四方世界四方山話 (猩猩)
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ある冒険者の発端

僕もつよつよ新人冒険者やりたいです!!!という思いと
格好良く戦う名人達人系の侍書きたいです!!!という欲望と
藤沢周平小説の影響受けた結果生まれたやつです。


「つまり、旦那はその叔父上にまんまと騙されたってことやな」

「そういうことだろうな」

 

 辺境の街から半日ほど歩いた広野 ――― そう、草と藪ばかりの広野だ。それ以上の何物でもない。

 そろそろ冬も終わりに近付き、春の足音が聞こえて来ている。だがまだ草木が生い茂るには些か早い。

 そんな時期だというのにこの生えようは、人手が全く入っていないからこそだろう。

 愛用の湾刀(イースタンサーベル)を腰から外してその場に座り込みながら、東方風の衣装を纏った彼は連れ合いの言葉に頷いた。

 別に体力の問題で座ったわけではない。幼少の頃より剣術で鍛えた身体は、半日歩いた程度では根をあげる事はない。

 ただ、どうしようもなく気力が萎えていた。

 立っていようが座っていようが、見えるのは草と藪ばかり。それ以外は何度見ても何もない。

 強いて言うならば遠方に池のようなものが見えたが、それだけだ。

 

「まあその叔父上も、全く根も葉もない法螺話を持ってきたわけではなかったみたいやけど……」

「ここに訓練場が立つ、という話自体は嘘ではなかったからな。ギルドで裏は取れた」

「問題は立つ目途どころか、着手すらしてないってことやね」

「ああ」

 

 連れ合いの女 ――― 旅装に身を包んだ大層美しい半森人(ハーフエルフ)の女が言う通り、叔父から聞いた訓練所の話そのものは実在した。

 だが、訓練所そのものは影も形も無い。どころか、建設に着手した様子すらない。

 もし着手しているのなら、何かしらの形跡があるはずだ。建物なり、縄張なり、人の痕跡なり。

 だがそんなものは一切見られない。それもそのはず、冒険者ギルドで確認できたのはそういう「予定」があるという話だけ。

 自分が聞いていた「完成は夏頃だが、もう動き始めている」などという姿は何処にもない。

 つまるところ、だ。

 

「旦那、もう一遍言うで。アンタ、叔父上に騙されたんや」

「そうみたいだな」

 

 深い深い溜め息を吐きながら、彼 ――― 湾刀武者はとうとうその場に寝転んだ。

 

 

 ―――――

 

 

 湾刀武者はこれまでの人生において、概ね幸運に恵まれてきた。

 まずはなんといっても、生まれに恵まれた。

 湾刀武者は貴族の生まれである。それも金銭で地位を売り買いしただとか、土地を持たない貧乏貴族といった家の生まれではない。

 少なくとも馬鹿にされる事などない程度には歴史を持ち、肩書きに見合った領土と財産を持った名門の生まれだ。

 故に、飢餓だの貧困だのという言葉からは生まれながらにして遠ざけられていたと言っていい。

 もっとも家を継ぐ立場にある嫡男だとか正室の子ではない。妾の子であり、立場も五男坊という低いものだ。

 それでも兄が揃って病弱だとか、致命的に暗愚というならば何か起きていただろう。

 しかしそんな事は一切なかった。嫡男は至って健康で、家を継がせるのに何の問題も無い能力と人間性の持ち主だった。

 そうなると精々万一の時に備えて次男が残れる程度で、後は家を出て行かざるを得ない。

 しかし何の技能(スキル)も知識も装備も持たず出て行けば、野垂れ死ぬか野盗に身をやつすかが関の山。

 どこぞの家に婿入りという手も無くはないが、そうするのであれば余計に何か一芸を求められる。

 それゆえ彼は成人するまでの間に、生きて行くための何かを見に付ける必要があった。

 運のいい ――― 本当に幸運な事に、彼の周りにはそういった事を包み隠さず教えてくれる大人がいた。そして彼の家には全てが揃っていた。

 貴族として当然の嗜みとして知識や礼儀作法は身に付けさせられたし、技能を身に付けたければ教えを乞う相手は家臣の中に幾らでも居た。

 どうしても必要ならば外から人を雇う。その程度の金と伝手が家にはあった。

 また、当主たる父はその程度の出費を惜しむ人ではなかった。これは我が子に対しての愛もあったが、家の恥となるような人間を出さないためでもあったろう。

 ごく近い身内にそういう人間がいただけに、父は余計そのような事態を避けたかったのだろうと今は思う。

 厄介な親族を抱え込むぐらいなら、真っ当に生きていくための教育を施す方がずっと安上がりだし安全なのは明白なのだ。

 いずれにせよ、彼は必要なモノを学ぶ機会だけは存分に与えられた。

 そして、湾刀武者は立場と幸運を理解できる程度には賢かった。故に幼少の頃から生きるためと割り切って、努力は怠らなかった。

 さらに母は彼を健康そのものに生んでくれた。そのため五体満足で健康体である彼には、およそあらゆる選択肢が存在した。

 その中で彼が選んだのは、剣で身を立てる道だった。それもかなり早い ――― 年齢が両手の指の数より増える前には、そう志していた。

 領地に住み着いていた、東方からやって来た異邦人。その門を叩き、他の習いはそこそこに一心不乱に湾刀(イースタンサーベル)の術理を修めることに打ち込んだ。

 まことに運の良い事に、かの異邦人は名人達人と呼ばれるに相応しい腕前の持ち主であった。

 その異邦人を師と仰ぎ、倦まず弛まず鍛練に励み剣を磨いた。生計の術とするためもあったが、それ以上に剣術が楽しかったのだ。

 健やかな肉体、そして決して己惚れではない才能を持っていた湾刀武者は順調に腕を上げていった。そして、若くして師から目録を授かった。

 それと同時に、自分がとうに成人を迎えていることに。そしてもうまもなく二十歳になろうとしている事に彼は気付いた。

 気付かないほどに剣に夢中だった、と言うべきか。

 これまでは剣の修行という大義名分と、家の経済的余裕がその生活を許していた。

 しかし湾刀武者へ目録を授けると同時に師は何処かへと旅立ち、ひとまず修行は終わりを告げた。

 家は傾くどころか栄えているが、この年齢にもなって甘えるわけにもいかない。

 いくらか家の「仕事」をやりもしたが、それは湾刀武者の性に合うものではなかった。

 傭兵、あるいは冒険者にでもなるか。湾刀武者がそう考え出した頃、叔父から声がかかった。

 

「西の辺境の街で冒険者向けの訓練所を作るという話がある。私も一枚噛んでいるのだが、どうにも教える人手が足らん。どうだ、やってみんか」

 

 渡りに船、と飛び付いた訳ではない。腕に自信はあるが、冒険者ですらない自分が冒険者向けの剣術など教えられるはずもない。

 教わる側も無名の人間に教わったところでありがたみが無く、喜んで馳せ参じるはずもない。

 つまり大いに怪しい話だと思ったのだ。少なくとも最初は。

 しかし叔父は大いに口が上手かった。顔と口先と身分でこれまで生きてきたような人物だった。

 そして家の人間からは ――― 内心ではメイドや庭師の様な者達にすら ――― 軽んじられ疎まれてさえいる叔父だったが、何かと自分には優しかった。

 結局その二つの要素が合わさり、湾刀武者はこの辺境の街へと赴く事を決めた。

 その際に父から少なくない額の支度金 ――― あるいは手切れ金 ――― をいただいたのだが、その大半は叔父に預けてしまった。

 常駐で教える人間の宿舎を建てるのにもう少し資金がいるとか、金を出す事で窮屈な立場にならずに済むとか、そんなことを言われて「そういうものか」と思ってしまった。

 叔父がまさか甥である自分を騙すはずもないだろう、と考えていたのもある。だが、一番は自分が馬鹿だったのだと今は思う。

 ――― 貴族にとって身内とは第一の敵だろうに。

 結果は言うまでも無い。話そのものはあったが、訓練所を立てる予定があるだけ。人が足りないどころかまず建物すらない。

 その建設に叔父が関わっているはずも無く、世間知らずの甥から金を巻き上げた厄介者は何処かに姿を消した。

 剣の修行に熱中するあまり、貴族としての基本中の基本すら忘れていた阿呆は見事金を騙し取られた。笑い話としても出来が悪い。

 そもそも余計な争いに巻き込まれぬよう、剣しか能の無い馬鹿を演じようとしたのに本当に馬鹿になってどうするのだ。

 子供の頃の方がよっぽど賢く強かだった。あの頃なら実物を見てから金を出す程度はしていただろうに。

 ――― その点、叔父上は賢かったな。

 世間知らずの馬鹿な甥に狙いを絞り、金を巻き上げる。

 家の恥を晒したくない ――― 湾刀武者ですらそういう感覚がある ――― 貴族としては、叔父を訴えるわけにもいかない。

 騙し取られた額は少なくはないが、それなりの立場にある貴族からすれば騒ぐほどの額でもないのだ。

 だが、個人として見たら大金だ。つまり叔父にとっては大層な儲けとなっているはずだ。少なくとも何処か遠くへ逃げ出すには充分過ぎる額だった。

 後悔ばかりが湧いて来て、溜息ばかりついてしまう。同時に叔父への怒りが湧かぬほどに、心が萎えてしまう。

 あるいは、生まれてこの方幸運に恵まれてきた反動と言うやつだろうか。骰子の出目が良すぎた揺り戻しが来たとしてもおかしくはない。

 もしそうだとすると、今後自分は転げ落ちるだけなのだろうか。それは流石に嫌だ。

 

「旦那の話が万一本当なら商売になるかと思ったけど、こらアカンわ。ま、話があるって事だけはホンマみたいやけど」

 

 半森人(ハーフエルフ)の女が美しい顔をキュッとしかめる。辺境の街への旅路で連れ合いとなったこの女は、湾刀武者の言葉を最初から疑っていた。

 彼女に話すうちに湾刀武者自身の中にも疑いが生まれ、同時に子供の頃の賢明さが甦って来たのだがそれは別の話だ。

 兎に角、彼女は大いに疑いながらも金になるかもしれないとついてきた。

 首から下げた金の車輪の聖印 ――― 交易神の信徒の証 ――― が示す通り、眉唾であっても商売の機会を逃すつもりはない。それが彼女の弁だった。

 

「で、旦那はこれからどうするんや?」

「どうするかな……」

 

 まさか「叔父に騙されました」と間抜け面を引っ提げて家に帰るわけにはいかない。追い出されはしないだろうが、湾刀武者にも面子はある。

 騙されたことそのものは報告する義務があるが、それはそれとして自分の力で生きていかねばならない。つまり、職を見つけねばならぬ。

 しかし自分にすぐ勤まりそうなものは何か。剣の腕には覚えがあり、山野の行動に心得があり、読み書き礼法も身に付けている。

 何でも出来そうではあるが、その実大したことは出来ない。なにせたった今詐欺にあったばかりの間抜けだ。

 貴族という生まれと育ち、そして剣術ばかりやって来た代償として自分が些か以上に世間慣れしていない事ぐらい自覚している。

 となると腕っ節がモノをいう職業に就くしかない。傭兵か剣闘士か、どちらかだろう。

 冒険者という手もある。その職業の持つ魅力に惹かれもする。だが、騙されて金を失ったという負い目がその道を塞ぐ。

 怪物を殺して稼ぐ(ハックアンドスラッシュ)だけの商売ならいい。が、実際にはその過程で色々世間との折り合いが必要になるだろう。

 それをしっかりこなせる自信が、湾刀武者にはまるでなかった。

 

「ウチが護衛として雇ったろか?食うのがやっとの給金やけど」

「ありがたい……いやあまりありがたくないか。とにかく遠慮しておく。あまり腕を安売りする気は……まだ、ない」

 

 行商人をやっているというこの女は、自分に対して遠慮というものが無い。それで全く不快な気を起こさせないのは、やはり見た目が大いに関わっていると思う。

 人は見た目が全てではない。ないが、外見というものはとても重要だ。なにせ見ただけで色々な情報を伝えるのだから。

 美しければそれだけで人を愉快な気持ちにさせる。人それぞれの思考はあれど、醜悪よりは秀麗を好むのが人情だ。

 そして森人の血を引いているとは思えぬほどに彼女は豊満な肢体を持っている。湾刀武者は慎みこそあるが、そこは男だ。惹かれないと嘘をつくつもりはない。

 それに加えて、彼女は人の懐に入るのが上手い。物怖じせず踏み込み、かと言って警戒される寸前で踏み止まる。

 その辺は商人として身に付けた技術なのだろう。

 

「その言い方やと、いずれは安売りするんやな?」

「食っていけなければそうなるな」

「よっしゃ!ほなそうなる事を祈っとこか!」

「やめろ馬鹿。武運を祈れ武運を」

 

 湾刀武者としても彼女に対してはなんら遠慮をする気はなく、ともすれば怒りを招きかねない軽口でさえ平気で叩く。

 これで自分はいいが相手にそういう対応をされるのが嫌だ、と言うような人間なら付き合いを辞めているところだ。だが、幸いにして彼女はその手合いではない。

 もう少しばかり給金を出してくれるなら、喜んで護衛として雇われるのだが。残念ながら彼女の財布にそのゆとりはなさそうだ。

 

「まあ、すぐに餓えて死ぬわけじゃない。少し考えるさ」

 

 支度金の大半は失ったが、全て失ったわけではない。懐にはまだ多少の金貨が残されている。

 今の心境では先を考える事など出来はしない。2,3日休んでそれから考えればいいだろう。

 

「そか。ま、ウチは何日かこの街で商売するつもりやから。気が変わったんなら何時でも声かけてくれてええで」

「考えておくよ」

 

 むっくりと身体を起こして立ち上がると、背中と尻についた土を払う。とりあえず街に帰り、自棄酒でも飲むとしよう。

 そんなことを考えながら辺りをもう一度見渡す。何処も彼処も草と藪だらけ。その景色は先程と変わらない。

 だが、その中に存在する幾らかの変化を湾刀武者はしっかり見て取っていた。

 

「盗賊でないなら警戒しなくていいぞ。こっちはただの旅人だ。もし盗賊なら出てこい。いるのは分かっているぞ」

「……ウチの耳は誤魔化せんで。隠れてる場所当てたろか?」

 

 湾刀武者は草の倒れ方や藪の不自然な揺れ動きから見当をつけたのだが、彼女はその尖った耳で周囲の音を拾ったらしい。

 油断なく腰の刀に手をかけ、何時でも動けるよう軽く膝を落とす。警告も何もなく石や矢、最悪魔術が飛んでくる事も覚悟する。

 女はと言うと腰から投矢銃(ダートガン)を抜き、何時でも撃てるよう狙いをつけている。

 その堂に入った構えを見るに、商人であり神官であり一端の射手でもあるようだ。

 

「!? お、おい、バレたぜ!?」

「慌てるなバカ!」

「や、やっぱやべえよ!やめようぜ!?」

「うるせえ!今さらビビってんじゃねえ!」

 

 湾刀武者達から少し離れた藪から声がして、一人の男が立ち上がる。それに続いて、二人の男がその近くから姿を見せた。

 真っ先に立ち上がった男の手には戦斧(バトルアックス)、残りの二人の手にはそれぞれ長剣(ロングソード)薙刀(グレイブ)が握られている。

 錆の浮かんだ古臭い胸甲(ブレストアーマー)や粗末な革鎧(レザーアーマー)を着た彼らの目には怯えと敵意、そして好色な色が宿っておりどう考えても好意的な存在ではないだろう。

 

「知り合いか?武器を抜いて会いに来るとは中々過激だな」

「知らん知らん。旦那の友達ちゃうん?武芸者は挨拶代わりに手合わせするんやろ?」

「無手の達人はそうするらしいが、俺が学んだものは違うな。そして知り合いでもない。いくら俺でも友達ぐらい選ぶ」

「ウチもちゃうで。ウチかて友達は選ぶわ」

 

 念の為に確認したが、やはり彼女 ――― 神官射手の知己ではないらしい。当然自分の知己でもない。なら答えはただ一つ。

 

「おう、お前。金と荷物……あと、その女置いていきな!そうすればお前だけは逃がしてやるぜ!」

 

 頭目(リーダー)と思しき戦斧を持った男が、その刃をこちらに向けて近付きながらそう言い放つ。野盗で間違いなさそうだ。

 ――― それにしても弱そうな野盗だ。

 湾刀武者は内心呆れながら呟く。

 先頭の男はまだマシだが、後ろの二人は顔に怯えがありありと浮かんでいる。加えて、武器の重量を持て余しているのが一目瞭然だ。

 重心の偏り、持ち手の覚束なさ、足の運び……およそ全てが彼らの未熟さを物語っている。

 特に薙刀の男が持っているのは、棒の先端に包丁を括りつけただけの簡易なもの(インスタント)だ。無論それでも充分使えるが、しっかりしたものは買えなかったと見える。

 武器がバラバラで防具も同様。扱いには慣れておらず筋力もない。そして先の会話。

 総合して考えると、昨日今日盗賊に成り果てた傭兵崩れか冒険者崩れといったところか。

 ――― しかしまあ、哀れなものだ。

 盗賊をやるにも知識や技能はいるのだな、と湾刀武者は場違いな事を考える。

 目線が自分達以外の所へ動かないのを見るに、他に仲間がいて奇襲(アンブッシュ)を狙っているという事は無さそうだ。まあ、いたとしても半森人の耳に補足されているだろうが。

 そしてこちらへ全員揃って近付いて来ているのを見るに、飛び道具も一切持っていない。

 武器を見る限り、魔術を扱う様子も無い。奇跡は分からないが、この様子では信仰など持ち合わせてはいなさそうだ。

 つまり彼らはこちらを取り囲むでもなく、奇襲を狙うでもなく、飛び道具で優位に立つでもなく。

 間抜けな事に三人固まって、わざわざ正面からやって来たということになる。腕に覚えもないのに、だ。

 三人もいるから大丈夫だろう。一人は女だから大丈夫だろう。鎧も着ていない男だから大丈夫だろう。

 彼らの頭の中は、まあそんなところだろう。固まって来たのは、一人になると不安だからか。

 哀れなほどに弱く、考えも無い連中だ。そんな連中だから盗賊に身を落とすのか、盗賊に身を落としたからそんな風になったのかは定かではないが。

 

「俺は見逃してくれるらしいので、置いて逃げてもいいか?」

「アイツらがもっと顔が良くて、使い道に困るぐらい金貨持ってるんならそれでもよかったんやけどなー」

「顔はどうしようもないが、ひょっとすると実家が金持ちかもしれないぞ」

「家が金持ちでも自分が使えないんじゃ意味ないねん」

「違いない」

「おい、聞いてんのか!」

 

 相手の動きに注意は払いつつ女 ――― 神官射手と軽口を叩き合っていると、頭目の男が声を荒らげる。

 彼女の軽い様子から見るに、相手が恐れるほどの相手ではない事は見て取ったのだろう。男の声に「うるさいなー」と不満げな声を漏らす。

 

「アンタらどうせ冒険者崩れやろ?」

「なっ……!」

「図星かいな。カマかけただけでボロ出すとかどんだけやねん。アンタら盗賊向いてないで。止めとき。まだ農奴になった方が人生マシやで」

「う、うるせえ!ブッ殺すぞ!」

 

 頭目の男は顔を真っ赤にするが、湾刀武者としては神官射手の言葉に同感だった。

 知識も筋力も無く、冒険者から盗賊に堕落するような連中の未来など明るくはあるまい。

 ならまだ農奴の方がマシだ。生活は貧しく苦しいが、まだ盗賊よりはいい。

 よほど運に恵まれない限りこいつ等は盗賊をやっていてもすぐ死ぬだろうが、農奴の方は逆に運が悪くない限りすぐには死なないだろう。

 農奴の生活に未来があるのか、と言われれば首を横に振らざるを得ないのだが。

 そう考えるとますます哀れである。生まれと育ちと才に恵まれた故の余裕。そしてある種の傲慢さから来るものではあるが、湾刀武者は彼らのような人間を哀れんでやるだけの優しさがあった。

 

「おいお前ら」

「ああ!?」

「武器と金だけ置いて行け。命だけは助けてやる」

 

 だから、その優しさと自分の実力。そして現在の状況を鑑みて、彼は本気でそんな事を言った。

 武器が無ければもう盗賊など出来まい。そして今回だけなら見逃してやってもいいと彼は思っている。

 金を置いて行かせるのは、単純に自分の懐に収めたいからだ。まさか自分が盗賊に成り下がる気はないが、盗賊からならば奪っても問題あるまい。

 彼の中では筋道が通った言葉だったのだが、当然周囲はそう受け取らない。

 頭目は嘲りを受けたと思い顔を赤くし、神官射手は呆れ顔になった。少し離れた所にいる二人の盗賊ですら、明確に不快の色を浮かべていた。

 

「本当に殺すぞ!」

「分かった」

 

 あと数歩のところまで近付いて来ていた頭目が戦斧をこちらに向かって突き出す。

 それと同時に、湾刀武者は重心を前に傾け踵に力を込める。脚を踏み出す時は爪先ではなく、踵から行く。こちらの方が速いのだ。

 脚の力と身体の重さを使って予備動作を伴う事なく前方へと跳び、一気に間合いを詰める。たった一息、一跳びで湾刀武者は頭目の眼前まで迫った。

 頭目は戦斧を振り上げるでも振るうでもなく、ただただ驚いているようだった。顔に動揺がありありと浮かんでいる。

 だが一切容赦することなく、湾刀武者は鞘ごと刀を腰から抜く。そしてそのまま下から刀を突き上げ、柄頭で以て頭目の顎を強かに打つ。

 バキリ、と鈍い音が辺りに響く。それと同時に硬い木の実を割ったような感触が、刀を通じて掌に伝わってくる。

 殺す気はない。だが死んでも構わない。そんな気持ちで放った一撃はどうやら頭目の顎を砕いたらしく、声も上げずに男は後ろへと倒れていく。

 頭目が昏倒するよりも早く後ろへ下がり、距離を取る。前に出て残りの男達へ襲い掛かってもよかったのだが、それには及ぶまい。

 その意気地もないだろうし、抵抗しないなら怪我はさせたくない。そう考えながら、湾刀武者は残った男達に意識を向ける。

 男達は何が起きたか分かっていなかったのか、頭目が大の字になって地面に伸びるまでそちらを見つめていた。

 そしてどさり、と音を立てて倒れた頭目が痙攣を繰り返しているのを見て、顔を青ざめさせる。

 この三人の中で一番腕が立つのは頭目の男だった。度胸があるのも、簡単な依頼 ――― ゴブリン退治に失敗して逃げ帰って来た時、盗賊になると決めたのも。

 この男と女を最初の獲物と決めて、女で欲望を満たそうと言い出したのも頭目だった。その強引さと剥き出しの欲に辟易しつつも、二人は従ってきた。

 その従ってきた頭目が一瞬で倒された今、彼らにはどうすればいいか分からなかった。分かるのはただ一つ、目の前の男にはどう足掻いても勝てないことだけだ。

 

「さて、もう一度聞くぞ」

 

 すっかり心が折れた様子の男達に対し、湾刀武者は声をかける。その声を聞きながら男達はこれまでの人生を反芻していた。

 冒険者になれば、人生が開けると思っていた。貧しい村で畑を耕すよりずっと華やかで豊かな生活を送れると思っていた。

 盗賊になれば、食っていけると思っていた。金や荷物を奪って、女を犯して。好き勝手やっていけると思っていた。

 だがその全ては間違いだった。二人はそれを今更思い知っていた。

 

「命は助けてやるから、身包み全部置いて行け」

 

 自分達の人生は終わった。引き返せる場所はとっくに過ぎ、間違いは積み重なりすぎた。

 それを実感しながら男達は大人しく湾刀武者の言葉に従った。もうどうにもならない人生ではあるが ―――

 それでも彼らは死にたくなかった。生きているのだから。

 

 

 ―――――

 

 

「旦那」

「うん?」

「ウチと冒険者やらへん?」

 

 盗賊を ――― 殊勝にも連中は頭目(リーダー)を見捨てなかった ――― 身包み剥いで放逐し、辺境の街へと戻って来た二人。

 盗賊から奪った武器防具を売り払い終えたところで、神官射手は湾刀武者にそう声をかけた。

 神官射手に武術の事はよく分からない。だが、湾刀武者の動きが只者ではなかった事ぐらいは理解出来た。

 なにせ突然跳ねたと思ったら、次の瞬間には相手が倒れていたのだ。そんじょそこいらの駆け出し冒険者や傭兵とはモノが違う。

 それに、彼女が培ってきた商人としての目利きと勘は彼を「掘り出し物」だと訴えていた。

 まだ世に出ていないだけで、値打ち物だと。自分は今、値が上がる前にそれを買う好機(チャンス)に恵まれているのだと。

 すなわち出会いと別れ、そして交易を司る我が交易神が信徒にご加護をくださっているのだと。

 であるならば、ここで買うべき……いや、買わねばならない。幾ら払ってでもだ。目の前のこの男は、今が最安値なのだ。

 腕は立つ。貴族の家の生まれで家族仲もそう悪くはないと聞いた。つまり人脈(コネ)を持っているということだ。

 そして育ちの良さが滲み出ているからか、自然体の中にもそこはかとない気品がある。

 背丈はやや高めで、容貌に派手さはないが無難に整っており見苦しさはない。人によっては美男子と取れるだろう。

 運さえ味方すれば、放っておいても値が上がる男だ。ましてや神官射手が価値を上げてやろうとすれば、間違いなく人が仰ぎ見る存在になる。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

「そりゃ勿論、交易神様のありがたーい風の吹き回しやで」

 

 訝しむ ――― 当然の事だ ――― 湾刀武者に、神官射手はまくしたてる。

 

「旦那の腕前は本物や。せやけど旦那、叔父上に騙されて弱気になっとるやろ。せやからさっきどうするか聞いた時、冒険者っちゅう手っ取り早く食ってく手段を言わへんかった。違うか?」

「全くもってその通りだ」

「騙された事で世間知らずの自分が折り合いをつけて行けるのかどうか不安なんやろ?」

 

 幾らギルドが依頼を周旋してくれるといっても、依頼人と全く関わらない訳にはいかない。

 そしてその中で交渉とまでは行かずとも、折り合いをつけねばならない時は出てくるだろう。そうでなくとも上手くやらねば色々不都合があるに違いない。

 いや、そもそも人の世の中で生きていくならば絶対にそれらは避けて通れないのだ。なにせ社会とは人が生き、人が回し、人が作っているのだ。

 人と関わらずに社会で生きていく術などない。出来るのは少なくすることぐらいのものだ。

 

「その辺はウチが受け持つ。旦那はその腕前を発揮してくれるだけでええ」

「ふむ」

 

 湾刀武者は顎に手を添えると、しばし考え込む。まあ当然だろう。

 騙されたばかりの人間にこんな話をしたところで、普通断られる。人間不信とまでは行かずとも相当に疑い深くなっているはずだ。

 だが、神官射手には自信があった。それは自分の見た目から来るものでもあったし、旅の道行で浅くとも繋がった縁から来るものでもあった。

 だが何より、彼女自身の目利きから自信……というよりも、もはや確信をしていた。彼はこの話に乗る。乗せることが出来る。

 湾刀武者はその実力に自信を、それ以上に誇りを持っている。だから安く売るつもりはないと言ったのだ。

 ならその辺りをくすぐってやればいい。なに、難しい事ではない。自分が買いたいと思っている事を、高値をつけようとしている事をそのまま教えてやればいい。

 

「お前の商売はどうするんだ?」

「旦那、知っとるか?商売っちゅうんは元手があればあるだけ儲かりやすいんやで?財貨は寂しがりやからな。ない所には()ぉへんけど、ある所には集まってくるねん」

「つまり、俺と組めば儲かると踏んでいるわけか」

「当然や。言うなら旦那の腕はまだ出回ってない銘酒みたいなもんや。世の中に出して売れへんかったら、売り手が能無しなだけ。そう言い切れるで」

「露骨に煽ててきたな」

 

 湾刀武者が苦笑する。その笑みを見て、神官射手は確信を抱いた。彼はその気になったと。

 

「よし、乗った」

「よっしゃ、乗られた!」

 

 変わった身なりの湾刀(イースタンサーベル)を持った只人(ヒューム)の男と、変わった訛りで話す半森人(ハーフエルフ)の女。

 些か奇妙な二人の新人冒険者が生まれた経緯とは、まあこういうものだった。

 




柄で相手を打つ、というのは現実の居合にもあるから多少はね?


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初依頼

 春が近付いてきたとはいえ、まだ日が高く上るまでは空気が冷たい。

 冒険者ギルドの内部も例外ではなく、人が集まってくるまでは冬の空気に満ち溢れている。

 思わず身震いしてしまいそうな寒さの中、受付嬢は黙々と業務準備を整えていく。

 ギルドの職員にとってのペンと紙は、冒険者にとっての装備も同然。毎日点検は欠かせない。

 墨壺(インク)の蓋が緩んでいて、中身が乾いてしまって書類が書けない。ペン先に亀裂が入っていて、字が歪んでしまい記入が出来ない。

 どれだけ気をつけていても起きる時は起きるが、決して怠慢によって起こしてはならない事態だ。

 そんなもの起きた時に買いに行けばいい、と言う者もいるだろう。なら買いに行く間の業務はどうなるのか?

 そこで滞った業務を片づけるために時間を費やせば、その後に控えている次の業務はどうなるのか?

 一つの遅れはそれだけに留まらず、全体に影響を与えてくるものだ。

 これを無視してただ単に墨がない、としか見ることが出来ない者はまかり間違っても知者面などしてはいけない。

 一つの物事は全体に繋がっていて、一つ一つの物事が集まって全体を作っているのだから。

 もっとも一つの物事から全体を見るのはとても難しい事であるし、受付嬢も出来るとは言えないのだけれども。

 そんな風に時折ちょっと思考が横道に逸れつつも、受付嬢はつつがなく点検を済ませ支度を終える。

 あと一ヵ月もすれば完全に春を迎え、大勢の冒険者志望 ――― 新人冒険者()()達がやってくる時期だ。

 つまり、冒険者ギルド最大の繁忙期が訪れる。そうなればこの行為は一層重要さが増してくるというものだ。

 長い長い列をなして登録を待つ新人達を待たせて、墨やらペンやらを買いに走る。そんな光景はあってはならないというもの。

 迷惑をかけるのは勿論のこと、冒険者ギルドそのものが新人達に侮られることになるやもしれない。

 侮れるとまではいかずとも、ギルドという存在に対する信頼が損なわれる可能性がある。

 ギルドが仲介してくれるから、この依頼には裏はないだろう。依頼人が冒険者を騙して陥れるようなことはないだろう。

 そんな信頼があるからこそ冒険者達は安心して依頼に集中できるのだ。また、その信頼と引き換えにギルドは仲介料を取っているのだ。

 ギルドが成立する前の古の頃は『騙して悪いが』という事態が横行していたらしいが、それも昔の話。

 そんな案件を駆逐したギルドとは信頼に足るもの。今までもこれからもそうでなくばならない。

 みっともない所を見せて、新人達を不安がらせてはいけないのだ。

 そうでなくとも冬が明け、氷精が去っていくこの時期は依頼が増え始める。それに伴い、冬籠りを終えた冒険者達も活動を再開し出す。

 比較的手隙だった冬とは違い、一々業務を止めて買いに行っている暇など殆どない。

 だから点検と確認はとても大事なのだ。別に忙しい時期に限った話ではないが。

 そうして準備を終える頃にはちらほらと人が集まり出し、始業を ――― 依頼が張り出されるその時を待つため其処此処に陣取り出す。

 まだ新人が来るには時期が早いため、殆どの冒険者は見知った顔ぶれとなる。

 

「まだちっと早い時間やで、旦那。商売相手の所には遅く行くのは論外やけど、早すぎるのも迷惑なんやで?」

「時間に遅れるのが嫌なんだよ、俺は。遅れないよう少し早すぎるぐらいから待ちたいんだ」

「かーっ。意外と肝が小さいんやな、旦那。もっとふてぶてしいと思ってたで」

「そこは律儀とか規則正しいと言うべきじゃないのか?」

 

 だから、そんな会話をしながら顔を見せた男女の二人組が新顔であると受付嬢はすぐに気付いた。

 男の方は特に目立った ――― 種族として目立った所がない。恐らくは只人(ヒューム)か、極めて只人の特徴が強く出ている半只人(ハーフ)だろう。

 年の頃は二十歳かそこらで、背は少し高め。東方風の変わった衣装と小札鎧(ラメラーアーマー)に身を包み、手甲と脛当をつけていることから戦士なのだろう。

 腰にあるのは湾刀(イースタンサーベル)で、傍目にも立ち姿はしっくり来る。少なくとも毎年のように見てきた「初めて持った」という新人のそれではない。

 また、武器にも防具にも真新しさもなく使い込んだ物品特有の汚れや跡が見られる。

 つまり「冒険者になるから」と昨日今日買って来たものではない。幼少期からそれらの扱いを学び、手に馴染んだものを持ち込んだ人間なのだろう。

 そういう人間は決して珍しくない。生まれが騎士や貴族だという新人の中には、時折こんな風に一端の武人が混じる事がある。

 他にも事情があって騎士や傭兵から冒険者に転じる人間もおり、そういう手合いは新人でありながら鋼鉄等級辺りよりもずっと見事な風格を漂わせていたりする。

 彼が持っているのはそういう雰囲気であり、湾刀という変わった武器から傭兵の方だと受付嬢は推測した。

 体格もしっかりしたもので、筋骨隆々というわけではないが鍛えられているのが分かる。

 どう転んでも戦士として素人だとか駆け出しだということはないだろう。

 人相の方はと言うと、中々に悪くない顔つき ――― 顔立ちをしている、と言うべきか。

 人目を引くほどにパッとした華や明るさがあるわけではないが、目鼻の一つ一つが無難に整っている。

 それらがこれまた無難に調和し、顔にある。それはつまり無難に顔の全てが整っているということで、少なくとも「悪い」と言われることはない。

 むしろどちらかに分類しろ、と言われれば文句なしに美男子に分けられるだろう。

 そういう人間に対してはちょっと警戒心が働いてしまうのだけれど、それを表に出さない程度の術は職員として当然心得ている。

 女の方は逆に、華やかで見栄えする美貌が真っ先に目に入ってくる。

 尖った耳を見る限り森人(エルフ)半森人(ハーフエルフ)だろうから、浮世離れした美しさにも納得は行くのだけれども。

 それでも、他者が彼女を見た時真っ先に目を見張るのはその容貌だろう。

 些か勝気な印象を与えるのはその口から発せられる変わった訛りと、やや吊り上がりがちな瞳のせいか。

 そして豊満な ――― 決して太っているのではなく、出るところが出て後は引っ込んでいるその肢体もまた眼を引くだろう。

 森人とは細身なもののはずなので、その点は彼女には当て嵌まらない。恐らく彼女は半森人なのだろうと受付嬢は推測した。

 厚手の外套(シャープ)に身を包んだ姿はこれまた様になっており、着られているという印象は与えない。外套の使い込み具合から旅慣れているようでもある。

 ――― 腰に差しているのは投矢銃(ダートガン)でしょうか?

 投矢帯とそこに付属している拳銃嚢(ホルスター)からして間違いはないと思う。

 ああいった武器を好むのは主に都会の最先端(エッジ)を走る ――― と、自ら称する ――― ならず者の類だが彼女はそうは見えない。

 単純に護身のために求めた物、と見るべきか。

 首から下げている金の車輪は交易神の聖印で、彼女が神官あるいは信徒であることを示している。

 神官服を着ていないことから、恐らくは後者か。

 ――― 行商人とその護衛、ですかね。

 冒険者ギルドの職員として働くこと5年。その経験が彼らの会話の内容や風体、その他受付嬢自身言語化はし難い細かな事柄から得た情報を統合しそう結論付ける。

 商売相手、と言っていたが上からは何の連絡も来ていない。飛び込みで売り込んでくるということもまずないだろうから、恐らく依頼人として来たのだろう。

 護衛の男性の腕が立たないとかそういう事は無さそうだが、単純に数が必要になったのかもしれない。

 状況次第だが、護衛というなら質より数。無論程度はあるけれど。

 幾ら達人でも一人は一人。依頼人を守りながら足止めをするだとか、敵を倒しに行くだとかは出来ない。

 一人がいることが出来るのは一か所だけだ。

 対してそこそこの腕前でも五人いれば、複数の事が出来る。数を割り振って役割を分担して、最悪一人が依頼人を連れて逃げたりも出来る。

 数とは力であり、それだけで優位を生み出すものだ。そうでないなら ――― ……

 ――― あの人のゴブリン退治も、もう終わってますものね。

 安っぽい鉄兜を被り、薄汚れた革鎧に身を包んで戦い続ける彼の姿を思い浮かべる。

 彼は一人しかいない。だから彼は一か所にしかいれない。そうでないなら、彼はこの四方世界に存在するゴブリン全てのもとへ現れている事だろう。

 だが現実はそうではない。そうではないのだ。だから彼は今日も何処かで戦い続けている。

 そんな風に脇道へと逸れかけた思考を自らの頬を軽く叩いて断ち切り、受付嬢は意識を切り替える。

 彼のことが気になるのは仕方ないとしても、業務を疎かにしてはならない。

 やるべきことは山積みで、その上ちょっとした間違いが依頼を受ける冒険者の生死に関わってくるのだ。

 全力で取り組まねばならない。業務に慣れたからこそなおのことだ。

 受付嬢が気合いを入れ直して程なく、業務開始を知らせる鐘の音がギルドに鳴り響く。

 依頼が張り出され、冒険者達がコルク板に群がり剥ぎ取っていく。人の動きが始まり、業務が始まり、俄かにギルドが活気を帯び始める。

 常日頃のようにその業務を捌いていくうちに、受付嬢の頭からは先程の二人の事は消えていた。

 正確に言えば意識しているゆとりがなかった。一つ一つの依頼に丁寧な対応をするならば、そんな余裕などなくて当たり前だ。

 

「次の方、どうぞ!本日はどのようなご用件でしょうか!」

「冒険者登録をしたいのだが」

 

 だから、その二人の事を思い出したのは窓口 ―――― つまり面と向かって、その男と相対した時だった。

 依頼を出す側だとばかり思っていた男は、なんと依頼を受ける側になるつもりだったらしい。

 女の方もどうやらそのつもりらしく、男の後ろに並んで順番を待っている。

 これには流石に受付嬢は驚いたが、その驚きは胸の内に抑え込み営業スマイルを浮かべる。

 

「わかりました。では、文字の読み書きは出来ますか?」

「問題なく」

「では、こちらに記入をお願いします。ご不明な箇所がありましたらお教えしますので、お聞きください」

「わかった」

 

 冒険記録用紙にスラスラとペンを走らせていく男を見て、受付嬢は彼が貴族の出だろうと当たりをつける。

 礼儀正しくはあるが貴族特有の雰囲気 ――― 人によって「気品」と言うか、「大仰で偉そう」と言うかは別れるそれが所作の端々から漂っている。

 そして何より近くで見れば服の生地や仕立てが安物でないことが良く分かる。騎士階級では中々こうはいかない。

 卑しからぬ身分の次男以下。成人したばかりでないことから、後継ぎに子供が生まれるなどして代役としての役割が無くなり家を出てきたという辺りか。

 装備に使い慣れた風情が見えるのは、ひょっとすると戦に出ていた経験があるのかもしれない。

 となれば熟練(ベテラン)の戦士と見ていいのかもしれないが ―――

 

「はい、これで登録は終わりとなります」

 

 仮に彼が勇者や英雄の類であったとしても、まだ冒険者としては一度も依頼を受けたことのない登録したばかりの新人。

 つまり駆け出し未満の存在であり、白磁等級から始まることとなる。こればかりは絶対の規則だ。

 ――― 時々、それが不満で暴れたりする人もいるんですよね。

 他分野で既に一定の成功を納め、実績や実力が確かな者達が冒険者になる時。それに基づき「自分は高い等級から始まる」と思っていることがある。

 確かにその考えには一理あるのだが、冒険者としての実績ではないので白磁等級とせざるを得ない。

 無論全く評価しない訳ではない。それに基づいて技能に関しては高い評価をする。

 しかし、それに不満を持って苦情を入れて来たりする者は当然いる。気持ちは解るが、そういう時は「規則は規則」で切り捨てるより他ない。

 それでも文句を言うようなら、人格査定の問題でやはり白磁等級相当と言ってしまえる。

 だが文句に留まらず、不満を暴力にしてぶつけてくる者も稀によくいる。そんな輩は白磁の認識票ではなく、首枷を貰う事になるのだが。

 故に「彼もそうなるのではないか」という不安がどうしても浮かぶ。その不安を胸の奥に抱えつつも、受付嬢は笑みを崩さない。

 熟練の職員としての慣れと誇り。それを支えに何時もの新人登録のように、白磁の板に彼の名前を書き記した。

 それを一切の文句もなく受け入れ、白磁の認識票を受け取って首につける彼 ――― 湾刀武者の姿を見て。受付嬢はホッと小さく息を吐くのだった。

 

 

 ―――

 

 

「しっかし、何度見てもチャチなもんやな。ま、大量に作ってバラ撒くもんやから仕方ないけど」

「なんだ、金や銀で出来てると思ってたのか?」

「せやせや。で、それを売り払いに行こか思っとったんや」

「そして金が市場に溢れ返り価値が暴落するわけだ」

「いやあ、ホンマにそうやったら暴落する以前に価値がないと思うわ。旦那もまだまだやな」

「俺が話に乗ると落とす仕組みはやめろ」

 

 神官射手と軽口を叩きながら、湾刀武者は街道を進んでいた。

 彼女と話す時は大方このように最後にこちらを落として話にオチをつけて来ようとするのだが、彼はそれを嫌悪せずむしろ楽しんでいた。

 それは神官射手が話好きで明るく快活な性格をしているというもあるし、本当に腹の立つ落とし方はしてこないというのもある。

 また、湾刀武者自身が鷹揚な性格で気にしないというのもあるだろう。

 ――― 後は見た目の問題だろうな。

 醜女であったとしてもまあ気にはしていなかったが、半森人(ハーフエルフ)の彼女はとても美しい。美人というのはそれだけで許される範囲が広くなるものだ。

 見た目で差別するな、という言葉はもっともだが的外れな部分も含んでいる。人はまず見た目だ。

 美醜も立派な才能であり武器なのだ。それを全く無視するのはおかしな話だろう。

 まして、所作や身なりで美とはある程度補えるものなのだから。無論ある程度、であり無理なものは無理だが。

 そんな事を思いながら、湾刀武者は首に下げていた認識票を引っ張りだして見やる。

 認識票 ――― ただの白磁の板に過ぎないそれを彼は大層気に入ったのだが、神官射手は気に入らないらしい。

 白磁等級から始まるのが気に入らない……などというわけではなく、文字通り白磁の素材や色が気に入らないだけのようだ。

 こちらとしてはなんなら等級が上がってもこれを使わせて欲しいぐらいなのだが。

 

「そういや旦那、なんで手紙配達なんて依頼受けたん?旦那のことやから討伐依頼を受けると思っとったんやけど」

「ん?ああ、お互いの事を知っておこうと思ってな」

「なんや、口説くつもりかいな。旦那が貴族様の後継ぎになるんならウチは喜んで嫁ぐで!」

「いや、俺も相手は選びたいし……」

「なんや、不満があるっちゅうんか!」

「そうじゃなくてな。二重の意味で。お互いの脚や体力を知っておく必要はあるだろう」

「あー、そういうことかいな。納得や」

 

 楽しさのあまりついついあらぬ方向へ逸れがちな話を元に戻し、湾刀武者が言った言葉に神官射手はすぐ納得する。

 脚とは言葉通りの意味で、つまりどれだけ歩けるかだ。

 言うまでもなく、冒険者の基本とは歩くことだ。怪物と戦うにも遺跡に潜るにも、まずはそこまで歩いて行かなければ始まらない。

 それも、ただ歩くのではない。装備を纏い、食料や野営道具等の荷物を抱えて歩いて行くのだ。

 馬車を使うにしても駆け出しの頃はそんな余裕はなく、そもそも馬車には行けない場所も多い。だがそんな場所でも平気で踏破していくのが冒険者なのだ。

 それ故体力も当然重要になる。歩くだけで疲れ果てていたら意味がない。

 歩いてそこへ行くのが目的ではなく、目的を果たすためにそこへ行くのが冒険者なのだから。

 どれだけの距離を歩けるのか。どれだけの速さで歩けるのか。どれほど余裕を持って歩けるのか。

 これを知っておくことはともすれば実力や技能以上に重要になってくる。

 それをお互いが知るために、数日かかる距離を行く手紙配達という依頼を彼は選んだのだ。

 ――― 意外と考えとるんやな。

 叔父にまんま騙されたことや何処か楽観的な考えをしている辺り、やや世間知らずで考えが足りない人間だと思っていたがそうでもないらしい。

 あるいは人を疑うのが苦手なだけで、他の部分では案外頭が回るのかもしれない。

 だとすれば一党(パーティー)の仲間として非常に頼もしいと言える。そして想像以上に値の上がりそうな人間だとも言える。

 小札鎧(ラメラーアーマー)に手甲、脛当てと決して軽くない戦士向けの装備をしているのに疲れた様子がない体力は言うに及ばず。

 少し速度を落としているとはいえ、軽装かつ身軽な半森人の自分と遜色ない速度で半日以上歩ける脚力。

 これだけ金属製の装備をつけながら、ガチャガチャ音を立てずに歩いているのは何らかの技法によるものだろう。

 冒険者としても戦士としても立派にやっていける人材と言っていいだろう。

 ますます将来(値上がり)が楽しみだと思いながら、また神官射手は新しい話題を振る。

 商売人として話を絶やさず相手の懐に入る。そういった技術として身に付けたものもあるが、それ以上に彼女は生まれついての性として話を絶やさない。

 沈黙するぐらいなら愚痴を言っていた方がまだいい、というのが彼女の心情だった。

 それに話題なら幾らでもある。その日の天気に始まり今日ここまでの道程で見たものに、これから行く先で見るであろうもの。

 野営中の食べ物についてや配達先で食べたいもの、街に戻ったら食べたいもの。

 他にも客と話を合わせるために仕入れた知識で色々話す事が出来る。

 話題とはそれそのものが一種の商品と言っていい。であるなら、商売人が商品を切らすなどありえない。

 故に彼女は相手さえ嫌がらなければ幾らでも話し続けられたし、相手の事を嫌いでなければ話し続けたいのが彼女だった。

 とりあえず一番気になる話題 ――― 辺境の街の街道沿いに建っていた、妙に警備が厳重でちょっと手を加えればすぐにでも野戦陣地になりそうな牧場の事を話題にする。

 神官射手が仕入れた情報によればあの牧場は中々評判が良く、ギルドにも品物を卸しているという。

 試しにチーズを買ってみたが確かに味は良いものだった。隠れた絶品、とまでは言わないがその辺のものより一段上と言っていい。

 先立つものがあれば、そして牧場主がその気であれば。大量に買い付けて王都に売るのも充分選択肢として成り立つ。

 そんなチーズの話から牧場の造りの話になり、防備の異常さが一種の偏執狂(パラノイア)染みた何かを感じさせるなどと話し。

 牧場主はさぞ偏屈で凄腕の職人といった風情の男だろう、と推察するに及んだ頃に彼らはそれを見つけた。

 この峠を越えれば目的地、という谷間。その奥の街道に鎮座するのは ―――

 

人頭獅子(マンティコア)、だな」

「……わぁお。旦那、走って逃げよか?」

「よせよせ。確か魔術を使うらしいぞ、アレは。後ろから狙い撃たれたいか、魔術を回避する術があるなら別だが」

 

 マンティコア。ある英雄の冒険譚においては最初の難関として立ちはだかったという、人の頭と獅子の胴と蠍の尾を持つ怪物。

 個体差があるらしく頭が老人だったり顔だけが人で他の頭は獅子だったり、尾が蠍ではなく蛇だったりと様々な種類がいると聞く。

 また個体によっては毒を持っていたり人語を解し意思の疎通まで可能だという。中には街を牛耳る犯罪組織の幹部を務めているものまでいるとかいないとか。

 目の前の相手は概ね伝承通りの姿だが、背中に立派な蝙蝠の翼を備えている。備えているからには飛ぶのだろう。

 まかり間違っても新人冒険者では勝てるはずがない、戦いにさえならず餌とされるであろう実力を持った怪物。

 湾刀武者も正面から一対一というのはあまり歓迎できない相手だ。

 

「まあ、向こうが呪文を使えるかどうかは知らんがな」

 

 万全の状態なら、だが。

 目の前のマンティコアは全身に傷を負い、明らかに疲弊している。他の怪物と争ったか、あるいは討伐に来た冒険者と戦ったか。

 いずれにせよそれに勝利したものの、無傷では済まなかったということだろう。

 こちらの姿を認めつつも、一定の距離から唸り声を上げるだけで踏み込んで来ないことからもそれが分かる。出来れば戦いを避けたいのだ。

 背を向ければ襲ってくるかもしれないが、警戒しながら徐々に下がれば逃げ切れないこともない。

 手負いとはいえど危険な事には変わりなく、ただの旅なら迷わず安全を取るところだが……

 

「この峠を越えなアカン以上、やるしかないっちゅうことやな」

「その通り」

 

 投矢銃(ダートガン)拳銃嚢(ホルスター)から抜く神官射手に、こちらも湾刀(イースタンサーベル)を抜き放ちながら返事をする。

この先に目的地がある以上避けては通れない相手なのだ、これは。

 それに手負いであるなら、油断はならないが決して勝てない相手ではない。ましてや二対一であるならば。

 神官射手の技量と使える奇跡、その回数を頭の中で確認すると湾刀武者はすぐに方針と覚悟を決める。

 マンティコアの方も戦闘が不可避だと悟ったようで、身を沈めすぐに飛びかかれる姿勢を取りジリジリ間合いを詰めてくる。

 対峙する双方の合意は成り立った。後は殺し合うだけだ。

 

「とりあえず斬り込む。外したら助けてくれ」

「大雑把やな!了解!」

 

 彼女の返事を聞くより早く、湾刀武者は左足を前に出すと右腕だけで柄を握り耳の辺りまで持ち上げる。

 また、刃はマンティコアではなく身体の外側へと向ける。もし心得がある者が見れば訝しむだろうが、これこそが肝要なのだ。

 そして左手を軽く添えると、軽く膝を曲げマンティコア同様飛びかかるかのように軽く身を沈める。

 ともすれば剣を知る者から「珍妙だ」と笑われかねない特異な構え。だがそれと対峙したマンティコアは奇妙な不安に囚われた。

 見たことのない構えだ。剣を使う者とは幾度となく戦ったが、一度としてこんな構えは見たことがない。

 それはこの男が剣術というものを知らないからだ、とは言えなかった。むしろ逆の思いがこの怪物の胸中に湧いていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 未知への恐れに怯みそうになるが、誇り高き獅子の身体がそうさせるのか。あるいは散々人を喰らい冒険者を返り討ちにしてきた怪物としての矜持か。

 男は剣を天に向け、腕を持ち上げている。つまり上から下への斬り下ろししか攻撃はありえない。

 なら距離にだけ気をつけて、横に動きさえしてしまえば剣は外れる。

 警戒すべきは女による牽制や妨害、あるいは回避後に来る男の動きを囮とした女の攻撃だろう。

 そう結論付けると、マンティコアはさらに一歩思考を進める。男の一撃を避けた後は真っ直ぐ女に向かうべきだ。

 女は金属の鎧やそれに類する装備をつけていない。装備に魔法の品がない事も、魔力の流れから解る。

 爪か牙で腹や喉を抉ってやれば容易く殺せる。男はそれからじっくり殺せばいい。

 あるいは、女を咥えて逃げてしまってもいい。敵を前に逃げるのは性に合わないが、手傷を癒す方が先決だ。

 肉付きの良いあの女を食えば傷の治りも早くなることだろう。

 そうやって思考を進めながら、マンティコアはジリジリと前に出て行く。湾刀武者は構えを崩さず、一歩も動かない。

 あと数歩で一気に飛びかかれる間合いになる。マンティコアがそう思った瞬間 ―――

 湾刀武者の身体が、跳んだ。鎧の重さなど一切感じさせずに、マンティコアの予想よりずっと早く、速く、遠く跳んでくる。

 驚きで一瞬反応が遅れる。そして横に動くか、こちらも跳びかかり正面から迎え撃つかで判断がさらに一瞬遅れる。

 その遅れの間に距離が詰まる。そして刃が届く間合いに入った瞬間、湾刀武者は後先のことなど一切考えず刀を振っていた。

 

 刃を外側から相手へと向け、捻り打ちにすることで威力を高める。

 膝を折り刃と同時に腰を落とし、刃に体重を預ける。

 左手は使わず右手一本で石を投げるかの如く剣を振り降ろし、最速の一撃を生み出す。

 勝敗も生死も二の太刀も捨て、ただこの一刀を速く、迅く、ただ疾く振ることだけを。振り切りことだけを考える。

 己の全てをこの一撃に込め ―――

 

「チェストォォォォォォォォォ!」

 

 気合いを込め出せる限りの大声で絶叫しながら、湾刀武者は渾身の一刀を振り下ろす。いや、振り下ろした。

 ()()()、と思った時には()()()()()いなければならない。そういう速度を求められる技なのだ、これは。

 

「……未熟だな」

 

 振り切った後の刀を見て、上半身を真っ赤に染まらせた湾刀武者はそう呟く。

 振り下ろした湾刀の刃は地面に切っ先を食い込ませ、そこで止まっていた。刃の軌道上にあったものは全て斬り裂いて。

 軌道上にあったもの、つまりマンティコアの身体は……

 

「……おっそろしい声と一撃やな。真っ二つやないか」

 

 聴力に優れた彼女には先程の声は少々強烈過ぎたのか、両手で耳を抑えながら神官射手がこちらへ近付いて来る。

 神官射手の言う通り、マンティコアの身体は縮まった姿勢のまま見事に両断され脳漿と血をその場にばら撒いていた。

 いや、両断というのは正確なところではない。頭部から首にかけて、つまり当たった刀身の長さ分だけが斬られている。

 人の身体で最も硬い頭蓋骨も、弱弓なら弾いて見せる獅子の強靭な肉体も、全てだ。

 鉱人(ドワーフ)大斧(グレートアックス)を全力で振り下ろせばあるいはこうなるかもしれないが、只人(ヒューム)が、それもあの細い刀身の湾刀(イースタンサーベル)でこれをやってのけるとは。

 自分の見積もりが甘かったことを神官射手は痛感する。剣の腕など彼女には分からないから仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「これで未熟ってどういうことやねん。ひょっとして旦那、触れずに斬ったとかいう伝説の剣士でも目指し取るんか?」

「いや、そうじゃない」

 

 そもそもあの伝説はあくまで伝説であって、事実ではないと自分は思っている。

 湾刀武者はそう言いながら刀を振って血を飛ばし、懐から鹿のなめし革を出して丁寧に刀身を拭う。

 そして刀身の血が拭きとれたことを確認してから、ようやく自らに降りかかった帰り血を拭い出す。

 あくまで優先すべきは湾刀だと言わんばかりの態度だ。

 

「地面さ」

「地面?旦那の湾刀の刃がめり込んどったな。正直ドン引きやで」

「切っ先がめり込んで止まったから未熟なんだよ。今のは本来腕を下ろしきるまで地面も斬る」

 

 この刀法の開祖は卓を斬った息子に対し、卓の下の床まで斬るのが正しいと言って実際にやってみせたと聞く。

 自分の師も切っ先のみならず刀身が中ほどまで埋まる程度には斬ってのけていた。

 そう、()()()()()()などという不細工な所業ではない。確かに地面を「()()()」のだ。

 それに比べたらなんと己の未熟な事か。

 

「ウチからしたらそれも伝説であって、事実ではない気がするんやけど」

「いや、これは事実だろう。師匠は似たようなことを出来ていたからな」

「旦那の師匠、人喰鬼(オーガ)か何かだったんか?」

「まさか」

 

 信じられないといった表情を見せる神官射手の言葉に苦笑しながら、湾刀武者は首を横に振る。

 そして刀身や目釘を念入りに確認すると、ようやく刀を鞘に納める。威力が大きいということは武器への負担も相応に大きく、破損しやすい。

 故にアレを使った後は手入れと点検を怠るな、と師に口煩く言われたものだ。

 実際、使った後に刀が折れたり曲がったりはよくしたので言われるのは当たり前ではあったのだが。

 

「ほーん……まあええわ。さーて、牙折って爪折って、と」

「……何をしているんだ?」

「決まっとるやろ。マンティコア討伐の証を取っとるんや。こういう手合いは懸賞金かかっとるもんやで?」

「なるほど」

 

 短剣を取り出し、マンティコアの死骸から手早く何かを剥ぎ取っていく神官射手。その行動の意味を聞き、湾刀武者は深く頷いた。

 大物を一太刀で仕留めて満足していたが、言われてみればその通りだ。大物ということは金になる相手のはずだ。

 この手傷を負わせた冒険者 ――― あるいは旅人か傭兵かは知らないが、とにかく自分より先に戦った者が相討ちに持ち込んでいたのならそれは許されない。

 討ったのはその人間の手柄であり、横取りするなどやってはならない。恥を通り越して忌むべきことだ。

 だが手傷を負わせたとは言え、その誰かは仕留めたわけではない。あくまで仕留めたのは自分だ。いや、自分達だ。

 ならばこの首に懸賞金がかかっているならば、自分達が受け取ってしかるべきだろう。

 金が出ないとしても、マンティコアを仕留めたという栄誉は受けることが出来る。それはともすれば金銭以上に価値のあるものとなるだろう。

 その際に証拠が必要となるのは当然であり、神官射手の行動は正しい。むしろ自分が抜けていたと言うべきか。

 いずれにせよ、自分の足りないところを補ってくれたのだ。そして自分は彼女に足りない武力を補った。

 これぞ仲間のあるべき姿と言えるだろう。

 

「うっし、取れたでー!」

 

 意気揚々とマンティコアの牙と爪を掲げる神官射手を見ながら湾刀武者はそんな事を考える。

 要はこうして自分は刀を振るい、刀でしか解決できないことをやればいいのだ。他は彼女がやってくれる。

 彼女にも出来ないことは別の仲間を募り、任せればいいだろう。

 成程、自分は本当に戦うだけでいいのだ。命懸けかつ最も危険なのは当然で、代償としてはむしろ安い。

 そう考えるとかえって叔父に騙されて良かったのかもしれない。

 もちろん今すぐ結論を出せるほど冒険者として経験を積んだわけではない。まだ手紙配達しか受けていない ――― それもまだ途中で、終わったわけではない。

 しかし、ある種の気楽さを感じているのも確かだった。

 少なくとも人に剣を教えるよりは、自分で剣を振り回す方がずっと自分向きだと湾刀武者は思う。

 

「さて、そろそろ行くか」

「せやな。これが本命やなくて、ただの寄り道やもんな」

 

 そう。もしこれが「人頭獅子退治の件」と称されるような物語であればここでおしまい。めでたしめでたしで、後は帰るだけだ。

 だがこれは単なる手紙配達の依頼で、このマンティコアはその道中に出てきた一匹の怪物に過ぎない。

 つまり、やるべきことはむしろこれからだ。

 

「報奨金出たら例の牧場のチーズ買うて見るとええで。あらホンマ美味いもんやで」

「そんなにか。少し興味が湧いてきたな」

「その代金であの牧場が段々要塞みたいになっていく、って考えたらもっと買いたくならん?」

「……俄然興味が湧いてきた」

 

 何事もなかったかのように他愛ない会話を交わしながら、また二人は歩き出す。

 手紙を届け、受取印を貰い、また辺境の街へ戻ってギルドに報告する。そこまでが手紙配達というもの。

 まだまだ彼らの初依頼は半分も終わっていないのだ。

 




8割方チェストば書きたかっただけにごわす。


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一党

また非ログインからの感想を受け付けてなかった。オイは恥ずかしか!修正しもす!


 その小鬼(ゴブリン)の群れの長は、自分の事を英雄だと信じて疑わなかった。

 成程他の小鬼とは一線を画す巨体を持ち、幾度となく戦いを潜り抜けたその小鬼 ――― もはや「小」の大きさではないが ――― は、他と一緒にしてはならぬ存在だろう。

 あの忌々しい冒険者という生物を返り討ちにしたことだって一度や二度ではない。只人(ヒューム)の戦士を自分一人で殺したことだってある。

 その時奪った戦斧(バトルアックス)で、あの硬い鱗を持つ蜥蜴人(リザードマン)を殺したことだってある。自分を英雄と呼ばずして、なんと呼ぶと言うのか?

 彼自身はそう信じて疑わなかったが、もしある冒険者 ――― 彼ら小鬼の天敵とでも言うべき存在が彼の考えを知ったら、こう切り捨てていただろう。

 

『お前なぞ英雄(チャンピオン)ではなく精々戦士(ファイター)だ』

『いずれにせよ馬鹿馬鹿しい』

『お前は()()()()()()()()()()だ』

 

 そんな彼 ――― 小鬼戦士(ゴブリンファイター)は遺棄された砦の最奥、かつては砦の主が鎮座していたであろう部屋。

 今は自らが住処とするその部屋に二人の冒険者が姿を現しても、全く焦りはしなかった。

 使えない部下達は皆殺しにあったらしい。だが構わない。使えないのだから。

 むしろあんな能無しどもは死んでいいのだ。折角攫ってきた女をすぐに使い潰してしまうような連中なのだから。

 自分こそが一番酷い扱いをしたということは考えもせず、彼はそう考える。

 それに、やってきた冒険者のうちの一人は肉付きのいい雌だ。この雌に優秀な自分の子供を産ませれば、もっといい群れが出来る。

 男の方は変な剣を持っているが、これには興味が無い。それより鎧だ。

 こちらも少し変な形な上に少々小さいが、立派なものだ。英雄である自分にこそ相応しい。

 相応しいから殺して奪うのは当然の事だ。あんな奴が持っているのが間違っているのだ。

 それに、この冒険者達は仲間を殺した。ひどい奴らだ。だから男の方は殺して当然だし、女の方は孕み袋にするのが当然だ。

 自分は仲間を殺された被害者なのだから。

 結局のところどのような存在になろうとも小鬼とはそういう生物で、彼もまた例外ではなかった。

 違うのは彼が戦い慣れていて、これまで倒してきた冒険者の動きから武術の真似事が出来るようになっていたことぐらいだろう。

 柄を持ち、振りかぶり、大きく足を踏み出しながら袈裟掛けに切り下ろす。

 武器の重量と彼の膂力はこれまでどんな敵もそれで倒してきた。

 盾で防ごうとした只人は、盾ごとグシャリと潰してやった。黒曜の剣(マクアウィトル)で受け流そうとした蜥蜴人は、剣を折って首を刎ねてやった。

 鉱人(ドワーフ)森人(エルフ)だってこれで仕留めた。これは優れた存在である自分だから出来る、自分だけが使える特別な技でどんな相手だって殺せる。

 彼は本気でそう信じていたし、これまではそうだった。これからもそのはず。だった。

 変な形の剣を構えたその只人は、彼が戦斧を振りかぶる動きに合わせ踏み込んできた。彼にはその意味が理解できなかったが、コイツは馬鹿だからそうするのだと思った。

 馬鹿だから戦斧の間合いが分からず、馬鹿だから剣で受けようともしないのだろうと。

 気にせず彼はそのまま刃を振り下ろし ―――

 

 ()()()()()()()()()()

 

「GOROGOBOGORO!?」

 

 いったい何が起こったと言うのか。一瞬何が起きたか彼には理解できず、痛みさえも一拍遅れてやって来た。

 何が起きたかを理解したのは、斧を持ったままの右手が床に落ち音を立てた時だった。

 自分の手首は、切り落とされたのだ。この悪辣な冒険者が何かをしたのだ。

 どうやって切り落とされたのか、など彼は考えなかった。考えても仕方のない事であったし、痛みと冒険者への怒りでそれどころでなかった。

 それに考えたとしても、踏み込んだ冒険者が湾刀(イースタンサーベル)の刃で以て斧の刃ではなく彼の右手首を受け。

 そのまま下へ払うように刃を滑らせ、手首を切り落としたなどとは到底理解できるものではなかった。

 そして彼が我が身に起きたことを自覚し、猛烈な痛みに襲われる頃には冒険者はもう動いていた。

 自分の右脇を擦り抜け、剣を前に突き出した奇妙な構えのまま数歩先へ。

 残った左手で頭を握り潰してやる。そんな事を考えながら冒険者を追いかけ、振り返ろうとして小鬼戦士は大きく姿勢を崩した。

 

「GOOBRRGGG!?」

 

 そして次の瞬間、右足から生じた恐ろしい熱さに大声を上げた。違う、これは痛みだ。

 気付けば右の太腿がザックリと斬り裂かれていて、そこから血が噴き出している。血管を深く斬られたのか、血は止まる気配が無い。

 擦れ違った時に斬ったのか。だから剣を振った後の構えになっていたのか。

 自分が痛みに苦しんでいる間に、なんて酷い奴だ。

 小鬼戦士がそんな事を考えている間にも、血はとめどなく流れ落ちていく。

 右の手首からも大量の血が溢れ出している。その意味を理解できる程度の経験は彼にはあった。

 死ぬ。死にたくない。なんで自分がこんな目に。せめてあの冒険者も。

 冒険者なら、冒険者だから。トドメを刺しに来るはずだ。その時左拳で殴ってやれば、相手も死ぬはずだ。

 彼はそう考えたが、相手の冒険者はその時既に刀を振って血を払い落していた。

 トドメなど刺す気はなかった。手を斬って武器を奪い、脚を斬って動きを奪い、充分な出血を伴う傷を与えた。

 後は放っておいても死ぬのだから、放っておけばいい。危険を冒す必要はない。距離にさえ気を付ければいい。

 床に落ちた、右手がついたままの戦斧。それを拾って投げたとしても、この傷なら問題なく避けることができる。

 だからもう、危険を冒す必要はない。

 敵がそんな風に考えていると気付いたのは。もう脚を斬られた時点で戦いは終わっていたのだと気付いたのは。

 彼が自らの出した血溜まりの中に斃れ伏す、その瞬間だった。

 

 

 ―――――

 

 

「もう少し人数がいる」

「せやな」

 

 冒険者ギルドに併設された酒場は、宵の口を迎えれば依頼を終えた冒険者達でごった返す。

 その賑わいの中の人数に加わって食事を取りながら、湾刀武者と神官射手は今後について話し合っていた。

 湾刀武者の腕前は、確かに言うだけの ――― 少なくとも他の駆け出しとは一線を画すものだった。

 初依頼にてマンティコアをただ一太刀で斬り伏せた剣術の腕前は言うに及ばず。

 山に籠っていた時期もあったことから、野外での活動もなんら苦としない。

 そして当人曰く「そういう修行」もあったらしく、小鬼や獣相手も手慣れたものだった。

 神官射手は投矢銃の腕前に長け、半分とは言え森人(エルフ)の血がそうさせるのか街育ちでありながら野伏(レンジャー)としての技量に長けていた。

 行商人をやっていた経験から他者との折衝も手慣れたもので、依頼主が多少排他的な村であろうとも滞りなく対処してみせた。

 さらには交易神の信徒として、奇跡を二回も使えるというのは大層頼もしかった。

 そして二人ともある程度旅慣れており、遠出をするのに経験や知識が欠けているなどという事もなかった。

 二人が冒険者になって早一ヵ月、幾つかの依頼をこなしたが多少の危地はあれど進退窮まるような事態などなく。

 三つも依頼をこなす頃には、最初の人頭獅子退治の功績と合わせて二人同時に黒曜等級へと昇級し。

 彼らは一向に問題なく、順調に冒険者としての経験を積んで行った。

 ならばこれで一党(パーティー)として問題はないのかと聞かれれば、二人は口を揃えてこう言っただろう。

 

『何もかも足りない』と。

 

 罠を見抜く事は出来ても、それを解除する技能が二人にはなかった。

 広く多くの知識を蓄えた頭脳もなく、魔術を使いこなす者もいない。

 必要ならば湾刀武者は盾役にもなれたが、そうすると敵を刈り取る攻め手が足りなくなった。

 完璧で不足の無い一党など紙の上にしかいないとはよく言ったもので、二人はむしろこの一カ月で足りないものが多すぎることを痛感していた。

 

魔術師(ソーサラー)……いや、術が使えなくてもいい。その知識を持っているやつがいる」

斥候(スカウト)もやね。今までみたいに無理矢理宝箱開けるのにも限度があるやろ」

「そもそも開けてないからな」

「せやね。あれは開けとらんわ。世間一般ではあれは『壊した』言うわ」

 

 どんな罠が仕掛けられているか分からない。罠が無くとも鍵があり、解錠が出来ない。

 ならどうするか。簡単だ。遠くから何かを投げ付け、宝箱そのものを壊せばいい。

 罠が作動したとしても距離を取っておけば届かない、あるいは対処は充分に可能だ。

 宝箱という入れ物を壊せば、中身は取り出せる。これは至って当然の事だ。

 なんとも頭が悪く、強引で、無茶な手段だ。しかし二人はそうして宝箱の中身を手に入れてきた。

 先日の小鬼退治の際も見つけた宝箱を、小鬼の長が持っていた戦斧(バトルアックス)を投げ付けて叩き壊したばかりだ。

 幸い中身は古銭だったので大過はなかったが、万一割れ物の類であったら中身が台無しになる。そういう開け方だった。

 それでも取り逃すよりはまだいい、というのが二人の考えだったが、やはりもっと確実な手段で中身が取りたい。

 それが二人の、と言うよりも普通の考えであった。

 

「それと前衛だな。最低でもあと一人は欲しい」

「旦那がウチ守ると手ぇ足らんしな。せやけど人数増やし過ぎるとお(ぜぜ)が足らんで」

「そこだな……」

 

 当たり前の話だが、人数が増えれば増えるほど一人当たりの取り分は減る。

 この西方辺境の街を拠点とする、かの()()高き小鬼殺しの如く万事単独(ソロ)でやるならば。ゴブリン退治でも充分な稼ぎとなる。

 だが人数を増やし、五人六人の一党となればゴブリン退治の報酬だけでは食うのがやっと。

 もし装備を買うために蓄えようと思ったら、馬小屋に泊まり最低限の食事だけで暮らして行く必要が出てくる。

 そんなのはご免蒙る。耐えられないわけではないが、やりたくないのが人情だ。

 さらに湾刀武者に限って言うならば、そんな生活をしていれば筋肉が落ちる。栄養が足りず疲労が溜まれば鍛え上げた身体は萎む。

 それすなわち力が落ちるという事であり、力が落ちれば技も活きて来なくなる。つまり稼ぐための腕が失われて行ってしまう。

 技と力は相反するもので、力を付ければ技が失われ技を得るためには力を捨てねばならない。

 そんな素人考えが世には蔓延っているらしいが、実際にはそんな事はない。

 技とは力の中にあるものであり、技を身に付けるためにはまず身体を作り技を使う力を養う必要がある。

 そして身体を作り維持するためには、食と休息は絶対に必要なのだ。

 となると人数を増やすのであれば受ける依頼も考えねばならない。が、駆け出し冒険者では受けることのできる依頼は限られてくる。

 そう考えると人数を増やし過ぎるのも考えもので、頭を悩ますところだった。

 そもそも理想の人材がいたとして、自分達の一党に入ってくれるとは限らないのだ。

 こちらに選ぶ権利があるなら、向こうも選ぶ権利は当然ある。むしろこちらが欲しがる立場であるから、向こうの方が強いと言える。

 その強い立場の人間が、駆け出しの一党を選んでくれるかどうかと言えばこれはもう運だろう。

 一党を組むという事は命を預け、預かるという事だ。命が一つしかない以上、少しでも気に入らなければ組まないのは当然だ。

 仲間とは一緒に成功を分かち合うのみならず、一緒に死ぬかもしれない相手なのだから。

 

「ま、なんとかなるやろ」

「随分楽観的だな」

「ウチの神様忘れたんか?交易神様は出会いと別れを司るありがたーい神様なんやで」

「いい出会いをもたらしてくれるわけか」

「せや。だけど信心が足らんもんには加護はない。ちゅうわけで ―――」

「奢らんぞ?神殿に寄付するならともかく、お前に寄進はしないからな?」

 

 そんな風に神官射手とじゃれあう湾刀武者の心中も、なんとかなるだろうという楽観に満たされていた。

 これまでなんとかなってきたのだ。今回もなんとかなるだろう。

 根拠も無く、神の加護を信じるでもなく。生まれつき持っていた幸運としか言えないもの。

 それに基づいて楽観視する呑気でいい加減なところが、彼にはあった。

 

 

 ―――――

 

 

「そこの君」

「うん?」

 

 牧場の防備を眺めていた湾刀武者がその女性に声をかけられたのは、それから数日経ってのことだった。

 声をかけられて振り向いた先にいた彼女を見て驚いたことは三つ。

 まず目を見張るほどに美しく、凛々しい顔立ちの女性だということ。

 次に自分より少しだけ背が低い ――― つまり、ほとんど只人(ヒューム)の男性と変わらぬほどに長身だということ。

 そして三つめ。外套越しでも分かるほどに、見事な体躯をしていること。

 単なる力比べなら自分より上かもしれない。そんな事を思いつつ、ほんの少しだけ胸中で警戒しつつ彼女の話を聞く。

 

「君は牧場の人間かい?」

「いや、無関係だが」

「ならちょっとものを訊ねたいんだが、構わないかな」

「ああ、構わんよ。どうせ暇だ」

 

 命あるものは疲労し、疲労するからには休まねばならない。

 その点において湾刀武者と神官射手の意見は完全に一致しており、依頼の後には必ず休日を。

 疲労の具合によってはより長い休暇を設けるようにしていた。

 今日はその休日であり、やることもないため彼は暇潰しに牧場の防備を眺めていたのだ。

 少なくとも用事があって声をかけてきた相手を無視するほど忙しくはない。

 

「この道は街に繋がっているのかい?」

「ああ。道なりに行けば街に着くぞ」

「ふむ……街に闘技場や剣闘士の養成所なんかはあるかな?」

「いや、俺の知る限りはなかったと思うが」

 

 その言葉に湾刀武者は不躾にならぬ程度に、彼女の全身を見やる。

 成程、剣闘士となるのに不足はない ――― 否、剣闘士ではないのが不思議なほどの体格だ。

 凛として研ぎ澄まされた美貌。男に見劣りせぬ背丈。剣士として鍛えられた自分以上に逞しき肉体。

 武器を扱う技術や体術、見切りといった物を含めた実力の程は分からないが、彼女が闘技場で戦う姿はさぞ見物だろう。

 加えてその豊かな胸も大変人目を惹くことだろう。戦士の体躯にそこだけ女性的な膨らみがあるというのは、落差も相まってとても魅力的だ。

 

「そうかい。この国にはない、なんてことはないよね?」

「あるさ。少なくとも王都には立派な闘技場がある……他の国から来たのか?」

「ああ、そうだよ」

 

 他国からの旅人。別にそれ自体は珍しくもなんともない。(どこにでもいる)人、故に只人(ヒューム)なのだ。

 そしてどこにでもいるのなら、どこにでも行くのもまた道理。

 地の果てから異人がやって来ようとも、驚きはすれど拒絶はしない。

 珍しいのは彼女の物腰だ。所作の一つ一つに、自分と近しいものを感じる。

 これは武術を学んだ者としての感想ではない。貴人の端くれとしての感想だ。

 とはいえ卑しからぬ身分の人間が旅人やら剣闘士やら傭兵やら ――― 冒険者やらになるのは珍しいことではない。

 家の事情もあるし、本人が望む場合だって山ほどある。そもそも自分がまずそうだ。

 彼女もそういう類なのだろう。あまり立ち入るまい。そう湾刀武者は結論付ける。

 

「よければ街まで案内しようか」

「いいのかい?」

「構わないさ。やる事もないしそろそろ戻ろうと思っていた所だ」

 

 妙に防備のしっかりした牧場を眺めるのは中々興味深くはあったが、何時間も見ているようなものではない。

 自分ならどう攻めるか、という脳内演習にも飽きたところだ。

 それなら見目麗しい女性共に街へ戻るのが一番良い選択だろう。帰り道の退屈さも紛れるはずだ。

 そうして街に戻る道を歩き出したところで、ふと湾刀武者の脳内に閃くものがあった。

 この体格で彼女に戦士が務まらないわけがない。事実剣闘士になろうとしているのだから。

 技量の程は分からないが、自ら戦いを生業としようとしているのだから度胸は文句なしにある。

 他国からやって来るぐらいだから、それなりに旅慣れてもいるだろう。

 つまり、彼女はうってつけの人材ということだ。

 

「剣闘士になる理由を聞いても?」

「構わないよ。単に生計を立てるためさ。私にはこの身体しかないからね」

「ふむ。なら剣闘士でなければならない、という理由はないわけだ」

「まあ、そうだね」

 

 訝しむ彼女に対し、湾刀武者は一人頷く。

 

「なら是非とも紹介したい職があるんだが」

「ほほう……強制ではないよね?」

「ないない。茶でも飲みながら話だけ聞いて、気に入らなければ断ってくれて結構だ」

「それなら話を伺うとしようか」

 

 少し警戒した ――― 当たり前だが ――― 様子を見せる彼女。だが、湾刀武者は特に気にせず街へと歩き出す。

 ――― ま、断られて元々。上手くいったら儲けものだ。

 断られたなら彼女の人生が良いものになることを祈りつつ、他を当たればいい。

 この街に冒険者はまだまだいるし、この街だけがこの国ではなく、この国だけが四方世界ではない。

 何処かで誰かが見つかるだろう。あるいは、誰かがこちらを見つけるかもしれない。

 幸い交易神の信徒が一党にいるのだから、出会いが訪れないことはないはずだと。

 彼は良く言えば鷹揚な、悪く言えばいい加減な姿勢を取ることに決めた。




迷ったらアンケートがいいって近所の野良猫に教わったので、アンケートの結果次第にしようと思います(続きを書くとは言っていない)


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一党・2

活動報告コメントとアンケートの結果、無事ロイヤルメスゴリラの一党入りが決まりました。

そんなことより風都探偵がアニメ化するそうです。


「新人冒険者と言うより、熟練(ベテラン)の傭兵だな」

「お褒めいただき光栄だよ」

 

 工房の中を軽く歩いて装備の具合を確かめながら、彼女 ――― 女闘士は湾刀武者の言葉に恭しく頭を下げて見せる。

 冒険者になって自分の一党(パーティー)に入ってくれないか、という彼の誘い。

 警戒心は ――― 相手が男だから、というのもあり ――― あったものの、それ自体は決して悪い選択肢ではない。

 身一つで稼げるのには変わりなく、剣闘士になるよりも命の危険は高いが見返りもある。

 何より自由に生きることが出来る、という点において冒険者に勝る職業はない。

 合わないと思えば辞めれば ――― 命があるなら辞めればいいのだし、湾刀武者もそれは自由にすればいいと言った。

 それ故女闘士は誘いに乗り、冒険者となることを決めた。

 そして冒険者になる以上、当然祈らぬ者達(ノンプレイヤー)と戦う事になる。ならば装備を整えるのが最優先、と彼女は判断しここへ来た。

 バシネットのバイザーを下ろしても視界は充分確保されている。問題ない。

 胴鎧(ブリガンダイン)も重くはあるが、動くのに不自由するほどではない。走ったらすぐに体力が尽きる、などということもないだろう。

 また自分の体格に合わせて調整してもらったため、他人よりずっと豊かな胸が揺れて痛む事もない。

 脛当ては歩くのに不都合を生まず、その重量で脚が上がらないなどということもない。

 大籠手(ガントレット)もよく手に馴染んでいる。自分の為の物のようだ ――― などとは言わないが、極端な違和感は生んでいない。

 そして敵を屠る為の相棒となる獲物は、大籠手以上に彼女の手へと馴染んでくれていた。

 

「思った以上に戦嘴(ウォーピック)が似合うな」

「女が振り回すのは無謀だと笑うかい?」

「いや。その筋力ならいい選択だ」

 

 少なくとも俺が振り回すよりずっと似合う。そう言って声を立てて快活に笑う湾刀武者。

 その笑みに爽やかさは感じるが何の忌避感も覚えないことに安堵しつつ、女闘士もまた鉄兜の奥深くで笑う。

 一応の報復をしたためか、男性全てを恐れる事もなければ憎む事もない自分の精神に感嘆する。

 笑顔を見ると一瞬自分を弄んだ下劣な連中の笑みを思い返しはするが、それが己の心を酷く掻き乱す事もない。

 少し ――― ほんの少し揺れはするが、それだけだ。自分は自分でいられる。

 女闘士が思っていたよりずっと、自分自身の精神は強かったらしい。

 あるいはもう壊れてしまって、痛みを感じることすら出来なくなっているのか。

 その判断は彼女にはつかなかった。少なくとも今はまだ。

 

「後は予備武器だな。戦嘴より長い物か、短くて取り回しが効く物。どっちかあるといい」

「君が大小両方腰に差しているようにかい?」

「ああ。まあ何処であれその戦嘴一本で乗り切る、というなら別に止めないが。それは自由だ」

 

 神話に語られる緑葉の森人(エルフ)は、眼前に迫った敵ですらその弓で倒したという。

 あちらは神代の英雄でこちらはまだ登録すらしていない駆け出しだが、真似て悪いことはあるまい。

 なにせ「学ぶ」とは「真似る」ということなのだから。

 湾刀武者はそう言うが、女闘士は素直に予備武器を選ぶことにした。

 確かに真似る事から学びは始まるが、真似るなら英雄よりも身近な先達の方がいいだろう。

 腰に大小二振りの湾刀を帯びた湾刀武者の姿を見ながら、女闘士はそう考える。

 英雄とは確かに素晴らしい存在だ。優れている存在なのも疑いようがない。

 だがそれはつまり、一般的な存在からは大きく逸脱した異常者(イレギュラー)であるとも言える。

 異常者の真似をするよりは、一般の範疇で優れた者の真似をした方が参考になるし役立つだろう。

 そして彼は身のこなしを見るに、恐らくは優れた人間に分類されるはずだ。

 しかし一朝一夕で真似出来るわけでもない。自分の肉体(フィジカル)が長い時間と鍛練の末に出来上がったのと同じで、技術(テクニック)は完成に時間と鍛練を要する。

 その技術に寄って立っている部分は真似をするだけ無意味だ。なら自分はそこを真似すべきではない。

 自分が寄って立つべきは ――― この身体だろう。

 

「予備もまあ、そうなるか。予備と言うかそちらが主武器か?」

「そうだね。別に『蛮人(バーバリアン)』と呼んでくれても構わないよ」

「『偉大な(グレート)』をつけて呼びたいね、俺としては」

 

 そう考えた彼女の手には。見るからに武骨で、長大で、暴力的な獲物を、鉄塊が ―――

 ――― 大金棒(モール)がしっかりと握られていた。

 

 

 ―――――

 

 

「お、旦那。ちょうどええ所に」

「ん?」

 

 装備の支払いを済ませ工房を出たところで、湾刀武者は不意に声をかけられる。

 声のした方を見れば神官射手が一人の女性を伴いこちらに歩いて来ていた。

 その女性は ―――

 




女闘士ちゃんに関してはちょっとリファインしてます。装備とか。
ですが大筋は実況プレイの時の彼女です。


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一党・3

進撃の巨人最終回を読んで……俺は……心底ホッとした。


 鴉を思わせる黒い髪。紫水晶のような瞳。それらをより引き立て、それらがより引き立てる整った顔立ち。

 神官射手の派手さとも、女闘士の凛々しさとも違う穏やかで楚々とした美貌。

 ――― それらよりまず目に入って来る、というか目が行くのはその格好。

 首から下げた白磁の認識票。肩当てに手甲、脚絆に胸当て。そして下腹部を覆う鎧。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いわゆる下着鎧(ビキニアーマー)そのものは珍しい、と言うほどのものではない。闘技場に行けば身に付けた剣奴がごまんといる。

 冒険者にしても戦女神の信徒が身に付けている場合もあるし、別の理由から装備している者もいる。

 つまり装備自体は珍しくはない。手に持っている短槍と合わせて、彼女が戦女神の信徒であると推測もできる。

 白磁の冒険者が買うには下着鎧は些か高額ではあるが、金の工面は割合どうとでもなるものだ。つまりそこも流していい。

 珍しいのは彼女の胸の豊かさと、それを胸当てだけ着けて晒す事にまるで羞恥心を覚えていないような態度だ。

 神官射手や女闘士も人並み以上だが、目の前の彼女はそれをさらに凌ぐ。

 時折見かける牧場の娘や、槍使いと組んでいる魔女と比較しても劣らない ――― いや、勝っているかもしれない。

 見目の麗しさと合わさって当然周囲の目を ――― 主に男性の ――― 引いているが、気にしている様子はない。

 本当に気にしていないのか表面に出していないだけなのかは分からないが、いずれにせよ大したものだと湾刀武者は思う。

 もっとも湾刀武者にはそれ以上に気になる事があったのだが。

 ――― 鍛えられてないな。

 いかにも女性らしい肢体からは、力強さは一切感じられない。

 どころか多少なりとも武芸の鍛練を積んでいれば感じられる鍛えた痕跡さえ見受けられない。

 立ち姿からして戦士のそれではなく、戦う ――― 少なくとも己が武器を取って敵と切り結ぶための訓練は一切受けてないと知れる。

 無論戦女神の信徒だからと言って戦士である義務はない。

 艱難辛苦を乗り越え、名を遂げる。例え力及ばず倒れたとしても、天上の神々はきっと見ていてくれる。

 そういう考え方こそが戦女神を信仰するということであり、何も武器を持って戦わねばならないということではない。

 なら何故下着鎧を着ているのか、という所に湾刀武者は引っ掛かっていた。

 無論単に「気に入っている」という理由で着ているのだとしても文句を言うつもりも筋合もないが。

 悪臭を漂わせているだとか全裸でうろついているだとかでない限り、何を着ようが自由というものだろう。

 ただ、純粋に理由が気になるだけだ。

 下着鎧は鎧そのものの出来は大変いいものだが、とにかく面積が狭い。

 その危険性によって観客を楽しませる剣闘士や鍛練を積んだ戦士ならともかく、彼女のように鍛えていない者が着るにはかなり頼りない。

 その辺りを考えていないのか、あるいはなんとかなると舐めているのか。

 もしくは自分などが思うよりずっと速く彼女は動くことが出来て、攻撃など当たらないのか。

 そんな事を頭の中で考えつつ、一瞬だけ彼女の身体に傾いた視線を湾刀武者は引き上げ神官射手を見る。

 剣士としての習性が先に来たが、これ以上見たら間違いなく男の本能の方が顔を出す。

 初対面の女性をそんな風に見るのは勿論のこと、仲間に誘ったばかりの女性の前でそんな姿を見せるのも大変よろしくない。

 あとそれをやったら後で神官射手に死ぬほどからかわれるのが確実だ。それは勘弁願いたい。

 

「こン人、ウチらの一党(パーティー)に加わってくれるそうやで!」

「よろしくお願いいたしますわ」

 

 そう言って頭を下げる彼女につられ、湾刀武者も頭を下げる。横に並んでいた女闘士もまた、兜を小脇に抱えたままそれに倣った。

 成程伝手を頼ったのか新人を見つけたのかは定かでないが、神官射手は仲間候補を連れてきたらしい。

 それはありがたい。ありがたいのだが。

 

「で、そっちの人は誰や?」

「紹介は後だ。とりあえずギルドに行こう。彼女の登録をしないといけないからな」

「よろしく」

 

 女闘士を不思議そうに見た神官射手にそう言って、湾刀武者は顎をしゃくってギルドの方角を示す。

 仲間 ――― 仲間一人と仲間候補二名は揃いも揃って大変に見目が良い。その上三者三様の美しさがある。

 その三人が集まっている中に十人並みの自分がいるとなると、当然視線の種類が気になって来る。

 有り体に言ってしまえば、うっすら嫉妬混じりの視線が向けられてきているのを感じている。

 流石に後ろから刺されるような心配はないだろうが、無用の問題に巻き込まれることは避けたい。

 

「えー、名前だけでも紹介してくれへん?」

「飲み物奢ってやるから」

「よっしゃ早よ行くで!」

 

 ――― 扱いやすくて助かる。

 神々ではなく神官射手自身の人柄に感謝を捧げると、湾刀武者は ――― そこそこ早足で ――― ギルドへと脚を向けた。

 

 

 ―――――

 

 

「半分は信仰のため。もう半分は男を手玉に取るためですわ」

 

 何故下着鎧(ビキニアーマー)を装備しているのか。そう女闘士に聞かれた彼女 ――― 戦女神の巫女は微笑みながら事もなげにそう答えた。

 ギルドに併設された酒場は昼間でもそれなりに人がいるため、声を落とした彼女の言葉は同じ丸卓にいてもやや聞こえにくいだろう。

 だがそれでいい。他の誰かに ――― 特に何やら人に呼ばれて席を立っている湾刀武者に聞かれては少々都合が悪い。

 流石に利用する気だと言われていい顔をする人間はそういないだろうから。

 なので「秘密ですわよ?」と唇に人差指を当て、片目をつむって見せながら二人に言う。

 二人は特に表情を変えることなく、無言で頷いた。

 

「つまり君は、自分が「女」であることを武器にしていると」

「ええ、そうですわ。これも一つの戦い方ですもの。ご不満ですかしら?」

「いいや。非難する気もないし不満もないよ」

 

 容姿に恵まれていることで受ける利益もあれば、受ける不利益もある。胸や尻の豊さもまた同様に。

 有り体に言ってしまえば男からは欲望を向けられ、女からは嫉妬を向けられる。何もしていなくても、だ。

 それならいっそ積極的にそれを利用してやろう。戦神官の巫女はそう考えている。

 大半の男はこの格好の自分を見ただけで劣情を抱く。

 そこに付け込んでやれば交渉などは大変有利に働くし、戦闘でも冷静さを欠くためまた有利だ。

 女は女で自分への嫉妬から敵対心を抱いてくれれば、そこに乗じる隙が生まれる。

 いずれにせよ相手の平常心を崩す事で有利な状況を作り出せる。そのためなら身体を晒す程度なんでもない。

 それに信仰という意味合いからも、戦女神の巫女は下着鎧を着けるのが正しいと本気で思っている。

 戦女神はこれを着て剣奴から神に至るほどの冒険を遂げたのだ。それにあやかるのは信徒として当然だろう。

 この格好が他者からどう見えるかも知っている以上、流石に他人へ強制する気はないが。

 

「ま、使えるモンは親でも使えっちゅうからな」

「己の身体ならなおさらですわね」

「まー、触らせるわけやないしな」

「触ってくるなら《稲妻(ライトニング)》ですわ」

「おっかな。金取るぐらいですませたれや」

「いや、私なら腕を折り曲げるね」

「こっちもおっかないわー。こら旦那がついうっかり触れてもうたら地獄やね」

 

 神官射手の言葉に頷きつつ、戦女神の巫女は指を曲げ宙に真言を書く素振りを見せる。

 戦女神に仕える神官でもあり魔術の心得もある。そして()()もそれらを行使できる。

 容貌以上にその実力こそが彼女にとっての支えであり、自信の源だった。同時に男に対する侮りもまたそこから生じているのだが。

 そのまま彼女達は女三人寄れば姦しい、との言葉通りに話に花を咲かせる。

 他愛の無い雑談に暫く興じていると、席を外していた湾刀武者が人を伴って戻って来た。

 その人物は ―――

 



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一党・4

サプリ読むとキャラを色々作りたくなって困る。


 長身。その人物を見たとき、まず真っ先に目が行くのはそこだった。

 一般的な只人(ヒューム)より少し背が高い湾刀武者が横に並んでいるが、彼よりさらに大きい。

 鼻の下に八の字の、顎の下にやや短めの髭を蓄えていることから若くはない ―――― 少なくとも青年、という歳ではないだろう。

 次いで妙に腕が長い事と耳たぶが大きい事に目が行く。

 こんな種族は聞いたことがないため、個人の体質なのだろうと三人は見当をつけた。

 やや耳が尖っており、背が高いことも踏まえると半森人(ハーフエルフ)だろうか?

 東方風 ―――― 湾刀武者のそれとはまた違う地域のもの ―――― の着物に身を包んでいるが、服の合間からは胸甲が見えている。

 腰に剣を帯びているのは戦士(ファイター)、あるいは前衛をも担う斥候(スカウト)であるという証左だろう。

 そんな彼に神官射手は特にどうということのない、普通の表情を見せ。

 女闘士はやや厳しめの視線を向けながらも、自然な態度を取り。

 戦女神の巫女はたおやかに、本心の見えない笑みを浮かべた。

 

「はぁ~……揃いも揃って美人だねぇ……」

 

 何故なら、彼はいっそ清々しいまでに鼻の下を伸ばしていたからだ。

 半端に取り繕わないことと、その表情に見える愛嬌が下卑さを打ち消しているがだらしなさは隠せない。

 いや、隠すつもりもないのだろう。

 そしてその隠す気のない態度の中に、男の欲望は見えても獣じみた飢えは無い。

 それがギリギリのところで女性陣の嫌悪を買わずに済むところに、彼を留めていた。

 

「旦那、この人は?」

「古い知り合いだよ。昔ちょっと一緒に……まあ、仕事をしたことがあってな」

 

 湾刀武者がほんの少し言い淀んだことを神官射手は聞き逃さなかったが、特に追求することなく流す。

 一々仲間の過去を気にしてほじくり返す事もないだろう。罪人であるならともかく。

 

「たまたま俺を見かけて声をかけてきたらしい」

「ほーん。で?わざわざ連れてくるっちゅうことはなんや、仲間に加えるんか?」

「それを聞きに来た。反対なら遠慮せずに言ってくれ」

「ウチはまあ別に構へんけど、お二人さんはどうなん?」

「ふむ……」

「んー……」

 

 女闘士と戦女神の巫女が考え込んだのを見て、紹介された彼は少し気まずそうに苦笑いしながらその長い耳たぶを指で抓んだ。

 

「やっぱオイラの最初の態度、良くなかった?」

「まー、男ならしゃーないけどなー。女の側からするとなー」

「それは謝る!この通り!」

 

 深々と頭を下げる彼の姿に、二人は「気にしなくていい」と告げる。

 女闘士が抱いたのは若干の苦手意識と警戒心。それに軽度の不快感だったが、ここまで頭を下げてもらうほどのことでもない。

 戦女神の巫女はと言えば、慣れているどころかある意味狙い通りなので文句は最初から無いのだ。

 彼女らが考えていたのはそれではなく ―――― それも全くないではないが ―――― 別のことだった。

 

「と、オイラの得意なこと言ってなかったな!オイラ本職は斥候で、戦士としても戦えるぜ!」

「戦士としてはイマイチだが、斥候の腕前は俺が保障する。戦士としてはイマイチだが」

「オイラの売り込みでそれ言う必要ある?」

「仲間には正直であるべきだからな」

 

 くっくっと愉快そうに笑いながら言う湾刀武者に、彼は白い目を向ける。

 小さな声で「これだからこの坊ちゃんは……」とブツブツ言っているが、反論も否定もしないあたり自分でもその評価を妥当だと思っているのだろう。

 

「あー……あと、オイラ術は使えねえから期待しないでくれ」

「まー、斥候兼戦士ならそんなもんやろな」

「その代わりオイラ勘がいいぜ!」

「実際にはどうなん?」

「働くことは少ないぞ、コイツの勘は。勘が働いた時は驚くほど鋭いというか、もはや霊感(インスピレーション)の域だが」

 

 彼の意気揚々とした売り込みに、湾刀武者は主観ではあるが誇張も歪曲も努めて消して補足する。

 命を預け預かる仲間に加えるかどうかなのだから、かつての仕事仲間とはいえ肩入れは出来ない。

 かと言って貶める気などさらさらない。自分の目から見た彼のことを正直に話し、判断してもらいたいだけだ。

 能力、人格、その他諸々を含め気に入るか気に入らないか ―――― 否。

 仲間とすることに納得出来るかどうか。それを判断してもらいたいのだ。

 なにせ最悪の場合、明日には皆仲良く死ぬことになるやもしれないのだから。

 どうせ死ぬなら納得のいく仲間達と死にたい。それが人情というものだ。

 無論誰一人死ぬ気などは無い。よもや死を覚悟することはあれども、死ぬと思って冒険に行くものはいるまい。

 死を予見しながらそこに向かうなど、もはや自殺であって冒険ではない。

 死の危険を冒すのが冒険であって、死にに行くわけではないのだから。

 

「斥候としては腕っこき、戦士としてはイマイチ。術は使えんわけやな」

「些か女性に弱いのと、博打好きというのは問題じゃないかい?」

「でもそれがあるからこそ、あちこち顔が広いというのはありますわ」

 

 知己であり仲介者である湾刀武者は「他の仲間が是と言えば」という姿勢。

 故に女性陣三人は真剣に情報を吟味し、どうするか話し合う。

 

「まあ、別に是非ともと頼まれたわけじゃないからな。俺やコイツに斟酌はしなくていいぞ」

「オイラもどうせなら気心と腕前知ってる相手がいいと思っただけで、断られても恨んだりはしねえよ」

 

 そんな言葉を受けつつ、話し合うこと少々。彼女らが出した答えは ――――

 




堂々と娼館とか行きそうなおじさん。
原作で書かれないだけでこういう冒険者多いと思うんですよね。明日死ぬかもしれないんだから。

ただキャラ的な相性とかどうなんだろ、って考えてしまう。


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一党・5

ずっと仲間探しばっかりしてるけど、自由に仲間を作れるゲームはキャラメイクが一番時間かかるものなので許して下さい!なんでもしますから!



女性陣の誰かが!


「これで五人か」

 

 新たに一党(パーティー)へ加わった五人目 ―――― 放蕩無頼を交え卓を囲み、仲間の顔を見渡しながら湾刀武者は呟く。

 自分以外が女性であることから拒否される可能性も危惧していたが、彼女達に放蕩無頼は受け入れられたらしい。

 能力や人格、この場での言動を総合して仲間とすることに納得が行ったのだろう。何よりだ。

 受け入れられた当人はと言えば、陽気に礼を述べ挨拶を述べごく自然に卓へ着いたのだが。

 断られていたら断られていたで、彼は気にする様子を見せず挨拶をして去っていたことだろう。

 この気性のさっぱりした所は彼の美徳だ。少なくとも湾刀武者はそう思っている。

 

「せやな。どないしよか、もう一人探す?」

「ふむ」

 

 神官射手の言う通り、冒険者の一党としてはもう一人ぐらい探してもいい。

 六人の一党というのが冒険者の伝統 ―――― というわけではないが、定番(セオリー)ではある。

 もっともそれは迷宮に挑む時(ダンジョンアタック)の定番であって、多様な依頼を受ける場合そうとも言い切れないが。

 そも六人の一党ともなれば、有利不利のどちらもが大きくなってくるのだ。

 

「人数が多ければそれだけ一党としての戦力は増すね」

「けれどもそれだけ統率は難しくなりますわね」

「お銭も頭割にせなアカンから、稼ぐのが大変になるわな」

「人数増えた分稼ぎやすくもなるけどな。ま、その辺は頭目どんの考え次第ってやつよ」

「ううむ」

 

 放蕩無頼の言葉に他の三人も大きく頷き、決定権を渡された湾刀武者は腕を組んで考え込む。

 まず六人になる最大の利点は、女闘士の言う通り戦力だ。

 頭数が多ければ多いほど戦力は大きくなる。子供でも分かる理屈だ。

 何の特技もない新人ですら荷物を持たせるぐらいは出来るし、他の仲間が知恵を使い指示を出せばもっと様々なこともさせられる。

 それが何らかの技能を持っていたり、術師の類であればなおのこと。

 つまり一党の人数は多ければ多いほどいいのだ。戦力だけの話ならば。

 しかし人数が増えれば、戦女神の巫女の言う通り統率の問題が出てくる。

 一人が指揮を取れるのは五人まで、という定説がある。

 これは古くから言われている ―――― それこそ神話の頃から言われている事だ。

 実際軍隊でも五人、つまりは伍を基本単位として部隊を組む。

 何故なら一人の人間が管理出来るのは、自分を除ければ五人が限界だからだ。

 全員の状態を把握して、状況に応じて判断を下し、それに基づいた指示を出す。

 それはやはり五人が限界であり、頭目(リーダー)の負担を考えたら人数を減らした方がいいとさえ感じる。

 これより増やすとなれば、それこそ軍隊のように単一の役割で纏め上げ指示の内容を絞るしかない。

 槍兵に魔術を使えという指示は出ないし、弓兵に騎兵を迎え討てとは言わない。

 兵科ごとにやることは決まっているのだから、管理はずっと楽になる。

 しかし冒険者ではそうはいかない。状況に合わせ臨機応変に動かねばならない。

 斥候がそのまま戦士となることもあれば、戦士が術を使うこともある。

 魔術師だとて火の玉や雷を投げ付けるだけでなく、その知識と知恵で以て一党に貢献してもらわねばならない。

 そして何より冒険者の一党とは「頭目と仲間」だ。

 今のように決定権や指示は頭目が下すが、それは頭目が仲間を従えるということではない。

 頭目は仲間に対して「命令」を下せる立場にはないのだ。

 軍隊であれば上官は部下に「命令」を下せる。

 部下は命令に対して再解釈を行い動き方を決めることが出来るが、命令そのものは基本的に絶対だ。

 無論明確に誤った命令が飛んでくる場合もあり、上の立場の人間とは誤った命令に対しては従ってはならないのだが。

 大王とまで言われた古の名将が言った

『命令に従うことしか出来ないなら、将ではなく一兵卒が相応しい』

『将とは命令違反が出来ねば務まらない』

 というやつだ。

 命令を順守しつつ、必要ならば命令違反を犯しその責任を負う。将とはそれが出来ねば務まらない。

 大袈裟に ―――― 極限まで大袈裟に言えば冒険者とは全員が将で、その頭目とは『将の将』なのだ。

 それも指示は出せるが命令権は存在しない、と言えば統率を取るのがいかに大変か分かるだろう。

 加えて言うならば、人数が多ければ多いほど人間関係の問題が発生する危険は上がる。

 人間 ―――― 正確に言えば只人は三人いれば派閥が出来るという。

 そこまで大袈裟に言わずとも、なんとなく気の合う合わないで緩やかな集団は出来るものだ。

 六人の一党の場合、最悪三人ずつの集団が二つ出来上がることがある。

 別に気の合う合わないだの、男女で分かれるだの程度なら危惧するほどの事ではない。

 が、これが閥となり主導権争いに発展したり不和の種を抱えたりすればどうなるか。

 そして不和の種は窮地や土壇場で芽を出すもの。それ故に取り返しがつかなくなる。

 迷宮の奥深く、他者の目のない所。大量の財宝。不和を抱えた三人の集団が二つ。

 いったい何が始まるんです?と問われれば、こう答えるより他ない。

 

 ―――― 戦争だ。

 

 そうならないためには頭目が気を回すか、上手く回るよう気を使える人間を仲間に入れるか。

 あるいは全員が危険性を認識し、揉めるなら冒険前にという意識でいるかだ。

 幸いこの一党なら今のところ心配はなさそうではあるが。

 もし揉め事が起き一党が離散するとしてもそれは冒険の前か後の話だろう。

 放蕩無頼を迎えたことから分かるように、湾刀武者含め全員が割り切れる人間のはずだ。

 放蕩無頼もまたいざという時はキッチリ割り切れる人間であることを、湾刀武者は付き合いの中で知っている。

 しかし一党を率いる ―――― 気付けば流れでそうなっていた ―――― 頭目たる自分の負担は大きくなるのは確かだ。

 それも考慮はせねばならないと湾刀武者は己に言い聞かせる。

 そして利点(メリット)不利な点(デメリット)の双方に当てはまるのが、一党の経済状態だ。

 報酬は平等に山分けが基本となる以上、人数が多ければ多いほど一人当たりの取り分は減る。

 つまり安い ―――― ゴブリン退治の様な依頼などは全く財布の足しにならないということだ。

 もし受けるのであれば2件3件と複数纏めて受ける必要が出てくるだろう。

 後は単純に報酬の高い、つまり危険な依頼を受けることになる。

 もっとも黒曜二人、白磁三人 ―――― 放蕩無頼は「冒険者」としては登録したばかりだった ―――― の一党にギルドがそこまで高度な依頼を受けさせてくれるとは思えない。

 加えた人間の等級にもよるが、すぐに大物を借りに行くのは無理だろう。

 人頭獅子(マンティコア)のようにたまたま遭遇したなら話は別だが。

 つまり装備だのなんだの以前の問題として、餓えぬために必死に働かねばならなくなるのが不利な点となる。

 しかしその稼ぐための依頼をこなすにあたり、「戦力が多い」という点が有利に働きもする。

 単純に言ってしまえば、頭数が多ければ個々の負担もそれだけ軽くなる。

 負担が軽ければ安定して消耗も少なく依頼をこなす事が出来る。

 ギルド側も人数が多ければ等級と比べて少しばかり難しい依頼であっても、受注することを許してくれるだろう。恐らくだが。

 そして極めて個人的なことを言えば、六人の一党を纏め上げられれば湾刀武者個人の手腕は高く買われるはずだ。

 それは昇級において有利に働くはずであるし、等級が上がれば生計は立てやすい。

 功成り名を遂げ ―――― 身を退くかどうかはその時考えるとして、とにかく己の剣名を上げるには昇級する必要がある。

 ―――― それに、売り手が売りやすくしてやらないといけないからな。

 自分を冒険者に誘ってきた最初の仲間 ―――― 正しく商売仲間と言える神官射手。

 細かいことは彼女が受け持つとは言ったが、頼りっきりというのも申し訳ない。

 何より自分と組めば儲けられると見込んでくれた彼女の為に、己の値は上げておきたいと湾刀武者は思う。

 銘酒に例えられたからには、特上の酒になってやろうではないか。

 これで売り出しに失敗したら、彼女を指差して笑ってやればいいのだ。

 笑いはするが、恨み事を言うつもりは一切ない。その時はこちらの見込み違いでもあったのだから。

 まあ食っていけないということはあるまいし、安酒でも飲みながら笑ってやろう。

 

「で、どうするんや旦那?」

「私達は君の判断に従うよ」

「誰か加えるならどんな人がいいかも考えませんと」

「それならオイラに心当たりあるぜ!」

「そうだな……」

 

 あらぬ方向へズレ始めていた思考が仲間の言葉で軌道修正される。

 さて、六人目を加えるか否か。加えるならばどんな人材がいいか。

 

「仮に加えるとしたら、どんな人間が仲間に欲しい?」

「んー、今の一党は前衛三人に後衛二人やろ?ここは後衛やないか?」

「私とリーダーは前衛だけれども、君は前衛でいいのかい?イマイチなんだろう?」

「イマイチって言っても頭目どんと比較しての話で、オイラそこそこ出来るからぜ?」

「イマイチな方に前衛を任せて後衛を探すか、イマイチな方に変わる前衛を探すか。どちらかですわね」

 

 さて、どうしたものか。湾刀武者はもう一度考え込む。

 まずこの一党に足りないのは遠距離攻撃 ―――― 具体的に言えば弩弓の類の遣い手だ。

 神官射手の投矢銃(ダートガン)があるものの、流石に射程で弓と張り合うには無理がある。

 さらに言えば遠間でやりあえる人間が一人というのも大問題だ。

 彼女が行動不能になれば撃たれ放題ということになるし、距離を詰めるために危険を冒さねばならない。

 術の類で対応できなくはないが、術の回数を考えるとそうそう頼ってはいられない。

 そう考えると術士の類もまた欲しい。一党全体が保有する術の回数と種類は戦術の幅に直結する。

 いざ、という時に戦局を一変させる力があるのが術や奇跡なのだ。

 なら後衛で決まりかと言えば、前衛も欲しいと言えば欲しい。

 前衛は一党の要であり、これが崩れると後衛は無防備になる。出来る人間は何人いてもいい。

 それに技術を突き詰め術理を修めた前衛の業はもはや魔法の域に達する。

 今はその域になくとも、成長を見越して前衛を加えるのは「アリ」だ。

 贅沢を言ってどちらもこなせる人間を探す、というのもいいだろう。

 必要に応じて放蕩無頼と前衛後衛を入れ替えればいい。

 勿論その場合純前衛、純後衛ほどに頼れないのだが。

 あるいは六人目を加えず、この五人でやっていく選択肢もある。

 完璧な一党とは紙の上にしか存在しないもの。そう割り切るのも大事だ。

 それに必要な人材は揃っていると言えばいるのだ。充分やっていける。

 

 さて、どうしたものか。湾刀武者はもう一度同じ言葉を胸中で呟く。

 イマイチとは言ったものの、放蕩無頼は前衛として役に立たないわけではない。

 戦士としての力量もあるだけに、間違いなく純粋な斥候よりはやれる。

 だが湾刀武者や女闘士の様な純粋な戦士と比較した場合、一枚も二枚も落ちるのは否めない。

 不安というほどではないが、万全でもない。帯には短いが襷には長いのだ。

 この彼に前衛を任せ後衛を探すか。

 彼には斥候としての役割に集中してもらい前衛を探すか。

 その中間。前衛も後衛も出来る人間を探し、適宜彼と入れ替えるか。

 あるいは六人目を探さず、この五人の一党でよしとするか。

 話し合いの末、湾刀武者達一党が出した結論は ――――

 



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