碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする (nam3)
しおりを挟む

第壱話 知人であり、知人でない娘

葛城ミサトは目に涙を溜めて、床に置かれた初号機のエントリープラグへ向かって走っていた。

 

第12使徒のディラックの海へ取り込まれた初号機は、本来絶無、あり得ない暴走を起こして帰ってきた。だが、中のパイロットまでが無事とは限らない。

 

ミサトはエントリープラグを開け、叫ぶ。

 

「シンジくん!!」

 

……その中に、彼はいた。

 

サードチルドレン、碇シンジ。目蓋を閉じて眠っているが、少し呼吸する声が聞こえる。

そのことに安堵した彼女は、塞き止めていた涙が一気に溢れだした。

 

「シンジくん……」

 

その時だった。

 

ミサトはふと、シンジの隣にもう一人寝ていることに気がついた。ここは、エヴァのエントリープラグ内。絶対にシンジ以外の人物がいるはずないのに……?

 

「こ、この子って……」

 

ミサトはその人物の姿を見て、思わず絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……病室。

 

シンジがゆっくりと眼を開けると、そこには見慣れた天井が映された。外からはみんみん蝉の声が忙しく聞こえており、病室内には眩しい日差しが入り込んでいた。

 

「……またこの天井だ」

 

少しばかり苛立ちを含んだ声で、彼は呟いた。上半身を起こし、微睡んだ眼を擦る。

 

「あの……」

 

右隣から、声がした。なんだろう?と思いそちらへ眼をやると、女の子がシンジと同じようにベッドへ寝かされていた。彼女も上半身を起こして、こちらを見ている。

 

「はい……なんですか?」

 

寝ぼけた頭で返事をする。

 

ところが、シンジの頭がだんだんと冴えてくると、隣の少女の顔に違和感を持った。

 

(どこかで見たような顔だ……。いや、見たようなっていうか、しょっちゅう見ているような……)

 

そのようなことを考えていたら、少女の方が先に話し始めた。

 

「あの、あなたは……私の兄弟、なんですか?」

 

「え?」

 

「だって、顔が……」

 

そう言われて、シンジもはっとした。少女の顔が、自分にそっくりだったのである。

 

双子かと思えるくらいにそっくりな二人は、互いの顔をマジマジと見つめながら、質問しあった。

 

「君は……誰?」

 

「私は碇レイだけど……あなたは?」

 

「ぼ、僕は碇シンジ……」

 

「……お父さんの隠し子、とか?」

 

「隠し子?」

 

「お父……碇ゲンドウの隠し子さん、なの?」

 

「いや、別に隠されてはいないけど……」

 

「「………………」」

 

言葉に詰まった二人の元に、ミサトとアスカ、綾波とリツコの四人が病室に訪ねに来た。

 

「え!?うそ!?」

 

アスカは碇レイを見た瞬間、感嘆の声を上げて彼女のもとへ駆け寄った。

 

「スゴいわねー!ホントにバカシンジにそっくりじゃない!」

 

「ア、アスカ?何言ってるの?」

 

「何よアンタ?私のこと知ってるの?」

 

「知ってるも何も、いつも一緒に暮らしてるでしょ?」

 

「はあ?」

 

「え?だって……え?アスカは弐号機パイロットで、私は初号機パイロットで……一緒にミサトさんのところで……」

 

「………………」

 

アスカも碇レイも、ぽかんと相手の顔を見つめるばかりだった。

 

「ねえリツコ、これって……」

 

ミサトが救いを求めるようにリツコへと尋ねる。リツコはシンジと碇レイの顔を交互に見ると、彼女の方に何点か質問を始めた。

 

「あなたの名前は?」

 

「い、碇レイ、です」

 

「年齢は?」

 

「14歳……」

 

「私が誰か分かる?」

 

「そりゃ……当然、赤木リツコ博士」

 

「ミサトのネルフでの役割は?」

 

「使徒と戦うための作戦を練ること」

 

「通ってる学校は?」

 

「第3新東京市立第壱中学校」

 

「直近で戦った使徒の攻撃方法は?」

 

「えーと……黒い海みたいなところに引きずり込むみたいな……そんなやり方でした」

 

……それからもいつくか質問を行った。リツコはふうとひとつため息をつくと、「これはあくまでも仮説だけど」と前置きを入れた後に、こう話し始めた。

 

「碇レイさん、あなたは……パラレルワールドから来た可能性が高いわね」

 

「パラレルワールド……?」

 

「こことそっくりな、だけど少し異なる世界線……つまり、碇シンジが男性でなく女性だった場合の世界ってことね」

 

「な、なんでそんな、いきなり……」

 

「あなたとシンジくんは、使徒の展開したディラックの海を一定期間さ迷った。その間に、異なった世界線同士が混じりあい、あなたはこっちの世界へと迷い込んだ。完全な憶測だし、なぜそうなったかなんて不明瞭も良いとこだけど……おそらく、一番可能性が高いのはこれね」

 

「…………」

 

不思議な状況に面食らっている碇レイは、顔をうつむかせ、しばし呆然としていた。そんな彼女を、綾波が静かに見つめていた。

 

(レイ……私と同じ名前)

 

綾波は自分と彼女が同じ名前であること、その理由をおおよそ把握していた。

 

「あの……すみません」

 

不安そうな瞳で、碇レイはリツコへと尋ねる。

 

「私は、もとの世界へ戻れるんですか……?」

 

「今のところじゃ、何とも回答し難いわね。第一パラレルワールド自体、私の仮説に過ぎないんだから」

 

「……そうですか」

 

レイは眼を伏せて、下唇を噛む。それを見ていたアスカが、彼女に向かってこう告げた。

 

「しっかし、バカシンジの女版とはね~。ま、ウジウジした性格は女の子の外見の方が似合ってるかもね」

 

「「ひ、酷いよアスカ……」」

 

その時、シンジとレイの言葉がハモった。困り眉の表情も実にそっくりだった。

 

「やば!アンタら本当に双子みたいよ!サーカスに出なさいよサーカスに!」

 

「も~、アスカってこっちでもアスカなんだね」

 

「何よそれ!?どーゆー意味よ!!」

 

碇レイは呆れたように、しかしちょっぴり嬉しそうに笑った。それを確認したアスカも、少しだけ微笑んだ。

 

 

 

……その後、彼女は一旦全身をくまなく精密検査をさせられることになり、安全と分かればミサト宅へ住まわすことになった。

 

彼女が訪れた最初の一日目は、こうして過ごされていった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第弐話 そっくりな私たち

……数日後。

 

夕暮れの中、碇レイはシンジたちに連れられて、ミサト宅へと出向いていた。服はプラグスーツしか彼女は持っていないため、アスカから学校の制服を借りている。

 

「ただいま」

 

「はーっ!ようやく帰ってこれたわ!もうくたくた!」

 

「さーて、ビールビ~ル~♡」

 

扉が開き、家の中へと入るシンジ、アスカ、ミサト。

 

「………………」

 

だがレイは、その玄関の前で立ち止まった。

 

「……?どうかしたの?」

 

冷蔵庫からビール缶を取り出したミサトが彼女へ尋ねると、レイは伏し目がちに「いえ、大丈夫。なんでもないです」と告げて、家へと入った。

 

「ただい……お邪魔します」

 

「あら、ただいまでいいのよ?」

 

ミサトが早速缶に開けて、それに口をつけながら話す。

 

「いや、その、一応私の知るミサトさんのおうちじゃないし、そもそも私はここの家じゃ部外者だし……」

 

「そんなこと気にしなくていいのよ~?ほら、性格が同じはずなら、きっと向こうの私も同じことを言ってると思うわよ?」

 

「……!」

 

 

『レイちゃん、ここはあなたの家なのよ?』

 

 

そう、初めてレイがミサトの家に上がった時、確かにそう言われた。レイは、どこの世界線であっても、ミサトさんはミサトさんなんだという事実に、少しだけ嬉しくなった。

 

「……あ、あの」

 

照れ臭そうに頬を赤くして、レイは言った。

 

「た、ただいま」

 

「お帰りなさい」

 

ミサトの笑顔が、彼女を出迎えた。

 

 

 

「じゃあ、夕飯を作りますね」

 

「はいはい!シンちゃんよろしくね~」

 

エプロンをつけるシンジへ、手をひらひらと振るミサト。台所に立ち、腕をまくるシンジの横に、レイがやって来た。

 

「私も一緒に作る」

 

「え?そんな悪いよ、ゆっくりしててもらっていいのに……」

 

「でも、一人でご飯作るって、大変じゃない?」

 

「!」

 

「たぶん、こっちのミサトさんも、アスカも……だよね?」

 

シンジはこっそりと、ミサトやアスカへ眼をやる。

 

「かーっ!ヤッパリこの一杯のために今日を生きてるって感じよね~!」

 

「どーしてこう日本のバラエティー番組って、浅はかで程度の低いモノしか放送しないのかしら!?」

 

片やおっさんとみまごうほどの飲みっぷりを発揮する三十路。片やテレビに文句垂れる傲慢高飛車お姫様。

 

「……君のところも?」

 

「うん。私のとこもおんなじ」

 

「もう……困るよね、ホント」

 

「ね」

 

二人は眼を合わせて、肩をすくめて笑いあった。

 

「じゃあ、良かったら手伝ってほしいな」

 

「うん、任せて。あ、エプロンってある?」

 

「予備のがあるよ」

 

「ありがとう」

 

彼女もシンジから受け取ったエプロンを身に付け、交互に手を洗って準備を始める。

 

「今日のメニューは?」

 

「ハンバーグ。アスカが食べたがってたから」

 

「ふふ、こっちのアスカもハンバーグ好きなんだね」

 

「ごめん、冷蔵庫からキャベツ取ってくれる?」

 

「キャベツは千切り?」

 

「うん、その予定」

 

「じゃあ私、やっとくね」

 

「ほんと?良かった、助かるよ」

 

「包丁はこの棚?」

 

「そうそう。あ、もしかして君のところもそうなの?」

 

「うん、ここの場所に入れとくのが一番使いやすいから」

 

「そう!そうなんだよね、すごく分かる」

 

シンジは思わず頬を緩ませる。

 

「なんだか不思議だなあ。この家で他の誰かと一緒に料理を作ることになるなんて、夢にも思わなかったよ」

 

「ふふふ、私も同じこと思ってた」

 

「同居人が同居人だとね?」

 

「ね?」

 

二人は声を潜めて、ミサトとアスカをまた交互に見ながら、クスクスと笑いあった。

 

「……ねえねえ、ひき肉ってさ……」

 

「……ああ、あるよね。私もそれで……」

 

「……それでたまにアスカにさ……」

 

「分かる!うちのアスカもおんなじこと……」

 

……同じ同居人に、同じ役割を持ち、そして同じような性格の者。二人の話が盛り上がるのは必然だった。

 

そして、そんな二人の背中を、ミサトは横目で眺めていた。彼女の頬は少し緩んでいた。

 

「よし!ハンバーグ完成!」

 

「やった!いつもより倍以上のスピードでできたわ!」

 

「アスカー!ご飯ー!」

 

シンジが呼ぶと、アスカがテレビを消して食卓へとやってきた。

 

「ほら、今日はアスカのご所望だったハンバーグだよ」

 

「ちょっと!サラダにピーマンが添えられてるじゃない!」

 

「こっちのアスカも、お野菜苦手?」

 

「苦手じゃない!食べる必要のないものは食べない主義なだけ!」

 

自分の皿からシンジの皿へとピーマンを移すアスカ。シンジもレイも、それを苦笑混じりに眺めていた。

 

 

……食卓を囲む四人。

 

ミサトはハンバーグを一口食べて、「うんうん」と満足げに頷いた。

 

「美味しいわ!さすがシンちゃんね」

 

「今日は大分レイに助けてもらいましたから」

 

「あら、さすがレディースシンちゃん。料理の方はお手のものなのね」

 

「そんな、シンジくんの方が上手ですよ。私、こんなに綺麗にハンバーグの形整えられない」

 

「でも、僕よりレイの方が味噌汁の作り方が上手いよ。味の深みが、僕なんかと全然違う」

 

「へえ、やっぱりその辺は若干の違いがあるのね」

 

ミサトは一缶目のビールを飲み終え、二缶目へと手を伸ばす。

 

「ちょっと、ハンバーグのおかわりはないわけ?」

 

「あ、ごめんアスカ、もうひき肉がなくて……」

 

「もー!用意が全然なってないわねー!どうして準備しておかないのよ!?」

 

「ご、ごめん……」

 

オロオロするシンジを見て、レイは助け船を出した。

 

「あの、良かったらアスカ、私の分少しあげようか?」

 

「あら?いいの?じゃあ遠慮なくもらうわ」

 

アスカはお箸でレイの分のハンバーグを半分に割り、片方を自分のお皿へと持っていく。シンジが渋い顔でアスカに告げる。

 

「アスカ……レイは今日来たばっかりなんだよ?ちょっとは遠慮をさ……」

 

「あら、本人があげるって言ってるものを断れって言うわけ?」

 

「はあ……全くもう」

 

シンジが申し訳なさそうにレイへと尋ねる。

 

「良かったの?レイ」

 

「うん、もともとそんなにお腹空いてなかったから」

 

「そっか、ごめんね」

 

「ううん」

 

ぱくぱくと食べるアスカに向かって、ミサトがニヤつきながら告げる。

 

「人のを奪ってまで食べたいなんて、アスカってばよほどシンちゃんの作ったハンバーグがお好きみたいね~?」

 

「ちょっと!止めてよミサト!」

 

「何?じゃあ美味しくないってこと~?」

 

「ふん!まあまあね!」

 

そう言いながらも、食事を止める気配の全くないアスカを見て、ミサトはまたニヤけるのであった。

 

「あ、そうそう。レイちゃんはこれからアスカの部屋で寝てもらっていいかしら?」

 

「アスカのお部屋、ですか?」

 

「はあ!?ちょっとミサト!私のプライベートを侵食する気!?」

 

「じゃあ他にどうしろってのよ~。シンジくんのお部屋って訳にもいかないでしょー?」

 

「わ、私……リビングで寝てもいいですよ?」

 

「それじゃ寒いわよー!ね、アスカ。ここは一つ折れてあげなさいよ」

 

「はあ……分かったわよ、仕方ないわね」

 

「ごめんねアスカ」

 

「いいわよ、シンジみたいなケダモノの横に寝かせる訳にもいかないもの」

 

「ちょ、ちょっと!僕がケダモノだなんて言い方止めてよアスカ」

 

「事実を言っただけじゃないの!何か文句でもあるわけー!?」

 

「大有りだよー!もう!」

 

「ふふふ」

 

レイはアスカとシンジの攻防に、くすくすと小さく笑った。

 

いつもの三人に、プラス一人……であるはずなのに、まるで最初から四人暮らしだったかのように、レイは彼らの食卓に馴染んでいた。

 

 

 

 

……食事が終わった後、アスカはすぐに一番風呂を浴びに浴室へ行った。ミサトはミサトで、机に突っ伏して微睡んでいる。彼女のそばには、ビールの空き缶が四つ並べられていた。

 

「ミサトさん、眠るなら部屋で寝てください」

 

「ん~、シンちゃん連れてって~」

 

「はあ……じゃあ行きますよ?ほら」

 

ミサトの肩を担いで、彼女の寝室まで連れて行く。ベッドへと寝かせ、電気を消して扉を閉める。

 

「んがあ~……ふ~……」

 

もうイビキが聞こえ始めた。

 

「ふう……」

 

ひとつため息をついて、シンジはまた食卓へと戻る。台所では、先にレイがお皿洗いを始めていた。

 

「ああごめんレイ、僕も手伝うよ」

 

「ううん大丈夫、あと三皿だけだから」

 

レイはちゃっちゃと洗い物を終えると、手を拭いてエプロンを脱いだ。

 

「ふう、終わった~……」

 

ぐうっと背伸びをしたあと、そばにあった椅子に腰掛ける。すると、テーブルの上にシンジが用意したお菓子があった。

 

「これ、ミサトさんが貰ってきたお菓子なんだ。良かったら食べてよ」

 

「ウイスキーボンボン……ミサトさんらしい貰い物だね」

 

「あんまり食べすぎると酔うから気をつけてね」

 

「うん」

 

シンジも椅子に座り、二人でお菓子をつまみ出した。

 

「あ、そういえば」と、レイがふいに呟いたので、シンジが「どうしたの?」と尋ねた。彼女はシンジの方へ目を向けて、話し始めた。

 

「シンジくんってさ、鈴原くんに殴られたことある?」

 

「あー、最初の頃にね。妹さんの件で……。もしかして、レイも殴られたの?」

 

「私は殴られはしなかったけど、『男やったら殴ってたで!』って、凄い剣幕で怒られたから」

 

「女の子は殴らない、か。トウジらしいや」

 

「でも、私が使徒と戦った後に泣いてるの見たからかな?『お前のこと誤解してた。ワシのこと殴ってくれ!』って言われたの。さすがに殴れなかったけど」

 

「ははは!トウジってばどこでも変わらないなあ」

 

「あー、やっぱりシンジくんにもそう言ってきたんだ?」

 

「僕の場合は実際に殴られてたからね。トウジも『お前に殴られて、貸し借りなしや!』って感じのこと言ってたんだ」

 

「ふふふ、なんか青春って感じだね」

 

「熱いよね、トウジって」

 

レイはティッシュを一枚取り、チョコで汚れた指先を綺麗に拭った。

 

「あ、じゃあさ、洞木ヒカリって子、そっちの世界にいる?」

 

「洞木……ああ、委員長ね。もちろんいるけど、どうして?」

 

「ヒカリってね、こっちの世界では鈴原くんのことが好きなんだよ」

 

「ええ!?そ、そうだったんだ……」

 

「どうなのかな?そっちの世界のヒカリも、鈴原くんのこと好きなのかな?」

 

「う~ん……聴いた限りだと、世界が違うと言っても人の性格はだいたい同じみたいだし、もしかしたらこっちの世界の委員長も、トウジのこと好きかも知れない」

 

「ね、そんな気がするよね」

 

「それにしても、委員長がトウジを……。聴いてよかったのかな?この話」

 

「ふふふ、内緒にしててね?ヒカリ、きっと恥ずかしがるから」

 

……こんな感じで、彼ら二人の会話は、当初はかなり軽めの和やかなムードだった。

 

だが、ある時を境に、その会話の内容はシリアスな方面へとシフトした。それは、シンジが思わず口走った一言が原因だった。

 

「……レイはさ」

 

「ん?」

 

「何のために、エヴァに乗るの?」

 

「………………」

 

レイは自分の手を見つめて、小さな声で語り始める。

 

「お父さんに……褒められたいから」

 

「!」

 

「前に、空から降ってくる使徒を倒したことがあったの。その時にお父さんが……面と向かってじゃないけど、『よくやったな、レイ』って。私のこと、初めて褒めてくれたの」

 

「…………」

 

「私って心の奥底では、人類のためとか、みんなのためとか、あんまりそんなこと思ってなくて、ただお父さんに……また褒めて貰いたくて、そのためにエヴァに乗ってるのかも知れないなって、最近思い始めてたの」

 

「……レイは、父さんのこと嫌い?」

 

「……分からない。嫌いかも知れない。でも、好きかも知れない」

 

「…………」

 

「お父さんは私を捨てていった。だから正直、お父さんのことが憎い。第3新東京市に来いって手紙を寄越された時も、『誰が行くもんか!』って、手紙をビリビリに破いちゃったの」

 

「でも君は……その手紙を、またテープで貼り直したんだね?」

 

「……うん」

 

「………………」

 

「シンジくんも……お父さんのために、エヴァに乗ってるの?」

 

「……たぶん、そうなんだと思う。レイと同じで、あの時褒められたのが……本当に嬉しくて」

 

「……私たち、そっくりだね。顔だけじゃなくて、心まで」

 

「……うん」

 

レイが机の上に置いている右手を、少しだけシンジの元へ近づける。シンジも、同じく机に置いていた左手を、ゆっくりレイの元へ近づける。

 

「自分のこと、いらない人間なんだって、思ったことある?」

 

「私、今でも思ってるよ」

 

「そっか、僕もなんだ」

 

「……傷つくのが怖くて、みんなから距離を取ることってある?」

 

「そんなの、僕いつもだよ」

 

「そっか、私もなの」

 

シンジの左手と、レイの右手の指先が触れた。

 

「……私、ずっと孤独だったの」

 

レイはシンジへ顔を向ける。シンジもそれに伴い、レイへと顔を向ける。

 

「ずっとずっとずっと、私のことを分かってくれる人が欲しかった。見てくれる人が欲しかった。理解してくれる人が欲しかった……」

 

「……僕もだよ」

 

「私たち、私たちなら……」

 

……二人はじっと、互いの瞳を見つめあっている。そして、だんだんと絡み合っていくシンジとレイの指先……

 

 

 

 

と、そんな良い雰囲気になってきた時だった。

 

「上がったわよー!」

 

アスカが風呂から上がってきた。バスタオルで頭を拭きながら、シンジたちの元へ歩いてきた。

 

はっとした二人は、即座に手を引っ込めて、目線を外す。

 

「ん?なーに顔を赤らめてんの二人とも」

 

「あ、いや!これは別に……大したことじゃ……」

 

「そ、そう!別に私たち、何にもしてないし……」

 

慌てて否定するシンジとレイを見て、訝しげな表情をするアスカ。

 

「あーっ!?あんたたち何で勝手にウイスキーボンボン食べてるのよー!?」

 

「あ、ごめんアスカ……」

 

「ちょっとー!ちゃんと私の分もあるんでしょーね!?」

 

話題があっさり変わったので、シンジとレイはほっと安堵のため息をついた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第参話 偽りの名の、転校生

他人は結局、他人でしかない。

 

どんなに感情を発露しても、表現しても、訴えても。

 

友人や恋人、家族でだって、僕の全てを分かってもらえることはできないんだ。

 

もし、僕の全てを分かってくれる人がいたとしたらそれは……

 

 

 

自分自身だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前10時25分。

 

ネルフ本部内は、シンクロテストの最中であった。テストの対象者は、碇レイのみである。

 

彼女が乗っている機体は、当然初号機である。本来、シンジ以外は起動できないはずの初号機が、すんなりと起動している様子を、リツコは興味深く見つめていた。

 

「どう?マヤ」

 

リツコが白衣のポケットに手を入れて、伊吹マヤの操作する画面を覗き込む。

 

「シンクロ率は平均で51.4%、瞬間最高値は53.9%です」

 

「シンジくんは平均54.6%、最高値で57.3%、碇レイの方がやや低い数字ね」

 

「男性か女性かでシンクロ率に変化を及ぼすんでしょうか?」

 

「いえ、単に彼女の精神状態に左右されているだけよ。パラレルワールドという特殊な環境に来たんだから、緊張してシンクロ率に影響してもおかしくないわ」

 

「じゃあ、もっとリラックスした状態だったら、もう少し数値が上がっているかも知れませんね」

 

「そうなれば、シンジくんのシンクロ率と同等になるでしょうね」

 

そう話していた際、ミサトが執務室へと入ってきた。

 

「どう?あの子の調子は?」

 

「ええ、シンジくんよりは劣るけど、シンクロ自体は問題ないわ」

 

「取り扱いはどうなるのかしら?正式にフォースチルドレンとして登録されることになるの?」

 

「おそらくそうでしょうね」

 

「妙な感じね。住民票すらない人間を、エヴァのパイロットに登録するなんて」

 

「あら、パイロットは多いに越したことはないわ」

 

「まあ、そうね」

 

腕を組ながら、ミサトは画面に映る碇レイの顔を見つめていた。

 

 

 

 

 

午前11時30分。

 

ところ変わって、第壱中学校の2年A組。碇レイは、転校生として自己紹介を行っていた。

 

「こんにちは、“高谷 典子(タカヤ ノリコ)”と申します。よろしくお願いいたします」

 

ぺこりと頭を下げる彼女を見たクラスメイトたちは、どよめきの渦中にいた。

 

「ねえ、碇くんにそっくりじゃない?」

 

「ね!激似だよ!まるで碇くんを女の子にしたみたい!」

 

「てゆーか、あの人もエヴァのパイロットなのかな?」

 

「ねね、尋ねてみようよ!」

 

ざわざわざわ……

 

 

クラスメイトがざわめく中、彼女についてシンジへ質問を飛ばしてくる者もいた。親友であり、ある種の悪友である二人……ケンスケとトウジだった。

 

「凄いな、本当に碇を女の子にしたような感じだぞ」

 

「うん。僕もレ……高谷さんの顔を見た時、凄く驚いたよ」

 

「なあ、あん人もエヴァのパイロットなんか?」

 

「そうだよ。フォースチルドレンになるかな」

 

「良いなあ!オレもエヴァに乗って、迫りくる使徒殲滅に貢献したいなぁ~!」

 

ケンスケは机に突っ伏して、深いため息をつく。

 

碇レイの方はシンジよりさらに質問攻めを受けていたが、全て『高谷 典子』として答えた。シンジと顔が似ていることはあくまで偶然であり、碇レイという素性は完全に隠した。

 

 

……お昼休み。

 

「ノリコ!早くこっちに来て!」

 

「あ、ごめんアスカ。今行く」

 

手招きするアスカの元へ、レイがお弁当箱を持って走っていく。アスカの対面には、洞木ヒカリが座っていた。

 

「ヒカリ、ノリコも一緒に入るけど、良いわよね?」

 

「うん!もちろんじゃない!」

 

「あ、こんにちは……」

 

「こんにちは!私は洞木ヒカリって言うの。よろしくね!」

 

「……うん、よろしくね」

 

レイは、非常に複雑な気持ちだった。レイにとってヒカリはアスカと並ぶ親友だった。だが、それは前の世界でのこと。こちらの世界では初対面の転校生と委員長でしかない。ヒカリと培った絆が、まるでゲームのデータ初期化みたいに全て消えてしまったことに、一抹の寂しさを感じていた。

 

「どうかしたの?高谷さん」

 

「あ、ううん。なんでもない」

 

「ほらノリコ、さっさと座んなさいよ」

 

「うん」

 

しかし、それでもレイはヒカリに笑いかけた。きっとこっちの世界でも仲良くやっていけるはず……。そう前向きに考えるようにしたからだ。

 

「高谷さん、アスカと知り合いってことは、同じエヴァのパイロットなの?」

 

「うん。と言っても、専属の機体はないけどね」

 

「専属の機体?」

 

「私が弐号機、バカシンジが初号機っていう風に、それぞれ乗るのが決められたエヴァがあるのよ。でもノリコにはそーゆーのがないって訳」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「ん?このお弁当、なんだかいつもと違うわね」

 

「アスカよく気がついたね。今日は私がみんなの分作ったの」

 

「あー、どうりで」

 

「え?アスカと高谷さん、一緒に住んでるの?」

 

「まーね、同じパイロットだし」

 

「でも、綾波さんは違うよね?」

 

「いーのよファーストはっ!お一人様がお好きなよーですからっ!」

 

(な、なんかこっちのアスカって、ちょっと綾波さんに当たりが強いんだよね。私の世界ではもうちょっと仲良かったんだけど……なんでなのかな……?)

 

レイは首を傾げながら、タコさんウィンナーの頭をかじった。

 

「……う~む」

 

そんなレイの姿を、遠くの席からケンスケはじっと観察していた。

 

「どうしたのケンスケ?」

 

「いや、見れば見るほど、碇にそっくりだなと思えてさ」

 

「ま、世の中には自分によー似た人が三人はおるっちゅー話やからなー」

 

「でもさトウジ、似てることももちろん凄いんだけど……なんていうか」

 

ケンスケはメガネをくいと持ち上げる。

 

 

 

「可愛いんだよな、すっごく」

 

 

 

「……なんやて?」

 

「いやホントにさ、正直ちょっとびっくりするくらいに可愛いんだよ。碇を女装させたらこんなに可愛くなるものなのかと思うくらいにさ……」

 

「……そーか、ケンスケお前もか」

 

「え?まさかトウジ……」

 

「ワシもな、そないなこと考えたらアカンアカン思てな、考えんようにしとったんや。なんせ友人の女装を可愛い言うのと同じやからな。せやけど……な?」

 

「そう!そうなんだよトウジ!まさに僕もそれが言いたかったんだよ!」

 

「あの、ちょっと素朴なんがええよな~」

 

「な~」

 

二人してデレデレした顔をするのを、シンジは苦々しく眺める他なかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 平和な暑い日

“高谷 典子”という可愛い転校生がやって来た情報は、瞬く間に学校全域へ広がった。

 

無論、その発端はケンスケが売る写真である。

 

帰国子女のアスカとはまた違う、その辺にいそうな雰囲気だけど、よくよく見るとすごく可愛い子という位置付けが、男子生徒の心をくすぐった。

 

性格も内向的で控えめなため、『アスカみたいに話しかけても邪険にはされなそう』という理由で、彼女に声をかけにくる者は多かった。

 

当然、告白する者も何人かいた。

 

「あっ」

 

レイが下駄箱を開けると、大量のラブレターがドサドサと地面へ落ちた。彼女は屈んでそれを拾っていると、手伝ってくれる者が現れた。

 

碇シンジであった。

 

「またたくさん、ラブレター貰ったね」

 

「うん」

 

「これって、ひとつひとつ返事してるの?」

 

「まあ一応……。返さないのは悪いし」

 

「そっか、大変だね」

 

「うん。でもたぶん、しばらくしたらこういうのも無くなると思う」

 

「え?どうして?」

 

レイは立ち上がり、貰ったラブレターを鞄の中へと詰めた。シンジもそれに倣って立ち上がり、拾ったラブレターを彼女へ手渡した。

 

「私、向こうの世界でもおんなじようなことがあったの。転校したてのころは、こうやってたくさんラブレター貰って、告白もされて……。でもある時、サッカー部のキャプテンの告白を断ったせいで、女の子たちから総スカンを食らうようになったわ。『地味な癖にチヤホヤされすぎ』って。それで、女の子たちにあることないこと噂されて、告白はピタリとなくなった。それでも仲良くしてくれたのは、エヴァのパイロットを除けば、鈴原くんや相田くん、そしてヒカリだけだった……」

 

「………………」

 

シンジは、何か気の利いた言葉を彼女へかけたいと思ったが、結局何も言うことができず、ただうつむく他なかった。

 

「あ、ごめんシンジくん。こんな話、されても困るだけだよね」

 

「いや……」

 

「さ、帰ろ?」

 

彼女は不器用な笑いを作って、校門へと歩いていった。

 

 

……二人は蝉時雨をぼんやりと聴きながら、家へと向かっている。

 

結構な暑さだが、彼らは産まれた時からこの常夏の中を生きているので、さして汗はかいていなかった。しかし、そんな二人でも冷たいのを食べたいと思うもので、シンジは途中で見つけたコンビニに眼を引かれていた。

 

「ねえ、良かったらアイスか何か買って帰らない?」

 

「昨日確か、ミサトさんがいくつかアイス買ってたよ」

 

「そっか、それなら家のアイス食べようかな」

 

湿度の高い空気感の中、二人はミサト宅へと帰りついた。

 

「「ただいまー」」

 

二人が揃ってリビングへ行くと、そこにはアスカとヒカリ、そしてトウジとケンスケが床に座って、棒タイプのアイスを食べていた。

 

「お帰りー」

 

「お!センセのお帰りや」

 

「碇、アイスお先してるぞー」

 

「碇くん、高谷さん。お邪魔してます」

 

「ああ、みんないらっしゃい」

 

「あれ?高谷さんも碇たちと一緒に住んでるの?」

 

「うん、そうだよ」

 

「なんやとー!?センセェ、お前ミサトさんという人がありながらなあ!」

 

「ホントホント。それに惣流も合わせて、男1の女3。ハーレムな生活で、いや~んな感じ!」

 

「し、仕方ないじゃないか。僕らはエヴァのパイロットで、命令で一緒に住むよう言われてるから、そうしてるだけで……」

 

「なによ?それじゃまるでこの私と住むのが嫌だとでも言いたいわけぇ?」

 

「あ、いやアスカ、僕は別にそんなつもりじゃ……」

 

「ま、私も命令じゃなかったら、あんたみたいな冴えない朴念仁と一緒になんて住みたくないわ!」

 

「な、なんだよ、酷いよアスカ……」

 

「事実をただ口にしただけよ。文句ある?」

 

アスカに睨まれたせいで、シンジはそこから先の言葉は出せなかった。レイはそんな二人のやり取りを苦笑して見つつ、冷凍庫からアイスを取り出した。

 

「はい、シンジくん」

 

「ごめん、ありがとう“レイ”」

 

「ん?なんやセンセ、綾波と間違うたんか?」

 

「れ、“冷凍庫”の中はもう空っぽかな高谷さん?」

 

「う、うん。また買い出しに行かなきゃね」

 

レイとシンジは固い笑いを浮かべて、彼らと同じように床へ座った。

 

「そう言えば綾波で思い出したけど、綾波って碇とならよく喋るよな」

 

「え?そうかな?」

 

「確かに、綾波さんって碇くんと話しているところ以外は、あんまり見かけたことないかも」

 

「おいおい、センセのハーレムはどないなっとんねん」

 

「ハ、ハーレムとか、そんなことないよ。僕はただ……綾波が一人でいることが多いから、ただなんとなく気になるってだけで……」

 

「へ~~~~、バカシンジ様はお優しいことでぇ~~~~」

 

アスカが嫌味ったらしく話すのを、ヒカリは微笑ましく見ていた。

 

「ちぇ、アイスは中々当たらんもんやな」

 

トウジはアイスの棒にかかれた『外れ』の文字を悔しい顔で一瞥し、ゴミ箱へと捨てた。

 

「私、こういうの当たった経験ないかも」

 

「ま、こういうのは当たりがあるかもって期待するのを楽しむだけでいいんじゃない?」

 

ヒカリとケンスケも外れだった。

 

「ふん、企業が購買意欲をそそらせるために作ったものなんて、楽しむのもシャクに障るわ」

 

と言いつつも、外れだった棒を見てアスカはちょっとしょげていた。

 

「あ、私当たった」

 

そう呟いたのは、レイだった。

 

「え?ホント?見せて見せて」

 

ヒカリがレイから棒を受け取り、『当たり』と書かれた文字をマジマジと見つめる。

 

「わあ~、初めて見た。すごいね高谷さん!」

 

「別に私は……運が良かっただけだよ」

 

ヒカリの持つレイの当たり棒を見るために、シンジも顔を覗き込ませた。シンジもアイスを食べ終わり、棒を確認すると、やはり彼も外れであった。

 

「僕も外れちゃった。高谷さんだけ当たりだったね」

 

「むむむむ~!シンジ!もうアイス無いの!?」

 

「あ、うん。これっきりだよ」

 

「今すぐ買ってきて!絶対当たりを引いてやるわ!」

 

「え~……さっき購買意欲がどうのって言ってたのは、アスカじゃないか」

 

「アンタがつまんない口答えしてる間に、他の人に当たりのアイス買われたらどうするの!?早く!駆け足!」

 

「人使い荒いなも~」

 

シンジの弱々しい愚痴に、みんなが朗らかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人にどう思われているかが、とても怖いの。

 

他人の中の自分が怖いの。

 

誰も私のそばから離れてほしくない。

 

見捨てないで。

 

見放さないで。

 

でも、それって決して叶わない、儚い願望。

 

自分のそばにずっといてくれる、一番の味方は……

 

 

結局、自分自身しかいないのよ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第伍話 真夜中の日課

……夜。

 

台所で、シンジは食器を洗っていた。程よい温度のお湯で大まかな汚れを溶かしながら、スポンジでもくもくと綺麗に落としていく。

 

「シンジくん、段ボールを縛って纏めといたよ」

 

レイがそう告げると、シンジは食器から目を話さずに

「あれ?明日段ボール捨てる日だったっけ?」と答えた。

 

「ううん。明後日だけど、結構量が増えてかさばってたから、今のうち纏めといた方がいいかと思って」

 

「ああ、そうだったんだ。ありがとう」

 

「うん」

 

この家にレイがやって来てから、家事はほとんどレイとシンジだけでするようになった。

 

本来ならミサトやアスカにも仕事はあるのだが、いかんせん彼女たちにはやる気の“や”の字もないに等しい。事実今も、ミサトは部屋でフゴフゴと寝ているし、アスカはアスカで部屋に籠って雑誌を読んでいる。

 

「他に何か、私に出来ることある?」

 

「いや、今のところないかな?」

 

「そっか。じゃあ、シンジくんがお皿洗い終わるまで待ってるね」

 

「うん、ありがとう」

 

しかしそれでも、シンジとレイはミサトたちに手伝ってくれとは特段言わなかった。その理由は、二つ。

 

一つ目は、今さらミサトたちに手伝ってもらっても、ろくな手伝いにはならないし、仕事に慣れているシンジたちがちゃっちゃと済ます方が結果的に効率が良いという、非常に合理的な理由だった。

 

だが、もうひとつの理由は、もっと感情的なものだった。

 

「シンジくんって、意外と背中おっきいよね」

 

「え?そうかな?」

 

「うん。なんだかんだ男の子なんだなあって思う」

 

「ん……なんかそう言われると、ちょっと恥ずかしいや」

 

「ふふふ」

 

そう。

 

彼らは、楽しいのである。

 

二人で連携して家事をこなし、その最中にちょっとした談笑をし、仕事を終えていくのが楽しいから、ミサトたちに手伝ってもらう必要がないのである。

 

いや、必要がないを通り越して、この二人だけの家事の時間が欲しいとすら、彼らは思っている。

 

「よし!終わった!」

 

シンジは濡れた手を手拭きで拭い、エプロンを脱いで椅子の背もたれへかけた。

 

「今日もお疲れ様、シンジくん」

 

「レイもお疲れ様」

 

「……じゃあ、行く?」

 

「うん、行こうか」

 

二人は顔を見合わせると、互いにはにかんだ。

 

そして、玄関の扉を開き、真っ暗な外へと二人一緒に出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

……その道は仄暗かった。

 

ぼんやりと蛍光色の街灯がついているだけ。むしろ、その光のせいで、照らされていない闇がより深くなったようにさえ思える。

 

「誰もいないね」

 

レイが呟く。

 

「そうだね」

 

シンジが返す。

 

その道には、確かに人影がなかった。

 

まるで夜の世界に、二人だけ取り残されたような感覚。だが彼らは、それを怖いとは全く思っていなかった。

 

「シンジくんは、“先生”から何の楽器をやらされた?」

 

レイが足元を見つめて歩く。シンジも同じく足元に顔を向けて歩いているが、目線はレイへと向けられている。

 

「僕はチェロだよ。五歳の時からそれを習わされた」

 

「そっか、チェロなんだ」

 

「レイは違った?」

 

「私はピアノだった。女の子にしては手が大きいからって理由で」

 

「へえ、ピアノなんだ」

 

「うん」

 

夏の夜風が、彼女たちの頬を優しく撫でた。

 

「シンジくんはチェロ、今も続けてる?」

 

「まあ、一応」

 

「どうして?」

 

「誰も止めろって言わなかったから」

 

「そっか」

 

「レイも、ピアノ続けてる?」

 

「うん」

 

「理由はやっぱり同じ?」

 

「そう。でも、止めようと思えばいつでも止められたの。私の曲を聴いて欲しいと思う人もいなかったし、特別それに没頭して頑張ろうって気持ちもなかったし……。言われたからやってただけで、それ以上の感情なんてピアノに対して持ったことがなかった」

 

「うん、僕も同じだ」

 

……タタンタタン、タタンタタン……

 

遠くで電車が走る音が聞こえてくる。

 

「でも、最近はちょっと気持ちが変わったの」

 

「そうなの?」

 

「……こんなことを言うのは、ちょっと恥ずかしいんだけどね?」

 

レイは少し頬を赤くして、シンジとは反対方向の場所へ眼を向けて告げる。

 

「シンジくんになら聴いてもらいたいって、そう思ってる自分がいることに気がついたの」

 

「……僕、に?」

 

シンジはレイの方へ眼を向ける。彼女は「えへへ」と小さく笑った。

 

「だから最近はね、ピアノの練習をこっそりしてるの。私も五歳の頃からピアノやってるけど、自主的に上手くなりたいなんて、今まで考えもしなかった」

 

「……どうして、僕に聴かせたいって思ったの?」

 

「ええ?どうしてって……」

 

レイはその場に立ち止まり、手を後ろで組む。シンジも立ち止まり、彼女をじっと見つめている。

 

「……そんなの、シンジくんだからとしか、言えないよ」

 

「……………」

 

「あ、でもそんな期待しないでね?五歳からやってるって言っても、大して上手くないから……」

 

「……何の」

 

「え?」

 

レイは顔を上げて、シンジの顔を見つめる。

 

「何の曲、練習してるの?」

 

「……“楽しみを(こいねが)う心”って、知ってる?」

 

「あ、それって……なんだっけ?何かの映画のテーマ曲だったよね?」

 

「そう!良かった、シンジくんが知ってて」

 

「名前だけは聴いたことあったから。でも、どんな曲かは知らないや」

 

「分かった。じゃあ楽しみにしてて?」

 

「うん」

 

レイは耳まで赤くしながら、シンジから顔を背けてしまう。だが、その口許は今までにないくらいに嬉しそうだ。その可愛らしい口から、シンジは目を離せずにいた。

 

「私、先生からベートーベンの月光ばっかり練習させられてて、ちょっと嫌だったんだ」

 

「ああ、確かにあの先生、クラッシック以外は音楽じゃないみたいな言い方するよね」

 

「うん」

 

……風が、肌寒くなってきた。だんだんと空気が冷えてきているのだ。

 

「寒くなってきたね」

 

シンジがそう告げると、レイも「そうだね」と返した。

 

「そろそろ、家に戻る?」

 

「…………」

 

レイはしばし沈黙した後、小さくうなずいた。

 

「…………」

 

ふいにシンジは顔を上げて、夜の空を見つめた。

 

「あ、ほら、見てレイ」

 

「え?」

 

彼女もシンジに言われて、空を見上げる。

 

 

「……わあ」

 

 

儚いほどに美しい満月が、空の闇に丸い穴を空けていた。月明かりに雲が照らされて、繊細な濃淡が空を彩らせている。

 

「なんて綺麗なお月様……」

 

「ね。僕も久しぶりに、月が綺麗だなって思ったよ」

 

「うん、私も」

 

「……ねえ、レイ」

 

「ん?」

 

レイはシンジの方に顔を向ける。彼はなんだか気恥ずかしそうにしながら、レイを見つめてる。

 

「もう少しだけ、この月を一緒に眺めない?」

 

「……!」

 

「明日はどうせ学校も休みだし、シンクロテストもお昼からだし……」

 

「……うん」

 

レイが優しく微笑むと、シンジも笑顔を返した。そうして、二人はまた、真夜中の道を歩きだした。

 

さっきよりも、もっと近くに寄り添って。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 イバラの道

 

「エヴァ参号機……か」

 

ミサトは資料を眺めながら、眉間にしわを寄せている。そこに書かれているのは、エヴァ参号機と四号機について。

 

先日、アメリカにあるネルフ支部にて、四号機の起動実験がなされた。参号機及び四号機にはS2機関と呼ばれる永久機関が搭載されており、電力切れを起こさない。そんな夢のようなエヴァであったはずだが……実験に失敗し、支部は丸ごと蒸発してしまった。

 

残った参号機の処理に苦心したアメリカは、日本のネルフ本部に参号機を譲渡……という名の押し付けを行ったのだ。

 

「やっぱり、納得がいかないわ。四号機の実験で怖くなったのは分かるけど、だからってウチに参号機を押し付けることないじゃないの」

 

その愚痴に対して、椅子に座ってコーヒーを片手にキーボードを叩いているリツコが答えた。

 

「彼らにしてみれば、他に宛がないのよ。最前線で使徒と戦っている私たち以外では、曰く付きのモノを受け入れるほどの設備も人材もありはしないわ」

 

「そりゃそうだけど……」

 

ミサトはしばらく口を尖らせていたが、最終的には諦めたらしく、ふうとひとつため息をつく。

 

「たぶん、碇レイちゃんが乗るのよね?」

 

「そうね。現段階なら、専属機体のないフォースチルドレンが参号機パイロットになるわ」

 

「こんな物騒なモノに乗せるのは気が引けるわね……」

 

(でも、それはどのエヴァも同じね)

 

リツコは口には出さなかったが、心の中ではそう呟いていた。

 

「ところで、彼女はもう今の生活に慣れてきたのかしら?」

 

「そうね。レイちゃん、意外と馴染むの早かったわ。なんだか、ずっと前から一緒に住んでいたような気さえするもの」

 

「事実彼女側にとっては、前から一緒に住んでいたのと同じことだものね」

 

「でも、案外一番仲良さげにしてるのはシンジくんなのよね。だいたいいつも二人でいるし。同じような性格だから、シンパシーが合うのかしら?」

 

「私なら無理ね。男の自分なんて眼も合わせたくないわ」

 

「あ~、ちょっち分かるかも。自分の嫌なとこをがっつり見せられそうな気がするわ」

 

頭を掻きながら、ミサトは苦々しく笑った。

 

「シンジくんたちが仲良くなれるのは、深い交友関係に飢えていたってことかしら?」

 

「おそらくそうでしょうね。あの子たち、いつも人に距離を置いてるわ。傷つくのを恐れてね」

 

「でも、距離が離れすぎても寂しい……か。何だっけ?ヤマアラシの何とかってヤツよね?」

 

「ヤマアラシのジレンマ、ね」

 

「そうそう。でも、自分の気持ちを一番良く理解してくれる相手ができたら、誰だって嬉しいわよね。もし二人がこのまま仲良くなったら、ハタマタ恋人同士に……なーんて展開もあり得ちゃうかも?」

 

「何を呑気なことを言ってるの。恋人同士になんて、なるべくならない方が良いわ」

 

「ええ?どうしてよ?」

 

リツコはコーヒーを飲み干して、カップを机の上に置く。

 

「早い話が、近親相姦と同じなのよ?しかも、どんな親戚よりも遺伝子情報が自分に近い存在……。双子レベルの二人の間に産まれた子は、何らかの障がいのある可能性が非常に高いのよ?」

 

「そんな、シンジくんたちはまだ中学生よ?子どもの心配なんてまだ気にしなくても……」

 

「確かにそうかも知れないわ。でも、もしそのまま交際が続いて、結婚まで至ったとしたら?子どもを産むことを諦めなければいけない夫婦になるのよ?」

 

「………………」

 

「もちろん、養子か何かを貰うという手もあるし、今の時代は子を成さなくても良いという夫婦も多いわ。それでも、子を授かれないという苦しみを味わう可能性も、ゼロじゃない。それに、そんな状況の二人のことを、周りの人が良い目で見るかしら?」

 

「それは……」

 

「生物学的にも、倫理的にも、よろしくはないわね。なら始めから、あの子たちは恋人関係にならない方が良いわ。わざわざイバラの道を歩く必要なんてないのよ」

 

……リツコの言い分に反論できずにいたミサトは、ため息混じりにこう呟いた。

 

「人を愛するって、難しいわね」

 

それを聴いていたリツコも、「そうね」と一言だけ返事をした。

 

その時、彼女の頭の中には、とある不器用な男の顔が浮かんでいた。

 

(イバラの道の愛……我ながら、耳の痛い話ね)

 

彼女はタイピングの手を止めないまま、伏し目がちにディスプレイを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……数日後。

 

シンジたちチルドレンは、シンクロテストを終えて、制服に着替え学校へ向かおうとしていた。その時、ミサトが更衣室から出てきた碇レイに声をかける。

 

「あー、レイちゃん。ちょっち今良いかしら?」

 

「私ですか?」

 

「そうそう」

 

ミサトはなるべく笑顔を作り、彼女へ手招きする。レイはシンジたちに電話をして、先に学校へ行ってもらうよう伝え、ミサトの元へと走ってきた。

 

「なんでしょうか?ミサトさん」

 

「あー、実はね。今度エヴァ参号機がアメリカから送られてくるんだけど、レイちゃんにはそれの専属パイロットになってもらおうと思ってるの」

 

「参号機?」

 

「ええ。それでね?その起動実験を一週間後に松代の方でする予定なの」

 

「分かりました」

 

「ごめんね、いきなりな話で」

 

「いえ、大丈夫です」

 

と、ここまでは仕事の話。

 

ミサトは咳払いをひとつして、レイに“戦闘指揮官:葛城三佐”としてではなく、“同居人:ミサトお姉さん”として彼女に尋ねた。

 

「ところでレイちゃん、今日は私家には帰らないから、晩御飯は作らなくていいわ」

 

「そうなんですね、分かりました」

 

「いつもごめんねー。シンちゃんとレイちゃんに作ってもらっちゃって」

 

「いえ、大丈夫です。もう慣れましたから」

 

「ホント、中学生とは思えないくらいテキパキしてるわよね。二人の後ろ姿を見てたら、新婚の夫婦みたいに見える時があるわよ?♡」

 

「そ、そんな……大げさですよ……」

 

からかいを真に受けて、レイは顔を真っ赤にして下を向く。

 

これは、ミサトの探りだった。レイがシンジに対してどんな風に思っているのか、彼女の態度や言動の端々から読み取ろうとしているのである。

 

(まあ、まだ会って数週間だし……大して進展はしてないと思うけど、一応念のためね)

 

ミサトはさらに、次のような質問を彼女へぶつけてみた。

 

「レイちゃんは、シンちゃんのことどう思ってるの?」

 

「シンジくんを……?」

 

「いやーほら、性別の変わった自分と接するってフツーあり得ない経験じゃない?どんな気持ちになるのか、ちょっち興味があるのよ」

 

「…………」

 

レイはその問いに、口を開くことができなかった。赤かった頬がより赤くなり、瞳は切なげに潤んでいた。

 

「………………!」

 

ミサトはこの時、レイの気持ちを完全に把握した。

 

「イバラの道……か」

 

「え?」

 

「あ、いや。なんでもないわ。まあまだ、会ったばかりの人の印象をいきなり訊かれても困るわよね?ごめんなさい、この質問は忘れてちょうだい?」

 

「は、はい。分かりました」

 

「それじゃ、これから学校よね?気をつけて行ってらっしゃい」

 

「はい」

 

レイはぺこりと頭を下げると、ミサトに背を向けて走っていった。

 

その去っていく背中を、ミサトはしばらく眺めていた。

 

 

 

 

 

 

……廊下を走っていたレイは、とある人物が逆方向から歩いてくるのが見えていた。

 

碇ゲンドウだった。

 

(お父さん……)

 

だが厳密には、彼女の実の父親ではない。それをレイも分かっているため、そこにいるゲンドウのことを赤の他人として認識しようと努めた。

 

すれ違い様、レイは小さく「こんにちは」と告げて、足早にそこを去ろうとする。が、それをゲンドウに止められた。

 

「碇レイ、だな?」

 

「!」

 

彼女は、その場に立ち止まった。

 

「顔を見せろ」

 

そう言われ、レイはおそるおそる自分の顔を、背の高いゲンドウの顔へと向けた。

 

「………………」

 

そのサングラスの奥に潜むゲンドウの鋭い眼差しに、レイは思わずたじろいだ。

 

「な、なんでしょうか?碇司令」

 

彼女はわざと敬語を使った。

 

「………………」

 

結局ゲンドウは、数秒彼女を見つめただけで、何も言わないままスタスタとその場から去っていった。

 

何やら意図がよく分からないレイだったが、とにかく今は学校へ急ごうと、廊下を再度走り始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 似て非なるモノ

……参号機の、起動実験当日。

 

シンジは家の中を、意味もなくうろうろと忙しなく歩いている。

 

腰に手を当てて、ずっと難しそうな顔をしている。その額には、冷や汗も滲んでいた。

 

「はあ……」

 

大きなため息をついたのは、アスカである。彼女は椅子に座ってテーブルに膝をつけ、頬杖をしながら顔をしかめていた。

 

「ちょっとシンジ、いい加減うろちょろすんの止めてくれない?さすがの私も気が立ってくるわ」

 

「あ、ごめん……アスカ」

 

そう言われた彼は、リビングにある座布団の上に腰を下ろした。だが、それでも相変わらず、表情は固いままだ。

 

「あ~~~~~もう!アンタがいくら辛気臭い顔しても、実験の成否には微塵も関係ないわよ!」

 

とうとう痺れを切らしたアスカが、歯に衣着せぬ言い方でシンジに向かって叫んだ。

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「ちったあ落ち着きなさいよ。アンタお得意の料理かチェロでもやって、気分転換でもしたらどーなの?考え込むから余計に気になんのよ」

 

「……でも、参号機って起動するだけで危険なエヴァなんでしょ?もしアメリカ支部みたいに……」

 

「もーーーーっ!!ちょっとは私の話を聴いたらどーなの!?ウダウダしても仕方がないって何べんも言ってんじゃないの!!」

 

「……ごめん」

 

「ふんっ!」

 

アスカは眉間にしわを寄せて、虚空を睨んでいた。

 

(なんで私、こんなにイライラしてるんだろ?)

 

脳裏に浮かぶのは、碇レイの顔。シンジにそっくりな、少し弱々しい笑顔を見せる女の子。

 

「ねえ、シンジ」

 

「な、なに?」

 

「アンタ、なんでそんなにレイが心配なのよ?」

 

「なんでって、当たり前じゃないか。四号機のことを教えられたら、誰だって……」

 

アスカはシンジへ眼を向ける。ふと、彼と眼が合った。

 

「じゃあ、参号機に乗るのが私でも心配した訳?」

 

「も、もちろんだよ」

 

「ふーん、あっそ」

 

自分から話しかけたのに、素っ気ない態度でアスカは返事をした。

 

(……碇レイ)

 

 

『も~、アスカってこっちでもアスカなんだね』

 

 

(………………)

 

 

……実験が終わる予定の時刻を過ぎても、ミサトやレイから何の連絡も来なかった。『終わったら連絡するから』と、彼女たちはそう言って家を出たはずなのに。

 

十分、二十分と時間が経つにつれ、シンジとアスカの不安は強まっていった。

 

「……ダメだ、繋がらない」

 

シンジはケータイでレイとミサトに電話を何回かかけてみるが、未だ繋がることも、折り返し電話が来ることもない。

 

「二人ともダメなの?」

 

「うん……。大丈夫かな?やっぱり何かあったのかな?」

 

「……実験が長引くことなんて、良くある話よ」

 

「そうかな?そうだと良いけど……」

 

「………………」

 

「……やっぱり、もう一回かけようかな?」

 

「もう!あんまりやると向こうに迷惑でしょ!男ならドッシリ構えてなさいよ!」

 

アスカにもシンジにも、ピリピリと嫌な緊張感が生まれ始めていたその時。

 

 

ピリリリリリリ!

 

 

 

「「!」」

 

シンジのケータイが鳴った。

 

「レイ!?実験終わった!?」

 

出るや否や、シンジの開口一番は彼女の名前だった。

 

「あ、日向さん……。ごめんなさい」

 

(なんだ、レイじゃなかったのね)

 

「はい……はい……」

 

「………………」

 

「え!?松代で爆発事故!?」

 

「!?」

 

「レ、レイやミサトさんは!?無事なんですか!?」

 

「………………」

 

「安否不明……連絡つかず……ですか」

 

「………………」

 

「はい……わ、分かりました……」

 

電話を切ったシンジは、アスカと眼を合わせる。

 

「非常招集ね?」

 

「……うん」

 

「ほら!何を泣きそうになってるのよ!?急いで本部に行くわよ!」

 

「うん……!」

 

シンジとアスカは急いで家を飛び出した。

 

心臓が、張り裂けそうなほどに動いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……事故現場に謎の移動物体を確認!」

 

発令所に声が響き渡る。

 

「何!?使徒か!?」

 

冬月副司令がオペレーターへと確認するも、「パターンオレンジのため、特定不可」と返答される。

 

しかし、その謎の移動物体はこのNERV本部へと向かってきているため、碇司令は決断を下した。

 

「総員、第一種戦闘配置。葛城三佐に代わり、私が直接指揮を取る」

 

「了解!」

 

「ただちに、零号機、初号機、及び弐号機の発進準備に取りかかれ。準備ができ次第、発進を完了させろ。アンノウンの迎撃体制に臨め」

 

その指示に従い、シンジ、アスカ、綾波の三名は、速やかに各々のエヴァに搭乗し、地上へと射出される。

 

「移動物体の映像を捉えました!主モニターに回します!」

 

巨大なスクリーンに映されたのは、夕日をバックにゆらりゆらりと歩く、エヴァ参号機の姿だった。

 

「おお……」

 

「……まさか、エヴァが」

 

「そんな、一体……」

 

発令所内は、困惑と混沌の渦巻いた小さな囁きで満ちていた。

 

「強制停止信号を送信しろ」

 

碇司令の命を受け、それを実行に移すも……

 

「ダメです!反応ありません!」

 

「では、エントリープラグの強制排出を行え」

 

「……排出不可!実行できません!」

 

事実、エヴァ参号機のエントリープラグは、何やら白い粘膜のようなものがべったりとコーティングされており、物理的に排出ができない状態になっている。

 

「使徒か……それも寄生タイプのようだな」

 

冬月が苦虫を潰したような顔で、主モニターを睨んでいる。

 

「パイロットの容態はどうだ?」

 

「体温、脈拍共に確認はできます!」

 

「だが……必ずしも無事とは限らない、か」

 

「………………」

 

しばし沈黙した後、碇司令はついに決断した。

 

「現時刻をもって、エヴァンゲリオン参号機は破棄。第13使徒と認識し、殲滅対象とする」

 

「し、しかし、まだパイロットの生存は確認されており……」

 

「伊吹二尉、私は既に命令を通達したはずだ」

 

「……はい」

 

マヤは、口の中で歯を食い縛った。

 

「碇、いささか早計ではないのかね?」

 

「使徒殲滅が最優先だ。パイロットを気にしている暇はない」

 

「……フォースチルドレンの顔を見たことがあるか?あれは、本当にユイくんそっくりだ。シンジくんもよく似ているとは思っていたが、女性になったために、より彼女へ近付いていた」

 

「………………」

 

「それに別の世界では、お前は実の父に当たるのだぞ。ユイくんに似た娘でも、お前は見殺しにすると言うのか?」

 

「冬月」

 

ゲンドウは手を顔の前で組み、少しも動揺した素振りを見せずに、こう告げた。

 

「私には娘などいないし、似て非なるモノにも興味はない」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 本当の意味で

……第13使徒殲滅の命令は、各エヴァパイロットにも通達された。

 

「エヴァ参号機が目標……」

 

「何よそれ……パイロットはどうなってもいい訳?」

 

アスカはあからさまに、その命令には難色を示していた。綾波もアスカほどではないが、いつもの使徒のように躊躇いなく殲滅できる対象とは認識していなかった。

 

そして……この命令に誰よりも憤慨していたのは、碇シンジであった。

 

『……本気で言ってるの?父さん』

 

発令所に、シンジの静かだが……怒気を含んだ声が反響する。

 

『あのエヴァにはレイが……レイが乗ってるんだよ。それでも殲滅しろって言うの?』

 

「そうだ、目標だ」

 

『おかしいよそんなの。何でレイが乗ってるエヴァが殲滅対象なんだよ』

 

「構わん。そいつは使徒だ、我々の敵だ」

 

『……嫌だ、絶対に嫌だ』

 

「なんだと?」

 

『僕は、レイを見捨てない。何がなんでも見捨てるもんか』

 

「命令違反か、シンジ」

 

『これが違反になるなら好きにしてよ。僕は絶対にレイを救う』

 

「従えないなら、相応の処罰を下す」

 

『そんなのどうだっていいよ!!レイが傷つくことに比べたら、数百倍もマシだよ!!』

 

「……シンジくん」

 

普段の彼からは想像できないような激しい怒りの発露に、マヤたちオペレーターは固唾を飲んで見守っていた。そして、勘の良い者は、シンジとレイの関係性をどことなく察していた。

 

だがゲンドウは、その声を真正面から受けてなお、眉をぴくりとも動かさなかった。そんな彼に、冬月が耳打ちする。

 

「碇、お前の考えていることは分かっているぞ。初号機をダミーシステムに回路を変更するつもりだな?」

 

「パイロットが正常に機能しないのならば、それもやむ無しだ」

 

「だが現段階では、ダミーシステムがどのように機能するのか不鮮明な点が多すぎる。最悪、零号機と弐号機まで殲滅対象としかねん……。ダミーシステムは最後の手段とするべきだ」

 

「………………」

 

しばしゲンドウは考えた後、息子へと尋ねた。

 

「……ならばシンジ、救出はどのように行うつもりだ?具体的な作戦を提示してみろ」

 

『……両脇から二体のエヴァが目標を固定し、動けなくさせた後、残り一体が後ろからエントリープラグを引き抜き、救出を完了させる……。これでどう?父さん』

 

シンジはゲンドウに言われて、とっさに思い付いたその作戦を口に出した。

 

「失敗した場合はどうする?」

 

『え?』

 

「例えば、固定役のエヴァ両機が目標に攻撃され、戦闘不能になったとする。その時はどうするつもりだ?一体のみではエントリープラグの排出は厳しいぞ」

 

『し、失敗なんてしないよ!必ず成功させるから!』

 

「シンジ、作戦とは失敗を視野に入れて立案するものだ。失敗がカバーできないモノは、作戦とは呼ばん。それは単なる願望だ」

 

『!』

 

「失敗した時は、必ず殲滅行動に移れ。いいな?」

 

『……僕は、絶対にレイを助ける』

 

そう言うと、シンジが通信を切った。ゲンドウは前もって、オペレーター達全員へ伝えた。

 

「初号機は常時、シンクロを全面カットできるよう準備しておけ」

 

「全面ですか!?」

 

「そうだ。私がシンジの救助作戦は失敗だと判断した際は、即時ダミーシステムへ切り替えろ」

 

「し、しかし、ダミーシステムにはまだ問題も多く、赤木博士の許可もなしに運用するのは……」

 

「構わん。単純な命令も聴けない子どもよりは役に立つ」

 

「…………はい」

 

命令には逆らえない。

 

その言葉が、オペレーター達の心に針で指したような痛みを伴わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れは、悲しいくらいに綺麗だった。

 

赤のグラデーションを鮮やかに魅せる空のキャンパスは、ふと涙を流したくなるほどに繊細だ。

 

「……アスカ、綾波」

 

シンジは両パイロットと通信を行い、作戦について語り合い始めた。

 

「お願いだ、僕はどうしてもレイを助けたい。協力してほしい」

 

『……作戦は、さっきアンタが言ってたプラグ引っこ抜くヤツでいくのね?』

 

「うん。それでいいかな?」

 

『……まあいいわ。今の状況なら、他に良い作戦も思い付かないもの』

 

「ありがとう、アスカ」

 

シンジが礼を述べると、彼女はそっぽを向いた。

 

「綾波も、この作戦でいい?」

 

『ええ、構わないわ。各エヴァの配置は?』

 

「あ、えーと……綾波は目標の固定をお願い」

 

『了解』

 

「ありがとう綾波」

 

『シンジ、私も固定へ回るわ。プラグ引き抜きはアンタに任せるわよ。一番責任重大なんだから、絶対にしくじるんじゃないわよ?』

 

「うん、分かってる」

 

『……碇くんは』

 

「ん?」

 

『本当に、碇レイさんのことが大切なのね』

 

「え!?い、いやその……」

 

突然の言葉に、シンジは思わずどもってしまう。

 

『シンジ、来たわよ』

 

アスカの通信を受けて、シンジは前方を確認した。

 

 

 

ズシン……

 

 

ズシン……

 

 

ズシン……

 

 

ズシン……

 

 

 

……エヴァ参号機。

 

黒々としたその機体は、夕焼けの中で、影法師を形づくっていた。

 

「それじゃ……行くよ!」

 

『『了解!』』

 

零号機が右から、弐号機が左から参号機へ近づく。二機の存在に気がついた参号機は、ぴたりとその場で停止した。

 

『……ファースト』

 

『ええ、分かってる』

 

零号機と弐号機が、一斉に参号機へと迫る。が、参号機は両腕をゴムのように伸ばし、両機の首を掴みにいった。

 

『!?』

 

予測不能だった攻撃に綾波は対処仕切れず、首を絞められる。

 

『くっ!』

 

アスカは間一髪その手を払いのけるが、体制を崩され、その場に尻餅をつく。

 

 

グオオオオオオオオ……

 

 

『うう、ぐ……』

 

低い唸り声を上げて、参号機は零号機の首を締め続ける。

 

『ごめんなさい……』

 

レイはプログレッシブナイフを取り出し、首を握っている手に突き立てた。びくんっ!と手が震えて緩み、その隙に離脱する。

 

「アスカ!綾波!」

 

後方で待機していた初号機だが、この状況を見て、自らも取り押さえに向かう。背後から迫り、目標の首に腕を回した。

 

後方から絞め上げる形になるが、シンジは中にいるレイのことを気遣って、息が止まらない程度の力にとどめている。

 

それが甘かった。

 

 

グオオオオオオ!

 

 

参号機は後頭部で初号機に頭突きを食らわし、腕の力がさらに緩んだ隙に逃げていった。

 

『シンジ!こいつ……!』

 

『うん、強い!』

 

『………………』

 

横に並ぶシンジたちに対面して、参号機はまた、ゆらりゆらりとやって来る。

 

 

 

 

 

 

……戦闘は、苛烈を極めた。

 

三対のエヴァに対し、目標はただの一匹。しかし、シンジたちはどうにもその一匹を止められそうにない。

 

原因は明らかだった。

 

中にいるパイロットを気遣って、生け捕りにしようとする“中途半端な気持ち”が、銃を封じ、ナイフも最低限しか使えなくさせていた。当然、その気持ちが状況を停滞させていることを三人は充分理解している。

 

『はあ……はあ……』

 

三人は全身から汗が吹き出し、操縦レバーを握る手は疲れで震えている。綾波は息が上がりすぎたために軽く咳をし、アスカはこの地獄のような時間に辟易していた。

 

『相手はS2機関搭載の永久電力……こっちは疲労困憊のパイロット三人……。これ以上の長期戦は無理ね』

 

『……嫌だ、絶対にレイを助けるんだ』

 

『アンタバカァ!?このままじゃ、私たちまで殺されるかも知れないのよ!?』

 

そんな風に言い争っていると、参号機は間髪入れず接近してくる。

 

『くっそ!速いのよねこいつ!!』

 

なんとかそれを後退して避け、十分な距離を取る三機。もうこんなイタチごっこが、何回も展開されていた。

 

無論、ゲンドウがそんな光景を許すはずもない。

 

「シンジ、いい加減にしたらどうだ?作戦を切り替え、即座に殲滅に移れ」

 

『嫌だ!!絶対嫌だ!!』

 

「救助は不可能だ。もう諦めろ」

 

『嫌だよ!!僕は……僕は!!レイだけは絶対に助けるんだ!!』

 

「………………」

 

ゲンドウは痺れを切らし、オペレーターへ告げる。

 

「救助作戦は続行不可能だ。直ちに初号機のシンクロを全面カットし、ダミーシステムへ移行を……」

 

と、そこまで言いかけた時……

 

 

 

『ふああああああああ!!!』

 

 

 

シンジは最後の力を振り絞り、参号機に突っ込み、そのまま体当たりする。

 

地面に押さえつけてマウントを取り、目標の右腕をへし折った。

 

 

ベキンッ!!!

 

 

骨が飛び出て、鮮血が吹き出す。

 

『ちょ、ちょっと!?何してるのよシンジ!?』

 

『これしかないんだ!!』

 

ジタバタ暴れる参号機を、歯を食い縛って強引にねじ伏せるシンジ。だが、なおも参号機は離脱しようともがく。

 

慌てて弐号機と零号機が、初号機同様抑えに入る。綾波が左腕を地面に押さえ込んだ隙に、シンジがその肩の付根へナイフを突き立てて、動けなくした。

 

『シ、シンジ!!ホントに何してんのよ!?使徒に乗っ取られてると言っても、神経接続はされてるのよ!?』

 

『レイを助けるには、こいつの動きを完全に封じるしかない!例え、腕を折ったとしても!切り落としたとしても!どうやってでも止めるしかない!!』

 

『だ、だけど、レイはこの痛みが丸々フィードバックするのよ!?』

 

『分かってるよそんなこと!!でも、レイを殺すよりは良い!!』

 

『!』

 

シンジはボロボロと涙を流しながら、喉が焼けるほどに叫び声を上げる。

 

『レイだけなんだ……!僕の気持ちを、僕にしか分からないと思ってた苦しみや悲しみを、唯一共感してくれる人は……!!』

 

 

 

私たち、そっくりだね

 

 

 

『僕だけが、レイの持つ孤独さや淋しさを、寄り添って、共感してあげられるんだ……!』

 

 

 

私、ずっと孤独だったの

 

 

 

『僕はやっと……やっと……』

 

 

 

私たち、私たちなら……

 

 

 

 

 

 

『本当の意味で!!人を好きになれるかも知れないんだ!!!』

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

その言葉を聴いたゲンドウは、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

 

 

『ユイ……オレは君に出逢ったおかげで、本当の意味で人を愛せるようになったかも知れない』

 

 

「………………」

 

「い、碇司令!ダミーシステムに切り替えを行いますか!?」

 

「……いや、しばし待て」

 

ゲンドウは椅子から立ち上がり、必死の形相で人を救おうとする息子を見つめながら、呟いた。

 

「まだ、作戦は終わっていない」

 

 

 

 

『……ぐう!ぐうううう!』

 

初号機が参号機のエントリープラグを引き抜こうとしている。

 

だが、未だに参号機が暴れる上に、プラグにはべったりとアメーバのような使徒が張り付いている。

 

『アスカ!!綾波!!しっかり押さえて!!』

 

『やってるちゅーの!!』

 

『碇くん……!!お願い、早く!!』

 

『うう!!ぐぐぐぐぐ!!』

 

シンジは、14年という生涯の中で出したことのないような力を、この腕に込めた。

 

『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』

 

ブチブチブチブチブチブチ!!

 

 

 

……使徒を引きちぎり、エントリープラグを引き抜いた初号機は、その勢いのまま後ろに倒れた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 伝わる気持ち、伝わらない気持ち

 

 

 

 

 

 

 

……混濁した意識の中から、レイはゆっくりと目覚め始めた。

 

「…………ん」

 

見知った病室の白い天井が、目の前に大きく映される。

 

(私、なんでここにいるの……?)

 

おでこに手を当てて、朧気な記憶を鮮明にしようと努力するレイ。

 

(参号機の起動実験をしてて……そして……)

 

 

 

ボキンッ!!!

 

 

 

「!?」

 

突如脳裏に過ったのは、腕の痛みだった。右腕の骨が飛び出るような、凄まじい激痛を受けたことを、頭でなく感覚で覚えていた。

 

(腕……!)

 

ぺたぺたと両腕を触り合うが、どうやら目立った外傷はないらしい。

 

(ほっ、良かった……腕がなかったらどうしようかと……)

 

彼女はひとまず安心し、お腹にたまった空気を吐いた。

 

(エヴァの神経接続のせいだったのかな……?でも、腕が痛かったこと以外は、あまりよく覚えてない)

 

そんな時、ふと右手側に誰かいる気配を感じた。

 

そこを見ると、シンジがいた。丸椅子に座り、壁に背中をもたれて、静かな寝息を立てて眠っていた。眼の下には、クマができている。

 

「……シンジ、くん?」

 

声をかけると、シンジはうっすらと眼を開けた。

 

「……レイ?」

 

「シンジくん、あの……」

 

「良かった……!起きたんだねレイ」

 

「あの、私……」

 

「良かった……良かったよ本当に……」

 

彼は心底嬉しそうに笑いながら、眼に涙を溜めていた。

 

「シンジくん……どうして私、ここにいるの……?」

 

「……覚えて、ないの?」

 

「……うん、あんまり」

 

「そっか……でも仕方ないよ。あんなことあったなら」

 

シンジは、事の経緯をこと細かに説明した。

 

参号機が使徒に乗っ取られたこと。エヴァ三体でエントリープラグを引き抜き、レイを助けたこと。その後、気絶していた彼女は病院へ運ばれ、丸三日眠っていたこと。

 

「そんなことがあったなんて……」

 

レイは天井をぼんやりと見つめて、その時の事件を彼女なりに想像していた。

 

「じゃあ、シンジくんたちには、迷惑いっぱいかけちゃったね……」

 

「そんな!僕の方こそ……レイが乗ってる参号機の腕を折ったりして……スゴく痛いことしちゃって……」

 

「ううん、いいの。だって助けるためにしてくれたんでしょ?」

 

「うん」

 

「むしろ、そこまでして助けてくれて……私、嬉しい」

 

「……レイ」

 

彼女の濡れた瞳は、真っ直ぐにシンジを見つめていた。当然シンジは照れ臭くなって、自分の指先へと視線を変えた。

 

だが……その指先に、彼女がそっと触れてくる。

 

「私……初めて今、自分からエヴァに乗りたいって思った」

 

「え?」

 

予想外の話を振ってきたレイの顔へ、シンジはまた視線を戻した。

 

「シンジくんもだと思うけど……私、正直言ってエヴァなんて乗りたくなかった。お父さんに誉められたくて、誰かに認めてもらいたくて……“ここにいても良いよ”って言われたくて、乗ってただけなの」

 

「……うん」

 

「自分の居場所を、存在価値を見いだすため……他人のことなんて、別にどうでも良かったの」

 

「うん、僕もだよ」

 

「でも……でもね?私、シンジくんを守るためなら……何回でもエヴァに乗れる」

 

「……レ、レイ……」

 

彼女の手が、シンジの手を優しく握る。

 

「シンジくんに助けてもらって、本当に嬉しいの。私のことを、最後まで見捨てないでいてくれて……本当に、本当に……」

 

す……と、透明な涙が、レイの眼から落ちていく。

 

「シンジくんが私を守ってくれたように、私もシンジくんを目一杯守りたい」

 

「………………」

 

「ああ、どうしよう……私の気持ちが、シンジくんへの気持ちが……たくさんたくさん溢れてくる」

 

ほろほろと零れるその涙を、レイは拭おうとすらしなかった。

 

「シンジくん……シンジくん……」

 

……少年は、少女の手をぎゅっと握り返した。

 

優しく、だが力強く。

 

それはひょっとすると、彼女の想いに対する、少年なりの答えだったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……綾波は、レイの病室へと向かっていた。長い渡り廊下を、てくてくと歩く。かつんかつんと、彼女の足音だけが廊下に寂しく響き渡る。

 

「……?」

 

先客を見つけた。それは、アスカであった。

 

レイの病室の入口横で、壁に背中をもたれながら、眉間にしわを寄せ、何やら考え込んでいる様子だった。

 

「……何をしてるの?」

 

綾波がアスカへ尋ねた。

 

すると、アスカは綾波の顔を見るや否や、「中へは入らないで」と切り捨てるかのような台詞を吐いた。

 

「なぜ?私は彼女の様子を見に来ただけ」

 

「ダメったらダメよ。入れさせないわ」

 

「その根拠は?」

 

「……中に、シンジもいるのよ」

 

「碇くんが?」

 

「そう」

 

「……?よく分からない。なぜ碇くんがいると、中に入れないの?」

 

アスカは頭をくしゃくしゃと掻いて、「あーもう!」と言いながら、綾波の手を掴んで無理矢理その場から離れた。

 

「セカンド、離して」

 

「………………」

 

「手が痛いわ」

 

「………………」

 

アスカはレイの病室から大分離れた場所で、ようやく綾波の手を離した。そして、くるりと彼女へ振り向き、「あのね!」と、怒りに燃えた目で叫んだ。

 

「アンタ、空気が読めないのも大概にしなさいよ!?」

 

「空気を……?しかし、空気は吸うものであり、読むものではないわ」

 

「はあ……アンタらしいド天然な回答ね」

 

首を傾げる綾波に対して、アスカがしかめっ面で説明する。

 

「シンジはレイのことをどう想ってるか、ちょっと考えれば分かるでしょ?」

 

「碇くんが、碇さんのことを?」

 

「『本当の意味で、好きになれるかも知れない』って言ったのよアイツ。これだけで、もう十分分かるじゃない」

 

「……碇くんは、彼女のことが好……」

 

「あーそうそう!そーゆーことだから!」

 

綾波の言葉を、アスカが声で無理矢理遮った。そして、近くにあった横長のベンチに座って、頬杖をつく。

 

「あれだけの啖呵切ったんだもの、その気持ちは絶対嘘じゃないわ。アイツの本心なのよ」

 

「………………」

 

「だから、アイツらを二人だけにさせてあげる義務が、私らにある訳。そこんとこちゃんと分かっときなさいよね」

 

「……セカンド」

 

「何よ?」

 

 

「なんで、泣いてるの?」

 

 

「!」

 

アスカは自分でも気がつかない内に、いつの間にか泣いていたことを指摘された。

 

「やだ!なにこれ!?」

 

拭っても拭っても、それは止まらない。

 

「……あなたも碇くんのこと、好きだったの?」

 

「何言ってんのよ!?バッカじゃない!?」

 

「じゃあ、嫌いなの?」

 

「当たり前よ!あんなナヨナヨしてダサくて冴えなくて、シンクロ率が私をちょーっと超えただけで調子に乗ってポカをするバカで!!エッチで変態でスケベで……!だいたい私には加持さんって言うもっと良い人がいるんだから!シンジなんて全然眼中にもないし、どうでも良いし……」

 

「……………」

 

綾波はアスカの隣に座り、その背中を少しだけ撫でた。

 

「止めて!」

 

アスカが、彼女の手を払いのける。綾波の手は行き先を失った。

 

「アンタにだけは、慰められたくない!!」

 

「……慰めているつもりはないわ」

 

「じゃあ何よ!?この惨めな私を笑ってんの!?」

 

「違うわ。ただ……」

 

背中を丸めて泣くアスカのことを、綾波は何もできずに見守ることしかできなかった。

 

「………………」

 

「………………」

 

しばらくの間、二人に会話はなかった。

 

唯一の音は、アスカのすすり泣く声だけ。それが病院の廊下に、小さく響いている。

 

「………………」

 

だが、それなりに時間が経つと、アスカも落ち着いたみたいだった。泣くのを止めて、ぼんやりと床を見つめている。

 

「シンジはさ」

 

ぽつりと、アスカが話し始めた。

 

「料理が、すっごく得意なのよ」

 

「………………」

 

「私って結構舌が肥えてる方だと思ってたから、たかだかフツーの中学生が作った料理なんて満足できないと思ってたけど、これが案外、バカにできないほど美味しいのよね」

 

「そう」

 

「あと、チェロも得意なのよ。意外よね、そんなのしてそうなイメージないのに」

 

「そう」

 

アスカの語りを聴いても、綾波は静かに合図ちをうつだけ。

 

だが、おそらくそれでいいのだろう。

 

それがきっと、良かったのだろう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾話 大人が忘れた心

「………………」

 

頭に包帯を巻いているリツコは、数枚の資料を片手で持って見ながら、タバコをふかしている。

 

「あ、もう検査終わったのね」

 

扉が開いてミサトが入り、彼女へ骨折してない方の手を振って笑いかける。それを一瞥したリツコは、手を振り返しはしなかったが、口元をほんの少し緩ませた。

 

「どうだった?レイちゃんの検査結果」

 

「そうね、さしたる問題はなし。使徒による精神汚染も無さそうだわ。ただ、腕の神経を痛めているようね。二週間ほどは病院で安静にしておく必要があるわ」

 

「そう。その程度で済んだのなら、本当に良かったわ」

 

ミサトは事務椅子に腰かけて、少し座席の高さを低くした。

 

「それからミサト、彼女が退院した後、再度参号機の起動実験を行うわ。もちろんあなたにも同行してもらうわよ」

 

「え?またやるのあれ」

 

「当たり前よ。幸いにも参号機は修復可能な段階で使徒を殲滅できたし、第一これはパイロット本人からの申し立てなのよ?」

 

「レイちゃんが?」

 

「『もし参号機に乗せてもらえるなら、乗せてほしい』とね」

 

「……怖くないのかしら?」

 

「さあ。まあどっちにしても、本人にやる気があるのは結構なことだわ」

 

「……そうね」

 

椅子をくるくると回しながら、ミサトは思い出したかのように呟いた。

 

「それにしても、がっつりイバラの道進んでるらしいわね、あの二人」

 

「そうね。ネルフ本部内でも、ちょっとした話題になってるわ。参号機を止める時の叫びが」

 

「『本当の意味で好きになれるかも知れないんだー!』って言ったんだってね?こりゃあ、告白したのも同然な勢いよねー」

 

「ホント、前までのシンジくんでは考えられない出来事ね」

 

「その現場見てみたかったな~」

 

「何言ってるのよ」

 

ミサトはケラケラと笑っていたが、次第にそれを止め、優しげな微笑みとシフトチェンジする。

 

「……ねえリツコ、私……あの二人のこと、応援してあげたいわ。例えイバラの道だったとしても」

 

「………………」

 

「ずっと他人に距離を取っていた二人が、ようやく歩み寄れる相手を見つけたのよ?今まで本気で、誰かを好きになったことがなかった子達がやっとこさ見つけた相手を……『遺伝子情報が近いから』って理由で反古にしてあげたくないのよ」

 

「………………」

 

「今だけでもさ、後先なんて考えず、真っ直ぐで純情な恋愛をさせてあげましょうよ。大人になったら、そんな気持ちって無くなっちゃうものだし」

 

「……純情な恋愛、ね」

 

ふと、リツコの頭にゲンドウの顔が浮かんだ。

 

「……そうね。少なくとも今の私には無理だわ」

 

「え?」

 

「何でもない」

 

リツコは素知らぬ態度を取って、タバコを火を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……シンジがレイのお見舞いを毎日欠かさず行っているのは、ネルフ本部の中では有名な話だった。

 

パラレルワールドの同一人物でありながら、性別が異なっていて、それ故に惹かれ合う二人。そんな彼らの仲に特別な視線が注がれることは、仕方のないことであった。

 

だが、ネルフ職員がシンジたちの仲を話題にする理由は、何もその特殊な状況だけではなかった。

 

 

ある日のこと、シンジがいつも通りレイの病室へ行こうとしていると、声をかけてきた人たちがいた。オペレーターを勤める、青葉、日向、そして伊吹の三人だった。

 

「シンジくん、今からレイちゃんのところへ行くのかい?」

 

青葉に言われ「ええ、そうです」と答えながらうなずくシンジ。すると、伊吹が彼へ紙袋を手渡していた。

 

「これ、私たち三人から。レイちゃんと仲良く食べてね?」

 

「え?」

 

シンジは中を確認すると、お高めそうなチョコレートの詰め合わせが入っていた。

 

「あの……どうして僕たちに?」

 

もっともな質問を投げ掛けるシンジに、日向が回答した。

 

「碇司令から参号機の殲滅命令が下っても、シンジくんは決してレイちゃんを助けることを諦めなかった。最後はレイちゃんが痛い思いをするのを分かっていながらも、腕を折り、切り落として、結果助けることができた。僕らはね、君のしたことに……感動、って言うと大袈裟に聴こえるかも知れないが、でも、とても嬉しかったし、誇らしかったんだよ」

 

「……は、はあ」

 

少し話が理解できないといった顔をするシンジに、伊吹が話を補足した。

 

「私たちにとって、上からの命令は絶対なの。こういう特殊な組織にとっては仕方ないことなんだけどね……。だから、時々私も『こんなことしたくないな』って思うような仕事を、自分の意見を殺して処理することも多々あるわ」

 

「……はい」

 

「そういうことを続けていくとね、次第に自分の感覚がおかしくなってくるのよ。良いことと悪いことの判別よりも、仕事を早く処理しなきゃっていう方面へ考えが変わっちゃうからね」

 

「………………」

 

「でもそんな時、シンジくんが参号機と戦っている姿を見て、『ああやっぱり、人はこうあるべきだ』って思ったの。目的のためなら手段を選ばず、他人を見殺しにしてでも目標を殲滅する……。もちろん、状況によってはそういう選択をしなければならない時も、あるかも知れない。だけど……それでも『人を助けたい』って思う気持ちは忘れないでおきたいなって、本当に心からそう思ったわ」

 

三人は、シンジに優しげな微笑みを向けて、それぞれ声をかけてくれた。

 

「シンジくん。レイちゃんのこと、大事にしてあげてね?」

 

「君たちの仲がいつまでも続くことを、僕らは願っているよ」

 

「今の気持ちを忘れることなく、そのまま真っ直ぐに生きてくれ。スれた大人が忘れちまった、純粋な気持ちをな」

 

……シンジには、大人の気持ちは半分も分からない。

 

だけど、その時彼ら三人が見せてくれた微笑みは、絶対に忘れないでおこうと、心に誓ったのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾壱話 二回目の……

参号機の起動実験から、一週間が経過した。今日も今日とて、シンジはレイのお見舞いに来ている。

 

「おはよう、レイ」

 

「おはようシンジくん!」

 

シンジが病室へ入ってくると、レイはぱっと花が咲いたような眩しい笑顔を見せる。シンジはそれが、いつも嬉しくて仕方なかった。

 

「今度は加持さんからお菓子を貰ったよ。ほら、あの駅前のパティシエ屋さんの作ったシュークリーム」

 

「わ!やった!あそこのお菓子って一度食べてみたかったんだよね」

 

シンジは丸椅子に座り、箱を開けてシュークリームをひとつ取る。

 

「はい、どうぞレイ」

 

「……んー」

 

「え?いらないの?」

 

「そーじゃなくて、んー」

 

「??」

 

「私ね、今は腕痛めてるでしょ?」

 

「うん」

 

「食べさせてさせてほしいなー、なんて」

 

「!?」

 

「ダメ、かな?」

 

レイはわざと上目遣いをして、シンジを困らせた。

 

「じ、じゃあ、その……レイ、口を開けて?」

 

「『あ~ん』ってゆって?」

 

「……あ、あ~ん」

 

「あ~ん♡」

 

パクッと小さく齧ったレイは、実に満足そうに頬を緩ませた。

 

「美味しい~!やっぱり人気なだけあるね!」

 

「そっか、良かった」

 

「シンジくん、ちょうだい?」

 

「あ、あ~ん……」

 

「ん~!今度は私も買いに行っちゃおうかな~」

 

「……レイってば、意外と甘えたがりなんだね」

 

「心を許した相手には遠慮がないの、私は」

 

「ああ、そう言えば僕も、加持さんにそんなこと言われたな」

 

「やっぱり、私たちそっくりだね」

 

「そうだね」

 

シンジも自分用のシュークリームを手に取り、口へと運んだ。二人で仲良くそれを食べ終わり、「ご馳走さま」という声がハモる。

 

「でも、マヤさんたちからもチョコレート貰ったし、鈴原くんたちも色々くれたし、最近ちょっと貰うのが申し訳なくなってきちゃったな」

 

「あ~それ分かるかも。優しくされすぎると、怖くなるよね」

 

「『私のこと嫌いになったら、もう優しくしてくれなくなるのかな……?』なんてこと、想像しちゃうよね」

 

「そうそう、僕も同じだ。だからずっと、嫌われることに怯えてる」

 

「……でも、私は絶対、シンジくんのこと嫌いにならないよ」

 

「………………」

 

「この世で一番、私の気持ちを分かってくれる、そして分かってあげられる人だもん。私はいつまでも、シンジくんのそばにいるよ」

 

「……うん、僕もだよ。僕もレイのそばに、必ずいるよ」

 

「ありがとう、シンジくん」

 

彼女の頬が、ほんのりと赤くなっていた。愛を込めた視線を、シンジへとぶつけてくる。

 

そして……

 

 

 

シンジの唇を奪った。

 

 

 

「!?」

 

突然のことに戸惑うシンジ。心臓が胸から飛び出しそうなほどに鼓動し、全身の体温が一気に上昇する。

 

「………………」

 

レイはゆっくりとシンジから離れ、じっと彼の顔を見つめる。そして、恥ずかしそうに、だが幸せそうに微笑む。

 

 

「好き……」

 

 

……緊張の余り、シンジはごくりと生唾を飲んだ。

 

彼女も彼女で緊張しているのだろう、布団で口元を隠し、小さな声で独り言を言った。

 

「へへへ、私、キスなんて“初めて”しちゃった」

 

「!?」

 

その言葉に……シンジはドキリとした。

 

さっきまでの幸福感が一瞬で消え去り、今度は心臓を冷えた手で捕まれているような、嫌な緊張感が生まれた。

 

「シンジくんも、きっと“初めて”だよね?私たち、一緒だもんね?」

 

レイの笑顔が、シンジの胸を締め付ける。

 

彼の脳裏には、『あの時の事』がフラッシュバックしていた。

 

 

 

『ねえシンジ、キスしようか』

 

 

 

あれが、彼のファーストキス。

 

レイが“初めて”ではない。

 

「………………」

 

シンジが貝のように押し黙ってしまった様子を見て、さすがのレイも怪訝な顔をし始めた。

 

「……?どうしたの?シンジくん」

 

「あ、いや…………その……」

 

「キスされるの、イヤだった……?」

 

「そんなこと!そんなことないよ!嬉しかったよ!ただ……」

 

「ただ?」

 

「あの……」

 

シンジは拳をぎゅっと握り締めて、顔をうつむかせる。その時、レイの直感が全てを察した。

 

「もしかして……初めてじゃなかったの?」

 

「………………」

 

「誰……?」

 

「何、が?」

 

「初めての人」

 

「………………」

 

彼女は膝を曲げて座り、シンジから眼をそらす。

 

「……ア、アスカ、だよ」

 

「………………」

 

「でも、あれはほんの遊びだったんだ!アスカとは別に付き合ってもないし、向こうから『暇だからキスしよう』って言ってきて、ただそれだけで……」

 

「暇だからキスしようなんて、あり得ないよ」

 

レイの声は、震えていた。眼から二滴、三滴と……涙が頬を伝って落ちる。

 

「今の私なら、よく分かるもん。好きな人とじゃないと、キスなんて……ましてや暇だからなんて、そんなの……」

 

「でも本当なんだ!本当にアスカがそう言って……」

 

「………………」

 

とうとう、彼女は肩を震わせて泣き始めた。

 

「お願い、今は一人にさせて……」

 

「………………」

 

シンジは言われた通りに、病室から出ていった。

 

出る直前、一度だけ彼女の方へ振り向いたが、彼はかける言葉が見つからず、そのまま出ていく他なかった。

 

「……最低だ、俺って」

 

シンジはぽつりと、そう呟いた。

 

そんな時だった。

 

 

 

ウウウウウウウウウウ……

 

 

 

……サイレンが響いた。

 

この第三新東京市に来てから、何度も聞いたこの音。シンジの責務が発生したことを告げるこの音。なぜ今……こんな時にと、何度も思ったこの音。

 

「……使徒だ」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾弐話 約束したから

「総員、第一種戦闘配置!」

 

発令所で、もう何度も聞きなれた単語が響き渡る。慌ただしく動くその場所へ、ミサトが走ってやって来る。

 

「ミサト、遅刻よ」

 

リツコがピシリと彼女へ伝え、「ごめん!」と即座に謝るミサト。

 

「状況は!?」

 

「目標……第14使徒は現在、駒ヶ丘防衛ラインに接近中!」

 

「すぐに迎撃して!」

 

「了解!迎撃します!」

 

オペレーターの操作により、山岳地帯に装備されている砲口が使徒に向かって照準が当てられ、無数の砲撃や銃撃が発砲される。

 

だが……目標には全く効果はなかった。

 

 

 

ピカッ!!!

 

 

 

使徒の眼が光った。

 

それと同時に、山岳地帯に装備されていた武装兵器のほとんどが、一瞬にして焼けた。

 

「こ、駒ヶ丘防衛ライン、85%壊滅!」

 

「何ですって!?」

 

「こうもあっさりと攻略されるなんて……今回の使徒は、物理的に厄介な相手ね」

 

ミサトとリツコの額に、脂汗が浮かぶ。

 

「エヴァ三機を出撃させて!」

 

「“どの”三機ですか!?」

 

「初号機、零号機、及び弐号機の三機で挑むわ!まだ参号機は修復が不完全だし、そもそもパイロット自体が負傷してて、とても戦闘には出られないわ!」

 

「了解!エヴァ三機、発進!」

 

命令を受け、地上へと送られるエヴァたち。

 

「リフトオフ!」

 

エヴァ三機は、目標から見て弐号機が一時の方角、初号機が五時の方角、零号機が七時の方角に、それぞれ等間隔の距離を保っており、全員大量の銃を抱えている。

 

「まずは今の距離を保ちつつ、全員で総攻撃!敵の対応を伺うわ!もし何らかの反撃をしてきた場合は、随時それに応変して!」

 

『『『了解!』』』

 

ミサトの言葉に、はっきりと返事をするチルドレンたち。エヴァ三機が目標に向かい、ありとあらゆる砲撃を食らわす。マシンガンやランチャーなど、弾を惜しみ無く使い、爆煙が辺りを包む。

 

だが、使徒には蚊に刺されたほどのダメージも効いた様子がなく、その場を微動だにしない。

 

『何なのよこいつ!A.T.フィールドは中和してるはずなのに!』

 

アスカが歯軋りしながら撃ち続ける。

 

『効かない……!敵の防御力が高すぎるんだ!』

 

シンジも同じく銃を撃ってはいるが、それは無駄な行為だとだんだん理解し始める。

 

ある程度撃ち尽くしてしまい、数秒ほど銃撃が止んだ瞬間があった。その瞬間に、目標はエヴァ初号機へと体を向けた。

 

そして、折りたたんでいた布状の腕を広げて、初号機へ向かって付き出してきた。

 

『!?』

 

長く距離を取っているにも関わらず、その腕は瞬時に初号機へと到達していた。シンジは咄嗟に避けはしたが、右腕の肘から先が、鋭利な切り口を残して消えた。

 

『うわあああああ!!!』

 

血が吹き出す右腕を押さえて、膝をつく初号機。そこを空かさず狙う使徒の腕。

 

狙うは……初号機の首から上。

 

『シンジ!』

 

『碇くん!』

 

二人の声が飛び交う。

 

『くっ!』

 

初号機は地面すれすれまで頭を下げて、使徒の攻撃を避けた。

 

『遠距離は向こうの十八番……なら!』

 

弐号機は特大の銃を抱えて、使徒へ一気に距離を詰めに行った。

 

今敵は、初号機の方向を向いており、腕もまだそちらの方へ伸ばした状態だ。ならば、いきなり接近しきてきた相手の対応には数瞬遅れがあるはずだとアスカは読んでいた。

 

事実、使徒はすぐに腕を引っ込めて、向かってくる弐号機へ方向転換しようとするが、既にアスカが懐へ侵入していた。彼女のスピードが勝ったのだ。

 

『ゼロ距離よ!!』

 

砲口を目標のコアへぴったりとつけて、引き金に手をかける。

 

だが……

 

 

 

ピカッ!!!

 

『!?』

 

 

 

ズドドドドドドドドドドドンッ!!!

 

 

 

光の火柱が、弐号機の周囲にいくつも立ち上った。

 

辛うじて後方にバク転してその攻撃を避けていたアスカだったが、銃を置き去りにしてしまった。

 

その銃は、もう跡形もなく蒸発していた。

 

『ダメっ!迂闊に近寄れない!』

 

アスカの手と足の裏に、べったりと汗が滲んでいた。使徒が弐号機の脚を狙って腕を走らせる。

 

 

ザシュッ!!!

 

 

両足首を切り落とされたアスカは、歩行能力を失い、その場に仰向けに倒れてしまう。

 

『ぐうっ……うう……!!』

 

使徒がさらに、弐号機へと近づき、腹部に腕を射し込んだ。

 

血が勢いよく吹き出し、使徒の身体に飛び散った。

 

『いやあああああああああ!!!』

 

激痛に悶えるアスカの叫び声が、発令所に響き渡る。

 

「弐号機のシンクロをカット!!早く!!」

 

ミサトの指示により、弐号機は強制的に活動を停止された。

 

『ア……アスカ……!!』

 

初号機は無くなった右腕から血を垂らしながら、ゆらゆらと立ち上がった。

 

『助けなきゃ……アスカを……助けなきゃ…!!』

 

シンジの頭を、レイの言葉が掠めた。

 

 

“好きな人とじゃないと、キスなんて……”

 

 

『アスカ……僕は……僕は!!』

 

シンジが力一杯、レバーを握る。

 

『君の気持ちも!レイの気持ちも!みんな無下にしてしまった!』

 

零号機が、使徒に向かって背後から接近していた。手にはソニックグレイブという薙刀を所有している。その刃の先を、使徒に突き立てようとするが……

 

 

ギイイイイイイイイインッ!!

 

 

これでもかというほどに厚いA.T.フィールドが展開され、薙刀は使徒の肉体まで届かない。

 

『(背後から来るのを気づかれていた……!)A.T.フィールド全開!』

 

零号機も負けじと展開し、何とか突破しようと試みる。

 

が……目標は180度方向を変えて、零号機と向き合った。そして、首を目掛けて腕を伸ばした。

 

『!?』

 

 

 

スパンッ!!!

 

 

 

胴体から、頭が完全に切り離された。

 

「零号機、大破!再起不能!」

 

日向が叫ぶ。

 

「レイは!?」

 

「無事です!生きてます!!」

 

直前に誰かが神経接続を絶っていたため、幸いにも彼女は助かった。だが……もうこれで、零、弐の両機は戦えない。

 

『綾波……!!!アスカ……!!!』

 

頭に血が上ったシンジは、咆哮をあげて突撃した。

 

『ふあああああああああああああああああ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……病室。

 

レイは膝を抱えて、眼を真っ赤にはらしていた。

 

「……シンジくん」

 

口を突いたのは、彼の名前だった。

 

(どうして……どうしてアスカと……)

 

彼女の心に渦巻くのは、惨めな嫉妬。どうしようもない妬みだった。その感情の大きさは、彼女のコンプレックスの度合いに比例していた。

 

レイから見て、アスカは憧れの存在だ。

 

凛として自分の意見を持っていて、前向きで、かつ可愛くてプロポーションも良い。だがレイは、お世辞にも前向きとは言えない性格で、スタイルもアスカと比べると良いとは言えない。もちろん、彼女なりの魅力があるはずなのだが……

 

おまけに、レイはシンジと同じく自己評価が低い。アスカと自分を比べると、どうしても自分のことを必要以上に下げてしまう。

 

それ故に、嫉妬の炎は大きさを増す。

 

(アスカ……憎い……すごく……憎い……)

 

(それに、シンジくんもシンジくんだよ。アスカの誘いにのるなんて……キスってそんなに軽いものなの?)

 

(ああ……こんな感情、ダメだって分かってるけど……でも、でも……)

 

彼女も、頭では理解している。自分が来る前の話なら、シンジが何をしていても変えようがないことを。これは例えるなら、初めてできた彼氏の元カノを妬んでいる状況だ。

 

だが……心とは、理屈だけで整理できるものではない。自分が初めてだったキスは、やはり相手も初めてでいて欲しかったのだ。

 

自分と同じ境遇だと思っていたなら、尚更。

 

「くう……ううう……」

 

胸を押さえて、涙を溢すレイ。

 

 

 

……ズズズン……ズン……

 

 

 

遠くから聞こえた爆発音と共に、施設内が少しだけ揺れた。不安と恐怖に包まれて、彼女は余計に縮こまった。

 

その時、病室へ来訪者が訪れた。

 

「やあ、碇レイちゃんだね?」

 

それは、加持リョウジであった。

 

「加持……さん?」

 

「いやはや、こうして実際に顔を拝見するのは初めてだが、君は本当にシンジくんそっくりだな」

 

加持はニヒルな笑いを浮かべ、彼女へ挨拶する。

 

「どうしてここへ……?」

 

「使徒との交戦が始まったんでね、何かあれば君を守る役目がついたのさ」

 

ふと、彼はレイの顔を一度見て、さっきまで泣いていたことを察した。

 

「……怖かったのかい?ここにいたのが」

 

「え……?あ、いや、それもありますけど……私……」

 

「……シンジくん、か」

 

「え!?何でそれを……」

 

「眼を見れば分かるさ。君のは、切ない気持ちを抑え込んでいる眼だ」

 

「そ、そんな……恥ずかしいです」

 

レイは顔をうつむかせ、耳まで赤くなっていた。

 

「喧嘩でもしたのかい?」

 

「……喧嘩っていうか、その……」

 

そこから先に言葉が出せない様子のレイを見て、加持は先回りしてこう答えた。

 

「言いたくなければ、言わなくていいさ。無理に訊いてすまなかったね」

 

「いえ……そんな……」

 

「ただ、これだけは一つ、言わせてほしい」

 

加持は口元に笑いを浮かべながらも、眼は真剣にレイを見つめていた。

 

「恋は、上手くいかないことも含めて、楽しむものさ」

 

「!」

 

「何もかもが自分の期待通りになるなんて、それは無理な話だ。人は自分とは違う。完全に分かり合えるなんてことはできない。なら、その違いを楽しむことだ。そうしたら、きっとシンジくんのことを、本当の意味で愛せるようになる」

 

「………………」

 

「とは言え、人間同士が付き合うんだ、喧嘩するのも仕方ないさ。そういう時もある。だが、大事なのはその後だ。例え別れるにしても、自分の悔いが残らないかどうかを、きちんと考えた方がいいな」

 

 

 

ズズズン……!

 

 

 

また施設内が揺れた。

 

加持が天井を見上げて、「苦戦しているみたいだな」と一言呟く。

 

「……加持さん」

 

「ん?」

 

「お願いが、あります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……初号機は、山を背にして仰向けに倒れていた。

 

両腕とも、肩から先がない。

 

山に初号機の血がドクドクと流れ出て、樹を押し倒していった。

 

『かあ……かはっ……』

 

シンジの口から胃液が漏れる。

 

アンビリカルケーブルが断線してから、既に5分が経過した。もう初号機は、一歩も動くことはできない。

 

 

ズズズズズズズ……

 

 

使徒は、初号機の元へとやって来る。

 

初号機の善戦により、使徒もまたダメージを少しは受けていた。右目を無くし、ところどころに切り傷がつけられている。

 

だが、それだけだ。

 

『ちくしょう…!ちくしょうちくしょうちくしょう!!』

 

シンジの眼から、悔し涙が溢れた。

 

「マズイ!初号機のエントリープラグを強制射出して!」

 

ミサトはパイロット保護のための処置をとろうとするが……

 

「ダメです!完全に制御不能です!」

 

「なんですって!?」

 

何が起きているのか、エヴァは射出の通信を受諾しない。

 

「シンジくん!!」

 

使徒の眼が、初号機に目掛けて光りだす。

 

誰もがもう終わりだと思ったその時……

 

 

 

ガンッ!!!

 

 

 

使徒の顔面を、横から思い切り殴りつける者が現れた。

 

「エヴァ参号機!?」

 

ミサトは、エントリープラグが挿入されているのを確認する。

 

「レイちゃん!?」

 

『ふあああああああああ!!』

 

使徒を左拳で殴り、怯んだところをさらに蹴り飛ばす。

 

そしてプログレッシブナイフを手に持ち、顔目掛けて何回も突き刺す。その度に、大量の血が溢れ出す。

 

「正式な起動実験もしていないのに、参号機を駆動させるのは危険だわ!」

 

「レイちゃん!シンジくんの使っていたライフルが近くに落ちているわ!それを使って!」

 

「ミサト!?本気なの!?パイロットも負傷しているのよ!?」

 

「じゃあ他に誰が戦えるのよ!!」

 

ミサトたちの声が初号機内に届き、外の様子が見えなくても、参号機がやって来たことをシンジは理解できた。

 

「レイ……どうして……?」

 

そう口にしながらも、シンジはレイの言葉を覚えていた。

 

 

『 私、シンジくんを守るためなら……何回でもエヴァに乗れる』

 

 

 

 

 

 

「そうだ、それでいい」

 

加持がスイカに水をやりながら、参号機の奮闘する姿を見上げている。

 

「後悔が残らないようにするには、今できることを精一杯やることだ。君には、君にしかできないことがある。頑張ってくれ、レイちゃん」

 

 

 

 

『はあ!はあ!』

 

参号機は、思いの外善戦していた。

 

レイが持つ土壇場での粘り強さが、その勝負に現れていた。

 

『うっ!?』

 

だが、腕を負傷しているせいで、時々痛みに顔をしかめることがある。

 

そういう時、参号機は一瞬止まってしまう。そんな隙を、使徒が逃すはずがない。

 

『痛っ!!』

 

横っ腹を、使徒の腕が少し掠めた。血が、装甲の上を垂れていく。

 

「やっぱり、今の参号機とレイちゃんじゃ、あの使徒を倒すのは……!」

 

ミサトは、参号機と使徒の戦闘を苦い顔で見つめる。

 

すると、参号機が何やら妙な行動に移りだした。使徒を思い切り抱きしめて、完全に密着したのである。

 

「……?一体レイちゃんは、何が狙いなのかしら……?」

 

意図が掴めずにいると、レイは地面にあったひとつの“爆弾”を掴みあげていた。

 

「あれは、N2爆弾!?」

 

「なぜあんなところに!!」

 

「まさか……レイちゃんは最初から!」

 

自爆する気だったの!?

 

……ミサトの言葉が言い終わらない内に、その爆弾は使徒のコア近くで光を伴い、爆発した。

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

主モニターには、真っ白な爆発風景が映される。

 

全員が固唾を飲んで見守る中、ようやくエヴァたちの姿が映し出された。

 

「!?」

 

そこにあったのは、爆発で負傷し、倒れた参号機と、なおも立ったままの使徒の姿であった。

 

「なんてこと……」

 

さすがのリツコも青ざめていた。

 

使徒は移動を始め、また初号機の元へと向かっていく。おそらく、トドメを刺し損ねたと思っていたのだろう。

 

「くっ!!初号機のプラグ排出は本当にダメなの!?」

 

「はい!依然として動きません!原因不明です!」

 

「なんでこんな時に……!」

 

とうとう使徒は、初号機の前まで戻ってきた。そして、初号機の胸に向かって腕を伸ばす。

 

ミサトは思わず、眼を瞑ってしまった。

 

 

 

ザシュッ!!

 

 

 

 

「……な、なんて」

 

「まさか、そこまで……」

 

「そんな……」

 

周りのどよめきを聴いて、ミサトもうっすらと眼を開けた。

 

使徒の腕は、初号機の胸に届いていなかった。

 

参号機の背中が、それを防いだからである。

 

「レイ、ちゃん……」

 

参号機は、初号機を抱き締めた。そして、そこから先は、少しも動こうとしなかった。

 

使徒の攻撃で、参号機の背中はどんどん傷ついていく肉は削がれ、血が流れた。だが絶対に、参号機は初号機を離さなかった。

 

「そこまで、シンジくんのことを……」

 

ミサトはぽつりと呟いた。

 

「レイちゃん……」

 

マヤが、口を押さえて泣いていた。

 

発令所は、異様なまでに沈黙していた。

 

使徒はなおも攻撃を続けている。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾参話 真夜中の孤独

……なんで。

 

なんでレイ、僕のことそこまで……。

 

死んじゃうかも知れないのに。

 

僕は……僕はそこまでして、君に守ってもらうほどの、価値のある人間なんかじゃない。君の期待を裏切って、傷つけてしまった。

 

失望させてしまった。

 

そうだよ、アスカの言うように、僕はバカなんだ。バカシンジなんだ。アスカの気持ちにも気がつけずに、レイのことまで傷つける……バカなんだ。

 

悪いのは全部僕なのに。

 

どうして?……レイ。

 

 

『私は絶対……』

 

 

……う。

 

 

『シンジくんのこと、嫌いにならないよ』

 

 

……うう、うううう。

 

 

『この世で一番、私の気持ちを分かってくれる、そして分かってあげられる人だもん』

 

 

 

でも僕は!!

 

君を、悲しませてしまった……

 

 

 

『私はいつまでも、シンジくんのそばにいるよ』

 

 

 

…………………

 

 

『お願い、今は一人にさせて……』

 

 

 

嫌だ!!

 

嫌だ!!嫌だ!!嫌だ!!

 

あれが終わりだなんて……あれで最後だなんて!!絶対に嫌だ!!

 

僕が君を傷つけられたのに……それでもこんな僕のことを守ってくれる!!

 

こんな僕のことを、好きでいてくれてる!!

 

ねえ!!動いてよ!!

 

お願いだよ初号機!!

 

僕はまた、レイに会いたいんだ!!

 

会って話がしたい!!

 

レイのピアノを聴きたい!!

 

僕のチェロを聴かせたい!!

 

一緒にまた料理がしたい!!

 

レイに……レイに……

 

 

 

 

 

好きだって言いたいんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ドクン

 

 

 

 

 

 

初号機の眼に、光が灯った。

 

 

 

ガキンッ!!

 

 

 

参号機の背中の後ろには、巨大なA.T.フィールドが立ち塞がっていた。

 

それは、初号機が展開したものだった。

 

使徒はそれを何度も壊そうと試みるが、びくともしない。

 

 

フーーー……フーーー……

 

 

初号機の口元が開き、ぎらりと牙が見え隠れする。

 

「エ、エヴァ再起動!!」

 

マヤの感嘆の声が、発令所内に響く。

 

ゆらりと立ち上がる初号機の姿は、決して殺せぬ亡霊のような、或いは甦った死者のような……

 

 

「そんな、あり得ません……シンジくんのシンクロ率が400%を超えています!」

 

「やはり目覚めたのね……彼女が」

 

 

フーーー……フーーー……

 

 

獣が息を漏らす時のような声が、初号機のアギトから溢れ出す。

 

そして、ぎらついた牙を存分に見せつけながら、エヴァは吠えた。

 

 

 

ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 

狼の如き遠吠えは、第3新東京市全体を震えさせた。

 

だが、使徒は負けじと初号機に攻撃する。自慢の腕を伸ばし、顔を切り裂こうとする。

 

初号機が紙一重でそれを躱すと、使徒を思い切り蹴り倒した。

 

 

ズズンッ!!!

 

 

仰向けに倒された使徒だが、それでもなお眼を光らせて、初号機に照準を合わせる。

 

が、そんな使徒の顔を、初号機は思い切り踏み抜いた。ぐちゃりと音を立てて血が吹き出す。

 

それでも飽きたらないという風な初号機は、さらに脚を上げて、何回も使徒の顔を踏み抜いた。

 

何回も何回も何回も何回も何回も何回も……

 

 

グウウウウウ……グルルルル…………

 

 

そして……ミンチのように原型を留めなくなった使徒の顔を、初号機が四つん這いになって食い散らす。

 

 

 

ぞぶっ

 

ぐち、ぐち

 

みちゃみちゃ

 

ぎち、ぎちぎちぎち

 

 

 

「オエッ……!!」

 

女性オペレーターのほとんどは、その光景を直視できずにいた。

 

「まさか……S2機関を自ら取り込もうというの!?」

 

あのリツコでさえ、この暴力的であまりに血生臭い場面には、戦慄せざるを得なかった。

 

 

肉の千切れる音がする。

 

血の垂れる音がする。

 

骨の砕ける音がする。

 

歯の擦れる音がする。

 

 

 

生き物を殺す音がする。

 

 

 

ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 

口周りを血で染めた初号機の咆哮は、遥かなる天へと上っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは、どう状況を理解すれば良いのかしら?」

 

そう呟いたのは、ミサトである。

 

モニターに映されている無人のエントリープラグを見つめて、彼女は腕を組む。

 

「シンジくんは、確かに乗っていた。けど、“ここにはいない”……。一体どういうことなの?リツコ」

 

「シンクロ率400%……これがその代償よ」

 

「代償?」

 

「シンジくんは今、エヴァと一体化してしまったのよ。いえ、取り込まれたと言う方が正しいかしら?」

 

「つまり、シンクロ……なんて生易しいものじゃなく、エヴァそのものとリンクしちゃったってこと?」

 

「そうね」

 

「……それって、もう助からないの?ちゃんと肉体をまた持って、帰って来れるの?こんなの……私、レイちゃんに何て言えばいいか……」

 

下唇を噛んで眉間にしわを寄せるミサトへ、リツコが告げた。

 

「もちろん、パイロットのサルベージ計画は遂行するつもりよ。ただし、結果はあまり期待しないことね」

 

「どうしてよ?」

 

「成功例がないからよ」

 

その答えを聴いた瞬間、ミサトの身体は硬直した。

 

「 前にも同じような実験を行った記録があるけど、その時は失敗しているわ」

 

 

 

 

 

「………………」

 

ミサトはうつむいたまま、レイがまた入院している病室へと向かった。

 

「ミサトさん!」

 

そこに入るや否や、レイからの質問攻めを食らうはめになった。

 

「シンジくんはどうでしたか?あの使徒戦からもう三日……シンジくんの安否をまだ教えてもらえてないんです。無事……ですよね?そうですよね?」

 

「……レイちゃん」

 

彼女の今にも泣きそうな瞳のせいで、ミサトは逃げるように視線をそらした。

 

「……今の段階では、なんとも言えないわ」

 

「そんな!ミサトさん、はぐらかさないで!」

 

決死の表情で迫ってくるレイに対して、ミサトはもう、これ以上はぐらかすのは失礼だと考えた。

 

「……シンジくんはね?この前の使徒戦でシンクロ率が400%を超える異常事態に巻き込まれたの。そのせいで……今のシンジくんは、エヴァと一体化しているわ」

 

「エヴァと、一体化……?」

 

「でも大丈夫、リツコがサルベージ計画を進めてくれているわ。きっと彼、元気に帰ってくるわよ」

 

「………………」

 

「そう不安そうな顔しないで?彼のことは私たちに任せて、レイちゃんは自分の身体を休ませることに専念しなさい。この前のは、ちょっち無理しすぎよ?」

 

「……はい」

 

素直に答えるレイの頭を、ミサトが優しく撫でてあげた。

 

 

 

 

 

 

……数日後。

 

ようやく退院できたレイは、ミサト宅へと帰ることができた。先に家へ帰されていたアスカが、レイを見て「おかえり」と言った。

 

「そういえば、今日が退院だったわね」

 

「……うん」

 

レイはどこか、アスカと視線を合わせないようにしている節が見受けられた。アスカもそれには気づいていたが、とりあえず今は触れないでおいた。

 

「もう19時か。アンタ、お腹空いてない?」

 

「うん」

 

「冷蔵庫にあるミサトのゲロマズカレーと、戸棚にある無難なカップ麺と、どっち食べる?」

 

「うん」

 

「……カップ麺、用意しとくわよ?」

 

「うん」

 

「………………」

 

ずっと上の空なレイを見て、アスカはふうとため息をついた。

 

「……ねえ、アスカ」

 

「何よ?」

 

「シンジくんのこと、好き?」

 

「はあっ!?」

 

「お願い、教えて」

 

「………………」

 

アスカは眼にかかった髪を耳にかけて、レイをちらりと一瞥してから答えた。

 

「アンタの方がよっぽど好きでしょ?」

 

「………………」

 

「私は“もう”、あんなヤツ興味ないわよ」

 

「……ごめんね、アスカ」

 

「もー辛気臭い顔までシンジそっくりなんだから!こういう時くらい“ごめん”じゃなくて“ありがとう”の方にシフトチェンジできないわけ!?」

 

「うん……ありがとう」

 

「ふん!」

 

そっぽを向いてレイに背中を向けると、アスカが「お似合いよ、アンタたち」と一言だけ告げて、それ以降は全く話さなかった。

 

 

 

 

……真夜中。

 

胸に沸き上がる妙なざわざわ感のせいで中々寝付けなかったレイは、とうとうむくっと起き出した。

 

隣には、アスカが静かに眠っている。

 

「………………」

 

部屋を抜け出すと、真っ暗なリビングが出迎えた。

 

手探りでスイッチを入れて、電気をつける。いきなり眩しくなったため、レイは少し顔をしかめた。

 

コップに水をくみ、それを一気に飲み干すと、少し胸のざわざわが取れた気がした。

 

「……シンジくん」

 

彼女の頭の中は、彼のことで一杯だ。

 

アスカとキスをしていたことは、今でも辛いし、悲しい。それでも彼女は、シンジのことが好きだった。

 

“自分らしく”あっていい、“線引き”をしなくていい……そんな心の奥底まで許せる相手を、レイは好きになってしまったのだから。

 

(エヴァと一体化って、本当に大丈夫なのかな?……もしこのまま、シンジくんが帰って来なかったらどうしよう?)

 

そういう思考が産まれた瞬間、レイはそれをかき消すように頭を横に振った。

 

(そんなことない!きっとリツコさんやミサトさんが、シンジくんを連れて帰ってきてくれる!)

 

しかし、そういう不安が一旦産まれると、消すことは容易ではない。むしろそれは、波紋のように胸の中で広がり続けるばかりだ。

 

「………………」

 

コップを流しに置き、部屋へ戻ろうとする。

 

「……あ」

 

ふと、シンジの部屋が目の端に映った。

 

……罪悪感は、ある。

 

だがそれ以上に、シンジを近くに感じたいという想いが、レイを動かした。

 

 

ギイ……

 

 

シンジの部屋の戸を開けて、中を見渡した。きちんと整理整頓された彼らしい部屋が、レイの心を揺さぶった。

 

(ああ……シンジくんの匂いがする)

 

柔らかくて優しい、でも少し男性的な匂い。彼女はベッドへと近づき、香りを嗅ぐ。

 

(シンジくん……会いたい。会って話がしたい)

 

(一緒にまた、夜の街を出歩きたい)

 

(一緒に料理をしたい)

 

(……一緒に、笑い合っていたい)

 

レイの眼に、少しだけ涙が滲んだ。

 

会いたい。

 

会いたい。

 

この部屋に入ったせいで、その欲求はより強まっていった。

 

「………………」

 

その時、レイはあることを思い付いた。

 

クローゼットの中をおそるおそる開けると、彼女の予想通り、そこにはシンジの制服があった。

 

(ちょっとだけ……ちょっとだけ借ります)

 

レイはパジャマを脱いで、下着姿になる。

 

そして、彼の制服へと着替えて、姿見の鏡に自分を映した。

 

「!?」

 

……そこには、シンジがいた。正確には、もっとシンジよりも女の子らしい顔つきであり、体つきも当然女の子なのだが、それでも制服を着た彼女は、まさしくシンジに成ったのだった。

 

「……シンジ、くん」

 

自分の姿だということを一瞬忘れたレイは、鏡の自分(シンジ)に向かって手を伸ばす。

 

すると、彼も同じように手を伸ばしてきた。

 

指先が触れあう。

 

だが……それで得られたのは、彼のぬくもりではない。鏡のひんやりとした、非情な冷たさだけだ。

 

心はこんなにも熱いのに。

 

「……う、うう……」

 

切ない気持ちが堪えきれなくなったレイは、とうとう決壊したように泣き出した。

 

その場に膝をつき、涙が床へと落ちていく。

 

「好き、好きなのシンジくん」

 

鏡の自分(シンジ)へ向かって、その言葉を何度も口にする。

 

「誰よりも好きなの。誰よりも大切なの。私の……私の一番失いたくない人なの」

 

何度言ったところで、彼からの返答などあるはずがないのに。

 

「シンジくん、好き……好き……」

 

 

……真夜中のしんとした空気に、彼女の嗚咽が溶けていく。

 

窓からは、月が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き

この作品をお読みいただき、ありがとうございます。
これを書くきっかけとなった「レイが鏡のシンジを見て泣く」というシーンまで、無事書き上がることができました。

実はそのシーン以外はほとんど考えておらず、大部分を即興で書いておりましたので、ここまでいけるかすら分かりませんでした。

ここまで書くことができたのも、これを面白い!と評価して下さったみなさんのお陰です。

さて、これより先はまだ何も展開を考えていないため、不定期更新に致します。

続きを楽しみにして下さっている方には申し訳ありませんが、きちんと完結させるつもりなので、何卒よろしくお願いいたします。

誤字報告や評価、感想をくださった、そしてこれを読んでくださったみなさんに、心よりお礼申し上げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾四話 寂しさゆえの

シンジは、実に奇妙な体験をしていた。

 

己のあらゆる感覚器官が途絶え、全てが虚無の世界にいる。にも関わらず、彼の意識はある。

 

(ここに、僕はいるの……?)

 

だが、姿形はない。

 

(見えないなら、いないのと同じ……?)

 

(でもそれなら、“僕のこと”について思考しているこの“僕”は、一体誰なんだ?)

 

(存在していないなら、僕は僕のことを考える訳ない……なら、僕はここにいるの?いるってことになるの?)

 

デカルトの『我思う、故に我あり』の入り口に、シンジは知らず知らずの内にたどり着いていた。

 

(そもそも、僕ってなんだ?何をもって僕というんだ?)

 

己が己たる所以を、彼は探し始める。

 

 

 

碇シンジ。

 

年齢、14歳。

 

性格は内向的で内罰的な上に、神経質。

 

人から嫌われることを極端に恐れ、対人関係は表面的な関係で終わりがち。

 

しかし、それゆえに優しくされたい、愛されたいというジレンマも抱えている。

 

 

 

(……確かに、これは僕だ。僕の大部分というか……大体を占めているのは、この性格だ)

 

だが、シンジという少年は、それ以外にもシンジたる性格が存在する。

 

 

 

 

独断専行気味な面があり、上官の退却を聞き入れずに、敵へ突っ込むこともあった。

 

また、自分の気持ちには素直なところがあり、嫌だと思ったならあっさり家出したりする大胆さも持ち合わせている。

 

そういう時、他者の評価はさほど気にしてはいない。

 

 

 

 

(……これも、僕だ。僕のことだ)

 

(さっきとはまるで別人みたいな……真逆のような性格もあるんだ)

 

 

 

 

料理が得意で、毎朝のお弁当はもちろん、夕飯も彼が作っている。

それも、自分個人だけのためではなく、同居人の分まで。

 

同居人の一人からは、料理について文句を言われることもあるが、だからと言って料理を止めることもなく、いつも作ってあげているという面倒見の良さがある。

 

 

 

 

(……これも、僕だ)

 

(僕って、いろんな僕がいるんだ。端から見ると、違う人間のようにも見えるけど、これは全部僕なんだ)

 

自分の中にある、たくさんの自分。

 

それが混ざりあって、自分という姿を形作っている。

 

で、あるなら。

 

乱暴な言い方をするなら、『自分は他人の始まり』と言えるのではないだろうか?

 

自分でさえも気が付いていない己の性質……性格。それはもはや他人と言えるのではないか?

 

(そうだ……レイがそうかも知れない)

 

 

『心を許した相手には遠慮がないの、私は』

 

 

(確かに、僕にもそういう面がある。レイという他人を通して、ようやく僕はその性格を自覚できた)

 

(僕という自分、僕という他人……)

 

シンジはしばらくの間、自分と他人について考えていた。

 

だがだんだん時間が経つと、レイのことに思考が移り変わっていった。

 

 

 

『碇くん。好きって、なに?』

 

 

 

頭の中の綾波レイが、彼に問いかける。

 

「これまではよく分からなかった。でも今は分かる気がする」

 

『寂しいって、なに?』

 

「これまではよく分からなかった。でも今は分かる気がする」

 

『愛って、なに?』

 

「これまではよく分からなかった。でも今は分かる気がする」

 

『そう。碇レイを愛しているのね』

 

「……うん」

 

『だからあなたは、エヴァに乗るの?』

 

「うん」

 

『なぜ?』

 

「……守らなきゃいけないんだ。レイのことを」

 

『何から守るの?』

 

「使徒から。そして……父さんから」

 

『本当に、碇レイのことを愛しているの?』

 

「……あの子のおかげで、僕はようやく独りじゃなくなったんだ。ようやく誰かを本気で好きになれたんだ。誰かに気持ちを分かってもらえて……そして、分かってあげられるのがこんなに嬉しいことだったなんて、知らなかった」

 

『もし、彼女がいなくなったら、どうするの?』

 

「……なんでそんなこと訊くんだよ?綾波」

 

『もし、彼女がいなくなったら、どうするの?』

 

「そんな質問、止めてよ。縁起でもない」

 

『もし、彼女がいなくなったら……』

 

「だから止めてよ!レイは僕が守るって言ってるじゃないか!」

 

『あなたは、碇ゲンドウから碇レイに依存の矛先を変えただけ』

 

「なんなんだよ……なんでそんなこと……」

 

『あなたは、心地よい関係性に逃げているだけ』

 

「止めてよ……こんなの止めてよ!」

 

『エヴァに乗ることしか自分に価値がないと思いたくないから、誰かに価値を与えてもらいたがっているだけ』

 

「違う!!違う!!僕は……僕は本気でレイのことを!!」

 

『では、彼女がいなくなったら、どうするの?』

 

「レイは僕が守るんだ!絶対に死なせない!」

 

『死ぬことだけが、決別ではないわ』

 

「……………………」

 

『失うことを恐れているのに、本当に彼女が好きなの?』

 

「分からない……綾波が何を言ってるのか、僕には分からないよ」

 

『そう……あなたも碇ゲンドウと同じなのね』

 

「なんなんだよ……なんで父さんと同じなんだよ……そんな話、もう聴きたくない」

 

『そうやって、嫌なことから逃げているのね』

 

「良いじゃないか……嫌なことから逃げだして」

 

 

 

何が悪いんだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……1ヶ月、か」

 

ミサトは頬杖をついて、壁に張り付けてあるカレンダーを眺めていた。1ヶ月というのは、前回の使徒戦から、すなわちシンジがいなくなってから経過した時間のことである。

 

家の中の雰囲気は、鬱っぽい……とまではいかなくとも、どこかドンヨリとした寂しげな感覚が漂っていた。

 

食事をみんなでしていても、誰一人として会話をしない

いや、それは食事の時のみならず、最近はまともに互いに会話したことがない。

 

元凶は、言うまでもなくレイだった。シンジがそばにいないことに対する、強烈な不安。それが身体全体から滲み出ているのだ。

 

(レイちゃん……最近どんどん暗くなってきちゃって……見るのも痛々しいわ)

 

笑うことは全く無くなり、学校も休み気味だ。部屋数の都合でシンジの部屋に彼女は寝ているが、もう最近はほとんど籠りっぱなしである。

 

(なんだか、シンジくんがここへ来たばかりの頃を思い出すわね)

 

それは、第四使徒戦の後、シンジが家出した時のことだ。

 

エヴァに乗るのが嫌になったシンジは、ミサト宅を突然抜け出し、何もかもから逃げようとしたことがあった。

 

(まあさすがに、レイちゃんは家出しないだろうけど)

 

そう、彼女はあくまでシンジを待っているのである。シンジが帰ってくるはずの家を出る……ということはあり得ない。

 

だからと言って、このままでは良くないことも分かっている。

 

「……よし」

 

ミサトは椅子から立ち上がると、シンジの部屋の前に立った。

 

「ねえ、レイちゃん」

 

ノックをして尋ねるが、返事がない。

 

「開けるわよ?」

 

ドアノブに手をかけて、少しだけ扉を開ける。真っ暗な部屋の中で、彼女は布団にくるまっていた。

 

「ねえレイちゃん、良かったら私とお買い物行かない?レイちゃんに来てもらえると助かるんだけどなー」

 

「……どうして、私なんですか?」

 

布団から出ることなく、レイがそう聞き返す。

 

「レイちゃんの献立通りのモノ、買えるか心配でね?」

 

「いつもみたいに、メモを渡すだけで良いじゃないですか」

 

「まあそーなんだけどさ、気晴らしも含めてドライブしない?」

 

「………………」

 

(……仕方ないか)

 

ダメもとで声をかけたつもりではあったため、ミサトはもうこれ以上誘うのは止めにした。が……思いもかけず、レイの方から声をかけてきた。

 

「行きます。だから待っててください」

 

「え?あ、わかったわ!」

 

どういう心境の変化なのかは分からないが、ともかくもドライブに誘えたことがミサトには嬉しかった。

 

風呂場にいるアスカへ、出かける旨を伝える。

 

「アスカー!ちょっちレイちゃんと買い物に行ってくるわねー!」

 

「買い物ー!?じゃあ板チョコ買ってきてー!」

 

「はいはい!」

 

部屋から出てきたレイに向かって、ミサトが苦笑する。

 

「全く、アスカったら~。いつもお菓子ねだるんだから!しょうがない子ね!」

 

「………………」

 

「さ、行きましょうか」

 

「はい」

 

そうして、二人は夜の買い出しに出掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

……レイは、必要最低限の言葉以外は口にしなかった。

 

スーパーでモノを買う際に、これが必要だとか、これが安いとか、話すのはそれくらいだ。ミサトが何とか気を遣って話題をふるが、さして反応はよくない。

 

(分かっちゃいたけど、ちょっちお姉さん寂しいかも)

 

なんて頭の中でおちゃらけるくらいには、ミサトもレイの対応には大して期待してはいなかった。

 

「…………………」

 

たが、ずっとうつむいて眉をひそめているレイの姿は、やはり見ていて痛々しい。

 

(何にせよ、シンジくんが帰って来ないとダメよね……)

 

ミサトはレイにバレないように、小さくため息をついた。

 

 

……買い物を終え、帰路につく二人。

 

車の中は、空気が凍ったような静粛さに包まれていた。

 

それが少し気まずかったミサトがラジオをつけると、歌が流れた。サイモン&ガーファンクルのサウンド オブ サイレンスであった。

 

 

……Hello darkness, my old friend

 

I've come to talk with you again

 

Because a vision softly creeping

 

Left its seeds while I was sleeping

 

And the vision that was planted in my brain

 

Still remains

 

Within the sound of silence……

 

 

軽やかでありながら、どこか哀愁のある歌声が、車内を満たしていく。

 

「………………ミサトさん」

 

今日初めて、レイから話しかけられた。なるべく声色を優しくしながら、ミサトは「なあに?」と聞き返す。

 

「私、決心しました」

 

「んー?何を決心したの?」

 

「……絶対に驚かないって約束してください」

 

「そう?分かったわ、驚かない」

 

「もし、シンジくんが帰って来たら……」

 

「シンちゃんが帰って来れたら?」

 

「彼にプロポーズします」

 

 

キキキキキキーーーー!!

 

 

……レイの突然の告白に、ミサトは思わず急ブレーキを踏んだ。

 

「……驚かないでって言ったのに」

 

ややふてくされた顔をするレイだったが、ミサトからしてみれば驚くなと言われる方が無理があった。

 

ミサトは急いで路肩に車を停めて、レイに向かって尋ねた。

 

「いやいやいやレイちゃん、それ……本気で言ってるの?」

 

「本気です」

 

ミサトがレイと顔を合わせ、その眼を見つめる。それは実に真っ直ぐで、真剣で、冗談など欠片も入っていない眼差しだった。

 

「……分かってると思うけど、あなたたちまだ中学生よ?」

 

「はい」

 

「その、さすがにちょっち、早いんじゃなくて?」

 

「ミサトさん……私とシンジくんは、普通の中学生じゃありません。エヴァに乗って使徒と戦って、明日死ぬかも分からない中学生なんです」

 

「それゃ確かにそうだけど……」

 

「……もう私、耐えきれないんです」

 

レイの声が震えていた。

 

「今ですら、無事にシンジくんが帰って来れるかも分からないのに、戦闘で死んじゃうような目に遭ったら……二度と、シンジくんに逢えない。そんなの絶対嫌なんです」

 

「………………」

 

「生きていられる内に、やれることは全てやっておきたいんです。絶対に後悔したくないから……だから私……」

 

「……レイちゃん」

 

ミサトの頭の中は、混乱と困惑で埋め尽くされていた。

 

(中学生で、しかも双子同然の遺伝子を持つ二人が結婚……タブーどころの話じゃないわ)

 

社会的に、そして倫理的にあり得てはならないこと。ヒトの社会の禁忌……そこへ足を踏み入れようと言われたのだ。当然、考える間でもなく、ミサトの答えは決まっている。

 

『結婚なんて、止めなさい』

 

これ以外はあり得ない。

 

「………………」

 

だが……ミサトはそれを、レイに告げられずにいた。

 

レイの震える肩と、今にも泣きそうな顔を見ていると、とてもミサトには言えなかった。かといって、肯定する言葉もかけてあげることはできない。そんな無責任なことは、大人としてしちゃいけない。

 

「………………」

 

代わりにミサトは、レイのことを抱き締めた。何も言わず、黙ったまま。

 

肯定も否定もできないなら、せめてその心に寄り添ってあげよう……と、ミサトはそう考えた。レイもまた、ミサトにされるがままに、抱かれていた。ミサトの手が、レイの後頭部を優しく撫でる。それが引き金になったのか、レイはとうとう泣き出した。

 

 

When my eyes were stabbed by the flash of a neon light

 

That split the night

 

And touched the sound of silence

 

 

……サウンド オブ サイレンスが、その静かな空間に溶けるように、小さく流れている。それに混じって、レイのすすり泣く声も聞こえていた。

 

ミサトはその時のことを、生涯忘れることは無かった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾伍話 周りの人の、そのこころ

「……まだ来てないなあ」

 

1ヶ月以上も空いているシンジの席を見て、トウジがぽつりと呟いた。

 

「こんなに休んだんは初めてちゃうか?大丈夫なんかなあホンマに」

 

心配そうに眉を潜めるトウジの隣で、ケンスケも同じような気持ちでいた。

 

「惣流とかはもう退院してるのに、碇だけやたらと遅いもんな。酷い怪我をしたとは前もって聴いてたけど、いくらなんでも遅すぎるよな」

 

「そやなあ。どら、ちょっくら訊いてみるか」

 

二人が向かったのは、アスカの席であった。彼女は頬杖をついて窓の外を見えている。

 

その背中へトウジたちが声をかけると、アスカが顔だけを彼らへ向けて、「何の用?」と少しぶっきらぼうに答えた。

 

「なあ惣流、碇はまだ退院できそうにないのか?」

 

「そうね、あいつは今回結構酷くやられてるから、当分は病院生活になりそうね」

 

「ど、どれだけやられたんだ?碇のやつ」

 

「全治2ヶ月くらいはかかるわ。今はそれしか言えない」

 

けろっとした顔で嘘をつくアスカ。しかし、これは守秘義務があるため、致し方ないことである。

 

“初号機にパイロットが取り込まれた”なんて情報をネルフの者以外に公開しようものなら、一発で処分対象だ。

 

「シンジに見舞いでもしてやりたんやが、それもあかんのか?」

 

「ダメよ、面会は禁止されてるわ」

 

「そうか……しゃーないな」

 

二人はそれ以降、シンジについて訊くことはしなかった。これ以上情報を貰えそうにないことを、どことなく察したためだった。

 

トウジたちが彼女の元から離れて自分の席に戻ると、アスカはまた窓の外を見始めた。

 

そんな彼女へ視線を向けながら、トウジとケンスケは声を潜めて話している。

 

「なんか惣流のやつ、碇がいなくなってから機嫌悪いな」

 

「態度がつっけんどんなのは元からやが、前より暗なった気がするわ」

 

「まあ、なんだかんだ言いながらも、仲良さそうだったからもんな」

 

「そうやな、アイツなりに心配しとるんやろ」

 

「だけど……“あの人”の心配具合は、ちょっと別格だな」

 

「そやなあ、あれはなあ」

 

トウジたちは、アスカから別の人物へ視線を移した。

 

それは、高谷 典子……もとい、碇レイであった。

 

「高谷さんの落ち込み様ったら、本当シャレにならないよ」

 

「ホンマやで。顔があからさまに落ち込んどるし……覇気の欠片もないオーラしとるもんな」

 

「目の下にクマ、泣いていたような赤い瞳、やつれた頬……。正直な話、声もかけずらいよ。あんな感じだと」

 

「あれのせいで、シンジとデキてたんちゃうか?みたいな噂も流れとるしな」

 

「あれだけ分かりやすかったら、そうなるよね。実際たぶんその通りなんだろうし」

 

「……シンジが戻ってきたら、どこまで進んでんのか質問攻めせなあかんな」

 

「……ああ、そうだな」

 

トウジとケンスケは顔を見合せて、にっと口角を上げた。

 

それは、シンジが無事に帰ってくることを信頼しての表現であり、帰ってきたならば笑顔で迎えてやろうと言う、彼らなりの決意の表明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、午後九時ジャスト。ネルフ本部内第二発令所。

 

初号機パイロットの、サルベージ計画が決行された。

 

「では、始めます。サルベージスタート」

 

「了解。自我境界パルス、接続開始」

 

リツコのかけ声と共に、スタッフたちがせわしなく作業に取り掛かる。

 

「パルス接続完了」

 

「了解、第一信号を送信します」

 

「エヴァ初号機、信号を受信。拒絶反応はありません」

 

「了解。続けて、第二、第三信号を送信」

 

「第二、第三信号を受信。こちらも拒絶反応はありません」

 

良いスムーズで作業は進んでいく。

 

彼らの様子を、ミサトが腕を組んで見守っており、その横には、アスカ、綾波、そしてレイの順に並んでいる。

 

アスカは腰に手を当てて、張り詰めた顔をしながら天井を睨み、綾波はモニターに映されている初号機の顔を、真っ直ぐにじっと見つめている。

 

そしてレイは、両手を顔の前で組み、目をぎゅっと瞑りながら、「シンジくん……」と、小さな声で囁いている。

 

「………………」

 

リツコが一瞬だけ、ちらりとレイへ目をやる。

 

(サルベージは驚くほど順調に進んでいる……。シンジくん、よっぽど“帰りたい”のね)

 

その理由は、リツコにとってはもはや明白だった。

 

(帰りたいと思える場所があるなら、イバラの道も怖くない……か。若いわね、シンジくん)

 

だがそんなシンジのことを、リツコは心のどこかで羨ましいと感じていた。

 

もう自分が、シンジのような気持ちには戻れないことを知っているから。

 

「………………」

 

少しの間、リツコはふっと眼を閉じた。

 

それはひょっとすると、自分自身への謝罪だったのかも知れない。

 

「粒子の固定化完了!物質化されます!」

 

マヤの声と共に、主モニターには泥のように眠っているシンジの姿が映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲンドウと冬月が、将棋盤を間に挟んで対局している。

 

「サードチルドレンのサルベージは、成功したそうだな」

 

冬月は歩を前へ1マス動かしながら、そうゲンドウへ話しかけた。

 

「ああ、話は前もって聞いている」

 

「……碇、お前はこういう時ですらも、息子のことを想う気持ちは生まれないものなのか?」

 

「………………」

 

「最近、例の……碇レイくんを見かける度に、私はどうにもやりきれない気持ちになることがある」

 

ゲンドウが飛車を数マス動かし、それに対応して冬月が王の周りを金で囲む。

 

「我々は、ユイくんの残した子どもたちを……おのが目的のために利用し、いざとなれば処分するのも厭わない扱いを行っていることに、そろそろ罪悪感を持つべきではないのかね?」

 

「…………」

 

「少なくとも、ユイくんはシンジくんを愛している。それはお前にだって、よく分かっているはずだ。ならば、我々がユイくんの大事な子どもたちを傷つけることは、ユイくんに対する冒涜とも取れるのではないか?」

 

「……時計の針を巻き戻すことはできない。計画の変更はあり得ない。この将棋の駒が、もう元の位置には戻せないように」

 

「……碇」

 

「今さらこの俺に、何を望むというのだ?冬月」

 

「……………」

 

「……………」

 

「……碇、王手だ。詰みだよ」

 

「……………」

 

「このままでは、本当に……我々は何かを失なったまま、全てを詰んでしまう気がしてならない。そうは思わないか?」

 

「……………」

 

ゲンドウにわざと聞こえるように、冬月がため息をついた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾六話 二人だけの世界

 

 

 

万有引力とは

 

ひき合う孤独の力である

 

宇宙はひずんでいる

 

それ故みんなはもとめ合う

 

 

───谷川俊太郎:著

『二十億光年の孤独』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……シンジが眼を覚ましたのは、サルベージされてから二日後のことだった。

 

綿密に身体を調査してもらったが、特段これと言った外傷もなく、むしろ健康体とすら言える状態だった。そのため、リツコから四、五日程度で家に帰ることを許された。

 

エヴァに取り込まれていたというイレギュラーな事態だったのだから、何も身体に異常をきたさなかったのは本当に幸いだった。

 

そして、いつかのお返しのように、レイはシンジが退院するまで毎日見舞いに来た。

 

「おはよう、シンジくん」

 

「ああレイ、今日も来てくれてありがとう」

 

前回、レイが入院していた時と同じように、シンジとレイは毎日顔を合わせ、語り合い、二人の時間を大切にしていた。

 

だが……前とは少し違う面もあった。それは、レイの心境であった。

 

 

「……もう、こんな時間か」

 

現在、18時12分。面会可能な時刻はとっくに過ぎている。だが、未だにレイは病室から出ていこうとしなかった。

 

「そろそろ帰らないと、また看護師さんに怒られちゃうよ?」

 

「……うん」

 

シンジが優しくレイへそう告げる。だが彼女は、返事自体はしたものの、一向にその場から動こうとしない。眉をハの字にして、下唇を噛み締めている。

 

「……レイ、また明日会おうよ。明日は僕の退院日だからさ、帰ってからもっと一緒にいられるよ。だからさ……今日のところはもう帰りなよ。早くしないと、外がすぐ暗くなっちゃうし」

 

「………………」

 

そう宥めていたら……レイの眼から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。

 

(また……今日も泣いてる……)

 

「……ごめんね?私……寂しくて……」

 

「いや……」

 

確かにシンジも、もう少しレイと一緒にいたいという気持ちはあるし、寂しいなと思うのも分かる。だが泣くほど寂しいかと言われると、そこまではさすがになかった。

 

第一、明日は退院の日。むしろシンジとしては、これからまた一緒に居られると思えてワクワクすらしていたのだ。

 

だと言うのに、レイはなんとここ最近、シンジと別れる直前はいつも泣き出すようになった。

 

「……ごめんね、シンジくん。これじゃまるで、私、重たい女みたいだね……」

 

「あ、いや……そんなことないよ」

 

少しだけレイの気持ちが負担だなと思っていたシンジの心を、レイは察知したように呟いた。当然シンジには『そんなことないよ』と答える他なかった。

 

「私ね……最近思うの」

 

涙を手で拭いながら、レイは話し始めた。

 

「私たちには、本当に“明日”なんてあるんだろうか?って」

 

「え……?」

 

「だってね?もし今ここに使徒が来て、私たちみんな負けちゃって、それで死んじゃったとしたら……」

 

「………………」

 

「シンジくんが初号機に取り込まれて、何日も経っていた間、私はそのことばかり考えてた。好きな人がいなくなってしまう恐怖って、本当に耐え難いの。だから私は……生きている間の、全ての時間を……シンジくんと一緒に過ごしたいの」

 

死の恐怖。

 

彼女にとっては、己が死ぬことよりとよりも、シンジが死ぬことの方がよっぽど怖いのだろう。

 

(レイがもし死んだら……なんて、そんなこと、考えたくもない)

 

シンジにもようやく、彼女の泣いていた理由を理解し始めていた。そして、自分が彼女の気持ちを重いなどと、少しでも思ったことを酷く恥じた。

 

「……ねえ、シンジくん。お願いがあるの」

 

レイは何やら決心したような顔つきで、彼の目を見て告げた。

 

「私と、結婚してほしい」

 

「え!?け、結婚……?」

 

「理由は……今言った通りだよ。明日が来るなんて保証がないなら、もうなりふり構ってなれないの。本当は私も、シンジくんが退院してからゆっくり話し合おうと思ったんだけど、よくよく考えたら、そんな悠長なことしてる場合じゃないなって思って……今、シンジくんに話すことにしたの」

 

「………………」

 

シンジは恥ずかしさと嬉しさに、動揺と緊張もプラスされたような、混沌とした気持ちになっていた。

 

「それでね?明日から住む場所なんだけど、前もって私が二人だけで住む用の部屋を賃貸しておいたから、そこに引っ越そう?」

 

「二人だけ!?じゃ、じゃあ……同棲、っていうか新婚さんみたいな感じにってこと?」

 

「うん。ミサトさんちの部屋の隣が空いてたから、そこを借りたの」

 

シンジは淡々と話すレイの言葉を、あんぐりと口を開いたまま聴いていた。

 

「もちろん、中学生には不動産屋は貸してくれないから、ミサトさんに保証人になってもらったんだ。でも、私もミサトさんもネルフ所属の人間だからね、あっさり貸してくれたよ。しかも家賃半額で」

 

「ミ、ミサトさんはオッケーだったんだ?僕らの……その、結婚の話」

 

「んー、さすがにまだ結婚については何も答えてもらってないけど、二人で住む分には了承を得たよ。ただ、何か非常事態が起きても大丈夫なように、ミサトさんちの近くに住むって条件つきではあったけど」

 

「………………」

 

「でも、正直私としては、誰からも了承を得られなかったとしても、シンジくんとの結婚を強引に進めるつもりだよ?だってこれは、私とシンジくんのことであって、周りの人は全然関係ないもん」

 

……語るレイの瞳には、迷いなど一切なかった。

 

いや、と言うより“迷っている暇などない”といった、ある種の開き直りを感じられる眼の色だった。

 

「でも……もし、もしね?シンジくんが私との結婚……少しでも嫌だと思ったら、無理をせず言ってほしいの」

 

「そんなこと、全然ないよ。ただ、いきなり話が飛躍したから、ちょっとびっくりしちゃった」

 

「そ、そうだよね、ごめん……」

 

今さら恥ずかしくなってきたのか、レイの頬は熟れたリンゴのように赤くなっていた。

 

(明日なんてあるのか?……か)

 

今まで戦ってきた使徒の姿が、シンジの頭の中でフラッシュバックしていた。

 

「………………」

 

「……?どうしたの?シンジくん」

 

「ん、いや、なんでもないよ」

 

シンジはレイに微笑みかけると、真っ直ぐにこう伝えた。

 

「レイ。僕は、君のことが好きだよ」

 

「!」

 

「本当に好き……大好きだ」

 

「…………………」

 

「まだちゃんと、言えてなかったよね。ごめん」

 

「……あ、あの、ありがと……」

 

さっきも彼女は赤くなっていたが、今度はそれをさらに超えて、顔全体が茹でダコのように真っ赤になっていた。

 

ドキドキしている胸を押さえて、彼女は初めてちゃんと人から好きだと言われた喜びを、その心に染み渡らせていた。

 

そして、レイもシンジに微笑みを返して、こう伝える。

 

「私も……シンジくんが大好き」

 

「……うん」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

二人は目を瞑り、互いの唇を重ねた。

 

「………………」

 

「………………」

 

数秒ほどしてから、彼らは離れる。

 

「……そうだ、僕、レイに謝りたいことが」

 

と、そこまでシンジが言いかけた時、レイの人差し指が、開こうとしているシンジの口に当てられた。

 

「いいの、もうそのことは」

 

「………………」

 

「アスカとのキスは、もういいの」

 

レイはにっこりと笑って、指を口から離した。

 

「でも、約束して?」

 

「約束?」

 

「うん」

 

「どんな、約束?」

 

「……これから一生、私とだけキスをして?」

 

「……うん、もちろんだよ」

 

「えへへ」

 

レイの甘えたような声が、シンジの心をくすぐった。

 

「ねえ、レイ」

 

「なに?」

 

「もう一回だけ、良い?」

 

「……うん」

 

二人はまた、眼を瞑り、通算三回目のキスをした。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾七話 一枚の写真

シンジは復帰してからすぐに、レイと共にミサトの隣の部屋へと引っ越した。引っ越しと言っても、二人の荷物はさしてなく、シンジとレイ、そしてミサトとアスカの四人かかりで、半日もせずに作業を終えられた。

 

「あーん、これからはシンちゃん達のご飯が食べれられないのね~」

 

ミサトの嘆きに、シンジが返す。

 

「僕らで作ったものの余りで良ければ、ミサトさん達にも分けますから」

 

「ホントー!?ありがとシンちゃーん!」

 

「でも、さすがにお掃除とかお洗濯とかは、アスカと二人でやってくださいよ?」

 

「うう~……分かったわ~」

 

ミサトの弱々しい返事に、シンジとレイはくすくすと笑った。

 

「はー、良かったわー!私もこれでようやく、ベッドを一人で占領できるわ」

 

アスカがそう呟くと、レイが申し訳なさそうに言葉を返してきた。

 

「アスカ、ごめんね今まで。お部屋、貸してくれてありがとうね」

 

「ホントよ!いつかちゃんと恩を返してきなさいよ!」

 

「うん!何か欲しいものとかある?」

 

「そうね、私のために家を一軒買いなさい!そうしたら私の部屋とようやく釣り合うわ!」

 

「も~何それ~」

 

レイとアスカの中にあったシンジを原因して出来た隔たりは、もうすっかり無くなっていた。

 

レイは、アスカとまたこうして気兼ねなく話せることに、内心とても喜んでいた。

 

「さーて!」

 

ミサトがパチンと手を叩く。

 

「今日はせっかくシンちゃんとレイちゃんが引っ越したんだしー、パーッと引っ越し祝いでもしましょーか!」

 

「あ、ミサトさん。もし良かったら、それ……明日でも良いですか?」

 

「あら?どうしたのシンちゃん?何か今日は予定でもあったかしら?」

 

「あ、いや、そうじゃなくて……。実は、トウジとかケンスケとか、それから綾波や委員長も呼びたいなと思って」

 

「あら!いいじゃなーい!多い方が賑やかになるものね!」

 

「はい。それに、トウジやケンスケ達が遊びに来る時に、引っ越したことを伝えておかないとびっくりしちゃうかな?って思って」

 

「そうね!なら、みんなを呼ぶといいわ!じゃあ明日に備えて、私はビールを買い込んでおこうかしらねー!」

 

一番大人であるはずの人が一番無駄にはしゃいでいる姿を、チルドレン三人は苦笑して眺めていた。

 

 

 

 

「「同棲!?」」

 

トウジ、ケンスケ、そしてヒカリの感嘆が青い空に響いた。

 

シンジたちがいるのは、学校の屋上であった。そこには、シンジ、レイ、アスカ、綾波、そしてトウジたち三人がいる。

 

シンジがレイとの同棲すること、そして引っ越し祝いに来て欲しい旨を伝えるためにみんなを呼んだのだ。

 

「う、うん。僕と高谷さんで、これからしばらく……ね」

 

「はー!そんなに関係が進んではったんかセンセーは!もうホンマにセンセーになってしもうたんか!」

 

「碇!お前って奴はあ!俺にないものをことごとく獲得していくなあ!」

 

「きゃー!まだ中学生なのに!良いのかしら!?良いのかしらー!?」

 

三人が熱狂する中、一人だけぽかんとしている者がいた。綾波であった。

 

「碇くん、同棲ってなに?」

 

「あ、えーとね……僕と高谷さんと、二人で住むってことだよ」

 

「誰かと住むことを、同棲と呼ぶの?」

 

「うん、そうだね」

 

「なら、碇くんは今まで葛城三佐とセカンドとも同棲してたことになる。彼らが驚いているのは、なぜ?住む人数によって、言葉が変化するの?」

 

「あー……えーとなんて言うのかなー」

 

しどろもどろになるシンジにイライラし始めたアスカが、「全くもー!」とぶつぶつ言いながら、シンジに代わって説明し始めた。

 

「あのねファースト!同棲はフツーに一緒に住むのとは訳が違うの!」

 

「違う?」

 

「恋人同士が一緒に住むことを、同棲って言うのよ!」

 

「恋人……」

 

綾波は、照れくささで顔を真っ赤にしているシンジとレイの顔を交互に見て、さらにアスカに尋ねた。

 

「碇くんと高谷さんは、恋人なのね」

 

「そうよ!ていうか、アンタ常識無さすぎんのよ!今までどうやったら同棲って言葉を知らずに生きてこれんのよ!?」

 

「知る必要、なかった言葉だから」

 

綾波のあまりに乾いた返答に、アスカは大きなため息をついた。しかし、綾波はその後、少しだけ頬を緩ませて、シンジとレイに向かって言った。

 

「でも今は、知れて良かった言葉」

 

「……綾波」

 

「綾波さん……」

 

「………何よ、そんな顔できるなら、最初からそうしなさいよ。ファースト」

 

アスカも、少しだけ頬を緩ませた。

 

「………………」

 

レイはしばらく逡巡した後、シンジに小さく耳打ちした。

 

「ねえ、シンジくん……」

 

「……え!?でも、それは……」

 

「お願い、私……」

 

「……分かった、レイがそう言うのなら」

 

そんな様子の二人を見て、トウジたちが早速からかう。

 

「なんやなんやあ!?もう早速見せつけてくれるわけかいなお二人さん!」

 

「いやーんな感じ!」

 

「い、いや、そんなんじゃないって」

 

シンジが苦笑混じりにそう答えるが、次第に真剣な表情へと変わる。そして、「みんな、ちょっと聞いてほしい」と言って呼び掛けた。

 

「高谷さんから、一つ……大事な話があるんだ」

 

「大事な話?なんや?同棲よりでかい話なんかあるんかいな?」

 

「……………」

 

下をうつむいたままだった彼女が、ようやく顔を上げた。そして、みんなの目を見て言った。

 

「私の本当の名前は、高谷典子じゃ……ないんです」

 

「え?」

 

 

 

「本名は……碇レイと言います」

 

 

 

……この言葉に、今まで同棲についてはしゃいでいた三人も、さすがに固まった。

 

「ちょっと!それは……」

 

アスカが止めに入ろうとするが、レイは続けた。

 

「お願いアスカ、これは私……みんなに知ってほしい話なの」

 

「………………」

 

「碇レイ……てことはや、シンジの親戚ちゅうか……兄弟とか、双子みたいなもんなんか?」

 

「……みんなには、1から話すね?」

 

レイは、自分がパラレルワールドから来た者であること……それをみんなに明かした。

 

当然、初めて聴かされたトウジ達は怪訝な顔をする他なかった。それを分かっていたレイは、ヒカリに顔を向けてこんな話をし始めた。

 

「洞木さんのところは……三姉妹だよね?お姉さんがコダマさんで、妹さんがノゾミちゃん」

 

「え?う、うん」

 

レイにはまだ話したことのないはず……。ヒカリは少しだけ顔を強張らせた。

 

「それから、洞木さんのお部屋には少女漫画がたくさんあって、中でもお気に入りなのが、元気な関西人の男の子と恋人になる漫画」

 

「!?」

 

「……昔、“ヒカリ”が教えてくれたの。泊まりに行った時にその漫画を読ませてくれて……。一緒になってはしゃいだっけ」

 

「……高…………碇、さん」

 

レイは少しだけ寂しそうな顔をして、笑った。そして、今度はトウジに顔を向けた。トウジは自分も何か言われるのか?と思い、ヒカリ同様に顔を強張らせた。

 

「ごめんね……鈴原くんの妹さん……私の世界でも、怪我……させちゃったんだ……」

 

「……………」

 

「あの時は、殴られる勢いで鈴原くんに怒鳴られたっけ。「男だったら殴ってた!」って、そう言われて……」

 

「………そうか。まあ、そうやろうな」

 

トウジは口をきゅっと真一文字に閉じて、眼を瞑った。そして、「確かにワシは……言うと思うわ、そんなセリフ」と、一言だけ呟いた。

 

「ほ、本当に……碇くんのパラレルワールドの……」

 

「道理でおかしいと思ったんだ!他人の空似にしてはあまりに碇と似すぎてるって!そうか、それなら全部合点がいく!」

 

「…………………」

 

みんなの顔を改めて見つめながら、レイはさらに話を続けた。

 

「このことはもちろん……他の誰にも言わないでほしい。変にみんなを混乱させるだけだから……」

 

「ほんなら、なんで……ワシらには話したんや?ワシらかて今、頭ん中大混乱やで」

 

「……私、最近すごく思うの。酷い話かも知れないけど、私たちエヴァのパイロットに……いや、ここにいるみんなに、明日なんてないかも知れないって」

 

「「…………………」」

 

「使徒が暴れて、私たちが負けて……そうしたら、いつ死んでもおかしくない、どんな風になるか分からない、そんな未来を背負った私たちは……もう、今やりたいことを存分に楽しまないといけないって、とても思うの」

 

「……碇さん」

 

「だから、絶対に後悔しない道を歩きたい。私がシンジくんと同棲するのも、みんなに私の本名を打ち明けたのも、それが理由。自分の気持ちに正直にならないまま、大事な友だちに私の本当の名前も教えないまま……死にたくなんかない」

 

風が、屋上全体を駆け抜けた。レイたちの髪や服をなびかせて、吹き抜けていった。

 

その風に乗って……レイの小さな涙が空を舞った。

 

「……ねえ、碇さん」

 

ヒカリが、レイに歩みよった。ヒカリは微笑みながら、「ひとつ教えてほしいんだけど」と言って、こんなことを尋ねた。

 

「そっちの世界では、私、あなたのことなんて呼んでたのかな?」

 

「え……。あ……えっと、レイって呼び捨てで呼んでくれてたよ」

 

「そっか。じゃあ、レイ。これからもよろしくね?」

 

「……!洞木……さ」

 

「ヒカリ、でしょ?レイ」

 

「………………」

 

眉を八の字にして、唇を噛み締めるレイの眼を、潤んだその瞳を……ヒカリは真っ直ぐに見つめた。

 

「……なあ、シンジ」

 

「どうしたの?トウジ」

 

「ワシらみんな、ちゃんと明日も生きようや。誰も欠けたらあかん、誰も死んだらあかん……。ここで約束しようや」

 

「………………うん」

 

少ししんみりした空気の中、ケンスケが明るい声で一言告げた。

 

「なあみんな、写真取らないか?」

 

「写真?」

 

「この屋上で、碇たちの同棲記念に、一枚さ!」

 

「ええな!そりゃシンジ!みんなで撮るで!」

 

ケンスケとトウジに煽られて、みんな横一列に並んだ。

 

「ちょっとファースト!もっと顔!さっきみたいに笑いなさいよ!」

 

「笑い……なぜ?」

 

「その方が良いからよ!とにかくしなさい!」

 

「ほれセンセ!愛しの彼女の隣にいかんかい!恥ずかしがってどないすんねん!」

 

「あわわ!お、押さないでってトウジ」

 

「みんな!バッチリの笑顔を残してくれよー!」

 

「ふふふ、良い写真になりそうだね、レイ!」

 

「うん……素敵な一枚に、なるよね」

 

レイの頬を涙がつたった。そして、そのままニコリと、輝くほどに眩しい笑顔を見せた。

 

「これからも……こんな写真を撮れる毎日でありたい」

 

 

パシャっ!!

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾八話 小さく幸せな、日常の先に

ある休日の昼下がり。シンジとレイの部屋で、引っ越し祝いが開かれていた。

 

集まったのは約束通り、ミサト、アスカ、綾波、そして三人の学友達であった。

 

「はい、どうぞお料理です」

 

「みんな、たくさん食べてくださいねー!」

 

祝いの料理をこしらえたのは、シンジとレイだった。皿からはみ出す勢いで盛られたサラダに、ポテトフライ、唐揚げ、そしてピザ。それからパスタにサンドイッチと、料理店並みのパーティー料理が並んだ。

 

「凄い二人ともー!ホントにお店の料理みたい!」

 

「う~ん!シンちゃん達のお料理はやっぱり格別ね~!」

 

ヒカリやミサトを筆頭に、二人の料理に感嘆する一同。当の二人はやや気恥ずかしそうにしているが、それでも頬を緩ませて、嬉しそうにみんなが食べている様子を眺めていた。

 

「なあ碇、良かったのか?これ碇達の引っ越し祝いだろ?祝われる側が飯振る舞うのも何だか違和感あるよ」

 

「ははは、確かにそうかもね」

 

「でも私たち、お料理するの好きだし、パーティーメニューって中々作る機会ないからやってみたかったんだよね」

 

「そっか、碇達が好きでやってくれてることなら、俺も嬉しいよ」

 

「ふふふ、ありがとケンスケくん」

 

「ねえねえ碇くん、このサラダのドレッシングって、もしかして自家製?」

 

「あ、そうそう。二人で作ったんだ、それ」

 

「えー!?ちょ、ちょっと作り方教えてー!」

 

「……碇さん、私、お肉が……」

 

「あ、そうそう!綾波さん、お肉苦手だったよね?このお野菜パスタとかお野菜サンドイッチならお肉ないから、食べやすいと思うよ。綾波さんが食べられるように肉なしのを別で作ったの」

 

「……私の、ため?」

 

「うん!」

 

「あ、ありがと……」

 

「ちょっとシンジー!唐揚げもうないの!?なくなっちゃったわよ!」

 

「あ、また作ればあるよ」

 

「じゃああと5個追加!」

 

「はいはい、ただいまー」

 

「なんや惣流!お前も女の端くれなら、シンジの手ぇ煩わせんと自分で作らんかい!」

 

「はぁー!?なーにを前時代的なことをいってんのよ!このエセ関西人が!」

 

「女の癖に料理も何もできん方が悪いっちゅうねん!今までシンジたちに弁当作らせてた礼くらいせんかい!」

 

「へぇ~~~?『女の癖に』ねえ?あんたそんな口きいちゃうんだ?」

 

「なんや!文句あるかい!」

 

「べっつに~!?けど、アンタの大好きなミサトも侮辱してることになるけど良いのかな~?ってし・ん・ぱ・いしてあげてるだけよ!」

 

「ええ!?ミ、ミサトさ……」

 

「鈴原くん、夜道には気をつけてね?」

 

「うわーーー!堪忍や!堪忍したってミサトさーん!」

 

……笑い声と、はしゃぐ声。

 

そんな幸せな声が、部屋いっぱいに満たされていた。

 

 

 

 

……日も落ちて、だんだんと辺りが暗くなった頃、パーティーもお開きということになり、各人の家へと帰って行った。

 

眩しい笑顔で去っていくみんなを、同じくらい素敵な笑顔で見送ったシンジとレイ。

 

「……みんな、行ったね」

 

「うん」

 

しんとなった家の中。本当の二人きりとなったシンジたちは、変に相手を意識しすぎて、逆に何も喋れなくなってしまった。

 

「………………」

 

「………………」

 

「なんか……ドキドキするね」

 

「う、うん。僕もだよ」

 

「今までも二人きりだったことあったけど、今が一番、ドキドキしてるかも」

 

「そ、そうだね……」

 

「なんでなの、かな?」

 

「……たぶんその、同棲って本来自分たちの年ではしないことだからさ。ちょっと大人びたことと言うか……そういう状況に、ドキドキしちゃってるのかも知れない」

 

「うん、確かに……そうかも」

 

レイがシンジにゆっくりと歩みよる。そして、頬に小さくキスをした。

 

「こうして、人目も時間も気にせず、いくらでもチュー……できちゃうもんね」

 

「………………」

 

顔を赤くしながら、ニコニコと笑うレイの顔を見て、シンジは自分の胸の内から、ある衝動が沸き上がった。

 

がしっとレイの両肩を掴み、彼女の背中を壁へとつけさせる。

 

「え……」

 

普段の彼とはちょっと違う、やや強引な行動に、レイはさらに心臓を高鳴らせた。

 

「シ、シンジ……く……」

 

その時のシンジは、優しい少年ではなく、ギラギラとした男の眼をしていた。

 

ああ……今私は“食べられようと”しているんだ……と、レイは本能的に感じていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

シンジの顔が、レイの顔へと近づいていく。レイは全てを悟り、きゅっと眼を瞑った。そして、今か今かとシンジを待った。

 

「………………」

 

「………………」

 

しかし、中々シンジは唇を重ねてこない。うっすら眼を開けて見ると、先程まで男の眼をしていたシンジの瞳に、また少年の色が混じっていた。

 

リンゴのように真っ赤に顔をはらして、レイの顔を見つめている。おそらく、自分の行動が途端に恥ずかしくなり、途中で止まってしまったのだろう。

 

「もう……!シンジくん……」

 

待ちきれないよ……

 

そう思ったレイは、彼の両頬に手を添えて、唇を奪った。

 

……数分間、彼らはキスを続けた。カチ、カチ、カチと、時計の秒針の動く音が鮮明に聞こえてくるくらいに、部屋の中は静かだった。

 

「………………」

 

キスを終えて、顔を一度離した二人。レイは勢いついたのか、ついにこんな言葉まで告げるようになった。

 

「ねえ……寝室、行かない?」

 

「……………!」

 

シンジは、ごくりと生唾を飲んだ。バクバクと心臓の跳ねる音が、身体全体を通して伝わってくる。

 

「……いいの?レイ」

 

「後悔、したくない。こういうことシないまま、死にたくない。それに……その、あの……シンジくんのせいで今、そういう気分、なっちゃったもん」

 

「……うん、僕もだ」

 

シンジは愛らしい彼女のおでこに軽くキスをした。そして、「そうだ」と一言呟いてから、レイに話かけた。

 

「えと……僕、買ってくるよ、あれ……えーと……」

 

「あ、アレなら……ミサトさんが、くれたのがある」

 

「え?ミサトさん?」

 

「その……万一のためにって、子どもできちゃうと大変だからって……今日……」

 

「…………………」

 

「は、恥ずかしいよね……。全部見透かされてるのもそうだけど……しょ、初日から使っちゃうのが……なんか……」

 

……真っ赤になりながら、二人は互いを見つめて、はにかんだ。そして、そのまま手を繋いで、二人の寝室へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

とある日の、正午。

 

この日は、雨が降っていた。土砂降り……とまではいかずとも、傘をさして歩かねばならぬほどに、その日は降っていた。

 

「……はあ」

 

そんな雨の音さえも聞こえないネルフ本部内で1人、伊吹マヤはオペレーター席で虚空を見ながらため息をついた。

 

彼女たちネルフ職員は、昼食休憩へと入った。家から持ってきたお弁当箱を空けながら、またしてもマヤはため息をついた。

 

「はあ……やっぱり、そういうものなのかな?」

 

「どうかした?マヤちゃん」

 

彼女に話しかけてきたのは、同じオペレーターである日向であった。

 

「お母さんから昨日、メールがあったんだけど……『いつになったら私は孫の顔を見られるの?』って来てて……」

 

「ああ、そういう催促、僕らくらいの年齢になると途端に増えだすよね」

 

日向もそういう経験があるのか、苦く笑いながらそう答えた。

 

「私、まだ相手すらいないのに、そんな催促されても困るよ……」

 

「あれ?そうだったかな?てっきり、もうそういう人がいるものだとばかり思っていたよ」

 

「忙しすぎて、それどころじゃないよ……。友だちから遊びに誘われても、全然受けることできないし……」

 

「ああ、でも僕もそうだ。このオペレーター業務についてから、まともに休日があった日を覚えてないよね」

 

「いつ緊急体制になるか分からないし、精神的にも、ここ最近あまり休めた記憶がないわ……」

 

その時、青葉も手にコーヒーを持って現れる。

 

「よお、二人とも何を話してたんだ?」

 

「僕らには時間が全然足りないって話さ」

 

「おいおい、その話題なら遠慮しとくぜ。なんせ喋り飽きてるからな」

 

青葉の言葉に、マヤも日向も小さく声をあげて笑った。

 

「そう言えば、青葉さんはお付き合いしてる人、いませんでしたっけ?」

 

「もう別れたよ。つい先月だ」

 

「あ……すみません」

 

「いいってマヤちゃん、俺ももう吹っ切れたから」

 

申し訳なさそうにうつむくマヤに向かって、青葉は屈託のない爽やかな笑みを向ける。

 

そして、その笑顔のまま、青葉は独り言のように呟いた。

 

「なんで全然会えないの?って、ひどく怒られてさ。仕事と私どっちが大事なのって言われた時は、出来の悪いドラマでも観てんのかとか思ったよ」

 

「それ言われたら困るな……。こっちだって地球存亡を賭けた重要な仕事だからな」

 

「ああ。さすがに俺もカチンときちまって、物を投げ合う勢いの大喧嘩。後はそのまま関係が消滅したって感じだ」

 

日向は腕を組んで、静かに目を伏せながら、胸の内から溢れた本音をほろりと語った。

 

「恋愛はいつも、上手くいかないことばかりだ」

 

「そうだな、特にお前が言うと説得力あるな」

 

「なっ……!おい!青葉止めろよ!」

 

日向が思わず声を荒げる。青葉は、日向が葛城ミサトに横恋慕しているのを知っているのだ。

 

「どうかしたんですか?」

 

それを知らないマヤは、きょとんとした顔で二人を見つめる。

 

「いや、なんでもないよ、マヤちゃん」

 

固い笑顔で日向が答えた。それに違和感を覚えながらも、マヤは本人がそう言うのならいいかと思い、次の話題に移ることにした。

 

「私、シンジくんとレイちゃんみたいな恋愛がしたいな~」

 

それに対して、青葉もうなずく。

 

「見てるこっちが、赤面するくらいの純愛だもんな~。そういえば、ちょっと前から同棲してるみたいだな、あの二人」

 

「うん!私もレイちゃんから聴いた!」

 

「まだ中学生なのにって、あの二人を笑う人もいるけど、僕は応援したいな」

 

「あの二人、そこらの中学生が勢いで同棲したい~結婚したい~とか叫ぶ感じとは、また違う気がするよな」

 

「うん、私もそう思う。本当に、今いられる瞬間を大事にしなきゃって……そんな気持ちが、すっごく前に出てるよね。あの二人には、ずっと一緒にいてほしいな」

 

「あの子達ならきっと大丈夫さ。そう簡単に切れる絆じゃない」

 

 

……そんな穏やかな空気感の中、みんながまだ気がつかぬ内に、ジオフロントを超えた地上……そこをまたさらに、雨雲を超え……成層圏、宇宙空間を超えた先に、新たなる敵が接近していた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾九話 アスカ、心のむこうに

 

 

「……使徒は衛星軌道上に突然表れました。今、映像を主モニターに回します」

 

そこに映ったのは、巨大な白い鳥のようであった。

 

真っ白に光った巨大な羽をまるで動かすことなく、宇宙空間にじっと居座っていた。

 

「動く気配はなし……か」

 

ミサトは眉間にしわを寄せ、手を顎に当ててじっと使徒を観察している。オペレーターの日向がそんな彼女に向かって一言告げる。

 

「いつぞやの……身体ごと落ちてきた使徒のような攻撃をしてくるかも知れないですね。あの時の使徒も、衛星軌道上に現れました」

 

「……いえ、なんとなく違う気がするわ。こういう言い方は変かも知れないけど、今までの使徒を観るに、使徒は使徒なりの……個性を持っているように思うの。まるで各々が別の惑星の生き物かのような、そんな個性。もちろん、日向くんの言う可能性もゼロではないけど……。うーん、判断が難しいわね」

 

頭を悩ませるミサトの隣から、リツコがさらに使徒を深読みする。

 

「考えられるのは二つね。地上まで降下してくるか、或いは、あそこに留まるか」

 

「留まる、ですって?宇宙空間に?」

 

「留まりながら攻撃を行ってくる可能性も考慮すべきよ、葛城三佐」

 

「その場合、衛星軌道上にいる敵を撃ち落とす必要があると……。ちぇ、卑怯なヤツ」

 

「可能性のひとつよ。まだ分からないわ」

 

「そうね……。使徒の様子はどう?」

 

「依然、沈黙を守っています」

 

「仕方ない、こちらから行くとしますか。あの距離まで狙撃できる武器は、何かあったかしら?」

 

「ポジトロンスナイパーライフルがあります。しかし、これでも距離がありすぎるため、使徒のATフィールドを破れる可能性は低いです」

 

これは、第五使徒戦で全国の電力を集めて狙撃した時に使用したライフル。現在、現物のライフル自体は戦自研に返却済みだが、得られたデータを基に、独自に研究開発を行い、完成させた。ただし、連射性能を高めた反面、威力は減少している。

 

「やってみるしかないわね。みんな!聞こえるかしら?」

 

ミサトが通信したのは、エヴァパイロットたちであった。シンジ、レイ、アスカ、綾波の四名は既にエヴァに搭乗し、出撃準備の体制でいる。

 

ただし、初号機は先日の使徒戦にて暴走したため、凍結状態にある。主となって動くのは、他三人だけとなるだろう。ただ、初号機にも作戦内容は聞けるように通信は入った状態だった。

 

「使徒は衛星軌道上から依然として動かない。通常兵器ではまず倒せないわ。そこで、エヴァ零、弐、参号機にてポジトロンスナイパーライフルを使用した狙撃を行うわ。だけど、これでも使徒のATフィールドを突破できない可能性が高いの。距離がありすぎてフィールドを突破できるほどの威力にはならない計算なのよ」

 

『何よそれ~、全然ダメそうな感じじゃない』

 

アスカが渋い顔をして文句を言う。しかし、ミサトもこればっかりはどうしようもなかった。

 

「あくまで牽制、そういう心づもりでいて。最悪、輸送機でエヴァを上空に連れて使徒に接近し、威力を高めた状態でさらに狙撃を試みるわ」

 

『『了解』』

 

シンジを除いた三人の返事と共に、エヴァは地上へと出撃された。

 

『……レイ、アスカ、綾波。みんな、気をつけて』

 

シンジは初号機のエントリープラグ内で、仲間たちを見守る他なかった。震える手をぎゅっと握って押さえ込む。

 

エヴァ三機は各々のポジションへと移動し、ライフルを構えて、肉眼では確認できないほど遥か上空への使徒へと標準を定める。

 

その様子を確認したミサトは、改めてオペレーターたちに使徒の現況を確認する。

 

「使徒に動きはある?」

 

「依然として沈黙を守っています」

 

「ひょっとして……攻撃を跳ね返して、こちらにそのままぶつける……みたいな力があって、それゆえに攻撃を待ってる……?はあ、考えても仕方ない。やるしかないわ!ライフル、発射!」

 

ミサトの掛け声と共に、エヴァ三機のポジトロンスナイパーライフルからビームのごとき光の筋が放たれる。それは雲を貫き、成層圏を突破して使徒の目の前まで接近する。

 

が……それは結局、使徒には当たらなかった。予想していた通り、大きなATフィールドによって阻まれてしまったからだ。

 

「まあ、そうでしょうね……。使徒の様子はどう?」

 

「距離を保ったまま、沈黙を続けています」

 

「次の段階に行くしかないわね……。エヴァ三機を輸送機で上空に……」

 

と、そこまでミサトが言いかけた時、ついに使徒に動きがあった。

 

使徒が地上に向かって、一本の帯の光を放ったのだ。それは、攻撃というにはあまりにも優しく見えた。雲間からさす光のように、神々しくも柔らかい輝きだった。

 

そして、その光が降り注いだ先は、弐号機であった。

 

「これは一体!?」

 

「可視波長のエネルギー波です!ATフィールドに似ていますが、詳細は不明!」

 

「弐号機の状況は!?」

 

「物理的損傷は見受けられません!エネルギー波自体に熱エネルギー反応はありません!」

 

「詳細不明のエネルギー波……。これで何をしているというの?」

 

まるで狙いの分からない使徒の動きに、ネルフ内が困惑していたその時。

 

『いやあああああああああ!!』

 

「アスカ!どうしたの!?」

 

「弐号機パイロットの心理グラフが乱れています!」

 

「まさか!?」

 

「精神汚染が始まりました!」

 

リツコは身を捻らせ、びくびくと震える弐号機を凝視しながら、ある仮説を立てていた。

 

「まさか……使徒が人の心を理解しようとしているの?」

 

『私の……私の中に入って来ないでえええええ!!』

 

 

 

 

アスカ、私と一緒に死んでちょうだい

 

 

 

『いやあああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

「グラフ反転!これ以上は危険です!」

 

「アスカ!撤退して!」

 

『いやああああああ!いああああああああ!!』

 

「……!錯乱して命令もまともに聞ける状況じゃない!このままじゃ……!」

 

『アスカ!』

 

『セカンド!』

 

アスカの状況に痺れを切らしたレイと綾波が、持ち場を離れて弐号機に駆け寄ろうとする。

 

だが、それを阻止したのはゲンドウであった。

 

「零、及び参号機は弐号機への接近は許さん」

 

『だって今アスカが!』

 

「両機まで精神汚染を受けるわけにはいかない」

 

『だからこのまま見殺しにしろって言うんですか!?』

 

「現時点での接触は危険だ」

 

『そんなこと言ったって!アスカを助けさせてよ!ねえ!お願い!お父さん!!』

 

レイは勢い余って、ゲンドウのことを父と呼んだ。一瞬だけそれに驚いたゲンドウであったが、すぐまた表情を戻し、冷たく彼女に言い放った。

 

「これは命令だ。接近は許可しない」

 

「…………!!」

 

レイが歯をぐいを噛み締める。この二人の会話に、シンジと綾波も加わった。

 

『父さん!僕も出撃します!アスカを助けなきゃ!』

 

『碇司令、弐号機の救助を容認してください』

 

「……………………」

 

『父さんは……前の……レイが乗ってる参号機が暴走した時も、レイのことを見捨てようとした。僕は、僕たちは、父さんの人形なんかじゃない!』

 

『私もシンジくんと同じ気持ちです!私たちは、この世で数人しかいないエヴァのパイロットたちです!この世に数人だけの……私たちの仲間です!』

 

『……碇司令』

 

「……………………」

 

……ゲンドウは、それでも静かに黙っていた。じっと眼を瞑り、沈黙を破らなかった。その姿を見たシンジは、いよいよゲンドウの命令を無視し、無理矢理にでも出撃しようと決心しかけたその時……

 

「レイ、ドグマに降りて槍を使え」

 

と、一言だけゲンドウが命令を下した。レイ……その言葉に碇レイの方が自分のことを呼んだと勘違いをしたため、一瞬だけ驚き、同時に嬉しくもなったが、状況的に綾波の方であることをすぐに悟り、その気持ちは消え去った。

 

そして、続けてゲンドウは命令を達した。

 

「弐号機のエントリープラグを強制射出しろ。そのプラグの回収は、参号機に任せる」

 

「……!はい!」

 

弐号機の首元から排出されたプラグは、付近の道路にアスカを乗せて落ちた。直ぐ様そのプラグを回収する参号機。

 

だが、使徒も弐号機の中に何もいなくなったのを感じたのか、光線の矛先を参号機の方へと変えてきた。参号機の走るすぐ後ろを、使徒の光線が追いかけてくる。

 

「危ない!レイちゃん!すぐに撤退して!」

 

「りょ、了解!」

 

光に晒される直前に、間一髪で参号機は撤退を完了できた。

 

それと入れ替わりに、零号機が地上へと現れた。手には、赤く長い刺股状の武器が握られている。

 

「碇、ロンギヌスの槍を使うのは、まだ早いのではないか?」

 

冬月が静かにゲンドウへ耳打ちする。

 

「衛星軌道上にいる使徒のATフィールドを破るには、それしかない」

 

「……老人たちが黙っていないぞ」

 

「今、弐号機を失うのは得策では無い」

 

「かと言って、ゼーレの許可なく使うのは面倒なことになる」

 

「老人達には理由が存在すればいい」

 

「……お前が欲しいのは、理由ではなく口実だろ?」

 

零号機は、降りしきる雨の中で、思い切り槍を空に放った。

 

槍が雲を突き抜けた瞬間、あまりの速度に雲が割れ、空が晴れた。その勢いで槍は直進し、使徒へと激突した。

 

ギイイイイイイイン!!

 

使徒のATフィールドによって一時は凌がれたが、ロンギヌスの槍は次第にフィールドを破り、そのまま使徒の身体を貫いた。

 

こうして、目標は殲滅された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……アスカは夢を見ていた。

 

そこに出てくる映像は、一番の古傷であり、一番のトラウマであった。

 

 

『お願い!ママを辞めないで!私を見て!』

 

 

「……こんなの見せないで、思い出させないで」

 

夢の中で、母親が死んで泣き叫ぶ小さなアスカを……今のアスカが遠くから見つめている。アスカはその光景を見たくなくて、その場に座り込み、膝を抱えて眼を伏せた。

 

「……誰か、私を見て」

 

一瞬だけ頭に過ったのは、加持リョウジであった。ドイツにいた時から横恋慕していた彼女は、無意識の内に彼へ救いを求めるが……。

 

『……ラベンダーの香りがする』

 

加持は、自分のことなど眼中にない。元鞘のミサトのところに戻っていく……。それはもう、分かりたくないくらいはっきりと彼女には分かってる。

 

去っていく加持の背中が、ぼんやりと目の前に映る。そこに手を伸ばしかけるアスカだが、自らその手を下ろした。

 

「分かってる、私は……本当は加持さんが……」

 

うつむきながら、彼女はぽつりと言った。

 

彼女の背後から、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。振り返ってみると、そこにはシンジとレイがいた。

 

「…………………」

 

二人は、いつものように楽しそうにお喋りしていた。それは本当に、街中で見かける楽しそうなカップルと何も変わらない姿。

 

「ちぇ、バカップルたちめ……鬱陶しいったらありゃしないわ」

 

そう口で言いながらも、アスカの眼は優しげだった。

 

アスカはそんな自分の感情が不思議で仕方なかった。なんとなくアスカは、彼らに対してもっと嫉妬心を抱いたり、煩わしいと思うような気がしていたのに、実際にはそんなことはなく……むしろ、二人の行く末を見守っているような感覚さえしている。

 

「私って、そんなに優しい人間だったかしら?」

 

冷静かつ自虐的な分析を始めるアスカ。

 

「……でも、そうね。あのバカップルを見たせいで、私……自分の気持ちがはっきりした気がするわ」

 

きっかけは、参号機の暴走事件。あの弱々しくて頼りなかったシンジが、率先してレイを救い出した。しかも、その後もずっとお見舞いに通って見せるその愛情深さ……。

 

この時に、アスカはシンジを大きく見直していたのだ。

 

「あのバカシンジも……あんなに真っ直ぐに人を好きになれるなんてね」

 

彼女の中のシンジは、もっと内罰的だった。何かにつけてすぐに「ごめん」と謝る。それは、決して他人を思いやった言葉ではなく、己が傷つかないように、攻撃されないようにするための言葉でしかなかった。本当のシンジの言葉ではないと、アスカは敏感に感じ取っていた。

 

だが、レイと触れ合い始めてから、彼は自分の本音を語るようになった。本音を語る……それはつまり、本当の意味で「碇 シンジ」という人間として生き始めたという証。そこに対して、アスカはシンジのことを無意識の内に評価していた。

 

今までアスカか綾波か、どっちつかずだったシンジの態度も、完全にレイ一人に絞られる。もちろん、シンジを取られたことはシャクだったが、それ以上に……はっきりとした態度になったシンジのことを、ある意味で信頼できるようになった。

 

 

『……アスカ、綾波』

 

『お願いだ、僕はどうしてもレイを助けたい。協力してほしい』

 

 

「あの時にやっと、シンジと本当に喋った気がしたわ」

 

どことなく嬉しそうに微笑むアスカ。

 

そしてアスカは、本当に喋ったと思える相手は、実はもう一人いたことを思い出していた。

 

それは、綾波レイであった。

 

きっかけは、綾波が入院中のレイにお見舞いに来た時。シンジが病室にいることもお構い無しに入ろうとしたので、アスカがそこを止めた。

 

その後、アスカは思いもかけず泣いてしまった。その時、綾波はずっとそばにいてくれた。最初はファーストなんかに慰められたくない!と思っていたアスカも、次第に彼女に心を開き始め、シンジのことをぽつりぽつりと話し始めた。

 

もともと綾波と確執があったのは、シンジとの関係にヤキモキしていたことが大きい。だが今、シンジの矢印がレイに向いているとはっきりした以上、綾波に対して喧嘩越しでいる必要があまりなくなったのだ。

 

そして、ひとしきり話終えた後、綾波はアスカにこう尋ねてきた。

 

『もういいの?』

 

アスカは何も言わず、黙ってうなずいた。その様子を確認した綾波は、彼女にこう告げた。

 

『……そう』

 

 

 

良かったわね

 

 

 

「…………………」

 

その時の綾波の…… 満面、とまではいかずとも……柔らかく……母親のような優しい笑顔が、アスカの心にずっと残り続けていた。

 

……その瞬間、アスカはひとつ、自分の本当の気持ちに気がついた。

 

自分が本当に求めていたのは、混じり気のない……純粋な本音を交わした関係性であると。

 

義理の母親に、大嫌いな父、そして……自分を子ども扱いして愛そうとくれない加持。

本当の母親を失って、自分を見てほしくて仕方なかったアスカは、本当の心の交流ができないままここまで来てしまった。強い自分という殻を被って、必死になってエヴァの特訓をした。

 

エヴァで一番になれば、きっとみんなに……誰かに愛される。その一心で生きてきた。

 

……でも、誰に?

 

「…………………」

 

そう……だからこそ、シンジやレイが本音を語り合い、交流している様が羨ましかった。そして、その二人を邪魔してはならないと、心に決めたのだ。

 

それはアスカの中にある、小さな……しかし確かにある、他者への愛であった。

 

「………………あ」

 

そうか、そうなんだと、アスカは思った。

 

自分は、誰かに愛されたいのと同じぐらいに、誰かを愛したいのだと。

 

だからこそ、寂しかった。誰も本音でいてくれなかったことが。殻に込もって誰も愛せない自分自身が。

 

「…………私って、こんな人間なのね」

 

まるで他人事かのように、アスカはぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

アスカは、自分が病室のベッドで眠っていたことに気がついた。エントリープラグの強制射出により、一時的に気を失っていたのだ。

 

「……………」

 

現在、夜中の11時。辺りはすっかり暗くなり、しんとした病室ががらんと広く見える。その空気感に、どことなく寂しくなったアスカは、あまりをきょろきょろと見渡した。

 

「ん?」

 

ふとベッドの横の棚に、小さなメモ書きと、それより一回り大きい横長の紙が裏向きに置いてあるのに気がついた。

 

アスカはまず、メモ書きの方を手に取って見た。そこにはこう記されていた。

 

 

 

『アスカへ

 

今日は一旦帰ります。また明日お見舞いに来るね。

 

レイ、シンジ、綾波より

 

追伸

 

みんなのやつができたみたいだから、アスカの分置いておくね』

 

 

 

「みんなのやつ……?何よ、それ」

 

アスカはもうひとつの、横長の紙を手に取った。手触り的に、それは紙ではなく写真であるとアスカは気がついた。

 

「できたっていうのは……写真が現像できたってこと?」

 

表向きにして、何が写っているのか確認するアスカ。

 

「…………あ……」

 

それは、かつてみんなと一緒に屋上で撮った……美しい青空が背景のあの写真。

 

シンジ、レイ、綾波、ヒカリ、トウジ、ケンスケ……そして、アスカ。

 

明日を生きようと約束した友だち。これからも一緒にいたいと思える友だち。

 

「……う、うう…………」

 

アスカはその写真を自分の胸に抱きながら、一人静かに泣いた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第弐拾話 特別でない日

 

アスカが無事に帰ってきたのは、使徒戦から2日経った頃だった。精神汚染もすぐに回復し、目立った外傷もない状態だった。

 

「アスカ!お帰りー!」

 

「もう学校来ても大丈夫なの?」

 

「なんや、わりと元気そうやないかい!心配して損したわ!」

 

学校でみんなが優しく出迎えるが、彼女はプイと顔を窓に向けた。

 

「あれ?アスカ?」

 

呼んでみても、ツーンとしてこちらを見ようともしない。お昼ご飯に誘っても、やはりツンとしている。「ひ、一人で食べるからいい!」と言って、席を頑なに動こうとしない。

 

「何か嫌なことでもあったのかな……?」

 

レイが心配する横で、ヒカリも「うーん……」と首を傾げてる。

 

「何か私たち、気に触るようなことしたかしら?」

 

「うーん……少なくとも、私は皆目身に覚えが……」

 

「また鈴原が余計なこと言ったのかな?」

 

「でも、鈴原くんだけじゃなくて、みんなのこと避けてるし……変だよね?」

 

「うん」

 

「何なんだろうなあ……」

 

「けど、よくよく観てみると、私たちを嫌ってるにしては、ちょっと様子が変な気がする」

 

「そう?」

 

「なんだか妙にもじもじしてるし、変に緊張してるし……。アスカが本気で嫌ってるなら、もっと嫌な顔すると思うの。でも、そういうわけじゃないから……」

 

「……なんで今さら緊張してるんだろう?」

 

「さあ……」

 

レイやヒカリたちの頭の中は、疑問符で埋めつくされた。

 

その疑問が解けたのは、その日の帰り道のこと。シンジとレイが二人で家に向かっていると、アスカが何やら小洒落た雑貨屋から出てきた。

 

「あれ?アスカ?」

 

「げっ!?なんであんた達がここにいんのよ!?」

 

「今日は帰りにスーパーに寄ろうと思って……あれ?」

 

ふと、シンジはアスカの手に透明の買い物袋が握られているのを発見した。おそらく、そこの雑貨屋で購入したのであろうものが、その透明な袋の上から確認できた。

 

「……それって、写真立て?デザインも凝ってるし、結構値段も高そう」

 

「!!!」

 

「あ、もしかして、あの写真を飾る用の……?」

 

「~~~~~!!!」

 

そうシンジが訊くや否や、「うっさいわね!」と言ってアスカにぶん殴られた。

 

仰向けに倒れたシンジを背に、アスカは猛スピードで去っていった。

 

 

「「ははははははは!!」」

 

翌日、その出来事をヒカリたちに話すと、大笑いされた。

 

「アスカってば、照れ臭かったのね!」

 

「素直になっときゃ、あの女も可愛げがあるっちゅーのになあ!ああアカン!腹痛い!」

 

「惣流らしいと言えば、らしい行動だな!しばらくはそっとしておこうぜ」

 

何が原因で突然照れくさくなったのかは不明だが、アスカの照れによるツン時代はしばらく続いた。もちろん、みんなそれについて深くは言及せず、微笑ましい眼差しでアスカを眺めていた。

 

だが、一週間もすると、アスカは何事もなかったかのように接してきた。

 

「ヒカリ!レイ!お弁当食べるわよ!」

 

「はいはい」

 

「うん、いいよ~」

 

「それから!ファースト!あんたも来るのよ!」

 

「……私も?」

 

「何よ!?嫌なわけ?」

 

「……いいえ、驚いただけ。あなたから誘われると思ってなかったから」

 

「ふんっ!さあほら!もたもたしてないで早く来なさいよ!」

 

むしろ、以前より友好的になったとすら感じる。

 

「たぶん、変に意識するのも逆に負けた気になるから、フツーにしようって思ったんだと思うわ」

 

ヒカリの推察に、みんな納得した。

 

こうして、アスカはまた無事に、帰ってきてくれた。

 

 

 

 

 

 

日常の生活に戻ってから、しばらくしたある日のこと。学校でとある行事が開催されようとしていた。

 

「合唱コンクール~?」

 

あからさまに面倒臭そうな顔をしたのは、アスカであった。

 

エヴァのシンクロテストがあるため、学校を途中で抜けてきた昼下がり。蝉時雨をかき消す勢いでアスカの声が空気に通った。

 

「うん、本当は学園祭の時期らしいんだけど、疎開とかで人が少なくなっちゃってさ、規模を縮小するために合唱になったんだって」

 

そう話すのは、一緒に下校しているシンジ。その彼の隣にいるレイも、彼に続いてこう話した。

 

「アスカも帰ってこれたから、課題曲、また明日あたり決めると思うよ」

 

「なーにが楽しくて合唱なんてすんのよ!はあ……日本の学校ってこういう鬱陶しい行事が多すぎんのよねー。連帯感だチームワークだってさ」

 

彼ら三人の一番後ろからついてきている綾波が、三人に向かって尋ねた。

 

「合唱って、なに?」

 

それに答えたのは、レイ。

 

「みんなで一緒に歌を歌うの。歌声が揃うようにみんなで練習したりするよ」

 

「歌……」

 

「綾波さんは、何か好きな歌ある?」

 

「分からない」

 

そもそも彼女は、歌を好きだと思ったことがまずない。綾波はどことなく寂しそうな顔でうつむいた。

 

横断歩道を渡り、そのままてくてくと歩く三人。じわじわと蒸し暑い気候が三人の身体を汗ばませていた。

 

「合唱……たぶん、レイがピアノ担当になるよね、きっと」

 

「うん、クラスでピアノ弾けるの私だけだし、そうなると思う。指揮者は、やっぱりシンジくんかな?」

 

「そうだね、僕がやることになると思う。うちのクラスって吹奏楽部がいないから、こういう時に役割振られるよね、きっと」

 

「でもやるからには、頑張りたいね!」

 

「そうだね、合唱自体久しぶりだし……何かの思い出になれればいいね」

 

わりかし前向きなシンジとレイ、合唱そのもののイメージがつかない綾波、そしてめんどくさがってるアスカ。彼らにとって、この合唱コンクールという小さな行事が、まさか一生忘れられない思い出になろうとは……一体誰が想像し得たであろうか。

 

 

 

各々の家に帰宅後、シンジとレイは夕飯作り、風呂掃除、洗濯物とてきぱき家事をこなしていく。お互いの段取りの仕方も似通っているので、非常に効率よく作業が進む。

 

「「いただきます」」

 

夕方の18:00、二人はカレーライスを食べながら、今日の下校中に話していた合唱コンクールについて話した。

 

「課題曲ってさ、たしか候補が三曲あったよね?」

 

レイがそう尋ねると、シンジが軽くうなずいた。

 

「レイは、どの曲がいい?」

 

「まだ分かんない。とりあえず、先生から課題曲のデータ送ってもらってるし、三曲全部聞いてみようかな」

 

「そうだね」

 

二人は食事を終えて、一緒に後片付けも完了させる。その後、二人はレイ、シンジの順番でお風呂に入った。お互いがお風呂に入っている間、学校の宿題を終わらせるのが、彼らの日課になっていた。

 

「ふう」

 

シンジがお風呂から上がり、パジャマを着てリビングに来ると、レイが「ねえねえ、シンジくん」と言って話しかけてきた。

 

「私、課題曲の中だったら、この曲が一番好きかも」

 

レイはノートパソコンに接続されたイヤホンを、シンジに貸した。シンジがイヤホンを耳につけると、音楽が流れ出した。

 

 

ママ 私が生まれた日の

空はどんな色?

 

パパ 私が産まれた日の

気持ちはどうだった?

 

 

「……あ、本当だ、いい曲だね」

 

「ね!優しいし、歌詞も良いし、これが一番好きかな」

 

「これ、なんて曲?」

 

「【生きてこそ】だって」

 

「【生きてこそ】……か」

 

 

生きてこそ

 

生きてこそ

 

無限に羽ばたいていく夢

 

生きてこそ

 

生きてこそ

 

その根は深く 太く 強く

 

その根は深く 太く 強く

 

 

「うん、これは良いんじゃないかな?とっても綺麗だし……僕も好きだ」

 

二人は眼を合わせて、にこりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

……真夜中の二時。

 

シンジは、真夏の暑さに寝苦しくなり、変な時間帯に起きてしまった。

 

目ぼけ眼をぱちぱちと何回か瞬きしながら、ベッドから上半身だけを起こす。

 

隣には、レイが寝ている。シンジとお揃いのパジャマを着て、すやすやと可愛い寝息を立てていた。

 

シンジはレイを起こさぬよう、そっと台所へと向かった。台所の明かりをつけて、水道から水を出してコップに注ぎ、それをぐいっと飲み干した。

 

「……っはあ…………」

 

コップを流しに置いて、一息つくシンジ。その時、か細い声で「シンジくん……?」と聞こえてきた。

 

声のする方へ顔を向けてみると、それはレイだった。眠そうに眼をごしごしと擦り、シンジの方へゆっくり近寄ってくる。

 

「ごめんねレイ、起こしちゃったみたいだね」

 

「どうかしたの……?」

 

「いや……。ちょっと暑くて起きちゃっただけだから。あ、レイもお水いる?」

 

「いる……」

 

こくんと小さく頷き、自分のコップを出して、シンジと同じようにして水を飲むレイ。

 

そして、そのままシンジの肩に頭をもたれかかる。寝ぼけているせいか、普段より甘えんぼうなレイの姿を見て、シンジは内心ドキドキしていた。

 

ふわりとシャンプーの香りがする。自分と同じはずの香りが、なぜこんなにも芳しく感じるのか……。

 

「ねえ、シンジくん」

 

「なに?」

 

「今度の土曜日、一緒にでかけない?」

 

「どこか行きたいところがあるの?」

 

「私、ピアノほしいな」

 

「え!?ス、スペース大丈夫かな……?」

 

「あ、ピアノって言ってもグランド・ピアノじゃないよ?練習用のお手軽なやつ」

 

「そっか、そうだよね。えーと……じゃあ楽器屋に行こうか」

 

「うん」

 

嬉しそうにはにかむレイ。そして彼女は、そこからさらに言葉を繋げる。

 

「買い物終わったら、どこかでお昼ご飯食べよ?その後、時間があったら映画とか……。あ、でもピアノが荷物になっちゃうね。買うのは一番最後にしようかな」

 

……ここまで話して、ようやくシンジはレイの思惑を悟った。レイはシンジとデートがしたいと……そう言っているのだ。

 

「……そうだね。ピアノは、一番最後が良いかも知れないね。他にもたくさん歩き回るだろうから」

 

「……!うん、そうだよね」

 

レイとシンジは、互いに見つめあいながら、優しく微笑んだ。

 

台所の明かりを消して、部屋へと戻る二人。ベッドへと二人して戻り、一緒に寝そべった。

 

布団の中で、二人は手を握っている。暑苦しくて起きたはずのシンジも、このレイの体温は心地よかった。

 

「……こんな日が、いつまでも続くといいね」

 

暗闇の中で、レイの声が小さく聞こえた。シンジは「そうだね」と、なるべく声色を優しくして返した。

 

こんな日が、いつまでも続くといいね

 

それが、最近のレイの口癖だった。その言葉はいつも、何かに祈るように呟かれる。シンジには、その言葉が不安と恐怖によって無意識の内に産み出されたものだと分かっている。愛する人がいなくなったらどうしよう……と、その不安をかき消すために、言葉が口をつくようになってる。だからなるべく、答える時は優しい口調で返す。

 

なぜ、シンジにそんなレイの無意識まで分かるのか?

 

「……ねえ、レイ」

 

「なに?」

 

「ずっと、僕と一緒にいてくれる?」

 

……そう。彼もまた……レイと同じ心であるから。

 

シンジは経験してしまった。参号機が暴走して、レイを殺すことになるかもしれなかった戦いを。

 

レイは経験してしまった。初号機に取り込まれて、二度と帰ってこないかも知れないシンジを待つことを。

 

そして、二人は経験してしまった。

 

父に捨てられ、母の影を追いかけ、人の顔色を伺って……愛に飢えて生きることを。

 

「ふふふ、もちろん。私たちは、ずっと一緒だよ?」

 

「ありがとう、レイ」

 

「ううん、こっちこそ」

 

本来、自分の中だけしかなかったはずの悲しみ。それを、隣にいるあなたも共有している。それだけで、相手のことを労り、慈しみ、愛そうと思える。

 

「…………………」

 

シンジは、レイのことを抱き締めた。ぎゅっと強く、されど優しく。

 

「どうしたの?シンジくん」

 

「……その、僕って時々、何もかも辛くなって、全部イヤになって、逃げ出したくなる時があるんだけど……」

 

「うん」

 

「そういう時に、自分がされたかったことを、今……レイにしてるんだ」

 

「…………………」

 

レイは、シンジの胸の中に潜った。彼の匂いに包まれて、心の底から幸せな気持ちになった。

 

「……ふふふ、私が今、そんな風に見えたの?」

 

「え?」

 

「何もかも辛くなって、逃げ出しそうな、そんな風に見えたの?」

 

「いや、そうじゃないんだ。ただ……君もきっと、かつてはそうだったはずだから」

 

「…………………」

 

「だから……上手く言えないけど、今、できる内に抱き締めたいなって……」

 

「…………………」

 

自分の傷を知っている。それはつまり、相手の傷も分かるというのと。だからこそ、シンジとレイがお互いに安心し合えるのだった。

 

「……そっか、ありがと」

 

二人は、お互いの暖かさに微睡み始めた。目蓋も重くなり、いよいよもう眠る目前になった時、レイが最後に一言……

 

「……シンジくん、大好き」

 

と、それだけ言って、二人は眠った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。