した。

 合唱祭当日も俺は顔を出さなかった。

 

「お前らはいいよな。どうせ俺なんか・・・」

 

 このことをきっかけに、俺は音楽の授業もサボるようになった。

 合唱祭だけ参加せずに、体育祭や文化祭だけ出るのも忍びない気がしたのでそれらの準備期間がある時は、もう制服着て家を出るだけでそのまま不登校を決め込んだ。

 行事が絡む時だけしかサボってなかったとは言え、俺の異常な欠席の数は両親にも知れ渡り、こっぴどく叱り飛ばされた。

 しかし、結局この生活態度は卒業までずっと治らなかった。

 見限られていたのか、そのうち両親は何も言わなくなった。

 

 行事の準備期間の授業を受けられていないせいか、ただでさえ良くない成績も順調に降下の一途を辿った。

 不真面目な素行は生徒の内でも敬遠され、なんとか上手くやっていたクラスメイトや友人も、俺から距離を置くようになった。

 

 ・・・俺は、独りになった。

 

 

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 中学の勉強もろくにこなせなかった俺だが、辛うじて花咲川に合格することは出来た。姉さんと友希那さんは進学校の羽丘に行っているが、そんなことは知らない。

 合唱祭がある訳でもない。高校の芸術系科目は「音楽」と「美術」の選択なので音楽から逃げることは出来る。

 

「今井レンです。言う事とかは・・・特に無いです」

 

 しかし、そこから景気よく高校デビューなど出来やしなかった。

 中学時代の度重なる素行不良に則り、俺のメンタルは既に荒んでいた。3年近く人との関りを断絶していた俺は、友人の作り方も忘れていたし、最早それを思い出そうと考えることすら億劫になっていた。

 

「キラキラドキドキしたいです!」

 

 クラスメイトの自己紹介など、もはや聞いてすらいないし、名前も覚えようとは思わない。

 

「はぁ・・・。眩しすぎだろ。鬱陶しい」

 

 長すぎる自己紹介タイムを、俺は春の日差しに文句を言って過ごすのみとなった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 新聞部との出会いは、結構唐突だった。最後の部員だった去年の3年が卒業し、部員が0人になり、もぬけの殻になった部室にたまたま遭遇した。部室も人通りが少ない場所にあり、他の生徒は見向きもせず、興味を示しても、入っても頼れる先輩がいない中で活動しなければならない未来が待つ部活に入ろうとする生徒は居なかった。

 その惨状で、尚且つ顧問もやる気の無い人間だったが、俺には丁度良かった。

 

 今思うと、人との関りを持ちたくなかった俺だが、それでも居場所は欲しかったのかもしれない。

 家族とも上手くいってなかった俺が、遅くまで帰らなくてもいい理由を見つけられたのは、やはり大きかった。

 新聞部の経験など無かったが、そもそも活動する気も無かった。顧問もやる気を持ってないし、帰る時間まで昼寝でもして過ごせばいい。怒られたら出ていけばいい。怒られるのなんて、もう慣れっこなのだから。そう思っていた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 やる気の無い顧問だったが、流石に活動内容を教えるぐらいの義務はこなした。

 

「去年の子はこのPCを使って作業してたのは知ってるんだけど、どんな風に動かしてたかとかはよく分からないの。だから、その辺はもう任せます。何もできないなら、別にそれで構わないし。正直、この部も別の人から引き継いだだけで、私も顧問としてはただのお飾りなんです。去年の人たちは週1で記事の掲載をしてたけど、その辺りもあなたに任せます。まぁ、自主性の尊重ってことで」

 

 それを言った後はすぐに部室を離れ、それ以降、顔を見せることも無かった。

 だが、俺にとっては好都合だった。

 

「自主性ね。だったら意地でも働いてやらねぇ」

 

 部室のノートPCは、電源が付くことすらなかった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 なんてことを言ったはいいものの、自主的に入部しといて何も仕事をしない・・・なんてことが出来るほど俺は不良になり切ることは出来なかった。

 臆病だった俺はせめて形だけでもそれっぽくすることは出来ないかと、記事のネタ探しをしてみることにした。最初は慣れないことに苦労することになったが、突破口は意外とすぐ近くにあった。正確には、すぐ後ろの席に。

 

「Glitter*Greenはどうかな?近いうちにライブやるし、最近はガールズバンドも流行りだし・・・」

 

 「今井」と「牛込」、まだ座席が出席番号順に並んでいたこともあり、その縁あってりみから情報を聞き出すことが出来た。

 音楽に関わる事は抵抗があったが、「ただ取材をするだけなら」と思えば仕事をする気にはなれた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 取材の許可は簡単に取れた。寧ろ、りみに紹介されて来たことを伝えると、かなり快く受け入れてくれた。

 

「そうかぁ。君がりみのクラスメイトか」

「新聞部、1人しかいないなんて大変だね。しかも1年生なのに・・・」

「私たちに出来ることなら、何でも協力するからね!」

 

 そう。グリグリの許可は容易かったし、特にゆりさんには大変良くしてもらった。問題はライブの撮影許可。

 ライブハウス『SPACE』のオーナーに会ったのもこの時。最初は撮影許可どころか、会場に入ることすら許されなかった。

 

「気に入らないな。お前、音楽を楽しめる人間じゃないだろ」

「・・・!」

 

 俺が過去に言われてきたことを初見で言われた時はかなり焦ったのを覚えている。

 

「・・・仮にそうだったとして、何の問題が?根拠だって不明瞭だ」

「そんな根性で聞きに来るなら演者に失礼だ。それに、恐らくお前の為にもならないだろう。参加しても待ってるのは、お前にとっての退屈だけだ」

「そうですか。許してもらえないなら、もうこれ以上は何も言いません。申し訳ありませんでした」

 

 オーナーの言うことは当たっていたし、説得力はあった。しかし、結局それが入場拒否に繋がるのは、気に食わなかった。

 目の前の女性がどれほどの人物かなど、俺は1ミリも知らなかったから。

 

「オホーツクババァ」

 

 ガシィッ・・・!

 

「何か言ったか?」

「いえっ、何も!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 しかし、後日になってライブの撮影許可は突然下りた。後から聞いた話だと、

 

「「楽しめる人間じゃない」からなんて、そんなのおかしいです!そんな人すら感動させて、キラキラドキドキできるのが、音楽の力じゃないんですか!?」

 

 なんてことを俺が店を出て行った後にオーナーに言いに行ったバカがいたらしい。どこのバカかは知らないが。

 

「客にライブの撮影許可が出せないのは変わらない。お前だけに許可したら他の客に示しがつかないからね。だからお前にはこの腕章を付けて、観客としてではなく、撮影係の1人としてライブに参加してもらう。それでいいね?」

「オーナー・・・ありがとうございます!」

「当日はGlitter*Green以外のバンドも撮影してもらう。あくまで撮影係として振る舞うこと。間違ってもフラッシュを焚くなんて馬鹿な真似はするなよ。演者や観客を妨害するようなことがあれば即刻消えてもらう」

「はい・・・!」

 

 当日のライブはかなり盛り上がった。どのバンドも迫力があって、俺が取材していたGlitter*Greenも、多くのお客さんが心を奪われていたと思う。

 

 ・・・でも、俺の心に一番残ったのは、飛び入りで参加したクラスメイトの、粗雑な『きらきら星』だった。

 

 そう。「音楽を楽しめない」俺が、初めて釘付けにされた演奏だった。

 

 曲が短いからか、俺が釘付けにされたからか、時間はあっという間に過ぎた。そのせいでその時の『きらきら星』の写真は香澄のソロで1枚、有咲とのデュエットで1枚、りみとのトリオで1枚、そしてその3人が揃った写真がもう1枚。その計4枚だけしか残っていない。

 

 

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 ライブから数日、香澄の『きらきら星』が忘れられない俺は、記事のメインをグリグリではなく、乱入した香澄たちにすることを思いついた。失礼は承知だったが、

 

「いいじゃん。面白そう!」

「楽しみにしてるね」

 

 ・・・今思うと、本当に良い人達だと思う。

 そして、写真をメインで使う許可を香澄に取りにいった時も、話は早く進んだ。

 

「えっ!?噓でしょ今井君!?私、新聞に載っちゃうの?しかも初版で!?」

「あぁ。戸山さん、結構目立ってたし、なるべく上手く書くからさ。牛込さんも、いいかな?」

「私も、それはいいけど・・・」

「あとは、B組の市ヶ谷さんにも話を・・・」

「有咲には私から話つけとくよ!新聞載りたい!」

「じゃあ戸山さん、そこら辺は任せた」

「アイアイサー!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 入学当初まで、俺は闇の住人だった。

 音楽が嫌になって逃げて、人との関りが嫌になって、独りで永遠に地獄を彷徨うんだと思っていた。新聞部だって、まともに活動する気なんて無かった。

 ただ、その新聞部の活動は、結局音楽に関わることになって、香澄を始めとする色々な人とも関わるようになって、なんだかんだ独りからも遠ざかるようになった。

 いつの間にか、随分前に失った筈の情熱を取り戻すようになった。

 

「もう一度求めてみるか。光を・・・」

 

 何をやっても上手くいかない。要領はひたすらに悪い。どこまでいってもリサの劣化版。そんな俺だ。そう言われ続けた俺だ。

 そんな言葉ばかりを思い出す。思い出して、でも。

 

「はっ。知るかよ。「やる」って言った分の責任ぐらい果たしてやる・・・!」

 

 こうして俺は入部して初めて、PCの電源を付けた。

 

 ・・・

 

「・・・どうやって使うんだ?これ」(機械音痴)

 

 俺の初めての記事作成は、早々に難航の兆しを見せた。

 

「ソリティア以外のPCの使い道なんて分かるかあぁぁ!!」(機械音痴あるある)

 

 俺が新聞部のPC作業に慣れるのは、まだ先の話。




 

 (下)は1時間後に更新します。


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44.今井レンが過去を語るシチュ(過去編)(下)

 レンの過去編、本当に「設定を出力しただけ」って感じですね。まぁ、自己満足で書いてる小説なので投稿はするのですが。


 香澄の記事を仕上げてしばらく。ポピパのメンツとも仲良くなり始めた頃。俺は音楽への興味が殆ど無いことを知られていた。

 

「音楽に興味は無いくせに、バンドの記事は書きたいのかよ。なんか矛盾してね?」

 

 有咲に言われて、もう少しガールズバンドのことを知るべく、向かったCiRCLEでAfterglowとのライブに遭遇し、心を揺さぶられた(本作、12話参照)ことをきっかけに、俺は新聞部の活動で明確な目標を持つようになった。

 音楽は出来ないままだったけれど、

 

『夢に向かって突き進むガールズバンドを応援したい』

 

 俺の記事がその手助けになればと考えるようになった。

 

 

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 その明確な目標を果たすべく、ガールズバンドのことをもっと近くで知ることが出来ればと思った俺は、CiRCLEのバイト募集に目を付けた。

 志望動機は「取材のため」と不純なものではあったが、人手も男手も少ないCiRCLEで採用されるのは難しくなかった。寧ろ歓迎されたとも言っていい。

 最初はミスも多かったが、スタッフはみんな優しかったし、ガールズバンドの頑張る姿を間近で見られる環境はありがたかった。

 しかし、しばらくして俺は、バイト先をCiRCLEにしたことを後悔した。

 

「あなた・・・、レン?」

「・・・人違いです」

「流石に無理があるでしょ。名札も『今井』って書いてるし」

「あはは・・・。お久しぶりです」

 

 そう、生活は闇から遠ざかったが、俺は結局、姉さんや友希那さんとは険悪なままだった。

 

「どうゆうつもり?あんなに音楽を敬遠していたあなたが・・・」

「あんたには関係ないよ友希那さん。別にいいだろ。誰かに迷惑をかけてる訳でもないんだから。そこは不干渉でいこう。俺もあんたには干渉しない」

「レン・・・・・・そう。分かったわ」

 

 この頃の友希那さんがドライだったのは、ある意味救いだった。バイト中に姉さんが来店することもあったが、気まずかったのか、お互いに話すことは無かった。

 

 

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 この頃から、CiRCLE以外の活動にも支障が出始めた。

 要領が悪かった俺は、バイトも部活も忙しくなった状態で勉強との両立まで出来るほどの器用さは持ち合わせていなかった。

 

「今井、また成績落ちてるぞ」

「はい。反省してます」

 

 俺は反省などしていなかった。中学から不登校を散発していた俺は、中学の基礎も出来ておらず、授業にもついていけなくなり、早々に勉学から見切りをつけた。

 けど、勉強が出来なくても、バイトと部活があるから平気だった。取材に足を運び、PCと睨み合って記事を書いている間だけは、イヤなことも忘れられた。

 だが、それも長くは続かなかった。

 

『毎週月曜の朝に記事を掲載する』

 

 新聞部の活動内容はそれだけであり、俺の代より前までそれは続けられてきた訳だが、今までのそれは、全て複数人が所属してきたからこそ出来ていたことであり、取材も編集も役割がちゃんと分担されていたから成り立っていたものだ。

 それを入部したてで未経験の1年生がたった1人でこなすことなど、土台無理な話だったのだ。

 バイトに時間を取られることもあり、俺はかなりの無理をした。

 

 ただでさえ要領が悪い俺に、やったこともなく慣れないことばかりの作業。ほぼ毎日の徹夜を決行し、意識の限界をエナジードリンクで誤魔化し、なんとか月曜の朝に間に合わせる毎日。片頭痛はまるっきり治まらず、寝不足も拗らせた。

 度重なる無理のせいで、俺の体はボロボロだった。

 

「いい加減にしろ!」

 

 そんな体調で授業中に集中できる筈もなく、座席での居眠りを繰り返していた俺は何度もお叱りを受けた。

 

「その授業態度で成績も悪いんじゃ、部活にも行かせられないぞ」

「ふざけんな!なんでこんなことで俺の居場所が奪われなきゃいけないんだ!」

 

 今思えば逆ギレもいい所だが、新聞部の活動しか心の拠り所が無かった俺にとって、それはあまりにも痛手だった。

 部活停止の脅しを掛けられた以上、俺も勉強から逃げることは出来なくなった。「次のテストで赤点が出るようなら部活停止、場合によっては退部も―」などと言われてはどうしようもない。

 中学の基礎は欠落し、自分が今受けている授業内容の理解すらしていなかった俺だったが、もう「できない」とすら言ってられなくなった。

 

 

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 放課後は部室に籠り切りだった俺だが、脅されて以降は図書室にも顔を出すようになった。少しでも集中できればと思ったが、体調を崩し、片頭痛を持ち続けていた俺にとっては、それも容易ではなかった。

 でも、逃げる選択も出来ない俺は、それでも歯を食いしばって問題集を進め続けた。

 

「あの、今井さん?」

「あれ、氷川先輩・・・?どうしたんです?」

「いえ、風紀委員の連絡事項を新聞部の方でも載せて欲しいので、そのことについて話し合う・・・と言っていた筈ですが、部室に居なかったので」

「あれ、そうでしたっけ?すいません。ぼーっとしてて・・・」

 

 連絡事項の話し合いはサクっと終わったのだが、話し合いは終わらなかった。

 

「数学、苦手なんですか?」

「・・・だったら何です?」

「いえ、あまり根を詰め過ぎない方がいいですよ?少し辛そうに見えます。目元のクマも酷いですし・・・」

「関係ないだろ。用事は仕事の話じゃなかったのか?」

「いえ、あなたが大丈夫ならそれで構いません。取り敢えず、気が揺れると敬語が抜ける癖は直した方がいいですよ。それでは。また」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「それで、あとはこの部分を代入すれば―」

「あの」

「はい。分かりにくかったですか?」

「いや、なんで俺に勉強教えてんだよ?」

「困っている様子でしたので」

「1人でいいって言ったろうが・・・」

 

 紗夜さんは度々、俺の勉強を見るようになっていった。

 

「図書室に来ては辛そうな表情で自習をしに来る男子生徒がいる。というのを、図書委員の知り合いから聞いたので」

「それはバンドメンバーの白金さんの話か?『Roseliaの氷川さん』よぉ」

「ご存知、だったのですね」

「ガールズバンド追ってりゃ嫌でも分かるよ。CiRCLEでも見かける時はあるからな」

「イヤでも分かるのに取材へ来ないのは、お姉さんと湊さんがいるから、ですか?」

「うるせえな」

「・・・気持ちは少しわかります。身近な人間が優秀すぎると、惨めになるのはいつも自分ですから」

「先輩・・・」

 

 無能なだけだった俺に理解を示してくれたのは、この人が初めてだったと思う。

 

「共感、という訳ではないけれど、なんだか放っておけなくて」

「こんなやる気のない人間によくもまぁそんなことが言えますよ。あんたに教えてもらってるこの時ですら集中続いてないのに。こんな無能なんか放ってギターの練習した方がいいですよ」

「確かにあなたの集中は散漫なところがあると思いますが、やる気が無いとは思いません」

「は?」

「足繁く図書室に通い、誰に言われるでもなく自習を続け、私の説明にも少ない集中力で、それでも食らいつこうとしている。・・・そこまで必死になっている人間を「無能」だなんて言葉で片づけたくありません」

「・・・」

「それに、部活もバイトも休んでないんでしょう?明らかなオーバーワークです。油断すると死にそうなので本当に放っておけません」

「いいだろ別に。無理でもなんでもしなきゃやってられないんだよ」

「・・・お姉さんも心配してましたよ」

「なんでアイツが出てくるんだ。尚のこと関係ないだろ」

「家で見かけても体調は悪そうで、それなのに部屋の電気は深夜でも付いたまま・・・真剣にあなたの身を案じていました。気まずいから遠慮して何も言えてないらしいですが」

「それは・・・」

「正直に答えてください。あなた、今日で何徹目ですか?」

「・・・数えてねーよ」

 

 この時の紗夜さんは、珍しく強引だったと思う。

 

「あなたを寝不足と偏頭痛の容疑で連行します。今のあなたに必要なものは勉強ではなく保健室です」

「ご忠告は助かるがそんな暇は無い。後にしろ」

「承服できません。抵抗するなら殴り倒してでも連れて行きます。今のあなたがどれだけ頑張っても、赤点回避なんて出来ませんよ」

「いい加減にしろ!今の俺はここで止まる訳にはいかないんだ!」

「・・・!」

「どいつもこいつも「出来ない出来ない」ってバカにしやがって。俺がいつまでもアイツの劣化版だと思うなよ・・・」

 

 今までの我慢が、とうとう限界を迎えていた。

 

「心配も同情も要らないんだよ。どうせ俺のことなんて、誰も信じてないんだから!」

「そうですか・・・」

 

 立ち上がって怒鳴り散らした俺に紗夜さんはゆっくりと歩み寄った。

 年下の分際で好き勝手に言われて怒ったのか。

 

 ぎゅ・・・

 

 と、思った瞬間。俺は目の前の女性に優しく抱き締められていた。

 

「そんなに悲しいことを言わないで下さい」

「先輩・・・?」

「本当に以前の私に似ているわ。ここまで思い詰めて・・・」

「・・・」

「肌荒れも酷い。相当ストレスをため込んでいたのね。血色も悪いから、食べ物も碌に喉を通ってなかったんでしょう?」

「・・・」

「それほどに頑張っていたんです。それは私が保証します」

「・・・!」

「信じていますよ」

 

 張り詰めていた糸が解ける感覚が確かにあった。もしかしたら俺は、ずっとその言葉を言って欲しかったのかもしれない。

 

「離れてくれ」

「嫌でしたか?ハグはストレスの軽減になると聞いたのですが」

「・・・恥ずかしい」

 

 その後、保健室に連行された俺は死んだように眠った。

 眠ると言うより、もはや気絶の勢いだったらしい。

 

 偏頭痛が治った。

 寝不足が治った。

 肌荒れが治った。

 体力が回復した。

 

 

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 睡眠時間を少し確保するだけで環境は随分変わった。途切れてばかりの集中も続くようになり、教師は俺を見限っていたが、紗夜さんは俺を信じ、基礎から熱心に教えてくれた。

 そして・・・

 

「それで、結果は?」

「お陰様で、部活停止は無さそうです」

 

 俺の心の拠り所は、なんとか守り通すことができた。

 

「今井さん、突然ですが、ファストフードは好きですか?」

「好きですけど・・・最近は食べてないですね」

「では、これから食べに行きませんか?今回は私の奢りで構いません。あなたの健闘を称えてのものなので」

「・・・えっ、マジすか?」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 奢りと聞いて浮かれたのも束の間、ファストフード店への行き道で不運は起こった。

 

「あれ、紗夜じゃん。それにレンまで・・・奇遇だね」

「今井さん」

「(最悪だ・・・)」

 

 俺の思考は、すぐさま離脱の方向へシフトした。

 

「俺、帰ります」

「どうしたんですか?そんないきなり・・・」

「バンドメンバーなんだろ?俺といるより向こうと一緒に居た方が良い筈だ。積もる話もあるだろうしな。それじゃあ、また」

 

 ガシッ

 

「流石に待ってください。どちらかと言うと積もる話があるのはあなたでしょう。・・・って掴んでるんですからせめて大人しくしてください!」

「えっと・・・アタシ、もう行くね。2人の邪魔しちゃ悪いし、それじゃ」

「待ってください!どうしてお互いにその場から消えようとするんですか!ちょっ、せめてどちらかは止まって下さい!2人とも!」

 

 離脱は失敗した。

 

「まったくもう。どこで血の繋がり発揮してるんですか」

「いや、でも・・・」

「とにかく、お互いに遠慮して逃げようとしていることは分かりました。ですので間を取ります」

「間?」

「はい。間を取って、私が離脱します」

 

 『間を取る』とは?

 

「いや、先輩。それはおかしいでしょ」

「おかしいも何もありません。とにかく今井さん!」

「「はい」」

「・・・すいません。どっちも『今井さん』でした。えと、レンさん」

「はい」

「先輩としてのアドバイス・・・という訳でもありませんが、1度くらい腹を割って話してみてもいいと思います。とにかく、後悔の無いように。それでは」

 

 ・・・離脱は、失敗した。

 

「えっと、行こっか」

「・・・あぁ」

 

 そしてこれが、数年ぶりに交わされた姉弟の会話となった。

 

 

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「それにしてもビックリしたよ。まさかレンがCiRCLEで働いてるなんてさ」

「あぁ」

「ガールズバンド追って記事も書いてるんだよね。アタシも読んでみたいよ」

「そうか」

 

 姉さんは自然体で振舞おうとしてくれたが、俺はそうもいかなかった。姉とどうやって話していたかなど、もう覚えていなかったから。

 

「・・・体調、良くなったんだね。安心したよ」

「・・・」

「レンがアタシを嫌ってるのは分かってたし、声かけても怒らせちゃうだけだと思って・・・それで、結局何もできなかった」

 

 いつの間にか、姉さんの目には涙が溢れていた。

 

「ごめんね・・・寄り添ってあげられなくて・・・。レンが辛い時に・・・何もしてあげられなくて・・・本当に、ごめん・・・」

 

 この場に着くまで、姉と話すのは嫌だった。しかし、姉さんの言葉を聞くと、そんなことはどうでもよくなった。

 姉さんが泣いてるのは、もっと嫌だったから。出来ることならいつも笑っていて欲しいと思えるぐらいには、大切に想ってる人だから。

 

「謝るなよ。悪いのは全部俺じゃないか」

「えっ・・・?」

「だから、避けたり、無視したり、心配かけたり・・・」

「・・・」

「意地張って悪かったよ。ごめん・・・」

「レン・・・」

 

 数年間も関係を拗らせてた割に、話の決着はあっさり着いた。

 ・・・特別なことは要らなかった。ただこうして話し合えてさえいれば、それで。

 

「そもそも、別に俺は姉さんを嫌ってなんかなかったぞ」

「嘘だ。無視したし、避けたし、ちょっと睨んできたのも覚えてる」

「・・・でも、「嫌い」とは言ってないだろ。分かれよ」

「・・・」

「・・・?」

「わ・・・」

「わ?」

「分かるかあぁぁ!!!」

 

 この後に姉弟喧嘩のようなやり取りが続いた後、騒ぎすぎて店から追い出された。

 

 それからは色々とどうでもよくなり、俺たちは笑いながら手を繋いで帰った。

 ・・・幼い頃に仲良くしていた、あの時の感情を取り返すように。

 




 今回は本当に、脳内で燻っていた設定を放置するのが嫌になって出力しただけです。
 流石にこれで「感想くれ」とまでは言えませんが、思うところがあれば一言でもコメントしていって下さい。

 次の投稿は、また甘ったるい感じの話でも書こうかなって思ってます。


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45.二葉つくしと倉田ましろに挟まれるシチュ(上)

 前回のアンケートの結果、沈黙は「・・・」のままでいくことにしました。

 
 
 今回はリクエスト・・・と言うより、アンケートで決まった話ですね。

 今回はちょっといつもとは違うことをしてみたので、ページの最後までしっかり読んでいただけたらなと。


 CiRCLEのすぐ外のカフェテリア。昼にバイトが上がりの時は、そこでそのまま大盛りのパスタを頼んでゆっくりするのだが、お昼時は結構混むので自主練上がりや昼休憩のガールズバンドの知り合いと相席になることも多い。

 そして、今回の相席相手は自主練上がりのこの2人。

 

「すいませんレンさん。今回も・・・」

「お邪魔します」

「大丈夫だよ。自主練お疲れ様」

 

 二葉つくし×倉田ましろペア、同じバンドという繋がりもあってか、一緒に自主練へ来ることも増えた2人だ。

 受け付けの時も年下らしさを存分に発揮して可愛らしさを振りまいていくので、まりなさん共々、CiRCLEスタッフにとってちょっとした癒しになっている。

 当然、俺もそれに癒されている1人。2人の笑顔は疲れた体によく効くのだ。

 

「あ、つくし。ちょっと手見せてみ?」

「手?こう、ですか・・・?」

「ふーむ。よし、前みたいなオーバーワーク(9話参照)は控えてるようだな」

「流石に反省しましたよ。もうあの時みたいな恥は晒しませんからね?」

「なんだ。俺としては晒してくれても一向に構わないんだけどなぁ」

「もう。冗談も程ほどにしてくださいね?」

 

「むぅ・・・」

 

 つくしとも随分仲良くなれた気がする。こうして冗談を言い合っていると、なんだか家族のノリに近づいてしまいそうになる。

 

「あ、でもあの時よりも成長した部分は他にもありますよ。ほら。私の手、握ってみてください」

「手を?・・・こうか?」

 

 突き出されたつくしの手のひらに、そのまま指を絡める。細い指に、綺麗に整えられた爪。女の子特有の小さな手が俺の手を握り返してくるが、その見てくれに見合うような弱々しさは感じない。と言うより寧ろ・・・。

 俺の感想を感じ取ってか、つくしはニッと歯を見せて不敵に笑う。

 

「あれ、お前ちょっと逞しくなったんじゃねえの?」

「えへへ・・・。最近になって筋力ついてきたんです。握力も上がったんですよ?」

「なんだよ。ちゃっかりドラマーの腕に仕上がってんじゃねえか。カッコよくなりやがって~!このこの~!!」

「きゃっ、ちょっとレンさん!頭ワシャワシャしないでくださいよ~!!」

 

「むぅ・・・っ!」

 

 セリフの割に嫌がった様子を見せない辺り、本当に妹みたいに思えてくる。遠慮が要らないというか、気を遣わなくていいというか・・・。

 そうやってじゃれ合っていると、つくしの横からお声が掛かった。

 

「ずるい・・・」

「「えっ?」」

「つ、つくしちゃんばっかり、ずるい・・・」

 

 気を遣わなくていい後輩の次は、手のかかる後輩か。確かに、つくしばかり褒め過ぎたかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺はつくしから手を離し、コップの水をゆっくりと飲む。

 

「ましろもカッコいいよ」

「え?」

「うん。ライブ中の歌とか聞いてると鳥肌立つもん。元々カッコいい系の歌声なのはあるんだろうけど、堂々としてるところとか、一つひとつのパフォーマンスを見せられると、やっぱり湧くんだよ」

「そ、そう、ですか。それは、良かったです」

 

 何かぎこちないような、でも嬉しく思ってくれてる様子ではあるよな・・・?

 気にかかったことをスルーし、俺はコップの水を飲み干した。

 すると、つくしが動いた。

 

「あ、レンさん。お水、注ぎますね」

「あぁ、いいの?」

「年下は私の方ですから。・・・はい、どうぞ」

「ありがと。つくしは気が利くな」

「えへへ・・・」

 

 本当によく出来た後輩だな。こいつ。俺も年上と同じテーブルを囲む機会は多いが、ここまで気を回すことは流石に出来ない。

 つくしが注いでくれた水を飲み、素直に関心していると

 

「私も注げるもんっ・・・」

 

 そう言って少しだけ頬を膨らませるましろ。

そう来たか。なんだろう、同じバンド内で対抗心のようなものがあったりでもするのだろうか?

 水ならさっき貰って間に合ってるのだが、2人いるうちの1人だけを贔屓してもう1人は雑、みたいなことはしたくない。

 ・・・そんな風に大切な人に値札を付けるような真似をするのは、絶対に嫌だ。

 そう思う頃には、俺はコップの水を飲み干していた。

 

「いやー、今日は本当に喉がよく渇くなぁー。こんな時にましろみたいな後輩が注いでくれたりすると、俺すっごく嬉しいんだけどなぁー!」

「あっ、じゃあここは私が・・・!」

 

 そう言ってウキウキしながら水を注いでくれるましろ。自分でもわざとらしいセリフだった気はするが、ましろがその辺りで単純なのは助かった。

 ライブ中は本当にカッコいいが、ましろは子供っぽいとことが多い。つくしを始めとするメンバーも、ましろに対して親心に近い感情を持ってしまっていると聞く。

 今回も少し困らされた。

注いでくれた水を頂きながら、「ましろにも困ったものだよな?」というメッセージを込め、親心の代表格であるつくしにアイコンタクトを取るべく視線を送る。

 ・・・送ったのだが。

 

「むぅ~・・・!」

 

 おっかしいなぁ~。つくしってこんなキャラだったか?お前はもうちょっと落ち着きのあるキャラじゃなかったか?

 てっきりこちらのアイコンタクトにも「ホントですよね。ましろちゃんったら・・・」ぐらいの返しをしてくると思っていたのに。

 ・・・なんだ?この冷や汗は。

 

「さすがに、ちょっとやり過ぎじゃない・・・?」

「いいじゃんこれぐらい。つくしちゃんだって褒めてもらってたんだし」

「ましろちゃんも褒めてもらったでしょ?」

「でも、つくしちゃんみたいに頭なんか撫でてもらってないもんっ。イチャイチャしちゃってさ・・・」

「それは・・・」

「私、知ってるんだからね?つくしちゃん、2人きりになった時だけレンさんのこと『お兄ちゃん』って呼んでるの」

「えっ、なんでそれを・・・」

「嫌でも分かるよ。日常で何回か呼び間違えそうになってたし、一回そう呼んでる現場も見ちゃったし」

「ましろちゃん、そこまで・・・」

「ホント、つくしちゃんってあざといんだから!」

「「あざとい」って、べ、別にいいでしょ!?本当にお兄ちゃんみたいに思ってるんだから!」

 

 休日にわざわざ2人で一緒に自主練するぐらいに仲が良かった2人なのに、いつの間にかちょっと険悪になっている。

 冷や汗の勢いも増していくばかり。ここに来て、俺はようやく現状を受け入れた。

 

 ・・・修羅場か?コレ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 2人の女の子から両腕をホールドされる。というシチュエーションは男なら誰もが抱く理想だと思うが、形だけなら俺はその理想を体現していた。

 わざわざ俺の両隣にまで椅子を移動させていて、左腕にはましろの膨らんだ乳房が押し当てられて、右腕にはつくしの少し控えめな胸が押し当てられている。

 まさしく理想の体現だ。しかし、手放しでこの状況を楽しむことが出来るほど、俺の神経は図太く出来てはいなかった。

 

「だから何度も言ってるでしょ!レンさんは私のお兄ちゃんなの!」

「私だって、レンさんのことお兄さんみたいに思ってるもん!」

「あのー、2人とも?お互いに言いたいことがあるのは分かるんだけど、取り敢えず今日はもうその辺に―」

「「レンさんは黙ってて!!」」

「えぇぇー・・・」

 

 せめて声のボリュームだけでも抑えて欲しい。お店のお客さん、みんなこっち見てるし。

 どうしてこうなった?原因が俺なのは分かるが、どこで間違えた?

 

「私、今日以外でもレンさんに頭撫でて貰ったことあるもん!」

「今日以外だったら私だってあるもんっ!」

「むぅ・・・。私なんか、レンさんにあーんしてもらったことだってあるんだから!丁度このお店で!」

「えっ・・・?」

「ましろちゃんもコレはしてもらったこと無いでしょ?だって妹としての特権なんだから!」

 

 なんだこれは、俺がしてあげたことの自慢大会みたいになってるのか?いや、だとしたらまずいかもしれない。だってあーんに関しては・・・。

 

「あるよ。私も」

「え?」

「あ~ん、してもらったもん」

「嘘だ・・・」

 

 そう。ましろにもしてるのだ。嘘じゃない。

 

「しかも、レンさんのお家で」

「レンさんの家で!?」

「レンさんが、「私の為だけ」に頑張った手作り野菜炒め・・・」

「そんな・・・。妹の私ですら作ってもらったこと無いのに・・・」

 

 別に、つくしは妹ではないのだが・・・。

 

「「野菜食べて偉いね」って、たくさんナデナデしてもらったもん」

「うっ・・・」

「2人とも、本当にその辺にしよう。周りの視線が本当に痛いし」

 

 しかし俺の意図は届かず、とどめを刺すように爆弾は投げ込まれた。

 

「私、チャットでレンさんから『大好きだよ』って言われたことあるもん!」

「えっ!?」

「ええぇっ!?」

 

 待て。いつの話だ?流石に俺も年下の女の子相手にそんな不用意なこと・・・言った。いや言ったわ。言ってたわ。通話の時だ。散々「好き」だの「大好き」だの言われたから仕返しに送ったんだった!

 

「嘘だ!だって証拠が無いじゃん!」

「あるよ!だったらコレ見てみればいいじゃん!」

「ましろ!待つんだ!それは・・・!」

 

『おはよう。俺もましろのことが大好きだよ』

 

 なんで記録に残る形でこんなもん送ったんだよ。俺のアホ・・・!

 

「嘘、ですよね・・・?」

「いや、マジだよ。経緯を話せば長くなるけど、送ったのは間違いなく俺だ」

「私だって、言ってもらったこと無いのに」

「いや、だって、そんなに軽々しく言う言葉でもないだろ」

「ましろちゃんには言ったくせに」

「それは・・・」

 

 俺が最低な男に見えるからか、周りの視線は痛い。でも、そんなことが気にならなくなるぐらいに、つくしの視線は痛く刺さった。

 

「つくしちゃん、もう充分でしょ?そっちの腕、離してよ」

「・・・けいない」

「「?」」

「関係、ない」

 

 「離せ」と言われていた筈のつくしの腕は更に力が強くなった。

 

「レンさんがましろちゃんを撫でてるとか、手料理を作ったとか、そんなことどうでもいい!レンさんがどっちが好きかなんて関係ない!!」

「つくしちゃん・・・」

「私は優しいレンさんが好きで、悩んでる時に話を聞いてくれるレンさんが好きで、落ち込んでる時に励ましてくれるレンさんが好きなだけ!この気持ちだけはましろちゃんにだって負けない!!」

 

 

 

「私は世界で一番、お兄ちゃんが大好きなんだからあぁぁー!!」

 

 

 

 つくしの主張は、店中に響き渡った。

 

「とにかく、レンさんは私のお兄ちゃんなの。だから、絶対離さない。ましろちゃんこそ離れてよ」

「ヤダ。私だって気持ちは負けてないもん!」

「こっちだって譲らない。妹だから・・・」

「むぅ・・・」

 

 俺を挟んで睨み合いが続く。

 

「つくしちゃんがそこまで言うなら、私も考えがある」

「何?」

「私も、レンさんを「お兄さん」って呼ぶ」

「・・・!」

「つくしちゃんばっかりずるいもん。私だって妹にしてもらう」

「ダメだよそんなこと!どうしてそんなことするの!?」

「ダメか決めるのは、つくしちゃんじゃない・・・」

 

 ・・・まさか、俺に振るのか?

 

「レンさん。「お兄さん」って呼ばせてください」

「それは・・・」

「つくしちゃんには呼ばせて、私はダメなんですか?」

 

 流石にそれを言われると弱い。差別するみたいなのは、やっぱり嫌だし・・・。

 

「呼び方とか、そういうは別に強制とかするものでもないし・・・呼びたいなら勝手にし―」

「イヤ・・・!」

「つくし?」

「それだけは、イヤ・・・」

 

 つくしの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「つくしちゃん、どうして?関係ないんじゃなかったの!?」

「わっかんないよ!!でも・・・イヤなの・・・」

「つくし・・・」

 

 とてもじゃないが、家で長女をやっている人間とは思えなかった。おもちゃを取られた子供のような、つくしらしくないワガママだった。今にも泣きそうな顔で・・・。

 

「その呼び方まで、取らないで・・・」

 

 長女として育ち、甘えることが苦手なつくし。

 最初は冗談で始まった呼び方だったし、年下の兄妹に憧れる姉持ちの俺と、年上の兄妹に憧れるつくしとの、需給の一致で生まれただけの、ただの遊びでしかなかった。しかし、この呼び方もあってか、つくしは家族やバンドメンバーにも見せないような表情も見せるようになった。

 しっかり者で頑張り屋さんな面とは違ったつくし。そんな自分をさらけ出せる繋がり、それを通す『トクベツ』。そんな意味合いを、つくしはあの呼び方に求めていたのかもしれない。

 「お兄ちゃん」という呼び方は、妹であることの証明になるから。妹でもない限り、そんな呼び方は出来ないから。

 

「私だけの「お兄ちゃん」じゃなきゃ、イヤ・・・」

「つくしちゃん。私だって退けないよ。私だって、レンさんにはいっぱい優しくしてもらったから・・・」

「・・・!」

「もう一度言うけど、気持ちでは負けてないから・・・。私だって、レンさんのことを「お兄さん」のように尊敬してる」

 

 俺を挟んだ少女たちは、一歩も退かない。しかし、決着をつけるのは2人じゃない。さっきましろが言ったコト。

 ましろはもう一度突きつける。

 

「レンさん」

「・・・」

「選んでください。私は、貴方を「お兄さん」と呼んでいいのか」

「・・・!」

「さぁ・・・」

 

 

 2人ははどちらも大切な後輩だ。つくしは妹のように可愛がってきたし、ましろは子供っぽくて手のかかる部分もあるが、それも含めて愛おしく思う。

 

 つくしの想いは無下にしたくない。でも、ましろの気持ちだって大切だ。

 

 どちらかを優先するなんてそもそも嫌なのだ。どちらかを優先するということは、「どちらかを優先しない」ことに他ならない。

 

 

 

 俺は・・・

 

 

 

 俺は・・・!



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46.二葉つくしを『妹』にするシチュ(下)


 集計時間45時間

 倉田ましろの『お兄さん』呼びを―

【受け入れる】………65人 43%
【受け入れない】……86人 57%



 俺は、ましろの呼び方を受け入れない…!



「ましろ。申し訳ないけど、お前にその呼び方をさせることは出来ない」

「・・・どうして、ですか?」

「俺は兄として、妹を泣かせる選択は取れない」

「レンさん・・・」

 

 ましろの腕の力が弱まる。俺はましろの腕を解き、自由になった手をましろの頭に乗せる。

 

「でも勘違いするなよ?ましろが嫌だとか、そういう理由で言ってる訳じゃないからな」

「それは・・・」

「今まで通りに絡んでくれていいし、頼ってくれていい。話ならいくらでも聞くし、困ったことがあったら駆けつけてやる。でも、その呼び方だけは譲れそうにない」

「・・・」

「だから、本当にごめん」

 

 傷つく・・・という程でもないが、それなりに落ち込んだ様子を見せるましろ。俺は、なけなしの優しさで頭を撫でることしか出来ない。

 

「所詮、俺も家に帰ったら弟だからさ。2人も3人も・・・なんてのは無理なんだよ。妹は1人で精一杯だ」

「そうですか・・・なら、仕方ないですね。『お兄さん』呼びは諦めようかな」

「ましろ・・・」

「これからも、優しいレンさんでいてくれますよね?」

「あぁ。それは約束する。ましろとはこれまでのようにするし、呼び方以外は全部受け止めたいと思ってる」

「なら、充分です」

「・・・よかった」

「でも、あんまりつくしちゃんとベタベタしないでくださいね?せめて私の前では」

「それは、悪かった」

「私にも構ってくれなきゃイヤですよ?」

 

 ましろは冗談めかして笑う。選択は拒絶だったが、ましろのことは深く傷つけずに済んだらしい。

 

「じゃあそろそろ、そこでボーっとしてるつくしちゃんを起こさないと、ですね」

「・・・ホントだ。なんで固まってんの?」

「いや、レンさんが『妹を泣かせる選択は取れない(キリッ)』とか言った辺りからずっと放心状態でしたよ?」

「そのセリフ掘り返すんじゃねえよ。恥ずかしい。おーい、つくし?」

 

 ペチペチ・・・

 

「あっ、はいっ!大丈夫です生きてます!」

 

 軽く頬をペチペチすると、慌てた様子でつくしは手を離した。

 ・・・やっと両腕が自由になった。

 

「どうしたんだよ?」

「いや、思い返すと恥ずかしいことやったなって・・・」

「あぁ。確かにつくしちゃん、好き好き言いまくってたもんね。「優しいレンさんが好きで」から始まり・・・」

「うっ・・・!」

「しまいには店中に響く大声で「世界で一番お兄ちゃんが大好きー」って・・・」

「あーーー。待って。言わないでぇ・・・」

「お客さん、みんな聞いてたよ。つくしちゃんの愛の告白」

「違うってぇ・・・。そういうのじゃないじゃん・・・」

 

 自分の行動を掘り返されてつくしの顔も真っ赤になっている。・・・可愛い。

 

「うぅ・・・。レンさんも何とか言ってくださいよ・・・。」

「なんで?俺は普段聞けないつくしの本音が聞けて嬉しかったぞ?」

「へっ・・・!?」

「つくしがこんなに俺のことを好きでいてくれるなんて、知らなかったから」

「ち、違。そうじゃなくて・・・」

「じゃあつくしちゃんは、そうじゃないのにあんなこと言ったの?」

「ま、ましろちゃん・・・」

「『世界で一番大好き』なんだもんね?」

「~~~ッ!お願いだから、その部分掘り返さないで~っ!」

 

 ましろのやつ、絶対楽しんでる。

 

「レンさん」

「ましろ?どうした」

「いえ、私、レンさんと過ごしてる時間って好きだったんです。『お兄さん』って呼びたくなるぐらいでしたから。でも・・・」

 

 ましろは爽やかに続ける。

 

「今はそれと同じぐらい、つくしちゃんをイジるのが楽しいです♪」

「ちょっ、ましろちゃん!?」

「お、なんだ。お前もからかいの妙ってもんが分かってきたようだな」

「レンさん!?」

「「ニヤニヤ」」

 

 俺とましろは目を合わせて笑い合う。

 

「もう!なんで2人の方が仲良さそうにしてるの!?妹は私なのに!!」

「「へぇ・・・?」」

「あれ、なんで私の方を見てニヤニヤするの?2人とも?」

 

 そんな可愛いセリフを言われて、俺たちがスルーする訳ないだろうに。

 

「ましろ、今からつくしを挟もう」

「そうですね。お兄ちゃんを取られた妹さんがヤキモチ妬いちゃってますから」

「待って!やっぱりいいから!今のましろちゃん隣に置きたくない!」

「じゃあ、そのままでいいの?お兄ちゃん取られちゃうかもよ?」

「それは・・・」

 

 イヤなのか・・・。

 ましろは既につくしの隣に移動していた。俺たちは2人掛かりでつくしに詰め寄る。

 

「つくしちゃん、意外と独占欲強いんだね」

「そんなこと、ないし・・・」

「お兄ちゃん取られると思ったの?」

「違うって言ってるでしょ・・・」

 

 つくしは赤くなって縮こまる。

 

「そんなつくしも可愛いよ」

「もう、レンさんまで―」

「んー?」

「お、お兄、ちゃん・・・」

 

 可愛い。

 

「ねぇ2人とも。もうやめよ?本当に恥ずかしいから・・・」

 

 妹が涙目で懇願してくる。

 俺はつくしの頭を撫でながら、ましろとアイコンタクトを取る。

 

 

「大丈夫だよ、つくし。心配しなくても・・・」

「私たちが時間いっぱいまで可愛がってあげるからね♡」

 

「ちょっ!2人とも~~~!!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺はつくしと2人で公園に来ている。店を出てからは3人で帰るつもりだったが、「今ぐらいは兄妹水入らずで・・・」と言われ、2人で帰っていたところに公園を見かけて、そのままつくしに連れ込まれた。

 

「で、なんで俺は連れ込まれたの?」

「もう少しお兄ちゃんと一緒にいたくて・・・ダメ?」

「ダメな訳ないだろ」

 

 最初は恥ずかしがっていた呼び方も、今となっては板についてきた。2人きりになったら敬語だって抜ける。もう開き直ったのだろう。

 

「私、2人だけじゃない時でも、お兄ちゃんのこと「お兄ちゃん」って呼びそうになるの。やっぱり染みついちゃったのかな?」

「気を付けろよ?今はましろしか知らないけど、こんな呼び方してる関係なのは秘密なんだから」

「うん。でも『ヒミツの関係』って、なんかドキドキしない?」

「・・・どうだろ」

 

 誤魔化したけど、ドキドキはしている。冗談や遊びの呼び方とも、呼べなくなってきたから。

 つくしは振り返って、俺を見つめてくる。

 

 夕暮れ時の公園には誰もいない。俺とつくしの2人きり。

 

「今井、レンさん」

 

 手を後ろで組んだ小柄な少女は、真面目なトーンで語りかけてくる。少女の顔が夕暮れに染まる。

 吹き抜ける風に、少女のツインテールが揺れる。

 

 

 

「私を、『妹』にしてください。

 

    『お兄ちゃん』に、なってくれますか?」

 

 

 

 冗談や遊びじゃない。

 俺の目の前に立つ女の子は、本気で『兄』としての俺を求めている。

 ・・・こんな求められ方をされて、誰が断れようか。

 

 俺も、『妹』としてのつくしを求める。

 

 俺は、二葉つくしを『妹』にする。

 

「こんな俺でよければ。喜んで」

「・・・!」

「ほら、おいで」

 

 つくしは真っ直ぐ俺の胸に飛び込んで来た。飛び込んでくる『妹』を、俺は全力で抱きとめる。

 

「お兄ちゃん!好き・・・!大好き・・・!」

「つくし、ちょっと落ち着いて」

「ダメ!もう我慢できない!好き。好き!好き・・・!!」

「つくし・・・!」

 

 堰を切ったように、妹が想いをぶつけてくる。こんなにストレートに色々と言われるのは苦手だ。本当なら落ち着かせたり離したりするのだが・・・。

 

「(まぁ、これも『お兄ちゃん』の役目かな)」

 

 俺はつくしの言葉を最後まで聞き続けた。

 

 

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 しばらくすると、つくしは落ち着いた。恥ずかしくなったのか、今は少し離れている。

 

「お兄ちゃん」

「何?」

「お兄ちゃんからも、私に何かしてくれていいんだよ?」

「俺から?」

「私ばっかり受け止めてもらってる気がするもん」

「それじゃ、ダメ?」

「そりゃあ、妹はお兄ちゃんに甘えて頼るものだけど、兄妹って支え合うものでしょ?私ばっかりなのは、やっぱり違うと思う。だから、お兄ちゃんにも私を求めて欲しい」

「『求める』か・・・」

「うん。『兄妹』になるって、そういうことだと思うから。『お兄ちゃんだから上』とかじゃなくて、もっと対等な関係が兄妹だと思うし・・・」

 

 俺が思ってる以上に、つくしはこの関係を真剣に考えていた。

 

「せめて「好き」って言うぐらいはして欲しい。私はあんなに言ったのに、お兄ちゃんの口から聞いてないし。ましろちゃんには言ったくせに・・・」

「それは、確かにな」

 

 兄妹なら、その言葉を交わすぐらいはしてもいいだろう。でも、せっかくなら俺の気持ちがしっかり伝わる方法で伝えたい。つくしがあんなに精一杯伝えてくれたのなら、その分ぐらいは返すべきだ。

 俺だって、つくしのことが好きなのだから。

 

「つくし、実は1個、したいことがある。ちょっと踏み込んだことだけど」

「踏み込んだこと?」

「うん。身長差あるとやり辛いんだけど。まぁ、俺が合わせたらいいか・・・。ちょっと、そこでじっとしてて欲しい」

 

 よく分からないのか、つくしは首を傾げている。

 俺は、つくしのすぐ近くに歩み寄る。

 

「目、閉じて」

「・・・?」

 

 つくしは目を閉じて無防備になる。後は、俺がつくしへの想いを伝えるだけ。

 

 俺は―

 

 

 chu…

 

 

 つくしの頬へ、唇を押し当てた。

 

「へっ・・・!?」

「大好きだよ。つくし。愛してる」

「はわわわわわわ・・・!」

 

 取り敢えず、俺の気持ちは全て伝えた。あまり恥ずかしがらずに済んでいるのは、つくしがそれ以上に赤くなっているからだろう。

 でも・・・。

 

「踏み込みすぎたかな・・・?」

「だだだだだ大丈夫だよこんなの!」

「大丈夫じゃないだろ」

「い、いや、本当に大丈夫だから。こんなの、兄妹なら普通だよ」

「普通なのか?」

「私の妹は、してくるし・・・私だって妹にするし。ス、スキンシップだよこんなの!」

「俺からしといて言うのもアレだけど、本当にいいのか?」

「いいの。兄妹なら、普通。兄妹なら・・・!」

 

 自分を誤魔化してるようにしか見えないが、許されたのだろう。でも、今日はここまでにして解散しよう。日も沈んで暗くなってる。

 

「つくし、そろそろ帰ろう。送るよ」

「そう、だね。これ以上は私もキャパオーバーしそうだし・・・」

 

 やっぱり恥ずかしかったのか、限界はすぐそこだったらしい。

 しかし、つくしを連れようと思うと、裾を引いて止められた。

 

「お兄ちゃん・・・」

「何?」

「もし次にすることがあったら、私からも、その、ほっぺに、ちゅ・・・ってして、いい?」

「・・・いいよ。俺も、して欲しい」

「そっか・・・」

 

 つくしは上目遣いで俺を見つめてくる。この子は、俺の妹だ。

 

「お兄ちゃんの唇、柔らかった・・・」

「お前だって、柔らかかった・・・」

「そりゃ、頬っぺただし・・・」

 

 公園を出るまで、俺たちの間には変な空気が流れ続けた。

 

 ・・・バイト上がりの夕暮れ。俺に1人の妹ができた。

 




【カフェテリア内、メガネを掛けてPCを開いた大学生の独り言】

「なるほど。こんな結果になったか。ましろちゃんの『お兄さん』呼びを見たい人、多いと思ったんだけどなぁ。つくしちゃんへの良心でもあったのかな?割と拮抗してた方だとは思うけど。まぁ、これが読者様の選択なら従いますよ」

「で、どうだった?みんなが望んでた修羅場シチュだった訳だけど、こっちは書いててそれなりに辛かったよ。原作キャラをギスギスさせたりする地獄、考えたことある?」

「いや、文句ではないですよ。筆はサクサク進みましたから。まぁ、思うところがあれば、また感想お願いしますってことで、それじゃ・・・」



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47.月島まりなやCiRCLEの日常なシチュ

 今回はリクエスト回、CiRCLEのバイトの様子です。

 今回は1話の中に短い話をいくつか入れる感じの形式にしてみました。

 また、思うことがあれば感想欄まで。では、本編どうぞ。




【受け付けの雑談タイム】

 

 CiRCLEの受け付けは暇なことも多い。ライブやイベントの予定がしばらく空いていると客の入りも穏やかになる。

 こういう時はお客さんを待ち、店内のBGMを聞きながらまりなさんと雑談をすることになる。

 ついでに今日流れてるのはRASの曲。

 今は『JUST THE WAY I AM』の冒頭に流れてるチュチュのバチボコにカッコいいラップパートを聴いている。

 

『アーダ コーダ ウルセー! さぁ道を開けろ! 有象無象へとknock knock!』

 

「・・・ふーむ」

「?」

 

 少し引っ掛かった部分はあるが俺は再び曲を聴きなおす。今もチュチュのラップパートに入ったところ

 

『マア登場人物Aサン アリガトサン 早速デスガ ゴ退場願イマセウ!』

 

 チュチュのラップパートはやはりカッコいい。俺の厨二な部分を的確に突いてくる。中高生男子でコレが刺さらないヤツはいないだろう。

 だが、やっぱり引っ掛かる部分がある。それは・・・。

 

「中2女子とは思えねぇ口の悪さだな・・・」

「いや、そこツッコんじゃダメでしょ。実際そういう世界観でカッコよくやってるんだし」

「いや、確かにそうですよ?別にケチつけようって訳じゃないんです。俺も大好きですし。ただ、心配になっちゃって・・・」

「心配?」

「だって歌い出しが『あーだこーだうるせぇ』ですよ?」

「うん」

「・・・ストレス溜め込んでるんじゃなかなって」

「考えすぎだよ」

「音楽ばっかりで学校生活うまくいってないんじゃないかなって」

「考えすぎだって」

「周りの人間が敵にしか見えなかった中学時代の俺みたいに」

「なってないから」

「やっぱり心配です!今から『CiRCLEはいつでもお前の味方だ』ってチャットしてきます!」

「やめなって!絶対チュチュちゃん困るって!」

 

【今井レンのヒミツ】

 音楽を演奏する才能も聴く才能も無かった分、歌詞をよく読み取り、歌詞を考察することによって楽曲の理解をしようとする癖を高1の頃につけている。

 ※考察が合ってるかどうかは別問題。

 

 

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【CiRCLEの昼休憩】

 

「あ、レン君。もう昼休憩だよね?お昼って持ってきてたりする?」

「いや、今日はその辺で買うつもりです」

「じゃあ丁度良かった。昨日、別のライブハウスから差し入れで箱一杯のカップ麺いただいちゃってさ・・・よかったらどう?」

「いいんすか?やった」

 

 思わぬ形で昼食代が浮いたことに喜びつつ、俺は段ボールの中をガサゴソしているまりなさんに向き直る。

 

「そういえばこれ、カップ麵にしてはちょっと珍しい味なんだよね」

「珍しい?どんな味なんです?」

「どんな味だと思う?」

「『カップ麺にしては珍しい』しか情報無いんじゃ分かんないですよ。ヒントとか無いんですか?」

「ヒントか。うーん『生まれ変わるほど強くなれる』?」

「『辛味噌』?」

「はい正解。これ、レン君の分ね」

「なるほど。確かにカップ麺にしては珍しいですね。辛味噌なんて」

「いやー、うちのスタッフってバンドで歌う子も多いから、辛いものはどうしてもレン君にしか回せなくて・・・」

「歌うことと、辛いものって・・・別に関係なくないですか?」

「そうでもないよ。ボーカルの子にとって刺激物は喉へのダメージに繋がるし、ケアするのも大変になっちゃうから」

「ほへー」

「ちなみにボーカルから重宝されるのはのど飴とかはちみつだね。最近聞いた話だと、はちみつは運動にもいいらしいよ」

「いやいや。はちみつと運動なんて、それこそ関係ないでしょ」

「えー。でもこの間すれ違った女の子は歌ってたんだよ?『はちみーを舐めると足が速くなる』って」

「えっ、待って!?この近所、テイオー来てます!?」

 

【今井レンのヒミツ】

 バイトの昼休憩はまりなさんから音楽関係の知識を聞くことが多い。それ以外の雑談もする。

 

 

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【宇田川あこが提案するシチュ】

 

「なぁ、まりなさん。1つ聞いてもいいか?」

「何?」

「前に働いてたスタッフさんが過労で倒れたの、いつでしたっけ?」

「2年前だね」

「まりなさんがバイトの報酬でプチブーストドリンクを渡すようになったの、いつでしたっけ?」

「・・・2年前だね」

「じゃあ、最後に1つ」

「・・・」

「俺とあんた以外のスタッフ、どこ行った!?」

「君のような勘のいいガキは嫌いだよ・・・!」

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

「っていう感じのドラマでレン兄とまりなさんが宣伝したら、絶対CiRCLEもお客さん増えるよ!」

「「却下」」

「え~~っ!!」

 

 

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【チュチュが提案するシチュ】

 

「君、ウチのシマで随分と好き勝手やってくれたみたいだねぇ」

「まさかバレてないとでも思ったのか?」

 

 俺は今、まりなさんと共にCiRCLEの敷地内で不逞を働いていた男を締め上げ、倉庫に追い詰めているところだ。

 命乞いのつもりか、奴は「ごめんなさい」などと言っているが。

 

「『謝れば何だってOK』とでも?」

「『だったらポリスメンはいりませ~ん』よねぇ!?」

 

 聞く耳などは持たない。そして俺たちは2人で銃口を向けて告げる。

 

「『Please,choose!(選びなよ)』」

「『HELL! or HELL?(地獄と地獄の2つから)』ってなぁ!!」

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

「っていう感じのドラマを流した後にワタシ達の曲をフェードインさせればCiRCLEだってもっと盛り上がるわ!」

「「却下」」

「なんでよ!!」

 

 

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【受け付けのお客さんの話】

 

 CiRCLEのお客さんは基本的に良い人達が多いが、愛想の良い人達ばかりかと言われるとそうでもない。スタッフを下に見てる態度のお客さんもぼちぼちいる。

 そしてそんなお客さんにも優しく対応するのが大人のまりなさんだが、たまにはバイトのスタッフに愚痴をこぼす時だってある。

 

「ほんっと頭きちゃう!最近の子っていつもそうだよね!スタッフのことなんだと思ってるの?」

「一部の連中だけですよ。そりゃあライブ終わってもスタッフに挨拶せずにさっさと帰っちゃうバンドとかもいますけど・・・」

「あー!いるいる!あんまり言いたくないけど何様なのって感じだよね!誰が場所用意してライト当ててると思ってるんだか・・・!」

「まりなさん絶好調だなぁ・・・」

「じゃあもうこの際だから聞いてよ。この間、困ってる様子の子がいたから「何か困りごと?」って声かけたの。善意だよ?それなのにさぁ!」

 

『チッ・・・』

 

「舌打ちされたんだよ!?酷くない!?」

「あー、めっちゃ分かります。後ろ姿は普通なのに話しかけたらすごい不機嫌そうな顔してるっていうか・・・。何か嫌なことでもあったんですかね?」

「だからって私たちに当たらないで欲しいよね。何があったのかは知らないけどさ・・・。」

「初っ端から敵意剥き出しだと話だって聞いてやれないですもんね・・・」

「スタッフに人権って無いのかな?私たち、人として扱われてる?ちゃんと必要とされてる?」

「「はぁ・・・」」

 

 愚痴大会も悪くはないが、やっぱり嫌なお客さんを思い出すのは心が重くなる。

 

「なんか、やる気上がらなくなっちゃいましたね」

「そうだねぇ。この状態で接客なんて・・・」

 

 と言いかけた辺りで扉が開く音がした。開いた者は―

 

「レーーン!まりなーー!」

 

 弦巻こころ。

 

「あれ、こころちゃん?予約の時間、まだ先じゃない?」

「そうだけど、楽しみだったから待ちきれなかったの!」

「だからって早く来ても仕方ないだろ」

「そんなこと無いわ。練習のためだけに来たわけじゃないもの」

「じゃあ、何のために?」

「それはもちろん―」

 

 

「レンとまりなに会いたかったんだもの!」(パアアァァァ!!!)

「「(ズキュン・・・ッ!!!)」」

 

 さっきまでのモチベーションの低下は、もうどこにもなかった。

 なんだこの気持ちは・・・尊み?

 

「こころちゃん、いつまでもその笑顔を忘れないでね?」

「ヤバい。さっきまでの愚痴大会、全部どうでもよくなった・・・」

「2人とも、いきなり顔を隠してどうしたのかしら?2人とも?」

 

【CiRCLEのヒミツ】

 弦巻こころの笑顔は勤務中の癒しの1つ。マイナス思考の駆逐に効果的。

 

 

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【受け付けのお客さんの話2】

 

 CiRCLEで受け付けをやっているとガールズバンドのお客さんから話しかけられたりすることも多い。

 今回は自主練終わりの友希那さんが話しかけてくれている。別にそれはいい。俺にとっては大事な幼馴染だし、優しいお姉さんなのだが。

 

「あなた、また成績が怪しくなってるって紗夜から聞いたわよ。授業はちゃんと付いていけてるの?」

「絶対バイト中に仕掛けてくる話題じゃないだろソレ・・・」

 

 たまに母親みたいなことを言ってくるのだ。確かに成績が振るわないのは事実だが・・・。

 

「別にいいだろ。赤点だって回避してるし、仮に赤点でも誰にも迷惑なんて掛からないんだし・・・」

「あのねぇ。「回避」って言い方になってる時点で心配なのよ。紗夜だっていつまでもあなたを見れる訳じゃないの。寧ろRoseliaが忙しくなればあなたに割ける時間だって減るんだから・・・」

「友希那さんだって勉強苦手なくせに・・・」

「今はあなたの話をしているの。話を逸らさないで」

 

 確かに紗夜さんの名前を出されると弱い。あの人は責任感が強いから、自分が見なくなってから成績が下がったことを知れば、その原因の何割かを自分のせいだと思うかもしれない。

 俺だっていつまでも他人に頼る訳にはいかないと思ってる。

 

「レン。大体、あなたはいつも・・・―」

 

 そうだ。頼らずとも大丈夫なようにしなきゃいけないのは俺が一番分かっている。わざわざ友希那さんに言われるまでもないのだ。それなのにいつまでも・・・。

 

「ちょっとレン、聞いてるの?」

 

 子ども扱いして長々と説教なんて。それもバイト中に。幼馴染だからって干渉にも限度があるだろう。

 俺は怒りに任せて受け付けの卓を叩きつける。

 もう、我慢の限界だ・・・!

 

 バンッ!!

 

「うるせぇな!『ゆきちゃん』には関係無いだろ!!」

 

 ・・・

 

「へっ・・・!?」(いきなり昔の呼び方されて恥ずかしい)

「あっ・・・!!」(恥ずかしい呼び方して恥ずかしい)

 

 ・・・

 

「きょ、今日はこの辺にしておいてあげるわ」

「うっせぇ。二度と来んじゃねぇぞ」

 

【幼馴染あるある】

 油断すると昔の呼び方で呼んじゃう。

 

 

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【CiRCLEの休憩中】

 

「レン君ってさ。彼女とかいるの?」

「バイト先の上司っていつもそれ聞きますよね。バイトのことなんだと思ってるんです?あるあるなんですか?」

「いやいや、やっぱ大人としては学生特有の甘酸っぱい話とか聞きたいじゃん。たまにはさ」

「えぇー・・・」

「で、いるの?」

「いないですよ」

「じゃあ、好きな子とかは?」

「同じくいないですよ。そもそも恋愛に身を沈める予定もないですし」

「ふぅん・・・」

 

 まりなさんは水筒の中身を減らしながら見つめてくる。

 

「身を沈める予定が無くても、気付いた頃には沈んでる。それが恋愛の沼ってもんだよ」

「なに大人みたいなこと言ってるんですか」

「大人だよ。良くも悪くも、ね・・・?」

 

 ダメだ。まりなさんが大人のオンナみたいになってる。

 

「そもそもさ。好きになろうと思って好きになる訳じゃないじゃん?恋って、いつの間にか好きになって、それを自覚してからが始まりな訳だし」

「・・・はぁ」

「好きじゃないにしても、気になる子はいる?」

「気になる・・・ですか」

「レン君のタイプに一番近い子は?確か、年下が好きなんだっけ?」

 

 確かに、姉がいることも関係し、俺のタイプは年下の女子だ。甘えるよりも甘えられたい、頼れる人よりも、俺を頼って必要としてくれる人の方がいいし、「綺麗なお姉さん」よりは「可愛い女の子」の方がそれに近いかもしれない。

 小柄でツインテールが似合う、ちょっとあざとい子なんかがストライクゾーンだ。

 

「強いて言うなら、つくし?」

「あぁ、確かに。最近懐いてるもんね」

「いや、でもこれといって特別に意識とかしてないですよ?あそこまでいくと妹みたいなもんですし・・・」

「ふぅん?どうだか」

 

 なんだろう。今日のまりなさん、ちょっと面倒くさいかもしれない。

 

「別にタイプに近いからって好きになるとは限らないでしょ」

「でも、妹みたいに思っちゃう程度には可愛いとは思ってるんでしょ?」

「そりゃあ、つくしは可愛いですし・・・」

 

 寧ろ、あんな小動物みたいなやつが可愛くない方がおかしいだろう。

 

「いいこと教えてあげる。好きって気持ちに気付くのって、必ず後になってからなんだよ?」

「?はぁ・・・」

「そして、それがどれだけ後になるかは誰も予測できない」

「・・・?」

「会えなくなって、連絡取れなくなってからやっと気付くことだってあるんだよ。「あ、私って実はあの人のこと好きだったんだ・・・」ってね」

「・・・」

「付き合って、別れてから気付く人だっていたな。「私って、こんなにもあの人を愛していたんだ」って。不思議だよね。自分から手放したのに。手放してからやっと気付くんだよ?

 ・・・なんで人間ってこうなんだろう。大切なものはいっぱいあるくせに、その大切さに気付くのは、いつも取り返しがつかなくなった後。近くにそれがある時に、その有難みには絶対に気付けない。・・・後悔ばっかりだよ」

「まりなさん・・・」

「後悔しないで済む人間なんていない。誰もがみんな、大なり小なり人生の後悔ってやつを、無理やり引きずりながら生きてる」

「・・・」

「それでも、私は敢えて君にこう言わせてもらう」

 

 

「後悔、しないようにね」

 

 

 面倒に感じていたはずのまりなさんの話を、俺は真剣に聞いてしまった。

 

「まりなさん、俺―」

「さっ、そろそろ休憩は終わりだね。仕事仕事!」

「えっ、まりなさん!?」

「休み過ぎてもダメだからね。余計にサボらず、地味なことでも少しずつ。小さな仕事の積み重ねが、明日への一歩を切り開くのです。なんちゃって!」

「待ってくださいよ!話のキリ悪すぎじゃないですか!?ちょっと!?」

 

【CiRCLEのヒミツ】

 まりなさんの過去についてはよく分かってない部分が多い。

 レンはそんなまりなさんに取材を決行した時、まりなさんの年齢を質問して締め上げられたことがある。

 




・「読みにくい」などの感想、意見
・この小説で好きな話、あるいは好きなシーン

 参考にしたいので気軽に感想欄へ書いて下さい。特に好みのシーンとかは参考にしやすいのでお願いします。

 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。推薦とかしてくれる神様もいればいいな。

 もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。採用できるかは不明ですが、確認はします。
 あまり過度な期待はせず、「採用されたらいいな」ぐらいのサラッとした気分でお願いします。書けなかったらすいませんってことで。


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48.羽沢つぐみと公園でのんびりするシチュ

 今回はリクエストのつぐみちゃん。

 原点回帰してボリュームはあっさりめ。最近は気持ちガッツリめで書いてたからね。

 感想、待ってます。


 

 普段から忙しくしてる割に付き合いはいいことで定評のある俺にも、1人で目的も無くフラフラと散歩に興じることはある。

 休日、土曜日の昼下がり。今回は偶然目についた公園のベンチで一休みしてる訳だが、俺以外に人の気配はない。最近は公園で遊ぶ子供も少なくなったのかもしれないが、俺にとっては好都合だ。

 今日は晴天、気温は少し肌寒いが、日差しは温かい。・・・そう昼寝には丁度いい環境なのだ。

 普段から忙しなく活動してる方だし、今日も少し歩いて体力も消費しているから、体のコンディションも完璧、寧ろこれで昼寝をしない奴の方がありえないだろう。日差しの温かさに、目蓋も重くなってきた。

 

 そして、俺は気持ちよく眠りに・・・

 

「えいっ」

 

 落ちることはなく、聞き慣れた声と共に頬を突く感覚が襲ってきた。

 

「んぇ?つぐみ?」

「こんなところで寝たら風邪引くよ?」

「・・・」

「どうしたの・・・?」

「おう、ありがとな」

 

 あと少しで眠れたのに・・・!

 

 

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 本日の昼寝タイムは、つぐみとの雑談タイムとなった。つぐみも今日は予定が無くなり、目的なしで1人で散歩を決行していたらしい。

 

「お父さんったら酷いの。わたしがいつも通り手伝いに入ろうとしたら「つぐみは家を手伝い過ぎだ。もっと学生らしく外で遊んで来なさい」とか言ってわたしのことオフにしたんだよ?」

「娘が親孝行過ぎるのも考え物だな」

「レン君、お母さんと同じこと言ってる・・・」

「そもそも「手伝い過ぎ」って言われて追い出される娘なんてお前ぐらいのもんだろ」

 

 大した話題は話さない。

 だが、それでいい。寧ろそれがいい。今日のこの場所は、そんな空気な気がする。

 

「そう言えば、レン君の仕事は大丈夫なの?」

「来週の記事ならきっちり仕上げたよ。今日は完全にフリー」

「ふーん。女の子とデートする約束も?」

「別にないって。俺がそんなにモテるように見えるか?」

「モテるモテないはともかく、女の子に誘われること自体は多いんじゃないの?取材の時とかも含めると、ほぼ毎日ぐらいのペースで会ってるよね?」

「毎日って、そんな大げさな・・・」

「じゃあ、明日の予定もフリーなの?」

「いや、バイト終わった後、あことゲーセン行く」

「明後日は?」

「放課後に、美咲と話し合うことが・・・」

「明々後日は?」

「放課後に、ますきのラーメン屋に取材」

「ほぼ毎日のペースで会ってるよね?」

「・・・会ってますねぇ」

 

 取材での交流に加え、姉譲りの付き合いの良さ、知り合いが言うには、話やすくて、誘いやすくて、変に気を遣わないで済む性格、なんて要素が重なっているせいか、確かに振り返ってみるとガールズバンドの連中との予定でスケジュールの大半が埋まることもザラだ。

 ・・・俺も忙しい生活してるな。

 

「わたし、もしかして悪いことしたかな?」

「なんで?」

「だって、せっかくの貴重なプライベートを、わたしに使わせちゃって」

「つぐみと話すのは楽しいからいいんだよ」

「でも、1人の時間とか、欲しいんじゃないの?」

「1人の時間・・・か」

 

 確かに、そんな時間も人間には必要なのかもしれない。でも・・・

 

「そんなもん、随分前に飽きるほど楽しんだよ」

「そう?」

「寧ろ最近は、友人が良い奴らばっかりなせいで、1人だとすぐ寂しくなる。孤独の辛さを知ってるから、2度目の孤独に遭うのは一層怖い。最近はRoseliaが忙しくなってきたから、姉さんや友希那さんとも満足に過ごせてないし・・・」

「リサさんが忙しいのは、寂しい?」

「ちょっとだけな・・・。あっ、このこと、姉さんには絶対に言うなよ!?というか、姉さんに関しては、ただ家に騒がしさが消えて相対的にそう感じるだけだし!」

「(本人がいない時ぐらい、素直になればいいのに・・・)」

 

 だから、俺は忙しいことに不満は無い。寧ろ、忙しくなくなった時の方が俺にとって一大事だ。

 

「ふーむ」

「つぐみ?」

「いや、今思うと、わたしは普段予約でいっぱいのレン君を、こうして独り占めしてるんだなって思って・・・」

「独り占めもなにも、俺は公共物になった覚えはないぞ?」

「でも、こうしてお仕事抜きのプライベートなレン君とのんびりできるなんて、やっぱり貴重だよ」

「そんなこと言ったら、つぐみだってプライベート少なくて貴重だろうが」

 

 よく考えたら、似たもの同士だったり・・・?

 

「レン君。ちょっとだけ、くっついてもいいかな?」

「いいけど、なんで?」

「うーん。今はなんとなく、甘えたい気分?」

「珍し」

 

 断る理由も無いので少しつぐみに寄ってやると、俺の肩につぐみの頭が乗せられた。

 軽い感触が伝わってくる。

 

「優しいね」

「普通だよ」

「なんか安心する」

「・・・よく言われる」

「ふぅん?」

 

 ・・・

 

「女たらし」

「ひでぇ言い草だ」

「でも、その子たちの気持ちはわかるかな。本当に落ち着くし、なんでも受け止めてくれそう」

「その感覚は、よく分からないけど・・・」

「じゃあ、もう少し甘えてもいい?」

「・・・いいけど」

「ほら。受け止めてくれた」

 

 つぐみに言われて受け止めない奴の方がいないだろ。

 しかし、そう言い返すよりも先に、つぐみは俺の服の裾を掴んでいた。

 

「レン君」

「何?」

「今日は、何も予定無いんだよね?」

「そうだけど」

「なんだろ。しばらく、こうしていたいかな。なんか、離れたくないっていうか・・・」

「つぐみ・・・」

 

 どうやら、俺は想像よりもつぐみに安心感を与えられているらしい。

 当然、いつまでも公園にいる訳にはいかないし、しばらくしたら別れて帰ることにはなるが、一緒に居るときぐらい、不安なことなんて考えずに安らいで欲しい。

 

「つぐみ」

「んー?」

「俺も、寄りかかっていいか?」

「お好きにどうぞ?」

 

 体重を預けると、女の子特有のいい匂いがした。

 

「こんな時間の過ごし方も、たまにはいいね」

「あぁ。丁度いい天気の中、公園で美少女とのんびりする・・・なかなか味わえない贅沢だ」

「こういう場面でサラッとわたしを『美少女』って言っちゃうあたり、ホント口が上手いよね」

「別にいいだろ。本当に美少女なんだし」

「ありがと。でも、予約殺到中のレン君とこんなことして、更に美少女扱いされるなんて。レン君を狙ってる女の子に嫉妬されないといいけど・・・」

「ははっ。無い無い」

 

 本当なら、ここでもう少し軽口を返して、小気味よく会話を弾ませる算段を建てたりもするのだが、それをすることが出来るほど、俺の頭は働いていなかった。

 

 流れゆく雲のように

 

 寄せては返す波のように

 

 温かく穏やかな陽だまりを浴びて、優しく吹き抜ける風を感じ、隣に寄り添う人肌の温もりを感じていると、細かいことなんて考えられなくて当然だ。

 2人でしばらく何もせずにいると、女の子の可愛らしい話し声も聞こえなくなっていた。

 

「すぅ・・・」

「そりゃあ、眠たくなるよなぁ。お前も普段は頑張ってるんだし」

 

 返事は無く、環境音と1人分の寝息だけが聞こえる。

 

「起こさないでやるか。俺も眠たいし・・・」

 

 ・・・

 

「・・・」

 

 ・・・

 

「「・・・」」

 

 ・・・

 

「「Zzz・・・」」

 





 最近は1話に4000文字近く使ったり、10000字ぐらいを(上)と(下)で分けるみたいなことを続けてたので、なんか物足りなさとかあって不安になりますが、それでも私を投稿に導くのは「自己満足でやってるだけやからな」という理念があってこそ。

 それにしても、リクエストを見てると思いますが、女の子に甘えられたり、甘やかしたりしたい人、多くないですか?もしくは逆に甘えに行くシチュを望む人がいたり・・・。
 私の「甘える」の引き出しも、尽きてきそうな勢いです。
 もしかして、この作品の読者様、人肌の温もりに飢えてる人が多いのか・・・?


・「読みにくい」などの感想、意見
・この小説で好きな話、あるいは好きなシーン

 参考にしたいので気軽に感想欄へ書いて下さい。特に好みのシーンとかは参考にしやすいのでお願いします。

 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。推薦とかしてくれる神様もいればいいな。

 もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。採用できるかは不明ですが、確認はします。
 あまり過度な期待はせず、「採用されたらいいな」ぐらいのサラッとした気分でお願いします。書けなかったらすいませんってことで。


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49.今井リサにお邪魔されるシチュ

 クリスマスイブに恋人や友人とも過ごさず、ぼっちだった可哀想な皆さん。
 そんな聖なる夜にレイド戦でスルト君を狩るしかなかった可哀想な皆さん。
 クリスマス当日、朝起きてもプレゼントなど置かれてない可哀想な皆さん。
 こんな聖なる日に外にも行かずに部屋で二次創作を見てる可哀想な皆さん。

 安心してください。私もです。

 という訳で、今回はリクエストのリサ姉。
 恋人はサンタクロースじゃないどころか、そもそも恋人そのものがいないし、雨は夜更け過ぎに雪へとは変わりませんでしたし、皆さんの心には今も雨が降っているかもしれませんが、そんな皆さんの心を少しでも温められたら幸いです。

 敢えてクリスマスとは一切関係ない話を組みましたが、普段やらないような、かなり攻めた内容を書きました。

 まぁ、れのあサンタからの遅めのプレゼントってことで。


 行きしなでは晴れているくせに、帰る時には土砂降りってパターン、これが一番困ると思う。神のイタズラならぬ、神の嫌がらせのような何かをついつい考えてしまう。

 そんなことを考えてしまっているということはつまり・・・

 

「びしょ濡れだよ。風邪引いたらどうしてくれるんだ」

 

 当然傘など持っている筈もなく、俺は雨にがっつり降られながら下校を決め込んだのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 帰宅直後は速攻で風呂を沸かした。最近は気温が低いこともあり、そんな状態で土砂降りの雨に野ざらしだった俺は寒さの限界に達していた。

 冷え切った俺の体は、シャワーの温度すら分からないぐらいだったが、段々その温かさを享受できるようになり、体を洗った俺は早々に湯舟へ飛び込んだ。

 

 シャワーとは比べ物にならない、圧倒的な温もりが、俺の全身をじんわりと包み込む。

 

「あったけぇ~・・・」

 

 大雨による冷え込みは体の中に残っているが、だからこそ感じられる愉悦。それを肩まで浸かって味わう。

 望むらくは、このままいつまでも・・・と思っていた矢先、玄関の扉が開く音と同時に、聞き慣れた声が遠くから届いてきた。

 

「ホント最悪だよ~。なんでこんな時に折り畳み忘れちゃうかな・・・」

 

 ・・・どうやら、この天候の犠牲者は俺だけじゃなかったらしい。そして、声の主はさっきの俺と同じことを考えたのか、玄関から直接こちらへ向かってきているようだった。

 そしてすぐに、風呂場の扉越しに声が届く。

 

「あれ?もしかして先客って感じ?」

「ってことは姉さんも降られたのか」

「そうそう。下着も靴下も全滅」

「お互い災難だったみたいだな。すぐに上がるから待っててくれ」

「いやいや、いいって。あんたも降られたんなら、ちゃんと温まらないと」

「そしたら姉さんが冷えたままだろ。風邪引いたらどうすんだ」

「え?だからレンと一緒に入れば解決じゃん」

「は?おい。ちょっと待―」

 

 バタンッ

 

「お邪魔しまーす」

「待てっつったろうがテメェ!!」

 

 結論から言う。全部見た。

 入ってきた瞬間に目を逸らしはしたが、あまりにも恥じらいなく入ってきたので、その一瞬で姉の全裸はしっかりと目に入った。

 しかし、そうやって背を向ける俺に対しても、うちの姉は本当になんとも思っていないらしい。そのまま呑気にシャワーを浴び始めた。

 

「も~。なんで背中向けてんの?もしかして思春期だから見られたくないのかぁ?別にあんたの裸なんて興味ないって」

「隠そうとしないどころか恥じらう素振りすら見せずに突撃してきたことはもう100歩譲ってスルーするけど、せめて自分が見られる心配してくれません?しかもこのシチュで恥ずかしがってんのが俺の方って発想も無茶苦茶だからな?」

「見られる心配~?」

「年頃の女子高生の危機感がそれでいいのか・・・?」

「危機感ねぇ・・・よし、弟。ちょっとこっち向いてみ」

「・・・一応聞くけど、向いていいんだな?」

「大丈夫だって。ほら早く」

「仕方ないな」

 

 狭い浴槽で、俺は体の正面を姉に向ける。本人が「大丈夫」と言ってる以上は大丈夫なんだろう。

 そう思った束の間、目に飛び込んできたのは―

 

「ほれ」

 

 姉の胸。

 

「頭おかしいのかお前ぇ!?」

 

 また急いで目を逸らすことになった。やっぱり危機感無さ過ぎると思う。

 

「見てよ」

「気は確かか?」

「確かだから、こっち向いてって」

「・・・目を見て話せって?」

「体も」

「えぇ・・・」

 

 生まれてこの方、姉とは10年以上の付き合いになるが、今はまるで姉の意図が掴めない。でも、目を逸らしたままじゃ何も解決しないのは分かる。

 

「まったく・・・」

 

 姉さんは浴槽に身を乗り出し、自分の育った上半身を見せつけていた。

 シャワーを浴びた姉さんの髪と細い肢体は濡れ、無数の水滴が滴っている。腹部はくびれて、どの部位を見ても、肌は透き通るように綺麗で、顔は風呂場の湯気に当てられてか、少し火照っている。

 

「結構いい体してるっしょ?」

「バカ言え」

 

 姉の前で認めたくはないが、スタイルもいい方だと思う。

 そんな姉さんのいたずらっぽい表情は、美人な印象も可愛らしい印象も持ち合わせている。「顔が良い」とはこんなのに対して言うのだろうと思う。

 そして何より・・・

 

「あ、やっと胸見た」

「仕方ないだろ。こんなに近づけられたら・・・」

 

 姉さんの胸だ。

 規格外とまではいかないにしても、年相応か、それよりも少し膨らんでいる、大きいけれど、大きすぎない、いかにも体に見合った乳房。

 

 ・・・俺はそれを、何にも隠されていない状態で直視している。女性的な膨らみも、その中心部にある、つんと上向いた桃色の突起まで。

 目の前にいる女性が、裸だから。

 

「で、なんで俺は見たくもない姉の生乳を拝まないといけないんだ?」

「そりゃあ、あんたが言ってた危機感云々の本題がコレだからだよ」

 

 そう言いながら、姉さんは自分の胸を揉む。本人の細指によってぷにぷにと形を変えるソレをよそ目に、俺は目を見て聞き返す。

 

「男の前で揉むなよ・・・。で、本題って?」

「自慢じゃないけど、アタシは結構モテる方です」

「はぁ」

「顔もスタイルも良く、「可愛い」「綺麗」とよく言われます」

「実際そうだとは思うけど自分で言うなよ」

「で、キミはそんな女の子のおっぱいをこんなにも間近で見てるわけだ」

「見せられてんだよ」

「狭い密室で、お互い裸を見せ合ってるわけだ」

「あんたが乱入したんだろうが」

「そこで質問」

「聞けよ」

「レンは今、エッチな気持ちになった?」

「はぁ?」

 

 何を言ってるんだコイツ。

 

「アタシの裸とか、おっぱい見て、やらしい気持ちになった?」

「・・・?」

「アタシのおっぱい触りたいって思った?」

「・・・??」

「エッチしたくなった?」

「・・・・・・」

「裸のアタシを押し倒して、めちゃくちゃにしたい?」

「そんな訳ないだろ自分の姉相手に。何言ってんだお前。引くわ・・・」

「ま、そういうことだよね」

「そういうこと?」

「弟相手に危機感とか何言ってんだって話」

「・・・なるほど」

 

 その、「弟だからいいだろ」みたいなのがどうかと思うって話なのだが、多分言っても聞かないのは分かった。

 

「取り敢えず、体洗えよ」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 この後は何事も無く、体を洗い終えた姉さんはそのまま湯船に入ってきた。浴槽から溢れ出す湯舟を見ながら、示し合わせることもなく、姉さんと背中合わせで温まる。

 ・・・それにしても女子が髪洗う時って、あんなにも時間かかるのか。

 

「それにしても、レンとこうしてお風呂に入るのも久しぶりだよね~。何年ぶり?」

「どうだろ。多分10年ぶりとかだよな?」

「この浴槽も2人だと狭いね」

「確かに」

 

 最初は嫌だったが、背中越しに姉さんと体重を預けあっていると、やっぱり安心する。

 

「レンって、本当に優しいよね」

「どこが?」

「文句言いつつ、アタシとお風呂に入ってくれるところ?」

「普通だろ・・・いや、普通ではないけどさ」

「ははっ。まぁ、たまにはいいじゃん」

「この年で?」

「この年で」

「ふぅん・・・」

 

 ・・・

 

「レン」

「何?」

「このままバックハグしていい?」

「嫌だ」

「答えは聞いてない☆」

「聞けよ」

 

 拒否してもやるつもりだったのか、俺は早々に姉からのホールドを味わうことになった。

 裸になった姉さんの胸の膨らみが、俺の背中に押し当てられる。

 

「・・・積極的すぎるぞ」

「いいじゃん。姉弟なんだし」

「じゃあ聞くけど、もし俺が変な気を起こして襲ったりしたらどうするんだ?さっきも言ってたけど、こんな狭い空間で、男女がお互い裸で2人きりなんだぞ?」

「そんなことは万に一つも無いから大丈夫」

「俺のこと信用しすぎだろ」

「そりゃ信じてるよ。お姉ちゃんだもん」

「・・・」

「アタシの弟はね、女の子を泣かせるようなことはしないんだよ。絶対にね」

「そりゃあ、大事にしようとは思ってるけど・・・」

「多分、今ここに居るのがアタシ以外の女の子でも、レンは襲わないと思うよ。おっぱいだって触らないし、一瞬たりとも女の子の体は見ないように努める筈だ」

「流石に無理があると思う」

「でもちゃんと頑張ると思うよ。レンは」

 

 抱き着いたままの姉さんは、空いた片手で俺の頭を撫でてくる。恥ずかしいが、何となく認められたような気がして少し嬉しかったのは、黙っておこう。

 

「姉さん、そろそろ上がるよ」

「え、もう?」

「暑い。のぼせる。離せ」

「あぁ、そっか。ずっと浸かってたのか。ごめんごめん」

 

 そのまま姉さんから解放された俺は、そのまま立ち上がって息を整える。予定外の長風呂になってしまったが、こうして姉さんとゆっくり話すことができたのは良かったかもしれない。

 

「あ、レン。アタシ、もうちょっと入ってるんだけどさ」

「おう」

「そう言えば、今のうちに言っとこうと思ってさ」

「なんか、大事な話?」

「まぁ、重要って程でもないけど、それなりに大事なことかな」

「なんだよ」

 

 姉さんはこちらを上目遣いで見つめ、はにかんだ表情で言ってくる。

 

 

「好きだぞ」

「ばーか」

 

 

 俺は姉への悪口を最後に、風呂場から離脱したのだった。

 




 私と同じくクリぼっち決め込んだ皆さん、よかったら感想もどうぞ。作品の感想と一緒に世間への愚痴を書いていただいても構いません。


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50.ガールズバンドと色々なシチュ

 50話突破記念と新年1発目を記念して、こんな感じで書いてみました。

 CiRCLE編の時みたいな短編集です。




 

【今井家の朝】

 

 俺の生活リズムはお世辞にも安定してるとは呼べないが、もし早起きができた場合は外に出て軽く近所を走るようにしている。ただでさえ椅子に座ってる時間が多い部活だと、油断すればすぐに運動不足だ。それに、激しく動き回るタイプの人間に密着取材をしてる場合だと、体力が無ければやっていけなくなる。

 「そもそも密着取材受けてるのに激しく動き回る人間などいるのか?」という疑問が出てくるとは思うが、普通にいる。特にこころはヤバい。「あたしのハピハピレーダーが、6時の方向に楽しいことを感知したわ!!」とか言って何の予備動作も無く明後日の方向へダッシュしたりする。

 

 しかし、ランニング自体はそこまで苦じゃない。帰る頃には家族も起きてるし、特に今日の朝食当番は姉さんなので、帰る楽しみが特に大きい。

 ・・・まぁ、それを伝えたら調子に乗るので姉本人には言わないが。

 

「ただいまー」

 

 そう声をかけると、赤いエプロンを着た姉がトテトテとこちらに歩いてくる。

 ・・・結婚2年目ぐらいの新妻のようだ。

 

「あ、おかえりレン。ご飯にする?ライスにする?それとも、オ・コ・メ?」

「全部白米じゃねぇか!!」

 

【今井姉弟のヒミツ】

 家では基本的にレンがツッコミ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【クラスの朝】

 

 A組で一番よく話すのは美咲だが、朝に美咲が別の用事でいない時は香澄や有咲ともよく話す。

 当然、大した内容の話題は殆ど無い。

 

「レン君と有咲に聞きたいんだけどさ。某きのこのチョコ菓子と、某たけのこのチョコ菓子だったら、2人はどっち派?」

 

 ほら、大した内容じゃない。こんなこと、わざわざ言うまでもないのに。

 

「そりゃあ、きのこだろ。持ちやすいし」(今井)

「はぁ?たけのこの方がサクサクして美味しいだろ」(市ヶ谷)

 

 ・・・

 

「聞き間違い・・・」

「とかじゃなさそうだな・・・」

「あの、2人とも?」

 

 面白いものだ。普段つるんでる友人でも、この手の意見の割れ方はあるのか。

 

「ははっ・・・」

「はははっ・・・」

「「ははははははっ・・・」」

 

 

 バンッ!!

 

 

「「上ッ等だよテメェ!こうなりゃ戦争だコラ!!」」

「2人とも落ち着いて!こんな話題振った私が悪かったから~!!」

 

 騒ぎを聞きつけた担任が仲裁に入るまで、あと20秒。

 

 論争の決着は着いていない。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【クラスでの昼食】

 

 昼休みの昼食は1人で済ませることが多いが、美咲がこころに連行されない日は一緒の机で弁当を囲むことだってある。

 特に今日の弁当は格別に美味いので、やっぱり気分も良くなる。

 

「美味い」

「・・・」

「美味い!」

「・・・」

「美味い!美味いっ・・・!」

「・・・」

「美味あぁぁい!!」

「もうちょっと静かに食えんのかあんたは・・・」

 

 ・・・ちょっと気分上げすぎたかもしれない。

 

「もしかして今日の弁当、リサさんが作ったの?」

「え、なんで分かった?」

「明らかに態度違うからすぐ分かるって。あんた、ほんとリサさん好きだよね」

「別に、姉さんが作ってくれたから嬉しいとか、そんなんじゃないからな!」

「なるほど。大好きなお姉さんが作ってくれたから嬉しくてしょうがないんだ」

「違うって言ってんだろ!本当にただ美味いだけだ!」

「はいツンデレ~」

「おいやめろ!なんか俺が姉さんのこと好きみたいじゃねえか!本当にやめろ!」

「ホント、レンってからかうと面白いよね」

 

【今井レンのヒミツ】

 リサのことが大好き。

 

 

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【羽沢珈琲店の日常】

 

 俺にとって羽沢珈琲店は作業が捗る場所の1つだ。流石にPCをがっつり開いてキーボードを叩くわけにはいかないが、メモ帳にボールペンを走らせて記事の構成を練るにはもってこいの場所だ。

 基本、来るときは1人だが、知り合いと遭遇してそのまま話し込むこともよくある。

 

「やぁ少年。奇遇だね」

「あっ、薫先輩。また優雅にお茶ですか?」

「そんなところさ。相席、してもいいかい?」

「そりゃあもう。どうぞ遠慮なく」

 

 とまぁ、今回はこんな具合に薫先輩との相席が決まったりしたわけだが、そこへ更にお客さんが少ないという条件が揃うと、バイト中の店員さんが会話に加わることもある。

 しばらく薫先輩と話していると、エプロン姿のイヴが現れた。そして、イヴはそのまま新たな話題を投げ込んでくる。

 

「相談なのですが、カオルさんとレンさんは、漫画を読まれることはありますか?」

「漫画かぁ。それなりに読む方だと思うぞ。たまにモカと貸し合ったりしてるし。先輩は?」

「そうだね。私も流行りのものや著名なものは抑えるようにしているよ。ストーリーの構成や表情の作り方は、演劇の参考にもなるからね」

「とまぁ、俺も薫先輩もそこそこ読むって結論になった訳だけど、それがどうしたんだ?」

「はい。もしよく読まれるなら、オススメの作品を紹介して頂きたくて」

「それは構わないが、どうして私たちに?」

「はい。実は少し前に日本の漫画に興味を持ったはいいものの、どの作品から手をつけていいか分からず、SNSでファンの皆さんのオススメを聞いてみることにしたんです。反応はたくさん頂いたので、その中で一番多く推されている作品を実際に買ってみたのですが・・・」

「ハマらなかったってこと?」

「はい。どれだけ頑張っても世界観や思想が理解できなくて・・・私も未熟です」

「『理解』か。確かに、文化が違うと分からないことも多いかもしれないからね」

 

 先輩の言う通りだ。イヴの趣味趣向に合うかも大事だが、考え方が合わない以上、世界観の理解も簡単ではなくなる。そんな状態で無数にある作品群から自分に合う作品を見つけるのは骨が折れる。

 

「よし、じゃあ早速紹介タイムといくか。俺のオススメはだな―」

「いや、待つんだレン君。それよりも先に、イヴちゃんのNGラインを知っておいた方が良いんじゃないかな?」

「あー、それもそうですね。SNSのリプライで一番推されてた作品がダメだった訳ですし」

「申し訳ないです・・・」

「別にイヴちゃんのせいじゃないさ。焦らず、まずはお茶でも飲みながら、ゆっくりイヴちゃんの話を聞こう」

「ですね。イヴ、取り敢えず、お前が理解できなかった作品の名前が知りたい。何を読んだんだ?」

 

 薫先輩とお茶を飲みながら、イヴに耳を傾けると、彼女はゆっくり口を開いた。

 

 

「はい。『ボボボー〇・ボーボボ』です」

「「ブフォォ!!」」

 

 襲い来るネット民たちの悪意。

 

【ネットあるある】

 大喜利感覚で明らかに初心者向けじゃない作品の紹介をする人間が一定数いる。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【今井家での雑談】

 

「レンもさぁ。そろそろ料理の1つでも出来るようになってもいいんじゃないの?将来1人暮らしする時どうするの?アタシ心配だよ」

「うるせえな。そん時はどうにかするよ」

「どうにか出来ると思えないから言ってんだぞ?基礎すら怪しいくせに」

「そもそも姉さんは俺を子供扱いしすぎだ。「基礎すら怪しい」までは無いだろ」

「じゃあ『料理のさ・し・す・せ・そ』ちゃんと言える?」

「刺身醤油、醤油、酢醬油、せうゆ、ソイソース?」

「全部醤油じゃん!塩分過多で死ぬって!!」

「サラスヴァティ、釈迦、スサノオ、ゼウス、ソカル?」

「神様の盛り合わせやめろー?」

 

【料理音痴あるある】

 基礎すら怪しい。

 

 

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【クラスでの雑談】

 

 教室で香澄と話す時は基本的に楽しいことしか話さないが、やっぱり年頃の男女なこともあって、たまには浮ついた話もしたりする。

 

「レン君って、誰かとキスしたことってある?」

「・・・無いけど、なんで?」

「いやー、実は気になってることがあってさ」

「気になってること?」

「ほら、「初めてのキスはレモンの味がする」って言うじゃん?」

「あぁ、たまに聞くやつな」

「うん。つまりアレってさ・・・」

「おう」

 

 ・・・

 

「唐揚げ食べながらファーストキスしたら、すっごく美味しくなるってことじゃない?」

「お前天才か!?」

「だよね!明らかに大発見だよね!?」

「おい有咲!!天才だ!!天才が現れたぞ!!アインシュタインの生まれ変わりだァァ!!」

 

「(ヤバい。アホが増えた・・・)」

 

【今井レンのヒミツ】

 教室で香澄と話す時はIQが下がる。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【CiRCLEで弦巻こころを囲むシチュ】

 

 CiRCLEでまりなさんと受け付けをしている時、突如としてソレは起こった。

 スタジオから出てきたこころが「少し相談があるの」と言って俺たちの前に来たところまでは良かった。問題はその内容。

 

「CiRCLEを爆破したいの!」

 

「敵襲ー!!!」

「総員、第一種戦闘配置!!」

 

 まりなさんの掛け声から、その後は早かった。

 

ガシッ!(モップを構えるレン)

ガシッ!(モップを構えるまりな)

ザッ!(機材整理から戻り、マイクスタンドを構えるスタッフA)

ザッ!(カフェテリアのシフトから駆け付け、フライパンを構えるスタッフB)

 

 目の前にいる可憐な少女の皮を被ったテロリストを囲むのは早かったが、早かったのは俺たちだけではない。

 当然コイツを守る人間も黙ってはいなかった。

 

ザッ!(こころを庇う黒服A)

ザッ!(トンファーを装備して牽制する黒服B)

ザッ!(三節棍を装備して牽制する黒服C)

 

 CiRCLEは、戦場と化した。

 かく言う俺も友人だったこころを、殺意を込めて睨みつける。

 

「白昼堂々、スタッフの目の前で爆破予告とはいい度胸じゃねえかこころ。えぇ?」

「みんなどうしたの?10連ガチャで麻婆豆腐しか当たらなかったみたいな顔をして」

「どんなシチュのどんな顔だよ・・・!」

「スタッフの皆さま、どうか落ち着いて武器をお下げください」

「舐めたこと言ってんじゃねえぞ黒服。先に喧嘩吹っ掛けてきたのはどっちだよ?」

「この場所はガールズバンドの女の子たちにとって大切な場所なの。爆破なんてさせない。CiRCLEは絶対に守る。私が。いや、私たちが!」

 

 場に緊張が走る。まさに一触即発。何が争いの引き金になってもおかしくない。

 

「こころ。今すぐに爆破予告を取り消せ。今なら冗談で済む」

「別に冗談じゃないわよ?言ったからには本気だもの」

「総員突撃ー!!!」

 

 その後、騒ぎを聞きつけた美咲が仲裁に来て、争いは怪我人が出ることなく終結した。

 「爆破したい」というのは、ライブの演出の話だったらしい。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【丸山彩とディナーするシチュ】

 

『レン君、今日の晩なんだけど、良かったら一緒にご飯でも行かない?最近、いい場所見つけたんだ~』

 

 いつぞやの焼肉の時のように、彩さんからお誘いをもらった俺は、断る理由もなく、そのまま駅前まで向かった。

 年上からの誘いだったので緊張していたのだが・・・

 

「知り合いのアイドルが、オンボロの屋台でおでん食ってる・・・」

「お、レン君。まぁ座りなよ。大将。この子にも適当に見繕ってあげて」

「へい」

 

 寒空の下、吹き抜けの屋台には夜風が通り抜ける。ボロい椅子に腰かけながら、俺は彩さんに耳を傾ける。

 

「芸能界に入ってさ、10万するフグの懐石とか、100g1万の松坂牛とか、高いモノを食べたりする機会も増えたけどさ・・・こんなボロい屋台の80円の大根が、一番美味しいんだよねぇ」

 

 くたびれた表情でそう呟きながら、彩さんは大将が見繕った大根の皿を渡してきた。

 

「お金ってのは、一体何なんだろう?」

「・・・悩みなら聞きますよ。彩さん」

「ふふっ、ありがと」

 

 この後めちゃくちゃ飲みまくった。(お茶)

 

【今井レンのヒミツ】

 愚痴や悩みの相談はよく受ける。

 

 

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【今井家での雑談2】

 

「レンって何でもよく食べる方だと思うけど、食の好みはオジサン寄りなところあるよね」

「高2男子にオジサンとは失礼な。ちゃんと流行りのスイーツ食べたりもするぞ」

「それは女の子と一緒の時とかでしょ?気遣い無しで1人ならオジサンじゃない?」

「そうかぁ?」

「じゃあ、好きな食べ物3位は?」

「焼き鳥」

「2位は?」

「砂肝」

「1位は?」

「筑前煮」

「オッサンじゃん!」

「どこがだよ!」

「いや、焼き鳥は百歩譲っていいとして、砂肝て。40代会社員か!」

「うるせぇな。だったら姉さんだって同じだろ!渋いもんばっか食いやがって!」

「なんだと~!オバサンとでも言うつもりか?」

「じゃあ姉さんの好きな食べ物は何だよ!?」

「はぁ?えっと・・・マ、マカロンですけど?」

「ここに来て見え透いた嘘ついてんじゃねえよ!正直に言えや!」

「いや、違うし!好きではあるし!」

「好き「ではある」ってなんだよ!ちゃんとトップ3から言えよ!ほら、好きな食べ物3位は!?」

「ひじき」

「2位は!?」

「酢の物」

「1位は!?」

「筑前煮」

「ババァじゃねえか!!」

「何を~~~ッ!?」

 

【今井姉弟のヒミツ】

 仲は良いけどケンカだってする。

 

 

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【花園たえと雑談するシチュ】

 

「ねぇレン」

「なんだよ?おたえ」

「燐子先輩っているじゃん?」

「いるな」

「あの人ってさ・・・」

「おう」

「絶対脱いだら凄いよね」

「おまっ、先輩だぞあの人!!」

 

【今井レンのヒミツ】

 おたえとは大した会話をしない。

 

 

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【宇田川あことゲーセンデートするシチュ】

 

 俺は今、あこと一緒にクレーンゲームに挑戦している。まぁ、クレーンゲームに搭載されたアームの力なんて大したことはないし、ダメで元々。

 景品ゲットに心血を注ぐというより、あこと雑談しながら、緩い気持ちでやってる。

 

「なぁ、あこ」

「んー?」

「俺とゲーセンなんか来て楽しいか?」

「あこは楽しいよ。レン兄は楽しくない?」

「いや、めちゃくちゃ楽しいんだけどさ。俺って音ゲーできないし、細々したボタン操作も下手だし、燐子さんとか誘った方が楽しいんじゃないか?」

「あぁ。そんなこと?別に関係無いでしょ。仲良い人と一緒に楽しく遊ぶことに意味があるんだし・・・あこはレン兄と一緒に居て楽しいよ」

「ふぅん」

「あ、コレ、取れるんじゃない?」

「えっ?あ、ホントだ・・・!」

「よしっ!いけ!!」

 

 少し大きめのぬいぐるみだったが、タグにアームが引っ掛かったことにより、無事に確保に成功した。

 

「ほらねっ!こうしてるだけでも楽しいでしょ?」

「ははっ、違いねぇ」

 

 もしかしたら我慢してたり、楽しくない時間を与えてしまってたりしないかという懸念もあったが、あこの満面の笑みを見ていると、そんなことも忘れてしまえる。

 昔は「お前と遊んでも楽しくない」なんてことを言われたりもしたのだが・・・。

 

「あこ」

「何?」

「お前、ホントいい奴だよな」

「そう?」

 

 ぬいぐるみを抱いて両手が塞がったあこの頭をワシャワシャと撫でる。

 

「よし、あこ。帰りにラーメンでも食べようぜ」

「えっ、いいの?ちなみにラーメンのお会計って・・・」

 

 ・・・ちゃっかりしてるな。コイツ。まぁ、誘った時点でそのつもりだが。

 

「今日だけだぞ?」

「やったー!レン兄の奢りぃ!!」

 

 俺の小さな友人は、ぬいぐるみを抱えながら無邪気に飛び跳ねている。

 

 

 ・・・なぁ、あこ。お前は気付いてないかもしれないけど、お前のそんな無邪気でまっすぐな所に救われてる人間って、結構いるんだぞ?

 当然、俺もその1人だ。

 

「なぁ、あこ」

「んー?」

「・・・ありがと」

「もうー、どうしたのいきなりー?」

「別に?さっさと行くぞ」

 




 姉弟という設定のせいか、やっぱリサ姉の話は書きやすくてですねぇ。どうしても多くなってしまいますね。
 多すぎですかね?


・「読みにくい」などの感想、意見
・この小説で好きな話、あるいは好きなシーン

 参考にしたいので気軽に感想欄へ書いて下さい。特に好みのシーンとかは参考にしやすいのでお願いします。

 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。推薦とかしてくれる神様もいればいいな。

 もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。採用できるかは不明ですが、確認はします。
 あまり過度な期待はせず、「採用されたらいいな」ぐらいのサラッとした気分でお願いします。書けなかったらすいませんってことで。


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51.丸山彩に取材するシチュ(過去編)

 今回も自分の中に燻ってた過去編の設定を出力する回です。

 前回のアンケート、リサ姉は「もっと出して欲しい」って人が1番多いみたいですね。

 出し過ぎ   3%
 気にならない 38%
 もっと出せ  59%

 皆さん、リサ姉のこと好きすぎるでしょ・・・。




 新聞部の活動にも慣れ、学業もなんとか理解が追い付くようになり、家族との仲もマシにはなっていた俺だが、何もかもが順調かと言われるとそうでもない。

 その証拠に俺は今も、B組から遊びに来てた市ヶ谷に愚痴を吐いていた。

 

「ネタ浮かばねぇー・・・」

「大丈夫なのかよそれ。間に合うのか?」

「わかんね。最悪の場合、来週はそこら辺で撮影した近所の野良猫特集で1本書くことも考えないとだ」

「はぁ・・・。別にガールズバンドの記事しか書かないって縛りがある訳じゃないけど、掲示板の記事が猫一色って、どの道致命的だろ」

「うるせぇな。所詮女子の機嫌なんて猫1匹でどうにでもなるんだよ」

「女子を舐めてるのか、猫への過信が酷いのかは知らねぇけど、その誤魔化しだっていつまでも続けられる訳じゃないだろ。取材先のアテは無いのか?最近はRoseliaとかの注目だってあるし・・・」

「そう言っても友希那さんとは気まずいままだし、そもそもあの人ストイックだから取材とか受けないと思う」

「確かにな・・・」

 

 ポピパやハロハピに始まり、多くのライブ告知や練習風景の取材をしてきたし、バンドメンバー募集の協力だってしてきたが、そろそろネタ切れかもしれない。

 詰んだ・・・そう思った瞬間だった。

 

「レンさん!アリサさん!その話は本当でしょうか?」

 

 

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 話の乱入者はクラスメイトの若宮だった。

 新聞部はまだパスパレの取材をしていなかったので、この機会に自分達を取材してはどうか、という内容だった訳だが・・・。

 

「いや、芸能人はダメだろ」

「ダメなのですか?」

「事務所の許可とか、その辺りの話も絡んでくるだろうし、そもそも俺が取材する間でもなくプロの取材とか受けてるだろ。お前ら」

「ですが、私達もまだ駆け出しの身。自分達を知ってもらう手段は多い方がいいです」

「なるほど・・・」

 

 芸能人として既に活躍している集団とは言え、夢に向かって突き進むガールズバンドであるならば、俺が応援しない理由もないだろう。

 

「というか、パスパレってやっぱ人気なのか?」

「おい新聞部」

「いや、そりゃあ名前や噂は聞くけど、そもそもあんまりテレビとか見ないし、アイドルにも疎いしだな・・・」

「でも、チサトさんの名前ぐらいは知っていますよね?昔から子役としての活躍をしていますから」

「そりゃあ、チサトさんぐらいなら分かるぜ?ほら、エヴァの次回予告やってるあの人だろ?」

「それミサトさんな?」

「レンさん・・・」

「申し訳ない。出直してくる・・・」

 

 こうして俺の予定には、パスパレへの取材と、パスパレメンバーの予習が加わることになった。

 

 

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 パスパレの事務所との交渉は成功し、メンバーへの取材、練習風景の撮影に許可が下りた。練習の妨害などの迷惑行為をしない限りは好き勝手にやっていいとのこと。

 しかし、取材対象のメインはパスパレ全体ではない。

 

「その、本当に私でいいの?元から有名な千聖ちゃんとか、同じクラスのイヴちゃんとかの方がやりやすくない?」

「その若宮が推薦したんですよ。丸山先輩を」

「そっかぁ。なんか緊張しちゃうな・・・」

 

 取材が決まった時、若宮は自分を差し置いてまで丸山先輩を推した。理由を聞いても、

 

『とにかくアヤさんは凄いんです!レンさんも話せば分かります!』

 

 の一点張り。まぁ、新進気鋭のアイドルグループでリーダーを張っているぐらいだ。さぞカリスマに溢れた凄い人なんだろう。才能にも環境にも恵まれた、それこそ姉さんや友希那さんみたいな感じの。

 

「彩ちゃん、歌い出し早すぎ!」

「あっ、ごめんなさい!もう1回お願いします!」

 

 そう、才能に恵まれ・・・

 

「皆さん、本日は・・・えっと・・・本日は・・・」

「・・・」

「ごめんっ、MCのセリフ飛んじゃった!なんだっけ?」

 

 そう、カリスマに溢れ・・・

 

「ここでターン―って、うわぁぁ!!」

「ちょっ、彩ちゃん転び方!あはははっ!!」

 

 若宮さん、何をもって凄いって言ってるんですか・・・?

 

 

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 練習の休憩時間、俺は床に座り込み、壁にもたれながら手帳で話の内容を纏めていた。氷川さんに「君ってリサちーの弟くんなんだよね?」とか、「おねーちゃんとも仲良いんだよね?」みたいな絡まれ方はしたが、周りのメンバーからの話はどれも興味深かった。

 特に結成当時の話は、ファンの知らない裏側での苦労をたくさん聞かされた。

「アイドル」と聞いて、軟派でチャラチャラした感じを勝手に想像していた部分もあったがこの集団、かなりの修羅場を味わっている。

 

「レン君」

「はい?」

「それっ」

 

 俺が投げられたそれをキャッチしたのを確認すると、肩にタオルを引っさげながら、丸山先輩はそのまま俺の隣に座り込んだ。

 

「あの、これは?」

「スタジオ出てすぐの自販機で売ってるスポーツドリンク。美味しいよ」

「あぁ、どうも」

「何か、悩み事?」

「えっ?」

 

 まさか、俺が質問を受ける側になるとは。確かに取材した内容で引っ掛かることは色々あったが、そんなに顔に出ていただろうか?

 

「悩みって程でもないですよ。それに、取材相手に相談なんて出来ませんよ」

「でも取材相手である前に、私は君の先輩だよ?悩める後輩に力を貸すぐらいは・・・ね?」

「そうですか」

 

 まぁ、引っ掛かっていることは取材内容にも関することだ。ただ、年上の取材相手に対して失礼な気がしたので言いにくかったのだが、ここは先輩の度量に頼る方が得策だろう。

 

「若宮から「凄い」って言われまくってた先輩が、なんか、練習でトチりまくってたから意外で・・・」

「うっ、やっぱり悪目立ちしてたか・・・」

「いや、別に責めたりバカにしようって訳じゃ―」

「わかってるよ。実際、他の人より出来ないことが多いのは事実だしね」

「・・・」

「でも、だからこそ頑張るの。頑張って頑張って、そうやってアイドルになったから」

「・・・」

「私に出来ることなんて、それぐらいしか無いしね」

 

 雑談に興じるメンバーを眺めながら、丸山先輩は笑う。

 

「何回失敗しても、ですか?」

「そうだね。いや、寧ろ失敗するからこそ頑張り続けるんだけどさ」

「辛くないんですか?何回も失敗してたら凹んだりするでしょ。心が折れたり・・・」

「生憎だけど、アイドルって笑顔を届ける仕事だからさ。落ち込んだ顔なんて見せてられないんだよね」

「先輩・・・」

「辛い時こそ歯ァ食いしばって笑うんだよ。弱音吐きそうな自分に、頑張る自分でファイティングポーズを取り続けるの」

「・・・」

「こうして言ってみると、頑張ってばっかだな。私」

 

 ・・・「頑張る」か。

 分からない。俺ほどじゃないにしても、先輩は「持たざる者」だ。才能に恵まれてる訳でもなければ、出来ることが多い訳でもない。

 

 持たざるが故に諦めて逃げた俺と、

 持たざるが尚、諦めず立ち向かい続ける先輩。

 

 気づいたら俺は、質問を重ねていた。

 取材相手にと言うより、丸山彩という一人の人間に対して。

 

 

 

「なんであんたは、そんなに頑張れるんだ?」

 

 こういう時に敬語が抜けるのは、俺の悪い癖だ。

 

「結成当時の苦労は聞いた。メンバー全員がバラバラになりかけたことも聞いた。どれも辛いなんてもんじゃない。俺だったらとうに諦めてる。全部放り投げて普通の女子高生になる方が楽だった筈だろ。・・・どうしてだ?」

「その質問は、新聞部の記者としての質問?それともレン君自身の心の底からあふれ出た、一人の人間としての質問?」

「どっちも、だな」

「そっか」

 

 先輩はゆっくり水筒の中身を減らして、口を開く。

 

「別に、大した理由なんて無いよ。ただ諦めが悪いだけ。突き詰めていくと、結局それだけなんだよね」

「それが、挫折の繰り返しでもか・・・?」

「100回挫折したって、それは諦める理由にはならないよ。アイドルになりたいと思った時点で、その辺りの覚悟は決まってたし」

「覚悟って・・・それだけで、何もかも耐えられる訳じゃないだろ。痛みも、苦しみも・・・」

「でも、『覚悟』ってそういうものでしょ?暗闇の荒野に、進むべき道を切り開くように、どこまでも進み続ける。止まるなんて選択は最初から無いんだよ」

 

 俺よりも小柄なはずの先輩が、この時は何よりも大きな存在に見えた。サラッとした微笑みで、何でもないことのように、この人はとんでもないことを言っているのだ。

 俺よりも小さな背中に、とてつもない大きさのモノを背負いながら。

 

 ・・・若宮がこの人を「凄い」と言っていた理由が、今になってよく分かった。

 才能があるとか、出来ることが多いとか、そういうのじゃない。

 人並みに出来ないことも多く、人並みに傷つく。その上で、降りかかる苦痛から逃げず、正面切って向き合い続ける覚悟がある。

 何度も失敗して、何度も傷ついて、何度も泣いて、それでも進み続ける意思の力。

 

 この人は『覚悟』が違う。

 

「レン君、負け続けてる勝負に、絶対に勝てる必勝法って知ってる?」

「あるのか?そんな都合のいいもの」

「あるよ。1つだけね」

「その心は?」

「簡単だよ。勝つまでやんの☆」

「・・・先輩は、ギャンブルとかやっちゃいけないタイプの人ですね」

「ははっ、妹も同じこと言ってた」

 

 先輩は、カラカラと笑ってみせる。

 

「強いな。あんたは」

「ううん。強くなんかないよ。譲れないモノがあるだけ」

「そうか」

 

 確かに、話してみてよく分かった。丸山彩は、本当に凄い人だ。

 凄くないが故に努力し、強くないが故に強い。

 

 ・・・カッコいい。

 

「あっ、待って!今の私、結構いいこと言ったよね?記事とかで使えるかな!?」

「今ので全部台無しになったぞ・・・」

 

 さっきまで本当にいいこと言ってたのに。

 

 

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 その後も取材は順調に続き、撮影面でもいい表情が撮れた。

 この後はメンバーを交えたミーティングが行われるらしいが、流石にその内容まで一般人に聞かせるわけにはいかないらしく、俺は少し早めに帰されることになった。

 今はパスパレの代表として、彩さんに事務所の外まで送ってもらっているところだ。

 

「レン君、今日の収穫はどうだった?」

「最っ高ですよ。このままドキュメント1本書けそうです」

「よかった」

 

 確かに、取材としての収穫は大きかったが、一番の収穫はこの人に会えたことだろう。

 個人的な欲望ではあるが、俺はもう少しこの人を知りたい。もう少し仲良くなって、関わっていくことができたら・・・。

 

「先輩」

「何?」

「「彩さん」って、呼んでいいですか?」

「・・・」

「・・・」

「ナンパ?」

「違います」

「気持ちは嬉しいけど、私はアイドルだから・・・」

「あの、違うって言いましたよね?」

「ははっ、冗談だって。呼び方なら好きにしなよ」

「・・・どーも」

 

 こうして遊ばれてるうちに、事務所の出口にも着いてしまった。

 

「さて、そろそろお別れだね」

「はい。・・・彩さん、今日は本当にありがとうございました」

「うん。また学校でも話そうよ。私もレン君とは仲良くしたいし」

「そうですね。今度は、もっと個人的な用事で会いに行こうかな・・・?」

「いつでも待ってるよ。あ、じゃあ連絡先も教えないとね」

 

 別れ際、最後にアイドルの連絡先という、とんでもないお土産を持たされることにはなったが、今回の取材は本当に良いものになった。

 

 

「じゃあ、お元気で!」

「うん!記事が上がったら、私も読むからね!」

 

 両手で可愛らしく手を振る彩さんに踵を返し、俺は事務所を後にしたのだった。

 

 

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 後日、彩さんの記事はかなりの注目を集めた。

 元々芸能人としての人気があったからか、掲示板の前にも朝から人だかりができていたらしい。

だが、

 

『彩ちゃんはあんなにカッコよくない!』

『もっとポンコツ可愛いところへの焦点はどこへやった!』

 

 といった感想も届いたのは、また別のお話。

 

 




 
 明日のこの時間にもう一度、今回みたいな過去編設定の出力を行います。

 私の中に燻ってる過去編設定は、次回で最後になると思います。


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52.湊友希那と向き合うシチュ(過去編)

 今回も作者の中で燻ってた過去編設定の出力。

 これで、頭の中にあった設定は全部かな。




 新聞部の取材やCiRCLEのバイトによって、俺は様々なガールズバンドと関わっている。その甲斐あって、俺はガールズバンドの様々なことを知っている。

 だが逆を言うと、関わりが増えたせいでガールズバンドにも俺のことをよく知られることになっている。

 そして、最近のガールズバンド達の中でこんな噂が広まりつつあった。

 

『レンと友希那、実は不仲説』

 

 まぁ、説もなにも、不仲なのは事実だ。

 普段ライブ終わりにスタッフへの挨拶を欠かさない友希那さんも俺のことはスルーするし、普段愛想よく接客する俺も、友希那さんが相手の時はぎこちなくなる。

 いや、友希那さんが怖くて「不干渉でいよう」なんてことを言い出したのは俺だし、最初に友希那さんから逃げたのも俺だし、関わりを絶ったのも俺だ。

 結局、悪いのはいつも自分だ。

 

 

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 少しだけ、幼少期の話をしよう。

 俺は幼少期からリズムも取れなければ、音程も分からず、そもそも音楽を楽しいと感じ取る感性も欠落していた。「おかしい」と指摘されても、何がどうおかしいのかすら理解できなかった。

 

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

 しかし、まだ小さかった俺自身ですら理解できてない俺の内面の問題など、外から他人が見て分かるものじゃない。

 どんなに真面目に取り組んでも、ふざけているようにしか見えなかったのだろう。

 

「レン、あなた本当に真面目にやってるの?」

「ごめんなさい・・・」

 

 音楽の話をする時の友希那さんは、少し怖かった。この頃からストイックに音楽へ取り組んでいた友希那さんから見て、音楽で「ふざける」俺のことは、さぞ許せなかったことだろう。合唱祭で「不真面目な」俺の態度を先生から聞きつけた友希那さんに怒られたこともあった。

 

 優しい友希那さんが変わっていくようで、音楽が嫌いになった。

 音楽の話になった瞬間、周囲に見捨てられるようで、音楽を好きになれない自分が受け入れられなくて、友希那さんが怖くなった。

 俺の事情など、誰も理解してくれなかった。周りの大人も、幼馴染も、俺自身も。

 

 だから逃げた。逃げて、孤独による安息を求めた。

 姉さんや友希那さんといる時間は、自分の無能さを突き付けられるのが怖いだけの時間に変わって、失望されるのが怖いだけの時間になって、だから先に逃げた。

逃げた先は、安らかだった。穏やかだった。楽だった。

 

 ・・・そして、凄く寂しかった。

 

 

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 そして、それから3年近く経った今も、俺はその溝を埋められていない。

 今までずっと目を背け続けてきた問題だったが、噂が広まったことによって、そのことを少し考えるようになっていた。

 

 こうして昼休みの屋上で、先輩に話を聞いて貰う程度には。

 

「すいません彩さん。長々と話し込んで」

「なるほど。友希那ちゃんと上手くいってないって噂、本当だったんだね」

「はい。なんか、話してスッキリしました」

「そう言う割にはスッキリしてなさそうに見えるけど?」

「・・・」

 

 普段はふわふわピンクのくせに鋭いな。この人。

 

「別に、マシにはなってますよ。本当です」

「でもモヤモヤもしてるんだ?」

「・・・分からないです」

 

 ・・・

 

「どうすればいいんですかね?」

「レン君は、どうしたいの?」

「うーん。やっぱり分からないです・・・」

 

 どうしたいとか、そんなのは別にない。彩さんに話を聞いて貰ったのだって、ただ何となく話を聞いて欲しかっただけで―

 

「あぁもう!煮え切らないなぁ!」

「うおっ!なんですかいきなり」

 

 彩さんは俺の言葉も聞かず、俺の両肩をガシッと掴む。

 

「自分の気持ちぐらいハッキリさせなさい!男の子でしょ!?」

「なんだ!?年上か!?」

「年上だし家でもお姉ちゃんだよっ!」

「あ、そっか」

「そうじゃなくて!レン君はウジウジし過ぎなの!」

「いや、だって―」

「本当は友希那ちゃんとこのままなんて嫌なんでしょ!?寂しい思いしてきたんでしょ!?だったら寂しい時ぐらい「分からない」なんか言ってないで、ちゃんと「寂しい」って言いなよ!」

「別に、俺はそんなこと思ってない・・・!」

「じゃあハッキリさせなよ」

「・・・」

「どうしたいの?」

「それが、分からないって言ってるんじゃないですか・・・」

「分からない分からないって、レン君はそうやって逃げてるだけじゃん。友希那ちゃんからも逃げて、自分の気持ちからも逃げるの?」

 

 彩さんの目線は何よりも真剣だった。

 

「仕方ないじゃないですか。怖かったり気まずかったりするし―」

「あぁもう・・・!だから、そんなことは聞いてないじゃん!」

 

 我慢の限界だったのか、彩さんは声に怒気を込めながら、俺の胸ぐらに掴みかかる。

 

 

 

「君が!どうしたいかって聞いてんの!」

 

 

 

「・・・!」

 

 俺の気持ち。俺が、どうしたいか。

 

「彩さん」

 

 目を逸らすことなく、彩さんは俺をじっと見据える。

 

「友希那さんと、話したい」

「・・・」

「話せるように、なりたい」

「・・・」

「このままで、終わりたくない」

「・・・」

「ちゃんと、仲直りしたい」

「やっと言ったか。こいつめ」

 

 そう言うと、彩さんはやさしい表情に戻り、俺の胸ぐらから手を離した。

 

「なんか、すいません。面倒かけて」

「ホントだよ。私、怒鳴ったりするの得意じゃないんだからね?」

「よく知ってますよ」

 

 俺がどうしたいかは、もう彩さんに聞かれてしまった。

 

「でも、どうしたもんかなぁ」

「いや、どうするも何も、話に行くしかないじゃん」

「いや、それは分かってますけど、もう何年も話してないし、何を話したもんか」

「それはさっきレン君が言ってたじゃん。「仲直りしたい」って、言いに行けばいいんじゃない?」

「そもそも、会ってくれますかね?」

「流石に100%大丈夫、とまでは言ってあげられないよ。私も神様じゃないし」

「俺のこと、嫌いになってるかも・・・」

「そうかもね」

「今より嫌われるかも・・・」

「まぁ、それもあり得る話ではあるよね」

 

 ・・・

 

「でも、行動しないならいずれにせよ一緒だよ。レン君の気持ちは、レン君にしか伝えられない」

「彩さん・・・」

「ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。たとえば、自分がどれくらい真剣なのか・・・とかね」

 

 そうだ。俺は結局、一度たりとも友希那さんと向き合ってはこなかった。

 

 だけど、もういいだろう。逃げるのにも、目を逸らすのにも、怖がるのにも、いい加減飽きた。

 

「彩さん」

「何?」

「話聞いてくれたのが彩さんで、本当に良かったです」

「ふふっ、いい顔だね。さっきよりスッキリしたんじゃない?」

「お陰様で」

 

 ・・・

 

「レン君」

「?」

「・・・頑張って」

「はい。ぶつかってきます」

 

 

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 俺は公園のベンチに座って、待ち人を待ち続けた。

 この公園に来るのも、かなり久しぶりだ。

 辺りを見回すとシロツメクサがちらほら見える。昔はこの公園で、姉さんと友希那さんの歌を聞かせてもらったっけ・・・?

 

 俺は友希那さんと話をするべく、久しぶりの連絡を取った。「話をしたいからこの時間にこの公園で待つ」ぐらいのメッセージをチャットで送ったぐらいだが、既読は付いた。

 しかし、返信は無いし、そもそも今まで不仲だったから来ない可能性の方が高いまである。

 

「まぁ、その時はその時か」

 

 友希那さんは、誘いを受けてどう思っただろう。今まで自分と話したがらなかった幼馴染が、いきなり連絡を寄越してきたのだ。

 ・・・どう思われていてもいいから、せめて来てくれることを祈ろう。この後にどうなるとしても、せめて、言うべきことぐらいはハッキリ言いたい。

 そう思った矢先、俺の携帯に着信が入った。

 

 ・・・友希那さんからだ。

 

「はい。もしもし」

 

 プツッ―

 

「・・・切れた?」

 

 と思ったのも束の間、俺の後方から声がかかった。

 

「久しぶりね」

「忍者かよ」

 

 会いに来てくれたはいいが、友希那さんは正面には立たなかった。しかも声の聞こえ方からするに、多分こっちを向いていない。

 まさか、久しぶりに交わすことになる幼馴染との会話が背中合わせみたいな形で始まるとは。

 

「そんなところに突っ立ってないで座ったらどうですか?」

「いいえ。このままでいいわ。あなたも、座ったままでいい」

「目を見てすらくれないのかよ。そんなに俺が嫌いか?」

「それはないわ。向き合えないのは、もっと別の理由よ」

「・・・?」

「・・・怖いのよ。不用意に近づくと、あなたを傷つけてしまいそうで」

「友希那さん・・・」

「あなたが呼んでくれたことは、本当に嬉しかった。でも、突然のことだったから、まだ心の準備が出来ていないの」

「・・・」

「多分、あなたはちゃんと覚悟を決めてくれたのだと思う。口下手で不愛想な、こんな私のために。でも、私自身に、まだそれが足りない」

「・・・そっか」

 

 表情も見えないし、声だってこちら側に向けられている訳ではないが、友希那さんが申し訳なさそうにしているのは分かった。

 ・・・でも、そうか。友希那さんも友希那さんで、俺に後ろめたい気持ちがあったのか。

 

「友希那さん、そのままでいいから聞いてください」

「何?」

「俺、やっぱり友希那さんと仲直りしたいです。最初に友希那さんから距離を置いたのは俺だけど、やっぱり寂しかったから・・・」

「レン・・・」

「昔みたいに、とか、贅沢言わないですし。せめて、ちゃんと向き合って話せるようになりたいです。この関係性のまま終わりたくない」

「・・・」

「頼むよ」

 

 友希那さんはしばらく黙っていた。俺の真剣さぐらいは伝わっているといいが。

 

「レン、手を出して」

「手を?」

「えぇ。右手を少し外側へ・・・そう。そこでいいわ」

 

 そう言われた時、俺の手に1枚の紙きれが置かれた。

 

「ライブの、チケット・・・?」

「私は口下手だから、音楽が無いと気持ちを伝えるなんて出来ない」

「それはまた、友希那さんらしい・・・」

「だからこれで、今の私を見て欲しい。あなたが嫌った音楽に命を懸ける、今の私を。そして、ライブの後も私のことを考えてくれるなら、その時は感想の1つでも聞かせて頂戴。その時には、私も正面からあなたと向き合うから」

 

 そうまで言われたら仕方ない。

 

「・・・確かに受け取ったぞ」

「ええ。それじゃあね」

 

 その言葉を最後に、友希那さんは姿を消した。

 

 

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 Roseliaのライブは圧巻と言っていい。何年も前に聞いたきりの友希那さんの歌声は、更に力強くなっていて、スタッフとしてステージの端で聞くものとは明らかに違った。

 

『きっと悔しくって 情けなくって 涙したって 此処に居るよ 扉は開けておくから』

 

 あぁ、そうか。

 人は音楽を聴くと、こんなにも鳥肌が立つのか。ライブで心を揺さぶられるのは初めてでは無い筈なのに、さっきから胸の高鳴りが抑えられない。

 どうしようもなく体が熱くなるのを感じる。

 

『魅せよう 新たな姿を』

 

 知らなかった。俺の幼馴染は、こんなにもカッコいい歌を歌うのか。ステージに立つ友希那さんは、こんなにもカッコいいのか。

 

 こんなの・・・

 

「こんなの、好きになるに決まってるだろ・・・」

 

 Roseliaのライブは大盛り上がり。俺の心は、完全に釘付けになった。

 

 

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 ライブの感想は早く言いたかったが、流石に控室に突撃をする訳にもいかず、どうしたものかと頭を抱えることにはなったが、連絡はすぐに入った。

 

『CiRCLEのカフェテリアで待ってる』

 

 ライブの興奮も冷めぬまま、俺は友希那さんの元へ走った。

 

「・・・早かったわね」

「感想、早く言いたかったんです。カッコよかったって」

「・・・そう」

 

 冷めた反応だと思ったが、少し顔が赤らんでるところを見ると、嬉しくなって照れてることも分かる。

 

「俺はバカだし、大した感想は言えないんですけど、友希那さんの本気は伝わりました」

「ええ。ライブは常に全力で取り組んでるけど、今回は特に熱が入った自覚があるわ。前にあなたが伝えてくれた分ぐらいは、返したかったから」

「そう、ですか・・・」

「・・・」

「・・・」

 

 感想は伝えた。でも、しっかり会話をするのは久しぶりだからか、お互いに気まずくなって沈黙が訪れる。

 

「ねぇ、レン。あなたは私と、「仲直りしたい」と言ったわね?」

「はい」

「その、私も・・・レンとは仲良くしたい。でも、お互い話し方も忘れてしまってるし、急に昔のようには戻れないと思うの」

「ですよね。こうして話してるだけでも、まだ気まずいですし・・・」

「ええ。だから・・・」

 

 友希那さんが、そっと右手を差し出してきた。

 

「その、歩み寄るのは少しずつにしましょう?まずは、握手から・・・」

 

 俺は、差し出された手を握り返す。

誰もが使う友好の証。完全な形ではないけれど、溝は埋まったと言っていいだろう。

 

「友希那さん。これからは、なるべく話しかけるから」

「ええ」

「気まずくても、挨拶ぐらいはするから」

「私も、これからは気を付けるわ」

「Roseliaにも、取材しにいくから」

「えと、それはもう少し考えさせて頂戴・・・」

 

 

 友希那さんとの雪解けは姉さんのようにはいかなかった。絡み辛さも残るだろうけど、そこはゆっくり、時間をかけて修復しようと思う。

 

 

 こうして俺は、不完全ながらも友希那さんとの仲直りを果たしたのだった。

 




 
 これで、ちょっとした気まずさを残しながら6話の友希那編に繋がっていくって感じですね。
 過去編はこれで全部です。

 ・・・どうでしたか?よかったら感想書いて下さい。余談ですが、彩ちゃんを可愛く書けないのが、私の悩みです。



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53.氷川紗夜の話を聞くシチュ(上)


 レン君の成長、8割ぐらいが見たいらしいですね。検討してみましょう。


 

「脱稿ッ!すなわち解放の時!!」

 

 PCのエンターキーをぶっ叩く音が、手狭で閑静な部室内に響き渡る。

 大変なことが多い新聞部の活動だが、それには当然楽しい瞬間も多い。そしてそれの一番楽しい瞬間はやはり、記事を書き終えた瞬間だ。

 今回は締め切りにも余裕を持たせることが出来たのでさらに気持ちいい。締め切りギリギリで逃げ切った時も気持ちいいが、その状況下の時はもう楽しむための気力も尽きてるせいで精神も安堵と疲労でいっぱいになる。

 鼻歌の一つでも歌いたくなるような気分だ、

 

「まぁ私、歌えないんですけど~。ヨホホホホホホホホ!!」

 

 やる気の無い顧問に部室の鍵を返却し、意気揚々と職員室を飛び出すと、廊下でちょうど帰ろうとしている紗夜さんを見つけた。

 なんだろう。今日は本当にいい日だ。

 俺は上がった気分を維持したまま、紗夜さんのもとに駆け寄る。

 

「紗夜さん、もしかして今帰りですか?よかったら一緒に―」

「は?なんですか?」

 

 え、怖・・・

 

「いや、だから一緒に―」

「結構です。わざわざ一緒に帰る理由なんてありません」

「えっ・・・」

「要件はそれだけですか?だったら私はもう行きます。時間の無駄ですから」

 

 紗夜さんはそのまま不機嫌そうに立ち去った。

 紗夜さんの塩対応は珍しいこともないが、断るにしたってあんなトゲのある言い方はしない。そもそも最近の紗夜さんはもっと優しい。

 明らかにイライラしているのは確かだ。女子はだいたい月一ぐらいでイライラする日があるというのは心得ているが、アレは明らかにソレの度を越えている。

 何か明確な理由があるのは確かだ。でも、どうしよう。

 放っておいて欲しそうだったし、放っておいてあげた方が良いのかもしれない。

 でも・・・

 

「いや、それは無いだろ」

 

 こういう状況でビビッて逃げるのが一番ダメなのはよく知ってる。

 嫌な思いをさせる覚悟を背負ってでも、紗夜さんが抱え込んでるものぐらいはどうにかするべきだ。

 そう思った頃に、俺は再び紗夜さんに向かって駆け出していた。

 

 

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 幸い、紗夜さんはまだ廊下を歩いてる途中で、見つけるのは簡単だった。

 

「紗夜さん、ちょっと待ってくださいよ。何をそんなに怒ってるんですか?」

「別に怒ってなんかいません」

「でも明らかに不機嫌じゃないですか」

 

 前に立ってようやく紗夜さんは立ち止まってくれたが、こちらを見ようともしない。

 

「放っておいて」

「嫌です」

「あなたには関係無いわ」

「そんなことは俺が決めます」

「しつこいわね。関係無いって言ってるでしょ!」

「関係無いから何ですか!?紗夜さんが辛そうにしてるのに何もしないなんて、俺には出来ない!」

「・・・!」

 

 紗夜さんが驚いてる隙に、俺は紗夜さんの手を握る。

 

「へっ・・・!?」

「何かあるなら話してください。何でも聞くし、何でもしますから」

 

 手を握ったまま、紗夜さんに詰め寄る。

 

「「放っておけ」なんて、そんな悲しいこと言わないでください。紗夜さんには笑顔でいて欲しいんです」

「ほぁっ・・・」

 

 紗夜さんの目を真っ直ぐに見つめる。こういう時は誠意を伝えるのが何よりも大事だ。

 

「えと、あの・・・」

「何ですか?」

「離して、ください・・・」

「嫌です。紗夜さん逃げちゃうでしょ?」

「逃げないから・・・」

「ダメです。せめて離して欲しい理由ぐらい聞かせてください」

「それは・・・」

 

 言い淀む紗夜さんの表情は、少し赤みがかっているように見えた。そう言えば、さっきまでイライラした様子だった紗夜さんが、今は妙にしおらしいような・・・?

 

「は、恥ずかしい・・・」

「・・・」

 

 もしかして紗夜さん、あんまり男慣れしてないのだろうか?こうして手を握って詰め寄るのは、刺激が強かったのかもしれない。

 顔を染めて、しおらしくなった紗夜さんは、そのまま上目遣いで訴えてくる。

 

「離してよ・・・」

「すいません。熱くなり過ぎました」

「もう・・・」

 

 照れた表情を見せる紗夜さんを可愛いと思っているのは、黙っておくことにしよう。

でも、長い髪を弄って照れてるのを誤魔化している紗夜さんは、やっぱり可愛かった。

 普段クールな人が、こういう所でピュアなのって、反則だと思う。

 

 

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 しばらくして調子を取り戻した紗夜さんは、そのまま廊下の壁にもたれてゆっくりと腕を組んだ。

 再びクールな雰囲気を纏ったが、どうやら話す気にはなってくれたらしい。

 

「先に言っておきますが、この話をしたら、多分私は再びイライラすると思います。理性のタガが外れることもあるかもしれません」

「そんなにですか・・・?」

「はい。それほど許しがたい出来事を話します。この手の話が苦手な方には、ブラウザバックをお勧めしたいほどに・・・」

「もう一度言いますよ。そんなにですか?」

 

 だが、ここまで踏み込んで逃げるのも違うだろう。

 

「話してください。すべて聞きますから」

 

 紗夜さんの中でも抵抗はあったのだろうと思うが、紗夜さんはゆっくりと話し始めた。

 

「あれは、私が行きつけのファストフード店に言った時のことです」

「はい」

「私はいつものようにハンバーガーのセットと、ポテトのLサイズを注文しました。あの時はたまたま、Lサイズの50円引きクーポンもありましたから。でも、そのクーポンが使われることはありませんでした」

「えっ、どうして使わなかったんですか?」

「「使わなかった」んじゃない。「使えなかった」のよ」

「・・・どうして」

「えぇ。今でも忘れられないわ。あの店員さんの、あの一言が・・・」

 

 

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「申し訳ございません。ただ今、ポテトの方はSサイズの販売しかしていなくて・・・」

 

 

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「どうしてなのよっ!!」

 

 バキィィッ!!

 

 イライラのゲージが溜まりなおしたのか紗夜さんは怒りに任せて廊下の壁を殴りつける。

 壁には紗夜さんの拳を中心として蜘蛛の巣のようなヒビが広がり、校舎には地震のような衝撃波が迸る。

 ・・・どっちだ?校舎が脆いのか?それとも紗夜さんが強すぎるのか?

 

「でも、Sサイズしかダメなんて、どうしてそんなことに?」

「国の輸送がどうとか天候がどうとか言ってた気がするけど、その時には既に頭が真っ白になってたから覚えてないわ」

「なるほど。流石に意地悪でやってる訳ではないんですね。でも、それじゃあほかの店はどうなんです?ファミレスとか」

「そっちはもっと酷かったわ。そもそもポテトの販売すら停止してたし・・・」

「ですよねぇ。打撃を受けてるのはファストフードだけじゃないか・・・」

 

 いや、でも悠長に構えている場合でもない。今こうしてる間にも、紗夜さんのイライラゲージは溜まり続けているのだ。

 しかし、項垂れたと思われた紗夜さんが、急にハッと目を見開いた。

 

「もしかしたら、全部何かの間違いだったりはしないかしら・・・?」

「紗夜さん、このタイミングの現実逃避はマズいですって」

「逃げてなんかないわ。きっとあの時は、偶然ポテトが軽んじられている平行世界に―」

「飛んでなんかないですから」

「じゃあポテトが軽んじられるような歴史を辿ってしまった、人類史のifの世界に・・・」

「浮上もしてないですって」

「そうよ。きっとこの異聞帯(ifの誤った歴史)の分岐は15世紀から16世紀の間、インカ帝国から伝わる筈だったじゃがいもがヨーロッパで浸透しなかったことよ!きっとインカ帝国が何かしらの方法を使ってスペイン人の侵略を凌いだんだわ!」

「んなアホな」

「いいえ間違いないわ。きっと今もインカ帝国は栄えてて、それでいて天空都市マチュピチュから私たちを見下して嘲笑ってるのよ!皆のじゃがいもを独占して・・・。さぞ滑稽に見えるでしょう。上空2500~4000mのアンデス山脈から見下すポテト難民の苦痛は・・・!」

「滑稽なの紗夜さんだけだよ」

「いいえ違うわ。考えれば考えるほど辻褄は合うもの!」

「じゃあもう仮にそうだったとして、インカ帝国はどうやってスペインからの侵略を凌いだんだよ?紗夜さんが言う通りの15世紀とか16世紀辺りのヨーロッパなら、兵装も火力も揃ってはずだろ?技術も文明も勝ってるスペインがどうやって負けるんだよ。早速この辻褄が合ってないじゃねえか。結局紗夜さんの話は全部妄そ―」

「いいえ。そうとも言えないわ。だって、インカ帝国が勝っていた部分はちゃんとある」

「どこがだよ?」

「人数、そして地形と地理よ」

「・・・うん?」

 

 ダメだ。アホだからついていけない。

 でも、そんなことは気にせず、紗夜さんはぶっ飛んだ自論の展開する。なまじ頭が良い人がこういうこと言い出すのが一番困る。

 そもそもなんで紗夜さんの口からインカ帝国の解説なんて聞かなきゃいけないんだよ。これバンドリの二次創作だぞ。もう現実逃避で片づけていいスケールじゃないだろ。

 

「たしかに汎人類史(本来の正しい歴史)のスペインはインカ帝国の侵略に成功したわ」

「あくまでここが異聞帯(ifの誤った歴史)ってことが前提なのか・・・」

「でも、鉄の武器や火縄銃があったとはいえ、スペインの手勢はあくまで200人程度、それに対し、当時のインカ帝国側も、天然痘や内戦で大変だったとはいえ、人口は優に数百万を超えます。・・・そもそもこの数による圧倒的な有利を、たかが兵装だけでどうにかできるでしょうか?」

「でも、そもそもその人口全部の数百万人が揃って戦う訳じゃないだろ」

「確かにそうですが、それでも普通に考えて、数の有利が圧倒的だったのは確かです。その上、当時の兵装も万能ではありません。鉄の武器も血を浴びれば錆びますし、銃の残弾数も無限ではありません。火縄はフルオートでもないですから1発撃つのも大変な上に、突然使用不可になることも珍しくありません」

「確かに、言われてみれば・・・?」

「「兵装も火力も揃っていた」とレンさんはおっしゃっていましたが、逆に言うと兵装と火力がなければただの烏合の衆です。言い方は悪いですが、人海戦術で何人かを自爆前提で突撃させればどうにかなります」

「自爆って・・・」

「必要な犠牲です。分かりますね?命の価値に区別なく」

「えげつな・・・」

「でも、戦争とはそんなものですよ。将棋やチェスでも、歩兵やポーンは捨て駒として扱われますし、犠牲の無い勝利はありません」

「はぁ・・・」

 

 おかしい。なんでポテトの話をしていた先輩と、いつの間にかインカ帝国滅亡の話を語り合っているんだ?

 

「そして、当時のインカ帝国が有利だった次の点、それが地形と地理」

「地形と地理?でも、ただの山岳地帯だろ?何がそんなに有利なんだよ?」

「まず前提として、城攻めは防衛よりも遥かに高い難易度を誇ります。守る側は慣れた場所で動き、攻める側は慣れない場所で動くわけですから。特に「国を超えた」城攻めは、気候や環境の違いによる影響が著しく現れます」

「まぁ、確かに「難攻不落の城」みたいなのは、日本でもよく聞くけど」

「はい。そしてその有利を更に後押しする要素が、山岳地帯という地形です。まぁ、当時の侵略の主戦場が具体的にどのような場所だったかは分かりませんが・・・」

「「頭上の有利」みたいなことですか?」

「まさか。それだけではありませんよ」

「じゃあ、あんなただの山に何の有利が?」

「「ただの山」?忘れたのですか?インカ帝国は言わずと知れた「天空都市」。2400m地点にマチュピチュが存在し、更にその上の3400m地点に首都であるクスコの市街地」

「改めて聞くと高いな」

「しかも当時は車や電車のような移動手段がある訳でもなければ、山道も碌に整備されていない。その上、スペインは大洋をはるばる渡ってきたばかり。飛行機も使わず、あの時代の技術で建造された船で、ですよ?さぞ長旅だったに違いありません。長時間かけて海を渡って、ペルーまで歩いて、次は2000m超えの山道ですか?城攻めの前に心が折れるでしょう」

「そもそも体力が保たないですよね」

「はい。長い時間をかけるとしたら食料の問題も出てきます」

「でも、逆に言うなら、それぐらい鍛えられてたってことですよ」

「レンさん、さっきも言いましたが、当時の山道は碌な整備もされてないんですよ?それどころかルートの形成もされてない。そして、もう一つは装備の問題です」

「装備、なんかダメなことでも?」

「あのですね?当時の人は今の我々のようにダウンジャケットを羽織って、トレッキングシューズを履いていた訳ではないんですよ?ただでさえ悪い足場を、碌な靴も履かずに。しかもこれは登山ではなく戦争。戦争を仕掛ける立場である以上、鉄でできた武器や装備も携帯する必要があります」

 

 ・・・

 

「知ってますか?鉄って重いんですよ?」

「それはバカにしすぎだろ・・・」

 

 でも、成績不良者に歴史の考察なんて聞かされても困る。

 俺がアホなのは、紗夜さんが一番知ってる筈なのに。取り敢えず分かるのは・・・

 

「まぁつまり、帝国に着く頃には、スペイン軍は心も体もヘトヘトだったってことですね?だから有利だったと」

「それだけではありませんよ?」

「まだあんのかよ・・・」

「えぇ。あの付近の山岳地帯はそれだけ防衛に有利なのです」

「紗夜さんの山推しは理解できましたけど、守るんならやっぱり森みたいに木とかが生い茂ってるような場所の方が身も隠せていいんじゃないですか?テレビとかで見た感じ、あそこ森とか無いじゃないですか」

「えぇ。だから、「木の一本も生えないぐらいに高い場所」であることが大事なのよ。樹木の生育が可能な標高の境界線を「森林限界」というらしいけど、富士山でのソレは2400mらしいわね。ちょうど五合目の辺り」

「・・・何が言いたい?」

「富士山の五合目辺りなら、ちょうど「あの病気」の発症リスクが出てくる高さでもあるでしょう?気圧も下がって空気も薄くなって、血中の酸素濃度が危うくなる、「あの病気」が」

 

 なるほど。それなら聞いたことがある。

 

「高山病か」

「その通り。そしてアンデス山脈、マチュピチュの標高は、それの発症の条件を満たしています。現地民のように、最初から生活して慣れていない限り、そこにいるだけでも危険です。仮に発症しなかったとしても酸素を著しく消費するような「激しい運動」は避けるべきです」

「「激しい運動」って、バリバリ戦争しにきてんのに?」

「はい。しかも、当時の人々に高山病や酸素の概念があったかも怪しい時代ですし」

「なるほど」

「では、ここで質問です」

「はい。なんですか先生」

 

 もう、いつの間にか授業みたいになってるので呼び方はこっちでいいと思う。

 

「数は圧倒的不利、自慢の兵装はいつまで保つかわからない、当時の技術レベルで海を渡り、大地を歩き、重い鉄の装備を引っさげてアンデスの山を登り、慢性的な疲労を残したまま、高山病で頭痛や吐き気のリスクもある。そしてそのリスクは激しい運動で更に上昇する。それなのにただでさえ有利な現地民はそのリスクを背負わずに本気で殺しに来る」

 

 ・・・

 

「この状況下で、あなたは命を懸けた殺し合いをしたいと思いますか?」

「絶対嫌ですけど?」

 

 いくらなんでも極限状態過ぎる・・・

 

「当然、スペイン軍も正面から正々堂々戦った訳ではないとも思います。技術は勝っていましたし、策謀を働かせて相手を貶めるようなこともしたでしょう。ですが、この侵略は、失敗のリスクの方が高かった筈です。寧ろ、これで「なんとか勝った」とか「なんとか生き残った」とかではなく、快勝した挙句、数百万人の人口を誇った帝国を滅ぼし尽くした?」

「よく考えるとおかしいですよね。インカ帝国の滅亡は謎が多いって言いますけど・・・」

「はい。これでは寧ろ、侵略に成功した汎人類史のスペイン軍の方がおかしいとすら言えます。だから、ここが汎人類史とは別の歴史を辿った異聞帯である可能性も充分に考えられるのです。少し何かが違えば、帝国が勝っていた可能性も大いにあるのですから」

 

 ・・・

 

「ここは、インカ帝国が侵略されなかった結果、汎人類史と運命が分岐し、じゃがいもが人類史に普及しなかった、ifの世界・・・」

「いや、やっぱおかしいって」

「じゃがいもが人類史に与えた影響は、それだけ大きかったんです。大昔のヨーロッパで起こった飢饉を救ったのも、今思えばじゃがいもでした・・・」

「おい!紗夜さん!聞いてんのかよ!?」

「じゃがいもが輸入されなかったから、この異聞帯のヨーロッパは飢饉を乗り越えられず、滅亡した」

「おいこら。勝手に滅ぼしてんじゃねえよ。まだ元気にやってるって」

「だから、ここは人類がポテトを軽んじる世界になった。短期間で収穫出来て、少ない肥料だろうが瘦せた土地だろうが問題なく育つような都合のいい野菜が、輸送の停滞如きで食べられなくなる不自然さも、こう考えれば納得できる」

「おい、そろそろいい加減にしろよ?」

 

 もう敬語も抜けてしまっているが関係無い、さっさとこの先輩をどうにかしなければ。

 

「生命にも競争があるように、歴史にも勝敗があります。正しい選択によって繁栄した汎人類史があるように、誤った繁栄によって生まれた異聞帯がある。じゃがいもが広まらず、ヨーロッパは滅び、それ故に「不要なもの」として中断され、並行世界論にすら切り捨てられた、「行き止まり」の人類史」

 

 ・・・

 

「ここは、そういう場所なのよ」

「いや、違うからな?」

「この世界は、決定的に「閉じ」ている」

「閉じてんのはあんたの視界だ。さっさと目を覚ませ」

「あなたこそ、否定ばかりしてないでこの事実を受け入れるべきよ」

「つまり、何が言いたいんだ?」

「現実を見なさい」

「お前だよ!!」

 

 紗夜さんの暴走は、しばらく続いた。

 

 





 (下)は30分後に投稿します。


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54.今井リサと協力するシチュ(下)

 長時間による説得により、なんとか紗夜さんを正気に戻したはいいが、普段まともな人があそこまで暴走してしまったのは、やっぱり大変な事態だ。

 多分、ポテトが食べられないことへの怒りと悲しみを、どこにぶつけていいか分からないのだろう

 どうしたものか・・・?

 

 俺は紗夜さんと帰り道を歩きながらそのことを考える。

 

「すいません。さっきは取り乱して・・・」

「いや、それだけショックだったんでしょう?仕方ないですよ」

 

 正気に戻った紗夜さんは、今も落ち込んだままだ。

 

「ハンバーガーとか、奢りましょうか?」

「でも、そこにポテトは無いのでしょう・・・?」

「Sサイズなら」

「はぁ」

 

 本当に困った。じゃがいもの輸入遅延の影響は、もう1か月近くは続くらしい。

 そんなに長いこと紗夜さんがこんな状態なのは困る。

 トボトボとした紗夜さんの足は、とうとう歩くこともやめてしまった。

 

「紗夜さん、元気出してくださいよ」

「・・・ごめんなさい」

 

 本当に詰んだかもしれない。

 こんな時に、紗夜さんを元気づけられる何かがあればいいのに。

 この状況を打破してくれる都合のいい奴はいいのか?誰か―

 

「あれ、紗夜?それにレンまで。奇遇だね」

「姉さん・・・」

「今井さん、どうしてここに?」

「いやー、たまたま通りかかっ・・・て・・・」

 

 姉さんも気づいたようだ。紗夜さんの様子に。

 

「レンー、一応聞くけど、紗夜に手出したりとか、してないよね?」

「ちょっ、違うって、俺が会う前からこうだったし」

「ま、そうだよね。あんたはそんなことする奴じゃないし、じゃあ、紗夜にこんな顔をさせたのは、いったい誰なのかな?」

 

 姉さんの表情は真剣そのものだ。

 紗夜さんを悲しませた元凶はポテトをSサイズしか販売しないケチなファストフード店ではあるが、店側も好きでこんなことをやってる訳じゃない。

 こうしないといけなくなった原因まで辿るとなると・・・

 

「犯人は・・・」

「犯人は?」

「この世界だよ」

「は?」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「なるほどポテトがねぇ。そういえばニュースでそんなこと言ってたっけ?1か月ぐらい続くとかなんとか・・・」

「まぁ、そういうことなんだけど。姉さん、紗夜さんのこと、どうにか出来ないかな?俺にはお手上げだ」

「そうだなぁ・・・」

「あの、2人とも。私のことは気にしないでください。別に食べ物1つで生活に影響が出たりなんてしませんから・・・」

 

 まぁ、それを言われて「はいそうですか」と引き下がれる程、俺たち姉弟は気が回る性格をしていないのだが。

 

「まぁ、方法はあるよ」

「本当か?」

「まぁね。ねぇ紗夜。今日、予定無いなら今井家に遊びに来ない?」

「えっ?まぁ、予定はありませんが」

「じゃ、強制でーす☆」

「あっ、ちょっと!」

 

 そう言うと姉さんは、そのまま紗夜さんの腕に抱きついて連行してしまった。

 

「あ、レン。帰りに夕飯の買い物も済ませたいから荷物持ちよろしく~」

「おっけー」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 紗夜さんを連れ、買い物も済ませて帰宅。手を洗い、まずやることは当然。

 

「はいコレ。手錠とヘッドホンとアイマスクだよ~☆」

「いやおかしいでしょう明らかに!」

「悪いな紗夜さん。姉さん、こうなったら聞かないから」

「そうそう、音楽でも聴きながら、しばらく待ってくれるだけでいいから。ね?」

「まぁ、そういうことなら・・・」

 

 まず、紗夜さんの視覚と聴覚を奪った。手錠まで加えたら余計な抵抗も出来まい。

 呼んでも返事が無いのを確認すると、俺たちはキッチンに向かった。

 

「で、何するんだよ?」

「あれ、まだ察しつかない?今日買い物に寄ったのだって、このためなんだけど。レンにわざわざ重たいものまで持たせて」

「まぁ、確かに今回は重かったな。何せ大量にじゃがいも買わされたし。飲食業界はポテトで悩んでんのに、スーパーではちゃんと売られてるんだもんな・・・」

 

 ん?待てよ。

 ここはキッチン、袋にはその他食材と大量のじゃがいも、そして何より紗夜さんのためにやること・・・ということはまさか。

 

「望むものはいくら探しても見つからない。でも、それは今すぐ手元に欲しい。だったらさ?」

「なるほど」

「作るっきゃないっしょ。フライドポテト☆」

 

 姉さんはお得意のウインクで、得意げに言い放った。

 紗夜さんの視覚と聴覚を奪ったのは、驚かせたかったからなのだろう。実に姉さんらしい。

 

「あの、2人とも?」

「「ギクッ」」

 

 リビングのソファから、紗夜さんの声が聞こえる。

 

「もしかして今、とてつもなく大事な会話をしていましたか?」

「嘘だろオイ・・・」

「勘鋭すぎでしょ・・・」

「いや、仮にそうだとして、私が知ることでもありませんね。やっぱり何でもありません。気にしないでください」

 

 俺たちの声は本当に聞こえていないらしく、返事を待たずに紗夜さんはそのまま自己完結を果たした。

 しかし、安心は出来ない。今の紗夜さんは、獲物を狙う虎のような勘の鋭さを有しているのだから。

 

「くそっ、魔幻獣ポテト食べタイガーめ」

「何そのネーミングセンス・・・」

 

 まぁ、アクシデントはあったが、こちらが不用意なことをしない限りは、紗夜さんも大人しくしているだろう。

 俺たちは2人は既にエプロンを装備している。

 

 さぁ、料理開始だ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【STEP1 じゃがいもを洗う】

「なーんで何もせずいきなりまな板に置いてぶった切ろうとするのかなぁ?うちの愚弟は」

「悪かったよ。今洗ってるんだからいいだろうが・・・」

※料理開始あるある 野菜洗うのを忘れる。

 

【STEP2 じゃがいもの皮をむき、細切りにする】

「・・・」ざく・・・ざく・・・ざく・・・

「~~♪」さく さく さく さく さく

「・・・」ざく・・・ざく・・・ざく・・・

「レンさぁ」

「何だよ?」

「遅くない?」

「あんたが早すぎなんだよ」

※料理音痴あるある 包丁が遅い。

 

【STEP3 ビニール袋に切ったじゃがいも、小麦粉、片栗粉、塩を入れて振る】

 

「アタシ、油の準備しとくからそれ振っといてよ」

「了解」

「・・・」シャカシャカ

「~~♪」

「・・・」シャカシャカ

「~~♪」

「姉さん」

「んー?」

「この作業飽きた」

「早いって」

※料理音痴あるある 調理工程にすら飽きる。

 

【STEP4 熱した油に粉をまぶしたじゃがいもを入れる】

「よし、やってやるぜ」

「あの、本当に大丈夫?」

「まぁ、俺が言い出したことだし、この手の危険な役目ぐらいはな・・・」

「アタシがやった方が安全で早いんだけどなぁ。ま、見守ることも年上の務めかな」

「さーて、投入の時間だぜ!」

「ちょ、あんまり勢い付けたら油跳ね―」

 

 ジュゥゥゥ!!!

 

「熱っつ!!!」

「ほーら言わんこっちゃない」

※料理音痴あるある 揚げ物はかなり危険

 

【STEP5 じゃがいもがイイ感じの色になったら、火を止める。後は盛り付けて完成】

「レンがポテトと格闘してる間に、マヨネーズとケチャップを混ぜてソースも作っといたよ」

「うっわ有能」

「別に大したことじゃないって。レンもお疲れ様。盛り付けられた感じは・・・うん。かなりいい。よくやった」

「どーも」

「よしよし」

 

 姉さんに頭を好き勝手にされながら、俺は盛り付けたポテトを見る。

本当に美味しそうな仕上がりだ。今すぐに食べたい。

 

「レン~」

「何?」

 

 chu-♡

 

 サラッと詰め寄ってる姉、頬に柔らかい感触。

 ・・・やられた。

 

「何だよ?」

「いや別に?なんとなく。なんかそこにあったからやった。いい頬だなーって」

「おい」

「別にいいじゃん。久しぶりにこの手の共同作業ができて嬉しいなーみたいな気持ちもあったし」

「言っとくけど、全く恥ずかしくないって訳でもないからな?」

「アタシだって多少はドキドキしてるんだからお互い様だよ」

「そっちがしてきたんだろうが」

「でも意外だな。外では手を繋ぐのも嫌がるし、もっと文句言ってくると思ってた」

「外は人の目があるから嫌だって言ってるんだ。あと、ウザくてしつこいのも嫌だ」

「へぇ。じゃあ、人目のつかない家の中ならいいんだ?」

「・・・時間取らなかったらな」

「そっか」

 

 ・・・

 

「さて、そろそろポテトも持ってってやるか。ちょうどいい冷め具合の筈だし」

「そうだね~。ソファのポテト食べタイガーも、この香ばしい匂いで何が待ってるか勘づいてる筈だし・・・」

「焦らされてウズウズしてるだろうしな」

「じゃ、行きますか☆」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「ポ、ポテェ・・・」

「あ、本当に我慢の限界っぽいねこれ」

「確かに。「さっさと寄越せ」って言ってる」

「え?紗夜の言葉分かるの?」

「よし、ヘッドホンとアイマスク、さっさと取ってやるか」

「あと手錠もね?」

 

 その後の紗夜さんの反応は、もう語るに及ばず。

 

「はぁぁぁ~~~っ♡」

「じゃーん。今井姉弟の特製ポテトだよ☆」

「こ、これ、全部食べていいんですか?」

「あの、流石に俺たちの分もちょっとは頼みますよ?」

 

 というか、山盛りで結構な量だと思うのだが、本当に1人で全部行く気だったのだろうか・・・?

 

「よし、じゃあ」

「そうですね」

「それでは、お手を合わせまして・・・」

 

「「「いただきます!!」」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 結論、店のものとは違った良さがあって美味い。

 お好みで塩を追加したり、ケチャップや特製ソースを合わせるのもいい。あと塩コショウをかけても美味い。

 そして何より・・・

 

「んん~~~ッ♡」

 

 紗夜さんが凄く美味しそうに食べている。なんか見てるだけで幸せになりそうだ。

 

「はぁん・・・♡」

「ねぇレン、紗夜、大丈夫かな?何かイってる感じしない?」

「まぁ、イってるかイってないかで言うなら、イってるな・・・」

「はぁ・・・♡」

「「・・・」」

 

 姉弟揃って、顔を見合わせる。正直紗夜さんの表情は、健全な女子高生が晒していい表情ではないが・・・

 でも、美味しそうだし、幸せそうだし。

 

「「ま、いっか」」

 

 ポテトの大多数は紗夜さんが貪り食ったが、残りは残りで今井姉弟が美味しく頂きましたとさ。

 

 

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「今日は本当にありがとうございました。お二人にはなんとお礼を・・・」

「いいっていいって。好きでやったことなんだし」

「紗夜さんが喜んでくれて、俺たちも嬉しかったですし」

「でも・・・」

「あ、じゃあさ。お礼したいなら、今ここでアタシたちが喜びそうなことしてよ☆」

「えっ・・・?」

「紗夜さん、無理にやらなくていいですからね?」

「い、いえ、この大恩には、誠意をもって答えなければ」

「真面目だなぁ~」

 

 そして、そうこう言っている間に紗夜さんは準備を終えたらしい。

 

「これで、喜んで頂けるかは分かりませんが・・・」

「お、本当に何かやるのか・・・」

「まったく。姉さんが無茶ぶりするからだぞ?」

 

 そう言い合っていると、紗夜さんが俺たちの前に立った。

 そして、紗夜さんは少し顔を赤らめながら、少し深呼吸をした後・・・

 

 

「ふ、2人のことが、だいだい、だーい、好き・・・ですっ。chu-(投げキッス)」

 

 照れた表情の紗夜さんは凄く恥ずかしそうで、投げキッスの手の動きも控えめだったし、その後も照れて目を逸らしていた。

 そして俺たちはと言うと・・・

 

「ゴフッ!」(姉、昏倒)

「ノブッ!」(弟、昏倒)

 

 まぁ、こうなる。

 

「あの2人とも!?大丈夫ですか!?どうしていきなり倒れて―」

「ごめんレン。アタシ、死んだわ」(チーン)

「ははっ、奇遇だなぁ。俺もだよ」(チーン)

「ちょっ、どうしたんですか!?しっかりしてください!2人とも!」

 

 結局俺たちは、紗夜さんが帰る時間になるまで、ずっと昏倒し続けたままだった。

 

 ・・・紗夜さん。あれは反則だよ。可愛すぎる。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 無事に紗夜さんを帰し、姉さんと適当な雑談をしていると、日菜さんからチャットが届いた。

 

『おねーちゃんから知らないポテトの匂いがする!どういうこと!?』

 

「なんで俺のせいだって分かるんだよ・・・」

 




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・この小説で好きな話、あるいは好きなシーン

 参考にしたいので気軽に感想欄へ書いて下さい。特に好みのシーンとかは参考にしやすいのでお願いします。

 感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。推薦とかしてくれる神様もいればいいな。

 もしリクエスト等あれば活動報告のリクエストボックスへのコメントでお願いします。採用できるかは不明ですが、確認はします。
 あまり過度な期待はせず、「採用されたらいいな」ぐらいのサラッとした気分でお願いします。書けなかったらすいませんってことで。


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55.広町七深と映画デートに行く「筈だった」シチュ(上)

 歴史解説パート、見たい人の方が多かったですね。練ってみるのも一興か・・・?

 
 今回はリクエストの七深ちゃん。指定されたシチュを先に書いて、そしてそれに繋がる前後を考えたらこんな感じに仕上がりました。

 余談ですが、読者の皆さん、感想書くの早くないですか?深夜に投稿してるのに30分もしないうちに読み終えて感想まで送ってくれるなんて…。
 やっぱり嬉しいですね。




 

 広町七深は屈指のホラー映画好きだ。それこそ、メジャーな作品からマイナーな作品まで、幅広く好む。

 しかし、その趣味に理解がある女子は、残念ながら多くないらしい。

 そう。それ故に俺は今、広町七深と電車に揺られている。

 

「なぁ広町。わざわざ電車まで使う必要あったか?」

「いやー、今回の新作、ちょっとマイナーなんですよね。だから近くの映画館はやってなくて・・・」

「あと、俺よりもりみとかの方が良くないか?」

「りみりん先輩は、ライブの準備で忙しくて・・・」

「そもそも、映画って1人でも問題無いと思うんだけど・・・」

「あの、さっきから凄い渋ってますけど、もしかしてレンさん、ホラー苦手なんですか?リサ先輩からは得意って聞いてたんですけど」

「一つ言っておくけど、「得意」って言われてた理由はあくまで姉さんが基準だからだ。俺がホラーで必要以上に怖がったりしないのは、すぐ隣で俺以上に怖がってる姉さんがいるからであって、決して得意だからじゃない。寧ろ俺、人並みにはビビるからな?」

「そうですか・・・。レンさん、もし本当に嫌だったら、無理しなくても―」

「ばーか。それは話が別だろ。広町と一緒に出掛けること自体は楽しみにしてるんだから」

「レンさん・・・」

「ま、さっきは俺も悪かったよ。なんか、楽しい話でもしよう。着くまで、まだしばらく掛かるだろ?」

「ですね~」

 

 でも、どうだろう。姉さんがいる時は自分より怖がった人間がいると怖さが軽くなる理論が使えるが、広町相手だとそうもいかない。

 無様を晒すことにならないといいが。

 

「というか、なんで私の呼び方は苗字なんですか~?しろちゃんとつーちゃんは名前なのに」

「いや、別に大した理由じゃないぞ?お前は・・・なんか、「広町!」って感じするじゃん」

「説明はざっくりしてるのに、なんか分かるんだよな~」

「もしかして不満だったか?呼び方、変えた方がいい?」

「そこは好きに呼んで頂ければ―」

「じゃあナナミン」

「引っぱたきますよ~」

 

 呼び方は「七深」で決定した。

 

 

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 ガタン ゴトン ガタン ゴトン

 

 俺達は、他愛もない話をしながら、電車に揺られる。

 電車は、目的地に向かってゆっくり進む。

 

 ゆっくり、ゆっくり・・・。

 

 ガタン ゴトン ガタン ゴトン

 

 

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 がたん・・・、ごとん・・・。

 

 

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「寝てた」

 

 いや、自分でもビックリした。帰りの電車ならともかく行きで寝落ちするとは・・・。

多分、知らない内に疲れを溜め込んでたんだろう。取材もバイトも立て込んでたし・・・。

 そう思いながら、俺は窓からの日差しの眩しさと戦い、目を開けた。

 

「違和感」

 

 意識もハッキリしだして、何か違和感を覚えた。そして、下を見下ろしてみると。

 

「何・・・!?」

 

 電車内が、俺の膝下ぐらいまで水浸しに!

 

「・・・?」

 

 なっていると思ったが、どうやら勘違いだったらしい。

 おかしい。疲れてるのか・・・?

 

「ビックリした~。呪術〇戦のOPみたいな幻覚見えた・・・」

「んぇ?レンさん?」

「あれ?七深、お前も寝てたのか」

「「も」ってことはレンさんも仲良く広町と寝落ちを?」

 

 俺の肩に頭を預けていた七深も、幻覚にビビった俺の反応のせいで目覚めたらしい。

 そして七深は、目を擦りながら周りを見渡す。どうやらこいつはこいつで、違和感を感じ取ったらしい。

 

「この電車、お客さんいなくないですか?」

「あれ?そういえば・・・」

「・・・なんか、イヤな予感しません?」

「七深、他の車両も探してみよう。あと、なるべく俺から離れないでくれ」

「どうしてです?」

「直感。なんとなく」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「端から端まで誰もいないってどういうこった・・・?」

「運転席もブラインドが掛けられてて、車掌さんが見えません・・・」

 

 目を覚まして以降、俺達は自分達以外の乗客を見つけられずにいた。そして、問題はこれだけじゃない。

 

「ていうかこの電車、いつまで走ってんだよ?俺達が端から端まで動いてる間、1回も止まってないぞ?何十分走るつもりだよ・・・」

「確かに。結構時間経ってますよね?」

「「うーん」」

 

 そうやってお互いに頭を抱えた瞬間、車内にアナウンスの声が入った。

 

『次は、新阿国前(しんおくにまえ)新阿国前(しんおくにまえ)

 

「次の駅、近いみたいですよ」

「いくらなんでも駅まで遠すぎるだろ。どんだけ田舎道なんだよ」

「でも良かったですね。もし駅名が『きさらぎ駅』とかだったら、私たち詰んでましたよ~」

「言っとくけど今の状況でその冗談に笑えるほど俺、強くないからな?」

「またまた~。さっきの駅名も調べれば出てきますよ~」

「まったく・・・」

 

 そして、七深はスマホを操作し、そして・・・。

 

「レンさん。電波届いてないです。調べられません」

「嘘だろ・・・」

「あと、これ、時間のとこ、見てください」

 

 七深に言われるがまま、画面を覗くと、そこには電波が無い旨のメッセージ。

そして、17:30を指し示す表示。

 

「なぁ、俺達がこの電車に乗ったの、朝の10時とかだよな?でもこの時間って・・・」

「はい。明らかに逢魔が時ですね」

「せめて黄昏時って言わん?」

「しかも、仮に運悪く2人で仲良く寝過ごしただけだとしたら、私たちは7時間近く寝ていたことになります」

「おい。これって・・・」

「やだもうっ。こんな時間まで寝過ごしちゃうなんて~、広町ったら寝坊助さんっ☆」

「こいつ~☆・・・とか言ってる場合じゃないって。明らかにヤバいだろコレ」

「まぁでも、レンさんが考えちゃってるような最悪の事態だと決めつけるのは、まだ早計だと思いますよ?広町たちがうっかりしちゃった可能性も、まだ捨てきれる訳じゃない」

 

 七深がそう言ったと同時。電車がゆっくりとその動きを止めた。

 

新阿国前(しんおくにまえ)新阿国前(しんおくにまえ)

 

 駅に着いた電車が、ゆっくりとその扉を開く。

 

「まぁ、一旦降りましょうか。このまま乗り続けても、いつ次の駅に着くか分かりませんし、取り敢えず、反対のホームで待てば帰りの電車もあると思いますから」

「・・・そうだな」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「あの電車、あんなに走ってたのに、この駅はまだ終点じゃないんですね」

「しかも見てみろよこの駅。人っ子1人いやしない」

「改札も随分古いですね~。ICカード未対応どころか、切符を入れる場所すらない」

「すいませーん!誰かいませんか!?」

 

 声をかけても駅員が出てくる気配は無い。完全なる無人駅だ。

 

「なぁ、七深。ホラー専門家として、この状況をどう見る?」

「ホラーというか、都市伝説系の異常ですけどね」

「細かい話はいいよ。俺達はやられたのか?」

「やられてますね~。最悪もいいところです」

「・・・やっぱり?」

「今どき無人で改札も無い駅なんておかしいですよ。東京の電車から乗り換えも無しでたどり着ける訳ありませんし、それに駅名。やっぱり『新阿国前(しんおくにまえ)』なんて見たことも聞いたこともないですし」

「本当に俺達が知らない駅ってだけのパターンは無いか?駅名に『阿国(おくに)』ってついてるなら、出雲阿国(いずものおくに)のゆかりの土地とかだったり・・・」

「もし出雲阿国(いずものおくに)ゆかりの土地とかだったら、ここ島根県とかになりますよ?それこそ東京の電車から乗り換え無しの1本で行くなんて無理ですよ」

「ほな普通の駅と違うか~」

 

 なるほど。取り敢えず、俺達が異常な事態に出くわしていることは分かった。

 じゃあ、次はどうするか。反対側のホームのベンチで落ち着いたはいいが、状況は変わってない。

 今はまだ、事態の理解に感情が追い付いてないから、かえって冷静でいられる。恐怖で冷静さを失う前に出来ること、もしくは七深に聞いておくべきことは無いか・・・?

 

「七深。取り敢えず、これからどうする?帰りの電車も来る気配ないし、このまま線路伝いに歩くか?」

「いや、それは止めといた方がいいと思いますよ。線路の上は危ないですし、歩いても知ってる場所に着く保証が無い上に、仮に着けるとしても、電車で長時間走ってたような道を徒歩っていうのは流石に疲れちゃいます。歩いてる間に、『別の問題』に出くわしても大変ですし・・・」

「じゃあ、駅から降りて誰かに道でも教えてもらうか?もう日も暮れるし、最悪誰かに泊めてもらうとか・・・」

「それも厳しいと思いますよ~。軽く外を見た感じ、住宅も街灯も見当たらないですし、仮に誰かに会えても、その誰かが『安全』である可能性は、良くて五分五分。もうすぐ日が暮れる時間帯にこの周辺を移動するのもリスクが高いかと・・・」

「ああもう!じゃあどうすんだよ!こんな―」

「えい」

 

 冷静さを失って叫ぼうとする寸前、俺の口元に七深の人差し指が当てられた。

 

「レンさん。焦っちゃダメです。落ち着いて?」

「・・・あぁ。悪い」

「心配しなくても、広町だってちゃんと考えてますよ。なんたってホラー専門家ですから」

「そりゃあ、お前はそういうのに詳しいのかもしれないけど、こんなのに対処法とかあるのか?」

「対処法はハッキリしてないですね。この手の駅系の都市伝説自体は『きさらぎ駅』以外にもありますけど、どれも解決法はバラバラですし・・・」

「そうか」

「だから、今から提案することは、『正解』かは分かりません。あくまで複数の都市伝説のパターンから、『安全、最適かもしれない』ものを算出した結論に過ぎません。その上で、聞いて下さいね」

「・・・おう」

「広町の提案。それはズバリ・・・!」

 

 ゴクリ。

 

「特に何もせず、『広』い心で『待ち』を決め込みます。『広町』だけに」

「・・・は?」

「まぁ、簡単に言うと、外に出て『問題』に出くわすリスクをギリギリまで避けて、この駅構内に、私たちを助けてくれる都合の良い存在が現れたらな~って腹です」

「駅構内に現れる存在からは、そもそも逃げなくて大丈夫なのか?」

「分からないですけど、外に居る存在よりはマシかなと。あわよくば一瞬で帰してくれます。5~6歳ぐらいの着物を着た女の子とかが来れば勝ちです」

「なるほど?」

「それに、どんな怪異でも、朝になれば活動も出来なくなります。もしもそれまでの我慢比べになった場合、やっぱり場所はここがいい。これが全部夢だとしても、覚めるまで待てばいいだけですからね」

「・・・信じるぞ?」

「はい。どんと任せてください」

 

 情けない話だが、この場ではもうコイツだけが頼りだ。というかなんでコイツこんなに冷静なんだよ。ホラー耐性EXか?

 

「レンさん。手とか、繋ぎます?」

「なんで?」

「怖いでしょ?今。恐怖心に付け込まれるのも良くないですし・・・」

「別に、今はまだマシだ・・・」

「じゃあ、私が怖がってるってことにしましょう。レンさんは、こんな状況で女の子の手を握りもしないんですか~?」

「わかったよ・・・」

 

 俺は指示通り、なるべく強く繋ぎ合うために、指を絡め合って恋人繋ぎを決め込む。

 やっぱ頼りになり過ぎるんだよな。コイツ、安心感が違う。

 

「せっかくだし、なんかお喋りでもしません?」

「お前、いくらなんでも平常運転過ぎない?不安とか無いのか?」

「あ、そういえばレンさん、最近しろちゃんやつーちゃんと距離感近いですよね?仲良いんですか?」

「気は確かかお前!?」

 

 絶対に今話すことじゃない。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 とは思ったが、特にこれといって話すことも無いし、この状況で一切怖がらずに平常運転で雑談してた方がこの駅を作ったやつの面目をぶっ潰せそうだったので雑談には乗ることにした。

 

「でも、ましろやつくしとの関係か・・・」

「傍から見ても距離感近いですし、相当仲良しですよね?」

「そうか?」

「まさか、ちょっとイケナイ関係だったり~?」

「無いない」

「でも仲がいいのは確かですよね?やっぱり詳しい話聞きたいです。まずはしろちゃん辺りの話から、いいですか?」

「まぁ、隠すほどのこともないし。そうだな・・・」

 

 というか、別に懐くも何も、ましろもつくしも大した関係じゃない。俺たちの関係はただの健全な先輩後輩の関係でしかない。

 

 ましろとの関係なんて・・・

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 寝落ち通話したり・・・。

 

『レンさん、今日、少しだけ通話に付き合ってくれませんか?』

『レンさんの声、聞きたいな』

『私、レンさんの声聞くと安心するんです』

『優しくてかっこいいレンさんがね?』

『だい、だい、だーい好き♡』

 

 誰もいない自宅に連れ込んで、手料理を振舞ってあげたり。

 

「お邪魔します。ここがレンさんの家・・・」

「私に、あーんしてくれませんか!?」

「さっきよりも恥ずかしい感じで、レンさんにあ~んしてもらえたら・・・く、口移し・・・なんて」

「ねぇレンさんお願い。恥ずかしいよ・・・」

「レンさん。頭、撫でてください」

「レンさん。もっと・・・」

『言葉はまとまらないけど、好きです。レンさんのこと』

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 言えるわけない・・・

 

「あれ?言わないんですか?いきなり頭かかえて・・・」

「いやっ、ちょっと一言で表すのは難しいかなーみたいな。別に、後ろめたいことがあるとか、そういう訳では決してないんだけどさ・・・」

「あれ?急に歯切れ悪くなってません?大丈夫です?」

「いや、大丈夫なんだけどな?本当に大丈夫なんだけどな?ただ、ちょっと纏めるのが上手くいかないというか・・・」

「まぁ、そういうこともありますよね。じゃあ、つーちゃんならどうですか?」

「あぁ、つくしとの関係なら・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 「お兄ちゃん」と呼ばせたり・・・。(9話)

 

「・・・『レンお兄ちゃん』ですね」

「お兄ちゃん!そこはっ、本当にダメ・・・!」

「ねぇ、お、お兄ちゃん」

「もう少し、撫でて欲しいな」

 

 「お兄ちゃん」と呼ばせたり・・・。(25話)

 

「・・・お兄ちゃん♡」

「お兄ちゃんありがとっ♡」

「お兄ちゃんから撫でられるの、好き」

「もっと撫でて?」

「だって頑張ってるんだもんっ。お兄ちゃんはもっと褒めてくれていいと思うけど」

 

 「お兄ちゃん」と呼ばせたり・・・。(45話)

 

「レンさんは私のお兄ちゃんなの!」

「私は世界で一番、お兄ちゃんが大好きなんだからあぁぁー!!」

「私だけの「お兄ちゃん」じゃなきゃイヤ・・・」

 

 もう開き直って『妹』にしたり・・・。

 

「『ヒミツの関係』って、なんかドキドキしない?」

「私を、『妹』にしてください。『お兄ちゃん』に、なってくれますか?」

「お兄ちゃん!好き・・・!大好き・・・!」

「もう我慢できない!!好き。好き!好き・・・!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 もっと言えるわけない・・・。

 挙句、その後に頬にキスまでやっちゃってることなんて尚のこと言えるわけない・・・。

 

「あれ?またダメな感じですか?」

「いや、ダメではない。・・・まぁ、アイツらとは本当にただの友達だよ。なんか話しやすいから、自然とそういう接し方になったんだと思う」

「ふぅん・・・?」

「なんだよ?」

「いやぁ?突いたら面白そうな関係だなーって、思っただけですよ?」

「悪い顔だ・・・」

 

 完全なる平常運転。若干俺が七深に押される状態ではあるが、いつも通りの楽しい雑談タイムだ。

 

「そういえば、レンさんの手って大きいですよね。頼れる感じがして安心します」

「今の場合だとお前の方が100倍頼れるぞ?」

「いえ、そうでもないですよ。多分広町1人だったら、不安になったりしてたと思いますし・・・」

「なんで・・・?」

「うーん。自分より怖がってる人がいると冷静になれる、みたいな。それと一緒です」

「複雑だな。俺としてはもうちょっと甲斐性出したいけど」

「でも、いざとなったら頼みますよ?2人で仲良くお喋りするという選択が合ってるかどうかは、結局分からないままですから・・・」

 

 そうだ。俺は誤解していた。七深だって不安じゃない訳がないのだ。それなのに、俺のことを・・・。

 俺は、繋いだ手に少しだけ力を込める。

 

「七深、悪かったな」

「何がですか?」

「確かにお前はこの手の状況に詳しいけど、それ以前に、七深は普通の女の子なんだってこと、忘れてた。甲斐性見せるのは、年上の男がやるべきなのにな・・・」

「へっ・・・?」

「マジでヤバくなったら、俺が絶対守るからな」

「は、はい・・・」

 

 少し驚いた様子だが、どうやら納得はしてくれたらしい。

 

「あの、レンさんの中の私って「普通の女の子」なんですか?」

「そりゃそうだろ。守るべき対象だし」

「そ、そうですか~」

「・・・何だよ?」

「広町を守ろうとするレンさん、ちょっとカッコいいですよ」

「うるせぇな・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ここが碌でもない場所であることも忘れ、しばらく七深とイチャついていた時、遠くで電車の駆ける音が聞こえてきた。

 

「これ、向こうから聞こえたってことは・・・」

「向かう方面は、帰りの向きですよね・・・?」

 

 帰りの電車。それだけを聞くと嬉しいものかもしれないが、生憎、そう簡単に浮かれることは出来なかった。

 

「七深。これは、乗ってもいい電車か?」

「分からないです。私が知ってる話はどれも、帰りの電車で帰った終わり方は見たことがありません。私の中にあるセオリーは通用しない」

「勝率は?」

「五分五分ですかね。そのまま帰れるかもだし、下手したらもっと抜け出せなくなるかも・・・」

「でも、こうして待つのも、絶対助かる訳じゃないんだよな?」

「はい。来もしない助けを待ち続ける可能性もあるし、そもそも駅構内が安全じゃないかもしれない。日の出までの我慢比べをしたとしても、前提として『この世界』に朝そのものが無いことだってある」

「そうか」

「もしかしたら、今ここに向かってる電車こそが、さっき言った『都合よく助けてくれる存在』である可能性もあります」

「考えれば考えるほど、分からなくなってくるな」

「はい。だから、広町の一存では、どうすればいいかの決定は出来そうにないです・・・」

「じゃあ、どうする・・・?」

 

 七深はじっくりと考える素振りを見せる。そして・・・

 

「レンさんが決めてください」

「何?」

「いやぁ、広町的にこの決断のプレッシャーは重くて・・・」

「まぁ、そうだよな」

「だから、私はレンさんの直感を信じます。どう転んでも恨みっこ無しです」

「いいのか?」

「はい。お願いできます?」

「まぁ、「いざって時は頼む」って言われてたからな。この程度のプレッシャーぐらいは背負ってやる」

「レンさん・・・」

 

 といっても、どうしたものか?生きるも死ぬも、全ては俺の選択に掛かってしまった訳だ。当然、これは女の子1人に背負わせるものじゃない。

 

「選んでください」

「・・・」

「次に来る電車に乗り込むか」

「・・・」

「それとも、ここで『別の何か』を待つか」

「・・・」

「さぁ・・・」

 

 この問いは、考えて正解が分かるものじゃない。どちらを選択しても助かるかもしれないし、どちらを選択しても助からないリスクがある。

 

 

 

 俺は・・・、

 

 

 いや、俺達は・・・

 



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56.広町七深と手を握って見つめ合うシチュ(下)


 集計結果

「乗り込もう」……143人 90%
「ここで待とう」…16人  10%



 

「乗り込もう」

「いいんですね?」

「あぁ。ここに居たって状況は変わらない。それに・・・」

「それに?」

「『ここに来た時と全く同じ手段』で、『ここに来た時と正反対の方向』へ、『順序を逆からなぞる』ように、『来た方向へ帰っていくようにこの場から離れる』。このことには、きっと意味がある筈だ」

「ふぅむ」

「・・・と思ったんだけど、どうだろ?」

「賭けてみる価値はあると思いますよ。さっきも言った通り、私はレンさんの直感に従います」

「七深・・・」

 

 そうこうしているうちに、電車は駅に着いた。

 そしてソレは俺達の前で、ゆっくりと扉を開く。

 

「さてもさても、私たちも来るところまで来てしまった感じが出てきましたね~」

「あとはもう、なるようになれって感じだな」

 

 俺達は再び、お互いの存在を確かめ合うように、繋いだ手を握りなおす。

 

「じゃ、帰るか」

「はい。帰りましょう。・・・絶対に」

 

 意を決して、俺達は『帰りの電車』へと乗り込んだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 電車内は来た時と同じく、乗客の姿など無い。車内は電車の駆動音しか聞こえない。閑散とした空間だった。

 乗客は居なかったが、駅のベンチで長いこと座って膝が固まっていたこともあり、俺達は席にも座らず、そのまま立って扉にもたれていた。

 

「突然ですがレンさん。ここで広町から更なる提案があるのですが」

「提案?」

「手を繋ぐだけだと少し心細いので、お互いに正面に立ち、両手を握り合いながら見つめ合うのはどうでしょう?」

「いや、そこまではしなくてよくないか?流石に気恥ずかしさというか・・・」

「そうですねぇ、でも窓の景色を見つめてたら見てはいけない何かが・・・なんて事があったり」

「・・・」

「ふとした拍子に手を繋いでる隣の女の子を見てみると、いつの間にか全く知らない別の誰かに自分の手を・・・!」

「うっ・・・」

「みたいなことになったらイヤでしょ?」

「・・・そういうことかよ。ったく仕方ないな」

 

 俺は正面に立った七深と手を握りなおす。

 両手の指を絡め、お互いの瞳を、じっと見つめ合う。

 上目遣いの七深と目が合って、少しドキドキする。

 

「・・・他に、この車内で注意することはあるか?」

「うーん。取り敢えず、私以外の誰かから呼びかけられても、返事をしちゃダメ。とか」

「言われなくてもしないよ。俺たち以外に誰もいない状況下でそんな怖いこと起こったら」

「でも、大事なことですよ?私たちが応えたり取り合ったりするほど、『向こう』は境界を越えやすくなります。ただでさえ私たちも、その境界のミシン目のような場所にいる訳ですし。とにかく、余計なことに気付かないでいることが一番です」

「・・・分かった」

「はい。だから・・・」

 

 七深が、更に俺の手を握り込む。

 ・・・温かい。

 

「このまま、私の温度だけを感じて、私の声だけを聞いていて下さい。窓の外や、車内に目を向けるのもダメです。広町のことだけを見ていてください。そうすれば、余計なことにも気付かないで済みます」

「・・・恥ずかしいんだけど」

「目、逸らしちゃダメですよ?」

「分かってるよ」

 

 俺は指示に従う。

 七深の小さな手の温度を感じ、七深ののんびりとした声だけを聞いて、七深の整った顔立ちと、透き通った瞳だけを見つめる。

 ちょっとした会話と静かな時間だけが流れる。

 

「七深、さっきも言ったけど、いざとなったら俺が守ってやる。だから安心しろ」

「それは嬉しいですけど、どうやって守るんですか?」

「それは分からない。でも守るったら守る」

「なるほど、「守れるかどうかは知らないけど、安心させるためにはそう言っておくのが一番」という魂胆ですね?そのセリフは、守るためじゃなくて、安心させるために言ってると見ました」

「・・・そこは知らんぷりしといてくれよ」

「ふふっ。でも嬉しいです。こんなにくっつきながら、まっすぐ目を見て言われると、流石に広町の女の子な部分が刺激されると言いますか・・・」

「そうか?」

「はい。いつもよりレンさんがカッコよく見えて、ドキドキします」

「もしかして吊り橋効果じゃないか?今の吊り橋以上の恐怖のドキドキを、脳が恋愛のドキドキと勘違いしてるとか」

「そうかもしれないですね。だって今、レンさんのこと好きになりそうですし・・・」

「へっ・・・?」

 

 気づいたら、七深の頬は赤くなっていた。目も少し色気を帯びて、トロンとしている。

 

「知ってますか?動物って、死を悟ると発情するんですよ?」

「あの、七深?」

「分かってます。多分、今の私は無事で帰れるかも分からない状況が続いて、少しおかしくなってるんです」

「七深・・・」

「ダメだなぁ。名前呼ばれただけでドキドキする」

「・・・」

「このドキドキ、レンさんにも分けてあげますね」

 

 そう言うと、七深はそのまま、自分の乳房を俺の体に押し当てた。

 

「どうですか?」

「やめろ」

「どうして?」

「・・・変な気起こしそう」

「ふふ。なんだ。レンさんもおかしくなってるんですね」

 

 確かに、潜在的に長いこと恐怖を抱え過ぎたせいか、俺もおかしくなっている。

 あんまり自分より年下のいたいけな少女にこんな失礼なことは考えたくないが・・・七深の声が、エロく感じる。胸板に押し当てられた乳房に、この手で触れたくなっている自分がいる。

 

 ・・・お互いに、少し息が荒くなっている。

 

「七深、深呼吸しよう。深呼吸」

「はは・・・。確かにこれ以上は」

「あぁ。なんか、ここらで冷静になっとかないとマズいような気がする」

「ほんと、こんな状況で何してるんでしょうね?私たち・・・」

 

 俺と密着していた七深が、握った手をそのままに、俺から半歩ぐらいの距離を取る。

 目を合わせ続けたまま、ゆっくりと深呼吸に取り掛かる。

 

「「すぅぅ・・・。はぁぁ・・・」」

 

 足りなかった酸素を取り込み、頭に集まった血を落ち着かせる。

 

「「すぅぅ・・・。はぁぁ・・・」」

 

 何かに取り憑かれていたようなテンションを落ち着かせ、失った冷静さを取り戻す。ゆっくりと、自分のペースの呼吸を整える。

 

「・・・無事か?」

「その表現もおかしいと思いますけど。まぁ、無事です」

 

 マラソンでも走ってきたかのような疲労感はあるが、少しだけスッキリした気はする。

 思考が少しクリアになったような、そんな気分。

 

「七深、俺のこと好き?」

「全然です!」

「それはそれでどうなんだ・・・?まぁ、クールになったならそれでいいけど」

「いやー、お陰で助かりましたよ」

 

 七深はすっかり元に戻ったようだ。

 

「レンさん」

「何?」

「絶対、みんなの所に帰りましょうね」

「そうだな・・・」

 

 そんな会話が交わされた直後、車内が更に暗くなった。

 

「おや、トンネルにでも入ったんですかね?」

「みたいだな。お前しか見てなかったから気付くのが遅れた」

「またまた~」

 

 しかし、トンネルに入ってもなお、視界は暗くなり続ける。

 でも、物理的に暗くなってる感覚でもない。だからといって意識が遠のいているとかでもない。意識はハッキリしている。でも、どことなくフェードアウトしてるような感覚もある。

 よく分からない感覚。

 

「どんどん暗くなりますね」

「あぁ。もうほとんど何も見えなくなってきたな」

「そうですねぇ。でも、欠片の根拠も無い直感で、何となく思い至ったことが一つ」

「何だよ」

「多分さっきの賭け、私たちの勝ちです」

 

 その言葉を最後に、俺の認識する世界は、そのままフェードアウトした。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ガタン ゴトン ガタン ゴトン

 

 線路に沿って、電車はゆっくりと進んでいく。

 目的地に向かって、ゆっくりと。

 

 ゆっくり、ゆっくり・・・。

 

 ガタン ゴトン ガタン ゴトン

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 がたん・・・、ごとん・・・。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「「はっ!?」」

 

 跳び起きるように2人で同時に目を覚ますと、そこは陽光の差し込む電車の中だった。

 辺りを見回すと、様々な乗客が確認できた。俺の隣や向かいの座席にも、他の乗客が座っている。そして自分のスマホを確認すると、表示された時間は10:12を指し示していた。

 

「なぁ、七深。さっき、凄い変な夢を見たんだけど・・・」

「奇遇ですねぇ。こっちもです」

「まぁ、流石にそうだよなぁ」

「話したいことはいっぱいありますけど、取り敢えず・・・」

「あぁ。とにもかくにも・・・」

 

 他の乗客には目もくれず、俺達はありのままの安心感を、あふれるままに吐き出した。

 

「「帰ってきた~っ・・・」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 電車内で綿密な話し合いを行い、俺達が『あの駅』から生還したことは確実という結論に至った。

 今は本来の目的地だった駅で降り、そこのベンチでまた話し合いを再開している。

 

「そう言えば、私たちって元々ホラー映画観に行く予定だったんですよね」

「・・・行きたいって思う?」

「いや、今日に限っては言えば、ホラーは『あの駅』でお腹いっぱいというか・・・」

「そもそも、今がお昼前だってことも信じられないよな。『向こう』では夕方から夜に差し掛かってたところだったし」

「もう一日中冒険しましたってレベルの疲労が既に朝からあるのは、なんか変な気分ですね。海外旅行から帰ってきた時の時差ボケみたいな・・・」

 

 俺達は『向こう』の出来事を思い出して、今一度ため息を吐く。

 

「今日は、もう帰りましょうか」

「だよなぁ。これから映画まで見る気力は流石に無いし・・・」

「多分私たち、本来の時間で言うなら、集合して1時間も経ってないんですよね。それなのに電車で駅の往復だけして帰るって・・・」

「もういいだろ。こっちの体感なら、もう1日中一緒にいたんだし」

「ですね。正直もう、さっさとお家帰って寝たいです」

「それな」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 そして、無事に俺達が朝に集合した駅に降り、その駅から徒歩で帰ってる間にも、この話題は続いた。

 

「そう言えば『新阿国前』って駅名、結局何だったんでしょう?」

「ん?別に、そういう駅名だったってだけじゃないのか?」

「確かに、私が知ってる都市伝説も、駅名そのものに大した意味があるものは無いんですけど、ベタなホラーものだと、名前に意味があったりとかするんですよ」

「・・・そうなの?」

「そうですよ~。例えば、文字を入れ替えてみたら本来の意味になったりとか」

「ははっ。そんなまさか」

「・・・・・・・・・あっ」

「おい、待て。何に気付いたお前!?さっきの間はなんだ!?おい!七深!」

 

 七深はこちらに目を合わせようともしない。

 でも、気にしない方がいいのだろうか。知ったら知ったで怖くなるだけかもしれないし。

 

「と、そんなことを言い争ってる間に、そろそろ広町の家が近づいて参りました~」

「あぁ、この辺りなのか?」

「厳密にそうという訳でもありませんが、広町の家が向こうなのに対し、レンさんの家はあっちの方ですし、だからこの別れ道でお別れです」

「あぁ、そうか・・・」

 

 散々一緒にいたが、こうもあっさり解散なのはそれはそれで寂しい気もする。

 

「また、会いましょうね」

「あぁ。今度は、もっとゆっくりした場所で話そう。そんじゃ」

「はい。ましろちゃんとの関係とか、今度じっくり聞かせて貰いますからね?」

「それは・・・お手柔らかにお願いするよ。じゃあな」

 

 最後に手を振る七深に踵を返して、俺は家路を歩―

 

 いや、何か引っかかる。最後の別れのセリフ。

 

 ましろちゃんとの関係とか、今度じっくり聞かせて貰いますからね?

 ましろちゃんとの関係

 『ましろちゃん』との・・・

 

「あいつ、ましろのことそんな風に呼んでたっけ?」

 

 というか・・・

 

「俺、あいつに家の場所教えたことあったっけ?なんで俺の家の方向をあいつが知ってるんだ?」

 

 俺は急いで振り返った。

 別れの挨拶は済ませたばかりだ。後ろを向けば、帰り路を歩く後輩の姿が見える筈だ。

 

しかし、しばらく続く道を歩いてる筈の広町七深の姿は、完全に消失していた。

 

「・・・気のせい、だよな?」

 

 ・・・

 

「誰だったんだよアイツ・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『新阿国前』

しん お くに まえ

shin o kuni mae

shi no kuni mae

し の くに まえ

『死の国前』

 




 
 続きません。バンドリのホラーは最後が不穏でなんぼ。

 それにしても、今回は大差で『乗り込む』派が多数を占めましたね。脅威の9割。『待つ』派の人ももうちょっと多いと思ってたし、もう少し拮抗すると思ったんですがね…。修羅場回の時の選択肢は7%しか差がなかったのに…。
 
 皆さんは、アレですね。極限状態に陥った時に、ちゃんと崖を飛べるタイプの人たちですね。


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57.湊友希那が遊びに来るシチュ

【一緒にゴロゴロするなら理想は?】

年上……71人、43%
同い年…45人、27%
年下……48人、29%

 年上派が多かったので、年上のキャラから1人選んで書いてみました。

 拮抗はしてましたが、年上派が1番多いんですね。予想としては、もう少し年下派が多いイメージだったのですが…。
 成程。読者のみなさんは年上のお姉さんと部屋の中でゴロゴロしたい人達なんですね。
 ・・・生きてるだけで、みんな疲れてるんでしょう。読者様も、私も。



 日曜日、休日の朝。俺はがっつり惰眠を貪っていた。

 今日は珍しくバイトも他の予定も入っていない。新聞部も、今日は顧問が来ないので部室は使えない。作業は自宅で今日中にでも片付ければいい。

 両親は出払っているし、姉さんも友達と出かけるとかで、朝からいない。

 ・・・つまり何人たりとも、この俺を起こすことは能わず。俺はここに付け込み、休日から二度寝を決め込んでいく愉悦を―

 

「レン。起きなさい。もう朝よ」

 

 味わうことは叶わなかった。

 腹の辺りで馬乗りになっている少し重い感触、そして聞き慣れたクール系の良い声。

 

「・・・なんでいるんだよ。友希那さん」

「珍しく暇だったから会いに来たのよ。最近は忙しくて会えてなかったし」

「その貴重な休暇。もうちょっとマシなことに使えなかったのか?」

「別にいいじゃない。私の勝手でしょ。それに男子って、幼馴染の女の子にベッドから起こしてもらうのが好きなんじゃないの?」

「そのシチュ、同じ学校に通う同級生が平日にやるやつなんだわ。幼馴染の女の子って部分以外、何一つ合ってないし」

「じゃあ、私から起こされるのは嫌だったの?」

「別にそうは言ってないだろ。ありがと」

「素直でよろしい」

 

 礼を言って体を起こすと、友希那さんが俺から離れる。

 まぁ、今日中に記事を仕上げなければならないのは事実だし、このまま惰眠を貪って後回しにしても良くなかったし。そういう意味では本当に感謝している。

 

「あと、リサが「朝食はテーブルに置いてるからしっかり食べなさい」って伝言してたわ」

「了解」

「あと、「朝ごはん食べたらちゃんと歯を磨いて顔を洗うこと」って」

「言われなくても分かってるよそれぐらい。母親かよ・・・」

「それはリサに言ってよ」

「まぁ、それはいいとして、その間、友希那さんはどうする?」

「あなたの部屋で、くつろぎながら待ってるわ。」

「おう。何かあったら呼んでくれ」

 

 こうして俺は幼馴染に起こされながら、休日の朝を爽やかに迎えたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 姉の伝言通り、朝食、歯磨き、洗顔、そしてついでに使った食器を洗い、そのまま友希那さんの待つ自室へ戻ったのだが。

 

「いくら何でもゴロゴロし過ぎだろ」

「何よ。「くつろぎながら待ってる」って言ったでしょ?」

「限度ってあるだろ」

 

 ファンの子が見たら悲しむぞコレ。

 歌声もパフォーマンスもカッコいいあの湊友希那が、休日の朝に男のベッドに転がり込んで、そのままスマホでネットニュース見ながらゴロゴロしてるなんて。

 しかも、声はクールなままなのに、体勢はうつ伏せで寝転がりながら、足をパタパタさせて、表情はキョトンとしている。

 ・・・なんだろ。ギャップでちょっと可愛いのが腹立つ。

 

「そこまで言うなら、あなたもゴロゴロしたらいいじゃない。隣、空けるわよ?」

「悪いけどそうもいかない。今日中に仕上げないといけない仕事があるんだ」

「何よ。せっかく幼馴染が来たというのに、それを放置する気?」

「アポ無しで来たのはそっちだろ。そもそも友希那さんの存在そのものが予定外なんだよ」

「うるさいわね。仕事と私、どっちが大事なのよ」

「面倒くさい彼女か・・・」

 

 友希那さんの文句を無視し、俺はベッドの傍の小さなテーブルにPCを置き、カーペットに座り込んで作業に移行する。

 普段はベッドから遠い勉強机を使うのだが、こっちの方が友希那さんとは話しやすい。

 

「そう言えばあなた。PC作業の時はメガネなのね」

「あぁ。最初は裸眼でやってたんだけどな。こうも毎日ブルーライトを浴び続けてると、流石に限界が来てな」

「ふぅん。案外、知的に見えるものね。・・・本当はバカなのに」

「言っとくけど、友希那さんの成績も危ういってことは、しっかり姉さんから聞いてるからな?心配してたぞ」

「余計なお世話よ。まったくリサったら・・・」

 

 こうして軽口を叩き合ってるうちに、PCの記事作成用のソフトを開き、キーボードに手を付けながら、画面との睨み合いを開始する。

 

「ついでに今の作業、どのぐらいまで終わってるの?」

「9割は片付いてる。流石に締め切りも近いからな。それまでにやる事はちゃんとやってるよ。後は、ほんの少しの余白を埋めるための文章をサクッと書き上げて、最後に写真と文章のレイアウトを調整して、見てくれが良ければ完成。だな」

「ふぅん・・・」

「見たい?作業風景」

「いいの?」

 

 その問いに頷くと、友希那さんはベッドから降り、俺の背後に座り、俺の両肩を後ろから掴み、左肩の辺りから顔だけをヒョコっと出し、画面を覗き込む。

 いちいち仕草が可愛い。このまま頬擦りでもしてやろうかな・・・?

 

「こうして見てみると、意外と本格的ね」

「あぁ。俺も最初は使うのに苦労したよ。なんなら未だに使いこなせてない部分もあるけど・・・」

「それに、記事で使われてる写真。・・・これ、戸山さん?」

「あぁ。今回の取材相手は香澄だったんだよ。まぁ、香澄そのものと言うよりは、香澄の髪型・・・なんだけど」

「髪型?」

「前からずっと気になってたんだよ。☆型を自称してる、あの猫耳みたいな髪型」

「そんなに?確かに変わってるけど、ただの可愛い髪型じゃない」

「そんな訳ないだろ。そもそもどうセットしてるか不明な上に、大雨に濡れても崩れない、強風に煽られても崩れない、体育で激しい運動をして揺さぶっても崩れない、ライブ中に盛り上がっておたえとヘドバンした時も崩れない、猫耳みたいにピコピコ動いていたっていう噂まで流れてる。・・・ここまでの条件を揃えておいて、ただの可愛い髪型でスルーできるとでも?」

「そこまでの詳しい話は知らなかったけど、そんなに謎だらけの髪型だったのね。あと、戸山さんってヘドバンとかするのね・・・」

「まぁ、そこでどうやってセットしてるのかとか、他にも面白い話がいっぱい聞けたし、こうして大々的に取り上げたって感じだな。ちなみにヘドバンは、RASのライブでロックがやってたから対抗心でやってみたらしい」

「じゃあ、下の倉田さんの写真は何?戸山さんの髪型をしているけど」

「あぁ。ましろのやつ、香澄に憧れてるからさ。香澄の髪型を褒めた時に、本人にやってもらったらしいんだよ。嬉しくて写真撮ったらしい。可愛く撮れてるよな」

「そんなことが・・・」

「でも、ましろだけだと弱いんだよな。あともう1人ぐらい、この髪型をやった人の写真があれば、もっと映えるんだけど」

 

 これに関しては俺のミスだ。もう少し、先のことを考えておけば・・・。

 

「待って。私、この髪型ならしてもらったことあるわよ」

「えっ!?嘘!?」

「写真もあるわ。ほら、戸山さんと一緒に撮ったやつ」

「うっわマジだ。てか、2人ってそんなに仲良かったのかよ・・・」

「よく話すし、一緒に買い物にも行くし。息抜きで映画も見たりするわ」

「えっ、本当に仲良しじゃん。何の組み合わせなんだよ・・・」

 

 そしてツッコんだ頃に、俺のスマホに通知が走った。そう、友希那さんからのチャットに画像が添付されて・・・。

 

「使いなさい」

「マジか!?・・・いや、でも、いいのか?Roseliaのイメージから、随分かけ離れてると思うし、そいうの、大事じゃないのかよ?」

「別に、この程度ならギャップとして受け入れられる範疇よ。それに・・・」

「それに?」

「レンのためなら、このぐらい何でもないわ。あなたが全力でやってることなら、私も応援したいし、協力できることがあるなら、何だってしたいもの」

「友希那さん・・・」

「ほら、分かったらさっさと仕事の手を早めなさい。予定外の作業まで入ってるのだし」

「・・・確かに」

「お茶、淹れてきてあげる」

「あ、さんきゅー。場所分かる?」

「分かるわよ。何回来てると思ってるの?」

「ははっ。そうだな。さーて忙しくなるぞぉ!!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 予定外の作業は加わったが、記事の根幹に関わる程の変更は無いし、使う写真が1枚増えただけなので、大して作業量は変わらない。

 まぁ、予定にも大して狂いは無かったってことで・・・。

 

「脱稿ッ!即ち解放の時!!」

「あら、終わったの?」

「いや、まだだ。このデータのバックアップをちゃんとUSBとSDカードに置いておかないと、いざって時に痛い目を見るからな。無事に家に帰るまで遠足であるように、無事にバックアップを取るまでが作業だ・・・」

「そうね。それには激しく同意をするわ。作曲でPCに打ち込んだ譜面がデータ破損で消し飛んだときなんてそれはもう・・・」

「あ、ヤバい。俺も締め切り直前でやらかした時の記憶が・・・!」

 

 背筋をゾワゾワさせながらも、バックアップの保存は無事に完了した。

 PCを閉じて、友希那さんに向き直る。

 

「悪いな。今日、あんまり相手出来なくて」

「構わないわ。あなたの作業風景を見るのも、貴重な体験だったと思うし。記事を書いてる時のレンがあんなに楽しそうな顔をしてるなんて知らなかったわ。あんなに活き活きして・・・」

「まぁ、俺の趣味であり、生きがいでもあるからな」

「そんなレンが見れただけでも充分よ。あなたが楽しそうにしてくれているのが、私は何よりも嬉しい」

「友希那さん・・・」

「だから、私の相手が疎かだったのは気にしないで。そのぐらいに夢中になれるものが、あなたにもできた。それを身をもって知ることができただけでも、ここに来た意味はあったわ」

「そう言うなら気にしないけど、本当に良かったのか?忙しいのに・・・」

「暇だって言ったでしょ。今日は事務所に行く用事も無いし、バンドの練習も無いし・・・」

「いや、それもあるけど、勉強面とかも大変なんじゃないのかよ?」

「・・・」

「ほら、ただでさえ進学校の3年生なんだし、出される課題だって膨大なんだろ?俺の姉さんだって大変そうに悲鳴上げてたりするし、友希那さんにもそれぐらいの課題があるんじゃないのかよ?」

 

 友希那さんは多くを語らない。

 友希那さんは悠然と立ち上がり、優雅に髪を靡かせ、

 

「お茶、淹れ直してくるから」

 

 バタンッ!!

 

「あ、逃げた」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 仕事も終わり、友希那さんのお茶も楽しんだ。まだ昼過ぎだし、普段なら外で散歩して太陽の光でも浴びる所だが。

 

「もうやることは終わったんでしょう?なら、一緒にゴロゴロしましょう?」

 

 とまぁ、こういう訳なので、俺も友希那さんの隣で寝そべっている。

 

「レン」

「何?」

「ぎゅー」

「うおぉ・・・」

 

 寝転がったまま、友希那さんの小柄な体躯が、すっぽりと俺の胸に収まる。

 

「何だよ?」

「遊びに来たのに、全然一緒に過ごせなかったから・・・」

「悪かったよ。俺だって忙しかったんだ」

「ゆき姉って呼んだら許すわ」

「そんなに気に入ってるのか?その呼び方」

「嫌なら無理強いはしないけど、「友希那さん」って呼ばれるのは、他人行儀な気がして嫌」

「俺も、2人きりの時ぐらいはそう呼んでもいいとは思ってるぞ?でも、この呼び方に慣れると、みんなといる時にもそうやって呼びそうになるからな。それに・・・」

「それに?」

「その呼び方を使うとさ、昔のテンションに戻るというか・・・幼児退行して甘えたくなるんだよ」

「甘えればいいじゃない」

「嫌だよ。男なのに幼馴染の女の子に甘えてるところなんか見せたくない」

「今さら何よ。小さい時はあんなに甘えてきたくせに」

「うるさいな・・・」

「今も覚えてるわよ。レンとリサと私の3人で遊んでた時なんて、帰りの時にいつも抱き着いてきたじゃない。「ゆきちゃんと離れたくないー!」って」

「やめろ・・・」

「あの時は本当に甘え上手だったわよね。隙あらば「ゆきちゃん大好きー」って」

「あのっ、本当にやめろ!?俺からしたらその時のことなんてほとんど覚えてないんだからな!?」(本当は覚えてるけど恥ずかしいから忘れてることにしている)

 

 そして、体を起こして威嚇をするが、この人にそんなものは通じない。

 友希那さんは余裕な様子で上半身を起こし、俺の頭を撫でてくる。

 

「うっ・・・!やめろ。撫でるな・・・」

「ふふ。意地っ張りなところも可愛いわね」

「撫でられたって、甘えたりしないからな?」

「それは無いわね。あなたは小さい頃からずっと「コレ」には弱いもの。絶対に逆らえないわ」

「うるさい。俺は甘えるよりも甘えられたい人間だ・・・」

「そこまで言うなら、私の手を払いのけたらいいのよ。あなたなら造作もないでしょう?」

「それは・・・」

「・・・何よ?早く振り払えばいいじゃない」

「・・・卑怯だぞ」

「ほら。やっぱり甘えん坊じゃない」

 

 うん。確かにそうだ。俺は昔からこの人には敵わない。

 甘えようが、我儘を言おうが、こうしてしまえば俺が安心して、嬉しくなってしまうことを、この人は知っているのだ。

 

「レン。このまま「ゆき姉」と呼びなさい」

「呼ばない。取り返しつかなくなる」

「呼びなさい」

「・・・ゆき姉」

「よく出来たわね。このままもっと甘えていいのよ」

「やだよ。俺にだって威厳とかあるし」

 

 しかし、突っぱねているのに、ゆきね・・・友希那さんは撫でるのを止めない。

 

「今日ぐらい、大丈夫よ。いつも頑張ってるんだし、今は私しか見てない」

「・・・」

「ほら。何でも言って?」

「ゆき姉」

「何?」

「お互いに忙しかったから、ここ最近、ゆき姉と会えてなかったよな?」

「そうね」

「・・・ちょっと、寂しかった」

「珍しいわね。そんなことまで言えるようになったなんて」

「うるさいな。寂しいから「寂しい」って言っただけだ」

「そうね。かく言う私も、最近会えてなかったと思ったから会いに来たのだし」

 

 こうしてる間にも、ゆき姉は俺の頭を撫で続ける。

 ・・・安心してるからか、体の力がどんどん抜けていく。

 

「一緒に寝ましょうか」

「うん」

 

 部屋のベッドが、2人分の体重で軋む。

 

「レン・・・」

 

 俺の隣で寝転がる幼馴染は、微笑みながら、甘く、しっとりした声で語りかけてくる。

 

「おいで」

 

 ・・・幼馴染の腕の中は、とても温かい。

 もう、意地を張ることも、抵抗することも出来ない。する気にもならない。

 

「ゆき姉」

「なに?」

「好き」

「そう。ありがと」

 

【今井レンのヒミツ】

 友希那のことが大好き。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ゆき姉にたっぷりと甘やかされた後も、俺達は立ち上がって何かをしようという気にもなれず、今は2人で天井を見上げながら、他愛もない話をしている。

 ちなみに甘やかされてた時のことは、恥ずかしいからあまり思い出したくない。本当に恥ずかしいから。

 

「ところで、ゆき姉って呼び方、これからもしてくれるのかしら?」

「まぁ、2人だけの時は呼んでやる。みんなの前で呼べるかは分からないけど。まぁ、姉さんの前でぐらいなら・・・いけるかな?」

「そう」

 

 ・・・

 

「そう言えば、最近リサとは仲良いの?」

「別に、普通だと思うけど。なんで?」

「最近、練習中にリサがあなたの話をよくするようになったの。一緒にポテトを作ったとか、何でもない話を、とっても嬉しそうにね」

「そっか・・・」

「後、一緒にお風呂に入ったこととか」

「おい、ちょっと待て!そんなことまで明け透けにしてんのかよあの女!言っとくけど、あの時は姉さんが無理やり―」

「分かってるわ。リサが勝手に乱入したことは、ちゃんと本人に聞いた」

「いや、でも、俺が姉さんと風呂に入ったってこと、Roseliaのメンバーに知られちゃったんだよな?」

「そうね。その後メンバー全員で、この話は絶対によそでしないように釘を刺しておいたわ。本人も最初からRoselia以外には話さないつもりだったらしいけど」

「当たり前だよ。もし他の連中にまでそんな噂が流れたら、恥ずかしさで死ねるっての」

「そう?恥ずかしさ以外でも死ぬと思うわよ」

「どういうことだ?」

 

 聞き返すと、ゆき姉は盛大なため息を吐く。

 

「あなた、血縁者だから実感が無いのかもしれないけど、リサってモテるのよ?」

「それがどうしたよ?」

「あなたはそんなハイスペック女子を姉に持っていて、一緒にお風呂まで入ってるのよ?世の男子が気にも留めずに黙ってると本気で思ってるの?」

「あっ・・・」

「それに、最近ほっぺにキスまでされたんでしょ?しかも、あなたが仕事やバイトで他のガールズバンドと仲良くしてることだって、結構知られてるのよ?」

「・・・もしかして、噂が広まったらヤバかったりする?」

「嫉妬と憎悪で、後ろから刺されないことを祈るわ」

「ははっ、はははっ・・・」

 

 ・・・

 

「あ、そろそろ家族も帰ってくる時間ね。私、あと30分ぐらいで帰るから」

「あぁ」

「・・・」

「・・・」

 

 

 うし、考えるのやーめた☆

 

 友希那さんとのお昼寝タイムは、最後に不穏な空気を残しながら終了した。

 それはそれとして姉のことは許さん。

 

【今井レンのヒミツ】

 友希那には敵わない。

 




 今回の話はアンケートで決めました。

【ガルシチュこそこそ裏話】
 同い年が選ばれた場合、美咲ちゃんとか、その辺りの同期の女の子と勉強会でもさせようかと思ってました。
 年下が選ばれた場合、つくしちゃんとか、ましろちゃん辺りと、甘ったるいことでもさせようかなと思ってました。

 こっちのパターンを見てみたかった人とか、思うところがある人は、感想までどうぞ。


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 そしてアンケート、前にもやったお題ですが、ここ最近でお気に入り登録者も増えたので、分類を見直して再投稿。
 ここまで細かく分けたら、全ての話にどれかしらの選択肢が該当することでしょう。
 なまじ50話以上も続けてるせいで、もう、自分でも訳わかんなくなってくるんですよね…。


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58.2年A組の非日常なシチュ

 最近ハーメルンのバンドリ小説、また新しいのが増えてきたような気がしますね。

 試しにその新しい作品たちの2つに感想送ったら、2つとも「れのあさんの作品、更新毎にチェックしてます」って返ってきました。
 もしかしたらこの作品、私が思ってるよりも色んな人が読んでくれてるのかもしれませんね。
 そして下は前回のアンケート結果。

【読者が求めてるものは?】
1位、41% 全開でギュ~♡
2位、15% 普通に仲良く
3位、14% しっとりしたイチャイチャ
4位、9% やらしい雰囲気
5位、5% ギャグやおふざけ(同率)
5位、5% 修羅場や痛い目に遭うレン(同率)

 他の選択肢は1人とか2人でしたね。
 ちなみに、流石にマジもんの怪異を求めてる人は0人でした。
 よかったです。上位に食い込むようなら、女の子にモテすぎるレン君が、嫉妬を買って誰かに藁人形を打ち込まれて、香澄ちゃんあたりと一緒に夜の学校を逃げ回るシチュを書かなければいけませんでした。



 

 2年A組の異常を感じ取ったのは、教室に入ってすぐだった。

 でも、風景はいつも通りだ。教室はいつも通りだし、聞こえてくるクラスメイト達の話し声もいつも通り、でも何かが足りないような、そんな違和感がある。

 美咲なら、何か知ってるだろうか?

 

「あ、レン。おはよ」

「あぁ、おはよう。今の教室、なんか変じゃないか?」

「そうだね。まぁ、原因は何となく分かるけど」

「何か知ってるのか?」

「具体的なことは知らないけど・・・あっち見てみな。市ヶ谷さんと戸山さんのとこ」

「?」

 

 美咲の指示通りに教室の奥へ目を向けてみると、確かにそこには異常があった。

 普段ならあり得ない。寧ろ、なぜ今まで気づかなかったのかと思える程の異常。

 

「同じ空間に居るのに・・・香澄と有咲がイチャイチャしてない!」

 

 そう。あろうことかあの2人、朝の自由時間なのに、自分の席から微動だにしていない。

 

「そうなんだよ。いつも朝なら、見てるこっちが胸やけする程イチャイチャしてるあの2人が・・・」

「信じられない。月1とか月2ぐらいのペースで、『あの2人、実はデキてるんじゃないの?』って噂が度々流れてるあの2人が・・・」

「本当だよね。移動教室で廊下歩く時に、隙あらば恋人つなぎで手繋いでるあの2人が・・・」

「しまいには、一日で投げかけられるお説教の半分以上が『そこ!授業中にイチャイチャしないでください!』で占められてるあの2人が・・・」

「ケンカしたのかどうかは知らないけど、あの2人がここまで静かだと、こっちまで調子狂うよね。・・・いや、イチャついてても調子は狂うんだけどさ」

「まぁどの道、見てらえねえよな」

「下手に首突っ込んでも良くないのは分かるけど、このまま放置も・・・」

「まぁ、ちょっと巡り合わせが悪いだけかもしれないし、昼休みまでは様子を見よう。昼休みまでにこの問題が解決して、2人仲良くポピパの待つ中庭へ向かえば良し」

「向かわなければ?」

「まぁ、その時はその時かな」

「適当すぎない?」

「適当でいいんだよ」

 

 こうして俺達は、いつもより静かなあの2人を一旦放置し、そのまま1日の授業準備に取り掛かった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【一限目終わり】

 

「全然話してないね」

「有咲が動かないのはともかく、香澄が動いてないのはおかしいだろ・・・」

 

 

【二限目終わり】

 

「相変わらず静かだね。お互いにチラチラ見てる感じはするけど・・・」

「気まずいってのは分かるな」

 

 

【三限目終わり】

 

「お、戸山さんが立って?市ヶ谷さんに近づい―・・・あ、違うわ。普通にスルーしてる」

「なぁ美咲。もう突撃したいんだけど・・・」

「昼まで様子見るって言ったでしょ。このバカ」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 そして昼休み。

 分かり切った結果ではあったが、やっぱりあの2人はいつも通りの絡みを見せず、香澄は席で俯いたまま、有咲はそのまま教室から去ってしまった。

 

「やっぱりこうなったか・・・」

「ま、なんとなく読めてたけどね」

「「はぁ・・・」」

 

 ため息を吐きながら、俺達はゆっくりと立ち上がる。

 示し合わせた訳ではないが、俺と美咲がどうするかは、既に決まっていた。

 

「市ヶ谷さん頼んでいい?」

「おっけー。香澄は任せた」

「取り敢えず引き合わせて、腹割らせれば大丈夫だよね?」

「そうだな。15分もあれば連れ戻せるから」

「了解。戸山さんのフォローはこっちでやっとくから」

 

 軽く手順を確認し、美咲と拳を合わせる。

 

「「作戦開始っと」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 走って屋上に行くと、有咲はすぐに見つかった。

 

「あーりさ」

「ん?」

「ほれっ」

 

 許しもなく有咲の横に座り、弁当を広げた有咲にコーヒーを渡す。

 これは経験則だが、この手の話を聞く時は、飲み物がある方が話をしてくれやすいのだ。

 

「何かあった?」

「・・・何にもねぇよ」

「ふぅん」

 

 無理に深くは聞かず、俺の分のコーヒーに手を付ける。

 こういう時はゆっくり待つ。その方が早い。

 

「聞かねぇのかよ?」

「聞いて欲しかったのか?」

「「・・・」」

「・・・香澄と喧嘩した」

「そんなこったろうと思ったよ。何があった?」

 

 コーヒーに口を付けながら、有咲は語る。

 

「登校中、香澄が抱き着いてきて・・・最近になってあまりにもしつこかったから、つい怒鳴っちゃって・・・」

「そっか」

「それに今日、ちょっとイライラしてて、「二度と近づくな」って言っちゃった・・・」

「なるほど。だから香澄も近づかなかったのか」

 

 「二度と」なんて、有咲らしくもない物言いだが、もう後悔してるのだろう。有咲は既に泣き出しそうだ。

 そうだよな。本当は大好きなんだもんな・・・。

 

「私、どうしたらいい・・・?」

「有咲は、どうしたい?」

「ちゃんと話したいけど、香澄、絶対怒ってるし、あんなに酷いこと言って傷つけたのに今更・・・」

「今更、ねぇ・・・」

 

 なるほど。こいつら、やっぱりすれ違ってるだけだ。

 まったく世話の焼ける。

 

「まぁ安心しろ有咲。お前が言った不安は全部、見事なまでの見当違いだってことは確かだ」

「え?」

「逆に聞くけどさ、あのバカがその程度のことでお前に怒ったり、嫌ったりするような器の小さいやつだって、本気で言ってんのか?」

「いや、それは・・・」

「それともアレか?本当はお前の方が話しかけたくないだけだけど、言い訳でそう言ってるだけなのか?」

「違う・・・」

「じゃあなんだ?嫌いにでもなったのか?」

「違う!私だって本当は香澄のこと―」

「はい。ストップ」

 

 有咲の口に人差し指を当てて黙らせる。話を聞いてやるつもりではあるが、こいつの愛の告白まで聞いてやる筋合いはない。

 だってそれは、その言葉は・・・

 

「そこから先を言うべき相手は、俺じゃないだろ?」

「あっ・・・」

「それと有咲。いくら器のデカい香澄でも、今回は流石に傷ついてる筈だ。「二度と・・・」なんて言葉、安易に使っていい言葉じゃない。そこは反省しろ」

「あぁ。それは本当に反省してる。いくら何でも言い過ぎた」

「ならいい。それに、まぁ、万に一つも無いとは思うけど、仮に香澄が怒ってて、有咲のことを嫌いになっていたとしても、酷いこと言ったんならちゃんと謝るべきだ」

「レン・・・」

「いいな?そこだけは絶対に筋を通せ。ちゃんとお前の本音をぶつけろ」

「あぁ。そうだな・・・!」

 

 意を決したのか、有咲はコーヒーを一気に飲み干し、その勢いで気持ちよく立ち上がった。そして、寸分の迷いもなく駆け出した。

 と思ったが、5歩ぐらい走った後に、有咲はこちらに振り返った。

 

「レン!」

「ん―?」

「ありがとう!」

「うるせぇ。俺に構ってないでさっさと行け!香澄ならまだ教室に居るから!」

「はっ。素直じゃねーの」

「お前にだけは言われたくねーよ・・・」

 

 そして有咲は、俺の悪態を最後まで聞かずに行ってしまった。

 

 そうだよな。お前だって、ただタイミングが掴めなかっただけなんだよな。それは分かる。もしかしたら時間が勝手に解決したかもしれない。

 でも、話し合ってどうにかなる問題は、早めに話し合う方がいいんだよ。

それのせいで、大好きな人と何年も気まずくなって話せもしないなんて、絶対ダメだ。

 

「さてと、コーヒー飲んだら俺も行くか」

 

 少し遅れて俺も屋上を抜け、自販機で追加のコーヒーを2本買ってから、教室に向かった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 教室に戻ると、俺の席に椅子を近づけた美咲がすぐに反応した。

 

「あ、お帰りー」

「ただいまー。あいつらの様子は?・・・って、聞くまでもないか」

「うん、あっち見てみ?」

「別にいいよ。見なくても分かるから」

「ははっ、違いない」

 

「有咲・・・♡」

「香澄・・・」

 

「アレで付き合ってないって言い張れるの、真面目に凄いよね」

「チッ。バカップルがよ・・・」

「ホントだよね。市ヶ谷さんが戸山さんに謝ってた時なんて凄かったよ?「香澄!今朝はあんなこと言って本当にごめん!いつもは意地張っちゃうけど、本当はお前のこと大好きだから!」とか言っちゃってさ」

 

 有咲のやつ。確かに「ちゃんと本音をぶつけろ」とは言ったけど、誰がそこまでぶつけろって言ったよ。

 でも・・・。

 

「えぇ~~。何だよそれ。めっちゃ見たかった・・・」

「いーや見なくて正解だったと思うよ。傍から見てるこっちの方が恥ずかしかったし。言っとくけどアレ、謝罪じゃなくて、謝罪風に装ったただの告白だったからね?」

「告白って、そんな大げさな。そもそも同性だし、付き合ってるわけでもないのに・・・」

「じゃあ、あっち見てみ?」

 

「ねぇ有咲。もっとぎゅってしよ?」

「ちょっ、香澄。流石にこれ以上は・・・」

「ダメ・・・?」

「もうっ、そういうのは蔵で2人きりの時だけって言ってるだろ!」

 

「「(ふーん。蔵で2人きりの時はしてるのか~。そうですかそうですか~。へぇ~?)」」

「あいつら、うまぴょいしたんだ・・・」

「うまぴょい言うな」

「もう、間違いない。絶対やってる。明日の昼飯を賭けてもいい」

「その賭け成立しなくない?賭けるんならあたしだってそっちだよ?」

「だよなぁ・・・」

 

「今日は有咲と離れたくないなぁ・・・」

「じゃあ、今日の練習終わったら泊まってくか?」

「ホント?じゃあ、その時は有咲にあんなことやこんなこと」

「バカっ!そういうこと教室の中で言うんじゃねえ!みんなに聞かれたらどうすんだよ!」

 

「「(聞かされてんだよ)」」

「レン。あの2人見てると、なんかコーヒー飲みたくならない?」

「そう言うと思ってご用意してますよ。美咲先生」

「おぉ。これはこれは」

「ブラックだけど飲める?」

「普段は無理だけど、今なら余裕かな」

「だよなぁ。どんなミルクや砂糖でも、あの甘さには対抗できないよ」

「でも、ちゃんと和解できてよかったね」

「そうだな。文句言いつつも、やっぱりホッとしてるんだよな・・・」

 

 いつも通りに仲良く話す2人を見て、凄く安心感を覚える。このA組の名物が見れなくなるのは、やっぱり寂しいから。

 そんなことを考えながら美咲の方を見ると、目が合って、そのまま微笑み返してくれた。

 

「ん」

 

 美咲がコーヒーの缶をこちらに突き出してくる。

 その意図を汲んで、俺もその缶に自分の缶をぶつける。

 

 カンッ・・・。

 

「「お疲れ」」

 

 あの2人の甘さ加減は、ブラックのコーヒーに丁度良かった。

 

 そしてこの日の放課後、そのまま美咲と一緒にラーメンを食いに行ったのは、言うまでもない。

 




 前のアンケート、全開でギュ~♡って感じのイチャイチャが最も求められてるという結論になった訳ですが、全開でイチャつかせたの、イヴちゃんにハグさせた時ぐらいしか思いつかないんですよね。
 もし、「これもそのシチュに入るのでは?」って思った方、感想欄にでも書いといてください。参考にするので。

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59.倉田ましろと相席するシチュ

 
 今回は衝動で書いたリクエストのましろちゃん。

 調子は悪かったけど出すだけ出しときます。なんか、可愛く書けない。

 リクエストも、ちゃんと応えていきたいんですけど、難しいんすよね。そもそも、『気まぐれで書けそうなものがあれば書く』ぐらいのスタンスでやってるものですが、如何せん難しい。
 キャラとシチュのダブルバインドはやっぱりキツいんですよね。でも、届くリクエストは高確率でダブルバインドで…。

 ごめんね。文才無くて。




 日曜日、バイト終わりの昼下がり、CiRCLE前のカフェテリアでサンドイッチを食べ終え、追加でカフェラテを注文した辺りで、ちょうど自主練終わりのましろと遭遇した。

 そして流れでましろと相席し、ましろと雑談に興じていた訳だが、今日の俺はましろの話を聞けずにいた。

聞く気はあるのに、頭に入ってこない。疲れてるのだろうか?

 

「それで、るいさんと透子ちゃんがまた言い争って―」

「うん・・・」

「それで、七深ちゃんが―」

「そっか・・・」

「レンさん?」

「Zzz・・・」

 

 ・・・

 

「・・・?」

「Zzz・・・」

 

 ・・・

 

「レンさん!」

「はっ・・・!!」

 

 耳元からのましろの声に、俺は思わず飛び起きる。

 マズい。完全に落ちていた。

 いつの間にか俺の隣まで移動していたましろの顔を見ると、既に頬を膨らませている。

 

「私の話、そんなに退屈ですか?」

「いや、そうじゃない。ちゃんと聞いてたから・・・」

「むぅ。絶対嘘だ。私が話してるのにレムレムして」

「レム睡眠を『スヤスヤ』みたいにアレンジするなよ・・・でも、うん。ごめん。寝落ちはした。申し訳ない。次はちゃんと聞くから」

 

 背筋を伸ばすと、体から軋んだような音が鳴る。

 軽く済ませる筈の深呼吸も、いつの間にか大きなため息に変わっている。

 

「あの、レンさん。大丈夫ですか?」

「大丈夫。次はちゃんと気合入れて聞くから」

「いや、そうじゃなくて体調ですよ。よく見たら顔もやつれてますし」

「気にしなくていい」

「気にしますよ!何があったんですか!?」

「何も無いよ」

「ちゃんと話してください!ほっとけないですよ・・・」

 

 さっきまで不機嫌そうだった表情は、もう心配の色に変わっている。

 困った。あまり人様に心配をかけるようなことはしたくないのだが、多分ほっといてくれる雰囲気でもない。

 

「別に、大したことじゃない。ココ1週間ずっと休んでなかったから・・・うん。働き過ぎてちょっと疲れただけ」

「その、具体的には?」

「月曜日、締め切りに追われたせいで睡眠不足のまま学校生活を送り、放課後に取材その1」

「既に大変そう」

「火曜日、昼休みに取材その2と、放課後にCiRCLEのバイト、水曜日に取材内容をまとめて、ついでに記事の3分の1を埋める」

「連勤後の木曜日に休みは・・・?」

「ある筈もなく、記事の残りの3分の2を仕上げようと思った辺りで追加の取材が入り、でも、この後の日程は更に時間の確保が難しい感じだったから、徹夜と気合で残りを片づけた」

「じゃあ、その後の、時間の確保が難しい予定って?」

「金曜日の放課後はCiRCLEでライブがあるからそれの運営。土曜日もCiRCLEでライブがあったからそれの運営。満足に寝てない状態で2日連続の運営は、流石に堪えたな」

「それなのに日曜・・・つまり今日ですけど」

「うん。CiRCLEでバイト。あ、でも、今日は午前で上がりだったから、そんなに働いてないぞ」

「働き過ぎですよ!!」

 

 そうだろうか?

 

「というか、そもそも可能なんですか?1週間でそこまでやるって・・・」

「うん?体力の話?それならこの通りギリギリで―」

「そうじゃなくて、時間の話ですよ。今週だと、取材の時間を除いて、記事を『書く』ための時間、水、木の2日間だけですよね?徹夜もしてるとはいえ、流石に時間が足りないような・・・」

「そうだな。確かにキツいのは事実だけど、俺はこれまで記事の敢行をしなかった日は一度もない。締め切りギリギリで徹夜することは多いけどな」

「徹夜が多いんじゃダメじゃないですか」

「でも、毎週のようにそんな極限状態でギリギリの戦いをし続けてるうちに、集中のコツみたいなのを掴んできてな」

「コツ?」

「といっても、記事の締め切りがヤバい時限定なんだけどな。一回その状態まで持っていけばその作業だけに没頭できるし、作業スピードも上がる」

「それ多分、極限状態だから本能でそうなるヤツですよね?毎週のように使うものじゃないでしょ・・・」

「そうだなぁ~。あの状態。作業に没頭し過ぎて周りに意識が向かなくなるし、息するのも忘れるから、本当に人間の最終手段なのかもって気はするけど」

「とにかく作業の問題は分かりました。それはもう仕方ないとして、どうしてその後に2日連続でライブの運営なんかしてるんですか?」

「だってまりなさんが『大変だから来て欲しい』って・・・」

「レンさんの体の方が大変なのに何言ってるんですか。せめてどっちかは休みましょうよ。事情を話せばまりなさんだって聞いてくれる筈じゃないですか」

「うーん。でも、せっかく俺を必要としてくれるなら、それには応えたいだろ?」

 

 まぁ、確かに断ってもまりなさんは許してくれるだろうが、実際CiRCLEにはお世話になってるし、運営は特に人手が要るものだし、仕方ない。

 

「でもレンさん、それだけじゃないですよね?プライベートでも、遊びの誘いとか、相談事や頼まれ事も、絶対に断らないですよね?ただでさえ、大変なスケジュールな筈なのに」

「そりゃあ、せっかく必要とされてるし」

「だからって何でもやってたら、レンさんが保ちませんよ?」

「別にそれでいいよ。必要とされないよりマシだ」

「どうして、そこまで・・・?どうして、そんなに必要とされたがるんですか?」

 

 『どうして』か・・・。

 

「ましろはさ、『要らない』って言われたことある?」

「・・・?多分、無いですけど」

「合唱祭の練習とかでさ、『お前は要らない』って。いつの間にかクラスメイトから『必要ないからあっち行け』って・・・。無い?」

「・・・はい」

「じゃあ、お前には一生分からないよ。『誰からも必要とされない孤独』なんてものは」

 

 そうだ。クラスメイトは何とも思わずにこの一言を言ったんだろうし、俺も言われた当初は何とも思ってないはずだったが、意外と心には残ってたりする。

 今思うと、だから俺は他人に弱みを見せたくないのかもしれない。だから他人にとって頼れる存在でいたいし、誰かに甘えることに抵抗があるのかもしれない。

 求められていれば、存在してていいんだって認めて貰える気がするから。

 期待に応えられない俺は、もう認めてもらえない気がするから。

 

「レンさんにとって、周りの人はそんなに冷たく見えるんですか?」

「そうじゃない。あいつらが皆いい性格してるのは、俺が1番知ってる。でも、感情は理屈じゃどうにもならない。過去の不安はずっと心の片隅にあるままだ」

「レンさん・・・」

「俺は必要とされたいと言うより、不要だと思われるのが怖いんだ」

 

 体は限界が来ていて、イヤなことを思い出してメンタルも沈んだ。

 俺はそのまま机に突っ伏し、なんとか顔だけを上げる。

 

「悪いな。こんな話して」

「いえ、そんな・・・」

「本当は人様にこんな姿も見せたくないんだ。年下には特に。失望したろ?カッコ悪いし、頼りないし、ナヨっとしてるし」

「そんなことないです。寧ろ、こんな姿も見せてくれて嬉しいですよ。私は」

「さっきのネガティブな話聞かされても?」

「はい。失望なんてしてません。どちらかと言うと・・・」

 

 ましろは少し考える素振りを見せて、答えを出した。

 そしてましろは俺の頭に手を伸ばし・・・

 

「なでなで・・・」

「何のつもりだ?」

「さっきの話を聞いて、レンさんを甘やかしたくなって」

「なんだよいきなり」

「分からないです。でも、今のレンさんは、ちょっと危なっかしいというか、見てるこっちが不安になるんです」

「心配とか、要らないし・・・」

「分かってます。でも、なんだろう。普段は見れない弱い部分を見せられちゃうと、やっぱり優しくしたくなるし、守ってあげたくなるんです」

「年下のくせに・・・」

「ほら。意地張らなくていいんですよ」

「こいつ・・・」

「いっぱい甘えていいんだよ?レン君」

「せめて『さん』をつけろ。このデコ助」

「ごめんなさい。今のは雰囲気でつい・・・」

 

 雰囲気でそうなる程、今の俺は頼りなく見えるのだろうか。

 

「あの」

「何だよ」

「やっぱり、撫でられるの、嫌ですか?」

「・・・」

「私に撫でられても、嫌なだけですか?」

「そうは言ってないだろ。1回やったなら最後までちゃんとやれ」

「レンさん・・・!」

「ましろの手は、嫌いじゃない」

 

 穏やかな昼下がりに、俺は美少女から頭を撫でられ続ける。

 

「レンさん、あなたは凄く優しい人です。ちょっと不器用なところはあっても、他人のことを真剣に考えられる人です」

「そうかな?」

「はい。だからレンさんはもっと、他人から優しくされるべきです。誰かに与えることが出来るのは、その分誰かから受け取ってるから成り立つことなんですから」

「・・・考えとく」

 

 まさか、年下の女子から高説を賜ることになるとは。

 

「それにしても、レンさんって近くで見ると童顔なんですね」

「失礼な」

「褒めてるんですよ。可愛くていいじゃないですか。童顔の男の子」

「そうかよ・・・」

 

 普段の俺なら文句の1つでも言うんだろうが、昼食を食べ、暖かな日差しに照らされ、ましろからも撫でられて、既に眠気はピークだった。

 そして少し手が離れたと思うと、ましろの上着が掛けられた。

 

「大変な1週間でしたね。お疲れ様です」

「ありがと」

 

 上着からは女の子の良い匂いがする。

 ましろに包まれるような感覚。

 

「このまま、寝ちゃっていいですからね」

「時間来たら起こせよ?」

「はい」

 

 ましろの手が、俺の頭を優しくなぞる。

 俺の目蓋は、既に重たくなっていた。

 

「Zzz・・・」

「お休みなさい。優しいお兄さん」

 




 
 調子悪い。やっぱ可愛く書けない。
 来週の日曜に出す分は、調子を戻せるといいけど。

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60.二葉つくしの買い物に付き添うシチュ

 
 そういえば、この作品では『妹』としてのつくしちゃんしか書いてなかったので、たまには『姉』の面を持ったつくしちゃんを書いてみます。




『レンさん。今度の休日、ちょっと買い物に付き合ってくれませんか?相談したいことがあって・・・』

 

 妹から届いた誘いに、特に断る理由も見出せなかった俺は、速攻でOKを出した。

 ちなみに、つくしはチャット上で俺のことを兄とは呼ばない。しっかり者としての威厳を保つため、万が一見られても大丈夫なようにしているのだとか。

 

「呼んでくれてもいいのに・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ショッピングモール前で待つこと5分。俺の姿を見つけた後輩が、手を振りながらこちらに小走りで向かってくる。

 走っているからか、特徴的なツインテールが上下にぴょこぴょこと跳ねている。

 

 ・・・可愛い。

 

「レンさーん!」

「おっ、つくし。来たな」

「ハイターッチ!!」

 

 パンッ!

 

「早いですね。まだ集合時間10分前なのに」

「当たり前だろ?集合で女子を待たせないってのは、デキる男の基本だからな」

「やっぱり普段からデート慣れしてる人は違いますね。流石は稀代の女たらし」

「こらこら・・・」

「冗談ですよ。誘われやすいのは、それだけ人望が厚い証拠ですからね。寧ろ見習わないと」

「その人望も、仕事で交流があるってだけなんだけどな・・・」

 

 ましろとの修羅場騒動からしばらく経った後、俺とつくしはこんな冗談が言い合える程に仲良くなった。

 それこそ、本当の兄妹のように。でも、だからこそ今日のつくしは少し気になる。

 

「今日はいつもみたいに「お兄ちゃん」って呼んでくれないのか?」

「うーん。確かに呼んでもいいんですけど、あの呼び方に慣れ過ぎちゃうと困るんですよね・・・。モニカの練習の時とか、バイトの時とか・・・流石に年上相手に敬語が抜けちゃうのはマズいですし・・・」

「あぁ。・・・確かに気持ちは分かる」

「それに、今日は「優しいお兄ちゃんに甘えたい」って感じよりも、普通に「頼れる先輩に相談したい」って感じなので」

「なるほど。まぁ、呼び方は好きにしたらいい。じゃあ、そろそろ行くか」

「ですね」

 

 集合の挨拶も終わり、俺達はそのままショッピングモールへと直行した。

 俺の妹は、今日に限っては後輩モードらしい。

 ・・・いや、逆か。後輩モードの方が本来の在るべき姿なのか。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 建物の中に入ったはいいものの、つくしは早速、館内の地図を見て考え込んでいた。

 

「それで、相談したいことって、結局何だったんだ?」

「そう言えば、まだ言ってませんでしたね。今日買いに来たのは妹たちへのプレゼントなんですけど・・・」

「そうか。自分から買いに行ってあげるなんて、いいお姉ちゃんだな」

「えへへ・・・じゃなくて、今回はちょっと特殊なんです」

「特殊?」

「妹たち、物心はついてきたんですけど、まだまだ甘えんぼで、「お姉ちゃんとお揃いの何かが欲しい」って言ってて・・・でも、具体的にどんなものが良いかまでは分からなくて。だからどうしたものかと。何をあげたら気に入ってくれるのか・・・」

「なるほど。でも、なんで俺?」

「レンさんにはお姉さんがいるし、下の子の気持ちとか、下の子がどんなお揃いを欲しがるのかも分かるかなって・・・」

「そういうことか。確かに俺も家では下の子だけど、でもお揃いかぁ。うちの場合だと、そういうのを欲しがるのって姉さんの方なんだよな・・・」

「そうですか・・・。そもそも、お揃いを買ったこととか、あるんですか?」

「無いな。そもそも最近まで姉さんとしっかり話してもなかったし。・・・いや、違うわ。随分昔だけどお揃い買ってもらったことならあったわ!何なら今も持ってる!」

「えっ、今も?」

 

 俺はシャツの首元を広げ、その中に手を突っ込む。

 あまりにも当たり前に、平然と普段から身に着けているものだから忘れていた。

 

「これ・・・ウサギのネックレス?」

「そうそう。この生首を逆さ吊りにしたみたいなウサギ。これの色違いを姉さんが持ってるんだよ。俺のが黒地に白い目と口で、姉さんのが黒地にピンクの目と口」

「生首の逆さ吊りって・・・。でも、確かにリサ先輩が付けてるのは見たことあります。耳にも付けてましたよね?そのウサギ。まさかレンさんとお揃いだったなんて」

「そうだな。まだ俺が中学に上がるよりも前だった。お小遣いも多くないのに、わざわざ俺の分もって・・・ほぼ押し付けられるような感じだったけど」

「思い出の品なんですね」

「まぁな。それに見た目も気に入ってるんだよ。この表情、なんかポカーンとしてて可愛いだろ?」

「でも気に入ってるなら、なんでシャツの中に隠してるんですか?」

「そりゃあ、見えるような場所に付けてたら、俺が姉さんのこと好きみたいになるだろうが」

「いや、普段から肌身離さずに付け続けてる時点で実際好きじゃないですか。目立ってなければ言い逃れできるとでも?」

「う、うるせぇな!好きなんかじゃないって言ってるだろ!?」

「リサ先輩がレンさんのこと大好きな理由、少し分かっちゃったかもしれない・・・」

 

 その後も俺は弁解を続けたのだが、つくしには見事にスルーされた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 あの後、つくしは俺のネックレスを参考にし、妹たちへのプレゼントをアクセサリーに絞り込んだらしい。

 今はアクセサリーショップでそれらの吟味をしてるところだ。

 

「難しいですね。イヤリングはまだあの子たちには早い気がするし・・・」

「全員女の子なら、髪につけるものでもいいんじゃないか?ほら、このヘアピンとか」

「あっ、これ良い!値段も高くないし。いや・・・」

「ダメか?」

「この小ささだと、すぐ失くしちゃうかも」

「難しいな」

「あとレンさん。色違いで渡すのも、うちではタブーです」

「それも?違いあった方が良くないか?」

「うち妹2人なんで、好みがどっちかに偏ると、片方だけを巡ってケンカしちゃうんです。この手のアクセは特に」

「お前も大変だな・・・」

「はい。可愛い子たちなんですけど・・・」

 

 苦労はしてそうだが、その表情には優しさがにじみ出ている。

 この瞳なら、俺も見たことがある。

 

「つくしって、家ではちゃんとお姉ちゃんなんだな」

「そうですか?」

「あぁ。お前のその表情を見てると、姉さんを思い出すよ」

「ふふーん。って言いたいけど、姉力でリサ先輩と比べられるのは、ちょっと・・・」

「全然負けてないって。偉い偉い☆」

「うーん。頭撫でながら言われてもなぁ・・・」

 

 釈然としないって感じではあるが、撫でられること自体は嫌じゃないらしい。

 しかし、プレゼントは決まらないままだ。つくしも限界が近いことが分かる。

 

「レンさん」

「ん?」

「なんか助言とかありませんか?」

「とうとう直球でヘルプ出した上に、アドバイスの求め方も雑・・・」

「だって分かんないんですも~ん!!」

 

 長いこと悩んだからか、つくしも頭を抱えている。

 つくしとのやり取りで、上の子も色々と考えて、考えた上で苦労しているのは分かった。

 その上で俺が助言できることとなると・・・

 

「つくしが俺を呼んだ理由は、下の子の気持ちが分かると思ったからだよな?」

「はい」

「じゃあ、下の子はどうして、お揃いを求めると思う?」

「うーん。自分で言うのもアレですけど、上の子が好きだから、ですかね?」

「半分正解」

「じゃあ、もう半分は?」

「憧れだからだよ。姉という存在が」

「憧れ?」

「あぁ。自分よりも1歩先を歩く存在。そんな存在に少しでも近づきたい。近付きたいから、自分も同じように振舞いたい」

 

 棚の商品を手に取り、想いを馳せながら続ける。

 

「お揃いを求める以外にも、自分の真似っことか、されたことないか?」

「そういえば、そんなこともあったような・・・」

「お揃いのものがあれば、離れていても姉の存在を感じられるし、一緒に居る時は、更に自分が姉と同じぐらいの存在であると思える」

「同じぐらいの存在・・・」

「極端な話。妹たちはお前になりたいんじゃないかな?いつも頑張ってる、カッコいいお姉ちゃんにさ」

 

 つくしの妹には会ったことがないし、これが真実かは分からない。でも、姉の背中を見て育った人間の心理なら、理解はできる。

 商品を弄るのをやめて、俺はつくしに向き直る。

 

「多分、大事なのは妹たちが気に入るかよりも、つくしの存在を感じられるかどうかだと思う」

「・・・」

「ていうのが俺が出来る、俺なりの助言だけど、参考にはなりそう?」

「私の存在・・・そうですね。多分、分かったかも」

「よかった」

 

 俺の助言を聞き、つくしは迷いなく店の奥へと歩いていった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 つくしの妹たちへのプレゼントは2個セットになっているアクセ付きヘアゴムになったらしい。聞くところによると、二葉家は3姉妹揃ってツインテールなんだとか。自分もよくやってる髪型だし、丁度いいだろうとのこと。

 そして俺達は今、用事を済ませて暇になったのをいいことに、近くのベンチでたい焼きを食べているところだ。

 それにしても3姉妹揃ってツインテール・・・想像しただけで可愛いな。

 

「すいません。わざわざ奢って頂いて」

「気にすんな。このぐらい年上の務めだよ。うげっ、カスタード熱っつ」

「あと、さっきは本当に助かりました。下の子の気持ち、私だけだったらあそこまで分からなかったです」

「でも、俺の話がどこまで当たってるかは分かんないぞ?お前の妹に直接聞いたわけでもないし、さっきも言ったけど今井家の場合、お揃いを求めてたのは姉さんの方だからな」

 

 シャツの外に出たネックレスを手に持って眺めると、姉さんがこれを渡してくれた時のことが思い出せる。

 

「逆に、姉さんがお揃いを求めたのはなんでなんだろ?」

「レンさんからは、求めなかったんですか?憧れの人に・・・」

「憧れ・・・確かに、昔から器用で何でもできる人だったからな。でも、不器用な俺はあの人と同じ場所には立てないし、あの背中は追いかけても惨めなだけ。多分俺は、姉さんの存在を感じたくなかったんだよ。良い子に育ったつくしの妹とは違って・・・」

 

 もし俺がつくしの妹みたいに、素直で可愛げのある人間性を持っていたなら、もっと違ったのかな?

 

「それなのにネックレスなんて押し付けてきやがってさ・・・」

 

 そうだ。貰ったと言うよりも、これは押し付けられたものだ。「要らない」と言ったのに、それでも渡してきた。

 俺が姉さんに抱いてる劣等感など、何も分かってなかったのだろう。本当に自分勝手な姉だ。

 まぁ、俺も素直に自分の気持ちを明かしたりはしてなかったし、寧ろ俺の気持ちが分かっている方がおかしいが。

 

「お揃いの理由は、聞かなかったんですか?」

「うん。今思うと変な話だな。見知らぬ後輩の妹の気持ちは察することが出来るのに、身近な姉の心理は全く分からない。なんで俺にこれを・・・」

「そうですか?私、そっちの気持ちは何となく分かりますよ?」

「えっ、嘘!?」

「はい。レンさんが中学からリサ先輩と疎遠だったことは聞いてるので、そこを考えれば、なんとなく。もしも自分の妹がそうなったらって思うと・・・」

「いや、でも、俺がこれ貰ったの、中学入るより前だぞ?」

「多分ですけど、その溝って、中学でいきなり生まれたものじゃないですよね?」

「確かに。姉さんへのコンプレックスは小さい頃からずっとあったし、溝自体はその頃から段々広がっていって、中学で本格的になっただけだ」

「リサ先輩、多分レンさんの心が自分から離れつつあること、察してたんだと思いますよ?」

「そうなのか?その頃は普通に振る舞ってたつもりだけど」

「一緒に過ごしてたらそのぐらい気付きますよ」

 

 なるほど。確かに相手が姉さんならそれもあり得る話だ。

 

「きっと、繋がりが欲しかったんですよ。同じものを共有することによって」

「・・・寂しかったのかな?」

「いや、それもあると思いますけど、それがメインって訳でもないと思いますよ」

「どういうことだ?」

「いいですか?お姉ちゃんという生き物は、常に下の子のことを想っちゃう生き物なんです。自分なんかのことより、ずっと」

「・・・?」

「レンさん、お店の中で「お揃いのものがあれば離れていても存在を感じられる」って言ってたじゃないですか。その感情をもらう側じゃなくて、与える側が考えてるとしたら?」

「・・・!じゃあ、姉さんがお揃いを求めた理由って・・・」

「多分、レンさんと同じものが欲しかったんじゃなくて、自分と同じものをレンさんに渡したかったんですよ」

 

 俺はとんでもない勘違いをしていた。姉さんの自分勝手で押し付けられたと思っていたコレは、姉さんの優しさだったんだ。

 

「自分から離れつつある弟の心は、言葉でどうにかできないところまで来ている。このまま、弟を1人ぼっちにしてしまうかもしれない」

 

 だから・・・。

 

「だから、言葉ではないもので伝えたかったんですよ。自分との繋がりを示すもので」

 

 

「『1人じゃないよ』って」

 

 少し、泣きそうになった。

 

「たとえ心が更に離れても、大好きだよって証拠を、レンさんの手元に残したかったんですよ。きっと」

「バカだな。俺、何にも気付いてなかった」

「気付かないものですよ。こういうのは」

「俺が姉さんから逃げて、見向きもしてなかった時も、姉さんは俺のことを・・・」

「愛してたんだと思いますよ。片時も忘れずに」

 

 まったく、バカな姉貴だ。

 どうして、自分のことより、自分を大切にもしなかった弟のことを一番に心配するのだ。

 どうして、自分の存在を突っぱねるような弟に寄り添ってしまうのだ。

 どうして、こんなどうしようもない弟を愛してしまうのだ。

 

「いいお姉さんですね」

「俺にはもったいないよ」

 

 目が潤んできたので、最後の抵抗で顔を上には向けたが、それも無駄に終わりそうだ。

 

「雨が降ってきたな」

「・・・?今日、晴れてますよ」

「いいや。雨だよ」

「・・・」

「・・・」

「もしかしたら小雨かもですね。傘は要らないと思いますけど」

 

 ・・・

 

「つくし、今からお前に、最低なことを言いたい」

「デキる男の基本はどうしたんですか?」

「俺は、デキる男なんかじゃないよ。自分の姉の気持ちも汲んでやれなかったダメ人間だ」

「ふぅん?じゃあ、そんなダメ人間なレンさんは、どんな最低なことを言うんですか?」

「・・・姉さんに会いたい」

「女の子とのデート中に言うセリフじゃないですね」

「そうだな・・・」

「でも、あの話を聞いて、ちゃんとそう言えるレンさん人間性は、結構好きですよ。私」

「そりゃどーも」

「じゃあ、目的は達成してますし、今日は解散しましょうか。私も、今日は早く妹に会いたいんです。プレゼントを渡して、喜ぶ顔を見なきゃいけませんから」

「そうだな」

「じゃあ、リサ先輩にはよろしくね。お兄ちゃん☆」

「なんだよいきなり・・・」

 

 こうして俺達は用事を早めに切り上げて、別れを惜しむこともなく家路についた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 家に帰ると、リビングの机に突っ伏した姉が寝ている。

 部活も、バイトも、バンドも、毎日忙しなく取り組み、学業で出された課題を机に広げながら、姉が寝ている。

 

「風邪引いたらどうすんだよ。不用心なやつめ・・・」

 

 起こしたり動かしたりするのも忍びないので、俺の上着をかけてやると、寝息が聞こえてくる。頭を撫でても起きやしない。

 

「いつもご苦労なことだな」

 

 忙しいくせに、いつも可愛げもない俺なんかを気にかけて。

 

「姉さん、起きてる?起きてないよな?」

 

 最後の確認をして、俺は姉さんの耳元に口を近づける。

 悪いな。姉さん。俺は素直じゃないから、姉さんがくれる多くの優しさに、こんな形でしか応えてあげられないんだ。

 

「あの時のウサギのネックレス、ありがとな」

 

 ・・・

 

「愛してる」

 

 それだけを言い残して、俺はリビングを出て、部屋へと退散した。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「アタシもだよ。レン・・・☆」

 




 
 どんなに高価なプレゼントより、たった一言の感謝の言葉の方が嬉しい時もありますよね。
 『言葉は刃物』なんて言ったりしますが、『かけがえのない贈り物』にもなるもんです。
 一度口から出せば元には戻らないけれど、戻らずに残り続けるからこそ価値があるんです。
 まぁ、結局は使いようってことですわ。

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61.今井レンのバレンタインデーなシチュ

 
 皆さん、どうして見に来てしまったんですか?

 今日はバレンタインですよ?想い人からチョコを受け取る日ですよ?
 なんで二次創作サイトで私のページ開いてるんですか?暇なんですか?

 えっ、そう言う私はどうなのかって?
 当然、私は暇ですよ。渡す用事も渡される用事も皆無です。
 おのれヴァレンティヌス。死んだらええのに…。
 
 いや、もう既にくたばってんのか。じゃあ、本編どうぞ。今回は短編です。




【今井家 朝】

 

「ほれっ」

「うおっ」

 

 バレンタインデーの朝は、世話焼きギャルからの投擲に始まる。

 

「毎年毎年・・・わざわざ気遣わなくていいのに」

「言うべきことはそうじゃなくない?」

「嘘だよ。ありがたく頂くから。さんきゅ☆」

「友希那が作った分も入ってるから、後でちゃんとお礼言うんだぞ?」

「わかった。じゃあ早速いただき―」

「あっ、コラ!ちゃんと朝ごはん食べてからにしなさい!」

「何だよ。堅いこと言うなよ今日ぐらい・・・」

「ダーメ。食い意地張らないの」

「えぇぇ~・・・」

「『え~』じゃないよ。ちゃんと味とか楽しみにしてて欲しいの」

「そうは言っても、いつも失敗作の処理とか味見で食べたりしてるんだぞ?。姉さんのクッキーは」

「何だァ?貰ってる身分のくせに文句かぁ?」

「違う。美味しいって分かってるのにお預けだから嫌なんだよ」

「・・・」

「これでも好きなんだぞ?姉さんのクッキー」

「・・・!」

「だからお願いだよ。ちょっとだけでいいから」

「・・・1枚だけだよ?」

「(チョロいなぁ)」

 

 ちなみにクッキーは美味しかった。

 チョコ風味な生地のクッキーや、チョコチップの入ったクッキーは、どれもサクサクしていた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【2年A組 朝の教室】

 

「美咲~。おはー」

「お、レン。おはおは~。って、何?その手提げ袋?」

「あぁ、これ?ほら、バレンタインのチョコだよ」

「嘘でしょ・・・これ全部?何?あんたって、もしかしてモテるの?レンの分際で?」

「モテるとかじゃねえよ。仕事柄、色んなところに恩を売ってるだけだ。ほら、これぜーんぶ義理チョコだし。あと『レンの分際』ってなんだコラ」

「ははっ。まぁ、そう言いなさんなって。あたしの分も渡すからさ。ほら、あんたの大好きな義理チョコだよ。ロールケーキの切れ端だけど」

「えっ!?何だよコレ!?完成度高ぇなオイ!マジか!超嬉しい!」

「変に意地張ったりせずに、ちゃんと『嬉しい』って言葉にしてくれるのは、レンの良いところだと思うよ」

「そうか?」

「うん。あと、男子相手にチョコ渡してんのに、今のあたし、全然ドキドキしてないんだよねぇ。だから、男なのに変に緊張しないで済むのも、レンの良いところかな」

「・・・それつまり、男として意識されてないってことでは?」

「いやいや、意識ならギリしてるって」

「『ギリ』って何だよ!『ギリ』って!お前、俺のことを何だと思ってやがる!?」

「え?親友だけど」

「」(赤面)

「親友・・・だよ」

「うっせぇ。ばーか」

「ふふ。これからも頼りにしてるよ。親友」

「おまっ、こういう時だけそうやって呼ぶのアレだからな!?卑怯だからな!?」

「え?じゃあ、レンはあたしのこと何だと思ってるの?」

「親友!」

「勝った」

 

 美咲のチョコロールケーキは、段違いに美味しかった。

 アレはもう、店に出したっていいと思う。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【2年A組 昼の教室】

 

 昼休み、美咲と駄弁りながら弁当をつつこうとしていると、教室の扉から視線を感じた。

 しかし、机から振り返ると、その人はすぐに扉の影に隠れてしまう。でも、その影から突出したその人の胸部は見える。

 まぁ、隠れた状態なのにこちらから見えるほど胸が大きい人なんて限られているが。

 

「あのおっぱいの大きさ・・・多分燐子さんだな」

「おっぱいだけで判断するとかサイテー」

「仕方ないだろ。おっぱいしか見えないんだから。ちょっと行ってくる」

「うん。行ってら」

 

 多分、美咲と一緒だったから声を掛けにくかったのだろう。

 

「で、何か用です?燐子さん」

「レン君・・・ごめんね。わざわざ来てもらって」

「いえいえ。俺も暇でしたし」

「その・・・これ・・・」

 

 燐子さんの手には、可愛い紙袋が。

 

「いいんですか?」

「うん・・・。日頃から、お手伝いとか、お世話になってるから・・・」

「ありがとうございます。大切に食べますね」

「感想とかも、後で送ってくれたら・・・嬉しいな」

「いいですよ。新聞部で培った文章力をフルで活かしますので」

「いや、その・・・一言でいいからね?」

「何字ぐらいがいいですか?200字ですか?それとも400字、思い切って1000字ぐらいでも・・・」

「レン君。流石に無理があるよ。チョコレート1つで」

「そんなことないですよ。燐子さんが望むなら2万字だっていけます!」

「えっ、卒論じゃん・・・」

 

 まぁ、流石に2万字は無理だ。

 いくら燐子さんが作った特別製とは言え、チョコ1つの感想で埋められるのなんて500字がやっとだ。

 

「でも、思ってたより、緊張せずに渡せて・・・よかった」

「緊張なんて大げさな。相手は所詮、俺ですよ?」

「男の子相手に渡すのは慣れてないからね・・・。それに、ハードルが高い理由はそれだけでもないよ」

「じゃあ、その他の理由って?」

「朝から今井さんのクッキー貰ってるだけじゃ飽き足らず、他の女の子からもいっぱい義理チョコ貰ってる相手に渡すとなると、クオリティの不安とか・・・」

「大丈夫っすよ。俺、何でも食うんで!」

 

 燐子さんは、恥ずかしそうに目を逸らす。こうして渡すだけでも、燐子さんにとってはハードルだったのだろう。

 

「『いつもありがと』って言いたかったから、頑張ってよかった・・・」

「お疲れ様です。嬉しかったですよ」

「うん。じゃあ、もう行くね・・・」

「はい。それじゃ」

 

 俺にチョコを渡した先輩は、少しはにかんでから、愛らしい仕草でパタパタと駆けていった。

 ちなみに燐子さんのチョコはビターテイストで、ちょっと大人っぽい味がした。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【2年A組 昼の教室】

 

 燐子さんの次に来た客人は、アイドルの先輩2人組だ。

 

「レン君!来たよー!」

「来てやったわよ」

「すいません。美咲と飯食ってるんで後にしてください」

「あたし、バレンタインにアイドルがチョコ背負ってやって来てるこの状況下でそれ言える男子、多分あんただけだと思うよ」

「だってお腹空いてたんだもん・・・」

「そうだね。燐子先輩が来たの、お昼食べる前だもんね。でも、流石に今ぐらいはね?」

 

 まぁ、流石に先輩相手に「後にしろ」ってのは冗談だし、さっさと要件を聞かないと。

 

「あたし、退きましょうか?」

「いいえ、大丈夫よ。そんなに手の込んだものを渡す訳じゃないし。なんなら美咲ちゃんも、レンと一緒に食べたらいいわ」

「・・・?あの、彩さん、千聖さん。何を渡すおつもりで・・・?」

「ふっふ~ん。驚かないでよ?」

 

 そう言って彩さんは、手に持った袋に手を突っ込む。

 しかも、その袋。かなりのビッグサイズだ。

 

「あの、本当に何を・・・?」

「そうね。本当はロケ地で見つけたちょっと良いお菓子でも渡そうと思ったのだけど、どうせレンに高価なものなんて渡しても、猫に小判でしょ?」

「まぁ、所詮はただの男子高校生ですしね」

「だから・・・」

「じゃーん!トッ〇のお徳用サイズ、大量詰め合わせだよ!!」

「スゲェェェ!!!最後までチョコたっぷりぃ!!」

「いかにも男子高校生みたいな反応、大変嬉しいわ」

「お2人とも、ありがとうございます!これ、毎日学校に持っていって少しずつ食べていきますから!」

「うん。食べて良し、みんなと分け合って良しの万能お菓子だからね」

「そうね。おまけに最後までチョコたっぷりだし」

「どうしよう美咲!?俺、この2人のこと推しになっちゃう!」

「推す理由、俗っぽいにも程があると思う・・・」

 

 昼食の途中ではあったが、この後は4人で一緒にトッ〇を食べながら雑談した。

 味?美味かったに決まってるだろ。最後までチョコたっぷりなんだから。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【新聞部 部室】

 

 放課後、PCの横に置かれた大量のチョコをどうやって消費したものかと考えていると、部室の扉がノックされた。

 

「失礼します。レンさん」

 

 流れるように入室を許可をすると、そこには本来、いない筈の少女がいた。

 

「あれ?つくし。なんでここに?」

「はい・・・。レンさんを探して校舎の中で迷ってたら、美咲先輩が多分ここにいるって」

「いや、そうじゃなくて、お前の学校から遠いだろ。ここ。・・・まぁ、座れよ。疲れたろ?」

「はい。どうも・・・」

 

 珍しいこともあるもんだ。まさか他校からこの新聞部に乗り込んでくるやつが出るとは。

 

「あの、もしかして机にある、この袋って・・・全部バレンタインの?」

「そうだな。仕事柄、交流が多いから義理チョコが多いんだ。あぁ、そこのトッ〇、お前も食っていいぞ」

「いえ、今は、遠慮しておきます・・・」

 

 つくし、ここに来てからというもの、まだ緊張しているように見える。

 もう少し、こっちから歩み寄るか。取り敢えず、緊張を解すなら。

 

「つくし」

「はい」

「この部室、立地は人通り少ないし、ここなら、誰も見てないからさ・・・」

「・・・」

「呼び方、変えていいよ」

「制服着た状態で言うのは、緊張するな・・・」

 

 俺の隣に座る妹は、少し顔を赤らめて、モジモジとした様子を見せる。

 バレンタインで男相手に話すのは、慣れていないのだろう。

 

「お兄ちゃん、立ってもらっていい?」

「あぁ」

 

 静かな部室に、2人分の影が伸びる。

 窓から差す日差しは、夕暮れの色を帯びている。

 

「じゃあ・・・はい。これ」

 

 小柄な少女の手から、可愛いラッピングの箱が差し出される。

 

「ありがとう。箱の中、見ていいか?」

「うん」

「・・・これ、キャラメル・・・じゃない。マカロンか?」

「どっちも正解だよ。キャラメル味のマカロン」

「凄いな。もしかして手作り?」

「うん。頑張った」

 

 カラメル色のマカロンは箱の中の仕切りで綺麗に並べられており、食欲をそそられる。

 そそられるが、俺は箱を閉じ、机に置いてつくしに向き直る。

 

「嬉しいけど、これのためだけに来たのか?ここまで離れてるのに」

「そうだね。他の人たちみたいに、別の日にCiRCLEで渡してもよかったんだけど・・・やっぱり渡すなら当日がいいなって。それに・・・」

「・・・」

「お兄ちゃんのこと考えてたら、会いたくなっちゃって」

 

 つくしの顔は夕日に染まって、俺の顔も、夕日によって温められる。

 

「俺も、会えて嬉しいよ。この日を選んで来てくれて、本当にありがとう」

 

 つくしの頭を撫でると、上目遣いで、恥ずかしそうに見つめてくる。

 放課後に、居るかも分からない俺に会うためだけに、わざわざ他校まで駆けつけてくれたのだ。

 勇気を出してくれたのだろう。妹が頑張ったなら、労うのは当然。頑張った理由が俺のためだったなら猶更だ。

 

「お兄ちゃん。私が今日渡したもの、どうしてキャラメル味のマカロンだったと思う?」

「・・・もしかして、これ自体に意味とかあったりするのか?花言葉みたいな」

「そうだよ。キャラメルにも、マカロンにも」

「なぁ、つくし―」

「意味、聞きたい?」

「聞きたい」

「・・・キャラメルの意味は、『安心する存在』」

「安心?」

「うん。お兄ちゃんと一緒にいると、安心するから」

「・・・じゃあ、マカロンは?」

「うーん。言わなきゃダメ?帰って調べたらすぐに分かるよ?」

「俺は、つくしから聞きたい」

「・・・」

 

 つくしは、自分のツインテールを指でいじりながら、恥ずかしそうに口を開いた。

 

「マカロンの意味は、『特別な人』」

「特別・・・。『特別』か。確かに俺たち、普通の関係じゃないもんな」

「まぁ、それもあるけど、それだけの意味合いでもないよ」

「違うの?」

「だって、それを抜きにしたとしても、お兄ちゃんは私にとって特別な人だから」

「そう、なのか?」

「うん。少なくとも、放課後に他校から会いに来ちゃったりする程度には特別だと思ってるよ」

「・・・そうか」

「しかもそのマカロン、結構作るの大変だったんだよ?ただでさえ工程が多いし、途中で失敗もした時もあったし、それでもお兄ちゃんに渡したかったのは、やっぱりお兄ちゃんが特別で、それを伝えたかったからなんだと思う」

「つくし・・・」

「うん。あなたは私にとって、それだけの存在」

「・・・」

「そうだなぁ。前にも、何回か言った言葉ではあるんだけど・・・」

 

 つくしは両手を後ろで組み、微笑みながら真っ直ぐに俺を見つめる。

 

「好きだよっ。お兄ちゃん」

「・・・!!」

 

 つくしの言葉に恥ずかしくなって、俺は思わず目を逸らした。

 でも、つくしの言葉も、吹っ切れた笑顔も、頭からは離れなかった。

 

 夕日に照らされる笑顔が、あまりにも綺麗だったから。

 

「・・・ありがと」

「もしかして照れてるの?顔赤いけど」

「夕日のせいだ」

「そっか。じゃあ、私とお揃いだ」

 

 ・・・

 

「つくし」

「何?」

「ハグしよう」

「ここ学校だよね?」

「ダメ?」

「・・・」

「・・・」

「お兄ちゃん」

 

 珍しいこともあるものだ。俺の知ってるつくしは、もっとしっかり者で、しちゃいけないことはしない性格なのに。

 つくしは両腕をゆっくりと開く。

 

「いいよ」

 

 つくしの背中に腕を回すと、つくしの体温が、じんわりと俺の体に伝わってくる。

 そして俺の背中にも、つくしの腕が回される。

 

 つくしと、抱き合う。

 

「珍しいね。お兄ちゃんからこんなことしてくるなんて」

「うん。なんでこんなことしてるのか、俺も分からない。取り敢えず、今の俺は自制効いてないなってことは分かる」

「そうだね。付き合ってる訳でもない女の子に、こんなことして」

「いいだろ。妹なんだから」

「そうなの?」

「そうだよ。兄妹だったらいくらハグしてもいいんだよ。分かんないけど」

「横暴だなぁ。まぁいいけどさ」

 

 ・・・

 

「つくし」

「何?」

「好きだ」

「・・・ありがと」

 

 しばらくの間、新聞部の静かな部室には2人分の影が重なっていた。

 つくしのマカロンは、ほんのり甘い味がした。

 

 

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【後日談】

 

 ちなみにこの翌日にも、俺はバイト先のCiRCLEでチョコを貰いまくった。

 まりなさんから感謝のチョコを貰ったり、ますきからカップケーキの差し入れを貰ったり、ましろからホワイトチョコを貰ったり、友希那さんから『クッキーの感想ぐらい寄越しなさいよ』と怒られたりした。

 




 
 まず、今回の短編でつくしちゃんの話だけ明らかに文量が多かったことを、ここに謝罪します。まさかあんなに接待しちゃうとは…。
 でも信じてください。つーちゃんだけ贔屓しようとした訳じゃないんです。
 なんか、キャラが勝手に動いたんです。キャラを書いてるつもりが、いつの間にかキャラに書かされているというか。勝手に動くあの子たちを見て、その動きの文字起こしだけをしてるような感じというか。このまま告白シーンみたいにならないか、自分で書いてるのにハラハラしちゃいました。
 …ここで小説書いてる人なら分かりますよね!?

 リクエストの燐子ちゃん、なんとか差し込めたけど、アレでよかったかな?

 感想、待ってます。話の感想と一緒にバレンタインの愚痴も書いていいですよ。チョコ貰ったならその自慢やエピソードでもいいですし、推しキャラのバレンタインの妄想でも構いません。
 ちゃんと読んで返信します。

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62.羽沢つぐみの部屋にお邪魔するシチュ

 作者の好きにしろどころか、接待が見たい人が最も多いとは。

 不思議なものですね。


 俺にとって羽沢珈琲店は作業が捗る場所の1つだ。流石にPCをがっつり開いてキーボードを叩くわけにはいかないが、メモ帳にボールペンを走らせて記事の構成を練るにはもってこいの場所だ。それに、この場所には癒しだってある。

 普通に考えれば、「たかが喫茶店で癒し?」という結論になってしまう訳だが、ここは普通の喫茶店とは違う。なぜなら・・・

 

「お待たせしました。こちら、サンドイッチとカフェラテになります」

「おっ、来た来た」

 

 店員さんが可愛い。これに尽きる。

 店の雰囲気も良いし、コーヒーの味も当然いいが、つぐみの笑顔を見るために来ている部分だって少なからずある。しかも今日は現役のアイドルも向こうで接客してるし、日によっては俺の妹も一緒にここで働いている。

 つぐみ、イヴ、つくし・・・癒し効果だけならそこらのキャバクラなんて消し飛ぶ勢いだ。

 

「それで、作業は順調?」

「ちょっと疲れ気味で困ってたけど、つぐみが来てくれて元気出たからもう大丈夫」

「も、もう!お世辞なんていいから!」

 

 はい、可愛い。

 

「でも、ちゃんと元気は出てるって。今日中に良いところまで進むといいけど・・・」

「あんまり頑張り過ぎないようにね?レン君ってばすぐに無理しちゃうんだから」

「お前にだけは言われたくねーよ」

「ふふっ、それもそっか。じゃあわたし、もう行くね」

「おう。またな」

 

 例の如く仕事中のつぐみに元気を貰い、俺もそのまま自分の仕事に打ち込もうとしたが、去っていくつぐみの足取りは、どこか不自然な印象を受けた。

 

「つぐみ、ちょっといいか?」

「・・・何かな?」

「ちょっと失礼」

「へっ?」

 

 俺はつぐみの下目蓋を下げて、その色を確認する。正常な場合であれば下目蓋の色は血色が分かるピンク色の筈だが、つぐみのソレは、明らかに色が薄くなっていた。

 

「・・・つぐみ、もしかして貧血気味だったりする?」

「うーん。確かに言われてみれば、そうかも。朝は大丈夫だったんだけど・・・」

「意識はハッキリしてる?」

「それは大丈夫。ちょっとフラフラするだけ」

 

 世間はソレを「大丈夫」とは呼ばない。

 ならば後は迅速に。

 

「あなたを貧血と風邪気味の疑いで連行します!理由はもちろん、お分かりですね?あなたが私を天使のような笑顔で騙し、心配を掛けさせたからです!」

「そんな。大げさだって」

「覚悟の準備をしておいてください!早急に休ませます!栄養も取らせます!労働時間も、問答無用で切らせてもらいます!寝間着の準備もしておいてください!貴方は急患者です!自室のベッドにぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!?」

 

 変に優しくするとツグろうとする可能性があるので、こういう時は多少強引でも勢いで黙らせる方が良かったりする。

 つぐみも押し黙ったので、隙を突いて他のことも済ませるとしよう。

 

「イヴー!あと店長!ちょっと急患入る!」

 

 周りの許可を得ることができた俺は、そのままつぐみを部屋まで運ぶことになった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「つぐみ、入っていいか?」

「どうぞー」

 

 つぐみの冷蔵庫の中身を部屋に持って入る頃には、つぐみは制服から寝間着に着替えてベッドに座り込んでいた

 スポーツドリンクを近くに置くと、つぐみが話しかけてきた。

 

「あの、お店の方は?」

「お客さん多くないから頑張ってイヴと回すってさ」

「そっか・・・」

「それで、熱は?」

「37度」

「微熱か・・・。貧血で免疫下がってるところに付け込まれた感じだな。休ませてよかったよ」

「むぅ、朝は本当に大丈夫だったんだよ?」

「今は大丈夫じゃないだろ。さっさと休め」

 

 さっきまで店員として働いていただけあって、俺に文句を言い返してくる程度には元気らしい。

 

「ところで、レン君は帰らなくていいの?」

「店長に「娘を頼む」って言われた。今日は急ぎの用事も無いから、取り敢えず家族の人が店の用事済ますまでは居るつもり」

 

 流石にそれまで立ちっぱなしも疲れるので、このまま少し間隔を空けてつぐみの隣に座る。

 

「まぁ、せっかくだ。何か適当な話でもしよう」

「確かに、最近レン君としっかり話したりしてなかったし、ちょうどいいかも」

「学校も一緒じゃないし、お互い忙しいからな。接点が少ない以上は仕方ないだろ。話す時なんてバイトの時ぐらいしかないし」

「そうだよね。だからちょっと嬉しい」

 

 そう言ってつぐみは微笑む。こうして純粋に俺を求めてくれるのは、俺も嬉しい。

 ・・・天使だ。

 

「レン君、もうちょっと隣、詰めていいかな?」

「いや、俺が詰めるよ。無理すんな」

 

 少し移動して、つぐみと肩が触れ合う。

 

「つぐみって、こんなこと言ってくるタイプだったっけ?」

「流石に普段は違うけど、今はちょっとね・・・」

「そうか」

 

 つぐみは更にこちらへ体重をかけてくる。

 

「レン君」

「何?」

「頭、撫でて」

「・・・」

「ダメ?」

「いや、いいけどさ」

 

 微熱で心が弱ったからか、いつもより甘えん坊になっている気がする。いいのか?こんなに甘やかして。

 ・・・別にいっか。いつも頑張ってるし、可愛いし。

 

「おいで」

「んんー・・・」

「よしよし」

 

 俺は窓からの光を受けながら、つぐみの頭を撫で続けた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 頭を撫でた後も、つぐみの要求は続いた。肩に頭を預けだしたり、腕に手を回して来たり、そして今は俺の膝枕を占領している。

 

「つぐみ、そろそろ離れてもいいと思うんだけど」

「やだ」

「でも、そろそろ店も閉まると思うし」

「イヤったらイヤ・・・」

 

 つぐみは俺の服の裾を掴んで離さない、俺もそろそろ出て行った方がいい時間なのだが。

 

「行かないで・・・」

 

 行ける訳ない。

 

「あと10分だけな」

「もっと」

「流石に無茶だって」

「レン君が冷たくなった」

「頭撫でて膝枕までしてる俺に対して冷たいだと・・・?」

「だって他の子にはもっとしてるんでしょ?」

「そんなこと無いよ。俺のことなんだと思ってるんだ」

「女たらし」

「えぇ・・・」

 

 つぐみは起き上がり、そのまま俺の手首を掴んでくる。「逃がさない」とでも言うかのように。

 

「いつも他の女の子ばっかり見てる」

「そんなこと無いって」

「いつも他の子とイチャイチャしてる。わたしだって仲良くしたいのに、いつも別の子と話してる」

「つぐみ・・・?」

 

 いつもの優しい雰囲気はなく、気付いたら不満をぶつけられていた。

 

「今日ぐらい、わたしのこと見てよ・・・」

「なんだ?もしかして俺に惚れでもしたか?」

「そんなんじゃないけど、わたしなんて要らない子なのかなって思っちゃうじゃん」

「そんなことないって」

「いいもん。どうせわたし、他の子みたいに可愛くないし」

「この世界の基準でお前が可愛くないのはヤバいだろ」

 

 体調を崩したからだろうか?つぐみがネガティブ気味になっているような気がする。

 まぁ、確かに風邪の時とか、気落ちしたりするけど。

 取り敢えず頭でも撫でとこう。撫でやすいし。

 

「つぐみは要らない子なんかじゃないよ」

「嘘だ。お店に来たら、イヴちゃんと楽しそうにお話してるし」

「あいつは誰にでも楽しく話しかけるだろ」

「つくしちゃんの接客にもデレデレしてるし」

「お前の接客でもデレデレしてるよ」

「やっぱりこの店にわたしは要らないんだ・・・」

「羽沢珈琲店で羽沢つぐみが要らないとか、もう事案だろ」

「・・・レン君」

「何?」

「ごめんなさい」

「次それ言ったら引っぱたくからな」

 

 つぐみは何も悪くないだろうに。ここまで来ると痛々しいな。ちょっと涙目だし。

 まぁ、このネガティブはあくまで体調崩して心細くなってるだけだろう。一晩寝たら治る筈だ。

 取り敢えず、つぐみに睡眠欲が無い今は、何か気が逸れるようなことをする方がよさそうだ。

 

「つぐみ。何か楽しい話でもしよっか」

「楽しい、話?」

「あぁ。何でも話してやる。今井リサの意外な一面の話でも、奥沢美咲の恥ずかしいエピソードでも、何でもいいぞ」

「・・・何でも、いいの?」

「もしかして、聞きたいこととかあるか?まぁ、個人のプライバシーを侵害しない程度なら、いいけど」

「うん。じゃあさ・・・」

 

 つぐみは弱々しくも、少しいたずらっぽい微笑みでお願いしてくる。

 

「レン君の恋バナ、聞きたいな」

「・・・えっ、なんで?」

「知らないの?女の子ってみんな恋バナが好きな生き物なんだよ?」

「いや、なんで『俺の』恋バナなのかって意味なんだけど」

「ダメ?」

「いや、いいけど。その手の話題で話せることなんて、理想のタイプとかぐらいだぞ?」

「そうなんだ。好きな子とか、いないの?」

「いないな」

「過去に恋した人とかも?」

「うん。いないんだよ。昔は友達とか多くなかったし、他人としっかり関わったりしてなかったからな・・・」

「そっかぁ。じゃあ、誰かに告白されたことは無いの?昔はともかく、今は色んな子と話すでしょ?」

「告白はされたこと無いけど、イヴから手紙で屋上に呼び出されたことはあるぞ?」

「それ、羽丘まで噂来たから知ってるよ?ラブレターだと思ったら果たし状だったやつでしょ?」

「あぁ。知ってたか。うん。しばらく言い争った後に、ウレタン棒で叩きのめし合ったんだよ」

「手紙開いて果たし状だった時、泣きそうなレベルで落ち込んだんでしょ?」

「なんでそこまで詳しい部分まで知ってんだよ」

「だって、美咲ちゃんがお店に来てくれた時に大笑いで話してくれたから」

「あの女・・・。次会ったら島流しにしてやる」

「うん。楽しそうに話してたよ。「レンのやつ、上げて落とされてやんの」って」

「ヘソから電気流すのも追加だな」

 

 美咲のやつ、現場にいた時は優しかったのに。

 まぁ確かに、俺も男友達が全く同じ目に遭ってたらって思うと絶対に面白がるだろうけど・・・。

 

「でも、告白されたりも無いんだね。レン君、いい人なのに」

「まぁ、結局『いい人』止まりらしいんだよな。俺って。付き合いたいって段階まで意識されないというか。・・・やっぱり顔か?変に中性的だから意識されないのかな?」

「それはないんじゃない?顔立ちは整ってて、流石リサさんの血縁者って感じだし。ちょっと中性的なのもいいと思うよ。女装とかこなせそう」

「・・・女装の話はするな」

「え?あぁ、うん・・・」

 

 少し困惑した表情のつぐみだが、追求は止まらない。

 

「じゃあさ、好きって程じゃないにしても、可愛いなとか、魅力的だなって思ってる女の子はいないの?タイプの女の子とかさ」

「難しいな」

「ふぅん?」

 

 ・・・

 

「つくしちゃんとか、どうなの?」

「なんでアイツが出てくるんだ」

「だって最近仲いいじゃん。緊張しがちなつくしちゃんの接客も、レン君相手だとリラックスしてるし、レン君もつくしちゃん相手だと、表情が緩くなるし、お互いに自然体な感じがするんだよね」

「そりゃ最近になって仲良くはなったけど、所詮それだけだぞ?」

「『それだけ』の割には、やっぱり距離感が近い気がするんだよね。2人とも、なんか笑顔が多い気がするし」

「そんなこと言ったら、お前だって紗夜さんと一緒の時は距離感近いし笑顔も増えるだろ」

「ちょっ、わたしは関係ないじゃん・・・!」

 

 でも、つくしと一緒の俺は頬が緩むのか。まぁ、アイツは変に気を遣わなくていいから、自然とそうなるのかもしれない。

 

「つくしちゃんのこと、可愛いって思う?」

「そりゃあ、そのぐらいの感想は持ってるよ」

「一緒に居てドキドキする?」

「しない」

「一緒に居て、ドキッとしたことはある?」

「・・・何回か」

「つくしちゃんのこと、どう思ってる?」

「ただの仲いい後輩。妹みたいなもん」

「好き?」

「Likeの意味なら」

「じゃあ、Loveの意味なら?」

「好きか好きじゃないかで言うなら、好きじゃない」

「気になる?」

「・・・」

「つくしちゃんのこと、気になる?」

「気になるか気にならないかで言うなら・・・気になる」

「きゃっ♡」

「うるせぇな」

 

 若干腹は立つが、つぐみはさっきよりも元気そうだ。

 メンタルも回復して、体調も安定してきたのかもしれない。

 

「その様子なら、もう大丈夫そうか?」

「うーん。そうだね。若干頭はボーッとするけど、あともう一眠りしたら全快だと思う」

「よかった。足痺れそうだったんだよ。膝枕」

「あぁ。ごめんごめん。面倒かけたね」

「いいよ。こんぐらい」

 

 ベッドから離れて荷物を纏めていると、布団を被りなおしたつぐみが、うつ伏せでこちらを見てくる。

 

「レン君は、つくしちゃんが気になるんだね♡」

「勘違いするなよ。そう言ったのだって、俺の理想のタイプに一番近いのがつくしってだけだからな?」

「ふぅん?まぁでも、話してて退屈はしなかったよ。ちょっと面白かった」

「そりゃあ良かった。じゃあ、もうすぐで家の人も来ると思うし、そろそろ行くよ」

「そっか。夜道、気を付けてね」

「おう。そっちもちゃんと温かくして寝ろよ?」

「うん」

「何かあったら、連絡してくれていいから。あと、治ってもあんまり無理するなよ?」

「もう。そこまで世話焼こうとしなくていいよ。嬉しいけど」

「そうかよ。じゃあ、親御さんに挨拶してくるから」

「わかった。レン君、今日は本当にありがと」

「まったくだ。今度奢れよ?」

「そうだね。じゃあ、何かレン君の好きなものでも―」

「嘘だよバーカ。お大事に」

「ははっ、レン君が同期の女の子に奢らせたりする訳ないか。うん。気にせず休む」

「おう。じゃあな」

 

 最後に小さく手を振るつぐみを確認して、俺はつぐみの部屋を後にした。

 ちなみに、つぐみの親御さんからは今日のお礼としてちょっと良さげなコーヒーの粉末を頂いたので、帰ったら姉さんに渡して一緒に飲もうと思う。

 




 この小説の強みは、
・作者の心が弱いから原作キャラが深く傷ついたり曇ったりしない。
・基本的に1話完結なのでいきなり更新が途絶えても続きが気にならないで済む。
 の2つだと思ってます。

 弱みは、やっぱり可愛く書けるときと書けない時があることですね。
 特に彩ちゃんは全然可愛く書けませんね。作者が彼女を尊敬しちゃってるせいで、気付いたらちょっぴりカッコよくなっちゃうんです…。
 
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63.二葉つくしととうるいを尾行するシチュ

 
 今回の話は、ガルパのイベントストーリー『あたしのためのカデンツァ』のネタバレ要素を含みます。
 あの時のつくしちゃんが可愛かったから接待しました。

 見せてやりますよ。9000文字を超える、私の全力接待をね!!


 

 休日の昼下がり、特に目的も無く駅前を歩いていると、様子がおかしいつくしと遭遇した。

 そう、まるで誰かから隠れるように電柱へ身を隠しているつくしと。

 

「何やってんだお前?こんな所で」

「あっ、お兄ちゃん。今、ちょっと大変だから後にしてくれない?」

「大げさな。全然そんな様子じゃないだろ。何が大変だって―」

「向こうで透子ちゃんとるいさんがデートしてるの!!」

「何ィ!?」

 

 それは大変にも程がある。

 俺は急いでつくしの後方へ身を隠し、ホシの様子を確認する。

 

「マジだな。手を繋いだりしてる訳じゃないけど、割と仲良さそうに歩いてるな」

「そうなの。私も最初に見た時はビックリしたよ。あの2人が休日に2人きりでお出かけなんて」

「あの2人、そんなに仲良しだったのか?俺の中のあいつらって、隙あらば言い争ってるイメージなんだけど」

「まぁ、同じバンドで上手くやってるし、険悪って訳じゃないけど、私から見てもそんなイメージなの。けんかの仲裁、いつも大変だし」

「仲裁って、いつもお前がやってるのか?」

「そりゃあ、リーダーだし」

「偉いな」

「ふふーん。じゃなくて、ほらあの2人、そのまま建物に入っていくよ」

「ショッピングモール?本当に何しに行くんだ?」

 

 こうして俺はつくしの尾行にサラッと参加し、そのまま2人の行方を追い続けたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「服屋さんに入っていったね」

「そうだな。見るからにちょっと良さげな店」

「うーん。2人は何を話してるんだろ?もうちょっと近づけたらいいんだけど」

「いや、多分これ以上近付いたらバレると思うぞ。障害物も多くないし」

「そうなんだよね・・・。うぅ。気になる」

「同感だ」

 

 様子を窺っていると、2人はそのまま上着のコーナーで商品の物色を始めた。

 何やら真剣な表情で話し合ってるのは分かる。

 

「大人っぽい上着・・・るいさんのを選んでるのかな?」

「でも、あの上着、ちょっと小さくないか?遠目だから分かりにくいけど、あの優等生のサイズじゃないと思う」

「確かに。よく見たら合わせてるのは透子ちゃんだけど・・・でも、透子ちゃんの趣味でもない気がする」

「「うーん」」

 

 悩む俺たちを余所に、2人は商品を買い上げ、せっせと店を出て行った。

 

「デートの割に、あんまりイチャついてないな・・・」

「うん。多分だけど、お兄ちゃんが期待するようなことは無いと思うよ?さっきは『デート』って言い方しちゃったけどさ」

「いーや、まだ分からないぜ。絶対にこの後に手を繋ぐ展開ぐらいはある!」

「流石に無いって。私、メンバーだから分かるけど、あの2人、本当に隙あらば言い争ってるんだからね?」

「ふざけんな!他人がいる場所でいつも言い争ってる2人が、2人だけになった時に甘えたりイチャついたりするっていう、一番燃えるように萌える展開があるかもしれないだろうが!しかもそれが、やんちゃなギャルとクールな優等生の組み合わせで繰り広げられてんだぞ!?」

「お兄ちゃん。幻想と現実は違うんだよ?そんな都合のいい理想郷が存在するなんて、本気で思ってるの?」

「うるさい!夢を追い続けている限り、男はみんなコロンブスなんだよ!」

「訳わかんないって・・・」

 

 こんな口論を繰り返しながら、俺たちは透子と瑠唯を後ろから追跡していった。

 

 

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 次に2人が向かったのは、アクセサリーショップだった。

 ここにはちょうど、前にもつくしの妹たちへのプレゼントを探しに行った場所でもある。店の棚の配置は分かるが、服屋よりも身を隠す場所が無いため、そのまま店外から様子を窺う形になっている。

 あの2人はしばらくは店から出る様子もない。なので・・・

 

「つくし~。飯買ってきたぞ」

「あ、ありがと。どれどれ?」

「そりゃあ、尾行にはあんパンと牛乳しかないだろ。前に試した時も、かなり腹持ちが良かった」

「いや、腹持ちはいいかもしれないけど、これ張り込みじゃないんだよ?」

「張り込みみたいなもんだろ。それで、ホシの様子は?」

「ずっとヘアアクセのコーナーで話し合ってる。それ以外は特に無しかな」

「とか言いつつ?」

「お兄ちゃんが期待する展開も無かったよ。それも見張ってたけどさ」

「なるほど。お互いに『まだ』奥手なんだな」

「諦めなって・・・」

 

 牛乳であんパンを流し込み、様子を窺うが、確かにつくしの言う通り、向こうにはあの2人の真剣そうに話し合ってる光景が見えるだけだ。

 デートなのに・・・デートなのに・・・!

 

「くそっ・・・じれってーな。俺、ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!!」

「ダメだってば!今から突然お兄ちゃんが現れても変な空気になるだけだから!」

「じゃあなんすか?あの2人は結局デキてないって言うんですか?」

「お兄ちゃんキャラ変わり過ぎだって。確かに珍しい光景だったから私も余計な勘繰りしちゃったけどさ。多分あの2人シロだよ。ただ仲良く買い物してるだけだって」

「いや、でも・・・うーん。そうだなぁ。服に、アクセサリーに、普通のJK同士の買い物でしかないし。・・・あーあ。結局時間の無駄だったな」

「でも、普段からけんかの仲裁してる身としては、仲良くしてる光景を見れただけでも、収穫かな」

「あー・・・。まぁ、それもそうだな」

 

 結局、大した現場の目撃は出来なかったが、リーダーが納得したのなら、もう、それでいいだろう。

 

「尾行、もうここまでにしとくか」

「そうだね。もうすぐ夕方だし」

「よし。せっかくここまで足を運んだんだ。前に来た時のたい焼き屋でも行こうぜ」

「そうだね。あ、でもお金あったかな?」

「そんぐらい兄ちゃんが奢ってやるよ。気にすんな」

 

 つくしの頭を撫でる。

 やっぱり身長差があるからか、つくしの頭は撫でやすい。

 

「前に来た時も奢ってもらったけど、いいの?」

「いいよ」

「今日の分まで奢ってもらえるなんて、思ってもみなかったよ」

「ふぅん?」

「・・・」

「本音は?」

「正直、『たい焼き』ってワードが聞こえた時点で、8割ぐらい期待してました」

「こいつめ」

「えへへ・・・」

 

 腹立つ。ちょっと可愛いのが尚のこと腹立つ。

 まぁ、奢るんだけど。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 たい焼き屋の近くのベンチに座り、街並みに沈みそうな夕日を余所に、俺とつくしはたい焼きを頬張っていた。

 

「美味い」

「うん。この飾らない味が、一番美味しいんだよね」

「違いねえ。やっぱり安心感が違うんだよなぁ・・・」

 

 夕方の少し肌寒い風が、俺たちの間を吹き抜ける。

 

「なんか今日、意味もなく時間を浪費しちゃった気がするなぁ。私が今日やったこと、友達の尾行して、お兄ちゃんとたい焼き食べただけだよ?」

「たまにはいいだろ。意味もなく時間を使うのも」

「そう?」

「つくしが一緒なら、そんな時間も悪くないかなって。俺はそう思ってる」

「・・・確かに。なんだかんだ楽しかったし」

 

 つくしが、肩をくっつけてくる。

 流石に人目が多いからか、これ以上のスキンシップはしてこないが、本人が気を許してくれてることは分かった。

 俺からも、何かしようか。と、そう思った瞬間だった。

 

「あれ?ふーすけ!!それにレンさんも!!」

「「えっ?」」

 

 急いでつくしと距離を取り、声の主を確認すると、さっきまで俺たちが尾行していた2人だった。

 

「透子ちゃん。それにるいさんも・・・」

「あれ?なになに?2人、もしかしてデートなの!?」

「そっ、そんなんじゃないってば!」

「あぁ。さっき偶然会っただけだ。そっちこそ珍しい組み合わせだけど」

「そうだよ!そっちこそデートだったんじゃないの!?」

「はぁ~~?あたしとルイが?」

「二葉さん。いくらなんでも心外よ」

「そこまで言わなくても・・・」

「じゃあ、なんで2人が一緒にこの場所で?」

 

 そう聞くと、2人は少し歯切れが悪そうな顔をする。

 あれ?もしかして・・・とも思ったが、そうではなかったらしい。

 

「ねぇ、ルイ。もう、ここで渡すのってどうよ?」

「そうね。ちょうど2人、せっかく目的が目の前にいるのだし、その方が効率的ね」

「「?」」

 

 話が見えないままの俺たちを余所に、透子は紙袋を漁り始めた。

 

「じゃあ、まずは、さっさと終わるレンさんの分から」

「・・・俺?」

「はい。トーコレの宣伝とか、ありがとうございましたってことで」

「えっ?トーコレの宣伝、レンさんにも頼んでたの?」

「あぁ。花咲川の生徒に向けに、記事書いて告知してくれないかって頼まれたんだよ。別にお礼なんていいのに」

「いえいえ!あの時はマジで人手も足りなかったですし、重い機材運ぶのに男手があったのはマジで有難かったんで!」

「え?現場にも居たの?」

「まぁ、アレは『女子高生の為のイベント』だったからな。目立たないようにしてたんだよ。ほぼステージ裏に籠りきりで、他のブースに行ったりもしてなかったし」

「いや~、ふーすけにも見せたかったですよ!あの時のレンさん、マジで有能だったんで!」

「いや、掘り返さなくていいから」

「いーやダメです!これはちゃんと語り継がないと!」

「おい。ちょっと待―」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【放課後、新聞部 部室】

 

「レンさん。これがトーコレでやろうとしてることの一部なんですけど、そして、これからも更にやる事が増えるかもなんですけど・・・」

「随分、直前に駆け込んできたな。この情報量のイベントの告知をすぐ記事にって。結構めちゃくちゃなこと言ってるぞ?せめてもっと早く教えろよ。まったく・・・」

「そうなんです!それは分かってるんですけど・・・」

「悪い知らせだ透子。この情報量を記事に落とし込んで宣伝するには、少なくとも4日はかかる」

「そんな・・・じゃあ良い知らせは!?良い知らせは無いんですか?」

「良い知らせ?あぁ、もちろんある」

 

 ニヤリ。

 

「俺なら一晩で片付く」

「レンさん・・・!」

「あと、ライブの運営とか設営。なんならそれも手伝えると思う。野外ライブなら、重い機材の運搬もあるだろうし、男手としても力にはなれる。その日はバイトも無いし」

「設営って、そんなことまで?」

 

 はぁ・・・

 

「俺を誰だと思っている?我CiRCLEのスタッフぞ?」

「レンさん・・・!あっ、でも、イベントで集まるの、女の子ばっかりだし、その、レンさんがいると、その・・・」

「なるほど。でも、男子禁制ってハッキリ言ってる訳でもないんだな?」

「はい。言ってないですし、人員も猫の手を借りたい状況ですけど・・・」

「じゃあ、俺がJKの為のイベントでも目立たない状態であれば、問題無いんだな?」

「それは、どういう・・・?」

「なーに。ちょっとばかし男のプライドを捨てるだけだよ。後は透子が秘密にしてくれればいい」

「まさか・・・」

「体格を隠すようにダボダボのパーカーにロングスカートを合わせて、顔を隠すように帽子とメガネをつけた、妙に口数が少ないショーヘアの女が居れば・・・それが俺だ」

「いいんですか!?そんな・・・」

「めちゃくちゃ嫌だけど、ガールズバンドの女の子が全力出して成し遂げたいことがあるなら、例外なく全力で支援することにしてるんだ。もしもライブ運営に人員不足が出るようなら、俺を使えばいい」

「そんな。宣伝だけでも迷惑かけるのに、ライブの運営まで、しかも女装で・・・」

「『花咲川に宣伝する』、『女装でのライブ設営も手伝う』。「両方」やらなくっちゃあならないってのが、「先輩」のつらいところだな」

「やっぱり負担が大きすぎますよ!ただでさえレンさんは―」

「おい」

「・・・!」

「もう一度言うぞ」

 

 ・・・!!

 

「俺を誰だと思ってやがる?」

 

 神はいる。そう思った。By.桐ケ谷透子

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「ってことがあって、イベント中もライブの運営とか、重い機材の片付けとかやってくれたし、テントの準備まで手伝ってくれてすっごい有能だったの!」

「おい透子!俺が今世紀で一番カッコつけた部分までピックアップするんじゃねえよ!」

「でも、全然気づかなかった。あそこに紛れてたなんて・・・」

「まぁ、あのイベントのグループチャットにも入ってなかったからな。俺のことを知ってたのは、主催の透子と人員の管理をしてた瑠唯だけだったし。あと、当日に俺をメイクした姉さんもか」

「でも、プライドを捨てて女装してたのはいいとして、声とかでバレなかったの?無言を貫くのは流石に無理でしょ?」

「姉さんの声マネで乗り切った。喉に負担かかるから、乱用は出来なかったけど」

「出来るの?そんなこと」

「まぁ、男女の違いはあれど、体の構造は遺伝子レベルの近さだし。ちょっとウインクしながら『ゆーきな☆』ってやれば」

「うわ。本当だ。ちょっと似てる・・・」

「まぁ、遊びに来てる知り合いにも会わないようにしなきゃだし、大変だったけど、でも楽しかったよ」

 

 というか、他の連中にはバレてないよな?当日は片付けの時以外はステージ裏からほぼ動いてないし、その場に遊びに行った姉さんにも口止めはしたけど、なんか不安なんだよな。

 

「で、その時のお礼がこれです!」

「・・・ヘアピン?」

「はい。レンさんの髪って長めだし、PC作業中とかに前髪抑えたりとか」

「あぁ。確かに使えそう」

「それに、せっかくならオシャレにも使ってもらえたらなって。例えば、サイドの方をかき上げたりして・・・」

 

 透子に髪をいじられる。結果・・・。

 

「お、イイ感じ!」

「男子でヘアピンって、変じゃないか?」

「そんなことないですって!ピンについた星形のアクセも可愛いし!」

「かわ・・・まぁ、いいや。ありがとな」

「はい!」

 

 これで、俺の番は終わりらしい。

 

「次は二葉さんの番ね」

「私?」

「えぇ。私たちの本命は、あなたへのプレゼントだったから」

「えっ、なんで?私、何かした?」

「いや、あたしとルイが言い争ってる時とか、いつもふーすけが仲裁してくれるだろ?いつも迷惑かけてるし、多分これからも迷惑かけるだろうから、せめて、日頃の感謝ぐらい伝えないとなって」

「桐ケ谷さんからそう言われて、私も一緒に選ぶことにしたのよ。桐ケ谷さんが一方的に絡んでくるからとはいえ、私も思うところがあったから」

「おい!なにサラッと自分のこと棚に上げてんだよ!」

「ちょっ、2人とも・・・」

 

 仲良いなぁ・・・。

 

「じゃあルイ、あたしがふーすけを改造するから、レンさんの目隠し頼んだ!」

「えぇ。了解したわ」

「「へっ?」」

 

 疑問を抱くと同時、瑠唯に背後を取られ、両手で俺の目が覆われる。

 何も見えない。

 

「改造ってことは・・・つくしへのプレゼントも、俺みたいに身に着ける系?」

「・・・まぁ、そんな所です」

 

「ねぇ透子ちゃん。なんでレンさんの目を塞いで、私は上着を脱がされてるのかな?」

「そりゃあ、イメチェンのために決まってるっしょ?丁度レンさんがこの場にいるし、ふーすけの大変身を楽しんでもらわないと」

「なんで、レンさんが関係あるの?」

 

 確かに、わざわざ俺が目隠しをされる理由も分からないし。

 

「そりゃあ、ふーすけがレンさんに懐いてるからじゃん」

「えっ!?いや、懐いてなんかないもんっ!」

「それはないでしょ~!バンド練習の休憩時間も隙あらばレンさんがレンさんが~って」

「そんなに言ってないもん!!」

 

「・・・言ってるのか?」

「言ってます」

「隙あらば?」

「そうですね。頬を緩ませながら・・・。特に倉田さんとはよく話してます」

「恥ず・・・」

 

 瑠唯の両手は、まだ俺の両目に当てられたままだ。

 

「上着、ちょっと大人っぽ過ぎない?」

「まだまだ。これからもっと大人っぽくなるよ。髪もアレンジするし、リップも新しいの使うから」

「ふぇぇ・・・」

 

「なぁ、気になるんだけど!もう良くないか!?もう目隠しイヤなんだけど!」

「ダメです」

「どけ!俺はお兄ちゃんだぞ!!」

「違うでしょう?」

「違うけどどけろ!」

「ダメです」

「ぬぅぅぅ・・・!」

 

 気になる。つくし、どんな感じになってるんだ・・・?

 

「よし、これで終わりっと。ふーすけ、どう?今、こんな感じだけど」

「ねぇ、やっぱり大人っぽすぎるよ。似合ってないって・・・」

「似合ってるって!いつもとは違うふーすけ、見せてやんなよ!」

「大丈夫なの?」

「あっ、忘れてた。最後にこのヘアピンを・・・」

「えっ、ちょっと待って!このヘアピンって・・・」

 

「もういいか?」

「二葉さんの覚悟が決まるまで、もう少しお待ちを・・・」

「おう・・・」

 

 そのやり取りからすぐに、俺の正面から小さな足音が聞こえた。

 多分、つくしだ。

 

「じゃあ、目隠しの解除まで、3.2.1・・・」

 

 ・・・

 

「ハイッ!」

 

 視界が開けると、つくしが居た。・・・ツインテールを捨て、髪を下ろした状態のつくしが。

 ・・・誰この美少女!?

 

「あの、レンさん・・・」

「つくし、その恰好・・・」

「その、やっぱり似合ってないですよね?小っちゃいくせに、背伸びしなんかちゃって―」

 

 俺から出た感想は、自信を失くしている後輩を気遣ったものじゃない。

 本当に、気付いた頃には、俺の口から飛び出していた。

 

「可愛い!!」

「へっ・・・?」

「綺麗だ。凄く良い!!」

「ちょっ・・・」

 

 近くに透子や瑠唯が居ることも忘れて、つくし本人が困ってることも気付かず、暴走気味な俺は、思わずつくしに詰め寄り、両手で彼女の小さな手を握りこんだ。

 

「下ろした髪、大人っぽくて本当に綺麗だ!」

「いや、その・・・」

「リップの色も上品な感じがして、今の上着とも似合ってる!」

「レンさんってば・・・!」

 

 気づいたら、顔を真っ赤にして恥ずかしがるつくしがいた。

 

「近いよ・・・」

「ごめん」

「でも、嬉しかった」

「そっか。じゃあ最後に、そのヘアピン・・・」

「これだよね?今のレンさんがつけてるヘアピンと、同じ星形のヘアピン」

「・・・お揃い、だな」

 

 お互いに恥ずかしくなって、2人仲良く大人しくなった辺りで、端っこで透子と瑠唯がハイタッチを決め込んでいた。

 

「どうだ?ふーすけ。レンさんとお揃いだぞ?」

「むぅ。私にこんなことする為だけに買い物してたの?」

「いいえ。偶然よ。私たちが二葉さんの恩返しにヘアピンを買って、レンさんにも恩があったから、ついでにその恩も返しただけよ。たまたま二葉さんと同じヘアピンでね」

「嘘だ。絶対からかいたかっただけでしょ・・・」

「じゃあ、ヘアピン返してくれてもいいよ?買ったのあたしらだし?」

「意地悪・・・」

「冗談だって」

 

 カラカラと笑いながら、透子は瑠唯を連れて踵を返した。

 

「じゃ、邪魔者のあたしらはクールに去りますかね」

「そうね。目的は達成したし」

「じゃあレンさん。ふーすけのこと、ちゃんと送ってやって下さい。夜道にJKが1人は危険ですから」

「わかった。そっちも気をつけてな」

「はーい!」

 

 2人は去った。

 目の前には、精一杯のおめかしをした美少女が、恥ずかしそうに、モジモジしながら佇んでいる。

 さっきまで街を彩っていた夕日はすっかり沈んで、今は夜の暗がりが街を包んでいる。

 

「あの・・・お兄ちゃん」

「何?」

「さっきは、たい焼き食べたら、このまま帰ろうかって感じの雰囲気だったよね?」

「そうだな」

「ワガママ、言っていい?」

「ワガママ?」

「あのさ・・・。よかったら、このまま私と―」

「ダメ」

「えっ・・・?」

「・・・」

「どう、して?」

 

 つくしが分かりやすくショックを受けた表情をする。

 でも、そのワガママをつくしに言わせる訳にはいかない。

 だって、そういうことは・・・

 

「そこから先は、俺から言いたい」

「へっ・・・?」

「こういうのは、男の役目だろ?」

 

 俺はさっき離したつくしの手を、もう一度、両手で優しく握る。

 

「つくし。これから俺と、デートしてください」

 

 さっきとは打って変わって、嬉しそうに目を見開くつくし。

 分かりやすい妹だ。

 

「はい・・・!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 とは言っても、デート開始は日没の後。

 つくしの門限もあるし、あまり長いこと遊ぶことも出来ない。

 帰るタイミングを掴みやすい場所、となると、限られていて。

 

「公園かぁ・・・」

「夜の公園ってのも、たまにはいいだろ?誰も居なくて、なんか特別感もあってさ」

「そうだね。ドキドキする」

 

 2人でベンチに座りながら、辺りを見渡す。

 それにこの公園は、前にも来たことがある。

 

「前に来た時は、つくしに連れ込まれたんだっけ?」

「そうだね。お兄ちゃんが、私を『妹』にしてくれた時」

「つくしが求めて、俺が受け入れて・・・」

「お兄ちゃんからも、私を求めてくれたよね?」

「『求めて欲しい』って、つくしが言ったんだぞ?」

「うん。そうだったね・・・」

 

 つくしの方を向くと、随分と大人びた横顔がそこにあった。

 髪を下ろして、本当に綺麗になった。

 

「お兄ちゃん。1つ聞いていい?」

「何?」

「確かに私はあの時、自分が甘えてばっかりな気がして、『お兄ちゃんからも求めて欲しい』って言ったけどさ・・・」

 

 つくしも、上目遣いで俺のことを見つめてくる。

 整った顔立ちで、真剣な眼差しを向けて。

 

「あの時、なんでキスしたの?」

「『頬っぺたに』をつけろよ。語弊すごいぞ」

「答えて」

「・・・」

 

 そんなことを言われても困る。あの時の俺は、つくしが伝えてくれた『好き』という気持ちを、ちゃんと返したかっただけだ。

 その方法に、どうして俺がキスを選んだかなんて、もう俺自身が聞きたいぐらいだ。

 それでも、強いて言うなら・・・。

 

「あの方法が、一番伝わると思ったからだよ。その、『好き』って気持ち」

「・・・そっか」

 

 お互いに、恥ずかしくなる。

 後でこんな風になるなら、もっとマシな方法でも使うんだった。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「何?」

「キスしたい」

 

 ・・・!

 

「その・・・頬っぺたに?」

 

 つくしは無言で頷く。

 まったく。主語ぐらいつけろ。紛らわしい。

 ・・・その気になったらどうするんだ。

 

「まぁ、前に約束してたからな。つくしからも、してくれて構わないって」

「うん」

「なら、さ・・・」

 

 俺は自分の頬を、隣の少女に向けて、少し近づける。

 

「・・・いいよ」

 

 今日のつくしは、やけに積極的だ。

 許可を出してからすぐに俺の手を握り、そのまま顔を近づけてきた。

 ・・・でも、予想された感触は、訪れないままだった。

 

「つくし。やるなら、早くしてくれると助かるんだけど・・・」

「だって、恥ずかしいから・・・」

 

 つくしの顔を見ると、暗がりでも分かるぐらいに赤くなっている。

 

「可愛い」

「むぅ。私、これでも困ってるのに・・・」

「うん。そうやって恥ずかしがってるのが、凄く可愛い」

「いきなり、何?」

「何でもないよ」

 

 俺はつくしの手を、そのまま握り返した。

 つくしの肩が少し跳ねる。

 

「こうしてると、安心しない?」

「・・・する」

「緊張も、ちょっとは解けると思うんだけど」

「それは・・・まだダメ」

 

 見た目は大人っぽいが、中身はいつものつくしのままらしい。

 恥ずかしがり屋の、可愛い女の子だ。

 

「無理しないでいいぞ?」

「お兄ちゃん。私は、気持ちを伝えたいとか、そんな理由でキスしたいんじゃないからね?」

「・・・そう?」

「うん。好きって気持ちとか、大好きって気持ちが収まらないから、我慢が出来ないから。だから、したいの」

「・・・そっか」

「お兄、ちゃん・・・」

 

 俺は再度、自分の頬をつくしに近づけ、目を閉じた。

 

「つくし。じゃあ、その気持ちも全部受け止めるから」

 

 ・・・

 

「キス、して」

「・・・!」

 

 chu-♡

 

 つくしの唇は柔らかくて、リップのしっとりした感触が残った。

 我慢の効かなくなった少女の、ちょっと乱暴な初々しい口付け。

 

 デート終わりの夜。俺は『妹』にキスをされた。

 




 
 完全に、読者のことも考えず、自分のためだけに書きました。反省も後悔もありません。
 あと、アンケート結果。

【誰との距離感が好きか】
1位、リサ姉
2位、美咲ちゃん
3位、ましろちゃん
4位、つくしちゃん
5位、友希那さん
6位、彩さん

 だった訳ですが、意外と美咲ちゃんが上位に食い込みましたね。
 美咲ちゃんで甘々なシチュは書いたりしてなかったですし、この作品の読者様は、甘々なシチュが好きな人が多い印象だったので、もう少し下かと思ってました。
 美咲ちゃんと主人公の距離感は私も好きなので嬉しいのですが、やっぱ需要って分かりませんね。

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64.奥沢美咲と駄弁るシチュ

 前の話で、つくしちゃんへの接待は終了。またゆるっとした話を書きます。

 美咲ちゃんのリクエストは色々あるんですけど、指定されたシチュで話が思い浮かばないので、こんな感じで。




 昼休み、俺は今日も弁当を片付けながら奥沢美咲と語らう。

 くだらなく、しょうもないことしか話さないこの時間だが、俺はこの時間を気に入っている。この何でもない平和な時間が、本当に好きだ。

 高校生らしく、ごく普通のことしか話さないけど。

 

「そう言えば、ミッシェルの足の裏に搭載されたジェットエンジンのことなんだけどさ」

「待て美咲。『普通』の意義とは!?」

 

 『普通』の基準は、人それぞれってことらしい。

 

「別に珍しくもないでしょ?大型の会場の時は何回も飛んでるんだし」

「お前も自分が大型の会場で何回も飛ばされてることにちょっとは疑問を持てよ!いくら何でもこころに毒され過ぎだ!」

「飛べないクマはただのクマじゃん。ミッシェルにハッピーフライトモードが搭載されてるのは、前にも話したでしょ?てか、あたしの話は別にいいじゃん。いい加減ジェットの話をさせてよ」

「そもそもなんでただのマスコットのくせにジェットなんか搭載してるんだよアイツ。着ぐるみのくせに男の夢詰め込み過ぎだろ。パワードスーツじゃねえか・・・」

「まぁ、製作段階では手のひらにも搭載する予定だったらしいよ。バランスがどうとか言って」

「アイア〇マンじゃねぇか・・・」

 

 マジで何者なんだ。あのクマ公・・・。

 お前は平凡な街のマスコットだった筈だろ・・・。

 

「まぁいい。いや、全然良くはないけど、一旦本題に移ろう。ジェットエンジンがどうしたんだよ?」

「そうなんだよ。あたしも長いことハロハピやってるけど、ジェットの面に関しては、当然、知識も無いわけだし、全面的に黒服さんたちに任せてる訳よ」

「あぁ、開発とか、メンテナンスとか?」

「あと、書類関係もね」

「書類だって?そんなの必要あるのか?」

「火薬使いまくってるんだから都道府県に申請しなきゃいけないに決まってるじゃん。常識でしょ?」

「お前マジ1回でいいから辞書引いて『常識』って調べろ。ほんとマジで」

「場合によっては国土交通省に上空使用許可の届け出も必要だし、そこら辺のことまでやってくれる黒服さんには頭が上がらないよ。いや、『弦巻家には』の方が正しいのか?」

「あの、ごめん。色んな意味でついていけない・・・」

「・・・?」

 

 えっ、これ俺がおかしいのか?

 

「というかお前らって、いつもライブする度にそんな許可取ってんの?」

「流石にいつもじゃないって。ああいうのは外とか大きい場所で派手にやっていい時だけ。保育園や老人ホームでカッ飛ばす訳にはいかないでしょ?その時はちゃんとジェットが搭載されてないミッシェルでやるし」

「そもそもジェットが搭載されたミッシェルってのが既に変なんだけど・・・。てか、ミッシェルってその辺りの使い分けとかされてるんだ・・・」

「逆に聞くけど、1体しかないと思ってたの?」

「ミッシェルは『2体』あったッ!」

 

 ジェットも含めて色々とスクープだ。今すぐ記事に・・・!

 いや、ダメだ。この手のメタい話はこころやはぐみを始めとする子供たちの夢を壊しかねない。

 くそっ!俺のジャーナリスト魂が・・・!

 

「まぁ、厳密に言うともっとあるよ。素材やコーティングが使い分けられてるらしくてね。商店街を歩くミッシェルに、ハロハピのライブでカッ飛ばないミッシェル、カッ飛んでいくミッシェル、雪原特化型ミッシェル、etc・・・」

「へー。そうなのか(思考停止)」

「まぁ、こんな感じで、ハロハピは黒服さんたちのお世話にはなってるんだけど、ことミッシェルにおいては特にお世話になっててさ。それこそ、ジェット以外でも、本当にお世話になってるの」

「まぁ、そうだろうな」

「だから中の人として、何か恩返し的なことでも出来ないかなって考えててさ。今日はそれをあんたに相談しようって思って」

「恩返しって・・・一般人が返せる恩義のレベルじゃないだろ。ジェット貰ってんだぞ?」

「いやいや、流石に貰った分の全てを返そうとまでは思ってないよ。けど、だからって何もしないのは違うじゃん?当然のように何も感謝しないで受け取るだけなのは、ダメだと思う。だから物量的には無理でも、せめて気持ちぐらいはさ」

「気持ちかぁ・・・」

 

 確かに、恩義自体はとてつもなく大きいとは思うし、返そうという心掛けも悪いとは言わないが。

 

「でも、渡せるもんとか無くね?」

「そうなんだよ!何渡せば喜ぶか見当もつかないの!趣味趣向も知らなければ好きな食べ物も知らないし・・・」

「でも、どうせ物量で返しきれないって分かり切ってるなら、後は気持ちの問題だろ?美咲の感謝の証なら何渡しても喜んでくれると思うぞ?」

「『何でもいい』が一番困るんだって」

「じゃあ、無難に手作りクッキーでも渡せば?」

「手作りクッキーは、果たして無難なのか?」

「えっ?女子って渡すものに困ったら取り敢えずクッキー作る生き物じゃないのか?」

「それを素でやってんの、あんたのお姉さんだけだよ。・・・でも、クッキー自体は悪くないかも?」

「うん。手頃だし、クッキーには『ライトな関係』って意味があるから、日頃の感謝とか、『これからも良い関係でいましょう』って伝えるなら、ちょうどいいと思う」

「へぇ。よく知ってるね」

「つい最近、調べたことがあっただけだけどな。で、贈り物はクッキーで決定?」

「そう、だねぇ・・・。お菓子作りとかそんなにやらないし、クオリティは不安あるけど」

「不安ならうちのバカ姉貴貸そうか?クッキーなら無双できるぞ?」

「お隣さんに調味料貸すみたいなテンションで家族を派遣するな。あたしが決めたことだからクッキーはあたし一人で片付ける!」

「別に1人だけでやる必要もなくないか?姉さんはともかく、黒服さんたちに世話になってるのはお前だけじゃないんだし、ハロハピ全員で作ったらいいじゃん」

「うーん。あの3人を従えてお菓子作りは大変そうだけど・・・」

「感謝の証をお前しか渡さないのも違うだろ」

「まぁ、それもそうか。じゃあ、今度こころに相談するよ。ありがとね」

「構わんよ」

 

 それにしても、美咲は本当に変わったと思う。前までは自分から仲間を集めるような性格でもなかったのに。

 

「なぁ、もしハロハピが良いならさ、そのお菓子作り、俺もカメラマンとして同行していいか?」

「いいけど、なんで?」

「せっかくメンバー全員で仲良く作業するなら、思い出も残したいだろ?その手伝いぐらいなら出来ると思ってさ」

「ふぅん。善意ですか」

「善意です」

「本音は?」

「『ハロハピはプライベートも仲良し☆』みたいな見出しで来週分の記事でも書けたらなと・・・」

「商魂たくましいね。あんたも。まぁ、誰も反対しないだろうけどさ・・・」

「へへっ、どうも~☆」

 

 記事のネタ、ゲット。

 

「でもレンって、本当に取材のことばっか考えてるよね。この話の流れですらサラッと取材の交渉して」

「そりゃあ、常にアンテナ張ってないとこの仕事は出来ないからな」

「ふぅん?」

「何だよ?」

「もしかして、レンが色んな人と仲良くしてる理由って、全部取材のためだったりする?」

「そりゃないだろ。確かに話すきっかけが取材だったことは多いけど、それ以降は普通に遊びに行ったりするぞ?」

「どうだかな~?本当はあたしのことも友達だと思ってなかったりするんじゃないの~?」

「友達だと思ってなきゃ昼休みに楽しく話したりなんてしないだろ~!」

「「はっはっはっはっはっはっは・・・!」」

 

 パンッ!!(強めのハイタッチ)

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 後日、取材は順調に進み、ハロハピの5人が仲良くクッキーを作る様子から、その5人が黒服さんたちにクッキーを渡すシーン。そしてついでに余ったクッキーを5人で仲良く食べてるシーンまでしっかりとカメラに収まった。

 あと、余ったクッキーの何枚かは俺も分けてもらったが、結構美味かった。

 記事の評判も大変良かった訳だが、

 

『薫さまの写真が足りない!』

『廊下で失神者が出るから瀬田さんの写真を載せる時は生徒会を通すように言っていたでしょう!!後で反省文です!!』

『エプロン姿のこころちゃんが可愛すぎる!どうしてくれるんだ!』

 

 といった苦情も、大量に寄せられた。

 




 ミッシェルをカッ飛ばす時の書類関係、結局どうなってるんでしょうね?
 
 そう言えば昨日、この作品と雰囲気がよく似たバンドリ小説を見つけました。
 設定も共通点があってシンパシーを感じましたね。
 もしかしたら参考に出来るものがあるかもと思って感想も送ってみたのですが、返事は無かったです。
 色々と聞いてみたかったんですがね…。

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65.ロックと夕食を食べるシチュ

 
 今回はリクエストの六花ちゃん。
 でも、リクエスト通りに甘々な絡みを書くことは出来ませんでした。
 リク主さん、誠に申し訳ない。私の文才が足りぬばかりに。


 あとは、これを読んで欲しい。
【※この作品についてお知らせ】
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=276498&uid=303404




 

 新聞部には部員が俺1人しかいないということもあり、帰りが遅くなることも珍しくない。部の仕事が多いのに加え、俺以外の部員が居ないせいで部の部長が生徒会に出す書類だって書かなければならない。そうやって更に帰りが遅くなる。

 そして夜も更けた頃に、疲れた体を引きずりながら帰っていると、河原の橋の上で黄昏る後輩の姿が見えた。

 

「ロック・・・?」

 

 だが、今日は少し様子が変だ。

 表情はいつもより明らかに暗い。よく見ると、彼女の目尻には涙が流れていた。

 

「・・・?」

 

 夕日に照らされる橋の上で、状況が掴めずに立ち尽くしていると、ロックは足元に自分の鞄を置いた。

 鞄を置いたロックは、虚ろな表情で橋の手すりに手を掛け、そのまま川の方へ身を乗り出して―

 

「ロック!!」

 

 気が付くと俺も鞄を放り投げて走り出していた。

 このまま見殺しになんて出来る訳ないだろアホが!

 

「うおおおおおぉぉぉぉ!!!」

「えっ、先輩・・・。どうしてここに―」

「させるかあぁぁぁ!!!」

「ゴフッ!!!」

 

 俺は無我夢中でロックに体当たりを叩き込み、そのまま抱きつきながら自分の体を地面の方へ回した。

 俺の体をクッションにして、ロックがそのまま倒れ込む。

 

「痛・・・。先輩?どうしたんですかいきなり」

 

 ロックは倒れ込んだ状態のまま呑気にそんなことを聞いてくるが、もうそれは俺の耳に入ってはこなかった。

 そのぐらいに怒っていたから。

 

「バカ!自分の命ぐらい大切にしろよ!こんなことして何になるってんだ!」

「へ?」

「勝手にくたばろうとしてんじゃねえ!お前が死んじまったら何人悲しむと思ってる!」

「先輩?何の話を・・・?」

 

 そう言うと、ロックは自分が立っていた場所を見つめ、そして・・・

 

「いや、先輩!待ってください!誤解です!私、全然そんなつもりじゃないですから!」

「あ?誤解・・・?」

「私、死のうだなんて思ってませんっ!」

「え・・・?」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「だから、その、ちょっと落ち込んでただけで、さっきも、ちょっと川を覗こうとしただけだったんです」

「なんっだよもーーー。焦らせんじゃねえよ紛らわしい。マジビビったんだぞ・・・」

「すいません。お騒がせして」

「いや、俺も早とちりして悪かったよ」

 

 橋の上で訳を聞き、鞄を持ち直したはいいが、このまま帰るのも気が引ける。

 流石にもうロックが自殺をするとは思ってないが、こいつが落ち込んでたことは事実だし、目尻にはまだ涙の跡が残っている。

 

「ロック、何があったんだよ?そこまで落ち込んでたなんてさ」

「別に、大したことじゃないです。内容も、恥ずかしいというか、情けないものなので・・・」

「大したことないならこんな場所に居ないだろ」

「お願いですから察してくださいよ先輩。情けないから聞かれたくないんです」

「察してるから聞いてんだ。ほっとける訳ないだろ」

 

 ・・・

 

「・・・長話になりますよ?こんな寒空の下で立ち話したら風邪引いちゃいます」

「そっか。なら仕方ないな」

「え?」

「ロック、今日の晩飯の予定は?」

「今日は、特に・・・」

「じゃあ飯行くぞ。後輩」

 

 ロックが戸惑っている気もしたが、無視する。

 

「あの、行くのは構いませんけど、今日の私、食欲無いですよ?」

「・・・」

「あの、どこへ行くつもりですか?」

「そりゃあ、お前」

 

 俺は後輩の肩をガッと組んで、ウインクを決めて宣言する。

 

「夜は焼肉っしょ☆」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 落ち込んだ後輩を連れていくなら、やはり焼肉に限る。

 当の後輩は金網の肉にも、目の前の白飯にも、一切手を付けちゃいないが。

 

「あの、さっきも言いましたけど、本当に食欲無いですよ?私」

「別に無理強いまではしないよ。長話になりそうって言われたから、場所変えたかっただけだし」

「そう、ですか・・・」

「まぁ、お前に何があったかも、無理に聞いたりはしないけどさ。傍から見てほっとける状態じゃなかったってことだけは言っとくぞ」

「はい」

 

 塩タンとカルビをひっくり返しながら、俺はロックの言葉を待つ。

 香ばしい煙に包まれながら、ひたすらに黙って。

 

「・・・最近、ホームシックなんです」

「そういえば、地元から上京してきたんだっけ?」

「はい。今までは大丈夫だったんですけど、いきなり地元が恋しくなって。油断すると、すぐに寂しい気分になって」

 

 ・・・

 

「それから、何をやっても上手くいかないんです。授業は集中できないし、1人で寝てるだけでも泣きそうになるし、バンドの練習も、全然身が入らなくて・・・」

「そりゃあ難儀だな。ガチギレだったろ?チュチュのやつ」

「はい。『やる気が無いなら帰りなさい』って、怒鳴られちゃいました。それで追い出されて、あの場所に・・・」

「そっか」

「それが情けなくてっ・・・!ちゃんと、前向きになりたいのにっ・・・!前を向けないから、どこにも進めない・・・」

 

 ロックの顔が、また涙に濡れる。

 そうか。こいつは辛いから泣いてたんじゃなくて、悔しかったから泣いてたのか。

 

「挫けそうな自分が・・・許せなくて・・・ぐすっ」

「・・・」

「私、ダメダメや・・・」

 

 ロックはダメダメじゃないし、挫けそうになってる訳でもない。こいつの心は折れちゃいないし、諦めてもいない。

 だってその涙は、その悔し涙は、前を向こうとするから流れるのだから。

 

「ロック」

 

 今のロックに、変に優しい言葉や気休めを言っても仕方がない。こいつに必要なのは、前に進むための『力』だ。

 何も、慰めるだけが優しさでもない。

 そう思った俺は、ロックの空き皿にカルビを乗せていた。

 

「先輩・・・?」

「食えるか?」

「でも・・・」

「食えなくても根性で食え。一口でいい」

「・・・」

「お姉さん!ホルモン追加で!」

「ハーイ!」

 

 注文を済ませてロックを見ると、ロックは切り分けたカルビを食べ終えていて、金網の塩タンに手を伸ばしていて、茶碗の白飯も減らしていた。

 

「何だよ。結構食えるじゃねえか」

「はむっ・・・!はむっ・・・!」

「いっぱい食え、ロック。食って、食って進め」

「はぐっ・・・!」

「人間ってのは、前を向いてから進むんじゃない。打ちのめされながら、それでも無理やり1歩ずつ進んで、だんだん前を向いていくんだ」

「ひぐっ!・・・はぐっ」

 

 ロックの食べっぷりは、お世辞にも行儀がいいとは言えない。

 女の子らしさも、お淑やかさも無い。安物の肉にがっついて、茶碗いっぱいの白飯をかき込んで。

 でも、不思議と悪い印象は無かった。

 泣き腫らしながら無我夢中で食べる彼女は、ひたすらに一生懸命で。

 

「・・・先輩」

「ホルモンだったらもうちょっと待ってろ。こいつは丸焦げになってからが本番―」

「私は、弱いです・・・」

「どうして?」

 

 少しは落ち着いた様子を見せたロックだが、肉と白飯にがっつく勢いはそのまま。箸の動きは緩まない。

 

「情けない女ですよ。私なんて・・・」

「それは違うぞ。ロック」

「えっ・・・」

「夢追っかけて、1人地元から離れて、1人で戦ってきたんだろ?それからずっと頑張ってんだろ?1本芯を通して、走り続けてんだろ?」

 

 何が情けないんだよ。

 

「カッコいいじゃねえか」

「ううぅ・・・。なんで、そんなこと言うんですかっ・・・!」

「お前は、尊敬に値する人間だ」

「弱い人間ですよ・・・」

「大丈夫だ。お前は強い。そして、これからお前はもっと強くなる。俺が保証する」

「・・・!」

「『強くなりたくば喰らえ』ってな。ほら、ホルモン焼けたぞ」

 

 俺の言葉に、ロックは黙り込んで、しばらくハンカチで目元を拭った。

 ロックの目に、涙は無かった。

 

「先輩」

「ん?」

「豚バラ、2人前ください。あと、カルビとハラミ」

「・・・!」

 

 さっきまでの気弱な少女は、もう居ない。

 そこに居たのは、貪欲に強さを求める、1匹の獣だった。

 

「いいねぇ!そうこなくっちゃ!お姉さーん!豚バラとカルビとハラミ!あ、あと白飯も追加で!!」

「よし・・・!さっきまで食欲なんて無かった気もするけど、そんなの知りません!吐くまで食べます!」

「いや、吐くまではやめろよ?」

 

 ロックは、これからも成長するだろう。

 俺の皿に置かれたホルモンのように、焼かれて焼かれて、真っ黒になるまで焦げて、脂を落として、自分の味を磨くだろう。

 

 気づけばロックは、俺よりも金網の肉を平らげていた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「いやー、食った食った」

「はい。そうですね。うぷっ・・・」

「大丈夫か?外で吐いたりするなよ?」

「それは、大丈夫ですけど・・・」

「どうだかなぁ。なんであんな無茶したんだよ」

「だって、『強くなりたくば喰らえ』って先輩が・・・!」

「詰め込めばいいって訳でもないだろ」

 

 ロックの食べっぷりは、清々しい程に豪快で、見ていて気持ちよかった。

 そりゃあ、食べ盛りの俺よりも食ったらそうなるだろうに。

 

「あと、本当に奢ってもらって良かったんですか?高かったですよね?」

「焼肉だからな。流石に今回だけだぞ?」

「そんな。お世話になったのは私の方なのに・・・」

「別に、俺もいいものを見せてもらったからな」

 

 俺は自分のカメラを起動し、データの1つをロックに見せる。

 

「はい。『ボロ泣きしながら焼肉を頬張るRASのギタリスト』の写真だぞ」

「ちょっ、いつの間に撮ったんですか!」

「上京して頑張ってる人間のリアルな裏側も貴重だと思って・・・」

「どこでジャーナリスト根性出してるんですか!消してくださいよ!」

「嫌だよ。RASの記事書く時に使えるかもしれないし、焼肉も奢ってやったんだからいいだろ?」

「ううぅ・・・。絶対に誰にも見せないでくださいよ!?特に香澄先輩には!!」

「分かってるよ。・・・可愛いのに」

「可愛くないです!!」

 

 でも、この写真には何か、心に訴えかけるものがあるのは確かだ。

 ロックは俺に対して感謝していたが、得るものが大きかったのは、俺の方なのかもしれない。

 最後にそんなことを考えながら、俺はロックを下宿先まで送り届けたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『なぁ、チュチュ』

『何よ?』

『ロックのことだけどさ』

『ロックの?』

『あぁ。・・・あいつは、強いな』

『当たり前でしょ。なんてったってRASのギタリストなんだから』

『だよな』

『いきなり何?ワタシ、忙しいんだけど・・・もしかして、ロックに会ったりした?』

『会ったよ。食欲無いとか抜かしてやがったから焼肉連れてった』

『アナタ、鬼か何かなの?』

『失礼な』

『それで、ロックの様子、どうだった?』

『問題ないと思うぞ。あいつは本当に強いやつだ』

『・・・そう』

『まぁでも、また練習で会うことがあったら、話し合ってみることを勧める』

『話を?』

『この手の話や相談事がしやすい空気を作るのも、集団を率いる人間の務めだと思うぞ』

『・・・考えておくわ』

『おう。要件はそれだけ。じゃあな』

『えぇ。それじゃあ。ありがとね』

『構わんよ』

 

 





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【終章】
終章1.考察



 まず、いきなり新しい章が始まって混乱してる方はこちら↓
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 終章でも、他作品ネタでおふざけを入れたりはします。
 気づいたらツッコんでください。



 

 バイト終わりの昼下がり、シフトは昼までしか入ってなかったが、まっすぐ帰る気にもなれず、なんとなくカフェテリアでコーヒーを飲みながら物思いに耽っていると、お昼時の込み具合で席に座れなかったチュチュと遭遇することになった。

 

「Hi レン。ここ、空いてるかしら?」

「空いてるけど・・・珍しいな。お前がここに来るなんて」

「たまには自主練の空気を変えようと思ったのだけど、今日になっていきなり思い立ったことだから予約とかしてなくて・・・マリナに「スタジオ空いてないからごめんなさいー」って追い出されたのよ」

「まぁ、休日は混むからなぁ。カフェテリアまでこんなんだし・・・えっ?じゃあお前、わざわざCiRCLEまで足運んだのに、飯食いに来ただけってこと?」

「逆に言うけど、わざわざCiRCLEまで歩いてきたにも関わらず、何もせずに帰ったらそれこそ無駄足じゃない。イヤになるわ・・・」

 

 席に着いて早々、飛び出してきたのはため息交じりなチュチュの愚痴だった訳だが、チュチュは普段から頑張っているのだし、たまには自主練ぐらい休んだっていいだろう。

 まぁ、俺との雑談タイムが休憩になればの話だが。

 どうだろう。交流はあるが、チュチュにとって俺は3つ年上の異性だ。知らないところで気を遣ってしまっていたり―

 

「レン、退屈よ。何か面白い話でもしなさい」

「うっわ超クソガキ・・・」

 

 ここまでの態度は、それはそれで腹立つ。

 俺の妹はお水まで注いでくれるというのに・・・。

 

「てか「面白い話」て・・・それ振られた側がめちゃくちゃ困るやつだぞ?もしかしてほかの奴にもこんなことしてんじゃないだろうな?」

「あんた以外にこんなことする訳ないでしょ。迷惑になるじゃない」

「なるほど。だったら安心・・・いや安心じゃねえよ!俺には迷惑かけていいってのかよ!」

「えぇ。そうだけど、もしかして違うの?」

 

 うっわ。凄いニヤニヤしてる。反論しても楽しませるだけだって嫌でも分かる。

 多分、大人しく付き合った方が良さそうだ。腹立つけど。

 

「でも、面白い話って言われても出てこないんだよな。なんか、チュチュが聞きたいことがあったら答えるけど」

「聞きたいこと?」

「質問コーナー的な。面白いかはさておき、退屈しのぎにはなるだろ」

「ふぅん」

 

 食いつきは強くないが、案には乗ってくれたようだ。

 でも、そもそも今さら俺に聞きたいことなんて、果たしてチュチュにあるかどうか・・・。

 

「そう言えば、気になってたことが1つあったわね」

「何?友希那さんの知られざる弱点?」

「それはそれで凄く気になるけどそうじゃないわ。気になってるのはアナタのことよ」

「俺の?」

 

 チュチュはコーヒーに手を付けながら、じっくりと俺を見据える。

 

「アナタ、音楽をやろうとは思わないの?」

「なんで?」

「取材でガールズバンドを追って、交友関係もバンド絡みが多い。その上バイト先はライブハウス・・・寧ろやらない理由の方が見当たらないけど」

「いやー、それはやらないっていうか・・・出来ないっていうか・・・」

「出来ない、ね・・・。まぁ、出来ないってことだけは何となく知ってるけど、何か事情でもあるの?」

「そうだなぁ。別に隠してる訳でもないけど、ちょっと長話になるんだよな」

「いいわ。どうせ退屈しのぎなんだし」

「まぁ、それもそうか」

 

 青空の下でコーヒーを口にしながら、俺は幼少期の記憶をゆっくりと掘り起こした。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺は全て話した、病的に音楽適正が無いことから、それによって辿ってきた苦労など。

全て過ぎたことだし、今となっては気にもしてないことだが、チュチュは俺の過去を真剣に聞いてくれた。

 

「まぁ、俺の苦労話は余計だったかもだけど、そう言う訳だ。リズムは刻めない、音程は取れない、指導されても分からないの三拍子揃ったどん詰まり。音楽に関してはてんでダメダメ」

「・・・」

「誰も信じてくれなかったけど、真剣にやってたんだぜ?一生懸命やって、言われてること全部必死に聞いて、何言ってるか分からなくて、「真面目にやれ」って怒られて・・・」

「・・・」

「まぁ、上手くならなかったってことは、才能もやる気も無かったってことなんだろうけど」

「それは違うわ。多分、アナタのそれはやる気の問題じゃない。そして才能の問題でもね」

 

 そう言ったチュチュは自身の顎に手を当てて、何かを考えているような素振りを見せた。

 

「・・・どういうことだ」

「リズムや音程の話もそうだけど、「指導されて改善できない」じゃなくて、指導された上で「何が間違ってるかも理解できない」というのが引っ掛かる」

「うーん。そんなに変か?」

「それだけなら重度の音痴ってことで片づけられるけど、音楽を楽しめず、楽しさが理解できなかったなんて、もう音痴の範疇を超えているわ」

「えっと、つまり何が言いたいんだ?」

「アナタ、「病的に音楽が出来ない」と、自分で言っていたわね。まさに言い得て妙ってやつよ」

 

 そう言うとチュチュは静かに立ち上がり、俺の服の裾を掴んできた。

 

「来なさい」

「へ?」

 

 俺はチュチュの勢いに対応できず、そのまま店の外まで引きずり出されていったのだった。

 

 そして店を出てからもチュチュの勢いは止まらず、俺はそのままCiRCLEの中まで連行された。いきなりの入店でまりなさんも驚いている。

 

「あれ?チュチュちゃん。それにレン君まで、どうしたの?」

「マリナ。突然だけどスタジオ借りるわよ」

「へ?」

「だから、スタジオ借りるって言ってるの。空いてる場所ぐらいあるでしょ?」

「いや、その空いてる場所が予約でいっぱいって話を、さっきのチュチュちゃんにしたと思うんだけど・・・」

「・・・」

「おい、チュチュ。もしかして・・・」

「忘れてた」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 突然の来訪ではあったが、まりなさんの厚意により、俺とチュチュはそのままカウンター越しにまりなさんにも話し合いに付き合ってもらうことになった。

 

「なるほど。レン君の過去の話かぁ」

「一応、まりなさんにも話したことはありましたよね?」

「うん。苦労してきたのは聞いてるけど、その流れでどうしてうちのスタジオを?」

「それが俺にも分からなくて・・・チュチュ、そろそろ説明してもらっていいか?」

「そうね。レン、ワタシがさっき言ったことは覚えてる?」

「あの、病的に音楽が出来ないのが言いえて妙・・・みたいなやつ?」

「えぇ。まずそれが、アナタの話を聞いた時にたどり着いた結論よ」

「だからさ。俺にも分かるように言ってくれよ。お前は何にたどり着いたんだ?」

「アナタの音楽適正の話よ」

 

 一呼吸おいて、チュチュは続けた。

 

 

「順番が逆なのよ。アナタは病気と言ってもいいレベルで音楽が出来ないんじゃない。そもそも本当に「音楽が出来ない」という病気だったのかもしれないってことよ」

「・・・?」

 

 言いたいことは分かるが、うまく納得は出来なかった。

 いや、チュチュが言ってる以上はそういうこともあるのかもしれないとは思えてくるが・・・。

 

「いや、待ってくれ。そもそもそんな病気あるのか?言っとくけど、俺は読み書きも問題なく出来るし、記憶力もちゃんと人並みにはある。他にもその手の生まれつきの病気なんて無い。そういう大事な部分に何の問題も無くて、ただピンポイントで音楽「だけ」が出来ないなんて、そんな都合の良い病気あるか?」

「そうね。まぁ、病気としては聞かないけれど、事故みたいな強いショックによって音の高さやリズムを処理する脳内の機能のみに異常が発生した場合、その脳は聴覚で捉えた音楽をすべてノイズのように認識してしまう。ということもあるらしいわ。まぁ、症例もほとんど無い上に、その数少ない症例も症状がまちまちらしいから、詳しいことの解明はされてないらしいけど」

「後遺症ってこと?でも、レン君って事故に遭ったこと・・・」

「事故どころか、入院したこともないですよ」

「勘違いしないで。ワタシが言いたいのは、「体が音楽だけを受け付けない」という状態は、全くありえない訳でもないということだけよ。さっき言ったのだって、あくまで本当に極端な例。そもそも病気とは全く関係ないのかもしれないけど、ほかに例えようが無かったから「病気」って仮称しただだけ」

「確かに、「体質」っていうのもズレてる気がするもんね・・・」

「取り敢えず、『レンの音楽が出来ない体を、一旦「病気」って呼ぶことにした』ってことだけ覚えてくれればいいわ。本題はここからだから」

「本題だと?」

 

 正直、さっき聞いたのだけでもお腹いっぱいなのだが。

 

「少し、気分転換をするわよ」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「アナタ、ライブには結構参加してるわよね?」

「まぁ、誘われることも多いし、見る側での参加も最近は多いかな」

「じゃあ、コーレスの経験もあるわね?」

「まぁ、一応・・・」

「チュチュちゃん、何するつもりなの?」

「だから、ただの気分転換よ。ワタシが『EXPOSE‘Burn out!!!‘』のラップパートをやるから、アナタ達が乗ってくれればいい」

「「・・・?」」

「いいから早く。『Show time!』の部分からお願い」

「・・・?」

 

 意図が掴めずにいると、チュチュが詰め寄ってくる。

 

「ただのファンサービスだと思ってくれていいわ。それとも、ワタシの生歌ラップパートは聴きたくないの?」

「あ、そう言われるとめちゃくちゃ聴きたい」

「OK.あなたの素直さは好きよ」

「よし。じゃあ、始めよっか」

 

 チュチュが少し離れたのを確認し、俺はまりなさんと息を合わせる。

 

『仮面を取っ替え引っ替えやってる~』

 

「「Show time!」」

『Hi★ What happened?常に何かのシンドロームでドロッドロ 安心?』

「「NO!」」

『平常心?』

「「NO!」」

『いつまでやってんの? おヒマなんですの?』

 

 チュチュの煽りの後に、本来のレイヤの歌は続かず、受け付けに静寂が訪れる。

 俺の前には、人差し指を俺に突き出し、渾身のラップパートを決めたチュチュのドヤ顔。そして一言。

 

「どうよ?」

「スゲェェェ!!チュチュさんの生ラップパートだぁぁ!!」

「レン君。完全にお客さんモード・・・」

「いやぁ、マイク越しじゃなくても迫力出るもんですねぇ。ちょっと感動」

「それで、すごく満足だったのはいいけど、チュチュちゃん。これは本題と関係があるの?」

「えぇ。さっきのやり取りで、より確信を持って話せるようになったわ」

「楽しくコーレスしただけなのに」

「それが重要だったのよ」

 

 空気も落ち着き、チュチュは俺に歩み寄る。

 

「アナタの『音楽が出来ない病気』について1つ言えることを言うわ」

 

 チュチュは俺の目を見据え、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「今井レン。アナタは既にその『病気』を治している」

 

 





 次の更新は、明日。

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終章2.不可


 余裕があったら続きを書いて欲しいって人、ちょくちょくいますね。
 こんなに作品が愛されてて、作者冥利に尽きます。


 

「治してるだと?こんなリズムは刻めない、音程は取れない、指導されても分からないの三拍子揃った俺がか?そんな訳ないだろ」

「本当にそうかしら?その三拍子の1つ目は、アナタ自身がさっき否定したじゃない。そうよねぇ。マリナ?」

「確かに。言われてみれば、コーレスってリズム感、要るよね?」

「何を、言って・・・?」

「だから言ったでしょ?リズムは刻めるのよ。アナタ」

 

 なんだろう。サラッととんでもないことを言われてる気がするのだが。

 

「アナタ、ライブでコーレスが出来るようになったタイミングは覚えてる?それとも、最初からそれだけは出来たのかしら?」

「いや、最初は出来なかった筈だ。ノリにもついていけなかったし、何度やっても出来なかった。・・・そういえば、いつから出来るようになったんだろ」

「運営、観客の立場を含め、ライブへの参加が多かったからそれでいつの間にか・・・って感じかしら。なら猶更、その参加で変われるようになったトリガーが気になるわね。もしかして、やっぱり最初から出来ない訳でもなかったんじゃないの?」

「いや、それは違う。信じてくれ。最初は音楽を聴くだけでも苦手だったし、そもそもライブの楽しいと感じたこともなかった筈なんだ」

「苦手、それに楽しいと感じなかった・・・なるほど。じゃあ恐らくトリガーになったのは、アナタの精神的な変化なのかもしれないわね」

「どういうことだ?」

「だから、ライブを聞いて『楽しい』と感じられるようになってからが、アナタの転換期だったってことよ。ライブも楽しめない人間が、音楽を聴いて『楽しい』と思ってしまう。そんな矛盾を通すような体験が、過去にあったんじゃないかしら?」

「矛盾を通す体験?」

「例えば、音楽に対して何も感じられない筈のアナタが、他でもない『音楽によって』感動した・・・とか?」

「・・・!」

「ビンゴ」

 

 確かに、香澄たちの乱入ライブやAfterglowのライブ。確かに俺は『音楽によって』感動した。心を奪われて涙を流した。

 音楽に何も感じられない俺に、確かにそんな矛盾がまかり通ったのだ。

 

「い、いやぁ、でも、多分それだけだと思うぞ。ゲーセンに行っても音ゲーは出来ないし、カラオケもダメだし・・・」

「ねぇレン君。でもそれって、出来ないんじゃなくて、そもそも『やってない』よね?仮にやってたとして、それは何年前の話?」

「言われてみれば・・・」

 

 そうだ。確かに俺は物心つく前から音楽に関することを無意識に避けていた気がする。当然最近になってもその手のことは手をつけてない。

 ・・・ずっと、つけないようにしてきたから。

 

「いやいや、じゃ、じゃあ俺が言った三拍子の2つ目はどうなんだよ?音程が取れるかは分からないままだろ・・・」

「いや、でもさっきのコーレス、音程も完璧だったよね?」

「そうね。もし音程がズレてるなら、まりなと合わせた時点で、もっと不協和音になってないとおかしいもの。レンとまりなのコーレスは、ちゃんと『歌の一部』としての機能を果たしていた」

「おい何だよ。ちょっと待ってくれよ。なんで2人とも、そうやってサラッととんでもないこと言うんだよ。訳わかんねえよ・・・」

 

 10年近く、当然にまかり通っていた俺の常識を、2人が何でもない会話で粉砕していく。

 2人に悪気が無いのは分かる。でもなんだか無性に恐怖を感じ取っている自分がいる。

 なんだか、このままここに居たくないような・・・。

 

「レン君、もしよかったら、ギター触ってみない?」

「は?何言って―」

「へぇ、面白そうね。指導でもしてみようかしら?」

 

 ダメだ。多分この空間にこれ以上いるのはマズい。

 ・・・この流れだけは、本当にマズい。

 

「あれ?レン君、顔色悪くない?大丈―」

「すいません!ちょっと急用思い出したんで消えます!お元気で!」

「「えっ!?」」

 

 少し強引な気もするが仕方ない。

 どこに逃げる理由があるのかなんて、きっと普通に過ごしてきた人には分からないんだろう。

 でも俺だって、その理由に値するトラウマがあるのだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 CiRCLE付近の河原の夕焼けは、いつも綺麗で助かる。

 憂鬱になった心も、少しはマシになる気がするから。

 

「『ギター触ってみない?』・・・ねぇ」

 

 外聞も気にせず、俺は地べたに寝そべって空を仰ぐ。

 

「最初に友希那さんのお父上にそれ言われて、ズタボロになったのが俺だからなぁ・・・。つーか最近会ってないけどあのイケおじ、最近どうしてるんだろ?元気でやってるといいけど・・・」

 

 思い出したくもないことを思い出して、ため息がこぼれる。

 そう。俺の世界を閉ざじた、様々な要因。

 

「そうやって期待させられて、後で見限られるのが一番傷つくんだよ。あのアホ共め」

「誰が「アホ共」ですって?」

「げっ!チュチュ・・・」

 

 上体を起こしたら、既にチュチュが俺の前に立ちはだかっていた。

 今度は逃がさないつもりらしい。

 

「まったく、やっぱり急用なんて無いんじゃない」

「うるせぇな。偶然ついさっき終わったんだよ」

「「期待させられて、後で見限られるのが傷つく」・・・この部分は聞こえた。言っておくけど、ワタシは気休めや誉め言葉のつもりであんなことを言ったんじゃない。ワタシは事実として―」

「やめろ」

「・・・」

 

 少し冷たかったかもしれないが、今の俺に、そんな気遣いが出来るほどの余裕は無かった。

 

「逃げたのは、悪かったよ。でも、あのままだと、お試しで俺に音楽の指導するみたいな流れになるような気がして・・・」

「それの何が不満なのよ」

「『ソレ』をやるとさ・・・友達だったやつが、いきなり友達じゃなくなったりするんだよ。優しかった大人も、いきなり怖くなるし」

「レン・・・」

「・・・今は人間関係も、私生活も上手くいってるからさ。だから、余計なことをしてこの平穏を壊したくないんだよ」

「余計なこと、ね・・・」

 

 ・・・

 

「そもそも、なんで追いかけてきたんだよ。俺が音楽をやらないのは、別にチュチュとは関係ないだろ」

「別に?理由も言わず逃げらたんだもの。だから走ったのよ」

「・・・じゃあ、わざわざ俺に「音楽が出来る」とか言ったのはなんで?」

「出来ると思ったからよ。自分の世界に閉じこもって、「出来ない」って決めつけてるのは違うって、何となくそう思っただけ」

「・・・」

「アナタの記事を読んでると、アナタが音楽を好きでいてくれてるのが分かる。文章が良いとかじゃなくて、聞くのも、手伝うのも、裏側の頑張りを知るのも好きっていうのが、読んでいて伝わってくるのよ」

「だから今度はやる側も、ってか?」

「書けることの幅も広くなると思ったのだけど」

「悪いな。それをやったら、また音楽が嫌いになる」

「レン・・・」

 

 チュチュのつぶやきも無視して、俺は立ち上がる。

 そしてそのまま逃げるように踵を返したが、それと同時にチュチュが俺を呼び留める。

 

「ねぇ、やっぱりもう一度、音楽をやってみない?」

「嫌だね。聞くのも見るのも好きだけど、やっぱり『やる側』の音楽は嫌いだ」

「ワタシやマリナが協力しても?」

「嫌だって言ってんだろうが。これ以上は無理だ」

「悔しくないの?出来ないことが、出来ないままで」

「出来ないからって死ぬわけじゃないんだ。その辺りの悩みは随分前に解決したし、今は何も感じてない」

「本気で言ってるの?家族も、幼馴染も、周りの友人も、全員が出来ているのに、アナタだけが出来ないままなのよ?」

「そもそも比較しようとするからダメなんだ。俺はあいつらじゃないし、姉さんや友希那さんとも違う。比べることさえ止めれば、劣等感はどうにかできる」

「どうにかできる?結局逃げただけじゃない。見たくないモノから目を逸らしてるだけ。アナタが見てる世界は、決定的に閉じている」

「よく分かったな。そうだよ。「逃げ」だよ。でも別にいいだろ。人生には妥協も要るんだ」

「「妥協」ってことは、割り切ってるけど納得はしてないのね?」

「うるっせぇなぁ・・・!」

 

 マズい。少しイラついてきた。流石に女の子相手に当たり散らす真似はしたくないのだが。

 

「「何も感じてない」なんて嘘よ。結局アナタは自分の心に嘘を吐いて、感情を誤魔化してるだけ」

「本当にうるせぇな。俺の中でこの話は終わってんだよ」

「終わってないわ。アナタにはまだ、やる側としての音楽の可能性が残ってる」

「残ってる訳ないだろ。そうやって都合の良いこと言って、俺の無能さを突き付けて、どうせ最後は見限るんだろ?そのパターンはもう飽きたんだよ」

「違う!ワタシは本気で―」

「いい加減にしろ!!俺を相手にこんなことして何が楽しい!?」

 

 これだから音楽家は困る。自分が出来るからって、それが相手も出来て当然だと平気で考える。

 どうせ知らないのだろう。出来ないやつの悩みも、傷も、痛みも。

 

「お前みたいに最初から何もかも持ってたやつに何がわかる!?才能に何の不自由もせずに、平気でバンドやってるようなお前なんかに!!」

「ワタシが、何もかも持ってたですって・・・!?」

 

 逆鱗にでも触れたか、チュチュが俺の胸ぐらを掴んで叫ぶ

 

「ふざっけんじゃないわよ!才能なんかワタシだって無かった!功績だって、貰ってきたのはmomの努力賞だけよ!」

「努力賞は貰ってたんじゃねえか!お前こそふざけんな!俺はその次元にすら立てなかったんだぞ!?何も知らないくせに知ったような口きいてんじゃねえ!この孤独がお前に分かるか!?その苦痛も知らずに「音楽をやってみないか」だと!?」

「えぇそうよ!それでも出来ると思ったから言ってんのよ!「才能が無い」なんて言い訳はさせない!才能なんて関係無い!!「才能が無いからやっちゃいけない」なんて言い分はワタシが許さない!」

「やめてくれよ!!今更そんなこと言われたって無理なんだよ!10年以上だぞ!?10年以上も「出来ない」って言われ続けてきたんだぞ!?それでもやっと無能な自分を受け入れて生きていけるようになったのに!今更、無責任に「出来る」とか言ってくるなよ!」

「だったら今まで言われてきた『出来ない』も、あんたが自分自身に言ってきた『出来ない』も、全部無責任じゃない!」

 

 あぁ、ダメだ。聞かない筈だったチュチュの言葉が、どんどん響き渡ってくる。

 

「あんたが無責任に「出来ない」って言うなら、何度だって言ってやるわよ!無責任に「アナタなら出来る」って!アナタは無能なんかじゃない!!」

 

 ・・・

 

「・・・さっきも言ったけど、アナタは自分の心に嘘を吐いてる。やらないならやらないで、それでいい。でも、本心を押し殺した答えじゃなくて、ちゃんと自分に向き合って、その上で出した結論が聞きたい」

 

 あぁ、ダメだ。ずっと気付かないフリをしていたのに・・・。

 なんなんだよ・・・。

 

「レンは音楽、やりたくないの?」

「やりたいよ・・・」

 

 そうだ。出来なくてもいいと割り切ったし、出来なくても楽しく過ごせてはいた。

 でも、やりたくない訳なかったんだ。

 

「当たり前だったんだ。取材して、ライブに行って、多くのバンドに触れて・・・憧れるに決まってるだろ。あんなに、カッコいい人達なんだからさ・・・」

「レン・・・」

「でも、触れてきたからこそ、俺には絶対にたどり着けない場所に居るのが分かって、だから、せめてそんなアイツらを応援したいって・・・」

 

 ・・・

 

「だから、怖いんだ。俺は、みんなの音楽を台無しにしてばっかりだったから。俺さえ居なければ、みんな幸せだから」

「・・・」

「だからチュチュ。「やりたい」という気持ち自体はあるけど、俺はやっぱり音楽はやれない。俺は、音楽をやっちゃいけないんだ」

「レン、アナタ、自分の本心に余計なものまで混ぜてない?」

「え?」

「「自分さえ居なければみんな幸せ」とか言ってたけど、アナタ自身の意思はちゃんと優先してるの?」

「どういうことだ?」

「またワタシの考察になるけど、多分アナタ、音楽をやること自体は嫌いじゃないのよ。ただ、アナタの言う『みんな』に見限られたり、嫌な顔をされたりするのが嫌なだけなんじゃないの?」

「そりゃあ・・・そうかもだけど・・・」

「はぁ・・・。やっぱりレンって本当に不自由な世界で生きてるのね。あのね、レン。これは他人の受け売りだけど、ギターは弾きたい人間が弾くの。それは他ならぬ己のためよ」

「己の、ため・・・?」

「必要なのは才能でも、他人からの支配でもない」

 

 チュチュはいつの間にか、胸ぐらから手を放し、俺の胸の中心へ、そっと拳を叩きつけた。

 

「必要なのはアナタの『意思』。それだけよ」

「・・・!」

「もう一度聞くわ。アナタに、その意思はある?」

 

 チュチュは、俺の目を真っ直ぐ見つめる。誰よりも真剣に。

 

「音楽って、自分のためにやるのか・・・?」

「そうよ。理由や経緯が違っても、そこだけは変わらない」

「才能が無くても、音楽はやっていいのか・・・?」

「『意思』があるなら挑戦は自由よ。アナタには、その資格がある」

「・・・!」

 

 俺の世界にあった常識をチュチュは次々と壊していく。

 俺にこんなことをいう人間など、誰一人としていなかった。俺自身ですら、俺を見限っていたというのに。

 

「なぁ、チュチュ。さっきからおかしいんだ。胸のあたりが、ザワザワして・・・なんで、こんなに苦しいような、訳わかんない気持ちになるんだ・・・?」

「アナタが何を思ってるかは知らないけど、疑問があるなら好きに言いなさい。ふざけた常識で閉ざされたあなたの世界は、ワタシが全てぶっ潰してあげる」

 

 俺の中にあった10年物の不安を、一抹たりともチュチュは見逃してくれなかった。

 

 「向いてない」と言われたことを覚えている。

 「才能が無い」とも言われた。

 「もう歌うな」と言われたことだってある。

 

 そうやって言われ続けたのが俺だ。俺という人間はその程度の存在だった筈だ。人々が当たり前にやっているそれが、俺にとって無謀な挑戦だった。

 俺という人間は、音楽をやっちゃいけない人間だった筈なのに・・・。

 

 

 

「俺は、音楽をやっていいのか・・・?」

「アナタは音楽をやるべきよ。他の誰でもない、アナタ自身のために」

 

 目の前のコイツは、当たり前のようにそう言うのだ。

 

 ・・・ずっと過去に生きてた。

 俺なりに前向きに生きているつもりだった。「音楽なんて出来なくていい。それ以外の生きがいなんて山ほどある」って。実際楽しく生きてたし、充実してたし、不満だって無かった。

 でも、俺の世界の時計は、ずっと止まったままだったんだ。

 

 それなのに、なぜ今になって、こんなにも胸が熱いのだろう。

 

「・・・ぐすっ」

 

 いつだったか、音楽が出来なくて落ち込む俺に、見かねた姉が優しく語りかけてくれた言葉を思い出した。

 

『別に音楽なんて出来なくても、レンには他に良いところがいっぱいあるんだから大丈夫だよ。お姉ちゃんが保証してあげる。出来なくていいんだよ。出来なくたってさ・・・』

 

 あぁ、姉さん。全ての人間が俺を責めていたあの時、あなたの優しさは凄く嬉しかった。救いでもあった。

 でも、違うんだ。

 俺が本当に言って欲しかったのは、言って欲しかった言葉は―

 

 

 

「アナタなら出来る。絶対に」

 

 風に吹かれ、夕日に照らされるチュチュの姿は、涙が邪魔でよく見えなかった。

 

「うぅっ・・・ぐすっ・・・うぅ・・・」

 

 でも、そんな俺の顔には目もくれず、チュチュは夕日をバックに、俺に手を差し伸べる。

 暗い世界から、俺を引っ張り出すかのように。

 

「change the world!!!!アナタのふざけた常識は今日限りよ!!」

 

 

 夕暮れに照らされる河原には、中2女子の前で年甲斐もなく泣き崩れる男子高校生の姿があった。

 





 次の更新は、明日。

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終章3.目標

 

 河原では無事にチュチュの前で醜態を晒すことになったが、もう後には引けない。夜も更け、俺たち2人は、その足でそのままCiRCLEの店内へ帰ってきたのだった。

 

「もう店じまいの時間なんだけど」

「すいません・・・」

「ま、別にいいよ。今日は君たちのためだけに開けてあげちゃう」

「いいんですか?」

「んー?本当はダメだけど、所詮CiRCLEもオーナーが居なければ私の天下だもん☆」

「悪い大人ね」

「君たちの為に使う悪さなら、私は喜んで使うよ。それで、わざわざ来たのは何の用?」

 

 用事は単純。俺は宣言をしに来たのだ。そして、さっき泣き崩れたせいで、結局この宣言はチュチュにもしてないのだが・・・。

 

「俺、新しく音楽を始めてみたいと思います」

「・・・本当にいいの?私としては、今日の無神経な発言についてお詫びしたかったぐらいなんだけど。ギター触ってみろだなんて言ったから・・・」

「それは要らないですよ。いい機会にもなりましたし」

「そっか。でも、どうしていきなり始めようと思ったの?」

「俺自身のためです。俺自身のためだけに、やりたいと思ったからです」

「・・・へぇ」

 

 そう。これは俺にとって必要なことだった。

 過去と向き合うために、俺自身の世界を、この手で変えるために。

 

「まりなさん。言った以上は責任を取ってもらいます」

 

 思えば、こんなことを自分から言うのは生まれて初めてだろう。

 そう。他でもない俺のために、俺自身の意思で。

 

「俺に、音楽を教えてくれませんか!?」

「いいよ~」

「え、軽っ」

「そうだねぇ。楽器は何がいい?ギターなら教えてあげられるけど、希望があれば―」

「待て待て待て待て・・・」

 

 おかしいな。この人、こんなに会話のテンポ早かったっけ?

 

「良かったじゃない。師匠ができて」

「いくらなんでも師弟契約があっさり過ぎる・・・」

 

 この夜、バイト先の上司が師匠になった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「まぁ、流石にこれ以上長居するのは良くないし、取り敢えずレン君が弟子入りしましたーってだけで解散にはなるんだけど、最後に一つだけ聞いていい?」

「はい・・・?」

「君は音楽をやって、成し遂げたい目標はある?」

「目標ですか。過去と向き合う・・・とかではなく?」

「うん。そうじゃなくて、もっと具体的にやってみたいこと。Roseliaなら頂点を目指す。ハロハピは世界を笑顔に・・・みたいな感じで」

「いや、そういうのは無いですよ。流石に限界とかあるし」

「目標で限界とか言ってんじゃないわよ。出来るか分からないから目標にするんでしょ?」

「チュチュ・・・」

 

 成し遂げたい、目標。

 音楽で、やってみたいこと・・・。

 

「一曲、何か弾きたい。出来れば、みんながバンドでやってるような、カッコいいやつ。それで・・・」

「「それで?」」

「ラ・・・ライブ、とか、してみたいな~、とか言ってみたり?」

「ふむ。ちょっと自信が無さげなのが気になりますが、いいでしょう。君にとって、それは本当に高い場所にあるものなんだもんね」

「学校行事の合唱祭ですら碌にこなせなかった俺ですし、無理なら無理で―」

「いいえ。いい目標だと思うわ。挑戦する価値はある」

「・・・いいのかな?」

「寧ろ、もっと欲張ってもいいぐらいよ」

「そうだね。他には無いの?」

「他かぁ・・・」

「流石に、いきなり決めるのは無理そう?」

「いや、凄く生意気なことを言っていいなら、もう一つあります。今、思いついたことですけど」

 

 2人の視線が、再び俺に集まる。ちょっと、恥ずかしいけど。

 

「友希那さんや姉さんを、あっと言わせたい」

「「・・・!」」

「隠れて練習とかしてさ。何も知らない2人に見せつけてやるんだよ。・・・サプライズ的な」

「「・・・」」

「音楽が出来ない俺しか知らない2人だから、きっと驚くと思うんだ。・・・もし、俺が一曲弾けるようになって、もしステージに立てた暁にはって、思ったんだけど」

「「・・・」」

「ダメかな?やっぱりこれは生意気すぎる?」

「ふふっ、ふふふふふふ・・・!」

 

 堪え切れない様子でチュチュが笑う。

 

「不思議なものねぇ。湊友希那の才能と音楽ぢからは、取材にもライブにも足を運んで、幼少期まで共に過ごしたアナタ自身が、一番分かってる筈でしょう?それをずぶの素人があっと言わせたいですって?」

「ははっ、そうだな。やっぱり生意気―」

「excellent!!いいじゃない。アナタ最高よ!本当は陰ながら軽く応援する程度のつもりだったけど、やっぱり全力でサポートすることにしたわ!アナタがこんなにも面白いことを言うだなんて思わなかった!」

「えっ、待って。そんなにか?」

「えぇそうよ。あの湊友希那の驚いた顔を拝めるならなんだってしてやるわ!何も出来なかった筈の幼馴染が、いつの間にか目の前のステージで一曲弾いてるなんて傑作もいいところよ!あのすまし顔も、開いた口が塞がらなくなるわ!」

「あの、チュチュさん?」

「そしてそのついでにワタシのプロデュースぢからを証明するのよ!「あなたが蹴ったプロデューサーは、ずぶの素人をここまでにするレベルなんだぞ」ってねぇ!」

「勧誘断られた件、まだ引きずってたのかよ。RASがあるんだからもういいだろうに」

「成長の過程なんか見せてあげない!幼馴染の特権すらも奪い取って、無能なイメージを持たせたまま、いきなり完璧になった姿だけを叩きつけてやるのよ!丁度いい嫌がらせになるわ。湊友希那の記憶には、その『結果』だけしか残らないのよ!」

「チュチュ、もう目的変わってないか?『キング・クリムゾン』みたいなこと言い始めてるぞ?」

「まぁ、嫌がらせ云々はともかく、チュチュちゃんが協力してくれるのは心強いね」

「そうですね。この目標まで達成するとなると、あの2人には秘密にしなきゃいけないですし」

「いいえ。あの2人だけじゃないわ。情報漏洩のリスクを考えるなら、これはワタシ達だけの秘密にして、他の人間にも黙っておくべきよ」

「そんなに?」

「それに、その方があの2人以外の人間までサプライズできて美味しいと思うのだけど」

「なるほど。それを言われちゃ乗らない手は無いか」

「確かに。ちょっと面白そうかもね」

 

 俺の生意気な目標を、2人は馬鹿にもせず、真剣に取り合ってくれた。

 そして、そんな達成できるかも分からない目標の話だけで、夜は更に更けていく。

 

「じゃあ、そろそろお開きにしよっか。これ以上残るのは本当に良くないし」

「確かに、結構時間経ってるわね・・・」

「ほんとすいません。いきなり押しかけた挙句・・・」

「いいよいいよ。楽しい時間だったし」

 

 すっかり暗くなったCiRCLEの店内で、俺とチュチュとまりなさんの話し声だけが響く。

 

「あ、レン君。明日の予定は空いてる?あと、可能ならチュチュちゃんにも付き合って欲しいんだけど」

「空いてますけど、買い出しですか?」

「それにワタシまで?」

「うん。入り口に置いてある雑誌も、そろそろ新しくしたいし。それと・・・」

「それと?」

 

 まりなさんが、もう一度こちらを見据える。

 

「早いこと決めないとでしょ?君の相棒」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「という訳で、江戸川楽器店さんにやって参りましたー!」

「楽器コーナー・・・遠目でしか見たことなかったけど、こんな感じなのか」

「・・・ふぅん。結構いいものも置いてあるのね」

 

 雑誌の買い出しついでに、俺達3人は楽器店にまで足を運んだ訳だが、やっぱり壮観な眺めだ。これだけでも頭が痛くなってくる。

 1人じゃなくて良かった。

 

「ところでレン君、やってみたい楽器はあるの?」

「やっぱりギターですかね」

「一応聞くけど、理由は?」

「昔、友希那さんの親父さんに教えられて、早くも挫折したのがギターだからです。過去と向き合うなら、やっぱりこれかなって。ギターなら、まりなさんも教えられるって言ってたし・・・」

「へぇ。いいじゃない。もしDJがやりたいなら、ワタシが教えようと思ってたけど・・・」

「いや、DJはDJで楽しそうだとは思うけど。こればっかりは、俺自身のケジメの問題だからな・・・」

 

 そして、そうこう言ってる間に、ギターのコーナーにも着いてしまった。

 ・・・俺が、音楽を嫌いになった原因の1つでもある。6弦の楽器。見てるだけでも頭がクラクラしそうになる。

 

「あの、なんか、楽器を選ぶコツとかあります?初心者におすすめするもの的な・・・」

「うーん。その辺はあんまり気にしなくていいと思うよ。演奏は結局慣れだし・・・」

「そう言われても・・・」

「まぁ、余程の安物とかじゃない限りは音質も問題無いし、それに、高価であればそれでいいかって言われると、そうでもないからね。多分一番大切なのは、見た目で君がビビっと来るかどうかだよ。それの有無で練習のモチベーションは大きく違ってくるし」

「・・・そういうもんですか?」

「そうね。ギターなんてどれも同じ・・・とまでは言わないけど、1つ1つでそこまでの差は生まれない筈よ。初っ端からいきなり、弦の本数が7本や8本のギターなんかを選んだりしない限りは、初心者でも問題なく扱える筈よ」

「おいおい、面白い冗談だな。いくら俺が楽器に触れてこなかったからって馬鹿にし過ぎだぞチュチュ。ギターの弦が6本なのは俺だって理解してるよ。それとも何か?この世には弦の数が7本や8本のギターがるってのか?」

「えぇ。あるわよ。7弦ギターも8弦ギターも」

「そうなの!?」

「私も実物は見たことないけど、10弦ギターや12弦ギターもあるよね」

「そうなの!?」

「ちなみに探せば18弦も存在するわ」

「そうなの!?」

「ちなみにギターに限らず、本来4弦のベースでも、5弦や6弦のものがあるよね」

「そうなの!?」

「そしてウチのレイヤが使ってるベースは5弦よ」

「そうなの!?」

「そしてウチのレイヤ以外もそんな例外はいるわ。バイオリンも本来の弦の数は4本だけど」

「モニカの瑠唯ちゃんが使ってるのは5弦なんだよね」

「そうなの!?」

 

 なるほど、楽器にも色々な特性があるのか。今度バンドの取材する時は、楽器そのものにも目を向けることにしよう。

 というかなんでわざわざ弦の数増やしちゃうんだよ。さっき言ってた18弦ギターなんて、本当に弾いてるやついるのか?

 

「まぁ、その手の色モノを使うのは、通常形態の得物を極めて、音域の幅を広げたくなった歴戦の猛者か、もしくは余程の変態だけよ。だから今のあなたは気にしなくていい」

「取り敢えず、余程の安物ではなく、気に入った見た目で、弦が6本でさえあれば、なんでもいいんだな?」

「ま、そんな感じかな」

 

 でも、そうか。これはこれで難しい。ただでさえ数が多い中で、ビビっとくるものを見つけるともなると・・・。

 

「迷う?」

「まぁ・・・」

「うんうん。最初は特に悩むよねぇ。ま、これからしばらく連れ添うんだし、たくさん悩めばいいよ」

「とは言ってもなぁ・・・あっ」

「あれ、どうしたの?」

 

 いくつも置かれたギターの中で、俺が見つけたもの。

 濃い青のボディをした、スタンダードなギター。

 

「何よレン?好みの見た目だったりしたの?」

「いや、小っちゃい頃にギターを教えてもらってた時を思い出してな・・・。その時のギターに似てる。もしかしたら全く同じモデルなのかもしれない」

「ふぅん・・・」

「そしてついでに、見た目も凄く好みだ。カッコいいし」

 

 しかし、カッコいいだけではない。昔を思い出させるフォルムと色合い、そして、それが一番心にも残った。

 なるほど。ビビっとくるとは、このことだったのか。多分、どんなに高価なギターや、どんなに良い音が出るギターよりも、俺はこいつを選ぶのだろう。直感的に、そう思えてくる。

 

「レン君。もしかして、運命感じちゃった?」

「そうですね。偶然ここに来て、過去に向き合おうとしてる俺の目の前に、過去を思い出させる見た目をしたコイツがいたのは、確かに運命なのかもしれない」

「分かるな~。楽器との出会いって、なんか運命感じちゃうんだよね」

「そうですね。本当に、何の因果なのかは知りませんけど・・・」

 

 俺は、2人に見守られながら、ゆっくりとそのギターに手を伸ばした。

 一度手放し、嫌いになり、逃げて、目を背け続けてきたもの。

 

 俺はそれに、もう一度手を伸ばす。

 

「決めた。今日からお前が、俺の相棒だ・・・!」

 

 綺麗に磨かれた濃い青の冷たいボディには、覚悟を決めた少年の瞳が映っていた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【お会計】

 

「店員さん。これ、お願いします」

「はい。8万7230円です」

「分かりました。8万・・・えっ、8万!?」

「はい」

「詐欺やぼったくりの類・・・」

「違うよレン君。楽器ってそのぐらいするんだよ。エフェクターとか買い出したらもっと出費も増えるし」

「アナタが取材してきたバンドが使ってる楽器なんて、もっと高いのがうじゃうじゃしてるわよ。10万越えや20万越えも全然珍しくないわ。この店の中にも、100万円以上の楽器があったりするんじゃないかしら」

「・・・店員さん。そんなのあります?」

「・・・あります」

「・・・そうですか」

 

 財布には、当然そこまでの費用は無い。

 

「すいません。ダッシュで貯金崩してくるんで、ちょっとだけ待っといてもらっていいですか?」

「取り置き、しておきますね」

「ほんっとすいません。助かります。マジで舐めてました・・・」

 

 幸い、今までのバイト代は溜まり続けている一方なので、このぐらいならどうにでもなる。出費の激しい趣味が俺に無くて、本当に良かった。

 

 ていうか、今まで俺が取材してきた連中。これに加えて他の機材でも激しい出費があったんだよな?

 

「ははっ。知らなかったよ。あいつらって、化け物だったんだな・・・」

 





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終章4.一歩

 

 早速ギターを手に入れた俺達3人は、そのままチュチュのマンションのスタジオへと向かった。

 

「チュチュ、本当にいいのか?俺達がこの場所使っちゃって・・・」

「問題ないわ。今日はRASの練習も無いから1日中使ってくれて構わない」

「というより、CiRCLEや他のライブハウスで練習してると、レン君の修行風景がバレちゃうかもしれないからね。これからの練習拠点はずっとこの場所だと思うよ」

「おいチュチュ。本当にそれでいいのか?」

「全面的に協力するって言ったでしょ?「誰にもバレずに」という条件を満たすなら、ギターケースを持っている姿を目撃されるだけでもアウト。今日は買ったばかりだったし、人通りの少ない場所を3人で警戒し、ギターケースを持ってる嘘の理由を準備することによって対処していたけど、その手も連続でいつまでも通じる訳じゃない」

「それは、確かに・・・」

「だから、家に帰る時は、ギターもここに置いて行ってもらう。その間は、ワタシがRASのメンバーにもバレない場所でちゃんと預かっておくわ。RASの練習が終わったら、アナタたちに連絡するから、そこでスタジオを開放する。・・・こんな感じで考えてるわ」

「待って。それはチュチュちゃんの負担が大きすぎるよ。そこまでやってもらって、RASのことだってあるのに、私たちの練習まで見るなんて・・・」

「マリナ?確かにワタシは全面的に協力するけど、優先順位はRASが上のままよ。場所だって積極的に貸すけど、RASの都合が合わなければ貸さないことだってある。仮に貸せても、練習終わりが夜の時だと、アナタ達のスタジオ入りはかなり遅くなる」

「いや、場所貸してくれてる時点で感謝してもしきれないけど・・・」

「指導面だって、ワタシは初心者に教えられるほどギターを極めていない。気まぐれに様子を見に来たりはすると思うけど、精々その程度よ。忘れないで?ワタシはあくまで、アナタ達がやろうとしてる面白そうなことに、横から一枚噛んでいるだけの協力者にすぎない。場所は貸すけど、手取り足取り面倒を見れる訳じゃない」

「でも、やっぱり助かるよ。本当にありがとう。練習拠点がずっとここなら、しばらくは世話になり続ける訳だし・・・」

「何度も言うけど、やっぱり場所貸してくれるのは本当に大きいよね」

「も、もう!あんた達の活動方針もワタシのスタンスも決まったんだから、もうその話はいいでしょ!今日だけはワタシも最後まで付き合うから、さっさと練習始めるわよ!スタジオこっちだから!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 スタジオの端っこでノートPCを開いて、別の作業をしているチュチュを余所に、俺達の練習は始まった。

 初日の今日は、ギターの部品の名前や必要な知識、チューニングを始めとするギターの基礎や、押さえやすいコードを一通り教えてもらっている訳だが。

 

「まりなさん。頭がパンクしそうだ・・・」

「いや。大丈夫だよ?最初から一気に覚えようとしなくても。少しずつでいいから」

「でも、知らなかったです。ギターの音なんてみんな同じだと思ってましたけど、1つ1つのコードに、ちゃんとした違いがあるんですね」

「そうだけど・・・。でもレン君、小さい頃にギターは触ってたんだよね?その時は気付かなかったの?」

「はい。今みたいな気付きなんて無かったです。今だって、説明の意味が理解できているのが不思議なぐらいですし・・・」

「幼少期のアナタ、ますます本当に病気だった説が濃厚になったわね。音の高低を認識してたかも怪しいなんて・・・」

「チュチュ・・・」

 

 相変わらずノートPCからは目を離してないままだが、耳はこちらに傾けてくれていたらしい。

 

「あとレン。次に弦を弾く時はもっと力を込めてやりなさい。さっきから音が弱くて芯が無いのが気になって仕方ないわ。何を怖がってるのかは知らないけど」

「まぁ、レン君の気持ちは分かるけどね。初心者の時は、ついつい慎重になっちゃうし・・・」

「そうなんですよねぇ。弦を壊したらどうしようとか・・・」

「金属製のワイヤーが人間ごときの指の筋力で壊れる訳ないでしょ。もっと思いっきりやりなさい。アナタ、筋はいいんだし」

「おう・・・。えっ?俺、筋いいの?」

「言っておくけど、あくまで「初心者にしては」の話よ。聞いてると実際、飲み込みは早い方だと思うし・・・」

「そうだよ。今日中にTAB譜ありで『きらきら星』ぐらいなら弾けるんじゃないかな?」

「『きらきら星』って・・・あんな超絶級の高難易度楽曲を!?アレを・・・始めたばかりの俺が、たった1日で習得できるんですか!?」

「え、そうかな?幼稚園でピアニカ使ってやったりしなかった?」

「違うわよマリナ。多分その幼稚園で何回やっても出来なかった記憶が今でも残ってるのよ・・・」

「よっしゃ!やってやろうじゃねえか!『きらきら星』のフルコンボ!!」

「私、『きらきら星』にここまで情熱を燃やせる子、多分初めて見たよ・・・」

「まぁ、ある意味レンだけの才能ね」

 

 こうして、俺は更にまりなさんからの指示のもと、ギターの練習へとのめり込んでいくのであった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 のめり込んだはいいが、所詮は初心者。当然、その先は苦労も続いた。

 左手の指で苦戦したり。

 

「くそっ、指が届かないッ!」

「レン君、落ち着いて!一旦やめよ?」

「いいや大丈夫だ。この程度なら気合で・・・!」

「ちょっ、ホントにダメだって!初心者のうちから無理なんてしたら―」

 

 ピシッ!

 

「痛い~~~ッ!!指が!指がああぁぁ!!」

「だから指つっちゃうって言おうとしたのに・・・」

「アナタ達、何やってるのよ・・・」

 

 

 ストローク(右手のピックの動き)の練習で苦戦したり。

 

「うーん。やっぱり途中で引っ掛かるんですよね。どうもスムーズにいかない」

「ピックの角度、もう少し緩めてみようか」

「はい・・・」

「・・・難しい?」

「いやいや全然。楽しくやってますよ」

「本音は?」

「左手だけでも大変なのに!!なんで右手の動きまで難しいんだよぉぉぉ!!!」

 

 

 休憩時間を自分から突っぱねたり

 

「2人とも、そろそろ日没だけど、夕食とかどうするの?休憩がてら、出前でも取りましょうか?」

「うるせぇ。今いいところなんだから後にしろ!」

「ちょっ、ワタシ家主なんだけど・・・!」

「レン君。ずっとぶっ通しでやってるんだし、休憩ぐらいしようよ」

「結構です。俺は疲れてなどいません」

「いや、せめて夕食だけでもさぁ・・・」

「結構です。俺は空腹など感じていません」

「私がお腹空いたんだって・・・」

「ちょっとレン。いくら何でも自分勝手―」

「ええいうるさい!!今は調子いいから止まりたくないんだよ!もっと俺に教えろ!もっと俺に叩き込め!もっと俺に技術を寄越せぇぇー!!!」

「ちょっ、チュチュちゃん助けて!練習しすぎでレン君が壊れた!!」

「あぁもう、仕方ないわねぇ!」

 

 

 休憩の時に、お試しで最難関と呼ばれるFコードに挑戦してみたり。

 

「嘘ですよね?この弦全部を?人差し指だけで?」

「そうそう。それで中指をここに置いて、小指と薬指を~」

「待ってください!無理ですって!普通のホモサピエンスの指の構造じゃ不可の―」

 

 ピシッ!

 

「ノブァアアアアアア!!!」

「レン、また悲鳴上げてる・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 練習の途中に無理をして左手をつったり、といった感じのトラブルはあったが、初日の練習は想像を遥かに超えて順調に進んだ。

 音楽を教わってて調子がいいなんて、人生で初めてだった。

そして調子の良さもそのままに、TAB譜の読み方も理解し始め、徐々にギターの手の動きにも慣れ始めていった。

 そして練習開始から苦節4時間、俺はまりなさんのボーカルにメロディを添えられるまでに成長した。

 

「きー」

~♪

「らー」

~♪

「きー」

~♪

「らー」

 

 ・・・~♪

 

「ひー」

~♪

「かー」

~♪

「るー」

~♪

 

「よー」

 

 ・・・

 

「よー」

~♪

「ぞー」

~♪

「らー」

~♪

「のー」

~♪

「ほー」

~♪

「しー」

~♪

「よーー・・・」

~♪

 

 俺とまりなさんのタッグ。

ギターが初心者なのもあり、コードチェンジは遅く、途切れ途切れの超絶スローテンポの『きらきら星』にはなったが、なんとか弾ききることは出来た。

 下手な演奏だっただろう。クオリティは酷いものだっただろう。人様の前で聞かせていいものでもなかっただろう。

 でも俺は今、人生で一度も成し遂げられなかったことを、確かに成し遂げたのだ。

 楽器で一曲分、全て演奏するということ。

 一般人が幼稚園や小学校で平然とやってのけていたことに、俺はやっと手が届いたのだ。

 

「はぁ・・・。はぁ・・・」

「チュチュちゃん。どうだったかな・・・?」

 

 トップクラスのプロデューサーにこんなものを聞かせるなんて、本来なら憚られることではあるが・・・

 

「演奏のレベルはズタボロもいい所ね・・・」

 

 ・・・

 

「でも、アナタは1つの曲を、ちゃんと最後まで弾ききった。これは一般人にとっては小さな1歩だけど、アナタにとっては大きな1歩よ」

 

 ・・・!

 

「・・・おめでとう」

「よっしゃあぁぁぁ!!!やった!やったよまりなさん!俺やったよ!!」

「うん。私も凄く嬉しいけど、これ『きらきら星』なんだよなぁ・・・」

 

 練習の初日は、俺にとっての大きな1歩によって幕を閉じたのだった。

 





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終章5.提案

 

 チュチュのスタジオでの秘密の特訓は続いた。

 まりなさんの都合がつかない時は、1人で自主練にも励んだ。

 そう。今の俺は、自主練が出来るまでに成長したのだ。

 そして、今日はスタジオ入りも遅かった。夜8時から遅くまで長いこと居座るのは迷惑かとも思うが、本当に迷惑なら直接追い出しに来るだろう。いくら別の部屋の作曲作業で忙しいとはいえ、そのぐらいはしてくる筈だ。

 

 ~♪~♪~~♪

 

 まりなさんに教わった簡単なフレーズと、俺の呼吸音だけが、このスタジオを支配している。

 

「次・・・。次のフレーズ・・・」

 

 何度も何度も、全く同じ、決まったフレーズを繰り返し、繰り返し練習していく。

 何度も・・・。何度も・・・。

 

「すぅぅ・・・ふぅ・・・」

 

 ~♪~♪~♪

 

 今日は、やけに頭が冴える。どこまでものめり込める気がする。

 決まったフレーズを何度も弾いて、手が馴染んできたら、また別のフレーズを弾いて、そのループを何度も繰り返し、そのまま夜は更けていく・・・。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 いくら時間が経っても、俺の頭は冴えたままだった。

 もしかしたら、そこまで時間は経ってないのかもしれない。疲れも感じないし。

 

「次・・・」

 

 同じことの繰り返しなのに、飽きる気配は全く無い。

 寧ろ、この繰り返しに快楽を見出してさえいるのかもしれない。

 指の感覚は、ふわふわしているようで、どこか研ぎ澄まされてもいて・・・。

 揃った音が、たまらなくキモチいい・・・。

 

「ふーっ・・・次・・・」

 

 この調子なら、このまま何時間でも―

 

「レン!ちょっと!!」

「次・・・次・・・」

「無視してないでこっち向きなさいよ!!」

「うおぁい!!!」

 

 次のフレーズを弾こうとした途端、突如としてチュチュに胸ぐらを掴まれた。

 

「まったく・・・。こんな時間までやってるなんてどういうつもり?」

「あっ、悪い!夢中になってて気づかなかった!今何時!?」

「9時よ」

「なんだよ焦らせやがって。スタジオ入り8時だし、まだ1時間ぐらいしか経ってないだろ。あ、もしかして、今日は都合悪かったりしたのか?」

「・・・?」

「えっ?何?」

「アナタ、本気で言ってるの・・・?」

「はい?」

「・・・外、見てきなさい」

「・・・?おう」

 

 チュチュの指示通り、スタジオを出て、リビングの窓からベランダの外の景色を見る。

 見えたのは、高所から見える綺麗な夜景・・・

 

 などではなく。

 

「めっちゃ朝日差し込んでる・・・」

「作曲中に寝落ちしてアナタをほったらかしにしたワタシも悪いけど、まさかオールされるなんて思ってもみなかったわ・・・」

「いや、マジでごめん。俺も予想外だったわ・・・えっ?じゃあ俺、1時間練習したんじゃなくて、12時間練習して時計を1周させてから、更に1時間練習したってこと?」

「というか、スタジオにも時計あったでしょ?休憩中とかに気付いたりしなかったワケ?」

「ごめん。そもそも休憩入れてなかったから分かんなかった」

「は?」

「いや、だから、夢中になって休憩するの忘れたんだよ」

「・・・13時間、ずっと?」

「俺だって13時間なんて感覚じゃないよ。長くても2時間とか3時間ぐらいのつもりだったし」

「アナタ、そんな長時間、時間の流れも忘れてスタジオに籠り続けたって言うの!?」

「まぁ、そうなるな」

「夜の8時から深夜、そして朝方にかけての時間を、休憩無しの、飲まず食わずで、あの場所を1歩も動かずに、弾けるフレーズのループだけを、ぶっ通しで?」

「そうだな」

「(どんな集中力してるのよ。コイツ・・・!!)」

「あれ?チュチュ?」

「手、出しなさい。両手」

 

 指示通りに両手を出すと、チュチュは俺の手を掴んで、手のひらと指をじっと見つめる。

 

「ボロボロじゃない。ただでさえ絆創膏だらけなのに、痛くなかったの?」

「窓の外を見たあたりで、やっと痛く感じてきたところだ。突き刺す感じというか、痺れる感じというか・・・」

「そのぐらい熱中していたのね」

「ダメだったか?楽器弾くのに、こんな状態にして」

「そうね。大事にしろって言いたいけど、これはアナタが頑張った証だもの。そう思うと何も言えないわ」

「そうなのか?」

「えぇ。これまでの度重なる練習で、アナタの指も強くなっていた筈なのに、今日の練習でまたボロボロになって。はぁ・・・本当に13時間ぶっ続けで弾いてたのね」

「ははっ。仕事柄、よく締め切りに追われてるお陰で徹夜には慣れてるんだ。まぁ、今回に限っては、特に集中しちゃった気はするけど」

「なるほど。何だかんだ下積みはあった訳か・・・能力って、どこで活きるか分らないものね」

「そう、かな?」

「えぇ。アナタのそれは間違いなくギタリストの指よ。実力は半人前もいいとこだけど」

「チュチュ・・・」

「ワタシ、結構好きよ。アナタの手・・・」

「それは、ありがとう?」

「えぇ。どことなく憔悴してる雰囲気も、充血して血走った目も、ボロボロなくせに必死な感じがして好きよ。口元にヨダレがあるのが残念だけど」

「えっ!?うわマジだ!なんで!?」

「集中し過ぎるとそれにも気付けないのね・・・」

「どうしよ?スタジオ汚したりとかしてないよな?」

「それはさっき確認したから大丈夫。でも」

「でも?」

「アナタの相棒は、後で入念に手入れすることを勧めるわ」

「はい。マジかぁ・・・」

「あと、着信も凄いことになってると思うから。姉への言い訳もちゃんと考えておきなさい」

「あっ・・・」

 

 案の定、凄いことになってる。

 遅くなることは伝えてあるし、帰りが遅いのは今日以外にもよくあったが、流石に怒ってるだろうか・・・?

 

「レン」

「何だよ?」

「その手の傷が治る頃には、アナタの手は更に強くなってる」

「・・・」

「多分、アナタはこれからもっと上手くなるわ」

「そんなこと、初めて言われた・・・」

「仕方ないでしょ。アナタの手がその証拠。特にアナタの集中力は目を見張るものがある。・・・才能あるわよ。アナタ」

「えっ!?嘘。マジで!?そこまで言う?」

「音楽的なセンスとは違うけど、確かに才能よ。ガールズバンドに触れることによって得た、誰もが持ってて当然な『普通』の音楽性、そしてそれに加えて、記事を書くことによって得た驚異的な集中力・・・」

「・・・」

「才能は才能でも、天性のものじゃない。後天的に、アナタがこれまでの人生から、自力で勝ち取ったチカラ。結構な値打ちよ?」

 

 窓からの朝日に照らされるチュチュは、何よりも輝いて見えた。

 

「・・・」

「ちょっと?人が珍しくここまで褒めちぎってるんだから、感謝の一つでもしたらどうなの?ただでさえらしくないことしてるのに・・・」

「ぐすっ・・・だってよぉ・・・」

「ちょっ、なんで泣いてるのよ!?今はそんなタイミングじゃないでしょ?」

「仕方ないだろ。あんなっ、俺が今まで言われたこともないような誉め言葉ばっかり・・・何なんだよぉ・・・」

 

 崩れ落ちる俺に、チュチュは困った様子で寄り添ってくれる。

 膝をつき、俺の頭をそっと撫でるチュチュ。

 

「ごめんなさいね。普段バンドで才能に恵まれた連中ばかり相手にしてるから、アナタが才能で苦しんでたこと、すっかり頭から抜けてたわ。こんなに誉め言葉に弱かったなんてね」

「俺こそ、ごめん。さっきから困らせてばっかりだよな・・・」

「いいえ。そうでもないわ。アナタには良いものを見せてもらった」

「良いもの?」

「えぇ。今のアナタや、その傷だらけの手先を見てると、何だかインスピレーションが湧いてくるもの。今なら作曲も捗りそう。間違いなくいい曲が書けるわ」

「そう言えば、作曲中だったんだっけ?ご苦労なことで」

「別に苦労でもないわ。この作曲は趣味の範囲だし」

「そうか」

「それに、昨日は苦戦したまま寝落ちしたけど、今のアナタを見て最後のピースが埋まった気がする。だから寧ろ感謝したいぐらいなの」

「ははっ、まさかこの俺が、作曲のお手伝いとして力になれる日が来るとはな・・・」

 

 チュチュとの会話で元気も戻り、俺はようやく立ち上がった。

 流石に、そろそろ帰らないとヤバいし。

 

「じゃあ、撤収だな」

「そうね。RASの練習、今日は昼からだし、早く片付けてもらわないと」

「マジかよ!?それ早く言えよ!」

「さぁ急ぎなさい。パレオの現場入りは早いわよ?」

「くそっ!せめて片付けてからスタジオ出ればよかった!!」

 

 大急ぎで撤収して帰った後、心配する姉への言い訳には大変苦労させられた。

 丸一日、スタジオに籠って風呂にも入っていなかった状態での入浴は、かなり気持ちよかった。

 湯船で寝落ちしそうになるほどに俺が疲れていたことは、誰にも話していない。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺がチュチュのマンションでオールを決め込んで数日後、俺とまりなさんにチュチュからの連絡が届いた。

 

『そろそろ、次の段階の話をしましょうか』

 

 これまでも、チュチュからの連絡を合図に俺とまりなさんがマンションへ向かうという形は取っていたが、ここまではっきりと招集のような文面が送られてきたのは、初めてだったと思う。

 そして俺達は今、スタジオ内に並んでチュチュの方を見ている。

 

「それでチュチュ。次の段階ってのは・・・?」

「アナタの目標の話よ。今までの練習でレンのギターぢからも、TAB譜で1フレーズを自然に弾けるまでにはなった。でも、レンの目標はそこで終わりじゃない。寧ろ、これでやっとスタート地点に立ったのよ」

「そうだね。レン君の目標はあくまで、「ライブをしてみたい」と「リサちゃんや友希那ちゃんをあっと言わせたい」だもんね」

「確かに。俺が自分勝手でチュチュやまりなさんを巻き込んでまでギターの練習をしたのは、その目標を達成するためだ」

「えぇ。そしてレンのギターは、あともう少し鍛えれば、そのレベルにも到達できると思う。ただ・・・」

 

 嬉しいことを言ってくれる反面、テンションはあまり高くない。

 

「やっぱり物足りなさがある。多分アナタのギターソロ1本『だけ』では、あまり良い成果は得られないし、仮に形だけなんとかライブが成立したとしても、湊友希那のすまし顔は崩せない」

「そうだな。俺がロックみたいに、ソロだけで会場全部を虜にするぐらいのことが出来ればいいんだけど・・・」

「それに、どの道ギターの演奏だけやっても、技術とか関係なく派手さに欠けるのよね・・・」

「そうだよねぇ。やっぱりバンドみたいに、数種類の楽器で構成された音の厚みに慣れた人に聞かせるとなると・・・あれっ?チュチュちゃん、まさか・・・」

「その「まさか」よ」

 

 チュチュはターンテーブルの近くに置かれた台に登壇し、俺達を見下ろす素振りを見せる。

 そして彼女はその小さな体で、高らかに宣言した。

 

「バンドを組むわよ!!アナタのファーストライブに向けて!!」

 

 俺の中の歯車が、また一つ動いた瞬間だった。

 





 次の更新は、明日。

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終章6.決断

 

「バンドだって!?」

「えぇ。あの湊友希那のド肝を抜いてやるには、このぐらいのことはしないとね」

「出来るのか?そんなこと・・・」

「出来る出来ないは、やってみてから判断すればいい」

 

 チュチュは自信を崩さずに続ける。

 

「そもそも、これはアナタが始めた戦いだもの。この提案に乗るかどうかを決めるのはアナタ。アナタが乗らないならワタシは何も言わないけど?」

「いや、乗るよ。難しいのは分かってるけど、挑戦から逃げてあっと言わせられるほど、湊友希那は甘くない。・・・だろ?」

「good.それでこそよ。今井レン」

 

 チュチュはニヤリと笑う。

どうしよう。まだ何も決まってもいないと言うのに、不可能など無いような気がしてくる。

 だが、チュチュの提案が難しいことには変わりない。考えることも多くなる。

 

「とは言っても、まずはメンバーが要るよな」

「そうだね。ギターはレン君がやるからいいとして、他のパートのアテとなると、やっぱりレン君の知り合いから・・・」

「ダメよ。情報漏洩のリスクは避けたいし、外部の人間を呼ぶのは、ギリギリの最終手段だと思うわ」

「でも、もうその最終手段の段階まで来てないか?ベースもドラムも、出来る人間がいないんだし」

「いいえ。ベース担当なら、出来るかもしれないと睨んでいる人間がこの中にいるわ」

 

 そう言って、チュチュは俺の隣のまりなさんに目を向ける。

 

「おいチュチュ、まりなさんの専門はギターだぞ?ベース担当なんてそんな無茶―」

「あぁ。出来るよ~」

「えぇっ!?マジ!?なんで!?」

「レン君。いいこと教えてあげる。これはバンドあるあるなんだけど、バンドってたまにノリでパートの交換とかしたりするんだけど、ベースってギターよりやりやすいから、ギタリストがそのままベースも出来るようになっちゃったりとかするんだよ」

「えっ、そんな・・・」

「まぁ当然、しっかりベースを極めてる人には劣るけどね。私自身もブランクあるし・・・。でも、レン君のギターの熟練度と私のベースの熟練度なら、私の方が上だと思うよ。これでもプロ目指してたし」

「・・・ってことは、ベース担当は決まり?」

「それは、アナタ次第よ。アナタのバンドなんだから、アナタが勧誘しなさい」

「なんだよ。さっきまで仕切ってたくせに・・・」

 

 でも、確かにこれぐらいは俺がやるべきことだ。

 そもそも、これは俺が始めたことなんだから。

 

「まりなさん」

「はい」

「俺と、バンドやりませんか?」

「いいよ~」

「だから肝心なところで軽いんだよあんたは・・・」

 

 俺が差し出した手を、まりなさんは何でもないテンションで握り返す。

 ベース、加入。

 

「でも、ギターとベースだけじゃ足りないよな」

「そうだね。最低でも、あとドラムは必要になってくるけど」

「その点だけど、その分はワタシのDJで補おうと思ってるわ」

「出来るのか?そんなこと。てか、いいのか・・・?」

「どうでしょうね。まぁ、働けるだけ働いてみせるわ」

「ってことは・・・」

「さぁレン、どうする?目の前のDJはドラムの分まで働くつもりらしいわよ?ここで受け入れるなら、少なくとも情報漏洩は皆無で済むけど」

 

 なるほど。乗らない手は無いか。

 そう考えながら、俺はチュチュに手を差し出す。

 

「よろしく頼みたい。俺とバンドを組もう」

 

 パンッ!

 という小気味いい音と共に、ギラギラした笑みを浮かべたチュチュの手が握り返してきた。

 

「いいわ!湊友希那をぶっ転がすわよ!!」

「お前のモチベ、結局そこなのね・・・」

 

 DJ、加入

 バンドメンバー問題は、早々に解決した。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 しかし、話はまだまだ終わらない。

 取り敢えず立ちっぱなしも疲れてきたので、3人で床に座り、円を描くように並んで会議は進む。

 

「でもいいのか?「あくまで協力者にすぎない」ってスタンスを取ってたのに、場所貸し以外にも、バンドを立ち上げるって提案に加えて、そのバンドの加入なんて。ここまで協力してくれるなんて・・・」

「別に?アナタの挑戦が想像以上に面白そうになってきたから、もう少し噛ませてもらってもいいかなって思っただけよ」

「チュチュ・・・」

「それに、もし湊友希那がアナタのファーストライブを見て、アナタの隣に立ってるのがワタシだったら・・・何も感じない訳がない」

「もう1回言うけど、お前のモチベ、結局そこなのな・・・」

「当たり前でしょ!ワタシは少しでも湊友希那が悔しがる選択を取るまでよ!」

「悪い顔だなぁ・・・」

「でも、ワタシの提案に乗ったのはアナタでしょ?」

「ははっ、違いねぇ」

 

 自分の師匠と、頼りになり過ぎるDJがバンドメンバーに加わった。

 

「じゃあ、メンバーの問題は、チュチュとまりなさんで解決したってことになるけど、次に決めることってある?」

「そうだねぇ。練習場所の確保はできてるし、後は来たるべきライブに向けて何の曲を練習するか、じゃない?」

「確かに。なるべくギターが難しくない曲だといいですけど・・・」

「その点についても、1つ提案があるわ」

 

 チュチュのやつ、さっきから活躍し過ぎじゃないだろうか?

 

「提案って?」

「確かに、ワタシもバンドを組んだらいいと最初に考えついた時は、既存の曲をコピーすればいいと考えていたわ」

「既存のコピーじゃダメなの?」

「悪い訳じゃないけど、オリジナルの方がサプライズの効果も大きい筈よ」

「チュチュちゃん、それってつまり・・・」

「・・・作曲するってことか?」

「おっと。説明が足りなかったわね。作曲なら『もう終わった』わ」

「「はぁっ!?」」

 

 俺たちが驚く様子を笑いながら、チュチュは隠していた譜面を取り出す。

 

「まだタイトルも歌詞も無いけれど、ギターの負担がかからないように、他の音でフォローするような形の曲に仕上げたわ。ギターのフレーズも、なるべく簡単なもので構成してある。まぁ、当然初心者からすれば超絶高難易度もいいところでしょうけど」

「いつの間にこんな・・・」

「というか、RASを優先するんじゃなかったのかよ。俺たちにこんなものまで渡して・・・」

「別に、無理して作ったって訳でも無いわ。言ったでしょう?『この作曲は趣味の範囲』だって」

「あの時の作曲の話・・・これのことだったのか」

「そもそもこれは、必死に足掻いてるアナタにインスピレーションを感じて書いた曲だもの。この曲の完成の決め手も、オール明けで憔悴したアナタの姿だったことを考えると、これはアナタのために使うべきだと思ったのよ。良くも悪くも、これは『RASの曲』じゃない。最初はRASの新曲にでもしようと思ってたけどね」

「チュチュ・・・」

「レン君。この譜面、ちゃんとギターの負担が少なめになってる。その分、他のパートが大変ではあるけど、ここまで調整されてるなんて」

「当然でしょ。ワタシを誰だと思ってるの?」

「あの、まりなさん。俺的には全然難しく見えるんですけど。しかもこの部分、鬼門のFコードが多いような・・・」

「そりゃあ、アナタにとってはそうでしょう。これでも簡単にした方よ。それに、こうしてワタシが譜面を渡しているのは、アナタなら出来ると信じているからなのよ?」

「・・・死ぬ気でやれってか?」

「得意でしょ?」

 

 あぁ、そうだよな。姉さんや友希那さんを、あっと言わせるんだもんな。

 

「やってやるよ・・・!」

「いいねレン君。そうこなくっちゃ」

「そうね。ただでさえレンがバンドのリーダーなんだから、威勢の良さぐらいは見せて貰わないと」

「そうだな。なんたって俺がリーダーなんだか・・・えっ、なんて?」

「威勢の良さぐらいは―」

「そうじゃねぇだろ」

「レンがバンドのリーダーなんだから」

「へっ・・・?」

「「えっ?」」

 

 待て。いつ決まったんだ?

 

「年長者のまりなさんじゃないの?」

「私、レン君にギター教えてるだけだよ?それ以外の仕事をしてる訳じゃないし」

「チュチュでもないの?」

「当たり前でしょ。仕切るのはRASで手一杯よ」

「こんなに1から10までガッツリお膳立てした挙句、あんなにしっかり仕切ってたくせに?」

「RASでリーダーやってるからでしょうね。癖になってるのよ。バンドメンバー仕切るの」

「意味わかんねぇよ。なんでこの中で1番何も出来ない俺に・・・」

「そりゃあ、これはレン君のために集められた集団だし・・・」

「え?」

「何度も言うけど、これはアナタが始めた戦いでしょ?始めた要因には、ワタシやマリナも絡んでるかもしれないけど・・・」

 

 ・・・確かにそうか。始めると決めたのは俺だ。

 そして形で言うなら、この2人は俺に着いてきてくれたことになるのか。

 

「そう。私たちはただ、レン君のためだけにここに居る。私がギターを教えるのもレン君のためだし・・・」

「ワタシがここまでの援助を惜しみなくやるのも、全てレンのため。変な話よね。大した報酬も無ければ、ただ時間を取られるだけなのに」

「バンドだって、レン君のためだけに組まれたものだし、レン君がリーダーになるのは当然だと思うけど?」

「寧ろ、この状態でアナタ以外のリーダーが就く方がおかしいでしょ」

 

 今思うと、本当に尽くされてばかりだ。こんな俺だけのために・・・。

 

「2人は、どうしてそこまで・・・?」

「別に?ワタシは面白そうだから乗っただけよ。湊友希那への嫌がらせの目的もあったけど。でも、アナタを見てるうちに、アナタがどこまでやれるかを見たくなった。才能を持たざるアナタが、どこまで足掻くのかをね・・・」

「チュチュ・・・」

「私も、最初に乗った理由は大したことじゃないんだけどね。1人のバイトの少年が音楽に興味を持ったらしいから、せっかくだしギターでも教えるかって、ただそれだけだったんだよ」

「まりなさん・・・」

「ただでさえ、一度は音楽から離れた身だからさ。少し前の私なら、多分バンドに加わったりしなかったと思う。大の大人が深入りするのも違うかなって思ってたし」

「・・・」

「でも、頑張ってるレン君を見てるとさ・・・やっぱり応援したくなっちゃうんだよ。だから私も、一度離れた楽器演奏に、もう一度手を出してもいいかなって思えたの」

 

 まりなさんは優しく微笑んで続ける。

 

「達成できるかも分からない目標に必死に食らいつく君を見て、私にも火が付いたんだろうね。君が本気で挑む姿には、それだけの値打ちがあった」

「分かんないですよ。俺は、ただ自分のためだけに、やれることをやっただけだ」

「でも、それだけで充分だった。過去と向き合うという目的以外に、君はライブをすること加え、リサちゃんや友希那ちゃんをあっと言わせたいという目標まで掲げて見せた」

「練習して音楽に触れてからは、更に生意気言ったなって思いますけどね。達成できるかなんて、分かったもんじゃない。出来ない可能性の方が高い勝負だ」

「そう言う割に、あそこまで真剣だったのはさ・・・」

「そうですね。それでも俺はやっぱり、その生意気な目標を、何が何でも達成したいんです」

「うん。やっぱり君は良い目をするようになった」

 

 まりなさんは、俺の目を見据える。

 そんなまりなさんも、かなり良い表情をしているが。

 

「いいことを教えてあげる。君は自分の目標を達成できるか分からないと言った。そしてその上で、何が何でも達成したいと言った」

「・・・」

「君が持つソレには、もっと良い表現がある」

 

 まりなさんの手が、俺の肩に乗せられる。

 

 

 

「人はソレを『夢』と言うんだよ。レン君」

 

 

 

「『夢』・・・?」

「うん。君は今、夢に向かって頑張ってる途中なんだよ。ふわっとした言い方だけど、『目標』って言うよりしっくりくるでしょ?」

「夢・・・俺、初めて持ったかもしれません。こんな感じなんですね。夢を持つって」

 

 夢なんて、見ても悲しくなるだけだった。どうせ不可能なことばかりだったから、なのに、今の俺は、こんなにも昂っている。

 

「そういうもんだよ。夢を持つと、時々すっごい切なくなるけど、時々すっごい熱くなる。私は叶えたい夢も無いけど、夢を撃ち抜くお手伝いぐらいなら出来る。そう思うから、私は君についていくんだよ」

「なるほど。そこまで言われちゃ、俺も腹を括るしかないのかな」

 

 経験も浅い人間が、この2人を差し置いてリーダーなんて、おかしな話だが。

 

「さぁレン。自分の立場に、ちゃんと納得はできたかしら?」

「あぁ。さっきは突然だったけど、もう大丈夫だ」

 

 バンドメンバーの2人が、リーダーとしての俺を見つめる。

 

「2人とも。俺には夢がある。叶えるためには、まだまだ2人の力が必要だ」

「「・・・」」

「多くは言わない。あともう少しだけ、俺を手伝ってくれ」

 

 誠意を持って頭を下げる。

 そうだ。2人があまりにも当然のように手伝ってくれるから、こうして頼み込んだりはしていなかったな・・・。

 

「OK.アナタの『覚悟』は確かに受け取った」

「うん。君の黄金のような『夢』に賭けるよ。レン君」

 

 俺たちはこうして、新たにバンドとしてのスタートを切ったのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「あっ、そう言えば、まだ重要なパートを決めてないぞ!」

「「パート?」」

「ボーカル。結局誰が歌うんだよ?」

「レン君でしょ?」

「アナタ以外いないでしょ」

「・・・本気?」

「「本気」」

「正気?」

「「正気?」って何よ・・・」

「俺に・・・そんなレベルの高いことを要求するのか・・・?」

「ギターよりはハードル低いと思うけど」

「ギターボーカルはハードル高いですって・・・」

「まぁ、ボーカルのことは暫く考えなくてもいいわ。まだ歌詞も出来てないし、まずはギターの方を完璧にしてもらう必要があるわけだから」

「でも、リーダーの重圧もあるし・・・」

「リーダーだからって右も左も分からない人間に全部押し付けたりしないわよ」

「そうだよ。ちゃんと私たちでフォローするから」

「いや、でも、ボーカルは本当に―」

「レン!」

「・・・!」

「覚悟、決めたんでしょ?」

「そう、だけど・・・」

「さっきも言ったけど、歌に関しては暫く考えなくていい。ギターを完璧にして、歌詞が出来上がった時に、また話し合いましょう」

「・・・そうだな」

 

 

 ・・・バンド活動は結成して早々、気が重くなりそうだった。

 





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終章7.始動

 

 チュチュに渡された曲には、まだタイトルも歌詞も無かった訳だが、そのメロディは俺を一瞬で虜にした。

 難しい部分は多かったが、それでも形にはしようと奮闘した。

 しかし、難しいのはメロディをなぞることだけじゃなくて・・・。

 

「レン!もうちょっと周りの音を聞きなさい!」

「無茶言ってんじゃねえ!ただでさえ、こっちは自分のことで手一杯なのに、そんな余裕ある訳ねえだろ!」

「違う!アナタはそもそも自分の音に没頭し過ぎなのよ!その集中をちょっとは周りに合わせることに向けなさい!」

「仕方ないだろ!没頭しなきゃもっと弾けないんだよこっちは!」

「2人とも、一旦落ち着こ?ね?」

 

 まりなさんの声と共に、言い争いは終わり、ぶっ続けだった通しの練習も中断された。

 体力切れで倒れ込む俺をよそに、チュチュとまりなさんは余裕そうな表情で水分補給をしている。

 ・・・タフだなぁ。

 

「レン。さっきはキツく言ったけど、演奏自体は良くなってるわ。ちゃんと曲としての形にはなりつつある」

「はぁ・・・はぁ・・・。そうかよ」

「だからこそ、形になりつつあるソレを、周りに合わせてもらう必要がある。ワタシ達は当然アナタをフォローするけど、少しはアナタからも歩み寄ってもらわないと困る」

「さっきも言ったけど、そんな余裕無いんだって。自分が弾くので精一杯なんだ。それすらも100%上手くいってる訳じゃないのに・・・」

「さっきも言ったけど、原因はそれだけじゃなくて、アナタがギターに没頭し過ぎてることにもあるのよ?」

「没頭・・・そうか?」

「アナタ、1回でも1つのことに集中すると周りが見えなくなるタイプでしょう?ただでさえ時間の流れも忘れて、無許可のまま人の家でオールする程なんだから」

「その件は悪かったって・・・」

「あとレン君、演奏終わるとやけに息切れしてる時があるけどさ・・・」

「はい」

「多分、所々で呼吸するの忘れてるよね?」

「・・・そうなんですか?」

「レン君・・・」

 

 確かに、言われてみれば今の息切れも、体力切れだけが原因じゃないのかもしれない。

 

「でも、それはレン君が慣れていけば、余裕も生まれてどうにかできるんじゃないかな?」

「そういう・・・もんですかね?」

「うん。ライブが出来るようになるのも、あと少しだと思うよ」

「あぁ、ライブと言えば、レン。アナタ、ライブは結局どうするの?リーダーなんだから、そのぐらいは考えてあると思うけど」

「実は、それに関しては考えてることがある。練習終わりにでも言おうかと思ってたんだけど、タイミング良いから今言うか」

「・・・?」

 

 しばらく横になって呼吸は整ってきた。

 俺は上半身を起こし、2人に向き直った。

 

「1か月とか2か月後ぐらいにさ、CiRCLEで合同ライブがあるのは知ってるよな?」

「そりゃあ、私スタッフだし」

「その合同ライブならワタシたちRASも出演するつもりだから把握してるけど・・・まさか、それにエントリーするつもり?」

「一曲だけなら、前座の枠でいけると思ってる。それに、出演者がみんな俺と交流があるから、俺の演奏で驚くやつは全員そこに集まることになる。当然Roseliaも出るから、メインターゲットも絶対に居合わせることになる」

「そうなの?」

「えっと、今決まってるのは、ポピパに、Afterglow、パスパレ、Roselia、ハロハピ、モニカ、そしてRASの7バンド。確かに、サプライズにはもってこいだけど」

「でも、RASが出るとなると、チュチュの負担が・・・」

「いいわ。やりましょう。レンの目標に最も適しているのなら、やらない手は無い」

「即決はありがたいけどいいのか?負担、凄いぞ?」

「見くびらないで。たった一曲ぐらい負担でも何でもないわよ」

「よし、じゃあ後は、そもそもエントリー出来るかどうかだけど」

「まぁ、そこは私に任せてよ。前座に一曲入れるぐらいなら問題ないと思うし」

「じゃあ、ライブに関しては・・・」

「マリナが枠を確保できるか次第ではあるけど、決定で良さそうね」

「よし、出ようぜ。合同ライブ・・・!」

 

 ライブに使う曲も練習できるようになり、ライブをする会場も決まった。

 ふわっとしていたものが、どんどん形になっていく。

 

「ねぇ。この際だから、ワタシからも1つ、聞いて貰っていいかしら?」

「相談か?」

「と言うより、提案なんだけど」

 

 ふぅっとため息を吐いて、チュチュは続ける。

 

「今日まで練習してきて思ったけど、やっぱりドラムが欲しいわね」

「やっぱり、チュチュだけじゃ厳しかったのか?」

「そうね。打ち込みとDJでどうにか出来ると思ったけど、流石に無茶だったわ。やっぱりドラムは生の圧が欲しい」

「そうだね。やっぱり人が叩くものに合わせる方が、感覚掴みやすいし・・・」

「そうですかね?誰が叩いてるとか、あんまり関係なくないですか?」

「『関係ない』なんて戯言が出るのは、アナタが周りの音を聞いてないからよ」

「それは・・・申し訳ない」

「それに、レン君と相性のいいドラムの音があれば、レン君のギターのリズムも安定するかもだし・・・」

「レン。アナタ、ドラムやってる知り合いとかいないの?」

「いるっちゃいるけど、みんな合同ライブの出演者なんだよな・・・」

「じゃあ、力を貸してもらうとすれば、あの7バンドの中からってことになるね」

「・・・そうなりますね」

「誰の力を借りるか、ワタシ達で決めてしまわないといけないわね」

「でも、どうやって?」

「そうね。取り敢えず、合同ライブの出演者がどんな順番でステージに上がるのかをまとめましょう」

「まとめてどうするんだ?」

「いいからまとめなさいよ」

「そうだね。えっと、確か・・・」

 

 

1.Poppin’Party

2.ハロー、ハッピーワールド!

3.Afterglow

4.Pastel*Pallettes

5.Morfonica

6.Roselia

7.RAISE A SUILEN

 

 

「こんな感じだね」

「それで予定だと、これの更に最初に、俺たちが参戦しようとしてるんだよな?」

「となると、始めのポピパ、ハロハピの2バンドはダメね。ワタシ達と前座をやってすぐ後に準備をさせるんじゃ、自分達の出番が間に合わなくなる。」

「そうだね。衣装の関係もあるし」

「あと、他に無理そうなバンドは?」

「じゃあ、パスパレもダメだな。芸能人で忙しいし、いくら麻弥さんが優秀でも、ここまで集まれるタイミングが限られてるこのバンドだと、練習時間が足りなすぎる」

「となると、残りはこの4バンドだね」

「いや、もっと絞り込めるわ」

「「え?」」

「Afterglow、Roselia、RASのドラムは、恐らく組み込めない」

「なんでだよ?みんな凄いやつらなのに」

「答えは簡単。この3バンドのドラムはパワーが強すぎる。やっと初心者を脱却しようとしてるぐらいのギターボーカルなんて、すぐに食われて終わりよ」

「『食われる』って、そんな大げさな・・・」

「じゃあ、アナタは自分の技術と歌声で、あの3人と渡り合える?」

「それは・・・」

「あの3人のドラムの激しさは、アナタも知ってるでしょ?RASのドラムなんて、巷では『狂犬』って呼ばれてるのよ?練習中とか凄いんだから。アナタなんか一噛みで終わりよ」

「・・・確かに」

「あの3人の強みは、自分と同じぐらいの技術や強さを持った別パートとぶつかり合うことによって出てくるの。本来ならワタシ好みのドラムだけど、今回求めるのはそうじゃない。アナタに合わせて、支えるようにフォローが出来るドラムの方が望ましい」

 

 確かに、俺があの3人と組んでも、呑まれる未来しか見えない。

 

「となると、もう1人しか残ってないけど?」

「・・・どう転ぶかは分からないけど、このバンドの演奏は調和がよく取れてる。彼女なら、アナタの演奏に合わせられるかもしれない。交渉の価値はありそうね」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 という訳で俺たちは、誰にも勘付かれないようにと本人に念を押して、二葉つくしをチュチュのマンションに呼び出した。

 今は、いつも3人で円を描くように座ってるところに、つくしを加えたような形になっている。

 

「あの、チュチュさんに、まりなさんに・・・それにレンさんも。なんで誰にも勘付かれずに来なきゃいけなかったのかとか、なんでここに来るにあたってドラムスティックの持参を推奨されたのかとか、色々聞きたいことはあるんですけど、取り敢えずこれが何の集まりなのかだけ、教えてもらっていいですか?」

「分からないかしら?このメンバーが防音のスタジオに居るのだから、答えは1つでしょう?」

「えっと・・・」

「簡単に言うと、バンド組んでるんだよ。私たち」

「あぁ、なるほど。バンドを・・・。えっ!?待ってください!レンさんって音楽やらないんじゃなかったんですか?」

「そうだよな。まずはそこから説明しないとだよな」

 

 つくしを俺たちの活動拠点に招いた俺たちは、バンドを組むことになった経緯を説明した。

 音楽を受け付けなかった俺の体が、音楽に順応したこと、それを機に、逃げていた音楽にもう一度向き合おうと決めたこと、その過程で友希那さんをあっと言わせるという目標が出来たこと、その目標を達成するため、合同ライブに向けてバンドを組んだこと、そして・・・。

 

「それで、やっぱりドラムが要るよなってなって、出演者の中でお前が1番求める人材だよなってなって・・・」

「だから、私を呼んだんですね」

「レン君の目標の問題で、このことは極秘で進めてるから、なるべく誰にもバレたくなかったの。だから理由も伝えずに連れてくることになっちゃって」

「事情は分かりました。つまり・・・」

「つくしをスカウトしたい。でも、その話の前に言わなきゃいけないことがある」

「言わなきゃいけないこと?」

「まず、このバンドのことは誰にも言わないで欲しい。そして、このバンドは練習時間が上手く確保できる訳でもない上に、練習開始は基本的に夕方から夜。自分のバンドの練習をしながらやるのは負担も大きい。それでいて、このバンドは俺の目標を達成するためだけに組まれて、メンバーも、そのためだけに集まってくれてる。だから、つくしに特別なメリットがある訳でもない」

「それでも、私に入って欲しいんですよね?」

「あぁ。俺たちに、力を貸して欲しい」

 

 床に座りながら、俺はつくしに頭を下げる。

 目視は出来なかったが、まりなさんやチュチュまで頭を下げていた。

 

「時間とか、負担の問題はありません。そこは私が頑張ればいいだけだし、メリットが無いとかも、関係ないです。レンさんにはお世話になってますし、役に立てるなら喜んで力を貸します。ただ・・・」

 

 返事は快いものだが、話はまだ終わらない。

 

「私の実力って、まだ詳しく見せたりはしてないですよね?」

「でも、つくしが上手いのはみんな知って―」

「レンさん。それじゃダメなんですよ。加入してからイメージとズレが出ちゃいけないですし、正確な実力も見せずに『このバンドに入れろ』なんて、そんな無責任なことは出来ません」

「つくし・・・」

「バンドのリズムを預かるのって、そのぐらいに重いことなんです」

 

 そう言うとつくしは立ち上がって、バッグからドラムスティックを取り出す。

 

「だからまず、私がその『責任』を果たします」

 

 慣れた手つきでスティックをいじり、2本指でスティックをクルクルと回し、自分の手にスティックを馴染ませる。

 その後に確認が終わったのか、つくしは俺たちに向き直る。

 

 

 

「テストしましょう。私のドラムが、皆さんのリズムを預かるに相応しいかどうかを」

 

 スティックを携えながら俺たちを見据えるつくしは、もう既に頼もしく見えたし、何なら今世紀で一番カッコよかった。

 





 ハーメルンのバンドリ部門。今週だけは、多分この作品が一番UA稼いでると思います。

 次の更新は、明日。

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終章8.相性

 

 つくしのテストは俺たちが練習してる曲の一小節を、俺のギターと一緒に演奏し、それをチュチュとまりなさんが聞く形となった。

 

「ツクシ 二葉?もう一度言うけど、このテストで見るのはアナタが上手いかどうかじゃない。アナタがレンのギターに合うかどうかよ」

「はい」

「レンのギターの実力はまだ下の下。アナタが普段合わせてるMorfonicaのギターよりもずっと格下よ」

「それも、承知してます」

「OK.渡した譜面の練習は、もういいかしら?」

「はい。結構いい曲ですね。アップテンポな激しさの中に、どこか真剣さがあって・・・」

「Thank you.じゃあ、そろそろいきましょうか」

 

 合図と共に、俺はつくしと向かい合う。

 

 1・・・2・・・3・・・。

 

 ~~~♪

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 演奏を始めてすぐに直感した。チュチュが俺に言っていた『音を合わせる』とはこのことだったのかと。

 思わずドラムの方へ意識を向けると、一瞬つくしと目が合う。

 

 ~~~♪

 

「(なんだ?この感覚・・・。でも分かる。音を合わせるのは苦じゃない。それどころか、ドラムの音のお陰で更に弾きやすい)」

「(この人、最近まで初心者なんじゃなかったの?実力、全然下の下なんかじゃないじゃん!短期間で、練習時間も安定してない状態でコレって、どんな鍛え方したの!?)」

 

 ~~~♪

 

「(間違いねぇ。絶対にいつもより調子がいい)」

「(ギターのフォローをしようって思ってたのに、私自身も叩きやすさを覚えちゃってる)」

「(これは・・・)」

「(この感覚・・・)」

 

 ~~~♪

 

 

「「(気持ちいい・・・!!)」」

 

 

 つくしとの演奏は、最高の状態で終えることとなった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 チュチュとまりなさんの方を見ると大変満足そうな表情が見られた。

 

「なぁ、2人とも。どうだった?出来ることなら俺は―」

「言わなくてもいいわ。まさかレンがあのタイミングで音を合わせることを覚えるとはね」

「演奏も、格段に良くなったよね。粗さは目立つけど、最後まで勢いも止まらなかった」

「いや、つくしのドラムが良かったんだ。なんか、分かんないけど、初めての感覚だった」

「レンさん!実は私も感じてたんです!あの、見えない何かで繋がってるような・・・」

「なるほど。アナタたちは相性が良いのね。技術や理屈の問題じゃなくて、もっと根幹にある何かが共鳴してるのかも・・・?」

「チュチュちゃん、珍しくアバウトな表現だね」

 

 相性・・・。

 つくしの方を見ると、つくしもこちらを向いている。それが少しおかしくて、お互いに笑ってしまう。

 なるほど。確かに相性は良いのかもしれない。

 

「なぁ、つくし」

「はい」

 

 手を、差し出す。

 

「バンドやろう。俺たちで」

「・・・!よろしくお願いします!!」

 

 ドラム、加入。

 小さくも逞しい両手は、確かに俺の右手を握り返した。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 つくしのドラムを聞けるようになってから、俺は演奏中に他のパートの音も聞けるようになっていった。

 他のパートの演奏は敵じゃない。俺を支えてくれる頼もしい味方だ。俺の脳は、そんな当たり前のことをようやく理解したのだ。これもつくしのお陰だ。

 しかし、当然そこまでのことが出来るようになると、当然練習も激化するのは当然で。

 

「はぁっ・・・!はぁ・・・」

「レン君。また体力切れしてる・・・」

「ってことはまた集中のし過ぎで呼吸忘れたわね」

「レンさん、お水どうぞ」

「はぁ・・・ありがと。頭がドクドクする・・・」

 

 またも通し練習が終わって倒れ込む俺に、それに駆け寄って俺の水筒を差し出してくるつくし。

 運動部のマネージャーみたいで可愛い。俺はそれどころじゃないけど。

 

「ぷはっ・・・。演奏終わりに高確率でこうなるのは、俺の課題だな」

「そうよ。まだ一曲フルで出来てる訳でもないんだから。ワタシが作詞を完了するまでにどうにかしてもらわないと困るわ」

「でも、1つの演奏にここまでの集中力を使えるなんて、やっぱり凄いです」

「でも、如何せんコントロールがな。みんなと音を合わせてると、更に曲の中に入り込んじまう」

「あとレン君、自分の痛みにも鈍感になるでしょ?」

「痛み・・・?」

「その左手・・・これ以上放っといたら皮剥けるよ」

「えっ?うわ、マジだ。また絆創膏買ってこないと。タコもできてるし。それに傷跡見たら痛くなってきた。くそっ・・・」

 

 でも、まだ足りない。まだ頑張らないといけない。この中で一番何も出来てなのは俺だ。

 この程度で音を上げてる訳にはいかない。センスも才能も何もない俺に出来ることなんて、頑張ることしか無いのだから。

 そう考えながら指の傷を握りしめ、気合を入れて上半身を起こし、俺を含めて円形に並んだメンバーを見てると、やっぱり表情に余裕さがある。

 精々、すこし汗が流れている程度だ。

 

「チッ、化け物どもが・・・」

「あっ、レン君ひっどーい!女の子相手に」

「他2人はともかく、まりなさんはもう『女の子』って年でもないでしょ」

「どうしたのレン君?君からケンカ売ってくるなんて珍しいねぇ?」

「いやっ、違いますからね?そういう意図じゃなくてですね?」

「でもあの言い方は良くなかったねぇ?」

「いや、だって社会人じゃないですか!明らかに大人ではあるでしょう!」

「それでも心は10代なの~~~っ!!」

 

 まりなさんに頭を揺らされながら、俺は考える。

 ギターも、この調子で練習すれば1曲をフルで詰まらずに弾ききることができると思う。曲に入り込んでも、周りの音はちゃんと聞こえるようになった。

 ただ、入り込み過ぎて息切れを起こすのは、まだ度々起こる。

 どうしたものか。

 

「ふんだ!レン君なんか知らない!もうチュチュちゃんに構ってもらう!」

「あぁ、それならどうぞ。行ってらっしゃい」

「ちょっ、せめて止めなさいよ!レン!このままだと―」

「チュチュちゃ~ん!イチャイチャしよ~!」

「暑いから!ちょっと!ギャアァァ!!」

 

 まりなさん抱きつかれて断末魔を上げるチュチュをよそに、考え事は続く。

 みんなは、どうしているんだろう?

 

「つくしって、演奏中に息切れとかはしないのか?」

「そうですね。単純にスタミナが尽きかけて息切れはありますけど、レンさんみたいに呼吸を忘れたり、入り込み過ぎて頭への負担が凄いってパターンは、そもそも一般的じゃないというか・・・」

「そもそも、なんでこんなに集中しちゃうんだろ。多分コレ、普通じゃないんだよな?」

「うーん。そもそも、どんな感覚なんですか?その普通じゃない集中って」

「何だろ。そもそも集中より、没頭に近いんだよな。あの感覚。なんか、意識とか、指先の感覚が研ぎ澄まされて、必要なもの以外のことが一切頭に入ってこなくて・・・」

「なるほど。それで?」

「あとは、時間の流れを忘れたり、長時間が一瞬に感じたり、頭の回転が速くなって、興奮してるような、落ち着いてるような、思考が鮮明なような、ふわふわしてるような、そんな感じ」

「ふーむ。その状態のレンさんは、どんな気持ちなんですか?」

「いや、感情が入り込む余地がないぐらい集中してて、気持ちとかは分からない。なんでも出来そうな感じはするけど」

「うーん・・・」

「言葉にすると訳わかんなくなるな。でも、本当にそんな感じなんだ」

「いや、似たような体験、ましろちゃんから聞いたことあります」

「え?」

「はい。ライブ中のことなんですけど、その時のましろちゃんの歌、凄く調子が良くて。話を聞いたら、似たようなことを言ってました」

「マジか・・・」

「その時のましろちゃん、お客さんの動きがスローモーションに見えたらしいんです」

「スロー・・・。確かに記事作成の時も、キーボード上で指の動きがゆっくりに見える時はあったかもしれない。思えば、練習中のギターの指の動きも・・・」

「その話、ちょっと興味深いわね」

 

 まりなさんに後ろからホールドされながら、そのままあぐらの上に収まったチュチュが俺たちの話に割って入る。

 マスコットみたいになってて可愛い。

 

「多分アナタ、何かに没頭する度に、普通よりも高確率で、アスリートの『ゾーン』みたいな状態になってるのよ」

「「ゾーン?」」

「チュチュちゃん。でもそれ、狙ってホイホイ出せるものじゃないやつだよね?余程の極限状態じゃないと」

「そうね。でも、レンはその極限状態を、今まで日常的に味わってきた。そうでしょ?」

「まぁ、締め切りに追われてる状態がそうなら、確かに極限状態ではあるけど」

「そう。決められた時間によって脳にプレッシャーを与え続けていた状況は、脳の回転数にも繋がる。そうやって極限状態になり慣れたアナタは後天的に、ゾーンに入りやすい体になっていたのよ」

「ゾーン・・・」

「まぁ、一流アスリートのゾーンは呼吸忘れて息切れなんてしないし、本物のゾーン自体はもっと高度なものだし、さっき言った通り、レンのはあくまで『ゾーンのようなもの』だけどね」

「まぁ、無呼吸で試合なんて出来ないからな」

「でも、それは演奏でも一緒よ。アナタの無呼吸、まだまだ頻繁に起こってる訳だし」

「でも、レン君の集中自体は悪いものではないよ。実際あの状態のレン君は格段にミスが減るし」

「そうですよ!始めたてであんなに弾けるなんて凄いです!」

「実際、音楽センスが特別強い訳でもないレンが短期間であそこまでギターが上達したのだって、並々ならぬ努力に、部活で培った能力のブーストの影響が合わさったからだと思えるし」

「みんな・・・」

 

 俺の体や頭の中がどうなってるのかは知らない。でも、俺の目標がより近い場所になっていることだけは分かった。

 

「ありがとう。課題は多いけど、頑張ってみるよ」

 

 いつの間にかまりなさんのホールドから抜け出したチュチュ、まりなさんに、つくし、円形に並んだメンバーを見ながら改めて意識を新たにする。

 このメンバーなら本当に、今まで俺が成し遂げられなかったことを、達成できるかもしれない。

 ・・・頑張らないと。

 

「みんな」

「「「・・・?」」」

「俺、絶対に上手くなるから。これから先の練習も、よろしく」

 

 この頼もしすぎるメンバー達に報いるためにも、俺は今一度、自分の誓いを宣言する。

 そんな誓いに、メンバーの3人は不敵に笑って応えてみせた。

 





 奇しくも、バンドリの新世代2バンドのリーダー2人と、メインキャラでこそないけどバンドリで重要なポジションのキャラがメンバーに。
 何の因果か。
 なかなかのドリームバンド。

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終章9.逃走

 

 つくしがバンドに加入してからというもの、俺のギターの調子はすこぶる上がっていった。演奏にも余裕が出てきて、ミスも着々と減りつつあった。

 そして今はつくしと2人でスタジオに籠り、音を合わせ続けている。チュチュは別の作業が佳境に入って手が離せないらしい。まりなさんは忙しいから後で合流するとのこと。

 

「お兄・・・じゃない。レンさん、またギター上達した?」

「呼び方変えるなら敬語もつけろよ・・・。でも、そうだな。指がギターに馴染んできたことは分かる。今までは集中して、頭ではこうしようって思っても指が追い付かなかったんだけど、今はそれが消えつつある」

「体の感覚が、ようやく脳に追いついたってこと?」

「そうだな。と言っても、未だに要所で出てくるFコードは指が追い付かないんだけど・・・。演奏中のコードチェンジであれを抑えるのは、まだ指先の慣れが足りない」

「でも凄いよ。こんな短期間でここまで習得するなんて。もう少しで1曲フル演奏出来るんじゃない?」

「いや、まだだ。もっと頑張らないと・・・」

 

 それに、これは1人でやってきてる訳じゃない。

 

「俺がここまで音合わせが出来るのは、お前がドラムを叩いてくれるお陰だよ。つくし」

「そう?」

「あぁ。俺がどんなに演奏の沼に沈み込んでも、お前のドラムはちゃんと聞こえる。なんて言うか、つくしの音は体に馴染むから、聞いていて安心するんだ」

「前にも言われたけど、相性が良いんだろうね。私も、レンさんのギターは体に馴染むから、ちゃんと叩きやすいし」

「そうだな。だからこそ俺はドラムを通じて、メンバー全員と音を合わせられるんだと思う」

「でも、どうして私とレンさんは相性が良いんだろう?楽器の経験も差が出てる筈なのに」

「うーん。兄妹だから?」

「別に私たち、血の繋がりも無ければ、書類上の繋がりも無いじゃん。幼少期を共に過ごしたわけでもないし」

「さっき俺のこと『お兄・・・』って言いかけてたくせに」

「ぐぬぬ・・・」

 

 可愛い。

 

「さて、そろそろ練習に戻るか」

「だね。休憩も充分取ったし」

「じゃあもう1回、最初から合わせよう」

「了解」

 

 ドラムセットに座るつくしと向かい合い、俺たちはチュチュとまりなさんが合流するまで、ひたすらに練習にのめり込んでいくのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「アナタたち!やってるわね!」

「やっほー2人とも。差し入れ買ってきたよ!」

「おいつくし!差し入れだってよ!」

「やったー!」

 

 つくしとの練習に一段落ついた辺りで、達成感に満ちた顔のチュチュと、仕事終わりのまりなさんがスタジオ入りした。

 この後は誰が言い出す訳もなく、いつも通りにメンバー揃って円形に並んで座り込む。

 事前に言われてはないが、多分ミーティングの雰囲気だ。

 

「全員、揃ってるわね?」

「揃ってるけど、何か報告?」

「えぇ。いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?両方アナタに関係することよ」

 

 メンバー全員が、俺の方を見る。

 リーダーのお前が決めろってことか。

 

「・・・悪い方から」

「OK.よく聞きなさい」

「おう」

「まず、これからアナタに練習してもらうべきことが更に増えることになったわ」

「えっ、なんで?」

「忘れているかもしれないけど、アナタはギターではなくギターボーカル。作詞は出来てないから暫くボーカルのことは考えなくていいと言ったけど、ついさっき、その『暫く』が終わったのよ」

「と言うことは・・・。じゃあ、お前が言ってた『いい知らせ』って」

「そうよ。ついにこのバンドのオリジナル楽曲の作詞が完了したわ!!」

 

 おおぉーー!!

 と、俺たち3人の拍手がチュチュに送られる。

 そして、それと同時に俺たち3人のスマホが一斉に振動した。

 

「これが楽曲に仮歌を差し込んだデータよ。レンにはこれを聞いて練習をしてもらう」

「なるほど。じゃあ、早速聞い―」

「No.それはまだ後の話よ。アナタがどれだけ歌えるのかは、まだ誰も分かっていない。アナタ自身でさえも」

「えっと、つまり・・・?」

「だから、今日の練習の最初はアナタのボーカルとしての能力を試す」

「ボーカル・・・」

「何よ?覚悟決めたんじゃなかったの?」

「いや、歌なんて・・・もうずっと歌ってないからな。合唱祭も逃げ続けたし、なんならそれが原因で不登校になったぐらいだし、今でこそ付き合いが良いことで定評のある俺だけど、カラオケの誘いだけは絶対に乗らずにやってきたし」

「レン君、鼻歌すら歌わないもんね」

「そうやって聞くと、本当に音楽を避け続けてたんですね」

「ここまで逃げ続けてた俺に、務まるのかな・・・」

「だから、その務まるかどうかを最初に見るって言ってるのよ。それに、今まさに立ち向かおうとしてるのだから、逃げてた過去なんて関係無いわ」

 

 そう言うと、チュチュはマイクスタンドを準備し、言い放った。

 

「何でもいいわ。まずは好きな歌を歌いなさい」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺はマイクスタンドの前に立っている。

 更にその前には、俺を見守る3人のメンバー。

 

「・・・」

 

 覚悟は決めていた。

 過去と向き合うことも、ちゃんと決めた。

 ギターだって、弾けるようになってきた。

 

「・・・・・・」

 

 なんでもいいから、好きな歌を、歌う・・・。

 

「・・・・・・・・・」

「あの、レン君?」

 

 好きな歌を歌うって・・・なんだ?

 チュチュは、何を言っているんだ・・・?

 

「は・・・ぁ・・・」

 

 せめて、せめて声を出そう。

 

「はぁ、あぁ・・・」

 

 おかしい。まるっきりダメだ。なんでここに来て何も頑張れないんだ俺は・・・?

 歌おうと思えば思うほど、呼吸が浅くなる。体が震えて、足がすくんで、冷や汗が止まらなくなる。

 

「かっ・・・はぁ・・・っ!」

 

 歌わないと・・・

 歌わないと歌わないと歌わないと歌わないと・・・!

 

「あ  ―」

 

 焦る気持ちに体は追い付いてはくれず、俺の体は膝から崩れ落ちて、急いで駆け寄るメンバーの3人の姿を最後に、俺の意識は途絶えた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 意識は倒れてからすぐに戻った。多分、ただの一時的な失神だったのだろう。

 今は、スタジオの壁に背中を預けて座り込んでいる。

 

「心配しましたよ。いきなり倒れるから」

「あぁ、悪い・・・。寒いな」

「凄い汗だもんね。ほら、このタオル使って」

「どうも・・・」

 

 顔と首筋の汗を拭いて、自分の身を抱くように体を温める。

 呼吸はマシになったが、気を抜くと、また体が震えそうになる。

 

「ホットミルク、淹れてきたわよ。熱いからゆっくり飲みなさい」

「うん。・・・ごめん」

「そういうのは体調戻してから」

「はい・・・」

 

 ホットミルクはありがたい。

 でも、大雨に降られた時のように冷え切って、重くなった体には、雀の涙ほどの効果しかない。

 

「過度の発汗、体の震え、浅くなった呼吸、おまけに極度の緊張状態による気絶・・・症状だけならPTSDと一緒よ?アナタ、マイクスタンドで殴り殺されそうになった経験でもあるの?」

「いや、それは・・・無いと思うけど」

「じゃあ、マイクの前に立ってる時、どんな気分だった?」

「えと、それは・・・」

「・・・いや、やっぱり言わなくていい。酷なこと聞いたわね」

「え、なんで・・・?」

「レンさん。体、震えてます」

 

 気付くと、俺の体はガタガタと震え、手汗も酷くなっていた。

 

「どんな気分だったかは、あまり覚えてない。焦ってたような、不安だったような・・・そんな感じ」

「少なくとも、マイクの前で歌おうとしてる人間の心理じゃないわね」

「そうだよな。なんで、あんな風になって、気絶までしたんだろ・・・?」

「多分それ、レン君の拒絶反応じゃない?」

 

 考える素振りを見せるまりなさんが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ただでさえ音楽への苦手意識を10年以上拗らせてた訳だし、多分レン君の脳で『音楽をする=自分を傷つける行為』って公式が成り立ってるんじゃないかな?だから、レン君の無意識下には音楽への恐怖がある」

「でも、ギターはどうにかなりましたよ!なんでこっちだけ?」

「ギターは、レン君が早めに諦めることが出来たから、嫌な思い出も少ないんだと思う。でも、歌は違う。合唱祭で嫌な思いをしたり、怖い思いをしたり、友達を失くしたり、不登校にまでなったり、数年間でそれなりのトラウマを積み上げてる」

「でも、もう過去の話だ」

「そうだね。でも、心の問題はそう簡単に解決はしないんだよ。レン君の脳はね、自分を守ろうとして危険信号を出してるの。『これに手を付けたら、また辛い思いをするぞ』ってね」

 

 言われてみると、そうかも知れない。

 ギターはたまたま上手くいってるけど、歌がダメなままだったら?

 失望されて、指導されても改善できずに、更に失望されて、見限られて、これまでに積み上げてきた信用も全部失って、「あいつはもうダメだ」って・・・。

 怖くない方がおかしい。俺は、そんな怖いことをしようとしてたのか?

 

「レン君。でも、希望はまだあると思うんだ!心の問題さえどうにかすればさ・・・」

「そうですよ!頑張ればどうにか出来ますよ!」

 

 この2人が励まそうとしてくれるのは分かる。でも俺の心に浮かんだのは、何とも最低な感想だった。

 

 何言ってるんだ?こいつら。

 何が「頑張ればどうにか出来る」だ。俺が今まで頑張ってなかったとでも思っているのか?音楽を「やる」と決めただけでも頑張ったのに、10年以上逃げ続けたものと向き合うだけでも必死だったのに、ギターの指導にも死ぬ気で食らいついていたのに。

 ・・・俺は、何も頑張ってなかったのか?

 

「そうね。ステージでは大勢の観客の前で歌いきるメンタルも必要になってくる。アナタにはなんとしてでも克服してもらわないと」

 

 なんて?

 ここまでやってる俺に、心の問題もどうにかして、歌の技術も上げて、大勢の観客のプレッシャーに耐えるメンタルまで身に着けろだと?

 

「さぁ、そうと決まれば特訓よ!気合い入れなさい!」

「・・・むり」

「は?」

 

 思えば、俺の心はマイクスタンド前で倒れた時点で、既に限界を感じていたのかもしれない。

 

「・・・どういうつもり?」

「いや、だから、むり、なんだけど・・・」

 

 この3人の言葉に悪意が無いのは頭で分かってる。

 でも、なんだか、今はもう、色々と耐えられなかった。

 

「レンさん、どうしたんですか?いきなり、そんな」

「そうだよ。どうして?」

「レン、アナタの覚悟はその程度だったの?」

 

 あぁ、もう失望されてるんだろうな。

 

「ごめん・・・」

 

 でも、無理なものは、仕方がないんだ。

 

「もう、つかれた・・・」

 

 胸ぐらに掴みかかるチュチュの怒号は、あまりよく聞こえなかった。

 

「ごめん・・・ごめんなさい・・・」

 

 まりなさんに抑えられたチュチュをよそ目に、俺は自分の荷物を持ち上げた。

 

「俺なんかが、みんなを巻き込んじゃって、ほんと、すいませんでした。もう、誰にも迷惑かけないから。・・・ごめんなさい」

 

 俺は重たい足取りでスタジオを出て行った。

 あんなにも気合と覚悟を持って取り組んでいた割に、ポキリと、俺の心はあっさり折れた。

 

 またしても俺は、音楽から逃げた。

 





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過去編.呪縛


 この話は、短め。


 

 アタシの弟は、小さい頃から音楽が出来なかった。

 

 でも、アタシの弟は真面目だった。小学校の音楽の授業にもついていけなかった弟だったけど、ついていけないなりに一生懸命だった。

 家にリコーダー持って帰って自主練をする小学生なんて、そうそういないだろう。

 

「ねぇレン。こうやって1つ1つの音を繋げて、曲が出来ていくんだよ。分かる?」

「うん。わかる」

「本当に?」

「・・・ごめんなさい。やっぱりわかんない」

「うーん。説明が悪いのかな?どこが分からないの?」

「何がわかんないところなのか、分かんない・・・」

「そっかぁ」

「ごめん」

 

 でも不条理なことに、その真面目さが報われることは無かった。

 今思えば、弟は上手くなりたくて練習をしていた訳じゃなかった。動機は普通になるためで、上を目指す向上心などではなかった。

 弟は、音楽を楽しんでなどいなかった。

 怒られないために、浮かないために、嫌われないために練習する弟。

 弟はいつも何かに焦っていて、いつも何かを怖がっていて、いつも何かに怯えていて・・・いつも、辛そうだった。

 姉として、もう見ていられなかった。

 

「お姉ちゃん、今のは・・・できてるってことになる?」

「・・・」

「できてない?」

「ねぇレン。もうやめない?」

「なん・・・で・・・?」

「だって、これ以上やっても・・・」

「待って!ちゃんとやるから見すてないで!」

「・・・!」

「次はちゃんとやる!言ったこともまもる!まじめにやるから。ちゃんと歌えるようになるから。だから、お願いだから・・・」

「レン、違うよ?アタシはね―」

「お願いだから・・・嫌いに、ならないで・・・!」

 

 レンは、自分を責めるようになった。

 そしてその度に、何度もアタシに謝るようになった。

 その様子は、どこまでも痛々しかった。

 

 まだ小学生の小さな男の子にこんなことを言わせているこの状況が、もう耐えられなかった。

 

「ダメダメでごめんなさい。お姉ちゃんの弟なのに何もできなくてごめんなさい」

「レン・・・」

「ごめんなさい・・・」

 

 アタシは泣きじゃくる弟を、ただ抱き締めてあげることしか出来なかった。

 アタシも友希那も、なまじ音楽が出来たせいで、レンの痛みを分かってあげられなかった。

 

「まじめじゃなくてごめんなさい・・・!いつもふざけてごめんなさい・・・」

「レン、やめて」

「やる気がなくてごめんなさい・・・歌えなくてごめんなさい・・・」

「やめてってば・・・!」

「ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさい・・・」

「もうやめてよ!!レンが一番辛いのに謝らないで!!」

 

 これ以上、自分を傷つけて欲しくなかった。

 

「大丈夫。もう大丈夫だから。ね?」

 

 ・・・

 

「だから、もうやめよ?」

「無理だよ・・・みんなに、嫌われちゃう」

「アタシが好きでいてあげるよ。お姉ちゃんが最後まで味方してあげるから・・・」

「ごめんなさい。何もできなくて・・・」

「別に音楽なんて出来なくても、レンには他に良いところがいっぱいあるんだから大丈夫だよ。お姉ちゃんが保証してあげる。出来なくていいんだよ。出来なくったってさ・・・」

 

 アタシはもう、レンに頑張って欲しくなかった。

 これ以上は、大好きな弟が壊れてしまうような気がして。

 

 後悔がある訳じゃない。

 これ以上、音楽に大好きな弟を傷つけさせる訳にはいかなかった。

 アタシは、ちゃんとかけるべき言葉をかけたとも思う。

 

 でも、『出来ない』を受け入れるということは、『出来る』可能性を見限ることに他ならない。

 『出来るかもしれない』という可能性を、アタシがレンから奪ったんだ。アタシが、その可能性を信じきれなかった。

 それよりも先にレンが壊れてしまうかもしれなくて、それがたまらなく怖かった。

 

 レンが自分の可能性を見限った原因は、レンに理解を示さなかった指導者のせいでもなければ、レンに辛く当たったクラスメイト達のせいでもない。

 

 レンから音楽を取り上げたのは、アタシなんだ。

 



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終章10.黎明

 

 スタジオから逃げて外へ飛び出すと、既に夜は更けに更けていた。

 もう帰っても良さそうだが、のこのこと帰る気分にもなれなかった。

 

『姉さん。今日は帰らない。申し訳ない』

 

 こんなところでいいか。いや、これだけ送ったってよくはないのだろうが。

 

「もういいや。歩こ。なんかもう、色々どうでもよくなってきた」

 

 俺は独りになった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 夜の街をひたすらに歩いて、目的も無くひたすらに歩いて、歩いて、歩いて、それでも俺の中の虚無感は消えなかった。

 

「美味しいものでも食べて・・・いや、食欲も無いな・・・」

 

 時刻は既に、深夜に差し掛かろうとしている。

 ここまでメンタルが荒むのも久しぶりだ。中学以来だろうか。

 

「あの3人への謝罪文、ちゃんと考えとかないとな・・・」

 

 俺の心理に比例して、夜はどんどん更けていく。

 いっそこのまま、誰もいない場所まで逃げてしまおうか。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 この河原にはよく立ち寄るが、流石に深夜に来るのは初めてだと思う。

 川の流れる音だけがそこにあって、他には何もない。ボロボロの電灯は俺以外の人間を照らさない。誰の目も無く、目の前の水面は、ただ仄暗い宵闇を映すだけ。

 憂鬱な気分は、更に憂鬱になる。何もかも、どうでもいい。

 一度座り込むと、もう立つ気にもならない。

 

「はぁ・・・」

 

 時間も時間だからか、人通りは本当に無い。

 今は、何時だろう?日付は随分前に超えたし、2時とか3時とかだろうか?

 

「まぁ、どうでもいいか・・・」

 

 3人への謝罪も、姉への言い訳も、今は考える気分じゃない。

 音楽から逃げたことも、引っ掛かりが無い訳じゃないが、結局、生活が元に戻るだけだ。

 寧ろ、今までの忙しい生活にバンドの練習まであったのは、いくらなんでもキツかった。肩の荷が下りたと思えば、幸福なぐらいだ。

 最近はあまりにも忙しすぎたから。でも・・・

 

「でも、確かに充実してた気もするんだよな・・・」

 

 身勝手な理由で出て行った俺を見て、あの3人はどう思ったのだろう。

 怒ったのか。失望したのか。「あいつは情けない奴だ」って思ったのだろうか。

 

「ほんと、どうやって謝ろっかなぁ・・・」

 

 見上げた夜空はどんよりと曇って、星の1つも見せやしない。

 本当に、嫌になる。

 

「ぐすっ・・・ちくしょう・・・」

 

 色んな感情が混ざって、訳が分からないままに涙が出てくる。

 

「誰も居なくてよかった。本当に」

 

 深夜の河原なんて、誰かが居る方がおかしいか。

 でも今は都合がいい。この情けない自分を、誰にも見られないで―

 

「・・・いた!!」

「えっ・・・?」

 

 声に振り返ると、夜風にツインテールを靡かせて、息を切らせた少女の姿が、そこにはあった。

 よりにもよって、今の自分を一番見せたくない人の姿が。

 

「お前、今何時だと思ってるんだよ?」

「そっちこそ。高校生が出歩いてていい時間じゃないでしょ」

「・・・どうして、ここが?」

「そこら中、探し回った。連絡しても既読つかないし、リサ先輩に連絡しても、帰ってないって言うから」

「探したって・・・自分の足で、こんな時間まで・・・!?」

「お陰様で足もパンパンだよ」

 

 こいつの体力や行動力は凄いと思うが、来られても困る。

 ・・・こんなに無様で情けなくなった自分を、見つけて欲しくなんかなかった。この子にだけは。

 

「なんで来たんだよ。笑いに来たのか?」

「うるさいな。理由なんて私もわかんないよ。でも、ほっときたくなかったの」

 

 こいつは俺の気も知らずに近付いてくる。

 

「来るな・・・」

「嫌だよ。せっかく見つけたのに」

「頼んでないだろ」

「そっちだって、頼まれてもないのに出てったじゃん。『出ていけ』なんて、一言も言ってないんだけど」

「・・・来ないでくれ」

「絶対イヤ」

「その目で俺を見ないでくれ。頼むよ・・・」

「そっちが何を思ってそんなこと言ってるのかは分からないけどさ」

 

 俺の文句もすべて無視して、つくしは後ろから俺を抱きしめた。

 

「捕まえた」

 

 ・・・やっぱり、逃がす気は無いらしい。

 

「観念してよね。お兄ちゃん」

 

 取り敢えず、話をすることになった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「それで、お兄ちゃんが出てっちゃった後に3人で話し合って、この問題は明日もう一度考えようってなって解散したんだけど、なんかこのまま帰りたくなくて、だからそのまま街を探し続けたの。時間はかかっちゃったけどね」

「そうか。面倒かけたな。連絡も、ちゃんと見ればよかった」

 

 頑張って返事はしてるが、あまり話は入ってこない。

 

「それで、そろそろ本題に入るけどさ。・・・なんで出てっちゃったの?」

「・・・別にいいだろ。何でも」

「バンド、嫌になったの?」

「そうじゃ、ない・・・」

「・・・?」

 

 諦めたいとか、頑張りたくないとは、違うと思う。その筈だ。

 ただ、終わりの見えないマラソンに、自分の足がついていけなくなって。

 

「なんか、もう、体が動かないんだ・・・」

 

 それは、自分の意思だけじゃどうにもならなくて。

 

「もうちょっとでみんなみたいになれると思ったんだ。辛いことがあっても、乗り越えられると思ったんだ。でも、ダメなんだ。頑張ろうとしてる筈なのに、心のどこかでもう頑張りたくなくなってる自分がいるんだ」

「お兄ちゃん・・・」

「やっぱり、俺なんかが音楽をやるべきじゃなかったんだ。身の程を理解して、身の丈に合ったことだけやってればよかったんだ。こんなので弱気になるような人間が音楽なんてやっちゃいけなかったんだ」

「やっちゃいけないなんて、そんなことないよ・・・」

「うるさいな!出来ないものは仕方ないだろ!」

「だからそんなことないって言ってるでしょ!勝手に決めないで!」

「お前こそ勝手なこと言ってんじゃねえよ!何も知らないくせに!」

「知らないから聞きに来たんでしょ!」

「放っとけって言ってんだろ!もう無理なんだよ!」

「無理って言わないで!!」

「・・・!」

「言い切っちゃったら、本当にそうなるじゃん。あともうちょっとで出来るかもしれないじゃん!」

「俺だって!みんなみたいにやれるならそうしたいよ。でも限界なんだよ!やれるだけやってこれしか出来ないんだ!最初から何もかも持ってるお前らとは違うんだ!」

「違わないよ!私たちとあなたは何も違わない」

「でも違ったんだよ。俺なんかがやっても、全部無駄だったんだ」

「・・・なんて?」

「無駄だったんだよ。・・・今思えば、全部くだらない茶番だった」

 

 それを聞き終えると、つくしは俺の前に移動してきた。

 そして・・・

 

「先に謝っとく。ごめんなさい」

 

 バチンッ!!

 

 鮮烈な痛みが、俺の頬を強く打ち付けた。

 じんわりと、刺すような感覚が迸る。

 

 歯を食いしばって怒りの表情を作ったつくしが、そこに居た。

 

「なんで、そんなこと言うの・・・!?」

「お前らには悪いと思ってるよ」

「そうじゃない!どうして自分が積み上げた時間まで否定するの!?他でもないあなたがそれを否定しないでよ!自分が懸けてきた想いまで消さないでよ!!」

 

 つくしは呼吸を整えながら、それでも俺に語り掛ける。

 

「今まで頑張ってきたあなたまで、否定しないでよ・・・」

「つくし・・・」

「こんなことで、全部無駄だったなんて、そんな悲しいこと言わないで」

「仕方ないだろ。最初から無理だったんだ。才能は絶望的に無くて、そのせいで付きまとってきたトラウマまである。生まれた瞬間から勝負は決まってたんだ」

「勝負、ね・・・」

 

 つくしはそれだけを呟くと、ため息を吐きながら明日の方向を向いた。

 昇った血を落ち着かせて、つくしが続ける。

 さっきとは、かなり毛色が違う。

 

「お兄ちゃんはさ、オセロの勝ち方って知ってる?」

「オセロ・・・?」

「最初は相手に多く取らせるんだよ」

「・・・それが、なんだってんだよ?」

「そもそもさ、最初から勝負に勝ってる人間なんかいないんだよ。最初から環境も手札も揃ってる人間なんて、ほんの一握りだけ。人生ってのはさ、逆転することが前提で進むんだよ」

「逆転・・・」

「それこそオセロと一緒。物事への挑戦って、何度も負けて負けて、負けまくってからが、本当の勝負なんだよ」

「負けまくってからが、勝負・・・」

「そ。そうやって最後は大胆に返す。今のお兄ちゃんは、まさにそれの途中なんだよ」

「いや、そんなこと―」

「あるんだよ。お兄ちゃんは多くの挫折を知った。多くの痛みを味わった。・・・ここまで苦しんだんだよ?だから、『もういい』でしょ?」

「簡単に言わないでくれよ!マイクの前に立つ度胸も、歌の技術も、大勢の観客のプレッシャーに耐えるメンタルも、俺は持ち合わせてなんか―」

「あぁもう!口を開けば言い訳ばっかり!!」

 

 俺の肩に掴みかかって、つくしが続ける。

 

「本当は自分でも分かってるんでしょ!?今ならこのふざけた盤面をひっくり返せるんだよ!今ならそれが『出来る』んだよ!」

「無理だ。俺はそんな大それたことを目指せるほど、自信も実力も持っちゃいない」

「持ってなくても歯ァ食いしばって『やる』んだよ!やって、やって、やりまくるしかないんだよ!自信も実力も、その後からついてくる!何もかも揃ってて順調に進むだけが音楽じゃないんだよ!」

「・・・!」

「何の努力もしないで叶う夢なんて夢じゃない!あなたが持ってる『ソレ』は、泥くさく地べた這いずって、何度も苦しみ続けなきゃ届かないものなんだよ!」

 

 ・・・!

 

「音楽やるのも、夢を持つのも初めてなあなたには、分からないんだろうけど・・・」

「・・・つくし。俺は、覚悟が足りないのか?ここまで来て『疲れた』なんて」

「ちょっと立ち止まるぐらいなら、まだいい。人間のスタミナは永遠じゃないし、どんなに頑張っても、ずっと走り続けられる訳じゃない」

「・・・」

「またもう一度走り出すための休憩になるなら、それは必要なことなんだと思う。でも、そのまま逃げちゃうのは、もったいないよ」

「もったいない?」

「レンさんって、実は凄い人なんだよ?やろうと思えばなんだって出来ちゃう筈なんだよ。ただ、レンさんは自分でそれに気付いてないだけ」

「なんだよ。どうして、つくしは俺にそこまで言ってくれるんだ・・・?」

「そんなの、信じてるからに決まってるじゃん」

 

 『信じてる』・・・か。

 

「俺にそこまで言うなんて、おかしいよ。お前」

「・・・そう?」

「誰も、俺の音楽に期待してなかったし、上手くやれる未来を、夢見てもくれなかった」

「・・・」

「そりゃあ、頑張るだけ損だって思っちゃうだろ。それでもチュチュに誘われて、やってみて、躓きまくって。最初から無理だってなるだろ。俺なんかに出来る訳無いってなるだろ・・・」

 

 過去の呪縛は、今もなお、俺を縛り続けている。

 

「生まれた時に配られた手札が、悪すぎたんだよ。色々さ」

「そうだね。確かに簡単に覆せるとは思えないよ。でもさ・・・」

 

 いつの間にか雲が消えた星空をバックにして、つくしが俺を見下ろす。

 

「どれほど手札が劣悪でも、勝負のテーブルにつくことは出来るんだよ?『レンさん』」

 

 つくしの右手が、座り込んだ俺に差し伸べられる。

 

「だから頑張ろう。一緒に」

 

 ・・・今度は『頑張ろう』ときた。

 『やめよう』だの『出来なくていい』だの、甘い言葉で誤魔化してくれれば楽なのに、俺の妹はそれを許してはくれないらしい。

 俺の『出来ない』は、完全に拒絶された。

 

「つくしは、俺を信じてくれるのか?俺なら出来るって、言ってくれるのか?」

「私はあなたを信じる。何があってもね」

「・・・!」

「それに、ここで逃げたら、あなたはきっと後悔する」

「それは、一生?」

「多分、一生」

「ははっ、そっか・・・」

 

 情けない話だ。一度ならず二度までも、俺はこの河原で、年下の後輩に諭されている。

 

「俺は本当にどうでも良かったんだ。どうせ逃げても生ぬるい平穏に戻るだけで、何の問題も無いって思ってたんだ」

「・・・」

「でも、後悔するかどうかは、考えてなかった」

「・・・」

「形はどうあれ、生き様で後悔はしたくない・・・!」

「レンさん・・・」

「俺を信じてくれる女の子の前でぐらい、意地張って踏ん張りたい!」

 

 たとえ、やってみた結果がどんなに悲惨だったとしても、せめて『やり切った』と、胸張って言いたい。

 冷え切った心に火が灯って、逃げていた熱が、再び胸に戻るのを感じる。

 

「負けまくってから大胆に返す・・・だったよなぁ?」

 

 まったく、仕方ないやつだ。こいつも、そして俺も。

 そんな面白そうなことを言われちゃ、退けるものも退けないだろうに・・・!

 

「その言葉、確かに乗ったぞ。妹!!」

 

 ガシッ!

 

 と、つくしの手を取り、引っ張り上げられるように立ち上がると、妙にすっきりとした感覚があった。

 

「ズルいやつだな。お前も。あんなカッコいい説得、どこで覚えてきたんだよ?」

「仕方ないじゃん。お兄ちゃんのことだから、変に優しい言葉で慰めるより、熱い言葉で発破かけた方がいいかなって。彩先輩から聞いたけど、ああいうの好きなんでしょ?」

「ぐうの音も出ねぇ。てか彩さんとどんな会話してんだよ。お前」

「まぁ、リーダーに必要なこととか、色々ね。あの人、尊敬できるよ」

「わかる。カッコいいよな。なるほど。だからあんなにカッコいい説得が出来たのか」

「生焼けホルモンなお兄ちゃんを丸焦げにするには、あのぐらいは言わなとね」

「お前、それ・・・」

「落ち込んでる暇があるなら、もっと自分を焼かなきゃいけないんだよ。ホルモンは焼かれて焦げて、真っ黒になって初めて意味が出てくるんだから」

「さてはお前、彩さんと焼き肉行ったな?」

 

 つくしが、俺を相手にあの手の言葉を言った理由、ちょっと分かったかもしれない。

 

「なんか、段々読まれてきたな。俺の性格と言うか、趣味趣向と言うか・・・」

「だって妹だもん。当然でしょ?」

「そうかよ。・・・でも、盤面をひっくり返すって考えは気に入ったよ。手札の不安も、頑張ればどうにかなる気がしてきた」

「うん。それに、お兄ちゃんの手札はそこまで悪くないんだよ」

「そうか?」

「そりゃあ、最初はダメダメだったかもしれないけど、ガールズバンドとの関りで、絶望的な音楽性は解決した。新聞部仕込みの驚異的な集中力は演奏技術を飛躍させたし、それに伴う人脈は、ギターを習って、バンドを組めるほどの人徳にもなった」

「言われてみれば・・・」

「まだまだ解決してない問題もあるけど、逆転の道筋は整いつつあるんだよ。言ったでしょ?お兄ちゃんはオセロの戦局を大胆に返してる途中だって」

「なんだよ。俺、結構頑張ってんじゃん・・・。手札なんて、自分次第でどうにもなったし、知らない内にどうにかしてたんだ。それなのに俺は勝手に気落ちして。勝手に逃げ出して」

「そもそも、お兄ちゃんは失敗ばっか数え過ぎなんだよ。うまくいったことだってあるのにさ」

「ホントだよな。隙あらば過去に縛られて、心まで折れて・・・」

「まぁ、たまにはいいじゃん。お兄ちゃんは疲れただけなんでしょ?心がちょっと休みたがってただけ。だからお兄ちゃんの心は、最初から折れてなかったよ。こうやって、もう一度立ち上がれたのがその証拠」

「つくし・・・」

「取り敢えず断言するけど、あなたは独りじゃない。スタジオには仲間がいるし」

「・・・」

「たとえ逃げ出しても、私はここに来た。・・・でしょ?」

 

 どうやら俺は、俺が思ってた以上に、バンドメンバーに恵まれたらしい。

 

 昔はずっと独りだった。でも、今は違う。

 こいつが居れば、何度だって戦える気がする。

 だから、何度でも戦おう。何度でもやり直せばいい。

 

 負け続けてる勝負に絶対に勝てる必勝法なんて、勝つまでやる以外ないのだから。

 

「あっ、朝焼け」

「えっ?うわ、マジだ・・・」

 

 夢中になって話し込んでるうちに、深夜も終わりを迎えたらしい。

 まさかこいつと一緒に日の出を見る時が来るとは。

 

「休憩は、終わりでいいよね・・・?」

「あぁ。もう疲れは取れた」

「迷いは消えた?」

「あぁ。雲一つ無ぇ」

 

 夜明けだ。

 もう少しでこの陽光は、街の全てを照らすだろう。

 

「お兄ちゃん。流石に、もう帰る?」

「うーん。それもいいけど・・・」

「いいけど?」

「もう少し、一緒に居よう」

「まったく。しょうがないお兄ちゃんだな」

「ダメ?」

「いいよ。私も一緒に居たいし」

「・・・つくし」

「何?」

「ありがとう」

「ホントだよ。今度奢りだからね」

「そうだな。面倒かけたし、しばらくしたら焼き肉でも―」

「冗談だよ。逃げ出したボーカルを引き留めるのは得意だし、こんなの面倒のうちには入らないよ」

「そっか」

「あ、でも他のメンバーにはちゃんと謝ること。わかった?」

「・・・はーい」

 

 奢りよりキツい。

 

「なんか、今日のお兄ちゃんは、兄っぽくないよね。寧ろ弟って感じ」

「そういうお前は姉っぽくなってるけどな」

「撫でてあげよっか?」

「ははっ、バーカ☆」

 

 メンバーと軽口を叩き合える程に立ち直った俺は、このまま空が明るくなる様を見守りながら、メンバー2人への謝罪の言葉と姉への言い訳を考えたのだった。

 

 早朝の河原には、朝日に照らされた2人分の影が、真っ直ぐに伸びていた。

 

 夜の帳は落ちた。

 真っ暗だった世界に、明るい朝が訪れる。

 





 黎明(れいめい)・・・夜明け、朝焼け。

 愛情故に『出来ない』を受け入れた姉と、信頼故に『出来ない』を拒絶した妹。

 つーちゃん、もっと可愛い感じを予定してたのに、気付いたらUVERworldみたいなこと言い始めるし、真希さんみたいなこと言い始めるし、イアソンみたいなこと言い始めるし、プリキュアみたいなこと言い始めるし、冴島みたいなこと言い始めるし…。
 やっぱ私、可愛く書くのは苦手なんですかね…。
 恒例の他作品おふざけ、全部分かった人はいるかな?

 次の更新は、明日。

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終章11.闘争


 「だからもうやめよう」と言われた過去

 「だから頑張ろう」と言われた現在。

 『停滞』の過去と、動き出す今。


 

 今までガールズバンドを応援してきた俺が、つくしに「頑張ろう」と言われて、数時間が経った。

 今の俺を取り巻いているのは、チュチュのスタジオに、4人のバンドメンバーが円形を作って床に座り込む、いつもの光景。今日もこの光景を見ることが出来てるのは、本当にありがたいことだ。つくしには感謝しなければ。

 そう思ってると、チュチュが口を開いた。

 

「ワタシ、この男は今いる3人から1発ずつ殴られる義務があると思うのだけど」

「あの、その節は本当に申し訳なかった!」

「まぁまぁ。レン君もこう言ってるんだし・・・」

「まりなさん。大丈夫ですよ。俺はそれぐらいのことをしましたし・・・さぁ、まずはチュチュから―」

「はぁ。もういいわよ。そんな憑き物が取れたみたいにスッキリした顔されると、殴る気も失せるし」

「いいのか?」

「どうせ、どこかで吹っ切れたんでしょ?だったらもういい」

 

 チュチュからも許し?は得た。なら、やるべきことを終わらせよう。

 

「じゃあ、そろそろ昨日の続きといこうか」

「続き?」

「だから、ボーカル能力のテストだよ。俺、途中で体調崩しちゃったし」

「いや、待ってよレン君!あれは体調崩すとかってレベルじゃなかったでしょ。いけるの?」

「分かりませんよ。でも、いつかはやらないといけないことだ。あと、チュチュ」

「・・・何?」

「ボーカルのテスト、ドラムにも協力してもらうのは、アリか?」

「まぁ、アナタの歌さえ聞ければ問題はないけど・・・」

「よし、そんじゃあ行くぞ。つくし」

「了解」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺は、マイクスタンドの前に立っている。

 

「よぉ。昨日ぶりだな」

 

 俺の敵、トラウマの権化。それが今、目の前にある。

 

「レンさん。もういける?」

「悪い。もうちょっとだけ待ってくれ」

「ごゆっくり」

 

 指でスティックを回すつくしの姿を確認してから、俺は目を閉じて、深呼吸を始める。

 

「すぅぅ・・・ふぅぅ・・・」

 

 トラウマは、ある。恐怖も、不安もある。

 脳天へ酸素を回し、持ち前の集中力で、姿を持たぬ怪物たちに向き合う。

 こいつらに呑まれれば、昨日の二の舞だ。足がすくんで、何も出来なくなってしまう。

 

「ふーっ・・・!」

 

 練習はしていない。それが出来る時間がそもそも無かったし、気持ちが切り替わっただけで、変化などは生まれない。河原から帰っても、俺は鼻歌の1つも歌えなかった。

 だから、イメージした。マイクスタンドという恐怖の権化の前で歌いきることによる、トラウマの克服。

 歌詞を覚え、『チュチュがこの歌詞に込めたイメージを』隅々まで読み取って。

 俺は時間の限界まで、何度もイメージだけを繰り返した。何度も、何度も。

 

「はぁぁ・・・」

 

 忘れてはならない。イメージするのは常に最強の自分。外敵など要らない。

 俺にとって戦う相手とは、自分のイメージに他ならない。

 恐怖も、不安も、弱い俺が勝手に作り出した、ただの幻想だ。

 だから、まずはそのふざけた幻想をこの手でぶっ潰す。

 

「・・・」

 

 思えば本当にふざけた話だ。恐怖も不安も、全て失敗することを前提に考えるから生まれるものだ。

 余裕なんてものは、成功が絶対的だから生まれるものだ。

 弱気なだけの俺なんて、焦りに支配されて当然だった。

 

「・・・」

 

 心臓は高鳴っているが、これが負の感情に由来したものじゃないことは分かる。心臓に反比例して、頭の中は妙に落ち着いていて、すっきりとしている。

 あぁ。俺は、マイクスタンドが目の前に置かれているこの『極限状態』に、そのまま呼応したのだろう。

 ・・・ゾーンに、入った。

 

「よし・・・」

 

 実力や経験の持ち合わせは相変わらずない。でも、持ってなくても歯ァ食いしばって『やる』しかないんだ。

 それに・・・

 

『必要なのは才能でも、他人からの支配でもない。必要なのはアナタの意思、ただそれだけよ』

 

 大丈夫だ。必要なものはちゃんと揃ってる。

 さぁ、闘いの時だ。

 

「・・・」

 

 親指を立ててドラムに合図を送ると、スティックの音が鳴り、それに続いて力強いドラムの前奏が流される。

 出番が近づく。そして・・・

 

「~~~♪」

 

「ねぇ、チュチュちゃん・・・」

「この歌は・・・!」

 

 このボーカルテストでチュチュから受けた指令は、何でもいいから好きな歌を歌うこと。

 チュチュたちのもとに戻る時に、何をすれば申し訳が立つか、昨日の俺は河原で日の出を見ながらつくしと話し合った。

 そこで思い当たったのが、スマホの中。チュチュからメンバー全員に送られた仮歌付きの楽曲データだった。

 

「~♪」

 

 この歌であれば、チュチュも文句は言わなくなると思った。

 俺の姿から連想されたこの曲とこの歌詞であれば、俺の気持ちを乗せて歌えると思った。

 ずば抜けて俺との相性が良いドラムが後ろに居れば、更に心強くなると思った。

 そして俺は、この曲をつくしのドラムに合わせて歌うことによって、テストを受けることを決めた。

 

「~♪」

 

 今出せる『最強の自分』を、この2人に・・・!

 

 全て、全て・・・!

 

 全て!!

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 一曲、フルで歌い切ってやった。

 

「ははっ・・・。案外、簡単だったな・・・」

 

 全ての神経を使いきったからか、俺の体は、また崩れ落ち始める。

 でも、嫌な感じじゃない。全力ギター演奏の後のような、満足感と達成感。流れる汗も、今は気持ちがいい。

 後方へ倒れながら、俺はマイクスタンドに向けて拳を突き付ける。

 

「俺の勝ちだ」

 

 ドサッ・・・。

 

 倒れ込んだ後、メンバーがすぐに駆け寄ってくれた。

 よし、なんとか前みたいに気絶もしないで済んだようだ。

 

「レンさん!大丈夫ですか!?」

「あぁ。大丈夫だ。ありがとな。ドラム叩いてくれて・・・」

「レン君、倒れてる割に随分いい顔してるけど、1曲歌い切った気分はどう?」

「なんか、疲れすぎて大したこと言えないんですけど。でも結構、悪くはなかったかな・・・?」

「ふふっ。そっか」

 

 飛び切りの笑顔を向けるまりなさんに支えられながら、俺は最後の砦と向かい合う。

 

「さてチュチュ、テストの結果はどうだった?」

「そうね。改善点は多いわ。声量はドラムに負けてるし、技術面でも杜撰なところはある。でも・・・」

「でも?」

「歌に気持ちが乗ってるのは、強く感じた」

「チュチュ・・・」

「歌詞に共感できる部分も多かったんだと思うけど、よく歌詞を読み込んでくれたんでしょうね。作詞者として、これほど嬉しいことも無いわ」

「そんだけいい曲だったんだよ。歌詞の考察は好きだし、共感もしやすかった」

「この曲をアナタに渡して正解だったわ。やっぱりこれはRASの曲じゃなかった。最も歌詞を輝かせてこの曲を歌えるのは、アナタしかいない。この世でアナタだけよ」

「・・・ってことは?」

「合格よ。アナタをこのバンドのボーカルとして認めるわ。ビシバシやるから覚悟しなさい?」

 

 静寂、そして・・・

 

「よっしゃあああぁぁぁ!!!!」

 

 喉への気遣いも忘れて絶叫する『ボーカル』の姿が、そこにはあった。

 

 

 憑き物は落ちた。

 呪縛は剥がれ、鎖は千切れ、檻は蹴り破った。

 もう何も、俺を縛らない。

 この縛からの解放を以って、俺は証明する。

 

 

 俺に『出来ない』ことは、もう何も無い。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ボーカルとしての仕事は決まったが、いきなり通しの練習がある訳でもなく、練習が始まってから、俺はずっとボーカルとしてのノウハウをまりなさんに叩き込まれている。

 

「意識すること、意外と多いですね・・・」

「うん。それにレン君はギターボーカルだから、さっき言ったことをギターを弾きながらやらなくちゃいけないんだよ」

「うげ・・・」

「あと、口の方向はマイクに向けなくちゃいけないから、下を向いてギターの手の動きをじっくり見ながら演奏することもタブーだからね?」

「うげぇ・・・」

「指の確認をするタイミングは、おいおい覚えていけばいいけど、顔をお客さん側に向けるのは、ボーカルじゃなくても一緒。ライブは音楽を奏でる場所じゃなくて、音楽を届ける場所なんだって意識を忘れちゃダメだよ」

「お客さんに意識を向けながら演奏なんて、本当に出来るんですか?指が見えないの、キツくないですか?」

「慣れれば出来るよ。リサちゃんだって、演奏しながらファンサービスで観客にウインク飛ばしたりするでしょ?」

「あんの化け物め・・・」

「まぁ、確かにライブ中にあの余裕を持って演奏できる胆力は、貴重だと思うけどね」

「でも、どうやって習得するんですか?指を見ないで演奏するなんて」

「そんなの、限界まで何回も反復練習して、体に動きと感覚を覚えさせるしかないでしょ。最後に必要になってくるのは、いつだって努力と積み重ねだよ。死ぬほど鍛える。結局それ以外に出来ることなんて無いんだよ」

「要するに『死ぬ気でやれ』と?」

「そゆこと☆」

「やって、やって、やりまくれと?」

「小さな努力の積み重ねが、明日への一歩を切り開くんだよ」

 

 キツいなぁ・・・。

 

「さて、そろそろ休憩にしようか。向こうの2人も休憩入るみたいだし」

「そうですね。あ、チュチュ~。そこの水、取ってもらっていいか?」

「これ?」

「さんきゅー」

 

 疲れた喉を潤しながら、いつものように円形に並ぶメンバーとの話し合いが始まる。

 今回はつくしからスタートだ。

 

「そう言えば私、ずっと気になってることがあるんです」

「気になってること?」

「はい。私が加入してから、一度も聞いてないワードがあって」

「聞いてないワード?」

「はい。今更聞くのもおかしい話なんですけど・・・」

 

 つくしは少し遠慮がちに口を開いた。

 

「このバンドのバンド名って、なんて言うんですか?」

「あぁ、そんなことか」

 

 それは当然・・・。

 当、然・・・。

 

「「「・・・あっ」」」

「3人とも忘れてたんですか!?」

 

 ここに来て由々しき事態。

 

「今思えば、私たち、なんで忘れてたんだろ?」

「そうね。『あのバンド』とか『このバンド』とかって呼び方をずっと使ってて、正式な呼び方が無いって、なんか不便だなー、とは思ってた筈なんだけど」

「バンド名を考えるような余裕も無かったからな。そんなことに時間使うぐらいなら練習したかったし・・・」

「だからって3人とも忘れてるのは問題でしょ。誰も考えなかったんですか?」

「「「まったく」」」

「えぇ・・・」

 

 でも、なんだかんだ演奏は形になってきた。最初の頃に比べて、練習時間の少なさや環境にも慣れてきて、このバンドは全体的にも余裕が出てきている。

 出来ないことが多くて張り詰めていた時とは違う。

 

「いい加減、バンド名決めるか。いつまでも名無しじゃカッコつかないし、呼び名が無いの、単純に不便だったし」

「そうね。不便だったし」

「不便だったもんね~」

「あの、不便だったから決める訳じゃないですよね?それが理由で決まるの、なんか嫌なんですけど」

 

 ちょっとつくしがうるさい気がするのを無視して、俺はメンバーに問いかける。

 

「取り敢えず、何か案とかある?」

「「「・・・・・・」」」

「まぁ、さっきまで練習しててガッツリ疲れてる状態で聞かれても困るか」

「というか、レン君が決めなよ。リーダーでしょ?」

「そうよ。ここに居る全員、アナタの目的のためだけに集まってるのよ?アナタの為に結成されたバンドなんだから、名前だってアナタが決めるべきなんじゃないの?」

「そりゃあそうだけど、だからってメンバーの案も聞かずに独断で決めるのも違うだろ。俺がとてつもなくダサいバンド名考えたらどうすんだ」

「その時は流石にちゃんと止めますけど、せめて最初の案はリーダーから出すべきだとは、私も思います」

「うーん・・・まぁ、それもそうか」

「別に、すぐに最適解を出せって言ってる訳じゃないわ。最初の案だけでもいいから」

「そうだな・・・」

 

 この手のことを率先して決めるのって、普段ならあまり得意じゃないが、今回はそうでもなかった。

 自分を含めて、自然と円形に集まるメンバー、普段はバラバラな人間たちが、何の因果かここに集まっていると思うと、何となく、パッと浮かんだ。

 

「『The CiRCLE』ってのはどうだ?」

「「「・・・!」」」

「ライブハウスCiRCLEのスタッフ2人に、CiRCLEの常連が2人、普段の私生活もバラバラな4人が、紆余曲折あってこのスタジオに集まって、たった今も、こうして輪っか作って話し合ってる。だからピッタリかなって思ったんだけど、どうよ?」

「いや、決定でしょ」

「案だけでいいって言ったのに、なんで最適解を出すのよ・・・」

「合同ライブの前座にはピッタリかもしれませんね。他でもないライブハウスCiRCLEから出たバンドって感じで」

「えっ、嘘だろ?まだ1発目だぞ?まだ『The CiRCLE(仮)』ぐらいのテンションじゃねえのかよ?」

「『THE THIRD(仮)』みたいに言ってんじゃないわよ。リーダーが発案して、1人残らず腑に落ちたならもう決定よ」

「そうだね。CiRCLEで行われる合同ライブの為だけに組まれたバンドが、CiRCLEからの刺客として飛び込むのも、面白そうだし」

「うそぉ・・・」

「これよりもいいバンド名、無いですしね」

「・・・えっ、マジ!?」

 

 バンド名、決定。

 

「じゃあ、レン君。演奏も形になって、バンド名も決まって心機一転。何かリーダーとして無い?」

「いきなり!?」

「そうですよ。何か一言あるでしょ?」

「ほーら。早くしなさい」

「ええぇ・・・」

 

 ・・・

 

「よーし!」

 

 合同ライブまで、あと少し。

 

「みんな!気張ってこうぜ!!」

 

 あまりにも雑な掛け声だったが、それにもちゃんと応えてくれる辺り、本当に良いメンバーに恵まれたと思う。

 





 応援してきた少年と、応援される少年。

 次の更新は、明日。

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終章12.前夜

 

 ~~~♪

 

「~~♪」

 

 最近になって、俺は通しの練習が好きになった。

 まりなさんのベース、チュチュのDJ、つくしのドラム、その全てが俺のギターを支えてくれてるような気がする。

 そして・・・

 

「~~~♪」

 

 声を出して、生演奏をバックに声を張り上げて歌うのは、更に気持ちいい。

 気持ちよすぎて、ちょっと演奏が雑になったり走ったりしそうにはなるが、俺はこの感覚が嫌いじゃない。

 

 ~~~~♪

 

 全体的にも余裕が生まれて、メンタルの調子も良くなり、集中のコントロールも上手くいくようになった。

 

 ~~~~♪

 

 ~~~~♪

 

 演奏は、明確に形となった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「いやー、いい汗かいたぜ・・・」

「そうだね。最近は調子もいいし」

「このままライブも上手くいきそうですね!」

「だからって油断しちゃダメよ」

 

 ライブも、もうすぐ。

 より一層、本番への意識を強めていく必要がある。

 

「そう言えば、ワタシたちのライブ演出の話も、そろそろ進めないとね」

「あぁ。一応、全ての出演者に内緒で俺たちが前座に出る。ってことは、CiRCLEの関係者だけに話は通したけど」

「具体的な演出は決めてないもんね」

「基本的にスタンダードなライトの当て方でやっていく感じで。ってことで一旦話はまとまりましたけど」

「ワタシも別に今のままで問題はないと思うけど、やっぱりライブに臨む以上、気になることは無い方が良い」

「気になることって?」

「例えば、リーダーにやってみたい演出の希望は無いか、とかね」

「俺?」

 

 まぁ、確かに俺のために組んだバンドである以上、俺の希望は重要視されるのかもしれない。

 俺も今のままで問題無いと思ってるが、せっかくなら、言うだけ言ってみるのもアリか?

 

「じゃあ、1個だけ、言ってみていい?」

「お、あるの?やってみたいこと」

「まぁ、言うだけ言ってみるだけですけど・・・」

 

 3人の視線が集まる。

 なんか緊張する。

 

「あの・・・サビに入るタイミングとかでさ、ステージの手前辺りから炎が噴き出てくる、あの演出あるじゃん?あのカッコいいやつ、アレとか、やってみたいな・・・なんて」

「「「・・・」」」

「えっ、変なこと言った?」

「いや、変ってことは無いんですけど」

「なんて言えばいいのかしら・・・」

「いかにも『中高生男子!』って感じの要望だね」

「いや、いいじゃないですか!!カッコいいでしょ!炎が吹き上がるの!」

「まぁ、気持ちは分かりますけど・・・」

「マリナ、当日のCiRCLEでその演出は出来るの?」

「・・・うーん」

「まりなさん?」

 

 会議が盛り合った矢先、まりなさんの表情が険しくなった。

 

「いや、設備はあるし、話を通せばその演出自体は可能だけど・・・」

「可能ならいいじゃないですか。なんでそんな渋るんです?」

「合同ライブの当日、Roseliaもその演出使うらしいんだよね」

「「「・・・!」」」

 

 つまり

 

「ただでさえ高レベルなRoseliaと同じことをすると、うちが見劣りしちゃう可能性が出てくる」

「・・・」

「みんなは、それでもやりたいって思う?」

 

 普通に考えたら、おこがましい話だ。

 

「結成したばかりのバンドで、Roseliaと同じ土俵・・・」

「気軽には出来なくなってきたわね」

 

 バンドは結成したばかり、それがプロレベルのバンドと同じ演出をやろうだなんて、喧嘩売る行為だ。

 

「あの、まりなさん。それと、みんな・・・」

 

 でも生憎、俺はもう逃げないと決めている。

 気づけば俺は、立ち上がってメンバーを見据えていた。

 

「この程度で逃げ腰になってちゃ、あの2人をあっと言わすなんて出来ないだろ!」

「「「・・・!」」」

「喧嘩上等、見劣り上等。寧ろやるなら、前座の初っ端からRoseliaを喰らってやるぐらいじゃなきゃいけないんじゃねぇのか!?そうだろ!?」

 

 プロ級、歌姫、何するものぞ・・・!

 

「リーダーとして今一度聞くぞ」

「「「・・・」」」

「この中に、Roseliaが相手でビビってるやついる?」

「「「・・・!」」」

「Roseliaと演出被って日和ってるやついるか!?」

「「「!!」」」

「いねぇよなぁ!!」

 

 レイヤから、1つだけ聞いた話がある。

 チュチュがRoseliaに対して『あの言葉』を使う時は、本来の意味ではなく『全力でぶつかる』という意味で使うらしい。

 ならば、俺もそれに倣うとしよう。

 

「Roselia潰すぞぉ!!!」

「「「ウオオオアアアァァ!!!」」」

「合同ライブが決戦だ!気合入れてくぞ!!」

 

 ライブ演出の炎は、ド派手にぶち上げることが決定した。もう派手派手だ。

 当然、この後の練習時間が身の入ったものになったのは言うまでもない。

 気持ちの乗り方が、いつもより強くなった。

 

 なんつーか、自信持てるようになったな。俺も。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 練習が終わる時間はいつも夜遅く。

 いつもなら、終わればさっさと解散するという流れなのだが、今回は違った。

 

「あの、よかったらさ、このままベランダに出て、しばらく夜景でも見ないか?みんなが良ければ」

 

 誰も反対はしなかった。意外なことに、チュチュも今回の案には快諾してくれた。

 

「相変わらずいい眺めだな」

「でも、この高さからの夜景も見慣れてきたね。それなりに通い詰めてる訳だし」

 

 そうだ。見慣れるぐらいにこの場所へ通い詰めたから、今の俺はこうしてやっていけているのだ。

 でも、このバンドはいつまでも続く訳じゃない。チュチュやつくしも、本来は別のバンドのメンバーだし、まりなさんや俺も、他にやるべきことがある。

 ・・・合同ライブが終われば、このバンドは解散だ。

 

「こうして集まって夜景を見るのも、あとちょっとで終わっちゃうんですよね」

「そうだな。今日みたいに、スタジオ内で4人揃って座り込むことも、もう多くない」

「アナタたち。まだ戦いは終わってないのよ?」

「そうだよ。感傷に浸るのは流石に早いんじゃない?」

 

 違いない。寂しさが無いわけじゃないが、それを感じるのは今じゃない。

 

「絶対に成功させよう。合同ライブ・・・」

 

 

 合同ライブまで、あと少し。

 

 来るべき時に向けて、俺たち4人は静かに決意を固めたのだった。

 





 今日は短め。
 その分、次はかなり長めの話になる。
 
 『前夜』ってサブタイトルからご察しの通り、この作品そろそろ終わるけど、日和ってるやついる?
 おらんよな。

 次の更新は、明日。

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終章13.当日


 過去編を見てからこの話を読むのも、アリだと思う。



 

 合同ライブ当日。俺とまりなさんはバタバタしていた。

 当然、他のガールズバンドの前では、あくまでCiRCLEのスタッフとしての振る舞いをしなきゃいけないし、あと単純にスタッフの仕事が忙しい。

 

「お客さん、多いね」

「・・・そう、ですね」

 

 受け付けの仕事を他のスタッフに引き継ぎ、スタッフの休憩室でまりなさんと束の間の会話をする。

 

「レン君、言っとくけど、今日は普段通りの動きじゃないからね?今から向かうのはいつもの持ち場じゃなくて―」

「控え室に直行、でしょ?『演者』として」

「緊張してる?」

「不思議なことに全然です。本番が待ち遠しくて仕方ない」

 

 ・・・

 

「まりなさん」

「何?」

「・・・手とか、握ってもらっていいですか?」

「やっぱり緊張してるんじゃん!」

 

 とか言いつつ、ちゃんと手を握ってくれるのは、うちの上司の良いところだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ライブが始まる直前、まりなさんと控え室の扉の前まで向かうと、既にチュチュとつくしが待っていた。

 

「予定通りの時間、だよな」

「この中に居るバンドにとっては、予定外も良いところでしょうけどね」

「そうだね。つくしちゃんとチュチュちゃんが本来の衣装に着替えてないところなんて見たら・・・」

「ひっくり返りそうですよね・・・」

「まぁ、ひっくり返すために今まで頑張ってきたんだからな」

 

 今の俺たちの衣装は、CiRCLEのライブTシャツにジーンズを履いただけの、いかにもライブの時のCiRCLEのスタッフみたいな恰好をしている。

 前座でCiRCLEのスタッフが乱入するというシチュエーションでいくなら、これ以上ない程の一張羅だ。

 

「さて、後は手筈通りに控え室を混乱に陥れながら、ステージに乱入するだけよ」

「その部分だけ聞くと、めちゃくちゃ治安悪いな」

「まぁ、手筈通りにやるのが、一番重要ですからね・・・」

 

 とは言いつつ、この場を引っ掻き回すことが出来ること自体はかなり嬉しい。

 今から楽しみで仕方ない。

 

「じゃあ、円陣組もっか」

「円陣?」

「ほら、みんなで考えたじゃん」

「あぁ、アレか・・・」

 

 控え室に入った後にさっさとステージに向かえて、気合が入りそうなものは確かに考えていた。

 さっきまで緊張で忘れてたけど。

 

 4人で円形に並び、拳を構える。

 バラバラの場所に居た人間たちが、この為だけに集結し、こうして1つの輪となった。確かに今、俺たちは1つのチームだ。

 それを、確かめ合うように声をかける。

 

「We are『The CiRCLE』. Ready?」

「「「「GO!!」」」」

 

 バッ!!

 

 と4人分の拳が、円の中心で打ち付けられた。

 

「さ、暴れようぜ」

 

 メンバーのギラついた笑顔を最後に、俺は控え室の扉を開け放った。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「あれ?レン君にまりなさん?どうしてここに?」

 

 なんて疑問をほどほどにスルーしてズカズカと進んでいくが、ザワつきは止まない。

 当然だ。本来いない筈のスタッフが平然と入ってきてるし、着替えてくるはずだったメンバーが全然違う衣装着てきてるし。

 

「あ、レン!」

 

 そんな中でも、うちの姉は冷静に声をかけてくる。

 

「そろそろ前座のバンドが来るって聞いてるんだけど、何か知らない?」

「は?何言ってんの?」

 

 この場に長居する気は無いので、話は早々に片付ける。

 

「前座ならもう来てんだろうが。今ここに」

「へ・・・?」

 

 間抜けな声を出す姉を無視し、俺は設置されていた相棒を掴み取り、そのままメンバーを引き連れ、ステージへ躍り出た。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 マイクスタンドの前に立ち、メンバーが持ち場についたことを確認し、一礼。

 来てくれたお客様に、CiRCLEのスタッフとして、まずは感謝を。

 

「皆さん、こんにちは。『The CiRCLE』です。本日は、ライブハウスCiRCLEの合同ライブに来ていただき、ありがとうございます」

 

 少しザワついた観客たちに向け、MCを続ける。

 

「今回の合同ライブにあたり、多くのバンドがCiRCLEや周りへの感謝を形にするべく、参加を表明してくれましたが、ライブハウスCiRCLE側でも、CiRCLEを練習、ライブで使ってくれるバンドの皆さま、そして観客の皆さまへの感謝を表明するため、CiRCLEの関係者でバンドを組み、前座で一曲披露することが決まりました」

 

 おおぉぉー・・・という声がまばらに上がる。

 まぁこれ全部、後付けの理由だけど。

 

「前の竿隊2人がCiRCLEのスタッフ、後ろの2人がCiRCLEの常連さんです」

「ねぇレン君、もしかしたら、竿隊2人を知ってくれてる人、お客さんの中にも居るんじゃない?私たち、ついさっきまで受け付けのお兄さんとお姉さんだった訳だし」

「あ、確かにそうかも。じゃあ、アレやりますか」

 

 炎の演出意外に、俺がやりたかったもう1つの演出。

 バンドっぽくて、ライブっぽくて、誰もが憧れるもの。

 

「さっきまで受け付けでお客さんを捌いてた、手前のスタッフ2人・・・覚えてる人―――!?」

「「「「「「ウオオオォォォォ・・・!」」」」」」

「あ、凄い!結構いる!」

「ヤバい!これめっちゃ面白い!」

 

 自分の掛け声1つで多くのペンライトが激しく揺れるのは、何とも壮観な光景だった。

 

「今横でベース持ってるお姉さんの名前・・・知ってる人―――!?」

「「「「「まりなさーーん・・・!!」」」」」

「ですって」

「いや、『ですって』じゃないよ!嬉しいけどさ!」

「これで名前が呼ばれなかったら面白かったんだけどなぁ~☆」

「なんてこと考えるの!?」

 

 初めて立つ場所だし、もう少し固まってしまうと思っていたが、思ってたよりは自然体でいられる。

 

「じゃあ次の質問は・・・」

「ちょっとレンさん!!」

「アナタ、本番なんだからもっと緊張感持ちなさいよ!」

「あ、すいません」

「レン君、リーダーなのに・・・」

 

 会場の空気は緩んだ。会場は一体感に包まれているし、前座としてはかなりいい仕事をした筈だ。

 

「さて、メンバーに絞られたところで本題ですが、私たちはあくまで前座、メンバーも寄せ集め。この合同ライブにおいて、本命のバンドではありません」

 

 そう呟き、俺はギアを上げて、気を昂らせる。

 確かに、俺たちは本来、お呼びじゃない。

 

「でも、だからって縮こまってる気は欠片も無ぇ!ステージに立つからにはいつだって全力だ!そうだろ!?」

「「「「「オオオォォォ・・・!!」」」」」

「これは全バンドへの感謝の表明であると同時に、ライブハウスCiRCLEからの挑戦状だ!出演バンド全員喰っちまう勢いで暴れてやるから楽しめよ・・・!」

「「「「「オオオォォォ・・・!!」」」」」

「前座から本命への反乱!どうだ?最高に燃えるだろ!」

 

 今の俺たちの映像を控え室に送っているであろうカメラを指差し、高らかに宣言する。

 

「Just war baby!!(戦争だコラ!)」

「「「「「ウオオオォォォ!!」」」」」

「それでは聞いて下さい。俺たちの最初で最後の一曲。『ZERO OVER』」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 思えば俺の音楽は、ゼロどころか、マイナスからのスタートだった。

 何をやっても基礎以前の問題で、ゼロというスタートラインにすら立てないような、そんな人生だった。

 

 ~~~♪

 

 だからこのライブで証明する。このアップテンポに乗せて。

 その『ゼロ』を確かに超えたと。

 俺はもう、独りじゃないから・・・!

 

Break on ! now!

 

 前奏のアップテンポの曲調に、4人分の叫びが重なる。

 

過去の鎖に縛られて

自分に嘘を吐き続けて

閉じられた世界で、生ぬるい平穏を求めた

そんな居心地のいい場所で、知らないふりをし続けた

 

それでも無謀な挑戦を(傷だらけの指先で)

それでも過去を睨みつけて(血走った眼光で)

叫べ!break it!!

戦え!just war!!

誰でもない自分のために!

逃げ続けた(自分を!)

暗くなった(世界を!)

壊し続けるための歌を!

無責任に、『出来る』と笑い合いながら

 

 吹き上がる炎と共に、俺の全てを燃やし尽くす。

 

走り出せ そのゼロを超えるために!

『夢』という名の衝動に任せて

闘争せよ その盤面を打ち砕くために!

『常識』という名の檻を蹴り破って

 

最初から決まった勝負に、支配されないRebellion

仄暗かった世界に、眩しい程の朝焼けを

 

後ろに明日は無い。『覚悟』を決めて飛べ!

 

 ~~~♪

 

Breave out !!

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 聞こえてきたのは騒がしい歓声と、静かにステージを駆け巡るライブの残響。

 

「はぁ・・・。あぁ・・・」

 

 大量に噴き出した汗に髪は濡れて、体中を水滴が滴る感触。

 ステージのライトがやけに眩しい。そして少し熱い。

 

「・・・」

 

 予定よりも深く、長く、俺はお辞儀をする。頭を下げることによって、汗がポタポタと落ちる。

 聞いてくれたお客さんへの感謝を。

 トラウマの権化だったマイクスタンドへ、俺自身を含む、俺を否定した全ての者たちへ。

 俺が怖がり続けた、全ての者たちへ。

 

「ありがとうございました。『The CiRCLE』でした」

 

 万雷の拍手が、そこにはあった。

 マイナスから始まった俺の人生が、ゼロを飛び越えた証拠。

 独りだった俺が、確かに独りじゃなくなった証拠。

 

「・・・!」

 

 色々な感情が溢れ出しそうになるのを堪えて、俺たちはステージを捌ける。

 俺の後を追うように、他のメンバーもさっさと移動を開始する。

 『The CiRCLE』のライブは成功に終わったが、このイベントは始まったばかりなのだ。

 その証拠に、ステージを出てすぐの所で、スタンバってるポピパが居て、香澄が右手を差し出している。

 

「なるほど」

 

 香澄の意図に気付いて、俺は歩きながら香澄とのハイタッチに応じた。

 

 パンッ!

 

「喧嘩は買ったよ。レン君」

「はっ、抜かせ」

 

 ステージに向かう香澄たちの姿を最後に、俺たちは控え室へと戻っていった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 控え室に戻ってからの動きは、予めメンバーと話し合っていた。

 質問攻めが来たりしてもおかしくないと判断していた俺たちの動きは。

 

「ねぇ!さっきのライブどういうこ―」

「悪い。俺この後仕事だから」

「すいません。この後着替えないとなんで」

 

 塩対応のどスルー。

 ズカズカと進む俺たちの雰囲気を感じて、誰も声を掛けなくなるが、それでも出口の直前で呼び止める人間はいた。

 今井リサ。Roseliaのベースにして、俺の姉。

 

「ねぇレン。さっきのアレって―」

「おう。フロア沸かしといたから」

「ちょっ、そんな『風呂沸かしといたから』みたいに言われても困るって!ちょっとレン!?」

 

 どスルー。

 こんなところで歩みを止めていては、次の仕事に移れない。

 俺はもうCiRCLEのスタッフでしかないし、ここに入り浸っても仕方ない。

 いつもなら友希那さんに突っかかるチュチュも、今は塩対応だ。

 

「ねぇ、チュチュ」

「あ~ら、ごめんなさい?ワタシこれから着替えなきゃいけないから、アナタと話してる暇なんて無いのよねぇ」

「ちょっ―」

「ほーんと忙しくて困っちゃうわぁ↑↑」

 

 ・・・いや、やっぱりチュチュはいつも通りかもしれないが、とにかく俺たちは予定通り、大した時間を掛けずに控え室からの離脱に成功した。

 『ライブ後は何事も無かったかのように振舞って、何事も無かったかのように、元在るべき姿に戻る』というものが、メンバー同士で話し合って決めたことだ。

 控え室から離脱した後も、メンバー同士で話すことは無い。

 4人で最後に拳を合わせて、早口で用件を伝えあう。

 

「じゃあ2人とも。ライブの続き、頑張れよ!」

「当然でしょ!!」

「はい。お2人も、サポートよろしくお願いします!」

「うん!任せてといて!!」

「よし、じゃあ各自、健闘を祈る!解散!」

 

 その言葉を最後に、俺たちは元在るべき姿に戻る。

 チュチュはRASに、つくしはモニカに、俺とまりなさんはCiRCLEスタッフとして運営に。

 各自、次のやるべきことを胸に、ギラギラとした笑顔を浮かべながら居るべき場所に帰っていく。

 俺たちはもう、『1つのバンド』ではなくなった。

 

 『The CiRCLE』は、ここに解散した。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【控え室】

「ねぇ友希那。アタシ、やっぱりレンのこと追いかけて―」

「駄目よリサ。今は本番前なのよ?」

「いや、でもさぁ・・・」

「それに、ライブ前にレンが言ったこと、覚えてる?」

「えっと、それは・・・」

 

『Just war baby!!(戦争だコラ!)』

 

「あの男は、あれだけ場を混乱で引っ搔き回した挙句、私達への挑発までしてみせた」

「友希那・・・」

「舐められたものね?レンの分際で、この場に居る全員に火をつけるだなんて」

「ははっ、確かに。そう言われると滾った気持ちもあるかも」

 

 ・・・

 

「CiRCLEからの挑戦状、確かに受け取ったわよ。レン・・・!」

「久しぶりの姉弟喧嘩だねぇ。ボッコボコにしてやる・・・!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 少女たちは歌った。

 それぞれの想いを胸にしながらも、たった1人の少年の喧嘩を買うために。

 情熱の炎を高らかに燃え上がらせて歌った。

 どこかで失ってしまっていた何かを、取り戻すために。

 二度と手放しはしないと、叫び続けるために。

 

 喧嘩を売った少年は、それをいつまでも見届け続けた。

 感動と尊敬と純粋な憧れをその瞳に映して。

 いつまでも、いつまでも目を奪われ続けた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【合同ライブ後】

 

 イベント終わりでライブ会場の掃除をすることは、CiRCLEのスタッフとして当然の義務だが、今日に限っては、あまり仕事に身は入っていなかった。

 

「まぁ、そりゃそうか・・・。てか、今になっても信じられねぇ。俺、数時間前まであのステージの上で歌ってたんだよな・・・」

 

 モップに体重の何割かを預けながら黄昏ると、ライブの余韻が鮮明に思い出される。

 特に、今日のイベントは余韻が強い。俺の耳には『The CiRCLE』のライブの残響が残っているだけじゃなく、出演者の演奏も鮮明に残っている。

 音楽に触れて、俺の聴きの能力が上がったのか、それとも、俺の挑発で出演者のみんなが熱くなってくれたのか。

 

「いや、未発表のカバー曲をオンパレードで聞かされまくったからかもしれないな。まさかRoseliaとAfterglowがタッグを組んで『Time judged all』を歌うとは思わなかったもんな。ありゃあオーズもビックリだぜ・・・」

 

 熱いライブを振り返りながら、俺は頬を緩ませる。

 Roseliaと言えば、やっぱり最後の曲が良かったな。あのタイミングで『Sprehchor』は反則だ。いい曲なんだよ。アレ。

 あとは、最後に7バンド全員で歌っていたあの曲も良かった。スタッフとして、あのライブに携われたことを誇らしく思う。

 今日のライブはそれぐらいの盛り上がりを見せる大成功だった。

 

「―――!」

「―――――!!」

「ん?なんだ?」

 

 気を取り直して掃除を再開しようとしたタイミングで、外から騒がしい気配がした。

 

「よく聞こえないな・・・」

 

 耳を澄ますと、かすかに聞こえてきた。

 

「ちょっとリサ!少し落ち着きなさい!」

「リサちゃん!今はまだ掃除中だからダメ―」

「うるさい!どいて!!」

 

 聞き慣れた声を拾った辺りで、会場の扉が開かれた。

 息を荒げた姉さんと、バツの悪そうな友希那さんとまりなさんが、そこに居た。

 

「姉さん・・・?」

 

 姉さんは私服に着替えてはいるが、髪は荒れたままだし、荷物だって持っちゃいない。

 この女、最低限の着替えだけして直で来やがったな・・・?

 

「お客さ~ん。まだ掃除中なんですけど、もしかして忘れ物です?」

「・・・」

 

 俺の言葉に一言も返さず、姉さんは早歩きで俺との距離を詰めてくる。

 

「友希那さんとまりなさんの制止まで無視なんて、姉さんもワルだな。そんなに俺に会いたかったのか?もしかしてブラコン?」

「・・・」

「違うか。だったらスタッフの分際で姉さんたちのライブに乱入したことか?MCで喧嘩売ったから怒りに来たのか?」

「・・・」

「おい。無視しないでなんとか言―」

 

 ガッ・・・!

 

 俺の元まで詰め寄った姉さんは、有無も言わさずに俺を抱きしめた。

 優しい姉さんにしては珍しく、力任せで乱暴な抱擁だった。

 

「姉さん・・・」

 

 俺は姉さんの背中に手を回し、宥めるように背中をさする。

 

「もう、分かったからさ・・・」

 

 抱き返す。

 

「・・・泣くなよ」

「ぐすっ・・・だって、だってぇ・・・!」

「分かったって。苦しいから一旦離せって」

 

 泣きじゃくる姉さんを宥めていると、友希那さんがこっちに歩いてきた。

 

「あ、友希那さん、丁度いいや。困ってるんだよ」

「そうなの?」

「あぁ。このバカ姉貴、さっさと引っぺがしてくれよ。何言っても離しやしない」

「・・・」

「友希那さん?」

 

 友希那さんは返事をしない。

 そして、そのまま俺たち姉弟の元に歩み寄って。

 

 ぎゅ・・・

 

 俺たち姉弟を、まとめて横から抱き締めた。

 

「レン。初ライブ、お疲れ様」

「ちょっ、なんでいきなりっ、そんなことするんだよ・・・」

「素晴らしい演奏だった」

「ぐすっ・・・なんだよぉ。やめろよ・・・」

 

 友希那さんの手が俺の頭に乗せられて、姉さんと友希那さんの優しさが、俺を包む。

 

「よく頑張ったわね」

「ううぅ・・・、待ってくれよ。本当に、ダメだってコレ・・・」

 

 俺と姉さんは、しばらく友希那さんの腕の中で泣き腫らすことになった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【ライブ会場、入り口】

「ちょっとマリナ?あの3人、放っておいていいの?」

「本音を言うと全然良くはないんだけど・・・まぁ、今日ぐらいはね。後で私がオーナーに怒られればいいだけだし」

「悪い大人ね」

「あの3人の対話を台無しにしてまで、いい大人になろうなんて思わないよ。そんなちっちゃい肩書きとか興味無いし」

「空気が読める大人は好きよ」

 

 ・・・

 

「ねぇ、チュチュちゃん」

「何?」

「どうして、レン君を音楽に誘ったの?」

「気まぐれよ」

「嘘」

「湊友希那への嫌がらせよ」

「その理由は後付けでしょ?それだけで場所の提供も、練習指導も、楽曲提供もやったの?本当に、たったそれだけで?」

 

 ・・・

 

「きっかけが気まぐれだったのは本当よ。ただ・・・」

「ただ?」

「才能の壁に打ちのめされて、それでも最強のバンドを作ろうとしたワタシと、大きすぎる才能の壁があって、音楽を閉ざしたレン。程度の差はあれど、過去のワタシが辿ったかもしれない可能性の1つが、あの時のレンだった」

「・・・」

「他人事だと思えなかった。レンは、もう1人のワタシだった」

「チュチュちゃん・・・」

「あいつはワタシと一緒だった。だから、レンの音楽を閉ざした全てが許せなかった。才能の有無『ごとき』で自分を見限ったレン自身も許せなかった。自分がこうなってたかもしれないと思うだけでイライラした。だからそれを否定したくなった」

「・・・」

「結局、ただの自己満足よ。ワタシは自分がスッキリするためにやっただけ」

「そっか。チュチュちゃん、優しいんだね」

「ちょっと。なんで今の流れでそうなるのよ」

「『自分と同じ』だから、レン君の気持ちが分かったんでしょ?『自分と同じ』だからレン君を信じて、変われるって信じてたから、諦めさせたくなかった。レン君のことが痛いほどに分かるチュチュちゃんだから、共感してレン君のためにあそこまで・・・違う?」

「~~~ッ!!もう!知らない!!」

「素直じゃないな。まったく・・・」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 しばらくして姉さんも俺も、涙が止まって話せるようになった。

 今は3人仲良く床に座り込んで、会話を弾ませている。

 

「まさかレンの前でこうも情けなく泣き腫らすとは。これでもお姉ちゃんとして、弟の前ではカッコつけるって決めてたのに」

「確かに姉さんのあの泣き顔は傑作だったな。写真の1つでも撮っておけばよかったぜ」

「むっ。そう言うレンだって泣きじゃくってたじゃん!友希那にぎゅってされたぐらいでさ!」

「しっ、仕方ないだろ!姉さんからぎゅってされただけでもこっちは限界だったんだぞ!」

「え~~!そこまで言うなら、なんでアタシのハグで泣いてくんなかったの!?レンの涙腺に止め刺したのが友希那なの、ちょっと気に入らないんだけど~!」

「知らないわよ。そんなの・・・」

 

 いつも通り・・・いや、いつも以上に仲良く話せているのが分かる。

 

「レンは、変わったわね」

「そうか?」

「そうだよ!良い意味でね」

「小さい頃にあんなに音楽と反りが合わなかったあなたが、ガールズバンドを取材するようになって、記事を書いて、ライブに通うようになって、ライブハウスでのバイトまで始めて、今日に至っては・・・」

「ギターボーカルでライブ初参戦、だもんね~。立派にバンドまで組んじゃってさ」

「私たちはレンと仲直りをしていたようで、実のところ、幼少期のレンしか見えていなかったのかもしれないわね」

「そうか?そんなこと無いと思うけど・・・」

「でも、あなたのライブを見た時は、やっぱり驚いたもの。あなたがステージに上がったことも、マイクの前で歌い出したことも、あなたの歌に、感動させられたことも」

「確かに感動しちゃったよね~。ビックリし過ぎてた上に本番前だったから涙は出なかったけど。やっぱり、あの手の気持ちが乗った熱い歌い方は、心に来るんだよ。そう言えば、最近やけに指に絆創膏が多いとは思ってたけど、まさかギターの練習してたからだったとは・・・」

「最近はレコーディングとかで忙しくて会ってなかったのもあるけど、レンが音楽をやる訳ないって固定観念に騙されたわ。あなたの変化に、まるで気付きもしなかった」

「そっか。驚いてくれたなら何よりだ。友希那さんが驚いてたことはチュチュにも教えてやらないとな」

「チュチュ・・・そう言えばさっき着替える時、チュチュと少し話したのよ」

「なんだ。先に話してたのか。あいつのモチベは友希那さん驚かせることにあったからな。話してどうだった?ウザ絡みされたろ?」

「そうだったの?大して長話もしなかったけど」

「マジ?」

 

 それは意外だ。

 てっきりマウントでも取りまくったのかと思ったのだが。

 

「あの時は、あなたのバンドについて聞きたくて、私から話しかけたのだけど、返ってきたのは一言だけだったわ」

「一言って?」

「『うちのボーカルは凄いでしょ』って、それだけを言い捨てて、RASの会話に加わっていったわ」

「・・・なんだよ。あいつ」

「チュチュなりに、自慢のボーカルだって言いたかったんじゃない?」

「そう、なのかな?」

「そうだと思うわ。あの時、私に見せた表情は、とても誇らしげだったから」

「ふぅん・・・」

 

 なんだよあいつ。俺に協力する理由は『湊友希那の悔しがる顔が見たいから』じゃなかったのかよ・・・。

 

「それにしても、長かったわね。私たちが音楽を始めてから10年近く。レンが楽器を携えて歌うところを、ようやくこの目にできた」

「そうだねぇ。それもあんなに楽しそうにしちゃってさ。もう見れないと思ってたもん・・・本当に長かった」

「レンの道のりは、本当に遠回りだったと思う。その道の障害には、私たちの存在だってあったかもしれない」

「そうだね。アタシたちが遠回りさせちゃった部分も・・・」

「いや、それはないよ」

 

 友希那さんの言葉を遮って、俺は続ける。

 

「2人らしくもない。見当違いもいいところだ」

「いやいや。間違ってはないでしょ。10年だよ?アタシたちがあの光景を見るのに、10年もかかったんだよ?」

「そうだな。確かに長かった。途方もなく長い道のりだった。でも、全部必要な道のりだった」

 

 今になって思い返すと分かる。

 

「寄り道、脇道、回り道・・・逃げ道すらも、全部大事な道だった。俺を否定した全てに、今は感謝すらしている。2人にコンプレックスを抱いてたことも、大事なことだったんだ。辛いことも苦しいことも、全部ひっくるめてさ」

「レン・・・」

「出来ないからこそ得られたものがあるし、苦しみの中で見つけたものもあるし、逃げ道を走ったから出会えたものだってある。・・・新聞部とかは、まさにその筆頭だな。うん。全部大事なものだし、そのどれもが、かけがえのないものばっかりだ」

「「・・・」」

「一番の近道は遠回りだった。遠回りこそが、俺の最短の道だった」

 

 ・・・全部、必要な道だったから。

 

「それに、2人が障害だったことは一度もないよ。寧ろ『2人をあっと言わせたい』と思ってからは、大事な道しるべだった。2人が目標としてそこに居てくれたからから、俺はあのステージに立てた」

 

 ・・・

 

「友希那さん、姉さん。本当にありがとう」

 

 姉さんなんていなければよかったとか、友希那さんが幼馴染じゃなければと、小さい頃の俺は何度も考えていた。どんなに大好きでも、完璧な人間に囲まれるのは、辛かったから。

 それでも俺は、今になって2人にこう言うのだ。

 

「小さい頃からこんなにカッコいい2人が居てくれて、俺は幸せ者だ」

 

 そうだ。そんなカッコいい2人がステージで輝いてくれたから、俺はステージに憧れた。

 音楽を再開したきっかけはチュチュだったが、無意識の中で音楽をやりたいという想いを持つことが出来たのは、そんな2人が居たからだ。

 そんな2人が居て、その他のガールズバンドが居たから、俺は素直な憧れを持てた。

 

 そんな感謝の言葉を伝えると、姉さんが改めて俺に向き直った。

 

「・・・レン」

「何?」

「よしよし」

 

 姉さんから頭を撫でられる。普段なら手を払いのけるが、今は素直に嬉しい。

 

「何はともあれ、よく頑張ったじゃん。流石アタシの弟だ☆」

「へへっ、だろ☆」

「レン、今日は珍しく素直ね」

「まぁな。今日ぐらいは昔みたいに振舞ってやるよ。『ゆき姉』」

「あっ、それ懐かしい呼び方じゃん!アタシは?アタシも今日は呼び方変えてよ」

「おね・・・」

「(ワクワク)」

「・・・姉貴☆」

「なんで~~~!!!」

 

 やっと、何の気負いもなく3人で話せるようになった気がする。

 音楽が出来ないことへの負い目は、もう完全に消滅した。

 

 観客の居なくなったライブ会場で、俺たちはいつまでも、幼い頃のように語り合った。

 





 昨日が短かったとはいえ、まさかの1万字超え。

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終章完結.軌跡


【幕間】仕事終わりのレンとまりな

「レン君、そう言えばライブ終わりに、お客さんからレン君宛に花束を渡されたよ」
「えっ、お客さんからですか?でも、俺が出ることはお客さんにも告知してなかったですよね?」
「そうなんだけど、どうしても君に渡して欲しいって」
「お客さん、どんな人でしたか?」
「知り合いではないと思うよ。確かメガネをかけた、大学生ぐらいの人だったと思う」
「そうですか。・・・まぁ、有難く貰っときますね」

 花束に差し込まれたカードには、

『君の道行きが、真夏の太陽のように明るいことを祈る。
 お疲れ。よくやった。そして、本当にありがとう。』

「・・・何に対しての感謝かは知らないけど、どういたしまして」



 

 3人で話し合った後、俺を待っていたのはライブの打ち上げだった。

 このライブの出演者でファミレスに集まろうというものだったらしく、俺とまりなさんは香澄から招待された。

 

「だって、今日はレン君もまりなさんも出演者でしょ?だったら一緒にやろうよ!」

 

 と言われ、仕事が残ってることを理由に断ろうとした頃には、気を遣ってか既に他のスタッフが俺とまりなさんの仕事を強奪していた。

 だから結果として今、35人+2人がファミレスに集結し、俺たちは香澄の音頭を聞いている。

 

「みんな!本当にお疲れさまでした!かんぱーい!!」

 

 店内の35人が騒がしくコップをぶつけ合う音を聞きながら、俺は向かいの席に座るまりなさんと静かにコップを合わせた。

 

「このテーブルはやけに静かな気がするね」

「仕方ないですよ。1バンドに1テーブルでやってる以上、飛び入り参戦の俺たち2人だけのテーブルなんて・・・」

「そうだねぇ。この打ち上げ自体は一応、出演者として参加してる訳だけど・・・」

「『The CiRCLE』のメンバーは2人だけって感じになりそうですね。チュチュもつくしも、今は自分のバンドの席で―」

 

 メロンソーダの炭酸を物憂げに眺めながらぼやいた瞬間だった。

 

「勝手なこと言わないでくれる?」

「あれ、チュチュちゃん?」

「私もいますよ」

「つくしまで、自分のバンドはどうしたんだよ?お前ら2人ともリーダーだろ」

 

 そう聞くと、まりなさんの隣に座りながらチュチュが答えた。

 

「別に。『自分達に黙って1人だけ面白そうなことやってた裏切者をRASの席に座らせる訳にはいかない』って追い出されただけよ」

「私も、『自分達に隠れて1人だけCiRCLEに尻尾振ってた浮気者をモニカの席には置かせない』って」

 

 しれっと俺の隣に座るつくしもそう言って続ける。

 

「それで、『だからさっさと向こうのバンドのテーブル』に行けって」

「なるほどな。つまり・・・」

「あの子たちなりに、気遣ってくれたってことかな」

「別に問題無いでしょ。ワタシたちは1つのバンドなんだから。1バンド1テーブルで座るルールには反してない」

「俺的には、ライブ終わりにメンバー同士で拳を合わせた時点で『The CiRCLE』は解散したつもりだったんだけど」

「まぁ、いいじゃないですか。あの時はバタバタして大した挨拶も出来なかったですし・・・」

 

 挨拶、か・・・。

 

「じゃあ俺、リーダーとして何か話しといた方が良いかな?最後ぐらい、ちゃんと」

「レン君が話したいなら、ご自由に」

 

 メンバーの視線が俺に集まる。

 まぁ、今から話すのは別にリーダーとしての威厳ある話とかじゃない。

 今井レンという1人の人間による、ただの個人的な感謝だ。

 

「まずは、チュチュ」

「・・・」

「俺を音楽に誘ってくれて、本当にありがとう。他にもお世話になって感謝しなきゃいけないことはいっぱいあるけど、やっぱりこれに尽きる。お前が誘ってくれたことが全ての始まりだった」

「大したことじゃなわ。ワタシはただ、アナタが出来ると思ったから興味本位で誘ってみただけよ」

「でも俺は、お前が『出来る』って言ってくれたことが、本当に嬉しかった。あの時は、お前だけがそう言ってくれたから」

「レン・・・」

「お前がいたから、閉じきっていた俺の世界が変わったんだ。だから、感謝する」

 

 チュチュは返事をしなかった。

 少し顔を赤くして顔を逸らしたのが、多分チュチュなりの返事なのだろう。

 同じバンドとして過ごしてきて、少しはチュチュのことも分かってきたつもりだから。

 

「次に、つくし」

「はい」

「お前が居たから、俺は最後まで頑張ることが出来た」

「そんなことないですよ。頑張ったのはレンさんじゃないですか。そりゃあ、演奏の相性とかは、良かったりしたかもですけど」

「それだけじゃない。俺が歌えなくなって逃げだした時、お前が発破をかけてくれなかったら、俺は絶対に途中で諦めてた」

「それは・・・」

「あの時、お前が見せてくれた朝焼けを、俺は忘れない」

「もう、そんなこと言われたら何も言えないじゃん・・・」

 

 つくしにも目を逸らされた。

 でも、チュチュとつくしの次にも、話さなければいけない人はいる。

 

「最後に、まりなさん」

「何?」

「・・・」

「レン君?」

「すいません。ちょっと泣きそう・・・」

 

 目頭を押さえて、溢れ出すものを抑えて、まりなさんと目を合わせる。

 

「まりなさん。俺にギターを教えてくれて、ありがとうございます」

「うん。私も君に教えられて良かったと思うよ」

「まりなさんが教えてくれて、俺は初めて音楽が『楽しい』って思えたんです。苦痛だった筈のものが、大事なモノに変わって、練習の時間は、いつも待ちきれなかった」

「レン君・・・」

 

 こんな俺にも熱心にギターを教えてくれたまりなさんには、本当に感謝しかない。

 

「まりなさんは、俺が掲げたどうしようもない目標を『夢』って言ってくれましたよね」

「そうだね。君の経緯を考えると、本当に途方もない夢だった」

「はい。初めて俺の中で生まれた『夢』・・・。時々俺を辛くして、それでも俺を熱く滾らせたもの・・・」

 

 その初めての『夢』に、俺は挑戦した。

 そして、その挑戦のためだけに、3人もの協力者が集まってくれた。

 

「まりなさん・・・俺、一曲弾けましたよね?とびっきりカッコいいやつを」

「うん。君の努力の成果だよ」

「ライブ、出来ましたよね・・・?」

「大成功だったよね。お客さんが1つになって、他の出演者にも火がついて」

「友希那さんや姉さんを・・・あっと言わせてやりましたよね・・・?」

「あの2人どころか、控え室の子たち全員が驚いてたの、君も見たでしょ?あの光景は忘れられそうにないね」

 

 音楽を教えてもらうにあたって、俺が掲げた『成し遂げたい目標』は全て達成した。

 つまり・・・

 

「まりなさん・・・いや、みんな」

 

 涙を抑えるのも忘れて、俺はメンバー全員に向き直る。

 

 

 

「本当にありがとう。『夢』、叶ったよ」

 

 

 

 抑えようとしていたものが、どんどん溢れ出してくる。

 

 『音楽を楽しめる人間じゃない』と言われ続けた。

 『もうやめよう』と心配された。

 『音楽をやっちゃいけない』と自分でも考えていた。

 

 そうやって生きてきたのが俺だ。

 でも、今なら胸を張って言える。

 

「音楽って、バンドって・・・本当に楽しい!!」

 

 このことに気付けたのは、やっぱりここに居るメンバーのお陰だ。

 

「レンざぁぁぁぁん!!!」

「ちょっ、つくし!いきなり抱きつくなよ。なんでお前が泣いてんだよ!」

「だっでぇ・・・!レンさんの今までの気持ちとか考えたら、もうっ・・・!」

「やめろよ・・・。俺だって限界なのに・・・!」

 

 力いっぱいにつくしを抱き留めながら、俺は向かいの席に助けを求めようとしたが・・・。

 

「ちょっとマリナ。アナタまで泣いてどうするのよ。いい年した大人が」

「年取ると涙腺緩むんだよぉ・・・。レン君が、こんなにも、成長してっ・・・」

「あぁもう。ほら、涙拭きなさいよ」

 

 向こうは向こうでダメっぽいが、チュチュは気にせず話しかけてくる。

 

「レン」

「何だよ?」

「今更言えることなんて大して無いけれど、アナタをステージの上に誘った人間として、1つだけ」

「・・・?」

 

 俺の目を見ながら、チュチュは俺の傍に置かれたコップに、軽く自分のコップを当てて言った。

 

「congratulation.そしてようこそ。音楽の世界へ」

「チュチュ・・・」

「レン君、ぐすっ・・・私がらもっ、おめでどぉ・・・!」

「レンざんっ、おべでどうっ、ございますぅっ・・・!!」

「いや、2人は無理しなくていいって。ったく、最後なのに締まらねぇな・・・」

「レンにはこのぐらいがお似合いよ」

「締まらないのに?」

「いいじゃない。メンバー泣かせるぐらいのものを見せた証拠よ?」

「・・・まぁ、それもそうだな」

 

 『The CiRCLE』の最後の挨拶は、泣き声と笑い声の交じり合う、大変賑やかなものとなった。

 

 

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 この打ち上げには席替えタイムがあったらしく、俺は移動をしなかったが、俺のテーブルには様々な客人が訪れた。

 まずは、クラスメイトの3人がこのテーブルに座った。

 

「レン君、まずは初ライブお疲れ様。いい歌だったよ」

「まさか、私たちの前座がレンのバンドだとは思わなかったよな」

「どうだ。流石にビックリしたろ?まさかこの俺がマイクスタンドの前でギター引っさげてるなんてさ」

「いや、あたしはそうでもなかったかな」

 

 自慢げに振舞う俺の横で、美咲が静かにアイスティーを飲んで呟いた。

 

「なんたって親友ですから。あたしは信じてたとも」

「美咲・・・」

「あんたはやる男だと思ってたよ」

「美咲・・・!!」

「いや、とか言いつつ奥沢さん、控え室のモニターの前で呆然としてたよな?」

「えっ、そうなのか?」

「うん。美咲ちゃん、自分がミッシェルの中に入ってるのも忘れて、『うっわ。マジか・・・』って」

「がっつり地声だったよな」

「ちょっと美咲さぁん?」

「・・・ごめん。めちゃくちゃビックリしてた。何ならレンと仲が良い人ほどアレはビックリしてたと思う」

「さっきの言葉なんだったんだよ~~~!!」

「ごめんごめん。ちょっとぐらい気の利いたこと言っといた方がいいかと思ってさ。まぁ、でも・・・」

 

 笑いながらも、美咲は俺を見据えて。

 

「ライブ、カッコよかったよ。これは親友としての、あたしの本心だから」

「美咲・・・」

「レンのお陰で初めから盛り上がってたからね。やっぱ凄いやつだよ。あんたは」

「何だよ。ちゃんと気の利いたこと言いやがって」

「・・・乾杯、しとく?」

「・・・しとく」

「あっ、じゃあ私たちも参加しよ!」

「だな。なんたって、あのレンの初ライブ成功記念なんだから」

「よし、じゃあ3人とも、コップは持った?それじゃあレン君の初ライブ成功を祝して!」

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 

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 次にやってきたのはましろだった。

 

「あれ、1人?」

「はい。仲良い人、みんな別の所に行っちゃってて」

「まぁ、座れよ」

 

 俺の向かいにちょこんと座るましろに目線を送ると、早速ライブの感想を言ってきた。

 

「カッコよかったです。歌にも気持ちが乗ってて」

「現役ボーカルに歌を褒められるとは光栄だな。お前だって歌声はカッコいい系だろうに」

「でも、本当に感動しました。檻から解き放たれて、荒野の疾走に心を燃やす、一匹の狼のようなレンさん。尊敬します」

「随分、中高生男子に刺さる褒め方するな・・・」

「あと、つくしちゃんがお世話になったって聞いたので、それのお礼も」

「いやいや、世話になったのは俺だよ。あいつには何度も助けられた」

「そうですね。さっきも『仕方ないお兄ちゃんなの』って、幸せそうに話してました」

「・・・そっか」

「それで、つくしちゃんとは仲良くなれたんですか?」

「・・・?まぁ、絆は深まったと思うよ。性格とか演奏とか、つくしとは何だかんだ相性が良いことも分かったからな。あいつと一緒だと居心地もいいし・・・でも、なんで今になってそれを聞くんだ?」

「いや、メンバーとして気になったので聞いただけですよ。リーダーをからかえそうな答えが聞けて何よりです」

「・・・おう。そうか」

「じゃあ、もう行きますね。そろそろ別の人が来ると思うので」

「もう行くのか。じゃあ、また」

「はい。つくしちゃんのこと、よろしくお願いしますね♪」

「えっ?それ、どういう—」

 

 

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 最後に俺のテーブルにやってきたのは、紗夜さんと彩さんだった。

 

「レン君、お疲れ~。空いてる?」

「彩さん!それに紗夜さんまで」

「はい。お疲れ様です」

 

 まさか、ここに来てこの2人の反応まで見られるとは。

 

「それにしても、レン君って変わったよね」

「そうですか?」

「はい。今のレンさんは、昔よりも良い目をするようになったと思います」

「えっと、そんなにですか?」

「はい。昔のあなたは、もっと卑屈でしたよ。目つきも顔つきも悪かったですし」

「いつの話ですか・・・」

「だから、昔の話ですよ。劣等感に苦しんで、自分を卑下して、『心配も同情も要らない』『どうせ誰も自分のことなんて信じてない』と、独りで無理をし続けて、どんどん自滅的になっていた、あの時のレンさんですよ」

「そんな正確に言わなくても・・・」

 

 そう言えば紗夜さんも、俺を信じてくれた1人だったっけ?

 テスト勉強に身が入らない俺に、思い詰めていた俺に『信じている』と、あの時の頑張りを認めてくれて、そして・・・。

 

「そう言えばあの時の紗夜さん、俺にハグしてくれたんですよね」

「えっ!?そうなの!?紗夜ちゃんったら大胆!」

「ちょっ、今それを言う必要なかったでしょう!?いつの話ですか!?」

「昔の話じゃないですか。無理を重ねて張り詰めていた俺を優しく包んでくれた、あの時の紗夜さんですよ」

「紗夜ちゃ~ん・・・」

「くっ・・・!殺してください!」

「「そんなに!?」」

 

 昔話も束の間、改めて紗夜さんは俺に向き直った。

 

「レンさん、ライブ後にお姉さんとは話しましたか?」

「はい。たっぷり、時間いっぱいまで」

「そうですか。やっぱりあなたはいい表情をするようになりましたね。今井さんを見た瞬間、真っ先に逃げようとしたあなたが・・・」

「負い目は無くなったし、自分の生き様にも自信が持てるようになりましたからね。今なら本当に、ちゃんと心から姉さんと話せますよ」

「レンさん・・・」

「へへっ」

「そうですね。良ければ、頭をこちらに寄せて貰っていいでしょうか?」

 

 少し身を乗り出すと、向かいの紗夜さんが俺の頭を撫でた。

 

「成長しましたね。本当に」

「紗夜さんにそう言われるのは、嬉しいな・・・」

 

 紗夜さんの手は、いつも温かくて優しい。

 あの時、ファストフード店への道中で、姉さんから逃げようとした俺を引き留めたのも、思い返せばこの手だった。

 

「紗夜ちゃんってやっぱり優しいよね。それにちょっと大胆。風紀委員なのに」

「べっ、別にいいでしょう。このぐらい!丸山さんだって、言いたいこととか無いんですか!?」

「いや、私はもう多くは語らないよ」

 

 コップを机に置いて、今度は彩さんが俺に向き直る。

 

「レン君。ライブ終わってから、友希那ちゃんとは話した?」

「はい。いっぱい褒めてもらいました」

「そっか」

 

 それだけを聞いて彩さんは嬉しそうに微笑む。

 そうだ。友希那さんとの関係で悩んでた時、俺に発破をかけてくれたのがこの人だった。

 なんならこの人の言葉には、それ以外の面でもたくさん支えになってもらった。

 

「君は友希那ちゃんと、心から話せるようになったんだね」

「はい」

「うん。いいね。・・・今の君は、凄く良い」

 

 彼女は本当に、多くは語らなかった。

 そして俺の表情を確認してから、そのまま俺の胸に拳を当てた。

 

「カッコいいじゃん」

「彩さん・・・」

「スッキリした顔しちゃって。その顔は嫌いじゃないけどさ」

 

 そして彩さんは、紗夜さんと背もたれでくつろぐ。

 

「いやー、レン君の成長がこの目で見れて、嬉しい限りだよ。ライブも凄く良かったし」

「そうですね。本当に、よく頑張りましたね。レンさん」

「はい。ありがとうございます」

「うん!これでレン君の心のわだかまりも・・・」

 

 そう、これでようやく・・・

 

「万事解けちゅ」

「「・・・!!」」

 

 ・・・

 

「すぅーっ・・・」

「「・・・」」

 

 ・・・・・・

 

「あの、もう1テイクお願いしても・・・」

「締まらんなぁ・・・」

「丸山さん・・・」

「うぅっ、ごめんなさーーーい!!」

 

 2人の恩人からの祝福は、ある意味心に深く残るものとなった。

 

 

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【ドリンクバー前】

 

「あれ、リサ先輩?」

「お、つくしじゃん。そっちも、みんなのドリンク入れに来たって感じ?」

「はい。リサ先輩もですか?」

「ま、そんなとこ」

 

 ・・・

 

「今日、ありがとね。あんなに楽しそうなレン、初めて見たかもしれない」

「そうですか?そんなこと―」

「いや、割とマジだよ。レンからあのバンドの一連の話は全部聞いた。本当に・・・ありがとう」

「それは・・・どうも」

 

 ―

 

「ねぇ、つくし。ちょっとアタシの独り言、聞いてくれない?」

「・・・はい」

「音楽をやるレンはね、いつも辛そうだったんだ。音楽をやるレンには『出来なくちゃいけない』っていう呪縛が、ずっと付きまとってた。だから、自分が出来ないと自覚する度に、レンはずっと自分を責め続けた。アタシや他の人に、何度も何度も謝ってた」

「・・・」

「アタシはね、その呪いを解いてあげたかったんだ。だから『出来なくてもいいんだよ』って、そのままのレンを受け入れることにした。そうでもしなきゃ、あの子が壊れちゃう気がして」

 

 ・・・

 

「でも、最近になって思い始めたんだ。『出来なくてもいい』なんて、裏を返せば『出来るかもしれない』の放棄だなって。『出来ない』ことを前提にした考えで、レンの中にあった『出来ない』を明確にしちゃった。もしかしたら、アタシは心のどこかでレンのこと信じてなかったのかもって、思ったりもしてさ」

「リサ先輩・・・」

「多分、アタシはレンの呪いを解いたんじゃなくて、別の呪いをレンにかけたんだよ」

「・・・そこまでマイナスに考えることはないと思います。レンさんを傷つけないために言った言葉だったら、それは不信じゃなくて愛情です。寧ろ、リサ先輩の愛があったから、レンさんは壊れずに済んで、今になってバンドを組めるほどの成長が出来たとも、私は思います」

「でもね、つくし。これは自論だけどさ」

 

 ・・・

 

「『愛』ほど歪んだ呪いは無いよ」

「・・・そうですね。確かにそうかもしれません。・・・それでも、レンさんは悪いものもひっくるめて『全部必要だった』って言い切ったんですよね?過去も、恐怖も、呪縛も力に変えられたなら、やっぱりリサ先輩は誇りこそすれ、気に病むことはないと思います」

「・・・アタシは、許されていいと思う?」

「仮に許されなかったとして、その罪悪感で誰が得をするんですか?それとも、罪滅ぼしでレンさんとの関わりでも絶つんですか?」

「いーや、それは絶対に無いよ。たとえ嫌われたとしても、アタシはもうレンを独りにしないって決めてんだ。・・・あぁ、うん。そうだね。そうだった。よく考えたら、アタシが変に気にする必要なんて、別になかったんだ」

「なら良かったです。絶縁なんてしたらレンさんが悲しみますからね。あぁ見えてレンさん、お姉さんのこと大好きですし」

「・・・ほんと、仕方ない弟だ」

「そうですね。仕方ないおに―・・・仕方ないレンさんです」

 

 ・・・

 

「ねぇ、つくし」

「何ですか?」

「ステージに立つレンが見れて嬉しかった。アタシの弟を信じてくれて、レンをあの場所まで導いてくれて、レンの呪いを解いてくれて、本当にありがとう」

「何を勘違いしてるのか知りませんけど、1つだけ誤解を解いておきますね」

「・・・誤解?」

「私たちは手伝っただけです。手取り足取り導いたわけじゃない。レンさんは自分の足でステージに上がったんです。自分で決めて、自分で挑んで、自分で戦ったんです。・・・リサ先輩が言ってる御大層な『呪い』も、レンさんは自力で打ち破ったんです」

「つくし・・・」

「レンさんは強い人ですよ」

「そっか。やっぱり嬉しいな。自分の弟に、ここまで言ってくれる仲間ができたってのはさ。あーーー良かった!なんか憑き物が落ちたよ。つくしに話してよかった。後でチュチュとまりなさんにもお礼言わないと」

「なんだかんだずっと気にしてたんですね。多分、本当に呪縛されてたのは、リサ先輩だったんですよ」

「かもね。じゃあ、アタシにかかった呪いを解いてくれたことも、別途でお礼言わなきゃね」

「お礼の品はクッキーでいいですよ。レンさんが世界一美味しいって言ってましたから」

「ははっ、バーカ☆」

 

 ・・・

 

「じゃあ私、そろそろ行きます。レンさんがオレンジジュースを待ってるので」

「そっか・・・あっ、じゃあ最後に。一つ気になってたんだけどさ」

「はい?」

 

 ・・・

 

「つくしは、レンのことが大好きなんだね☆」

「いやっ、なんでそうなるんですか!?明らかに今はそんな流れじゃ・・・ちょっと!どうして私を撫で撫でするんですか!?」

「ほんと。つくしってば可愛いんだから」

「もうだから撫でないでくださいって—」

「レンのこと、よろしく☆」

「待っ・・・どういう意味ですか!?ちょっと!撫で撫ではやめて下さーい!!」

 

 

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 否定され続けてきた少年の音楽は、ここに称賛された。

 

 あるいは先輩から

 あるいは後輩から

 あるいは同期から

 

 恩人や、尊敬する人からも・・・。

 

 その残響は少年の成長の証であると同時に、少年が独りじゃないことの証明となった。

 

 

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 席替えでは、他にも色んな連中が話しかけてきた。

 そうやって質問や祝福の声に対応しているうちに、打ち上げはそのまま終わった。

 打ち上げの後はそのまま真っ直ぐ帰ろうかと思っていたのだが。

 

「30人近くの気遣いを受けて、見事にこのメンバーで帰ることになったな」

「私、ましろちゃんから「行っておいで」って、凄い意味深な微笑みで送り出されましたよ。まぁ、今日中ぐらいはいいかなって思いますけど」

「そうだね。ライブは終わっちゃったし、レン君の夢も叶った。『The CiRCLE』として私たちが集まることは、もう無いんだから」

「「・・・」」

 

 そう。俺の夢を叶えるためだけに、『The CiRCLE』は結成され、俺の為だけにこのメンバーが集まった。

 俺が過去を乗り越え、全ての負い目を振り払い、夢を叶えた時点で、このバンドはもう役目を終えたのだ。

 ライブは終わった。だから、このバンドも終わりだ。

 

 理解していた事実だが、いざそれを目の当たりにすると、少し寂しい。

 

「別にそこまで落ち込むことでもないでしょ?今生の別れって訳でもないんだし。ただワタシたちの生活が元に戻るだけ」

「確かにな。少しばかり色々と変わるだけだ。変わることは終わることじゃない。寧ろ、変わり続けることで始まっていくんだもんな。何事も」

「で、それよりも、アナタはこれからどうするの?」

「・・・?どうするって?」

「バンド活動よ。ワタシたちは解散するけど、続けるの?」

 

 それも、考えてなかった訳じゃない。答えは決まっていた。

 

「バンド活動は・・・続けないかな」

「理由は?」

「バンドは凄く楽しかった。多分、人生で一番情熱を捧げたと思う。でも、やっぱり俺は、ステージに立つよりも、ステージに立つみんなを全力で応援する方が性に合ってんだよ。新聞部の活動は、それほどの生き甲斐なんだ。俺はステージの上に立つ楽しさを理解した上で、それでも応援を生き甲斐にしたいんだよ」

「・・・そう」

「他にも理由を挙げるなら、今よりも最高なメンバーを揃えられることは、多分ないと思うから、かな」

「まぁ、アナタの世界は変えられたし、これからの選択は好きにすればいいわ」

「いや、でも、音楽は続けるぞ。ギターは楽しいからこれからも趣味の範囲で弾き続けようと思うし、ギターを弾いてるからこそ書ける記事もあると思うし、あと、趣味を聞かれた時に「ギター弾いてます」って言えたらカッコいいし☆」

「レン君がギター続けてくれるのは、嬉しいな。分からないことがあったら、また教えてあげるね」

「はい。その時は、また教えてください!」

 

 こうしてまりなさんとの約束を結んだ時点で、とうとう分かれ道が見えてきた。

 

「さて、そろそろだな」

「そうだね。私はチュチュちゃんを送るから、レン君はつくしちゃんお願いね」

「ちょっと。子ども扱いしないでよ」

「そうですよ!」

「子ども扱いとかじゃなくて、単純に夜道に女の子1人だけはダメでしょ・・・」

 

 分かれ道に差し掛かって、4人が止まる。

 

「みんな。最後に円陣しないか?」

「円陣ですか?」

「私は別にいいけど」

「でもレン。あれの掛け声、「We are 『The CiRCLE』.」って思いっきり言ってるけどいいの?ワタシたち、もう解散してるのよ?再結成の予定がある訳でも無いのに」

「それでいいんだよ。チュチュ」

「・・・?」

 

 だって

 

「バンドが解散しても、俺たちが過ごしてきた日々が無かったことになる訳でもないし、CiRCLEでライブしたことや、円形に並んで作戦会議した日々が消える訳でもない。俺たちが『The CiRCLE』であった事実は、ちゃんとあるんだ」

「レン・・・」

「そしてそれを抜きにしても、「We are the circle」ってのは間違いじゃない。同じ場所に集まってなくても、俺たちは1つの『輪』で繋がってるだろ?色んなやつを巻き込みながらさ」

「お、レン君。珍しく良いこと言うね」

「今のレンさん、ちょっとカッコいいです」

「へへーん。リーダーっぽいだろ☆」

 

 だから、リーダーっぽいうちに、リーダーらしくこのバンドを終わらせよう。

 

「よし。じゃあ、やろうぜ」

 

 俺が拳を構えると、メンバーも拳を構える。

 誰も、円陣への反対は無いようだ。

 

「俺たちは明日から、バンドメンバーでも何でもない。所属も、年齢も、てんでバラバラだ」

「「「・・・」」」

「でも、それでも、やっぱり俺たちは1つだ。この繋がりは何があっても切れやしない」

「「「・・・!」」」

 

 言えることは全て言った。

 後はリーダーとして、最後の責務を果たそう。

 

「We are『The CiRCLE』. Ready?」

「「「「GO!!」」」」

 

 4人で拳を打ち付け、俺たちはそのまま2手に分かれた。

 

 俺たちはこれから、繋がっていながらも、別々の道を行く。

 

 正真正銘。今度こそ、『The CiRCLE』は解散した。

 

 

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「あの、レンさ―」

「んー?」

「・・・お兄ちゃん」

「どうした?」

「今日、楽しかったね」

「そうだな」

 

 ・・・

 

「つくし」

「何?」

「手、繋ごっか」

「どうしたの?いきなり」

「夜道ではぐれたら大変だしな。それに、最近はバンド関係でバチバチに練習ばっかりだったし、練習中は集中し過ぎて気にもしてなかったけど、今になって、あんまりイチャイチャしてなかったなと思って」

「・・・イチャイチャ、したいの?」

「つくしは、したくない?」

「・・・したい」

 

 有無を言わさず、俺はつくしの手を取った。

 細くて、小さくて、冷たくて、それでいて硬く、逞しい手触りを包み込む。

 

「あっ・・・」

「隙あり」

「もう。年頃の男女が夜道でこんな・・・」

「いいだろ?兄妹なんだから」

「お兄ちゃん、何か厚かましいというか、わがままになってない?」

「よく気付いたな。本来の俺は弟属性だから、本当は生意気だし、わがままだし、甘えん坊だし、イタズラ好きなんだよ」

「だからって、いつもの優しくて頼りになるお兄ちゃんが嘘って訳でもないのはわかるよ。・・・なんだろ。意地張らなくなったとか、そういうこと?」

「そうだな。元々お前には、結構素の自分を出していた方なんだけど、やっぱり兄とか年上としての体裁は守ろうとしてたんだよ」

「じゃあ、なんで守ろうとしなくなったの?」

「だって、つくしには、河原で落ち込んでる姿も、泣き腫らした姿も、情けない部分も全部見せちゃったからな。だから、もういいかなって」

「情けないって・・・」

「妹相手に取り繕っても仕方ないだろ?」

「ほんと。仕方ないお兄ちゃんなんだから・・・」

 

 そう言いつつも、つくしは俺を受け止めてくれている。

 

「こうして手を繋いでると昔を思い出すよ。その時は姉さんが繋いでくれてさ」

「私の手、リサ先輩のより小さいよ?」

「小さいけど、でも凄く安心する。俺はこの手に、何度も支えられた。この腕で刻まれるリズムに、何度も」

「そう」

「だから、ありがと。俺を信じてくれて」

 

 ・・・

 

「つくし、俺はお前に出会えて、本当に幸せだよ」

「もう・・・」

 

 その後も、ちょっと姉っぽくなった妹と、俺は手を繋ぎながら帰った。

 

「お兄ちゃん」

「何?」

「こ・・・恋人つなぎ、しよ?」

「甘えんぼさんめ。お前はやっぱり妹だな」

 

 別れ際、繋いだ手を離すのに時間がかかったのは、きっと指を絡めたせいだ。

 

 

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【後日談】

 

 ライブから数日、俺は部屋に籠って趣味に時間を割いていた。

 記事の作成以外の、もう1つの趣味。

 

 ~~~♪

 

「やっぱり『ZERO OVER』以外の曲は難しいな。やっぱ練習の雰囲気の問題なのかな?まりなさんの指導も無いし、チュチュの「NO!」も無いし、つくしのドラムも無いし、そもそもスタジオじゃないし、時間の余裕はあるのに環境がなぁ」

 

 ~♪

 

「てか俺も俺だよ。あの時の化け物みたいな集中力はどうしたんだ。短期間であれだけどうにかしてきたのに、やっぱ追い詰められないと出ないのかな?」

 

 ギターのチューニングをしながら、悩んでいると、客人が入ってきた。

 

「レン~。今って大丈夫?」

「大丈夫だけど。あっ、もしかしてうるさかったか?悪いな。家で練習とかしてこなかったから加減とか分からなくて・・・」

「いや、そういうんじゃないよ。久しぶりに友希那とアタシとレンの3人で遊んだりしたいなって」

「あれ?友希那さんも来てるのか?」

「うん。あ、来た来た」

「おはよう。・・・本当に、ギターを弾くようになったのね。レンがギターを持っている光景なんて、もう見られないと思ってたから、今でも信じられないわ」

「確かに。姉さんたちには10年近く見せてない光景だからな」

「そもそも、3人揃って遊ぶのも久しぶりよね」

「あっ、じゃあセッションとかしない!?せっかくレンがギター出来るようになったんだし、小っちゃい頃の悲願、ここで果たそうよ!」

「いや、まだセッションなんて出来るレベルじゃないぞ!?弾ける曲、ライブでやったあの曲だけだし・・・」

「じゃあ、それでもいいわ。歌詞も曲調も頭に入ってるし。リサは?」

「そうだね~。曲調ならアタシも頭に入ってるし、後はノリとアドリブでどうにかなると思うよ☆」

「化け物どもが・・・」

「あ、でも、3人で合わせちゃったら流石にうるさいよね。」

「そうね。じゃあ今からCiRCLEでスタジオを―」

「いや、こんな休日に当日予約は無理だろ。多分どこも埋まってると思うぞ」

「それじゃあ、もうカラオケボックスにでも籠るしか無いわね」

「ちょっとダメだよ友希那。レンにカラオケと音ゲーの誘いはNG・・・いや、ちょっと待って?」

 

 なるほど。そんなに定着してたのか。

 そりゃあそうだよな。その誘いは10年以上も拒絶し続けたんだから。

 

「レンって、もう歌えるんだよね?」

「喉の使い方はまりなさんにしっかり叩き込まれたからな。結構上手くなってるぜ?」

「じゃあ、カラオケの誘いって・・・」

「楽しみ方、ちゃんと教えてくれよ?俺、初見みたいなもんなんだし」

「レン・・・ねぇ、友希那!」

 

 姉さん、そんなに感激しなくても。

 話を振られた友希那さんも困って―

 

「リサ。カラオケ行ったらオールするわよ!」

「うん!!」

「いや、「うん!!」じゃねぇよ。未成年だぞ俺たち!」

「男のくせに細かいこと言うなよ~☆」

「そうよ。あなたとデュエットで歌いたい曲、いっぱいあるんだから」

「おい。俺が参加可能になったからって俺にばっか歌わせるのとか勘弁だからな!?」

「大丈夫だって。アタシらもちゃんと歌うし、レンはカラオケ避けてきたから知らないかもだけど、友希那のカラオケって凄いんだよ?友希那が歌う『ムーンライト伝説』とか、めちゃくちゃカッコいいんだからね?」

「えっ、何それ!?めちゃくちゃ聞きたい!!」

「そう言うぐらいなら早く行くわよ」

「おう。俄然楽しみになってきたぜ・・・!」

「レンとカラオケだぁ~☆」

 

 この後めちゃくちゃ歌いまくった。

 

 身内と一緒にカラオケを楽しむ。誰もがやってる普通のことに、俺はようやく仲間入りを果たした。

 その普通は、どこまでも当たり前な日常。その日常を俺はやっと勝ち取ったのだ。

 他の何でもない音楽によって生まれた強い繋がりがそこにある。

 

 小さい頃からずっと叶えられなかった、音楽による2人との繋がり。

 

 俺は確かにこの手で、その夢を撃ち抜いたのだった。

 





 最後なだけあって、今回は1万3000字超え。

 バンドリの二次創作でここまで王道の成長物語を書いてるの、結構珍しいかもしれませんね。この手の主人公って、大抵は成長の余地が無いぐらいに強くてカッコよくて頭も良くて女の子にも好かれるキャラばっかりですからね。
 多分、不器用で出来ないことが多いレン君が主人公だったから、私はこの終章を書けたのかな。
 日常系の話が、いつの間にかここまで大きくなるとは、私も想像してませんでしたがね。
 
 では、以上が終章。過去と呪いと、夢と成長の物語でした。

 あと、『終章完結』というサブタイトルですが、あともう1話だけ、おまけを投稿します。

 次の更新は、明日。これがラスト。

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【後日談】二葉つくしと公園でまったりするシチュ


 最後の最後に、日常イチャイチャでも書いときます。
 これが前の話の後書きで書いてた「おまけ」。

 終わりぐらいは、この作品らしくね。



 

 合同ライブから何日か経って、俺はつくしをデートに誘った。

 そう。珍しく俺から。

 

「自分から誘っといて、結局公園デートなんだね。もっと別の場所に出かけたりするのかと思ってた」

「正直、デートコースとかわざわざ考えるの大変なんだよなぁ。そもそも俺、積極的に出歩きたいタイプでもないし」

「そうなの?」

「別に街歩きデートが嫌って訳じゃないぞ?女の子とそうやって歩くのは、それはそれで凄く楽しい。本当に楽しいと思う。でも、どっちかって言うと、こうして穏やかにのんびりする方が好きなんだよなぁ」

「でも、デートって基本、街歩きするものじゃないの?」

「そうだな。自分から誘っといて公園から1歩も動かないとか、つくし相手じゃなきゃまず出来ない」

「むっ、なんで私相手なら出来るの?」

「どうだろ?やっぱり素でいられるからな。気遣いも遠慮もしなくていいし。情けないところもダメなところも、つくし相手なら見せてもいいかなって思えるし」

 

 横長のベンチで、他愛ない話を繰り返す。

 そう。こういう空気が好きなのだ。

 

「あ、つくし。ちょっと端っこまで詰めてもらっていいか?」

「え?・・・こう?」

「おう。それから、膝に乗っけてる荷物も、端に置いて欲しい」

「こう?」

 

 太ももガラ空き!

 

「おっ邪魔~☆」

「あ、コラ!」

「すげぇ。丁度いい高さ・・・!」

「もうっ、何してるの!」

 

 とか言いつつ、勝手に膝枕をさせた俺を退かそうとはしない。

 ちょっと恥ずかしがってるのが可愛い。

 

「・・・やんちゃなんだから」

「素を出してるだけだよ。俺はつくしに膝枕して欲しかっただけ」

「もう。仕方ないお兄ちゃんだな。これじゃどっちが下の子か分かんないよ」

「お望みなら弟ムーブもしてやっていいぞ。『つくしお姉ちゃん』」

「まったく・・・」

 

 楽しい。

 

「・・・お兄ちゃん、1つ聞いていい?」

「ん~?」

「お兄ちゃん、今も部活とかバイト、結構忙しいよね?」

「うん。最近は特にな」

「なんで、せっかくの休日に私なんか誘ったの?わざわざ自分から」

「せっかくの休日だから誘ったんだよ。忙しい時に誘う訳ないだろ」

「そうじゃなくて、私よりも相応しい人が居たんじゃないのって話だよ。ただでさえ人脈も広いんだから、お兄ちゃんならもっといい人誘えたでしょ?」

「・・・それ、本当に分からない?本当に言わなきゃダメ?」

「いいじゃん。気になるんだから」

 

 鈍感ヒロインめ・・・。

 

「つくしの言う通り、確かに俺の人脈は広いよ。一緒に居て楽しいやつにも、学校中で注目を引くような美人にも、芸能界で活躍するアイドルにだって会える。貴重な休日、お前以外にも会える人間はいっぱい居た」

「じゃあ猶更、なんで私だったの?」

「だからそんなの、お前以外にも会えるようなこんな日に、それでもお前に会いたかったからに決まってるだろ」

「へっ・・・?」

 

 顔を赤らめるつくしを確認してから、俺は寝ころんだ状態のままつくしの頭を撫でる。

 

「この日に予定が空くって分かって、真っ先に浮かんだのがつくしの顔だったんだ」

「そう、なの・・・?」

「だから、会いたくなった。つくしの顔を見て、つくしの声を聞いて、つくしの存在を感じたくなったんだ。つくしと一緒に居ると、安心するからさ」

「やめてよ、それ。なんか、お兄ちゃんが私のこと好きみたいじゃん」

「『みたい』じゃなくて好きなんだよ。好きでもない人間に、俺が膝枕されると思うか?」

「もう!好きとか気軽に言わないでよ。意識しちゃうでしょ!」

「そうか?」

「そもそも、お兄ちゃんってすぐにそういうこと言うじゃん。良くないよ。それ」

「『そういうこと』って?」

「だから、その、『好き』とか」

「そのレベルの言葉は、ちゃんと選んで使ってるよ。それこそ、特別な人にしか使わないぞ?」

「ほら!『特別な人』とか言うじゃん!」

「だって特別な人だし」

「じゃあ、なんで特別なの?」

「好きだから」

「~~~ッ!!」

 

 ここ最近で一番顔を真っ赤にするつくし。

 涙目で目を逸らそうとする姿も可愛いが、そんないじらしいことをされると、やっぱりイタズラしたくなってしまう。

 

「つくし、目逸らさないで」

「・・・なんで?」

「真剣さを伝えるなら、やっぱり相手の目を見ないとさ」

「恥ずかしいからヤダ」

「ダメ☆」

「・・・」

 

 つくしは身をかがめ、膝枕に頭を乗せる俺と、必死に目を合わせる。

 嫌ならやらなきゃいいのに、素直で可愛い。

 

「つくし」

「何?」

「好きだぞ」

「・・・!」

「顔、逸らしちゃダメ」

「うぅ~っ、なんでぇ・・・」

「好きな人の顔は見たいだろ?」

「・・・ッ!」

「お、今回は逸らそうとしなかったな。偉い偉い」

 

 頭を撫でてやると、安心したのか、つくしの調子が少し戻った。

 戻ったので。

 

「大好きだよ」

「~ッ!・・・バカ。『大好き』は卑怯でしょ」

「じゃあ、抱きしめたくなるぐらい好き」

「なんでさっきよりもグレードが上がってるのかなぁ・・・!」

 

 楽しい。

 

「そもそも、『好き』って言葉、そんなに乱発しちゃダメだと思うよ」

「なんで?」

「はぁ・・・」

 

 ため息のリラックス効果か。つくしの顔とテンションは殆ど元に戻っている。

 

「私が勘違いとかしちゃったら、どうするの?」

「勘違い?」

「『好き』って単語だけ言っちゃったら、そうなるでしょ。せめて『人として』みたいな言葉をつけないと、誤解されるよ?」

「誤解ねぇ・・・」

「私たち、組み合わせは男女なんだし、その辺はちゃんとするべきじゃない?」

「誤解されないような伝え方で言い直せってこと?」

「そういうこと」

「そっか」

 

 じゃあ、言い直そう

 

「つくし」

「何?」

「『女の子として』好き」

「まぁ、それなら・・・・・・へっ?」

 

 伝わらなかったらしい。

 

「人としてとか、妹としてじゃなくて、女の子としてのつくしが好き」

「嘘・・・」

「嘘でこんなこと言わないだろ」

 

 つくしの顔が、さっきの赤らみを取り戻す。

 

「な、なっ・・・」

「な?」

「なんでいきなりそういうこと言うの~~~ッ!?」

「いや、「好きだな~」って思ったから」

「もうちょっとタイミングとかムードとかあるじゃん!なんでこんな昼間の公園で膝枕されながらあんなこと言えるの!?聞いたことないよ。そんな男の人!」

「そりゃあ、俺だって何も考えてなかった訳じゃないぞ?もし言うんなら、夜景が見えたりした方がいいかとか、何か高価なプレゼントでも渡した方がいいかとか」

「その手の発想があったのに、なんで結果がアレだったの?」

「だって、そういう時だけカッコつけるのは違うだろ。お前には情けないところも弱いところも見られてるし、どうせなら、ありのままの素の自分で言いたいなって」

「訳わかんないよぉ・・・急すぎるし・・・」

「流石に驚かせすぎたな。もうちょっと雰囲気とか作ればよかった?」

 

 頭を撫でてやると、つくしの質問が続いた。

 

「その、なんで・・・私が良かったの?その、そういう意味で好きになってもらえる要素とか無かったと思うんだけど」

「そうだな・・・」

 

 流石にこれ以上の話を寝転がりながらするのも気が引けたので、俺はつくしの膝枕から起き上がった。

 ベンチに座りなおして、つくしと目線を合わせる。

 

「まず、単純につくしが俺の理想のタイプだったのが1つ」

「そう、だったんだ・・・」

「まぁ、家に姉がいるとさ、やっぱり年下の女の子に憧れとか持つだろ?それに、つくしは小っちゃくて可愛いし、髪もサラサラだし、ツインテールも似合ってるし」

「それは、どうも・・・」

「ちょっと抜けてるところもあるけど頑張り屋さんで、人のために一生懸命になれる優しさもあって・・・後は関わっていくうちに、いつの間にか大好きになってた。つくしが俺を好きにさせたんだ」

「好きになるようなこと、したっけ?」

「頭を撫でたり、公園でハグしたり、バレンタインに部室で抱き合ったり、この公園で頬にキスしあったり、後は、同じバンドで活動したり、弱い部分や素の自分を見せられるほど仲良くなったり・・・それで、信じてるって言ってもらったり?」

「・・・もしかして私たち、意外とイチャイチャしてた?」

「なんなら今も、2人でお揃いのヘアピンつけてるよな」

 

 ・・・

 

「つくし」

「はい」

「言っとくけど俺、本気だから」

「・・・はい」

 

 つくしと、目が合う。

 目を合わせ、逸る鼓動をそのままに、さっきの言葉を言い直す。

 やっぱり、ここまで来ると緊張するし、心臓も高鳴ってくる。

 顔だって熱くなって仕方ないが、ここまで来たら言わないといけない。

 俺の言葉で、つくしに言いたい。

 

「好きだ」

「・・・!」

「つくしの笑顔が好きだ。可愛いところも、優しいところも、全部」

「・・・」

「愛してる」

「・・・」

「彼女に、なって欲しい」

 

 涙目になるつくしを見ながら、言葉を待つ。

 

「私で、いいの・・・?」

「つくしがいい。お前じゃなきゃダメだ」

「・・・」

「この世界の誰よりも、つくしが好きだから」

 

 顔を赤らめたつくしが、口を開く。

 

「レンさん・・・」

 

 自分の胸の前で両手をきゅっと握る少女。

 

「私も、あなたの優しいところや、子供っぽいところ、かっこいいところや、弱いところ、全部含めて愛おしいと思ってる。それだけなら、まだ『優しいお兄ちゃん』として捉えられた」

 

 ・・・

 

「でも、あなたに撫でられて、抱きしめられて、キスまでされて・・・。そのせいで油断したら会いたくなるし。会えないだけで切なくなるし、気が付いたらあなたのことばかり考えてるし、あなたへの気持ちだけでおかしくなりそうなぐらいだった」

「・・・」

「それで今日、そういう意味で『好き』って言われて、もっとおかしくなった。今おかしくなってるのは、お兄ちゃんのせいなんだからね・・・」

「・・・」

「だから、その・・・」

 

 呼吸を整えながらつくしは続ける。

 

「私も、あなたが好きです。ずっと前から好きでした」

 

 

 

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします。私を、彼女にしてください」

 

 

 

 時が、止まる。

 

「えっと、つまり・・・」

「彼女に、なってあげる」

 

 彼女ができた。

 

「というか、両想いだったのか・・・」

「2月頃の話ではあるけどさ。バレンタインの日に、女の子が他校から駆け付けて、わざわざ意味まで調べてマカロン渡してるんだよ?・・・大好きに決まってるじゃん。じゃなきゃあんなことしないよ。あの時は、私も自分の気持ちを自覚してなかったけど」

 

 彼女ができた。

 

 ・・・世界一、可愛い彼女が。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 恋人つなぎで繋がれたつくしの片手から、緊張が伝わってくる。

 

「・・・ねぇ、彼氏さん」

「なんだよ。彼女さん?」

「私は、あなたの彼女になった訳だけど、呼び方とかはどうすればいいかな?流石に『お兄ちゃん』って呼ぶのは、ダメだよね?」

「別にダメでもないだろ。その日の気分で変えたらいいんじゃないか?」

「いいのかな?『妹』兼、彼女なんて」

「大丈夫だよ。血縁者じゃないんだし、それで何か問題がある訳でもない」

「そっか・・・。じゃあ、今日はレンさんって呼んじゃおうかな」

「理由は?」

「・・・せっかく女の子として好きって言われたから、彼女として振舞いたいなー。みたいな」

 

 可愛い。

 

「レンさん」

「何?」

「好き」

「ありがと」

「レンさんは?」

「好きだよ」

「えへへ・・・」

 

 可愛い。

 

「じゃあ、つくし。このまま街でデートしないか?」

「のんびりする方が好きなんじゃなかったの?」

「彼氏としては、やっぱり可愛い彼女と歩いたりしたいだろ?」

「まったく、仕方ないおに—・・・仕方ない彼氏さんだな」

 

 2人で仲良く立ち上がる。

 正面に向かい合って、目線が合う。

 

「ねぇ、レンさん」

「何?」

「恋人っぽいこと、してみない?」

「恋人っぽいこと?」

 

 聞き返すと、つくしは1歩詰め寄って、そのまま目を閉じる。

 

「頬にキス・・・ってこと?」

「頬でもいいけど、恋人だからもっと大胆な場所でも、不自然じゃないよね」

「・・・そうか」

「好きな場所を選んで。まだ早いと思うなら頬でいいし、踏み込みたいなら・・・私は受け入れる。だから、レンさん」

 

 彼女は落ち着いた声で告げる

 

「いいよ」

 

 少し背伸びをしたつくしの顔を見て、俺もゆっくり息を整える。

 瞳を閉じた少女が、そこにいる。

 

「じゃあ、するから」

「うん。来て・・・」

 

 誘われるがまま、俺は無防備なつくしを抱き寄せ・・・

 

 chu-♡

 

 昼下がりの公園、俺は持てる限りの気持ちで。

 愛する人へのキスをした。

 

「好きだよ。つくし」

「うん。私も・・・。ねぇ、レンさん」

「何?」

 

 この子に恋をして良かったと、心から思う。

 彼女の笑顔だけで、心臓がこんなにも高鳴るのだから。

 その純粋な笑顔で、つくしは応えた。

 

 

 

「大好き!」

 

 

 





【後書き】最後のメッセージ
 
 読者様へ

 彼がつくしちゃんの『どの場所』を選んだかは、彼のみぞ知ることです。
 スッキリ終わりましたね。でも、1万字越えの話を2日連続で投稿した後で5000話の話って、なんか少なくも感じますが…でも、いつもはこんなもんでしたよね。
 終章も含め、読者の地雷とか考えず、自分が納得して、自分が気持ちよくなるためだけに書きました。創作なんて自分さえ気持ちよければなんでもええのです。文句は受け付けないし知ったこっちゃありませんw
 もしかしたら、別キャラ推しの読者様から苦情が来たりするかな?実際、いつぞやのアンケートでましろちゃんの「お兄さん」呼びを受け入れてれば、また違った未来があったかもしれません。はたまた友希那さん√やリサ姉√なんかもあったかもしれません。一番高かった可能性は、途中で終わって誰とも結ばれない√でしたがね…。
 いや、でも、私の中では、やっぱりつくしちゃんしかいなかったと思います。終章の流れも考えるとね。最後に『妹キャラは報われない』というジンクスだけぶち壊しておきました。
 ふぅ・・・やり切った。オーナーにも胸張って宣言できるレベルでやり切った。
 楽しかった。

 この作品は、面白かったですか?
 ちょっと不器用で、それでも優しくて頑張り屋な主人公の日常。
 そして、『過去と呪いと、夢と成長の物語』の終章。
 是非とも感想に書いて聞かせて下さい。初感想の方も待ってます。

 それにしてもまさか、3月20日、この作品の1周年記念と同時にこの作品を畳むことになるとは。
 思えば歴史も長くないのに感慨深いものです。「飽きたらやめる」ぐらいの気持ちで書いてたのに、まさかこんな終わらせ方まで考えることになるとは。
 読者の皆様のお陰です。この作品をお気に入りにしてくれた約800名の皆さま、評価してくれた約70名の皆さま、感想まで送って頂いた皆さま、推薦まで書いて頂いた1名の読者様。そんな嬉しいリアクションがモチベに大きく影響していたように思います。
 甘々なシチュを書いたり、日常的なシチュを書いたり、急に真剣な話を書いたり、原作キャラを予定外にカッコよくしてしまったり、話の種類の統一感も無く続けてきた作品に最後まで付き合ってくれたことに、今一度の感謝を。

 読者の皆様。
 1年間、この作品を愛してくれてありがとうございました。

 作者、れのあ♪♪より。

 追伸。
 前の話で取ったアンケート、見ました?
 終章でカッコよかったキャラ、まさかの主人公が1位。成長の過程とかを、ちゃんと汲み取って頂けたのかなって。
 個人的にはチュチュちゃん(2位)か、つくしちゃん(3位)が来ると思ってたんですがね…。特につくしちゃんは『終章10.黎明』の時の感想欄でみんな「カッコいい」って言ってたので、色々意外でしたね。
 まぁでも、大人ムーヴのまりなさんにも票は入ってましたし、全員ちゃんとカッコいいと思って頂けたっぽいですね。
 本当に良かった…。
 『カッコいい』ってのは、強いとか、頭がいいとか、多くの女の子に好かれるとか、そういうのじゃないんですよ。そういうの「だけ」が『カッコいい』のではないんです。
 『カッコいい』ってのは結局、心の在りようです。
 人並みに悩んで、人並みに苦しんで、それでも歯ァ食いしばって進む…そうやって成長していけるなら、それはやっぱり『カッコいい』んですよ。

 …それはそうと、もしこの作品に次があるとしたら、付き合った状態でのつくしちゃんとのイチャイチャとかになったりするのかな。もしくは前と何も変わらない日常か…。
 読みたい?


 次の更新は、『余裕があれば』。

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【マジもんのおまけ】.『ZERO OVER』Full歌詞

 20時57分、中途半端な投稿時間でしょう?

 私が初めてこの作品の1話を投稿したのが、この日のこの時間でした。
 こうして見てみると、本当に思いつきの見切り発車だったことがよく分かります。
 これで分単位で1周年です。


 感想を見てみると、『ZERO OVER』の歌詞が思ってたより好評だったので、おまけでフルバージョンも載せときます。せっかく書いたのに誰の目にも触れられないのも、もったいない気がしたので。だから、本当にガチもんのおまけ。
 オリ歌のパートなんて、もっとサクッと読み飛ばされてるものだと思ってたんですがね。

 私は、こんな風に歌詞を書いてたんです↓



 The CiRCLE 『ZERO OVER』

 

1番

Break on ! now!

 

過去の鎖に縛られて

自分に嘘を吐き続けて

閉じられた世界で、生ぬるい平穏を求めた

そんな居心地のいい場所で、知らないふりをし続けた

 

それでも無謀な挑戦を(傷だらけの指先で)

それでも過去を睨みつけて(血走った眼光で)

叫べ!break it!!

戦え!just war!!

誰でもない自分のために!

逃げ続けた(自分を!)

暗くなった(世界を!)

壊し続けるための歌を!

無責任に、『出来る』と笑い合いながら

 

走り出せ そのゼロを超えるために!

『夢』という名の衝動に任せて

闘争せよ その盤面を打ち砕くために!

『常識』という名の檻を蹴り破って

 

最初から決まった勝負に、支配されないRebellion

仄暗かった世界に、眩しい程の朝焼けを

 

後ろに明日は無い。『覚悟』を決めて飛べ!

 

Breave out !!

 

 

2番

「出来ない」と言い訳をして

「どん詰まりだ」と決めつけて

悔しさに目を背けて、見限られることを恐れた

そんな苦しそうなアナタを、知らないふりなど出来なくて

 

それでも無謀な挑戦を(何度も「無理だ」と投げ出した)

それでも諦められなくて(それを『夢』だと言ったから)

行こう!(go ahead!!)

今度こそ!(go now!)

誰でもないアナタのために!!

逃げ道は(もう無い!)

暗くなった(世界から)

今すぐアナタを連れ出そう

無責任に、『出来る』と信じられるから!

 

駆け抜けろ 不可能など無いのだから!

『夢』はもう、すぐそこにある

撃ち抜け 今ならそれが出来るのだから!

『常識』はもう関係無い

 

アナタを縛る呪縛には、支配されないBraveで

劣悪な手札で、一世一代の勝負へと

 

 

チュチュのラップパート

才能が無いから無意味だって?頑張るだけ損だって?その戯言は今すぐforget!

真正面から突き進む王道!止まった時計、動かす衝動!

必要なものは何も無い!『覚悟』は決めたin the night!

捧げた時間を掲げろ今!役者もカードも揃ったhere!

これは1人のための戦い!『独りじゃない』と示すための!

安定ナシ、暗転を壊す、絶対的answer!!

 

 

ラスト

走り出せ そのゼロを超えるために

小さな『夢』を叶えるために

 

例え出来るか分からなくても!

何が何でも叶えたいから!

だから人はそれを『夢』と言う

沈んだ分、それ以上に空へ

高く舞い上がる ZERO OVER!

 

負けまくってから本番だ!何度だって戦ってやる!

この熱さを、お前の胸に刻み込め!!

 

Just war!now!

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「どうだ友希那さん。これが『ZERO OVER』の歌詞だ。カッコいいだろ?」

「改めて見ると、やっぱりいい歌ね。作詞はチュチュが?」

「おう。俺が頑張ってる姿を見てインスピレーションを感じてくれたらしくてさ。ありがたい話だよな」

「そう。あなたの姿から、この歌詞を・・・」

「なんだよ?」

 

 なでなで

 

「・・・なぜ撫でる?」

「頑張ったのねってこと。あと、仲間にも恵まれたのねってことも含めて」

「そうか」

「嫌なら、もう撫でないけど」

「嫌とは言ってないだろ」

「そうね」

 

 なでなで・・・

 

 

「本当に、お疲れ様」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 走り始めたばかりのキミへ。

 

 この歌詞が、私に出来る最後の贈り物だ。

 この歌詞から、君が何かしらのメッセージを受け取ってくれたのなら

 私は嬉しく思う。

 

 Band life with You.

 どんなに辛い旅路でも、輝くものはきっとある。

 

 私も、この作品からケジメをつけないとね。

 寂しいけれど、これでお別れだ。

 君の辿る道が、真夏の太陽のように明るいことを祈る。

 

 れのあ♪♪より

 




 ってな感じで歌詞を書いてました。文字列の歌詞をフルでまるまるブチ込むのは流石にキツいかなってのと、2番以降はチュチュの心情が出るので、まりなさんとの掛け合いが欲しかったから載せませんでした。
 あと、ラップパートのクオリティは、お許しください。さすがにチュチュ様には対抗できませんでした。
 でも、チュチュ様が曲にラップパートを入れないことは考えにくかったし、レン君もチュチュ様のラップパートが好きなので、やっぱり入れてあげたくて、それであんな感じに仕上げました。

 あと、この作品は色々なシチュを書くだけの作品だったので、短編を書く時はメインテーマなどは考えてませんでした。
 でも、終章を書く時は色んな音楽から着想を得てきました。
 私の脳内で考えてたテーマソングを書いておきましょう。

【終章、メインテーマ】
『走り始めたばかりのキミに』

【終章執筆においてその他、着想を得た音楽】
『夢を撃ち抜く瞬間に!』
『CiRCLE THANKS MUSIC』
『TWiNKLE CiRCLE』
 など、数多くのバンドリ楽曲。

【今井レン、メインテーマ】
『ZERO OVER』

【終章の今井レンを考える時に着想を得たメイン音楽】
『Fight For Liberty』UVERworld

【終章の今井レンを考える時に着想を得た他の音楽】
『Anything Goes!』大黒摩季
『一途』King Gnu
『Eternity Blue』愛弓
 ほか、バンドリ楽曲以外のものも含めた名曲たち。

 『走り始めたばかりのキミに』は、EDか何かで流れてるのかな~なんて。他の曲も、エンドロールとかその辺りで使われてると、心の中では思ってます。


 さて、完結作は完結作らしく、クールに去りますかね。
 では、今度こそさようなら。


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続編(おまけ)
66.今井リサとの色々なシチュ



 予定してた面接がいきなり中止になり、まるまる1日の余裕が出来たので、PCの隅っこに眠ってたデータに1時間ほど書き加えてパパッと投稿。

 就活のストレス解消で読者を置き去りにする他作品おふざけとか書いたけど、後悔はしてない。

 じゃあ、これからエントリーシート書かないといけないので、またしばらく落ちます。
 ……履歴書とかESを、わざわざ手書きさせる企業、今一度、考えを改めて頂きたい。


 

 姉弟というのは年齢を重ねると話さなくなるものだ。必要最低限の会話しかしなくなり、お互いに干渉をしないようになり、一緒に遊んだりせずに、個人の時間を優先するようになる。

 仲が悪くなるとかではない。単純に、姉弟とはそんなものなのだ。

 そしてうちの場合は……

 

 バタンッ!

 

「弟~!トランプやろうぜ☆」

「修学旅行で部屋一緒の友達みたいな誘い方やめろ。トランプとかやらないから」

「仕方ないなぁ」

 

 姉さんは項垂れて、そして……

 

「じゃあUNOやる?」

「修学旅行か!!」

「ね~え~!!いいじゃん!やろうよ~!ちょっとぐらいお姉ちゃんに構えよ~!弟~!」

「あと、ちょっと前から気になってたけど『弟』って呼び方、何なの?」

「いいじゃん別に。『ブラザー』の方が良かった?」

「いや別に呼び方に文句がある訳じゃないけど。……で、トランプやればいいのか?」

「お、ノリいいねぇ~!ブラックジャックやろ~!」

「いいけど、多分すぐに飽きるぞ」

 

 この後、思ったより白熱して結局3時間ぐらい遊んだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【今井家での雑談】

 

「ねぇレン」

「んー?」

「アタシ、クラスの友達とかと話す時にちょくちょくレンの話とかするんだけどさ」

「おう」

「前に友達と話してると、「リサってブラコンだよね」って言われてさ」

「なるほど。それで?」

「アタシ、別にブラコンじゃないよね?」(基準が壊れた姉)

 

 答えは当然。

 

「ブラコンって程ではないだろ」(基準をぶっ壊されてる弟)

「だよねぇ。でも、1回言われると気になっちゃってさ。やっぱり、この年の姉弟にしては、アタシらってそこそこ仲良い方じゃん?」

「まぁ、普通はそこまで深く関わったりしないのが殆どらしいからな」

「家族である以上、レンのことは良く思ってるけど、もしかしたら家族愛を超過したブラコン性癖だったりするのかなって」

「姉さんがブラコンか確かめる方法ならあるぞ。質問1個で終わる」

「え、やってよ」

「おう、じゃあ早速」

 

 ・・・

 

「もしも俺に彼女ができたらどうする?」

「え?死ぬまでイジり倒すに決まってんじゃん。当然でしょ?」

「そうだな。あんたはそういう人だ」

「で、アタシはブラコンなの?」

「いーや、違うよ。問題無い。姉さんは弟への好意がちょっと強いだけで、ブラコンではないよ」

「釈然としないなぁ……」

 

 ちなみに本当のブラコンの場合は、嫉妬したりとかするらしい。

 

 二葉つくしとの交際を報告するまで、あと3日。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【今井家での雑談】

 

「レン~。偏見クイズやろ~」

「何だよ。その方向性がイマイチよく分かんない遊び……」

 

 ※姉弟あるある 上の子が訳わからん遊びを思いつく。

 

「ルールは簡単。アタシがある人物を思い浮かべて、その人に抱いてる偏見を言うから、レンはその偏見を聞いて、アタシが誰を思い浮かべてるか当てるの」

「何だよそれ。まぁ付き合うけど」

 

 ※姉弟あるある 文句は言うけど下の子はちゃんと遊びに乗る。

 

「じゃあ、レンが当てやすいように、お題はパスパレの5人で」

「了解」

「じゃあ、まずは例題で・・・『自分のドジっ子キャラ、心のどこかでオイシイと思ってそう』」

「……彩さんだろ?」

「正解~☆」

「偏見にも程があるだろ!本当に100%気にしてるかもしれないだろうが!」

「まぁ、偏見だからね。それじゃあ次の問題!」

「おう。よし来い」

「……『修学旅行とか行ったら、絶対に木刀買うタイプ』」

「イヴだな。ちょっと簡単すぎる」

「そっかぁ。じゃあ次!」

「よし!」

「……『日陰の暗くてジメジメした涼しい場所とか好きそう』」

「うーん。……麻弥さん?」

「大当たり~☆」

「コケ植物かよ!てか何なんだこの時間!?」

 

 ちなみに、千聖さんに抱いてた偏見は『自分の部屋に絶対に開けられたくない引き出しとかありそう』

 日菜さんに抱いてた偏見は『ワール〇トリガーの世界に転生したらトリオン量エグそう』だった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【両親が寝静まった後にリビングで徹夜を決行する今井姉弟】

 

「課題終わらねぇ」

「アタシも」

「「はぁ……」」

 

 姉弟で同じ空間で課題に挑むのは、意外と効果的だ。自分のすぐ横に集中した人間が居るというのは、集中が切れにくい。

 しかし……

 

「「はぁぁぁぁ……」」

 

 お互い、勉強以外でのハードワークに時間と労力の多くを割り当ててしまっているため、時間は遅くなり、集中は早めに途切れる。

 

「レン~。もうやめない?多分これ以上やっても無理だと思うよ?」

「Roseliaで成績に支障が出たら紗夜さんが怒るんじゃなかったのか?あと、俺も課題忘れ続けたら紗夜さんに怒られるし」

「いーや限界だ。アタシもうやめる!そもそもギャルのアタシが真面目に課題やってる方がおかしかったんだよ!」

「ギャルのくせにその辺りで謎に真面目なのが姉さんの長所なのに……」

「あーうるさいうるさい!もう知らない!今からこの時間はただの夜更かしに決まりました!」

「んな横暴な……」

 

 ※深夜テンションあるある まともな人間ですら何かがおかしくなる。

 

「……あれ?」

「どうした?」

「いや、アタシの携帯知らない?さっきから見当たらなくてさ」

「ここに持ってきてたような気はするけど。……俺、鳴らそうか?」

「あ、助かる~。ありがと」

 

 姉さんの携帯を鳴らしてはみるが、着信は聞き取り辛い。

 遠くに置いてるのだろうか?

 

「……待って」

 

 姉さんは少し経って、キッチンに向かって歩き始めた。

 そして……

 

「あっはははは!!ちょっ、マジだ!これヤバい!レン!ちょっと来てみ」

「はぁ?何がヤバいんだよ」

 

 姉さんに呼ばれてキッチンに入ると、着信がさっきより鮮明に聞こえる。

 姉さんは親指で、そっと冷蔵庫を指し示す。

 

「開けてみ」

「おい。まさか・・・」

 

 ガチャッ

 

 Prrrrrrrr・・・

 

「すごいキンキンに冷えたスマホ出てきたんだけど」

「えっとー。お腹空いて夜食作ろうとするじゃん?冷蔵庫開けるじゃん?何しようとしてたか忘れるじゃん?」

「それで?」

「何を思ったか、手に持ってたスマホを入れるじゃん?」

「姉さん。あんた疲れてんだよ」

「うん。深夜テンション舐めてた。今もこの光景だけで笑けてくる」

 

 カラカラと笑う姉さんの目はどこか虚ろで、すぐ下の目蓋には薄っすらとクマを残している。

 今更だけど、どうしてこんなになるまで放っといたんだ。明らかに重症だろ。この女。

 普段から休み無しで動き続けてるのに徹夜まで決行して課題やってるとか、冷静に考えたら異常そのものだ。(人のこと言えない)

 

「姉さん。もう寝よう。これ以上はダメだ」

「えぇー。もう寝る気も失せてるんだけど。一緒に話したりしようよ」

「これ以上無理しないでくれ」

「やだよ。今の暗くなった状態の廊下を歩くのも怖いし」

「じゃあ俺が添い寝してやるから。もう寝ろ」

「ううぅ……」

「頼むよ」

「……」

 

 ・・・

 

「……アタシが寝るまで、ちゃんと傍に居ろよ?」

「分かってる」

 

 とか言いつつ、寝床に入った姉さんが寝るまでの時間は、3分も掛からなかった。

 

「頑張り屋なのも程々にしとけよ。姉さん」

 

 

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【今井リサに提案されるシチュ(呪術廻戦0パロ)】

 

 

「約束だよ。アタシとレンは、大きくなったらけっこんするの」(幼リサ)

「いいよ。大きくなってもずっと、ずーっと一緒だからね」(幼レン)

 

メインテーマ、『一途』King Gnu

カバー、RAISE A SUILEN

 

「少し、思い出したんです。姉さんが俺に呪いをかけたんじゃなくて、俺が姉さんに呪いをかけたのかもしれません」

「これは自論だけどね。愛ほど歪んだ呪いは無いよ」by.月島まりな

 

「呪いを祓って祓って祓いまくれ!」by.宇田川巴

「これがヒグマモードの得意技。防御不能、ドラミ〇グビート!」by.ミッシェル

「シャケ……」by.白金燐子

「思う存分、呪い合おうじゃないか」by.瀬田薫

 

呪い合え。全てを掛けて。

 

「悪いけど、今忙しいんだ」by.月島まりな

「『潰れろ』ッ……!!」by.白金燐子

 

「来い!リサ!」

「ウオオオアアアァァァァ!!!!!」

 

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

「っていう感じの映画を作って宣伝したら、CiRCLEもお客さん増えると思うよ☆」

「却下に決まってんだろ。ノリノリで演じて貰ってるところ悪いけどイヤだからな?自分の身内を特級過呪怨霊にするの」

「え~。せっかく面白そうだと思ったのに。セリフもハマってるでしょ?」

「俺に『来い!リサ!』って言わせたいだけだろ。自分の名前がちょっとヒロインに似てるからって」

「そう?なんなら薫に『そうくるか!シスコンめ!』って言わせた後にレンが『失礼だな。純愛だよ』って言うシーンも入れたいんだけど」

「それ以前に薫先輩に百鬼夜行させんなよ。そもそも配役が全体的にキツいんだよ。乙骨役が俺なだけでも荷が重いのに、五条先生がまりなさんで、パンダ先輩に至ってはミッシェルだぞ!」

「いいと思ったんだけどなぁ……」

「あと言わせてもらうけど、こんな提案されなくてもCiRCLEは繁盛してるんだよ!!」

「ちなみにミゲル役はイヴに演じてもらうよ☆」

「やめろ!?」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【今井姉弟の朝】

 

 今井姉弟の朝は、しっかり者の姉が俺のことを起こしにきて始まる……という訳でもなく。

 

「おい姉さん。朝だぞコラ」

「あと5分……」

「姉さんが起こせって言ったんだぞ?」

「あと5日……」

「寝顔の写真撮って友希那さんに送るぞ」

「よーし、リサちゃん完全復活~!!爽やかな朝の始まりだよ☆」

「姉さん……」

 

【今井リサのヒミツ】

 友希那を引き合いに出せば大抵の説得は出来る。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ここ最近の姉さんは、よく俺の部屋に遊びに来るようになった。

 愛用の、赤いベースを携えて。

 

「セッションしよ♡」

「いいけど、昨日もやったろ?ホント好きだよな」

「やっぱり嬉しいんだよ。レンと音楽で繋がれるってのはさ」

「……そうかよ」

 

 相棒の青のギターを手に取り、ベッドで姉の隣に座る。

 

「じゃあ、いくよ?1.2.3…」

 

 ~♪

 

まだ粗削りな俺のギターの音を、優しい重低音が包み込む。

ぶっきらぼうな弟と、それでも弟を気に掛ける姉のような関係。そんな音色。

 

「~♪」

「~♪」

 

 どこかのドラムのように、俺の背中をぶっ叩いてくれる音色とは違う。

 気づいたら傍にいてくれるような、そんな音色。

 

「腕上げたじゃん。弟」

 

 肘で俺の腕を小突きながら、姉さんは嬉しそうに呟く。

 

「あ、ありがと……」

「なに照れてんの?」

「うっせ。ぼーっとしてただけだ。喉渇いたしちょっと水飲んでくる」

 

 ギターを置いて、姉さんから離れる。

 

「レン」

「何?」

「好きだよ」

「……なんで姉さんは、そういうセリフをサラッと言うかな」

「こういうセリフだからこそ、アタシは言えるうちに言っとくんだよ。素直じゃない君とは違ってね」

 

 言えるうちに。

 言えるうちに、か。

 

「姉さん」

「なーに?」

「……」

「ん~?」

「俺も、好きだぞ」

「……ばーか」

 

 姉さんは案外、攻められるのに弱い。

 





 次の更新は、もう少し余裕ができれば。

 就活、もう既に心が折れそうです。
 なんやねん。『学生時代に頑張ったことは何ですか?』って。この社会の荒波を生き延びてるだけで偉いやろ。
 崇め奉って称賛しろよ……。


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67.二葉つくしをオトナにするシチュ


 『思考中毒』
 私は考えることを止められない。

 やるべきことがある時に、私の頭は必ず何か別のことを考えている。
 やるべきことが無い時も、私の頭は休まずに別のことを考えている。
 思考は止まらず、頭だけがどこまでも休まらない。
 何かに役立ったりする訳でもないことを、ただ永遠に考え続ける。

 私にとって執筆とは、睡眠と気絶の次に来る救いであり、開放だ。

 物語を書いている時だけは、私は物語のことだけを考えていられる。目の前でやっていることと、自分の考えていることの合致。
 思考の海に沈みながらも、思考の海に溺れることはなく、ただ没頭する。

 救いの神は電子の海で、そんな私を嗤うのだ。



 

 CiRCLEの受付をやっていると、色んな美少女と接客が出来る。

 元気な美少女やクールな美少女。そして─

 

「すいません」

「お、つくし。自主練お疲れ様」

「いえいえ、レンさんもバイトお疲れ様です」

 

 小柄で頑張り屋でモニカのリーダーで羽沢珈琲店でバイトしてる時のエプロン姿が超絶可愛くてツインテールがめちゃくちゃ似合う美少女の接客まで出来る。

 ホント可愛いなこいつ。今すぐ抱きしめたい。

 何が『バイトお疲れ様です』だ。お前の方が頑張ってるだろ。ここが職場じゃなかったら今すぐに頭を撫でてお前を労ってるぞ。

 あー、もう無理。ジュース奢ってあげたい。

 

「……あの、レンさん」

「どうした?」

 

 つくしは既に支払いも次の予約も済ませている。もう用事は無い筈だが。

 そう思っていると、キョロキョロと周囲を見回し、近くに誰もいないことを確認してから、小声で囁かれた。

 

「この後、時間あるなら、カフェテリアでお茶したいんだけど」

「……バイトはもうすぐで上がり。待てるか?」

 

 つくしは静かに頷く。

 別にこの程度の約束なら、わざわざ周囲を警戒しなくてもいいのだが、最近はそうもいかない。

 なぜなら……

 

「あ、でもただ外で待ってるだけだと、怪しまれたりしないかな?」

「そこまでしなくても大丈夫だと思うけど……」

「でも、念には念をって言うじゃん」

 

 俺たちは付き合っている。そして、付き合ってることを周囲には黙っている。

 理由としては、恋愛禁止のルールが無いとは言え、モニカ所属のつくしに万が一の余計なトラブルが無いように保険として黙っているのが一つ、単純に公表するタイミングがよく分かんないのが一つ、公表するのが恥ずかしいのが一つ、『レンさんと付き合ってるなんてことがバレたら、絶対にイジられるよ!主に透子ちゃんから!』が一つ、『つくしと付き合ってるなんてことがバレたら、絶対にイジられるだろ!主に姉さんから!』が一つ、他にもあるが列挙すればキリが無い。

 取り敢えず関係の公表はしないし、恋人の有無を聞かれても恋人はいない体で誤魔化すことに決めた。

 

「とにかく、バイト終わったら連絡するから」

「うん。待ってるね」

 

 小声タイム終了。

 

「じゃあレンさん、今日はありがとうございました!」

「おう、また使ってくれよ」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺たちは付き合っているが、付き合ってからイチャつく頻度が増えたかと言われると、そうでもない。

 結局お互いに忙しいことも重なり、告白して以降は、こうして帰るタイミングが重なるぐらいでしか会う機会も無く、休日をまるまる使ったデートも出来てないし、ハグやキスもしてない。手を繋いだのも、人目につかない場所で何回かやった程度だ。

 付き合って間もないし、恋人としての接し方もよく分からないので、その辺りの距離感はまだお互いに探り合っているのだ。

 周囲に黙ってることもあるし、お互いに恋愛経験が無いので、少なくとも外に居る間は無理に恋人モードでくっついたりはしない。

 今カフェテリアで話し合ってる内容も、特別恋人っぽい訳じゃない。

 

「最近、るいさんの隣を歩くのに抵抗出てきたんだよね……」

「随分穏やかじゃない話だな。喧嘩でもしたのか?」

「いや、そういうのじゃないよ。ほら、るいさんってスタイルいいでしょ?」

「そうだな」

「大人っぽいでしょ?」

「そうだな」

「歩いてるだけでもクールな雰囲気でしょ?」

「確かに」

「そして何より、背が高い」

「なるほど。つまり」

「うん。身長差が目立つっていうか、相対的に私が小っちゃく見えちゃうんだよね」

「そういや、前に親子と間違えられたことあるって言ってたっけ」

「そうなんだよ!私たちに向かって『可愛い娘さんですね~』って!」

 

 つくしはハムスターみたいに手前で腕をブンブン振って怒りを見せる。

 どうやらこの手の間違いは一度や二度ではなかったらしい。

 

「別にるいさんが悪いって訳じゃないし、るいさん自身のことは好きだし尊敬してる。でも、大人っぽく見えないのは傷つくっていうか……隣を歩くのは……」

「……」

「ねぇレンさん、このどうしようもない気持ち、分かってくれる?」

 

 思ってたより悩んでいたらしい。

 誰にも相談できなかったのか、相談しても理解を示してもらえなかったのか。

 

「ふぅ……」

 

 コーヒーを飲み、店の外を眺めながら、ため息交じりに呟く。

 

「分っかるわぁ……」

「そうだよね。大人っぽくて頼りになるレンさんにこの気持ちは……えっ?分かってくれるの」

「うん。めっちゃ分かる。俺もあいつの隣イヤだもん」

「どうして?」

「そうだなぁ。あんまり言いたくないけど」

 

 ・・・

 

「俺もあいつより身長低いんだよ」

「えっ、そうだったの?」

「だって瑠唯の身長、薫先輩と並ぶぐらいだし、多分170㎝あるかないか、ぐらいだろ?」

「レンさんは?」

「前に計った時は165㎝とかだった」

「本当にるいさんの方が高い……。全然気づかなかった。どっちも私にとっては大きいし」

「しかもこの年齢の男子の平均って170とからしいし、そもそも男子の中じゃ小柄なんだよなぁ。俺」

「その男子の平均身長にレンさんよりも近いるいさんって……」

 

 まぁ、身長に関しては仕方ない部分もある。

 一番の成長期である中学~高1の前半は生活リズムも荒れまくっていた。特に高1の頃は睡眠不足を拗らせまくっていたし、食べ物も碌に喉を通らないことだってザラにあった。

 数多くの恩人たちによって生活リズムは大いに改善されたが、記事の締め切りが追い付かずに眠れないことは今もよくある。これでは伸びる背も伸びない。

 と言っても、周りの女子たちよりは高い方だし、つくしほど気にしてはいないが、モヤっとする瞬間ぐらいはある。

 

「だから、まぁ、瑠唯の隣で歩きたくない気持ちは分かるよ」

「いや、でもレンさんとるいさんの身長差なんて誤差の範囲じゃん。私なんて10㎝以上離されてるんだよ?」

「バカ言っちゃいけねぇよつくし。年下の女子に身長で負かされた男子の自尊心がどれだけ悲惨なことになるか分かるか?」

「あぁ、それは辛い」

「一緒に出かけた先で親子に間違えられるのも、大概ではあるけどな」

「うーん。今度、るいさんに頼んで身長分けてもらおうかな?5㎝ぐらい」

「やめとけつくし。仮に5㎝だけぶん取ったとしてもあいつの方が高いぞ」

「はぁぁ……」

 

 最後に力なくため息を零しながら、つくしは机に突っ伏した。

 どうやら思ったより自信を失くしてるらしい。

 

「レンさん……」

「何?」

「私って、そんなに子供っぽい?」

 

 俺は机に置かれたつくしの頭を、そっと撫でる。

 

「子供っぽい」

「うぅ……」

「でも、そんなのは見た目だけの話だ」

「えっ……?」

「つくしは姉属性でしっかりしてるし、優しいけど優しいだけじゃなくて、厳しいこともちゃんと言ってくれるし、弱気になったら励ましてくれて、ただ甘やかすだけじゃない優しさを持ってる。俺はお前のそういう所を、本気で尊敬してたりするんだけどな」

「レンさん……」

「少なくとも、俺なんかよりずっと大人だよ。お前は」

 

 ちょっと抜けてて、失敗することも多いけど、それでも影での努力を怠らない頑張り屋さん。それでいて、他人への優しさも忘れない人間性。

 つくしのことをただ小っちゃくて可愛いだけの女の子としか思えないなら、そいつは見る目が無い。

 

「レンさんは、いつも相手が欲がってる言葉をかけてくれるよね。私、レンさんのそういう優しいところ、好きだよ」

「つくし……」

「でもね、違うんだよ。私には『なりたい自分』みたいなのがあって、そこに妥協はしたくないの。甘い言葉で慰めて欲しい訳じゃない」

 

 こいつ、机に突っ伏して落ち込みまくってる状態でカッコいいことを……

 でも、そうだな。お前はそういうやつだった。

 

「お前って他人には底抜けに優しいくせに、自分には厳しいよな」

「ごめんね。自分から話聞いて貰ったくせに、こんなところだけ意固地で」

「いーや、気にすんな。少なくとも俺は、お前のそういうところが結構気に入ってる」

 

 俺はつくしの頭から手を離し、コーヒーを飲み干して時刻を確認する。

 まだ昼過ぎだ。時間の余裕はたっぷりある。

 

「つくし、今日はずっと暇か?」

「え?まぁ、予定は無いけど」

「よし、じゃあ俺の家来い」

「いきなりなんで?何する気?」

「今の流れなら、やる事は一つだろ。今日は家に家族もいないし……」

 

 立ち上がり、つくしの方に向き直って宣言する。

 

 

「お前をオトナにしてやる」

「へっ……?」

 

 少し頬を染めたつくしを余所に、俺は会計を済ませたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 道すがら、スーパーに寄ってジュースを買いつつ、俺はつくしを自分の家へと連れ込んだ。

 今は、つくしと2人でキッチンに並んでいる。

 

「ねぇ、レンさん。もしかして、キッチンでするの?」

「うん」

「レンさんの部屋とかじゃなくて?」

「そうだな。今日はキッチンのものを使って、つくしをオトナにする」

「待ってよレンさん!流石に特殊すぎるっていうか、私に何するつもりなの!?」

「別に、ちょっと飲み物をご馳走するだけだけど?」

「へっ……?」

 

 そういえば、具体的に何をするかの説明はしてなかったっけ。

 

「つくし」

「はい」

「取り敢えず、『そういう意味』でオトナにするって言った訳じゃないからな」

「いや私、別に何も言ってないし」

「俺たちは、まだ付き合ったばかりだからな」

「何も言ってないって言ってるでしょ」

「『そういうの』は、また今度な。俺たちがもっと時間を重ねて、もっとお互いを知って、色々と許せるようになったら、その時は、まぁ、一緒に」

「……はい」

 

 恥ずかしがるつくしを撫でながら、俺はスーパーの袋の中身を確認する。

 

「それで、本当に何をするの?飲み物をご馳走するって話だったけど」

「そうだな。買ってきたジュースを組み合わせて、別の飲み物を作り出す。本当に混ぜるだけだから、不器用な俺でも問題無く作成可能だ」

「その、別の飲み物って何なの?」

「カクテル」

「……それ、お酒だよね?合法?」

「ちゃんとノンアルだから安心しろ。仮に5歳の子供が飲んだとしても違法にはならん」

 

 その証拠に袋の中から出てくる3つの飲み物は、全てただのジュースだ。

 

「さて、作るとしますか」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『STEP1.忘れないうちにまずは氷をコップに入れる』

 

「あ、そういえば換気扇って……」

「要らないでしょ。火なんて使わないんだから」

「あ、そっか」

※料理音痴あるある 余計な心配

 

『STEP2.オレンジジュース、レモンジュース、パイナップルジュースを1:1:1の同じ比率で入れていく』

「うーん。こんぐらいか?」

「レンさん、なんで目分量なの?ちゃんと計量カップとかで計りなよ」

「この俺が計量カップの場所の把握なんてしてるとでも?」

「家主……」

※料理音痴あるある やっぱり調理器具の場所は知らん

 

『STEP3.本来はシェイカーで混ぜるけどそんな上等なものが一般家庭にある訳ないのでストローかスプーンを使って混ぜる』

「ちなみに、薫先輩の家のキッチンにはシェイカーあったぜ」

「そうなの!?」

「いやー、俺も一回でいいからやってみたいんだよなぁ。あーあ。年取ったらバーテンダーになりてぇ」

「年取ってからなりたいの?」

「当たり前だろ。シェイカーはカッコいいジジイが振ってる方がロマンあるだろうが」

「ごめん。ちょっと何言ってるかわかんない」

※料理音痴あるある 料理も酒も興味ないくせにシェイカーにはロマン感じる。

 

 まぁ、これでカクテルは苦労も無く完成。

 ミックスジュースと言われれば、所詮それまでだが。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 リビングの席で待たせたつくしに完成したカクテルを早速持っていく。

 

「お待たせ致しましたお客様。こちら、『シンデレラ』でございます」

「それが、このカクテルの名前?」

「あぁ。まずは飲んでみてくれ」

 

 オレンジの濃厚な甘さ、パインの爽やかな香り、そして、それらを引き締めるレモンの酸味。

 それらが調和し、大人っぽくも優しい味わいに仕上がってるのが、このカクテルの特徴だ。

 まぁ、これ以外のカクテルなんて飲んだことないけど。

 

「美味しいね。結構飲みやすいかも」

「自信作だからな」

「でも、なんで私にこれを?」

「そうだな。じゃあ、まずはこのカクテルの名前の由来から話そうか」

「由来……」

「あぁ。グリム童話の『シンデレラ』の逸話は知ってるな?家の前にやってきた不審者のババァと結託し、妖術を纏いながら舞踏会中の王国の城へ殴り込んだ女の話だ」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん」

「で、今作ったカクテルも、その女のエピソードを由来としている」

「このカクテルとシンデレラって、由来になるような共通点なんてあるの?」

「あぁ。そしてそれこそがこのカクテルがノンアルコールで作られた理由であり、これを最初に作った人間の願いでもある」

「願い……」

「シンデレラという人間は、そもそも舞踏会には相応しくない存在だ。継母からの絶え間ないパワハラのせいで、ドレスの持ち合わせもなかったんだから当然だ。そんなシンデレラが舞踏会に参加できたのは……」

「魔女の魔法で、綺麗なドレス姿に変身したから」

「そう。そんな一夜の魔法によって、本来なら行けない場所でも存在を許されたのがシンデレラだ。そしてカクテルの方に由来するのが、この一夜の魔法だ」

「カクテルで、魔法?」

「魔法にかかって、本来は行けない場所で存在を許されたシンデレラのみたいに。未成年や、アルコールに弱い人、そんな人でもカクテルを楽しみ、本来は行けないバーにだって足を運び、パーティで楽しみ、酔いしれることが出来るように。そんな願いが生んだ一時の魔法が、このカクテルなのさ」

「だから、ノンアルコールで……」

「ちなみに、シンデレラのカクテル言葉は『夢見る少女』らしいぜ。なりたい自分を目指し、夢に向かって頑張るつくしにはピッタリだ」

 

 俺の言葉を聞きながら、つくしはゆっくりとカクテルを味わう。

 

「美味しいね」

「あぁ」

「でも、結局は気休めな気もする。私は美味しい飲み物を飲んだだけだよ。背が伸びた訳でもないし」

「気休めとは言うがつくし。気持ちってのは大事だぞ」

「そうかな?」

「これは自論だが、精神は肉体を超越すると思う」

「何が言いたいの?」

「お前が目指してるお前に、身長の高さは関係無いって言ってるんだ。試しに聞くが、身長さえどうにか出来れば、お前はなりたい自分になれてしまうのか?お前が言う『大人っぽい』ってのは、取り敢えず見た目だけそれっぽくなってればゴールなのか?」

「それは……」

「それこそ千聖さんなんか見てみろよ。あんなに大人っぽい雰囲気のくせに、お前とそこまで身長差ないぞ?」

「嘘だ。流石にそれはないよ」

「じゃあ調べてみろよ。身長ぐらいなら多分パスパレの公式サイトに載ってるから」

「言ったね?じゃあ早速調べるからね。後悔しないでよ?」

 

 そしてスマホを操作したつくしの声から、漏れる数値は

 

「ひゃくごじゅう……にセンチ?」

「つくし、いくつだっけ?」

「150、ジャストです」

「2㎝差か」

「たったの、2㎝……?」

「だから言ったろ?精神は肉体を超越するって。大事なのはお前自身の精神的な在り方だよ」

 

 つくしの驚愕を余所に、俺は言葉を続ける。

 

「お前に必要なのは、誰の隣を歩いても大丈夫なぐらいに堂々としていることなんじゃないか?」

「堂々と……」

「結局は気の持ちようなんだよ。何事も」

「気の持ちようだけで、どうにかなるかな?」

「当然、簡単なことではないけどな」

 

 俺の言葉を噛み締めるように、つくしがシンデレラに口を付ける。

 

「お前がそれを飲んで、少しでもなりたい自分になれることを願うよ」

「堂々とした大人っぽい人に、私もなれるかな?雰囲気もオーラも持ってない私だけど」

「なれるさ。持ってなくても、お前がそう在るために胸を張って進んでいけば、雰囲気もオーラも後からついてくる」

「そうだね」

 

 そう言って静かに微笑みながらカクテルを飲む彼女の横顔は、どこか大人びていて綺麗だった。

 

 

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 カクテルを片付け、少し雑談をしてるうちに時間も遅くなった。

 今は玄関での最後の会話中だ。

 

「今日、ありがとね。話聞いて貰った挙句、カクテルまでご馳走してもらって」

「構わんさ。自分の彼女に頼って貰えるのは、彼氏冥利に尽きる。寧ろ、こえからも頼って欲しい」

「そうだね。どんなに大人っぽくなっても、レンさんには甘え続けてあげる」

「ありがと」

 

 頭を撫でると、嬉しそうな彼女の笑顔が零れた。

 

「じゃあ、お礼しないとね」

「お礼?」

「うん。ちょっと、壁の方にもたれてくれない?」

「こう?」

「うん。それで肩の力抜いて?」

「おう」

 

 壁に背を預けていると、つくしがすぐ近くに来た。

 

「なぁつくし。何する気──」

「えいっ」

 

 chu-♡

 

「……!」

 

 つくしにそのまま唇を奪われた。

 背伸びをし、俺の両肩を抑えながら、つくしが求めてくる。

 

「んっ……」

「ん……ちゅ……」

 

 舌を絡めたりはしてないが、かなり濃厚なキスだ。

 驚いて恥ずかしいのに、壁に背を預けているせいで逃げることも出来ない。

 

「はむっ……ん……」

「んんっ……」

 

 色々と限界になりそうになったところで、つくしの唇が離れた。

 背伸びをしていたつくしの足も、限界だったらしい。

 

「ビックリした。珍しいな。お前からこんなことしてくるなんて」

「そうだね。ちょっと酔ってるのかも」

「顔が赤いのも、酔ってるせい?」

「そうだよ。多分、レンさんに酔ってる」

「そっか……」

 

 見つめ合いながら、つくしの小柄な体躯を抱きしめると、じんわりと彼女の体温が伝わってくる。

 そういえば、関係隠してる上にお互いに忙しいから、最近はこうして2人でくっついたりもしてなかったな。

 

「つくし」

「なぁに?」

「キス、しよっか」

「……うん。いいよ」

 

 さっきのような不意打ちとは違う。

 2人でゆっくりと唇を近づける。

 

「つくし……」

「レンさん……」

 

 近づき、そして──

 

 ガチャリ

 

「ただいま~!いやー、今日も練習キツかっ……」

「「……」」

 

 今井家の玄関に流れていた時間が、確かに止まった。

 キスの寸前の状態で固まったままの俺とつくし。

 そして、愉快にRoseliaの練習から帰ってきて勢いよく扉を開けてそのまま固まった俺の姉。

 

「えっ…………と、あの、ごめん。マジごめんなさい」

「いや、待ってくれ姉さん。誤解だ。いや、そこまで誤解でもないけど誤解なんだ」

「リサ先輩、信じてください。自分でも何言ってるか分かんなくなってますけど、それでも信じてください」

 

 ・・・

 

「あの、お2人さん?」

「「はい」」

 

 顔を赤らめ、バツの悪そうな顔で、姉さんはなんとか言葉を絞り出した。

 

「玄関はやめろよ~……」

 

 うん。これに関しては姉さんが100%正しい。

 寧ろ、玄関あけたら身内が後輩とキスしようとしてるんだもん。可哀想にも程がある。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 結局、あの後は3人とも何とも言えない空気になり、取り敢えず俺はつくしを送っていき、そのまま姉の待つ自宅へ帰った。

 ちなみに帰り道で姉さんから届いたチャットは

 

『弟、風呂あがったらアタシの部屋に来なさい。今夜は寝かせないぞ♡』

 

 とのこと。

 

「くっそ。ついにバレたか……」

 

 当然、その日の風呂上がり以降が地獄だったのは言うまでもない。

 丁度良く、オレンジジュースとレモンジュースとパイナップルジュースの余りがあったこともあり、夜のお喋りにはうってつけのシチュエーションが出来上がった。

 足を崩し、部屋のテーブルに置かれたジュースをかっくらいながら、ズバズバと切り込んでくる。

 

「いやー、それにしてもレンに彼女かぁ。つくしとくっつきそうな予感はなんとなく感じてたけど、もうちょっと時間かかると思ってたよ」

「まぁ、なんだかんだ波長が合うんだよ。あいつとは」

「うんうん。あんなに小っちゃかった弟にも春が来て、お姉ちゃんも嬉しいよ」

 

 ・・・

 

「それで?2人の初チューっていつよ?」

「そこまでは答えなくていいだろ。てかもう寝かせろよ。もう夜中の2時だぞ」

「あっれ~?いいのかなぁ~?2人って付き合ってることまだ隠してるんでしょ?その秘密が白日の下に晒されることになっても知らないよ?アタシ友達いっぱい居るから拡散も早いよ?」

「くっ……!」

「いつもガールズバンドを追っかけてる新聞部のお兄さんが、ガールズバンドの女の子とスキャンダルとはねぇぇ?」

「やめろ……」

「玄関先でチューしちゃうぐらいにラブラブなんだもんねぇ~?」

「姉さん、頼むよ。これ以上の追求はダメージがデカすぎる」

「やだね。死ぬほどイジリ倒して、一生涯おもちゃにしてやる☆」

「人の心とか無いんか?」

「あ~、早く拡散した~い♡」

「もうやめてくれえええぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 結局、深夜の4時頃に姉弟仲良く寝落ちし、その日はお開きとなった。

 

 姉さん、本当に拡散をやらかさなきゃいいのだが……。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『ねぇ、つくし』

『はい』

『レンのこと、よろしくね。あんなのでも、大事なアタシの弟なんだ。世話かけるとは思うけど、悪いやつじゃないから』

『大丈夫です。お互い、真剣にお付き合いするつもりです』

『それなら良かった。じゃあ、弟の彼女の真剣さも分かったし、アレをやってもらおうかな』

『アレ?』

『「お義姉さん、弟さんを私にください」って言ってもらえる?』

『嫌ですよ。なんでいきなり』

『面白いじゃん。1回だけでいいから』

『そういうのは、ちゃんと然るべき時に、直接会って言わせていただきます』

『おっ、上手いこと逃げたね。じゃあその時を楽しみにしてるよ』

『はい。それでは、もう遅いので私はこれで』

『そうだね。じゃあお休み☆』

『はい。おやすみなさい。お義姉さん♡』

『えっ、待って!今のって──』

 

 プツッ──

 

「切れてる……」

 

 ・・・

 

「くそっ、なんか負けた……弟の彼女に」

 





 あぁ?就活?終わってねーよ。
 中毒症状でとめどなく溢れた思考は放置すると日常生活での集中力を乱して面倒やからこうして出力しないとやってられなくなるのです。
 現実逃避と言われれば、それまでですがね。

 さて、今回は濃い目に書いたし、しばらくは大丈夫かな。
 またしばらくは消えることにします。
 次の更新をする頃には、就活が終わってるといいのだけれど。

 くそっ、運動してないのに疲れる……。

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68.ガールズバンドと色々なシチュ2


 ストレスに支配されて一筆。お目汚し失礼致します。

 今回は短編形式。



【突如、街中に仕掛けられた31個の爆弾を解除をすることになったCiRCLEのスタッフ達とパスパレのメンバー達(パロディ回)】

 

 CiRCLEのロビー

 

「まりなさん!」

「彩ちゃん!爆弾の方はどうなった?」

「日菜ちゃんや麻弥ちゃんが活躍したお陰で、30個は解除できました。今、最後の1つを、千聖ちゃんとレン君が解除してます」

「レン君と千聖ちゃんが……!?」

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

【とある建物の中】

 

 pi……pi……pi……pi……

 

「……」

 

 着々と迫るタイムリミットに急かされつつ、俺は汗だくになりながら千聖さんの指示を待つ。

 俺の傍で眉間に人差し指の指先を当て、小声で唸りながら、千聖さんが頭を働かせている。

 

「赤よ!」

「はい」

 

 1つでも順番を間違えば死ぬという恐怖をなんとか抑え込み、俺はペンチで指定のコードを切る。

 

「……!」

 

 パチンッ

 

 pi……pi……

 

「ふぅ……」

 

 爆発の様子を見せない爆弾を確認し、千聖さんは再び眉間に人差し指の指先を当て、瞳を閉じて考える。

 

「次は……青ね」

「は、はい!」

 

 恐怖の瞬間、そして──

 

 ……パチンッ

 

 pi……pi……

 

「ふぅぅぅぅぅぅ……」

 

 首の皮一枚で繋がり続ける命を実感し、思わず強いため息が漏れる。

 

「何?お腹の具合でも悪いの?」

「い、いや……家に残してきた姉さんのことを思い出してしまって……」

「なんであなたのお姉さんと爆弾が関係あるのよ!?」

「いや……姉さん、他人の悲しみも理解っちゃう人だから、俺にもしものことがあったら……」

「だからこうして解除してるんじゃない!」

「で、でも千聖さん」

 

 さっきから俺に指示を飛ばすために千聖さんが繰り返している、眉間に人差し指の指先を当てる行為。

 やはりそれがどうしても気になる。

 

「あの動きで、この配線を解読できるんですか?」

「バカ。私がこんなゴチャゴチャしたもの、分かるはずないでしょうが。でも、やらなきゃ仕方ないから、こうやってカンを働かせているんじゃない!」

 

 ・・・えっ

 

「カン!?勘なんすか!?」

「何よあなた……私のこと信用してないって言うの?」

「い、いや……そんなことは!」

「それなら早くやりなさいよ!」

「は、はいぃ……」

 

 急かされて爆弾に向き直ると、今までに切ってきたコード、残るは──

 

「あ、千聖さん……。最後の2本です」

「ん?」

 

 ・・・

 

「ふぅむ……」

 

 ・・・

 

「うーん」

 

 悩み、迷い、そして──

 

「ああもう面倒よ!ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り……」

 

 白鷺千聖、今世紀最高峰のイケボで呟く。

 

「決まった。赤よ……!」

「千聖さん!!生きるか死ぬかの選択なんです!もうちょっと真面目にやってくださいよ!」

「うるさい!もう赤に決まったのよ!いいから貸しなさい!」

 

 千聖さんは俺の説得にも応じず、ペンチをひったくって最後のコードを手にかける。

 

「ひぃぃぃぃ……!!」

「うふっ♪」

 

 パチンッ!

 

 

 

 

 バゴアアァァァァァァン!!!!

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

 

【レンの寝室】

 

「はっ!?」

 

 ・・・

 

「……いやな夢だな」

 

 今日もこの街は平和そのもの。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【倉田ましろと密会するシチュ】

 

 ライブハウスCiRCLEの裏側。人気の無い場所での逢瀬。

 

「レンさん、誰にも見つかってませんよね?」

「あぁ。ちゃんと気を付けてたから間違いない」

「じゃあ、早速始めましょうか」

「そうだな。あんまり見られていいものじゃないし、さっさと終わらせよう」

 

 これは誰にも知られてはいけない、甘いヒミツ。

 

「レンさん……」

「あぁ」

「では、どうぞ」

 

 ましろは俺の前に詰め寄る。

 そして、一枚の生写真が手渡された。

 

「これが、誕生日にモニカのみんなでつくしちゃんのヘアアレンジした時の写真です。ツインテールをお団子にして、三つ編みも取り入れてるんです」

「……ほう。悪くない」

「そして2枚目が、練習の休憩中にレムレムしてそのままお昼寝タイムに移行しちゃったつくしちゃんの寝顔です」

「なるほど」

「それで、レンさん」

「急かさなくても分かってるよ。ましろは欲しがりさんだな」

 

 虚空から取り出した茶封筒に愛しの天使の知られざる姿を収めながら、ましろの要求に応じる。

 

「ましろ、上着の右ポケット見てみな。お前の望むブツはそこにある」

「……相変わらずトンチキな能力ですね。いつ入れたんですか?」

「別にどうってことねえよ。ただ虚空から発現させただけだ」

「それがトンチキだって言ってるんですけど」

「そうか?うちの姉さんも虚空からクッキーと飴ちゃん出せるぞ」

「まさかの能力者一家!?」

 

 なんてことを言いつつも、ましろはしっかりと茶封筒の中身を確認している。

 

「さて、ましろ。『昼休みにテンション上がって何の前触れも無く教室でライブを始めちゃう戸山香澄』から始まる香澄のオフショット生写真は気に入って頂けたか?」

「はい。それにしても香澄さん、教室でもこんな感じなんですね」

「まぁ、あいつは裏表とか無いしな」

「本当に助かりますよレンさん。特にこの『ライブ終わりのステージに1人で黄昏て物想いに耽る香澄さん』なんて、最高でしかありません。これでまた寿命が延びました」

「大好きな絵師さんに推しキャラ書いてもらった時のオタクみたいな返事やめろ」

「それにしても、レンさんも悪い人ですね。私なんかに、自分の友人の無防備な姿を渡してしまうなんて」

「それはお互い様だろ。お前だって自分のバンドのリーダーの無防備な姿を俺なんかに」

「だって、推しであり妹なんでしょ?」

「まぁな」

「ふふ……」

「ははっ……」

 

 ・・・

 

「ふふふっ……」

「ははははっ……」

 

 ギュッ(握手)

 

 トンッ(グータッチ)

 

 パァン!(ハイタッチ)

 

【今井レンのヒミツ】

 それなりの頻度でこういうことしてる。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【上原ひまりの相談に乗るシチュ】

 

 羽沢珈琲店に1人で訪れると、知り合いと相席になることも多い。特にこの店の常連の人やAfterglowの連中とはよく遭遇し、そうなると雑談したり相談に乗ったり、といった具合の過ごし方になる。

 幸運なことに、今回もバッタリひまりと遭遇し、今はそのままこいつの相談に乗っているところだ。

 

「なるほど。またお腹周りが」

「そうなの。それで最近、また体重が気になってきてさ……」

「難儀だなぁ。お前も」

「はぁ……。なんでいつもこうなるんだろ」

 

 正直、パッと見ただけだと太っているようには見えないが、ひまりは本気で悩んでいるように思う。どうして最近になって体重が増えてしまったのか。

 

「ひまり。もしかして最近、よくこの店に来てるか?」

「え、うん。確かにつぐに話聞いて貰ったりしてるけど、なんで分かったの?」

「そうか。なら、もう1つ聞かせろ」

「うん……」

「お前は今、この店で何を食べている?」

「え?つぐの特製ケーキだけど」

「お前アホなのか?」

 

 原因究明。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【昼休みに奥沢美咲と雑談に興じる今井レン】

 

「『チー牛』なんて単語を初めに世間へ広めた奴は、ちゃんと地獄に落ちたんだろうか?」

「地獄どころか、まだこの世にご健在だと思うけど」

「気に入らねぇ」

「こらこら」

「だっておかしいだろ。そいつのせいで牛丼屋でチーズ牛丼頼む時に毎回抵抗生まれるんだぞ。先週の休日に行った時も、一瞬だけだけど確かにあのイメージが脳内を過ったんだ」

「だったら最初からチーズ牛丼なんて頼まなきゃいいじゃん」

「それだとなんか負けた感じがして嫌なんだよ!チーズ牛丼を頼めばそいつの負け組理論に俺の存在が組み込まれるし、ムキになってチーズ牛丼を頼まなかったら俺がそいつにチーズ牛丼を頼む自由を奪われたみたいになる!俺はどうしたらいいんだ!?」

「面倒なこと言い始めたなぁ……」

 

 そりゃあ、美咲のいうことは正しい。

 気にしなければいいと言ってしまえばそれまでではあるのだが、人間は思考までコントロールできる訳じゃない。考えないようにすればするほど考えてしまうものだ。

 

「負けた感じ、ねぇ。別に気にしなくてもいいと思うよ。少なくともレンに限っては」

「俺に限っては?なんで?」

「だってさ……」

 

 紙パックのストローからジュースを飲んでから、美咲が口を開く。

 

「『先週の休日に行った時』って言ってたでしょ?」

「そうだな」

 

 ・・・

 

「レンはその時、『誰』と牛丼屋に行ったの?」

「え?千聖さんだけど」

「勝ち組じゃん」

「なんならその時は千聖さんが奢ってくれた」

「もっと勝ち組じゃん」

「…………ホントだ」

 

 女装して麻弥さんとデートすることになった時(36.37話参照)に千聖さんからお礼として奢り1回の契約を結んでいたが、もしかしたらお礼として機能していたのは奢られた牛丼ではなく、千聖さんの存在だったのかもしれない。

 ちなみに千聖さんの牛丼の食べ方は凄く上品だった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【氷川紗夜との勉強会の休憩でふと思った今井レン】

 

「そういえば紗夜さん」

「はい。どうかしましたか?」

「大したことじゃないんですけど、日菜さんって、たまに『るんっ♪』って言葉使うじゃないですか」

「えぇ。昔からの口癖みたいなものだし、詳しい意味や定義は分からないけど……それがどうかしましたか?」

「日菜さんの『るんっ♪』って、『ルンルン気分』の『るん』から来てるのかなって。ほら、『ルンルン気分』って、高揚した感情や楽しい気分を表す言葉でしょ?『るんっ♪』を使う時の日菜さんは楽しそうにしてるし。パスパレの『Wonderland Girl』や『るんっ♪てぃてぃー!』も、曲調や雰囲気がルンルン気分に該当すると思うんです。あの2曲に出てくる『るん』のフレーズの後の歌詞は、日菜さんが『面白い』って感じたり、『楽しい』と思えるような内容が含まれてます」

「……!」

「だから、意味としての直結はしてなかったとしても、何かしらの繋がりはあると思うんですよね」

「…………」

「あれ、紗夜さん?」

 

「(盲点ッ!!)」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【市ヶ谷有咲の弁当の評判を聞いたレンと有咲の教室での会話】

 

「香澄をはじめとするポピパの連中からよく聞くんだけどさ。有咲んとこばーさんが作る卵焼きってそんなに美味いのか?」

「何言ってんだ。卵焼き以外も美味いに決まってんだろ。ばあちゃんのご飯舐めんなよ」

「なるほど。やっぱすげえよなぁ。料理できる人って」

「そうだ。うちのばあちゃんの卵焼きは世界一だからな」

「ほーぅ。そうかそうか」

 

 まぁ、世界一美味しい卵焼きを作れるのはうちの姉なのだが、何を信じるかは人の自由だ。有咲は本当にお婆さんが好きなのだろ──

 

「おいレン。お前今、失礼なこと考えなかったか?」

「何のことだよ」

「いやいや、気のせいならいいんだけどよ。もしかしたらリサさんの卵焼きの方が世界一だとかいう妄言を浮かべてたりしてるかもと思ってよ」

「何言ってんだよ。うちの姉さんの卵焼きが世界一なのは妄言じゃなくて事実だろうが」

「は?なんで世界一が既に提示された状態でそっちまで世界一持ち出してくるんだよ。自分で破綻してることも分からねえのか?」

「そっちこそ世界一の卵焼きは2つも要らないんだが?」

 

 険悪

 

「そもそもばあちゃんの料理は卵焼き以外でも美味いんだからな?」

「いいのかよ、卵焼き以外でも勝負なんて挑みやがって。うちの姉さんの筑前煮が火を吹くぜ?」

 

 沈黙

 

「レンの頭は確かに悪いかもしれないけどさ。それでもお前は理解のある人間だって信じてたんだぜ?私は」

「そっちこそ、なんで頭は良いくせにそういうところでバカなのかね……」

 

 沈黙。

 

「ふぅん……」

「ほぅ……」

 

 沈黙

 

「ははっ……」

「はははっ……」

「「はははははっ……」」

 

 バンッ!

 

「「表出ろやテメェこの野郎!!なます斬りにしてやらぁ!!」」

 

 香澄と美咲が2人を羽交い絞めにして戦闘を仲裁するまで、あと20秒。

 ちなみにこの日の晩に香澄から話を聞きつけた姉さんにこのことについて質問されたのは、また別のお話。

 

「レンってばそんなにアタシの卵焼き好きだったの~?今晩作ってあげよっか?」

「うるせぇな!卵焼きなんてどれも一緒だっての!」

「照れるなよ~☆」

「ちょっ、離せ!くっつくな!抱き着くな~~~ッ!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【バイト帰りにチュチュを発見するシチュ】

 

「Zzz……」

 

 ラウンジの長椅子で、チュチュが寝ている。

 

「Zzz……」

 

 新時代の革命的な音楽で人々を魅了し、反骨心に溢れたラップパートの煽りで人々に勇気をもたらし、その影で誰よりも頑張っていて、誰よりも泥くさくて、誰よりも輝く人。

 仄暗かった世界から俺を連れ出してくれた、俺の憧れで、尊敬の眼差しを向けずにはいられない、明星のような存在。

 

「Zzz……」

 

 ──そんな少女が、寝ている。

 

「まったく。風邪引いたらどうすんだよ」

 

 彼女のことだ。どうせまた、誰にも知られない場所でたくさん何かを頑張ったのだろう。

 そう思うと起こす気にもなれず、気付けば着ていた上着をチュチュの肩にかけてやっていた。

 

「Zzz……」

「応援してるし、尊敬してるぜ。スーパースター」

 

 バイト終わりで日が落ちた外の空気は、半袖で歩くには肌寒いものだったが、今はそれすらも心地よい。

 彼女が元気でやっていけそうなら、俺はそれでいい。

 

 

 ──チュチュは、俺にとってのヒーローなのだ。

 





 最初のふざけた話を書くためだけに書いた。流石にあれだけ出すのはヤバいので各バンドから1人ずつ即興で一筆。
 誰かを可愛く書くってのは、多分もう出来そうにないな。出来そうなら書くけど。
  
 就活は終わってません。終わってないのに限界が来て書きました。
 赦されよ 赦されよ 我の罪を赦されよ。

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69.氷川紗夜との勉強会なシチュ


 続編(おまけ)について。読んでいただけると↓
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 そういえば、ガルパはまた1年時間が進むらしいですね。
 今の3年生、JKじゃなくなるのかぁ……。



 

 放課後の図書室、俺の答案を採点する1本のペンの音と、夕日によってテーブルに伸びる2人分の影が、そこにはあった。

 

「レンさん」

「はい……」

 

 ・・・

 

「全問正解です。よく頑張りましたね」

「よしっ!」

 

 俺はバカだし勉強も嫌いだが、図書室で紗夜さんに勉強を教えてもらうこの時間は好きだ。

 分からないところは分かるまで教えてくれるし、解けるようになったらこうやって褒めてくれる。

 勉強面では有咲や他の友人たちにも世話になっているが、俺にとっての一番の先生は、やっぱり紗夜さんなのだ。

 

「それにしても、本当に進歩しましたね。今回作ったテストは、全てレンさんが過去に躓いた問題だけで構成していましたし、難易度も高くなったと思っていたのですが」

「ふふーん。最近は俺も頑張ってますからね。もっと褒めてもいいですよ」

「あんまり調子に乗らないの。でも努力はちゃんと結果に出てるものね。ほら、よしよし」

 

 今日の紗夜さんは特に機嫌がいいらしく、頭まで撫でてくれている。

 でも、実際に最近頑張ってるのは本当だ。Roseliaが忙しくなった影響でただでさえ部活に生徒会に忙しくしてる紗夜さんの放課後は更に忙しくなり、部活とバイトで忙しくしている俺との予定は更に合わせ辛くなった。

 だから結果として、俺自身も勉学にはより力を入れるようになった。紗夜さんとの勉強会で使ったノートを見返したり、紗夜さんに教わった勉強法を試してみたり。

 そしてその結果が満点の答案用紙と紗夜さんのなでなでだ。

 

「それにしても、本当に進歩したわね。最初の頃は中学の基礎までズタボロだったのに」

「今でもちょくちょくわすれそうになることは多いですけどね。これも紗夜さんのお陰です」

「何言ってるの。あなたが頑張ったんでしょう?」

 

 そう言って紗夜さんは、また微笑みながら俺の頭を撫でる。

 俺がここまで勉強を頑張ることが出来るのは、やっぱり紗夜さんのお陰だ。

 難題へ立ち向かうことの大切さを教えてくれたのは紗夜さんだ。

 少なくとも、こうして紗夜さんが見せてくれる笑顔があるから、こうして俺は今まで目を逸らし続けてきた勉学という難題にも立ち向かうことが出来るのだ。

 今までも、そしてこれからも。

 

「レンさん」

「はい」

「授業には、ちゃんと付いていけてますか?」

「それは、まぁ」

「部活やバイトとの両立はどうですか?」

「大変ですけど、最近はなんとか」

「最近は私も忙しくて、あなたのことを殆ど見てあげられませんでした。でも、あなたはこうして自力でこのテストを解ききりましたね。しかも満点です」

「はい」

「なるほど」

 

 紗夜さんは撫でるのをやめた。

 

「もう私がいなくても、レンさんは大丈夫そうですね」

「えっ……」

「だってそうでしょう?今のレンさんの学力は優秀……とまではいかなくても、壊滅的なラインからは脱しているように思います。補習の回避率が上がったことも市ヶ谷さんから聞いています」

「いや、でも」

「『でも』じゃないですよ。仮に躓くことがあったとしても、レンさんには頼れる友人が私以外にもいますからね」

「……」

「これで私も、安心して卒業できるというものです」

 

 ……分かっている。紗夜さんは褒めてくれているのだ。

 俺の頑張りを近くで見守ってくれた紗夜さんが、俺の成長を喜んでくれているのだ。

 だから俺も、『ありがとうございます』『これからも頑張ります』と言わなければならないのだ。

 分かってる。分かっているのだ。

 でも、俺も疲れていたのだろう。

 最近は部活もバイトも忙しかったうえに、今は紗夜さんの難題集を解き終えたばかりで頭もヘトヘトだ。

 俺の口から飛び出した言葉は、感謝でも何でもない、ただの最悪な返事だった。

 

「なんで、そんな寂しいこと言うんですか?」

「レンさん?」

「『もう私がいなくても大丈夫』とか、『安心して卒業する』とか、なんでいきなりそんなこと言うんですか」

「……?いきなりも何も、当然でしょう?これからRoseliaが忙しくなれば、レンさんにこうして勉強を教えることも難しくなりますし、私も3年生ですから、近いうちに卒業するのだって確定事項じゃないですか」

「卒業とか勝手なこと言わないでください」

「明らかにそっちの方が勝手でしょう。卒業ぐらいさせてください」

「ダメです」

「『ダメです』!?」

「留年してください」

「えぇぇぇ……」

 

 気づいたら言葉が飛び出していて、気付いたら止まらなくなっていた。

 

「行っちゃうなんてイヤです」

「レンさん……」

「いかないで」

 

 敬語も忘れて紗夜さんに無理を言う。

 自分でもイヤなことを言っているとは思うが、まぁ、言うだけならバチも当たらない筈だ。

 当然、紗夜さんに留年して欲しい訳ではないが、こんなことを言わなきゃやってられない心持ちなのは本当だ。

 紗夜さんとの勉強会がもう二度と訪れなくて、学園内で紗夜さんに会いたくても会いにいけない生活は、想像しただけでも寂しかった。

 寂しいのは、嫌だった。

 

「いかないで、ください」

 

 紗夜さんを困らせたくないのに、気付けばこんな言葉が出てくる。

 まぁでも、ここまで訳の分からないことを言っているのだ。紗夜さんなら冗談として流してくれるだろう。そして流された後は、またいつも通りの話をしよう。

 そう、紗夜さんなら──

 

「わかりました。留年しましょう」

「はい…………えっ?」

「成績もちゃんと高水準を保ってはきましたが、明日からの授業をすべて無断欠席すれば、出席日数も足りなくなる筈です」

「え?」

「他でもないレンさんが寂しがってしまうなら仕方ありません。今から先生に相談してくるので、少しだけ待っていてください」

「……えっ?」

 

 俺の疑問符を気にもしないで紗夜さんは立ち上がり、そのまま歩いて図書室から出て行ってしまった。

 扉を閉める音を最後に、図書室には何とも言えない静寂が訪れた。

 

「……えっ」

 

 普段まともで勉強もできるクールでカッコいい先輩が、唐突に『留年しましょう』とか言い出したせいで、俺の思考は完全にフリーズした。

 

「(紗夜さんが、留年……?)」

 

 そして、その思考が浮かんだと同時に、凍り付いていた俺の体はようやく動き出した。

 

「いやいやいやいやいやいやちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待て!!」

 

 文房具が散乱して椅子が倒れるのもお構いなしで走り出した。

 寂しいとか全部どうでもよくなった。そのぐらい焦りまくった。

 そのぐらいのヤバい状況が、確かにそこにはあった。

 

「待ってくれ紗夜さん!!お願いだから考えなお──」

 

 そう言って思い切り扉を開け放ったところで、俺のダッシュは急ブレーキを迎えた。

 もう少し遠くへ行ったと思っていた紗夜さんが、扉を開けてすぐそこの場所で待ち伏せしていたから。

 

「──って、うおあぁ!!」

「おっと」

 

 そして最速スプリントに突入していた俺のダッシュが急激に止まれる筈もなく、勢い余った俺の体は、そのまま廊下の紗夜さんに抱き留められた。

 

「えっ…………と、あの、紗夜さん?」

「はい。なんですか?」

 

 紗夜さんの細く引き締まった肢体と廊下で抱き合ったまま、問答が始まる。

 

「……留年は?」

「冗談に決まってるでしょう。たかが後輩1人のために私が今後の人生投げうって留年なんてする訳ないじゃないですか。あと去年まで後輩だった知り合いがいきなり同級生になるのも普通に嫌です」

「だったらもうちょっと冗談っぽく言ってくださいよ。本気で心配したんですからね?」

「あなたも変なこと言ったんですから、お返しです」

「それは、そうですけど……」

「あと、そろそろ離してください。人目が無いとは言え、校内の廊下で男女が抱き合ってるのは風紀的に良くないです。あと重いです」

「あ、すいません」

「……それに、流石に恥ずかしいです」

 

 俺のハグから解放された紗夜さんの横顔は、ほんのり赤かった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺と紗夜さんは元居た席に戻った。

 

「それで、どうしていきなりあんなこと言ったんですか?」

「いや、別に、ただの冗談ですよ。いつもみたいに、ちょっとからかっただけです」

「流石に私も『留年しろ』だなんてセリフを本気で言ってきたとは思っていません。ですが、レンさんが人をからかう時とそうじゃない時の違いぐらい分かります。今井さんや湊さん程じゃないにしろ、私だってあなたとは長い付き合いですから」

 

 冗談だと流して、そのまま無かったことにしてくれたら良かったのに……。

 

「本当に、なんでもないです」

「人に弱いところを見せたがらないのは、あなたの悪癖よ。ついさっきあれほどのことを言ったのだから、もう観念して全部吐きなさい」

「……理由は、さっき言ったことのままです。これから紗夜さんと会いづらくなって、そのまま遠くまで行っちゃうと思うと、寂しくなって」

「案外寂しがり屋なのはお姉さん譲りね」

「仕方ないじゃないですか。今までずっと信じて見守ってくれたくせに、いきなり『私が居なくなっても大丈夫』とか言い出すから」

「実際そうじゃないですか」

「だからっていきなりあんなこと言わなくても……」

 

 俺は本当にダメな生徒だ。紗夜さんはこんなにも俺の面倒を見てくれたというのに。

 

「紗夜さん。やっぱり卒業しないでください。寂しいです」

「停滞から生まれるものは何もありませんよ。泣いても笑っても時間は過ぎます。例外はありません。順当に時が進む限り、私はこの学園を去ります」

「去っていく紗夜さんを、俺は黙って見てるしかないんですか?」

 

 『はぁぁ……』と紗夜さんの大きなため息が漏れる。

 大人げない駄々をこねる俺に失望したのかと思ったが、そうではなかった。

 

「レンさん、今から大切な授業をします。しっかり聞いてください」

「……!は、はい」

「そもそも、『行ってしまう』とか『去ってしまう』とか、そういう言い方が良くなかったんです。いいですかレンさん。卒業をする私達は『去る』のではなく、『進む』のです」

「『進む』……?」

「えぇ。ここではないどこかへ。色々な変化を、終わりとしてではなく、新しい始まりのための区切りとして」

「紗夜さん……」

「進歩とはいいものですよ。それこそ、停滞を乗り越えて進み続けたあなたが一番分かっている筈です。ギターを弾き、ステージで歌い、私のテストで満点まで取れるようになったあなたの成長は、停滞から生まれるものじゃありません」

 

 確かにそうだ。

 何年も止まり続けた足を動かしたからこそ得たものは、いずれも大きなものだった

 

「それに、先輩に向かって『留年しろ』なんて言葉、あなたらしくないですよ」

「それは、俺だってなんであんなこと言ったのか分かんないですよ。疲れておかしくなってたんです」

「そんなことは分かってますよ。あんなに必死こいて私を止めに来たんですから言うまでもないでしょう」

 

 紗夜さんは続ける。

 

「でも、発言そのものには少し怒ってます。先輩相手に失礼だったからではありません。発言の内容が、他でもないあなたのポリシーに反していたからです」

「それは……」

「『ガールズバンドで頑張る人を応援したい』と言っていたあなたが、疲労が故の一時の感情とは言え、『卒業をするな』などと。いいですかレンさん。あなたの手は誰かの足を引っ張って停滞させるためのものではありません。頑張る誰かの背中を押すためのものです」

「背中を……」

「少なくとも、私の知っているレンさんはそうだった筈です」

 

 そうだ。俺はいつだってそうしてきたじゃないか。

 俺の行動原理は、思想は、今だって変わっちゃいない。

 

「ありがとう紗夜さん。目、覚めたよ」

「まったく。手のかかる後輩ね」

「そんな手のかかる後輩のトンデモ発言にも真剣に耳を傾けて、真摯にそんな後輩に向き合ってくれる誠実さは、紗夜さんの良いところですね」

「ふふっ、いつもの調子が出てきたようですね。今度こそ、安心して卒業できそうです。まだ先の話ではありますがね」

「そうですね。心配かけちゃってすません」

 

 そう言うと、紗夜さんは微笑みながら聞いてきた。

 

「もしその時が来たら、泣かずに笑顔で送り出してくれますか?」

「泣かずに……ですか。難しそうだけど、でも、ちゃんと我慢しますよ。俺の手は、背中を押すために動かすものですし。それに……」

 

 

「なんたって俺は、紗夜さんの教え子ですから」

 

 

 新天地へ乗り込もうとするこの人の区切りに、涙なんて見せたくない。

 勉強でも勉強以外でも、俺に色んなことを教えてくれた紗夜さんには、ちゃんと頼もしい自分を見て欲しいから。

 

「えぇ。それでこそです」

「まぁ、俺はこの手のイベントで泣くようなタイプでもないんですけどね」

「そもそも、男の子なら簡単に涙を見せてはいけませんよ。男の子が泣いていいのは3つだけです。生まれたとき、親が死んだとき、そして仮面ライダーWの最終回を視聴したときだけです」

「……ダブルは許すんですね」

「当たり前です。だってダブルですよ?」

 

 そんな冗談が言い合えるようになった頃には、時間も経って、図書室から出なければいけない時間まで迫っていた。

 

「あ、紗夜さん。せっかくですし、これから帰りにポテトでも食べませんか?」

「いえ、生憎ですが遠慮しておきます。今日は日菜が早めに帰ってきますから、一緒に食卓を囲みたいのです。日菜と夕飯を一緒に食べる時間も大切になってきましたから」

「むぅ」

 

 いつもなら日菜さんとの時間を大切にしてもらうべく引き下がるが、今日の流れで引き下がるのはなんか嫌だった。

 

「俺との時間は大切じゃないんですか?」

「いえ、大切だとは思ってますが……」

「だったらいいいじゃないですか!最近の紗夜さん、Roseliaが忙しくてずっと付き合い悪かったんですから今日ぐらい許してくださいよ!」

「それはそうかもしれませんが……」

「ああもう煮え切りませんね。俺と日菜さん、どっちが大切なんで──」

「日菜です」(即答)

「そういうところだぞさよひなァ!!」

 

 日菜さんには勝てなかった。

 

「まぁでも、確かにこのまま解散も味気ないですね」

「でも、もうやること無いですよ」

「そうですね……。久しぶりにハグでもしますか?」

「……さっきしましたよね?」

「さっきのは事故でしょう?それともしなくていいんですか?」

「……しましょうか。久しぶりに」

 

 お互いに立ち上がり、人気の無さを確認し、距離を詰める。

 

「じゃあ紗夜さん。失礼します」

「はい。では、どうぞ」

 

 紗夜さんの細い体躯に腕を回し、体を預けると、女の子特有のいい匂いが鼻腔をくすぐる。

 柔らかくて、包容力があって、どことなく安心して、落ち着く。

 

「前のハグも、図書室でしたっけ?」

「そうですね。あの時のレンさんはもう少し痩せ細っていて、体にも碌に力が入っていませんでしたが」

「今はどうです?」

「そうですね。大変頼もしく思います」

「それは良かった」

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

「紗夜さん」

「はい」

「大好きです」

「……返事ならしないわよ」

「構いませんよ。言っときたかっただけなので」

 

 腕の力を緩めて、少しだけ離れる。

 

「レンさん、少し顔を横に向けてくれませんか?」

「横ですか?」

「はい。そう、そんな感じで。では、返事の代わりをしますね」

「へっ?」

 

 chu-

 

 直後、俺の頬に柔らかい感触が襲った。

 ──キスされた。

 

「紗夜さん……!?」

「レンさんがたくさん頑張ってきた姿を見てきた私からのご褒美です。たった一度きりの大サービスなので、二度目は期待しないでください」

 

 大サービスという名の不意打ちを見事に食らわせた紗夜さんは唇に人差し指を当てて、あざとく笑ってみせた。

 

「…………レンさん」

「はい」

「これ、思ったより恥ずかしいですね」

「キャラじゃないのに無理するから」

「いや、ご褒美をあげたかったのは本当ですし、今井さんのようにできればいいかなと」

「紗夜さん、いくら何でも律儀過ぎですよ」

 

 この後の帰り道は、恥ずかしがる紗夜さんを別れ道までずっとフォローすることになった。

 てか紗夜さん、うちの姉に対してどんなイメージ持ってんだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【二葉つくしとの通話】

 

「っていう感じのことがあってさ。ハグの後に頬へのキスまでしてもらったんだよ」

『紗夜先輩。結構大胆なことするね」

「だよなぁ。正直、あの時は恥ずかしさよりも驚きが勝ったもん」

『うん。というか、なんでこの話を私に?』

「なんでって、別に大した理由は無いよ。いつも通りにその日あった面白いことを話してるだけだぞ?やましいことでもないし」

『ふぅん?』

「どうした?」

『嘘だね。浮気じゃないしやましいこともないけど、彼女を差し置いて他の女の人とハグしてほっぺにチューまでされたことに対する負い目があったからせめて事の顛末を自分から彼女に伝えるぐらいはしよう。そのぐらいの誠実さは見せるべきだ。これがこのエピソードを話した真意でしょ。違う?』

「お前エスパーか何かか?」

『ただの愛しの彼女だよ。別に気にしなくていいのに。レンさんと紗夜先輩の仲の良さも絆の強さも知ってるし、過去にどんな関わり方をしてきたのかも知ってる。2人の繋がりの深さまで教えてもらってるのに、わざわざ横から口出しするのも無粋でしょ。それに、レンさんの距離感がバグってるのは今に始まったことじゃないしね。距離感がバグってるところも、バグってても雰囲気と人徳で許されちゃうところも、ほんとリサ先輩譲り』

「まぁ、そっちが気にしないならいいけど」

『そうだね。レンさんが浮気するとは思えないし』

「そっか」

『でも、ちょっぴり嫉妬はしたから今度のデートはいっぱい甘やかしてね。ぎゅーってしてくれなきゃ許さないから』

「言われなくてもいっぱい甘やかすに決まってるだろ?だって彼女なんだし」

『ふふっ、そうだった』

「キスもする?」

『それは、まだ恥ずかしいかも……』

「そっか」

 

 恥ずかしがってて可愛い。通話の向こうの彼女は、きっと頬を赤らめて、さぞ可愛らしい表情を見せてくれているのだろう。

 直接会わずに通話で済ませていることが悔やまれる。

 

「さて、そろそろお開きだな。これ以上は明日に響くし」

『そうだね。もう寝ないと』

「じゃあおやすみ。好きだよ」

『うん。お休みなさい。私も大好き』

 





 それにしても、これから投稿する話、マジでどんな方向性でいこうかな?

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70.2年A組と真夏の教室なシチュ


 取り敢えず、就活は一段落しました。

 一段落は7月の始め頃にしていたのですが、張り詰めていたものから解放されたこともあり、それを取り返すかのようにモンハンのサンブレイクをやり込んでました。

 で、サンブレイクの方も一段落したので気が向いて執筆した次第です。
 いやー、エルガドが大変だったんですよ。

 まぁ、活動方針は前に書いたことと変わらずですけどね。
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 どこまで行っても続編は『おまけ』です。
 それでも結構な数の人が見てくれるし感想も送ってくれるんですよね。
 終章の時も続きを求める声は多かったですし。

 ……ほんまに愛されてんなぁ。この作品。
 
 今回はリクエストの補習組のカラオケの話でも書きたいと思ったんですが、『補習』と『カラオケ』が上手く嚙み合わなくて一切のオーダーに応えられないという……。
 またリベンジできるといいけど。



 

 夏休み。本来は学校に来なくていい筈の期間だが、この学園にも夏期講習は存在する。

 真面目な奴は参加し、忙しい奴は来ない、そんなどこにでもある夏期講習。

 席が指定なしの自由席であることをいいことに、俺は2年A組のクラスメイト3人と休み時間に楽しくお喋りを──

 

「「「「暑い~~~~」」」」

 

 するという訳でもなく、ただひたすらに気温への文句を言い合っていた。

 

「なぁ美咲、この部屋エアコンついてる筈だよな?ちゃんと動いてる筈だよな?」

「電源はついてるけど設定温度高いんでしょ。ほら、掲示板のあんたの記事の横にも習字で『節電中』とかふざけたこと書いてたじゃん」

「『ふざけたこと』とか言うなよ。アレ書いたの燐子さんだぞ。生徒の代表として会長が書いて下さった有難い言葉じゃねえか」

「へぇ?じゃあこの部屋の気温はふざけてないとでも?」

「舐めてるよな。ほら、横の有咲なんて見てみろよ。今にも白目剥きそうになってやがる」

「香澄……。ばあちゃんには、長生きするように言っといてくれ。私は……先に逝く」(チーン)

「有咲しっかりして!おばあちゃん悲しむよ!有咲~~~っ!!」

 

 悲しむ香澄を余所に、有咲はそのまま机に突っ伏す。

 

「いや、やっぱり突っ伏すのはやめよう。机も熱い」

「市ヶ谷さん、ホントにヤバかったら言いなよ。保健室まで運ぶぐらいはするからさ。……レンが」

「俺かよ」

「でも本当に辛そう。有咲、普段もインドアだし。多分この中で一番ダメ―ジ受けてるよ」

「そうだな。俺とかは夏フェスの運営側もやったりするからこの中じゃ慣れてる方だけど」

「むっ、それだったら私も負けないよ。よく外で遊んだりするし」

「遊んだりするだけなら俺の方が上だな」

「他にもライブとかいっぱいするもん!私の方が上だよ!」

「俺だろ!」

「私!」

 

 暑さで溜まったイライラをぶつけるように言い争う。しかしその争いはすぐに鎮圧を迎えた。

 

「お2人さん」

「「何?」」

「ここ、ここ」(親指で自分を指さす美咲)

「「きっ、キグルミの人~~~ッ!!!」」

「何やってんだお前ら……」

 

 今回の勝敗。美咲の一人勝ち。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 とは言っても、暑さに慣れてるからと言って暑さが得意になるかと言われると全然そんなことはない。

 寧ろ、ライブの度にミッシェルから蒸し焼きにされてる美咲ですらこの教室の気温に音を上げそうになっているのだ。

 もう、ほんと、この教室はそのぐらい暑いのだ。

 

「まぁ、ミッシェルには俺もちょくちょく焼かれてるんだけどな」

「え?あんたミッシェルの中に入ったことなんてないでしょ。焼かれる機会なんてあるの?」

「お前、このバカみたいな暑さの中でCiRCLEの外に放置されたミッシェル像の掃除、誰が担当してると思ってんだ」

「あれ磨いてたのレンだったんだ……」

「そうだよ。しかもアレ金属製だから間違えて触りでもしたら大火傷だ。雑巾越しでも熱とか伝わってくるし」

「あんたも大変だねぇ」

「そうだよ。少なくとも10分は鉄板焼きだ」

「ふーん」

 

 ・・・

 

「あたしは1時間以上の蒸し焼きだけどね」

「あの程度の仕事で調子乗ってすみませんでした」

 

 今回の勝敗。美咲の勝ち。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 講習の時間を挟みながら、俺たちの文句は続く。

 

「でも、『暑い』ばっかり言ってても、あたしたちが涼しくなる訳じゃないもんね」

「奥沢さんの言う通りだ。今の私たちが本当にするべき行動は暑さへの愚痴じゃない。暑さを忘れるぐらいに気が紛れる『何か』だ」

「『何か』って?」

「あぁ?そこは……ほら、おいレン。この際香澄でもいいけど、なんか面白いことやれよ」

「限界だからって雑な前振りしてんじゃねえぞ」

「無茶ぶりだ~!」

「いやいや結構いいじゃん。この際だから暑さが吹っ飛ぶぐらいのやつをキメちゃってよ」

「美咲ちゃんまで……」

「こいつがツッコめなくなるって相当だな」

 

 そう言いながら香澄と目を合わせる。

 まぁ、退屈に過ごすよりは気がまぎれるかもしれないが……。

 

「ねぇレン君、アレやろっか。ほら、前に通話した時に2人で考えたやつ」

「えぇ~。アレって深夜テンションの勢いで思いついただけのやつだろ?朝になって振り返ったら全然面白くなかったじゃねえか。スベっても知らねえぞ」

「スベったとしても、寒い雰囲気になるから暑さは吹き飛ぶんじゃない?」

「お前さぁ……」

 

 そう言いながらも2人で立ち上がる。

 暑さでおかしくなってたんだろう。俺も、香澄も、なんなら有咲も美咲も。

 

「「ショートコント、豊臣秀吉」」

 

「して利休よ。貴様は余が作った金の茶室をダサいと言うのじゃな?」(秀吉役、戸山香澄)

「そうに御座います。殿は詫び寂びというものを分かっておられぬ」(利休役、今井レン)

「ふ~ん。そう言うこと言っちゃうんだ~」

「当然です。狭い茶室に質素な茶碗。これこそが日ノ本の伝統です。分かって頂けますね?」

「そうだねぇ……」

 

 

 そして。

 

 

「でも気に入らないから死刑ね♡」

「『イケナイ太閤~~♪♪』」

「『Na.na.na.na.na.na.na.na.na~~♪♪』」

 

 結論、ちょっとウケた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 泣いても笑っても講習は終わらない。

 授業のような形式だったり、ただプリントをやらせてくるだけの形式だったりと種類は様々だが、いずれにせよ、教師の目が光っているのは変わらないので、寝落ちすらも許されない。

 

「おい有咲。俺もう落ちるぞ」

「バカ。またプリント増やされるぞ」

「分かってる。でも……」

「こらそこ。私語は厳禁ですよ」

「「……すいません」」

 

 ちなみに講習中の教室は静かなので会話は小声でも普通にバレる。

 悪いのは俺たちだが、暑さのせいでこの程度の説教でもイラつきが出てくる。

 

「なぁ、有咲」

「なんだよ」

 

 声を更にもう一段階落として有咲とのコンタクトを取る。

 

「この教室、暑いよな」

「まぁな」

「死体って冷たいって聞くよな」

「……まぁな」

「俺たちがこんな暑い思いしてんのは、愚かな大人たちがエアコンの設定温度を固定しやがったからだよな」

「そりゃあ、そうだ」

「そして今、ちょうど殺しても良さそうな大人が、目の前にいるよな」

「お前……」

「なぁ、殺そうぜ」

「殺るか」

「こらそこ。物騒なこと話さないでください!」

 

 殺人計画の企てがバレたことにより、俺はプリントを増やされ、有咲は講習の参加者全員分のプリントを職員室まで運ぶことが罰として義務付けられた。

 有咲、巻き込んでごめん。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 有咲が職員室に駆り出される間にも俺たちの不満は溜まり続けていた。

 

「先生を殺そうとしたのはマズかったな……」

「ダメだよレン。気持ちは分かるけど」

「美咲ちゃん、そこは分かっちゃイケナイ」

 

 とは言いつつ、暑さに慣れている2人ですら顔に汗を流している。

 

「レン君、辛いのはこの暑い教室で授業してる先生も一緒だよ」

「でも、講習中のあの人、普通に水筒のお茶飲んでなかったか?」

「それは……でも怒りに身を任せるのはダメだよ」

「戸山さん……」

 

 香澄の言葉に俺と美咲も納得しかけた頃に、ちょうど有咲が帰ってきた。

 

「おいお前ら!大変だ!」

「「有咲?」」

「市ヶ谷さん、大変って何が──」

「職員室、めちゃくちゃ涼しかった!」

 

 プツンと、自分の中で何かが切れる音がした。

 職員室が他の教室に比べて明らかに涼しいなんて、どこの学校にもありふれたあるあるだが、今回は許容できそうになかった。

 

「なぁ美咲~。俺バカだからよく分かんねえんだけどよ。職員室で涼んでるような連中に、俺たちが涼ませてもらえないってのは、『不平等』ってヤツなんじゃあないか?」

「偶然~。あたしも全く同じこと思ってた☆」

「あの、レン君?美咲ちゃん?」

「おい、2人とも?」

 

 示し合わせることもなく、気付けば俺と美咲は立ち上がっていた。

 

「確かエアコンの設定って、あそこのボタンでいじくれるんだったよな?」

「いや、でもあのボタンって鍵がついてて封印されてたよね?先生しか触れないように」

「バカだね戸山さん。鍵はこじ開けるものだよ」

 

 歩みは止めない。

 

「2人とも!こんなこと先生にバレたら罰とかじゃ済まないぞ。変に逆らうのはやめろ!不良生徒みたいに思われたらどうすんだよ!安っぽい感情で動いてるんじゃあないッ!」

「不良だと?明らかに悪いのは俺たちじゃなくて教師側だろ。奴らは……自分が『悪』だと気付いていない……もっともドス黒い『悪』だ」

「ただ黙って焼かれるだけがあたし達の運命だって言うなら、あたしはそんな運命は要らない。運命はこの手で切り拓く。切り拓いて、あたしは……この『石の海』から自由になる」

 

 歩みは、止めない。

 鍵のかかったスイッチは、もう目の前にある。

 止まらない。誰も、止められやしない。

 

「今から上のヤツらに見せつけてやろうぜ!これが本当の『クールビズ』だってなぁ!」

「『ストーン・フリィィィィィィィィーーーーッ!!』」

「おい誰か止めろ!レンと奥沢さんが壊れた!ただでさえ普段から色々と溜め込んでる奴らだ。全力で取り押さえろ!」

「お願いだから2人とも正気に戻って~!!」

 

 

 この後、スイッチの鍵に一番拳を叩き込みやすい角度を2人で算出した辺りで有咲を含むクラスメイト達に止められたことによって事件は未然に防がれた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【夏期講習終了後、帰り道】

 

「「「「終わった~~!!」」」」

 

 波乱はあったが、俺たちはなんとか講習を乗り切った。

 

「でも外、結局教室より暑いね」

「そうだな。あのエアコン、なんだかんだ役割は果たしてたのかもしれないな」

「どうだかな。役立たずのエアコンがあったから窓も開けられなくなって風通し悪かったとも考えられるし」

「うぅ……講習、やっぱり行かなきゃよかったなぁ……」

「つーか香澄。なんで講習なんて受けたんだよ?お前、そんな真面目に勉強ってキャラじゃないだろ。ポピパの連中も有咲以外来てないし」

「私は講習でも行かなきゃ勉強やらないだろ~って有咲に言われて仕方なく。他のポピパメンバーは予定合わなくて……。レン君は?レン君も真面目に勉強するタイプじゃなくない?」

「俺は講習でも行かなきゃ勉強やらないだろうな~って自分で思って仕方なく」

「自分で思ったんだ……」

「俺だっていつまでも紗夜さんの指示だけで動く訳じゃないよ。それに夏はCiRCLEも忙しくなるからな。忙殺されて勉強時間取れませんでしたってのはマズいだろ」

「へぇ~。レンのくせに色々考えてるじゃん」

「なーにが『レンのくせに』だ。お前だって参加理由は似たようなもんだろうが」

「まぁね~」

 

 そんな軽口を叩き合い、外の日差しと熱風を全身で浴びながら帰っていると、有咲の携帯に着信入った。

 

「悪い。ちょっと出るわ。……もしもし?ばあちゃん?……うん。今終わって帰るところ。友達もいるけど。3人。……えっ、マジ!?分かった。ちょっと聞いてみる」

「「「……?」」」

「なぁみんな。今日、ばあちゃんがそうめん作るらしくてさ。暑いし、いっぱいあるから友達の分もどうだって言ってるんだけど。香澄に、レンも、奥沢さんも、良かったら──」

「行く!」

「当たり前だよなァ?」

「普段なら遠慮するとこだけど、この真夏日にそうめんの誘惑は卑怯だよ」

「よし、全員参加な。……もしもしばあちゃん。うん。4人前で頼む!」

 

 夏期講習組。そうめん決定。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 市ヶ谷家にお邪魔すると、有咲のばーさんが大量のそうめんを冷やして俺たちを出迎えてくれた。

 俺たちは早速エアコンの効いた室内……ではなく。

 

 ちりーん……。

 

 風鈴の音が心地よく響く縁側。

 朝から暑い暑いと散々文句を言っていた割に、俺たちが優先したのは人工の冷風よりも風情だった。

 

「「「ズズズッ……」」」

 

 ちりーん。

 

 吹き抜ける風、耳触りの良い風鈴の音、縁側の日陰、ベストコンディションな冷え方のそうめん、キンキンに冷えた麦茶。

 これだけでも充分な納涼だが、最後のダメ押しはまだある。

 

「おーい、タライ持ってきたぞ~」

「タライ?なんで?そのタライ、水も入ってるけど」

「あぁ。靴下脱いで足突っ込んだら涼しくなるだろうって有咲のばーさんが。後で氷も入れてくれるってさ」

「あぁ、さっきレンがばあちゃんに呼ばれてた理由はコレか」

「足湯ならぬ足水」

「おう。取り敢えずこれ一個で香澄と有咲の分な。美咲と俺の分は後で持ってくるから」

「ゆっくりでいいからね」

「いいわけあるか。俺もさっさとそうめん食いてえんだよ。お前らだけで楽しみやがって」

「それは残念。あんたの分も多めに食べてやろうと思ったのに」

「太るぞ」

「余計なお世話~」

「はいはい」

 

 美咲との軽口も程々に、俺は早々に2個目のタライに水を溜め、美咲の足元に設置した。

 美咲の隣に腰掛け、靴下を脱いで、蒸れた両足をタライいっぱいの氷水の中に突っ込む。

 最初はあまりの冷たさに驚いて美咲と一緒に肩を跳ねさせたが、その冷たさが、じわじわと快感に変わっていく。

 

「レン、これ思ってたより良いね」

「そうだな。足湯にだって需要があるんだ。足水に需要がない訳がない」

「うん。働いてくれてありがとね。はい。これ麦茶」

「あ、さんきゅー」

 

 氷水の中で美咲と足を寄せ合いながら、美咲から渡された麦茶を喉に流し込む。

 

「ゴクッ!」

 

 うっっま。

 この麦茶、キンッキンに冷えてやがる。

 オアシスだ。教室で蒸し焼きにされて外でも動いて、限界まで汗を出し切った俺の体が渇望していたオアシスがここにある。

 火照った体を、足の氷水と体内の麦茶が全力で冷やしにかかる。

 俺はこの一杯の為だけに生きていた、なんてことを考えてしまいそうだ。

 大きなコップだったにもかかわらず、俺はあっと言う間にその中身を飲み干してしまった。

 

「なぁ美咲──」

「麦茶のおかわり?」

「さすが美咲。良い勘してるぜ」

「当然。あ、ここにめんつゆもあるからそうめんも手付けたら?」

 

 甲斐甲斐しく俺のコップに麦茶を注いでくれている美咲を横目に、俺は大皿に入ったそうめんを箸で掴む。

 箸から下へ延びるそうめんはどこまでも白く、透明感があって、見てるだけでも涼し気だった。

 それを遠慮なく、めんつゆに絡めて啜る。

 

「ズズズッ……」

 

 知ってた。美味くない訳がない。

 冷たいってだけでも最高なのに、カラカラになった口と喉を、そうめんの水気とめんつゆの塩気がくすぐる。

 味もさることながら、食感も心地よい。

 この冷たさと、この味で、この喉ごし……。

 美味い。

 

「ほらレン、おかわりどうぞ」

「どうも~。ゴクッ、うっっま」

「美味しいよね。お茶もそうめんも、あと縁側で氷水に両足突っ込みながらっていうのも最高。ズズズッ……」

「そうだな。こうやって縁側でそうめんを楽しめるなら、今日が雲一つ無い晴天でも救いがあるってもんだ。講習中は曇り空になれとか、最悪雨が降ってもいいとすら思ってたけどな」

「確かに、あたしも太陽が隠れてくれるならヤドクガエルが降っても文句言わないつもりだったもん」

「『ウェザー・リポート』やめろ」

 

 ズズズッ……。

 

「でも、本当にありがたいことだよな。陽だまりの縁側で風鈴の音を聞いて、氷水に浸かった美少女3人分の生足を拝みながら、美少女3人と肩を並べてそうめんを啜る。なかなか出来ない贅沢だ」

「サラッとあたしのことまで『美少女』の枠に入れちゃってる件について」

「美咲は美少女だろ。顔も可愛いし、あと生足も引き締まってて綺麗だし」

「えっ、何?褒め殺すつもり?」

「ばーか。そんなんじゃねえよ。俺が今更お前にその手の気遣いなんてする訳ねえだろうが。全部ただの事実と本心だよ」

「ははっ、そーですか」

「「ズズズッ……」」

 

 2人仲良くそうめんを啜る。

 啜りながらぼーっと風を感じていると、隣の方から少し重みがかかってきた。

 そういえば、こいつとは1つのタライを2人で使っているから、そもそも距離が近かったな。

 

「なんだよ美咲。急にもたれかかってきて」

「いや、別に?教室で壁際の席とかに座ってると、なんとなく横の壁にもたれたくなったりするじゃん?今そういう気分。あと、ちょっと食べ過ぎで胃が重いから体重預けさせてくれると助かる」

「正直邪魔なんだけど。そうめん食えねぇじゃん」

「そうめんさっき食べたので最後だよ」

「えっ?……ホントだ。じゃあ別にいっか」

「うん。麦茶も飲めない程の邪魔にはならないと思うし」

「でもお前はいいのかよ?こんなイチャついてるみたいな絵面」

「大丈夫でしょ。横の市ヶ谷さんなんて戸山さんに膝枕してるし」

「うわ、マジだ。かすありだ。無防備に寝落ちした香澄とその頭をそっと撫でる有咲だ」

「尊いし、拝んどく?」

「だな」

「「(-人-)スッ」」

 

 美咲と肩を寄せ合い、氷水の中で足をつつき合い、かすありを拝み、たまに喉が渇いたら麦茶を飲んで、そんな穏やかな時間が、市ヶ谷家の縁側ではゆっくりと流れていた。

 

 ただのんびりと気ままに過ごすクラスメイトを見ながら、俺は『たまにはこんな真夏日も悪くない』なんてことを、ふわっとした心の中で呟くのだった。

 





 つくしちゃん可愛い!!
 なんだその水着は!なんだその可愛いおへそは!なんだそのあざといツインテの位置は!

 さて、あとがきで書くようなことは大して多くはありませんが、でも、感想書くタイプの人とかがいれば、暇な時にでも、この作品の1話と2話に感想書いてもらっていいですか?
 あの2つだけが1つも感想無いんです。作者がなんとなくスッキリしてないだけなのでスルーでも全く問題は無いんですけど。なんとなくね。
 この作品をわざわざ遡って読み返す狂人のみなさん、過去の話でも感想くれて大丈夫です。返事はします。

 あと、これから投稿する話、本当にどんな方向性がいいんだろう?
 何か、案とかあったらそれも感想にでも書いといてください。

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71.二葉つくしが遊びに来るシチュ(上)


 今回はリクエストのつくしちゃん。

 (上)は2人の雑談を短編形式で連ねていくだけです。では、どうぞ。


 

 うちの姉が、最近になって週末に家を空けることが更に増えた。

 最近は全国ツアーの話なんかも上がってきていたし、週末に家を空けることも増えてきた姉さんは、当然夏休みも忙しくなってきた。

 それに伴って、今週の土日は泊まりの用事まで入ってきたらしい。

 さらに、その2日間は俺の両親も仕事の都合で家を空けることになった。

 つまり、この家は俺以外に誰も居なくなる。

 そして……。

 

「ねぇレン。今週の土日はレン1人だけど、愛しの彼女とお泊り会とかするの?」

「しないよ。俺たちまだ付き合ってそこまで長くないし」

「ふーん……」

「なんだよ?」

「いや、2人の関係は2人のものだし、アタシはそこまで干渉もしないけどさ。レンもつくしも、夏休み前は忙しかったでしょ?」

「夏休みは夏休みでバイトが忙しいんだけどな。フェスとかで界隈も盛り上がるし。向こうもバンドとバイトの両立だし」

「だったら猶更さ。夏のひと時ぐらい、濃密な時間を過ごしてもいいとは思わない?それにつくしもレンからお泊りのお誘いなんて来たら嬉しいと思うよ」

「……確かに一理あるか。連絡は取ってたけど満足に会えてた訳でもないし」

 

 なんて会話が姉弟間でも発生した。

 導入終了。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 と、いう訳で、当日の朝。今井家の玄関。

 

「お邪魔します。。ここがレンさんの家……」

「あぁ。いらっしゃい」

「あと、これ。つまらないものですが」

「おぉ、これはご丁寧に」

 

 幸い、つくしとの予定も噛み合ったので、つくしとのお泊り会はこうして実現した。

 今は玄関先で、歓迎したつくしからいい感じの紙袋を受け取っている。

 それにしてもこの紙袋の中身……。

 

「何だよ。このすっごい高価そうな茶葉の数々……。たかだかお泊り会でこんな豪華なの渡してくんじゃねえよ。気遣うだろうが……」

「そうかな?私の家ではいつも飲んでるよ?」

「えっ、コレを?」

「うん。コレを」

「…………」

「レンさん?」

 

 キョトンとした表情で首を傾げる少女の顔を見ながら、俺はゆっくりと思い出した。

 

「(そういやコイツ、実家太いんだったな……)」

 

 そんなカルチャーショックと共に、俺とつくしのお泊り会は幕を開けた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺の部屋は、相も変わらず物が少なく、散らかってない代わりに簡素が過ぎる、という部屋ではあったが、最近になって変化も出てきた。

 

「あ、これってあの時のギターだよね?こんな風に置いてあるんだ」

「あぁ。見栄えがいいからインテリアとしても優秀なんだよ。そいつ」

「でもホコリも被ってないところを見ると、ちゃんと練習もしてるんだね」

「趣味レベルだけどな。また今度2人で音でも合わせるか?」

「確かに。またやってみたいよね」

 

 バンド活動はしない方針ではあるが、時間が空いたら路上ライブでもやってみていいかもしれない。

 ギター、思ってたより楽しいし。

 

「じゃあ、レンさん」

「そうだな。せっかくお泊りで、俺の部屋に遊びに来てくれてるんだし……」

「今しか出来ないこと、しよっか」

 

 そんな会話を交わしながら、俺たちはテーブルと座布団を広げ、ペットボトルのジュースとコップを置き、プリント類をこれでもかと散りばめる。

 後はテーブル越しに向こう側の相手とお互いに向かい合い──

 

「「さっ、宿題宿題っと」」

 

【2人のヒミツ】

 こういうところは基本的に真面目。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 お泊り会の当日だと言うのに、朝っぱらから俺たちは2人で夏休みの宿題に取り組んでいる訳だが、何も黙々と静かにやっている訳じゃない。

 俺が知り合いと課題を進める時は、基本的に雑談をしながらとなる。

 

「そういえば、お兄ちゃん」

「んー?」

 

 部屋の雰囲気に慣れてきったからか、最初は緊張気味だったつくしもすっかり妹モードで『お兄ちゃん』呼びになっている。

 視線をプリントからこちらに向けた勢いで、特徴的なツインテールが揺れている。

 ……可愛い。

 

「この部屋、妙に落ち着くんだけど、何か特別なこととかしてる?」

「いや、特には何も……」

「そうなんだ。でもやっぱり安心するんだよね。この部屋、初めて来る筈なのにさ」

「そっか。なんでだろ?」

 

 ・・・

 

「「……」」

 

 ・・・

 

「お兄ちゃんが居るからかな♡」

「こいつ~~っ♡」

 

【2人のヒミツ】

 人目さえ無ければそこそこのバカップル。(普段しっかりイチャつけない反動)

 

 

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 宿題のプリントを進めながら、俺たちの話は続く。

 

「お兄ちゃんって、どこに行っても誰かしらと仲良く話してるイメージあるけど、月ノ森に居る時は大人しいよね」

「そうか?」

「うん。生徒の子が挨拶しても、居心地悪そうに『どうも……』みたな返事しかしないし。普段のお兄ちゃん、もっと愛想よくなかったっけ?」

「あー、それな……」

 

 月ノ森でだけ挨拶の返事がぎこちない、か……。うん。心当たりはある。

 

「だってアイツら、挨拶の時に『ごきげんよう』って言ってくるじゃん。落ち着かねえんだよ。アレ」

「えっ、それだけ?」

「『それだけ?』じゃねえよ。あの場所、挨拶も空間もゴージャス過ぎて付いていけねえんだよ。俺がましろと何回この手の内容で愚痴会やったと思ってんだ」

「ましろちゃん、お兄ちゃんとそんなことしてたんだ……」

「まぁ、それも最近は変わってきたんだけどな。今は俺とましろで愚痴り合うって言うより、俺がましろに聞いて貰うのが殆どになっちまった」

「ふーん。お兄ちゃんが相談を聞く側じゃなくて話す側なのも意外だし、ましろちゃんが聞く側なのも意外だね」

「そうなんだよな。ましろのやつ、最初は分かってくれてたのに、最近になって環境に慣れちまったみたいなんだよ」

「そりゃあ、ましろちゃんだって何日も通ってるんだからいつまでも慣れないままじゃないよ」

「あーあ。変わっちまったな。ましろも」

「レンさんは最近のましろちゃん、変わったって思うの?」

「そりゃあな、ちょっとお嬢様に染められてるところを抜きにしても、最近のましろは立ち姿にも貫禄が出てきたし、ライブの歌声に迷いが無いのもスタッフ目線で感じられるようになったし。振れ幅で言えば、モニカの中じゃトップクラスで様変わりしてるってのが、俺の所感なんだけど」

「そっかぁ。そうなのかぁ……。ふふっ、そっかそっか」

 

 そう言いながら、つくしは嬉しそうに笑う。

 

「なんだよ?」

「別に。その言葉、ましろちゃんに聞かせたらどうなるかな~って思っただけだよ」

「……?まぁ、それじゃあ今度、取材にでも足運んでみるかね。『ごきげんよう』は苦手だけど」

 

 なんならお嬢様学校に男1人で乗り込むというシチュエーションも苦手だし、守衛さんにもいい顔されないのも苦手だが、こんなに話の聞きがいのある人間はそうそういない。

 だから仕方ないのだ。あいつの成長は本当に見ていて飽きない。

 

 まったく『倉田ましろ』。お前は本当におもしれー女だ。

 前髪の一本からその血の一滴までネタにしてやるから覚悟しやがれ。

 搾り取ってやるからよぉ……!

 

「……そそるぜコレは」

「(こんなに凶悪な顔で楽しそうに笑うくせにに、取材の時は優しいんだもんなぁ……)」

「つくし?どうかしたか?」

「いや、なんでもないよ」

「……?」

 

 

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「つくしってさ。夏休みに遊んだりとかした?」

「夏休みかぁ。最近はモニカのみんなでキャンプ行ったよ」

「うっわマジかよ。いいなぁ楽しそうで」

「写真とか、見る?」

「おうよ。どれどれ?」

 

 そう言ってテーブルの向かいから渡されたつくしのスマホに表示されたのは、それはもう、楽しそうに夏の水辺を謳歌する美少女たちの姿だった。

 ……天国を、見た。そして極めつけは──

 

「おいつくし、なんだこの可愛らしい水着は?」

「ちょっ、お兄ちゃん。私の部分だけ拡大しないでよ。他の子の水着見なよ!恥ずかしいって」

「トレードマークのツインテールもさることながら、薄い紫のフリフリ、貝殻のヘアアクセ、胸の中心部の花のアクセサリーに浮き輪まで……なんというあざとさ。私の性癖には合っていますね」

「分析しなくていいから!ってコラ!おへそのところ拡大しないでよ!聞いてるの!?」

「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い…………」

「もう!見ないでって言ってるでしょ!お兄ちゃんのヘンタイ!」

 

 つくしのスマホは没収された。

 

「なんだよ。つくしのいけず」

「まったく。ここばっかり見られたら他の写真も見せてあげられないでしょ。ほら、隣来ていいから一緒に見よ?」

「はーい」

 

 怒られた。

 おかしいなぁ。俺はつくしよりも年上な筈なのに、2人きりになると、つくしの方が年上っぽいというか、姉っぽくなるのは何故なんだろう?

 普段の俺は年下の前ではしっかりしてると思うし、つくしからの呼び方も『さん』付けか『お兄ちゃん』なのに。

 そんなことを考えながらつくしと肩をくっつけて写真を覗く。

 

「それにしてもホント楽しんでるなお前ら。見てるこっちが自然で遊びたくなってくるよ」

「お兄ちゃん、遊んだりしてないの?」

「そうだな。夏のライブハウスってバカみてえに忙しいし、バイトの休みはその疲れの回復に回したいし、そこで夏休みの宿題に加えて、夏期講習の時に追加されたプリントもやらなきゃだし……。せっかく部活は休みなのになぁ」

「もしかしてお兄ちゃん、今もお疲れだったりする?」

「いやいや。つくしが居るからそれだけで癒されてるよ」

「そっか。じゃあお兄ちゃん……」

 

 俺の言葉から何かを感じ取ったのか、つくしはそのまま自分のスマホを置いて、俺に向き直って両腕を広げた。

 

「もっと癒してあげよっか?」

「嬉しいけど、この流れでするのはいくらなんでも年上の威厳が──」

「お兄ちゃん」

 

 俺が虚勢を張ろうとする前に、つくしの人差し指が俺の唇を塞いだ。

 

「言い方、変えるね」

 

 ・・・

 

「ぎゅーって、しよ♡」

 

 この後めちゃくちゃ、ぎゅーってした。

 

 

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【今井レン、真夏の山の思い出】

 

「私たちは山で遊んだりしたけど、お兄ちゃんには真夏の山とか海の思い出は無いの?忙しいのは分かるけどさ」

「そりゃあ、これっぽっちも遊んでないって訳じゃないけど、山とか海に限定されると難しいな。去年だったらイヴの登山に付き添ったりしたけど」

「へぇ。登山かぁ」

「そうそう。剣道部で誰からも一本を取れなくなって、『ブシドーが足りません!』とか言い出して、そのまま白装束と木刀だけ担いで険しい山道まで突っ走ってったんだよ。で、流石に単独で突き進んでいい場所じゃなかったから俺が付き添うことになってな」

「それで、踏破はしたの?」

「いや、踏破はしたけど、そこからが大変でなぁ……」

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

 ただでさえ険しい山道を超えた先で待っていたのは、10mを超える高さを誇る滝壺。吹き上げる水しぶき。

 そして、白装束で木刀を片手に、居合の構えを一切崩さずに、もう2時間近く不動を貫き、岩場でその滝に打たれ続けるアイドルの友人。

 

「おい若宮!いつまで打たれてるつもりだよ!風邪引いたらどうすんだ!?」

「はい。でも、もう少し……もう少しで何かを掴めそうなんです」

「何かってなんだよ!?」

「分かりません。でも、あと少しなんです……」

「やめとけって言ってんのが聞こえねえのか!?」

「わが心は不動。しかして自由にあらねばならぬ。即ち是、無念無想の──」

「死ぬぞ若宮ァ!!」

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

「いやー、あの時は大変だった。山や海の思い出は他にもあるけど、脳裏に一番焼き付いてるのはアレだな」

「イヴ先輩、相変わらずブシドー絡んだら凄いな……」

「今度、一緒に行く?」

「いやぁ、滝行は、ちょっと……」

「そうかぁ?結構楽しかったぞ。あの後、普通に水遊びとかしたし」

「ブシドーは!?」

 

【今井レンのヒミツ】

 レンの秘蔵データの1つには、ポニーテール白装束でずぶ濡れになった若宮イヴの笑顔の写真がある。

 

 

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「そう言えば、お兄ちゃんのアルバムとかって無いの?」

「アルバム?なんで?」

「そりゃあ、部屋まで遊びに来てるんだから見たいじゃん。小さい頃の写真とか、無いの?」

「無いことはないけど……まぁ、いいか。つくしのことは散々撮らせてもらってるし。ちょっと待ってな」

 

 家のアルバム、幼稚園から中学までの卒アル、合わせると結構な量なので、テーブルのプリントを退けてそのまま置いた。

 あー、重かった。

 

「この写真で、リサ先輩の背中にくっついてるのがお兄ちゃん?甘えんぼさんだね」

「そりゃあ小さい頃だからな。姉さんの髪も長くないし、相当昔の写真だな」

「ふぅむ。でも、この他の写真もリサ先輩と一緒の写真が多いっていうか、本当に仲良いね」

「一緒なのは仕方ねえだろ。姉さんがベタベタしてきたんだから」

「そう?でもこっちの写真はお兄ちゃんからベタベタしてるよね?」

「おい。見過ぎだぞ」

「あ、こっちの写真、姉弟揃って一緒に寝てる。可愛い」

「ちょっと、つくしさん?」

「こっちは友希那先輩もいる!こんな感じだったんだ」

 

 他にも幼少期の写真は色々と見られたが、つくしは楽しそうだった。そして小学校の卒アルも、同じく大変満足してくれたのだが、中学の卒アルはそうもいかなかった。

 

「お兄ちゃんの写真、少なくない?」

「中学かぁ。確かにその時は行事とか全然行ってなかったからな。準備期間も不登校決め込んでたし」

「いや、行事関係を差し引いたとしても友達との写真ぐらい──」

「俺に中学時代の友人は居ないぞ。小学校時代に話してたやつも中学で縁が切れた」

「お兄ちゃん…………」

「どうした。不良な男は嫌いだったか?優等生」

「いや、そう言えばお兄ちゃんの過去の話とか、じっくり聞いたことなかったなって。音楽関係の話はともかく、人間関係とか、そのあたりのことはさ。だから、無神経なこと言って──」

「なーに。過去への決着なんざとっくの昔につけてんだよ。どっかの誰かさん達のお陰でな」

 

 そう言いながらつくしの頬を人差し指でつつくと、なんとも困ったような表情が見えた。

 可愛い。

 

「まぁ、中学の知り合いには今でも会いたくないけどな。会ってもお互いに覚えてるか分からない程度には関わりも薄かったけど、もし覚えてやがるようなら速攻で人違いのフリして逃げながら塩撒いてやる」

「そんなに嫌なの?」

「イヤ☆」

 

【今井レンのヒミツ】

 自分の過去に決着はつけたけど、それはそれとして嫌なものはイヤ。

 なんなら母校の近所を通るのもなんとなくイヤ。

 具体的な理屈とかは言語化できないけど、なんか、取り敢えずイヤ。

 

 

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【『レンさん』という呼び方】

 

 アルバムを片付けてプリントを広げながら、今度は俺から話を振った。

 

「なんでモニカの連中って、誰一人として俺のこと『先輩』って呼ばねえの?」

「『レンさん』って呼び方はダメなの?」

「いや、ダメとかじゃないけどさぁ」

 

 やっぱり年下の女の子から『先輩』と呼ばれるのは男の憧れみたいなところは少なからずある。

 でも、実際に俺をそう呼んでくれる年下の女子なんてロックぐらいしかいない。

 

「まぁ、単純に接点が無いからじゃない?だって同じ学校でもないし、出会った頃のお兄ちゃん、音楽もやってなかったでしょ?」

「言われてみれば……」

「同年代で話しやすくて親しみやすかったし、今でこそ仲良くなってるけど、出会ったばかりぐらいの距離感の、ただの年上の知り合いに『先輩』なんて呼び方すると思う?」

「えっ、じゃあそもそもお前らの中で俺って、どんな扱いだったんだ?」

「う~ん。『CiRCLE行ったらいる人』?」

「そんな。『玄関開けたらいる人』みたいな……」

「ほら、みんな、まりなさんのことは『まりなさん』って言うでしょ?あれと同じ感じで『レンさん』って呼んでたよ」

「初めて知った。みんなの中で俺の扱いって、まりなさんと同じカテゴライズだったのか……」

 

【今井レンのヒミツ】

 ちなみに『今井さん』と呼ばれない理由は9割ぐらいリサの影響。

 

 

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【レンの交友関係】

 

「そう言えばお兄ちゃんって、男の人の友達は居ないの?女の子としか話してるところ見ないけど」

「んー。男友達か。別に居ないってことはないぞ。用事があれば男連中とも話すことはあるし、今はなんだかんだ上手くやってるし、関係も悪い訳じゃないけど、男社会って気を遣うから疲れるんだよ。別にそれが嫌とまでは言わないけど、正直言って女友達とバカやってる方が楽でいい」

「えっ、普通逆じゃないの?女友達とバカやってる方が楽しいってある?そもそもバカやるの?」

「全然やるよ。帰り道で美咲と缶蹴りしたり、休み時間に何の前触れも無く美咲と腕相撲したり、休日に目的地も決めずに自転車乗って方位磁石だけ持ってひたすら北の方へ突っ走るだけの訳わかんない企画を美咲と一緒に敢行したり」

「本当にバカやってる……。というか仲良いなぁ」

「最近の美咲はこころに毒されまくってるから多少アホなことでもちょっと押せばやってくれるんだよな」

「うん。まぁ美咲先輩との仲の良さは知ってるからいいけど、男社会では気を遣うっていうのは、なんで?」

「それはアレだよ。なまじ女子連中との関りが多いから、ちょくちょく変な目で見られたりしてな。まぁ、それだけならいいんだけど、礼儀のなってない奴は『誰か女の子紹介してくれ~』みたいなこと言ってくるし」

「あぁ……」

「姉さんや友希那さんを紹介するように言われたこともあったな。それでなんというか、俺自身じゃなくて『そういうこと』が目当てで話しかける感じの連中が増えてな。全員がそうって訳じゃないんだけど……あ、このこと他のやつには言うなよ?特に姉さんとかにバレたら絶対余計に話ややこしくなるから」

「なんか、お兄ちゃんも大変だね……」

「いや、ほんとマジそうなんだよ。愚痴っていい?」

 

 しばらく愚痴った。

 

 

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 夏休みの宿題も今日の分に終わりが見えてきて、ラストスパートをかけ始める。

 つくしと話しながらなので進みは遅いが、たまにはこんなのもいい。

 

「お兄ちゃんはさ、私に不満とかって、無いの?」

「不満?なんで?」

「ほら、私たち、付き合ってる訳じゃん?」

「そうだな」

「でも、会ったりデートしたりした回数って少ないでしょ?お兄ちゃんの数少ない休日に、私は練習の予定入れてたりするし、でも、そこに何も言わずにいてくれて」

「確かにな」

「だから、私がお兄ちゃんより自分の都合を優先してたりするの、寂しい思いしてたり、不満に思ってたり──」

「思わないよ」

「へっ?」

 

 つくしの方を見向きもせず、問題を進めながらつくしの問いを返す。

 

「俺の手は、お前らみたいに頑張ってるやつの背中を押して応援するためのものだからな。少なくとも、お前が目標に向かって走ってることに対して尊敬こそすれ、不満なんてものは無いよ」

「お兄ちゃん……」

「そりゃあ、会えない時間が寂しくないって訳ではないけど、俺はお前のそんな頑張り屋なところが大好きだからさ。俺の都合でその大好きなところが発揮される機会を奪うのは、違うだろ」

 

 問題を解き終えてつくしの方を見ると、随分驚いた表情をしていた。

 どうやらつくしは、俺との時間の少なさを、思ってたより真剣に考えていたらしい。

 俺の気持ちのことにまで目を向けて、本当に優しい彼女だ。

 

「つくし、そっちの宿題は片付いたか?」

「えっと、今日の分なら」

「よし。じゃあこっち来な」

 

 そう言うと、つくしは素直にこちら側に寄ってきた。寄ってきたので──

 

「よっと」

「わっ」

 

 後ろから抱き寄せて、そのまま俺のあぐらの上にすっぽりと収めた。

 

「どうしたの?いきなり」

「俺のこと気遣ってくれたお礼」

「ハグがお礼なの?」

「ダメ?」

「ダメじゃないけど……」

 

 これ以上、つくしは何も言わなかった。

 

「つくし。しばらく、こうしてようか」

「そうだね。せっかく遊びに来たのに、あんまりイチャイチャしてなかったし」

「朝に1回ぎゅーってしたろ?」

「足りない」

「……確かに、今思えば雑談しながらとは言え、あのハグ以外はずっと課題やってたんだよな。俺たち」

「お昼を食べるのも忘れてね。朝からずっとやって、もう昼過ぎだよ」

「じゃあ、一旦ハグはやめて、お昼にするか?」

「ヤダ。もうちょっとぎゅってして欲しい」

「満足する頃には夕飯の時間になってたりして」

「そうならないためにも、その前までに私をいっぱい甘やかさないとね」

「甘えたかったのか?」

「うーん。『お兄ちゃん』って呼び方してたら、自ずとね」

「そうかよ」

 

 その後も、これと言って大した会話はしなかった。

 ただ同じ部屋でじゃれ合う兄妹のように、意味のない会話のキャッチボールを繰り返し、意味のない時間を2人でダラダラしながら過ごしたのだった。

 

 『いっぱい甘やかせ』なんて言っていた割に、つくしは俺に背中を預けているだけで、これ以上のことは求めなかった。

 

 ただ何もせずに適当なことを話すだけの時間。

 生産的とは言えないが、その暇すら無かった俺たち2人にとっては、そんな時間がたまらなく愛おしかった。

 





 面白さも可愛さも出し切れない。
 なんか、何かが振り切れないこの感覚。
 本編に引導を渡してからというもの、執筆の感覚はいつもこんな感じ。
 所詮おまけの話ではあれど、文章に誠実さを出せないのは、やはり落ち着かないものがあるものですね。
 それでも自己満足なので投稿はしますが。

 (下)は短編じゃないスタンダード形式でいけたらなと。

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72.二葉つくしと夕食を作るシチュ(中)


 今回も前回に引き続きリクエストのつくしちゃん。




 

 今日の分の宿題を片付け、つくしとくっついてダラダラしていると、時間は想像よりもずっと早く過ぎ去っていった。

 昼食も食べずに昼過ぎからくつろぎ、気付けば時計はもう午後の5時を指し示していた。

 

「お兄ちゃん、そろそろ夕飯にしない?流石にこれ以上は……」

「そうだな。名残惜しいけど」

 

 そう言いながらつくしの腹部に回していた腕を開放すると、話題はそのまま夕飯の話に移行した。

 

「さて、そうと決まれば今日はどこに行く?せっかくだから奢るよ」

「えっ、何言ってるの?」

「へ?」

 

 そう言って立ち上がった俺の妹は、そのまま自分のバッグに手を突っ込み──

 

 バサッ!

 

 なんて効果音と共に、一着のエプロンを取り出した。

 

「お前、まさか……!」

「さっきの質問、そのまま別の質問で返そうか」

 

 両手を自分の腰に当て、つくしは今日一番のドヤ顔で問うた。

 

「今日は何食べたい?せっかくだから作るよ」

「つくし先生ェェェェ!!!」

 

 そう言えば少し前に、つくしは手料理を家族に振舞うこともあるなんてことを言っていたような気がする。

 とてもじゃないが俺には出来ない芸当だ。

 

「それで、期待の眼差しは嬉しいけど、リクエストはある?」

「リクエストか。正直な話、大好きな人が作ってくれる料理なら何が出てきても嬉しいぞ」

「もう……。でも、確かにいきなりリクエストって言われても難しいよね。じゃあ、もうちょっと絞ろうか」

「絞るって?」

「お兄ちゃん、今日は『ガッツリ食べたい』?それとも『優雅に頂きたい』?」

 

 生粋のお嬢様の手から作り出される『優雅に頂く』料理というのは凄く気になるが、生憎、今の俺は軽い朝食を食べて以降、一切の食べ物を口にしていない。

 食べ盛りの男子高校生がそんな胃袋のコンディションでそんなかったるいことは言えない。

 

「ガッツリ食べたい。肉とか使ったボリューミーなやつとかだと凄く助かるんだけど、いけるか?」

「ボリューミーに、お肉も、かぁ。ふむふむ……」

 

 ・・・

 

「ふぅむ……」

 

 ・・・

 

「うーん……」

「あの、先生?」

 

 つくし先生、束の間の思案。そして──

 

「よし、整った!」

「うおっ、マジか!」

「大丈夫。レシピもちゃんと頭に入ってる!お兄ちゃん!そうと決まれば買い出しだよ!この時間帯のスーパーはそろそろ混み始める!」

「よっしゃあ!荷物持ちは任せろ!」

 

 つくしの頭が整ってからの行動は早かった。

 数少ない会話をサクサクとこなしながら、つくしと俺はエコバッグに財布を突っ込み、暑い夏空の下、2人でスーパーへと駆けだしたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 今井家、キッチン。

 

「という訳で、材料が出そろいました」

「それで、今日は何作るんだ?買った材料を見るに、モニカの連中が推してたつくしの特製カレー……ではなさそうだけど」

「まぁ、今日は2人だけだからね。鍋いっぱいのを作っても食べきれないと思うし、よその家の他人が作ったカレーの鍋がキッチンの空間を占領しちゃうのはよくないかなって。洗い物が増えるものも避けたいし。だから、仮にに余ったとしても手頃で気軽に食べられる感じのものを考えてるよ」

「手頃で気軽にって……それはガッツリ食べたいってリクエストには応えてるのか?」

「ちゃんと応えられるよ。まぁ見てなって。プロが生み出す手頃さとボリュームの合一をね☆」

「おぉ……」

 

 料理のために髪型をポニーテールに変えてエプロンを纏ったつくしは、そう言いながら頼もしいウインクを飛ばしてくる。

 やっばい。もうお腹空いてきた。

 

「……さ、料理開始だよ☆」

 

 

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【STEP1 きゅうりとニンジンをスティック状にカットする】

「野菜か……ボリューム要素は?」

「あぁ、これはメインじゃないよ。流石に野菜無しなのはダメだからね。きゅうりもニンジンも夏バテ対策にはピッタリだし、あ、もしかして嫌いな野菜とかある?」

「いや、俺は野菜でもちゃんと好き嫌いなく食べるぞ。強いて言うならミキサーでスムージーとかにされるとちょっと抵抗あったりもするけど、それでも余所で出されたら飲み干せるし」

「おぉ、お兄ちゃんいい子だね。妹たちにも見習わせたいよ」

 

 そう言いながら、つくしは手際よく野菜を切っていく。

 

「……」(さく、さく、さく、さく)

「(じーっ……)」

「……」(さく、さく、さく、さく)

「(じーっ……)」

「……」(さく、さく、さく、さく)

「…………」(暇になってきた)

 

 ただ待ってるだけの時間は退屈だが、エプロン姿で料理に取り組んでいるつくしの姿は、なんというか絵になる。

 おまけにつくしは美少女で、妹で、恋人でもある。

 そう思うと、俺は居てもたってもいられなくなった。

 気付けば立ち上がって、野菜と向き合っているつくしのすぐ後ろまで歩いていた。

 そして。

 

「つくし」

「うわっ!」

 

 そのまま、そっと後ろから腕を回して抱擁した。

 新婚さんのような、そんな気持ちで。

 

「もう、ちょっとお兄ちゃん。離してよ」

「いいだろちょっとぐらい」

「ダメだってば……」

「もしかして照れてるのか?こんなスキンシップ、前にだっていくらでも──」

「今、包丁持ってて危ないから本当にやめて!!!」

「あ、はい。すいませんでした」

 

 秒で解放した。

※料理音痴あるある シェフの邪魔してガチギレされる

 

「まったく油断も隙も無いんだから。買い物行く前も抱き合ったでしょ?」

「いや、今のは本当に申し訳なかった。なんか欲しがっちゃったというか……」

「普段もこんな風にお料理の邪魔してるの?」

「いや、普段は邪魔なんかしてないって」

「嘘だね。絶対つまみ食いとかしてるでしょ」

「そんな。俺はつまみ食いなんて…………いや、ごめん。バリバリしてるわ。割と毎回、姉さんに怒られてる」

「何してるのホント……」

※料理音痴あるある つまみ食い常習犯

 

「とにかく、今の私が包丁持ってるってこと忘れないでね。次やったら刺し殺すよ?」

「怖いよ悪かったよ。反省したって……」

 

【STEP2 袋の中にカットしたきゅうりとニンジンを入れ、更に顆粒だしと塩を入れ、密封して入念に混ぜる。混ざったら冷蔵庫に入れて放置】

 

「これで終わりか?」

「そうだね。本当はもっとしっかりした手順を踏んで一晩以上漬けておきたいんだけど、流石にそんな時間は無いからお手軽にね。でも、夕飯食べる頃にはいい浅漬けが出来てる筈だよ」

「浅漬け……随分さっぱりしたの作るんだな」

「当たり前でしょ。だってこれからガッツリしたの食べるんだから」

「おぉ……」

 

 つくしの料理は浅漬けだけじゃ終わらない。

 俺の感嘆の声も聞かずに、つくしは次の準備に取り掛かった。

 

「それにしてもお兄ちゃんは料理とかしないの?苦手なのは聞いたけど、何も作ったことがない……ってこともないでしょ?」

「そうだな。確かにチュチュと親子丼作ったり、ましろに野菜炒め作ったり、最近は姉さんと一緒にポテト作ったりとか、苦手なりに色々作ったりはしてるけど」

「それでも、普段キッチンには立たないの?」

「まぁ、キッチンにおいてはそれなりの実績を重ねてるからな」

「実績?」

「訳の分からない創作料理を作ろうとしてダークマターを精製すること13回、油の引き忘れでフライパンをダメにすること5回、電子レンジに金属製のボウルをぶち込んで爆発事故を起こすこと3回、ご飯を炊こうとしたら火力の設定か何かを間違えて炊飯器の外殻のプラスチックが熔解すること1回。ほとんど小学生の頃のやらかしだけど、主な実績はこんな感じだな」

「待って!?炊飯器って溶けるの?」

「あの時の家族は怒りも忘れて驚愕してたよ。悪気は無かったんだけどなぁ」

「お兄ちゃん、それもうテロだよ……」

※料理音痴あるある 洒落にならない罪の数々

 

 そしてこんなことを話しているうちに、つくしの準備も終わったようだ。

 

【STEP1 じゃがいもの皮をむく】

「今日はいっぱい作りたいから、お兄ちゃんにも手伝ってもらいたいな」

「さっきの罪業を聞いておいて、よく俺にそんなこと言えるな」

「別にいいでしょ。共同作業とか憧れてたの」

「なるほど。だったら仕方ないか」

 

 手を洗い、じゃがいもを洗い、つくしと並んでピーラーを振るう。

 

「……」(手際よく皮をむいていくつくし)

「……」(手際は悪いなりに頑張るレン)

「「……」」

「じゃがいもの皮、お兄ちゃんがむいたやつだけ妙に分厚くない?」

「違うって。お前のがペラペラすぎなんだよ」

「そんな訳ないでしょ。もうちょっと優しくしてってば」

※料理音痴あるある 力加減できない

 

【STEP2 皮をむいたじゃがいもをラップで包み、電子レンジで温める。温まったらじゃがいもが熱いうちに潰す】

「よし。いい感じになってきたね。じゃあ気持ちよく潰しちゃおっか」

「そうだな。俺の黄金の右手が火を吹くぜ!」

「ちょっ、温めたばかりのじゃがいもを素手で触ったら──」

「熱っつ!!!!」

「ほーら言わんこっちゃない」

※料理音痴あるある すぐ触りにいく

 

【STEP3 潰したじゃがいもが熱いうちに牛乳、チーズ、コショウを入れてよく混ぜる】

「ところでつくし。俺たちは今、何を作ってるんだ?そろそろ教えてくれてもいいだろ?」

「確かにね。今作ってるのは、『アリゴ』っていうマッシュポテトの仲間みたいなやつだよ。フランス料理なんだけどさ」

「フランス料理とは、また随分オシャレなものに手を付けてるな。でもつくし。これ、ちゃんとボリュームあるのか?肉要素1つもないし、お前、優雅に頂こうとしてないか?」

「お兄ちゃんったら心配し過ぎだよ。フランス料理って単語、そんなにブルジョワに聞こえた?」

 

 俺がちょうどじゃがいもの熱さにも慣れ、全ての食材がよく混ざった頃、つくしは更に追加の食材を持ち出した。

 

「お肉はこれから、だよ」

 

 ドヤ顔でそんなセリフを言い放ったつくしの小さな両手には、溢れんばかりの数を誇るベーコンがひしめき合っていた。

 何をするかは分からなかったが、そんな俺も1つだけ確かなことは理解できた。

 

「おまっ、それ絶対に美味いやつじゃねえか……」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【STEP4 混ぜたじゃがいもをベーコンで巻く、巻いたらベーコンが剥がれないように爪楊枝で留めておく】

「巻くっていっても、どんな感じで巻けばいいんだ?」

「そうだね。円形に巻いてもいいんだけど、今回は横長に、楕円形で巻いてくれると助かるかな。その方がベーコンの部分をじっくり焼けるから」

「了解」

 

 その後も俺たちはじゃがいもの形を整え、ひたすらにベーコンを巻いて、つなぎ目に爪楊枝を刺していく。

 

「なんか楽しいね。こういうの」

「そうか?」

「うん。なんか新婚さんみたいじゃない?2人で仲良くキッチンに並んでさ」

「どうだろ。まだ姉弟の方が近いんじゃないか?今日のつくしも、俺のこと『お兄ちゃん』って呼びたい気分みたいだし」

「それもそっか」

 

 ・・・

 

「つくし」

「なに?」

「いつか本当に結婚しても、またこうやって仲良くキッチンで料理しような」

「…………ばーか」

 

【STEP5 ベーコンのつなぎ目を下側にしてフライパンに置いて、爪楊枝を抜いて火をつける。後は焦げないよう適度に裏返しつつ、中に火が通るまで鼻歌でも歌いながら気長に待つ】

 

「「『走り出せ そのゼロを超えるために!

  『夢』という名の衝動に任せて』~~♪」」

 

 

 ジュゥゥゥ……

 

そして、そうこうしている間にキッチンが良い匂いに包まれ始めた。

そろそろ出来上がりの時間だろう。

 

「美味しそうだな」

「そうだね。そろそろ盛り付けだから、お皿の準備お願い」

「了解。いやー、それにしてもつくしは凄いな。こんな料理まで作れるなんて。コレ、家族にも作ったのか?」

「ふふーん。そうだよ。家族に振舞った時もみんな美味しいって言ってくれて好評だったんだから!ご飯にもすっごく合うんだよ」

「そうかぁ、ご飯にも……ん?」

「お兄ちゃん、どうかした?」

「あの、先生」

「はい」

「ご飯、炊いてましたっけ?」

「あっ……」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ちょっとしたトラブルはあったがつくし作の夕飯は無事にリビングのテーブルに並ぶことになった。

 ご飯も冷蔵庫に作り置きがあったので問題は無かった。

 功労者のつくしも、今はエプロンを脱ぎ、ポニーテールだった髪型もいつものツインテールに戻っている。

 

「という訳で、あなたの妹が丹精込めて作った『アリゴのベーコン巻き』になります」

「いい見た目だな。食べるのが楽しみで仕方ないよ」

「じゃあ、もう食べちゃおっか」

「そうだなぁ。朝から何も食べてないから正直ずっと限界だったんだよ」

 

 パンッ

 

「「頂きます」」

 

 さて、頂こう。

 それはいいが、これは俺のリクエストに応えられた料理なんだろうか?

 つくしは、よその家である以上、料理が余っても手頃で気軽に食べられる感じにするとは言っていたが、ちょっと手頃すぎやしないだろうか?

 ガッツリ食べたいと言ったのだから、もっと『鉄板!!肉!!』みたいな感じを想像していたのだが、この料理は俺の胃袋を満足させるほどのボリュームになってくれるだろうか?

 朝からずっと何も食べてない男子高校生の食欲をうちの妹は分かっているのだろうか?

 そんな一抹の不安のような何かを残しながら、俺はアリゴのベーコン巻きにかぶりついた。

 

「うっっま……」

 

 口に入れた瞬間にベーコンの味が口を満たし、噛み締めた瞬間に肉汁とじゃがいもの風味、牛乳とチーズで構成されたまろやかさととろみ、コショウのアクセントが一気に襲い掛かってくる。

 『美味い』以外の感想が出てこない。

 大量の味と食感の情報量が洪水のように俺の脳を支配する。

 気付いたら、1つ目を食べ終わり、すぐに2つ目を口に放り込む。

 

「お兄ちゃん。その反応は嬉しいけど、そんなに慌てて食べちゃダメだよ。ただでさえアリゴって物理的な密度も高いし、急いで食べたらお腹とか苦しくなるよ?」

「(お腹が……?)」

 

 そう言われて、俺は初めて自分の腹部を撫でた。

 ……あんなに、空腹で限界だった俺の腹が、たった1つのアリゴでなんともなくなっていた。

 いや、寧ろこれは……。

 

「見た目の割に結構お腹に溜まるでしょ」

「確かに。想像よりボリュームあるぞコレ。なぁ、もっと貰っていいかな?」

「慌てちゃダメって言ったでしょ。ただでさえ朝から食べてないんだから、お腹ビックリしちゃうよ」

 

 分かっている。でもそんな言葉じゃもう我慢できないところまで来ているのだ。

 この味と肉汁、お隣のご飯が進みに進む。

 お口が、幸せ……。

 

「……美味しい?」

「うん。美味しいよ」

「そっか。ふふっ」

 

 あぁ。今まさに頬杖をつきながら俺の顔を嬉しそうに見つめているこの少女と、もしも一緒に暮らすことがあったりしたら、俺は毎日こんな料理を食べることが出来るのだろうか?

 

「なぁつくし。ちょっと結婚したいんだけど、今から市役所行かね?」

「そういうプロポーズは大人になって、もうちょっとムードを作ってからお願いします。気持ちはすっごく嬉しいけどね♡」

「確かに。こんなに脂っこくなった口で言っていいセリフでもなかったか」

「肉汁凄いもんね。この料理。そろそろ、浅漬けも取ってきてあげよっか」

 

 俺のプロポーズを華麗に断ったくせに、そう言いながらゆったり立ち上がって、トコトコと冷蔵庫に向かっていく姿は、もう俺の中では奥さんのそれにしか見えなかった。

 

「はい。取ってきたよ~」

 

 ほら、奥さんだ。

 そんなことを考えながら、俺はきゅうりの浅漬けを食べた。

 

「あっさりしてていいな。脂っこくなった口に凄くいい」

「ありがと。体にもいいからいっぱい食べてね」

「言われなくても」

 

 きゅうりの水気、きゅうりの塩気、きゅうりの冷たさ、脂っこくなった口にそれらの要素が刺さる。

 刺さった影響で、アリゴで上がったテンションも落ち着く。

 

「つくしには、いつか大きめのお礼をしないとな」

「別にいいよ。お礼が欲しくてやった訳じゃないし」

「そう?何かして欲しいこととか無いのか?」

「そうだね。欲を言うなら、お兄ちゃんの手料理が食べてみたいかな」

「俺の?でも下手だぞ?」

「でも、ましろちゃんは美味しいって言ってたよ。お兄ちゃんの手作り野菜炒め」

「いや、あの時だって苦戦したからな。でもましろに作ってつくしには作らないってのもダメだし……」

 

 その時が来たら頑張らないと……。

 

「それに、ましろちゃん。『嫌いな野菜もあーんしてもらった』って言ってたし」

「ましろ……」

「口移しもしたんでしょ?」

「あいつ、そんなとこまで話したのかよ」

「私にしか話してないけどね。まったく。私と付き合う前とは言え、相当イチャイチャしてるね」

「……もしかして、嫉妬とかしてる?」

「いや、嫉妬はしてないよ。さっきも言ったけどあれは私と付き合う前の話だし──」

「まったく仕方ないつくしだな」

 

 つくしの言葉を遮って、俺はニンジンの浅漬けを口にくわえる。

 

「はい、どうぞ」

「ちょっ、お兄ちゃん……」

「んー?」

「(どうしよ。私、これに関しては本当になんとも思ってないんだけどな……)」

 

 つくしは渋った様子を見せたが、しばらくするとこっちに身を寄せてきた。

 

「お兄ちゃん……」

 

 そして、顔を近づけて──

 

「よいしょ」

 

 俺の口にあった浅漬けを箸で取り上げ──

 

「chu-」

 

 浅漬けがあった筈の場所に、そのまま唇を押し当てた。

 ふわりと、柔らかい感触が包んだ。

 

「!?!?!?」

「食べ物で遊ばないの」

 

 そう言いながら、つくしはすまし顔で俺から奪った浅漬けを食べたのだった。

 

 

「~~~~~ッ!!!」

 

 完全に攻めるつもりだった今井レン、見事にカウンター喰らって敗北。

 

 ちなみにこの後は普通に夕食は食べ終わり、余ったアリゴを冷蔵庫に入れて、一緒にお皿を洗い、入浴の時間まで仲良く喋って時間を潰したのだった。

 

 





 いや、申し訳ない。話をうまくまとめることが出来なくてここまで膨大な感じに。

 マジ(中)を出すことになるとは思わなんだ……。

 1話分の軽っるい話で終わらすつもりやったんです……。

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73.二葉つくしと夜を過ごすシチュ(下)


 前回に引き続き、今回もリクエストのつくしちゃん。

 ラストです。


 

 夕飯を済ませ、ソファでつくしの太ももを枕代わりにしてくつろいでいると、しぶとかった夏の夕日も沈み、時刻もすっかり夜になった。

 

「そろそろ風呂の準備しないと、だな」

「あ、そのことなんだけど、ちょっといい?」

「なんだよ。心配しなくても一番風呂ならつくしに譲るぞ」

「いや、順番も関係することなんだけどさ……」

 

 明後日の方を見ながら、つくしは続ける。

 

「実は今日、キャンプの時の水着、持ってきてるんだよね」

「……ほう」

「ついさっきも、見たかったって言ってたじゃん?」

「言ったな」

「お互い忙しい身だし、これから見せる機会があるかも分からないじゃん?」

「まぁ、確かにな」

「うん。だからさ……」

 

 ・・・

 

「2人で水着に着替えて、一緒に入るというのはどうでしょうか?」

「入ろう。そうしよう。すぐに準備しよう。40秒で支度しよう」

「判断が早いって。嘘でもいいからもうちょっと悩むフリぐらいしてよ」

「えっ、好きな子の水着が間近で見られるのに、悩む要素とかあるのか?」

「正直な人だなぁ……。美徳だとは思うけどさ」

 

 お風呂タイム、同行決定。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 水着に着替えたり、自分のシャンプーを準備しているつくしを待ちつつ、俺は先に体を洗い、水着のまま湯船に浸かった。

 

「今からつくしが来るのか……」

 

 しかも、水着姿で。

 写真で見た時も、凄く可愛かったのを覚えている。

 

「お兄ちゃん……」

「お、つくし。準備はいいのか?」

 

 扉の向こうから遠慮がちな声が聞こえる。

 

「準備は、大丈夫なんだけど……」

「?」

「いざここまで来ると、ちょっと恥ずかしいかも……」

「一応言っとくけど、無理しなくていいからな?嫌だったら今からでもやめて──」

「違うよ!それは絶対にない!」

 

 嫌かもしれないという疑念は、つくし本人から強く否定された。

 ただでさえ女の子が露出の多い恰好をする訳だし、男に見られることへの抵抗はあってもおかしくはないと思っていたが、どうやら本当に恥ずかしかっただけらしい。

 

「よし、もう大丈夫。お兄ちゃん、今からそっち行くからね」

 

 そして、つくしはしばらく渋っていた割に、扉を開ける勢いは思い切りがよかった。

 

「……じゃ、じゃーん。ど、どうかな?」

 

 照れ隠しにおどけた様子で浴室に入ってきたつくしは、まさに天使そのものだった。

 水着は既に写真で見ていたが、今回のつくしは入浴のために髪を下ろしている。

 普段はお目に掛かれないその姿が、あまりにも魅力的で……。

 

「綺麗だよ……。今すぐにでも抱きしめたい」

「そうかな。えへへ……」

 

 可愛い。

 

「……」

「あの、お兄ちゃん」

「なに?」

「……見すぎ」

「わ、悪い……」

「むぅ、言っとくけど女の子が男の人の前でこんなに肌を出すのって、本当に恥ずかしいんだからね」

 

 そう言いながらつくしは腕をクロスして俺から胸元を隠すような素振りを見せる。

 よく見たら、顔も少し赤らんでいる。

 

「……まぁ、取り敢えず、体洗えよ」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 その後、つくしは時間をかけて入念に髪を洗い、首から下にも泡を広げていく。

 俺は目を閉じて、ひたすら見ないように努める。

 

「お兄ちゃん、今からは特に気を付けてくれる?その、今から水着の内側も洗いたいから……」

「いや、わざわざ言わなくていいから……」

 

 そして、そんなことを言われて、つい変な想像をしてしまう。

 小柄ながらにスラッと伸びた細い手足、透き通るように綺麗な柔肌、濡れた髪の隙間からちらりと見えるうなじ、さらけ出された肩と鎖骨、体格に見合った控えめな乳房、くびれた腹部に女性的なおへそ、そしてこれらの全てにシャワーの水滴が滴っている。

 その水滴の1つ1つが、彼女の透明感を更に引き立てていて……。

 

「お兄ちゃん、ちょっと詰めてくれる?もう洗い終わったから」

「ん?……あ、あぁ。悪いな」

「(……『悪いな』?)」

 

 いつの間にかシャワーの音も止み、つくしの声も近くなって聞き取りやすくなった。

 浴槽で膝を曲げて前の方へ詰めてやると浴槽の湯舟が溢れ出た。

 背中に、少し小柄な少女の体重が預けられる。

 背中合わせで温まっていると、つくしが話を振ってくる。

 

「実は結構前からこうしたかったんだよね」

「そうなのか?」

「うん。でも、流石に裸を見せるのは恥ずかしいどころの話じゃ済まないし……」

「そもそも、いつごろから入りたかったんだ?俺と一緒に」

「実は付き合うことになる前から入ってみたいとは思ってたんだよ。それこそお兄ちゃんのことを『お兄ちゃんとして』大好きだった頃からね。兄妹は一緒にお風呂に入ったりするでしょ?『裸の付き合い』とか言うじゃん」

「裸じゃないけどな」

「じゃあ『水着の付き合い』だね」

「その言い方だとプールで遊んでるみたいにならないか?」

「細かいことはいいじゃん」

「それもそうか」

 

 ちゃぷん……。

 という水の音が静かに響く。

 

「……まさか、つくしと一緒に風呂に入るような関係になるとはな」

「そうだねぇ。ただの先輩と後輩だったのに」

「兄妹になって」

「今は、その……」

「恋人、だもんな」

「こうして振り返ると、随分変わったよね。私たちの関係」

「この世の時間が順当に進み続ける限り、不変なんてものは無いさ」

「じゃあ今は仲良しでも、いずれすれ違ったり、争っちゃったりすることもあるのかな?」

 

 ・・・

 

「つくしが何をそんなに不安がってるのかは分からないけどさ。もしもそんな状態になったら、その時はいっぱいケンカしよう。兄妹らしく、恋人らしくさ」

「ケンカ、しちゃうの?」

「これから長いことやっていくんだから、ぶつからなきゃいけない時ぐらいあるだろ。俺はそんな大事な時につくしから逃げるようなことはしたくない」

「お兄ちゃん……」

「恋人なだけじゃなくて、『兄妹』としての絆まである。繋がっちまってんだから、今更1回や2回ぶつかったぐらいじゃ終わらねぇよ。そんなんで離れちまうようだったら、俺たちは今こうして一緒の湯船になんざ浸かっちゃいないさ」

 

 腕を器用に後ろに回し、つくしの頭を軽く撫でてやる。

 少し髪が濡れていて手が動かしづらくはあるが、つくしは満足げだ。

 

「じゃあ、そろそろ上がるよ。そろそろのぼせそうだし」

「そっか。ずっと浸かってもんね」

 

 立ち上がり、長風呂で火照った体を落ち着かせ、ゆっくりと息を整える。

 

「あ、そうだつくし、上がる前に1個だけ」

「どうしたの?大事な話?」

「それなりに、かな」

 

 湯船からから足を上げ、扉を開けながら用件を伝える。

 

「好きだぞ」

「……ばかっ」

 

 妹の悪態と、満足に見ることが出来ていなかった水着姿を最後に、俺は風呂場から離脱したのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 風呂からも上がり、自分の部屋でくつろいでいると、しばらくしてからつくしが入ってきた。

 風呂上がりで下ろした髪は湿り気を帯び、少し火照った頬でさっぱりした様子で、水色ベースで花柄の、ワンピースタイプのパジャマを着こなして部屋に入ってくるつくし。

 可愛い。

 

「お待たせ」

「うん。楽しみに待ってたよ。ところで寝る場所はどうする?一応姉さんのベッドは使っていいって言われてるけど」

「なんで?やだよ。一緒に寝ようよ」

「だよな。俺もそう答えると思ってた。じゃあ、後はこの後の予定だな。このまましばらくお喋りでもするか、それとも電気消してさっさと寝るか」

「うーん。じゃあ間を取って、電気消してから一緒におしゃべりしよっか」

「お、いいなそれ。なんか修学旅行の夜みたい」

 

 つくしの提案通りに部屋の明かりを消すと、すぐに暗闇が訪れた

 とは言っても、外の明かりだって入ってくるし、目が慣れるとつくしの表情までちゃんと認識できる。

 後は慣れた足取りでベッドに戻り、そのまま奥まで行って部屋の壁に背中を預ける。

 

「ほら、つくし。おいで。見えるか?」

「うん。ちゃんと分かるよ」

 

 具体的な言葉で示し合わせるまでもなく、俺が両腕を広げると、つくしはそのまま俺のそばに寄って、俺の胸に背中を預け、俺の足の間に小さな自分の体をすっぽりと収める。

 壁とつくしの体重に挟まれてちょっと苦しいが、それもつくしを抱きしめているうちに慣れた。

 

「そういえばさ」

「んー?」

「なんで、部屋別で寝られるようにしてたの?一緒に寝たくなかった?」

「いや、そうじゃないけど……」

「けど?」

 

 暗くなった部屋でつくしがそんな風に聞き返してくる。

 ちょっと言いにくいことではあるけど、だからって隠し事も良くないか。

 

「理性が、危ないかもなって」

「理性?」

「だから、その……変な気起こして……襲うかも、しれないだろ?」

「へっ……!?」

 

 俺の腕の中で、つくしの方が少しだけ跳ねた。

 

「風呂場は案外どうにかなったけど、家には誰もいなくて、急いでやらなきゃいけないこともなくて、時間は夜で、部屋のベッドに2人きりで……っていうのに耐えられるかというと……」

「私は少なくとも、お兄ちゃんが無理やりそんなことをする人じゃないって信用してるよ。信用してるから、一緒にお風呂に入って、一緒のベッドにいるわけだし」

「うん。それは分かってる。俺だってつくしの合意も無しで無理やりそんなことはしない。そんな風に女の子を傷つけるようなことは絶対にしたくない」

 

 それは、当然のことだ。

 

「でも、やっぱり俺は10代の男子だし、そういう欲求だって無い訳じゃない」

「大げさだな。確かにそうだとは思うけど、その、相手は私だよ?身長も低いし、お尻も小さいし、寄せても谷間ができないぐらいに、おっぱいだって大きくないし……こんな子供っぽい体にそんな気持ちなんて──」

「なってるよ」

「へっ……!?」

 

 さっきより、少し強めにつくしの体を抱き寄せる。

 

「体目当てみたいに思われそうだから言ってなかったけど、実は最近になって、つくしのおっぱいに目がいったりとかしてた」

「嘘……」

「嘘でこんなこと言わないよ。大きい人とかだったら、欲求とか関係無く無意識に見たりとかするかもだけどさ。つくしの小ささで目が奪われてるのは、自分でも確信犯だと思うんだ。つくしはお嬢様に囲まれてたせいで、その手の視線には鈍感で気づかなかったんだと思うけど」

「いや、待ってよ。そもそも男の人って、その……例えばましろちゃんみたいに、もっと膨らんでて、ふわふわした感じのおっぱいが好きなんじゃないの?」

「まぁ、そういうのが人気なのは事実だけど、正直好きな人のだったら、あんまり関係ないよ」

「そ、そうなんだ……」

 

 どうしよう。流石に引かれたかもしれない。

 

「ねぇ、ちょっと腕、離してくれる?」

「……分かった」

 

 つくしの背中が離れて、体が圧迫から解放される。

 やっぱり引かれたかな。

 と思った瞬間、つくしはそのままこちらに向き直った。

 

「ねぇ、『レンさん』」

「……!」

 

 急に呼び方を戻されて、心臓が跳ねる。

 俺の顔を真っ直ぐに見つめるつくしの微笑みは、本当に綺麗だった。

 やっぱり髪を下ろしたつくしは、本当に美人だ。

 

 

 

「……えっち、しよっか」

「!?つくし、何言って……」

「あぁ、流石に何でもさせてあげることは出来ないよ?私、まだそういうの怖いし」

「だったら──」

「うん。でもね、実はちょっと嬉しかったんだ。だってそういう目で見ちゃうってことは。私のことを『女』として見てくれてるってことでしょ?」

 

 違いない。確かに最近の俺はつくしに『女』を見ている。

 

「しかもそれで、私が怖がらないようにいつも通りに接してくれてたんでしょ?誰もいない家の部屋で2人きりだったし、こんな無防備な女の子1人なんて、いつでも襲えたのにさ」

「それは当たり前だろ。泣かせたくなかったんだよ」

「うん。そうだよね。私はレンさんのそういうところが大好きだよ」

 

 目を見て、はっきりと言われる。

 

「だから『彼女』としてご褒美ぐらいは、ね」

「いや、それでつくしが無理するのは違うだろ」

「うん。それは間違いないよ。でも、レンさんは1つ勘違いしてる」

 

 ・・・

 

「……その、女の子だって、『そういうの』あるんだよ?分かってる?」

「それは……」

「今は何でもする訳じゃないけど、いずれは、その、『最後』まですることになるかもでしょ?だから、その時のための練習……それなら、いいかなって思ったんだけど」

 

 つくしとの付き合いは特別長い訳じゃないが、今の言葉がちゃんと覚悟を決めて、本気で言ってくれたものであることぐらいは分かる。

 ……女の子にここまで言わせた以上、何もしない方が不作法だろう。

 

「やめて欲しいって思ったらちゃんと断ること。そしたら俺も止めるから。約束できる?」

 

 目の前のつくしが頷く。頷いて、俺を見つめ続ける。

 

「ねぇ、しよ?」

「わかった。じゃあ、しよっか」

 

 手を握り合う。目の前の少女の体温が、じんわりと伝わってくる。

 

「するのはいいけど、俺、経験無いからこういうの分かんないんだよな」

「それは私だって一緒だよ。でも、ここまで来てただイチャイチャするだけじゃ満足できないよ?今からするのは、その、オトナなイチャイチャ……なんだし」

「その練習、だろ。さっきから積極的すぎるぞ。お前」

「分かってる。なんか自分でもおかしくなってる自覚はあるよ。夜だから仕方ないの。レンさんこそ、何かしたいこととか無いの?」

「したいことか……」

 

 したいこと……欲求に従うなら……。

 

「おっぱい、触ってみたいかも」

「……踏み込んだね」

「男ならみんな思ってることだよ。無理強いはしないけど」

「そうだね。難しいけど……」

 

 部屋は暗いが、つくしの顔が赤らんでいることは分かる。

 握られた右手の持ち方が変わった。つくしの両手が俺の右手の上に被さる。

 

「いいよ」

 

 俺の右手の手のひらに、柔らかい感触が押し付けられた。

 つくしが自分の手で俺の右手を乳房まで導いたことに、俺はしばらく気付けなかった。

 

「!?!?」

「どう、かな……?あんまり自信、無いんだけど……」

「えっと、すごく……柔らかい、です」

「ふふっ、よかった。レンさん、触るの初めてだったもんね。ほら、これが女の子のおっぱいだよ」

 

 つくしが恥ずかしそうに笑う。

 俺は、まだ初めて味わう感触に慣れない。

 

「つくし、もう片方も、いいかな……?」

「がっつくね」

「ダメ?」

「いいよ。次はレンさんから、お願い」

 

 左手を、つくしの乳房まで伸ばし、撫でるように、優しく触れる。

 

「んっ……」

「痛くない?」

「うん。それは、大丈夫だけど……あんまり動かさないでくれると、助かるかな」

「繊細なんだな。女の子のおっぱいって」

「いや、まぁ、女の子にとって弱い場所なのはそうなんだけど、それだけの問題でもないというか……」

「どういうこと」

「えっと、私、小っちゃいし、今日はもう寝るだけだったからさ……つけてないんだよね。ブラジャー」

「……!?!?」

「多分、もっと押し付けたら分かるんじゃないかな」

 

 つくしの両手が、俺の両手を掴んで、さらに乳房へと誘い、押し付ける。

 

「えっと、これ……」

「恥ずかしいなぁ。恥ずかしいのに、何してるんだろ……」

 

 自分の手の中心、柔らかさの中に存在する、豆粒大の違和感。

 夏仕様で薄手になったパジャマは、俺の手で馴染まされたせいでつくしの乳房にぺったりと張り付き、その全体像と中心部の突起をしっかりと主張させる。

 

「つくし、もっと触りたい……」

「ヘンタイ」

「ダメか?」

「……優しく、してね」

 

 ゆっくり、つくしの乳房に指を沈める。

 つくしの小ぶりな乳房が、俺の手のひらの中でふにふにと形を変える。

 つくしの乳房を、欲望のままに揉む。

 優しくしたいのに、揉みしだきそうになって、手つきは殆ど落ち着かない。

 

「レンさん……」

「何?」

「いや、その、私の体で、本当にいいのかなって……」

「どういうこと?」

「だって……私、そんなにおっきくないよ?もっと大きい子だっているし、それなのに、こんな……小学生みたいな、小っちゃいおっぱいで、いいの……?」

「つくし……」

 

 好きな子のものであれば関係無いと言ったのに。

 子供っぽいことを気にする性格だし、もしかしたら体型のこともコンプレックスを抱いていたのかもしれない。

 

「少なくとも、俺は好きだよ。つくしのおっぱい」

「こんな……お子様サイズなおっぱいなのに?」

「そうだよ。好きな子の体だからな」

「そっか……」

「つくしは、どう?こんな風に触られるの?嫌じゃない?気持ちいいとかだと嬉しいけど」

「嫌ではないよ。でも、気持ちいいとかでもないかな。ちょっとくすぐったいし」

「くすぐったいのか」

「もっとオトナなおっぱいなら、気持ちいいってなるのかな?」

「つくし……」

「ごめんっ、なんかさっきからずっと恥ずかしいこと言ってる……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめたつくしの表情に、心臓が昂る。

 服越しとは言え、俺は今、大好きな女の子の乳房に触れて、暗がりの中で恥ずかしそうに触られるがままの少女の表情を見せられている。

 紳士ぶっていた自分を忘れて、どんどん欲求が強くなる。

 この子を好きにしたい。この子をめちゃくちゃにしたい。

 理性を滅殺しかねない程の、暴力的で鮮烈な欲求。

 

「つくし。じゃあ、もっとオトナなこと、しよう」

 

 もう、限界だった。

 俺はつくしの乳房から手を離し、そのまま胸元のリボンに手をかける。

 

「レン、さん……」

「今から、脱がすから」

 

 胸元のリボンを解く。

 後は肩にかかったワンピースの部分を広げて、そのまま下ろしてしまえば、つくしは下着姿だ。ブラジャーはつけていないから、その後のつくしは上半身裸……。

その後でつくしのパンツを取り上げてしまえば、彼女の肢体を隠すものは無くなり、一糸まとわぬ姿になる。

 つくしの、裸……。

 そうだ。俺は今から、つくしの裸を──

 

「まっ、待って!!」

「……!!」

 

 リボンを解いた直後の手を、つくしの両手が強く掴む。

 

「それ以上は、ダメ……」

「悪い。嫌だった?」

「正直、嫌だと思ってない自分はいる。でも、今だけでも恥ずかしくて死んじゃいそうだし、その先はまだ怖いからダメ。……これ以上は、歯止め効かなくなっちゃうよ。レンさんも、私も」

「正直、俺の方はもう手遅れなんだけど」

「そんなに?」

「今すぐ、つくしの裸が見たい」

「うっ……!」

「だから──」

「もう!ダメったらダメ!契約違反!」

 

 つくしの反対により、茹だっていた俺の頭は少し正気になった。

 つくしの顔も火照っているし、向こうは向こうで限界だったのだろう。

 

「つくし、深呼吸しよう」

「うん。そうだね。これ以上はマズい。本当にマズい」

「「すぅぅ……はぁぁ……すぅぅ……はぁぁ……」」

 

 茹だった頭が、ようやく冷静さを取り戻してくれた。

 

「なんとか耐えた……。ごめん。さっきはマジで暴走した」

「ホントだよ。いきなり『裸が見たい』なんて……」

「だよな。がっついて悪かった」

 

 つくしと距離を取り、頭を撫でる。

 この小さな体で、俺の欲求を受け止めてくれたつくしに、これ以上を求めてしまうのはダメだ。

 

「よし、もう寝よう」

「うん」

 

 さっきまでのやり取りを誤魔化すように、俺たちはそのまま仲良くベッドで横になった。

 

「……疲れたな」

「そうだね。私もらしくないことしちゃったし」

 

 ・・・

 

「ねぇねぇ、レンさん」

「どした?」

「後はもう寝るだけならせっかくだし、おやすみのちゅーとか、して欲しいな」

 

 俺の方に寝返りをうって、つくしが最後にキスを求めてきた。

 

「いいけど、動くなよ」

「はーい」

 

 楽しげに返事をして、つくしは目を閉じた。

 なんだろう。さっきまでハードなことをやっていたせいで、この程度だと気楽に感じる。

 

 chu-

 

「んっ……」

「はむ、ちゅ……」

 

 つくしの唇は小さくて、柔らくて、少し湿り気があって、なんだかとてもクセになる。

 いつまでもこのままでいたい気持ちはあるが、またさっきみたいに暴走してもいけない。

 

「ふぅ……はい。じゃあおやすみ」

「うん。おやすみなさい」

 

 最後に就寝の挨拶をした後、俺たちは示し合わせることもなく、互いを抱き寄せ合いながら眠った。

 ドキドキして眠れなくなるんじゃないかという懸念はあったが、つくしがそこに居るだけで落ち着いた気持ちになって、安心して──

 

この日の夜は、寧ろいつもより熟睡できたのだった。

 

 

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 目を覚ますと、つくしの寝顔がすぐそこにあった。

 お互いに寝相が良かったこともあり、どうやらあの夜の抱き合った体勢のまま朝を迎えたようだ。

 

「腕が痺れて動かない……」

 

 でも、そんなこともどうでもよくなった。

 『朝起きて妹の寝顔を見ると、幸せな気持ちになれる』とつくし本人が言っていたが、なるほど。確かにこれは幸せな気持ちになれる。

 

「無防備な寝顔……」

 

 頬をつついても起きやしない。

 別にこのまま起こしてやってもいいが……

 

「まだ5時か」

 

 部活のせいでショートスリーパー体質になってしまっているし、このまま俺だけ起きて何か準備でも……

 

「んんっ、お兄ちゃん……?」

「起こしちゃった?」

「んーん」

「そっか」

「ねぇお兄ちゃん」

「どした?」

「幸せ」

「……俺もだよ」

 

 いや、起きるのはやめだ。寝ぼけたつくしも可愛いし。

 

 俺たちは更に抱き合う力を強めて、そのまま二度寝を決め込んだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 午前6時ごろ、つくしから『お兄ちゃん起きて。起きないと、その、ちゅーしちゃうよ!』と言われて三度寝を決め込もうとして失敗し、そのまま起こされた後に2人で顔を洗って、どうせ早起きしてもやることが無いことに気付いた俺たちは、そのまま外へ散歩に出かけた。

 

「夏でも朝方は結構涼しいね」

「そうだな。昼もこのぐらいならいいのに」

 

 手を繋ぎ、大して特徴もない道を、目的も無くフラフラと歩く。

 

「お前とこうやって早朝の外を歩くのは、あの時以来か」

「あぁ、バンドの時の?そういえばそうか」

「うん。アレがあったから朝焼けは好きだ。朝焼けが色づいて見えたのは、あの時からだと思うぐらいにはな」

「そうなの?私の中ではいつも変わらず、朝焼けは綺麗なものなんだけどね。今だろうと、過去だろうと」

「そうかよ」

 

 夏に似合わない涼し気な風を浴びながら、昇りゆく朝日を、ただ2人でぼうっと眺める。

 

「つくし」

「何?」

「ありがとな」

「それは、何に対して?」

「んー、何もかも、かな」

「大雑把だなぁ……」

「まぁ、これからもよろしくってこと、で……!」

 

 ポスッ、とつくしのお尻に足を軽く当てる

 

「わっ、ビックリした」

「背中がお留守だぜ。お嬢さん」

「ふふっ。お互いに、ね!!」

 

 バシンッ!

 

「うおぉっ!!」

 

 つくしの強烈な蹴りから先の俺たちに大した会話など無かった。

 しばらく外をふらふら歩いて、飽きたら家に戻って、朝食にトーストを作ってもらって、時が来るまで気ままに過ごして、時間になったらつくしはあっさり帰っていった。

 

 普段はなかなか会えない俺たちにとって、このお泊り会は本当に大事で、貴重で、忘れられない時間になった。

 

「はい。もしもし、まりなさん?はい、明日のシフト?忘れてませんけど……。えぇっ!?明後日も人足りないんですか!?いや、2日連続で夏のライブイベントはちょっと……あぁ、はい。了解です。今度奢って下さいよ?」

 

 そして、そんな非日常から引き戻されるように、俺の生活は、また忙しない日常へと戻っていくのだった。

 




 
 対戦(リクエスト)ありがとうございました。
 
 ヤることヤった訳じゃないのでR18ではない。
 続編という名のただのおまけやし、ちょっとは攻めたいと思って好き勝手やりました。
 いや、もう、巨乳好きを駆逐して貧乳派に目覚める人間を生み出すぐらいの気概で好き勝手やりました。
 言いたいことはあると思いますが、文句は受け付けません。
 読者の気持ちや地雷を一切考えない執筆は凄く楽しかったです。
 今は就活終わって気が大きくなって調子に乗ってるんです。

 もう、一生分ぐらいつくしちゃん書いた。
 しばらくは書かなくても良さそうかな。

 それにしても、ここまで話がまとまらないとは思いませんでしたよ。
 (上)、(中)、(下)、全部で24000字ぐらい書いてますからね。
 昔は1話に3000字とかで収めてたのに……。

【ガルシチュこそこそ裏話】
 作者が書いてて一番楽しいのは美咲ちゃん。

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74.奥沢美咲とミッシェルなシチュ


 就活終わって気が大きくなってるというか、調子に乗ってるので、ここでまた投稿。


 

 ライブハウスCiRCLEの受け付けは入口のすぐそこにあることもあり、外の空気に当てられることが多いせいで冷房がついていてもあまり涼めなかったりする。

 灼熱とまではいかないが、汗は滴るばかり。

 お客さんが多くて人の出入りが多いと猶更だ。

 そして、今回もそんな客人が1人……いや、客グマが1体か

 

「こんにちは~!あ、レン君。やっほー!」

「おぉ、みさ──、じゃない。ミッシェルじゃねえか。どうしたんだよ。もしかして自主練?」

「今日はそんなんじゃないよ~。今は1人で町の笑顔パトロール中なんだ。そして通りかかったからCiRCLEにも寄ったの。ずっと外は暑かったからね」

「なんだ、涼みに来ただけかよ。客じゃないなら長居すんなよ?」

「分かってるよ~。あ、そういえばレン君、ちょっと笑顔足りてなくない?疲れてるの?」

「疲れてるというか、単純に涼みきれてないだけだよ。入口近いからさ」

「そっかぁ。レン君も頑張ってるんだね」

「そうなんだよ。あ~、暑っつい……」

「なーどーと言っているバイト少年の首筋には保冷剤をドーン!!!」

「うおぃ!!」

 

 あまりにも唐突な運動部のノリについつい望まれそうなリアクションを取ってしまう。

 受け付けまで身を乗り出したミッシェルと、すげービクッとした店員の姿が、そこにはあった。

 

「おまっ、ははっ、やーめろよいきなり。何すんだ」

「あぁ、ごめんごめん。いきなりやっちゃったもんね。大丈夫だったかな?」

「……?」

「どうかした?」

「いや、なんでもない。大丈夫だよ」

「じゃあ、そろそろパトロールに戻ろうかな。保冷材はあげるよ。室内でも熱中症は油断できないからね。結構いいやつだから、しばらくは冷たいと思うよ」

「……おう」

「それじゃあ、またね~!」

 

 そう言って、急遽訪れた町のマスコットは、この店を後に──

 

「いや、やっぱ待てミッシェル」

「なーに?もしかして大事な用事でも──」

「お前、美咲じゃないな」

「……!」

 

 受け付けから出てそう言うと、ピンクのクマが、確かにその動きを止めた。

 

「そりゃあ、そうだよ~。だってミッシェルはミッシェルで、美咲ちゃんは美咲ちゃんなんだから──」

「そういうこと言ってんじゃねえよタコ。俺が言ってんのは中身の話だ」

「何言ってるか分からないけど、取り敢えずミッシェルはタコじゃなくてクマだよ?」

「そういうのもいいんだよ。そう言えば最初から変だったんだ。それこそ、お前がここに来た時からな」

 

『今は1人で町の笑顔パトロール中なんだ』

 

「こころやはぐみならいざ知らず、あの美咲が、ましてやこんなバカみてーに暑い日にミッシェルになって、『1人で』笑顔パトロール?」

「それは……」

「まぁ、それだけならまだいい。こころに触発されたと考えれば、まだ妥当だ。お前が犯した最大のミスは俺に保冷剤をぶち当てた時だ」

 

『あぁ、ごめんごめん。いきなりやっちゃったもんね。大丈夫だったかな?』

 

「あいつが俺相手にイタズラして謝る訳ないだろうが。本物のアイツだったら『いやー、相変わらず面白いリアクションだね。なに?悔しかったらやり返してみなよ。ま、今のあたしにはキグルミという最強の鎧がついてるけどね。ははっ』みたいな返しぐらいしてくるもんなんだよ。謝ったり心配したりするのはあのリアクションよりもヤバいことになった時だけだ」

「レン君、『謝る訳ない』って認識はそれはそれでしつれ──」

「その『レン君』って呼び方とその他の喋り方もだ。確かにあいつがミッシェルに入ってる時は、俺もミッシェルをミッシェルとして扱うようにってスタンスではいるがな。そこに2人しかいない時はそこまでキツく縛ってないんだよ。『ミッシェル』って呼び方は変えなくても、あいつのノリは『美咲』のものになるんだ。ミッシェルに入っていても、あいつは2人きりの時、俺のこと『レン』って呼ぶんだよ」

「……」

「なんつーかお前、ちょっと『ミッシェル』すぎなんだよ。それとも何か?ミッシェルの明るい声は出せても、美咲のダウナーボイスは真似できなかったか?どっちも声そのものは同じはずだけどな。じゃあクマ公、そろそろ聞こうか」

 

 ミッシェルの無機質な表情は、一切の動きを見せない。

 コイツは誰なのか。

 商店街の別のバイトの人?弦巻家の黒服さん?どれも違う。どちらだったとしても、単独行動で笑顔パトロールをして、CiRCLEに寄った理由が見えてこない。

 

「テメェ、何者だ……?」

「……」

 

 ミッシェルは何も答えない。

 しばらく沈黙が続いて、そしてその沈黙を破るように、俺のスマホが通知音を鳴らした。

 

「そう言えば言い忘れてたけど、お前の言動が怪しいと思った時点でこのことは伝えといたんだよ。ほら、これ見てみな」

 

『なぁ美咲。今CiRCLEにミッシェル来てんだけど、なんかのイベントだったりする?』

『イベントじゃない!すぐ向かう!そいつはニセモノ!』

 

「だとよ。直感だけどそろそろ来るんじゃないか?ご本人様がよ」

 

 なんて言ってから2秒、CiRCLEの扉が開かれた。

 

「はぁ……はぁ……やーっと見つけた」

「っておい。美咲!大丈夫かお前……」

「この暑い中走り回ってたんだから大丈夫な訳ないでしょ。全部、そのミッシェルのせいだけどさ……!」

 

 じりじりとミッシェルを指さしながら距離を詰める美咲。

 すげぇ、めっちゃ汗だく。

 

「レン、このまま挟み撃ちでいこう。入口側はあたしが抑えてるから──」

「わかってるよ。ほっといていい奴じゃないんだろ?」

「うん。おまけに逃げ足も速いし」

 

 今日はまだ美咲と会って1分も経っていないが、不思議と向こうの意思は分かる。

 

「そんじゃあミッシェル!」

「覚悟!」

 

 同時。

 息を合わせた完璧な挟撃だった。

 しかしミッシェルの動きは、その動きをも凌駕した。

 

「!!」(バッ!!)

「何だと!?」

「跳んだ!?」

 

 横の動きを封じられたミッシェルは、俺たちが迫る寸前で跳躍し、そのまま美咲の体を飛び越えたのだ。

 

「!」(シュタッ!)

 

 華麗に美咲を飛び越えたミッシェルは見事に着地。

 ……入り口側を取られた。

 この状況から予想される動きは──

 

「!」(ダッ!)

 

 ミッシェル、逃走。

 

「くっ、今度こそいけると思ったのに!こうなったらレン!」

「わかってるよ!まったく、お前らといると退屈しねえなホント!」

 

 美咲、追跡続行

 レン、バイト放棄して美咲と合流

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 CiRCLEを飛び出し、俺たちは暑い中ミッシェルを追いかけまわしていた。

 逃げ足はキグルミとは思えないぐらい速い。

 状況説明も走りながら求めているので結構大変だ。

 お互いにバイトで体力がついてるので、まだマシではあるが。

 

「つまり、美咲が最初に外でミッシェルを見つけて、何か不自然に思って声かけたら逃げられたと?」

「そうなの。それで追いかけながら商店街にも弦巻家にも確認取ったけど、みんな知らないって言ってた。それで1回見失って、あんたから連絡が来たって訳」

「なんで弦巻家も『知らない』って言ってんだよ。管理はどうなってんだ管理は?」

「知らないよ。でも、やましいことが無いならこんな風に逃げたりしないでしょ」

「違いねえな。もしも俺たちの街のマスコットが悪用されるってんなら、黙ってる訳にはいかねえ」

 

 という訳で、状況は俺も理解した。

 だが、肝心の俺たちはミッシェルとの距離を縮められていない。なんなら油断したら引き離されそうですらある。

 

「おい美咲、なんか作戦とか無いのかよ?お前、そういうの得意だろ?」

「あんたが苦手過ぎるだけでしょうが。まぁ、無いことはないけどさ」

「説明」

「簡単だよ。あんたが先に商店街まで回り込んで、あたしがそのままミッシェルを追い回して、もう1回挟撃のチャンスを作る」

「挟撃のチャンスを作る、か。確かにいい作戦だな。そもそもあいつが商店街へ逃げてくれるか分からないって点を除けばの話だが」

「ま、バカなあんたにもそのぐらいは分かるか」

「あいつが商店街に逃げるって根拠はあるのか?なんかそういうデータがあるのか?数字で示された確証は?」

「欠片も無い」

「はぁ?」

「でも、直感で分かる。この近くの老人ホームや保育園を経由したぐらいで、あいつは間違いなく商店街を目指すの。信じて」

「……」

「って言ったら乗る?まぁ、流石に無理だよね。直感なんて曖昧なものをベースにして考えるとか、こんなバカな作戦であんたを振り回すような真似──」

「いや、乗った!」

「はぁ!?なんで……!?」

 

 ミッシェル追ってるせいで横を向くことは出来ないが、驚いた表情をしてることは分かる。

 何故かって、そんなもん……

 

親友(ダチ)が『信じて』って言ってんのに、俺がそれを信じない訳にはいかないだろ」

「でも、こんなのただの直感だよ?数字や根拠がある訳でもなくて──」

「うるせぇ!俺みたいなバカにとっちゃ、訳の分からねえ数字の羅列なんかより、お前の直感の方が信用できるんだよ!だからお前の言う通りに動いてやるって言ってんだ!」

「はっ、そうだった。なんであたしは、あんたがこんな頭の悪い作戦にも乗ってくれるような大馬鹿だってことを忘れてたんだろうね!」

 

 どうやら、方針は決まったようだ。

 

「そんじゃ、見失うなよ?」

「あんたこそ、着いたら警戒MAXで頼むよ?」

「応ッ!」

 

 作戦開始っと。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 美咲と離れて俺は商店街で待機となった。

 ここは中心部で、どの方向から入ってきても美咲との挟撃に繋げられる。

 美咲の指示通り、警戒MAXで八方睨みを利かせていた訳だが……。

 

「マジで来やがったぞ。予言的中じゃねえか」

 

 大した時間も待たずに……というか、着いてからほぼすぐにミッシェルと美咲が走ってくるのが見えた。

 ちょっとは休憩できると思ったのに。

 

「!!」

 

 すぐに走って詰め寄り、ミッシェルの動線を塞ぐ。

 走ることをやめたミッシェルをじりじりと追い詰める。

 

「!!」(ダッ!)

 

 しかし、ミッシェルは俺たちが塞いだ道ではなく、また別の狭い横道へと逃れた。

 急いで追いかける

 

「ああもう、諦めの悪い!」

「あぁ。でもここから先は行き止まりだ!もうあいつの末路はホールドアップで決定だぜ!」

 

 2人でミッシェルを追いかけると、狭い横道を抜けた、人通りの無い行き止まりの空間が見えてくる。

 長方形で3階建てぐらいのボロい小さな建物が壁のように立ちはだかり、無機質な室外機だけが規則正しく置かれている。

 

「おいミッシェル!もう諦め──」

「!!」(ダッ!)

 

 行き止まりだった筈の場所でミッシェルは止まらなかった。

 それどころか、ミッシェルはパルクールの要領でボロい建物の室外機を足場にして器用に登っていった。

 このまま屋上まで登られたら、また逃げられて振り出しだ。

 

「レン、足場」

「結構高いぞ。いけるか?」

「舐めんな」

「了解」

 

 当然、俺たちがそれを放っておく筈もなく、俺は建物のすぐ横まで寄って両手を組み、手のひらを上にして踏ん張る。

 美咲も既にぴょんぴょん跳んで準備を済ませている。

 後はダッシュで駆け寄ってくるこいつをタイミング良くカチ上げるだけの楽なお仕事だ。

 

「ふっ!」

「オラァ!!」

 

 美咲は自分のことを『どこにでもいる平凡な女子高校生』などとのたまっているが、こいつはキグルミを着ながらバク転を決めたり、キグルミを着ながらこころやはぐみのオバケ体力についていったり、キグルミを着ながら片足で玉乗りしながらジャグリングまでこなすような体幹まで兼ね備えた、正真正銘の化け物だ。

 そんな美咲の大ジャンプは当然──

 

「ふうっ……!」

 

 バッタのような跳躍力を見せる。そして──

 

「ふっ、はっ……!」

 

 タンッ、タンッ、トンッ、トンッ、クルッ、シュタッ!

 

 三角飛びみたいな要領でさっきのミッシェルよりも器用に室外機を足場にして、あっという間に屋上へと着地した。

 

「多分、潜在能力だけの話をするならこころ以上にトチ狂ってるよな。あいつ」

 

 そう言いながら、俺も後を追うように室外機を伝っていく。

 

「1、 2の、よっと……」

 

 安全重視で危なげなく登っていく。

 時間をかけたので、既に誰もいないということも考えていたが、屋上まで登り切って手すりを飛び越えた時に見えた光景は、美咲とミッシェルの睨み合いだった。

 

「追いかけっこは終わりか?」

「まぁ、流石にミッシェルもこの高さで走り回りたくないのかな」

「本人が言ってたのか?」

「いーや、これも直感」

「そうか。じゃあ、ミッシェルよぉ」

「!」(↑、↑、↓、↓……)

 

 話し合いに持ち込もうとした直後、ミッシェルが妙な動きを始めた。

 これは、なんだ?ダンス?

 

「くそっ、こんだけ引っ掻き回しといてまだふざけた態度取ろうってか」

「いや、レン待って。あの動きどこかで……」

「待たねえよ。あのふざけた踊り、さっさと止めなきゃ気が済まねえ。俺は行くぞ」

「(上、上、下、下、左、右、左、右……マズい!やっぱりこれ、ハッピーフライトモードの特殊コマンド!)」

「!!」

「このっ、さっさと捕まえて──」

「レン!ダメ!伏せて!」

 

 ガッ!

 

「なっ!?」

 

 ゴオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!

 

「こっ、この風圧はッ!?」

 

 前方から押し寄せる爆風に煽られそうになったところを、美咲に押さえつけられてなんとか耐える。

 しかし、俺たち2人は耐えるのに精一杯で、ミッシェルに近づけない。

 

 ゴオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 そして、風圧が弱まったと思う頃には、もうミッシェルは空の彼方へ飛んだ後だった。

 

「ごめんレン。ここまで追い詰めたのに」

「いやいや美咲は悪くないだろ。寧ろあんな裏技まで使ってくるやつ相手にいったい何が出来たよ?忘れちゃいけないが俺たちは人類だ」

「そうだね。でも、逃げた場所は分かると思う」

「え?マジ?」

「うん。飛んで行った方角、そしてこれまでのミッシェルの行動経路、そして、さっきも使った直感、この3つの要素を鑑みたあたしの脳内CPUが弾き出した結論は……」

 

 ・・・

 

「ふぅ……」

「美咲?」

「いや、うん。ちゃんと分かったよ。大丈夫」

 

 さっきまであんなに走り回っていた美咲が、手すりに体重を預けて、随分リラックスした状態で呟いた。

 

「レン、今から自販機でスポーツドリンクでも買って、目的地まではゆっくり歩いて向かおうか。多分、もう逃げないだろうし」

「……?」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 言われた通り、美咲に合わせてゆっくり歩いてるうちに着いた先は……。

 

「病院の中庭?」

「うん。たまにハロハピがライブさせてもらったりするんだよね」

「なるほど、確かにここにいるとしたら、もう逃げる心配は無いか。流石に病院の敷地内で走り回ったりはしないだろうし。さっきみたいなジェットエンジンなんか論外だ」

「その通り。それにミッシェルも見つかったよ。ほら、あそこのベンチで小さい女の子と話してる」

「あ、ホントだ」

 

 ようやく見つけた相手。しかし、どうもさっきみたいに追い詰めてとっ捕まえてやろうという気にはなれなかった。

 それは美咲も一緒だったのか。俺たち2人はそのままミッシェルの近くのベンチに座って、2人の会話を盗み聞くことにした。

 

「そっか。手術か……。やっぱり怖いよね」

「うん。おそとでお友達とあそべるようになりたいのに、こわくて勇気がでないの……」

 

 ・・・

 

「勇気がないから、なにもできない……」

「違うよ。勇気はみんな元から持ってるんだよ。今の君は、その出し方が分からなくなってるだけ。できないことなんて無いんだよ」

「そう、なの……?」

「よーし!じゃあ、そんな今の君のために、ミッシェルがとっておきのおまじないを教えてあげる!それじゃあいくよ?」

 

『ハピネスっ!ハピィーマジカルっ♪』

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ミッシェルと話していた少女に、勇気が戻ってきたかは分からない。

 しかし、彼女は笑顔になった。誰が見てもそれだけは明らかだった。

 そして少女と別れて1人になったミッシェルと、俺たちはやっと接触した。

 今はミッシェルの要望で場所を変え、俺たち3人は人通りの少ない場所で突っ立って話すことになった。

 

「わざわざ待ってくれてありがとね。あの子を笑顔にできて良かったよ」

「俺たちもそこまで空気が読めない訳じゃないさ」

「あの雰囲気は、流石にね」

「うん。本当にありがとう」

 

 そして、俺は早速本題に移った。

 

「さっきから呼び方に困ってたんで地の文で『ミッシェル』と言い続けてはきたが、もう聞いていい頃合いだろ。さて……お前は何者だ?」

「それは……」

「いや、もう答えなくてもいいよ。あたしはなんとなく分かった」

「「!?」」

「美咲、本当か?」

「うん」

 

 それで、美咲の答えはこうだった。

 

「あんた、ミッシェルなんでしょ?」

「……?どういうことだ?」

「信じられないかもしれないけどさ。今あたしたちの目の前にいるのは、『ミッシェルそのもの』なんだよ」

「冗談だろ」

「あたしだって、そう思いたいよ。でも根拠はある。このミッシェルが逃げてた場所、CiRCLE、老人ホーム、保育園、商店街、そして病院、みんなミッシェル及びハロハピと縁が深い場所なんだよ。そして、このミッシェルが向かう場所を予想した時の直感が妙に当たるのも、あたしが一番ミッシェルとの繋がりが強いから、どこかでリンクしてたんだと考えれば納得できる。ねぇ、そうなんでしょ?」

 

 しばらくの沈黙の後、ミッシェルは答える。

 

「そうだよ」

「!」

「よく分かったね。まだ言ってなかったのに。やっぱり美咲ちゃんとは縁が深いからかな?」

「さぁね。でも、ミッシェルがなんでこんなことしたのかまでは分からないの。教えてくれる?」

「理由は簡単だよ。ハロハピのメンバーとして、ミッシェルも世界を笑顔にしたくなったんだ」

「ミッシェル……」

「でも、この状態はいつまでも続かない。一時だけに許された夢。だから、せめてハロハピが笑顔にしてきたものの一部分だけでも見届けたくて、そして笑顔が無い場所を見つけたら、そこを笑顔でいっぱいにしたくて……」

「そっか……」

「それで、今のミッシェルが『ありえない存在』だってことがみんなに知られちゃったら、この不思議な魔法が解けちゃいそうな気がして、だから2人から逃げちゃった。お騒がせしちゃったね」

「気にすんなよ。今日は俺も保冷剤で笑顔にしてもらっちゃったし」

「それに、ミッシェルが笑顔にした人は今日以外でもたくさんいるんだから。胸張っていいんだよ」

「2人とも……」

「ねぇミッシェル。1つ、いいかな?もしミッシェルと話せるようなことがあったら、ずっと言いたかったことがあるんだ」

「何?」

「ミッシェル。ハロハピのメンバーでいてくれて、本当にありがとう。今のあたしが笑顔でいられるのは、ミッシェルのお陰だよ。これからも、一緒に頑張ろうね」

「当たり前だよ。なんたって一心同体なんだからさ」

 

 そう言ったミッシェルの表情は不思議なことに、いつもより少しだけ微笑んでいるように見えた。

 微笑んだように見えて、ミッシェルの体から光の粒が見え始めた。

 

「夢の終わりだね。流石に好き勝手しすぎたよ」

「ミッシェル!?待ってよ!やだよ!やっとお礼も言えたのに!やっと会うことができたのに!こんなのってないよ!まだあたし、ミッシェルと話したいことが──」

「やめろ美咲!」

「……!」

「ミッシェルの前で……そんな顔見せるんじゃない」

「レン君……」

「なぁミッシェル、かく言う俺も言いたいこととか色々あるんだけどさ。……楽しかったぜ。今日の鬼ごっこ」

「うん。こっちも楽しかったよ。また遊ぼうね」

「また、会えるのか?」

「会えるよ。ミッシェルはいつも、みんなと共にいるんだから」

「……そっか」

「ねぇミッシェル!」

「美咲ちゃん……」

「さっきはごめん。ミッシェルとの時間に、悲しい顔なんて似合わないもんね」

「……」

「言葉、もうまとまる気しないから、直球で言うね」

 

 ・・・

 

「大好きだよ。あたしは、ミッシェルのことが、大好き!」

 

 笑顔で、スッキリとした感情表現だった。

 

「ありがとう。ミッシェルも、美咲ちゃんのことが……みんなのことが、本当に大好きだよ」

 

 動きもしない筈のミッシェルの表情は、やはり笑いかけているように見えた。

 ミッシェルの体から徐々に光の粒が消えていく。

 

「……」(ぽてっ)

 

 街中を駆け回り、この場所でも饒舌に俺たちと語った一体のキグルミは、この瞬間、糸を切った操り人形のように、随分あっさり倒れて、そのままピクリとも動かなくなった。

 遊び疲れて眠ってしまったのだろうか。なんだか満足げに見えるのは、俺と美咲の気のせいなのか。

 

 キグルミの中には、誰もいなかった。

 さっきまで動いていたくせに、空っぽの中身だった。

 

 しかしそれに対して、俺たちには恐怖も驚愕も無かった。

 あったのは、圧倒的な感謝。そして、あらゆる人々を笑顔にして、それでもなお世界の笑顔を願い続ける、その心意気への敬意。

 

 帰り道、美咲はキグルミを着て帰った。

 その帰り道で、『ミッシェル』は人々に囲まれ、その愛情を一身に受けた。

 

 ミッシェルは、これからも世界を笑顔にし続けるのだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【後日談、とあるアトリエにて行われた、少年とホラー専門少女の会話】

「っていうことがあってさ。まぁ、ホラーな思いはしてないんだけど、なんか不思議だったなって」

「なるほど~。多分それは、付喪神の一種ですね」

「ツクモガミ……ってあの、から傘オバケの?でも、あれって物を100年使ったから生まれるもんだろ?ミッシェルの歴史なんてたかが1年とかだぞ」

「レンさん、この場合で大事なのは100年『使い続けたこと』ではなく、100年も使い続けるぐらいに『大切に扱われたこと』の方です。そりゃあ、年季が入ったものの方が神秘が増すのも事実ですが、年数だけで決まってしまう訳じゃないんです」

「要は、気持ちが大事ってことか。……でも、それを差し引いても1年そこら使われた程度のキグルミにそんなの宿るかな?」

「そうですね。私はさっき安易に『付喪神』と言ってしまいましたが、この場合のミッシェル先輩は割と複雑な要素が絡み合ってるんです」

「複雑な事情?」

「まずはキグルミがある種の『人形』であることです」

「それが、関係あるのか?」

「人形って、時たま自我を持つ子たちがいたりするでしょう?」

「しないだろ。怖いこと言うなよ」

「そして自我を持ってしまう条件として、『名前をつけること』そして、『「人形」としてではなく、名付けたその子個人として人形に接すること』が挙げられます。『名前』は魔術や呪術においても重要な意味合いを持ちますからね」

「……ミッシェルという名前はある。ミッシェルそのものとして接してる人間もいる。場合によっては、俺もミッシェルとはそう接する」

「キグルミという特色上、そんな機会は多かったんでしょう。でも、これでもまだ弱いです。これらのコミュニケーションは、あくまでミッシェルを通して、中の人と繋がってるだけですからね。中身が無くて返事も無いのに、それでも喋りかける、なんてことをすると強いかもしれませんね。もしかしたら中の人が仕事終わりにそんなことをしたのかも……?」

「それは美咲に聞いてみなきゃ分からないけど……」

「そして、それだけの条件を揃えても、レンさんから聞いた感じにはなりません。せいぜい呪いの人形みたいにガタガタ動いたりするのがやっとでしょう」

「だから怖いこと言うなって……」

「でも、これだけだと人間に害のある呪具になる可能性の方が高いです。ほら、藁人形だってにくい相手の名前をつけて、対象との縁を強制的に結んで、儀式によって効果を高めることで呪いとして成立させて、結果として藁の人形が呪具になるんです」

「人形……確かに呪いやホラーのイメージが強いけど、その理由はこれか」

「あとはメリーさんなんかも有名ですよね。メリーと名付けて、メリーとして扱い、自我が芽生えて、捨てられた恨みによる『負の感情』がトリガーとなって持ち主を襲う呪具となった。古来より人形と呪いって相性が良いんです」

「じゃあ、それならミッシェルが無害だったのはどうしてだ?あいつは呪具になるような環境にいたわけだろ?」

「それは、呪いになる要素と同時に、神様になる要素も含まれていたからですよ」

「神様だと?」

「はい。確かに神社で奉られこそしてないですが、ミッシェルは人々から愛されるだけじゃなく、感謝されるという信仰の集め方をしています。それでこの街には像まで立っている」

「マスコットにしちゃ偉業だと思うが、それだけで神扱いか?」

「神格化の初歩なんて、案外そんなものです。それに、日本を動かす有力者にも知られているというのもひょっとしたら大きいかもですね」

「有力者か……」

 

 そういやハロハピって、弦巻家の関係でナントカ大臣がいるようなパーティーにも呼ばれたりしたことあるとか言ってたっけ?

 

「そして、3つ目の事情が、中の人への浸食」

「美咲への?」

「はい。例えば、キグルミを着ていないのに、キグルミの『ミッシェル』として振舞った言動をしてしまったり、自分の夢に『ミッシェル』が出て来たり、『存在しないもの』が、『存在するもの』によって実態を持ち始めて、その結果として、向こうは中の人を通して、境界を超えやすくなるんですよ」

「……なるほど」

「ミッシェル先輩の歴史は1年ほどしかなく、またこれらの要因も1つ1つは大して強いものではありません。ただ、この弱い要素の1つ1つが上手く重なり合って、なんとか1つの形になった。恐らくそんな感じだったんでしょう」

「それで、付喪神が……」

「この場合なら『神』という言い方も難しいかもしれませんね。すぐに消えてしまったことを考えると、神秘の強度もかなり弱かったんだと思います。ここまで儚い存在ともなると、『怪異』とすら言い難いですね」

「儚いって言っても、だいぶこっちに干渉して喋りかけてきたけどな」

「それは結びつきの強い『中の人』がいたからですよ。頭の奥で直感がリンクしていたことも考えると、存在の固定も先輩に依存してたんでしょう。あとはレンさんも向こうとの『境界を越えた』人間だから、アンカー代わりの先輩と深い縁があったことも都合が良かったり?」

「境界?」

「ほら、広町と仲良くおっかない駅まで旅行したでしょ?」

「あー、なるほど。なんかそういうのって引き寄せ合うって言うもんな。スタンド使いみたいに」

「とにかく今回の異変は、それぞれの人々の想いという、1つ1つの小さく弱い要素が偶然重なり合って、結果的に付喪神に近い姿を取ることになった『幻霊』。これが今回のミッシェル先輩の正体かと」

「なるほどねぇ。弱く儚い存在だったなら、もう会うことも難しいのかな」

「そうとも限りませんよ。怪異も幻霊も、結局は人間の認識に依存する存在です。忘れられれば死に、覚えられてるうちは生き続ける」

「認識の影響って、そんなにデカいのか」

「当然です。レンさんの前に現れた幻霊の性格がミッシェル先輩そのものであった理由は、ミッシェル先輩を知る人々の認識があってこそです。人々がミッシェルに抱く理想、そしてその理想に応えるミッシェル、そんな人々の温かい交流と関りがあったからこそ、ミッシェルは人々の中で少しずつ明確な形を持って、儚い自我が生まれ、その自我が一時の幻霊となった」

「なるほど。だったら、これからも大事にしてやらないとな」

「ですね」

 

 そう軽く言葉を交わし、窓の外を眺めながら紅茶を飲んだ。

 

「ところでレンさん、広町は『恐怖体験を聞かせてやる』と言われた筈ですけど、結局あれはホラーじゃなかったですよね?」

「当たり前だろ。だって俺が味わった恐怖体験は、無断でバイト抜けたことにガチギレしてたまりなさんのお説教タイムなんだからな☆」

「あぁ……それはそれは……」

「まずスマホ開いたらめちゃくちゃバイト先からの着信履歴があるだろ~?」

「待ってください。想像しただけでお腹が……!」

 





 夏らしく、ちょびっと怪異系の話をば。

 美咲ちゃんとミッシェルの話は、別枠で書いて、ハーメルンの巷で盛り上がってるらしい『夏のバンドリ祭』にでも投稿してやろうかと思ったのですが、美咲ちゃん書くならレン君も書きたくなって、結局こっちで書きました。やっぱりあの手の集団でやるタイプのノリはついていけないですし、私は気ままにやる方が楽で好きです。

 そしてその夏のバンドリ祭に参加しようと意気込んでた美咲ちゃん推しの読者様が執筆データ消えて絶望しちゃってたので、ちょっとでもこの話で元気になってくれたらいいなと思って、書き切りました。

 この話、11000字ぐらい書いてて思ったけど、やっぱ美咲ちゃん書きやすい。書いてて楽しい。
 あと2.3話ぐらい連続で書けって言われても多分書ける。

 逆につくしちゃんはガチで3話ぶっ通しで書いたのでちょっと休みたい。
 妄想力をフルバーストして燃え尽きた。……超楽しかった。

【ガルシチュこそこそ裏話】
 作者のPCでは「みたけ」と打っても「美竹」が出てこないので、キーボード上では「びたけ」と打っている。


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75.今井リサとソファでだらだらするシチュ


 方針として誕生日記念とかはやらないけど、この子だけはね。

 っていうことを言って既に去年、誕生日を祝うシチュは書いてしまってますから、今回は普通にただの軽めの何でもない日常回。


 

 俺たちは今、姉弟で仲良くリビングのソファに陣取っている。

 読書中の姉さんがソファの3分の2で寝そべり、残った3分の1のスペースに俺が足を縮めながらSNSで最近のトレンドをチェックするという、今井家では珍しくもない光景。

 『スペースは半々で使わないのか?』なんてことを聞かれたりもするが、半々で使う時は姉さんが気まぐれでその半分を明け渡してきた時だけだ。

 これは姉弟あるあるだが、姉と弟の組み合わせの場合、家の中じゃ姉の方が権力が強いのだ。

 

「レン~。お茶入れてきて」

 

 ほら、こういうこと言ってくる。

 外では世話焼きで優しいところもあるが、家の中だとこんな風に弟を顎で使う側面だって見せる。

 いや、もしかしたら弟を顎で使わない姉など、この世界には存在しないのかもしれない。

 そして逆も然り。姉に顎で使われない弟もまた、この世には存在しないのかもしれない。

 

「レン~。お茶」

 

 まぁ、こんな扱いにもすっかり慣れてはいるが、たまには反抗してもいいかもしれない。

 姉に逆らうことが許されない、全国の不遇な弟を代表して、たまにぐらい『弟は奴隷じゃねえぞ』ってことを知らしめるべく、反撃の狼煙を上げるのも悪くない。

 まずは手始めにこの女に知らしめてやるとしよう。

 

「はぁ?そんぐらい自分で入れてこいや。テメェの足は飾りなのか?」

「あ、あとキッチン寄るならアイスも取ってきて~」

「聞けよ」

「……」

「……仕方ねえな。ちょっと待ってろ」

 

 やっぱりやめとこう。この女と口喧嘩するぐらいなら大人しくお茶入れてアイス取ってきた方が楽だ。

 スマホを閉じ、命令通りに入れたお茶をテーブルに置き、アイスを手渡す。

 

「さんきゅー」

「おう」

「あれ?レンの分のアイスは??」

「気分じゃない」

「ふーん。そっか」

 

 そう言いながらアイスの袋を開ける姉さんを尻目に、俺はSNSのトレンドを再度チェックする。

 ただ、普段ほどしっかり見てるかと言われるとそうでもない。

 情報を扱う部活なせいで常にアンテナは張るようにしてるが、夏休みは記事も書かないので、今のSNSチェックはそこまでの意味を持たない。

 つまり、退屈になってきていた。

 

「レン、暇だね」

「確かに。いざやることなくなるとこのザマっていうか」

「多分『全世界、暇なやつグランプリ』みたいなのがあったら、アタシらの圧勝だよね」

「え、何?ダブルスで登録すんの?」

「そうそう。今のアタシらの瞬間最大風速ならワールドクラスのニートだって蹴散らせるよ」

「ワールドクラスのニートはダブルスで登録しないだろ」

「あ、じゃあアタシら優勝じゃん」

「ホントだ。やったじゃん」

 

 もう、我ながらアホな会話だと思う。

 姉弟ともに気を張るべき場所も相手も無いせいで頭を使おうとしてない。普段のスタンスの反動か。

 1%も頭使って会話してないと自分でも分かる。

 

「暇だね」

「うん」

「今から、『自分、思ってたより疲れてるな……』って感じたエピソード出して……なんか、ヤバかった方が優勝」

「『優勝』ってなんだよ」

「じゃあアタシからいきまーす」

 

 エントリーナンバー1 今井リサ

 

「あの、バイトでレジ立ってた時の話なんだけどさ」

「うん」

「そんで、お客さん来たのね?結構若い男の人でさ。それで雑誌だけ置いたから、会計したんだけど、その時に何を思ったか『こちらの商品、温めますか~?』って凄い笑顔で言っちゃってさ」

「雑誌なのに!?」

「そうだよ。1年もバイトしててこれやらかすってヤバくない?もう、お客さんめっちゃ困ってたしさぁ」

「もう姉さんが優勝だろ。なんだよ雑誌温めるって」

「いやいや、それはレンの話も聞いてからでしょ。そっちも働き者で定評があるんだしさ」

「働き者じゃねえよ別に。でも、疲れてるエピソードかぁ。じゃあ、バイト関係で続けて申し訳ないけど……」

 

 エントリーナンバー2 今井レン

 

「俺のはバイト中じゃなくてバイト帰りなんだけどさ。その日は割と遅くまで働いてたから外も暗くてさ。んで『今日の晩飯何かな~』とか考えてたら、前の方につくしが歩いててさ」

「お、愛しの彼女」

「そう。それでバイト終わりなのにちょっと元気出てきてさ。ちょっと話しかけようかとも思ったんだけど、せっかく偶然見つけた訳だし、何か彼氏っぽいことでもしようかと思って、それで、ちょっと不意打ちで後ろからハグでもしてやろうかってなってさ」

「彼氏っぽい」

「そんで『お疲れ~』って言いながら抱き締めたら案の定いいリアクションしてくれてさ。凄い慌てっぷりでめちゃくちゃビックリしてたんだよ。それで『この反応はサプライズ成功だな』って思ってたんだけどなんか違和感あってさ」

「違和感?」

「そんで、怪しみながら腕も離してよく見てみたらさ。そいつ……つくしじゃなくて、あこだったんだよ」

「あこ!?なんで!?」

「いや、俺も全然分かんないんだよ。高1で低身長のツインテドラマーなところ以外で何の接点も無いのにさ。いやもう、あの後めちゃくちゃ謝り倒したもん」

「待って。本当に大丈夫?許してもらえた?」

「普段から仲良くしてるし、なんとか『ビックリさせないでよ。もう!』とかで済んだけど。でも、あともう少し親密度が低かったらヤバかったな」

「あの2人を見間違えるのは疲れすぎだよ」

「しかもその後、抱き着いた理由聞かれてつい『人違いだった』って言っちゃってさ。誰と間違えたかまで考えないとだったから大変だったよ。つくしとの関係は隠してるからさ」

「えっ、じゃあ結局誰と間違えたことにしたの?」

「姉さんってことにした。というか姉さん以外の名前でマシな結末が見えなかった」

「シスコンだと思われなかった?」

「いや。『気持ち分かるよ!あこもおねーちゃんに抱き着きたい時あるもん!』って言われた」

「分かっちゃったよ……」

「そんで、『シスコンだと思われたら恥ずかしいから、このことは皆には内緒な』って口封じして、事なきを得ました」

「こりゃ優勝はレンだなぁ……」

 

 今井レン 優勝。

 

「まぁ、お互いここまで疲れる程に頑張ってるってことだけど、やっぱり優勝者にはご褒美が要るよね」

「はぁ?いいよ別に。こんなのただの疲労自慢じゃねえか」

「労いのハグとかしなくていいの?アタシ、自分が勝ったらレンにアタシのこと『お姉ちゃん』って呼ばせてやろうとすら思ってたのに」

「要らねえよ。この年で姉さんのハグとか。あとその呼び方は負けたってやらねえよ」

「えー。じゃあほっぺにチューは?」

「もっと要らねえよ」

「じゃあ、何がいいの?」

「だから別に何も──」

 

 そう言いかけたあたりで、姉さんの頬が膨らんだ。

 『むぅ~』とでも言いたげな態度でこちらを睨みつけてくる。

 分かる。絶対に引き下がらないやつだ。コレ。

 

「そうだな。じゃあ、姉さんが今食べてるアイスを一口でどうだ?」

「いいの?こんな食べかけアイスで」

「ちょうど欲しくなったんだよ。賞品としては妥当だろ」

「まぁ確かに。レンが疲れてるって分かっただけだし」

 

 そう言いながら、姉さんが身をこちらに寄せて、アイスを差し出してきた。

 それを見て俺も姉さんの方に身を寄せて、肩をくっつける。

 

「あむっ」

「美味しい?」

「悪くない」

「そりゃよかった」

 

 アイスを食べて満足していると。姉さんのもう片方の手が、俺の頭に乗せられた。

 

「なんだよ?」

「んー?いや、アタシの弟があんなに疲れちゃうぐらいに普段から頑張ってるんだなって思うと、労いたくもなるじゃん?」

「大げさ」

「んーん。大げさじゃないよ。頑張ってる人は『頑張ってるね』って言われる権利はあるべきでしょ?」

「それは姉さんも一緒だろ」

「……頑張ってるって言ってくれるの?」

「そうだよ。頭は撫でてやらねぇけど」

「それでも嬉しいよ。ありがと」

「だから姉さんもこれ以上撫でるな。俺は何も返さないぞ」

「ふふっ、残念だけどアタシは自分が撫でたくてやってるだけだから、レンに何かを施してる気は微塵も無いんだなぁ。あれ?もしかしてレンってば、『返すようなもの』だと思っちゃうぐらいに、アタシに撫でられて嬉しくなっちゃってたの?」

「減らず口を」

「アハハッ……☆」

 

 相変わらず掴みどころの分からない態度だが、もう考えるのも面倒になったのでこのまま撫でさせ続けることにした。決して撫でられて嬉しいからではない。本当に。決して。

 ……それにしても姉さん、やっぱり撫でるの上手いな。

 

「レン」

「ん?」

「お疲れ様です」

「互いにな」

 

 ・・・

 

「姉さん」

「どした?」

「撫でるのに飽きたらさ、今度は俺が膝枕してやるよ。リクエストがあれば肩も揉んでやる」

「返さないんじゃなかったの?」

「勘違いすんな。やりたいからやるだけだ」

「ふふっ、アタシはそんな優しい弟がいて嬉しいぞ。ほーれ、よしよし」

「むぅ……」

「レン、アタシの弟でいてくれてありがとね☆」

「知らねえ」

「好きだよ」

「うっせぇ。ばーか」

 

 この後も、結局はいつもと変わらず、俺たち姉弟は、ただひたすらに語り続けた。

 忙しい日常に戻ってしまわない内に、時が許すまで。

 

 ずっと。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ちなみに俺の頭を撫で飽きて、俺に膝枕を要求した姉さんはいつもの減らず口を見せることなく爆速で睡眠に突入した。

 今は俺の太ももで、無防備な寝顔を晒している。

 そして寝顔は写真に撮って、さっき友希那さんに送り付けた。

 

「ったく。やっぱり俺よりも疲れ溜め込んでやがったか。無理し過ぎなんだよ毎度毎度……」

 

 まったく……。

 

『レン、アタシの弟でいてくれてありがとね☆』

 

 まったく。本当に……。

 

「俺もあんたが姉さんで良かったよ。1人っ子なら人生のどっかで詰んでたと思うし」

 

 

 ・・・

 

 

「好きだぞ。………………お姉ちゃん」

 




 
 リサ姉、お誕生日おめでとう。
 キミが居たから、私はこんなに色々書けてる。

 1万字級の文字数の話ばっか書いてたから4000字を切った話はボリューム的に不安に感じますが、前まではこんなもんでしたよね。

 って訳で、何でもない日常の話でした。感想待ってます。


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76.二葉つくしと花火をするだけのシチュ


 今回はリクエストのつくしちゃんと花火するシチュ

 お泊りで一生分書いたとは思ったけど、夏じゃないと書けそうにないシチュだったので。



 

 川辺には、俺とつくしの二人きり。

 水を溜めたバケツを置いて、その手前に2人で座る。

 そんな2人を照らすのは、バケツの隣に置いた一本のロウソクと、2人で仲良く手に取った花火から勢いよく飛び出す火花。

 

「夏って感じだな」

「そうだね」

 

 暗がりの中で、ツインテールの愛らしい顔立ちが照らされている。

 

「綺麗だね」

「……そうだな」

「どうかしたの?」

「別に」

 

 『花火より、キミの方が綺麗だよ』

 なんて言ったら、彼女は笑うだろうか?

 それとも、花火の炎色反応にも負けない程の赤らんだ照れ顔を見せてくれるのだろうか?

 でも、花火を眺めながら優しく微笑む彼女を見ているとからかう気も失せてくる。

 からかいの言葉も浮かばないぐらいに、彼女に見惚れてしまう。

 

「(横顔、綺麗だな……。近くで見るとまつ毛も長いし……)」

「……?どうしたの?」

 

 見惚れていると、彼女が首を傾げてこちらを見返してきた。

 

「いや、なんでもないよ。幸せだなって思っただけ」

「そっか。私もレンさんと一緒に居られて幸せだよ」

 

 そう言っていると、花火が消えた。

 持っていた花火をバケツに突っ込み、また新しいものに火をつける。

 せっかく火花が勢いよく飛び出しているというのに、俺たちは大してはしゃぎもせずに、ただ座り込んで肩をくっつけ合うだけだった。

 ……それだけで、満たされていた。

 

「また来年も、こうやって花火が出来ればいいんだけどな」

「難しいんじゃない?お互いに忙しいし、今年だってやっと集まれたけど、もう夏休みの終わりだよ?」

「だよなぁ。もう夜は冷えるようになってきたし」

「確かに、ちょっと肌寒くなってきたよね」

「あ、じゃあ俺のパーカー着る?薄手だけどちょっとはマシだろ」

「いいの?」

 

 花火を置いて、つくしの肩にそっとパーカーを羽織らせてやると、また随分と嬉しそうな表情を見せてくれた。

 

「大きいね」

「ご不満か?」

「まさか」

「それは良かった」

「好きな男の子にこんなことされてるんだから、嬉しいに決まってるよ」

「……そう」

「ねぇ、レンさん」

「ん?」

 

 いつの間にか、距離感が近いのをいいことに、つくしは俺の耳元まで口を近づけていた。

 そうやって彼女は無邪気に囁く。

 

 

「好きだよ」

「……!」

 

 

 俺の驚いた表情を見て、いたずらっ子な笑みを浮かべるつくし。

 『何すんだ』って言いたいのに、そんなに可憐な笑顔を浮かべられると、もう俺は何も言えない。

 ダメだなぁ。やっぱり俺はこの子の笑顔に弱い。

 好きだなって気持ちが溢れて、こっちまで笑みが零れてしまう。

 

「ビックリした」

「レンさん、意外と可愛いとこあるよね」

「やり返すぞ」

「……やるなら、お手柔らかにお願いします」

「冗談だよ。ホントにやるなら不意打ちでやるから」

 

 花火が消えた。

 勢いよく出る花火は切れてしまい、残るは線香花火と、なんとなく最後に取ってる小型の打ち上げ花火。

 2人で線香花火に火をつけ、ただゆっくり、パチパチと散る火花を見守る。

 

 ぱちぱち、ぱちぱち……。

 

「花火、誘ってくれてありがとな。今年は花火大会も行けなかったし」

「そうなんだ。忙しかったの?」

「バイトだよ。花火大会の日は他の人も抜けやすくなるし、だからまりなさんに頼まれて」

「もう。また断らなかったの?レンさんは充分働いてるんだから、断って花火見に行ったって誰も責めないと思うけど」

「俺が行けなかった分、他のスタッフが楽しめるんなら、俺はそれでいいよ。それに、今こうしてつくしと花火できてる時点で幸せだし」

 

 花火を持ってない方の手で、つくしの頭を撫でる。

 そうしてるうちに、線香花火の火が落ちて、辺りを煙だけが支配する。

 

「ねぇ、レンさん」

「ん?」

「来年は、一緒に花火大会も行こうよ。その時は浴衣も着てあげる」

「おぉ、マジか」

「ふふーん。私の浴衣姿、似合うって評判なんだから」

 

 確かに、つくしの可憐な雰囲気は浴衣にもよく似合うだろう。

 あと、浴衣は胸の膨らみが控えめである程よく似合う、ということも聞いたことがあるが、これは黙っておいた方がいいだろう。

 

「……今、失礼なこと考えたでしょ」

「考えてないよ」

「ふんだ。どうせぺったんこですよーだ」

 

 何も言ってないのに、自分の胸に触れて、頬を膨らませてそっぽ向くつくし。

 どうしよう。怒っていても可愛い。

 

「まだ何も言ってないだろ」

「……」(ぷいっ)

「頼むから機嫌直してくれよ。どうしたんだ?」

「どうせ『浴衣が似合うのはお前の胸がちっぱいだからだろ』とか思ってたんでしょ?」

「そこまでは思ってないって」

「『そこまでは』ってことは、ちょっとは胸のこと考えたんでしょ?」

「そりゃあ、確かにチラッとつくしの胸は見たけどさ」

「ふんだ。どうせ着付けの時に潰す手間も無いですよ~だ」

「だから気にし過ぎだって」

 

 つくしのコンプレックスは、思ったより根深いようだ。

 

「これでもおっぱいのマッサージとかしてるのに。背も胸も子供っぽいまま……」

「まぁ、あんまり気負うなって。まだ高1だろ?身長も体格もこれからだ」

「女の子の成長って割と早めに止まるよ」

「それに俺、つくしの小っちゃい胸は好きだぞ。可愛いし」

「……そう?」

「お泊り会の夜で暴走してしまう程度にはな」

「……そういえば、そんなこともあったっけ?」

「あと身長だってそのままでも可愛いと思うぞ。俺にとってはハグしやすい身長だし」

「レンさん……」

「まぁ、大きくなったら大きくなったで好きだとは思うし、取り敢えず俺は、つくしがつくしでいてくれるなら、それで大満足だよ」

 

 そっぽ向いてたつくしも、いつの間にかこちらを見てくれている。

 まったく、可愛い顔立ちだな。

 

「レンさん」

「どうした?」

 

 少し恥じらいながら、つくしが言葉を続ける。

 

「こんな……ちんまりした女の子が彼女でも、大好きでいてくれますか?」

「当たり前だろ。じゃなきゃ俺から告白なんかしないっつーの」

「……そっか」

 

 お、耳元がら空き。

 せっかくなのでそっと口をつくしの耳へと近づけて囁く。

 

「大好き☆」

「ほあっ!?」

 

 可愛い

 

「むぅ。レンさんの気持ちは分かったし、花火の続きするよ!」

「そうだな。後の残りは……」

「あれ、線香花火もさっきので最後だったんだ。夢中で気づかなかった」

「ってことは」

 

 さっきの花火よりも異彩を放つ、少し大きな筒が目に入る。

 

「じゃあ、これで締めだな」

「結構早かったね」

「まぁ、2人しかいないからそこまで大量に買ってないし、こんなもんだろ」

 

 筒を設置し、導火線へと火をつける。

 そして火が付いたことを確認し、俺とつくしは急いでその場を離れた。

 

「さて、どんな感じなんだろ。家庭用の打ち上げって」

「そうだね。前の時は──」

 

 ボンッ!

 

「「うわぁ!!」」

 

ヒューーーン  パァン!!

 

「「……」」

 

 ・・・

 

「勢いはあったけど、思ったよりショボ──」

「レンさん、それ以上いけない」

「ははっ、まぁ締めくくりには丁度よかったな」

 

 つくしの言う通りに打ち上げ花火への感想を程々にし、俺たちは花火を片付けながら撤収の準備に取り掛かったのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 つくしとの帰り道は、人通りの少ない夜で、花火の音が耳に残ってることも重なって、随分静かに感じるものだった。

 しかし、不思議と気まずさは無い。寧ろ安心する。

 

「つくし」

「なーに?」

「折角だし、手繋いで帰るか?」

「もう」

 

 少し困った顔を見せられた。

 気分じゃなかったか。

 なんてことを考えようとした瞬間に、つくしの手が俺の手を掴み、そのまま指が絡み合った。

 

「……!」

「男の子なんだから、そんなの聞かずにサラッと来てよ」

「悪いな。付き合ったばっかだし、そこまでは経験無いもんで」

「ふふっ、初心なんだから」

「お前だって人のこと言えないだろ~~?」

「え~。そんなことないも~ん」

 

 こうして、騒がしい帰路に手を繋いで歩きながら、俺のひと夏の思い出は幕を閉じた。

 花火に照らされるつくしの写真も、2人で花火を楽しむ写真もたくさん撮った。

 あまりにも楽しかったのでそのままスマホの待ち受けにしようと思ったりもしたが、流石に周りに関係がバレそうな気がしたのでそれだけはやめておいた。

 





 『もっp』さん。対戦ありがとうございました。
 レン君とつくしちゃん2人で花火する回、ご満足いただけたなら幸いです。

 3000字は超えたけど難しいですね。今回の話の手応えはちょっと怪しめ。
 感想待ってます。

 次の更新は9月1日

【ガルシチュこそこそ裏話】
 つくしちゃんがここまでメインに食い込んでくるキャラになるとは、書き始めた当初は想像もしてなかった。
 『お兄ちゃん』って呼ばせたらなんかハマって、修羅場の時にもっとハマって、バレンタインでもとんでもないイチャつき方しだして、とうるいの尾行でもディープになって、終章で完全に化けて……。書いた自分が一番驚いてる。
 ガチの最初は、もっと、美咲ちゃんとか友希那さんあたりがメインになると思ってた。

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77.弦巻こころがA組に遊びに来るシチュ(上)


 今回はリクエストで頂いたシチュ。キャラ指定は無し。


 

 昼休みの教室、俺は奥沢美咲との議論に勤しんでいた。

 

「だから何回も言ってんじゃん。地上最強の生物はクマ一択でしょ。肉食だし、パワーもあるし、体重500以上あるくせに走ったら時速60とか出るんだよ?マツ〇デラックス以上の質量体がウサイ〇・ボルト以上の速度で突撃してくる時点で勝ちじゃん」

「結局そんなの数値だけの話じゃねえか。俺の最推しのヤマアラシさんのトゲなんて見てみろよ。ライオンやトラですら手出しできないどころか、襲ったやつから血だらけになってんだぞ。あと可愛いし」

「クマだって可愛いんですけどぉ?」

 

 毎日のように雑談をしまくっている弊害として、とうとう話題が地上最強の生物は何かという、小学生の男子みたいな議題になってしまったが、これが結構楽しい。

 ちなみに条件は陸上で、闘技場での1対1を想定するものとする。

 

「そもそもヤマアラシのトゲなんて相手からの攻撃が無かったら無力じゃん。自分から攻撃することも出来ないくせに最強なんて名乗れるの?たかが草食のげっ歯類の分際でさ」

「うるせーな。カッコいいだろカウンタースタイル。自分は何もせずに相手に背中向けてるだけで勝手に外敵が傷ついて撤退するとか強者の貫禄でしかないだろ」

 

 今日もこんな感じでゆるい日常を過ごすのかと思っていたが、その日常はかなりあっけなく壊れた。

 壊音の霹靂。

 たった1人の金髪美少女の突入によって、穏やかな日常は騒がしい非日常に塗り替えられる。

 

「レー――――ン!!!」(窓の外からアクション映画みたいな勢いで入ってくる弦巻こころ)

 

「みーーさきーー!!!」(突入した勢いで側転とバク転でこちらに突撃してくる弦巻こころ)

 

「やっほー☆」(着地して可愛いポーズを決める弦巻こころ)

「あ、こころじゃん。やっほ~」(慣れたレン)

「元気だねぇ」(慣れた美咲)

 

 まぁでも、俺と美咲にとって騒がしい非日常など、もはや日常茶飯事だ。

 こころがヤバいからってツッコんでたらキリがない。

 弦巻こころ、それは爆発するように現れ、そして消える時は嵐のように立ち去る。

 こいつはそういう存在なのだ。

 

「それで、どうしたこころ?美咲とデートの約束か?」

「違うわ。今回の話はレンにも関係があるのよ」

「俺にも?」

「そうよ。あとは有咲にも聞いて欲しい話だったのだけど……居ないのかしら?」

「市ヶ谷さんならいつも通りポピパの子たちと中庭だよ」

「話、俺たちで先に聞こうか?」

 

 こころは少し迷っていたが、どうやら話すことにしたらしい。

 そして、こころが話し始めた内容がこちらだ。

 

 

「有咲を星にしたいの!」

「「えっ、殺すの?」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 こころが有咲を星にしたいと言った理由は、どうやら俺の記事が原因だったらしい。

 その時の記事は、有咲にインタビューした時の内容だったのだが……。

 

【インタビュー、一部抜粋】

『戸山香澄をどう思ってる?』

『どう思ってる、か。いきなり言われると難しいけど。でも凄いやつだなって思うよ。確かにあいつはバカだし考え無しなところもあるけど、なんか人を引き付ける人徳があるっていうか……なんて言えばいいんだろ、その……』

『カリスマ?』

『そう。それだ!ボーカルは星、なんて言うけど、香澄はまさにそれなんだよ。辛い時も、暗闇で迷った時も、あいつは私たちの道をいつも照らしてくれる。香澄はそういう存在なんだ』

『香澄は星……。正しい表現だとは思うけど、じゃあ香澄の輝きが曇ったら、お前らは終わりなのか?』

『どうだろうな。確かに香澄だっていかなる時も明るいかって言われるとそうじゃない。人間だから簡単に落ち込むし、壁にだってぶち当たる。今までもそんな瞬間は何度もあった。もしかしたら、そんな時はこれからも訪れるかもしれない。でもまぁ、もしもそうなったとしたら……その時は、私が香澄の星になってやりたい。私の星のシールに香澄が導かれてくれたように、私が香澄の闇を照らせるようになりたい』

『有咲が、香澄の星に?』

『自分でもガラじゃないとは思うけど、私はそのぐらいの覚悟でポピパやってんだよ。いや、覚悟なんて言葉を使うなら、『なりたい』じゃダメだよな……』

 

 

『私は、必ずあいつの星になる』

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「あたし、あの記事を見て感動しちゃったの!」

「へぇ、そいつはよかった。有咲に『カットしろ』って言われた部分までしっかり書き記してやった甲斐があるぜ」

「あんたホントいい性格してるよね……」

「それで、感動しちゃったから、あたしも有咲を星にしたくなっちゃったの!」

「悪いなこころ。それが意味わかんねぇんだわ」

「ねぇこころ。そもそも『星にする』って具体的に何するつもりなの?市ヶ谷さんに危ないこととかしないよね?」

「えぇ!そのあたりのことも授業中に考えてたの!」

 

 相変わらずの屈託のない笑顔で、こころがスケッチブックを取り出す。

 イラストは少し雑っぽいところもあるが、こころの口頭説明があればなんとかなるか……?

 

「まず、こんな感じのミッシェルの等身大ロケットを用意するでしょ?」

「おい美咲、この女『ロケット』とか言い出したぞ。いけんの?」

「まぁ弦巻家だしね。実際ミッシェルも飛んでるし」

「やっばコイツ……」

「何を今さら……」

「それでこのロケットに有咲を乗せて、ギューーン!って飛んでいけば、有咲をいい感じの流れ星にできると思うの」

「なんだよ『いい感じの流れ星』って……」

「しかもこれ、この子の中では100%の善意で言ってるからねぇ……」

「流れ星は流れ星よ!もしこれが成功したらすっごく面白いと思わない?」

 

 面白いって、そんな有咲のことを流れ星になんて……。

 流れ星に、なんて……。

 

「でも、『星になる』って最初に言い出したのは有咲だもんな……?」

「ちょっと?レンさん?」

「こころは善意で言ってくれてるんだもんな……?」

「少なくとも今のあんたの顔から善意は見えないんだけど?寧ろ碌なこと考えてないようにしか見えないんだけど?」

「知ってるか美咲?有咲ってめちゃくちゃリアクション面白ぇんだぜ?」

「うーわダメだこれ。最悪の展開だ」

「じゃあレン!この作戦、後で有咲にも伝えて──」

「いや、待てこころ。この作戦、もっと有咲をハッピーにできる方法を思いついた」

「有咲をもっとハッピーに!?」

 

 と言っても、やることは単純だ。

 こころは有咲にもやることを伝えて、合意を得ることを考えていたようだが……。

 

「なぁ、こころ。サプライズって知ってっか?」

「レン、それって……!」

「そうだ。有咲には何も伝えずに誘導して、そのまま前触れも無くあいつをロケットに閉じ込めるんだよ。そして訳も分からないままあいつは大空へ打ち上げられるんだ」

「いや、やめなって。市ヶ谷さんビックリしちゃうから」

「違うぜ美咲。ビックリするのがサプライズの醍醐味じゃないか。友達の誕生日を祝う時とか、何も言わずにいきなりパーティーにしたら楽しい反応してくれるだろ?」

「そうよ!そう考えたら凄くいいわ!サプライズ大作戦ね!」

 

 どうやらこの案はこころのお気にも召したようだ。

 

「じゃあ、帰ったら早速準備に取り掛かるわ!今から有咲の反応が楽しみね!」

「そうだな。俺と美咲に協力できることがあったら、何でも言ってくれよ」

「えぇ!頼りにしてるわ!それじゃあね!」

 

 昼休みの時間も残りが短くなり、こころは有咲が帰ってくるより先に退散した。

 

「……いや、ちょっと待って?なんであたしまで協力?」

「はぁ?ここまで聞いといて逃げるとか許される訳ないだろ。有咲の味方にならせないためにもな」

「とは言ってもあたしにできることなんてそれこそ限られて……」

「いや、お前は存在そのものが切り札みたいなもんだ。俺とこころが用件を隠してミッシェルロケットに入れようとしたら警戒されるだろ。でもお前はその辺の信用が高いから怪しまれずに済む」

「人が築き上げてきた信用をそんな風に使って恥ずかしいとは思わないの?」

「思わない」

「言い切ったよコイツ……」

 

 俺の道連れに呆れながらも、なんだかんだ最後には乗ってくれる。

 美咲のこういう所が、俺は結構好きだ。

 

「それにしても『サプライズ』ねぇ。ものは言いようって?」

「楽しみだよなぁ。『ドッキリ大作戦』」

「うん。全部終わったら取り敢えずあたしが一回シバこう。市ヶ谷さんの名誉のためだ」

「んだよ。こっちは善意で有咲の願いを叶えてやろうって思ってるだけじゃねえかよ!なんでそこまで言われなきゃいけねえんだよ!」

「善意ィ?」

「善意だよ」

「本音は?」

「『市ヶ谷有咲、星になる☆』って見出し、最高にロックだと思わねぇ?そそるぜこれはよぉ……!クハハハハハハハハッ!!!!」

「ホント地獄にでも落ちればいいのに。この男」

 





 更新は明日。

 夏休みも終わり、学校から始まるシチュです。
 こころちゃん、サブタイトルに名前が使われるのは94話ぶりになります。

【ガルシチュこそこそ裏話】
 リクエストには応えたいけど、リクエストボックスの開設当初はシチュだけの指定やキャラの指定だけを予想していたため、キャラとシチュの両方を指定したダブルバインド系のリクエストが多くなって難易度が高くなって結局なんも書けないパターンが多い。

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78.市ヶ谷有咲を星にするシチュ(下)


 全開に引き続き、リクエストのシチュです。


【作戦決行日の夜、弦巻家の中庭】

 

 ミッシェルロケットの開発は順調に進んだらしい。

 まぁ、ただのキグルミにジェットエンジン搭載してカッ飛ばすぐらいの技術力があるのだから最早驚くまでもない。

 そして、作戦決行の30分前に、有咲以外のメンバーが集まった。

 時刻が夜なのは当然、有咲を星にするため。

 星は夜空でこそ輝く。

 立案者のこころ、参謀の俺、巻き込まれた美咲、そして新メンバーに……。

 

「有咲相手にドッキリ大作戦、レン君も面白いこと考えるね~!誘ってくれてありがとう!」

「そりゃあ、有咲はお前のために星になるって言ったんだから、お前が見届けなきゃいけないだろ」

 

 戸山香澄。

 ポピパのリーダーであり、今日の作戦の仕掛け人。

 友人を罠に嵌めようというかなり邪悪な誘いではあったし、協力してもらえるかどうかも怪しかったが、『すっごく面白そう!』の一言で快諾してくれた。

 

「有咲は、まだ来てないんだよね?」

「あぁ、サプライズのために集合時間は有咲にだけ遅い時間を伝えてある。こころ。まだ有咲は来ないだろうし、最後に1回だけ段取りの確認をしようか」

「えぇ!絶対に有咲を笑顔にしましょう!」

「市ヶ谷さん、本っ当にごめん。愚痴なら今度いくらでも聞いてあげるから……」

 

 作戦決行まであと僅か。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 段取りの最終確認も終わり、それからしばらくすると有咲が弦巻家の門をくぐり、俺たちの元までやってきた。

 ついでにこころは離脱中。

 

「有咲~!やっほー!」

「よう香澄。あと、レンと奥沢さんも。このメンバー的に、私で最後か。みんな早いんだな。まだ集合時間10分前なのに」

「いや、あたしたちも今来たところだよ」

「そうそう。今まさに集まって、何の用で俺たちがこころの家に呼び出されたのかって話してたんだよ。有咲は何か聞いた?」

「いや、私も『見せたいものがあるから』って、ここに集まるように連絡が来ただけだし。この感じだと、みんなも何も知らない感じ?」

「「「うん」」」

 

 無論、嘘である。

 

「そっか。でも、その肝心の弦巻さんがいないのはどういうことだ?全員集まったって連絡しとくか?」

「いや市ヶ谷さん、その必要は無さそうだよ。ほら、あっちの方に」

「あ、こころんだ!お~~い!」

「香澄~~!みんな~~!」

「おい、こころのやつが押してる台車、随分デカいのが乗ってないか?謎の布で隠されてるから全貌は見えねえけど……」

「ホントだ。私らと同じぐらいの大きさじゃないか?アレ」

「一体なんだろう?」

「分かんない。あたしには見当もつかないよ」

 

 大嘘。有咲以外みんな分かってる。

 

「みんな、今日は集まってくれてありがとう!会えて嬉しいわ!」

 

 挨拶を交わすこころを余所に台車に置かれた物体は黒服さんたちに降ろされ、後は布が被っているだけとなった。

 

「えっと……弦巻さん」

「チャットで言ってた『見せたいもの』って」

「もしかしなくてもこの物体だよな……?」

「近くで見るとホントに大きいね」

「えぇ!この布を剥がしたらもっと迫力があるわよ!」

 

 こころは遠慮なく、布の端を掴む。

 どうやらもったいぶったりはしないらしい。

 

「それじゃあ、せーーのっ!!」

 

 バサッ!

 という小気味よい音と共に、ベールからソレは現れた。

 

「見てちょうだい!これが黄金の等身大ミッシェル像よ!」

「「「「おおぉぉぉぉ……!」」」」

 

 中身がどのような物かは知っていたが、やはりいざ見てみると迫力に圧倒される。

 あくまで像であるという前提がプッシュできるように、そして夜空の流星を輝かせるために見た目を黄金にした甲斐もあって、夜中の暗さをものともせず、ミッシェルはもうそこに居るだけで威光を放っていた。

 

「こんなものまで……やっぱ弦巻さんすげーな」

「しかもこれ、ただの像じゃないのよ!なんと……!」

 

 こころが『ミッシェル像』のスイッチを押すと像の後方がドアのように開いた。

 

「このミッシェル像、中に入ることもできるのよ!」

「黄金なだけでも迫力あるのにこんな仕掛けまであるのかよ!すげーな!」

「確かに凄いよね!流石こころん!(知ってる)」

「ほんとマジすげーよな(知ってる)」

「そうだよねぇ(こういう発想はあるのに、私がミッシェルに入ってるって発想は無いんだもんなぁ……)」

 

 そして、ミッシェルが開いたということは……。

 

「ねぇ有咲!この中に入ってみない?」

「えっ、私が最初かよ」

「有咲いいな~!ねぇこころん!後で私も入っていい?」

「じゃあ折角だし俺も香澄の後に」

「みんなが行くならあたしも行こうかな。黄金ミッシェルに入る機会なんて滅多に無いだろうし」

 

 作戦は順調に進んでいるが、油断はしない。こうやって外堀を埋めて、着実に有咲が断る確率を減らしていく。

 

「じゃあ、折角だし入ってみようかな」

「一名様ご案内よ~!」

 

 綿密な打ち合わせの甲斐あって、有咲は怪しむことなく黄金ミッシェル像の中に入っていく。

 そう何も知らずに。

 ミッシェル像がミッシェル像ではなく、ミッシェルロケットであることなど、想像もしないで。

 

 ガチャンッ!!

 

「!?!?」

 

 勢いよく黄金ミッシェルがその体を閉じる。

 まるでアイアンメイデンが、新しい獲物を捕らえたかのように。

 

「なぁ、弦巻さん。もういいんだけど?さっきから押してもミッシェルが開かないんだけど?なんか内側から『発射シークエンス』がどうとかって訳わかんないアナウンスが流れてるんだけど?ちょっ、弦巻さん!?弦巻さん!?」

「「「「……」」」」

 

 掛かった。

 慌てふためく有咲の表情や言動は、黒服さんが持ってきてくれたモニターに全て映っている。

 そしてモニターに繋がったマイクでこころが語りかける。

 

「やっほー有咲。楽しんでる?」

『楽しんでねー!!なんか大変なことになってんぞ!早くどうにか──』

「しないわよ?だってこれは有咲が望んだことなのだもの」

『いきなり呼び出されて黄金ミッシェルの中身を覗こうとしたらいきなり閉じ込められたこの状況のどこが私の望みなんだよ!』

「ううん。違うよ有咲。これは確かに有咲が望んだことなんだよ。正確には、これからその望みが叶うの」

『はぁ!?』

 

 マイク越しに伝わる香澄の声にも、有咲はまだ理解を示せていない。

 

「おい有咲。よーく思い出せ。答えは俺のインタビューで答えたことだよ」

『インタビュー?あ、インタビューといえばお前!よくもカットするように頼んだところまで使ってくれたな!私が「星になりたい」とか香澄みたいなメルヘン台詞をやらかしたところまで……おい、ちょっと待って。この状況って──』

「市ヶ谷さん。落ち着いて聞いてね。あなたは今から星になるの。自分でやらかした不用意な発言をこころが知ってしまったばっかりに」

「喜べ少女よ。君の願いはようやく叶う」

『おい待て!こんなの絶対おかしい──』

「もう遅いぜ。スイッチは既にこころが黒服さんから受け取った」

『ふざけんな!早くここから出せ!』

 

 そう言われて俺たちが出す訳もなく、既にスイッチはこころから香澄へと渡った。

 

「スイッチ、私が押しちゃっていいの?一番の盛り上がりだよね?」

「当たり前じゃない!」

「有咲は『香澄の星になる』って言ったんだからな」

「寧ろこの役目は戸山さん以外ありえないでしょ」

「え~、折角だから全員で押そうよ!ほら息を合わせてさ」

「いいわねそれ!そっちの方が面白そうだわ!」

「俺も賛成」

「じゃあ、あたしも賛成かな」

『おい!なに私をほったらかして楽しそうにしてやがるんだ!』

「大丈夫よ有咲!あなたもすぐに打ち上げてあげるから!」

『出せっつってんだろうがぁ!!』

 

 有咲の怒号を笑って受け流しながら、俺たち4人は円陣を組むようにスイッチに手を掛ける。

 4人分の手が重なる。

 

「じゃあ、市ヶ谷さん。良い空の旅を」

「有咲!帰ってきたら後で感想を聞かせてちょうだい!」

 

 優しい顔の美咲と、屈託のない笑みのこころが別れの挨拶を済ませる。

 

「おい有咲」

『なんだ!?』

「ボラーレ・ヴィ―ア(飛んで行きな)」

『こいつ、後で絶対に──』

「星になれ~☆」

『おいこら香澄!なにふざけたこと言って──』

「「「「せーの!」」」」

『香澄~~~~~~ッ!!!!』

 

 カチッ

 

 ゴオオオオオォォォォォォォォ!!!!

 

『ぎにゃああああああぁぁぁぁ!!!』

 

 唸る風圧、有咲の悲鳴、俺たちの笑い声。

 それだけを残して、黄金ミッシェルは盛大に打ち上げられた。

 

『おい!なんだよコレ!マジで飛び上がってるぞ!うっわもうこんなに離れてるよ高っけぇ!訳わかんねえよ怖えよ!なんでもう街中を見下ろせるところまで来ちまってんだよ!おいふざけんな!おい!誰か何とか言えよ!おい!聞いてんのか!?』

 

 モニターが少々うるさいが、黄金ミッシェルは無事に夜空の彼方へ飛んで行った。

 しかしミッシェルは夜闇に消えることはなく、ミッシェルの放つ黄金の輝きは、ジェットエンジンの炎と相まって、どんな一等星よりも強い光を俺たちに見せてくれた。

 流星一条。

 輝きは弧を描き、夜を照らし、空を裂いた。

 

 この日、市ヶ谷有咲は『星』になった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 流れ星になった有咲を眺めてちょっぴり感動したり、モニターに映る有咲のリアクションに一しきり笑い転げてしばらく、俺たちのもとに黄金ミッシェルが帰ってきた。

 煙を上げるミッシェルを開け放ち、疲れ果てた表情で俺達の方へ歩いてくる姿は、なんかカッコよかった。アルマ〇ドンの主題歌でも流してやりたい。

 

「有咲お疲れ~。楽しかった?」

「楽しいわけあるか!何の説明もなく空までぶっ飛ばされたんだぞ!楽しむ余裕なんてあるか!」

「あら?でも有咲ったら、途中で慣れてからは街の景色とか楽しんでなかった?『街って真上から見るとこんな感じなのか~』って」

「慣れてきたのホントに最後の最後だったんだけど……!さっきのとは違う意味で星になるかと思ったぞ」

「なんだよ有咲。『星になる』って最初に言い出したのはお前だろうが」

「こんな物理的な意味でガッツリ星にされるなんて誰が想像できるか!空までかっ飛ばして星にするとか訳分かんねえだろ!」

「いや、でも市ヶ谷さん凄かったんだよ?すごい速さで飛んで行ってキラーンってなったんだよ?キラーンって」

「奥沢さん。私、奥沢さんだけは信じてたのに。奥沢さんさえいれば取り敢えず最悪なことにはならないだろうって信じてたのに」

「はい。その信頼までしっかり隣の男に利用されました」

「まぁ、何はともあれ!」

 

 香澄が後ろ手に持ったフリップを持って、話の締めにかかる。

 『香澄の星になる』と有咲は誓い、そして今日、見事に香澄の目の前で有咲は星になった。

 作戦も問題なく進んだ。みんなハッピー。つまり……。

 

「「「「ドッキリ大成功~~~!!」」」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ドッキリも成功に終わり、後は有咲に怒られながらの雑談タイムとなった。

 

「なぁ有咲。ミッシェルの中ってどんな感じだったんだ?」

「ビックリするぐらい快適だったよ。普通に居心地よかったし」

「へぇ~」

 

 有咲の言葉を聞いてミッシェルの中を覗いてみても、居心地の良さはよく分からない。

 

「ほら、もっと奥の方とか見てみろよ」

「奥?」

 

 有咲の言った通り、ミッシェルの中の方に入って細部まで見ようとしたその時だった。

 

 ガチャンッ!!

 

「!?!?」

 

 勢いよく、俺の後ろで大きな金属音が鳴り響いた。

 まるでアイアンメイデンが、新しい獲物を捕らえたかのように。

 

「おい、有咲!?なんだよいきなり!どういうことだ!」

 

 慌てていると、ミッシェルの顔の裏側に当たる部分が光り始め、画面となって起動する。

 なんか発射シークエンスがどうとか訳わかんないことを機械音声がほざき始めた。

 

『やっほ~。オタク君、驚いてる?』

「おい美咲。これは何の冗談だ?」

『今からオタク君が入ってるミッシェルを~、空の彼方へ打ち上げちゃいま~す』

「……なんて?」

『人間って不思議だよね。どんなに強い人間でも、自分の優位を確信したら途端に脇が甘くなる』

「あの、美咲さん?」

『レン君、実は私たち、有咲へのドッキリを考えてる傍らで、レン君への逆ドッキリも計画してたの』

「嘘ぉ……」

『まぁ、この企画をドッキリにすることを言いだしたのはレンだしね。このぐらいの罰則は無いとさ』

「おいこころ!お前も知ってたのか」

『えぇ!バレないかどうかドキドキしたわ!』

「お前らぁ……!!」

『じゃあ、後の役目は丸投げしようかな。あんたに復讐する権利がある人にさ』

「へっ?」

『おいレン……!』

 

 怨嗟響(えんさどよ)めく有咲の声が、スピーカー越しに聞こえてくる。

 あぁ、このままだと俺も星にされる。恐らく、さっき4人で押したスイッチを、今は有咲が1人で握ってるんだ。

 

「なぁ、有咲!頼むから考え直してくれよ!俺たち友達だろ?まさか友達であるこの俺を騙し討ちで今から空へ打ち上げるなんて、そんな酷ぇことはしねえよなぁ?そんなのは外道の極みってやつだよなぁ?おい有咲!?おい!!」

『さっきは随分と楽しそうだったなぁ……!』

「ヒイィィィ!!!」

『もっと楽しんでくれよ!』

「おい美咲!香澄!こころ!誰でもいい!『スイッチ』を押させるな──ッ!」

『いいや限界だ押すね!今だッ!』

『ごめんレン。面白いから却下で』

「この裏切りもんがあああああぁぁぁ!!」

 

 カチッ

 

 ゴオオオオオォォォォォォォォ!!!!

 

「覚えとけお前ら!絶対に許さねえからな!」

『アリーヴェデルチ(さよならだ)』

 

 そんな有咲の言葉を最後に、俺は空へと打ち上げられた。

 ミッシェルの中は狭くて、自分の悲鳴がよく響く。

 

「ぎにゃああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 正面の画面には、真上から見下ろす街並みがあった。

 あまりもの高さに最初は震えあがっていたが、どんどん小さくなる街並みを見ているうちに、感覚も変わっていった。

 

「(ここまで高いと、『高い』というか、『遠い』って感覚だな……)」

 

 暗くなった街並み、その中で灯る街灯や住宅から漏れる光。その中を歩く、あまりにもちっぽけな人々。

 そんな人々の一つひとつ営みが、この夜景を築いていた。

 俺は満点の夜空を泳ぎながら、そんな当たり前のことへの感動を覚えた。

 

  この日、今井レンは『星』になった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【とある2人組の自主練の帰り道】

「あ、見て友希那!流れ星!」

「本当ね。…………でも、ちょっと近くないかしら?」

「気にしない気にしない!折角だし何かお願いしようよ。Roseliaの活躍とかさ」

「リサ。それは私たちが自力で勝ち取るものでしょう?」

「それもそうか。じゃあ、アタシたちがみんな仲良しでいられますようにって感じでいいか」

「そうね。あの一条の流星に誓いましょう。私たちの絆を」

 

 この日、街の中ではあまりにも距離が近い流れ星が2回ほど観測されたという。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【花咲川学園、掲示板前】

 

 『宣言達成!市ヶ谷有咲、星になる』の見出しで書かれた記事はかなりの注目を集めた。

 有咲のリアクションもしっかり画像のデータを黒服さんから頂いたので、しっかり使わせて頂いた。

 今は人が少なくなったので、有咲と一緒に記事の確認をしている。

 

「好き勝手に書きやがって」

「星になったのは事実だろうが」

「あんなの数に入るかよ」

「有咲」

「ん?」

「……あの時は、騙してごめん。流石に調子乗りすぎた」

「お前って、ホント悪に染まりきれないやつだよな。いちいち謝るなよ。なんだかんだ最後は楽しかったし」

「そっか」

「なんか奢れよ。今日の帰り」

「ん」

「ならいい。んじゃそろそろ教室行こうぜ」

「おう」

 

 そんな他愛もない会話と共に、俺は前で揺れるツインテールの後ろ姿を追いかけながら、騒がしい日常から、また穏やかな日常へと戻っていくのだった。

 





 今回のリクエストは『キャラはおまかせ。新聞にするためにドッキリ企画を行って、レン君に仕返しがあると尚良し』でした。
 『takassaky』さん。対戦ありがとうございました。
 今年の正月に送られてきたリクエストなので、もしかしたらリク主さんは覚えてないかもですがね。
 それにしても『仕返し』って。みなさん、もしかしてレン君が痛い目に遭うのが好きやったりとかします?

 あと、つくしちゃんの話を書いた時に、『2人とも可愛い』って感想が届くんですけど、レン君が可愛い時とか、ありましたっけ?

 そして、リクエストを見てみると、やっぱり甘々なシチュやデート的な話の要望が殆どなんですけど、この話みたいに友人とバカやる系シチュって求められてなかったりします?

【ガルシチュこそこそ裏話】
 料理する系のシチュを書く時は書く前に作者がちゃんと話に出す料理を作っている。
 そうした方が料理音痴あるあるの解像度が上がる気がするから。
【作者のヒミツ】
 実はそこそこの料理音痴。

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79.戸山香澄と普通に過ごすシチュ


 最近、よく雨とか降るよねってことで3000字ちょいの軽めのやつを一筆。

 今回はリクエストの香澄ちゃん。



 

 ここ最近、雨がよく降る。今日の朝も登校中にいきなり大雨が降り出したのだ。

 季節の変わり目だということもあり、気温も気圧も不安定なようだ。

 

「暇だなぁ……」

 

 そして、そんな気温と気圧の変化に対応しきれなかったのか、俺の前に座っている筈の親友はダウンして休んだ。

 なーにが『ごめん風邪ひいた』だよ。退屈させやがって。

 

「おっはよー!」

 

 そして、暇を持て余していた矢先に、雨でどんよりした空気を吹き飛ばすかのような掛け声と共に、A組の元気印こと戸山香澄が明るい笑顔で現れた。

 ……すっごいずぶ濡れで。

 

「ちょい香澄。ストップ」

「あ、レン君おはよ。どうしたの?」

「どうしたのじゃねえよ。ずぶ濡れのまま教室入ろうとしてんじゃねえ。まだ冷房ついてるから風邪ひくぞ」

「ホントだ。言われてみれば寒いかも?」

 

 コイツ、風の子にも程がある。

 しかもブルブルと体を振って、髪を荒ぶらせて水滴を飛ばす姿なんて大型犬のそれだ。

 

「こら。水滴飛ばすな。犬かお前は。ほら、拭いてやるからじっとしてろ」

「でもこのタオル、いいの?」

「まだ使ってないから気にすんな。ほれほれ」

「うぅ~ん」

 

 教室の扉の前で香澄の髪をワシャワシャしてやると、香澄は気持ち良さそうに目を閉じている。

 犬だ。ケモ耳みたいな髪型が雨でも崩れずにキープされてることも加わって完全に犬だ。

 

「しっかし、全身ずぶ濡れじゃないか。傘持ってなかったのか?」

「家出た時は降ってなかったし……」

「天気予報見とけよちゃんと。そんで、有咲はどうしたんだよ?お前ら行きはいつも一緒だろ」

「風邪だって。仮病じゃないよ」

「マジかよ。有咲もか」

「ってことは」

「美咲もダウン」

 

 あいつら、ツッコミのくせに休んでんじゃねえよ。俺がボケられないだろうが。

 

「というかレン君、いつまでワシャワシャするの?」

「もうちょっと水気とってから」

「長い~」

「こーら動くな。もうちょっとで終わるから」

 

 まぁでも、こんなものだろうか。

 風呂上がりの女子の髪とかも、このぐらいだった気がするし、後は時間に任せるしかないか。

 

「はい。じゃあこれ、俺のジャージ。今日中は返さなくていいから」

「いいの?レン君のジャージ濡れちゃうと思うけど」

「お前に体調崩される方が困るんだよ。お前ら女子は体冷やすとすぐ体調崩すんだから」

「だからってここまでは悪いよ」

「あと、あんまり言いたくないけど、下着透けてて目のやり場に困るからさっさと着ろ」

「……えっち」

 

 ちょっと恥ずかしそうにはしてるが、香澄は俺がパスしたジャージをしっかりとキャッチして着こんでくれた。

 助かった。ただでさえ夏服は薄手だし、香澄も胸はそこそこ大きいから服が張り付くと目立つ。

 香澄が白いブラジャーを着けていたことは、早いこと忘れてやろう。

 香澄の背中側の水色の生地に、うっすらと白いラインが見えて、清純さと色気がいい塩梅で混在していたことなど、俺は覚えていない。

 

「ジャージ、今日中は返さなくていいからな。タオルも」

「……いいの?」

「いいの。そんじゃあ後は自分の席で大人しく授業の準備でもしてろ。俺、温かい飲み物でも買ってきてやるから」

「待ってレン君!もうホームルーム始ま──」

「分かってる。何か聞かれたら『女の子ナンパしに行った』とか適当に言っといてくれ。そんじゃあな」

「ちょっと!……行っちゃった」

 

 成績悪いからホントはホームルーム抜け出して評価が下がる可能性は避けたくはあるが。

 なぁに、ホームルームを抜け出した程度で落ちる成績なら元より無いも同じだ。

 ぶかぶかのジャージを着た香澄を振り切って、俺は学園内の自販機に向かって走り出した。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 香澄のやつ、マジで『ナンパしに行きました』って言いやがるとは。

 お陰で担任から説教の嵐だ。外の大雨なんかよりずっとキツかったぞ。

 誤解は解けて一段落はしたが、そのまま時が経って昼休みになってもなお、俺の調子は上がらないままだった。

 雨でテンションは上がらないし、美咲は居ないし、退屈だ。そのせいで食欲も失せた。

 

「レン君!お昼食べよ!」

「なんでだよ。ポピパの連中は……って、そっか。今日の天気じゃ中庭は無理か。有咲もいないし」

「うん。だからたまにはレン君と食べたいなって。いい?」

「ダメじゃないけど、今は食欲無いんだよ」

「えぇ~!いいじゃんたまには~!」

「はいはい。後でな」

 

 弁当を持ってくっついてくる香澄の頭を撫でながら、適当に香澄をいなす。

 『もぉ~』とか言って可愛いことしてるが知らない。

 でも、しばらく香澄の頭を撫でていると、ちょっと不自然なことに気付く。

 

「あれ?香澄、ちょっと髪、荒れてないか?」

「そうかな?確かに今日は湿気凄かったからね。朝にびしょ濡れになってからは自然乾燥だし、クセっ毛だからダメージ大きいのかも」

「まったく。こだわりのツノ以外にも気を回せっての。ほら、櫛あるなら貸せ。髪やってやるから」

「……えっ、出来るの?」

「たまに姉さんが頼んでくるからな。そこらの男子よりは心得があるつもりだ。イヤならやらないけど」

「やって欲しい!」

「じゃあ美咲の席で飯でも食ってろ。俺は後ろで勝手に触るから」

 

 香澄を前の美咲の席に座らせ、俺は自分の机に座る。

 うん。丁度いい高低差だ。

 香澄の髪も梳きやすい。まぁでも、普段の香澄の髪はもっとサラサラなのだが……。

 

「やっぱり引っ掛かるな。ほとんど乾いてるとは言え、ちょっと傷んじゃってる」

「も~。気にしなくていいのに」

「ばーか。女の子ならちょっとは気を配れっての。せっかく綺麗な髪なんだから」

 

 卵焼きを口に運ぶのに忙しい香澄をよそ目に、俺は香澄の髪を梳いていく。

 でも、こうやってるだけでちゃんと持ち直してくるあたり、日頃のケアは怠っていないらしい。

 

「今日のレン君、なんかお姉ちゃんみたいだね」

「……お兄ちゃん、ではなく?」

「うん。お姉ちゃん。濡れてるって分かった途端にタオルとジャージまで貸してくれて、髪まで梳いてお世話してくれるなんて、理想のお姉ちゃんだよ」

「え~。せめて『お兄ちゃん』じゃダメか?女扱いとかいい気しないんだけど」

「うん。今こうして声だけを聴いてるだけでもそんな感じするよ。レン君って声も中性的だし、なんか、宇津美エリ〇とかセイウンスカ〇の演技してる時の鬼頭明〇さんの声を、一段階低くした感じの雰囲気してるでしょ?クールで穏やかで優しい感じのお姉さん」

「微妙に分からない例えやめろ。雰囲気だけの話だとしても、俺の声はそこまで女性寄りじゃない。そこからあともう3段階は低い筈だ。俺はそう信じたい。ていうか、その手の姉力だったらそれこそ、うちの姉さんの方が『お姉ちゃん』って感じがするんじゃないか?」

「リサ先輩かぁ。確かに姉力は強いけど、リサ先輩は、『リサ先輩』って感じだから、お姉ちゃんとは違うかな」

「……そう?」

 

 香澄の基準は、たまによく分からない。

 まぁいい。香澄の髪もこれで充分整っただろう。

 

「はい。終わったよ」

「うん。ありがとね。あれ?仕上げのなでなでは?」

「はいはい。よしよし」

 

 自分で整えたばかりの髪を自分でワシャワシャするのは抵抗があったが、まぁ、本人が構わないならいいか。

 

「うし。せっかくだし、やっぱ俺も弁当にするかな。食欲出てきたし」

「いいじゃん!一緒に食べよう!まだ唐揚げ残してるから交換しようよ!」

「えっ、マジ!?いいの?」

 

 こういう時に人に唐揚げを譲れるあたり、俺はこいつの方が姉っぽい気がするのだが、それを言うと香澄はが調子に乗りそうなのでやめておこう。

 

「レン君」

「んー?」

「有咲や美咲ちゃんには悪いけど、たまには2人きりもいいね」

「それ間違っても本人たちに言うなよ。絶対話ややこしくなるから」

「わかってるよ~」

 

 大雨が窓を打ち付ける教室の中。

 お互いに無二の親友が居なくて退屈なだけの2人ではあったが、なんだかんだ仲良く話し合って、昼休みから放課後までをいつも通りのテンションで過ごしていったのだった。

 

 ただ普通に過ごしただけの日常ではあったが、それでも居心地は良かった。

 

 以上、これがとある雨の日の、友人との日常でありましたとさ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ちなみにあの後、雨は嘘のように上がり、帰りに傘は必要なくなった。

 放課後は香澄と一緒に帰るという手もあったが、今回は有咲と美咲がダウンしたこともあったので、放課後は二手に分かれて、香澄はポピパの連中と有咲の家へお見舞い、俺は美咲の家へお見舞いに向かった。

 

「ねぇ、レン。あたしのことなんかいい。あたしはもう大丈夫。だから妹の相手させてよ……」

「だーめ。ちゃんと温かくして寝ろっての。妹ちゃんに風邪うつしたらどうすんだよ。気温差なんかにやられやがって」

「……ごめん。じゃあ、暇つぶしに妹に作ってる羊毛フェルトの続きを──」

「寝ろっつったろうが!」

「うぅ……」

「(こいつも大概、姉の鑑みたいな奴だよな……)」

 

 ちなみに美咲の世話を焼きまくっていると、美咲はすぐ眠りについた。

 そして家の中でそうこうしてるうちに、奥沢家の妹ともちょっとだけ仲良くなったのは、また別のお話。

 





 今回のリクエストは『シチュはお任せ、とにかくレン君と香澄ちゃんの絡みが見たい』でした。
 『通りすがりの幻想』さん。対戦ありがとうございました。
 今回のリクエストはキャラのみのシングルバインドだったので書きやすかったですね。

 今回は季節の変わり目でよく雨が降るねってことでこんな感じの書きましたけど、読者の皆様も体調の方、お気をつけくださいね。

【ガルシチュこそこそ裏話】
 この手の日常回は好きだけど、刺激が少なくて盛り上がりが無いから書き終わってから毎回のように不安になる。

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80.二葉つくしの誕生日を祝うシチュ


 誕生日記念とかはやらない主義なのですが、流石にこの子はやらない訳にはいかない。

 という訳でちょっとした小話を。短いけどこの子は他でも書きまくってるのでね。



 

 午前7時、人によっては早朝とも言える涼しい時間帯。

 制服を着て歩いていると、向かいから制服を着たお嬢様が歩いてきた。

 

「おはよう。つくし、偶然だな」

「おはよう。レンさん、こんな時間に会うなんて珍しいね」

「これも好き合ってる男女の運命なんだろうな。儚い……」

「もう、運命だなんて……」

 

 ・・・

 

「「……なーんて☆」」

 

 そう言い合いながら2人で笑い合う。

 当たり前だ。平日のこんなに朝早くに制服姿で学校の方面も違う2人が偶然会うことなんてある訳がない。

 そう。今日の俺たちはわざわざ早起きして朝食や準備も早々に済ませて、この瞬間のためだけに集まったのだ。

 

「それで、こんな朝早くに集合なんて、何の用事?」

「どうせ分かってるくせに」

「そっちから言って欲しいの」

「まぁ、だよな。じゃあ気を取り直して」

 

 上目遣いの小柄な美少女を真っ直ぐに見つめる。

 付き合ってまだまだ短い関係だが、目を合わせるだけならそこまで緊張もしなくなった。

 

「お誕生日おめでとう」

「ありがとう。日付が変わった瞬間にも連絡くれたけど、やっぱり直接言ってもらえるのは嬉しいね。しかも直接祝ってくれたの、家族以外ならレンさんが最初だよ」

「当たり前だ。どうせ今日はモニカの連中とかほかの奴らとの予定でいっぱいなんだろ?その後だって家族と過ごすだろうし、放課後と夜が無理なら朝に祝うしかないだろ。だから集合時間がこんなことになったんだし」

「でも、朝からレンさんの制服姿が見られるなんて嬉しいな。こんな機会めったに無いし」

「確かに。つくしの制服姿も似合ってるよ。世界一可愛い」

「もう。レンさんったら……」

 

 可愛い。

 でも、いつまでもこうしてる訳にはいかない。

 忘れちゃいけないが、俺もつくしも、この後は普通に学校だ。

 

「じゃあ、プレゼントも渡すか。大したものじゃないけど、はいコレ」

「……クッキー?」

「ほら、この前のお泊り会でさ、俺の手料理を食べてみたいって言ってたろ?だから料理ではないけど、お菓子作りに挑戦してみたんだ」

「じゃあこれ、手作り!?レンさんの!?」

「あぁ。姉さんに土下座して作り方を教えてもらって、数多くのダークマターを作り出して、そんな屍の山を築き上げた末に辿り着いた最高傑作だ」

「リサ先輩が付いてたのに失敗続きだったの?」

「姉さんには作り方聞いただけだよ。つくしに渡すものだから、どうしても自分の力だけで作りたかったんだ」

「……大変だったでしょ」

「うん。頑張った」

 

 いや、もう、本来ならもうちょっと謙遜とかした方がいいんだろうけど、これに関してはマジで頑張った。

 

「ともかく渡せてよかったよ。バレンタインのお返しも出来てなかったからな」

「あぁ。ホワイトデーは作者さんの都合で終章が重なっちゃってたんだもんね」

「そうだな。しかもホワイトデーに投稿された話、結構キツめの話だったし、その翌日の話とか、俺、お前にビンタされてるし」

「あれはレンさんが情けなかったからでしょ」

「うん。そうやって厳しいこともしてくれるお前のそういうところが、本当に大好きだよ」

「……ばーか」

 

 うん。やっぱり好きだなぁ。この子のこと。

 

「じゃあ、もう1個も渡すか」

「まだあるの?」

「恋人への誕生日プレゼントがクッキーだけってのは流石にな。ほら、目閉じろ」

「こう?」

 

 俺の方へ顔を向けたつくしが目を閉じて待っている。

 綺麗な顔立ち。

 キス待ち顔にも見えるその表情に少しだけドキッとして、俺はそのままつくしの首の後ろへ手を回す。

 

「わっ!何!?」

「あっ、コラ。動くな」

「ごめん……」

 

 その後、見えづらい場所から金具を留めるのに苦戦し、やっと上手くいった。

 

「レンさん、これ……」

「ネックレス。あんまり高価なやつじゃないけど」

「いや、すっごく嬉しいよ。クッキーだけでも嬉しかったのに」

「そりゃどうも。似合ってるよ」

「えへへ……」

 

 似合ってる。綺麗だ。可愛い。そんな感想を本当は1時間ぐらいぶつけたいところだが、時間の余裕は無いままだ。

 本当に忘れちゃいけないが、俺もつくしも、この後は普通に学校だ。

 

「そろそろ解散だな」

「……そうだね」

「よし、それじゃあ──」

「やっぱり待って!」

 

 ・・・

 

「ワガママ、言っていい?」

「……いいよ。今日はつくしの誕生日だからな」

「なら、途中まで、一緒に行きませんか?……手とか、繋いで」

 

 気付けば俺は、目の前の少女の手に指を絡めていた。

 デートの数も多くは無いが、お互いにちょっとは恋人つなぎに慣れてきたらしい。

 

「行こう」

「うん。ありがと」

 

 ダメだな。

 つくしの笑顔とワガママには、一生かかっても逆らえそうにない。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 仲睦まじく手を繋いだはいいが、別れはすぐに訪れた。

 ここからもう少し先を行くと、月ノ森の生徒と出くわす可能性が出てくる。

 それを悟って、どちらから言い出すでもなく、俺たちの手がゆっくりと離れた。

 

「ここまでだね」

「そうだな。じゃあ、行ってらっしゃい」

「変なの。さっきまで一緒に登校してたのに夫婦みたい」

「なんだよ。行ってらっしゃいのキスでもした方が良かったか?」

「…………」

「……」

 

 あー、これは……。

 

「つくし」

「なに?」

「周り、まだ誰もいないよな?」

「いないけど」

「じゃあ遠慮なく」

 

 chu-

 

「……!」

 

 つくしの小さな体を抱き寄せ、そのままつくしの頭に手を添えて、無防備なおでこに唇を押し当てる。

 当のつくしは不意打ちのせいで目をまんまるにしている。

 

「行ってらっしゃいのキス。満足した?」

「したけど不意打ちは卑怯でしょ……」

「悪かったって。じゃあ今度こそ行ってらっしゃい」

「むぅ……」

 

 最後につくしは、そのままそっぽ向いて行ってしまった。

 

「(ちょっと寂しいなぁ……)」

 

 なんて、思いながらつくしを見届けて、俺も学校に行こうかと考えた辺りで、つくしが方向を変えて、走ってこちらに戻ってきた。

 

「ごめんレンさん!そういえば1個言い忘れてた!」

「言い忘れ?」

 

 そして近づいてもつくしは小走りをキープしたまま。

 

「おいつくし。そんなに慌てなくても──」

「隙あり!」

「へっ?」

 

 chu-♡

 

「……!」

 

 頬に、柔らかい感触が押し当てられた。

 背伸びをして、俺の両肩に手を乗せて、俺に体重を預けたつくしの良い匂いが、俺の鼻腔をくすぐった。

 そして、驚いて何かを言う前に、つくしはもう俺から離れていた。

 

「お兄ちゃん。今日は本当にありがと!大好きだよ!」

「……!」

「それじゃ、行ってきます!」

 

 満面の笑顔でそんなことを一気に伝えて、つくしはそのまま走り去ってしまった。

 

「卑怯なのはどっちだよ……ばーか」

 

 その場に残っていたのは、不意打ちで色々と持っていかれた男子高校生が、ただ恥ずかしそうに立ち尽くす姿だけだった。

 

 その後に向かった学校は遅刻こそしなかったが、その日の授業はずっと集中できなかった。

 せっかく熱が冷めて頭がスッキリしたばかりの時に、

 

『行ってきますのちゅー、どうでしたか?』

 

 なんてメッセージが飛んできたせいで更に俺の集中は乱されることとなった。

 

 この日の俺は、つくしのことしか考えられなかった。

 





 彼らが明確にハグしたり唇へのキスをしなかった理由は、『それをやるとお互いに歯止めが効かなくなって離れたくなくなってしまう。外でお互いを求め合い過ぎてしまうのはマズい』という理性が働いていたからストップをかけてた。という感じです。

 という訳でつくしちゃん、誕生日おめでとう。
 この小説がここまで愛されるのは、君の影響が大きいように思うよ。

【ガルシチュこそこそ裏話】
 作者が終章で一番好きな話は『終章10.黎明』。
 想定外だったのは、癒し枠のつくしちゃんがカッコよくなり過ぎたこと。
 そしてその話の感想でも『つくしちゃんカッコいい』のコメントが多かったこと。

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81.上原ひまりと秋スイーツなシチュ


 今回はリクエストのひまりちゃん。

 免許合宿や内定式をやっと片付けたのでゆるっとした日常を書きたくなって。




 

 秋と言えば、読書の秋、スポーツの秋などという言葉が散見されるようになるが、やっぱり世間での一番人気は食欲の秋だろう。

 特にスイーツの誘惑は数多くの女性たちを虜にしている。

 そして世間の注目が集まっているということは、当然取材をしないという選択も存在しない訳で。

 俺は今、駅前のスイーツ専門店でリニューアルされた秋限定のスイーツを調査すべく、男1人で休日の女性客がひしめき合う場所に乗り込んでいたのだった。

 

「にしても女性客ばっかりだな。もしかしなくてもアウェーか?俺」

 

 多少の心細さはあるが、怖気づいてはいけない。

 俺はジャーナリストとして、花咲川の女性陣に秋スイーツの情報を提供する義務があるのだ。

 

「ふぅむ。モンブランやサツマイモのタルトみたいな旬の人気スイーツは無難に抑えとくとして、ハロウィン系のスイーツも確保しときたいよな。カボチャのケーキに、この茶色いやつは……ドクロのデザインか?なんだこの是非も無いチョコ。食欲無くすだろ。でも写真に撮ったら映えるな。表紙にも使えそうだ」

 

 銀のトレーに、どんどん秋スイーツが乗せられていく。

 この専門店はパン屋のように、トレーに思い思いに気になったスイーツを乗せてその後で会計、という形式を取っているので、油断するとすぐに多くの商品を取ってしまう。

 だがまぁ、取材である以上はたくさんの商品を頼んだ方がいいのは確かだ。

 困ったらお持ち帰りも出来るみたいだし、わざわざテーブルで食らいつくさなきゃいけない訳でもない。

 問題は、専門店だから値段が高いことぐらいか

 

「福沢……樋口……野口でもいい……誰か、生きてる奴はいないのか……?」

 

 また口座からバイト代を引き出さなければ。

なんてことを考えながら会計を済ませて、テーブルを探していると、見知った顔と出くわした。

 まぁ、秋の限定スイーツが売られてる場所でコイツと出くわさないことの方が難しいか。

 どうやら向こうも、特徴的な二つ結びと豊満な乳房を揺らしながら、こちらの存在を捕捉したようだ。

 

「あ、レン」

「お、ひまり」

 

 ・・・

 

「「よぉ」」

 

 店も混んでたから取り敢えず一緒に座ることにした。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「レンが今やってる取材の話とか、色々と聞きたいことはあるんだけどさ……」

「そうだな。でもそれはやるべきことをやってからだ。せっかく俺たちは秋の限定スイーツを確保し、テーブルに座って落ち着ける環境に辿り着いたんだ。だからまずは……」

 

 ひまりはスマホを、俺はデジカメを取り出す。

 

「「写真撮ろう!!」」

 

 まぁ、これは基本だ。

 

「あ、レン。せっかくだからスイーツと一緒に私もカメラで撮ってくれない?自撮りじゃないやつもSNSに投稿したいからさ」

「おっけー。やっぱ俯瞰の構図は欲しいもんな」

 

 パシャパシャッ!パシャパシャッ!

 

「そうだ。せっかくだし私のスイーツ、レンのトレーに乗せようよ。2人分の量でスイーツ盛りだくさんな感じも演出できた方が映えるよね?」

「あ、それいい。一面飾れそう」

 

 パシャパシャッ!パシャパシャッ!

 

「レン~。こんな感じっていいと思う?」

「そうだな……悪くないけど、もうちょっとカメラの位置を下げてもいいと思うぞ。ほら、このスイーツをこっちに向けて……ほら、こっちの方が可愛くないか?」

「ホントだ!あ。じゃあ、このスイーツもさぁ。こうして……」

「あ、凄ぇ。超可愛い!後でデータ送ってくれよ!」

 

 パシャパシャッ!パシャパシャッ!

 

「待ってひまり。いいこと思いついた。いっそのこと横から超アップでモンブラン撮ろうぜ」

「お、いいじゃん流石」

「まだ早いぜ。ここで敢えて風景をぼかせばよぉ……」

「ちょっ、待ってよ天才!?」

「これ神っただろ!」

「じゃあこのケーキも撮ろう!そのやり方でいくなら絶対この子が一番強い!この子なら照明が反射して艶が出てくれる!」

「ひまりよぉ。相変わらず頼りになる女だぜお前は!」

 

 パシャパシャッ!パシャパシャッ!

 パシャパシャッ!パシャパシャッ!

 

 撮影会は、しばらく続いた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「なるほど。秋の限定スイーツ特集ねぇ……」

「まぁ、花咲川は女子が多いから、やっぱり秋スイーツの話題は外せなくてな」

「確かに。私なら絶対に食いつくよ。そんな記事があったら」

 

 撮影会も落ち着き、俺たちはテーブルでスイーツに舌鼓を打ちながら雑談に興じていた。

 

「ん……。これは、カボチャの味が強いな。素材の味を活かしてるってとこか。これもメモっておかないと」

「フォーク持ったりボールペン持ったり、レンはスイーツ食べてる時まで忙しそうなんだね」

「書くこと書いたらちゃんと味わって食べるよ。このためだけに腹空かせて来たんだから」

「そっかぁ。あむ、うまっ……」

 

 それにしても……

 

「んん~~~っ♡」

 

 ひまり、凄く幸せそうにしてるな。

 

「美味しい?」

「うんっ!」

 

 可愛い。

 

「そういえば、今日は食欲のセーブしてないんだな。いつも苦しんでるのに。この前だって秋は誘惑が多くて大変だとか言ってたのに」

「今日は良いの!この一週間、この日の為だけにスイ禁してきたんだから」

「『スイ禁』て……。でも、そうだったのか。CiRCLEでもいつも通りにライブとかしてたのに、ひまりがあのスケジュールをスイーツ無しで乗り切るとは」

「お陰で蘭たちから変な心配とかされたけどね。ちょっと我慢しただけで『風邪ひいた?』とか言ってくるんだよ?」

「そんだけ大事にされてるんだろ。流石リーダー」

「ふふん。まぁね~。けど、それも今日で終わり。やっぱりいつも頑張ってる人間はこれぐらいの贅沢をするべきなんだよ」

「なるほど。今日は自分へのご褒美って訳か」

「イグザクトリー!あむっ、んん~~っ♡」

 

 よほど楽しみにしてたんだろう。

 ただでさえ癖の強いAfterglowのメンバーをリーダーとしてまとめあげ、その上でバイトや部活にも手を抜かなかいような奴だ。

 そう考えると、どうしてひまりは普段からカロリーのことなんて気にしているのだろうか?

 寧ろこんだけ動きまくってるなら糖分は必須だろうに。

 まぁでも、バンドマンは人前に出るものだし、年頃の女の子だから細かい体重の増減も気になってくるのだろう。

 

「ねぇレン。この黒猫のパンケーキ、すっごく美味しいね!」

「……そうだな」

 

 だからこその今日。

 いつも頑張ってる奴が、折角こうして羽を休めているのだ。

 だったらカロリーの話をするのも無粋だろう。

 頑張ってる奴は、ちゃんと『頑張ってるな』って認められるべきなのだから。

 そう思うと、俺はいつの間にか自分のワッフルをフォークで切り分けていた。

 

「ひまり、良かったら俺のワッフルも食べるか?」

「えっ、いいの?」

「いつも頑張ってるひまりに、俺からのご褒美だよ。あと、お前のお陰でいい写真が撮れたから、そのお礼も兼ねて」

「いや、悪いよそんなの!レンの分なんだから味わって食べなよ!」

「ご褒美って言ったんだから気にしなくていいんだよ」

「それに、こんな予定外のスイーツはカロリーも──」

「はい、あーん☆」

「あむっ!」

 

 向かいの席のひまりの口にワッフルをねじ込んで文字通りに有無を言わせず黙らせる。

 今日という日のこの場所で『カロリー』なんてふざけた単語を言わせる訳にはいかない。

 そういう現実から離れるために、ひまりはここに居るのだから。

 

「どう?美味しい?」

「うぅ。美味しいけど意地悪だよ。こんなに甘やかされちゃったら私……」

「スイートポテトもあるけど?」

「ちょっ、いいから!いいってば!いくら旬のサツマイモをふんだんに使用してる上にパリから取り寄せた上質な生クリームと北海道産のバターがスイートポテト全体の風味を優しく包み込んでるからってそれを私の口に持ってくるなんて太っちゃうから絶対にダメ~~!」

「美味そうな食レポしてくれたお礼にあ~ん☆」

「あ~ん♡」

 

 まったく。今日ぐらいは誰かに甘やかされてもバチは当たらんだろうに。

 

「私、ダメになっちゃう……」

「今日ぐらいダメになってもいいだろ。いつも頑張ってるんだし」

「本当にそう思ってる?」

「本当にそう思ってるよ。俺がひまりなら、あの4人をまとめてリーダー張るなんて絶対無理だし。お前は凄いやつだ。それにさ……」

「それに?」

「俺、いっぱい食べてるひまりが好きなんだよ。見てるこっちが幸せになってくる」

「本当にそう思ってる?誘惑に負けそうな私を見て面白がってるだけじゃないよね?」

 

 負けそうってか。スイートポテト食べた辺りで誘惑にはもう負けてるような……。

 まぁ、美味しそうにスイーツを食べてるひまりを見てると幸せな気持ちになるのは事実だし。

 

「今日は自分へのご褒美なんだから気にしなくていいんだよ。ほら、何食べたい?」

「まだ甘やかすの?流石にこれだけ食べた後に注文なんかしないからね?」

「『らせん階段』、『カブト虫』、『廃墟の街』……?」

「『イチジクのタルト』?」

「はい、ご注文いただきました~☆」

「ちょっ、待ってよ!今のは誰だってそうなるじゃん!こんなの卑きょ──」

「あ~ん☆」

「んんっ♡果肉と生クリームが紡ぎ出す色とりどりのハーモニー♡」

 

 文句を言いながらも、フォークで切り分けたタルトにしっかりと舌鼓を打つひまり。

 やっぱ面白いなコイツ。

 

「ねぇ、レン」

「何?」

「私、いつも頑張ってると思う?」

「無論だ」

「いっぱい食べる私を見ると、幸せ?」

「まぁな」

「こんな私を可愛いと思ってくれる?」

「うん。ひまりは可愛いよ」

 

 あぁ、堕ちたな。これは。

 

「カボチャのケーキ、ちょうだい?」

「いいのか?」

「いいの!今日は自分へのご褒美なんだから、嫌なことは考えるのは明日から!」

「オッケー。じゃあ今度は大きめに切っとくな」

「うんっ」

「はい。あーん☆」

「あ~ん♡」

 

 もう彼女に迷いは無かった。

 

「んん~~~っ♡」

 

 そして、迷いが無くなってからのひまりは、さっきまでよりもずっと、ずば抜けていい表情でスイーツを食べるようになったのだった。

 やっぱりスイーツを食べる女の子は、何も気にせずに満面の笑みを浮かべて幸せそうにしているのが一番なのだ。

 一切食べないというなら、それはそれで尊重されるべきだとは思うが、食べると決めてもう店に入った以上は、中途半端に我慢せずに満足いくまで食べた方が後腐れなく済んでいいに決まってる。

 

「ほらひまり、あーん☆」

「あむっ♡」

 

 そしてそんな今日一番の幸せそうな表情を遠慮なく振りまいてくる少女の笑顔をコッソリと撮影して、俺は悪い顔でほくそ笑むのだった。

 

 ──計画通り☆

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【後日、花咲川学園、掲示板前】

 

 しばらくして、俺の計画した秋スイーツ特集は無事に完成を迎えた訳だが、見出しに使うことになった写真はスイーツではなく、そのスイーツを美味しそうに頬張っているひまりの写真が採用された。(本人の許可はちゃんと取った)

 こういう宣伝は、ひたすら美味そうに食ってる人間が一番強いのだ。

 可愛い子が幸せそうに食ってるだけで、この記事は8割完成してるとも言っていい。

 そして『Afterglowリーダー上原ひまり、憩いの休日』というタイトルは大きく注目を集め、花咲川の女性陣からはかなりの好評を得ることが出来た。

 話題の秋スイーツの宣伝もしっかりこなすことが出来たし、ひまりの食レポがあったお陰で秋スイーツの味や魅力も想像以上に伝えられた。

 だがしかし、心無いアンチは何処にでもいるようで……。

 

『月曜の朝から飯テロなんてサイテー!』

『せっかく今まで秋スイーツの誘惑を我慢してたのにこんなのって無いよ!』

『なんであたし達の居ないところでひまりを甘やかしたの!週明けの朝から体重計の上で泣いてる幼馴染を連れ出すのがどれだけ面倒か分かってるの!?』

 

 なんて苦情も大量に寄せられた。

 

 ひまりには取材の協力をしてくれたお礼に、コンビニスイーツでも買ってやろうかと思っていたのだが、どうやらそれはやめておいた方が良さそうだ。

 

 薫先輩のブロマイドでも渡せば、ちょっとはダイエットのモチベに繋がるだろうか?

 取材協力はマジで助かったし、食わせた責任もある。

 今回のお礼は、『ギターのチューニングで思わず真剣な表情を見せる瀬田薫』の写真で手を打つとしよう。俺が持つ交渉材料の中でもかなりのとっておきだ。

 文句は言わせん。言ってきたらそのうるせぇ口にコンビニスイーツをねじ込んでやる。

 





 今回のリクエストは『とあるお店で限定スイーツを食べに来たらひまりちゃんとあってそのまま一緒に限定スイーツを食べたりバンドのこととか話し合うシチュ』でした。
 『ヤミマクロン』さん。対戦ありがとうございました。
 注文が多かったので意に沿えたかは不明ですが、ご満足いただけたら幸いです。
 いつも感想ありがとうございます。

 続編(おまけ)と言いつつ、続きを求める読者様が多かったり、リクエストが止まらなかったり、私が思ってたより書けてしまうこともあって、結局ズルズルと書き続けてしまってるの、なんかカッコ悪いなと思いつつ、でも書きたいと思うから書いてます。

【ガルシチュこそこそ裏話】
 1か月近く何も書いてないと話の書き始め方がマジでわからん。

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82.チュチュに見つかるシチュ


 今回は4000文字、ちょっと短め。



 

 江戸川楽器店、この店は楽器店という看板を掲げてはいるが、売っているのは楽器だけという訳でもない。

 音楽関係の雑誌や、音楽に関するグッズなら大抵は揃っている。

 そして俺は、ギターの弦を見に来たついでに他のコーナーを見ていた折、そこでとんでもないものを見つけてしまった。

 

「ネコ耳が付いた……ちょっと良さげなヘッドホン……」

 

 マズい。学校帰りにちょっと寄っただけなのに、とんでもねぇモノが売られていやがった。

 

「まぁ、流石に買わないけどな……」

 

 だって見るからに上質なやつだし、値段を見てみたら麻弥さんがコラムでおススメしてたヘッドホンよりも高い。

 俺も貯金はある方だが、あまり無駄遣いは出来ない。

 

「うん。買わない買わない……」

 

 そもそもネコ耳が付いたヘッドホンが俺に似合う訳がない。

 男がつけたって仕方ないのだ。

 こいうのは、もっと可愛い感じの女の子がつけてこそのものなのだから。

 それこそ、チュチュみたいな……。

 

「チュチュ……みたいな……」

 

 ある意味、俺の憧れで、俺の恩人。

 誰よりも小さくて、誰よりもカッコいいあの人……。

 

「気にはなるな……」

 

 もとより男子という生き物は、ヒーロー帽みたいなグッズには目がないのだ。

 憧れの人が身に着けているものと同じものがそこにあれば、やっぱり惹かれるものがある。

 しかも多分これ、チュチュが使っているやつの最新モデルだ。本人が使ってるヘッドホンとは色が違うが、形状はかなり似通っている。

 こんなものが店頭に並んでいる光景は珍しい。

 この機を逃したら、知らない内にお目にかかれなく……なんてこともあり得る。

 

「(チラッ……?)」

 

 商品のサンプルはある。

 棚の横には小さな鏡もある。

 

「つけるだけ……一瞬つけてみるだけだから……」

 

 ネコ耳ヘッドホンのサンプルを手に取り、頭につけて小さな鏡を覗き見る。

 

「……」

 

 鏡の中に映っていたのは、似合いもしないネコ耳ヘッドホンをつけている男子高校生の恥ずかしそうな表情。

 そしてその後ろから面白そうに様子を眺めている小柄な少女。

 

「なっ、お前!!」

「Hi.レン。元気そうね」

 

 振り返ると俺の恩人がすぐそこまで近寄っていた。

 ズンズン、ズンズン歩いてくる。

 急いでヘッドホンを外す頃には目と鼻の先にいて。

 あれっ、近くない?

 

「それにしても……」

 

 まだ近付いてくる。

 後ずさっているのにまだ近付いてくる。

 棚に背中が当たって俺はもう逃げ場が無いというのにまだ近付いてくる。

 

「随分と可愛いことをしていたわね?レン」

「……なんのことだよ?」

「そのヘッドホンの前でドギマギしてる現場ならバッチリ目撃してるけど?」

「うっ……」

 

 一番見られたくないやつに見られた。

 

「そうだったのか。じゃあ忙しいから俺はここで──」

 

 ドンッ

 

「(これは、壁ドンならぬ棚ドン……!?)」

 

 逃げられなくなった。

 

「ダメじゃない。目的も無くワタシから逃げるなんて」

 

 チュチュが俺の上着の襟首を掴み、無理やり引き寄せて目線を合わせてくる。

 マズい。こんなことされたら夢女子になる……!

 

「アナタって本当にワタシのこと好きよね」

「そうだよRASの中では最推しだよ。分かってるならからかうのやめろよ」

「良いのかしら?RASのメンバーから壁ドンされるなんて貴重なシチュエーションだと思うけど?」

「くっ、うるさいぞ……!」

 

 正直、満更でもない。

 チュチュの眼光がすぐ近くで俺を射抜いているというだけでもなんか色々とヤバい。

 なんで上目遣いなのにこんなにカッコいいんだよコイツ。

 近いし、なんか顔も熱くなってきたし……。

 

「アナタ、いつもライブに来てくれてるわよね。感想だって送ってくれるし、これでも感謝してるのよ」

「感謝してるなら離せよ」

「ダメよ。今からやるのはお礼も兼ねたファンサービスなんだから」

「ファンサ……?」

「えぇ。たっぷり可愛がってあげるわ」

 

 このドS、俺が屈んでいるのをいいことに耳元で囁き始めた。

 

「ワタシ、ライブ中でもアナタのことちゃんと見えてるのよ?」

「嘘だ。あんなに観客がいるのに、そんな……」

「DJって観客席がよく見えるのよ。この前『チュチュ命』って書かれたTシャツ着てたでしょ?」

「くっ……。そっ、それがなんだよ?変態だとでも言いたいのか?」

「こんなに愛してくれてアリガト♡」

「(トゥンク……♡)」

 

 マズい。耳元で最推しに囁かれる破壊力を見くびっていた。

 そこらのASMRなんて比較にならない。ヘッドホン越しなんかじゃなく、リアルで、細やかな吐息まで感じ取れてしまう。

 あぁ、自分の性別が男でよかった。女だったら間違いなく陥落して夢女子にされてしまっていたことだろう。

 あと認知されてて嬉しい。

 

「そういえば、棚に戻しちゃったさっきのヘッドホン、買わないの?ほら、ワタシが使ってるヘッドホンあるでしょ?アレはそれを作った会社が出した最新モデルなのよ?」

「買わないよ。高いし、俺には似合わないし」

「ふぅん。素直じゃないんだから」

「こら、耳を攻めるな──」

「買い終わったらサインしてあげようと思ったのに♡」

「買います」

 

 あぁ、いけませんチュチュ様。

 これ以上ファンの脳内を破壊するのはおやめ下さい……。

 あと、襟首を掴まれて強制的に逃げ道を塞がれている感じがハッキリ言って最高です……。

 

「聞いたけどアナタ、ギターの練習もちゃんと続けてるみたいじゃない?」

「そりゃあ、好きだからやってるけど、それが何だよ?」

「ふぅん……」

 

 ・・・

 

「まだ頑張ってるのね」

 

 嬉しくない。嬉しくないんだ。

 いくら誉め言葉に弱いからって絆されるな今井レン。

 

「レン……」

 

 屈しない。俺は決して屈しな──

 

「応援してるわよ♡」

「アッ──」

 

 そこからはもう、あまりにも強烈過ぎて覚えていない。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 一悶着あった後、俺はチュチュと一緒に店の外へ出た。

 ギターの弦と、チュチュのサイン入りヘッドホンを携えながら。

 お陰で財布が軽い軽い。

 

「それにしても、せっかく買ったのにサインなんか書かれたらもったいなくて使えないだろ。どうすんだコレ……」

「ちゃんと使いなさいよ。サインが掻き消えてしまうぐらいに使い込んだら、その時はまた書いてあげるから」

「チュチュ……」

「ギターの練習でも使いまくるんでしょ?それ」

「男なのにネコ耳なのも抵抗あるし……」

「あら。せっかくワタシとお揃いなのに。似合ってたわよ?」

「似合ってないから」

 

 でもお揃いは嬉しい。

 音楽へのモチベがブチ上がりそうだ。

 似合うかどうかは知らないが。

 

「ありがとな。チュチュ。大事にするよ。音楽の師匠から、こんなにいいものを貰えるなんて嬉しいよ」

「別に師匠じゃないでしょ。ギターを教えたのはマリナじゃない」

「そうだな。確かにギターの師匠はマリナさんだけど、でも音楽の師匠はやっぱりチュチュなんだよ俺の中ではさ」

「レン……」

「ギター弾くようになってから世界が更に広がった気がするんだよ。やる側に立たなきゃ話せない話題があって、やる側に立たなきゃ見えなかった景色があって……」

 

 取材に役立つ知識やバイトに活かせる経験も生まれたし、バンドマンと楽器について語り合う楽しさを知ることも出来た。

 そしてそれが出来るのは、過去の鎖に縛られた俺を音楽の世界へ引っ張り込んでくれたチュチュのお陰だ。

 

「だから、チュチュ。本当にありがとう」

「何よ。ヘッドホンのコーナーであんなに面白いことになってたくせに……」

「それはお前のせいだろうが。なんだよ素直に感謝してやったのに」

「それに、ワタシだけが感謝されるのも、なんか違う気がするのよね。アナタはもっと多くの人に支えられる存在だったでしょう?多くの人を支えようと奮闘してきた結果として得られたその人徳こそがアナタの武器じゃない」

「まぁ、確かにな」

 

 人徳、と言われても実感は持ちにくいが。

 

「師匠だってチュチュやまりなさんだけじゃないからな。勉強の師匠は紗夜さんだし、タイピングの師匠は燐子さんだったりするし」

「師匠、多いのね……」

「ちなみに彩さんは人生の師匠☆」

「大きく出たわね」

「ふふーん。俺の人徳はそういうカッコいい人達が作ってくれたもんなのさ。当然、お前も含めてな」

「変なこと言うのね。ワタシなんて、『カッコいい』よりも、『チビ』とか『可愛い』の方がよく言われるのに」

「分かってないな。そういう可愛い系の小っちゃいヤツがデッカいことやろうとしてるその姿がカッコよくてシビれるんだろうが」

「ちょっと理想ばっかり見過ぎじゃない?ワタシだってカッコいいだけの人間じゃないわよ?」

「それでいいんだよ。勘違いしちゃいけないが、誰だってカッコ悪いことをやらかすことはあるんだ。心が迷ったり、決断が出来なかったり、だから大事なのは、そこから巻きなおせるかどうかだろ。チュチュが、今までそうしてきたように」

「それは、アナタにも言える部分があると思うけど?」

「そうか?じゃあやっぱりお前が師匠で良かったよ。俺はチュチュのそういう所を本当に尊敬しているんだ。ステージでカッコよくラップパートで観客を煽ってるチュチュも好きだけど、上手くいってない時に解決策を模索してるチュチュも好きだからさ。だから俺は……いや、俺以外のファンだって、お前の小さな背中に夢を見るんだよ」

 

 そうだ。本当にチュチュが『小っちゃくて可愛い』だけの少女であったなら、俺はこんなに焦がれる想いを抱きはしなかっただろう。

 

「だから、重ねて言うけど、本当にありがとう。俺に夢を見せてくれて……俺の師匠でいてくれて、本当にありがとう」

「好き勝手言うわね。そもそもワタシ、アナタを弟子に取った覚えは無いわよ?」

「それでいいんだよ。俺が勝手に憧れてるだけだからさ。だから少なくとも俺の中では師匠だよ」

「はぁぁ~~~~……」

 

 大きなため息。迷惑だったか?

 そう思った頃にはチュチュは既に歩き出していて、そのまま俺の肩を叩いてきた。

 

 ドンッ

 

「うどん食べに行くわよ」

「アイコピー!!」

 

 この後の支払いは、チュチュの奢りだった。

 ヘッドホンのせいで空っぽになった財布を気遣ってくれたらしい。

 

 やっぱりチュチュは俺の憧れで、ヒーローで……。

 

 そして、ずば抜けてカッコいい師匠なのだ。

 




 
 やっぱり書き始めとオチの付け方が未だに難しいね。
 誰か、コツ教えてください。

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83.湊友希那&今井リサ&今井レンが果たすべきことを果たすシチュ


 投稿数100話目、到達。



 

【CiRCLEの自主練終わりにスタジオの鍵を受付へ返しに来た友希那とリサ】

 

「あ、友希那ちゃん、リサちゃん、ちょっと頼まれてもらっていいかな?」

「はい。いいですけど、どうしたんです?」

「いやー、実は今、端っこの小さなスタジオでレン君が自主練しててさ。6時には出ていくって言ってたんだけど、全然出ていく気配無くってさ。今ちょっと手が離せないから、代わりに見てきてもらえないかな?多分また夢中になって時間忘れちゃってると思うからさ」

「まったく本当に。手のかかる弟ね」

「こーら友希那の弟じゃないでしょ?」

「似たようなものでしょう」

 

 

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 ~~♪~~♪~~♪

 

 沈み込む。

 冴えた頭で、俺はどこまでも沈み込む。

 

「すぅぅ……ふぅ……」

 

 ~~~♪♪♪

 

 弾けるようになった複雑なフレーズと俺の呼吸音だけが、このスタジオを支配している。

 

「ふーっ……!」

 

 ~~♪♪~~♪♪

 

 刀剣の如く研ぎ澄まされた思考、それでいて高揚感と全能感によって昂った様相も見せてくる感情。そこから繰り出されるアップテンポの演奏。

 そうやって俺はのめり込み、沈み込む。

 どこまでも、どこまでも……。

 

「ふぅ──」

「ていっ!」

「うあぃ!!」

 

 ビックリした。

 自主練中、あまりにも調子が良かったので没頭していたら、横からチョップでも食らったのか、いきなり俺の演奏は妨害された。

 

「痛ってぇ!何すんだ!」

「何すんだじゃないでしょ!呼びかけても全然反応しないし、アタシたちの声を無視するなんてレンのくせに生意気だぞ」

「えっ……あれっ?姉さんに友希那さんも、なんでここに?」

「なんでも何も、予定の時刻直前なのにあなたがスタジオから出てこないからまりなさんから呼んでくるように言われたのよ。ほら、時計見てみなさい」

「えっ?うわっ、マジかよ。もうこんな時間。急がねえと!」

「レンってばどうしたの?そんなに慌てて、用事でもあったの?」

「急ぎじゃねえけどそんなところだ!40秒で支度しろ!」

「支度すんのはあんたでしょ」

 

 演奏が終わって早々、俺は2人に急かされながらCiRCLEを後にしたのだった。

 

 

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 CiRCLEから出た後、俺は用事を果たすために駅前まで向かっている。

 せっかくなので2人も着いてきて、そのまま歩きながら雑談タイムに入った。

 

「それにしても、レンってば夢中になったらあんな感じになるんだね。誰の声も届かないぐらいに集中するなんて、誰にでも出来ることじゃないよ」

「そうね。聞いた話だけど、酷い時は息するのも忘れるんでしょう?」

「ねぇレン、いつもあんな感じで大丈夫なの?集中できるのはいい事だけど、ギターに夢中で周りが見えなくなるなんて異常だよ?」

「うるせぇな。姉さんだって友希那さんに夢中で周りが見えてない時あるだろうが」

「待ってよ!今はそんなことないもん!」

「昔は……あったのね……」

 

 まぁ、相変わらずの通常運転、最近の俺たちはいつもこんな感じだ。

 ……この『いつも通り』を取り戻すのには、かなりの時間を使ったが。

 

「さてと、着いたな。じゃあ、今日はここまでだ。俺は用事があるから。またな」

 

 それだけを言って俺は荷物を下ろす。

 ギターケースのみならず、これだけの機材があると結構重たかったのだ。

 

「そういえばレン。あなたの用事って何だったの?」

「路上ライブ」

「「路上ライブ!?」」

「おう。結構色んな曲が弾けるようになったって、おたえにマウント取ろうとしたら路上ライブとかいいんじゃないかって言われてさ。せっかくだし挑戦してみるのも悪くないかなって。ほら、ちゃんと許可証も取ってるぜ」

「レンが路上ライブなんて……!」

「信じられないわね。あのレンが、それほどまでに弾けるようになってるのも、自分からライブをしようとしてるのも……」

「ヤバい友希那。アタシ、ちょっと泣きそう」

「待ってくれ。俺そんなに変なこと言ってるか?」

「「言ってる」」

「えぇ……」

 

 そんなに俺って音楽のイメージ無いんだろうか?

 時間あるときはセッションとかしてたのに。

 いや、最近は2人が忙しかったからしてなかったっけ?

 ライブも、『The CiRCLE』でやったあの1回以来か。

 

「ていうか、やるんならなんでアタシたちに言ってくれなかったの?」

「だってこれ、度胸試しみたいなもんだし、知り合い呼ぶのも違うだろ。前触れなくゲリラで始めるのがいいんだし」

「まぁ、言いたいことは分かるけど……」

「ほら、分かったら行った行った。そろそろしっかり準備するから」

 

 アンプ良し、マイク良し……。

 なんて確認をしていたが、2人は一向にその場を離れない。

 

「ねぇ、レン。良かったらなんだけどさ……」

「何?……もしかして見たい?俺の路上ライブ。自分で言うのもアレだけど、そんなに上等なもんじゃないぞ?」

「いや、見るのもいいんだけどさ……」

 

 そう言って姉さんは続ける。

 

「アタシも参戦したいって言ったら……どうする?」

「どうするって……いや無理だろ。プロがそんな簡単に路上ライブなんて、そもそも俺と一緒なのもマズいんじゃないのか?」

「いや、でもさ……」

「そうよリサ。何を言ってるの」

「そうだよ。友希那さんも言ってやってくれよ」

「私も混ぜなさい」

「友希那さん!?」

 

 気付いたら2人が俺の準備を手伝い始めていた。

 それどころか自分たちが自主練で使っていた機材までセットし始めた。

 

「待て待て待て待て……!」

「あぁ、そうだったわね。まだあなたのセットリストの確認をしていなかったわ。ほら、さっさと見せなさい」

「そうじゃないだろ。いいのかよプロが一般人と、それも同年代の男とこんなことして」

「何言ってんのさ?そんなのレンが女の子だったら解決する話じゃん」

「……なんて?」

 

 とか言いつつ、もう俺には察しがついていた。

 このバカ姉貴がどうしてカバンをゴソゴソし始めたのかも。

 

「じゃじゃーん!『どこでも女装セット』~~☆」

 

 ダッ!(レン、逃走開始)

 ザッ!(立ちはだかる友希那)

 

「どけよ友希那さん」

「お断りよ」

「『ゆきちゃん』って呼ぶぞ」

「呼んだらいいじゃない」

「くそっ、だったら力ずくでも退かせるからな。非力なあんたがパワーで俺に勝てると思うか?」

「そうね。確かに男子のあなたにそれをされたら打つ手は無い。でも、今回は絶対にダメよ。勝ち目が薄いからって、逃げる訳にはいかない」

「どんだけ女装させたいんだよ」

「別に女装をさせたくて止めてるんじゃないわよ。これはリサのため」

 

 攻防を繰り返してると、姉さんが申し訳なさそうに割って入った。

 

「ねぇレン、ライブしちゃダメ?」

「うっ……。その目はやめろ」

「アタシ、レンが音楽を好きになってくれて嬉しかった。セッションしたりして、あの頃みたいに3人で仲良くすることができて、今でも夢みたいな気持ちなの」

「姉さん……」

「レン。だから、あともう少しだけ、夢を見せてくれないかな?あの頃の夢の続き。『この3人で』ライブしたいの。この3人じゃなきゃダメなの。アタシたちはもうすぐで卒業しちゃう。それ自体は別にいい。でも、これからのアタシたちはプロとして更に時間は取れなくなる。だから卒業していない今、この瞬間にライブしたいの。

果たすべきだったこと、果たしたかったこと、それでいて果たせなかったこと、アタシはここで果たしたい。それは多分、高校生である今のうちにやらなきゃダメなことだと思うから」

「リサ……」

「それでもダメ?」

 

 夢か、夢と来たか……。

 

「姉さん」

「何?」

「メイクは頼んだぞ」

「レン……!」

 

 そう言われては仕方ない。

 そんな夢はさっさと現実にしてやろう。

 そんなことも出来ずして何が弟か。

 

 

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 マイクの準備を終えた辺りで、予定以上に見物客が集まっていた。

 まぁ、それも当然だろう。ここに居るのは最近になって名を挙げてきたRoseliaのボーカルとベース、そして……。

 

「あの子、誰なんだろう?」

 

 Roseliaと何の関りも無い、謎の短髪少女X。まぁ俺なのだが。

 

「それにしても俺がやろうとしてた曲、2人ともマスター済みとはな」

「やっぱり血も繋がってたら音楽の趣味も似るもんだよね。まさか全部やったことある曲だとは思わなかったけど」

「あなたこそ、こんなにも楽曲を習得しているなんて思わなかったわ。まだギターを始めて1年も経っていない筈でしょう?」

「これでもまりなさんやチュチュに鍛えられてるからな。ゾーンに入れば物覚えは早いぜ」

「本当にとんでもない変わりようね……」

 

 そして、そうこう言っている間にチューニングも完了した。

 

「つーか、本当にいいのか?女装してるとはいえ、天下のRoselia様が素人とこんなことして、怒られない?」

「私はRoseliaのボーカルとしてここに居るんじゃない。今の私は、あなたの幼馴染である、ただの湊友希那よ」

「アタシだって今はただのお姉ちゃんだし、気にしなくていいよ。まぁ、簡単に大目玉くらうこともないでしょ」

「ならいいけどさ……」

 

 いつも通りの空気感のまま、友希那さんをセンターとして、姉弟がその後ろで並び立つ。

 あまりにもあっさりと、名も無いバンドが結成された。

 

「いや、名も無いというのはダメね。せっかくあなたとライブをするんだもの」

「そうだね。Roseliaじゃないアタシたちとしての本気を、ちゃんと見せつけてやらなきゃだし」

「まぁ、その辺はそっちに任せるよ。バンドの結成はそっちが言い出したことだ」

「そうね」

 

 ライブで手を抜こうだなんてことはいかなる時も考えたりはしないが、今回は友希那さんと姉さんが隣に立つ訳だ。

 生半可な演奏は出来ない。

 しかし、不思議とプレッシャーで押しつぶされるような感覚は無い。

 寧ろ、出来ると思ってなかったこの2人とのライブが実現するとなって、楽しみな気持ちがかなり強い。悪くない緊張感だ。

 

「それじゃあ──」

 

 これは、Roseliaとしてじゃない2人の、もう1つの姿。

 これから始まるのは、そんな青薔薇の別側面。

 

 

「『Another Rose』、ライブスタートよ!」

 

 

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「それでは聞いて下さい。一曲目、『レジェンド』」

 

 『Another Rose』。そんなバンド名の名乗りから、このライブは始まった。

 見せつけてやるとしよう。

 これから実現する、もう1つの夢の姿を。

 Roseliaとしてじゃない、もう1つの青薔薇の姿を。

 

『行こうぜ 行こうぜ 未来の向こうまで 好奇心という羅針盤のまま』

 

 つーか友希那さんの歌声、演奏側で聞くと本当にヤバいな。

 音圧で俺のギターが負けそうだと思っちまう。

 このままだと……いや、違うな……!

 

 ~~~♪♪

 

「「……!」」

 

 簡単に置いていけると思うなよ歌姫サマ。

 気合だけならチュチュさんのお墨付きだ!

 

「(やるじゃない……!)」

「(あんたこそな!)」

 

 そうだよな。俺たちの音楽にお気遣いなんて要らねえよな。

 あんたはこうやってぶつかり合いながら、突き進んできたんだもんな。

 こうして一緒に音を重ねている今なら、よく分かるよ。友希那さん。

 

『やろうぜ やろうぜ 無謀な夢だって 新たな真実(リアル)にしようぜ

 新たな伝説始めよう』

 

 ボルテージを上げに上げたまま、1曲目が終了する。

 リハーサルすらやってないのに俺たちの息は完璧に合っていた。

 幼馴染だからか、それとも2人のレベルの高さ故か。

 

「ふぅ……!」

 

 それにしても流石Roseliaサマだ。まだ一曲目なのにこんな飛ばし方すんのかよ。

 

「あなたたち」

 

 ボーカルが振り返って、ギターとベースに一言。

 

「へばってないでしょうね?」

「「舐めんな」」

「OK.それじゃあメンバー紹介、行くわよ」

 

 休む間もなく観客も盛り上がりを見せてきている。

 

「まずはボーカル、湊友希那。そしてベース、今井リサ!」

 

 ~~~♪♪~~~♪♪

 

 えげつねえスラップベース、うちの姉がヤバいのは知ってたが、やっぱり隣で聞くとより凄みが伝わってくる。

 何が『ブランクあって初心者に近い』だよ。いい加減に無理あるだろ。

 こんなことされたら……。

 

「ギター、今井レン!」

 

 進化してるのはお前らだけじゃないってことを見せつけてやらねえとな!

 

 ~~♪♪~~♪♪~~~♪♪

 

「(それ、紗夜がライブで使うフレーズじゃん!いつの間に!?)」

「(教えてもらってるのが勉強だけとは言っていない!)」

「それじゃあこのまま2曲目、行くわよ!」

 

 まったく困ったお嬢様だ。

 俺はあんたのメンバー紹介で名前を呼ばれて、あんたと肩を並べてギターの演奏が出来てるだけでも、認めてもらえた気がして凄く嬉しいってのに、その幸せを噛み締める暇は無いらしい。このまま駆け抜けようってか。

 ヤバいな。超楽しい。

 面白くなってきやがった……!

 

『心を 全部 焼き尽くすような 絶望の隣で』

 

 こうして演奏していると、姉さんのベースの上手さもよく分かる。

 主張こそ激しくないが、抜群の安定感でリズムが支えられている。

 友希那さんが遠慮なく突き進める理由は、こういうところにもあったのか。

 ますます負けてられないな。

 

『白く 白く 真白(まっしろ)な未来が たったひとつ 僕達の希望

 今の僕には 闇雲なこのきもちしか ないけど』

 

 不思議なものだ。

 ついこの間まで微妙な仲だった3人、たった1人で音楽にのめり込んだボーカル、音楽から離れてしまったベース、音楽そのものを理解すら出来なかったギター。

 そんな3人が、ここでは確かに音楽で繋がっている。

 

『正解なんてひとつじゃない

 僕だけの明日を探してる ずっと』

 

 繋がる感覚。

 やっぱり、音楽は楽しい。

 

「すぅぅ……ふぅーっ……!」

「ちょっとレン、大丈夫?」

「あぁ、頭がドクドクして、みんなの音が鮮明に聞こえてくる。近年稀に見るベストコンディションだ」

「ふふっ、そうこなくちゃ困るわ。ただでさえあなたは、妥協無しの私達に食らいついてもらわなくてはいけないのだから」

「いいのかよそんなこと言って。そのまま食っちまうかもしれないぞ?」

「かかってきなさい。勝てると思うのならば」

「こーら2人でギラギラしないの……なに勝手にアタシのこと忘れてんの?」

 

 バチバチしてきた。だがこれがいい。

 昔馴染みによる遠慮無し、気遣い無しのぶつかり合い。

 よし、友希那さんの水分補給は完了したようだ。

 

「「「……」」」

 

 準備が終われば余計な言葉は交わさない。

 ボーカルが後ろを振り返って、また客席に目線を戻す。

 

「……☆」

「……☆」

 

 ベースのウインクに、そのままウインクを返して息を合わせる。

 立ち止まる暇など与えない。最後まで駆け抜けてやる。

 

 ~~~♪♪♪♪

 

『大義名分に痺れ切らした 苦渋の闇 怒号の渦の中

 始まりに孤独はつきものさ』

『Oh-oh-oh-oh-oh-oh-oh』

 

 四面楚歌でも壁をぶち破る。

 声を重ねて、音を重ねて。

 

 ~~~♪♪♪

 

 咲け、青薔薇……!!

 

『Shiny sword my diamond!悲しみと願いの結晶体に

 僕ら使命を誓う それぞれの光を目指していく』

 

 ダイヤのように強く、気高く、美しく、それでいて決して手折られない青薔薇。

 『Another Rose』となろうとも、彼女たちの在り方は変わらない。

 

『何度だって立ち上がって僕は今日まで来たんだ

 It‘s time 一個の祈りが 革命の確証 さぁ輝け

 今を輝け Oh……!』

 

 ライブの最後の曲が終了した。

 彼女たちにとって、これは何の生産性も無いライブだ。

 音楽の頂点とこのライブは、何の関係性も持ち合わせていない。

 だが……。

 

「うっわ。凄い拍手されてる」

「当然よ」

「アタシら、最強だもんね☆」

 

 満たされた達成感が、そこにはあった。

 頂点とは違う、もう1つの夢が現実になっていた。

 

 アナザー・ローズ。

 3人の中で、小さな青薔薇が咲いた。

 

 

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「「「「アンコール!アンコール!」」」」

 

 撤収しようとしたら、観客からこんなことを言われた。

 

「予想外……」

「じゃないでしょ?ちゃんとライブ前にアタシたちで打ち合わせしたじゃん」

「そうよ。まさかレンがあの曲を習得してるとは思わなかったけど」

「そうだな。俺も今日がお披露目になるとは思わなかったよ。でもこれがベストタイミングだったんだと思うよ。紗夜さんと『交渉』した甲斐がある」

「交渉って?」

「スコアを譲ってもらう代わりに、つぐみの寝顔ショットを引き渡した」

「あなた、ちゃんと羽沢さんに謝るのよ?今度でいいから」

「分かってるよ」

 

 チューニングを済ませて、改めて2人を見る。

 

「ねぇレン、信用してないって訳じゃないんだけど、本当に弾けるの?」

「逆に聞くけど、ギターも歌も出来るようになった俺が、あの曲に手を出さないなんてこと、本気で思ってたのか?」

「それは……」

「前奏とかバカ難しかったけどな。正直言うと、ずっとやりたいと思ってたんだよ。あの曲カッケェから」

「不思議な気分ね。あなたとこの曲をやるなんて」

「そっちこそ大丈夫なのか?この曲やっても」

「さっきも言ったでしょう?今の私はRoseliaの湊友希那じゃなくて、あなたやリサの幼馴染としての湊友希那なの。だから……やらせて頂戴」

「同じく、アタシだって今はただのお姉ちゃんだからね」

 

 ならば、もう反対理由もあるまい。

 俺と姉さんがギターとベースを構え、友希那さんが観客に向き直る。

 

「それでは聞いて下さい。『LOUDER』」

 

 ~~♪ ~~♪♪ ~~~♪♪♪

 

 始まる。

 やっぱり俺は音楽が好きだ。

 この血液が沸騰するような感覚!

 音をぶつけ合って繋がる鼓動の高鳴り!

 

『いまだに弱さ滲むon mind未熟さを抱えて

 歌う 資格なんてないと背を向けて

 

 色褪せた瞳 火をつけた

 あなたの言葉』

 

「(友希那!)」

「(友希那さん!)」

「(行くわよ。2人とも……!)」

 

『Louder…!You're my everything

【You're my everything】

 輝き溢れゆく あなたの音は私の音でtry to……

 伝えたいのI'm movin' on with you

【movin' on with you】

 届けたいよ全て』

 

 声高に、歌う。

 これが、俺たちの音楽なのだと。

 

『あなたがいたから私がいたんだよ

 No more need to cryきっと』

 

 

 果たすべきことは、今度こそ果たされた。

 

 

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 ライブは終わり、帰り道は汗に濡れまくった肌に風が吹き抜けて気持ちよく、火照った体には丁度良かった。

 散々歌いまくったし、もうこれ以上の音楽はこりごり……なんてことはなく。

 寧ろ姉弟2人は熱気も収まらずに調子に乗っていた。

 

「『いつも通りの朝が』」

「『うわっ面で笑う』」

「『正体不明のままに』」

「『惹かれあう Mystery』」

「『はじまりも言わず』」

「『じっと潜んでる』」

「「『この町のどこか』~♪」」

 

 ♪ ♪ ♪

 

「「『だけど今日もジョジョに~♪ 文句なんか言いあって~♪』」」

「……」

「「『日常を踊る~♪ Crazy Noisy Bizarre Town~~♪♪』」」

「あなたたち、仲が良いのは勝手だけど、住宅街でしっかり歌うのはやめなさい」

「「あっ、ごめんなさい」」

 

 ちょっと調子乗り過ぎた。

 

「でも、そうしたくなる気持ちも分かるわ。私も今日は……本当に楽しかったから」

「友希那……」

「心残り……という訳でもなかったけど、この3人でライブが出来て、なんだかスッキリした感覚があるの。だから、本当にありがとう」

「友希那さん……」

 

 そんなの……

 

「お礼を言うなら俺の方だろ。俺も、このメンバーでライブが出来るなんて夢にも思ってなかったから」

「そんなこと言ったらアタシだって!いきなりワガママ聞いて貰ったんだし!」

「待ちなさいリサ!今は私が感謝を──」

 

 なんというか、3人でいつも通りにやろうとすると、どうにもしんみり出来ないんだよな。

 

「ふふっ、相変わらずだな。ゆき姉も、姉ちゃんも」

「えっ……?」

「待ってレン!今なんて──」

「さーてライブが予定外に長引いたせいでもう夕飯時になっちまった!クタクタで腹も減ったし、さっさと帰ろうぜ!」

「ちょっ、レン!ホントに待ってよ!」

「確かに、そろそろ帰らないと暗くなってしまうわね。久しぶりに家まで競走でもしましょうか」

「友希那まで!?そんなキャラじゃなかったじゃん!」

「そんじゃあ、よーいドン!」

「待ってってば~~!!」

 

 夕暮れに染まる住宅街。

 その片隅では、いい年した高校生3人が、子供みたいに仲良く走り回る姿があった。

 

 2人はいずれ卒業する。

 高校生でもなくなった彼女たちは、忙しくなって時間も無くなるのだろう。

 姉さんも、目の前に迫りつつある卒業に対して思う所はあるらしい。

 

 でも、大丈夫だ。

 今になっても、こうして追いかけっこが出来る繋がりの強さが俺たちにはあるのだから。

 一度離れたのに、俺たちはまたこうして集まれたのだ。

 この繋がりは、いつまで経っても変わりやしない。

 

 せめて今日のライブが、姉さんの心に残った何かを少しでもスッキリさせたことを祈るとしよう。

 たかが弟の俺に出来ることなんて、せいぜいその程度だ。

 

 ……応援してるからな。お姉ちゃん。

 

 

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 ちなみに3人の競走は、友希那さんが途中で盛大にすっ転んだことによって決着はお流れとなり、後は姉弟2人で友希那さんを家まで送ることになった。

 送り届ける際、久しぶりに友希那さんの親父さんとも話すことが出来たので。

 諦めたギターを再開したことや、今日のライブでLOUDERを演奏したことも、たくさん話すことが出来た。

 

「久しぶりに会えたと思ったら、こんなにも成長していたとは。背丈もすっかり大きくなって……。色々と嬉しく思うよ。ところで、今の服装も、その成長の過程で獲得した趣向なのか?」

「えっ?あっ!ヤベェ、女装してるってことすっかり忘れてた!2人ともなんで教えてくれなかったんだよ!……おい、違うからな!これはライブしたかったから仕方なく……っておい!やめろよ!理解のある目線で俺のこと見てくんじゃねえよ!」

「大丈夫。無粋に君を否定したりはしない」

「待ってくれよ!マジなんだって!本当に違うんだって!信じてくれよおっちゃん!!」

 

 今日という日は、本当に色々と心に残る1日となった。

 





 投稿数100話目、到達。
 そして今日は10月25日。リサ姉の弟くんの命日でもあります。
 後で黙祷を済ませておきましょう。

 前みたいに作者として会いに行ってもよかったのですが、まぁ、2回も3回も会いに行くものでもないですしね。
 100話目を飾るなら、やっぱりこの2人しかいないかなと、前のアンケートでも、リサ姉の話を見たい人が一番多かったですしね。

 ところで、Another Roseが歌っていた3曲、全て分かった人はいるでしょうか?
 全て分かったなら、あなたは相当作者と趣味が近いと思います。
 時間があれば友達になりましょう。

【お願い】
 せっかく100話目まで到達したので、今までに投稿した話の中で一番好きな話や、一番好きなシチュ、一番好きなシーンがもしあれば感想欄で教えてください。
 普段は感想を書かないって人も、今回だけでも書いてくれたら嬉しいです。
 無いなら無いで、話の感想だけ書いてくれても構いません。
 ちゃんと返信はするので。
 待ってます。

【ガルシチュこそこそ裏話】
 Another Roseに歌わせた3曲は、作者が個人的にRoseliaにカバーして欲しい曲を厳選した3曲。

 少し前に、TwitterのDMで読者様からつくしちゃんのお泊り会のシチュで出したアリゴのベーコン巻きを作ったという連絡が届きました。
 なんか嬉しかったです。

【感想欄】非ログインの方もどうぞ↓
 https://syosetu.org/?mode=review&nid=253491

【リクエストBOX】気軽にどうぞ↓
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【投稿数100話突破記念】過去の小話 ~最悪の2人編~
小話0.変化とドン詰まりとマイナスな心情



 今よりもずっと後ろ向きで、今よりもずっと卑屈で、感情のコントロールも苦手で、今よりずっと友達がいなくて、心の余裕も持ち合わせていなくて、まだ荒れていて、でもそんな自分を変えようと足掻いていた頃のお話。

 過去編です。
 終章より短く、終章より気合は無く、終章よりふざけます。


 

 高校に入ってから、俺の生活は随分と様変わりした。

 ただでさえ中学時代に不登校を拗らせていた俺が学校へ行くようになったのも大概な変化だが、その後も部活と勉学に励むようになり、バイトにも精を出すようになり、ずっと疎遠になっていた姉や幼馴染とも和解した。

 そして何より──

 

『夢に向かって突き進むガールズバンドを応援したい』

 

 根暗で無気力な俺に、生きる目的が出来た。

 

 

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 だが、だからといって、10年以上も拗らせてきた精神面が簡単に前向きになった訳もなく、人間は簡単には変われない。

 頭は悪いままで、不器用なのも相変わらず。

 今も、こうして教室の中で回らない頭を使いこんでメモ帳と睨み合ってばかり……。

 あぁ……またフラフラしてきた。頭ぼーっと……。

 やっばい。人間の頭って、こんな重かったっけ?

 

「レン君。朝からずっとそうしてるけど、体調とか大丈夫?」

「牛込……?」

「本当に無理そうなら、保健室とか──」

「要らない。気にするな」

「でも」

「大丈夫。誰にも迷惑はかけない。これ以上はな」

「レン君……」

 

 ただでさえ中学時代に荒れまくっていた以上、もうこれは決めたことだ。

 

「私はレン君の仕事とか、全然分からないけど、ちょっとは力になれると思うの。お手伝いとか、軽い相談だけでも──」

「気にするなって。ほら、ただ席が近いだけの俺なんかに構ってないで戸山のとこにでも行って来いよ。バンドなんだから一緒に雑談する時間も大事だろ?」

「そっか……。うん。邪魔しちゃってごめんね(追い出されちゃった……。やっぱり頼りないのかな。私……)」

「だから気にすんなって」

 

 俺の取材対象はみんな凄いやつだ。そんな凄いやつらに俺なんかが干渉しすぎてもいい事は無い。

 ただでさえ、普段からわざわざ取材を受けて貰っているのだ。それ以外で邪魔や迷惑はかけられない。

 俺なんかの都合で、彼女たちの時間を奪うのはダメだ。

 せめて俺の問題ぐらいは、俺だけで解決しなければ。

 

 周りの人間は優しい人ばかりなのは分かっている。

 俺なんかを友達として扱ってくれるのだから。

 中学時代に感じられなかった人の温かさは、確かにある。

 でも、だからこそ気後れしてしまう。

 あの優しい人達の絆に、俺が干渉して良くないことが起こってもいけない。

 

 俺なんかが輪に入っていいのか。

 ここは、俺なんかが居ていい場所なのか。

 俺がここに居る意味は?

 

 ……俺は、生きててもいいのか?

 時たま気落ちすると、惨めになってそんな思考がグルグルする。

 誰かと仲良くなればなるほど、俺なんかが関わっちゃいけないのではないかと思えてくる。

 

「いや、ダメだ。そういうのが嫌で、そういうのから変わりたくて、俺はコレをやってるんだろ……」

 

 せっかく新聞部の今井レンとして認められてきたのだ。

 何者でもなかった無能の俺が、この活動をしてる時だけは必要とされるのだから。

 そう思って、俺は何かから足掻くように、またメモ帳に目線を落としたのだった。

 

 どん底の自分から変わるためにも、俺はもっと頑張らないといけないのだから。

 

 

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 夜の自室、俺の手によって記事が作られていく。

 作業のペースは相変わらず。

 ……これは徹夜コースになりそうだ。氷川先輩からは日頃の睡眠はちゃんと取るように言われているが、締め切りに送れるわけにはいかない。

 エナジードリンクだって心臓の鼓動がおかしくなるから苦手だが、それも仕方ないことだ。

 

「・・・」

 

 上り調子だった俺のメンタルは、最近になってまたネガティブになってきていた。

 記事に載った取材相手を見ると、ふと思う。

 『この人は凄い人だ』と。

 そして、最近になって凄い人ばかりと関わるようになったせいで、捨てたと思っていた卑屈さが、また現れ始めた。

 比較して、自分のダメな所を突き付けられるような感覚を覚える。

 凄い人の凄いところを知れば知る程、自分はグズでノロマなダメな奴だと思い知らされる。

 友希那さんや姉さんと音楽の話になって、まるで付いていくことも出来なかった、あの頃のような感覚。

 

「ッ……!」

 

 その感情から目を背けるように、作業に没頭する。

 バイトや記事の作成に集中している時だけは、そんな感情も忘れられる気がして。

 俺は逃げるように、自分を追い込むようになった。

 明らかに過労もいいところだが、生きる目的も無くなって死んだように生きるよりマシだ。

 こうやって命を削ってる時だけは、生きてるって実感できる。嫌なことも忘れられる。

 

「レン、今いいかな?」

「姉さん?……何か用か?」

 

 遠慮がちに、姉さんが扉から顔を覗かせた。

 

「ちょっと、頑張り過ぎじゃない?」

「いくら頑張ってても足りないから大丈夫だ」

「大丈夫じゃないって。無理しないでよ」

「無理でも何でもやらないと、俺みたいなヤツはみんなと同じ場所には立てないんだ。死ぬ気でやって、身を削りまくってやっとトントンなんだ」

「そんなことないよ。そもそもレンは1人で頑張り過ぎなんだよ。そうだ。何かあったらアタシが手伝うよ。取材とか話聞くのも──」

「ふざけんな!!」

 

 気が付けば、立ち上がって壁に拳を打ち付けていた。

 

「コイツは俺の問題だ!この仕事まで奪われたらもう俺に居場所なんか無えんだよ!」

「奪うって、アタシはそんなつもりじゃ──」

「そんなつもりじゃなくてもそうなるんだよ!死ぬ気で縋り付いてる存在意義を!俺より何でも出来るからって踏みにじるな!」

「そうだとしても頑張り過ぎだよ!」

「頑張ってなきゃ俺に価値なんか無いだろうが!あんたには一生かかっても分かんねえよ!頑張ってなきゃ誰からも必要とされない奴の気持ちなんて!」

「レン……」

「もう嫌なんだよ!誰からも認められずに目的も無く生きる孤独なんて!やっと周囲から認められてきたんだから邪魔すんじゃねえよ!」

「……」

 

 姉さんの悲しそうな表情を見て、ハッとなった。

 

「悪い。姉さん、待ってくれ。俺は……」

「アタシこそ、ごめん。お茶入れてくるよ。そのぐらいならいいよね?」

「そんなの自分で──」

「いやいや、アタシもキッチンに用事あるし、ついでだよ。ついで」

「……ごめんなさい」

 

 姉さんは扉を閉めて出て行った。

 せっかく最近になって話せるようになった姉さんに、突き放すような言動を取ってしまうぐらいに心には余裕が無かった。

 あぁ、また迷惑かけてる。

 

「相変わらず最低だな。俺……」

 

 夜は更けて、そのまま日が昇るまで、俺は作業を続けた。

 窓から入る光を確認して、『こんな生活してたら、身長とか伸び悩むんだろうな……』なんてことを考えながら、俺はPCを閉じて、俺は朝の支度を始めた。

 寝る暇は無かったが、授業中に寝る訳にもいかない。

 休み時間にちゃんと寝られるかがカギになりそうだ。

 

 誰にも迷惑をかけてはいけない。

 

 ただでさえ、底辺の人生を送ってきた以上、あの場所で存在したければ、底辺の人間であることを悟られてはいけない。

 自信なんざ無くても、せめて誰かから必要とされたい。

 誰からも必要とされない地獄は、もう嫌なのだ。

 やっと手に入れた存在意義を、俺はもう手放したくない。

 人と深く関わることに気後れはするくせに、俺は誰とも関われなくなる孤独が、たまらなく怖かった。

 

 そんな自分の弱さから逃げるように、俺は飲み損ねていたエナジードリンクを飲み干し、途絶えそうな意識を気合だけで繋ぎとめて、家の扉を開けたのだった。

 

「この居場所を守るためなら、俺はなんだってやるぞ……。ドブ水だってすすってやるし、誰よりも強くなる……」

 

 みんなの友達でいられるような、そんな相応しい人間に変わりたいのに、俺の心は、いつも何かに追い詰められたままだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『大雨の中、ひとりの旅人は、屋根の下から止まない雨を見ていた。』

 

『もうひとりの旅人は、大雨に濡らされながら、雨空の隙間に差す、一筋の陽光を見ていた。』

 

 ……俺はどっちだ?

 





 いきなり始めます。しばらくお付き合いください。
 自己満で、あらゆる読者の思いやりや配慮を無視してやりたくなりました。
 あらゆる場所に散りばめられた他作品ネタとジョジョネタを、君はどれだけ見つけられるかな?

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小話1.朝と事実と最悪の2人


 今回の章はあの子との過去編です。


 

 あたしの高校生活は、バンドを組んでからかなりハチャメチャなものにはなったが、環境そのものは至って穏やかだ。

 1年A組の可愛い友人との関係だって上手くいっている。

 

「りみ、いる?ノート返しに来たんだけど」

「あ、美咲ちゃん。わざわざ朝一で来なくてもゆっくりで良かったのに」

「いやいや、こういうのはしっかりしないとでしょ。だから、はい」

 

 帰されたノートを笑顔で受け取るりみ。

 可愛い。いつもこころやはぐみに振り回されて疲れているあたしにとってりみの小動物みたいなスマイルは癒しだ。

 あたし、もしかしたら自分のクラスよりA組の方が落ち着いて──

 

 ガラッ

 

 いや、やっぱりそんなことはなかった。

 開かれた教室の扉の方を見ると、この教室の平和な雰囲気には似合わない男子生徒が現れた。

 

「げっ、新聞部の不良男」

「あぁ?なんでここにハロハピの地味女が」

 

 今井レン。

 目の下のクマも相まって目つきの悪い不良。

 周りの子たちは悪い人じゃないとか言ってるが、あたしは騙されない。

 こいつは新聞部に所属してはいるが、ガールズバンドしか追いかけてない時点で下心が丸見えのやらしい奴だ。

 みんな女の子なのに、危機感も警戒心も無さ過ぎる。

 

「あたしはりみにノート返しにきただけだっての。それなのになんであんたの顔なんか」

「こっちだって朝っぱらからテメェの顔なんざ見たくねえよ。事あるごとに取材の邪魔してきやがって」

「ハロハピの細部まで踏み込ませる訳ないでしょ。あんたみたいな野蛮な奴に」

「はっ。記事のネタにもならない地味女の分際で偉そうに。ただのお手伝い如きが調子乗ってんじゃねえぞ」

「そもそも、こころや他のメンバーはあんたみたいな不良と違って、みんな本当にいい子なの。あんな人を疑うことも知らないような優しさにつけ込むって言うならそうはさせない」

「あぁ?」

 

 こんな奴、ハロハピに近づける訳にはいかない。あたしが守らないと。

 あとシンプルにこいつと話してるとイライラしてくる。

 

「チッ。お前ホント、喋れば喋るほどシンプルにうぜぇな。面白みもねぇしよ」

 

 ただでさえ喋ってるだけでも野蛮な奴だが、コイツの蛮行は知っている。

 中学の頃の話だが、駅前のファミレスの前で不良生徒4人とコイツが言い争っていたのを見たことがある。1人だけ制服も違って目立っていたからよく覚えている。だから高校に入って最初にコイツと話してからこのことはすぐに思い出せた。

 そして最近でも、バイト先のライブハウスで、客を相手に『なに笑ってんだ』などと言いがかりをつけて怒鳴り散らしたという噂も耳に入っている。バイト中にこんな暴れ方するなんてハッキリ言って頭おかしい。

 それで実の姉や幼馴染にも避けられてると聞く。

 

「ホント、こんな人間性でリサさんの弟とかありえない」

「テメェ、次その言い方しやがったら女相手でも本気でブチのめすぞ。俺は百合に挟まる男と、会話で姉貴を引き合いに出してくる奴が一番嫌いなんだ」

「したきゃすれば?」

「上等だよ。吐いた唾飲むんじゃねえぞ」

「ちょっと2人とも!喧嘩はダメ!」

 

 お互いにヒートアップしてきた辺りで、大人しくなっていたりみが割って入った。

 これ以上はやめよう。この子に飛び火してもよくない。

 

「……命拾いしたな」

「は?まさかホントにブチのめそうとか思ってた訳?これだから不良は野蛮でイヤなんだよ」

「はっ。骨無しチキンが」

「やっぱ買おっかな。この喧嘩」

「レン君!美咲ちゃんも!」

 

 あぁ、ダメだ。危ない。巻き込まないって決めたばっかりなのに。

 

「分かった。今日は気分悪いし帰る。りみ、ノートありがとね」

「うん。それじゃあね」

「二度と来んじゃねえぞ」

「あんたに指図される覚えはない!」

 

 最後までムカつくアイツの言葉を最後に、あたしは扉を閉めて出て行った。

 朝から早速疲れた。

 出会った以上、あいつとは必ず言い争いになる。

 おかしな話だ。確かにあたしは不良は苦手だが、わざわざ争ったりはしない。寧ろ怖がったり避けたりしそうなものだが、何故だかアイツだけは許せないのだ。

 事あるごとにアイツは取材だのなんだの言ってハロハピに近付いてくるし、同じ空間に居るだけでイライラする。

 言い争っては止められて、睨み合っては何も解決せずに離れる。

 相互理解など不可能。唯一分かり切った事実は一つ。

 

 あたし、奥沢美咲と今井レンは、花咲川でトップクラスに仲が悪かった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「なんだったんだよあの女。お陰で朝からストレスの嵐だ」

「レン君、なんていうか、その……相変わらずだね。美咲ちゃんとは」

「ハロハピのお手伝いだかなんだか知らねえが、記事のネタに出来るほどの面白みも無いくせに部活にまでケチつけてくる時点であいつはもう害悪なんだよ」

「そんなに言わなくても……美咲ちゃん、いい子だよ。仲良くできない?」

「ホントに『いい子』ってやつならそもそも『不良』だなんて言いがかりつけて喧嘩なんて売ってこないんだよ」

 

 まぁ、中学の経歴とかも振り返ってみたら不良なのは普通に事実だが。

 

「とにかく、あんな暴言女と仲良くなんて絶対無理だ」

「暴言だったらレン君もだよ。せめて謝るぐらいは──」

「あんな奴に頭下げるぐらいなら舌嚙んで自害する方が500倍マシだってんだよ!」

「レン君……」

 

 牛込の前の席に座りながら、説得を振り切り、ため息をこぼす。

 朝から精神に悪いことが起きて参ってしまいそうになる。

 奥沢美咲、アイツは俺の敵だ。

 事あるごとにアイツは突っかかってくるし、同じ空間に居るだけでイライラする。

 

 俺とあの女は分かり合えない。その事実だけが分かり切っていたことだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

【とある怪盗の独り言】

 

「まったく、こころにも困ったものだ。いや、困った子はあの2人の方なのかな?まぁ、我が好敵手の頼みならば仕方ない」

 

 ・・・

 

「さぁ行こうか。仕事の時間だ」

 

 大切なものを盗み出すべく、怪盗は動き出す。

 

「受け取りたまえ。怪盗ハロハッピーからの予告状だ!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 これはまだ、2人が学園中で『花咲川最悪のコンビ』と言われていた頃のお話。

 





 次の更新は明日。

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小話2.怪盗と予告状と挑戦状

 

 遅刻ギリギリでなんとか朝の教室に入ると、机に見覚えの無い封筒が置かれていた。

 

「……?」

「レン君、どうしたの?」

「なぁ牛込、これ、お前が置いたのか?」

「いや、私が来た頃にはあったけど、レン君のじゃないの?」

「「……?」」

 

 首を傾げながら封筒を開くと随分とオシャレな手紙が出てきた。

 

『ご機嫌いかがかな。不器用な少年たちよ。

 本日、来たる時。君たちの大切なものを頂く。

 怪盗ハロハッピー』

 

「なんだこのふざけた名前の野郎は。頭パープリンなのか?」

「それは分からないけど……でも確かに今どき怪盗って聞かないよね」

「誰かのイタズラか?一応、今日中は警戒しとくか」

「何も無いといいけど」

 

 牛込がそう言った辺りで、担任がホームルームの開始を告げた。

 今日の朝は、随分と不思議な始まり方を迎えたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 そして、今日の全ての授業が終わり、俺たちは帰りのホームルームを迎えていたが、怪盗は一向に現れなかった。

 そして、担任はそのまま退屈な話も終えて、外へ出て行ってしまった。

 

「怪盗さん、結局来なかったね」

「そうだな。やっぱりただのイタズラだったか。大切なものを頂くとか抜かしてたが、結局怪しい奴が現れたりはしていないし──」

「だからと言って本当に取られていないと言えるかな?」

「「……!?」」

 

 教室の後方、声のする方へ振り返ると、そこには黒の外套を羽織り、マスクで目の周りを隠した長身の美形が佇んでいた。

 突如現れた美形に、教室中からちらほらと黄色い声が上がる。

 

「おいテメェ、いつ入ってきやがった?」

「ついさっきだよ。目的を果たすためにね」

「ってことは俺に変な手紙送ってきやがったのはお前ってことでいいんだな?」

「あぁ。君の大切なものを頂きに来たんだ」

「させると思うか?」

「いいや。既にさせてもらっているよ。君の大切なものはもう私の手の中だ」

「嘘だな。お前はまだこっちに近づいてすらいない」

「これを見ても、君は同じことが言えるかな?」

「何だと?」

 

 そう言いながら、怪盗は懐から1つのケースを取り出した。

 どこにでも売ってある、SDカード用のケースだ。

 

「お前……!」

「そうとも。これは君がこれまでに撮影してきたガールズバンドの写真および、今までに作成してきた記事の、バックアップを含めた全データだ。作成中のものもあるのかな」

「こいつ……!」

 

 不思議なものだ。人間、怒りがゲージを振り切ってしまうと、かえって冷静になるらしい。

 

「ふぅ……。おいコソ泥。バカなことは止めて大人しくそのケースを渡すんだ。今なら冗談やイタズラってことで済ませてやる」

「悪いがそれは出来ない。私にも目的があるからね」

「そういうのいいからさっさと返してくれよ。そもそもソレは、お前みたいなやつが軽々しく触っていいモノじゃない。ソレはガールズバンドの頑張りの一部でもあり、俺の存在意義そのものだ。ここまで好き勝手やられてんのに笑って許してやると思うか?」

「そうだね。君の想いは分かるが、それでもやはりダメなんだよ」

「なるほど。じゃあ敵と考えていいのか?お前は、敵なのか?」

「……君はどう思う?」

「ありがとう。つまり敵でいいんだな?お前は。なら一つ言っとくが、俺はあの説教くせぇバカ姉貴みたいにお人好しじゃねえ。別に暴力で叩き潰してやってもいいんだぞ?最後の忠告だ。……頼むから返してくれ」

「ふっ、そうかい。なら1つ教えてあげよう」

 

 怪盗は不敵に笑ってこう言った。

 

「『返せ』と言われてただで返す怪盗は居ないのさ!」

 

 ボンッ!

 

 怪盗がそう言い放った瞬間、教室中が煙に包まれて、周りの視界をすべて遮った。

 

「煙幕だと!?」

「さらばだ!」

「ちょっ、ふざけんな!待ちやがれ!」

 

 扉の開いた音を頼りに、俺はそのまま怪盗を追いかける。

 帰りの時間になって人通りが多くなった廊下を全力疾走で駆け抜ける。

 

「(全然追い付けねえ。どんな足してやがるんだ)」

「そんなに易しいチェイスでいいのかい?このままでは私が逃げ切ってしまうよ?」

「テメェの足が速すぎるんだろうが!シンボリルドルフみてぇな声しやがって!」

 

 なんなら今は、追い付くどころか寧ろ離されている。

 そして離されたまま、怪盗は窓のある場所に差し掛かかった

 

「では、この鬼ごっこは私の勝ちだ」

「勝手に決めてんじゃ──」

「とう!」

 

 それだけを言い残し、怪盗はそのまま窓から外へ飛び出した。

 

「何!?」

 

 しかし、飛び降りた訳ではない。

 あろうことかあの怪盗は、飛行中のヘリコプターからぶら下がった縄梯子に掴まりながら高らかに勝利宣言を決め込んでいたのだ。

 

「予告通り、大切なものは全て頂いた!」

「野郎……!」

「はっはっはっはっはっはっはっ……!(落ち着け、命綱も安全装置も万全だ。下の方さえ見なければ問題無い。問題無いんだハロハッピー!)」

 

 情けないことに、俺は怪盗ハロハッピーを見事に取り逃がした。

 しかも廊下を走って悪目立ちしたせいで、その現場は多くの同級生に見られたらしい。

 

「あの野郎……!」

「レンくーん!!」

 

 怪盗に悪態をついたのも束の間。戸山の騒がしい呼び声と足音が響き渡る。

 

「戸山?」

「大変!大変なの!」

「大変って何が──」

 

 息を整えた戸山から言葉が続けられる。

 

「りみりんが、居なくなっちゃったの!」

「……!?」

 

 頭の中でリフレインしたのは、怪盗の去り際のセリフ。

 

『予告通り、大切なものは「全て」頂いた!』

 

 まさか、データだけじゃなかったのか!?

 そう思う頃には、既に戸山を置き去りにして走り出していた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 教室に戻ると、クラスメイトは殆どいなくなっていた。

 いるのは山吹と花園、そして俺と一緒に教室に入った戸山。

 そして……。

 

「なんでお前がここにいるんだよ。地味女」

「あたしだって来たくなかったよ。でも仕方ないでしょ。こんなのが届いて、こんなことになってるんだから」

「あぁ?」

 

 奥沢が持っていたのは、俺のところに届いていた手紙と同じものだった。

 しかし内容は予告じゃない。

 

『ご機嫌いかがかな。不器用なお嬢さん。

 つい先ほど、君の大事な友人を頂かせてもらったよ。

 返してほしければ、1年A組の教室を訪ねるといい。

 続きのメッセージは、教室で。

 怪盗ハロハッピー』

 

「それでA組に来たらりみは居なくなってるし、あんたは帰ってくるし」

 

 取り敢えず、こいつがここに居る理由は分かった。

 なんか関係者らしいが今はどうでもいい。

 問題は……。

 

「山吹。牛込が居なくなったって……」

「今井君、そうなの。教室の煙が消えた時に気付いて……」

「くそっ、俺が怪盗に気を取られてる隙に……!」

「あとレン。レンの机にこんなのが置かれてたんだけど」

 

 そう言いながら花園が何かを渡してきた。

 

「ボイスレコーダー?」

「レンのじゃないよね?」

「あぁ。これが俺の机に?」

「うん。これも煙が消えた時にいつの間にか」

 

 受け取って再生ボタンを押すと、随分ふざけた音声が流れ始めた。

 

『やぁ。君たちがこの音声を聞いているということは、もう私はりみちゃんと新聞部のデータを頂いた後ということだね』

「野郎……!」

『今井レン君、そして奥沢美咲さん。大切なものは全て私の手の中だ。しかしこれでは、あまりにも予告通りすぎて芸が無い。だから、私と1つゲームをしよう』

「なんだと?」

「ゲーム?」

『なに、難しく考える必要は無い。私とゲームをして、君たちが勝てば頂いたものを全て返してあげよう。データと共にりみちゃんを見事に奪還できれば君たちは白馬の王子様だ』

「ふざけやがって」

『では、まずは最初。ゲームの内容は簡単な知恵比べだ。白馬の王子には知性が必須だろう?それじゃあ、羽丘の2年A組で君たちを待っているよ』

「あの人、また勝手なことを……」

『そして最後に私から、被害者でありゲームの参加者の2人である君たちにメッセージだ。ゲームをクリアしたいなら、2人で力を合わせて協力することだ。君たちであれば、きっと切り抜けられるかもしれない』

「はぁ?」

「協力だぁ?」

 

 怪盗が俺たちの言葉に反応することもなく、そのまま音声は流れ続ける。

 

『さぁ受け取りたまえ。予告状に次いで、怪盗ハロハッピーからの挑戦状だ!』

 

 音声はここで途絶えた。

 そしてそのタイミングで、奥沢のスマホが通知を鳴らす。

 

「何?りみのスマホから?って、これは……!」

 

 奥沢が戸山たちに見せている画面を勝手に覗くと、怪盗と共に捕らわれの身になった牛込の画像が送信されていた。

 野郎、データのみならず無関係の他人まで……。

 何の目的でこんなことをしやがったのかは知らないが、もう頭に来た。

 

 もう冗談やイタズラなんて言い訳じゃあ済まされない。

 アイツは敵だ!

 アイツが、これ以上に俺の居場所を脅かしに来る刺客だと言うのなら……!

 

「上等だ。返り討ちにしてやる……!!」

 

 頭に血が上ってブチギレる感覚。

 教室には、俺の手で握り絞められて軋みをあげるレコーダーの音だけが響いていた。

 

 あぁ、今にもおかしくなりそうだ。

 





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小話3.謎とカチ込みと第1のゲーム

 

 レコーダーの音声が切れてから、しばらくの沈黙が支配した。

 

「レン君……」

「悪い戸山。俺のせいで牛込まで巻き込んじまった」

「いや、これはレン君のせいじゃ……」

「日没までにはあいつを連れて帰る。……こうなりゃカチ込みだ」

 

 そうと決まれば──

 

「待って今井。ここはあたしが行く」

「あぁ?」

「身内の不始末……って言うとちょっと違うけど、あの怪盗とは知った顔だったりもするし……りみまで巻き込むのはやり過ぎだってことぐらいは言っとかないとさ」

「知った顔だと?」

「まぁ、お友達って訳でもないけどね。取り敢えず、りみが酷い目に遭ってるとかは無いと思うし。事態はあたし1人で収集はつけられるから」

「……」

「あんたのデータも、そのついでに取り返してあげるよ。流石に今回のは悪質が過ぎると思うしさ。少なくとも軽くとっちめるぐらいはしなきゃ」

 

 俺の肩を軽く叩いて、奥沢は外へと歩こうとする。

 しかし、それを許容する訳にはいかない。

 

「待て奥沢」

「何?」

「これは俺が原因で起こったことだ。俺の問題である以上、これは俺が1人でどうにかする。お前が動くことはない」

「いや、だから気にしなくていいんだってば。そんなこと」

「気にするとかしないじゃなくて、俺がどうにかするって言ってんだろうが」

「あたしがどうにかしてあげるってのが聞こえなかった?」

「さっきからイラっとしてたけど『してあげる』ってなんだよ。偉そうに。それで施しのつもりかよ。人を見下すのも大概にしとけよ?」

「はぁ?」

「あのー、2人とも?」

 

 奥沢との議論は、一向に進まない。

 戸山の声を無視して、奥沢と向き合っても、そもそも話が通じない。

 マズい。さっきやっと冷静になったのに、またイライラしてきた。

 

「これは、いつものヤツだね……」

「もー、またケンカ?」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「だから!これはアイツがふっかけて俺が買った喧嘩なんだから部外者は引っ込んでろって言ってんだよ!」

「あたしだって友達連れてかれてるんだから立派な関係者だよ!」

「とにかく俺が行くって言ってんだ!」

「あたしがやるって言ってんじゃん!」

 

 しばらくしても、議論は未だに終わらなかった。

 

「ねぇ、おたえ。流石にアレ、止めないとマズいんじゃない?普段あんまり感情とか出さないタイプの2人が胸ぐら掴みそうな勢いで言い合いなんて」

「そうかな?じゃあ香澄が止めてくれば?」

「えっ……」

「止めないとマズいんじゃないの?」

「そ、そうだけど……」

 

 ・・・

 

「ふ、2人とも?喧嘩はやめ──」

「「すっこんでろ!!」」

「ヒィィィ……!ううっ、さーやぁ……」

「うん。まぁ、流石にこれ以上はダメだよね。ほーら2人とも~?」

 

 俺達の話し合いに、山吹が無理やり割って入ってくる。

 結構激しくなっているのに、臆した様子は無い。

 

「取り敢えず冷静になりなって。ムキになってキレるとか2人らしくないよ」

「「だってコイツが──!」」

「はいはい。そこまで。クールにいこ?」

 

 邪魔が入った。

 

「取り敢えず、今井君はデータ盗られて、美咲はりみりんを盗られたってことでいいのかな?まぁ、りみりんが誰の所有物なのかとかの話は置いといて、ひとまずこういう状況ってことでしょ?」

「そうだけど……」

「それで、2人とも怪盗さんにカチ込む理由があって、怪盗さんも2人を名指しで呼んでいて、なんなら『2人で協力しろ』みたいなことまで言ってたんでしょ?」

 

 ・・・

 

「だったらもう、2人で仲良く一緒に行くしかないんじゃない?『どっちが行くか』とかじゃなくてさ」

「「……はぁ?」」

 

 コイツと?ありえないだろ。何言ってんだこの女。

 試しに奥沢を見ても、碌な表情してない。

 

「なにガン飛ばしてんの?」

「あーん?」

「まぁまぁ。確かに露骨に嫌そうな顔したい気持ちも汲んであげたいけどさ。こうしてる間にもりみりんは捕まってる訳だしさ。わざわざ2人で喧嘩して時間食うよりは建設的だと思うけど……」

「「……」」

「私たちも、ベース担当がいつまでも居ないのは心配だからさ」

 

 一度冷静になって考える。確かに俺がこの女に割いてる時間なんて無駄もいいところだ。

 『仲良く』という部分には反対だが、さっさと急いだ方がいいのは事実。

 

「おい奥沢」

「なに?」

「邪魔だけはすんなよ」

「偉そうに」

 

 この言葉を最後に、俺たちは怪盗の待つ羽丘へと向かっていった。

 急いだ方がいいんだから仕方ない。

 

「ふぅ~。やれやれ。あの2人ってあんなに我の強い性格だったっけ?もっとクールで穏やかなイメージだったんだけど」

「なぜかレン君と美咲ちゃんの組み合わせだと、あんな風になるんだよね」

「相性悪いんじゃない?」

「だとしたら一緒に行かせたの、やっぱりマズかったかな?」

「今日以外でも常に仲悪いし……」

「花咲川最悪のコンビだ……」

 

 ・・・

 

「「「(大丈夫かなぁ……?)」」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 羽丘への道中は疲れるだけなので口喧嘩を停戦し、俺たちはそのまま羽丘の廊下を歩いていた。

 

 そして……

 

「2年A組、ここだな」

「ハロハッピーが待ってるって言ってた場所だね」

「よし、開けるか」

 

 ガッ……!

 

「「……」」

「くっそ。鍵かかってら」

「カッコ悪」

「うるっせぇぞ。ったく自分で呼び出しといて閉じこもってやがるとは、根性が足りねえようだなぁ。ふっざけやがってよぉ……!」

 

 ただでさえ頭に血が昇って吐き気がするほどイライラしてるって時にこんな煽り方とは、よほど死にてえらしい。

 

「どうすんの?中にはそれなりに人も居るっぽいけど」

「あぁ?どうするって、鍵かかって開かねえんだから……」

 

 扉から距離を取って軽く跳ねる。

 

「こうすんだよ!」

「ちょっ、あんたまさか──」

 

 助走、左足を軸とした回転、この間、僅か0.3秒。

 

「出てこいやコソ泥オオォォォ!!!」

 

 バゴアァァァァァァッッ!!!

 

 蹴撃一閃。

 たった一発の回し蹴りを入れると、扉はくの字に曲がって教室の中へと飛んで行った。

 叫び声を上げながら扉を蹴り破ったからか、教室中の視線が集まる。

 

「あん、た……何し、て……」

「おいコソ泥。隠れてないでさっさと出てこいよ。それともブルっちまって声も出ねえか?」

 

 怨嗟を交えて教室中に語りかけるが、奴の気配は無い。

 自習中の生徒が、何人かいる程度だ。

 

「ちょっと、あなた!」

 

 教室中を見回していると、メガネを掛けた真面目そうな女子生徒が俺の手を掴んできた。

 

「どういうつもりですか?いきなり現れてこんな──」

「手ェ離せよ。テメェもあの扉みたいにしてやろうか?」

「ヒッ……」

「もしもアイツを庇ってるんだったら容赦しな──」

「ちょっと今井!!」

 

 怯えた女子生徒を庇うように奥沢が立ちはだかり、怒鳴りつけてそのまま俺の胸ぐらを掴んできた。

 

「あんたマジで何しに来たの!?勝手に扉壊して、無関係の人にまでこんなことして!穏便に済まそうとか思わないわけ!?」

「穏便だぁ?甘いぜ奥沢。甘々だ。そもそも、俺がこんな喧嘩の売られ方をしてるのは向こうに舐められてるからだ。こういうのは最初に弱いって思われたらその時点で終わりなんだ。言っといてやるが既に喧嘩のゴングは鳴ってんだぜ?大切なものまで奪われてあんなに好き勝手やられた以上、自分が誰に喧嘩売ったのかってことを思い知らせてやらなきゃダメなんだよ」

「もうちょっとやり方とか考えられなかったの?」

「お前は敵陣に乗り込む時に『お邪魔します』で済ますのか?あんなに好き勝手にやられてんのに随分お優しいことだな。弱っちいにも程があるぞ」

「不必要に浅ましさだけで振るうだけの暴力なんて強さじゃないよ」

「うるせぇなぁ……」

 

 睨み合いが始まる。

 だが、もう呆れたかのような表情で奥沢がやめた。

 メガネの女子生徒も、もう自分の机に戻ってしまっている。

 

「もういい。無駄な時間だ。話を戻そう。とにかくハロハッピーは居ないんだよね?」

「はぁ……。そうだな。最初はさっきの女がグルだと思ったんだが。そうでもなさそうだし、この教室の連中は何も知らない無関係って感じか。ったく使えねぇ」

 

 教室の連中は、もう誰も俺たちを見ていない。

 いや、見ないようにしているのだろう。いきなり扉を蹴り破って挙句勝手に言い争いを始めた2人組なんて関わりたくもないだろうし当然だ。

 ……と、思ったが1人だけ例外が居た。

 るんっ、とした表情で、いつの間にかかなり近くまで寄ってきていた。

 

「ねぇねぇ2人とも。そろそろいいかな?」

「日菜さん……」

「氷川さん、どうしたんですか?」

「『どうしたの?』はこっちのセリフだよ。リサちーの弟くん。かなり面白い登場してたけど」

「その呼び方やめてくれません?ムカつくので」

「ちょっと今井!まだ血昇ってるの?年上にそんな態度──」

「じゃあ、あたしも『日菜』って呼んでよ。おねーちゃんと被るから、ね?レン君」

「凄い、こんな奴にも大人の対応だ……」

「……分かりました。日菜さん。話を戻しましょうか」

「そうだね。リサちーに会いに来たんだったら、今は職員室で課題のアドバイス貰ってるよって伝えようとしたんだけど、リサちー目当てじゃないっぽいよね?」

「はい。じゃあ、俺たちが来た目的から話しましょうか」

 

 そういう訳で俺達は、ここまで来た事情を日菜さんに話すこととなった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「そっかぁ。新聞部の全データかぁ……。レン君があんなになるまでカンカンに怒ってた理由、やっと分かったよ。それは仕方ない」

「いやいや仕方なくないですよ。寧ろデータ如きであんなに暴れて、男のくせに器小っちゃすぎかっての」

「なんだとコラ。テメェに何が分かるんだよ……!」

「あんたのバカさ加減は充分すぎるぐらいに分かったけどねぇ!扉壊して無関係の女の人にまで乱暴なこと言って!」

「あぁ!?」

「まぁまぁ。2人とも落ち着いてよ。さっきの話で思い出したけど、あたし、実は1つ気になるものを持ってたんだよ。昼休みに机に入ってたんだけどさ」

「気になるもの?」

 

 そう言って日菜さんのスカートのポケットから出てきたのは、怪盗の予告状が入っていた封筒と同じデザインだった。

 

「『然るべき者たちが来たら渡すように。それまで中身は開けないこと』って書いてあったんだけど、然るべき人は、多分レン君たちだよね。だから渡してあげる」

「今井、これって……」

「あぁ。恐らくアイツが言っていたゲーム関連だ」

 

 日菜さんから封筒を受け取り、そのまま中身を確認する。

 そして、確認して訳が分からなくなった。

 封筒の中身は……。

 

『ヲヌヲゾチテギマテバヨネツホウコ

 

 これが次のステージへの案内状だ。

 私は常に、君たちの一歩先を行く。

 怪盗ハロハッピー』

 

 読ませる気無いだろコイツ。

 

「最後の文章、間違いなく煽ってるな。俺よりちょっと足が速かったからって調子に乗りやがって……!」

「まぁ、それは知らないけど謎解きって言ってたでしょ?取り敢えずこの暗号をどうにかしようよ」

「いいや。その必要は無い」

「はっ?なんで?」

「なんでってお前。ふふっ、ははっ、はっはっはっはっはっはっは……」

「まさか、もうこの暗号の解き方が分かったの!?」

「さっぱり分からない」

「おいコラ!」

 

 俺みたいなバカにこんなごちゃごちゃしたものが分かる訳がない。

 でも……。

 

「考えはある」

「考えって?」

「『これが次のステージへの案内状だ。』って書かれてるってことは、多分暗号を解いたら次に行くべき場所が書かれている」

「そんなの、誰でも察しつくでしょ」

「でも俺はバカだ。こんな暗号の解き方なんて分かる訳がない。でも、『俺に解き方なんて分かる訳がない』という絶対的な事実は分かりきっている。分かり切っているなら、やることだって決まってくる」

「どうすんの?」

「この学園の全教室の扉を蹴り破って一個ずつ確認する」

「知性の欠片も無い!『考えはある』って言い放った人間のセリフとは思えないぐらいのパワー戦術!」

「これでホントに全部蹴り破る現場を見たら怪盗だって焦るだろ」

「絶対普通に謎解いた方が早いでしょ」

「100年あっても俺には解けん」

「いや、この学園の規模でローラー作戦は無理があるし、あと絶対に扉を蹴り破る必要は無い。解く気が無いならあたしがやるから手紙渡してよ」

「なに俺に指図してんだよ。怪盗より先にテメェから潰してやろうか?」

「なに?まさか本当に正攻法でやらない気?」

「はっ!誰があんなコソ泥の言葉遊びになんか付き合ってやるかよ」

 

 手紙を握りつぶしながら、俺は教室を後にしようとしたが、歩き出した瞬間にボソッと日菜さんの声が聞こえた。

 

「意外だなぁ。レン君って負けとか認めるタイプなんだね」

「は?」

「だってそれをやるってことは、出題者の怪盗さんに『ぼくは解けません』って言ってるようなものでしょ?好き勝手にやられたのに『ぼくは正攻法で解くこともできないおバカなんです』って言いに行くようなものじゃん?自分からバカにされようとするなんておかしくない?教室に入る時にあんな啖呵切ってたくせに。……もしかして、レン君って負けたいの?」

「……」

「あれ?あたし、何か間違ったこと言ってる?的外れだったりした?」

 

 こんな考え方、普段ならスルーするに決まってる。

 でも、俺は一瞬でも想像してしまった。

 ただでさえデフォルトで頭に血が昇ってるのに、その上で怪盗の前に屈伏を認める自分自身の姿を。

 そして、その自分自身が俺の逆鱗に触れた──!

 

「やってやろうじゃねえかテメェこの野郎!秒で解き倒したらぁ!!」

「あははっ、やっぱりレン君って単純で面白ーい」

「何コイツ、あたしの言葉は聞かなかったくせに」

 

 近くの机に手紙を叩きつけて、文章を確認する。

 

『ヲヌヲゾチテギマテバヨネツホウコ

 

 これが次のステージへの案内状だ。

 私は常に、君たちの一歩先を行く。

 怪盗ハロハッピー。』

 

 くそっ、やっぱり訳分かんねえ。

 俺1人じゃどうしようもない。

 

「貸して。あんた、どうせあたしよりバカなんでしょ?」

「要らねえよ。これは俺の喧嘩だ。そもそもお前はこういうの得意なのかよ?」

「貸せって言ってんの。別にあたしだって得意って程じゃないけど、考えようはあるでしょ。こんなのノーヒントで解ける暗号じゃないし、ヒントは絶対ある。ヒントになる文章があるとすれば、次の場所を示す部分と『怪盗ハロハッピー』の部分を抜いて……」

 

『私は常に、君たちの一歩先を行く。』

 

「これだと思うんだよね」

「こんなのただの煽りだろ?」

「流石にそこまで性格悪くはないと思うよ。あんたじゃないんだから。」

「あぁ?……チッ、まぁいい。それで?」

「それで『たぬき』構文みたいに『た』を抜くみたいな発想で順当にいくと……」

「『一歩先を行く』ってのは……」

「五十音順に、一個ずつ進める?……ってことかな。今井、もし今も取材用のペンとか持ってるなら──」

「やってみるか。じゃあつまり……」

 

『ヲヌヲゾチテギマテバヨネツホウコ

 ↓↓↓↓

 ンネンゼ

 

「ダメだね。もう違う」

「誰だよンネンゼって」

「こっちが聞きたいよ」

「あんだけ偉そうにしてたくせに結局このザマかよ。使えねぇ」

「はぁ?」

「いや、発想は美咲ちゃんの考えであってると思うよ」

「「日菜さん?」」

 

 俺たちの顔の間から、日菜さんの顔が割り込んできた。

 

「レン君たち、そもそも忘れてない?怪盗さんは1歩先を行くんじゃなくて『常に』一歩先を行くんだよ?」

「えっと、つまりどういうことだ?」

「そっか、一歩進めるのは、五十音順だけじゃない」

「待てよ。じゃあ他にどこを進めるってんだ?」

「他にできるとしたら、文章全体かな。最後の文字を最初に持ってきて、後の全部を進める。そうすると……」

 

『ヲヌヲゾチテギマテバヨネツホウコ』

『コヲヌヲゾチテギマテバヨネツホウ』

 

「そして、またさっきみたいに五十音順を一個ずつ進めれば……」

 

『コヲヌヲゾチテギマテバヨネツホウ』

 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

『サンネンゼツトグミトビラノテマエ』

『3年Z組 扉の手前』

 

「つまり次に向かう場所は……」

「「3年Z組だ!!」」

 

 ・・・

 

「待て奥沢。クラス多くね?」

「うわマジだ。何?ここってそんなにマンモス校なの?ここの3年って26クラスもあるの?」

「2人とも、まだ忘れてるよ『常に』一歩先なんだからさ」

「……!じゃあ、3とZは最後の文字だから最初の方に戻って……」

「扉の手前から一歩先ってことは……」

 

『1年A組 教室の中』

 

「これが答えか」

「というか、なんでわざわざ『教室の中』とか足したんだろ?『1年A組』だけでいいじゃん」

「それは、単純に問題文の文字数を増やしたかったんじゃない?その方が複雑に見えるし」

 

 とにかく、謎は解けた。

 

「日菜さん、ありがとうございました。あたしたちだけじゃ解けませんでしたよ」

「いいよいいよ。あたし、こういうの得意だし、年下の子たちの手助けぐらいはね」

「よし、じゃあ俺──」

「あ、待ってレン君。これだけは伝えないと」

「なんですか?」

 

 日菜さんは俺の目の前で腰に手を置いて語りかける。

 

「まず、あたしたちの教室は、戸締りの手間を減らすために基本的に後ろの扉は使わないから鍵も基本ずっと閉めてるの。もし開けたいなら、ちゃんと黒板側の扉を使って欲しいな」

「はい……」

「あと、扉を蹴り破ったりもしちゃダメ。一年生は放課後の教室自習はしてないと思うし、さっきみたいに教室中がビックリしちゃうこともないと思うけど、壊しちゃうのはやっぱり良くないよ。あたしは面白くて好きだったけど」

「俺のアレに好きとか言っちゃダメでしょ」

「あと、これが最後だけど、リサちーに心配かけ過ぎちゃダメだよ?キミにとって、たった1人のおねーちゃんなんだからさ」

「……善処します」

「あんまり怒って周りが見えなくなったりしちゃダメだからね?」

「まぁ、そこは次からあたしも見とくんで。じゃあ日菜さん。あたしたち、もう行きますね」

 

 しかし、日菜さんは腰に手を当てたまま、通り過ぎようとした奥沢の前に立ちはだかった。

 

「ちょっ、日菜さん。いきなりなんですか?」

「ごめんね美咲ちゃん。まだダメなの」

「なんでですか……?」

「ほらレン君。あたしからの話は終わりだし、もう行ってきていいよ。さっきからチラチラ向こう見てたし、ずっと行きたかったんでしょ?」

「いいんですか?なら遠慮なく」

 

 冷静になってからずっと心残りになっていたことを解消すべく、俺はさっきのメガネの女子生徒の席まで歩く。

 

「なぁ、あんた」

「ヒッ、な、なんですか……?」

「さっきは八つ当たりして悪かった。血が昇って何にも見えなくなってた」

「えっ?」

「重ねて謝る。悪かった」

 

 女子生徒は少し俺を見た後、そのまま何も答えずに俯いた。

 許されたか許されなかったは不明だが、俺がやらなきゃいけないことは取り敢えず済ませただろう。

 俺にもやらなければならないことがある。

 

「あんた。不良のくせに人に謝るとか出来たんだ」

「黙ってろ。一旦クールになったからって俺がお前と怪盗にもイラつかなくなったと思ったら大間違いだからな」

「2人とも~。ケンカはいいけど、次の場所行かなくていいの?」

 

 ……そうだった。

 

「じゃあ日菜さん。行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい。……成り行きではあったけど、あたしはレン君の力になることが出来て嬉しかったよ」

「……?そうですか」

「じゃあ日菜さん、あたしたち、今度こそ行きますね。ありがとうございました」

「うん。行ってらっしゃい。次の場所でも頑張ってね」

 

 ゲームはまだ、始まったばかり。

 





 レン君、優しい性格って設定やのに、この章が始まってからずっとキレ続けてるからめちゃくちゃ口悪いキャラになってしまってる……。
 次の更新は、明日。

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小話4.マシンと拳と第2のゲーム

 

 暗号の指定通り、俺たちは1年A組の教室へとやってきた。

 日菜さんの言っていた通り、中には自習中の生徒などは誰もいなかった。

 確かに誰も居なかったが……。

 

「なんだよ。このゴッツい機械」

「『Punching Rush Machine』?……って書いてあるけど何コレ?」

「あ、封筒だ」

 

 なんかひたすらにゴツい機械が、教室のど真ん中に設置されていた。

 そして機械に置かれていた封筒を開いてみると、今度は謎解きではなかった。

 

『君たちがこの手紙を読んでいるということは、無事に知恵比べのゲームをクリアしたようだね。

 まずはおめでとう。

 頭を使った勝負で結果を残したなら、次は体を使った勝負といこう。

 ヒロインを華麗に助け出すヒーローには知性と共に力強さも求められるからね。

 

 では、今度の勝負はもっとシンプルだ。

 今、君たちの目の前に用意されているパンチングマシーン、それをクリアすれば、次のステージの場所をそのマシーンが教えてくれるだろう。

 

 ただし、君1人の力では不可能だろうがね。

 怪盗ハロハッピー』

 

 謎解きじゃない。ということはつまり……。

 

「今度こそ最後の文章は煽りだな」

「口を開けばすぐに『煽り煽り』って、あんたってホント器小っちゃいよね」

「うるっせぇな。実際煽りだろうが」

「はっ。舐められてやんの」

「マシーンより先にお前からぶん殴ってやろうか?」

 

 相変わらず横の女はムカつくが、まぁいい。

 この怒りも、パワー比べにぶつけられるなら丁度いいだろう。

 

「かったるいことは嫌いなタチなんだ。さっさと片付けるぞ」

 

 機械にかけられていた1セットのグローブをはめてマシーンを起動し、計測開始の合図が鳴る。

 

 3.2.1……GO

 

「オラァ!!」

 

 バゴッ!!

 

 バカでかい的に、かなりいいのが入った筈だが、画面は計測中のままだ。

 それからしばらく経って結果は……。

 

「『条件未達成』……。パワーが足りなかったか」

「足りなかったのは頭の方じゃない?」

「あぁん?」

「だってこれ、『Punching 「Rush」 Machine』って書いてるし、計測してるのはパワーじゃなくて、さっきの10秒の制限時間内で拳を叩き込んだ回数でしょ。もしかしてこんな簡単な英語も読めなかったの?」

「いちいち煽ってくんじゃねえよ。ムカつく女だな」

「だから、このマシーンの挑み方は……」

 

 俺の悪態に耳も貸さず、用意されていたもう1セットのグローブをつけた奥沢がマシーンを起動する。

 

「こうするんだよ!」

 

 3.2.1……GO

 

「おおおおぉぉぉっ!!!!」

 

 ドカドカと、女子から放たれる拳とは思えないほどのラッシュが叩き込まれる。

 そして……計測が終了し、結果が画面に表示された。

 

「『条件未達成』……回数が足りなかったか」

「はっ。お前も大口叩いたくせに随分と無様じゃねえの」

「うるさい!」

「まぁ女は下がって隅っこで大人しくしてろ。こういうのは元から男の領分だ」

「あんたってホントにムカつく言い方しか出来ないよね。これでお姫様を助け出す白馬の王子サマが務まるの?」

「俺がそんな器じゃないことは俺が一番分かってる。そもそも俺はデータさえ取り返すことが出来ればそれでいいんだ。コソ泥をブチのめした後のかったるいヒーローごっこはお前らだけでやってればいい」

「今井……」

「まぁ、そういう訳だし……」

 

 マシーンを起動。

 

 3.2.1……

 

「ブチかますぜ!」

 

 GO!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ、オラァ!!」

 

 達成条件は……

 

「『未達成』かよ。クソが」

「男の領分じゃなかったの?」

「黙れ。今回は偶然だ」

「負け惜しみ~」

「チッ。じゃあお前は出来んのかよ。さっきも失敗してたくせに」

「頭も体も雑魚だったあんたよりはマシな自信あるけど?」

「だったら今ここで殴り合うか?」

 

 ブチッ……!

 

「よし決めた。先にコレをクリア出来なかったやつ、格下」

「何勝手に決めてんの?くっだらない」

「じゃあお前、格下な」

「ふざけんな。あたしが勝ったら速攻で土下座させてやる!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 あのやり取り以降、交互にマシーンへ拳を叩き込んだが、条件は未達成のままだった。

 腕も疲労と筋肉痛が現れ始めて、2人共々、大の字でマシーンの前に倒れ込むことになった。

 

「はぁ……はぁ……。なんだよコレ、ホントにクリア出来んのかよ?」

「知るか。はぁ……はぁ……」

「そもそも、なんで条件を達成するまでの回数が表示されない?それどころか俺たちが何発当てたかも分からねえのはなんでだ?何発当てれば条件達成なんだよ?」

「条件、か……」

 

 ・・・

 

「そういや今井。手紙の最後に書いてあった文章って、なんだっけ?」

「あぁ?『君1人の力では不可能』とか言ってやがったあれのことか?」

「じゃあこれの条件って、そもそも1人でやることを前提としてない回数が設定されてたりしないかな?『1人の力では不可能』って言ってる辺りさ」

「何言ってんだ。パンチングマシーンは1人でやるもんだろ」

「だったら、なんでグローブが2人分以上も用意されてるの?あと、拳を叩き込むべきミットも、やけに幅が広いのはなんで?」

「幅……?随分バカでかい的だとは思ってたけど……」

「これさー、2人並んで打ち込むのにピッタリのサイズだったってオチはないかな?」

「そんなのアリかよ……」

 

 しかし、首だけをマシーンの方へ向けると確かに信憑性は無い訳じゃない。

 1人じゃ不可能か。くそっ……。

 

「奥沢、あと何発撃てる?」

「ラッシュ1回分、ってとこかな。拳は痛いわ腕は疲れるわで正直限界」

「奇遇だな。俺も1回分がやっとだ」

「それが何?」

「そうだな。この手のセリフはお前にだけは言いたくなかったんだけど……。まぁいい。仕方ないからお前で妥協してやる。今は牛込とデータが最優先だ」

「さっきから何?言いたいことがあるならさっさと言えば?男のくせにうじうじしないでよ」

 

 なんでこんなムカつく女と……。

 

「おい地味女」

「どうした脳筋男」

「10秒、手貸せ」

「絶対イヤ」

「……」

「チッ、10秒だ」

 

 ゆらゆらと立ち上がり、2人でマシーンに立ちはだかる。

 

「勘違いしないでよ。あんたのためじゃないから」

「テメェこそ、これが牛込とデータのためだってこと忘れんじゃねえぞ」

「「チッ……!」」

 

 チームワークもあったもんじゃないが仕方ない。

 

「ちゃんと合わせろよ」

「いや、寧ろズラさなきゃいけないんじゃないの?同時に殴ったら1回しかカウントされないじゃん」

「そうか。だったら心配は要らねえな。お前みたいな相性最悪の女と息が合う訳ないんだから」

「そうだね。邪魔しないでくれたらそれでいいよ。お、この的、よく見たらちょっと位置も動かせるじゃん。親切設計だ」

 

 軽口を叩き合いながら、立ち位置の確認をする。

 的は大きいが、2人で1つの場所を狙うとなると、2人の位置関係と的を狙う角度も考えなければならない。

 そして、今まさに奥沢が動かしている的そのものの位置と角度も。

 

「この辺り?」

「そう、そこだ」

「「ここが一番……」」

 

 3.2.1……

 

「「拳を叩き込みやすい角度ッ!!」」

 

 GO!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……!」

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……!」

 

 まだだ。まだ終わらない!叩き込み続けろ!

 

「「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……!」」

 

 もっとだ。もっと速く……!拳に乗せろ!

 

「「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」」

 

 トドメだ!

 

「「オラァ!!」」

 

 ドゴォァッ!!

 

 俺の右手、奥沢の左手。

 ズラし続けていた拳のタイミングが、今になって重なり、強烈な一撃が入る。

 

 後は、計測中のマシーンの仕事を待つだけの楽な仕事だ。

 結果は分かり切っている。それ程の手応えだった。

 

『条件達成』

 

 マシーンの画面がそれを表示したと共に、画面のすぐ近くから一枚の封筒が吐き出された。

 

「「ふぅ……」」

 

 力も出し切り、もうヘトヘトだったが、ひとまず安心は出来た。

 

「今井」

「ん……?あぁ……」

 

 パァンッ!

 

「「やれやれだ」」

 

 あまりにも乱雑で相手のことも考えない、叩きつけるようなハイタッチを最後に、俺たちは次のゲーム会場へ動き出したのだった。

 





 言ったでしょう?終章よりもふざけると。
 次の更新は、明日。

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小話5.怒りと暴力と最後のゲーム


 自分にとって大切な居場所ほど、失うかもしれない不安は途方もなく大きい。



 

 パンチングマシーンから吐き出された手紙の内容はこうだ。

 

『ゲームクリアおめでとう。

 さて、次のステージの場所だが、羽丘のグラウンドに来て欲しいんだ。

 特別な場所を用意したからね。

 

 知性、勇猛。これまでのゲームで君たちはその2つを確かに示した。

 なら後に残るのは、お待ちかねの直接対決。

 クライマックスに、白馬の王子と悪役の戦いは不可欠だ。

 そうだろう?

 怪盗ハロハッピー』

 

「知らねぇよ」

 

 寝ぼけた内容の手紙だったが、自分の居場所を教える程度には怪盗も潔さを持っていたということか。

 そして、グラウンドには随分と大掛かりな光景が広がっていた。

 

「なにコレ?アスレチック?迷路?少なくともさっき来た時は無かった筈……」

「俺たちが校舎で暴れてる間に作ったってのか?このサバゲーフィールドもどきみたいな場所を」

 

 グラウンド全体を囲う仕切り、そしてその中に広がる仕切りで入り組んだフィールド。

 取り敢えず、手紙に書いてあった『特別な場所』はここで間違いないだろう。

 何をするつもりかは知らないが、入り口っぽいプレートとそのすぐ横のモニターが、普通にそれっぽい。

 その証拠に近づいたらすぐにモニターは反応し、追っていた怪盗の姿が映し出された。

 

『やぁ、諸君。よくここまで辿り着いたね』

「御託はいいからさっさとこっち来て正座しろや泥棒!お望み通りぶっ飛ばしてやるからよぉ!」

『やれやれ、荒っぽいのは相変わらずのようだね。やっぱり君を白馬の王子様にするのは難しそうだ』

「テメェをスクラップにするのは簡単そうだがなぁ?」

『まさにそういうところだよ。少年』

「知るかよ。俺がそんな器じゃないのはハナから分かってんだろうが。そんなかったるいヒーローごっこは隣の女にでもやらせときゃいい」

『その卑屈さも残念なポイントだよ。もったいない』

「あぁん?」

 

 なるほど。直接対決を謳ってた割に今の俺たちへのコンタクトがモニター越しな理由がよく分かった。

 ……殴れねぇからだ。

 

「取り敢えずさぁ。こんなヤツの相手なんかしなくていいからさっさと始めようよ怪盗さん」

「『こんなヤツ』って何だよ。テメェ、まだ煽り足りねえのか」

「あんたこそいつまで器小っちゃいままなの?」

「うるせぇぞ。このタコ」

「タコの何が悪いっての?」

「悪くねえけどタコ焼きにしてソースぶっかけんぞこの野郎」

「はぁぁぁ?」

『君たちの相性も……その……相変わらずのようだね』

「「あぁ?」」

 

 ふざけたことを……!

 

「テメェがこいつと組ませたんだろうが!データだけじゃ飽き足らずふざけたことしやがって!」

「わざわざこの組み合わせな辺り悪意しか感じないんですけど!?」

『そうかい?私は結構お似合いだと思うけどね。穏やかで、優しくて、でもどこまでも不器用で、誰かに頼ったりすることも苦手なあたり、君たちは似たもの同士だ』

「こっの野郎……!」

「耐えがたい侮辱だ……!」

「モニター越しのくせに偉そうに」

「イライラするなぁ!!」

『君たち、なんというか、その、もう少し普段の平穏さをだね……』

 

 何ちょっと引いてんだよコイツ。

 お前が蒔いた種だろうが。

 

「で?お前どこにいるんだよ。いつまでモニター越しのつもりだ?」

『直接対決と言っただろう?ゲームが始まれば、いずれ鉢合わせる筈だよ』

「じゃあ怪盗さん。そのゲームの内容どうする訳?ずいぶん大がかりな場所まで用意してるけど」

『いいだろう。それでは、説明といこうじゃないか。今回のゲームは……』

 

 ・・・

 

『このステージをすべて使った網鉄砲バトルだ!』

「網鉄砲バトル?」

『そう。このモニターの下の台に、2つの筒があるだろう?クラッカーのように後ろの紐を引っ張れば捕縛ネットが飛び出す仕組みだ。発射可能回数は一発ずつ。制限時間内にその網鉄砲でフィールドを逃げ回る私を捕まえることが出来れば君たちの勝ちだ。それが出来れば大人しくデータとりみちゃんを返そう』

「網鉄砲……これか」

『だがしかし、追われる身なのは私だけじゃないよ。既にそのフィールドには、網鉄砲を装備した、黒く染めあがった3体のメカミッシェルが解き放たれている。つまり……』

「全ての網鉄砲を使い切る、あるいはあたしたち2人が逆に捕まったら負けってこと?」

『そういうことさ。私自身は網鉄砲こそ装備していないが、頼もしい味方がいるから油断はしないことだ』

 

 本来ならメカミッシェルとかいう不思議生物についてのツッコミもしてやりたいところだが、まぁいい。

 あとは……

 

「牛込は無事なんだな?」

『当然。今も元気に待ってもらっているよ。そして……』

「お前……!!」

 

 怪盗が懐から、俺のケースを取り出す。

 

『君のデータも、無傷で保管してあるよ』

「この野郎。気安く触ってんじゃねえぞコラ……!」

『ならば奪いに来るといい。返してほしければ、私を追い詰めてみせることだ』

「いいぜ。お望み通りブチのめしてやるよコソ泥が……!」

『そうだね。では折角だし、私が君に捕まった時にすぐに返すことが出来るよう、このデータは私がこのまま持って、持ったままの状態で逃げ回るとしよう。その方が君もやる気を出してくれそうだ』

「テメェ……!」

 

 あぁ、どうやら今日はとことんイライラする運命にあるようだ。

 

「ここまで好き勝手にやっておいて無事に帰れると思うなよ」

『困ったものだ。私としては、ムキにならずにもう少し楽しんで参加してもらいたかったんだがね。今までだって本当なら殺伐とせずに、もっと楽しんでもらう予定だったのだよ?だってこれはゲームなのだから──』

 

 ガンッ!!

 

「チィッ……!」

 

 画面を殴っても、液晶には傷一つつかなかった。

 どうやらかなり頑丈な作りらしい。

 憎い憎い憎い憎い憎い……!

 

『どうやら彼も待ちきれなくなったようだ。では、ルールの説明も終わったし、この映像が途切れたらゲーム開始といこう。私の手にある2つの大切なものを見事に奪い返してみせるんだ』

 

 その言葉を最後に画面が暗くなった。

 俺も奥沢も網鉄砲は取っていたし、開始の準備は既に出来ていたのだろう。

 どうやらゲームとやらは始まったらしい。

 

「ねぇ今井、怒ってるのは分かるけど、取り敢えず冷静になって作戦を考えよう。流石に無策で突っ込んで勝てるとも思えな──」

「黙れ」

「はぁ?」

「俺に命令するなって言ってるんだよ奥沢。次、俺に向かって偉そうに指図なんてしてきやがったらお前から潰すぞ」

「ちょっとは冷静になってよ!ただでさえ相手の方が数が……ってだから待てって──」

「触るな!!」

「……!」

 

 俺の腕を掴んだ奥沢の手を振り払う。

 もう、これ以上冷静じゃいられない。

 俺の中にあるのは、暴走列車のような怒りと衝動だけだ。

 

「ゴチャゴチャうるせぇぞ。黙らせなきゃわかんねえのか?」

「あんたこそ分からないの?せめてちょっとぐらい時間かけて準備を──」

「だから俺が今から1分で全部片づければもうそれで終いだろ。邪魔はするな」

「話を聞け!」

「喋んなっつってんだろムカつくから!」

「……!」

「……牛込ともども、巻き込んだのは悪かったと思ってる。もう迷惑もかけないでやるから、お前は引っ込んでろ」

 

 もう、誰にも頼らない。

 目の前にはふざけた扉が一枚。

 そこを抜けたら敵陣の中。

 

「ふぅ……」

 

 だったらやる事は1つだ。

 

「いい音聞かせろや!!」

 

 バゴアァァァァァァッッ!!!

 

 扉を蹴り飛ばし、奥沢を無視して中の通路を全力で駆け抜ける。

 

「生きて帰れると思うなよド悪党が……!」

 

 スタミナなんて知るか。全員ブチのめせばそれで全部解決なんだから。

 暗雲立ち込める中、この迷路のような場所で、俺は戦いに身を投じるのであった。

 

「(今井。あのデータがなんだっていうの?一体あのデータの何が、あそこまで冷静でいられない程に、あんたをそこまで突き動かすの?)」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「出てこいこの野郎!どこに隠れていやがる!」

 

 複雑な迷路を突き進み、自分がどこに居るのかさえも分からなくなってはいるが、俺はアイツを見つけるまでは戻る気もない。

 少なくともただでは帰さない。

 

「おいコソ泥!ケンカ売ってきたのはテメェの方だろうが!戦う気すらも無いんじゃないだろうな?」

「それは無いとも。言っただろう?クライマックスに直接対決は外せないとね」

「……!」

 

 振り返ると、すぐ後ろに憎たらしい姿があった。

 

「お前、どうしてここに……!」

「当然、さっきから君があまりにも熱烈に私を呼ぶものだから応えてしまったんだ。遠くにいても聞こえるぐらいの大声だったしね」

「だったらさっさとこんなことは止めてデータを返せ。これが最後のチャンスだ。これで返せば、暴力だけはしないでやる」

「あれだけの怒号で凄んでいたのに、まだ暴力を使わない選択があったとはね。やっぱり君はどこまでも優しいようだ。本当は暴力を使うつもりなんて欠片も無いんじゃないかい?」

「もう一度言っといてやるが、俺はあの説教くせぇバカ姉貴ほどお人好しじゃねえ。やる必要が無いならそれに越したことはないが……必要だったら俺はいつだって殺るぞ?不必要に暴力を振るうのは確かに野蛮だが、必要な時に拳も握れないなら、それはただの腰抜けだ」

「なるほど。だったら安心だ。少なくとも今の君は網鉄砲を持っているから暴力を振るう必要は無い。ゲームに正攻法で挑むだけでもデータは取り返せる」

「このくだらないゲームにこのまま付き合えと?」

「合理的ではあるだろう。君が持ってる網鉄砲の射程距離は2~3m。拳が届く距離まで近づくより、それを使う方がずっと妥当だ。私も逃げ足は速いし、そう簡単に捕まる気も無いからね」

「だったらさっさとやってやるよこの野郎!」

「君1人で私の相手が出来るかな?」

 

 そう言って怪盗は身をひるがえして逃げ出した。

 

「待ちやがれ!」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 フィールド内で怪盗の姿を捉えたはいいが、俺はヤツとの距離を縮められずにいた。

 ただでさえ向こうの足が速い上に、フィールドも入り組んでいて、ただひたすらにやり辛さだけが支配していた。

 パンチングマシーンでの消耗も激しかったうえに、ゲームが始まって怪盗を見つけるまでの間にもかなりスタミナを消費している。

 

「はぁ……はぁ……」

「おや、もしかして息切れかな?私はまだまだこんなにも遠いというのに」

「うるせぇ!」

 

 そう言ったはいいが、足はもう言うことを聞かない。

 まだ走りたい。もっともっと走りたいのに、俺の足は既に限界を迎えていた。

 汗を拭うことも忘れて、俺はその場にへたり込む。

 

「くっ……!」

「もう膝を折るのかい?君はまだもう少し追いかけてくると思っていたのだが」

「黙……れ……!」

 

 言いながら膝を立てようとするが、もうそれすらも叶わない。

 バイトで鍛えられてる筈なのに、すっかり俺の体はデスクワーク用に仕上がってしまっていたらしい。これまでの疲労を無いように扱うことは出来なかった。

 思わず見下ろしてしまった地面に、頬から零れた汗が沁み込む。

 

「はぁ……くそっ……」

「少年。思っていたより苦しそうだが大丈夫かい?なんだったら少し休んだ方が──」

「ふざけんな!!」

 

 敵である筈の怪盗が、俺を労わろうと歩み寄ってくる。

 さっきからコイツの行動はおかしい。ゲームに勝ちたいなら、最初から俺の前に現れる必要は無いし、今も俺なんか置いてそのまま逃げればいい。

 それでもコイツは俺に語り、歩み寄ってる理由。

 

 あぁ、俺にはよく分かる。

 そうやって俺は何度も見下されてきたんだ。

 コイツも同じなのだろう。だからよく理解る。

 

「俺を舐めるのも大概にしろよテメェ……!」

 

 5m先まで近づいてきた怪盗に、うずくまりながら睨みを効かせる。

 

「どういうことだい?」

「お前の中じゃ、俺なんて敵としての数にすら入ってないんだろ?ケンカ売って、その後のゲームでもわざわざ俺の前に現れる舐めプ。そして極めつけは『大丈夫かい?』だと?冗談じゃない。俺という人間はそんなに弱く見えたか?俺が相手なら持ち物を盗もうがケンカ売ろうが心は痛まなかったか?俺はそんなに安っぽい人間に見えたか……?」

 

 今すぐに怨嗟を込めて殴りかかりたいが、歩み寄る体力もなく、ただ体を引き摺るしか出来ない。

 

「待つんだ少年。君は誤解をして──」

「まぁいい。どうせ俺は何の才能も持ち合わせない不良生徒だからな。見下されるのには慣れてる。ただでさえクラスの嫌われ者だったからな。今みたいに嫌がらせで持ち物を盗まれることだって何度もあったさ。

 クラスメイト全員から無視されるようになった時は、流石に心が折れかけたがな」

 

 そう言いながら、俺はただ意地汚く地を這う。

 

「レン君、君は……」

「まぁ、その辺は別にどうだっていいし気にしてない。行事関係で好感度下げまくってた俺が悪いんだし、お前がデータを盗んだのだって、何か俺に対して気に入らないことがあったからなんだろ?気付かないうちに知らねぇヤツが敵に回ってることもよくあったからな。慣れてるよ。

 所詮俺は、お前の望み通りに白馬の王子サマになんてなれっこないような半端者だ。俺がお前に舐められてムカつくかどうかは別問題だが、俺が他人から見下されても仕方ないような人間であることそのものは事実だ」

「待ってくれ。私は──」

「だからお前は喧嘩を売ってきたんだ。俺を見下していたから俺の前に現れた。俺を取るに足らない存在だと考えていたから油断して、見くびった…………だから気付かなかったんだろ。うずくまっていた筈の俺が、さっきから体を引き摺りながら『着々とお前に近づいてる』ということに!」

「何……!?」

 

 ありがとう。俺を見下していてくれて。

 

「その油断がお前の敗因だ!」

 

 5m近く離れていた俺たちの距離は、既に4mに差し掛かろうとしていた。

 網鉄砲の射程距離は2~3m。足りないようにも見えるが、それはあくまで止まって撃つ場合の話。

 だから奴が完全に反応する前に動く。

 この一瞬が──

 

「勝負!」

 

 ダッ!

 と地面を蹴り上げ、一気に膝を伸ばして怪盗に飛びかかる。

 この瞬間のためだけに、バレないよう少しずつ足のポジショニングをしていたのだ。

 横方向への跳躍は俺と奴の距離を一気に詰める。

 

 距離3m

 

 そこから更に一歩を刻む。

 

 距離2m

 

「ここだぁぁッ!!!」

 

 腕を限界まで前へ伸ばし、網鉄砲の紐を引っ張る。

 完璧な不意打ち。

 仮に奴が後ろへ逃げたとしても、網鉄砲の射程範囲だ。

 未来予知でもしてない限り回避は不可能。

 ──その筈だった。

 

「甘いぞ!」

「何!?」

 

 奴は確かに逃げた。

 しかし、後ろへ逃げたのではなく、『前へ』逃げた。

 2m近く離れていた距離が、更に詰められる。

 

「(マズい。詰められ過ぎだ……!)」

 

 そう気づいた頃には遅く、網鉄砲の銃口を、奴はそのまま手で握りしめる。

 

 バスッ!

 

 そのせいで、紐を引っ張ったにも関わらず、網鉄砲は不発に終わり、たった1発の残弾数が0になる。

 射出される筈だったネットが、全て奴の手で封じられた。

 

「網鉄砲の弱点は3つ。一度に1発しか射出できないこと。距離が離れすぎていれば届かないこと。そしてもう1つは、距離が近すぎると対象を捉えられる大きさまで捕縛用のネットが広がらないことだ。ましてやこんな風に銃口を直接押さえつけられた網鉄砲はネットの射出すらままならなくなる。良い子は真似しちゃいけない方法だが、網鉄砲の無力化は想像よりも容易いんだよ」

「この野郎……」

 

 不発に終わったネットを網鉄砲の本体から引っ張り出しながら、怪盗は余裕の表情で話す。

 

「さて、これで少しは伝わったかな?私は君を見くびってなんかいないし、最初からずっと警戒はしていたんだよ。うずくまりながら悲しい話をしているくせに、君の眼は欠片も死んでいなかったからね。藪に隠れた毒蛇のように、獲物の前でずっと息を潜めていたんだろう?」

「お見通しだったとでも言いてえのか?」

「この私に演技で挑むなら、もう少し化けなければいけないよ。人を騙すにしては、君はいささか素直過ぎる。油断を誘おうという心持ちは悪くなかったけどね。もしかしてさっきの悲しいエピソードも、私を油断させるための作り話だったのかな?」

「生憎そっちはガチ話だ。お前みたいに人生うまくいってそうな奴には想像も出来ねえだろうがな」

「……大した精神力だ。あんな経験をしておきながら、絶望も見せずに、あんな眼光で私を睨みつけられる程の『凄み』があるとは」

「憧れの先輩が不撓不屈のアイドルなもんでなぁ。絶望も屈伏もテメェに見せてやる気は無ぇんだよ。この状況で俺にお世辞なんて送ってるような、舐めた態度のテメェの前ではなぁ……!」

 

 よく見たら随分と余裕そうじゃねえかよ。えぇ?

 相も変わらず腹が立つ顔だ。

 

「君を見くびっているつもりは無いが、さっきの戯れで網鉄砲を使い切ってしまった以上、これは不屈の精神でどうにかできる状況じゃないだろう。『君1人で』私をどうにかすることは、もう不可能だと思うが」

 

 この野郎、ここに来てまだ俺をバカにするのか。

 あぁ、そういうことか。

 

「お前もしかして、まだ自分が死なないとでも思ってるんじゃあないだろうな?ちょっとばかりお前のお遊びに付き合ってやっただけで、俺がブチギレてることも忘れたのか?ブチギレちまった俺が、テメェ相手に手段を選ぶ理性を残すとでも思ったか?

 やっぱりお前は人を舐め過ぎだ。俺が相手なら安全に事が済むとでも考えてたんならお門違いも甚だしいぞ。藪に隠れていた毒蛇が目の前に迫った、絶体絶命のこの状況下で」

「それは、どういう──」

 

 目の前にいる悪党の言葉を無視して俺は続ける。

 俺の激情は止まらない。

 コイツは既に勝ったつもりでいるのかもしれないが、俺からしたらここからが本番だ。

 俺が待ち望んでいた状況は、今やっと揃ったのだ。

 

「お前がこんな状況に陥ったりしないように、最初から俺は何度も忠告してやっていたというのに。暴力を振るわないでやる譲歩だけは、ギリギリまでしてやっていたというのに。さっきだって、あの場で大人しく捕まってデータを返していればよかったものを、お前はわざわざ『近づいた』んだ。

 目と鼻の先……俺の拳が叩き込めるほどの至近距離に!」

「……!少年、君は……!」

「嬉しい誤算だった。まさかこんな形で、怪盗。お前の懐まで到達できるなんて。お前に再会するなんて……!お前から奪うべきものは『3つ』。牛込の身柄と……!新聞部から盗ったデータと……!」

 

 そして!

 

「お前の命だ!」

 

 忘れちゃいけないが、俺はデータさえ取り返せれば手段なんざどうでもいいのだ。

 あのデータは俺の存在意義であり、俺の居場所なのだ。それを守るためならもうなりふりなど構っていられない。

 

 人としてどこまで堕ちることになったとしても、この始末だけは付けなくてはならない。

 これ以上、こいつを放っておくことは許されない!

 

「待つんだ少ね──」

 

 聞く耳も持たずに俺は左の拳を振り抜いた。

 

「オラァッ!」

「甘い!」

「フェイントだからな!」

「……!」

 

 ガシィッ!!

 

 怪盗は身を翻して俺の左の拳を躱し、軸回転で放たれた俺の右肘の一撃を両手で受け止める。

 

「少年、本気なのか……?」

「暴力は初めてか?いかにも人生バラ色っぽいもんな。顔面を粉々にされるかもしれない状況は結構な恐怖だろう?さぁどうする?大人しくデータを返すか?それともここでデスマッチを続けるか?尻尾巻いて逃げたって構わないぞ。逃がさんがな」

「流石に想定外だったね。まさか君がここまで激情と敵意を剥き出しにしてくるとは……!」

「確かに普段の俺ならこんな真似はしないだろう。お前が素直に返せば暴力なんてしなかった。でも、お前はそんな俺がこうなっちまうぐらいのことをしたんだ!俺はデータを奪い返して必ずお前を叩き潰す!人の存在意義を奪うような人間にかける情けなどありはしない!人を怒らせるとはそういうことだ!」

「必死だな少年!そんなに私が憎いか!?全てを奪われたことへの怒りか!?」

「あぁそうだ。俺はお前が許せない!必ず殺す!」

「……!」

 

 バッ!

 

 普段の俺が絶対に言わないであろう発言を受けて、怪盗が俺の右肘を振り払って距離を……取らせる訳ねぇだろクソが!

 

 ガシィッ!

 

 左手で怪盗の手首を掴み上げて無理やりこちらへ引き戻し、慣性によって引き寄せられる怪盗に叩き込もうとした右の拳を、怪盗が俺の右手首を捕らえて防ぐ。

 お互いに手首を掴み合って、再度睨み合う。

 

「俺は……お前をどこにも行かせは……しない……!」

「凄まじい執着だね。『殺す』だなんて言われたのは生まれて初めてだ」

「そんな温室育ちのお前には一生分からないだろうな。誰からも必要とされない孤独も、友達だった人から『役立たず』だと見限られるかもしれない不安も、自分に生きてる価値が無いことに自分で気づいてしまった時の絶望も……!」

「だから『役に立つ人間』になって、周囲の友人から必要とされて、自分で自分に生きてる価値が無いと思わなくてもいいように、取材活動を続けていると?それが新聞部である君の存在意義だとでも?」

「あぁそうだ!俺が皆の友達でいるために!俺が俺を生きてていいって思えるように!オマエは……殺さなきゃいけないんだ!」

 

 お互いに握り合った手首がギリギリと軋みだす。

 

「自己肯定か。必要なものではあるが少し利己的が過ぎるぞ。君が持っていた本来の活動理由はもっと純粋で、もっとシンプルなものだった筈だ」

「うるせぇぞ!とにかく俺はどん底から這い上がって今までの自分を変えるんだ!俺を信じて絶望から救ってくれた先輩や友達のためにも!あんな生き地獄へは二度と戻らねぇ!初めて胸に灯ったこの情熱だけは絶対に棄てる訳にはいかねぇんだ!」

「変わりたいと言ってるくせに君はまだ過去の恐怖に縛られているぞ!今の君は新聞部を通して承認欲求を満たそうとしてるだけだ!そんなものは『情熱』でもなんでもない!ただ『依存』してるだけだ!データの1つだけで簡単に揺らぐような存在意義で、君は自分を誇れるのか!?」

「黙れ!俺には部活しか無いんだ!アレが無くなったら俺なんてただのゴミなんだよ!必要とされない、役目を与えられない、そうやって何者にもなれなくなる恐怖がお前に分かるか!?テメェからしたら何でもない部活動に見えるものでも、俺にとってはドブ川の底で見つけた唯一の希望なんだ!」

「その『希望』大切さに、自分が見限られる不安や恐怖を抱えながらずっと生きるつもりなのか!?君はそれで本当に『幸せ』なのか!?君が守りたかった『日常』は、そんな閉ざされた生活なのか!?」

「窃盗犯の分際でこの俺に高説を垂れるんじゃあない!何を言おうがテメェを痛い目に遭わせてやらなきゃいけねえのは確定しているんだ!」

「聞く耳持たずか……!」

「そして何より!ただの嫌がらせに俺とは無関係な牛込や奥沢まで巻き込もうっていうその腐った根性が!シンプルに気に入らねぇ!」

 

 右足を振り上げて怪盗の側頭部を狙うが、これも身を翻して怪盗は避ける。

 そしてその反動でお互いの手が手首から離れ、俺たちに距離が生まれて自由になる。

 

「『データ』はすぐそこにある。自分の居場所を取り返すためなら俺はなんだってやるぞ。汚名だって被ってやるし、誰であろうとブチのめす……!」

「なるほど。そこまで言うなら仕方ない。走って逃げるのは簡単だが、やめよう。予想外とは言え、私には君をそんな激情に駆らせてしまった責任がある。言いたいことは色々あるが、君の怒りそのものは正当なものだ。正当な怒りを無下にしないためにも、君の気持ちは正面から受け止めよう」

「あぁ?」

「しかし私は怪盗ハロハッピー。私は決して誰も傷つけない。君を傷つけることはしないし、君に誰かを傷つけさせることもさせはしない。君の気持ちは受け止めるが、必ずこの場は2人無傷で乗り切らせてもらおう!」

 

 無駄になった俺の網鉄砲のネットを拾い上げて、怪盗は俺を見据える。

 

「誰も傷つけさせないだと?10秒後にも同じ綺麗事が吐けるか!?」

「いいや違うぞ少年。これは綺麗事とは呼ばない」

「再起不能になってもらう!」

「こういうものは『覚悟』と言うのだ!」

 

 俺が再び右の拳を振りかぶっているのに、怪盗は少しの動揺も見せずに、拾い上げたネットを、広げもせずに縦に構え、俺の拳に横から合わせる。

 縦に構えられた網は、そのまま俺の拳を横へズラし、ズレた拳がネットの残りの部分で拘束される。

 

「なっ……!?」

「紐の防御に力は要らない。直線的なパワーのパンチは、ほんのわずかにその方向を逸らすだけで、軌道を大きく外れていく」

「オラァッ!」

「ふっ!」

 

 続けざまに左の拳を叩き込もうとするが、怪盗が持っていたネットの残りが更に俺の左腕を拘束する。

 

「かかったな。両腕を出したことによって君の動きは全て封じることができた。そして今、防御に使っているのは捕縛用のネットであり、君の腕の拘束以外で使っていない部分はこんなにもある。つまり……」

 

 バサッ!

 

 俺の腕を起点にして、紐の束にしかなっていなかったネットが一斉に広がり、俺の体を全て包み込む。

 華麗な動きで怪盗が俺の横を通り過ぎる頃には、既に俺自身の捕縛が完了していた。

 

「ぐっ……!」

 

 体中がネットに覆われ、自由を奪われた体は足取りもおぼつかなくなり、そのまま情けなくすっ転ぶ。

 

「そういえばさっきの君のパンチだが、凄んでた割にパワーが弱かったぞ。ピッチャーフライ取るみたいに簡単に見切ることができた。もしかして君、やっぱり最初から暴力を振るうつもりなんて無くて、私がちょっと動揺した隙にデータだけ取り返そうとしていた、なんてことはないかい?それともパンチングマシーンで腕を使い過ぎて、単純に腕力が弱かっただけなのかな?もしかして……君の方こそ暴力は初めてだったとか?」

「テメェこの野郎!好き勝手に煽りやがって!これで勝ったつもりか!?」

「いいや。これは私の勝ちでも何でもない。不発したネットの再利用は網鉄砲による捕縛じゃないし、君はアウトじゃないよ。そのネットから抜け出すことができたら、また愉快に私を追いかけてくるといい。そういう訳だから、私はそろそろ退散しよう」

「待ちやがれ!」

「おっと、言い忘れていたが、ネットから抜け出したいなら急いだ方がいい。君の熱烈な叫び声を遠くから聞きつけているのは、私だけではないだろうからね。では今度こそさらばだ!」

「くそっ……!」

 

 奴はそれだけを言い残し、そのまま見えない場所へ消えていった。

 

「マズいな。このネット、伸縮性はあるがかなり頑丈だ。引きちぎることも出来ない。それに、こんな身動きも出来ない状態であのメカミッシェルとやらに見つかりでもしたら──」

『pipipi……!pipipi……!』

「ん?」

『対象、捕捉』

「見つかってるぅ……!」

 

 通路の陰から、電子音声と共に、無機質なデザインのミッシェルが現れた。

 マズい。奴が来る前にこのネットを解けるか?いや、無理だ。思ったよりも絡まり方が複雑だ。

 でもそうこうしてる間にあのミッシェルもどきは近づいてくる。向こうが網鉄砲の装備をしている以上、射程圏内に入られたら終わりだ。

 

「くそっ、ちょっとばかりカッコ悪いが仕方ない!網の目は思ってたより大きい。手も足も中から出せる!ならばやらない手は無い!やるしか無い!考えている暇は無ぇ!」

 

 網の目から足を膝上まで出す。体は中に入ったままだが、取り敢えず足の自由は確保した。太ももがうっ血しそうではあるが、地面を引き摺ってるネットの部分を手で確保すれば走れる!

 

「うおおぁぁぁぁぁ!!!」

 

 威勢よく挑んだ戦いは、なんともカッコ悪い逃走劇に早変わりした。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 メカミッシェル、という名乗りではあったが、着ぐるみの質感や、走り方を見ていると、どうやら中身は機械ではなく、人が入ってるだけらしい。電子音声も、きっとボイスチェンジャーか何かだったんだろう。

 しかし、それが分かったからと言って向こうが脅威であることに変わりない。寧ろ、そんなことが分かってしまうぐらいに奴の観察が出来ている時点で、それは逃げても逃げても撒けてない証拠だ。

 

「くそっ、やっぱり走り辛いなこのネット!走りながらもちょっとずつ解いちゃいるが、自由になる前に捕まりそうな気がしてならない!」

 

 しかも、通路が相変わらず入り組んでて自分がどこにいるかも分からない。

 あと、疲れた。

 この曲がり角を曲がってから次の曲がり角へいけるかも分からない。

 

「くっ……」

 

 なんとか曲がる。

 だが、もう持たない。

 そんな思考が出てきそうになった瞬間、俺の体はいきなり真横へ引っ張り込まれた。

 

「今井!」

「ガッ──」

 

 首根っこを掴まれて、そのまま横の通路へ引き込まれる。

 

「奥沢、何すん──」

「喋るな。動くな。声を出すな。物音を立てるな。息もするな。今は黙って、存在しないフリをするんだ」

「でも追われて──」

「いいから」

 

 やけに真剣な表情で、いきなり現れた奥沢が小声で囁く。

 何を言ってるんだコイツは。今は追われて、メカミッシェルがすぐそこに迫ってるんだ。その場で止まるなんて、ただの自殺行為だ。

 しかし無理やり口を塞がれて、文句の1つすら言い出せない。

 

「そう。しゃがんで、限界まで身をかがめて、ただの置物になって気配を消すんだ」

「(こいつ何を言って──)」

『pi……pi……』

「……!」

 

 メカミッシェルが、すぐそこにまで接近していた。比喩表現なしで目と鼻の先だ。そしてもうこちらの通路側に顔を向けている。

 マズい。見つかる……。

 

『……』

「……?」

『pi……pi……』

 

 奴は俺たちをスルーして、そのまま向こうへ去っていった。

 見逃してくれたのか?いや、そんなんじゃない。あれは見つけられなかったみたいな反応だった。

 でも、どうしてだ?俺たちはすぐそこに居たのに。

 

「ふぅ。やっと行ったか。やれやれ……」

「……???」

 

 よく分からないが、危機は脱したようだった。

 





 ハロハッピーの誤算だったのは、普段の優しいイメージのレン君を想像してたら、地雷を踏み抜かれたレン君が想定の500倍ぐらいブチギレたこと。
 本当ならスマイル号での追いかけっこぐらいの楽しさとマイルドさで進行するつもりだったのに、参加者2人はギスギスしたままやし、最後のゲームで目の前に単独で現れた参加者はどんな言葉をかけても曲解して怒りの火に油を注ぐ結果にしかならないバーサクっぷりだったこと。
 そんなバーサク状態の高1男子が本気で放ってくる殺意と暴力を、高2女子の身でありながら演劇部仕込みのフットワークと殺陣の経験、王子様スキルで培われた『儚さ』だけでどうにかしなければならなかったこと。
 そんでそれを誰1人傷つけることなくどうにかした。

 ……にも関わらず、この状況が好転するビジョンが欠片も見えないこと。

「両腕に強く残ったパンチングマシーンでの蓄積疲労と、私を見つけるために消費された大量のスタミナ。これが無ければ私も危なかったかもしれないな。
 まったく、骨が折れる仕事だね。儚い……」


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 次の更新は明日。

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小話6.喧嘩と取材と昔の記憶

 

 メカミッシェルが去った後、どこからともなく大雨が降り始めた。

 

 ザァ──ッ……。

 

 雨水がネットに沁み込む前に、俺は早々に拘束を解いて立ち上がり、奥沢と対峙する。

 さっきは焦っていたから手間取ったが、一度落ち着いたら絡まったネットを解くのは10秒もかからなかった。

 でも、俺の心はあまり落ち着いてはいなかった。

 怪盗とやりあい、暴力まで解禁したのに為す術もなく惨敗し、メカミッシェルからも情けなく追い回されて、仕返しの1つすらも出来なかった。

 ここまでプライドをズタズタにされて屈辱を受けた以上、俺は奴にやられた以上の復讐をしなければ気が済まない。

 そして何より、俺の喧嘩にこの女が乱入してきたことが本当に気に入らない。

 はっきり言ってイライラする。

 

「テメェ、どういうつもりだ?いきなり首掴んできたと思えば口まで塞いできやがって。まさか貸しでも作ったつもりか?あんなので俺を助けたつもりか?俺はそんなこと頼んだ覚えは──」

「……しろ」

「あぁ?」

 

 奥沢の言葉を聞き返したと同時、俺はそのまま胸ぐらを掴まれ、背中から壁に叩きつけられた。

 

 ガンッ!

 

「いいっ加減にしろ!!」

 

 濡れた前髪から覗く眼光が、怒号と共に俺を射抜いた。

 雨脚は更に強くなり、俺も奥沢も濡れ鼠だ。

 

「全っ然反省してない。扉は蹴り壊す、人の話は聞かない、なんであんたは冷静にもなれないの!?」

「んなもん、アイツがデータ盗みやがったからだろうが。そして今も当てつけのように自分の懐に隠し持ってやがるなんて許せるわけないだろ!」

「そういうのが器小っちゃいって言ってんの!たかがデータ『ごとき』で子供みたいに叫び散らして。部活だって大した目的意識も無いくせに!」

 

 『たかがデータごとき』だと?

 そう思う頃には、俺は奥沢の胸ぐらを掴み返していた。

 

「ふざけんなよテメェ。アレには俺の全てが詰まってんだよ!俺にはアレしか無いんだ!何も知らねえくせに好き勝手言ってんじゃねえ!」

「なにが『アレしか無い』だ。あんなのただの板切れでしょ?くっだらない」

「傍から見たらそうでもアレは俺にとって存在意義そのものなんだよ。アレが無きゃ俺は死んでるのと一緒だ。アレがなきゃ俺に生きてる価値なんか無いんだ……お前には分かんねえだろうけどな」

「はぁ?」

 

 だからよぉ……。

 

「お前みたいに何の情熱も持たないで生きてるようなヤツには一生かかっても分からないって言ったんだんだよバカが」

「は?」

「やる気の無い喋り方に、妥協したような言葉選び、本気で頑張ってもないお前なんかに、一つのことに命懸けでぶつかる感覚が分かってたまるか。ただハロハピでお手伝いしかやってないようなお前なんかに!」

「(こいつ……『本気で頑張ってもない』って?)」

 

 奥沢の目つきが変わった。

 濡れた前髪から覗く眼光が更に鋭くなる。

 

「ふざけんな!あたしだって全力でやってるよ!こころみたいに世界を笑顔にしたいって本気で思ってる!誰に何と言われようとこの気持ちだけは否定させるか!」

「どうだかな!リアリストぶって遠巻きにしかハロハピを見てないような臆病者のお前に何が──」

「うるさい!それでもあたしは『本気』だ!最初がやる気に満ちた加入じゃなかったとしても、あたしはハロハピのためなら!このちっぽけな命を、問答無用でかけられる!」

 

 こいつ……!

 

「そのぐらいにあたしにとってハロハピは大事なんだ。あんたこそ中途半端な不良の分際で、この身を焦がすような情熱が分かるの?」

 

 その言葉に、返事をしようとした瞬間だった。

 

『対象、捕捉』

 

 騒ぎ過ぎたのだろう。どうやらさっきまでの言い争いは、雨の音でも隠し切れない程の怒鳴り合いだったらしい。

 さっきのように音を感知したメカミッシェルが俺たちの場所へやってきたのだ。このままでは捕まってしまう。

 だが、今は『そんなことどうでもいい』

 コイツ以外のものなんて、見る気にもならない。

 

「だったら言ってみろよ奥沢。テメェが何に命をかけてるって?」

「全てだよ。文字通りハロハピに関するありとあらゆる全てだ。もう一度言うけどあたしはあんたみたいな不良とは違う」

『対象、捕捉』

「さっきからうるせぇぞ奥沢。なんで俺がお前より格下なのを前提で話してんだよ」

「なんで同じ場所で戦ってると思われなきゃいけないの?」

「あぁ?」

「何?やる気なの?」

「いいぜ。やってやるよ。女だからって手加減すると思うなよ!」

「出来るもんならやってみろ碌でなし!あんたなんかにこれ以上振り回されてたまるか!こうなったら殴り合いでもなんでもやってやる!もうここであんたをブチのめさないとあたしの気が済まない!平穏なんか知るか!」

「そんなもん俺だって一緒だ!ことあるごとに好き勝手なこと言いやがって!初めて会った時からテメェのことは気に食わなかったんだよ!」

「この野郎……!」

「なんだぁ、テメェ……!」

『対象、逃走行動無し。速やかに、捕縛行動を──』

「「邪魔だ!!!」」

 

 バゴァッ!!

 なんて音を立てながら、2人で近くの壁を殴りつける。

 

 

「水、差すな」

「失せろ」

 

 

 ザァ──ッ……!

 

 我ながら、かなりドスの効いた声だったと思う。

 そして向こうは気迫負けしたのか、メカミッシェルは動かなかった。

 激しくなる雨音と、名状しがたい静寂だけが、この場を支配していた。

 

『・・・』

 

 メカミッシェルは、構えていた網鉄砲をそっと下げて、そのまま立ち去った。

 ……いいのかよ。そんな簡単に見逃して。なんで行っちゃうんだよ。

 まぁいいや。さっきのでなんか殺る気も削がれた。

 ただでさえ怒りっぱなしで疲労感もあったし。

 それに、今は別で気になることもできた。

 

「はぁ…………。おい、奥沢」

「何?」

 

 ザァ──ッ……!

 

「俺はお前が嫌いだ。言動の一つ一つを見るだけでとてつもなくイラっとするぐらいに。俺はお前のことが本当に嫌いだ」

「……」

「でもさっきの言葉は『本気』だった。バカな俺でもそのぐらいは分かる。取材する価値も無いようなつまらない女とも思ったし、記事にもならないぐらいに地味で面白みも無い女とも思ったが、どうやらそうでもないような気がしてきた。どんなに性格が嫌な奴だとしても、それを差し置いて、お前は『ネタになる』女だ」

「何が、言いたいの?」

「取材させろよ。奥沢美咲」

「……!」

「お前の話を、俺に聞かせろ。ちょっとは面白い話を頼むぜ」

 

 雨は、まだまだ止みそうにない。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 お互い、壁にもたれながらその場に座り込んで話す。

 地面はぬかるんでるし、雨によって泥も跳ねるがそんなことはどうでもいい。お互いに、それが気にならない程度にはずぶ濡れだ。

 膝を曲げてから怒りによって分泌されていたアドレナリンが限界を迎えたのか、腕の疲労やさっきの戦いの疲労が出てきて、ようやく負担を自覚した。

 俺は俺が思っている以上に限界だったらしい。濡れた服も重たくなってるし、顔だって満足に上がらない。もはや動く気も起きない。

 そして俺は、奥沢美咲とハロハピの話を聞いた。

 弦巻こころとの出会い、そこからハロハピに入った経緯、そしてハロハピに入ってからのハチャメチャな日常まで。

 

「それで奥沢は、今もミッシェルの中の人なのか?お前が正体だったってだけでも驚きなんだが」

「まぁ、そうだね」

「それで、作曲までやってんの?てっきり黒服さんとかがプロと掛け合ったりしてんのかと」

「何もかも大人に丸投げしてるとかイヤじゃん。最初は苦労したけどね」

「それで、作詞もやってるって?」

「まぁ、作詞も作曲も発想のタネはこころだけどね。ふわっとしたものをあたしが落とし込んでんの」

 

 取材した結論。

 

「ふざっけんなお前!面白すぎるだろ!なんでこんなに濃密な日常送っといて普通ぶってんだよ!」

 

 ぬかるんだ地面に拳を叩きつけて文句を言う結果となった。

 

「いや、あたしだけは普通のつもりだし」

「なんで早く言ってくんなかったんだよぉ……。こんなに面白ぇ女、みすみす見逃してたとかマジありえねぇ。極上のネタなのによ……」

「いや、『奥沢美咲』の状態で目立ちたくなかったし、そもそも不良のあんたなんか信用してないし、花音さんとかほかの皆にもあたしの話はなるべくしないようにしてもらってたの」

「くっそ、でも納得だ。あの時のメカミッシェルをあんな方法でやり過ごそうとした理由も……」

「ミッシェルの視野が圧倒的に狭いことを熟知してたから。中身が人間なのは動きで分かったし、至近距離の上下は特に認識が難しいってことを活かせばいけそうだと思ったんだよ。入ったことなきゃ着ぐるみの視界の狭さなんて分からないだろうけどね。」

「ははっ、なるほどな」

 

 ハロハピの取材で一番の邪魔だと思っていたこいつが、まさかトップクラスのネタの結晶だったとは。

 

「で、話は終わり?だったら次はあたしの番だね」

「なんで?」

「あたしには喋らせて、自分は喋らないの?」

「いや、そうじゃないけど、話すようなことなんて無いぞ?」

「そんなことはあたしが決める。取り敢えず、あんたがそんなに野蛮になった経緯から聞こうかな」

「野蛮って。これでも穏やかさでは定評があるんだけど……」

「さっきはデータにも『くだらない』とか言ったけど、あんたがあそこまで必死になってると、新聞部のデータがどんなものなのかも気になってくるし、その辺りもさ」

「……少し、昔話をしてやる。長いけど寝るなよ」

 

 ザァ──ッ……!

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 俺は話した。

 あまり誰かにペラペラと話したくはない話題を、大嫌いな筈の奥沢に話した。

 姉と幼馴染と音楽のこと、それらによって生まれた亀裂、そこから中学になって荒れたこと、高校に入って新聞部になったこと、そこからも多くの出来事があったこと。

 長ったらしい話だったのに、三角座りを崩しもせずに、奥沢は黙って聞いていた。

 性格が悪い筈の奥沢が、冷やかしもせずに親身になって聞いてくれたのは、少し意外だった。

 

「なるほど。あんたの記事にガールズバンドが多いのは、そんな理由だったか」

「それ以外の取材も無い訳じゃないけどな。やっぱり思い入れはあるし、応援したいって思うから」

「ふぅん……」

「何?」

「あんたって、もしかしてそんなに不良じゃない?」

「不良で合ってるよ。バカだし、クズだし、中学は不登校まで拗らせてたし、それに不登校って言っても家族に学校行ってるって嘘ついてるタイプの不登校だったからさ、大変だったよ」

「大変って?」

「平日に制服着てるのに学校も行かずその辺フラついて、コンビニで意味もなく時間潰したり、そんなことしてるとさ、本職の不良に目とかつけられるんだよ。『お前どこ中だ?』って現実で言われるんだぜ?マジ怖ぇ」

「それでケンカに明け暮れる日々?」

「んな訳あるか。そりゃあ多少は揉めたこともあるし、殴り合いに巻き込まれたことも無い訳じゃない。でも暴力は好きじゃない。しんどいし、相手を傷つけなきゃいけないし、それで罪悪感まで出てくる、自分のことが怖くなったり、嫌いになったりする。できれば極限レベルの最後の手段になるまで使いたくない」

「あんたそれでも不良?」

「そうだな。音楽の才能も勉強の才能も無かった俺は、結局不良になる才能も無かったんだ。お前の言う通り、俺はただの半端者だ」

「なんか意外だね。駅前のファミレスではもっと怖そうなイメージあったけど」

「駅前のファミレス?」

「あたし、実は中学の頃のあんたを見たことがあるんだ。目立ってたから今でも覚えててさ。その時はあんたが突っかかってるように見えてさ」

「中学……駅前……。なぁ、その時の俺は、入り口の前で、4人ぐらいに囲まれてた?」

「そう。あんたも結構本気でキレててさ。あの時って何があったの?」

「そうだな。あの時は確か……」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 あの時も俺は不登校で街をフラついてて、奥沢が学校から帰ってるぐらいの時間だから、当然腹減ってて、そんでファミレスで飯食ってた時に、隣のテーブルに座ったのがアイツらだったんだ。

 それで、そいつら騒ぎまくっててうるせぇのなんの、しかもその後、出してもらったメニューにクレームまでつけてタダで帰ろうとしてやがったんだよ。

 自分が頼んだくせに更に飯は残ったまま。店員のお姉さんも4人がかりで凄まれて涙まで流してる始末でさ。

 ただでさえあの頃はデフォルトで荒れててキレやすかったし、うるさくて飯の味にも集中できなかったこともあったから耐えられなくてな。

 

「うるせぇぞ」

「「「「あぁ?」」」」

「まず1つ、食い物が出てきてるのに『いただきます』も言えない時点で論外だ。2つ、飯の席なのに椅子に足を乗せるな汚らわしい。3つ、他にも客が居るのに騒ぐな。4つ、食い終わったくせに『ごちそうさまでした』も言わずに店員への文句が先行してる時点で食材と作った人間への感謝が足りてなさすぎる。そして最後……」

 

「『女の子を泣かせる』のと『食べ物を粗末にする』の2つは、男がやってはいけないって習わなかったのか?」

 

 まぁ、いきなり知らねえ中坊がそんなこと言って許してもらえる筈もなく、そのまま4人の怒りを買っちまって外へ追い出されたんだ。

 俺は間違ったことを言ったつもりは無かったし、そのままアイツらに食って掛かったんだけど。

 まぁ、俺、ラノベの主人公とかじゃないし、さっきも言ったけど不良の才能すら無かった落ちこぼれなもんだからさ、4人相手に、人を殴るのも怖いような1人でどうにか出来る訳もなくボロ雑巾にされてさ。

 いやー、カッコ悪い。

 

「お客様!大丈夫ですか!?」

「慣れてるよ。いつものことだ」

「あの、先ほどはありがとうございました」

「なんだよ。お礼に飯代でもタダにしてくれんのか?」

「いや、それは普通に払って下さい」

「そうかよ、クソ……」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「まぁ、あの時にあったことはそんな感じだ」

「キレた理由から育ちの良さが出てる時点でやっぱりあんた不良とか向いてないよ」

「うるせぇな。細かいテーブルマナーみたいな教えこそ無かったけど、食材への感謝みたいな話は厳しかったんだよ。うちの家は」

「いや、でもますます分からないな」

「分からないって?」

「あんたが不良らしくないところかな。だってあんた、噂で聞いたけど、バイト先で客に怒鳴り散らしたんでしょ?『なに笑ってんだ』とか言いがかりつけて。勤務中にこんな暴れ方とか絶対にヤバい奴だと思って普通に怖かったんだけど」

「言いがかり……?あぁ、あの時か。アレ噂にまでなってんのかよ。ただでさえあの日もまりなさんに怒られたのに」

「噂、デマじゃないんだ」

「そうだな。そのセリフもハッキリ言ったよ」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 あの時はCiRCLEがライブの日だったんだ。それでその時の受け付けを俺とまりなさんが担当してたんだけど、その時に出演してたバンドの1組が……なんだろ。演奏の調子が悪かったのかな?

 ステージから出てきたお客さんの反応が良くなくて。

 

「演奏のレベル低すぎなんだけど」

「よくあんなのでステージに上がろうとか思ったよね」

 

 ……まぁ、よくあることだ。あの子たちも、まだまだ新人っていうか、結成したばかりだったらしいからな。

 でも、よくあるってことと、納得できるかって話は別問題だ。

 俺はバイトスタッフとして働いていく中で、あの子たちの裏側もいっぱい見てきた。

 しっかり話したこともなかったけど、たしかに陰ながら応援していたんだ。ただでさえバンドは資金難になりがちなのに、それでもCiRCLEに何度も足を運んで、練習の調子がいいからって理由でスタジオの延長までして……本当に頑張ってたんだ。

 だから、短気な俺は耐えられなかった。

 何も知らない奴らが、その演奏をバカにして笑ってるのも、偶然それを聞いてしまったあの子たちが、泣きそうになってた顔を見るのにも。

 

「なに笑ってんだ……!」

「ちょっ、レン君?」

「取り消せよ……!今の言葉ァ……!」

 

 気付いたら既に、俺は受け付けから飛び出していた。

 

「お前ら笑ってんじゃねえぞ!あいつらはな、誰も知らねえとこで、毎日のように一生懸命練習してんだよ!何も知らずにただ見に来ただけのお前らが笑うな!今ここに居る奴の中であいつらを笑っていい奴なんていないんだよ!ただバカにするしか能の無いお前らなんかより、あの子たちの方が凄いんだ!あの子たちを悪く言うな!あの子たちの方がカッコいいんだ!頑張ってるやつを笑うな!頑張ってきたあの子たちを笑うな!!」

 

 その後は、まりなさんに羽交い絞めにされて、そのままバックヤードまで連行されて……店内で制服着てる時は流石に抑えろって怒られて。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「まぁ、あの時の顛末はこんな感じだ」

 

 この少年の話を聞いて、あたしは頭を殴られたような気分だった。

 つい先ほどまで不良だと思っていた少年は、寧ろその逆だった。

 

「(お人好し過ぎるでしょ。こいつ……)」

 

 しかも、ただ秩序に甘んじてなんとなく空気を読む、見てくれだけの優等生じゃない。

 秩序を踏みつぶして、世間の目を無視してでも、たった1人の涙をほっとけない、不器用で愚直な善人。

 ほっといた方が楽なのに、ほっといた方が敵を作らないで済むのに、それなのに、誰かへの優しさを捨てられない。

 そんなの……。

 

「バカだよ。あんた」

「そうだな」

「でも物分かりがいいだけの賢者よりずっといい……のかな」

「別に。大したことねえよ。アレに関しては、ただ俺のポリシーが許さなかっただけだよ」

「あんたのポリシーって?」

「なんか、新鮮だな。普段はこういうことって俺が聞く立場なんだけど。取材されるのってこんな気持ちなのかな?まぁでも、そうだな。俺のポリシーは……」

 

 壁にもたれかかっていた背中を少しだけ起こし、あぐらをかいたまま少年は呟く。

 居心地が悪そうな辺り、質問をされる側は慣れていないらしい。

 

「『夢に向かって突き進むガールズバンドを応援したい』……っていう行動理念があるのは、さっきの昔話でしたよな?」

「うん。覚えてる」

「でも、応援するだけなら新聞部である必要はない。それこそ、客としてライブに行ってるだけでも充分すぎるぐらいだ。そうだろ?」

「でも、あんたは新聞部に拘ってるわけで、それにはそれのポリシーがある訳だ」

 

 少年はそっと頷く。

 でも、次の言葉には時間がかかっている。本当に話すのは慣れてないらしい。

 

「まぁ、その、さ。俺って、落ちこぼれだろ?何やっても上手くいかないし、真剣に取り組んだことを、『真面目にやれ』って何度も言われた。頑張ったというカウントすらもされなかった。そんな人生だった」

「そうだね。聞いてるだけのあたしでもキツいって思うよ」

「だから、俺は報われなかったやつの痛みを知ってる。誰からも認めてもらえない苦しみを知ってるし、誰からも必要とされない孤独を知ってる」

「……あんたがCiRCLEで怒鳴りつけたのは、それが理由?」

「だってそうだろ。頑張ってるやつは、頑張ってるって認められるべきだ。たとえそれに結果が報われなかったとしても、その過程や努力が誰にも見てもらえないなんて間違ってる」

「今井……」

 

 誰からも認めてもらえなかったからこそ出てくる発想ではあるかもしれないが、あんな人生を送っていながらここまで他人を想う精神をした人間なんて、果たしてどれほど居るだろう?

 

「努力は当然、頑張るのは当然って人は言うけど、それは誰にも認めてもらえない理由にはならない。人生で努力賞の1つすら貰えなかった俺だけど、それでも……まだどこかで頑張ってる誰かが少しでも認めてもらえるためだったら、俺はこのつまらない人生を、一切の迷いなくかけられる」

「……」

「そうだな。仮入部員でしかなかった俺が、本格的に覚悟を決めて部員になったのは、そんなポリシーに気付いたからだ」

 

 濡れた前髪から覗く彼の瞳が、一段と輝きを放つ。

 

「『何かを頑張る全ての人々が応援してもらえる世界』。それを作りたくて俺は、新聞部になったんだ」

 

 少年の、いや……1人の男の覚悟が、そこにはあった。

 

「それがあんたの夢?」

「そんな大層なものじゃない。どこまで行っても俺は結局、頑張る誰かを応援したいだけなんだ。頑張れなくて、夢の1つも持てなかった俺でも、そんな奴らにエールを送ることができたら、ボロボロだった過去が……少しは報われる気がしてさ」

「……なるほど。だから頑張った子たちをバカにした観客も、あんたは許せなかったんだね。そりゃ当然だ」

「まぁな」

「いいじゃん。頑張る子を応援したいって素敵だと思う」

「そうだな。だから今、どうしても許せない奴がいるんだ」

「怪盗?」

「いいや。許せないのは……」

 

 その声を聞く頃には、いつの間にか今井が拳を握り絞めていて。

 

「この俺だ」

 

 ガッ!

 

 聞いたこともないような鈍い音が、目の前で響いた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 自分自身へ全力の拳を叩き込むと、とんでもない痛みが俺の頬を襲った。

 まぁでも仕方ない。この男の言動は、あまりにも俺のポリシーに反していた。

 

「いやいや待って!痛そっ!何してんのあんた!」

「仕方ないだろ。許せなかったんだから」

「いや何が!?意味わかんないって!」

 

 慌てて俺の手首を掴んできた奥沢の手を、そのまま握って続ける。

 

「ごめんな。奥沢……」

「……なんで。おかしいじゃん」

「何がだよ」

「なんで、泣いてんのさ……?」

「ごめんな。俺、お前が頑張ってること全然知らなかった。知らずに、お前に酷いこと言いまくった。何度も……」

 

 涙のせいで奥沢の表情が見えないが、きっと困っているのだろう。

 

「ぐすっ……。ホントに、ごめん。誰にも頑張りを認めてもらえない辛さは、俺が一番分かってた筈なのに、何回も最低なことを……。辛かったよなぁ……。お前は誰にも見えない場所で、誰よりも頑張ってたのに……」

「あぁもう!いきなり泣くな!そもそも泣くほど辛い思いとかしてないから!こころ達に正体気付いてもらえないなんていつものことだし──」

「でもその頑張りは、誰かに認められるべきなんだ。たとえお前がそれを望まなかったとしても、『いつも頑張ってるな』って言われるべきなんだ。だってお前は……凄い奴なんだから」

 

 少し涙が収まって、奥沢の驚いた表情が見える。

 

「奥沢?」

「(あぁ、こいつはこんなにも本気で、他人のために一生懸命になれるのか……)」

「あの、どうしたんだ?」

「そうだね。目元のクマも、目蓋が重くなって悪くなった目つきも、全部あんたが頑張った証だったんだ……」

「?」

「そして、それをあたしは否定したんだ。こんなにも純粋なやつを、勝手に誤解して、勝手に警戒して、勝手に野蛮な不良だって決めつけて……。あんたのことなんて、何も見えちゃいなかった。あんたみたいな奴こそ、あたしが笑顔にしてやらなきゃいけなかったのに」

「奥沢……?」

「ねぇ今井、ゲームの前に、怪盗からあたしたちが似た者同士だって言われたの、覚えてる?」

「覚えてるけど……」

 

 何が言いたいかは分からないが、妙に奥沢の顔が穏やかなのは分かる。

 

「あたしも似てるって思うよ」

 

 ゴスッ!

 

「……!」

「痛った」

 

 鈍い音が響く。

 殴った。間違いない。こいつ、自分を殴ったんだ。

 

「おい、何してんだよ」

「あんたと同じだよ」

 

 ガスッ!ゴスッ!ガッ!!

 

「……!」

 

 雨の音も跳ねのけて、鈍い音が響き続ける。

 もはや恐怖すら感じる光景だったが、体はすぐに動いた。

 

「おい、待て!やめろバカ!ほんと何してんだ!?」

「だって許せないじゃん」

「あぁもう、口元とか切ってんじゃねえか!ちょっと青アザも出てるし。ほら、絆創膏貼るから大人しくしてろ!」

「へっ?」

 

 急いでポケットから絆創膏を取り出して奥沢の口元に貼りつける。

 顔面も雨でびしょ濡れだが、貼れないことはなかった。

 幸い、傷口は浅いようだ。

 

「全部終わったらちゃんと消毒も……っておい、なにニヤついてんだお前!状況分かってんのか!?」

「いや、だって。ははっ。あっはははは!」

「奥沢……?」

「いや待って!あんたいつも絆創膏とか持ち歩いてんの?なにが不良なの!女子か!あっはははは!!」

「うるせぇな。こういうことあったら役に立つだろうが」

「いや、女のあたしなんかよりずっと女子力高いよあんた。流石リサさんの弟」

「悪いかよ」

「あぁ、そっか。お姉さんの話、引き合いに出されたくないんだっけ?」

「いや、そこまで過敏に嫌がってる訳じゃねえよ。俺の悪評の話で姉さんが出てくると、向こうに迷惑かかるからやめて欲しいだけだ。だから誰も居ない今は気にしなくていい」

「そうなんだ。お姉さんや幼馴染にも避けられてるとか不仲だとか聞いたから、今も複雑なのかと」

「姉さんとも友希那さんとも和解はしてるよ。昔みたいな仲の良さじゃないけど」

「あたし、あんたのこと誤解してばっかだね……」

 

 奥沢と俺の分の絆創膏を貼り終わって、取り敢えず落ち着いた。

 何が落ち着いたかはよく分からないが、俺たち2人の間で何かが落ち着いた感覚が、そこにはあった。

 雨が降ったお陰で、沸騰した頭も冷えた。

 

「ていうか話は変わるけど、あんた怪盗に対して怒り過ぎじゃなかった?部活への情熱は分かったけど、それにしたって暴力嫌いのあんたが、あんなにも取り乱して荒れ狂うなんてさ。罪悪感がどうこうとか言ってたくせに、殺してもおかしくない勢いだったじゃん」

「データは存在意義だって言ったろ?行動理念以外でも、活動を始めてから俺の人生も変わったんだ。今までずっと見限られてきた俺が、やっと誰かの役に立てるようになった。やっと友達ができて、やっと存在意義が生まれたんだ。だから、もうそんな生活を奪われたくない」

「今井……」

 

 誰からも見向きされない孤独を知ってるからこそ、俺はそれが怖くてたまらない。

 誰からも必要とされない孤独を知ってるから、誰かに認めてもらいたい。

 『お前はそこにいていいのだ』と。

 

「あんたも必死なんだね。打ちのめされまくった過去があるから。だから孤独から脱却して、みんなから必要とされる自分に変わりたいんだ?」

「そうだよ。俺は誰かと関わりたい。誰かに必要とされて、生きてていいって、自信が欲しいんだ」

「自信かぁ……」

「……っていうのが、取り乱して、荒れ狂って、必死になって訳分かんなくなってた理由。でも大丈夫だよ。俺はもう、不安や恐怖に支配されておかしくなったりはしない」

「どういうこと?」

「本当に大事だったものを思い出したんだよ。お前と話したお陰でさ」

 

 

『君が持っていた本来の活動理由はもっと純粋で、もっとシンプルなものだった筈だ』

 

 なんてことを怪盗から言われたが、確かにそうだった。

 そもそも、バカなくせに『存在意義』だの何だの、難しいことを考えるからいけなかったのだ。

 友達ができて、幸せな生活ができて、それがあまりにも大切だったから、それを失うのが怖くて、不安になってしまったせいで忘れていた。

 気付かないうちに目的が入れ替わってしまっていた。

 自分の口から奥沢に話すほど、心に刻まれた信条だった筈なのに。

 

 

『どこまで行っても俺は結局、頑張る誰かを応援したいだけなんだ』

 

 そうだ。思い返せば、純粋でシンプルな動機だった。

 戸山たちのライブを初めて見て、戸山たち以外にもそうやって頑張ってる人が居ると知って、だから応援したくなった。だからそれが目標になった。

 後付けでそれ以外にも考えることは増えたが、きっかけを振り返ってみると……。

 本当に、ただそれだけだった。

 『夢に向かって突き進むガールズバンドを応援したい』と、散々言ってきたくせに忘れていた。

 

 

 奪われたデータは自分が必要とされるためのものじゃない。

 応援したい人がいて、その人を応援するための手段なだけだ。

 

 

「本来の目標も見失った挙句、過去への逆行を恐れて、不安になって、いつの間にか新聞部を承認欲求を満たすためだけの道具にしちまってた。純粋だった『情熱』が、歪んだ『依存』に変わっちまってた。……俺も修業が足りないな」

「『依存』ねぇ。誰にも頼らずに無理しちゃうヤツはみんなそうだ。心の拠り所がそこにしか無いと思いこんじゃう。あんたもそういうタイプでしょ?心が追い詰められてるのに誰にも頼れなくて、部活動に依存した」

「なんで分かるんだよ。エスパーか?」

「あたしも人に頼るの得意じゃないから共感はしてやれるってだけだよ」

「まったく。こんな有様でなにが『変わりたい』だ……」

 

 こんな短時間の会話しかしてない奥沢にも見透かされるような浅ましさ。

 情けないにも程がある。

 

「周りから必要とされて、自分に自信が持てるような人間に変わりたい……そんな誰もが持つような願いでも、想いが強すぎれば歪むんだね」

「ま、こんな調子じゃ自分を変えるなんて無理そうだけどなぁ。気付きもしない内に、変えちゃいけない信念まで歪めちまうんだから」

 

 本当に、自分で自分が嫌になる。

 

「夢を持つことも出来ないから誰かの夢を応援する……なんてスタンスのあんたには難しいのかもね」

「分かってるよ。でも、仕方ないだろ。本音だったんだから。これ以上、自分を嫌いたくなくて、本音で『変わりたい』って思っちゃったんだから」

「……」

「……そう思うぐらい、自由だろ」

 

 俺が『自分を変えたい』なんて、それこそバカにされそうなものだ。

 経験則でいくと、『お前に出来る訳ないだろ』って。

 でもコイツは違った。

 三角座りを崩してあぐらをかいたかと思えば、そのまま俺の肩を叩いてきた。

 

「ははっ、だよね!今井!」

「うわっ、なんだよ!?」

「変わったらいいじゃん、成りたい自分に!うん!変わりたいって思ってるんだから」

「そんなの、思ってるだけじゃどうにも──」

「思ってるだけじゃない!あんたは頑張ってた!」

「でも、それだって空回りして──」

「だから、『空回りしちゃうぐらいに頑張ってた』んでしょ?頑張ってないやつが空回りなんてできないよ」

「……!」

 

 盲点。

 

「こういうのは成ろうと思ってサクッと成るもんじゃないんだよ。ダメダメな自分で、何回もすっ転んでさ、それでも傷だらけで進み続けて、ちょっとずつ成り上がっていくものでしょ?」

「それは……」

「『結果』じゃないんだよ、今井。……『生き様』だ」

「生き様、か……」

「そうだよ。あんたは今からだって成り上がれる!どん底の自分だって変えられる!無理なんかじゃないんだよ!そこに向かう『意思』があるんだから、あんたは絶対に辿り着ける」

 

 奥沢め。こんなこと言われたら下なんて向けないだろうが。

 こんなに熱い言い方するキャラでもなかったくせに。

 世界を笑顔にするバンドってのも、伊達じゃない。

 

「……ははっ、そうか。そそるじゃねえかよ。どん底から成り上がる生き様!」

「いいじゃん、その意気。見せつけてやろうよ……!」

 

 そう言って奥沢は笑った。

 あまりにも優しい笑顔で、胸が少しだけ高鳴った。

 そしてそれを区切りに取ったのか、打ち付ける大雨を全身で浴びながら奥沢が立ち上がる。

 俺も立ち上がってみたが、服が濡れて重い上に、関節も固まっていて、少し動くと髪から水滴が大量に流れ出る。

 ただ立つだけの作業に費やした労力の大きさによって、俺たちはようやく、長い間その場で座っていたことに気付かされることとなった。

 

「さーてーと。あんな話した以上、りみだけじゃなくあんたのデータもさっさと取り返ないとね。大事なものなんでしょ?」

「そうだけど、でもどうすんだよ?網鉄砲も俺の分は使っちまったし、それにあの野郎、逃げ足も速いし、直接ぶん殴って取り返すのも難しいぞ」

「多分、正攻法の方が楽だと思うよ。その方がやりようもある」

「残りの奥沢の網鉄砲で、怪盗を捕まえるってことか?」

「それ以外ないでしょ。自分の網鉄砲が無くなったからゲーム無視して物理で殴ろうって発想の方がおかしいじゃん。……えっ、もしかして一戦交えた?」

「あぁ。何回も攻撃したのに全部捌き切られた。結構デキるぞ。あの野郎」

「怒り狂った本気の男子相手に攻撃全部捌いてネットまで被せたのか。凄いなあの人……」

「でも大丈夫だ。次は必ず俺がどうにか──」

 

 ポカッ。

 

「痛てっ」

 

 言葉を遮るように、奥沢が網鉄砲で軽く頭を叩いてきた。

 

「こーら。また暴走してる。1人で解決しようとすることないじゃん。水くさくない?」

「だって、これは俺が引き起こしちまった問題で、アイツは俺が呼んじまった敵だ。だから──」

「違うよ。あんた1人だけじゃあない。あの怪盗はあたしの友達を盗んだんだ。どこに監禁してるのかは知らないけど、あの怪盗はあたしにだって敵だ」

「いや、でも──」

「取り返したいものが本当に大切なら、あたしの力ぐらい使ってみせろ」

「奥沢……」

「ちょっとは頼ってよ。仲間でしょ?」

 

 そう言って彼女は、また優しく笑いかける。

 『仲間』……随分久しぶりにその言葉を言われた気がする。

 

「まぁ、心配しなくても頭脳労働はあたしがやったげるよ。今からあんたはあたしの話を聞いてくれるだけでいい」

「どういうことだ?」

「もしもあの小綺麗なマント付きタキシードを、今のあたし達が着てる制服よりも泥だらけに汚しまくってやったらさぁ……すっごい脳汁出てくると思わない?」

「お前まさか……」

「あの端整な顔立ちを、悔しさで歪ませる策がある」

 

 さっきとは違う、悪魔のような笑顔だった。

 髪が濡れて顔面を暗くしてるからか、それはもう邪悪な悪人面だった。でも、それはあまりにも心強く、頼もしい表情でもあった。

 そんな顔で、そんな楽しそうなことを言われては、俺も笑いが止まらなくなってしまう。

 まったく、キラキラドキドキさせるじゃないか。

 

「いい表情(カオ)だね。悪魔と相乗りする勇気はあるかな?」

「はっ、いいぜ。半分力貸せよ。相棒」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ザァ──ッ……!

 

「──っていうのが、作戦の概要にはなるかな」

「よく思いついたな。こんなの」

「偶然だけどね。あんたが無策で突っ込んだことによって得られた情報に、この雨という天候、そして今のあたしたちが持っている武器と連携、偶然にもこうして譜面は完成した、あとは勝ちにいくだけ」

「言うじゃねえかよ」

「ま、キマるかはどうかはあたしとあんた次第だけど。それでもあんたはやる男だって信じてみることにしたよ」

「そうだな。だったら俺もお前に賭けるよ。俺たち2人なら、間違いなく成功に辿り着ける」

 

 ……作戦は決まった。

 さっきまで気分を沈めていた筈の雨が、今はシャワーのように心地よかった。

 

 ザァ──ッ……!

 

 立ち上がり、向かうべき場所はただ1つ。

 花咲川最悪のコンビは、最悪の天候の中、最悪の表情で笑い合う。

 

 

「行こうぜ」

 

 





 初めての共闘作業。

 次の更新は、明日。

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小話7.雨と作戦とゲームの決着

 

 ザァ──ッ……!! ゴロゴロッ!!

 

 作戦会議を終えた俺たちは、フィールドの中央にある、だだっ広い空間に辿り着いていた。

 見通しが良いお陰で、雨脚の激しさがさっきよりも分かりやすい。

 空間も広いからか、横殴りの風も強く吹いている。

 今や大雨は暴風雨となり、暴風雨は雷雨となった。

 地面はぬかるみ、水たまりが点在し、制服は泥水で重くなって動きづらい。

 ずぶ濡れで汚れまくった男女が2人、ただ雨風に吹かれて並ぶ。

 最終決戦にもってこいの、なんとも最悪の天気だ。

 ……まぁ、気にもならないが。

 

「まさか、本当にこんな広い空間があるとは。気付きもしなかった」

「だってあんたモニターの下にあった地図も見ないで突撃してくんだもん。暴走列車め」

「悪かったよ。今こうして大人しくしてるんだからいいだろうが」

「そうだね。じゃあ、そろそろやりますか」

「……そうだな」

 

 俺たちがわざわざこの広い空間に来た理由は、作戦の内容によるものだ。

 

『今のあたしたちの体力を考えると、このぬかるんだ足場で怪盗を追い回すのは難しい。ハロハッピーの位置が掴めない以上、思い通りに不意打ちの準備を整えることだって出来ない。となると取れる作戦はやっぱり、向こうから来てもらうのが一番だと思うんだ。それで長期戦には持ち込まずに速攻で片を付ける』

『でも、向こうから来てもらうって、どうやって?』

『大声で軽く挑発でもしたら来るんじゃない?あんたもそれで一回は引き込んだんでしょ?』

『でも、2回目も都合よく来てくれるか?』

『大丈夫だよ。ちょっと舞台さえ整えば、あの人は間違いなく乗ってくる』

 

 と、いう訳で。

 

「「出てこいや怪盗ぉぉ!!」」

「さっさとこっちまで来い!一度俺をやり過ごしたからっていい気になってんじゃねえぞ!」

「逃げてないであたしとも戦え!まだ勝負は終わってないぞ!」

「直接対決がしたいんじゃなかったのかぁ!?」

「お望み通り最高の舞台でやり合ってあげるからさっさと来なよ!」

 

 だだっ広い空間の中央で、雷雨にかき消されないような大声で、ひたすらに叫び散らす。

 さっきは声を頼りに俺の前へ現れたが、2回目はどうだ?

 これで来てくれなかったら、作戦は破綻するし、疲れた体で迷路のどこかにいる怪盗を探し回らなければならな……いや、その心配は要らなかったようだ。

 

「ゲームのコンセプト的に君たちからはもっと逃げ回りたいのだが、こんなに素敵な招待であるならば、受けない方が不作法というものだ」

「怪盗……」

「ハロハッピー……!」

「私だけじゃないよ。あんなに大声で呼んでいたのだから、別動隊の耳にも招待状は届いている」

 

 通路から怪盗が現れるのとほぼ同時、怪盗の横側の通路からも、3体のメカミッシェルが現れ、怪盗を守るように立ちはだかる。

 どうやら役者は、見事に全員揃ったらしい。

 

「お前らも随分ずぶ濡れになっちまったようだな。小綺麗さも消えて泥まで目立ってやがる。カッコつかなくなった分さっきよりも似合ってるぜ怪盗サンよぉ?」

「ふっ、当然だとも。シェイクスピアもこう言っているだろう?水も滴るなんとやら、だ」

「チッ、インテリアピールがよ」

「いや、多分そんな上等なもんじゃないと思うけど」

「それにしても、やっと協力して私を倒す気になってくれたようだね。妙に泥だらけだったり、2人の頬に大きな青アザが出来ていることが少し気になるが、わざわざ触れるのも無粋かな?」

「心配すんなよ。後でお前の両頬にも同じもん作ってやる」

「こらこら」

 

 ツッコミ代わりに、網鉄砲の銃身が俺の二の腕にぶつけられる。

 呆れ半分のツッコミ、どうやらこれがこの女のデフォルトらしい。

 

「意外だな少年。これでも私は君の招待が聞こえた時点でデスマッチの2回戦も覚悟していたのだが……もう怒り狂って私を襲わないのかい?今の私が、君の大切なものを預かっていることを忘れたわけじゃないだろう?」

「『預かる』だぁ?『盗んだ』ってハッキリ言えよ。煮え切らねえな」

「だったら尚のことだ。アレは君の居場所そのものと言ってもいいぐらいのものなんだろう?君にはアレしか無くて、アレが無ければゴミなのだと、自分で言っていたぐらいなのだから」

「『存在意義』だの何だのって話か?悪いけど俺バカだからそういう小難しい話は好きじゃないんだ。俺はガールズバンドを応援するためにそれが必要で、だから取り返す。……それでいいだろ?」

 

 あと、アレには生徒会に提出しなきゃいけない書類データとかも入ってるから返してくれなきゃ部の存続って意味でもマジで困る。

 新聞部(在籍部員数1名)の部長として、これ以上コイツを放っておくことは許されない。

 

「ふっ……。ようやく本来の活動理由を思い出したか。いいな少年。今の君は凄くいいぞ。正直言って、さっきまでの『試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生』のような、必死こいた表情の君も嫌いではなかったがね。

 でも、今の君は泥だらけで顔に青アザもつけているくせに、さっきよりもスッキリした表情をしている。それでこそ私の敵に相応しい」

「なーにが『相応しい』だよ偉そうに。ケンカ売ってきたのはそっちだろうが」

「うん。そうなんだよね。一方的に予告状送り付けて、人のSDカード勝手に盗んで、その後に別の学校まで歩かせて、勝手に変なゲームにまで付き合わされて、それでここに来て『それでこそ相応しい』って中々の横暴だよ」

「だよなぁ?アイツ普通に勝手だよな?」

 

 意見の一致で緊張感が緩みかけるが、それでも今は大切なものが掛かっている正念場だ。

 怪盗の方も、すぐに空気を持ち直してくる。

 

「そんなに余裕の雰囲気でいいのかい?私には優秀な味方が3人もついている。隠れて不意打ちも出来ないぐらいに見晴らしのいい場所で数の利もこちらが上。網鉄砲もそっちのお嬢さんが手に持っているもので最後。君たちは、敵を呼び出すことによって更に自分が追い詰められていることに気付いてはいるのかな?」

「そうだな。確かに不利になっている。全ての部分でお前らが優勢だもんな。だがこれでオーケーだ。人間ってのはそうやって勝ちを確信した瞬間に敗北が決まるのだから」

「不利なら不利で、見せつけてやろうじゃんか。逆境の中でこそ輝く『黄金の精神』ってヤツをね。……だから怪盗ハロハッピー、覚悟はいいか?」

「俺たちは出来てるぞ」

「面白い……!」

 

 激しい雨脚はフィールドを容赦なく打ち付け、肌寒い風は悠然とその場を吹き抜ける。

 緊張感はあったが、不思議とマイナスな感情は無い。

 普段は卑屈なくせに、今だけは自信どころか、必ず勝利するという確信すらある。

 この場に、静かな睨み合いだけが続く。

 

「終わらせてやるよ。この俺が。いいや──」

「『俺たちが』……でしょ?」

 

 そうだ。

 前門に虎がいようが、後門に狼がいようが、隣にコイツがいてくれるなら無敵だ。

 俺は自分を信じることなんて出来ないが、コイツが俺を『やる男』だと言ってくれたなら、それを信じない訳にはいかない。

 いい加減、立ち止まるのにも飽きてきた。

 まぁ、そういう訳だ──

 

「しくじるなよ『美咲』!!」

「『レン』こそね!!」

 

 2人分の拳をぶつけて、開戦の火蓋は切られた。

 

「「作戦開始だ!」」

 

 気炎万丈。

 たった2人、疲れも忘れて走り出す。

 最高のスタートダッシュを切り、俺が先行してメカミッシェル3体と怪盗の場所へ突っ込んでいく。

 

「(なるほど。網鉄砲を使い切ったレン君が先行して囮となり、3体が気を取られている隙に美咲が私を狙う……といったところか)」

『対象接近、迎撃態勢──』

 

 俺たちと敵陣の距離が近づく。あと少し突っ走れば奴らの射程距離だ。

 泥水を巻き上げながら、俺はどんどん近づいていく。

 

「(距離20……距離10……)」

 

 ここまでは作戦通り。真ん中の1体が俺を警戒し、横の2体が後ろの美咲を警戒する。

 

「距離4m」

『射撃準備──』

「ここだ!」

 

 網鉄砲の紐を強く握り、俺に照準を明確に定めたことを確認し、俺は一気にダッシュの軌道を左斜め前に変える。

 フェイントにもならない単純な行動だが、メカミッシェルは狼狽えたように見えた。

 やっぱり美咲の言う通りだ。

 

『ただでさえミッシェルの中身は視界が狭いからね。しっかり誰かを見据えてからいきなり横方向に動かれでもしたら……』

「(対象を見失う)」

 

 距離2m、急いでメカミッシェルが横へ動いた俺へ照準を合わせなおす。

 

「からの右!」

 

 俺の行動パターンが分かったのか、また視界から一瞬消えた俺に対するメカミッシェルの反応も、今度は早かった。もう奴は紐を引っ張りにかかっている。

 だが、距離は既に1mを切っている。つまり……。

 

「もう遅い」

 

 バスンッ!

 

 俺がやられたみたいに、メカミッシェルの網鉄砲の銃口を握り、射出予定のネットを不発させる。

 これで1体のメカミッシェルが無力化されたが、まだ勝ちじゃない。

 

『勝利するために考えるべき問題は結局、3体並んで邪魔になったミッシェルの先へどうやって行くか』

『3体並んでって……そもそも、確実に並んで待ち伏せなんてしてくるのか?揃った3体が攻めることは?』

『無い。雨で濡れたキグルミはとてつもなく重いから、ちょっと動くだけでも体力はかなり持っていかれる。この地面のぬかるみじゃ足も取られるしね。だからアイツらはなるべく動かなくていいように待ち伏せを選んであたしを落としに来る。

 そしてそうされると、向こう側へ真っ直ぐ行くのは無理だし、ぬかるんだ足場で悠長に横から回り込んでたらどっちか片方の網鉄砲の餌食。しばらくは先行するあんたを盾にしながら、あたしもジグザグ動いて狙われにくくはするけど、どっかで分かりやすい全速力の直進をしなきゃならないタイミングが出てくる』

『じゃあそこで狙われるだろ』

『だからここであんたを使う。先行したあんたがメカミッシェルを1体封じても、あんたのもとへ残り2体からの追撃は来ない筈。本命は網鉄砲を持ってるあたしだからね。結局、向こうはあたしだけを警戒してればそれで勝てるんだよ。つまり、あんたのマークはここでフリーになる。だからあんたが次にやることは……』

 

「足場ァ!」

「了解!」

 

 俺はメカミッシェルを封殺したそばからすぐにその場で両手を組み、手のひらを上にして踏ん張る。

 先行していた俺の存在が邪魔だったのか、着ぐるみのスペシャリストの動きを読み切れなかったのか、横の2体のメカミッシェルはまだ美咲を上手く狙えていない。

 だから……。

 

「ふっ!」

「オラァ!!」

 

 網鉄砲を片手に、カチ上げられた美咲は宙を舞う。

 空中での移動であれば、地面のぬかるみによる減速は受けない。

 メカミッシェルの壁の、『その先』へ踏み込んだ……!

 

「(なるほど。真っ直ぐ行くのも、横へ回り込むのもダメなら上へ飛ぼうという訳か。悪くない。仕掛けのタイミングも完璧だ。だが……)」

 

 空中で網鉄砲の照準を怪盗に向ける美咲。

 

「(やはり甘いよ。美咲、そして少年……)」

 

 美咲が跳んだと同時、2体のメカミッシェルが後ろを向いて空中の美咲に網鉄砲の照準を合わせる。

 

「(空中で網鉄砲の危険を潜り抜けることは難しい。盾になっていた少年はもう居ない。そして、空中では地上のように『横の動き』で回避やかく乱も出来ない。

 そもそも自分の位置が変わり続ける空中で照準を合わせることすら難しいのに、この状況でメカミッシェルよりも先に私の方へ網鉄砲を発射するなんて芸当が出来るかな?)」

 

 パァン!

 パァン!

 

 美咲が網鉄砲の紐を引くよりも先に、2発分の網鉄砲が発射された。

 広がった2つのネットが、容赦なく美咲の体を包み込む。

 

「くっ……!」

「(終わりだね。せめて美咲が怪我をしないよう、優しくキャッチをしないと。その後はレン君のフォローも忘れないようにしないとね)」

 

 勝負あり。

 完膚なきまでにそんな言葉がお似合いだった。

 網鉄砲を持って構えたままの美咲と、それを容赦なく包み込む2つのネット。

 もうこんな状況で俺と美咲が言えることは、たった1つ。

 

 

 

 

「「勝った」」

 

 次の瞬間、美咲が網鉄砲の紐を引っ張った。そして、

 

 カスッ……

 

「(空砲……?まさか!)」

 

 勝負あり。

 本当にそんな言葉がお似合いの最高の状況だった。

 敵陣営の網鉄砲の1つは封殺。

 そしてもう2つは……『俺が無駄打ちしてダメになった方の網鉄砲を』持って構えたままの美咲を容赦なく包み込んでいる。

 そして敵に網鉄砲の残りは無く、俺は捕縛される心配は無く、『囮になって敵の目線を引き付けてくれた美咲のお陰で』ノーマークで動くことが出来て、さっきからずっと隠し持っていた『美咲が持ってた筈の未使用の網鉄砲』を手に持って、メカミッシェルの隙間を潜り抜けて怪盗の背後に回っている。

 ジャックポット……!

 

「(そうか!戦闘が始まる前から既に2人で持っている網鉄砲を入れ替えていたのか!美咲が網鉄砲をずっと手に持って、本命であるかのように立ち回っていたのは、自分の網鉄砲がダミーであることを隠すためのブラフ!

 警戒するべきは美咲ではなかった!まさか網鉄砲が1つしか残っていないという状況を逆手に取るとは!まさかここにきて本命の少年を最も狙われやすい先陣で突撃させるとは……!)」

「女に見惚れて背中がお留守だったようだぜ、ファントムシーフ。やっぱりお前の敗因は油断だったようだな!」

「……!」

 

 最後の抵抗で身を翻して回避行動を取ろうとする怪盗。

 雨に濡れて重くなったマントを羽織り、ぬかるんだ地面の上で足を取られやすく、急激な移動もできない状況にしては悪くない動きだ。

 だが一手遅い。

 

 パァン!

 

 不安も、迷いも無かった。

 だから後は楽な仕事だった。

 俺はまるで静脈に針を刺す看護師のような落ち着いた心持ちで紐を引っ張り、射出されたネットは物理法則に従い、正しい軌道で怪盗を捕縛したのだった。

 

 そしてその結果が、確かに目の前で転がっている。

 避けようと足掻いてる状態で体の自由を奪われたのだ。すっ転ぶのも無理はない。

 自慢の服装も雨に濡れた地面のせいで泥だらけになってやがる。

 いい気味だ。

 

「俺の、いや……俺『たち』の勝ちだ」

「私の敗北って訳か……」

 

 華麗に動き回っていた怪盗は捕縛され、ネットの中に入ってからは何の抵抗も無く大人しくしていた。

 捕まった以上、敗者らしく潔さを見せようという考えなのだろう。

 

「何よりも『困難』で……『仲間』なくしては辿り着けない道のりだった。お前を倒すという道のりがな……」

「ふっ、そうか……」

「作戦は、ちゃんとハマったみたいだね……」

「美咲?さっきまで捕縛されてたんじゃ……」

「そうだね。自分に絡まった網鉄砲2つ分のネットを解くなんて経験は初めてだったよ。手先が器用で本当に良かった。……それで、終わったの?」

「まだ大切なものは取り返せてないが、俺は勝利を宣言したし……こいつはこいつで敗北を認めたようだ」

「そっか」

 

 返事は素っ気ないようにも聞こえるがどうやら美咲も美咲で安心はしたようだ。

 

「2人とも、見事な連携だったよ。この作戦は2人で考えたのかい?」

「当たり前だ。こんな計算尽くしの頭の良い作戦、美咲じゃなきゃ思いつかないだろ」

「確かにね。こんなリスクだらけの頭の悪い作戦、レンが居なきゃ実行できないよ」

「そうか。まったく、最後の最後で勝利を確信してからやられるとは……君の言う通り、私の敗因は油断だったようだ」

「いいや、遡って考えればもっと単純な敗因があるぜ」

「そうだね。油断なんかよりもずっと分かりやすい、たった1つのシンプルな理由だよ。怪盗ハロハッピー、あなたは……」

「「この『花咲川最悪のコンビ』を敵に回した」」

「それが答えだ」

「なるほど。君たちは、本当にいいチームになったんだね」

「ははっ……」

「はははは……」

 

 本当はもっと喜びを分かち合いたいが、もう俺たちの心身にはそんな余裕すらも無かった。

 ハイになって忘れていた疲れと筋肉痛が、今になって押し寄せてくる。

 

 ドシャッ……

 

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」

 

 怪盗の言葉を聞いた頃、お互いにその場で崩れ落ち、なんとか膝立ちで持ちこたえる。

 余裕も余力もありはしないが、それでも達成感はあった。

 長い道のりだった。最初のゲーム開始からここまで、文字数にして約3万字。

 そして辿り着いた。

 言い争い、罵り合い、それでも共闘してぶつかり続けた。

 

 

 花咲川最悪のコンビVS怪盗ハロハッピー

 

 

「「決着ゥゥゥーーーッ!!」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 約束通り、ネットに捕縛された怪盗は、捕縛されたまま新聞部のデータをちゃんと俺に返した。

 これで万事解決……なんて都合のいい話の終わり方は流石にさせない。させる訳ない。

 ちゃんと返すものを返したからって簡単に許しはしない。

 寧ろ許すチャンスは何度も与えてやっていたというのに、コイツはそれを拒んでずっと逃げ続けたのだ。

 自分の制御が完全にぶっ壊れて暴走していたあの時のような怒りは流石に無いが、だからって『もう怒ってないよ♡』なんてことになる訳ない。

 理性は残ってるが、それはそれとしてデータを盗んだことにはちゃんとキレてる。

 ネットに捕縛されたままの無抵抗な人間だからといって容赦はしない。

 

「おいコソ泥。暴力沙汰は初めてか?なら手始めに聞いてやる。辞世の句は読んだか?土下座の心得は?他人に見下される気分はどうだ?

 さっきまで格下だと思ってたザコに今からプライドをズタズタにされて、泣きながら許しを乞わなきゃあならないってのはどんな気持ちだ?今から自分に降りかかる最悪の結末にビビり散らかす準備は出来てるんだろうな?

 俺はお前が泣くまで殴るのを止めないぞ。『勝負』は既に、『断罪』へと変わっているんだぜ!」

「うん。最初から分かってたことではあるけど、あんた相当ブチギレてたんだね。盗まれてからずっと」

「少年にとって大切なものを頂いた自覚はあったが、これほどとは……」

「まぁ、あたしも詳しい話を聞くまでは分かってなかったし……。ねぇレン、もうちょっと寛大な心を持ってあげる方針でいかない?データは戻ってきたんだしさ」

「そうだなぁ……。確かにタコ殴りまではしないでやっていいと思ってる。ただ、あんなに好き勝手に暴れまくったコイツに何のお咎めも無しってのは割に合わねえだろ。いつの時代も落とし前ってのは大事ことだ。そうだろう?」

「まぁ、確かに何のデメリットも無く解放ってのは、ちょっと都合よすぎかも?」

「ならもう決まりだ。コイツには……再起不能になってもらう!」

 

 そう言って怪盗ハロハッピーの胸ぐらを掴もうとした瞬間──

 

「悪いが暴力は好きじゃないんだ。お詫びは別の方法でさせてもらうよ」

「何?」

 

 ボフンッ!

 

「煙幕!?」

「またかこの野郎!!」

「さらばだ!」

 

 煙が晴れる頃には、怪盗の姿は網ごと消失していた。

 

「……やられたな。くそっ」

「まぁまぁ。ここまでにしときなよ。愚痴会ぐらいはしてあげるからさ」

「まったく。反省させた後に『殺すとか言ってゴメン』って謝りたかったのに」

「それは……愚痴なの?」

 

 怪盗には逃げられた。

 いつもなら逃げた怪盗に対して怒りの感情を見せるぐらいはしていただろうが、データは戻り、もう目の前に敵はいないという状況になってしまったせいで、今度こそアドレナリンの効果が切れた。

 もう文句を垂れる気力すらも残っていない。

 

「あたしら、本当に頑張ってたんだね。足フラフラなんだけど」

「俺もだよ。ちょっと肩借りるぜ」

「いや、その前にさ……」

「ん?あぁ……」

 

 パンッ!

 

「「お疲れ」」

 

 泥だらけの笑顔で繰り出されたハイタッチは、第二ゲームの時よりも気持ちのいい音が鳴っていた。

 気付けば降っていた大雨はすっかり止んで、澄んだ空には太陽が差していた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 美咲と肩を貸し合ってフィールドを出ると、そこには見知った顔……というか、盗まれた筈の知り合いの姿があった。

 

「美咲ちゃん!」

「りみ!」

 

 俺の支えから離れて、美咲は牛込に駆け寄る。

 

「大丈夫だった?」

「うん。怪盗さんがここで2人を待ってて欲しいって解放してくれたの。美咲ちゃんも大丈夫?頬っぺたが凄いことになってるよ。おまけに全身ずぶ濡れだし……」

「あー、このアザは自分でやっただけだから気にしないで」

「それは……本当に気にしなくていいのかな?」

 

 2人の様子を少し離れた場所で見守る。

 囚われのお姫様も美咲によって助けられた訳だ。

 なるほど。泥だらけであるという点を除けば、確かに絵面は白馬の王子様かもしれないな。

 

「レン君も、ありがとね」

「俺は何もしてないよ。寧ろ巻き込んで悪かった。美咲、牛込のためにめちゃくちゃ頑張ったんだぜ」

「ううん。どっちが、とかじゃなくて、2人とも頑張ってくれたんだよね?だから、本当にありがとう。来てくれて嬉しかったよ。あと、2人がどことなく和解したような気がするから、それも凄く嬉しい」

「……そうかよ」

 

 和解か。まぁ、確かにそうなったとは言えるのか……?

 

「じゃあ、りみ。みんなのとこ帰ろう。ポピパのみんなも心配してたし」

「そうだね。でも帰るのは私1人で大丈夫だよ。2人にはまだ、行くべき場所が残ってるみたいだし」

「「えっ?」」

 

 牛込の手に握られていたのは、もうお馴染みの、怪盗からの封筒だった。

 

『エクストラステージへの招待状』

 

 全てを取り返した後だというのに、また謎の緊張感が俺たちを支配したのだった。

 





 次の更新は、明日。

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最終小話.レンと美咲とお詫びのライブ

 

『体育館に来て欲しい。君たちに特別なショーを用意した。

 今回はゲームや争いじゃないから、気軽に楽しんでいってくれ。

 少しでも君たちの心身を癒すものになったら幸いだ。

 怪盗ハロハッピー』

 

「これが……」

「ハロハッピーなりの、あたしたちへのお詫び、なのかな?」

 

 体育館の扉を開けると前の方に2つのパイプ椅子が準備されていた。

 疲れてたのでこれ幸いと椅子に腰かけた瞬間だった。

 

 ~~~♪♪

 ~~~♪♪

 

 随分と楽しげでポップな演奏が流れてきた。

 この雰囲気は……。

 

「2人とも~~~!ハッピー!ラッキー!スマイル~~!イェーイ!!」

「弦巻!?」

「怪盗さんからの挑戦状クリアと、2人の仲直りを記念したスペシャルステージよ!楽しんでいってちょうだ~~い!!」

「……あぁ、なるほど」

 

 弦巻の掛け声と共に、ハロハピのメンバーが次々と現れてくる。

 横の美咲が、随分と落ち着いた様子でそう呟いた。

 

「なるほどって?」

「マシーンといい、グラウンドの特別フィールドといい、やっぱりハロハピ絡み……というか、弦巻家絡みだったんだなって」

「そういえば、確かに1人で用意するには大がかりな仕掛けだったな。俺とお前が協力して戦ったように、怪盗もハロハピと協力していたんだろうな」

「(まぁ、その怪盗もハロハピのメンバーだからハロハピと協力って表現はおかしい気もするけど……というか薫さん、さっきまでハロハッピーの姿で捕縛されてたのにステージで何事もなかったかのようにギター弾いてる。泥だらけだったはずなのに。凄いなあの人。というか観客視点でミッシェルを見るのもなんか新鮮だな。中の人は黒服さんかな?)」

「美咲……?」

「いや、なんでもないよ。もしかしたら、あたしたちの仲があまりにも悪かったから、ハロハピが色々考えて、ハロハッピーが動いて、それであたしたちが協力しなきゃいけない状況を作り出して、2人で話し合う機会を作りたかったのかなって、そう思っただけ」

「協力しなきゃいけない状況?」

「最初の謎解き。あれがよく考えたら最初の布石だったんだ。仲の悪いあたしたちは最初から共闘なんてあり得ない。だから第三者が介入して仲裁できるタイプのゲーム内容だったんだ」

「確かに。日菜さんがいたから場の均衡は保たれてたわけだし、なんなら謎解きも得意だし」

「それに、あのクラスには他にもいるでしょ?あたしたちのケンカも仲裁できそうな懐の深い先輩がさ」

 

 あぁ、そういえば居たな。

 まずはハロハピ所属で美咲を抑えやすい薫先輩。そして……

 

「……姉さんか」

「うん。面倒見がいい上に、あんたの身内。あたしたちのケンカを仲裁するならもってこいの人物。あの時は運悪くリサさんはいなかったけど、取り敢えず仲裁されながら、あたしたちは謎を解いた。そして次のステージへ移動する頃には『一緒に行動することが当然』って空気にいつの間にかなってたんだよ。言い争いながらも、何故かあたしたちはお互いを排斥しようとはしなくなってたんだ」

 

 ……うわ、マジだ。言われてみると。

 謎解きが得意な日菜さん、美咲を抑えやすい薫先輩、俺を抑えやすい姉さん。

 後者の2人は不在だったが、揃っていたら侮れない布陣だ。

 

「そしてパンチングマシーンもそう。2人で協力しなきゃクリアできない条件にすることで、またもあたしらは協力した。それで最終ゲームも、勝つことが出来た理由は協力にあった」

「なるほど。共通の敵を持って協力する過程こそが、怪盗やハロハピの目的だったのかもな。もしかしてあの怪盗、そこまで悪いやつじゃなかったのか?」

「そうだね。本当に悪い人だったらりみもデータも無事じゃなかったでしょ。寧ろ感謝してもいいぐらいじゃない?あの過程が無きゃ、あたしらは自分達が最強のコンビだってことに気付けなかった」

「そこまで言うか?」

「うん。あたしもあんたもさ、お互いの顔を見るとイライラしてたじゃん?でもそれはイライラしてたんじゃなくて、普段出せないような自分が出せるぐらいに相性が良すぎたから、2人で一緒にいることで気が強くなって、そのエネルギーが2人の間でぶつかり合ってたんじゃないかって思うの」

 

 言われてみると、ある意味コイツには何の気遣いも無く自分をぶつけていた。

 

「だから、そのエネルギーを協力して1つの目標にぶつけることが、怪盗を倒せた理由にも繋がったんじゃないかって。ほら、あたしたち、性格も結構似たもの同士じゃん?……考えすぎ?」

「いいのかよ。最強コンビの相手が俺なんかで。所詮俺なんて、ヒーローにもヒールにも染まれなくて、結局何者にもなれなかった半端者だぜ?」

「卑屈になって予防線張ろうとするのもあたしそっくりだね。まぁ、確かにあんたはヒーローじゃない。白馬の王子様でもなければ、漫画の主人公でもなくて、全てを動かすカリスマでもない」

 

 そんな俺に対して、それでも美咲は笑って続ける。

 

「でもレンは……いい奴だ」

「……!」

「ヒーローじゃなくてもさ、あんたはあんたでいればいいんだよ。あたしはそれでいい。寧ろそれがいい」

「……そうかよ」

「だからもっと自信持っていいんだよ。あんたは色んな人から必要とされる器なんだからさ」

「そんなことないよ。まだ迷惑だってかけるし……まだ俺はそこまで自分を信じちゃいない」

「仲間なんだから迷惑ぐらいかけなよ。そっちが必要としてくれなきゃ、こっちだって頼れないじゃん」

「……!」

「あんたがこれからどう成り上がっていくかは分からないけど、自信が欲しいならもっと色んな人と関わりな。人の絆は相身互(あいみたが)い。頼れる人間ってのは、誰かを頼るのも上手いもんだよ」

「俺なんかに頼られても、みんな嫌な気持ちになるだけだろ……」

 

 こんな性格だから俺は孤独になりやすいのだが、それでもこの陰鬱さは簡単には消えない。

 

「……恥ずかしいからあんまり言いたくないけど、作戦会議で『半分力貸せよ。相棒』って言ってくれた時あったじゃん?」

「あったな」

「あの時あたし、めちゃくちゃ嬉しかった」

「……!」

「誰かに必要とされて悪い気なんてしないって。必要とされる人間になりたいなら、あんたも他人を必要とするべきだよ。自分が必要とされない寂しさは、あんたが一番分かってるでしょ?」

「そうだな……」

 

 そう言った辺りで、美咲に背中を叩かれた。

 

「胸張って生きてりゃいいんだよ。あんたが欲しがってる自信なんて、後でいくらでもついてくる。忘れそうならあたしが思い出させてあげる。それでいいでしょ?」

「……お前、ホントいい奴だな」

「ふふっ、そうなの。凄いだろ」

 

 あぁ、自分自身が誰かに認めてもらえるのは、やはり嬉しいものだ。

 

「(もしかしたら薫さん、あたしたちの仲だけじゃなくて、自分に自信が持てなくて、誰にも頼れなくて部活に依存するしかなかったレンの状態も、どうにかしようとしてたりしたのかな?りみ辺りの相談だったら乗ってそうだし、肉親のリサさんともクラスメイトだし……なんて、考えすぎか)」

「美咲?」

「ごめん。なんでもないよ」

 

 美咲が笑って応えてから、ステージが更に大きな盛り上がりを見せていた。

 

「さ、折角の特等席だし、今はライブを楽しもうよ。至近距離で聞くこころの歌声は……ちょっと凄いよ」

「そうだな。音楽の難しい話はよく分からないけど、せっかくだし楽しませてもらうとするか」

 

 普段はステージ裏で見ることがほとんどのライブだが、やっぱり客席から見るのはとても楽しい。

 そして、横に知った顔がいる状態で見るライブは、もっと楽しいものだった。

 

「なぁ、美咲」

「んー?」

「俺と友達になってくれよ」

「やだね」

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

「あたしたち、とっくに友達じゃん」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ハロハピのライブを楽しんで体育館を出ると、日は既に沈みかけて夕方に差し掛かろうとしていた。

 今は外の空気を吸いながら、いつの間にか元に戻ったグラウンドを、ただぼーっと眺めている。

 雨上がりの空は澄み渡っていて、見てるだけでも気持ちが良かった。

 

「終わったな。ようやく」

「そうだね」

「今度、取材させろよ。ハロハピのこと」

「いいよ。今まで邪魔して悪かったね」

「いいや。俺こそ今まで酷いこと言いまくって悪かったよ」

 

 何もなくなったグラウンドを夕焼けが赤く染め上げていく。

 これ以上は、暗くなってしまって良くないか。

 

「じゃあ、そろそろ帰るか。せっかくだしこのあと寄り道してラーメンでも食おうぜ」

「その前に花咲川まで戻って荷物取らないとでしょ?手ぶらでここまで来ちゃってるんだから」

「忘れてた……」

「あと泥だらけの制服もどうにかしなきゃだし、ラーメンはその後だね。心配しなくてもあたしはどこまでも着いてくよ。ゲームに引き続き、ね?」

「ありがとな。よし、いい加減腹も減ったしさっさと戻って──」

「そこの2人!少し止まりなさい!」

「「うあぃ!?」」

 

 景気よく帰ろうとしたその時、すぐ後ろから呼び止められた。

 そして振り返ると、そこに居たのは教師と思われる大人と……。

 

「姉さん?」

「やっほー☆来てるんなら言ってくれればいいのに」

「いや、あの時は姉さんいなかったし……」

「ところでリサさん、いきなり呼び止めて、何か用事ですか?」

 

 美咲がそう聞くと、姉さんの隣にいた教師は冷静に言い放った。

 

「あなたたちですね?2年A組の教室の扉を入室許可も無く破壊したという、花咲川の制服を着た2人組の生徒というのは」

「「あっ……」」

「レン~。アタシ、クラスの友達みんなから『リサの弟ヤバ過ぎない?』って問い詰められてすっごい大変だったんですけど~?」

「いや、だってそれは怪盗が……」

「そもそも蹴り壊したのはレンだからあたしは関係無いっていうか……」

「言い訳無用です。話は職員室で詳しく聞かせ──」

「だが断るッ!」

 

 ダッ!

 

 こうなったら取るべき行動は1つだ。

 

「逃げるんだよォ!美咲──ッ!!」

「ああっ、なんだこの男ーー!」

 

 ダッ!

 

 とか言いつつちゃんと自分もダッシュで逃げようとする辺り、やっぱり美咲もいい性格してると思う。

 

「ああ!こら待て弟!まだ説教は終わってないぞ!」

「あなたたち、止まりなさい!!」

「止まれと言われて止まるバカがいるかってんだ!ずらかるぞ美咲ィ!どこまでも着いてこーい!!」

「もうあんたになんか二度と着いてくかぁ──ッ!!」

 

 この日、街中には羽丘の生徒と教師に追いかけ回される花咲川の仲良しコンビが各地で目撃されたらしい。

 

 ちなみにこの事件は花咲川の方へきっちり連絡が回ったらしく、しばらくして俺たちは羽丘の方へ土下座することになった。

 

「すいませんでした(おのれ怪盗ォ……!!)」

「すいませんでした(なんであたしまで……)」

 

 そして扉は弦巻家が直してくれたらしいので、そっちの方にも土下座することになったのは、また別のお話。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 もちろん俺は光を見続ける。

 

 大雨の中でそれがどんなに眩しすぎるものであっても、俺は恐れず進みたい。

 

 進める自分でいたい。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「レン君、おはよう」

 

 小柄な体躯の『友達』が、俺に朝の挨拶を交わす。

 だから俺も、目を見て真っ直ぐに挨拶を返す。

 気後れや遠慮なんてものは、コイツには要らない。

 

「よぉ『りみ』。朝から元気だな。ちょっと取材で手伝って欲しいことがあんだけど、昼休みは暇か?ちょっと今回は人手が要るんだよ」

「……!」

 

 そう言われて相手はちょっと面食らった表情をしている。

 俺が誰かを頼るのは、そんなに珍しいのか?

 しかし、その表情はすぐに明るいものへ戻った。

 

「うんっ!いいよ!ポピパの子たちも呼んでいい?」

「うぉっ、マジかよ。助かるぜ!そんじゃあ早速──」

 

 怪盗騒動が終わると、平穏な日常が訪れた。

 日常は特に変わり映えしなかったが、俺から周囲への関わり方は変わった。

 

 ここから始まるのは、そうやってガールズバンドと関わっていく話。

 

 俺はみんなと、少しだけ仲良くなった。

 遠慮がちにしか話せなかったみんなと、初めて友達になれたような気がした。

 





 まぁ、こんな感じで、現在の、余裕のある優しいレン君になっていくんですね。
 ルパン3世のテーマとリコリス・リコイルのEDを聞きながら執筆してたらあんな感じの終わり方になりました。

 どうでしたか?上手くまとまったかどうかは読者様に決めて頂くとして、私はふざけ倒したので結構楽しかったです。逆に言うと私しか楽しくなかったと思います。
 おふざけを入れ過ぎて話の深みが薄味になったのは反省ですが、自己満足で好き勝手に書いてる作品なので、まぁ、ご容赦を。

 初めて描かれた大荒れ期のブチギレン君はどうだったでしょう?
 皆さんは、私のおふざけをいくつ、見つけられたでしょうか? 
 他にも感想あればコメントお願いします。

 次の更新は、明日。

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【現在】最高の2人が公園で遊ぶシチュ


 今回はリクエストの美咲ちゃん。



 

 公園の中に足を踏み入れると、古ぼけたベンチに知った顔が既に座っていた。

 見映えよりも、動きやすさの方が優先されてそうなラフな服装に、申し訳程度のキャップを被ったあの少女こそが、俺が遊ぶ予定の親友である。

 

「あ、レン。やっほ~」

 

 気の抜けた挨拶に手を振って返しながら、俺は美咲のもとへ小走りで近づく。

 言い年した高校生の男女が公園で遊ぶのもどうかとは思うが、そんなの俺たちには関係無い。

 さぁ、公園デートの始まりだ。

 

「よぉ美咲。バスケやろうぜ!」

「いくらなんでも陽キャラが過ぎるでしょ。男の同期を誘う時の男子中学生しかそれ言ってんの聞いたことないよ」

「1on1やろうぜ!」

「やっぱりクラスメイトの女の子を誘う時の男子高校生には見えないんだよなぁ……。ま、いいや。じゃあ早速やろう。そのためにこの公園選んだんでしょ?」

「コートがある公園も少ないからな」

 

 最近は公園で遊ぶ子供がそもそも少なくなってきてはいるが、俺たちにとっては好都合だ。

 無人をいいことに俺たちはベンチに荷物を置き、ボールを持ってコートに移動する。

 

 改めて記しておくが、この2人は休日に会う約束をした高校生の男女だ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 1on1といっても、お互いバスケ部でもないので、そんなにガチでやり合ったりはしない。

 ディフェンスとオフェンスに分かれて、雑談交じりに攻防を繰り返す程度だ。

 ちなみに美咲はテニス部仕込みのフットワークと着ぐるみで鍛えられた体幹があるから、本気でやり合うと結構強い。

 

「それにしてもレンって、まるくなったよね」

「そうか?これでも運動はしてるんだけ、ど!」

 

 美咲のブロックを潜り抜けて、無防備なゴールにシュートを放つ。

 

 ガンッ!

 

 入らなかったけど。

 

「いや、物理的な話じゃなくてさ、性格の話だよ。ほら、1年前とか荒れまくってたじゃん」

「そうでもないって。しっかりキレた相手なんてそれこそお前ぐらいだったし」

「ふぅん」

「なんだよ?」

 

 外したボールを拾って美咲にパスする。

 そして攻守交代をしても雑談の口は緩めない。

 

「いや、張り合い無いなぁって。今のあんたの性格は好きだけどさ、トゲのあった頃もそれはそれで味があったし」

「なんだよ味って……」

「今思うと貴重だったんだよ。どんなに悪口や暴言を吐きまくっても自分の心が痛まない相手って。サンドバッグとしては最高の一品っていうか」

「なんだよ。言いたい悪口があるなら今でも聞くぞ?言ったらスッキリするかもだし」

「うーん。無理っぽいかな。今のあんたに悪口言っても自分の心が痛むだけだし。そういうあんたは言いたい悪口ないの?スッキリするかもよ?」

「お前にぶつけてスッキリするような悪口なんて、バカな俺には分からないよ。分かりたくもないけどな」

「そうだね、確かにあたしも今のあんたに言えそうな悪口は思い浮かばないかな」

「ありがたい話だ」

「感謝しろ、よっ!」

 

 ちょっと嬉しくなった心の隙を突かれて、美咲のシュートが放たれる。

 

 パスッ!

 

「っし!!」

 

 うっわ。入れやがったコイツ。

 

「いやー、気持ちいいね」

「確かに悪くないシュートだったな。これなら世界も取れそうだ」

「世界は無理でしょ。あそこに行くならダンクとか決めなきゃいけないんだよ?」

「バスケの世界レベルの基準がダンクシュートな時点でもう素人だよな。俺たち」

「でも憧れるよね。ダンクシュート。爽やかだったプレイヤーが血相変えてワイルドに叩き込むあの感じ」

「確かにダンクは男のロマンだからな。シュートの瞬間もそうだし、シュートの後に掴んだゴールから手を離してコートに着地するのもカッコいいよな」

「わっかるなぁ……。もし朝に目覚めて身長が急激に伸びてたらやってみたいこと第一位だもん」

「局所的なランキングだなオイ」

 

 でも、その気持ちは痛い程よく理解る。

 身長は無くても、せめてジャンプ力があればいいのだが……。

 

「ジャンプ力……?」

「レン?」

「なぁ美咲、『アレ』を使ったらダンクだっていけるんじゃないか?」

「アレって……。あぁ、『アレ』か!そうじゃん!隣にあんたが居るのになんで思いつかなかったんだろ!」

「そうだよ!必要なもの身長じゃない!本当に大事なものはすぐそこにあったんだよ!」

 

 美咲の顔は既にやる気に満ちていた。

 なんなら既に、真剣な表情で上のゴールへと視線を移している。

 

「……レン、足場」

「了解☆」

 

 世紀の大発見に気付いた俺たちは急いで立ち上がる。

 美咲にボールをパスして、俺は早速ゴールの少し手前に陣取る。

 美咲は離れて、俺とゴールを交互に確認する。

 

「レン、準備はいい?」

「オーケーだ。いつでも来てくれ」

「そんじゃあ──」

 

 美咲がドリブルでゆっくり近づいてくる。

 そして、俺まであと3歩の所でボールを持ってダッシュで俺に突進してくる。

 あとは……!

 

「ふっ!!」

「オラァ!」

 

 予定通り、美咲は俺を超えて高く飛び上がった。

 飛び上がったが……。

 

「くっ……」

 

 高さが足りない。

 

「悪い美咲。タイミング……」

「ズレたね。やっぱりドリブルしてるからいつものタイミングじゃ合わないんだよ。しっかりダッシュしたのも3歩だけだし」

「難しそうだな。どうする?やっぱやめとく?」

「いいや……」

 

 バサァッ!!

 

「ちょっと本気出す」

 

 どうやら美咲は余計に火がついてしまったらしい。

 気付いたら彼女は上着もシャツも脱ぎ捨てて、お馴染みの黒のタンクトップ姿へと変貌した。

 上着を腰に巻いた美咲の立ち姿は、普通にカッコよかった。

 俺も気合を入れないと。

 

「たかが公園に置かれてる程度の木偶の坊にここまでコケにされるとはね」

「こうなっちまった以上はキッチリ後悔させてやらないとなぁ。この『花咲川最強のコンビ』を敵に回したことを……!」

 

 軽快にボールを弾ませながら、美咲が最初の位置に戻っていく。

 俺も初期位置を確認して構える。

 人差し指の先端でクルクルとボールを回しながら、美咲がゴールを見据える。

 

「さっきよりドリブルのスピード上げるから、見逃さないでよ」

「了解だ。見せつけてやろうぜ」

「そんじゃあリベンジ──!」

 

 ダッ!

 かなりのスピードでドリブルが進んでいく。

 そしてあっという間に美咲は俺から3歩圏内の所まで踏み込んでくる。

 美咲はボールを掴んみ、ダッシュで俺に突進してくる。

 先ほどの助走も活きたトップスピードだ。

 

「ふっ!!」

「オラァ!」

 

 美咲がさっきよりも大きく飛び跳ねる。

 助走は申し分ない。カチ上げるタイミングも完璧。

 あとは美咲が決めるだけだ。

 

「いっけぇぇぇぇーーーッ!!!」

「オラァァァァァーーーッ!!!」

 

 右腕でボールを掴んだ美咲が、ゴールの方向へ真っ直ぐに飛んで行く。

 野生的に、そして容赦無く、美咲の右腕のボールがゴールへと吸い込まれる。

 

 バゴァッ!!

 

 決まった。

 ゴール全体が大きな音を立てながら、美咲の体重に揺れて、シュートされたボールは地面へと叩きつけられる。

 残っていたのは、ゴールのリングに右手1本でぶら下がった美咲の姿だけだ。

 

「あたしたちの勝ちだ」

「ダンク成功だな」

 

 シュタッ

 

 今回のMVPが華麗に着地も成功させたところで、当然いつものアレも自然と出てくる。

 

 パンッ!

 

「「お疲れっ」」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ダンクを成功させた後も、俺と美咲はずっとくだらない遊びをし続けた。

 こうして美咲とバカやってる時間はやっぱり何よりも楽しい。

 それこそ、時間を忘れてしまうほどに。

 

「結構ガッツリ遊んだね」

「そうだな。もう夕暮れになりそうだ」

 

 時刻は夕方の直前。

 最後に俺たちは公園を離れて、河川敷で川面に移る夕日を眺めながら、その場に座り込んでいた。

 

「あたし、本当はこんなにガッツリ外遊びとかする性格じゃないのに、なんであんたと遊んでるのは平気なんだろうね?」

「俺だってここまで遊ぶのは稀だよ。なのになんでなんだろうな?」

「「……」」

 

 ドサッ

 

 座り込むのも疲れた気がして、お互いにその場に大の字で倒れ込む。

 夕焼けに染まりつつある空の色が、今日は一段と綺麗に見える。

 

「美咲……」

「何?」

「俺、お前といると楽しい」

「奇遇だね。実はあたしもなんだよ」

 

 汗だらけの体の表面を、肌寒い風がさぁっと吹き抜ける。

 草木が揺れる音が聞こえて、鳥の鳴き声が聞こえて、川のせせらぎが聞こえて、美咲の息遣いが聞こえる。

 寝転がりながら、何もせずに全身でそれを感じる。

 疲れた体だからこそ、よく感じ取りやすい。

 いい汗をかいた後にしか味わえない、最高の疲労感だ。

 

「レン……」

「ん?」

「また遊ぼうね」

「……おう」

 

 ・・・・・・・・・

 

「…………」

 

 ・・・・・・

 

「「……」」

 

 

 ・・・

 

 

「「Zzz……」」

 





 今回のリクエストは『美咲ちゃんと公園で遊ぶシチュ』でした。ちょうど美咲ちゃんの章を書いてたので、勝手ついでに締めくくりとして使わせて頂きました。
 『ヤミマクロン』さん。対戦ありがとうございました。

 美咲ちゃんとの関係が好きって方が多かったので、こんな章や話を書いてみましたが、どうでしたか?
 感想待ってますね。

 次の更新は、作者が暇になったら。

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続編(おまけ)
84.丸山彩と歩くシチュ



 彩ちゃんの話を、書きたくなった。
 それだけ。



 

『ねぇ、レン君。少し歩こうか』

 

 なんてメッセージがいきなりチャットから飛んできたのは、つい先日のことだった。

 本当に、そんなメッセージだけが何の前触れも無く送られてきた。

 

「ねぇ、彩さん。本当に何の目的も無く歩くだけなんですか?」

「そうだよ。もしかして、もっとデートみたいにした方が良かった?」

「いや、そうじゃないですけど……」

 

 そして当日。

 俺は彩さんの1歩後ろをついていく形で歩いている。

 今日の彩さんの服装は白パーカーに黒いシャツにショートパンツと、普段のふわふわ可愛い彩さんにしては珍しい服装だったが、そんなラフな格好も下ろした髪によく似合っていた。

 そんなカジュアルな後ろ姿を見ながら、俺はひたすら彩さんについていく。

 

「お、レン君。あんなところにクレープの屋台があるよ。折角だし食べながら歩こうか。奢るし」

「いいんですか?」

「これでも芸能人だからね。年下の子のクレープ代を出すぐらいの甲斐性はあるつもりだよ」

 

 彩さんは俺の分のクレープを手渡すと、また目的も無く歩き始めた。

 肌寒い風が、俺たちの間を吹き抜けていく。

 クレープを取り出す音と、枯れ葉を踏みぬく足音だけがそこにあった。

 そうして歩いていると、場所は街中から川沿いに変わり、俺の前を歩いていた彩さんは、足を止めて手すりにもたれかかった。

 

「レン君。クレープは美味しかった?」

「……?そりゃあ、美味かったですけど。いちごバナナ味」

「そっか。美味しかったんだ」

「ていうか、彩さんも同じやつ頼んでましたよね?」

「そうだね。確かに君が頼んだクレープはいちごバナナ味で、私が頼んだクレープもいちごバナナ味。そこには何の間違いもない。同じ店で買って、同じ店員さんが、同じ材料を使って、同じ調理器具を使って、同じ手順を踏んで、同じ紙に包んで手渡した、味も食感も何一つ違わないクレープだよね」

「そうですけど……?」

「じゃあ、君のクレープと私のクレープは、同一の存在?」

「……?」

 

 彩さんは一体、何が言いたいのだろう?

 でも……。

 

「同じなんじゃないですか?」

「なるほど、レン君はそう答えるんだね」

「あの、彩さん。禅問答の類がしたいなら、俺じゃ不向きですよ?アホだし」

「そんなに難しく考えなくていいよ。じゃあ、また歩こうか」

 

 色々と聞きたいことは浮かんだが、普段とは違う、どこかクールでアンニュイな雰囲気の彩さんに流されるままに、俺はそのまま目的も無い散歩についていった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 次に向かったのは公園だった。

 今はベンチに2人で腰掛けながら、近くで買ったシャボン玉を彩さんが飛ばしている。

 

「私が食べたクレープと君が食べたクレープは『同一の存在』だと、レン君は言ったね?」

「まぁ、あんなに何もかも同じだったんですから、普通にそうだと思いますけど」

「だよね。仮に私とレン君がクレープを交換して食べさせたとしても、味や食感は何一つ違わない」

 

 そんなことを呟きながら、俺の隣で彩さんはふぅっとシャボン玉を飛ばした。

 大小、様々な大きさの球体がふわふわとその場を漂う。

 変わり映えのしない公園の景色を、透き通った無数のレンズが彩る。

 綺麗だ。そう思った頃には、既にいくつかのシャボン玉があっけなく割れていた。

 

「レン君、歩こうか」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 次に彩さんがふらふらと歩き、辿り着いた場所はCiRCLEのライブステージだった。

 まだ昼過ぎだし、今日はライブの予定も無いので、今のこの場所に騒がしさは無い。

 本来は入れない場所だが、ステージを見たいという彩さんの要望を、まりなさんが無下にしなかった。

 

「やっぱり音楽もお客さんも居ないステージは、寂しい感じがするよね」

「でも俺はこの静けさ、結構好きですよ。ステージがライブに備えて英気を養っているかのような感じというか、静かは静かでも、嵐の前の静けさみたいな」

「私も好きだよ。リハーサル直前とかに、もう少しでこのステージいっぱいのお客さんが、私達の歌を聞きに来てくれるんだって思うと、何だかたまらない気持ちになるんだ。まぁ、その分緊張もしちゃうんだけどね」

「で、その緊張した所を狙って日菜さんが背中から脅かしてくると……」

「そうそう。困っちゃうよね。助かるけどさ」

 

 ライトアップされたステージに、彩さんが腰掛ける。

 ショートパンツからスラッと伸びる綺麗な足が、観客席側に投げ出されてプラプラと揺れる。

 俺は彩さんの正面に立つように、観客席の傍へと寄った。

 

「ねぇ、レン君」

 

 少し上側の視点から、彩さんは俺を見据える。

 

「さっきのクレープの話さ。アレ、人間バージョンで考えてみると、どうなのかな?」

「というと?」

「ある日、私が突然この街から消失するとするじゃん?」

「はい……」

「そして、しばらくしたら私の代わりが現れるの。見た目も、性格も、記憶も、長所も、短所も、何もかもを完璧に模倣した別人が現れたら、それは『丸山彩』なのかな?」

「それは……」

「その『代わり』は、丸山彩と同一の存在と言えるのかな?」

「……」

「それとも、どれだけ完璧に模倣したとしても、所詮それは模倣に過ぎなくて、『本物』と『代わり』にはどうしても超えられない絶対的な壁があるのかな?別物はどこまでいっても別物で、偽物はどこまでいってもニセモノなのかな?」

「……」

「レン君は、どう思う?その『代わり』の女の子は、丸山彩と同一になると思う?それとも、丸山彩は街から消えた私だけ?」

 

 どうだろう?

 彩さんが突然居なくなって、そして彩さんを騙る偽物が現れて、でもソイツは何もかも完璧に彩さんで……。

 

「分かんないです」

「……そっか」

「でも、どっちの彩さんも、『大切にすべきもの』だとは思います」

「大切に?」

「俺は街を去った彩さんを忘れたりはしないです。でも、『代わり』に現れた誰かを、ぞんざいに扱うような真似も、多分、出来ないんだと思います」

「優しいね」

「どうだか」

 

 そりゃあ、そんな状況になったら死に物狂いで彩さんを探すし、『代わり』になった誰かを受け入れることも出来ないだろうが、でも、それがその誰かを大切にしない理由には、きっとならないと思う。

 どこの誰にだって、大切にされる権利はあっていい筈だ。

 

「本物と、本物と区別のつかない偽物、どちらの方が価値あるものか……この問いに君は……」

「『どっちも尊い』……としか答えられないです。優柔不断で煮え切らない答え方だと思いますが」

「いいや。レン君らしくていいんじゃない?」

「ま、偽物如きが彩さんの偉大に辿り着けるかは疑問ですがね」

「でも、偽物が本物に敵わない、なんて道理は無いよ。レン君」

「てか、このよく分かんない哲学みてぇな難しい質問、どう答えたら正解なんですか?俺、的外れなこととか言ってませんか?」

「さぁね。少なくとも正解が存在する質問じゃないよ」

 

 ステージ上のライトに照らされた彩さんが少しだけ微笑んだ。

 

「レン君は、私のこと好き?」

「なんですかいきなり?」

「いいから」

「……大好きですけど」

「見た目が好き?それとも性格が好き?」

「全部ひっくるめて大好きです」

「ふふっ、そっか」

 

 そう言うと彩さんは、また少しだけ笑った。

 

「じゃあレン君。今日はもう解散しようか。休日に長い距離歩かせちゃったのは申し訳ないけど、結構楽しかったよ」

 

 『えいっ』

 なんて可愛い掛け声と共に、彩さんはステージから観客席側へと飛び降り、そのまま俺を置き去りにして扉まで走っていった。

 この感じだと、一緒に帰るという感じではなさそうだ。

 

「なぁ、彩さん」

 

 あのまま解散をしても良かったが、何かを言っておきたかった。

 そんな衝動だけで呼び止めると、彩さんは扉の手前で立ち止まった。

 彩さんは扉の方へ向いたまま振り返ってくれないし、距離も少し遠くなってしまっているが、充分だ。

 

「なんでこんなこと言いたくなったのかは分かんないけど、なんか言いたくなったから言うぞ」

「……?」

「俺は、あんたを覚えておくよ。あんたという人間が居るってこと。この場所で過ごしているってことも、丸山彩が、人々の心に残る程の偉大な『アイドル』だってことも」

「そっか。君は私という存在を、覚えていてくれるんだね」

「あぁ、そうだ。絶対に忘れてやらない」

 

 というよりも、忘れられないのだと思う。

 それほどまでに、魂に刻み込まれた存在だったから。

 

「君は本当にいい子だね」

 

 彩さんがステージの扉を開く。

 

「(ここでお別れか……)」

「大丈夫」

 

 俺がちょっとした寂しさを抱いた刹那、まるでそんな心情を見透かしたかのように、彩さんは振り返った。

 

 

 

「私は死なないよ」

 

 

 それだけを言い残して、彩さんはライブ会場を後にした。

 





 俺には何も出来ないし、何かが変わる訳でもないし、こんなことしても無意味だとは思うけど。
 それでも、俺はあんたのことを覚えておくよ。


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85.二葉つくしとクリスマスの夜なシチュ


 おやぁ?
 どうしてクリスマスのこんな時間にこのページを見ているのですか?

 普通の人なら、恋人や友人と楽しく過ごしている筈なのに、どうしてあなたは薄暗い部屋の中、たった1人でこの画面をお覗きに?

 なんです?「そういうお前はどうなのだ」……ですと?

 ンンンンンンンンンッッ!!
 野暮なことは言わないで宜しいッ!余計なことに気付いた者やクリスマスをじっくり楽しんでからこのページを見ている者は拙僧が1人残らず呪い殺してくれましょうぞ!

 さぁ顕光殿、お目覚めを!急急如律令ですぞ!
 ンンンンンンンンンンンンンンソンンンッッッッ!!




 では、本編はこちらに御座いますれば。

 


 

 クリスマス当日。

 夜の闇と、都会の光が、街の配色を染め上げる。

 電飾を纏った大きな木をバックに、ただ待ち人を待つ。

 

「寒……」

 

 たとえ厚着をしようとも、姉が編んだマフラーが首元を優しく包み込もうとも、12月の気温は、その場から動きもしない人間の体温を容赦なく攻撃してくる。

 

「あいつ、まだかな……」

 

 集合時間にはまだ早い。

 自販機で温かい飲み物を買うことだって出来るし、スマホがあれば退屈な時間だって潰せるが、今日はそれをしない。

 デートの待ち時間は、なるべくあの子のことだけを考えていたい。

 そうやって待ち遠しくなっている方が、会えた時にもっと嬉しい気持ちになるから。

 

「乙女かよ。俺……」

 

 明るさを増す街並みを見ながら、そんなことを呟く。

 はしゃぐ子供、それを後ろで見守る母親、家族へのお土産であろう紙袋をもったサラリーマン、友人同士で楽しそうに話す制服姿の若者、そして手を繋いで歩く恋人たち。

 街中のイルミネーションの明かりが、そんな浮かれた人々を照らす。

 ずっとそんな光景を見ていたからか、目がチカチカしてきた。

 そろそろ眩し──

 

「だーれだ?」

 

 眩しさを感じ始めたと思った矢先、いきなり視界が真っ暗になる。

 冷たくなった指先が俺の目蓋を冷やし、背中には小さな体が押し付けられる。

 まったく、この期に及んで『誰だ』とは。

 俺が君の声を聞き違える訳ないのに。

 

「まだ集合時間15分前だぞ。つくし」

 

 そんなことを言いながらも、俺の声は既に嬉しさを隠しきれずにいた。

 

「だって早く会いたかったんだもん」

「可愛いやつだな」

「えへへ……」

 

 ミニスカートのハイソックスに、冬仕様でモコモコした服装、そこにふわふわした帽子を被った彼女を微笑ましく思いながら、俺は帽子越しにつくしの頭を撫でた。

 すっごい嬉しそう。

 あと超可愛い。

 

「今日の服もめちゃくちゃ似合ってる」

「ふふーん。今日は特に気合入れてきたんだよ?服以外にも色々違いとかつけてみたんだけど、分かる?」

「そうなのか?うーん……」

「まぁ、男の人は分かんないよね」

 

 そう言いながらつくしは笑う。

 

「ところで話変わるんだけど、リップの色変えた?」

「話変わってないんだけど!?」

「だっていつもより大人っぽくなってたし、メイクも普段より色っぽいからさ」

「ううっ、そうだけど……」

「綺麗だよ」

「……!!も、もう!話はこれぐらいにして早く行くよ!イルミネーション見るんでしょ!」

 

 照れたつくしも可愛いよ。

 なんて本音をそっと心に留めながら、俺は足早に歩き出したつくしの後を追いかけた。

 

【二葉つくしのヒミツ】

 『可愛い』より『綺麗』と言われる方が弱い。

 

 

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 先を歩いていたつくしに追いつき、イルミネーションが照らし出す街道を並んで歩く。

 普段は時間も取れないし、せいぜい近場でお茶するぐらいしかやる事が無い俺たちのデートだが、今日は特別。

 

「しばらく歩いて、最後に広場の大きなクリスマスツリーを見て……それから何しよっか?」

「その後の予定は特に無しかな。歩いて気になった所があれば寄ったり、お腹すいたらどっかで何か食べたり……」

「レンさんってデートの予定とかしっかり決めないよね」

「ご不満?」

「そういう訳じゃないけど、私なら最初から最後まで完璧に組むなって」

「それでどこかで上手くいかなくなって空回りするんだな?」

「むぅ。別にいいでしょ?好きな人の前でぐらいちゃんとしたいの。レンさんは違うの?」

「俺は好きな人の前でぐらい気張らずに安心したいタイプなので」

「気が合わないね。でもレンさんのそういうとこ、嫌いじゃないよ」

「俺もつくしの真面目なところは好きだよ」

 

 付き合うようになってそれなりの時間を一緒に過ごしたが、俺たちは未だに2人きりだとすぐに惚気てしまう。

 そして隙あらば好き好き言い合ってしまう。

 流石にもう少し落ち着きのある付き合いをした方がいいかとも思うが、好きなんだから仕方ない。

 美人は3日で飽きるとかいう言葉があるが、つくしの魅力はいつまで経っても飽きない。

 それは何故か。

 当然、つくしが世界一可愛いから。

 

「レンさん」

「んー?」

「手、繋ぎたい」

 

 ほら可愛い。

 でも、上目遣いでおねだりをしてくるつくしを見ていると、なんだか意地悪をしたくなった。

 

「どうして?」

「どうしてって……。ダメなの?」

「ダメとは言ってない」

「じゃあ繋いでよ。彼氏であるレンさんには私の指先を温める義務があるんだから」

「……義務なんだ」

「義務なの」

「なら仕方ないか」

 

 嘘。本当はさっきから繋ぎたくてたまらなかった。

 そして手を近づけた時、つくしが呟く。

 

「レンさん」

「どうした?」

「私、女の子だし、男の人よりも冷え性で、レンさんよりも指先とかがすぐに冷たくなっちゃうんだ」

「そっか」

「だから、これからも、今日みたいな寒い日の夜になったら……私の手を温めてくれる?」

「寒くなくても温めてやるよ。いつまでもさ」

「レンさん……」

 

 冷え切ったつくしの小さな指先に、俺の指先が重なった。

 こうして俺たちはいい雰囲気に──

 

 パチンッ!(静電気)

 

「「痛った!!??」」

 

 

【冬の恋人あるある】

 一切の前触れも無く迸る雷の呼吸。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「自分の恋人に向かって雷の呼吸なんて信じられない!」

「いや、多分放電したのはお前の方だと思うぞ。モコモコしてるし」

 

 俺とつくしは煌びやかな街道を歩きながら口喧嘩をしていた。

 ……当然、恋人つなぎをして。

 

「というか、指先が冷えるなら手袋すれば良かったのに。持ってないのか?」

「持ってるけどそれはダメなの」

「俺、買ってやろうか?」

「ヤダ」

「なんで?」

「ヤダったらヤダ」

「えぇ……」

 

 つくしはそっぽ向いて答える。

 

「だってそんなことしたら、レンさんに直接触れないじゃん。手袋じゃなくて、私はレンさんに温めて欲しいの」

「……」

 

 少し赤らんだつくしの頬を見て、彼女がそっぽ向いた理由が分かった。

 

「あのさ、つくし」

「なぁに?」

「抱き締めていい?」

「今は人通り多いからダメ。邪魔になっちゃう」

「むぅ……」

「こら。我慢しなさい。私だってぎゅーしたいの」

「分かってるよ」

 

 つくしは子供っぽいところもあるが、こういうところは俺よりもしっかりしてる。

 年下のくせに理性的だ。

 

「でも、ツリーの場所に着いたら、人通りも止まるだろうし、そこなら邪魔にならないからさ……」

「ハグしていいのか?」

「それはダメ」

「えぇ……」

「ハグだけじゃ、ダメ」

「えっ?」

 

 恋人つなぎをしたまま、つくしは更に片手で俺の腕を掴み、全身で引き寄せる。

 歩くペースが少しだけ乱れた。

 厚手の服越しに、つくしの小さな乳房の感触が伝わってくる。

 

「着いたらさ……。キス、しよっか……」

「外だぞ?」

「いいもん」

 

 どうやらつくしも、思ってたより理性的ではなかったらしい。

 赤らんだ顔を隠して腕の締め付けを強めるつくしを見ながら、俺はそんなことを考えたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 しばらく2人で仲良く歩いていると、街道のそれよりもひと際強い輝きを放つ大きなクリスマスツリーを見つけた。

 頂点には大きな星の飾りがあり、それを中心に何色もの煌めきが螺旋を描いてツリーを彩る。

 そんなツリーを中心に、この場所は様々なイルミネーションがひしめき合っている。

 トナカイを始めとする動物のオブジェ、ピンク色に光るハート型のフォトスポット。

 

「あ、雪……」

「ほんとだ」

 

 夜の闇の中に、ツリーを中心とする何色ものイルミネーションの光が交わり、粉雪の白が更に交わる。

 恋人と冷えた手を繋ぎながら、その幻想的な光景に息を吞む。

 

「驚いた。前々から綺麗だとは聞いてたけど、ここまでとは」

「この景色を見れただけでも、来てよかったね」

「そうだな。よし、折角だし写真も撮るか」

 

 繋いだ手を離して、2人でツリーの前へと並ぶ。

 

「やっぱ下から撮らないとツリー全体が映らないな」

「スマホ、縦向きの方がいいんじゃない?待ち受けにできるし」

「待ち受けにすんの?」

「いいでしょ別に」

「じゃあもう少しくっついてくれ。縦向きのインカメ狭いんだよ」

 

 つくしの肩を抱き寄せる。

 

「レンさん」

「何?」

「ぎゅ」

 

 抱き寄せられたのをいいことに、つくしは俺の胴体に手を回し、更に強くくっついてくる。

 お、いい感じに収まった。画角も申し分ない。

 

「撮るぞ」

「はーい」

 

 シャッターの音と共に、ツリーの前で抱き合うカップルの姿が撮影される。

 傍から見たら引くぐらいの浮かれっぷりだ。

 

「よし、撮れたぞ」

「うん」

「もう離れていいんだけど」

「ぎゅーしたいって言ったじゃん」

 

 俺に腕を回しながら、つくしが俺の正面に移動し、上目遣いで俺を見つめる。

 

「今は人通りも邪魔してないし、いいでしょ?」

「でも、人目多いし」

「迷惑かけてないじゃん」

 

 よほど我慢してたのだろう。最近は会えてなかったし。

 そうだ。これは仕方ないことなのだ。

 

「そうだな。いっぱいハグしよう」

「キスは?」

「……」

「ちゅー、しないの?」

「人目が──」

 

 つくしの冷えた人差し指が、俺の唇を塞いだ。

 

「ねぇ……」

 

 頬を朱に染め、瞳をとろんとさせながら、上目遣いで彼女が呟く。

 

「しよ?」

 

 心臓が跳ねる感覚を覚えて、俺も理性が効かなくなった。

 

「つくし」

「?」

「……いいよ」

 

 胴体に回っていたつくしの腕が、俺の首へと回される。

 背伸びをして、俺に寄りかかったつくしの体の重みが伝わってくる。

俺はその重みの正体に腕を回して抱き締める。

 

 chu-♡

 

 強く、強く、抱きしめる。

 背伸びをしたつくしをそんな強さで抱き締めたせいで、唇が重なる。

 小さくて柔らかいつくしの唇を、しっとりしたリップの感触が覆っていて、それがたまらなく気持ちよかった。

 

「はむ、ちゅ……」

 

 今日のつくしは、やけに強く俺のことを求めてきた。

 息継ぎも忘れて、俺の唇を何度もついばんでくる。

 

「んんっ……」

 

 鼻腔を襲う感覚にクラクラしてくる。

 髪からのシャンプーの香り、服に着いた柔軟剤の香り。

 そしてほのかに漂う、つくし自身の、女の子の匂い……。

 目を瞑ってしまっているせいで、それをより強く感じてしまう。

 

「(しかも、当たってるし……)」

 

 俺の胸板に押し当てられる、つくしの乳房……。

 小さな、胸。

 強く抱き締められたせいで、服越しなのに柔らかさがはっきりと伝わってくる。

 背伸びで姿勢が安定しないのに、つくしが何度も求めてくるせいで、その柔らかさがふにふにと形を変えて押し付けられる。

 

「(レンさん、レンさん、レンさん……)」

「(ヤバい。これ以上やったらおかしくなる……)」

 

 つくしの柔らかい唇に侵されて、蕩かされる。

 舌も絡めていないのに、唇がふやけるぐらいの激しさで迫られる。

 

「はむ、んっ……」

「んっ、ちょっ、こら……!」

 

 気持ちよくなってしまうのをなんとか堪えて、俺はつくしの腕を引き剝がす。

 

「レンさん、もっと……」

「ダメだってば」

「なんで……?」

「人目。ここツリーの前だぞ」

「やだ。おかわり……」

「もう……」

 

 お得意の上目遣いで求められて理性が飛びそうになるが、ここで心を鬼にしないと本当に色々と引っ込みつかなくなる。

 ただでさえお互いに我慢して溜まっているのだ。どこまで暴走するか分かったものじゃない。

 こんな場所で限度を超えてもつくしが後悔するだけだ。

 

「つくし、ちょっと痛いぞ」

「へっ?」

 

 ペチッ(デコピン)

 

「はうっ……」

 

 首に回されていたつくしの腕がようやく離れ、今は痛そうに自分の額を押さえている。

 

「レンさん……」

「何?」

「ありがと」

「もう正気?」

「うん。やり過ぎた。人前なのに」

「俺も受け入れ過ぎたよ。後で叩いていいから」

 

 ふやけた唇を拭きながら、俺も反省する。

 どうもこの手の感情はコントロールが難しい。

 お互いに経験が少ないとその辺りが難儀でいけない。

 

「レンさん」

「何?」

「ごめんなさい……」

 

 意気消沈。

 ガラにもなく暴走してしまった自分に色々と思うところがあったのだろう。

 

「つくし」

「?」

「これ、おかわりな」

 

 chu-

 

 つくしの頭を撫でながら、デコピンを当てた場所にキスをした。

 

「へっ……!?」

 

 さっきまであんなに強く俺を求めてきたくせに、この程度の攻撃でつくしは目をまんまるにして固まっていた。

 何も出来ずに瞬きの回数だけが増えたつくしを、鮮やかなイルミネーションの光が照らしていて、それが少しおかしかった。

 

「ふふっ、変な顔」

「えっと、あの……」

「キスされたことは嬉しかったよ」

「はい……」

「じゃあ、長居しても邪魔になるし、そろそろ行こう。帰りは2人でたい焼きでも買おうぜ」

 

 最後につくしの頭をくしゃくしゃと撫でて、俺はつくしを待たずに歩き始めた。

 

「待ってよレンさん!手ぐらい繋ご!」

「はいはい。さっさと来い」

 

 さっきまでの甘ったるい雰囲気はどこへやら。

 待ってる俺に急いで駆け寄ってくるつくしの姿は、まるで妹のように愛らしかった。

 そして隣に並んだ後も、俺とつくしは仲良しな兄妹のように、お互いの手を──

 

 

 パチンッ!(静電気)

 

「「痛ったぁ!!」」

 

 すぐに握り合うことはなく、ツリーの前でイチャつき過ぎた俺たちは、こんな形で天罰をくらうことになったのだった。

 





 去年はクリスマスのシチュを書けませんでしたので、ここで一筆。
 去年と同様、今回は作品の感想と共に世間への愚痴も書いて頂いて構いませんので、どうぞご遠慮なく。

 そして、本日よりバンドリのハメ作家界隈では『冬のバンドリ祭』なるものが開催されておる模様。
 好き勝手に書くだけの拙僧にとっては、いまいちこの手の集まりや作家同士の交流などは縁遠いものではありますが、読みやすい作品なども多い故、時間があれば是非ともご検索をされると宜しい。
 もしかしたら良き出会いがあるかもですぞ?

https://syosetu.org/search/?word=%E5%86%AC%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E7%A5%AD&gensaku=%E5%8E%9F%E4%BD%9C%EF%BC%9ABanG+Dream%21&type=0&mozi2=&mozi1=&mozi2_all=&mozi1_all=&rate2=&rate1=&soupt2=&soupt1=&f2=&f1=&re2=&re1=&v2=&v1=&r2=&r1=&t2=&t1=&d2=2022%2F12%2F24&d1=&mode=search&page=1

 それでは皆々様。よき聖夜を。

 PS.美咲ちゃんの過去編、流石に色々と好き勝手にやり過ぎてたように思います。反省。


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86.花咲川の卒業生と色々話すシチュ


 ちょっと最近めちゃくちゃ忙しくなってるけど、周年が来る前に一筆。

 流石にこれだけは書いとこうと。



 

【卒業式後、花咲川の中庭】

 

 三月とは思えないような暖かな小春日和の中、花咲川の卒業式は多くの想いを乗せて執り行われた。

 涙する者、微笑む者。

 卒業生も在校生も、今日という日に対して三者三様の表情を見せている。

 温かな風が吹き抜けるこの中庭は、いつもとは違う空気が流れていた。

 そんないつも通りとは言えないような花咲川の中庭で俺はというと……。

 

「千聖さんと花音先輩、春から同棲するってマジなんすか!?」

「なんで先輩の卒業式当日でテンションいつも通りなのよ!」

「まぁまぁ。千聖ちゃん……」

 

 卒業ムードのちさかのにウザ絡みして千聖さんから引っぱたかれていた。

 

「だってあの千聖さんと花音先輩が誰にも邪魔されずに!一つ屋根の下で2人っきりなんて絶対何かあるじゃないですか!」

「何も無いわよ!」

「とか言いつつ家の中で2人っきりなのをいい事に花音先輩の膝枕を独り占めするつもりなんだろ!?」

「しないわよそんなこと!」

「一緒にお風呂入ってキャッキャウフフするんだろ!?」

「する訳無いでしょ!」

「とにかく何かと理由付けてイチャイチャするんだろ!」

「しないって言ってるでしょ」

「しろよイチャイチャぐらい!!」

「どう答えたら正解なのよ!」

 

 どうやらゴシップネタの類は無いらしい。

 どうやら大きな進展は無いようだ。少なくとも『今はまだ』。

 

「あはは……。みんな結構しんみりした雰囲気の子たちが多いけど、レン君はいつも通りなんだね。なんだか安心しちゃうな」

「そうですか?」

「うん。元気そうな顔が見れて嬉しいよ。もしかして、あんまり寂しくない?」

「わざわざ分かり切ったこと聞かないでくださいよ花音先輩」

 

 そんなの、そんなの……

 

 

「めちゃくちゃ寂しいに決まってますよ。当たり前じゃないですか」

「レン君……」

「でも残念でしたね。俺、卒業生は笑って送り出すって決めてるんで、態度には出しませんよ」

 

 当然だ。

 寂しい時ぐらいちゃんと『寂しい』って言うようにはしてるが、それはそれとして、俺の手は去り行く誰かを引き止めるためのものじゃない。

 この手は未来へ突き進む誰かの背中を押すためのものだから。

 だから、これが俺なりの手向けだ。

 

「まったく。なにが『態度には出さない』よ。強がってるだけなんじゃない」

「うん。でも、レン君がそうしたいなら、きっとそれが一番なんだよね」

 

 あぁ。やっぱり優しいな。俺の先輩は。

 

「レン君」

「はい」

「卒業しても、また会おうね」

「ですね。花音先輩とは、まだまだいっぱい話したいですし。千聖さんとの愛の巣も気になりますし」

「愛の巣では……ないけどね……」

 

 ちょっと引き気味ではあるが、花音先輩はそう言った後にしっかり俺と握手を交わしてくれた。

 

「レン」

「はい」

「もう今更多くは言わないわ」

 

 俺の肩に手を置いた千聖さんからのメッセージは、シンプルなものだった。

 

「進級しても、しっかりやりなさい」

「当然です。俺も応援してますからね」

「えぇ。後輩にも恥じない背中を見せるわ」

 

 そんな言葉の交わし合いの後。

 騒がしい花咲川の中庭で、俺と千聖さんは誓いのハイタッチを響かせたのだった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「燐子さん、卒業おめでとうございます。答辞、感動しました」

「うん。こっちこそ……来てくれてありがとね。レン君」

「ありがとうだなんてそんな。俺はお礼を言われるようなことなんて……」

「そんなことないよ。ここ最近忙しかったのに。卒業式の準備までしっかりやってくれたんだもん」

「先輩たちの晴れ舞台なんですから当然ですよ。それにここ最近忙しかったのは燐子さんの方じゃないですか?」

「じゃあ……ここ最近のレン君の予定、聞かせてみてよ」

「いや、別に大したことはないですけど──」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 ここ最近の俺のスケジュールなんて、せいぜいこんなもんだ。

 

 ↓以下、レン君がココ最近で忙しかった様子をダイジェストでお送り致します。

 

 

「よ~~~っしバレンタイン特集脱稿~~~ッ!!…………ん?透子から?」

 

 ・・・

 

「ふざけやがって。なんでもっと早くこの写真を寄越さなかったんだよ。また作り直しだ……。──確かにつくしの写真は可愛いけどさ」

 

 ただでさえ取材続きでおかしくなりそうだったのに更に仕事が増えたり……。

 

 

「ねぇレン」

「なんだよ美咲。俺、今眠たいんだけど」

「いや、最近バイトと取材で忙しそうだけど、あんた勉強とか大丈夫なの?」

「なんで勉強?」

「なんでって。そろそろ定期テストじゃんか。まさか忘れてたの?」

「ファッ!?!?」

 

 まるっきり放っぽりだしていたテスト勉強に大急ぎで手を付けたり。

 

 

『先輩!大変です!!』

「はぁ!?AfterglowがRoseliaに宣戦布告!?ツーマンライブの準備があるから手伝え!?なんだその面白アツい展開!いいぜいいなオイ!照明でもスモークでもバンバン手伝ってやるよ!おいロック!あのボーカル(バカ)2人に伝えとけ。急いでインタビューするから首洗って待ってろってな!」

 

 どっかのボーカルに振り回されたり。

 

 

「どうした香澄。えっ?花女の卒業生の応援ライブ?いやお前。『応援』ライブだったら俺が手伝わない訳にはいかないだろうが。任せろ舐めんな。こちとら現役でライブハウスのスタッフやってんだぞ?」

「ありがとうレン君!あと、もう1つ頼みたいことが──」

「告知だろ?急いで記事に落とし込んで掲示板にぶち込んでやる。内容は日時と……いや、日時はまだ決まってねえのか。じゃあ取り敢えずスタッフの募集と参加者の呼び込みだな。あとは、学校に来ない3年生への告知を……いや、その辺りは有咲と話し合う方がいいか」

「ありがとう!あと、レン君もステージ上がって何か弾いて貰うから!」

「は?」

「じゃあ私、別の子もスカウトしてくるね!」

「おい、ちょっと待て。これ以上の仕事量は脳がパンク──」

「練習しといてねぇーーーー……!!」

「おいコラ人の話は最後まで──あぁもう!香澄~~~!!!」

 

 どっかのボーカルに振り回されたり。

 

「なぁ美咲!有咲!流石に俺も演者としてやるのは無理なんだって!!スタッフとしては参加できるし応援したい気持ちもあるけどこれ以上のタスクは流石に──」

 

【ライブ当日】

 

『真っ白な景色に今、誘われて』~~~♪(レン)

『僕は行くよ。まだ見ぬ世界へ』~~~♪(香澄)

『『Wow……』』

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『やることが……やることが多いッ!!』

 

 上記の他にも、バレンタインチョコを渡したいのに勇気が出なくて困ってる女の子たちの背中を押してやったり、つくしから貰ったガトーショコラにドギマギしたり、Roseliaのツアー最終日を観に行った時にまりなさんの隣でボロッボロに泣かされたりもして、とにかく俺は色んな場所で動き回っていた。

 つまり──

 

「ま、大したことないっすよ」

「レン君、今日は……帰ったらゆっくり休んでね……」

 

 まぁ、みんなの為にやってる仕事は苦でもないのだが。

 

「レン君は、本当に頑張り屋さんだね」

「そうですか?」

「うん。そうやって誰かを支えるために頑張っている君の姿は……本当に、素敵だと思う」

「……それは、どうも」

「頑張る誰かの応援し、頑張る誰かのために頑張る。私は君のそんな在り方が、本当に大好きだよ」

「やっ、やめてくださいよ燐子さん。照れちゃったらどうするんですか」

「もう照れてるよ」

「むぅ……」

「ふふっ」

 

 あぁ、やっぱり敵わないな。この人には。

 

「レン君」

「はい」

「これから色んな事が変わっていくと思うけど、その在り方は大事にしてね」

「当たり前です。みんながくれた、俺の生き方ですから」

「うん。それなら……よかった」

「燐子さんこそ、『小さな一歩』の踏み出し過ぎで変わり果てちゃったりしないでくださいよ?大学デビューでパンクになった燐子さんとかイヤですからね?」

「流石にソッチ系の一歩は踏み出さないと思うけど。でも、そうだね……」

 

 燐子さんはそう言うと、俺の胸に人差し指の先をトンと当てた。

 

「もし私が何か新しい何かに挑戦する勇気を持てなかったら……その時は応援してくれる?」

「当たり前です。停滞からは何も生まれませんからね。『逃げたら一つ、進めば二つ』です」

「ありがとね。やっぱり何かに迷った時、私はそこから逃げる自分より……そこから『小さな一歩』を踏み出せる自分でいたいから」

「カッコいい」

「みんなのお陰だよ」

 

 こんな時でも燐子さんは、最後まで周囲への感謝を忘れなかった。

 そしてそんな先輩の姿に、俺の尊敬の念はいつまでも消えなかった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「彩さん……」

 

 ・・・

 

「ねぇ、彩さん」

 

 ・・・

 

「彩さん、ねぇってば」

 

 ・・・

 

「いい加減、泣き止んでくださいよ」

「だっでぇぇぇ~~~っ!!」

 

 丸山彩、俺の憧れの先輩であり、恩人であり、人生の師匠とも呼べる人であり、カッコいい時は誰よりもカッコいいが、カッコつかない時はとことんカッコつかない。

 そして今日はとことん泣きじゃくってるらしいので、会ってから速攻でハンカチを渡した。

 

「ごめん。ありがと。落ち着いた」

「いいですよ。彩さんの泣き顔も、それはそれで見ごたえありますし」

「放っといて」

「はいはい」

 

 ちょっぴり充血した目を拭いながら、頬をぷくっと膨らませて彩さんが抗議してくる。

 可愛い。

 

「「……」」

 

 お互い、なんとなく黙ってしまう。

 でも気まずさは無い。

 少し目を合わせると、彩さんはおかしそうに微笑んだ。

 

「なぁ、彩さん。……ありがとな」

「……どうしたの?いきなり」

「あんたは何があっても諦めない。泥くささの塊みたいな女だ」

「……」

「あんたには色んなことを教わった。誰かと真っ直ぐ向き合うことの大切さも、物事を絶対に諦めないことの重要さも……」

 

 ・・・

 

「俺も泥くさく生きてやるよ。あんたの言葉と、あんたの生き様が教えてくれたように」

「言うようになったじゃん。友希那ちゃんと上手く話せなくて屋上でウジウジ悩んでた豆腐メンタルのレン君はもう居ないの?」

「そりゃ居ないよ。どっかの誰かさんのお陰様で」

「ふふっ、それもそっか」

「あぁ。だから心配すんなよ。彩さんが卒業しても、彩さんの在り方は俺が……いや、俺たちが覚えている」

 

 俺の言葉を、彩さんは微笑みながら確かに受け取ってくれたようだ。

 

「レン君」

「はい」

「本当に、ありがとう」

「俺も、彩さんには感謝してもしきれないです」

「また、焼き肉行こうね」

「その時は誘ってください。時間空けるんで」

 

 彩さんは卒業する。

 俺たちのすぐ近くから、俺たちの知らない場所へ行ってしまう。

 でも、また会える。

 

 たとえ離れても、この感謝が、この約束が、この記憶が、また俺たちを繋ぐのだ。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「レンさん」

「ほあっ!?」

 

 紗夜さんのことを探し回っていた折、不意に背後から冷たい缶コーヒーが首筋に押し当てられ、割と人目が多いのに変な声が出てしまった。

 

「もう。紗夜さん」

「ふふっ、どうしましたか?」

「……いや、その、なんでもないです」

 

 そんな顔されたら何も言えないだろ。紗夜さんのばか……。

 そんな文句を飲み込みながら、俺は紗夜さんから缶コーヒーを受け取り、そのまま2人でベンチに腰掛けた。

 

「取り敢えず、卒業おめでとうございます。紗夜さん。色々、お疲れさまでした」

「えぇ。あなたも。お仕事お疲れ様です。まだやる事はあるのでしょう?」

「そうですね。方々で卒業生の写真撮ってあげたり、沙綾に頼んでた卒業式の写真も回収しなきゃですけど、まぁ、忙しないのはいつも通りですよ。退屈しないのはいいことだ」

 

 それに学校を出てもCiRCLEのスタッフとして先輩方の卒業パーティの準備をしなきゃだし。

 うん。相変わらずだ。

 

「レンさんは、私たちが出会った初めの頃を覚えていますか?」

「……覚えてますよ」

「あの頃は生意気な少年だったわね。悪い目つきでそこら中を睨みつけて、それでも何かにずっと必死で」

「そうですね。紗夜さんにもいっぱい迷惑かけちゃいましたよね」

「そうね。放課後の図書室、年下の分際で敬語も使わず噛みついてきたり……」

「ふぐっ……」

「あなたが奥沢さんと羽丘に殴り込んで、自習中だった教室の扉を蹴り壊したなんて苦情が入った時は、比喩表現抜きで頭を抱えたわ」

「うぐっ、いや、美咲は悪くないですから……」

「自覚があるかは知りませんが、結構な問題児だったんですよ。あなた」

 

 迷惑かけてんなぁ。俺。

 

「それで、そんなレンさんも春から3年生……。すっかり頼もしくなったわね」

「ふふーん。そりゃあ紗夜さんの教え子ですから」

「そうね。3年になって私が居なくなっても、ちゃんと勉強に精を出すのよ」

「紗夜さん……」

 

 ・・・

 

「それはちょっと……」

「こら」

 

 紗夜さんがむすっとした。

 可愛い。

 

「まぁ勉強面はともかく」

「『ともかく』じゃないわよ」

「紗夜さんから受けた恩は、これからも忘れないつもりです」

「レンさん……」

「忘れませんよ。あの時の図書室で言ってくれた言葉も、ライブで見せてくれたカッコいい表情も、……そして、ポテト不足に怒り狂った腹いせに、校舎のコンクリート壁へ放った……えげつない一撃も」

「最後は忘れてくれていいのですが……」

「とにかく、紗夜さんからしてもらったようなことを、後輩や他の誰かに出来るような人間になれたらなって、思います」

「……もう。本当に頼もしくなったんだから。これからの花咲川は任せたわよ」

 

 そう言って紗夜さんが優しく微笑む。

 俺は紗夜さんのこの表情が、本当に好きだ。

 

「それにしても、最後まで泣かなかったのね。あなたは」

「……泣かずに笑って送り出す、これがあんたとの約束だったからな」

「少しぐらい寂しがると思っていたわ。あなたはお姉さんに似て寂しがり屋だから」

「まぁ、寂しくないって言えば嘘になるけど、でも、今生の別れって訳じゃない。立ってる場所が違っても、みんな心で繋がっちまってんだ。離れ離れになったとしても、心のどこかで傍に居るんだよ。だから、まぁ、なんつーかよ……」

 

 俺は飲みかけの缶コーヒーを、紗夜さんに突き付けて言い放つ。

 

「大学行っても頑張れよな。紗夜さん!」

「えぇ。言われずとも……!」

 

 カンッ!

 

 騒がしさの残る中庭で、缶コーヒーの打ち付ける音が響く。

 この応援が、少しでも彼女たちの力になってくれるなら、嬉しく思う。

 俺に出来ることなんて、応援することぐらいだけど、この応援に賭ける熱量だけは誰にも負けない。

 

 これからも応援してるぜ。俺の、いや……。

 

 

 『俺たち』のヒーロー!!!

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 紗夜さんとコーヒーを打ち付け合った後、しばらく2人で雑談に興じていると、燐子さんがこっちに向かって走ってきた。

 

「すいません!匿ってください!」

「燐子さん?」

「白金さん?どうしたんですか。そんなに必死な形相で」

「大変なんです。戸山さんと弦巻さんが、生徒会長として頑張った人だからみんなで私を胴上げしようって……」

「なるほど、それはまた……」

「うん。だから、ちょっとだけ匿って──」

 

 それはまた……随分と『面白れぇ』ことになったものだ。

 

「燐子さん」

「なに?」

 

 ガシッ!!

 

 悲しいなぁ。

 燐子さんとも長い付き合いだから、俺がそんなこと言われたらどんな反応をするかぐらい、理解してくれてると思ったのだが。

 『匿え』だなんて言うなよ。寂しいだろ燐子さん。

 

「あの、レン君?」

「Gotcha!(捕まえた)」

「あぁ……(絶望)」

 

 でもさすが燐子さん、俺の表情と態度を見た瞬間に全てを悟ったようだ。

 

「あの、氷川さん……」

「なんですか?」

「いや、どうか風紀委員長として、レン君たちを……」

「白金さん、残念ですがもうその肩書きと腕章は私には無いんです。卒業生ですから」

「……えっ」

 

 まぁ、つまり……。

 

「安全第一ではありますが、なるべく高くまで吹っ飛ばしますね」

「おいお前ら捕まえたぞ!!みんなで胴上げだぁぁぁ!!!」

「ヒイィィィィ……!!」

「みんな!!燐子先輩があんなところに!」

「総員、囲めぇぇぇ~~~!!!」

 

 やっぱり花咲川は、しんみりするよりも、ちょっと元気で騒がしいぐらいが丁度いい。

 そんなことを考えた頃には、既に燐子さんは在校生たちによってもみくちゃにされていた。

 こうして花咲川の卒業式は、相変わらずの騒がしさで幕を閉じたのだった。

 

「「「「「「白金燐子!!バンザーイ!!」」」」」」

 

「「「「「「生徒会長!!バンザーイ!!」」」」」」

 

「キャアアアアアアアァァァァーーー!!!」

 

 そして花咲川の中庭では、生徒たちの元気な掛け声と、燐子先輩のシャレにならない悲鳴が、いつまでも響き渡ったのだった。

 





 ガルパの3年生の皆さま。
 ご卒業おめでとうございます。

 皆様の未来が、どうか輝きに溢れたものであらんことを。
 未来、最高! イェイ イェイ!

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