五等分の花嫁~五月のお団子が美味しい御話~ (鈴木ヒロ)
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神様の巻き戻し①

夢を見ていました。

貴方と出会った高校二年の日。

あの夢のような日の夢を。

私はあの瞬間を、大人になってからも夢に見ます。


「あー、疲れたわ・・・・・」

二乃が勢いよくベッドに倒れこんだ。化粧も落とさずに横になる姿は、姉妹の中で一番女子力の高い二乃らしくもない。でも今日1日がハードスケジュールだったため仕方がない。

「二乃、下着見える。はしたない」

三玖が鞄から寝間着を取り出しながら注意をする。昔の三玖こそ真っ先に倒れこみそうだけど、どうやらこの5年で随分と体力が付いたみたい。喫茶店経営も力仕事って事だろうか。

「あはは・・・・・、最近体力つくりしてたから自信あるつもりだったけど、運動とはまた違った疲れがあるねぇ」

一花は自身の上着をハンガーにかけていた。あの魔窟の主も5年以上女優業をしていれば矯正ができたようだ。あとの問題は寝ている時の脱ぎ癖だが、これは明日を迎えていないと分からない。

「上杉君の几帳面さは相変わらずだね。一花が迷子になった時は焦ったよ」

スマホを充電器の上に置く。最近になって買い替えたスマホのバッテリーの持ちは良く、置くだけで充電できる便利なものだ。

「あー、あの時ね。電話して駆けつけてみればファンに囲まれそうになってるし」

化粧を落とす使命感と睡眠欲を戦わせて、ベッドの上でスマホを弄りながらぼやく二乃。その後、四葉が一花のフリをしてファンを引き付け、持ち前の脚力で逃げ切ったんだっけ。

「あの時は四葉に助けられたけど、ネットで変な噂になってそうだなぁ」

アクション系のオファー増えそう、と嘆く一花も何だかんだ嬉しそうに見える。自身の仕事が楽しいのかもしれないし、または運動神経抜群の妹が誇らしいのかもしれない。

「その四葉はフー君と同じ部屋で今頃・・・・・、邪魔してあげようかしら?」

スマホ画面に四葉の電話番号を表示して指で弄んでいる。二乃の言葉に四葉が上杉君とベッドの上にいる姿を想像する。

(なんか、モヤモヤするな・・・・・)

もう夫婦だしそういう事をするのは当たり前だと分かっている。

でも長く過ごした姉妹が彼とそういうことをしている想像すると、言葉で説明できない不快感がある。

「悪いこと考えてないで早くシャワー使って。二乃が一番時間かかるんだから」

「嫌よ。これからオキニの俳優が出るドラマが始まるの」

「海外で日本のドラマやるはずない。後ろが詰まるから早く入って」

「そういえばそうね。録画し忘れてないかしら・・・・・」

睡魔に打ち勝った二乃がゆっくりとベッドから起き上がり、思案顔でシャワールームに向かった。三玖は一花と一緒に海外のテレビ番組を見ているが、見るというよりBGM代わりにして二人で談笑していた。

(今頃四葉たちは・・・・・)

一度感じたモヤモヤがなかなか消えない。気分転換に少し外を散歩しようか。

「小腹が空いたから外で何か探してくるね」

モヤモヤを晴らすため、とは言えずに適当な理由をつけて外に出ることにした。

充電途中のスマホを持って玄関に向かう。すると後ろから慌てた一花の声がかかった

「それならルームサービスを頼めばいいじゃない。一人じゃ危ないよ」

確かに慣れてない土地を1人で歩くのは心細いが、この気持ちは誰かが傍にいたら腫れない気がした。

「来るときに気になったお店があったから見てくるの。それに明るい道を歩くから大丈夫だよ」

気になった店があったのは本当だ。でもこの時間は閉店しているだろう。

一花が「でも」と続けてきたが「大丈夫だから」と強引に押し切って部屋を出る。あんまり騒いで二乃に聞かれたら、姉妹愛の強い彼女は絶対に1人で行かせてくれないだろう。

上杉君と四葉が泊まる部屋は別階のため、廊下でばったりなんて展開にはならない。新婚に配慮して予約した過去の自分に感謝だ。

ホテルのエントランスにはホテルスタッフが数人働いていた。何だかんだ娘たちに甘いお父さんが、セキュリティしっかりしている良いホテルを予約してくれた。成人してまでお父さんに甘えるのは全員反対したが、江端さんが「旦那様なりのお祝いです」と耳打ちされたら、その好意は無下にできない。2人には良いお土産を買って帰ろう。

休憩スペースの横を通ると40代に見える男性がソファに座りながら陽気に挨拶してきた。

『そこの素敵なお嬢さん。一緒に一杯どう?』

英語のリスニングテストに出すには難易度が高い、地域特有の訛りがある英語だった。それでも大学時代に嫌というほど働いた耳はしっかりと聞き取り、培った知識を使って翻訳する。

よく見るとテーブルの上にお酒があった。わざわざエントランスでお酒を飲むのは、一緒に飲む相手を探しているのか。

(格式が高そうなホテルだけど、こういうところは注意されないのかな)

特に騒いでいるわけでもないから気にしないのか、そもそも見た目に反して意外とルーズなのかもしれない。

『ごめんなさい。今夜は先約があるの。でも素敵なお誘いをありがとう』

適当な理由をつけて断る。男性は『オーケー、素敵な夜を』と爽やかに返してきた。昼間でも実感したが、必死に努力した英語が通じると頬がニヤけるほど嬉しい。

そしてもう一つの実感。昔の自分になかった柔軟さがあること。

高校三年生の文化祭。あの日をきっかけに少しずつ変化した。いや、変化があったのはそれより前だったかもしれない。

(きっかけはやはり彼だろうな)

夜の海岸沿いを歩く。観光地のこの場所も夜になれば昼間ほど賑やかではないが、店の明かりや夜遊びを楽しむ人の声など、ある程度の活気は感じる。

立ち止まって海を眺める。浜辺では若い男女がお酒を片手に盛り上がっていた。

咄嗟に抱いた感想が「若いなぁ」だった自分に苦笑いする。大した年も離れていないのにその姿が子供のように思えてしまった。

(今の自分は大人になれたのだろうか。それともまだ子供の延長にいるのだろうか)

一人の夜はどうしても難しいことを考えてしまう。考えて、考えて、結局答えは出ないで終わる。

海風を頬で受け止めながらゆっくりと空を見上げた。雲が少ない夜空には大きな月が浮かんでいた。

私は思い出す。

二乃と喧嘩して、彼の家にお世話になったこと。そしてその夜に二人で話しながら歩きながら散歩したこと。

(ッ~~~)

思い出して悶えたくなる衝動がやってくる。あの日の夜を思い出すと自分の失言も一緒に思い出して恥ずかしくなる。当時は意味わからずにいたが、大学の講義で夏目漱石の話が出た時は今と同じように講義中にも関わらず悶えたくなった。

(奥手な人が伝えるために考えた告白が、今では有名な告白になるって知ったら昔の人はどう思うかな)

昔の人の反応をコミカルに想像すると、羞恥で強張った顔が少しだけ柔らかくなった。

『やぁお姉さん。一人で散歩かい?』

考え事に夢中だったため、急に後ろから声を掛けられて驚く。振り向くと焼けた肌の青年3人組がいた。流暢な言葉と雰囲気から予想するに地元の人だろうか。

『お姉さんが一人なのは勿体ないよ。俺らと一緒に遊ばない?』

お母さんから貰った素敵な容姿はとても人受けが良い。日本でも都会に出れば声を掛けられることもあったため戸惑いはしないが、何回経験しても慣れはしない。私より目立つ一花ならもっと声を掛けられるのだから素直に尊敬と同情を送りたい。

『心配ありがとう。でもごめんなさい、先約があるの』

ホテルの男性の時と同じ断り文句を言う。正直なところ、この台詞は昼間に一花がナンパに合った時に言っていた台詞だし、これ以外の言い回しを知らない。

『先約って友達?女の子ならお姉さんと一緒に奢っちゃうよ』

今度のナンパはしつこかった。先ほどの男性と同じお酒のお誘いだったが、比べて品がないし何より下心が丸見えだ。

『えぇっと、私の彼氏よ。だから貴方たちとは遊べないの』

予想外のしつこさに思わず言葉が詰まってしまった。アドリブとなると一花のように上手くいかないな。

『へぇ、でもその彼氏より俺たちの方と遊んだほうが楽しいよ。ほら、行こうよ』

青年が手首を掴んでくる。言葉に詰まった私を見て押せばいけると判断したのか。

残りの二人もいつの間にか背中側に回って囲むような立ち位置になっていた。焦った私は手を振りほどこうと大きく腕を振って「離してください!」と叫ぶが、恐怖と焦りから日本語になってしまい相手には通じない。通じたとしても素直に話す相手ではないことも、冷静になったら分かることだが余裕がなかった。パニック状態になると声も出ず、頭が真っ白になってきた。

自衛のため反射的に相手の足を強く踏もうとした時、急に相手の手が離れる。

勢い余ってヨタヨタと後ろに下がると、その空いたスペースに第三者の身体が入ってくる。

『こいつは俺の女だ。手を離してもらおうか』




閲覧ありがとうございます。
アニメ2期、ゲーム発売などの熱に当てられて勢いよく執筆しました。
リアルの合間に執筆するので投稿頻度はマチマチですが、ゴールのイメージは描いているので頑張って走り切りたいと思います。
五月ちゃんの物語と私の駄文を暖かい目で見守ってください。


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神様の巻き戻し③


風『いいか、こいつをナンパしたら食費が馬鹿にならないぞ』

五「上杉君?」

風『甘く見積もるなよ?こいつは人一倍、いや人五倍食べる!』

五「上杉君?」

風『例えるなら餌を与えれば与えるほど食べ続ける肥えた金魚のような』

五「上杉君?」



『私悪くないよ!』

思考に入ろうとした意識は、突然の高い叫び声で遮られた。

その声の方に目を向けると、小さな女の子がその子と瓜二つの女の子に向かって放った声のようだ。少女たちの間には男性が困り顔で立っている。

『何もお前が悪いとは言っていない。ただ、もう少しはお姉ちゃんのことを考えてだな』

『お父さんはいつも味方してくれない!いつもいつもお姉ちゃんばっかり!』

女の子の声に通行人が足を止めるが、家族喧嘩と分かると興味を失って歩き始める。

「早口すぎてリスニングできん。トラブルか?」

「多分姉妹喧嘩かな。それをあのお父さんが仲裁しているみたい」

見た目がそっくりな小さな姉妹に昔の私たちが重なる。よく喧嘩をした訳ではないが、1つだけ四葉と大喧嘩したのを覚えている。確かおやつの取り合いだっただろうか。

最初は口喧嘩だったけど次第に手を出すほどの喧嘩になって、それを止めにきた一花と二乃を巻き込んで大喧嘩になった。その後、三玖がお母さんを呼んできてみんな怒られたっけ。

『もういい!お父さんもお姉ちゃんも大嫌い!』

女の子が声を荒げて走り出す。お父さんは追いかけようとしたが、もう一人の娘を置いてはいけず戸惑っていた。

「上杉君、追いかけましょう」

一度面影が重なってしまえば他人事には思えなくなる。私の咄嗟の提案にも彼は頷いてくれた。

「言っておくが俺は体力に自信がない。もしもの時は先に行ってくれ」

ただ、すごく情けなかった。

戸惑っている父親に簡単に声を掛けて女の子の後を追う。距離があっても相手は女の子の為、5分もしないうちに追いついたが、5分もしないうちに上杉君は見えなくなった。

女の子は浜辺に隣接する堤防の上に足を投げ出すように座っていた。決して低い堤防でないため、この暗さだと誤って転落すれば子供でなくても危ない高さだ。

『お嬢さん、そこは暗くて危ないよ』

近くの階段を見つけて少女へ歩み寄る。女の子は急に声を掛けられて驚いた様子だったが、声を掛けた私の顔を見て安心したような、落ち込んだような目をしていた。

『平気。慣れているから』

『そうなんだ。よくここに来るの?』

『ううん。偶に来るくらい』

いざとなったら腕を掴める距離まで近づいてしゃがみ込む。少女と同じく足を投げるように端に座った方が楽だけど、暗さと高さに怖気づいてしまう。

『貴方のお父さんが来るまで隣にいてもいいかな』

『来ないよ。お父さんはお姉ちゃんの方が大事なんだもん』

そう言って塞ぎ込む彼女に、私は何と言葉を掛けるべきか迷ってしまう。下手な言葉は逆効果な気がするが、何か言わないと気不味い。

『そんなことないよ。きっとお父さんは貴女のことも大事に思っています』

結局出たのは当たり障りのない普通の言葉だった。しかしその言葉は少女に届かなかったようで、全く反応が見られない。

『お父さんは――』

『子供に、差を付ける親なんか、いるもんか』

後ろから声が聞こえた。その声に振り向くとそれと同時に彼が横を通り、少女の頭に手を置く。荒げた呼吸が、彼がどれだけ急いでくれたか察せる。

『父親からすれば、全員が等しく大切な子供だ。そこに差別はない』

頭に手を置かれた少女はそれを払うでもなく上杉君を見上げる。

『・・・・・差別?』

『あー、つまりどちらも大切だってことだ』

上杉君は少女の横に胡坐をかいて座る。

『そして子供は等しく親に甘える権利がある。だからお前のそれは悪い事じゃない。存分に困らせろ』

意地の悪そうな顔で笑う。その顔は二十歳を超えた成人の顔ではなく、思い出に多くある高校生の彼の顔に近かった。

上杉君はそのまま優しい声で少女に話しかけ続け、少女は少しずつそれに答えていった。

昔、みんなに彼のどこが好きなのか聞いたことがある。その時に三玖が「人の気持ちに寄り添える温かさを持っている」と言っていた。

当時は冷酷非情な彼がありえない、なんて笑ったが、きっと姉妹のみんなが惹かれた彼はこういうところなんだろう。

彼の呼吸が落ち着き、波音が場を満たす頃には慌てた父親が追いついてきた。

少女の無事を確認できた父親は膝を崩して安堵し、少女はそんな父親を見てバツの悪そうな顔をしていた。

父親が私たちに気づくと物凄い勢いでお礼を言われ、最初はお金を渡してきたがそれこそ物凄い勢いでお断りした。

来た道を手繋ぎで戻る親子たちの背中を見送り、合わせたわけでもなく二人同時に息を吐く。

「君もまともな事を言えるんだね。四葉の教育の賜物かな」

「賜物なんて言葉を使うお前は違和感しかねぇな」

幕を下ろした舞台のような黒い海を眺める。帰らないといけないのは分かっているが、月明かりや波の音に惹かれてしまい、何だか帰るのが勿体なく感じてきた。

ゆっくりと夜空を見上げる。黒いキャンパスには光り輝く満月がよく映えている。

(月が綺麗ですね、か)

私は無意識に月へ手を伸ばす。ゆっくりと肘を伸ばし、これ以上伸びないところで手を握る。もちろん手の中には何もない。

「何してんだお前・・・・・」

不可解な私の行動を訝しげに目を向けてくる。何もそんな可哀想な人を見るような目をしなくてもいいじゃない。

「何でもない。何となく手を伸ばしたかっただけ」

少し恥ずかしくなって慌てて手を引っ込める。そのままと目合わないように振り返り、先程の行動を誤魔化すように昇ってきた階段を早足で下る。

「おい、暗いんだから走ると危ないぞ」

「暗くなんてないよ。今日は月が綺麗なんだか、ら・・・・・・」

口に出した後に自分が言った言葉に気づく。私は慌てて振り返り訂正する。

「今のは違うよ!ただ単に満月が綺麗だって意味で深い意味は―――」

フワッと、突然の浮遊感。ゆっくりとなる視界。自分が足を踏み外したと気づいたのは、まるで走馬灯のように加速する思考の中でだった。

視界の先で彼が慌てて手を伸ばす姿が見えた。その手を掴もうと手を伸ばす自分が、他人事のように認識できる。

二つの手が触れそうな距離まで近づき、しかし触れずに離れていく。

揺らぐ視界の中で彼の必死の表情だけがはっきりと見えた。

(なんだ、そんな顔もできるんだ)

場違いな感想を最後に、私の意識は暗い海へと消えていった。

 




長いプロローグが終わり、自分の文章表現が読者の皆様に情景としてしっかり伝わっているか心配な作者です。

次回からは週1くらいの頻度で投稿します。
休日や空き時間に週刊誌感覚で読んでもらえると幸いです。

この物語が誰かの性癖に刺さることを祈って、鈴木は今日も珈琲を頂きます。


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神様の巻き戻し②


二「あの2人ってもう夫婦なのよね」

三「そうだね」

二「今二人っきりで部屋にいるのよね」

三「そうだね」

二、三「「・・・・・・」」

五「2人ともどこにいくつもりなの」



教科書通りのイントネーション。黒髪の後ろ姿がこの国の人ではないと教えてくれる。

「上杉君!?」

間違えるはずがない慣れ親しんだ声と後ろ姿。上杉風太郎がそこにいた。

突然の乱入者に驚いた様子の三人だったが、すぐに調子のいい顔で肩をすくめる。

『そう怒るなよ日本人。お前がいない間に少し話をしていただけだよ』

軽い調子で返すあたり、このような展開にも慣れているのだろう。上杉君はフンッと鼻を鳴らして強い態度を見せる。

『それなら俺が来たから下がってもらおうか。それと、こいつにちゃんと謝れ』

2人の会話を聞いていて油断していたところを、いきなり上杉君に肩を抱き寄せられた。急なことに思わず変な声が出たことは見逃してほしい。

『分かったからそんなに睨むなよプレイボーイ。悪かったなお姉さん、機会があればまた話そうな』

そう言って反省の色を見せずに去っていく。その反応に上杉君が反抗しようとするところを私が何とか抑えてこの騒ぎは終了となった。

「夜に知らない土地を1人でうろつくな馬鹿。変なことに巻き込まれやがって」

「ごめんなさい・・・・・」

返す言葉もない。このことを姉妹のみんなが知ったら凄く怒るだろうな。

「普通考えたら夜道が危ないの分かるだろう馬鹿。もう少し危機感を持て」

久しぶりの旅行で気分が高まっていたのかもしれない。上杉君にも迷惑をかけてしまった。

「抵抗するならもっと強気で抵抗しろ馬鹿。しつこいやつらに優しさなんて見せるな」

もしくは自分の語学力が通じることに浮かれていたのかもしれない。今後はしっかり気を引き締めて

「聞いてるのかこの馬鹿」

「馬鹿馬鹿うるさいです!しつこいですよ!」

何回言えば気が済むのかこの人は。もしかして、ただ罵倒したいだけなのだろうか。

「物分かりの悪いやつには繰り返し言う必要があるのは高校時代に学んだことだ。それから口調、前に戻っているぞ」

「うるさい!」

助けてくれた時はヒーローに見えたが、今は悪者にしか見えない。しかも小悪党。

「なんで貴方はもっとスマートにできないの」

途中までは二乃がよく見ているドラマのようだったのに。でもおかげでパニック状態だった自分が、いつも通りの自分に戻れた気がする。不安だった気持ちも今は綺麗になくなっていた。

「俺にスマートさを求めるなよ。つーか、ちゃんとスマートに言ってやっただろうが」

「確かに言葉選びはスマートだったけど、イントネーションが微妙だね」

「うるせぇ、伝わればいいんだよ」

最近一花にも同じような指摘をした気がする。でも上杉君のイントネーションは一花より綺麗で、そこは流石と言うべき私たちの先生だと思う。

「職業病、そういう事を言いたくなるの。それよりどうしてここに?」

彼も偶然散歩したくなった、ということはないだろう。一花たちが連絡したのだろうか。

「お前の姉妹たちから連絡きたんだよ。二乃なんかバスローブ姿で部屋に押しかけてきたんだからな」

何のための携帯電話だよ、とブツブツ文句をいう彼は手で顔半分を隠していた。バスローブ姿の二乃を思い出したのだろう。我が義兄ながら新婚生活が心配になる反応だ。

一花たちから連絡受けた後の慌てた二乃の姿が目に浮かび、長時間の説教を覚悟する。

「あとで二乃に謝らないと」

「二乃だけじゃなくて一花と三玖、四葉にも謝れよ。今頃この周辺を走り回っているんじゃないか」

夜の散歩に出ただけで大袈裟な、とは思うが現に危ない目にあったのだから反論は口にできない。

「とりあえず俺は四葉に電話するから、お前は残り三人に電話かけてくれ」

「助けてくれたことは嬉しいけど、君、四葉一人にさせたの・・・・・?」

自分の妻を夜道一人にさせる夫がいるだろうか。非難の目で問い詰める。

「なわけねぇだろ。俺と四葉、残り三人で分かれたんだが、その・・・・・四葉の足が速すぎて」

そこで彼の口が止まる。置いてかれたのね、とは口に出さないであげた。確かに本気で走る四葉に追いつけるメンバーがその中にいるとは思えない。上杉君のことだから止めはしたけど逃げられた、といった感じだろう。

これ以上追及はしないでおこう、私は重い気持ちで電話をかけた。

私の方は予想通り二乃に凄く怒られた。上杉君に助けられた件を伝えないでこれだけ怒られるのだから、これは上杉君に頼んでナンパされた話を内緒にしてもらおう必要がある。

彼の方はすぐに済んだらしく、どうやら各自ホテルに戻ることになったらしい。

「んじゃホテル戻るぞ。異論はないな?」

「ないからこれ以上何も言わないで・・・・・」

先程までの爽やかな気持ちはなく、二人夜道を歩きながら月を見上げても「丸いなぁ」くらいの感想しか抱かなくなった。

「別に説教するつもりはねぇよ。誰にだって一人で黄昏れたい時もあるだろう」

彼が同情してくれるのは意外だった。どうやらこの五年間でようやく気遣いを覚えたらしい。

「じゃあ上杉君もそういう気分になる時あるんだ」

「俺をなんだと思ってやがる。つーか昼間も思ったんだが」

彼は恥ずかしそうに目線を海へと逸らす。

「名字呼びはそろそろ止めてくれ。お前の姉妹も上杉になるわけだし・・・・・」

その言葉に最初はポカンとしてしまう。少し経って意味を理解し、恥ずかしそうな彼の姿も相まって笑ってしまった。

「確かにそう言われると少し違和感になるね。じゃあ義兄さんって呼ぼうか?」

嫌がるだろうと分かってその呼び方を提案する。案の定嫌そうな顔でこちらを見てきた。

「お前に兄呼ばわりされるとか違和感しかないから止めてくれ」

「そんなに嫌がらなくてもいいでしょ。じゃあ、風太郎―――」

名前呼びをしようとして口を止める。この呼び方を許されるのは姉妹の中では彼女だけで、それは他の姉妹も分かっている。

この呼び方は特別なものである。

「――――風太郎君って呼ぼうかな」

咄嗟に修正したその呼び方に、家出した時に湖で四葉に頼まれたあの時を思い出す。

「その呼び方は一花・・・・・いや、零奈だけで十分だ」

あの日私は彼の思い出を演じるために、お母さんの名前を使って自らを偽った。数年後、うちで婚姻届を書いている時に彼がお母さんの名前を見て驚いていた。

「別にいいでしょ。その零奈も私が演じていたものなんだし」

少し強張った雰囲気に彼は気づいただろうか。気づいていたら、気にせず流してくれた彼の優しさに感謝したい。

「ようやくネタ晴らしと思ったら、まさかお前だったとはな。陸上部の件で四葉の真似をした時とは大違いだぜ」

「別に真似じゃないから!昔の私を演じていただけだよ!」

気が付くと彼との間には穏やかな空気が流れていた。彼とは馬が合わないようで意外と合っていると言われたのは姉妹の誰にだったか。




プロローグ部分に当たるのに分割投稿

最初は気合入って筆が乗るんですよね

次回プロローグ終わり

※誤字報告ありがとうございます。
 よりにもよってヒロインの漢字を間違えているとは思ってませんでした。
 ファンの方々に刺される前に指摘していただいて感謝です。


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リスタート①

一「それにしても二乃、よくバスローブ姿でホテル内を走れたね」

二「思い出させないで。でもフー君の視線を一人占めしたのは悪くない気分だったわ」

一「誘惑しすぎて四葉と喧嘩にならないでよ?」

二「そうね。正面衝突したら運動神経の差で四葉には勝てないし・・・・・・」

三「武田信玄を学べば、いざという時の策になるはず」

二「それだわ。三玖、手を貸しなさい」

一「姉妹喧嘩に何を持ち込む気なんだろう」




「―――きちゃん。五月ちゃん?」

ハッと目を覚ます。すぐさま自分の身体を触り、怪我がないことに安堵した。

ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着ける。

「びっくりしたぁ・・・・・・。急にどうしたの?」

声に顔を向けると横に驚いた顔の一花がいた。

「あぁ、一花・・・・・・。ごめんね心配させて」

あの後どうなったんだろうか。あの一件で旅行が台無しになってないといいが。

「ところで一花、あの後は―――」

そこまで言って違和感に気づく。一花の背景がホテルのものでも病院のものでもない。それ以前にどこか記憶にあるインテリアだ。

慌てて周囲を見渡してはじめて気づいた。

水玉模様のシンプルなカーテン、たくさんの収納スペースに惹かれて選んだ木製の棚、大きな姿見鏡、そして幼少期からお気に入りだったヒトデ型クッション。

「私の、部屋?」

ここは高校時代、姉妹と暮らしていたマンションの一室、私の部屋だった。

「だ、大丈夫五月ちゃん?変な夢でも見た?」

心配そうに見つめる一花を見つめ返す。髪型こそ変わらないが顔つきが少し幼く見える。それに着ている服装があの頃の制服だった。

「えっと一花、どうして高校の制服を着ているの・・・・・?」

脳内にはありえない想像がちらつく。昔二乃が見ていた映画に似たような展開があったが、あれはフィクションの話だ。

「えぇっと・・・・・・それは今日が学校に行く日だからなんだけど」

寝ぼけてる?と困り顔で訊ねる一花の声が遠く感じた。嫌な想像が加速する。

「今は、令和何、年?」

その問いは即答されず、間をあけて「何を言っているか分からない」といった顔で一花が答えた。

「今は平成なんだけど、そういう意味ではないのかなぁ」

レイワってなんだろう、と頬を掻く一花。その言葉に一瞬頭の中が真っ白になるが、慌ててスマホを探す。枕元にあったそれは充電ケーブルに繋がれており、置いて充電されるタイプの充電器ではなかった。

もはや確信に至っている仮説を否定し、スマホの画面を起動する。

そこには、六年前の春を示す日付が浮かんでいた。

 

「五月、今日は休んだ方がいいんじゃないの?」

二乃が朝食を片付けながら心配そうに尋ねる。その髪型は長髪のツインテールと、懐かしい記憶の頃の二乃だ。

「ありがとう二乃。でも大丈夫だよ」

あの後、混乱した頭で考え込んでいたら不審に思った他の姉妹が様子を見に来た。予想通りというか当たり前だが、他の姉妹も懐かしい制服と容姿だった。

一花が他の説明に何かを説明して、とりあえず朝食となり今に至る。

今の状況をどう整理しても、過去にいる自分を否定できない。夢かと思ったが、二乃が作ってくれたベーコンエッグはとても美味しく味覚を刺激して、とても夢の中とは思えない。

「でもあんたが朝ご飯をおかわりしないなんて異常よ」

「あはは・・・・・・そういう日だってあるよ」

流石にこの状況でたくさん食べれるほど精神は太くない。というかおかわりの有無で体調を心配されるのはどうかと思うが。

「無理しないほうがいいよ。午前は学校案内だけだし、午後から学校来るでも」

「ありがとう四葉。でも確かめたいこともあるし」

これがリアルな夢だとしても学校を休むというのは気が引ける。それに今は少しでも情報が欲しいから動けるときは動きたい。

「それよりも五月、今日は何か変」

三玖が食後の緑茶を両手で持ちながらじっと見つめてくる。

「それは私も言っているでしょ。ご飯おかわりしない五月なんて変以外ないわよ」

「そうじゃない。話し方がいつもと違うから」

言われてから初めて気づいた。高校卒業後から口調を変え始め、大学を卒業する頃には長年使っていた丁寧口調もなくなり、今ではこれが通常営業だったため完全に失念していた。

「あー、夢で昔のことを思い出してつい昔の口調になって、ましたよ?」

「なんで疑問形なのよ・・・・・・」

いざ意識すると何とも面倒な口調をしていたものだ。これは慣れるまで時間がかかりそうだ。

(まぁこの状況が夢であって、覚めてくれたら何も悩むことないんだけどなぁ)

口に運んだ熱々のウインナーの美味しさが、無情にもその仮説を否定するようだった。

 




五等分の花嫁の無人島ゲーム、とても面白いですが風太郎のボイスが途中でなくなるのが悲しかったです。でも立ち絵がちょこちょこ変わって可愛い(大事)

ようやく本編スタートです。
未来五月ちゃんの時代が令和なのかはご都合処理しました。
物語の主軸は五月ちゃんですが、なるべく他の姉妹も登場するように立ち回っていきたいと思います。

次回の更新予定は4月8日です。

※誤字報告ありがとうございます。Wordで作成してコピペして満足すると見落としが多いので気を付けたいと思います


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リスタート②

二(もしかして、朝ご飯美味しくなかったかしら・・・・・・)

五「二乃!?この卵焼き」

二「何!?もしかして美味しくなかった―――」

五「鰹節が良い仕事してますね!一緒に合わせた出汁との相性が―――」

二「良かったいつもの五月だわ」


時間は過ぎて正午。私は懐かしい学校食堂で一人ため息をつく。

今日の午前中は学校案内だった。一花や二乃は新しい校舎に目を輝かして、三玖は半分も回らないうちに足を重そうに動かしていた。四葉は言葉数が少なく、転校した原因に引け目を感じているのかもしれない。

(というか状況に急かされて忘れていたけど、今日が転校初日ということは・・・・・・)

この日の食堂、私たち姉妹にとって大事な出会いが待っている。

どうアプローチをするべきだろうか。そもそも現状を完全に理解している訳でもないため、下手な行動は後々の失敗に繋がりそうで怖い。果たして過去をなぞるのが正解なのだろうか。

そんなことを考えながら懐かしいメニュー表を眺める。

焼き肉定食400円、うどん250円、海老天150円、いか天100円、プリン180円。

美味しそうなラインナップだが、悩みや不安のせいか空腹を感じない。

「すみません、うどん1つとトッピングに―――」

とりあえずできるだけ過去をなぞろう。ここで彼に会わないのは得策ではない気がする。

昔を思い出す。初めて彼と出会った場所、隅っこの2人席。

ここで大切なのはタイミングだ。先に座れば彼は避けてくるだろうし、後々になって同席を求めると他の席に座れと言われて反論しにくい。

トレーを持ちながらゆっくりと歩く。孤独感ある姿と特徴的なアホ毛が当てはまる男子生徒を探すがなかなか見つからない。

ずっと歩き続けると周りの目が気になってしまう。とりあえず一旦席に座って、姿が見えたら偶然を装って仕掛けようか。

わざわざ座りなおしてでも接近しようとする自身の精神が頼もしい。

とりあえず混雑の邪魔にならないよう2人席に座ることにした。

今後どうしようかなぁ、と考えながらトレーを置こうとすると、別方向からもう一つのトレーが重なった。

「え」

「あ」

そこには目つきの悪いアホ毛の男子生徒がいた。どうやらわざわざ偶然を装う必要はなかったらしい。

この瞬間のシミュレーションは登校中に何度もしている。

一緒に座ろうと提案したら彼は強く否定するだろう。作戦としては大人な私が大人らしい対応で説得して同席するか、大人な私が大人らしく折れたふりをして隣席を狙う。

「あ、あの―――」

しかし彼の顔を見たら続く言葉が出なかった。理由は分からない。ただ胸の裏側がキュっと締まるような感覚に襲われ、呼吸器系が麻痺しているような錯覚。

声を掛けられた彼は怪訝そうな顔で続く言葉を待っていたが、すぐに諦めて席に座った。

「どけ、ここは俺が毎日座っている席だ」

そう言うと単語帳とテスト用紙と見られる用紙を片手に食事を始める。

予想通りの対応に懐かしさを感じる反面、自分に興味を示さない態度とどこか棘のある口調にイラっとした。

そのことに事前シミュレーションのことなんか忘れ、衝動的に向かいの席に座ってしまった。

「おい、ここは俺の席……」

「椅子は空いていました。そんなに気になるのなら移ったらどうですか?」

売り言葉に買い言葉。結局用意していた大人な対応はどこかに行ってしまい、子供っぽい言い合いの末の出会い方となってしまった。

「上杉君が女子と飯食ってるぜ・・・・・・」

「や、やべぇ・・・・・・」

周りからの視線が気になる。普段一人でいる彼が誰かと、しかも異性といれば気になる気持ちは分かるが、当事者としては良い気分ではない。

「ちっ、あいつら・・・・・・」

そっぽを向いて恥ずかしそうに呟く。一人に慣れている彼でさえ、話題の中心にされるのは居心地悪いのだろう。と、自分のことを棚に上げて分析して動揺を誤魔化す。

「まぁ勝手にしろ」

そう言うと彼は食事とテストの復習を再開した。あの頃は食事中の勉強を行儀が悪いと非難したが、四葉との約束を知っている今となっては少し微笑ましく頬が緩んでしまう。

「・・・・・・なんか用か?ニヤニヤしながら見やがって」

視線を煩わしく思った彼が不機嫌そうな顔をする。

「別に何でもないですよ」

緩む頬を意識的に抑えて、私もうどんを食べることにした。

さっきまで静かだったお腹が急に仕事し始める。ふぅ、お腹が空きました。

 




学食ある高校に通ってみたかったです。
大学で初めて食堂を利用できましたが、どうして学食のうどんは冷凍ものなのに美味しく感じるんでしょう。
家で食べるうどんは素うどんにラー油を掛けて中華風(仮)にしてます。

今度の休みにうどん食べに行こう。

次回の更新予定は4月15日です。


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リスタート③

風「ていうかお前のその量なんだよ」

五「これくらい普通です。貴方こそそんな少しで足りるんですか?」

風「俺は小食なんだよ」

五「そんなことでは体力付きませんよ」

風「うるせーな、お前こそそんなに食べてふと」

五「太りません」

風「いやまだ何も」

五「太りません」


「ど、どーも五月・・・・・・さん」

翌日の昼食時、食堂にて。お世辞にも爽やかと言えない引きつった笑顔で話しかけてくる上杉君。

普段使わなそうな表情筋が痙攣するまで待つのも面白そうだが、この顔を見続けて笑わない自信がないので反応することにする。

「どうしましたか上杉君?」

午前の授業が終わり、他の姉妹たちと待ち合わせした席に向かう途中で声を掛けられた。

「いやぁー、また君と机を並べたくて来てしまったよ!どうだい一緒に!」

わざとらしい声で提案する彼。イケイケな発言とは裏腹に目は凄く泳いでいた。

大方、家庭教師の件を聞いて食堂での悪印象を取り除こうとしているのだろう。

慣れない行為と努力に免じて頷きたいところだが、記憶が確かなら2日目のお昼は四葉と大事な出会いがあったはず。

ここは誘いを断り一人になったところを四葉が会いに行く、という流れに持っていきたい。

しかし気になるのが声を掛けられたタイミング。前に声かけられた時は他の姉妹もいた気がする。

(でもこれは好都合かも。昔は他の姉妹との出会いは最悪だったけど、いま紹介すれば皆との関係も良い状態から始められる、はず)

「それならあっちで―――」

「あれ五月?何してんの早く行きましょうよ」

聞きなれた声に振り向くと、そこにはトレーに控えめな昼食を乗せた二乃がいた。

「げ、お前は」

「あぁー!アンタは!」

・・・・・・え?

「えぇっと二乃、2人は知り合いなんですか・・・・・・?」

額を伝う汗が冷たい。二乃が好きな彼はまだ先のはずで、好印象ではないのは今のやり取りで何となく察せた。

「こいつ!さっき五月をストーキングしてたのよ!アンタの知り合いじゃないの!?」

「いや、俺はストーキングしてた訳じゃなくて―――」

2人の異常なやり取りが徐々に周りの視線を集める。形勢不利と判断した彼は、あははは、と乾いた笑いを残して一目散に撤退した。

ちょっと待ちなさいよ!と最後まで威嚇する二乃を何とか抑えながら小さなため息を落とす。

(どうして予想してない展開に・・・・・・)

私が関与しなければ同じ展開になる、とは限らないみたい。そもそも未来の私がここにいる時点で知らないところで少しずつズレているのかもしれない。

「バタフライ効果、だっけなぁ」

「急にどうしたのよ」

思わず漏らした小さな呟きに反応する二乃。姉妹に対する細かな配慮が二乃の美点だとは思うが、今の呟きは無視してほしかった。

「何でもないです!さ、早くみんなのところに行きましょう!」

考え事をするのは一人の時にしよう。二乃を引っ張るように先を歩くと、後ろで二乃が何かを拾っていた。

「何これ、テスト用紙?」

「あ、それは―――」

「上杉、ふう、たろう・・・・・・。さっきの男の名前ね!」

「いや、それはあの―――」

次々と予想外の出来事に襲われ、頭が真っ白になる。そのテスト用紙は四葉が届けるはず。四葉と上杉君の再開。それを逃したら未来が大幅に変わる可能性が―――

「二乃!それは私が彼に返しておきます!彼とは同じクラスなので!」

少し強引だったけど、二乃からテスト用紙を受け取ることに成功した。

「大丈夫・・・・・・?私が一言言ってやってもいいのよ?」

「いえ大丈夫です!さぁ、早くお昼を食べましょう!」

これはこっそり四葉にパスしておこう。みんなのいるテーブルへと動かした足はさっきよりも重く感じる。

過去の細かい部分は覚えていないが、今回の昼食は二乃が上杉君の愚痴を言うくらいで特に何事もなく終えた。

個々のペースで食事を楽しみ、周りの生徒が少しずつ席を立ち始めたタイミングで私たちも解散することにした。

「五月―、さっきの人にプリント渡してきたよー」

「ありがとうございます」

二乃に言った手前、みんなの前でパスを出すわけにもいかなかった。そのため昼食を下膳するタイミングで四葉に「このプリントあの隅で食べている人のものなんだけど、無くして困っているかもしれない」と伝えた。

明らかに不自然な発言だったが、困っている人に弱い四葉は素直にお願いを聞いてくれた。

「でも上杉さんって五月と同じクラスなんでしょ?私が渡さなくても教室で渡せばよかったのに」

「ま、まぁちょっと色々ありまして。私が行くのは都合悪いんですよ」

まさか貴方の未来の旦那さんに会わせるため、とは言えない。

「え、五月何かあったの?」

「そ、その話はまた今度で!さぁ、午後の授業が始まりますよ」

頭上に?が沢山浮かんでいる四葉を強引にはぐらかしてして教室に戻った。

午後の授業が始まる。昼食後の教室は眠気で満ちており、半分以上の生徒が瞼を重そうに黒板を見つめ、一部は睡魔に身を任せて各々の姿勢で夢に落ちていた。

それは私も例外ではなかった。

現役高校生の頃は授業についていくために必死で眠気も感じなかったが、今の私にとっては高校レベルの内容はほぼ熟知しており、昼食時のターニングポイントを乗り切った安堵で気が緩んでしまう。

(この後は・・・・・・彼と一緒に帰って、みんなに・・・・・・せつめい、して・・・・・・)

「中野さん?」

脳に直接冷水を掛けられたような衝撃がきた。柔らかくなった背骨と首をピンと張って目を開く。

「眠そうですね。では眠気覚ましにこの問題を解いてもらっていいですか?」

怒っている、いうよりは面白がっている口調で先生が指示する。

眠そうに船を漕いでいた他の生徒も一気に目を覚ました辺り、もしかしたら私は人柱になったのかもしれない。

油断していたとはいえ授業中に寝ていた自分が恥ずかしい。自覚できるほど熱くなった顔を完全に上げることができず、やや下を向きながら黒板に向かう。

仕事で何度も握ったチョーク。新人の頃に持ち方から教わり、綺麗な文字を書けるように何度も先輩に教えてもらったのを思い出して苦笑いしてしまった。

親指人差し指中指の3指でチョークを持ち、黒板の数式に新しい数式を加える。

(この問題、よく見るとすごく分かりやすい。今度授業する機会あったら同じのだそうかな)

職業病というのか、良い教え方や例題はチェックしてしまう。そう考えると今の環境は都合の良い勉強期間と捉えられる。

「お、正解です。応用問題だったんですがよく解けましたね」

でも居眠りはダメですよ、と笑いながら念を押された。その笑みに「すみません」と小声で謝罪し、やや早足で席に戻る。

一度上がった心拍数のおかげでその後の授業は眠気に襲われることなく、仕事に生かせそうなポイントをノート端にメモして過ごした。

 




本筋は原作をなぞる予定なんですが、ビックリするくらい進みませんでした。
あんまり濃くすると飽きを感じてしまい、あんまりカットすると中身のない文章になってしまいそうです。
今は週1くらいの更新頻度ですが、今後の進行状況によっては週2くらいにするかもです。
試行錯誤しながら頑張ります。

ちなみに鈴木は授業中の睡魔には勝てないタイプでした。寝不足って訳ではないのに眠くなるのはどうしてでしょうか。

次回の更新予定は4月22日です。

※4月15日のイベント編更新しました。
「イベントでも五月のお団子が美味しい御話」もよろしくお願いします。


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リスタート④

二「五月、今日のお昼も少なめなの?」

五「はい、最近考え事が多くて食欲がなくて」

二「じゃあ、今日の夕食もなるべく少ない量で栄養価高いものを考えておくわ」

五「すみません、迷惑をかけます」

一(少なめって言ってもしっかりと一人前食べてるんだよなぁ・・・・・・)


先生が帰りのホームルームの終わりを告げる。

それから少ししてスピーカーから放課後用のBGMが流れ始めた。

放課後を迎えたクラスメイトはというと、改めて席に着いて談笑するグループ、急いで部活動に向かう女子生徒、無言で荷物をまとめて下校する男子生徒と様々。

そんな中、引きつった笑みで私に近づく不審者がいた。

「や、やぁ五月・・・・・・さん。ちょっと時間いいかな」

控えめに言って気持ち悪い。率直に言っても気持ち悪い。

この顔を見ても未来の姉たちは好きだというだろうか。

「・・・・・・はぁ。クラスメイトですし五月でいいですよ」

ため息が漏れた。私の知っている彼と目の前の彼とのギャップに頭痛がしそうになる。

「そ、そうか五月。急で悪いがちょっといいか?」

少し顔をそらしながら言う。その不自然な動作が気になったが、周りを見て理由が分かった。普段から誰とも絡まない彼が、転校してきた女子生徒に話しかけたら注目を集めるのも無理ない。

しかし注目を集めるのは彼に限らず私にとっても居心地が悪い。

「分かりました。丁度私もお話ししたいことがあったので」

一緒に帰りましょうか、と彼を誘った時にクラスメイトの視線が一気に集まった気がした。

 

「なんだお前、俺が家庭教師やるってこと知っていたのかよ」

「え、えぇ。ちょっと小耳に挟んだので」

彼の家庭教師業務を円滑に進めるには私が姉妹たちを説得しなくてはならない。その為には最初からこちら側に立っていた方が違和感なく進められる、はず。

「それならこんなに気を張る必要はなかったって訳かよ」

肩の力が抜けたからかぶっきらぼうな口調になった彼は、私が知っている彼に近くなって少し安心する。

「気張るも何も、まずはその態度を改めてください」

彼と姉妹たちの関係がマイナスから始まった原因の一つにコミュニケーションがある。隔離空間で過ごしていた猫が、いきなり他の猫と同じ空間に入れられたら喧嘩するイメージに近いかもしれない。

「食堂でのあの態度はマイナスです。初対面の相手に威圧するような態度は悪印象しか与えませんから」

「威圧してねーよ。つか、お前はもうそこを理解してるんだから直す必要ないだろ」

「あのですね、私はいいとしても他の姉妹が―――」

「あれー?五月だ!おーい!」

元気の良い声が響く。呼ばれた方に振り向くと、大きく手を振る四葉と一歩後ろで歩く三玖がいた。

「んん?隣にいるのは・・・・・・上杉さん!?2人は仲良しさんだったんですか?」

「別に仲良しじゃねぇよ。こいつに用があって話していただけだ」

別にやましい事はないのに四葉に見られた罪悪感で身構えてしまう。幸いにも引きつった笑みや不自然な態度は指摘されず、上杉君と四葉の会話は今日のテスト用紙の件で進んでいた。

「つーか、お前ら下校も一緒とかどんだけ仲良しなんだよ。友達ってのはみんなそうなのか?」

自身に友達がいないような闇を感じる発言をする上杉君。本人がそれを苦に思っていないことを逞しいと捉えるか寂しいと捉えるかは人によるだろうが、少なくとも今の私は寂しいと感じる。

「別に、私たちは友達じゃないから分からない」

三玖の発言に上杉君の表情が固まる。目の前で地雷を気にせず踏んでいく狂人を見たような顔だ。

「いやお前、こんな堂々と、え、え?」

戸惑う彼を見て思い出す。そういえばこの時点で姉妹なのは知らないんだった。

確かにその事実を知らない人が聞けば三玖の発言は奇怪なものだろう。

「いえ、三玖の言ったことはそういう意味ではなく―――」

ヴゥー、ヴゥー、ヴゥー

三玖の発言を説明しようとしたタイミングで私のスマホが着信を伝える。言おうとしたことを遮られた形になったため「えっと、あの、えぇっと」と右往左往してしまったが、まずは電話に出ることにした。

「もしもし五月?今どこにいるのよ」

「に、二乃ですか」

電話相手は二乃だった。反射的に上杉君に背中を向けて、空いた手で口周りを覆って隠す。昼間の上杉君の件で二乃にも罪悪感で身構えてしまった。

「一緒に新作カフェを買って帰ろうと思ってクラスに寄ったのにいないんだもの。他のみんなも一花以外捕まらないし」

「あ、三玖と四葉なら今一緒にいるけど」

「何よ私たちだけハブいたわけ?今行くからどこにいるのか教えなさいよ」

「え、い、今からですか!?」

この場にいるのは三玖と四葉、そして二乃と言い争った上杉君。ここに二乃たちが合流すれば喧嘩勃発回避不可だ。

前に三玖のゲームをやらせてもらった時、「各個撃破するのは戦の基本戦術」と言われたのを思い出す。四葉は最初から好印象だからいいとして、残りの姉妹をまとめて説得するのは難しい。

「すみません!ちょっと用事を思い出したので先に帰ります!あとは三玖と四葉にお願いします!」

スマホの向こうで二乃の戸惑った声が聞こえたが構わずに通話を切った。

「どうしたの五月?二乃なんか言ってた?」

慌てた私の様子を見て四葉が心配してくれた。しかしその優しさに答える余裕はなく、頭の中はどう立ち回るのべきかで一杯だった。

「すみません四葉、少し考えたいことができたので先に帰ります。上杉君、行きましょう」

「え、あ、あぁ」

状況が呑み込めない彼は腑に落ちない顔をしながらもついて来てくれる。

本当は今すぐベッドに飛び込んでゆっくりと考えたかった。しかしここに彼を置いておくと合流した二乃と鉢合わせし、私の知らないところで状況が悪化するかもしれない。

「おい状況がよく分かんないんだがいいのか?その、友達・・・・・・を置いて行って」

「そちらも後々お話しします。とりあえず近くの喫茶店でお話ししましょうか・・・・・・」

言葉尻になるにつれ声が小さくなってしまう。もしかしたら自分のしている行為は意味をなさないのではないか。

(変に気を使わず、過去を綺麗になぞった方が良かったのかな・・・・・・)

今更あとに引けない状態が余計に悪いイメージを作り上げる。

見上げた空に浮かぶ雲が、灰色よりも重い鉛色に見えて仕方がなかった。

 




自分で執筆してて一向に進まないなって思いました。
次回で時系列的に原作一話目は終了です。

部活動を引退した後の放課後は、人生で一番自由だった気がします。
放課後に教室でバレーボールをし、教室用の壁掛け時計を壊したことは一生忘れません。
石井先生、すみませんでした。

次回の更新予定は4月29日です。


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リスタート⑤

風「おい、喫茶店って言っても俺は金がないぞ」

五「コーヒーくらいは奢ります。あ、貴方はコーヒー苦手でしたね」

風「コーヒーが苦手ってなんで分かるんだ?」

五「な、何となくですよ。そう!貴方の家にコーヒーがなかったので」

風「・・・・・・お前、俺の家来たことないだろ」

五「何となくです!!」


「―――つまり、俺が家庭教師をするのはお前を含めた五つ子で、さっき一緒にいたのは姉妹だと」

「はい、そうなります」

一通り説明を終えてふぅと一息つく。注文していたパフェも先ほど届き、上に乗ったイチゴを口に運ぶ。

「あー、頭が痛くなるな。じゃあ昨日の昼間に話しかけてきたやつもお前の姉妹って訳か」

「話しかけられた?」

イチゴを口に含んで首をかしげる。詳しい話を聞くと、私を追ってウロウロしている時に話しかけられたらしい。その人は代わりに呼ぼうとしたが、それを彼が断わると「何かあったらお姉さんを頼るんだぞ」と言って去っていった。

「それは長女の一花ですね。間違いないかと」

「ちなみにお前は何番目なんだ?」

「私ですか?私は五女、末っ子です」

そう言うと上杉君は黙って何か考え込む。「どうしましたか?」と尋ねると「末っ子ぽくない。母親のようだ」と言われた。

精神年齢では既に二十歳を超えているので、その表現は当たっているとも言える。こういう人を見る目はあるくせに、どうして日頃のデリカシーはないのだろうか。

「そこは大人っぽいと言った方がスマートですよ。まぁ、母に似ていると言われるのは悪い気がしませんが」

私は教師を志すきっかけとなった人物。そして憧れの人。

(もう一人の憧れは目の前にいるけど)

彼の後ろを眺める。そこを見れば私が憧れた人が見える気がしたが、そんな怪現象はおきず壁掛け時計があるのみ。

「ん?あぁ、もうこんな時間か。早くしないと勉強の時間が無くなるな」

私の視線が時計にあると勘違いしたのか、荷物をまとめて席を立つ。

理由は違うが時間が惜しいのは違いない。家庭教師初日から遅刻した日には、ただでさえ悪いスタートが尚更悪くなる。

「えぇ、行きましょう。家まで案内します」

テーブルの上にある伝票を持って立ち上がる。喫茶店に寄って会計が1000円でお釣りがくるのは初めてかもしれない。

喫茶店から自宅までの間で姉妹の誰かに見つかって一波乱、なんてことは起きずに自宅前まで辿り着いた。

私にとっては見慣れたマンションだが、上杉君はそうではないようで首を上に向けて心底驚いた様子だ。

「ここかよ・・・・・・マジもんの金持ちなんだな」

「父が私たちのために用意してくれた場所です。私たちが凄いわけではないですよ」

鍵を使ってオートロックを開ける。ドキドキとワクワクの中間くらいの顔で周りを見渡す彼に、高校生くらいの年相応な一面を感じて少し笑ってしまった。

「この扉はオートロックなので、部屋に来るときは私たちの部屋番号を入力してください。私たちの部屋は―――」

扉の開け方、エレベーターと階段の位置まで教えてエレベーターに乗る。そこまで話すともう説明することもないため、エレベーター内で沈黙が流れる。

他より広いエレベーターといえど所詮はエレベーター。狭い閉鎖空間に二人で沈黙だと気まずさを感じる。

それは彼も同じようで、わざとらしく視線をそらして壁にある普段見ないような広告に目をやっていた。

いつもより遅く感じるエレベーターがようやく目的の階に着いた。開けた扉から入る空気が新鮮に感じて思わず深呼吸をしてしまう。

「なんで深呼吸してるんだよ」

「べ、別に他意はありません。ただこれから姉妹にどう説明しようかと考えてですね」

「頼むぜ。少なくともお前のところの次女に良いイメージを持たれてねぇんだから」

「それは上杉君の責任でしょ。まぁ恐らく問題は二乃だけではないでしょうが」

「あ?それはどういう―――」

ポーン

隣のもう一つのエレベーターが開く音が聞こえた。

中から四人の女子高生が出てきて、私たちの横を通った瞬間に全員が振り向いた。

「あれ?優等生くん。五月ちゃんと2人で何してるの?」

「いたー!こいつがストーカーよ!」

「えぇ、上杉さんストーカーだったんですか?」

「二乃、早とちりしすぎ」

「おい!五月、こいつら何とかしろ!」

「み、みんな落ち着いてください!」

マンション廊下に響く6人の叫び声。6年前の記憶と違うのは、立ち位置が5対1ではなく4対2で私が上杉君側にいるという点。

この時、私の脳内は急激な負荷でショート寸前となり、あり得ない一つの答えを導き出す。

(夢だ。きっとそのうち目が覚めて残りの旅行を楽しむんだ)

あり得ないと分かっていてもそう考えてしまう辺り、私の脳は今日までの負荷でおかしくなったみたい。

(とんでもない悪夢だなぁ・・・・・・)

今日はまだ続く。そう考えると頭の前方部が痛くなってきた。

 




ここまでの配分を間違えた為、今回は少し短めになりました。
ここまできてようやくリスタートですね。一花との出会いは最後に原作引用の台詞を言わせたいが為、やや強引な展開になってしまいました。
本当は風太郎と五月の小競り合いなんかを書きたいのですが、未来五月と過去風太郎の場合はどう言い合うのか、しっかりとイメージしないといけませんね。

原作では次も五月ターンですので、次回以降も鈍足で物語が進みそうです。
なるべく飽きが来ないように考えながら執筆進めていきますね。

※来月仕事が忙しくなりそうなので、更新予定日から数日遅れる場合があります
 ご容赦ください

次回の更新予定は5月6日です。


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手探り進行①

一「転校早々やるねー五月ちゃん」

五「い、一花!彼そういう人ではなく」

二「五月が認めてもアタシが認めないから!」

五「いえ!だから彼とはそういう関係ではなく」

風「おい、さっき話した(家庭教師の)関係は嘘だったのかよ」

五「貴方はややこしくしないで!」


あれから何とかみんなを説得して上杉君を家に招くことに成功した。

一花は面白そうな顔で、二乃は納得しておらず、三玖は興味なさそうに、四葉は嬉しそうに、私は頭痛をこらえながら、ベランダでお父さんと電話をしている上杉君を待つ。

「ふぁぁ・・・・・・私は部屋で寝ているよ。終わったら起こして」

「私もパース。あ、終わっても呼ばなくていいから」

「私も、部屋に戻ってる」

「え、えー!ちょっとみんなもう少し待とうよ!五月も止めてよー!」

「あー、いえ・・・・・・私も他人事ではないというか、私が止める権利はないと言いましょうか」

つい四葉から目を逸らす。過去に自分も部屋に戻って四葉たちを困らせたことを思い出すと、後ろめたさでどうしても他の姉妹に口を出しづらかった。

私と四葉を除く姉妹は部屋に戻ってしまった。自分はこれからどうすればいいか分からず、右手でこめかみを挟むようにマッサージした。

「えぇ、事情を話して部屋に集まってもらってま―――」

ベランダのドアが開いて上杉君が戻ってくるが、部屋にいる人数が自分の考えていた人数と違ったためか、言葉が詰まり顔に多量の汗が浮かんでいた。

「ま、全く問題ありません。おいおい押すんじゃないよ。全く困った生徒たちだ!」

焦った様子で変なジェスチャーを含めながら一人芝居を見せる。過去の彼も同じように慌てふためいていたんだろうか。いや、この世界も過去の彼だから、今思った彼は未来の過去の彼と表現するのが正しくて、この世界の彼は過去の過去の彼―――

頭痛が強くなった。

思考能力が格段に落ちたのが分かる。とりあえず元々私がいた世界を「未来世界」、今私がいる世界を「過去世界」と呼称することにする。

上杉君はピッと電話を切ると部屋の中央にあるソファーに腰を下ろした。

「はぁ・・・・・・おい五月、あいつらはどこに行った」

「すみません今は少し休ませてください・・・・・・」

「みんな自分の部屋に戻りましたよ」

隣で四葉が申し訳なさそうな顔で説明する。その顔を上杉君はじっと見つめて、あろうことか未来の奥さんに「四葉だっけ?0点の」とデリカシーの欠片もない問いかけをした。その類の問いかけを二乃や三玖にしていたらどうなっていたことか。

「つまり他の奴らは逃げたと・・・・・・逃げてないお前らは家庭教師に協力的ってことでいいのか?」

「はい!同級生の上杉さんとなら楽しそうです!」

「私も家庭教師には賛成ですから」

「お前ら・・・・・・抱きしめていいか?」

「さー、他のみんなを呼びに行きましょー!」

気持ち悪い目でセクハラ発言をしてくる上杉君を困り顔で誤魔化す四葉。立ち上がって階段に向かう2人だったが、座ったままの私に気づき足を止めて振り向く。

「あれ、五月いかないの?」

「私は色々と準備があるので、すみませんがそちらはお願いします」

鞄から勉強道具一式を机に並べる。と言っても何をすればいいか分からないため、筆記用具とノートだけだが。

「分かった。じゃあすぐに呼んでくるから待っててね。行きましょう上杉さん」

四葉を先頭に二人が二階へ昇っていく。その背中を見届けて私は一つ深呼吸をした。

今日まで考えていた私の行動方針。それはなるべく干渉せずに最低限のサポートに徹すること。そもそも波乱万丈はあるとはいえ、レール通りにいけば二人の恋は成就し、未来世界と同じように進むのだ。

それよりも問題なのは、私の身に起きている現象。

何が原因かは分からないが、私は間違いなく未来世界から過去世界にやってきて、それは夢でも幻ではないのは今日まで過ごして納得している。

通学鞄から「自主学習用」とラベルされたノートを取り出す。それは自主学習用とは名ばかりの現状整理用のメモ帳。

ページをめくると今日まで分かったこと、思ったことが箇条書きされており、空いたスペースに「予め五つ子だと伝えるも顔合わせに変化なし」と新たに記入した。

一枚ページを戻す。前のページには「干渉は最低限」と大きな文字が丸に囲まれており、その下に「現状の問題点 戻る方法」と書かれていた。

そのページをシャープペンの先でトントンと叩く。同じ状況になったことがある人がいるとは思えないが、もしも自分と同じ状況になった人に聞いてみたいことがある。

それは「割り切る」か「割り切らない」か。

今いる過去世界は私が通ってきた過去のため、自分の知っている人物や環境があるのは当然であり、それは全く知らない異世界とは違う。

ただ、私は相手を知っていても、相手は未来世界までの私は知らない。果たしてそんな関係を、同世界と割り切れるのか。

(ここは同じ世界であって違う世界)

私にはどうしても割り切ることができず、今日まで接してきたよく知っている姉妹でさえ、「本物の姉妹の別人」といった矛盾している存在に思えてしょうがなかった。

(未来世界の最後の記憶は階段から落下していた。それが過去世界に飛んだ条件なら)

視線が階段に向く。それと同時に階段からジャージ姿の二乃が降りて来るのが見えた。

慌ててノートを閉じて鞄にしまう。こんなノート、私以外の人が見たら頭がおかしくなったと思われてもおかしくない。特に二乃は心配性だから大変な目に合うのは容易に想像できる。

「あれ五月、ここで勉強するなんて珍しいわね。あの男にそそのかされたの?」

「そそのかされた訳ではありませんが、偶にはいいかと思いまして。二乃こそ上杉君たちに説得されたんですか?」

「冗談。三玖の部屋から二人の声が聞こえたから面倒になる前に降りてきたのよ。それに、クッキー作りが途中だったしね」

あんたも食べるでしょ、と言い残してキッチンに消えた。そういえばと、あの日は二乃のクッキーを食べたのを思い出したと同時に、これから彼の身に起きる不幸も思い出す。

二階で何やら驚いた声が聞こえる。今何をしているかは分からないが、苦戦しているのは容易に想像できる。

(はぁ・・・・・・どうしようかな)

幼き頃の彼の妹に会いたい欲求と、再び自分がその立場になる後ろめたさ。

一難去ってまた一難。状況整理と今後の計画を立てるため、一週間くらい時間が進まない環境が欲しいなどと非科学的な発想が出てしまう程、私は疲れているようだ。

 




更新遅くなってしまい申し訳ありません。
五つ子誕生日のイベント編を先に執筆していたら、本編がかなり遅くなってしまいました。
ただでさえ忙しくて更新できなかったのに・・・・・・

今月いっぱいは亀更新になってしまいますが、長い目で待っていただくと幸いです。
イベント編更新しました。よければそちらも読んでみてください。

次回の更新予定は5月17日です。


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手探り進行②

二「あんまり食べると夕ご飯食べれなくなるから気を付けなさいよ」

一「大丈夫だよ。甘いものは別腹って言うからね」

五「えぇ、甘いものは別腹です」

三「さっき食べた肉まんは?」

五「肉まんも別腹です」



「カレーのおかわり、まだありますからね!」

「あ、はい、いただきます」

「少しは遠慮しろ。そして早く帰れ」

結論から言うと私は上杉家にいる。そしてカレーを頂いている。

あの後の上杉君は未来世界と同じく二乃に睡眠薬を盛られて意識を失った。未来世界での私は、部屋で勉強中に良い匂いで釣られて一階に降りたら上杉君が寝ていた、という展開だったが、今回は終始キッチリ見届けた。

初めは犯人を知っている推理小説を読んでいる気分だったが、自分が登場人物の一人であり未然に防がなかったことを考えると、共犯者の気分になってきた。

「お兄ちゃん!家まで送ってもらったんだからそんなこと言わない!」

「ちげーよ!こいつの姉妹にだな」

上杉君が眠ってからはあっという間だった。懐かしい上杉家のカレーに舌鼓を打ちつつも、今に至る経緯を回想する。

外に捨てておこうという過激派の二乃と三玖を四葉と協力して何とか抑えて、この事故現場をどう処理するかという話し合いに移った。

みんなが頭を悩ませる中、ここで私は予め用意しておいた台詞を差し出す。

「あ、もしかして生徒手帳に住所が記載されているかもしれません。ちょっと確認しましょう」

少し棒読みになってしまったが周りに突っ込まれるほどではないだろう。既に役者の卵の一花から指摘される不安を残しながら彼の鞄を漁った。

生徒手帳は簡単に見つかりそれをみんなへと見せると、既に知っている彼の住所を伝える。

「意外と遠いところに住んでいるのね。周りに何もないところじゃない」

私なら退屈で死んじゃうわ、と口にする二乃だが、まさか数年後に自分たちがそこに店を構えるとは思ないだろう。

「住所が分かるならタクシー呼ぼうよ。流石に外に置いておくのは可哀想だし」

「そうだねぇー。万が一フータロー君が起きた時に入口で騒がれたら私たちの立場が悪いし」

送迎案に四葉と一花も同意してくれた。流れが上杉君をタクシーで送る流れになり、続いて誰が付き添うかに話がシフトするかと思われたが。

「じゃあ五月。あとはよろしくね」

「え」

話し合う姿勢に入ろうとした瞬間に二乃が後ろ背に手を振ってキッチンへと戻っていく。それを機に一花と三玖も立ち上がり、一花は「ご飯できたら教えてー」とあくびをしながら自室へ帰っていき、三玖は「お風呂の準備、先にしておく」と言って廊下へと消えていった。

残された私と四葉の間には何とも気まずい雰囲気が流れ始め、四葉もどうしたらいいか分からず苦笑いを浮かべていた。

「ええっと、五月に任せていいのかな・・・・・・」

「そ、それはですね四葉、あの、その・・・・・・」

過去世界の私なら彼に対する嫌悪を隠していないので、ここで四葉にお願いしても違和感なかった。しかし今の私の立場は四葉と同じく肯定派。適当に用事を作って四葉にお願いすることもできるが、私が任されたという雰囲気の中でお願いするのは面倒事を押し付けるようで後ろめたい。

「・・・・・・はい、同じクラスですし、今日くらいは、最後まで面倒見ます」

今日くらい、のところを少し協調して四葉にも自分にも言い聞かせる。

暗い外を制服のままで歩くには抵抗あるため、一度部屋に戻って着替えて、四葉と協力して呼んだタクシーに彼を乗せ―――

「五月さん?」

「あ、はい!なんでしょう!」

目の前にヒョコッと現れた可愛らしい顔。とても上杉君の妹とは思えない。

「はい、おかわりのカレーどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

らいはちゃんのカレーは野菜のみのシンプルなカレー。しかしこれだけ食が進むのは、小さい少女が一家の食卓を任されている経験と苦労を証明するようだった。

二杯目のカレーも綺麗に食べ終わり、思わず三杯目をお願いしようとしたところでグッと理性を働かせてスプーンを置いた。

洗い物を申し立てたが「お客様にそんなことをさせられない」とらいはちゃんが断わり、「食ったんだから働け」と野次を飛ばした上杉君をらいはちゃんにお盆で叩かれたところでお開きとなった。

「今日はご馳走様でした」

「おう。風太郎、通りまで送っていってやんな」

「えー・・・・・・」

「五月さん」

渋々と言った顔の上杉君が靴を履くのを待つ間に2人へ再度お辞儀をすると、らいはちゃんが声を掛けてきた。声を掛けてから少し間が空くが、風太郎のお父さんがそれを見守る。

「お兄ちゃんはクズで自己中な最低な人間だけど、良いところもいっぱいあるんだ。だから、その―――」

反射的だった。私はその先を遮るように、らいはちゃんの頭に手を乗せた。そして安心できるよう精一杯の優しい笑みで、遮った先の答えを伝える。

「もちろん。頭を使うとお腹が空きますから、またご馳走してください」

そう言うと驚いた表情になるらいはちゃんだったが、すぐに笑みを浮かべて「はい!」と元気に返事してくれた。

外に出ると道路が明るく照らされており、夜空を見上げると今夜は満月だった。

(この世界に来る前も最後は満月だったなぁ)

上杉君は立ち止まりただ月を見上げる私を不審に思ったのか「おい」と控えめに声を掛けてくる。その言葉に「何でもありません。ただ月が綺麗だと思っただけです」と返す。

人気がないバス停の横、二人で立つ男女。傍から見れば恋人に見えなくもないが、これはバス停を目印にタクシーを待つ女とそれに付き合わされる男である。

「ところでさっき」

穏やかな夜風と静かに聞こえる木々の波音。月を見上げながら待っていると、意外にも上杉君から声を掛けてきた。

「らいはは別にまた食べに来いなんて言ってなかったぞ」

随分と食い意地張っているんだな、と嫌味を言ってくる。しかしそんな嫌味も今宵は不思議と受け入れられた。

「貴方には分からない末っ子心というものですよ」

「あ?」

少しドヤ顔でフンッと鼻を鳴らして彼を見ると、意味が分からんといった様子をする彼。上の幸せを思う下の気持ちは、下の子にしか分からないだろう。

(そう、これは末っ子心)

世界が変わっても同じ道を歩もうとすることも、これだけ苦労しながら彼を支えるのも、こうして彼の横に立っているのも、全ては姉の幸せを思うからこそ。それを先程のらいはちゃんを見て再確認できた。

遠くから車の音がする。この時間に通る車は少なく、恐らく待ち望んだタクシーだろう。

横を見ると上杉君が単語帳を片手に勉強している。もう話すことはない、といった感じだろう。

私は再び夜空を見上げて、ほぉと一息つく。夜空に浮かぶ満月は少し雲に隠れていたが、それでも変わらず綺麗だった。




仕事の方も落ち着いてきて前投稿から1週間以内に投稿できました。
オリジナル小説と違って大筋は決まっているので執筆はやりやすいですね。
ただ自分の作品を見返すと意外と癖があって、私の場合は末文を綺麗に終わらせようとそれっぽくしてしまいます。そういう書き方に憧れる年頃なんです。

本作は「月」をテーマにしているので、月の描写は慎重になると同時に「これでいいのか・・・・・・?」と不安になります。後々に解釈違いあったらどうしよう。

リスタート⑤の内容を少し再編集しました。たまたま読み返したら喫茶店から何の説明もなくマンション前で風太郎の発言だったため、間に少しだけ付け足しました。進行には影響なしです。



次回の更新予定は5月24日です。


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冷たくてぬるい抹茶ソーダ①

風「らいは、ボールペン捨てたいんだが」

ら「お兄ちゃん!不燃は昨日のうちに出してって言ったでしょ!」

五「そうですよ上杉君。不燃は今日で、明日は可燃ごみの日なんですから」

ら「あ!明日可燃ごみの日だった!缶を捨てる日かと思ってたよ」

五「それはもう過ぎてしまったので来週ですね」

風「なんでお前がうちの地域のゴミの日を把握してるんだよ」


夏が近づき半袖のシャツでも少し走れば汗ばんでしまう季節。雲はあるものの、日光が大地を差している今日は天気が良いといえるだろう。

嫌なことがあってもある程度なら「しかたがない」と流せそうな爽やかな朝、私は車のガラス越しで上杉君に見つめられている。

「かっけー、100万はするだろうな」

車の外の独り言はやや籠っているがこんな近くで言われたらバッチリ聞こえる。

「五月ちゃん?」

学校に着いたのにドアを開けない私を隣の一花が不思議そうにしている。しかし私の方を見ると同時に外にいる不審者にも気づいて苦笑いを浮かべた。

彼の不躾な行動に思わずため息が漏れる。いっその事、勢いよくドアを開けてニヤついた顔にぶつけてやろうか、と思ったが車を傷めると江端さんに迷惑がかかるためグッと堪える。

彼が覗き込むのを止めて体を引いたタイミングを見計らい、不機嫌さを伝えるように少しだけ勢いよく開けた。

「おはようございます上杉君。人の車を覗き見るなんて随分と不躾ですね」

皮肉を込めた挨拶を伝えて動揺する彼の横を通り過ぎる。それに便乗して一花が軽く挨拶しながら、二乃と三玖は無言で通り過ぎ、四葉は「あはは・・・・・・」と力弱く笑いながらついてきた。

「ってお前ら一昨日はよくも、って逃げるな!」

上杉君の叱責が飛んだと同時に走り出す私たちとそれを追う上杉君。その異様な光景は登校中の生徒の視線を一気に集めた。

上杉君の言った一昨日。その日は自作のテスト用紙を持った上杉君が家にやってきた日。彼は未来世界と同様に「合格ラインを超えた奴には金輪際近づかないと約束しよう」と宣言し、私たちに実力テストを課した。結果は過去世界と同じよう、採点後に姉妹全員で逃走することになった。

(テストをわざと間違えるのはかなりの罪悪感でしたが・・・・・・)

一昨日の自分の愚行を思い出して首辺りがムズムズした。誰もいないところなら頭を抱えて叫んでいるだろう。

「よく見ろ!俺は手ぶらだ害はない!」

そう言って上杉君は自分の丸腰を証明するように両手を開く。その動作に姉妹たちは足を止めるが警戒を解くことはなく「騙されねーぞ」「参考書とか隠してない?」「油断させて勉強を教えてくるかも」と野次を飛ばす。昔も同じことを思ったが、丸腰や参考書の有無はこの場において意味があるのだろうか。

恐らく私だけ方向が違う考えをしていると、上杉君がコソコソと近づいてくる。

「それで、その五月・・・・・・うちのことなんだが」

私にだけ聞こえる声量で訊ねてくる。それに対して「口外しません」と約束をすると、彼は安心したように息をついた。

そして昨夜から温めておいた突き放す台詞を脳内に用意して、それを読み上げる準備をしてから彼を正面から見る。

「私たちが力不足なのは認めます。ですが私たちはまだ貴方のことをよく知りません。ですから今は急ぎ家庭教師をせず、少しずつ歩み寄るのはどうでしょうか」

未来を知っている身としては彼に全面的に協力したい気持ちはあるが、それは過去の私が最も嫌った行為であり、それをしてしまえば今後の展開を予想するのが難しいのは目に見える。最低限のサポートに徹すると決めた以上、彼と姉妹たちの中間に位置するのがベストだと判断した。

肯定的とも否定的とも捉えられる曖昧な意見に、両陣営どちらからも異論は挙がらなかった。上杉君の方に至っては痛いところを突かれたような顔で「確かに・・・・・・」と賛同を得られたようだ。

「それなら一応聞くが、一昨日のテストの復習は当然したよな」

その言葉に先程まで攻めるような目線を送っていた姉妹陣営は、私を除いた全員が視線を明後日の方向に逸らした。その様子を見た上杉君は信じられないものを見たような顔になる。

「問一、 厳島の戦いで毛利元就が破った武将を答えよ」

(す、陶晴賢!)

と答えたいのをグッと堪えた。この問題は素で分からずに間違え、その日の夜に他に分からなかった問題含めて復習済みだ。社会のような暗記科目は忘れている範囲もあり、分からなかったのが教師として悔しかった。

この日の出来事が三玖の大事なターニングポイントなのは、未来世界の三玖に聞いたことがある。詳しいことは分からないがここは素直に過去をなぞろう。

期待するような目で見てくる上杉君には申し訳ないが、視線を切るようにプイと背を向けて教室へと向かい、その日の午前は何も変わりなく過ぎていった。

もう三玖と何かあったのだろうか。しかし午前中の上杉君におかしな様子はなく、授業中にコッソリと観察していたが至って真面目に授業を受けていた。

昼休みになり食堂で三久の様子を確認しておこうと席を立つと、仲の良いクラスメイトに昼食を誘われてしまった。せっかくの行為を断るわけにいかず、残念ながら三玖の様子を見ることは叶わなかった。

それならば上杉君の様子を確認しよう、と授業の準備があると一言残して先に教室に戻る。

(でも彼、いつも、難しそうな顔しているから何かあっても様子変わるかなぁ)

結果的に言うとそんな不安も杞憂で終わり、教室にいると彼の机の前に不審者がいた。

「・・・・・・自分の机の前で何ニヤついているんですか気持ち悪い」

「ば、バカ!ニヤついてねーし!真顔過ぎるほど真顔だ!」

絶対に何かあった。ニヤついているのだから良い事があったのだろうが予想がつかない。

(告白・・・・・・はこの時期ではありえないし、三玖からの協力の申し出だったらニヤける程ではないはず。いや、それ以前に三久の事とは限らない・・・・・・)

複数仮説を立てるがどれも納得のいくものはない。それに仮説は仮説、正解ではない。

(少し、行動してみようか)

今日に何か起こるとは限らないが一応、と放課後の尾行計画を企てた。

 




いざ章ごとに区切るとアンバランスになってしまいますね
章ごとの区切りは少ししたら整理したいと思います

タイトルがナンバリングしかないのは、最後のナンバリングを書き終えた時に「あれ、コットの方がタイトル良くね?」と思うことがあったので、その章を書き終えたらまとめて編集したいと思います。

今更ですが、ごとよめ映画化決まりましたね。今から涎を垂らして楽しみにしてます。
最近はごとよめ作者さんの元アシスタントさんが新連載した「甘神さんちの縁結び」の沼に住んでいます。ごとよめファンなら好きな漫画だと思うので、ここで布教させてください。

次回の更新予定は6月上旬です。


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冷たくてぬるい抹茶ソーダ②

五「二乃はテレビの番組を好きな俳優さんが出ているかで決めているんですね」

二「当り前じゃない。イケメンに会えない分、テレビでイケメン成分を補給しないと」

五「あ、この俳優さんはどうですか?優しそうでカッコいいですよ」

二「分かってないわね。男はワイルドで少し危ない雰囲気の方がいいのよ」

五「ワイルドで危ない・・・・・・?」

二「えぇ、そんな肉食系のイケメンに言い寄られたいわぁ・・・・・・」

五「ワイルドで(とある男性を思い浮かべながら)危ないくて(とある男性を浮かべながら)肉食系・・・・・・?(とある男性を思い浮かべながら)」


「陶晴賢」

「陶晴賢・・・・・・!」

「陶晴賢・・・・・・?」

屋上の中心で2人、屋上のドア越しで1人、三者三様の言い方で言葉出る。

あの後、放課後まで待って彼を追うつもりが、次の授業の準備もせずに教室を去る彼に気づき、不審に思った私は急いで彼を追った。

彼は屋上への階段で不自然に辺りを見渡し、そのまま屋上へと入っていった。

屋上の真ん中で1人ニヤニヤソワソワしている彼の様子はまるで告白を待つ男子のようで、他人事ながら恥ずかしくて目を背けてしまった。

しばらく待っているとカツカツと階段を上ってくる音が聞こえて、慌てて自動販売機の陰に身を隠した。隠れる場所を想定していなく正直バレると思ったが、運よく視線がこちらに向かなかったらしい。

屋上のドアが開く音がすると「み、三玖・・・・・・!」という驚きの声が。ドアが閉まる音を確認してから物陰から出てドアの窓からコッソリ覗くと、上杉君と三玖が中央で対峙していた。

上杉君が何か話しているのを見て慌ててドアに耳を当てる。「良かっ・・・・・・れたんだ」「俺ら来年・・・・・・」「食堂で言え・・・・・・たんだけど」と、何やら話しているが離れた位置とドア越しのせいで所々が聞き取れない。

ジレンマに駆られて少しだけドアを開けようとゆっくりドアノブを回すと、「誰にも聞かれたくなかったから」と告白の導入のような台詞が聞こえて回す手が固まった。

手に汗を感じ始め、「もしかして本当に!?」と想像が先走りしたタイミングで聞こえたのが「陶晴賢」だった。

(陶晴賢?陶晴賢って歴史上の人物の?え、なんでわざわざ屋上で呼び出して陶晴賢?)

一度先走った思考を元の位置に戻すまで時間がかかった。気づくと2人は何故か意気投合した様子で会話が盛り上がっていた。主に三玖だが。

その様子も意味が分からず処理落ち寸前だったが、昼休みの終わりを告げる鐘がなり、2人がこちらに戻ってきた。慌てて階段踊り場を走り抜けて1つ下の階段手すりに背を任せると、ほぼ同時に屋上ドアが開く音が聞こえて安堵から思わず一息漏れた。

ドア越しとは違いハッキリと聞こえる2人の会話に耳を向けると、自動販売機で何かを購入する音が聞こえて「これ友好の印。飲んでみて」と三久の声が聞こえた。

友好の印。この日から三玖は彼に対して心を開き、次第に近い関係となって、いずれ恋するに至るのだろう。

(頑張って三玖。その恋は叶わないけど、その経験は貴女の成長に繋がるから)

この世界では平等な恋愛のレースでも、未来世界から来た私にとって言葉は悪いがただの出来レース。叶いもしない恋ならばここで止めておくのが正解かもしれない。

しかし、未来世界の三玖は上杉君に恋したことを後悔しておらず、自分を好きになれた大事な想い人だと笑顔で話していた。それならばきっと、この世界の三玖も乗り越えられるだろう。何はともあれ1人目の攻略を無事見守った自分へのご褒美に、帰り道で肉まんを買って帰ろうかな。

「鼻水なんて入ってないよ。なんちゃって」

三玖も可愛らしい冗談を言うのだな、なんてニヤケそうな頬を抑えながらその場を去ろうとしたが、上の会話が不自然に止まっていることに気づいた。

「あれっ、もしかしてこの逸話知らないの?」

数秒前まで機嫌良さそうだった三玖の声が少し低い声になっている。その後、不穏な沈黙が続き、先程までニヤケそうだった私の頬に冷や汗が伝う。

「そっか。頭良いって言ってたけどこんなもんなんだ」

普段の三玖からは想像できない重く低い声が聞こえた。

(いえ三玖、多分ですけど高校レベルで逸話は範囲外だと思いますよ)

雲行きが不安になり、もう少し様子を見ようと近づくと「やっぱり教わることはなさそう。バイバイ」と階段を下りる音が聞こえた為、慌てて物陰に身を隠した。

幸い、三玖はこちらに気づくことはなく教室方向へと戻り、今度こそ安堵の息をついた。

「なんか聞こえたと思ったら、ここで何してるんだよお前・・・・・・」

暗い表情をした上杉君が降りてきて私を見つける。彼からは隠れる気も誤魔化すつもりもなかったため、「貴方があまりにも不審だったので見に来たんですよ」と悪びれる様子も見せずに返答した。

「堂々とストーカー宣言かよ」

「ストーカーではなく協力者として様子を見に来ただけです!・・・・・・それで、一体どうなったんですか?」

「・・・・・・よく分からない」

「いや、よく分からないと言われましても」

「よく分からない、が」

彼はグッと拳を握り、先程までゲッソリとしていた人とは思えないような不敵な笑みを浮かべていた。

「売られた喧嘩は・・・・・・買うしかねぇだろ」

「え、ちょ、ちょっと上杉君!?」

そう言うが早いか彼は私を無視して足早に去ってしまった。普通、一応心配している私を置いてどこかに行くだろうか。彼のノーデリカシーはこの頃から既に始まっていたようだ。

「・・・・・・これからどうしよう」

協力したいところだが極力手伝わない方針を決めたからには、ここは彼に任せるのが良策だろう。しかし、私だけ未来を知っているという優越感が「手伝いたい」という欲求を押してくる。

そんな自分勝手な欲求が表に出る前にプルプルと首を振って欲求を振り払う。ふと時計を見ると、午後の授業が始まるまで数分もないことに気づき、慌てて教室へと戻った。

 




上旬どころか中旬に投稿することになり申し訳ありません。
あまりにも更新頻度が曖昧になってしまう時は、更新報告用のTwitterアカウントも作ろうかなって思案中です。

このペースだと完結するよりも先にごとよめ映画が上映されそうですね・・・・・・
毎週更新を目標にして、忙しくても月3くらいで更新頑張ります。

早さを優先しすぎて誤字脱字・不適切な表現にならないように気を付けますが、もし不明な点があれば遠慮なく教えていただければ幸いです。

イベント編の方が全く手を付けられない・・・・・・
父の日とか執筆できるかな・・・・・・

次回更新は6月下旬です。


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冷たくてぬるい抹茶ソーダ③

風「ところでお前は抹茶ソーダって飲んだことあるか?」

五「あー、三玖が好きな飲み物ですね。何というか、個性的な味でした・・・・・・」

風「お前がそこまで言うのか・・・・・・」

五「その言い方だと私が馬鹿舌みたいじゃないですか」

風「そこまでは言ってねぇよ。ちなみにお前の好きな飲み物ってなんだ?」

五「カレーです」

風「え、いやなんて?」

五「カレーです」

風「いや、飲み物を」

五「カレーです」


お風呂は心の洗濯とは誰の言葉だろうか。

三玖と上杉君が対立した日の夜、他の姉妹にお願いして入浴順番を最後にしてもらい、時間を気にせず温水に身を委ねていた。

中野家のお風呂は一番風呂の人が好きな入浴剤を入れてよいルールになっている。

各姉妹の好む入浴剤はだいたい決まっているため、お風呂を見れば誰が一番風呂かおおよそ分かる。

(黄土色・・・・・・?これは何の匂いなんだろう)

良い香り、というより落ち着く香りがする。家にある入浴剤を脳内で並べて考える。

柑橘系は一花、花系は二乃、温泉の素は三玖、四葉は森の香りか残量が多い入浴剤を入れる。

(これは温泉の素、に近い。ということは三玖が一番風呂かな・・・・・・)

中野三玖。

中野家三女で戦国武将が好きな私の姉。自分に自信が持てない今を乗り越え、未来では胸を張って喫茶店のオーナーをしている。

(そして彼に想いを寄せている、はずなんだけどなぁ)

屋上階段での出来事、あの展開が正しいのか何かを間違えたのかは、今の状況では判断できない。未来の三玖は想いこそ教えてもらったが馴れ初めは聞いたことがない。

(もし正しいならこのまま見守るべきだし、間違いなら何とか正さないと、うぅーん・・・・・・)

ゆっくりと湯船に身体を沈ませて顔半分だけ出した状態になる。そのままストレスを吐き出すように口でブクブクと水面を鳴らす。今だけは行儀悪いとか不衛生とか気にしない。

「何か行動を起こそう」と考え、すぐに「いやでも」と否定する。そしてまた「行動起こさないと」と決意して、「でも余計なことしたら」と尻込みしてしまう。

「―――きー?」

考えすぎて頭がぼやけてくる。というか何で関係のない私がこんなに悩む必要があるんだろう。

「ねぇいつ――」

次第に脳内で鉢巻を巻いた私が上杉君を叩いている絵が浮かんできた。二頭身の私が同じく二頭身の上杉君に馬乗りになっている。

「五月―?ちょっと大丈夫なの?」

突然に名前を呼ばれてハッと現実へと戻る。さっきまで顔半分だった沈み具合も気づくと鼻まで沈んでいた。呼ばれてなかったら溺れていたかもしれない。

「あ、はい!大丈夫です元気です!」

「返事くらいしなさいよ、心配になるじゃない」

半透明なドアとはいえ湯気でハッキリと姿は見えないが、声とツンっとした言い方で二乃だと分かる。この姉は強い口調と態度で冷たいように見えて身内にはとても甘い。世間一般ではこれをツンデレと呼ぶみたい。

「ご、ごめんなさい。少し考え事をしていたもので」

「・・・・・・それは悩み事?」

「え?―――えぇ、悩みといえば悩みですが・・・・・・」

「ふぅーん、そう」

少しの沈黙が流れ、半透明ドア前から姿が消えた。再び1人になった空間、両手でお湯をすくってパシャリと顔にかけた。

ふぅー、とゆっくり息を吐くと、ふと呼吸と水音以外にガサゴソと何かが動く音が聞こえた。

不思議に思い浴室を見渡して音の発生源を探すと、ドアに視線を合わせたと同時に扉が開いた。

「え、二乃?」

「さっきヨガしたら少し汗かいたのよ。シャワーだけ借りるわよ」

そう言うとこちらに視線を向けることなくシャワーヘッドに手をかけた。何となく腑に落ちない気もするが、別に姉妹で入ることに抵抗はない。

「で、何を悩んでいるの?」

「・・・・・・え?」

一瞬置いて自分に話しかけられたことに気づく。二乃は変わらずこちらに背中を向けているが、意識はこちらに向いていることは何となく分かる。

「何よ、人には言えないことなの?」

汗を流したいという割に未だにシャワーは出していない。何かと理由をつけて私の心配をしてくれているのだろうか。

不器用でも優しい姉に、ついフフッと笑ってしまう。

「ちょっと、何とか言いなさいよ」

あまりにも返事がない私を不審に思ったのか振り向く姉。笑みを抑えながら「ごめんなさい」と謝り、視線を浴槽内に移す。

「二乃は、重要な二択を迫られた時に、何を基準にして選びますか?」

曖昧で意味不明な問いに「はぁ?」と顔を歪める二乃。未来から来て、から始まる説明をするわけにもいかず大雑把な質問になってしまう。私も同じ立場ならそんな顔するかもしれない。

「テスト問題で二択までは絞れるのですが、その先がなかなか進めなくて」

苦笑いを作って場を乗り切る。問題は問題でも、これはテストと違って点数化されないため正解が分からない。

二乃は呆れ顔で「あんたねぇ」とぼやいてじっと見つめる。対する私は視線に耐え切れずに「あはは」と乾いた笑いで誤魔化した。少しすると二乃は再びこちらに背中を向けてようやくシャワーのノズルを捻った。

普通はシャァーっと勢いよく出るはずのシャワーは思ったより弱く、じょうろの様に優しく二乃の身体を流す。

「ったく、そんなの鉛筆でも転がしなさいよ」

水が跳ね返る音が浴槽に響く。少しの間を置いてシャワーの音が止まり、背中を向けたまま立ち上がった。

「でもまぁ、選択しないと分からないのだから、大事なのは選択前じゃなくて選択した後よ」

予想外の言葉にポカンっとしていると、慌てた様子で「ってオキニの俳優が言ってたわ」と浴室を出ようとする。

強気な一面を見せたかと思えば姉らしい一面を見せる。そのどちらも元を辿れば優しさから来るもの。

(お節介で姉妹想いなのは、みんな一緒か)

「汗、ちゃんと流せたんですか?良かったら背中流しますよ」

「いいのよ!スッキリしたからもう上がるわ」

10秒程度のシャワーで満足したようで足早に浴室を出た。その様子がおかしくて小さく笑ってしまう。

でもまぁ、スッキリしたのは私も同じだ。

お節介焼きの姉に感謝する。両手でお湯をすくうと勢いよく顔にかけてパチンッと顔を叩く。お湯をかけた時より気合が入った気がする。

「大事なのは選択後、か」

少しだけ気持ちに余裕ができると、先程まで何も感じなかったお湯が柔らかく感じる。

お風呂は心の洗濯とは誰の言葉だろうか。きっと今の私みたいな人たちの言葉だろうな。

 




6月下旬に、間に合わなかった・・・・・・
プロローグ以降は原作の内容に少し肉付けするだけだったので、久しぶりのオリジナル展開です。
ほとんどの方が原作を読んでいるでしょうし、原作をなぞるだけではなくオリジナル展開も増やしていきたいです。

季節は初夏になり気温も上がってくるので、皆さん忙しくても水分補給はしっかりとしましょう。おすすめはカレーです。

次回の更新予定は7月中旬です。

※一部、五月の台詞が未来五月になっていたので修正しました。
 本編には影響ありません。

更新報告用のTwitterアカウントを作成しました。更新確認のために逐一サイトを見てもらうのも悪いので、読者の皆様方にはこちらをフォローして更新を確認してもらえると幸いです。
アカウント:@GotoyomeDango


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冷たくてぬるい抹茶ソーダ④

二「それにしても五月、あんだけ食べてよく太らないわよね…。何か運動でもしてるの?」

五「そ、そんなにジロジロ見ないでください!まぁ運動といえば」

二「何よ教えなさいよ。ヨガ?それともランニング?」

五「たくさん噛んでるので顎の運動はしてます」

二「………」

五「それから汗をかくために激辛料理を食べたりーーー」

二「分かったもういいから」


二乃とお風呂でやり取りした次の日の放課後、上杉君が不自然に教室を出た。それを見て慌てて後を追おうとしたが、悪意のないクラスメイトに捕まってしまう。

結局どこに行ったか分からず見失い、当てずっぽうで屋上へ行くと校庭付近で目的の2人を見つけた。

何やら話しているようだが、突如として三玖が振りかぶり、逃げるように階段の手すりを滑ってその場を去った。上杉君は三玖を追いかけて階段を駆け下り、それを見て私も急いで屋上扉へと走った。

本来、私は運動が得意でも不得手でもない。

姉妹の中で運動能力を格付けするとしたら、一番が四葉で五番が三玖、他三名は同等といった感じだ。

(苦手、では、ないんだけど、な―――)

先程まで2人がいた場所へたどり着く。当たり前だが二人の姿はもうない。

肩で息を整える。屋上から一気に階段を降りた為、両足と肺が痛みとして負荷を訴えてきた。

(見つけたと思ったら、急に走り始めるんだから・・・・・・!)

激しく打ち続ける脈を深呼吸で落ち着ける。とりあえず2人が降りた階段を早歩きで降りた。

姉妹同士の直観を頼りに校舎をなぞるように探す。もしかしてこのまま見つからず無駄足に終わるのではないか、と思い始めたところで一階廊下を歩く四葉を見つけた。姉妹同士の直観はあながちバカにできない。

「四葉!上杉君と三玖を知りませんか?」

窓越しに駆け寄るとびっくりした様子で手に持っていた荷物を落としそうになった。

「わお、今度は五月か。みんなして鬼ごっこでもしてるの?」

「今度は?」

「うん。さっき上杉さんも三玖を探していて―――」

「上杉さんはどこに行きましたか!?」

「うぇっ!?あ、あっちの方に三玖を見つけたみたいで、そっちに走っていったけど―――」

「あっちの方向ですね。ありがとうございます!」

「え、ちょっと五月!?」

四葉が何かを言いかけていたようだが、その言葉を最後まで聞くことなく駆けた。

学校敷地内という限定があったとしても、あっち方向というヒントだけで見つかるほど旭高校は小さくない。それに加えて相手も移動しているのだから、見つけるのは容易ではないだろう。

(も、もうダメ、疲れ、た・・・・・・)

真夏にはまだ早いとはいえ、快晴の日に外を走れば暑くなるし汗もかく。

一休みしようと最寄りのベンチを探す。ついでに自動販売機があると良い。

記憶を頼りにベンチ方向へ足を動かすと、遠目だったが目的地に目的の2人がいるのに気づいて慌てて自動販売機の陰に身を隠した。

運が良いのか悪いのか。自動販売機を背もたれにしているもの、足に疲れが溜まり立っているのも辛いため、その姿勢のままズルズルとお尻を下ろして静かに座り込む。

大きく深呼吸をして息を整える。何を話しているのかと気になりコッソリと顔を出すと、何やらベンチの上を二人で覗き込んでいるようだった。

「だが俺はここに可能性を見た」

三玖の声は小さくて聞き取ることができないが、何かを力説している上杉君の声はハッキリと聞こえた。

「一人ができることは全員ができる。一花も、二乃も、四葉も、五月も、そして三玖お前も、全員が100点の潜在能力を持っていると俺は信じている」

三玖に向けられたはずのその言葉に私の心臓が反応する。心臓が反応すれば血液の巡りも良くなり、頬に熱が帯びる。あくまでも生理現象なそれをペチッと叩いて叱った。

(もう子供じゃないんだから)

自分は精神的には二十歳を超えていると心に言い聞かせる。しかし一度走り出した血液はなかなか減速せず、自らの体温の上昇を自覚するだけの時間になる。

気付くと私はその場から去っていた。そもそも私の目的は彼の家庭教師が円滑に進むサポートだ。これ以上あそこにいる理由がない。

散々走り回ったせいだろう、先程まで感じなかった重さを両足に感じる。心臓が早打つのも身体に急な制動がかかったせいだ。

鞄を取りに教室に向かう途中で自動販売機を見つける。ライトアップされたショーケースの中には有名な炭酸ジュースからお茶まで様々な種類が並んでいる。しかし目が惹かれたのはそんな有名どころではなく、追いやるよう端に配置されている飲み物だった。

「抹茶、ソーダ?」

どこの会社が考案したのだろう、と開発部の味覚を疑ってしまう独特な飲み物。これをどこかで見たような―――

ふと浮かんだのは三玖と食堂で昼食を共にした記憶。そういえは三玖がこれをよく飲んでいた。同時に先程のベンチの2人の記憶がフラッシュバックし、落ち着いてきた頬が再び反応しそうになることに気づいて顔をブンブンと横に振った。

おサイフケータイ機能を使って自動販売機に入金すると、興味本位で抹茶ソーダを購入した。

ガコンッと落ちてきたそれを取り出し、プルタブを引く前に頬に当ててみる。

火照った頬に丁度良い、なんて表現はよく見るが、実際にやってみると丁度良いのは数秒だけですぐに冷感が勝って離してしまう。どうやらもう少し火照らないと丁度良くないみたいだ。

「お前もそれ飲むのか」

「ひゃぁいっ!」

周りに誰もいないと思って油断していたところに急な声掛けで奇声を出してしまう。

とても人に聞かせられない声を上げてしまい、羞恥心で声の主へ振り向けない。しかし振り向かなくても耳馴染んだ声で相手は分かる。

「な、何の用ですか上杉君」

「おまっ、変な声出すなよ。勘違いされたらどうするんだ」

死角から急に声を掛けてきた方も悪いのに、さも私だけ非があるように文句を言ってくる彼にムカッとする。

「背後から急に声を掛けてくる人の方がどうかと思いますよ。大体上杉君はいつも配慮に欠けています。誕生会の時だって飲み物って言っているのにカレーだと―――」

「は?誕生会?」

「な、何でもありません!それよりも何の用ですか!?」

本調子ではない精神が油断を覗かせる。危ないことを口走りそうになるのを勢いで誤魔化すが、本人は不可解さが残った顔をしている。

そんな上杉君に「用がないなら行きますよ」と追い打ちをかけて話題を流そうとすると、「ちょ、待て待て!」と慌てた様子で制してきた。

「・・・・・・まだ何か?」

警戒した目になった私の顔を見て上杉君が一瞬怯む。

彼と意図として羞恥心を刺激したわけではないだろうが、それでも彼に刺激されたのは事実なわけで、無意識に彼を警戒してしまう。

「別に用があるって訳ではないが。つか、そんなに睨むことないだろ・・・・・・」

怒りや悲しみというより呆れた感じで文句を言ってきた。昔、小テストの点数を報告した時も似たような顔していたな。

そんな呆れ顔に懐かしさを感じたのも一瞬。私はため息をつき呆れてる様に見せかけて、自身を落ち着ける。

「そういえば三玖の件はどうなりましたか?」

強引にこの場を去ることもできたが、せっかくの機会だったため先程の件を探ることにした。

「あー、そっちは何とかなりそうだ。そうだ、これから図書室で勉強会をするんだが、お前もどうだ?」

何気ない誘い文句。他の人だったら何も感じないその言葉に引っ掛かりを感じた。

「別に行ってもいいですが・・・・・・そこは『お前も参加しろ』じゃないんですね」

私の知っている過去の彼なら、判断をこちらに委ねる余裕はなく、もっと手際悪く強引に動いていたと思う。眉をひそめながら疑問を問うと、彼の方が疑問そうな顔をしていた。

「いや、だってお前は勉強できるだろ?授業中に先生に当てられても答えられていたし」

そう言われて前に授業で応用問題を解いたことを思い出す。授業の問題は解いているのに、上杉君のテストでは赤点とは、思い出すと随分と意味の分からないことをしていた。

「それはたまたまですよ。現に貴方のテストでは他の姉妹と同じ赤点ですし」

ここまで言って自分の言動に違和感を覚えた。なんで私はわざわざ自虐しているんだろう。

そもそも彼の発言に違和感を見つけても指摘する意味がないし、ここまで広げる理由もない。これではまるで、自分の扱いに不満があるみたいな―――

バシッ

「お、おい!いきなりどうした!?」

自分で自分の頬を叩いた私の奇行に驚く上杉君に対して、「何でもありません」と制する。強く叩き過ぎた。頬がとても熱い。私は顔を下に背けながら持っていた抹茶ソーダで叩いた頬を冷やした。

「―――何でもありません。勉強会の件は了解しました。都合が合えば参加するので、貴方は早く図書室に行ってください」

何も考えずに出たその言葉は、いつもより早口になっていた。視線を落としているため彼の表情は分からないが、「お、おう。じゃあ先に行っているぞ」戸惑った声を残して去っていった。

足音が離れていく。彼がもうそこにいないことは分かっているが、顔を上げることはできない。次第に顔に普段以上の重さを感じて、それに耐えきれずその場でしゃがみ込んでしまう。

「もう、子供じゃないのに」

叩いた頬の熱に抹茶ソーダを当てていたはずが、当てていない側の頬が熱い。今度はそちらの頬に缶を当てると、やはり反対側の頬が熱くなる。それを何回か繰り返していると、結局どちらの頬を叩いたのか、宿った熱で判断するのは難しくなった。

どっちつかずになったそれのプルタブをカシュッと開ける。両手で持ちながら口に流した液体に冷たさを感じることはなく、更に言うと味も曖昧で分からない。

「ぬるいなぁ・・・・・・」

既に冷たさを失った抹茶ソーダを額に当てて俯く。中庭を抜ける初夏の風だけが、頬に心地よい冷たさを与えた。

 




ようやく三玖の序章終了です。この調子だと年内でどれだけ進むか・・・・・・
亀更新なのはもう今更感ですが、それでも申し訳ないです。

前半はサクサク進んだのですが、後半の五月ちゃんの心情を突き詰めると私の文章力では上手く表現できず、何度も書き直してしまいました。

次の大きなターニングポイントとして、一花の花火大会編がありますが、原作ではその前に五月デート篇がありますね。
五月ヒロインを売りにしている身としては、皆様の期待に応えられる話を頑張ります。

前回作った更新報告用のTwitterアカウントが何故か凍結されたので新規で作りました。
今度こそ大丈夫のはず・・・・・・

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ずれた栞と頭痛がする読者①

~原作6話「扉を開けて」の後にて~

ニ「五月、あのちゃんと写真消してた?」

五「本当に消していいのですか?」

二「当り前じゃない!なんであんなやつとの写真残さないといけないのよ」

五「未来の二乃ならお金出してでも買いそうだなぁ・・・・・・」

二「え、なんか言った」

五「いえ、何でもないですよ」


(か、帰りたい)

ドアノブを握っては離し、再び握ってやっぱり離す。それらの反復動作のおかげで、もはやドアノブには金属特有の冷たさは残っていない。

「やっぱり一度帰ってみんなで来よう!その方が礼儀がなっているし、何より―――」

「人の家の前で何してんだお前」

「ひゃい!?」

意識外からの声に思わず手提げバッグを落としそうになった。油の足りない歯車のようにギギギと振り向くと、外階段に不審者を見る目で上杉君が立っていた。

「う、上杉君!どうして外に!?」

「なんで俺が外にいると驚くんだよ・・・・・」

「それはその、休日に貴方が外出していることが意外で」

「余計なお世話だ」

彼は冷たく言い放つと、「どけ」と私に指示する。すぐに半歩下がって場所を譲ると、こちらを見ずにドアノブにカギを差し込む。先程まであれだけ躊躇っていた用事も、流れが進むと自然と躊躇いが消えて、役目を果たさないといけない義務感が勝る。

「そうだ上杉君!今日伺ったのは渡したいものが―――」

バタンッ

目の前でドアが閉まった。あまりに突然のことで手を伸ばしたまま固まる。

「え、いや、ちょっとあの」

人は予想外や異常に遭遇すると、その状況を整理するのに思考を回す。結果、一瞬から数秒、もしくはそれ以上の間で無防備な状態になりやすく、第三視点から見ればアホな姿に見えるだろう。

「う、上杉君!?なんで閉めるんですか!」

ドアに両手を当てて中に聞こえるよう訴える。普段なら周りの視線を考えて決してしない行動だと思う。長時間続けたら状況を自覚して声を小さくしたかもしれないが、それより先にドアが開いて、中から羞恥半分不機嫌半分な顔をした上杉君が出てきた。

「おい、近所迷惑だろうが」

「理由もなく閉める貴方が悪いんじゃないですか」

「いや、お前なぁ」

「お兄ちゃんおかえりーって、あ!」

頭をガジガジと強めに書きながら文句を口にする彼の後ろから、とても可愛いらしい声がした。ドタドタと足音が近づき、上杉君の身体が小さく横にのけ反ると、そこから声のイメージ通りの可愛い少女が顔を出した。

「あー!五月さんだ!いらっしゃい、遊びに来てくれたの?」

パァーっと満開の笑顔を見せくれる妹らいはちゃん。とても彼の妹とは思えない天使っぷりに、つい頬が緩んでしまう。

「こんにちは。実は彼に渡すものがあって来たのですが、なぜか門前払いを受けてしまって」

「もんぜんばらい?」

らいはちゃんは知らない言葉を聞いて上杉君の顔を見る。普段から疑問を彼に聞いているからこその無意識の行動だろうが、今の彼にとってはその質問は都合悪いらしく、彼はすぐに目を逸らした。

「話を聞かずに追い返すって意味ですよ」

「お兄ちゃん!」

大切な妹には反抗できないようで黙秘することで僅かな抵抗を見せたが、上杉家のカーストは妹の方が上のようで、兄を無視して「どうぞ五月さん」と笑顔で迎え入れてくれた。

お邪魔します、と一礼して靴を脱ごうとしたところで不満そうな上杉君と目が合った。少し意地悪したくなり「お邪魔しますね」とわざとらしい笑みを彼に向けて入室した。

奥の茶室まで案内されると、テーブル横に座布団を置いてもらった。促されるままそこに座ると、対面に彼が座り、麦茶を持ってきたらいはちゃんがその横に座った。

「んで、渡したいものってなんだ」

諦めた様子の彼は早く用事を済ませて欲しいと言わんばかりに促す。こちらとしても長居をするつもりもないので、鞄から「給与」と印字された封筒を取り出してテーブル上に置く。

「父から預かった上杉君のお給料です」

出されたものが予想外だったのか、上杉兄妹は少しだけびっくりした表情を見せる。その後「頑張ったね」「二回しか行ってないし期待しない方が」と言葉を続けて、中身を見て本格的にびっくりした顔になった。

喜ぶらいはちゃんの横で固まる上杉君だったが、すぐに真面目な顔になり封筒を裏にしてテーブルに置き直す。

「受け取れねぇ。確かにお前たちの家に行ったが、だが俺は何もしてねぇ」

そう言って返してくる彼。その行動は昔の彼と同じものであり、彼らしさが変わってないことに小さな喜びを感じた。

「何もしてないことはないですよ」

曖昧にしない。今度は言い切る。

「貴方の存在は5人の何かを変え始めています」

それは未来を知っている私ができる、せめてもの応援の形。

「―――5人って・・・・・・」

「えぇ、5人です」

今日ずっと言いたかった言葉。昨日の夜から迷い、それでもこの気持ちは伝えない、と考えてようやく口にできた言葉。

「返金は受け付けません。どう使おうが貴方の自由ですから」

そう言って静かに封筒を表にする。腕を組んで悩み始める彼を、穏やかな気持ちで見つめられた。

だからだろうか。

「らいは。何か欲しいものはあるか?」

用事を済ませたらすぐ帰る、と自分に散々言い聞かせていたのに忘れていて。

「私、ゲームセンターに行ってみたい!」

この後の展開を知っていたのに避けられなかったのは。

 




残暑になっても暑さ厳しい日が続きますね

実は二乃とのトラブル編も執筆していたのですが、書いてて「あれ、原作なぞってるだけじゃね?」ってなったので、急遽予定を変更して五月ちゃんメイン回を執筆しました。
おかげで遅くなってしまいましたが大体の構成は決まっているので、回はきっと早く更新できる(はず)です。

あまり五月ちゃんが関わらない原作シーンはカットして更新頻度を重視していきます。
でも他姉妹のターニングポイントはしっかりと触れていけるように執筆頑張ります。

残暑もまだまだ厳しいので、感染症予防だけではなく熱中症にもお気を付けて。


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ずれた栞と頭痛がする読者②

ら「ごめんなさい五月さん、本当はお茶菓子があればいいんですが」

五「気にしないでください。お茶を頂けるだけで嬉しいです」

ら「お茶菓子じゃなくて昨日のカレーならあるんだけどなぁ・・・・・」

五「ありがとうございます」

ら「え?」

五「え?」


「わー!こんなところがあるんだ」

止むことのない機械音の中でも嬉しそうならいはちゃんの声はハッキリと聞こえる。

料理や掃除など一家の家事を任されて大人に見える彼女も、こういった場所では年相応の少女のようだ。

「なんでお前も来てんだよ」

「仕方がないでしょう・・・・・・らいはちゃんの頼みなんですから」

お互い顔を合わせずに歩く姿は、人によって初々しいカップルに見えるだろうが、実際は何も興味のない男子に後悔している女子だ。

「お兄ちゃん、これやろう!」

トカトカと歩き回っていたらいはちゃんが足を止めて指をさしたのは、祭りの射的でよく見る長い銃で動く的を当てて商品を落とすゲームだ。

「ふっ、こんなゲームで満足できるんだから、まだまだ子供だな」

そう言って涼しい顔で笑う上杉君。私はこの後に起こる彼の姿を思い出し、「あはは・・・・・・」と引きつった笑いで返すことしかできなかった。

「おかしい」

そしてそれは変わることなく起きた。彼が撃ったコルク栓は何回も的に命中したが、的は倒れることなく上下に動いている。

数回やればこれが確率のようなシステムが絡んでいると勘付くはずだが、ゲームセンター自体慣れていない彼からすれば、そういった発想は出てこないのだろう。

かく言う私も、大学生まで俗に言う確率機といったものを知らず、その話を知った時は素直に納得した。恐らく、運が絡まないと熟練した人に何度も取られて赤字になってしまうのだろう。

「今の衝撃で落ちないのは物理の法則に反している!」

そう言って騒ぐ彼には是非ともさっき自分で言ったことを思い出してほしい。彼が子供と評価したらいはちゃんは「お兄ちゃんもうやめとこ!」となだめている。

それでも納得がいかない彼はくるっと私の方に顔を向ける。

「五月、まだ玉残っているだろ。あれを狙え、そして不正を暴くんだ!」

「私ですか・・・・・・」

こうなる事は予め知っていた。そして、この時に彼が顔を近づけることも覚えている。

「別にいいですが手助けは無用ですよ。やるとなれば私一人の力でできます」

事前に分かれば対策もできる。両手を銃に添えて左目をつぶり、小銃の先端にある突起物を的と重ねるように銃を動かす。

(まぁ私も大人だし、彼の顔が近い程度で何もないけど、ないに越したことは―――)

ゆっくりと視線を的に絞っていくと視界が狭まっていく。そのせいで、隣にある気配にギリギリまで気づくことができなかった。

「いいか、照星に合わせて飛距離を計算してだな―――」

「―――え・・・・・・わぁっ!」

パァンッ、と音を立ててコルク栓は狙っていた商品の的ではなく、隣の商品の的に当たった。すると、的はパタリの後ろに倒れて商品を入れた器が手前に傾いた。

「え」

「あ」

小さな商品は音を立てて落ちると、ベルトコンベアによってゆっくりと受け取り口に運ばれる。予想外の幸運に固まっていると「すごい五月さん!」と素直に喜ぶらいはちゃんが意気揚々と商品を取り出した。それは小さな黒い箱のようで、開けてみないと中身は分からないようだ。

「どうせなら実用性のあるものだといいが」

「もう、お兄ちゃんつまらない事言わないでよ」

らいはちゃんは爪でビニールテープを剥がそうとする。それを上杉君が無言で取り上げて自分で剥がし始める。箱の中身を取り出すと、白いジュエリーボックスのような小さなケースが出てきた。

「箱の中からまた箱かよ」

「箱ではなくジュエリーケースです。それにもしかしてこのケースは―――」

上杉君が蓋を開ける。仕舞われていたそれは予想通り、指輪だった。

「わぁー!指輪だ!」

「と言ってもオモチャの指輪だろ。売っても金にならんな」

「貴方って人は、本当にロマンの欠片もないんですね・・・・・・」

彼の言葉に呆れつつ指輪を見つめる。リングの材質も上に乗る宝石も、丁寧な作りだがあくまでも玩具。それでも指輪というだけで特別なものに感じて、一段と魅力的に見える。

(指輪なんて、四葉が大事そうにしていたものしか見たことない)

日常的に付けていたシンプルなデザインとは違う、美しい宝石で飾られた幸福のリングを一度だけ間近で見させてもらったことがある。指輪を見た時は綺麗や素敵といった感想しか出てこなかったが、幸せそうに笑う四葉を見て、少しだけ羨ましいと思った。

「・・・・・・いいなぁ」

ボソッと出てしまった言葉に自分でハッとなる。機械音が鳴り響く店内にも関わらず、近くにいた二人は聞こえてしまったようで驚いた顔をしていた。

「お前、こんな玩具が欲しいのか・・・・・・?」

「お兄ちゃん、女の子はいくつになっても指輪が好きなんだよ」

呆れたような顔をする上杉君を叱りつけるらいはちゃん。らいはちゃんは上杉君の手からジュエリーケースを取り上げると、くるっと私の方に向き直って両手に持ったそれを差し出した。

「はいどうぞ五月さん!お兄ちゃんからだと嫌だと思うので、これは私からです!」

思わず「いえ、そういうつもりでは」と言いかけたが、らいはちゃんの目は純粋なもので、とても断ることはできなかった。

「あ、ありがとうございます、らいはちゃん。大切にしますね」

受け取ったそれは思ったより軽く、思わず「あはは・・・・・・」と乾いた笑いをしてしまう。

「そんなもんで喜ぶとは、お前もまだガキだな」

お手本のような彼の煽り言葉にイラっとしたのは言うまでもないだろう。しかし彼に何も言わず受け取った指輪を鞄へと保管した。フッと挑発的に笑っている彼には苛立ちしか感じないが、ここで言い返さずに我慢できたのは精神年齢が大人な証拠だろう。

しかし脳内で仮想上杉君をサンドバックのようにバシバシ叩いている。それはもう彼の挑発的な笑みが気にならないほど集中して。

だからだろうか。

「お兄ちゃん、五月さん」

あの機体にだけは近づかない。そう思っていたのに気づいたら近くにあって。

「最後に三人であれやってみたいな」

この後の展開を知っていたのに避けられなかったのは。

 




危うく失踪シリーズになるところでした。
お久しぶりです。

10月になったのに蚊に刺される私です。
寒くなったので暖を取るために蚊は室内に入りやすいらしいですよ。
換気する時はお気をつけて

現在の章を境に少しずつストーリーを動かしていこうと思います。
辻褄が合わないって事にならないよう頑張ります。


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ずれた栞と頭痛がする読者③

ら「お兄ちゃん見て!大きなお菓子のUFOキャッチャーがあるよ」

風「あー、あの手のやつは確率で取れるから、結局は買った方が安く済む―――」

五「取れました!」

風「安く済む・・・・・・」

五「100円でこんなに貰えるなんて、ゲームセンターはお得ですね!」

ら「お兄ちゃん?」

風「確率も食い意地には勝てないか・・・・・・」




『モードを選択してね』

『プリティモード』

『素敵な笑顔でキメちゃお☆』

薄い幕で覆われた狭い個室に三人。正面のモニターにはカメラを通した私たちが映っている。笑顔のらいはちゃん、心底嫌なそうな顔をする上杉君、そして感情を失った顔の私。

「二人とも顔が硬いよ・・・・・・って五月さん!?凄い顔になってるよ!?」

「ソンナコトナイデスヨ」

自分の不注意が招いた結果とはいえ、あまりに間抜けな展開に自己嫌悪を通り越して無感情に近い。

ここで過去をなぞったところで四葉の未来に大きな影響はないとしても、諸々の事情を知っている身としては何となく後ろめたい。

「やっぱりお前ら2人でやってくれ」

そう言って逃げるように幕から出ようとする上杉君だが、「逃がさないよ」とらいはちゃんの左手がそれを許さなかった。

『カメラを向いてね』

私たちの気持ちなんかお構いなしに、可愛い声のシステムは淡々と進んでいく。

「・・・・・・上杉君、観念してください。らいはちゃんのお願いなんですから」

小さなため息が漏れると同時に、自分の表情筋がほぐれるような感覚がする。自然と口角が緩み、上杉君を見る余裕もできた。

「この程度のこともできないとは、上杉君もまだ子供ですね」

指輪の件のお返しとばかりに挑発すると、こんな安い挑発でも効果があったようで「あ?この程度余裕だわ」と態度を一変させてカメラに向き直る。

「お前こそ余裕ないんじゃないのか?俺なんてノリノリで撮れるぜ」

急に強気になった上杉君は、らいはちゃんにくっ付く様に歩幅を一歩寄せた。得意げに私を見るその表情にイラっとして、対抗するように私もらいはちゃんとの距離を縮めた。

「その程度がノリノリですか?私なんてもっとノリノリですよ。上杉君こそ余裕がないんですね!」

少し腰落として顔をらいはちゃんに近づける。これには彼女も驚いたようで「五月さん!?」と声を上げた。

フフンッと上杉君を見ると、流石の上杉君も面を食らっていた。しかしすぐさま挑戦的な表情になると、真似をするように腰を落として顔の位置を下げ、らいはちゃんの肩を抱いてカメラに一歩近づけた。

「お、お兄ちゃん!?」

「ふっ、俺たち兄妹の仲だ。これくらいしないとな!」

もはや本人でさえ何を言っているのか分からないのだろう、挑発的な表情をしているが彼の目はどこか落ち着きがない。しかしもう引くに引けず、彼の性格上こうなるのは当然だろう。

だが、ここまで来て引けないのは私も同じだ。彼の挑発的な顔を着火剤にして気合を入れる。

『3、2―――』

「そ、それを言うなら私とらいはちゃんの仲です!男性に割り込む隙はありませんよ」

勢いよく近づけた頬がらいはちゃんの柔らかい頬に触れる。「い、五月さん!?」と戸惑いの声を上げる彼女に心の中で謝りつつ、先程より近くなった上杉君の顔を見て「フフンッ」と笑って見せた。

『1―――』

もはやショート寸前の3人の無動は、決定的なシャッターチャンスとなった。

パシャッとフラッシュが撮影ブースを照らし、それをスイッチのように3人の時間が動いたように、私と上杉君はらいはちゃんから弾けるように離れた。

「あ、あはは・・・・・・お兄ちゃんも五月さんも積極的過ぎて私が照れちゃった」

恥ずかしそうに笑う彼女の頬は僅かに赤い。しかし対面する上杉君の頬の方がもっと赤かった。

「う、上杉君、頬が赤いですよ。そんなに恥ずかしかったんですか?」

精一杯の虚勢を張って挑発すると、彼は左手で口元を隠した。

「お前こそ、人のことを言える顔かよ」

自分の顔がいつも以上に熱を持っていることくらい、言われる前から自覚している。

『次は両手を挙げてガオー、食べちゃうぞのポーズ!』

「まだあるのかよ・・・・・・」

その後もシャッタータイムは続いたが、合計何枚撮ったのかは覚えていない。落書きコーナーで5枚の写真がモニター映し出され、おぼろげながら何とか思い出せた。

「ちょっ、上杉君!なんで私の上にバカって書くんですか!」

「お前こそ!俺の顔に変な落書きしやがって!」

「二人とも、落書き時間終わっちゃうよー!」

落書きタイムでも一波乱あったが、撮影に比べれば大したことはない。

プリクラ機体の側面から手のひらサイズの写真フィルムが出てくる。それをらいはちゃんが取り出すと、軽い足取りでハサミが置いてあるテーブルへと向かった。

「なんか付き合わせちゃって悪いな」

「え?」

楽しそうならいはちゃんの後ろ姿を見ていると上杉君から話しかけられた。彼を見ると先程の私と同じく、らいはちゃんを見つめていた。

「らいはには家の事情でいつも不便をかけている。本当はやりたいことがもっとあるはずだ」

そう話す上杉君の顔は優しいもので、記憶の中にある過去の上杉君を思い出せた。

「―――『あいつの望みは全てかなえてやりたい』」

思わず口に出したその台詞に、上杉君がギョッとこちらを見た。驚いたその表情に思わず口角が上がり「してやったり」の気分になる。

「ちゃんとお兄ちゃんしているんですね」

「うっせーな」

そう言って視線を外す彼は明らかに照れている。そのことに尚更気分よくなった私は、わざと彼の正面に立つ。

「そういう優しさは良いと思いますよ、義兄さん」

「ハッ、お前に兄さんと呼ばれる筋合いはない」

彼は逃げるように正面に立つ私を避け、少し早足でらいはちゃんのもとに向かった。

彼らの方を見ると、小さな写真を巡って何やら言い合っていた。

その光景を微笑ましく思うと同時に、自分の胸に手を当てて静かに深呼吸をする。

「―――久しぶりだったから、かな」

手で感じ取れる程の大きな鼓動はどうしてなのか。追求すると胸がモヤモヤする不快感から逃げるように、私も彼らのもとへ歩き出した。

 




気付いたらもう12月になりますね
年末になると学生さんも社会人さんも、主夫・主婦さんも一気に忙しくなります
かく言う私もそうなのですが、遅い更新をどう謝罪すればいいのか分からないまま後書きを打っています(白目

亀更新でも読んでいただける読者の皆様には感謝しかありません

最近は忙しくて好きなゲームすらあまりできず、執筆する手も止まってました
ですがこのサイトに来るとモチベーションが上がりますね
コメントだけではなく、お気に入り登録の数値やアクセス数を見るだけでも励みになります。

次回を書いたらようやく一花編の予定です
頑張ります


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ずれた栞と頭痛がする読者④

風「しっかし、この手の機械は流石に女子の方が分かってるな」

五「私たち妹で撮る時は二乃がやってくれているので、私はあんまり触れたことがないです」

風「あぁー、あいつか。何となくイメージ通りだな」

五「落書きも一花と二乃が担当して、三玖と四葉は楽しそうにそれを見ています」

風「お前は見ないのか?」

五「見ません。落書きにある食べ物のスタンプを見るとお腹が空くので」

風「お前もイメージ通りだな・・・・・」


建物の外に出ると、空は綺麗な夕焼けだった。夕陽に手をかざして随分と時間が経ったんだと思っていると、ふと何かを忘れているような気がしてきた。

「結局土曜日が潰れちまった・・・・・・。いや、まだ明日があるか」

少しだけ落ち込んだ様子を見せる上杉君。それよりも、彼の言葉が頭の中で反復される。

(土曜日・・・・・・明日・・・・・・土曜日、明日、土曜日、明日・・・・・・日曜日?・・・・・・日曜日!?)

突如として思考に衝撃が走った。忘れていたことを思い出し、これからすることを考えるだけで気が重くなっていく。

重くのしかかる気持ちを脳内五月が両手でひっくり返すと、「上杉君!」と勢いよく彼に向かい直った。

突然声を掛けられた彼は「な、なんだよ」と驚いた様子を見せるが、そんなことを気にしている余裕は私にはない。

「あし、明日は!その、あ、空いていますか・・・・・・?」

精一杯出した声は徐々に萎むように小さくなってしまったが、しっかり聞き取れただろうか。

明日の花火大会に彼を誘う。それが今回の一番の目的だった。

―――――

「え、上杉君にですか?」

『あぁ、先ほど君たちの口座に生活費を入れておいた。彼への給与分も含まれているから、明日渡してほしい』

今週の通学日が終わりの金曜日の夜、花の金曜日は学生に戻っても変わらずで、各々が自由に過ごしていた。と、そこに突然リビングの電話が鳴り、一番近かった私が応対すると、電話の相手はお父さんだった。

「分かりました、では渡してきます」

『それから、すまないが明日までに渡してほしい。彼らとの契約時、毎月その日に渡すと伝えてある。こちらがそれを破るわけにはいかないからね』

今月分の生活費を入れておいた、それと家庭教師の彼に給与を渡してくれ、そう伝えると他には何も聞かず電話を切った。当時の私は当たり前のように受け入れていたが、今になって考えるとなんと不器用な父親だろうか。

「パパから?」

テレビを見ながら爪の手入れをしている二乃が軽い調子で聞いてくる。「そうです」と答えると「ふーん」と興味なさげな返事で会話が終わった。

「お父さん、なんて?」

代わりにリビングで勉強していた四葉が続けてきた。私は先ほどまで座っていた四葉の隣に座ると、少し間を置いてから電話での会話を二人に伝えた。

「今月の生活費を入れてくれた事と、上杉君に今月分の給料を渡してほしい、とのことです」

変わらず興味なさそうな二乃とは反して、「あ、なるほど」と反応を示してくれた四葉。

「そっかー、もう一か月経つんだね」

そう言って天井を見上げる四葉の顔は、今だからこそ分かる「恋する乙女」の顔だった。

その表情を見て、私はかねてから考えていた案を上げることにする。

「はい。それで、早く渡すに越したことはないので、そのお給金を四葉に渡してきてほしいのですが」

「え、私が!?」

予想外のパスに動揺する四葉だったが、その反応は予想通りだった。どんな些細な理由でも、それを付ければ四葉が断わる理由はない。

ここ最近予定通りにいかなかった事が多かったため、久しぶりの確信を持って内心でガッツポーズをとる。

「えぇ、場所は私が教えるので、後で紙に書き―――」

「なら五月、アンタが行けばいいじゃない」

予想外のパスに固まってしまう私。パスを投げた本人は手をかざして爪の具合を確認している。

「同じ学区内なら誰が行っても夕方までかからないでしょ。なら場所を知っているアンタが行けばいいじゃない」

わざと言っている訳ではなく、二乃の言い分は当然のものだろう。「確かにそうだね!」と言って同調する四葉は、「それに」と言葉を続ける。

「私、明日はバスケ部の練習に付き合うって約束あるから」

あははー、とバツが悪そうに笑う四葉を見て、ふとある疑問が浮かんだ。

「約束って、ちゃんと夕方の花火大会には間に合うんですか?」

毎年この時期の花火大会は5人で見るという暗黙がある。協調性を重んじる四葉が自ら輪を崩すことはないと思うが、この花火大会は私たち五つ子のターニングポイントだからこそ確証は欲しい。

少し真面目な顔になってしまったようで、キョトンと不思議そうな顔をする四葉が、笑いながら私に話しかけてきた。

「何言ってるの五月―。花火大会は日曜日、明後日だよ」

―――――

という経緯があり、またもや計画が破綻した私は大慌てて修正しにきた。

どういう訳か、この世界線では給料を渡す出来事が一日早く、このままでは彼が花火大会に来ることはなく、一花の件で五つ子が崩壊してしまう可能性がある。彼には何としても花火大会に来てもらわなくては。

「明日?あぁ勿論。明日は心置きなく勉強できる日だからな」

勉強の虫の彼を動かすにはそれなりの大義名分が必要だが全くアイデアが浮かばず、少しでも外出するならあるいは、と思っていた希望も一瞬で消えてしまい「そ、そうですか」と返事する他なかった。

そんな私の様子を不審そうに見るのも一瞬、すぐにいつもの悪人顔になり「あ、そうだ」と切り出した。

「お前ら、家庭教師の日じゃないからって勉強サボるなよ。宿題は出ているだろうし」

ビシッと指を差してくる彼。多分、遠い目をしているであろう私は「あはは・・・・・」と笑うしかなかった。

が、遅れて彼の言葉が脳裏に引っ掛かる。瞬間、「あ!」と思わず声を出して、強引ながらも大義名分を閃いてしまった。

「そ、そのことなんですが」

「ん?なんだよ」

不思議そうに尋ねる彼への返事に二の足を踏んでしまう。諸刃の剣というか、この案を強行すれば、二乃と明日の自分に怒られるのは容易に想像できる。他の姉妹も怒りはしなくても不審がるだろう。

それでも、この案以外は思いつかず、このタイミングを逃せば次はないだろう。

「じ、実は姉妹全員まだ宿題が終わっていなくてですね」

肉を切らせて骨を切る、ではないが、大きな益を得るにはある程度の損を覚悟しなくてはならない。

「明日の午後、追加で家庭教師をお願いしていいですか?」

帰ってからするみんなへの説明を想像するだけで頭が痛くなってきた。一度、定期検診に行こうかな、と本気で考える土曜日の夕方だった。

 




今年もよろしくお願いします。

地方に住んでいる私のところは大雪で、毎朝除雪をしないと通勤すらできません。
って愚痴を言おうとしたら都内でも雪が大変そうでした。

さて、本編はようやく夏祭り編ですが、予定ではここから物語を動かして行こうと思っています。
と言っておいて、そんなに動かないかもしれません。

話題の感染症以外にもインフルや通常の風邪にもお気を付けてください。

※17話誤字報告を頂き、訂正しました。報告ありがとうございます。


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四「ところで二乃ってマニュキュア塗るけど爪に何も乗せないよね?」

二「えぇ、爪先がデコボコしてると色々と邪魔になるもの。料理とか」

五「分かります。爪に食べ物のデザインがあったら勉強に集中できなさそうですし」

四「それは五月だけだと思うよ・・・・・」

二「アンタの場合、無意識に食べてそうで怖いわ」

五「そ、そんなことないですよ!多分・・・・・」

二「絶対に塗るのやめなさいよ」



「今日はせっかくの花火大会なのに・・・・・・」

スパンコール入りの紫色のシャープペンシルを強く握りしめながらプルプルと肩を震わせる。

「なんで私たち家で宿題してんのよ!」

「週末なのに宿題終わらせてないからだ!」

悲痛な叫びをあげる二乃に対して一喝する上杉君。過去世界でも同じことになったとはいえ、今回は私の発案だった事と私だけ宿題が終わっている二重の罪悪感に苛まれる。いえ、宿題を終わらせているのは良い事なんですが。

二乃の顔を見られずスッと視線を外に向けると外はまだ明るい。昼に始めた勉強会も、この調子なら夕方には終わるだろう。

「しかし五月、まさかお前は終わらせているとな。感心したぞ」

「いえ、まぁはい。今回は学力がありますし・・・・・」

人に言えない理由もあって最後は小声になってしまう。その様子に不思議そうな顔をする上杉君だったが、三玖に呼ばれて勉強を教えに行く。

過去世界では意欲はあっても学力がなかった為、宿題1つにも膨大な時間がかかった。今はある学力と高校大学に身に付いた習慣が相まって、その日の内には終わってしまった。

(とりあえず誰かの手伝いをしていた方が、罪悪感が紛れるなぁ・・・・・)

上杉君はテーブルで真ん中分けして三玖四葉側を見ているので、私は反対側の一花二乃側に回ることにする。

「あはは・・・・・まさか五月ちゃんに教わるとはねぇ・・・・・」

「ホントよ。あんた、いつの間に頭良くなったのよ」

あっけらかんと笑う一花とは対象に、二乃は不満そうに見つめてくる。やはりこの状況を含めて怒っているのだろうか不安になる。

「た、たまたまですよ。あ、一花、そこは先にこっちの計算をですね―――」

無理がある言い訳を勢いで通す。そのまま誤魔化すように一花に勉強を教えるつもりが、仕事のスイッチが入ってしまい本格的に指導してしまう。

一花も「あ、そっか」とか「わーすごい!」と反応してくれるものだから、指導に熱が入って気が付くと全員が私を見ていた。

「すごいよ五月!まるで先生みたいだよ!」

「本当。正直、驚いた」

反対側の四葉と三玖が褒めてくれるのがこそばゆい。「いえ、そんなこと」と返すが頬に熱が宿るのは自覚できた。

「ホントよ。てか」

二乃まで肯定したが、顔は何か含みのある笑みだった。二乃は私に顔を向けながらも、視線は上杉君に向けて言う。

「そんなに上手なら、家庭教師なんていらなくない?」

その一言で二乃以外の全員の動きがピタッと止まり、空気が凍り付くのが分かった。場の冷気に当てられて私の頬の熱も失い、冷めるを超えて血の気が引いてきた。

ガガガガガッと油の足りないロボットのように首を動かして上杉君を見る。彼も表情が固まっており、何を考えているのか全く読み取れない。

この静寂の中カリカリと手を動かすのは二乃。この雰囲気にアタフタしているのが四葉。そして睨み付けるように二乃を見るのが三玖。年長者(精神的に)としてどうにかしないと、と焦るのが私。

そんな空気を変えたのは年長者(本物)の一花だった。パンッと両手を叩くと私たちの注意を自分に向ける。

「お祭りまで時間に余裕あるし少し休憩にしよ。二乃、ごめんだけどお茶淹れてもらっていい?」

勉強から解放されることには肯定的な二乃は「しょうがないわね。ローズマリーでいいでしょ?」と言ってすぐにキッチンへ向かった。

張本人が退席したことで空気が少し和らいだように感じた。思わず小さな息が漏れる。

一花を見ると、三玖や四葉だけではなく上杉君にも笑いながら声をかけている。こういう気遣いができる長女を誇らしく思う。

その後は二乃がハーブティーを上杉君以外の5人分持ってきて、それを三玖が注意して、上杉君が別に気にしてないと言い、窓から見える空の色が変わってきたことでスパートをかけて、何とかお祭り前に終わらせることができた。

「よし、何とか終わったな」

上杉君のその一言で全員、空気が抜けたような声を漏らす。

「ま、間に合ったよー」

四葉が机に伏せるように身体を伸ばし、一花がヨシヨシと頭を撫でる。

「さっ、早く準備するわよ。浴衣を着ないといけないんだから」

二乃はテーブルに並べられていたティーカップを手早くトレーに乗せるとゆっくり立ち上がる。三玖は脱力した様子で後ろにあるソファに身を任せている。

上杉君はと言うと、全員分の終えた宿題を確認していた。

「ふむ、まぁとりあえずはいいだろう」

納得した表情でノートを机の上に戻すとスッと立ち上がった。

「んじゃ帰るわ」

その言葉にハッと思い出す。そういえば過去世界では、らいはちゃんがいたから彼も一緒だったが、今回は彼一人のため、上杉君には同行する理由がない。

(ど、どうしよう・・・・・)

この夏まつりは彼だけではなく私たち姉妹、一花にとって大事なこと。詳しくは知らないが、この出来事が一花にとって重要な転機なのは間違いない。

「う、上杉くぅん!」

ビックリした様子で上杉君が振り返った。少し上ずってしまった声を恥ずかしいと思う以上に、みんなの前で彼を呼び止めたことに羞恥心を感じた。変に上がった声のせいで大きな声になってしまい、座っていた一花たちだけではなく、キッチンに向かう途中の二乃まで注目してしまった。

これだけ注目された中で上杉君を誘うのは、流石の私でも良い印象を与えないのは分かった。

あぁー、ええっとー、と脳内の私が目を回しながら考える。グルグルと考えを回すが、適切な言葉が見つからない。

最初は面食らった表情をしていた上杉君も、なかなか話し始めない私のせいか、いつの間にか馬鹿を見る目になっていた。ついには振り返るのをやめて玄関へと足を動かしたが、ドアの前でぴたりと足を止めた。

「あー、五月、その、なんだ」

不自然な口調になる彼に、今度は視線が集まった。その居心地の悪さを感じ取った為か、一度咳をついて振り返った彼はぎこちない顔をしていた。

「ま、まだこのマンションに慣れてないから、外まで案内してくれ」

少し早口で話す彼は明らかに不自然だ。しかしこの誘いは私にとってもありがたい。三玖の視線が気になるが、今回は許してほしい。

「え、えぇ!エントランスまで案内しますよ!少し準備するので玄関でお待ちください」

誘う口実を考えるため意味のない準備で時間を稼ぐ。素振りを見えるために一度部屋に戻ろうと階段を上がる途中で、ふと彼がなぜこのような行動をとったのか気になった。

私の様子に気づいたということはありえないし、本当に案内してほしいということもないだろう。

(何か話があるのかな)

そんなこと考えていたのも少しの間だけで、すぐに目的に戻る。ここ最近、こんなことばかりな気がしてきた。

 




お久しぶりです。
色々と慌ただしい日常を過ごしていたら、投稿をすっかり忘れていました・・・・・
一時期は熱が冷めていたのですが、ごとよめの映画やゲームの影響で再燃して、何とか執筆に辿り着けました。本当に申し訳ないです。

さて、執筆する際に自分のを読み返していたのですが、どうにもテーマというか芯のようなものを感じられず、なんだかフワフワしているなと思うようになりました。
かと言って書き直すと途中で力尽きそうなので、お見苦しいですがこれからの投稿で強引に修正したいと思います。
原作との差異だけではなく、前話までと設定がずれることあるかもしれません。見逃せないずれだった場合は教えていただけるとありがたいです。
ちなみに、見返すと連載初期はガラケーだったんですね。最初からスマホのつもりで執筆してました・・・・・

映画、とても面白かったです。


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二「ちょっと三玖!私の色ペン勝手に使わないでよ!」

三「このペン、ゴツゴツして使いづらい・・・・・」

二「人の勝手に使っておいて文句言うな!てか、あんたのペンは地味すぎるわ。ぜっんぜん可愛くない」

三「落ち着いたデザインの良さが分からないなんて、二乃はお子様」

五「まぁ二人とも。そんなことで喧嘩しないでください。私のペンを貸しますから」

一「五月ちゃんのペンは、全部匂い付きのペンだよね」

四「あれ、この流れ前にも見た気が・・・・・」




「それでは少し出てきます。出発までには戻るので」

お見送りに来てくれた三玖と四葉に一礼して廊下で待つ上杉君の下へ向かう。壁に背中を預けながら単語帳をめくる彼を見ると、本当に勉強の虫なんだなと呆れてしまう。

「すみません、お待たせしました」

「遅い。準備にどれだけかかるんだ」

デリカシーの欠片もない発言に、自分のこめかみがピクッと動いた気がする。この頃の上杉君は本当に本当に他人の配慮がない。いや、大人になった上杉君も変わらない気がするけど、今よりはずっと優しい。多分。

しかし私はもう大人。これしきの事に怒るほど弱くない。

「廊下にいては落ち着きませんし、とりあえず歩きましょう。お互い、話したいこともありそうですし」

そう言って彼の横を通り抜けて振り返ると、彼は驚いた様子で私を見ていた。その顔を見て「フンッ」と少しだけ気が晴れた。

エントランスホールに向かうエレベーターの中ではお互い無言だった。上杉君はというと、決して長くない時間にも関わらず単語帳をめくっていた。

一階まで降りると、開いた扉から上杉君がサッと出ていき、私がその後に続く。しかし、それより先は彼の前を私が歩く形で外まで出ると、マンション近くにある自動販売機を指差した。

「飲み物を飲みながら話しましょう。奢りますよ」

「いらん。意味もない施しは受ける気にならない」

「そうですか」

スマホを自動販売機にかざしてボタンを押す。ガコンッと小さな音が鳴った後に取り出し口から缶ジュースを取り出す。

「あ、間違えました。水を買うつもりがジュースを買ってしまいました、どうしましょう」

一息で言い終え、怪訝そうな顔をしている彼に差し出した。

「申し訳ありませんが飲んでくれませんか?私は水を飲みたい気分だったんですが間違えてしまったので」

「馬鹿かお前は。それなら他の姉妹にでもくれてやれよ」

「まぁそう言わずに。らいはちゃんにプレゼントしたら喜ぶんじゃないですか?」

挑発的にニコッと笑って押し付けるようにさらに差し出す。引いたような不満そうな何とも言えない反応の末、渋々と受け取った。

「言っとくが金は払わんからな。てか持っていない」

「はいはい、それで構いませんよ」

自動販売機に向き直ってもう一度スマホをかざし、今度は間違いなく水を購入した。

2人飲み物を用意終えてからマンション前に戻ると、マンション前の休憩スペースに腰を下ろす。上杉君にも座るように勧めたが、彼は頑なに拒んだ。そんな些細なことでも、彼との信頼関係もリセットされたと少し寂しさを感じる。

「あまり時間をかけてはみんな変に思われますし、早くお話に移りましょう」

さてここからだ、と自分を鼓舞する。目標は上杉君の花火大会への同伴。まずは勢いよく切り込もう。

「えぇっとですね・・・・・う、上杉君からどうぞ!」

前言撤回。真意は違うとはいえ、男性をデートに誘うこと自体のハードルが高すぎる。

「お前・・・・・ここまで誘導しておいて俺が先かよ」

本人にその気はなくても、こちらから見ると呆れて馬鹿にしているようで、急激に恥ずかしくなる。カーッと頬に熱を感じて膝に置いた水を両手で握りしめる。買ったばかりの冷水がありがたい。

「あー、俺からの話はだな。その、なんだ」

「歯切れ悪いですね。ハッキリと言ってください」

上杉君が「自分のことを棚に上げるな」と言いたそうな不満な顔をするが、言葉にはしなかった。頭をガシガシと掻くと、決意した目で私をしっかりと見る。

「五月、俺に勉強を教えてくれ」

「えぇ、分かりうぇっ!?」

予想外の頼みに変な声が上がってしまう。彼の口から間違っても出ない願いに脳が混乱を起こしている。

「いや、待て勘違いをするな!」

彼は慌てて訂正すると流れを変えるようにわざとらしく咳をつくが、そんな簡単に切り替わるほど今の一言は軽くないのは、私が一番知っている。

「う、上杉君が、私に、勉強を、頼む、え?」

「待て待て!まずは話を聞け」

どうやら混乱しているのは私だけじゃないようで、先程いらないと言ったはずの缶ジュースをカシュっと勢いよく開けるとそのままグイッと飲んだ。一口飲み終えた彼は少し落ち着きを取り戻したようで、長めの息を吐いて再び私を見る。

「俺は頭が良くて学年一位で、勉強面が完璧な男だ」

「それ以外は壊滅的ですけどね」

「お前に何が分かる」

何となくイラっとしたので口を挟んでしまった。続きをどうぞ、と促すと腑に落ちない顔で再開する。

「人に教えるのは初めてだが、やってみると案外できるものだった。流石俺だと思う。だが―――」

言葉を一度切ると私から目を逸らす。表情こそ変わらないが、何だか暗い印象を受けた。

「素人目の俺から見ても、お前の教え方は正しく分かりやすい。悔しいがあの口うるさい姉妹の言うとおりだ」

「二乃のことですね」

「お前がいながら何で俺に声がかかったのか知らん。だが俺にもバイトを続けなければならない理由がある。だから」

逸らした視線を再び向けてくる。その表情にはもう暗さを感じない」

「俺に勉強の教え方を教えてくれ」

その目は強く、私がよく知る瞳だった。

「それなら、私と二人体制で見ればいいのでは?給料だって変わらないんですし」

「いや、それはしない。給料分の働きはしたい。それが俺の義理だ」

二人体制にしても、きっとお父さんは給料を減らしたりしないだろう。それ以前に二人体制の方が効率いいのは彼も分かっている。姉妹同士で教え合ったのは双方の学力向上のためとして、純粋に誰かの手を借りるのは彼の信念に反するのだろう。

(だからこそ私たちは、貴方に―――)

自然と口元が緩んでしまう。それを誤魔化すよう勢いよく立ち上がった。

「分かりました。私もまだ勉強する立場ですが、可能な範囲で貴方に教育学を教えます」

「ん、んあぁ、た、助かる」

真面目な話をしていた反動だろうか、彼が恥ずかしそうにしていた。そんな様子すらも何だか嬉しくなる。

「ですが、こちらもそれなりの報酬を要求します」

「なんだよ、言っておくが金はないぞ。もしかして、給料から一部お前に流せってことか・・・・・?」

「そんなこと言いません!私をなんだと思っているんですか」

引いた様子の彼につい怒鳴ってしまう。今度は私が持っていた水を一口飲んだ。冷たいものが喉を通るのが心地良い。

「そうですね、では」

マンション入り口前の明かりが規則正しく点灯する。もうそんな時間なのだろう。恩返し、というには些細なことだが、少しでも彼の助けとなるのが嬉しく思う。

「今夜の花火大会、貴方も一緒に来てくれませんか?」

「あ?なんだそりゃ」

「貴方は保護者です。私がらいはちゃんをお誘いするので、貴方は保護者として同行してください」

らいはちゃんが来るなら彼も一緒、そういう形ならおかしくないだろう。

「それとも、らいはちゃんを置いて1人家にいるつもりですか?」

挑発的な口調で彼を煽ると効果は目に見えた。引きつった笑みで「んなわけないだろう!」と了承を口にした。

「決まりですね。では待ち合わせ場所は追って連絡します。とりあえず家に帰ってらいはちゃんに私がお誘いしたことを伝えてください。それでは―――」

既に部屋を出て10分は経過しているだろう。既に姉妹たちに詰め寄られそうな時間は経っているが、らいはちゃんを誘っていたと言えば納得してくれるはず。

「あ、おい待て!」

用事が済んだため急ぎ部屋に戻ろうとすると呼び止められた。何事かと振り向くと、上杉君は何か言葉が詰まっていそうな顔をしていた。

「すみません急いでいるんです。何か質問があれば携帯で連絡して―――」

「だからそれだ!俺、お前の連絡先知らないんだが」

両者固まる。風が横切る音が聞こえた気がした。これだけ偉そうに話して、貴方のことはよく分かっていますよ、という雰囲気で去ろうとしたのに、根本的なことを忘れていた。この世界ではまだ、彼と連絡先を交換していなかった。

固まる空気の中をかき分けるようにギッギッギッと彼に近づくと、無言でスマホを取り出す。彼との連絡先交換中は、恥ずかしくて何も言葉にできなかった。

 




熱があるうちに続投を、と思い筆を走らせましたが、会話多めになっていました。情景が浮かびづらかったら申し訳ないです。

前回の投稿が久しぶりだったのにも関わらず、お気に入り登録していただいた方が多くて驚きました。とても励みになります。
映画の影響か、ごとよめが注目され、ごとよめロスになったファンの方々がこういった二次創作を見ていただいているのかと思うと、私も頑張りたいと思います。
かく言う私もロスに陥り、ゲームや二次創作、再放送でなんとか命を繋いでおります。

さて、最近ですが前文でも述べた通り映画の影響でロス気味になったと同時に、他のカップリング二次創作も書いてみたくなりました。
もちろんメインはこちらですが、息抜きや気分転換として、短編タイプで他姉妹の二次創作を書くかもしれません。

執筆した際は後書きにて報告させていただきます。また、掲載ページは今や失踪気味の同作者「五等分の花嫁~イベントでも五月のお団子が美味しし御話~」に掲載したいと思います。誰から書くか未定ですが、気長にお待ちください。

長々となりましたが、梅雨入り目前です。常に携帯雨具を用意して、風邪などにお気をつけてお過ごしください。



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風「よりによって缶ジュースかよ・・・・・キャップのある方が良かったぜ」

五「貰った側が文句言わないでください」

風「押し付けられたんだから言う権利あるだろ。残ったら保存に困るし」

五「?」

風「?」

五「自動販売機で買った飲み物は大体飲みきりじゃないですか」

風「お前の尺度で決めるな」



「やっと終わったー!」

「みんなお疲れ様―」

「花火って何時から?」

「19時から20時まで」

「じゃあまだ一時間あるし屋台行こー!」

らいはちゃんを交えた姉妹たちが水を得た魚のように生き生きとしている。かく言う私も気分が高揚しているようで、見る景色全てがキラキラしているようだ。

(アメリカンドッグ、チョコバナナ、りんご飴、焼きそば、お好み焼き・・・・・)

行き交う人々の賑わいと胃を刺激する匂いが、思考と歩みを迷わせてくる。

「上杉さん早く早くー」

隣で四葉が上杉君を呼ぶ。チラッと見ると、彼は簡易ベンチに座って死んだような目をしていた。四葉の声掛けにも視線を送るだけで動こうとしない。フランクフルトの屋台に惹かれながらもグッと堪えて、上杉君の下へ向かった。

「なんですかその祭りに相応しくない顔は」

「俺はなんて回り道をしているんだと思って―――」

ずっと遠い目をしていた彼は、近寄ることでようやく私に視線を向けた。彼の目が私をじっと見つめてくる。ふと私の恰好が浴衣だったことを思い出し、何か変だっただろうかと心配と羞恥が一気に来た。

「あ、あんまり見ないでください」

「誰だ?」

こういう男だった。その一言で心配と恥ずかしさは吹き飛び、ただただ彼への不満になった。

「い、五月ですぅっ・・・・・」

精神的に私は年上だという自分への言い聞かせで叫びたい衝動を押し潰す。この程度で苛立つようでは、パートナーとして彼の横に立てないだろう。

「ただでさえ顔が同じでややこしいんだから、髪型を変えるんじゃない」

「どんなヘアスタイルにしようと私の勝手でしょう!」

無理だった。そもそも、このデリカシー無し男を相手に気分を害さない人は少ないと思う。

「フータロー君、女の子が髪型を変えたらとりあえず褒めなきゃ。もっと女子に興味持ちなよー」

「そうなのか・・・・・?」

「・・・・・」

一花に抱きつかれている三玖が大人しい。一方抱きついている一花は何やら悪い笑みを浮かべると、三玖の下を離れて上杉君に何やら耳打ちを始めた。

気にはなったが、先程の上杉君にまだ腹が立つので近づきたくない。とりあえず近くにある屋台でやけ食いすることにした。

「すみません、アメリカンドッグを1本・・・・・いえ、3本ください!」

受け取ったアメリカンドッグは両手に持てないので、二本をパックに入れてもらい袋を貰った。一口かじるとカリッとした表面にフワッとした裏面、熱々の中身に頬が緩む。食べ物一つで機嫌よくなるのは、我ながら単純だと思う。

「ちょっと五月?早く来ないとはぐれるわよ」

「あ、ごめんなさい二乃。今行きます!」

気付くとみんなは人の波に乗っていて、私の位置から少しずつ離れていた。急いで合流しないといけないが、両手をふさがれた状態で人の波をかき分けるのはなかなかに難しい。他人にアメリカンドッグを当てないようにと両手を挙げて気を使いながら進み、なんとか6人の背中を見失わないように進んだ。

(四葉のリボンが離れている!らいはちゃんも一緒、かな・・・・・って!一花、そっちじゃないよ!これじゃあ二乃と上杉君しか・・・・・って、いつの間にか三玖がいない!)

誰を追うべきか即断即決できなかったせいで、気付くと二乃たちの背中すら見失ってしまった。それでも何とか前に進もうと、人に迷惑をかけない程度に人波を身体でかき分けて進んだ。

両端に屋台がなくなると、ようやく人波から脱出できた。荒れた呼吸を整えて、急いで振り返るが、やはり5人の誰も姿はなかった。

(アメリカンドッグを欲張ってしまったばかりに・・・・・)

右手に持つそれをジッと睨みつけ、恨みを込めてかぶりつく。アメリカンドッグはまだ熱々で皮肉にも美味しいと思ってしまう。

「このまま人波に沿っても追いつかないだろうし、待ち合わせ場所に先回りしようかな」

右手のアメリカンドッグを大きな一口で食べ終えて、串を左手の袋に片付ける。なるべく混んでいない道を探そうと見回したタイミングで、そういえば集合場所がどこか分からないことに気づいた。

スマホを取り出して一花に電話するが、通話中のコールがなって繋がらない。

(みんな電話しているのかな・・・・・とりあえず二乃にかけてみて―――)

「ねぇお姉さん、もしかして迷子?」

「え」

あまりにも近く聞こえたその声に振り向くと、赤みのかかった髪をした大学生くらいの男性がいた。あまりにも突然のことに固まっていると「もしもーし」とさらに声をかけてくる。

もしかしなくてもナンパというやつだろうか。どう対処したらいいか分からずに脳内がパニック状態となる。

「あ、いえ、あの、大丈夫です何とも平気です、問題ないです」

パニック状態で導かれた答えは逃走。今すぐにこの場を去ることにした。

「あ、ちょっとお姉さん!?」

背中越しに呼び止める声が聞こえるが、それに振り返るわけなく、一心不乱に歩き始める。急に汗ばんだ額を拭って人の波に潜る。そのまま何も考えずに波に揺られ、自然と空いたスペースに飛び出た。

「はぁ、はぁ・・・・・はぁぁー・・・・・・・」

手近な縁石に腰を下ろして、大きく深呼吸をする。慣れない出来事に体力を奪われてしまい、急に喉が渇いてきた。だが、手持ちにはアメリカンドッグしかなく、屋台や自動販売機に買いに行くほどの気力はまだない。

(ナンパなんて、大学生のとき以来、かな)

あの時は一緒にいた二乃が追い払ってくれたけど、私には二乃のような対応はできない。一部の女性はこれを嬉しいと思うのだろうか。私にはどうしても理解できない。

(好意を持ってくれるのは嬉しいけど、あの欲っぽい視線が、どうしても・・・・・)

当時のことを思い出すと、疲れた体が尚更重くなったような気がした。

みんなを探すのは少し休んでからにしよう。そういえば過去世界の花火大会では、どうやって合流したかな。

ボーっと視線を正面に動かすと、先程まで人混みで見えなかった屋台が見えることに気づく。いつの間にか、人混みは人通りほどに落ち着いていた

バーンッ!―――その変化に疑問を持った瞬間、頭上から大きな音と閃光が夜空を照らしす。

歩いていた人々は足を止めて、各々が夜空を見上げている。

花火の音はよく響き、耳から入る轟音は脳内にいつまでも反響するよう。刺激された脳内は、忘れていた記憶を思い出させる。

それは一人で見上げる夜空。そこに花開く大きな花火の情景。

パラパラと小さな音が聞こえて、再び静寂になった公園。

そして遠くから聞こえる誰かの足音に、視線を向けて―――

「おい!・・・・・さ、探したぞ」

聞いた事のある声にハッと現実に引き戻される。

「え、う、上杉君・・・・・!?」

勢いよく振り向くと、そこには息を荒げて膝に手をついて立つ上杉君がいた。

 




こんばんは。
夏至を越えて、次第に日が落ちるのが早くなりますね。

五等分の花嫁も未だに盛り上がりを見せて、色々なブランドとコラボしていてオタ活動が捗ります。学生の皆様は難しいとは思いますが、無理のない範囲でオタ活動楽しみましょう。

そういえばこの作品は不定期投稿のため、投稿報告用のTwitterアカウントを作成していたのですが、ログイン不可になっていて放置していました。
しかし、奇跡的に再ログインができたので、今後は使用していきたいと思います。

※更新確認のために逐一サイトを見てもらうのも悪いので、読者の皆様方にはこちらのTwitterアカウントをフォローして更新を確認してもらえると幸いです。
アカウント:@GotoyomeDango

※2022.6月30日に一部表現を修正しました。物語に支障はないです。


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一「屋台の食べ物っていつもの5割増しに美味しく感じるよね~」

二「そうね。この日ばかりは料理する気になれないわ」

四「二乃の料理だって負けてないよ!」

五「えぇ、どちらも美味しいです!」

二「ありがと。五月はそのフランクフルトを置いてから言いなさい」


「え、え、どうして貴方がここに・・・・・」

未だに息を荒げる彼を不思議に思うより驚いた気持ちで訊ねる。記憶と違うタイミングでの登場に戸惑いしかない。

「どうしてって、お前が迷子になったからだろうが」

「あ、あぁ―――そうでした。すみませんお手数をおかけして」

かと言って、ここで「予定と違うよ!」と彼に言っても意味がないのは分かっている。どういう過程であれ、私が迷子になって彼が探しに来たのが現実だ。

「ったく、離れるから変な奴に絡まられるんだよ・・・・・」

「変な奴って・・・・・見ていたのですか!?」

「お前を探している時に遠目から見えたんだよ。よりによって逆方向に走りやがって」

そうぼやく彼は心の底から面倒そうだ。見ていたなら早く助けてよ、と思うのが自分勝手な文句なのは分かっている。しかし心の中だけでも言わせてほしい。

「そうですか。それにしても、よく遠目で私だと分かりましたね。先ほどは、まっ・た・く、分からなかったのに」

皮肉を込めてゆっくりとした口調で話しかけるが、どうやら彼には伝わらなかったようで表情を崩すことはなかった。その朴念仁さが余計にムカっとする。

「そりゃ着物姿で食い物を持っているっていえば、お前しかいないだろ」

「その特徴なら他の可能性も考えられます!」

食べ物ってだけで私と断定されるのは心外だ。屋台があるお祭りなら食べ物を持っている人が大半だろうに、それだけで私と決めつけるこの男の脳内では「私=常に食べている」とでも思っているのだろう。

「当たっていたんだ、別にいいだろ」

そう言うと彼は背中を向けて歩き始めた。暗に「ついて来い」と言っているのだろう。未だ消化できない不満を口に出す代わりにこのまま動かないでいようか、とも思ったが、今の彼なら振り返らずに最後まで歩きそうなので不満を押し殺して彼を追うことにした。

花火が始まり人混みが人通り程に落ち着いたとはいえ、人の往来が多い事には変わりない。

最初にはぐれた時よりは後ろ姿を見失わないが、人を押しのけて歩くのは苦手な性格もあって追う背中との距離は縮まらない。ちょっとした事で彼を見失う可能性もあるだろう。

そうしたら他の姉妹に連絡すればいいか、くらいの楽観的な考えになる。

突然、前方から手首を掴まれた。

その瞬間、ナンパされた記憶恐怖を感じて身が縮こまる。反射的に振りほどこうと力を入れた刹那、

「掴んでろ」

喧騒の中、ハッキリと聞こえた声。情報量の多い背景が白塗りされたような錯覚が起きる。しかしそれも一瞬。彼に意識を向けると背景は色づき、忙しそうに動き回る人々を再び認知する。

それらに気づき、慌てて掴まれた手を振りほどいた。その行動に上杉君は驚いたような顔を見せるが、傷ついた様子はない。どちらかというと、不服そうに私を見てくる。

「また迷子になられては面倒だ。離れないようにしろよ」

しかし視線以外で私の行動を咎めることはせず、自分の携帯電話を取り出して背中を向ける。ぶっきらぼうの声音から、彼が善意ではなく利益のための行動なのは分かった。これは優しさではなく、本当に迷子になられては自分が困ると考えているのだろう。

(お願い――)

私は上杉君の背中ではなく、つい視線を下に向けてしまう。彼に掴まれた自分の手首を反対の手で掴むと、その指先は橈骨動脈に触れた。手首の脈拍を感じ取れば、自分の心臓がどれだけ動いているか分かる。

(お願いだから、振り向かないで――)

身体全体で感じるこの微熱の正体を――肯定することはできない。

彼への感情は、文化祭最終日そして空き教室で、一つの答えに収めた。

それを再び審判の場に出すなんて、そんなことはできない。それは苦労して丁寧にファイリングした大量のプリントを、乱雑に散らばして見返すような不快感を味わうだろう

そんな上下左右に揺れる感情を朴念仁の彼が気づくはずもなく、携帯電話越しに誰かと話し始めた。

「らいはか?こっちは捕まえた。これからそっちに――」

人をペットか何かだと思っているのだろうか。ムッとなり文句ひとつ言っておこうかと顔を上げようとした時――

「はぁ?あいつらも探しに出た!?」

彼の急な大声に反射的に勢いよく顔を上げてしまい、首の後ろにツーンとした痛みが走る。謎に痛がっている私を気にする彼を手で制する。

「あぁ・・・・・分かった。とりあえずそこで待っていてくれ」

彼が通話を切った後、落ち着いて話すために人波を外れる。上杉君は何やら考えている様子だった。

「何があったんですか?」

「あぁ・・・・・どうやら他の姉妹たちがお前を探しに出たらしい」

「ど、どういうことですか?」

「詳しくは後で話す。とりあえず他の姉妹に連絡してくれ」

謎が多いままだが、上杉君に促されて連絡をとるためスマホを取り出す。とりあえず今回の先導役である二乃のアドレスを表示した。

もしかして、予定が一日ずれたせいで一花の件はもう済んでいるのだろうか。そうだとしたら、一花のカミングアウトするタイミングはしばらく来ないだろうし、その後の私たちがどうなるか想像つかない。

上杉君は辺りを見渡して少しでも情報はないかと探してくれている。この時から見えていた彼の優しさを、あの時の私は見えていただろうか。今考えても何も意味はないとは分かっていても考えずにはいられない。

私は「二乃」と表示された通話ボタンを押した。周りの雑音の中わずかに無機質な呼び出し音が聞こえる。

ここで考えていても答えは出ない。先が見えない吊り橋だが、今は渡るしかないだろう。

呼び出し音は長く続かず、途切れたと思えばすぐに「もしもし五月!?」と大きな声が聞こえた。

 




こんばんは。
最近PCが故障してデータが一部飛びました。スマホより再執筆して投稿です。
その為、今回の投稿は誤字脱字・表現が雑など、いつも以上に粗が目立つかもしれません。
PCが復帰するまで亀投稿になりますが、新調しだい執筆と再編集をしたいと思います。

話題が変わりますが、珍しくごとよめの夢を見て記憶に残ったため、記憶を巡って執筆したものをイベント編の方に投稿したいと思います。良ければ読んでみてください。
(https://syosetu.org/novel/255257/)

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二「もう五月!一体どこに行ったのよ」

三「五月が行く所なんて、どうせ一つだけ」

一「そうだね。きっとあそこだよ」

四「じゃあみんなで行こうよ」

姉妹「お好み焼き」「クレープ」「焼きそば」「チョコバナナ」

風(食べ物屋台なのは確定なのか・・・・・)


「みんな大丈夫かな・・・・・」

同時に、私の心配を励ますように花火が上がる。

二乃に無事と現在の様子を伝えると待ち合わせ場所を教えられて「あんたは迷子にならないように待っていなさい!」と強く言われた。

上杉君はというと「俺はいなくても問題ない」と言って他の姉妹を探しに行った。何だかんだ言ってもこの頃から面倒見は良いみたいだ。

皮肉なことに迷子になった私が一番乗りだったようで、屋上には誰もいなく持参していた食べ物も全部食べてしまい、一人時間を持て余してしまう。

(かといって私も探しに行けば、ミイラ取りがミイラみたいなものになりそうだしなぁ)

最初こそ罪悪感はあったが、二十歳を過ぎれば精神的成長と理想的な展開をなぞった安心感もあり、気持ちを割り切れる姉妹への信頼がある。

屋上の柵に上半身を預けて軽く身を乗り出すと、行き交う人々と良い匂いを漂わせる屋台がよく見えた。

待っている間に姉妹の分を買っておこうか。決して自分が食べたいわけではないと心に強く言い訳して。

「あれ、五月さんだ!」

突然名前を呼ばれてビクッと震える。声に振り向くと、いつの間にか四葉とらいはちゃんがいた。花火の音があるとはいえ、階段を上がる気配に気づかないほどボーっとしていたようだ。

「らいはちゃん、それに四葉も」

「良かった五月、無事だったんだね」

「心配させてすみません。迷子だったところを上杉君に見つけてもらいました」

「お兄ちゃんも偶には良いことをするんだね」

意外なところで自分の兄が活躍したことに、らいはちゃんが笑顔になる。こんなに可愛い子が彼の妹という事実を誰が認めることができるだろうか。

「ここまで来るのに大変だったよー。送られてきた位置情報はなかなか読み取れないし、人混みは凄いし」

浴衣の襟をパタパタする四葉は少し汗ばんでいた。普段は子供っぽい四葉も紅潮した表情と汗ばんだ姿で、あまり男性に見せてはいけない雰囲気を出している。

「と、とりあえず2人とも椅子をどうぞ。二乃には私から連絡しておきます」

屋上の中央にある丸テーブルに2人を誘導する。本来は5人で予定していたため、椅子は5人分しかないが、らいはちゃんが座るならば誰も文句言わないだろう。

四葉はテーブルに自分で買ったものを広げ始める。たこ焼きや唐揚げなどの食べ物や、何かの景品なのか手持ち花火やぬいぐるみ等を並べる。

「また色々と買ってきましたね」

「いやー、らいはちゃんが欲しそうにしているとついつい買ってあげたくなって」

なんとも四葉らしい理由で未来の義妹を甘やかしている。でも、その気持ちはとても分かる。

「五月もなにか食べたら?色々あるよー」

テーブルに並べられる食べ物は、屋台出身ということもあってとても美味しそうに見える。思わず「ではお言葉に甘えて」と言って食べそうになったが、ここでは私が精神年齢最年長者。迷惑をかけた身で先に食べるわけにはいかない。こんな我慢、大学時代のダイエットに比べれば大したことない、はず。

「い、いえ!みんな来てから食べましょう!私、全員分の飲み物を買ってきますね!」

食べ物の誘惑から逃げるようにテーブルに背を向ける。

「えぇ!?いいよ五月!私が行くから!」

「四葉はらいはちゃんと一緒にいてください。自販機はすぐ下にあるので迷子にはなりませんから」

先ほど屋上から見下ろしたときに自動販売機が近くにあったのは確認済み。人数分を買って戻るのも苦労ないだろう―――

「―――まぁ、そうですよね」

少し考えれば予想できたことだった。人目に付きやすい自動販売機は全部が売り切れだった。こんな暑い中、飲み物が売り切れないはずがない。目で見える範囲にカップドリンクの屋台はあるが、蓋が不安定なものを人数分抱えるのはさすがに無理がある。

恰好はつかないが一度帰るしかない、と考えたところで、ふと遠くの方に自動販売機の光が見えた。

遠くと言っても見える範囲だ。このくらいなら迷子にならないだろう。ダメもとで見に行こうと人の流れに乗る。

遠くに見えた自動販売機にはあっという間に着いたが、こちらはコーヒー系以外売り切れという偏ったラインナップだった。

完売だったほうが悩まずに済んだのに、中途半端に「コーヒーでもいいかな」と考えていると「五月」と後ろから声をかけられた。

「なんだ、また貴方ですか」

「それはこっちの台詞だ。待ち合わせ場所にいろって言っただろうが」

「ちょっと飲み物を買いに出ただけです。といっても、売り切れだったんですが」

彼は一瞬だけ自動販売機に視線を移したがすぐに私に視線を戻す。

「脇道に三玖が休んでいる。ひとまず合流しよう」

「分かりました」

私は人の流れをキョロキョロと見渡して横入りできる隙間を探す。すぐに大きな切れ目が見つかりスッと入ると、後ろから上杉君が話しかけてきた。

「一つ聞いていいか。俺たちってどんな関係?」

「・・・・・そういえばそんな気持ち悪い質問ありましたね」

昔はなんて答えただろうか。もちろん、今ならもっと親しい関係を提示できるが、この頃の彼に親しさを示しても否定されるだけだろう。

(この頃の私たち・・・・・知り合い、同級生、赤の他人、は流石に言いすぎでしょうか)

何ともしっくりくる言葉が思いつかず、沈黙してしまう。

「―――いや、何でもない。忘れてくれ」

私の無言を否定的な意味と捉えたのか、彼は質問を取り下げた。顔だけ後ろを向くと、何となく恥ずかしがっている様子だった。そんな彼を見ると思わず頬が緩んでしまい、それを隠すようにすぐ前に向き直った。

「私に聞かずとも、貴方はその答えを既に持っているじゃないですか」

「え?なんだよそれ」

勉強はできるが頭は良くない、というのは彼のことを言うのだろう。職業柄、質問に対しては親身になって答えたくなる。

「それに、その答えは人から教えてもらうものではありません。私たちとの関わりを通して、貴方なりの答えを出せれば、それ以上の答えなんて」

教示に熱が入りそうになった瞬間、脳裏にとある記憶がよぎった。反射的にバッと振り向くと、後ろを歩いていたはずの彼はいなかった。

「あー・・・・・、あぁー!もう!」

思わず出た叫び声は打ち上がった花火の音が重なり、祭りの喧騒に消えていった。

 




こんばんは
古いPCが生きていたので、そちらにデータ移して何とか投稿です。そのうち買い替えます。
次回投稿も少し遅れると思いますが、熱中症と感染症にはお気を付けてください。


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